漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

雑言古詩

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

《奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【案:徽。】閣老張十八助教》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <812>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3044韓愈詩-192

《「曲江荷花行」詩に寄せる詩仙境、神仙は、天上のこととして尊いには相違ないが、さまざまの官府かおかれている。それより、地上の散仙として、鸞鳳に鞭ちをあて、絡日追陪して遊び戯れる方が、はるかに面白く、願わくば、給事を此に呼んで来て、共に崑明の蓮の花を観賞したいものである。

 

2013年9月26日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 657 《短歌行送祁錄事歸合州因寄蘇使君【短歌行送祁錄事歸邛州因寄蘇使君】》 蜀中転々 杜甫 <562>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3045 杜甫詩1000-562-803/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 曹植(曹子建) 《七歩詩》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3046 (09/26)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

《奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【案:徽。】閣老張十八助教》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <812  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3044韓愈詩-192

 

 

奉酬盧給事雲夫四兄「曲江荷花行」見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教  #1

(盧給事から、「曲江荷花行」を寄せられたので、それに酬いためにこの詩を、それに合わせて錢徽閣老・張籍助教にこの詩を呈上する)
曲江千頃秋波淨,平鋪紅雲蓋明鏡。

曲江池は広さ一千頃、おりしも秋水もまさに漲って、浪光はなはだ浄く、おまけに、紅い蓮の花がいっぱい咲き満ちて、さながら紅雲を浮ばせたような感じで、それが鏡と見まごう水面におおわれている。

大明宮中給事歸,走馬來看立不正。 

盧給事は、大明宮より退出し、直に馬を走らし、曲江に來て、荷花を観賞し、佇立の姿勢正しからす、いろいろな風をして眺めあかした。

遺我明珠九十六,寒光映骨睡驪目。 

そこで、詩を作ったといって、「曲江荷花行」の一篇を寄せられ、全篇九十六字、一字一珠、即ち九十六明可珠を贈られたが、寒光骨に映ずるを覚えるばかり.驪龍はおのが頷下の珠を大事にして、滅多に睡らないというが、これほど多くの明珠をもらったから、目を塞いで、やすやすと睡つて居る。

我今官閒得婆娑,問言何處芙蓉多。

われはこの時、太子右良庶子に轉じで、勤務も暇である處から、遠ざけることも乗り出す出摩るか、何處が蓮の花が多くさいているのか、問いただして謂うのである。

撐舟昆明度雲錦,敲兩舷叫歌。

舟の舳先をかえて、昆明池に乗り出し雲海をわたる。足で以で両舷を叩いて音頭を取りつつ、大聾で呉歌を唄った。

#2

太白山高三百里,負雪崔嵬插花裡。 

仰ぎ見れば、太白山は高さ三百里である、六月まで雪を戴いて、その名に負けず、崔嵬として白く聳え立つのであるが、連なる山頂は蓮の花の間に挿みこんでいる。

玉山前卻不復來,曲江汀瀅水平盃。 

昔から宝玉のとれた玉山の創ある藍田山などは、これに威圧されたものか、前に在りながら.退却して.再び出て来ない。おもへぱ、曲江は、池色は澄んでいて綺麗であるか、ささやかなこと以、盃中に水を平に盛ったようなもので、到底くらべ物にはならない。

我時相思不覺一回首,天門九扇相當開。 

その時、われわれは、盧給事を思うて、覚えず一度び首をめぐらせたが、九重の宮門は、左右それぞれが同じように開き、その給事は、そこに出仕して居られるのである。

上界真人足官府,豈如散仙鞭笞鸞鳳終日相追陪。 

仙境、神仙は、天上のこととして尊いには相違ないが、さまざまの官府かおかれている。それより、地上の散仙として、鸞鳳に鞭ちをあて、絡日追陪して遊び戯れる方が、はるかに面白く、願わくば、給事を此に呼んで来て、共に崑明の蓮の花を観賞したいものである。 

(盧給事雲夫四兄、「曲江荷花行」を寄せらるる酬い奉り、見并せて錢【徽】七兄閣老・張十八助教に呈上す)

曲江 千頃【うけい】秋波淨く,平らかに紅雲を鋪【し】いて明鏡を蓋う。

大明宮中、給事歸り,馬を走らし來り看て立つこと正しからず。 

我に遺る明珠 九十六,寒光 骨に映じて驪目【りもく】睡る。 

我、今、官閒にして 婆娑たる得たり,問うて言う 何の處か 芙蓉多きと。 

舟を撐【とう】して 昆明 雲錦を度る,【あし】は兩舷【りょうげん】を【たた】いて歌を叫ぶ。

 

太白山は高し三百里,雪を負うて、崔嵬、花裡【かり】插【さしはさ】む。 

玉山 前に卻りて 復た來らず,曲江 汀瀅【ていえい】として 水 盃に平かなし。 

我 時に相い思うて 覺えず一び 首を回らす,天門 九扇 相い當って開く。

上界の真人 官府足れり,豈に如かむや 散仙の鸞鳳を鞭笞【べんち】して 終日 相い追陪するに。 

 

終南山06 

 

『奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄閣老張十八助教』 現代語訳と訳註

(本文) #2

太白山高三百里,負雪崔嵬插花裡。 

玉山前卻不復來,曲江汀瀅水平盃。 

我時相思不覺一回首,天門九扇相當開。 

上界真人足官府,豈如散仙鞭笞鸞鳳終日相追陪。 

 

 

(下し文)

太白山は高し三百里,雪を負うて、崔嵬、花裡【かり】插【さしはさ】む。 

玉山 前に卻りて 復た來らず,曲江 汀瀅【ていえい】として 水 盃に平かなし。 

我 時に相い思うて 覺えず一び 首を回らす,天門 九扇 相い當って開く。

上界の真人 官府足れり,豈に如かむや 散仙の鸞鳳を鞭笞【べんち】して 終日 相い追陪するに。 

 

 

(現代語訳)

(盧給事から、「曲江荷花行」を寄せられたので、それに酬いためにこの詩を、それに合わせて錢徽閣老・張籍助教にこの詩を呈上する)#2

仰ぎ見れば、太白山は高さ三百里である、六月まで雪を戴いて、その名に負けず、崔嵬として白く聳え立つのであるが、連なる山頂は蓮の花の間に挿みこんでいる。

昔から宝玉のとれた玉山の創ある藍田山などは、これに威圧されたものか、前に在りながら.退却して.再び出て来ない。おもへぱ、曲江は、池色は澄んでいて綺麗であるか、ささやかなこと以、盃中に水を平に盛ったようなもので、到底くらべ物にはならない。

その時、われわれは、盧給事を思うて、覚えず一度び首をめぐらせたが、九重の宮門は、左右それぞれが同じように開き、その給事は、そこに出仕して居られるのである。

仙境、神仙は、天上のこととして尊いには相違ないが、さまざまの官府かおかれている。それより、地上の散仙として、鸞鳳に鞭ちをあて、絡日追陪して遊び戯れる方が、はるかに面白く、願わくば、給事を此に呼んで来て、共に崑明の蓮の花を観賞したいものである。

 

 

(訳注)

奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教

(盧給事から、「曲江荷花行」を寄せられたので、それに酬いためにこの詩を、それに合わせて錢徽閣老・張籍助教にこの詩を呈上する)#2

 

太白山 三百 ,負雪 崔嵬 插花

仰ぎ見れば、太白山は高さ三百里である、六月まで雪を戴いて、その名に負けず、崔嵬として白く聳え立つのであるが、連なる山頂は蓮の花の間に挿みこんでいる。

「太白山」/秦嶺山脈  陝西省南辺部を東西に走る山脈で、同省西部の太白山(3767m)を最高峰とする。甘粛省南部で岷山山脈、河南省西南部で伏牛山脈に連なり、大散関・嶢関などの交通の要衝を抱え、渭水・漢水の分水嶺をなすだけでなく、淮水とともに中国南北の自然地理・生活文化の分水嶺でもあり、しばしば秦淮と呼ばれる。藍田県にある秦嶺山は終南山の後背であり、東麓では商県と洛陽の峠でもある。

「崔嵬」山で、岩や石がごろごろしていて険しいさま。堂や塔などが高くそびえているさま。。

 

 

玉山 前卻 不復 ,曲江 汀瀅 水平

昔から宝玉のとれた玉山の創ある藍田山などは、これに威圧されたものか、前に在りながら.退却して.再び出て来ない。おもへぱ、曲江は、池色は澄んでいて綺麗であるか、ささやかなこと以、盃中に水を平に盛ったようなもので、到底くらべ物にはならない。

「玉山」玉山 藍田にある山の名、即ち藍田山。昔、宝玉を産出していたのでそう呼ぶ。

「曲江」曲江  唐の都長安の中心部より東南東数㎞の風光明媚なところに、曲江池という池があった。池は、「隋の長安建都の時に黄渠の水を引いて池を作り、これを曲江と呼んだ」とされる。宋代(南宋11271279)の趙彦衛が撰した『雲麓漫鈔』に記述があるが、隋はこの地に「芙蓉園」を造って離宮とした。

「汀瀅」景物形態、清澈。

 

 

我時 相思 不覺 回首 ,天門 九扇 相當開

その時、われわれは、盧給事を思うて、覚えず一度び首をめぐらせたが、九重の宮門は、左右それぞれが同じように開き、その給事は、そこに出仕して居られるのである。

「天門 九扇」大明宮には天子のもとにいく九つの門をくぐることをいう。

 

上界 真人 足官府 ,豈如散仙 鞭笞 鸞鳳 終日 相追陪

仙境、神仙は、天上のこととして尊いには相違ないが、さまざまの官府かおかれている。それより、地上の散仙として、鸞鳳に鞭ちをあて、絡日追陪して遊び戯れる方が、はるかに面白く、願わくば、給事を此に呼んで来て、共に崑明の蓮の花を観賞したいものである。

「上界」仙境、天上界。

「官府」朝廷。

「散仙」仙界からつかわされた仙人たち。

「鞭笞」鞭うつ。

「鸞鳳」伝説の動物、鸞と鳳凰。
 華山道教000

奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教 韓愈(韓退之) <189>Ⅱ中唐詩804 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ3004

《「曲江荷花行」詩に寄せる詩詩を作ったといって、「曲江荷花行」の一篇を寄せられ、全篇九十六字、一字一珠、即ち九十六明可珠を贈られたが、寒光骨に映ずるを覚えるばかり.驪龍はおのが頷下の珠を大事にして、滅多に睡らないというが、これほど多くの明珠をもらったから、目を塞いで、やすやすと睡つて居る。

 

2013年9月25日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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司馬相如 《子虚賦 》(19)#8-1 文選 賦<109-#8-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩898 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3038
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奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教 韓愈(韓退之) <189>Ⅱ中唐詩804 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ3004
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 656 七言古詩 《春日戲題惱郝使君兄》 蜀中転々 杜甫 <561-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3040 杜甫詩1000-561-#2-802/1500
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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謝靈運詩 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー 
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
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孟浩然の詩 
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 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 
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 Ⅰ李商隠150首

 

奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教 韓愈(韓退之) <189>Ⅱ中唐詩804 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ3004

 

816-13    韓愈       奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教

 

 

作者: 韓愈  816  元和十一年  49  

卷別: 卷三四二  文體: 雜言古詩 

詩題: 奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

及地點: 樂遊原 (京畿道 京兆府 長安) 別名:宜春北苑、宜春北院、宜春苑、太平公主山莊、曲江、樂遊苑、樂遊園、江頭

大明宮 (京畿道 京兆府 長安) 別名:永安宮、蓬萊宮、含元殿、蓬萊殿     

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)     

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰     

交遊人物: 盧汀 、錢徽 、張籍

 
 

奉酬盧給事雲夫四兄「曲江荷花行」見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教  #1

(盧給事から、「曲江荷花行」を寄せられたので、それに酬いためにこの詩を、それに合わせて錢徽閣老・張籍助教にこの詩を呈上する)

曲江千頃秋波淨,平鋪紅雲蓋明鏡。

曲江池は広さ一千頃、おりしも秋水もまさに漲って、浪光はなはだ浄く、おまけに、紅い蓮の花がいっぱい咲き満ちて、さながら紅雲を浮ばせたような感じで、それが鏡と見まごう水面におおわれている。

大明宮中給事歸,走馬來看立不正。 

盧給事は、大明宮より退出し、直に馬を走らし、曲江に來て、荷花を観賞し、佇立の姿勢正しからす、いろいろな風をして眺めあかした。
遺我明珠九十六,寒光映骨睡驪目。 

そこで、詩を作ったといって、「曲江荷花行」の一篇を寄せられ、全篇九十六字、一字一珠、即ち九十六明可珠を贈られたが、寒光骨に映ずるを覚えるばかり.驪龍はおのが頷下の珠を大事にして、滅多に睡らないというが、これほど多くの明珠をもらったから、目を塞いで、やすやすと睡つて居る。

我今官閒得婆娑,問言何處芙蓉多。

われはこの時、太子右良庶子に轉じで、勤務も暇である處から、遠ざけることも乗り出す出摩るか、何處が蓮の花が多くさいているのか、問いただして謂うのである。

撐舟昆明度雲錦,敲兩舷叫歌。

舟の舳先をかえて、昆明池に乗り出し雲海をわたる。足で以で両舷を叩いて音頭を取りつつ、大聾で呉歌を唄った。#2

太白山高三百里,負雪崔嵬插花裡。 

玉山前卻不復來,曲江汀瀅水平盃。 

我時相思不覺一回首,天門九扇相當開。 

上界真人足官府,豈如散仙鞭笞鸞鳳終日相追陪。 

 

(盧給事雲夫四兄、「曲江荷花行」を寄せらるる酬い奉り、見并せて錢【徽】七兄閣老・張十八助教に呈上す)

曲江 千頃【うけい】秋波淨く,平らかに紅雲を鋪【し】いて明鏡を蓋う。

大明宮中、給事歸り,馬を走らし來り看て立つこと正しからず。 

我に遺る明珠 九十六,寒光 骨に映じて驪目【りもく】睡る。 

我、今、官閒にして 婆娑たる得たり,問うて言う 何の處か 芙蓉多きと。 

舟を撐【とう】して 昆明 雲錦を度る,【あし】は兩舷【りょうげん】を【たた】いて歌を叫ぶ。

 

太白山は高し三百里,雪を負うて、崔嵬、花裡【かり】插【さしはさ】む。 

玉山 前に卻りて 復た來らず,曲江 汀瀅【ていえい】として 水 盃に平かなし。 

我 時に相い思うて 覺えず一び 首を回らす,天門 九扇 相い當って開く。

上界の真人 官府足れり,豈に如かむや 散仙の鸞鳳を鞭笞【べんち】して 終日 相い追陪するに。 

 

 

 

『奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄閣老張十八助教』 現代語訳と訳註

(本文)

奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教  #1

曲江千頃秋波淨,平鋪紅雲蓋明鏡。

大明宮中給事歸,走馬來看立不正。 

遺我明珠九十六,寒光映骨睡驪目。 

我今官閒得婆娑,問言何處芙蓉多。

撐舟昆明度雲錦,敲兩舷叫歌。

 

 

(下し文)

(盧給事雲夫四兄、「曲江荷花行」を寄せらるる酬い奉り、見并せて錢【徽】七兄閣老・張十八助教に呈上す)

曲江 千頃【うけい】秋波淨く,平らかに紅雲を鋪【し】いて明鏡を蓋う。

大明宮中、給事歸り,馬を走らし來り看て立つこと正しからず。 

我に遺る明珠 九十六,寒光 骨に映じて驪目【りもく】睡る。 

我、今、官閒にして 婆娑たる得たり,問うて言う 何の處か 芙蓉多きと。 

舟を撐【とう】して 昆明 雲錦を度る,【あし】は兩舷【りょうげん】を【たた】いて歌を叫ぶ。 

 

(現代語訳)

(盧給事から、「曲江荷花行」を寄せられたので、それに酬いためにこの詩を、それに合わせて錢徽閣老・張籍助教にこの詩を呈上する)

曲江池は広さ一千頃、おりしも秋水もまさに漲って、浪光はなはだ浄く、おまけに、紅い蓮の花がいっぱい咲き満ちて、さながら紅雲を浮ばせたような感じで、それが鏡と見まごう水面におおわれている。

盧給事は、大明宮より退出し、直に馬を走らし、曲江に來て、荷花を観賞し、佇立の姿勢正しからす、いろいろな風をして眺めあかした。

そこで、詩を作ったといって、「曲江荷花行」の一篇を寄せられ、全篇九十六字、一字一珠、即ち九十六明可珠を贈られたが、寒光骨に映ずるを覚えるばかり.驪龍はおのが頷下の珠を大事にして、滅多に睡らないというが、これほど多くの明珠をもらったから、目を塞いで、やすやすと睡つて居る。

われはこの時、太子右良庶子に轉じで、勤務も暇である處から、遠ざけることも乗り出す出摩るか、何處が蓮の花が多くさいているのか、問いただして謂うのである。

舟の舳先をかえて、昆明池に乗り出し雲海をわたる。足で以で両舷を叩いて音頭を取りつつ、大聾で呉歌を唄った。

 

 

(訳注)

奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教

(盧給事から、「曲江荷花行」を寄せられたので、それに酬いためにこの詩を、それに合わせて錢徽閣老・張籍助教にこの詩を呈上する)

盧給事は盧四、名は汀、宇は雲夫。銭七、名は徽。字は蔚章。閣老といへば侍郎で、今の内閣員、但し何部だか分からない。張十八は張籍、國子助教である。この詩は。盧給筝が「曲江荷花行」という詩を作つで寄せられだから.この詩を賦して酬い、且つ併せて銭徽・張籍の二君に呈すというものである。

 

 

曲江 千頃 秋波 ,平鋪 紅雲 明鏡

曲江池は広さ一千頃、おりしも秋水もまさに漲って、浪光はなはだ浄く、おまけに、紅い蓮の花がいっぱい咲き満ちて、さながら紅雲を浮ばせたような感じで、それが鏡と見まごう水面におおわれている。

「曲江」語義類別:地、地名、河湖地名(江河溪流)、曲江。

「千頃」面積單位、千頃。

「秋」秋水もまさに漲っているさま。

「波淨」浪光はなはだ浄いさま。

「平」蓮の花がいっぱい咲き満ちている。

「紅雲」、紅い蓮の花が紅雲を浮ばせたような感じになる。

「蓋」ふたをするようなさま。

「明鏡」鏡と見まごう水面。

 

 

大明宮 給事 ,走馬 來看 不正

盧給事は、大明宮より退出し、直に馬を走らし、曲江に來て、荷花を観賞し、佇立の姿勢正しからす、いろいろな風をして眺めあかした。

「大明宮」建築專名(宮室屋廬)、大明宮。唐の長安城の北東にあった宮城。三大内(だいだい)の東内。634(貞観8)に建設。662(竜朔2)に重建,蓬萊宮と改称し,705(神竜1)より旧名に復した。含元殿を正殿,丹鳳門を正門とし,含元の北に宣政殿(左右に中書,門下省)や紫宸殿などを配した。195759年に規模,城垣,宮牆,門,宮殿,池渠の遺跡分布測量調査があり,そのうち玄武,銀漢,重玄など4門,麟徳殿跡や西内苑の含光殿跡および夾城などが発掘された。

 

 

遺我 明珠 九十六 ,寒光 映骨 驪目

そこで、詩を作ったといって、「曲江荷花行」の一篇を寄せられ、全篇九十六字、一字一珠、即ち九十六明可珠を贈られたが、寒光骨に映ずるを覚えるばかり.驪龍はおのが頷下の珠を大事にして、滅多に睡らないというが、これほど多くの明珠をもらったから、目を塞いで、やすやすと睡つて居る。

「遺我」詩を作ったといって、「曲江荷花行」の一篇を寄せられたこと。

「明珠」語義類別:其他、現象、光芒、玉石。ここでは詩篇をいう。

「九十六」九十六字。

「寒光映骨」寒光骨に映ずるを覚えるばかり。

「目」自然資源、玉石、珠。驪龍はおのが頷下の珠を大事にして、滅多に睡らないというが、これほど多くの明珠をもらったから、目を塞いで、やすやすと睡つて居る。

 

 

我今 官閒 得婆娑 ,問言 何處 芙蓉

われはこの時、太子右良庶子に轉じで、勤務も暇である處から、遠ざけることも乗り出す出摩るか、何處が蓮の花が多くさいているのか、問いただして謂うのである。

「婆娑」景物形態、婆娑。

「問」語義類別:人、行為動作、言語動作、問。

「言」語義類別:人、行為動作、言語動作、言。

「何處」語義類別:地、地理、場域概稱、何處。

「芙蓉」語義類別:物、生物、植物專名(草本)、芙蓉。

「多」語義類別:物、狀態、對比狀態、多少(多)。

 

 

撐舟 昆明 雲錦 兩舷

舟の舳先をかえて、昆明池に乗り出し雲海をわたる。足で以で両舷を叩いて音頭を取りつつ、大聾で呉歌を唄った。

「撐」(1) 支える,突っかい棒をする.(2) (船で)竿(さお)さす,竿を突っ張る撑船竿で船を進める.(3) 持ちこたえる,我慢する.(4) 開く,広げる撑傘を差す.(5) いっぱいに入れる,ぎっしり詰める.。

「昆明」昆明池。昆明の南方にある湖、池(てんち)の別名。 中国、漢の武帝が、をまねて長安城の西に掘らせた池。

「度」(其他部)、度。

「雲錦」雲霧煙霞。雲海。

足で叩いて音頭を取る

歌」李白「子夜歌」。

李白『白紵辞其二

館娃日落歌吹深、月寒江清夜沉沉。

美人一笑千黃金、垂羅舞縠揚哀音。

郢中白雪且莫吟、子夜歌動君心。

動君心、冀君賞。

愿作天池雙鴛鴦、一朝飛去青雲上。

館娃宮では日が落ちて歌と笛とがいっそうたけなわ。月はつめたく長江の水清く、夜はしんしんとふけてゆく。

美人のほほえみには千の黄金も惜しくない。うすぎぬを垂らし、ちぢみの絹でかざって舞いおどり、かなしそうに、せつなそうに、声をあげる。

郢の白雪というような他国の高尚な歌は、今は場違いだから唄ってはいけない。この国の民謡である子夜の呉歌で君の心を動かそう。(この歌で君の心つかめるか)

君の心を動かして、君から誉めてもらって承諾をもらおう。

願わくは御苑の池のつがいのおしどりのように、やがては青雲の上に飛んで行く心地になろう。

李白81白紵辭其一  82白紵辭其二  83 巴女詞

子夜呉歌 其一 春

秦地羅敷女、採桑緑水辺。

素手青条上、紅粧白日鮮。

蚕飢妾欲去、五馬莫留連。

子夜呉歌其二 夏

鏡湖三百里、函萏発荷花。    

五月西施採、人看隘若耶。    

囘舟不待月、帰去越王家。

子夜呉歌其三 秋

長安一片月、万戸擣衣声。

秋風吹不尽、総是玉関情。

何日平胡虜、良人罷遠征。

子夜呉歌其四 冬

明朝駅使発、一夜絮征袍。

素手抽針冷、那堪把剪刀。

裁縫寄遠道、幾日到臨洮。

李白22 子夜呉歌 春と夏

李白24 子夜呉歌其三 秋 と25 冬

聽穎師彈琴 韓愈(韓退之) <164-#2>Ⅱ中唐詩770 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2834

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聽穎師彈琴 韓愈(韓退之) <164-#2>Ⅱ中唐詩770 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2834

 

 

作年: 元和十一年  81649

卷別: 卷三四0  文體: 雜言古詩 

詩題: 聽穎師彈琴【聽潁師彈琴】 

作點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

くちなしの花




 

 

聽穎師彈琴

(穎師の弾く琴の調べを聞く)

昵昵兒女語,恩怨相爾汝。

男と女の親しげでなれなれしく語る声のようにきこえ、心の通じ合ったおまえとわたしのことのようにきこえる。

劃然變軒昂,勇士赴敵場。

だしぬけに意気が高く上がり変化し、勇士が敵との戦いに行くかのようにも思える。

浮雲柳絮無根蒂,天地闊遠隨飛揚。 

はくれ雲や、柳の綿帽子のように大地に根を下ろしていない。天と地は広く広がっておりそこに飛び上がってどこまでもいこうというのに随ってひろがっていく。

喧啾百鳥群,忽見孤鳳皇。

やかましく啼きとおすいっぱいいる鳥の群れのようであり、そう思っていると鳳凰のように悠然と一羽の大鳥を見るようでもある。

#2

躋攀分寸不可上,失勢一落千丈強。 

よじのぼっていって別れ別れにする 昇っていくことはいけない、勢いがなくなって、どんなに屈強な者でも落ちてしまう。

嗟余有兩耳,未省聽絲篁。 

ああ、私にはこの両耳がある、未だに琴の調べや笙の笛を聞くことをかえりみることはない。

自聞穎師彈,起坐在一旁。 

自然に聞こえてくる「穎師」の爪弾く琴の音である、起き上がったり坐ったりして傍らに身をせてみる。

推手遽止之,衣淚滂滂。 

「穎師」よ あなたはまことによくやられるお方である。本当に氷や炭の上によくその腸を置かれてよく辛抱されるお方であることは他にはいないのだ。

 

(穎師の彈く琴を聽く)

昵昵として兒女の語,恩怨 相いに爾と汝。

劃然として軒昂に變じ,勇士 敵場に赴く。

浮雲 柳絮 根蒂無く,天地 闊遠 飛揚に隨う。 

喧啾【けんしゅう】百鳥の群,忽く孤り鳳皇を見る。

#2

躋攀【せいはん】して分寸するは上す可からず,勢を失う 一落 千丈の強。 

嗟 余には兩耳有り,未だ絲篁を聽くを省みず。 

自ら聞く 穎師の彈,起坐し一旁に在る。 

推手し 遽して之を止み,衣【しつい】 淚 滂滂。 

 百舌鳥03

 

『聽穎師彈琴』 現代語訳と訳註

(本文)#2

昵昵兒女語,恩怨相爾汝。

劃然變軒昂,勇士赴敵場。

浮雲柳絮無根蒂,天地闊遠隨飛揚。 

喧啾百鳥群,忽見孤鳳皇。

躋攀分寸不可上,失勢一落千丈強。 

嗟余有兩耳,未省聽絲篁。 

自聞穎師彈,起坐在一旁。 

推手遽止之,衣淚滂滂。 

 

詩文(含異文)

昵昵兒女語【妮妮兒女語】,恩怨相爾汝。

劃然變軒昂,勇士赴敵場。

浮雲柳絮無根蒂,天地闊遠隨飛揚。

喧啾百鳥群,忽見孤鳳皇。

躋攀分寸不可上,失勢一落千丈強。

嗟余有兩耳,未省聽絲篁。

自聞穎師彈,起坐在一旁【起坐在一床】。

推手遽止之,衣淚滂滂。

穎乎爾誠能,無以冰炭置我腸。 

 

 

(下し文)

(穎師の彈く琴を聽く)

昵昵として兒女の語,恩怨 相いに爾と汝。

劃然として軒昂に變じ,勇士 敵場に赴く。

浮雲 柳絮 根蒂無く,天地 闊遠 飛揚に隨う。 

喧啾【けんしゅう】百鳥の群,忽く孤り鳳皇を見る。

#2

躋攀【せいはん】して分寸するは上す可からず,勢を失う 一落 千丈の強。 

嗟 余には兩耳有り,未だ絲篁を聽くを省みず。 

自ら聞く 穎師の彈,起坐し一旁に在る。 

推手し 遽して之を止み,衣【しつい】 淚 滂滂。

 

(現代語訳)

よじのぼっていって別れ別れにする 昇っていくことはいけない、勢いがなくなって、どんなに屈強な者でも落ちてしまう。

ああ、私にはこの両耳がある、未だに琴の調べや笙の笛を聞くことをかえりみることはない。

自然に聞こえてくる「穎師」の爪弾く琴の音である、起き上がったり坐ったりして傍らに身をせてみる。

「穎師」よ あなたはまことによくやられるお方である。本当に氷や炭の上によくその腸を置かれてよく辛抱されるお方であることは他にはいないのだ。

 

 

(訳注)

聽穎師彈琴

(穎師の弾く琴の調べを聞く)#1

穎師 唐の僧侶。同時期の詩人李賀にも『聴穎師弾琴歌』(穎師の琴を弾ずるを聴く歌)とある。このしには穎僧侶の人となりがわかる描写(赤字で示す)がある。穎師は托鉢の僧であった李賀の家の門前に立った。僧の眉目秀麗な姿と琴の大きくて立派なことを詠っている。「八尺」は約2m50cmで、車に乗せて持ち歩く琴であったろう。

 

 

躋攀 分寸 不可 ,失勢 一落 千丈 強。

よじのぼっていって別れ別れにする 昇っていくことはいけない、勢いがなくなって、どんなに屈強な者でも落ちてしまう。

「躋攀」よじのぼる。

「分寸」巣の中にいる雛鳥をよりわける。すべて琴の調の比喩である。

 

 

嗟余 兩耳 ,未省聽 絲篁

ああ、私にはこの両耳がある、未だに琴の調べや笙の笛を聞くことをかえりみることはない。

「絲篁」弦楽器と管楽器。

 

 

自聞 穎師 ,起坐 一旁

自然に聞こえてくる「穎師」の爪弾く琴の音である、起き上がったり坐ったりして傍らに身をせてみる。

「穎師」僧侶、穎師(唐)。

 

 

推手 止之 滂滂

手をおし出してことをひくのをとめてみる。濡れてしまった着物にまた涙が落ちてべとべとになってしまっている。

「遽」範圍時間(時刻)、忽。

自然現象、濕。

「滂滂」其他形容、淚多。

 

 

穎乎 誠能 ,無以 冰炭 我腸

「穎師」よ あなたはまことによくやられるお方である。本当に氷や炭の上によくその腸を置かれてよく辛抱されるお方であることは他にはいないのだ。

「冰炭」(相反詞)、冰炭。この句は臥薪嘗胆をいう。

「腸」身體器官、五臟器官、腸。嘗胆に同義する。

 ani0026

聽穎師彈琴【聽潁師彈琴】 韓愈(韓退之) <164-#1>Ⅱ中唐詩769 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2829

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李商隠詩 
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聽穎師彈琴【聽潁師彈琴】 韓愈(韓退之) <164-#1>Ⅱ中唐詩769 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2829

 

 

作年: 元和十一年  81649

卷別: 卷三四0  文體: 雜言古詩 

詩題: 聽穎師彈琴【聽潁師彈琴】 

作點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

 

 

聽穎師彈琴

(穎師の弾く琴の調べを聞く)

昵昵兒女語,恩怨相爾汝。

男と女の親しげでなれなれしく語る声のようにきこえ、心の通じ合ったおまえとわたしのことのようにきこえる。

劃然變軒昂,勇士赴敵場。

だしぬけに意気が高く上がり変化し、勇士が敵との戦いに行くかのようにも思える。

浮雲柳絮無根蒂,天地闊遠隨飛揚。 

はくれ雲や、柳の綿帽子のように大地に根を下ろしていない。天と地は広く広がっておりそこに飛び上がってどこまでもいこうというのに随ってひろがっていく。

喧啾百鳥群,忽見孤鳳皇。

やかましく啼きとおすいっぱいいる鳥の群れのようであり、そう思っていると鳳凰のように悠然と一羽の大鳥を見るようでもある。

#2

躋攀分寸不可上,失勢一落千丈強。 

嗟余有兩耳,未省聽絲篁。 

自聞穎師彈,起坐在一旁。 

推手遽止之,衣淚滂滂。 

 

(穎師の彈く琴を聽く)

