漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

五言絶句

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

《次硤石》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <842>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3194韓愈詩-214

《次硤石》韓愈 ここ数日の行進でやっと雪より離れることが出来た。同時に、今朝はまた山峡を出で平坦なところに差し掛かった。そこで、こころみに高い処に昇って前途を望んでみると、それと明確に確認はできないものの潼関が見えてきたのである。

 

2013年10月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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《次硤石》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <842  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3194韓愈詩-214

 

 

作者: 韓愈  817年元和十二年  50 

卷別: 卷三四四  文體:  五言 

詩題: 次硤石〔次峽石〕 

及地點:  峽石 (都畿道 陜州 峽石) 別名:硤石  ・潼關 (京畿道 華州 潼關)     

 

 

次硤石

(硤石の村を過ぎる。)

數日方離雪,今朝又出山。 

ここ数日の行進でやっと雪より離れることが出来た。同時に、今朝はまた山峡を出で平坦なところに差し掛かった。

試憑高處望,隱約見潼關。 

そこで、こころみに高い処に昇って前途を望んでみると、それと明確に確認はできないものの潼関が見えてきたのである。

硤石【けんせき】を次【よぎ】る。

數日 方に雪を離れ,今朝 又 山を出づ。 

試に高處に憑って望めば,隱約として潼關を見る。   

唐時代 韓愈関連01

 

『次硤石』 現代語訳と訳註

(本文)

次硤石

數日方離雪,今朝又出山。 

試憑高處望,隱約見潼關。 

 

 

(下し文)

硤石【けんせき】を次【よぎ】る。

數日 方に雪を離れ,今朝 又 山を出づ。 

試に高處に憑って望めば,隱約として潼關を見る。 

 

 

(現代語訳)

(硤石の村を過ぎる。)

ここ数日の行進でやっと雪より離れることが出来た。同時に、今朝はまた山峡を出で平坦なところに差し掛かった。

そこで、こころみに高い処に昇って前途を望んでみると、それと明確に確認はできないものの潼関が見えてきたのである。

 

 

(訳注)

次硤石

(硤石の村を過ぎる。)

・硤石 河南省陝縣(上の図C―4)〔中国歴史地図より作成〕新安から西に向かう陝州までの中間地点にある。ここは峠のようなところではなかろうか。杜甫の三吏三別の詩の地点である。

 

數日 方離 ,今朝 又出山

ここ数日の行進でやっと雪より離れることが出来た。同時に、今朝はまた山峡を出で平坦なところに差し掛かった。

「數日」雪が降りしきる中の行軍を云う。

「離雪」雪が降らず、道にも雪がなくなってきたことをいう。

「出山」山峰崖嶺の道であったところから、平野部にでたことをいう。。

 

試憑 高處 ,隱約 潼關

そこで、こころみに高い処に昇って前途を望んでみると、それと明確に確認はできないものの潼関が見えてきたのである。

「高處」高い所。ここでは函谷関を超える際の高所を云う。

「隱約」あるにはあるが、それと明確に確認はできない状況を云う。

「潼關」河南省と陝西省の境にある。黄河が南下から東に流れを帰る地点であることを云う。
 華州から秦州同谷成都00




















杜甫
関連 地図中段の右側が『三吏三別』詩の地点。
 

《酬馬侍郎寄酒【案:馬總也。】》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <825>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3109韓愈詩-201

酬馬侍郎寄酒 今しも、秋になったのに、詩と酒がなければ折角の明月も、何らの興を添えず、まことにつまらなく、打ち過ぎるべきに君が詩と酒を寄せられたので大いに逸興に感じたのであります。

 

2013109

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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

《酬馬侍郎寄酒【案:馬總也。】》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <825  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3109韓愈詩-201 

 

作者: 韓愈  816年元和十一年  49

卷別: 卷三四四  文體: 五言 

詩題: 酬馬侍郎寄酒〔馬總也。〕 

 

 

酬馬侍郎寄酒

(馬總が詩を添えて酒を送って来たのに対しお礼の詩を送った)

一壺情所寄,四句意能多。

この一壺の酒は君のご厚情にあずかり、それに添えられた四句の詩も、意味が多く、志のほど、ありがたく拝受いたしました。

秋到無詩酒,其如月色何。

今しも、秋になったのに、詩と酒がなければ折角の明月も、何らの興を添えず、まことにつまらなく、打ち過ぎるべきに君が詩と酒を寄せられたので大いに逸興に感じたのであります。

満月00 

(馬侍郎の酒を寄するに酬ゆ)

一壺 情 寄する所,四句 意 能【よ】く多し。

秋到って詩酒無かりせば,其れ月色を如何【いかん】。

 

 

 

『酬馬侍郎寄酒』 現代語訳と訳註

(本文)

酬馬侍郎寄酒〔馬總也。〕

一壺情所寄,四句意能多。

秋到無詩酒,其如月色何。

 

 

(下し文)

(馬侍郎の酒を寄するに酬ゆ)

一壺 情 寄する所,四句 意 能【よ】く多し。

秋到って詩酒無かりせば,其れ月色を如何【いかん】。

 

 

(現代語訳)

(馬總が詩を添えて酒を送って来たのに対しお礼の詩を送った)

この一壺の酒は君のご厚情にあずかり、それに添えられた四句の詩も、意味が多く、志のほど、ありがたく拝受いたしました。

今しも、秋になったのに、詩と酒がなければ折角の明月も、何らの興を添えず、まことにつまらなく、打ち過ぎるべきに君が詩と酒を寄せられたので大いに逸興に感じたのであります。

 

 

(訳注)

酬馬侍郎寄酒〔馬總也。〕

(馬總が詩を添えて酒を送って来たのに対しお礼の詩を送った)

卷三四四、五言句。馬侍郎刑部侍郎の馬總。字は會元、扶風の人。馬總が詩を添えて酒を送って来たのに対しお礼の詩を送ったものである。韓愈の詩が五言絶句であったことは馬総の詩が五絶であったということ。 

検校工部尚書蔡州刺史となり、淮西節度使に充てらる」とある。すると、馬總はこの時、刑部侍郎であつたので、元和八年より十年に至るまでの間、長安に居たのである。

 

 

 

一壺 所寄 ,四句 能多

この一壺の酒は君のご厚情にあずかり、それに添えられた四句の詩も、意味が多く、志のほど、ありがたく拝受いたしました。

 

 

秋到 詩酒 ,其如月色 何。

今しも、秋になったのに、詩と酒がなければ折角の明月も、何らの興を添えず、まことにつまらなく、打ち過ぎるべきに君が詩と酒を寄せられたので大いに逸興に感じたのであります。

「秋到月色」秋到という表現は仲秋に至ったことを示す。月色は上弦、下弦の月ではいわなので、仲秋の名月のころを云う。

「如月色何」月色如何と同じ。この後半二句はさすがの余情である。

 sas0009

遊城南十六首:把酒 韓愈(韓退之) <181>Ⅱ中唐詩792 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2944

遊城南十六首:把酒 韓愈 わたしはそんなやつとは違ってここに来て誰一人相手もないが、酒を片手に陶淵明の「悠然として南山をみる」と同じに終南山にむかうのだ。

 

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

遊城南十六首:把酒 韓愈(韓退之) <181>Ⅱ中唐詩792 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2944

 

 

卷別: 卷三四三  文體: 五言 

詩題: 遊城南十六首:把酒 

及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安、韋曲) 、終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山     

 

 

詩文:

遊城南十六首:把酒

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「酒を片手に」)

擾擾馳名者,誰能一日閒。

ざわざわと目立って自己の名声を売って歩く者たちが居る。そんなやつをだれがのんびりした一日をもっているというのか。

我來無伴侶,把酒對南山。

わたしはそんなやつとは違ってここに来て誰一人相手もないが、酒を片手に陶淵明の「悠然として南山をみる」と同じに終南山にむかうのだ。

 

(城南に遊ぶ十六首:酒を把る)

擾擾【じょうじょう】として名を馳する者,誰か能く一日閒【しずか】なる。

我れ來って伴侶無し,酒を把って南山に對す。

 

 

『遊城南十六首:把酒』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:把酒

擾擾馳名者,誰能一日閒。

我來無伴侶,把酒對南山。

 

 

(下し文)

(城南に遊ぶ十六首:酒を把る)

擾擾【じょうじょう】として名を馳する者,誰か能く一日閒【しずか】なる。

我れ來って伴侶無し,酒を把って南山に對す。

 

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「酒を片手に」)

ざわざわと目立って自己の名声を売って歩く者たちが居る。そんなやつをだれがのんびりした一日をもっているというのか。

わたしはそんなやつとは違ってここに来て誰一人相手もないが、酒を片手に陶淵明の「悠然として南山をみる」と同じに終南山にむかうのだ。

楠樹03













 

 

(訳注)

遊城南十六首:把酒 

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「酒を片手に」)

 

擾擾馳名者,誰能一日閒。

ざわざわと目立って自己の名声を売って歩く者たちが居る。そんなやつをだれがのんびりした一日をもっているというのか。

・擾擾 【じょうじょう】擾擾とは。乱れて落ち着かないさま。ごたごたするさま。

 

我來無伴侶,把酒對南山。

わたしはそんなやつとは違ってここに来て誰一人相手もないが、酒を片手に陶淵明の「悠然として南山をみる」と同じに終南山にむかうのだ。

・南山 終南山に対する。陶淵明の『飲酒』の詩の「悠然見南山」(悠然として南山を見る)を含意しての作である。

韓愈『遊太平公主山莊』

公主當年欲占春,故將臺榭押城闉。

欲知前面花多少,直到南山不屬人。

遊太平公主山莊 韓愈(韓退之) <146>Ⅱ中唐詩724 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2604

(韓愈 唐詩)『南山詩』(全20回)#1~#20

第一部 終南山連峰の概要・四季

第二部 終南山朝夕・周辺の事項

第三部 以前左遷の際、冬に終南山を抜けた時の事

第四部 以前左遷の際、冬に終南山を抜けた時の事

南山詩 韓退之(韓愈)詩<63-#20>Ⅱ中唐詩396 紀頌之の漢詩ブログ1267

○南山詩 南山は、唐の首都長安の南にそびえる終南山。ここでは、終南山や太白山を含め、秦蹴山脈

終南山03

全体を称して南山といっているようである。806年元和元年、江陵(現湖北省)から長安に召還され、権知国子博士となったときの作。韓愈三十九歳。韓愈の詩中、最大の長篇で、一百二韻二百四句を去声「宥」韻一つで押韻するという枝巧をこらし、南山をいろいろの角度から描写しようとした。従来「賦」の文学手法を、詩に用いようとしたもので、韓愈が一番精魂込めた作品である。杜甫の長詩「北征」と、優劣が論ぜられるほど、中国詩の歴史上からも、屈指の力作とされる。長篇であるから、いくつかの#()に分けることにする。

 

終南山は、西岳の太白山376m、と中岳の嵩山1440mのあいだにあり、渭水の南、20002900mの山でなる。中国,陝西省南部,秦嶺のうち西安南方の一帯をさす。また秦嶺全体をいう場合もある。その名は西安すなわち長安の南にあたることに由来し,関中盆地では,渭河以北の北山に対し南山とも称する。標高20002900m。北側は大断層崖をなし,断層線にそって驪山(りざん)などの温泉が湧出する。渭河と漢水流域とを結ぶ交通の要所で,子午道などの〈桟道(さんどう)〉が開かれ,しばしば抗争の地ともなった。

#2

勸參留守謁大尹,言語纔及輒掩耳。水北山人得名聲,去年去作幕下士。

水南山人又繼往,鞍馬仆從塞閭裏。少室山人索價高,兩以諫官征不起。
函谷関長安地図座標001 

遊城南十六首:贈同遊 韓愈(韓退之) <176>Ⅱ中唐詩787 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2919

遊城南十六首:贈同遊 韓愈 やっと喚び起こしてくれたのは全部の窓に朝日があたり、すっかり明けてしまったときである。それなのに、もう帰ろうとせきたてるのは日がまだ西に傾きもせぬうちではないか。

 

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遊城南十六首:贈同遊 韓愈(韓退之
) <176>Ⅱ中唐詩787 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2919

 

 

作者: 韓愈  816  元和十一年  49 

卷別: 卷三四三  文體: 五言 

詩題: 遊城南十六首:贈同遊 

寫及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

詩文:

遊城南十六首:贈同遊

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「贈同遊。」(同遊に贈る))

喚起窗全曙,催歸日未西。

やっと喚び起こしてくれたのは全部の窓に朝日があたり、すっかり明けてしまったときである。それなのに、もう帰ろうとせきたてるのは日がまだ西に傾きもせぬうちではないか。

無心花裡鳥,更與盡情啼。

お花畑にすみたいという心などない鳥でさえも、またほかの者のために、あれほどまでに情をつくして啼いているのではないか。

遊城南十六首:同遊に贈る

喚起されるは窗の全曙したるとき,催歸は日未だ西ならずとき。

無心の花裡の鳥さえ,更に與【ため】する 情を盡して啼くなり。

DCF00034 

 











『遊城南十六首:贈同遊』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:贈同遊

喚起窗全曙,催歸日未西。

無心花裡鳥,更與盡情啼。

 

 

(下し文)

遊城南十六首:同遊に贈る

喚起されるは窗の全曙したるとき,催歸は日未だ西ならずとき。

無心の花裡の鳥さえ,更に與【ため】する 情を盡して啼くなり。

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「贈同遊。」(同遊に贈る))

やっと喚び起こしてくれたのは全部の窓に朝日があたり、すっかり明けてしまったときである。それなのに、もう帰ろうとせきたてるのは日がまだ西に傾きもせぬうちではないか。

お花畑にすみたいという心などない鳥でさえも、またほかの者のために、あれほどまでに情をつくして啼いているのではないか。

 

 

(訳注)

遊城南十六首:贈同遊 

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「贈同遊。」(同遊に贈る))

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。

・「同遊」 遊山の同行者。行楽の同行者。

 

 

喚起 全曙 ,催歸 未西

やっと喚び起こしてくれたのは全部の窓に朝日があたり、すっかり明けてしまったときである。それなのに、もう帰ろうとせきたてるのは日がまだ西に傾きもせぬうちではないか。

・「喚起」朝遅くなって、やっと韓愈を呼びに来た。次の句の催帰とともに鳥の名だとする説もあるが、それではおかしい。

ここは言葉通りに、よびおこす、であり、催帰は、帰ろうとせきたてることである。

・「窗 全曙」朝が遅い状況を云う。当時は夜明け前に集合すのが基本である。特に男女の情事については夜が明ける前には出かけないといけないのである。

・「催歸」帰りたいと催促する。

★この起承の二句は新婚、女の言いなりの男が想定される。

 

無心 花裡 ,更與盡情

お花畑にすみたいという心などない鳥でさえも、またほかの者のために、あれほどまでに情をつくして啼いているのではないか。

・「無心」情のない付き合い。

・「花裡」女のいるところ。花畑。

・「鳥」鳥は相手を探すために啼いている。

・「与」 ために。

・「情」多情に。

・「啼」啼く、うったえる。

 ★この転結は一般的な春の行楽は美人を連れ立って、朝方から野山で宴会をし、夜には家屋内の宴会場、庭先で引き続いて宴会がひらかれるという前提でこの詩を詠むと、韓愈がその前提のもとに相手をからかっているということが理解されると思う。この詩の相手は新婚の男か、女の言いなりになる男という二者であろうが、後者の方が面白さは大きい。

百舌鳥03 

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。鏡潭 韓愈(韓退之) <136>Ⅱ中唐詩697 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2469


301-17 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。鏡潭
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「鏡潭」を詠う。)
非鑄複非熔,泓澄忽此逢。
鋳造したものでなく、また熔けてかたまったものでもない。ひろく深いみずが澄んでいる淵はたちまちにしてこんなふうになったというのです。
魚蝦不用避,只是照蛟龍。

この淵には魚も蝦も逃げたり隠れたりすることはない。ただ、やはりここでは蛟竜が一番照らされるところなのです。


『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。鏡潭』 現代語訳と訳註
楊柳00005(本文)

非鑄複非熔,泓澄忽此逢。
魚蝦不用避,只是照蛟龍。


(下し文)
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「鏡潭」)
鑄たるに非ず 復た熔かしたるに非ず、泓澄 忽ち 此に逢ふ。
魚蝦 避くるを用いず、只だ走れ蚊龍を照さんがためなり。


(現代語訳)

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「鏡潭」を詠う。)
鋳造したものでなく、また熔けてかたまったものでもない。ひろく深いみずが澄んでいる淵はたちまちにしてこんなふうになったというのです。
この淵には魚も蝦も逃げたり隠れたりすることはない。ただ、やはりここでは蛟竜が一番照らされるところなのです。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。鏡潭

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「鏡潭」を詠う。)
・鏡潭 かがみのふち。


非鑄複非熔,泓澄忽此逢。
鋳造したものでなく、また熔けてかたまったものでもない。ひろく深いみずが澄んでいる淵はたちまちにしてこんなふうになったというのです。
・鑄 鋳造。
・熔 とけるとかす鉱物がとける。とかす。「熔岩・熔接・熔鉱炉」
・泓 ひろくふかいみず。ふち.


