漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

四言古詩

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

剥啄行 韓退之(韓愈)詩<82-#3>Ⅱ中唐詩469 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1486

      
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剥啄行 韓退之(韓愈)詩<82-#3>Ⅱ中唐詩469 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1486


剝啄行
剝剝啄啄,有客至門。
こつこつ、とんとん、誰か客が来て戸を叩く。
我不出應,客去而嗔。
私はそれに門に出ないで応じないのである、すると客はぷんぷんしながら帰ってしまう。
從者語我,子胡為然。
すると従者が私に語りかけてくる。「あなたはどうしてそんなことをするのですか」と。
我不厭客,困於語言。
「私はその客がいやなのではない、(私が注目されてきて)何かと噂をたてられて、それでひどい目にあっているのだ。」
欲不出納,以堙其源。
そして、「だから客の出入りを避け、その源を断ちたいと思っているのだ。」
空堂幽幽,有秸有莞。
「奥座敷はひっそりと薄暗くして空けているし、私は座る藁の敷物があるし、客用のイ草によるむしろまで備えている。」
剝剝【はくはく】啄啄【たくたく】,客有りて門に至る。
我出でて應えず,客去りて嗔【いか】る。
從者 我に語る,子 胡為【なんすれ】ぞ然【しか】る。
我 客を厭【いと】わず,語言に困【くる】しめり。
出納せずして,以って其の源を堙【ふさ】がんと欲す。
空堂 幽幽とし,秸【かつ】有りて莞有る。


門以兩板,叢書於間。
戸は二枚の板であるが、なかに書物が多く集まって、生活に関ることはない。
窅窅深塹,其墉甚完。
それは私の世界には底も知れぬ深い堀をめぐらし、しごく完全な垣を設けているようなものである。
彼寧可隳,此不可幹。
それから、あちらの備えは崩すことはできないし、こちらにも手がつけられないことだろう。(悪口に対する防御は完全なのだ)
從者語我,嗟子誠難。
すると従者は私に向かって言った「ああ、そんなことで悪口が防げると思っておいでのようですが、ほんとうはそれではむずかしいのですよ。」
子雖雲爾,其口益蕃。
すると従者は私に向かって言った「ああ、そんなことで悪口が防げると思っておいでのようですが、ほんとうはそれではむずかしいのですよ。」
我為子謀,有萬其全。
つづいて「それに、あなた様はそう言うけれど、人の口はますますうるさくなるものです。」
そして、「我々があなたのために考えてあげても、万全の策というものはありません。」
門は兩板を以てし,書を間に於て叢む。
窅窅【ようよう】たる深塹【しんざん】,其の墉【よう】甚だ完【まっと】うし。
彼【かしこ】は寧【いずく】んぞ隳【おと】す可けん,此は幹す可からず。
從者 我に語る,嗟 子誠に難し。
子は爾【しか】雲【い】うと雖も,其の口 益【ますます】蕃【しげ】し。
我 子が為に謀るに,萬も其れ全きこと有らんや。

凡今之人,急名與官。
子不引去,與為波瀾。
雖不開口,雖不開關。
變化咀嚼,有鬼有神。
今去不勇,其如後艱。
我謝再拜,汝無複雲。
往追不及,來不有年。
おおむね今の人は、名誉・名声と官位とに敏感なものです。
あなたが今の地位から身を引いて去らないかぎり、妬みによる問題を作りだすでしょう。
あなたが口を開くわけではないと云えども、門戸、口火をきらずとも、
変化が起ったり、噛みくだかれたりするのは、靈がおり、神がいると思うほどに測りがたいものです。
いま勇気を奮って去らなければ、あとでむずかしい問題が起こるのを防ぎようはないのです」
私は従者に礼を言って、再拝しながら、「おまえはもうそれ以上は言ってくれるな。
過去のことはもう追いつかないし、将来につながることは、この年内に決着をつけるから」と告げたのだ。
凡【おおよ】そ今の人,名と官とに急なり。
子 引きて去らずんば,與【ため】に波瀾【はらん】を為さん。
口を開かずと雖も,關【かん】を開かずと雖も。
變化 咀嚼【そしゃく】し,鬼有りて神有り。
今去って勇ならずんば,其れ後の艱を如【いか】んせん。
我謝して再拜す,汝 複た雲【い】うことなかれ。
往は追うも及ばず,來は有年らじと。


現代語訳と訳註
(本文)

凡今之人,急名與官。子不引去,與為波瀾。
雖不開口,雖不開關。變化咀嚼,有鬼有神。
今去不勇,其如後艱。我謝再拜,汝無複雲。
往追不及,來不有年。


(下し文)
凡【おおよ】そ今の人,名と官とに急なり。
子 引きて去らずんば,與【ため】に波瀾【はらん】を為さん。
口を開かずと雖も,關【かん】を開かずと雖も。
變化 咀嚼【そしゃく】し,鬼有りて神有り。
今去って勇ならずんば,其れ後の艱を如【いか】んせん。
我謝して再拜す,汝 複た雲【い】うことなかれ。
往は追うも及ばず,來は有年らじと。


(現代語訳)
おおむね今の人は、名誉・名声と官位とに敏感なものです。
あなたが今の地位から身を引いて去らないかぎり、妬みによる問題を作りだすでしょう。
あなたが口を開くわけではないと云えども、門戸、口火をきらずとも、
変化が起ったり、噛みくだかれたりするのは、靈がおり、神がいると思うほどに測りがたいものです。
いま勇気を奮って去らなければ、あとでむずかしい問題が起こるのを防ぎようはないのです」
私は従者に礼を言って、再拝しながら、「おまえはもうそれ以上は言ってくれるな。
過去のことはもう追いつかないし、将来につながることは、この年内に決着をつけるから」と告げたのだ。


(訳注)
凡今之人,急名與官。
おおむね今の人は、名誉・名声と官位とに敏感なものです。


子不引去,與為波瀾。
あなたが今の地位から身を引いて去らないかぎり、妬みによる問題を作りだすでしょう。


雖不開口,雖不開關。
あなたが口を開くわけではないと云えども、門戸、口火をきらずとも、


變化咀嚼,有鬼有神。
変化が起ったり、噛みくだかれたりするのは、靈がおり、神がいると思うほどに測りがたいものです。


今去不勇,其如後艱。
いま勇気を奮って去らなければ、あとでむずかしい問題が起こるのを防ぎようはないのです」


我謝再拜,汝無複雲。
私は従者に礼を言って、再拝しながら、「おまえはもうそれ以上は言ってくれるな。


往追不及,來不有年。
過去のことはもう追いつかないし、将来につながることは、この年内に決着をつけるから」と告げたのだ。


剥啄行 韓退之(韓愈)詩<82-#2>Ⅱ中唐詩468 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1483

      
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剝啄行
剝剝啄啄,有客至門。
こつこつ、とんとん、誰か客が来て戸を叩く。
我不出應,客去而嗔。
私はそれに門に出ないで応じないのである、すると客はぷんぷんしながら帰ってしまう。
從者語我,子胡為然。
すると従者が私に語りかけてくる。「あなたはどうしてそんなことをするのですか」と。
我不厭客,困於語言。
「私はその客がいやなのではない、(私が注目されてきて)何かと噂をたてられて、それでひどい目にあっているのだ。」
欲不出納,以堙其源。
そして、「だから客の出入りを避け、その源を断ちたいと思っているのだ。」
空堂幽幽,有秸有莞。
「奥座敷はひっそりと薄暗くして空けているし、私は座る藁の敷物があるし、客用のイ草によるむしろまで備えている。」
剝剝【はくはく】啄啄【たくたく】,客有りて門に至る。
我出でて應えず,客去りて嗔【いか】る。
從者 我に語る,子 胡為【なんすれ】ぞ然【しか】る。
我 客を厭【いと】わず,語言に困【くる】しめり。
出納せずして,以って其の源を堙【ふさ】がんと欲す。
空堂 幽幽とし,秸【かつ】有りて莞有る。


門以兩板,叢書於間。
戸は二枚の板であるが、なかに書物が多く集まって、生活に関ることはない。
窅窅深塹,其墉甚完。
それは私の世界には底も知れぬ深い堀をめぐらし、しごく完全な垣を設けているようなものである。
彼寧可隳,此不可幹。
それから、あちらの備えは崩すことはできないし、こちらにも手がつけられないことだろう。(悪口に対する防御は完全なのだ)
從者語我,嗟子誠難。
すると従者は私に向かって言った「ああ、そんなことで悪口が防げると思っておいでのようですが、ほんとうはそれではむずかしいのですよ。」
子雖雲爾,其口益蕃。
すると従者は私に向かって言った「ああ、そんなことで悪口が防げると思っておいでのようですが、ほんとうはそれではむずかしいのですよ。」
我為子謀,有萬其全。
つづいて「それに、あなた様はそう言うけれど、人の口はますますうるさくなるものです。」
そして、「我々があなたのために考えてあげても、万全の策というものはありません。」

門は兩板を以てし,書を間に於て叢む。
窅窅【ようよう】たる深塹【しんざん】,其の墉【よう】甚だ完【まっと】うし。
彼【かしこ】は寧【いずく】んぞ隳【おと】す可けん,此は幹す可からず。
從者 我に語る,嗟 子誠に難し。
子は爾【しか】雲【い】うと雖も,其の口 益【ますます】蕃【しげ】し。
我 子が為に謀るに,萬も其れ全きこと有らんや。

凡今之人,急名與官。子不引去,與為波瀾。
雖不開口,雖不開關。變化咀嚼,有鬼有神。
今去不勇,其如後艱。我謝再拜,汝無複雲。
往追不及,來不有年。


現代語訳と訳註
(本文)

門以兩板,叢書於間。窅窅深塹,其墉甚完。
彼寧可隳,此不可幹。從者語我,嗟子誠難。
子雖雲爾,其口益蕃。我為子謀,有萬其全。


(下し文)
門は兩板を以てし,書を間に於て叢む。
窅窅【ようよう】たる深塹【しんざん】,其の墉【よう】甚だ完【まっと】うし。
彼【かしこ】は寧【いずく】んぞ隳【おと】す可けん,此は幹す可からず。
從者 我に語る,嗟 子誠に難し。
子は爾【しか】雲【い】うと雖も,其の口 益【ますます】蕃【しげ】し。
我 子が為に謀るに,萬も其れ全きこと有らんや。


(現代語訳)
戸は二枚の板であるが、なかに書物が多く集まって、生活に関ることはない。
それは私の世界には底も知れぬ深い堀をめぐらし、しごく完全な垣を設けているようなものである。
それから、あちらの備えは崩すことはできないし、こちらにも手がつけられないことだろう。(悪口に対する防御は完全なのだ)
すると従者は私に向かって言った「ああ、そんなことで悪口が防げると思っておいでのようですが、ほんとうはそれではむずかしいのですよ。」
すると従者は私に向かって言った「ああ、そんなことで悪口が防げると思っておいでのようですが、ほんとうはそれではむずかしいのですよ。」
つづいて「それに、あなた様はそう言うけれど、人の口はますますうるさくなるものです。」
そして、「我々があなたのために考えてあげても、万全の策というものはありません。」


(訳注)
門以兩板,叢書於間。

戸は二枚の板であるが、なかに書物が多く集まって、生活に関ることはない。


窅窅深塹,其墉甚完。
それは私の世界には底も知れぬ深い堀をめぐらし、しごく完全な垣を設けているようなものである。


彼寧可隳,此不可幹。
それから、あちらの備えは崩すことはできないし、こちらにも手がつけられないことだろう。(悪口に対する防御は完全なのだ)


從者語我,嗟子誠難。
すると従者は私に向かって言った「ああ、そんなことで悪口が防げると思っておいでのようですが、ほんとうはそれではむずかしいのですよ。」


子雖雲爾,其口益蕃。
つづいて「それに、あなた様はそう言うけれど、人の口はますますうるさくなるものです。」


我為子謀,有萬其全。
そして、「我々があなたのために考えてあげても、万全の策というものはありません。」

剥啄行 韓退之(韓愈)詩<82-#1>Ⅱ中唐詩467 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1480

      
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剝啄行
剝剝啄啄,有客至門。
こつこつ、とんとん、誰か客が来て戸を叩く。
我不出應,客去而嗔。
私はそれに門に出ないで応じないのである、すると客はぷんぷんしながら帰ってしまう。
從者語我,子胡為然。
すると従者が私に語りかけてくる。「あなたはどうしてそんなことをするのですか」と。
我不厭客,困於語言。
「私はその客がいやなのではない、(私が注目されてきて)何かと噂をたてられて、それでひどい目にあっているのだ。」
欲不出納,以堙其源。
そして、「だから客の出入りを避け、その源を断ちたいと思っているのだ。」
空堂幽幽,有秸有莞。
「奥座敷はひっそりと薄暗くして空けているし、私は座る藁の敷物があるし、客用のイ草によるむしろまで備えている。」
剝剝【はくはく】啄啄【たくたく】,客有りて門に至る。
我出でて應えず,客去りて嗔【いか】る。
從者 我に語る,子 胡為【なんすれ】ぞ然【しか】る。
我 客を厭【いと】わず,語言に困【くる】しめり。
出納せずして,以って其の源を堙【ふさ】がんと欲す。
空堂 幽幽とし,秸【かつ】有りて莞有る。

門以兩板,叢書於間。窅窅深塹,其墉甚完。
彼寧可隳,此不可幹。從者語我,嗟子誠難。
子雖雲爾,其口益蕃。我為子謀,有萬其全。


凡今之人,急名與官。子不引去,與為波瀾。
雖不開口,雖不開關。變化咀嚼,有鬼有神。
今去不勇,其如後艱。我謝再拜,汝無複雲。
往追不及,來不有年。


現代語訳と訳註
(本文)
剝啄行
剝剝啄啄,有客至門。我不出應,客去而嗔。
從者語我,子胡為然。我不厭客,困於語言。
欲不出納,以堙其源。空堂幽幽,有秸有莞。


(下し文) 剝啄行
剝剝【はくはく】啄啄【たくたく】,客有りて門に至る。
我出でて應えず,客去りて嗔【いか】る。
從者 我に語る,子 胡為【なんすれ】ぞ然【しか】る。
我 客を厭【いと】わず,語言に困【くる】しめり。
出納せずして,以って其の源を堙【ふさ】がんと欲す。
空堂 幽幽とし,秸【かつ】有りて莞有る。


(現代語訳)
こつこつ、とんとん、誰か客が来て戸を叩く。
私はそれに門に出ないで応じないのである、すると客はぷんぷんしながら帰ってしまう。
すると従者が私に語りかけてくる。「あなたはどうしてそんなことをするのですか」と。
「私はその客がいやなのではない、(私が注目されてきて)何かと噂をたてられて、それでひどい目にあっているのだ。」
そして、「だから客の出入りを避け、その源を断ちたいと思っているのだ。」
「奥座敷はひっそりと薄暗くして空けているし、私は座る藁の敷物があるし、客用のイ草によるむしろまで備えている。」


