中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊(東野)  漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 訳注解説ブログ

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

韓愈 初めての左遷

送靈師 韓退之(韓愈)詩<49#4>Ⅱ中唐詩334 紀頌之の漢詩ブログ1081

送靈師 韓退之(韓愈)詩<49#4>Ⅱ中唐詩334 紀頌之の漢詩ブログ1081


送靈師(韓愈 唐詩)
#1 
佛法入中國,爾來六百年。
齊民逃賦役,高士著幽禪。
官吏不之制,紛紛聽其然。
耕桑日失隸,朝署時遺賢。
靈師皇甫姓,胤胄本蟬聯。」
#2
少小涉書史,早能綴文篇。
中間不得意,失蹟成延遷。
逸志不拘教,軒騰斷牽攣。
圍棋鬥白黑,生死隨機權。
六博在一擲,梟盧叱回鏇。」
#3
戰詩誰與敵,浩汗横戈鋋。
飲酒盡百盞,嘲諧思逾鮮。
有時醉花月,高唱清且緜。
四座鹹寂默,杳如奏湘弦。
尋勝不憚險,黔江屢洄沿。」
#4
瞿塘五六月,驚電讓歸船。
瞿塘峡の五、六月が最も危険である。それをことさら 押し渡っていこうという企みをする、脅威なのは船が電撃に遭い揺れ動き、自分でどうのこうのはできないので流れに譲るよりないのである。
怒水忽中裂,千尋堕幽泉。
怒濤は忽ち寄せ來る波でせめぎ合いをし、そしてなかばより裂ける。千尋の底、地獄の淵涯までまっさかさまに落ちていく。
環回勢益急,仰見團團天。
逆巻く波がめぐり渦巻を大きくし、勢いはさらに増していく、船は波間にかくれ、仰ぎみればまるですり鉢の底から見るような円形の空になっている。
投身豈得計,性命甘徒捐。
そこに身を投げ、舟を進めるどういうわけか無謀なことをしているのだ。甘いその時の感情で出発したことは自分の命をむざむざ棄てるということではないか。
浪沫蹙翻湧,漂浮再生全。」
白浪が時にちぢまり、はじけてひるがえり、そしてわきあがると木の葉の船はあわとなってこなごなにくだけ散る。それでもどうやら浮び上ったようで、ふたたび生きているのを感じとり、命ぱかりはとりとめたということだ。
#5
同行二十人,魂骨俱坑填。
靈師不掛懷,冒涉道轉延。
開忠二州牧,詩賦時多傳。
失職不把筆,珠璣爲君編。
強留費日月,密席羅嬋娟。」
#6
昨者至林邑,使君數開筵。
逐客三四公,盈懷贈蘭荃。
湖游泛漭沆,溪宴駐潺湲。
别語不許出,行裾動遭牽。
鄰州競招請,書劄何翩翩。」
#7
十月下桂嶺,乘寒恣窺緣。
落落王員外,爭迎穫其先。
自從入賓館,占吝久能專。
吾徒頗擕被,接宿窮歡妍。
聽說兩京事,分明皆眼前。」
#8
縱横雜謠俗,瑣屑鹹羅穿。
材調真可惜,朱丹在磨研。
方將斂之道,且欲冠其顛。
韶陽李太守,高步凌雲煙。
得客輒忘食,開囊乞繒錢。」
#9
手持南曹叙,字重青瑤鐫。
古氣參彖系,高標摧太玄。
維舟事幹謁,披讀頭風痊。
還如舊相識,傾壺暢幽悁。
以此複留滯,歸驂幾時鞭。」


(靈師を送る)
佛法【ぶっぽう】 中國に入り,爾來【じらい】 六百年。
齊民【せいみん】 賦役【ふえき】を逃れ,高士【こうし】 幽禪【ゆうぜん】を著【め】づ。
官吏 之を制せず,紛紛として其の然【しか】ることを聽【ゆる】す。
耕桑【こうそう】日【ひび】に隸【れい】を失い,朝署【ちょうしょ】時に賢を遺せり。
靈師は皇甫【こうほ】の姓,胤胄【いんちゅう】本【もともと】 蟬聯【せんれん】たり。」
#2
少小【しょうしょう】にして書史【しょし】に涉り,早くより能く文篇【ぶんへん】を綴る。
中間 意を得ず,蹟【あと】を失って延遷【えんせん】を成す。
逸志【いっし】教に拘わらず,軒騰【けんとう】して牽攣【けんれん】を斷つ。
棋【き】を圍【かこ】んで白黑を鬥【たたか】わせ,生死機權【きけん】に隨う。
六博 一擲【いってき】在り,梟盧【きゅうろ】回鏇【かいせん】を叱っす。」
#3
詩を戰はして誰か與に敵せん、浩汗【こうかん】 戈鋋【かえん】を横ふ。
酒を飲んで百盞【ひゃくさん】を盞し、嘲諧【ちょうかい】 思 逾【いよい】よ鮮なり。
時有って花月に醉ふ、高唱 清くして 且 緜【はるか】なり。
四座 鹹【ことごと】く寂默【せきもく】し、杳【よう】として湘弦【しょうげん】を奏するが如し。
勝を尋ねて瞼【けん】を憚【はばか】らず、黔江【けんこう】 屢 洄沿【かいえん】す。
#4
瞿塘【くとう】 五六月、驚電【けいでん】 帰船【きせん】に譲る。
怒水【どすい】 忽ち 中裂し、千尋【せんじん】 幽泉【ゆうせん】に堕つ。
環廻【かんかい】して 勢 益【ますま】す急に、仰いで團團【だんだん】の天を見る。
身を投ずる 豈に計を得むや、性命【せいめい】 甘んじて徒に捐【す】つ。
浪沫【ろうばく】 蹙【ちじま】って翻涌【ほんよう】し、漂浮【ひょうふ】して 再び 生全【いのちまった】し。
#5
同行 二十人、魂骨【こんこつ】 倶に坑填【こうてん】す。
霊師 懐【おもい】に掛けず、冒渉【ぼうしょう】 道 轉【うたた】た延ぶ。
開忠 二州の牧、詩賦【しふ】 時に多く傳ふ。
職を失いしより筆を把らざるに、珠璣【しゅき】 君が爲に編めり。
強いて留めて日月を費やさしめ、密席【みつせき】に嬋娟【ぜんけん】を羅【つら】ねき。
#6
昨者 林邑【りんゆう】に至り、使君【しくん】 數【しばし】ば筵を開く。
逐客【ちくかく】の三四公、懐【ふところ】に盈つるまで蘭荃【らんせん】を贈る。
湖游【こゆう】 漭沆【もうこう】に泛び、渓宴【けいえん】 潺湲【せんかん】に駐まる。
別語【べつご】 出すを許さず、行裾【こうきょ】 動【やや】もすれば牽くに遭ふ。
鄰州【りんしゅう】 競って招請【しょうせい】し、書札 何ぞ 翩翩【へんべん】たる。
#7
十月 桂嶺【けいれい】を下る、寒に乘じて窺緑【きえん】を恣【ほしいまま】にす。
落落たる王員外、爭い迎へて其の先を穫【え】たり。
賓館【ひんかん】に入りてより、占吝【せんひん】して久しく能く専【もっぱら】にす。
吾が徒【と】 頗【すこぶ】る被を擕【たずさ】ヘ、宿を接して 歎研【かんけん】を窮【きわ】む。
兩京の事を説くを聽くに、分明にして 皆 眼前。
#8
樅横 謠俗【ようぞく】を雑【まじ】ヘ、瑣屑【ちせつ】 鹹【ことごと】く羅穿【らせん】す。
材調 真【まこと】に惜む可し、朱丹【しゅたん】 磨研【まけん】に在り。
方將【まさ】に之を道に斂め、且 其の顛【いただき】に冠【かん】せしめむと欲す。
韶陽【しょうよう】の李太守、高歩【こうほ】 雲煙【うんえん】を陵【しのぐ】ぐ。
客を得ては輒【すなわ】ち食を忘れ、囊を開いて繒錢【そうせん】を乞【あた】ふ。
#9
手に南曹【なんそう】の叙を持するに、字は青瑤【せいよう】に鐫【ほ】りしよりも重し。
古気 彖系【たんけい】を參【まじ】ヘ、高標【こうひょう】 太玄を摧【くだ】く。
舟を維【つな】いで干謁【かんえつ】を事とし、披讀【ひどく】すれば頭風痊【い】ゆ。
還た旧相 識の如く、壺を傾けて幽悁【ゆうけん】を暢【の】べむ。
此を以て復た留滞し、歸驂【きさん】 幾時か鞭うたむ。

瞿塘峡001瞿塘峡

現代語訳と訳註
(本文)
#4
瞿塘五六月,驚電讓歸船。
怒水忽中裂,千尋堕幽泉。
環回勢益急,仰見團團天。
投身豈得計,性命甘徒捐。
浪沫蹙翻湧,漂浮再生全。」


(下し文)#4
瞿塘【くとう】 五六月、驚電【けいでん】 帰船【きせん】に譲る。
怒水【どすい】 忽ち 中裂し、千尋【せんじん】 幽泉【ゆうせん】に堕つ。
環廻【かんかい】して 勢 益【ますま】す急に、仰いで團團【だんだん】の天を見る。
身を投ずる 豈に計を得むや、性命【せいめい】 甘んじて徒に捐【す】つ。
浪沫【ろうばく】 蹙【ちじま】って翻涌【ほんよう】し、漂浮【ひょうふ】して 再び 生全【いのちまった】し。


(現代語訳)#4
瞿塘峡の五、六月が最も危険である。それをことさら 押し渡っていこうという企みをする、脅威なのは船が電撃に遭い揺れ動き、自分でどうのこうのはできないので流れに譲るよりないのである。
怒濤は忽ち寄せ來る波でせめぎ合いをし、そしてなかばより裂ける。千尋の底、地獄の淵涯までまっさかさまに落ちていく。
逆巻く波がめぐり渦巻を大きくし、勢いはさらに増していく、船は波間にかくれ、仰ぎみればまるですり鉢の底から見るような円形の空になっている。
そこに身を投げ、舟を進めるどういうわけか無謀なことをしているのだ。甘いその時の感情で出発したことは自分の命をむざむざ棄てるということではないか。
白浪が時にちぢまり、はじけてひるがえり、そしてわきあがると木の葉の船はあわとなってこなごなにくだけ散る。それでもどうやら浮び上ったようで、ふたたび生きているのを感じとり、命ぱかりはとりとめたということだ。


(訳注) #4
瞿塘五六月,驚電讓歸船。

瞿塘峡の五、六月が最も危険である。それをことさら 押し渡っていこうという企みをする、脅威なのは船が電撃に遭い揺れ動き、自分でどうのこうのはできないので流れに譲るよりないのである。
瞿塘 長江本流に位置する峡谷。巫峡(ふきょう)、西陵峡(せいりょうきょう)と並び、三峡を構成する。別名は夔峡(ききょう)。瞿塘峡は三峡のもっとも上流にあり、西は重慶市奉節県の白帝城から、東は重慶市巫山県の大溪鎮までの区間である。四川盆地の東部では、東西方向に伸びる細長い褶曲山脈が多数平行に走っているが、その山脈のうち高さ1,000mを超える一本を長江本流が北西から東南へ貫通するところが瞿塘峡である。三峡瞿塘峡四川省奉節県の東にある。ようし長江で最もせまい峡谷で、古来難処として知
られ、ことに陰暦五、六月のころが、最も渡航に危険だとされる。
驚電讓歸船 譲をゆずると読む説と、せむと胱む説とがある。ゆずるならば、帰る船のはげしい早さには稲妻もゆずるほどという意である。せむならば、稲妻が帰る船を責め怒るようだ。


怒水忽中裂,千尋堕幽泉。
怒濤は忽ち寄せ來る波でせめぎ合いをし、そしてなかばより裂ける。千尋の底、地獄の淵涯までまっさかさまに落ちていく。
幽泉 黄泉と同じ、よみじ、地獄。


環回勢益急,仰見團團天。
逆巻く波がめぐり渦巻を大きくし、勢いはさらに増していく、船は波間にかくれ、仰ぎみればまるですり鉢の底から見るような円形の空になっている。
団団天 まんまるい天。渦巻の底から天を見ると円く見える。すり鉢の底から見た空。


投身豈得計,性命甘徒捐。
そこに身を投げ、舟を進めるどういうわけか無謀なことをしているのだ。甘いその時の感情で出発したことは自分の命をむざむざ棄てるということではないか。


浪沫蹙翻湧,漂浮再生全。」
白浪が時にちぢまり、はじけてひるがえり、そしてわきあがると木の葉の船はあわとなってこなごなにくだけ散る。それでもどうやら浮び上ったようで、ふたたび生きているのを感じとり、命ぱかりはとりとめたということだ。

送靈師 韓退之(韓愈)詩<49#3>Ⅱ中唐詩333 紀頌之の漢詩ブログ1078

送靈師 韓退之(韓愈)詩<49#3>Ⅱ中唐詩333 紀頌之の漢詩ブログ1078


送靈師(韓愈 唐詩)
#1 
佛法入中國,爾來六百年。
齊民逃賦役,高士著幽禪。
官吏不之制,紛紛聽其然。
耕桑日失隸,朝署時遺賢。
靈師皇甫姓,胤胄本蟬聯。」
#2
少小涉書史,早能綴文篇。
中間不得意,失蹟成延遷。
逸志不拘教,軒騰斷牽攣。
圍棋鬥白黑,生死隨機權。
六博在一擲,梟盧叱回鏇。」
#3
戰詩誰與敵,浩汗横戈鋋。
歌詩、戦文で詩文の技を競い合うが、だれも敵となるものがいないし、それは広く見渡して、大小の矛を横に振って近づけないようなのだ。
飲酒盡百盞,嘲諧思逾鮮。
お酒にいたってはしばしの間に百杯飲んでしまい、あざけたり、ふざけたりするやりかたが思いつきがよいので、やればやるほどに新鮮なのだ。
有時醉花月,高唱清且緜。
そしてある時は、花に酔い、月にうかれて酔うのであり、歌を唱わせれば清々しくそして連綿と続く声なのだ。
四座鹹寂默,杳如奏湘弦。
お座敷の宴席で四方にいならぶ人たち一同は聞き惚れてしんと静まるものであり、その鎮まりはまるで湘江の水の神が「湘弦」の曲を奏でるときのようなのだ。
尋勝不憚險,黔江屢洄沿。」

風流を愛で勝景を訪ね歩く旅人でもありたとえ険路であってもいとわない。かの黔江を幾度も遡り、流れくだったということをしたのだ。
#4
瞿塘五六月,驚電讓歸船。
怒水忽中裂,千尋堕幽泉。
環回勢益急,仰見團團天。
投身豈得計,性命甘徒捐。
浪沫蹙翻湧,漂浮再生全。」
#5
同行二十人,魂骨俱坑填。
靈師不掛懷,冒涉道轉延。
開忠二州牧,詩賦時多傳。
失職不把筆,珠璣爲君編。
強留費日月,密席羅嬋娟。」
#6
昨者至林邑,使君數開筵。
逐客三四公,盈懷贈蘭荃。
湖游泛漭沆,溪宴駐潺湲。
别語不許出,行裾動遭牽。
鄰州競招請,書劄何翩翩。」
#7
十月下桂嶺,乘寒恣窺緣。
落落王員外,爭迎穫其先。
自從入賓館,占吝久能專。
吾徒頗擕被,接宿窮歡妍。
聽說兩京事,分明皆眼前。」
#8
縱横雜謠俗,瑣屑鹹羅穿。
材調真可惜,朱丹在磨研。
方將斂之道,且欲冠其顛。
韶陽李太守,高步凌雲煙。
得客輒忘食,開囊乞繒錢。」
#9
手持南曹叙,字重青瑤鐫。
古氣參彖系,高標摧太玄。
維舟事幹謁,披讀頭風痊。
還如舊相識,傾壺暢幽悁。
以此複留滯,歸驂幾時鞭。」


(靈師を送る)
佛法【ぶっぽう】 中國に入り,爾來【じらい】 六百年。
齊民【せいみん】 賦役【ふえき】を逃れ,高士【こうし】 幽禪【ゆうぜん】を著【め】づ。
官吏 之を制せず,紛紛として其の然【しか】ることを聽【ゆる】す。
耕桑【こうそう】日【ひび】に隸【れい】を失い,朝署【ちょうしょ】時に賢を遺せり。
靈師は皇甫【こうほ】の姓,胤胄【いんちゅう】本【もともと】 蟬聯【せんれん】たり。」
#2
少小【しょうしょう】にして書史【しょし】に涉り,早くより能く文篇【ぶんへん】を綴る。
中間 意を得ず,蹟【あと】を失って延遷【えんせん】を成す。
逸志【いっし】教に拘わらず,軒騰【けんとう】して牽攣【けんれん】を斷つ。
棋【き】を圍【かこ】んで白黑を鬥【たたか】わせ,生死機權【きけん】に隨う。
六博 一擲【いってき】在り,梟盧【きゅうろ】回鏇【かいせん】を叱っす。」
#3
詩を戰はして誰か與に敵せん、浩汗【こうかん】 戈鋋【かえん】を横ふ。
酒を飲んで百盞【ひゃくさん】を盞し、嘲諧【ちょうかい】 思 逾【いよい】よ鮮なり。
時有って花月に醉ふ、高唱 清くして 且 緜【はるか】なり。
四座 鹹【ことごと】く寂默【せきもく】し、杳【よう】として湘弦【しょうげん】を奏するが如し。
勝を尋ねて瞼【けん】を憚【はばか】らず、黔江【けんこう】 屢 洄沿【かいえん】す。
#4
瞿塘【くとう】 五六月、驚電【けいでん】 帰船【きせん】に譲る。
怒水【どすい】 忽ち 中裂し、千尋【せんじん】 幽泉【ゆうせん】に堕つ。
環廻【かんかい】して 勢 益【ますま】す急に、仰いで團團【だんだん】の天を見る。
身を投ずる 豈に計を得むや、性命【せいめい】 甘んじて徒に捐【す】つ。
浪沫【ろうばく】 蹙【ちじま】って翻涌【ほんよう】し、漂浮【ひょうふ】して 再び 生全【いのちまった】し。
#5
同行 二十人、魂骨【こんこつ】 倶に坑填【こうてん】す。
霊師 懐【おもい】に掛けず、冒渉【ぼうしょう】 道 轉【うたた】た延ぶ。
開忠 二州の牧、詩賦【しふ】 時に多く傳ふ。
職を失いしより筆を把らざるに、珠璣【しゅき】 君が爲に編めり。
強いて留めて日月を費やさしめ、密席【みつせき】に嬋娟【ぜんけん】を羅【つら】ねき。
#6
昨者 林邑【りんゆう】に至り、使君【しくん】 數【しばし】ば筵を開く。
逐客【ちくかく】の三四公、懐【ふところ】に盈つるまで蘭荃【らんせん】を贈る。
湖游【こゆう】 漭沆【もうこう】に泛び、渓宴【けいえん】 潺湲【せんかん】に駐まる。
別語【べつご】 出すを許さず、行裾【こうきょ】 動【やや】もすれば牽くに遭ふ。
鄰州【りんしゅう】 競って招請【しょうせい】し、書札 何ぞ 翩翩【へんべん】たる。
#7
十月 桂嶺【けいれい】を下る、寒に乘じて窺緑【きえん】を恣【ほしいまま】にす。
落落たる王員外、爭い迎へて其の先を穫【え】たり。
賓館【ひんかん】に入りてより、占吝【せんひん】して久しく能く専【もっぱら】にす。
吾が徒【と】 頗【すこぶ】る被を擕【たずさ】ヘ、宿を接して 歎研【かんけん】を窮【きわ】む。
兩京の事を説くを聽くに、分明にして 皆 眼前。
#8
樅横 謠俗【ようぞく】を雑【まじ】ヘ、瑣屑【ちせつ】 鹹【ことごと】く羅穿【らせん】す。
材調 真【まこと】に惜む可し、朱丹【しゅたん】 磨研【まけん】に在り。
方將【まさ】に之を道に斂め、且 其の顛【いただき】に冠【かん】せしめむと欲す。
韶陽【しょうよう】の李太守、高歩【こうほ】 雲煙【うんえん】を陵【しのぐ】ぐ。
客を得ては輒【すなわ】ち食を忘れ、囊を開いて繒錢【そうせん】を乞【あた】ふ。
#9
手に南曹【なんそう】の叙を持するに、字は青瑤【せいよう】に鐫【ほ】りしよりも重し。
古気 彖系【たんけい】を參【まじ】ヘ、高標【こうひょう】 太玄を摧【くだ】く。
舟を維【つな】いで干謁【かんえつ】を事とし、披讀【ひどく】すれば頭風痊【い】ゆ。
還た旧相 識の如く、壺を傾けて幽悁【ゆうけん】を暢【の】べむ。
此を以て復た留滞し、歸驂【きさん】 幾時か鞭うたむ。


