漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

わが子の詩

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

驕兒詩 #6 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 124

驕兒詩 #6 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 124

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#5
古錦請裁衣,玉軸亦欲乞。請爺書春勝,春勝宜春日。
芭蕉斜卷箋,辛夷低過筆。爺昔好讀書,懇苦自著述。
憔悴欲四十,無肉畏蚤虱。兒慎勿學爺,讀書求甲乙。
#6
穰苴司馬法,張良黃石術。
齊の国を強国にした司馬穣宜の兵法の書、漢の張良は劉邦に仕えて多くの作戦の立案をし、その兵術は劉邦の覇業を大きく助けた。
便爲帝王師,不假更纖悉。
それはすなわち皇帝の師となれるということだ、学問だけに頼るのでなく、学問をし、そのうえ繊細にして大胆の兵術であれば出世できるのだ。
況今西與北,羌戎正狂悖。
まして今、西域と北域の辺境の地では羌戎(きょうじゅう)と夷狄(いてき)がまさに狂暴のかぎりをつくしているのだ。
誅赦兩未成,將養如痼疾。
そういう状況下でも征伐も和睦もできないのである、王朝内に問題があり、休養している病人が不治の病になってしまったようなもので、統治能力がないのだ。
兒當速成大,探雛入虎穴。
わが子兗師、早く成長し、広い心の人間になるのだ、虎の子を求めるためには虎の穴に踏み込む勇気をもたなければならないのだ。
當爲萬戶侯,勿守一經帙。

万戸の領地をおさめる侯くらいにならないといけない。一冊の経書、古典だけに頼るような儒教者の愚は決して犯してはならないのだ。


驕兒詩 #5
古錦 衣を裁つこと請い、玉軸 亦 乞わんと欲す
爺(ちち)に請いて春勝を書かしむ、春勝 宜春の日
芭蕉のごとく斜めに倭を巻き、辛夷のごとく低く筆を過たす
爺(ちち)は昔 読書を好み、懇苦(こんく)して自ら著述(ちょじつ)す
憔悴(しょうすい) 四十ならんとするも、肉無く蚤風(のみしらみ)を畏れる
児よ 慎みて 爺を学び、書を読みて甲乙を求むこと勿かれ

#6
穰苴(じょうしょ)の司馬の法、張良(ちょうりょう)の黄石の術。
便(すなわ)ち 帝王の師と為らん、更に纖悉(せんしつ)なるに仮とせず。
況(いわん)や今 西と北と、羌戎(きょうじゅう) 正に狂悖(きょうぼつ)するをや。
誅(ちゅう)も赦(しゃ)も両(ふたつ)ながら末(いまだ)成らず、将養 痼疾(こしつ)の如し。
児よ 当に速かに成大し、雛(ひな)を探って 虎窟(こくつ)に入るべし。
当に万戸侯と為るべし、一経の帙(ちつ)を守る勿かれ。


驕兒詩 #6 現代語訳と訳註
(本文) #6
穰苴司馬法,張良黃石術。便爲帝王師,不假更纖悉。
況今西與北,羌戎正狂悖。誅赦兩未成,將養如痼疾。
兒當速成大,探雛入虎穴。當爲萬戶侯,勿守一經帙。


(下し文) #6
穰苴(じょうしょ)の司馬の法、張良(ちょうりょう)の黄石の術。
便(すなわ)ち 帝王の師と為らん、更に纖悉(せんしつ)なるに仮とせず。
況(いわん)や今 西と北と、羌戎(きょうじゅう) 正に狂悖(きょうぼつ)するをや。
誅(ちゅう)も赦(しゃ)も両(ふたつ)ながら末(いまだ)成らず、将養 痼疾(こしつ)の如し。
児よ 当に速かに成大し、雛(ひな)を探って 虎窟(こくつ)に入るべし。
当に万戸侯と為るべし、一経の帙(ちつ)を守る勿かれ。


(現代語訳)
齊の国を強国にした司馬穣宜の兵法の書、漢の張良は劉邦に仕えて多くの作戦の立案をし、その兵術は劉邦の覇業を大きく助けた。
それはすなわち皇帝の師となれるということだ、学問だけに頼るのでなく、学問をし、そのうえ繊細にして大胆の兵術であれば出世できるのだ。
まして今、西域と北域の辺境の地では羌戎(きょうじゅう)と夷狄(いてき)がまさに狂暴のかぎりをつくしているのだ。
そういう状況下でも征伐も和睦もできないのである、王朝内に問題があり、休養している病人が不治の病になってしまったようなもので、統治能力がないのだ。
わが子兗師、早く成長し、広い心の人間になるのだ、虎の子を求めるためには虎の穴に踏み込む勇気をもたなければならないのだ。
万戸の領地をおさめる侯くらいにならないといけない。一冊の経書、古典だけに頼るような儒教者の愚は決して犯してはならないのだ。


(訳注) #6
穰苴司馬法,張良黃石術。

齊の国を強国にした司馬穣宜の兵法の書、漢の張良は劉邦に仕えて多くの作戦の立案をし、その兵術は劉邦の覇業を大きく助けた。
穰苴 司馬という名称は周代の軍部をつかさどる官名で、それが後に姓名になったものである。この本の主人公の司馬穰苴は斉人で氏は田(つまり田穰苴)であり、斉の景公に任じられ大司馬の職についたので司馬穰苴と呼ばれるようになった。
そもそも、斉は兵法の開祖といわれる太公望が作った国であり、春秋戦国時代では兵法や学問が盛んに研究されていた。有名な孫子も斉人である。司馬法が成立するきっかけになったのは、斉の威王が古くから斉に伝わる兵法を駆使して斉を強国にしたという経緯の元に、兵法の大切さに気づき、家臣たちに命じて、古くから伝わる斉の兵法を研究させ、それに司馬穰苴が作った兵法を付け加えて「司馬穰苴の兵法」としてまとめたというのが有力な説である。春秋・斉の景公のもとの将軍、田穣丑。大司馬に任じられたので司馬穰苴と称される。その兵法は古代の兵法と併せて『司馬穰苴兵法』として伝えられた(『史記』司馬穰苴伝)。
張良黃石術 張 良(ちょう りょう、未詳 - 紀元前186年)は、秦末期から前漢初期の政治家・軍師。字は子房。諡は文成。劉邦に仕えて多くの作戦の立案をし、劉邦の覇業を大きく助けた。蕭何・韓信と共に漢の三傑とされる。劉邦より留(江蘇省徐州市沛県の東南)に領地を授かったので留侯とも呼ばれる。子には嗣子の張不疑と少子の張辟彊がいる。下邳時代の逸話から「黄石公」の兵法と尊ばれた。このページの末尾に、逸話を参考に掲載する。
 
便爲帝王師,不假更纖悉。
それはすなわち皇帝の師となれるということだ、学問だけに頼るのでなく、学問をし、そのうえ繊細にして大胆の兵術であれば出世できるのだ。
不假更纖悉 ・:かりる、たよる。・織悉:こまかくきわめる。学問をし、そのうえ繊細にして大胆の兵書であれば出世できるという意。

況今西與北,羌戎正狂悖。
まして今、西域と北域の辺境の地では羌戎(きょうじゅう)と夷狄(いてき)がまさに狂暴のかぎりをつくしているのだ。
羌戎 当時、西北の地から中国を脅威にさらしていた吐蕃や回紇などの異民族。○狂悖 狂暴。安史の乱以降、攻められやすくなり、略奪中心の侵攻だったようだ。

誅赦兩未成,將養如痼疾。
そういう状況下でも征伐も和睦もできないのである、王朝内に問題があり、休養している病人が不治の病になってしまったようなもので、統治能力がないのだ。
誅赦 征伐するか和睦・懐柔するかの二つの解決策。○将養 休息し養生する。・将:ここではやしなう、助ける、休むの意味もの意。○痼疾 長くわずらっている病気。
 