魚蝦不用避,只是照蛟龍。
この淵には魚も蝦も逃げたり隠れたりすることはない。ただ、やはりここでは蛟竜が一番照らされるところなのです。
・蝦 泳ぐような小さいのが蝦. 泳がずに歩く大きいのが海老。
・蛟龍 中国の竜の一種、あるいは、姿が変態する竜種の幼生(成長の過程の幼齢期・未成期)だとされる。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓 韓愈(韓退之) <135>Ⅱ中唐詩696 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2464

韓愈 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓》
明け方の名残月をまってから、郡の役所の高殿に上ってみる、この月も終わろうとする日はかえることはないのです。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓 韓愈(韓退之) <135>Ⅱ中唐詩696 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2464


300-16 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「北樓」を詠う。)
郡樓乘曉上,盡日不能回。
明け方の名残月をまってから、郡の役所の高殿に上ってみる、この月も終わろうとする日はかえることはないのです。
晚色將秋至,長風送月來。

日が傾き夕べの色は次第に秋を送って深まっていく。西風が長くなって北風に変わりはじめると月さまを送ってきて寒くなり始めたようです。


『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓』 現代語訳と訳註
minamo03(本文)
北樓
郡樓乘曉上,盡日不能回。
晚色將秋至,長風送月來。


(下し文)
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「北樓」)
郡樓 曉に乘じて上り,盡日 回る能わず。
晚色 秋を將って至り,長風 月を送り來る。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「北樓」を詠う。)
明け方の名残月をまってから、郡の役所の高殿に上ってみる、この月も終わろうとする日はかえることはないのです。
日が傾き夕べの色は次第に秋を送って深まっていく。西風が長くなって北風に変わりはじめると月さまを送ってきて寒くなり始めたようです。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「北樓」を詠う。)
・北榛 役所の北の方の物見やぐら。


郡樓乘曉上,盡日不能回。
明け方の名残月をまってから、郡の役所の高殿に上ってみる、この月も終わろうとする日はかえることはないのです。
・郡樓 郡の役所の高殿。
・盡日 (1)一日じゅう。終日。 「―降雨」 (2)各月または一年の最後の日。みそか。おおみそか。詩の雰囲気から8月の末日であろうと思う。


晚色將秋至,長風送月來。
日が傾き夕べの色は次第に秋を送って深まっていく。西風が長くなって北風に変わりはじめると月さまを送ってきて寒くなり始めたようです。
・長風 冬の風を運んでくること。西風から北風に変わることを意味する。
送月來 新しい月になることと、寒さを運んでくること。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花源 韓愈(韓退之) <134>Ⅱ中唐詩695 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2459

《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花源》王維の輞川集二十首に倣い作った21首。
水源地のまわりに花がさき出している。これを見るとあの詩を詠う役人の方は毎日いきていることだろう。
紅い花と紫の花にくれぐれも言っておくけれど、けっして、いちどに咲いては いけないのだよ。


2013年6月1日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 陳琳》 謝靈運 六朝詩<80-#1>文選 雜擬 上 782 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2458
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花源 韓愈(韓退之) <134>Ⅱ中唐詩695 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2459
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集《大雨》 五言古詩 成都6-(5) 杜甫 <470-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2460 杜甫詩1000-470-#3-686/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 鸚鵡離籠 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-183-55-#43  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2462
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花源 韓愈(韓退之) <134>Ⅱ中唐詩695 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2459


299-15 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花源
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花源」を詠う。)水源地の周りに花が咲く。
源上花初發,公應日日來。
水源地のまわりに花がさき出している。これを見るとあの詩を詠う役人の方は毎日いきていることだろう。
丁寧紅與紫,慎莫一時開。

紅い花と紫の花にくれぐれも言っておくけれど、けっして、いちどに咲いては いけないのだよ。




『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花源』 現代語訳と訳註
菖蒲02(本文)
源上花初發,公應日日來。丁寧紅與紫,慎莫一時開。


(下し文)
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花源」)
(花 源)
源上 花 初めて發き、公は應に日々に来るべし。
丁寧にせよ 紅と紫、慎んで一時に開く莫れ。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花源」を詠う。)水源地の周りに花が咲く。
水源地のまわりに花がさき出している。これを見るとあの詩を詠う役人の方は毎日いきていることだろう。
紅い花と紫の花にくれぐれも言っておくけれど、けっして、いちどに咲いては いけないのだよ。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花源
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花源」を詠う。)水源地の周りに花が咲く。


源上花初發,公應日日來。
水源地のまわりに花がさき出している。これを見るとあの詩を詠う役人の方は毎日いきていることだろう。
・源上 水源地のほとりに、それは花さく源の地でもあるという意味。
・公 前詩『柳巷』にある吏人のこと。
柳巷還飛絮,春餘幾許時。
吏人休報事,公作送春詩。
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷 韓愈(韓退之) <133>Ⅱ中唐詩694 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2454


丁寧紅與紫,慎莫一時開。
紅い花と紫の花にくれぐれも言っておくけれど、けっして、いちどに咲いては いけないのだよ。
海棠花002

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷 韓愈(韓退之) <133>Ⅱ中唐詩694 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2454


韓愈 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷》
柳並木と町並みにまた柳絮が飛び交っている。その春もあと幾日あるのだろう。

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Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷 韓愈(韓退之) <133>Ⅱ中唐詩694 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2454
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷 韓愈(韓退之) <133>Ⅱ中唐詩694 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2454


298-14 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳巷」を詠う。)
柳巷還飛絮,春餘幾許時。
柳並木と町並みにまた柳絮が飛び交っている。その春もあと幾日あるのだろう。
吏人休報事,公作送春詩。

この街の役人の書記は春の間は報告書を書くのを休むのだ。この季節は行く春について詩を詠い作るのがおおやけのしごとなのだ。



『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷』 現代語訳と訳註
柳i112(本文)

柳巷還飛絮,春餘幾許時。
吏人休報事,公作送春詩。


(下し文)
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳巷」)
柳巷に還た絮飛び,春は幾許【いくばく】の時をか餘す。
吏人は報事を休め,公は送春の詩を作るなり。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳巷」を詠う。)
柳並木と町並みにまた柳絮が飛び交っている。その春もあと幾日あるのだろう。
この街の役人の書記は春の間は報告書を書くのを休むのだ。この季節は行く春について詩を詠い作るのがおおやけのしごとなのだ。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳巷」を詠う。)


柳巷還飛絮,春餘幾許時。
柳並木と町並みにまた柳絮が飛び交っている。その春もあと幾日あるのだろう。
・柳巷 花街に柳が植えてある。土手の柳、娼屋にも船着き場に柳が植えてある。水際の街である。


吏人休報事,公作送春詩。
この街の役人の書記は春の間は報告書を書くのを休むのだ。この季節は行く春について詩を詠い作るのがおおやけのしごとなのだ。
彼の文章の才を認めてこの発令があった以上、実際の仕事は兼務の史館修撰のほうにあったし、ほかの人たちの彼を見る目も、ほとんどもっぱら史館の地位にある者としてであった。史館修撰というのは、史料を集めたり、取捨選択したりするが、最終的にはそれを利用して歴史を書くことを本務とする。歴史は後世に残るものであり、その時代を代表するものなのだから、文章の才にかけて当代一流の人が執筆しなければならないというのが、中国のどの時代にもあった考え方である。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。稻畦 韓愈(韓退之) <132>Ⅱ中唐詩693 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2449

韓愈《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。稻畦》罫線を引いたような畦をこうしてみると数えることに抵抗はない。そこに鏡を張ったような水が枝わかれしてどこへ行くのかわかりはしない。

 

2013年5月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。稻畦 韓愈(韓退之) <132>Ⅱ中唐詩693 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2449
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集《大雨》 成都6-(3) 杜甫 <470>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2450 杜甫詩1000-470-684/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 筆離手 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-181-53-#41-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2452
 
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。稻畦 韓愈(韓退之) <132>Ⅱ中唐詩693 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2449


297-13 奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。稻畦
罫布畦堪數,枝分水莫尋。魚肥知已秀,鶴沒覺初深。

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「稻畦」を詠う。)
罫線を引いたような畦をこうしてみると数えることに抵抗はない。そこに鏡を張ったような水が枝わかれしてどこへ行くのかわかりはしない。
そこでは魚が肥えていて、稲が実ってもう垂れている。あそこでは鶴が沈んだのだろう、はじめてわかったことだがあそこにはきっと深いところがあるのだろう。
(稻畦)
罫を布きて畦の数ふるに堪へたり、枝のごと分れて水は尋ぬる莫し
魚肥えて己に秀づるを知り、鶴沒して初めて深きを覚ゆ。




終南山03










『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。稻畦』 現代語訳と訳註  稻畦
(本文)
罫布畦堪數,枝分水莫尋。魚肥知已秀,鶴沒覺初深。


(下し文)
(稻畦)
罫を布きて畦の数ふるに堪へたり、枝のごと分れて水は尋ぬる莫し
魚肥えて己に秀づるを知り、鶴沒して初めて深きを覚ゆ。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「稻畦」を詠う。)
罫線を引いたような畦をこうしてみると数えることに抵抗はない。そこに鏡を張ったような水が枝わかれしてどこへ行くのかわかりはしない。
そこでは魚が肥えていて、稲が実ってもう垂れている。あそこでは鶴が沈んだのだろう、はじめてわかったことだがあそこにはきっと深いところがあるのだろう。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。稻畦

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「稻畦」を詠う。)


罫布畦堪數,枝分水莫尋。
罫線を引いたような畦をこうしてみると数えることに抵抗はない。そこに鏡を張ったような水が枝わかれしてどこへ行くのかわかりはしない
・罫 水 田圃の風景で、田植え前後の光景を描く。王維の『田園楽』七首


魚肥知已秀,鶴沒覺初深。
そこでは魚が肥えていて、稲が実ってもう垂れている。あそこでは鶴が沈んだのだろう、はじめてわかったことだがあそこにはきっと深いところがあるのだろう。
・秀 稲がたわわにみのって穂がたれ下ること。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。荷池 韓愈(韓退之) <131>Ⅱ中唐詩692 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2444

韓愈 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。荷池》 ざわざわ鳴る音が聞き分けなくても何の音かわかるというわけにはいかない。ひらひらひるがえ、まきあがる姿はなにかににているようだ。

2013年5月29日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。荷池 韓愈(韓退之) <131>Ⅱ中唐詩692 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2444


296-12 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。荷池
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「荷池」を詠う。)
風雨秋池上,高荷蓋水繁。
ここに、風がふき雨がふる秋の蓮池のあたりに、背の高い蓮が水面いっぱいに繁っている。
未諳鳴摵摵,那似卷翻翻。

ざわざわ鳴る音が聞き分けなくても何の音かわかるというわけにはいかない。ひらひらひるがえ、まきあがる姿はなにかににているようだ。

kyoko113







『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。荷池』 現代語訳と訳註
(本文)

風雨秋池上,高荷蓋水繁。
未諳鳴摵摵,那似卷翻翻。


(下し文)
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「荷池」)
風雨 秋池の上【あた】り,高荷 水を蓋うて繁る。
未だ諳【そら】んぜざるは 鳴きて摵摵【さくさく】たるを,那んぞ卷いて翻翻たるに似ん。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「荷池」を詠う。)
ここに、風がふき雨がふる秋の蓮池のあたりに、背の高い蓮が水面いっぱいに繁っている。
ざわざわ鳴る音が聞き分けなくても何の音かわかるというわけにはいかない。ひらひらひるがえ、まきあがる姿はなにかににているようだ。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。荷池

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「荷池」を詠う。)
・荷池 はすいけ.


風雨秋池上,高荷蓋水繁。
ここに、風がふき雨がふる秋の蓮池のあたりに、背の高い蓮が水面いっぱいに繁っている。
・高荷 背の高いはす.


未諳鳴摵摵,那似卷翻翻。
ざわざわ鳴る音が聞き分けなくても何の音かわかるというわけにはいかない。ひらひらひるがえ、まきあがる姿はなにかににているようだ。
・諳 おぼえていること。聞き分けなくても何の音かわかる。
・摵摵 風のざやぎや鳴るさま.
・翻翻 ひらひらひるがえるさま。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。西山 韓愈(韓退之) <129>Ⅱ中唐詩690 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2434

韓愈《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。西山》
秋が深まり希望一杯の新月が過ぎてもう宵待ち月を迎え、登り始めた月は山の端にかかっている。天高くはれわたった秋に浮浪雲が晩になってものこっている。


2013年5月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。西山 韓愈(韓退之) <129>Ⅱ中唐詩690 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2434


293-9 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳溪」を詠う。)
柳樹誰人種,行行夾岸高。
この渓谷の土手に植えられた柳の大樹はどんなひとが植えたのだろうか、どの列も、岸をはさんで背が高く伸びている。
莫將條系纜,著處有蟬號。

たわわな枝があるからといって、この枝、大樹にともづなをかけることなどしないでほしい。その船の着く所は 蝉が集まって鳴き叫んでいているではないですか。

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294-10 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。西山
下弦の月を過ぎるころには名残月が西山の上に残るのを見ると晴雲邪魔をする。こんなことではとうとう、ふりかえる気はしなくなるものなのだ。
  
  
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「西山」を詠う。)
新月迎宵掛,晴雲到晚留。
秋が深まり希望一杯の新月が過ぎてもう宵待ち月を迎え、登り始めた月は山の端にかかっている。天高くはれわたった秋に浮浪雲が晩になってものこっている。
為遮西望眼,終是懶回頭。

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『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。西山』 現代語訳と訳註
(本文)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。西山
新月迎宵掛,晴雲到晚留。
為遮西望眼,終是懶回頭。


(下し文)
西 山
新月は膏を遇へて撞り
暗雲は晩に到るも留まる
西望の眼を遮るが為に
終に是れ頭を廻すに備し


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「西山」を詠う。)
秋が深まり希望一杯の新月が過ぎてもう宵待ち月を迎え、登り始めた月は山の端にかかっている。天高くはれわたった秋に浮浪雲が晩になってものこっている。
下弦の月を過ぎるころには名残月が西山の上に残るのを見ると晴雲邪魔をする。こんなことではとうとう、ふりかえる気はしなくなるものなのだ。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。西山

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「西山」を詠う。)


新月迎宵掛,晴雲到晚留。
秋が深まり希望一杯の新月が過ぎてもう宵待ち月を迎え、登り始めた月は山の端にかかっている。天高くはれわたった秋に浮浪雲が晩になってものこっている。
・新月 9月の初め三日あたりということ。8月初めの月は初月、新月は希望を持つことを云う。月と太陽の視黄経が一致する瞬時。朔(さく)ともいう。太陰暦では一般にこれを含む日を各月のはじめの日(朔(ついたち))とした。この日,月は見えないが,日食となればその所在は知れる。
・宵掛 1《翌日の十五夜の月を待つ宵の意》陰暦8月14日の夜。小望月(こもちづき)。《季 秋》
2 来るはずの人を待つ宵。
・晴雲 「晴雲」は、晴れた空に浮かぶ白雲のこと。「秋月」は、秋の澄んだ空にかかる月の意。


為遮西望眼,終是懶回頭。
下弦の月を過ぎるころには名残月が西山の上に残るのを見ると晴雲邪魔をする。こんなことではとうとう、ふりかえる気はしなくなるものなのだ。
・西望眼 下弦の月を過ぎるころには名残月が西の空に残るのを見る。別れを覚悟して西の空の月を見る

moon5411

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪 韓愈(韓退之) <128>Ⅱ中唐詩689 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2429

韓愈 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪》 この渓谷の土手に植えられた柳の大樹はどんなひとが植えたのだろうか、どの列も、岸をはさんで背が高く伸びている。

2013年5月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩擬魏太子鄴中集詩八首  魏太子 謝靈運 六朝魏詩<78-#1>文選 雜擬 上 776 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2428
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪 韓愈(韓退之) <128>Ⅱ中唐詩689 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2429


285-1
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。新亭
湖上新亭好,公來日出初。
湖の水面につき出たあずまやがなかなか良いものだ。日の出とともにあのお方が初めてお出ましになられるという。
水文浮枕簟,瓦影蔭龜魚。

まくらと簟の涼しげなシーツには水の波紋の模様が浮かび上がっている。水面に四阿の瓦の陰に映るとそこに亀や魚が集まってくる。


286-2
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「流水」を詠う。)
【案:劉伯芻以元和八年出刺虢州。】
汩汩幾時休,從春復到秋。
ザーザーと流水の音が いつ休まず流れかつづいている。春から秋までながれ、秋から春までながれる。
只言池未滿,池滿強交流。
ただ、池がいっはいになりはしないからというのだけれど、池がいっぱいになったらというものの、なれば流れが入り混じってしまうというものだ。

