中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊(東野)  漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 訳注解説ブログ

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

散文

九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304

宋玉 《九辯 第九段》―まとめ 

2013年5月1日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#5>文選 上 献詩 751 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2303
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集重簡王明府 五言律詩 成都5-(19) 杜甫 <468>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2305 杜甫詩1000-468-655/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集日出東南隅行 謝霊運(康楽) <61> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2306 (05/01)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性四友贊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-152-24-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2307
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304



第九段#1
被荷裯之晏晏兮,然潢洋而不可帶。
蓮の花葉の単衣の立派なきものを着ても、ここにみるように丈が長く、広くて身に合わず、破れ易いようなもので帯をすることもできない。
既驕美而伐武兮,負左右之耿介。
君王に美徳とすぐれた素質を誇り、武力を威張り、左右の剛毅な者をたのみにしておられるのだ。。
憎慍惀之脩美兮,好夫人之慷慨。
思慮深く聡明で、素養があり、徳あり善美な人を憎んでいるというし、あの小人の心で、昂奮して不義を憤る態度を好まれるという。
眾踥蹀而日進兮,美超遠而逾邁 。
小人どもはぞろぞろと日々に朝廷に進み用いられ、立派な人物は、はるかに遠ざかって、勢いよく去っていくのである。


荷裯【かちょう】の晏晏たるを被り、然く潢洋【こうよう】として帯す可からず。
既に美に驕りて武を伐り、左右の耿介【こうかい】たるを負む。
慍惀【うんりん】の脩美【しゅうび】を憎み、夫の人の慷慨【こうがい】を好む。
衆踥蹀【しょうちょう】として日に進み、美超遠にして逾邁【ゆまい】す。



農夫輟耕而容與兮,恐田野之蕪穢。
農夫は租税の重さに苦しみ、耕すことをやめてゆっくりと休みのである。すると、田畑野が雜草であれはて五穀は取れなくなること、これが心配である。
事綿綿而多私兮,竊悼後之危敗。
君王が細微なことばかりを仕事にされ、自分勝手がこと多いので、私はひそかにその後のことをに危くかんがえて、失敗をされるととりかえしがつかないといたむのである。
世雷同而炫曜兮,何毀譽之昧昧!
世の人々は付和雷同に呼応して響くようになんでも賛成してほめそやすので、何とあなどりと誉れとの区別することが難しいことこの上ない。
今脩飾而窺鏡兮,後尚可以竄藏。

今身を美しく飾るとすれば、鏡をのぞいて化粧を直すように、身の行ないを正しておけば、後に乱が起こったような時に、それでもやはり、世を逃れかくれて住むことができる。

農夫は耕を輟【や】めて容與【ようよ】し、田野の蕪穢【ぶあい】を恐る。
事綿綿として私多く、竊【ひそか】に後の危敗【きはい】を悼【いた】む。
世雷同【らいどう】して炫曜【げんよう】す。何ぞ毀譽【きよ】の昧昧【まいまい】たる。
今脩飾【しゅうしょく】して鏡を窺へば、後に尚以て竄藏【ざんぞう】す可し。


願寄言夫流星兮,羌儵忽而難當。
どうか、あの流れ星にこのことばをことづけたいと思うのであるが、ああ、あまりに速やすぎて、出会い難いのである。
卒壅蔽此浮雲兮,下暗漠而無光。
しまいには、この浮雲に覆われ遮られて、下界は暗くぼんやりとして光がなくなってしまう。
堯舜皆有所舉任兮,故高枕而自適。
堯や舜には皆自分から挙げ用いて、仕事をまかせた賢相がいたので、それ故、枕を高くして安らかに眠れ、気楽にして暮らせたのである。
諒無怨於天下兮,心焉取此怵惕?

このようにまことに天下の人から怨まれることがなければ、どうしてこのみな憐憫の情、可哀相と感じる心を持つことがあろう。


願はくは言を夫の流星に寄せんに、羌儵忽として當り難し。
卒に此の浮雲に壅蔽【ようへい】せられて、下暗漠【あんばく】として光無し。
堯舜は皆挙任する所有り。故に枕を高うして自適す。
諒【まこと】に天下に怨無ければ、心に焉ぞ此の怵惕【じゅつてき】を取らん。

乘騏驥之瀏瀏兮,馭安用夫強策?
千里の馬の流れるように速く走るのに乗るならば、馬を御するのにどうしてあの強い鞭を用いようか。
諒城郭之不足恃兮,雖重介之何益?
まことに城壁や外城壁が当てにできる代物でなければ鎧の数を重ねても何の益があろうか。(政事には、まず賢人を採用することが最も大切なのである。)
邅翼翼而無終兮,忳惛惛而愁約。
歩きめぐって進まずたちもどり、私はただいつまでも敬みかしこまっていて、心は憂いのために暗く、悲しみ窮している。
生天地之若過兮,功不成而無效。
この天地に生まれて、忽ち通り過ぎ去るような一生であって、仕事もなんの成果も上がらず、働きがいもない。

騏驥の瀏瀏たるに乘らば、馭するに安ぞ夫の強策を用ひん。
諒に城郭之れ恃むに足らざれば、介を重ぬと雖も之れ何の益かあらん。
達として巽巽として終無し、帽として悼惜として愁約す。
天地に生じて之れ遇ぐるが若し。功成らずして致無し。


#5
願沈滯而不見兮,尚欲布名乎天下 。
俗世間の底に沈みとどまって現われないでいたいと思うけれど、それでもやはり、わが名を天下中に広めたいと思う気持ちがあるのだ。
然潢洋而不遇兮,直怐愚而自苦。
というのも、そのように広々ととりとめのない世では、自分を知る人にも遭遇しないので、ただ愚かにも自分を苦しめているだけなのである。
莽洋洋而無極兮,忽翱翔之焉薄?
草木が茂り、広々とはてしない原野があり、そこで急に飛びまわってもどこまで行こうかと、四方の他国にも行くべきところがないのである。
國有驥而不知乘兮,焉皇皇而更索?
この国に、千里の馬がいるのに、それを用いて乗ることを知らないでいる。どうして右往左往して落ち着かないで、改めて駿馬をさがし求めようとするのか。


沈滞【ちんたい】して見ざらんと雖も、尚お名を天下に布【し】かんと欲す。
然く潢洋【こうよう】として遇はず、直 怐愚【こうぐ】として自ら苦しむのみ。
莽【ぼう】として洋洋として極りなく、忽まち翱翔【こうしょう】して之れ焉【いづ】くにか薄【いた】る。
國に驥【き】有れども乘るを知らず、焉くんか皇皇【こうこう】として更【あらた】め索【もと】むる。


#6
甯戚謳於車下兮,桓公聞而知之。
昔斉の甯戚は車の下で飯牛の歌をうたっていたら、桓公は聞いて勝れた人物であると知って用いた。
無伯樂之善相兮,今誰使乎譽之。
よく馬の良し悪しを見わけた伯楽がいないとすれば、今は誰に品定めをさせればよいのか。
罔流涕以聊慮兮,惟著意而得之。
心もむなしく、涕を流して深く思えば、意を明らかに志を立て堅持してこそ、それができるのだと考えた。
紛純純之願忠兮,妒被離而鄣之。

心をくだき、純粋に、ただ、真心を尽くしたいと願っているのであるが、私をねたむ者どもが立ち並んでこれをさまたげるのである。


甯戚【ねいせき】車下に謳ひて、桓公【かんこう】聞きて之を知る。
伯楽の善く相する無し。今誰にか之を譽らしめん。
罔として流涕して以て聊慮【れんりょ】し、意を著はして之を得んと惟ふ。
紛として純純として之れ忠を願へども、妒被【とひ】離として之を鄣【さえぎ】る。

#7
願賜不肖之軀而別離兮,放遊志乎雲中。
願うことなら愚かな私自身、朝廷を辞して自由になることをお許し頂き、お別れをしたいのです。愁いの心を雲の中に存分にあそばせたいのです。
乘精氣之摶摶兮,騖諸神之湛湛。
天地陰陽の純粋な気の真ん丸となった太陽と月に乗り、もろもろの神々霊魂が満ち満ちてよりあつまっていっしょに駆けさせるのです。
驂白霓之習習兮,歷群靈之豐豐。
習々と飛ぶ白い虹を添え馬とし、多くむらがるあらゆる神霊の星の宿りを次々に過ぎて行くのです。
左朱雀之茇茇兮,右蒼龍之躣躣。
南方の霊鳥朱雀の飛び揚がるのを左に従え、東方の神獣である蒼竜の進み行くのを右に控えさせ、空を縦横に走らせる用意をするのです。


願はくは不肖【ふしょう】の躯【み】を賜はりて別離し、志を雲中に放遊【ほうゆう】せしめん。
精気【せいき】の摶摶【たんたん】たるに乘り、諸神【しょしん】の湛湛【ゆうゆう】たるを騖【は】せ。
白霓【はくげい】の習習たるを鯵【さん】とし、軍霊【ぐんれい】の豊豊たるを歴【へ】ん。
朱雀【すじゃく】の茇茇【はいはい】たるを左にし、蒼龍【そうりゅう】の躍躍【くく】たるを右にす。


#8
屬雷師之闐闐兮,通飛廉之衙衙。
雷神が鳴り響く中を後に列をなして続いてゆかせ、風神である飛廉の通り過ぎさせて、それを先導させていくのである。
前輊輬之鏘鏘兮,後輜乘之從從。
軽い車の鈴がのしゃんしゃんと鳴るのを前に馳しらせ、幌ある車のじゃんじゃんと鳴るのを後に従える。
載雲旗之委蛇兮,扈屯騎之容容。
雲の旗のうねりなびくのを立て、集まる騎馬の従者が列をなして続くのを従えて行こうと思う。
計專專之不可化兮,願遂推而為臧。
しかし、思いはかなものであり、私の専ら単純な志は変えることができない。どうかこのまま推し進めて善い方向に行ないたいものである。
賴皇天之厚德兮,還及君之無恙。
天の厚いめぐみを頼んで、国に還って、君王のまだお元気なうちに間に合いたいものである。


雷師【らいし】の闐闐【てんてん】たるを屬し,飛廉【ひれん】の衙衙【えいえい】たるを通らしめん。
輊輬【ちりょう】の鏘鏘【しょうしょう】たるを前に,輜乘【しじょう】の從從【じゅうじゅう】たるを後【したが】えん。
雲旗【うんき】の委蛇【いい】たるを載て,屯騎【とんき】の容容たるを扈【したが】えん。
計るに專專は之を化す可からず,願わくば遂に推して臧【ぞう】を為さん。
皇天【こうてん】の厚德に賴りて,還りて君の恙【つつが】無きに及ばん。


九辯 第九段―#8 宋玉  <00-#34>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 663 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2299

 宋玉 《九辯 第九段》―#8
雲の旗のうねりなびくのを立て、集まる騎馬の従者が列をなして続くのを従えて行こうと思う。
しかし、思いはかなものであり、私の専ら単純な志は変えることができない。どうかこのまま推し進めて善い方向に行ないたいものである。


2013年4月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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九辯 第九段―#8 宋玉  <00-#34>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 663 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2299


第九段 #1
冬00被荷裯之晏晏兮,然潢洋而不可帶。
既驕美而伐武兮,負左右之耿介。
憎慍惀之脩美兮,好夫人之慷慨。
眾踥蹀而日進兮,美超遠而逾邁 。
#2
農夫輟耕而容與兮,恐田野之蕪穢。
事綿綿而多私兮,竊悼後之危敗。
世雷同而炫曜兮,何毀譽之昧昧!
今脩飾而窺鏡兮,後尚可以竄藏。
#3
願寄言夫流星兮,羌儵忽而難當。
卒壅蔽此浮雲兮,下暗漠而無光。
堯舜皆有所舉任兮,故高枕而自適。
諒無怨於天下兮,心焉取此怵惕?
#4
乘騏驥之瀏瀏兮,馭安用夫強策?
諒城郭之不足恃兮,雖重介之何益?
邅翼翼而無終兮,忳惛惛而愁約。
生天地之若過兮,功不成而無效。
#5
願沈滯而不見兮,尚欲布名乎天下 。
然潢洋而不遇兮,直怐愚而自苦。
莽洋洋而無極兮,忽翱翔之焉薄?
國有驥而不知乘兮,焉皇皇而更索?
#6
甯戚謳於車下兮,桓公聞而知之。
無伯樂之善相兮,今誰使乎譽之。
罔流涕以聊慮兮,惟著意而得之。
紛純純之願忠兮,妒被離而鄣之。

#7
願賜不肖之軀而別離兮,放遊志乎雲中。
乘精氣之摶摶兮,騖諸神之湛湛。
驂白霓之習習兮,歷群靈之豐豐。
左朱雀之茇茇兮,右蒼龍之躣 躣。
#8
屬雷師之闐闐兮,通飛廉之衙衙。
前輊輬之鏘鏘兮,後輜乘之從從。
載雲旗之委蛇兮,扈屯騎之容容。
計專專之不可化兮,願遂推而為臧。
賴皇天之厚德兮,還及君之無恙。

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#7
願賜不肖之軀而別離兮,放遊志乎雲中。
願うことなら愚かな私自身、朝廷を辞して自由になることをお許し頂き、お別れをしたいのです。愁いの心を雲の中に存分にあそばせたいのです。
乘精氣之摶摶兮,騖諸神之湛湛。
天地陰陽の純粋な気の真ん丸となった太陽と月に乗り、もろもろの神々霊魂が満ち満ちてよりあつまっていっしょに駆けさせるのです。
驂白霓之習習兮,歷群靈之豐豐。
習々と飛ぶ白い虹を添え馬とし、多くむらがるあらゆる神霊の星の宿りを次々に過ぎて行くのです。
左朱雀之茇茇兮,右蒼龍之躣躣。

南方の霊鳥朱雀の飛び揚がるのを左に従え、東方の神獣である蒼竜の進み行くのを右に控えさせ、空を縦横に走らせる用意をするのです。

#8
屬雷師之闐闐兮,通飛廉之衙衙。
雷神が鳴り響く中を後に列をなして続いてゆかせ、風神である飛廉の通り過ぎさせて、それを先導させていくのである。
前輊輬之鏘鏘兮,後輜乘之從從。
軽い車の鈴がのしゃんしゃんと鳴るのを前に馳しらせ、幌ある車のじゃんじゃんと鳴るのを後に従える。
載雲旗之委蛇兮,扈屯騎之容容。
雲の旗のうねりなびくのを立て、集まる騎馬の従者が列をなして続くのを従えて行こうと思う。
計專專之不可化兮,願遂推而為臧。
しかし、思いはかなものであり、私の専ら単純な志は変えることができない。どうかこのまま推し進めて善い方向に行ないたいものである。
賴皇天之厚德兮,還及君之無恙。
天の厚いめぐみを頼んで、国に還って、君王のまだお元気なうちに間に合いたいものである。


『九辯』第九段の最終 現代語訳と訳註
菖蒲03(本文)
#8
屬雷師之闐闐兮,通飛廉之衙衙。
前輊輬之鏘鏘兮,後輜乘之從從。
載雲旗之委蛇兮,扈屯騎之容容。
計專專之不可化兮,願遂推而為臧。
賴皇天之厚德兮,還及君之無恙。


(下し文)
雷師【らいし】の闐闐【てんてん】たるを屬し,飛廉【ひれん】の衙衙【えいえい】たるを通らしめん。
輊輬【ちりょう】の鏘鏘【しょうしょう】たるを前に,輜乘【しじょう】の從從【じゅうじゅう】たるを後【したが】えん。
雲旗【うんき】の委蛇【いい】たるを載て,屯騎【とんき】の容容たるを扈【したが】えん。
計るに專專は之を化す可からず,願わくば遂に推して臧【ぞう】を為さん。
皇天【こうてん】の厚德に賴りて,還りて君の恙【つつが】無きに及ばん。


(現代語訳)
雷神が鳴り響く中を後に列をなして続いてゆかせ、風神である飛廉の通り過ぎさせて、それを先導させていくのである。
軽い車の鈴がのしゃんしゃんと鳴るのを前に馳しらせ、幌ある車のじゃんじゃんと鳴るのを後に従える。
雲の旗のうねりなびくのを立て、集まる騎馬の従者が列をなして続くのを従えて行こうと思う。
しかし、思いはかなものであり、私の専ら単純な志は変えることができない。どうかこのまま推し進めて善い方向に行ないたいものである。
天の厚いめぐみを頼んで、国に還って、君王のまだお元気なうちに間に合いたいものである。


(訳注)#8
屬雷師之闐闐兮,通飛廉之衙衙。
雷神が鳴り響く中を後に列をなして続いてゆかせ、風神である飛廉の通り過ぎさせて、それを先導させていくのである。
○闐闐 太鼓の音。雷鳴。
○飛廉/蜚廉①中国の想像上の動物で、頭は雀に似て角があり、胴体は鹿に似ていて豹文があり、尾は蛇に似るというもの。②中国で、風の神の名。風伯。③陰陽道(おんようどう)で、その方に向かって土工・建築・転居・嫁取りをするとわざわいが起こるとされる方角。大殺。
○衙衙 並んでいく様子。衙とは。旧時の役所,官庁.衙门 yamen[名]《旧》役所,官庁,(【同】衙署)衙门作风お役所仕事(的やり方).衙役 yayi[名]《旧》役所の下働き,雇員.


前輊輬之鏘鏘兮,後輜乘之從從。
軽い車の鈴がのしゃんしゃんと鳴るのを前に馳しらせ、幌ある車のじゃんじゃゃんと鳴るのを後に従える。
○輊輬 輊輬は臥車、軽い車。
○鏘鏘 車の鈴の音。『詩経』大雅蒸民篇に「四牡彭彭、八鸞鏘鏘」(四頭立ての牡馬は勢い勇んで、大勢が行き、馬に付けた八つの鈴がしゃんしゃんとなりわたる)とある。
○輜乘 幌をかけた串。
○従従 車鈴の声。じゃんじゃんと鳴るおとの響。


載雲旗之委蛇兮,扈屯騎之容容。
雲の旗のうねりなびくのを立て、集まる騎馬の従者が列をなして続くのを従えて行こうと思う。
○載雲旗之委蛇 「離騒」に「駕龍輈兮乘雷、載雲旗之委蛇。」(龍輈駕して雷に乘り、雲旗を載てて委蛇たり。)龍に車を引かせ、雷雲にのり、雲の旗を立てて、ゆらゆらちたなびいている、という同じ句がある。
○屯騎 集まる騎馬の者。屯は集。
○容容 連なり続くようす。


計專專之不可化兮,願遂推而為臧。
しかし、思いはかなものであり、私の専ら単純な志は変えることができない。どうかこのまま推し進めて善い方向に行ないたいものである。
○不可化 変改することができない。
○臧 善に同じ。


賴皇天之厚德兮,還及君之無恙。
天の厚いめぐみを頼んで、国に還って、君王のまだお元気なうちに間に合いたいものである。
○無恙 元気であること。恙は病のこと。一に腹に入って人の心臓を食う虫。古は草居して多くこの毒を被ったので、互いに「恙無きゃ」と問うという。つつが虫の害がないかとの意味。恙は病のことをいうようになった

九辯 第九段―#7 宋玉  <00-#33>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 662 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2294

宋玉 九辯 第九段―#7 
願うことなら愚かな私自身、朝廷を辞して自由になることをお許し頂き、お別れをしたいのです。愁いの心を雲の中に存分にあそばせたいのです。
天地陰陽の純粋な気の真ん丸となった太陽と月に乗り、もろもろの神々霊魂が満ち満ちてよりあつまっていっしょに駆けさせるのです。


2013年4月29日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#3>文選 上 献詩 749 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2293
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#7 宋玉  <00-#33>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 662 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2294
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集逢唐興劉主簿弟 成都5-(17) 杜甫 <466>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2295 杜甫詩1000-466-653/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集入華子岡是麻源第三谷 謝霊運(康楽)<59> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2296 (04/29)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性浣花亭陪川主王播相公暨僚同賦早菊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-150-22-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2297
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第九段―#7 宋玉  <00-#33>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 662 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2294


#5
青城山06願沈滯而不見兮,尚欲布名乎天下 。
俗世間の底に沈みとどまって現われないでいたいと思うけれど、それでもやはり、わが名を天下中に広めたいと思う気持ちがあるのだ。
然潢洋而不遇兮,直怐愚而自苦。
というのも、そのように広々ととりとめのない世では、自分を知る人にも遭遇しないので、ただ愚かにも自分を苦しめているだけなのである。
莽洋洋而無極兮,忽翱翔之焉薄?
草木が茂り、広々とはてしない原野があり、そこで急に飛びまわってもどこまで行こうかと、四方の他国にも行くべきところがないのである。
國有驥而不知乘兮,焉皇皇而更索?

この国に、千里の馬がいるのに、それを用いて乗ることを知らないでいる。どうして右往左往して落ち着かないで、改めて駿馬をさがし求めようとするのか。
#6
甯戚謳於車下兮,桓公聞而知之。
昔斉の甯戚は車の下で飯牛の歌をうたっていたら、桓公は聞いて勝れた人物であると知って用いた。
無伯樂之善相兮,今誰使乎譽之。
よく馬の良し悪しを見わけた伯楽がいないとすれば、今は誰に品定めをさせればよいのか。
罔流涕以聊慮兮,惟著意而得之。
心もむなしく、涕を流して深く思えば、意を明らかに志を立て堅持してこそ、それができるのだと考えた。
紛純純之願忠兮,妒被離而鄣之。
心をくだき、純粋に、ただ、真心を尽くしたいと願っているのであるが、私をねたむ者どもが立ち並んでこれをさまたげるのである。

#7
願賜不肖之軀而別離兮,放遊志乎雲中。
願うことなら愚かな私自身、朝廷を辞して自由になることをお許し頂き、お別れをしたいのです。愁いの心を雲の中に存分にあそばせたいのです。
乘精氣之摶摶兮,騖諸神之湛湛。
天地陰陽の純粋な気の真ん丸となった太陽と月に乗り、もろもろの神々霊魂が満ち満ちてよりあつまっていっしょに駆けさせるのです。
驂白霓之習習兮,歷群靈之豐豐。
習々と飛ぶ白い虹を添え馬とし、多くむらがるあらゆる神霊の星の宿りを次々に過ぎて行くのです。
左朱雀之茇茇兮,右蒼龍之躣躣。
南方の霊鳥朱雀の飛び揚がるのを左に従え、東方の神獣である蒼竜の進み行くのを右に控えさせ、空を縦横に走らせる用意をするのです。

願はくは不肖【ふしょう】の躯【み】を賜はりて別離し、志を雲中に放遊【ほうゆう】せしめん。
精気【せいき】の摶摶【たんたん】たるに乘り、諸神【しょしん】の湛湛【ゆうゆう】たるを騖【は】せ。
白霓【はくげい】の習習たるを鯵【さん】とし、軍霊【ぐんれい】の豊豊たるを歴【へ】ん。
朱雀【すじゃく】の茇茇【はいはい】たるを左にし、蒼龍【そうりゅう】の躍躍【くく】たるを右にす。


『九辯』 現代語訳と訳註
(本文)
#7
亂曰:願賜不肖之軀而別離兮,放遊志乎雲中。
乘精氣之摶摶兮,騖諸神之湛湛。
驂白霓之習習兮,歷群靈之豐豐。
左朱雀之茇茇兮,右蒼龍之躣 躣。


(下し文) #7
願賜不肖之軀而別離兮,放遊志乎雲中。
乘精氣之摶摶兮,騖諸神之湛湛。
驂白霓之習習兮,歷群靈之豐豐。
左朱雀之茇茇兮,右蒼龍之躣 躣。


(現代語訳)
願うことなら愚かな私自身、朝廷を辞して自由になることをお許し頂き、お別れをしたいのです。愁いの心を雲の中に存分にあそばせたいのです。
天地陰陽の純粋な気の真ん丸となった太陽と月に乗り、もろもろの神々霊魂が満ち満ちてよりあつまっていっしょに駆けさせるのです。
習々と飛ぶ白い虹を添え馬とし、多くむらがるあらゆる神霊の星の宿りを次々に過ぎて行くのです。
南方の霊鳥朱雀の飛び揚がるのを左に従え、東方の神獣である蒼竜の進み行くのを右に控えさせ、空を縦横に走らせる用意をするのです。


(訳注) #7
願賜不肖之軀而別離兮,放遊志乎雲中。

願うことなら愚かな私自身、朝廷を辞して自由になることをお許し頂き、お別れをしたいのです。愁いの心を雲の中に存分にあそばせたいのです。
○賜不肖之軀 朝廷を辞して自由になる。不肖は愚かなの意。
○放遊志乎雲中 政道は自由に遊ばせる。雲中は天空に昇る意。天空に仙遊すること。


乘精氣之摶摶兮,騖諸神之湛湛。
天地陰陽の純粋な気の真ん丸となった太陽と月に乗り、もろもろの神々霊魂が満ち満ちてよりあつまっていっしょに駆けさせるのです。
○精氣之摶摶 精気は天地陰陽の純粋な気が円くなってできた太陽と月のこと。楚人は円を名づけて摶という。
○騖諸神之湛湛 もろもろの神がひとところにより集まっているのを駆けさせる。○湛湛 ①水などがいっぱいにたたえられているさま。「―と水をたたえた湖」②露がいっぱいに降りているさま。


驂白霓之習習兮,歷群靈之豐豐。
習々と飛ぶ白い虹を添え馬とし、多くむらがるあらゆる神霊の星の宿りを次々に過ぎて行くのです。
○驂白霓之習習 白霓は潔白を修養する虹を添え馬とする。習習は飛ぶこのころの晋の形容。
○歷群靈之豐豐 「周く列宿(星座のこと)を過ぎ、六采を有るなり。」という。豊豊は多数のさま。


左朱雀之茇茇兮,右蒼龍之躣躣。
南方の霊鳥朱雀の飛び揚がるのを左に従え、東方の神獣である蒼竜の進み行くのを右に控えさせ、空を縦横に走らせる用意をするのです。
○左朱雀之茇茇 朱雀は南方の星、またその神鳥、失い孔雀(鳳皇)。茇茇はくうぜん蔓が空中に白い花を開くように飛揚のようすを云う。
○蒼竜 東方の星の名、また東方の神獣、青い竜。
○躍躍 進み歩むさま。晋クク。『釈文』に糧に作るも同じ。

五行関係図

九辯 第九段―#6 宋玉  <00-#32>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 661 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2289

宋玉《九辯、第九段》―#6 
昔斉の甯戚は車の下で飯牛の歌をうたっていたら、桓公は聞いて勝れた人物であると知って用いた。
よく馬の良し悪しを見わけた伯楽がいないとすれば、今は誰に品定めをさせればよいのか。


2013年4月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#6 宋玉  <00-#32>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 661 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2289
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第九段―#6 宋玉  <00-#32>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 661 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2289


#5
篠竹0004願沈滯而不見兮,尚欲布名乎天下 。
俗世間の底に沈みとどまって現われないでいたいと思うけれど、それでもやはり、わが名を天下中に広めたいと思う気持ちがあるのだ。
然潢洋而不遇兮,直怐愚而自苦。
というのも、そのように広々ととりとめのない世では、自分を知る人にも遭遇しないので、ただ愚かにも自分を苦しめているだけなのである。
莽洋洋而無極兮,忽翱翔之焉薄?
草木が茂り、広々とはてしない原野があり、そこで急に飛びまわってもどこまで行こうかと、四方の他国にも行くべきところがないのである。
國有驥而不知乘兮,焉皇皇而更索?
この国に、千里の馬がいるのに、それを用いて乗ることを知らないでいる。どうして右往左往して落ち着かないで、改めて駿馬をさがし求めようとするのか。
#6
甯戚謳於車下兮,桓公聞而知之。
昔斉の甯戚は車の下で飯牛の歌をうたっていたら、桓公は聞いて勝れた人物であると知って用いた。
無伯樂之善相兮,今誰使乎譽之。
よく馬の良し悪しを見わけた伯楽がいないとすれば、今は誰に品定めをさせればよいのか。
罔流涕以聊慮兮,惟著意而得之。
心もむなしく、涕を流して深く思えば、意を明らかに志を立て堅持してこそ、それができるのだと考えた。
紛純純之願忠兮,妒被離而鄣之。

心をくだき、純粋に、ただ、真心を尽くしたいと願っているのであるが、私をねたむ者どもが立ち並んでこれをさまたげるのである。

#7
亂曰:願賜不肖之軀而別離兮,放遊志乎雲中。
乘精氣之摶摶兮,騖諸神之湛湛。
驂白霓之習習兮,歷群靈之豐豐。
左朱雀之茇茇兮,右蒼龍之躣 躣。



『九辯』 現代語訳と訳註
(本文)
#6
甯戚謳於車下兮,桓公聞而知之。
無伯樂之善相兮,今誰使乎譽之。
罔流涕以聊慮兮,惟著意而得之。
紛純純之願忠兮,妒被離而鄣之。


(下し文)
甯戚【ねいせき】車下に謳ひて、桓公【かんこう】聞きて之を知る。
伯楽の善く相する無し。今誰にか之を譽らしめん。
罔として流涕して以て聊慮【れんりょ】し、意を著はして之を得んと惟ふ。
紛として純純として之れ忠を願へども、妒被【とひ】離として之を鄣【さえぎ】る。


(現代語訳)
昔斉の甯戚は車の下で飯牛の歌をうたっていたら、桓公は聞いて勝れた人物であると知って用いた。
よく馬の良し悪しを見わけた伯楽がいないとすれば、今は誰に品定めをさせればよいのか。
心もむなしく、涕を流して深く思えば、意を明らかに志を立て堅持してこそ、それができるのだと考えた。
心をくだき、純粋に、ただ、真心を尽くしたいと願っているのであるが、私をねたむ者どもが立ち並んでこれをさまたげるのである。


(訳注) #6
甯戚謳於車下兮,桓公聞而知之。

昔斉の甯戚は車の下で飯牛の歌をうたっていたら、桓公は聞いて勝れた人物であると知って用いた。
○甯戚 甯恵子; 甯戚(ネイセキ)【宰相】: 斉の宰相。衛の人。 斉桓公に用いられようと思い、斉に赴き、牛飼をして牛に飯を食わせる歌を歌った。桓公はこれを聞いて、 甯戚を見出して登用した。


無伯樂之善相兮,今誰使乎譽之。
よく馬の良し悪しを見わけた伯楽がいないとすれば、今は誰に品定めをさせればよいのか。
○伯楽 「九章」懐沙篇にある。馬相を見る名人。臣を見分ける名君に喩える。
○今誰使乎挙之 品定めをする。自分が千里の馬であることをはかり定めて貰う意。


罔流涕以聊慮兮,惟著意而得之。
心もむなしく、涕を流して深く思えば、意を明らかに志を立て堅持してこそ、それができるのだと考えた。
○罔 心が憂愁のためにぼんやりとしたこと。
○聊慮 王注に深思とあるのがこの語の意味か。。精心とは心をこめる。沈思に近い。
○惟著意両得之 唯はおもう。ただと読んでも通ずる。著意は「九章」悲回風篇の「心調度而弗去兮, 刻著志之無適」(心調度して去らず、志を刻著して適く無からん」の刻著志と同じ。意を固く明らかにしてこれを得るのだと気がつくの意。


紛純純之願忠兮,妒被離而鄣之。
心をくだき、純粋に、ただ、真心を尽くしたいと願っているのであるが、私をねたむ者どもが立ち並んでこれをさまたげるのである。
○被離 分散、ここでは立ち並ぶ、押しかけるというほどの意味。
○鄣之 これをさまたげる。

九辯 第九段―#5 宋玉  <00-#31>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 660 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2284

宋玉《九辯 第九段》-#5 
俗世間の底に沈みとどまって現われないでいたいと思うけれど、それでもやはり、わが名を天下中に広めたいと思う気持ちがあるのだ。


2013年4月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集答靈運 謝宣遠(謝瞻)<57> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2286 (04/27)
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性宣上人見示與諸公唱和 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-148-20-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2287
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
九辯 第九段―#5 宋玉  <00-#31>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 660 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2284


第九段 #1
秋0011
被荷裯之晏晏兮,然潢洋而不可帶。
既驕美而伐武兮,負左右之耿介。
憎慍惀之脩美兮,好夫人之慷慨。
眾踥蹀而日進兮,美超遠而逾邁 。

#2
農夫輟耕而容與兮,恐田野之蕪穢。
事綿綿而多私兮,竊悼後之危敗。
世雷同而炫曜兮,何毀譽之昧昧!
今脩飾而窺鏡兮,後尚可以竄藏。

#3
願寄言夫流星兮,羌儵忽而難當。
卒壅蔽此浮雲兮,下暗漠而無光。
堯舜皆有所舉任兮,故高枕而自適。
諒無怨於天下兮,心焉取此怵惕?

#4
乘騏驥之瀏瀏兮,馭安用夫強策?
諒城郭之不足恃兮,雖重介之何益?
邅翼翼而無終兮,忳惛惛而愁約。
生天地之若過兮,功不成而無效。

#5
願沈滯而不見兮,尚欲布名乎天下 。
然潢洋而不遇兮,直怐愚而自苦。
莽洋洋而無極兮,忽翱翔之焉薄?
國有驥而不知乘兮,焉皇皇而更索?

#6
甯戚謳於車下兮,桓公聞而知之。
無伯樂之善相兮,今誰使乎譽之。
罔流涕以聊慮兮,惟著意而得之。
紛純純之願忠兮,妒被離而鄣之。


#7
亂曰:願賜不肖之軀而別離兮,放遊志乎雲中。
乘精氣之摶摶兮,騖諸神之湛湛。
驂白霓之習習兮,歷群靈之豐豐。
左朱雀之茇茇兮,右蒼龍之躣 躣。

#8
屬雷師之闐闐兮,通飛廉之衙衙。
前輊輬之鏘鏘兮,後輜乘之從從。
載雲旗之委蛇兮,扈屯騎之容容。
計專專之不可化兮,願遂推而為臧。
賴皇天之厚德兮,還及君之無恙。



#4
願寄言夫流星兮,羌儵忽而難當。
どうか、あの流れ星にこのことばをことづけたいと思うのであるが、ああ、あまりに速やすぎて、出会い難いのである。
卒壅蔽此浮雲兮,下暗漠而無光。
しまいには、この浮雲に覆われ遮られて、下界は暗くぼんやりとして光がなくなってしまう。
堯舜皆有所舉任兮,故高枕而自適。
堯や舜には皆自分から挙げ用いて、仕事をまかせた賢相がいたので、それ故、枕を高くして安らかに眠れ、気楽にして暮らせたのである。
諒無怨於天下兮,心焉取此怵惕?
このようにまことに天下の人から怨まれることがなければ、どうしてこのみな憐憫の情、可哀相と感じる心を持つことがあろう。

#5
願沈滯而不見兮,尚欲布名乎天下 。
俗世間の底に沈みとどまって現われないでいたいと思うけれど、それでもやはり、わが名を天下中に広めたいと思う気持ちがあるのだ。
然潢洋而不遇兮,直怐愚而自苦。
というのも、そのように広々ととりとめのない世では、自分を知る人にも遭遇しないので、ただ愚かにも自分を苦しめているだけなのである。
莽洋洋而無極兮,忽翱翔之焉薄?
草木が茂り、広々とはてしない原野があり、そこで急に飛びまわってもどこまで行こうかと、四方の他国にも行くべきところがないのである。
國有驥而不知乘兮,焉皇皇而更索?
この国に、千里の馬がいるのに、それを用いて乗ることを知らないでいる。どうして右往左往して落ち着かないで、改めて駿馬をさがし求めようとするのか。

沈滞【ちんたい】して見ざらんと雖も、尚お名を天下に布【し】かんと欲す。
然く潢洋【こうよう】として遇はず、直 怐愚【こうぐ】として自ら苦しむのみ。
莽【ぼう】として洋洋として極りなく、忽まち翱翔【こうしょう】して之れ焉【いづ】くにか薄【いた】る。
國に驥【き】有れども乘るを知らず、焉くんか皇皇【こうこう】として更【あらた】め索【もと】むる。


『九辯』第九段 現代語訳と訳註
冬00(本文)
#5
願沈滯而不見兮,尚欲布名乎天下 。
然潢洋而不遇兮,直怐愚而自苦。
莽洋洋而無極兮,忽翱翔之焉薄?
國有驥而不知乘兮,焉皇皇而更索?


(下し文)
沈滞【ちんたい】して見ざらんと雖も、尚お名を天下に布【し】かんと欲す。
然く潢洋【こうよう】として遇はず、直 怐愚【こうぐ】として自ら苦しむのみ。
莽【ぼう】として洋洋として極りなく、忽まち翱翔【こうしょう】して之れ焉【いづ】くにか薄【いた】る。
國に驥【き】有れども乘るを知らず、焉くんか皇皇【こうこう】として更【あらた】め索【もと】むる。


(現代語訳)
俗世間の底に沈みとどまって現われないでいたいと思うけれど、それでもやはり、わが名を天下中に広めたいと思う気持ちがあるのだ。
というのも、そのように広々ととりとめのない世では、自分を知る人にも遭遇しないので、ただ愚かにも自分を苦しめているだけなのである。
草木が茂り、広々とはてしない原野があり、そこで急に飛びまわってもどこまで行こうかと、四方の他国にも行くべきところがないのである。
この国に、千里の馬がいるのに、それを用いて乗ることを知らないでいる。どうして右往左往して落ち着かないで、改めて駿馬をさがし求めようとするのか。


(訳注) #5
願沈滯而不見兮,尚欲布名乎天下 。

俗世間の底に沈みとどまって現われないでいたいと思うけれど、それでもやはり、わが名を天下中に広めたいと思う気持ちがあるのだ。
○沈滞 沈みかくれる。埋没。


然潢洋而不遇兮,直怐愚而自苦。
というのも、そのように広々ととりとめのない世では、自分を知る人にも遭遇しないので、ただ愚かにも自分を苦しめているだけなのである。
○潢洋 広々ととりとめのない世の中。
○直怐愚而自苦 直はただと読む。怐愚は愚かなさまで自分を苦しめる。


莽洋洋而無極兮,忽翱翔之焉薄?
草木が茂り、広々とはてしない原野があり、そこで急に飛びまわってもどこまで行こうかと、四方の他国にも行くべきところがないのである。
○弄洋洋 原野の限りなく広がるさま。
○翱翔 (鷹などが)空に輪を描いて飛ぶ.


