漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

抒情詩

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

杜工部蜀中離席 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-86

杜工部蜀中離席 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-86




杜工部蜀中離席

人生何處不離羣、世路干戈惜暫分。
人が生きていく上で、人の集まりからの別離しなくていいところがどこにあるというのか。今の世代の政治体制の上で戦乱はある、出征する兵士としばしの別れには別れに後ろ髪を引かれる。
雪嶺末歸天外使、松州猶駐殿前軍。
雪山の嶺である天涯の地に赴いた使者は故郷に帰ることない、松州には近衛軍団という一個旅団が駐留し続けている。
座中酔客延醒客、江上晴雲雜雨雲。
酒を飲む気にもなれないのに、酔客に引っ張り込まれた宴席がつづく。川辺のはるかな青空に何かを予感する雨雲がまじってきた。
美酒成都堪送老、當壚仍是卓文君。
こんなにうまい酒に恵まれた成都の地でこのまま晩年を過ごすのも悪くないとおもう。この地では酒を相手にしてくれるのは、やはり卓文君に限るというものだ。


(下し文)
人生 何れの処か群を離れざる、世路 千戈 暫くも分かるるを惜しむ。
雪嶺 末だ帰らず 天外の使、松州 猶お駐まる 殿前の軍。
座中の酔客 醒客を延べ、江上の暗雲 雨雲を雑う。
美酒 成都 老を送るに堪う、壚に当たるは仍お是れ卓文君。







杜工部蜀中離席 訳註と解説

(本文)
人生何處不離羣、世路干戈惜暫分。
雪嶺末歸天外使、松州猶駐殿前軍。
座中酔客延醒客、江上晴雲雜雨雲。
美酒成都堪送老、當壚仍是卓文君。


(下し文)
人生 何れの処か群を離れざる、世路 千戈 暫くも分かるるを惜しむ。
雪嶺 末だ帰らず 天外の使、松州 猶お駐まる 殿前の軍。
座中の酔客 醒客を延べ、江上の暗雲 雨雲を雑う。
美酒 成都 老を送るに堪う、壚に当たるは仍お是れ卓文君。


(現代語訳)

人が生きていく上で、人の集まりからの別離しなくていいところがどこにあるというのか。今の世代の政治体制の上で戦乱はある、出征する兵士としばしの別れには別れに後ろ髪を引かれる。
雪山の嶺である天涯の地に赴いた使者は故郷に帰ることない、松州には近衛軍団という一個旅団が駐留し続けている。
酒を飲む気にもなれないのに、酔客に引っ張り込まれた宴席がつづく。川辺のはるかな青空に何かを予感する雨雲がまじってきた。
こんなにうまい酒に恵まれた成都の地でこのまま晩年を過ごすのも悪くないとおもう。この地では酒を相手にしてくれるのは、やはり卓文君に限るというものだ。



杜工部蜀中離席
杜工部 杜甫は蜀(成都浣花渓)に滞在中、剣南東西川節度使であった厳武の庇護を受けてその参謀に取り立てられ、それに対応する朝廷の肩書きとして工部員外郎の官位を得たので、杜工部と呼ばれる。○離席 送別の宴席。



人生何處不離羣、世路干戈惜暫分。
人が生きていく上で、人の集まりからの別離しなくていいところがどこにあるというのか。今の世代の政治体制の上で戦乱はある、出征する兵士としばしの別れには別れに後ろ髪を引かれる。
離群 仲間と別れて一人で住まう。『礼記』檀弓の子夏の言葉「離群索居」 にもとづく。「索居」は離れて住むこと。○干戈 たてとはこ。戦乱をいう。杜甫「前出塞」其一、「月」「喜聞官軍已臨賊境二十韻」「観兵」杜甫の詩に頻見の語。