 

287-3
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹洞
竹林0021(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹洞」を詠う。)
竹洞何年有,公初斫竹開。
水の音を聞きながら進むと竹林の洞門が出来ている林ができるまで何年ぐらいたったのだろうか。あのお方が竹を切ってこの門を開かれたのです。
洞門無鎖鑰,俗客不曾來。
これほどの洞門であると外敵から守るための防御など必要はありません。だけど風流・風雅を理解できない人は通ってくることはできません。

 

288-4 奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「月見臺」を詠う。)
とにかく月見台から望むために急いで登り見渡してみる。ああこんなきれいなお月さまを見られるなんて初めてのことだ。
 

289-5
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「渚亭」を詠う。)
自有人知處,那無步往蹤。
ひとであるなら自然に知られてしまうものです。どうして人のあるいた後を追って来ずにいられましょう。
莫教安四壁,面面看芙蓉。
四方に壁をつけないでみとおしがよく、どちらからでも仙郷の蓮が見えるではないですか。
 

290-6
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹溪」を詠う。)
藹藹溪流慢,梢梢岸篠長。
おだやかにあいあいと渓の水の流れは緩慢なものであり、そこに抜きん出てさやさやと岸べの篠はながくある。
穿沙碧簳淨,落水紫苞香。
すなの渚からつき出たみどりの幹の浄らかなものであり、水ぎわに落ちたむらさきの筍の子は香ばしさをにおわせる。
291-7
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北湖
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「北湖」を詠う。)
聞說遊湖棹,尋常到此回。
きくところでは、みずうみに船遊びをするのに棹を漕ぎだす、普通、たいていここ湖の北へくると引きかえすというのです。
應留醒心處,准擬醉時來。
まさに目の醒めるような美しいところを残っておいてくれたのだろう。わたしが酔ったときに来るというのを予想して準備しているというのだ。

292-8
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花島
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花島」を詠う。)
蜂蝶去紛紛,香風隔岸聞。
花がさきみだれる湖に浮かぶ島に蜂も蝶もぶんぶんやって来る。いい花の香りが岸のむこうにも匂がとどくる。
欲知花島處,水上覓紅雲。

花さく島がどこにあるのか知りたいとおもうなら、水の上に浮んでいるピンクの雲をさがすことである

293-9 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳溪」を詠う。)
柳樹誰人種,行行夾岸高。
この渓谷の土手に植えられた柳の大樹はどんなひとが植えたのだろうか、どの列も、岸をはさんで背が高く伸びている。
莫將條系纜,著處有蟬號。
たわわな枝があるからといって、この枝、大樹にともづなをかけることなどしないでほしい。その船の着く所は 蝉が集まって鳴き叫んでいているではないですか。

楊柳00005






『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪』 現代語訳と訳註
(本文)
柳樹誰人種,行行夾岸高。莫將條繫纜,著處有蟬號。 


(下し文) (虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳溪」)
柳樹は誰人か種えたる、行行 岸を爽んで高し。
條を將て纜を繋ぐこと莫れ、著くる處に蝉號有り。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳溪」を詠う。)
この渓谷の土手に植えられた柳の大樹はどんなひとが植えたのだろうか、どの列も、岸をはさんで背が高く伸びている。
たわわな枝があるからといって、この枝、大樹にともづなをかけることなどしないでほしい。その船の着く所は 蝉が集まって鳴き叫んでいているではないですか。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「柳溪」を詠う。)


柳樹 誰人 種 ,行行 夾岸 高 。
この渓谷の土手に植えられた柳の大樹はどんなひとが植えたのだろうか、どの列も、岸をはさんで背が高く伸びている。
・「柳樹」 大樹、柳。
・「誰人」 人稱代名詞、誰か。なんびと。
・「行行」 どの列も。
・「夾岸」 沙洲島嶼、岸。


莫將條 繫纜 ,著處 有 蟬號 。
たわわな枝があるからといって、この枝、大樹にともづなをかけることなどしないでほしい。その船の着く所は 蝉が集まって鳴き叫んでいているではないですか。
・「」語義類別:其他、單位詞、量詞單位、條。
・「繫纜」 (糸部)、繫纜。
・「著處」 場域概稱、著處。
・「蟬號」 昆蟲爬蟲である蟬の叫。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花島 韓愈(韓退之) <127>Ⅱ中唐詩688 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2424

韓愈 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花島》
花がさきみだれる湖に浮かぶ島に蜂も蝶もぶんぶんやって来る。いい花の香りが岸のむこうにも匂がとどくる。


2013年5月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花島 韓愈(韓退之) <127>Ⅱ中唐詩688 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2424




285-1
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。新亭
湖上新亭好,公來日出初。
湖の水面につき出たあずまやがなかなか良いものだ。日の出とともにあのお方が初めてお出ましになられるという。
水文浮枕簟,瓦影蔭龜魚。

まくらと簟の涼しげなシーツには水の波紋の模様が浮かび上がっている。水面に四阿の瓦の陰に映るとそこに亀や魚が集まってくる。

  
286-2 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「流水」を詠う。)
【案:劉伯芻以元和八年出刺虢州。】
汩汩幾時休,從春復到秋。
ザーザーと流水の音が いつ休まず流れかつづいている。春から秋までながれ、秋から春までながれる。
只言池未滿,池滿強交流。
ただ、池がいっはいになりはしないからというのだけれど、池がいっぱいになったらというものの、なれば流れが入り混じってしまうというものだ。
  
   
  
287-3 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹洞
竹林0021(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹洞」を詠う。)
竹洞何年有,公初斫竹開。
水の音を聞きながら進むと竹林の洞門が出来ている林ができるまで何年ぐらいたったのだろうか。あのお方が竹を切ってこの門を開かれたのです。
洞門無鎖鑰,俗客不曾來。
これほどの洞門であると外敵から守るための防御など必要はありません。だけど風流・風雅を理解できない人は通ってくることはできません。
  
   
  
288-4 奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「月見臺」を詠う。)
とにかく月見台から望むために急いで登り見渡してみる。ああこんなきれいなお月さまを見られるなんて初めてのことだ。  
   
  
289-5 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「渚亭」を詠う。)
自有人知處,那無步往蹤。
ひとであるなら自然に知られてしまうものです。どうして人のあるいた後を追って来ずにいられましょう。
莫教安四壁,面面看芙蓉。
四方に壁をつけないでみとおしがよく、どちらからでも仙郷の蓮が見えるではないですか。  
   
  
290-6 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹溪」を詠う。)
藹藹溪流慢,梢梢岸篠長。
おだやかにあいあいと渓の水の流れは緩慢なものであり、そこに抜きん出てさやさやと岸べの篠はながくある。
穿沙碧簳淨,落水紫苞香。
すなの渚からつき出たみどりの幹の浄らかなものであり、水ぎわに落ちたむらさきの筍の子は香ばしさをにおわせる。  
291-7 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北湖
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「北湖」を詠う。)
聞說遊湖棹,尋常到此回。
きくところでは、みずうみに船遊びをするのに棹を漕ぎだす、普通、たいていここ湖の北へくると引きかえすというのです。
應留醒心處,准擬醉時來。
まさに目の醒めるような美しいところを残っておいてくれたのだろう。わたしが酔ったときに来るというのを予想して準備しているというのだ。

292-8 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花島
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花島」を詠う。)
蜂蝶去紛紛,香風隔岸聞。
花がさきみだれる湖に浮かぶ島に蜂も蝶もぶんぶんやって来る。いい花の香りが岸のむこうにも匂がとどくる。
欲知花島處,水上覓紅雲。

花さく島がどこにあるのか知りたいとおもうなら、水の上に浮んでいるピンクの雲をさがすことである
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花島」)
蜂蝶は去りて紛紛たり,香風は岸を隔てて聞ゆ。
花島の處を知らんと欲すれば,水上に紅雲を覓める。



『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花島』 現代語訳と訳註
海棠花04(本文)
蜂蝶去紛紛,香風隔岸聞。
欲知花島處,水上覓紅雲。


(下し文) (虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花島」)
蜂蝶は去りて紛紛たり,香風は岸を隔てて聞ゆ。
花島の處を知らんと欲すれば,水上に紅雲を覓める。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花島」を詠う。)
花がさきみだれる湖に浮かぶ島に蜂も蝶もぶんぶんやって来る。いい花の香りが岸のむこうにも匂がとどくる。
花さく島がどこにあるのか知りたいとおもうなら、水の上に浮んでいるピンクの雲をさがすことである


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花島

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「花島」を詠う。)
・花島 花がさきみだれる湖に浮かぶ島。


蜂蝶 去 紛紛 ,香風 隔岸 聞 。
花がさきみだれる湖に浮かぶ島に蜂も蝶もぶんぶんやって来る。いい花の香りが岸のむこうにも匂がとどくる。
・「蜂蝶」 蜂と蝶。
・「」 ゆくことだが、島の方からいえば、来る、である。
・「紛紛」語義類別:物、形容詞彙(物)、動物形態、紛紛。 ・紛紛 いりみだれるさま。
・「隔岸」 岸のむこうにも。沙洲島嶼、岸。
「聞」 におう。香をかぐことを聞香という。


欲知 花島 處 ,水上 覓 紅雲 。
花さく島がどこにあるのか知りたいとおもうなら、水の上に浮んでいるピンクの雲をさがすことである

・「欲知」 知りたいと思う。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪 韓愈(韓退之) <125>Ⅱ中唐詩686 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2414

《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪》 韓愈
おだやかにあいあいと渓の水の流れは緩慢なものであり、そこに抜きん出てさやさやと岸べの篠はながくある。


2013年5月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪 韓愈(韓退之) <125>Ⅱ中唐詩686 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2414
 

作年:813年  元和八年  46歲
卷別: 卷三四三  文體: 五言絕句 
詩題: 奉和虢州劉給事使君【案:伯芻。】三堂新題二十一詠:渚亭【案:劉伯芻以元和八年出刺虢州。】 
詩序: 并序:虢州刺史宅連水池竹林,往往為亭臺島渚,目其處為三堂。劉兄自給事中出刺此州,在任餘歲,職修人治,州中稱無事,頗復增飾。從子弟而遊其間,又作二十一詩以詠其事,流行京師,文士爭和之。余與劉善,故亦同作。 
寫作地點: 目前尚無資料 
寫及地點:  虢州 (河東道 虢州 虢州) 別名:弘農郡     
交遊人物/地點: 劉伯芻 書信往來(河東道 虢州 虢州)


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹溪」を詠う。)
藹藹溪流慢,梢梢岸篠長。
おだやかにあいあいと渓の水の流れは緩慢なものであり、そこに抜きん出てさやさやと岸べの篠はながくある。
穿沙碧簳淨,落水紫苞香。

すなの渚からつき出たみどりの幹の浄らかなものであり、水ぎわに落ちたむらさきの筍の子は香ばしさをにおわせる。

(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹溪」)
藹藹【あいあい】として溪流慢【ゆるやか】に,梢梢【しょうしょう】として岸篠【がんじょう】長し。
沙を穿って碧簳【へきかん】淨く,水落ちて紫苞【しほう】香【かんば】し。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。『竹溪』 
現代語訳と訳註
(本文)

藹藹溪流慢,梢梢岸篠長。
穿沙碧簳淨,落水紫苞香。


(下し文) (虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹溪」)
藹藹【あいあい】として溪流慢【ゆるやか】に,梢梢【しょうしょう】として岸篠【がんじょう】長し。
沙を穿って碧簳【へきかん】淨く,水落ちて紫苞【しほう】香【かんば】し。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹溪」を詠う。)
おだやかにあいあいと渓の水の流れは緩慢なものであり、そこに抜きん出てさやさやと岸べの篠はながくある。
すなの渚からつき出たみどりの幹の浄らかなものであり、水ぎわに落ちたむらさきの筍の子は香ばしさをにおわせる。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹溪」を詠う。)

竹林0021

藹藹溪流慢,梢梢岸篠長。
おだやかにあいあいと渓の水の流れは緩慢なものであり、そこに抜きん出てさやさやと岸べの篠はながくある。
・藹藹 おだやかなさま。
・梢梢 抜きん出るさま。
・岸篠 岸べのしのだけ。


穿沙碧簳淨,落水紫苞香。
すなの渚からつき出たみどりの幹の浄らかなものであり、水ぎわに落ちたむらさきの筍の子は香ばしさをにおわせる。
・穿沙 抄に穴をあける。ここでは抄からつき出ていることをさしている。
・碧簳 みどりのみき。
・落水 水ぎわまでのびていっていること。
・紫苞 むらさきの色した竹の子の皮。


并序:
虢州刺史宅連水池竹林,
往往為亭臺島渚,目其處為三堂。
劉兄自給事中出刺此州,
在任餘歲,職修人治,
州中稱無事,頗復增飾。
從子弟而遊其間,
又作二十一詩以詠其事,
流行京師,文士爭和之。
余與劉善,故亦同作。
虢州刺史の官舎は、川と池と竹林に連続している。さきごろ、亭や台や島や渚をつくって、そこに「三堂」という名をつけた。
劉兄は、給事中の職にあったが、転出してこの州の刺史となり、赴任して一年を超えた。
職務はきちんとととのい、政治もうまくいって、州ではまったく事故がないということだ。
そこで、いくらか、増設改築などをして、子弟たちをつれて、そのほとりで宴遊する。
また二十一首の詩をつくって そのことを詠じた。これが、都にも流行し、文士たちは争って唱和した。
わたしは、劉兄と親しい仲なので、同じようにつくってみた。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:新亭
湖上新亭好,公來日出初。 
水文浮枕簟,瓦影蔭龜魚。 
湖の水面につき出たあずまやがなかなか良いものだ。日の出とともにあのお方が初めてお出ましになられるという。
まくらと簟の涼しげなシーツには水の波紋の模様が浮かび上がっている。水面に四阿の瓦の陰に映るとそこに亀や魚が集まってくる。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹洞
竹洞何年有,公初斫竹開。
洞門無鎖鑰,俗客不曾來。
水の音を聞きながら進むと竹林の洞門が出来ている林ができるまで何年ぐらいたったのだろうか。あのお方が竹を切ってこの門を開かれたのです。
これほどの洞門であると外敵から守るための防御など必要はありません。だけど風流・風雅を理解できない人は通ってくることはできません。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺
南館城陰闊,東湖水氣多。
直須臺上看,始奈月明何。
月見台に向かい南の館があり、城郭に月影がひろがる。東の方には湖霧がふかく暗闇が広がる。
とにかく月見台から望むために急いで登り見渡してみる。ああこんなきれいなお月さまを見られるなんて初めてのことだ。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭
自有人知處,那無步往蹤。
莫教安四壁,面面看芙蓉。
ひとであるなら自然に知られてしまうものです。どうして人のあるいた後を追って来ずにいられましょう。
四方に壁をつけないでみとおしがよく、どちらからでも仙郷の蓮が見えるではないですか。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪
藹藹溪流慢,梢梢岸篠長。
穿沙碧簳淨,落水紫苞香。
おだやかにあいあいと渓の水の流れは緩慢なものであり、そこに抜きん出てさやさやと岸べの篠はながくある。
すなの渚からつき出たみどりの幹の浄らかなものであり、水ぎわに落ちたむらさきの筍の子は香ばしさをにおわせる。

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭 韓愈(韓退之) <124>Ⅱ中唐詩685 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2409

韓愈(韓退之)  《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭》
ひとであるなら自然に知られてしまうものです。どうして人のあるいた後を追って来ずにいられましょう。
四方に壁をつけないでみとおしがよく、どちらからでも仙郷の蓮が見えるではないですか。

2013年5月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集秋胡詩 (1) 顔延之(延年)   六朝詩<5> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2411 (05/22)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性凌云寺 薛能 唐五代詞・宋詩 -173-45-#36-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2412
 
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭 韓愈(韓退之) <124>Ⅱ中唐詩685 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2409


作年:813年  元和八年  46歲
卷別: 卷三四三  文體: 五言絕句 
詩題: 奉和虢州劉給事使君【案:伯芻。】三堂新題二十一詠:渚亭【案:劉伯芻以元和八年出刺虢州。】 
詩序: 并序:虢州刺史宅連水池竹林,往往為亭臺島渚,目其處為三堂。劉兄自給事中出刺此州,在任餘歲,職修人治,州中稱無事,頗復增飾。從子弟而遊其間,又作二十一詩以詠其事,流行京師,文士爭和之。余與劉善,故亦同作。 
寫作地點: 目前尚無資料 
寫及地點:  虢州 (河東道 虢州 虢州) 別名:弘農郡     
交遊人物/地點: 劉伯芻 書信往來(河東道 虢州 虢州)


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「渚亭」を詠う。)
自有人知處,那無步往蹤。
ひとであるなら自然に知られてしまうものです。どうして人のあるいた後を追って来ずにいられましょう。
莫教安四壁,面面看芙蓉。