國有驥而不知乘兮,焉皇皇而更索?
この国に、千里の馬がいるのに、それを用いて乗ることを知らないでいる。どうして右往左往して落ち着かないで、改めて駿馬をさがし求めようとするのか。
○皇皇 まったく落ちつかないこと。

九辯 第九段―#4 宋玉  <00-#30>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 659 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2279

宋玉《九辯 第九段》―#4 

まことに城壁や外城壁が当てにできる代物でなければ鎧の数を重ねても何の益があろうか。(政事には、まず賢人を採用することが最も大切なのである。)

2013年4月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集茅屋為秋風所破歌 成都5-(12-1) 杜甫 <465-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2280 杜甫詩1000-465-#1-650/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集還舊園作見顔范二中書 謝霊運(康楽)<56> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2281 (04/26)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性罰赴邊有懷上韋令公二首其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-147-19-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2282
 
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第九段―#4 宋玉  <00-#30>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 659 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2279


第九段
被荷裯之晏晏兮,然潢洋而不可帶。
蓮の葉の単衣の立派なきものを着ても、ここにみるように丈が長く、広くて身に合わず、破れ易いようなもので帯をすることもできない。
既驕美而伐武兮,負左右之耿介。
君王に美徳とすぐれた素質を誇り、武力を威張り、左右の剛毅な者をたのみにしておられるのだ。
憎慍惀之脩美兮,好夫人之慷慨。

思慮深く聡明で、素養があり、徳あり善美な人を憎んでいるというし、あの小人の心で、昂奮して不義を憤る態度を好まれるという。
眾踥蹀而日進兮,美超遠而逾邁 。
小人どもはぞろぞろと日々に朝廷に進み用いられ、立派な人物は、はるかに遠ざかって、勢いよく去っていくのである。

農夫輟耕而容與兮,恐田野之蕪穢。
農夫は租税の重さに苦しみ、耕すことをやめてゆっくりと休みのである。すると、田畑野が雜草であれはて五穀は取れなくなること、これが心配である。
事綿綿而多私兮,竊悼後之危敗。
君王が細微なことばかりを仕事にされ、自分勝手がこと多いので、私はひそかにその後のことをに危くかんがえて、失敗をされるととりかえしがつかないといたむのである。
世雷同而炫曜兮,何毀譽之昧昧!
世の人々は付和雷同に呼応して響くようになんでも賛成してほめそやすので、何とあなどりと誉れとの区別することが難しいことこの上ない。
今脩飾而窺鏡兮,後尚可以竄藏。

今身を美しく飾るとすれば、鏡をのぞいて化粧を直すように、身の行ないを正しておけば、後に乱が起こったような時に、それでもやはり、世を逃れかくれて住むことができる。

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卒壅蔽此浮雲兮,下暗漠而無光。
しまいには、この浮雲に覆われ遮られて、下界は暗くぼんやりとして光がなくなってしまう。
堯舜皆有所舉任兮,故高枕而自適。
堯や舜には皆自分から挙げ用いて、仕事をまかせた賢相がいたので、それ故、枕を高くして安らかに眠れ、気楽にして暮らせたのである。
諒無怨於天下兮,心焉取此怵惕?
このようにまことに天下の人から怨まれることがなければ、どうしてこのみな憐憫の情、可哀相と感じる心を持つことがあろう。

#4
乘騏驥之瀏瀏兮,馭安用夫強策?
千里の馬の流れるように速く走るのに乗るならば、馬を御するのにどうしてあの強い鞭を用いようか。
諒城郭之不足恃兮,雖重介之何益?
まことに城壁や外城壁が当てにできる代物でなければ鎧の数を重ねても何の益があろうか。(政事には、まず賢人を採用することが最も大切なのである。)
邅翼翼而無終兮,忳惛惛而愁約。
歩きめぐって進まずたちもどり、私はただいつまでも敬みかしこまっていて、心は憂いのために暗く、悲しみ窮している。
生天地之若過兮,功不成而無效。
この天地に生まれて、忽ち通り過ぎ去るような一生であって、仕事もなんの成果も上がらず、働きがいもない。


『九辯 第九段』 現代語訳と訳註
(本文)
#4
乘騏驥之瀏瀏兮,馭安用夫強策?
諒城郭之不足恃兮,雖重介之何益?
邅翼翼而無終兮,忳惛惛而愁約。
生天地之若過兮,功不成而無效。


(下し文)
騏驥の瀏瀏たるに乘らば、馭するに安ぞ夫の強策を用ひん。
諒に城郭之れ恃むに足らざれば、介を重ぬと雖も之れ何の益かあらん。
達として巽巽として終無し、帽として悼惜として愁約す。
天地に生じて之れ遇ぐるが若し。功成らずして致無し。


(現代語訳)
千里の馬の流れるように速く走るのに乗るならば、馬を御するのにどうしてあの強い鞭を用いようか。
まことに城壁や外城壁が当てにできる代物でなければ鎧の数を重ねても何の益があろうか。(政事には、まず賢人を採用することが最も大切なのである。)
歩きめぐって進まずたちもどり、私はただいつまでも敬みかしこまっていて、心は憂いのために暗く、悲しみ窮している。
この天地に生まれて、忽ち通り過ぎ去るような一生であって、仕事もなんの成果も上がらず、働きがいもない。


(訳注)
乘騏驥之瀏瀏兮,馭安用夫強策?

千里の馬の流れるように速く走るのに乗るならば、馬を御するのにどうしてあの強い鞭を用いようか。
〇騏驥 ①よく走るすぐれた馬。駿馬(しゅんめ)。 ②すぐれた人物。
〇瀏瀏 水の流れるさま。
〇馭 馭とは、馬を御すという意味
○策 鞭。


諒城郭之不足恃兮,雖重介之何益?
まことに城壁や外城壁が当てにできる代物でなければ鎧の数を重ねても何の益があろうか。(政事には、まず賢人を採用することが最も大切なのである。)
○恃 ① 相手に、こちらが希望するようにしてくれることを伝えて願う。依頼する。「用事を―・む」「口外しないよう―・む」「代筆を―・む」② たよりになるものとしてあてにする。力としてたよる。
〇介 甲胃。


邅翼翼而無終兮,忳惛惛而愁約。
歩きめぐって進まずたちもどり、私はただいつまでも敬みかしこまっていて、心は憂いのために暗く、悲しみ窮している。
〇邅 めぐる
。たちもどる。回転して前進しないこと。
〇翼翼 つつしむ。恭しいさま。
〇惛惛 心が暗い。
〇忳 憂える。


生天地之若過兮,功不成而無效。
この天地に生まれて、忽ち通り過ぎ去るような一生であって、仕事もなんの成果も上がらず、働きがいもない。
〇若過 「忽として雲馳せ駟隙を過ぐるが若し。」と。


九辯 第九段―#3 宋玉  <00-#29>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 658 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2274

宋玉  九辯 第九段―#3 

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既驕美而伐武兮,負左右之耿介。
君王に美徳とすぐれた素質を誇り、武力を威張り、左右の剛毅な者をたのみにしておられるのだ。
憎慍惀之脩美兮,好夫人之慷慨。
思慮深く聡明で、素養があり、徳あり善美な人を憎んでいるというし、あの小人の心で、昂奮して不義を憤る態度を好まれるという。
眾踥蹀而日進兮,美超遠而逾邁 。

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事綿綿而多私兮,竊悼後之危敗。
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諒無怨於天下兮,心焉取此怵惕?

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願寄言夫流星兮,羌儵忽而難當。
卒壅蔽此浮雲兮,下暗漠而無光。
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堯舜は皆挙任する所有り。故に枕を高うして自適す。
諒【まこと】に天下に怨無ければ、心に焉ぞ此の怵惕【じゅつてき】を取らん。


(現代語訳)
どうか、あの流れ星にこのことばをことづけたいと思うのであるが、ああ、あまりに速やすぎて、出会い難いのである。
しまいには、この浮雲に覆われ遮られて、下界は暗くぼんやりとして光がなくなってしまう。
堯や舜には皆自分から挙げ用いて、仕事をまかせた賢相がいたので、それ故、枕を高くして安らかに眠れ、気楽にして暮らせたのである。
このようにまことに天下の人から怨まれることがなければ、どうしてこのみな憐憫の情、可哀相と感じる心を持つことがあろう。


(訳注)
願寄言夫流星兮,羌儵忽而難當。

どうか、あの流れ星にこのことばをことづけたいと思うのであるが、ああ、あまりに速やすぎて、出会い難いのである。
〇儵忽 たちまち。一に條忽に作る。

卒壅蔽此浮雲兮,下暗漠而無光。
しまいには、この浮雲に覆われ遮られて、下界は暗くぼんやりとして光がなくなってしまう。
○卒 しまいには。一に上に作る。
〇壅蔽 何かを隠したり保護したりするのに役立つ覆い


堯舜皆有所舉任兮,故高枕而自適。
堯や舜には皆自分から挙げ用いて、仕事をまかせた賢相がいたので、それ故、枕を高くして安らかに眠れ、気楽にして暮らせたのである。


諒無怨於天下兮,心焉取此怵惕?
このようにまことに天下の人から怨まれることがなければ、どうしてこのみな憐憫の情、可哀相と感じる心を持つことがあろう。
心焉取此怵惕 怵惕:おそれあやぶむこと。
『孟子』「人皆有不忍人之心。 今人乍見孺子將入於井、皆有怵惕惻隱之心。 無惻隱之心、非人也。 惻隱之心、仁之端也」(人にはみな人に忍びないと思う心がある。 今、人であるものが、今にも井戸に落ちようとしている幼な子を見たとしたら、みな憐憫の情、可哀相と感じる心を持つものだ。 憐れみの心がない者は、人ではない。 憐れみの心は、仁であることの始まりである。)

九辯 第九段―#2 宋玉  <00-#28>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 657 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2269

宋玉《九辯 第九段》―#2 
今身を美しく飾るとすれば、鏡をのぞいて化粧を直すように、身の行ないを正しておけば、後に乱が起こったような時に、それでもやはり、世を逃れかくれて住むことができる。

2013年4月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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九辯 第九段―#2 宋玉  <00-#28>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 657 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2269


第九段
被荷裯之晏晏兮,然潢洋而不可帶。
hasuの葉の単衣の立派なきものを着ても、ここにみるように丈が長く、広くて身に合わず、破れ易いようなもので帯をすることもできない。
既驕美而伐武兮,負左右之耿介。
蓮の葉の単衣の立派なきものを着ても、ここにみるように丈が長く、広くて身に合わず、破れ易いようなもので帯をすることもできない。
憎慍惀之脩美兮,好夫人之慷慨。
思慮深く聡明で、素養があり、徳あり善美な人を憎んでいるというし、あの小人の心で、昂奮して不義を憤る態度を好まれるという。
眾踥蹀而日進兮,美超遠而逾邁 。

小人どもはぞろぞろと日々に朝廷に進み用いられ、立派な人物は、はるかに遠ざかって、勢いよく去っていくのである。

荷裯【かちょう】の晏晏たるを被り、然く潢洋【こうよう】として帯す可からず。
既に美に驕りて武を伐り、左右の耿介【こうかい】たるを負む。
慍惀【うんりん】の脩美【しゅうび】を憎み、夫の人の慷慨【こうがい】を好む。
衆踥蹀【しょうちょう】として日に進み、美超遠にして逾邁【ゆまい】す。

農夫輟耕而容與兮,恐田野之蕪穢。
農夫は租税の重さに苦しみ、耕すことをやめてゆっくりと休みのである。すると、田畑野が雜草であれはて五穀は取れなくなること、これが心配である。
事綿綿而多私兮,竊悼後之危敗。
君王が細微なことばかりを仕事にされ、自分勝手がこと多いので、私はひそかにその後のことをに危くかんがえて、失敗をされるととりかえしがつかないといたむのである。
世雷同而炫曜兮,何毀譽之昧昧!
世の人々は付和雷同に呼応して響くようになんでも賛成してほめそやすので、何とあなどりと誉れとの区別することが難しいことこの上ない。
今脩飾而窺鏡兮,後尚可以竄藏。

今身を美しく飾るとすれば、鏡をのぞいて化粧を直すように、身の行ないを正しておけば、後に乱が起こったような時に、それでもやはり、世を逃れかくれて住むことができる。
農夫は耕を輟【や】めて容與【ようよ】し、田野の蕪穢【ぶあい】を恐る。
事綿綿として私多く、竊【ひそか】に後の危敗【きはい】を悼【いた】む。
世雷同【らいどう】して炫曜【げんよう】す。何ぞ毀譽【きよ】の昧昧【まいまい】たる。
今脩飾【しゅうしょく】して鏡を窺へば、後に尚以て竄藏【ざんぞう】す可し。


『九辯』第九段-#2 現代語訳と訳註
(本文)
#2
農夫輟耕而容與兮,恐田野之蕪穢。
事綿綿而多私兮,竊悼後之危敗。
世雷同而炫曜兮,何毀譽之昧昧!
今脩飾而窺鏡兮,後尚可以竄藏。


(下し文)
農夫は耕を輟【や】めて容與【ようよ】し、田野の蕪穢【ぶあい】を恐る。
事綿綿として私多く、竊【ひそか】に後の危敗【きはい】を悼【いた】む。
世雷同【らいどう】して炫曜【げんよう】す。何ぞ毀譽【きよ】の昧昧【まいまい】たる。
今脩飾【しゅうしょく】して鏡を窺へば、後に尚以て竄藏【ざんぞう】す可し。


(現代語訳)
農夫は租税の重さに苦しみ、耕すことをやめてゆっくりと休みのである。すると、田畑野が雜草であれはて五穀は取れなくなること、これが心配である。
君王が細微なことばかりを仕事にされ、自分勝手がこと多いので、私はひそかにその後のことをに危くかんがえて、失敗をされるととりかえしがつかないといたむのである。
世の人々は付和雷同に呼応して響くようになんでも賛成してほめそやすので、何とあなどりと誉れとの区別することが難しいことこの上ない。
今身を美しく飾るとすれば、鏡をのぞいて化粧を直すように、身の行ないを正しておけば、後に乱が起こったような時に、それでもやはり、世を逃れかくれて住むことができる。


(訳注)#2
農夫輟耕而容與兮,恐田野之蕪穢。

農夫は租税の重さに苦しみ、耕すことをやめてゆっくりと休みのである。すると、田畑野が雜草であれはて五穀は取れなくなること、これが心配である。
・蕪穢 土地などが、荒れはてること。また、そのさま。


事綿綿而多私兮,竊悼後之危敗。
君王が細微なことばかりを仕事にされ、自分勝手がこと多いので、私はひそかにその後のことをに危くかんがえて、失敗をされるととりかえしがつかないといたむのである。
〇綿綿 糸のように微細なこと。


世雷同而炫曜兮,何毀譽之昧昧!
世の人々は付和雷同に呼応して響くようになんでも賛成してほめそやすので、何とあなどりと誉れとの区別することが難しいことこの上ない。


今脩飾而窺鏡兮,後尚可以竄藏。
今身を美しく飾るとすれば、鏡をのぞいて化粧を直すように、身の行ないを正しておけば、後に乱が起こったような時に、それでもやはり、世を逃れかくれて住むことができる。
〇今修飾而窺鏡 今、身を正しておけば、後に乱が起こっても、身は逃れ隠れて住み、死なないですむ。

九辯 第九段―#1 宋玉  <00-#27>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 656 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2264

宋玉 九辯 第九段―#1
眾踥蹀而日進兮,美超遠而逾邁 。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第九段―#1 宋玉  <00-#27>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 656 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2264

aki02


第九段
被荷裯之晏晏兮,然潢洋而不可帶。
既驕美而伐武兮,負左右之耿介。
憎慍惀之脩美兮,好夫人之慷慨。
眾踥蹀而日進兮,美超遠而逾邁 。

#2
農夫輟耕而容與兮,恐田野之蕪穢。
事綿綿而多私兮,竊悼後之危敗。
世雷同而炫曜兮,何毀譽之昧昧!
今脩飾而窺鏡兮,後尚可以竄藏。

#3
願寄言夫流星兮,羌儵忽而難當。
卒壅蔽此浮雲兮,下暗漠而無光。
堯舜皆有所舉任兮,故高枕而自適。
諒無怨於天下兮,心焉取此怵惕?

#4
乘騏驥之瀏瀏兮,馭安用夫強策?
諒城郭之不足恃兮,雖重介之何益?
邅翼翼而無終兮,忳惛惛而愁約。
生天地之若過兮,功不成而無效。

#5
願沈滯而不見兮,尚欲布名乎天下 。
然潢洋而不遇兮,直怐愚而自苦。
莽洋洋而無極兮,忽翱翔之焉薄?
國有驥而不知乘兮,焉皇皇而更索?

#6
甯戚謳於車下兮,桓公聞而知之。
無伯樂之善相兮,今誰使乎譽之。
罔流涕以聊慮兮,惟著意而得之。
紛純純之願忠兮,妒被離而鄣之。


#7
亂曰:願賜不肖之軀而別離兮,放遊志乎雲中。
乘精氣之摶摶兮,騖諸神之湛湛。
驂白霓之習習兮,歷群靈之豐豐。
左朱雀之茇茇兮,右蒼龍之躣 躣。

#8
屬雷師之闐闐兮,通飛廉之衙衙。
前輊輬之鏘鏘兮,後輜乘之從從。
載雲旗之委蛇兮,扈屯騎之容容。
計專專之不可化兮,願遂推而為臧。
賴皇天之厚德兮,還及君之無恙。




第九段
#1
被荷裯之晏晏兮,然潢洋而不可帶。
蓮の花葉の単衣の立派なきものを着ても、ここにみるように丈が長く、広くて身に合わず、破れ易いようなもので帯をすることもできない。
既驕美而伐武兮,負左右之耿介。
君王に美徳とすぐれた素質を誇り、武力を威張り、左右の剛毅な者をたのみにしておられるのだ。。
憎慍惀之脩美兮,好夫人之慷慨。
思慮深く聡明で、素養があり、徳あり善美な人を憎んでいるというし、あの小人の心で、昂奮して不義を憤る態度を好まれるという。
眾踥蹀而日進兮,美超遠而逾邁 。
小人どもはぞろぞろと日々に朝廷に進み用いられ、立派な人物は、はるかに遠ざかって、勢いよく去っていくのである。

荷裯【かちょう】の晏晏たるを被り、然く潢洋【こうよう】として帯す可からず。
既に美に驕りて武を伐り、左右の耿介【こうかい】たるを負む。
慍惀【うんりん】の脩美【しゅうび】を憎み、夫の人の慷慨【こうがい】を好む。
衆踥蹀【しょうちょう】として日に進み、美超遠にして逾邁【ゆまい】す。


『九辯』 現代語訳と訳註
(本文)
第九段 #1
被荷裯之晏晏兮,然潢洋而不可帶。
既驕美而伐武兮,負左右之耿介。
憎慍惀之脩美兮,好夫人之慷慨。
眾踥蹀而日進兮,美超遠而逾邁 。


(下し文)
荷裯【かちょう】の晏晏たるを被り、然く潢洋【こうよう】として帯す可からず。
既に美に驕りて武を伐り、左右の耿介【こうかい】たるを負む。
慍惀【うんりん】の脩美【しゅうび】を憎み、夫の人の慷慨【こうがい】を好む。
衆踥蹀【しょうちょう】として日に進み、美超遠にして逾邁【ゆまい】す。


(現代語訳)
蓮の花葉の単衣の立派なきものを着ても、ここにみるように丈が長く、広くて身に合わず、破れ易いようなもので帯をすることもできない。
君王に美徳とすぐれた素質を誇り、武力を威張り、左右の剛毅な者をたのみにしておられるのだ。
思慮深く聡明で、素養があり、徳あり善美な人を憎んでいるというし、あの小人の心で、昂奮して不義を憤る態度を好まれるという。
小人どもはぞろぞろと日々に朝廷に進み用いられ、立派な人物は、はるかに遠ざかって、勢いよく去っていくのである。


(訳注)第九段
被荷裯之晏晏兮,然潢洋而不可帶。
蓮の花葉の単衣の立派なきものを着ても、ここにみるように丈が長く、広くて身に合わず、破れ易いようなもので帯をすることもできない。
〇荷裯 荷は蓮の葉、裯は単衣。
○晏晏 盛んなさま。
〇潢洋 潢はみずたまり。いけ。ここはきものが垂れ下がり広くて身に合わず、破れ易い。


既驕美而伐武兮,負左右之耿介。
君王に美徳とすぐれた素質を誇り、武力を威張り、左右の剛毅な者をたのみにしておられるのだ。
〇驕 ほこる。
〇耿介 志の固いこと。剛毅。聖帝に文徳なく、武力をたのむことをいうと見る。


憎慍惀之脩美兮,好夫人之慷慨。
思慮深く聡明で、素養があり、徳あり善美な人を憎んでいるというし、あの小人の心で、昂奮して不義を憤る態度を好まれるという。
〇慍惀之脩美 慍は思慮深く聡明で、素養がある。惀はおもいもとめてさとる。脩美はよくて美しい。
兮以下四句は[]楚辞九章の句とほとんど同じ、参照。
○夫人 あの一群の小人。人々。
〇慷慨 感情が高ぶって歎く。昂奮して不義を憤るたいど。


眾踥蹀而日進兮,美超遠而逾邁 。
小人どもはぞろぞろと日々に朝廷に進み用いられ、立派な人物は、はるかに遠ざかって、勢いよく去っていくのである。
〇踥蹀 足取り軽く歩むさま。ぞろぞろと続いて進む。
〇逾邁 思い切って歩み寄る。越え行く。

九辯 第六・七・八段 まとめ 宋玉  <00-#26>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 655 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2259

宋玉 九辯 第六・七・八段 まとめ 
2013年4月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第六・七・八段 まとめ 宋玉  <00-#26>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 655 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2259



第六段
竊美申包胥之氣盛兮,恐時世之不固。
私は心の中で、申包胥の故事で楚の国を救うために、秦に救いを乞うて七日七夜泣いたという気魄の盛んなのを立派なことだと思い。今の世の人の心が固くないのが心配なことである。
何時俗之工巧兮?滅規矩而改錯。
何と今の世の人の習わしは巧みなことだろうか。定規やぶんまわしを捨てて木の穴を改め刻むということなのだ。
獨耿介而不隨兮,願慕先聖之遺教。
私はひとり志を固く守って世の風俗に随わず節操を守る。どうか先聖の残された教えを慕って手本にしたいものである。
處濁世而顯榮兮,非余心之所樂。

濁った世に住んで有名になり出世をすることは、私の心のねがう所ではないのである。
九辯 第六段-#1 宋玉  <00-#17>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 646 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2214


與其無義而有名兮,寧窮處而守高。
その筋道もないというのに有名になる、というより、むしろいっそ貧乏暮らしをして高潔な行ないを守りたい。
食不媮而為飽兮,衣不苟而為溫。
食物は食すべきそのすじみちがないもので腹を満たすことはできない、衣服は着るべきでないものをいいかげんに着て温かくしない。
竊慕詩人之遺風兮,願託志乎素餐。
心のうちでひそかに、『詩経』魏風伐檀篇における詩人の今に残されている感化を慕い、「彼の君子は、素餐せず」という句の通りに、どうか功無くして禄をはまないという生き方に身を委せたい。
蹇充倔而無端兮,泊莽莽而無垠。
ああ私は、『礼記』にいう「富貴に淫し、心が満足して屈した」ために君子の節を失して、今は君に近づくよすがもなく、広広として草が茂っている野ははてもない。
無衣裘以御冬兮,恐溘死不得見乎陽春。
身には衣や毛衣の冬の寒さをふせぐものがなく、急に死んで、来る年の陽春を見ることができないかも知れぬと心配をするのである。

九辯 第六段-#2 宋玉  <00-#18>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 647 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2219

第七段
靚杪秋之遙夜兮,心繚悷而有哀。
静かな晩秋は、このように長夜である。私の心には愁いがめぐり、それぞれがもつれて悲しむのである。
春秋逴逴而日高兮,然惆悵而自悲。
春が過ぎ秋が来る、若い歳月は遠く去って日々に年齢は高くなるもので、このように心もうつろに愁えて自分の身を悲しく思う。
四時遞來而卒歲兮,陰陽不可與儷偕。
四季はかわるがわる来て一年が過ぎ終わる。陰と陽の気は共にいることはできないが、たえずつれあいが去っていき、また、つぎの夫婦がくるのである。
白日晼晚其將入兮,明月銷鑠而減毀。
日中の明るい太陽はだんだんと傾き暮れていくもので、もう地の果てに入ろうとしている。明るい仲秋の名月であってもやがて消えて姿なく欠けてこわれていくのである。

九辯 第七段-#1 宋玉  <00-#22>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 651 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2239


歲忽忽而遒盡兮,老冉冉而愈弛。
このように歳はたちまち過ぎ尽きてしまい、老いはすみやかに進んで、いよいよ移りかわっていく。
心搖悅而日幸兮,然怊悵而無冀。
心は動くことを悦ぶもので、その日々を思いもかけぬしあわせを願うのであるが、またこのように望みもなく恨めしく思うこともある。
中憯惻之悽愴兮,長太息而增欷。
心の中は痛みおそれて悲しみうれい、そして、長いためいきをついては、重ねてすすり泣くのである。
年洋洋以日往兮,老嵺廓而無處。
歳月は流れ行く水のようにはてしなく日々に過ぎ往くものであり、年老いてしまうと、広々と人けもない所で住む家もないのである。
事亹亹而覬進兮,蹇淹留而躊躇。

私の仕事は休まず努力して君に許されて仕えることをこいねがうのであるが、ああ、久しくたってしまい、ただためらい足ぶみして進むことができないでいるのである。

九辯 第七段-#2 宋玉  <00-#23>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 652 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2244

第八段
何氾濫之浮雲兮,猋壅蔽此明月!
どういうのか、漂い流れている浮雲が、たちまちこの明るい月を蔽い隠してしまう。
忠昭昭而願見兮,然霠曀而莫達。
私の忠義心は誠に明らかであることで、それを君王に見てもらいたいと思うのだが、このように覆われ暗く隠されて、君王に達する方法もないのである。
願皓日之顯行兮,雲蒙蒙而蔽之。
輝く日光が私の行ないを照らし顕わしてくれて、君王が認めて下さることを願うのであるが、雲が暗く重なって蔽うのに似て、讒言の奸臣が君王の目をふさぐのである。
竊不自聊而願忠兮,或黕點而汙之。
私は心のうちで、自分の力量も料らずに、忠を尽くしたいと思っていると、或る者は、私に悪名をつけて、汚れたものとする。
九辯 第八段-#1 宋玉  <00-#24>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 653 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2249

堯舜之抗行兮,瞭冥冥而薄天。
古の三皇五帝の堯や舜は高潔な行為をしたことというのは、明らかなことで、はては定かに見えていなくて、薄曇りの天空にさえ届くほどすぐれている。
何險巇之嫉妒兮,被以不慈之偽名?
何とこんなにもけわしい嫉妬心であろうか、堯はその子である丹朱に対して慈愛がなかったといい、舜は父に対して愛がなかったといって、いつわりの悪名を被らすのである。
彼日月之照明兮,尚黯黮而有瑕。
あの太陽と月の明るく照らす光にも、やはり暗くかげを指すものがあり、欠点があるものである。
何況一國之事兮,亦多端而膠加。
まして一国の政事というものは、また仕事の数が多いのであり、いろんなものが加わって背き悖ることがあるのは、いうまでもないことである。

九辯 第八段-#2 宋玉  <00-#25>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 654 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2254

九辯 第八段-#2 宋玉  <00-#25>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 654 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2254

宋玉 九辯 第八段-#2  

2013年4月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩妾薄命二首 其二 曹植 魏詩<72-#1> 女性詩741 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2253
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第八段-#2 宋玉  <00-#25>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 654 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2254
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集送裴五赴東川 成都5-(9) 杜甫 <462>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2255 杜甫詩1000-462-645/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集従斤竹澗超嶺渓行 謝霊運<51> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2256 (04/21)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性春望詞四首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-142-14-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2257
 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
九辯 第八段-#2 宋玉  <00-#25>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 654 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2254


第八段
何氾濫之浮雲兮,猋壅蔽此明月!
どういうのか、漂い流れている浮雲が、たちまちこの明るい月を蔽い隠してしまう。
忠昭昭而願見兮,然霠曀而莫達。
私の忠義心は誠に明らかであることで、それを君王に見てもらいたいと思うのだが、このように覆われ暗く隠されて、君王に達する方法もないのである。
願皓日之顯行兮,雲蒙蒙而蔽之。
輝く日光が私の行ないを照らし顕わしてくれて、君王が認めて下さることを願うのであるが、雲が暗く重なって蔽うのに似て、讒言の奸臣が君王の目をふさぐのである。
竊不自聊而願忠兮,或黕點而汙之。
私は心のうちで、自分の力量も料らずに、忠を尽くしたいと思っていると、或る者は、私に悪名をつけて、汚れたものとする。
堯舜之抗行兮,瞭冥冥而薄天。
古の三皇五帝の堯や舜は高潔な行為をしたことというのは、明らかなことで、はては定かに見えていなくて、薄曇りの天空にさえ届くほどすぐれている。
何險巇之嫉妒兮,被以不慈之偽名?
何とこんなにもけわしい嫉妬心であろうか、堯はその子である丹朱に対して慈愛がなかったといい、舜は父に対して愛がなかったといって、いつわりの悪名を被らすのである。
彼日月之照明兮,尚黯黮而有瑕。
あの太陽と月の明るく照らす光にも、やはり暗くかげを指すものがあり、欠点があるものである。
何況一國之事兮,亦多端而膠加。
まして一国の政事というものは、また仕事の数が多いのであり、いろんなものが加わって背き悖ることがあるのは、いうまでもないことである。
何ぞ氾濫【はんらん】せるの浮雲、猋【ひょう】として比の明月を壅蔽【ようへい】す。
忠 昭昭として見はるるを願ヘど、然く霠曀【いんえい】して達する莫し。
皓日【こうじつ】の行ひを顕はさんことを願ヘど、雲豪蒙として之を蔽ふ。
竊【ひそ】かに自ら料らずして忠を麻へは、或は黕點【たんてん】して之を汙【けが】す。

堯舜の抗行は、瞭かに冥冥として天に薄【いた】る。
何ぞ險巇【けんぎ】なるの嫉妒【しっと】、被らすに不慈の偽名を以てす。
彼の日月の照明なる、尚お黯黮として瑕【きず】有り。
何ぞ況んや一国の事、亦多端にして膠加【こうか】するをや。



『九辯』第八段#2 現代語訳と訳註
(本文)

堯舜之抗行兮,瞭冥冥而薄天。
何險巇之嫉妒兮,被以不慈之偽名?
彼日月之照明兮,尚黯黮而有瑕。
何況一國之事兮,亦多端而膠加。


(下し文)
堯舜の抗行は、瞭かに冥冥として天に薄【いた】る。
何ぞ險巇【けんぎ】なるの嫉妒【しっと】、被らすに不慈の偽名を以てす。
彼の日月の照明なる、尚お黯黮として瑕【きず】有り。
何ぞ況んや一国の事、亦多端にして膠加【こうか】するをや。


(現代語訳)
古の三皇五帝の堯や舜は高潔な行為をしたことというのは、明らかなことで、はては定かに見えていなくて、薄曇りの天空にさえ届くほどすぐれている。
何とこんなにもけわしい嫉妬心であろうか、堯はその子である丹朱に対して慈愛がなかったといい、舜は父に対して愛がなかったといって、いつわりの悪名を被らすのである。
あの太陽と月の明るく照らす光にも、やはり暗くかげを指すものがあり、欠点があるものである。
まして一国の政事というものは、また仕事の数が多いのであり、いろんなものが加わって背き悖ることがあるのは、いうまでもないことである。


(訳注)
堯舜之抗行兮,瞭冥冥而薄天。

古の三皇五帝の堯や舜は高潔な行為をしたことというのは、明らかなことで、はては定かに見えていなくて、薄曇りの天空にさえ届くほどすぐれている。
・抗行 高尚的な德行。高潔な行為。『楚辞•九章•哀郢』「堯舜之抗行兮,瞭杳杳而薄天。」
・冥冥 夕暮れどきのうす暗いさま。事情がはっきりせず、見通しの立たないさま。


何險巇之嫉妒兮,被以不慈之偽名?
何とこんなにもけわしい嫉妬心であろうか、堯はその子である丹朱に対して慈愛がなかったといい、舜は父に対して愛がなかったといって、いつわりの悪名を被らすのである。
・險巇 どちらも嶮しいこと挿す語であり、山道が峻険な状態をいう。
・嫉妒 ねたむ,そねむ,嫉妬する.
・堯には丹朱と言う息子がいたがこれを後継者とはせずに、後継者を定めるために臣下から推薦者を挙げさせた。その中の舜を選んで人格を見る事にした。まず自分の二人の娘を舜に降嫁し人格者である事を見極めた後に、舜に人民を治めさせ、その手腕を見極めた所で舜を自身の後継者と定めた。


彼日月之照明兮,尚黯黮而有瑕。
あの太陽と月の明るく照らす光にも、やはり暗くかげを指すものがあり、欠点があるものである。
・黯黮 雲が暗くかげをさす。日のかげること。
・有瑕 玉のきずがある。欠点があること。


何況一國之事兮,亦多端而膠加。
まして一国の政事というものは、また仕事の数が多いのであり、いろんなものが加わって背き悖ることがあるのは、いうまでもないことである。
 にかわ。つく。ねばりつく。もとる。ねじまがる。

九辯 第八段-#1 宋玉  <00-#24>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 653 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2249

宋玉 九辯 第八段-#1  

2013年4月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第八段-#1 宋玉  <00-#24>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 653 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2249
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性蟬 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-141-13-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2252
 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第八段-#1 宋玉  <00-#24>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 653 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2249



第八段
何氾濫之浮雲兮,猋壅蔽此明月!
どういうのか、漂い流れている浮雲が、たちまちこの明るい月を蔽い隠してしまう。
忠昭昭而願見兮,然霠曀而莫達。
私の忠義心は誠に明らかであることで、それを君王に見てもらいたいと思うのだが、このように覆われ暗く隠されて、君王に達する方法もないのである。
願皓日之顯行兮,雲蒙蒙而蔽之。
輝く日光が私の行ないを照らし顕わしてくれて、君王が認めて下さることを願うのであるが、雲が暗く重なって蔽うのに似て、讒言の奸臣が君王の目をふさぐのである。
竊不自聊而願忠兮,或黕點而汙之。
私は心のうちで、自分の力量も料らずに、忠を尽くしたいと思っていると、或る者は、私に悪名をつけて、汚れたものとする。

堯舜之抗行兮,瞭冥冥而薄天。
何險巇之嫉妒兮,被以不慈之偽名?
彼日月之照明兮,尚黯黮而有瑕。
何況一國之事兮,亦多端而膠加。

何ぞ氾濫【はんらん】せるの浮雲、猋【ひょう】として比の明月を壅蔽【ようへい】す。
忠 昭昭として見はるるを願ヘど、然く霠曀【いんえい】して達する莫し。
皓日【こうじつ】の行ひを顕はさんことを願ヘど、雲豪蒙として之を蔽ふ。
竊【ひそ】かに自ら料らずして忠を麻へは、或は黕點【たんてん】して之を汙【けが】す。

堯舜の抗行は、瞭かに冥冥として天に薄【いた】る。
何ぞ險巇【けんぎ】なるの嫉妒【しっと】、被らすに不慈の偽名を以てす。
彼の日月の照明なる、尚お黯黮として瑕【きず】有り。
何ぞ況んや一国の事、亦多端にして膠加【こうか】するをや。


『九辯』 現代語訳と訳註
(本文)
第八段
何氾濫之浮雲兮,猋壅蔽此明月!
忠昭昭而願見兮,然霠曀而莫達。
願皓日之顯行兮,雲蒙蒙而蔽之。
竊不自聊而願忠兮,或黕點而汙之。


(下し文)
何ぞ氾濫【はんらん】せるの浮雲、猋【ひょう】として比の明月を壅蔽【ようへい】す。
忠 昭昭として見はるるを願ヘど、然く霠曀【いんえい】して達する莫し。
皓日【こうじつ】の行ひを顕はさんことを願ヘど、雲豪蒙として之を蔽ふ。
竊【ひそ】かに自ら料らずして忠を麻へは、或は黕點【たんてん】して之を汙【けが】す。


(現代語訳)
どういうのか、漂い流れている浮雲が、たちまちこの明るい月を蔽い隠してしまう。
私の忠義心は誠に明らかであることで、それを君王に見てもらいたいと思うのだが、このように覆われ暗く隠されて、君王に達する方法もないのである。
輝く日光が私の行ないを照らし顕わしてくれて、君王が認めて下さることを願うのであるが、雲が暗く重なって蔽うのに似て、讒言の奸臣が君王の目をふさぐのである。
私は心のうちで、自分の力量も料らずに、忠を尽くしたいと思っていると、或る者は、私に悪名をつけて、汚れたものとする。

(訳注) 第八段
何氾濫之浮雲兮,猋壅蔽此明月!