(訳注)
剝啄行

此の詩は架空の対話である。「従者」という架空人物と、韓愈とのものがたりである。都へもどってまた出世街道を歩きはじめた彼を、中傷が再び取り巻きだした。また儒者の韓愈は、とかくじ禍を招きやすいところがあったように見える。韓門の若い連中が相手ならそれでもすんだであろうが、官僚社会のなかでは容赦してもらえない。
韓愈はついに、地位を去ることまで考えたことを楽府にしたものである。
807年元和二年長安の作。この後、洛陽勤務となる。


剝剝啄啄,有客至門。
こつこつ、とんとん、誰か客が来て戸を叩く。
剝剝 【はがす】. 表面に付着している物やおおっている物を、めくりとる。はぎとる。  【はぐ】. おおっているものを、めくるようにして取り除く。身につけているものを取り去る。脱がす。 奪い取る。取り上げる。
・啄啄 鳥が物をついばむ音。戸をたたく音


我不出應,客去而嗔。
私はそれに門に出ないで応じないのである、すると客はぷんぷんしながら帰ってしまう。
出應 家門に出て対応しない。客は中にいるとわかっていてもどうしようもない。
 1 怒ること。いきどおること。2 仏語。三毒・十悪の一。自分の心に逆らうものを怒り恨むこと。


從者語我,子胡為然。
すると従者が私に語りかけてくる。「あなたはどうしてそんなことをするのですか」と。


我不厭客,困於語言。
「私はその客がいやなのではない、(私が注目されてきて)何かと噂をたてられて、それでひどい目にあっているのだ。」


欲不出納,以堙其源。
そして、「だから客の出入りを避け、その源を断ちたいと思っているのだ。」


空堂幽幽,有秸有莞。
「奥座敷はひっそりと薄暗くして空けているし、私は座る藁の敷物があるし、客用のイ草によるむしろまで備えている。」
 脱穀した後の作物の茎秸秆同前.麦秸麦わら.豆秸豆がら.
 1 植物の名。フトイ。また、イで織ったむしろ。「莞席」 2 にこやかに笑うさま。

元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#18>Ⅱ中唐詩465 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1474

      
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元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#18>Ⅱ中唐詩465 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1474
<18最終回>


皇帝大孝,慈祥悌友。
皇帝はひろく親孝行を大事にし、いつくしみぶかく友愛をあつくする。
怡怡愉愉,奉太皇后。
山ほどのたのしげなさまは皇太后、皇后様に奉る。
浹於族親,濡及九有。
徳のゆきわたる施政は親族にたたるまであまねくおこなわれ、徳の恩沢は九つ国、通津浦々におよんだ。
天錫皇帝,與天齊壽。
天は憲宗皇帝を賜れ、天子は福寿を等しく与えられた。
登茲太平,無怠永久。
このような太平の世を与えられる天子になられた、この努力は永久に怠ることはないであろう。
億載萬年,為父為母。
憶万年末代に至るまで天子は国民の父と為し、母と為す。
博士臣愈,職是訓詁。
権知国子博士をいただいている臣下の韓愈としては、この職を全うし訓詁するのである。
作為歌詩,以配吉甫。
このように詩として詠いあげ、周の宣王の賢臣尹吉甫の技を学んでいくことになる。


現代語訳と訳註
(本文)

皇帝大孝,慈祥悌友。怡怡愉愉,奉太皇后。
浹於族親,濡及九有。天錫皇帝,與天齊壽。
登茲太平,無怠永久。億載萬年,為父為母。
博士臣愈,職是訓詁。作為歌詩,以配吉甫。


(下し文)
皇帝は大孝にして,悌友【ていゆう】に慈祥【じしょう】し。
怡怡【いい】愉愉【ゆゆ】として,太【たい】皇后【こうごう】に奉ず。
族親【ぞくしん】に浹【あまね】くして,濡 九有【きゅうゆう】に及ぶ。
天 皇帝に錫【たま】い,天と壽とを齊【ひと】しうする。
茲【こ】の太平に登って,永久に怠【おこた】ること無けむ。
億載 萬年,父と為り母と為る。
博士 臣愈【しんゆ】,是の訓詁【くんわ】を職とする。
歌詩を作為し,以って吉甫【きっぽ】に配す。


(現代語訳)
皇帝はひろく親孝行を大事にし、いつくしみぶかく友愛をあつくする。
山ほどのたのしげなさまは皇太后、皇后様に奉る。
徳のゆきわたる施政は親族にたたるまであまねくおこなわれ、徳の恩沢は九つ国、通津浦々におよんだ。
天は憲宗皇帝を賜れ、天子は福寿を等しく与えられた。
このような太平の世を与えられる天子になられた、この努力は永久に怠ることはないであろう。
憶万年末代に至るまで天子は国民の父と為し、母と為す。
権知国子博士をいただいている臣下の韓愈としては、この職を全うし訓詁するのである。
このように詩として詠いあげ、周の宣王の賢臣尹吉甫の技を学んでいくことになる。


(訳注)#18・16
皇帝大孝,慈祥悌友。
皇帝はひろく親孝行を大事にし、いつくしみぶかく友愛をあつくする。
慈祥 いつくしみぶかい。
悌友 友愛があつい。


怡怡愉愉,奉太皇后。
山ほどのたのしげなさまは皇太后、皇后様に奉る。
怡怡愉愉 たのしげなさま。


浹於族親,濡及九有。
徳のゆきわたる施政は親族にたたるまであまねくおこなわれ、徳の恩沢は九つ国、通津浦々におよんだ。
・浹 徳のゆきわたること。
・濡 恩沢。
・九有 九州、すなわち中国全土。


天錫皇帝,與天齊壽。
天は憲宗皇帝を賜れ、天子は福寿を等しく与えられた。


登茲太平,無怠永久。
このような太平の世を与えられる天子になられた、この努力は永久に怠ることはないであろう。
登茲太平 この太平の世に天子の位にのぼられて、というほどの意であろう。二年つづけて五穀が豊穣であることを平、三年つづくときを太平という。もっとも、ここでいう太平は、それにはかかわらない。


億載萬年,為父為母。
憶万年末代に至るまで天子は国民の父と為し、母と為す。
 

博士臣愈,職是訓詁。
権知国子博士をいただいている臣下の韓愈としては、この職を全うし訓詁するのである。
訓詁 字義を解きあかすこと。転じて、歌謡すること。


作為歌詩,以配吉甫。
このように詩として詠いあげ、周の宣王の賢臣尹吉甫の技を学んでいくことになる。
 ならぶ。
吉甫 周の宣王の賢臣尹吉甫

元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#17>Ⅱ中唐詩464 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1471


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元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#17>Ⅱ中唐詩464 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1471


#17・15
無召水旱,耗於雀鼠。
天災地変も政治家の責任なので大水も日照り続きもないようにする、作物をつつくスズメや蔵に出る鼠などもいなくなるようにする。
億載萬年,有富無窶。
憶万年末代に至るまで富める者を増加させていき、貧乏なものをなくしていく。
皇帝正直,別白善否。
皇帝は正しく実直でなければいけないし、良いことも悪いことも白日の下に分かたれている。
擅命而狂,既翦既去。
命令・規律に従わないものは狂ったものとされ、そうしたものは罪とし追放されさらに斬殺される。
盡逐群奸,靡有遺侶。
数多いる利己的な悪い家臣をことごとく追放し、のこっている連中は宦官に至るまで残さない。
天錫皇帝,厖臣碩輔。
天は憲宗皇帝を賜れ、すぐれた臣下と、徳ある輔佐役を与え賜いた。
博問遐觀,以置左右。
天下のことにつき、くまなくたずね、遠くまで観察するために左右にそういう役割の宰相をおかれた。
億載萬年,無敢餘侮。

憶万年末代に至るまでわがきみを侮ろうとするよぅなものは存在しない。
水旱【すいかん】を召き,於雀鼠【じゃくそ】に耗ゆる無けむ。
億載 萬年,富める有りて窶【まずしき】無けむ。
皇帝 正直にして,善否を別白す。
命を擅【ほしいまま】にして狂せるは,既に翦り 既に去り。
盡【ことごと】く 群奸【ぐんかん】を逐い,遺侶【いりょ】有ること靡【な】し。
天 皇帝に錫【たま】い,厖臣【ぼうしん】碩輔【せきほ】あり。
博【ひろ】く問い 遐【とお】く觀,以って左右に置く。
億載 萬年,敢て餘【われ】を侮【あなど】るもの無けむ。


現代語訳と訳註
(本文)
#17・15
無召水旱,耗於雀鼠。億載萬年,有富無窶。
皇帝正直,別白善否。擅命而狂,既翦既去。
盡逐群奸,靡有遺侶。天錫皇帝,厖臣碩輔。
博問遐觀,以置左右。億載萬年,無敢餘侮。


(下し文)
水旱【すいかん】を召き,於雀鼠【じゃくそ】に耗ゆる無けむ。
億載 萬年,富める有りて窶【まずしき】無けむ。
皇帝 正直にして,善否を別白す。
命を擅【ほしいまま】にして狂せるは,既に翦り 既に去り。
盡【ことごと】く 群奸【ぐんかん】を逐い,遺侶【いりょ】有ること靡【な】し。
天 皇帝に錫【たま】い,厖臣【ぼうしん】碩輔【せきほ】あり。
博【ひろ】く問い 遐【とお】く觀,以って左右に置く。
億載 萬年,敢て餘【われ】を侮【あなど】るもの無けむ。


(現代語訳)
天災地変も政治家の責任なので大水も日照り続きもないようにする、作物をつつくスズメや蔵に出る鼠などもいなくなるようにする。
憶万年末代に至るまで富める者を増加させていき、貧乏なものをなくしていく。
皇帝は正しく実直でなければいけないし、良いことも悪いことも白日の下に分かたれている。
命令・規律に従わないものは狂ったものとされ、そうしたものは罪とし追放されさらに斬殺される。
数多いる利己的な悪い家臣をことごとく追放し、のこっている連中は宦官に至るまで残さない。
天は憲宗皇帝を賜れ、すぐれた臣下と、徳ある輔佐役を与え賜いた。
天下のことにつき、くまなくたずね、遠くまで観察するために左右にそういう役割の宰相をおかれた。
憶万年末代に至るまでわがきみを侮ろうとするよぅなものは存在しない。


(訳注) #17・15
無召水旱,耗於雀鼠。

天災地変も政治家の責任なので大水も日照り続きもないようにする、作物をつつくスズメや蔵に出る鼠などもいなくなるようにする。
無召水草 大水やひでりがやって来ない。召は招と同義。天災地変も政治家の責任だと、中国では考えられていた。


億載萬年,有富無窶。
憶万年末代に至るまで富める者を増加させていき、貧乏なものをなくしていく。
・窶 貧乏。


皇帝正直,別白善否。
皇帝は正しく実直でなければいけないし、良いことも悪いことも白日の下に分かたれている。
別白 判別する。


擅命而狂,既翦既去。
命令・規律に従わないものは狂ったものとされ、そうしたものは罪とし追放されさらに斬殺される。
檀命 命令をほしいままにして規律に従わない。


盡逐群奸,靡有遺侶。
数多いる利己的な悪い家臣をことごとく追放し、のこっている連中は宦官に至るまで残さない。
遺侶 のこっている連中。


天錫皇帝,厖臣碩輔。
天は憲宗皇帝を賜れ、すぐれた臣下と、徳ある輔佐役を与え賜いた。
厖臣碩輔 すぐれた臣下と、徳ある輔佐役。


博問遐觀,以置左右。
天下のことにつき、くまなくたずね、遠くまで観察するために左右にそういう役割の宰相をおかれた。
博問遐觀 天下のことにつき、くまなくたずね、とおくまで観察するために。
 

億載萬年,無敢餘侮。
憶万年末代に至るまでわがきみを侮ろうとするよぅなものは存在しない。
・無敢余侮 わがきみを侮ろうとするよぅなものは存在しない。『詩経豳風、鴟鴞【しきょう】』「今女下民、或敢侮予。」(今、汝 下民、敢て予を侮ること或らむや)の句が見える。ここでは、それに、少しことなった意味を与えて使ったのである。

元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#16>Ⅱ中唐詩463 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1468

     
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元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#16>Ⅱ中唐詩463 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1468


#16・14
生知法式,動得理所。
自然界の法則を生まれつき知っている。行動はすじみちの通ったところをうることができる。
天錫皇帝,為天下主。
天は憲宗皇帝を与え賜いて、民の父母となり、天下の主となる。
並包畜養,無異細钜。
それはかばってもらうものであり、やしなってもらうものである。微細なものに対しても巨大なものに対しても、同様に心づかいをされ、差別待遇はされない。
億載萬年,敢有違者?
憶万年末代に至るまで違うものはありはいないのである。
皇帝儉勤,盥濯陶瓦。
皇帝はつつましく勤められ、陶製の粗末な皿に水を入れて両手を洗われる。
斥遣浮華,好此綈紵。
ぜいたくを徹底してしりぞけられ、このように、あらぎぬと粗末な麻で織ったぬのを好んで身に付けられる。
敕戒四方,侈則有咎。
この質素倹約は国の四方へ勅命としてせんせられ、贅沢をした場合罪として咎められることになった。
天錫皇帝,多麥與黍。
天は憲宗皇帝を与え賜いて、五穀豊穣を与え賜えるのである。


現代語訳と訳註
(本文) #16・14
生知法式,動得理所。天錫皇帝,為天下主。
並包畜養,無異細钜。億載萬年,敢有違者?
皇帝儉勤,盥濯陶瓦。斥遣浮華,好此綈紵。
敕戒四方,侈則有咎。天錫皇帝,多麥與黍。


(下し文) #16・14
生れながらにして法式を知り,動いて理所を得たり。
天 皇帝に錫いて,天下の主と為らしむ。
並包【へいほう】畜養【ちくよう】し,細钜【さいきょ】を異にする無し。
億載【おくさい】萬年【ばんねん】,敢【あえ】て違う者有らんや?
皇帝は儉勤【けんきん】にして,盥濯【かんたく】するに陶瓦【とうが】もてす。
浮華【ふか】を斥遣【せきけん】し,此の綈紵【ていちょ】を好む。
四方に敕戒【ちょうかい】し,侈【おご】らば則【すなわ】ち咎【とが】むる有らむ。
天 皇帝に錫いて,麥と黍とを多からしむ。