雪嶺末歸天外使、松州猶駐殿前軍。
雪山の嶺である天涯の地に赴いた使者は故郷に帰ることない、松州には近衛軍団という一個旅団が駐留し続けている。
雪嶺末歸天外使 杜甫「厳公の庁の宴に覇道の画図を詠ずるに同ず」詩に「剣閣 星橋の北、松州 雪嶺の東」。「松州」(四川省松播県)は蜀の北部、吐蕃と接する地。唐太宗の時に都督府が置かれ、境界の防備に当てた。そこに雪山(雪嶺)の山脈が横たわり、唐と吐蕃とを分ける。「殿前軍」は宮殿の前の軍の意味で、本来は近衛兵。辺境の武将は軍事費獲得のために朝廷の直轄であろうとしてこのように称した。
「嚴公廳宴,同詠蜀道畫圖」(得空字) 厳武の官邸の酒宴にあって蜀道の画図を観てともに詠じた詩。宝応元年成都においでの作。



座中酔客延醒客、江上晴雲雜雨雲。
酒を飲む気にもなれないのに、酔客に引っ張り込まれた宴席がつづく。川辺のはるかな青空に何かを予感する雨雲がまじってきた。
座中一句 世事と我が身を思えば酔う気にもなれないのに、宴会の席で酔った人に無理矢理勧められる。「延」は引き入れるの意。「酔客」-「醒客」 の対は『楚辞』漁父の 「衆人皆な酔いて我れ一人醒む」を思わせる。「座中」「江上」 の一聯は「酔客」「醒客」、「暗雲」「雨雲」を対にした、どちらも句中の対の技法を用いる。句中の対は杜甫から顕著になるといわれる。



美酒成都堪送老、當壚仍是卓文君。
こんなにうまい酒に恵まれた成都の地でこのまま晩年を過ごすのも悪くないとおもう。この地では酒を相手にしてくれるのは、やはり卓文君に限るというものだ。
當壚仍是卓文君 「壚」は酒に爛をつけるいろり、から、お酒のお相手となる。卓文君の故事にもとづく。蜀の司馬相如は世に出る前、卓文君と駆け落ちして、生活のために臨卭(四川省卭崍県)の地で飲み屋を開き、「文君をして盧に当たらしむ」(『漢書』司馬相如伝)。「盧」は「壚」に通じる。顔師古の注ではいろりではなく酒のかめを置くために土を盛った所という。




(解説)

○詩型 七言律詩。
○押韻 群・分・軍・雲・君。

北青蘿 李商隠 :紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 60

北青蘿 李商隠  :紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 60
853年梓州李商隠43歳。

李商隠晩年の作。唐王朝は王朝として存在はするものの各地の潘鎮、節度使が小王国を形成し始めており、官僚による国家の正常な政治は期待できない状態であった。李商隠の詩に変化が現れ、「獺祭魚」的な部分は影を潜め、隠遁者、禅宗の修行者の雰囲気の抒情詩になっている。

北青蘿
残陽西入崦、茅屋訪孤僧。
夕日が迄か西の彼方崦峨山に入るころ、茅ぶきの庵に独り住う僧を訪ねてきた。
落葉人何在、寒雲路幾層。
枯葉が庭に敷き詰められている、ここには人の気配というものがどうしあるといえよう。冬の寒々した雲はが、幾層にも道のように積み重ってあたりをおおっでいる
濁敲初夜磬、閒倚一枝藤。
ただ、僧のたたく磬の音だけが宵の時刻にあたりに響き渡っている。私はものしずかに一本の藤の杖によりかかって見ているだけである。
世界微塵裏、吾寧愛與憎。
この世界、万物とりわけ人間は、徴かい塵のようであり、どうしようもない仕組みの中にいるのである。私は、どうして、女性を愛すること宦官や党派の政争を憎しみというものを考えているのだろうか。



夕日が迄か西の彼方崦峨山に入るころ、茅ぶきの庵に独り住う僧を訪ねてきた。
枯葉が庭に敷き詰められている、ここには人の気配というものがどうしあるといえよう。冬の寒々した雲はが、幾層にも道のように積み重ってあたりをおおっでいる
ただ、僧のたたく磬の音だけが宵の時刻にあたりに響き渡っている。私はものしずかに一本の藤の杖によりかかって見ているだけである。
この世界、万物とりわけ人間は、徴かい塵のようでありどうしようもない仕組みの中にいるのである。私は、どうして、女性を愛すること宦官や党派の政争を憎しみというものを考えているのだろうか。