どういうのか、漂い流れている浮雲が、たちまちこの明るい月を蔽い隠してしまう。
〇氾濫 あふれ乱れる。漂い流れる。
〇猋 犬走る貌とある。疾い。忽ち。
〇壅蔽 何かを隠したり保護したりするのに役立つ覆い掩護 ・ 被せ ・ カヴァー ・ 上覆 ・ 包み隠し。


忠昭昭而願見兮,然霠曀而莫達。
私の忠義心は誠に明らかであることで、それを君王に見てもらいたいと思うのだが、このように覆われ暗く隠されて、君王に達する方法もないのである。
〇霠曀 インエィ。霠は「陰,沈雲貌,雲覆日。」陰、雲日を覆ふなり、曀は陰風なり。」とある。雲が日を隠して暗くなること。


願皓日之顯行兮,雲蒙蒙而蔽之。
輝く日光が私の行ないを照らし顕わしてくれて、君王が認めて下さることを願うのであるが、雲が暗く重なって蔽うのに似て、讒言の奸臣が君王の目をふさぐのである。
〇蒙蒙 蔽いかぶさる。濠濠に作るものもある。
〇蔽 讒言の奸臣。


竊不自聊而願忠兮,或黕點而汙之。
私は心のうちで、自分の力量も料らずに、忠を尽くしたいと思っていると、或る者は、私に悪名をつけて、汚れたものとする。
〇黕 黕は勡、垢。音タソ、またチソ。点はけがす。悪名をつけてけがす。

九辯 第七段-#2 宋玉  <00-#23>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 652 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2244

宋玉 九辯 第七段-#2 




九辯 第七段-#2 宋玉  <00-#23>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 652 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2244


aki02第七段
靚杪秋之遙夜兮,心繚悷而有哀。
静かな晩秋は、このように長夜である。私の心には愁いがめぐり、それぞれがもつれて悲しむのである。
春秋逴逴而日高兮,然惆悵而自悲。
春が過ぎ秋が来る、若い歳月は遠く去って日々に年齢は高くなるもので、このように心もうつろに愁えて自分の身を悲しく思う。
四時遞來而卒歲兮,陰陽不可與儷偕。
四季はかわるがわる来て一年が過ぎ終わる。陰と陽の気は共にいることはできないが、たえずつれあいが去っていき、また、つぎの夫婦がくるのである。
白日晼晚其將入兮,明月銷鑠而減毀。
日中の明るい太陽はだんだんと傾き暮れていくもので、もう地の果てに入ろうとしている。明るい仲秋の名月であってもやがて消えて姿なく欠けてこわれていくのである。

歲忽忽而遒盡兮,老冉冉而愈弛。
このように歳はたちまち過ぎ尽きてしまい、老いはすみやかに進んで、いよいよ移りかわっていく。
心搖悅而日幸兮,然怊悵而無冀。
心は動くことを悦ぶもので、その日々を思いもかけぬしあわせを願うのであるが、またこのように望みもなく恨めしく思うこともある。
中憯惻之悽愴兮,長太息而增欷。
心の中は痛みおそれて悲しみうれい、そして、長いためいきをついては、重ねてすすり泣くのである。
年洋洋以日往兮,老嵺廓而無處。
歳月は流れ行く水のようにはてしなく日々に過ぎ往くものであり、年老いてしまうと、広々と人けもない所で住む家もないのである。
事亹亹而覬進兮,蹇淹留而躊躇。

私の仕事は休まず努力して君に許されて仕えることをこいねがうのであるが、ああ、久しくたってしまい、ただためらい足ぶみして進むことができないでいるのである。

第七段
靚【しず】かなる杪秋【しょうしゅう】の遙夜【ようや】,心は繚悷【りょうれい】して哀しむ。有り
春秋は逴逴【たくたく】として日【ひび】に高く,然く惆悵【ちょうちょう】して自ら悲しむ。
四時は遞【かたみ】に來りて歲を卒へ,陰陽は與に儷偕【れいかい】す可らず。
白日は晼晚えんばん其れ將に入らんとす,明月は銷鑠【しょうしゃく】して減毀【げんき】す。

歲 忽忽【こつこつ】として遒【す】ぎ盡きて,老冉冉【ぜんぜん】として愈【いよい】よ弛【うつ】る。
心 搖悅【ようえつ】して日【ひび】に幸【こいねが】うも,然く怊悵【ちょうちょう】して冀【ねがい】無し。
中は憯惻【さんそく】して之れ悽愴たり,長く太息して增【ますま】す欷【すすりな】く。
年は洋洋として以って日【ひび】に往き,老いて嵺廓【りょうかく】として處る無し。
事は亹亹【びび】として進まんと覬【ねが】うも,蹇【ああ】、淹留【えんりゅう】して躊躇【ちゅうちょ】す。


『九辯』 現代語訳と訳註
(本文)

歲忽忽而遒盡兮,老冉冉而愈弛。
心搖悅而日幸兮,然怊悵而無冀。
中憯惻之悽愴兮,長太息而增欷。
年洋洋以日往兮,老嵺廓而無處。
事亹亹而覬進兮,蹇淹留而躊躇。


(下し文)
歲 忽忽【こつこつ】として遒【す】ぎ盡きて,老冉冉【ぜんぜん】として愈【いよい】よ弛【うつ】る。
心 搖悅【ようえつ】して日【ひび】に幸【こいねが】うも,然く怊悵【ちょうちょう】して冀【ねがい】無し。
中は憯惻【さんそく】して之れ悽愴たり,長く太息して增【ますま】す欷【すすりな】く。
年は洋洋として以って日【ひび】に往き,老いて嵺廓【りょうかく】として處る無し。
事は亹亹【びび】として進まんと覬【ねが】うも,蹇【ああ】、淹留【えんりゅう】して躊躇【ちゅうちょ】す。


(現代語訳)
このように歳はたちまち過ぎ尽きてしまい、老いはすみやかに進んで、いよいよ移りかわっていく。
心は動くことを悦ぶもので、その日々を思いもかけぬしあわせを願うのであるが、またこのように望みもなく恨めしく思うこともある。
心の中は痛みおそれて悲しみうれい、そして、長いためいきをついては、重ねてすすり泣くのである。
歳月は流れ行く水のようにはてしなく日々に過ぎ往くものであり、年老いてしまうと、広々と人けもない所で住む家もないのである。
私の仕事は休まず努力して君に許されて仕えることをこいねがうのであるが、ああ、久しくたってしまい、ただためらい足ぶみして進むことができないでいるのである。


(訳注)
歲忽忽而遒盡兮,老冉冉而愈弛。

このように歳はたちまち過ぎ尽きてしまい、老いはすみやかに進んで、いよいよ移りかわっていく。
〇忽忽 ①速やかなさま。たちまち変わるさま。②心がうつろなさま。
○遒盡 過ぎ尽きる。
○老冉冉 老年が速く進む。
○愈弛 いよいよ移りゆるむ。


心搖悅而日幸兮,然怊悵而無冀。
心は動くことを悦ぶもので、その日々を思いもかけぬしあわせを願うのであるが、またこのように望みもなく恨めしく思うこともある。
○搖悅 心がゆれ動きよろこぶ。拝は一に迄に作り、情に作る。惜ならはうれえる。喜びが無い。
○日幸 日々幸う。思いがけぬしあわせをねがう。君に許され再び用いられることをいう。
○怊悵 うらみかなしむ。
○冀 希望。


中憯惻之悽愴兮,長太息而增欷。
心の中は痛みおそれて悲しみうれい、そして、長いためいきをついては、重ねてすすり泣くのである。
○憯惻 惨側に同じ。いたみおそれる。
○增欷 重ねてすすり泣く。


年洋洋以日往兮,老嵺廓而無處。
歳月は流れ行く水のようにはてしなく日々に過ぎ往くものであり、年老いてしまうと、広々と人けもない所で住む家もないのである。
○膠齢 空しいこと。さびしく広い、人けもないところ。


事亹亹而覬進兮,蹇淹留而躊躇。
私の仕事は休まず努力して君に許されて仕えることをこいねがうのであるが、ああ、久しくたってしまい、ただためらい足ぶみして進むことができないでいるのである。
○事亹亹 自分の仕事は、常に努める。休まず努力する。
○覬進 進み用いられることをねがう。君のお召しを待ちのぞむ。
○蹇淹留而躊躇 ああ、久しく留まっていて、ためらい足ぶみをする。いっこうに成功しないでいる。進み仕える機会がない。

2013年4月19日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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九辯 第七段-#1 宋玉  <00-#22>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 651 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2239

宋玉 九弁 第七段-#1  

2013年4月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第七段-#1 宋玉  <00-#22>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 651 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2239


第七段
靚杪秋之遙夜兮,心繚悷而有哀。
静かな晩秋は、このように長夜である。私の心には愁いがめぐり、それぞれがもつれて悲しむのである。
春秋逴逴而日高兮,然惆悵而自悲。
春が過ぎ秋が来る、若い歳月は遠く去って日々に年齢は高くなるもので、このように心もうつろに愁えて自分の身を悲しく思う。
四時遞來而卒歲兮,陰陽不可與儷偕。
四季はかわるがわる来て一年が過ぎ終わる。陰と陽の気は共にいることはできないが、たえずつれあいが去っていき、また、つぎの夫婦がくるのである。
白日晼晚其將入兮,明月銷鑠而減毀。
日中の明るい太陽はだんだんと傾き暮れていくもので、もう地の果てに入ろうとしている。明るい仲秋の名月であってもやがて消えて姿なく欠けてこわれていくのである。

歲忽忽而遒盡兮,老冉冉而愈弛。
心搖悅而日幸兮,然怊悵而無冀。
中憯惻之悽愴兮,長太息而增欷。
年洋洋以日往兮,老嵺廓而無處。
事亹亹而覬進兮,蹇淹留而躊躇。

第七段
靚【しず】かなる杪秋【しょうしゅう】の遙夜【ようや】,心は繚悷【りょうれい】して哀しむ。有り
春秋は逴逴【たくたく】として日【ひび】に高く,然く惆悵【ちょうちょう】して自ら悲しむ。
四時は遞【かたみ】に來りて歲を卒へ,陰陽は與に儷偕【れいかい】す可らず。
白日は晼晚えんばん其れ將に入らんとす,明月は銷鑠【しょうしゃく】して減毀【げんき】す。

歲 忽忽【こつこつ】として遒【す】ぎ盡きて,老冉冉【ぜんぜん】として愈【いよい】よ弛【うつ】る。
心 搖悅【ようえつ】して日【ひび】に幸【こいねが】うも,然く怊悵【ちょうちょう】して冀【ねがい】無し。
中は憯惻【さんそく】して之れ悽愴たり,長く太息して增【ますま】す欷【すすりな】く。
年は洋洋として以って日【ひび】に往き,老いて嵺廓【りょうかく】として處る無し。
事は亹亹【びび】として進まんと覬【ねが】うも,蹇【ああ】、淹留【えんりゅう】して躊躇【ちゅうちょ】す。


『九辯』 現代語訳と訳註
(本文)
第七段
靚杪秋之遙夜兮,心繚悷而有哀。
春秋逴逴而日高兮,然惆悵而自悲。
四時遞來而卒歲兮,陰陽不可與儷偕。
白日晼晚其將入兮,明月銷鑠而減毀。


(下し文)
靚【しず】かなる杪秋【しょうしゅう】の遙夜【ようや】,心は繚悷【りょうれい】して哀しむ。有り
春秋は逴逴【たくたく】として日【ひび】に高く,然く惆悵【ちょうちょう】して自ら悲しむ。
四時は遞【かたみ】に來りて歲を卒へ,陰陽は與に儷偕【れいかい】す可らず。
白日は晼晚えんばん其れ將に入らんとす,明月は銷鑠【しょうしゃく】して減毀【げんき】す。


(現代語訳)
静かな晩秋は、このように長夜である。私の心には愁いがめぐり、それぞれがもつれて悲しむのである。
春が過ぎ秋が来る、若い歳月は遠く去って日々に年齢は高くなるもので、このように心もうつろに愁えて自分の身を悲しく思う。
四季はかわるがわる来て一年が過ぎ終わる。陰と陽の気は共にいることはできないが、たえずつれあいが去っていき、また、つぎの夫婦がくるのである。
日中の明るい太陽はだんだんと傾き暮れていくもので、もう地の果てに入ろうとしている。明るい仲秋の名月であってもやがて消えて姿なく欠けてこわれていくのである。


(訳注)
第七段
靚杪秋之遙夜兮,心繚悷而有哀。
静かな晩秋は、このように長夜である。私の心には愁いがめぐり、それぞれがもつれて悲しむのである。
○靚 静と同じ。
○杪秋 晩秋。杪はこずえ。
○繚悷 まつわりもつれる。


春秋逴逴而日高兮,然惆悵而自悲。
春が過ぎ秋が来る、若い歳月は遠く去って日々に年齢は高くなるもので、このように心もうつろに愁えて自分の身を悲しく思う。
○逴逴 遠ざかるさま。
○高 年令が高くなる。


四時遞來而卒歲兮,陰陽不可與儷偕。
四季はかわるがわる来て一年が過ぎ終わる。陰と陽の気は共にいることはできないが、たえずつれあいが去っていき、また、つぎの夫婦がくるのである。
○遞 かわるがわる。
○與儷偕 ともにならび居る。ともにとどまる。かい【偕】[音]カイ(呉)(漢)ともに。ともども。ならぶ。二つそろう。また、一対。 二人ならんだ夫婦。つれあい。ともがら。儷は配偶、【儷ぶ】ならぶ. 二つそろう。同列にそろう。対になる。 【伉儷】こうれい. 配偶者。夫婦。つれあい。


白日晼晚其將入兮,明月銷鑠而減毀。
日中の明るい太陽はだんだんと傾き暮れていくもので、もう地の果てに入ろうとしている。明るい仲秋の名月であってもやがて消えて姿なく欠けてこわれていくのである。
○晼晚 目が暮れる。晩は日影が傾く。
○銷鑠 形が小さくなり、姿がなくなる。

減毀 月の形が減り欠ける。

九辯 第四五段(とおし) 宋玉  <00-#21>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 650 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2234

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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第四五段(とおし) 宋玉  <00-#21>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 650 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2234
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九辯 第四五段(とおし) 宋玉  <00-#21>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 650 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2234


第四段
竊悲夫蕙華之曾敷兮,紛旖旎乎都房。
ひそかに心の中で思うのは、香り高い蕙草の花が重なり咲き列なっている立派な屋敷で風に紛々となびいていたのを悲しむことである。
何曾華之無實兮,從風雨而飛颺。
どうしてなのか重なり咲きほこった花に実が成らないで、風雨が吹くままに飛び、舞揚がってしまうのであろうか。
以為君獨服此蕙兮,羌無以異於眾芳。
考えてみるには、君王はひとりこの香り高い香草だけを身に着けておられるだろう。ああ、君王はそれを普通の多くの花と何のちがいもなく、扱っておられたのである。蕙草のような賢才が役に立たなかったのは、君王が彼らを衆芳と同様に過して重んじなかったことである。
閔奇思之不通兮,將去君而高翔。
このすぐれた考えが、君王に通じなかったことを不憫な事なのだ。したがって、君王の所から去って高く飛び翔けようとしたのである。
心閔憐之慘悽兮,願一見而有明。
心は不憫で、憐れで、いたましく悲しい。君王にもう一度謁見して心の中を明かしたいと願うのである。

重無怨而生離兮,中結軫而增傷。
君王にたいする怨みもなくて生きていながら別れたことを思いながら、心中は結愁し、いたんで、ますます悲しさが募るのである。
豈不鬱陶而思君兮?君之門以九重。
どうして気持ちはふさがり、こころははれないけれど、君王を思い慕わないことがあろうか。ただ君王の御門は九重の奥深いところにある。
猛犬狺狺而迎吠兮,關梁閉而不通。
猛犬がワンワンと狂ったようにほえ立て続けて迎えて吠え続ける、関所や橋は閉じて通ることができない。
皇天淫溢而秋霖兮,后土何時而得漧!
天はとめどなく水を溢れさせて秋の長雨を降らせるのである。大地はいつになったら乾くことができようか。
塊獨守此無澤兮,仰浮雲而永歎 。
そんな時に、土塊のように孤独のままで、この恩沢なき境遇にありつづける、だから、浮き雲をふり仰いでは永い溜息をつくしかないのであった。



第五段
何時俗之工巧兮,背繩墨而改錯!

何と「世俗の人の器用なことよ。」人の意に合わせる法則である墨縄にそむいてまでも勝手に配置を変えるのである。
卻騏驥而不乘兮,策駑駘而取路。
千里を駆ける駿馬に乗らないままに、足の遅い駄馬にむち打って路を進むということばかり、優れた人物が当世にもちられないのか。
當世豈無騏驥兮,誠莫之能善御。
今の辞世、いかにしても駿馬がいないということで、まことに之を善く御していくことができる人がいないのである。
見執轡者非其人兮,故駶跳而遠去。
そこで手綱を取る者を見てみると、それにふさわしい人ではないということで、それ故に、駿馬が跳ねて飛び上がってそのまま遠くに去ってしまう。

#2
鳧鴈皆唼夫粱藻兮,鳳愈飄翔而高舉。
野鸭と大雁はきびと水草をついばむものだが、鳳凰はそれを見向きもせず、いよいよひるがえり翔って高く挙がるのである。
圜鑿而方枘兮,吾固知其鉏鋙而難入。
ノミで開けた円い穴に四角なくさびをとめる、私はもともとそのくいちがっているものが入り難いことを知っている。
眾鳥皆有所登棲兮,鳳獨遑遑而無所集。
それゆえ衆鳥には皆登って極る巣所があるのに、鳳凰ひとりだけはいそがしげにして、止まる巣所がない。
願銜枚而無言兮,嘗被君之渥洽。

どうか願うのは口に枚をふくんで、物を言わないようにししてしまいたい。というのもかつては君の厚い御恩を蒙っていたのである。

#3
太公九十乃顯榮兮,誠未遇其匹合。
周王朝を建国した文王とその息子武王の軍師となった大望公は九十歳になってから世に名声が顕著となり栄えた。私にはまだ、まことにふさわしい君王に出遇っていないのである。
謂騏驥兮安歸?謂鳳皇兮安棲?
千里を駆ける馬、騏驥はどこに行ったのかといい、鳳凰はどこに住んでいるのかという。(こうして世にすぐれた者がいないとなげくだけの人があるものだ。)
變古易俗兮世衰,今之相者兮舉肥。
古来の仁愛の道は変わり、世の風俗は安易なものにかわり、世は衰退してゆくものだ。今の馬相を見る者、朝廷においての宰相が、ただ肥えた馬を立派だと思って取り挙げ、賄賂によって選定していくのである。
騏驥伏匿而不見兮,鳳皇高飛而不下。

それ故、千里をかける馬は伏しかくれて現われないのだ。鳳凰は高く飛んで降りてこない、高士は低俗な朝廷に寄り付こうとしないのだ。

#4
鳥獸猶知懷德兮,何云賢士之不處?
鳥やけものですら仁徳に思いを寄せるものである。何ゆえにすぐれた人物が朝廷に仕えないなどというものか。
驥不驟進而求服兮,鳳亦不貪餧而妄食。
千里の馬がにわかに進んで来て車を引くことを求めることなどないし、鳳凰もまた飼料をむさぼってむやみに食べることなどないから、容易に現われるものではないのである。
君棄遠而不察兮,雖願忠其焉得?
君王が人物を棄て、そして遠ざけているけれど、そのことをみずからは知っていないのだ。その人は忠義を尽くしたいとおもっていてもどうしようもないのだ。
欲寂漠而絕端兮,竊不敢忘初之厚德 。
だから声もなくひっそりとするしかなく、君王との糸口を絶ち切ってしまおうと思うのだけれど、しかし、心の中では、初めのころうけた厚いめぐみをどうしても忘れることができないのだ。

秋0011第四段 
竊かに悲しむ、夫の蕙華の曾敷【そうふ】して、紛として都房に旖旎【いじ】たるを。
何ぞ曾華の実無くして、風雨に従って飛颺【ひよう】する。
以爲【おもえ】らく、君獨り此の蕙を服すと。羌【ああ】以て衆芳に異なる無し。
奇思の通ぜざるを閔【うれ】へて、將に君を去って高翔せんとす。
心は閔憐【びんれん】して之れ惨棲【さんせい】たり。願はくは一見して明かす有らん。

#2
怨無くして生離するを重へは、中は結、軫【しん】して増【ますま】すと傷む。
豈鬱鬱として君を思はざらんや。君の門以て九重なり。
猛犬狺狺【ぎんぎん】として通へ吠え、關梁【かんりょう】閉ぢて通ぜず。
皇天【いんいつ】にして秋霖【しゅうりん】す。后土何れの時に漧【かわ】くを得ん。
塊として獨り此の澤無きを守り、浮雲を仰いで永欺す。


第五段
何ぞ時俗の工巧なり、繩墨【じょうぼく】に背いて改め錯く。
騏驥【きき】を【しりぞ】けて乗らず、駑駘【どたい】に策【むちう】ちて路を取る。
當世【とうせい】豈に騏驥無からんや。誠に之を能く善御する莫し。
轡【たずな】を執る者を見るに其の人に非ず。故に駶跳【きょくちょう】して遠去【えんきょ】す。
#2
鳧鴈【ふがん】皆夫の梁藻【りょうそう】を唼【くら】ふ。鳳は愈【いよい】よ瓢翔【ひょうしょう】して高く挙【あが】る。
【えんそう】にして方【ほうぜい】、吾 固【もと】より其の【そご】して入り難きを知る。
衆鳥は皆登棲する所有り、鳳は漏り【こうこう】とし集まる所無し。
願はくは枚を銜んで言ふこと無からんも、嘗て君の渥洽【あくかん】を被る。
#3
大公は九十にして乃ち顯榮【けんえい】す。誠に末だ其の匹合に遇はず。
騏驥安くにか歸すと謂ひ、鳳皇安くにか棲むと謂ふ。
古を變じ俗を易へて世衰ふ。今の相者は肥を挙ぐ。
騏驥は伏匿して見われず、鳳皇は高飛して下らず。
#4
鳥獣すら猶お徳に懐【なつ】くを知る。何ぞ賢士の處らざるを云はん。
驥は驟【にわか】に進んで服するを求めず。鳳も亦餧を貪って妄【みだり】に食せず。
君棄遠して察せずんは、忠を願ふと雖も其れ焉ぞ得んや。
寂漠【せきばく】として端を絶たんと欲するも、竊かに敢て初の厚徳を忘れず。




九辯 第三段(とおし) 宋玉  <00-#20>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 649 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2229


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九辯 第三段(とおし) 宋玉  <00-#20>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 649 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2229


第三段  #1
皇天平分四時兮,竊獨悲此廩秋。
天は四時・四季を平均に分けられたのであるが、その中で誰にも言えず独りで冷々と身にしむこの秋を悲しむのである。
白露既下百草兮,奄離披此梧楸。
いまはもう白露が見渡す限りの草の上におりている、忽ちこの梧桐とヒサギの葉までが枯れ落ち分散してしまうのだ。
去白日之昭昭兮,襲長夜之悠悠。
明るい日中の太陽が長く照らされらる日々はさってしまい、はてしなく夜の長い日々が長く襲われ続くのである。
離芳藹之方壯兮,余萎約而悲愁。
花の香り盛りの時、血気盛んなころを去って、私は萎みちぢんで愁え悲しむ身となったのである。

#2
秋既先戒以白露兮,冬又申之以嚴霜。
秋という季節はすでにまず白露を降ろすことをもって人々に注意を促し、冬がその上に厳しい霜を重ねるということを教える。
收恢台之孟夏兮,然欿傺而沈藏。
これだけ広大な初夏の時期の生育の気であったものが収まり、このように陥り止まって沈み、貯蔵するのである。
葉菸邑而無色兮,枝煩挐而交橫;
葉は黒ずんでしなびそれから色あせるのである。枝は入り乱れ、それから交互に交わるのである。
顏淫溢而將罷兮,柯彷彿而萎黃;

樹の形状は次第に疲れ果て精気がなくなろうとしてきて、肝心な枝までもなんとなく黄色のしなびているように見えるほどになるのだ。

#3
萷櫹槮之可哀兮,形銷鑠而瘀傷。
木の葉が落ちてまばらになり、すっくと立っているのが可哀相で、形体は消え溶けて腐れくずれおちるのである。
惟其紛糅而將落兮,恨其失時而無當。
その盛りの時を失って、今の時が適当でないのを残念に思うのである。それはまさに自分の事にしても時流に合わずに落ちぶれていくのに似ているということだ。
攬騑轡而下節兮,聊逍遙以相佯。
そのことを思い、添え馬の手綱を取って歩速をゆるめ、しばらくあてもなく歩きさまようのである。
歲忽忽而遒盡兮,恐余壽之弗將。

しかし、それは時がすみやかに過ぎて尽きようとするのであり、私の年寿が長くないかもしれないことが心配になることであった。

#4
悼余生之不時兮,逢此世之俇攘。
自分の生まれたこの時代がよい時世ではないのだ、この世のあわただしく乱れた状態に出会ったことを悲しむのであった。
澹容與而獨倚兮,蟋蟀鳴此西堂。
静かにゆっくりとして独りつかれはて身を寄せて立っていると、秋も深まり、こおろぎがこの西の奥座敷で鳴いている。
心怵惕而震盪兮,何所憂之多方!
心はおそれあやぶみながら震え動くのである。私には何と憂えることがこんなにも多方面であるのだ。
卬明月而太息兮,步列星而極明。
仲秋の名月を仰いでみてため息をつくのである。空には列をなす星座の下を歩くうちにいつのまにか夜明けになるのである。


皇天は四時を平分す。竊【ひそ】かに獨り此の廩秋【りんしゅう】を悲しむ。
白露既に百草に下れば、奄【たちま】ち此の梧楸【ごしゅう】を離披【りひ】す。
白日の昭昭たるを去り、長夜の悠悠たるに襲る。
芳藹【ほうあい】の方に壮んなるを離れ、余萎約【いやく】して悲愁す。
#2
秋既に先づ戒【いまし】むるに白露を以てし、冬又之を申【かさ】ぬるに厳霜【げんそう】を以てす。
恢台【かいだい】の孟夏を収め、然【しかし】く欿傺【かんたい】して沈藏【ちんぞう】す。
葉は菸邑【おいゆう】して色無く、枝は煩挐【はんじょ】して交横【こうおう】す。
顔は淫溢【いんいつ】して将に罷れんとし、柯は彷彿【ほうふつ】として萎黃【いこう】す。
#3
萷【さく】として櫹槮【しょうしん】として之れ哀む可く、形 銷鑠【しょうしゃく】して瘀傷【おしょう】す。
其の紛糅【ふんじゅう】して將に落ちんとするを惟ひ、其の時を失ひて當る無きを恨む。
騑【ひ】の轡【たずな】を攬りて節を下し、聊【しばら】く逍遙して以て相佯す。
歳 忽忽【こつこつ】として遒【す】き盡き、余が寿の將からざるを恐る。

#4
余が生の時ならずして、此の世の俇攘【きょうじょう】たるに逢ふを悼む。
澹として容輿【ようよ】として獨り倚れば、蟋蟀【しつしゅつ】此の西堂に鳴く。
心怵惕【じゅつてき】して震盪【しんとう】す。何ぞ憂ふる所の多方なる。
明月を卬いで太息し、列星に歩して明に極る。



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泰山の夕日02


九辯 第一~ニ段(とおし) 宋玉  <00-#19>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 648 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2224

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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
 



九辯 第一~ニ段(とおし) 宋玉  <00-#19>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 648 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2224




第一段

悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,

憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,

泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,

悽增欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,

坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。

惆悵兮而私自憐。燕翩翩其辭歸兮,蟬寂漠而無聲。

鴈廱廱而南遊兮,鶤雞啁哳而悲鳴。

獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征。

時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。

第二段

悲憂窮戚兮獨處廓,有美一人兮心不繹。

離家兮徠遠客,超逍遙兮今焉薄?

專思君兮不可化,君不知兮可柰何!

蓄怨兮積思,心煩憺兮忘食事。

願一見兮道余意,君之心兮與余異。

車既駕兮朅而歸,不得見兮心傷悲。

倚結軨兮長太息,涕潺兮下霑軾。

慷慨兮不得,中瞀亂兮迷惑。

私自憐兮何極?心怦怦兮諒直。

#2
願一見兮道余意,君之心兮與余異。
一たび君王にあうことができれば自分の心に思うことを言いたいと願うけれど、君王の心は私とちがっているのである。
車既駕兮朅而歸,不得見兮心傷悲。
その車には既に馬がつけられて、去って帰えるように用意されていた、これでは君王に会えないので、心は傷み悲しむのだった。
倚結軨兮長太息,涕潺湲兮下霑軾。
車の前の横木によりかかり、長く溜息をつく。涙がはらはらと車台の横木などをぬらすほどに落ちてきた。
慷慨絕兮不得,中瞀亂兮迷惑。
たかぶる胸の思いで君王と断絶しょうかと思ってもできない、心の中はしずみ、暗み、乱れて迷い惑うのである。
私自憐兮何極?心怦怦兮諒直。

私は心中自ら憐れに思うのだが、いつはてることがあろう。心は忠謹にまじめであり、正直であるのだ。

#1
悲しいかな、秋の氣たるや。蕭瑟【しょうしつ】たり、草木搖落して變衰【へんすい】す。
憭慄【れきりつ】たり、遠行に在りて、山に登り水に臨み、將に歸らんとするを送るが若し。
泬寥【けつりょう】たり、天高くして気清し。
寂寥【せきりょう】たり、潦を収めて水清し。
憯悽【さんせい】として增ます欷【すすりな】き、薄寒之れ人に中【あた】る。
愴怳【そうこう】懭悢【こうろう】として故を去りて新に就く。
坎廩【かんらん】たり、貧士職を失ひて志 平かならず、廓落【かくらく】たり、羇旅【きりょ】にして友生無し。
惆悵たり、而して私かに自ら憐む。
#2
燕は翩翩【へんぺん】として其れ辞し歸り、蝉は寂漠【せきばく】として聾無し。
雁は廱廱【ようよう】として南遊し、鶤雞【くんけい】は啁哳【ちょうたつ】として悲鳴す。
獨り旦を申ねて寐ねられず、蟋蟀【しつしゅつ】の宵征【しょうせい】を哀しむ。
時は亹亹【びび】として中を過ぎ、蹇【ああ】、淹留【えんりゅう】して成る無し。


#1
悲憂【ひゆう】窮戚【きゅうせき】獨り廓を處り,美なる一人有り 心 繹【と】けず。
鄉を去り家を離れて徠りて遠く客たり,超【とお】く逍遙【しょうよう】して今、焉んぞ薄【とど】まらん?
專ら君を思いて 化す可からず,君は知らず 柰何【いか】にす可けん!
怨を蓄へ思い積み,心 煩憺【はんたん】して 食事を忘る。
#2


願一見して 余が意を道はんと,君の心は余と異なり。
車 既にし、朅【さ】りて歸らんと,見ゆるを得ずして心 傷悲【しょうひ】す。
結軨【けつれいに倚りて 長く太息し,涕 潺湲として下り軾を霑す。
慷慨【こうがい】絕たんとして得ず,中瞀亂【ぼうさん】して迷惑す。
私【ひそ】かに自ら憐れみて何ぞ極まらん?心 怦怦【ひょうひょう】として諒直【りょうちょく】なり。




一段目 #1
悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,
悲しいしいことよ、秋の気というものは! 風はさわさわと草木に吹きさびしく鳴っている。それにより、草木は葉を落とし、吹き散り、色を変わっておとろえる。
憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,
逝く秋には心がいたみ悲しむもので、それは遠い旅路で、山に登ったり、水辺に立ったりして、故郷に帰ろうとする人を送る時のこころにおもうことのようである。
泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,
秋の眺めはむなしく雲もない。大空は高くなり、空気は清々しいものとなる。秋の野はひっそりとしてくるし、物影もなくなるのだ。長雨で出来た道の溜り水も収まり引いて、秋の水は澄んでくるのだ。
憯悽增欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,
心は痛み悲しんで、しだいにすすり泣くのである、はだ寒い秋の気は次第に人の身にしみる寒さになるのである。そうして、物悲しくうつろな心になり、気力もうちしおれ、住みなれた土地を去って見知らぬ国に行くことになるのである。
坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。
そのような境遇であれば心は楽しいものではなく、貧しい士太夫、その人は心中おだやかであるはずもない。ただ広々として寂しいのはその地も、こころもそうなのだ。その地を離れてこの旅の空に友達もいないのである。
惆悵兮而私自憐。
心は恨み嘆いており、そしてひそかに自分を憐れに思うことであろう。
#2
燕翩翩其辭歸兮,蟬寂漠而無聲。
そうなると燕はひらりひらりと飛んでいても結局は別れを告げて飛び去りのであり、蝉はもう静かに影もなくどこかに消えて声さえ聞こえないのだ。
鴈廱廱而南遊兮,鶤雞啁哳而悲鳴。
雁は鳴きながら列をなして南へ旅をするのである。大きなしゃもはいやな声でやかましく悲しい鳴き声をするのだ。
獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征。
私はひとり暮六つから夜あけまで眠ることはなく、哀しむことでこおろぎの夜どおし鳴くのをききつづけるのだ。
時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。

秋の日は時が過ぎ易く、すでに今年も盛りを過ぎたのに、ああもどかしい、久しくとどまっても何一つできはしないのだ。

第二段 #1
悲憂窮戚兮獨處廓,有美一人兮心不繹。
悲しみ憂い、苦しみいたむのである。そして人けもない所にただひとり居るのである。美しく慕わしい一人の君王があることによって心はどうしても糸口を引き出せないのである。
去鄉離家兮徠遠客,超逍遙兮今焉薄?
故郷を去り住み慣れた家を離れて遠く旅人となっている、遙か遠くにさまよい歩くのだが、どこに止まるところがあるのだろうか。
專思君兮不可化,君不知兮可柰何!
ひたすらに君王を思う忠義心は改めることはないのだが、君王がそれを知らないことを、このままでよいのだろうか、どうしたらよいのか。
蓄怨兮積思,心煩憺兮忘食事。
怨みを晴らすことができず胸にたくわえてしまい、そして思いを積みあげるのである、心は悶え傷んでしまい、何事も手につかず食をとることさえ忘れてしまう。

九辯 第六段-#2 宋玉  <00-#18>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 647 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2219

 宋玉  九辯 第六段-#2

2013年4月14日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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九辯 第六段-#2 宋玉  <00-#18>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 647 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2219


第六段
竊美申包胥之氣盛兮,恐時世之不固。
私は心の中で、申包胥の故事で楚の国を救うために、秦に救いを乞うて七日七夜泣いたという気魄の盛んなのを立派なことだと思い。今の世の人の心が固くないのが心配なことである。
何時俗之工巧兮?滅規矩而改錯。
何と今の世の人の習わしは巧みなことだろうか。定規やぶんまわしを捨てて木の穴を改め刻むということなのだ。
獨耿介而不隨兮,願慕先聖之遺教。
私はひとり志を固く守って世の風俗に随わず節操を守る。どうか先聖の残された教えを慕って手本にしたいものである。
處濁世而顯榮兮,非余心之所樂。

濁った世に住んで有名になり出世をすることは、私の心のねがう所ではないのである。

與其無義而有名兮,寧窮處而守高。
その筋道もないというのに有名になる、というより、むしろいっそ貧乏暮らしをして高潔な行ないを守りたい。
食不媮而為飽兮,衣不苟而為溫。
食物は食すべきそのすじみちがないもので腹を満たすことはできない、衣服は着るべきでないものをいいかげんに着て温かくしない。
竊慕詩人之遺風兮,願託志乎素餐。
心のうちでひそかに、『詩経』魏風伐檀篇における詩人の今に残されている感化を慕い、「彼の君子は、素餐せず」という句の通りに、どうか功無くして禄をはまないという生き方に身を委せたい。
蹇充倔而無端兮,泊莽莽而無垠。
ああ私は、『礼記』にいう「富貴に淫し、心が満足して屈した」ために君子の節を失して、今は君に近づくよすがもなく、広広として草が茂っている野ははてもない。
無衣裘以御冬兮,恐溘死不得見乎陽春。
身には衣や毛衣の冬の寒さをふせぐものがなく、急に死んで、来る年の陽春を見ることができないかも知れぬと心配をするのである。
(第六の段)#1
竊に申包胥の氣盛なるを美とし,時世の固からざるを恐る。
何ぞ時俗の工巧なる?規矩を滅して改め錯つ。
獨り耿介にして隨わず,願わくは先聖の遺教を慕わん。
濁世に處りて顯榮するは,余の心の樂う所に非ず。
#2
其の義無くして名有らんよりは,寧ろ窮處して高きを守らん。
食は不媮んで飽を為さず,衣は不苟sじくもして溫を為さず。
竊に詩人の遺風を慕い,願わくは志を素餐に託せん。
蹇、充倔して端無く,泊として莽莽として垠無し。
無衣裘の以て冬を御ぐ,恐らくは溘死して陽春を見るを得ざらんことを。


『九辯』第六段-#2 現代語訳と訳註
(本文)
第六段
與其無義而有名兮,寧窮處而守高。
食不媮而為飽兮,衣不苟而為溫。
竊慕詩人之遺風兮,願託志乎素餐。
蹇充倔而無端兮,泊莽莽而無垠。
無衣裘以御冬兮,恐溘死不得見乎陽春。


(下し文)#2
其の義無くして名有らんよりは,寧ろ窮處して高きを守らん。
食は不媮んで飽を為さず,衣は不苟sじくもして溫を為さず。
竊に詩人の遺風を慕い,願わくは志を素餐に託せん。
蹇、充倔して端無く,泊として莽莽として垠無し。
無衣裘の以て冬を御ぐ,恐らくは溘死して陽春を見るを得ざらんことを。


(現代語訳)
その筋道もないというのに有名になる、というより、むしろいっそ貧乏暮らしをして高潔な行ないを守りたい。
食物は食すべきそのすじみちがないもので腹を満たすことはできない、衣服は着るべきでないものをいいかげんに着て温かくしない。
心のうちでひそかに、『詩経』魏風伐檀篇における詩人の今に残されている感化を慕い、「彼の君子は、素餐せず」という句の通りに、どうか功無くして禄をはまないという生き方に身を委せたい。
ああ私は、『礼記』にいう「富貴に淫し、心が満足して屈した」ために君子の節を失して、今は君に近づくよすがもなく、広広として草が茂っている野ははてもない。
身には衣や毛衣の冬の寒さをふせぐものがなく、急に死んで、来る年の陽春を見ることができないかも知れぬと心配をするのである。


(訳注)
與其無義而有名兮,寧窮處而守高。
その筋道もないというのに有名になる、というより、むしろいっそ貧乏暮らしをして高潔な行ないを守りたい。
・其義 そのすじみち


食不媮而為飽兮,衣不苟而為溫。
食物は食すべきそのすじみちがないもので腹を満たすことはできない、衣服は着るべきでないものをいいかげんに着て温かくしない。
○媮 偸に同じ。そのすじみちがないのにすること。ぬすむ。
○苟 よいかげんに、かりそめに。


竊慕詩人之遺風兮,願託志乎素餐。
心のうちでひそかに、『詩経』魏風伐檀篇における詩人の今に残されている感化を慕い、「彼の君子は、素餐せず」という句の通りに、どうか功無くして禄をはまないという生き方に身を委せたい。
○詩人之遺風 『詩経』の人の今に残っている感化、詩人とは『詩経』魏風伐檀篇における詩人のこと。 
○素餐 無駄食いはしない。同篇に「彼君子兮、不素餐兮」(彼の君子は、素餐せず)とある。功徳なくして禄をはむことを素餐という。素は空、功徳のないこと。餐は食う。禄をはむこと。