(現代語訳)
自然界の法則を生まれつき知っている。行動はすじみちの通ったところをうることができる。
天は憲宗皇帝を与え賜いて、民の父母となり、天下の主となる。
それはかばってもらうものであり、やしなってもらうものである。微細なものに対しても巨大なものに対しても、同様に心づかいをされ、差別待遇はされない。
憶万年末代に至るまで違うものはありはいないのである。
黄帝はつつましく勤められ、陶製の粗末な皿に水を入れて両手を洗われる。
ぜいたくを徹底してしりぞけられ、このように、あらぎぬと粗末な麻で織ったぬのを好んで身に付けられる。
この質素倹約は国の四方へ勅命としてせんせられ、贅沢をした場合罪として咎められることになった。
天は憲宗皇帝を与え賜いて、五穀豊穣を与え賜えるのである。


(訳注) #16・14
生知法式,動得理所。

自然界の法則を生まれつき知っている。行動はすじみちの通ったところをうることができる。
生知 生まれつき知っている。『論語』季氏篇に「生れながらにして知る者は上也」という有名な句がある。ここはもちろん、その語を用いているのである。
法式 おきて。『荀子』堯問篇に「以て天下の法式表儀と為すに足る」の語がみえ『管子』の形勢解に「人主は其の度量を立つ。其の分職を陳し、其の法式を明にし、以て其の民に社む」の語がみえる。
 行動。
理所 すじみちの通ったところ。


天錫皇帝,為天下主。
天は憲宗皇帝を与え賜いて、民の父母となり、天下の主となる。
・為天下主 揚雄の「劇秦美新」に「民の父母となり、天下の主となる。」みえる。


並包畜養,無異細钜。
それはかばってもらうものであり、やしなってもらうものである。微細なものに対しても巨大なものに対しても、同様に心づかいをされ、差別待遇はされない。
幷包 かばう。井は幷の俗字。
・畜養 やしなう。
無異細钜 微細なものに対しても巨大なものに対しても、同様に心づかいをされ、差別待遇はされない。


億載萬年,敢有違者?
憶万年末代に至るまで違うものはありはいないのである。


皇帝儉勤,盥濯陶瓦。
皇帝はつつましく勤められ、陶製の粗末な皿に水を入れて両手を洗われる。
盟濯 すすぎあらう。どちらも手を洗うという意味の字だが、盟は皿に水を入れて両手を洗うのであり、濯は水をかけて手を洗う意。
陶瓦 陶製の粗末なもの。


斥遣浮華,好此綈紵。
ぜいたくを徹底してしりぞけられ、このように、あらぎぬと粗末な麻で織ったぬのを好んで身に付けられる。
斥通 しりぞける。
浮華 ぜいたく。虚栄。
綿貯 あらぎぬと粗末な麻で織ったぬの。


敕戒四方,侈則有咎。
この質素倹約は国の四方へ勅命としてせんせられ、贅沢をした場合罪として咎められることになった。


天錫皇帝,多麥與黍。
天は憲宗皇帝を与え賜いて、五穀豊穣を与え賜えるのである。
多麦与黍 麦と黍とで五穀を代表させている。つまり農産物が豊富であったというほどの意で五穀豊穣というところか。。

元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#15>Ⅱ中唐詩462 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1465

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元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#15>Ⅱ中唐詩462 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1465


#15・13
乾清坤夷,境落褰舉。
天はどこまでも青く清く、地は平らかにつくられる。人里には神霊が降りてきて天国のようになっている。
帝車回來,日正當午。
天子のみくるまはそれぞれの所に廻りあるかれここに来られた、その日の今、正午なっている。
幸丹鳳門,大赦天下。
天子は丹鳳門からお出ましになられる、その日に大赦の令を天下に発せられた。
滌濯剗磢,磨滅瑕垢。
穢れたその身をけずりみがき、きれいに洗い清められるのであり、傷痕や垢を撫できれいにし癒し他のである。
續功臣嗣,拔賢任耇,
功臣に後継者のないものは後継をつくって、その家柄を顕彰する、優れた人抜粋し、老成した人をしかるべく任用する。
孩養無告,仁滂施厚。
告げるすべを知らぬ孤児たちをあやしつつそだてていき、人民たちのために篤く施される。
皇帝神聖,通達今古。
皇帝陛下は神聖であること古今東西に通達される。
聽聰視明,一似堯禹。
聞えてくるすべてのこと見えるものすべてのことすべて、古代の三皇五帝堯や禹にそっくりだ。

唐朝 大明宮2000

現代語訳と訳註
(本文)
#15・13
乾清坤夷,境落褰舉。帝車回來,日正當午。
幸丹鳳門,大赦天下。滌濯剗磢,磨滅瑕垢。
續功臣嗣,拔賢任耇,孩養無告,仁滂施厚。
皇帝神聖,通達今古。聽聰視明,一似堯禹。


(下し文)
乾 清く坤【こん】夷【たいらか】に,境落【きょうらく】褰舉【けんきょ】す。
帝車【ていしゃ】回【めぐ】り來り,日は正に午に當る。
丹鳳門【たんぼうもん】に幸【みゆき】し,天下に大赦す。
滌濯【できたく】剗磢【さんそう】し,瑕垢【かこう】を磨滅す。
功臣の嗣を續ぎ,賢を拔き耇【こう】に任ず,
無告を孩養【がいよう】し,仁 滂【あまね】く施【し】厚【あつ】し。
皇帝は神聖にして,今古に通達す。
聽【てい】は聰【そう】視は明にして,一に堯禹【ぎょう・う】に似たり。


(現代語訳)
天はどこまでも青く清く、地は平らかにつくられる。人里には神霊が降りてきて天国のようになっている。
天子のみくるまはそれぞれの所に廻りあるかれここに来られた、その日の今、正午なっている。
天子は丹鳳門からお出ましになられる、その日に大赦の令を天下に発せられた。
穢れたその身をけずりみがき、きれいに洗い清められるのであり、傷痕や垢を撫できれいにし癒し他のである。
功臣に後継者のないものは後継をつくって、その家柄を顕彰する、優れた人抜粋し、老成した人をしかるべく任用する。
告げるすべを知らぬ孤児たちをあやしつつそだてていき、人民たちのために篤く施される。
皇帝陛下は神聖であること古今東西に通達される。
聞えてくるすべてのこと見えるものすべてのことすべて、古代の三皇五帝堯や禹にそっくりだ。


(訳注)#15・13
乾清坤夷,境落褰舉。
天はどこまでも青く清く、地は平らかにつくられる。人里には神霊が降りてきて天国のようになっている。
乾清坤夷 天は清く地は平らかだ。
境落 人里。
褰舉 高くあがる。すなわち、天国のようになる。
 

帝車回來,日正當午。
天子のみくるまはそれぞれの所に廻りあるかれここに来られた、その日の今、正午なっている。


幸丹鳳門,大赦天下。
天子は丹鳳門からお出ましになられる、その日に大赦の令を天下に発せられた。
丹鳳門 大明官の正面の門。


滌濯剗磢,磨滅瑕垢。
穢れたその身をけずりみがき、きれいに洗い清められるのであり、傷痕や垢を撫できれいにし癒し他のである。
剗磢 けずりみがく。
瑕垢 きずやあか。


續功臣嗣,拔賢任耇,
功臣に後継者のないものは後継をつくって、その家柄を顕彰する、優れた人抜粋し、老成した人をしかるべく任用する。
続功臣嗣 功臣に後継者のないものは後継をつくってその家柄を顕彰する。
任耇 老成した人をしかるべく任用する。


孩養無告,仁滂施厚。
告げるすべを知らぬ孤児たちをあやしつつそだてていき、人民たちのために篤く施される。
孩養 あやしそだてる。
無告 告げるすべを知らぬ孤児たち。
仁滂 慈愛がくまもなくゆきわたる。
施厚 人民たちのために施され、篤厚にされる。
 

皇帝神聖,通達今古。
皇帝陛下は神聖であること古今東西に通達される。


聽聰視明,一似堯禹。
聞えてくるすべてのこと見えるものすべてのことすべて、古代の三皇五帝堯や禹にそっくりだ。
一似堯禹 すべて、古代の三皇五帝堯や禹にそっくりだ。

元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#14>Ⅱ中唐詩461 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1462

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14・12
群星從坐,錯落侈哆。
天の神にしたがった星々も祭壇に降下して、そして入り混じって立派な様子で居並んでいる。
日君月妃,煥赫婐姤。
日の神である天子、月の神である皇后。たおやかなるままにかがやきをはなっていらっしゃる。
瀆鬼濛鴻,嶽祗嶪峨。
黄河の河の神は広く大きな流域に及ぼしており、嵩山の山神は、国の中心にあって、たかくそびえておられるのである。
飫沃膻薌,產祥降嘏。
羊の脂と牛の脂と肉と穀物のお供えを肥沃に飽きる浦食べてもらって、この世に幸せをおろしていってもらいたいことを願うのである。
鳳凰應奏,舒翼自拊。
そうして、鳳凰は奏楽にあわせて異をひろげ、みずからははたきつつ舞う。
赤麟黃龍,逶陀結糾。
赤い麒麟がうっとりしていて、黄竜がとぐろを巻いている。
卿士庶人,黃童白叟。
諸侯、士太夫、それから庶民に至るまで、くちばしの黄色いこども、白髪の老人まですべてのものがあつまっている。
踴躍歡呀,失喜噎歐。

躍り、飛び上がって舞、そして喜び笑う、中にはよろこびすぎてむせび泣くものもいる。




現代語訳と訳註
(本文) #14・12
群星從坐,錯落侈哆。日君月妃,煥赫婐姤。
瀆鬼濛鴻,嶽祗嶪峨。飫沃膻薌,產祥降嘏。
鳳凰應奏,舒翼自拊。赤麟黃龍,逶陀結糾。
卿士庶人,黃童白叟。踴躍歡呀,失喜噎歐。


(下し文) 14・12
群星 從い坐し,錯落【さくらく】侈哆【しし】たり。
日君【じゅつくん】月妃【げつひ】,煥赫【かんかく】婐姤【かごう】たり。
瀆鬼【とくき】は濛鴻【もうこう】たり,嶽祗【がくぎ】は嶪峨【ぎょうが】たり。
膻薌【せんきょう】に飫沃【よよく】し,祥を產し嘏【か】を降【くだ】す。
鳳凰【ほうおう】奏に應じ,翼を舒【の】べ自ら拊【う】つ。
赤麟【せきりん】黃龍【こうりょう】,逶陀【いだ】結糾【けっきょう】たり。
卿士【きょうし】庶人【しょじん】,黃童【こうどう】白叟【はくそう】。
踴躍【ゆうやく】歡呀【かんが】し,失喜【しっき】して噎歐【えつおう】す。


(現代語訳)
天の神にしたがった星々も祭壇に降下して、そして入り混じって立派な様子で居並んでいる。
日の神である天子、月の神である皇后。たおやかなるままにかがやきをはなっていらっしゃる。
黄河の河の神は広く大きな流域に及ぼしており、嵩山の山神は、国の中心にあって、たかくそびえておられるのである。
羊の脂と牛の脂と肉と穀物のお供えを肥沃に飽きる浦食べてもらって、この世に幸せをおろしていってもらいたいことを願うのである。
そうして、鳳凰は奏楽にあわせて異をひろげ、みずからははたきつつ舞う。
赤い麒麟がうっとりしていて、黄竜がとぐろを巻いている。
諸侯、士太夫、それから庶民に至るまで、くちばしの黄色いこども、白髪の老人まですべてのものがあつまっている。
躍り、飛び上がって舞、そして喜び笑う、中にはよろこびすぎてむせび泣くものもいる。


(訳注)#14・12
群星從坐,錯落侈哆。
天の神にしたがった星々も祭壇に降下して、そして入り混じって立派な様子で居並んでいる。
群星從坐 天の神にしたがった星々も祭壇に降下して居並ぶ。
錯落侈哆 入り混じって立派な様子。


日君月妃,煥赫婐姤。
日の神である天子、月の神である皇后。たおやかなるままにかがやきをはなっていらっしゃる。
日君月妃 日の神、月の神。両者を天子と皇后とにたぐえてある。
煥赫 かがやく。
婐姤 たおやかなさま。


瀆鬼濛鴻,嶽祗嶪峨。
黄河の河の神は広く大きな流域に及ぼしており、嵩山の山神は国の中心にあって、たかくそびえておられるのである。
瀆鬼 黄河の河の神。
濠鴻 ひろく大きなさま。
岳祗 嵩山の山の神。
嶪峨 たかくそびえるさま。
『南山詩』「巨靈與誇蛾,遠賈期必售。」(巨霊【きょれい】と誇蛾【かが】と、遠く賈【あざ】なって必ず售【う】れんことを期す。)


飫沃膻薌,產祥降嘏。
羊の脂と牛の脂と肉と穀物のお供えを肥沃に飽きる浦食べてもらって、この世に幸せをおろしていってもらいたいことを願うのである。
飫沃 肥沃でたっぷり、あくほど、食べる、。
膻薌 羊の脂と牛の脂とも、肉と穀物ともいう。いずれも祭りにそなえる。
 さいわい。


鳳凰應奏,舒翼自拊。
そうして、鳳凰は奏楽にあわせて異をひろげ、みずからははたきつつ舞う。
応奏 奏楽にあわせて。
紆巽自相 異をひろげ、みずからははたきつつ舞う。


赤麟黃龍,逶陀結糾。
赤い麒麟がうっとりしていて、黄竜がとぐろを巻いている。
・蓮陀結糾 なごやかにあっまっている。あるいは、蓮陀ほ、赤い麒麟がうっとりしているさまで、結糾ほ、黄竜がとぐろを巻いているさまを、こういったのかもしれない。


卿士庶人,黃童白叟。
諸侯、士太夫、それから庶民に至るまで、くちばしの黄色いこども、白髪の老人まですべてのものがあつまっている。
黃童白叟 くちばしの黄色いこども、白髪の老人。


踴躍歡呀,失喜噎歐。
躍り、飛び上がって舞、そして喜び笑う、中にはよろこびすぎてむせび泣くものもいる。
・歓呀 よろこび、わらう。
・失喜喧欧 喜びのあまり、むせぶ。

元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#13>Ⅱ中唐詩460 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1459

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除于國南,鱗筍毛簴。
長安の都の南、陽の方角に祭場をつくり、除霊の式をする。鐘や磐などの楽器かけの横木と柱を設置し、横木には竜蛇の飾りをつけ、鱗の字を、柱には鳥獣の飾りをつけ、毛の字を加える。
廬幕周施,開揭磊砢,
幔幕を周囲に張り巡らせ、それは大きく開くように張られ、楽器をかかげられた。
獸盾騰拏,圓壇帖妥。
虎の模様をつけた楯をおどりあがってつかみ、つづいて、天を祭る壇にすすみ、安らかに落ち着く動きをした。
天兵四羅,旂常婀娜。
天子に侍衛する軍兵は四列の並び、のぼり竜とくだり竜とを描いた赤い旗は嫋やかに揺れる。
駕龍十二,魚魚雅雅。
天子の乗用車をひく竜馬は十二頭、天子の行列の威儀あるように並ぶ。
宵升於丘,奠璧獻斝。
夕方暮れなずむと丘に登って行き、玉とさかずきのいずれも祭器を供える。
眾樂驚作,轟豗融冶。
音楽隊は驚異の音を鳴らす、それは大きな響きとなり周囲と溶け合った美しいものとなっている。
紫焰噓呵,高靈下墮。