四方に壁をつけないでみとおしがよく、どちらからでも仙郷の蓮が見えるではないですか。

(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「渚亭」)
自ら人の虚を知る有り、那んぞ歩往の蹤無からむ。
四壁を安けしむる莫れ、面面に芙蓉を看む。


『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭』 現代語訳と訳註
(本文)
自有人知處,那無步往蹤。
莫教安四壁,面面看芙蓉。


(下し文) (虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「渚亭」)
自ら人の虚を知る有り、那んぞ歩往の蹤無からむ。
四壁を安けしむる莫れ、面面に芙蓉を看む。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「渚亭」を詠う。)
ひとであるなら自然に知られてしまうものです。どうして人のあるいた後を追って来ずにいられましょう。
四方に壁をつけないでみとおしがよく、どちらからでも仙郷の蓮が見えるではないですか。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。渚亭
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「渚亭」を詠う。)



自有人知處,那無步往蹤。
ひとであるなら自然に知られてしまうものです。どうして人のあるいた後を追って来ずにいられましょう。
步往蹤 砂地にのころ人のあるいた足跡。



莫教安四壁,面面看芙蓉。
四方に壁をつけないでみとおしがよく、どちらからでも仙郷の蓮が見えるではないですか。
◎渚に立つ四阿が仙郷の雰囲気を味あわせることを云う。これらの詩は韓愈には珍しい艶歌で使う用語が出て來る。庭園=風雅=艶歌=六朝文化、という雰囲気を醸し出すものであろう。


王維の輞川集に倣ったもの。(比較してみるのも面白い。)


輞川集 20首       もうせんしゅう

 輞川集解説

1孟城幼もうじょうおう2華子岡 かしこう3文杏館ぶんきょうかん4斤竹嶺きんちくれい
5鹿柴   ろくさい 6木蘭柴 もくらんさい7茱萸拌 しゅゆはん8宮塊陌 きゅうかいはく
9臨湖亭 りんこてい10南 陀 なんだ11欹 湖 いこ12柳 浪 りゅうろう
13欒家瀬らんからい14金屑泉きんせつせん15白石灘はくせきたん16北 陀 ほくだ
17竹里館ちくりかん18辛夷塢 しんいお19漆 園 しつえん20椒 園 しょうえん

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺 韓愈(韓退之) <123>Ⅱ中唐詩684 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2404

韓愈(韓退之) 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺

月見台から望むために急いで登り見渡してみる。ああこんなきれいなお月さまを見られるなんて初めてのことだ。

2013年5月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 




奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺 韓愈(韓退之) <123>Ⅱ中唐詩684 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2404 



奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠月臺
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「月見臺」を詠う。)

南館城陰闊,東湖水氣多。
月見台に向かい南の館があり、城郭に月影がひろがる。東の方には湖霧がふかく暗闇が広がる。
直須臺上看,始奈月明何。

とにかく月見台から望むために急いで登り見渡してみる。ああこんなきれいなお月さまを見られるなんて初めてのことだ。


『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺』 
満月004現代語訳と訳註
(本文)

南館城陰闊,東湖水氣多。
直須臺上看,始奈月明何。


(下し文) (虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「」)
南館 城陰 闊く,東湖 水氣 多し。
直に 須く臺上より看るべし、始めて 月明 奈何。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「月見臺」を詠う。)


月見台に向かい南の館があり、城郭に月影がひろがる。東の方には湖霧がふかく暗闇が広がる。
とにかく月見台から望むために急いで登り見渡してみる。ああこんなきれいなお月さまを見られるなんて初めてのことだ。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺

(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「月見臺」を詠う。)


南館 城 陰闊 ,東湖 水氣 多 。
月見台に向かうと南の館があり、城郭に月影がひろがる。東の方には湖霧がふかく暗闇が広がる。
南館」空間、方向、南の館。
」都城
」陰影、陰。
」東方向。
」水澤湖泊、湖。
」湖水。
」風霜雪露、霧。

 
直須 臺上 看 ,始奈月明 何。
とにかく月見台から望むために急いで登り見渡してみる。ああこんなきれいなお月さまを見られるなんて初めてのことだ。
直須」とにかく、いそいで。
」亭の月見臺、樓閣の臺。
」のぼる。
」視覺、看る。
月明」明月。昼間のように明るく見通せる様子。
+(月明)

奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:竹洞 韓愈(韓退之) <122>Ⅱ中唐詩683 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2399

韓愈(韓退之) 《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:竹洞》 【劉伯芻、元和八年、出刺虢州。】
水の音を聞きながら進むと竹林の洞門が出来ている林ができるまで何年ぐらいたったのだろうか。あのお方が竹を切ってこの門を開かれたのです。

2013年5月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到  七言律詩 成都5-(38) 杜甫 <463>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2400 杜甫詩1000-463-674/1500
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性賦凌云寺二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-171-43-#36  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2402
 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:竹洞 韓愈(韓退之) <122>Ⅱ中唐詩683 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2399


并序:
虢州刺史宅連水池竹林,
往往為亭臺島渚,目其處為三堂。
劉兄自給事中出刺此州,
在任餘歲,職修人治,
州中稱無事,頗復增飾。
從子弟而遊其間,
又作二十一詩以詠其事,
流行京師,文士爭和之。
余與劉善,故亦同作。

虢州刺史の官舎は、川と池と竹林に連続している。さきごろ、亭や台や島や渚をつくって、そこに「三堂」という名をつけた。
劉兄は、給事中の職にあったが、転出してこの州の刺史となり、赴任して一年を超えた。
職務はきちんとととのい、政治もうまくいって、州ではまったく事故がないということだ。
そこで、いくらか、増設改築などをして、子弟たちをつれて、そのほとりで宴遊する。
また二十一首の詩をつくって そのことを詠じた。これが、都にも流行し、文士たちは争って唱和した。
わたしは、劉兄と親しい仲なので、同じようにつくってみた。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:新亭
湖上新亭好,公來日出初。 
湖の水面につき出たあずまやがなかなか良いものだ。日の出とともにあのお方が初めてお出ましになられるという。
水文浮枕簟,瓦影蔭龜魚。
 
まくらと簟の涼しげなシーツには水の波紋の模様が浮かび上がっている。水面に四阿の瓦の陰に映るとそこに亀や魚が集まってくる。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「流水」を詠う。)
汩汩幾時休,從春復到秋。 
ザーザーと流水の音が いつ休まず流れかつづいている。春から秋までながれ、秋から春までながれる。
只言池未滿,池滿強交流。
 
ただ、池がいっはいになりはしないからというのだけれど、池がいっぱいになったらというものの、なれば流れが入り混じってしまうというものだ。

287-3 
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹洞
竹林0021(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹洞」を詠う。)
竹洞何年有,公初斫竹開。
水の音を聞きながら進むと竹林の洞門が出来ている林ができるまで何年ぐらいたったのだろうか。あのお方が竹を切ってこの門を開かれたのです。
洞門無鎖鑰,俗客不曾來。

これほどの洞門であると外敵から守るための防御など必要はありません。だけど風流・風雅を理解できない人は通ってくることはできません。

(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹洞」)
竹洞は何れの年よりか有る、公の初めて竹を斫って開きしなり。
洞門 鎖鑰 無きも、俗客曾て来らず。



『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:竹洞』 現代語訳と訳註
(本文)

竹洞何年有,公初斫竹開。
洞門無鎖鑰,俗客不曾來。


(下し文)
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹洞」)
竹洞は何れの年よりか有る、公の初めて竹を斫って開きしなり。
洞門 鎖鑰 無きも、俗客曾て来らず。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹洞」を詠う。)
水の音を聞きながら進むと竹林の洞門が出来ている林ができるまで何年ぐらいたったのだろうか。あのお方が竹を切ってこの門を開かれたのです。
これほどの洞門であると外敵から守るための防御など必要はありません。だけど風流・風雅を理解できない人は通ってくることはできません。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹洞

虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「竹洞」を詠う。


竹洞何年有,公初斫竹開。
水の音を聞きながら進むと竹林の洞門が出来ている林ができるまで何年ぐらいたったのだろうか。あのお方が竹を切ってこの門を開かれたのです。
・洞 1 筒形に抜け通る穴。ほらあな。「洞窟(どうくつ)・洞穴・洞門/空洞・風洞・鍾乳洞(しょうにゅうどう)」2 奥深い場所。婦人の部屋。また、仙人の住まい。「洞房・洞天」3 奥底まで見抜く。「洞見・洞察」〈トウ〉仙人の住まい。「仙洞」
・斫竹開 竹を切ってこの門を開かれる。


洞門無鎖鑰,俗客不曾來。
これほどの洞門であると外敵から守るための防御など必要はありません。だけど風流・風雅を理解できない人は通ってくることはできません。
・洞門 筒形に抜け通る穴
・鎖鑰 1 錠と鍵。また、戸締まり。2 外敵の侵入を防ぐ重要な場所。要所。
・俗客 風流・風雅を理解できない人。また、僧に対して、在家の人。俗人。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水 韓愈(韓退之) <121>Ⅱ中唐詩682 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2394

韓愈《奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水》
ザーザーと流水の音が いつ休まず流れかつづいている。春から秋までながれ、秋から春までながれる。

 

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奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水 韓愈(韓退之) <121>Ⅱ中唐詩682 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2394


作者:  韓愈
作時:  813年元和八年  46歲 
卷別: 卷三四三  文體: 五言絕句 
詩題: 奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水
地點:  虢州 (河東道 虢州 虢州) 別名:弘農郡     
交遊人物/地點: 劉伯芻 書信往來(河東道 虢州 虢州)


并序:
虢州刺史宅連水池竹林,
往往為亭臺島渚,目其處為三堂。
劉兄自給事中出刺此州,
在任餘歲,職修人治,
州中稱無事,頗復增飾。
從子弟而遊其間,
又作二十一詩以詠其事,
流行京師,文士爭和之。
余與劉善,故亦同作。

虢州刺史の官舎は、川と池と竹林に連続している。さきごろ、亭や台や島や渚をつくって、そこに「三堂」という名をつけた。
劉兄は、給事中の職にあったが、転出してこの州の刺史となり、赴任して一年を超えた。
職務はきちんとととのい、政治もうまくいって、州ではまったく事故がないということだ。
そこで、いくらか、増設改築などをして、子弟たちをつれて、そのほとりで宴遊する。
また二十一首の詩をつくって そのことを詠じた。これが、都にも流行し、文士たちは争って唱和した。
わたしは、劉兄と親しい仲なので、同じようにつくってみた。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:新亭
湖上新亭好,公來日出初。 
湖の水面につき出たあずまやがなかなか良いものだ。日の出とともにあのお方が初めてお出ましになられるという。
水文浮枕簟,瓦影蔭龜魚。 
まくらと簟の涼しげなシーツには水の波紋の模様が浮かび上がっている。水面に四阿の瓦の陰に映るとそこに亀や魚が集まってくる。


奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「流水」を詠う。)
【案:劉伯芻以元和八年出刺虢州。】
汩汩幾時休,從春復到秋。 
ザーザーと流水の音が いつ休まず流れかつづいている。春から秋までながれ、秋から春までながれる。
只言池未滿,池滿強交流。 
ただ、池がいっはいになりはしないからというのだけれど、池がいっぱいになったらというものの、なれば流れが入り混じってしまうというものだ。
 
(虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「流水」)
汩汩【いついつ】として幾時か休まん、春より復た秋に到る。
只だ言ふ 池未だ満たず と、池満たは強【あながち】に交【こもご】も流れん。

茶苑


『奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水』 現代語訳と訳註
(本文)

汩汩幾時休,從春復到秋。
只言池未滿【祗言池未滿】,池滿強交流。 


(下し文) (虢州【かしゅう】劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「流水」)
汩汩【いついつ】として幾時か休まん、春より復た秋に到る。
只だ言ふ 池未だ満たず と、池満たは強【あながち】に交【こもご】も流れん。


(現代語訳)
(虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「流水」を詠う。)
ザーザーと流水の音が いつ休まず流れかつづいている。春から秋までながれ、秋から春までながれる。
ただ、池がいっはいになりはしないからというのだけれど、池がいっぱいになったらというものの、なれば流れが入り混じってしまうというものだ。


(訳注)
奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠:流水

虢州刺史の劉給事君が改築して「三堂」という名をつけ「三堂新題二十一詠」に和し奉るの「流水」を詠う。

底本巻九。 813年元和八年に韓愈の知人の劉伯弟が侍従の官である給事中から、雛州別史に逢った。劉伯爵は字を素芝といい詺州広平のひとである。
この転任は、病気のため中央の劇務から、比較的ひまな地方官への転出を希望して容れられたものである。翫州は河南省底氏県である。劉は官舎に庭園をいとなみ「三堂」となづけ、これにちなんだ詩をつくった。これに和して韓愈のつくったのが、この詩である。


汩汩幾時休,從春復到秋。 
ザーザーと流水の音が いつ休まず流れかつづいている。春から秋までながれ、秋から春までながれる。
・汩汩 水の流れ去るさま。(水の流れる音・様子)ザーザー.用例渠里的水汩汩地流入田里。=用水路の水がザーザーと田んぼに流れ込む.


只言池未滿,池滿強交流。 
ただ、池がいっはいになりはしないからというのだけれど、池がいっぱいになったらというものの、なれば流れが入り混じってしまうというものだ。
宮島(6)

中唐概説 ―中唐詩人について(2)一覧&和張僕射塞下曲  盧綸―

中唐概説 ―中唐詩人について(2)―


・ 中唐の詩人一覧表
・ 和張僕射塞下曲  盧綸



 中唐期では、平易な表現を重んじた白居易・元稹らの「元白体」が現れた一方、個性的で難解な表現を愛用する韓愈・孟郊・張籍・李賀などの一派も存在するなど、詩風は前代よりも多様化する傾向を見せ、それぞれが多彩な性格を持つ詩壇を形成した。また韓愈・柳宗元らにより、六朝以来主流となっていた「四六駢儷体」と呼ばれる修辞主義的な文体を改め、漢代以前の達意を重んじる文体を範とする、新たな文体の創出が提唱された(「古文復興運動」)。韓愈らの試みは次の宋代の文学者に引き継がれ、後世、彼ら古文運動の主導者を「唐宋八大家」と総称する。

その詩人は次の通りとされている。    

唐宋八大家:①韓愈、②柳宗元、宋③欧陽脩、④蘇洵、⑤蘇軾、⑥蘇轍、⑦曾鞏、⑧王安石 

【大歴十才 】:

 次に詩人を羅列してみる。(記述もれがあるので順次補完して改正更新する。)

  中唐の詩人

ID

 詩人名 ふりかな生年~没年特徴>

作品 1

作品 2

 0  皇甫冉   こうほぜん 714 - 767年   曾山送別  送陸鴻漸栖霞寺採茶              

 1  元結    げんけつ  723~772 律詩 <田園山林> 閔荒の詩 春陵行 『篋中集』             

 2  韓翃     かんこう (720~未詳)  【大歴十才 】                

 3  錢起 (錟郎) せんき 722~780年  【大歴十才 】 江行無題(咫尺愁風雨)                     

 4  張謂     ちょうい 721~780年  早梅(一樹寒梅白玉條)                       

 5  郎士元    ろうしげん (727~780?)  【大歴十才 】 長安逢故人               

 6  皇甫曾    こうほそう (721~781?)  【大歴十才 】 哭陸羽処士   送陸鴻漸山人採茶回              

 7  李嘉祐    りかゆう 719~781  【大歴十才 】                

 8  李端     りたん 743~782  【大歴十才 】  山中寄苗員外               

 9  顔眞卿    がんしんけい  709 - 785年 
  題杼山癸亭得暮字  謝陸処士杼山折青桂花見寄之什  贈裴将軍  贈僧皓然  詠陶淵明  三言擬五雑組二首  使過瑤台寺有懐円寂上人幷序   登平望橋下作  刻清遠道士詩因而継作      

10  吉中孚      きつちゅうふ (未詳~785)  【大歴十才 】  送帰中丞使新羅冊立弔祭               

11  孟雲卿      もううんけい (729~未詳) <田園山林> 格律異同論 格律異同論「譜」              

12  劉長卿(文房)  りゅうちょうけい (709?~785?) 田園山林 送李判官之潤州行營(萬里辭家事鼓鼙)  逢雪宿芙蓉山主人(日暮蒼山遠)     送靈澈(蒼蒼竹林寺)     送舍弟之鄱陽居(鄱陽寄家處)      重送裴郞中貶吉州(猿啼客散暮江頭)  尋盛禪師蘭若(秋草黄花覆古阡)  細聽彈琴(泠泠七弦上)            