北青蘿
残陽は西のかた崦(えん)に入り、茅屋に孤僧を訪う。
落葉 人何くにか在る、寒雲 路幾層。
独り敲(たた)く初夜の磬(けい)、閒(しずか)に倚る一枝の藤。
世界 微塵(びじん)の裏、吾寧(な)んぞ愛と憎とをせんや。
 
 
残陽西入崦、茅屋訪孤僧。
夕日が迄か西の彼方崦峨山に入るころ、茅ぶきの庵に独り住う僧を訪ねてきた。
北青蘿 字義は山蔭のつた。ここは庵の名であろう。だが、場所設定はできないが晩年であり、○ 山の一角。日が沈んでいる部分のこと。雲南省崦峨山のこととする説もあるが、違う。隠者は場所の特定をしないもの。


落葉人何在、寒雲路幾層。
枯葉が庭に敷き詰められている、ここには人の気配というものがどうしあるといえよう。冬の寒々した雲はが、幾層にも道のように積み重ってあたりをおおっでいる。


濁敲初夜磬、閒倚一枝藤。
ただ、僧のたたく磬の音だけが宵の時刻にあたりに響き渡っている。私はものしずかに一本の藤の杖によりかかって見ているだけである。
初夜 初更すなわち午後八時。○ 玉石の楽器。キン。折れ曲った矩形に造り、軒にかけて鳴らす。鐘と共に時刻を知らすのに用いられる。○閒倚 閒は閑に同じ。〇一枝藤 藤の杖。生の蔦は木に巻きついているが、杖はそれを解き一枝にしている。隠者の雰囲気を醸し出している表現である。


世界微塵裏、吾寧愛與憎。
この世界、万物とりわけ人間は、徴かい塵のようでありどうしようもない仕組みの中にいるのである。私は、どうして、女性を愛すること宦官や党派の政争を憎しみというものを考えているのだろうか。
世界微塵裏 微塵はこまかいちり。裏は、ものの裏或いは内側、転じて広く仕組みの内、仕組みののもとでという意味。


秋日晩思 李商隠

「秋日晩思」 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 28


秋日晩思
桐槿日零落、雨餘方寂蓼。
一葉揺落し秋を知らせる桐の樹、一朝花をつける桂の樹が、日、一日と葉を落す秋の夕暮れ。秋の雨が降りやんだあとにはただ寂蓼がひろがっていた。
枕寒荘蝶去、囱冷胤螢鎖。
うたたねの床は枕もひえびえとして、むかし夢に荘子が見て楽しんだという春の蝶はもう消えていない、目醒めたのでは書を見ようとしてみるのだが、窓はつめたく、晋時代の勤勉の士、車胤が明りにした螢をあつめようにも、もう飛んでいない。
取適琴將酒、忘名牧與樵。
官職を離れていて田舎のわび住いに次第にあってきた。そこに琴と酒でもって心を養われるようであることは、悠々自適の生活を我がものにできている。羊を牧畜している村の童と、山で樵りして野犬たちがあたえてくれた、俗世間のこと、名誉心や野心から脱することができそうだ。
平生有遊舊、一一在烟霄。

ひごろ付き合っていた旧知の友人達は、ひとりびとり、時流に乗ってめぐまれ、栄達していて、いまかすめる空にある人となってはいる。



一葉揺落し秋を知らせる桐の樹、一朝花をつける桂の樹が、日、一日と葉を落す秋の夕暮れ。秋の雨が降りやんだあとにはただ寂蓼がひろがっていた。
うたたねの床は枕もひえびえとして、むかし夢に荘子が見て楽しんだという春の蝶はもう消えていない、目醒めたのでは書を見ようとしてみるのだが、窓はつめたく、晋時代の勤勉の士、車胤が明りにした螢をあつめようにも、もう飛んでいない。
官職を離れていて田舎のわび住いに次第にあってきた。そこに琴と酒でもって心を養われるようであることは、悠々自適の生活を我がものにできている。羊を牧畜している村の童と、山で樵りして野犬たちがあたえてくれた、俗世間のこと、名誉心や野心から脱することができそうだ。
ひごろ付き合っていた旧知の友人達は、ひとりびとり、時流に乗ってめぐまれ、栄達していて、いまかすめる空にある人となってはいる。