昵昵として兒女の語,恩怨 相いに爾と汝。

劃然として軒昂に變じ,勇士 敵場に赴く。

浮雲 柳絮 根蒂無く,天地 闊遠 飛揚に隨う。 

喧啾【けんしゅう】百鳥の群,忽く孤り鳳皇を見る。

#2

躋攀【せいはん】して分寸するは上す可からず,勢を失う 一落 千丈の強。 

嗟 余には兩耳有り,未だ絲篁を聽くを省みず。 

自ら聞く 穎師の彈,起坐し一旁に在る。 

推手し 遽して之を止み,衣【しつい】 淚 滂滂。 

詩人055 

 


















『聽穎師彈琴』 現代語訳と訳註

(本文)

昵昵兒女語,恩怨相爾汝。

劃然變軒昂,勇士赴敵場。

浮雲柳絮無根蒂,天地闊遠隨飛揚。 

喧啾百鳥群,忽見孤鳳皇。

躋攀分寸不可上,失勢一落千丈強。 

嗟余有兩耳,未省聽絲篁。 

自聞穎師彈,起坐在一旁。 

推手遽止之,衣淚滂滂。 

 

詩文(含異文)

昵昵兒女語【妮妮兒女語】,恩怨相爾汝。

劃然變軒昂,勇士赴敵場。

浮雲柳絮無根蒂,天地闊遠隨飛揚。

喧啾百鳥群,忽見孤鳳皇。

躋攀分寸不可上,失勢一落千丈強。

嗟余有兩耳,未省聽絲篁。

自聞穎師彈,起坐在一旁【起坐在一床】。

推手遽止之,衣淚滂滂。

穎乎爾誠能,無以冰炭置我腸。 

 

(下し文)

(穎師の彈く琴を聽く)

昵昵として兒女の語,恩怨 相いに爾と汝。

劃然として軒昂に變じ,勇士 敵場に赴く。

浮雲 柳絮 根蒂無く,天地 闊遠 飛揚に隨う。 

喧啾【けんしゅう】百鳥の群,忽く孤り鳳皇を見る。

 

(現代語訳)

(穎師の弾く琴の調べを聞く)

男と女の親しげでなれなれしく語る声のようにきこえ、心の通じ合ったおまえとわたしのことのようにきこえる。

だしぬけに意気が高く上がり変化し、勇士が敵との戦いに行くかのようにも思える。

はくれ雲や、柳の綿帽子のように大地に根を下ろしていない。天と地は広く広がっておりそこに飛び上がってどこまでもいこうというのに随ってひろがっていく。

やかましく啼きとおすいっぱいいる鳥の群れのようであり、そう思っていると鳳凰のように悠然と一羽の大鳥を見るようでもある。

 

 

(訳注)

聽穎師彈琴

(穎師の弾く琴の調べを聞く)

穎師 唐の僧侶。同時期の詩人李賀にも『聴穎師弾琴歌』(穎師の琴を弾ずるを聴く歌)とある。このしには穎僧侶の人となりがわかる描写(赤字で示す)がある。穎師は托鉢の僧であった李賀の家の門前に立った。僧の眉目秀麗な姿と琴の大きくて立派なことを詠っている。「八尺」は約2m50cmで、車に乗せて持ち歩く琴であったろう。。

聴穎師弾琴

別浦雲帰桂花渚、蜀国絃中双鳳語。   

芙蓉葉落秋鸞離、越王夜起遊天姥。

暗佩清臣敲水玉、渡海蛾眉牽白鹿。

誰看挟剣赴長橋、誰看浸髪題春竹。

竺僧前立当吾門、梵宮真相眉稜尊。

古琴大軫長八尺、嶧陽老樹非桐孫。

涼館聞絃驚病客、薬囊暫別龍鬚席。

請歌直請卿相歌、奉礼官卑復何益。

 

別浦(べっぽ)雲帰る 桂花(けいか)の渚(なぎさ)、蜀国絃中双鳳(そうほう)語る。

芙蓉(ふよう) 葉落ちて 秋鸞(しゅうらん)離れ、越王夜起きて天姥(てんぼ)に遊ぶ。

暗佩(あんぱい)の清臣 水玉(すいぎょく)を敲(たた)き、渡海(とかい)の蛾眉白鹿(はくろく)を牽()く。

誰か看る 剣を挟(はさ)みて長橋(ちょうきょう)に赴くを、誰か看る  髪を浸(ひた)して春竹(しゅんちく)に題するを。

竺僧(じくそう)  前に立ち  ()が門に当たる、梵宮(ぼんきゅう)の真相眉稜(びりょう)(とうと)し。

古琴大軫(だいしん)  長さ八尺、嶧陽(えきよう)の老樹  桐孫(とうそん)に非(あら)ず。

涼館(りょうかん)  絃を聞きて 病客(びょうかく)驚き、薬囊(やくのう) 暫く別る 龍鬚(りゅうしゅ)の席。

歌を請()わば直ちに卿相(けいしょう)の歌を請え、奉礼官卑(ひく)し 復()た何の益(えき)かあらん。

 

穎師が持っていたのは嶧陽の桐で作った琴であった。

穎師の琴を聞く李賀は病気で臥していた。琴の音を聞いて驚いて起き上がり、「龍鬚」(龍鬚草)で編んだ席に坐り直して聞いた。穎師は李賀に詩を求めてきた。李賀は奉礼郎のような身分の低い者から詩をもらっても役に立たない。「卿相」のような高位の者に頼んだ方がよいと断った。

 

 

昵昵 兒女 ,恩怨 相爾汝

男と女の親しげでなれなれしく語る声のようにきこえ、心の通じ合ったおまえとわたしのことのようにきこえる。

「昵昵」なれなれしくする。

「兒女」男と女。

 

 

劃然 變軒昂 ,勇士 敵場

だしぬけに意気が高く上がり変化し、勇士が敵との戦いに行くかのようにも思える。

「劃然」忽然に近い意味。急に前触れなく唐突に現れ出るさまぬっと ぬうっと 不意に 出し抜けに 突然に。ざっくばらんに言えば。

「軒昂」意気が高く上がるさま。奮い立つさま。意気軒昂

 

 

浮雲 柳絮 根蒂 ,天地 闊遠 飛揚

はくれ雲や、柳の綿帽子のように大地に根を下ろしていない。天と地は広く広がっておりそこに飛び上がってどこまでもいこうというのに随ってひろがっていく。

「浮雲」浮雲。はくれ雲。

「柳絮」 白い綿毛のついた柳の種子。また、それが春に飛び漂うこと。《季 春》

「蒂」】(瓜や果物の)へた(【関】把 ba )瓜熟蒂落(瓜が熟せばへたが落ちる>)条件が整えば事は自然と成就する.。

「闊遠」「近い岸の向うが廣い水や曠濶な空間の彼方に遥かな山が見える

 

 

喧啾 百鳥 ,忽見 鳳皇

やかましく啼きとおすいっぱいいる鳥の群れのようであり、そう思っていると鳳凰のように悠然と一羽の大鳥を見るようでもある。

「喧啾」動物聲音、やかましく囀る様子をいう。

「百鳥群」多くの鳥。いろいろの鳥。

「鳳皇」鳳凰。伝説上の霊鳥。鳳が雄,凰が雌。鳳皇とも書く。餌は竹の実で,梧桐の木にしか止まらぬとされる。
真竹002 

秋懐詩十一首(8) 韓退之(韓愈)詩<108-#1>Ⅱ中唐詩544 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1742

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秋懷詩十一首
1   
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。秋風一拂披,策策鳴不已。
微燈照空床,夜半偏入耳。愁憂無端來,感歎成坐起。
天明視顏色,與故不相似。羲和驅日月,疾急不可恃。
浮生雖多塗,趨死惟一軌。胡為浪自苦,得酒且歡喜。
2   
白露下百草,蕭蘭共雕悴。青青四牆下,已複生滿地。
寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。運行無窮期,稟受氣苦異。
適時各得所,松柏不必貴。
3   
彼時何卒卒,我志何曼曼。犀首空好飲,廉頗尚能飯。
學堂日無事,驅馬適所願。茫茫出門路,欲去聊自勸。
歸還閱書史,文字浩千萬。陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。
丈夫意有在,女子乃多怨。
4   
秋氣日惻惻,秋空日淩淩。上無枝上蜩,下無盤中蠅。
豈不感時節,耳目去所憎。清曉卷書坐,南山見高棱。
其下澄湫水,有蛟寒可罾。惜哉不得往,豈謂吾無能。
5   
離離掛空悲,戚戚抱虛警。露泫秋樹高,蟲吊寒夜永。
斂退就新懦,趨營悼前猛。歸愚識夷塗,汲古得修綆。
名浮猶有恥,味薄真自幸。庶幾遺悔尤,即此是幽屏。
6   
今晨不成起,端坐盡日景。蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。
喪懷若迷方,浮念劇含梗。塵埃慵伺候,文字浪馳騁。
尚須勉其頑,王事有朝請。
7   
秋夜不可晨,秋日苦易暗。我無汲汲志,何以有此憾。
寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。有琴具徽弦,再鼓聽愈淡。
古聲久埋滅,無由見真濫。低心逐時趨,苦勉祗能暫。
有如乘風船,一縱不可纜。不如覷文字,丹鉛事點勘。
豈必求贏餘,所要石與甔。
8    
卷卷落地葉,隨風走前軒。鳴聲若有意,顛倒相追奔。
空堂黃昏暮,我坐默不言。童子自外至,吹燈當我前。
問我我不應,饋我我不餐。退坐西壁下,讀詩盡數編。
作者非今士,相去時已千。其言有感觸,使我複淒酸。
顧謂汝童子,置書且安眠。丈夫屬有念,事業無窮年。
9   
霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。空階一片下,琤若摧琅玕。
謂是夜氣滅,望舒霣其團。青冥無依倚,飛轍危難安。
驚起出戶視,倚楹久汍瀾。憂愁費晷景,日月如跳丸。
迷複不計遠,為君駐塵鞍。
10   
暮暗來客去,群囂各收聲。悠悠偃宵寂,亹亹抱秋明。
世累忽進慮,外憂遂侵誠。強懷張不滿,弱念缺已盈。
詰屈避語阱,冥茫觸心兵。敗虞千金棄,得比寸草榮。
知恥足為勇,晏然誰汝令。
11   
鮮鮮霜中菊,既晚何用好。揚揚弄芳蝶,爾生還不早。
運窮兩值遇,婉孌死相保。西風蟄龍蛇,眾木日凋槁。
由來命分爾,泯滅豈足道。

8    
卷卷落地葉,隨風走前軒。
くるくると葉を地に落としている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。
鳴聲若有意,顛倒相追奔。
風の吹き叫ぶ声は意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く。
空堂黃昏暮,我坐默不言。
人気のない座敷きをつつむ黄昏どきのことである、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわない。
童子自外至,吹燈當我前。
召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしのまん前に進み出て來る。
問我我不應,饋我我不餐。
わたしに問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしないのだ。
#2
退坐西壁下,讀詩盡數編。作者非今士,相去時已千。
其言有感觸,使我複淒酸。顧謂汝童子,置書且安眠。
丈夫屬有念,事業無窮年。

8    
卷卷たり地に葉を落し,風に隨いて軒を前に走る。
鳴聲して意有るが若く,顛倒して相い追奔す。
空堂 黃昏の暮れ,我坐して默して言わず。
童子 外より至り,燈を吹いて我が前に當る。
我れに問えども我に應えず,我に饋【すす】むれど我れ餐せず。

#2
退いて西壁の下に坐し,詩を讀んで數編を盡す。
作者 今の士に非ず,相い去ること時已に千なり。
其の言 感じ觸れしむる有りと,我をして複た淒酸たらしむ。
顧りみて謂う汝童子,書を置きて且つ安眠せよ。
丈夫 屬【たまた】ま念有り,事業は窮まる年無し。


『秋懐詩十一首』八 現代語訳と訳註
(本文)
8    
卷卷落地葉,隨風走前軒。鳴聲若有意,顛倒相追奔。
空堂黃昏暮,我坐默不言。童子自外至,吹燈當我前。
問我我不應,饋我我不餐。
#2
退坐西壁下,讀詩盡數編。作者非今士,相去時已千。
其言有感觸,使我複淒酸。顧謂汝童子,置書且安眠。
丈夫屬有念,事業無窮年。


(下し文) 8    
卷卷たり地に葉を落し,風に隨いて軒を前に走る。
鳴聲して意有るが若く,顛倒して相い追奔す。
空堂 黃昏の暮れ,我坐して默して言わず。
童子 外より至り,燈を吹いて我が前に當る。
我れに問えども我に應えず,我に饋【すす】むれど我れ餐せず。


(現代語訳)
くるくると葉を地に落としている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。
風の吹き叫ぶ声は意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く。
人気のない座敷きをつつむ黄昏どきのことである、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわない。
召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしのまん前に進み出て來る。
わたしに問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしないのだ。


(訳注) 8    
卷卷落地葉,隨風走前軒。

くるくると葉を地に落としている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。
・巻巻 くるくる。
隨風 風のふくままに。
前軒 軒端のさき。


鳴聲若有意,顛倒相追奔。
風の吹き叫ぶ声は意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く。
・鳴声 なる音。
顛倒 ひっくりかえる。
追奔 おいかける。


空堂黃昏暮,我坐默不言。
人気のない座敷きをつつむ黄昏どきのことである、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわない。
・空堂 人けのない部屋。
・黄嘗 たそがれ。唇は昏と同じ。


童子自外至,吹燈當我前。
召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしのまん前に進み出て來る。
童子 めしつかい。中国の士人は身の回りの用をたすために、少年や少女を使っていた。
・吹燈 あかりをつけること。
・当 対する。


問我我不應,饋我我不餐。
わたしに問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしないのだ。
・饋 食事をすすめる。


月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#8>Ⅱ中唐詩521 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1650

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月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#8>Ⅱ中唐詩521 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1650


#7
烏龜怯奸,怕寒縮頸,以殼自遮。
冬の役目の黒亀はこの状態におびえてこわがっているし、おそれ寒そうに首をちぢめている。そして自分の甲羅の中にもぐりこんだ。
終令誇蛾抉汝出,卜師燒錐鑽灼滿板如星羅。
これではいっそのこと嫦娥の汝をよんで来てここに引っぱり出して、この甲羅いっぱいに錐で星ほどの穴を焼きあけて吉凶の占い師のようにやってみるか。
此外內外官,瑣細不足科。
このほかの朝廷内の百官、宦官、潘鎮、節度使、諸公にいたる、内外の官を内揃えるが、この些細な星くずのような者たちは谷をうめるほどの値うちしかないというものだ。
臣請悉掃除,慎勿許語令啾嘩。
わたしは臣下のものとしてなにとぞこいつらみんな追いはらうことをさせていただきたいのです。こいつらの讒言、謀言、告げ口、策略などペチャクチャ喋ることが出来ないようにしてやりたいのです。
並光全耀歸我月,盲眼鏡淨無纖瑕。
こうして平生ある光をみんな取り上げて、わが月さまにお返しいたし、盲目になられた鏡である月を浄らにキズのないようにしたいのです。
弊蛙拘送主府官,帝箸下腹嘗其皤。

このようなとんでもない蛙は所轄の朝廷の係りの大臣に拘送いたすことです。そうすれば、天子、天帝は箸おろし 白い腹の肉を召上がられるのがよろしいのです。
#8
依前使兔操杵臼,玉階桂樹閑婆娑。
そうすれば月にいる兔を前のように使って、杵や臼を操るのだ、月の天子の輝くキザハシには梧桐が繁って年増女には暇を出す。
姮娥還宮室,太陽有室家。
西王母の仙女が月に行ったが後宮を変えられたという。太陽はというと、そば添えを置かれているという。
天雖高,耳屬地。
簡単に天というがとても高いのだ、耳は地にある。
感臣赤心,使臣知意。
臣下の私の心持をあらわし、私の心持を知らしめたいのである。
雖無明言,潛喻厥旨。
ところが口でいうのはなかなかやさしいものではなく、ひそかにおもっていることをうまく表すように諭されるのである。
有氣有形,皆吾赤子。
雰囲気を持っていて、形で現れるものも持っている。皆私の子供である。
雖忿大傷,忍殺孩稚。
どうも大きなけがをしているようだし、殺すにはかわいそうで忍びないのである。
還汝月明,安行於次。
お前を月に還さねばならない。どうにかして次の月の運行する軌道にのせてやらねばならない。
盡釋眾罪,以蛙磔死。
集まったものもみんなことごとく許してやらねばと思うが、妥た、蝦蟇の奴は磔の死刑に致さねばなるまい
#7
烏亀は姦に怯え、寒さを伯れて頸を縮め、殻を以て自ら遮る。
終に李蛾をして女を決って出さしむるも、ト師の焼錐もて蹟灼して板に満たして星累の加からしめむのみ。
比の外の内外の官は、賓姫にして絆するに足らず。
臣請ふ 悉く掃除し、償みて語を許して琳辞せしむる勿らしめむ。
光を併せ 輝を全うして 我が月に辞し、盲眼 鏡浄らかにして 織暇も無からしむ。
弊蛙は王府の官に拘迭せん、帝の箸を腹に下して其の暗たるを嘗めたまへ。
#8
前の依く 兎滋して杵と日とを操らしめは、玉階の桂樹は閑にして婆娑たらむ。
姮娥は宮室に還り,太陽は室家有らむ。
天は高しと雖も、耳は地に属せり。
臣が赤心に感じ、臣をして意を知らしむ。
明言する無しと雖も、潜に灰の旨を喩せり。
気有り 形有り、皆 吾が赤子なり。
大いに傷つきしを怠ると雄も、窃椎を殺すに忍びむや。
女に月明を還し、次に安行せしめむ。
轟く衆罪を辞し、蛙を以て礫死せしめむと。


『月蝕詩效玉川子作 』 現代語訳と訳註
(本文)
#8
依前使兔操杵臼,玉階桂樹閑婆娑。
姮娥還宮室,太陽有室家。
天雖高,耳屬地。
感臣赤心,使臣知意。雖無明言,潛喻厥旨。
有氣有形,皆吾赤子。雖忿大傷,忍殺孩稚。
還汝月明,安行於次。盡釋眾罪,以蛙磔死。


(下し文)#8
前の依く 兎滋して杵と日とを操らしめは、玉階の桂樹は閑にして婆娑たらむ。
姮娥は宮室に還り,太陽は室家有らむ。
天は高しと雖も、耳は地に属せり。
臣が赤心に感じ、臣をして意を知らしむ。
明言する無しと雖も、潜に灰の旨を喩せり。
気有り 形有り、皆 吾が赤子なり。
大いに傷つきしを怠ると雄も、窃椎を殺すに忍びむや。
女に月明を還し、次に安行せしめむ。
轟く衆罪を辞し、蛙を以て礫死せしめむと。


(現代語訳)
そうすれば月にいる兔を前のように使って、杵や臼を操るのだ、月の天子の輝くキザハシには梧桐が繁って年増女には暇を出す。
西王母の仙女が月に行ったが後宮を変えられたという。太陽はというと、そば添えを置かれているという。
簡単に天というがとても高いのだ、耳は地にある。
臣下の私の心持をあらわし、私の心持を知らしめたいのである。
ところが口でいうのはなかなかやさしいものではなく、ひそかにおもっていることをうまく表すように諭されるのである。
雰囲気を持っていて、形で現れるものも持っている。皆私の子供である。
どうも大きなけがをしているようだし、殺すにはかわいそうで忍びないのである。
お前を月に還さねばならない。どうにかして次の月の運行する軌道にのせてやらねばならない。
・次 いえ、ということだが、ここでは月の運行する軌道のこと。
集まったものもみんなことごとく許してやらねばと思うが、妥た、蝦蟇の奴は磔の死刑に致さねばなるまい。


(訳注)#8
依前使兔操杵臼,玉階桂樹閑婆娑。
そうすれば月にいる兔を前のように使って、杵や臼を操るのだ、月の天子の輝くキザハシには梧桐が繁って年増女には暇を出す。
兔操杵臼 月の中でウサギが干不で臼をつく。
玉階 月の中にあるといわれる御殿の白玉の階段。
・桂 月の中に生えているといわれる桂の木。桂はモクセイのこと。


姮娥還宮室,太陽有室家。
西王母の仙女が月に行ったが後宮を変えられたという。太陽はというと、そば添えを置かれているという。
姮娥 『准南子』に「翠、不死の薬を西王母に請ふ。その妻檀紙、これを病みて月官に奔る」とみえる。・誇蛾 恒蛾、嫦娥、常娥、娥娥 蛾娥など 神話中の女性。神話の英雄、羿(がい)が西方極遠の地に存在する理想国西王母の国の仙女にお願いしてもらった不死の霊薬を、その妻の嫦娥がぬすみ飲み、急に身軽くなって月世界まで飛びあがり月姫となった。漢の劉安の「淮南子」覧冥訓に登場する。なお、魯迅(1881-l936)にこの神話を小説化した「羿月」がいげつと題する小説がある。ここでは占いの雰囲気作りにはみょうれいな女性の神、巫女の登場というシチュエーションというところか。 


天雖高,耳屬地。
簡単に天というがとても高いのだ、耳は地にある。


感臣赤心,使臣知意。
臣下の私の心持をあらわし、私の心持を知らしめたいのである。


雖無明言,潛喻厥旨。
ところが口でいうのはなかなかやさしいものではなく、ひそかにおもっていることをうまく表すように諭されるのである。


有氣有形,皆吾赤子
雰囲気を持っていて、形で現れるものも持っている。皆私の子供である。


雖忿大傷,忍殺孩稚。
どうも大きなけがをしているようだし、殺すにはかわいそうで忍びないのである。


還汝月明,安行於次。
お前を月に還さねばならない。どうにかして次の月の運行する軌道にのせてやらねばならない。
 いえ、ということだが、ここでは月の運行する軌道のこと。


盡釋眾罪,以蛙磔死。
集まったものもみんなことごとく許してやらねばと思うが、妥た、蝦蟇の奴は磔の死刑に致さねばなるまい。


月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#7>Ⅱ中唐詩520 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1646


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#7
烏龜怯奸,怕寒縮頸,以殼自遮。
冬の役目の黒亀はこの状態におびえてこわがっているし、おそれ寒そうに首をちぢめている。そして自分の甲羅の中にもぐりこんだ。
終令誇蛾抉汝出,卜師燒錐鑽灼滿板如星羅。
これではいっそのこと嫦娥の汝をよんで来てここに引っぱり出して、この甲羅いっぱいに錐で星ほどの穴を焼きあけて吉凶の占い師のようにやってみるか。
此外內外官,瑣細不足科。
このほかの朝廷内の百官、宦官、潘鎮、節度使、諸公にいたる、内外の官を内揃えるが、この些細な星くずのような者たちは谷をうめるほどの値うちしかないというものだ。
臣請悉掃除,慎勿許語令啾嘩。
わたしは臣下のものとしてなにとぞこいつらみんな追いはらうことをさせていただきたいのです。こいつらの讒言、謀言、告げ口、策略などペチャクチャ喋ることが出来ないようにしてやりたいのです。
並光全耀歸我月,盲眼鏡淨無纖瑕。
こうして平生ある光をみんな取り上げて、わが月さまにお返しいたし、盲目になられた鏡である月を浄らにキズのないようにしたいのです。
弊蛙拘送主府官,帝箸下腹嘗其皤。
このようなとんでもない蛙は所轄の朝廷の係りの大臣に拘送いたすことです。そうすれば、天子、天帝は箸おろし 白い腹の肉を召上がられるのがよろしいのです。
#8
依前使兔操杵臼,玉階桂樹閑婆娑。
姮娥還宮室,太陽有室家。
天雖高,耳屬地。
感臣赤心,使臣知意。雖無明言,潛喻厥旨。
有氣有形,皆吾赤子。雖忿大傷,忍殺孩稚。
還汝月明,安行於次。盡釋眾罪,以蛙磔死。

#7
烏亀は姦に怯え、寒さを伯れて頸を縮め、殻を以て自ら遮る。
終に李蛾をして女を決って出さしむるも、ト師の焼錐もて蹟灼して板に満たして星累の加からしめむのみ。
比の外の内外の官は、賓姫にして絆するに足らず。
臣請ふ 悉く掃除し、償みて語を許して琳辞せしむる勿らしめむ。
光を併せ 輝を全うして 我が月に辞し、盲眼 鏡浄らかにして 織暇も無からしむ。
弊蛙は王府の官に拘迭せん、帝の箸を腹に下して其の暗たるを嘗めたまへ。
#8
前の依く 兎滋して杵と日とを操らしめは、玉階の桂樹は閑にして婆娑たらむ。
姮娥は宮室に還り,太陽は室家有らむ。
天は高しと雖も、耳は地に属せり。
臣が赤心に感じ、臣をして意を知らしむ。
明言する無しと雖も、潜に灰の旨を喩せり。
気有り 形有り、皆 吾が赤子なり。
大いに傷つきしを怠ると雄も、窃椎を殺すに忍びむや。
女に月明を還し、次に安行せしめむ。
轟く衆罪を辞し、蛙を以て礫死せしめむと。


『月蝕詩效玉川子作』 現代語訳と訳註
(本文)
#7
烏龜怯奸,怕寒縮頸,以殼自遮。
終令誇蛾抉汝出,卜師燒錐鑽灼滿板如星羅。
此外內外官,瑣細不足科。
臣請悉掃除,慎勿許語令啾嘩。
並光全耀歸我月,盲眼鏡淨無纖瑕。
弊蛙拘送主府官,帝箸下腹嘗其皤。


(下し文) #7
烏亀は姦に怯え、寒さを伯れて頸を縮め、殻を以て自ら遮る。
終に李蛾をして女を決って出さしむるも、ト師の焼錐もて蹟灼して板に満たして星累の加からしめむのみ。
比の外の内外の官は、賓姫にして絆するに足らず。
臣請ふ 悉く掃除し、償みて語を許して琳辞せしむる勿らしめむ。
光を併せ 輝を全うして 我が月に辞し、盲眼 鏡浄らかにして 織暇も無からしむ。
弊蛙は王府の官に拘迭せん、帝の箸を腹に下して其の暗たるを嘗めたまへ。


(現代語訳)
冬の役目の黒亀はこの状態におびえてこわがっているし、おそれ寒そうに首をちぢめている。そして自分の甲羅の中にもぐりこんだ。
これではいっそのこと嫦娥の汝をよんで来てここに引っぱり出して、この甲羅いっぱいに錐で星ほどの穴を焼きあけて吉凶の占い師のようにやってみるか。
このほかの朝廷内の百官、宦官、潘鎮、節度使、諸公にいたる、内外の官を内揃えるが、この些細な星くずのような者たちは谷をうめるほどの値うちしかないというものだ。
わたしは臣下のものとしてなにとぞこいつらみんな追いはらうことをさせていただきたいのです。こいつらの讒言、謀言、告げ口、策略などペチャクチャ喋ることが出来ないようにしてやりたいのです。
こうして平生ある光をみんな取り上げて、わが月さまにお返しいたし、盲目になられた鏡である月を浄らにキズのないようにしたいのです。
このようなとんでもない蛙は所轄の朝廷の係りの大臣に拘送いたすことです。そうすれば、天子、天帝は箸おろし 白い腹の肉を召上がられるのがよろしいのです。


(訳注) #7
烏龜怯奸,怕寒縮頸,以殼自遮。

冬の役目の黒亀はこの状態におびえてこわがっているし、おそれ寒そうに首をちぢめている。そして自分の甲羅の中にもぐりこんだ。
鳥亀 冬、玄武、すなわち神亀。
五行関係図


終令誇蛾抉汝出,卜師燒錐鑽灼滿板如星羅。
これではいっそのこと嫦娥の汝をよんで来てここに引っぱり出して、この甲羅いっぱいに錐で星ほどの穴を焼きあけて吉凶の占い師のようにやってみるか。
・焼錐 やいたキリ。
・餞灼 穴をあけてやく。
誇蛾 恒蛾、嫦娥、常娥、娥娥 蛾娥など 神話中の女性。神話の英雄、羿(がい)が西方極遠の地に存在する理想国西王母の国の仙女にお願いしてもらった不死の霊薬を、その妻の嫦娥がぬすみ飲み、急に身軽くなって月世界まで飛びあがり月姫となった。漢の劉安の「淮南子」覧冥訓に登場する。なお、魯迅(1881-l936)にこの神話を小説化した「羿月」がいげつと題する小説がある。ここでは占いの雰囲気作りにはみょうれいな女性の神、巫女の登場というシチュエーションというところか。 


此外內外官,瑣細不足科。
このほかの朝廷内の百官、宦官、潘鎮、節度使、諸公にいたる、内外の官を内揃えるが、この些細な星くずのような者たちは谷をうめるほどの値うちしかないというものだ。


臣請悉掃除,慎勿許語令啾嘩。
わたしは臣下のものとしてなにとぞこいつらみんな追いはらうことをさせていただきたいのです。こいつらの讒言、謀言、告げ口、策略などペチャクチャ喋ることが出来ないようにしてやりたいのです。
・啾嘩 べちゃくちゃしゃべること。


並光全耀歸我月,盲眼鏡淨無纖瑕。
こうして平生ある光をみんな取り上げて、わが月さまにお返しいたし、盲目になられた鏡である月を浄らにキズのないようにしたいのです。


弊蛙拘送主府官,帝箸下腹嘗其皤。
このようなとんでもない蛙は所轄の朝廷の係りの大臣に拘送いたすことです。そうすれば、天子、天帝は箸おろし 白い腹の肉を召上がられるのがよろしいのです。


五行
五色青(緑)玄(黒)
五方西
五時土用
五節句人日上巳端午七夕重陽
五星歳星(木星)螢惑(火星)填星(土星)太白(金星)辰星(水星)
五虫(魚と爬虫類)羽(鳥)裸(ヒト)毛(獣)(カメ、甲殻類と貝類)
五獣青竜朱雀黄麟や黄竜白虎玄武
五竜青竜赤竜黄竜白竜黒竜

月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#6>Ⅱ中唐詩519 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1642

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月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#6>Ⅱ中唐詩519 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1642


#4
赤龍黑鳥燒口熱,翎鬣倒側相搪撐。
太陽の馭者の赤龍と太陽に住む九黒烏に口を役ばかりに厚いものを与え、主茎羽とたてがみを折りたたんで互いに突っつかせるのだ。
婪酣大肚遭一飽,饑腸徹死無由鳴。
むさぼりくらわせておなか一杯にしてやり、そして、次にはひもじいおなかになるまで徹底的に食わせずにいたとしてもグーグーおなかを鳴らせることはないだろう。
後時食月罪當死,天羅磕匝何處逃汝刑。
適当な時期をおくらせることでこともあろうに月を食ってしまったので、これは死罪にあたる出来事だ。天網、森羅万象 あまねくもので取り囲んでしまうので隠れるところはどこにもなくなるのだ。
玉川子立於庭而言曰:地行賤臣仝,再拜敢告上天公。
玉川先生は庭先に立って申された。「地上に生活している賤しき臣民の盧仝から、ふたたび礼拝して敢えて天上天子に申しあげたきことがあります。
臣有一寸刃,可刳凶蟆腸。
臣民盧仝には一寸の刃をもっております、これによって、蝦蟇の腸を書ききって抉り出してみせます。
無梯可上天,天階無由有臣蹤。
しかし私には天上に上る梯子がありません、天上天子のきざはしに参上いたして致すことが出来ません。
#5
寄箋東南風,天門西北祈風通。
だから、東南風にのせて、わたしのおもいを手紙によせている。天上の御門には西北の強い風に乗せて風のたよりに祈りを込めるのである。
丁甯附耳莫漏泄,薄命正值飛廉慵。
丁寧にお耳に入れていただき漏れたりこぼれたりしないよう祈っています。なさけないことには風の神である飛廉がどうやらズボラをしたようだ。
東方青色龍,牙角何呀呀。
五行思想でいう、東の方には青竜がひかえており、牙をむき、角を立てて、何とギギーッとかまえているではないか。
從官百餘座,嚼啜煩官家。
百人を超す家来を従えて、やってきてはいるが、お上の世話になって飲んだり食ったりしているだけなのだ。
月蝕汝不知,安用為龍窟天河。
だから月蝕が起こっても知らん顔しているのだ。天の川の河原で、竜がおさまってしまって、どうしてトグロを巻いているだけなのか。
赤鳥司南方,尾禿翅觰沙。
南の方には朱い鳥が担当しているのであるが、尾っぽの羽は抜け、頭は禿げて肝心な羽さえも跳ね上がって固くなっているのだ。
#6
月蝕於汝頭,汝口開呀呀。
月蝕となって欠けたとして、君自分の頭ではないか、それでも君の口はわんぐりと開いたままである。
蝦蟆掠汝兩吻過,忍學省事不以汝觜啄蝦蟆。
ガマは鼻先かすめても君の上唇とした唇を動かしている。朱の鳥はなるべく取り合わないでいようとしていて、自分の嘴でガマを突くこともしないのである。
於菟蹲於西,旗旄衛毿?.
秋の白虎星は、西に居すわりなんにもしない。星軍隊を示す旗だけはふわふわさせてはためいて、とりまいている。
既從白帝祠,又食於蠟禮有加。
すでに、秋をつかさどる白帝神社にまつられているのだ、そのうえ大蠟の祭には 追加のお供えもらう身であるという。
忍令月被惡物食,枉於汝口插齒牙。
よくもまあこれほどの悪者に月を食わせておくものである。私利私欲にはしる君の口には牙も歯も立派に生えている。(韓愈は若い時に歯が抜けてない。)