13  戴叔倫     たいしゅくりん  732~789年   敬酬陸山人二首               

14  司空曙     しくうしょ (?~790?)  【大歴十才 】 江村即事(釣罷歸來不繋船)       唐・司空曙 司空曙(しくうしょ)  送吉校書東帰             

15  耿湋      こうい  (734~未詳)   【大歴十才 】 秋日(返照入閭巷)    春日題苗発竹亭  贈苗員外            

16  冷朝陽     れいちょうよう (740~未詳)  【大歴十才 】  同張深秀才遊華厳寺  中秋与空上人同宿華厳寺  瀑布泉  宿柏巌寺  登霊善寺塔           

17  咬然      こうぜん  730~799  僧侶  塞下曲(寒塞無因見落梅)  送邢濟牧台州(海上名山屬使君)

18  靈一      りょういち  727~799 僧侶 題僧院(虎溪閒月引相過)                 

19  盧綸      ろりん (748~800年?)  【大歴十才 】 和張僕射塞下曲(鷲翎金僕姑)    客舎苦雨即事寄銭員外郎士元員外  送郎士元使君赴郢州      元日述懐(筮仕無中秩 )      

20  崔峒      さいどう   (未詳)     【大歴十才 】               

21  陸羽      りくう     ( ~804)   【大歴十才 】  会稽東小山               

22  夏侯審     かこうしん (750~未詳)  【大歴十才 】                

23  苗発      びょう-はつ (未詳~未詳)  【大歴十才 】  送司空曙之蘇州  送孫徳諭罷官往黔州              

24  顧況(逋翁)  こ きょう (725年 - 814年?)  聽角思歸(故園黄葉滿靑苔)  
             
25  孟郊(東野)  もうこう(とうや)  751年 - 814年 <韓愈Groop>贈別崔純亮(鏡破不改光)    古別離(欲別牽郞衣)         遊子吟(慈母手中線)                      

26  武元衡     ぶげんこう  758~815      題嘉陵驛(悠悠風旆繞山川)    
             
27  李賀(長吉)   りが      790~816      金銅仙人辭漢歌(茂陵劉郞秋風客)      蘇小小墓(幽蘭露,如啼眼)    雁門太守行(黑雲壓城城欲摧)    
            
28  權德輿     けんとくよ  759~818  <田園山林>送陸太祝赴湖南幕同用送字               

29  柳宗元 ② りゅうそうげん  773~819 <田園山林> 江雪(千山鳥飛絶)     登柳州峨山(荒山秋日午)     漁翁(夜傍西巖宿)      汨羅遇風(南來不作楚臣悲)   再上湘江(好在湘江水)      與浩初上人同看山寄京華親故(海畔尖山似劍鋩)   登柳州城樓寄漳汀封連四州(城上高樓接大荒)   柳州城西北隅種柑樹(手種黄柑二百株)   渓居    
  
30  朱放     しつほう 生没年不詳  題竹林寺(歳月人間促)                    

31  薛瑩     せつえい (未詳)  秋日湖上(落日五湖遊)                 

32  張継     ちょうけい (生没年不詳)  楓橋夜泊(月落烏啼霜滿天)                 

33  韓愈①韓退之 かん-ゆ  768~824年  <韓愈Groop> Ⅱ中唐の詩 韓愈特集

34  李益     りえき (748~827年?) 大歴十才 幽州(征戍在桑乾)     夜上受降城聞笛(囘樂峯前沙似雪)   題軍北征(天山雪後海風寒)      喜見外弟又言別(十年離亂後)     汴河曲(汴水東流無限春)    
          
35  王建      おうけん (768?~830年?<白居易Groop> 行宮(寥落古行宮)元稹  故行宮詩(寥落古行宮) 新嫁娘詞三首之三(三日入廚下)   渡遼水(渡遼水)     宮中調笑(團扇)     宮中調笑(楊柳) 
                
36  崔護      さいご (未詳)  題都城南莊(去年今日此門中)   
              
37  張籍      ちょうせき  768~830年  <韓愈Groop>  秋思(洛陽城裏見秋風)    董逃行(洛陽城頭火曈曈)     征婦怨(九月匈奴殺邊將)    節婦吟 寄東平李司空師道(君知妾有夫)     築城詞 Ⅷ 張籍<5>      

38  元稹 (微之) げん-しん  779~831 <白居易Groop>聞白樂天左降江州司馬(殘燈無焔影幢幢)  得樂天書(遠信入門先有涙)    歳日(一日今年始)      遣悲懷(謝公最小偏憐女)    離思(曾經滄海難爲水)            

39  薛濤      せつ とう  768年 - 831年  春望詞四首 其三 秋泉 柳絮 海棠渓  酬人雨後玩竹           

40  李渉(李渤)  りしょう   773~831  題鶴林寺(終日昏昏醉夢間)    重登滕王閣(滕王閣上唱伊州)                 

41  韋應物    いおうぶつ  735~835  <田園山林>  滁州西澗(獨憐幽草澗邊生)    秋夜寄丘二十二員外(懷君屬秋夜)  寄李儋元錫(去年花裏逢君別)    與村老對飮(鬢眉雪色猶嗜酒)  

42  楊巨源    ようきょげん (770?-?)                 

43  劉禹錫    りゅう-うしゃく  772~842年 <白居易Groop>秋風引(何處秋風至)      浪淘沙(八月濤聲吼地來)     楊柳枝詞(煬帝行宮汴水濱)    石頭城(山圍故國週遭在)      浪淘沙(九曲黄河萬里沙)    再遊玄都觀(百畝庭中半是苔)    烏衣巷(朱雀橋邊野草花)    與歌者何戡(二十餘年別帝京)    秋詞(自古逢秋悲寂寥)   同樂天登棲靈寺塔(歩歩相攜不覺難)   酬樂天揚州初逢席上見贈(巴山楚水淒涼地)  元和十一年自朗州召至京戲贈看花諸君子(紫陌紅塵拂面來)  杏園花下酬樂天見贈(二十餘年作逐臣)  詠紅柿子(曉連星影出)  瀟湘神(斑竹枝)    

44  賈島(浪仙・無本) かとう  779~843年  <韓愈Groop>渡桑乾(客舍并州已十霜)     尋隱者不遇(松下問童子)     題李凝幽居(閒居少鄰並)       劍客(十年磨一劍)      三月晦日贈劉評事(三月正當三十日)             

45  白居易(楽天)  はくきょい  772~846 <白居易Groop>

46  李紳        りしん   780~846年 <白居易Groop> 憫農(春種一粒粟)                 

47  姚合       ようごう (775~855?)

花と張0104



大暦期には大暦の十才子といわれる五七言の律詩、絶句に長じた十人の詩人がある。蘆綸(748~800)、吉中孚(未詳~785)、韓翃(720~未詳)、錢起(722~780年)、司空曙(?~790?)、苗発(未詳)、崔峒(未詳)、耿湋(734~未詳)、夏侯審(750~未詳)、李端(743~782)、であるが、諸説あり、冷朝陽(740~未詳)、李益(748年 - 827年? )、李嘉祐(719~781)、皇甫曾(721~781)が一グループである。
 これに対して、孟浩然・王維を受け継ぐグループがいる。


○盧綸(ろりん)
中唐の詩人。748年(天寶七年)~800年?(貞元十六年?)。字は允言。河中蒲(現・山西省)人。大暦十才子の一。大暦の初め,屡々進士の試験を受けるが及第しなかったが後に、監察御史となった。長らく不遇であり、後に檢校戸部郎中となる。

和張僕射塞下曲  盧綸
鷲翎金僕姑,燕尾繍蝥弧。
獨立揚新令,千營共一呼。


張僕射(ぼくや) の塞下の曲に和す      
鷲翎(しゅうれい)の金僕姑(きんぼくこ) ,燕尾(えんび) の繍(しゅう)蝥弧(ぼうこ)。
獨り立ちて  新令を揚(あ)ぐれば,千營(せんえい) 共に一呼(いっこ)す。


五重塔(1)

現代語訳と訳註
(本文)
和張僕射塞下曲
鷲翎金僕姑,燕尾繍蝥弧。
獨立揚新令,千營共一呼。


(下し文)

張僕射(ぼくや) の塞下の曲に和す      
鷲翎(しゅうれい)の金僕姑(きんぼくこ) ,燕尾(えんび) の繍(しゅう)蝥弧(ぼうこ)。
獨り立ちて  新令を揚(あ)ぐれば,千營(せんえい) 共に一呼(いっこ)す。


(現代語訳)

僕射(ぼくや)の官職にあった張氏の作った『塞下曲』に唱和する。
鷲(わし)の尾羽の見事な矢。燕(つばめ)の尾のように割れた立派な縫い取りのある諸侯の旗。
独り雄々しく仁王立ちになって、新たに発布された命令を高らかに言えば。多くの兵営から一斉に声が湧き上がった。 


(訳注)
和張僕射塞下曲。

僕射(ぼくや)の官職にあった張氏の作った『塞下曲』に唱和する。
 詩を韻を合わせて唱和する。(時代によって、必ずしも和韻とは限らない)。 ○ 姓。不詳。 ○僕射官名。尚書省の次官。尚書僕射が宰相の地位にあった。 ○塞下曲 新楽府題で、辺塞の戦場の情景を詠う。辺疆の地での戦役の歌。万里の長城の外での戦役の歌。 李白26 塞下曲 李白27 塞下曲六首と塞上曲    
鷲翎 ワシのはね。(冠(かんむり)の飾りの)ワシのはね。 ○金僕姑 「僕姑」は矢の名。『左傳・莊公十一年』(紀元前683年)「乘丘之役,公以金僕姑射南宮長萬,公右歂孫生搏之。」(『左傳』(岳麓書社版)75ページ)とある。

鷲翎金僕姑、燕尾繍蝥弧。
鷲(わし)の尾羽の見事な矢。燕(つばめ)の尾のように割れた立派な縫い取りのある諸侯の旗。 
燕尾 燕(つばめ)の尾のように割れたさま。 ○ 縫い取りのある立派な。 ○蝥弧 諸侯の旗の名。
獨立 独り起ち上がる。 ○ 高らかに言う。 ○新令 新たに発布された命令。

獨立揚新令、千營共一呼。
独り雄々しく仁王立ちになって、新たに発布された命令を高らかに言えば。多くの兵営から一斉に声が湧き上がった。 
千營 多くの兵営。多くの陣営。 ○共一呼 一斉に声が湧き起こる。

中唐詩235 贈別崔純亮 Ⅶ孟郊(孟東野)<18>紀頌之の漢詩ブログ

      
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中唐詩235 贈別崔純亮 Ⅶ孟郊(孟東野)<18>紀頌之の漢詩ブログ


贈別崔純亮 孟郊

崔純亮の旅立ちに詩を贈る。
鏡破不改光,蘭死不改香。
鏡はこわれても、その輝きは残していて本質は変わることがない。気高い蘭の花が枯れることがあっても、その香りのある季節は変わることなく過ぎてゆくものである。
始知君子心,交久道益彰。
『莊子・山木』でいう君子の交わりについての筋道がやっと分かってきた。友人との交際が長くなればなるほど、その人物の仁徳が一層顕著になってくる、そのように、「君子淡以親」の精神をあきらかに続けようと思う。


崔純亮に贈別す  
鏡 破れて光改まらず,蘭 死して香改まらず。
始めて知る君子の心,交わり久しくして道 益々彰(あきら)かなるを。


sas00800


現代語訳と訳註
(本文)
贈別崔純亮
鏡破不改光,蘭死不改香。
始知君子心,交久道益彰。

(下し文) 崔純亮に贈別す  
鏡 破れて光改まらず,蘭 死して香改まらず。
始めて知る君子の心,交わり久しくして道 益々彰(あきら)かなるを。


(現代語訳) 贈別崔純亮
崔純亮の旅立ちに詩を贈る。
鏡はこわれても、その輝きは残していて本質は変わることがない。気高い蘭の花が枯れることがあっても、その香りのある季節は変わることなく過ぎてゆくものである。
『莊子・山木』でいう君子の交わりについての筋道がやっと分かってきた。友人との交際が長くなればなるほど、その人物の仁徳が一層顕著になってくる、そのように、「君子淡以親」の精神をあきらかに続けようと思う。

80022008

(訳注)
贈別崔純亮

崔純亮の旅立ちに詩を贈る。 
贈別 人の旅立ちに詩を餞別として贈る。人を見送る。 ○崔純亮 崔玄亮(767-833年) 唐代官吏『舊唐書・列傳・崔玄亮』「崔玄亮字晦叔,山東磁州人、…弟純亮、寅亮相次升進士科,藩府辟召,而玄亮最達。玄亮孫貽孫,位至侍郎。」の弟。山東磁州の人。兄は白居易と進士同期及第者。兄のと記録が残されている。
 

鏡破不改光,蘭死不改香。
鏡はこわれても、その輝きは残していて本質は変わることがない。気高い蘭の花が枯れることがあっても、その香りのある季節は変わることなく過ぎてゆくものである。
鏡破 鏡が破壊する。 ○不改 変わることはない。○光:輝き。○蘭死 蘭の花の部分がその勢いをなくし枯れることになる。・蘭はフジバカマ、菊科の草本で、秋に薄紫の花を著け、この秋の気節の芳しいことをもいう。『楚辞』「離騒」に「朝飮木蘭之墜露兮,夕餐秋菊之落英。」(朝には木蘭の墜露を飮み,夕には  秋菊の落英を餐す。) 陳子昂『感遇三十八首』其二に「蘭若生春夏,蔚何青青。幽獨空林色,朱冒紫莖。遲遲白日晩,嫋嫋秋風生。歳華盡搖落,芳意竟何成。」(蘭若春夏に生じ,芊蔚として何ぞ青青たる。幽獨空林の色,朱蕤紫莖を冒す。遲遲たる白日の晩,嫋嫋として  秋風生ず。歳華盡く搖落し,芳意竟に何をか成さん。)と気節の中での気高さを表すものとしても使われている。 ○かおり。


始知君子心,交久道益彰。
『莊子・山木』でいう君子の交わりについての筋道がやっと分かってきた。友人との交際が長くなればなるほど、その人物の仁徳が一層顕著になってくる、そのように、「君子淡以親」の精神をあきらかに続けようと思う。
始知 やっと分かった。 ○君子心 儒教者の言う徳のある人の交わりは、水のようにあっさりとしているが、長く変わらない、ということ。『莊子・山木』「且君子之交淡若水,小人之交甘若醴。君子淡以親,小人甘以絶。彼無故以合者、則無故以離。」(君子の心は、汪汪(ひろびろ)として淡きこと水の如し。且君子の交わりは淡きこと水の若く、小人の交わりは甘きこと醴(れい)の若し。君子は淡くして以て親しみ、小人は甘くして以て絶つ。彼の故無くして以て合う者は、則ち故え無くして以て離る。) ○交久 交際が長くなる。○ 人生のひととしておこなうべき道筋。人の行為や生き方について規範とすべき筋道。聖者・賢者の訓え。 ○ ますます。いよいよ。 ○〔しょう〕あきらかになる。顕著になる。あらわす。

中唐詩233 帰信吟 Ⅶ孟郊(孟東野)<15>紀頌之の漢詩ブログ

中唐詩233 帰信吟 Ⅶ孟郊(孟東野)<15>紀頌之の漢詩ブログ

「今年も落第しました」と、郷里の母親に手紙を出す。この種の手紙の場合、母の口を借りた詩が多いのであるが、作者はストレートに「涙墨」という語を使っている。一つには作者の心のゆとりもなくなっている、二つには、言い回しをすることは心配してくれている母親に妙な強がりのように感じさせる。十数年落第している孟郊の複雑な気持ちである。そうであっても「次こそ頑張るぞと決意」が伝わらないといけないのである。<悲愴感と決意とどう表現するのか>という視点でこの詩を見ていく。



帰信吟
涙墨灑為書、将寄萬里親。
書去魂亦去、兀然空一身。

涙で磨った墨を硯に灌ぎ書を為すと、まさに心寄せるは萬里の親である。
書を去らせるのは魂も亦去ることであり、兀然としているとこの身は空しいい。

現代語訳と訳註
(本文)

涙墨灑為書、将寄萬里親。
書去魂亦去、兀然空一身。

(下し文)
涙墨をそそいで書と為す、まさに萬里の親に寄せんとす。
書去って魂亦去り、兀然として一身空し。

(現代語訳)
溢れ落ちる涙が硯にそそいで墨をすっている故郷に結果を知らせる書簡をしたためている。まさに、遠くはるかな母親に感謝の気持ちを寄せるためなのだ。
書簡を送付して去っていくと張り詰めていた気持ちも同じようにどこかへ去っていく。何をする気も起らずじっとしている、ここには空しい姿の一身があるだけなのだ。