たいまつの紫色にかがやく炎がふきあがる。天の神霊が降りてこられたのだ。


現代語訳と訳註
(本文)
#13・11
除于國南,鱗筍毛簴。廬幕周施,開揭磊砢,
獸盾騰拏,圓壇帖妥。天兵四羅,旂常婀娜。
駕龍十二,魚魚雅雅。宵升於丘,奠璧獻斝。
眾樂驚作,轟豗融冶。紫焰噓呵,高靈下墮。


(下し文)
国南を除【はら】いて、鱗筍【りんじゅん】毛簴【もうきょ】。
廬幕【ろばく】周【あまね】く施して、開き掲ぐるに磊砢【らいか】たり。
獣盾【じゅうじゅん】騰拏【とうど】し、圓壇【えんだん】帖妥【ちょうだ】たり。
天兵 四もに羅【つらな】り、旂常【きじょう】婀娜【あだ】。
駕龍【がりゅう】十二、魚魚【ぎょぎょ】雅雅【がが】たり。
宵【よわ】に丘に昇り、壁を奠【てん】し 斝【か】を獻【けん】ず。
衆欒【しゅうがく】驚【とよも】し作り、轟豗【ごうかい】融冶【ゆうや】たり。
紫烙【しえん】嘘珂【きょか】し、高靈【こうれい】下り堕つ。


(現代語訳)
長安の都の南、陽の方角に祭場をつくり、除霊の式をする。鐘や磐などの楽器かけの横木と柱を設置し、横木には竜蛇の飾りをつけ、鱗の字を、柱には鳥獣の飾りをつけ、毛の字を加える。
幔幕を周囲に張り巡らせ、それは大きく開くように張られ、楽器をかかげられた。
虎の模様をつけた楯をおどりあがってつかみ、つづいて、天を祭る壇にすすみ、安らかに落ち着く動きをした。
天子に侍衛する軍兵は四列の並び、のぼり竜とくだり竜とを描いた赤い旗は嫋やかに揺れる。
天子の乗用車をひく竜馬は十二頭、天子の行列の威儀あるように並ぶ。
夕方暮れなずむと丘に登って行き、玉とさかずきのいずれも祭器を供える。
音楽隊は驚異の音を鳴らす、それは大きな響きとなり周囲と溶け合った美しいものとなっている。
たいまつの紫色にかがやく炎がふきあがる。天の神霊が降りてこられたのだ。


(訳注)#13・11
除于國南,鱗筍毛簴。

長安の都の南、陽の方角に祭場をつくり、除霊の式をする。鐘や磐などの楽器かけの横木と柱を設置し、横木には竜蛇の飾りをつけ、鱗の字を、柱には鳥獣の飾りをつけ、毛の字を加える。
除千国南 都の南方、すなわち陽の方角に、祭場を選定し、おはらいの式をする。
鱗筍毛篭 鐘や磬などの楽器かけの横木と柱。横木には竜蛇の飾りをつけるので鱗の字を、柱には鳥獣の飾りをつけるので毛の字を加える。


廬幕周施,開揭磊砢,
幔幕を周囲に張り巡らせ、それは大きく開くように張られ、楽器をかかげられた。
廬幕 天幕。
磊砢 荘重広大なさま。


獸盾騰拏,圓壇帖妥。
虎の模様をつけた楯をおどりあがってつかみ、つづいて、天を祭る壇にすすみ、安らかに落ち着く動きをした。
獣盾 虎の模様をつけた楯。
騰拏 おどりあがってつかむ。
円壇 天を祭る壇。
帖妥 やすらかにおちつく。


天兵四羅,旂常婀娜。
天子に侍衛する軍兵は四列の並び、のぼり竜とくだり竜とを描いた赤い旗は嫋やかに揺れる。
天兵 天子に侍衛する軍兵。
旂常 旂は、のぼり竜とくだり竜とを描いた赤い旗。常は日月を措いた二ひろの長さの旗。
婀娜 たおやか。


駕龍十二,魚魚雅雅。
天子の乗用車をひく竜馬は十二頭、天子の行列の威儀あるように並ぶ。
駕竜 天子の乗用車をひく竜馬。
魚魚雅雅 天子の行列の威儀あるさま。魚魚は魚が列をなして泳ぐさま、雅雅は烏烏でカラスがならんでとぶさま。


宵升於丘,奠璧獻斝。
夕方暮れなずむと丘に登って行き、玉とさかずきのいずれも祭器を供える。
奠璧獻斝 玉とさかずきのいずれも祭器を供える。


眾樂驚作,轟豗融冶。
音楽隊は驚異の音を鳴らす、それは大きな響きとなり周囲と溶け合った美しいものとなっている。
轟豗 大きなひびき。
融冶 とけあって美しい。


紫焰噓呵,高靈下墮。
たいまつの紫色にかがやく炎がふきあがる。天の神霊が降りてこられたのだ。
紫煩 たいまつの紫色にかがやく炎。
噓呵 ふきあがる。
高霊 天の神霊。

元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#12>Ⅱ中唐詩459 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1456

元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#12>Ⅱ中唐詩459 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1456

     
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皇帝曰籲,伯父叔舅。
皇帝は「おお」とはっせられ、「潘鎮、節度使並びに地方の大官よ」
各安爾位,訓厥甿畝。
「それぞれの位、地位の者たちよ、農夫がその畝をなすようにそれぞれがまずその役割をしてくれた。」
正月元日,初見宗祖。
今年の正月元日、今年初めての先祖の墓参りをした時の事である。
躬執百禮,登降拜俯。
幣帛を御手に執らして百礼し、廟の階を登り俯して拜された。
薦于新宮,視瞻梁梠。
先帝順宗の霊宮におそなえをし、先帝のおもかげを偲ぶため梁と棟木の方向ををじっと見る。
慼見容色,淚落入俎。
威風をとととのえ悲しみの表情が見える。涙はしとどに堕ち供えの机に入るほどあふれ出た
侍祠之臣,助我惻楚。
先帝を祭るために家臣は立ち並んで天子とともに祭事につらなる臣として涙を流した。
乃以上辛,於郊用牡。
こうしてその月の辛の日に(正月十九日)に過去を反省し新たな一歩をふみ出す決意を神に誓うということで長安の郊外において生贄の雄牛を捧げたのである。


現代語訳と訳註
(本文)

皇帝曰籲,伯父叔舅。各安爾位,訓厥甿畝。
正月元日,初見宗祖。躬執百禮,登降拜俯。
薦于新宮,視瞻梁梠。慼見容色,淚落入俎。
侍祠之臣,助我惻楚。乃以上辛,於郊用牡。


(下し文)
皇帝日く 吁【ああ】、伯父【はくふ】 叔舅【しゅくきゅう】。
各【おのお】の爾の位に安んじ、厥【そ】の忙晦【ぼうばく】を訓【おし】へよ と。
正月 元日、初めて宗祖【そうそ】に見【まみ】ゆ。
躬【み】百禮【ひゃくれい】執【と】って,登降【とうこう】拜俯【はいふ】す。
新宮に薦め,梁梠【りょうろ】を視瞻【しせん】す。
慼【うれい】容色に見【あら】われ,淚落ちて俎【そ】に入る。
侍祠【じし】の臣,我を助けて惻楚【そくそ】す。
乃【すなわ】ち上辛【じょうしん】を以って,郊に於いて牡【ぼ】を用いる。


(現代語訳)
皇帝は「おお」とはっせられ、「潘鎮、節度使並びに地方の大官よ」
「それぞれの位、地位の者たちよ、農夫がその畝をなすようにそれぞれがまずその役割をしてくれた。」
今年の正月元日、今年初めての先祖の墓参りをした時の事である。
幣帛を御手に執らして百礼し、廟の階を登り俯して拜された。
先帝順宗の霊宮におそなえをし、先帝のおもかげを偲ぶため梁と棟木の方向ををじっと見る。
威風をとととのえ悲しみの表情が見える。涙はしとどに堕ち供えの机に入るほどあふれ出た
先帝を祭るために家臣は立ち並んで天子とともに祭事につらなる臣として涙を流した。
こうしてその月の辛の日に(正月十九日)に過去を反省し新たな一歩をふみ出す決意を神に誓うということで長安の郊外において生贄の雄牛を捧げたのである。


(訳注)#12・10
皇帝曰籲,伯父叔舅。
皇帝は「おお」とはっせられ、「潘鎮、節度使並びに地方の大官よ」
 吁
・伯父叔舅 天子が節度使などの地方の大官をこうよんだのである。古代の制度では同姓の大国を伯父、異姓のそれを伯舅、同姓の小国を叔父、異姓のそれを叔舅とよんだ、という。


各安爾位,訓厥甿畝。
「それぞれの位、地位の者たちよ、農夫がその畝をなすようにそれぞれがまずその役割をしてくれた。」
甿畝 農夫がその畝をなす、農民たち、というほどの意。以上が劉閲討伐。以下郊天告願の儀をうたう。


正月元日,初見宗祖。
今年の正月元日、今年初めての先祖の墓参りをした時の事である。


躬執百禮,登降拜俯。
幣帛を御手に執らして百礼し、廟の階を登り俯して拜された。


薦于新宮,視瞻梁梠.
先帝順宗の霊宮におそなえをし、先帝のおもかげをしのぶためはりとむなぎの方向ををじっと見る。
 お供えものを捧げる。
新宮 先帝順宗の遺体を埋葬するまえに、ひっぎを安置し祭ってある霊宮。
視膀薬指 はりとむなぎのあたりをじっと見る。そうして先帝のおもかげをしのぶのである。


戚見容色,淚落入俎。
威風をとととのえ悲しみの表情が見える。涙はしとどに堕ち供えの机に入るほどあふれ出た
 いけにえを供えるつくえ。


侍祠之臣,助我惻楚。
先帝を祭るために家臣は立ち並んで天子とともに祭事につらなる臣として涙を流した。
助我側楚 わが悲痛の情をいやますものとした。天子とともに祭事につらなる臣も涙を流したことをさす。


乃以上辛,於郊用牡。
こうしてその月の辛の日に(正月十九日)に過去を反省し新たな一歩をふみ出す決意を神に誓うということで長安の郊外において生贄の雄牛を捧げたのである。
上辛 月のはじめの辛の日。この日に天子が祭りをするのは、辛が新と同音だから、過去を反省し新たな一歩をふみ出す決意を神に誓うという意味がある。
正月初一,順宗在興慶宮進行內禪,正月十九日,他在興慶宮咸寧殿去世,終年46歲 :。
於郊 長安の南郊で.
 生贄の雄牛。

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經戰伐地,寬免租簿。
戦闘があった地域におけるその年の税金は免除されることとなった。
施令酬功,急疾如火。
この度の論功行賞を授けることが御触書で示され、燃えさかる火のような速さで為されたのである。
地中間,莫不順序。
天にも地にもそして人間の間においても秩序を乱すものはなくなったのである。
幽恒青魏,東盡海浦。
幽州盧竜節度、成徳軍節度、淄靑平盧節度、魏博節度、東は海に至る通津浦々まで平定され尽くした。
南至徐蔡,區外雜虜。
南側については武寧軍節度、成徳軍節度にいたり、中国の文化のゆきわたらぬ地域のさまざまの異民族に至るまで安寧となった。
怛威赧德,踧踖蹈舞。
唐朝の徳義に対し、異民族までがはずかしく思い威武をおそれるのであり、足を踏み鳴らし踊り舞い、おそれうやまったのである。
掉棄兵革,私習簋簠。
幟や旗が下され、捨てられ、兵隊が来ていた甲冑もおさめられた、知らず知らずに文化風俗の同化ということの礼楽によって理想的な体制になってきた。
來請來覲,十百其耦。
百の国を十ほど重ねたくらいたくさんの国が春秋の定まった時期に参朝することになったのである。




現代語訳と訳註
(本文)

經戰伐地,寬免租簿。
施令酬功,急疾如火。
天地中間,莫不順序。
幽恆靑魏,東盡海浦。
南至徐蔡,區外雜虜。
怛威赧德,踧踖蹈舞。
掉棄兵革,私習簋簠。
來請來覲,十百其耦。


(下し文)
戦伐を経し地は、租簿を寛免す
令を施し 功に酬いて、急疾なること火の如し。
天地の中間、順序あらざる莫し。
幽恆【ゆうこう】靑魏【せいぎ】、東 海浦【かいほ】に盡【つ】く。
南 徐蔡【じょさい】に至り、区外の雜虜【ざつりょ】。
威に怛【おそ】れ 徳に赧【は】ぢ、踧踖【しゅくせき】し 蹈舞【とうぶ】す。
兵革【へいかく】を掉棄【とうき】し、私【ひそか】に簋簠【きほ】を習ふ。
来り請ひ 乗り覲【み】、十百【じゅうひゃく】其れ耦【ぐう】す。


(現代語訳)
戦闘があった地域におけるその年の税金は免除されることとなった。
この度の論功行賞を授けることが御触書で示され、燃えさかる火のような速さで為されたのである。
天にも地にもそして人間の間においても秩序を乱すものはなくなったのである。
幽州盧竜節度、成徳軍節度、淄靑平盧節度、魏博節度、東は海に至る通津浦々まで平定され尽くした。
南側については武寧軍節度、成徳軍節度にいたり、中国の文化のゆきわたらぬ地域のさまざまの異民族に至るまで安寧となった。
唐朝の徳義に対し、異民族までがはずかしく思い威武をおそれるのであり、足を踏み鳴らし踊り舞い、おそれうやまったのである。
幟や旗が下され、捨てられ、兵隊が来ていた甲冑もおさめられた、知らず知らずに文化風俗の同化ということの礼楽によって理想的な体制になってきた。
百の国を十ほど重ねたくらいたくさんの国が春秋の定まった時期に参朝することになったのである。


(訳注)#11・9
經戰伐地,寬免租簿。
戦闘があった地域におけるその年の税金は免除されることとなった。
経戦伐地 戦闘の行なわれた地域。
租薄 税金。租庸調の租の部分である。租:均田制に基づく田地の支給に対して、粟(穀物)2石を納める義務を負った。これが租である。庸:律令においては、本来は年間20日の労役の義務があり、それを「正役」と称した。正役を免れるために収める税が庸であったが、唐代中期以後は庸を納めることが一般化した(なお、雑徭2日分が正役1日分と換算されたため、雑徭を年間40日を行った者はその年の正役も庸も免除され、庸を正役20日分納めた者は雑徭も40日分免除された)。正役1日に対し絹3尺あるいは布3.75尺を収めることとされていた。調:調は、絹2丈と綿3両を収めることとされていた。