現代語訳と訳註
(本文) #3

戰詩誰與敵,浩汗横戈鋋。
飲酒盡百盞,嘲諧思逾鮮。
有時醉花月,高唱清且緜。
四座鹹寂默,杳如奏湘弦。
尋勝不憚險,黔江屢洄沿。」


(下し文)
詩を戰はして誰か與に敵せん、浩汗【こうかん】 戈鋋【かえん】を横ふ。
酒を飲んで百盞【ひゃくさん】を盞し、嘲諧【ちょうかい】 思 逾【いよい】よ鮮なり。
時有って花月に醉ふ、高唱 清くして 且 緜【はるか】なり。
四座 鹹【ことごと】く寂默【せきもく】し、杳【よう】として湘弦【しょうげん】を奏するが如し。
勝を尋ねて瞼【けん】を憚【はばか】らず、黔江【けんこう】 屢 洄沿【かいえん】す。


(現代語訳)#3
歌詩、戦文で詩文の技を競い合うが、だれも敵となるものがいないし、それは広く見渡して、大小の矛を横に振って近づけないようなのだ。
お酒にいたってはしばしの間に百杯飲んでしまい、あざけたり、ふざけたりするやりかたが思いつきがよいので、やればやるほどに新鮮なのだ。
そしてある時は、花に酔い、月にうかれて酔うのであり、歌を唱わせれば清々しくそして連綿と続く声なのだ。
お座敷の宴席で四方にいならぶ人たち一同は聞き惚れてしんと静まるものであり、その鎮まりはまるで湘江の水の神が「湘弦」の曲を奏でるときのようなのだ。
風流を愛で勝景を訪ね歩く旅人でもありたとえ険路であってもいとわない。かの黔江を幾度も遡り、流れくだったということをしたのだ。


 (訳注)#3
戰詩誰與敵,浩汗横戈鋋。
歌詩、戦文で詩文の技を競い合うが、だれも敵となるものがいないし、それは広く見渡して、大小の矛を横に振って近づけないようなのだ。
戦詩 詩文のわざをぎそいあうことを、唐の人は歌詩、戦文などといった。○浩汗 水の広大なさま。ひろく限りないこと。汗は瀚に通じる。○戈鋋 戈は柄の先端に両刃の刀を一つ横につけたほこ。鋋は小さなほこ。


飲酒盡百盞,嘲諧思逾鮮。
お酒にいたってはしばしの間に百杯飲んでしまい、あざけたり、ふざけたりするやりかたが思いつきがよいので、やればやるほどに新鮮なのだ。
嘲諧思逾鮮 あざけたり、ふざけたりするやりかたが思いつきがよいので、やればやるほどに新鮮なのだ。


有時醉花月,高唱清且緜。
そしてある時は、花に酔い、月にうかれて酔うのであり、歌を唱わせれば清々しくそして連綿と続く声なのだ。


四座鹹寂默,杳如奏湘弦。
お座敷の宴席で四方にいならぶ人たち一同は聞き惚れてしんと静まるものであり、その鎮まりはまるで湘江の水の神が「湘弦」の曲を奏でるときのようなのだ。
四座 その席の四方にいならぶ人。○寂黙 聞きほれてしいんとする。○湘絃 湘水の神のひく語。古代の帝王亮のむすめで帝舜の妃となった蛾皇・女英が舜の死後、湘水に身投げしてその川の神となった。盛唐から中唐はじめの銭起(722-780)「湘靈鼓瑟」に「善鼓雲和瑟、常聞帝子霊。馮夷空自舞、楚客不堪聴。苦調凄金石、清音入杳冥。蒼梧来怨慕、白芷動芳馨。流水伝瀟浦、悲風過洞庭。曲終人不見、江上数峰青。」(湘君が舜帝の魂を慰めるために瑟を奏でると、その清らかで悲しい調べに誘われて水神も舞う。屈原は聞くことさえ堪えられないほどである。悲愴な音色は鐘や馨よりも遥か遠くまで悲しげに響いていく。舜の魂も眠る蒼梧から遥々やって来て、二人の妃との離別を悲しんだ。水中の香草はいい香りを周りに漂わせ、その調べは流水のように湘水の岸辺まで伝わり、悲風のように洞庭湖の湖面を渡っていく。やがて瑟の音が終わると、周りに人影は見えず、岸辺にただ幾つかの峰々が青くそそり立つのみであった。)


尋勝不憚險,黔江屢洄沿。」
風流を愛で勝景を訪ね歩く旅人でもありたとえ険路であってもいとわない。かの黔江を幾度も遡り、流れくだったということをしたのだ。
尋勝 風流を愛で勝景を訪ね歩く旅客。○黔江 貴州の東南から流れ出る川で、長江の最上流の一つ。○洄沿 流れに逆らって上ることを洄、順って下ることを沿という。

送靈師 韓退之(韓愈)詩<49#2>Ⅱ中唐詩332 紀頌之の漢詩ブログ1075

送靈師 韓退之(韓愈)詩<49#2>Ⅱ中唐詩332 紀頌之の漢詩ブログ1075


送靈師(韓愈 唐詩)
#1 
佛法入中國,爾來六百年。
齊民逃賦役,高士著幽禪。
官吏不之制,紛紛聽其然。
耕桑日失隸,朝署時遺賢。
靈師皇甫姓,胤胄本蟬聯。」
#2
少小涉書史,早能綴文篇。
幼少のころから 四書五経、歴史書を読んでしまった少年のころになると旱くも詩文の作成に力を示し巧く編纂したりした。
中間不得意,失蹟成延遷。
成人になって意気盛んなころになると、自分の持つ本位と違うことが生じてきて、文官試験をうけ、合格して中央の官途につくという出世のコースから、しりぞいて出家したのである。
逸志不拘教,軒騰斷牽攣。
ところが、人並はずれた志を持ってはいるが、仏法の教義なんぞに拘泥しないのであるし、それが人より高くぬきんでており、仏教徒として守るべき戒律を無視するのである。
圍棋鬥白黑,生死隨機權。
また、囲碁をさしては、白と黒をたたかわせるこをし、生かし、殺したとはかりごと巧みなものであった。
六博在一擲,梟盧叱回鏇。」

六博の賭博をやり、度々「ここ一発」と賽を投げたのである。賽の目の「梟盧一擲」と大勝負に出ることもよくやり、いかさま師を叱咤することもよくあった。
#3
戰詩誰與敵,浩汗横戈鋋。
飲酒盡百盞,嘲諧思逾鮮。
有時醉花月,高唱清且緜。
四座鹹寂默,杳如奏湘弦。
尋勝不憚險,黔江屢洄沿。」
#4
瞿塘五六月,驚電讓歸船。
怒水忽中裂,千尋堕幽泉。
環回勢益急,仰見團團天。
投身豈得計,性命甘徒捐。
浪沫蹙翻湧,漂浮再生全。」
#5
同行二十人,魂骨俱坑填。
靈師不掛懷,冒涉道轉延。
開忠二州牧,詩賦時多傳。
失職不把筆,珠璣爲君編。
強留費日月,密席羅嬋娟。」
#6
昨者至林邑,使君數開筵。
逐客三四公,盈懷贈蘭荃。
湖游泛漭沆,溪宴駐潺湲。
别語不許出,行裾動遭牽。
鄰州競招請,書劄何翩翩。」
#7
十月下桂嶺,乘寒恣窺緣。
落落王員外,爭迎穫其先。
自從入賓館,占吝久能專。
吾徒頗擕被,接宿窮歡妍。
聽說兩京事,分明皆眼前。」
#8
縱横雜謠俗,瑣屑鹹羅穿。
材調真可惜,朱丹在磨研。
方將斂之道,且欲冠其顛。
韶陽李太守,高步凌雲煙。
得客輒忘食,開囊乞繒錢。」
#9
手持南曹叙,字重青瑤鐫。
古氣參彖系,高標摧太玄。
維舟事幹謁,披讀頭風痊。
還如舊相識,傾壺暢幽悁。
以此複留滯,歸驂幾時鞭。」


(靈師を送る)
佛法【ぶっぽう】 中國に入り,爾來【じらい】 六百年。
齊民【せいみん】 賦役【ふえき】を逃れ,高士【こうし】 幽禪【ゆうぜん】を著【め】づ。
官吏 之を制せず,紛紛として其の然【しか】ることを聽【ゆる】す。
耕桑【こうそう】日【ひび】に隸【れい】を失い,朝署【ちょうしょ】時に賢を遺せり。
靈師は皇甫【こうほ】の姓,胤胄【いんちゅう】本【もともと】 蟬聯【せんれん】たり。」
#2
少小【しょうしょう】にして書史【しょし】に涉り,早くより能く文篇【ぶんへん】を綴る。
中間 意を得ず,蹟【あと】を失って延遷【えんせん】を成す。
逸志【いっし】教に拘わらず,軒騰【けんとう】して牽攣【けんれん】を斷つ。
棋【き】を圍【かこ】んで白黑を鬥【たたか】わせ,生死機權【きけん】に隨う。
六博 一擲【いってき】在り,梟盧【きゅうろ】回鏇【かいせん】を叱っす。」

#3
詩を戰はして誰か與に敵せん、浩汗【こうかん】 戈鋋【かえん】を横ふ。
酒を飲んで百盞【ひゃくさん】を盞し、嘲諧【ちょうかい】 思 逾【いよい】よ鮮なり。
時有って花月に醉ふ、高唱 清くして 且 緜【はるか】なり。
四座 鹹【ことごと】く寂默【せきもく】し、杳【よう】として湘弦【しょうげん】を奏するが如し。
勝を尋ねて瞼【けん】を憚【はばか】らず、黔江【けんこう】 屢 洄沿【かいえん】す。
#4
瞿塘【くとう】 五六月、驚電【けいでん】 帰船【きせん】に譲る。
怒水【どすい】 忽ち 中裂し、千尋【せんじん】 幽泉【ゆうせん】に堕つ。
環廻【かんかい】して 勢 益【ますま】す急に、仰いで團團【だんだん】の天を見る。
身を投ずる 豈に計を得むや、性命【せいめい】 甘んじて徒に捐【す】つ。
浪沫【ろうばく】 蹙【ちじま】って翻涌【ほんよう】し、漂浮【ひょうふ】して 再び 生全【いのちまった】し。
#5
同行 二十人、魂骨【こんこつ】 倶に坑填【こうてん】す。
霊師 懐【おもい】に掛けず、冒渉【ぼうしょう】 道 轉【うたた】た延ぶ。
開忠 二州の牧、詩賦【しふ】 時に多く傳ふ。
職を失いしより筆を把らざるに、珠璣【しゅき】 君が爲に編めり。
強いて留めて日月を費やさしめ、密席【みつせき】に嬋娟【ぜんけん】を羅【つら】ねき。
#6
昨者 林邑【りんゆう】に至り、使君【しくん】 數【しばし】ば筵を開く。
逐客【ちくかく】の三四公、懐【ふところ】に盈つるまで蘭荃【らんせん】を贈る。
湖游【こゆう】 漭沆【もうこう】に泛び、渓宴【けいえん】 潺湲【せんかん】に駐まる。
別語【べつご】 出すを許さず、行裾【こうきょ】 動【やや】もすれば牽くに遭ふ。
鄰州【りんしゅう】 競って招請【しょうせい】し、書札 何ぞ 翩翩【へんべん】たる。
#7
十月 桂嶺【けいれい】を下る、寒に乘じて窺緑【きえん】を恣【ほしいまま】にす。
落落たる王員外、爭い迎へて其の先を穫【え】たり。
賓館【ひんかん】に入りてより、占吝【せんひん】して久しく能く専【もっぱら】にす。
吾が徒【と】 頗【すこぶ】る被を擕【たずさ】ヘ、宿を接して 歎研【かんけん】を窮【きわ】む。
兩京の事を説くを聽くに、分明にして 皆 眼前。
#8
樅横 謠俗【ようぞく】を雑【まじ】ヘ、瑣屑【ちせつ】 鹹【ことごと】く羅穿【らせん】す。
材調 真【まこと】に惜む可し、朱丹【しゅたん】 磨研【まけん】に在り。
方將【まさ】に之を道に斂め、且 其の顛【いただき】に冠【かん】せしめむと欲す。
韶陽【しょうよう】の李太守、高歩【こうほ】 雲煙【うんえん】を陵【しのぐ】ぐ。
客を得ては輒【すなわ】ち食を忘れ、囊を開いて繒錢【そうせん】を乞【あた】ふ。
#9
手に南曹【なんそう】の叙を持するに、字は青瑤【せいよう】に鐫【ほ】りしよりも重し。
古気 彖系【たんけい】を參【まじ】ヘ、高標【こうひょう】 太玄を摧【くだ】く。
舟を維【つな】いで干謁【かんえつ】を事とし、披讀【ひどく】すれば頭風痊【い】ゆ。
還た旧相 識の如く、壺を傾けて幽悁【ゆうけん】を暢【の】べむ。
此を以て復た留滞し、歸驂【きさん】 幾時か鞭うたむ。

天台山 瓊臺

現代語訳と訳註
(本文)
#2
少小涉書史,早能綴文篇。
中間不得意,失蹟成延遷。
逸志不拘教,軒騰斷牽攣。
圍棋鬥白黑,生死隨機權。
六博在一擲,梟盧叱回鏇。」


(下し文) #2
少小【しょうしょう】にして書史【しょし】に涉り,早くより能く文篇【ぶんへん】を綴る。
中間 意を得ず,蹟【あと】を失って延遷【えんせん】を成す。
逸志【いっし】教に拘わらず,軒騰【けんとう】して牽攣【けんれん】を斷つ。
棋【き】を圍【かこ】んで白黑を鬥【たたか】わせ,生死機權【きけん】に隨う。
六博 一擲【いってき】在り,梟盧【きゅうろ】回鏇【かいせん】を叱っす。」


(現代語訳)
幼少のころから 四書五経、歴史書を読んでしまった少年のころになると旱くも詩文の作成に力を示し巧く編纂したりした。
成人になって意気盛んなころになると、自分の持つ本位と違うことが生じてきて、文官試験をうけ、合格して中央の官途につくという出世のコースから、しりぞいて出家したのである。
ところが、人並はずれた志を持ってはいるが、仏法の教義なんぞに拘泥しないのであるし、それが人より高くぬきんでており、仏教徒として守るべき戒律を無視するのである。
また、囲碁をさしては、白と黒をたたかわせるこをし、生かし、殺したとはかりごと巧みなものであった。
六博の賭博をやり、度々「ここ一発」と賽を投げたのである。賽の目の「梟盧一擲」と大勝負に出ることもよくやり、いかさま師を叱咤することもよくあった。


(訳注)
少小涉書史,早能綴文篇。

幼少のころから 四書五経、歴史書を読んでしまった少年のころになると旱くも詩文の作成に力を示し巧く編纂したりした。


中間不得意,失蹟成延遷。
成人になって意気盛んなころになると、自分の持つ本位と違うことが生じてきて、文官試験をうけ、合格して中央の官途につくという出世のコースから、しりぞいて出家したのである。
成延遷 しりぞく。文官試験をうけ合格すれば官途につくという予定のコースから、しりぞいて出家したことをさす。


逸志不拘教,軒騰斷牽攣。
ところが、人並はずれた志を持ってはいるが、仏法の教義なんぞに拘泥しないのであるし、それが人より高くぬきんでており、仏教徒として守るべき戒律を無視するのである。
逸志 並はずれた志。○軒騰 高くつき上っている。○斷牽攣 束縛をたち切る。仏教徒として守るべき戒律を無視することをさす。


圍棋鬥白黑,生死隨機權。
また、囲碁をさしては、白と黒をたたかわせるこをし、生かし、殺したとはかりごと巧みなものであった。
○機 はかりごと。


六博在一擲,梟盧叱回鏇。」
六博の賭博をやり、度々「ここ一発」と賽を投げたのである。賽の目の「梟盧一擲」と大勝負に出ることもよくやり、いかさま師を叱咤することもよくあった。
六博 。ハクチの道具。○梟盧 バクチに使うサイの目。当時、五木というサイを使った。五木は五本の小さなヘラのような木で、両端がとがり、投げるとくるくる室わる。両面は白と黒に塗りわけ、黒い面に子牛、白い面に焙が描いてある。五本投げて白黒の出かたで勝負する。五本とも黒が出ると盧といい、最高で六点。四黒一白を薙といって次点。全部白だと梟といって最下の一点。これが普通の採点法だが場合によっては、いろいろ複雑な採点法を加味したようである。

梟盧一擲【きょうろいってき】思い切ってさいころを投げる。大勝負に出ることのたとえ。  「梟盧」は、ばくち。「一擲」は、すごろくのさいころなどを思い切って投げること。梟は一、盧は六を表す
李白『猛虎行』
有時六博快壯心。 繞床三匝呼一擲。
そのとき六博の賭けごとに興じ快壯の気分になる。床を三回囘そして一回賽を投げろと連呼するのだ。
○六博 紀元前後の漢時代を中心に戦国時代から魏晋時代に流行した2人用の盤上遊戯。 3~40cm四方の盤上で、さいころを使って各自12個の駒を進める。
 盤にはアルファベットのLやTのような記号が描かれているが、複数の種類が発見されている。 駒を進めるためにはさいころを用いるが、6本の棒状のものや18面体のものが発見されている。双六のようなレースゲームであるという説と、駒を取り合う戦争ゲームであるという説がある。多くはふた組に分かれて酒を賭け、馳せゆく時の間に酔いしれるというもの。○繞床 床を廻る○三匝 三匝さんかいまわる 三方を囲む○一擲 一回賽を投げろと連呼する
李白『梁園吟』「連呼五白行六博,分曹賭酒酣馳輝。」
「五白よ五白よ」と連呼して、六博の賭けごとに興じあい、ふた組に分かれて酒を賭け、馳せゆく時の間に酔いしれる。』
〇五白-購博の重義が黒く裏が白い五つのサイコロを投げて、すべて黒の場合(六里嘉最上、すべて白の場合〔五日)がその次、とする。〇六博-賭博の毎→二箇のコマを、六つずつに分けて質する。〇分嘉酒-二つのグループ(曹)に分かれて酒の勝負をする。○酎-酒興の盛んなさま。○馳曙-馳けるように過ぎゆく日の光、時間。」
nat0021