(訳注)
涙墨灑為書、将寄萬里親。

涙墨をそそいで書と為す、まさに萬里の親に寄せんとす。
溢れ落ちる涙が硯にそそいで墨をすっている故郷に結果を知らせる書簡をしたためている。まさに、遠くはるかな母親に感謝の気持ちを寄せるためなのだ。
涙墨 溢れ落ちる涙が硯にそそいで墨。悲愴感を印象付ける語である。試験が終わり、結果を待っていると思えば胸にこみ上げてくる。このような気持ちを中国の詩では、「涙」で表し、「涕涙」は悔しさをあらわす場合が多い。このほか「涙嘆」「血涙」「聲涙」「「落涙」、「暗涙」などある。「涙墨」は涙が巣釣りの海に広がること、下句で「将寄」で一点に寄せるものとして対句になる。○灑為書 灑ことによって書を為せる。そそぐが句の中心に位置することで悲愴な雰囲気が強調される。○萬里親 故郷の親としないで万里としている。上の句で灑為というのが一点に集中することを示す対語として万里なのである。


書去魂亦去、兀然空一身。
書去って魂亦去り、兀然として一身空し。
書簡を送付して去っていくと張り詰めていた気持ちも同じようにどこかへ去っていく。何をする気も起らずじっとしている、ここには空しい姿の一身があるだけなのだ。
兀然 [1]山などが高くつき出ているさま。ごつぜん。[2]じっとしているさま。動かないさま。この聯は転句、結句ともSV構文の対句としている。
(転句) 書去 → 魂亦去、
(結句) 兀然 → 空一身。

母に送る手紙にこういう手法がくみ取れることを意識して、絶句を作っている。受け取った母は、落第して、風来坊になるのではないかと心配をすることはないと安心するであろうと考える。多くの受験生は挫折して、逃避するものである。全国何万人から地方で数百人にふるい落とされ、その推薦をもって中央朝廷の試験を受ける。数人、場合によっては合格者なしの場合もある。現代の司法官試験の十郎、十五「浪人」とあるそれより、さらに難しい難関で脱落逃避、「飄蓬」となるものが多かったのだ。中国では、マザコンが当たり前、「心配ない」という書簡ではさらに心配が募るというものだ。


DCF00212

今年もまた落第した。そのことを故郷の書をしたためる作者。涙があふれて留めない。
私が手紙を書かなくなったら、心は届かない、きっとむなしいものになってしまう。手紙は心を奮い立たせ、今度こそという気持ちにならせるのだ。
涙墨灑為書、将寄萬里親。
書去魂亦去、兀然空一身。


唐宋詩204 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 「渭上思帰」孟郊(9)

唐宋詩204 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 「渭上思帰」孟郊(9)


渭上思帰
獨訪千里信、囘臨千里河。
ひとり長安で試験に臨んでいる、千里先の故郷の母は信頼し、及第することを信じてくれている、そしてまた、渭水は千里の先で故郷とつながっているだからこの川にのぞむと母につながっていることを感じるのである。
家在呉楚郷、涙寄東南波。
実家は呉と楚の国の地方の水郷にある、春風の波から夏の風の波に変わりつつある、また次の都市の試験を思うと涙が止まらない。

渭上の思帰
ひとり千里の信を訪う、また千里の河に臨む。
家は在り呉楚の郷、涙は寄す東南の波。

sas00800



渭上思帰 現代語訳と訳註
(本文)

獨訪千里信、囘臨千里河。
家在呉楚郷、涙寄東南波。


(下し文)
ひとり千里の信を訪う、また千里の河に臨む。
家は在り呉楚の郷、涙は寄す東南の波。


(現代語訳)
ひとり長安で試験に臨んでいる、千里先の故郷の母は信頼し、及第することを信じてくれている、そしてまた、渭水は千里の先で故郷とつながっているだからこの川にのぞむと母につながっていることを感じるのである。
実家は呉と楚の国の地方の水郷にある、春風の波から夏の風の波に変わりつつある、また次の都市の試験を思うと涙が止まらない。


(訳注)
獨訪千里信、囘臨千里河。

ひとり千里の信を訪う、また千里の河に臨む。
ひとり長安で試験に臨んでいる、千里先の故郷の母は信頼し、及第することを信じてくれている、そしてまた、渭水は千里の先で故郷とつながっているだからこの川にのぞむと母につながっていることを感じるのである。
千里信 長安と江南は千里以上もある。その間を信頼という絆でつながっている。あるいは、母の慈愛であろうか。○千里河 渭水は黄河に灌ぎ、黄河は運河を通じて長江のつながっている。都、長安の食料の大半が江南地方の生産物に頼っていた。


家在呉楚郷、涙寄東南波。
家は在り呉楚の郷、涙は寄す東南の波。
実家は呉と楚の国の地方の水郷にある、春風の波から夏の風の波に変わりつつある、また次の都市の試験を思うと涙が止まらない。
呉楚郷 呉と楚の国の地方の水郷。浙江省、安徽省にある。○東南波 東の風は春を示す、春風に倚る波。春は、科挙の試験の季節。南は夏風による波、季節の移り変わりを詠ったものである。夏になる前から受験の準備にかかる。受験生は、毎年こうした季節を感じているのである。

 隋時代から始まった科挙試験、20歳前後から30年近く受験し続けた孟郊がすごいのか、息子を元気づける母親がすごいのか。現代人に理解できるのか。当時は貴族時代。当時としては科挙試験を宿命づけられた人にとって、頑張り続けるより道はなかったのだ。通常40歳を超え、45歳までにあきらめる場合が多かったようだが。
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唐宋詩203 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 「古別離」孟郊(8)

唐宋詩203 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 「古別離」孟郊(8)


古別離
欲別牽郞衣,郞今到何處。
男が出かけようとするとき、男の着物を引っ張っている。そして言うことは、あなたは、今どこへ行こうとしているのですか。
不恨歸來遲,莫向臨邛去。

あなたが帰るのが遅くなっても恨めしくは思ったりはしないけど。あの駆け落ちをしたという臨邛(りんきょう)の様なことだけはしてくれるな。

別れんと欲して 郞が衣を 牽く,郞 今は 何(いづ)れの 處にか 到る。
歸來の 遲きを 恨みず,臨邛(りんきょう)に 向かって去ること莫(な)かれ。


kairo10680



 現代語訳と訳註
(本文)
欲別牽郞衣,郞今到何處。
不恨歸來遲,莫向臨邛去。

(下し文)
別れんと欲して 郞が衣を 牽く,郞 今は 何(いづ)れの 處にか 到る。
歸來の 遲きを 恨みず,臨邛(りんきょう)に 向かって去ること莫(な)かれ。


(現代語訳)
男が出かけようとするとき、男の着物を引っ張っている。そして言うことは、あなたは、今どこへ行こうとしているのですか。
あなたが帰るのが遅くなっても恨めしくは思ったりはしないけど。あの駆け落ちをしたという臨邛(りんきょう)の様なことだけはしてくれるな。 
 
 (訳注)
古別離
楽府題。『楚辭』『招隱士』招辞の一種。
王孫遊兮不歸,春草生兮萋萋。
歳暮兮不自聊,蛄鳴兮啾啾。
『楚辭』のこの詩では、王孫とは屈原のことになる。王孫が帰ってくるのかどうかの女性の悩み。


欲別牽郎衣 郎今到何処
別れんと欲して 郞が衣を 牽く,郞 今は 何(いづ)れの 處にか 到る。

男が出かけようとするとき、男の着物を引っ張っている。そして言うことは、あなたは、今どこへ行こうとしているのですか。
欲別 夫の出発に際して。別れようとする。 ○ 引っ張る。 ○郎 男性の衣服。○ 主人。夫。男性を謂う。 ○ …に。…に到る。 ○何處 どこ。 


不恨帰来遅 莫向臨邛去
歸來の 遲きを 恨まず,臨邛(りんきょう)に 向かって去ること莫(な)かれ。
あなたが帰るのが遅くなっても恨めしくは思ったりはしないけど。あの駆け落ちをしたという臨邛(りんきょう)の様なことだけはしてくれるな。 
不恨 恨めしくは思わない。この語を伝統的に「恨みず」と訓ずる。「恨む」は国文法、他動詞・マ行上二段活用未然形「恨み」なので、「恨みず」。近世以降、四段化で、「恨まず」。 ○歸來 帰ってくる。もどる。 ○ 〔ち〕おそくなる。おくれる。のろい。ゆっくり。ぐずぐずする。⇔「速」。なお、「晩」〔ばん〕(時期的に)おそい。暮れる。後になる。○莫向 …にするな。 ○臨邛 〔りんきょう〕司馬相如が卓文君と恋に落ちて駆け落ちを始めたところ。男を惑わす女の居る所の意で使う。臨邛は、秦の時代に置かれた県名。現・四川省邛耒県。 ○ 行く。去る。

-------------------------------------
孟郊 中唐の詩人。字は東野。751年(天寶十年)~814年(元和九年)。韓愈の哲学グループ。
韓 愈 孟郊に仕事の世話をよくしてやった。768年(大暦3年) - 824年(長慶4年)
-------------------------------------
女性の口を借りて、詠っているのであるが、儒教者の発想そのものである。風流なものを求めるわけではないが、司馬相如の故事のとらえ方が一般的でない。臨邛という語、駆け落ちであるとか、女性との遊びということに限定して詩にしている。詩に奥深さがないのは儒教者の特徴である。逆に、下手なおやじギャグを見るようなのであるが、そこがとても好感を持てる詩というものである。

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唐宋詩202 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 「春雨後」孟郊(7)

唐宋詩202 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 「春雨後」孟郊(7)

春雨後 
昨夜一霎雨、天意蘇群物。
昨夜、わずか短い時間、雨が降った、天の意志で、群れを成し関連しあった万物を復活させるおつもりなのだ。
何物最先知、虚庭草争出。

その天意を最初に知ることになったのは何だろうか、冬枯れした庭の雑草が先を争って生えだした。

春雨の後
昨夜 一霎(いっしょう)の雨、天意 群物を蘇らす。
何物ぞ 最も先ず知る、虚庭 草 争い出ず。

春雨後 現代語訳と訳註
(本文)

昨夜一霎雨、天意蘇群物。
何物最先知、虚庭草争出。

(下し文) 春雨の後
昨夜 一霎(いっしょう)の雨、天意 群物を蘇らす。
何物ぞ 最も先ず知る、虚庭 草 争い出ず。


(現代語訳)
昨夜、わずか短い時間、雨が降った、天の意志で、群れを成し関連しあった万物を復活させるおつもりなのだ。
その天意を最初に知ることになったのは何だろうか、冬枯れした庭の雑草が先を争って生えだした。


(訳注)
昨夜一霎雨、天意蘇群物。
(昨夜 一霎(いっしょう)の雨、天意 群物を蘇らす。)
昨夜、わずか短い時間、雨が降った、天の意志で、群れを成し関連しあった万物を復活させるおつもりなのだ。
一霎 短い時間 霎眼 瞬く間に. 霎时, 霎时间 一瞬の間.○天意 1 天の意志。造物主の意志。また、自然の道理。 2 天の意志。天子の思い、おぼしめし。○群物 群れを成し関連しあった万物。

何物最先知、虚庭草争出。
(何物ぞ 最も先ず知る、虚庭 草 争い出ず。)
その天意を最初に知ることになったのは何だろうか、冬枯れした庭の雑草が先を争って生えだした。
虚庭 冬枯れした庭。手入れがなく荒廃した庭。○草争出 雑草が先を争って生える。


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柳枝五首 其五 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 118

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其五
畫屏繡步障,物物自成雙。
鮮やかな屏風がある、縫い取りを施した外出用のとばりもある、物と物、すべてのものがみなそれぞれ自然に対と対のそろいになっている。
如何江上望,只是見鴛鴦。
なんとしたことか湖上を眺めてみた、ただそこに見えるはこれまたつがいのおしどりではないか。

其の五
画屏 繍歩障、物物 自ら双を成す。
如何ぞ湖上に望めば、只だ是れ鴛鴦を見る


柳枝五首 其五 現代語訳と訳註
(本文) 其五

畫屏繡步障,物物自成雙。
如何江上望,只是見鴛鴦。

(下し文) 其の五
画屏 繍歩障、物物 自ら双を成す。
如何ぞ湖上に望めば、只だ是れ鴛鴦を見る


(現代語訳)
鮮やかな屏風がある、縫い取りを施した外出用のとばりもある、物と物、すべてのものがみなそれぞれ自然に対と対のそろいになっている。
なんとしたことか湖上を眺めてみた、ただそこに見えるはこれまたつがいのおしどりではないか。


(語訳)
畫屏繡步障,物物自成雙。

鮮やかな屏風がある、縫い取りを施した外出用のとばりもある、物と物、すべてのものがみなそれぞれ自然に対と対のそろいになっている。
画屏 あやどり美しい屏風。○繍歩障 歩障は外出した時に用いるとばり。竹や木の枠に布を張った物。○物物自成雙 「成双」はペアになる。屏風、歩障、いずれも二枚で一揃いになっている。


如何江上望,只是見鴛鴦。
なんとしたことか湖上を眺めてみた、ただそこに見えるはこれまたつがいのおしどりではないか。


○詩型 五言絶句。
○押韻 障,雙。鴦。


自分の詩をきっかけに一人の娘と知り合ったが、自分のミス、旅の支度のもの必要需品を先に送りかえしてしまった。その日に逢えなかったことが、こうして二度と会えないことになってしまった。でも会えたとしても、一介の下級官僚風情ではどうしようもないのだ。詩歌については、広く知れ渡っても、それだけのことなのだ。朝廷内の派閥争いに負けた側の私はもう取り返しがつかないのだ。柳枝も芸妓として連れて行かれたものできょうぐうは私と違いはないのだ。
 世の中のものは何からなにまで二つにそろい、対である。江上の鴛鴦もつがいである。そのつがいになったことも私にとって将来を期待できないものとなったのだ。
 柳枝、丁香、嘉瓜、碧玉、いずれも芸妓を指す語である。美しい、おいしいと表現されれば、その反対語としては、醜い、まずいということになる。芸妓にとっては、歳を重ねることを意味している。芸妓は一度傅くとそのまま一生底で過ごすか、流民となるかであるが、流民は詩を意味する時代である。明日の食のためには我慢しかないのである。


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其四
柳枝井上蟠,蓮葉浦中乾。
柳の枝々は冬支度を始める井戸端の上で絡まり合って身を縮こまらせている、入り江の中ほどの蓮の葉は枯れている。
錦鱗與繡羽,水陸有傷殘。

錦鱗の鮮やかな魚と繍の模様きわだつ烏がいる。水のなかのものと陸上のもの、だれもみな傷を負ってそれを残したままでいるのだ。


其の四
柳枝井上に煉り、蓬莱酒中に乾く。
錦鱗と繍羽と、水陸 傷残有り。


柳枝五首 其四  現代語訳と訳註
(本文) 其四
柳枝井上蟠,蓮葉浦中乾。
錦鱗與繡羽,水陸有傷殘。

(下し文) 其の四
柳枝井上に煉り、蓬莱酒中に乾く。
錦鱗と繍羽と、水陸 傷残有り。

(現代語訳)
柳の枝々は冬支度を始める井戸端の上で絡まり合って身を縮こまらせている、入り江の中ほどの蓮の葉は枯れている。
錦鱗の鮮やかな魚と繍の模様きわだつ烏がいる。水のなかのものと陸上のもの、だれもみな傷を負ってそれを残したままでいるのだ。 


(語訳)
柳枝井上蟠,蓮葉浦中乾。
柳の枝々は冬支度を始める井戸端の上で絡まり合って身を縮こまらせている、入り江の中ほどの蓮の葉は枯れている。
柳枝 娘の名「柳枝」と柳の木の細枝。○井上 井戸端。冬支度のための砧をたたく場所であり、土手のような場所である。井は、晩秋から、初冬にかけての季語であることから、年齢の経過を連想させる。○ 砧の場所で柳が密集して植えられている情景が浮かんでくる。蛇がとぐろを巻くように太い枝が絡んでいる。細枝の柳の枝が女性を、太枝の柳が男性で絡んでいることを思わせる。○蓮葉・乾 蓮は女性、乾によって年齢の経過となる。○浦中 入り江の水辺の中ほど。


錦鱗與繡羽,水陸有傷殘
錦鱗の鮮やかな魚と繍の模様きわだつ烏がいる。水のなかのものと陸上のもの、だれもみな傷を負ってそれを残したままでいるのだ。 
錦鱗與繡羽 錦のような美しい鱗の魚と、刺繍を施したよぅにきれいな羽の鳥がいた。柳と烏、蓮と魚が関連付けられる。○有傷殘 傷を負ってそれを残したまま。柳の木に冬枯れし、棲む鳥は傷を残したまま、はすの葉は枯れ、遊ぶ鮮やかな魚も傷ついたまま。



○詩型 五言絶句。
○押韻 蟠,乾。殘。

水上の物、陸上の物、誰もみな傷めつけられている。
美しい娘も、いい詩文を作っても、身分が違えばどうしようもない。特に一度傷ついたら直すことはできないのだ。娘は年老いてくればもう相手もされないのである。

