漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

河南県令

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

崋山女 韓退之(韓愈)詩<113-4>Ⅱ中唐詩556 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1790

崋山女 韓退之(韓愈)詩

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崋山女 韓退之(韓愈)詩<113-4>Ⅱ中唐詩556 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1790


この頃のアイドルは巫女、道女、妓女である。韓愈は、道教が仏教と共にきらいであって、道教を排斥した詩には、このほか、「謝自然詩」「誰氏子」などがある。当時の道教が、新興宗教的要素を持っていたことが分かる。
仏教を風刺したものとして・『送靈師』『題木居士二首其一 』 『題木居士二首其二』 

かなり長いので、四段に分けた。


宮島(3)


華山女
街東街西講佛經,撞鐘吹螺鬧宮庭。
長安の街東街西のいたるところで仏教の「説経講談」をしている。鐘を撞きほら貝を吹いて宮廷までも大さわぎをしているのである。
廣張罪福資誘脅,聽眾狎恰排浮萍。
功罪と幸福と不幸、天国と地獄を大げさに誇張し脅して勧誘の助けとし、聴く人は烏合の衆と化し、ただよう浮草を押し退けあうような状態である。
黃衣道士亦講說,座下寥落如明星。』
一方、黄衣をつけた道士も同様に講議説教はしているが、講壇の下は夜明けの星のようにまばらな状態である。 
#2
華山女兒家奉道,欲驅異教歸仙靈。
華山の少女は家庭が道教を信奉している、異教を追い払い神仙の靈に帰依させたいと思っている。
洗妝拭面著冠帔,白咽紅頰長眉青。
少女は化粧を落とし、顔を清めて冠と上にはおりを着るのである、そして白いのど、赤いほお、長い眉は長く伸ばしてひいている。
遂來升座演真訣,觀門不許人開扃。
こうしてやって来て講壇に上がり、道教の奥儀を説くのである。そもそも道観の門は他人がとびらを開けてはいることを許さないのである。
不知誰人暗相報,訇然振動如雷霆。」
そうしてるうちに誰が互いにそっと知らせあったのだろう、わっとはげしい雷のように地響きをならして集まって来るのである。
#3
掃除眾寺人跡絕,驊騮塞路連輜輧。
寺観はきれいに掃除し、はらい清められて人の足あともなくされる、こちらには駿馬が路をふさぐほどいっぱいになり、婦人の乗るほろ車が連なっているのだ。
觀中人滿坐觀外,後至無地無由聽。
道観の中には人がいっぱいにあふれて寺観の外にまで腰を下ろしているのだ、遅れてやって来たものは居場所がなく聴く方法さえないというほどだ。
抽簪脫釧解環佩,堆金疊玉光青熒。
カンザシを抜き腕輪をはずし佩玉を解いて寄進を済ませるのだ、金を積む上げ、玉がかさねているものはきらきらと光りかがやいている。
天門貴人傳詔召,六宮願識師顏形。
「天門貴人」といわれる宦官が詔を伝えおぼしめされる、それにつづいて後宮の女官たちは女道士さまのおかおが見たいものと願いでる。
玉皇頷首許歸去,乘龍駕鶴來青冥。』
玉皇さまはうなずいて帰り行くことをお許しになり、女道士は龍の乗り鶴に車を引かせて青ぞらを渡って帰って行くのである。

#4
豪家少年豈知道,來繞百匝腳不停。
富豪の息子たち、大家の貴公子たちは道教の教えなど勉強もしていないのでわかるはずがないのに、ここへ来て百たびもまわりをめぐってまだ歩き続けている。
雲窗霧閣事恍惚,重重翠幕深金屏。
雲や霧のかくす窓や高殿の中では何事があるのかぼんやりとしてよく分からない、かわせみ色に光るとばりが重なりあい金の屏風が深く深く置かれていて秘密のベールに包まれる。
仙梯難攀俗緣重,浪憑青鳥通丁寧。』
神仙へのはしごがよじのぼりにくいのは俗世間との縁が深いためだということだ、だから、あてもないのに思いを繋ぐ青鳥を使いとしてはねんごろな心持ちを通じたいと思っているのである。


(華山女)
街東街西 仏経を講じ、鐘を撞き螺を吹いて宮庭を鬧【さわ】がす。
広く罪福【ざいふく】を張って誘脅【ゆうきょう】を資【たす】け、聴衆 狎恰【こうこう】して浮萍【ふひょう】を排す。
黃衣【こうい】の道士も亦講説すれど、座下は寥落【りょうらく】として明星の如し。
#2
華山の女兒【じょじ】家道を奉じ,異教を驅って仙靈【せんれい】に歸せしめんと欲す。
妝を洗い面を拭って冠帔【かんぴ】を著け,白咽【はくいん】紅頰【こうきょう】長眉【ちょうび】青し。
遂に來って座に升りて真訣【しんけつ】を演【の】べ,觀門許さず人の扃【とびら】を開くことを。
知らず誰人か暗【ひそ】かに相い報ぜじ,訇然【こぜん】として振動して雷霆【らいてい】の如し。」
#3
眾寺を掃除して人跡絕え,驊騮【かりゅう】路に塞りて輜輧【しへい】に連なる。
觀中人滿ちて觀外に坐し,後れて至るは地無く聽くに由無し。
簪を抽【ぬ】きて釧【せん】を脫し環佩【かんぽい】を解く,金を堆【つ】み玉を疊んで光り青熒【せいけい】たり。
天門の貴人 詔を傳えて召し,六宮 師の顏形を識らんことを願う。
玉皇 首を頷いて歸り去らんことを許し,龍に乘りて鶴に駕して青冥に來たる。』
#4
豪家の少年豈に道を知らんや,來たって繞ぐること百匝【ひゃくそう】して腳【あし】停どまらず。
雲窗【うんそう】霧閣【むかく】事恍惚たり,重重たる翠幕【すいばく】深き金屏【こんべい】。
仙梯【せんてい】攀【よ】じ難くして俗緣【ぞくえん】重く,浪【みだ】りに青鳥に憑【よ】って丁寧【ていねい】を通ず。』


『華山女』 現代語訳と訳註
(本文)
#4
豪家少年豈知道,來繞百匝腳不停。
雲窗霧閣事恍惚,重重翠幕深金屏。
仙梯難攀俗緣重,浪憑青鳥通丁寧。』


(下し文) #4
豪家の少年豈に道を知らんや,來たって繞ぐること百匝【ひゃくそう】して腳【あし】停どまらず。
雲窗【うんそう】霧閣【むかく】事恍惚たり,重重たる翠幕【すいばく】深き金屏【こんべい】。
仙梯【せんてい】攀【よ】じ難くして俗緣【ぞくえん】重く,浪【みだ】りに青鳥に憑【よ】って丁寧【ていねい】を通ず。』


(現代語訳)
富豪の息子たち、大家の貴公子たちは道教の教えなど勉強もしていないのでわかるはずがないのに、ここへ来て百たびもまわりをめぐってまだ歩き続けている。
雲や霧のかくす窓や高殿の中では何事があるのかぼんやりとしてよく分からない、かわせみ色に光るとばりが重なりあい金の屏風が深く深く置かれていて秘密のベールに包まれる。
神仙へのはしごがよじのぼりにくいのは俗世間との縁が深いためだということだ、だから、あてもないのに思いを繋ぐ青鳥を使いとしてはねんごろな心持ちを通じたいと思っているのである。


(訳注) #4
豪家少年豈知道,來繞百匝腳不停。
富豪の息子たち、大家の貴公子たちは道教の教えなど勉強もしていないのでわかるはずがないのに、ここへ来て百たびもまわりをめぐってまだ歩き続けている。
・豪家少年豈知道 貴公子(お金持ちのうちの若ものたち)が道教の道を知っているはずがない。豪家は、財力を持っている家。少年は、若衆。豈知道は、反語、不知道というにひとしい。道は、道教の道。この一段は、華山女に、若ものたちが好き心をいだいてつきまとうことをえがき、その愚かさをあざけっている。杜甫、李白、王維なども「少年行」であざけっている。また、唐代の女道士のなかに売春を行っていたものがあるようである。森鴎外の短編作で有名な魚玄機にしても、そのようなふしがあるようだし、それほどでなくとも、玄宗皇帝の寵妃楊貴妃が、一時女道士であったように、性的魅力にあふれるものであったのだ。李商隠の詩には多く登場する。この結びは逆説的に、華山女が豪家少年どもには見向きもせず、更に高い地位の人たちに媚態を呈していることを諷刺したものである。女児の生きていく路は難しい時代であったことには間違いことではあるのであえうが。
・繞 ぐるぐるあるものを中心にしてまわる。
・百匝 匝は、と同じ。一周すること。百回も華山の女のまわりをうろつく。


雲窗霧閣事恍惚,重重翠幕深金屏。
雲や霧のかくす窓や高殿の中では何事があるのかぼんやりとしてよく分からない、かわせみ色に光るとばりが重なりあい金の屏風が深く深く置かれていて秘密のベールに包まれる。
・雲窗霧閣 雲や霧におく深くとざされているまどや高どの。窓は、窓と同じ。雲窓は、雲のもようを窓にかいたものをいうが、ここは、下の霧閣に対して、雲のかかっている窓ということであろう。閣は、楼閣、何階建てにもなっている高どの。なお、雲や霧は、仙人にしたがものであるが、また、宋玉(紀元前290―222年)の「高唐の賦」に見える楚の襄王の寝所に侍った巫女の神女が、雲や雨となって朝夕巫山にかかるという物語にもとづいている。問題は、華山女の色っぽさを利用しているものがいるから、この女を風刺するのである。
・恍惚 エクスタシーをいう。ぼんやりとしてよく分からないさま。うっとりとしてわれを忘れるさま。
・重重翠幕深金屏 かさなりあった翡翠色のとばりとおく深い金の屏風によって秘密のベールに包まれる。重重と深、翠性と金屏とがそれぞれ対している。


仙梯難攀俗緣重,浪憑青鳥通丁寧。』
神仙へのはしごがよじのぼりにくいのは俗世間との縁が深いためだということだ、だから、あてもないのに思いを繋ぐ青鳥を使いとしてはねんごろな心持ちを通じたいと思っているのである。
・仙梯難攀 神仙の世界へのはしごはよじ登りにくい。華山女を神仙とし、豪家の少年たちが華山女に近づきがたいことを比喩する。
・俗縁重 この俗世間の縁が重い。仙梯の攣じ難い理由を示す。
・浪 むやみに。むなしく。何の効果もないのにあてもなく行うということを示す副詞。
・憑 たのみとして。
・青島 西王母の使いの鳥で、人間界との橋渡しを行う。西王母は、女性としていちばん高い地位にある神仙。ここは、華山女を、西王母にたとえ、青島は、したがって、豪家の少年が華山女と便りを通ずるための使いの者をいう。
・寧 ねんごろな心持ち。ここでは下心というところか。

崋山女 韓退之(韓愈)詩<113-3>Ⅱ中唐詩555 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1786


崋山女 韓退之(韓愈)詩<113-3>



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崋山女 韓退之(韓愈)詩<113-3>Ⅱ中唐詩555 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1786


この頃のアイドルは巫女、道女、妓女である。韓愈は、道教が仏教と共にきらいであって、道教を排斥した詩には、このほか、「謝自然詩」「誰氏子」などがある。当時の道教が、新興宗教的要素を持っていたことが分かる。
仏教を風刺したものとして・『送靈師』題木居士二首其一  『題木居士二首其二』  

かなり長いので、四段に分けた。


華山女
街東街西講佛經,撞鐘吹螺鬧宮庭。
長安の街東街西のいたるところで仏教の「説経講談」をしている。鐘を撞きほら貝を吹いて宮廷までも大さわぎをしているのである。
廣張罪福資誘脅,聽眾狎恰排浮萍。
功罪と幸福と不幸、天国と地獄を大げさに誇張し脅して勧誘の助けとし、聴く人は烏合の衆と化し、ただよう浮草を押し退けあうような状態である。
黃衣道士亦講說,座下寥落如明星。』
一方、黄衣をつけた道士も同様に講議説教はしているが、講壇の下は夜明けの星のようにまばらな状態である。 
#2
華山女兒家奉道,欲驅異教歸仙靈。
華山の少女は家庭が道教を信奉している、異教を追い払い神仙の靈に帰依させたいと思っている。
洗妝拭面著冠帔,白咽紅頰長眉青。
少女は化粧を落とし、顔を清めて冠と上にはおりを着るのである、そして白いのど、赤いほお、長い眉は長く伸ばしてひいている。
遂來升座演真訣,觀門不許人開扃。
こうしてやって来て講壇に上がり、道教の奥儀を説くのである。そもそも道観の門は他人がとびらを開けてはいることを許さないのである。
不知誰人暗相報,訇然振動如雷霆。」
そうしてるうちに誰が互いにそっと知らせあったのだろう、わっとはげしい雷のように地響きをならして集まって来るのである。
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掃除眾寺人跡絕,驊騮塞路連輜輧。
寺観はきれいに掃除し、はらい清められて人の足あともなくされる、こちらには駿馬が路をふさぐほどいっぱいになり、婦人の乗るほろ車が連なっているのだ。
觀中人滿坐觀外,後至無地無由聽。
道観の中には人がいっぱいにあふれて寺観の外にまで腰を下ろしているのだ、遅れてやって来たものは居場所がなく聴く方法さえないというほどだ。
抽簪脫釧解環佩,堆金疊玉光青熒。
カンザシを抜き腕輪をはずし佩玉を解いて寄進を済ませるのだ、金を積む上げ、玉がかさねているものはきらきらと光りかがやいている。
天門貴人傳詔召,六宮願識師顏形。
「天門貴人」といわれる宦官が詔を伝えおぼしめされる、それにつづいて後宮の女官たちは女道士さまのおかおが見たいものと願いでる。
玉皇頷首許歸去,乘龍駕鶴來青冥。』
玉皇さまはうなずいて帰り行くことをお許しになり、女道士は龍の乗り鶴に車を引かせて青ぞらを渡って帰って行くのである。

#4
豪家少年豈知道,來繞百匝腳不停。
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(華山女)
街東街西 仏経を講じ、鐘を撞き螺を吹いて宮庭を鬧【さわ】がす。
広く罪福【ざいふく】を張って誘脅【ゆうきょう】を資【たす】け、聴衆 狎恰【こうこう】して浮萍【ふひょう】を排す。
黃衣【こうい】の道士も亦講説すれど、座下は寥落【りょうらく】として明星の如し。
#2
華山の女兒【じょじ】家道を奉じ,異教を驅って仙靈【せんれい】に歸せしめんと欲す。
妝を洗い面を拭って冠帔【かんぴ】を著け,白咽【はくいん】紅頰【こうきょう】長眉【ちょうび】青し。
遂に來って座に升りて真訣【しんけつ】を演【の】べ,觀門許さず人の扃【とびら】を開くことを。
知らず誰人か暗【ひそ】かに相い報ぜじ,訇然【こぜん】として振動して雷霆【らいてい】の如し。」
#3
眾寺を掃除して人跡絕え,驊騮【かりゅう】路に塞りて輜輧【しへい】に連なる。
觀中人滿ちて觀外に坐し,後れて至るは地無く聽くに由無し。
簪を抽【ぬ】きて釧【せん】を脫し環佩【かんぽい】を解く,金を堆【つ】み玉を疊んで光り青熒【せいけい】たり。
天門の貴人 詔を傳えて召し,六宮 師の顏形を識らんことを願う。
玉皇 首を頷いて歸り去らんことを許し,龍に乘りて鶴に駕して青冥に來たる。』


華山000


『華山女』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
掃除眾寺人跡絕,驊騮塞路連輜輧。
觀中人滿坐觀外,後至無地無由聽。
抽簪脫釧解環佩,堆金疊玉光青熒。
天門貴人傳詔召,六宮願識師顏形。
玉皇頷首許歸去,乘龍駕鶴來青冥。』


(下し文) #3
眾寺を掃除して人跡絕え,驊騮【かりゅう】路に塞りて輜輧【しへい】に連なる。
觀中人滿ちて觀外に坐し,後れて至るは地無く聽くに由無し。
簪を抽【ぬ】きて釧【せん】を脫し環佩【かんぽい】を解く,金を堆【つ】み玉を疊んで光り青熒【せいけい】たり。
天門の貴人 詔を傳えて召し,六宮 師の顏形を識らんことを願う。
玉皇 首を頷いて歸り去らんことを許し,龍に乘りて鶴に駕して青冥に來たる。』


(現代語訳)
寺観はきれいに掃除し、はらい清められて人の足あともなくされる、こちらには駿馬が路をふさぐほどいっぱいになり、婦人の乗るほろ車が連なっているのだ。
道観の中には人がいっぱいにあふれて寺観の外にまで腰を下ろしているのだ、遅れてやって来たものは居場所がなく聴く方法さえないというほどだ。
カンザシを抜き腕輪をはずし佩玉を解いて寄進を済ませるのだ、金を積む上げ、玉がかさねているものはきらきらと光りかがやいている。
「天門貴人」といわれる宦官が詔を伝えおぼしめされる、それにつづいて後宮の女官たちは女道士さまのおかおが見たいものと願いでる。
玉皇さまはうなずいて帰り行くことをお許しになり、女道士は龍の乗り鶴に車を引かせて青ぞらを渡って帰って行くのである。


(訳注) #3
掃除眾寺人跡絕,驊騮塞路連輜輧。

寺観はきれいに掃除し、はらい清められて人の足あともなくされる、こちらには駿馬が路をふさぐほどいっぱいになり、婦人の乗るほろ車が連なっているのだ。
・掃除 掃い除く。一掃する。
・驊騮 駿馬。がんらい周の穆王(前1002-947年在位)の世界旅行のとき、車を引かせた八匹の駿馬のうちの一匹の名。
・輜輧 ほろのある車。婦人の乗り物である。


觀中人滿坐觀外,後至無地無由聽。
道観の中には人がいっぱいにあふれて寺観の外にまで腰を下ろしているのだ、遅れてやって来たものは居場所がなく聴く方法さえないというほどだ。
無由聴 聴く方法がない。由は、それによって目的(ここでは聴く)を達すること。


抽簪脫釧解環佩,堆金疊玉光青熒。
カンザシを抜き腕輪をはずし佩玉を解いて寄進を済ませるのだ、金を積む上げ、玉がかさねているものはきらきらと光りかがやいている。
 二またのかんざし。
・釧 腕輪。
・環佩 腰にさげる玉。いくつも下げて、歩くとき、互にふれあってさやか書をたでる。男もさげるが、環佩というときは、婦のばあいが多い。ここの装身具をはずすのは、婦人の聴衆が墓に感動して、自分の装身具をはずして寄進することをいぅ。
・堆金疊玉光青熒 金をつみあげ玉をかさねきらきらと光っている。寄進された釵と釧や環佩を形容したもの。青熒は、かがやくさま。


天門貴人傳詔召,六宮願識師顏形。
「天門貴人」といわれる宦官が詔を伝えおぼしめされる、それにつづいて後宮の女官たちは女道士さまのおかおが見たいものと願いでる。
天門貴人 宮中の宦官。天門は、天上の門から、宮中のことをいう。以下宮中のことを、神仙の世界の天上にたとえである。貴人は、女官の名にもあるが、ここでは、詔を伝えたとあるから、中貴人すなわち宦官のことである。
六宮 天子の後宮。六棟の宮殿から成り、皇后・夫人以下官が分かれて住んでいる。長安大明宮の場合、蓬莱殿、綾綺殿、宣微殿、紫宸殿、浴堂殿、温室殿である。
 華山の少女の女道士。師は、僧侶・道士の尊称として用いられる。


玉皇頷首許歸去,乘龍駕鶴來青冥。』
玉皇さまはうなずいて帰り行くことをお許しになり、女道士は龍の乗り鶴に車を引かせて青ぞらをかけて帰って行くのである。
・玉皇 道教で、天上の上帝を呼ぶ名。ここでは、天子をたとえている。
頷首 うなずく。許可を示す。
乗竜 竜や鶴に乗り物を引かせる竜や鶴は、神仙が乗り物を引かせるのに用いる動物である。
靑冥 青ぞらをかけて下界へ降って来る。青冥は、青くてはるかな空と、天をさす。女道士が通って来る場所をいう。
杜甫 体系 地図458華州から秦州

崋山女 韓退之(韓愈)詩<113-2>Ⅱ中唐詩554 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1782

崋山女 韓退之(韓愈)

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 Ⅲ杜甫詩1000詩集成都(2部)浣花渓の草堂(2 -6) 狂夫 杜甫 <369>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1783 杜甫詩 1000- 545 
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崋山女 韓退之(韓愈)詩<113-2>Ⅱ中唐詩554 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1782


この頃のアイドルは巫女、道女、妓女である。韓愈は、道教が仏教と共にきらいであって、道教を排斥した詩には、このほか、「謝自然詩」「誰氏子」などがある。当時の道教が、新興宗教的要素を持っていたことが分かる。
仏教を風刺したものとして・『送靈師』『題木居士二首其一 』 『題木居士二首其二』 

かなり長いので、四段に分けた。


華山女
街東街西講佛經,撞鐘吹螺鬧宮庭。
長安の街東街西のいたるところで仏教の「説経講談」をしている。鐘を撞きほら貝を吹いて宮廷までも大さわぎをしているのである。
廣張罪福資誘脅,聽眾狎恰排浮萍。
功罪と幸福と不幸、天国と地獄を大げさに誇張し脅して勧誘の助けとし、聴く人は烏合の衆と化し、ただよう浮草を押し退けあうような状態である。
黃衣道士亦講說,座下寥落如明星。』
一方、黄衣をつけた道士も同様に講議説教はしているが、講壇の下は夜明けの星のようにまばらな状態である。 
#2
華山女兒家奉道,欲驅異教歸仙靈。
華山の少女は家庭が道教を信奉している、異教を追い払い神仙の靈に帰依させたいと思っている。
洗妝拭面著冠帔,白咽紅頰長眉青。
少女は化粧を落とし、顔を清めて冠と上にはおりを着るのである、そして白いのど、赤いほお、長い眉は長く伸ばしてひいている。
遂來升座演真訣,觀門不許人開扃。
こうしてやって来て講壇に上がり、道教の奥儀を説くのである。そもそも道観の門は他人がとびらを開けてはいることを許さないのである。
不知誰人暗相報,訇然振動如雷霆。」

そうしてるうちに誰が互いにそっと知らせあったのだろう、わっとはげしい雷のように地響きをならして集まって来るのである。
#3
掃除眾寺人跡絕,驊騮塞路連輜輧。
觀中人滿坐觀外,後至無地無由聽。
抽簪脫釧解環佩,堆金疊玉光青熒。
天門貴人傳詔召,六宮願識師顏形。
玉皇頷首許歸去,乘龍駕鶴來青冥。』

#4
豪家少年豈知道,來繞百匝腳不停。
雲窗霧閣事恍惚,重重翠幕深金屏。
仙梯難攀俗緣重,浪憑青鳥通丁寧。』

華山女
街東街西講佛經,撞鐘吹螺鬧宮庭。
廣張罪福資誘脅,聽眾狎恰排浮萍。
黃衣道士亦講說,座下寥落如明星。』

(華山女)
街東街西 仏経を講じ、鐘を撞き螺を吹いて宮庭を鬧【さわ】がす。
広く罪福【ざいふく】を張って誘脅【ゆうきょう】を資【たす】け、聴衆 狎恰【こうこう】して浮萍【ふひょう】を排す。
黃衣【こうい】の道士も亦講説すれど、座下は寥落【りょうらく】として明星の如し。
#2
華山の女兒【じょじ】家道を奉じ,異教を驅って仙靈【せんれい】に歸せしめんと欲す。
妝を洗い面を拭って冠帔【かんぴ】を著け,白咽【はくいん】紅頰【こうきょう】長眉【ちょうび】青し。
遂に來って座に升りて真訣【しんけつ】を演【の】べ,觀門許さず人の扃【とびら】を開くことを。
知らず誰人か暗【ひそ】かに相い報ぜじ,訇然【こぜん】として振動して雷霆【らいてい】の如し。」


華山道教000

『華山女』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
華山女兒家奉道,欲驅異教歸仙靈。
洗妝拭面著冠帔,白咽紅頰長眉青。
遂來升座演真訣,觀門不許人開扃。
不知誰人暗相報,訇然振動如雷霆。」


(下し文)
#2
華山の女兒【じょじ】家道を奉じ,異教を驅って仙靈【せんれい】に歸せしめんと欲す。
妝を洗い面を拭って冠帔【かんぴ】を著け,白咽【はくいん】紅頰【こうきょう】長眉【ちょうび】青し。
遂に來って座に升りて真訣【しんけつ】を演【の】べ,觀門許さず人の扃【とびら】を開くことを。
知らず誰人か暗【ひそ】かに相い報ぜじ,訇然【こぜん】として振動して雷霆【らいてい】の如し。」


(現代語訳)
華山の少女は家庭が道教を信奉している、異教を追い払い神仙の靈に帰依させたいと思っている。
少女は化粧を落とし、顔を清めて冠と上にはおりを着るのである、そして白いのど、赤いほお、長い眉は長く伸ばしてひいている。
こうしてやって来て講壇に上がり、道教の奥儀を説くのである。そもそも道観の門は他人がとびらを開けてはいることを許さないのである。
そうしてるうちに誰が互いにそっと知らせあったのだろう、わっとはげしい雷のように地響きをならして集まって来るのである。


 (訳注) #2
華山女兒家奉道,欲驅異教歸仙靈。
華山の少女は家庭が道教を信奉している、異教を追い払い神仙の靈に帰依させたいと思っている。
・華山女児 華山は、陝西省華陰県にある名山、芸の西岳。道教の修行をするものがよくこもる山で、りっぱな墓の寺観もあった。この少女が華山から出たというのも、華山にそういう神秘的な陰影があるからである。
以下この一段、華山の少女が、突然女道士として評判が高くなり、宮中にまで召されるようになったことをいう
・家奉道 家庭が道教を信奉していた。
・異教 仏教の事。
・仙霊神仙。神仙の思想と老子にはじまる道家の思想とは、がんらい別のものであったが、道教になって結びつき、神仙は、道教の修行者たちの目標となった。


洗妝拭面著冠帔,白咽紅頰長眉青。
少女は化粧を落とし、顔を清めて冠と上にはおりを着るのである、そして白いのど、赤いほお、長い眉は長く伸ばしてひいている。
・洗粧 化粧を洗いおとす。
・拭面 かおをふきとる。化粧を取るのである。
・冠帔 女道士は、冠をつける。帔は、肩にかける短い着物。はおりの類。
白咽 咽は、のど。
・長眉青 青は、ここでは黒と同じょうに用いられる。眉の長いのは、美人とされる。


遂來升座演真訣,觀門不許人開扃。
こうしてやって来て講壇に上がり、道教の奥儀を説くのである。そもそも道観の門は他人がとびらを開けてはいることを許さないのである。
・升座 座は、講壇。
・演 説明する。講演・演説の演である。
・真訣 道教の秘訣。兵は、道家に於ける理想で、道を体得した完全な状態をいう。訣は、道教において奥儀の意。
・観門 観は、道教の寺院。
・開扃 扃は、かんぬき、又は、とびら。ここは、とびらであろう。


不知誰人暗相報,訇然振動如雷霆。」
そうしてるうちに誰が互いにそっと知らせあったのだろう、わっとはげしい雷のように地響きをならして集まって来るのである。
・暗 人知れず。わからないように。
・訇然 大きな声の形容。
・雷霆、はげしい雷。

華山女 韓退之(韓愈)詩<113-1>Ⅱ中唐詩553 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1778

華山女 韓退之(韓愈)詩

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華山女 韓退之(韓愈)詩<113-1>Ⅱ中唐詩553 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1778


この頃のアイドルは巫女、道女、妓女である。韓愈は、道教が仏教と共にきらいであって、道教を排斥した詩には、このほか、「謝自然詩」「誰氏子」などがある。当時の道教が、新興宗教的要素を持っていたことが分かる。
仏教を風刺したものとして・送靈師題木居士二首其一  題木居士二首其二  


華山女は長詩なので、四段に分けた。


華山女
街東街西講佛經,撞鐘吹螺鬧宮庭。
廣張罪福資誘脅,聽眾狎恰排浮萍。
黃衣道士亦講說,座下寥落如明星。』

#2
華山女兒家奉道,欲驅異教歸仙靈。
洗妝拭面著冠帔,白咽紅頰長眉青。
遂來升座演真訣,觀門不許人開扃。
不知誰人暗相報,訇然振動如雷霆。」
#3
掃除眾寺人跡絕,驊騮塞路連輜輧。
觀中人滿坐觀外,後至無地無由聽。
抽簪脫釧解環佩,堆金疊玉光青熒。
天門貴人傳詔召,六宮願識師顏形。
玉皇頷首許歸去,乘龍駕鶴來青冥。』

#4
豪家少年豈知道,來繞百匝腳不停。
雲窗霧閣事恍惚,重重翠幕深金屏。
仙梯難攀俗緣重,浪憑青鳥通丁寧。』

華山000

華山女
街東街西講佛經,撞鐘吹螺鬧宮庭。
長安の街東街西のいたるところで仏教の「説経講談」をしている。鐘を撞きほら貝を吹いて宮廷までも大さわぎをしているのである。
廣張罪福資誘脅,聽眾狎恰排浮萍。
功罪と幸福と不幸、天国と地獄を大げさに誇張し脅して勧誘の助けとし、聴く人は烏合の衆と化し、ただよう浮草を押し退けあうような状態である。
黃衣道士亦講說,座下寥落如明星。』
一方、黄衣をつけた道士も同様に講議説教はしているが、講壇の下は夜明けの星のようにまばらな状態である。 