送靈師 韓退之(韓愈)詩<49#1>Ⅱ中唐詩331 紀頌之の漢詩ブログ1072

送靈師 韓退之(韓愈)詩<49#1>Ⅱ中唐詩331 紀頌之の漢詩ブログ1072


送靈師(韓愈 唐詩)
霊僧師を送る
#1 
佛法入中國,爾來六百年。
仏教が中国に伝来して既に600年以上がすぎている。
齊民逃賦役,高士著幽禪。
平民のなかで税金や徴兵逃れに坊主となるものであったものが、いつのまにか高い徳を持った士まで 静かに精神統一を行う禅を愛するとりことなった。
官吏不之制,紛紛聽其然。
官吏はこれを禁止してはいなかったが、紛紛としたゴネ得のものたちをそのまま許してしまいった。
耕桑日失隸,朝署時遺賢。
ということもあり、農耕養蚕に従う奴隷たちが日ごとにいなくなり、朝廷官署にしておく人材さえも時には放って民間におかねばならないこともある。
靈師皇甫姓,胤胄本蟬聯。」

さて霊僧師さまは、出家される前の苗字は皇甫氏であった、連綿とつたわる名家の子孫であった。
#2
少小涉書史,早能綴文篇。
中間不得意,失蹟成延遷。
逸志不拘教,軒騰斷牽攣。
圍棋鬥白黑,生死隨機權。
六博在一擲,梟盧叱回鏇。」
#3
戰詩誰與敵,浩汗横戈鋋。
飲酒盡百盞,嘲諧思逾鮮。
有時醉花月,高唱清且緜。
四座鹹寂默,杳如奏湘弦。
尋勝不憚險,黔江屢洄沿。」
#4
瞿塘五六月,驚電讓歸船。
怒水忽中裂,千尋堕幽泉。
環回勢益急,仰見團團天。
投身豈得計,性命甘徒捐。
浪沫蹙翻湧,漂浮再生全。」
#5
同行二十人,魂骨俱坑填。
靈師不掛懷,冒涉道轉延。
開忠二州牧,詩賦時多傳。
失職不把筆,珠璣爲君編。
強留費日月,密席羅嬋娟。」
#6
昨者至林邑,使君數開筵。
逐客三四公,盈懷贈蘭荃。
湖游泛漭沆,溪宴駐潺湲。
别語不許出,行裾動遭牽。
鄰州競招請,書劄何翩翩。」
#7
十月下桂嶺,乘寒恣窺緣。
落落王員外,爭迎穫其先。
自從入賓館,占吝久能專。
吾徒頗擕被,接宿窮歡妍。
聽說兩京事,分明皆眼前。」
#8
縱横雜謠俗,瑣屑鹹羅穿。
材調真可惜,朱丹在磨研。
方將斂之道,且欲冠其顛。
韶陽李太守,高步凌雲煙。
得客輒忘食,開囊乞繒錢。」
#9
手持南曹叙,字重青瑤鐫。
古氣參彖系,高標摧太玄。
維舟事幹謁,披讀頭風痊。
還如舊相識,傾壺暢幽悁。
以此複留滯,歸驂幾時鞭。」


(靈師を送る)
佛法【ぶっぽう】 中國に入り,爾來【じらい】 六百年。
齊民【せいみん】 賦役【ふえき】を逃れ,高士【こうし】 幽禪【ゆうぜん】を著【め】づ。
官吏 之を制せず,紛紛として其の然【しか】ることを聽【ゆる】す。
耕桑【こうそう】日【ひび】に隸【れい】を失い,朝署【ちょうしょ】時に賢を遺せり。
靈師は皇甫【こうほ】の姓,胤胄【いんちゅう】本【もともと】 蟬聯【せんれん】たり。」

#2
少小【しょうしょう】にして書史【しょし】に涉り,早くより能く文篇【ぶんへん】を綴る。
中間 意を得ず,蹟【あと】を失って延遷【えんせん】を成す。
逸志【いっし】教に拘わらず,軒騰【けんとう】して牽攣【けんれん】を斷つ。
棋【き】を圍【かこ】んで白黑を鬥【たたか】わせ,生死機權【きけん】に隨う。
六博 一擲【いってき】在り,梟盧【きゅうろ】回鏇【かいせん】を叱っす。」
#3
詩を戰はして誰か與に敵せん、浩汗【こうかん】 戈鋋【かえん】を横ふ。
酒を飲んで百盞【ひゃくさん】を盞し、嘲諧【ちょうかい】 思 逾【いよい】よ鮮なり。
時有って花月に醉ふ、高唱 清くして 且 緜【はるか】なり。
四座 鹹【ことごと】く寂默【せきもく】し、杳【よう】として湘弦【しょうげん】を奏するが如し。
勝を尋ねて瞼【けん】を憚【はばか】らず、黔江【けんこう】 屢 洄沿【かいえん】す。
#4
瞿塘【くとう】 五六月、驚電【けいでん】 帰船【きせん】に譲る。
怒水【どすい】 忽ち 中裂し、千尋【せんじん】 幽泉【ゆうせん】に堕つ。
環廻【かんかい】して 勢 益【ますま】す急に、仰いで團團【だんだん】の天を見る。
身を投ずる 豈に計を得むや、性命【せいめい】 甘んじて徒に捐【す】つ。
浪沫【ろうばく】 蹙【ちじま】って翻涌【ほんよう】し、漂浮【ひょうふ】して 再び 生全【いのちまった】し。
#5
同行 二十人、魂骨【こんこつ】 倶に坑填【こうてん】す。
霊師 懐【おもい】に掛けず、冒渉【ぼうしょう】 道 轉【うたた】た延ぶ。
開忠 二州の牧、詩賦【しふ】 時に多く傳ふ。
職を失いしより筆を把らざるに、珠璣【しゅき】 君が爲に編めり。
強いて留めて日月を費やさしめ、密席【みつせき】に嬋娟【ぜんけん】を羅【つら】ねき。
#6
昨者 林邑【りんゆう】に至り、使君【しくん】 數【しばし】ば筵を開く。
逐客【ちくかく】の三四公、懐【ふところ】に盈つるまで蘭荃【らんせん】を贈る。
湖游【こゆう】 漭沆【もうこう】に泛び、渓宴【けいえん】 潺湲【せんかん】に駐まる。
別語【べつご】 出すを許さず、行裾【こうきょ】 動【やや】もすれば牽くに遭ふ。
鄰州【りんしゅう】 競って招請【しょうせい】し、書札 何ぞ 翩翩【へんべん】たる。
#7
十月 桂嶺【けいれい】を下る、寒に乘じて窺緑【きえん】を恣【ほしいまま】にす。
落落たる王員外、爭い迎へて其の先を穫【え】たり。
賓館【ひんかん】に入りてより、占吝【せんひん】して久しく能く専【もっぱら】にす。
吾が徒【と】 頗【すこぶ】る被を擕【たずさ】ヘ、宿を接して 歎研【かんけん】を窮【きわ】む。
兩京の事を説くを聽くに、分明にして 皆 眼前。
#8
樅横 謠俗【ようぞく】を雑【まじ】ヘ、瑣屑【ちせつ】 鹹【ことごと】く羅穿【らせん】す。
材調 真【まこと】に惜む可し、朱丹【しゅたん】 磨研【まけん】に在り。
方將【まさ】に之を道に斂め、且 其の顛【いただき】に冠【かん】せしめむと欲す。
韶陽【しょうよう】の李太守、高歩【こうほ】 雲煙【うんえん】を陵【しのぐ】ぐ。
客を得ては輒【すなわ】ち食を忘れ、囊を開いて繒錢【そうせん】を乞【あた】ふ。
#9
手に南曹【なんそう】の叙を持するに、字は青瑤【せいよう】に鐫【ほ】りしよりも重し。
古気 彖系【たんけい】を參【まじ】ヘ、高標【こうひょう】 太玄を摧【くだ】く。
舟を維【つな】いで干謁【かんえつ】を事とし、披讀【ひどく】すれば頭風痊【い】ゆ。
還た旧相 識の如く、壺を傾けて幽悁【ゆうけん】を暢【の】べむ。
此を以て復た留滞し、歸驂【きさん】 幾時か鞭うたむ。




現代語訳と訳註
(本文)
#1 
佛法入中國,爾來六百年。
齊民逃賦役,高士著幽禪。
官吏不之制,紛紛聽其然。
耕桑日失隸,朝署時遺賢。
靈師皇甫姓,胤胄本蟬聯。」


(下し文)
(靈師を送る)
佛法【ぶっぽう】 中國に入り,爾來【じらい】 六百年。
齊民【せいみん】 賦役【ふえき】を逃れ,高士【こうし】 幽禪【ゆうぜん】を著【め】づ。
官吏 之を制せず,紛紛として其の然【しか】ることを聽【ゆる】す。
耕桑【こうそう】日【ひび】に隸【れい】を失い,朝署【ちょうしょ】時に賢を遺せり。
靈師は皇甫【こうほ】の姓,胤胄【いんちゅう】本【もともと】 蟬聯【せんれん】たり。」


(現代語訳)
霊僧師を送る
仏教が中国に伝来して既に600年以上がすぎている。
平民のなかで税金や徴兵逃れに坊主となるものであったものが、いつのまにか高い徳を持った士まで 静かに精神統一を行う禅を愛するとりことなった。
官吏はこれを禁止してはいなかったが、紛紛としたゴネ得のものたちをそのまま許してしまいった。
ということもあり、農耕養蚕に従う奴隷たちが日ごとにいなくなり、朝廷官署にしておく人材さえも時には放って民間におかねばならないこともある。
さて霊僧師さまは、出家される前の苗字は皇甫氏であった、連綿とつたわる名家の子孫であった。


 (訳注) #1 
送靈師

霊僧師を送る
送霊師 底本巻二。804年貞元二十年陽山での作。霊験あらたかな師。師は僧の尊称。


佛法入中國,爾來六百年。
仏教が中国に伝来して既に600年以上がすぎている。
爾来六百年 仏教の中国伝来については諸説あり、『資治通鑑』に後漢の明帝の65年永平八年に「初め帝、西域に神ありてその名を仏といふと聞き、使をして天竺にゆきてその道を求めしむ」とある。その年から804年貞元二十年まで七百四十年。布教活動して、修行するまで140年かかったということであろうか。


齊民逃賦役,高士著幽禪。
平民のなかで税金や徴兵逃れに坊主となるものであったものが、いつのまにか高い徳を持った士まで 静かに精神統一を行う禅を愛するとりことなった。
斉民 平民。○逃拭役 僧は納税労役の義務を免除されていたから、税金のがれや徴兵忌避で剃髪得度する人民が少なくなかった。○高士 高い徳を持った士。知識人。○ 愛と同じ意味で使われている。○幽禅 幽玄な禅。禅は禅那とも禅定ともいい一種の精神統一法で、仏教の主要な修行法である。ここではいわゆる禅宗ではない。


官吏不之制,紛紛聽其然。
官吏はこれを禁止してはいなかったが、紛紛としたゴネ得のものたちをそのまま許してしまいった。
紛紛 入り乱れてまとまりのないさま。ごね得のさま。


耕桑日失隸,朝署時遺賢。
ということもあり、農耕養蚕に従う奴隷たちが日ごとにいなくなり、朝廷官署にしておく人材さえも時には放って民間におかねばならないこともある。
朝署 朝廷官署。○遺賢 賢者はみな登用して官につけ国家に役立たせるべきひとだのに、それをすてておく。『書経』の大禹謨に「野に遣賢なし」の語がみえる。朝廷以外を野という。民間のことである。いい人材は民間に置かずに登用するものだ。


靈師皇甫姓,胤胄本蟬聯。」
さて霊僧師さまは、出家される前の苗字は皇甫氏であった、連綿とつたわる名家の子孫であった。
胤冑 子孫。○蝉聯 連綿と同じ。絶えないさま。

同冠峡 韓愈<46> Ⅱ韓退之(韓愈)詩328 紀頌之の漢詩ブログ 1063

同冠峡 韓愈<46> Ⅱ韓退之(韓愈)詩328 紀頌之の漢詩ブログ 1063


同冠峡
南方二月半、春物亦己少。
南方の広州府陽山県、二月の半ばになる、しかし、ここでの春の景物がまたとても稀なものである。
維舟山水間、晨坐聴百鳥。
五嶺山脈を越えてきて陽山に入ったといってもまだ山峡のさなかであり、そこに舟をつないだのだ。朝が来て坐してボーっとしていると百鳥の声が聴こえてくる
宿雲尚含姿、朝日忽斤暁。
そして、夜来の雲はなお都での友人たちのおもかげがなごり寂しい気持ちにさせる、朝日はたちまち暁の空に昇りはじめる。
羇旅感和鳴、囚拘念軽矯。
流刑で辺鄙な地への旅の孤独感は寂しく鳴く鳥たちと唱和しているかのように感じられる。そして流刑の囚われの身は鳥が軽やかに飛翔するのを羨ましく思うのである。
潺湲涙久迸、詰曲思増繞。
水瓶にいっぱいにためた水がしたたり落ちるように涙がとめどなく迸り、この渓谷が山間をうねうね曲がりくねるように私への罪について屈曲する疑問はさまざまな思いをよびおこすのである。
行矣且無然、蓋棺事乃了。

行くしかない! 過ぎたことは戻りはしないから余計な思いはしてはいけない、この冤罪は自分が死んで棺に蓋をされるときには何もかもはっきりしているのだ。


同冠峡
南方 二月の半、春物【しゅんぶつ】亦 己に少【まれ】なり。
舟を山水の間に維【つな】ぎ、晨【あした】に坐して百鳥を聴く。
宿雲【しゅくうん】尚お姿を含み、朝日 忽ち暁に升る。
羇旅【きりょ】和嶋【わめい】に感じ、囚拘【しゅうこう】 軽矯【けいきょう】を念ふ。
潺湲【せんかん】として涙久しく迸【ほとばし】り、詰曲【きつきょく】して 思ひ増【ますま】す繞【めぐ】る。
行【ゆ】け 且く然【しか】すること無けむ、棺【かん】を蓋【おお】ひて 事 乃【すなわ】ち了【あきらか】ならむ。


現代語訳と訳註
(本文)
同冠峡
南方二月半、春物亦己少。
維舟山水間、晨坐聴百鳥。
宿雲尚含姿、朝日忽斤暁。
羇旅感和鳴、囚拘念軽矯。
潺湲涙久迸、詰曲思増繞。
行矣且無然、蓋棺事乃了。


(下し文) 同冠峡
南方 二月の半、春物【しゅんぶつ】亦 己に少【まれ】なり。
舟を山水の間に維【つな】ぎ、晨【あした】に坐して百鳥を聴く。
宿雲【しゅくうん】尚お姿を含み、朝日 忽ち暁に升る。
羇旅【きりょ】和嶋【わめい】に感じ、囚拘【しゅうこう】 軽矯【けいきょう】を念ふ。
潺湲【せんかん】として涙久しく迸【ほとばし】り、詰曲【きつきょく】して 思ひ増【ますま】す繞【めぐ】る。
行【ゆ】け 且く然【しか】すること無けむ、棺【かん】を蓋【おお】ひて 事 乃【すなわ】ち了【あきらか】ならむ。


(現代語訳)
南方の広州府陽山県、二月の半ばになる、しかし、ここでの春の景物がまたとても稀なものである。
五嶺山脈を越えてきて陽山に入ったといってもまだ山峡のさなかであり、そこに舟をつないだのだ。朝が来て坐してボーっとしていると百鳥の声が聴こえてくる
そして、夜来の雲はなお都での友人たちのおもかげがなごり寂しい気持ちにさせる、朝日はたちまち暁の空に昇りはじめる。
流刑で辺鄙な地への旅の孤独感は寂しく鳴く鳥たちと唱和しているかのように感じられる。そして流刑の囚われの身は鳥が軽やかに飛翔するのを羨ましく思うのである。
水瓶にいっぱいにためた水がしたたり落ちるように涙がとめどなく迸り、この渓谷が山間をうねうね曲がりくねるように私への罪について屈曲する疑問はさまざまな思いをよびおこすのである。
行くしかない! 過ぎたことは戻りはしないから余計な思いはしてはいけない、この冤罪は自分が死んで棺に蓋をされるときには何もかもはっきりしているのだ。


(訳注) 同冠峡
同冠峡 底本巻二。左透されて陽山に赴く途中の作。同冠峡は今の広州府陽山県の西北七十里、連州との境にある峡谷。


南方二月半、春物亦己少。
南方の広州府陽山県、二月の半ばになる、しかし、ここでの春の景物がまたとても稀なものである。
*韓愈が陽山に着いたのは804貞元二十年の2月であったから、その時の作品である。この韓愈の左遷と謝霊運の温州の左遷の旅は同じ雰囲気である。韓愈は謝霊運を意識して歌う。

など

維舟山水間、晨坐聴百鳥。
五嶺山脈を越えてきて陽山に入ったといってもまだ山峡のさなかであり、そこに舟をつないだのだ。朝が来て坐してボーっとしていると百鳥の声が聴こえてくる。



宿雲尚含姿、朝日忽斤暁。
そして、夜来の雲はなお都での友人たちのおもかげがなごり寂しい気持ちにさせる、朝日はたちまち暁の空に昇りはじめる。
宿雲尚含姿 夜来の雲がなお夜のなごりをとどめている。「濫檻浮宿雲」(濫檻として宿雲浮ぶ)という秀句がある。おもかげとでもいうのが姿の意味だが、夢想がそこに投影されているのである。心残りなことをいうのである。ここで韓愈にとっては冤罪をいう。


羇旅感和鳴、囚拘念軽矯。
流刑で辺鄙な地への旅の孤独感は寂しく鳴く鳥たちと唱和しているかのように感じられる。そして流刑の囚われの身は鳥が軽やかに飛翔するのを羨ましく思うのである。
羇旅 羇は孤独の身を他郷に寄せるという意味である。孤独感は孤独でないものに対置されるときいっそう深められる。○感和鳴和鳴は鳥の唱和してなきかわす声である。○囚拘 囚は閉ざされた部屋の中に人間がおしこめられ拘束されている状態をあらわす文字だ。韓愈が半拘束され独房にとらわれ、この旅が不自由なものであることを示す。○念樫矯 とらわれの感情は自由に軽やかに飛翔するものに対置されるとき、かぎりなく強められる。