蹇充倔而無端兮,泊莽莽而無垠。
ああ私は、『礼記』にいう「富貴に淫し、心が満足して屈した」ために君子の節を失して、今は君に近づくよすがもなく、広広として草が茂っている野ははてもない。
○蹇 ああという発語詞。宋玉はよく使う。
○充倔 歓んで節を失うこと。『礼記』儒行篇「儒有不隕獲於貧賤,不充詘於富貴」(貧賎に隕穫せず、富貴に充調せず。)とある。「充調とは、富貴に淫して、志充満して、自ら義理に強むること能はざるなり。」と。自分は富貴を歓んで志を失っての意。
○無端 糸口・発端が無い。
○泊弄弄 泊は薄と同じ。広々とした形容。弄弄は草が茂るさま。
○垠 限り。はて。


無衣裘以御冬兮,恐溘死不得見乎陽春。
身には衣や毛衣の冬の寒さをふせぐものがなく、急に死んで、来る年の陽春を見ることができないかも知れぬと心配をするのである。
○裘 毛衣。昔から冬の寒さを防ぐために着用した毛皮。いろいろな動物の毛皮を用いたが,狐と羔(こう)(黒い小羊)が最も有名。一般に毛の方を外に出し,歴代,裘工(きゆうこう)を置いて製作にあたらせた。
○御冬 冬の寒さをふせぐ。
○溘死 忽ち死ぬ。急に死ぬ。

九辯 第六段-#1 宋玉  <00-#17>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 646 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2214

宋玉 九辯 第六段-#1 

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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第六段-#1 宋玉  <00-#17>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 646 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2214



第六段
竊美申包胥之氣盛兮,恐時世之不固。
私は心の中で、申包胥の故事で楚の国を救うために、秦に救いを乞うて七日七夜泣いたという気魄の盛んなのを立派なことだと思い。今の世の人の心が固くないのが心配なことである。
何時俗之工巧兮?滅規矩而改錯。
何と今の世の人の習わしは巧みなことだろうか。定規やぶんまわしを捨てて木の穴を改め刻むということなのだ。
獨耿介而不隨兮,願慕先聖之遺教。
私はひとり志を固く守って世の風俗に随わず節操を守る。どうか先聖の残された教えを慕って手本にしたいものである。
處濁世而顯榮兮,非余心之所樂。

濁った世に住んで有名になり出世をすることは、私の心のねがう所ではないのである。

秋0011與其無義而有名兮,寧窮處而守高。
食不媮而為飽兮,衣不苟而為溫。
竊慕詩人之遺風兮,願託志乎素餐。
蹇充倔而無端兮,泊莽莽而無垠。
無衣裘以御冬兮,恐溘死不得見乎陽春。
(第六の段)#1
竊に申包胥の氣盛なるを美とし,時世の固からざるを恐る。
何ぞ時俗の工巧なる?規矩を滅して改め錯つ。
獨り耿介にして隨わず,願わくは先聖の遺教を慕わん。
濁世に處りて顯榮するは,余の心の樂う所に非ず。
#2
其の義無くして名有らんよりは,寧ろ窮處して高きを守らん。
食は不媮んで飽を為さず,衣は不苟sじくもして溫を為さず。
竊に詩人の遺風を慕い,願わくは志を素餐に託せん。
蹇、充倔して端無く,泊として莽莽として垠無し。
無衣裘の以て冬を御ぐ,恐らくは溘死して陽春を見るを得ざらんことを。


『九辯』第六段-#1 現代語訳と訳註
(本文)
第六段
竊美申包胥之氣盛兮,恐時世之不固。
何時俗之工巧兮?滅規矩而改錯。
獨耿介而不隨兮,願慕先聖之遺教。
處濁世而顯榮兮,非余心之所樂。


(下し文) (第六の段)#1
竊に申包胥の氣盛なるを美とし,時世の固からざるを恐る。
何ぞ時俗の工巧なる?規矩を滅して改め錯つ。
獨り耿介にして隨わず,願わくは先聖の遺教を慕わん。
濁世に處りて顯榮するは,余の心の樂う所に非ず。


(現代語訳)
私は心の中で、申包胥の故事で楚の国を救うために、秦に救いを乞うて七日七夜泣いたという気魄の盛んなのを立派なことだと思い。今の世の人の心が固くないのが心配なことである。
何と今の世の人の習わしは巧みなことだろうか。定規やぶんまわしを捨てて木の穴を改め刻むということなのだ。
私はひとり志を固く守って世の風俗に随わず節操を守る。どうか先聖の残された教えを慕って手本にしたいものである。
濁った世に住んで有名になり出世をすることは、私の心のねがう所ではないのである。


(訳注) 第六段
竊美申包胥之氣盛兮,恐時世之不固。
私は心の中で、申包胥の故事で楚の国を救うために、秦に救いを乞うて七日七夜泣いたという気魄の盛んなのを立派なことだと思い。今の世の人の心が固くないのが心配なことである。
○申包胥 申包胥(しん ほうしょ)のこと。春秋時代の楚の政治家で、姓は羋、氏は王孫、または封地名から申、諱は包胥。王孫包胥とも通称される。平王、昭王、恵王の3代に仕え、呉の尖兵となったかつての僚友伍子胥に抗した。
伍子胥が楚にいた頃、友人として親しく交遊したが、紀元前522年、子胥の父兄が主君の平王により誅殺される事件が起きる。復讐をする為に楚を出奔する際、楚を必ず転覆させると誓う子胥に対して、包胥は私が必ず存続させると言い袂を別った。
後に呉の将軍となった伍子胥は、紀元前506年の柏挙の戦いにおいて楚を陥れ、すでに死去していた平王の墓を暴き、屍を三百回鞭打った。 この苛烈な所業に対して、山中に逃れていた包胥は人を遣わし問いただした。 「君の復讐はなんと酷い事か。私は聞いた事がある、一時の凶暴が天に勝とうとも、天が定まればいずれ破られると。君はかつては北面し、平王に仕えた身だ。その屍を辱めるとは、いずれ天が定まれば、人の凶暴など長くはないのではないか。」 この詰問に対して子胥は「日が暮れて道が遠い、故に倒行してこれを逆施するのみだ。」(私には時間がなく、道理に従って物事を進める事が出来なかった。)と弁明した。
伍子胥の復讐は、平王の後を継いだ昭王にも向けられ、その行方を捜していた。 その間に包胥は秦に援軍を頼むべく哀公の宮殿に奔った。 昭王の母は秦の公女という間柄にも関わらず、秦の哀公は援軍を断る。これに対し、包胥は大いに嘆き、七日七晩、何も食べず、飲まずに泣き続けた。 その様子に心を打たれた哀公は、「楚は無道だがこのような忠臣がいるのであれば滅ぼすべきでない」として、戦車五百を投入した。翌紀元前505年、秦の援軍は呉を破り、呉の内紛もあって、ついに楚は呉を退ける事に成功した。
楚を守った包胥の功績に対して、昭王は封邑五千戸の大封を与えようとしたが、包胥は楚に先祖の墳墓があったので、それを守ったにすぎないとして辞退した。


何時俗之工巧兮?滅規矩而改錯。
何と今の世の人の習わしは巧みなことだろうか。定規やぶんまわしを捨てて木の穴を改め刻むということなのだ。
○工巧 たくみなこと。『離騒、第六段』「固時俗之工巧兮、偭規矩而改錯。背繩墨以追曲兮、競周容以爲度。」(固に時俗の工巧なる、規矩に偭いて改め錯く。繩墨に背いて以って曲を追い、周容を競いて以って度と爲す。)に基づく。
○改錯 改め撃つ。第五段の「何時俗之工巧兮,背繩墨而改錯!」と同様。
○規矩 繩墨とおなじ。ぶん回しや定規による場所決め。居場所を変化させる、材木の曲がり具合に従って細工をするように皆が競って人の意に合わせる法則である。


獨耿介而不隨兮,願慕先聖之遺教。
私はひとり志を固く守って世の風俗に随わず節操を守る。どうか先聖の残された教えを慕って手本にしたいものである
○耿介 固く自己の節操を守る。


處濁世而顯榮兮,非余心之所樂。
濁った世に住んで有名になり出世をすることは、私の心のねがう所ではないのである。
○顯榮 仁義・遺徳を意味する。
○楽 ねがう。音ガウ。高と叶韻。

九辯 第五段-#6 宋玉  <00-#16>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 645 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2209

宋玉 九辯 第五段-#6 



2013年4月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩聖皇篇 曹植 魏詩<66-#3>古詩源 巻五 女性詩732 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2208
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集田南樹園激流植援 謝霊運<42> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2211 (04/12)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性蜀中三首 其一 鄭谷 唐五代詞・宋詩 薛濤Gs-133--#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2212
 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


九辯 第五段-#6 宋玉  <00-#16>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 645 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2209


『九辯』は楚の宋玉の作である。辯は変なであり、道徳をのべて以て君王の施政のあり方をのべる。九は陽の数、道の綱紀であると。
宋玉は屈原の弟子である。師は忠義心あるも放逐せられた。故に『九辯』を作って其の志を述べた。


#4
鳥獸猶知懷德兮,何云賢士之不處?
鳥やけものですら仁徳に思いを寄せるものである。何ゆえにすぐれた人物が朝廷に仕えないなどというものか。
驥不驟進而求服兮,鳳亦不貪餧而妄食。
千里の馬がにわかに進んで来て車を引くことを求めることなどないし、鳳凰もまた飼料をむさぼってむやみに食べることなどないから、容易に現われるものではないのである。
君棄遠而不察兮,雖願忠其焉得?
君王が人物を棄て、そして遠ざけているけれど、そのことをみずからは知っていないのだ。その人は忠義を尽くしたいとおもっていてもどうしようもないのだ。
欲寂漠而絕端兮,竊不敢忘初之厚德 。

だから声もなくひっそりとするしかなく、君王との糸口を絶ち切ってしまおうと思うのだけれど、しかし、心の中では、初めのころうけた厚いめぐみをどうしても忘れることができないのだ。

冬00#5
獨悲愁其傷人兮,馮鬱鬱其何極?
ということで、ただひとり悲しみ愁えて、私の心を痛ませることで、いきどおりが満ちて胸ふさがるのであり、どういうわけか、その憤りは終わりがなく、はてしがないのである。
霜露慘悽而交下兮,心尚幸其弗濟。
霜と露とがいたましく身に降りかかり、かわるがわるくりかえす。それでも心ではやはり霜露の慘悽の威が成功しないことをこいねがうのである。
霰雪雰糅其增加兮,乃知遭命之將至。
しかし、みぞれやアラレ、雪が乱れ雑って、吹雪までますますひどくなると、そこで私の遭うべき運命が來ようとしていることを知る。
願徼幸而有待兮,泊莽莽與埜草同死。

霰雪雰糅のような君王の憤怒に遭いながら、それでも万一の幸運を願い待つのであるが、許されることを待つのであるが、どうやら、広々と茂る野の草とともに死ぬことになりそうなのである。

#6
願自往而徑遊兮,路壅絕而不通。
自分から近路をまっすぐに君王の所へ行きたいと願うのだけれど、その路はふさがり絶えて通じない。
欲循道而平驅兮,又未知其所從。
またその道につきしたがって平穏に馬を駆けさせたいと思うけれど、またこんどはどの道を通っていけばよいのかもわからない。
然中路而迷惑兮,自壓桉而學誦。
このように進むべき路の半ばで迷い惑ったので、私は自分の思いを抑制して、詩賦を作ることを学んだ。
性愚陋以褊淺兮,信未達乎從容。
生まれつき愚かで見識か低く心も狭く浅いので、本当の所まだ私の平素のふるまいを君王の視聴に達することを得ないでいるのである。

自ら往きて徑【ただ】ちに遊ばんと願へば、路【みち】壅絕【ようぜつ】して通ぜず。
道に循【したが】ひて平駆【へいく】せんと欲すれば、文未だ其の從ふ所を知らず。
然く中路にして迷惑して、自ら壓桉【あつあん】して誦【よう】を学ぶ。
性愚【せいぐ】陋【ろう】にして以て褊淺【へんせん】なり。信【もこと】に未だ従容【しょうよう】を達せず。


『九辯』第五段-#6 現代語訳と訳註
(本文)

願自往而徑遊兮,路壅絕而不通。
欲循道而平驅兮,又未知其所從。
然中路而迷惑兮,自壓桉而學誦。
性愚陋以褊淺兮,信未達乎從容。

(下し文)
自ら往きて徑【ただ】ちに遊ばんと願へば、路【みち】壅絕【ようぜつ】して通ぜず。
道に循【したが】ひて平駆【へいく】せんと欲すれば、文未だ其の從ふ所を知らず。
然く中路にして迷惑して、自ら壓桉【あつあん】して誦【よう】を学ぶ。
性愚【せいぐ】陋【ろう】にして以て褊淺【へんせん】なり。信【もこと】に未だ従容【しょうよう】を達せず。


(現代語訳)
自分から近路をまっすぐに君王の所へ行きたいと願うのだけれど、その路はふさがり絶えて通じない。
またその道につきしたがって平穏に馬を駆けさせたいと思うけれど、またこんどはどの道を通っていけばよいのかもわからない。
このように進むべき路の半ばで迷い惑ったので、私は自分の思いを抑制して、詩賦を作ることを学んだ。
生まれつき愚かで見識か低く心も狭く浅いので、本当の所まだ私の平素のふるまいを君王の視聴に達することを得ないでいるのである。


(訳注)
願自往而徑遊兮,路壅絕而不通。

自分から近路をまっすぐに君王の所へ行きたいと願うのだけれど、その路はふさがり絶えて通じない。
○自往而徑遊 自分から近路をまっすぐに出かけていく。
○壅 (1) 土や肥料を根元にかける壅肥植物の根元に肥料を与える.(2) ふさぐ.壅塞ふさぐ,せきとめる河道壅塞川の流れがふさがる.


欲循道而平驅兮,又未知其所從。
またその道につきしたがって平穏に馬を駆けさせたいと思うけれど、またこんどはどの道を通っていけばよいのかもわからない。
○欲循道 「衆人の履み為す所に遵放(したがい依る)する。」という。朝廷の決まりに遵法する。


然中路而迷惑兮,自壓桉而學誦。
このように進むべき路の半ばで迷い惑ったので、私は自分の思いを抑制して、詩賦を作ることを学んだ。
○壓桉 補注に「集韻に圧は益渉の切(エフ)、按なりと。按は按と同じく抑なり、止なり。」と。
○學誦 詩を作ることを学ぶ。


性愚陋以褊淺兮,信未達乎從容。
生まれつき愚かで見識か低く心も狭く浅いので、本当の所まだ私の平素のふるまいを君王の視聴に達することを得ないでいるのである。
○性愚 生まれつき愚かである。
○陋 ① 場所が狭苦しい。② 心が狭く卑しい。
○従容 ①ゆったりおちついているさま。のびのびして、くつろぐさま。②ひさしい。③さそう。④ふるまい。「楚辞」は多く挙動の意味に用いる。平生の挙動。⑤さまよう。逍遥とおなじ。⑥ゆったりと物静かに話すこと。
○未達 まだ君王の視聴に達しない。「君其の真偽を察せざるなり。」という。
太行山脈001

九辯 第五段-#5 宋玉  <00-#15>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 644 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2204

宋玉 九辯 第五段-#5


2013年4月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第五段-#5 宋玉  <00-#15>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 644 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2204


#4
冬00鳥獸猶知懷德兮,何云賢士之不處?
鳥やけものですら仁徳に思いを寄せるものである。何ゆえにすぐれた人物が朝廷に仕えないなどというものか。
驥不驟進而求服兮,鳳亦不貪餧而妄食。
千里の馬がにわかに進んで来て車を引くことを求めることなどないし、鳳凰もまた飼料をむさぼってむやみに食べることなどないから、容易に現われるものではないのである。
君棄遠而不察兮,雖願忠其焉得?
君王が人物を棄て、そして遠ざけているけれど、そのことをみずからは知っていないのだ。その人は忠義を尽くしたいとおもっていてもどうしようもないのだ。
欲寂漠而絕端兮,竊不敢忘初之厚德 。
だから声もなくひっそりとするしかなく、君王との糸口を絶ち切ってしまおうと思うのだけれど、しかし、心の中では、初めのころうけた厚いめぐみをどうしても忘れることができないのだ。

#5
獨悲愁其傷人兮,馮鬱鬱其何極?
ということで、ただひとり悲しみ愁えて、私の心を痛ませることで、いきどおりが満ちて胸ふさがるのであり、どういうわけか、その憤りは終わりがなく、はてしがないのである。
霜露慘悽而交下兮,心尚幸其弗濟。
霜と露とがいたましく身に降りかかり、かわるがわるくりかえす。それでも心ではやはり霜露の慘悽の威が成功しないことをこいねがうのである。
霰雪雰糅其增加兮,乃知遭命之將至。
しかし、みぞれやアラレ、雪が乱れ雑って、吹雪までますますひどくなると、そこで私の遭うべき運命が來ようとしていることを知る。
願徼幸而有待兮,泊莽莽與埜草同死。
霰雪雰糅のような君王の憤怒に遭いながら、それでも万一の幸運を願い待つのであるが、許されることを待つのであるが、どうやら、広々と茂る野の草とともに死ぬことになりそうなのである。
獨り悲愁して其れ人を傷ましむ。馮【ひょう】として鬱鬱【うつうつ】として其れ何ぞ極まらん。
霜露【そうろ】惨悽【さんせい】にして交【こもご】も下り、心 尚お其の臍【な】らざるを希【こいねが】う。
霰雪【せんせつ】雰糅【ふんじゅう】して其れ増加す。乃ち知る遭命の將に至らんとするを。
幸を徼【もと】めて待つ有らんと願へば、泊として莽莽【ぼうぼう】として埜草【やそう】と同に死せん。

#6
願自往而徑遊兮,路壅絕而不通。
欲循道而平驅兮,又未知其所從。
然中路而迷惑兮,自壓桉而學誦。
性愚陋以褊淺兮,信未達乎從容。


『九辯』 第五段ー#5 現代語訳と訳註
(本文)
#5
獨悲愁其傷人兮,馮鬱鬱其何極?
霜露慘悽而交下兮,心尚幸其希濟。
霰雪雰糅其增加兮,乃知遭命之將至。
願徼幸而有待兮,泊莽莽與埜草同死。


(下し文)
獨り悲愁して其れ人を傷ましむ。馮【ひょう】として鬱鬱【うつうつ】として其れ何ぞ極まらん。
霜露【そうろ】惨悽【さんせい】にして交【こもご】も下り、心 尚お其の臍【な】らざるを希【こいねが】う。
霰雪【せんせつ】雰糅【ふんじゅう】して其れ増加す。乃ち知る遭命の將に至らんとするを。
幸を徼【もと】めて待つ有らんと願へば、泊として莽莽【ぼうぼう】として埜草【やそう】と同に死せん。


(現代語訳)
ということで、ただひとり悲しみ愁えて、私の心を痛ませることで、いきどおりが満ちて胸ふさがるのであり、どういうわけか、その憤りは終わりがなく、はてしがないのである。
霜と露とがいたましく身に降りかかり、かわるがわるくりかえす。それでも心ではやはり霜露の慘悽の威が成功しないことをこいねがうのである。
しかし、みぞれやアラレ、雪が乱れ雑って、吹雪までますますひどくなると、そこで私の遭うべき運命が來ようとしていることを知る。
霰雪雰糅のような君王の憤怒に遭いながら、それでも万一の幸運を願い待つのであるが、許されることを待つのであるが、どうやら、広々と茂る野の草とともに死ぬことになりそうなのである。


(訳注)
菖蒲03獨悲愁其傷人兮,馮鬱鬱其何極?

ということで、ただひとり悲しみ愁えて、私の心を痛ませることで、いきどおりが満ちて胸ふさがるのであり、どういうわけか、その憤りは終わりがなく、はてしがないのである。
○傷人 人すなわち自分を傷ましめる。
○馮鬱鬱 憤慮胸にみちること。憤怒が心にみちる。
○其何極 極は窮。いつまでもつきないの意。


霜露慘悽而交下兮,心尚幸其弗濟。
霜と露とがいたましく身に降りかかり、かわるがわるくりかえす。それでも心ではやはり霜露の慘悽の威が成功しないことをこいねがうのである。
○惨懐 いたましい。霞や霜の草木を枯死させるいたましい厳しさをいう。君の暴威に喩えて、「君の政厳急刑罰峻しきなり。」と。
○尚幸 なお~をこいねがう
○弗済 成らずと同じ。霜露の慘悽の威が成功しない。


霰雪雰糅其增加兮,乃知遭命之將至。
しかし、みぞれやアラレ、雪が乱れ雑って、吹雪までますますひどくなると、そこで私の遭うべき運命が來ようとしていることを知る。
○霰雪雰糅其増加 霰雪:雲から落下する直径数ミリの白く不透明な氷の粒。雪の結晶に微細な氷粒が付着してでき、球形または円錐形で壊れやすい。雰糅:霧、雨雪の盛んに降るさま、降りしきる、という意味。霞や雪が乱れ雑ってますますひどくなる。ここでは、冬の雪の日のそのさむさのいろんなじょうきょうをしめすことで、あられ、みぞれ、雪や、吹雪のいろんな様を云う。
○遭命 遭うべき運命。


願徼幸而有待兮,泊莽莽與埜草同死。
霰雪雰糅のような君王の憤怒に遭いながら、それでも万一の幸運を願い待つのであるが、許されることを待つのであるが、どうやら、広々と茂る野の草とともに死ぬことになりそうなのである。
○徼幸 幸をもとめる。僥倖と同じ。僥倖は。①思いがけない幸い。偶然に得る幸運。②幸運を願い待つこと。
○有待 君の許しを待つ。
○泊弄弄与埜草同死 広々と茂る野の草とともに枯死する。泊は薄と同じ。広々とした形容。弄弄は草が茂るさま。

九辯 第五段-#4 宋玉  <00-#14>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 643 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2199

宋玉 九辯 第五段-#4



2013年4月10日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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九辯 第五段-#4 宋玉  <00-#14>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 643 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2199


#4
鳥獸猶知懷德兮,何云賢士之不處?
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君棄遠而不察兮,雖願忠其焉得?
君王が人物を棄て、そして遠ざけているけれど、そのことをみずからは知っていないのだ。その人は忠義を尽くしたいとおもっていてもどうしようもないのだ。
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鳥獣すら猶お徳に懐【なつ】くを知る。何ぞ賢士の處らざるを云はん。
驥は驟【にわか】に進んで服するを求めず。鳳も亦餧を貪って妄【みだり】に食せず。
君棄遠して察せずんは、忠を願ふと雖も其れ焉ぞ得んや。
寂漠【せきばく】として端を絶たんと欲するも、竊かに敢て初の厚徳を忘れず。

真竹002






『九辯』第五段―#4 現代語訳と訳註
(本文)
#4
鳥獸猶知懷德兮,何云賢士之不處?
驥不驟進而求服兮,鳳亦不貪餧而妄食。
君棄遠而不察兮,雖願忠其焉得?
欲寂漠而絕端兮,竊不敢忘初之厚德 。

(下し文)
鳥獣すら猶お徳に懐【なつ】くを知る。何ぞ賢士の處らざるを云はん。
驥は驟【にわか】に進んで服するを求めず。鳳も亦餧を貪って妄【みだり】に食せず。
君棄遠して察せずんは、忠を願ふと雖も其れ焉ぞ得んや。
寂漠【せきばく】として端を絶たんと欲するも、竊かに敢て初の厚徳を忘れず。

(現代語訳)
Nature1-009鳥やけものですら仁徳に思いを寄せるものである。何ゆえにすぐれた人物が朝廷に仕えないなどというものか。
千里の馬がにわかに進んで来て車を引くことを求めることなどないし、鳳凰もまた飼料をむさぼってむやみに食べることなどないから、容易に現われるものではないのである。
君王が人物を棄て、そして遠ざけているけれど、そのことをみずからは知っていないのだ。その人は忠義を尽くしたいとおもっていてもどうしようもないのだ。
だから声もなくひっそりとするしかなく、君王との糸口を絶ち切ってしまおうと思うのだけれど、しかし、心の中では、初めのころうけた厚いめぐみをどうしても忘れることができないのだ。


(訳注) #4
鳥獸猶知懷德兮,何云賢士之不處?

鳥やけものですら仁徳に思いを寄せるものである。何ゆえにすぐれた人物が朝廷に仕えないなどというものか。
不処 朝廷に仕えない。


驥不驟進而求服兮,鳳亦不貪餧而妄食。
千里の馬がにわかに進んで来て車を引くことを求めることなどないし、鳳凰もまた飼料をむさぼってむやみに食べることなどないから、容易に現われるものではないのである。
○驟 にわかに。
○服 串につけられて牽く。
○餧 餌、飼料。


君棄遠而不察兮,雖願忠其焉得?
君王が人物を棄て、そして遠ざけているけれど、そのことをみずからは知っていないのだ。その人は忠義を尽くしたいとおもっていてもどうしようもないのだ。


欲寂漠而絕端兮,竊不敢忘初之厚德 。
だから声もなくひっそりとするしかなく、君王との糸口を絶ち切ってしまおうと思うのだけれど、しかし、心の中では、初めのころうけた厚いめぐみをどうしても忘れることができないのだ。
○寂漠 物もいわずだまって。
○絶端 いとぐちを絶ち切る。


九辯 第五段-#3 宋玉  <00-#13>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 642 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2194

宋玉 九辯 第五段-#3

2013年4月9日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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九辯 第五段-#3 宋玉  <00-#13>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 642 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2194


第五段
何時俗之工巧兮,背繩墨而改錯!
卻騏驥而不乘兮,策駑駘而取路。
當世豈無騏驥兮,誠莫之能善御。
見執轡者非其人兮,故駶跳而遠去。
#2
鳧鴈皆唼夫粱藻兮,鳳愈飄翔而高舉。
圜鑿而方枘兮,吾固知其鉏鋙而難入。
眾鳥皆有所登棲兮,鳳獨遑遑而無所集。
願銜枚而無言兮,嘗被君之渥洽。
#3
太公九十乃顯榮兮,誠未遇其匹合。
謂騏驥兮安歸?謂鳳皇兮安棲?
變古易俗兮世衰,今之相者兮舉肥。
騏驥伏匿而不見兮,鳳皇高飛而不下。
#4
鳥獸猶知懷德兮,何云賢士之不處?
驥不驟進而求服兮,鳳亦不貪餧而妄食。
君棄遠而不察兮,雖願忠其焉得?
欲寂漠而絕端兮,竊不敢忘初之厚德 。
獨悲愁其傷人兮,馮鬱鬱其何極?
#1-#2
何ぞ時俗の工巧なり、繩墨【じょうぼく】に背いて改め錯く。
騏驥【きき】を【しりぞ】けて乗らず、駑駘【どたい】に策【むちう】ちて路を取る。
當世【とうせい】豈に騏驥無からんや。誠に之を能く善御する莫し。
轡【たずな】を執る者を見るに其の人に非ず。故に駶跳【きょくちょう】して遠去【えんきょ】す。
鳧鴈【ふがん】皆夫の梁藻【りょうそう】を唼【くら】ふ。鳳は愈【いよい】よ瓢翔【ひょうしょう】して高く挙【あが】る。
【えんそう】にして方【ほうぜい】、吾 固【もと】より其の【そご】して入り難きを知る。
衆鳥は皆登棲する所有り、鳳は漏り【こうこう】とし集まる所無し。
願はくは枚を銜んで言ふこと無からんも、嘗て君の渥洽【あくかん】を被る。
大公は九十にして乃ち顯榮【けんえい】す。誠に末だ其の匹合に遇はず。
騏驥安くにか歸すと謂ひ、鳳皇安くにか棲むと謂ふ。
古を變じ俗を易へて世衰ふ。今の相者は肥を挙ぐ。
騏驥は伏匿して見われず、鳳皇は高飛して下らず。

第五段
何時俗之工巧兮,背繩墨而改錯!
何と「世俗の人の器用なことよ。」人の意に合わせる法則である墨縄にそむいてまでも勝手に配置を変えるのである。
卻騏驥而不乘兮,策駑駘而取路。
千里を駆ける駿馬に乗らないままに、足の遅い駄馬にむち打って路を進むということばかり、優れた人物が当世にもちられないのか。
當世豈無騏驥兮,誠莫之能善御。
今の辞世、いかにしても駿馬がいないということで、まことに之を善く御していくことができる人がいないのである。
見執轡者非其人兮,故駶跳而遠去。
そこで手綱を取る者を見てみると、それにふさわしい人ではないということで、それ故に、駿馬が跳ねて飛び上がってそのまま遠くに去ってしまう。

#2
鳧鴈皆唼夫粱藻兮,鳳愈飄翔而高舉。
野鸭と大雁はきびと水草をついばむものだが、鳳凰はそれを見向きもせず、いよいよひるがえり翔って高く挙がるのである。
圜鑿而方枘兮,吾固知其鉏鋙而難入。
ノミで開けた円い穴に四角なくさびをとめる、私はもともとそのくいちがっているものが入り難いことを知っている。
眾鳥皆有所登棲兮,鳳獨遑遑而無所集。
それゆえ衆鳥には皆登って極る巣所があるのに、鳳凰ひとりだけはいそがしげにして、止まる巣所がない。
願銜枚而無言兮,嘗被君之渥洽。

どうか願うのは口に枚をふくんで、物を言わないようにししてしまいたい。というのもかつては君の厚い御恩を蒙っていたのである。

#3
太公九十乃顯榮兮,誠未遇其匹合。
周王朝を建国した文王とその息子武王の軍師となった大望公は九十歳になってから世に名声が顕著となり栄えた。私にはまだ、まことにふさわしい君王に出遇っていないのである。
謂騏驥兮安歸?謂鳳皇兮安棲?
千里を駆ける馬、騏驥はどこに行ったのかといい、鳳凰はどこに住んでいるのかという。(こうして世にすぐれた者がいないとなげくだけの人があるものだ。)
變古易俗兮世衰,今之相者兮舉肥。
古来の仁愛の道は変わり、世の風俗は安易なものにかわり、世は衰退してゆくものだ。今の馬相を見る者、朝廷においての宰相が、ただ肥えた馬を立派だと思って取り挙げ、賄賂によって選定していくのである。
騏驥伏匿而不見兮,鳳皇高飛而不下。

それ故、千里をかける馬は伏しかくれて現われないのだ。鳳凰は高く飛んで降りてこない、高士は低俗な朝廷に寄り付こうとしないのだ。
#3
大公は九十にして乃ち顯榮【けんえい】す。誠に末だ其の匹合に遇はず。
騏驥安くにか歸すと謂ひ、鳳皇安くにか棲むと謂ふ。
古を變じ俗を易へて世衰ふ。今の相者は肥を挙ぐ。
騏驥は伏匿して見われず、鳳皇は高飛して下らず。

#4
鳥獸猶知懷德兮,何云賢士之不處?
驥不驟進而求服兮,鳳亦不貪餧而妄食。
君棄遠而不察兮,雖願忠其焉得?
欲寂漠而絕端兮,竊不敢忘初之厚德 。
獨悲愁其傷人兮,馮鬱鬱其何極?


『九辯』第五段-#3 現代語訳と訳註
(本文)
#3
太公九十乃顯榮兮,誠未遇其匹合。
謂騏驥兮安歸?謂鳳皇兮安棲?
變古易俗兮世衰,今之相者兮舉肥。
騏驥伏匿而不見兮,鳳皇高飛而不下。


(下し文) #3
大公は九十にして乃ち顯榮【けんえい】す。誠に末だ其の匹合に遇はず。
騏驥安くにか歸すと謂ひ、鳳皇安くにか棲むと謂ふ。
古を變じ俗を易へて世衰ふ。今の相者は肥を挙ぐ。
騏驥は伏匿して見われず、鳳皇は高飛して下らず。


(現代語訳)
周王朝を建国した文王とその息子武王の軍師となった大望公は九十歳になってから世に名声が顕著となり栄えた。私にはまだ、まことにふさわしい君王に出遇っていないのである。
千里を駆ける馬、騏驥はどこに行ったのかといい、鳳凰はどこに住んでいるのかという。(こうして世にすぐれた者がいないとなげくだけの人があるものだ。)
古来の仁愛の道は変わり、世の風俗は安易なものにかわり、世は衰退してゆくものだ。今の馬相を見る者、朝廷においての宰相が、ただ肥えた馬を立派だと思って取り挙げ、賄賂によって選定していくのである。
それ故、千里をかける馬は伏しかくれて現われないのだ。鳳凰は高く飛んで降りてこない、高士は低俗な朝廷に寄り付こうとしないのだ。


(訳注) #3
太公九十乃顯榮兮,誠未遇其匹合。
周王朝を建国した文王とその息子武王の軍師となった大望公は九十歳になってから世に名声が顕著となり栄えた。私にはまだ、まことにふさわしい君王に出遇っていないのである。
○太公 太公望呂尚。文王に挙げられたのは呂尚の晩年であった。太公望呂尚は実在した人物であり(師尚父とも呼ばれている)、紀元前11世紀に後に周王朝を建国した文王とその息子武王の軍師となった。(その王朝西周は1122-771BC続いた)長い年月の間に太公望に関しては多くの伝説が生まれた。
○匹合 好適な相手となる君主。匹偶。配偶。似合の相手。ここでは君主。


謂騏驥兮安歸?謂鳳皇兮安棲?
千里を駆ける馬、騏驥はどこに行ったのかといい、鳳凰はどこに住んでいるのかという。(こうして世にすぐれた者がいないとなげくだけの人があるものだ。)


變古易俗兮世衰,今之相者兮舉肥。
古来の仁愛の道は変わり、世の風俗は安易なものにかわり、世は衰退してゆくものだ。今の馬相を見る者、朝廷においての宰相が、ただ肥えた馬を立派だと思って取り挙げ、賄賂によって選定していくのである。
○世衰 世道人心が衰え弱くなる。
○相者 馬の良しあしを選定するもの、相を見る者。朝廷における宰相。
○挙肥 肥えた馬を取り挙げ用いる。富貴なものを取り上げることで、賄賂によって採用することを意味する。


騏驥伏匿而不見兮,鳳皇高飛而不下。
それ故、千里をかける馬は伏しかくれて現われないのだ。鳳凰は高く飛んで降りてこない、高士は低俗な朝廷に寄り付こうとしないのだ。


九辯 第五段-#2 宋玉  <00-#12>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 641 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2189

宋玉 九辯 第五段-#2

2013年4月8日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩當牆欲高行 曹植 魏詩<64> 女性詩728 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2188
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第五段-#2 宋玉  <00-#12>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 641 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2189
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●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性

寄贈薛濤  元稹  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-129--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2192

 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


九辯 第五段-#2 宋玉  <00-#12>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 641 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2189


第五段
何時俗之工巧兮,背繩墨而改錯!
卻騏驥而不乘兮,策駑駘而取路。
當世豈無騏驥兮,誠莫之能善御。
見執轡者非其人兮,故駶跳而遠去。
#2
鳧鴈皆唼夫粱藻兮,鳳愈飄翔而高舉。
圜鑿而方枘兮,吾固知其鉏鋙而難入。
眾鳥皆有所登棲兮,鳳獨遑遑而無所集。
願銜枚而無言兮,嘗被君之渥洽。
#3
太公九十乃顯榮兮,誠未遇其匹合。
謂騏驥兮安歸?謂鳳皇兮安棲?
變古易俗兮世衰,今之相者兮舉肥。
騏驥伏匿而不見兮,鳳皇高飛而不下。
#4
鳥獸猶知懷德兮,何云賢士之不處?
驥不驟進而求服兮,鳳亦不貪餧而妄食。
君棄遠而不察兮,雖願忠其焉得?
欲寂漠而絕端兮,竊不敢忘初之厚德 。
獨悲愁其傷人兮,馮鬱鬱其何極?