兒當速成大,探雛入虎穴。
わが子兗師、早く成長し、広い心の人間になるのだ、虎の子を求めるためには虎の穴に踏み込む勇気をもたなければならないのだ。
探雛入虎穴 果敢に行動する。後漢の武人班超のことばに、「虎穴に入らずんば、虎子を得ず」(『後漢書』班超伝)。・:烏の子から広く動物の子を指す。


當爲萬戶侯,勿守一經帙。
万戸の領地をおさめる侯くらいにならないといけない。一冊の経書、古典だけに頼るような儒教者の愚は決して犯してはならないのだ。
万戸侯 食邑(領地)一万戸の侯爵。〇一経帙  後漢の王充の「論衡」超奇稿に「夫れ能く一経を説く者は儒生たり。」とある。は書物のこと。また、漢・韋賢父子の儒教の故事もある。韋賢の子の韋玄成は経学に明るいことから父と同じく丞相の位に昇ったので、世間では「子に黄金万籝を遺こすも、一経に如かず」(『漢書』葦賢伝)という諺が隼まれた。・:竹で編んだ箱。財産をのこすよりも学問を身につけさせておくのがよい、という儒教者の教えだけではだめで、大局を見る広い心持つのだと教えている。


○詩型 五言古詩。
○押韻 術。悉。悖。疾。穴。帙。



(解説)
 学問の大切さを理解してないわけではない。それどころか、学問をしなければ人の上に立つことはできない。学問に頼り切ると、自己満足に落ちいってしまう。「子に黄金万籝を遺こすも、一経に如かず」などというのは、儒教者の陥りやすいことである。
 自分も若いうちに、懸命に学問にはげんだ。学問をそれ以上積重ねてきた人に太刀打ちができず完膚なきまで叩きのめされた。そこで、方向性を誤ったのだ。その時、力を持っていた人、この人ならばついて行ってもよいのではと思った。自分自身も大変気に入られ、娘を嫁に娶った。
しかし、唐王朝は、腐っていて、宦官という病気のもとがいて,それにおかされている。その上、官僚は、二手に分かれて権力闘争をしている。「將養如痼疾」(将養 痼疾(こしつ)の如し)状況なのだ。

 軍師になって、天子に仕えることは、学問だけではできるものではない。大局を見る力と時の運、その力を引き出せてくれる器の天子と出会わなければ無理なのだ。唐王朝は西域や北域の異民族が略奪行為をしてもせいばつができないのだ。腐りきった王朝の天子のおそばでお仕えするということではなく、一万個の邑の侯爵・大名になるのが一番いいのだ。
 若い時に学問で負かされても、学問にだけしがみついてはいけないのだ、広い心を持ちなさい。

 蛇足ではあるが、この詩を「自分のふがいない半生を振り返って、文より武によって出世をせよと諭す。」ととらえる解説もあるが、違う。
中唐の韓愈のように「児に示す」詩では無一文で長安に出てきた自分がかくも富貴の身に達したのは勉強のたまものだということを李商隠は否定していない。勉強はすべての基礎であることを踏まえている。
ただ、儒者のように教条主義的になるなといっているのだ。
李商隠、社会的には、不遇の側面が強調されるが、詩人として、当時も一定程度以上の評価を受けていたようだ。その詩人としての矜持は随所に表れている。


*********参考*****************
下邳時代の逸話
ある日、張良が橋の袂を通りかかると、汚い服を着た老人が自分の靴を橋の下に放り投げ、張良に向かって「小僧、取って来い」と言いつけた。張良は頭に来て殴りつけようかと思ったが、相手が老人なので我慢して靴を取って来た。すると老人は足を突き出して「履かせろ」と言う。張良は「この爺さんに最後まで付き合おう」と考え、跪いて老人に靴を履かせた。老人は笑って去って行ったが、その後で戻ってきて「お前に教えることがある。5日後の朝にここに来い」と言った。
5日後の朝、日が出てから張良が約束の場所に行くと、既に老人が来ていた。老人は「目上の人間と約束して遅れてくるとは何事だ」と言い「また5日後に来い」と言い残して去った。5日後、張良は日の出の前に家を出たが、既に老人は来ていた。老人は再び「5日後に来い」と言い残して去って行った。次の5日後、張良は夜中から約束の場所で待った。しばらくして老人がやって来た。老人は満足気に「おう、わしより先に来たのう。こうでなくてはならん。その謙虚さこそが大切なのだ」と言い、張良に太公望の兵法書を渡して「これを読めば王者の師となれる。13年後にお前は山の麓で黄色い石を見るだろう。それがわしである」と言い残して消え去ったという。
後年、張良はこの予言通り黄石に出会い、これを持ち帰って家宝とし、張良の死後には一緒に墓に入れられたという。
(ウィキペデアより抜粋。)

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驕兒詩
#1
袞師我驕兒,美秀乃無匹。文葆未周晬,固已知六七。
四歲知名姓,眼不視梨栗。交朋頗窺觀,謂是丹穴物。
前朝尚器貌,流品方第一。不然神仙姿,不爾燕鶴骨。
#2
安得此相謂,欲慰衰朽質。青春妍和月,朋戲渾甥侄。
繞堂複穿林,沸若金鼎溢。門有長者來,造次請先出。
客前問所須,含意下吐實。歸來學客面,闡敗秉爺笏。
#3
或謔張飛胡,或笑鄧艾吃。豪鷹毛崱屴,猛馬氣佶傈。
截得青筼簹,騎走恣唐突。忽複學參軍,按聲喚蒼鶻。
又複紗燈旁,稽首禮夜佛。仰鞭罥蛛網,俯首飲花蜜。
#4
欲爭蛺蝶輕,未謝柳絮疾。階前逢阿姊,六甲頗輸失。
凝走弄香奩,拔脫金屈戌。抱持多反側,威怒不可律。
曲躬牽窗網,衉唾拭琴漆。有時看臨書,挺立不動膝。
#5
古錦請裁衣,玉軸亦欲乞。請爺書春勝,春勝宜春日。
芭蕉斜卷箋,辛夷低過筆。爺昔好讀書,懇苦自著述。
憔悴欲四十,無肉畏蚤虱。兒慎勿學爺,讀書求甲乙。
#6
穰苴司馬法,張良黃石術。便爲帝王師,不假更纖悉。
況今西與北,羌戎正狂悖。誅赦兩未成,將養如痼疾。
兒當速成大,探雛入虎穴。當爲萬戶侯,勿守一經帙。