#4
赤龍と黒鳥との口を焼くはかり熱きを、細も藍も倒倒して相塘摸し。
埜離せば大牡も一たび飽くに遭ひ、飢腸も死に徹るまで鳴くに由無けむ。
時に後れて月を食ふ 罪は死に憤る、天羅は薩而重り 何れの虞にか女の刑を逃れしめむ。
玉川子 庭に立ちて 言ひて日く、出石の餞臣なる仝、再拝して敢て上なる天公に告ぐ。
臣一寸の刀を有てり、凶蟆の腸を刳く可し。
梯の天に上る可き無く、天階 臣の躍有るに由無し。
#5
欄を東南風に寄せ。天門の西北 風の通ぜんことを所る
丁甯に耳に附し漏泄する莫れ,薄命なるかな正に飛廉の慵きに值えり。
東方は青色の龍、牙と角と 何ぞ冴呼たる。
徒官 有除塵、囁喧 官家を煩はすに。
月蝕を汝の知らずんは、安を用ってか龍と為って天河に窟する。
赤鳥は南方を司る、尾は禿するも 麹は鮪沙たり。

#6
月蝕 汝の頭に於てするに、汝 口開いて呼呼たるのみ。
蝦蟆 汝の両吻を掠めて過ぐるに、忍んで事を省するを学び 汝の紫を以て蝦毒を啄まず。
於菟ほ西に縛まり、旗施 衛って窮塗たり。
既に自帝に従って両られ、又 蛤に食んで 鮭の加ふる有るに。
忍んで月をして悪物に食はしめ、柾に汝の口に歯牙を括めり。


『月蝕詩效玉川子作』 現代語訳と訳註
(本文)
#6
月蝕於汝頭,汝口開呀呀。
蝦蟆掠汝兩吻過,忍學省事不以汝觜啄蝦蟆。
於菟蹲於西,旗旄衛毿?.
既從白帝祠,又食於蠟禮有加。
忍令月被惡物食,枉於汝口插齒牙。


(下し文) #6
月蝕 汝の頭に於てするに、汝 口開いて呼呼たるのみ。
蝦蟆 汝の両吻を掠めて過ぐるに、忍んで事を省するを学び 汝の紫を以て蝦毒を啄まず。
於菟ほ西に縛まり、旗施 衛って窮塗たり。
既に自帝に従って両られ、又 蛤に食んで 鮭の加ふる有るに。
忍んで月をして悪物に食はしめ、柾に汝の口に歯牙を括めり。


(現代語訳)
月蝕となって欠けたとして、君自分の頭ではないか、それでも君の口はわんぐりと開いたままである。
ガマは鼻先かすめても君の上唇とした唇を動かしている。朱の鳥はなるべく取り合わないでいようとしていて、自分の嘴でガマを突くこともしないのである。
秋の白虎星は、西に居すわりなんにもしない。
星軍隊を示す旗だけはふわふわさせてはためいて、とりまいている。
すでに、秋をつかさどる白帝神社にまつられているのだ、そのうえ大蠟の祭には 追加のお供えもらう身であるという。
よくもまあこれほどの悪者に月を食わせておくものである。私利私欲にはしる君の口には牙も歯も立派に生えている。


(訳注) #6
月蝕於汝頭,汝口開呀呀。
月蝕となって欠けたとして、君自分の頭ではないか、それでも君の口はわんぐりと開いたままである。


蝦蟆掠汝兩吻過,忍學省事不以汝觜啄蝦蟆。
ガマは鼻先かすめても君の上唇とした唇を動かしている。朱の鳥はなるべく取り合わないでいようとしていて、自分の嘴でガマを突くこともしないのである。
・兩吻 上のクチバシと下のクチバツ。
 じっとしている。
・学省事 ものごとをしないですまそうとすること。


於菟蹲於西,旗旄衛毿?.
秋の白虎星は、西に居すわりなんにもしない。
星軍隊を示す旗だけはふわふわさせてはためいて、とりまいている。
・於菟 白虎のこと。楚の地方の方言である。
衛毿 ふさふさしたさま。


既從白帝祠,又食於蠟禮有加。
すでに、秋をつかさどる白帝神社にまつられているのだ、そのうえ大蠟の祭には 追加のお供えもらう身であるという。
・蠟 祭の名。『礼記』に「天子の大蠟、八たび虎を迎ふ」とある。


忍令月被惡物食,枉於汝口插齒牙。
よくもまあこれほどの悪者に月を食わせておくものである。私利私欲にはしる君の口には牙も歯も立派に生えている。(韓愈は若い時に歯が抜けてない。)
 法を悪用して、私利私欲にはしること。また、正しいきまりを曲げて、わがまま勝手に振る舞うこと。▽「枉」は曲げる、ゆがめる意。「徇」はしたがう意。「法 ほう を枉 ま げて私 し に徇 したが う」と訓読する。

中唐詩-262 落歯#2 監察御史 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈詩集-27

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#4
赤龍黑鳥燒口熱,翎鬣倒側相搪撐。
太陽の馭者の赤龍と太陽に住む九黒烏に口を役ばかりに厚いものを与え、主茎羽とたてがみを折りたたんで互いに突っつかせるのだ。
婪酣大肚遭一飽,饑腸徹死無由鳴。
むさぼりくらわせておなか一杯にしてやり、そして、次にはひもじいおなかになるまで徹底的に食わせずにいたとしてもグーグーおなかを鳴らせることはないだろう。
後時食月罪當死,天羅磕匝何處逃汝刑。
適当な時期をおくらせることでこともあろうに月を食ってしまったので、これは死罪にあたる出来事だ。天網、森羅万象 あまねくもので取り囲んでしまうので隠れるところはどこにもなくなるのだ。
玉川子立於庭而言曰:地行賤臣仝,再拜敢告上天公。
玉川先生は庭先に立って申された。「地上に生活している賤しき臣民の盧仝から、ふたたび礼拝して敢えて天上天子に申しあげたきことがあります。
臣有一寸刃,可刳凶蟆腸。
臣民盧仝には一寸の刃をもっております、これによって、蝦蟇の腸を書ききって抉り出してみせます。
無梯可上天,天階無由有臣蹤。

しかし私には天上に上る梯子がありません、天上天子のきざはしに参上いたして致すことが出来ません。
#5
寄箋東南風,天門西北祈風通。
南の方には朱い鳥が担当しているのであるが、尾っぽの羽は抜け、頭は禿げて肝心な羽さえも跳ね上がって固くなっているのだ。
#6
月蝕於汝頭,汝口開呀呀。
蝦蟆掠汝兩吻過,忍學省事不以汝觜啄蝦蟆。
於菟蹲於西,旗旄衛毿?.
既從白帝祠,又食於蠟禮有加。
忍令月被惡物食,枉於汝口插齒牙。
だから、東南風にのせて、わたしのおもいを手紙によせている。天上の御門には西北の強い風に乗せて風のたよりに祈りを込めるのである。
丁甯附耳莫漏泄,薄命正值飛廉慵。
丁寧にお耳に入れていただき漏れたりこぼれたりしないよう祈っています。なさけないことには風の神である飛廉がどうやらズボラをしたようだ。
東方青色龍,牙角何呀呀。
五行思想でいう、東の方には青竜がひかえており、牙をむき、角を立てて、何とギギーッとかまえているではないか。
從官百餘座,嚼啜煩官家。
百人を超す家来を従えて、やってきてはいるが、お上の世話になって飲んだり食ったりしているだけなのだ。
月蝕汝不知,安用為龍窟天河。
だから月蝕が起こっても知らん顔しているのだ。天の川の河原で、竜がおさまってしまって、どうしてトグロを巻いているだけなのか。
赤鳥司南方,尾禿翅觰沙。

#4
赤龍と黒鳥との口を焼くはかり熱きを、細も藍も倒倒して相塘摸し。
埜離せば大牡も一たび飽くに遭ひ、飢腸も死に徹るまで鳴くに由無けむ。
時に後れて月を食ふ 罪は死に憤る、天羅は薩而重り 何れの虞にか女の刑を逃れしめむ。
玉川子 庭に立ちて 言ひて日く、出石の餞臣なる仝、再拝して敢て上なる天公に告ぐ。
臣一寸の刀を有てり、凶蟆の腸を刳く可し。
梯の天に上る可き無く、天階 臣の躍有るに由無し。

#5
欄を東南風に寄せ。天門の西北 風の通ぜんことを所る
丁甯に耳に附し漏泄する莫れ,薄命なるかな正に飛廉の慵きに值えり。
東方は青色の龍、牙と角と 何ぞ冴呼たる。
徒官 有除塵、囁喧 官家を煩はすに。
月蝕を汝の知らずんは、安を用ってか龍と為って天河に窟する。
赤鳥は南方を司る、尾は禿するも 麹は鮪沙たり。
#6
月蝕 汝の頭に於てするに、汝 口開いて呼呼たるのみ。
蝦蟆 汝の両吻を掠めて過ぐるに、忍んで事を省するを学び 汝の紫を以て蝦毒を啄まず。
於菟ほ西に縛まり、旗施 衛って窮塗たり。
既に自帝に従って両られ、又 蛤に食んで 鮭の加ふる有るに。
忍んで月をして悪物に食はしめ、柾に汝の口に歯牙を括めり。


『月蝕詩效玉川子作』 現代語訳と訳註
(本文)
#5
寄箋東南風,天門西北祈風通。
丁甯附耳莫漏泄,薄命正值飛廉慵。
東方青色龍,牙角何呀呀。
從官百餘座,嚼啜煩官家。
月蝕汝不知,安用為龍窟天河。
赤鳥司南方,尾禿翅觰沙。


(下し文) #5
箋【せん】を東南風に寄せ。天門の西北 風の通ぜんことを祈る。
丁寧に耳に附し漏泄【ろうせい】する莫れ,薄命なるかな正に飛廉【ひれん】の慵【ものう】きに值えり。
東方は青色の龍、牙と角と 何ぞ呀呀【がが】たる。
從官 百餘座、嚼啜【しゃくせつ】官家を煩【わづら】はすに。
月蝕を汝の知らずんは、安を用ってか龍と為って天河に窟【くつ】する。
赤鳥は南方を司る、尾は禿【とく】するも 翅は觰沙【たさ】たり。


(現代語訳)
だから、東南風にのせて、わたしのおもいを手紙によせている。天上の御門には西北の強い風に乗せて風のたよりに祈りを込めるのである。
丁寧にお耳に入れていただき漏れたりこぼれたりしないよう祈っています。なさけないことには風の神である飛廉がどうやらズボラをしたようだ。
五行思想でいう、東の方には青竜がひかえており、牙をむき、角を立てて、何とギギーッとかまえているではないか。
百人を超す家来を従えて、やってきてはいるが、お上の世話になって飲んだり食ったりしているだけなのだ。
だから月蝕が起こっても知らん顔しているのだ。天の川の河原で、竜がおさまってしまって、どうしてトグロを巻いているだけなのか。
南の方には朱い鳥が担当しているのであるが、尾っぽの羽は抜け、頭は禿げて肝心な羽さえも跳ね上がって固くなっているのだ。


(訳注) #5
寄箋東南風,天門西北祈風通。

だから、東南風にのせて、わたしのおもいを手紙によせている。天上の御門には西北の強い風に乗せて風のたよりに祈りを込めるのである。


丁甯附耳莫漏泄,薄命正值飛廉慵。
丁寧にお耳に入れていただき漏れたりこぼれたりしないよう祈っています。なさけないことには風の神である飛廉がどうやらズボラをしたようだ。
飛廉 風の神。
・慵 ものうい,だるい.ずぼらにする。


東方青色龍,牙角何呀呀。
五行思想でいう、東の方には青竜がひかえており、牙をむき、角を立てて、何とギギーッとかまえているではないか。
・東方青色竃 五行思想のこと。『淮南子』の天文訓に「東方は木なり、その獣は蒼竜。南方は火なり、その獣は朱鳥。西方は金なり、その獣は白虎。北方は水なり、その獣は玄武」とあるように。方角と五行と季節とそれをつかさどる獣とが定まっているとむかしの中国人は考えていた。
 ・呀呀 口をあけかまえているさま。

五行関係図

從官百餘座,嚼啜煩官家。
百人を超す家来を従えて、やってきてはいるが、お上の世話になって飲んだり食ったりしているだけなのだ。
・囁畷 かんだりすすったりすること。のみくい。
煩官家 お上のお世話になる。


月蝕汝不知,安用為龍窟天河。
だから月蝕が起こっても知らん顔しているのだ。天の川の河原で、竜がおさまってしまって、どうしてトグロを巻いているだけなのか。
 穴居する。


赤鳥司南方,尾禿翅觰沙。
南の方には朱い鳥が担当しているのであるが、尾っぽの羽は抜け、頭は禿げて肝心な羽さえも跳ね上がって固くなっているのだ。
・觰沙 ピンと上にはねあがっているさま。

月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#4>Ⅱ中唐詩517 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1634

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月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#4>Ⅱ中唐詩517 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1634


#4
赤龍黑鳥燒口熱,翎鬣倒側相搪撐。
太陽の馭者の赤龍と太陽に住む九黒烏に口を役ばかりに厚いものを与え、主茎羽とたてがみを折りたたんで互いに突っつかせるのだ。
婪酣大肚遭一飽,饑腸徹死無由鳴。
むさぼりくらわせておなか一杯にしてやり、そして、次にはひもじいおなかになるまで徹底的に食わせずにいたとしてもグーグーおなかを鳴らせることはないだろう。
後時食月罪當死,天羅磕匝何處逃汝刑。
適当な時期をおくらせることでこともあろうに月を食ってしまったので、これは死罪にあたる出来事だ。天網、森羅万象 あまねくもので取り囲んでしまうので隠れるところはどこにもなくなるのだ。
玉川子立於庭而言曰:地行賤臣仝,再拜敢告上天公。
玉川先生は庭先に立って申された。「地上に生活している賤しき臣民の盧仝から、ふたたび礼拝して敢えて天上天子に申しあげたきことがあります。
臣有一寸刃,可刳凶蟆腸。
臣民盧仝には一寸の刃をもっております、これによって、蝦蟇の腸を書ききって抉り出してみせます。
無梯可上天,天階無由有臣蹤。

しかし私には天上に上る梯子がありません、天上天子のきざはしに参上いたして致すことが出来ません。
#5
寄箋東南風,天門西北祈風通。
丁甯附耳莫漏泄,薄命正值飛廉慵。
東方青色龍,牙角何呀呀。
從官百餘座,嚼啜煩官家。
月蝕汝不知,安用為龍窟天河。
赤鳥司南方,尾禿翅觰沙。
#6
月蝕於汝頭,汝口開呀呀。
蝦蟆掠汝兩吻過,忍學省事不以汝觜啄蝦蟆。
於菟蹲於西,旗旄衛毿?.
既從白帝祠,又食於蠟禮有加。
忍令月被惡物食,枉於汝口插齒牙。

#4
赤龍と黒鳥との口を焼くはかり熱きを、細も藍も倒倒して相塘摸し。
埜離せば大牡も一たび飽くに遭ひ、飢腸も死に徹るまで鳴くに由無けむ。
時に後れて月を食ふ 罪は死に憤る、天羅は薩而重り 何れの虞にか女の刑を逃れしめむ。
玉川子 庭に立ちて 言ひて日く、出石の餞臣なる仝、再拝して敢て上なる天公に告ぐ。
臣一寸の刀を有てり、凶蟆の腸を刳く可し。
梯の天に上る可き無く、天階 臣の躍有るに由無し

#5
欄を東南風に寄せ。天門の西北 風の通ぜんことを所る
丁甯に耳に附し漏泄する莫れ,薄命なるかな正に飛廉の慵きに值えり。
東方は青色の龍、牙と角と 何ぞ冴呼たる。
徒官 有除塵、囁喧 官家を煩はすに。
月蝕を汝の知らずんは、安を用ってか龍と為って天河に窟する。
赤鳥は南方を司る、尾は禿するも 麹は鮪沙たり。
#6
月蝕 汝の頭に於てするに、汝 口開いて呼呼たるのみ。
蝦蟆 汝の両吻を掠めて過ぐるに、忍んで事を省するを学び 汝の紫を以て蝦毒を啄まず。
於菟ほ西に縛まり、旗施 衛って窮塗たり。
既に自帝に従って両られ、又 蛤に食んで 鮭の加ふる有るに。
忍んで月をして悪物に食はしめ、柾に汝の口に歯牙を括めり。


『月蝕詩效玉川子作』 現代語訳と訳註
(本文)
#4
赤龍黑鳥燒口熱,翎鬣倒側相搪撐。
婪酣大肚遭一飽,饑腸徹死無由鳴。
後時食月罪當死,天羅磕匝何處逃汝刑。
玉川子立於庭而言曰:地行賤臣仝,再拜敢告上天公。
臣有一寸刃,可刳凶蟆腸。
無梯可上天,天階無由有臣蹤。


(下し文) #4
赤龍と黒鳥との口を焼くはかり熱きを、細も藍も倒倒して相塘摸し。
埜離せば大牡も一たび飽くに遭ひ、飢腸も死に徹るまで鳴くに由無けむ。
時に後れて月を食ふ 罪は死に憤る、天羅は薩而重り 何れの虞にか女の刑を逃れしめむ。
玉川子 庭に立ちて 言ひて日く、出石の餞臣なる仝、再拝して敢て上なる天公に告ぐ。
臣一寸の刀を有てり、凶蟆の腸を刳く可し。
梯の天に上る可き無く、天階 臣の躍有るに由無し。


(現代語訳)
太陽の馭者の赤龍と太陽に住む九黒烏に口を役ばかりに厚いものを与え、主茎羽とたてがみを折りたたんで互いに突っつかせるのだ。
むさぼりくらわせておなか一杯にしてやり、そして、次にはひもじいおなかになるまで徹底的に食わせずにいたとしてもグーグーおなかを鳴らせることはないだろう。
適当な時期をおくらせることでこともあろうに月を食ってしまったので、これは死罪にあたる出来事だ。天網、森羅万象 あまねくもので取り囲んでしまうので隠れるところはどこにもなくなるのだ。
玉川先生は庭先に立って申された。「地上に生活している賤しき臣民の盧仝から、ふたたび礼拝して敢えて天上天子に申しあげたきことがあります。
臣民盧仝には一寸の刃をもっております、これによって、蝦蟇の腸を書ききって抉り出してみせます。
しかし私には天上に上る梯子がありません、天上天子のきざはしに参上いたして致すことが出来ません。


(訳注) #4
赤龍黑鳥燒口熱,翎鬣倒側相搪撐。

太陽の馭者の赤龍と太陽に住む九黒烏に口を役ばかりに厚いものを与え、主茎羽とたてがみを折りたたんで互いに突っつかせるのだ。
・赤龍黑鳥 日輪を引いてゆく赤龍と太陽に住むという三本足のからす。韓愈『苦寒』「草木不複抽,百味失苦甜。凶飆攪宇宙,铓刃甚割砭。日月雖雲尊,不能活烏蟾。羲和送日出,恇怯頻窺覘。」苦寒 韓愈<45>#2 Ⅱ韓退之(韓愈)詩321 紀頌之の漢詩ブログ 1042
李白『古朗月行』「蟾蜍蝕圓影、大明夜已殘。 羿昔落九烏、天人清且安。陰精此淪惑、去去不足觀。憂來其如何、淒愴摧心肝。」
古朗月行 #2 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 265350
・搪撐 つっつく。


婪酣大肚遭一飽,饑腸徹死無由鳴。
むさぼりくらわせておなか一杯にしてやり、そして、次にはひもじいおなかになるまで徹底的に食わせずにいたとしてもグーグーおなかを鳴らせることはないだろう。
・婪酣 むさぼりくらう。
・無由鳴 腹が減っておなかがグーグーなくがここではなく事はないといっている。


後時食月罪當死,天羅磕匝何處逃汝刑。
適当な時期をおくらせることでこともあろうに月を食ってしまったので、これは死罪にあたる出来事だ。天網、森羅万象 あまねくもので取り囲んでしまうので隠れるところはどこにもなくなるのだ。
・後時 適当な時期におくれる。
・磕匝 とりかこむ。・形とあるテクストもあるが刑と同じ。


玉川子立於庭而言曰:地行賤臣仝,再拜敢告上天公。
玉川先生は庭先に立って申された。「地上に生活している賤しき臣民の盧仝から、ふたたび礼拝して敢えて天上天子に申しあげたきことがあります。


臣有一寸刃,可刳凶蟆腸。
臣民盧仝には一寸の刃をもっております、これによって、蝦蟇の腸を書ききって抉り出してみせます。


無梯可上天,天階無由有臣蹤。
しかし私には天上に上る梯子がありません、天上天子のきざはしに参上いたして致すことが出来ません。
無由有臣蹤 わたしの足あとをおくべきところがない。立ち入ることが出来ぬ。

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月蝕詩效玉川子作(憲宗元和五年時為河南令)
玉川先生の「月蝕の詩」の作に傚ってつくる。
#1
元和庚寅鬥插子,月十四日三更中。
憲宗皇帝の元和は庚寅の年、北斗七星の柄の部分の「招揺」が子(ね)の方向真北をさした。810年11月14日の丑三時のことであった。
森森萬木夜僵立,寒氣屭奰頑無風。
万木がシンシンとした中倒れた木もすっくと立った夜の事である。寒気は極寒は天まで抜け、ひしひしとひろがる、そして頑固なまでに風も吹かないのである。
月形如白盤,完完上天東。
月はもう成長して白盤の形のようになっている。完全な満月が天の東方から上ってゆく。
忽然有物來啖之,不知是何蟲。
忽然として起こった万物があるのであるがよって来て これをパクリ食ったのである。この喰ったのは何の虫か認知できないのだ。
如何至神物,遭此狼狽凶。
どうしたことかというと段階を進んで神聖の物にいたっているのである。この事態は進みも退きもならない状態におちいるというわざわいに遭うということだ。
星如撒沙出,攢集爭強雄。
星々は砂まくように輝きはじめ出しゃばりはじめる。寄り集まっては勢力あらそいはどこやらの争いのようである。
#2
油燈不照席,是夕吐焰如長虹。
普段は油燈の明かりは畳いちまい照すことさえもできないのに、今夜のあかりは、その焔が映え虹のように散り吐く明かりとなっている。
玉川子,涕泗下,中庭獨行。
おお、「玉川先生」、涙と鼻水がこぼれおとしながら中庭をひとり彷徨い歩かれている。
念此日月者,為天之眼睛。
この太陽と月のことを考えてみれば、太陽と月は昼と夜の天の目であり、ひとみである。
此猶不自保,吾道何由行。
そのようになお自分自身を守れていないということで、どうして儒者の道を行なうということができるのだ。嘗て聞いことがある古老の言う故事では、おそらく月は「蟾蜍は月の精なり」というではないか。
嘗聞古老言,疑是蝦蟆精。
徑圓千里納女腹,何處養女百醜形。
月は直径が千里の円いおおきなものであるのにそれをおのれの腹にのみこんでしまうとは、どこまで、おのれの体を肥満にして、百面相のドブスになろうというのか。
#3
杷沙腳手鈍,誰使女解緣青冥。
そんなことでのっそのっそと歩いて足は鈍足手は鈍いやつになってしまう。誰がそんな奴に深い青空に攀じ登ることを教えたのだろう。
黃帝有四目,帝舜重其明。
黃帝は太陽と月の四つも目があるというし,舜帝は二つ重って其の明るさである。
今天只兩目,何故許食使偏盲。
今夜の天は普通に二つ目なのだ。それなのにどうして片方食べさせて片目にされたのだろうか。
堯呼大水浸十日,不惜萬國赤子魚頭生。
堯帝は大水を呼びこまれて10日間も水浸しにされた、万国の人民の頭に魚を載せたのが見えたのでやむを得なかったことだろう。
女於此時若食日,雖食八九無嚵名。

三皇帝でさえそうなのだから、もし、太陽を食べられた日に君がその時そこにいたら、8,9つ食べたからといって意地汚いやつと名付けられることはないだろう。


月蝕の詩 玉川子の作に傚ふ
#1
元和庚寅 斗 子を揺す、月の十四日三更の中。
森森たる寓木夜僅立し、寒気屁桑として頑にして夙無し。
月形 自盤の如く、完完として天東に上る。
忽然物有り凍って之を囁ふ、知らず走れ 何の轟ぞ。
如何なれば 至神の物の、此の狼狽の凶に遭ふや。
星は沙を撒けるが如くに出で、樺集して 強雄を学ふ。
#2
油燈席を照らさざるに、是の夕は該を吐くこと長虹の如し。
玉川子、涕泗下って中庭に獨行す。
念ふに 此の日月なる者は、天の眼晴たり。
此すら猶は自らを保たずんは、吾が道何に由ってか行はれむ。
嘗て古老の言を聞けり、疑ふらくは是れ蝦幕の精か と。
徑圓千里なるを女の腹に嗣め、何れの虞にか女が首醜の形を義はむ。

#3
把沙として脚手の鈍なるに、誰か女をして青冥に練るを解せしめしや。
黄帝は四日を有てり、帝舜は其の明を重ねたり。
今 天は 稗だ両目のみなるに、何が故に食ふを許して偏旨ならしむる。
堯は大水を呼びて 十日を浸し、高閲の赤子に魚一頭の生ずるをも惜まざりき。
女 此の時に於て若し日を食はば、八、九を食ふと経も囁なりとの名は無けむ。


『月蝕詩效玉川子作』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
杷沙腳手鈍,誰使女解緣青冥。
黃帝有四目,帝舜重其明。
今天只兩目,何故許食使偏盲。
堯呼大水浸十日,不惜萬國赤子魚頭生。
女於此時若食日,雖食八九無嚵名。


(下し文) #3
把沙として脚手の鈍なるに、誰か女をして青冥に練るを解せしめしや。
黄帝は四日を有てり、帝舜は其の明を重ねたり。
今 天は 稗だ両目のみなるに、何が故に食ふを許して偏旨ならしむる。
堯は大水を呼びて 十日を浸し、高閲の赤子に魚一頭の生ずるをも惜まざりき。
女 此の時に於て若し日を食はば、八、九を食ふと経も囁なりとの名は無けむ。


(現代語訳)
そんなことでのっそのっそと歩いて足は鈍足手は鈍いやつになってしまう。誰がそんな奴に深い青空に攀じ登ることを教えたのだろう。
黃帝は太陽と月の四つも目があるというし,舜帝は二つ重って其の明るさである。
今夜の天は普通に二つ目なのだ。それなのにどうして片方食べさせて片目にされたのだろうか。
堯帝は大水を呼びこまれて10日間も水浸しにされた、万国の人民の頭に魚を載せたのが見えたのでやむを得なかったことだろう。
三皇帝でさえそうなのだから、もし、太陽を食べられた日に君がその時そこにいたら、8,9つ食べたからといって意地汚いやつと名付けられることはないだろう。


(訳注) #3
杷沙腳手鈍,誰使女解緣青冥。

そんなことでのっそのっそと歩いて足は鈍足手は鈍いやつになってしまう。誰がそんな奴に深い青空に攀じ登ることを教えたのだろう。
杷沙 のそのそ歩くさま。
緑青冥 青空によじのぼる。緑は黄緑と熟して用いられる場合と同じ意味。


黃帝有四目,帝舜重其明。
黃帝は太陽と月の四つも目があるというし,舜帝は二つ重って其の明るさである。
黃帝有四目 ・黄帝は神話伝説上では、三皇の治世を継ぎ、中国を統治した五帝の最初の帝であるとされる。また、三皇のうちに数えられることもある。(紀元前2510年~紀元前2448年)。黄帝には四人の重臣がおり、優れた政治を行ったことから、四つの目を持つといわれた。ここでは太陽の目二つ、月の目二つと、四つもあるからひとつくらい失ってもいいではないかという笑い話である。


今天只兩目,何故許食使偏盲。
今夜の天は普通に二つ目なのだ。それなのにどうして片方食べさせて片目にされたのだろうか。


堯呼大水浸十日,不惜萬國赤子魚頭生。
堯帝は大水を呼びこまれて10日間も水浸しにされた、万国の人民の頭に魚を載せたのが見えたのでやむを得なかったことだろう。
・魚頭生 洪水の前触れとして百姓の頭に魚を載せて見えたという益州の故事。


女於此時若食日,雖食八九無嚵名。
三皇帝でさえそうなのだから、もし、太陽を食べられた日に君がその時そこにいたら、8,9つ食べたからといって意地汚いやつと名付けられることはないだろう。


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森森萬木夜僵立,寒氣屭奰頑無風。
万木がシンシンとした中倒れた木もすっくと立った夜の事である。寒気は極寒は天まで抜け、ひしひしとひろがる、そして頑固なまでに風も吹かないのである。
月形如白盤,完完上天東。
月はもう成長して白盤の形のようになっている。完全な満月が天の東方から上ってゆく。
忽然有物來啖之,不知是何蟲。
忽然として起こった万物があるのであるがよって来て これをパクリ食ったのである。この喰ったのは何の虫か認知できないのだ。
如何至神物,遭此狼狽凶。
どうしたことかというと段階を進んで神聖の物にいたっているのである。この事態は進みも退きもならない状態におちいるというわざわいに遭うということだ。
星如撒沙出,攢集爭強雄。
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玉川子,涕泗下,中庭獨行。
おお、「玉川先生」、涙と鼻水がこぼれおとしながら中庭をひとり彷徨い歩かれている。
念此日月者,為天之眼睛。
この太陽と月のことを考えてみれば、太陽と月は昼と夜の天の目であり、ひとみである。
此猶不自保,吾道何由行。
そのようになお自分自身を守れていないということで、どうして儒者の道を行なうということができるのだ。
嘗聞古老言,疑是蝦蟆精。
嘗て聞いことがある古老の言う故事では、おそらく月は「蟾蜍は月の精なり」というではないか。
徑圓千里納女腹,何處養女百醜形。