第五段
何時俗之工巧兮,背繩墨而改錯!
何と「世俗の人の器用なことよ。」人の意に合わせる法則である墨縄にそむいてまでも勝手に配置を変えるのである。
卻騏驥而不乘兮,策駑駘而取路。
千里を駆ける駿馬に乗らないままに、足の遅い駄馬にむち打って路を進むということばかり、優れた人物が当世にもちられないのか。
當世豈無騏驥兮,誠莫之能善御。
今の辞世、いかにしても駿馬がいないということで、まことに之を善く御していくことができる人がいないのである。
見執轡者非其人兮,故駶跳而遠去。
そこで手綱を取る者を見てみると、それにふさわしい人ではないということで、それ故に、駿馬が跳ねて飛び上がってそのまま遠くに去ってしまう。

#2
鳧鴈皆唼夫粱藻兮,鳳愈飄翔而高舉。
野鸭と大雁はきびと水草をついばむものだが、鳳凰はそれを見向きもせず、いよいよひるがえり翔って高く挙がるのである。
圜鑿而方枘兮,吾固知其鉏鋙而難入。
ノミで開けた円い穴に四角なくさびをとめる、私はもともとそのくいちがっているものが入り難いことを知っている。
眾鳥皆有所登棲兮,鳳獨遑遑而無所集。
それゆえ衆鳥には皆登って極る巣所があるのに、鳳凰ひとりだけはいそがしげにして、止まる巣所がない。
願銜枚而無言兮,嘗被君之渥洽。

どうか願うのは口に枚をふくんで、物を言わないようにししてしまいたい。というのもかつては君の厚い御恩を蒙っていたのである。

鳧鴈【ふがん】皆夫の梁藻【りょうそう】を唼【くら】ふ。鳳は愈【いよい】よ瓢翔【ひょうしょう】して高く挙【あが】る。
【えんそう】にして方【ほうぜい】、吾 固【もと】より其の【そご】して入り難きを知る。
衆鳥は皆登棲する所有り、鳳は漏り【こうこう】とし集まる所無し。
願はくは枚を銜んで言ふこと無からんも、嘗て君の渥洽【あくかん】を被る。


『九辯』第五段 #2 現代語訳と訳註
yamanoki01(本文)
#2
鳧鴈皆唼夫粱藻兮,鳳愈飄翔而高舉。
圜鑿而方枘兮,吾固知其鉏鋙而難入。
眾鳥皆有所登棲兮,鳳獨遑遑而無所集。
願銜枚而無言兮,嘗被君之渥洽。


(下し文)
鳧鴈【ふがん】皆夫の梁藻【りょうそう】を唼【くら】ふ。鳳は愈【いよい】よ瓢翔【ひょうしょう】して高く挙【あが】る。
【えんそう】にして方【ほうぜい】、吾 固【もと】より其の【そご】して入り難きを知る。
衆鳥は皆登棲する所有り、鳳は漏り【こうこう】とし集まる所無し。
願はくは枚を銜んで言ふこと無からんも、嘗て君の渥洽【あくかん】を被る。


(現代語訳)
野鸭と大雁はきびと水草をついばむものだが、鳳凰はそれを見向きもせず、いよいよひるがえり翔って高く挙がるのである。
ノミで開けた円い穴に四角なくさびをとめる、私はもともとそのくいちがっているものが入り難いことを知っている。
それゆえ衆鳥には皆登って極る巣所があるのに、鳳凰ひとりだけはいそがしげにして、止まる巣所がない。
どうか願うのは口に枚をふくんで、物を言わないようにししてしまいたい。というのもかつては君の厚い御恩を蒙っていたのである。


(訳注) #2
鳧鴈皆唼夫粱藻兮,鳳愈飄翔而高舉。

野鸭と大雁はきびと水草をついばむものだが、鳳凰はそれを見向きもせず、いよいよひるがえり翔って高く挙がるのである。
○鳧鴈 野鸭と大雁。
○唼 鳥が物をはむこと。ついばむ。食う。
○粱藻 水鳥の食う、きびと水草。
○飄翔 ひるがえり翔って高く挙がる。


圜鑿而方枘兮,吾固知其鉏鋙而難入。
ノミで開けた円い穴に四角なくさびをとめる、私はもともとそのくいちがっているものが入り難いことを知っている。
○圜鑿 円い穴。鑿:木材・石材・金属などに穴をあけたり、溝を刻んだりするのに用いる工具。柄の先に刃がつき、柄頭を槌(つち)でたたくか、手で突くかして削る。刃先の形により、平のみ・丸のみ・壺のみなどがある。
○方枘 枘:《「臍(ほぞ)」と同語源。古くは「ほそ」》木材などを接合する際、一方の端部に作る突起。これを他方に作った枘穴(ほぞあな)に差し込んで合わせる。
○鉏鋙 食いちがう。合わない。


眾鳥皆有所登棲兮,鳳獨遑遑而無所集。
それゆえ衆鳥には皆登って極る巣所があるのに、鳳凰ひとりだけはいそがしげにして、止まる巣所がない。
○所登棲 上って止まりやすむ所。棲巣。
○獨遑遑 心が落ち着かないさま。あわただしいさま。


願銜枚而無言兮,嘗被君之渥洽。
どうか願うのは口に枚をふくんで、物を言わないようにししてしまいたい。というのもかつては君の厚い御恩を蒙っていたのである。
○銜枚 口に箸のような枚【ばい】という木をくわえて、批判を言わないようにする。これを杖をふくむという。
○渥洽 あつくあまねきめやみ。「渥は厚なり。洽は沢なり。」と注がある。

九辯 第五段-#1 宋玉  <00-#11>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 640 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2184

宋玉 九辯 第五段-#1



2013年4月7日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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九辯 第五段-#1 宋玉  <00-#11>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 640 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2184


第五段
何時俗之工巧兮,背繩墨而改錯!
卻騏驥而不乘兮,策駑駘而取路。
當世豈無騏驥兮,誠莫之能善御。
見執轡者非其人兮,故駶跳而遠去。
#2
鳧鴈皆唼夫粱藻兮,鳳愈飄翔而高舉。
圜鑿而方枘兮,吾固知其鉏鋙而難入。
眾鳥皆有所登棲兮,鳳獨遑遑而無所集。
願銜枚而無言兮,嘗被君之渥洽。
#3
太公九十乃顯榮兮,誠未遇其匹合。
謂騏驥兮安歸?謂鳳皇兮安棲?
變古易俗兮世衰,今之相者兮舉肥。
騏驥伏匿而不見兮,鳳皇高飛而不下。
#4
鳥獸猶知懷德兮,何云賢士之不處?
驥不驟進而求服兮,鳳亦不貪餧而妄食。
君棄遠而不察兮,雖願忠其焉得?
欲寂漠而絕端兮,竊不敢忘初之厚德 。
獨悲愁其傷人兮,馮鬱鬱其何極?


第五段
何時俗之工巧兮,背繩墨而改錯!
卻騏驥而不乘兮,策駑駘而取路。
當世豈無騏驥兮,誠莫之能善御。
見執轡者非其人兮,故駶跳而遠去。
何と「世俗の人の器用なことよ。」人の意に合わせる法則である墨縄にそむいてまでも勝手に配置を変えるのである。
千里を駆ける駿馬に乗らないままに、足の遅い駄馬にむち打って路を進むということばかり、優れた人物が当世にもちられないのか。
今の辞世、いかにしても駿馬がいないということで、まことに之を善く御していくことができる人がいないのである。
そこで手綱を取る者を見てみると、それにふさわしい人ではないということで、それ故に、駿馬が跳ねて飛び上がってそのまま遠くに去ってしまう。

何ぞ時俗の工巧なり、繩墨【じょうぼく】に背いて改め錯く。
騏驥【きき】を【しりぞ】けて乗らず、駑駘【どたい】に策【むちう】ちて路を取る。
當世【とうせい】豈に騏驥無からんや。誠に之を能く善御する莫し。
轡【たずな】を執る者を見るに其の人に非ず。故に駶跳【きょくちょう】して遠去【えんきょ】す。



『九辯』第五段 現代語訳と訳註
(本文)
#1
泰山の夕日02何時俗之工巧兮,背繩墨而改錯!
卻騏驥而不乘兮,策駑駘而取路。
當世豈無騏驥兮,誠莫之能善御。
見執轡者非其人兮,故駶跳而遠去。


(下し文)
何ぞ時俗の工巧なり、繩墨【じょうぼく】に背いて改め錯く。
騏驥【きき】を【しりぞ】けて乗らず、駑駘【どたい】に策【むちう】ちて路を取る。
當世【とうせい】豈に騏驥無からんや。誠に之を能く善御する莫し。
轡【たずな】を執る者を見るに其の人に非ず。故に駶跳【きょくちょう】して遠去【えんきょ】す。


(現代語訳)
何と「世俗の人の器用なことよ。」人の意に合わせる法則である墨縄にそむいてまでも勝手に配置を変えるのである。
千里を駆ける駿馬に乗らないままに、足の遅い駄馬にむち打って路を進むということばかり、優れた人物が当世にもちられないのか。
今の辞世、いかにしても駿馬がいないということで、まことに之を善く御していくことができる人がいないのである。
そこで手綱を取る者を見てみると、それにふさわしい人ではないということで、それ故に、駿馬が跳ねて飛び上がってそのまま遠くに去ってしまう。


(訳注)
何時俗之工巧兮,背繩墨而改錯!

何と「世俗の人の器用なことよ。」人の意に合わせる法則である墨縄にそむいてまでも勝手に配置を変えるのである。
○工巧 たくみなこと。『離騒、第六段』「固時俗之工巧兮、偭規矩而改錯。背繩墨以追曲兮、競周容以爲度。」(固に時俗の工巧なる、規矩に偭いて改め錯く。繩墨に背いて以って曲を追い、周容を競いて以って度と爲す。)に基づく。
○繩墨 ぶん回しや定規による場所決め。居場所を変化させる、材木の曲がり具合に従って細工をするように皆が競って人の意に合わせる法則である。


卻騏驥而不乘兮,策駑駘而取路。
千里を駆ける駿馬に乗らないままに、足の遅い駄馬にむち打って路を進むということばかり、優れた人物がもちられないのか。
○騏驥 1 よく走るすぐれた馬。駿馬(しゅんめ)。 2 すぐれた人物。
○駑駘 劣った馬。(1)のろい馬。 (2)転じて、才能が劣っていること。また、その人。


當世豈無騏驥兮,誠莫之能善御。
今の辞世、いかにしても駿馬がいないということで、まことに之を善く御していくことができる人がいないのである。


見執轡者非其人兮,故駶跳而遠去。
駿馬02そこで手綱を取る者を見てみると、それにふさわしい人ではないということで、それ故に、駿馬が跳ねて飛び上がってそのまま遠くに去ってしまう。
○駶跳 駒跳、騎跳、と同じ。馬の常ならぬ立ちかたを駶という。跳は躍り上がる。二字で跳ね上がるという意味。駿馬は調教次第だということである。才能を持っているものが君王にうまく取り上げられないことを云う。

九辯 第四段-#2 宋玉 <00-#10回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 639 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2179

宋玉 九辯 第四段-#2


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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第四段-#2 宋玉 <00-#10回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 639 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2179


第四段
竊悲夫蕙華之曾敷兮,紛旖旎乎都房。
ひそかに心の中で思うのは、香り高い蕙草の花が重なり咲き列なっている立派な屋敷で風に紛々となびいていたのを悲しむことである。
何曾華之無實兮,從風雨而飛颺。
どうしてなのか重なり咲きほこった花に実が成らないで、風雨が吹くままに飛び、舞揚がってしまうのであろうか。
以為君獨服此蕙兮,羌無以異於眾芳。
考えてみるには、君王はひとりこの香り高い香草だけを身に着けておられるだろう。ああ、君王はそれを普通の多くの花と何のちがいもなく、扱っておられたのである。蕙草のような賢才が役に立たなかったのは、君王が彼らを衆芳と同様に過して重んじなかったことである。
閔奇思之不通兮,將去君而高翔。
このすぐれた考えが、君王に通じなかったことを不憫な事なのだ。したがって、君王の所から去って高く飛び翔けようとしたのである。
心閔憐之慘悽兮,願一見而有明。
心は不憫で、憐れで、いたましく悲しい。君王にもう一度謁見して心の中を明かしたいと願うのである。

秋0011重無怨而生離兮,中結軫而增傷。
君王にたいする怨みもなくて生きていながら別れたことを思いながら、心中は結愁し、いたんで、ますます悲しさが募るのである。
豈不鬱陶而思君兮?君之門以九重。
どうして気持ちはふさがり、こころははれないけれど、君王を思い慕わないことがあろうか。ただ君王の御門は九重の奥深いところにある。
猛犬狺狺而迎吠兮,關梁閉而不通。
猛犬がワンワンと狂ったようにほえ立て続けて迎えて吠え続ける、関所や橋は閉じて通ることができない。
皇天淫溢而秋霖兮,后土何時而得漧!
天はとめどなく水を溢れさせて秋の長雨を降らせるのである。大地はいつになったら乾くことができようか。
塊獨守此無澤兮,仰浮雲而永歎 。
そんな時に、土塊のように孤独のままで、この恩沢なき境遇にありつづける、だから、浮き雲をふり仰いでは永い溜息をつくしかないのであった。
 
竊かに悲しむ、夫の蕙華の曾敷【そうふ】して、紛として都房に旖旎【いじ】たるを。
何ぞ曾華の実無くして、風雨に従って飛颺【ひよう】する。
以爲【おもえ】らく、君獨り此の蕙を服すと。羌【ああ】以て衆芳に異なる無し。
奇思の通ぜざるを閔【うれ】へて、將に君を去って高翔せんとす。
心は閔憐【びんれん】して之れ惨棲【さんせい】たり。願はくは一見して明かす有らん。
#2
怨無くして生離するを重へは、中は結、軫【しん】して増【ますま】すと傷む。
豈鬱鬱として君を思はざらんや。君の門以て九重なり。
猛犬狺狺【ぎんぎん】として通へ吠え、關梁【かんりょう】閉ぢて通ぜず。
皇天【いんいつ】にして秋霖【しゅうりん】す。后土何れの時に漧【かわ】くを得ん。
塊として獨り此の澤無きを守り、浮雲を仰いで永欺す。


『九辯』 現代語訳と訳註
(本文)

重無怨而生離兮,中結軫而增傷。
豈不鬱陶而思君兮?君之門以九重。
猛犬狺狺而迎吠兮,關梁閉而不通。
皇天淫溢而秋霖兮,后土何時而得漧!
塊獨守此無澤兮,仰浮雲而永歎 。


(下し文) #2
怨無くして生離するを重へは、中は結 軫【しん】して増【ますま】すと傷む。
豈鬱鬱として君を思はざらんや。君の門以て九重なり。
猛犬狺狺【ぎんぎん】として通へ吠え、關梁【かんりょう】閉ぢて通ぜず。
皇天【いんいつ】にして秋霖【しゅうりん】す。后土何れの時に漧【かわ】くを得ん。
塊として獨り此の澤無きを守り、浮雲を仰いで永欺す。


(現代語訳)
君王にたいする怨みもなくて生きていながら別れたことを思いながら、心中は結愁し、いたんで、ますます悲しさが募るのである。
どうして気持ちはふさがり、こころははれないけれど、君王を思い慕わないことがあろうか。ただ君王の御門は九重の奥深いところにある。
猛犬がワンワンと狂ったようにほえ立て続けて迎えて吠え続ける、関所や橋は閉じて通ることができない。
天はとめどなく水を溢れさせて秋の長雨を降らせるのである。大地はいつになったら乾くことができようか。
そんな時に、土塊のように孤独のままで、この恩沢なき境遇にありつづける、だから、浮き雲をふり仰いでは永い溜息をつくしかないのであった。


(訳注)
重無怨而生離兮,中結軫而增傷。

4岳陽樓詩人003君王にたいする怨みもなくて生きていながら別れたことを思いながら、心中は結愁し、いたんで、ますます悲しさが募るのである。
○重 念う。思う。
○生離 ・生離別 世の中で最も悲しいことは生きて離別することである.『楚辞』九歌第二 (六)少司命「悲莫悲兮生別離 樂莫樂兮新相知. 」(悲しきは生別離より悲しきはなく、楽しきは新相知より楽しきはなし。)『古詩十九 第一首』.「行行重行行、與君生別離。」
 心中。
○結 結愁。
○軫 軫は痛。


豈不鬱陶而思君兮?君之門以九重。
どうして気持ちはふさがり、こころははれないけれど、君王を思い慕わないことがあろうか。ただ君王の御門は九重の奥深いところにある。
○鬱陶 心ふさがり思うさま。心がふさいで晴れないこと。


猛犬狺狺而迎吠兮,關梁閉而不通。
猛犬がワンワンと狂ったようにほえ立て続けて迎えて吠え続ける、関所や橋は閉じて通ることができない。
○狺狺 犬のほえる声.用例狺狺狂吠=ワンワンと狂ったようにほえ立てる.
○開渠 関所と橋。


皇天淫溢而秋霖兮,后土何時而得漧!
天はとめどなく水を溢れさせて秋の長雨を降らせるのである。大地はいつになったら乾くことができようか。
○淫溢 ここではとめどなく水があふれる。雨のふる形容。
○秋霖 秋の長雨。
○漧 乾と同じ。


塊獨守此無澤兮,仰浮雲而永歎 。
そんな時に、土塊のように孤独のままで、この恩沢なき境遇にありつづける、だから、浮き雲をふり仰いでは永いため息をつくしかないのであった。
○塊 土塊のように孤独であること。
○無沢 恩沢(めぐみ)のない境遇。

九辯 第四段-#1 宋玉  <00-#9回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 638 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2174

宋玉 九辯 第四段-#1


2013年4月5日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩浮萍篇 曹植 魏詩<63-#1> 女性詩725 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2173
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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九辯 第四段-#1 宋玉  <00-#9回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 638 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2174



第四段
竊悲夫蕙華之曾敷兮,紛旖旎乎都房。
ひそかに心の中で思うのは、香り高い蕙草の花が重なり咲き列なっている立派な屋敷で風に紛々となびいていたのを悲しむことである。
何曾華之無實兮,從風雨而飛颺。
どうしてなのか重なり咲きほこった花に実が成らないで、風雨が吹くままに飛び、舞揚がってしまうのであろうか。
以為君獨服此蕙兮,羌無以異於眾芳。
考えてみるには、君王はひとりこの香り高い香草だけを身に着けておられるだろう。ああ、君王はそれを普通の多くの花と何のちがいもなく、扱っておられたのである。蕙草のような賢才が役に立たなかったのは、君王が彼らを衆芳と同様に過して重んじなかったことである。
閔奇思之不通兮,將去君而高翔。
このすぐれた考えが、君王に通じなかったことを不憫な事なのだ。したがって、君王の所から去って高く飛び翔けようとしたのである。
心閔憐之慘悽兮,願一見而有明。

心は不憫で、憐れで、いたましく悲しい。君王にもう一度謁見して心の中を明かしたいと願うのである。

重無怨而生離兮,中結軫而增傷。
豈不鬱陶而思君兮?君之門以九重。
猛犬狺狺而迎吠兮,關梁閉而不通。
皇天淫溢而秋霖兮,后土何時而得漧!
塊獨守此無澤兮,仰浮雲而永歎 。
 
竊かに悲しむ、夫の蕙華の曾敷【そうふ】して、紛として都房に旖旎【いじ】たるを。
何ぞ曾華の実無くして、風雨に従って飛颺【ひよう】する。
以爲【おもえ】らく、君獨り此の蕙を服すと。羌【ああ】以て衆芳に異なる無し。
奇思の通ぜざるを閔【うれ】へて、將に君を去って高翔せんとす。
心は閔憐【びんれん】して之れ惨棲【さんせい】たり。願はくは一見して明かす有らん。
#2
怨無くして生離するを重へは、中は結軫【けっしん】して増【ますま】すと傷む。
豈鬱鬱として君を思はざらんや。君の門以て九重なり。
猛犬狺狺【ぎんぎん】として通へ吠え、關梁【かんりょう】閉ぢて通ぜず。
皇天【いんいつ】にして秋霖【しゅうりん】す。后土何れの時に漧【かわ】くを得ん。
塊として獨り此の澤無きを守り、浮雲を仰いで永欺す。


『九辯』第四段 現代語訳と訳註
秋蘭001(本文)

竊悲夫蕙華之曾敷兮,紛旖旎乎都房。
何曾華之無實兮,從風雨而飛颺。
以為君獨服此蕙兮,羌無以異於眾芳。
閔奇思之不通兮,將去君而高翔。
心閔憐之慘悽兮,願一見而有明。


(下し文)
竊かに悲しむ、夫の蕙華の曾敷【そうふ】して、紛として都房に旖旎【いじ】たるを。
何ぞ曾華の実無くして、風雨に従って飛颺【ひよう】する。
以爲【おもえ】らく、君獨り此の蕙を服すと。羌【ああ】以て衆芳に異なる無し。
奇思の通ぜざるを閔【うれ】へて、將に君を去って高翔せんとす。
心は閔憐【びんれん】して之れ惨棲【さんせい】たり。願はくは一見して明かす有らん。


(現代語訳)
ひそかに心の中で思うのは、香り高い蕙草の花が重なり咲き列なっている立派な屋敷で風に紛々となびいていたのを悲しむことである。
どうしてなのか重なり咲きほこった花に実が成らないで、風雨が吹くままに飛び、舞揚がってしまうのであろうか。
考えてみるには、君王はひとりこの香り高い香草だけを身に着けておられるだろう。ああ、君王はそれを普通の多くの花と何のちがいもなく、扱っておられたのである。蕙草のような賢才が役に立たなかったのは、君王が彼らを衆芳と同様に過して重んじなかったことである。
このすぐれた考えが、君王に通じなかったことを不憫な事なのだ。したがって、君王の所から去って高く飛び翔けようとしたのである。
心は不憫で、憐れで、いたましく悲しい。君王にもう一度謁見して心の中を明かしたいと願うのである。


(訳注) 第四段
sakura0081竊悲夫蕙華之曾敷兮,紛旖旎乎都房。
ひそかに心の中で思うのは、香り高い蕙草の花が重なり咲き列なっている立派な屋敷で風に紛々となびいていたのを悲しむことである。
○曾敷 重なりつらなる。敷は布く。花・香草の様子を云う。
○旖旎 盛んなる貌とある。盛んな風になびく姿。
○都房 都は大、房は宮室。立派な屋敷。


何曾華之無實兮,從風雨而飛颺。
どうしてなのか重なり咲きほこった花に実が成らないで、風雨が吹くままに飛び、舞揚がってしまうのであろうか。
○曾華 重なる花。
○颺 風に吹き上げられる


以為君獨服此蕙兮,羌無以異於眾芳。
考えてみるには、君王はひとりこの香り高い香草だけを身に着けておられるだろう。ああ、君王はそれを普通の多くの花と何のちがいもなく、扱っておられたのである。蕙草のような賢才が役に立たなかったのは、君王が彼らを衆芳と同様に過して重んじなかったことである。
○以為 おもえらく【思えらく/以為らく/謂えらく】とは。[連語]《動詞「おもう」の已然形+完了の助動詞「り」のク語法「らく」》思っていることには。考えるには。
○羌 ああ。嘆詞。東方の貉、豸に從ひ、西方の羌、羊に從ふ」と、ここでは違うが、羌は異民族の名には獣を表す字を含むとしている。 殷の近くにいた民族であり、卜辞には羌族を征伐する、羌族を捕らえる、羌族を生贄に捧げるという文がよく見られる。


閔奇思之不通兮,將去君而高翔。
このすぐれた考えが、君王に通じなかったことを不憫な事なのだ。したがって、君王の所から去って高く飛び翔けようとしたのである。
○閔 (1)かわいそうなこと。気の毒なこと。また、そのさま。 「―に思う」「―な奴」「―でならない」 (2)都合の悪いこと。具合の悪いこと。また、そのさま。
○奇思 すぐれた考え。蕙草のような賢才(私)の考え。


心閔憐之慘悽兮,願一見而有明。
心は不憫で、憐れで、いたましく悲しい。君王にもう一度謁見して心の中を明かしたいと願うのである。

九辯 第三段-#4 宋玉  <00-#8回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 637 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2169

宋玉 九辯 第三段-#4 

2013年4月4日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第三段-#4 宋玉  <00-#8回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 637 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2169
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第三段-#4 宋玉 韓愈(韓退之) <00-#8回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 637 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2169


第三段  #1
皇天平分四時兮,竊獨悲此廩秋。
天は四時・四季を平均に分けられたのであるが、その中で誰にも言えず独りで冷々と身にしむこの秋を悲しむのである。
白露既下百草兮,奄離披此梧楸。
いまはもう白露が見渡す限りの草の上におりている、忽ちこの梧桐とヒサギの葉までが枯れ落ち分散してしまうのだ。
去白日之昭昭兮,襲長夜之悠悠。
明るい日中の太陽が長く照らされらる日々はさってしまい、はてしなく夜の長い日々が長く襲われ続くのである。
離芳藹之方壯兮,余萎約而悲愁。
花の香り盛りの時、血気盛んなころを去って、私は萎みちぢんで愁え悲しむ身となったのである。

#2
秋既先戒以白露兮,冬又申之以嚴霜。
秋という季節はすでにまず白露を降ろすことをもって人々に注意を促し、冬がその上に厳しい霜を重ねるということを教える。
收恢台之孟夏兮,然欿傺而沈藏。
これだけ広大な初夏の時期の生育の気であったものが収まり、このように陥り止まって沈み、貯蔵するのである。
葉菸邑而無色兮,枝煩挐而交橫;
葉は黒ずんでしなびそれから色あせるのである。枝は入り乱れ、それから交互に交わるのである。
顏淫溢而將罷兮,柯彷彿而萎黃;

樹の形状は次第に疲れ果て精気がなくなろうとしてきて、肝心な枝までもなんとなく黄色のしなびているように見えるほどになるのだ。

#3
萷櫹槮之可哀兮,形銷鑠而瘀傷。
木の葉が落ちてまばらになり、すっくと立っているのが可哀相で、形体は消え溶けて腐れくずれおちるのである。
惟其紛糅而將落兮,恨其失時而無當。
その盛りの時を失って、今の時が適当でないのを残念に思うのである。それはまさに自分の事にしても時流に合わずに落ちぶれていくのに似ているということだ。
攬騑轡而下節兮,聊逍遙以相佯。
そのことを思い、添え馬の手綱を取って歩速をゆるめ、しばらくあてもなく歩きさまようのである。
歲忽忽而遒盡兮,恐余壽之弗將。

しかし、それは時がすみやかに過ぎて尽きようとするのであり、私の年寿が長くないかもしれないことが心配になることであった。

#4
悼余生之不時兮,逢此世之俇攘。
自分の生まれたこの時代がよい時世ではないのだ、この世のあわただしく乱れた状態に出会ったことを悲しむのであった。
澹容與而獨倚兮,蟋蟀鳴此西堂。
静かにゆっくりとして独りつかれはて身を寄せて立っていると、秋も深まり、こおろぎがこの西の奥座敷で鳴いている。
心怵惕而震盪兮,何所憂之多方!
心はおそれあやぶみながら震え動くのである。私には何と憂えることがこんなにも多方面であるのだ。
卬明月而太息兮,步列星而極明。
仲秋の名月を仰いでみてため息をつくのである。空には列をなす星座の下を歩くうちにいつのまにか夜明けになるのである。


皇天は四時を平分す。竊【ひそ】かに獨り此の廩秋【りんしゅう】を悲しむ。
白露既に百草に下れば、奄【たちま】ち此の梧楸【ごしゅう】を離披【りひ】す。
白日の昭昭たるを去り、長夜の悠悠たるに襲る。
芳藹【ほうあい】の方に壮んなるを離れ、余萎約【いやく】して悲愁す。
#2
秋既に先づ戒【いまし】むるに白露を以てし、冬又之を申【かさ】ぬるに厳霜【げんそう】を以てす。
恢台【かいだい】の孟夏を収め、然【しかし】く欿傺【かんたい】して沈藏【ちんぞう】す。
葉は菸邑【おいゆう】して色無く、枝は煩挐【はんじょ】して交横【こうおう】す。
顔は淫溢【いんいつ】して将に罷れんとし、柯は彷彿【ほうふつ】として萎黃【いこう】す。
#3
萷【さく】として櫹槮【しょうしん】として之れ哀む可く、形 銷鑠【しょうしゃく】して瘀傷【おしょう】す。
其の紛糅【ふんじゅう】して將に落ちんとするを惟ひ、其の時を失ひて當る無きを恨む。
騑【ひ】の轡【たずな】を攬りて節を下し、聊【しばら】く逍遙して以て相佯す。
歳 忽忽【こつこつ】として遒【す】き盡き、余が寿の將からざるを恐る。
#4
余が生の時ならずして、此の世の俇攘【きょうじょう】たるに逢ふを悼む。
澹として容輿【ようよ】として獨り倚れば、蟋蟀【しつしゅつ】此の西堂に鳴く。
心怵惕【じゅつてき】して震盪【しんとう】す。何ぞ憂ふる所の多方なる。
明月を卬いで太息し、列星に歩して明に極る。


『九辯』第三段-#4 現代語訳と訳註
aki02(本文)
#4
悼余生之不時兮,逢此世之俇攘。
澹容與而獨倚兮,蟋蟀鳴此西堂。
心怵惕而震盪兮,何所憂之多方!
卬明月而太息兮,步列星而極明。


(下し文) #4
余が生の時ならずして、此の世の俇攘【きょうじょう】たるに逢ふを悼む。
澹として容輿【ようよ】として獨り倚れば、蟋蟀【しつしゅつ】此の西堂に鳴く。
心怵惕【じゅつてき】して震盪【しんとう】す。何ぞ憂ふる所の多方なる。
明月を卬いで太息し、列星に歩して明に極る。


(現代語訳)
自分の生まれたこの時代がよい時世ではないのだ、この世のあわただしく乱れた状態に出会ったことを悲しむのであった。
静かにゆっくりとして独りつかれはて身を寄せて立っていると、秋も深まり、こおろぎがこの西の奥座敷で鳴いている。
心はおそれあやぶみながら震え動くのである。私には何と憂えることがこんなにも多方面であるのだ。
仲秋の名月を仰いでみてため息をつくのである。空には列をなす星座の下を歩くうちにいつのまにか夜明けになるのである。


(訳注) #4
悼余生之不時兮,逢此世之俇攘。

自分の生まれたこの時代がよい時世ではないのだ、この世のあわただしく乱れた状態に出会ったことを悲しむのであった。
〇俇攘 あわただしく乱れているさま。俇:あわただしいさま。遠くへ行く。攘:おおい。みだれる。


澹容與而獨倚兮,蟋蟀鳴此西堂。
静かにゆっくりとして独りつかれはて身を寄せて立っていると、秋も深まり、こおろぎがこの西の奥座敷で鳴いている。
〇澹 静かに。
〇倚 身を寄せて立つ。
○蟋蟀・西堂 蟋蟀は仲秋を盛りとし、西の奥座敷の周りでなく。


心怵惕而震盪兮,何所憂之多方!
心はおそれあやぶみながら震え動くのである。私には何と憂えることがこんなにも多方面であるのだ。
〇怵惕 おそれあやぶむこと。
〇震盪 ふるえ動く。


卬明月而太息兮,步列星而極明。
仲秋の名月を仰いでみてため息をつくのである。空には列をなす星座の下を歩くうちにいつのまにか夜明けになるのである。
〇卬 仰。
〇極明 明け方に至る。極は至る。

九辯 第三段-#3 宋玉  <00-#7回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 636 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2164

宋玉 九辯


2013年4月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅲ杜甫詩1000詩集絶句漫興九首 其一 成都浣花渓 杜甫 <445>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2170 杜甫詩1000-445-628/1500 
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第三段-#3 宋玉 韓愈(韓退之) <00-#7回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 636 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2164


aki02第三段  #1
皇天平分四時兮,竊獨悲此廩秋。
天は四時・四季を平均に分けられたのであるが、その中で誰にも言えず独りで冷々と身にしむこの秋を悲しむのである。
白露既下百草兮,奄離披此梧楸。
いまはもう白露が見渡す限りの草の上におりている、忽ちこの梧桐とヒサギの葉までが枯れ落ち分散してしまうのだ。
去白日之昭昭兮,襲長夜之悠悠。
明るい日中の太陽が長く照らされらる日々はさってしまい、はてしなく夜の長い日々が長く襲われ続くのである。
離芳藹之方壯兮,余萎約而悲愁。
花の香り盛りの時、血気盛んなころを去って、私は萎みちぢんで愁え悲しむ身となったのである。

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葉菸邑而無色兮,枝煩挐而交橫;
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樹の形状は次第に疲れ果て精気がなくなろうとしてきて、肝心な枝までもなんとなく黄色のしなびているように見えるほどになるのだ。

#3
萷櫹槮之可哀兮,形銷鑠而瘀傷。
木の葉が落ちてまばらになり、すっくと立っているのが可哀相で、形体は消え溶けて腐れくずれおちるのである。
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#4
悼余生之不時兮,逢此世之俇攘。
澹容與而獨倚兮,蟋蟀鳴此西堂。
心怵惕而震盪兮,何所憂之多方!
卬明月而太息兮,步列星而極明。


皇天は四時を平分す。竊【ひそ】かに獨り此の廩秋【りんしゅう】を悲しむ。
白露既に百草に下れば、奄【たちま】ち此の梧楸【ごしゅう】を離披【りひ】す。
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葉は菸邑【おいゆう】して色無く、枝は煩挐【はんじょ】して交横【こうおう】す。
顔は淫溢【いんいつ】して将に罷れんとし、柯は彷彿【ほうふつ】として萎黃【いこう】す。
#3
萷【さく】として櫹槮【しょうしん】として之れ哀む可く、形 銷鑠【しょうしゃく】して瘀傷【おしょう】す。
其の紛糅【ふんじゅう】して將に落ちんとするを惟ひ、其の時を失ひて當る無きを恨む。
騑【ひ】の轡【たずな】を攬りて節を下し、聊【しばら】く逍遙して以て相佯す。
歳 忽忽【こつこつ】として遒【す】き盡き、余が寿の將からざるを恐る。

#4
余が生の時ならずして、此の世の俇攘【きょうじょう】たるに逢ふを悼む。
澹として容輿【ようよ】として獨り倚れば、蟋蟀【しつしゅつ】此の西堂に鳴く。
心怵惕【じゅつてき】して震盪【しんとう】す。何ぞ憂ふる所の多方なる。
明月を卬いで太息し、列星に歩して明に極る。。


『九辯』第三段-#3 現代語訳と訳註
(本文)
#3
萷櫹槮之可哀兮,形銷鑠而瘀傷。
惟其紛糅而將落兮,恨其失時而無當。
攬騑轡而下節兮,聊逍遙以相佯。
歲忽忽而遒盡兮,恐余壽之弗將。


(下し文) #3
萷として櫹槮として之れ哀む可く、形銷鑠して瘀傷す。
其の紛糅して將に落ちんとするを惟ひ、其の時を失ひて當る無きを恨む。
騑の轡を攬りて節を下し、聊く逍遙して以て相佯す。
歳忽忽として遒き盡き、余が寿の將からざるを恐る。


(現代語訳)
木の葉が落ちてまばらになり、すっくと立っているのが可哀相で、形体は消え溶けて腐れくずれおちるのである。
その盛りの時を失って、今の時が適当でないのを残念に思うのである。それはまさに自分の事にしても時流に合わずに落ちぶれていくのに似ているということだ。
そのことを思い、添え馬の手綱を取って歩速をゆるめ、しばらくあてもなく歩きさまようのである。
しかし、それは時がすみやかに過ぎて尽きようとするのであり、私の年寿が長くないかもしれないことが心配になることであった。


(訳注) #3
萷櫹槮之可哀兮,形銷鑠而瘀傷。

木の葉が落ちてまばらになり、すっくと立っているのが可哀相で、形体は消え溶けて腐れくずれおちるのである。
〇萷櫹槮 木の葉が落ちてすっくと高く立っていること。「華葉落ちて茎独立するなり。」とある。
〇瘀 血が腐ること。植物が痛みくずれること。


惟其紛糅而將落兮,恨其失時而無當。
その植物が乱雑にまじりあい、枯れ落ちようとして、その盛りの時を失って、今の時が適当でないのを残念に思うのである。それはまさに自分の事にしても時流に合わずに落ちぶれていくのに似ているということだ。
〇紛糅 乱れまじる。雑多なこと。
〇無当 適当でない。うまくよい時にあたらない。


攬騑轡而下節兮,聊逍遙以相佯。
そのことを思い、添え馬の手綱を取って歩速をゆるめ、しばらくあてもなく歩きさまようのである。
〇攣緋轡 添え馬の手綱を取る。撃は一に撃に作る。緋は鯵(そえ馬)に同じ。
〇下節 歩調をゆるめる。
〇相佯 さまよい歩く。徜徉・倘佯・倡佯。


歲忽忽而遒盡兮,恐余壽之弗將。
しかし、それは時がすみやかに過ぎて尽きようとするのであり、私の年寿が長くないかもしれないことが心配になることであった。
〇遒 過ぎる。逝く。
〇弗将 長からず。弗は一に不に作る。
DCF00212

九辯 第三段-#2 宋玉  <00-#6回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 635 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2159

九辯 第三段-#2 宋玉 


2013年4月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩種葛篇 曹植 魏詩<62-#1> 女性詩722 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2158
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第三段-#2 宋玉  <00-#6回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 635 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2159
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集斎中讀書 謝霊運<32> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2161 (04/02)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・因次其韻。-#5 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-123--#5  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2162
 
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第三段-#2 宋玉  <00-#6回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 635 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2159


第三段  #1
皇天平分四時兮,竊獨悲此廩秋。
天は四時・四季を平均に分けられたのであるが、その中で誰にも言えず独りで冷々と身にしむこの秋を悲しむのである。
白露既下百草兮,奄離披此梧楸。
いまはもう白露が見渡す限りの草の上におりている、忽ちこの梧桐とヒサギの葉までが枯れ落ち分散してしまうのだ。
去白日之昭昭兮,襲長夜之悠悠。
明るい日中の太陽が長く照らされらる日々はさってしまい、はてしなく夜の長い日々が長く襲われ続くのである。
離芳藹之方壯兮,余萎約而悲愁。

花の香り盛りの時、血気盛んなころを去って、私は萎みちぢんで愁え悲しむ身となったのである。

#2
秋既先戒以白露兮,冬又申之以嚴霜。
秋という季節はすでにまず白露を降ろすことをもって人々に注意を促し、冬がその上に厳しい霜を重ねるということを教える。
收恢台之孟夏兮,然欿傺而沈藏。
これだけ広大な初夏の時期の生育の気であったものが収まり、このように陥り止まって沈み、貯蔵するのである。
葉菸邑而無色兮,枝煩挐而交橫;
葉は黒ずんでしなびそれから色あせるのである。枝は入り乱れ、それから交互に交わるのである。
顏淫溢而將罷兮,柯彷彿而萎黃;

樹の形状は次第に疲れ果て精気がなくなろうとしてきて、肝心な枝までもなんとなく黄色のしなびているように見えるほどになるのだ。

#3
萷櫹槮之可哀兮,形銷鑠而瘀傷。
惟其紛糅而將落兮,恨其失時而無當。
攬騑轡而下節兮,聊逍遙以相佯。
歲忽忽而遒盡兮,恐余壽之弗將。

#4
悼余生之不時兮,逢此世之俇攘。
澹容與而獨倚兮,蟋蟀鳴此西堂。
心怵惕而震盪兮,何所憂之多方!
卬明月而太息兮,步列星而極明。

yamanoki03
皇天は四時を平分す。竊【ひそ】かに獨り此の廩秋【りんしゅう】を悲しむ。
白露既に百草に下れば、奄【たちま】ち此の梧楸【ごしゅう】を離披【りひ】す。
白日の昭昭たるを去り、長夜の悠悠たるに襲る。
芳藹【ほうあい】の方に壮んなるを離れ、余萎約【いやく】して悲愁す。
#2
秋既に先づ戒【いまし】むるに白露を以てし、冬又之を申【かさ】ぬるに厳霜【げんそう】を以てす。
恢台【かいだい】の孟夏を収め、然【しかし】く欿傺【かんたい】して沈藏【ちんぞう】す。
葉は菸邑【おいゆう】して色無く、枝は煩挐【はんじょ】して交横【こうおう】す。
顔は淫溢【いんいつ】して将に罷れんとし、柯は彷彿【ほうふつ】として萎黃【いこう】す。

