漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

艶情・社会・政治批判の詩

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

中唐詩 Ⅶ孟郊(孟東野) 寒地百姓吟 <21> kanbun-iinkai紀頌之の漢詩ブログ245

中唐詩 Ⅶ孟郊(孟東野) 寒地百姓吟 <21> kanbun-iinkai紀頌之の漢詩ブログ 245


「郊寒島痩」屈折された文学
宋の蘇軾は「祭柳子玉文」(『蘇軾文集』巻六十三、中華書局、一九八六)の中で、孟郊と賈島の詩の特色を「郊寒島痩」ということばで批評した。孟郊は寒く、賈島は痩せているという。「寒」「痩」という評語は、孟郊と賈島の詩を否定したものではなく、そこに新しい美意識を認めるのである。既に孟郊の「交友」友情、愛情について、「求友」  「擇友」  「結交」 「勸友」 「審交」   結愛  の六首を見た。    
孟郊の「人」について、「寒地百姓吟」(巻三)を例に挙げて、孟郊が「人」をどのように描いているか見てみよう。この詩には、「為鄭相、其年居河南、畿内百姓、大蒙矜卹」という自注がついている。宰相をつとめた鄭余慶が河南尹となり、人民のために尽くしたのを讃えた詩で、元和元年(八〇六)、五十六歳の作。孟郊は鄭余慶の下で、河南水陸運従軍、試協律郎の職に就いていた。

中唐詩193 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 孟郊の交遊の詩(1)「求友
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中唐詩196 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 孟郊の交遊の詩(3)「結交

中唐詩197 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 孟郊の交遊の詩(4)「勸友

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中唐詩199 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 孟郊の交遊の詩(6 結愛




寒地百姓吟(爲鄭相其年居河南畿内百姓大蒙矜卹)(孟郊 唐詩)
  無火炙地眠,半夜皆立號。
貧しい人間には土間をあぶっで暖房とすることができない。すると夜中に寒さでみんなが目をさまし泣き叫ぶのである。
  冷箭何處來,棘針風騷勞。
寒さがどこからも肌に突き刺さってくる。いばらのとげのように風が突き刺さるのである。
  霜吹破四壁,苦痛不可逃。
冷たい風が四方の壁を突き抜けてくるので、その苦痛は逃れる場所がないのである。
  高堂搥鍾飲,到曉聞烹炮。』
同じ寒い地方であっても貴人の家では、音楽を演奏して宴会を開いたり、おいしい料理を作ったり、ぜいたくな生活を送って明け方のときを知らせるのを聞くのである。
  寒者願爲蛾,燒死彼華膏。
寒さに苦しむ者が、蛾に変身したいと願うのである、どうせ死ぬなら燭蝋に焼かれたい、それほど寒いのだ。
  華膏隔仙羅,虛繞千萬遭。
しかし、蝋燭の灯火がうすぎぬで隔てられているので、蛾は部屋の周囲を千回も、万回もぐるぐる回るばかりなのだ。
  到頭落地死,踏地爲游遨。
しまいには蛾が地面に落ちて死ぬのである、そして遊楽する者に踏みつけられる。
  游遨者是誰,君子爲鬱陶。』

遊楽する者は、これだれであろうか、君子といわれる鄭余慶公は、貧富の差に心を痛めているだろう。


火の地を炙りて眠る無く、半夜皆立ちて号ぶ。
冷箭何処より来る、棘針風騒労す。
霜吹四壁を破り、苦痛逃るべからず。
高堂鐘を搥ちて飲み、暁に到るまで烹炮を聞く。』
寒き者は蛾と為り、彼の華膏に焼死せんことを願う。
華膏 仙羅を隔て、虚しく遶ること千万遭。
到頭 地に落ちて死し、地を踏みて遊遨を為す。
遊遨する者は 是れ誰ぞ、君子 為に鬱陶たり。』

ani0005

現代語訳と訳註
(本文)

 無火炙地眠,半夜皆立號。
 冷箭何處來,棘針風騷勞。
 霜吹破四壁,苦痛不可逃。
 高堂搥鍾飲,到曉聞烹炮。』
 寒者願爲蛾,燒死彼華膏。
 華膏隔仙羅,虛繞千萬遭。
 到頭落地死,踏地爲游遨。
 游遨者是誰,君子爲鬱陶。』


(下し文)
火の地を炙りて眠る無く、半夜皆立ちて号ぶ。
冷箭何処より来る、棘針風騒労す。
霜吹四壁を破り、苦痛逃るべからず。
高堂鐘を搥ちて飲み、暁に到るまで烹炮を聞く。』
寒き者は蛾と為り、彼の華膏に焼死せんことを願う。
華膏 仙羅を隔て、虚しく遶ること千万遭。
到頭 地に落ちて死し、地を踏みて遊遨を為す。
遊遨する者は 是れ誰ぞ、君子 為に鬱陶たり。』


(現代語訳)
貧しい人間には土間をあぶっで暖房とすることができない。すると夜中に寒さでみんなが目をさまし泣き叫ぶのである。
寒さがどこからも肌に突き刺さってくる。いばらのとげのように風が突き刺さるのである。
冷たい風が四方の壁を突き抜けてくるので、その苦痛は逃れる場所がないのである。
寒さに苦しむ者が、蛾に変身したいと願うのである、どうせ死ぬなら燭蝋に焼かれたい、それほど寒いのだ。
しかし、蝋燭の灯火がうすぎぬで隔てられているので、蛾は部屋の周囲を千回も、万回もぐるぐる回るばかりなのだ。
しまいには蛾が地面に落ちて死ぬのである、そして遊楽する者に踏みつけられる。
遊楽する者は、これだれであろうか、君子といわれる鄭余慶公は、貧富の差に心を痛めているだろう。


(訳注)
無火炙地眠,半夜皆立號。

貧しい人間には土間をあぶっで暖房とすることができない。すると夜中に寒さでみんなが目をさまし泣き叫ぶのである。


冷箭何處來,棘針風騷勞。
寒さがどこからも肌に突き刺さってくる。いばらのとげのように風が突き刺さるのである。
○冷 冷たい矢。○棘針 いばらのとげは、ともに寒風のたとえ。


霜吹破四壁,苦痛不可逃。
冷たい風が四方の壁を突き抜けてくるので、その苦痛は逃れる場所がないのである。
霜吹 寒風を指す。


高堂搥鍾飲,到曉聞烹炮。』
同じ寒い地方であっても貴人の家では、音楽を演奏して宴会を開いたり、おいしい料理を作ったり、ぜいたくな生活を送って明け方のときを知らせるのを聞くのである。
○貴人の豊かな生活と対比することによって、貧しい人民の悲惨な生活が強調されることになる。しかし、貧しいものに何の足しにもならないし、この時代九割の人間が貧乏人である。


寒者願爲蛾,燒死彼華膏。
寒さに苦しむ者が、蛾に変身したいと願うのである、どうせ死ぬなら燭蝋に焼かれたい、それほど寒いのだ。
華膏 華燭。・膏動物系のあぶら。○この二句は韓愈の「苦寒」(『昌黎先生集』巻四)に、冬の寒さに苦しむ雀を描いた句があり、「不如弾射死、却得親炰燖」、はじきだまで射られて死に、丸焼きにされるか茹でられるかして、暖まる方がよい、と言っている。803年貞元十九年の作であるから、これに基づき孟郊の詩がうたわれている。
苦寒歌(韓愈 唐詩)
黄昏苦寒歌,夜半不能休。
豈不有陽春,節歲聿其周,君何愛重裘。
兼味養大賢,冰食葛制神所憐。
填窗塞戶慎勿出,暄風暖景明年日。


無題
華膏隔仙羅,虛繞千萬遭。

しかし、蝋燭の灯火はうすぎぬで隔てられている、むなしいことに、蛾は部屋の周囲を千回も、万回もぐるぐる回るばかりなのだ。


到頭落地死,踏地爲游遨。
しまいには蛾が地面に落ちて死ぬのである、そして遊楽する者に踏みつけられる。
○苦痛の中で死ぬ貧しい人間と、享楽にふける富んだ人間を再び対比しながら、貧富の差があまりにも大きいことを述べている。


游遨者是誰,君子爲鬱陶。』
遊楽する者は、これだれであろうか、君子といわれる鄭余慶公は、貧富の差に心を痛めているだろう。
鬱陶 心がふさがって楽しまないこと。わずらわしく思うこと。


この詩は、前半と後半に分けることができる。前半八句は、河南の人民が寒さに苦しむようすを描く。
この詩の自注に、畿内の人民が鄭余慶の恩恵を受けたと言っているけれども、鄭余慶がどのような政治を行ったのかは述べていない。最後のわずか二句に、自分の言いたいことを込めているのだ。この時代、苦しい思いは自分の苦学の時代が長かったことでよく理解しているのであろう。力のないものは西王母の時代から、蛾に変身するということで表現されている。夫の后羿が西王母からもらい受けた不死の薬を盗んで飲み、月に逃げ、蝦蟇になったと伝えられる。貧しいものは、変身してもしまいには踏みつけられる。ここまで、孟郊の、のぞき穴から見るような世界感である。この時代の精いっぱいの政治批判であろう。
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Ⅶ孟郊(孟東野) 罪松 #2 <20>紀頌之の漢詩ブログ 中唐詩244

Ⅶ孟郊(孟東野) 罪松 #2 <20>紀頌之の漢詩ブログ 中唐詩244


<賢者の処罰>
青々と茂る松は、冬の寒さにも枯れない。その姿は、逆境にも屈しない固い節操や、高潔な人格にたとえられる。陶淵明「飲酒二十首」其八(『陶淵明集』巻三)の冒頭でも、「青松在東園、衆草没其姿。凝霜殄異類、卓然見高枝」、青い松は庭の雑草に隠れているけれども、霜がほかの草木を枯らすと、ひときわ高くそびえているのが分かる、と松の姿を讃えている。ところが、孟郊は、そのような松の姿を非難する、「罪松」(巻二)と題する詩を書いている。

五十歳にしてやっと及第し、溧陽県尉というに低位にすぎない官職についたわけで、他の詩人と異なる最も大きいポイントが世界観の小ささだ。知能の発育、社会生活の中での自分形成、どこをとってもいびつなものである。視点は面白いのだが雰囲気が陰気である。


罪松 孟郊
  雖爲青松姿,霜風何所宜。
  二月天下樹,綠於青松枝。
  勿謂賢者喻,勿謂愚者規。
  伊呂代封爵,夷齊終身饑。
  彼曲既在斯,我正實在茲。」
 涇流合渭流,清濁各自持。
涇水の流れは、黄土を流して南流して、西から清く澄みきった水をたたえて東流する渭水の流れに合流する。清濁各々自らの特徴をもっている。
 天令設四時,榮衰有常期。
そして、天はこの世に年、月、日それぞれに四時を設けさだめられ、栄えたのち衰えることという決まりごとのように時期は来るものである。
 榮合隨時榮,衰合隨時衰。
繁栄するには法則に合致している時勢に従って繁栄するのであり、衰退するのはそれも衰退する時勢法則に合致し随っているのである。
  天令既不從,甚不敬天時。
青松は天の定めた法則に既に従わないでいるし、はなはだ問題なのは天の定めた時勢を敬わっていないことだ。
 松乃不臣木,青青獨何爲。」
このように松は天の定め西が得ないという不忠の家臣である、好き勝手に常に青々としている来tに何の意味があるというのだ。



青松の姿を為すと雖も、霜風何の宜しき所ぞ。
二月天下の樹、青松の枝よりも緑なり。
賢者の喩と謂うこと勿れ、愚者の規と謂うこと勿れ。
伊呂代々封爵せられ、夷斉終身飢う。
彼の曲既に斯に在り、我の正実に茲に在り。」
#2
涇流渭流に合し、清濁各々自ら持す。
天四時を設けしめ、栄衰常期有り。
栄ゆるには合に時に随いて栄ゆべし、衰うるには合に時に随いて衰うべし。
天令既に従わず、甚だ天の時を敬わず。
松は乃ち不臣の木なり、青青独り何為るものぞ。」


現代語訳と訳註
(本文)#2

涇流合渭流,清濁各自持。
天令設四時,榮衰有常期。
榮合隨時榮,衰合隨時衰。
天令既不從,甚不敬天時。
松乃不臣木,青青獨何爲。」


(下し文) #2
涇流渭流に合し、清濁各々自ら持す。
天四時を設けしめ、栄衰常期有り。
栄ゆるには合に時に随いて栄ゆべし、衰うるには合に時に随いて衰うべし。
天令既に従わず、甚だ天の時を敬わず。
松は乃ち不臣の木なり、青青独り何為るものぞ。」


(現代語訳)
涇水の流れは、黄土を流して南流して、西から清く澄みきった水をたたえて東流する渭水の流れに合流する。清濁各々自らの特徴をもっている。
そして、天はこの世に年、月、日それぞれに四時を設けさだめられ、栄えたのち衰えることという決まりごとのように時期は来るものである。
繁栄するには法則に合致している時勢に従って繁栄するのであり、衰退するのはそれも衰退する時勢法則に合致し随っているのである。
青松は天の定めた法則に既に従わないでいるし、はなはだ問題なのは天の定めた時勢を敬わっていないことだ。
このように松は天の定め西が得ないという不忠の家臣である、好き勝手に常に青々としている来tに何の意味があるというのだ。