月は直径が千里の円いおおきなものであるのにそれをおのれの腹にのみこんでしまうとは、どこまで、おのれの体を肥満にして、百面相のドブスになろうというのか。
#3
杷沙腳手鈍,誰使女解緣青冥。
黃帝有四目,帝舜重其明。
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元和庚寅 斗 子を揺す、月の十四日三更の中。
森森たる寓木夜僅立し、寒気屁桑として頑にして夙無し。
月形 自盤の如く、完完として天東に上る。
忽然物有り凍って之を囁ふ、知らず走れ 何の轟ぞ。
如何なれば 至神の物の、此の狼狽の凶に遭ふや。
星は沙を撒けるが如くに出で、樺集して 強雄を学ふ。
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油燈席を照らさざるに、是の夕は該を吐くこと長虹の如し。
玉川子、涕泗下って中庭に獨行す。
念ふに 此の日月なる者は、天の眼晴たり。
此すら猶は自らを保たずんは、吾が道何に由ってか行はれむ。
嘗て古老の言を聞けり、疑ふらくは是れ蝦幕の精か と。
徑圓千里なるを女の腹に嗣め、何れの虞にか女が首醜の形を義はむ。
#3
把沙として脚手の鈍なるに、誰か女をして青冥に練るを解せしめしや。
黄帝は四日を有てり、帝舜は其の明を重ねたり。
今 天は 稗だ両目のみなるに、何が故に食ふを許して偏旨ならしむる。
堯は大水を呼びて 十日を浸し、高閲の赤子に魚一頭の生ずるをも惜まざりき。
女 此の時に於て若し日を食はば、八、九を食ふと経も囁なりとの名は無けむ。


韓愈『月蝕詩效玉川子作』(憲宗元和五年時為河南令) 現代語訳と訳註
(本文)
#2
油燈不照席,是夕吐焰如長虹。
玉川子,涕泗下,中庭獨行。
念此日月者,為天之眼睛。
此猶不自保,吾道何由行。
嘗聞古老言,疑是蝦蟆精。
徑圓千里納女腹,何處養女百醜形。


(下し文) #2
油燈席を照らさざるに、是の夕は該を吐くこと長虹の如し。
玉川子、涕泗下って中庭に獨行す。
念ふに 此の日月なる者は、天の眼晴たり。
此すら猶は自らを保たずんは、吾が道何に由ってか行はれむ。
嘗て古老の言を聞けり、疑ふらくは是れ蝦幕の精か と。
徑圓千里なるを女の腹に嗣め、何れの虞にか女が首醜の形を義はむ。


(現代語訳)
普段は油燈の明かりは畳いちまい照すことさえもできないのに、今夜のあかりは、その焔が映え虹のように散り吐く明かりとなっている。
おお、「玉川先生」、涙と鼻水がこぼれおとしながら中庭をひとり彷徨い歩かれている。
この太陽と月のことを考えてみれば、太陽と月は昼と夜の天の目であり、ひとみである。
そのようになお自分自身を守れていないということで、どうして儒者の道を行なうということができるのだ。
嘗て聞いことがある古老の言う故事では、おそらく月は「蟾蜍は月の精なり」というではないか。
月は直径が千里の円いおおきなものであるのにそれをおのれの腹にのみこんでしまうとは、どこまで、おのれの体を肥満にして、百面相のドブスになろうというのか。


(訳注) #2
油燈不照席,是夕吐焰如長虹。
普段は油燈の明かりは畳いちまい照すことさえもできないのに、今夜のあかりは、その焔が映え虹のように散り吐く明かりとなっている。
・不照席 席は腰掛またはベッドにしく敷物、日本の畳表に似たもの。油燈の照明力がよわくて畳一枚分にも及ばないことをいう。


玉川子,涕泗下,中庭獨行。
おお、「玉川先生」、涙と鼻水がこぼれおとしながら中庭をひとり彷徨い歩かれている。
・涕泗 涙が日から出るなみだであるに対し、これは鼻から出るなみだ。儒家の韓愈の涕の語はたくさんあるが面白い使い方はない。
登岳陽樓 唐 杜甫
昔聞洞庭水,今上岳陽樓。
呉楚東南坼,乾坤日夜浮。
親朋無一字,老病有孤舟。
戎馬關山北,憑軒涕泗流。

李商隠『行次西郊作 一百韻』の最期の八句
叩頭出鮮血,滂沱污紫宸。
九重黯已隔,涕泗空沾唇。
使典作尚書,廝養爲將軍。
慎勿道此言,此言未忍聞。


念此日月者,為天之眼睛。
この太陽と月のことを考えてみれば、太陽と月は昼と夜の天の目であり、ひとみである。
・眼睛 目、睛はひとみ。
杜甫『遣興』其四
猛虎憑其威,往往遭急縛。
雷吼徒咆哮,枝撐已在腳。
忽看皮寢處,無複睛閃爍。
人有甚於斯,足以勸元惡。


此猶不自保,吾道何由行。
そのようになお自分自身を守れていないということで、どうして儒者の道を行なうということができるのだ。


嘗聞古老言,疑是蝦蟆精。
嘗て聞いことがある古老の言う故事では、おそらく月は「蟾蜍は月の精なり」というではないか。
・蝦蟆精 ガマの精。『史記』亀策伝に「日は徳を為して天下に君たり。月は刑して相佐け、蝦苺に食はる」とみえ『春秋孔演図』に「蟾蜍は月の精なり」とある。蟾蜍はヒキガエルである。韓愈は『苦寒』の中で“太陽と月は雲に隠されようとも尊ばれるものであるといいながらも、天の法則が乱れれば、日の九羽のカラス、三本足のカラス、月の蛙も生きてはおれないのだ。”日と月の中に鴉とかえるについて述べている。
韓愈『苦寒』 
四時各平分,一氣不可兼。
隆寒奪春序,顓頊固不廉。
太昊弛維綱,畏避但守謙。
遂令黄泉下,萌牙夭句尖。」
草木不複抽,百味失苦甜。
凶飆攪宇宙,铓刃甚割砭。
日月雖雲尊,不能活烏蟾。
羲和送日出,恇怯頻窺覘。」

苦寒 韓愈<45#2 Ⅱ韓退之(韓愈)321 紀頌之の漢詩ブログ 1042


烏蟾 太陽には三本足のカラスが、月にはヒキガエルが、住むと考えられた。
李白「古朗月行」 #2 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 265350
蟾蜍蝕圓影、大明夜已殘。 羿昔落九烏、天人清且安。陰精此淪惑、去去不足觀。 憂來其如何、淒愴摧心肝。(蟾蜍(せんじょ)は 円影を蝕し、大明 夜已に残く。羿(げい)は昔 九鳥を落とし、天人 清く且つ安し。陰精(いんせい) 此に淪惑(りんわく)、去去 観るに足らず。憂 來りて 其れ如何、悽愴(せいそう) 心肝を摧(くだ)く。)
月の中にはヒキガエルがすんでいて、月のまるい影を食べている。月明かりが大きく照らさている夜があり、欠けてしまって夜の明りがのこる。大むかし十個の太陽があっって、日が定まらず困っていたので、弓の名手の羿が、九羽のカラスを射落すことによって、天は清らかに、人びとは安らかになった。天道には、陰と陽があり、陰の象徴である月の梧桐から追い出され后妃を殺し、沈みきって蜀まで迷い逃げた。叛乱軍は衰えるところなく時は、しだいに都を見るかげもないものにして行った。この先行きに対し、憂いのおこるのをどうしたらよいのであろう。この国のことを考えるにつけ、いたみかなしみがとめどなく、わたしの心をこなごなにする。


徑圓千里納女腹,何處養女百醜形。
月は直径が千里の円いおおきなものであるのにそれをおのれの腹にのみこんでしまうとは、どこまで、おのれの体を肥満にして、百面相のドブスになろうというのか。
・径円千里 「日月は径千里」とある。
・女 汝と同じ。
・養 こやす。
・百醜形 極めてみにくい形態。形は形と同じ。


月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#1>Ⅱ中唐詩514 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1622

 
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月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#1>Ⅱ中唐詩514 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1622


月蝕詩效玉川子作(憲宗元和五年時為河南令)
玉川先生の「月蝕の詩」の作に傚ってつくる。
#1
元和庚寅鬥插子,月十四日三更中。
憲宗皇帝の元和は庚寅の年、北斗七星の柄の部分の「招揺」が子(ね)の方向真北をさした。810年11月14日の丑三時のことであった。
森森萬木夜僵立,寒氣屭奰頑無風。
万木がシンシンとした中倒れた木もすっくと立った夜の事である。寒気は極寒は天まで抜け、ひしひしとひろがる、そして頑固なまでに風も吹かないのである。
月形如白盤,完完上天東。
月はもう成長して白盤の形のようになっている。完全な満月が天の東方から上ってゆく。
忽然有物來啖之,不知是何蟲。
忽然として起こった万物があるのであるがよって来て これをパクリ食ったのである。この喰ったのは何の虫か認知できないのだ。
如何至神物,遭此狼狽凶。
どうしたことかというと段階を進んで神聖の物にいたっているのである。この事態は進みも退きもならない状態におちいるというわざわいに遭うということだ。
星如撒沙出,攢集爭強雄。
星々は砂まくように輝きはじめ出しゃばりはじめる。寄り集まっては勢力あらそいはどこやらの争いのようである。
#2
油燈不照席,是夕吐焰如長虹。
玉川子,涕泗下,中庭獨行。
念此日月者,為天之眼睛。
此猶不自保,吾道何由行。
嘗聞古老言,疑是蝦蟆精。
徑圓千里納女腹,何處養女百醜形。
#3
杷沙腳手鈍,誰使女解緣青冥。
黃帝有四目,帝舜重其明。
今天只兩目,何故許食使偏盲。
堯呼大水浸十日,不惜萬國赤子魚頭生。
女於此時若食日,雖食八九無嚵名。
#4
赤龍黑鳥燒口熱,翎鬣倒側相搪撐。
婪酣大肚遭一飽,饑腸徹死無由鳴。
後時食月罪當死,天羅磕匝何處逃汝刑。
玉川子立於庭而言曰:地行賤臣仝,再拜敢告上天公。
臣有一寸刃,可刳凶蟆腸。
無梯可上天,天階無由有臣蹤。
#5
寄箋東南風,天門西北祈風通。
丁甯附耳莫漏泄,薄命正值飛廉慵。
東方青色龍,牙角何呀呀。
從官百餘座,嚼啜煩官家。
月蝕汝不知,安用為龍窟天河。
赤鳥司南方,尾禿翅觰沙。
#6
月蝕於汝頭,汝口開呀呀。
蝦蟆掠汝兩吻過,忍學省事不以汝觜啄蝦蟆。
於菟蹲於西,旗旄衛毿?.
既從白帝祠,又食於蠟禮有加。
忍令月被惡物食,枉於汝口插齒牙。
#7
烏龜怯奸,怕寒縮頸,以殼自遮。
終令誇蛾抉汝出,卜師燒錐鑽灼滿板如星羅。
此外內外官,瑣細不足科。
臣請悉掃除,慎勿許語令啾嘩。
並光全耀歸我月,盲眼鏡淨無纖瑕。
弊蛙拘送主府官,帝箸下腹嘗其皤。
#8
依前使兔操杵臼,玉階桂樹閑婆娑。
姮娥還宮室,太陽有室家。
天雖高,耳屬地。
感臣赤心,使臣知意。雖無明言,潛喻厥旨。
有氣有形,皆吾赤子。雖忿大傷,忍殺孩稚。
還汝月明,安行於次。盡釋眾罪,以蛙磔死。


月蝕の詩 玉川子の作に傚ふ
#1
元和庚寅 斗 子を揺す、月の十四日三更の中。
森森たる寓木夜僅立し、寒気屁桑として頑にして夙無し。
月形 自盤の如く、完完として天東に上る。
忽然物有り凍って之を囁ふ、知らず走れ 何の轟ぞ。
如何なれば 至神の物の、此の狼狽の凶に遭ふや。
星は沙を撒けるが如くに出で、樺集して 強雄を学ふ。
#2
油燈席を照らさざるに、是の夕は該を吐くこと長虹の如し。
玉川子、涕泗下って中庭に獨行す。
念ふに 此の日月なる者は、天の眼晴たり。
此すら猶は自らを保たずんは、吾が道何に由ってか行はれむ。
嘗て古老の言を聞けり、疑ふらくは是れ蝦幕の精か と。
徑圓千里なるを女の腹に嗣め、何れの虞にか女が首醜の形を義はむ。
#3
把沙として脚手の鈍なるに、誰か女をして青冥に練るを解せしめしや。
黄帝は四日を有てり、帝舜は其の明を重ねたり。
今 天は 稗だ両目のみなるに、何が故に食ふを許して偏旨ならしむる。
堯は大水を呼びて 十日を浸し、高閲の赤子に魚一頭の生ずるをも惜まざりき。
女 此の時に於て若し日を食はば、八、九を食ふと経も囁なりとの名は無けむ。
#4
赤龍と黒鳥との口を焼くはかり熱きを、細も藍も倒倒して相塘摸し。
埜離せば大牡も一たび飽くに遭ひ、飢腸も死に徹るまで鳴くに由無けむ。
時に後れて月を食ふ 罪は死に憤る、天羅は薩而重り 何れの虞にか女の刑を逃れしめむ。
玉川子 庭に立ちて 言ひて日く、出石の餞臣なる仝、再拝して敢て上なる天公に告ぐ。
臣一寸の刀を有てり、凶蟆の腸を刳く可し。
梯の天に上る可き無く、天階 臣の躍有るに由無し。
#5
欄を東南風に寄せ。天門の西北 風の通ぜんことを所る
丁甯に耳に附し漏泄する莫れ,薄命なるかな正に飛廉の慵きに值えり。
東方は青色の龍、牙と角と 何ぞ冴呼たる。
徒官 有除塵、囁喧 官家を煩はすに。
月蝕を汝の知らずんは、安を用ってか龍と為って天河に窟する。
赤鳥は南方を司る、尾は禿するも 麹は鮪沙たり。
#6
月蝕 汝の頭に於てするに、汝 口開いて呼呼たるのみ。
蝦蟆 汝の両吻を掠めて過ぐるに、忍んで事を省するを学び 汝の紫を以て蝦毒を啄まず。
於菟ほ西に縛まり、旗施 衛って窮塗たり。
既に自帝に従って両られ、又 蛤に食んで 鮭の加ふる有るに。
忍んで月をして悪物に食はしめ、柾に汝の口に歯牙を括めり。
#7
烏亀は姦に怯え、寒さを伯れて頸を縮め、殻を以て自ら遮る。
終に李蛾をして女を決って出さしむるも、ト師の焼錐もて蹟灼して板に満たして星累の加からしめむのみ。
比の外の内外の官は、賓姫にして絆するに足らず。
臣請ふ 悉く掃除し、償みて語を許して琳辞せしむる勿らしめむ。
光を併せ 輝を全うして 我が月に辞し、盲眼 鏡浄らかにして 織暇も無からしむ。
弊蛙は王府の官に拘迭せん、帝の箸を腹に下して其の暗たるを嘗めたまへ。
#8
前の依く 兎滋して杵と日とを操らしめは、玉階の桂樹は閑にして婆娑たらむ。
姮娥は宮室に還り,太陽は室家有らむ。
天は高しと雉も、耳は地に属せり。
臣が赤心に感じ、臣をして意を知らしむ。
明言する無しと雖も、潜に灰の旨を喩せり。
気有り 形有り、皆 吾が赤子なり。
大いに傷つきしを怠ると雄も、窃椎を殺すに忍びむや。
女に月明を還し、次に安行せしめむ。
轟く衆罪を辞し、蛙を以て礫死せしめむと。


『月蝕詩效玉川子作』 韓愈 現代語訳と訳註
(本文)
月蝕詩效玉川子作(憲宗元和五年時為河南令)
#1
元和庚寅鬥插子,月十四日三更中。
森森萬木夜僵立,寒氣屭奰頑無風。
月形如白盤,完完上天東。
忽然有物來啖之,不知是何蟲。
如何至神物,遭此狼狽凶。
星如撒沙出,攢集爭強雄。


(下し文)
月蝕の詩 玉川子の作に傚ふ
#1
元和庚寅 斗 子を揺す、月の十四日三更の中。
森森たる寓木夜僅立し、寒気屁桑として頑にして夙無し。
月形 自盤の如く、完完として天東に上る。
忽然物有り凍って之を囁ふ、知らず走れ 何の轟ぞ。
如何なれば 至神の物の、此の狼狽の凶に遭ふや。
星は沙を撒けるが如くに出で、樺集して 強雄を学ふ。


(現代語訳)
玉川先生の「月蝕の詩」の作に傚ってつくる。
憲宗皇帝の元和は庚寅の年、北斗七星の柄の部分の「招揺」が子(ね)の方向真北をさした。810年11月14日の丑三時のことであった。
万木がシンシンとした中倒れた木もすっくと立った夜の事である。寒気は極寒は天まで抜け、ひしひしとひろがる、そして頑固なまでに風も吹かないのである。
月はもう成長して白盤の形のようになっている。完全な満月が天の東方から上ってゆく。
忽然として起こった万物があるのであるがよって来て これをパクリ食ったのである。この喰ったのは何の虫か認知できないのだ。
どうしたことかというと段階を進んで神聖の物にいたっているのである。この事態は進みも退きもならない状態におちいるというわざわいに遭うということだ。
星々は砂まくように輝きはじめ出しゃばりはじめる。寄り集まっては勢力あらそいはどこやらの争いのようである。


(訳注) #1
月蝕詩效玉川子作(憲宗元和五年時為河南令)
玉川先生の「月蝕の詩」の作に傚ってつくる。
韓愈の友人の慮全が長篇の「月蝕詩」を作った。奇抜な作品だが、冗漫だったので、そのほぼ半分を削って修飾したのが、これである。效は模倣すること。玉川子は慮全の号である。この詩の場合は添削とか刑削とかの文字を使ったほうが実際には即するが、原作者産全への遠慮から「效」の文字を用いたのである。虞全は済源の人。博学で詩にたくみであり、茶を愛して、有名な「茶歌」がある.文学史家は、韓忽り弟子のうちにひっくるめてtまぅけれども、のちに引Y「盧仝に寄す」 る詩からもても、友人とちるべきであろう。洛陽に近い少室山に隈思していたが、「甘露の変」とよはれる事件にまきこまれ、おのれにかかわりのない罪をかぶって殺された。



元和庚寅鬥插子,月十四日三更中。
憲宗皇帝の元和は庚寅の年、北斗七星の柄の部分の「招揺」が子(ね)の方向真北をさした。810年11月14日の丑三時のことであった。
元和庚寅 810年11月14日
元和五年庚寅の歳、十一月十四日に月蝕があった。
・鬥插子 斗は北斗星。子は十二支の最初のもので、ここでは方角にあてはめていうので、北にあたる。北斗星が北をさすのほ仲冬の十一月で『淮南子』時則訓に「仲冬の月には、招揺、子を指す」という。招揺は北斗の第七星である。第一星は天枢、第二星は旋、第三星は、第四星は権、第五星は玉衡、第六星は開陽、第七星は招揺(揺光)と呼ばれた。第七星が柄の端っこの部分である。
・三更 いまの時間でいうと、午後八時から十時までが初更、十時から十二時までが二更、十二時から午前二時までが三更。丑三つ時にあたる。



森森萬木夜僵立,寒氣屭奰頑無風。
万木がシンシンとした中倒れた木もすっくと立った夜の事である。寒気は極寒は天まで抜け、ひしひしとひろがる、そして頑固なまでに風も吹かないのである。
・森森 木のしげるさま。菅の滞岳の「懐旧拭」 に「相は森森として以て相棒すしの語がみえる。ここでは夜中のシソとしているさまをもあわせて表現しているのである。
僵立 たおれているのが、立ちあがる。『漢書』の五行志に「哀帝の建平三年、零陵に樹あって地に偏る。三月、樹、つひに自らもとの処に立つ」とみえる。
屭奰 さかんで大いなるさま。酔わずに怒るさま、ともいう。この二字は奰屭が正しくて、つとめる、力を出す、というほどの意だ、とする説もある。



月形如白盤,完完上天東。
月はもう成長して白盤の形のようになっている。完全な満月が天の東方から上ってゆく。
・白盤 白い玉でつくった皿。李白の詩に「少時、月を識らず。呼びて白玉盤となす」という有名な句がある。
完完 完全無欠のかたち。見兎とする本があり、それが正しいとする説もあるが、完完で通らないことはない。



忽然有物來啖之,不知是何蟲。
忽然として起こった万物があるのであるがよって来て これをパクリ食うのである。この喰ったのは何の虫か認知できないのだ。
・忽然有物來啖之 突然、月がかけはじめたこと、何物がやって来てこれを食いはじめたのかといっているのである。



如何至神物,遭此狼狽凶。
どうしたことかというと段階を進んで神聖の物にいたっているのである。この事態は進みも退きもならない状態におちいるというわざわいに遭うということだ。
至神物 至って神聖な物。月をさす。『易経』に「天下の至神に非ずんは、孰れか能く此に与らむや」の語がみえる。
狼狽 進みも退きもならない状態におちいること。



星如撒沙出,攢集爭強雄。
星々は砂まくように輝きはじめ出しゃばりはじめる。寄り集まっては勢力あらそいはどこやらの争いのようである。
・賛集争強雄 月がかくれると星のかがやきがはっきりして、いままで見えなかった小さな星までが見えるから、一度にどっと攢集、よりあつまるように感ぜられるのを、こういっている。この詩は、月蝕にかこつけて、当時の政界を諷刺したもので、星についても、一々の人物をあてることも韓愈グループの中にはあったことだろう。

三星行 韓退之(韓愈)詩<81>Ⅱ中唐詩456 紀頌之の漢詩ブログ1447

      
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三星行 韓退之(韓愈)詩<81>Ⅱ中唐詩456 紀頌之の漢詩ブログ1447


自分の生まれた日の星回りを詠ったもの。

三星行
我生之辰,月宿南斗。
私が生まれた時の星回りについて言う。その日の月は満月で南斗の方角にあった。
牛奮其角,箕張其口。
淘汰する気の牽牛星はその角を振り回し、風の神である箕星はその噴出す口をひろげてはいなかった。
牛不見服箱,鬥不挹酒漿。
その牛は牛であっても車を引いていくわけではないし、柄杓といっても出来立てのうまい酒を酌めるわけではない。
箕獨有神靈,無時停簸揚。
箕星は独り神靈の力が備わっているというし、篩を動かし続けて止めることはないという。
無善名已聞,無惡聲已讙。
自分にとって良いことがないといってもその名声はいつの間にか知れ渡っており、悪いことがないといってもその評価については批判されるというものである。
名聲相乘除,得少失有餘。
名声はものすごく良いこともあれば悪い時もある、プラスマイナスして少しでも余っていればよいではないか。
三星各在天,什伍東西陳。
北斗、南斗、月がそれぞれ天に南北にならび、星座は部隊,連隊が並ぶように東から西へと並んでいる。
嗟汝牛與鬥,汝獨不能神。

ああ、牽牛星と北斗、南斗の星たちよ、どの星の一つでも私に力を貸してはくれまいか。


現代語訳と訳註
(本文)
三星行
我生之辰,月宿南斗。牛奮其角,箕張其口。
牛不見服箱,鬥不挹酒漿。箕獨有神靈,無時停簸揚。
無善名已聞,無惡聲已讙。名聲相乘除,得少失有餘。
三星各在天,什伍東西陳。嗟汝牛與鬥,汝獨不能神。


(下し文) 三星行
我か生れし この辰【ほしまわり】、月 南斗に宿かり、
牛はその角を奮【ふ】り、箕【みぼし】はその口を張【ひろ】げていた。
牛は箱【くるま】を服【ひ】くを見ず、斗は酒漿【しゅしょう】を挹【く】まず。
箕【みぼし】のみ独り神霊有り、簸【ふる】い揚【うごか】すを停むる時無し。
善きこと無きも 名は己に聞え、悪きことする無きに 声は己に讙【そし】らる。
名声 相乗【そうじょう】除して、得失 少しく余り有り。
三星 各【おのお】の天に在りて、什伍 東西に陳【つら】なるに。
嗟 汝 牛と斗と、汝 独り神【いみじ】き能わず。


(現代語訳)
私が生まれた時の星回りについて言う。その日の月は満月で南斗の方角にあった。
淘汰する気の牽牛星はその角を振り回し、風の神である箕星はその噴出す口をひろげてはいなかった。
その牛は牛であっても車を引いていくわけではないし、柄杓といっても出来立てのうまい酒を酌めるわけではない。
箕星は独り神靈の力が備わっているというし、篩を動かし続けて止めることはないという。
自分にとって良いことがないといってもその名声はいつの間にか知れ渡っており、悪いことがないといってもその評価については批判されるというものである。
名声はものすごく良いこともあれば悪い時もある、プラスマイナスして少しでも余っていればよいではないか。
北斗、南斗、月がそれぞれ天に南北にならび、星座は部隊,連隊が並ぶように東から西へと並んでいる。
ああ、牽牛星と北斗、南斗の星たちよ、どの星の一つでも私に力を貸してはくれまいか。


(訳注)
三星行

自分の生まれた日の星回りを詠ったもの。・中国にも、オリオン座(参)とさそり座(商)が天球上でほぼ反対側に位置して同時には上らないことから、不仲や疎遠な人間関係を指して「参商の如し」という言葉がある。二十八宿を7宿ごとにまとめた四象があり、東方青龍・北方玄武・西方白虎・南方朱雀に四分された。


我生之辰,月宿南斗。
私が生まれた時の星回りについて言う。その日の月は満月で南斗の方角にあった。
月宿南斗 北斗と南斗と方位を示す。どちらも北斗七星、南斗六星と星座をいう。南斗は亀で、月は水の別称で亀に水をやる時であり、満月が南の位置であったことをいう。


牛奮其角,箕張其口。
淘汰する気の牽牛星はその角を振り回し、風の神である箕星はその噴出す口をひろげてはいなかった。
 牽牛星 淘汰する気-車騎星・. 算命学思想-淘汰する気を持つ星 車騎星、牽牛星は、攻撃の星で、その本質は、淘汰することに役目がある。 必要な気と、不必要な気を淘汰する気が、車騎星、牽牛星。
 箕星二十八宿の一つで東方青龍七宿の第七宿。蒼龍の糞。米を篩いにかけて糠を取り除く農具。また風伯(風の神)を指す。


牛不見服箱,鬥不挹酒漿。
その牛は牛であっても車を引いていくわけではないし、柄杓といっても出来立てのうまい酒を酌めるわけではない。


箕獨有神靈,無時停簸揚。
箕星は独り神靈の力が備わっているというし、篩を動かし続けて止めることはないという。


無善名已聞,無惡聲已讙。
自分にとって良いことがないといってもその名声はいつの間にか知れ渡っており、悪いことがないといってもその評価については批判されるというものである。


名聲相乘除,得少失有餘。
名声はものすごく良いこともあれば悪い時もある、プラスマイナスして少しでも余っていればよいではないか。


三星各在天,什伍東西陳。
北斗、南斗、月がそれぞれ天に南北にならび、星座は部隊,連隊が並ぶように東から西へと並んでいる。


嗟汝牛與鬥,汝獨不能神。
ああ、牽牛星と北斗、南斗の星たちよ、どの星の一つでも私に力を貸してはくれまいか。



三星行
我生之辰,月宿南斗。牛奮其角,箕張其口。
牛不見服箱,鬥不挹酒漿。箕獨有神靈,無時停簸揚。
無善名已聞,無惡聲已讙。名聲相乘除,得少失有餘。
三星各在天,什伍東西陳。嗟汝牛與鬥,汝獨不能神。

我か生れし辰まはりは、月 南斗に宿かり
(牽)牛はその角を奮り、箕はしはその口を張げぬ。
牛といヘども箱を服くを見ず、斗といヘビも清栄を把まず。
箕のみ独り神霊きちから有り、簸ひ揚すを停むる時無し。
(われに)善きこと無きも 名は己に聞え、悪きことする無きに 声は己に謹らる。
名声 相乗除して、得失 少しく余り有り。
三星各おの天に在りて、什伍 東西に陳なるに。
嗟 汝 牛と斗と、汝 独り神き能はず。

酔留東野  韓退之(韓愈)詩<77-#2>Ⅱ中唐詩442 漢文委員会紀頌之の漢詩ブログ1405

酔留東野  韓退之(韓愈)詩<77-#2>Ⅱ中唐詩442 漢文委員会紀頌之の漢詩ブログ1405

     
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      2011/7/11 ~ 2012/1/11 まで毎日掲載 全130首(187回) 
   2012/1/11 唐宋 Ⅰ李商隠187 行次西郊作一百韻  白文/現代語訳 (全文) 
     

醉留東野
酔っぱらって帰っていく孟郊を引き留める。

昔年因讀李白杜甫詩,長恨二人不相從。
むかし、李白や杜甫の詩を読んだことが原因で、そのことで。二人が一緒に寄り添って詩を読むことだできなかったことを残念に思っている。
吾與東野生並世,如何複躡二子蹤。
わたしと孟郊とは同じ時代をいきているが、どうしてまた李白、杜甫の二人の跡を踏むのだろうか。(わたしと孟郊も、李白・杜甫の場合と同様に、離れて一緒になれないのだろうか。)
東野不得官,白首誇龍鍾。
孟郊(孟東野)君は官職を得ることが無く、しらが頭で、年老いてつかれて病むようにみえるがじつはげんきがよいのだ。
韓子稍奸黠,自慚青蒿倚長松。」
わたし韓愈は、ややずるくて悪賢いかもしれませんが、その頼りない青いヨモギのようなわたしが、大きな松の木に寄りかかっていることを羞じてはいるのです。
低頭拜東野,原得終始如駏蛩。
孟郊君に頭を下げて拝してお願いしたい。願いが叶うならば、ずっといつまでも仲良しである「駏魖」と「蛩蛩」との二種の獣のようにありたいものだ。 
東野不回頭,有如寸筳撞巨鍾。
孟郊君は、ふりかえりもしない。たとえば、小さな竹の小枝で大きな釣り鐘をつくような無意味なことはしない。
我願身為雲,東野變為龍。
わたしはできることならば、我が身を雲として変身させたなら、孟郊君は大物の竜と変じさせよう。 
四方上下逐東野,雖有離別無由逢。」
全国各地、上下の各階層から孟郊くんは追いかけまわされ、いそがしくなるだろう。これではここで別れるということがあると、こんどなかなか出逢ことができないだろうね。(だから詩題の「醉留東野」ということで引き止めるのだ。) 


醉留東野
昔年 李白杜甫の詩を讀むことに 因【よ】りて,長く恨む二人相ひ從はざりしことを。
吾と東野と生まれて世に並べたり,如何【いかん】ぞ 復【また】二子の蹤【あと】を躡【ふ】まん。
東野は官を得ず,白首 龍鍾【りょうしょう】たるに誇る。
韓子は稍【や】姦黠【かんかつ】たり,自ら慚【は】づ青蒿【せいこう】長松【ちょうそう】に倚れることを。」
低頭して東野を拜し,願はくは終始 駏蛩【きょきょう】の如くなることを得ん。
東野は頭【こうべ】を迴らさず,寸筳【すんてい】鉅鐘【きょしょう】を撞【つ】くが 如【ごと】くなること有り。
我 願はくは身の雲と爲り,東野は變じて龍と爲らんことを。
四方 上下【じょうげ】東野を逐【お】い,離別 有りと雖【いへど】も 逢ふに由【よし】無し。


現代語訳と訳註
(本文)

低頭拜東野,原得終始如駏蛩。
東野不回頭,有如寸筳撞巨鍾。
我願身為雲,東野變為龍。
四方上下逐東野,雖有離別無由逢。」


(下し文)
低頭して東野を拜し,願はくは終始 駏蛩【きょきょう】の如くなることを得ん。
東野は頭【こうべ】を迴らさず,寸筳【すんてい】鉅鐘【きょしょう】を撞【つ】くが 如【ごと】くなること有り。
我 願はくは身の雲と爲り,東野は變じて龍と爲らんことを。
四方 上下【じょうげ】東野を逐【お】い,離別 有りと雖【いへど】も 逢ふに由【よし】無し。