(華山女)
街東街西 仏経を講じ、鐘を撞き螺を吹いて宮庭を鬧【さわ】がす。
広く罪福【ざいふく】を張って誘脅【ゆうきょう】を資【たす】け、聴衆 狎恰【こうこう】して浮萍【ふひょう】を排す。
黃衣【こうい】の道士も亦講説すれど、座下は寥落【りょうらく】として明星の如し。


『華山女』 現代語訳と訳註
(本文)
#1
街東街西講佛經,撞鐘吹螺鬧宮庭。
廣張罪福資誘脅,聽眾狎恰排浮萍。
黃衣道士亦講說,座下寥落如明星。』

(下し文) (華山女)
街東街西 仏経を講じ、鐘を撞き螺を吹いて宮庭を鬧【さわ】がす。
広く罪福【ざいふく】を張って誘脅【ゆうきょう】を資【たす】け、聴衆 狎恰【こうこう】して浮萍【ふひょう】を排す。
黃衣【こうい】の道士も亦講説すれど、座下は寥落【りょうらく】として明星の如し。


(現代語訳)
長安の街東街西のいたるところで仏教の「説経講談」をしている。鐘を撞きほら貝を吹いて宮廷までも大さわぎをしているのである。
功罪と幸福と不幸、天国と地獄を大げさに誇張し脅して勧誘の助けとし、聴く人は烏合の衆と化し、ただよう浮草を押し退けあうような状態である。
一方、黄衣をつけた道士も同様に講議説教はしているが、講壇の下は夜明けの星のようにまばらな状態である。 


(訳注)
華山女

(現在の陝西省華陰県にある山)に住む少女が、女道士となって、大変人気があったが、彼の女を取
りまく信者たちの熱狂ぶりや、彼の女に妙な興味をいだく好き者たちの行動をえがいて、その愚かさを諷刺した。
華山 中国陝西省華陰市にある険しい山。道教の修道院があり、中国五名山、五岳の一つで、西岳と称されている。最高峰となる南峰の標高は2,160m。花崗岩の岩場を削って、無数の石段が作られており、一部には断崖絶壁の上に作られた20cmほどしかない足場や桟道を通って行かねばならない場所があり、宗教聖地として、格段の険しい山として知られる。
杜甫 体系 地図458華州から秦州
 

街東街西講佛經,撞鐘吹螺鬧宮庭。
長安の街東街西のいたるところで仏教の「説経講談」をしている。鐘を撞きほら貝を吹いて宮廷までも大さわぎをしているのである。
・街東得西 唐代の長安の市街は、中央を南北につらぬく朱雀門街で二つの区域に分かたれ、朱雀門街より東を街東と略称し、万年県の管轄、朱雀門律より西を街西と略称し、長安県の管轄とされていた。わ
講仏経 お経を講釈している。当時、僧侶が仏教説話をおもしろく節をつけて語る説経講談のような語りもの「俗講」が寺院で行われており、この「講仏経」は、そのことをいったものとされる。最近、「俗講」は、中国における寄席演芸の超原として注目され、その講釈のテキスト「変文」も、甘粛省敦煌で発見された古文書の中から幾篇か見つけ出され、研究が盛んに行われている。
・螺 ほら貝。
・鬧 さわがせる。音楽がさわがしいのである。

 10risho長安城の図

廣張罪福資誘脅,聽眾狎恰排浮萍。
功罪と幸福と不幸、天国と地獄を大げさに誇張し脅して勧誘の助けとし、聴く人は烏合の衆と化し、ただよう浮草を押し退けあうような状態である。
広張 大きく誇張する。
・資誘脅 脅して誘い合わさせる手助けの種とする。
狎恰 おしあいへしあいするさま。
・排浮萍 ただよっているうきくさがおしのけあっている。聴衆のもみあっている比喩である。この最初の四句は、当「俗講」が非常に流行していたことを示すものとされる。『資治通鑑宝暦二年六月己卯の条』に、文淑という僧の「俗講」に、敬宗皇帝(李湛)が見物に行ったとされている。


黃衣道士亦講說,座下寥落如明星。』
一方、黄衣をつけた道士も同様に講議説教はしているが、講壇の下は夜明けの星のようにまばらな状態である。 
・黃衣道士 黄いろい衣をきた遭士。遺士は、道教の宣教師で、有髪で冠をかぶっている。その衣は、色が定まっていて、黄もそのうちのlつであった。
・座下 道士の説教の座の下。
・蓼落 まばらなさま。道教が衰退すること。
・明星 あけがたの星のようにまばらである。明星は、ふつう金星をいうのであるが、ここは、暁星、と同じく、明け方の星をいうのであろう。華星は夜明けの金星。
以上このl段は、仏教の盛況と、道教の衰微をい
うものである。道教は玄宗の開元、天宝の45年年間隆盛を極めた。
謝靈運『燕歌行』「對君不樂淚沾纓,闢窗開幌弄秦箏,調絃促柱多哀聲,遙夜明月鑒帷屏,誰知河漢淺且清,展轉思服悲明星。」
燕歌行 謝霊運(康楽) 詩<79-#2>

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『嫦娥』
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無題 (含情春晼晩) 李商隠「歸去横塘暁、華星送寶鞍。」○華星 暁の明星

秋懐詩十一首(11) 韓退之(韓愈)詩<111>Ⅱ中唐詩548 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1758

秋懷詩十一首 韓退之(韓愈)

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秋懐詩十一首(11) 韓退之(韓愈)詩<111>Ⅱ中唐詩548 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1758


秋懷詩十一首
1   
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。秋風一拂披,策策鳴不已。
微燈照空床,夜半偏入耳。愁憂無端來,感歎成坐起。
天明視顏色,與故不相似。羲和驅日月,疾急不可恃。
浮生雖多塗,趨死惟一軌。胡為浪自苦,得酒且歡喜。
2   
白露下百草,蕭蘭共雕悴。青青四牆下,已複生滿地。
寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。運行無窮期,稟受氣苦異。
適時各得所,松柏不必貴。
3   
彼時何卒卒,我志何曼曼。犀首空好飲,廉頗尚能飯。
學堂日無事,驅馬適所願。茫茫出門路,欲去聊自勸。
歸還閱書史,文字浩千萬。陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。
丈夫意有在,女子乃多怨。
4   
秋氣日惻惻,秋空日淩淩。上無枝上蜩,下無盤中蠅。
豈不感時節,耳目去所憎。清曉卷書坐,南山見高棱。
其下澄湫水,有蛟寒可罾。惜哉不得往,豈謂吾無能。
5   
離離掛空悲,戚戚抱虛警。露泫秋樹高,蟲吊寒夜永。
斂退就新懦,趨營悼前猛。歸愚識夷塗,汲古得修綆。
名浮猶有恥,味薄真自幸。庶幾遺悔尤,即此是幽屏。
6   
今晨不成起,端坐盡日景。蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。
喪懷若迷方,浮念劇含梗。塵埃慵伺候,文字浪馳騁。
尚須勉其頑,王事有朝請。
7   
秋夜不可晨,秋日苦易暗。我無汲汲志,何以有此憾。
寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。有琴具徽弦,再鼓聽愈淡。
古聲久埋滅,無由見真濫。低心逐時趨,苦勉祗能暫。
有如乘風船,一縱不可纜。不如覷文字,丹鉛事點勘。
豈必求贏餘,所要石與甔。
8    
卷卷落地葉,隨風走前軒。鳴聲若有意,顛倒相追奔。
空堂黃昏暮,我坐默不言。童子自外至,吹燈當我前。
問我我不應,饋我我不餐。退坐西壁下,讀詩盡數編。
作者非今士,相去時已千。其言有感觸,使我複淒酸。
顧謂汝童子,置書且安眠。丈夫屬有念,事業無窮年。
9   
霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。空階一片下,琤若摧琅玕。
謂是夜氣滅,望舒霣其團。青冥無依倚,飛轍危難安。
驚起出戶視,倚楹久汍瀾。憂愁費晷景,日月如跳丸。
迷複不計遠,為君駐塵鞍。
10   
暮暗來客去,群囂各收聲。悠悠偃宵寂,亹亹抱秋明。
世累忽進慮,外憂遂侵誠。強懷張不滿,弱念缺已盈。
詰屈避語阱,冥茫觸心兵。敗虞千金棄,得比寸草榮。
知恥足為勇,晏然誰汝令。
11   
鮮鮮霜中菊,既晚何用好。
朝日がこんなにあざやかに霜の中にさく菊の花に輝いている、秋の季節もおそいというのにどうして美しく咲くのだろうか。
揚揚弄芳蝶,爾生還不早。
ひらひらと元気よく蝶は花蕊の香にたわむれている、こう寒くなるとその君らの命もやはりせまっているのではなかろうか。
運窮兩值遇,婉孌死相保。
運命のおしせまっているものが二つめぐりあったのであるから、した親しみ絡み合いつつ死ぬまで相互で助け合うのである。
西風蟄龍蛇,眾木日凋槁。
西域から吹く秋風は竜蛇を冬籠りに向かわせるものであり、木々は日ごとに乾燥し、凋み枯れはてていくのだ。
由來命分爾,泯滅豈足道。
まあ、「運命」の由来は命は天から与えられたものということなのだ、ほろびていくのは宿命であるから言うにも足らぬことなのだ。
11   
鮮鮮たり霜中の菊,既に晚れて何ぞ好きことを用いん。
揚揚たり芳を弄する蝶,爾生還た早からず。
運窮まれるもの両つながら值い遇い、婉孌として死ぬまでに相い保つ。
西風は龍蛇を蟄し,眾木は日びに凋槁す。
由来 命分爾り、泥滅 豈道うに足らんや。


『秋懐詩十一首』(十一) 現代語訳と訳註
(本文)
11   
鮮鮮霜中菊,既晚何用好。揚揚弄芳蝶,爾生還不早。
運窮兩值遇,婉孌死相保。西風蟄龍蛇,眾木日凋槁。
由來命分爾,泯滅豈足道。


(下し文)
鮮鮮たり霜中の菊,既に晚れて何ぞ好きことを用いん。
揚揚たり芳を弄する蝶,爾生還た早からず。
運窮まれるもの両つながら值い遇い、婉孌として死ぬまでに相い保つ。
西風は龍蛇を蟄し,眾木は日びに凋槁す。
由来 命分爾り、泥滅 豈道うに足らんや。


(現代語訳)
朝日がこんなにあざやかに霜の中にさく菊の花に輝いている、秋の季節もおそいというのにどうして美しく咲くのだろうか。
ひらひらと元気よく蝶は花蕊の香にたわむれている、こう寒くなるとその君らの命もやはりせまっているのではなかろうか。
運命のおしせまっているものが二つめぐりあったのであるから、した親しみ絡み合いつつ死ぬまで相互で助け合うのである。
西域から吹く秋風は竜蛇を冬籠りに向かわせるものであり、木々は日ごとに乾燥し、凋み枯れはてていくのだ。
まあ、「運命」の由来は命は天から与えられたものということなのだ、ほろびていくのは宿命であるから言うにも足らぬことなのだ。


(訳注) 11   
鮮鮮霜中菊,既晚何用好。

朝日がこんなにあざやかに霜の中にさく菊の花に輝いている、秋の季節もおそいというのにどうして美しく咲くのだろうか。
・鮮鮮 新誓言。
・既 既は、そのことが既定のことになっていること差す遠は、季節の害いこと。
・何用 どうしてその必要があろうか。反語。コ藁がない」ということ。


揚揚弄芳蝶,爾生還不早。
ひらひらと元気よく蝶は花蕊の香にたわむれている、こう寒くなるとその君らの命もやはりせまっているのではなかろうか。
・揚揚 のびのびとして威勢のよいさま。ひらひらと飛ぶ。
・芳 はなの香。蕊。
・還 やはり遥かと比べる気持ちを含む助辞。


運窮兩值遇,婉孌死相保。
運命のおしせまっているものが二つめぐりあったのであるから、した親しみ絡み合いつつ死ぬまで相互で助け合うのである。
・運窮 運は、時のめぐり合わせ。運窮は、菊と蝶の二つが、寒くなるので生きるべき時節のおしせまっていること。
・両値遇 両は、菊と蝶とその二つがめぐりあう。
婉孌 親しみ絡み合うさま。


西風蟄龍蛇,眾木日凋槁。
西域から吹く秋風は竜蛇を冬籠りに向かわせるものであり、木々は日ごとに乾燥し、凋み枯れはてていくのだ。
・西風 西は、五行説によれば金に属し、秋も金に属する。西風は、西域からのもので秋風をいう。
五行  木 火 土 金 水
五色  青 紅 黄 白 玄
    (緑)     (黒)
五方  東 南 中 西 北
五時  春 夏 土用 秋 冬
五行関係図

・蟄竃蛇 蟄は、虫が冬眠すること。竜も蛇も、虫のうちである。
・日 日に日に。
・凋槁 洞も槁も、枯れること。


由來命分爾,泯滅豈足道。
まあ、「運命」の由来は命は天から与えられたものということなのだ、ほろびていくのは宿命であるから言うにも足らぬことなのだ。
・由来 もとから。
・命分 命は、天命。分は、自分に与えられた分け前。
・泯滅 ほろびてなくなる。
・道 言う。

秋懐詩十一首(7-2) 韓退之(韓愈)詩<107-#2>Ⅱ中唐詩543 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1738

秋懐詩十一首 七 韓退之(韓愈)

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秋懐詩十一首(7-2) 韓退之(韓愈)詩<107-#2>Ⅱ中唐詩543 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1738

秋懷詩十一首
1   
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。秋風一拂披,策策鳴不已。
微燈照空床,夜半偏入耳。愁憂無端來,感歎成坐起。
天明視顏色,與故不相似。羲和驅日月,疾急不可恃。
浮生雖多塗,趨死惟一軌。胡為浪自苦,得酒且歡喜。
2   
白露下百草,蕭蘭共雕悴。青青四牆下,已複生滿地。
寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。運行無窮期,稟受氣苦異。
適時各得所,松柏不必貴。
3   
彼時何卒卒,我志何曼曼。犀首空好飲,廉頗尚能飯。
學堂日無事,驅馬適所願。茫茫出門路,欲去聊自勸。
歸還閱書史,文字浩千萬。陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。
丈夫意有在,女子乃多怨。
4   
秋氣日惻惻,秋空日淩淩。上無枝上蜩,下無盤中蠅。
豈不感時節,耳目去所憎。清曉卷書坐,南山見高棱。
其下澄湫水,有蛟寒可罾。惜哉不得往,豈謂吾無能。
5   
離離掛空悲,戚戚抱虛警。露泫秋樹高,蟲吊寒夜永。
斂退就新懦,趨營悼前猛。歸愚識夷塗,汲古得修綆。
名浮猶有恥,味薄真自幸。庶幾遺悔尤,即此是幽屏。
6   
今晨不成起,端坐盡日景。蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。
喪懷若迷方,浮念劇含梗。塵埃慵伺候,文字浪馳騁。
尚須勉其頑,王事有朝請。
7   
秋夜不可晨,秋日苦易暗。我無汲汲志,何以有此憾。
寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。有琴具徽弦,再鼓聽愈淡。
古聲久埋滅,無由見真濫。低心逐時趨,苦勉祗能暫。
有如乘風船,一縱不可纜。不如覷文字,丹鉛事點勘。
豈必求贏餘,所要石與甔。
8    
卷卷落地葉,隨風走前軒。鳴聲若有意,顛倒相追奔。
空堂黃昏暮,我坐默不言。童子自外至,吹燈當我前。
問我我不應,饋我我不餐。退坐西壁下,讀詩盡數編。
作者非今士,相去時已千。其言有感觸,使我複淒酸。
顧謂汝童子,置書且安眠。丈夫屬有念,事業無窮年。
9   
霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。空階一片下,琤若摧琅玕。
謂是夜氣滅,望舒霣其團。青冥無依倚,飛轍危難安。
驚起出戶視,倚楹久汍瀾。憂愁費晷景,日月如跳丸。
迷複不計遠,為君駐塵鞍。
10   
暮暗來客去,群囂各收聲。悠悠偃宵寂,亹亹抱秋明。
世累忽進慮,外憂遂侵誠。強懷張不滿,弱念缺已盈。
詰屈避語阱,冥茫觸心兵。敗虞千金棄,得比寸草榮。
知恥足為勇,晏然誰汝令。
11   
鮮鮮霜中菊,既晚何用好。揚揚弄芳蝶,爾生還不早。
運窮兩值遇,婉孌死相保。西風蟄龍蛇,眾木日凋槁。
由來命分爾,泯滅豈足道。


秋懷詩十一首7   
秋夜不可晨,秋日苦易暗。我無汲汲志,何以有此憾。
秋の夜長はいつまでも夜が明けないが、秋の昼間はとてもすぐに暗くなる。
わたしにはせっせと励む志を持っていないというのに、どうして夜が長いことなどを云うことが出来ようか。
寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。有琴具徽弦,再鼓聽愈淡。
凍えそうな鶏はむなしくすごもりしたままであり、二十日月が気になって何度も望めやる。
琴に徽も絃もそろえ、ととのえられ、ひけばひくほどその音色は淡薄である。
#2
古聲久埋滅,無由見真濫。
この琴の音色は昔からのものは久しく埋没されたり消滅したりしているし、どれが本物か偽物かを見分けるすべもないというのだ。
低心逐時趨,苦勉祗能暫。
それでも高士の心をおさえて時勢をおいかけることもしてみるが、そんな苦しい努力など出来るのはただほんの暫らくの間に過ぎないということだ。
有如乘風船,一縱不可纜。
それに時勢を追えばそのうちに追風に吹かれた舟のようなもので、一度放たれるともうつなぎとめられないようになるというものだ。
不如覷文字,丹鉛事點勘。
ともかくまあ文字をながめているにこしたことはないというもので、筆を手にして校勘にたずさわるのが一番というものだ
豈必求贏餘,所要石與甔。
とはいっても俸禄に余分を求めてるというわけではないのであって、必要なのはごく少しばかりの俸禄があれば事足りるというものだ。

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『秋懷詩十一首』 現代語訳と訳註
(本文)
#1 
秋夜不可晨,秋日苦易暗。我無汲汲志,何以有此憾。
寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。有琴具徽弦,再鼓聽愈淡

#2
古聲久埋滅,無由見真濫。低心逐時趨,苦勉祗能暫。
有如乘風船,一縱不可纜。不如覷文字,丹鉛事點勘。
豈必求贏餘,所要石與甔。


(下し文)
古聾は久しく埋滅し、真濫【しんかん】を見るに由無し。
心を低くして時の趨くを逐ひ、苦しみ勉むるも紙だ暫くを能くするのみ。
風に乗る船の一たび縱【はな】てば纜【つな】ぐ可からざるが如き有り。
如かず 文字を覷て、丹鉛もて點勘を事とせむには。
豈に必ずしも贏餘を求めむや、要むる所は石と甔とのみ。


(現代語訳)
この琴の音色は昔からのものは久しく埋没されたり消滅したりしているし、どれが本物か偽物かを見分けるすべもないというのだ。
それでも高士の心をおさえて時勢をおいかけることもしてみるが、そんな苦しい努力など出来るのはただほんの暫らくの間に過ぎないということだ。
それに時勢を追えばそのうちに追風に吹かれた舟のようなもので、一度放たれるともうつなぎとめられないようになるというものだ。
とはいっても俸禄に余分を求めてるというわけではないのであって、必要なのはごく少しばかりの俸禄があれば事足りるというものだ。


(訳注)
古聲久埋滅,無由見真濫。
この琴の音色は昔からのものは久しく埋没されたり消滅したりしているし、どれが本物か偽物かを見分けるすべもないというのだ。
・埋滅 埋没されたり消滅したりしている。
・真濫 ほんとうのものと、にせもの.
・見 みわける。


低心逐時趨,苦勉祗能暫。
それでも高士の心をおさえて時勢をおいかけることもしてみるが、そんな苦しい努力など出来るのはただほんの暫らくの間に過ぎないということだ。
・低心 高い心をひくめる.
・逐 おいかける。妥協する。
・時趨 時代の趨勢。流行。
・祗能暫 しばらく我慢できただけだ.


有如乘風船,一縱不可纜。
それに時勢を追えばそのうちに追風に吹かれた舟のようなもので、一度放たれるともうつなぎとめられないようになるというものだ。
乗風船 帆に風をうけた船。
・一縱 いったん艫綱をといたら。
 

不如覷文字,丹鉛事點勘。
ともかくまあ文字をながめているにこしたことはないというもので、筆を手にして校勘にたずさわるのが一番というものだ。
・覷 のぞく。みる。
・丹鉛 朱と胡粉。朱は書きこみに用い、胡粉は訂正するために使う。鉛は、むかしこれで木の板に文字を書いた。特にノートするようなときに用いられたようである。
・点勘 テキストの校訂をする。点も勘も、しらべること。


豈必求贏餘,所要石與甔。
とはいっても俸禄に余分を求めてるというわけではないのであって、必要なのはごく少しばかりの俸禄があれば事足りるというものだ。
・贏余 余分。
・石与甔 石は十斗。甔は二十斗だといわれる。わずかの俸給をさす。

誰氏子 韓愈 韓退之(韓愈)詩<99-#2>Ⅱ中唐詩534 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1702

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誰氏子 韓愈 韓退之(韓愈)詩<99-#2>Ⅱ中唐詩534 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1702

誰氏子
非癡非狂誰氏子,去入王屋稱道士。
痴呆というのではないし、一つの事だけで他が見えないというほどでもないがだれでどこの家の子であろうか、ここを去って王屋山に入って道士になるというらしい。
白頭老母遮門啼,挽斷衫袖留不止。
道士になろうとした息子を白髪頭の老母は門をさえぎるようにして啼いて、着物の袖を引っ張って留めようとするのを振り払って止められなかったのだ。
翠眉新婦年二十,載送還家哭穿市。
翠の眉の新婦である嫁の年はまだ二十なのである。実家に送り還えされるのだが、その哭き声は、市中をつんざくほどの声でわめいたのだ。
或雲欲學吹鳳笙,所慕靈妃媲蕭史。
或はこうも言う「鳳凰の笙笛を吹き方を学ぼうとして むかしの仙人の蕭史に嫁いだ弄玉みたいな仙女をもらうつもりだろう」という人があるのだ。
又雲時俗輕尋常,力行險怪取貴仕。

またこうも云う「現在の世俗の人たちは、あたりまえのことを軽蔑して、目先のかわったことをよろこぶ。
幻奇なあやしげなことをむりにやってのけて、それで高い地位をえようとする。」という人もあるのである。

神仙雖然有傳說,知者盡知其妄矣。
神仙思想についてはご承知の通りこれまでもさまざまの諸伝説あるとはいうものの、知識人のものはそれがことごとく迷信や、無知で盲目的に信じられて来たことを知っている。
聖君賢相安可欺,乾死窮山竟何俟。
聖人の天子、君主や賢い宰相を簡単に欺たりできようか、ひからびてミイラのようになるまで待ってみたところで山奥の奥で塵となって尽き果てるというものでしかない。
嗚呼余心誠豈弟,願往教誨究終始。
ああ、わたしが心の底から思うことはどうして一緒に和して楽しいということになろうか。ほんとうに可哀そうでしかたがないのだ。思い願うことはなんとか出かけていって教えてやり、事の始終をさとらせたいということだ。
罰一勸百政之經,不從而誅未晚耳。
「罰一勸百」ということは、一個人を罰するのは衆人をついてこさせるためであり、一個人を賞賛してやることは百人が進んで行うようになる政治の根本をいうのであり、とはいえ、どうにも聞く耳を持たないというなら、それから天誅を下しても、おそすぎるということにはならいのだ。
誰其友親能哀憐,寫吾此詩持送似。
こうなったら、だれか、友人親戚で愛情をもっている人が、わたしのこの詩を写しとって持ってゆき、その「誰かさん」に渡してやってくれないだろうか。

誰が氏の子

痴に非らず 狂に非ず 誰が氏の子ぞ,去りて王屋に入り道士と稱す。
白頭の老母 門を遮りて啼き,衫袖【さんしゅう】を挽斷【ばんだん】して留むれど止まらず。
翠眉の新婦 年二十,載送して 家に還らしむるに哭すこと 市を穿【うがて】り。
或は雲【い】う 「鳳笙を吹くを學ばんと欲し,慕う所は靈妃【れいひ】の蕭史【しょうし】の媲【へい】せしこと。」 と。
又 雲う 「時俗【じぞく】尋常を輕ろんずれば,力【つと】めて險怪【けんかい】を行い貴仕を取らんとす。」 と。

神仙 然【しか】く傳說【ふせつ】有りと雖も,知者は盡【ことごと】く其の妄なるを知る矣。
聖君と賢相とを 安んぞ欺く可けむ、窮山に乾死【】すとも 竟に何をか俟【ま】たむ。
鳴呼 余が心 誠に豈弟【がいてい】たらむや、願はくは 往きて教誨【きょうかい】し 終始を窮めむ。
一を罰し 百を勸むるは 政【まつりごと】の経、従はずして誅するも 未だ晩からざるのみ。
誰か其の友親の能く哀憐【あいりん】するもの、吾が此の詩を写し持して送りて 似【あた】へよ

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現代語訳と訳註
(本文)

神仙雖然有傳說,知者盡知其妄矣。
聖君賢相安可欺,乾死窮山竟何俟。
嗚呼余心誠豈弟,願往教誨究終始。
罰一勸百政之經,不從而誅未晚耳。
誰其友親能哀憐,寫吾此詩持送似。


(下し文)
神仙 然【しか】く傳說【ふせつ】有りと雖も,知者は盡【ことごと】く其の妄なるを知る矣。
聖君と賢相とを 安んぞ欺く可けむ、窮山に乾死【】すとも 竟に何をか俟【ま】たむ。
鳴呼 余が心 誠に豈弟【がいてい】たらむや、願はくは 往きて教誨【きょうかい】し 終始を窮めむ。
一を罰し 百を勸むるは 政【まつりごと】の経、従はずして誅するも 未だ晩からざるのみ。
誰か其の友親の能く哀憐【あいりん】するもの、吾が此の詩を写し持して送りて 似【あた】へよ


(現代語訳)
神仙思想についてはご承知の通りこれまでもさまざまの諸伝説あるとはいうものの、知識人のものはそれがことごとく迷信や、無知で盲目的に信じられて来たことを知っている。
聖人の天子、君主や賢い宰相を簡単に欺たりできようか、ひからびてミイラのようになるまで待ってみたところで山奥の奥で塵となって尽き果てるというものでしかない。
ああ、わたしが心の底から思うことはどうして一緒に和して楽しいということになろうか。ほんとうに可哀そうでしかたがないのだ。思い願うことはなんとか出かけていって教えてやり、事の始終をさとらせたいということだ。
「罰一勸百」ということは、一個人を罰するのは衆人をついてこさせるためであり、一個人を賞賛してやることは百人が進んで行うようになる政治の根本をいうのであり、とはいえ、どうにも聞く耳を持たないというなら、それから天誅を下しても、おそすぎるということにはならいのだ。
こうなったら、だれか、友人親戚で愛情をもっている人が、わたしのこの詩を写しとって持ってゆき、その「誰かさん」に渡してやってくれないだろうか。


(訳注)
神仙雖然有傳說,知者盡知其妄矣。

神仙思想についてはご承知の通りこれまでもさまざまの諸伝説あるとはいうものの、知識人のものはそれがことごとく迷信や、無知で盲目的に信じられて来たことを知っている。


聖君賢相安可欺,乾死窮山竟何俟。
聖人の天子、君主や賢い宰相を簡単に欺たりできようか、ひからびてミイラのようになるまで待ってみたところで山奥の奥で塵となって尽き果てるというものでしかない。
・乾死 ひからびて死ぬ。飢死すること。故なくして枉死し、ミイラのようになること。


嗚呼余心誠豈弟,願往教誨究終始。
ああ、わたしが心の底から思うことはどうして一緒に和して楽しいということになろうか。ほんとうに可哀そうでしかたがないのだ。思い願うことはなんとか出かけていって教えてやり、事の始終をさとらせたいということだ。
・豈弟 『詩経』斉風載駆に詩経 斉風載駆 斉子豈弟「斉の子は豈弟たり」小雅蓼蕭に 「既に君子に見れば、孔(はなは)だ燕(宴)は豈弟(和して楽しい)。」とみえ、やすらぎたのしむ、という意。ここでは平気でいられようかという反語である。


罰一勸百政之經,不從而誅未晚耳。
「罰一勸百」ということは、一個人を罰するのは衆人をついてこさせるためであり、一個人を賞賛してやることは百人が進んで行うようになる政治の根本をいうのであり、とはいえ、どうにも聞く耳を持たないというなら、それから天誅を下しても、おそすぎるということにはならいのだ。
・罰一勸百政之經 『例子』「子曰:‘賞一以勸百,罰一以懲眾。」一個人を罰するのは衆人をついてこさせるためであって一個人を賞賛してやることに基づく。