(訳注)
涇流合渭流,清濁各自持。

涇流渭流に合し、清濁各々自ら持す。
涇水の流れは、黄土を流して南流して、西から清く澄みきった水をたたえて東流する渭水の流れに合流する。清濁各々自らの特徴をもっている。
涇水渭水 涇水と渭水。共に中国陝西(せんせい)省を流れる川で、涇水は常に濁り、渭水は常に澄んでいる。二つの川が合流する地点では、その清濁が対照的であるところから、清濁・善悪などの区別が明らかなことのたとえに用いられる。


天令設四時,榮衰有常期。
天四時を設けしめ、栄衰常期有り。
そして、天はこの世に年、月、日それぞれに四時を設けさだめられ、栄えたのち衰えることという決まりごとのように時期は来るものである。
四時 ・1年の四つの季節、春夏秋冬の総称。四季。・1か月中の四つの時。晦(かい)・朔(さく)・弦・望。・一日中の4回の座禅の時。黄昏(こうこん)(午後8時)・後夜(ごや)五更(午前4時)・早晨(そうじん)(午前10時)・時(ほじ)(午後4時)。


榮合隨時榮,衰合隨時衰。
栄ゆるには合に時に随いて栄ゆべし、衰うるには合に時に随いて衰うべし。
繁栄するには法則に合致している時勢に従って繁栄するのであり、衰退するのはそれも衰退する時勢法則に合致し随っているのである。


天令既不從,甚不敬天時。
天令既に従わず、甚だ天の時を敬わず。
青松は天の定めた法則に既に従わないでいるし、はなはだ問題なのは天の定めた時勢を敬わっていないことだ。


松乃不臣木,青青獨何爲。」
松は乃ち不臣の木なり、青青独り何為るものぞ。」
このように松は天の定め西が得ないという不忠の家臣である、好き勝手に常に青々としている来tに何の意味があるというのだ。

Ⅶ孟郊(孟東野) 罪松 #1 <20>紀頌之の漢詩ブログ

Ⅶ孟郊(孟東野) 罪松 #1<20>紀頌之の漢詩ブログ


<賢者の処罰>
青々と茂る松は、冬の寒さにも枯れない。その姿は、逆境にも屈しない固い節操や、高潔な人格にたとえられる。陶淵明「飲酒二十首」其八(『陶淵明集』巻三)の冒頭でも、「青松在東園、衆草没其姿。凝霜殄異類、卓然見高枝」、青い松は庭の雑草に隠れているけれども、霜がほかの草木を枯らすと、ひときわ高くそびえているのが分かる、と松の姿を讃えている。ところが、孟郊は、そのような松の姿を非難する、「罪松」(巻二)と題する詩を書いている。


罪松(孟郊 唐詩)
 #1
  雖爲青松姿,霜風何所宜。
松は寒い中でも青さを残しているというものだが、霜が降り、風が吹くことをどうしていいといえるのか。
  二月天下樹,綠於青松枝。
春を迎えた2月では世の中の木々は芽吹くのである。青松は芽生えた木の葉の美しさに比べればそのみどりは劣っている。(この段階では清廉さは全くない。)
  勿謂賢者喻,勿謂愚者規。
このように松をもって賢者のたとえとすべきではないし、霜風でもって枯れて葉を落とすからといって愚者という規範というべきではない。
  伊呂代封爵,夷齊終身饑。
殷の宰相のように代々国を興した功臣が封ぜられて後世までつづいた、伯夷・叔斉のように高名な隠者で、周に仕えるのを恥じた聖人であってもついに最後には餓死した。
  彼曲既在斯,我正實在茲。」
彼の持っている志を曲げてそうして世に出ようとした、わたしは、それは正しいと思う、そうして実責を出すことで慈悲というものがあるということだ。」
#2涇流合渭流,清濁各自持。
  天令設四時,榮衰有常期。
  榮合隨時榮,衰合隨時衰。
  天令既不從,甚不敬天時。
  松乃不臣木,青青獨何爲。」


青松の姿を為すと雖も、霜風何の宜しき所ぞ。
二月天下の樹、青松の枝よりも緑なり。
賢者の喩と謂うこと勿れ、愚者の規と謂うこと勿れ。
伊呂代々封爵せられ、夷斉終身飢う。
彼の曲既に斯に在り、我の正実に茲に在り。」
涇流渭流に合し、清濁各々自ら持す。
天四時を設けしめ、栄衰常期有り。
栄ゆるには合に時に随いて栄ゆべし、衰うるには合に時に随いて衰うべし。
天令既に従わず、甚だ天の時を敬わず。
松は乃ち不臣の木なり、青青独り何為るものぞ。」




現代語訳と訳註
(本文) 罪松(孟郊 唐詩)
  雖爲青松姿,霜風何所宜。
  二月天下樹,綠於青松枝。
  勿謂賢者喻,勿謂愚者規。
  伊呂代封爵,夷齊終身饑。
  彼曲既在斯,我正實在茲。」
  涇流合渭流,清濁各自持。
  天令設四時,榮衰有常期。
  榮合隨時榮,衰合隨時衰。
  天令既不從,甚不敬天時。
  松乃不臣木,青青獨何爲。」

(下し文)#1
青松の姿を為すと雖も、霜風何の宜しき所ぞ。
二月天下の樹、青松の枝よりも緑なり。
賢者の喩と謂うこと勿れ、愚者の規と謂うこと勿れ。
伊呂代々封爵せられ、夷斉終身飢う。
彼の曲既に斯に在り、我の正実に茲に在り。」

#2
涇流渭流に合し、清濁各々自ら持す。
天四時を設けしめ、栄衰常期有り。
栄ゆるには合に時に随いて栄ゆべし、衰うるには合に時に随いて衰うべし。
天令既に従わず、甚だ天の時を敬わず。
松は乃ち不臣の木なり、青青独り何為るものぞ。」


(現代語訳) 罪松
松は寒い中でも青さを残しているというものだが、霜が降り、風が吹くことをどうしていいといえるのか。
春を迎えた2月では世の中の木々は芽吹くのである。青松は芽生えた木の葉の美しさに比べればそのみどりは劣っている。(この段階では清廉さは全くない。)
このように松をもって賢者のたとえとすべきではないし、霜風でもって枯れて葉を落とすからといって愚者という規範というべきではない。
殷の宰相のように代々国を興した功臣が封ぜられて後世までつづいた、伯夷・叔斉のように高名な隠者で、周に仕えるのを恥じた聖人であってもついに最後には餓死した。
彼の持っている志を曲げてそうして世に出ようとした、わたしは、それは正しいと思う、そうして実責を出すことで慈悲というものがあるということだ。」


(訳注)
雖爲青松姿,霜風何所宜。

青松の姿を為すと雖も、霜風何の宜しき所ぞ。
松は寒い中でも青さを残しているというものだが、霜が降り、風が吹くことをどうしていいといえるのか。
○松は、寺院、寺観、御陵、御廟などにうえられているものである。霜風に屈せず緑をのこすのであるが、清廉潔白というものではない。落葉樹ははお落とす中、緑を残しただけで、高潔な姿というものではない。


二月天下樹,綠於青松枝。
二月天下の樹、青松の枝よりも緑なり。
春を迎えた2月では世の中の木々は芽吹くのである。青松は芽生えた木の葉の美しさに比べればそのみどりは劣っている。(この段階では清廉さは全くない。)


勿謂賢者喻,勿謂愚者規。
賢者の喩と謂うこと勿れ、愚者の規と謂うこと勿れ。
このように松をもって賢者のたとえとすべきではないし、霜風でもって枯れて葉を落とすからといって愚者という規範というべきではない。


伊呂代封爵,夷齊終身饑。
伊呂代々封爵せられ、夷斉終身飢う。
殷の宰相のように代々国を興した功臣が封ぜられて後世までつづいた、伯夷・叔斉のように高名な隠者で、周に仕えるのを恥じた聖人であってもついに最後には餓死した。
伊呂 伊尹(殷の宰相)、夏末期から商(殷)初期にかけての政治家。商王朝成立に大きな役割を果たした。呂尚(太公望)、二人とも国を興した功臣であること。○封爵 諸侯に封じて、官爵を授けること。また、その領地と官爵。 ○夷斉 伯夷・叔斉 殷代末期の孤竹国(現在地不明、一説に河北省唐山市周辺)の王子の兄弟である。高名な隠者で、儒教では聖人とされる。周の武王が紂王を討とうとするのを諫めたが聞き入れられず、周に仕えるのを恥じて、首陽山に隠れて餓死した。


彼曲既在斯,我正實在茲。」
彼の曲 既に斯に在り、我の正実に茲に在り。」
彼の持っている志を曲げてそうして世に出ようとした、わたしは、それは正しいと思う、そうして実責を出すことで慈悲というものがあるということだ。」
○「伊尹・呂尚」と「伯夷・叔斉」を、「賢者」と「愚者」の対比に当てはめれば、前者が「賢者」、後者が「愚者」ということにならざるを得ない。ところが、孟郊は、伊尹と呂尚の二人は誰にも仕えずにいたのに、志を曲げて世に出たと考えているので、正義は伯夷と叔斉に存すると見ている。つまり、孟郊は「愚者」の生き方に共感するのである。

中唐詩241 節婦吟 寄東平李司空師道 Ⅷ 張籍<4> 紀頌之の漢詩ブログ

中唐詩241 節婦吟 寄東平李司空師道 Ⅷ 張籍<4> 紀頌之の漢詩ブログ

汴州の科挙の地方試験の試験官をしていた韓愈に世話になっている。汴州の乱の後、心配して韓愈を訪ね、一カ月も語り明かしている。乱のこと、友人のこと詩にしたものが『此日足可惜贈張籍』(此の日惜しむ可きに足る 張籍に贈る)である。
此日足可惜贈張籍 唐宋詩-207Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-7-#1


張籍は、中唐の詩人。字は文昌。和州(かしゅう)烏江(安徽省和県)の人。師友の韓愈に目をかけられ、その推薦によって、国子博士となった。楽府に長じている。賈島・孟郊などと唱和して古詩をよくし、盟友の王建とともに七言楽府に優れた作品を発表して「張王」と併称された。名詩人になろうとして、杜甫の詩集を焼いてその灰に膏蜜を混ぜて飲んだという逸話がある。表現は平易だが、世相の矛盾を指摘することは鋭く、白居易から「挙世(いまのよ)には其の倫(たぐい)少なし」と評せられ、後輩の姚合より「古風は敵手なく、新語は是れ人ぞ知る」と称えられた。中唐楽府運動の重要な担い手であり、白居易・元稹とともに「元和体」を形成した。『張司業詩集』8巻がある。


節婦吟 寄東平李司空師道  張籍
君知妾有夫,贈妾雙明珠。
あなたは、わたしに、夫(おっと)がいることを知りながらつきあいました。わたしに一対の輝き光る真珠を贈くってくれました。
感君纏綿意,繋在紅羅襦。
あなたの思いが深く離れがたく心にまとわりついているのに感じているのですね、その思いはこころにきざみ、そして紅(くれない)の薄絹の短い肌着につなぎとめておきます。
妾家高樓連苑起,良人執戟明光裏。
わたしの家の高楼は、苑(にわ)に連(つら)なって起(た)っており、良人(おっと)は、戟(ほこ)を持って皇宮に勤めにあがっています。
知君用心如日月,事夫誓擬同生死。
あなたのお心づかいは、明瞭に分かりましたが、わたしは夫(おっと)につかえて、誓って生死を共にしたいと思っております。
還君明珠雙涙垂,何不相逢未嫁時。

あなたに真珠をお返し致しますが、両目から涙が流れてまいります。恨めしいのは、まだ嫁(とつ)いでいない時にお逢(あ)いできなかったことです。
 

(節婦吟 東平の李司空師道に寄す)   
君 知る 妾【しょう】に 夫と有るを,妾に贈る雙明珠【そうめいしゅ】。
君が纏綿【てんめん】の意に 感じ,繋げて紅の羅襦【らじゅ】に在り。
妾家の高樓 苑に連って起る,良人の執戟【しつげき】 明光の裏【うち】。
知る君 心 用るは 日月の如し,夫に事【つか】へて 誓って生死を同じうせんと擬【ぎ】す。
君に明珠を還【かえ】して 雙涙【そうるい】垂る,何ぞ未だ嫁せざる時に相逢わざる。



現代語訳と訳註
(本文)
節婦吟 寄東平李司空師道  張籍
君知妾有夫,贈妾雙明珠。
感君纏綿意,繋在紅羅襦。
妾家高樓連苑起,良人執戟明光裏。
知君用心如日月,事夫誓擬同生死。
還君明珠雙涙垂,何不相逢未嫁時。


(下し文) (節婦吟 東平の李司空師道に寄す)   
君 知る 妾【しょう】に 夫と有るを,妾に贈る雙明珠【そうめいしゅ】。
君が纏綿【てんめん】の意に 感じ,繋げて紅の羅襦【らじゅ】に在り。
妾家の高樓 苑に連って起る,良人の執戟【しつげき】 明光の裏【うち】。
知る君 心 用るは 日月の如し,夫に事【つか】へて 誓って生死を同じうせんと擬【ぎ】す。
君に明珠を還【かえ】して 雙涙【そうるい】垂る,何ぞ未だ嫁せざる時に相逢わざる。