#3
萷として櫹槮として之れ哀む可く、形銷鑠して瘀傷す。
其の紛糅して將に落ちんとするを惟ひ、其の時を失ひて當る無きを恨む。
騑の轡を攬りて節を下し、聊く逍遙して以て相佯す。
歳忽忽として遒き盡き、余が寿の將からざるを恐る。
#4
余が生の時ならずして、此の世の俇攘たるに逢ふを悼む。
澹として容輿として獨り倚れば、蟋蟀此の西堂に鳴く。
心怵惕して震盪す。何ぞ憂ふる所の多方なる。
明月を卬いで太息し、列星に歩して明に極る。


『九辯』 第三段-#2現代語訳と訳註
 (本文)
#2
秋既先戒以白露兮,冬又申之以嚴霜。
收恢台之孟夏兮,然欿傺而沈藏。
葉菸邑而無色兮,枝煩挐而交橫;
顏淫溢而將罷兮,柯彷彿而萎黃;


(下し文)
秋既に先づ戒【いまし】むるに白露を以てし、冬又之を申【かさ】ぬるに厳霜【げんそう】を以てす。
恢台【かいだい】の孟夏を収め、然【しかし】く欿傺【かんたい】して沈藏【ちんぞう】す。
葉は菸邑【おいゆう】して色無く、枝は煩挐【はんじょ】して交横【こうおう】す。
顔は淫溢【いんいつ】して将に罷れんとし、柯は彷彿【ほうふつ】として萎黃【いこう】す。


(現代語訳)
秋という季節はすでにまず白露を降ろすことをもって人々に注意を促し、冬がその上に厳しい霜を重ねるということを教える。
これだけ広大な初夏の時期の生育の気であったものが収まり、このように陥り止まって沈み、貯蔵するのである。
葉は黒ずんでしなびそれから色あせるのである。枝は入り乱れ、それから交互に交わるのである。
樹の形状は次第に疲れ果て精気がなくなろうとしてきて、肝心な枝までもなんとなく黄色のしなびているように見えるほどになるのだ。


(訳注) #2
秋既先戒以白露兮,冬又申之以嚴霜。

秋という季節はすでにまず白露を降ろすことをもって人々に注意を促し、冬がその上に厳しい霜を重ねるということを教える。
〇戒 注意を与える。用心をさせる。一に戒之に作る。〇申 重。


收恢台之孟夏兮,然欿傺而沈藏。
これだけ広大な初夏の時期の生育の気であったものが収まり、このように陥り止まって沈み、貯蔵するのである。
〇恢台 広大で潤沢な様子。生命力の発現をさす。
〇孟夏 初夏。夏の万物の生育の力をさす。
〇然 しかしくと訓む。そのように。このように。
yamanoki01欿傺 欿は同字で、陥るの義。傺は立ち止まる。気の進みが落ちこみとまる。
〇沈蔵 沈みかくれる。大地に貯蔵される。冬は蓄える。地下。「天地陰陽、不革而成。」『易経、革』「上六、君子豹変、小人革面」(上六、君子は豹変し、小人は面を革む。)四季の移り変わりのように自然と直ってゆくことを言う。年が改まり、去年の秋冬の風が初春の景色へと変わってゆくように、何かが新しく、正しく改革されてゆく。それは下から登ってきた陽気が去年の陰気に取って代わられてゆくからである。易では下の陽気が上昇し、陰気と入れ替わってゆくことで春が来る。初春は泰(上が坤で下が乾の卦)で表し、地面の上は去年から残る秋冬の風の陰気が「緒風」として残っているが、地面には既に陽気が登ってきて、春が来たのが感じられる。


葉菸邑而無色兮,枝煩挐而交橫;
葉は黒ずんでしなびそれから色あせるのである。枝は入り乱れ、それから交互に交わるのである。
〇菸邑 黒ずんで痛む。しなびる。
〇煩挐 煩わしく引く。挐は牽引。入り乱れるさま。
○交横 交錯する。


顏淫溢而將罷兮,柯彷彿而萎黃;
樹の形状は次第に疲れ果て精気がなくなろうとしてきて、肝心な枝までもなんとなく黄色のしなびているように見えるほどになるのだ。
〇顏淫溢而將罷兮 草木の様子がだんだんと罷れはてようとしている。顔の色彩が、次第に疲れ果てる。
〇柯 端枝ではなく肝心な枝。
〇彷彿 定かではないがそのように見える。さながら。
〇萎黄 萎はなえる、紅葉し、凋むこと。


九辯 第三段-#1 宋玉 <00-#5>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 634 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2154

九辯 第三段-#1 宋玉


2013年4月1日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩野田黄雀篇 曹植 魏詩<61> 女性詩721 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2153
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第三段-#1 宋玉 <00-#5>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 634 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2154


第三段  #1
皇天平分四時兮,竊獨悲此廩秋。
天は四時・四季を平均に分けられたのであるが、その中で誰にも言えず独りで冷々と身にしむこの秋を悲しむのである。
白露既下百草兮,奄離披此梧楸。
いまはもう白露が見渡す限りの草の上におりている、忽ちこの梧桐とヒサギの葉までが枯れ落ち分散してしまうのだ。
去白日之昭昭兮,襲長夜之悠悠。
明るい日中の太陽が長く照らされらる日々はさってしまい、はてしなく夜の長い日々が長く襲われ続くのである。
離芳藹之方壯兮,余萎約而悲愁。
花の香り盛りの時、血気盛んなころを去って、私は萎みちぢんで愁え悲しむ身となったのである。

oborotsuki01h#2
秋既先戒以白露兮,冬又申之以嚴霜。
收恢台之孟夏兮,然欿傺而沈藏。
葉菸邑而無色兮,枝煩挐而交橫;
顏淫溢而將罷兮,柯彷彿而萎黃;

#3
萷櫹槮之可哀兮,形銷鑠而瘀傷。
惟其紛糅而將落兮,恨其失時而無當。
攬騑轡而下節兮,聊逍遙以相佯。
歲忽忽而遒盡兮,恐余壽之弗將。

#4
悼余生之不時兮,逢此世之俇攘。
澹容與而獨倚兮,蟋蟀鳴此西堂。
心怵惕而震盪兮,何所憂之多方!
卬明月而太息兮,步列星而極明。


皇天は四時を平分す。竊かに獨り此の廩秋を悲しむ。
白露既に百草に下れば、奄ち此の梧楸を披此す。
白日の昭昭たるを去り、長夜の悠悠たるに襲る。
芳藹の方に壮んなるを離れ、余萎約して悲愁す。
#2
秋既に先づ戒むるに白露を以てし、冬又之を申ぬるに厳霜を以てす。
恢台の孟夏を収め、然く欿傺して沈藏す。
葉は葬邑して色無く、枝は煩撃して交横す。
顔は淫溢して将に罷れんとし、柯は彷彿として萎黃す。
#3
萷として櫹槮として之れ哀む可く、形銷鑠して瘀傷す。
其の紛糅して將に落ちんとするを惟ひ、其の時を失ひて當る無きを恨む。
騑の轡を攬りて節を下し、聊く逍遙して以て相佯す。
歳忽忽として遒き盡き、余が寿の將からざるを恐る。

#4
余が生の時ならずして、此の世の俇攘たるに逢ふを悼む。
澹として容輿として獨り倚れば、蟋蟀此の西堂に鳴く。
心怵惕して震盪す。何ぞ憂ふる所の多方なる。
明月を卬いで太息し、列星に歩して明に極る。


『九辯』 第三段  #1現代語訳と訳註
(本文)

皇天平分四時兮,竊獨悲此廩秋。
白露既下百草兮,奄離披此梧楸。
去白日之昭昭兮,襲長夜之悠悠。
離芳藹之方壯兮,余萎約而悲愁。


(下し文)
皇天は四時を平分す。竊【ひそ】かに獨り此の廩秋【りんしゅう】を悲しむ。
白露既に百草に下れば、奄【たちま】ち此の梧楸【ごしゅう】を離披【りひ】す。
白日の昭昭たるを去り、長夜の悠悠たるに襲る。
芳藹【ほうあい】の方に壮んなるを離れ、余萎約【いやく】して悲愁す。

56moonetsujo250
(現代語訳)
天は四時・四季を平均に分けられたのであるが、その中で誰にも言えず独りで冷々と身にしむこの秋を悲しむのである。
いまはもう白露が見渡す限りの草の上におりている、忽ちこの梧桐とヒサギの葉までが枯れ落ち分散してしまうのだ。
明るい日中の太陽が長く照らされらる日々はさってしまい、はてしなく夜の長い日々が長く襲われ続くのである。
花の香り盛りの時、血気盛んなころを去って、私は萎みちぢんで愁え悲しむ身となったのである。


(訳注) 第三段  #1
皇天平分四時兮,竊獨悲此廩秋。

天は四時・四季を平均に分けられたのであるが、その中で誰にも言えず独りで冷々と身にしむこの秋を悲しむのである。
・四時 1 1年の四つの季節、春夏秋冬の総称。四季。2 1か月中の四つの時。晦(かい)・朔(さく)・弦・望。3 一日中の4回の座禅の時。黄昏―午後8時・後夜―午前4時・早晨―午前10時・晡時―午後4時。
・廩 冷々と身にしみて感ずる。


白露既下百草兮,奄離披此梧楸。
いまはもう白露が見渡す限りの草の上におりている、忽ちこの梧桐とヒサギの葉までが枯れ落ち分散してしまうのだ。
・既下 下は一に降に作り、一に下降に作る。
・奄 たちまち。
・離披 分散する。
・梧楸 梧桐とひさぎ。


去白日之昭昭兮,襲長夜之悠悠。
明るい日中の太陽が長く照らされらる日々はさってしまい、はてしなく夜の長い日々が長く襲われ続くのである。
・襲 困る。進み入る。
・悠悠 はてしない。限りがない。


離芳藹之方壯兮,余萎約而悲愁。
花の香り盛りの時、血気盛んなころを去って、私は萎みちぢんで愁え悲しむ身となったのである。
・芳藹 花さき繁る。草木がこんもりと茂っているさま。草木がこんもりと茂っているさまから人の血気盛んなころを云う。。
・萎約 しぼみちぢまる。なんの力も影響力もなくなる。

九辯 第二段-#2 宋玉  <00-#4>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 633 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2149

宋玉 九辯 第二段の#2


2013年3月31日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩盤石篇 曹植 魏<60-#4> 女性詩720 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2148
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第二段-#2 宋玉  <00-#4>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 633 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2149
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集江畔獨步尋花七絕句 其五 成都浣花渓 杜甫 <441>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2150 杜甫詩1000-441-624/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集石門在永嘉 謝霊運<30> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2151 (03/31)
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・・・因次其韻。-#3 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-121--#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2152
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第二段-#2 宋玉 韓愈(韓退之) <00-#4>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 633 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2149


wakaba002第二段 #1
悲憂窮戚兮獨處廓,有美一人兮心不繹。
悲しみ憂い、苦しみいたむのである。そして人けもない所にただひとり居るのである。美しく慕わしい一人の君王があることによって心はどうしても糸口を引き出せないのである。
去鄉離家兮徠遠客,超逍遙兮今焉薄?
故郷を去り住み慣れた家を離れて遠く旅人となっている、遙か遠くにさまよい歩くのだが、どこに止まるところがあるのだろうか。
專思君兮不可化,君不知兮可柰何!
ひたすらに君王を思う忠義心は改めることはないのだが、君王がそれを知らないことを、このままでよいのだろうか、どうしたらよいのか。
蓄怨兮積思,心煩憺兮忘食事。
怨みを晴らすことができず胸にたくわえてしまい、そして思いを積みあげるのである、心は悶え傷んでしまい、何事も手につかず食をとることさえ忘れてしまう。

#2
願一見兮道余意,君之心兮與余異。
一たび君王にあうことができれば自分の心に思うことを言いたいと願うけれど、君王の心は私とちがっているのである。
車既駕兮朅而歸,不得見兮心傷悲。
その車には既に馬がつけられて、去って帰えるように用意されていた、これでは君王に会えないので、心は傷み悲しむのだった。
倚結軨兮長太息,涕潺湲兮下霑軾。
車の前の横木によりかかり、長く溜息をつく。涙がはらはらと車台の横木などをぬらすほどに落ちてきた。
慷慨絕兮不得,中瞀亂兮迷惑。
たかぶる胸の思いで君王と断絶しょうかと思ってもできない、心の中はしずみ、暗み、乱れて迷い惑うのである。
私自憐兮何極?心怦怦兮諒直。

私は心中自ら憐れに思うのだが、いつはてることがあろう。心は忠謹にまじめであり、正直であるのだ。


#1
悲憂【ひゆう】窮戚【きゅうせき】獨り廓を處り,美なる一人有り 心 繹【と】けず。
鄉を去り家を離れて徠りて遠く客たり,超【とお】く逍遙【しょうよう】して今、焉んぞ薄【とど】まらん?
專ら君を思いて 化す可からず,君は知らず 柰何【いか】にす可けん!
怨を蓄へ思い積み,心 煩憺【はんたん】して 食事を忘る。
#2
願一見して 余が意を道はんと,君の心は余と異なり。
車 既にし、朅【さ】りて歸らんと,見ゆるを得ずして心 傷悲【しょうひ】す。
結軨【けつれいに倚りて 長く太息し,涕 潺湲として下り軾を霑す。
慷慨【こうがい】絕たんとして得ず,中瞀亂【ぼうさん】して迷惑す。
私【ひそ】かに自ら憐れみて何ぞ極まらん?心 怦怦【ひょうひょう】として諒直【りょうちょく】なり。


『九辯』第二段 現代語訳と訳註
sakura0081(本文)
#2
願一見兮道余意,君之心兮與余異。
車既駕兮朅而歸,不得見兮心傷悲。
倚結軨兮長太息,涕潺湲兮下霑軾。
慷慨絕兮不得,中瞀亂兮迷惑。
私自憐兮何極?心怦怦兮諒直。


(下し文)
願一見して 余が意を道はんと,君の心は余と異なり。
車 既にし、朅【さ】りて歸らんと,見ゆるを得ずして心 傷悲【しょうひ】す。
結軨【けつれいに倚りて 長く太息し,涕 潺湲として下り軾を霑す。
慷慨【こうがい】絕たんとして得ず,中瞀亂【ぼうさん】して迷惑す。
私【ひそ】かに自ら憐れみて何ぞ極まらん?心 怦怦【ひょうひょう】として諒直【りょうちょく】なり。


(現代語訳)
一たび君王にあうことができれば自分の心に思うことを言いたいと願うけれど、君王の心は私とちがっているのである。
その車には既に馬がつけられて、去って帰えるように用意されていた、これでは君王に会えないので、心は傷み悲しむのだった。
車の前の横木によりかかり、長く溜息をつく。涙がはらはらと車台の横木などをぬらすほどに落ちてきた。
たかぶる胸の思いで君王と断絶しょうかと思ってもできない、心の中はしずみ、暗み、乱れて迷い惑うのである。
私は心中自ら憐れに思うのだが、いつはてることがあろう。心は忠謹にまじめであり、正直であるのだ。


(訳注) #2
願一見兮道余意,君之心兮與余異。
一たび君王にあうことができれば自分の心に思うことを言いたいと願うけれど、君王の心は私とちがっているのである。
・余意 自分の心に思うことを


車既駕兮朅而歸,不得見兮心傷悲。
その車には既に馬がつけられて、去って帰えるように用意されていた、これでは君王に会えないので、心は傷み悲しむのだった。
・既駕 そのときには既に車には馬がつけられていること。
・朅而歸 去って国へ帰らせようとすること。実際に帰ったのではない。朅は去。
・心傷悲 心は傷み悲しむのだった。


倚結軨兮長太息,涕潺湲兮下霑軾。
車の前の横木によりかかり、長く溜息をつく。涙がはらはらと車台の横木などをぬらすほどに落ちてきた。
・結軨 軨は車の前と左右の三両を縦横の格子に組んだ木。給は構、組む。その前面の横木。立って倚りかかる。
・長大息 長く溜息をつくと。
・潺湲 注ぎ流れる。
・下霑軾 涙が落ちて、車台の横木をぬらした。


慷慨絕兮不得,中瞀亂兮迷惑。
たかぶる胸の思いで君王と断絶しょうかと思ってもできない、心の中はしずみ、暗み、乱れて迷い惑うのである。
・慷慨 たかぶる胸の思い。「憤慨は、壮士志を心に得ざるなり。」という。曹植はこの語を多用する。
・絶 君と関係を絶つ。
・中瞀亂 心がくらみ乱れる。


私自憐兮何極?心怦怦兮諒直。
私は心中自ら憐れに思うのだが、いつはてることがあろう。心は忠謹にまじめであり、正直であるのだ。
・私自憐 私は心中自ら憐れに思う。
・何極 いつはてるであろうか。限りがない。
・心怦怦 心が満足しないさま。忠謹。
・諒直 まじめであり、正直である。

九辯 第二段-#1 宋玉  <00-#3>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 632 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2144

宋玉 九辯 第二段-#1


2013年3月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩盤石篇 曹植 魏<60-#3> 女性詩719 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2143
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第二段-#1 宋玉  <00-#3>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 632 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2144
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集江畔獨步尋花七絕句 其四 成都浣花渓 杜甫 <440>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2145 杜甫詩1000-440-623/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集登上戌石鼓山 謝霊運<29> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2146 (03/30)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聯句 光威哀姉妹三人、小孤而始折乃有。・・・・・因次其韻-#2 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-120-55-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2147
 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 第二段-#1 宋玉  <00-#3>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 632 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2144


一段目 #1
悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,
悲しいしいことよ、秋の気というものは! 風はさわさわと草木に吹きさびしく鳴っている。それにより、草木は葉を落とし、吹き散り、色を変わっておとろえる。
憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,
逝く秋には心がいたみ悲しむもので、それは遠い旅路で、山に登ったり、水辺に立ったりして、故郷に帰ろうとする人を送る時のこころにおもうことのようである。
泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,
秋の眺めはむなしく雲もない。大空は高くなり、空気は清々しいものとなる。秋の野はひっそりとしてくるし、物影もなくなるのだ。長雨で出来た道の溜り水も収まり引いて、秋の水は澄んでくるのだ。
憯悽增欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,
心は痛み悲しんで、しだいにすすり泣くのである、はだ寒い秋の気は次第に人の身にしみる寒さになるのである。そうして、物悲しくうつろな心になり、気力もうちしおれ、住みなれた土地を去って見知らぬ国に行くことになるのである。
坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。
そのような境遇であれば心は楽しいものではなく、貧しい士太夫、その人は心中おだやかであるはずもない。ただ広々として寂しいのはその地も、こころもそうなのだ。その地を離れてこの旅の空に友達もいないのである。
惆悵兮而私自憐

心は恨み嘆いており、そしてひそかに自分を憐れに思うことであろう。
#2
燕翩翩其辭歸兮,蟬寂漠而無聲。
そうなると燕はひらりひらりと飛んでいても結局は別れを告げて飛び去りのであり、蝉はもう静かに影もなくどこかに消えて声さえ聞こえないのだ。
鴈廱廱而南遊兮,鶤雞啁哳而悲鳴。
雁は鳴きながら列をなして南へ旅をするのである。大きなしゃもはいやな声でやかましく悲しい鳴き声をするのだ。
獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征。
私はひとり暮六つから夜あけまで眠ることはなく、哀しむことでこおろぎの夜どおし鳴くのをききつづけるのだ。
時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。
秋の日は時が過ぎ易く、すでに今年も盛りを過ぎたのに、ああもどかしい、久しくとどまっても何一つできはしないのだ。

第二段 #1
悲憂窮戚兮獨處廓,有美一人兮心不繹。
悲しみ憂い、苦しみいたむのである。そして人けもない所にただひとり居るのである。美しく慕わしい一人の君王があることによって心はどうしても糸口を引き出せないのである。
去鄉離家兮徠遠客,超逍遙兮今焉薄?
故郷を去り住み慣れた家を離れて遠く旅人となっている、遙か遠くにさまよい歩くのだが、どこに止まるところがあるのだろうか。
專思君兮不可化,君不知兮可柰何!
ひたすらに君王を思う忠義心は改めることはないのだが、君王がそれを知らないことを、このままでよいのだろうか、どうしたらよいのか。
蓄怨兮積思,心煩憺兮忘食事。

怨みを晴らすことができず胸にたくわえてしまい、そして思いを積みあげるのである、心は悶え傷んでしまい、何事も手につかず食をとることさえ忘れてしまう。

#2
願一見兮道余意,君之心兮與余異。
車既駕兮朅而歸,不得見兮心傷悲。
倚結軨兮長太息,涕潺湲兮下霑軾。
慷慨絕兮不得,中瞀亂兮迷惑。
私自憐兮何極?心怦怦兮諒直。


#1
悲憂【ひゆう】窮戚【きゅうせき】獨り廓を處り,美なる一人有り 心 繹【と】けず。
鄉を去り家を離れて徠りて遠く客たり,超【とお】く逍遙【しょうよう】して今、焉んぞ薄【とど】まらん?
專ら君を思いて 化す可からず,君は知らず 柰何【いか】にす可けん!
怨を蓄へ思い積み,心 煩憺【はんたん】して 食事を忘る。

#2
願一見して 余が意を道はんと,君の心は余と異なり。
車 既にし、朅【さ】りて歸らんと,見ゆるを得ずして心 傷悲【しょうひ】す。
結軨【けつれいに倚りて 長く太息し,涕 潺湲として下り軾を霑す。
慷慨【こうがい】絕たんとして得ず,中瞀亂【ぼうさん】して迷惑す。
私【ひそ】かに自ら憐れみて何ぞ極まらん?心 怦怦【ひょうひょう】として諒直【りょうちょく】なり。


『九辯』 現代語訳と訳註
岳陽樓詩人0051(本文)
第二段 #1
悲憂窮戚兮獨處廓,有美一人兮心不繹。
去鄉離家兮徠遠客,超逍遙兮今焉薄?
專思君兮不可化,君不知兮可柰何!
蓄怨兮積思,心煩憺兮忘食事。


(下し文) #1
悲憂【ひゆう】窮戚【きゅうせき】獨り廓を處り,美なる一人有り 心 繹【と】けず。
鄉を去り家を離れて徠りて遠く客たり,超【とお】く逍遙【しょうよう】して今、焉んぞ薄【とど】まらん?
專ら君を思いて 化す可からず,君は知らず 柰何【いか】にす可けん!
怨を蓄へ思い積み,心 煩憺【はんたん】して 食事を忘る。


(現代語訳)
Nature1-009悲しみ憂い、苦しみいたむのである。そして人けもない所にただひとり居るのである。美しく慕わしい一人の君王があることによって心はどうしても糸口を引き出せないのである。
故郷を去り住み慣れた家を離れて遠く旅人となっている、遙か遠くにさまよい歩くのだが、どこに止まるところがあるのだろうか。
ひたすらに君王を思う忠義心は改めることはないのだが、君王がそれを知らないことを、このままでよいのだろうか、どうしたらよいのか。
怨みを晴らすことができず胸にたくわえてしまい、そして思いを積みあげるのである、心は悶え傷んでしまい、何事も手につかず食をとることさえ忘れてしまう。


(訳注)
第二段 #1
悲憂窮戚兮獨處廓,有美一人兮心不繹。

悲しみ憂い、苦しみいたむのである。そして人けもない所にただひとり居るのである。美しく慕わしい一人の君王があることによって心はどうしても糸口を引き出せないのである。
・処廓 広々とむなしいところに居る。人けのない場所に住む。
・美一人 美わしい慕わしい人。善い方。君王をさす。王注に「位等く服好き、憐王を謂ふ。」とあり、劉良は「美人とは君を謂ふなり。」という。
・繹 1 糸口を引き出す。たずねる。「演繹・尋繹」 2 糸を引くように続く。「絡繹(らくえき)」


去鄉離家兮徠遠客,超逍遙兮今焉薄?
故郷を去り住み慣れた家を離れて遠く旅人となっている、遙か遠くにさまよい歩くのだが、どこに止まるところがあるのだろうか。
・徠遠客 離れて遠く旅人となっている。
・超逍遙 遠去して浮逝し、州域を離れる。
・薄 止まる。至る。


專思君兮不可化,君不知兮可柰何!
ひたすらに君王を思う忠義心は改めることはないのだが、君王がそれを知らないことを、このままでよいのだろうか、どうしたらよいのか。
・不可化 化は変。変改しない。自分の心を変えることはしない。


蓄怨兮積思,心煩憺兮忘食事。
怨みを晴らすことができず胸にたくわえてしまい、そして思いを積みあげるのである、心は悶え傷んでしまい、何事も手につかず食をとることさえ忘れてしまう。
・煩憺 憺は憂、煩い憂える。
・忘食事 食を忘れるという以上に何事もしたくない。


九辯 宋玉  <00-#2>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 631 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2139

九辯 宋玉-#2


2013年3月29日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩盤石篇 曹植 魏<60-#2> 女性詩718 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2138
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 宋玉 <00-#2>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 631 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2139
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集江畔獨步尋花七絕句 其三 成都浣花渓 杜甫 <439>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2140 杜甫詩1000-439-622/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集登江中孤嶼 謝霊運<28> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2141 (03/29)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有。是作精醉儔難。謝家聯雪何以加、之有客自京師来者示予因次其韻 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-119-54-# 1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2142
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九辯 宋玉 韓愈(韓退之) <00-#2>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 631 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2139


一段目 #1
悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,
悲しいしいことよ、秋の気というものは! 風はさわさわと草木に吹きさびしく鳴っている。それにより、草木は葉を落とし、吹き散り、色を変わっておとろえる。
憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,
逝く秋には心がいたみ悲しむもので、それは遠い旅路で、山に登ったり、水辺に立ったりして、故郷に帰ろうとする人を送る時のこころにおもうことのようである。
泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,
秋の眺めはむなしく雲もない。大空は高くなり、空気は清々しいものとなる。秋の野はひっそりとしてくるし、物影もなくなるのだ。長雨で出来た道の溜り水も収まり引いて、秋の水は澄んでくるのだ。
憯悽增欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,
心は痛み悲しんで、しだいにすすり泣くのである、はだ寒い秋の気は次第に人の身にしみる寒さになるのである。そうして、物悲しくうつろな心になり、気力もうちしおれ、住みなれた土地を去って見知らぬ国に行くことになるのである。
坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。
そのような境遇であれば心は楽しいものではなく、貧しい士太夫、その人は心中おだやかであるはずもない。ただ広々として寂しいのはその地も、こころもそうなのだ。その地を離れてこの旅の空に友達もいないのである。
惆悵兮而私自憐。
心は恨み嘆いており、そしてひそかに自分を憐れに思うことであろう。
#2
燕翩翩其辭歸兮,蟬寂漠而無聲。
そうなると燕はひらりひらりと飛んでいても結局は別れを告げて飛び去りのであり、蝉はもう静かに影もなくどこかに消えて声さえ聞こえないのだ。
鴈廱廱而南遊兮,鶤雞啁哳而悲鳴。
雁は鳴きながら列をなして南へ旅をするのである。大きなしゃもはいやな声でやかましく悲しい鳴き声をするのだ。
獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征。
私はひとり暮六つから夜あけまで眠ることはなく、哀しむことでこおろぎの夜どおし鳴くのをききつづけるのだ。
時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。

秋の日は時が過ぎ易く、すでに今年も盛りを過ぎたのに、ああもどかしい、久しくとどまっても何一つできはしないのだ。


詩人055悲しいかな、秋の氣たるや。蕭瑟【しょうしつ】たり、草木搖落して變衰【へんすい】す。
憭慄【れきりつ】たり、遠行に在りて、山に登り水に臨み、將に歸らんとするを送るが若し。
泬寥【けつりょう】たり、天高くして気清し。
寂寥【せきりょう】たり、潦を収めて水清し。
憯悽【さんせい】として增ます欷【すすりな】き、薄寒之れ人に中【あた】る。
愴怳【そうこう】懭悢【こうろう】として故を去りて新に就く。
坎廩【かんらん】たり、貧士職を失ひて志 平かならず、廓落【かくらく】たり、羇旅【きりょ】にして友生無し。
惆悵たり、而して私かに自ら憐む。
#2
燕は翩翩【へんぺん】として其れ辞し歸り、蝉は寂漠【せきばく】として聾無し。
雁は廱廱【ようよう】として南遊し、鶤雞【くんけい】は啁哳【ちょうたつ】として悲鳴す。
獨り旦を申ねて寐ねられず、蟋蟀【しつしゅつ】の宵征【しょうせい】を哀しむ。
時は亹亹【びび】として中を過ぎ、蹇【ああ】、淹留【えんりゅう】して成る無し。



『九辯』 宋玉 現代語訳と訳註
(本文)
#2
燕翩翩其辭歸兮,蟬寂漠而無聲。
鴈廱廱而南遊兮,鶤雞啁哳而悲鳴。
獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征。
時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。


(下し文)#2
燕は翩翩【へんぺん】として其れ辞し歸り、蝉は寂漠【せきばく】として聾無し。
雁は廱廱【ようよう】として南遊し、鶤雞【くんけい】は啁哳【ちょうたつ】として悲鳴す。
獨り旦を申ねて寐ねられず、蟋蟀【しつしゅつ】の宵征【しょうせい】を哀しむ。
時は亹亹【びび】として中を過ぎ、蹇【ああ】、淹留【えんりゅう】して成る無し。


(現代語訳)
そうなると燕はひらりひらりと飛んでいても結局は別れを告げて飛び去りのであり、蝉はもう静かに影もなくどこかに消えて声さえ聞こえないのだ。
雁は鳴きながら列をなして南へ旅をするのである。大きなしゃもはいやな声でやかましく悲しい鳴き声をするのだ。
私はひとり暮六つから夜あけまで眠ることはなく、哀しむことでこおろぎの夜どおし鳴くのをききつづけるのだ。
秋の日は時が過ぎ易く、すでに今年も盛りを過ぎたのに、ああもどかしい、久しくとどまっても何一つできはしないのだ。


(訳注) #2
燕翩翩其辭歸兮,蟬寂漠而無聲。

そうなると燕はひらりひらりと飛んでいても結局は別れを告げて飛び去りのであり、蝉はもう静かに影もなくどこかに消えて声さえ聞こえないのだ。


鴈廱廱而南遊兮,鶤雞啁哳而悲鳴。
雁は鳴きながら列をなして南へ旅をするのである。大きなしゃもはいやな声でやかましく悲しい鳴き声をするのだ。
・廱廱 雁の和して鳴く声。列をなして鳴きながら飛ぶさまを云う。
・鶤雞 しゃも。大きな鶏。
・啁哳 やかましくいやな声でなく。

獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征。
Nature1-009(そんな状態の屈原の悲しみを述べている。)
私はひとり暮六つから夜あけまで眠ることはなく、哀しむことでこおろぎの夜どおし鳴くのをききつづけるのだ。
・申旦 申:暮六つ。のびる。かさねる。旦:あけがた。ここでは秋の夕暮が早く夜が長いことをいい、そして夕方方朝までの時間経過を云う。
・蟋蟀 こおろぎ。
・宵征 夜征く。夜も寝ずに行くの意から、夜どおし鳴くの意味。


時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。
秋の日は時が過ぎ易く、すでに今年も盛りを過ぎたのに、ああもどかしい、久しくとどまっても何一つできはしないのだ。
・時 秋の日の時間経過。
・亹亹 時の過ぎゆく形容。
・過中 やがてすぐに暮れる。
・蹇 蹇はのどにつまってうまくかたれない。ああもどかしい、ということ。ああ、いきなやむ。
・淹留 久しくなる。久しくとどまる。

九辯 宋玉 <00-#1>もっとも影響を与えた詩文 630 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2134

九辯 宋玉-#1

2013年3月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


九辯 宋玉 <00-#1>もっとも影響を与えた詩文 630 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2134


王逸の序に
《九辯》者,楚大夫宋玉之所作也。辯者,變也,
謂敶道德以變說君也。
九者,陽之數,道之綱紀也。
・・・・・
宋玉者,屈原弟子也。閔惜其師,忠而放逐,
故作《九辯》以述其志。
至於漢興,劉向、王褒之徒,咸悲其文,依而作詞,
故號為「楚詞」。亦采其九以立義焉。

『九辯』は楚の大夫宋玉の作る所なり。辯は変なり。
道徳を敶べて以て君を変説するなり。
九は陽の数、道の綱紀なり。
・・・・・
宋玉は屈原の弟子なり。其の師の忠にして放逐せられしを閔惜す。
故に『九辯』を作りて以て其の志を述べしなり。
漢興るに至って、劉向・王褒の徒、咸其の文を悲しみ、依りて以て詞を作る。
故に号して「楚詞」と為す。亦其の九を采りて以て義を立つるなり。

九章説も、九の数に合わせるために無理に分けたような所もあって、確かではないが、一応旧説に準じて、九段に分けて訳注する。
「九辯」は楚辞の中でもすぐれた代表作品である。


一段目 #1
悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,
悲しいしいことよ、秋の気というものは! 風はさわさわと草木に吹きさびしく鳴っている。それにより、草木は葉を落とし、吹き散り、色を変わっておとろえる。
憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,
逝く秋には心がいたみ悲しむもので、それは遠い旅路で、山に登ったり、水辺に立ったりして、故郷に帰ろうとする人を送る時のこころにおもうことのようである。
泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,
秋の眺めはむなしく雲もない。大空は高くなり、空気は清々しいものとなる。秋の野はひっそりとしてくるし、物影もなくなるのだ。長雨で出来た道の溜り水も収まり引いて、秋の水は澄んでくるのだ。
憯悽增欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,
心は痛み悲しんで、しだいにすすり泣くのである、はだ寒い秋の気は次第に人の身にしみる寒さになるのである。そうして、物悲しくうつろな心になり、気力もうちしおれ、住みなれた土地を去って見知らぬ国に行くことになるのである。
坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。
そのような境遇であれば心は楽しいものではなく、貧しい士太夫、その人は心中おだやかであるはずもない。ただ広々として寂しいのはその地も、こころもそうなのだ。その地を離れてこの旅の空に友達もいないのである。
惆悵兮而私自憐。
心は恨み嘆いており、そしてひそかに自分を憐れに思うことであろう。
#2
燕翩翩其辭歸兮,蟬寂漠而無聲。
鴈廱廱而南遊兮,鶤雞啁哳而悲鳴。
獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征。
時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。


悲しいかな、秋の氣たるや。蕭瑟【しょうしつ】たり、草木搖落して變衰【へんすい】す。
憭慄【れきりつ】たり、遠行に在りて、山に登り水に臨み、將に歸らんとするを送るが若し。
泬寥【けつりょう】たり、天高くして気清し。
寂寥【せきりょう】たり、潦を収めて水清し。
憯悽【さんせい】として增ます欷【すすりな】き、薄寒之れ人に中【あた】る。
愴怳【そうこう】懭悢【こうろう】として故を去りて新に就く。
坎廩【かんらん】たり、貧士職を失ひて志 平かならず、廓落【かくらく】たり、羇旅【きりょ】にして友生無し。
惆悵たり、而して私かに自ら憐む

#2
燕は翩翩【へんぺん】として其れ辞し歸り、蝉は寂漠【せきばく】として聾無し。
雁は廱廱【ようよう】として南遊し、鶤雞【くんけい】は啁哳【ちょうたつ】として悲鳴す。
獨り旦を申ねて寐ねられず、蟋蟀【しつしゅつ】の宵征【しょうせい】を哀しむ。
時は亹亹【びび】として中を過ぎ、蹇【ああ】、淹留【えんりゅう】して成る無し。

Nature1-009

『九辯』 宋玉 現代語訳と訳註
(本文)
一段目 #1
悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,
憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,
泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,
憯悽增欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,
坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。
惆悵兮而私自憐。


(下し文)
悲しいかな、秋の氣たるや。蕭瑟【しょうしつ】たり、草木搖落して變衰【へんすい】す。
憭慄【れきりつ】たり、遠行に在りて、山に登り水に臨み、將に歸らんとするを送るが若し。
泬寥【けつりょう】たり、天高くして気清し。
寂寥【せきりょう】たり、潦を収めて水清し。
憯悽【さんせい】として增ます欷【すすりな】き、薄寒之れ人に中【あた】る。
愴怳【そうこう】懭悢【こうろう】として故を去りて新に就く。
坎廩【かんらん】たり、貧士職を失ひて志 平かならず、廓落【かくらく】たり、羇旅【きりょ】にして友生無し。
惆悵たり、而して私かに自ら憐む。


(現代語訳)
悲しいしいことよ、秋の気というものは! 風はさわさわと草木に吹きさびしく鳴っている。それにより、草木は葉を落とし、吹き散り、色を変わっておとろえる。
逝く秋には心がいたみ悲しむもので、それは遠い旅路で、山に登ったり、水辺に立ったりして、故郷に帰ろうとする人を送る時のこころにおもうことのようである。
秋の眺めはむなしく雲もない。大空は高くなり、空気は清々しいものとなる。秋の野はひっそりとしてくるし、物影もなくなるのだ。長雨で出来た道の溜り水も収まり引いて、秋の水は澄んでくるのだ。
心は痛み悲しんで、しだいにすすり泣くのである、はだ寒い秋の気は次第に人の身にしみる寒さになるのである。そうして、物悲しくうつろな心になり、気力もうちしおれ、住みなれた土地を去って見知らぬ国に行くことになるのである。
そのような境遇であれば心は楽しいものではなく、貧しい士太夫、その人は心中おだやかであるはずもない。ただ広々として寂しいのはその地も、こころもそうなのだ。その地を離れてこの旅の空に友達もいないのである。
心は恨み嘆いており、そしてひそかに自分を憐れに思うことであろう。

doteiko012
(訳注)一段目 #1
悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,
悲しいしいことよ、秋の気というものは! 風はさわさわと草木に吹きさびしく鳴っている。それにより、草木は葉を落とし、吹き散り、色を変わっておとろえる。
・悲哉秋 「悲秋」という語はこれにより生まれ、使われるようになる。秋の表現の際多くの詩人が用いる。
・蕭瑟 秋風が草木に鳴るさわさわという音。
・搖落 吹き散る。一本にこの下に今の字がある。


憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,
逝く秋には心がいたみ悲しむもので、それは遠い旅路で、山に登ったり、水辺に立ったりして、故郷に帰ろうとする人を送る時のこころにおもうことのようである。
・憭慄 心が悲しみ痛む。憭は悟る、理解するという意味。慄然とする。恐れおののくさま。恐ろしさにぞっとするさま。
・送将帰 一年の秋を送るのが、親戚故友の帰って行こうとするのを送ると同じ気持ちで悲しい。


泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,
秋の眺めはむなしく雲もない。大空は高くなり、空気は清々しいものとなる。秋の野はひっそりとしてくるし、物影もなくなるのだ。長雨で出来た道の溜り水も収まり引いて、秋の水は澄んでくるのだ。
・泬寥 雲がなく、からりと晴れわたっているさま。むなしく晴れて雲もないさま。
・寂寥 静かにさびしい。心が満ち足りず、もの寂しいこと。
・潦 雨水の溜ったもの。みずたまり。秋の長雨があったことを云う。


憯悽增欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,
心は痛み悲しんで、しだいにすすり泣くのである、はだ寒い秋の気は次第に人の身にしみる寒さになるのである。そうして、物悲しくうつろな心になり、気力もうちしおれ、住みなれた土地を去って見知らぬ国に行くことになるのである。
・憯悽 悲痛の時の顔。
・增欷 ますますすすり泣く。増は重ねて。欷はすすり泣く。
・中人 人の身にしみる。中はあたる。傷う。
・愴怳 心が悲しみのためにぼんやりする。
・懭悢 心がむなしく愁える。
就新 妃とも寒さと餓えに苦しんだ。


坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。
そのような境遇であれば心は楽しいものではなく、貧しい士太夫、その人は心中おだやかであるはずもない。ただ広々として寂しいのはその地も、こころもそうなのだ。その地を離れてこの旅の空に友達もいないのである。
(悲秋の供、貧士失職、遣客自ら憐むとは、宋玉が屈原に代わってその心中を述べる。)
・坎廩 失意。不平の気持ち。
・廓落 牢虚の貌。広々として静まり返った,がらんとした.
・友生 朋友。
・羇旅 旅路。異郷に滞留する。


惆悵兮而私自憐。
心は恨み嘆いており、そしてひそかに自分を憐れに思うことであろう。
・惆悵 心うれえてぼんやりとなる。恨み嘆くこと。。
・私 ひそかに。内心で。


原毀(まとめ) 韓愈(韓退之) <119-#12>Ⅱ中唐詩629 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2129

原毀(まとめ) 韓愈(韓退之) 



2013年3月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩遠游篇 曹植 魏<59-#2>曹子建集 卷第六 樂府 女性詩716 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2128
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀(まとめ) 韓愈(韓退之) <119-#12>Ⅱ中唐詩629 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2129
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集江畔獨步尋花七絕句 杜甫 <437> 其一 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2130 杜甫詩1000-437-620/1500
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集遊南亭 謝霊運<26> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2131 (03/27)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性左名場自澤州至京,使人傳語 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-117-52-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2132
 
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原毀(まとめ) 韓愈(韓退之) <119-#12>Ⅱ中唐詩629 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2129

韓愈0015原毀



















#1一段目-(1)
古之君子,其責己也重以周,
古代の君子といわれる成徳の人は、自分にたいして責めることは重くして、それをどんな事にもあまねく行きわたっているのである。
其待人也,輕以約。
その君子は他人にたいして期待することにおいて、軽くて簡略なものとしているのである。
重以周,故不怠。
自己を責めることが厳重でありどんな事にもあまねく行きわたっているのであるから、それゆえ怠惰でないのである。
輕以約,故人樂為善。
人に期待することが軽くてひかえめであるから、それゆえ人々は善をなすことを楽しむことができるのである。

聞古之人有舜者,其為人也,仁義人也。
聞くところによると、古代の五帝の舜があって、「その人物はひととなりがよく、仁という博愛の心があり、義という理性をもってすじみちを行う人である。」と。

原毀 韓愈(韓退之) <119-#1>Ⅱ中唐詩618 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2074


#2一段目-(2)
求其所以為舜者,責於己曰:
その人が舜というすぐれた人格であるわけのもの、仁義を求めて、自分を責めていうのである。
「彼人也,予人也;彼能是,而我乃不能是。」
「彼も人間であり、自分も人間である。」
「彼、舜はこの仁義を行うことができるのに、それなのに我々はこれができない。これではならぬ。」と。
早夜以思,去其不如舜者,
朝晩これを思い求め、舜のようでない所から去ることである。
就其如舜者。聞古之人有周公者,
その舜のようである所に就くのである。聞くところでは、古の人に周公旦というものがあった。
其為人也,多才與藝人也。
その人物は心の働きである多才と多芸、学芸との多い人であった。
原毀 韓愈(韓退之) <119-#1>Ⅱ中唐詩618 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2074

#3二段目
求其所以為周公者,責於己曰:
古代の君子である、その周公の貴ばれるわけである才芸を求めて、自分を責めていう。
「彼人也,予人也;彼能是,而我乃不能是。」
「彼も人間であり、自分も人間である。彼にはこれができるのに、自分はそれなのにこれができない。」と。
早夜以思,去其不如周公者,就其如周公者。
朝から晩に思い求めて、その周公のようできないとそこから去って、その周公のように才芸の多い方へと行くのである。
舜,大聖人也,後世無及焉。
舜は大聖人であり、偉大な智徳の最高な人物である。
周公,大聖人也,後世無及焉。
周公は大聖人である。後世にこれに及ぶものはいない。
是人也,乃曰:
これなる人であるが、それなのに、いう。
「不如舜,不如周公,吾之病也。」
「舜のようでなく、周公且のようでないことが、自分の心配である。」という。
是不亦責於身者重以周乎。

これはまた、わが身の行いを責めることの、重くて行き届いたことではないか。
原毀 韓愈(韓退之) <119-#3>Ⅱ中唐詩620 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2084

#4三段目-(1)
其於人也,曰:「彼人也,
その古代の君子が人に対するときにはいうのである、「あの人の事である。」
能有是,是足為良人矣。
「あの人には、ここにいう善事があることである。これが善良な人とするに十分なことなのである。」
能善是,是足為藝人矣。」
「この仕事を上手にすることができたということ。これは、多芸の人ということとするには十分である」ということなのだ。
取其一,不責其二;
「その一つを取りあげて、うまいか、うまくいかないか、その二つについて責めを問うことをしない。」
即其新,不究其舊;
「その人が努力して新しく進んだところについて見て、その過去のいたらなかったところを追究しないことである。」
恐恐然惟懼其人之不得為善之利。
「心おそれてなにもできないでいることは、その人が善事をなす利便を得ないかもしれないことを心配することになる。」
原毀 韓愈(韓退之) <119-#4>Ⅱ中唐詩620 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2084

#5三段目-(2)
一善易修也,一藝易能也;
一つの善事はよく行いやすいものなのである。一つの技芸はできやすいものである。
其於人也,乃曰:
それなのに、その人が他人に対するときにこういう。
「能有是,是亦足矣!」
「あの人にはこの能力があることができたのだから、これもまたこれだけで十分である」という。
曰:「能善是,是亦足矣。」
そしていう、「これを立派におこなうことができたのだから、これでもまた十分である。」と。
不亦待於人者輕以約乎。
これが他の人に期待することが軽くしてひかえめなことではなかろうか。

原毀 韓愈(韓退之) <119-#5>Ⅱ中唐詩621 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2089


#6四段目
4岳陽樓詩人003








今之君子則不然。其責人也詳,其待己也廉。
今の君子はそうではない。今の君主は人を責める場合は詳細であり、ところが自分にたいしては期待することのハードルを低く設定する。
詳,故人難於為善。廉,故自取也少。
人をとがめ責めることにかんして微に入り細にいるもので、それ故人は善を為すことをはばかるようになる。欲が少ないから、それ故に自分が修得することは少ないのである。
己未有善,曰:「我善是,是亦足矣。」
自分にはまだ善行の積重ねがないのに、「自分はこれが上手なのだから、これで十分である」といい、
己未有能,曰:「我能是,是亦足矣。」
自分にはまだできるという実証を重ねたことがないのに、「自分はこれができるから、これで十分である」という。
外以欺於人,內以欺於心,
これは外においては人をあざむくことであり、内においては自分自身の心をあざむくことである。
未少有得而止矣,不亦待其身者已廉乎。
まだ少しも得ることがなくて中途半端で終るのである。それこそわが身に期待することが、はなはだ自分に甘いこと、やろうとする物事のハードルを低く設定するということではないだろうか。
原毀 韓愈(韓退之) <119-#6>Ⅱ中唐詩623 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2099
#7五段目
其於人也,曰 :
そのように中途半端な今の君子が人に対する場合のことをいう。
「彼雖能是,其人不足稱也。
「彼はこのようにすることができるけれども、彼の人物はほめるに足らない。」
彼雖善是,其用不足稱也。」
「彼はこのことは上手であるけれども、その働きはほめるに足らない」と。
舉其一,不計其十;
その人の一つの不善を取りあげているのであり、その他の十の美点をはかることをしない。
究其舊,不圖其新;
またその人の過去の事を追究して、その人の新しく進歩したことをはかることをしないのである。
恐恐然惟懼其人之又聞也,是不亦責於人者以詳乎。
恐れにおそれて、ただその人の有名になったらどうしようということばかりをおそれるのである。だから、その人を責めることになるのであり、はなはだ詳密ではないことを責めるのである。
原毀 韓愈(韓退之) <119-#7>Ⅱ中唐詩624 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2104
#8六段目
夫是之謂不以眾人待其身,而以聖人望於人,
その人を責めることは、これをこそ、人並みの人間をもって自分自身に期待せずして、最高至上の聖人をもって他人に希望するのだということである。
吾未見其尊己也。
これでは私には、その人が自分自身を尊んでいるとは見えないのである。
雖然,為是者,有本有原,
そうであるというけれども、このようにするのには、その本源があり、原因がある。
それはその人の心にある怠りと人の善をきらう心とをいうことである。
怠與忌之謂也。怠者不能修,
なまけ心のあるものは、身の行いをよくすることはできないし、人の善をいやがる者は、他人が行いを善くするのをおそれるのである。
而忌者畏人修。吾常試之矣。
私はこれを実地に試みたのである。
原毀 韓愈(韓退之) <119-#8>Ⅱ中唐詩625 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2109
#9七段目
常試語於眾曰:「某良士,某良士。」
実際に試みてみると衆人に語っていう、「なにがしの人はよい人物であり、ある人はよい人物である」と。
其應者,必其人之與也。
その衆人の中で、それにたいしてそうだと答えるものは、必ずその人物のなかまである
不然,則其所疏遠,不與同其利者也。
そうでなければ、その人物とは関係が疎い人、遠い人であり、その人と利害をともにしないものである。
不然,則其畏也。
またそうでないとすれば、その中でその人物をおそれているということである。
不若是,強者必說於言,懦者必說於色矣。
このような三種の関係でないならは、気の強いものは必ず言葉に出して怒り、意気地のないものは必ず顔色に怒りをあらわすのである。
原毀 韓愈(韓退之) <119-#9>Ⅱ中唐詩626 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2114
#10八段目
又嘗語二於衆小目、某非二良士 某非二良土山
また試みに衆人、小者に告げて、なにがしは良い人物でない。あるいは誰それは良い人物でないというのである。
其不應者、必其人之輿也。
その衆人、小者の中で、それに対してその通りと答えないものは必ずその「某」の仲間である。
不然則其所疎遠、不輿同其利者也。
そうでなければその「某」と関係がうとく遠くて、利益を同じくしていないもの、仲間ではないである。
不然則其畏也。
あるいは、そうでなければ其の中でその「某」をおそれているものである。
不若是、強者必説於言、儒者必説於色矣。
このような人々でなければ、気の強いものは言語に出して悦び、意気地のないものは顔色に悦びのようすをあらわすのである。
原毀 韓愈(韓退之) <119-#10>Ⅱ中唐詩627 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2119
#11九段目
是故事修而謗興,德高而毀來。
このようなわけで、事業が次第によくでき上がってくるにしたがって、かえって誹謗中傷がおこりはじめ、人格が高くなるにしたがって、かえってそしり・妬みがやってくるのである。
嗚呼!士之處此世,而望名譽之光,
ああ、立派な人物がひろくこの世の中に住むようになっても、名誉心、功名心が光りかがやくことになる。
道德之行,難已!
ということで、道義や人格が広く行われることを望むのではあるけれど、実に困難なことである。
將有作於上者,得吾說而存之,
まさに、人の上に立って政治をしょうと思う者が、わたくしの「原毀の説」を会得して、常にこれを心にたもって忘れないことである。
其國家可幾而理歟。
それで、その国家は、願いのように治めることができるであろう―っよ!。
原毀 韓愈(韓退之) <119-#11>Ⅱ中唐詩628 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2124


原毀 韓愈(韓退之) <119-#11>Ⅱ中唐詩628 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2124

原毀 韓愈(韓退之) 


2013年3月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#11>Ⅱ中唐詩628 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2124
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性送別 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-116-51-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2127
 
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。

 

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#10八段目
又嘗語於衆小目、某非良士 某非良士
また試みに衆人、小者に告げて、なにがしは良い人物でない。あるいは誰それは良い人物でないというのである。
其不應者、必其人之輿也。
その衆人、小者の中で、それに対してその通りと答えないものは必ずその「某」の仲間である。
不然則其所疎遠、不輿同其利者也。
そうでなければその「某」と関係がうとく遠くて、利益を同じくしていないもの、仲間ではないである。
不然則其畏也。
あるいは、そうでなければ其の中でその「某」をおそれているものである。
不若是、強者必説於言、儒者必説於色矣。

このような人々でなければ、気の強いものは言語に出して悦び、意気地のないものは顔色に悦びのようすをあらわすのである。
#11九段目
是故事修而謗興,德高而毀來。
このようなわけで、事業が次第によくでき上がってくるにしたがって、かえって誹謗中傷がおこりはじめ、人格が高くなるにしたがって、かえってそしり・妬みがやってくるのである。
嗚呼!士之處此世,而望名譽之光,
ああ、立派な人物がひろくこの世の中に住むようになっても、名誉心、功名心が光りかがやくことになる。
道德之行,難已!
ということで、道義や人格が広く行われることを望むのではあるけれど、実に困難なことである。
將有作於上者,得吾說而存之,
まさに、人の上に立って政治をしょうと思う者が、わたくしの「原毀の説」を会得して、常にこれを心にたもって忘れないことである。
其國家可幾而理歟。

それで、その国家は、願いのように治めることができるであろう―っ!。


『原毀』 現代語訳と訳註
韓愈0015原毀(本文)
#11九段目
是故事修而謗興,德高而毀來。
嗚呼!士之處此世,而望名譽之光,
道德之行,難已!
將有作於上者,得吾說而存之,
其國家可幾而理歟。


(下し文)
是の故に事修【おさ】まって謗【そしり】興【おこ】り、徳高くして毀【そしり】來る。
鳴呼、士の此の世に處【お】りて、名誉の光き、
道徳の行はるるを望むや難きのみ。
將に上に作す有らんとする者、吾が説【せつ】を得て之を存せば、
其の国家 幾【き】して理【おさ】む可きか。


(現代語訳)
このようなわけで、事業が次第によくでき上がってくるにしたがって、かえって誹謗中傷がおこりはじめ、人格が高くなるにしたがって、かえってそしり・妬みがやってくるのである。
ああ、立派な人物がひろくこの世の中に住むようになっても、名誉心、功名心が光りかがやくことになる。
ということで、道義や人格が広く行われることを望むのではあるけれど、実に困難なことである。
まさに、人の上に立って政治をしょうと思う者が、わたくしの「原毀の説」を会得して、常にこれを心にたもって忘れないことである。
それで、その国家は、願いのように治めることができるであろう―っよ!。


(訳注) #11九段目
是故事修而謗興,德高而毀來。

このようなわけで、事業が次第によくでき上がってくるにしたがって、かえって誹謗中傷がおこりはじめ、人格が高くなるにしたがって、かえってそしり・妬みがやってくるのである。
○謗 人の欠点を悪くいう。誹謗中傷。
○毀 人の評判を傷つけやぶる。そしり・妬み。


嗚呼!士之處此世,而望名譽之光,
ああ、立派な人物がひろくこの世の中に住むようになっても、名誉心、功名心が光りかがやくことになる。
○士 高士。立派な人物。
○処世 世に住む。世に処してと読めは、世渡りをする意味になる。
○名誉之光 名誉心、功名心が光りかがやくこと。光は動詞に読む。


道德之行,難已!
詩人055ということで、道義や人格が広く行われることを望むのではあるけれど、実に困難なことである。
『原道』において「道徳」を以下のように定義している。「博愛之謂仁,行而宜之之謂義。由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。」
分け隔てなく人々を愛すること、これを仁という。そういう行為は適宜におこなうこと、これを義という。
この仁と義により通って行くこと、これを道という。人が生まれならに得ている性格、また学問や修養によって身つけ得たもの、外から何にもしないで与えられることを待たないものであること、これを徳という。徳は得、自身に得ている人格である


將有作於上者,得吾說而存之,
まさに、人の上に立って政治をしょうと思う者が、わたくしの「原毀の説」を会得して、常にこれを心にたもって忘れないことである。
○作於上 人々の上に立って仕事をする。政治をする。○存 心にたもちわすれない。


其國家可幾而理歟。
それで、その国家は、願いのように治めることができるであろう―っ!。
○可幾而理欺 望み通り治めることができるであろうよ。幾:期、こいねがう。理:治に同じ。欺:「―よ!」というほどの感嘆詞。




#1一段目-(1)
古之君子,其責己也重以周,其待人也,輕以約。
重以周,故不怠。輕以約,故人樂為善。
聞古之人有舜者,其為人也,仁義人也。
古代の君子といわれる成徳の人は、自分にたいして責めることは重くして、それをどんな事にもあまねく行きわたっているのである。
その君子は他人にたいして期待することにおいて、軽くて簡略なものとしているのである。
自己を責めることが厳重でありどんな事にもあまねく行きわたっているのであるから、それゆえ怠惰でないのである。
人に期待することが軽くてひかえめであるから、それゆえ人々は善をなすことを楽しむことができるのである。
聞くところによると、古代の五帝の舜があって、「その人物はひととなりがよく、仁という博愛の心があり、義という理性をもってすじみちを行う人である。」と。
#2一段目-(2)
求其所以為舜者,責於己曰:
「彼人也,予人也;彼能是,而我乃不能是。」
早夜以思,去其不如舜者,
就其如舜者。聞古之人有周公者,
其為人也,多才與藝人也。

その人が舜というすぐれた人格であるわけのもの、仁義を求めて、自分を責めていうのである。
「彼も人間であり、自分も人間である。」
「彼、舜はこの仁義を行うことができるのに、それなのに我々はこれができない。これではならぬ。」と。
朝晩これを思い求め、舜のようでない所から去ることである。
その舜のようである所に就くのである。聞くところでは、古の人に周公旦というものがあった。
その人物は心の働きである多才と多芸、学芸との多い人であった。

#3二段目
求其所以為周公者,責於己曰:
「彼人也,予人也;彼能是,而我乃不能是。」
早夜以思,去其不如周公者,就其如周公者。
舜,大聖人也,後世無及焉。
周公,大聖人也,後世無及焉。
是人也,乃曰:
「不如舜,不如周公,吾之病也。」
是不亦責於身者重以周乎。
古代の君子である、その周公の貴ばれるわけである才芸を求めて、自分を責めていう。
「彼も人間であり、自分も人間である。彼にはこれができるのに、自分はそれなのにこれができない。」と。
朝から晩に思い求めて、その周公のようできないとそこから去って、その周公のように才芸の多い方へと行くのである。
舜は大聖人であり、偉大な智徳の最高な人物である。
周公は大聖人である。後世にこれに及ぶものはいない。
これなる人であるが、それなのに、いう。
「舜のようでなく、周公且のようでないことが、自分の心配である。」という。
これはまた、わが身の行いを責めることの、重くて行き届いたことではないか。
#4三段目-(1)
其於人也,曰:「彼人也,
能有是,是足為良人矣。
能善是,是足為藝人矣。」
取其一,不責其二;
即其新,不究其舊;
恐恐然惟懼其人之不得為善之利。

その古代の君子が人に対するときにはいうのである、「あの人の事である。」
「あの人には、ここにいう善事があることである。これが善良な人とするに十分なことなのである。」
「この仕事を上手にすることができたということ。これは、多芸の人ということとするには十分である」ということなのだ。
「その一つを取りあげて、うまいか、うまくいかないか、その二つについて責めを問うことをしない。」
「その人が努力して新しく進んだところについて見て、その過去のいたらなかったところを追究しないことである。」
「心おそれてなにもできないでいることは、その人が善事をなす利便を得ないかもしれないことを心配することになる。」

#5三段目-(2)
一善易修也,一藝易能也;
其於人也,乃曰:
「能有是,是亦足矣!」
曰:「能善是,是亦足矣。」
不亦待於人者輕以約乎。

一つの善事はよく行いやすいものなのである。一つの技芸はできやすいものである。
それなのに、その人が他人に対するときにこういう。
「あの人にはこの能力があることができたのだから、これもまたこれだけで十分である」という。
そしていう、「これを立派におこなうことができたのだから、これでもまた十分である。」と。
これが他の人に期待することが軽くしてひかえめなことではなかろうか。
#6四段目
今之君子則不然。其責人也詳,其待己也廉。
詳,故人難於為善。廉,故自取也少。
己未有善,曰:「我善是,是亦足矣。」
己未有能,曰:「我能是,是亦足矣。」
外以欺於人,內以欺於心,
未少有得而止矣,不亦待其身者已廉乎。

今の君子はそうではない。今の君主は人を責める場合は詳細であり、ところが自分にたいしては期待することのハードルを低く設定する。
人をとがめ責めることにかんして微に入り細にいるもので、それ故人は善を為すことをはばかるようになる。欲が少ないから、それ故に自分が修得することは少ないのである。
自分にはまだ善行の積重ねがないのに、「自分はこれが上手なのだから、これで十分である」といい、
自分にはまだできるという実証を重ねたことがないのに、「自分はこれができるから、これで十分である」という。
これは外においては人をあざむくことであり、内においては自分自身の心をあざむくことである。
まだ少しも得ることがなくて中途半端で終るのである。それこそわが身に期待することが、はなはだ自分に甘いこと、やろうとする物事のハードルを低く設定するということではないだろうか。
#7五段目
其於人也,曰 :
「彼雖能是,其人不足稱也。
彼雖善是,其用不足稱也。」
舉其一,不計其十;
究其舊,不圖其新;
恐恐然惟懼其人之又聞也,是不亦責於人者以詳乎

そのように中途半端な今の君子が人に対する場合のことをいう。
「彼はこのようにすることができるけれども、彼の人物はほめるに足らない。」
「彼はこのことは上手であるけれども、その働きはほめるに足らない」と。
その人の一つの不善を取りあげているのであり、その他の十の美点をはかることをしない。
またその人の過去の事を追究して、その人の新しく進歩したことをはかることをしないのである。
恐れにおそれて、ただその人の有名になったらどうしようということばかりをおそれるのである。だから、その人を責めることになるのであり、はなはだ詳密ではないことを責めるのである。
#8六段目
夫是之謂不以眾人待其身,而以聖人望於人,
吾未見其尊己也。
雖然,為是者,有本有原,
怠與忌之謂也。怠者不能修,
而忌者畏人修。吾常試之矣。

その人を責めることは、これをこそ、人並みの人間をもって自分自身に期待せずして、最高至上の聖人をもって他人に希望するのだということである。
これでは私には、その人が自分自身を尊んでいるとは見えないのである。
そうであるというけれども、このようにするのには、その本源があり、原因がある。
それはその人の心にある怠りと人の善をきらう心とをいうことである。
なまけ心のあるものは、身の行いをよくすることはできないし、人の善をいやがる者は、他人が行いを善くするのをおそれるのである。
私はこれを実地に試みたのである。

#9七段目
常試語於眾曰:「某良士,某良士。」
其應者,必其人之與也。
不然,則其所疏遠,不與同其利者也。
不然,則其畏也。
不若是,強者必說於言,懦者必說於色矣。

実際に試みてみると衆人に語っていう、「なにがしの人はよい人物であり、ある人はよい人物である」と。
その衆人の中で、それにたいしてそうだと答えるものは、必ずその人物のなかまである
そうでなければ、その人物とは関係が疎い人、遠い人であり、その人と利害をともにしないものである。
またそうでないとすれば、その中でその人物をおそれているということである。
このような三種の関係でないならは、気の強いものは必ず言葉に出して怒り、意気地のないものは必ず顔色に怒りをあらわすのである。

#10八段目
又嘗語二於衆小目、某非二良士 某非二良土山
其不應者、必其人之輿也。不然則其所疎遠、不輿同其利者也。不然則其畏也。
不若是、強者必説於言、儒者必説於色矣。
また試みに衆人、小者に告げて、なにがしは良い人物でない。あるいは誰それは良い人物でないというのである。
その衆人、小者の中で、それに対してその通りと答えないものは必ずその「某」の仲間である。
そうでなければその「某」と関係がうとく遠くて、利益を同じくしていないもの、仲間ではないである。
あるいは、そうでなければ其の中でその「某」をおそれているものである。
このような人々でなければ、気の強いものは言語に出して悦び、意気地のないものは顔色に悦びのようすをあらわすのである。
#11九段目
是故事修而謗興,德高而毀來。
嗚呼!士之處此世,而望名譽之光,
道德之行,難已!
將有作於上者,得吾說而存之,
其國家可幾而理歟。

このようなわけで、事業が次第によくでき上がってくるにしたがって、かえって誹謗中傷がおこりはじめ、人格が高くなるにしたがって、かえってそしり・妬みがやってくるのである。
ああ、立派な人物がひろくこの世の中に住むようになっても、名誉心、功名心が光りかがやくことになる。
ということで、道義や人格が広く行われることを望むのではあるけれど、実に困難なことである。
まさに、人の上に立って政治をしょうと思う者が、わたくしの「原毀の説」を会得して、常にこれを心にたもって忘れないことである。
それで、その国家は、願いのように治めることができるであろう―っよ!。


原毀 韓愈(韓退之) <119-#10>Ⅱ中唐詩627 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2119

原毀 韓愈(韓退之) 

2013年3月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

原毀 韓愈(韓退之) <119-#10>Ⅱ中唐詩627 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2119


#9七段目
常試語於眾曰:「某良士,某良士。」
実際に試みてみると衆人に語っていう、「なにがしの人はよい人物であり、ある人はよい人物である」と。
其應者,必其人之與也。
その衆人の中で、それにたいしてそうだと答えるものは、必ずその人物のなかまである
不然,則其所疏遠,不與同其利者也。
そうでなければ、その人物とは関係が疎い人、遠い人であり、その人と利害をともにしないものである。
不然,則其畏也。
またそうでないとすれば、その中でその人物をおそれているということである。
不若是,強者必說於言,懦者必說於色矣。
このような三種の関係でないならは、気の強いものは必ず言葉に出して怒り、意気地のないものは必ず顔色に怒りをあらわすのである。

#10八段目
又嘗語於衆小目、某非良士 某非良士
また試みに衆人、小者に告げて、なにがしは良い人物でない。あるいは誰それは良い人物でないというのである。
其不應者、必其人之輿也。
その衆人、小者の中で、それに対してその通りと答えないものは必ずその「某」の仲間である。
不然則其所疎遠、不輿同其利者也。
そうでなければその「某」と関係がうとく遠くて、利益を同じくしていないもの、仲間ではないである。
不然則其畏也。
あるいは、そうでなければ其の中でその「某」をおそれているものである。
不若是、強者必説於言、懦者必説於色矣。

このような人々でなければ、気の強いものは言語に出して悦び、意気地のないものは顔色に悦びのようすをあらわすのである。
又嘗みに衆に語って日く、某は良士に非ず。某は艮土に非ずと。其の應ぜざる者は、必ず其の人の異なり。然らずんば則ち其の疎遠にして、輿に其の利を同じうせざる所の者なり。然らずんば則ち其の畏るるなり。是の若くならずんば強者は必ず言に説び、儒者は必ず色に説ぶ。


『原毀』 現代語訳と訳註
韓愈0015原毀(本文) 八段目

又嘗語於衆小目、某非良士 某非良士
其不應者、必其人之輿也。不然則其所疎遠、不輿同其利者也。不然則其畏也。
不若是、強者必説於言、懦者必説於色矣。


(下し文)
又嘗みに衆に語って日く、某は良士に非ず。某は艮土に非ずと。其の應ぜざる者は、必ず其の人の異なり。然らずんば則ち其の疎遠にして、輿に其の利を同じうせざる所の者なり。然らずんば則ち其の畏るるなり。是の若くならずんば強者は必ず言に説び、儒者は必ず色に説ぶ。


(現代語訳)
また試みに衆人、小者に告げて、なにがしは良い人物でない。あるいは誰それは良い人物でないというのである。
その衆人、小者の中で、それに対してその通りと答えないものは必ずその「某」の仲間である。
そうでなければその「某」と関係がうとく遠くて、利益を同じくしていないもの、仲間ではないである。
あるいは、そうでなければ其の中でその「某」をおそれているものである。
このような人々でなければ、気の強いものは言語に出して悦び、意気地のないものは顔色に悦びのようすをあらわすのである。

 
(訳注) 八段目
又嘗語二於衆小目、某非二良士 某非二良土山
また試みに衆人、小者に告げて、なにがしは良い人物でない。あるいは誰それは良い人物でないというのである。


其不應者、必其人之輿也。
その衆人、小者の中で、それに対してその通りと答えないものは必ずその「某」の仲間である。
〇其不応者 衆人の中で、この悪口にそうだと答えないもの。


不然則其所疎遠、不輿同其利者也。
そうでなければその「某」と関係がうとく遠くて、利益を同じくしていないもの、仲間ではないである。


不然則其畏也。
あるいは、そうでなければ其の中でその「某」をおそれているものである。


不若是、強者必説於言、懦者必説於色矣。
このような人々でなければ、気の強いものは言語に出して悦び、意気地のないものは顔色に悦びのようすをあらわすのである。
○説 音エツ、よろこぶ。悦に同じ。
○懦者 意気地のない男。臆病な男。
Flower1-007

原毀 韓愈(韓退之) <119-#9>Ⅱ中唐詩626 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2114

原毀 韓愈(韓退之) 

2013年3月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#9>Ⅱ中唐詩626 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2114
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集晩晴 杜甫 <434>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2115 杜甫詩1000-434-617/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集過瞿渓山飯僧 謝霊運<23> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2116 (03/24)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性送別 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-114-49-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2117
 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

原毀 韓愈(韓退之) <119-#9>Ⅱ中唐詩626 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2114


#8六段目
夫是之謂不以眾人待其身,而以聖人望於人,
その人を責めることは、これをこそ、人並みの人間をもって自分自身に期待せずして、最高至上の聖人をもって他人に希望するのだということである。
吾未見其尊己也。
これでは私には、その人が自分自身を尊んでいるとは見えないのである。
雖然,為是者,有本有原,
そうであるというけれども、このようにするのには、その本源があり、原因がある。
怠與忌之謂也。怠者不能修,
それはその人の心にある怠りと人の善をきらう心とをいうことである。
而忌者畏人修。吾常試之矣。
なまけ心のあるものは、身の行いをよくすることはできないし、人の善をいやがる者は、他人が行いを善くするのをおそれるのである。
私はこれを実地に試みたのである。

#9七段目
常試語於眾曰:「某良士,某良士。」
実際に試みてみると衆人に語っていう、「なにがしの人はよい人物であり、ある人はよい人物である」と。
其應者,必其人之與也。
その衆人の中で、それにたいしてそうだと答えるものは、必ずその人物のなかまである
不然,則其所疏遠,不與同其利者也。
そうでなければ、その人物とは関係が疎い人、遠い人であり、その人と利害をともにしないものである。
不然,則其畏也。
またそうでないとすれば、その中でその人物をおそれているということである。
不若是,強者必說於言,懦者必說於色矣。
このような三種の関係でないならは、気の強いものは必ず言葉に出して怒り、意気地のないものは必ず顔色に怒りをあらわすのである。

常試【こころ】みに衆に語って曰く、「某は良士なり、某は良士なり」と。
其の應ずる者は必ず其の人の異なり。
然らずんば則ち其の疎遠【そえん】にして、興に其の利を同じうせざる所の者なり。
然らずんば則ち其の畏るるなり。
是の若くならずんば、強者は必ず言に怒り、懦者【だしゃ】は必ず色に怒る。


『原毀』 現代語訳と訳註
韓愈0015原毀(本文)
#9七段目
常試語於眾曰:「某良士,某良士。」
其應者,必其人之與也。
不然,則其所疏遠,不與同其利者也。
不然,則其畏也。
不若是,強者必說於言,懦者必說於色矣。


(下し文)
常試【こころ】みに衆に語って曰く、「某は良士なり、某は良士なり」と。
其の應ずる者は必ず其の人の異なり。
然らずんば則ち其の疎遠【そえん】にして、興に其の利を同じうせざる所の者なり。
然らずんば則ち其の畏るるなり。
是の若くならずんば、強者は必ず言に怒り、懦者【だしゃ】は必ず色に怒る。


(現代語訳)
4岳陽樓詩人003実際に試みてみると衆人に語っていう、「なにがしの人はよい人物であり、ある人はよい人物である」と。
その衆人の中で、それにたいしてそうだと答えるものは、必ずその人物のなかまである
そうでなければ、その人物とは関係が疎い人、遠い人であり、その人と利害をともにしないものである。
またそうでないとすれば、その中でその人物をおそれているということである。
このような三種の関係でないならは、気の強いものは必ず言葉に出して怒り、意気地のないものは必ず顔色に怒りをあらわすのである。


(訳注) #9七段目
sakura0081常試語於眾曰:「某良士,某良士。」

実際に試みてみると衆人に語っていう、「なにがしの人はよい人物であり、ある人はよい人物である」と。
○某良士 何のなにがしはよい人物であると名をあげていう。


其應者,必其人之與也。
その衆人の中で、それにたいしてそうだと答えるものは、必ずその人物のなかまである。
○其応者 衆人の中で、その通りだというもの。
○其人之与也 その某のなかまである。与はくみするもの。


不然,則其所疏遠,不與同其利者也。
そうでなければ、その人物とは関係が疎い人、遠い人であり、その人と利害をともにしないものである。


不然,則其畏也。
またそうでないとすれば、その中でその人物をおそれているということである。
○其畏也 衆人の中で、某を畏れているものである。畏はおそれ、遠慮する。


不若是,強者必說於言,懦者必說於色矣。
このような三種の関係でないならは、気の強いものは必ず言葉に出して怒り、意気地のないものは必ず顔色に怒りをあらわすのである。
○不若是 この三種の関係でなければ。すなわち敵であり、関係が深く利害を争う人であり、遠慮すべきことがないならは。
○懦者 意気地のない男。臆病な男。

原毀 韓愈(韓退之) <119-#8>Ⅱ中唐詩625 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2109

原毀 韓愈(韓退之) <119-#8>


2013年3月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩名都篇 曹植 魏<57-#3> 女性詩712 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2108
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#8>Ⅱ中唐詩625 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2109
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-113-48-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2112
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

原毀 韓愈(韓退之) <119-#8>Ⅱ中唐詩625 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2109


#7五段目
其於人也,曰 :
そのように中途半端な今の君子が人に対する場合のことをいう。
「彼雖能是,其人不足稱也。
「彼はこのようにすることができるけれども、彼の人物はほめるに足らない。」
彼雖善是,其用不足稱也。」
「彼はこのことは上手であるけれども、その働きはほめるに足らない」と。
舉其一,不計其十;
その人の一つの不善を取りあげているのであり、その他の十の美点をはかることをしない。
究其舊,不圖其新;
またその人の過去の事を追究して、その人の新しく進歩したことをはかることをしないのである。
恐恐然惟懼其人之又聞也,是不亦責於人者以詳乎。

恐れにおそれて、ただその人の有名になったらどうしようということばかりをおそれるのである。だから、その人を責めることになるのであり、はなはだ詳密ではないことを責めるのである。

#8六段目
夫是之謂不以眾人待其身,而以聖人望於人,
その人を責めることは、これをこそ、人並みの人間をもって自分自身に期待せずして、最高至上の聖人をもって他人に希望するのだということである。
吾未見其尊己也。
これでは私には、その人が自分自身を尊んでいるとは見えないのである。
雖然,為是者,有本有原,
そうであるというけれども、このようにするのには、その本源があり、原因がある。
怠與忌之謂也。
それはその人の心にある怠りと人の善をきらう心とをいうことである。
怠者不能修,而忌者畏人修。
なまけ心のあるものは、身の行いをよくすることはできないし、人の善をいやがる者は、他人が行いを善くするのをおそれるのである。
吾常試之矣。
私はこれを実地に試みたのである。

夫れ是を之れ衆人を以て其の身を待たずして、聖人を以って人に望むと謂ふ。
吾未だ其の己を尊ぶを見ざるなり。
然り雖も、是を為すほ本有り原有り。
怠と忌との謂なり。怠る者は修むること能はずして、忌む者は人の修むるを畏る。吾之を常試せり。




『原毀』 現代語訳と訳註

韓愈0015原毀
(本文)
#8六段目
夫是之謂不以眾人待其身,而以聖人望於人,
吾未見其尊己也。
雖然,為是者,有本有原,
怠與忌之謂也。怠者不能修,
而忌者畏人修。吾常試之矣,



(下し文)

夫れ是を之れ衆人を以て其の身を待たずして、聖人を以って人に望むと謂ふ。
吾未だ其の己を尊ぶを見ざるなり。
然り雖も、是を為すほ本有り原有り。
怠と忌との謂なり。怠る者は修むること能はずして、忌む者は人の修むるを畏る。吾之を常試せり。


(現代語訳)
その人を責めることは、これをこそ、人並みの人間をもって自分自身に期待せずして、最高至上の聖人をもって他人に希望するのだということである。
これでは私には、その人が自分自身を尊んでいるとは見えないのである。
そうであるというけれども、このようにするのには、その本源があり、原因がある。
それはその人の心にある怠りと人の善をきらう心とをいうことである。
なまけ心のあるものは、身の行いをよくすることはできないし、人の善をいやがる者は、他人が行いを善くするのをおそれるのである。
私はこれを実地に試みたのである。


八女茶 畑(訳注) #8六段目
夫是之謂不以眾人待其身,而以聖人望於人,

その人を責めることは、これをこそ、人並みの人間をもって自分自身に期待せずして、最高至上の聖人をもって他人に希望するのだということである。
〇不以衆人待其身 身につける善事について無欲であることによって、その結果、自身に期待するものは人並み以下の人格でよいとすることになる。これは自分を尊はないわけである。
○以聖人望於人 他人が聖人のような完全な人格であるように希望する。人に対しては厳重に要求することは、他人を聖人並みにもてあつかうことになる。