誰其友親能哀憐,寫吾此詩持送似。
こうなったら、だれか、友人親戚で愛情をもっている人が、わたしのこの詩を写しとって持ってゆき、その「誰かさん」に渡してやってくれないだろうか。
・似 あたえる。







誰氏子 韓退之(韓愈)詩<99-#1>Ⅱ中唐詩534 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1702

誰氏子 韓愈

◆◆◆2012年12月21日紀頌之の5つの漢文ブログ◆◆◆  

Ⅰ.李白と李白に影響を与えた詩集 
古代中国の結婚感、女性感について述べる三国時代の三曹の一人、曹丕魏文帝の詩 

於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩<3>玉台新詠集 女性詩620 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1697
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html


Ⅱ.中唐詩・晩唐詩 
 唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ 

誰氏子 韓愈 韓退之(韓愈)詩<99-#1>Ⅱ中唐詩534 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1702 
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Ⅲ.杜甫詩1000詩集 
●杜甫の全作品1141首のほとんどを取り上げて訳注解説するブログ 
●詩人として生きていくことを決めた杜甫が理想の地を求めてっ旅をする
●人生としては4/5前で、詩としては1/3を過ぎたあたり。 " 

”成都紀行(11)”  鹿頭山 杜甫詩1000 <351>#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1699 杜甫1500- 524 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/archives/67758700.html


Ⅳ.漢詩・唐詩・宋詞詩詩集 
元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#6> (12/21)
http://kanshi100x100.blog.fc2.com/blog-entry-574.html
 
Ⅴ.晩唐五代詞詩・宋詞詩 
 森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”彼女の詩の先生として登場する 晩唐期の詩人 温庭筠(おんていいん)の作品を訳註解説する。 
温庭筠 菩薩蛮 14首index(1) 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/archives/21204898.html
 
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
女性詩人  http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html


誰氏子 韓愈 韓退之(韓愈)詩<99-#1>Ⅱ中唐詩534 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1702


誰氏子
非癡非狂誰氏子,去入王屋稱道士。
痴呆というのではないし、一つの事だけで他が見えないというほどでもないがだれでどこの家の子であろうか、ここを去って王屋山に入って道士になるというらしい。
白頭老母遮門啼,挽斷衫袖留不止。
道士になろうとした息子を白髪頭の老母は門をさえぎるようにして啼いて、着物の袖を引っ張って留めようとするのを振り払って止められなかったのだ。
翠眉新婦年二十,載送還家哭穿市。
翠の眉の新婦である嫁の年はまだ二十なのである。実家に送り還えされるのだが、その哭き声は、市中をつんざくほどの声でわめいたのだ。
或雲欲學吹鳳笙,所慕靈妃媲蕭史。
或はこうも言う「鳳凰の笙笛を吹き方を学ぼうとして むかしの仙人の蕭史に嫁いだ弄玉みたいな仙女をもらうつもりだろう」という人があるのだ。
又雲時俗輕尋常,力行險怪取貴仕。

またこうも云う「現在の世俗の人たちは、あたりまえのことを軽蔑して、目先のかわったことをよろこぶ。
幻奇なあやしげなことをむりにやってのけて、それで高い地位をえようとする。」という人もあるのである。

神仙雖然有傳說,知者盡知其妄矣。
聖君賢相安可欺,乾死窮山竟何俟。
嗚呼余心誠豈弟,願往教誨究終始。
罰一勸百政之經,不從而誅未晚耳。
誰其友親能哀憐,寫吾此詩持送似。

誰が氏の子

痴に非らず 狂に非ず 誰が氏の子ぞ,去りて王屋に入り道士と稱す。
白頭の老母 門を遮りて啼き,衫袖【さんしゅう】を挽斷【ばんだん】して留むれど止まらず。
翠眉の新婦 年二十,載送して 家に還らしむるに哭すこと 市を穿【うがて】り。
或は雲【い】う 「鳳笙を吹くを學ばんと欲し,慕う所は靈妃【れいひ】の蕭史【しょうし】の媲【へい】せしこと。」 と。
又 雲う 「時俗【じぞく】尋常を輕ろんずれば,力【つと】めて險怪【けんかい】を行い貴仕を取らんとす。」 と。

神仙 然【しか】く傳說【ふせつ】有りと雖も,知者は盡【ことごと】く其の妄なるを知る矣。
聖君と賢相とを 安んぞ欺く可けむ、窮山に乾死【】すとも 竟に何をか俟【ま】たむ。
鳴呼 余が心 誠に豈弟【がいてい】たらむや、願はくは 往きて教誨【きょうかい】し 終始を窮めむ。
一を罰し 百を勸むるは 政【まつりごと】の経、従はずして誅するも 未だ晩からざるのみ。
誰か其の友親の能く哀憐【あいりん】するもの、吾が此の詩を写し持して送りて 似【あた】へよ


真竹002
『誰氏子』 現代語訳と訳註
(本文) 誰氏子

非癡非狂誰氏子,去入王屋稱道士。
白頭老母遮門啼,挽斷衫袖留不止。
翠眉新婦年二十,載送還家哭穿市。
或雲欲學吹鳳笙,所慕靈妃媲蕭史。
又雲時俗輕尋常,力行險怪取貴仕。


(下し文)
誰が氏の子

痴に非らず 狂に非ず 誰が氏の子ぞ,去りて王屋に入り道士と稱す。
白頭の老母 門を遮りて啼き,衫袖【さんしゅう】を挽斷【ばんだん】して留むれど止まらず。
翠眉の新婦 年二十,載送して 家に還らしむるに哭すこと 市を穿【うがて】り。
或は雲【い】う 「鳳笙を吹くを學ばんと欲し,慕う所は靈妃【れいひ】の蕭史【しょうし】の媲【へい】せしこと。」 と。
又 雲う 「時俗【じぞく】尋常を輕ろんずれば,力【つと】めて險怪【けんかい】を行い貴仕を取らんとす。」 と。


(現代語訳)
痴呆というのではないし、一つの事だけで他が見えないというほどでもないがだれでどこの家の子であろうか、ここを去って王屋山に入って道士になるというらしい。
道士になろうとした息子を白髪頭の老母は門をさえぎるようにして啼いて、着物の袖を引っ張って留めようとするのを振り払って止められなかったのだ。
翠の眉の新婦である嫁の年はまだ二十なのである。実家に送り還えされるのだが、その哭き声は、市中をつんざくほどの声でわめいたのだ。
或はこうも言う「鳳凰の笙笛を吹き方を学ぼうとして むかしの仙人の蕭史に嫁いだ弄玉みたいな仙女をもらうつもりだろう」という人があるのだ。
またこうも云う「現在の世俗の人たちは、あたりまえのことを軽蔑して、目先のかわったことをよろこぶ。
幻奇なあやしげなことをむりにやってのけて、それで高い地位をえようとする。」という人もあるのである。


(訳注)
誰氏子

・誰氏子 巻五。『荘子』外物眉に「其の誰氏の子なるかを知らず」 の語がみえる。どこの家の子かしらないが、というほどの意味であるが、この人物は河南府の副官李素のことで、この人物は正直者で権力者に全くおもねらなかったため左遷など、小人輩に貶められた。名前を伏せて正当に評価することにしたものである。唐宋八大家文読本巻六『河南少尹李公墓誌銘』明治書院発行同読本(二)のP572~P583にある。この詩の内容についてはP576に詳しく表されている。
『河南少尹李公墓誌銘』「拝河南少尹、行大尹事、呂氏子炅 ,棄其妻,著道士衣冠,謝母曰:「當學仙王屋山。」去數月復出。間詣公,公立之府門外,使吏卒脫道士冠,給冠帶,送付其母。黜屬令二人以臓,減民賦錢歲五千萬,請緩民輸期一月。 詔天下輸皆緩一月。公一斷治,不收聲,事常出名上。 曾祖弘泰,簡州刺史;祖乾秀,伊闕令;父燮,宣州長史,贈絳州刺史,母夫人敦煌張氏,其舅參有大名。公之配曰彭城劉氏夫人,夫人先卒,其葬以夫人祔。夫人曾祖曰子玄,祖曰餗,皆有大名。公之子男四人,長曰道敏,舉進士;其次曰道樞,其次曰道本、道易,皆好學而文。 女一人,嫁蘇之海鹽尉韋潛。自簡州而下,皆葬鳴皋山下。銘曰: 高其上而坎其中,以為公之宮,奈何乎公!

「河南少尹李公墓誌銘」に「河南少尹を拝し大尹の事を行ひしとき呂氏の子炅、その事を棄てて遣士の衣冠を書け、母に謝して日く、当に仙を王屋山に学ぶべし、と。去って数ヶ月にして復た出づ。間に公に詣る。
公、これを府の門外に立たしめ、吏をして道士の冠を脱せしめ、冠帯を給し、その母に送付しむ」とみえらから、それが誰かはわからなかったわけではない。墓誌銘のように一部の人にしか、読まれないものと違って、詩歌はひろく世間にゆきわたものなので、そこに名を記すことは公を貶めたものに対して喧嘩を売ることになり、問題を大きくすることになる。今日ならともかく千年以上前の貴族社会では韓愈の詩の雰囲気でも勇気のいることである。


非癡非狂誰氏子,去入王屋稱道士。
痴呆というのではないし、一つの事だけで他が見えないというほどでもないがだれでどこの家の子であろうか、ここを去って王屋山に入って道士になるというらしい。
・王屋山 河南省済源市境内にあり、総面積は272.47平方キロメートルである。古代九大名山の一つとして、道教「天下第一洞天」で軒轅黄帝の天祭り場所であるほかに、『愚公山を移す』寓言の発祥地である


白頭老母遮門啼,挽斷衫袖留不止。
道士になろうとした息子を白髪頭の老母は門をさえぎるようにして啼いて、着物の袖を引っ張って留めようとするのを振り払って止められなかったのだ。
挽斷 ちぎるというほど必死になってひっぱる。


翠眉新婦年二十,載送還家哭穿市。
翠の眉の新婦である嫁の年はまだ二十なのである。実家に送り還えされるのだが、その哭き声は、市中をつんざくほどの声でわめいたのだ。
・翠屑 うつくしい眉。眉によってその容貌全体を代表させている。
・載送還家 実家にかえすこと。姑の我儘で実家に還される長編詩、古詩源 巻三『為焦仲卿妻作』十三場面の31回の為焦仲卿妻作-其一(1) 漢詩<144>古詩源 巻三 女性詩584 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1569よくある話のようだが、ここでは道士になるということで還されるのである。


或雲欲學吹鳳笙,所慕靈妃媲蕭史。
或はこうも言う「鳳凰の笙笛を吹き方を学ぼうとして むかしの仙人の蕭史に嫁いだ弄玉みたいな仙女をもらうつもりだろう」という人があるのだ。
・鳳笙 『列仙伝』に「簫史者、秦穆公時人也。善吹簫、穆公有女號弄玉、好之、遂以妻焉。遂教弄玉作鳳鳴。居數十年、吹似鳳凰、鳳凰來止其屋、為作鳳臺、夫婦止其下。不數年、一旦隨鳳凰飛去。」(秦の穆公の時、蕭史あり、善く簫を吹く。公の女弄玉これを好む。公もって奏す。遂に弄玉に教へて鳳鴫をなす。居ること数年、吹くに鳳凰の声あり。鳳来ってその星に止まる。公、為に鳳台を作る。夫妻その上に止りしが、一旦、みな鳳凰に随って飛去す)とみえる。
・霊妃 秦の穆公の女の弄玉。
・地 配偶する。
・蕭史 『列仙伝』にある。


又雲時俗輕尋常,力行險怪取貴仕。
またこうも云う「現在の世俗の人たちは、あたりまえのことを軽蔑して、目先のかわったことをよろこぶ。
幻奇なあやしげなことをむりにやってのけて、それで高い地位をえようとする。」という人もあるのである。
・時俗軽尋常 現在の世俗の人たちは、あたりまえのことを軽蔑して、めさきのかわったことをよろこぶ。
・力行瞼怪取貴仕 あやしげなことをむりにやってのけて、それで高い地位をえようとする。
元和五年、憲宗皇帝は朝廷で「神仙のことはまことか」とたずね重臣の一人から手きびしく諌められたことがある。このころから、憲宗の神秘的なものへの傾倒がふかまり、朝廷にも、怪しげな人物が出入しはじめるようになった。
唐の皇室は李氏で、老子の子孫だといわれていただけに(実際は老子とは何の関係もない)唐代を通じて道教は尊重され、民間でも仏教とならんで、広く深く信ぜられた。従って儒教を信じて、こつこつ官更としての道を進んでゆくより仏僧か道士になって奇蹟的なことをやってみせるほうが、早く高い地位にありつくことができたのである。

招揚之罦一首 韓愈 韓退之(韓愈)詩<98-#3>Ⅱ中唐詩532 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1694

◆◆◆2012年12月20日紀頌之の5つの漢文ブログ◆◆◆  

Ⅰ.李白と李白に影響を与えた詩集 
古代中国の男性から見た結婚感、女性感について述べる、今回は三国時代魏文帝曹丕。 
寡婦 曹丕(魏文帝) 魏詩<1-#2>古詩源 巻三 女性詩619 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1693 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67757930.html


Ⅱ.中唐詩・晩唐詩 
 唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ 
招揚之罦一首 韓愈 韓退之(韓愈)詩<98-#3>Ⅱ中唐詩532 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1694 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6140993.html


Ⅲ.杜甫詩1000詩集 
"●杜甫の全作品1141首のほとんどを取り上げて訳注解説するブログ 
●詩人として生きていくことを決めた杜甫が理想の地を求めてっ旅をする
●人生としては4/5前で、詩としては1/3を過ぎたあたり。 " 
”成都紀行(11)”  鹿頭山 杜甫詩1000 <350>#1/3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1695 杜甫1500- 523 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/archives/67757841.html


Ⅳ.漢詩・唐詩・宋詞詩詩集 
元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#5> (12/20)
 http://kanshi100x100.blog.fc2.com/blog-entry-573.html


Ⅴ.晩唐五代詞詩・宋詞詩 
 森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”彼女の詩の先生として登場する 晩唐期の詩人 温庭筠(おんていいん)の作品を訳註解説する。 
『更漏子 六』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-20-2-#6 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1696 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/archives/21197658.html
 
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
女性詩人  http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html




招揚之罦一首 韓愈 韓退之(韓愈)詩<98-#3>Ⅱ中唐詩532 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1694


#1
招揚之罦一首 
揚之罦君を招いての一首。
柏生兩石閒,萬歳終不大。野馬不識人、難以駕車蓋。
「児手柏」が、二つの石の間に生えている。それでは万年たったとしても大きくならないだろう。
野生の馬は人のことを識らないものである。だから、屋根つきのお車を引かせることはむつかしいものだ。

柏移就平地、馬覊入厩中。馬思自由悲、柏有傷根容。
「児手柏」を平地に植えかえることにしよう。野生の馬をつかまえて馬屋の中に入れることにしよう。
馬は自由になりたくて悲しいと思うだろうし、「児手柏」は根に傷がつくことだろう。

傷根柏不死、千丈日以至。馬悲罷遠欒、振迅矜鞍轡。
根に傷がつき、少し亡くなっても「児手柏」は死にはしないし、そのため日に日にのびて千丈の高さになるだろう。
馬が悲しんでいてもいつしか悲しみやんだら楽しくなるものだ。そうしたらたてがみを振ってふるいたち、鞍や手綱をつけてプライドを示すだろう。
#2
之罦南山來、文字得我驚。館置使讀書、日有求歸聾。
そんな中、之罦君は終南山から来た、詩文、書字がうまくてわたしを驚かせた。
私のところで書生にして本を読ませ勉強させたが、日々実家に帰りたいと言葉にだした。

我令之罘歸、失得柏與馬。之罘別我去、計出柏馬下。
そんなことで、わたしは之罘君に帰るようにいった。「児手柏」と馬との例で述べた様に何が利益か損失になることかを認識させるためだ。
之罘君はわたしに別れを告げて去った。「児手柏」や馬よりまずい計画だったということだ。

我自之罘歸、入門恩而悲。之罘別我去、能不忠我為。
わたしは之罘君が実家に帰ってからというものは、この家の門に入るたびにかれを思って悲しくなったものだ。
之罘君はわたしに別れを告げて去っていったのだが、わたしのことを思いもせずにいられるのだろうか
#3
灑掃縣中居、引水経竹閒。
この詩をつくったので之罘君をよぼうと、いま、朝に夕に 飢渇のおもいで待っているのだ。
県令の官舎の中宿舎をら掃除をさせすめるようにした。竹林の間をとおして、飲み水を懸樋でひいてやった。
囂譁所不及、何異山中閑。
竹林の間はうるさい物音のしないところなのだ、彼の実家の終南山の山中のしずけさとここがどれほどの違いがあるというのか。
前陳首家書、食有肉與魚。
きみの前には四書五経はもとより諸子百家の書にいたるまで、読みたいときどれでも読めるような状態でおいてあり、戦国時代の孟嘗君の食客の故事の通り君には食事に肉と魚をだしてあげるのだ。
先王遺文章、綴緝實在余。
堯・舜・禹・湯・文・武のような古代の聖帝といわれる人々の遺文をあつめまなび、『書経』などの遺文章を集め、学び、編纂し、注釈をするのが我々の責務である。だから君のような有能な人材が必要なのだ。
禮稱獨學陋、易貴不遠復。
独学は学友がなく「則孤陋而寡聞。」と狭い範囲の学問になると礼記にみえるし、易経の卦には「不遠而復、則不至於悔。」と間違ったことはすぐやりなおせばよいことにつながるというではないか。
作詩者之罘、晨夕抱飢渇。

#1
柏【はく】両石の閒【あいだ】に生じなば、萬歳 終に大ならざらむ。
野馬の人を識らざるは、以て車蓋【しゃがい】を駕し難し。
柏を移して平地に就け、馬を覊して厩中【きゅうちゅう】に入る。
馬は自由を思うて悲しみ、柏は根を傷くる容【かたち】有り。
根を傷くるも柏は死せず、千丈【せんじょう】は日に以って至らむ。
馬は悲しめども罷めて遠た欒み、振迅【しんじん】して鞍轡【あんび】を矜【ほこ】らむ。
#2
之罘【しふ】南山より来り、文字 我を鷲かすを得たり。
館置して書を讀ましむるに、日に歸らむことを求むる聾有り。
我 之罘をして歸って、柏と馬とを失得せしむ。
之罘 我に別れて去り、計は柏と馬との下に出づ。
我 之罘の歸りしより、門に入り 思うて悲む。
之罘 我に別れて去り、能く我を思うことを為さざらむや。
#3
縣中の居を灑掃【さいそう】し、水を引いて竹閒【ちくかん】を経。
囂譁【がくか】の及ばざる所、何ぞ山中の閑なるに異らむ。
前に百家の書を陳ね、食に肉と魚と有り。
先王 文章を遺す、綴緝【ていしゅう】實に余に在り。
禮に獨學は陋【ゆう】なりと稱し、易に遠からずして復するを貴ぶ。
詩を作って之罘を招き、晨夕 飢渇【きかつ】を抱く。


終南山04


『招揚之罦一首』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
灑掃縣中居、引水経竹閒。
囂譁所不及、何異山中閑。
前陳首家書、食有肉與魚。
先王遺文章、綴緝實在余。
禮稱獨學陋、易貴不遠復。
作詩者之罘、晨夕抱飢渇。


(下し文)
#3
縣中の居を灑掃【さいそう】し、水を引いて竹閒【ちくかん】を経。
囂譁【がくか】の及ばざる所、何ぞ山中の閑なるに異らむ。
前に百家の書を陳ね、食に肉と魚と有り。
先王 文章を遺す、綴緝【ていしゅう】實に余に在り。
禮に獨學は陋【ゆう】なりと稱し、易に遠からずして復するを貴ぶ。
詩を作って之罘を招き、晨夕 飢渇【きかつ】を抱く。


(現代語訳)
県令の官舎の中宿舎をら掃除をさせすめるようにした。竹林の間をとおして、飲み水を懸樋でひいてやった。
竹林の間はうるさい物音のしないところなのだ、彼の実家の終南山の山中のしずけさとここがどれほどの違いがあるというのか。
きみの前には四書五経はもとより諸子百家の書にいたるまで、読みたいときどれでも読めるような状態でおいてあり、戦国時代の孟嘗君の食客の故事の通り君には食事に肉と魚をだしてあげるのだ。
堯・舜・禹・湯・文・武のような古代の聖帝といわれる人々の遺文をあつめまなび、『書経』などの遺文章を集め、学び、編纂し、注釈をするのが我々の責務である。だから君のような有能な人材が必要なのだ。
独学は学友がなく「則孤陋而寡聞。」と狭い範囲の学問になると礼記にみえるし、易経の卦には「不遠而復、則不至於悔。」と間違ったことはすぐやりなおせばよいことにつながるというではないか。
この詩をつくったので之罘君をよぼうと、いま、朝に夕に 飢渇のおもいで待っているのだ。


(訳注)
#3
灑掃縣中居、引水経竹閒。
県令の官舎の中宿舎をら掃除をさせすめるようにした。竹林の間をとおして、飲み水を懸樋でひいてやった。
凛掃 そそぎ、はらう。掃除すること。
県中居 当時、韓愈は河南の県令だったから、その官舎をさす。
引水 懸樋で水をひく。
・経竹間 たぶん、官舎でも韓愈とその家族が住む本宅から、竹林をへだてたところに離れの草堂があって、そこに揚之罘をすまわせようとしたのだろう。


囂譁所不及、何異山中閑。
竹林の間はうるさい物音のしないところなのだ、彼の実家の終南山の山中のしずけさとここがどれほどの違いがあるというのか。
囂譁【ゴウカ】やかましい。さわがしい。さわがしき。


前陳首家書、食有肉與魚。
きみの前には四書五経はもとより諸子百家の書にいたるまで、読みたいときどれでも読めるような状態でおいてあり、戦国時代の孟嘗君の食客の故事の通り君には食事に肉と魚をだしてあげるのだ。
前陳百家書 きみの前には四書五経はもとより諸子百家の書にいたるまで、読みたいときどれでも読めるような状態で存在する。韓愈自身読書家だったから多くの書を蔵したに違いないが、中国では役所にもかなり各種の本を貯えていたから、その両方が利用できるとなれば、書生にとってはこの上ない宿といわればならない。
食有肉與魚 『史記』や『戦国策』にみえる話に、戦国時代に漏確という男が孟嘗君の食客となったが、待遇がわるいので釣のつかをたたいて「つかさんよ、帰ろうかい。膳に魚もつかんじゃないか!」とうたったので、これをきいた孟嘗君が、きっそくかれを立派な部屋にいれ膳には魚をつけさせ待遇を改善させたという故事。


先王遺文章、綴緝實在余
堯・舜・禹・湯・文・武のような古代の聖帝といわれる人々の遺文をあつめまなび、『書経』などの遺文章を集め、学び、編纂し、注釈をするのが我々の責務である。だから君のような有能な人材が必要なのだ。
先王 堯・舜・禹・湯・文・武のような古代の聖帝といわれる人々。
遺文章 『書経』には先王のことばといわれるものが集録されているが、その他にもかれらの教えといわれるものがある。
綴緝實在余  『書経』などの遺文章を集め、学び、編纂し、注釈をするのが我々の責務である。だから君のような有能な人材が必要なのだ。


禮稱獨學陋、易貴不遠復。
独学は学友がなく「則孤陋而寡聞。」と狭い範囲の学問になると礼記にみえるし、易経の卦には「不遠而復、則不至於悔。」と間違ったことはすぐやりなおせばよいことにつながるというではないか。
・獨學 『禮記』學紀「獨學而無友、則孤陋而寡聞。」(獨學にして友無ければ、則ち孤陋にして寡聞なり。)
・遠復 『易経』復の卦「惟失之不遠而復、則不至於悔。大善而吉也。」(惟だ之を失うは遠からずして復す、則ち悔に至ることなし。大善にして吉也。)


作詩者之罘、晨夕抱飢渇。
この詩をつくったので之罘君をよぼうと、いま、朝に夕に 飢渇のおもいで待っているのだ。

招揚之罦一首 韓愈 韓退之(韓愈)詩<98-#2>Ⅱ中唐詩531 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1690


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招揚之罦一首 韓愈 韓退之(韓愈)詩<98-#2>Ⅱ中唐詩531 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1690



#1
招揚之罦一首 
揚之罦君を招いての一首。
柏生兩石閒,萬歳終不大。野馬不識人、難以駕車蓋。
「児手柏」が、二つの石の間に生えている。それでは万年たったとしても大きくならないだろう。
野生の馬は人のことを識らないものである。だから、屋根つきのお車を引かせることはむつかしいものだ。

柏移就平地、馬覊入厩中。馬思自由悲、柏有傷根容。
「児手柏」を平地に植えかえることにしよう。野生の馬をつかまえて馬屋の中に入れることにしよう。
馬は自由になりたくて悲しいと思うだろうし、「児手柏」は根に傷がつくことだろう。

傷根柏不死、千丈日以至。馬悲罷遠欒、振迅矜鞍轡。
根に傷がつき、少し亡くなっても「児手柏」は死にはしないし、そのため日に日にのびて千丈の高さになるだろう。
馬が悲しんでいてもいつしか悲しみやんだら楽しくなるものだ。そうしたらたてがみを振ってふるいたち、鞍や手綱をつけてプライドを示すだろう。
#2
之罦南山來、文字得我驚。
そんな中、之罦君は終南山から来た、詩文、書字がうまくてわたしを驚かせた。
館置使讀書、日有求歸聾。
私のところで書生にして本を読ませ勉強させたが、日々実家に帰りたいと言葉にだした。
我令之罘歸、失得柏與馬。
そんなことで、わたしは之罘君に帰るようにいった。「児手柏」と馬との例で述べた様に何が利益か損失になることかを認識させるためだ。
之罘別我去、計出柏馬下。
之罘君はわたしに別れを告げて去った。「児手柏」や馬よりまずい計画だったということだ。
我自之罘歸、入門恩而悲。
わたしは之罘君が実家に帰ってからというものは、この家の門に入るたびにかれを思って悲しくなったものだ。
之罘別我去、能不忠我為。

之罘君はわたしに別れを告げて去っていったのだが、わたしのことを思いもせずにいられるのだろうか
#3
灑掃縣中居、引水経竹閒。
囂譁所不及、何異山中閑。
前陳首家書、食有肉與魚。
先王遺文章、綴緝實在余。
禮稱獨學陋、易貴不遠復。
作詩者之罘、晨夕抱飢渇。


柏【はく】両石の閒【あいだ】に生じなば、萬歳 終に大ならざらむ。
野馬の人を識らざるは、以て車蓋【しゃがい】を駕し難し。
柏を移して平地に就け、馬を覊して厩中【きゅうちゅう】に入る。
馬は自由を思うて悲しみ、柏は根を傷くる容【かたち】有り。
根を傷くるも柏は死せず、千丈【せんじょう】は日に以って至らむ。
馬は悲しめども罷めて遠た欒み、振迅【しんじん】して鞍轡【あんび】を矜【ほこ】らむ。
#2
之罘【しふ】南山より来り、文字 我を鷲かすを得たり。
館置して書を讀ましむるに、日に歸らむことを求むる聾有り。
我 之罘をして歸って、柏と馬とを失得せしむ。
之罘 我に別れて去り、計は柏と馬との下に出づ。
我 之罘の歸りしより、門に入り 思うて悲む。
之罘 我に別れて去り、能く我を思うことを為さざらむや。

#3
縣中の居を灑掃【さいそう】し、水を引いて竹閒【ちくかん】を経。
囂譁【がくか】の及ばざる所、何ぞ山中の閑なるに異らむ。
前に百家の書を陳ね、食に肉と魚と有り。
先王 文章を遺す、綴緝【ていしゅう】實に余に在り。
禮に獨學は陋【ゆう】なりと稱し、易に遠からずして復するを貴ぶ。
詩を作って之罘を招き、晨夕 飢渇【きかつ】を抱く。

終南山03

『招揚之罦一首』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
之罦南山來、文字得我驚。
館置使讀書、日有求歸聾。
我令之罘歸、失得柏與馬。
之罘別我去、計出柏馬下。
我自之罘歸、入門恩而悲。
之罘別我去、能不忠我為。


(下し文) #2
之罘【しふ】南山より来り、文字 我を鷲かすを得たり。
館置して書を讀ましむるに、日に歸らむことを求むる聾有り。
我 之罘をして歸って、柏と馬とを失得せしむ。
之罘 我に別れて去り、計は柏と馬との下に出づ。
我 之罘の歸りしより、門に入り 思うて悲む。
之罘 我に別れて去り、能く我を思うことを為さざらむや。


(現代語訳)
そんな中、之罦君は終南山から来た、詩文、書字がうまくてわたしを驚かせた。
私のところで書生にして本を読ませ勉強させたが、日々実家に帰りたいと言葉にだした。
そんなことで、わたしは之罘君に帰るようにいった。「児手柏」と馬との例で述べた様に何が利益か損失になることかを認識させるためだ。
之罘君はわたしに別れを告げて去った。「児手柏」や馬よりまずい計画だったということだ。
わたしは之罘君が実家に帰ってからというものは、この家の門に入るたびにかれを思って悲しくなったものだ。
之罘君はわたしに別れを告げて去っていったのだが、わたしのことを思いもせずにいられるのだろうか