(現代語訳)
孟郊君に頭を下げて拝してお願いしたい。願いが叶うならば、ずっといつまでも仲良しである「駏魖」と「蛩蛩」との二種の獣のようにありたいものだ。 
孟郊君は、ふりかえりもしない。たとえば、小さな竹の小枝で大きな釣り鐘をつくような無意味なことはしない。
わたしはできることならば、我が身を雲として変身させたなら、孟郊君は大物の竜と変じさせよう。 
全国各地、上下の各階層から孟郊くんは追いかけまわされ、いそがしくなるだろう。これではここで別れるということがあると、こんどなかなか出逢ことができないだろうね。(だから詩題の「醉留東野」ということで引き止めるのだ。) 


(訳注)
低頭拜東野、願得終始如駏蛩。

孟郊君に頭を下げて拝してお願いしたい。願いが叶うならば、ずっといつまでも仲良しである「駏魖」と「蛩蛩」との二種の獣のようにありたいものだ。 
低頭 頭を下げて。 
 拝してお願いしたい。
願得 願いが叶う。 
終始 ずっといつまでも。 
駏蛩 前足の長く足の速い『駏魖』と前足の短く速く走れない『蛩蛩』」との二獣がのことで、常に寄り添いたすけあっている動物といわれる。


東野不迴頭、有如寸筳撞鉅鐘。
孟郊君は、ふりかえりもしない。たとえば、小さな竹の小枝で大きな釣り鐘をつくような無意味なことはしない。 
迴頭 ふり返る。
有如 (譬えば)…のような。 
寸筳 小さな竹の小枝。 ・筳 竹の小枝。ひくだ。機糸をまく管。 
 (鐘を)つく。 
鉅鐘 巨大な釣り鐘。 ・大きな。=巨。はがね。 *ここは、身の程知らずなことはしない、無意味なことはしない、という意。


我願身爲雲、東野變爲龍。
わたしはできることならば、我が身を雲として変身させたなら、孟郊君は大物の竜と変じさせよう。 
 韓愈の身体。 
爲雲 雲となる。龍は雲を得てはじめて天に昇ることができる。
變爲 …となる。 
 池の中の物から天を駆け巡る瑞獣。孟郊(孟東野)に対して斯くなるようにと願っているということ。


四方上下逐東野、雖有離別無由逢。
全国各地、上下の各階層から孟郊くんは追いかけまわされ、いそがしくなるだろう。これではここで別れるということがあると、こんどなかなか出逢ことができないだろうね。(だから詩題の「醉留東野」ということで引き止めるのだ。) 
四方 全国各地。 
上下 身分の高い階層や下級階層から。 
 追いかける。
雖有 …であるとはいっても。 
離別 別離。別れる。 
無由逢 出逢うわけがない。・無由 よしなし。・ 理由。わけ。・(偶然に)出逢う。


**********
醉留東野
昔年因讀李白杜甫詩,長恨二人不相從。
吾與東野生並世,如何複躡二子蹤。
東野不得官,白首誇龍鍾。
韓子稍奸黠,自慚青蒿倚長松。
低頭拜東野,原得終始如駏蛩。
東野不回頭,有如寸筳撞巨鍾。
我願身為雲,東野變為龍。
四方上下逐東野,雖有離別無由逢。

酔留東野  韓退之(韓愈)詩<77-#1>Ⅱ中唐詩441 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1402

酔留東野  韓退之(韓愈)詩<77-#1>Ⅱ中唐詩441 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1402

     
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雑言古詩

醉留東野
酔っぱらって帰っていく孟郊を引き留める。
昔年因讀李白杜甫詩,長恨二人不相從。
むかし、李白や杜甫の詩を読んだことが原因で、そのことで。二人が一緒に寄り添って詩を読むことだできなかったことを残念に思っている。
吾與東野生並世,如何複躡二子蹤。
わたしと孟郊とは同じ時代をいきているが、どうしてまた李白、杜甫の二人の跡を踏むのだろうか。(わたしと孟郊も、李白・杜甫の場合と同様に、離れて一緒になれないのだろうか。)
東野不得官,白首誇龍鍾。
孟郊(孟東野)君は官職を得ることが無く、しらが頭で、年老いてつかれて病むようにみえるがじつはげんきがよいのだ。
韓子稍奸黠,自慚青蒿倚長松。」
わたし韓愈は、ややずるくて悪賢いかもしれませんが、その頼りない青いヨモギのようなわたしが、大きな松の木に寄りかかっていることを羞じてはいるのです。 
低頭拜東野,原得終始如駏蛩。
東野不回頭,有如寸筳撞巨鍾。
我願身為雲,東野變為龍。
四方上下逐東野,雖有離別無由逢。」


醉って東野を留む
昔年 李白杜甫の詩を讀むことに 因【よ】りて,長く恨む二人相ひ從はざりしことを。
吾と東野と生まれて世に並べたり,如何【いかん】ぞ 復【また】二子の蹤【あと】を躡【ふ】まん。
東野は官を得ず,白首 龍鍾【りょうしょう】たるに誇る。
韓子は稍【や】姦黠【かんかつ】たり,自ら慚【は】づ青蒿【せいこう】長松【ちょうそう】に倚れることを。」
低頭して東野を拜し,願はくは終始 駏蛩【きょきょう】の如くなることを得ん。
東野は頭【こうべ】を迴らさず,寸筳【すんてい】鉅鐘【きょしょう】を撞【つ】くが 如【ごと】くなること有り。
我 願はくは身の雲と爲り,東野は變じて龍と爲らんことを。
四方 上下【じょうげ】東野を逐【お】い,離別 有りと雖【いへど】も 逢ふに由【よし】無し。


現代語訳と訳註
(本文)

昔年因讀李白杜甫詩,長恨二人不相從。
吾與東野生並世,如何複躡二子蹤。
東野不得官,白首誇龍鍾。
韓子稍奸黠,自慚青蒿倚長松。」


(下し文) 醉留東野
昔年 李白杜甫の詩を讀むことに 因【よ】りて,長く恨む二人相ひ從はざりしことを。
吾と東野と生まれて世に並べたり,如何【いかん】ぞ 復【また】二子の蹤【あと】を躡【ふ】まん。
東野は官を得ず,白首 龍鍾【りょうしょう】たるに誇る。
韓子は稍【や】姦黠【かんかつ】たり,自ら慚【は】づ青蒿【せいこう】長松【ちょうそう】に倚れることを。」


(現代語訳)
酔っぱらって帰っていく孟郊を引き留める。
むかし、李白や杜甫の詩を読んだことが原因で、そのことで。二人が一緒に寄り添って詩を読むことだできなかったことを残念に思っている。
わたしと孟郊とは同じ時代をいきているが、どうしてまた李白、杜甫の二人の跡を踏むのだろうか。(わたしと孟郊も、李白・杜甫の場合と同様に、離れて一緒になれないのだろうか。)
孟郊(孟東野)君は官職を得ることが無く、しらが頭で、年老いてつかれて病むようにみえるがじつはげんきがよいのだ。

わたし韓愈は、ややずるくて悪賢いかもしれませんが、その頼りない青いヨモギのようなわたしが、大きな松の木に寄りかかっていることを羞じてはいるのです。 

(訳注)
醉留東野
酔っぱらって帰っていく孟郊を引き留める。
楽府・古詩系統引き継いだものだった。811年元和六年、韓愈44歳河南県令の時の作品。
孟郊は、韓愈より年長であるが、韓愈の方がいつも官に推腰する方の立ち場にあり、ふつう韓愈の門人のうちに数えられている詩人である。詩人としては、貧窮生活を率直にうたい、抒情性に富んだすぐれた詩を作っている
韓愈が孟郊について

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酔留東野  韓退之(韓愈)詩<77-#1>Ⅱ中唐詩441 紀頌之の漢詩ブログ1402
孟東野子を失う
・東野:孟郊の字。孟郊は中唐の詩人。湖州武康(現・浙江省湖州)の人。不遇な一生を送った。751年(天寶十年)~814年(元和九年)。諡は貞曜先生。


昔年因讀李白杜甫詩、長恨二人不相從。
むかし、李白や杜甫の詩を読んだことが原因で、そのことで。二人が一緒に寄り添って詩を読むことだできなかったことを残念に思っている。 
昔年 むかし。 
 …のために。…が(原因)のために。…に因(よ)って。また、因(よ)る。起因する。 
李白杜甫詩 李白と杜甫は、盛唐の同世代人でありながら、この二人は、744年天宝三載洛陽ではじめてあって、翌745年四載曲皐で別かれるまで、行動を共にした相識であったが、その後は、めぐりあって話す機会がなく、いたずらにその友情を詩に寄せで送るばかりであった。杜甫が李白示した詩は15首に上る。李白の方は4首確認できる。
長恨 いつも残念に思ってる。・長:いつも。ずっと。≒常。
二人 ふたり。ここでは、李白、杜甫のことになる。 
相從 いっしょに寄り添う。・從:したがう。附き添う。


吾與東野生並世、如何復躡二子蹤。
わたしと孟郊とは同じ時代をいきているが、どうしてまた李白、杜甫の二人の跡を踏むのだろうか。(わたしと孟郊も、李白・杜甫の場合と同様に、離れて一緒になれないのだろうか。)
 わたし。ここでは、作者・韓愈のことになる。
並世 同世代に肩を並べる。
如何 どうして。・復:また。
 ふむ。(足を)ふみつける。追う。追いかける。(くつを)はく。 
二子 ふたりの人。ふたりの男子。ここでは、李白、杜甫のことになる。 
 あと。あしあと。行為のあと。物事のあとかた。


東野不得官、白首誇龍鍾。
孟郊(孟東野)君は官職を得ることが無く、しらが頭で、年老いてつかれて病むようにみえるがじつはげんきがよいのだ。
不得官 官職に就けない。
白首 しらがあたま。 
誇龍鍾 年老いてつかれて病むようにみえるがじつはげんきがよい。・龍鍾 年老いてつかれて病むさま。失意のさま。行きなやむさま。

韓子稍姦黠、自慚青蒿倚長松。
わたし韓愈は、ややずるくて悪賢いかもしれませんが、その頼りない青いヨモギのようなわたしが、大きな松の木に寄りかかっていることを羞じてはいるのです。 
韓子 韓愈。 
 やや。 
姦黠 ずるくて悪賢い。
 面目なく思う。面目が無くはずかしい。はじる。自動詞。軽く用いる。 
青蒿 青いヨモギ。青いわら。作者自身のことを指す。 
 寄りかかる。たのむ。すがる。 
長松 大きな松の樹。


憶昨行和張十一 韓退之(韓愈)詩<61-#4>Ⅱ中唐詩366 紀頌之の漢詩ブログ1177

憶昨行和張十一 韓退之(韓愈)詩<61-#4>Ⅱ中唐詩366 紀頌之の漢詩ブログ1177



805年、この年は、中央では、さきに記したように、順宗が即位し、王叔文党が政権をにぎり、まもなく皇太子が摂政となり、王叔文が追放され、順宗が譲位し、自芸子が即位し、永点と改元した、じつにあわただしい年であった。その永貞元年も、韓愈が江陵に到着してまもなく尽き、新しい年をむかえ、新帝憲宗は、元号を「元和」と改めた。806年元和元年正月、江陵には珍しく雪がどっさり降った。雪のふるなかに梅がさき、うぐいすが鳴いた。韓愈には、そのひとつびとつが、楽しく、うれしかったようだ。『早春雪中聞鸎』 韓退之(韓愈)詩<56>Ⅱ中唐詩356 紀頌之の漢詩ブログ1147(早春雪中に鷲を聞く)はその一つである。通常、年が変われば人事報告があるもので、この詩には、いまにも都から、よびもどされようとはかりに、そわそわしているところおもしろい。
しかし、待てどもその便りは、杏の花が散ってもやって来なかったのである。「杏花」杏花 #1 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ989 韓愈特集-37-#1
「春に感ず四首」感春四首 其一(1) 韓退之(韓愈)詩<57>Ⅱ中唐詩357 紀頌之の漢詩ブログ1150はこのころの作である。同時期に「憶昨行張十一に和す」がある。これは、韓愈より、一足先に都に帰る張署と交換した詩である。
『贈韓退之』  張署
九疑峰畔二江前,戀闕思鄉日抵年。
白簡趨朝曾竝命,蒼梧左宦一聊翩。
鮫人遠泛漁舟水,鵩鳥閑飛露裏天。
渙汗幾時流率土,扁舟西下共歸田。
(韓退之に贈る)
九疑峰の畔 二江の前,闕を戀ひ 鄉を思うて 自ら年に抵る。
白簡 朝に趨く曾て竝びに命ぜられ,蒼梧に宦を左せらるるも一聊翩たり。
鮫人遠く泛ぶ漁舟の水,鵩鳥 閑に飛ぶ 露裏の天。
渙汗 幾時か 率土に流べば,扁舟 西下して 共に歸田せむ。


88 憶昨行和張十一
憶昨夾鍾之呂初吹灰,上公禮罷元侯回。
かねて過ぎ去ったころのこと、季節の変わり目に吹く爽鐘の呂のはじめて灰を吹いた日のことであった、上代の聖人を祭りをしおえてこの江陵の節度使裴均長官がお帰りになられた
車載牲牢甕舁酒,並召賓客延鄒枚。
車に神に供える牛・羊・豚をの、神酒の甕を担がせている、宴に召された賓客に漢代の枚乗と鄒陽のような文豪たちが居並んだ。
腰金首翠光照耀,絲竹迥發清以哀。
腰には金の佩び玉をつけ、翡翠の羽飾りはきらきら輝いている、遠くからわき起こる管絃楽は清らにも哀れであった。
青天白日花草麗,玉斝屢舉傾金罍。
空は青く晴れ渡り、真昼の太陽は白くふりそそぐ、 花も草もうるわしく広がる、宝玉のさかずきはしばしば飲み干し、黄金色の真鍮の酒壷は傾けられた。
#2
張君名聲座所屬,起舞先醉長松摧。
張君の名声は我々左遷や不遇の一座のものの注目するところとなっている、たから、立ち起きて舞い、まず酔うてしまい、松の巨木さながらくずれてしまう。
宿酲未解舊痁作,深室靜臥聞風雷。
二日酔いのさめないうちに前からのマラリヤの発作が起こってくる、奥の間で絶対安静にしていると高熱に耳鳴りがして大風雷鳴を聞いているようだ。
自期殞命在春序,屈指數日憐嬰孩。
自分の命も最後となる時期かと春の季節のあと追い 命も尽きてしまうものと思っている、もう幾日と指折り数え、赤子を不憫に思うようである。
危辭苦語感我耳,淚落不掩何漼漼。
切ない辛い君の言葉は 耳にするにつけいたましく感じられる、落ちる涙を掩いもしなで、なんとさめざめ涙を流すだけなのだ。
#3
念昔從君渡湘水,大帆夜劃窮高桅。
少し前のことを思い出すと先にきみと一緒に湘水を渡ったときのことだが、大きな帆を夜中に袈けて、 高いマストのある立派な舟でも危険な状態におちいった。
陽山鳥路出臨武,驛馬拒地驅頻隤。
陽山から臨武へは鳥だけが通れるひとすじ道にでた、駅馬もこの地をいやがってむりに走らせると、しきりにつまずきたおれた。
踐蛇茹蠱不擇死,忽有飛詔從天來。
いたるところで蛇をふみつけ、食物の中に毒虫がいたり、死をいとう暇もなかったが、しばらくして、とぶようにやって来る天子の詔勅が天降ることとはなった。
伾文未揃崖州熾,雖得赦宥恒愁猜。
だが王伾・王叔文は斬られはしなくて、崖州の仲間の奴もまだ元気である、わたしは赦免は得たというものの 別の懸念がつきまとっているのだ。

#4
近者三奸悉破碎,羽窟無底幽黃能。
それが近ごろのことで、改革派と称したこの三人の悪者は悉くうちにその思惑は打ち砕かれたのだ。羽山の底なしの洞窟に黄熊が閉じこもった事と同様に、やつらは幽閉せられたということだ。
眼中了了見鄉國,知有歸日眉方開。
私の目にはっきりと故郷の姿を思い浮かべて見ることもできる、帰る日のあるということがまちがいなくあるとわかるし、ひそめた眉がもうじき開けるというものなのだ。
今君縱署天涯吏,投檄北去何難哉。
今、君がたとえはるか天涯の地の下級官吏に任命されたとしても、辞令を投げ返して、北の都に向けて官を去ることもどうしてむつかしいというのか。(君の力なら難しくはないというものだ)
無妄之憂勿藥喜,一善自足禳千災。
「圥妄の憂は薬することなくして喜びあり」とかいうではないか、一の吉報はおのずから千の災いをはらいのけるに十分足るというものだ。
#5
頭輕目朗肌骨健,古劍新劚磨塵埃。
頭は軽く感じ、眼つきは朗らになり、そして、肌も骨も体つきもしゃんとしてきた、古い剣の埃をはらい錆を新たにけずって、チリ埃を払って、いま砥石から出てきたようだ。
殃消禍散百福並,從此直至耇與鮐。
厄病は消え、幸福がいっぱいなり、百もの幸福がいっしょになってやってくるし、これからは 背がまがり皮膚にふぐの皮膚のようなシミのできるまでは元気なはずだ。
嵩山東頭伊洛岸,勝事不假須穿栽。
嵩山の東のふもと、伊水と洛水の岸べ、そこのよさは くどくどせんさくするまでもない。
君當先行我待滿,沮溺可繼窮年推。
きみよ まず行きたまえ わたしは任期の満ちる日待とうとおもう。そして、長沮(ちょうそ)と桀溺(けつでき)と呼ばれる隠者の跡を継いで生涯を終えるまで田を耕そう。


(憶昨行【おくさくこう】張十一に和す
憶ふ昨に夾鍾【きょうしょう】の呂【りょ】の初めて灰【はい】を吹きしとき,上公の禮 罷【おわ】って元侯【げんこう】回【かえ】る。
車には牲牢【せいろう】を載せ甕【かめ】には酒を舁【か】く,賓客を並び召して鄒枚【すうばい】を延【ひ】く。
腰金【ようきん】と首翠【しゅすい】と光照【こうしょう】耀【よう】す,絲竹【しちく】迥【はるか】に發す清にして哀。
青天【せいてん】白日【はくじつ】花草麗【うるわ】し,玉斝【ぎょくか】屢ば舉げて金罍【きんらい】を傾く。
#2
張君の名聲は座の所する屬,起って舞ひ先ず醉いて長松の摧くるごとし。
宿酲【しゅくてい】の未だ解けざるに舊痁【きゅうせん】作【おこ】る,深室【しんしつ】に靜臥【せいが】して風雷を聞く。
自ら期す命を殞【おと】すは春序【しゅんじょ】に在りと,指を屈り日を数へて嬰孩【えんがい】を憐む。
危辭【きじ】苦語【くご】我が耳に感ず,淚落ちて掩はず何ぞ漼漼【さいさい】。
#3
念う昔ごろ君に従って湘水を渡りしが,大帆 夜に割けて 高桅【こうき】窮りき。
陽山の鳥路【ちょうろ】は臨武【りんぶ】に出づるも,驛馬【えきば】地を拒みて驅れども頻りに隤【つまず】く。
蛇を踐み蠱【こ】茹【くち】いて死を擇【えら】ばず,忽【たちま】ち有飛詔【ひしょう】の天より来る有りしも。
伾文【ひぶん】は未だ揃【き】られずして崖州【がいしゅう】も熾【さかん】なり,赦宥【しゃゆう】を得たりと雖も恒に愁猜【しゅうせい】す。

#4
近者【ちかごろ】三奸【さんかん】の悉【ことごと】く破碎【はさい】せられ,羽窟【はくつ】の底無きに黃能【こうたい】を幽す。
眼中に了了として鄉國を見,歸る日有を知って眉【まゆ】方【まさ】に開かむとす。
今は君の縱【たとい】天涯の吏に署せらるるとも,檄を投じて北に去る何ぞ難からむや。
無妄の憂は藥することなくして喜ぶ,一善は自ら千災を禳【はら】うに足る。

#5
頭は軽く目の朗かに肌骨は健かなり,古劍【】新に劚【けず】って塵埃【じんあい】を磨【はら】う。
殃【わざわい】は消え 禍【まがつみ】は散じ 百福 【ひゃくふく】並す,此從より直ちに耇【こう】と鮐【たい】とに至らむ。
嵩山の東頭 伊洛の岸,勝事 穿栽【せんさい】を須【もち】うるを假らず。
君よ當に先行すべし我は満つるを得たむ,沮溺【そでき】繼ぐべし年を窮るまで推【たがや】さむ。


現代語訳と訳註
(本文)
#5
頭輕目朗肌骨健,古劍新劚磨塵埃。
殃消禍散百福並,從此直至耇與鮐。
嵩山東頭伊洛岸,勝事不假須穿栽。
君當先行我待滿,沮溺可繼窮年推。


(下し文) #5
頭は軽く目の朗かに肌骨は健かなり,古劍【】新に劚【けず】って塵埃【じんあい】を磨【はら】う。
殃【わざわい】は消え 禍【まがつみ】は散じ 百福 【ひゃくふく】並す,此從より直ちに耇【こう】と鮐【たい】とに至らむ。
嵩山の東頭 伊洛の岸,勝事 穿栽【せんさい】を須【もち】うるを假らず。
君よ當に先行すべし我は満つるを得たむ,沮溺【そでき】繼ぐべし年を窮るまで推【たがや】さむ。


(現代語訳)
頭は軽く感じ、眼つきは朗らになり、そして、肌も骨も体つきもしゃんとしてきた、古い剣の埃をはらい錆を新たにけずって、チリ埃を払って、いま砥石から出てきたようだ。
厄病は消え、幸福がいっぱいなり、百もの幸福がいっしょになってやってくるし、これからは 背がまがり皮膚にふぐの皮膚のようなシミのできるまでは元気なはずだ。
嵩山の東のふもと、伊水と洛水の岸べ、そこのよさは くどくどせんさくするまでもない。
きみよ まず行きたまえ わたしは任期の満ちる日待とうとおもう。そして、長沮(ちょうそ)と桀溺(けつでき)と呼ばれる隠者の跡を継いで生涯を終えるまで田を耕そう。


(訳注) #5
頭輕目朗肌骨健,古劍新劚磨塵埃。
頭は軽く感じ、眼つきは朗らになり、そして、肌も骨も体つきもしゃんとしてきた、古い剣の埃をはらい錆を新たにけずって、チリ埃を払って、いま砥石から出てきたようだ。
 けずる。さびをけずりとる。


殃消禍散百福並,從此直至耇與鮐。
厄病は消え、幸福がいっぱいなり、百もの幸福がいっしょになってやってくるし、これからは 背がまがり皮膚にふぐの皮膚のようなシミのできるまでは元気なはずだ。
百福並 百もの幸福がいっしょになってやってくる。
 老年になって背の曲がること。
 ふぐ。老人の皮膚にはふぐの皮膚のようなシミのあるところから老人をさす。


嵩山東頭伊洛岸,勝事不假須穿栽。
嵩山の東のふもと、伊水と洛水の岸べ、そこのよさは くどくどせんさくするまでもない。
嵩山 河南有髪討幕の北にある山で五岳(ごがく)は中国の道教の聖地である5つの山のひとつ。この山で、韓愈はおのれのふるさとを指しているのである。東岳 泰山(山東省泰安市泰山区)、 南岳 衡山(湖南省衡陽市衡山県)、 中岳 嵩山(河南省鄭州市登封市)、 西岳 華山(陝西省渭南市華陰市)、 北岳 恒山(山西省大同市渾源県)。
伊洛 伊水と洛水。洛陽のほとりの川である。
穿栽 せんさくする。


君當先行我待滿,沮溺可繼窮年推。
きみよ まず行きたまえ わたしは任期の満ちる日待とうとおもう。そして、長沮(ちょうそ)と桀溺(けつでき)と呼ばれる隠者の跡を継いで生涯を終えるまで田を耕そう。
沮溺 孔子と同時代の隠者で論語に見える長沮(ちょうそ)と桀溺(けつでき)と呼ばれる隠者が並んで畑を耕していた。そこへ馬車に乗った孔子が通りかかった。あいにく渡し場が見つからなかったので、弟子の子路(しろ)に渡し場のあるところをたずねさせた。

憶昨行和張十一 韓退之(韓愈)詩<61-#4>Ⅱ中唐詩366 紀頌之の漢詩ブログ1177

憶昨行和張十一 韓退之(韓愈)詩<61-#4>Ⅱ中唐詩366 紀頌之の漢詩ブログ1177

韓愈より、一足先に都に帰る張署と交換した詩である。
『贈韓退之』  張署
九疑峰畔二江前,戀闕思鄉日抵年。
白簡趨朝曾竝命,蒼梧左宦一聊翩。
鮫人遠泛漁舟水,鵩鳥閑飛露裏天。
渙汗幾時流率土,扁舟西下共歸田。
(韓退之に贈る)
九疑峰の畔 二江の前,闕を戀ひ 鄉を思うて 自ら年に抵る。
白簡 朝に趨く曾て竝びに命ぜられ,蒼梧に宦を左せらるるも一聊翩たり。
鮫人遠く泛ぶ漁舟の水,鵩鳥 閑に飛ぶ 露裏の天。
渙汗 幾時か 率土に流べば,扁舟 西下して 共に歸田せむ。


88 憶昨行和張十一
憶昨夾鍾之呂初吹灰,上公禮罷元侯回。
かねて過ぎ去ったころのこと、季節の変わり目に吹く爽鐘の呂のはじめて灰を吹いた日のことであった、上代の聖人を祭りをしおえてこの江陵の節度使裴均長官がお帰りになられた
車載牲牢甕舁酒,並召賓客延鄒枚。
車に神に供える牛・羊・豚をの、神酒の甕を担がせている、宴に召された賓客に漢代の枚乗と鄒陽のような文豪たちが居並んだ。
腰金首翠光照耀,絲竹迥發清以哀。
腰には金の佩び玉をつけ、翡翠の羽飾りはきらきら輝いている、遠くからわき起こる管絃楽は清らにも哀れであった。
青天白日花草麗,玉斝屢舉傾金罍。
空は青く晴れ渡り、真昼の太陽は白くふりそそぐ、 花も草もうるわしく広がる、宝玉のさかずきはしばしば飲み干し、黄金色の真鍮の酒壷は傾けられた。
#2
張君名聲座所屬,起舞先醉長松摧。
張君の名声は我々左遷や不遇の一座のものの注目するところとなっている、たから、立ち起きて舞い、まず酔うてしまい、松の巨木さながらくずれてしまう。
宿酲未解舊痁作,深室靜臥聞風雷。
二日酔いのさめないうちに前からのマラリヤの発作が起こってくる、奥の間で絶対安静にしていると高熱に耳鳴りがして大風雷鳴を聞いているようだ。
自期殞命在春序,屈指數日憐嬰孩。
自分の命も最後となる時期かと春の季節のあと追い 命も尽きてしまうものと思っている、もう幾日と指折り数え、赤子を不憫に思うようである。
危辭苦語感我耳,淚落不掩何漼漼。
切ない辛い君の言葉は 耳にするにつけいたましく感じられる、落ちる涙を掩いもしなで、なんとさめざめ涙を流すだけなのだ。
#3
念昔從君渡湘水,大帆夜劃窮高桅。
少し前のことを思い出すと先にきみと一緒に湘水を渡ったときのことだが、大きな帆を夜中に袈けて、 高いマストのある立派な舟でも危険な状態におちいった。
陽山鳥路出臨武,驛馬拒地驅頻隤。
陽山から臨武へは鳥だけが通れるひとすじ道にでた、駅馬もこの地をいやがってむりに走らせると、しきりにつまずきたおれた。
踐蛇茹蠱不擇死,忽有飛詔從天來。
いたるところで蛇をふみつけ、食物の中に毒虫がいたり、死をいとう暇もなかったが、しばらくして、とぶようにやって来る天子の詔勅が天降ることとはなった。
伾文未揃崖州熾,雖得赦宥恒愁猜。
だが王伾・王叔文は斬られはしなくて、崖州の仲間の奴もまだ元気である、わたしは赦免は得たというものの 別の懸念がつきまとっているのだ。

#4
近者三奸悉破碎,羽窟無底幽黃能。
それが近ごろのことで、改革派と称したこの三人の悪者は悉くうちにその思惑は打ち砕かれたのだ。羽山の底なしの洞窟に黄熊が閉じこもった事と同様に、やつらは幽閉せられたということだ。
眼中了了見鄉國,知有歸日眉方開。
私の目にはっきりと故郷の姿を思い浮かべて見ることもできる、帰る日のあるということがまちがいなくあるとわかるし、ひそめた眉がもうじき開けるというものなのだ。
今君縱署天涯吏,投檄北去何難哉。
今、君がたとえはるか天涯の地の下級官吏に任命されたとしても、辞令を投げ返して、北の都に向けて官を去ることもどうしてむつかしいというのか。(君の力なら難しくはないというものだ)
無妄之憂勿藥喜,一善自足禳千災。

「圥妄の憂は薬することなくして喜びあり」とかいうではないか、一の吉報はおのずから千の災いをはらいのけるに十分足るというものだ。

#5
頭輕目朗肌骨健,古劍新劚磨塵埃。
殃消禍散百福並,從此直至耇與鮐。
嵩山東頭伊洛岸,勝事不假須穿栽。
君當先行我待滿,沮溺可繼窮年推。

(憶昨行【おくさくこう】張十一に和す)
憶ふ昨に夾鍾【きょうしょう】の呂【りょ】の初めて灰【はい】を吹きしとき,上公の禮 罷【おわ】って元侯【げんこう】回【かえ】る。
車には牲牢【せいろう】を載せ甕【かめ】には酒を舁【か】く,賓客を並び召して鄒枚【すうばい】を延【ひ】く。
腰金【ようきん】と首翠【しゅすい】と光照【こうしょう】耀【よう】す,絲竹【しちく】迥【はるか】に發す清にして哀。
青天【せいてん】白日【はくじつ】花草麗【うるわ】し,玉斝【ぎょくか】屢ば舉げて金罍【きんらい】を傾く。
#2
張君の名聲は座の所する屬,起って舞ひ先ず醉いて長松の摧くるごとし。
宿酲【しゅくてい】の未だ解けざるに舊痁【きゅうせん】作【おこ】る,深室【しんしつ】に靜臥【せいが】して風雷を聞く。
自ら期す命を殞【おと】すは春序【しゅんじょ】に在りと,指を屈り日を数へて嬰孩【えんがい】を憐む。
危辭【きじ】苦語【くご】我が耳に感ず,淚落ちて掩はず何ぞ漼漼【さいさい】。
#3
念う昔ごろ君に従って湘水を渡りしが,大帆 夜に割けて 高桅【こうき】窮りき。
陽山の鳥路【ちょうろ】は臨武【りんぶ】に出づるも,驛馬【えきば】地を拒みて驅れども頻りに隤【つまず】く。
蛇を踐み蠱【こ】茹【くち】いて死を擇【えら】ばず,忽【たちま】ち有飛詔【ひしょう】の天より来る有りしも。
伾文【ひぶん】は未だ揃【き】られずして崖州【がいしゅう】も熾【さかん】なり,赦宥【しゃゆう】を得たりと雖も恒に愁猜【しゅうせい】す。

#4
近者【ちかごろ】三奸【さんかん】の悉【ことごと】く破碎【はさい】せられ,羽窟【はくつ】の底無きに黃能【こうたい】を幽す。
眼中に了了として鄉國を見,歸る日有を知って眉【まゆ】方【まさ】に開かむとす。
今は君の縱【たとい】天涯の吏に署せらるるとも,檄を投じて北に去る何ぞ難からむや。
無妄【むぼう】の憂は藥することなくして喜ぶ,一善は自ら千災を禳【はら】うに足る。

#5
頭は軽く目の朗かに肌骨は健かなり,古劍【】新に劚【けず】って塵埃【じんあい】を磨【はら】う。
殃【わざわい】は消え 禍【まがつみ】は散じ 百福 【ひゃくふく】並す,此從より直ちに耇【こう】と鮐【たい】とに至らむ。
嵩山の東頭 伊洛の岸,勝事 穿栽【せんさい】を須【もち】うるを假らず。
君よ當に先行すべし我は満つるを得たむ,沮溺【そでき】繼ぐべし年を窮るまで推【たがや】さむ。