柳枝五首其三 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 116 

柳枝五首其三 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 116 

花と張0104

柳枝五首 其 三
嘉瓜引蔓長,碧玉冰寒漿。
美しい、美味い瓜は蔓を引き合って長くのびているものだ。碧玉ともいえる実は氷のように冷えて果汁がおいしいのだ。
東陵嵗五色,不忍值牙香。

東陵の瓜は五色のものがとれるというけれど東方の諸侯のところで五年経過している五色の色に染められたのであろう、香しいその実、歯に当てるにはしのびないという美しい娘は見るだけで我が物とはしないものなのだ。


其の三

嘉瓜 蔓を引くこと長し、碧玉 寒漿氷る。

東陵 五色と嵗(さい)するも、牙香に値うに忍びず。



柳枝五首其三 現代語訳と訳註
(本文) 其三

嘉瓜引蔓長,碧玉冰寒漿。
東陵嵗五色,不忍值牙香。

(下し文) 其の三
嘉瓜(かか) 蔓を引くこと長し、碧玉(へきぎょく) 寒漿(かんしょう)氷る。
東陵 五色と嵗(さい)するも、牙香(がこう)に値うに忍びず。


(現代語訳) 其三
美しい、美味い瓜は蔓を引き合って長くのびているものだ。碧玉ともいえる実は氷のように冷えて果汁がおいしいのだ。
東陵の瓜は五色のものがとれるというけれど東方の諸侯のところで五年経過している五色の色に染められたのであろう、香しいその実、歯に当てるにはしのびないという美しい娘は見るだけで我が物とはしないものなのだ。


(訳注)
嘉瓜引蔓長,碧玉冰寒漿。

美しい、美味い瓜は蔓を引き合って長くのびているもの。碧玉ともいえる実は氷のように冷えて果汁がおいしい。
○嘉瓜 「瓜」 は蔓が勢いよく伸びることから生命力あふれた植物とされる。ここでは柳枝の健康な美しさを瓜の実にたとえる。○碧玉 微細な石英の結晶が集まってできた鉱物(潜晶質石英)であり、宝石の一種。酸化鉄や水酸化鉄などの不純物が混入しているため不透明であり、不純物の違いによって、紅色・緑色・黄色・褐色など様々な色や模様のものがある。瓜の実を碧色の玉にたとえる。べつに、恋の歌に登場する少女の名に使用されることは多い。
梁•元帝
碧玉小家女,來嫁汝南王。蓮花亂臉色,荷葉雜衣香。因持薦君子,願襲芙蓉裳。
○寒漿 冷たい飲料。瓜は、現代のように果物としてより、果汁を飲んだものである。
魏・曹丕「朝歌令呉質に与うる書」(『文選』巻四二)に「甘瓜を清泉に浮かべ、朱李を寒水に沈む」と、瓜やスモモを冷やして食べることが記されている。

 

東陵嵗五色,不忍值牙香。
東陵の瓜は五色のものがとれるというけれど東方の諸侯のところで五年経過している五色の色に染められたのであろう、香しいその実、歯に当てるにはしのびないという美しい娘は見るだけで我が物とはしないものなのだ。
東陵嵗五色 東陵では五色のものがとれるという。嵗(作付け)。ここでは、東方の諸侯と東陵をかけているので五年経過して五色の色に染められたという意味になる。
泰の東陵侯に封じられていた卲平は秦が滅びると布衣(庶民)の身となり、長安の門の東で瓜を栽培し、それが美味だったので「東陵の瓜」と称された。
卲平 東陵の瓜は五色
曰:邵平故秦東陵侯,秦滅後,為布衣,種瓜長安城東。種瓜有五色,甚美,故世謂之東陵瓜,又云青門瓜,卲平の訳注は、「古風」 第九首 李白109参照
魏・阮籍も卲平の東陵の瓜は五色をふまえて「詠懐詩」(『文選』巻二三)其六に「昔聞く東陵の瓜、近く青門の外に在りと。……五色 朝日に輝き、嘉賓 四面に会す」とする。
牙香 牙は歯。噛むと香りが立ち上る。美しい娘は見るだけで我が物とはしないという意。


○詩型 五言絶句。
○押韻 長・渠・香。


李商隠はここでも、阮籍や李白と同様に邵平の「東陵の瓜」に基づいているということで大切に作付けられた瓜で、風流に食べるといっている。娘も理不尽につれていき、理不尽を続けているのではないか。権力者は世の道理をわきまえていない

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柳枝五首其二 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 115

柳枝五首其二 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 115 

柳枝五首 其二
本是丁香樹,春絛結始生。
本来これは丁子の香木、どんなになってもくちをとざしているというもの。柳枝も蕾を閉じていたのだが、春になって伸びた細い枝というのは、蕾のように固く結んでいたのに初めて性を経験したのだ。
玉作彈碁局,中心亦不平。

ここは諸侯の御屋敷、宝玉でこさえられた将棋盤があるのだ、どんなに宝玉で作られていてもその中心はやっぱり盛り上がっていて平らではないのだ。


其の二
本より是れ丁香の樹、春条 結 始めて生ず。
玉もて弾棋の局を作るも、中心 亦た平らかならず。

柳枝五首 其二 現代語訳と訳註 解説
(本文)

本是丁香樹,春絛結始生。
玉作彈碁局,中心亦不平。

(下し文)其の二
本より是れ丁香の樹、春条 結 始めて生ず。
玉もて弾棋の局を作るも、中心 亦た平らかならず。

(現代語訳)
本来これは丁子の香木、どんなになってもくちをとざしているというもの。柳枝も蕾を閉じていたのだが、春になって伸びた細い枝というのは、蕾のように固く結んでいたのに初めて性を経験したのだ。
ここは諸侯の御屋敷、宝玉でこさえられた将棋盤があるのだ、どんなに宝玉で作られていてもその中心はやっぱり盛り上がっていて平らではないのだ。


(訳註)
本是丁香樹,春絛結始生。
本来これは丁子の香木、どんなになってもくちをとざしているというもの。柳枝も蕾を閉じていたのだが、春になって伸びた細い枝というのは、蕾のように固く結んでいたのに初めて性を経験したのだ。
丁香樹 香木の丁子の木。○春条 春になって伸びた細い枝。芽吹く春とはは男女の性交をあらわす季節。○結 つぼみ。少女が恋に目覚めてゆくのとともに、また「代附二首」(代わりて贈る二首)其一代附二首 其一 漢詩ブログ150- 97
樓上黄昏欲望休、玉梯横絶月中鉤。
芭蕉不展丁香結、同向春風各自愁。

というように、つぼみがつくことと心が結ばれることとをも掛ける。

玉作彈碁局,中心亦不平。
ここは諸侯の御屋敷、宝玉でこさえられた将棋盤があるのだ、どんなに宝玉で作られていてもその中心はやっぱり盛り上がっていて平らではないのだ。
弾棋 弾碁ともいう。遊戯の一。 中心が盛り上がった盤で行うおはじきに似たゲーム。四角い中高の盤の両方に6個または8個の白黒の石を並べ、対座した二人が交互にその石をはじいて、相手の石に当たれば取り、当たらなければ取られる。指石。いしはじき。たぎ。・局:その盤。このゲームは、男の客に相手にされなくなり暇を持て余した年増の芸妓の子を連想させるものである。初めて経験したうぶな女を「梁を照らす朝日」を見ていることで表現し、その芸妓が年を取ってきて待っていても思う人が来てくれなくなったという表現につかう。
「無題(梁を照らして)」。
照梁初有情、出水舊知名。
裙衩芙蓉小、釵茸翡翠輕。
錦長書鄭重、眉細恨分明。
莫近彈棋局、中心最不平。
無 題(照梁初有情) 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-90この「無題」の詩では、「いくら男から声がかからなくなったとしても『彈碁』のゲームをしてはますます辛くなるだけだから近付いてはダメだよ。」というもの、中央の朝廷からどんなに声がかからくなったとしても、信念を曲げるなと詠ったものだ。この詩を踏まえて柳枝其二は詠われている。


○詩型 五言絶句。
○押韻 生。平。

諸公とは、勝手なものだ、禊ぎまでさせて、連れてきて、固く閉ざしていたものを初めて開いたのだ。それがどうだ、どこにでもある彈碁局があるではないか。
 楊枝は、若い間だけの慰めものなのか。彈碁局は権力者、富豪がしている理不尽なことを示す、日常茶万事をあらわす材料としているのだ。


芭蕉のツボミ、丁子のツボミ。男と女に、口を閉ざさなければいけないわけがあるのだろうか。春風に同じように向かって各々の心の内にそれぞれ違った愁いというものがあるのだろうか。
 貴公子や、富豪には口を閉ざす理由はない。権力を持たない、体制側でない官僚にはは口を閉ざす理由は山ほどある。妓女になる女性にはいつも違ったわけがある。

柳枝五首 其一 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 114

柳枝五首 其一 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 114


柳枝五首 其一
花房與蜜脾,雄蜂蛺蝶雌。
花房に蜜脾あたえる。雄の蜂が蛺蝶の雌に。
同時不同類,哪復更相思。

同じ場所、同じ時であっても、同類ではないのである、どうしてまた、更に思いを寄せるというのか。


其の一 
花房と蜜脾と、蜂の雄と蛺蝶の雌と。
時を同じくするも類を同じくせず、那ぞ復た更に相い思わんや。



柳枝五首 其一 現代語訳と訳註 解説
(本文)

花房與蜜脾,雄蜂蛺蝶雌。
同時不同類,哪復更相思。

(下し文)
花房と蜜脾と、蜂の雄と蛺蝶の雌と。
時を同じくするも類を同じくせず、那ぞ復た更に相い思わんや。

(現代語訳)
花房に蜜脾あたえる。雄の蜂が蛺蝶の雌に。
同じ場所、同じ時であっても、同類ではないのである、どうしてまた、更に思いを寄せるというのか。


(訳註)
花房與蜜脾,雄蜂蛺蝶雌。

花房に蜜脾あたえる。雄の蜂が蛺蝶の雌に。
○花房 花弁で囲まれた空洞の部分。○蜜脾 中国古代からあるブドウの原種。蜜のように甘くおいしく、脾胃(胃腸)にたいへんよいというのが蜜脾(みつひ)の名前の由来という。中国で何千年も前から知られた滋養強壮の果物で、特に胃腸が弱って消化吸収機能が衰えている時によいとされているもの。中国の地方では、血液補給に、必ずこの蜜脾を贈る風習があった。○蛺蝶 鱗翅(りんし)目タテハチョウ科の昆虫の総称。一般に中形のチョウで、活発に飛び、止まると翅(はね)を立て下げする。アカタテハ・クジャクチョウ・オオムラサキなど。
無題

同時不同類,哪復更相思。
同じ場所、同じ時であっても、同類ではないのである、どうしてまた、更に思いを寄せるというのか。




(解説)
○詩型 五言絶句。
○押韻 雌。思。


李商隠はこれが自分を慕ってくれた柳枝が諸侯のもとに連れて行かれ、その身に起こること思い遣ったのである。花ならばいくら花弁房をもっていても、また蜂や蝶にとまられたとしても、体を預けたり、思いを寄せることにはならないのである。
またこの時代、身分階級の違いがすべてのことに違いがあった。貴族以外の女性は、女としてか、子供を産む道具とされていたようだ。柳枝は禊ぎをして連れて行かれているから、おそらく貴族や、富豪のところへ行ったのである。いわゆる家妓という設定とおもわれる。
 李商隠は、単にセックスシンボルを取り上げ、それで「同類でなければ性への思いはかなわない」といっているのではないのである。本来なら、何不充なく一生送れたはずなのに、父の不慮の事故によってもたらされたものが「不遇」ということであった。
これは、李商隠の婚姻によってもたらされたものが自分自身の「不遇」になったことを比喩しているのである。柳枝五首有序はそのためにある。この視点に立ってこの詩を見ていく。この視点に立ってこの詩を見ていく。
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漫成三首 其三 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-82

漫成三首 其三 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-82





其 三
霧夕詠芙蕖、何郎得意初。
夕霧のなかに開くハスの花を詠じた詩何遜「看伏郎新婚詩」がある、これぞ何遜公が詩名を得たきっかけになったものだ。
此時誰最賞、沈范兩尚書。

この詩が世に認められる時というのは、誰が最も称賛したかといえば、それは沈約と苑雲、時の文人で高級官僚の二人の尚書であった。


詩と解説
-----------------------------------------------------
(本文)其 三
霧夕詠芙蕖、何郎得意初。
此時誰最賞、沈范兩尚書。


(下し文)其の三

霧夕 芙を詠ず、何郎 得意の初め。

此の時 誰か最も賞する、沈苑の両尚書。



(現代訳)
夕霧のなかに開くハスの花を詠じた詩何遜「看伏郎新婚詩」がある、これぞ何遜公が詩名を得たきっかけになったものだ。
この詩が世に認められる時というのは、誰が最も称賛したかといえば、それは沈約と苑雲、時の文人で高級官僚の二人の尚書であった。




其三 訳註と解説
--------------------------
霧夕詠芙蕖、何郎得意初。
夕霧のなかに開くハスの花を詠じた詩何遜「看伏郎新婚詩」がある、これぞ何遜公が詩名を得たきっかけになったものだ。
霧夕詠芙蕖 「芙蕖」は蓮の花の別名。『爾雅』釈草に「荷は芙蕖」。一句は何遜「看伏郎新婚詩」
霧夕蓮出水,霞朝日照梁。
何如花燭夜,輕扇掩紅妝。
良人復灼灼,席上自生光。
所悲高駕動,環佩出長廊。
「伏郎の新婚を看る」詩の前半四句に「霧の夕べに蓮は水を出で、霞の朝に日は梁を照らす。何如ぞ光燭の夜、軽扇 紅柾を掩う」と花嫁の美しさを朝日の光と蓮にたとえた句を用いる。
何遜に先行して魏・曹植「洛神の賦」(『文選』巻一九)が「遠くより之を望めば、鮫として太陽の朝霞より升るが若く、迫りて之を祭れば、灼として芙妾の操(緑)波を出ずるが若し」と女神の美しきを朝日と蓮の花にたとえている。この詩を少し詳しく末尾に掲載した。参照。○何郎 何遜を指す。「郎」は男子の美称として姓のあとにつける接尾語。



此時誰最賞、沈范兩尚書。
この詩が世に認められる時というのは、誰が最も称賛したかといえば、それは沈約と苑雲、時の文人で高級官僚の二人の尚書であった
沈范兩尚書 沈約と范雲。沈約は尚書令、薄雲は尚書右僕射の官にあったので「両尚書」という。



○詩型 五言絶句。
・韻  蕖、初、書。


絶句の形式を用いて何遜を中心とした梁の詩人を論評した、いわゆる論詩絶句。杜甫に始まる文学批評の新しいスタイルであるが、李商隠のこの連作はそれに連なる早い例。詩的表現の洗練を競った南朝の文学を対象としている。絶句という軽い詩型のためもあって、正面から詩を論ずるものではなく作った感がある。思いつくままに、時にいくらか斜に構えて語



何遜(かそん?~518)中国南北朝時代の文学者。東海郯の人。字は仲言。曾祖父は何承天。幼少より文才に優れ、8歳で詩を作り、20歳の時、州から秀才に選ばれた。南斉の永明年間に、当時の文壇の重鎮であった范雲に文才を認められ、年齢を超えた交際を結ぶ。現存する詩は110首あまり。生涯の大半を地方の幕僚として勤めたことから、友人や同僚たちとの間の応酬・離別の詩や行旅を主題とする詩が多くを占める。その詩風は、寒門の出身者であるが故の、官途の不遇から発せられた心情表現がしばしば見られることが特徴である。その一方で、詩中における自然描写は、精巧であるとともに、豊かな抒情性をたたえており、謝朓とならび、唐詩の先駆とみなされている。

沈約(しんやく441年 - 513年) 南朝を代表する文学者、政治家。呉興武康(現在の浙江省武康県)の人。字は休文。沈氏は元来軍事で頭角を現した江南の豪族であるが、沈約自身は幼いときに父を孝武帝に殺されたこともあり、学問に精励し学識を蓄え、宋・斉・梁の3朝に仕えた。南斉の竟陵王蕭子良の招きに応じ、その文学サロンで重きをなし、「竟陵八友」の一人に数えられた。その後蕭衍(後の梁の武帝)の挙兵に協力し、梁が建てられると尚書令に任ぜられ、建昌県侯に封ぜられた。晩年は武帝の不興をこうむり、憂愁のうちに死去したという。その彼が若い「何遜」に対して、「吾れ卿の詩を読む毎に一日に三復するも猶お己む能わず」と絶賛したという(『梁書』何遜伝)。「憐」は対象に対して深く心を惹かれること。気の毒に思うの意味はその一部に過ぎない。 