(現代語訳)
あなたは、わたしに、夫(おっと)がいることを知りながらつきあいました。わたしに一対の輝き光る真珠を贈くってくれました。
あなたの思いが深く離れがたく心にまとわりついているのに感じているのですね、その思いはこころにきざみ、そして紅(くれない)の薄絹の短い肌着につなぎとめておきます。
わたしの家の高楼は、苑(にわ)に連(つら)なって起(た)っており、良人(おっと)は、戟(ほこ)を持って皇宮に勤めにあがっています。
あなたのお心づかいは、明瞭に分かりましたが、わたしは夫(おっと)につかえて、誓って生死を共にしたいと思っております。
あなたに真珠をお返し致しますが、両目から涙が流れてまいります。恨めしいのは、まだ嫁(とつ)いでいない時にお逢(あ)いできなかったことです。


(訳注)
節婦吟 寄東平李司空師道
東平にいる司空の官である李師道に寄せる節婦の詩。 
○男女の不倫問題を詠った詩だが、政治的な批判を男女に置き換えている。反対党から裏工作をされたのであろう、厚遇に感謝しつつも、節義を貫きたい、という。不倫に置き換えるのが分かりやすいことである。○節婦 囲われている女性(民妓)だが、節操の正しい婦人。貞節な女性。貴族は側室として芸妓を迎え入れている。○吟 うた。古詩や楽府題の末尾に用いて『……吟』とする。『白頭吟』など。○ 手紙で詩を送る。○東平 地名。現・山東省鄲県の東にある隋の郡名。現・山東省東平県の東にある漢の東平国、南朝・宋の郡名。○ 真珠を渡してきた男性・李師道の姓。○司空 官名。周代の官名。土地、人民をつかさどる。漢代の御史大夫。○師道 男性の名。李師道とは、平盧淄青節度使。


君知妾有夫、贈妾雙明珠。
あなたは、わたしに、夫(おっと)がいることを知りながらつきあいました。わたしに一対の輝き光る真珠を贈くってくれました。
 相手の男性を指す。○ 分かっている。○ わたくしめ。謙譲の意を込めた女性の一人称。○有夫 おっとがいる(既婚女性)。○ ふたつの。一対の。○明珠 輝き光る玉。


感君纏綿意、繋在紅羅襦。
あなたの思いが深く離れがたく心にまとわりついているのに感じているのですね、その思いはこころにきざみ、そして紅(くれない)の薄絹の短い肌着につなぎとめておきます。
纏綿【てんめん】心がまつわりついて離れないさま。情緒の深いさま。○ 思い。○繋在 …につなぎとめる。○【けい】つなぎとめる。○ …に(…する)。○ 薄絹。○【じゅ】短い上着。短い下着。肌着のこと

 
妾家高樓連苑起、良人執戟明光裏。
わたしの家の高楼は、苑(にわ)に連(つら)なって起(た)っており、良人(おっと)は、戟(ほこ)を持って皇宮に勤めにあがっています。
高樓 たかどの。「高楼」と「庭」「起」は艶歌(性)の常套用語で、下句の「良人」「明光裏」で、思わせぶりな表現としている。○連 つらなる。○ 庭。○ たつ。○良人 おっと。○ (物をかたく)とる。○戟【げき】(枝刃のある)ほこ。○明光 明光殿のことで、皇宮を指す。明光殿は漢の宮殿名で、未央宮の西にあり、金玉珠璣を以て簾箔となし、昼夜光明あったという。また、明光宮のことで、明光宮は漢の宮殿名で、武帝が建てたもの。○ …の内で。


知君用心如日月、事夫誓擬同生死。
あなたのお心づかいは、明瞭に分かりましたが、わたしは夫(おっと)につかえて、誓って生死を共にしたいと思っております。
用心 心遣(づか)い。○日月 太陽と月、男と女。ここでは、太陽(男)と月(女)のように明瞭なことで、うやむやにはいかない。○事夫 おっとにつかえる。この関係は続けてはいけない。○ つかえる。動詞。○ 誓って…。願望、決意を表現する。○ …するつもりである。ほっする。しようとする。○同生死 生きることと死ぬことを同じくする。運命を同じくすること。


還君明珠雙涙垂、何不相逢未嫁時。
あなたに真珠をお返し致しますが、両目から涙が流れてまいります。恨めしいのは、まだ嫁(とつ)いでいない時にお逢(あ)いできなかったことです。
○相手の厚意を謝絶するものの、心が揺れ動くことを示して相手のことを配慮しやわらかく拒絶する。○雙涙 両目から流れ出る涙。○何不 なぜ…しない。○相逢 (偶然に)出逢う。○未嫁時 まだ嫁(とつ)がない(未婚の)時。


芸妓の節操ということである。多少の浮気、不倫がまかり通っていた時代に節操を守る「芸妓」を詠うことで政治的な批判をしている。宦官の巧みな工作を指摘しているものと思う。唐王朝の初期は数十人であった宦官が、玄宗期に飛躍的に増加し、中唐期には手が付けられないほどの勢力を持っていた。不老長寿の媚薬の中毒死は宦官と道教のたくらみであった。
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中唐詩-240 渡遼水 Ⅻ.王建<1> 紀頌之の漢詩ブログ

中唐詩-240 渡遼水 Ⅻ.王建<1> 紀頌之の漢詩ブログ

中国、中唐の詩人。字(あざな)は仲初(ちゅうしょ)。潁川(えいせん)(河南省許昌(きょしょう)市)の人。775年(大暦10)の進士。身分の低い寒門出身のため、官途についても栄進せず、地方官や大府寺丞(だいふじじょう)、侍御史(じぎょし)などの小官を歴任し、晩年には辺塞(へんさい)で従軍生活を送った。これらの境遇は彼を困窮した人民の同情者とし、文学活動において、平易な表現を旨とする民歌形式である楽府詩(がふし)を用いて、鋭く現実を批判し、中唐新楽府運動の一環を担わせることとなった。彼は親友で文学傾向を同じくする張籍(ちょうせき)と「張王」と併称され、「宮詞(きゅうし)」100首は当時世評が高かった。『王建詩集』10巻。
新嫁娘詞三首 〈新嫁娘:新婚の女性。新たに嫁いできた女性。〉、渡遼水。行宮(寥落古行宮)。故行宮詩(寥落古行宮)。 宮中調笑(團扇)。 宮中調笑(楊柳)。などがある。 

渡遼水 Ⅻ.王建 七言雑詩

渡遼水,    此去咸陽五千里。
中原の遙か北方の遼河(りょうが)を渡る。ここ遼河の畔(ほとり)を去ること五千里のところに漢民族の故地、咸陽の都がある。
來時父母知隔生,重著衣裳如送死。
あの出征の時、父母は、これが生死を隔(へだ)てる見納めの別れだと分かって。改めて衣裳を着替えたのは、死者を送る時のようであった。 
亦有白骨歸咸陽,營家各與題本鄕。
また、白骨として遺骨が咸陽(かんよう)の都に帰ることもあるということで、兵営の中心部では、各(おのおの)に本籍地を書き記(しる)して付けている。 
身在應無回渡日,駐馬相看遼水傍。
この身は、当然のことだが、生きて再び遼河を渡って回(かえ)る日など無いということはわかっている、だからせめても、馬をしばらく駐(とど)めて、遼河の畔(ほとり)で故郷の空を見遣(みや)っている。


(遼水を渡る)      
遼水【りょうすい】を渡る,此を去ること 咸陽【かんよう】五千里。
來たる時 父母 生を隔つと知り,重ねて衣裳を著ること 死を送るが如し。
亦た 白骨の咸陽に歸ることも有りて,營家 各々の本郷を題【しる】して與【あた】ふ。
身 應に渡りて 回【かへ】る日 無かるべきに在れば,馬を駐【とど】めて 相看る 遼水【りょうすい】の傍【ほとり】に。


現代語訳と訳註
(本文)
渡遼水 Ⅻ.王建 七言雑詩
渡遼水,    此去咸陽五千里。
來時父母知隔生,重著衣裳如送死。
亦有白骨歸咸陽,營家各與題本鄕。
身在應無回渡日,駐馬相看遼水傍。


(下し文) (遼水を渡る)      
遼水【りょうすい】を渡る,此を去ること 咸陽【かんよう】五千里。
來たる時 父母 生を隔つと知り,重ねて衣裳を著ること 死を送るが如し。
亦た 白骨の咸陽に歸ることも有りて,營家 各々の本郷を題【しる】して與【あた】ふ。
身 應に渡りて 回【かへ】る日 無かるべきに在れば,馬を駐【とど】めて 相看る 遼水【りょうすい】の傍【ほとり】に。


(現代語訳)
中原の遙か北方の遼河(りょうが)を渡る。ここ遼河の畔(ほとり)を去ること五千里のところに漢民族の故地、咸陽の都がある。
あの出征の時、父母は、これが生死を隔(へだ)てる見納めの別れだと分かって。改めて衣裳を着替えたのは、死者を送る時のようであった。 
また、白骨として遺骨が咸陽(かんよう)の都に帰ることもあるということで、兵営の中心部では、各(おのおの)に本籍地を書き記(しる)して付けている。 
この身は、当然のことだが、生きて再び遼河を渡って回(かえ)る日など無いということはわかっている、だからせめても、馬をしばらく駐(とど)めて、遼河の畔(ほとり)で故郷の空を見遣(みや)っている。


(訳注)
渡遼水、此去咸陽五千里。

中原の遙か北方の遼河(りょうが)を渡る。ここ遼河の畔(ほとり)を去ること五千里のところに漢民族の故地、咸陽の都がある。
遼水【りょうすい】遼河【りょうが】のことで渤海国と国境線を画す位置付けにあった。回紇東部と渤海国西部の平野を貫いて流れる大河で河口は唐の領域で三か国にまたがる川であった。現在では内モンゴル自治区に源を発し、遼寧省を南西に流れて現遼東湾に注ぐ。拘柳河ともいう。
 
8世紀唐と周辺国00
地図に示す通り河北道に位置する。
張籍『征婦怨』
九月匈奴殺邊將,漢軍全沒遼水上。
萬里無人收白骨,家家城下招魂葬。
婦人依倚子與夫,同居貧賤心亦舒。
夫死戰場子在腹,妾身雖存如晝燭。
○此去 ここ(遼河のほとり)を去ること。○咸陽 渭水の北岸にある都会で、漢代には、渭城と呼ばれた。渭水を間にして、東南に長安と接する。秦の始皇帝が都を置いた。ここでは、王権が渭城から出征したので故郷のようにいう。王建の故郷は潁川(現・河南省許昌)が故郷である。 

長安・杜曲韋曲

來時父母知隔生、重著衣裳如送死。
あの出征の時、父母は、これが生死を隔(へだ)てる見納めの別れだと分かって。改めて衣裳を着替えたのは、死者を送る時のようであった。 
○來時 出征の時。故郷を離れて来る時。長安に集結し、咸陽(渭城)から出発している。○隔生 生死を隔(へだ)てる見納め。○重著 着替える。○送死 死に目に会う。みとりをする。葬儀をとりしきる。


亦有白骨歸咸陽、營家各與題本鄕。
また、白骨として遺骨が咸陽(かんよう)の都に帰ることもあるということで、兵営の中心部では、各(おのおの)に本籍地を書き記(しる)して付けている。 
 …も(また)。能(よ)く…。○白骨 風雨に晒(さら)されて白くなった骨。タンパク質がバイオ化され、カルシウム分のみになる。○ 本来の居場所(自宅、故郷、墓所)へかえる。○營家 兵営の中心的な所。○ (人に示すために)書く。○本鄕 本籍地。本貫。


身在應無回渡日、駐馬相看遼水傍。
この身は、当然のことだが、生きて再び遼河を渡って回(かえ)る日など無いということはわかっている、だからせめても、馬をしばらく駐(とど)めて、遼河の畔(ほとり)で故郷の空を見遣(みや)っている。 
 きっと。当然。○回渡日 遼河を渡ってかえる日。○回 かえる。○相看 …を見遣(や)る。○傍 ほとり。張籍『征婦怨』「遼水上」の「上」と使うと基本的には同義。
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中唐詩239 征婦怨 Ⅷ 張籍<3> 紀頌之の漢詩ブログ

中唐詩239 征婦怨 Ⅷ 張籍<3> 紀頌之の漢詩ブログ

汴州の科挙の地方試験の試験官をしていた韓愈に世話になっている。汴州の乱の後、心配して韓愈を訪ね、一カ月も語り明かしている。乱のこと、友人のこと詩にしたものが『此日足可惜贈張籍』(此の日惜しむ可きに足る 張籍に贈る)である。
此日足可惜贈張籍 唐宋詩-207Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-7-#1


張籍は、中唐の詩人。字は文昌。和州(かしゅう)烏江(安徽省和県)の人。師友の韓愈に目をかけられ、その推薦によって、国子博士となった。楽府に長じている。賈島・孟郊などと唱和して古詩をよくし、盟友の王建とともに七言楽府に優れた作品を発表して「張王」と併称された。名詩人になろうとして、杜甫の詩集を焼いてその灰に膏蜜を混ぜて飲んだという逸話がある。表現は平易だが、世相の矛盾を指摘することは鋭く、白居易から「挙世(いまのよ)には其の倫(たぐい)少なし」と評せられ、後輩の姚合より「古風は敵手なく、新語は是れ人ぞ知る」と称えられた。中唐楽府運動の重要な担い手であり、白居易・元稹とともに「元和体」を形成した。『張司業詩集』8巻がある。