現代語訳と訳註
(本文)
#4
近者三奸悉破碎,羽窟無底幽黃能。
眼中了了見鄉國,知有歸日眉方開。
今君縱署天涯吏,投檄北去何難哉。
無妄之憂勿藥喜,一善自足禳千災。


(下し文) #4
近者【ちかごろ】三奸【さんかん】の悉【ことごと】く破碎【はさい】せられ,羽窟【はくつ】の底無きに黃能【こうたい】を幽す。
眼中に了了として鄉國を見,歸る日有を知って眉【まゆ】方【まさ】に開かむとす。
今は君の縱【たとい】天涯の吏に署せらるるとも,檄を投じて北に去る何ぞ難からむや。
無妄【むぼう】の憂は藥することなくして喜ぶ,一善は自ら千災を禳【はら】うに足る。


(現代語訳)
それが近ごろのことで、改革派と称したこの三人の悪者は悉くうちにその思惑は打ち砕かれたのだ。羽山の底なしの洞窟に黄熊が閉じこもった事と同様に、やつらは幽閉せられたということだ。
私の目にはっきりと故郷の姿を思い浮かべて見ることもできる、帰る日のあるということがまちがいなくあるとわかるし、ひそめた眉がもうじき開けるというものなのだ。
今、君がたとえはるか天涯の地の下級官吏に任命されたとしても、辞令を投げ返して、北の都に向けて官を去ることもどうしてむつかしいというのか。(君の力なら難しくはないというものだ)
「圥妄の憂は薬することなくして喜びあり」とかいうではないか、一の吉報はおのずから千の災いをはらいのけるに十分足るというものだ。


(訳注) #4
近者三奸悉破碎,羽窟無底幽黃能。
それが近ごろのことで、改革派と称したこの三人の悪者は悉くうちにその思惑は打ち砕かれたのだ。羽山の底なしの洞窟に黄熊が閉じこもった事と同様に、やつらは幽閉せられたということだ。
三奸 王伾、王叔文、韋執誼。順宗が即位し、王叔文党が政権をにぎり、まもなく皇太子が摂政となり、王叔文が追放され、順宗が譲位し、自芸子が即位し、永点と改元した、じつにあわただしい年であった。その永貞元年も、韓愈が江陵に到着してまもなく尽き、新しい年をむかえ、新帝憲宗は、元号を「元和」と改めた。
だが、待ちに待ったその便りは、杏の花のさくころになってもやって来ぬ。
羽窟黃能 羽山の洞窟。『書経』舜典に「共工を幽州に流し、驩兜を崇山に放ち、三苗を三危に竄し、鯀を羽山に極し、四罪して天下威く服す」とある。南に追放された四者のうち鯀の幽閉された山で、江蘇省東海県の西北だとする説と、山東省蓬莱県の東南だとする説とがある。・黃能 熊が羽山に閉じこめられてそのたましいが黄熊になったと『左伝』に見える。黄能は熊の一種。


眼中了了見鄉國,知有歸日眉方開。
私の目にはっきりと故郷の姿を思い浮かべて見ることもできる、帰る日のあるということがまちがいなくあるとわかるし、ひそめた眉がもうじき開けるというものなのだ。


今君縱署天涯吏,投檄北去何難哉。
今、君がたとえはるか天涯の地の下級官吏に任命されたとしても、辞令を投げ返して、北の都に向けて官を去ることもどうしてむつかしいというのか。(君の力なら難しくはないというものだ)
縦署 たとえ任命せられたとしても。
投檄 辞令を投げ返して辞表をさし出す。


無妄之憂勿藥喜,一善自足禳千災。
「圥妄の憂は薬することなくして喜びあり」とかいうではないか、一の吉報はおのずから千の災いをはらいのけるに十分足るというものだ。
無妄之憂勿藥喜 『易経』に「圥妄の疾あるときは、薬すること勿くして喜び有り」ということばがある。圥は無と同じで、無妄とは虚妄のないこと、天理自然で人為を加えないことをいう。虚妄のない誠実の人が 偶然、病を得た場合には、薬をのんだりしなくとも、自然に治癒して喜びがやってくるという。韓愈の詩は、張署の病気も正に無妄の病だったから、治療せずに治ったというのである。

憶昨行和張十一 韓退之(韓愈)詩<61-#3>Ⅱ中唐詩365 紀頌之の漢詩ブログ1174

憶昨行和張十一 韓退之(韓愈)詩<61-#3>Ⅱ中唐詩365 紀頌之の漢詩ブログ1174


韓愈より、一足先に都に帰る張署と交換した詩である。
『贈韓退之』  張署
九疑峰畔二江前,戀闕思鄉日抵年。
白簡趨朝曾竝命,蒼梧左宦一聊翩。
鮫人遠泛漁舟水,鵩鳥閑飛露裏天。
渙汗幾時流率土,扁舟西下共歸田。
(韓退之に贈る)
九疑峰の畔 二江の前,闕を戀ひ 鄉を思うて 自ら年に抵る。
白簡 朝に趨く曾て竝びに命ぜられ,蒼梧に宦を左せらるるも一聊翩たり。
鮫人遠く泛ぶ漁舟の水,鵩鳥 閑に飛ぶ 露裏の天。
渙汗 幾時か 率土に流べば,扁舟 西下して 共に歸田せむ。


88 憶昨行和張十一
憶昨夾鍾之呂初吹灰,上公禮罷元侯回。
かねて過ぎ去ったころのこと、季節の変わり目に吹く爽鐘の呂のはじめて灰を吹いた日のことであった、上代の聖人を祭りをしおえてこの江陵の節度使裴均長官がお帰りになられた
車載牲牢甕舁酒,並召賓客延鄒枚。
車に神に供える牛・羊・豚をの、神酒の甕を担がせている、宴に召された賓客に漢代の枚乗と鄒陽のような文豪たちが居並んだ。
腰金首翠光照耀,絲竹迥發清以哀。
腰には金の佩び玉をつけ、翡翠の羽飾りはきらきら輝いている、遠くからわき起こる管絃楽は清らにも哀れであった。
青天白日花草麗,玉斝屢舉傾金罍。
空は青く晴れ渡り、真昼の太陽は白くふりそそぐ、 花も草もうるわしく広がる、宝玉のさかずきはしばしば飲み干し、黄金色の真鍮の酒壷は傾けられた。
#2
張君名聲座所屬,起舞先醉長松摧。
張君の名声は我々左遷や不遇の一座のものの注目するところとなっている、たから、立ち起きて舞い、まず酔うてしまい、松の巨木さながらくずれてしまう。
宿酲未解舊痁作,深室靜臥聞風雷。
二日酔いのさめないうちに前からのマラリヤの発作が起こってくる、奥の間で絶対安静にしていると高熱に耳鳴りがして大風雷鳴を聞いているようだ。
自期殞命在春序,屈指數日憐嬰孩。
自分の命も最後となる時期かと春の季節のあと追い 命も尽きてしまうものと思っている、もう幾日と指折り数え、赤子を不憫に思うようである。
危辭苦語感我耳,淚落不掩何漼漼。
切ない辛い君の言葉は 耳にするにつけいたましく感じられる、落ちる涙を掩いもしなで、なんとさめざめ涙を流すだけなのだ。
#3
念昔從君渡湘水,大帆夜劃窮高桅。
少し前のことを思い出すと先にきみと一緒に湘水を渡ったときのことだが、大きな帆を夜中に袈けて、 高いマストのある立派な舟でも危険な状態におちいった。
陽山鳥路出臨武,驛馬拒地驅頻隤。
陽山から臨武へは鳥だけが通れるひとすじ道にでた、駅馬もこの地をいやがってむりに走らせると、しきりにつまずきたおれた。
踐蛇茹蠱不擇死,忽有飛詔從天來。
いたるところで蛇をふみつけ、食物の中に毒虫がいたり、死をいとう暇もなかったが、しばらくして、とぶようにやって来る天子の詔勅が天降ることとはなった。
伾文未揃崖州熾,雖得赦宥恒愁猜。

だが王伾・王叔文は斬られはしなくて、崖州の仲間の奴もまだ元気である、わたしは赦免は得たというものの 別の懸念がつきまとっているのだ。

#4
近者三奸悉破碎,羽窟無底幽黃能。
眼中了了見鄉國,知有歸日眉方開。
今君縱署天涯吏,投檄北去何難哉。
無妄之憂勿藥喜,一善自足禳千災。
#5
頭輕目朗肌骨健,古劍新劚磨塵埃。
殃消禍散百福並,從此直至耇與鮐。
嵩山東頭伊洛岸,勝事不假須穿栽。
君當先行我待滿,沮溺可繼窮年推。

(憶昨行【おくさくこう】張十一に和す
憶ふ昨に夾鍾【きょうしょう】の呂【りょ】の初めて灰【はい】を吹きしとき,上公の禮 罷【おわ】って元侯【げんこう】回【かえ】る。
車には牲牢【せいろう】を載せ甕【かめ】には酒を舁【か】く,賓客を並び召して鄒枚【すうばい】を延【ひ】く。
腰金【ようきん】と首翠【しゅすい】と光照【こうしょう】耀【よう】す,絲竹【しちく】迥【はるか】に發す清にして哀。
青天【せいてん】白日【はくじつ】花草麗【うるわ】し,玉斝【ぎょくか】屢ば舉げて金罍【きんらい】を傾く。
#2
張君の名聲は座の所する屬,起って舞ひ先ず醉いて長松の摧くるごとし。
宿酲【しゅくてい】の未だ解けざるに舊痁【きゅうせん】作【おこ】る,深室【しんしつ】に靜臥【せいが】して風雷を聞く。
自ら期す命を殞【おと】すは春序【しゅんじょ】に在りと,指を屈り日を数へて嬰孩【えんがい】を憐む。
危辭【きじ】苦語【くご】我が耳に感ず,淚落ちて掩はず何ぞ漼漼【さいさい】。
#3
念う昔ごろ君に従って湘水を渡りしが,大帆 夜に割けて 高桅【こうき】窮りき。
陽山の鳥路【ちょうろ】は臨武【りんぶ】に出づるも,驛馬【えきば】地を拒みて驅れども頻りに隤【つまず】く。
蛇を踐み蠱【こ】茹【くち】いて死を擇【えら】ばず,忽【たちま】ち有飛詔【ひしょう】の天より来る有りしも。
伾文【ひぶん】は未だ揃【き】られずして崖州【がいしゅう】も熾【さかん】なり,赦宥【しゃゆう】を得たりと雖も恒に愁猜【しゅうせい】す。

#4
近者【ちかごろ】三奸【さんかん】の悉【ことごと】く破碎【はさい】せられ,羽窟【はくつ】の底無きに黃能【こうたい】を幽す。
眼中に了了として鄉國を見,歸る日有を知って眉【まゆ】方【まさ】に開かむとす。
今は君の縱【たとい】天涯の吏に署せらるるとも,檄を投じて北に去る何ぞ難からむや。
無妄の憂は藥することなくして喜ぶ,一善は自ら千災を禳【はら】うに足る。

#5
頭は軽く目の朗かに肌骨は健かなり,古劍【】新に劚【けず】って塵埃【じんあい】を磨【はら】う。
殃【わざわい】は消え 禍【まがつみ】は散じ 百福 【ひゃくふく】並す,此從より直ちに耇【こう】と鮐【たい】とに至らむ。
嵩山の東頭 伊洛の岸,勝事 穿栽【せんさい】を須【もち】うるを假らず。
君よ當に先行すべし我は満つるを得たむ,沮溺【そでき】繼ぐべし年を窮るまで推【たがや】さむ。


現代語訳と訳註
(本文)
 #3
念昔從君渡湘水,大帆夜劃窮高桅。
陽山鳥路出臨武,驛馬拒地驅頻隤。
踐蛇茹蠱不擇死,忽有飛詔從天來。
伾文未揃崖州熾,雖得赦宥恒愁猜。

(下し文) #3
念う昔ごろ君に従って湘水を渡りしが,大帆 夜に割けて 高桅【こうき】窮りき。
陽山の鳥路【ちょうろ】は臨武【りんぶ】に出づるも,驛馬【えきば】地を拒みて驅れども頻りに隤【つまず】く。
蛇を踐み蠱【こ】茹【くち】いて死を擇【えら】ばず,忽【たちま】ち有飛詔【ひしょう】の天より来る有りしも。
伾文【ひぶん】は未だ揃【き】られずして崖州【がいしゅう】も熾【さかん】なり,赦宥【しゃゆう】を得たりと雖も恒に愁猜【しゅうせい】す。


(現代語訳)
少し前のことを思い出すと先にきみと一緒に湘水を渡ったときのことだが、大きな帆を夜中に袈けて、 高いマストのある立派な舟でも危険な状態におちいった。
陽山から臨武へは鳥だけが通れるひとすじ道にでた、駅馬もこの地をいやがってむりに走らせると、しきりにつまずきたおれた。
いたるところで蛇をふみつけ、食物の中に毒虫がいたり、死をいとう暇もなかったが、しばらくして、とぶようにやって来る天子の詔勅が天降ることとはなった。
だが王伾・王叔文は斬られはしなくて、崖州の仲間の奴もまだ元気である、わたしは赦免は得たというものの 別の懸念がつきまとっているのだ。


(訳注) #3
念昔從君渡湘水,大帆夜劃窮高桅。
少し前のことを思い出すと先にきみと一緒に湘水を渡ったときのことだが、大きな帆を夜中に袈けて、 高いマストのあるりっはな舟でも危険な状態におちいった。
従君 韓愈と張署は同時に南方に流され、同じ舟で湖水を渡った。
 さける。
窮高桅 桅はマスト。高いマストのあるりっはな舟でも危険な状態におちいった。


陽山鳥路出臨武,驛馬拒地驅頻隤。
陽山から臨武へは鳥だけが通れるひとすじ道にでた、駅馬もこの地をいやがってむりに走らせると、しきりにつまずきたおれた。
鳥路 鳥だけが通れる道。地上を歩くものはどんな動物でも通れないような峻路。
・臨武 張著の凍窮地、沼州にある。
驅頻隤 むりに走らせると、しきりにつまずきたおれた。


踐蛇茹蠱不擇死,忽有飛詔從天來。
いたるところで蛇をふみつけ、食物の中に毒虫がいたり、死をいとう暇もなかったが、しばらくして、とぶようにやって来る天子の詔勅が天降ることとはなった。
践蛇 いたるところで蛇をふみつける。
茹蠱 食物の中に毒虫がいる。
飛詔 とぶようにやって来る天子の命令。


伾文未揃崖州熾,雖得赦宥恒愁猜。
だが王伾・王叔文は斬られはしなくて、崖州の仲間の奴もまだ元気である、わたしは赦免は得たというものの 別の懸念がつきまとっているのだ。
伾文未揃 王位と王叔文はまだ斬殺さ
れない。
崖州 のちには崖州に流された葦執誼
をさす。
赦宥 ゆるし。
愁猜 推測してうれう。

憶昨行和張十一 韓退之(韓愈)詩<61-#2>Ⅱ中唐詩364 紀頌之の漢詩ブログ1171

憶昨行和張十一 韓退之(韓愈)詩<61-#2>Ⅱ中唐詩364 紀頌之の漢詩ブログ1171


『贈韓退之』    張署
九疑峰畔二江前,戀闕思鄉日抵年。
白簡趨朝曾竝命,蒼梧左宦一聊翩。
鮫人遠泛漁舟水,鵩鳥閑飛露裏天。
渙汗幾時流率土,扁舟西下共歸田。
(韓退之に贈る)
九疑峰の畔 二江の前,闕を戀ひ 鄉を思うて 自ら年に抵る。
白簡 朝に趨く曾て竝びに命ぜられ,蒼梧に宦を左せらるるも一聊翩たり。
鮫人遠く泛ぶ漁舟の水,鵩鳥 閑に飛ぶ 露裏の天。
渙汗 幾時か 率土に流べば,扁舟 西下して 共に歸田せむ。


88 憶昨行和張十一
憶昨夾鍾之呂初吹灰,上公禮罷元侯回。
かねて過ぎ去ったころのこと、季節の変わり目に吹く爽鐘の呂のはじめて灰を吹いた日のことであった、上代の聖人を祭りをしおえてこの江陵の節度使裴均長官がお帰りになられた
車載牲牢甕舁酒,並召賓客延鄒枚。
車に神に供える牛・羊・豚をの、神酒の甕を担がせている、宴に召された賓客に漢代の枚乗と鄒陽のような文豪たちが居並んだ。
腰金首翠光照耀,絲竹迥發清以哀。
腰には金の佩び玉をつけ、翡翠の羽飾りはきらきら輝いている、遠くからわき起こる管絃楽は清らにも哀れであった。
青天白日花草麗,玉斝屢舉傾金罍。

空は青く晴れ渡り、真昼の太陽は白くふりそそぐ、 花も草もうるわしく広がる、宝玉のさかずきはしばしば飲み干し、黄金色の真鍮の酒壷は傾けられた。
#2
張君名聲座所屬,起舞先醉長松摧。
張君の名声は我々左遷や不遇の一座のものの注目するところとなっている、たから、立ち起きて舞い、まず酔うてしまい、松の巨木さながらくずれてしまう。
宿酲未解舊痁作,深室靜臥聞風雷。
二日酔いのさめないうちに前からのマラリヤの発作が起こってくる、奥の間で絶対安静にしていると高熱に耳鳴りがして大風雷鳴を聞いているようだ。
自期殞命在春序,屈指數日憐嬰孩。
自分の命も最後となる時期かと春の季節のあと追い 命も尽きてしまうものと思っている、もう幾日と指折り数え、赤子を不憫に思うようである。
危辭苦語感我耳,淚落不掩何漼漼。

切ない辛い君の言葉は 耳にするにつけいたましく感じられる、落ちる涙を掩いもしなで、なんとさめざめ涙を流すだけなのだ。
#3
念昔從君渡湘水,大帆夜劃窮高桅。
陽山鳥路出臨武,驛馬拒地驅頻隤。
踐蛇茹蠱不擇死,忽有飛詔從天來。
伾文未揃崖州熾,雖得赦宥恒愁猜。
#4
近者三奸悉破碎,羽窟無底幽黃能。
眼中了了見鄉國,知有歸日眉方開。
今君縱署天涯吏,投檄北去何難哉。
無妄之憂勿藥喜,一善自足禳千災。
#5
頭輕目朗肌骨健,古劍新劚磨塵埃。
殃消禍散百福並,從此直至耇與鮐。
嵩山東頭伊洛岸,勝事不假須穿栽。
君當先行我待滿,沮溺可繼窮年推。

(憶昨行【おくさくこう】張十一に和す
憶ふ昨に夾鍾【きょうしょう】の呂【りょ】の初めて灰【はい】を吹きしとき,上公の禮 罷【おわ】って元侯【げんこう】回【かえ】る。
車には牲牢【せいろう】を載せ甕【かめ】には酒を舁【か】く,賓客を並び召して鄒枚【すうばい】を延【ひ】く。
腰金【ようきん】と首翠【しゅすい】と光照【こうしょう】耀【よう】す,絲竹【しちく】迥【はるか】に發す清にして哀。
青天【せいてん】白日【はくじつ】花草麗【うるわ】し,玉斝【ぎょくか】屢ば舉げて金罍【きんらい】を傾く。
#2
張君の名聲は座の所する屬,起って舞ひ先ず醉いて長松の摧くるごとし。
宿酲【しゅくてい】の未だ解けざるに舊痁【きゅうせん】作【おこ】る,深室【しんしつ】に靜臥【せいが】して風雷を聞く。
自ら期す命を殞【おと】すは春序【しゅんじょ】に在りと,指を屈り日を数へて嬰孩【えんがい】を憐む。
危辭【きじ】苦語【くご】我が耳に感ず,淚落ちて掩はず何ぞ漼漼【さいさい】。
#3
念う昔ごろ君に従って湘水を渡りしが,大帆 夜に割けて 高桅【こうき】窮りき。
陽山の鳥路【ちょうろ】は臨武【りんぶ】に出づるも,驛馬【えきば】地を拒みて驅れども頻りに隤【つまず】く。
蛇を踐み蠱【こ】茹【くち】いて死を擇【えら】ばず,忽【たちま】ち有飛詔【ひしょう】の天より来る有りしも。
伾文【ひぶん】は未だ揃【き】られずして崖州【がいしゅう】も熾【さかん】なり,赦宥【しゃゆう】を得たりと雖も恒に愁猜【しゅうせい】す。

#4
近者【ちかごろ】三奸【さんかん】の悉【ことごと】く破碎【はさい】せられ,羽窟【はくつ】の底無きに黃能【こうたい】を幽す。
眼中に了了として鄉國を見,歸る日有を知って眉【まゆ】方【まさ】に開かむとす。
今は君の縱【たとい】天涯の吏に署せらるるとも,檄を投じて北に去る何ぞ難からむや。
無妄の憂は藥することなくして喜ぶ,一善は自ら千災を禳【はら】うに足る。

#5
頭は軽く目の朗かに肌骨は健かなり,古劍【】新に劚【けず】って塵埃【じんあい】を磨【はら】う。
殃【わざわい】は消え 禍【まがつみ】は散じ 百福 【ひゃくふく】並す,此從より直ちに耇【こう】と鮐【たい】とに至らむ。
嵩山の東頭 伊洛の岸,勝事 穿栽【せんさい】を須【もち】うるを假らず。
君よ當に先行すべし我は満つるを得たむ,沮溺【そでき】繼ぐべし年を窮るまで推【たがや】さむ。


現代語訳と訳註
(本文)
#2
張君名聲座所屬,起舞先醉長松摧。
宿酲未解舊痁作,深室靜臥聞風雷。
自期殞命在春序,屈指數日憐嬰孩。
危辭苦語感我耳,淚落不掩何漼漼。


(下し文) #2
張君の名聲は座の所する屬,起って舞ひ先ず醉いて長松の摧くるごとし。
宿酲【しゅくてい】の未だ解けざるに舊痁【きゅうせん】作【おこ】る,深室【しんしつ】に靜臥【せいが】して風雷を聞く。
自ら期す命を殞【おと】すは春序【しゅんじょ】に在りと,指を屈り日を数へて嬰孩【えんがい】を憐む。
危辭【きじ】苦語【くご】我が耳に感ず,淚落ちて掩はず何ぞ漼漼【さいさい】。


(現代語訳)
張君の名声は我々左遷や不遇の一座のものの注目するところとなっている、たから、立ち起きて舞い、まず酔うてしまい、松の巨木さながらくずれてしまう。
二日酔いのさめないうちに前からのマラリヤの発作が起こってくる、奥の間で絶対安静にしていると高熱に耳鳴りがして大風雷鳴を聞いているようだ。
自分の命も最後となる時期かと春の季節のあと追い 命も尽きてしまうものと思っている、もう幾日と指折り数え、赤子を不憫に思うようである。
切ない辛い君の言葉は 耳にするにつけいたましく感じられる、落ちる涙を掩いもしなで、なんとさめざめ涙を流すだけなのだ。


(訳注) #2
張君名聲座所屬,起舞先醉長松摧。
張君の名声は我々左遷や不遇の一座のものの注目するところとなっている、たから、立ち起きて舞い、まず酔うてしまい、松の巨木さながらくずれてしまう。
属 注目する。


宿酲未解舊痁作,深室靜臥聞風雷。
二日酔いのさめないうちに前からのマラリヤの発作が起こってくる、奥の間で絶対安静にしていると高熱に耳鳴りがして大風雷鳴を聞いているようだ。
宿酲 二日酔い。
旧痁 痁はマラリヤ。
聞風雷 高熱に耳鳴りがして大風雷鳴を聞いているようだ。


自期殞命在春序,屈指數日憐嬰孩。
自分の命も最後となる時期かと春の季節のあと追い 命も尽きてしまうものと思っている、もう幾日と指折り数え、赤子を不憫に思うようである。
殞命 いのちつきる。しぬこと。・春序 春の季節.
嬰孩 赤子.


危辭苦語感我耳,淚落不掩何漼漼。
切ない辛い君の言葉は 耳にするにつけいたましく感じられる、落ちる涙を掩いもしなで、なんとさめざめ涙を流すだけなのだ。
危辭苦語 あやぶみおそれることば。
漼漼 さめざめ涙を流すさま。


憶昨行和張十一 韓退之(韓愈)詩<61-#1>Ⅱ中唐詩363 紀頌之の漢詩ブログ1168

憶昨行和張十一 韓退之(韓愈)詩<61-#1>Ⅱ中唐詩363 紀頌之の漢詩ブログ1168


805年、この年は、中央では、順宗が即位し、王叔文党が政権をにぎり、まもなく皇太子が摂政となり、王叔文が追放され、順宗が譲位し、自芸子が即位し、永点と改元した、じつにあわただしい年であった。その永貞元年も、韓愈が江陵に到着してまもなく尽き、新しい年をむかえ、新帝憲宗は、元号を「元和」と改めた。806年元和元年正月、江陵には珍しく雪がどっさり降った。雪のふるなかに梅がさき、うぐいすが鳴いた。韓愈には、そのひとつびとつが、楽しく、うれしかったようだ。早春雪中聞鸎 韓退之(韓愈)詩<56>Ⅱ中唐詩356 紀頌之の漢詩ブログ1147(早春雪中に鷲を聞く)はその一つである。通常、年が変われば人事報告があるもので、この詩には、いまにも都から、よびもどされようとはかりに、そわそわしているところおもしろい。
しかし、待てどもその便りは、杏の花が散ってもやって来なかったのである。『杏花』 #1 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ989 韓愈特集-37-#1

「春に感ず四首」感春四首 其一(1) 韓退之(韓愈)詩<57>Ⅱ中唐詩357 紀頌之の漢詩ブログ1150「春に感ず四首」感春四首 其一(1) 韓退之(韓愈)詩<57>Ⅱ中唐詩357 紀頌之の漢詩ブログ1150はこのころの作である。同時期に「憶昨行張十一に和す」がある。これは、韓愈より、一足先に都に帰る張署と交換した詩である。
『贈韓退之』    張署
九疑峰畔二江前,戀闕思鄉日抵年。
白簡趨朝曾竝命,蒼梧左宦一聊翩。
鮫人遠泛漁舟水,鵩鳥閑飛露裏天。
渙汗幾時流率土,扁舟西下共歸田。

(韓退之に贈る)
九疑峰の畔 二江の前,闕を戀ひ 鄉を思うて 自ら年に抵る。
白簡 朝に趨く曾て竝びに命ぜられ,蒼梧に宦を左せらるるも一聊翩たり。
鮫人遠く泛ぶ漁舟の水,鵩鳥 閑に飛ぶ 露裏の天。
渙汗 幾時か 率土に流べば,扁舟 西下して 共に歸田せむ。


88 憶昨行和張十一
かねて過ぎ去ったころの歌、張十一署に和す。
憶昨夾鍾之呂初吹灰,上公禮罷元侯回。
かねて過ぎ去ったころのこと、季節の変わり目に吹く爽鐘の呂のはじめて灰を吹いた日のことであった、上代の聖人を祭りをしおえてこの江陵の節度使裴均長官がお帰りになられた
車載牲牢甕舁酒,並召賓客延鄒枚。
車に神に供える牛・羊・豚をの、神酒の甕を担がせている、宴に召された賓客に漢代の枚乗と鄒陽のような文豪たちが居並んだ。
腰金首翠光照耀,絲竹迥發清以哀。
腰には金の佩び玉をつけ、翡翠の羽飾りはきらきら輝いている、遠くからわき起こる管絃楽は清らにも哀れであった。
青天白日花草麗,玉斝屢舉傾金罍。
空は青く晴れ渡り、真昼の太陽は白くふりそそぐ、 花も草もうるわしく広がる、宝玉のさかずきはしばしば飲み干し、黄金色の真鍮の酒壷は傾けられた。
#2
張君名聲座所屬,起舞先醉長松摧。
宿酲未解舊痁作,深室靜臥聞風雷。
自期殞命在春序,屈指數日憐嬰孩。
危辭苦語感我耳,淚落不掩何漼漼。
#3
念昔從君渡湘水,大帆夜劃窮高桅。
陽山鳥路出臨武,驛馬拒地驅頻隤。
踐蛇茹蠱不擇死,忽有飛詔從天來。
伾文未揃崖州熾,雖得赦宥恒愁猜。
#4
近者三奸悉破碎,羽窟無底幽黃能。
眼中了了見鄉國,知有歸日眉方開。
今君縱署天涯吏,投檄北去何難哉。
無妄之憂勿藥喜,一善自足禳千災。
#5
頭輕目朗肌骨健,古劍新劚磨塵埃。
殃消禍散百福並,從此直至耇與鮐。
嵩山東頭伊洛岸,勝事不假須穿栽。
君當先行我待滿,沮溺可繼窮年推。


(憶昨行【おくさくこう】張十一に和す)
憶ふ昨に夾鍾【きょうしょう】の呂【りょ】の初めて灰【はい】を吹きしとき,上公の禮 罷【おわ】って元侯【げんこう】回【かえ】る。
車には牲牢【せいろう】を載せ甕【かめ】には酒を舁【か】く,賓客を並び召して鄒枚【すうばい】を延【ひ】く。
腰金【ようきん】と首翠【しゅすい】と光照【こうしょう】耀【よう】す,絲竹【しちく】迥【はるか】に發す清にして哀。
青天【せいてん】白日【はくじつ】花草麗【うるわ】し,玉斝【ぎょくか】屢ば舉げて金罍【きんらい】を傾く。

#2
張君の名聲は座の所する屬,起って舞ひ先ず醉いて長松の摧くるごとし。
宿酲【しゅくてい】の未だ解けざるに舊痁【きゅうせん】作【おこ】る,深室【しんしつ】に靜臥【せいが】して風雷を聞く。
自ら期す命を殞【おと】すは春序【しゅんじょ】に在りと,指を屈り日を数へて嬰孩【えんがい】を憐む。
危辭【きじ】苦語【くご】我が耳に感ず,淚落ちて掩はず何ぞ漼漼【さいさい】。
#3
念う昔ごろ君に従って湘水を渡りしが,大帆 夜に割けて 高桅【こうき】窮りき。
陽山の鳥路【ちょうろ】は臨武【りんぶ】に出づるも,驛馬【えきば】地を拒みて驅れども頻りに隤【つまず】く。
蛇を踐み蠱【こ】茹【くち】いて死を擇【えら】ばず,忽【たちま】ち有飛詔【ひしょう】の天より来る有りしも。
伾文【ひぶん】は未だ揃【き】られずして崖州【がいしゅう】も熾【さかん】なり,赦宥【しゃゆう】を得たりと雖も恒に愁猜【しゅうせい】す。

#4
近者【ちかごろ】三奸【さんかん】の悉【ことごと】く破碎【はさい】せられ,羽窟【はくつ】の底無きに黃能【こうたい】を幽す。
眼中に了了として鄉國を見,歸る日有を知って眉【まゆ】方【まさ】に開かむとす。
今は君の縱【たとい】天涯の吏に署せらるるとも,檄を投じて北に去る何ぞ難からむや。
無妄の憂は藥することなくして喜ぶ,一善は自ら千災を禳【はら】うに足る。

#5
頭は軽く目の朗かに肌骨は健かなり,古劍【】新に劚【けず】って塵埃【じんあい】を磨【はら】う。
殃【わざわい】は消え 禍【まがつみ】は散じ 百福 【ひゃくふく】並す,此從より直ちに耇【こう】と鮐【たい】とに至らむ。
嵩山の東頭 伊洛の岸,勝事 穿栽【せんさい】を須【もち】うるを假らず。
君よ當に先行すべし我は満つるを得たむ,沮溺【そでき】繼ぐべし年を窮るまで推【たがや】さむ。


現代語訳と訳註
(本文)