押韻
匹。七。栗。物。一。骨。質。侄。溢。出。實。笏。吃。傈。突。鶻。佛。蜜。疾。失。戌。律。漆。膝。
乞。日。筆。述。虱。乙。術。悉。悖。疾。穴。帙。


#1
袞師は我が騎児、美秀 乃ち匹(たぐい) 無(なし)。
文葆(ぶんぽう) 末だ 周晬(しゅうさい)ならざるに、固(もと)より巳に六七を知る。
四歳にして姓名を知り、眼には梨と栗とを視ず。
交朋 頗(すこぶ)る 窺(うかが)い観て、謂う是(これ)丹穴の物ならんと。
前朝 器貌(きぼう)を尚(とうと)ぶ、流品 万(まさ)しく第一ならん。
然らずんば 神仙の姿、爾(しからずんば) 燕鶴(えんかく)の骨(かたち)なり。
#2
安んぞ此(かく)相(あい) 謂(いう)を得ん、衰朽(すいきゅう)の質を慰めんと欲すればなり。
青春 妍和(けんわ)の月、朋戯(ほうぎ)は甥姪(せいてつ)に渾(まじ)る。
堂を繰り復(また) 林を穿(くぐ)り、沸として金鼎(きんてい)の溢(あふる)るが 若(ごとし)。
門に長者の来たる有れば、造次(ぞうじ)に請(こ)い 先に出る。
客前に須(ほしい)所(もの)を問えば、意を含(ふく)みて実(じつ)を吐かず。
帰り来たれは客の面(めん)を学(ま)ね、闡敗(ぜんはい)して爺(ちち)の笏(こつ)を秉(と)る。
#3
或いは張飛(ちょうひ)の胡を語れ、或いは鄧艾(とうがい)の吃(きつ)を笑う。
豪鷹(ごうよう) 毛 崱屴(しょくりょく)たり、猛馬 気 佶傈(きつりつ)たり。
青き筼簹(うんとう)を截り得て、騎走 窓に唐突 す。
忽(たちまち)復(また)参軍を学ね、声を按(おさ)えて蒼鶻(そうこつ)を喚(よぶ)。
又復(またまた)紗燈(さとう)の旁(かたわら)に、稽首(けいしゅ)して夜仏に礼をする。
鞭を仰げて蛛(くも)の網を罥(か)け、首を俯(ふ)して花の蜜を飲む
#4
蛺蝶の軽きことを争わんと欲し、未だ柳絮の疾(はやき)に謝(ゆず)らず。
階前 阿姉(あし)に逢い、六甲 頗(すこぶる)輸失す
凝(ひそめ)走って 香奩(こうれん)を弄(もてあそ) ぶ、抜脱(ばつだつ)す 金の屈戌(くつじゅつ)。
抱持(ほうじ)すれば反側すること多く、威怒(いど)するも律すべからず。
躬(み)を曲げて窓の網を牽(ひ)き、衉唾(かくだ)して琴の漆(うるし)を拭(ぬぐ)う
時有り て 臨書を看れば、挺立(ていりつ)して膝を動かさず。
#5
古錦 衣を裁つこと請い、玉軸 亦 乞わんと欲す
爺(ちち)に請いて春勝を書かしむ、春勝 宜春の日
芭蕉のごとく斜めに倭を巻き、辛夷のごとく低く筆を過たす
爺(ちち)は昔 読書を好み、懇苦(こんく)して自ら著述(ちょじつ)す
憔悴(しょうすい) 四十ならんとするも、肉無く蚤風(のみしらみ)を畏れる
児よ 慎みて 爺を学び、書を読みて甲乙を求むこと勿かれ
#6
穰苴(じょうしょ)の司馬の法、張良(ちょうりょう)の黄石の術。
便(すなわ)ち 帝王の師と為らん、更に纖悉(せんしつ)なるに仮とせず。
況(いわん)や今 西と北と、羌戎(きょうじゅう) 正に狂悖(きょうぼつ)するをや。
誅(ちゅう)も赦(しゃ)も両(ふたつ)ながら末(いまだ)成らず、将養 痼疾(こしつ)の如し。
児よ 当に速かに成大し、雛(ひな)を探って 虎窟(こくつ)に入るべし。
当に万戸侯と為るべし、一経の帙(ちつ)を守る勿かれ。


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#4
欲爭蛺蝶輕,未謝柳絮疾。階前逢阿姊,六甲頗輸失。
凝走弄香奩,拔脫金屈戌。抱持多反側,威怒不可律。
曲躬牽窗網,衉唾拭琴漆。有時看臨書,挺立不動膝。
#5
古錦請裁衣,玉軸亦欲乞。
古い布で書幌を作ってくれと頼んでくる、つぎには書物を巻く軸などほしがる。
請爺書春勝,春勝宜春日。
この親父に立春の日の掛け物を書いてほしいとねだってくる、その立春の掛け物には「宜春」と書く日になっている。
芭蕉斜卷箋,辛夷低過筆。
庭の芭蕉は斜めに葉を巻いているのが短冊を巻いたようになっている、筆のような辛夷の花が咲いて芭蕉の短冊が下から差出し筆で書くようだ。
爺昔好讀書,懇苦自著述。
おやじの私は昔から読書が好きで、辛さに耐えて努力をし、著述してきた。
憔悴欲四十,無肉畏蚤虱。
その結果、やつれ果てもう四十になろうとしている、暮らしは貧しく、食卓に肉もつけられないし、のみやしらみに人一倍堪えている
兒慎勿學爺,讀書求甲乙。

わが子よ、どうかこの親父の私のただひたすら学問だけをして、進土に及第すればよいとだけ思ってはいけない、大局を見ないといけないのだ。
#6
穰苴司馬法,張良黃石術。便爲帝王師,不假更纖悉。
況今西與北,羌戎正狂悖。誅赦兩未成,將養如痼疾。
兒當速成大,探雛入虎穴。當爲萬戶侯,勿守一經帙。


#4
蛺蝶の軽きことを争わんと欲し、未だ柳絮の疾(はやき)に謝(ゆず)らず。
階前 阿姉(あし)に逢い、六甲 頗(すこぶる)輸失す
凝(ひそめ)走って 香奩(こうれん)を弄(もてあそ) ぶ、抜脱(ばつだつ)す 金の屈戌(くつじゅつ)。
抱持(ほうじ)すれば反側すること多く、威怒(いど)するも律すべからず。
躬(み)を曲げて窓の網を牽(ひ)き、衉唾(かくだ)して琴の漆(うるし)を拭(ぬぐ)う
時有り て 臨書を看れば、挺立(ていりつ)して膝を動かさず。

#5
古錦 衣を裁つこと請い、玉軸 亦 乞わんと欲す
爺(ちち)に請いて春勝を書かしむ、春勝 宜春の日
芭蕉のごとく斜めに倭を巻き、辛夷のごとく低く筆を過たす
爺(ちち)は昔 読書を好み、懇苦(こんく)して自ら著述(ちょじつ)す
憔悴(しょうすい) 四十ならんとするも、肉無く蚤風(のみしらみ)を畏れる
児よ 慎みて 爺を学び、書を読みて甲乙を求むこと勿かれ

#6
穰苴(じょうしょ)の司馬の法、張良(ちょうりょう)の黄石の術。
便(すなわ)ち 帝王の師と為らん、更に纖悉(せんしつ)なるに仮とせず。
況(いわん)や今 西と北と、羌戎(きょうじゅう) 正に狂悖(きょうぼつ)するをや。
誅(ちゅう)も赦(しゃ)も両(ふたつ)ながら末(いまだ)成らず、将養 痼疾(こしつ)の如し。
児よ 当に速かに成大し、雛(ひな)を探って 虎窟(こくつ)に入るべし。
当に万戸侯と為るべし、一経の帙(ちつ)を守る勿かれ。


驕兒詩 現代語訳と訳註
(本文) #5

古錦請裁衣,玉軸亦欲乞。請爺書春勝,春勝宜春日。
芭蕉斜卷箋,辛夷低過筆。爺昔好讀書,懇苦自著述。
憔悴欲四十,無肉畏蚤虱。兒慎勿學爺,讀書求甲乙。


(下し文) 驕兒詩#5 李商隠
古錦 衣を裁つこと請い、玉軸 亦 乞わんと欲す
爺(ちち)に請いて春勝を書かしむ、春勝 宜春の日
芭蕉のごとく斜めに倭を巻き、辛夷のごとく低く筆を過たす
爺(ちち)は昔 読書を好み、懇苦(こんく)して自ら著述(ちょじつ)す
憔悴(しょうすい) 四十ならんとするも、肉無く蚤風(のみしらみ)を畏れる
児よ 慎みて 爺を学び、書を読みて甲乙を求むこと勿かれ


(現代語訳)
古い布で書幌を作ってくれと頼んでくる、つぎには書物を巻く軸などほしがる。
この親父に立春の日の掛け物を書いてほしいとねだってくる、その立春の掛け物には「宜春」と書く日になっている。
庭の芭蕉は斜めに葉を巻いているのが短冊を巻いたようになっている、筆のような辛夷の花が咲いて芭蕉の短冊が下から差出し筆で書くようだ。
おやじの私は昔から読書が好きで、辛さに耐えて努力をし、著述してきた。
その結果、やつれ果てもう四十になろうとしている、暮らしは貧しく、食卓に肉もつけられないし、のみやしらみに人一倍堪えている
わが子よ、どうかこの親父の私のただひたすら学問だけをして、進土に及第すればよいとだけ思ってはいけない、大局を見ないといけないのだ。