征婦怨  張籍

夫が出征して、取り残された妻の歎きの歌。

九月匈奴殺邊將,漢軍全沒遼水上。
晩秋九月になると、匈奴は辺境守備の将兵を殺して南下し、中原を目指してくる。漢の軍勢は、全て関外の遼河の湿地、平原に没してしまった。
萬里無人收白骨,家家城下招魂葬。
遥かに遠い万里の先に戦士の白骨は収める人が無いのでそのまま残されている。どこの家々でも城壁の外へ出て、死んだ兵士の衣服を振って魂を招いて葬儀をするだけなのだ。
婦人依倚子與夫,同居貧賤心亦舒。
結婚した婦人は、子と夫とに拠り所としている。貧しくつつましくいきなければいけない身分であっても、共に生活をするだけで、心は穏やかになる。
夫死戰場子在腹,妾身雖存如晝燭。

夫が戦場に死んでも、その子が我が腹の中にいる。我が身は生きながらえているといっても、昼間にともした燭のような余分なものでしかない。


征婦怨      

九月 匈奴【きょうど】邊將を殺し,漢軍 全て沒ぼっす 遼水れうすいの上ほとりに。
萬里の白骨 收【おさむ】る人無く,家家 城下に  招魂【しょうこん】して葬す。
婦人は 子と夫【おっと】とに依倚【いい】し,貧賤【ひんせん】なるも同居すれば 心も亦また 舒【の】ぶ。
夫【おっと】 戰場に死するも子 腹に在り,妾身【しょしん】 存りと雖いへども晝の燭の如し。



現代語訳と訳註
(本文) 征婦怨
九月匈奴殺邊將,漢軍全沒遼水上。
萬里無人收白骨,家家城下招魂葬。
婦人依倚子與夫,同居貧賤心亦舒。
夫死戰場子在腹,妾身雖存如晝燭。


(下し文) 征婦怨
九月 匈奴【きょうど】邊將を殺し,漢軍 全て沒ぼっす 遼水れうすいの上ほとりに。
萬里の白骨 收【おさむ】る人無く,家家 城下に  招魂【しょうこん】して葬す。
婦人は 子と夫【おっと】とに依倚【いい】し,貧賤【ひんせん】なるも同居すれば 心も亦また 舒【の】ぶ。
夫【おっと】 戰場に死するも子 腹に在り,妾身【しょしん】 存りと雖いへども晝の燭の如し。


(現代語訳)
夫が出征して、取り残された妻の歎きの歌。
晩秋九月になると、匈奴は辺境守備の将兵を殺して南下し、中原を目指してくる。漢の軍勢は、全て関外の遼河の湿地、平原に没してしまった。
遥かに遠い万里の先に戦士の白骨は収める人が無いのでそのまま残されている。どこの家々でも城壁の外へ出て、死んだ兵士の衣服を振って魂を招いて葬儀をするだけなのだ。
結婚した婦人は、子と夫とに拠り所としている。貧しくつつましくいきなければいけない身分であっても、共に生活をするだけで、心は穏やかになる。
夫が戦場に死んでも、その子が我が腹の中にいる。我が身は生きながらえているといっても、昼間にともした燭のような余分なものでしかない。


(訳注)
征婦怨

夫が出征して、取り残された妻の歎きの歌。
征婦 出征兵士の妻。出征兵士の妻の歎き。


九月匈奴殺邊將、漢軍全沒遼水上。
晩秋九月になると、匈奴は辺境守備の将兵を殺して南下し、中原を目指してくる。漢の軍勢は、全て関外の遼河の湿地、平原に没してしまった。
九月 秋は7,8,9月で9月は晩秋。天高く馬肥ゆる秋(匈奴の軍馬の体調ができあがり、中原進出に最適な気候の晴れわたった秋)のことをいう。○匈奴 西北方の強大な遊牧・騎馬民族で、伝統的に駿馬を生産した。紀元前五世紀から紀元五世紀にかけて活躍し、首長を単于と称する。フン族。○邊將 国境を守る将軍。○漢軍 漢民族の軍隊。また、漢の帝室の軍隊。ここでの「漢」は前出「匈奴」に対して使われ、西北の強大な民族・「匈奴」と、それに対抗する中国の「漢民族」の意で使われている。○沒 このあたりは平原で大きな湿地があり、その場所にしずむ。水中に入りきりになる。おぼれる。○遼水【りょうすい】遼河【りょうが】のことで渤海国と国境線を画す位置付けにあった。回紇東部と渤海国西部の平野を貫いて流れる大河で河口は唐の領域で三か国にまたがる川であった。現在では内モンゴル自治区に源を発し、遼寧省を南西に流れて現遼東湾に注ぐ。拘柳河ともいう。地図に示す通り河北道に位置する。○上 ほとり。
王建『渡遼水』
渡遼水,此去咸陽五千里。
來時父母知隔生,重著衣裳如送死。
亦有白骨歸咸陽,營家各與題本鄕。
身在應無回渡日,駐馬相看遼水傍。 

8世紀唐と周辺国00

萬里無人收白骨、家家城下招魂葬。
遥かに遠い万里の先に戦士の白骨は収める人が無いのでそのまま残されている。どこの家々でも城壁の外へ出て、死んだ兵士の衣服を振って魂を招いて葬儀をするだけなのだ。
○萬里 広大な範囲を形容する。 ○無人 …をする人がいない。 ○ しまう。おさめる。 ○白骨 風雨に晒(さら)されて白くなった骨。李白『戰城南』
去年戰桑乾源,今年戰葱河道。
洗兵條支海上波,放馬天山雪中草。
萬里長征戰,三軍盡衰老。
匈奴以殺戮爲耕作,古來唯見白骨黄沙田。
秦家築城備胡處,漢家還有烽火然。
烽火然不息,征戰無已時。
野戰格鬪死,敗馬號鳴向天悲。
烏鳶啄人腸,銜飛上挂枯樹枝。
士卒塗草莽,將軍空爾爲。
乃知兵者是凶器,聖人不得已而用之。
戦城南 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白175

家家 どこの家も。家ごとに。○城下 城の下。城の周辺。城壁の外。○招魂 死者の魂を呼びかえす。北方に向かって死者の衣を振り、三度その名を呼んで魂を招いた。死者を弔う。


婦人依倚子與夫、同居貧賤心亦舒。
結婚した婦人は、子と夫とに拠り所としている。貧しくつつましくいきなければいけない身分であっても、共に生活をするだけで、心は穏やかになる。 
○婦人 嫁入りした女。士の妻。○依倚 よりかかる。たよる。たよりにする。○同居 一つの家族がいっしょに住む。○貧賤 貧しいと身分が卑しいと。貧しく卑しい。○【じょ】 おだやか。のんびり。ゆっくり。また、のべる。ここは、おだやかの意。


夫死戰場子在腹、妾身雖存如晝燭。
夫が戦場に死んでも、その子が我が腹の中にいる。我が身は生きながらえているといっても、昼間にともした燭のような余分なものでしかない。
子在腹 子どもが腹の中にいる。○妾身 わたし(女性自身)の体。○雖存 生きながらえているものの。○晝燭 余計な物、余分な物の譬喩。役に立たない物の譬喩。
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中唐詩238 董逃行 Ⅷ 張籍<2> 紀頌之の漢詩ブログ

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韓愈の門人の張籍も無事で、訪ねて来てくれた。韓愈もようやく心の落ち着きを取りもどしたらしい。張籍の去るにあたって、彼は次の詩を贈った。
長い詩であるが、汴州の乱について韓愈の抱いた思いと彼の行動がよくみえる。またこのころには、愈の周囲に孟郊・張籍・李翺・ (賈島)などの人々が集まり、韓門が形成されていたようだ。

汴州の科挙の地方試験の試験官をしていた韓愈に世話になっている。汴州の乱の後、心配して韓愈を訪ね、一カ月も語り明かしている。乱のこと、友人のこと詩にしたものが『此日足可惜贈張籍』(此の日惜しむ可きに足る 張籍に贈る)である。
此日足可惜贈張籍 唐宋詩-207Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-7-#1


張籍は、中唐の詩人。字は文昌。和州(かしゅう)烏江(安徽省和県)の人。師友の韓愈に目をかけられ、その推薦によって、国子博士となった。楽府に長じている。賈島・孟郊などと唱和して古詩をよくし、盟友の王建とともに七言楽府に優れた作品を発表して「張王」と併称された。名詩人になろうとして、杜甫の詩集を焼いてその灰に膏蜜を混ぜて飲んだという逸話がある。表現は平易だが、世相の矛盾を指摘することは鋭く、白居易から「挙世(いまのよ)には其の倫(たぐい)少なし」と評せられ、後輩の姚合より「古風は敵手なく、新語は是れ人ぞ知る」と称えられた。中唐楽府運動の重要な担い手であり、白居易・元稹とともに「元和体」を形成した。『張司業詩集』8巻がある。


董逃行 張籍

戦乱を呪う歌。
洛陽城頭火曈曈,亂兵燒我天子宮。
洛陽城内では、安史の乱の兵火が日の出の太陽のように輝いているのは。叛乱軍の兵士が我が天子の宮殿を焼いたからなのだ。
宮城南面有深山,盡將老幼藏其間。
宮城の南面には深山があって、老人や幼児をその山の間に隠(かく)した。 
重巖爲屋橡爲食,丁男夜行候消息。
重なった巌を家として、どんぐりを食糧として、成人男子が夜になって行ってみて、様子を窺(うかが)った。
聞道官軍猶掠人,舊里如今歸未得。
聞くところでは、唐朝廷側の軍でもなお人を夫役のために掠(さら)っているとのことで、郷里へは、現在、帰ることがまだできないという。
董逃行,    漢家幾時重太平。

董逃歌という歌詞のようだ、いつになったら漢の国家唐の国家を暗示に重(かさ)ねて太平がおとずれることになるのだろうか。


董逃行【とうとうこう】
洛陽 城頭 火 曈曈【とうとう】,亂兵【らんぺい】  我が天子の宮を燒く。
宮城の南面に 深山 有りて,盡【ことごと】く 老幼を將もって 其の間に藏【かく】す。
重巖【ちょうがん】を屋【おく】と爲して 橡【しょう】を食しと爲し,丁男【ていだん】夜 行きて 消息を候【うかが】う。
聞道【きくならく】官軍 猶も 人を掠【りゃく】すと,舊里【きう り】 如今【じょこん】歸ること未だ得ず。
董逃行【とうとうこう】,漢家 幾【いづれ】の時か  重ねて太平ならん。

現代語訳と訳註
(本文)

洛陽城頭火曈曈,亂兵燒我天子宮。
宮城南面有深山,盡將老幼藏其間。
重巖爲屋橡爲食,丁男夜行候消息。
聞道官軍猶掠人,舊里如今歸未得。
董逃行,    漢家幾時重太平。

(下し文) 董逃行【とうとうこう】
洛陽 城頭 火 曈曈【とうとう】,亂兵【らんぺい】  我が天子の宮を燒く。
宮城の南面に 深山 有りて,盡【ことごと】く 老幼を將もって 其の間に藏【かく】す。
重巖【ちょうがん】を屋【おく】と爲して 橡【しょう】を食しと爲し,丁男【ていだん】夜 行きて 消息を候【うかが】う。
聞道【きくならく】官軍 猶も 人を掠【りゃく】すと,舊里【きう り】 如今【じょこん】歸ること未だ得ず。
董逃行【とうとうこう】,漢家 幾【いづれ】の時か  重ねて太平ならん。

(現代語訳)
戦乱を呪う歌。
洛陽城内では、安史の乱の兵火が日の出の太陽のように輝いているのは。叛乱軍の兵士が我が天子の宮殿を焼いたからなのだ。
宮城の南面には深山があって、老人や幼児をその山の間に隠(かく)した。 
重なった巌を家として、どんぐりを食糧として、成人男子が夜になって行ってみて、様子を窺(うかが)った。
聞くところでは、唐朝廷側の軍でもなお人を夫役のために掠(さら)っているとのことで、郷里へは、現在、帰ることがまだできないという。
董逃歌という歌詞のようだ、いつになったら漢の国家唐の国家を暗示に重(かさ)ねて太平がおとずれることになるのだろうか。


(訳注)
董逃行

戦乱を呪う歌。
董逃行(とうとうこう(『董逃歌』のこと))という後漢末、京都(けいと)で流行った歌の「董卓が逃げた」の歌詞のような内容。 ○董逃行 『董逃歌』(とうとうか)の意で使われている。『董逃歌』とは、後漢末、京都(けいと)で流行った童謡。承樂世,董逃;遊四郭,董逃;蒙天恩,董逃;帶金紫,董逃;行謝恩,董逃;整車騎,董逃;垂欲發,董逃;與中辭,董逃;出西門,董逃;瞻宮殿,董逃;望京城,董逃;日夜絶,董逃;心摧傷,董逃。
なお、後漢末の董卓は「董卓が逃げた」のように聞こえるこの歌を疎んじて禁じた。また漢楽府篇名で、神聖な山に登って、仙薬を採取し、不老長寿を願う歌がある。


洛陽城頭火曈曈、亂兵燒我天子宮。
洛陽城内では、安史の乱の兵火が日の出の太陽のように輝いているのは。叛乱軍の兵士が我が天子の宮殿を焼いたからなのだ。
洛陽 東京。河南省西部の都市。黄河の支流、洛水の北岸に位置する。西の長安に対し、東都として栄える。周の成王が当時の洛邑に王城を築いたのに始まる。○城頭 (洛陽)城のほとり。(洛陽城の)城壁の上。(洛陽)城のあたり。(洛陽)城の上。 ○曈曈【とうとう】夜のあけわたるさま。○亂兵 叛乱兵。ここでは、安禄山軍のことになる。 ○燒我天子宮 我が天子の宮殿を焼い(た)。