施令酬功,急疾如火。
この度の論功行賞を授けることが御触書で示され、燃えさかる火のような速さで為されたのである。


天地中間,莫不順序。
天にも地にもそして人間の間においても秩序を乱すものはなくなったのである。
天地中間 すなわち地上。
順序 秩序。


幽恒青魏,東盡海浦。
幽州盧竜節度、成徳軍節度、淄靑平盧節度、魏博節度、東は海に至る通津浦々まで平定され尽くした。


南至徐蔡,區外雜虜。
南側については武寧軍節度、成徳軍節度にいたり、中国の文化のゆきわたらぬ地域のさまざまの異民族に至るまで安寧となった。
南至徐蔡 幽・恒・青・魏と共に徐・蔡は当時の勢力強大な藩鎮だった。西の方から北東南の順序でいうと、魏は魏博節度、幽は幽州盧竜節度、恒は成徳軍節度、青は淄靑平盧節度、徐は武寧軍節度、蔡は彰義軍節度。
区外 中国の文化のゆきわたらぬ地域。
雑虜 さまざまの異民族。


怛威赧德,踧踖蹈舞。
唐朝の徳義に対し、異民族までがはずかしく思い威武をおそれるのであり、足を踏み鳴らし踊り舞い、おそれうやまったのである。
坦成 威武をおそれる。
赧徳 唐朝の徳義に対し、異民族までがはずかしく思う。
踧踖 おそれうやまう。


掉棄兵革,私習簋簠。
幟や旗が下され、捨てられ、兵隊が来ていた甲冑もおさめられた、知らず知らずに文化風俗の同化ということの礼楽によって理想的な体制になってきた。
簋簠 きびを盛る祭界。転じて、制度風俗。ここまでの大意は、異民族までが唐の威武と文化に服し、その感化を積極的にとりいれようとすること、制度風俗のことを礼楽といい、礼楽によって異民族が漢化していき、服従することが政治の理想とされた。儒教・道教、中華思想の基本であろう。この思想は、現在の中国における、ウィグル、チベット、モンゴルに対する諸政策にも見える。


來請來覲,十百其耦。
百の国を十ほど重ねたくらいたくさんの国が春秋の定まった時期に参朝することになったのである。
來請來覲 春秋の定まった時期に参朝する。
十百其桐 十と百と掛け合わせた程の多数、

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#10・8
牽頭曳足,先斷腰膂。
子供らの頭を引っ張り足をひこずった、そして腰と背を切り裂いたのだ。
次及其徒,體骸撐拄。
次は劉闢一派の処刑に移っていった。次々に斬られて死体がぶつかり合い、重なり合って倒れていった。
末乃取辟,駭汗如寫。
最後に劉闢をひき出してきた。劉闢は驚きでそそぐように汗がふき出たのである。
揮刀紛紜,爭刌膾脯。
刀を目の前でふるいまくった、そしてなますと干し肉のように一寸きざみにきざんでいったのだ。
優賞將吏,扶珪綴組。
従軍した文武官僚に対して論功行賞がなされた。高崇文はこの功によって検校司空剣南西川節度観察等使を授けられ、南平郡王に封ぜられ、印綬を授けられた。
帛堆其家,粟塞其庾。
褒美の縞を功責のあった将兵の家に山のように積みあげさせ、戦功に対して賞与する五穀で、将兵の家の米倉をいっぱいにさせたのである。
哀憐陣沒,廩給孤寡。
哀れみ悲しまれるのは戦死したものであり、その遺族に対して俸禄が与えられたのである。
贈官封墓,周匝宏溥。
位官を追贈され、墓を立派にきずかれ、功のあるものにあまねく行き渡るようになされたのである。


現代語訳と訳註
(本文)
#10・8
牽頭曳足,先斷腰膂。次及其徒,體骸撐拄。
末乃取辟,駭汗如寫。揮刀紛紜,爭刌膾脯。
優賞將吏,扶珪綴組。帛堆其家,粟塞其庾。
哀憐陣沒,廩給孤寡。贈官封墓,周匝宏溥。


(下し文)
頭を牽き 足を曳き、先づ宰膏を断つ
衣に其の徒に及べば、睦骸 標柱す
末に乃ち閲を取るに、骸汗 寓ぐが如し
刀を揮って紛紀、苧ひ刊きて胎肺にす
婿嘉を優賞し、珪を耕き 組を綴り
烏は其の家に堆く、粟は其の庚を塞ぐ
陣没を哀憐し、孤寡を嗟給す
官を勝り 墓を封じ、周市にして宏滞なり


(現代語訳)
子供らの頭を引っ張り足をひこずった、そして腰と背を切り裂いたのだ。
次は劉闢一派の処刑に移っていった。次々に斬られて死体がぶつかり合い、重なり合って倒れていった。
最後に劉闢をひき出してきた。劉闢は驚きでそそぐように汗がふき出たのである。
刀を目の前でふるいまくった、そしてなますと干し肉のように一寸きざみにきざんでいったのだ。
従軍した文武官僚に対して論功行賞がなされた。高崇文はこの功によって検校司空剣南西川節度観察等使を授けられ、南平郡王に封ぜられ、印綬を授けられた。
褒美の縞を功責のあった将兵の家に山のように積みあげさせ、戦功に対して賞与する五穀で、将兵の家の米倉をいっぱいにさせたのである。
哀れみ悲しまれるのは戦死したものであり、その遺族に対して俸禄が与えられたのである。
位官を追贈され、墓を立派にきずかれ、功のあるものにあまねく行き渡るようになされたのである。


(訳注)#10・8
牽頭曳足,先斷腰膂。

子供らの頭を引っ張り足をひこずった、そして腰と背を切り裂いたのだ。
腰膂 腰、膂は背骨。


次及其徒,體骸撐拄。
次は劉闢一派の処刑に移っていった。次々に斬られて死体がぶつかり合い、重なり合って倒れていった。
体骸撐拄 体は生きている体、骸は死んだ体。撐拄はつっぱりささえあう。次々に斬られて死体がぶつかり合い、重なり合って倒れるさま。


末乃取辟,駭汗如寫。
最後に劉闢をひき出してきた。劉闢は驚きでそそぐように汗がふき出たのである。
末乃取辟 最後に劉闢をひき出す。
駭汗如寫 おどろきのためにそそぐように汗がふき出る。劉閲はつかまえられたとき、まさか死刑にはなるまいとたかをくくっていたが、長安に入る前に、首と手になわをかけられ、どうしてこんなことになったのだろうと驚いた、という話がのこっている。最後に処刑することは、心理的に最もきびしい処刑法ということになる。


揮刀紛紜,爭刌膾脯。
刀を目の前でふるいまくった、そしてなますと干し肉のように一寸きざみにきざんでいったのだ。
紛紜 盛んなさま。
 一寸きざみにきざむこと。
膾脯 膾はなます、脯は乾肉。


優賞將吏,扶珪綴組。
従軍した文武官僚に対して論功行賞がなされた。高崇文はこの功によって検校司空剣南西川節度観察等使を授けられ、南平郡王に封ぜられ、印綬を授けられた。
優賞将吏 従軍した文武官僚に対して論功行賞がなされた。『旧唐書』によれば、高崇文はこの功によって検校司空剣南西川節度観察等使を授けられ、南平郡王に封ぜられた上、鹿頭山上にその功績を記した碑が建てられた、という。
扶珪 扶は折と同じ。いにしえ諸侯を封ずるとき、珪を二つにわり、一つは手許におき、一つを諸侯に与えた。
綴組 ひもをつづる。ここでは組は印綬をさし、綴組は印綬を与えること。


帛堆其家,粟塞其庾。
褒美の縞を功責のあった将兵の家に山のように積みあげさせ、戦功に対して賞与する五穀で、将兵の家の米倉をいっぱいにさせたのである。
吊堆其家 褒美の縞を功責のあった将兵の家に山のように積みあげさせる。
粟塞其庾 粟は五穀、庾は米倉。戦功に対して賞与する五穀で、将兵の家の米倉をいっぱいにさせる。


哀憐陣沒,廩給孤寡。
哀れみ悲しまれるのは戦死したものであり、その遺族に対して俸禄が与えられたのである。
廉給 俸禄。
孤寡 孤児、未亡人。


贈官封墓,周匝宏溥。
位官を追贈され、墓を立派にきずかれ、功のあるものにあまねく行き渡るようになされたのである。
贈官 位官を追贈する。
封墓 墓をりつばにきずくこと。封は土をもること。
周市 あまねくゆきわたる。
宏博 宏大。

元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#9>Ⅱ中唐詩456 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1447

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#9・7
俯視大江,不見洲渚。
追い詰められ見るとそこは大河岷江であった、隠れてにげるべきなぎさも中洲もまったくないのである。
遂自顛倒,若杵投臼。
遂に劉闢はしかたなく頭から飛び込んだのである、杵つきのうすの中に投げ込まれたようなものである。
取之江中,枷脰械手。
とびこんだ劉閲が死にきれずに流されるところを、官軍の騎将酈定進がいけどりにした。首に首かせをはめ、手に手かせをはめられたのである。
婦女累累,啼哭拜叩。
婦人とお付の女たちは数珠つなぎにされ、泣き叫び、おがんで頭を地につけている。
來獻闕下,以告廟社。
高崇文が都に帰って来て、捕虜たちを天子に献上し、それから国廟に報告したのである。
周示城市,鹹使觀睹。
劉闢は長安の市中をひきまわされ、衆人に見せしめとされたのである。
解脫攣索,夾以砧斧。
ひきまわすために縛ってあった縄をといて、刑にとりかかった。首斬台で首斬斧により首は落されるのである。
婉婉弱子,赤立傴僂。
稚い幼児がいたがはだかで立たされ、次には身を曲げたままでいるようにされた。


現代語訳と訳註
(本文)
#9・7
俯視大江,不見洲渚。遂自顛倒,若杵投臼。
取之江中,枷脰械手。婦女累累,啼哭拜叩。
來獻闕下,以告廟社。周示城市,鹹使觀睹。
解脫攣索,夾以砧斧。婉婉弱子,赤立傴僂。

 
(下し文)
俯【ふ】して大江を視るも、洲渚【しゅうちょ】を見ず。
遂に自ら顛倒【てんとう】し、杵【きね】の臼に投ずるが若し。
之を江中に取らへ、脰【くび】に枷【か】し 手に械【かい】す。
婦女 累累【るいるい】、啼哭【ていこく】して拝叩【はいこう】す。
来って闕下【きつか】に獻じ、以て廟杜【びょうしゃ】に告ぐ。
周【あまね】く城市に示し、威く觀睹【かんと】せしむ。
攣索【れんさく】を解脱【かいだつ】し、爽【はさ】むに砧斧【ちんぶ】を以てす。
婉婉【えんえん】たる弱子、赤立【せきりつ】して傴僂【うる】す。


(現代語訳)
追い詰められ見るとそこは大河岷江であった、隠れてにげるべきなぎさも中洲もまったくないのである。
遂に劉闢はしかたなく頭から飛び込んだのである、杵つきのうすの中に投げ込まれたようなものである。
とびこんだ劉閲が死にきれずに流されるところを、官軍の騎将酈定進がいけどりにした。首に首かせをはめ、手に手かせをはめられたのである。
婦人とお付の女たちは数珠つなぎにされ、泣き叫び、おがんで頭を地につけている。
高崇文が都に帰って来て、捕虜たちを天子に献上し、それから国廟に報告したのである。
劉闢は長安の市中をひきまわされ、衆人に見せしめとされたのである。
ひきまわすために縛ってあった縄をといて、刑にとりかかった。首斬台で首斬斧により首は落されるのである。
稚い幼児がいたがはだかで立たされ、次には身を曲げたままでいるようにされた。


(訳注)#9・7
俯視大江,不見洲渚。

追い詰められ見るとそこは大河岷江であった、隠れてにげるべきなぎさも中洲もまったくないのである。
不見洲渚 つたってにげるべきなぎさも中洲もない。


遂自顛倒,若杵投臼
遂に劉闢はしかたなく頭から飛び込んだのである、杵つきのうすの中に投げ込まれたようなものである。
転倒 河中にまっさかさまにとびこむ。
劉闢がとびこんだのは、今の四川省灌県の西の羊灌田を流れる岷江。


取之江中,枷脰械手。
とびこんだ劉閲が死にきれずに流されるところを、官軍の騎将酈定進がいけどりにした。首に首かせをはめ、手に手かせをはめられたのである。
取之江中 とびこんだ劉閲が死にきれずに流されるところを、官軍の騎将酈定進がいけどりにした。
枷脰 脰は首。首に首かせをはめる.
械手 手に手かせをはめる。


婦女累累,啼哭拜叩。
婦人とお付の女たちは数珠つなぎにされ、泣き叫び、おがんで頭を地につけている。
累累 連なりかさなるさま。ここでは数珠つなぎになっていることをいう。
拝叩 おがんで頭を地につける。


來獻闕下,以告廟社。
高崇文が都に帰って来て、捕虜たちを天子に献上し、それから国廟に報告したのである。
来献闕下 高崇文が帰って来て、捕虜たちを天子に献上する。劉闢は宮城の門。闕下は、人を直接にさすのは失礼だという考え方があり、その人に関係のあるものをさしてその人にかえる場合が少なくない。陛下、殿下、机下、執事など、みなそれである。ここは、高崇文が天子に対して。
廟社 国廟。


周示城市,鹹使觀睹。
劉闢は長安の市中をひきまわされ、衆人に見せしめとされたのである。
周示城市 大罪人を処刑するときは、みせしめのため、市中をひきまわす。劉闢たちの場合も、長安のまちをひきまわしたうえ、まちの西南の大きな柳の木の下で処刑した。


解脫攣索,夾以砧斧。
ひきまわすために縛ってあった縄をといて、刑にとりかかった。首斬台で首斬斧により首は落されるのである。
解脱攣索 ひきまわすためにはってあった縄をといて、刑にとりかかる。
爽以砧斧 砧は首斬台、斧は首斬斧。ギロチンにのせるというほどの意。


婉婉弱子,赤立傴僂
稚い幼児がいたがはだかで立たされ、次には身を曲げたままでいるようにされた。
婉婉 いとけないさま。
弱子 幼児。
赤立 はだかで立つ。
傴僂 身を曲げるさま。

元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#8>Ⅱ中唐詩455 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1444

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#8・6
四軍齊作,殷其如阜。
荊・幷・梁三州の軍隊と高崇文の軍隊で攻めた。官軍の盛んな勢いはまるで丘のようだ。
或拔其角,或脫其距。
賊軍は猛獣であり、その角を抜いてやるということをするのである。あるいは賊軍は猛禽であり、その蹴爪をはがすことをするのである。
長驅洋洋,無有齟齬。
ゆっくりと長く広く攻め始めた、ひろくじっくり攻めることで法則にのっとり失敗のない攻め方をしたのだ。
八月壬午,辟棄城走。
八月二十二日、劉闢は成都城を棄ててチベットに逃げたのである。
載妻與妾,包裹稚乳。
劉闢は妻や妾たちを車にのせ、そしてわずかに乳飲み子だけをつれてほうほうのていで逃げ出したのだ。
是日崇文,入處其宇。
この日、高崇文は成都を鎮圧し、劉闢の住んでいた邸宅まですべて入り平定した。
分散逐捕,搜原剔藪。
散りじりになった賊を追跡して捕えた、それは野原をすみからすみまでさがすやぶや林もきりひらいて捜索したのである。
辟窮見窘,無地自處。