憶昨行和張十一
憶昨夾鍾之呂初吹灰,上公禮罷元侯回。
車載牲牢甕舁酒,並召賓客延鄒枚。
腰金首翠光照耀,絲竹迥發清以哀。
青天白日花草麗,玉斝屢舉傾金罍。


(下し文)
(憶昨行【おくさくこう】張十一に和す
憶ふ昨に夾鍾【きょうしょう】の呂【りょ】の初めて灰【はい】を吹きしとき,上公の禮 罷【おわ】って元侯【げんこう】回【かえ】る。
車には牲牢【せいろう】を載せ甕【かめ】には酒を舁【か】く,賓客を並び召して鄒枚【すうばい】を延【ひ】く。
腰金【ようきん】と首翠【しゅすい】と光照【こうしょう】耀【よう】す,絲竹【しちく】迥【はるか】に發す清にして哀。
青天【せいてん】白日【はくじつ】花草麗【うるわ】し,玉斝【ぎょくか】屢ば舉げて金罍【きんらい】を傾く。


(現代語訳)
かねて過ぎ去ったころの歌、張十一署に和す。
かねて過ぎ去ったころのこと、季節の変わり目に吹く爽鐘の呂のはじめて灰を吹いた日のことであった、上代の聖人を祭りをしおえてこの江陵の節度使裴均長官がお帰りになられた
車に神に供える牛・羊・豚をの、神酒の甕を担がせている、宴に召された賓客に漢代の枚乗と鄒陽のような文豪たちが居並んだ。
腰には金の佩び玉をつけ、翡翠の羽飾りはきらきら輝いている、遠くからわき起こる管絃楽は清らにも哀れであった。
空は青く晴れ渡り、真昼の太陽は白くふりそそぐ、 花も草もうるわしく広がる、宝玉のさかずきはしばしば飲み干し、黄金色の真鍮の酒壷は傾けられた。


(訳注)
憶昨行和張十一
かねて過ぎ去ったころの歌、張十一署に和す。
・憶昨行和張十一底本巻三。江陵での作。憶昨は初句の二字をとった。張十一は張署。
 昔と同じで過ぎ去った日。


憶昨夾鍾之呂初吹灰,上公禮罷元侯回。
かねて過ぎ去ったころのこと、季節の変わり目に吹く爽鐘の呂のはじめて灰を吹いた日のことであった、上代の聖人を祭りをしおえてこの江陵の節度使裴均長官がお帰りになられた
夾鍾1 中国音楽の十二律の一。基音の黄鐘(こうしょう)より三律高い音。日本の十二律の勝絶(しょうせつ)にあたる。2 陰暦2月の異称。・爽饉之呂初吹灰 中国の音律は黄鐘・大呂・大蔟・爽鐘・姑洗・仲呂・蕤賓・林鍾・夷則・南呂・無射・応鍾の十二で偶数並びを陽六、奇数並びを陰六、または六呂という。この十二律を一年の十一月から翌年の十月までに配当する。したがってこの詩では二月、仲春で夾鍾となる。その季節の到来をはかるためには、智閉した部屋の中に机をおき、十二偶のまでつくった律をおき、茨の灰を律の内端につめておく。季節がかわれば、律はその気に感じ、灰は自然に飛散するといわれる。夾鍾の律が火を吹く日は仲春二月のはじめ。
上公 古代の聖人三皇五帝の三公のこと。上公之官は大臣。
元侯 地方長官、ここでは節度使の裴均のこと。


車載牲牢甕舁酒,並召賓客延鄒枚。
車に神に供える牛・羊・豚をの、神酒の甕を担がせている、宴に召された賓客に漢代の枚乗と鄒陽のような文豪たちが居並んだ。
牲牢 神に供える牛・羊・豚など。
鄒枚 漢代の枚乗と鄒陽のような文豪たち。


腰金首翠光照耀,絲竹迥發清以哀。
腰には金の佩び玉をつけ、翡翠の羽飾りはきらきら輝いている、遠くからわき起こる管絃楽は清らにも哀れであった。
腰金首翠 金色の帯玉、礼冠の窮翠の羽かぎり。
糸竹 絃菜館と管楽器。


青天白日花草麗,玉斝屢舉傾金罍。
空は青く晴れ渡り、真昼の太陽は白くふりそそぐ、 花も草もうるわしく広がる、宝玉のさかずきはしばしば飲み干し、黄金色の真鍮の酒壷は傾けられた。
玉斝 玉のさかすき。斝は俗字。
金罍 黄金色の真鍮の酒壷。

感春四首 其一(1) 韓退之(韓愈)詩<57>Ⅱ中唐詩357 紀頌之の漢詩ブログ1150

感春四首 其一(1) 韓退之(韓愈)詩<57>Ⅱ中唐詩357 紀頌之の漢詩ブログ1150

806年元和元年正月、南地の江陵には珍しく雪がどっさり降った。雪のふるなかに梅がさき、うぐいすが鳴いた。韓愈には、そのひとつびとつが、楽しく、うれしかった。うれしくなると詩ができた。『早春雪中聞鸎』(早春雪中に鷲を聞く)はそのひとつである。この詩には、いまにも都から、呼び戻されようとばかりに、そわそわしてしまって、それを鶯に言い訳しているようなところがみえる。
だが、待ちに待ったその便りは、杏の花のさくころになってもやって来ない。『杏花』『感春四首』(春に感ず四首)『憶昨行和張十一』(憶昨行張十一に和す)は、このころの作である。



83 感春四首 其一
我所思兮在何所,情多地遐兮遍處處。
東西南北皆欲往,千江隔兮萬山阻。
春風吹園雜花開,朝日照屋百鳥語。
三杯取醉不復論,一生長恨奈何許。
(春に感ず四首 其の一)
我が思ふ所 何所【いずこ】に在りや、情 多く 地遐【とお】くして處處【しょしょ】に偏【あまね】し
東西南北 皆 住かむと欲すれども、千江 隔たり 萬山【まんざん】阻【へだ】つ。
春風 園を吹いて 雜花 開き、朝日 屋【おく】を照して 百鳥【ひゃくちょう】語る。
三盃 酔を取りて 復た論ぜざれ、一生 長恨 奈【い】何【か】許【ばかり】ぞ と。


84  感春四首 其二
皇天平分成四時,春氣漫誕最可悲。
雜花妝林草蓋地,白日坐上傾天維。
蜂喧鳥咽留不得,紅萼萬片從風吹。
豈如秋霜雖慘冽,摧落老物誰惜之。
為此徑須沽酒飲,自外天地棄不疑。

(其の二)
皇天【こうてん】平分【へいぶん】して四時【しじ】と成す,春氣【しゅんき】漫誕【まんたん】として最も悲しむ可し。
雜花【ざつか】妝林【しょうりん】し 草は地を蓋【おお】う,白日【はくじつ】坐上【ざじょう】に 天維【てんい】を傾く。
蜂喧【かまびす】しく鳥咽【むせ】べども留め得ず,紅萼【こうがく】萬片【まんべん】風の吹くに從う。
豈 秋霜の如きは慘冽【さんれつ】と雖ども,老物を摧落【さいらく】する誰か之を惜まん。
此の為めに徑【ただ】ちに須【すべか】らく酒を沽【か】いて飲むべし,自ら天地を外にして 棄てて疑わず。

#2
近憐李杜無檢束,爛漫長醉多文辭。
屈原離騷二十五,不肯餔啜糟與醨。
惜哉此子巧言語,不到聖處寧非癡。
幸逢堯舜明四目,條理品彙皆得宜。
平明出門暮歸舍,酩酊馬上知為誰。

(其の二 #2)
近ごろ憐む李杜【りと】の檢束【けんそく】無くして,爛漫【らんまん】として長【とこしな】えに醉いて文辭【ぶんじ】多きを。
屈原 離騷 二十五,不肯【あ】えて糟【そう】と醨【り】を餔啜【ほせつ】せず。
惜しい哉 此の子 言語に巧【たくみ】なれども,聖處【せいしょ】に到らず寧【むし】ろ癡【さ】に非らざらんや。
幸【さいわい】に 堯舜【ぎょうしゅん】四目【しもく】を明かにするに逢い,品彙【ひんい】を條理【じょうり】して皆宜しきを得たり。
平明 出門して暮に歸舍し,馬上に酩酊【めいてい】することを知る誰とか為す。


85  感春四首 其三
朝騎一馬出,暝就一床臥。
詩書漸欲拋,節行久已惰。
冠欹感發禿,語誤驚齒墮。
孤負平生心,已矣知何奈。

其の三
朝に一馬を騎して出で,暝【くれ】に一床【いっしょう】に就【つ】きて臥す。
詩書【ししょ】漸【ようや】く拋【なげう】たんと欲す,節行【せつこう】久しく已に惰【おこた】れり。
冠 欹【そばだ】ちて 發【かみ】の禿【とく】なるを感ず,語 誤【あやま】ちて 齒の墮【おつ】るに。驚く。
孤負【こふ】す 平生の心,已【やんぬる】矣 知る何奈【いかん】せん。

86  感春四首 其四
我恨不如江頭人,長網橫江遮紫鱗。
獨宿荒陂射鳧雁,賣納租賦官不嗔。
歸來歡笑對妻子,衣食自給寧羞貧。
今者無端讀書史,智慧只足勞精神。

其の四
我は恨む 江頭【こうとう】の人に如かざることを,長網【ちょうもう】江に橫たへ 紫鱗【しりん】を遮【さえぎ】る。
獨り荒陂【こうは】に宿り鳧雁【ふがん】を射,賣りて租賦【そふ】を納めて 官 嗔【いか】らず。
歸り來りて 歡笑して妻子に對し,衣食は自給す 寧【なん】ぞ 貧を羞じむや。
今者【いま】端なくも書史を讀み,智慧【ちけい】は只 精神を勞するに足れり。
#2
畫蛇著足無處用,兩鬢霜白趨埃塵。
乾愁漫解坐自累,與眾異趣誰相親。
數杯澆腸雖暫醉,皎皎萬慮醒還新。
百年未滿不得死,且可勤買拋青春。
#2
蛇【へび】を畫【えが】いて足を著【つ】く 用うるに處 無し,兩鬢【りょうびん】霜白【しょうはく】埃塵【あいじん】に趨【はし】る。
乾愁【かんしゅう】漫【みだ】りに解し 坐【そぞろ】に自ら累【わずら】う,眾【しゅう】と趣を異にせば誰か相い親まん。
數杯 腸【はらわた】に澆【そそ】いで 暫く醉うと雖ども,皎皎【こうこう】たる萬慮【ばんりょ】醒めて還【ま】た新【あらた】なり。
百年 未だ滿たず 死するを得ず,且可【しばらく】勤めて拋【はう】青春【せいしゅん】を買【か】へ。




感春四首 其一
我所思兮在何所,情多地遐兮遍處處。
わたしがいつも心におもうところ、それはどこだというのか、人と長く接すれば情というもの多くの行ったところで育つものであり、それはあちらこちら、遙かな所に点在するのである。
東西南北皆欲往,千江隔兮萬山阻。
東西南北、どこへでも行きたいと思っている。黄河、長江、淮河、あまたある河川に隔てられている、それはあまたの山々によって阻まれているのだ。
春風吹園雜花開,朝日照屋百鳥語。
今も吹いてくる東風、春の風はこの庭に吹き多くの花を咲かせ木々や草を成長させる。朝日はこの建物を照らし あらゆる鳥たちが囀り始めるのである。
三杯取醉不復論,一生長恨奈何許。
いっぱい飲む度、愚痴を言い、三杯も盃を傾けるころには酔いどれてしまい、もう論理が成り立たない。人生にとって理不尽な事への裏には長く続くものであり、これをどうしたらよいというのか。 

(春に感ず四首 其の一)
我が思ふ所 何所【いずこ】に在りや、情 多く 地遐【とお】くして處處【しょしょ】に偏【あまね】し。
東西南北 皆 住かむと欲すれども、千江 隔たり 萬山【まんざん】阻【へだ】つ。
春風 園を吹いて 雜花 開き、朝日 屋【おく】を照して 百鳥【ひゃくちょう】語る。
三盃 酔を取りて 復た論ぜざれ、一生 長恨 奈【い】何【か】許【ばかり】ぞ と。



現代語訳と訳註
(本文)

感春四首 其一
我所思兮在何所,情多地遐兮遍處處。
東西南北皆欲往,千江隔兮萬山阻。
春風吹園雜花開,朝日照屋百鳥語。
三杯取醉不復論,一生長恨奈何許。


(下し文)
(春に感ず四首 其の一)
我が思ふ所 何所【いずこ】に在りや、情 多く 地遐【とお】くして處處【しょしょ】に偏【あまね】し
東西南北 皆 住かむと欲すれども、千江 隔たり 萬山【まんざん】阻【へだ】つ。
春風 園を吹いて 雜花 開き、朝日 屋【おく】を照して 百鳥【ひゃくちょう】語る。
三盃 酔を取りて 復た論ぜざれ、一生 長恨 奈【い】何【か】許【ばかり】ぞ と。

(現代語訳)
わたしがいつも心におもうところ、それはどこだというのか、人と長く接すれば情というもの多くの行ったところで育つものであり、それはあちらこちら、遙かな所に点在するのである。
東西南北、どこへでも行きたいと思っている。黄河、長江、淮河、あまたある河川に隔てられている、それはあまたの山々によって阻まれているのだ。
今も吹いてくる東風、春の風はこの庭に吹き多くの花を咲かせ木々や草を成長させる。朝日はこの建物を照らし あらゆる鳥たちが囀り始めるのである。


(訳注)
感春四首 其一

・感春四首 底本巻三。杏花と同じころの作。


我所思兮在何所,情多地遐兮遍處處。
わたしがいつも心におもうところ、それはどこだというのか、人と長く接すれば情というもの多くの行ったところで育つものであり、それはあちらこちら、遙かな所に点在するのである。
所思 思う対象。・兮 韻文の語句の中間につけて意気のあがる勢いを示すまたは末尾につけて一時語勢をとどめ調える。訓読では読まない。詩経、史記、老子など古い詩には多く出る。韓愈は復古主義であるから多く使う。
情多地遐兮編処処 人生のこと、詩文のこと、どこでもぎろんをたたk愛すべきひとはたくさんいる、ただ遠いところにいるだけなのだ。遠いところになら、あちらにも、こちらにも、いっぱいいる。


東西南北皆欲往,千江隔兮萬山阻。
東西南北、どこへでも行きたいと思っている。黄河、長江、淮河、あまたある河川に隔てられている、それはあまたの山々によって阻まれているのだ。


春風吹園雜花開,朝日照屋百鳥語
今も吹いてくる東風、春の風はこの庭に吹き多くの花を咲かせ木々や草を成長させる。朝日はこの建物を照らし あらゆる鳥たちが囀り始めるのである。
春風吹園雜花開 都から朗報をさびしく待つ、孤独なわたしにはかかわりなく、春風は園に吹き、さまざまの花がさきみだれ、万物を成長させるが、私はここで埋もれてしまうのか、 という程度の意味。


三杯取醉不復論,一生長恨奈何許。
いっぱい飲む度、愚痴を言い、三杯も盃を傾けるころには酔いどれてしまい、もう論理が成り立たない。人生にとって理不尽な事への裏には長く続くものであり、これをどうしたらよいというのか。 
三杯取酔不復諭、一生長恨奈何許。 酒を呑む度に理不尽な罪を着せられ、永嘉に流され、恩赦で罪を説かれたとしても元の地位さえつけてくれない。こうした怨み、長恨を酒を傾けるごとに長々と論じている。三杯の酒は酔うほどにわからなくなり、同じことの繰り返しであったり、論理が、滅裂になったりする。この自分の人生どうしたらいいのか、隠遁したら、自分の意見を、仲間と戦わしてきた正論を進めることはできない。このジレンマどうにかしてくれ。同時期に作った韓愈『早春雪中聞鸎』(早春雪中に鶯を聞く)と詩の内容は同じである。
朝鸎雪裏新,雪樹眼前春。
帶澀先迎氣,侵寒已報人。
共矜初聽早,誰貴後聞頻。
暫囀那成曲,孤鳴豈及辰。
風霜徒自保,桃李詎相親。
寄謝幽棲友,辛勤不為身。

條山蒼 <39>Ⅱ韓退之(韓愈)詩310 紀頌之の漢詩ブログ1009

條山蒼 <39>Ⅱ韓退之(韓愈)詩310 紀頌之の漢詩ブログ1009


條山蒼
786年貞元二年、韓愈19歳の時、長安に出た。その長安途上の作とされる。現存の作品の最初のものである。長安では従兄韓弇【かんえん】の門生となって勉強した。


條山蒼
條山蒼  、河水黄。
浪波沄沄去、松栢在山岡。


(条山 蒼く)
条山 蒼く、河水 黄なり。
浪波は沄沄として去りぬ、松柏 高岡に在り。

nat0021

現代語訳と訳註
(本文)
條山蒼
條山蒼  、河水黄。
浪波沄沄去、松栢在山岡。


(下し文) (条山 蒼く)
条山 蒼く、河水 黄なり。
浪波は沄沄として去りぬ、松柏 高岡に在り。


(現代語訳)
中条山脈は蒼然としている。
中条山脈は日暮れの薄暗さの中で青々としている。その南を流れる黄河の流れは広々として黄色にひろがっている。
黄河は、大波、小波、渦巻き流れさっていく、世間の波もそうやって東流して行く。いつの日にも松やヒノキは常緑でいるけれどそれは特別な事でなくそれは天から授けられた精気の違いで、めいめい自分に与えられた時節に存分に過ごすものなのだそしてその木はその陽城先生と共に高岡に立っている。

(訳注)
條山蒼
中条山脈は蒼然としている。
○条山蒼 底本では巻三。詩の最初の句をとって題としたのは中国最古の詩集『詩経』にならった。蒼は蒼生、蒼然、日暮れの薄暗さ、隠棲を連想させる。


條山蒼  、河水黄。
中条山脈は日暮れの薄暗さの中で青々としている。その南を流れる黄河の流れは広々として黄色にひろがっている。
条山 華山に対し黄河の北にある中条山のこと。中条山は黄河の北岸を東西に走る山脈で、芮城県のある平野と運城市の中心のある盆地との間に立ちはだかっている。芮城県の西端にある風陵渡鎮で山脈が途切れておりその西側には黄河が南北に延びている。県内の最高峰は雪花山の標高1993メートル。その直ぐ東側にある五老峰(標高1809メートル)は風光明媚な観光地として知られる。当時、陽城がここに隠棲していた。陽城はのちに諫議大夫として天子から召された。その時代の陽城を韓愈は無能だとして論難したこともあるが、やはりすぐれたひとで、いと条山蒼は、青年の韓愈が隠者としての陽城に対する敬嘉の気持ちをうたったものだ、ともいわれる。○河水 黄河の水。詩経『碩人』「河水洋洋、北流活活。」(河の水は洋洋として、北に流るること活活たり。)


浪波沄沄去、松栢在山岡。
黄河は大波、小波、渦巻き流れさっていく、世間の波もそうやって東流して行く。いつの日にも松やヒノキは常緑でいるけれどそれは特別な事でなくそれは天から授けられた精気の違いで、めいめい自分に与えられた時節に存分に過ごすものなのだそしてその木はその陽城先生と共に高岡に立っている。
浪波 浪は大波、波は小波。『六書、故』「浪跳波也。」「水紋」「大波爲攔、小波爲淪、直波爲徑。」流行・変化・群衆の暗喩とみることができる。『荘子人閒世』「言者風波也。夫一言之發、激怒千人、非風波乎。」(言は者 風波なり。夫れ一言 之れ發っするや、怒するは千人を激、風波に非ざる乎。)○沄沄 水が渦巻き流れるさま。杜甫『次空霊岸詩』「沄沄逆素浪、落落展清眺。」(沄沄として素浪逆し、落落として清眺に展ぶ。)○松栢 マツとコノテガシワ、いずれも常緑樹、ひのき類の総称。不変・節操の比喩として使用されることが多い。松やヒノキは、冬でも青いが、それは天から授けられた精気の違いで、めいめい自分に与えられた時節に存分に過ごし、自分の安心すべき位置を得ていればそれが良いので、冬青いからといって、特に尊重する必要はない。論語『子罕篇廿八』「子曰 歳寒 然後知松栢之後彫也」人の運は四十にならないと分からない。そこで枯れてしまった者は、ただ運がよかっただけ。栢は柏の俗字。○山岡 高岡とする本があって、上句に沄沄があり、その方がよいようにおもわれる。

中唐詩人ID-44 盧仝 走筆謝孟諫議寄新茶#3kanbun-iinkai紀頌之の李商隠と中唐の漢詩ブログ253

中唐詩人ID-44 盧仝 走筆謝孟諫議寄新茶#3 kanbun-iinkai紀頌之の李商隠と中唐の漢詩ブログ253


盧仝【ろどう】(生年不詳-835年)中唐の詩人。出世の志なく、若いときから少室山(河南省)に隠棲して学問を究めた。宦官を揶揄する詩、『月蝕詩』を作った。この詩により、甘露の変のとき王涯の邸で会食していたところを逮捕された。盧仝は宦官一掃の計画となんの関わりもなかったが殺された。茶を愛好し、玉川泉から水を汲んで茶を煮出したため、玉川子を号とした。『玉川子詩集』。

王涯【おうがい】(765?~835) 太原の人。唐の貞元八年(792)、進士及第。文宗(李昂)の時、太常卿として召され、吏部尚書総塩鉄をつとめ、司空・門下侍郎に上った。甘露の変(宦官勢力の打倒を企図した事件)に連座して殺された。


韓愈、孟郊と親交があり、韓愈のグループとされている。孟郊の詩『答盧仝』では盧仝像が全く見えないので盧仝の代表作『走筆謝孟諫議寄新茶』を掲載する。


走筆謝孟諫議寄新茶
#1
日高丈五睡正濃、軍將扣門驚周公。口傳諫議送書信、白絹斜封三道印。
開緘宛見諫議面、首閲月團三百片。聞道新年入山里、蟄虫驚動春風起。」
#2
天子須嘗陽羡茶、百草不敢先開花。仁風暗結珠琲蕾、先春抽出黄金芽。
摘鮮焙芳旋封裹、至精至好且不奢。柴門反關無俗客、紗帽籠頭自煎吃。
碧雲引風吹不斷、白花浮光凝碗面。」
#3
一碗喉吻潤、兩碗破孤悶。
一碗目のお茶をすすると、まず口に広がりのどがうるおう。二碗目は、いまだ捨てきれず一人もだえている煩悩に悶々としているのを破ってくれる。
三碗搜枯腸、唯有文字五千卷。
三碗目のお茶は、文才のない私の腸にしみわたり、探り出してくれ、経論五千巻が込められた茶により、詩文を蘇えらせてくれる。
四碗發輕汗、平生不平事、盡向毛孔散。
四碗目のお茶は、体の中を駆け抜けて軽い汗となって発散する、何事にも平常心でむかうべきところなのに平時のことではないことになり、それぞれの毛穴から噴出してゆく。
五碗肌骨清、六碗通仙靈。
五碗目には体の中の不純物が発散されたので肌や骨まで清らかになる、六碗目になると、ただ事ではなく仙界や霊域に行きついてしまう。
七碗吃不得也、唯覺兩腋習習清風生。
七碗目は仙界と霊域に達したからには口にして啜ることはいけない、ここまで来るともう、両脇からシューシューッと爽快な風が吹き抜け新しい気分が生まれるのを感じることがわかる。
蓬萊山、在何處?玉川子乘此清風欲歸去。
仙人が棲む蓬莱山はいったいどこにあるというのか。このお茶を飲んだうえでは、玉川子(盧仝の号)が清々しい風にのって、蓬莱山まで飛んでゆきたいものだ。
山上群仙司下士、地位清高隔風雨。
山頂に棲む仙人たちのように朝廷内の官僚は凡夫であると最下級の士を管理監督している。地位が高いというだけで清廉で気高いこととは風雨によって隔てられている。(茶を飲み、至福をむかえてもそれに驕らず仁徳を持つことが必要だ。)
安得知百万億蒼生命、墮在顚崖受辛苦。
仁徳なくしてどうして百万億の多くの民衆たちの命を知りうることができるというのか。そうでなければ山の頂上のような高い地位があり、峻崖のように険しいがけのような地位もある、やがて艱難辛苦に苦しむ事になるというものだ。
便為諫議問蒼生、到頭還得蘇息否?

だから諫議大夫という地位にある君は、民衆に次のことを質問するといい。結局のところ、再び民衆の彼らが(我々がお茶を飲んで)一息ついて安らぐことができるかどうかを。(それを高級官僚にいってくれ。)


日高きこと丈五 睡り 正に濃く、軍將 門を扣(たた)きて周公を驚かす。
口傳す諫議書信を送ると、白絹斜めに封ず三道の印。
緘を開けば宛(さな)がら見る諫議の面、首(はじ)めに月の團(まろ)きを閲(けみ)する三百片。
きくならく新年山里に入り、蟄虫驚動して春風起る。」

天子須く嘗むべし陽羡の茶、百草敢えて先ず花を開かず
仁風暗に結ぶ珠琲蕾(しゅばいらい)、春に先だって抽出す黄金の芽。
鮮を摘み芳を焙ってやや封裹(ほうか)す、至精至好 且つ奢らず。
至尊之餘合王公、何事便到山人家。
至尊の餘 王公にかなうに、何事ぞすなわち到る山人の家
柴門反って關(とざ)して俗客なし、紗帽 籠頭 自ら煎吃(せんきつ)す。
碧雲風を引き吹いて斷たず、白花浮光 碗面に凝る。
一碗喉吻うるおう、兩碗孤悶を破す。
三碗枯腸をさぐる、唯だ有り文字五千卷。
四碗輕汗を發す、平生 平事ならず、盡々く毛孔に向かって散る。
五碗肌骨清し、六碗仙靈に通ず。
七碗吃するを得ざるなり、唯だ覺ゆ 兩腋 習習として清風生ずるを。
蓬萊山、いづくにかある。玉川子 此の清風に乘じて歸り去【ゆ】かんと欲す。
山上の群仙 下士を司どる、地位 清高 風雨を隔つ。
いずくんぞ百万億蒼生の命を知るを得ん、顚と崖 在り墮ちて 辛苦を受くるを。
すなわち 諫議 蒼生に問うをなし、到頭 還た蘇息を得べしや否や。


現代語訳と訳註
(本文) #3
一碗喉吻潤、兩碗破孤悶。
三碗搜枯腸、唯有文字五千卷。
四碗發輕汗、平生不平事、盡向毛孔散。
五碗肌骨清、六碗通仙靈。
七碗吃不得也、唯覺兩腋習習清風生。
蓬萊山、在何處?玉川子乘此清風欲歸去。
山上群仙司下士、地位清高隔風雨。
安得知百万億蒼生命、墮在顚崖受辛苦。
便為諫議問蒼生、到頭還得蘇息否?


(下し文)
一碗喉吻うるおう、兩碗孤悶を破す。
三碗枯腸をさぐる、唯だ有り文字五千卷。
四碗輕汗を發す、平生 平事ならず、盡々く毛孔に向かって散る。
五碗肌骨清し、六碗仙靈に通ず。
七碗吃するを得ざるなり、唯だ覺ゆ 兩腋 習習として清風生ずるを。
蓬萊山、いづくにかある。玉川子 此の清風に乘じて歸り去【ゆ】かんと欲す。
山上の群仙 下士を司どる、地位 清高 風雨を隔つ。
いずくんぞ百万億蒼生の命を知るを得ん、顚と崖 在り墮ちて 辛苦を受くるを。
すなわち 諫議 蒼生に問うをなし、到頭 還た蘇息を得べしや否や。


(現代語訳)
一碗目のお茶をすすると、まず口に広がりのどがうるおう。二碗目は、いまだ捨てきれず一人もだえている煩悩に悶々としているのを破ってくれる。
三碗目のお茶は、文才のない私の腸にしみわたり、探り出してくれ、経論五千巻が込められた茶により、詩文を蘇えらせてくれる。
四碗目のお茶は、体の中を駆け抜けて軽い汗となって発散する、何事にも平常心でむかうべきところなのに平時のことではないことになり、それぞれの毛穴から噴出してゆく。
五碗目には体の中の不純物が発散されたので肌や骨まで清らかになる、六碗目になると、ただ事ではなく仙界や霊域に行きついてしまう。
七碗目は仙界と霊域に達したからには口にして啜ることはいけない、ここまで来るともう、両脇からシューシューッと爽快な風が吹き抜け新しい気分が生まれるのを感じることがわかる。
仙人が棲む蓬莱山はいったいどこにあるというのか。このお茶を飲んだうえでは、玉川子(盧仝の号)が清々しい風にのって、蓬莱山まで飛んでゆきたいものだ。
山頂に棲む仙人たちのように朝廷内の官僚は凡夫であると最下級の士を管理監督している。地位が高いというだけで清廉で気高いこととは風雨によって隔てられている。(茶を飲み、至福をむかえてもそれに驕らず仁徳を持つことが必要だ。)
仁徳なくしてどうして百万億の多くの民衆たちの命を知りうることができるというのか。そうでなければ山の頂上のような高い地位があり、峻崖のように険しいがけのような地位もある、やがて艱難辛苦に苦しむ事になるというものだ。
だから諫議大夫という地位にある君は、民衆に次のことを質問するといい。結局のところ、再び民衆の彼らが(我々がお茶を飲んで)一息ついて安らぐことができるかどうかを。(それを高級官僚にいってくれ。)


(訳注) #3
一碗喉吻潤、兩碗破孤悶。
一碗目のお茶をすすると、まず口に広がりのどがうるおう。二碗目は、いまだ捨てきれず一人もだえている煩悩に悶々としているのを破ってくれる。
孤悶 一人もだえる。儒者であり、禅に傾倒している盧仝であるから、自ら捨てきれていない煩悩について悶々としていることをいう。


三碗搜枯腸、唯有文字五千卷。
三碗目のお茶は、文才のない私の腸にしみわたり、探り出してくれ、経論五千巻が込められた茶により、詩文を蘇えらせてくれる。
枯腸 思慮のないこと。文才のないこと。干からびた腹わた。うえたはら。○五千卷 経論五千余巻のこと。茶の生れは仏教とのかかわりが多く茶を焙煎し熟成することは、経を讀み修行をすることの中で行われた。○この聯は文才のない自分に経論五千余巻を読みながらつってくれたお茶の神髄が文才のない作者自身に才能をもたらせてくれるというもの。経論五千余巻を将来したものが僧正となる。経論とは仏の教えを記した経と、経の注釈書である論。『梁書、謝擧傳』「為晉陵郡時、常與義僧遞講経論」(晉陵郡を爲むる時、常に義僧と経論遞【たが】ひに講ず)現在でも茶をつくのは寺院でする場合が多くお経を唱えて焙煎している。


四碗發輕汗、平生不平事、盡向毛孔散。
四碗目のお茶は、体の中を駆け抜けて軽い汗となって発散する、何事にも平常心でむかうべきところなのに平時のことではないことになり、それぞれの毛穴から噴出してゆく。
平生 普段。日頃。平常。『論語、憲問』「久要不平生之言、亦可以為成人矣。」(久要に平生の言を忘れざるは、また、聖人と以て為すべし)○不平事 ここは不平ではなく、平常が平常でないことをいう。(平静=平常=平時=平事)同意語を否定につかことで尋常でないことが強調されるのである。不平不満理解すると意味は矮小化される。


五碗肌骨清、六碗通仙靈。
五碗目には体の中の不純物が発散されたので肌や骨まで清らかになる、六碗目になると、ただ事ではなく仙界や霊域に行きついてしまう。
肌骨清 発汗作用が体内の不純物を出してくれること、利尿作用も漢方における原則的なことである。○仙靈 仙界(伝説的な仙人の世界、道教の世界)と霊域(神仏を祭る神聖な世界)