秋日晩思
桐槿 日びに零落し、雨余 方に寂蓼たり。
枕は寒くして荘蝶去り、窓は冷くして胤螢鎖ゆ。
適を取る 琴と酒、名を忘る 牧と樵。
平生 遊旧有りしも、一一 煩霄に在り

 


桐槿日零落、雨餘方寂蓼。
一葉揺落し秋を知らせる桐の樹、一朝花をつける桂の樹が、日、一日と葉を落す秋の夕暮れ。秋の雨が降りやんだあとにはただ寂蓼がひろがっていた。
○桐 きりとむくげ。ともに季節の変化に敏感な落葉喬木。○零落 草木の枯れおちること。〇雨余 雨のあと。〇方 ちょうどいま。


枕寒荘蝶去、囱冷胤螢鎖。
うたたねの床は枕もひえびえとして、むかし夢に荘子が見て楽しんだという春の蝶はもう消えていない、目醒めたのでは書を見ようとしてみるのだが、窓はつめたく、晋時代の勤勉の士、車胤が明りにした螢をあつめようにも、もう飛んでいない。
荘蝶 荘子が夢に煤となってたのしんだという故事にもとづく。
李商隠『錦瑟』「莊生曉夢迷蝴蝶、望帝春心托杜鵑。」
( 昔、荘子がで、蝶になった夢をみて、その自由さに暁の夢が覚めてのち、自分の夢か、蝶の夢かとと疑ったという。蝶のように華麗で自由にあなたのもとに飛んでいければいいのに。また、昔の望帝はその身が朽ちて果ててもの春目くその思いを、杜鵑(ホトトギス)に托したという。愛への思い焦がれる執着心はそのように、昼も夜も四六時中、哀鳴するものなのだ。。
 ○莊生 荘周。荘子。 ○ 自分が夢で蝶になっているのか、蝶が夢で自分になっているのかということで迷う。 ○蝴蝶 荘周が夢の中で蝶になり、夢からさめた後、荘周が夢を見て蝶になっているのか、蝶が夢を見て荘周になっているのか、一体どちらなのか迷った。 ○望帝 蜀の望帝。蜀の開国伝説によると、周の末に蜀王の杜宇が帝位に即き、望帝と称した。望帝は部下のものに治水を命じておきながら、その妻と姦通し、その後その罪を恥じて隠遁した。旧暦二月、望帝が世を去ったとき、杜鵑(ホトトギス)が、哀鳴した。  ○春心 春を思う心。相手と結ばれたいとを思う心。 ○春心托杜鵑 相手と結ばれたいとを思う心は、血を吐きながら悲しげに鳴く杜鵑(ホトトギス)に托す。 ・杜鵑:〔とけん〕ほととぎす。血を吐きながら悲しげに鳴くという。)
胤螢 東晋の学者車胤あざなは武子の故事。彼は少年時代、豪が貧しく常には油を得る
ことができなかったので、夏には練嚢に数十の螢火を盛って照明とし、勉学にいそしんだという(「晋書」車胤伝)。東晋の孫康が雪のあかりで勉強した故事と共に名高い。


取適琴將酒、忘名牧與樵。
官職を離れていて田舎のわび住いに次第にあってきた。そこに琴と酒でもって心を養われるようであることは、悠々自適の生活を我がものにできている。羊を牧畜している村の童と、山で樵りして野犬たちがあたえてくれた、俗世間のこと、名誉心や野心から脱することができそうだ。
取適 取は資料とする、というぐらいの意味。適は自由。○忘名 北魂の顔之推の「顔氏家訓」に「上土は名を忘れ、中士は名を立て、下士は名を窃む。」と見える。忘名は、名誉心から超脱することをいう。