劉闢は追いつめられた。闢自身のおくべきところがないものとしないといけない。


現代語訳と訳註
(本文)
#8・6
四軍齊作,殷其如阜。
或拔其角,或脫其距。
長驅洋洋,無有齟齬。
八月壬午,辟棄城走。
載妻與妾,包裹稚乳。
是日崇文,入處其宇。
分散逐捕,搜原剔藪。
辟窮見窘,無地自處。


(下し文)
四軍 斉しく作し、殷たること其れ阜の如し。
戎ひは其の角を抜き、或ひほ其の距を脱す。
長駆洋洋、齟齬有ること無し。
八月壬午、闢は城を棄てて走ぐ。
妻と妾とを載せ、稚乳を包裹す。
是の日 崇文、入って其の字に處る。
分散して逐捕し、原を捜り 薮を剔る。
闢 窮して窘められ、自ら處るに地無し。


(現代語訳)
荊・幷・梁三州の軍隊と高崇文の軍隊で攻めた。官軍の盛んな勢いはまるで丘のようだ。
賊軍は猛獣であり、その角を抜いてやるということをするのである。あるいは賊軍は猛禽であり、その蹴爪をはがすことをするのである。
ゆっくりと長く広く攻め始めた、ひろくじっくり攻めることで法則にのっとり失敗のない攻め方をしたのだ。
八月二十二日、劉闢は成都城を棄ててチベットに逃げたのである。
劉闢は妻や妾たちを車にのせ、そしてわずかに乳飲み子だけをつれてほうほうのていで逃げ出したのだ。
この日、高崇文は成都を鎮圧し、劉闢の住んでいた邸宅まですべて入り平定した。
散りじりになった賊を追跡して捕えた、それは野原をすみからすみまでさがすやぶや林もきりひらいて捜索したのである。
劉闢は追いつめられた。闢自身のおくべきところがないものとしないといけない。


(訳注)#8・6
四軍齊作,殷其如阜。

荊・幷・梁三州の軍隊と高崇文の軍隊で攻めた。官軍の盛んな勢いはまるで丘のようだ。
四軍 荊・幷・梁三州の軍隊と高崇文の軍隊。荊州:荊南節度使;裴均、幷州:河東節度使;厳綬、染州:山南
西道節度使;厳礪
殷其如阜 官軍の盛んな勢いはまるで丘のようだ。鬨の声の盛んな勢いの形容だとする。


或拔其角,或脫其距。
賊軍は猛獣であり、その角を抜いてやるということをするのである。あるいは賊軍は猛禽であり、その蹴爪をはがすことをするのである
或抜其角 賊を猛獣にたとえ、その角を抜く、というのだ。
或脱其距 賊を猛禽にたとえ、その蹴爪をはがす、というのである。『左伝』の㐮公十四年に「譬へは鹿を捕ふる如し。晋人は之を角し、諸戎は之を椅す」とみえる。角するとは角をつかむこと、椅すは足をねじることだという。


長驅洋洋,無有齟齬。
ゆっくりと長く広く攻め始めた、ひろくじっくり攻めることで法則にのっとり失敗のない攻め方をしたのだ。
洋洋 盛大なさま。
齢酷 くいちがい。失敗。


八月壬午,辟棄城走。
八月二十二日、劉闢は成都城を棄ててチベットに逃げたのである。
八月壬午 八月二十二日。


載妻與妾,包裹稚乳。
劉闢は妻や妾たちを車にのせ、そしてわずかに乳飲み子だけをつれてほうほうのていで逃げ出したのだ。
我妻与妾 妻や妾たちを車にのせる。
包裏稚乳 妻や妾にうませた幼児や乳春子をつつみのせる。ここのところは、わずかに妻子だけをつれてほうほうのていで逃げ出したことを表現しているのである。これは、後の「婦女柴索」「梅娩弱子」などの句をひき出すためのたくみな伏線となっている。


是日崇文,入處其宇。
この日、高崇文は成都を鎮圧し、劉闢の住んでいた邸宅まですべて入り平定した。
其宇 劉闢の住んでいたやかた。


分散逐捕,搜原剔藪
散りじりになった賊を追跡して捕えた、それは野原をすみからすみまでさがすやぶや林もきりひらいて捜索したのである。
搜原 野原をすみからすみまでさがす。
剔藪 やぶや林もきりひらいて捜索する。


辟窮見窘,無地自處。
劉闢は追いつめられた。闢自身のおくべきところがないものとしないといけない。
見窘 追いつめられる。
無地目処 自分の身をおくべきところがない。

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#7・5
辟黨聚謀,鹿頭是守。
劉闢はここに集積し、謀をして鹿頭山に要塞をきずいてここを守りの拠点とした。
崇文奉詔,進退規矩。
官軍崇文は詔を奉ってから、訓練が行き届いており、進撃するにも退却するにも、戦術の法則に合致していた。
戰不貪殺,擒不濫數。
戦いの目的は勝つことにあるので、戦つためにむやみに殺すことをはしない。
四方節度,整兵頓馬。
近隣四方の節度使たちにも命令が行き届き、兵馬を整頓して規律を守らせた。
上章請討,俟命起坐。
そういうことがあって、討伐に参加させてほしいと、請願書を天子にたてまつることがふえた。そして、すべて、行動を起こすも待機するも御命令をまっておこなったのである。
皇帝曰嘻,無汝煩苦。
皇帝は喜びの声を挙げられた『ああ』と、そして、「おまえたちを煩わしたり苦しませたりすることはしないでおきなさい。」
荊並洎梁,在國門戶。
そして「荊州には荊南節度使裴均、幷州には河東節度使厳綬、染州には山南西道節度使厳礪を命じ、国には門戸をおく。」とされたのである。
出師三千,各選爾醜。
さらに「出兵は3千騎とし、その中の親族から将軍を選べ」とされた。



現代語訳と訳註
(本文)
#7・5
辟黨聚謀,鹿頭是守。崇文奉詔,進退規矩。
戰不貪殺,擒不濫數。四方節度,整兵頓馬。
上章請討,俟命起坐。皇帝曰嘻,無汝煩苦。
荊並洎梁,在國門戶。出師三千,各選爾醜。


(下し文)
闢の黨【とう】聚り謀り、鹿頭を是れ守る。
崇文 詔を奉じ、進退 規矩あり。
戦ひて殺すを貪【むさぼ】らず、檎【とりこ】にするに教を濫【みだり】にせず。
四方の節度、兵を整【しら】べ 馬を頓【ととの】へ。
章を上【たてまつ】って討たむことを請ひ、命を侯【ま】ちて起坐【きざ】せむ と。
皇帝日く 嘻【ああ】、汝に煩苦【はんく】せしむる無けむ。
荊並【けいへい】泊【およ】び 梁は、國の門戶に在。
師を出すこと 三千、各の 爾の醜【たぐい】を選せよ と。


(現代語訳)
劉闢はここに集積し、謀をして鹿頭山に要塞をきずいてここを守りの拠点とした。
官軍崇文は詔を奉ってから、訓練が行き届いており、進撃するにも退却するにも、戦術の法則に合致していた。
戦いの目的は勝つことにあるので、戦つためにむやみに殺すことをはしない。
近隣四方の節度使たちにも命令が行き届き、兵馬を整頓して規律を守らせた。
そういうことがあって、討伐に参加させてほしいと、請願書を天子にたてまつることがふえた。そして、すべて、行動を起こすも待機するも御命令をまっておこなったのである。
皇帝は喜びの声を挙げられた『ああ』と、そして、「おまえたちを煩わしたり苦しませたりすることはしないでおきなさい。」
そして「荊州には荊南節度使裴均、幷州には河東節度使厳綬、染州には山南西道節度使厳礪を命じ、国には門戸をおく。」とされたのである。
さらに「出兵は3千騎とし、その中の親族から将軍を選べ」とされた。 


(訳注)#7・5
辟黨聚謀,鹿頭是守。
劉闢はここに集積し、謀をして鹿頭山に要塞をきずいてここを守りの拠点とした。
鹿頭 成都北方百五十里。東川と西川を通ずる要地である。劉闢はここに要塞をきずいて、東方から来る官軍をふせごうとしていた。

秦州同谷成都紀行地図

崇文奉詔,進退規矩。
官軍崇文は詔を奉ってから、訓練が行き届いており、進撃するにも退却するにも、戦術の法則に合致していた。
進退規矩 進撃するにも退却するにも、戦術の法則に合致していた。高崇文の軍隊は実際よく訓練せられていたらしいから、この表現は事実をそのままうつしたものであろう。


戰不貪殺,擒不濫數。
戦いの目的は勝つことにあるので、戦つためにむやみに殺すことをはしない。
戰不貪殺 戦いの目的は勝つことにあるので、殺すことにはない。だから、戦っても、むやみに殺すことをはしない、というのである。いけどる捕虜の数の多さだけを目的としないというものであった。
檎不渡数 これも前と同じで、いけどる人の数の多さばかりを目的としない。


四方節度,整兵頓馬。
近隣四方の節度使たちにも命令が行き届き、兵馬を整頓して規律を守らせた。
整兵頓馬 兵馬を整頓する。


上章請討,俟命起坐。
そういうことがあって、討伐に参加させてほしいと、請願書を天子にたてまつることがふえた。そして、すべて、行動を起こすも待機するも御命令をまっておこなったのである。
上章請討 討伐に参加させてほしいと、請願書を天子にたてまつる。
俟命起坐 御命令をまって、行動を起こすなり、待機するなり、いたしましょう。


皇帝曰嘻,無汝煩苦。
皇帝は喜びの声を挙げられた『ああ』と、そして、「おまえたちを煩わしたり苦しませたりすることはしないでおきなさい。」
無汝煩苦 おまえたちを煩わすことはしないでおこう。


荊並洎梁,在國門戶。
そして「荊州には荊南節度使裴均、幷州には河東節度使厳綬、染州には山南西道節度使厳礪を命じ、国には門戸をおく。」とされたのである。
荊並洎梁 当時、荊州には荊南節度使裴均、幷州には河東節度使厳綬、染州には山南西道節度使厳礪がいた。洎は及と同義。


出師三千,各選爾醜。
さらに「出兵は3千騎とし、その中の親族から将軍を選べ」とされた。 
各選爾醜 汝の衆の中より選べ。は類衆。『左伝』の定公四年に、「其の類醜を将い」という語がみえる。

元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#6>Ⅱ中唐詩453 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1438

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#6・4
以錦纏股,以紅帕首。
劉闢の贅沢は錦のパンツを着衣するほどのもので、そのうえ赤い絹を鉢巻をするのである。
有恇其凶,有餌其誘。
叛乱軍の中には、劉閥の兇暴さがおそろしくて、いやいやながら従っているものもいるし、エサでもって劉闢の誘いに因っているのである。
其出穰穰,隊以萬數。
劉闢軍はざわざわといっぱい集まっている、その数は幾万という数の大部隊であった。
遂劫東川,遂據城阻。
遂には、兵を発して、東川節度使の李康を梓州に包囲した、そして遂には険岨な梓州の城を占領して拠点とした。
皇帝曰嗟,其又可許。
憲宗皇帝は「ああ、」ため息をつかれた、そして遂に劉闢討伐の勅命を出された。
爰命崇文,分卒禁禦。
その命は神策軍使であった高崇文に下された、「兵卒を分割して劉闢の軍の横暴を留めふせげよ」と。
有安其驅,無暴我野。
「劉闢軍の中には無理やり従わせられているものがいるがその者たちにを安全にしてやり、戦ではあるが、わが国土を荒らさぬようにせよ。」と。
日行三十,徐壁其右。

日行三十一日の行軍進度は三十里にもおよんだ。そして、敵の右側からだんだんに包囲遮断していった。


現代語訳と訳註
(本文)
#6・4
以錦纏股,以紅帕首。有恇其凶,有餌其誘。
其出穰穰,隊以萬數。遂劫東川,遂據城阻。
皇帝曰嗟,其又可許。爰命崇文,分卒禁禦。
有安其驅,無暴我野。日行三十,徐壁其右。


(下し文)
錦を以て股に纏ひ、紅を以て首に帽く。
悟れて其れ兇となれる有り、餌もて其れ誘はれたる有り。
其の出づること 穣穣、除 寓を以て数ふ。
遂に東川を劫し、蓬に城阻に操る。
皇帝日く 嗟、其れ 又 許す可けむや。
愛に 崇文に命じ、卒を分って禁禦せしむ。
即の訝ることを欝らにするがれ、我が野を暴する無かれと。


(現代語訳)
劉闢の贅沢は錦のパンツを着衣するほどのもので、そのうえ赤い絹を鉢巻をするのである。
叛乱軍の中には、劉閥の兇暴さがおそろしくて、いやいやながら従っているものもいるし、エサでもって劉闢の誘いに因っているのである。
劉闢軍はざわざわといっぱい集まっている、その数は幾万という数の大部隊であった。
遂には、兵を発して、東川節度使の李康を梓州に包囲した、そして遂には険岨な梓州の城を占領して拠点とした。
憲宗皇帝は「ああ、」ため息をつかれた、そして遂に劉闢討伐の勅命を出された。
その命は神策軍使であった高崇文に下された、「兵卒を分割して劉闢の軍の横暴を留めふせげよ」と。
「劉闢軍の中には無理やり従わせられているものがいるがその者たちにを安全にしてやり、戦ではあるが、わが国土を荒らさぬようにせよ。」と。
日行三十一日の行軍進度は三十里にもおよんだ。そして、敵の右側からだんだんに包囲遮断していった。


(訳注) #6・4
以錦纏股,以紅帕首。
劉闢の贅沢は錦のパンツを着衣するほどのもので、そのうえ赤い絹を鉢巻をするのである。
以錦繹股 錦の布をパソツにしてはく。むちゃくちゃなぜいたくをすることを、このように表現しているのである。
 紅い絹布。絹もこの時代には貨幣の代用とされた貴重なもの。
帕首 鉢巻をする。


有恇其凶,有餌其誘。
叛乱軍の中には、劉閥の兇暴さがおそろしくて、いやいやながら従っているものもいるし、エサでもって劉闢の誘いに因っているのである。
憶 おびえる。叛乱軍の中には、劉閥の兇暴さがおそろしくて、いやいやながら従っているものもいる、という意。