(訳注) #2
之罦南山來、文字得我驚。
そんな中、之罦君は終南山から来た、詩文、書字がうまくてわたしを驚かせた。
・南山 長安で南山というと終南山をさす。ただし南山は、南の方の山という一殿的なよび方としても用いられるとしているものもあるがまちがい。南山は韓愈『南山詩』にあるように韓愈にとっては終南山は特別な存在である。
文字得我驚 之罦の書く文章と書字が、わたしの鷲歎を獲得した。わたしを驚かせた、ということ。


館置使讀書、日有求歸聾。
私のところで書生にして本を読ませ勉強させたが、日々実家に帰りたいと言葉にだした。
・館置 家に書生としておく。あるいは、こどもの家庭教師の場合もあるがこの段階では進士に及第していないので間違いなく書生である。韓愈の弟子の張籍も、家庭教師として韓愈の家にやっかいになっていたことがある。


我令之罘歸、失得柏與馬。
そんなことで、わたしは之罘君に帰るようにいった。「児手柏」と馬との例で述べた様に何が利益か損失になることかを認識させるためだ。
・失得 いずれが利益であるか損失であるかを考える。


之罘別我去、計出柏馬下。
之罘君はわたしに別れを告げて去った。「児手柏」や馬よりまずい計画だったということだ。


我自之罘歸、入門恩而悲。
わたしは之罘君が実家に帰ってからというものは、この家の門に入るたびにかれを思って悲しくなったものだ。
・入門 家に帰るたびに。


之罘別我去、能不忠我為。
之罘君はわたしに別れを告げて去っていったのだが、わたしのことを思いもせずにいられるのだろうか

招揚之罦一首 韓愈 韓退之(韓愈)詩<98-#1>Ⅱ中唐詩530 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1686

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招揚之罦一首 韓愈 韓退之(韓愈)詩<98-#1>Ⅱ中唐詩530 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1686



#1
招揚之罦一首 
揚之罦君を招いての一首。
柏生兩石閒,萬歳終不大。
「児手柏」が、二つの石の間に生えている。それでは万年たったとしても大きくならないだろう。
野馬不識人、難以駕車蓋。
野生の馬は人のことを識らないものである。だから、屋根つきのお車を引かせることはむつかしいものだ。
柏移就平地、馬覊入厩中。
「児手柏」を平地に植えかえることにしよう。野生の馬をつかまえて馬屋の中に入れることにしよう。
馬思自由悲、柏有傷根容。
馬は自由になりたくて悲しいと思うだろうし、「児手柏」は根に傷がつくことだろう。
傷根柏不死、千丈日以至。
根に傷がつき、少し亡くなっても「児手柏」は死にはしないし、そのため日に日にのびて千丈の高さになるだろう。
馬悲罷遠欒、振迅矜鞍轡。
馬が悲しんでいてもいつしか悲しみやんだら楽しくなるものだ。そうしたらたてがみを振ってふるいたち、鞍や手綱をつけてプライドを示すだろう。
#2
之罦南山來、文字得我驚。
館置使讀書、日有求歸聾。
我令之罘歸、失得柏與馬。
之罘別我去、計出柏馬下。
我自之罘歸、入門恩而悲。
之罘別我去、能不忠我為。
#3
灑掃縣中居、引水経竹閒。
囂譁所不及、何異山中閑。
前陳首家書、食有肉與魚。
先王遺文章、綴緝實在余。
禮稱獨學陋、易貴不遠復。
作詩者之罘、晨夕抱飢渇。

揚之罦を招く 一首
柏【はく】両石の閒【あいだ】に生じなば、萬歳 終に大ならざらむ。
野馬の人を識らざるは、以て車蓋【しゃがい】を駕し難し。
柏を移して平地に就け、馬を覊して厩中【きゅうちゅう】に入る。
馬は自由を思うて悲しみ、柏は根を傷くる容【かたち】有り。
根を傷くるも柏は死せず、千丈【せんじょう】は日に以って至らむ。
馬は悲しめども罷めて遠た欒み、振迅【しんじん】して鞍轡【あんび】を矜【ほこ】らむ。

#2
之罘【しふ】南山より来り、文字 我を鷲かすを得たり。
館置して書を讀ましむるに、日に歸らむことを求むる聾有り。
我 之罘をして歸って、柏と馬とを失得せしむ。
之罘 我に別れて去り、計は柏と馬との下に出づ。
我 之罘の歸りしより、門に入り 思うて悲む。
之罘 我に別れて去り、能く我を思うことを為さざらむや。
#3
縣中の居を灑掃【さいそう】し、水を引いて竹閒【ちくかん】を経。
囂譁【がくか】の及ばざる所、何ぞ山中の閑なるに異らむ。
前に百家の書を陳ね、食に肉と魚と有り。
先王 文章を遺す、綴緝【ていしゅう】實に余に在り。
禮に獨學は陋【ゆう】なりと稱し、易に遠からずして復するを貴ぶ。
詩を作って之罘を招き、晨夕 飢渇【きかつ】を抱く。


『招揚之罘一首』 現代語訳と訳註
(本文)
#1
招揚之罦一首 
柏生兩石閒,萬歳終不大。
野馬不識人、難以駕車蓋。
柏移就平地、馬覊入厩中。
馬思自由悲、柏有傷根容。
傷根柏不死、千丈日以至。
馬悲罷遠欒、振迅矜鞍轡。


(下し文)
柏【はく】両石の閒【あいだ】に生じなば、萬歳 終に大ならざらむ。
野馬の人を識らざるは、以て車蓋【しゃがい】を駕し難し。
柏を移して平地に就け、馬を覊して厩中【きゅうちゅう】に入る。
馬は自由を思うて悲しみ、柏は根を傷くる容【かたち】有り。
根を傷くるも柏は死せず、千丈【せんじょう】は日に以って至らむ。
馬は悲しめども罷めて遠た欒み、振迅【しんじん】して鞍轡【あんび】を矜【ほこ】らむ。


(現代語訳)
揚之罦君を招いての一首。
「児手柏」が、二つの石の間に生えている。それでは万年たったとしても大きくならないだろう。
野生の馬は人のことを識らないものである。だから、屋根つきのお車を引かせることはむつかしいものだ。
「児手柏」を平地に植えかえることにしよう。野生の馬をつかまえて馬屋の中に入れることにしよう。
馬は自由になりたくて悲しいと思うだろうし、「児手柏」は根に傷がつくことだろう。
根に傷がつき、少し亡くなっても「児手柏」は死にはしないし、そのため日に日にのびて千丈の高さになるだろう。
馬が悲しんでいてもいつしか悲しみやんだら楽しくなるものだ。そうしたらたてがみを振ってふるいたち、鞍や手綱をつけてプライドを示すだろう。


(訳注)#1
招揚之罦一首 

揚之罦君を招いての一首。
・揚之罦 韓愈の門下生で、30歳近い年齢差であろう、この詩の2年後816年に進士及第しているほか、未詳の人物。この詩では終南山の出身となっている。


柏生兩石閒,萬歳終不大。
「児手柏」が、二つの石の間に生えている。それでは万年たったとしても大きくならないだろう。
・柏 「児手柏」のこと、かえともいう。ヒノキ科の植物の1種。コノテガシワ属唯一の現生種である。 朝鮮、中国北部に分布する常緑針葉高木。枝は密に出てほぼ直立し、枝葉の表裏の区別が無い。
児手柏01
・両石閒
 ふたつの岩石の間。
・万歳 万年。永久に。


野馬不識人、難以駕車蓋。
野生の馬は人のことを識らないものである。だから、屋根つきのお車を引かせることはむつかしいものだ。
・野馬 野生の馬。
・不識人 人を見知らないならば。人馬一体の喜びを感じることを認知していない。ということは人を認識できる訓練をうけていないということ。
・駕車蓋 車を引く。蓋は車の幌、屋根つきの車。一定以上の身分のものがのる。


柏移就平地、馬覊入厩中。
「児手柏」を平地に植えかえることにしよう。野生の馬をつかまえて馬屋の中に入れることにしよう。
・覊 草ひもをかぶせて馬をつなぎとめること。
・厩 うまや。


馬思自由悲、柏有傷根容。
馬は自由になりたくて悲しいと思うだろうし、「児手柏」は根に傷がつくことだろう。
・傷根容 根を傷つけたらしい様子。


傷根柏不死、千丈日以至。
根に傷がつき、少し亡くなっても「児手柏」は死にはしないし、そのため日に日にのびて千丈の高さになるだろう。
・千丈日以至 千丈の高さにも、日々のびていって到達できる。


馬悲罷遠欒、振迅矜鞍轡。
馬が悲しんでいてもいつしか悲しみやんだら楽しくなるものだ。そうしたらたてがみを振ってふるいたち、鞍や手綱をつけてプライドを示すだろう。
・振迅 ふるいたって勢のはげしいさま。
・矜鞍轡 鞍や手綱のような飼馬としての附加物をつけてもそれを自慢する態度をきっととるというほどの意味。

石鼓歌 韓愈 韓退之(韓愈)詩<97-#8-(最終回)>Ⅱ中唐詩529 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1682


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石鼓歌 韓愈 韓退之(韓愈)詩<97-#8-(最終回)>Ⅱ中唐詩529 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1682


#8-(最終回目)
羲之俗書趁姿媚,數紙尚可博白鵝。
今や書聖王義之の書が目の優しさによって世に評価されたが俗書となってしまっているが、それはもともと数枚の道徳経の写しと白い鵝鳥と交換できるというものであったのだ。
繼周八代爭戰罷,無人收拾理則那。
この周の石鼓を継承したことで、八代の王朝が戦争を終結させることとしたのである。それでもこれを大切にしまっておこうという人がいないというのは一体どうなっているのか。
方今太平日無事,柄任儒術崇丘軻。
この周の石鼓を継承したことで、八代の王朝が戦争を終結させることとしたのである。それでもこれを大切にしまっておこうという人がいないというのは一体どうなっているのか。
安能以此上論列,願借辨口如懸河。
いかにしたら、この問題をお上層部で審議してもらえるのでありましょうか。願うことなら、瀑布のように滔滔と流れおちる大弁舌をどなたかお貸し下さらないであろうか。
石鼓之歌止於此,嗚呼吾意其蹉跎。
石鼓の歌はこれでもって終わるのだけれど、ああ、こんなことでわたしの心はもうぐったりしている。

義之の俗書は 姿の媚なるを趁へども、数紙もて尚は白鵝【はくが】に博【か】ふべし。
周に繼ぐもの八代 爭戰【そうせん】罷み、人の収拾する無き 理は則ち那ぞ。
方今 太平にして日に無事、柄【へい】は儒術【じゅじゅつ】に任じて丘軻【きゅうか】を崇ぶ。
安んぞ能く此を以て上って論列【ろんれつ】せむ、願はくば 辨口【べんこう】の懸河の如きを借らむ。
石鼓之歌 此に止めむ,嗚呼 吾が意 其れ蹉跎【さた】たり。


『石鼓歌』-#8-(最終回) 現代語訳と訳註
(本文)

羲之俗書趁姿媚,數紙尚可博白鵝。
繼周八代爭戰罷,無人收拾理則那。
方今太平日無事,柄任儒術崇丘軻。
安能以此上論列,願借辨口如懸河。
石鼓之歌止於此,嗚呼吾意其蹉跎。


(下し文)
義之の俗書は 姿の媚なるを趁へども、数紙もて尚は白鵝【はくが】に博【か】ふべし。
周に繼ぐもの八代 爭戰【そうせん】罷み、人の収拾する無き 理は則ち那ぞ。
方今 太平にして日に無事、柄【へい】は儒術【じゅじゅつ】に任じて丘軻【きゅうか】を崇ぶ。
安んぞ能く此を以て上って論列【ろんれつ】せむ、願はくば 辨口【べんこう】の懸河の如きを借らむ。
石鼓之歌 此に止めむ,嗚呼 吾が意 其れ蹉跎【さた】たり。


(現代語訳)
今や書聖王義之の書が目の優しさによって世に評価されたが俗書となってしまっているが、それはもともと数枚の道徳経の写しと白い鵝鳥と交換できるというものであったのだ。
この周の石鼓を継承したことで、八代の王朝が戦争を終結させることとしたのである。それでもこれを大切にしまっておこうという人がいないというのは一体どうなっているのか。
この周の石鼓を継承したことで、八代の王朝が戦争を終結させることとしたのである。それでもこれを大切にしまっておこうという人がいないというのは一体どうなっているのか。
いかにしたら、この問題をお上層部で審議してもらえるのでありましょうか。願うことなら、瀑布のように滔滔と流れおちる大弁舌をどなたかお貸し下さらないであろうか。
石鼓の歌はこれでもって終わるのだけれど、ああ、こんなことでわたしの心はもうぐったりしている。


(訳注) #8
羲之俗書趁姿媚,數紙尚可博白鵝。

今や書聖王義之の書が目の優しさによって世に評価されたが俗書となってしまっているが、それはもともと数枚の道徳経の写しと白い鵝鳥と交換できるというものであったのだ。
・羲之俗書  王羲之(303年 - 361年)は書道史上、最も優れた書家で書聖と称される。末子の王献之と併せて二王(羲之が大王、献之が小王)あるいは羲献と称され、顔真卿と共に中国書道界の二大宗師とも謳われた。また「書道の最高峰」とも言われ、近代書道の体系を作り上げ、書道を一つの独立した芸術としての地位を確保し、後世の書道家達に大きな影響を与えた。「俗書」というのは王羲之の書いた書が超高価な価格で取引され、富豪のステイタスの象徴のよな存在になったことでこういう表現をした。
數紙尚可博白鵝 晋書『王羲之傳』
「性愛鵝、會稽有孤居姥. 養一鵝、善鳴、求市未能得、遂攜親友命駕就觀。姥聞羲之將至、烹以待之、羲之歎惜彌日。又山陰有一道士、養好鵝、羲之往觀焉、意甚悅、固求市之。道士云「為寫道德經、當舉群相贈耳。乃為寫訖。籠鵝而去。(性、鵝を愛す、會稽に孤居の姥有り.一鵝を養い、善く鳴く、市に求むが未だ能く得ず、遂に親友に駕を命じ就して觀て攜えん。姥聞き羲之 將って至り、烹を以って之を待ち、羲之歎じて彌日を惜む。又、山陰に一道士有り、好き鵝を養う、羲之、往きて焉を觀る、意甚だ悅び、固く求めて之を市はむとす。道士云う「為に道德經を寫さば、當に群を舉げて相い贈らむのみ。」と。乃ち為に寫して訖う。鵝を籠にして去る。)
これに基づき作る。王羲之の「道徳経の書」は白鵝と交換されたのに、孔子孟子の儒学の扱い、石鼓に書かれた文言の扱いと比較して今はどうなっているのかと疑問を投げかけるのである。


繼周八代爭戰罷,無人收拾理則那。
この周の石鼓を継承したことで、八代の王朝が戦争を終結させることとしたのである。それでもこれを大切にしまっておこうという人がいないというのは一体どうなっているのか。
・繼周八代 周以後、秦・漢・魏・晋・北魏・北斉・北周・隋の八代にわたって石鼓のあった陝西省岐陽を管轄したことをいう。


方今太平日無事,柄任儒術崇丘軻。
たしかに今日、世間は太平で日日が平穏無事である。しかし今こそ世を治める政治はその根本原理を儒教に求めるものであり、孔子、孟子が尊敬されないといけないというものである。
・柄 権柄。国家権力をさす。
・丘軻 孔子と孟子。


安能以此上論列,願借辨口如懸河。
いかにしたら、この問題をお上層部で審議してもらえるのでありましょうか。願うことなら、瀑布のように滔滔と流れおちる大弁舌をどなたかお貸し下さらないであろうか。


石鼓之歌止於此,嗚呼吾意其蹉跎。
石鼓の歌はこれでもって終わるのだけれど、ああ、こんなことでわたしの心はもうぐったりしている。
・蹉跎 うまくゆかないこと。


韓愈「三品の性」について
この詩の「孔子」について、韓愈は儒家として孔子の学問について、その論を否定して、小馬鹿にしたような表現八句「金繩鐵索鎖紐壯,古鼎躍水龍騰梭。陋儒編詩不收入,二雅褊迫無委蛇。孔子西行不到秦,掎摭星宿遺羲娥。嗟予好古生苦晚,對此涕淚雙滂沱。」と少し小ばかにし、そして最終的には「方今太平日無事,柄任儒術崇丘軻。」とのべている。
 韓愈は儒家の道徳の根原を「原道」「原性」「原毀」「原人」「原鬼」の五つの本質を原【たず】ねて推論をのべている。特に孟子の性善、荀子の性悪、楊雄の性善性悪混在説の三説に対して三品の性という新しい見解を述べたのであるが、韓愈の詩の理解のためには、韓愈が精魂込めた「原性」などを理解しなければならないのである。そこで、少し難しいが、このブログに取り上げ解説する予定である。
「学問を進めるための解明文」進学解(まとめ) 韓退之(韓愈)詩<114-16>Ⅱ中唐詩572 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1854

原道 韓退之(韓愈)詩<115-1>Ⅱ中唐詩573 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1858
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石鼓歌 韓愈 韓退之(韓愈)詩<97-#7>Ⅱ中唐詩528 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1678

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石鼓歌 韓愈 韓退之(韓愈)詩<97-#7>Ⅱ中唐詩528 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1678



石鼓歌
石臼のよう太鼓の形の石に、先秦時代の文字がほりつけてあるため、「石鼓」といわれ、十個ある。そこにほられている文字が、石鼓文で、ふつうの篆書すなわち小篆とはやや異なる大篆という書体である。またその文革は、四書の詩で「詩経」の詩によく似ている。
韓愈はこの詩では、周の宣王(紀元前828-728年在位)の時としているが、現在では周の平王元年紀元前770年の作である。

石鼓文(せっこぶん) 唐初期に陝西省鳳翔府天興県で出土した10基の花崗岩の石碑、またはそれに刻まれた文字をいう。現存する中国の石刻文字資料としては最古のもので、出土した当時から珍重され、現在は北京故宮博物院に展示されている。


#7
大廈深簷與蓋覆,經歷久遠期無佗。
四方に吹き下ろした大きな屋根で、長い軒の影が深いとともに覆いかぶせるのです。そして年月が久しく経過したところであってもなんとか保存ができるというものです
中朝大官老於事,詎肯感激徒媕婀。
ところが中央朝廷の大官は事務に慣れ過ぎてしまっているから、もう感激などするはずないし、いたずらにだらだらとしてほったらかしにしている。
牧童敲火牛礪角,誰複著手為摩挲。
近くの牧童たちは石鼓に鎌か、蹴上げる石かなにかをぶちつけて火花を出したり、牛が角を研いでいる。あるいは誰がまた、わざわざ手をかけてくれてきれいに拭いたりしてくれるであろう。
日銷月鑠就埋沒,六年西顧空吟哦。

日一日と磨り減っていき、一月ごとに壊れてゆき、やがて埋没してはてるだろう。こうして六年間ものあいだ西の方をかえりみてはむなしく自分に言い聞かせ、欺いてきたものです。

大廈【たいか】深簷【しんえん】與【ため】に蓋覆【がいふ】し、経歴は久遠にして 佗【た】無きことを期せむ。
中朝の大官は 事に老【な】れたれば、詎【なん】ぞ育て感激せむ 徒に媕婀【あんあ】たり。
牧竜 火を敲【たた】き 牛 角を礪【と】ぐ、誰か復た手を著けて 爲に摩挲【まさ】せむ。
日に銷【き】え 月に鑠【さ】えて 埋没に就かむ、六年 西を顧【かえり】みて 空しく吟哦【ぎんが】す


『石鼓歌』 現代語訳と訳註
(本文)
#7
大廈深簷與蓋覆,經歷久遠期無佗。
中朝大官老於事,詎肯感激徒媕婀。

牧童敲火牛礪角,誰複著手為摩挲。
日銷月鑠就埋沒,六年西顧空吟哦。


(下し文)
大廈【たいか】深簷【しんえん】與【ため】に蓋覆【がいふ】し、経歴は久遠にして 佗【た】無きことを期せむ。
中朝の大官は 事に老【な】れたれば、詎【なん】ぞ育て感激せむ 徒に媕婀【あんあ】たり。
牧竜 火を敲【たた】き 牛 角を礪【と】ぐ、誰か復た手を著けて 爲に摩挲【まさ】せむ。
日に銷【き】え 月に鑠【さ】えて 埋没に就かむ、六年 西を顧【かえり】みて 空しく吟哦【ぎんが】す。


(現代語訳)
四方に吹き下ろした大きな屋根で、長い軒の影が深いとともに覆いかぶせるのです。そして年月が久しく経過したところであってもなんとか保存ができるというものです
ところが中央朝廷の大官は事務に慣れ過ぎてしまっているから、もう感激などするはずないし、いたずらにだらだらとしてほったらかしにしている。
近くの牧童たちは石鼓に鎌か、蹴上げる石かなにかをぶちつけて火花を出したり、牛が角を研いでいる。あるいは誰がまた、わざわざ手をかけてくれてきれいに拭いたりしてくれるであろう。
日一日と磨り減っていき、一月ごとに壊れてゆき、やがて埋没してはてるだろう。こうして六年間ものあいだ西の方をかえりみてはむなしく自分に言い聞かせ、欺いてきたものです。


(訳注) #7
大廈深簷與蓋覆,經歷久遠期無佗。

四方に吹き下ろした大きな屋根で、長い軒の影が深いとともに覆いかぶせるのです。そして年月が久しく経過したところであってもなんとか保存ができるというものです。
・大廈 廈は大きな家。屋根を四方に吹き下ろした屋根。
・深簷 ひさしがながい。長い軒の影が深い。
・蓋覆 覆いかぶせる。


中朝大官老於事,詎肯感激徒媕婀。
ところが中央朝廷の大官は事務に慣れ過ぎてしまっているから、もう感激などするはずないし、いたずらにだらだらとしてほったらかしにしている。
・老於事 事務に老練であること。ここではむしろマンネリズムにおちいっていると指摘する言葉として使っている。
・媕婀 テキパキしないさま。


牧童敲火牛礪角,誰複著手為摩挲。
近くの牧童たちは石鼓に鎌か、蹴上げる石かなにかをぶちつけて火花を出したり、牛が角を研いでいる。あるいは誰がまた、わざわざ手をかけてくれてきれいに拭いたりしてくれるであろう。
・敲火 石鼓に鎌か、蹴上げる石かなにかをぶちつけて火花を出すことをいう。
・摩挲 さする。大切にしてみがくことをいう。


日銷月鑠就埋沒,六年西顧空吟哦。
日一日と磨り減っていき、一月ごとに壊れてゆき、やがて埋没してはてるだろう。こうして六年間ものあいだ西の方をかえりみてはむなしく自分に言い聞かせ、欺いてきたものです。


韓愈「三品の性」について
この詩の「孔子」について、韓愈は儒家として孔子の学問について、その論を否定して、小馬鹿にしたような表現八句「金繩鐵索鎖紐壯,古鼎躍水龍騰梭。陋儒編詩不收入,二雅褊迫無委蛇。孔子西行不到秦,掎摭星宿遺羲娥。嗟予好古生苦晚,對此涕淚雙滂沱。」と少し小ばかにし、そして最終的には「方今太平日無事,柄任儒術崇丘軻。」とのべている。
 韓愈は儒家の道徳の根原を「原道」「原性」「原毀」「原人」「原鬼」の五つの本質を原【たず】ねて推論をのべている。特に孟子の性善、荀子の性悪、楊雄の性善性悪混在説の三説に対して三品の性という新しい見解を述べたのであるが、韓愈の詩の理解のためには、韓愈が精魂込めた「原性」などを理解しなければならないのである。そこで、少し難しいが、このブログに取り上げ解説する予定である。
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石鼓歌 韓愈 韓退之(韓愈)詩<97-#6>Ⅱ中唐詩527 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1674

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石鼓歌
石臼のよう太鼓の形の石に、先秦時代の文字がほりつけてあるため、「石鼓」といわれ、十個ある。そこにほられている文字が、石鼓文で、ふつうの篆書すなわち小篆とはやや異なる大篆という書体である。またその文革は、四書の詩で「詩経」の詩によく似ている。
韓愈はこの詩では、周の宣王(紀元前828-728年在位)の時としているが、現在では周の平王元年紀元前770年の作である。

石鼓文(せっこぶん)とは、唐初期に陝西省鳳翔府天興県で出土した10基の花崗岩の石碑、またはそれに刻まれた文字をいう。現存する中国の石刻文字資料としては最古のもので、出土した当時から珍重され、現在は北京故宮博物院に展示されている。

#6
薦諸太廟比郜鼎,光價豈止百倍過。
この石鼓を国家の大廟に供え安置されたならば魯の国祖周公を祭った郜鼎にくらべてみても、かがやく値打はどうして百倍以上というくらいではおさまるものではありません。
聖恩若許留太學,諸生講解得切磋。
天子のお許しを得ることができるなら、大学に留めおくことをおゆるしねがいたいのです。するとここの学生たちが研究しあい、たがいに励み合って努力を重ねることとなりましょう。
觀經鴻都尚填咽,坐見舉國來奔波。
後漢の霊帝は蔡邕に命じ書かれた觀経は鴻都学校がこれを見に来たものでなひっきりなしにテンヤワンヤであったというし、まして、この石鼓ならば、こんどは 国を挙げて怒涛のように押しかけてくることは誰が考えてもそうなると思うことです。
剜苔剔蘚露節角,安置妥帖平不頗。
この石鼓のむした苔を削り取り、節目、門目をあらわしきれいにすることと、平らかにして、傾かぬよう どっしり据えて安置することです。

諸【これ】を太廟【たいびょう】に薦めて郜【こう】の鼎【かなえ】に比ぶれは、光價【こうか】は 豈に止【ただ】に 百倍過ぐるのみならむや。
聖恩 若し太學【だいがく】に留むるを許したまはば、諸生 講解して 切磋【せつさ】することを得む。
經を鴻都【こうと】に觀るも尚お填咽【てんえつ】す。
坐して見む 図を挙げて来って奔波【ほんは】せむことを。
苔を剜【え】り 蘇【こけ】を剔【けず】って 節角【せつかく】を露【あら】はし。
安置すること妥帖【だちょう】にし 平にして頗【かたぶ】かざらしむ。



『石鼓歌』 現代語訳と訳註
 (本文)
#6
薦諸太廟比郜鼎,光價豈止百倍過。
聖恩若許留太學,諸生講解得切磋。
觀經鴻都尚填咽,坐見舉國來奔波。
剜苔剔蘚露節角,安置妥帖平不頗。


(下し文)
諸【これ】を太廟【たいびょう】に薦めて郜【こう】の鼎【かなえ】に比ぶれは、光價【こうか】は 豈に止【ただ】に 百倍過ぐるのみならむや。
聖恩 若し太學【だいがく】に留むるを許したまはば、諸生 講解して 切磋【せつさ】することを得む。
經を鴻都【こうと】に觀るも尚お填咽【てんえつ】す。
坐して見む 図を挙げて来って奔波【ほんは】せむことを。
苔を剜【え】り 蘇【こけ】を剔【けず】って 節角【せつかく】を露【あら】はし。
安置すること妥帖【だちょう】にし 平にして頗【かたぶ】かざらしむ。


(現代語訳)
この石鼓を国家の大廟に供え安置されたならば魯の国祖周公を祭った郜鼎にくらべてみても、かがやく値打はどうして百倍以上というくらいではおさまるものではありません。
天子のお許しを得ることができるなら、大学に留めおくことをおゆるしねがいたいのです。するとここの学生たちが研究しあい、たがいに励み合って努力を重ねることとなりましょう。
後漢の霊帝は蔡邕に命じ書かれた觀経は鴻都学校がこれを見に来たものでなひっきりなしにテンヤワンヤであったというし、まして、この石鼓ならば、こんどは 国を挙げて怒涛のように押しかけてくることは誰が考えてもそうなると思うことです。
この石鼓のむした苔を削り取り、節目、門目をあらわしきれいにすることと、平らかにして、傾かぬよう どっしり据えて安置することです。


 (訳注) #6
薦諸太廟比郜鼎,光價豈止百倍過。

この石鼓を国家の大廟に供え安置されたならば魯の国祖周公を祭った郜鼎にくらべてみても、かがやく値打はどうして百倍以上というくらいではおさまるものではありません。
・郜鼎 郜すなわち今の山東省にあった国で鋳造された鼎。春秋時代末の国から魯へうつされ、魯の国祖周公を祭った廟に安置されていた。
韓愈「薦士」に「魯侯國至小,廟鼎猶納郜。」春秋時代の魯侯は至って小さな国を領有していたが、それでも『左伝、桓公二年』によれば、太廟の鼎は宋国の郜から運んできた。
廟鼎猶納郜 廟:太廟 郜鼎:春秋時代宋の国にあった鼎:魯の桓公二年(前710年)内乱を起こした家老の華父督によって、魯の国に賄賂として贈られ魯の先祖を周公を祭る廟におかれた。今の山東省にあった郜の国で鋳造されたので郜鼎と称された。
左伝、桓公二年 無責任な甘やかしは、愛にもとづく厳格な戒めに及ばないことのたとえ。【城下の盟】敵に首都まで攻め入られてする、屈辱的な降伏の約束。
○紀元前701年、鄭の祭仲と公子突を抑留して脅迫し、盟を結ぶと帰国させて突(厲公)を国君に立てさせた。紀元前700年、魯の桓公や燕の人と穀丘で会談し、鄭との修好を求められた。また魯と虚や亀で会談したが、荘公は鄭との講和を拒否した。宋は魯・鄭の連合軍の攻撃を受けた。紀元前699年、斉・宋・衛・燕と魯・鄭・紀のあいだの会戦となった。