七碗吃不得也、唯覺兩腋習習清風生。
七碗目は仙界と霊域に達したからには口にして啜ることはいけない、ここまで来るともう、両脇からシューシューッと爽快な風が吹き抜け新しい気分が生まれるのを感じることがわかる。


蓬萊山、在何處?玉川子乘此清風欲歸去。
仙人が棲む蓬莱山はいったいどこにあるというのか。このお茶を飲んだうえでは、玉川子(盧仝の号)が清々しい風にのって、蓬莱山まで飛んでゆきたいものだ。

蓬莱山 神仙三山(蓬莱・方丈・瀛州)の一つ。唐大明宮内の大掖池に蓬莱山があり、蓬莱殿があった。盧仝は仙界を朝廷の比喩として使っているのである。

山上群仙司下士、地位清高隔風雨。
山頂に棲む仙人たちのように朝廷内の官僚は凡夫であると最下級の士を管理監督している。地位が高いというだけで清廉で気高いこととは風雨によって隔てられている。(茶を飲み、至福をむかえてもそれに驕らず仁徳を持つことが必要だ。)
群仙 多くの仙人。『文選、木華、海賦』「群仙縹眇、餐玉淸涯。(群仙 縹眇として、玉を淸涯に餐す)」翰林学士。『琵琶記、春宴杏園』「引領群仙下翠微、杏園惟後の題詩に有るのみ。」(領して群仙を引き翠微を下る、杏園 惟だ有後題詩)ここでは山の上にいる多くの仙人に比喩した旧手の官僚を指すもの。○ 職務とする。管理監督する。○下士 凡夫。愚か者。


安得知百万億蒼生命、墮在顚崖受辛苦。
仁徳なくしてどうして百万億の多くの民衆たちの命を知りうることができるというのか。そうでなければ山の頂上のような高い地位があり、峻崖のように険しいがけのような地位もある、やがて艱難辛苦に苦しむ事になるというものだ。
蒼生命 民衆の命。○顚崖 山の頂と峻崖


便為諫議問蒼生、到頭還得蘇息否?
だから諫議大夫という地位にある君は、民衆に次のことを質問するといい。結局のところ、再び民衆の彼らが(我々がお茶を飲んで)一息ついて安らぐことができるかどうかを。(それを高級官僚にいってくれ。)
○盛唐の玄宗以来、仁徳をもって政治にあたることがなくなったこと、特に、朝廷内において、官僚のみならず、宦官の腐敗頽廃により、民衆は苦しんでいたことを述べている。


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中唐詩人ID-44 盧仝 走筆謝孟諫議寄新茶#2kanbun-iinkai紀頌之の李商隠と中唐の漢詩ブログ252

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盧仝【ろどう】(生年不詳-835年)中唐の詩人。出世の志なく、若いときから少室山(河南省)に隠棲して学問を究めた。宦官を揶揄する詩、『月蝕詩』を作った。この詩により、甘露の変のとき王涯の邸で会食していたところを逮捕された。盧仝は宦官一掃の計画となんの関わりもなかったが殺された。茶を愛好し、玉川泉から水を汲んで茶を煮出したため、玉川子を号とした。『玉川子詩集』。

王涯【おうがい】(765?~835) 太原の人。唐の貞元八年(792)、進士及第。文宗(李昂)の時、太常卿として召され、吏部尚書総塩鉄をつとめ、司空・門下侍郎に上った。甘露の変(宦官勢力の打倒を企図した事件)に連座して殺された。


韓愈、孟郊と親交があり、韓愈のグループとされている。孟郊の詩『答盧仝』では盧仝像が全く見えないので盧仝の代表作『走筆謝孟諫議寄新茶』を掲載する。


走筆謝孟諫議寄新茶
#1
日高丈五睡正濃、軍將扣門驚周公。口傳諫議送書信、白絹斜封三道印。
開緘宛見諫議面、首閲月團三百片。聞道新年入山里、蟄虫驚動春風起。」
#2
天子須嘗陽羡茶、百草不敢先開花。
天子がぜひとも陽羡の茶を啜りたいと思召しておられる。しかし、百草はあえて天子のために先がけて花を開こうとはしないのである。
仁風暗結珠琲蕾、先春抽出黄金芽。
天子に求められる仁徳による教化と同じように、人の知らないところで茶樹に真珠のような蕾をつけるものであり、そうであれば春に先駆けて黄金色の新芽を吹き出すのである。
摘鮮焙芳旋封裹、至精至好且不奢。
鮮葉を丁寧に摘み、焙煎、揉み込み香り立つ茶の持つものをその中に心を込めて封じ込めるのである。それがもっともすぐれているものであり、最も好まれているものである、それをけっして奢りとしない。
柴門反關無俗客、紗帽籠頭自煎吃。
まず、紫門を閉じ俗客が入ってこれないようにするのでゆっくり茶を楽しめる。頭巾で頭を包み、邪念を拂う、そして貰った茶葉を自ら煎じて啜る。
碧雲引風吹不斷、白花浮光凝碗面。」
碧雲の湯気が茶湯から風に引かれるようにわいて止むことはない、白い花(雪)のような茶の泡が光を放つように茶碗の周り表面に満面に浮んでいる。

#3
一碗喉吻潤、兩碗破孤悶。
三碗搜枯腸、唯有文字五千卷。
四碗發輕汗、平生不平事、盡向毛孔散。
五碗肌骨清、六碗通仙靈。
七碗吃不得也、唯覺兩腋習習清風生。
蓬萊山、在何處?玉川子乘此清風欲歸去。
山上群仙司下士、地位清高隔風雨。
安得知百万億蒼生命、墮在顚崖受辛苦。
便為諫議問蒼生、到頭還得蘇息否?

日高きこと丈五 睡り 正に濃く、軍將 門を扣【たた】きて周公を驚かす。
口傳す諫議書信を送ると、白絹斜めに封ず三道の印。
緘を開けば宛【さな】がら見る諫議の面、首【はじ】めに月の團【まろ】きを閲【けみ】する三百片。
きくならく新年山里に入り、蟄虫【ちつちゅう】驚動して春風起る。」

天子須【すべから】く嘗【な】むべし陽羡の茶、百草敢えて先ず花を開かず
仁風暗に結ぶ珠琲蕾【しゅばいらい】、春に先だって抽出す黄金の芽。
鮮を摘み芳を焙ってやや封裹【ほうか】す、至精至好 且つ奢らず。
至尊之餘合王公、何事便到山人家。
至尊の餘 王公にかなうに、何事ぞすなわち到る山人の家
柴門反って關【とざ】して俗客なし、紗帽 籠頭 自ら煎吃【せんきつ】す。
碧雲風を引き吹いて斷たず、白花浮光 碗面に凝る。

一碗喉吻うるおう、兩碗孤悶を破す。
三碗枯腸をさぐる、唯だ有り文字五千卷。
四碗輕汗を發す、平生 平事ならず、盡々く毛孔に向かって散る。
五碗肌骨清し、六碗仙靈に通ず。
七碗吃するを得ざるなり、唯だ覺ゆ 兩腋 習習として清風生ずるを。
蓬萊山、いづくにかある。玉川子 此の清風に乘じて歸り去【ゆ】かんと欲す。
山上の群仙 下士を司どる、地位 清高 風雨を隔つ。
いずくんぞ百万億蒼生の命を知るを得ん、顚と崖 在り墮ちて 辛苦を受くるを。
すなわち 諫議 蒼生に問うをなし、到頭 還た蘇息を得べしや否や。

ocha00
イメージ写真です。詩の内容のお茶ではありません。

現代語訳と訳註
(本文) #2

天子須嘗陽羡茶、百草不敢先開花。
仁風暗結珠琲蕾、先春抽出黄金芽。
摘鮮焙芳旋封裹、至精至好且不奢。
柴門反關無俗客、紗帽籠頭自煎吃。
碧雲引風吹不斷、白花浮光凝碗面。」


(下し文)
天子須く嘗むべし陽羡の茶、百草敢えて先ず花を開かず
仁風暗に結ぶ珠琲蕾(しゅばいらい)、春に先だって抽出す黄金の芽。
鮮を摘み芳を焙ってやや封裹(ほうか)す、至精至好 且つ奢らず。
至尊之餘合王公、何事便到山人家。
至尊の餘 王公にかなうに、何事ぞすなわち到る山人の家
柴門反って關(とざ)して俗客なし、紗帽 籠頭 自ら煎吃(せんきつ)す。
碧雲風を引き吹いて斷たず、白花浮光 碗面に凝る。


(現代語訳)
天子がぜひとも陽羡の茶を啜りたいと思召しておられる。しかし、百草はあえて天子のために先がけて花を開こうとはしないのである。
天子に求められる仁徳による教化と同じように、人の知らないところで茶樹に真珠のような蕾をつけるものであり、そうであれば春に先駆けて黄金色の新芽を吹き出すのである。
鮮葉を丁寧に摘み、焙煎、揉み込み香り立つ茶の持つものをその中に心を込めて封じ込めるのである。それがもっともすぐれているものであり、最も好まれているものである、それをけっして奢りとしない。
まず、紫門を閉じ俗客が入ってこれないようにするのでゆっくり茶を楽しめる。頭巾で頭を包み、邪念を拂う、そして貰った茶葉を自ら煎じて啜る。
碧雲の湯気が茶湯から風に引かれるようにわいて止むことはない、白い花(雪)のような茶の泡が光を放つように茶碗の周り表面に満面に浮んでいる。


(訳注) #2
天子須嘗陽羡茶、百草不敢先開花。

天子がぜひとも陽羡の茶を啜りたいと思召しておられる。しかし、百草はあえて天子のために先がけて花を開こうとはしないのである。
陽羡茶 陽羡とは晋の時代の県名、現江蘇省無錫市に位置する宜興で作られた茶をいう。急須は美しい青色の紫沙壺である。○ 須+動詞すべからく~すべし。ぜひとも~が必要だとする。このばあい。嘗める。


仁風暗結珠琲蕾、先春抽出黄金芽。
天子に求められる仁徳による教化と同じように、人の知らないところで茶樹に真珠のような蕾をつけるものであり、そうであれば春に先駆けて黄金色の新芽を吹き出すのである。
仁風 仁徳による教化。『後漢書、章帝紀』「仁風行於千載」に基づく。
 

摘鮮焙芳旋封裹、至精至好且不奢。
鮮葉を丁寧に摘み、焙煎、揉み込み香り立つ茶の持つものをその中に心を込めて封じ込めるのである。それがもっともすぐれているものであり、最も好まれているものである、それをけっして奢りとしない。
 新鮮、鮮少、芳鮮などの意味を持つ。○焙芳 焙煎して、揉みこむときに水分を飛ばし、一気に月團に固め、芳香を封じ込め、麹菌により、熟成される。○旋封裹 窯というか臼のような中で手もみし、そのときぐるぐる旋回させ、茶の良さを封じ込める。○至精 もっともすぐれていること。『易経、繋辭上』「非天下之至精、其孰能與於此。」(天下の至精に非ず、其れ孰【いずれ】か能くここに与らんや。)


柴門反關無俗客、紗帽籠頭自煎吃。
まず、紫門を閉じ俗客が入ってこれないようにするのでゆっくり茶を楽しめる。頭巾で頭を包み、邪念を拂う、そして貰った茶葉を自ら煎じて啜る。
柴門 柴で作った粗末な門。羌村三首 其二 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 221「柴門鳥雀噪,歸客千裡至。」(柴門【さいもん】  鳥雀 噪【さわ】ぎ、帰客 千里より至る。)○籠頭 茶席の禅語「脱却籠頭卸角駄」(籠頭を脱却し角駄を卸す)團茶の種類。團龍。團鳳。 


碧雲引風吹不斷、白花浮光凝碗面。」
碧雲の湯気が茶湯から風に引かれるようにわいて止むことはない、白い花(雪)のような茶の泡が光を放つように茶碗の周り表面に満面に浮んでいる。
碧雲  青みがかった色の雲。青雲。茶を入れると湯気が立つことをいう。○白花 茶の泡をいうがいいものは雪のように白いものが上等とされている。


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中唐詩人ID-44 盧仝 走筆謝孟諫議寄新茶#1 kanbun-iinkai紀頌之の李商隠と中唐の漢詩ブログ251

中唐詩人ID-44 盧仝 走筆謝孟諫議寄新茶#1 kanbun-iinkai紀頌之の李商隠と中唐の漢詩ブログ251


盧仝【ろどう】(生年不詳-835年)中唐の詩人。出世の志なく、若いときから少室山(河南省)に隠棲して学問を究めた。宦官を揶揄する詩、『月蝕詩』を作った。この詩により、甘露の変のとき王涯の邸で会食していたところを逮捕された。盧仝は宦官一掃の計画となんの関わりもなかったが殺された。茶を愛好し、玉川泉から水を汲んで茶を煮出したため、玉川子を号とした。『玉川子詩集』。

王涯【おうがい】(765?~835) 太原の人。唐の貞元八年(792)、進士及第。文宗(李昂)の時、太常卿として召され、吏部尚書総塩鉄をつとめ、司空・門下侍郎に上った。甘露の変(宦官勢力の打倒を企図した事件)に連座して殺された。


韓愈、孟郊と親交があり、韓愈のグループとされている。孟郊の詩『答盧仝』では盧仝像が全く見えないので盧仝の代表作『走筆謝孟諫議寄新茶』を掲載する。


走筆謝孟諫議寄新茶
筆を走らせて孟諫議に新茶を届けていただいた感謝を述べる。
#1
日高丈五睡正濃、軍將扣門驚周公。
真昼の太陽がまだ高い所にあるのに昼寝をぐっすりとしてしまい孔子のように礼節を思い浮かべていたら、使いと名乗る低い地位の武官〈軍将〉が門をたたいて、孔子が夢見た周公でさえすっ飛んで私は目覚めた。
口傳諫議送書信、白絹斜封三道印。
まず、口頭で孟諫議くんの書信を持ってきたと軍将がいう。その書簡は、白絹に包み、斜めに封じて、さらに三つの印が押してあった。
開緘宛見諫議面、首閲月團三百片。
封緘を開けると孟諫議の顔を浮かべた。親友自ら、新芽を選び摘んでくれ、たくさんの茶葉でまるい月のように團茶にして上等茶にしてくてたようだ。
聞道新年入山里、蟄虫驚動春風起。」

聞くところによると、新年早々、茶摘みに茶山の里に入ったらしい、入山は土の中で冬眠の虫たちが起こし目覚めさせ、里山は春風におおわれる。

#2
天子須嘗陽羡茶、百草不敢先開花。
仁風暗結珠琲蕾、先春抽出黄金芽。
摘鮮焙芳旋封裹、至精至好且不奢。
柴門反關無俗客、紗帽籠頭自煎吃。
碧雲引風吹不斷、白花浮光凝碗面。」
#3
一碗喉吻潤、兩碗破孤悶。
三碗搜枯腸、唯有文字五千卷。
四碗發輕汗、平生不平事、盡向毛孔散。
五碗肌骨清、六碗通仙靈。
七碗吃不得也、唯覺兩腋習習清風生。
蓬萊山、在何處?玉川子乘此清風欲歸去。
山上群仙司下士、地位清高隔風雨。
安得知百万億蒼生命、墮在顚崖受辛苦。
便為諫議問蒼生、到頭還得蘇息否?


日高きこと丈五 睡り 正に濃く、軍將 門を扣(たた)きて周公を驚かす。
口傳す諫議書信を送ると、白絹斜めに封ず三道の印。
緘を開けば宛(さな)がら見る諫議の面、首(はじ)めに月の團(まろ)きを閲(けみ)する三百片。
きくならく新年山里に入り、蟄虫驚動して春風起る。」
天子須く嘗むべし陽羡の茶、百草敢えて先ず花を開かず
仁風暗に結ぶ珠琲蕾(しゅばいらい)、春に先だって抽出す黄金の芽。
鮮を摘み芳を焙ってやや封裹(ほうか)す、至精至好 且つ奢らず。
至尊之餘合王公、何事便到山人家。
至尊の餘 王公にかなうに、何事ぞすなわち到る山人の家
柴門反って關(とざ)して俗客なし、紗帽 籠頭 自ら煎吃(せんきつ)す。
碧雲風を引き吹いて斷たず、白花浮光 碗面に凝る。
一碗喉吻うるおう、兩碗孤悶を破す。
三碗枯腸をさぐる、唯だ有り文字五千卷。
四碗輕汗を發す、平生 平事ならず、盡々く毛孔に向かって散る。
五碗肌骨清し、六碗仙靈に通ず。
七碗吃するを得ざるなり、唯だ覺ゆ 兩腋 習習として清風生ずるを。
蓬萊山、いづくにかある。玉川子 此の清風に乘じて歸り去【ゆ】かんと欲す。
山上の群仙 下士を司どる、地位 清高 風雨を隔つ。
いずくんぞ百万億蒼生の命を知るを得ん、顚と崖 在り墮ちて 辛苦を受くるを。
すなわち 諫議 蒼生に問うをなし、到頭 還た蘇息を得べしや否や。

八女茶 畑
本文とは関係のないイメージ写真です。

 現代語訳と訳註
(本文) 走筆謝孟諫議寄新茶

#1
日高丈五睡正濃、軍將扣門驚周公。
口傳諫議送書信、白絹斜封三道印。
開緘宛見諫議面、首閲月團三百片。
聞道新年入山里、蟄虫驚動春風起。」


(下し文)
日高きこと丈五 睡り 正に濃く、軍將 門を扣(たた)きて周公を驚かす。
口傳す諫議書信を送ると、白絹斜めに封ず三道の印。
緘を開けば宛(さな)がら見る諫議の面、首(はじ)めに月の團(まろ)きを閲(けみ)する三百片。
きくならく新年山里に入り、蟄虫驚動して春風起る。

(現代語訳)
筆を走らせて孟諫議に新茶を届けていただいた感謝を述べる。
真昼の太陽がまだ高い所にあるのに昼寝をぐっすりとしてしまい孔子のように礼節を思い浮かべていたら、使いと名乗る低い地位の武官〈軍将〉が門をたたいて、孔子が夢見た周公でさえすっ飛んで私は目覚めた。
まず、口頭で孟諫議くんの書信を持ってきたと軍将がいう。その書簡は、白絹に包み、斜めに封じて、さらに三つの印が押してあった。
封緘を開けると孟諫議の顔を浮かべた。親友自ら、新芽を選び摘んでくれ、たくさんの茶葉でまるい月のように團茶にして上等茶にしてくてたようだ。
聞くところによると、新年早々、茶摘みに茶山の里に入ったらしい、入山は土の中で冬眠の虫たちが起こし目覚めさせ、里山は春風におおわれる。


(訳注)
走筆謝孟諫議寄新茶

筆を走らせて孟諫議に新茶を届けていただいた感謝を述べる。
諫議(かんぎ)諫議大夫という官職名を示す。政治の成功と失敗を論じて、天子の過ちと政治上の問題点を諫める官職です。友人の孟諫議大夫。不明の人物であるが、宰相王涯の部下であろう。


日高丈五睡正濃、軍將扣門驚周公。
真昼の太陽がまだ高い所にあるのに昼寝をぐっすりとしてしまい孔子のように礼節を思い浮かべていたら、使いと名乗る低い地位の武官〈軍将〉が門をたたいて、孔子が夢見た周公でさえすっ飛んで私は目覚めた。
丈五五睡 日高とあるので午睡と読み替える必要がある。通常は五行思想で、夜を、一夜を五睡(更)に分け、初更(甲夜)・二更(乙夜(いつや))・三更(丙夜)・四更(丁夜)・五更(戊夜(ぼや))に五等分した称とし、このすべての時間、礼節を重んじる周公のことを夢見る夜のことを言う。したがって、丈五の「五」と「睡」で五睡=孔子=周公と連想させている。この語は下句の周公にかかっていて理想の人物孔子が夢に見続ける。○周公 礼学の基礎を形作った人物とされ、周代の儀式・儀礼について書かれた『周礼』、『儀礼』を著したとされる。旦の時代から遅れること約500年の春秋時代に儒学を開いた孔子は魯の出身であり、旦を理想の聖人と崇め、常に旦のことを夢に見続けるほどに敬慕し、ある時に夢に旦のことを見なかったので「年を取った」と嘆いたと言う。『論語、述而』「子曰甚矣吾衰也。久矣吾不復夢見周公。」(子曰く、甚だしいかな吾が衰へたる也。久しいかな吾周公を復夢に見ず)に基づいている。


口傳諫議送書信、白絹斜封三道印。
まず、口頭で孟諫議くんの書信を持ってきたと軍将がいう。その書簡は、白絹に包み、斜めに封じて、さらに三つの印が押してあった。
口傳 口頭で伝えること。奥義などの秘密を口伝えに教えを授けること。口授。また,それを記した書。『准南子 氾論訓』「此れ皆不著於法令、而聖人所不口伝也。」(此れ皆法令に著わさずして、而して聖人の口伝せざるところ也。)に基づく。○白絹 当時は白い練絹に書をしたためていた。○斜封 斜めに封緘する。○三道印 関係した人間がそれぞれ印を押すので中間の人が二人いたのだろう。


開緘宛見諫議面、首閲月團三百片。
封緘を開けると孟諫議の顔を浮かべた。親友自ら、新芽を選び摘んでくれ、たくさんの茶葉でまるい月のように團茶にして上等茶にしてくてたようだ。
月團 團茶のこと。茶葉の持つ膠質を応用し、緑茶または紅茶の茶葉の粉を蒸してから臼を使って茶葉を搗いて固め、それを成型したものの上に麹を植え付けて熟成させることによってつくられる。当初は、団子状の形状をしていた。唐代には朝廷への献上品(貢納茶)でもあり、貴族らに愛飲された。團茶という名勝は宋時代からなので、盧仝らが名づけ広まったものであろう。○首閲 茶のツボミが竜の頭のようであったため、摘む際によく選んだということ。ウーロン茶の語源もここにある。○三百片 たくさんの茶葉ということ。焙煎して丸く固めて、麹菌で熟成させたものである。


聞道新年入山里、蟄虫驚動春風起。」
聞くところによると、新年早々、茶摘みに茶山の里に入ったらしい、入山は土の中で冬眠の虫たちが起こし目覚めさせ、里山は春風におおわれる。
○蟄虫【ちっちゅう】地中にこもって越冬する虫。『詩経』『禮記、月令』

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忽忽 中唐詩-221 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-22

忽忽 中唐詩-221 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-22


796年 董晋の招きで宣武軍節度使の幕府に入る。
797年 病気のため一時求職。
    孟郊が来る。
798年 同所で進士科の予備試験員。
    張籍、この試験合格者の中に有る。
799年 汴州の乱汴州亂二首其一 韓愈特集-6
        汴州亂二首其二 韓愈特集-7
    此日足可惜贈張籍 韓愈-7-#1 ~14
    徐州武寧軍節度使 張建封の幕府に入る。
    韓愈、命受けて長安へ。孟郊、呉、越を遊覧。
    忽忽
800年 春長安より徐州へ帰る。幕府を退く。
    彭城に帰る
    山石    ・孟郊常州に行く。


「此日足可惜贈張籍」の詩に出た幕府の張建封は、汴州から避難して来た韓愈とその家族に援助の手をさしのべて、住宅の世話をしてくれ、生計のめんどうまで見てくれた。韓愈は当然感謝したのだが、その年799年(貞元十五年)の秋、家族を連れて徐州を去ろうとした。それを建封が引き止めて、自分の幕府の幕僚に任命してくれた。なぜか、韓愈の意にそうものではなかった。
ひとつには建封の設けた服務規定がきびしすぎたのだ。建封の武寧軍の幕府につとめはじめてからまもなく、愈は建封に手紙を送っている。「あなたの幕府の勤務時間は長すぎるし、拘束もきびしすぎるので、自分には特例を設け、もっと余裕のある勤務ができるようにはからって欲しい」と要求し ているのだ。

韓愈特集-22


忽忽
つかみどころのない気持ち。
忽忽乎余未知生之爲樂也,願脱去而無因。
わたしはいままでおもいをそのままにしていて、人生の生きること、仁徳の満足感を未だに知らないでいた。そのつかみどころのない状態から脱け出そうと願うのであるが、その方法がわからないのだ。 
安得長翮大翼如雲生我身。
どうにかして、荘子の鵬のように長く大きな翼を手に入れて、わたしの身に生(は)やすことができて雲の中に飛ぶことができるのだろうか。
乘風振奮出六合,絶浮塵。
風に乗って、力強く羽ばたき、天地と東西南北の六方世界の果てから飛び出すのだ。そしてこの浮き世の俗塵との繋がりを絶ちたいのだ。
死生哀樂兩相棄,是非得失付閒人。

人には生き死は、哀しみと楽しみがあり、この両者を棄ててしまうのである。善悪や損得については、暇な人に任せるのだ。 


忽忽こつこつ      
忽忽乎(こ) として 余 未だ生の樂みと爲なすところを知らざる也り,脱去せんと願ふに  因(よ)し 無し。
安(いづく)んぞ 長翮(ちょうかく)大翼を得て  雲の如く 我が身に生(は)やさん。
風に乘り 振奮して  六合(りくがふ)を出いで,
浮塵(ふじん)を絶(た)たん。
死生 哀樂(あいらく) 兩(ふたつ)ながら 相 棄(す)て,是非 得失は 閒人(かんじん)に付す。



現代語訳と訳註
(本文) 忽忽
忽忽乎余未知生之爲樂也,願脱去而無因。
安得長翮大翼如雲生我身。
乘風振奮出六合,絶浮塵。
死生哀樂兩相棄,是非得失付閒人。


(下し文) 忽忽こつこつ      
忽忽乎(こ) として 余 未だ生の樂みと爲なすところを知らざる也り,脱去せんと願ふに  因(よ)し 無し。
安(いづく)んぞ 長翮(ちょうかく)大翼を得て  雲の如く 我が身に生(は)やさん。
風に乘り 振奮して  六合(りくごう)を出いで,
浮塵(ふじん)を絶(た)たん。
死生 哀樂(あいらく) 兩(ふたつ)ながら 相 棄(す)て,是非 得失は 閒人(かんじん)に付す。


(現代語訳)
つかみどころのない気持ち。
わたしはいままでおもいをそのままにしていて、人生の生きること、仁徳の満足感を未だに知らないでいた。そのつかみどころのない状態から脱け出そうと願うのであるが、その方法がわからないのだ。 
どうにかして、荘子の鵬のように長く大きな翼を手に入れて、わたしの身に生(は)やすことができて雲の中に飛ぶことができるのだろうか。
風に乗って、力強く羽ばたき、天地と東西南北の六方世界の果てから飛び出すのだ。そしてこの浮き世の俗塵との繋がりを絶ちたいのだ。 
人には生き死は、哀しみと楽しみがあり、この両者を棄ててしまうのである。善悪や損得については、暇な人に任せるのだ。


(訳注)
忽忽こつこつ
つかみどころのない気持ち。
○思いまようさま。かりそめ。ゆるがせにするさま。物事をかえりみないさま。失意のさま。うっとりするさま。忘れるさま。すみやかに過ぎ去るさま。たちまち。幕府の張建封の設けた服務規定がきびしすぎたのだ。 この詩、散文調で、独特の重苦しさがある。


忽忽乎余未知生之爲樂也、願脱去而無因。
わたしはいままでおもいをそのままにしていて、人生の生きること、仁徳の満足感を未だに知らないでいた。そのつかみどころのない状態から脱け出そうと願うのであるが、その方法がわからないのだ。 
忽忽乎 ・~乎 ~として。接尾辞として語尾に用いられ、強く状態を示す。○ わたし。○未知 まだ分からない。まだ知らない。○ 自分の持っている性(さが)で生きること。 ○ ~の。また、実質上語調を整えるもので、散文で使われる語。○爲樂 楽(たのしみ)となす。快楽ではなく、仁徳の満足感をいう。 ○ 散文でより多く使われる語。○ ~なり。散文で使われる語で、文末に用い、決断、注意、感慨、疑問、語気などをととのえる。○ ねがはくは。願望。・脱去 脱け出す。○ ~が。順接、逆接のどちらにも使う接続語。ここでは逆接で散文で使われる語である。・無因 きっかけがない。よし無し。


安得長翮大翼如雲生我身。
どうにかして、荘子の鵬のように長く大きな翼を手に入れて、わたしの身に生(は)やすことができて雲の中に飛ぶことができるのだろうか。
安得 〔あんとく〕どこに求められよう。どうして~だろうか。いづくんぞ~なるを得んや。○至老 老齢になっても。年をとっても。 ○長翮 〔ちょうかく〕長い羽根の根元。 ○大翼 大きな翼(つばさ)。荘子のいう、鵬の翼のこと。文末に参考。


乘風振奮出六合、絶浮塵。
風に乗って、力強く羽ばたき、天地と東西南北の六方世界の果てから飛び出すのだ。そしてこの浮き世の俗塵との繋がりを絶ちたいのだ。 
乘風 勢いよいさま。 ○振奮 奮い立つ。奮い立たせる。元気を出す。力強く羽ばたく。 ○六合 〔りくごう〕天地(上下)と東西南北。六方。世界。・絶 たちきる。きりはなす。 ○浮塵 空中に舞い上がっているほこり。世塵。俗世間のわずらわしさ。


死生哀樂兩相棄、是非得失付閒人。
人には生き死は、哀しみと楽しみがあり、この両者を棄ててしまうのである。善悪や損得については、暇な人に任せるのだ。
死生 死ぬことと生きること。 ○哀樂 悲しみと楽しみ。 ○ ふたつ。双方。「死生」と「哀樂」を指す。 ○相棄 (俗世のあらゆる価値あるものを)すてさる。○是非 善悪。 ○得失 損得。 ○ まかせる。 ○閒人 ひまじん。


(参考)荘子:「逍遥遊篇」
北冥有魚 ,其名為鯤。鯤之大,不知其幾千里也。化而為鳥,其名為鵬。鵬之背,不知其幾千里也。怒而飛, 其翼若垂天之雲。是鳥也,海運則將徙於南冥。南冥者, 天池也 。

 北 冥 に 魚あり、其の名を鯤(コン)と為す。鯤の大いさ其の幾千里なるかを知らず。化して鳥と為るや、其の名を鵬(ホウ)と為す。鵬の背(そびら)、其の幾千里なるかを知らず。怒(ド)して飛べば其の翼(つばさ)は垂天(スイテン) の雲の若(ごと)し。是(こ)の鳥や、海の運(うご)くとき則(すなわ)ち将(まさ)に南冥(ナンメイ)に徙(うつ)らんとす。南冥とは天池(テンチ)なり。

 荘子が語る「逍遥遊」(ショウヨウユウ)の世界。開巻劈頭、「鵬鯤」の物語で、一気に彼の物語へと誘い込まれる。
 この世界の北の果て、波も冥(くら)い海に魚がいて、その名は鯤という。その鯤の大きさは、いったい何千里あるのか見当もつかないほどの、とてつもない大きさだ。
 この巨大な鯤が(時節が到来し)転身の時を迎えると、姿を変えて鳥となる。その名は鵬という。その背(せな)の広さは幾千里あるのか見当もつかない。
 この鵬という巨大な鳥が、一たび満身の力を奮って大空に飛びたてば、その翼の大きいこと、まるで青空を掩(おお)う雲のようだ。
 この鳥は、(季節風が吹き)海の荒れ狂うときになると、(その大風に乗って飛び上がり)、南の果ての海へと天翔(あまがけ)る。「南の果ての海」とは天の池である。

○逍遥遊(ショウヨウユウ) 何ものにも束縛されることのない自由な境地に心を遊ばせること。○鯤(コン) はららご。魚のまるい卵。魚子。『爾雅』(釈魚)。 最も微小なものである鯤(はららご)を、北の果ての冥い海に棲(す)む巨大な魚の名に用いたところ、荘子の面目躍如たるところである。しかも、この鯤が、天空をさえぎって飛翔する巨大な鳥に変身するというのである。我々の常識の世界を超越している。○海の運くとき  嵐で海の荒れること。


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