(訳注)#5
古錦請裁衣,玉軸亦欲乞。
古い布で書幌を作ってくれと頼んでくる、つぎには書物を巻く軸などほしがる。
裁衣 衣はここでは書物を包む幌を指す。○玉軸 巻子本の軸。両端は玉で作られる。


請爺書春勝,春勝宜春日。
この親父に立春の日の掛け物を書いてほしいとねだってくる、その立春の掛け物には「宜春」と書く日になっている。
春勝 春の到来を祝う字を書いて立春の日に掛けるもの。○宜春 春勝に書く文字。『荊楚歳時記』 に「立春の目、悉く綵を剪りて燕を為り、以て之を戴きて、宜春の二字を貼る」。


芭蕉斜卷箋,辛夷低過筆。
庭の芭蕉は斜めに葉を巻いているのが短冊を巻いたようになっている、筆のような辛夷の花が咲いて芭蕉の短冊が下から差出し筆で書くようだ。
芭蕉斜卷箋 懐紙を巻くのを芭蕉の葉が出てくる時のかたちにたとえる。「斜」 はぎこちなく、きちんと巻けないこと。
辛夷低過筆 辛夷(コブシ)は木筆花の別名もあり、ふくらんだつぼみのかたちが墨を含んだ筆に似ている。「低」は落としそうで危なっかしいことをいうか。「過」は手渡しする。


爺昔好讀書,懇苦自著述。
おやじの私は昔から読書が好きで、辛さに耐えて努力をし、著述してきた。
懇苦 辛さに耐えて努力することをいう。


憔悴欲四十,無肉畏蚤虱。
その結果、やつれ果てもう四十になろうとしている、暮らしは貧しく、食卓に肉もつけられないし、のみやしらみに人一倍堪えている。
無肉畏蚤虱 食事は肉をつけてあげられないし、住まいはノミ、シラ、、、がいる貧しさをいう。あるいは、からだに肉がついていなくてやせほそっていて、蚤シラミに人一倍堪えている。


兒慎勿學爺,讀書求甲乙。
わが子よ、どうかこの親父の私のただひたすら学問だけをして、進土に及第すればよいとだけ思ってはいけない、大局を見ないといけないのだ。
○甲乙 科挙の試験をいう。進士科には「甲」と「乙」の二科があった。進士に及第すればよいというのではいけない、政治的に大局を見ないいけないといっている。

驕兒詩 #4 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 122

驕兒詩 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 122


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#3
或謔張飛胡,或笑鄧艾吃。豪鷹毛崱屴,猛馬氣佶傈。
截得青筼簹,騎走恣唐突。忽複學參軍,按聲喚蒼鶻。
又複紗燈旁,稽首禮夜佛。仰鞭罥蛛網,俯首飲花蜜。
#4
欲爭蛺蝶輕,未謝柳絮疾。
蝶と身軽さ競おうと思っているのかじっとしていない、風に飛ぶ柳絮のすばやさにも劣っていない。
階前逢阿姊,六甲頗輸失。
庭の石の上がり框の前で姉さんにばったりでくわした、すごろくをしようとねだったが、すれば負けて点棒をとられてばかりなのだ。
凝走弄香奩,拔脫金屈戌。
こっそり抜き足で姉さんの化粧箱にいたずらをする。だいじな金の蝶番をはずしてしまうのだ。
抱持多反側,威怒不可律。
いたずらはいけないと抱きかかえれば体をそっくり返ししまう、叱りつけてもおとなしくならないのだ。
曲躬牽窗網,衉唾拭琴漆。
体を曲げて窓の網戸を引っ張ったりしている、つぎには琴の漆の上に唾をとはいてみがいている。
有時看臨書,挺立不動膝。

ある時、わたしが手本に従って習字をしているのを見ていることがあった、直立不動で、膝も動かさないでじっと立ってみている。
#5
古錦請裁衣,玉軸亦欲乞。請爺書春勝,春勝宜春日。
芭蕉斜卷箋,辛夷低過筆。爺昔好讀書,懇苦自著述。
憔悴欲四十,無肉畏蚤虱。兒慎勿學爺,讀書求甲乙。

#3
或いは張飛(ちょうひ)の胡を語れ、或いは鄧艾(とうがい)の吃(きつ)を笑う。
豪鷹(ごうよう) 毛 崱屴(しょくりょく)たり、猛馬 気 佶傈(きつりつ)たり。
青き筼簹(うんとう)を截り得て、騎走 窓に唐突 す。
忽(たちまち)復(また)参軍を学ね、声を按(おさ)えて蒼鶻(そうこつ)を喚(よぶ)。
又復(またまた)紗燈(さとう)の旁(かたわら)に、稽首(けいしゅ)して夜仏に礼をする。
鞭を仰げて蛛(くも)の網を罥(か)け、首を俯(ふ)して花の蜜を飲む。

4

蝶の軽きことを争わんと欲し、未だ柳絮の疾(はやき)に謝(ゆず)らず。

階前 阿姉(あし)に逢い、六甲 頗(すこぶる)輸失す

(ひそめ)走って 香奩(こうれん)を弄(もてあそ) ぶ、抜脱(ばつだつ)す 金の屈(くつじゅつ)

抱持(ほうじ)すれば反側すること多く、威怒(いど)するも律すべからず。

()を曲げて窓の網を牽()き、(かくだ)して琴の漆(うるし)を拭(ぬぐ)

時有りて 臨書を看れば、挺立(ていりつ)して膝を動かさず。

#5
古錦 衣を裁つこと請い、玉軸 亦 乞わんと欲す。
爺(ちち)に請いて春勝を書かしむ、春勝 宜春の日。
芭蕉のごとく斜めに倭を巻き、辛夷のごとく低く筆を過たす。
爺(ちち)は昔 読書を好み、懇苦(こんく)して自ら著述(ちょじつ)す。
憔悴(しょうすい) 四十ならんとするも、肉無く蚤風(のみしらみ)を畏れる。
児よ 慎みて 爺を学び、書を読みて甲乙を求むこと勿かれ。


驕兒詩 #4 現代語訳と訳註
(本文) #4
欲爭蛺蝶輕,未謝柳絮疾。階前逢阿姊,六甲頗輸失。
凝走弄香奩,拔脫金屈戌。抱持多反側,威怒不可律。
曲躬牽窗網,衉唾拭琴漆。有時看臨書,挺立不動膝。


(下し文)
蛺蝶の軽きことを争わんと欲し、未だ柳絮の疾(はやき)に謝(ゆず)らず。
階前 阿姉(あし)に逢い、六甲 頗(すこぶる)輸失す
凝(ひそめ)走って 香奩(こうれん)を弄(もてあそ) ぶ、抜脱(ばつだつ)す 金の屈戌(くつじゅつ)。
抱持(ほうじ)すれば反側すること多く、威怒(いど)するも律すべからず。
躬(み)を曲げて窓の網を牽(ひ)き、衉唾(かくだ)して琴の漆(うるし)を拭(ぬぐ)う
時有り て 臨書を看れば、挺立(ていりつ)して膝を動かさず。



(現代語訳)
蝶と身軽さ競おうと思っているのかじっとしていない、風に飛ぶ柳絮のすばやさにも劣っていない。
庭から家に入る石の上がり框の前で姉さんにばったりでくわした、すごろくをしようとねだったが、すれば負けて点棒をとられてばかりなのだ。
こっそり抜き足で姉さんの化粧箱にいたずらをする。だいじな金の蝶番をはずしてしまうのだ。
いたずらはいけないと抱きかかえれば体をそっくり返ししまう、叱りつけてもおとなしくならないのだ。
体を曲げて窓の網戸を引っ張ったりしている、つぎには琴の漆の上に唾をとはいてみがいている。
ある時、わたしが手本に従って習字をしているのを見ていることがあった、直立不動で、膝も動かさないでじっと立ってみている。