薦士 韓退之(韓愈)詩<62-#7>Ⅱ中唐詩374 紀頌之の漢詩ブログ1201


・光価 かがやくような価値。


聖恩若許留太學,諸生講解得切磋。
天子のお許しを得ることができるなら、大学に留めおくことをおゆるしねがいたいのです。するとここの学生たちが研究しあい、たがいに励み合って努力を重ねることとなりましょう。
・切磋/切瑳 骨・角(つの)などを切ったり磨いたりする意から、学問に励み徳義を磨くこと。努力を重ねること。


觀經鴻都尚填咽,坐見舉國來奔波。
後漢の霊帝は蔡邕に命じ書かれた觀経は鴻都学校がこれを見に来たものでなひっきりなしにテンヤワンヤであったというし、まして、この石鼓ならば、こんどは 国を挙げて怒涛のように押しかけてくることは誰が考えてもそうなると思うことです。
・観経 後漢の霊帝は蔡邕に命じ、五経を校定し古文と篆書と隷書の三つの書体で石に刻んで大学の門下に建てさせたので、これを観にくるもので市のようになったという。
・鴻都 後漢の霊帝のたてた学校の名。
・填咽 転んだり、息を衝かせたりする状況でてんやわんや、というほどの意。
・奔波 乱暴におしよせる。


剜苔剔蘚露節角,安置妥帖平不頗。
この石鼓のむした苔を削り取り、節目、門目をあらわしきれいにすることと、平らかにして、傾かぬよう どっしり据えて安置することです。
・剜苔剔蘚 こけをごっそりこそげとる。
節角 ふしやかど。
・妥帖 ぴったりおちつく。

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石鼓歌 韓愈 韓退之(韓愈)詩<97-#5>Ⅱ中唐詩526 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1670




石鼓歌
石臼のよう太鼓の形の石に、先秦時代の文字がほりつけてあるため、「石鼓」といわれ、十個ある。そこにほられている文字が、石鼓文で、ふつうの篆書すなわち小篆とはやや異なる大篆という書体である。またその文革は、四書の詩で「詩経」の詩によく似ている。
韓愈はこの詩では、周の宣王(紀元前828-728年在位)の時としているが、現在では周の平王元年紀元前770年の作である。

石鼓文(せっこぶん)とは、唐初期に陝西省鳳翔府天興県で出土した10基の花崗岩の石碑、またはそれに刻まれた文字をいう。現存する中国の石刻文字資料としては最古のもので、出土した当時から珍重され、現在は北京故宮博物院に展示されている。



#5
憶昔初蒙博士征,其年始改稱元和。
思い返せば数年前に初めて国学博士の官に召されたときのことだが、その年、年号が変わり、はじめて元和とよばれた。
故人從軍在右輔,為我度量掘臼科。
ふるくからの友人が鳳翔府の幕府軍隊に勤務していて、わたしのためにその遺跡を掘ってみようときかくしてくれた。
濯冠沐浴告祭酒,如此至寶存豈多。
そこで、わたしは冠あらい身をそそぎ清め、祭酒の国子監の総長に申請したのである、「こんな至宝というべきものはめったにあるものではありません。
氈包席裹可立致,十鼓只載數駱駝。

毛氈でつつみこみその上をむしろで側を囲いすぐにも持って参れましょう。そして十もある石鼓だとしても数頭の駱駝にそっくり載せてまいりましょう。」と。

憶う昔 初めて博士の征【め】しを蒙【こうむ】りしを、其の年 始めて改めて 元和と稱【しょう】す
故人 軍に従って右輔に在り、我が為に量度して臼科【きゅうか】を掘らんとす。
冠を濯って沐浴【もくよく】し祭酒に告ぐ、此の如き至寶【しほう】は存すること豈に多からむ。
氈【せん】に包み 席に裹【つつ】みて 立どころに致す可し、十鼓を只【た】だ載せむには 敷駱駝【らくだ】のみ。


『石鼓歌』 現代語訳と訳註
(本文)
#5
憶昔初蒙博士征,其年始改稱元和。
故人從軍在右輔,為我度量掘臼科。
濯冠沐浴告祭酒,如此至寶存豈多。
氈包席裹可立致,十鼓只載數駱駝。


(下し文)
憶う昔 初めて博士の征【め】しを蒙【こうむ】りしを、其の年 始めて改めて 元和と稱【しょう】す
故人 軍に従って右輔に在り、我が為に量度して臼科【きゅうか】を掘らんとす。
冠を濯って沐浴【もくよく】し祭酒に告ぐ、此の如き至寶【しほう】は存すること豈に多からむ。
氈【せん】に包み 席に裹【つつ】みて 立どころに致す可し、十鼓を只【た】だ載せむには 敷駱駝【らくだ】のみ。


(現代語訳)
思い返せば数年前に初めて国学博士の官に召されたときのことだが、その年、年号が変わり、はじめて元和とよばれた。
ふるくからの友人が鳳翔府の幕府軍隊に勤務していて、わたしのためにその遺跡を掘ってみようときかくしてくれた。
そこで、わたしは冠あらい身をそそぎ清め、祭酒の国子監の総長に申請したのである、「こんな至宝というべきものはめったにあるものではありません。
毛氈でつつみこみその上をむしろで側を囲いすぐにも持って参れましょう。そして十もある石鼓だとしても数頭の駱駝にそっくり載せてまいりましょう。」と。


(訳注)#5
憶昔初蒙博士征,其年始改稱元和。

思い返せば数年前に初めて国学博士の官に召されたときのことだが、その年、年号が変わり、はじめて元和とよばれた。


故人從軍在右輔,為我量度掘臼科。
ふるくからの友人が鳳翔府の幕府軍隊に勤務していて、わたしのためにその遺跡を掘ってみようときかくしてくれた。
・右輔 右扶風であり、鳳翔府のことをいう。
・量度 企画する。
・臼科 うすのようにくぼんだ所を云う。


濯冠沐浴告祭酒,如此至寶存豈多。
そこで、わたしは冠あらい身をそそぎ清め、祭酒の国子監の総長に申請したのである、「こんな至宝というべきものはめったにあるものではありません。
・祭酒 国子監の総長。国立大学の学長。


氈包席裹可立致,十鼓只載數駱駝。
毛氈でつつみこみその上をむしろで側を囲いすぐにも持って参れましょう。そして十もある石鼓だとしても数頭の駱駝にそっくり載せてまいりましょう。」と。
・氈包 毛氈で包む。
・席裹 筵やござで囲う


韓愈「三品の性」について
この詩の「孔子」について、韓愈は儒家として孔子の学問について、その論を否定して、小馬鹿にしたような表現八句「金繩鐵索鎖紐壯,古鼎躍水龍騰梭。陋儒編詩不收入,二雅褊迫無委蛇。孔子西行不到秦,掎摭星宿遺羲娥。嗟予好古生苦晚,對此涕淚雙滂沱。」と少し小ばかにし、そして最終的には「方今太平日無事,柄任儒術崇丘軻。」とのべている。
 韓愈は儒家の道徳の根原を「原道」「原性」「原毀」「原人」「原鬼」の五つの本質を原【たず】ねて推論をのべている。特に孟子の性善、荀子の性悪、楊雄の性善性悪混在説の三説に対して三品の性という新しい見解を述べたのであるが、韓愈の詩の理解のためには、韓愈が精魂込めた「原性」などを理解しなければならないのである。そこで、少し難しいが、このブログに取り上げ解説する予定である。
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石鼓歌 韓愈 韓退之(韓愈)詩<97-#4>Ⅱ中唐詩525 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1666



石鼓歌
石臼のよう太鼓の形の石に、先秦時代の文字がほりつけてあるため、「石鼓」といわれ、十個ある。そこにほられている文字が、石鼓文で、ふつうの篆書すなわち小篆とはやや異なる大篆という書体である。またその文革は、四書の詩で「詩経」の詩によく似ている。
韓愈はこの詩では、周の宣王(紀元前828-728年在位)の時としているが、現在では周の平王元年紀元前770年の作である。

石鼓文(せっこぶん)とは、唐初期に陝西省鳳翔府天興県で出土した10基の花崗岩の石碑、またはそれに刻まれた文字をいう。現存する中国の石刻文字資料としては最古のもので、出土した当時から珍重され、現在は北京故宮博物院に展示されている。


#4
金繩鐵索鎖紐壯,古鼎躍水龍騰梭。
金の縄や鉄のくさりで、がんじがらめに縛ったようであり、あるいは王権の象徴としても「古い鼎」が水にとびこんで竜が梭に化け昇天する、ま逆の出来事みたいでもある。
陋儒編詩不收入,二雅褊迫無委蛇。
心が狭く卑しい学者が『詩経』を編纂したので、この石鼓詩を採用しなかった。詩経小雅・大雅はかたよっており、おおらかなところが全くない。
孔子西行不到秦,掎摭星宿遺羲娥。
孔子は西へ旅したけれども秦までは来ておらず、星くずのような詩は拾ったが、義和の太陽や嫦娥の月についてはおさめのこしている。
嗟予好古生苦晚,對此涕淚雙滂沱。
ああ、わたしは古代のものを愛しているのに 生まれてくるのが遅すぎたというのか。これにむかえうって、涙がふたすじ流れ落ち、そしてそれはぼろぼろととめどなく落ちつづける。


『石鼓歌』 現代語訳と訳註
(本文) #4
金繩鐵索鎖紐壯,古鼎躍水龍騰梭。
陋儒編詩不收入,二雅褊迫無委蛇。
孔子西行不到秦,掎摭星宿遺羲娥。
嗟予好古生苦晚,對此涕淚雙滂沱。


(下し文)
金繩【きんじょう】鐵索【てつさく】鎖紐、古鼎水に躍って 龍は梭を騰ぐ。
陋儒【ろうじゅ】詩を編みて 収め入れず、二雅は褊迫にして 委蛇たる無し。
孔子 西に行きしも 秦に到らず、星宿を掎摭して 義娥を遺せり。
嗟 余 古を好めども 生るること苦だ晩し、此に封して 涕淚 雙びて滂沱たり。


(現代語訳)
金の縄や鉄のくさりで、がんじがらめに縛ったようであり、あるいは王権の象徴としても「古い鼎」が水にとびこんで竜が梭に化け昇天する、ま逆の出来事みたいでもある。
心が狭く卑しい学者が『詩経』を編纂したので、この石鼓詩を採用しなかった。詩経小雅・大雅はかたよっており、おおらかなところが全くない。
孔子は西へ旅したけれども秦までは来ておらず、星くずのような詩は拾ったが、義和の太陽や嫦娥の月についてはおさめのこしている。
ああ、わたしは古代のものを愛しているのに 生まれてくるのが遅すぎたというのか。これにむかえうって、涙がふたすじ流れ落ち、そしてそれはぼろぼろととめどなく落ちつづける。


(訳注) #4
金繩鐵索鎖紐壯,古鼎躍水龍騰梭。
金の縄や鉄のくさりで、がんじがらめに縛ったようであり、あるいは王権の象徴としても「古い鼎」が水にとびこんで竜が梭に化け昇天する、ま逆の出来事みたいでもある。
・金縄鉄索 金や鉄のなわ。蒼海の三呉を取るためのものなどを云う。
・鎖紐 しばりつける。
・古鼎躍水 王権の象徴として殷・周に引き継がれ,楚(そ)の荘王が「鼎の軽重」を問い,秦統一の動乱で泗水に沈んだと言われている故事をいう。
・龍騰梭 晋の陶侃が雷沢で釣をしていると、はたを織る梭がひっかかった。壁にかけておくと夕立がしてその梭が竜になって飛び去ったという話が南朝宋‧劉敬叔の『異苑』にみえる。


陋儒編詩不收入,二雅褊迫無委蛇。
心が狭く卑しい学者が『詩経』を編纂したので、この石鼓詩を採用しなかった。詩経小雅・大雅はかたよっており、おおらかなところが全くない。
・陋儒編詩不收入 心が狭く卑しい学者が『詩経』を編纂したので、この石鼓詩を採用しなかった。・陋 1 場所が狭苦しい。2 心が狭く卑しい。
・二雅編迫不蚕蛇 『詩経」 の大雅小雅は当然石鼓の歌のようなものを収むべきであるが。窮迫すなわちセセッコマしく、委蛇すなわち大らかなところがないので、この詩を編入しなかった。◎孔子について


孔子西行不到秦,掎摭星宿遺羲娥。
孔子は西へ旅したけれども秦までは来ておらず、星くずのような詩は拾ったが、義和の太陽や嫦娥の月についてはおさめのこしている。
・星宿 星座のこと。ここでは取るに足らない詩を云う。
・羲娥 義和の太陽や嫦娥の月ということ。


嗟予好古生苦晚,對此涕淚雙滂沱。
ああ、わたしは古代のものを愛しているのに 生まれてくるのが遅すぎたというのか。これにむかえうって、涙がふたすじ流れ落ち、そしてそれはぼろぼろととめどなく落ちつづける。




◎孔子について
韓愈は儒家として孔子の学問について、その論を否定して、小馬鹿にしたような表現八句「金繩鐵索鎖紐壯,古鼎躍水龍騰梭。陋儒編詩不收入,二雅褊迫無委蛇。孔子西行不到秦,掎摭星宿遺羲娥。嗟予好古生苦晚,對此涕淚雙滂沱。」をのべているのではない。
 韓愈は儒家の道徳の根原を「原道」「原性」「原毀」「原人」「原鬼」の五つの本質を原【たず】ねて推論をのべている。特に孟子の性善、荀子の性悪、楊雄の性善性悪混在説の三説に対して三品の性という新しい見解を述べた「原性」はこのブログに取り上げ解説する予定である。
これは2013年1月頃から開始している。
「学問を進めるための解明文」進学解(まとめ) 韓退之(韓愈)詩<114-16>Ⅱ中唐詩572 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1854

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 上代・後漢・三国・晉南北朝・隋初唐・盛唐・中唐・晩唐北宋の詩人  
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石鼓歌 韓愈 韓退之(韓愈)詩<97-#3>Ⅱ中唐詩524 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1662



石鼓歌
石臼のよう太鼓の形の石に、先秦時代の文字がほりつけてあるため、「石鼓」といわれ、十個ある。そこにほられている文字が、石鼓文で、ふつうの篆書すなわち小篆とはやや異なる大篆という書体である。またその文革は、四書の詩で「詩経」の詩によく似ている。
韓愈はこの詩では、周の宣王(紀元前828-728年在位)の時としているが、現在では周の平王元年紀元前770年の作である。

石鼓文(せっこぶん)とは、唐初期に陝西省鳳翔府天興県で出土した10基の花崗岩の石碑、またはそれに刻まれた文字をいう。現存する中国の石刻文字資料としては最古のもので、出土した当時から珍重され、現在は北京故宮博物院に展示されている。


#3
公從何處得紙本,毫髮盡備無差訛。
君は何処からこの拓本を見つけてもって来たのか、髪の毛ほどの微細な点まできれいにそなわっていて 間違ったところはない。
辭嚴義密讀難曉,字體不類隸與科。
「文辞謹厳」「義理縝密」であって、読もうとしても 難解でなかなか通じないものだし、書風、字体は科斗文字でも隷書にも似ていないではないか。
年深豈免有缺畫,快劍斫斷生蛟鼉。
なんにしても年月がたっており、字画が欠落してもやむをえないというものであり、鋭い鋼剣で生きた螭やワニを切りさいているようだ。
鸞翔鳳翥眾仙下,珊瑚碧樹交枝柯。

あるいは鸞が飛んで、鳳凰がはばたき、そのうえ仙人たちが下りてくるかのようであり、東海の滄海の珊瑚や仙郷の碧樹がたがいに枝を交わすほどに繁っているみたいでもある。

公 何れの處より 紙本を得たる、毫髪 盡く備はって 差訛 無し。
辭 厳に 義 密に 読めども曉【さと】り難く、字體は 隷と科とに類せず。
年深ければ 豈に 缺畫有るを免れんや、快劍 斫り断つ 生蛟鼉。
鸞 翔けり 鳳翥って 衆仙下り、珊瑚 碧樹 枝柯を交ふ。




『石鼓歌』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
公從何處得紙本,毫髮盡備無差訛。
辭嚴義密讀難曉,字體不類隸與科。
年深豈免有缺畫,快劍斫斷生蛟鼉。
鸞翔鳳翥眾仙下,珊瑚碧樹交枝柯。


(下し文)
公 何れの處より 紙本を得たる、毫髪 盡く備はって 差訛 無し。
辭 厳に 義 密に 読めども曉【さと】り難く、字體は 隷と科とに類せず。
年深ければ 豈に 缺畫有るを免れんや、快劍 斫り断つ 生蛟鼉。
鸞 翔けり 鳳翥って 衆仙下り、珊瑚 碧樹 枝柯を交ふ。


(現代語訳)
君は何処からこの拓本を見つけてもって来たのか、髪の毛ほどの微細な点まできれいにそなわっていて 間違ったところはない。
「文辞謹厳」「義理縝密」であって、読もうとしても 難解でなかなか通じないものだし、書風、字体は科斗文字でも隷書にも似ていないではないか。
なんにしても年月がたっており、字画が欠落してもやむをえないというものであり、鋭い鋼剣で生きた螭やワニを切りさいているようだ。
あるいは鸞が飛んで、鳳凰がはばたき、そのうえ仙人たちが下りてくるかのようであり、東海の滄海の珊瑚や仙郷の碧樹がたがいに枝を交わすほどに繁っているみたいでもある。


(訳注) #3
公從何處得紙本,毫髮盡備無差訛。
君は何処からこの拓本を見つけてもって来たのか、髪の毛ほどの微細な点まできれいにそなわっていて 間違ったところはない。
・紙本 拓本。
・毫髮 秋に生え変わる毛ほどのこまかいところ。
・差訛 まちがい。


辭嚴義密讀難曉,字體不類隸與科。
「文辞謹厳」「義理縝密」であって、読もうとしても 難解でなかなか通じないものだし、書風、字体は科斗文字でも隷書にも似ていないではないか。
辭嚴義密 文辞意義が厳密である。文章と意味、書風のことを謂う。「文辞謹厳」「義理縝密」
隷与科 隷書と料斗文。料斗については韓愈『岣嶁山』。「岣嶁山尖神禹碑,字青石赤形模奇。蝌蚪拳身薤倒披,鸞飄鳳泊拿虎螭。事嚴跡秘鬼莫窺,道人獨上偶見之,我來咨嗟涕漣洏。千搜萬索何處有,森森綠樹猿猱悲。」蝌蚪とあり、・蝌蚪 おたまじゃくし。古代の文字に科斗を組み合わせたような形のものがあった。碑の文字のことをいっている。

岣嶁山 韓退之(韓愈)詩<52>Ⅱ中唐詩348 紀頌之の漢詩ブログ1123


年深豈免有缺畫,快劍斫斷生蛟鼉。
なんにしても年月がたっており、字画が欠落してもやむをえないというものであり、鋭い鋼剣で生きた螭やワニを切りさいているようだ。
・欠画 文字の画のかけたところ。
・快剣 するどい剣。
・斫断 切断と同じ。
・生蛟鼉 生きているミズチ(螭)やワニ。


鸞翔鳳翥眾仙下,珊瑚碧樹交枝柯。
あるいは鸞が飛んで、鳳凰がはばたき、そのうえ仙人たちが下りてくるかのようであり、東海の滄海の珊瑚や仙郷の碧樹がたがいに枝を交わすほどに繁っているみたいでもある。
・鸞翔鳳翥 鸞が飛んで、鳳凰がはばたいている。
・碧樹 東海の滄海の珊瑚や仙郷の碧樹。
・枝柯 えだ。

石鼓歌 韓愈 韓退之(韓愈)詩<97-#2>Ⅱ中唐詩523 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1658

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 上代・後漢・三国・晉南北朝・隋初唐・盛唐・中唐・晩唐北宋の詩人  

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石鼓歌 韓愈 韓退之(韓愈)詩<97-#2>Ⅱ中唐詩523 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1658


石鼓歌
石臼のよう太鼓の形の石に、先秦時代の文字がほりつけてあるため、「石鼓」といわれ、十個ある。そこにほられている文字が、石鼓文で、ふつうの篆書すなわち小篆とはやや異なる大篆という書体である。またその文革は、四書の詩で「詩経」の詩によく似ている。
韓愈はこの詩では、周の宣王(紀元前828-728年在位)の時としているが、現在では周の平王元年紀元前770年の作である。

石鼓文(せっこぶん)とは、唐初期に陝西省鳳翔府天興県で出土した10基の花崗岩の石碑、またはそれに刻まれた文字をいう。現存する中国の石刻文字資料としては最古のもので、出土した当時から珍重され、現在は北京故宮博物院に展示されている。


石鼓歌 韓愈詩
#1  
張生手持石鼓文,勸我試作石鼓歌。
張籍君が「石鼓文」を私のところへ持って来ていう、「試みに石鼓の歌を作りませんか」とわたしに勧めるのだ。
少陵無人謫仙死,才薄將奈石鼓何。
そうはいっても、少陵にはもう大詩人の杜甫いないし、 謫仙の李白もこの世にはもういない。才能がとぼしいわたしなんかにいったい「石鼓」をどうしろというのだ。
周綱陵遲四海沸,宣王憤起揮天戈。
いにしえの周代の制度がおとろえ 四海に至る世界がみなわきかえるような動乱がおこった。その時、宜王は憤起して武力をもって天下を平らげたという。
大開明堂受朝賀,諸侯劍佩鳴相磨。

大礼を行なう殿堂を大いに開き諸侯の朝賀を受けられたので、それでかれら諸侯の剣や腰の佩び玉がすれあって、それは響いたものだという。

石鼓の歌
張生 手に石鼓の文を持し、我に勧めて 石鼓の歌を 試作せしむ
少陵に人無く謫仙【たくせん】死せり、才薄きに 將た石鼓を奈何せむ。
周綱【しゅうこう】 陵遲【りょうち】して四海 沸きしが、宣王【せんおう】憤起して天戈【てんか】を揮【ふる】う。
大いに明堂を開いて 朝賀を受け、諸侯の劍佩【けんぱい】鳴って相磨【ま】す。

#2
蒐于岐陽騁雄俊,萬里禽獸皆遮羅。
平定を祝って岐陽の野で「御狩」をされると、そこには豪傑や俊馬が馳せ参じて、万里にわたる地域の鳥や獣がことごとく網や仕掛けによってつかまえられた。
鐫功勒成告萬世,鑿石作鼓隳嵯峨。
またその功業を石碑に彫り刻むことで万年の後の世までも告げ知らそうとされた。それはけわしい山をうちくだき、石をはり、石鼓をつくったのである。
從臣才藝鹹第一,揀選撰刻留山阿。
宜王につき従う臣下らはみな一流の文武そろった学者であったが、選びにえらび、文章作り、刻ませて、山かげにとどめておいたという。
雨淋日炙野火燎,鬼物守護煩撝呵。

雨はしたたり、日の灼熱が照らし、野火に焼かれることもあったが、神はこのものの変化を守護してじゃまだてするものをしりぞけたのだ。
岐陽に蒐【かり】して 雄俊を騁【は】せ、萬里の禽獣 皆 遮羅せらる。
功を鐫り 成を勒して萬世に告げ,石を鑿【ほ】り鼓を作って嵯峨を隳【やぶ】りぬ。
従臣の才藝は鹹く第一、揀選し 撰刻し 山阿に留む
雨淋【そそ】ぎ 日炙り野火焼くも、鬼物 守護して 撝呵【きか】を煩はす。


『石鼓歌』 現代語訳と訳註
(本文) #2
蒐于岐陽騁雄俊,萬里禽獸皆遮羅。
鐫功勒成告萬世,鑿石作鼓隳嵯峨。
從臣才藝鹹第一,揀選撰刻留山阿。
雨淋日炙野火燎,鬼物守護煩撝呵。


(下し文)
岐陽に蒐【かり】して 雄俊を騁【は】せ、萬里の禽獣 皆 遮羅せらる。
功を鐫り 成を勒して萬世に告げ,石を鑿【ほ】り鼓を作って嵯峨を隳【やぶ】りぬ。
従臣の才藝は鹹く第一、揀選し 撰刻し 山阿に留む
雨淋【そそ】ぎ 日炙り野火焼くも、鬼物 守護して 撝呵【きか】を煩はす。


(現代語訳)
平定を祝って岐陽の野で「御狩」をされると、そこには豪傑や俊馬が馳せ参じて、万里にわたる地域の鳥や獣がことごとく網や仕掛けによってつかまえられた。
またその功業を石碑に彫り刻むことで万年の後の世までも告げ知らそうとされた。それはけわしい山をうちくだき、石をはり、石鼓をつくったのである。
宜王につき従う臣下らはみな一流の文武そろった学者であったが、選びにえらび、文章作り、刻ませて、山かげにとどめておいたという。
雨はしたたり、日の灼熱が照らし、野火に焼かれることもあったが、神はこのものの変化を守護してじゃまだてするものをしりぞけたのだ。


(訳注) #2
蒐于岐陽騁雄俊,萬里禽獸皆遮羅。
平定を祝って岐陽の野で「御狩」をされると、そこには豪傑や俊馬が馳せ参じて、万里にわたる地域の鳥や獣がことごとく網や仕掛けによってつかまえられた。
・蒐 狩猟。
・岐陽 関内道岐州岐山県。(地図茶字参照・中国歴史地図第五冊、唐、京畿道・関内道40-41、⑨-5地点)いま陝西省岐陽県。
体系 地図458華州から秦州
・遮羅
 網や仕掛けにとらえる。


鐫功勒成告萬世,鑿石作鼓隳嵯峨。
またその功業を石碑に彫り刻むことで万年の後の世までも告げ知らそうとされた。それはけわしい山をうちくだき、石をはり、石鼓をつくったのである。
・鐫功 功業を石にはりきざむ。
・勒成 成果をきざむ。
・隳 くずす。
・嵯峨 けわしい山。


從臣才藝鹹第一,揀選撰刻留山阿。
宜王につき従う臣下らはみな一流の文武そろった学者であったが、選びにえらび、文章作り、刻ませて、山かげにとどめておいたという。
・従臣 宣王に随う臣。
・揀選 選抜。
・撰刻 文章を作って石に刻む。


雨淋日炙野火燎,鬼物守護煩撝呵。
雨はしたたり、日の灼熱が照らし、野火に焼かれることもあったが、神はこのものの変化を守護してじゃまだてするものをしりぞけたのだ。
・淋 しとどにぬれる。

石鼓歌 韓愈 韓退之(韓愈)詩<97-#1>Ⅱ中唐詩522 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1654


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Ⅱ.中唐詩・晩唐詩
石鼓歌 韓愈 韓退之(韓愈)詩<97-#1>Ⅱ中唐詩522 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1654
Ⅲ.杜甫詩1000詩集
”成都紀行(6)” 五盤 杜甫詩1000 <345>#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1655 杜甫1500- 513
Ⅳ.漢詩・唐詩・宋詞詩詩集
酔留東野  韓退之(韓愈)詩<77-#1>Ⅱ中唐詩441 (12/10)
.晩唐五代詞詩・宋詞詩
『菩薩蠻 十』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-10-10-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1656
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石鼓歌 韓愈 韓退之(韓愈)詩<97-#1>Ⅱ中唐詩522 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1654



石鼓文(せっこぶん)とは、唐初期に陝西省鳳翔府天興県で出土した10基の花崗岩の石碑、またはそれに刻まれた文字をいう。現存する中国の石刻文字資料としては最古のもので、出土した当時から珍重され、現在は北京故宮博物院に展示されている。


石鼓歌 韓愈詩
#1  
張生手持石鼓文,勸我試作石鼓歌。
少陵無人謫仙死,才薄將奈石鼓何。
周綱陵遲四海沸,宣王憤起揮天戈。
大開明堂受朝賀,諸侯劍佩鳴相磨。
#2
蒐于岐陽騁雄俊,萬里禽獸皆遮羅。
鐫功勒成告萬世,鑿石作鼓隳嵯峨。
從臣才藝鹹第一,揀選撰刻留山阿。
雨淋日炙野火燎,鬼物守護煩撝呵。
#3
公從何處得紙本,毫髮盡備無差訛。
辭嚴義密讀難曉,字體不類隸與科。
年深豈免有缺畫,快劍斫斷生蛟鼉。
鸞翔鳳翥眾仙下,珊瑚碧樹交枝柯。
#4
金繩鐵索鎖紐壯,古鼎躍水龍騰梭。
陋儒編詩不收入,二雅褊迫無委蛇。
孔子西行不到秦,掎摭星宿遺羲娥。
嗟予好古生苦晚,對此涕淚雙滂沱。
#5
憶昔初蒙博士征,其年始改稱元和。
故人從軍在右輔,為我度量掘臼科。
濯冠沐浴告祭酒,如此至寶存豈多。
氈包席裹可立致,十鼓只載數駱駝。
#6
薦諸太廟比郜鼎,光價豈止百倍過。
聖恩若許留太學,諸生講解得切磋。
觀經鴻都尚填咽,坐見舉國來奔波。
剜苔剔蘚露節角,安置妥帖平不頗。
#7
大廈深簷與蓋覆,經歷久遠期無佗。
中朝大官老於事,詎肯感激徒媕婀。
牧童敲火牛礪角,誰複著手為摩挲。
日銷月鑠就埋沒,六年西顧空吟哦。
#8
羲之俗書趁姿媚,數紙尚可博白鵝。
繼周八代爭戰罷,無人收拾理則那。
方今太平日無事,柄任儒術崇丘軻。
安能以此上論列,願借辨口如懸河。
石鼓之歌止於此,嗚呼吾意其蹉跎。