潺湲涙久迸、詰曲思増繞。
水瓶にいっぱいに溜めた水がしたたり落ちるように涙がとめどなく迸り、この渓谷が山間をうねうね曲がりくねるように私への罪について屈曲する疑問はさまざまな思いをよびおこすのである。
潺湲 湛漆付け水の流れるさまをあらわすことば。ここでは、谷川の水の流れる音に感情移入しておのれの涙の迸り流れる昔としてとらえているのだ。○涙久迸 涙とめどなく迸り流れ落ちる。
詩曲 試曲は曲がりくねるさま。渓谷が山間をうねうね曲がりくねるさま○思増轟 曲がりくねるさまが、おのれにまといつくさまざまな思いとしてとらえられている。改革派と称す王伾、王叔文一派の陰謀により、重臣たちが貶められ、韓愈は巻き添えを食って左遷された。左遷される2か月前に観察使に抜擢されたことが陰謀の始まりと考えていた。改革派には柳宗元、劉禹錫がいたが韓愈の友人で信頼していた。


行矣且無然、蓋棺事乃了。
行くしかない! 過ぎたことは戻りはしないから余計な思いはしてはいけない、この冤罪は自分が死んで棺に蓋をされるときには何もかもはっきりしているのだ。
行夫且無然 いままでにのべてきたいろいろの思いをうちきって、行け、とみずからに命じているのだ。
蓋棺事乃了 自分が死ぬ頃までには、改革派と称する者たちの陰謀は明らかにされるだろう。


中唐詩-292 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #11 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#11

中唐詩-292 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #11 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#11


#10
懸知失事勢,恐自罹罝罘。
湘水清且急,涼風日修修。
胡為首歸路,旅泊尚夷猶?
昨者京使至,嗣皇傳冕旒。
赫然下明詔,首罪誅共兜。
#11
復聞顛夭輩,峨冠進鴻疇。
またこのようにも聞いた、周の文王の補佐となった泰顛【たいてん】・閎夭【こうよう】にも比すべき人々(宰相となった杜黄裳・鄭余慶たちをさす)が、廟堂に立って政治の根本である『尚書』の深遠な国家の大計をささげている ということらしい。
班行再肅穆,璜珮鳴瑯璆。
朝廷の百官の列はふたたび厳粛清安なものとなり、腰に下げた佩玉がよい音をたてて鳴る。
佇繼貞觀烈,邊封脫兜鍪。
このぶんでは唐の初めの貞観時代の仁徳のある隆盛烈な政治が継承されて、辺境を守る兵士たちが兜をはずして平和な日々を送ることも期待できよう。
三賢推侍從,卓犖傾枚鄒。
三人の賢者たち(この詩題の王二十補闘たちをさす)は侍従に推薦され、はるかに枚乗・鄒陽たちも及ばぬほどの勢いだ。
高議參造化,清文煥皇猷。
高くすぐれた議論は万物を創造するわざも参与するものであり、清らかな文章は天子の王道を明らかに表現している。
#10
懸ねて知る事勢を失い,恐らくは自ら罝罘【しゃふ】に罹【か】からんことを。[30]
湘水は清く且つ急なり、涼風 日に脩脩【しゅうしゅう】。
胡為【なんす】れぞ帰路に首【むか】いて、旅泊 尚夷猶【いゆう】する。
昨者【さきごろ】 京師より至り、嗣皇【しこう】 冕旒【べんりゅう】を伝え。
赫然【かくぜん】として明詔を下し、首罪 共兜【きょうとう】を誅すと。
#11
復聞く顛夭【てんよう】の輩、冠を峨【たか】くして鴻疇【こうちゅう】を進むと。
班行 再び肅穆【しゅくぼく】たり、璜珮【こうはい】鳴って瑯璆【ろうきゅう】たり。
貞觀の烈を繼ぎて,邊封【へんぽう】兜鍪【とうぼう】を脫ぐを佇【ま】つ。
三賢 侍從に推され,卓犖【たくらく】枚鄒【ばいすう】を傾く。
高議 造化【ぞうか】に參【まじ】わり,清文【せいぶん】皇猷【こうゆう】煥【かがや】かす。



<この詩の背景>
この詩は題にもあるとおり、江陵へ赴任の途中で作ったものであるが、どこで作ったのかは定めがたい。ただ、順宗が退位して憲宗が即位したことは、おそらく旅の途中でのことであろうが、韓愈の耳に入っていたわけである。そこで王伾・王叔文など革新派の失脚とともに浮かび上がった王涯たちに対し、自分を都へ呼びもどしてくれるようにと、韓愈は訴えているのである。彼を江陵府の法曹参軍に任じたのは、順宗の名で出された辞令であり、事態が変わった以上変更されるはずのものであるが、黙っていては忘れられてしまうおそれがある。変更されるはずの辞令でも、皇帝の名で出されているのだから、無視するわけにはいかない。そこで江陵へと赴任の旅を続けるのだが、「三学士」 の運動が功を奏して召還の命令が出れば、赴任の道すじをそのまま都へ帰る道とすればよい。韓愈はそこに期待をかけているのである。よほど江陵へは行きたくなかったと見える。


現代語訳と訳註
(本文)
#11
復聞顛夭輩,峨冠進鴻疇。
班行再肅穆,璜珮鳴瑯璆。
佇繼貞觀烈,邊封脫兜鍪。
三賢推侍從,卓犖傾枚鄒。
高議參造化,清文煥皇猷。


(下し文) #11
復聞く顛夭【てんよう】の輩、冠を峨【たか】くして鴻疇【こうちゅう】を進むと。
班行 再び肅穆【しゅくぼく】たり、璜珮【こうはい】鳴って瑯璆【ろうきゅう】たり。
貞觀の烈を繼ぎて,邊封【へんぽう】兜鍪【とうぼう】を脫ぐを佇【ま】つ。
三賢 侍從に推され,卓犖【たくらく】枚鄒【ばいすう】を傾く。
高議 造化【ぞうか】に參【まじ】わり,清文【せいぶん】皇猷【こうゆう】煥【かがや】かす。


(現代語訳)
またこのようにも聞いた、周の文王の補佐となった泰顛【たいてん】・閎夭【こうよう】にも比すべき人々(宰相となった杜黄裳・鄭余慶たちをさす)が、廟堂に立って政治の根本である『尚書』の深遠な国家の大計をささげている ということらしい。
朝廷の百官の列はふたたび厳粛清安なものとなり、腰に下げた佩玉がよい音をたてて鳴る。
このぶんでは唐の初めの貞観時代の仁徳のある隆盛烈な政治が継承されて、辺境を守る兵士たちが兜をはずして平和な日々を送ることも期待できよう。
三人の賢者たち(この詩題の王二十補闘たちをさす)は侍従に推薦され、はるかに枚乗・鄒陽たちも及ばぬほどの勢いだ。
高くすぐれた議論は万物を創造するわざも参与するものであり、清らかな文章は天子の王道を明らかに表現している。


(訳注)
復聞顛夭輩,峨冠進鴻疇。

またこのようにも聞いた、周の文王の補佐となった泰顛【たいてん】・閎夭【こうよう】にも比すべき人々(宰相となった杜黄裳・鄭余慶たちをさす)が、廟堂に立って政治の根本である『尚書』の深遠な国家の大計をささげている ということらしい。
顛夭輩 周の文王の補佐した名臣泰顛・閎夭のこと。 文王より、弓矢斧鉞を賜って、諸侯征伐の権が与えられた。犬戎・密須・耆国を破り、崇侯虎を討った。のち、豊邑を造営して、都とした。紂王が妲己に迷って、人心を失うと、討殷の兵を挙げ、王号を名乗ったともいう。・杜黄裳 元和元年(未詳―806年病没),西川節度使、805年当時は宰相になっている。・鄭余慶 748―820年字居業,鄭州の滎陽(現在河南省滎陽)の人。四十六歳で進士に合格し、五十歳ではじめて任官というひとであるが,すぐに中書侍郎同中書門下平章事になり、上奏できる立場にあった。七十二歳。
峨冠 高い冠。高官がかむる。○鴻疇 深遠な国家の大計。


班行再肅穆,璜珮鳴瑯璆。
朝廷の百官の列はふたたび厳粛清安なものとなり、腰に下げた佩玉がよい音をたてて鳴る。
班行 朝臣の序列。 ○肅穆,厳粛清安。○璜珮 おび玉。璜は璧を二分した石で、二個で美音を発する。○瑯璆。コロンコロンという音。


佇繼貞觀烈,邊封脫兜鍪。
このぶんでは唐の初めの貞観時代の仁徳のある隆盛烈な政治が継承されて、辺境を守る兵士たちが兜をはずして平和な日々を送ることも期待できよう。
貞觀烈 太宗の貞観時代は唐代を通じて最も政治が正しくおこなわれ国勢が隆盛だった。杜甫、韓愈、白居易、李商隠の詩にみえる。○邊封 辺境。○兜鍪 かぶと。


三賢推侍從,卓犖傾枚鄒。
三人の賢者たち(この詩題の王二十補闘たちをさす)は侍従に推薦され、はるかに枚乗・鄒陽たちも及ばぬほどの勢いだ。
三賢 この詩題の王二十補闘たち、王涯、李建、李程のこと。○ 傾倒させる。○枚鄒 枚乗・鄒陽梁の孝王の食客だった鄒陽、枚乗で司馬相如らと共にした。枚乗ばい じょう前漢淮陰の人で賦や文章を得意とした遊説の徒。李白『贈王判官時余歸隱居廬山屏風畳』「荊門倒屈宋、梁苑傾鄒枚。」(荊門に屈宋を倒し、梁苑には鄒枚を傾く。)


高議參造化,清文煥皇猷。
高くすぐれた議論は万物を創造するわざも参与するものであり、清らかな文章は天子の王道を明らかに表現している。
○高議 高くすぐれた議論。○造化 万物を創造するわざ。○清文 清雅の文章。○皇猷 王道。○煥 かがやかす。

中唐詩-291 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #10 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#10

中唐詩-291 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #10 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#10


#10
懸知失事勢,恐自罹罝罘。
もう今から予想がつくのだが、事態の変化に応じて適宜の処置をとることに失敗し、自分が法網にかかってしまう恐れがある。
湘水清且急,涼風日修修。
(江陵へとおもむく途中の)湘水の流れは清らかでしかも急であり、涼しい風が日ごとに颯々と吹いて来る。
胡為首歸路,旅泊尚夷猶?
この道は都へと帰る道の方に首を向けていながら、この街道にあって、旅の宿りをかさねて足も滞りがちになるのは、どういうわけだろう。(秋風が吹くころの宋玉と心境が同じなのだ。)
昨者京使至,嗣皇傳冕旒。
きのう都から使者が来ての話では、世継ぎの皇太子が御即位されたそうだ。
赫然下明詔,首罪誅共兜。
そしてさっきゅうに明らかに詔勅を下し、悪人の首魁として共工・駻兜に比すべき者(王伾・王叔文を指す)を誅せられた。

#10
懸ねて知る事勢を失い,恐らくは自ら罝罘【しゃふ】に罹【か】からんことを。[30]
湘水は清く且つ急なり、涼風 日に脩脩【しゅうしゅう】。
胡為【なんす】れぞ帰路に首【むか】いて、旅泊 尚夷猶【いゆう】する。
昨者【さきごろ】 京師より至り、嗣皇【しこう】 冕旒【べんりゅう】を伝え。
赫然【かくぜん】として明詔を下し、首罪 共兜【きょうとう】を誅すと。

doteiko012

現代語訳と訳註
(本文) #10

懸知失事勢,恐自罹罝罘。
湘水清且急,涼風日修修。
胡為首歸路,旅泊尚夷猶?
昨者京使至,嗣皇傳冕旒。
赫然下明詔,首罪誅共兜。


(下し文)#10
懸ねて知る事勢を失い,恐らくは自ら罝罘【しゃふ】に罹【か】からんことを。[30]
湘水は清く且つ急なり、涼風 日に脩脩【しゅうしゅう】。
胡為【なんす】れぞ帰路に首【むか】いて、旅泊 尚夷猶【いゆう】する。
昨者【さきごろ】 京師より至り、嗣皇【しこう】 冕旒【べんりゅう】を伝え。
赫然【かくぜん】として明詔を下し、首罪 共兜【きょうとう】を誅すと。


(現代語訳)
もう今から予想がつくのだが、事態の変化に応じて適宜の処置をとることに失敗し、自分が法網にかかってしまう恐れがある。
(江陵へとおもむく途中の)湘水の流れは清らかでしかも急であり、涼しい風が日ごとに颯々と吹いて来る。
この道は都へと帰る道の方に首を向けていながら、この街道にあって、旅の宿りをかさねて足も滞りがちになるのは、どういうわけだろう。(秋風が吹くころの宋玉と心境が同じなのだ。)
きのう都から使者が来ての話では、世継ぎの皇太子が御即位されたそうだ。
そしてさっきゅうに明らかに詔勅を下し、悪人の首魁として共工・駻兜に比すべき者(王伾・王叔文を指す)を誅せられた。


(訳注)
懸知失事勢,恐自罹罝罘。

もう今から予想がつくのだが、事態の変化に応じて適宜の処置をとることに失敗し、自分が法網にかかってしまう恐れがある。
懸知 心にかけてあらかじめ心配する。○罝罘 法網にかかること。獣を取る網のことだが、ここでは法の網、刑罰の網をいう。


湘水清且急,涼風日修修。
(江陵へとおもむく途中の)湘水の流れは清らかでしかも急であり、涼しい風が日ごとに颯々と吹いて来る。
湘水 自分の赴任先の陽山から湘水を北へ下って洞庭湖に入る。○涼風 涼しい風。秋になり、その上北上している。○修修 颯々と吹いて来る


胡為首歸路,旅泊尚夷猶?
この道は都へと帰る道の方に首を向けていながら、この街道にあって、旅の宿りをかさねて足も滞りがちになるのは、どういうわけだろう。(秋風が吹くころの宋玉と心境が同じなのだ。)
胡為 なんすれぞ○首歸路 帰る道の方に首を向けていながら。○夷猶 ためらう。ぐずぐずする。王維『汎前陂』「此夜任孤棹、夷猶殊未還。」(此の夜孤棹に任せて、夷猶殊に未だ還らず)という心境にあり、もっといえば、宋玉『九辨』にみられる心境そのものであった。
九辨
悲哉秋之為氣也!
蕭瑟兮草木搖落而變衰,
憭慄兮若在遠行,
登山臨水兮送將歸,
泬寥兮天高而氣清,
寂寥兮收潦而水清,
憯悽欷兮薄寒之中人,
愴怳懭悢兮去故而就新,
坎廩兮貧士失職而志不平,
廓落兮羇旅而無友生。
惆悵兮而私自憐。
燕翩翩其辭歸兮,蝉寂漠而無聲。
鴈廱廱而南遊兮,鶤雞啁哳而悲鳴。
獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征。
時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。


昨者京使至,嗣皇傳冕旒。
きのう都から使者が来ての話では、世継ぎの皇太子が御即位されたそうだ。
京使 長安朝廷からの使者。○嗣皇 皇太子。○傳冕旒 冠の前に垂れる飾り玉。天子の冕は十二旒。憲宗が順宗から譲位を受けた、805年貞元二十一年八月即位したことを指す。


赫然下明詔,首罪誅共兜。
そして輝く、盛んな様子で早急に明らかに詔勅を下し、悪人の首魁として共工・駻兜に比すべき者(王伾・王叔文を指す)を誅せられた。
赫然 怒る様子。むっとするさま。輝く、盛んな様子。蜀志『諸葛亮傳』「神武赫然、威鎮八荒。」(神武赫然として、威 八荒を鎮む。)○共兜 共工と駻兜。帝堯の臣で悪人であったから、舜が堯のゆずりをうけるとそれぞれ幽州と崇山に放逐した。ここでは王叔文党の迫放をさす。

中唐詩-290 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #9 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#9

中唐詩-290 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #9 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#9


#9
此府雄且大,騰淩盡戈矛。
新任の江陵府は雄大な場所で、大きな顔をしてのさばっているのは戎矛をもった武宮ばかりだ。
淒淒法曹掾,何處事卑陬。
こき使われ、うろうろした法曹の役人など、どこの片隅で仕事をしたらよいのか。
生平企仁義,所學皆孔周。
私は日ごろ仁義の道を慕い実現のため、学んでいたのは孔子・周公の教えであった。
早知大理官,不別三後儔。
早くから知っている法律関係の官職、裁判官は、人民を憐れむ行政職の三人とは同列にならないということらしい。
何況親犴獄,敲搒發奸偷。

ましてや下級の法官はみずから牢獄にでむき、鞭や棒で叩いて悪人を自白・供述・摘発することもせねばなるまい
#9
此の府 雄にして且つ大なり,騰淩【とうりょう】盡【ことごと】く戈矛【かぼう】。
淒淒【せいせい】法曹【ほうそう】掾【えん】,何れの處にか卑陬【ひすう】を事とせん。
生平 仁義を企【うかが】い,學ぶ所は皆孔周。
早【つと】に知る大理の官,三後【さんこう】の儔【ともがら】別ならざるを。
何ぞ況んや犴獄【かんごく】を親しく,敲搒【こうぼう】して奸偷【かんとう】を發【あば】くをや。

DCF00212

現代語訳と訳註
(本文)#9

此府雄且大,騰淩盡戈矛。
淒淒法曹掾,何處事卑陬。
生平企仁義,所學皆孔周。
早知大理官,不別三後儔。
何況親犴獄,敲搒發奸偷。

(下し文)#9
此の府 雄にして且つ大なり,騰淩【とうりょう】盡【ことごと】く戈矛【かぼう】。
淒淒【せいせい】法曹【ほうそう】掾【えん】,何れの處にか卑陬【ひすう】を事とせん。
生平 仁義を企【うかが】い,學ぶ所は皆孔周。
早【つと】に知る大理の官,三後【さんこう】の儔【ともがら】別ならざるを。
何ぞ況んや犴獄【かんごく】を親しく,敲搒【こうぼう】して奸偷【かんとう】を發【あば】くをや。

(現代語訳)
新任の江陵府は雄大な場所で、大きな顔をしてのさばっているのは戎矛をもった武宮ばかりだ。
こき使われ、うろうろした法曹の役人など、どこの片隅で仕事をしたらよいのか。
私は日ごろ仁義の道を慕い実現のため、学んでいたのは孔子・周公の教えであった。
早くから知っている法律関係の官職、裁判官は、人民を憐れむ行政職の三人とは同列にならないということらしい。
ましてや下級の法官はみずから牢獄にでむき、鞭や棒で叩いて悪人を自白・供述・摘発することもせねばなるまい。

(訳注)
此府雄且大,騰淩盡戈矛。

新任の江陵府は雄大な場所で、大きな顔をしてのさばっているのは戎矛をもった武宮ばかりだ。
此府 江陵府。長江流域の拠点である。○騰淩 のぼせていて怖さを感じさせる。・ のぼる。のぼせる。こえる。・ しのぐ。おそれる。


淒淒法曹掾,何處事卑陬。
こき使われ、うろうろした法曹の役人など、どこの片隅で仕事をしたらよいのか。
○淒 こき使われ、うろうろしている。○法曹掾 法曹の役人○事卑陬 どこの片隅で仕事をする


生平企仁義,所學皆孔周
私は日ごろ仁義の道を慕い実現のため、学んでいたのは孔子・周公の教えであった。
生平 日ごろ○企仁義 仁義の道を慕い実現。○所學 学んでいた○皆孔周 ただひたすら、孔子・周公の教えを学ぶ。


早知大理官,不別三後儔。
早くから知っている法律関係の官職、裁判官は、人民を憐れむ行政職の三人とは同列にならないということらしい。
早知 はやくから、少年のころから。○大理官 裁判官。○三後儔 同時進級の詩題の三人のこと。