平生有遊舊、一一在烟霄。
ひごろ付き合っていた旧知の友人達は、ひとりびとり、時流に乗ってめぐまれ、栄達していて、いまかすめる空にある人となってはいる。
〇一一 どれもこれも。○烟霄 かすめる空。朝廷乃至は高き地位のたとえである。

春日寄懐 李商隠

「春日寄懐」 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 27


845年作。 この詩は母の喪に会って故郷に帰り、家を永楽県に移して、三年四度目の春、武宗会員五年(八四五年)の作。李商隠三十四歳。李商隠はその喪についている蟄居の時期に、詩のスタイルに一つの変化を見せ、中唐の白居易(772-846年)や元積(779-831年)の作風に近い詩を多く作っている。これはその一つ。なお彼の詩はのちに広西省の桂林に行き、以後、後半生の大半を邊疆にすごすに至って完成される。よく言われる李商隠の人物評価に出世のできない境遇に自分を嘆いてということが言われるが、ここまで、27首、愚痴っぽい詩は全くない。艶情詩とは全く違っっている。艶情詩のはってんをさせてきたわけだが、さすがの李商隠も母のもの期間中は抒情詩の佳作を作っている。


春日寄懐
世間榮落重逡巡、我獨邱園坐四春。
世間では、栄えからおとろえへ、衰えから繁栄へと、栄枯盛衰の繰返えされるものだ。私はそういうことに左右されない、故郷に母の喪に服して、隠遁者のようなそぞろに四度目の春を迎えたのだ。
縦使有花兼有月、可堪無酒又無人。
故郷では、春、野花が咲き、夜の月も澄明で美しい。たとい花があり月が輝いても、共に酒をのみつつ鑑賞する親しい友がいたら、心もほぐれはするが、酒と女がいないとなれはらず、どうして春の風情に堪えることができようか。
青袍似草年年定、白髪如絲日日新。
私の着る青い官僚衣は、あたかも春の草に似て、年経るごとに変わるものだが、私のはその色が身についたものとなってゆく。白髪は、年改まるごとに、日ごとに、絹糸のような白髪がふえてゆく。
欲逐風波千萬里、未知何路到龍津。

普通なら現実の荒海のような権力者に媚びいって、千万里のはてまでのような違った考えをして、求むべき宝を、功名と栄誉を逐おうとは思うのだろうが、しかしいまだに、一躍、それをくぐりぬければ竜と化すという、かの登竜門が何処にあるのか、どう進めば行き着けるのか、私はさっぱり分らないのだ。

世間では、栄えからおとろえへ、衰えから繁栄へと、栄枯盛衰の繰返えされるものだ。私はそういうことに左右されない、故郷に母の喪に服して、隠遁者のようなそぞろに四度目の春を迎えたのだ。
故郷では、春、野花が咲き、夜の月も澄明で美しい。たとい花があり月が輝いても、共に酒をのみつつ鑑賞する親しい友がいたら、心もほぐれはするが、酒と女がいないとなれはらず、どうして春の風情に堪えることができようか。
私の着る青い官僚衣は、あたかも春の草に似て、年経るごとに変わるものだが、私のはその色が身についたものとなってゆく。白髪は、年改まるごとに、日ごとに、絹糸のような白髪がふえてゆく。
普通なら現実の荒海のような権力者に媚びいって、千万里のはてまでのような違った考えをして、求むべき宝を、功名と栄誉を逐おうとは思うのだろうが、しかしいまだに、一躍、それをくぐりぬければ竜と化すという、かの登竜門が何処にあるのか、どう進めば行き着けるのか、私はさっぱり分らないのだ。