石鼓歌 韓愈詩
#1  
張生手持石鼓文,勸我試作石鼓歌。
張籍君が「石鼓文」を私のところへ持って来ていう、「試みに石鼓の歌を作りませんか」とわたしに勧めるのだ。
少陵無人謫仙死,才薄將奈石鼓何。
そうはいっても、少陵にはもう大詩人の杜甫いないし、 謫仙の李白もこの世にはもういない。才能がとぼしいわたしなんかにいったい「石鼓」をどうしろというのだ。
周綱陵遲四海沸,宣王憤起揮天戈。
いにしえの周代の制度がおとろえ 四海に至る世界がみなわきかえるような動乱がおこった。その時、宜王は憤起して武力をもって天下を平らげたという。
大開明堂受朝賀,諸侯劍佩鳴相磨。

大礼を行なう殿堂を大いに開き諸侯の朝賀を受けられたので、それでかれら諸侯の剣や腰の佩び玉がすれあって、それは響いたものだという。

石鼓の歌
張生 手に石鼓の文を持し、我に勧めて 石鼓の歌を 試作せしむ
少陵に人無く謫仙【たくせん】死せり、才薄きに 將た石鼓を奈何せむ。
周綱【しゅうこう】 陵遲【りょうち】して四海 沸きしが、宣王【せんおう】憤起して天戈【てんか】を揮【ふる】う。
大いに明堂を開いて 朝賀を受け、諸侯の劍佩【けんぱい】鳴って相磨【ま】す。


『石鼓歌』 現代語訳と訳註
(本文)
#1  
張生手持石鼓文,勸我試作石鼓歌。
少陵無人謫仙死,才薄將奈石鼓何。
周綱陵遲四海沸,宣王憤起揮天戈。
大開明堂受朝賀,諸侯劍佩鳴相磨。


(下し文) 石鼓の歌
張生 手に石鼓の文を持し、我に勧めて 石鼓の歌を 試作せしむ
少陵に人無く謫仙【たくせん】死せり、才薄きに 將た石鼓を奈何せむ。
周綱【しゅうこう】 陵遲【りょうち】して四海 沸きしが、宣王【せんおう】憤起して天戈【てんか】を揮【ふる】う。
大いに明堂を開いて 朝賀を受け、諸侯の劍佩【けんぱい】鳴って相磨【ま】す。


(現代語訳)
張籍君が「石鼓文」を私のところへ持って来ていう、
「試みに石鼓の歌を作りませんか」とわたしに勧めるのだ。
そうはいっても、少陵にはもう大詩人の杜甫いないし、 謫仙の李白もこの世にはもういない。才能がとぼしいわたしなんかにいったい「石鼓」をどうしろというのだ。
いにしえの周代の制度がおとろえ 四海に至る世界がみなわきかえるような動乱がおこった。その時、宜王は憤起して武力をもって天下を平らげたという。
大礼を行なう殿堂を大いに開き諸侯の朝賀を受けられたので、それでかれら諸侯の剣や腰の佩び玉がすれあって、それは響いたものだという。


(訳注) #1  
石鼓歌

石臼のよう太鼓の形の石に、先秦時代の文字がほりつけてあるため、「石鼓」といわれ、十個ある。そこにほられている文字が、石鼓文で、ふつうの篆書すなわち小篆とはやや異なる大篆という書体である。またその文革は、四書の詩で「詩経」の詩によく似ている。
韓愈はこの詩では、周の宣王(紀元前828-728年在位)のときとしているが、現在では周の平王元年紀元前770年の作である。


張生手持石鼓文,勸我試作石鼓歌。
張籍君が「石鼓文」を私のところへ持って来ていう、「試みに石鼓の歌を作りませんか」とわたしに勧めるのだ。
張生 張籍のこと。
張籍【768年(大暦三年)~830年(太和四年)】。は、中唐の詩人。字は文昌。和州(かしゅう)烏江(安徽省和県)の人。師友の韓愈に目をかけられ、その推薦によって、国子博士となった。楽府に長じている。賈島・孟郊などと唱和して古詩をよくし、盟友の王建とともに七言楽府に優れた作品を発表して「張王」と併称された。名詩人になろうとして、杜甫の詩集を焼いてその灰に膏蜜を混ぜて飲んだという逸話がある。表現は平易だが、世相の矛盾を指摘することは鋭く、白居易から「挙世(いまのよ)には其の倫(たぐい)少なし」と評せられ、後輩の姚合より「古風は敵手なく、新語は是れ人ぞ知る」と称えられた。中唐楽府運動の重要な担い手であり、白居易・元稹とともに「元和体」を形成した。『張司業詩集』8巻がある。
張籍は汴州の乱のおこった年の貞元十五年(799年)の進士であるが、韓愈より年長かも知れない。韓愈は孟郊に比べて後輩である。しかし韓愈の門人であって、その推薦によって官につき、水部員外郎〔水運水利を管理する職)となったので張水部と言われ、のち国子司業(大学教授)となったから張司業とも称せられる。
楽府体の詩に関しては友人の王建【768?~830?年(大暦10年進士)】と名を等しくするといわれ、元稹・白居易らの一群に数える文学史家もある。しかし晩年は律詩に力をそそぎ門人が多かった.張王二人の楽府は政治に対する批判と人民の苦痛を訴える点では杜甫・元結の風をうけるもので、七言の体が多い。
・石鼓文 石鼓に刻まれた詩の拓本。
・少陵 長安の南の郊外の杜陵の南部。そこに詩人杜甫の家があった。杜博に「少陵の野老声を呑んで笑す」という有名な句があり、杜甫のことを杜少陵とよぶのもこの地名に因む。

陪諸貴公子丈八溝携妓納涼晩際遇雨二首其一 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 73

醉時歌  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の 漢詩ブログ 誠実な詩人 杜甫 特集 77

などの詩にその地の様子が見える。

少陵無人謫仙死,才薄將奈石鼓何。
そうはいっても、少陵にはもう大詩人の杜甫いないし、 謫仙の李白もこの世にはもういない。才能がとぼしいわたしなんかにいったい「石鼓」をどうしろというのだ。
・無人 少陵には詩人杜甫もいない。
謫仙 李白のこと。かれの「酒に対して賀藍を憶ふ詩」 の序に対酒憶賀監 二首 并序 其一 李白
對酒憶賀監併序 
太子賓客賀公、於長安紫極宮一見余、呼余為謫仙人。        
因解金亀換酒為楽、没後対酒、悵然有懐而作是詩。(太子賓客の賀公は長安の紫極官に於て余を一見して、呼びて諦仙人と為せり)という。賀監といい太子賓客賀公というのは「飲中八仙歌 杜甫」にもうたわれた賀知章のこと。諦仙人とは天上、あるいは仙人の世界から人間世界に追放された仙人のこと。
知章騎馬似乘船,眼花落井水底眠。
賀知章は何時も酔っていて、馬に乗っても船に乗っているように揺れている、くるくると回る目が井戸に落ちて水底に眠る。


○知章 賀知章。会稽永興の人、自から四明狂客と号し、太子賓客・秘書監となった。天宝三載、疏を上って郷に帰るとき、玄宗は詩を賦して彼を送った。○乗船 ゆらゆらする酔態をいう。知章は出身が商人で、商人は船に乗るので、騎馬にまたがった状態をいったのだ。○眼花 酔眼でみるとき現象のちらつくことをいう。
・才薄 わたしは才能が浅薄だ。もとより韓愈の謙辞である。


周綱陵遲四海沸,宣王憤起揮天戈。
いにしえの周代の制度がおとろえ 四海に至る世界がみなわきかえるような動乱がおこった。その時、宜王は憤起して武力をもって天下を平らげたという。
・周綱 周代の政治秩序。
・陵遲 盛なものが次第に衰えてゆくこと。
・四海 中国をとりまく四つの海。ひいて、世界のこと。
・沸 わきかえるような動乱がおこった。周の代もはじめのうちはすぐれた王が次次に出てよく治ったがそのうち政治の秩序がみだれ、厲王のころには人民が蜂起して、王を国外に追い目すようなこともあった。
・宜王 周の中興の名主といわれる人である。『詩経』小雅六月に
六月棲棲、戎車既飭。
四牡驥驥、載是常服。
玁狁孔熾、我是用急。
王于出征、以匡王國。
と中興の功業を讃えたものである。
・天戈 天から与えられたホコ。それをふるうとは、戦争することである。


大開明堂受朝賀,諸侯劍佩鳴相磨。
大礼を行なう殿堂を大いに開き諸侯の朝賀を受けられたので、それでかれら諸侯の剣や腰の佩び玉がすれあって、それは響いたものだという。
・明堂 天子が天や祖先の霊を祭ったり、諸侯の朝見をぅけるなどの、大礼を行なう殿堂。
・劍佩 剣と佩玉。佩玉は官吏の制服の腰にさげる玉。



韓愈「三品の性」について
この詩の「孔子」について、韓愈は儒家として孔子の学問について、その論を否定して、小馬鹿にしたような表現八句「金繩鐵索鎖紐壯,古鼎躍水龍騰梭。陋儒編詩不收入,二雅褊迫無委蛇。孔子西行不到秦,掎摭星宿遺羲娥。嗟予好古生苦晚,對此涕淚雙滂沱。」と少し小ばかにし、そして最終的には「方今太平日無事,柄任儒術崇丘軻。」とのべている。
 韓愈は儒家の道徳の根原を「原道」「原性」「原毀」「原人」「原鬼」の五つの本質を原【たず】ねて推論をのべている。特に孟子の性善、荀子の性悪、楊雄の性善性悪混在説の三説に対して三品の性という新しい見解を述べたのであるが、韓愈の詩の理解のためには、韓愈が精魂込めた「原性」などを理解しなければならないのである。そこで、少し難しいが、このブログに取り上げ解説する予定である。
「学問を進めるための解明文」進学解(まとめ) 韓退之(韓愈)詩<114-16>Ⅱ中唐詩572 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1854

原道 韓退之(韓愈)詩<115-1>Ⅱ中唐詩573 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1858
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月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#8>Ⅱ中唐詩521 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1650

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月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#8>Ⅱ中唐詩521 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1650


#7
烏龜怯奸,怕寒縮頸,以殼自遮。
冬の役目の黒亀はこの状態におびえてこわがっているし、おそれ寒そうに首をちぢめている。そして自分の甲羅の中にもぐりこんだ。
終令誇蛾抉汝出,卜師燒錐鑽灼滿板如星羅。
これではいっそのこと嫦娥の汝をよんで来てここに引っぱり出して、この甲羅いっぱいに錐で星ほどの穴を焼きあけて吉凶の占い師のようにやってみるか。
此外內外官,瑣細不足科。
このほかの朝廷内の百官、宦官、潘鎮、節度使、諸公にいたる、内外の官を内揃えるが、この些細な星くずのような者たちは谷をうめるほどの値うちしかないというものだ。
臣請悉掃除,慎勿許語令啾嘩。
わたしは臣下のものとしてなにとぞこいつらみんな追いはらうことをさせていただきたいのです。こいつらの讒言、謀言、告げ口、策略などペチャクチャ喋ることが出来ないようにしてやりたいのです。
並光全耀歸我月,盲眼鏡淨無纖瑕。
こうして平生ある光をみんな取り上げて、わが月さまにお返しいたし、盲目になられた鏡である月を浄らにキズのないようにしたいのです。
弊蛙拘送主府官,帝箸下腹嘗其皤。

このようなとんでもない蛙は所轄の朝廷の係りの大臣に拘送いたすことです。そうすれば、天子、天帝は箸おろし 白い腹の肉を召上がられるのがよろしいのです。
#8
依前使兔操杵臼,玉階桂樹閑婆娑。
そうすれば月にいる兔を前のように使って、杵や臼を操るのだ、月の天子の輝くキザハシには梧桐が繁って年増女には暇を出す。
姮娥還宮室,太陽有室家。
西王母の仙女が月に行ったが後宮を変えられたという。太陽はというと、そば添えを置かれているという。
天雖高,耳屬地。
簡単に天というがとても高いのだ、耳は地にある。
感臣赤心,使臣知意。
臣下の私の心持をあらわし、私の心持を知らしめたいのである。
雖無明言,潛喻厥旨。
ところが口でいうのはなかなかやさしいものではなく、ひそかにおもっていることをうまく表すように諭されるのである。
有氣有形,皆吾赤子。
雰囲気を持っていて、形で現れるものも持っている。皆私の子供である。
雖忿大傷,忍殺孩稚。
どうも大きなけがをしているようだし、殺すにはかわいそうで忍びないのである。
還汝月明,安行於次。
お前を月に還さねばならない。どうにかして次の月の運行する軌道にのせてやらねばならない。
盡釋眾罪,以蛙磔死。
集まったものもみんなことごとく許してやらねばと思うが、妥た、蝦蟇の奴は磔の死刑に致さねばなるまい
#7
烏亀は姦に怯え、寒さを伯れて頸を縮め、殻を以て自ら遮る。
終に李蛾をして女を決って出さしむるも、ト師の焼錐もて蹟灼して板に満たして星累の加からしめむのみ。
比の外の内外の官は、賓姫にして絆するに足らず。
臣請ふ 悉く掃除し、償みて語を許して琳辞せしむる勿らしめむ。
光を併せ 輝を全うして 我が月に辞し、盲眼 鏡浄らかにして 織暇も無からしむ。
弊蛙は王府の官に拘迭せん、帝の箸を腹に下して其の暗たるを嘗めたまへ。
#8
前の依く 兎滋して杵と日とを操らしめは、玉階の桂樹は閑にして婆娑たらむ。
姮娥は宮室に還り,太陽は室家有らむ。
天は高しと雖も、耳は地に属せり。
臣が赤心に感じ、臣をして意を知らしむ。
明言する無しと雖も、潜に灰の旨を喩せり。
気有り 形有り、皆 吾が赤子なり。
大いに傷つきしを怠ると雄も、窃椎を殺すに忍びむや。
女に月明を還し、次に安行せしめむ。
轟く衆罪を辞し、蛙を以て礫死せしめむと。


『月蝕詩效玉川子作 』 現代語訳と訳註
(本文)
#8
依前使兔操杵臼,玉階桂樹閑婆娑。
姮娥還宮室,太陽有室家。
天雖高,耳屬地。
感臣赤心,使臣知意。雖無明言,潛喻厥旨。
有氣有形,皆吾赤子。雖忿大傷,忍殺孩稚。
還汝月明,安行於次。盡釋眾罪,以蛙磔死。


(下し文)#8
前の依く 兎滋して杵と日とを操らしめは、玉階の桂樹は閑にして婆娑たらむ。
姮娥は宮室に還り,太陽は室家有らむ。
天は高しと雖も、耳は地に属せり。
臣が赤心に感じ、臣をして意を知らしむ。
明言する無しと雖も、潜に灰の旨を喩せり。
気有り 形有り、皆 吾が赤子なり。
大いに傷つきしを怠ると雄も、窃椎を殺すに忍びむや。
女に月明を還し、次に安行せしめむ。
轟く衆罪を辞し、蛙を以て礫死せしめむと。


(現代語訳)
そうすれば月にいる兔を前のように使って、杵や臼を操るのだ、月の天子の輝くキザハシには梧桐が繁って年増女には暇を出す。
西王母の仙女が月に行ったが後宮を変えられたという。太陽はというと、そば添えを置かれているという。
簡単に天というがとても高いのだ、耳は地にある。
臣下の私の心持をあらわし、私の心持を知らしめたいのである。
ところが口でいうのはなかなかやさしいものではなく、ひそかにおもっていることをうまく表すように諭されるのである。
雰囲気を持っていて、形で現れるものも持っている。皆私の子供である。
どうも大きなけがをしているようだし、殺すにはかわいそうで忍びないのである。
お前を月に還さねばならない。どうにかして次の月の運行する軌道にのせてやらねばならない。
・次 いえ、ということだが、ここでは月の運行する軌道のこと。
集まったものもみんなことごとく許してやらねばと思うが、妥た、蝦蟇の奴は磔の死刑に致さねばなるまい。


(訳注)#8
依前使兔操杵臼,玉階桂樹閑婆娑。
そうすれば月にいる兔を前のように使って、杵や臼を操るのだ、月の天子の輝くキザハシには梧桐が繁って年増女には暇を出す。
兔操杵臼 月の中でウサギが干不で臼をつく。
玉階 月の中にあるといわれる御殿の白玉の階段。
・桂 月の中に生えているといわれる桂の木。桂はモクセイのこと。


姮娥還宮室,太陽有室家。
西王母の仙女が月に行ったが後宮を変えられたという。太陽はというと、そば添えを置かれているという。
姮娥 『准南子』に「翠、不死の薬を西王母に請ふ。その妻檀紙、これを病みて月官に奔る」とみえる。・誇蛾 恒蛾、嫦娥、常娥、娥娥 蛾娥など 神話中の女性。神話の英雄、羿(がい)が西方極遠の地に存在する理想国西王母の国の仙女にお願いしてもらった不死の霊薬を、その妻の嫦娥がぬすみ飲み、急に身軽くなって月世界まで飛びあがり月姫となった。漢の劉安の「淮南子」覧冥訓に登場する。なお、魯迅(1881-l936)にこの神話を小説化した「羿月」がいげつと題する小説がある。ここでは占いの雰囲気作りにはみょうれいな女性の神、巫女の登場というシチュエーションというところか。 


天雖高,耳屬地。
簡単に天というがとても高いのだ、耳は地にある。


感臣赤心,使臣知意。
臣下の私の心持をあらわし、私の心持を知らしめたいのである。


雖無明言,潛喻厥旨。
ところが口でいうのはなかなかやさしいものではなく、ひそかにおもっていることをうまく表すように諭されるのである。


有氣有形,皆吾赤子
雰囲気を持っていて、形で現れるものも持っている。皆私の子供である。


雖忿大傷,忍殺孩稚。
どうも大きなけがをしているようだし、殺すにはかわいそうで忍びないのである。


還汝月明,安行於次。
お前を月に還さねばならない。どうにかして次の月の運行する軌道にのせてやらねばならない。
 いえ、ということだが、ここでは月の運行する軌道のこと。


盡釋眾罪,以蛙磔死。
集まったものもみんなことごとく許してやらねばと思うが、妥た、蝦蟇の奴は磔の死刑に致さねばなるまい。


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#7
烏龜怯奸,怕寒縮頸,以殼自遮。
冬の役目の黒亀はこの状態におびえてこわがっているし、おそれ寒そうに首をちぢめている。そして自分の甲羅の中にもぐりこんだ。
終令誇蛾抉汝出,卜師燒錐鑽灼滿板如星羅。
これではいっそのこと嫦娥の汝をよんで来てここに引っぱり出して、この甲羅いっぱいに錐で星ほどの穴を焼きあけて吉凶の占い師のようにやってみるか。
此外內外官,瑣細不足科。
このほかの朝廷内の百官、宦官、潘鎮、節度使、諸公にいたる、内外の官を内揃えるが、この些細な星くずのような者たちは谷をうめるほどの値うちしかないというものだ。
臣請悉掃除,慎勿許語令啾嘩。
わたしは臣下のものとしてなにとぞこいつらみんな追いはらうことをさせていただきたいのです。こいつらの讒言、謀言、告げ口、策略などペチャクチャ喋ることが出来ないようにしてやりたいのです。
並光全耀歸我月,盲眼鏡淨無纖瑕。
こうして平生ある光をみんな取り上げて、わが月さまにお返しいたし、盲目になられた鏡である月を浄らにキズのないようにしたいのです。
弊蛙拘送主府官,帝箸下腹嘗其皤。
このようなとんでもない蛙は所轄の朝廷の係りの大臣に拘送いたすことです。そうすれば、天子、天帝は箸おろし 白い腹の肉を召上がられるのがよろしいのです。
#8
依前使兔操杵臼,玉階桂樹閑婆娑。
姮娥還宮室,太陽有室家。
天雖高,耳屬地。
感臣赤心,使臣知意。雖無明言,潛喻厥旨。
有氣有形,皆吾赤子。雖忿大傷,忍殺孩稚。
還汝月明,安行於次。盡釋眾罪,以蛙磔死。

#7
烏亀は姦に怯え、寒さを伯れて頸を縮め、殻を以て自ら遮る。
終に李蛾をして女を決って出さしむるも、ト師の焼錐もて蹟灼して板に満たして星累の加からしめむのみ。
比の外の内外の官は、賓姫にして絆するに足らず。
臣請ふ 悉く掃除し、償みて語を許して琳辞せしむる勿らしめむ。
光を併せ 輝を全うして 我が月に辞し、盲眼 鏡浄らかにして 織暇も無からしむ。
弊蛙は王府の官に拘迭せん、帝の箸を腹に下して其の暗たるを嘗めたまへ。
#8
前の依く 兎滋して杵と日とを操らしめは、玉階の桂樹は閑にして婆娑たらむ。
姮娥は宮室に還り,太陽は室家有らむ。
天は高しと雖も、耳は地に属せり。
臣が赤心に感じ、臣をして意を知らしむ。
明言する無しと雖も、潜に灰の旨を喩せり。
気有り 形有り、皆 吾が赤子なり。
大いに傷つきしを怠ると雄も、窃椎を殺すに忍びむや。
女に月明を還し、次に安行せしめむ。
轟く衆罪を辞し、蛙を以て礫死せしめむと。


『月蝕詩效玉川子作』 現代語訳と訳註
(本文)
#7
烏龜怯奸,怕寒縮頸,以殼自遮。
終令誇蛾抉汝出,卜師燒錐鑽灼滿板如星羅。
此外內外官,瑣細不足科。
臣請悉掃除,慎勿許語令啾嘩。
並光全耀歸我月,盲眼鏡淨無纖瑕。
弊蛙拘送主府官,帝箸下腹嘗其皤。


(下し文) #7
烏亀は姦に怯え、寒さを伯れて頸を縮め、殻を以て自ら遮る。
終に李蛾をして女を決って出さしむるも、ト師の焼錐もて蹟灼して板に満たして星累の加からしめむのみ。
比の外の内外の官は、賓姫にして絆するに足らず。
臣請ふ 悉く掃除し、償みて語を許して琳辞せしむる勿らしめむ。
光を併せ 輝を全うして 我が月に辞し、盲眼 鏡浄らかにして 織暇も無からしむ。
弊蛙は王府の官に拘迭せん、帝の箸を腹に下して其の暗たるを嘗めたまへ。


(現代語訳)
冬の役目の黒亀はこの状態におびえてこわがっているし、おそれ寒そうに首をちぢめている。そして自分の甲羅の中にもぐりこんだ。
これではいっそのこと嫦娥の汝をよんで来てここに引っぱり出して、この甲羅いっぱいに錐で星ほどの穴を焼きあけて吉凶の占い師のようにやってみるか。
このほかの朝廷内の百官、宦官、潘鎮、節度使、諸公にいたる、内外の官を内揃えるが、この些細な星くずのような者たちは谷をうめるほどの値うちしかないというものだ。
わたしは臣下のものとしてなにとぞこいつらみんな追いはらうことをさせていただきたいのです。こいつらの讒言、謀言、告げ口、策略などペチャクチャ喋ることが出来ないようにしてやりたいのです。
こうして平生ある光をみんな取り上げて、わが月さまにお返しいたし、盲目になられた鏡である月を浄らにキズのないようにしたいのです。
このようなとんでもない蛙は所轄の朝廷の係りの大臣に拘送いたすことです。そうすれば、天子、天帝は箸おろし 白い腹の肉を召上がられるのがよろしいのです。


(訳注) #7
烏龜怯奸,怕寒縮頸,以殼自遮。

冬の役目の黒亀はこの状態におびえてこわがっているし、おそれ寒そうに首をちぢめている。そして自分の甲羅の中にもぐりこんだ。
鳥亀 冬、玄武、すなわち神亀。
五行関係図


終令誇蛾抉汝出,卜師燒錐鑽灼滿板如星羅。
これではいっそのこと嫦娥の汝をよんで来てここに引っぱり出して、この甲羅いっぱいに錐で星ほどの穴を焼きあけて吉凶の占い師のようにやってみるか。
・焼錐 やいたキリ。
・餞灼 穴をあけてやく。
誇蛾 恒蛾、嫦娥、常娥、娥娥 蛾娥など 神話中の女性。神話の英雄、羿(がい)が西方極遠の地に存在する理想国西王母の国の仙女にお願いしてもらった不死の霊薬を、その妻の嫦娥がぬすみ飲み、急に身軽くなって月世界まで飛びあがり月姫となった。漢の劉安の「淮南子」覧冥訓に登場する。なお、魯迅(1881-l936)にこの神話を小説化した「羿月」がいげつと題する小説がある。ここでは占いの雰囲気作りにはみょうれいな女性の神、巫女の登場というシチュエーションというところか。 


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わたしは臣下のものとしてなにとぞこいつらみんな追いはらうことをさせていただきたいのです。こいつらの讒言、謀言、告げ口、策略などペチャクチャ喋ることが出来ないようにしてやりたいのです。
・啾嘩 べちゃくちゃしゃべること。


並光全耀歸我月,盲眼鏡淨無纖瑕。
こうして平生ある光をみんな取り上げて、わが月さまにお返しいたし、盲目になられた鏡である月を浄らにキズのないようにしたいのです。


弊蛙拘送主府官,帝箸下腹嘗其皤。
このようなとんでもない蛙は所轄の朝廷の係りの大臣に拘送いたすことです。そうすれば、天子、天帝は箸おろし 白い腹の肉を召上がられるのがよろしいのです。


五行
五色青(緑)玄(黒)
五方西
五時土用
五節句人日上巳端午七夕重陽
五星歳星(木星)螢惑(火星)填星(土星)太白(金星)辰星(水星)
五虫(魚と爬虫類)羽(鳥)裸(ヒト)毛(獣)(カメ、甲殻類と貝類)
五獣青竜朱雀黄麟や黄竜白虎玄武
五竜青竜赤竜黄竜白竜黒竜

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#4
赤龍黑鳥燒口熱,翎鬣倒側相搪撐。
太陽の馭者の赤龍と太陽に住む九黒烏に口を役ばかりに厚いものを与え、主茎羽とたてがみを折りたたんで互いに突っつかせるのだ。
婪酣大肚遭一飽,饑腸徹死無由鳴。
むさぼりくらわせておなか一杯にしてやり、そして、次にはひもじいおなかになるまで徹底的に食わせずにいたとしてもグーグーおなかを鳴らせることはないだろう。
後時食月罪當死,天羅磕匝何處逃汝刑。
適当な時期をおくらせることでこともあろうに月を食ってしまったので、これは死罪にあたる出来事だ。天網、森羅万象 あまねくもので取り囲んでしまうので隠れるところはどこにもなくなるのだ。
玉川子立於庭而言曰:地行賤臣仝,再拜敢告上天公。
玉川先生は庭先に立って申された。「地上に生活している賤しき臣民の盧仝から、ふたたび礼拝して敢えて天上天子に申しあげたきことがあります。
臣有一寸刃,可刳凶蟆腸。
臣民盧仝には一寸の刃をもっております、これによって、蝦蟇の腸を書ききって抉り出してみせます。
無梯可上天,天階無由有臣蹤。
しかし私には天上に上る梯子がありません、天上天子のきざはしに参上いたして致すことが出来ません。
#5
寄箋東南風,天門西北祈風通。
だから、東南風にのせて、わたしのおもいを手紙によせている。天上の御門には西北の強い風に乗せて風のたよりに祈りを込めるのである。
丁甯附耳莫漏泄,薄命正值飛廉慵。
丁寧にお耳に入れていただき漏れたりこぼれたりしないよう祈っています。なさけないことには風の神である飛廉がどうやらズボラをしたようだ。
東方青色龍,牙角何呀呀。
五行思想でいう、東の方には青竜がひかえており、牙をむき、角を立てて、何とギギーッとかまえているではないか。
從官百餘座,嚼啜煩官家。
百人を超す家来を従えて、やってきてはいるが、お上の世話になって飲んだり食ったりしているだけなのだ。
月蝕汝不知,安用為龍窟天河。
だから月蝕が起こっても知らん顔しているのだ。天の川の河原で、竜がおさまってしまって、どうしてトグロを巻いているだけなのか。
赤鳥司南方,尾禿翅觰沙。
南の方には朱い鳥が担当しているのであるが、尾っぽの羽は抜け、頭は禿げて肝心な羽さえも跳ね上がって固くなっているのだ。
#6
月蝕於汝頭,汝口開呀呀。
月蝕となって欠けたとして、君自分の頭ではないか、それでも君の口はわんぐりと開いたままである。
蝦蟆掠汝兩吻過,忍學省事不以汝觜啄蝦蟆。
ガマは鼻先かすめても君の上唇とした唇を動かしている。朱の鳥はなるべく取り合わないでいようとしていて、自分の嘴でガマを突くこともしないのである。
於菟蹲於西,旗旄衛毿?.
秋の白虎星は、西に居すわりなんにもしない。星軍隊を示す旗だけはふわふわさせてはためいて、とりまいている。
既從白帝祠,又食於蠟禮有加。
すでに、秋をつかさどる白帝神社にまつられているのだ、そのうえ大蠟の祭には 追加のお供えもらう身であるという。
忍令月被惡物食,枉於汝口插齒牙。
よくもまあこれほどの悪者に月を食わせておくものである。私利私欲にはしる君の口には牙も歯も立派に生えている。(韓愈は若い時に歯が抜けてない。)