其出穰穰,隊以萬數。
劉闢軍はざわざわといっぱい集まっている、その数は幾万という数の大部隊であった。
穰穰 ざわざわといっぱいである。人数の多い形容。
隊以万数 幾万という数の大部隊であった。官軍の五千に対して、賊軍はその数倍あった、というのである。


遂劫東川,遂據城阻。
遂には、兵を発して、東川節度使の李康を梓州に包囲した、そして遂には険岨な梓州の城を占領して拠点とした。
拠城阻 険岨な梓州の城を占領して拠点とした。


皇帝曰嗟,其又可許。
憲宗皇帝は「ああ、」ため息をつかれた、そして遂に劉闢討伐の勅命を出された。
皇帝日 皇帝のことばは、嗟から無暴我野まで。瞳から其又可許まで。


爰命崇文,分卒禁禦。
その命は神策軍使であった高崇文に下された、「兵卒を分割して劉闢の軍の横暴を留めふせげよ」と。
崇文 高崇文のこと。宰相の杜黄裳により劉闢討伐に抜擢されたのが、神策軍使であった高崇文である。高崇文は、すぐれた武人で、平素から実戦の準備を怠らなかった。命をうけると、二時間後には、出発した。三月には梓州に進み、六月には鹿頭閑で劉闢を撃退し、九月には長駆して成郡にはいった。劉闢はついに数十騎のみを従え、チベットに向けて逃れたが、途中、高崇文の部下につかまった。十月、身柄が長安に送られ、その族党は課せられた。
禁禦 とどめふせぐ。
有安其駆 其駆とは、本心からでなく、劉闢軍の強制によってその軍に所属し、追いつかわれているもの。安は、安全に保護する。


有安其驅,無暴我野。
「劉闢軍の中には無理やり従わせられているものがいるがその者たちにを安全にしてやり、戦ではあるが、わが国土を荒らさぬようにせよ。」と。
無暴我野 わが国土を荒らさぬようにせよ。内乱だから、その戦場は国土内である。そこをむやみにいためつけないようにせよ、といましめている。


日行三十,徐壁其右。
日行三十一日の行軍進度は三十里にもおよんだ。そして、敵の右側からだんだんに包囲遮断していった。
日行三十  一日の行軍進度は三十里。
三十里は約17.5kmで、武装した大部隊の行進速度の標準である。
徐璧其右 敵の右側を、だんだんに包囲遮断していった。

元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#5>Ⅱ中唐詩452 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1435

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事始上聞,在列鹹怒。
事件の報告を、天子がはじめて聞かれたときのことである。朝廷にいならぶ朝臣たちはそのことを聞いて、ことごとくみな激怒した。
皇帝曰然,嗟遠士女。
憲宗皇帝は「しかり」といわれたことにつづいて「ああ、遠い辺境のよわき民たちよ」。
苟附而安,則且付與。
「もし、劉闢に附き随って、それで安らかに暮らせるならば、それならば、まあしばらくの間、劉闢に、おまえたちを治める権限を与えてみてみるか。」
讀命於庭,出節少府。
大臣の任命には、朝廷で、中書舎人が任命書を読みあげ、節度使を任命するさいの割符を朝廷の倉庫からださせた。
朝發京師,夕至其部。
ある朝都を出発し、幾日もかけてある日の夕刻に劉闢の所在地であるその場所についた。
辟喜謂黨,汝振而伍。
劉闢は喜びかえり、その使者に謂ったのだ、「使者よ君は君の五人の兵卒をしっかりとととのえなさい。」
蜀可全有,此不當受。
「この蜀の全土はすべて私が守るのであり、こんな狭い場所の節度使の任命は受けるにあたらない。」と。
萬牛臠炙,萬甕行酒。

「ありったけの牛を出して焼肉にせよ、そしてありったけの酒甕を出してお酌をしてやれ。」


現代語訳と訳註
(本文)
#5・3
事始上聞,在列鹹怒。皇帝曰然,嗟遠士女。
苟附而安,則且付與。讀命於庭,出節少府。
朝發京師,夕至其部。辟喜謂黨,汝振而伍。
蜀可全有,此不當受。萬牛臠炙,萬甕行酒。


(下し文)
事 始めて上聞せしとき、在列 鹹【ことごと】く怒る。
皇帝日く 然り、嗟 遠き士女。
苛【いやし】くも附きて安んぜば、則ち且く付與【ふよ】せむ と
命を庭に読み、節を少府より出す。
朝に京師【けいし】を發し、夕に其の部に至る。
闢【へき】は喜びて黨【とう】に謂ふ、汝 而の伍を振【ととの】へよ
蜀は全く有【たも】つ可し、此れ 當【まさ】に受くべからず と。
萬牛【ばんぎゅう】臠炙【しんしゃ】し,萬甕【ばんろう】酒を行【や】る。


(現代語訳)
事件の報告を、天子がはじめて聞かれたときのことである。朝廷にいならぶ朝臣たちはそのことを聞いて、ことごとくみな激怒した。
憲宗皇帝は「しかり」といわれたことにつづいて「ああ、遠い辺境のよわき民たちよ」。
「もし、劉闢に附き随って、それで安らかに暮らせるならば、それならば、まあしばらくの間、劉闢に、おまえたちを治める権限を与えてみてみるか。」
大臣の任命には、朝廷で、中書舎人が任命書を読みあげ、節度使を任命するさいの割符を朝廷の倉庫からださせた。
ある朝都を出発し、幾日もかけてある日の夕刻に劉闢の所在地であるその場所についた。
劉闢は喜びかえり、その使者に謂ったのだ、「使者よ君は君の五人の兵卒をしっかりとととのえなさい。」
「この蜀の全土はすべて私が守るのであり、こんな狭い場所の節度使の任命は受けるにあたらない。」と。
「ありったけの牛を出して焼肉にせよ、そしてありったけの酒甕を出してお酌をしてやれ。」


(訳注)#5・3
事始上聞,在列鹹怒。
事件の報告を、天子がはじめて聞かれたときのことである。朝廷にいならぶ朝臣たちはそのことを聞いて、ことごとくみな激怒した。
事始上聞 事件の報告を、天子がはじめて聞かれたとき。
在列 朝廷にいならぶ朝臣たち。


皇帝曰然,嗟遠士女。
憲宗皇帝は「しかり」といわれたことにつづいて「ああ、遠い辺境のよわき民たちよ」。
皇帝日然 天子がいわれる「ああそうか」皇帝のことばは「然」から「則且付与」までである。小伝にものべたように、この時、憲宗は即位早々でもあり、劉閲の権力が強かったので、討伐の決意がつかず、懐柔策をとったのである。
 ああ。感嘆詞。
遠士女 遠い辺境の国民たちよ。


苟附而安,則且付與。
「もし、劉闢に附き随って、それで安らかに暮らせるならば、それならば、まあしばらくの間、劉闢に、おまえたちを治める権限を与えてみてみるか。」
 もし。
・附而安 劉闢に附き随って、それで安らかに暮らせるならば。
・則且付与 それならば、まあしばらくの間、劉闢に、おまえたちを治める権限を与えてみてもよい。劉闢を検校工部尚書剣南西川節度使に任命したことをさし、憲宗の度量の広さをいう。


讀命於庭,出節少府。
大臣の任命には、朝廷で、中書舎人が任命書を読みあげ、節度使を任命するさいの割符を朝廷の倉庫からださせた。
読命於庭 大臣の任命には、朝廷で、中書舎人が任命書を読みあげるのが、ならわしだった。
・節 節度使のような兵馬の権をもつ官を任命するとき、そのしるしとして与えるわりふ。
・少府 朝廷の倉庫。


朝發京師,夕至其部。
ある朝都を出発し、幾日もかけてある日の夕刻に劉闢の所在地であるその場所についた。
 夜。朝、長安を出て、その夜覇につくというのではない。ここは対句として、朝と夕とをならべただけである。
其部 その地域、劉闢の所在地をさす。


辟喜謂黨,汝振而伍。
劉闢は喜びかえり、その使者に謂ったのだ、「使者よ君は君の五人の兵卒をしっかりとととのえなさい。」
 旅は軍隊の単位の一つ。五人を伍といい、伍が五つで丙。四両を卒、五卒を旅という。つまり一旅は五百人である。


蜀可全有,此不當受。
「この蜀の全土はすべて私が守るのであり、こんな狭い場所の節度使の任命は受けるにあたらない。」と。
 この任命書。蜀の一部の地域の節度使の任命書という意味。
不当受 受けとるべきでない。


萬牛臠炙,萬甕行酒。
「ありったけの牛を出して焼肉にせよ、そしてありったけの酒甕を出してお酌をしてやれ。」
臠炙 肉を火にあぶる。
行酒 酒の酌をする。ここでは宴会をするという意。

元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#4>Ⅱ中唐詩451 漢文委員会 紀頌之の漢詩ブログ1432

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腹敗枝披,不敢保聚。
叛乱軍の將候間で分裂し、末端でもちりぢりになり、団結を維持することがとてもできない状態になった。
擲首陴外,降幡夜豎。
夏州兵馬便の張承金が楊恵琳をとらえて首を斬ってさしだしてひめがきの外にさらしたのである、そして降参のしるしの旗を夜になって建てたのである。
疆外之險,莫過蜀土。
そもそも、この地は都から遠く離れた辺境の地であり、その間に峻道がある、そのために蜀の国の管理を見過ごしていたのである。
韋皋去鎮,劉辟守後。
西川節度使南康忠武王韋皋が死んでからは別の節度使が任命されたが劉闢はこれに従わず軍隊で蜀を固めた。
血人於牙,不肯吐口。
人を牙にかけて血まみれにする。人民の膏血をすすって、搾りつくすだけ絞り、収奪したのである。
開庫啖士,曰隨所取。
天子に上納すべき税金などをおさめた倉庫をひらいて、自分の部下に好きなだけ与えることもした。
汝張汝弓,汝鼓汝鼓。
そして「お前たちはお前たちの弓に絃を張れ」、「お前らはお前らの軍太鼓を打ち鳴らして集まるのだ。」と。
汝為表書,求我帥汝。

そうした後に「お前たちは上表文を書くのだ」。そしてそれは「わたしを、おまえたちの将帥とするよう、請求せよ。」ということであった。
腹敗れ 枝披け、敢て保宋せず。
首を陣の外に榔ち、降幡 夜 竪つ。
慮外の険は、筍土に過ぐる莫し。
貴幸 鏡を去り、劉関 守後たり。
人を牙に血ぬり、育て口より吐かず。
庫を開いて士に唱はしめ、日く 取る所の随にせむ。
汝は汝の弓を張れ、汝は汝の鼓を鼓て。
汝は表書を為り、我を求めて汝に帥たらしめよ と。




現代語訳と訳註
(本文)
#4・2
腹敗枝披,不敢保聚。
擲首陴外,降幡夜豎。
疆外之險,莫過蜀土。
韋皋去鎮,劉辟守後。
血人於牙,不肯吐口。
開庫啖士,曰隨所取。
汝張汝弓,汝鼓汝鼓。
汝為表書,求我帥汝。


(下し文)
腹敗れ 枝披け、敢て保宋せず。
首を陣の外に榔ち、降幡 夜 竪つ。
慮外の険は、筍土に過ぐる莫し。
貴幸 鏡を去り、劉関 守後たり。
人を牙に血ぬり、育て口より吐かず。
庫を開いて士に唱はしめ、日く 取る所の随にせむ。
汝は汝の弓を張れ、汝は汝の鼓を鼓て。
汝は表書を為り、我を求めて汝に帥たらしめよ と。


(現代語訳)
叛乱軍の將候間で分裂し、末端でもちりぢりになり、団結を維持することがとてもできない状態になった。
夏州兵馬便の張承金が楊恵琳をとらえて首を斬ってさしだしてひめがきの外にさらしたのである、そして降参のしるしの旗を夜になって建てたのである。
そもそも、この地は都から遠く離れた辺境の地であり、その間に峻道がある、そのために蜀の国の管理を見過ごしていたのである。
西川節度使南康忠武王韋皋が死んでからは別の節度使が任命されたが劉闢はこれに従わず軍隊で蜀を固めた。
人を牙にかけて血まみれにする。人民の膏血をすすって、搾りつくすだけ絞り、収奪したのである。
天子に上納すべき税金などをおさめた倉庫をひらいて、自分の部下に好きなだけ与えることもした。
そして「お前たちはお前たちの弓に絃を張れ」、「お前らはお前らの軍太鼓を打ち鳴らして集まるのだ。」と。
そうした後に「お前たちは上表文を書くのだ」。そしてそれは「わたしを、おまえたちの将帥とするよう、請求せよ。」ということであった。


(訳注) #4・2
腹敗枝披,不敢保聚。

叛乱軍の將候間で分裂し、末端でもちりぢりになり、団結を維持することがとてもできない状態になった。
腹放校披 叛乱軍の將候間で分裂し、末端でもちりぢりになる。披は折と同じで、さける。
不敢保栄 団結を維持することがとてもできない。『春秋左氏伝』債公二十六年に「我が倣邑は是を用って敢て保聚せず」 の語がある。それをここにそっくり使用した。


擲首陴外,降幡夜豎。
夏州兵馬便の張承金が楊恵琳をとらえて首を斬ってさしだしてひめがきの外にさらしたのである、そして降参のしるしの旗を夜になって建てたのである。
擲首 擲は、投げる、または、さし出す。叛乱軍の将兵が楊恵琳の首を切ってさし出した、というのであろう。もっとも、事実は、夏州兵馬便の張承金が楊をとらえて斬ったのである。
 陴堄。城の上から城下を覗い見るために作ったひめがき。
投降すること、開城のこと。城の上から城下をうかがい見るために造ったひめがき。
降幡 降参のしるしの旗。
 たてる、白旗を城にかかげたというのである。以上が楊恵琳討伐である。以下、劉闢征討の次第がのべられる。


疆外之險,莫過蜀土。
そもそも、この地は都から遠く離れた辺境の地であり、その間に峻道がある、そのために蜀の国の管理を見過ごしていたのである。
疆外 外国。すなわち、辺境。


韋皋去鎮,劉闢守後。
西川節度使南康忠武王韋皋が死んでからは別の節度使が任命されたが劉闢はこれに従わず軍隊で蜀を固めた。
韋皋去鎮 807年元和元年に叛乱した蜀の西川節度副使劉闢征討のことをのべるもの。
≪詩の背景≫参照。


血人於牙,不肯吐口。
人を牙にかけて血まみれにする。人民の膏血をすすって、搾りつくすだけ絞り、収奪したのである。
血人干牙 人を牙にかけて血まみれにする。人民の膏血をすする。『旧唐書』には、劉閥が実際に人間を殺して食った、と記すが、ここでは象徴的な書き方だと解すべきであろう。もっとも、中国には食入の風習のあったことは確かである。呂布に追われている時に逃げ込んだ家の主人劉安は、劉備をもてなす食料がなかったので妻を殺害してその肉を差し出したとされる。(三国志演義)中国では、客をもてなすため、嫁さんが自殺して、その肉を喰わせたという故事があり、美談とされている。