何況親犴獄,敲搒發奸偷。
ましてや下級の法官はみずから牢獄にでむき、鞭や棒で叩いて悪人を自白・供述・摘発することもせねばなるまい。
親犴獄 自ら監獄に出向いていくこと。○敲搒鞭や棒で叩いて○發奸偷 悪人を自白・供述・摘発することもする。

中唐詩-289 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #8 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#8

中唐詩-289 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #8 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#8

「王二十補闘」は王涯、「李十一拾遺」は率建、「李二十六員外」は李程という人。補闘∵拾遺・員外は官名で、補闘∵拾遺は勤める役所は違うが、ともに皇帝の過失を指摘し、いさめることを職務とする。員外は正式には員外郎といい、行政官庁の事務官であるが、李程が具体的に何を担当していたかは、あまりはっきりしない。員外郎は初め定員外に設けられた官職であるためこの名がついたといわれるが、当時では完全に定員内のポストとなっていた。また三人とも翰林学士を兼務していたのであるが、これは宮中に作られた翰林院に出仕する、皇帝のプライペートな臣下で、学士・待詔などの階級がある。学士は翰林院では最高の地位だが、職務内容はあまり明瞭でなく、皇帝の学問上の顧問というにとどまる。しかし、皇帝が詔勅などを発布しようとするとき、その文章の手直しに始まり、政策の内容についても口をはさみ、後世では詔勅そのものを起草するようになって、翰林学士は政策の立案者という、重い地位を占めるようになった。愈の時代にはまだそれほど重い地位ではないが、皇帝の昏問に応ずるのだから、信頼されていなければ任命されるはずのない職である。また二十・十一・二十六といった数字はいわゆる排行で、一族(大家族の)のなかで同じ世代に属する人たち、たとえば従兄弟などを、出生の順に番号をつけて呼ぶもので、こうした呼び方をする友人は家族同然の、親しい間柄であることを示す。


#8
雷霆助光怪,氣象難比侔。
この地方の雷はすごい、それに怪しい光を添えて、こんな気象はほかに並ぶものもないほどだ。
癘疫忽潛遘,十家無一瘳。
瘴癘の流行病がこっそりと道を歩いていて、それに出会うと、十軒くらいの家のひとは一人も助かる者がない。
猜嫌動置毒,對案輒懷愁。
ひょっとすると毒虫が料理のなかに入れてあるのではないかと疑って、食膳に向かうたびに心配でしかたがないのだ。
前日遇恩赦,私心喜還憂。
先日恩赦にあって、心のうちで喜んだが、同時にそれはまた悲しいことでもある。
果然又羈縶,不得歸耡耰。
はたしてまたもや官職につながれ、農村に帰ることはできなくなったということなのだ。

#8
雷霆【らいてい】光怪【こうかい】を助け,氣象 比侔【ひぼう】し難し。
癘疫【れいえき】忽【たちま】ち潛遘【せんこう】し,十家一も瘳【い】ゆる無し。
猜嫌【さいけん】して動【やや】もすれば毒を置き,案に對して輒【すなわ】ち愁いを懷【いだ】く。
前日遇恩赦【おんしゃ】,私心に喜び還た憂う。
果然【かぜん】として又羈縶【きせつ】せられ,耡耰 【じゅじょう】に歸るを得ず。


現代語訳と訳註
(本文)#8

雷霆助光怪,氣象難比侔。
癘疫忽潛遘,十家無一瘳。
猜嫌動置毒,對案輒懷愁。
前日遇恩赦,私心喜還憂。
果然又羈縶,不得歸耡耰。

(下し文)#8
雷霆【らいてい】光怪【こうかい】を助け,氣象 比侔【ひぼう】し難し。
癘疫【れいえき】忽【たちま】ち潛遘【せんこう】し,十家一も瘳【い】ゆる無し。
猜嫌【さいけん】して動【やや】もすれば毒を置き,案に對して輒【すなわ】ち愁いを懷【いだ】く。
前日遇恩赦【おんしゃ】,私心に喜び還た憂う。
果然【かぜん】として又羈縶【きせつ】せられ,耡耰 【じゅじょう】に歸るを得ず。

(現代語訳)
この地方の雷はすごい、それに怪しい光を添えて、こんな気象はほかに並ぶものもないほどだ。
瘴癘の流行病がこっそりと道を歩いていて、それに出会うと、十軒くらいの家のひとは一人も助かる者がない。
ひょっとすると毒虫が料理のなかに入れてあるのではないかと疑って、食膳に向かうたびに心配でしかたがないのだ。
先日恩赦にあって、心のうちで喜んだが、同時にそれはまた悲しいことでもある。
はたしてまたもや官職につながれ、農村に帰ることはできなくなったということなのだ。



(訳注) #8
雷霆助光怪,氣象難比侔。
この地方の雷はすごい、それに怪しい光を添えて、こんな気象はほかに並ぶものもないほどだ。
雷霆 かみなりのひびき。雷も霆もかみなり。


癘疫忽潛遘,十家無一瘳。
瘴癘の流行病がこっそりと道を歩いていて、それに出会うと、十軒くらいの家のひとは一人も助かる者がない。
癘疫 流行病。伝染病。

猜嫌動置毒,對案輒懷愁。
ひょっとすると毒虫が料理のなかに入れてあるのではないかと疑って、食膳に向かうたびに心配でしかたがないのだ


前日遇恩赦,私心喜還憂。
先日恩赦にあって、心のうちで喜んだが、同時にそれはまた悲しいことでもある。


果然又羈縶,不得歸耡耰。
はたしてまたもや官職につながれ、農村に帰ることはできなくなったということなのだ。
果然 はたしてまたもや。其のまま過ごしていると。○羈縶 官職につながれること。○歸耡耰 農村に帰って鋤を持つこと。
ここは、同級のものが引き上げられて朝廷で天子の傍にお仕えしていることに対して、韓愈の不遇をあらわしている。農村に隠遁する気持ちはないが、自分の力を発揮できない場合、詩人はこういう表現をする。中国人の強がってみせる表現方法である。

中唐詩-288 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #7 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#7

中唐詩-288 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #7 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#7


#7
生獰多忿很,辭舌紛嘲啁。
彼らは気が荒くてとかく怒りだし、言葉はしきりに言うものの、鳥が鳴くようでわけがわからない。
白日屋檐下,雙鳴鬥鵂鶹。
白昼に軒下で、二羽で鳴きながらミミズクが喧嘩をしているのだ。
有蛇類兩首,有蠱群飛遊。
両頭の蛇がいるかのようで、こいつは話に聞く蛇に似ているし、南方に特有の毒虫が群れを作って飛びまわっている。
窮冬或搖扇,盛夏或重裘。
真冬でも扇であおがないといけないひがあり、真夏というのに皮ごろもを重ね着する日もある。
颶起最可畏,訇哮簸陵丘。

台風の起こるときは最も恐ろしいのである、大きなうなり声をあげて小山もふるわせうごかすほどだ。
#7
生獰【せいどう】にして多忿很,辭舌 紛として嘲啁【ちょうちゅう】。
白日 屋檐【おくえん】の下,雙び鳴いて鵂鶹【きゅうりゅう】鬥【たたか】う。
蛇有りて兩首に類し,蠱【こ】有りて群飛して遊ぶ。
窮冬 或いは扇を搖【ゆる】がし,盛夏 或いは裘を重ね。
颶【ぐ】の起こる最も畏るべし,訇哮【こうこう】して陵丘【りょうきゅう】を簸【うご】かす。


八女茶 畑

現代語訳と訳註
(本文) #7

生獰多忿很,辭舌紛嘲啁。
白日屋檐下,雙鳴鬥鵂鶹。
有蛇類兩首,有蠱群飛遊。
窮冬或搖扇,盛夏或重裘。
颶起最可畏,訇哮簸陵丘。


(下し文) #7
生獰【せいどう】にして多忿很,辭舌 紛として嘲啁【ちょうちゅう】。
白日 屋檐【おくえん】の下,雙び鳴いて鵂鶹【きゅうりゅう】鬥【たたか】う。
蛇有りて兩首に類し,蠱【こ】有りて群飛して遊ぶ。[22]
窮冬 或いは扇を搖【ゆる】がし,盛夏 或いは裘を重ね。
颶【ぐ】の起こる最も畏るべし,訇哮【こうこう】して陵丘【りょうきゅう】を簸【うご】かす。


(現代語訳)
彼らは気が荒くてとかく怒りだし、言葉はしきりに言うものの、鳥が鳴くようでわけがわからない。
白昼に軒下で、二羽で鳴きながらミミズクが喧嘩をしているのだ。
両頭の蛇がいるかのようで、こいつは話に聞く蛇に似ているし、南方に特有の毒虫が群れを作って飛びまわっている。
真冬でも扇であおがないといけないひがあり、真夏というのに皮ごろもを重ね着する日もある。

台風の起こるときは最も恐ろしいのである、大きなうなり声をあげて小山もふるわせうごかすほどだ。

(訳注)
生獰多忿很,辭舌紛嘲啁。
彼らは気が荒くてとかく怒りだし、言葉はしきりに言うものの、鳥が鳴くようでわけがわからない。
生獰 粗野獰猛。○多忿很 怒りうらむ、ことが多い。○嘲啁 がやがやとやかましいさま。


白日屋檐下,雙鳴鬥鵂鶹。
白昼に軒下で、二羽で鳴きながらミミズクが喧嘩をしているのだ。
○屋檐下 軒下。○雙鳴 二羽で鳴く。○鵂鶹 ミミズクが喧嘩をしている。


有蛇類兩首,有蠱群飛遊。
両頭の蛇がいるかのようで、こいつは話に聞く蛇に似ているし、南方に特有の毒虫が群れを作って飛びまわっている。
 大蛇。○兩首 鎌首が二つある。○ 毒虫


窮冬或搖扇,盛夏或重裘。
真冬でも扇であおがないといけない日があり、真夏というのに皮ごろもを重ね着する日もある。
○窮 真冬。○搖扇 扇であおがないといけない日。○重裘 皮ごろもを重ね着する日


颶起最可畏,訇哮簸陵丘。
台風の起こるときは最も恐ろしいのである、大きなうなり声をあげて小山もふるわせうごかすほどだ。
颶起 台風○訇哮 大きなうなり声をあげる。○簸陵 丘小山もふるわせうごかす。

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中唐詩-287 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #6 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#6

中唐詩-287 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #6 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#6


#6
朝為青雲士,暮作白首囚。
朝は青雲の上高くに志を持った士だったのに、夕方には白髪あたまの囚人となってしまったのだ。
商山季冬月,冰凍絕行輈。
商山には晩冬の冴えかかる月が上がり、旅路にそえてくれている、道は凍りついていて旅人の姿も絶えてきた・
春風洞庭浪,出沒驚孤舟。
春風がふいて洞庭湖に波をたている上を船は進む、見えつ隠れつしながら進む小さな舟は、今にも沈むかと恐怖心を抱かせる。
逾嶺到所任,低顏奉君侯。
こうして五嶺の高峰を越え、新しい任地に着いた。そこで気持を抑え、顔を低く伏せながら連州刺史に仕えた。
酸寒何足道,隨事生瘡疣。
生活が苦しいのはいまさら言うまでもなく、嫌いなことをしているとかさぶたができるというが、何につけてもかさぶたのできるようなことばかりだ。
遠地觸途異,吏民似猿猴。
都を遠く離れた土地ではなにごとも変わっている、吏員・下役や住民もまるで猿のようだ。

#6
朝【あした】には青雲の士為【た】り,暮には白首の囚と作【な】れり。
商山 季冬の月,冰凍して行輈【こうしゅう】絕ゆ。
春風 洞庭の浪,出沒して孤舟驚く。
嶺を逾【こ】えて任とする所に到り,顏を低【た】れて君侯に奉ず。
酸寒 何ぞ道【い】うに足らん,事に隨って瘡疣【そうゆう】を生ず。
遠地 途【みち】に觸れて異なり,吏民 猿猴【えんこう】に似たり。

nat0021


現代語訳と訳註
(本文) #6

朝為青雲士,暮作白首囚。
商山季冬月,冰凍絕行輈。
春風洞庭浪,出沒驚孤舟。
逾嶺到所任,低顏奉君侯。
酸寒何足道,隨事生瘡疣。
遠地觸途異,吏民似猿猴。


(下し文) #6
朝【あした】には青雲の士為【た】り,暮には白首の囚と作【な】れり。
商山 季冬の月,冰凍して行輈【こうしゅう】絕ゆ。
春風 洞庭の浪,出沒して孤舟驚く。
嶺を逾【こ】えて任とする所に到り,顏を低【た】れて君侯に奉ず。
酸寒 何ぞ道【い】うに足らん,事に隨って瘡疣【そうゆう】を生ず。
遠地 途【みち】に觸れて異なり,吏民 猿猴【えんこう】に似たり。


(現代語訳)
朝は青雲の上高くに志を持った士だったのに、夕方には白髪あたまの囚人となってしまったのだ。
商山には晩冬の冴えかかる月が上がり、旅路にそえてくれている、道は凍りついていて旅人の姿も絶えてきた・
春風がふいて洞庭湖に波をたている上を船は進む、見えつ隠れつしながら進む小さな舟は、今にも沈むかと恐怖心を抱かせる。
こうして五嶺の高峰を越え、新しい任地に着いた。そこで気持を抑え、顔を低く伏せながら連州刺史に仕えた。
生活が苦しいのはいまさら言うまでもなく、嫌いなことをしているとかさぶたができるというが、何につけてもかさぶたのできるようなことばかりだ。
都を遠く離れた土地ではなにごとも変わっている、吏員・下役や住民もまるで猿のようだ。


(訳注)
朝為青雲士,暮作白首囚。

朝は青雲の上高くに志を持った士だったのに、夕方には白髪あたまの囚人となってしまったのだ。
青雲士 仙人のことをいう場合もあるか、ここでは朝廷につかえる人。志を高く持った人、韓愈自身のこと。○白首囚 白髪頭の囚人、韓愈のこと。


商山季冬月,冰凍絕行輈。
商山には晩冬の冴えかかる月が上がり、旅路にそえてくれている、道は凍りついていて旅人の姿も絶えてきた。
商山 商州上洛郡にある山。○季冬月 冬の末の十二月という説もあるが、冬のはての空に冴えかえる月とみる方がよさそうである。○行軸 軸はながえ。それを追めること。


春風洞庭浪,出沒驚孤舟。
春風がふいて洞庭湖に波をたている上を船は進む、見えつ隠れつしながら進む小さな舟は、今にも沈むかと恐怖心を抱かせる。


逾嶺到所任,低顏奉君侯。
こうして五嶺の高峰を越え、新しい任地に着いた。そこで気持を抑え、顔を低く伏せながら連州刺史に仕えた。
逾嶺 五嶺山脈をこえる。五嶺山脈は漢民族と南の異民族を分ける山でこれより先を瘴癘の地としていた。瘴癘の地とhs空気中に毒ガスが混じっており是の中毒にかかって高熱を発する病気になると信じられていた。蚊を媒介とするマラリアのことである。蚊によって伝染するなどと考えもしなかった。
君侯 陽山県令の上司にあたる連州の刺史をさす。
 
酸寒何足道,隨事生瘡疣。
生活が苦しいのはいまさら言うまでもなく、ひと山越えると見るも聞くものが何につけても異様な出来事ばかりだ。
酸寒 まずしいこと。びんぼう。酸辛の場合辛さが先に立つ。○瘡疣 かさぶた。わざわい。異様な出来事。


遠地觸途異,吏民似猿猴。
都を遠く離れた土地ではなにごとも変わっている、吏員・下役や住民もまるで猿のようだ。
觸途異 身民族の風土をいう。○猿猴 猿。○言葉が分からないことをいう
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中唐詩-286 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #5 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#5

中唐詩-286 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #5 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#5


#5
中使臨門遣,頃刻不得留。
左遷の命に宮中からの使者は戸口の所に立って私を追いたてた、少しも遅滞していることは許されなかった。
病妹臥床褥,分知隔明幽。
病気の妹は蒲団に寝ているが、これが今生の別れだと覚悟はついているようだ。
悲啼乞就別,百請不頷頭。
悲しんで位き、別れの旅路を共にしたいとないたのだ、しかし、百篇なだめてみたけれどうなずいてはくれない。
弱妻抱稚子,出拜忘慚羞。
うら若い妻は乳飲み子を抱き、戸口に出て恥ずかしさも忘れて拝み、あいさつしている。
僶俛不回顧,行行詣連州。
私はうなだれたまま無理に振りかえりもせず、連州の陽山県までの旅を続けた。


#5
中使 門に臨みて遣【や】り,頃刻【けいこく】留まるを得ず。
病妹 床褥【しょうじょく】に臥す,分【さだ】めて明幽を隔てんことを知る。
悲啼【ひてい】別れ就かんと乞い,百【もも】たび請えども頭【こうべ】を頷【うなず】かせず。[17] [18]
弱妻は稚子を抱き,出で拜して慚羞【ざんしゅう】を忘る。
僶俛【べんびん】回顧せず,行き行きて連州に詣【いた】る。



現代語訳と訳註
(本文)
#5
中使臨門遣,頃刻不得留。
病妹臥床褥,分知隔明幽。
悲啼乞就別,百請不頷頭。
弱妻抱稚子,出拜忘慚羞。
僶俛不回顧,行行詣連州。


(下し文) #5
中使 門に臨みて遣【や】り,頃刻【けいこく】留まるを得ず。
病妹 床褥【しょうじょく】に臥す,分【さだ】めて明幽を隔てんことを知る。
悲啼【ひてい】別れ就かんと乞い,百【もも】たび請えども頭【こうべ】を頷【うなず】かせず。[17] [18]
弱妻は稚子を抱き,出で拜して慚羞【ざんしゅう】を忘る。
僶俛【べんびん】回顧せず,行き行きて連州に詣【いた】る。


(現代語訳)
左遷の命に宮中からの使者は戸口の所に立って私を追いたてた、少しも遅滞していることは許されなかった。
病気の妹は蒲団に寝ているが、これが今生の別れだと覚悟はついているようだ。
悲しんで位き、別れの旅路を共にしたいとないたのだ、しかし、百篇なだめてみたけれどうなずいてはくれない。
うら若い妻は乳飲み子を抱き、戸口に出て恥ずかしさも忘れて拝み、あいさつしている。
私はうなだれたまま無理に振りかえりもせず、連州の陽山県までの旅を続けた。


(訳注)
中使臨門遣,頃刻不得留。

左遷の命に宮中からの使者は戸口の所に立って私を追いたてた、少しも遅滞していることは許されなかった。
中使 朝庭の使い。


病妹臥床褥,分知隔明幽。
病気の妹は蒲団に寝ているが、これが今生の別れだと覚悟はついているようだ。
病妹 妹、妾、少女、嫁・妻。病気の受妾。韓癒に妹、妾があったことを他の文献が全く伝えないので、ここでは妻。
隔明幽 幽明境を異にする。つまり一方は死に一方は生きていること。