范雲 (はんうん451 – 503年) 南朝の梁を代表する文人。字は彦龍。451年(元嘉8年)、南郷舞陽(現在の河南省沁陽)で生まれる。斉及び梁に仕え、竟陵王蕭子良八友のひとりに数えられ、蕭衍を沈約と共に助けた。永明10年(492年)、蕭琛と共に北魏に派遣された際には孝文帝の称賞を受けている。梁では尚書左僕射(502年からは尚書右僕射)に任じられ、その清麗な風格の詩風は当時から高い評価を受けた。503年(天監2年)没。




*******参考*******

『洛神の賦』 曹植

この作品の制作動機については、古来有名な説がある。『文選』李善注が引く『感甄記』によると、この洛水の女神のモデルは兄曹丕の妻甄氏であるという。 甄氏(182~221)は、曹操と対立していた袁紹の次男袁熙の妻だった。しかし、袁氏の本拠地鄴を落とした時、曹丕が自分の妻にした。この時、曹植も彼女を妻にと望んだが、結局叶えられなかった。 時は流れて、甄氏は曹丕の寵愛が衰えたため、不幸にも死を賜わった。 甄氏の死後、曹植が洛陽に参内したところ、文帝は、甄氏の枕を取り出し、それを弟に与え、曹植はそれを見て涙を流した。その帰途、曹植が洛水にさしかかった時、甄氏の幻影が現われ、彼女も本当は曹植を愛していたと伝えた。甄氏の姿が消えた後、曹植は感極まって、この賦を作ったという。よって、この賦のタイトルは、最初『感甄賦』だったが、明帝(曹丕と甄氏の息子)の目に触れるところとなり『洛神賦』に改められた


・・・・・・・・・・・・・・・

其形也、翩若驚鴻、婉若遊寵、榮曜秋菊、華茂春松。』

髣髴兮若輕雲之蔽月、飄颻兮若流風之迴雪、遠而望之、皎若太陽升朝霞、迫而察之、灼若芙蓉出淥波。』

襛繊得衷、脩短合度。
肩若削成、腰如約素、廷頸秀項、皓質呈露。芳澤無加、鉛筆弗御、雲髻峩峩、脩眉聯娟。
丹脣外朗、皓齒内鮮、明眸善睞、靨輔承權。瓌姿豔逸、儀靜體閑。柔情綽態、媚於語言。
奇服曠世、骨像應圖。』

披羅衣之璀粲兮、珥瑤碧之華琚、戴金翠之首飾、綴明珠以耀躯。踐遠遊之文履、曳霧綃之輕裾、微幽蘭之芳藹兮、歩踟蹰於山隅。 』

・・・・・・・・・・・・


其の形や、翩たること驚鴻の若く、婉たること遊寵の若し、秋菊より栄曜き、春松より華やかに茂る。』

髣髴たること軽雲の月を蔽うが若く、飄颻たること流風の雪を迴らすが若し、遠くして之を望めば、皎 太陽の朝霞より升るが若し、迫りて之を察れば、灼として芙蓉の淥波より出づるが若し。』

襛繊 衷ばを得、脩短 度に合す。肩は削り成せるが若く、腰は素を如約ねたるが如し、廷びたる頸 秀でたる項、皓き質 呈露す。芳澤 加うる無く、鉛筆 御せず、雲髻 峩峩として、脩眉 聯娟たり。丹脣 外に朗り、皓齒 内に鮮やか、明眸 善く睞し、靨輔 権に承く。瓌姿は豔逸にして、儀は静かに体は閑なり。柔情 綽態、語言に媚あり。奇服 曠世にして、骨像 図に応ず。』

羅衣の璀粲たるを披り、瑤碧の華琚を珥にし、金翠の首飾りを戴き、明珠を綴りて以て躯を耀かす。遠遊の文履を踐み、霧綃の軽裾を曳き、幽蘭の芳藹たるに微れ、歩みて山隅に踟蹰す。』  



その姿かたちは、不意に飛びたつこうのとりのように軽やかで、天翔る竜のようにたおやか。秋の菊よりも明るく輝き、春の松よりも豊かに華やぐ。』

うす雲が月にかかるようにおぼろで、風に舞い上げられた雪のように変幻自在。遠くから眺めれば、その白く耀く様は、太陽が朝もやの間から昇って来たかと思うし、近付いて見れば、赤く映える蓮の花が緑の波間から現われるようにも見える。』

肉付きは太からず細からず、背は高からず低からず、肩は巧みに削りとられ、白絹を束ねたような腰つき、長くほっそり伸びたうなじ、その真白な肌は目映いばかり。香ぐわしいあぶらもつけず、おしろいも塗っていない。豊かな髷はうず高く、長い眉は細く弧を描く。朱い唇は外に輝き、白い歯は内に鮮やか。明るい瞳はなまめかしく揺らめき、笑くぽが頬にくっきり浮かぶ。たぐい稀な艶やかさ、立居振舞いのもの静かでしなやかなことこの上ない。なごやかな風情、しっとりした物腰、言葉づかいは愛らしい。この世のものとは思われない珍しい衣服をまとい、その姿は絵の中から抜け出してきたかのよう。』

きらきらひかる薄絹を身にまとい、美しく彫刻きれた宝玉の耳飾りをつけ、頭上には黄金や翡翠の髪飾り、体には真珠を連ねた飾りがまばゆい光を放つ。足には「遠遊」の刺繍のある履物をはき、透き通る絹のもすそを引きつつ、幽玄な香りを放つ蘭の辺りに見え隠れし、ゆるやかに山の一隅を歩んでいく。

さて、甄(けん)氏は曹丕との間に、息子の曹叡(そうえい)を産んでいる。曹植がひそかに甄氏を恋していたことは、曹叡にも気づかれていたと思う。なぜなら曹植が作った「感甄(けん)賦」を、後に名を「洛神賦」と改めたのは、曹叡自身であったからだ。曹叡は、母が殺されたことを片時も忘れることはなかった。


漫成三首 其二 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-81






其 二
沈約憐何遜、延年毀謝荘。
清新倶有得、名譽底相傷。

其の二

沈約は何遜を憐れみ、延年は謝荘を毀(そし)

清新 倶に得る有るも、名誉 底(なん)ぞ相い傷(そこない)

 
南朝斉を代表する詩人沈約は同じ南朝斉の何遜の詩に心惹かれ、南朝宋を代表する詩人顔延之は同じ南朝宋の謝荘の作を謗るのである。
清新さというのは何遜も謝荘もその言葉にある、その名誉はどうして軽々に傷つけられようか、けっして損なわれるものではない。



沈約憐何遜、延年毀謝荘。
南朝斉を代表する詩人沈約は同じ南朝斉の何遜の詩に心惹かれ、南朝宋を代表する詩人顔延之は同じ南朝宋の謝荘の作を謗るのである。
沈約(しんやく441年 - 513年) 南朝を代表する文学者、政治家。呉興武康(現在の浙江省武康県)の人。字は休文。沈氏は元来軍事で頭角を現した江南の豪族であるが、沈約自身は幼いときに父を孝武帝に殺されたこともあり、学問に精励し学識を蓄え、宋・斉・梁の3朝に仕えた。南斉の竟陵王蕭子良の招きに応じ、その文学サロンで重きをなし、「竟陵八友」の一人に数えられた。その後蕭衍(後の梁の武帝)の挙兵に協力し、梁が建てられると尚書令に任ぜられ、建昌県侯に封ぜられた。晩年は武帝の不興をこうむり、憂愁のうちに死去したという。その彼が若い「何遜」に対して、「吾れ卿の詩を読む毎に一日に三復するも猶お己む能わず」と絶賛したという(『梁書』何遜伝)。「憐」は対象に対して深く心を惹かれること。気の毒に思うの意味はその一部に過ぎない。 ○何遜(かそん?~518)中国南北朝時代の文学者。東海郯の人。字は仲言。曾祖父は何承天。幼少より文才に優れ、8歳で詩を作り、20歳の時、州から秀才に選ばれた。南斉の永明年間に、当時の文壇の重鎮であった范雲に文才を認められ、年齢を超えた交際を結ぶ。現存する詩は110首あまり。生涯の大半を地方の幕僚として勤めたことから、友人や同僚たちとの間の応酬・離別の詩や行旅を主題とする詩が多くを占める。その詩風は、寒門の出身者であるが故の、官途の不遇から発せられた心情表現がしばしば見られることが特徴である。その一方で、詩中における自然描写は、精巧であるとともに、豊かな抒情性をたたえており、謝朓とならび、唐詩の先駆とみなされている。

延年毀謝荘 「延年」は謝霊運とともに南朝宋を代表する文人顔 延之(がん えんし384年 - 456年)中国南北朝時代、宋の文学者。字は延年。本籍地は琅邪郡臨沂県(現在の山東省臨沂市)。宋の文帝や孝武帝の宮廷文人として活躍し、謝霊運・鮑照らと「元嘉三大家」に総称される。また謝霊運と併称され「顔謝」とも呼ばれる。○謝荘(421~466) 南朝宋を代表する文人。字は希逸。陳郡陽夏の人。謝弘微の子。はじめ始興王劉濬のもとで法曹行参軍となった。太子・劉劭が父・文帝を殺して自立すると、司徒左長史に任ぜられた。武陵王劉駿が劉劭を討つべく起兵すると、檄文を改作して京邑に宣布した。孝武帝(劉駿)が即位すると、吏部尚書に任ぜられた。明帝のとき、中書令に上った。「木方丈図」を作り、中国で最も古い木刻地形図として知られた。また詩文をよくした。『謝光禄集』。顔延之が謝荘をけなした逸話は、『南史』謝荘伝に見える。謝荘の「月の賦」の評価を孝武帝が尋ねると、顔延之は「美なるは則ち美なり。但だ、荘は始めて『千里を隔てて明月を共にす』を知る」と答えた。孝武帝がその話を謝荘に伝えるや否や、謝荘はすかさず「延之は「秋胡の詩」を作り、始めて「生きては久しく離別することを為し、没しては長えに帰らざるを為す」を知る」と応じた。帝はそれを聞いて手を打って喜んだという。「始めて……知る」とはその句を作ってわかりきったことがはじめてわかった。それにはあきれるとそしりあったもの。謝荘「月の賦」は『文選』巻一三、顔延之「秋胡詩」は同巻二一に収められ、いずれも二人の代表作。



清新倶有得、名譽底相傷。
清新さというのは何遜も謝荘もその言葉にある、その名誉はどうして軽々に傷つけられようか、けっして損なわれるものではない。
清新 表現の新鮮さをほめる言葉。杜甫が李白を萸信になぞらえて
春日憶李白 杜甫
白也詩無敵,飄然思不群。清新庚開府,俊逸鮑參軍。
渭北春天樹,江東日暮雲。何時一尊酒,重與細論文?

(春日李白を憶う)
白や詩敵なし 諷然として思羣ならず。
清新は庚開府 俊速は飽参軍。
洞北春天の樹 江東日暮の雲。
何の時か一得の酒 重ねて与に細かに文を論ぜん。

「清新なるは萸開府、俊逸なるは飽参軍(飽照)」の詩に基づいている。○名譽底相傷 何遜は称えられ謝荘はけなされたが、それぞれにすぐれた文学、たとえ批判を被っても真価は揺らがない「底」は「何」と同じく疑問、反語をあらわす。絶句に用いられる俗語的な語。

作品の価値はその批評の仕方によって違う。一方は褒め合い、他方はけなし合う。しかしその清新さは後世の人々からは正当な評価を受ける。他者から受ける批評とは関わりないという李商隠の思いが籠められているか。


○詩型五言絶句
・押韻  荘・傷。




其 二
沈約憐何遜、延年毀謝荘。
南朝斉を代表する詩人沈約は同じ南朝斉の何遜の詩に心惹かれ、南朝宋を代表する詩人顔延之は同じ南朝宋の謝荘の作を謗るのである。
清新倶有得、名譽底相傷。

清新さというのは何遜も謝荘もその言葉にある、その名誉はどうして軽々に傷つけられようか、けっして損なわれるものではない。

漫成三首 其二 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-81

細雨(帷飄白玉堂) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-76

細雨 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-75
詩型 五言絶句。

これまでの李商隠の雨を主題にした詩
7 無題(颯颯東風細雨來)
8 無題 (昨夜星辰昨夜風)
53 夜雨寄北
71 風雨
これから  

76 細雨(帷飄白玉堂) 李商隠特集
77 春雨 李商隠特集
78  細雨(瀟洒傍廻汀)
79 七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作
など
雨を主題とした詠物詩。この詩には「雨」の語を出さず、比喩を連ね、比喩から連想されるイメージを繰り広げる手法がとられている。


細 雨
帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。
やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。
楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。
巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。


やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。
巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。


細 雨
帷は飄る 白玉の堂、簟は巻く 碧牙の牀
楚女 当時の意、蕭蕭として髪彩涼し


 

細雨 李商隠に雨を詠じた詩は多い
 
帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。
やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。
 部屋の周囲に垂れ掛けるとばり。とばりの中で激しいいとなみ、その肌には白玉の汗がにじむ。○簟 涼を取るために竹を編んで作ったむしろ。○碧牙牀 碧色の象牙で彫琢したベッド。「碧牙」は青白くつやつやと光る。竹の網込みもつややかに光っている・



楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。
巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。
楚女 巫山の神女。雨は楚の王が夢のなかで交わった神女の化身。「重ねて聖女両を過ぎる」夢雨 楚の懐王の巫山神女を夢みるの故事にもとづき、男女の愛の喜びとその名残を夢雨という。晩唐の杜牧(803-852年)の潤州の詩に「柳は朱横に暗く夢雨多し。」と。○蕭蕭 雨の降る音。○髪彩 黒髪に降りかかり細雨の光沢。ここでは雨を神女の髪に比喩する。

○韻 堂・林・涼。 



一句目、二句目の「白玉堂」「碧牙牀」は白と碧という二つの色、また玉と牙(象牙)という二つの硬質な装飾物、いずれも末句の「涼」に連なり、「帷」と「簟」は細やかで柔らかなところから雨に繋がる。さらに天界の館、室から神女に連想が拡がり、細やかに降る雨が巫山神女の髪にたとえられるが、当然そこには女性との交歓にまつわる情感が伴っている。

天涯 李商隠 :紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 59

天涯 李商隠  :紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 59
853年梓州李商隠43歳。

春日在天涯、天涯日又斜。
春は君との思い出のある季節だ。わたしは地の果てにいる。そんな地の果てにいても太陽がかたむいてくると君との夜が思い出される。
鴬啼如有涙、爲濕最高花。
鴬はここにも啼くのだが、君の歌はここでは聞けない、琴の音を聞いていると涙がでて啜り泣いてしまう。そ君との濡れ場は考えるだけでも一番高い所に咲く花のように手にも取れない。


春は君との思い出のある季節だ。わたしは地の果てにいる。そんな地の果てにいても太陽がかたむいてくると君との夜が思い出される。
鴬はここにも啼くのだが、君の歌はここでは聞けない、琴の音を聞いていると涙がでて啜り泣いてしまう。そ君との濡れ場は考えるだけでも一番高い所に咲く花のように手にも取れない。


天涯
春日 天涯に在り、天涯 日 又斜めなり。
鶯は啼いて 涙有る如く、為に湿す 最高の花。

春日在天涯、天涯日又斜。
春は君との思い出のある季節だ。わたしは地の果てにいる。そんな地の果てにいても太陽がかたむいてくると君との夜が思い出される。
○天涯 地の果て。当時は四方に果てがあると考えられていた。当時は女性が旅行することはないので、都か、江南の、女性に天涯という表現の方が分かりやすいことであろう。東川節度使柳仲邸の幕下、梓州(四川省三台県)にいた頃の作。


鴬啼如有涙、爲濕最高花。
鴬はここにも啼くのだが、君の歌はここでは聞けない、琴の音を聞いていると涙がでて啜り泣いてしまう。そ君との濡れ場は考えるだけでも一番高い所に咲く花のように手にも取れない。
鴬啼如有涙 この句は司馬相如と卓文君の恋物語に基づいている。鶯は司馬相如の『鳳求凰』の琴の音を意味する。また、鶯は歌の上手い芸妓をも示す。このような地の果てに来て、逢うこともできないでいることに対する涙。李商隠は、司馬相如の物語、ラブレターで卓文君を射止めたことを引きながら、この詩を今はあえない芸妓に贈ったものであろう。
爲濕最高花。 この句は相手を最高に持ち上げたものである。濕は性交を示す。花は女性自身、


 

(李商隠解説)
数年徐州で判官をし、851年長安に帰り、令狐綯の力で大学博士に任官する。852年より梓州に赴任する。この時期になると出世というものからはずれ、自己について嘲笑的態度へと変化させることにより自己満足をする、従来の出来事の裏側のある隠された部分を故事、性的描写など李商隠らしく批判的なものを覆いつつあらわしていたものが消えていく物足りない詩になっていく。

李商隠が後半生 において政治詩をほとんど遺していない事との関連性も想起 しうるのである。

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