開庫啖士,曰隨所取。
天子に上納すべき税金などをおさめた倉庫をひらいて、自分の部下に好きなだけ与えることもした。
開庫 天子に上納すべき税金などをおさめた倉庫をひらく。
喝士 唱は、くらう。部下の将士に金品を与えて、人気取りをやるのである。
 劉閲が部下の将兵にいう。求我帥汝までがそのことは。
・随所収 とりたいだけとれ。随は随意というほどの意。


汝張汝弓,汝鼓汝鼓。
そして「お前たちはお前たちの弓に絃を張れ」、「お前らはお前らの軍太鼓を打ち鳴らして集まるのだ。」と。
汝鼓汝鼓 おまえはおまえの軍鼓をうて。上の鼓は動詞で、つづみうての意。
下の鼓は名詞で、軍太鼓。


汝為表書,求我帥汝。
そうした後に「お前たちは上表文を書くのだ」。そしてそれは「わたしを、おまえたちの将帥とするよう、請求せよ。」ということであった。
・表書 上表文。その内容が、次の句である。
求我帥汝 わたしを、おまえたちの将帥とするよう、請求せよ。



<詩の背景>
  劉闢は、西川節度使南康忠武王韋皋のもとで支度副使をしていた。韋皋は、二十三間在職し、その間に西川地方をまったく君王のように掌中のものとしていた。805年永貞元年秋八月、韋皋が死んだ。劉闢は、みずから「留後」と名乗った。

 また部下の諸将に命じて「西川節度使の後任には劉闢をあてていただきたい」と陳情させた。朝廷はこれを許さず、十月、中書侍郎同平章事の袁滋を西川節度使に任じ、劉闢を召して給事中とした劉闘はこれをうけず、軍隊を動かして蜀をかためたので、袁滋はおそれて任地に進もうとしない。怒った憲宗は、袁滋を吉川刺史に貶した。だが、即位したばかりの青年天子には、まだ、劉闢を討つことには自信がなかった。

 十二月、劉闢を西川節度副使に任じ、節度使の仕事にあたらせた。これが劉闢をつけ上がらせた。807年元和元年正月、西川以外の三川をも兼領させていただきたいと要求し、許されないことがわかると、早速、兵を発して、東川節度使の李康を梓州に包囲した。憲宗は劉闢を討とうと思い、そのことを公卿にはかった。蜀は討つに難い険固の地である。みな、はなはだ消極的であった。ただひとり宰相の杜黄裳がいった。「劉闢は気のふれた書生で、大したことはありません。神策軍使の高崇文におまかせになれば、かならず生けどりにいたしましょう」高崇文は、すぐれた武人で、平素から実戦の準備を怠らなかった。命をうけると、二時間後には、出発した。

 三月には梓州に進み、六月には鹿頭関で劉闢を撃退し、九月には長駆して成都にはいった。劉闢はついに数十騎のみを従え、チベットに向けて逃れたが、途中、高崇文の部下につかまった。十月、身柄が長安に送られ、その族党は誅せられた。

 韓愈は、憲宗の治世になって、やっと流鼠の地から長安に還ることができた。かれの貶謫を計画し実行したものと信じ切っていた王叔文党を追放したのが、憲宗であった。憲宗が中興の英主と、かれの目に映ったのは、無理もない。かれのみならず、当時の多くのひとは、この青年大子に大いに期待をかけ、天子もまた、わずかに十五年の治世ではあったが、その前半においては、政務に精励し、かなり思い切った施策があった。

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元和聖德詩#3・1
皇帝即阼,物無違拒。
皇帝が即位されました、万物これに違背したり拒絶したりするものがまったくなかった。
曰暘而暘,曰雨而雨。
日が照ることを思召せば日は照り、雨が降れと思召せば雨が降る。
維是元年,有盜在夏。
それもこれも元和の年号になったことからである。盗人のような楊恵琳が蜀・夏州にいるのである。
欲覆其州,以踵近武。
それらの州で反乱を起こしたのである、それは近頃の李希烈や朱沘などの叛乱をみならっておこしたということなのである。
皇帝曰嘻,豈不在我。
皇帝陛下は『ああ、』という声に続き、「そのような板乱処理についての責任が、どうしてわたしにないといえようか。」と皇帝自ら反省の言葉をいわれたのだ。
負鄙為艱,縱則不可。
辺都の地で中央からの監視が行きとどかないのをよいことにして叛乱をおこした、したいままにさせるということをさせてはならない。
出師征之,其眾十旅。
軍隊を出動させてこの叛乱を征伐されたのである。楚の師団には十旅団5000人であった。
軍其城下,告以福禍。

その両軍は揚恵琳の根拠地の城を包囲した。そして、直ちに降伏すれば、このような恩恵が与えられ、もし、反抗すれば、このような罰をうけなければならない、と叛乱軍将兵に通告したのである。
#4・2
腹敗枝披,不敢保聚。擲首陴外,降幡夜豎。
疆外之險,莫過蜀土。韋皋去鎮,劉辟守後。
血人於牙,不肯吐口。開庫啖士,曰隨所取。
汝張汝弓,汝鼓汝鼓。汝為表書,求我帥汝。
#5・3
事始上聞,在列鹹怒。皇帝曰然,嗟遠士女。
苟附而安,則且付與。讀命於庭,出節少府。
朝發京師,夕至其部。辟喜謂黨,汝振而伍。
蜀可全有,此不當受。萬牛臠炙,萬甕行酒。
#6・4
以錦纏股,以紅帕首。有恇其凶,有餌其誘。
其出穰穰,隊以萬數。遂劫東川,遂據城阻。
皇帝曰嗟,其又可許。爰命崇文,分卒禁禦。
有安其驅,無暴我野。日行三十,徐壁其右。
#7・5
辟黨聚謀,鹿頭是守。崇文奉詔,進退規矩。
戰不貪殺,擒不濫數。四方節度,整兵頓馬。
上章請討,俟命起坐。皇帝曰嘻,無汝煩苦。
荊並洎梁,在國門戶。出師三千,各選爾醜。
#8・6
四軍齊作,殷其如阜。或拔其角,或脫其距。
長驅洋洋,無有齟齬。八月壬午,辟棄城走。
載妻與妾,包裹稚乳。是日崇文,入處其宇。
分散逐捕,搜原剔藪。辟窮見窘,無地自處。
#9・7
俯視大江,不見洲渚。遂自顛倒,若杵投臼。
取之江中,枷脰械手。婦女累累,啼哭拜叩。
來獻闕下,以告廟社。周示城市,鹹使觀睹。
解脫攣索,夾以砧斧。婉婉弱子,赤立傴僂。
#10・8
牽頭曳足,先斷腰膂。次及其徒,體骸撐拄。
末乃取辟,駭汗如寫。揮刀紛紜,爭刌膾脯。
優賞將吏,扶珪綴組。帛堆其家,粟塞其庾。
哀憐陣沒,廩給孤寡。贈官封墓,周匝宏溥。
#11・9
經戰伐地,寬免租簿。施令酬功,急疾如火。
天地中間,莫不順序。幽恒青魏,東盡海浦。
南至徐蔡,區外雜虜。怛威赧德,踧踖蹈舞。
掉棄兵革,私習簋簠。來請來覲,十百其耦。
#12・10
皇帝曰籲,伯父叔舅。各安爾位,訓厥甿畝。
正月元日,初見宗祖。躬執百禮,登降拜俯。
薦于新宮,視瞻梁梠.戚見容色,淚落入俎。
侍祠之臣,助我惻楚。乃以上辛,於郊用牡。
#13・11
除于國南,鱗筍毛簴。廬幕周施,開揭磊砢,
獸盾騰拏,圓壇帖妥。天兵四羅,旂常婀娜。
駕龍十二,魚魚雅雅。宵升於丘,奠璧獻斝。
眾樂驚作,轟豗融冶。紫焰噓呵,高靈下墮。
#14・12
群星從坐,錯落侈哆。日君月妃,煥赫婐。
瀆鬼濛鴻,嶽祗嶪峨。飫沃膻薌,產祥降嘏。
鳳凰應奏,舒翼自拊。赤麟黃龍,逶陀結糾。
卿士庶人,黃童白叟。踴躍歡呀,失喜噎歐。
#15・13
乾清坤夷,境落褰舉。帝車回來,日正當午。
幸丹鳳門,大赦天下。滌濯剗磢,磨滅瑕垢。
續功臣嗣,拔賢任耇,孩養無告,仁滂施厚。
皇帝神聖,通達今古。聽聰視明,一似堯禹。
#16・14
生知法式,動得理所。天錫皇帝,為天下主。
並包畜養,無異細钜。億載萬年,敢有違者?
皇帝儉勤,盥濯陶瓦。斥遣浮華,好此綈紵。
敕戒四方,侈則有咎。天錫皇帝,多麥與黍。
#17・15
無召水旱,耗於雀鼠。億載萬年,有富無窶。
皇帝正直,別白善否。擅命而狂,既翦既去。
盡逐群奸,靡有遺侶。天錫皇帝,厖臣碩輔。
博問遐觀,以置左右。億載萬年,無敢餘侮。
#18・16
皇帝大孝,慈祥悌友。怡怡愉愉,奉太皇后。
浹於族親,濡及九有。天錫皇帝,與天齊壽。
登茲太平,無怠永久。億載萬年,為父為母。
博士臣愈,職是訓詁。作為歌詩,以配吉甫。



現代語訳と訳註
(本文)
元和聖德詩#3・1
皇帝即阼,物無違拒。曰暘而暘,曰雨而雨。
維是元年,有盜在夏。欲覆其州,以踵近武。
皇帝曰嘻,豈不在我。負鄙為艱,縱則不可。
出師征之,其眾十旅。軍其城下,告以福禍。


(下し文)
皇帝 阼【そ】に即き、物に違拒【いきょ】無し。
暘【ひで】れと日へは賜り、雨ふれと日へは雨ふる。
維れ是れ 元年、盜有り 夏に在り。
其の州を覆【くつがえ】して、近武【きんぶ】を踵【つ】がむと欲す
皇帝日く 嘻【ああ】、豈に我に在らざらむや。
鄙【ひ】を負【たの】みて艱【かん】を為す、縱【ゆる】さば不可 と。
師を出して之を征す、其の衆 十旅【じゅうりょ】。
其の城下に軍し、告ぐるに福禍【ふくか】を以てす。


(現代語訳)
皇帝が即位されました、万物これに違背したり拒絶したりするものがまったくなかった。
日が照ることを思召せば日は照り、雨が降れと思召せば雨が降る。
それもこれも元和の年号になったことからである。盗人のような楊恵琳が蜀・夏州にいるのである。
それらの州で反乱を起こしたのである、それは近頃の李希烈や朱沘などの叛乱をみならっておこしたということなのである。
皇帝陛下は『ああ、』という声に続き、「そのような板乱処理についての責任が、どうしてわたしにないといえようか。」と皇帝自ら反省の言葉をいわれたのだ。
辺都の地で中央からの監視が行きとどかないのをよいことにして叛乱をおこした、したいままにさせるということをさせてはならない。
軍隊を出動させてこの叛乱を征伐されたのである。楚の師団には十旅団5000人であった。
その両軍は揚恵琳の根拠地の城を包囲した。そして、直ちに降伏すれば、このような恩恵が与えられ、もし、反抗すれば、このような罰をうけなければならない、と叛乱軍将兵に通告したのである。


(訳注)
元和聖德詩#3・1

左遷先から江陵を経て長安に帰って、元和年間にはいると、韓愈の作詩活動は、活発になる。「薦士」「短燈棨歌」「贈崔立之」「南山の詩」「城南聯歌」「琴操十首」「記夢」は元和初の作であり、807年元和二年正月、かれは「元和聖徳詩」を作った。元和の天子、すなわち憲宗の聖徳をたたえた、1,024文字からなる四言の長篇で、前半には、主として、元年に叛乱した蜀の西川節度副使劉関征討のことをのべ、後半には、二年正月の、郊天告廟すなわち天を祭り祖廟に告げる儀式を、うたっている。


皇帝即阼,物無違拒。
皇帝が即位されました、万物これに違背したり拒絶したりするものがまったくなかった。
・即阼 即位する。即はつく。阼は主人が客に対し上る階段、転じて天子の位。
物無違拒 万物の中には違背したり拒絶したりするものがない。


曰暘而暘,曰雨而雨。
日が照ることを思召せば日は照り、雨が降れと思召せば雨が降る。
 日が照ること。『書経』周書の洪範「八に庶徴、日く雨、曰く暘、日く燠、日く寒い、日く風、日く時、五者来り、備えは各々その叙をもってすれば庶草蕃廡す」とある。


維是元年,有盜在夏。
それもこれも元和の年号になったことからである。盗人のような楊恵琳が蜀・夏州にいるのである。
維是 維も是も、これ。
 楊恵琳をさす。


欲覆其州,以踵近武。
それらの州で反乱を起こしたのである、それは近頃の李希烈や朱沘などの叛乱をみならっておこしたということなのである。
 ひっくりかえす。
踵近武 近ごろの武事、すなわち李希烈や朱沘などの叛乱をみならっておこしたということ。


皇帝曰嘻,豈不在我。
皇帝陛下は『ああ、』という声に続き、「そのような叛乱処理についての責任が、どうしてわたしにないといえようか。」と皇帝自ら反省の言葉をいわれたのだ。
 ああ。感歎詞だが、これも古い文章に見られるものである。
豈不在我 そのような叛乱処理についての責任が、どうしてわたしにないといえようか。皇帝が自ら反省していっているのである。


負鄙為艱,縱則不可。
辺都の地で中央からの監視が行きとどかないのをよいことにして叛乱をおこした、したいままにさせるということをさせてはならない。
負鄙 辺都の地で中央からの監視が行きとどかないのをよいことにして。
為艱 叛乱する。
・縱 したいままにさせる。


出師征之,其眾十旅。
軍隊を出動させてこの叛乱を征伐されたのである。その師団には十旅団5000人であった。
出師 軍隊を出動させる。
十旅 五千人。旅は軍隊の単位の一つ。五人を伍といい、伍が五つで丙。四両を卒、五卒を旅という。つまり一旅は五百人である。揚恵琳討伐に従ったのは河東・天徳両軍で、十旅5000人である。


軍其城下,告以福禍。
その両軍は揚恵琳の根拠地の城を包囲した。そして、直ちに降伏すれば、このような恩恵が与えられ、もし、反抗すれば、このような罰をうけなければならない、と叛乱軍将兵に通告したのである。
軍其城下 揚恵琳の根拠地に、軍隊を進撃させた。
告以福禍 直ちに降伏すれば、このような恩恵が与えられる、反抗すれば、このような罰をうけなければならない、と叛乱軍将兵に通告する。


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