(訳注)#4
欲爭蛺蝶輕,未謝柳絮疾。

蝶と身軽さ競おうと思っているのかじっとしていない、風に飛ぶ柳絮のすばやさにも劣っていない。
柳架 柳の綿毛。春の風物。


階前逢阿姊,六甲頗輸失。
庭から家に入る石の上がり框の前で姉さんにばったりでくわした、すごろくをしようとねだったが、すれば負けて点棒をとられてばかりなのだ。
阿姉 姉さん。阿は人の名や呼称の前に付けて親しみをあらわす。〇六甲 すごろくの遊び。○輸失 ゲームに敗れる。初めに等分に分けて持つ点棒様なものをとられてしまう。


凝走弄香奩,拔脫金屈戌。
こっそり抜き足で姉さんの化粧箱にいたずらをする。だいじな金の蝶番をはずしてしまうのだ。
凝走 凝は注意深く何かをするという意味。足をひそめてすすむこと。○香奩 お化粧箱。○抜脱 はずす。○金屈戌 金のかけがね。ちょうつがい。


抱持多反側,威怒不可律。
いたずらはいけないと抱きかかえれば体をそっくり返ししまう、叱りつけてもおとなしくならないのだ。
反側 体を反転させる。○威怒 きびしくしかる。


曲躬牽窗網,衉唾拭琴漆。
体を曲げて窓の網戸を引っ張ったりしている、つぎには琴の漆の上に唾をとはいてみがいている。
窓網 網戸のような虫除けの網で上下にスライドするものという。○衉唾 つばを吐く。この句まで、いたずらな様子を描く。


有時看臨書,挺立不動膝。
ある時、わたしが手本に従って習字をしているのを見ていることがあった、直立不動で、膝も動かさないでじっと立ってみている。
臨書 手本に従って習字する。この句から一転、勉強に興味を示す子の姿を描く。○挺立 まっすぐにL江つ。父の習字しているのを見る時はきまじめな態度になる。

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驕兒詩 #2
安得此相謂,欲慰衰朽質。青春妍和月,朋戲渾甥侄。
繞堂複穿林,沸若金鼎溢。門有長者來,造次請先出。
客前問所須,含意下吐實。歸來學客面,闡敗秉爺笏。

#3
或謔張飛胡,或笑鄧艾吃。
ひげのある客は張飛(ちょうひ)みたいだとふざけたり、吃音の客は鄧艾(とうがい)みたいだと笑ったりするのだ。
豪鷹毛崱屴,猛馬氣佶傈。
猛々しい鷹が羽ばたいてを大空に舞いあがるような、鼻息の粗い馬が駆けめぐるような元気な子なのだ。
截得青筼簹,騎走恣唐突。
青い竹を切り取り、それを竹馬にして跨って、めちゃめちゃに走りまわるのだ。
忽複學參軍,按聲喚蒼鶻。
次には突然に、参軍をまねて、低い声色の狂言のものまねで脇役の蒼鶴(そうかく)を呼んだりする。
又複紗燈旁,稽首禮夜佛。
さらにまた紗を掛けたともし火に明かりを入れるとそのそばで、仏様に深々と頭を下げて坊様の夜の勤行のまねをする。
仰鞭罥蛛網,俯首飲花蜜。

鞭を振り上げて届く限りの蜘蛛の巣を絡め取ったかと思うと、庭にしゃがみこんで花の蜜を吸っている。
#4
欲爭蛺蝶輕,未謝柳絮疾。階前逢阿姊,六甲頗輸失。
凝走弄香奩,拔脫金屈戌。抱持多反側,威怒不可律。
曲躬牽窗網,衉唾拭琴漆。有時看臨書,挺立不動膝。

#2
安んぞ此(かく)相(あい) 謂(いう)を得ん、衰朽(すいきゅう)の質を慰めんと欲すればなり。
青春 妍和(けんわ)の月、朋戯(ほうぎ)は甥姪(せいてつ)に渾(まじ)る。
堂を繰り復(また) 林を穿(くぐ)り、沸として金鼎(きんてい)の溢(あふる)るが 若(ごとし)。
門に長者の来たる有れば、造次(ぞうじ)に請(こ)い 先に出る。
客前に須(ほしい)所(もの)を問えば、意を含(ふく)みて実(じつ)を吐かず。
帰り来たれは客の面(めん)を学(ま)ね、闡敗(ぜんはい)して爺(ちち)の笏(こつ)を秉(と)る。。

#3
或いは張飛(ちょうひ)の胡を語れ、或いは鄧艾(とうがい)の吃(きつ)を笑う。
豪鷹(ごうよう) 毛 崱屴(しょくりょく)たり、猛馬 気 佶傈(きつりつ)たり。
青き筼簹(うんとう)を截り得て、騎走 窓に唐突 す。
忽(たちまち)復(また)参軍を学ね、声を按(おさ)えて蒼鶻(そうこつ)を喚(よぶ)。
又復(またまた)紗燈(さとう)の旁(かたわら)に、稽首(けいしゅ)して夜仏に礼をする。
鞭を仰げて蛛(くも)の網を罥(か)け、首を俯(ふ)して花の蜜を飲む。
#4
蛺蝶の軽きを争わんと欲し、未だ柳架の疾きに謝らず。
階前 阿姉に逢い、六甲 頗る輸失す
凝め走りて香蔭を弄び、抜脱す 金の屈戊
抱持すれば反側すること多く、威怒するも律すべからず
窮を曲げて窓の網を牽き、略唾して琴の漆を拭う
時有りて臨書を看れば、挺立して膝を動かさず


驕兒詩 #3 現代語訳と訳註
(本文) #3

或謔張飛胡,或笑鄧艾吃。
豪鷹毛崱屴,猛馬氣佶傈。
截得青筼簹,騎走恣唐突。
忽複學參軍,按聲喚蒼鶻。
又複紗燈旁,稽首禮夜佛。
仰鞭罥蛛網,俯首飲花蜜。


(下し文)
或いは張飛(ちょうひ)の胡を語れ、或いは鄧艾(とうがい)の吃(きつ)を笑う。
豪鷹(ごうよう) 毛 崱屴(しょくりょく)たり、猛馬 気 佶傈(きつりつ)たり。
青き筼簹(うんとう)を截り得て、騎走 窓に唐突 す。
忽(たちまち)復(また)参軍を学ね、声を按(おさ)えて蒼鶻(そうこつ)を喚(よぶ)。
又復(またまた)紗燈(さとう)の旁(かたわら)に、稽首(けいしゅ)して夜仏に礼をする。
鞭を仰げて蛛(くも)の網を罥(か)け、首を俯(ふ)して花の蜜を飲む。


(現代語訳)
ひげのある客は張飛みたいだとふざけたり、吃音の客は鄧艾みたいだと笑ったりするのだ。
猛々しい鷹が羽ばたいてを大空に舞いあがるような、鼻息の粗い馬が駆けめぐるような元気な子なのだ。
青い竹を切り取り、それを竹馬にして跨って、めちゃめちゃに走りまわるのだ。
次には突然に、参軍をまねて、低い声色の狂言のものまねで脇役の蒼鶴を呼んだりする。
さらにまた紗を掛けたともし火に明かりを入れるとそのそばで、仏様に深々と頭を下げて坊様の夜の勤行のまねをする。
鞭を振り上げて届く限りの蜘蛛の巣を絡め取ったかと思うと、庭にしゃがみこんで花の蜜を吸っている。