宮城南面有深山、盡將老幼藏其間。
宮城の南面には深山があって、老人や幼児をその山の間に隠(かく)した。 
宮城 宮廷。王宮。○盡 ことごとく。○將 …をもって。…を。「將+名詞」で、強調したい名詞を前に取りだす。古漢語の「以」と似た働きをする。○老幼 老人と幼児。○ かくす○其間 ここでは、宮城の南面の深山のことになる。


重巖爲屋橡爲食、丁男夜行候消息。
重なった巌を家として、どんぐりを食糧として、成人男子が夜になって行ってみて、様子を窺(うかが)った。
重巖 重(かさ)なりあった巌(いわお)。○爲屋 家屋とする。○橡【しょう】どんぐり。クヌギ。トチ。○爲食 食糧とする。「食」は【し】と読んで、「めし」の意。○丁男 成人した男子。壮丁。○夜行 よまわり。よあるき。夜の旅。○候 うかがう。さぐる。○消息 たより。たよりの手紙。消えることと生じること。減ることと増えること。物や人の栄枯盛衰。


聞道官軍猶掠人、舊里如今歸未得。 
聞くところでは、唐朝廷側の軍でもなお人を夫役のために掠(さら)っているとのことで、郷里へは、現在、帰ることがまだできないという
聞道 聞くところによると。人の言うのを聞くと。きくならく。伝聞表現。○官軍 (ここでは、唐朝の)朝廷の正規軍。政府方の軍隊。正統の軍。なお、『舊唐書』などではこれに対して、叛乱軍(安禄山軍や史思明軍)を「賊」と表現している。賊軍のこと。この詩では「亂兵燒我天子宮」の「亂兵」のこと。○ なお。○掠人【りゃくじん】人を掠(さら)う。人を掠奪(りゃくだつ)する。 ・〔りゃく〕かすめる。掠(さら)う。略奪する。=略。○舊里 ふるさと。郷里。故郷。○如今 現在。○歸未得 まだ帰れない。帰ることがまだできない。


董逃行、漢家幾時重太平。
董逃歌という歌詞のようだ、いつになったら漢の国家唐の国家を暗示に重(かさ)ねて太平がおとずれることになるのだろうか。
董逃行(とうとうこう(正しくは『董逃歌』のこと))という後漢末、京都(けいと)で流行った歌の「董卓が逃げた」の歌詞のように。○漢家 漢朝の帝室。転じて、漢民族の王朝・国家。ここでは、唐王朝を指す。○幾時:いつ。○〔ちょう〕もう一度。かさねて。○太平 平和。世の中がよく治まって平和なこと。
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獨居有懐 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 100

獨居有懐 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 100
五言排律


獨居有懐
麝重愁風逼、羅踈畏月侵。
濃密に麝香の香り漂う部屋にいる私は風評や圧迫に愁いに沈んでいるのだ、月の光が明るくて透き通ったとばりからはいってくるので心は落ち着かない。
怨魂迷恐斷、嬌喘細疑沈。
怨みに思う魂は迷い、おそれ、ちぎれそうだし、妓女の喘ぐ声をため息のように沈んだ声に消しているのだ。
數急芙蓉帯、頻抽翡翠簪。
妓女のところに何度も来て、芙蓉の帯を何度も締め直し、乱れ髪から抜け落ちる劣翠のかんざしを度々挿し直したのだ。
柔情終不遠、遙妒己先深。
あの情を交わす柔らかな心根はいつまでも薄れはしない、もう遙かなむかしのことにした妬む気持ちもすでにその先から深い所においてしまった。
浦冷鴛鴦去、園空蛺蝶尋。
寒々とした入り江の水辺にいた番いの鴛鴦はいなくなった、ひっそりしたなにもない小園に一羽の蝶がやってきた。
蝋花長遞涙、筝桂鎮移心。
蝋燭の頭が花になるほどの時が過ぎ、涙は途切れずながれている、こと糸を動かすように胸の思いはいつも定まらない。
覓使嵩雲暮、廻頭㶚岸陰。
手紙を届けてくれる青い鳥はいないかと捜そうにも、ここ嵩山は雲に覆われて日暮れ、㶚陵まで来て振り返っても、㶚陵橋の岸辺の楊は雲の影で暗くなっている。
只聞涼葉院、露井近寒砧。

ただ耳に聞こえるのは秋の木の葉音のする庭園のさびしさがつのり、屋根のない井戸端のあたりから冬着の支度を急ぐ砧の音が響きわたる。



独居 懐う有り
麝は重くして風逼(ふうひつ)を愁う、蘿は踈にして月侵すを畏る。
怨魂 迷いて断たれんかと恐れ、嬌喘 細くして沈まんかと疑う。
数しば急うす 芙蓉の帯、頻りに抽く 翡翠の簪。
柔情 終に遠からず、遥妒(ようと) 己に先んじて探し。
浦は冷やかにして鴛鴦去り、園は空しくして蛺蝶尋ぬ。
蝋花 長えに涙を逓し、筝柱 鎮に心を移す。
使いを覓むるも嵩雲暮れ、頭を廻らすも㶚岸陰る。
只だ聞く 涼葉の院、露井 寒砧近きを。


獨居有懐  現代語訳と訳註、解説

(本文)
麝重愁風逼、羅踈畏月侵。
怨魂迷恐斷、嬌喘細疑沈。
數急芙蓉帯、頻抽翡翠簪。
柔情終不遠、遙妒己先深。
浦冷鴛鴦去、園空蛺蝶尋。
蝋花長遞涙、筝桂鎮移心。
覓使嵩雲暮、廻頭㶚岸陰。
只聞涼葉院、露井近寒砧。


(下し文)
麝は重くして風の逼るを愁い、蘿は踈にして月の侵すを畏る。
怨魂 迷いて断たれんかと恐れ、嬌喘 細くして沈まんかと疑う。
数しば急うす 芙蓉の帯、頻りに抽く 翡翠の簪。
柔情 終に遠からず、遥妒(ようと) 己に先んじて探し。
浦は冷やかにして鴛鴦去り、園は空しくして蛺蝶尋ぬ。
蝋花 長えに涙を逓し、筝柱 鎮に心を移す。
使いを覓むるも嵩雲暮れ、頭を廻らすも㶚岸陰る。
只だ聞く 涼葉の院、露井 寒砧近きを。


(現代訳文)
濃密に麝香の香り漂う部屋にいる私は風評や圧迫に愁いに沈んでいるのだ、月の光が明るくて透き通ったとばりからはいってくるので心は落ち着かない。
怨みに思う魂は迷い、おそれ、ちぎれそうだし、妓女の喘ぐ声をため息のように沈んだ声に消しているのだ。
妓女のところに何度も来て、芙蓉の帯を何度も締め直し、乱れ髪から抜け落ちる劣翠のかんざしを度々挿し直したのだ。
あの情を交わす柔らかな心根はいつまでも薄れはしない、もう遙かなむかしのことにした妬む気持ちもすでにその先から深い所においてしまった。
寒々とした入り江の水辺にいた番いの鴛鴦はいなくなった、ひっそりしたなにもない小園に一羽の蝶がやってきた。
蝋燭の頭が花になるほどの時が過ぎ、涙は途切れずながれている、こと糸を動かすように胸の思いはいつも定まらない。
手紙を届けてくれる青い鳥はいないかと捜そうにも、ここ嵩山は雲に覆われて日暮れ、㶚陵まで来て振り返っても、㶚陵橋の岸辺の楊は雲の影で暗くなっている。
ただ耳に聞こえるのは秋の木の葉音のする庭園のさびしさがつのり、屋根のない井戸端のあたりから冬着の支度を急ぐ砧の音が響きわたる。


(訳註)
麝重愁風逼、羅踈畏月侵。

濃密に麝香の香り漂う部屋にいる私は風評や圧迫に愁いに沈んでいるのだ、月の光が明るくて透き通ったとばりからはいってくるので心は落ち着かない。
○麝重 麝香の香りが重く濃密に漂う。○愁風逼 ○羅疎 「羅」はうすぎぬ。目の粗い。薄絹を通り越す。○畏月侵 月の光がはいってくるので心は落ち着かない。


怨魂迷恐斷、嬌喘細疑沈。
怨みに思う魂は迷い、おそれ、ちぎれそうだし、妓女の喘ぐ声をため息のように沈んだ声に消しているのだ。
怨魂 怨魂は恋人を怨みがましく思う魂。魂が「断」たれるとは、茫然自失の状態になること。○迷恐斷 おそれ、ちぎれ、迷うのだ。○嬌喘 たおやかなあえぎ声。○細疑沈 ため息のように沈んだ声に消しているのだ。


數急芙蓉帯、頻抽翡翠簪。
妓女のところに何度も来て、芙蓉の帯を何度も締め直し、乱れ髪から抜け落ちる劣翠のかんざしを度々挿し直したのだ。
数急 急はきついこと。ここでは帯をきつく締めることをいう。何度もきゅっと締めなおす。○芙蓉帯 芙蓉、すなわちハスの花を模様に描いた帯。○頻抽 抽」は抜く。思い悩んで髪が乱れるために何度もかんざしを抜き取って髪を整える。○翡翠簪 翡翠の羽を飾ったかんざし。


柔情終不遠、遙妒己先深。
あの情を交わす柔らかな心根はいつまでも薄れはしない、もう遙かなむかしのことにした妬む気持ちもすでにその先から深い所においてしまった。
柔情 慕う気持ち。○終不達 いつまでも薄れはしない。○遥妬 もう遙かなむかしのことに妬む。


浦冷鴛鴦去、園空蛺蝶尋。
寒々とした入り江の水辺にいた番いの鴛鴦はいなくなった、ひっそりしたなにもない小園に一羽の蝶がやってきた。
鴛鴦 オシドリ。仲むつまじい男女の象徴。○蛺蝶 アゲハチョウ。ここでは一羽。飾り立てた妓女の象徴。
(地の果て、寂しいところにいることを想像させる。)


蝋花長遞涙、筝桂鎮移心。
蝋燭の頭が花になるほどの時が過ぎ、涙は途切れずながれている、こと糸を動かすように胸の思いはいつも定まらない。
蝋花 蝋燭の灯心の先。丁子頭。○長逓涙 逓は次々と送る。○琴柱 筝は十三舷のこと。柱はこと糸。李商隠1錦瑟。李白「前有樽酒行 其二」参照○ つねに。○移心 こと糸を動かすことに掛けて、心が定まらないことをいう。


覓使嵩雲暮、廻頭㶚岸陰。
手紙を届けてくれる青い鳥はいないかと捜そうにも、ここ嵩山は雲に覆われて日暮れ、㶚陵まで来て振り返っても、㶚陵橋の岸辺の楊は雲の影で暗くなっている。
覓使嵩雲暮 恋の使いをする青鳥は李商隠無題(相見時難別亦難) 杜甫「麗人行」にみえる。嵩山も道教の本山のあるところであり、仙界を印象付ける。
廻頭㶚岸陰 㶚水は長安東郊を流れる川。またその付近の㶚陵を指す。七哀詩三首に「南の方㶚陵に登り、首をめぐらして長安を望む」とある。王粲は長安を去って㶚水を上流に登り、峠を越えて、漢水にのり、荊州(湖北省江陵県)の劉表のもとに赴くのである。こちらの古道は南の道。李白の雑言古詩李白139灞陵行送別にイメージを借りている。


只聞涼葉院、露井近寒砧。
ただ耳に聞こえるのは秋の木の葉音のする庭園のさびしさがつのり、屋根のない井戸端のあたりから冬着の支度を急ぐ砧の音が響きわたる。
涼葉院 秋の木の葉音のする庭園のさびしさがつのる。○寒砧 冬の衣を打つきぬた。ここではきぬたの音。織りあがった布を和らげるために石の台の上に載せ叩くこと、冬着の支度を急ぐ砧の音は晩秋の夜のものさびしい風物として、また、女の夫を思う気持ちを表現するのにうたわれる。


○詩型 五言排律。
○押韻 侵・沈・啓・深・尋・心・陰・砧。平水韻、


出世ラインを外れた文人は女の思い、寡居の女になりかわってその胸中をうたう。長安のあたりであったり、洛陽の地であったり、さびしい心情は女が慕い続け、その揺れ動く心は同じなのだ。
 李商隠は自分のことを妓女に置き換えて表現しなければならなかったのだ。したがって、捨てられた女、出征兵士の女、表現は細やかなものになるほどあわれをさそうのである。

聖女詞 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 99

聖女詞 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 99



聖女詞
松篁臺殿蕙香幃、龍護瑤窗鳳掩扉。
松と竹に囲まれた台殿のやしろが蕙香の香りと格調高いとばりにかこまれている。かがやく宝玉で飾った拝殿の窓には守護するように龍が彫られ、扉には鳳凰が一面に刻まれている。
無質易迷三里霧、不寒長著五銖衣。
どれほどのものが証というのか自分には差し出すものがないので連れ添ってくれないから迷ってしまう三里先が見えない霧の中にいるようだ、寒くはない、長い間肌をあらわにしたままで五銖の銭で服をぬいで交わった。
人閒定有崔羅什、天上應無劉武威。
人の世には女性と楽しく過ごすことは当たり前のようにある、ましてや崔羅什のような体験もあるのだ。天上世界においては劉武威のような凛々しい武将であっても女性と楽しく過ごせることなどありはしないのだ。
寄問釵頭雙白燕、毎朝珠館幾時歸。