悲啼乞就別,百請不頷頭。
悲しんで位き、別れの旅路を共にしたいとないたのだ、しかし、百ぺんなだめてみたけれどうなずいてはくれない。


弱妻抱稚子,出拜忘慚羞。
うら若い妻は乳飲み子を抱き、戸口に出て恥ずかしさも忘れて拝み、あいさつしている。
弱妻 弱は二十歳を意味する。ここではうら若い。○


僶俛不回顧,行行詣連州。
私はうなだれたまま無理に振りかえりもせず、連州の陽山県までの旅を続けた。
僶俛 励み努める。むりにつとめて。『新書、勸学』「舜僶俛而加志。」(舜は僶俛して而志を加う。)潘岳の『悼亡詩』に「僶俛として朝命を恭【かしこ】み、心を回らせて初役に返る」という句がみえる。

中唐詩-285 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #4 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#4

中唐詩-285 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #4 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#4


1.中唐詩-282 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #1 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#1
2.中唐詩-283 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #2 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#2
3.中唐詩-284 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #3 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#3


#4
天子惻然感,司空嘆綢繆。
天子はこれを読んで心の底から感じいられ、司空は事務処理の適切と叙述に感嘆したという。
謂言即施設,乃反遷炎州。
だからすぐにでも手が打たれると思っていたのに、逆に南の州、熱帯の地方に左遷されることになったのだ。
同官盡九俊,偏善柳與劉。
役所の同僚たちはことごとく才能があってすぐれた人たちだが、なかでも特に柳宗元と禹錫と仲がよい。
或慮語言泄,傳之落冤讎。
あるいは、ことによるとかれらの言葉が漏れ、伝わって行って敵の手中に陥ったのかもしれない。
二子不宜爾,將疑斷還不。
しかし両君がそんなことをするはずがない、まさに疑おうとするのを打ち消すが、いや、やはり疑うべきか。

#4
天子 惻然【そくぜん】として感じ,司空 綢繆【ちゅうびゅう】を嘆ず。
謂言【おも】えらく即ち施設すべしと,乃【すなわ】ち反って炎州に遷【うつ】さる。
同官 盡【ことごと】く九俊,偏【ひと】えに柳と劉とに善し。
或いは慮【おもんばか】る語言の泄れて,之を傳えて冤讎に落ちしかと。
二子は宜【よろ】しく爾【しか】るべからず,將【は】た疑うらくは斷【さだ】めんや還【ま】た不【いな】や。


現代語訳と訳註
(本文) #4

天子惻然感,司空嘆綢繆。
謂言即施設,乃反遷炎州。
同官盡九俊,偏善柳與劉。
或慮語言泄,傳之落冤讎。
二子不宜爾,將疑斷還不。


(下し文) #4
天子 惻然【そくぜん】として感じ,司空 綢繆【ちゅうびゅう】を嘆ず。
謂言【おも】えらく即ち施設すべしと,乃【すなわ】ち反って炎州に遷【うつ】さる。
同官 盡【ことごと】く九俊,偏【ひと】えに柳と劉とに善し。
或いは慮【おもんばか】る語言の泄れて,之を傳えて冤讎に落ちしかと。
二子は宜【よろ】しく爾【しか】るべからず,將【は】た疑うらくは斷【さだ】めんや還【ま】た不【いな】や。


(現代語訳)
天子はこれを読んで心の底から感じいられ、司空は事務処理の適切と叙述に感嘆したという。
だからすぐにでも手が打たれると思っていたのに、逆に南の州、熱帯の地方に左遷されることになったのだ。
役所の同僚たちはことごとく才能があってすぐれた人たちだが、なかでも特に柳宗元と禹錫と仲がよい。
あるいは、ことによるとかれらの言葉が漏れ、伝わって行って敵の手中に陥ったのかもしれない。
しかし両君がそんなことをするはずがない、まさに疑おうとするのを打ち消すが、いや、やはり疑うべきか。


(訳注)#4
天子惻然感,司空嘆綢繆。
天子はこれを読んで心の底から感じいられ、司空は事務処理の適切と叙述に感嘆したという。
司空 官名。人臣の最高位。このときの司空は杜佑という人物であった。○綢繆 苦辛経営すること。


謂言即施設,乃反遷炎州。
だからすぐにでも手が打たれると思っていたのに、逆に南の州、熱帯の地方に左遷されることになったのだ。
炎州 熱帯の地方という意。


同官盡九俊,偏善柳與劉。
役所の同僚たちはことごとく才能があってすぐれた人たちだが、なかでも特に柳宗元と禹錫と仲がよい。
同官 同役の監察御史。○柳與劉 柳宗元と劉禹錫
柳宗元:773~819 河東(山西)出身。字は子厚。793年に進士に及第し、校書郎をへて監察御史に進んだ。太子近侍の王叔文・韋執誼らに与して順宗即位と共に礼部員外郎とされ、賦役削減の諸改革にも参与したが、憲宗が即位して叔文らが失脚すると永州司馬に左遷された。815年に柳州刺史に転じて弊風改正に注力し、在任中に歿した。
 文人として著名で、韓愈と同じく戦国~西漢の散文復帰を主張して復古運動を展開したが、六朝以来の形式的な駢文打倒には至らなかった。学術的議論文に優れた韓愈の古文に対して叙景文に優れ、韓愈とともに唐宋八大家の一人とされる。
・劉禹錫:772年~842年中唐の詩人。白居易や柳宗元との詩の応酬も多い。白居易とともに『竹枝詞』や『楊柳枝』を作る等、前衛的、実験的なことに取り組む。字は夢得。監察御史、太子賓客。


或慮語言泄,傳之落冤讎。
あるいは、ことによるとかれらの言葉が漏れ、伝わって行って敵の手中に陥ったのかもしれない。


二子不宜爾,將疑斷還不。
しかし両君がそんなことをするはずがない、まさに疑おうとするのを打ち消すが、いや、やはり疑うべきか。



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(Ⅰ李商隠Ⅱ韓退之(韓愈))
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中唐詩-284 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #3 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#3

中唐詩-284 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #3 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#3


#3 
適會除禦史,誠當得言秋。
私はちょうど監察御史に任ぜられたところで、誠実に役目をすると、この飢饉がひどい状況の秋なのでこれこそ意見を申しあげるべきときである。
拜疏移閤門,為忠寧自謀?
そこで上奏文を捧げ、天子のもとに提出した。忠義のみを心がけていたので、自分のことなど考えて行ったことではあるはずがあろうか。
上陳人疾苦,無令絕其喉。
はじめに上奏した民の苦しみ、窮状が、さらにその喉を締めあげないようにさせるというものであった。
下陳畿甸內,根本理宜優。
終わりに述べたのは、畿内はすべての根本なのだから、道理から言っても優遇を加えるべきことを述べている。
積雪驗豐熟,幸寬待蠶麰。
そして、この冬は雪が多くて豊年の前兆があるのだから、どうか納税の時期を、蚕と麦の収穫があるまで延ばしていただきたいと論じたものだった。

#3
適ゝ【たまたま】禦史に除せらるるに會う,誠に當【まさ】に言うを得べき秋なり。
疏を拜して閤門に移【い】す,忠を為して寧【いず】くんぞ自ら謀【はか】らんや?
上は人の疾苦を陳【の】べて,其の喉を絕た令むること無く。
下は畿甸の內,根本にて理として宜しく優なるべきを陳ぶ。
積雪 豐熟の驗あり,幸【こいねが】わくは寬【ゆる】めて蠶麰【さんぽう】を待たん。


現代語訳と訳註
(本文)
#3 
適會除禦史,誠當得言秋。
拜疏移閤門,為忠寧自謀?
上陳人疾苦,無令絕其喉。
下陳畿甸內,根本理宜優。
積雪驗豐熟,幸寬待蠶麰。


(下し文) #3
適ゝ【たまたま】禦史に除せらるるに會う,誠に當【まさ】に言うを得べき秋なり。
疏を拜して閤門に移【い】す,忠を為して寧【いず】くんぞ自ら謀【はか】らんや?
上は人の疾苦を陳【の】べて,其の喉を絕た令むること無く。
下は畿甸の內,根本にて理として宜しく優なるべきを陳ぶ。
積雪 豐熟の驗あり,幸【こいねが】わくは寬【ゆる】めて蠶麰【さんぽう】を待たん。


(現代語訳)#3
私はちょうど監察御史に任ぜられたところで、誠実に役目をすると、この飢饉がひどい状況の秋なのでこれこそ意見を申しあげるべきときである。
そこで上奏文を捧げ、天子のもとに提出した。忠義のみを心がけていたので、自分のことなど考えて行ったことではあるはずがあろうか。
はじめに上奏した民の苦しみ、窮状が、さらにその喉を締めあげないようにさせるというものであった。
終わりに述べたのは、畿内はすべての根本なのだから、道理から言っても優遇を加えるべきことを述べている。
そして、この冬は雪が多くて豊年の前兆があるのだから、どうか納税の時期を、蚕と麦の収穫があるまで延ばしていただきたいと論じたものだった。


(訳注)#3
適會除禦史,誠當得言秋。

私はちょうど監察御史に任ぜられたところで、誠実に役目をすると、この飢饉がひどい状況の秋なのでこれこそ意見を申しあげるべきときである。
○適會 たまたまその時にあたる。○禦史 803年貞元十九年の七月、韓愈は監察御史に転任した。これは御史台に所属するが、御史台とは検察庁に当たる役所で、監察御史というのは、定期的に地方を巡回し、地方官の不正をあばいたり、地方の裁判を再調査して判決を改めたりするのが役目である。身分はさほど高くはないが、四門博士よりは政治の中枢にタッチした職だけに、エリートコースに近づいたということができそうである。○言秋 いうことができたのは秋である。


拜疏移閤門,為忠寧自謀?
そこで上奏文を捧げ、天子のもとに提出した。忠義のみを心がけていたので、自分のことなど考えて行ったことではあるはずがあろうか。
拜疏 上奏文を捧げること。○移閤門 当時、監察御史が弾劾をおこなう場合は、まず文害を中書門下にさし出しておいで、その後、天子に奏上するきまりだった。閤は門傍の戸のこと。○自謀 自分のみを考えてはかりごとを行う。


上陳人疾苦,無令絕其喉。
はじめに上奏した民の苦しみ、窮状が、さらにその喉を締めあげないようにさせるというものであった。
上陳人疾舌 上奏文のはじめの方には人民の苦しみをのべた。唐代には太宗の諱【いみな】をはばかって民を人と書いた。


下陳畿甸內,根本理宜優。
終わりに述べたのは、畿内はすべての根本なのだから、道理から言っても特別の優遇を加えるべきことを述べている。
 政治。唐代には高宗の諱をはばかって治を埋と害いた。


積雪驗豐熟,幸寬待蠶麰。
そして、この冬は雪が多くて豊年の前兆があるのだから、どうか納税の時期を、蚕と麦の収穫があるまで延ばしていただきたいと論じたものだった。

○蠶麰 蚕の糸がとれ麦の収穫できること。



80022008

*****************************
赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士#1
孤臣昔放逐,血泣追愆尤。
君たちと離れて孤独な臣下である私は、以前に都から追われて、血の涙を流しながら自分の犯した罪の深さを追究している。
汗漫不省識,怳如乘桴浮。
でも、どこに罪があったのか、さっぱりわけがわからず、俘に乗って海に浮かんだような茫然とした心地なのだ。
或自疑上疏,上疏豈其由?
ことによると京兆の飢饉を論じて李実の租税徴収を上疏のせいではないかと自分で疑ってみるのだが、上疏が理由だとはどうしても考えられない。
是年京師旱,田畝少所收。
この年、都の周辺の地方は目照りで、田畑からはほとんど収穫がなかった。
上憐民無食,征賦半已休。
天子は人民の食糧がないのを憐れみたまわれた、租税や賦役の半分は免除するとの命令を出されたのだ。
#2
有司恤經費,未免煩徴求。
係の役人は必要な費用のことを心配して、予定どおり徴収する手間をかけ、民は免れなかった。
富者既雲急,貧者固已流。
富んでいる者すら追いつめられるしまつなのだから、貧しい者はもちろん流民となってしまうのはしかたがない。
傳聞閭裏間,赤子棄渠溝。
こんな話を人づてに聞いた、村里で、赤ん妨を溝に捨てているという。
持男易鬥粟,掉臂莫肯酬。
また自分の息子を一升の穀物と取りかえようとする者がいて、手を振って断わる人ばかりで、代価を払ってくれようとする者はない。
我時出衢路,餓者何其稠。
私はじっとしておれず道路に出て見たのだが、飢えた人がなんと多いことか。目の前で道ばたの死体に逢った。
親逢道邊死,佇立久咿憂。
思わずその場に立ちつくし、久しくもぐもぐしてなげかずにはおられなかった。
歸舍不能食,有如魚中鉤。
家に帰っても貧しい食膳に向かっても食事がのどを通らない、魚が釣り針を飲みこんだようなものであった。
#3 
適會除禦史,誠當得言秋。
そして、この冬は雪が多くて豊年の前兆があるのだから、どうか納税の時期を、蚕と麦の収穫があるまで延ばしていただきたいと論じたものだった。
積雪驗豐熟,幸寬待蠶麰。
私はちょうど監察御史に任ぜられたところで、誠実に役目をすると、この飢饉がひどい状況の秋なのでこれこそ意見を申しあげるべきときである。
拜疏移閤門,為忠寧自謀?
そこで上奏文を捧げ、天子のもとに提出した。忠義のみを心がけていたので、自分のことなど考えて行ったことではあるはずがあろうか。
上陳人疾苦,無令絕其喉。
はじめに上奏した民の苦しみ、窮状が、さらにその喉を締めあげないようにさせるというものであった。
下陳畿甸內,根本理宜優。
終わりに述べたのは、畿内はすべての根本なのだから、道理から言っても優遇を加えるべきことを述べている。

中唐詩-283 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #2 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#2

中唐詩-283 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #2 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#2

803年貞元十九年七月、かれは四門博士から監察御史に遷った。官吏をとりしまるのが、その役目である。冬、京兆の尹、すなわち首都長安の長官である李実の暴政を弾劾したため、まもなく陽山県の令に左遷された。陽山県は、広東省西北部にあるまちで、唐代の長安や洛陽に住むひとにとっては、地の涯、瘴癘の地と感ぜられた地方である。この左遷はかれの生涯における重要な事件の一つで、その文学にも大きな影響を与えた。時に36歳。「江陵に赴く途中、王二十補闕、李十一拾遺、李二十六員外翰林三学士に寄贈す」 は、すでに恩赦によりその罪をゆるされて、江陵府法曹参軍事として新任地にむかう途中、さきの左遷の始終を追想した長詩で、代表作の一つである。其の2回目。(全13回)


#2
有司恤經費,未免煩徴求。
係の役人は必要な費用のことを心配して、予定どおり徴収する手間をかけ、民は免れなかった。
富者既雲急,貧者固已流。
富んでいる者すら追いつめられるしまつなのだから、貧しい者はもちろん流民となってしまうのはしかたがない。
傳聞閭裏間,赤子棄渠溝。
こんな話を人づてに聞いた、村里で、赤ん妨を溝に捨てているという。
持男易鬥粟,掉臂莫肯酬。
また自分の息子を一升の穀物と取りかえようとする者がいて、手を振って断わる人ばかりで、代価を払ってくれようとする者はない。
我時出衢路,餓者何其稠。
私はじっとしておれず道路に出て見たのだが、飢えた人がなんと多いことか。目の前で道ばたの死体に逢った。
親逢道邊死,佇立久咿憂。
思わずその場に立ちつくし、久しくもぐもぐしてなげかずにはおられなかった。
歸舍不能食,有如魚中鉤。
家に帰っても貧しい食膳に向かっても食事がのどを通らない、魚が釣り針を飲みこんだようなものであった。

#2
有司 經費を恤【うれ】え,未だ徴求【ちょうきゅう】を煩【わずら】わすを免れず。
富者は既に雲【ここ】に急に,貧者は固より已に流る。
傳え聞く閭裏【りょり】の間,赤子【せきし】渠溝【きょこう】に棄つと。
男を持して鬥粟【とぞく】易【か】うるも,臂【ひじ】を掉【ふる】って肯えて酬【むく】ゆる莫【な】し。
我時に衢路【くろ】に出ずるも,餓えたる者 何んぞ其れ稠【おお】き。
親しく道邊の死に逢い,佇立【ちょりつ】して久しく咿憂【いゆう】す。
舍に歸るも食うこと能わず,魚の鉤に中【あた】れるが如き有り。


現代語訳と訳註
(本文)#2

有司恤經費,未免煩徴求。
富者既雲急,貧者固已流。
傳聞閭裏間,赤子棄渠溝。
持男易鬥粟,掉臂莫肯酬。
我時出衢路,餓者何其稠。
親逢道邊死,佇立久咿憂。
歸舍不能食,有如魚中鉤。


(下し文) #2
有司 經費を恤【うれ】え,未だ徴求【ちょうきゅう】を煩【わずら】わすを免れず。
富者は既に雲【ここ】に急に,貧者は固より已に流る。
傳え聞く閭裏【りょり】の間,赤子【せきし】渠溝【きょこう】に棄つと。
男を持して鬥粟【とぞく】易【か】うるも,臂【ひじ】を掉【ふる】って肯えて酬【むく】ゆる莫【な】し。
我時に衢路【くろ】に出ずるも,餓えたる者 何んぞ其れ稠【おお】き。
親しく道邊の死に逢い,佇立【ちょりつ】して久しく咿憂【いゆう】す。
舍に歸るも食うこと能わず,魚の鉤に中【あた】れるが如き有り。


(現代語訳)
係の役人は必要な費用のことを心配して、予定どおり徴収する手間をかけ、民は免れなかった。
富んでいる者すら追いつめられるしまつなのだから、貧しい者はもちろん流民となってしまうのはしかたがない。
こんな話を人づてに聞いた、村里で、赤ん妨を溝に捨てているという。
また自分の息子を一升の穀物と取りかえようとする者がいて、手を振って断わる人ばかりで、代価を払ってくれようとする者はない。
私はじっとしておれず道路に出て見たのだが、飢えた人がなんと多いことか。目の前で道ばたの死体に逢った。
思わずその場に立ちつくし、久しくもぐもぐしてなげかずにはおられなかった。
家に帰っても貧しい食膳に向かっても食事がのどを通らない、魚が釣り針を飲みこんだようなものであった。


(訳注)#2
有司恤經費,未免煩徴求。

係の役人は必要な費用のことを心配して、予定どおり徴収する手間をかけ、民は免れなかった。
有司 官吏。この場合は京兆尹李実をさす。李実は、免税などしていては国費がまかなえぬと考え「ひでりはつづき京したが、五穀のみのりはなかなかよろしい」と奏上し、免税排置を中止させた上、家誕税や道路税などを新設したため、住居をこわして瓦や木材を売り、この秋まくべき麦を売って税金にあてるものも出た。役者の成昿端が徴税攻勢を皮肉った謳をつくってやんやのかっさいをあびた。李実はこれを知ると、朝政誹膀の名目で、鞭うって殺した。


富者既雲急,貧者固已流。
富んでいる者すら追いつめられるしまつなのだから、貧しい者はもちろん流民となってしまうのはしかたがない。


傳聞閭裏間,赤子棄渠溝。
こんな話を人づてに聞いた、村里で、赤ん妨を溝に捨てているという。
棄渠溝 みぞにすてられている。


持男易鬥粟,掉臂莫肯酬。
また自分の息子を一升の穀物と取りかえようとする者がいて、手を振って断わる人ばかりで、代価を払ってくれようとする者はない。
掉臂 いらないよ、と手をふる。