(訳注)
或謔張飛胡,或笑鄧艾吃。
ひげのある客は張飛みたいだとふざけたり、吃音の客は鄧艾みたいだと笑ったりするのだ。
 ひやかす。○張飛胡 張飛(未詳-223年)は三国時代蜀の勇将。字は益徳。関羽(未詳-219年)と共に昭烈帝劉備(162-223年)に仕えたが、のち部下に殺され。胡はひげづら、その顔色が胡人ようであるのをいう。○鄧艾吃 三国時代の魏の武将鄧艾(197-264)あざな士載のこと。劉末の劉義慶の「世説新語」言語篇に、鄧艾がドモリでもの言う時に艾艾と言うのを、晋の文王司馬昭が戯って「卿は云う艾艾と、いったい幾艾なのか。」と言った時、鄧艾は答えて「楚の狂接輿が、鳳や鳳や、何ぞ徳の衰えたる、と孔子によびかけて歌った鳳ももと一匹の鳳でございます。」と答えたという。 


豪鷹毛崱屴,猛馬氣佶傈。
猛々しい鷹が羽ばたいてを大空に舞いあがるような、鼻息の粗い馬が駆けめぐるような元気な子なのだ。
毛崱屴 そそりたつさま。宮殿を形容する語としている。〇佶傈 勢い溢れるさまをいう畳韻の語。


截得青筼簹,騎走恣唐突。
青い竹を切り取り、それを竹馬にして跨って、めちゃめちゃに走りまわるのだ。
○載 切り取る ○筼簹 竹の表。○騎走 跨って走る。竹馬の遊びは中国では竹竿を両足の間に挟んで走る。○唐突 ぶつかる様子をいう双声の語。


忽複學參軍,按聲喚蒼鶻。
次には突然に、参軍をまねて、低い声色の狂言のものまねで脇役の蒼鶴を呼んだりする。
参軍 参軍戯という演芸の登場人物の一人。晩唐のころ民間に流行し、主役の「参軍」と脇役の「蒼髄」の二人が滑稽なやりとりをした。『太平御覧』巻五六九の引く『楽府雑録』などに見える。○按声 声を押し殺す。


又複紗燈旁,稽首禮夜佛。
さらにまた紗を掛けたともし火に明かりを入れるとそのそばで、仏様に深々と頭を下げて坊様の夜の勤行のまねをする。
紗燈 紗の覆いをかけてほの暗くしたともし火。○稽首 頭を床につける、最も丁寧な拝礼。○礼夜仏 夜に仏前に拝する。


仰鞭罥蛛網,俯首飲花蜜。
鞭を振り上げて届く限りの蜘蛛の巣を絡め取ったかと思うと、庭にしゃがみこんで花の蜜を吸っている。
 からみつける。


○押韻 吃。傈。突。鶻。佛。蜜

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#1
袞師我驕兒,美秀乃無匹。文葆未周晬,固已知六七。
四歲知名姓,眼不視梨栗。交朋頗窺觀,謂是丹穴物。
前朝尚器貌,流品方第一。不然神仙姿,不爾燕鶴骨。
#2
安得此相謂,欲慰衰朽質。
いくら可愛いとはいえ、どうしてこれほどまでに誉めてもらえるのだろうか。それは、友人等が、衰朽の材とでもいうべきこの親として私の性の拙なさを憐み、児を誉めることによって、私を慰めようとするのだろう。
青春妍和月,朋戲渾甥侄。
春の中の春、万物が成長をはじめ、自然が美しくなるうららかな日である、わが子はいとこたちに混じって遊びまわっている。
繞堂複穿林,沸若金鼎溢。
奥座敷まで広間を駆けめぐったかと思うと、林の中へ突きぬけて進んでいる。まるで金の鼎(かなえ)が沸騰するかの大騒ぎである。
門有長者來,造次請先出。
門からはいったところでお客人が見えれば、すぐさま「ぼくが出迎えていいか」と請けて迎えに走る。
客前問所須,含意下吐實。
お客の前で「ほしいものいいなさい」と聞かれると、羞らって思う本当のことが言われない。
歸來學客面,闡敗秉爺笏。
お客が帰ってしまえばお客さんの顔つきのまねをする、しかも門からぶつかるような勢いで入ってきてこの私の笏を取り、まねをするのだ。
#3
或謔張飛胡,或笑鄧艾吃。豪鷹毛崱屴,猛馬氣佶傈。
截得青筼簹,騎走恣唐突。忽複學參軍,按聲喚蒼鶻。
又複紗燈旁,稽首禮夜佛。仰鞭罥蛛網,俯首飲花蜜。


#1
袞師は我が騎児、美秀 乃ち匹(たぐい) 無(なし)。
文葆(ぶんぽう) 末だ 周晬(しゅうさい)ならざるに、固(もと)より巳に六七を知る。
四歳にして姓名を知り、眼には梨と栗とを視ず。
交朋 頗(すこぶ)る 窺(うかが)い観て、謂う是(これ)丹穴の物ならんと。
前朝 器貌(きぼう)を尚(とうと)ぶ、流品 万(まさ)しく第一ならん。
然らずんば 神仙の姿、爾(しからずんば) 燕鶴(えんかく)の骨(かたち)なり。

#2
安んぞ此(かく)相(あい) 謂(いう)を得ん、衰朽(すいきゅう)の質を慰めんと欲すればなり。
青春 妍和(けんわ)の月、朋戯(ほうぎ)は甥姪(せいてつ)に渾(まじ)る。
堂を繰り復(また) 林を穿(くぐ)り、沸として金鼎(きんてい)の溢(あふる)るが 若(ごとし)。
門に長者の来たる有れば、造次(ぞうじ)に請(こ)い 先に出る。
客前に須(ほしい)所(もの)を問えば、意を含(ふく)みて実(じつ)を吐かず。
帰り来たれは客の面(めん)を学(ま)ね、闡敗(ぜんはい)して爺(ちち)の笏(こつ)を秉(と)る。
#3
或いは張飛(ちょうひ)の胡を語れ、或いは鄧艾(とうがい)の吃(きつ)を笑う。
豪鷹(ごうよう) 毛 崱屴(しょくりょく)たり、猛馬 気 佶傈(きつりつ)たり。
青き筼簹(うんとう)を截り得て、騎走 窓に唐突 す。
忽(たちまち)復(また)参軍を学ね、声を按(おさ)えて蒼鶻(そうこつ)を喚(よぶ)。
又復(またまた)紗燈(さとう)の旁(かたわら)に、稽首(けいしゅ)して夜仏に礼をする。
鞭を仰げて蛛(くも)の網を罥(か)け、首を俯(ふ)して花の蜜を飲む。


驕兒詩 現代語訳と訳註
(本文) #2

安得此相謂,欲慰衰朽質。
青春妍和月,朋戲渾甥侄。
繞堂複穿林,沸若金鼎溢。
門有長者來,造次請先出。
客前問所須,含意下吐實。
歸來學客面,闡敗秉爺笏。


(下し文)
安んぞ此(かく)相(あい) 謂(いう)を得ん、衰朽(すいきゅう)の質を慰めんと欲すればなり。
青春 妍和(けんわ)の月、朋戯(ほうぎ)は甥姪(せいてつ)に渾(まじ)る。
堂を繰り復(また) 林を穿(くぐ)り、沸として金鼎(きんてい)の溢(あふる)るが 若(ごとし)。
門に長者の来たる有れば、造次(ぞうじ)に請(こ)い 先に出る。
客前に須(ほしい)所(もの)を問えば、意を含(ふく)みて実(じつ)を吐かず。
帰り来たれは客の面(めん)を学(ま)ね、闡敗(ぜんはい)して爺(ちち)の笏(こつ)を秉(と)る。