教えてほしい、簪で綺麗に着飾った二人より沿う白燕の彼女たち、。その御殿にいつも参内されている聖女は、いつここへ帰って来られるのか。(国教である道教がこんなことでよいのか)

聖女詞

松篁の台殿 蕙香の幃、龍は瑤窗を護り 鳳は扉を掩う。

質無くして迷い易し 三里の霧、寒からずして長に著る 五銖の衣。

人間 定めて有り 崔羅什、天上 応に無かるべし 劉武威。

問いを寄す 釵頭の双白燕、毎に珠館に朝して幾時か帰る。



聖女詞  現代語訳と訳註、解説
(本文)

松篁臺殿蕙香幃、龍護瑤窗鳳掩扉。
無質易迷三里霧、不寒長著五銖衣。
人閒定有崔羅什、天上應無劉武威。
寄問釵頭雙白燕、毎朝珠館幾時歸。


(下し文)
松篁の台殿 蕙香の幃、龍は瑤窗を護り 鳳は扉を掩う。
質無くして迷い易し 三里の霧、寒からずして長に著る 五銖の衣。
人間 定めて有り 崔羅什、天上 応に無かるべし 劉武威。
問いを寄す 釵頭の双白燕、毎に珠館に朝して幾時か帰る。


(現代語訳)
松と竹に囲まれた台殿のやしろが蕙香の香りと格調高いとばりにかこまれている。かがやく宝玉で飾った拝殿の窓には守護するように龍が彫られ、扉には鳳凰が一面に刻まれている。
どれほどのものが証というのか自分には差し出すものがないので連れ添ってくれないから迷ってしまう三里先が見えない霧の中にいるようだ、寒くはない、長い間肌をあらわにしたままで五銖の銭で服をぬいで交わった。
人の世には女性と楽しく過ごすことは当たり前のようにある、ましてや崔羅什のような体験もあるのだ。天上世界においては劉武威のような凛々しい武将であっても女性と楽しく過ごせることなどありはしないのだ。

(訳註)
聖女詞

聖女詞 道教の神女を祀ったほこら。

李商隠 6 重過聖女詞
鳳州(陝西省鳳翔)の秦岡山の懸崖の側、列壁の上にある祠。その神体は女性で上が赤く下が白く塗られているという。(856年45歳のころ、東川の幕府からか、陝西省南鄭県)興元の方面から長安に帰る途中か、あるいは向かう折かの作と推定されている。

唐代の道教のやしろ、或いはそれに類するいわゆる淫祠の女冠は多分に売春、娼妓的性格をもっていた。それを考え併せてこの詩を読まないとわからない。


松篁臺殿蕙香幃、龍護瑤窗鳳掩扉。
松と竹に囲まれた台殿のやしろが蕙香の香りと格調高いとばりにかこまれている。かがやく宝玉で飾った拝殿の窓には守護するように龍が彫られ、扉には鳳凰が一面に刻まれている。
松篁「篁」は竹林、竹であるが、道沿いに整然と見え、鬱蒼としている状況でないもの。○蕙香幃「蕙」は香草の名。「幃」はとばり。○龍護瑤窗鳳掩扉 祠の窓、扉に龍や鳳凰が刻まれている壮麗さをいう。「瑤窓」は宝玉で飾った窓。日の光を浴びで神秘的に光るイメージを言う。


無質易迷三里霧、不寒長著五銖衣。
どれほどのものが証というのか自分には差し出すものがないので連れ添ってくれないから迷ってしまう三里先が見えない霧の中にいるようだ、寒くはない、長い間肌をあらわにしたままで五銖の銭で服をぬいで交わった。
無質 さし出すもの。真。約束。〇三里霧 いわゆる五里霧中の状態。暗い中での男女の交わりをあらわす。○長著 あらわれる。服を脱ぐ。〇五銖衣 銖は重さの単位ごくわずかの単位で五銖ほどの軽さという意味。五銖で娼妓を買うという意味であろう。


人閒定有崔羅什、天上應無劉武威。
人の世には女性と楽しく過ごすことは当たり前のようにある、ましてや崔羅什のような体験もあるのだ。天上世界においては劉武威のような凛々しい武将であっても女性と楽しく過ごせることなどありはしないのだ。
人閒 人の世の中。○崔羅什 墳墓のなかの女性に歓待された男の話。段成式『酉陽雑姐』冥跡に見える。北魏の時、崔羅什が長白山のふもとにさしかかった時、ふいに豪壮な邸宅があらわれた。中に招かれて女主人と歓談したのち、十年後にまた会うことを約して辞し、振り返ってみるとそこには大きな墳墓があるだけだった。〇劉武威 仙女との交歓を語る武将の物語にもとづくであろう。


寄問釵頭雙白燕、毎朝珠館幾時歸。
教えてほしい、簪で綺麗に着飾った二人より沿う白燕の彼女たち、。その御殿にいつも参内されている聖女は、いつここへ帰って来られるのか。(国教である道教がこんなことでよいのか)
欽頭双白燕 かんざしにつけたつがいの白いツバメ、この祠にいるおしろいをつけた娼妓のこと。今全員に客がついている。○珠舘 仙界の建物。祠近くにある娼屋を意味する。


○詩型 七言律詩。
○押韻 幃、扉、衣、威、帰。



道教の老荘思想について李商隠は学びもし、評価もしているが、道教の道士の唐王朝に対する媚と金丹による中毒、あるいは道教と宦官の関係に対して憤りを覚えていたのである。道教の女神をまつった祠にしても、何らかの罪を犯してきた女性等を贖罪のためか生活のためか住まわしていた。何らかの形で性と結びついている道教について批判的であると感じる。

代贈二首 其一 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 97

代贈二首 其一 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 97


 青雲の志を失った男は、まったく口を閉ざしてしまった。周りの人に真意を捉まえられると生きていけないのだ。
 男にも華やかな時もあった。綵なる宮殿の中で佩びを鳴らして歩いていたこともある。ある日、頼りにしていたお方は、貶められてしまった。男も地の果てのようなところの官吏にされてしまったのだ。でも正しいこと、正義はきっと勝つと信じているが、中央からの呼び出しはこない。また別な人が左遷されたそうだ。

 代附二首 は妓女の代わりに文をしたためた、という妓女の高楼を舞台に作られた詩といわれるが、前文のフィクションを前提にするとけっして妓女の話ではないのだ。


代贈二首
其一
樓上黄昏欲望休、玉梯横絶月中鉤。
高楼にたそがれがせまる、あなたがおいでくださらないか、遙か小道を眺めることはしないことにしました。輝く綺麗な階段にあなたの姿は、楼閣を結ぶ渡り廊下橋が横たわり、空に浮かんでいるのは、鉤のように細い月、何を見てもあなたとのこと。
芭蕉不展丁香結、同向春風各自愁。

硬く丸まった芭蕉の葉、硬く結ばれた丁子のつぼみ、ともに春風に吹かれながらそれぞれの悲しみをかかえ、愁えているのだ。


代わりて贈る二首
其の一
楼上 黄昏 望まんと欲して休め
玉梯 横絶す 月中の釣
芭蕉は展びず 丁香は結ぶ
同に春風に向かいて 各自愁う



樓上黄昏欲望休、玉梯横絶月中鉤。
高楼にたそがれがせまる、あなたがおいでくださらないか、遙か小道を眺めることはしないことにしました。輝く綺麗な階段にあなたの姿は、楼閣を結ぶ渡り廊下橋が横たわり、空に浮かんでいるのは、鉤のように細い月、何を見てもあなたとのこと。
欲望休 『才調集』では「望欲休(望休まんと欲す)」に作る。語法としては安定するが、「欲望休」の場合の心のたゆたいが失われる。○玉梯 はしごを華やかな妓楼にふさわしく美化した語。屋内の階段。芸妓のいる建物の中で一番あでやかなところ。○横絶 横断して渡、離れた奥座敷に渡る、渡り廊下。通路が空中で楼閣をつないでいる。○月中鉤 楚の国の剣は細い月を喩えにされる。また、廉を巻き上げて止める鉤にたとえる。



芭蕉不展丁香結、同向春風各自愁。
硬く丸まった芭蕉の葉、硬く結ばれた丁子のつぼみ、ともに春風に吹かれながらそれぞれの悲しみをかかえ、愁いているのです。
芭蕉不展 バショゥの若葉が丸まったまま。男の心が開かぬことをいう。○丁香結 「丁香」はチョウジ。香気の強い植物。「結」はつぼみ、つぼみがつく。つぼみが硬く閉ざしたままであることと、女の気持ちが結ばれている。



○詩型 七言絶句。
○押韻 休、鉤、愁。



芭蕉のツボミ、丁子のツボミ。男と女に、口を閉ざさなければいけないわけがあるのだろうか。春風に同じように向かって各々の心の内にそれぞれ違った愁いというものがあるのだろうか。
 貴公子に、富豪には口を閉ざす理由はない。権力を持たない、制側にない官僚には理由はある。妓女になる女性にはいつも違ったわけがある。

可歎 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-96

      
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 上代~隋南北朝・隋の詩人初唐・盛唐・中唐・晩唐 
      
可歎 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-96


 李商隠の詩の語訳には、誤訳が多い。李商隠の詩の背景を無視し、語句だけを訳すからとんでもない詩になってしまう。李商隠は、パズルゲームをするように故事を並べ、総括して題を付けている。唐王朝のみならず、どの王朝も頽廃、不義密通、媚薬、中毒、豪奢、横暴、数々の道義、礼節、にかけることばかり、李商隠の詩は、一詩を見ると恋歌、艶歌、閨情詩であるが、その時期の数種数十首を集めて読んでいくと、社会批判の内容なのだ。そういう1から100を、全体から個を見る視点が必要である。
さて、この「嘆くべし」には、八つの嘆きが詠われている。私のこの詩題は「八歎詩」である。
*答えはやくちゅうをよめばわかるが、解説の末尾にも示す。


可歎
歎きなさい
幸會東城宴末廻、年華憂共水相催。
春の長安の宴の席で幸運にも出会ったので、宴を抜けてでも私のもとに帰ってきてほしいと思っているのにまだ帰らない。若くて盛んなころと違い歳を重ねてきた今は時間は流れる水とせき立て合うように過ぎてゆくのが歎きなのだ
梁家宅裏秦宮入、趙后樓中赤鳳來。
梁冀の邸内ではその妻のもとに下僕の秦官が入り込み密通した、趙飛燕の楼には召使いの赤鳳が出入りし私通した。(趙飛燕自体も妹の行為に嘆いた。)
冰簟且眠金鏤枕、瓊筵不酔玉交杯。
涼やかな敷布に金細工の枕でただ眠るだけの嘆きがある、瓊の玉の筵、敷物に宝玉の杯を手にとめどなく飲み続けても何事もうまくいかないので歎きながら飲む酒は酔わないものなのだ。
宓妃愁坐芝田館、用盡陳王八斗才。

洛水の女神宓妃は崑崙山の芝田の館にただ一人愁いをもって待っている。すべての才一石のうち、八斗の才と称された詩才あふれる陳王曹植が、その才を尽くして描いた恋もうまくいかなかった。

歎くべし

幸いに東城に会い宴より未だ廻らず、年華 水と相い催すを憂う。

梁家の宅裏に秦宮入り、趙后の楼中に赤鳳来たる。

氷簟 且く眠る 金鏤の枕、瓊筵 酔わず 玉交の杯。

妃は愁い坐す 芝田の館、用い尽くす 陳王八斗の才。




可歎  語訳語註と解説
(本文)
幸會東城宴末廻、年華憂共水相催。
梁家宅裏秦宮入、趙后樓中赤鳳來。
冰簟且眠金鏤枕、瓊筵不酔玉交杯。
宓妃愁坐芝田館、用盡陳王八斗才。

(下し文)
幸いに東城に会い宴より未だ廻らず、年華 水と相い催すを憂う。
梁家の宅裏に秦宮入り、趙后の楼中に赤鳳来たる。
氷簟 且く眠る 金鏤の枕、瓊筵 酔わず 玉交の杯。
宓妃は愁い坐す 芝田の館、用い尽くす 陳王八斗の才。


(現代語訳)
春の長安の宴の席で幸運にも出会ったので、宴を抜けてでも私のもとに帰ってきてほしいと思っているのにまだ帰らない。若くて盛んなころと違い歳を重ねてきた今は時間は流れる水とせき立て合うように過ぎてゆくのが歎きなのだ
梁冀の邸内ではその妻のもとに下僕の秦官が入り込み密通した、趙飛燕の楼には召使いの赤鳳が出入りし私通した。(趙飛燕自体も妹の行為に嘆いた。)
涼やかな敷布に金細工の枕でただ眠るだけの嘆きがある、瓊の玉の筵、敷物に宝玉の杯を手にとめどなく飲み続けても何事もうまくいかないので歎きながら飲む酒は酔わないものなのだ。
洛水の女神宓妃は崑崙山の芝田の館にただ一人愁いをもって待っている。すべての才一石のうち、八斗の才と称された詩才あふれる陳王曹植が、その才を尽くして描いた恋もうまくいかなかった。


(訳註)