春日 懐を寄す
世間の栄落 重ねて逡巡、我独り邱園に坐(そぞろ)四春。
縦使(たと)い花有り 兼ねて月有ろうとも、堪う可けんや 酒無く又人無きに。
青袍は草に似て年年定まり、白髪は糸の如く日日に新なり。
逐わんと欲す 風波 千万里、未だ知らず 何の路か竜津に到る。



世間榮落重逡巡、我獨邱園坐四春。
世間では、栄えからおとろえへ、衰えから繁栄へと、栄枯盛衰の繰返えされるものだ。私はそういうことに左右されない、故郷に母の喪に服して、隠遁者のようなそぞろに四度目の春を迎えたのだ。
遮巡 ぐるぐる堂堂めぐりして進展しないこと。○邱園 郷里の田園。○坐四春 坐はそぞろ、慢然と時を過すこと。隠遁者の表現。杜甫「北征」、白居易「別元九後詠所懐」、李商隠が郷里に帰ったのが会昌二年、四度目の春をもそこで迎えたのである。喪は三年したがって春を四度迎えることになったのだろう。。


縦使有花兼有月、可堪無酒又無人。
故郷では、春、野花が咲き、夜の月も澄明で美しい。たとい花があり月が輝いても、共に酒をのみつつ鑑賞する親しい友がいたら、心もほぐれはするが、酒と女がいないとなれはらず、どうして春の風情に堪えることができようか。
縦使 たとい 訓読みの常套。縦令、仮令。


青袍似草年年定、白髪如絲日日新。

私の着る青い官僚衣は、あたかも春の草に似て、年経るごとに変わるものだが、私のはその色が身についたものとなってゆく。白髪は、年改まるごとに、日ごとに、絹糸のような白髪がふえてゆく。
青袍 処士及び下級官吏の服。(青袍似草)の語は漢代の古詩に「青袍は春草に似たり。」とあるのをふまえている。


欲逐風波千萬里、未知何路到龍津。
普通なら現実の荒海のような権力者に媚びいって、千万里のはてまでのような違った考えをして、求むべき宝を、功名と栄誉を逐おうとは思うのだろうが、しかしいまだに、一躍、それをくぐりぬければ竜と化すという、かの登竜門が何処にあるのか、どう進めば行き着けるのか、私はさっぱり分らないのだ。
風波 変化定めなき現実の荒波。○龍津 龍門の急流。「龍門」とは夏朝の皇帝・禹がその治水事業において山西省河津県北西の黄河上流にある龍門山を切り開いてできた急流のことである。にある滝の名。水の流れが激しく、江海の亀や魚はその滝の下に集るが、それを登り切る事ができない。もし上り得れば化して竜となると、「三秦記」に見える。登竜門という言葉はそれから出る。




 李商隠らしい表現である。自分が不遇と読む人がいるだろう。
「可堪無酒又無人」その酒もなく友も居らず、女なくして春の風情に堪えることができようか。
「未知何路到龍津」登竜門が何処にあるのか、どこをどう進めばそこまで行き着けるのか、私にはさっぱり分らないのだ。上官に媚びを売り、宦官に色目を使って出世をしてどうなるというのだ。男性官僚も権力者の庇護の上に出世があったのだ。
 女性の場合艶情詩という形で権力者におもねる女たちの姿を描いたが、それは、六朝以来の女たちの艶情を借りての物語を述べているのである。男性社会については、抒情詩の中では、この詩のように「登竜門がどこにあるかわからないのだよ」とボケをいっているのである。

李商隠は詩人として生きようと思っている、「多くの書冊を選び左右に鱗次して、獺祭魚と号し」することによって、その知識をすべてちりばめたのだ。李商隠らしい詩人的表現である。「私は頑張る、どこをどうしたらこうなる」というのはまったくない。
ボケと、自虐と、頽廃、直接的な方法としては、宗教、古辞の借用があるが、これはすぐ摘発され募集のみならず罰せられている。が権力に対しての表現である。詩人はそれぞれの特徴を出していくのである。

記事検索
livedoor 天気
記事検索
プロフィール

紀 頌之

Twitter プロフィール
カテゴリ別アーカイブ
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