(現代語訳)
いくら可愛いとはいえ、どうしてこれほどまでに誉めてもらえるのだろうか。それは、友人等が、衰朽の材とでもいうべきこの親として私の性の拙なさを憐み、児を誉めることによって、私を慰めようとするのだろう。
春の中の春、万物が成長をはじめ、自然が美しくなるうららかな日である、わが子はいとこたちに混じって遊びまわっている。
奥座敷まで広間を駆けめぐったかと思うと、林の中へ突きぬけて進んでいる。まるで金の鼎(かなえ)が沸騰するかの大騒ぎである。
門からはいったところでお客人が見えれば、すぐさま「ぼくが出迎えていいか」と請けて迎えに走る。
お客の前で「ほしいものいいなさい」と聞かれると、羞らって思う本当のことが言われない。
お客が帰ってしまえばお客さんの顔つきのまねをする、しかも門からぶつかるような勢いで入ってきてこの私の笏を取り、まねをするのだ。


(訳注)
安得此相謂,欲慰衰朽質。

いくら可愛いとはいえ、どうしてこれほどまでに誉めてもらえるのだろうか。それは、友人等が、衰朽の材とでもいうべきこの親として私の性の拙なさを憐み、児を誉めることによって、私を慰めようとするのだろう。
○安得 どうして何何する事ができようか、という反語。○衰朽質 活力を失いつつある人間の形体。


青春妍和月,朋戲渾甥侄。
春の中の春、万物が成長をはじめ、自然が美しくなるうららかな日である、わが子はいとこたちに混じって遊びまわっている。
○青春 春。五行説では季節の春と色の青が対応するので「青春」という。又東も青である。○妍和 美しくおだやか。○朋戯 友達と一緒に遊ぶ。○ 混じって一体となる。○甥侄 姉妹の子を甥といい、兄弟の子を姪という。日本語のそれとは意味がちがう。


繞堂複穿林,沸若金鼎溢。
奥座敷まで広間を駆けめぐったかと思うと、林の中へ突きぬけて進んでいる。まるで金の鼎(かなえ)が沸騰するかの大騒ぎである。
 家の中心となる部屋。奥座敷。○穿 通り抜ける。○沸若金鼎溢 「沸」は湯が沸騰したさま。「金鼎」は黄金あるいは金属製の鼎。三権鼎立の状態から、沸騰することから戦争を始めるような大騒ぎという意味。


門有長者來,造次請先出。
門からはいったところでお客人が見えれば、すぐさま「ぼくが出迎えていいか」と請けて迎えに走る。
○長者 年長者の称。また貴顕の者の称。○造次 わずかの間。この言葉は「論語」の里仁清から出る。


客前問所須,含意下吐實。
お客の前で「ほしいものいいなさい」と聞かれると、羞らって思う本当のことが言われない。
 必要とする。需と通ずる。○含意 合は内に籠める。羞らって思うことが言われないこと。


歸來學客面,闡敗秉爺笏。
お客が帰ってしまえばお客さんの顔つきのまねをする、しかも門からぶつかるような勢いで入ってきてこの私の笏を取り、まねをするのだ。
闡敗 闡は門を開く、敗は壊す。門を打ち破って入ることと。ぶつかるような勢いをいう。○爺笏 爺は父を意味する。笏は官人が手にする笏(しゃく)。「帰来」以下の四句は客人が去ったあとの悪ふざけを並べるので、父の笏を取るのは「客の面を学」ねるため。


○押韻 質。質。溢。出。實。笏。

驕兒詩 #1 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 119

驕兒詩 #1 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 119


李商隠 38歳の作品。35歳の時の子兗師は目の中に入れても痛くない子であったのだろう。親ばかぶりに好感の持てる詩である。1200年前の三歳児教育はいかがなものであったのか。(詩中四歳児は数え年であるため、現在でいう3歳児である。)
五言古詩。ここでは単純に12句6聯ごとに区切って掲載する。

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驕兒詩
#1
袞師我驕兒,美秀乃無匹。文葆未周晬,固已知六七。
四歲知名姓,眼不視梨栗。交朋頗窺觀,謂是丹穴物。
前朝尚器貌,流品方第一。不然神仙姿,不爾燕鶴骨。
#2
安得此相謂,欲慰衰朽質。青春妍和月,朋戲渾甥侄。
繞堂複穿林,沸若金鼎溢。門有長者來,造次請先出。
客前問所須,含意下吐實。歸來學客面,闡敗秉爺笏。
#3
或謔張飛胡,或笑鄧艾吃。豪鷹毛崱屴,猛馬氣佶傈。
截得青筼簹,騎走恣唐突。忽複學參軍,按聲喚蒼鶻。
又複紗燈旁,稽首禮夜佛。仰鞭罥蛛網,俯首飲花蜜。
#4
欲爭蛺蝶輕,未謝柳絮疾。階前逢阿姊,六甲頗輸失。
凝走弄香奩,拔脫金屈戌。抱持多反側,威怒不可律。
曲躬牽窗網,衉唾拭琴漆。有時看臨書,挺立不動膝。
#5
古錦請裁衣,玉軸亦欲乞。請爺書春勝,春勝宜春日。
芭蕉斜卷箋,辛夷低過筆。爺昔好讀書,懇苦自著述。
憔悴欲四十,無肉畏蚤虱。兒慎勿學爺,讀書求甲乙。
#6
穰苴司馬法,張良黃石術。便爲帝王師,不假更纖悉。
況今西與北,羌戎正狂悖。誅赦兩未成,將養如痼疾。
兒當速成大,探雛入虎穴。當爲萬戶侯,勿守一經帙。


#1
袞師我驕兒,美秀乃無匹。
袞師というのは可愛い我が家のとても可愛い男の子。眉目秀麗でこれに匹敵する子なんていやしない。
文葆未周晬,固已知六七。
腹当てをしていて、まだ初誕生をむかえぬうちから、もうすでに六つ七つと指折り数える利発さだ。
四歲知名姓,眼不視梨栗。
四歳になった、名を問われて姓名を答えたのだ。誰もが知ってる、陶淵明の息子たちは一向に勉強せず、梨や実ばかりを採って食べると、叱責の詩を作ったが、うちの息子はそんなことは眼中にないのだ。
交朋頗窺觀,謂是丹穴物。
私の朋友たちも、時たま訪れて、息子の姿を注意深く観察してこの子は「丹穴の鳳凰、天才の卵ではないか」と言われたのだ。
前朝尚器貌,流品方第一。
六朝時代であれば品評に、姿かたちを重んずる時代であった、さしずめ九品官人法の流品の評価は第一と鑑定されたはずである。
不然神仙姿,不爾燕鶴骨。

そうでなくて、神仙の資質をもっているとも、でなければ燕鶴にたとえられるほどの貴顕たるの性格を持つものと言える人物である。


騎児の詩
#1
袞師は我が騎児、美秀 乃ち匹(たぐい) 無(なし)。
文葆(ぶんぽう) 末だ 周晬(しゅうさい)ならざるに、固(もと)より巳に六七を知る。
四歳にして姓名を知り、眼には梨と栗とを視ず。
交朋 頗(すこぶ)る 窺(うかが)い観て、謂う是(これ)丹穴の物ならんと。
前朝 器貌(きぼう)を尚(とうと)ぶ、流品 万(まさ)しく第一ならん。
然らずんば 神仙の姿、爾(しからずんば) 燕鶴(えんかく)の骨(かたち)なり。


驕兒詩 #1 現代語訳と訳註
(本文)

袞師我驕兒,美秀乃無匹。
文葆未周晬,固已知六七。
四歲知名姓,眼不視梨栗。
交朋頗窺觀,謂是丹穴物。
前朝尚器貌,流品方第一。
不然神仙姿,不爾燕鶴骨。

(下し文)#1
袞師は我が騎児、美秀 乃ち匹(たぐい) 無(なし)。
文葆(ぶんぽう) 末だ 周晬(しゅうさい)ならざるに、固(もと)より巳に六七を知る。
四歳にして姓名を知り、眼には梨と栗とを視ず。
交朋 頗(すこぶ)る 窺(うかが)い観て、謂う是(これ)丹穴の物ならんと。
前朝 器貌(きぼう)を尚(とうと)ぶ、流品 万(まさ)しく第一ならん。
然らずんば 神仙の姿、爾(しからずんば) 燕鶴(えんかく)の骨(かたち)なり。