可歎
歎きなさい


幸會東城宴未廻、年華憂共水相催。
春の長安の宴の席で幸運にも出会ったので、宴を抜けてでも私のもとに帰ってきてほしいと思っているのにまだ帰らない。若くて盛んなころと違い歳を重ねてきた今は時間は流れる水とせき立て合うように過ぎてゆくのが歎きなのだ。
幸會 無題の詩に見える、惚れて通ってくれた人が全く来なくなった。手紙を出そうにもどこにだしたらよいのかわからない。妓女は探して歩くわけにいかないのだ。ところが、幸いに宴の席で見かけたという意味。○東城 東は春を意味する。春の長安。無題(來是空言去絶蹤) 李商隠 19  宴未廻 宴を抜けてでも私のもとに帰ってきてほしいという意味。〇年華 時間、歳月、わかさ。○共水相催 孔子の川上の歎以来、水の流れは時の推移の比喩。「催」はせきたてる。陶淵明「雑詩」其の七に「日月貰えて遅たず、四時相い催し迫る」。

梁家宅裏秦宮入、趙后樓中赤鳳來。
梁冀の邸内ではその妻のもとに下僕の秦官が入り込み密通した、趙飛燕の楼には召使いの赤鳳が出入りし私通した。(趙飛燕自体も妹の行為に嘆いた。)
梁家一句 後漢・梁巽の妻の故事を用いる。梁巽は監奴(下僕の長)の秦宮をかわいがっていたが、梁巽の妻の孫寿のもとに出入りするうちに孫寿に気に入られ、密通した。『後漢書』梁巽伝にも見える。○趙后一句 漢・成帝の皇后超飛燕とその妹の故事を用いる。趨飛燕は寵愛されて皇后になり、妹も昭俵に取り立てられた。趙飛燕が私通していた下僕の赤鳳は昭俵とも通じていて、姉妹のいさかいを招いた(『趙飛燕外伝』)。


冰簟且眠金鏤枕、瓊筵不酔玉交杯。
涼やかな敷布に金細工の枕でただ眠るだけの嘆きがある、瓊の玉の筵、敷物に宝玉の杯を手にとめどなく飲み続けても何事もうまくいかないので歎きながら飲む酒は酔わないものなのだ。
氷簟 水のように冷たいたかむしろ。「簟」は涼を取るための敷物。○金鏤枕 黄金をちりばめた枕。曹植「洛神の賦」(『文選』巻一九)の李善の注が引く「記」 に、「東阿王(曹植)朝に入り、帝(文帝=曹丕)は植に甄后の玉銭金帯枕を示す」。○瓊筵の句 瓊筵 は仙人や天子の使う玉でこしらえた豪華な敷物をさすが、李白「春夜桃李園宴序」 にある聯に基づいていている。
開瓊筵以坐華, 飛羽觴而醉月。(瓊筵を開きて以て華に坐し,羽觴を飛ばして月に醉(よ)ふ。)
美しい玉で飾った敷物を花咲くもとで広げて座った、羽をひろげた形をした杯を飛んでいるような形で酌み交わし、月明かりに酒に酔う。(何もかもうまくいくから酔うということ)これに対して思いが通らないので○不酔 いくら杯を重ねても酔うことなく飲み続ける。○玉交杯 李白の詩では、雀の羽型の盃だけどこの詩では、いくつかの種類の玉の盃、豪華な盃。

宓妃愁坐芝田館、用盡陳王八斗才。
洛水の女神宓妃は崑崙山の芝田の館にただ一人愁いをもって待っている。すべての才一石のうち、八斗の才と称された詩才あふれる陳王曹植が、その才を尽くして描いた恋もうまくいかなかった。
宓妃 曹植「洛神の賦」 に登場する洛水の女神。怒妃は実は曹垂の妻甑后であり、二人は密かに愛し合っていたものの結ばれなかった。李商隠 7 無題(颯颯東風細雨來)
芝田 崑崙山にある農地の名。『拾遺記』崑崙山に「第九層……下に芝田・蕙圃有り。皆な数百頃。群仙種耨す(耕作する)」。○陳王八斗才「陳王」は陳思王曹植。天下のすべての才を一石とすれば曹植が八斗を占めるという謝霊運のことばが古くから伝えられた。この二句は、曹植が「洛神の賦」で文才を駆使して宓妃(=甑后)を描出しても、二人の恋は実ることなく、怒妃は仙女となって孤独に沈むはかなかったことをいう。



(解説)

○詩型 七言律詩。
○押韻 廻、催、来、杯、才。



この詩のもとになる詩は、あるいは参考とする詩は李商隠「無題」とする詩である。
約束の日にもかない、待ち続けて、捜すにもさがせない身の妓女がたまたま宴席で出会った。その日は来てくれると思った儺来ないので歎く①
歳を重ね日増しに呼ばれることがなくなってくる妓女は嘆くべし。②
密通したためにおとがめを受けた秦の宮廷宦官の孫寿は嘆くべし。③
妹に寝取られた趙飛燕は嘆くべし④、趙飛燕に私通した下僕赤鳳もおとがめを受けた、これも歎くべし⑤。
富豪のもとで囲われている芸妓が毎夜一人寝している。嘆くべし。⑥ 玉の筵、宝玉の杯で飲んでも詩をうまく作れない。嘆くべし。⑦
死んだ後、仙女になっても思い続けているだけの宓妃、
詩文に比類ない才能を発揮したが、生涯兄嫁甑后の宓妃を慕い続けたが、兄嫁に振り向かれることがなかった、これも嘆くべし。⑧


爲有 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-95

爲有 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-95


爲有
爲有雲屏無限嬬、鳳城寒盡怕春宵。
有るがためにおこった事というのは、ないようなものの雲母の雲のように包まれるほれた女性の色香は愛らしさは無限のものがある。美人のいる奥座敷、冬の寒さは終わり、心ときめく春の宵時間が次第に短くなっていくのがこわいのだ。
無端嫁得金龜婿、辜負香衾事早朝。
理由もないのにおこった事というのは金と地位によって嫁を得たものにおこるのだ、家で一緒に夜を過ごそうとしても閨には寄り付かず、夜明け前から朝廷に参じてしまうというものだ。


有るが為に

雲屏有るが為に無限の嬌あり、鳳城 寒尽きて春宵を怕る

端無くも金亀の婿に嫁ぎ得て、香衾に辜負して早朝に事む。






有るが為に  訳註と現代語訳、解説

(本分)
爲有雲屏無限嬬、鳳城寒盡怕春宵。
無端嫁得金龜婿、辜負香衾事早朝。

(下し文)
雲屏有るが為に無限の嬌あり、鳳城 寒尽きて春宵を怕る
端無くも金亀の婿に嫁ぎ得て、香衾に辜負して早朝に事む。

 (現代語訳)
有るがためにおこった事というのは、ないようなものの雲母の雲のように包まれるほれた女性の色香は愛らしさは無限のものがある。美人のいる奥座敷、冬の寒さは終わり、心ときめく春の宵時間が次第に短くなっていくのがこわいのだ。
理由もないのにおこった事というのは金と地位によって嫁を得たものにおこるのだ、家で一緒に夜を過ごそうとしても閨には寄り付かず、夜明け前から朝廷に参じてしまうというものだ。


 (訳註)
爲有雲屏無限嬬、鳳城寒盡怕春宵。
有るがためにおこった事というのは、ないようなものの雲母の雲のように包まれるほれた女性の色香は愛らしさは無限のものがある。美人のいる奥座敷、冬の寒さは終わり、心ときめく春の宵時間が次第に短くなっていくのがこわいのだ。
為有 詩の最初の二字を取り出して題としたもの。○雲屏 雲母でこしらえた屏風、豪奮な調度品、ということも言えるが、同時に、雲を男性と考え、屏は包まれ隠されるという意味。ここでは男性の腕の中にいることを示す○ ほれた女性の色香は愛らしい。○鳳城 鳳凰の棲む仙界。ここでは美人のいる奥座敷。○怕春宵 冬の長い夜が春になると短くなっていく。惚れた女との時間が短じかくなるのをおそれるという意味。白居易「長恨歌」に「春宵苦だ短く日高くして起き、此れより君主 早朝せず」。



無端嫁得金龜婿、辜負香衾事早朝。
理由もないのにおこった事というのは金と地位によって嫁を得たものにおこるのだ、家で一緒に夜を過ごそうとしても閨には寄り付かず、夜明け前から朝廷に参じてしまうというものだ。
無端 これといったわけもなく。○金亀婿 位階の高い婿。「金亀」は高官が身につける割り符。唐代の官員は魚をかたどった割り符(魚符)を袋にいれて登庁の際に身につけた(魚袋)。三品以上の魚符は金、五品以上は銀。武則天の一時期、魚でなく亀が用いられたことがあり、ここではそれを用いる。○辜負 そむく。背を向ける。○香衾 香り高い夜具。○早朝 朝早くの朝見。夜明けが仕事始めを守って早めに出勤する。「早朝」の「朝」はあさではなく朝廷。官人は夜明けとともに参内した。「無題(昨夜の星辰)」詩の「聴鼓」「応官」の注参照。また上の「春宵」の注に引く「長恨歌」にも皇帝の立場からする「早朝」が見える。「五更」という表現もある。



(解説)

○詩型 七言絶句。
○押韻 嬬・宵・朝。



有るがためにおこった事、それは形のないもの愛情いっぱいの生活。
理由もないのにおこった事、地位や金があるのものに起こる愛情のない生活。
この詩は李商隠はしてやったりとほほえみを浮かべながら詠ったと思う。多くの詩は貴公子や富豪による理不尽や横暴を指摘していたが、ここでは地位や金があって奪ったような女性が温かく包んでくれるようなことはない。そういう交わりは女性も金目当てで、お互い嫌気がして、生活が空虚なものになる。


破鏡 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-93

破鏡 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-93


破れた鏡、鏡は古くより男女の情交を示唆するものである。壊れた鏡の右と左、男と女なのである。また、満月があり、半月があるように詩の中で男女の情愛を詠うものであった、男女の意志で割ったもの、割られたもの、無理やりに引きはがされたもの、その鏡にはいろんなものがある。ここでは、山鶏と鸞鳳、牛李の党争、あるいは、賈誼と守旧派・宦官勢力、劉蕡と守旧派、を比喩として詠いあげる。

破鏡
玉匣清光不復持、菱花散亂月輪虧。
宝玉飾られた箱の中に、清らかな光を秘めている、その輝きが蘇ることは二度とないのだ。泥の中から菱の花を咲かせるように、守旧派の闇の中で輝きを持っていた花も乱れ散ったのだ、月輪のような正論を輝かせたのも影で欠けてしまった。
秦臺一照山鶏後、便是孤鸞罷舞時。

うぬぼれ者の山鶏が秦の朝廷という鏡に姿を映してからは、孤独な実力のある鸞は鏡の前で舞うのを止めされられた。


破 鏡
玉匣の清光 復た持せず、菱花散乱して月輪 虧(かける)
秦台一たび山鶏を照らして後、便ち是れ孤鸞 舞いを罷むるの時。


破鏡 訳註と解説

(本文)
破鏡
玉匣清光不復持、菱花散亂月輪虧。
秦臺一照山鶏後、便是孤鸞罷舞時。

(下し文)
玉匣の清光 復た持せず、菱花散乱して月輪 虧(かける)
秦台一たび山鶏を照らして後、便ち是れ孤鸞 舞いを罷むるの時。

(現代語訳)
宝玉飾られた箱の中に、清らかな光を秘めている、その輝きが蘇ることは二度とないのだ。泥の中から菱の花を咲かせるように、守旧派の闇の中で輝きを持っていた花も乱れ散ったのだ、月輪のような正論を輝かせたのも影で欠けてしまった。
ぅぬぼれ者の山鶏が秦の朝廷という鏡に姿を映してからは、孤独な実力のある鸞は鏡の前で舞うのを止めされられた。


破鏡
○破鏡 割れた鏡、半月を示す。男女の離別を意味するのは、
①『神異経』(『太平御覧』巻七一七)に見える故事による。ある夫婦が別々に住む際、鏡を二つに割って半分ずつをもち、愛情のあかしとした。のちに妻が他の男と通じた時、鏡は鵜となって夫のもとへ飛び、夫は何が起こったかを知った。以来、鏡の背面に鵜の模様を施すことになった、と。
②また『芸文類架』巻五六で、「藁砧詩」、
③『王台新詠』では「古絶句四首」其一藁砧今何在と題する詩では、(外に出ていった夫はどこにいるのか、帰ってくるのはいつだろう、、「破鏡飛上天」(破鏡飛んで天に上る)の句で結ばれる。欠けた月が空に上がるとは、十五日を過ぎて帰ってくる、という謎解き。そこでは「破鏡」は残月を意味するものの、やはり男女の離合に関わっている。


 
玉匣清光不復持、菱花散亂月輪虧。
宝玉飾られた箱の中に、清らかな光を秘めている、その輝きが蘇ることは二度とないのだ。泥の中から菱の花を咲かせるように、守旧派の闇の中で輝きを持っていた花も乱れ散ったのだ、月輪のような正論を輝かせたのも影で欠けてしまった。
玉匣 鏡を入れる箱。○不復持 もはや保ち続けられない。○菱花 蓮と菱はともに水草であり、娼屋の妓女の別名である。また語の通り、鏡の裏の絵柄が菱の花であること、鏡で日光を反射させると壁に菱の花模様が浮かぶとする。庚信「鏡の賦」に「目に照らせば則ち壁上に菱生ず」。〇月輪 古くから鏡を月にたとえる。同じく庚信「鏡の賦」に「水に臨めば則ち地中に月出ず」。満月の団円は男女和合の象徴でもある。 