#4
赤龍と黒鳥との口を焼くはかり熱きを、細も藍も倒倒して相塘摸し。
埜離せば大牡も一たび飽くに遭ひ、飢腸も死に徹るまで鳴くに由無けむ。
時に後れて月を食ふ 罪は死に憤る、天羅は薩而重り 何れの虞にか女の刑を逃れしめむ。
玉川子 庭に立ちて 言ひて日く、出石の餞臣なる仝、再拝して敢て上なる天公に告ぐ。
臣一寸の刀を有てり、凶蟆の腸を刳く可し。
梯の天に上る可き無く、天階 臣の躍有るに由無し。
#5
欄を東南風に寄せ。天門の西北 風の通ぜんことを所る
丁甯に耳に附し漏泄する莫れ,薄命なるかな正に飛廉の慵きに值えり。
東方は青色の龍、牙と角と 何ぞ冴呼たる。
徒官 有除塵、囁喧 官家を煩はすに。
月蝕を汝の知らずんは、安を用ってか龍と為って天河に窟する。
赤鳥は南方を司る、尾は禿するも 麹は鮪沙たり。

#6
月蝕 汝の頭に於てするに、汝 口開いて呼呼たるのみ。
蝦蟆 汝の両吻を掠めて過ぐるに、忍んで事を省するを学び 汝の紫を以て蝦毒を啄まず。
於菟ほ西に縛まり、旗施 衛って窮塗たり。
既に自帝に従って両られ、又 蛤に食んで 鮭の加ふる有るに。
忍んで月をして悪物に食はしめ、柾に汝の口に歯牙を括めり。


『月蝕詩效玉川子作』 現代語訳と訳註
(本文)
#6
月蝕於汝頭,汝口開呀呀。
蝦蟆掠汝兩吻過,忍學省事不以汝觜啄蝦蟆。
於菟蹲於西,旗旄衛毿?.
既從白帝祠,又食於蠟禮有加。
忍令月被惡物食,枉於汝口插齒牙。


(下し文) #6
月蝕 汝の頭に於てするに、汝 口開いて呼呼たるのみ。
蝦蟆 汝の両吻を掠めて過ぐるに、忍んで事を省するを学び 汝の紫を以て蝦毒を啄まず。
於菟ほ西に縛まり、旗施 衛って窮塗たり。
既に自帝に従って両られ、又 蛤に食んで 鮭の加ふる有るに。
忍んで月をして悪物に食はしめ、柾に汝の口に歯牙を括めり。


(現代語訳)
月蝕となって欠けたとして、君自分の頭ではないか、それでも君の口はわんぐりと開いたままである。
ガマは鼻先かすめても君の上唇とした唇を動かしている。朱の鳥はなるべく取り合わないでいようとしていて、自分の嘴でガマを突くこともしないのである。
秋の白虎星は、西に居すわりなんにもしない。
星軍隊を示す旗だけはふわふわさせてはためいて、とりまいている。
すでに、秋をつかさどる白帝神社にまつられているのだ、そのうえ大蠟の祭には 追加のお供えもらう身であるという。
よくもまあこれほどの悪者に月を食わせておくものである。私利私欲にはしる君の口には牙も歯も立派に生えている。


(訳注) #6
月蝕於汝頭,汝口開呀呀。
月蝕となって欠けたとして、君自分の頭ではないか、それでも君の口はわんぐりと開いたままである。


蝦蟆掠汝兩吻過,忍學省事不以汝觜啄蝦蟆。
ガマは鼻先かすめても君の上唇とした唇を動かしている。朱の鳥はなるべく取り合わないでいようとしていて、自分の嘴でガマを突くこともしないのである。
・兩吻 上のクチバシと下のクチバツ。
 じっとしている。
・学省事 ものごとをしないですまそうとすること。


於菟蹲於西,旗旄衛毿?.
秋の白虎星は、西に居すわりなんにもしない。
星軍隊を示す旗だけはふわふわさせてはためいて、とりまいている。
・於菟 白虎のこと。楚の地方の方言である。
衛毿 ふさふさしたさま。


既從白帝祠,又食於蠟禮有加。
すでに、秋をつかさどる白帝神社にまつられているのだ、そのうえ大蠟の祭には 追加のお供えもらう身であるという。
・蠟 祭の名。『礼記』に「天子の大蠟、八たび虎を迎ふ」とある。


忍令月被惡物食,枉於汝口插齒牙。
よくもまあこれほどの悪者に月を食わせておくものである。私利私欲にはしる君の口には牙も歯も立派に生えている。(韓愈は若い時に歯が抜けてない。)
 法を悪用して、私利私欲にはしること。また、正しいきまりを曲げて、わがまま勝手に振る舞うこと。▽「枉」は曲げる、ゆがめる意。「徇」はしたがう意。「法 ほう を枉 ま げて私 し に徇 したが う」と訓読する。

中唐詩-262 落歯#2 監察御史 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈詩集-27

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月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#5>Ⅱ中唐詩518 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1638


#4
赤龍黑鳥燒口熱,翎鬣倒側相搪撐。
太陽の馭者の赤龍と太陽に住む九黒烏に口を役ばかりに厚いものを与え、主茎羽とたてがみを折りたたんで互いに突っつかせるのだ。
婪酣大肚遭一飽,饑腸徹死無由鳴。
むさぼりくらわせておなか一杯にしてやり、そして、次にはひもじいおなかになるまで徹底的に食わせずにいたとしてもグーグーおなかを鳴らせることはないだろう。
後時食月罪當死,天羅磕匝何處逃汝刑。
適当な時期をおくらせることでこともあろうに月を食ってしまったので、これは死罪にあたる出来事だ。天網、森羅万象 あまねくもので取り囲んでしまうので隠れるところはどこにもなくなるのだ。
玉川子立於庭而言曰:地行賤臣仝,再拜敢告上天公。
玉川先生は庭先に立って申された。「地上に生活している賤しき臣民の盧仝から、ふたたび礼拝して敢えて天上天子に申しあげたきことがあります。
臣有一寸刃,可刳凶蟆腸。
臣民盧仝には一寸の刃をもっております、これによって、蝦蟇の腸を書ききって抉り出してみせます。
無梯可上天,天階無由有臣蹤。

しかし私には天上に上る梯子がありません、天上天子のきざはしに参上いたして致すことが出来ません。
#5
寄箋東南風,天門西北祈風通。
南の方には朱い鳥が担当しているのであるが、尾っぽの羽は抜け、頭は禿げて肝心な羽さえも跳ね上がって固くなっているのだ。
#6
月蝕於汝頭,汝口開呀呀。
蝦蟆掠汝兩吻過,忍學省事不以汝觜啄蝦蟆。
於菟蹲於西,旗旄衛毿?.
既從白帝祠,又食於蠟禮有加。
忍令月被惡物食,枉於汝口插齒牙。
だから、東南風にのせて、わたしのおもいを手紙によせている。天上の御門には西北の強い風に乗せて風のたよりに祈りを込めるのである。
丁甯附耳莫漏泄,薄命正值飛廉慵。
丁寧にお耳に入れていただき漏れたりこぼれたりしないよう祈っています。なさけないことには風の神である飛廉がどうやらズボラをしたようだ。
東方青色龍,牙角何呀呀。
五行思想でいう、東の方には青竜がひかえており、牙をむき、角を立てて、何とギギーッとかまえているではないか。
從官百餘座,嚼啜煩官家。
百人を超す家来を従えて、やってきてはいるが、お上の世話になって飲んだり食ったりしているだけなのだ。
月蝕汝不知,安用為龍窟天河。
だから月蝕が起こっても知らん顔しているのだ。天の川の河原で、竜がおさまってしまって、どうしてトグロを巻いているだけなのか。
赤鳥司南方,尾禿翅觰沙。

#4
赤龍と黒鳥との口を焼くはかり熱きを、細も藍も倒倒して相塘摸し。
埜離せば大牡も一たび飽くに遭ひ、飢腸も死に徹るまで鳴くに由無けむ。
時に後れて月を食ふ 罪は死に憤る、天羅は薩而重り 何れの虞にか女の刑を逃れしめむ。
玉川子 庭に立ちて 言ひて日く、出石の餞臣なる仝、再拝して敢て上なる天公に告ぐ。
臣一寸の刀を有てり、凶蟆の腸を刳く可し。
梯の天に上る可き無く、天階 臣の躍有るに由無し。

#5
欄を東南風に寄せ。天門の西北 風の通ぜんことを所る
丁甯に耳に附し漏泄する莫れ,薄命なるかな正に飛廉の慵きに值えり。
東方は青色の龍、牙と角と 何ぞ冴呼たる。
徒官 有除塵、囁喧 官家を煩はすに。
月蝕を汝の知らずんは、安を用ってか龍と為って天河に窟する。
赤鳥は南方を司る、尾は禿するも 麹は鮪沙たり。
#6
月蝕 汝の頭に於てするに、汝 口開いて呼呼たるのみ。
蝦蟆 汝の両吻を掠めて過ぐるに、忍んで事を省するを学び 汝の紫を以て蝦毒を啄まず。
於菟ほ西に縛まり、旗施 衛って窮塗たり。
既に自帝に従って両られ、又 蛤に食んで 鮭の加ふる有るに。
忍んで月をして悪物に食はしめ、柾に汝の口に歯牙を括めり。


『月蝕詩效玉川子作』 現代語訳と訳註
(本文)
#5
寄箋東南風,天門西北祈風通。
丁甯附耳莫漏泄,薄命正值飛廉慵。
東方青色龍,牙角何呀呀。
從官百餘座,嚼啜煩官家。
月蝕汝不知,安用為龍窟天河。
赤鳥司南方,尾禿翅觰沙。


(下し文) #5
箋【せん】を東南風に寄せ。天門の西北 風の通ぜんことを祈る。
丁寧に耳に附し漏泄【ろうせい】する莫れ,薄命なるかな正に飛廉【ひれん】の慵【ものう】きに值えり。
東方は青色の龍、牙と角と 何ぞ呀呀【がが】たる。
從官 百餘座、嚼啜【しゃくせつ】官家を煩【わづら】はすに。
月蝕を汝の知らずんは、安を用ってか龍と為って天河に窟【くつ】する。
赤鳥は南方を司る、尾は禿【とく】するも 翅は觰沙【たさ】たり。


(現代語訳)
だから、東南風にのせて、わたしのおもいを手紙によせている。天上の御門には西北の強い風に乗せて風のたよりに祈りを込めるのである。
丁寧にお耳に入れていただき漏れたりこぼれたりしないよう祈っています。なさけないことには風の神である飛廉がどうやらズボラをしたようだ。
五行思想でいう、東の方には青竜がひかえており、牙をむき、角を立てて、何とギギーッとかまえているではないか。
百人を超す家来を従えて、やってきてはいるが、お上の世話になって飲んだり食ったりしているだけなのだ。
だから月蝕が起こっても知らん顔しているのだ。天の川の河原で、竜がおさまってしまって、どうしてトグロを巻いているだけなのか。
南の方には朱い鳥が担当しているのであるが、尾っぽの羽は抜け、頭は禿げて肝心な羽さえも跳ね上がって固くなっているのだ。


(訳注) #5
寄箋東南風,天門西北祈風通。

だから、東南風にのせて、わたしのおもいを手紙によせている。天上の御門には西北の強い風に乗せて風のたよりに祈りを込めるのである。


丁甯附耳莫漏泄,薄命正值飛廉慵。
丁寧にお耳に入れていただき漏れたりこぼれたりしないよう祈っています。なさけないことには風の神である飛廉がどうやらズボラをしたようだ。
飛廉 風の神。
・慵 ものうい,だるい.ずぼらにする。


東方青色龍,牙角何呀呀。
五行思想でいう、東の方には青竜がひかえており、牙をむき、角を立てて、何とギギーッとかまえているではないか。
・東方青色竃 五行思想のこと。『淮南子』の天文訓に「東方は木なり、その獣は蒼竜。南方は火なり、その獣は朱鳥。西方は金なり、その獣は白虎。北方は水なり、その獣は玄武」とあるように。方角と五行と季節とそれをつかさどる獣とが定まっているとむかしの中国人は考えていた。
 ・呀呀 口をあけかまえているさま。

五行関係図

從官百餘座,嚼啜煩官家。
百人を超す家来を従えて、やってきてはいるが、お上の世話になって飲んだり食ったりしているだけなのだ。
・囁畷 かんだりすすったりすること。のみくい。
煩官家 お上のお世話になる。


月蝕汝不知,安用為龍窟天河。
だから月蝕が起こっても知らん顔しているのだ。天の川の河原で、竜がおさまってしまって、どうしてトグロを巻いているだけなのか。
 穴居する。


赤鳥司南方,尾禿翅觰沙。
南の方には朱い鳥が担当しているのであるが、尾っぽの羽は抜け、頭は禿げて肝心な羽さえも跳ね上がって固くなっているのだ。
・觰沙 ピンと上にはねあがっているさま。

月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#4>Ⅱ中唐詩517 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1634

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#4
赤龍黑鳥燒口熱,翎鬣倒側相搪撐。
太陽の馭者の赤龍と太陽に住む九黒烏に口を役ばかりに厚いものを与え、主茎羽とたてがみを折りたたんで互いに突っつかせるのだ。
婪酣大肚遭一飽,饑腸徹死無由鳴。
むさぼりくらわせておなか一杯にしてやり、そして、次にはひもじいおなかになるまで徹底的に食わせずにいたとしてもグーグーおなかを鳴らせることはないだろう。
後時食月罪當死,天羅磕匝何處逃汝刑。
適当な時期をおくらせることでこともあろうに月を食ってしまったので、これは死罪にあたる出来事だ。天網、森羅万象 あまねくもので取り囲んでしまうので隠れるところはどこにもなくなるのだ。
玉川子立於庭而言曰:地行賤臣仝,再拜敢告上天公。
玉川先生は庭先に立って申された。「地上に生活している賤しき臣民の盧仝から、ふたたび礼拝して敢えて天上天子に申しあげたきことがあります。
臣有一寸刃,可刳凶蟆腸。
臣民盧仝には一寸の刃をもっております、これによって、蝦蟇の腸を書ききって抉り出してみせます。
無梯可上天,天階無由有臣蹤。

しかし私には天上に上る梯子がありません、天上天子のきざはしに参上いたして致すことが出来ません。
#5
寄箋東南風,天門西北祈風通。
丁甯附耳莫漏泄,薄命正值飛廉慵。
東方青色龍,牙角何呀呀。
從官百餘座,嚼啜煩官家。
月蝕汝不知,安用為龍窟天河。
赤鳥司南方,尾禿翅觰沙。
#6
月蝕於汝頭,汝口開呀呀。
蝦蟆掠汝兩吻過,忍學省事不以汝觜啄蝦蟆。
於菟蹲於西,旗旄衛毿?.
既從白帝祠,又食於蠟禮有加。
忍令月被惡物食,枉於汝口插齒牙。

#4
赤龍と黒鳥との口を焼くはかり熱きを、細も藍も倒倒して相塘摸し。
埜離せば大牡も一たび飽くに遭ひ、飢腸も死に徹るまで鳴くに由無けむ。
時に後れて月を食ふ 罪は死に憤る、天羅は薩而重り 何れの虞にか女の刑を逃れしめむ。
玉川子 庭に立ちて 言ひて日く、出石の餞臣なる仝、再拝して敢て上なる天公に告ぐ。
臣一寸の刀を有てり、凶蟆の腸を刳く可し。
梯の天に上る可き無く、天階 臣の躍有るに由無し

#5
欄を東南風に寄せ。天門の西北 風の通ぜんことを所る
丁甯に耳に附し漏泄する莫れ,薄命なるかな正に飛廉の慵きに值えり。
東方は青色の龍、牙と角と 何ぞ冴呼たる。
徒官 有除塵、囁喧 官家を煩はすに。
月蝕を汝の知らずんは、安を用ってか龍と為って天河に窟する。
赤鳥は南方を司る、尾は禿するも 麹は鮪沙たり。
#6
月蝕 汝の頭に於てするに、汝 口開いて呼呼たるのみ。
蝦蟆 汝の両吻を掠めて過ぐるに、忍んで事を省するを学び 汝の紫を以て蝦毒を啄まず。
於菟ほ西に縛まり、旗施 衛って窮塗たり。
既に自帝に従って両られ、又 蛤に食んで 鮭の加ふる有るに。
忍んで月をして悪物に食はしめ、柾に汝の口に歯牙を括めり。


『月蝕詩效玉川子作』 現代語訳と訳註
(本文)
#4
赤龍黑鳥燒口熱,翎鬣倒側相搪撐。
婪酣大肚遭一飽,饑腸徹死無由鳴。
後時食月罪當死,天羅磕匝何處逃汝刑。
玉川子立於庭而言曰:地行賤臣仝,再拜敢告上天公。
臣有一寸刃,可刳凶蟆腸。
無梯可上天,天階無由有臣蹤。


(下し文) #4
赤龍と黒鳥との口を焼くはかり熱きを、細も藍も倒倒して相塘摸し。
埜離せば大牡も一たび飽くに遭ひ、飢腸も死に徹るまで鳴くに由無けむ。
時に後れて月を食ふ 罪は死に憤る、天羅は薩而重り 何れの虞にか女の刑を逃れしめむ。
玉川子 庭に立ちて 言ひて日く、出石の餞臣なる仝、再拝して敢て上なる天公に告ぐ。
臣一寸の刀を有てり、凶蟆の腸を刳く可し。
梯の天に上る可き無く、天階 臣の躍有るに由無し。


(現代語訳)
太陽の馭者の赤龍と太陽に住む九黒烏に口を役ばかりに厚いものを与え、主茎羽とたてがみを折りたたんで互いに突っつかせるのだ。
むさぼりくらわせておなか一杯にしてやり、そして、次にはひもじいおなかになるまで徹底的に食わせずにいたとしてもグーグーおなかを鳴らせることはないだろう。
適当な時期をおくらせることでこともあろうに月を食ってしまったので、これは死罪にあたる出来事だ。天網、森羅万象 あまねくもので取り囲んでしまうので隠れるところはどこにもなくなるのだ。
玉川先生は庭先に立って申された。「地上に生活している賤しき臣民の盧仝から、ふたたび礼拝して敢えて天上天子に申しあげたきことがあります。
臣民盧仝には一寸の刃をもっております、これによって、蝦蟇の腸を書ききって抉り出してみせます。
しかし私には天上に上る梯子がありません、天上天子のきざはしに参上いたして致すことが出来ません。


(訳注) #4
赤龍黑鳥燒口熱,翎鬣倒側相搪撐。

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・赤龍黑鳥 日輪を引いてゆく赤龍と太陽に住むという三本足のからす。韓愈『苦寒』「草木不複抽,百味失苦甜。凶飆攪宇宙,铓刃甚割砭。日月雖雲尊,不能活烏蟾。羲和送日出,恇怯頻窺覘。」苦寒 韓愈<45>#2 Ⅱ韓退之(韓愈)詩321 紀頌之の漢詩ブログ 1042
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婪酣大肚遭一飽,饑腸徹死無由鳴。
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後時食月罪當死,天羅磕匝何處逃汝刑。
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臣有一寸刃,可刳凶蟆腸。
臣民盧仝には一寸の刃をもっております、これによって、蝦蟇の腸を書ききって抉り出してみせます。


無梯可上天,天階無由有臣蹤。
しかし私には天上に上る梯子がありません、天上天子のきざはしに参上いたして致すことが出来ません。
無由有臣蹤 わたしの足あとをおくべきところがない。立ち入ることが出来ぬ。

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月蝕詩效玉川子作(憲宗元和五年時為河南令)
玉川先生の「月蝕の詩」の作に傚ってつくる。
#1
元和庚寅鬥插子,月十四日三更中。
憲宗皇帝の元和は庚寅の年、北斗七星の柄の部分の「招揺」が子(ね)の方向真北をさした。810年11月14日の丑三時のことであった。
森森萬木夜僵立,寒氣屭奰頑無風。
万木がシンシンとした中倒れた木もすっくと立った夜の事である。寒気は極寒は天まで抜け、ひしひしとひろがる、そして頑固なまでに風も吹かないのである。
月形如白盤,完完上天東。
月はもう成長して白盤の形のようになっている。完全な満月が天の東方から上ってゆく。
忽然有物來啖之,不知是何蟲。
忽然として起こった万物があるのであるがよって来て これをパクリ食ったのである。この喰ったのは何の虫か認知できないのだ。
如何至神物,遭此狼狽凶。
どうしたことかというと段階を進んで神聖の物にいたっているのである。この事態は進みも退きもならない状態におちいるというわざわいに遭うということだ。
星如撒沙出,攢集爭強雄。
星々は砂まくように輝きはじめ出しゃばりはじめる。寄り集まっては勢力あらそいはどこやらの争いのようである。
#2
油燈不照席,是夕吐焰如長虹。
普段は油燈の明かりは畳いちまい照すことさえもできないのに、今夜のあかりは、その焔が映え虹のように散り吐く明かりとなっている。
玉川子,涕泗下,中庭獨行。
おお、「玉川先生」、涙と鼻水がこぼれおとしながら中庭をひとり彷徨い歩かれている。
念此日月者,為天之眼睛。
この太陽と月のことを考えてみれば、太陽と月は昼と夜の天の目であり、ひとみである。
此猶不自保,吾道何由行。
そのようになお自分自身を守れていないということで、どうして儒者の道を行なうということができるのだ。嘗て聞いことがある古老の言う故事では、おそらく月は「蟾蜍は月の精なり」というではないか。
嘗聞古老言,疑是蝦蟆精。
徑圓千里納女腹,何處養女百醜形。
月は直径が千里の円いおおきなものであるのにそれをおのれの腹にのみこんでしまうとは、どこまで、おのれの体を肥満にして、百面相のドブスになろうというのか。
#3
杷沙腳手鈍,誰使女解緣青冥。
そんなことでのっそのっそと歩いて足は鈍足手は鈍いやつになってしまう。誰がそんな奴に深い青空に攀じ登ることを教えたのだろう。
黃帝有四目,帝舜重其明。
黃帝は太陽と月の四つも目があるというし,舜帝は二つ重って其の明るさである。
今天只兩目,何故許食使偏盲。
今夜の天は普通に二つ目なのだ。それなのにどうして片方食べさせて片目にされたのだろうか。
堯呼大水浸十日,不惜萬國赤子魚頭生。
堯帝は大水を呼びこまれて10日間も水浸しにされた、万国の人民の頭に魚を載せたのが見えたのでやむを得なかったことだろう。
女於此時若食日,雖食八九無嚵名。

三皇帝でさえそうなのだから、もし、太陽を食べられた日に君がその時そこにいたら、8,9つ食べたからといって意地汚いやつと名付けられることはないだろう。


月蝕の詩 玉川子の作に傚ふ
#1
元和庚寅 斗 子を揺す、月の十四日三更の中。
森森たる寓木夜僅立し、寒気屁桑として頑にして夙無し。
月形 自盤の如く、完完として天東に上る。
忽然物有り凍って之を囁ふ、知らず走れ 何の轟ぞ。
如何なれば 至神の物の、此の狼狽の凶に遭ふや。
星は沙を撒けるが如くに出で、樺集して 強雄を学ふ。
#2
油燈席を照らさざるに、是の夕は該を吐くこと長虹の如し。
玉川子、涕泗下って中庭に獨行す。
念ふに 此の日月なる者は、天の眼晴たり。
此すら猶は自らを保たずんは、吾が道何に由ってか行はれむ。
嘗て古老の言を聞けり、疑ふらくは是れ蝦幕の精か と。
徑圓千里なるを女の腹に嗣め、何れの虞にか女が首醜の形を義はむ。

#3
把沙として脚手の鈍なるに、誰か女をして青冥に練るを解せしめしや。
黄帝は四日を有てり、帝舜は其の明を重ねたり。
今 天は 稗だ両目のみなるに、何が故に食ふを許して偏旨ならしむる。
堯は大水を呼びて 十日を浸し、高閲の赤子に魚一頭の生ずるをも惜まざりき。
女 此の時に於て若し日を食はば、八、九を食ふと経も囁なりとの名は無けむ。


『月蝕詩效玉川子作』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
杷沙腳手鈍,誰使女解緣青冥。
黃帝有四目,帝舜重其明。
今天只兩目,何故許食使偏盲。
堯呼大水浸十日,不惜萬國赤子魚頭生。
女於此時若食日,雖食八九無嚵名。


(下し文) #3
把沙として脚手の鈍なるに、誰か女をして青冥に練るを解せしめしや。
黄帝は四日を有てり、帝舜は其の明を重ねたり。
今 天は 稗だ両目のみなるに、何が故に食ふを許して偏旨ならしむる。
堯は大水を呼びて 十日を浸し、高閲の赤子に魚一頭の生ずるをも惜まざりき。
女 此の時に於て若し日を食はば、八、九を食ふと経も囁なりとの名は無けむ。


(現代語訳)
そんなことでのっそのっそと歩いて足は鈍足手は鈍いやつになってしまう。誰がそんな奴に深い青空に攀じ登ることを教えたのだろう。
黃帝は太陽と月の四つも目があるというし,舜帝は二つ重って其の明るさである。
今夜の天は普通に二つ目なのだ。それなのにどうして片方食べさせて片目にされたのだろうか。
堯帝は大水を呼びこまれて10日間も水浸しにされた、万国の人民の頭に魚を載せたのが見えたのでやむを得なかったことだろう。
三皇帝でさえそうなのだから、もし、太陽を食べられた日に君がその時そこにいたら、8,9つ食べたからといって意地汚いやつと名付けられることはないだろう。


(訳注) #3
杷沙腳手鈍,誰使女解緣青冥。

そんなことでのっそのっそと歩いて足は鈍足手は鈍いやつになってしまう。誰がそんな奴に深い青空に攀じ登ることを教えたのだろう。
杷沙 のそのそ歩くさま。
緑青冥 青空によじのぼる。緑は黄緑と熟して用いられる場合と同じ意味。


黃帝有四目,帝舜重其明。
黃帝は太陽と月の四つも目があるというし,舜帝は二つ重って其の明るさである。
黃帝有四目 ・黄帝は神話伝説上では、三皇の治世を継ぎ、中国を統治した五帝の最初の帝であるとされる。また、三皇のうちに数えられることもある。(紀元前2510年~紀元前2448年)。黄帝には四人の重臣がおり、優れた政治を行ったことから、四つの目を持つといわれた。ここでは太陽の目二つ、月の目二つと、四つもあるからひとつくらい失ってもいいではないかという笑い話である。


今天只兩目,何故許食使偏盲。
今夜の天は普通に二つ目なのだ。それなのにどうして片方食べさせて片目にされたのだろうか。


堯呼大水浸十日,不惜萬國赤子魚頭生。
堯帝は大水を呼びこまれて10日間も水浸しにされた、万国の人民の頭に魚を載せたのが見えたのでやむを得なかったことだろう。
・魚頭生 洪水の前触れとして百姓の頭に魚を載せて見えたという益州の故事。


女於此時若食日,雖食八九無嚵名。
三皇帝でさえそうなのだから、もし、太陽を食べられた日に君がその時そこにいたら、8,9つ食べたからといって意地汚いやつと名付けられることはないだろう。


月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#2>Ⅱ中唐詩515 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1626

 

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月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#2>Ⅱ中唐詩515 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1626


月蝕詩效玉川子作(憲宗元和五年時為河南令)
玉川先生の「月蝕の詩」の作に傚ってつくる。
#1
元和庚寅鬥插子,月十四日三更中。
憲宗皇帝の元和は庚寅の年、北斗七星の柄の部分の「招揺」が子(ね)の方向真北をさした。810年11月14日の丑三時のことであった。
森森萬木夜僵立,寒氣屭奰頑無風。
万木がシンシンとした中倒れた木もすっくと立った夜の事である。寒気は極寒は天まで抜け、ひしひしとひろがる、そして頑固なまでに風も吹かないのである。
月形如白盤,完完上天東。
月はもう成長して白盤の形のようになっている。完全な満月が天の東方から上ってゆく。
忽然有物來啖之,不知是何蟲。
忽然として起こった万物があるのであるがよって来て これをパクリ食ったのである。この喰ったのは何の虫か認知できないのだ。
如何至神物,遭此狼狽凶。
どうしたことかというと段階を進んで神聖の物にいたっているのである。この事態は進みも退きもならない状態におちいるというわざわいに遭うということだ。
星如撒沙出,攢集爭強雄。
星々は砂まくように輝きはじめ出しゃばりはじめる。寄り集まっては勢力あらそいはどこやらの争いのようである。
#2
油燈不照席,是夕吐焰如長虹。
普段は油燈の明かりは畳いちまい照すことさえもできないのに、今夜のあかりは、その焔が映え虹のように散り吐く明かりとなっている。
玉川子,涕泗下,中庭獨行。
おお、「玉川先生」、涙と鼻水がこぼれおとしながら中庭をひとり彷徨い歩かれている。
念此日月者,為天之眼睛。
この太陽と月のことを考えてみれば、太陽と月は昼と夜の天の目であり、ひとみである。
此猶不自保,吾道何由行。
そのようになお自分自身を守れていないということで、どうして儒者の道を行なうということができるのだ。
嘗聞古老言,疑是蝦蟆精。
嘗て聞いことがある古老の言う故事では、おそらく月は「蟾蜍は月の精なり」というではないか。
徑圓千里納女腹,何處養女百醜形。