我時出衢路,餓者何其稠。
私はじっとしておれず道路に出て見たのだが、飢えた人がなんと多いことか。目の前で道ばたの死体に逢った。


親逢道邊死,佇立久咿憂。
思わずその場に立ちつくし、久しくもぐもぐしてなげかずにはおられなかった。
咿憂 なげく。


歸舍不能食,有如魚中鉤。
家に帰っても貧しい食膳に向かっても食事がのどを通らない、魚が釣り針を飲みこんだようなものであった。
魚中鈎 つり針をノドにひっかけた魚。つり好きの斡愈でなければ出ないようなうまい言葉。陸機の『文賦』に「遊魚の鈎を銜んで重淵の深ぎより出づるが若し」の語がみえる。

中唐詩-282 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #1 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#1

中唐詩-282 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #1 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#1


赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士#1
孤臣昔放逐,血泣追愆尤。
君たちと離れて孤独な臣下である私は、以前に都から追われて、血の涙を流しながら自分の犯した罪の深さを追究している。
汗漫不省識,怳如乘桴浮。
でも、どこに罪があったのか、さっぱりわけがわからず、俘に乗って海に浮かんだような茫然とした心地なのだ。
或自疑上疏,上疏豈其由?
ことによると京兆の飢饉を論じて李実の租税徴収を上疏のせいではないかと自分で疑ってみるのだが、上疏が理由だとはどうしても考えられない。
是年京師旱,田畝少所收。
この年、都の周辺の地方は目照りで、田畑からはほとんど収穫がなかった。
上憐民無食,征賦半已休。
天子は人民の食糧がないのを憐れみたまわれた、租税や賦役の半分は免除するとの命令を出されたのだ。

#1 
孤臣 昔 放逐せられ,血泣【けつきゅう】愆尤【けんゆう】を追う。
汗漫【かんまん】として省識【せいしき】せず,怳【こう】として桴【いかだ】乘って浮ぶが如し。
或いは自ら疑う 上疏【じょうそ】かと,上疏は豈其の由ならんや?
是の年京師【けいし】旱【ひでり】して,田畝【でんは】收むる所少【まれ】なり。
上【しょう】民の食無きを憐れみて,征賦【せいふ】半ばは已【すで】に休【や】めらる。


現代語訳と訳註
(本文)
#1
孤臣昔放逐,血泣追愆尤。
汗漫不省識,怳如乘桴浮。
或自疑上疏,上疏豈其由?
是年京師旱,田畝少所收。
上憐民無食,征賦半已休。


(下し文) #1 
孤臣 昔 放逐せられ,血泣【けつきゅう】愆尤【けんゆう】を追う。
汗漫【かんまん】として省識【せいしき】せず,怳【こう】として桴【いかだ】乘って浮ぶが如し。
或いは自ら疑う 上疏【じょうそ】かと,上疏は豈其の由ならんや?
是の年京師【けいし】旱【ひでり】して,田畝【でんは】收むる所少【まれ】なり。
上【しょう】民の食無きを憐れみて,征賦【せいふ】半ばは已【すで】に休【や】めらる。


(現代語訳)
君たちと離れて孤独な臣下である私は、以前に都から追われて、血の涙を流しながら自分の犯した罪の深さを追究している。
でも、どこに罪があったのか、さっぱりわけがわからず、俘に乗って海に浮かんだような茫然とした心地なのだ。
ことによると京兆の飢饉を論じて李実の租税徴収を上疏のせいではないかと自分で疑ってみるのだが、上疏が理由だとはどうしても考えられない。
この年、都の周辺の地方は目照りで、田畑からはほとんど収穫がなかった。
天子は人民の食糧がないのを憐れみたまわれた、租税や賦役の半分は免除するとの命令を出されたのだ。


(訳注) #1
赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士
○贈った相手の王二十補闕はかれと同年の進士の王涯、李十一拾遣は李建、率二十六員外は率程べいずれもかつての同僚であり、この詩のつくられたときには、翰林学士として天于の側近にあったので、韓愈はこの詩を贈ることによって、韓愈自身の長安帰還を三人にとりなしてもらおうと思ったのである。二十、十一、二十六は排行。


孤臣昔放逐,血泣追愆尤。
君たちと離れて孤独な臣下である私は、以前に都から追われて、血の涙を流しながら自分の犯した罪の深さを追究している。
孤臣 徳高く智慧さとく、学術知識ある人も、つねに災禍に見録われるものだ。その楊合にも、孤臣すなわち君から追放され遠くさまよう孤独の臣や、親に見捨てられた子どものように、不如意の境遇に身をおくものは、心をきびしく保ち、外部の危険に備える習慣がついて不慮の災禍を切りぬけ、ものの道理に通じ、人として高い立場に到達する。そういうことばが『孟子』尽心上にみえる。そこから韓愈自身の孤独であっても天子に忠精神を持った臣下であるとして孤臣という。○放逐 戦国時代、魏の武侯が竜門の西河に遊び、その一帯の山河が天然の要害となっていることを感歎した。家臣の一人が「お上のおっしゃる通りです。晋の国が強いといわれるのもこの地のおかげです。この要害を手に入れられれば、天下も統一できましょう」聞いていた戦街顧問の呉起かいう。「お上のお言葉こそ国を危うくするものと案ぜられるのに、きみがまたお追従では危険を倍加させることになる」武侯はカッとなって「何を根拠にいうのか」呉起「山や河は、いざという時のたよりにはなりません。天下統一の大業が、こんなものでなしとげられるものではない。むかし三苗が彭蟸湖・洞庭湖・汶山・衡山にかこまれた地に住み、この要害をたのんで国政をゆるがせにしたので、禹がこれを放逐したのです」こんな話が『戦国策』に見える。禹に追われた三苗の場合にこそふさわしい「放遂」という運命が、なぜわたしの上にやって来たのか、という疑間がこの詩の発端となっている。○血泣 血の戻を流して泣く。周の時代に卞和という人が璞垠を手に入れ楚の厲王に献じた。王室付の宝石師が「ただの石です」と鑑定をしたため詐欧師として左の足を削られた。厲王がなくなって武王が位についた。宇和はまた献じた。同じく右足を削られた。やがて文王が位についた。宇和は玉を抱いて三日三晩泣き、涙が尽きて血が流れた。王が「世の中には足を削られたぐらいのものは少なくないのにお前はなぜそう位くのか」牢和「足を削られたのが悲しいのではありません、りっぱな玉をただの石といいくるめ、正しい人を詐欺師とする世の中が悲しいのです」王が玉を磨かせると、はたして稀有の名玉であった。○愆尤 とがめ。


汗漫不省識,怳如乘桴浮。
でも、どこに罪があったのか、さっぱりわけがわからず、俘に乗って海に浮かんだような茫然とした心地なのだ。
汗漫 あやふや。○不省識 かえりみてこれと納得できる心のがない。○ ぼんやりする。○乘桴浮 『論語』公冶長に「道行われずんば、桴に乗じて海に浮ばむ」の語が見える。


或自疑上疏,上疏豈其由?
ことによると京兆の飢饉を論じて李実の租税徴収を上疏のせいではないかと自分で疑ってみるのだが、上疏が理由だとはどうしても考えられない。
上疏 天子に意見をたてまつること。


是年京師旱,田畝少所收。
この年、都の周辺の地方は目照りで、田畑からはほとんど収穫がなかった。
是年京師早 貞元十九年、長安付近では正月から七月まで雨が降らず、秋に入るとすぐ早霜がおりて、長産物は甚だしい不作だった。


上憐民無食,征賦半已休。
天子は人民の食糧がないのを憐れみたまわれた、租税や賦役の半分は免除するとの命令を出されたのだ。
征賦 租税。

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中唐詩-281 八月十五夜贈張功曹 #3 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-34-#3

中唐詩-281 八月十五夜贈張功曹 #3 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-34-#3


八月十五夜贈張功曹(八月十五夜張功曹に贈る)

 
纖雲四卷天無河,清風吹空月舒波。
沙平水息聲影絕,一杯相屬君當歌。
君歌聲酸辭且苦,不能聽終淚如雨。
洞庭連天九疑高,蛟龍出沒猩鼯號。
十生九死到官所,幽居默默如藏逃。―1

下牀畏蛇食畏藥,海氣濕蟄熏腥臊。
昨者州前捶大鼓,嗣皇繼聖登夔皋。
赦書一日行萬里,罪從大辟皆除死。
遷者追回流者還,滌瑕盪垢清朝班。
州家申名使家抑,坎軻隻得移荆蠻。―2

判司卑官不堪說,未免捶楚塵埃間。
わたしが任命された判司(各参軍の総称)は低い官職で一々言ってはいられぬくらい。庭先で埃まみれになって杖で打たれるお仕置きを免れることはできない。
同時輩流多上道,天路幽險難追攀。』
同年代の仲間は多く出世街道を歩んでいるが、天へと昇る道は険しくて、あとを追って進むこともむずかしい。
君歌且休聽我歌,我歌今與君殊科。
君の歌はひとまずやめにして、私の歌を聴きたまえ。私の歌はいま、君の歌とは種類が違っている。
一年明月今宵多,人生由命非由他。有酒不飲奈明何。』―3

一年に円い月は何度もあるが、今宵こそ月光が豊かなのだ。人の一生は天命によって動くもの、ほかのものによって勤くのではない。酒がここにあるのに飲まなかったら、この明月をどうしようか。
600moon880
  

(八月十五夜張功曹に贈る)#1
繊雲【せんうん】四【よ】もに巻いて天に河【か】無く、清風空を吹いて月は波を舒【の】ぶ。
沙は平らに水息【や】んで声影絶え、一盃【いっぱい】相属【しょく】す君当【まさ】に歌うべし。
君が歌は声酸【いた】み辞も且つ苦しく、終わるまで聴く能【あた】わずして涙雨の如し。
洞庭は天に連なり九疑【きゅうぎ】は高く、蛟竜【こうりゅう】出没して猩鼯【せいご】号【さけ】ぶ。
十生【じつせい】九死【きゅうし】 官所に到り、幽居黙黙として蔵逃せるが如し。
#2
牀【しょう】を下れば蛇を畏れ食には薬を畏れ、海気濕蟄【しつちつ】して腥臊【せいそう】熏【くん】ず。
昨者【さきごろ】州前【しゅうぜん】に大鼓を槌【う】ち、嗣皇【しこう】聖を継ぎて菱皐【きこう】を登【あ】ぐ。
赦書一日に万里を行き、罪の大辟【たへき】に従うは皆死を除かる。
遷者は追回し流者は還【かえ】し、瑕【きず】を滌【あら】い垢【あか】を蕩【そそ】いで朝【ちょう】 班【はん】を清む。
州家は名を申【の】べしも使家は抑え、坎軻【かんか】隻【ひとつ】荊蛮【けいばん】に移るを得しのみ。
#3
判司は卑官にして説【い】うに湛えず、未だ塵埃【じんあい】の間に捶楚【すいそ】せらるるを免れず。
同時の輩流 多く道に上るも、天路は幽険にして追攀【ついはん】し難し。
君が歌を且【しばら】く休【や】めて我が歌を聴け、我が歌は今君と科を殊【こと】にす。
一年の明月 今宵【こよい】多し、人生命【めい】に由る 他に由るに非ず、酒有れども飲まずんば明を奈何【いかん】せん

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現代語訳と訳註
(本文)

判司卑官不堪說,未免捶楚塵埃間。
同時輩流多上道,天路幽險難追攀。』
君歌且休聽我歌,我歌今與君殊科。
一年明月今宵多,人生由命非由他。有酒不飲奈明何。』―3

(下し文) #3
判司は卑官にして説【い】うに湛えず、未だ塵埃【じんあい】の間に捶楚【すいそ】せらるるを免れず。
同時の輩流 多く道に上るも、天路は幽険にして追攀【ついはん】し難し。
君が歌を且【しばら】く休【や】めて我が歌を聴け、我が歌は今君と科を殊【こと】にす。
一年の明月 今宵【こよい】多し、人生命【めい】に由る 他に由るに非ず、酒有れども飲まずんば明を奈何【いかん】せん


(現代語訳)
わたしが任命された判司(各参軍の総称)は低い官職で一々言ってはいられぬくらい。庭先で埃まみれになって杖で打たれるお仕置きを免れることはできない。
同年代の仲間は多く出世街道を歩んでいるが、天へと昇る道は険しくて、あとを追って進むこともむずかしい。
君の歌はひとまずやめにして、私の歌を聴きたまえ。私の歌はいま、君の歌とは種類が違っている。
一年に円い月は何度もあるが、今宵こそ月光が豊かなのだ。人の一生は天命によって動くもの、ほかのものによって勤くのではない。酒がここにあるのに飲まなかったら、この明月をどうしようか。


(訳注)#3
判司卑官不堪說,未免捶楚塵埃間。
わたしが任命された判司(各参軍の総称)は低い官職で一々言ってはいられぬくらい。庭先で埃まみれになって杖で打たれるお仕置きを免れることはできない。
不堪說 一々言ってはいられないほどのもの。○捶楚 杖で打たれるお仕置きをうける。○塵埃間 庭先で埃まみれになる。


同時輩流多上道,天路幽險難追攀。』
同年代の仲間は多く出世街道を歩んでいるが、天へと昇る道は険しくて、あとを追って進むこともむずかしい。
○天路 天子の政。天子の作る法則。はるか遠い天上のみち。ここでは、中央朝廷に迎えられることをいう。○幽險 一人ぼっちで誰もいない、書して峻道。○難追攀 あとを追って進むこともむずかしい。


君歌且休聽我歌,我歌今與君殊科。
君の歌はひとまずやめにして、私の歌を聴きたまえ。私の歌はいま、君の歌とは種類が違っている。
殊科 科を異にする。科が優れていること。


一年明月今宵多,人生由命非由他。有酒不飲奈明何。』―3
一年に円い月は何度もあるが、今宵こそ月光が豊かなのだ。人の一生は天命によって動くもの、ほかのものによって勤くのではない。酒がここにあるのに飲まなかったら、この明月をどうしようか。



 「張功曹」とは、前に見えた張署である。功曹は官名で、正式には功曹参軍事という。人事を担当する職で、愈が任ぜられた法曹参軍とは同格であり、府庁の最末端に属する官僚である。

韓愈をも含めた同一事件の流罪人について一律の命をくだしている。州の刺史は都に召還されるべき人のリストのなかに間違いなく入れてくれた。しかし、韓愈たちには都へ召喚されるものではなかった

州の刺史の上申を握りつぶしたのは、当時の湖南観察使であった。楊憑は柳宗元の妻の父であり、韓愈たちが柳宗元の一派に、すなわち王伾・王叔文の一党に、敵対するものである以上、その召還を妨害したのだ。韓愈の置かれている立場は、守旧派であり、急進改革の王伾・王叔文の一党が、実権を握っている間は、上申書が中央に届いていても取り上げられるわけはないのである。官僚の陰湿さは科挙試験の前から、党派を明確にしておかないと出世はないのである。韓愈は守旧派ではないが、急進派からはそう見られていたのだろう。
この詩の中で、愚痴を述べた韓愈であったが、その点をさらに明確に述べた詩がある。次に掲載する『赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺二十六員外翰林三学士』である。


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中唐詩-280 八月十五夜贈張功曹 #2 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-34-#2

中唐詩-280 八月十五夜贈張功曹 #2 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-34-#2

八月十五夜贈張功曹(八月十五夜張功曹に贈る)

 纖雲四卷天無河,清風吹空月舒波。
沙平水息聲影絕,一杯相屬君當歌。
君歌聲酸辭且苦,不能聽終淚如雨。
洞庭連天九疑高,蛟龍出沒猩鼯號。
十生九死到官所,幽居默默如藏逃。―1

下牀畏蛇食畏藥,海氣濕蟄熏腥臊。
隠れ住んでいるように感じるのは、寝台から降りれば毒蛇の心配があり、食事には毒薬の入っている恐れがある。海から立ちのぼる気は湿気を帯びていて、なまぐさい臭いがあたりに漂う。
昨者州前捶大鼓,嗣皇繼聖登夔皋。
先日のこと、州庁の前の太鼓が鳴らされた。そして、お世継ぎの天子が聖明の徳を継がれ、賢臣を登用されるということが知らされた。
赦書一日行萬里,罪從大辟皆除死。
赦免状は一日に一万里を行き、極刑以下の罪はすべて死を免ぜられた。
遷者追回流者還,滌瑕盪垢清朝班。
左遷された者はもとへもどされ、流された者は還され、加えられた恥辱をすすぎ、百官の仲間に加わって朝廷に参上した。
州家申名使家抑,坎軻隻得移荆蠻。
―2
だが私の場合は、州の刺史は名前を上申してくれたのに湖南観察使がおさえてしまい、運の悪いことに蛮俗の土地である江陵へ移ることができただけだった。

判司卑官不堪說,未免捶楚塵埃間。
同時輩流多上道,天路幽險難追攀。』
君歌且休聽我歌,我歌今與君殊科。
一年明月今宵多,人生由命非由他。有酒不飲奈明何。』―3
  

(八月十五夜張功曹に贈る)#1
繊雲【せんうん】四【よ】もに巻いて天に河【か】無く、清風空を吹いて月は波を舒【の】ぶ。
沙は平らに水息【や】んで声影絶え、一盃【いっぱい】相属【しょく】す君当【まさ】に歌うべし。
君が歌は声酸【いた】み辞も且つ苦しく、終わるまで聴く能【あた】わずして涙雨の如し。
洞庭は天に連なり九疑【きゅうぎ】は高く、蛟竜【こうりゅう】出没して猩鼯【せいご】号【さけ】ぶ。
十生【じつせい】九死【きゅうし】 官所に到り、幽居黙黙として蔵逃せるが如し。
#2
牀【しょう】を下れば蛇を畏れ食には薬を畏れ、海気濕蟄【しつちつ】して腥臊【せいそう】熏【くん】ず。
昨者【さきごろ】州前【しゅうぜん】に大鼓を槌【う】ち、嗣皇【しこう】聖を継ぎて菱皐【きこう】を登【あ】ぐ。
赦書一日に万里を行き、罪の大辟【たへき】に従うは皆死を除かる。
遷者は追回し流者は還【かえ】し、瑕【きず】を滌【あら】い垢【あか】を蕩【そそ】いで朝【ちょう】 班【はん】を清む。
州家は名を申【の】べしも使家は抑え、坎軻【かんか】隻【ひとつ】荊蛮【けいばん】に移るを得しのみ。

#3
判司は卑官にして説【い】うに湛えず、未だ塵埃【じんあい】の間に捶楚【すいそ】せらるるを免れず。
同時の輩流 多く道に上るも、天路は幽険にして追攀【ついはん】し難し。
君が歌を且【しばら】く休【や】めて我が歌を聴け、我が歌は今君と科を殊【こと】にす。
一年の明月 今宵【こよい】多し、人生命【めい】に由る 他に由るに非ず、酒有れども飲まずんば明を奈何【いかん】せん

韓愈の地図03

現代語訳と訳註
(本文)

下牀畏蛇食畏藥,海氣濕蟄熏腥臊。
昨者州前捶大鼓,嗣皇繼聖登夔皋。
赦書一日行萬里,罪從大辟皆除死。
遷者追回流者還,滌瑕盪垢清朝班。
州家申名使家抑,坎軻隻得移荆蠻。