(現代語訳)
袞師というのは可愛い我が家のとても可愛い男の子。眉目秀麗でこれに匹敵する子なんていやしない。
腹当てをしていて、まだ初誕生をむかえぬうちから、もうすでに六つ七つと指折り数える利発さだ。
四歳になった、名を問われて姓名を答えたのだ。誰もが知ってる、陶淵明の息子たちは一向に勉強せず、梨や実ばかりを採って食べると、叱責の詩を作ったが、うちの息子はそんなことは眼中にないのだ。
私の朋友たちも、時たま訪れて、息子の姿を注意深く観察してこの子は「丹穴の鳳凰、天才の卵ではないか」と言われたのだ。
六朝時代であれば品評に、姿かたちを重んずる時代であった、さしずめ九品官人法の流品の評価は第一と鑑定されたはずである。
そうでなくて、神仙の資質をもっているとも、でなければ燕鶴にたとえられるほどの貴顕たるの性格を持つものと言える人物である。


(訳注)
驕兒詩

驕兒詩 可愛いわが子の歌。この詩は李商隠の嫡子である褒師の矯遊のさまを、志をとげ得ぬ自己の憂愁のうちから、幾分の謹話を以て歌ったもの。李商隠三十八歳の頃の作品。
西晋の詩人左思250頃~305頃
嬌女詩
吾家有嬌女、皎皎頗白皙。
小字爲紈素、口齒自清曆。
有姊字蕙芳、眉目燦如畫。
馳騖翔園林、果下皆生摘。
貪華風雨中、倏忽數百適。
心爲荼荈劇、吹噓對鼎鐕。

東晋の詩人陶淵明(365~427)
陶淵明 .責子
白髮被兩鬢,肌膚不復實。
雖有五男兒,總不好紙筆。
阿舒已二八,懶惰故無匹。
阿宣行志學,而不好文術。
雍端年十三,不識六與七。
通子垂九齡,但覓梨與栗。
天運苟如此,且進杯中物。

李白 701年 - 762年
李白 寄東魯二稚子
・・・・・・・
嬌女字平陽。 折花倚桃邊。
折花不見我。 淚下如流泉。』
小兒名伯禽。 與姊亦齊肩。
雙行桃樹下。 撫背復誰憐。』
・・・・・・・
李商隠がそれらの作品を念頭に置いていたことは詩句の節節から推測できる。


袞師我驕兒,美秀乃無匹。
袞師というのは可愛い我が家のとても可愛い男の子。眉目秀麗でこれに匹敵する子なんていやしない。
袞師 李商隠の子の幼名。
 
文葆未周晬,固已知六七
腹当てをしていて、まだ初誕生をむかえぬうちから、もうすでに六つ七つと指折り数える利発さだ。
文葆 はらあて。○周晬 子供が生れて一年のことを呼という。周は年をめぐるの義。○固已 ある状態を以前からそうだったという時、国という。故に通ず。○知六七 陶淵明の子を責むでは「雍端年十三,不識六與七。」とあるのを逆用した表現。

四歲知名姓,眼不視梨栗。
四歳になった、名を問われて姓名を答えたのだ。誰もが知ってる、陶淵明の息子たちは一向に勉強せず、梨や実ばかりを採って食べると、叱責の詩を作ったが、うちの息子はそんなことは眼中にないのだ。
眼不視梨栗 同じく責子の詩に「通子垂九齡,但覓梨與栗。」とあるのをふまえる。
 
交朋頗窺觀,謂是丹穴物。
私の朋友たちも、時たま訪れて、息子の姿を注意深く観察してこの子は「丹穴の鳳凰、天才の卵ではないか」と言われたのだ。
交朋 李商隠のいつも交流している知人、友人。○頗 すこしく。○窺観 規はこっそりと見る。窺観は注意深く観察する。○ 意見をのべる。○丹穴物 丹穴は南の果ての神山の名で、そこにすむ鳳凰のような逸材だというのが「丹穴の物」の意味。「山海経」に「丹穴の山に鳥有り。状は鶏の如く、五采にして文あり。名づけて鳳凰と日う。」とある。


前朝尚器貌,流品方第一。
六朝時代であれば品評に、姿かたちを重んずる時代であった、さしずめ九品官人法の流品の評価は第一と鑑定されたはずである。
前朝尚器貌 前朝は隋唐による中国統一以前の魏晋南北朝時代、六朝をいう。この時代は月旦、人物批評が盛んで、弁舌と容貌によって大きく作用した。○流品 魏の曹操が作った九品官人法により、六朝の官吏登用は九品中正、郡の中正が、郷里の評価を基礎にして、この人物はどの階層の官位までのぼり得る能力があると予言的に人物評価をし、中央に報告した。官職はその評価に基づいてあたえられた。その人物評価の等級を流品という。貴族社会を定着させるものであった。李商隠の頃は、この制度は形式的なものになっていた。


不然神仙姿,不爾燕鶴骨。
そうでなくて、神仙の資質をもっているとも、でなければ燕鶴にたとえられるほどの貴顕たるの性格を持つものと言える人物である。
不然 そうでなければ、という仮設の義。○神仙姿 姿は資質という意味。○燕鶴骨 燕領や鶴歩はみな貴人のかたちの喩えである。骨は風骨すなわちキャラクターという意味。


---[参考]-------------------------------------------

西晋 左思 250頃~305頃 中国西晋の文学者。臨(りんし)(山東省)の人。字(あざな)は太沖(たいちゅう)。構想10年で書きあげた「三都賦」の人気が洛陽の紙価を高めた故事で知られる。詩では詠史詩にすぐれる。西晋 左思 驕女詩
吾家有嬌女、皎皎頗白皙。小字爲紈素、口齒自清曆。有姊字蕙芳、眉目燦如畫。馳騖翔園林、果下皆生摘。貪華風雨中、倏忽數百適。心爲荼荈劇、吹噓對鼎鐕。
左思の「嬌女詩」に「吾が家に嬌女ありて、皎皎として頗る白皙なり。小字は紈素と為し、口の歯は自のずと清曆なり。姉あり字は恵芳、眉目は燦として画けるが如し。馳せ騖びて園林を翔け、果の下で皆な生で摘ぐ。華を貪る風雨の中、倏忽にして数百適く。心は荼荈の為に劇だしく,吹嘘して鼎鐕に対す。」と。


陶淵明(陶潜) 365~427 六朝時代の東晋の詩人。江西の人。名は潜。淵明は字(あざな)。一説に名は淵明、字は元亮(げんりょう)。官職に就いたが、束縛を嫌い、彭沢(ほうたく)県の県令を最後に「帰去来辞(ききょらいのじ)」を作って官を辞し、故郷へ戻った。自然を愛する田園生活を送り、すぐれた詩を残した。詩では「飲酒」、文では「桃花源記」が有名。五柳先生。

陶淵明 「.責子


李白 701年 - 762年 中国最大の詩人の一人。西域で生まれ、綿州(四川省)で成長。字(あざな)は太白(たいはく)。号、青蓮居士。玄宗朝に一時仕えた以外、放浪の一生を送った。好んで酒・月・山を詠み、道教的幻想に富む作品を残した。詩聖杜甫に対して詩仙とも称される。「両人対酌して山花開く、一杯一杯又一杯」「白髪三千丈、愁いに縁(よ)りて個(かく)の似(ごと)く長し」など、人口に膾炙(かいしゃ)した句が多い。 


李白のわが子に対する詩 二首

李白と道教(3 李白47 寄東魯二稚子

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