秦臺一照山鶏後、便是孤鸞罷舞時。
うぬぼれ者の山鶏が秦の朝廷という鏡に姿を映してからは、孤独な実力のある鸞は鏡の前で舞うのを止めされられた。
秦台 秦の朝廷。○山鶏 華美な羽をもった鳥。真に実力を備えて鳥の鸞鳳に対する実力のない空威張りの鳥である。南朝宋・劉敬叔『異苑』に、山鶏は自分の美しい羽を愛し、水に映った姿に見とれて舞う習性があり、魏の武帝(曹操)の時に南方から献じられた山鶏の前に鏡を置くと、舞い続けて死んだという。李商隠「鸞鳳」詩では鳳に似て非なる鳥として対比されている。宦官を示す○孤鸞 鏡の前に置いた鸞は映った姿を見て鳴き続け、絶命したという故事にもと、づく。「陳の後宮」詩では、昔、罽賓の国の王が一羽の鸞を捕えたが、鳴かない。夫人が鸞は仲間を見ると鳴くといいますから鏡を置いたらどうでしょぅと言った」皆は鏡のなかの姿を見ると、悲痛な声を発して鳴き続け、夜中に身を震わせるとそのまま息絶えた、という。李商隠頻用の故事。白居易「太行路」にもみえる。ここでは鑾鏡(鸞の模様が刻まれている鏡)を指す。「鸞開鏡」は「開攣鏡」を倒置したもの。劉蕡など正論を唱える人物をしめす。



○詩型 七言絶句。 
○押韻 持、虧、時。



(解説)
割れたのか、割られたのか、あるいは引き裂かれたのか、いろんな「破れた鏡」がある。この時代、鏡を持てたものは一定以上の身分の人か、芸妓である。
 いかにも芸妓の艶歌の装を凝らしながら、朝廷内で裏で画策し、貶めていく宦官勢力は鳳凰のような能力を持った人物を葬ってきた。

李 白 詩
唐宋詩 
(Ⅰ李商隠Ⅱ韓退之(韓愈))
杜 甫 詩
李白詩INDEX02
李商隠INDEX02
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落花 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-92

落花 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-92


落花 
高閣客竟去、小園花亂飛。
高楼から花を眺めていた男女はそれぞれのところへと去っていく、庭には着飾った妓女が花のように舞い乱れている。
参差連曲陌、迢遞送斜暉。
もつれあいは小道を曲がらせていくようにつながっている。高い所で照らして影になっていたが日が傾いてきたら影になって見えなかったところをてらしていったのだ。
腸斷未忍掃、眼穿仍欲稀。
見ているだけの自分は腸が絶たれる気分であり、我慢して掃き捨てることもできないでいる。この状態では目を凝らして探しだせることはまずできないことなのだろう。
芳心向春盡、所得是沾衣。

美人の心は限りないほどこの春性の期待に向かわせた、しかし、得たものといえばこんなことでころもをぬらしたことだ。


高閣 客 竟に去る、小園 花 亂飛す。

参差として 曲陌に連なり、迢遞として斜暉を送る。

腸斷れて未だ掃うに忍ばず、眼穿てば 仍 稀ならんと欲す。

芳心 春盡くるに向かい、得る所は 是れ 衣を沾すのみ。





落花 訳註と解説


(本文)
高閣客竟去、小園花亂飛。
参差連曲陌、迢遞送斜暉。
腸斷未忍掃、眼穿仍欲稀。
芳心向春盡、所得是沾衣。


(下し文)
高閣 客 竟に去る、小園 花 亂飛す。
参差(しんし)として 曲陌に連なり、迢遞として斜暉を送る。
腸斷れて未だ掃うに忍ばず、眼穿てば 仍 稀ならんと欲す。
芳心 春盡くるに向かい、得る所は 是れ 衣を沾すのみ。

(現代語訳)
高楼から花を眺めていた男女はそれぞれのところへと去っていく、庭には着飾った妓女が花のように舞い乱れている。
もつれあいは小道を曲がらせていくようにつながっている。高い所で照らして影になっていたが日が傾いてきたら影になって見えなかったところをてらしていったのだ。
見ているだけの自分は腸が絶たれる気分であり、我慢して掃き捨てることもできないでいる。この状態では目を凝らして探しだせることはまずできないことなのだろう。
美人の心は限りないほどこの春性の期待に向かわせた、しかし、得たものといえばこんなことでころもをぬらしたことだ。


(語訳と訳註)

高閣客竟去、小園花亂飛。
高楼から花を眺めていた男女はそれぞれのところへと去っていく、庭には着飾った妓女が花のように舞い乱れている。
小園 中庭、農作のはたけ。



参差連曲陌、迢遞送斜暉。
もつれあいは小道を曲がらせていくようにつながっている。高い所で照らして影になっていたが日が傾いてきたら影になって見えなかったところをてらしていったのだ。
参差 長短のふぞろいなさま。ここでは落花が相前後しながら舞っている状態を指しながら、男女の絡み合いを言う。○曲陌 曲がりくねった小道。○迢遞  高いさま。遠くへ隔だたるさまをいう。○斜暉 夕日。斜めの光は奥の方まで照らす。木の葉影で見えにくかったところが横からの光に照らし出される様子を言う。



腸斷未忍掃、眼穿仍欲稀。
見ているだけの自分は腸が絶たれる気分であり、我慢して掃き捨てることもできないでいる。この状態では目を凝らして探しだせることはまずできないことなのだろう。
腸斷 セックスに満たされぬ思いを言う場合に断腸という語になる。心に思うことは別の語。○未忍掃 自慰行為を指すものもまだできない。○眼穿 穴のあくほど見つめる。



芳心向春盡、所得是沾衣。
美人の心は限りないほどこの春性の期待に向かわせた、しかし、得たものといえばこんなことでころもをぬらしたことだ。
芳心 春を楽しむ気持ち。芳は花の芳香。美人の心。妓女の心持。○沾衣 本来ならば情交、性交によって潤う湿り気を指す。貴公子や、富豪の者たちに好き勝手にされ、待ち続けてもなかなか自分のところに来てくれない。悔し涙で着衣をぬらすととることは無理がある語である。やるせない思いはなみだにならない。


○詩型 五言律詩。
○押韻 飛、曝、稀、衣。



(解説)
上巳の節句頃(3月3日)、行楽といって、野山で幔幕をはって、酒を飲み、情交、陰姦が行われた。娼屋では、中庭、近隣の畑などでも繰り広げられた。
 李商隠の得意とする、春の行楽の詩。李商隠はなじみの妓女がなかなか見つからない、一人寂しく眺めているというパターンは多い。
 下級官僚や金のないものは相手にされないのは何時の時代もあることである。


無題二首其二(幽人不倦賞) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-91

無題二首其二(幽人不倦賞) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-91



 

無題二首其一
照梁初有情、出水舊知名。
はじめての経験、その夜は眠れず朝を迎え、ういういしさを朝日が座敷のはりを照らす輝きに、嬉恥ずかしい新しい気持ちなのだ。水面の上に花開く蓮は古くからはじめて開く妓女の姿として知られている。
裙衩芙蓉小、釵茸翡翠輕。
きものの裾は小さな蓮のように開かれるのである。房が多いかんざしには羽飾りの軽やかな翡翠がきれいだ。
錦長書鄭重、眉細恨分明。
今頃になると来てくれない、昔から思いのたけをていねいに長い錦に織り込んだ、細く描いた眉には、恋のつらさが浮かび上がる。
莫近彈棋局、中心最不平。
しかし、いくら約束の日に来ないといってもお相手をきめる弾棋の盤には近づかない方がいい。心の中の思いは燃えたぎっていて、平静の気持ちでおられない。

 

無題二首其の一

梁を照らして初めて情有り、水より出でて旧より名を知らる。

裙衩 芙蓉小さく、欽茸 翡翠軽し。

錦長くして書は鄭重、眉細くして恨みは分明。

弾棋の局に近づくこと莫かれ、中心 最も平らかならず。

 

無題二首其二(幽人不倦賞) 
幽人不倦賞、秋暑貴招邀。
隠遁者のような男がいる、まわりの風情を眺めるようすはない。秋とはいえこの暑さ、涼みがてらに人を招きたくなるというものだ。
竹碧轉悵望、池淸尤寂寥。
竹林の青々とした静かなたたずまい、それを逆から見てみると悵めしい眺めなのだ。池の水清らかさ、切ないほどの寂しさがこみ上げるのだ。
露花終裛濕、風蝶強嬌饒。
あの人は露を含む花のようでしっとりとぬれさせてくれる、風に舞う蝶のようなあの人はなまめかしさをふりまき愛嬌でさそってくれるのだ。
此地如攜手、兼君不自聊。
来られるものならこの地でもいい、あの人と手を取りからめ合いたい、あの人と一緒ならこんな自慰をしはしないのに。

 

無題二首其の二

幽人 賞するに倦まず、秋暑 招邀【しょうよう】せんと貴【ほっ】す。

竹 碧にして転【うた】た悵望し、池 清くして尤も寂蓼たり

露花 終に裛濕【ゆうしつ】し、凰蝶 強いて嬌饒【きょうじょう】たり。

此の地 如し手を携えれば、君と自ら聊【たの】しまざらんや。

 


無題二首其二(幽人不倦賞) 訳註と解説

(本文)
幽人不倦賞、秋暑貴招邀。
竹碧轉悵望、池淸尤寂寥。
露花終裛濕、風蝶強嬌饒。
此地如攜手、兼君不自聊。

 

(下し文)
無題二首其の二

幽人 賞するに倦まず、秋暑 招邀【しょうよう】せんと貴【ほっ】す。

竹 碧にして転【うた】た悵望し、池 清くして尤も寂蓼たり

露花 終に裛濕【ゆうしつ】し、凰蝶 強いて嬌饒【きょうじょう】たり。

此の地 如し手を携えれば、君と自ら聊【たの】しまざらんや。

 

(現代語訳)
隠遁者のような男がいる、まわりの風情を眺めるようすはない。秋とはいえこの暑さ、涼みがてらに人を招きたくなるというものだ。
竹林の青々とした静かなたたずまい、それを逆から見てみると悵めしい眺めなのだ。池の水清らかさ、切ないほどの寂しさがこみ上げるのだ。
あの人は露を含む花のようでしっとりとぬれさせてくれる、風に舞う蝶のようなあの人はなまめかしさをふりまき愛嬌でさそってくれるのだ。
来られるものならこの地でもいい、あの人と手を取りからめ合いたい、あの人と一緒ならこんな自慰をしはしないのに。

 

(語訳と訳註)

無題二首其二


幽人不倦賞  秋暑貴招
竹碧轉悵望  池淸尤寂
露花終裛濕  風蝶強嬌
此地如攜手  兼君不自

○○△●●  ○●●○○

●●●●△  ○?○●△

●○○●●  △●○△△

●●△○●  △○△●○

 

幽人不倦賞、秋暑貴招邀。
隠遁者のような男がいる、まわりの風情を眺めるようすはない。秋とはいえこの暑さ、涼みがてらに人を招きたくなるというものだ。
幽人 ふつうは竹林の側、薄暗い奥まったところにいる隠者を示す語であるが、自分からなろうとしないで左遷され、隠遁者の住まいのような場所で世の喧噪から必然的に離され、友人も恋人もいない男として読む。

不倦覚 飽きることなく観賞する。○秋暑 残暑。

景招激 「貴」は欲の意。=‥‥したいと思う。「招遊」は人を招き迎える。


竹碧轉悵望、池淸尤寂寥。
竹林の青々とした静かなたたずまい、それを逆から見てみると悵めしい眺めなのだ。池の水清らかさ、切ないほどの寂しさがこみ上げるのだ。
悵望 悲しい思いで眺める。「七月二十八日夜……」詩注参照(七四頁)。


露花終裛濕、風蝶強嬌饒。
あの人は露を含む花のようでしっとりとぬれさせてくれる、風に舞う蝶のようなあの人はなまめかしさをふりまき愛嬌でさそってくれるのだ。
裛湿「嚢」は泡に通ずる。湿と同じくうるおう。

風蝶 風のなかに舞う蝶。

強嬌 なまめかしさをいう畳韻の語。『王台新詠』に桑摘みのむすめを唱った「重病綾の詩」がある。同音の「嫡嬢」とも表記する。


此地如攜手、兼君不自聊。
来られるものならこの地でもいい、あの人と手を取りからめ合いたい、あの人と一緒ならこんな自慰をしはしないのに。
○此地 朝廷から、取り上げられることがない。隠遁者と同様な暮らしを強いられている。正論を言う機会さえない。来ることは絶対にありえない「この地」という意味。

攜手 ここでは手を携えることを男女の性行為として表現している。同性どうしでも異性の間でも親密な関係を示すしぐさとして使われる。この語が次の句の「不自聊」にかかる。

兼君 「兼」は与と同じ。……といっしょに。

不自聊 自聊は自慰、しないこと。



○詩型 五言律詩。
○押韻 賞、賞、寥、饒、聊。



(解説)

この詩は、「幽人」という語を正しく理解しないと単なる艶情詩になってしまう。詩の状況から、巴の梓州に3年左遷されていた。唐の中央から地方まで牛李の闘争を繰り広げていた。作者の周りの地方官もすべてが反対派であった。その状況を詠いたかったのである。 
孤独であるため、初秋の景物を眺め、本来なら風流なものとして映るはずのものである。転じてみれば、「恨めしい」、景色なのだ。

せっかく仲良くなったあの人のことを考える毎日だ。

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