(下し文) #2
牀【しょう】を下れば蛇を畏れ食には薬を畏れ、海気濕蟄【しつちつ】して腥臊【せいそう】熏【くん】ず。
昨者【さきごろ】州前【しゅうぜん】に大鼓を槌【う】ち、嗣皇【しこう】聖を継ぎて菱皐【きこう】を登【あ】ぐ。
赦書一日に万里を行き、罪の大辟【たへき】に従うは皆死を除かる。
遷者は追回し流者は還【かえ】し、瑕【きず】を滌【あら】い垢【あか】を蕩【そそ】いで朝【ちょう】 班【はん】を清む。
州家は名を申【の】べしも使家は抑え、坎軻【かんか】隻【ひとつ】荊蛮【けいばん】に移るを得しのみ。


(現代語訳)
隠れ住んでいるように感じるのは、寝台から降りれば毒蛇の心配があり、食事には毒薬の入っている恐れがある。海から立ちのぼる気は湿気を帯びていて、なまぐさい臭いがあたりに漂う。
先日のこと、州庁の前の太鼓が鳴らされた。そして、お世継ぎの天子が聖明の徳を継がれ、賢臣を登用されるということが知らされた。
赦免状は一日に一万里を行き、極刑以下の罪はすべて死を免ぜられた。
左遷された者はもとへもどされ、流された者は還され、加えられた恥辱をすすぎ、百官の仲間に加わって朝廷に参上した。
だが私の場合は、州の刺史は名前を上申してくれたのに湖南観察使がおさえてしまい、運の悪いことに蛮俗の土地である江陵へ移ることができただけだった。


(訳注)
下牀畏蛇食畏藥,海氣濕蟄熏腥臊。

隠れ住んでいるように感じるのは、寝台から降りれば毒蛇の心配があり、食事には毒薬の入っている恐れがある。海から立ちのぼる気は湿気を帯びていて、なまぐさい臭いがあたりに漂う。
○下牀 寝台から降りる。○畏蛇 毒蛇の心配があること。○食畏藥 食事には毒薬の入っている恐れがある。○海氣 海から立ちのぼる気○濕蟄 空気中の水分が多いこと、湿気を帯びていること。○熏腥臊 なまぐさい臭いがあたりに漂う。北回帰線付近の8月だから、まだ蒸しあつい日がある。


昨者州前捶大鼓,嗣皇繼聖登夔皋。
先日のこと、州庁の前の太鼓が鳴らされた。そして、お世継ぎの天子が聖明の徳を継がれ、賢臣を登用されるということが知らされた。
昨者 先日のこと。○捶大鼓 州庁の前の太鼓が鳴る。○嗣皇 世継ぎの天子。○繼聖 聖明の徳を継がれたこと○登夔皋 賢臣を登用される。


赦書一日行萬里,罪從大辟皆除死。
赦免状は一日に一万里を行き、極刑以下の罪はすべて死を免ぜられた。
赦書 赦免状○罪從 罪を負ったもののこと。○大辟 五刑のひとつ。死刑。死罪。○皆除死 すべて死を免ぜられ。


遷者追回流者還,滌瑕盪垢清朝班。
左遷された者はもとへもどされ、流された者は還され、加えられた恥辱をすすぎ、百官の仲間に加わって朝廷に参上した。
○遷 左遷された者。○追回 もとへもどされ。○流者還 流された者は還される。○滌瑕 加えられた恥辱をすすぎ。○盪垢 垢を洗い落とす。○清朝班 百官の仲間に加わって朝廷に参上した。


州家申名使家抑,坎軻隻得移荆蠻。―2
だが私の場合は、州の刺史は名前を上申してくれたのに湖南観察使がおさえてしまい、運の悪いことに蛮俗の土地である江陵へ移ることができただけだった。
州家 州の刺史○申名 名前を上申する。○使家抑湖南観察使がおさえる。○坎軻 いきなやむ。不遇なこと。○隻得 ただ一つだけ得る。○移荆蠻 蛮俗の土地である江陵へ移る。

中唐詩-279 八月十五夜贈張功曹 #1 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-34

中唐詩-279 八月十五夜贈張功曹 #1 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-34
(八月十五夜張功曹に贈る)

八月十五夜贈張功曹
仲秋の夜、江陵功曹参軍事に新たに任じられた張署君に贈る。
纖雲四卷天無河,清風吹空月舒波。
細い筋のような雲が四方の空に巻き、天には天の川も見えず、すがすがしい風が空を吹きわたって、月影は波の上にひろがりうつしている。
沙平水息聲影絕,一杯相屬君當歌。
川岸の砂は平らに流れの音もやみ、物音も物の姿も絶えたとき、一杯の酒を君に勧めたら、君は歌を歌ってくれ。
君歌聲酸辭且苦,不能聽終淚如雨。
君の歌はむせぶ様な痛ましいし調べと歌詞も哀しく、終わりまで聴いていることができずに涙が雨のように落ちる。
洞庭連天九疑高,蛟龍出沒猩鼯號。
洞庭湖は天に続くかと思われるほどにひろがり、九疑の山は高く、湖水のなかに蛟龍が出没し、山中では猩々【しょうじょう】や鼯鼠【むささび】が鳴く。
十生九死到官所,幽居默默如藏逃。
1
私は九死に一生を得て転任先、配所の郴州に着いたが、ひっそりした生活しかできなくて毎日黙りこんでいるばかりで、まるで逃げ隠れしているようだった。

下牀畏蛇食畏藥,海氣濕蟄熏腥臊。
昨者州前捶大鼓,嗣皇繼聖登夔皋。
赦書一日行萬里,罪從大辟皆除死。
遷者追回流者還,滌瑕盪垢清朝班。
州家申名使家抑,坎軻隻得移荆蠻。―2

判司卑官不堪說,未免捶楚塵埃間。
同時輩流多上道,天路幽險難追攀。』
君歌且休聽我歌,我歌今與君殊科。
一年明月今宵多,人生由命非由他。有酒不飲奈明何。』―3
  

江陵は現在の武漢市より少し西の長江沿いにあって、この地方では大都会にちがいないが、やはり都を遠く離れた蛮夷の地である。法曹参軍というのは府の司法関係の事務を扱う役人で、官僚にはちがいないが、最末端に属する低い地位である。つまり愈は、流罪は解かれたわけだが、都へ帰ることは許されず、低い地位の地方官として田舎町に勤務しなければならなくなったのである。愈はこの命令に不満だったらしいが、いったん命令が出された以上、ありがたくお受けしないわけにはいかない。まして彼はもう罪人ではなく、身分が低いとはいえ地方官の一人なのである。今までの陽山県令の肩書は流罪に際して形式的に授けられたもので、法曹参軍は県令よりも地位が低いとはいうものの、勤務地が格段に都から近くなったのだし、罪人の扱いはもはや受けないのだから、これで満足としなければならぬのであった。


(八月十五夜張功曹に贈る)#1
繊雲【せんうん】四【よ】もに巻いて天に河【か】無く、清風空を吹いて月は波を舒【の】ぶ。
沙は平らに水息【や】んで声影絶え、一盃【いっぱい】相属【しょく】す君当【まさ】に歌うべし。
君が歌は声酸【いた】み辞も且つ苦しく、終わるまで聴く能【あた】わずして涙雨の如し。
洞庭は天に連なり九疑【きゅうぎ】は高く、蛟竜【こうりゅう】出没して猩鼯【せいご】号【さけ】ぶ。
十生【じつせい】九死【きゅうし】 官所に到り、幽居黙黙として蔵逃せるが如し。
#2
牀【しょう】を下れば蛇を畏れ食には薬を畏れ、海気濕蟄【しつちつ】して腥臊【せいそう】熏【くん】ず。
昨者【さきごろ】州前【しゅうぜん】に大鼓を槌【う】ち、嗣皇【しこう】聖を継ぎて菱皐【きこう】を登【あ】ぐ。
赦書一日に万里を行き、罪の大辟【たへき】に従うは皆死を除かる。
遷者は追回し流者は還【かえ】し、瑕【きず】を滌【あら】い垢【あか】を蕩【そそ】いで朝【ちょう】 班【はん】を清む。
州家は名を申【の】べしも使家は抑え、坎軻【かんか】隻【ひとつ】荊蛮【けいばん】に移るを得しのみ。
#3
判司は卑官にして説【い】うに湛えず、未だ塵埃【じんあい】の間に捶楚【すいそ】せらるるを免れず。
同時の輩流 多く道に上るも、天路は幽険にして追攀【ついはん】し難し。
君が歌を且【しばら】く休【や】めて我が歌を聴け、我が歌は今君と科を殊【こと】にす。
一年の明月 今宵【こよい】多し、人生命【めい】に由る 他に由るに非ず、酒有れども飲まずんば明を奈何【いかん】せん

韓愈の地図03


現代語訳と訳註
(本文)

纖雲四卷天無河,清風吹空月舒波。
沙平水息聲影絕,一杯相屬君當歌。
君歌聲酸辭且苦,不能聽終淚如雨。
洞庭連天九疑高,蛟龍出沒猩鼯號。
十生九死到官所,幽居默默如藏逃。

(下し文)(八月十五夜張功曹に贈る)#1
繊雲【せんうん】四【よ】もに巻いて天に河【か】無く、清風空を吹いて月は波を舒【の】ぶ。
沙は平らに水息【や】んで声影絶え、一盃【いっぱい】相属【しょく】す君当【まさ】に歌うべし。
君が歌は声酸【いた】み辞も且つ苦しく、終わるまで聴く能【あた】わずして涙雨の如し。
洞庭は天に連なり九疑【きゅうぎ】は高く、蛟竜【こうりゅう】出没して猩鼯【せいご】号【さけ】ぶ。
十生【じつせい】九死【きゅうし】 官所に到り、幽居黙黙として蔵逃せるが如し。

(現代語訳)
仲秋の夜、江陵功曹参軍事に新たに任じられた張署君に贈る。
細い筋のような雲が四方の空に巻き、天には天の川も見えず、すがすがしい風が空を吹きわたって、月影は波の上にひろがりうつしている。
川岸の砂は平らに流れの音もやみ、物音も物の姿も絶えたとき、一杯の酒を君に勧めたら、君は歌を歌ってくれ。
君の歌はむせぶ様な痛ましいし調べと歌詞も哀しく、終わりまで聴いていることができずに涙が雨のように落ちる。
洞庭湖は天に続くかと思われるほどにひろがり、九疑の山は高く、湖水のなかに蛟龍が出没し、山中では猩々【しょうじょう】や鼯鼠【むささび】が鳴く。
私は九死に一生を得て転任先、配所の郴州に着いたが、ひっそりした生活しかできなくて毎日黙りこんでいるばかりで、まるで逃げ隠れしているようだった。


(訳注)
八月十五夜贈張功曹

仲秋の夜、江陵功曹参軍事に新たに任じられた張署君に贈る。
「張功曹」は803年暮、3人流罪にされたうちの張署である。中唐詩-266 答張十一功曹 韓愈 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-29正式には功曹参軍事という。人事を担当する職で、愈が任ぜられた法曹参軍とは同格であり、府庁の最末端に属する官僚である。
これら参軍の職をひっくるめて判司と呼び、罪があれば鞭や杖で叩かれるお仕置きを受ける。高級官庶の場合は身分を重んじて、流罪とか左遷、革職(官職剥奪)、あるいは自殺を賜わるなどの処罰はあるのだが、叩かれることはない。判司はいちおう高級官原の末席には連なるのだが、扱いは高級職と下級職との中間にあるのであった。張署は愈と同時に臨武県へ流されたのだが、臨武県は彬州に属する。やはり郴州で命令を待つうち、これも江陵府の、功曹参軍に任ずるという辞令を受けたのであろう。そして出発の日を待つうち、たまたま中秋の名月の日が来て、張署が愈の宿を訪れ、酒を酌みかわしたところから、この詩が作られた。良くわからない罪で流罪となっている韓愈には次の赴任地がなかなか命が出ないのである。急進改革派、宦官筋からの裏工作によるものなのであろう。

纖雲四卷天無河,清風吹空月舒波。
細い筋のような雲が四方の空に巻き、天には天の川も見えず、すがすがしい風が空を吹きわたって、月影は波の上にひろがりうつしている。
纖雲 細い糸の雲。筋雲。○四卷 糸巻きのように四方の空を巻く。


沙平水息聲影絕,一杯相屬君當歌。
川岸の砂は平らに流れの音もやみ、物音も物の姿も絶えたとき、一杯の酒を君に勧めたら、君は歌を歌ってくれ。

君歌聲酸辭且苦,不能聽終淚如雨。
君の歌はむせぶ様な痛ましいし調べと歌詞も哀しく、終わりまで聴いていることができずに涙が雨のように落ちる
聲酸 辛い、痛ましい、むせぶ様な調べ。


洞庭連天九疑高,蛟龍出沒猩鼯號。
洞庭湖は天に続くかと思われるほどにひろがり、九疑の山は高く、湖水のなかに蛟龍が出没し、山中では猩々【しょうじょう】や鼯鼠【むささび】が鳴く。
九疑 九疑山 湖南省寧遠縣の南六十支那里に在る山名、九峯竝び聳え、山形相似たるによりて名づく。


十生九死到官所,幽居默默如藏逃。―1
私は九死に一生を得て転任先、配所の郴州に着いたが、ひっそりした生活しかできなくて毎日黙りこんでいるばかりで、まるで逃げ隠れしているようだった。

中唐詩-277 宿龍宮灘 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-33

中唐詩-277 宿龍宮灘 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-33
(竜宮灘に宿す)

 徳宗崩御の報せがいつ陽山にとどいたのかはわからない。その年の二月(一説には三月)、大赦令が発せられて、徳宗の時代に罪を得た者は一律に赦免されることとなった。
大赦令が出たという情報などは、一般的なものと異なるため、早い段階でしらされる。当然、陽山の韓愈のもとにもすぐとどけられた。
それが届けられると陽山の県令でいることの意味はなくなってくる。韓愈は、次の任地がどこかわからないと動きようがない。
しかし、流罪というものがなければ次の認知の報せまで、ゆっくりその地で待つものであるが、流罪を解かれているのであるから、その場にいることの意味がないので、805年永貞元年の夏ごろにになって、陽山を出て、北へと峠を越えて湖南の地に入り、郴州という町に滞在して命令が来るのを待ち受けることとしたのだ。

韓愈の地図03

宿龍宮灘
竜宮灘というところに宿泊する。
浩浩複湯湯,灘聲抑更颺。
ごうごうという流れのおおきな音がして、今度はざわざわと低い音がしている、この川の瀬の音は低くなったと思ったらまた高くなる。
奔流疑激電,驚浪似浮霜。
急流の乱れ方は稲光の電光かと思われるほどのものである、さかまく浪の白さとしぶきを飛散させているのは空中に霜に似た状態である。
夢覺燈生暈,宵殘雨送涼。
眠りの途中で目覚めて見たら、灯火は月のかさのような光の輪を生じている、夜はもう残り少なく、雨が朝の涼気を送って来ようになる。
如何連曉語,一半是思鄉。
嬉しくて仕方がないのだ、どうしたものか、夜明けまで語り続ける言葉の半分がふるさとを思うものになってしまうのだ。

(竜宮灘に宿す)
浩浩【こうこう】復た湯湯【しょうしょう】、灘声【たんせい】抑えて更に揚がる。
奔流は激電かと疑い、驚浪【きょうろう】は浮霜に似たり。
夢覚【さ】むれば 灯【ともしび】暈【かさ】を生じ、宵残【よいざん】して 雨 涼を送る。
如何【いかん】ぞ 連暁の語、一半は是れ郷を思う。
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 二月に報せが来て、当時の慣例で、流罪による県令の命をまず返上しなればならない、早速韓愈は辞表の提出をしている。
 書して韓愈は、一刻も早く赦免の使者に会い、都に帰りたいと思っていたのであろう。陽山と郴州との間には南と文化をくっきりと分ける五嶺山脈がある。ここの山越えは難儀ものであったから、陽山への赴任の折には別の容易なルートで来ている。湘江を南下しそのもっとも源流である臨武という町に入り、そこから陽山に赴いている。やはり一刻も早く次の任地先へ行きたかったのであろうということが、北への旅を開始さぜたものであった。


現代語訳と訳註
(本文)
宿龍宮灘
浩浩複湯湯,灘聲抑更颺。
奔流疑激電,驚浪似浮霜。
夢覺燈生暈,宵殘雨送涼。
如何連曉語,一半是思鄉。

(下し文) (竜宮灘に宿す)
浩浩【こうこう】復た湯湯【しょうしょう】、灘声【たんせい】抑えて更に揚がる。
奔流は激電かと疑い、驚浪【きょうろう】は浮霜に似たり。
夢覚【さ】むれば 灯【ともしび】暈【かさ】を生じ、宵残【よいざん】して 雨 涼を送る。
如何【いかん】ぞ 連暁の語、一半は是れ郷を思う。

(現代語訳)
竜宮灘というところに宿泊する。
ごうごうという流れのおおきな音がして、今度はざわざわと低い音がしている、この川の瀬の音は低くなったと思ったらまた高くなる。
急流の乱れ方は稲光の電光かと思われるほどのものである、さかまく浪の白さとしぶきを飛散させているのは空中に霜に似た状態である。
眠りの途中で目覚めて見たら、灯火は月のかさのような光の輪を生じている、夜はもう残り少なく、雨が朝の涼気を送って来ようになる。

(訳注)
宿龍宮灘

竜宮灘というところに宿泊する
龍宮灘 陽山の郊外にある地名である。たぶん川底に竜が住むなどという伝説があって、この名がついたのであろう。灘とは川、が激流になっている交通の難所。○川岸で一夜を明かし、この詩を作ったのである。


浩浩複湯湯,灘聲抑更颺。
浩浩【こうこう】復た湯湯【しょうしょう】、灘声【たんせい】抑えて更に揚がる。
ごうごうという流れのおおきな音がして、今度はざわざわと低い音がしている、この川の瀬の音は低くなったと思ったらまた高くなる。

奔流疑激電,驚浪似浮霜。
奔流は激電かと疑い、驚浪【きょうろう】は浮霜に似たり。
急流の乱れ方は稲光の電光かと思われるほどのものである、さかまく浪の白さとしぶきを飛散させているのは空中に霜に似た状態である。

夢覺燈生暈,宵殘雨送涼。
夢覚【さ】むれば 灯【ともしび】暈【かさ】を生じ、宵残【よいざん】して 雨 涼を送る。

眠りの途中で目覚めて見たら、灯火は月のかさのような光の輪を生じている、夜はもう残り少なく、雨が朝の涼気を送って来ようになる。


如何連曉語,一半是思鄉。
如何【いかん】ぞ 連暁の語、一半は是れ郷を思う。
嬉しくて仕方がないのだ、どうしたものか、夜明けまで語り続ける言葉の半分がふるさとを思うものになってしまうのだ。
○韓愈に随って従者が数人以上おおくいる。すべてのものが異習慣の地を去ることに喜びを感じないものはなかったはずである。嬉しさあふれる感情を表に出した無感情の儒者、韓愈の中では珍しい良い作品である。真夏の暑さを滝のように流れる場所に宿したというのもよく表現されている。

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