月は直径が千里の円いおおきなものであるのにそれをおのれの腹にのみこんでしまうとは、どこまで、おのれの体を肥満にして、百面相のドブスになろうというのか。
#3
杷沙腳手鈍,誰使女解緣青冥。
黃帝有四目,帝舜重其明。
今天只兩目,何故許食使偏盲。
堯呼大水浸十日,不惜萬國赤子魚頭生。
女於此時若食日,雖食八九無嚵名。

月蝕の詩 玉川子の作に傚ふ
#1
元和庚寅 斗 子を揺す、月の十四日三更の中。
森森たる寓木夜僅立し、寒気屁桑として頑にして夙無し。
月形 自盤の如く、完完として天東に上る。
忽然物有り凍って之を囁ふ、知らず走れ 何の轟ぞ。
如何なれば 至神の物の、此の狼狽の凶に遭ふや。
星は沙を撒けるが如くに出で、樺集して 強雄を学ふ。
#2
油燈席を照らさざるに、是の夕は該を吐くこと長虹の如し。
玉川子、涕泗下って中庭に獨行す。
念ふに 此の日月なる者は、天の眼晴たり。
此すら猶は自らを保たずんは、吾が道何に由ってか行はれむ。
嘗て古老の言を聞けり、疑ふらくは是れ蝦幕の精か と。
徑圓千里なるを女の腹に嗣め、何れの虞にか女が首醜の形を義はむ。
#3
把沙として脚手の鈍なるに、誰か女をして青冥に練るを解せしめしや。
黄帝は四日を有てり、帝舜は其の明を重ねたり。
今 天は 稗だ両目のみなるに、何が故に食ふを許して偏旨ならしむる。
堯は大水を呼びて 十日を浸し、高閲の赤子に魚一頭の生ずるをも惜まざりき。
女 此の時に於て若し日を食はば、八、九を食ふと経も囁なりとの名は無けむ。


韓愈『月蝕詩效玉川子作』(憲宗元和五年時為河南令) 現代語訳と訳註
(本文)
#2
油燈不照席,是夕吐焰如長虹。
玉川子,涕泗下,中庭獨行。
念此日月者,為天之眼睛。
此猶不自保,吾道何由行。
嘗聞古老言,疑是蝦蟆精。
徑圓千里納女腹,何處養女百醜形。


(下し文) #2
油燈席を照らさざるに、是の夕は該を吐くこと長虹の如し。
玉川子、涕泗下って中庭に獨行す。
念ふに 此の日月なる者は、天の眼晴たり。
此すら猶は自らを保たずんは、吾が道何に由ってか行はれむ。
嘗て古老の言を聞けり、疑ふらくは是れ蝦幕の精か と。
徑圓千里なるを女の腹に嗣め、何れの虞にか女が首醜の形を義はむ。


(現代語訳)
普段は油燈の明かりは畳いちまい照すことさえもできないのに、今夜のあかりは、その焔が映え虹のように散り吐く明かりとなっている。
おお、「玉川先生」、涙と鼻水がこぼれおとしながら中庭をひとり彷徨い歩かれている。
この太陽と月のことを考えてみれば、太陽と月は昼と夜の天の目であり、ひとみである。
そのようになお自分自身を守れていないということで、どうして儒者の道を行なうということができるのだ。
嘗て聞いことがある古老の言う故事では、おそらく月は「蟾蜍は月の精なり」というではないか。
月は直径が千里の円いおおきなものであるのにそれをおのれの腹にのみこんでしまうとは、どこまで、おのれの体を肥満にして、百面相のドブスになろうというのか。


(訳注) #2
油燈不照席,是夕吐焰如長虹。
普段は油燈の明かりは畳いちまい照すことさえもできないのに、今夜のあかりは、その焔が映え虹のように散り吐く明かりとなっている。
・不照席 席は腰掛またはベッドにしく敷物、日本の畳表に似たもの。油燈の照明力がよわくて畳一枚分にも及ばないことをいう。


玉川子,涕泗下,中庭獨行。
おお、「玉川先生」、涙と鼻水がこぼれおとしながら中庭をひとり彷徨い歩かれている。
・涕泗 涙が日から出るなみだであるに対し、これは鼻から出るなみだ。儒家の韓愈の涕の語はたくさんあるが面白い使い方はない。
登岳陽樓 唐 杜甫
昔聞洞庭水,今上岳陽樓。
呉楚東南坼,乾坤日夜浮。
親朋無一字,老病有孤舟。
戎馬關山北,憑軒涕泗流。

李商隠『行次西郊作 一百韻』の最期の八句
叩頭出鮮血,滂沱污紫宸。
九重黯已隔,涕泗空沾唇。
使典作尚書,廝養爲將軍。
慎勿道此言,此言未忍聞。


念此日月者,為天之眼睛。
この太陽と月のことを考えてみれば、太陽と月は昼と夜の天の目であり、ひとみである。
・眼睛 目、睛はひとみ。
杜甫『遣興』其四
猛虎憑其威,往往遭急縛。
雷吼徒咆哮,枝撐已在腳。
忽看皮寢處,無複睛閃爍。
人有甚於斯,足以勸元惡。


此猶不自保,吾道何由行。
そのようになお自分自身を守れていないということで、どうして儒者の道を行なうということができるのだ。


嘗聞古老言,疑是蝦蟆精。
嘗て聞いことがある古老の言う故事では、おそらく月は「蟾蜍は月の精なり」というではないか。
・蝦蟆精 ガマの精。『史記』亀策伝に「日は徳を為して天下に君たり。月は刑して相佐け、蝦苺に食はる」とみえ『春秋孔演図』に「蟾蜍は月の精なり」とある。蟾蜍はヒキガエルである。韓愈は『苦寒』の中で“太陽と月は雲に隠されようとも尊ばれるものであるといいながらも、天の法則が乱れれば、日の九羽のカラス、三本足のカラス、月の蛙も生きてはおれないのだ。”日と月の中に鴉とかえるについて述べている。
韓愈『苦寒』 
四時各平分,一氣不可兼。
隆寒奪春序,顓頊固不廉。
太昊弛維綱,畏避但守謙。
遂令黄泉下,萌牙夭句尖。」
草木不複抽,百味失苦甜。
凶飆攪宇宙,铓刃甚割砭。
日月雖雲尊,不能活烏蟾。
羲和送日出,恇怯頻窺覘。」

苦寒 韓愈<45#2 Ⅱ韓退之(韓愈)321 紀頌之の漢詩ブログ 1042


烏蟾 太陽には三本足のカラスが、月にはヒキガエルが、住むと考えられた。
李白「古朗月行」 #2 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 265350
蟾蜍蝕圓影、大明夜已殘。 羿昔落九烏、天人清且安。陰精此淪惑、去去不足觀。 憂來其如何、淒愴摧心肝。(蟾蜍(せんじょ)は 円影を蝕し、大明 夜已に残く。羿(げい)は昔 九鳥を落とし、天人 清く且つ安し。陰精(いんせい) 此に淪惑(りんわく)、去去 観るに足らず。憂 來りて 其れ如何、悽愴(せいそう) 心肝を摧(くだ)く。)
月の中にはヒキガエルがすんでいて、月のまるい影を食べている。月明かりが大きく照らさている夜があり、欠けてしまって夜の明りがのこる。大むかし十個の太陽があっって、日が定まらず困っていたので、弓の名手の羿が、九羽のカラスを射落すことによって、天は清らかに、人びとは安らかになった。天道には、陰と陽があり、陰の象徴である月の梧桐から追い出され后妃を殺し、沈みきって蜀まで迷い逃げた。叛乱軍は衰えるところなく時は、しだいに都を見るかげもないものにして行った。この先行きに対し、憂いのおこるのをどうしたらよいのであろう。この国のことを考えるにつけ、いたみかなしみがとめどなく、わたしの心をこなごなにする。


徑圓千里納女腹,何處養女百醜形。
月は直径が千里の円いおおきなものであるのにそれをおのれの腹にのみこんでしまうとは、どこまで、おのれの体を肥満にして、百面相のドブスになろうというのか。
・径円千里 「日月は径千里」とある。
・女 汝と同じ。
・養 こやす。
・百醜形 極めてみにくい形態。形は形と同じ。


月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#1>Ⅱ中唐詩514 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1622

 
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月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#1>Ⅱ中唐詩514 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1622


月蝕詩效玉川子作(憲宗元和五年時為河南令)
玉川先生の「月蝕の詩」の作に傚ってつくる。
#1
元和庚寅鬥插子,月十四日三更中。
憲宗皇帝の元和は庚寅の年、北斗七星の柄の部分の「招揺」が子(ね)の方向真北をさした。810年11月14日の丑三時のことであった。
森森萬木夜僵立,寒氣屭奰頑無風。
万木がシンシンとした中倒れた木もすっくと立った夜の事である。寒気は極寒は天まで抜け、ひしひしとひろがる、そして頑固なまでに風も吹かないのである。
月形如白盤,完完上天東。
月はもう成長して白盤の形のようになっている。完全な満月が天の東方から上ってゆく。
忽然有物來啖之,不知是何蟲。
忽然として起こった万物があるのであるがよって来て これをパクリ食ったのである。この喰ったのは何の虫か認知できないのだ。
如何至神物,遭此狼狽凶。
どうしたことかというと段階を進んで神聖の物にいたっているのである。この事態は進みも退きもならない状態におちいるというわざわいに遭うということだ。
星如撒沙出,攢集爭強雄。
星々は砂まくように輝きはじめ出しゃばりはじめる。寄り集まっては勢力あらそいはどこやらの争いのようである。
#2
油燈不照席,是夕吐焰如長虹。
玉川子,涕泗下,中庭獨行。
念此日月者,為天之眼睛。
此猶不自保,吾道何由行。
嘗聞古老言,疑是蝦蟆精。
徑圓千里納女腹,何處養女百醜形。
#3
杷沙腳手鈍,誰使女解緣青冥。
黃帝有四目,帝舜重其明。
今天只兩目,何故許食使偏盲。
堯呼大水浸十日,不惜萬國赤子魚頭生。
女於此時若食日,雖食八九無嚵名。
#4
赤龍黑鳥燒口熱,翎鬣倒側相搪撐。
婪酣大肚遭一飽,饑腸徹死無由鳴。
後時食月罪當死,天羅磕匝何處逃汝刑。
玉川子立於庭而言曰:地行賤臣仝,再拜敢告上天公。
臣有一寸刃,可刳凶蟆腸。
無梯可上天,天階無由有臣蹤。
#5
寄箋東南風,天門西北祈風通。
丁甯附耳莫漏泄,薄命正值飛廉慵。
東方青色龍,牙角何呀呀。
從官百餘座,嚼啜煩官家。
月蝕汝不知,安用為龍窟天河。
赤鳥司南方,尾禿翅觰沙。
#6
月蝕於汝頭,汝口開呀呀。
蝦蟆掠汝兩吻過,忍學省事不以汝觜啄蝦蟆。
於菟蹲於西,旗旄衛毿?.
既從白帝祠,又食於蠟禮有加。
忍令月被惡物食,枉於汝口插齒牙。
#7
烏龜怯奸,怕寒縮頸,以殼自遮。
終令誇蛾抉汝出,卜師燒錐鑽灼滿板如星羅。
此外內外官,瑣細不足科。
臣請悉掃除,慎勿許語令啾嘩。
並光全耀歸我月,盲眼鏡淨無纖瑕。
弊蛙拘送主府官,帝箸下腹嘗其皤。
#8
依前使兔操杵臼,玉階桂樹閑婆娑。
姮娥還宮室,太陽有室家。
天雖高,耳屬地。
感臣赤心,使臣知意。雖無明言,潛喻厥旨。
有氣有形,皆吾赤子。雖忿大傷,忍殺孩稚。
還汝月明,安行於次。盡釋眾罪,以蛙磔死。


月蝕の詩 玉川子の作に傚ふ
#1
元和庚寅 斗 子を揺す、月の十四日三更の中。
森森たる寓木夜僅立し、寒気屁桑として頑にして夙無し。
月形 自盤の如く、完完として天東に上る。
忽然物有り凍って之を囁ふ、知らず走れ 何の轟ぞ。
如何なれば 至神の物の、此の狼狽の凶に遭ふや。
星は沙を撒けるが如くに出で、樺集して 強雄を学ふ。
#2
油燈席を照らさざるに、是の夕は該を吐くこと長虹の如し。
玉川子、涕泗下って中庭に獨行す。
念ふに 此の日月なる者は、天の眼晴たり。
此すら猶は自らを保たずんは、吾が道何に由ってか行はれむ。
嘗て古老の言を聞けり、疑ふらくは是れ蝦幕の精か と。
徑圓千里なるを女の腹に嗣め、何れの虞にか女が首醜の形を義はむ。
#3
把沙として脚手の鈍なるに、誰か女をして青冥に練るを解せしめしや。
黄帝は四日を有てり、帝舜は其の明を重ねたり。
今 天は 稗だ両目のみなるに、何が故に食ふを許して偏旨ならしむる。
堯は大水を呼びて 十日を浸し、高閲の赤子に魚一頭の生ずるをも惜まざりき。
女 此の時に於て若し日を食はば、八、九を食ふと経も囁なりとの名は無けむ。
#4
赤龍と黒鳥との口を焼くはかり熱きを、細も藍も倒倒して相塘摸し。
埜離せば大牡も一たび飽くに遭ひ、飢腸も死に徹るまで鳴くに由無けむ。
時に後れて月を食ふ 罪は死に憤る、天羅は薩而重り 何れの虞にか女の刑を逃れしめむ。
玉川子 庭に立ちて 言ひて日く、出石の餞臣なる仝、再拝して敢て上なる天公に告ぐ。
臣一寸の刀を有てり、凶蟆の腸を刳く可し。
梯の天に上る可き無く、天階 臣の躍有るに由無し。
#5
欄を東南風に寄せ。天門の西北 風の通ぜんことを所る
丁甯に耳に附し漏泄する莫れ,薄命なるかな正に飛廉の慵きに值えり。
東方は青色の龍、牙と角と 何ぞ冴呼たる。
徒官 有除塵、囁喧 官家を煩はすに。
月蝕を汝の知らずんは、安を用ってか龍と為って天河に窟する。
赤鳥は南方を司る、尾は禿するも 麹は鮪沙たり。
#6
月蝕 汝の頭に於てするに、汝 口開いて呼呼たるのみ。
蝦蟆 汝の両吻を掠めて過ぐるに、忍んで事を省するを学び 汝の紫を以て蝦毒を啄まず。
於菟ほ西に縛まり、旗施 衛って窮塗たり。
既に自帝に従って両られ、又 蛤に食んで 鮭の加ふる有るに。
忍んで月をして悪物に食はしめ、柾に汝の口に歯牙を括めり。
#7
烏亀は姦に怯え、寒さを伯れて頸を縮め、殻を以て自ら遮る。
終に李蛾をして女を決って出さしむるも、ト師の焼錐もて蹟灼して板に満たして星累の加からしめむのみ。
比の外の内外の官は、賓姫にして絆するに足らず。
臣請ふ 悉く掃除し、償みて語を許して琳辞せしむる勿らしめむ。
光を併せ 輝を全うして 我が月に辞し、盲眼 鏡浄らかにして 織暇も無からしむ。
弊蛙は王府の官に拘迭せん、帝の箸を腹に下して其の暗たるを嘗めたまへ。
#8
前の依く 兎滋して杵と日とを操らしめは、玉階の桂樹は閑にして婆娑たらむ。
姮娥は宮室に還り,太陽は室家有らむ。
天は高しと雉も、耳は地に属せり。
臣が赤心に感じ、臣をして意を知らしむ。
明言する無しと雖も、潜に灰の旨を喩せり。
気有り 形有り、皆 吾が赤子なり。
大いに傷つきしを怠ると雄も、窃椎を殺すに忍びむや。
女に月明を還し、次に安行せしめむ。
轟く衆罪を辞し、蛙を以て礫死せしめむと。


『月蝕詩效玉川子作』 韓愈 現代語訳と訳註
(本文)
月蝕詩效玉川子作(憲宗元和五年時為河南令)
#1
元和庚寅鬥插子,月十四日三更中。
森森萬木夜僵立,寒氣屭奰頑無風。
月形如白盤,完完上天東。
忽然有物來啖之,不知是何蟲。
如何至神物,遭此狼狽凶。
星如撒沙出,攢集爭強雄。


(下し文)
月蝕の詩 玉川子の作に傚ふ
#1
元和庚寅 斗 子を揺す、月の十四日三更の中。
森森たる寓木夜僅立し、寒気屁桑として頑にして夙無し。
月形 自盤の如く、完完として天東に上る。
忽然物有り凍って之を囁ふ、知らず走れ 何の轟ぞ。
如何なれば 至神の物の、此の狼狽の凶に遭ふや。
星は沙を撒けるが如くに出で、樺集して 強雄を学ふ。


(現代語訳)
玉川先生の「月蝕の詩」の作に傚ってつくる。
憲宗皇帝の元和は庚寅の年、北斗七星の柄の部分の「招揺」が子(ね)の方向真北をさした。810年11月14日の丑三時のことであった。
万木がシンシンとした中倒れた木もすっくと立った夜の事である。寒気は極寒は天まで抜け、ひしひしとひろがる、そして頑固なまでに風も吹かないのである。
月はもう成長して白盤の形のようになっている。完全な満月が天の東方から上ってゆく。
忽然として起こった万物があるのであるがよって来て これをパクリ食ったのである。この喰ったのは何の虫か認知できないのだ。
どうしたことかというと段階を進んで神聖の物にいたっているのである。この事態は進みも退きもならない状態におちいるというわざわいに遭うということだ。
星々は砂まくように輝きはじめ出しゃばりはじめる。寄り集まっては勢力あらそいはどこやらの争いのようである。


(訳注) #1
月蝕詩效玉川子作(憲宗元和五年時為河南令)
玉川先生の「月蝕の詩」の作に傚ってつくる。
韓愈の友人の慮全が長篇の「月蝕詩」を作った。奇抜な作品だが、冗漫だったので、そのほぼ半分を削って修飾したのが、これである。效は模倣すること。玉川子は慮全の号である。この詩の場合は添削とか刑削とかの文字を使ったほうが実際には即するが、原作者産全への遠慮から「效」の文字を用いたのである。虞全は済源の人。博学で詩にたくみであり、茶を愛して、有名な「茶歌」がある.文学史家は、韓忽り弟子のうちにひっくるめてtまぅけれども、のちに引Y「盧仝に寄す」 る詩からもても、友人とちるべきであろう。洛陽に近い少室山に隈思していたが、「甘露の変」とよはれる事件にまきこまれ、おのれにかかわりのない罪をかぶって殺された。



元和庚寅鬥插子,月十四日三更中。
憲宗皇帝の元和は庚寅の年、北斗七星の柄の部分の「招揺」が子(ね)の方向真北をさした。810年11月14日の丑三時のことであった。
元和庚寅 810年11月14日
元和五年庚寅の歳、十一月十四日に月蝕があった。
・鬥插子 斗は北斗星。子は十二支の最初のもので、ここでは方角にあてはめていうので、北にあたる。北斗星が北をさすのほ仲冬の十一月で『淮南子』時則訓に「仲冬の月には、招揺、子を指す」という。招揺は北斗の第七星である。第一星は天枢、第二星は旋、第三星は、第四星は権、第五星は玉衡、第六星は開陽、第七星は招揺(揺光)と呼ばれた。第七星が柄の端っこの部分である。
・三更 いまの時間でいうと、午後八時から十時までが初更、十時から十二時までが二更、十二時から午前二時までが三更。丑三つ時にあたる。



森森萬木夜僵立,寒氣屭奰頑無風。
万木がシンシンとした中倒れた木もすっくと立った夜の事である。寒気は極寒は天まで抜け、ひしひしとひろがる、そして頑固なまでに風も吹かないのである。
・森森 木のしげるさま。菅の滞岳の「懐旧拭」 に「相は森森として以て相棒すしの語がみえる。ここでは夜中のシソとしているさまをもあわせて表現しているのである。
僵立 たおれているのが、立ちあがる。『漢書』の五行志に「哀帝の建平三年、零陵に樹あって地に偏る。三月、樹、つひに自らもとの処に立つ」とみえる。
屭奰 さかんで大いなるさま。酔わずに怒るさま、ともいう。この二字は奰屭が正しくて、つとめる、力を出す、というほどの意だ、とする説もある。



月形如白盤,完完上天東。
月はもう成長して白盤の形のようになっている。完全な満月が天の東方から上ってゆく。
・白盤 白い玉でつくった皿。李白の詩に「少時、月を識らず。呼びて白玉盤となす」という有名な句がある。
完完 完全無欠のかたち。見兎とする本があり、それが正しいとする説もあるが、完完で通らないことはない。



忽然有物來啖之,不知是何蟲。
忽然として起こった万物があるのであるがよって来て これをパクリ食うのである。この喰ったのは何の虫か認知できないのだ。
・忽然有物來啖之 突然、月がかけはじめたこと、何物がやって来てこれを食いはじめたのかといっているのである。



如何至神物,遭此狼狽凶。
どうしたことかというと段階を進んで神聖の物にいたっているのである。この事態は進みも退きもならない状態におちいるというわざわいに遭うということだ。
至神物 至って神聖な物。月をさす。『易経』に「天下の至神に非ずんは、孰れか能く此に与らむや」の語がみえる。
狼狽 進みも退きもならない状態におちいること。



星如撒沙出,攢集爭強雄。
星々は砂まくように輝きはじめ出しゃばりはじめる。寄り集まっては勢力あらそいはどこやらの争いのようである。
・賛集争強雄 月がかくれると星のかがやきがはっきりして、いままで見えなかった小さな星までが見えるから、一度にどっと攢集、よりあつまるように感ぜられるのを、こういっている。この詩は、月蝕にかこつけて、当時の政界を諷刺したもので、星についても、一々の人物をあてることも韓愈グループの中にはあったことだろう。

月蝕詩 盧仝 詩<7-#2>Ⅱ中唐詩513 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1618

 
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月蝕詩 盧仝 詩<7-#2>Ⅱ中唐詩513 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1618


卷388_8  月蝕詩 其二盧仝
東海出明月,清明照毫髮。
はるか東海から仲秋の名月が昇ってきた。その清らかなる明月は頭髮の細毛が分かるほど明るく照らしている。
朱弦初罷彈,金兔正奇絕。
朱く宝飾で飾られたことを初めて引くのが止められる。金の兎の輝きはまさにめずらしいことに消えたのである。
三五與二八,此時光滿時。
真冬の明月は日十五夜、十六夜である、この時月の明かりはいっぱいに広がっている。
頗奈蝦蟆兒,吞我芳桂枝。
月に住む蝦蟇の子がどうして傾いてかくれたのか、月のかぐわしい桐の木を食べて飲んでしまったのか。
我愛明鏡潔,爾乃痕翳之。
我々はこの明鏡のようなきよらかなものを愛している、ところが今の月は傷ついたように陰となってきたのだ。
#2
爾且無六翮,焉得升天涯。
月よ、お前にはワシやハヤブサのように六翮の強い羽を持ってはいないであろう、だからどうして天のはてまで登っていくことが出来ようか。
方寸有白刃,無由揚清輝。
心の中に白刃があるのであろう、清らかな輝きをてらすことのためにおしあげる理由はないのだ。
如何萬里光,遭爾小物欺。
どうやってはるかかなた万里までそのひかりをてらそうというのか、おまえもこのちょっとした難題に初めて遭遇したのだな。
卻吐天漢中,良久素魄微。
これまでずっと世界中のその光を照らし続けてきたが、どうしてこう長くしてきたこと、率直な魂をそんなにわずかなものにしたのだ。
日月尚如此,人情良可知。

太陽も月もそうであっても(日蝕、月蝕)その後はこのようにあり続けている。人の心情はそうではなく良いものであると云うことを知るべきである。


東海に明月出づ,清明して毫髮を照す。
朱弦 初めて罷彈す,金兔 正奇 絕つ。
三五と二八,此時 光 滿る時なり。頗【かたむき】奈【いかん】とす 蝦蟆【かばく】の兒,我を吞むは芳しき桂枝なり。
我を愛すは明鏡の潔なり,爾じ乃ち翳の之を痕けん。

爾 且て六翮無く,焉んぞ天涯の升るを得んや。
方寸にして白刃有り,由無くは清輝に揚る。
如何する萬里の光,爾 小物の欺に遭う。
卻って天の漢中に吐く,良く久しく 素魄微にす。
日月 尚お 此の如く,人情 良しく知る可し。


『月蝕詩』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
爾且無六翮,焉得升天涯。方寸有白刃,無由揚清輝。
如何萬里光,遭爾小物欺。卻吐天漢中,良久素魄微。
日月尚如此,人情良可知。


(下し文)
爾 且て六翮無く,焉んぞ天涯の升るを得んや。
方寸にして白刃有り,由無くは清輝に揚る。
如何する萬里の光,爾 小物の欺に遭う。
卻って天の漢中に吐く,良く久しく 素魄微にす。
日月 尚お 此の如く,人情 良しく知る可し。


(現代語訳)
月よ、お前にはワシやハヤブサのように六翮の強い羽を持ってはいないであろう、だからどうして天のはてまで登っていくことが出来ようか。
心の中に白刃があるのであろう、清らかな輝きをてらすことのためにおしあげる理由はないのだ。
どうやってはるかかなた万里までそのひかりをてらそうというのか、おまえもこのちょっとした難題に初めて遭遇したのだな。
これまでずっと世界中のその光を照らし続けてきたが、どうしてこう長くしてきたこと、率直な魂をそんなにわずかなものにしたのだ。
太陽も月もそうであっても(日蝕、月蝕)その後はこのようにあり続けている。人の心情はそうではなく良いものであると云うことを知るべきである。


(訳注)
#2
爾且無六翮,焉得升天涯。
月よお前にはワシやハヤブサのように六翮の強い羽を持ってはいないであろう、だからどうして天のはてまで登っていくことが出来ようか
・六翮 翮は翅のもと。羽の茎。『顏子』に云ふ、「雕、一名鷲。其の翮用って箭羽と為すべし」と。蓋し雕隼は六翮、皆風に乗り軽勁なり。故に以て箭羽と為すに堪へたり。『禽經』に曰く、「雕以て之を周し、鷲以て之を就す」と。


方寸有白刃,無由揚清輝。
心の中に白刃があるのであろう、清らかな輝きをてらすことのためにおしあげる理由はないのだ。
・方寸 胸のうち、こころもち。せまいところ。寒山「方寸底模様」白居易「方寸甚安」とある。


如何萬里光,遭爾小物欺。
どうやってはるかかなた万里までそのひかりをてらそうというのか、おまえもこのちょっとした難題に初めて遭遇したのだな。


卻吐天漢中,良久素魄微。
これまでずっと世界中のその光を照らし続けてきたが、どうしてこう長くしてきたこと、率直な魂をそんなにわずかなものにしたのだ。


日月尚如此,人情良可知。
太陽も月もそうであっても(日蝕、月蝕)その後はこのようにあり続けている。人の心情はそうではなく良いものであると云うことを知るべきである。

○人情良可知 盧仝は性善説。


韓愈
月蝕詩效玉川子作(憲宗元和五年時為河南令)
#1
元和庚寅鬥插子,月十四日三更中。
森森萬木夜僵立,寒氣屭奰頑無風。
月形如白盤,完完上天東。
忽然有物來啖之,不知是何蟲。
如何至神物,遭此狼狽凶。
星如撒沙出,攢集爭強雄。
#2
油燈不照席,是夕吐焰如長虹。
玉川子,涕泗下,中庭獨行。
念此日月者,為天之眼睛。
此猶不自保,吾道何由行。
嘗聞古老言,疑是蝦蟆精。
徑圓千里納女腹,何處養女百醜形。
#3
杷沙腳手鈍,誰使女解緣青冥。
黃帝有四目,帝舜重其明。
今天只兩目,何故許食使偏盲。
堯呼大水浸十日,不惜萬國赤子魚頭生。
女於此時若食日,雖食八九無嚵名。
#4
赤龍黑鳥燒口熱,翎鬣倒側相搪撐。
婪酣大肚遭一飽,饑腸徹死無由鳴。
後時食月罪當死,天羅磕匝何處逃汝刑。
玉川子立於庭而言曰:地行賤臣仝,再拜敢告上天公。
臣有一寸刃,可刳凶蟆腸。
無梯可上天,天階無由有臣蹤。
#5
寄箋東南風,天門西北祈風通。
丁甯附耳莫漏泄,薄命正值飛廉慵。
東方青色龍,牙角何呀呀。
從官百餘座,嚼啜煩官家。
月蝕汝不知,安用為龍窟天河。
赤鳥司南方,