吾未見其尊己也。
これでは私には、その人が自分自身を尊んでいるとは見えないのである。


雖然,為是者,有本有原,
そうであるというけれども、このようにするのには、その本源があり、原因がある。


怠與忌之謂也。
それはその人の心にある怠りと人の善をきらう心とをいうことである。


怠者不能修,而忌者畏人修。
なまけ心のあるものは、身の行いをよくすることはできないし、人の善をいやがる者は、他人が行いを善くするのをおそれるのである。


吾常試之矣。
私はこれを実地に試みたのである。
〇常試 実地に試みた

原毀 韓愈(韓退之) <119-#7>Ⅱ中唐詩624 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2104

原毀 韓愈(韓退之) <119-#7>


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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

原毀 韓愈(韓退之) <119-#7>Ⅱ中唐詩624 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2104


#6四段目
今之君子則不然。其責人也詳,其待己也廉。
今の君子はそうではない。今の君主は人を責める場合は詳細であり、ところが自分にたいしては期待することのハードルを低く設定する。
詳,故人難於為善。廉,故自取也少。
人をとがめ責めることにかんして微に入り細にいるもので、それ故人は善を為すことをはばかるようになる。欲が少ないから、それ故に自分が修得することは少ないのである。
己未有善,曰:「我善是,是亦足矣。」
自分にはまだ善行の積重ねがないのに、「自分はこれが上手なのだから、これで十分である」といい、
己未有能,曰:「我能是,是亦足矣。」
自分にはまだできるという実証を重ねたことがないのに、「自分はこれができるから、これで十分である」という。
外以欺於人,內以欺於心,
これは外においては人をあざむくことであり、内においては自分自身の心をあざむくことである。
未少有得而止矣,不亦待其身者已廉乎。
まだ少しも得ることがなくて中途半端で終るのである。それこそわが身に期待することが、はなはだ自分に甘いこと、やろうとする物事のハードルを低く設定するということではないだろうか。


#7五段目
其於人也,曰 :
そのように中途半端な今の君子が人に対する場合のことをいう。
「彼雖能是,其人不足稱也。
「彼はこのようにすることができるけれども、彼の人物はほめるに足らない。」
彼雖善是,其用不足稱也。」
「彼はこのことは上手であるけれども、その働きはほめるに足らない」と。
舉其一,不計其十;
その人の一つの不善を取りあげているのであり、その他の十の美点をはかることをしない。
究其舊,不圖其新;
またその人の過去の事を追究して、その人の新しく進歩したことをはかることをしないのである。
恐恐然惟懼其人之又聞也,是不亦責於人者以詳乎。

恐れにおそれて、ただその人の有名になったらどうしようということばかりをおそれるのである。だから、その人を責めることになるのであり、はなはだ詳密ではないことを責めるのである。

其の人に於けるや、日く、
「彼是を能くすと雄も、其の人は稲【しょう】するに足らざるなり。」
「彼是を善くすと錐も、其の用は稱するに足らざるなり」と。
其の一を挙げて、其の十を計らず。
其の善を究めて、其の新を図【はか】らず。
恐恐然として惟其の人の聞ゆること有らんを懼【おそ】るるなり。
是れ亦人に責むること己【はなは】だ詳【つまびらか】ならずや。

韓愈0015原毀

『原毀』 現代語訳と訳註
(本文)
#7五段目
其於人也,曰 :
「彼雖能是,其人不足稱也。
彼雖善是,其用不足稱也。」
舉其一,不計其十;
究其舊,不圖其新;
恐恐然惟懼其人之又聞也,是不亦責於人者以詳乎。


(下し文)
其の人に於けるや、日く、
「彼是を能くすと雄も、其の人は稲【しょう】するに足らざるなり。」
「彼是を善くすと錐も、其の用は稱するに足らざるなり」と。
其の一を挙げて、其の十を計らず。
其の善を究めて、其の新を図【はか】らず。
恐恐然として惟其の人の聞ゆること有らんを懼【おそ】るるなり。是れ亦人に責むること己【はなは】だ詳【つまびらか】ならずや。


(現代語訳)
そのように中途半端な今の君子が人に対する場合のことをいう。
「彼はこのようにすることができるけれども、彼の人物はほめるに足らない。」
「彼はこのことは上手であるけれども、その働きはほめるに足らない」と。
その人の一つの不善を取りあげているのであり、その他の十の美点をはかることをしない。
またその人の過去の事を追究して、その人の新しく進歩したことをはかることをしないのである。
恐れにおそれて、ただその人の有名になったらどうしようということばかりをおそれるのである。だから、その人を責めることになるのであり、はなはだ詳密ではないことを責めるのである。

詩人055
(訳注) #7五段目
其於人也,曰 :
そのように中途半端な今の君子が人に対する場合のことをいう。


「彼雖能是,其人不足稱也。
「彼はこのようにすることができるけれども、彼の人物はほめるに足らない。」
○其人 彼の人柄。
○能是 是は技術、このわざをすることができる。


彼雖善是,其用不足稱也。」
「彼はこのことは上手であるけれども、その働きはほめるに足らない」と。
○其用 その働き。其は彼。
○能善是 是は技術、このわざを上手にすることができた。


舉其一,不計其十;
その人の一つの不善を取りあげているのであり、その他の十の美点をはかることをしない。
○其一 彼の一つの欠点。
○其十 彼の多くの美点。


究其舊,不圖其新;
またその人の過去の事を追究して、その人の新しく進歩したことをはかることをしないのである。


恐恐然惟懼其人之又聞也,是不亦責於人者以詳乎。
恐れにおそれて、ただその人の有名になったらどうしようということばかりをおそれるのである。だから、その人を責めることになるのであり、はなはだ詳密ではないことを責めるのである。

原毀 韓愈(韓退之) <119-#6>Ⅱ中唐詩623 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2099

原毀 韓愈(韓退之) <119-#6>
人に対して厳しく、自分に対して甘いことをそしり、誡める。

2013年3月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩名都篇 魏<57-#1> 女性詩710 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2098
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#6>Ⅱ中唐詩623 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2099
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集石鏡 杜甫 <431>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2100 杜甫詩1000-431-614/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集登永嘉緑嶂山詩 謝霊運<20> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2101 (03/21)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性寓言 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-111-46-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2102
 
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

原毀 韓愈(韓退之) <119-#6>Ⅱ中唐詩623 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2099


#4三段目-(1)
其於人也,曰:「彼人也,
その古代の君子が人に対するときにはいうのである、「あの人の事である。」
能有是,是足為良人矣。
「あの人には、ここにいう善事があることである。これが善良な人とするに十分なことなのである。」
能善是,是足為藝人矣。」
「この仕事を上手にすることができたということ。これは、多芸の人ということとするには十分である」ということなのだ。
取其一,不責其二;
「その一つを取りあげて、うまいか、うまくいかないか、その二つについて責めを問うことをしない。」
即其新,不究其舊;
「その人が努力して新しく進んだところについて見て、その過去のいたらなかったところを追究しないことである。」
恐恐然惟懼其人之不得為善之利。

「心おそれてなにもできないでいることは、その人が善事をなす利便を得ないかもしれないことを心配することになる。」
其の人に於けるや,曰く:「彼の人や,
能く是れ有り,是れ良人と為すに足る。
能く是れを善くす,是れ藝人と為すに足ると。」
其の一を取りて,其の二を責めず;
其の新に即【つ】いて,其の舊を究めず;
恐恐然として惟だ其の人の善を為すの利を得ざらんことを懼る。

#5三段目-(2)
一善易修也,一藝易能也;
其於人也,乃曰:
一つの善事はよく行いやすいものなのである。一つの技芸はできやすいものである。
「能有是,是亦足矣!」
それなのに、その人が他人に対するときにこういう。
曰:「能善是,是亦足矣。」
「あの人にはこの能力があることができたのだから、これもまたこれだけで十分である」という。
不亦待於人者輕以約乎。
そしていう、「これを立派におこなうことができたのだから、これでもまた十分である。」と。
これが他の人に期待することが軽くしてひかえめなことではなかろうか。
#5三段目-(2)
一善は修め易きなり,一藝は能くし易きなり;
其の人に於けるや,乃ち曰く:
「能く是れ有り,是れも亦た足れり!」と。
曰く:「能く是れを善くし,是れも亦た足れり。」と。
不亦た人を待つ者、輕くして以って約



#6四段目
今之君子則不然。其責人也詳,其待己也廉。
今の君子はそうではない。今の君主は人を責める場合は詳細であり、ところが自分にたいしては期待することのハードルを低く設定する。
詳,故人難於為善。廉,故自取也少。
人をとがめ責めることにかんして微に入り細にいるもので、それ故人は善を為すことをはばかるようになる。欲が少ないから、それ故に自分が修得することは少ないのである。
己未有善,曰:「我善是,是亦足矣。」
自分にはまだ善行の積重ねがないのに、「自分はこれが上手なのだから、これで十分である」といい、
己未有能,曰:「我能是,是亦足矣。」
自分にはまだできるという実証を重ねたことがないのに、「自分はこれができるから、これで十分である」という。
外以欺於人,內以欺於心,
これは外においては人をあざむくことであり、内においては自分自身の心をあざむくことである。
未少有得而止矣,不亦待其身者已廉乎。
まだ少しも得ることがなくて中途半端で終るのである。それこそわが身に期待することが、はなはだ自分に甘いこと、やろうとする物事のハードルを低く設定するということではないだろうか。

今の君子は則ち然らず。其の人を責むるや詳【つまびらか】に、其の己を待つや廉なり。
詳なるが故に入善を為すを難んず。廉なるが故に自ら取るや少し。
己未だ善有らざるに、日く、「我是を善くす。是も亦足れり」と。
己未だ能くすること有らざるに、日く、「我是を能くす。是も亦足れり」と。
外は以て人を欺き、内は以て心を欺き、末だ少しも得ること有らずして止む。
亦其の身を待つこと己だ廉ならずや。


『原毀』 現代語訳と訳註
(本文)
#6四段目
詩人055今之君子則不然。其責人也詳,其待己也廉。
詳,故人難於為善。廉,故自取也少。
己未有善,曰:「我善是,是亦足矣。」
己未有能,曰:「我能是,是亦足矣。」
外以欺於人,內以欺於心,
未少有得而止矣,不亦待其身者已廉乎。


(下し文)
今の君子は則ち然らず。其の人を責むるや詳【つまびらか】に、其の己を待つや廉なり。
詳なるが故に入善を為すを難んず。廉なるが故に自ら取るや少し。
己未だ善有らざるに、日く、「我是を善くす。是も亦足れり」と。
己未だ能くすること有らざるに、日く、「我是を能くす。是も亦足れり」と。
外は以て人を欺き、内は以て心を欺き、末だ少しも得ること有らずして止む。
亦其の身を待つこと己だ廉ならずや。


(現代語訳)
今の君子はそうではない。今の君主は人を責める場合は詳細であり、ところが自分にたいしては期待することのハードルを低く設定する。
人をとがめ責めることにかんして微に入り細にいるもので、それ故人は善を為すことをはばかるようになる。欲が少ないから、それ故に自分が修得することは少ないのである。
自分にはまだ善行の積重ねがないのに、「自分はこれが上手なのだから、これで十分である」といい、
自分にはまだできるという実証を重ねたことがないのに、「自分はこれができるから、これで十分である」という。
これは外においては人をあざむくことであり、内においては自分自身の心をあざむくことである。
まだ少しも得ることがなくて中途半端で終るのである。それこそわが身に期待することが、はなはだ自分に甘いこと、やろうとする物事のハードルを低く設定するということではないだろうか。


(訳注) #6四段目
今之君子則不然。其責人也詳,其待己也廉。

wakaba002今の君子はそうではない。今の君主は人を責める場合は詳細であり、ところが自分にたいしては期待することのハードルを低く設定する。
○詳 くわしくこまかである。
○廉 無欲。廉の本義はかどめ正しくて、取るべきでない利を取らないこと。ここではわが身に修得することを欲はらない。ハードルを低く設定する。


詳,故人難於為善。廉,故自取也少。
人をとがめ責めることにかんして微に入り細にいるもので、それ故人は善を為すことをはばかるようになる。欲が少ないから、それ故に自分が修得することは少ないのである。
○難 はばかる。困難に思う。


己未有善,曰:「我善是,是亦足矣。」
自分にはまだ善行の積重ねがないのに、「自分はこれが上手なのだから、これで十分である」といい、


己未有能,曰:「我能是,是亦足矣。」
自分にはまだできるという実証を重ねたことがないのに、「自分はこれができるから、これで十分である」という。


外以欺於人,內以欺於心,
これは外においては人をあざむくことであり、内においては自分自身の心をあざむくことである。
○欺 あざむく。ごまかす。


未少有得而止矣,不亦待其身者已廉乎。
まだ少しも得ることがなくて中途半端で終るのである。それこそわが身に期待することが、はなはだ自分に甘いこと、やろうとする物事のハードルを低く設定するということではないだろうか。
○已 甚だに

原毀 韓愈(韓退之) <119-#5>Ⅱ中唐詩621 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2089

原毀 韓愈(韓退之)
世の毀(そしり)の原因は、人が怠惰でありながら名声あるものを嫉妬することにあることを論じたものである。


2013年3月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩棄婦篇 曹植 魏詩<56-#3> 女性詩709 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2093
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#5>Ⅱ中唐詩621 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2089
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●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性隔漢江寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-110-45-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2097
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
 

原毀 韓愈(韓退之) <119-#5>Ⅱ中唐詩621 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2089


#5三段目-(1)
其於人也,曰:「彼人也,
その古代の君子が人に対するときにはいうのである、「あの人の事である。」
能有是,是足為良人矣。
「あの人には、ここにいう善事があることである。これが善良な人とするに十分なことなのである。」
能善是,是足為藝人矣。」
「この仕事を上手にすることができたということ。これは、多芸の人ということとするには十分である」ということなのだ。
取其一,不責其二;
「その一つを取りあげて、うまいか、うまくいかないか、その二つについて責めを問うことをしない。」
即其新,不究其舊;
「その人が努力して新しく進んだところについて見て、その過去のいたらなかったところを追究しないことである。」
恐恐然惟懼其人之不得為善之利。
「心おそれてなにもできないでいることは、その人が善事をなす利便を得ないかもしれないことを心配することになる。」
#4三段目-(2)
一善易修也,一藝易能也;
一つの善事はよく行いやすいものなのである。一つの技芸はできやすいものである。
其於人也,乃曰:
それなのに、その人が他人に対するときにこういう。
「能有是,是亦足矣!」
「あの人にはこの能力があることができたのだから、これもまたこれだけで十分である」という。
曰:「能善是,是亦足矣。」
そしていう、「これを立派におこなうことができたのだから、これでもまた十分である。」と。
不亦待於人者輕以約乎。
これが他の人に期待することが軽くしてひかえめなことではなかろうか

nat0021其の人に於けるや,曰く:「彼の人や,
能く是れ有り,是れ良人と為すに足る。
能く是れを善くす,是れ藝人と為すに足ると。」
其の一を取りて,其の二を責めず;
其の新に即【つ】いて,其の舊を究めず;
恐恐然として惟だ其の人の善を為すの利を得ざらんことを懼る

#5三段目-(2)
一善は修め易きなり,一藝は能くし易きなり;
其の人に於けるや,乃ち曰く:
「能く是れ有り,是れも亦た足れり!」と。
曰く:「能く是れを善くし,是れも亦た足れり。」と。
不亦た人を待つ者、輕くして以って約ならずや。


『原毀』 現代語訳と訳註
(本文)
#5三段目-(2)
韓愈0015原毀一善易修也,一藝易能也;
其於人也,乃曰:
「能有是,是亦足矣!」
曰:「能善是,是亦足矣。」
不亦待於人者輕以約乎。


(下し文)
一善は修め易きなり,一藝は能くし易きなり;
其の人に於けるや,乃ち曰く:
「能く是れ有り,是れも亦た足れり!」と。
曰く:「能く是れを善くし,是れも亦た足れり。」と。
不亦た人を待つ者、輕くして以って約ならずや。


(現代語訳)
一つの善事はよく行いやすいものなのである。一つの技芸はできやすいものである。
それなのに、その人が他人に対するときにこういう。
「あの人にはこの能力があることができたのだから、これもまたこれだけで十分である」という。
そしていう、「これを立派におこなうことができたのだから、これでもまた十分である。」と。
これが他の人に期待することが軽くしてひかえめなことではなかろうか。


(訳注) #5三段目-(2)
一善易修也,一藝易能也;
一つの善事はよく行いやすいものなのである。一つの技芸はできやすいものである。
○芸 技能。一芸に秀でる。746年天宝六載 玄宗は天下にたいし、一芸に秀で通ずるものを長安に集めて試験した。しかし、李林甫、文学の士を嫌っており、全員を落第させた。杜甫の応援者(ブログ杜甫20、21)であった李邕が、正月、李林甫により殺される。これがほんの50年前の出来事である。


其於人也,乃曰:
それなのに、その人が他人に対するときにこういう。


「能有是,是亦足矣!」
「あの人にはこの能力があることができたのだから、これもまたこれだけで十分である」という。


曰:「能善是,是亦足矣。」
そしていう、「これを立派におこなうことができたのだから、これでもまた十分である。」と。
○能善是 是は技術、このわざを上手にすることができた。


不亦待於人者輕以約乎。
これが他の人に期待することが軽くしてひかえめなことではなかろうか。
○軽 軽く少ない。
○約 つつましい。簡略。ひかえめ。
したがって「輕以約,故人樂為善。」“人に期待することが軽くてひかえめであるから、それゆえ人々は善をなすことを楽しむことができるのである。”である。○楽為善 楽しんで善いことをする。


原毀 韓愈(韓退之) <119-#4>Ⅱ中唐詩620 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2084

原毀 韓愈(韓退之) <119-#4>

2013年3月19日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩棄婦篇 曹植 魏詩<56-#2> 女性詩708 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2088
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#4>Ⅱ中唐詩620 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2084
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集徐歩 杜甫 <429>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2090 杜甫詩1000-429-612/1500徐歩 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 24)
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集白石巌下径行田詩 謝霊運<18> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2091 (03/19)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性和人 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-109-44-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ209
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


原毀 韓愈(韓退之) <119-#4>Ⅱ中唐詩620 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2084


#1一段目-(1)
古之君子,其責己也重以周,其待人也,輕以約。
古代の君子といわれる成徳の人は、自分にたいして責めることは重くして、それをどんな事にもあまねく行きわたっているのである。
その君子は他人にたいして期待することにおいて、軽くて簡略なものとしているのである。

重以周,故不怠。輕以約,故人樂為善。
自己を責めることが厳重でありどんな事にもあまねく行きわたっているのであるから、それゆえ怠惰でないのである。
人に期待することが軽くてひかえめであるから、それゆえ人々は善をなすことを楽しむことができるのである。

聞古之人有舜者,其為人也,仁義人也。

聞くところによると、古代の五帝の舜があって、「その人物はひととなりがよく、仁という博愛の心があり、義という理性をもってすじみちを行う人である。」と。 
古の君子、其の己を責むるや重くして以て周に、其の人を待つや、軽くして以て約なり。
重くして以て周なり。故に怠らず。
軽くして以て約なり。故に入善を為すを楽しむ。
聞く古の人に舜といふ者有り、其の人と爲りや仁義の人なりと。

#2一段目-(2)
求其所以為舜者,責於己曰:
その人が舜というすぐれた人格であるわけのもの、仁義を求めて、自分を責めていうのである。
「彼人也,予人也;彼能是,而我乃不能是。」
「彼も人間であり、自分も人間である。」
「彼、舜はこの仁義を行うことができるのに、それなのに我々はこれができない。これではならぬ。」と。

早夜以思,去其不如舜者,
朝晩これを思い求め、舜のようでない所から去ることである。
就其如舜者。聞古之人有周公者,
その舜のようである所に就くのである。聞くところでは、古の人に周公旦というものがあった。
其為人也,多才與藝人也。

その人物は心の働きである多才と多芸、学芸との多い人であった。
#2一段目-(2)
其の舜為る所以の者を求め,己を責めて曰く:
「彼も人なり,予【われ】も人なり;
彼是を能くするに,而も我は乃ち是れを能くせずに。」
早夜に以って思い,其の舜の如くならざる者去り,
其の舜の如き者に就く。聞く古の人に周公という者有り,
其の人と為りや,才と藝と多き人なり。

#3二段目
求其所以為周公者,責於己曰:
古代の君子である、その周公の貴ばれるわけである才芸を求めて、自分を責めていう。
「彼人也,予人也;彼能是,而我乃不能是。」
「彼も人間であり、自分も人間である。彼にはこれができるのに、自分はそれなのにこれができない。」と。
早夜以思,去其不如周公者,就其如周公者。
朝から晩に思い求めて、その周公のようできないとそこから去って、その周公のように才芸の多い方へと行くのである。
舜,大聖人也,後世無及焉。
舜は大聖人であり、偉大な智徳の最高な人物である。
周公,大聖人也,後世無及焉。
周公は大聖人である。後世にこれに及ぶものはいない。
是人也,乃曰:
これなる人であるが、それなのに、いう。
「不如舜,不如周公,吾之病也。」
「舜のようでなく、周公且のようでないことが、自分の心配である。」という。
是不亦責於身者重以周乎。
これはまた、わが身の行いを責めることの、重くて行き届いたことではないか。

#3二段目
其の周公と為る所以の者を求め,己を責めて曰く:「彼も人なり,予も人なり;彼是を能くするに,而も我は乃ち是を能くせずと。」
早夜に以って思い,其の周公の如くならざる者を去って,其の周公もき如者に就く。
舜は,大聖人なり,後世に及ぶものなし。
周公は,大聖人なり,後世に及ぶものなし。
是の人や,乃ち曰く:
「舜の如くならず,周公の如くならず,吾の病なり。」
是れ亦た身を責むる者重く以って周ならずや。

4三段目-(1)
其於人也,曰:「彼人也,
その古代の君子が人に対するときにはいうのである、「あの人の事である。」
能有是,是足為良人矣。
「あの人には、ここにいう善事があることである。これが善良な人とするに十分なことなのである。」
能善是,是足為藝人矣。」
「この仕事を上手にすることができたということ。これは、多芸の人ということとするには十分である」ということなのだ。
取其一,不責其二;
「その一つを取りあげて、うまいか、うまくいかないか、その二つについて責めを問うことをしない。」
即其新,不究其舊;
「その人が努力して新しく進んだところについて見て、その過去のいたらなかったところを追究しないことである。」
恐恐然惟懼其人之不得為善之利。

「心おそれてなにもできないでいることは、その人が善事をなす利便を得ないかもしれないことを心配することになる。」
#5三段目-(2)
一善易修也,一藝易能也;
其於人也,乃曰:
「能有是,是亦足矣!」
曰:「能善是,是亦足矣。」
不亦待於人者輕以約乎。

其の人に於けるや,曰く:「彼の人や,
能く是れ有り,是れ良人と為すに足る。
能く是れを善くす,是れ藝人と為すに足ると。」
其の一を取りて,其の二を責めず;
其の新に即【つ】いて,其の舊を究めず;
恐恐然として惟だ其の人の善を為すの利を得ざらんことを懼る。

#5三段目-(2)
一善は修め易きなり,一藝は能くし易きなり;
其の人に於けるや,乃ち曰く:
「能く是れ有り,是れも亦た足れり!」と。
曰く:「能く是れを善くし,是れも亦た足れり。」と。
不亦た人を待つ者、輕くして以って約ならずや。

韓愈0015原毀
『原毀』 現代語訳と訳註
(本文)
#4三段目-(1)
其於人也,曰:「彼人也,
能有是,是足為良人矣。
能善是,是足為藝人矣。」
取其一,不責其二;
即其新,不究其舊;
恐恐然惟懼其人之不得為善之利。


(下し文)
其の人に於けるや,曰く:「彼の人や,
能く是れ有り,是れ良人と為すに足る。
能く是れを善くす,是れ藝人と為すに足ると。」
其の一を取りて,其の二を責めず;
其の新に即【つ】いて,其の舊を究めず;
恐恐然として惟だ其の人の善を為すの利を得ざらんことを懼る。


(現代語訳)
その古代の君子が人に対するときにはいうのである、「あの人の事である。」
「あの人には、ここにいう善事があることである。これが善良な人とするに十分なことなのである。」
「この仕事を上手にすることができたということ。これは、多芸の人ということとするには十分である」ということなのだ。
「その一つを取りあげて、うまいか、うまくいかないか、その二つについて責めを問うことをしない。」
「その人が努力して新しく進んだところについて見て、その過去のいたらなかったところを追究しないことである。」
「心おそれてなにもできないでいることは、その人が善事をなす利便を得ないかもしれないことを心配することになる。」


(訳注) #4三段目-(1)
其於人也,曰:「彼人也,

その古代の君子が人に対するときにはいうのである、「あの人の事である。」
○彼人也 「かの人や」と読む。彼と読めば特定の人物を指すのでここは漠然とした人を云う。


能有是,是足為良人矣。
「あの人には、ここにいう善事があることである。これが善良な人とするに十分なことなのである。」
○能有足 是は善事。この善事があることができたということ。
○良人 善良な行いの人。


能善是,是足為藝人矣。」
「この仕事を上手にすることができたということ。これは、多芸の人ということとするには十分である」ということなのだ。
○能書是 是は技術、このわざを上手にすることができた。
○芸人 技能の多い人。


取其一,不責其二;
「その一つを取りあげて、うまいか、うまくいかないか、その二つについて責めを問うことをしない。」


即其新,不究其舊;
「その人が努力して新しく進んだところについて見て、その過去のいたらなかったところを追究しないことである。」


恐恐然惟懼其人之不得為善之利。
「心おそれてなにもできないでいることは、その人が善事をなす利便を得ないかもしれないことを心配することになる。」
○恐恐然 おっかなびっくり。優柔不断を云う。損得、利便などを心配すること。心おそれてなにもできないでいること。
○為善之利 善事をなすのに都合のよいこと。
岳陽樓詩人0051

原毀 韓愈(韓退之) <119-#3>Ⅱ中唐詩620 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2084

原毀 韓愈(韓退之) <119-#3>

世の毀(そしり)の原因は、人が怠惰でありながら名声あるものを嫉妬することにあることを論じたものである。
科挙の試験に用いる八股文という対句を主とした文章の模範とされた。

2013年3月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



原毀 韓愈(韓退之) <119-#3>Ⅱ中唐詩620 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2084


世の毀(そしり)の原因は、人が怠惰でありながら名声あるものを嫉妬することにあることを論じたものである。
科挙の試験に用いる八股文という対句を主とした文章の模範とされた。
九段、11回の分割で掲載後12回をまとめとする。この後、ちょっと横道であるが、宋玉『楚辞―九辯』を紹介し、そのあと韓愈に戻る。

#1一段目-(1)
古之君子,其責己也重以周,其待人也,輕以約。
古代の君子といわれる成徳の人は、自分にたいして責めることは重くして、それをどんな事にもあまねく行きわたっているのである。
その君子は他人にたいして期待することにおいて、軽くて簡略なものとしているのである。

重以周,故不怠。輕以約,故人樂為善。
自己を責めることが厳重でありどんな事にもあまねく行きわたっているのであるから、それゆえ怠惰でないのである。
人に期待することが軽くてひかえめであるから、それゆえ人々は善をなすことを楽しむことができるのである。

聞古之人有舜者,其為人也,仁義人也。

聞くところによると、古代の五帝の舜があって、「その人物はひととなりがよく、仁という博愛の心があり、義という理性をもってすじみちを行う人である。」と。

古の君子、其の己を責むるや重くして以て周に、其の人を待つや、軽くして以て約なり。
重くして以て周なり。故に怠らず。
軽くして以て約なり。故に入善を為すを楽しむ。
聞く古の人に舜といふ者有り、其の人と爲りや仁義の人なりと。

#2一段目-(2)
求其所以為舜者,責於己曰:
その人が舜というすぐれた人格であるわけのもの、仁義を求めて、自分を責めていうのである。
「彼人也,予人也;彼能是,而我乃不能是。」
「彼も人間であり、自分も人間である。」
「彼、舜はこの仁義を行うことができるのに、それなのに我々はこれができない。これではならぬ。」と。

早夜以思,去其不如舜者,
朝晩これを思い求め、舜のようでない所から去ることである。
就其如舜者。聞古之人有周公者,
その舜のようである所に就くのである。聞くところでは、古の人に周公旦というものがあった。
其為人也,多才與藝人也。
その人物は心の働きである多才と多芸、学芸との多い人であった。
#2一段目-(2)
其の舜為る所以の者を求め,己を責めて曰く:
「彼も人なり,予【われ】も人なり;
彼是を能くするに,而も我は乃ち是れを能くせずに。」
早夜に以って思い,其の舜の如くならざる者去り,
其の舜の如き者に就く。聞く古の人に周公という者有り,
其の人と為りや,才と藝と多き人なり。

#3二段目
求其所以為周公者,責於己曰:
古代の君子である、その周公の貴ばれるわけである才芸を求めて、自分を責めていう。
「彼人也,予人也;彼能是,而我乃不能是。」
「彼も人間であり、自分も人間である。彼にはこれができるのに、自分はそれなのにこれができない。」と。
早夜以思,去其不如周公者,就其如周公者。
朝から晩に思い求めて、その周公のようできないとそこから去って、その周公のように才芸の多い方へと行くのである。
舜,大聖人也,後世無及焉。
舜は大聖人であり、偉大な智徳の最高な人物である。
周公,大聖人也,後世無及焉。
周公は大聖人である。後世にこれに及ぶものはいない。
是人也,乃曰:
これなる人であるが、それなのに、いう。
「不如舜,不如周公,吾之病也。」
「舜のようでなく、周公且のようでないことが、自分の心配である。」という。
是不亦責於身者重以周乎。

これはまた、わが身の行いを責めることの、重くて行き届いたことではないか。

#3二段目
其の周公と為る所以の者を求め,己を責めて曰く:「彼も人なり,予も人なり;彼是を能くするに,而も我は乃ち是を能くせずと。」
早夜に以って思い,其の周公の如くならざる者を去って,其の周公もき如者に就く。
舜は,大聖人なり,後世に及ぶものなし。
周公は,大聖人なり,後世に及ぶものなし。
是の人や,乃ち曰く:
「舜の如くならず,周公の如くならず,吾の病なり。」
是れ亦た身を責むる者重く以って周ならずや。


『原毀』 現代語訳と訳註
韓愈0015原毀(本文)
#3二段目
求其所以為周公者,責於己曰:
「彼人也,予人也;彼能是,而我乃不能是。」
早夜以思,去其不如周公者,就其如周公者。
舜,大聖人也,後世無及焉。
周公,大聖人也,後世無及焉。
是人也,乃曰:
「不如舜,不如周公,吾之病也。」
是不亦責於身者重以周乎。


(下し文)

其の周公為る所以の者を求め、己を責めて日く、
彼も人なり、予も人なり。彼走を能くするに、而も我は乃ち是を能くせずと。
早夜に以て恩ひ、其の周公の如くならざる者を去って、其の周公の如き者に就く。
舜は大聖人なり。後世及ぶ無し。
周公は大聖人なり。後世及ぶ無し。
是の人や、乃ち日く、
舜の如くならず、周公の如くならざるは、吾の病なりと。
是れ赤身を責むる者、重くして以て周ならずや。


(現代語訳)
古代の君子である、その周公の貴ばれるわけである才芸を求めて、自分を責めていう。
「彼も人間であり、自分も人間である。彼にはこれができるのに、自分はそれなのにこれができない。」と。
朝から晩に思い求めて、その周公のようできないとそこから去って、その周公のように才芸の多い方へと行くのである。
舜は大聖人であり、偉大な智徳の最高な人物である。
周公は大聖人である。後世にこれに及ぶものはいない。
これなる人であるが、それなのに、いう。
「舜のようでなく、周公且のようでないことが、自分の心配である。」という。
これはまた、わが身の行いを責めることの、重くて行き届いたことではないか。


(訳注)#3二段目
求其所以為周公者,責於己曰:

古代の君子である、その周公の貴ばれるわけである才芸を求めて、自分を責めていう。
O周公 儒家の先聖の一人。周の文王の子、武王の弟で、成王の摂政として、周の礼楽を完成した多才、多芸の人。原性 六段目 韓愈(韓退之) <116-9> Ⅱ中唐晩唐 607 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2019
sakura0081韓愈『原性』六段目
堯之朱,舜之均,文王之管蔡,
習非不善也,而卒為奸;
瞽叟之舜,鯀之禹,習非不惡也,
而卒為聖。人之性善惡果混乎?
故曰:三子之言性也,舉其中而遺其上下者也,
得其一而失其二者也。
武王の死後成王が幼かったので周公旦が摂政となった。管・蔡は国中に流言した、「周公は幼主の為によくない」と。周公は居を東都に避けた。後に成王は周公を迎えて帰ったので、管・蔡は懼れて、武康を立てて叛いた。成工は周公に命じてこれを討たせ、武康を誅し、管叔を殺し、蔡叔を追放してこれを遷したが、ついで彼もまた死んだ(『書経』金膽篇)。管叔[?~前1110ころ]中国、周の王族。文王の三男。武王の弟、周公の兄。名は鮮。管に封ぜられたのでこの姓がある。武王の死後、蔡(さい)に封ぜられた叔度とともに周に背き、周公に殺された。蔡叔度は、西周の諸侯である蔡の初代の君主。姓は姫で、名は度。周の文王の五男として生まれた。武王が殷を滅ぼすと、叔度は蔡(河南省駐馬店市上蔡県の南西)に封じられ、帝辛(紂王)の子の武庚を監視する任を与えられた。成王が即位すると、幼年であったため周公旦が摂政した。蔡叔度は周公旦が朝政を専断するのが不満で、管叔鮮とともに三監の乱を引き起こした。戦争に敗れると、周公旦によって郭邻に流され、配所で死去した。子の蔡仲が蔡に封じられて、祭祀を継いだ。


「彼人也,予人也;彼能是,而我乃不能是。」
「彼も人間であり、自分も人間である。彼にはこれができるのに、自分はそれなのにこれができない。」と。
○能是 多才であり多芸であることができた。


早夜以思,去其不如周公者,就其如周公者。
朝から晩に思い求めて、その周公のようできないとそこから去って、その周公のように才芸の多い方へと行くのである。


舜,大聖人也,後世無及焉。
舜は大聖人であり、偉大な智徳の最高な人物である。後世にこれに追いつくものがいない。


周公,大聖人也,後世無及焉。
周公は大聖人である。後世にこれに及ぶものはいない。


是人也,乃曰:
これなる人であるが、それなのに、いう。


「不如舜,不如周公,吾之病也。」
「舜のようでなく、周公且のようでないことが、自分の心配である。」という。


是不亦責於身者重以周乎。
これはまた、わが身の行いを責めることの、重くて行き届いたことではないか。

原毀 韓愈(韓退之) <119-#2>Ⅱ中唐詩619 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2079

原毀 韓愈(韓退之)
世の毀(そしり)の原因は、人が怠惰でありながら名声あるものを嫉妬することにあることを論じたものである。

2013年3月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩陌上桑行 古詩・漢の無名氏 魏詩<55-#5> 女性詩706 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2078
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#2>Ⅱ中唐詩619 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2079
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集落日 杜甫 <427>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2080 杜甫詩1000-427-610/1500落日 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 22)
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集七里瀬 謝霊運<16> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2081 (03/17)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性暮春即事 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-107-42-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2082
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


原毀 韓愈(韓退之) <119-#2>Ⅱ中唐詩619 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2079


世の毀(そしり)の原因は、人が怠惰でありながら名声あるものを嫉妬することにあることを論じたものである。
科挙の試験に用いる八股文という対句を主とした文章の模範とされた。

九段、11回の分割で掲載後12回をまとめとする。この後、ちょっと横道であるが、宋玉『楚辞―九辯』を紹介し、そのあと韓愈に戻る。

韓愈0015原毀#1一段目-(1)
古之君子,其責己也重以周,其待人也,輕以約。
重以周,故不怠。輕以約,故人樂為善。
聞古之人有舜者,其為人也,仁義人也。
#2一段目-(2)
求其所以為舜者,責於己曰:
「彼人也,予人也;彼能是,而我乃不能是。」
早夜以思,去其不如舜者,就其如舜者。
聞古之人有周公者,其為人也,多才與藝人也。

#3二段目
求其所以為周公者,責於己曰:
「彼人也,予人也;彼能是,而我乃不能是。」
早夜以思,去其不如周公者,就其如周公者。
舜,大聖人也,後世無及焉。
周公,大聖人也,後世無及焉。
是人也,乃曰:
「不如舜,不如周公,吾之病也。」
是不亦責於身者重以周乎。

#4三段目-(1)
其於人也,曰:「彼人也,
能有是,是足為良人矣。
能善是,是足為藝人矣。」
取其一,不責其二;
即其新,不究其舊;
恐恐然惟懼其人之不得為善之利。
#5三段目-(2)
一善易修也,一藝易能也;
其於人也,乃曰:
「能有是,是亦足矣!」
曰:「能善是,是亦足矣。」
不亦待於人者輕以約乎。

#6四段目
今之君子則不然。其責人也詳,其待己也廉。
詳,故人難於為善。廉,故自取也少。
己未有善,曰:「我善是,是亦足矣。」
己未有能,曰:「我能是,是亦足矣。」
外以欺於人,內以欺於心,
未少有得而止矣,不亦待其身者已廉乎。

#7五段目
其於人也,曰 :
「彼雖能是,其人不足稱也。
彼雖善是,其用不足稱也。」
舉其一,不計其十;
究其舊,不圖其新;
恐恐然惟懼其人之又聞也,是不亦責於人者以詳乎。

sakura0081#8六段目
夫是之謂不以眾人待其身,而以聖人望於人,
吾未見其尊己也。
雖然,為是者,有本有原,
怠與忌之謂也。怠者不能修,
而忌者畏人修。吾常試之矣,

#9七段目
常試語於眾曰:「某良士,某良士。」
其應者,必其人之與也。
不然,則其所疏遠,不與同其利者也。
不然,則其畏也。
不若是,強者必說於言,懦者必說於色矣。

#10八段目
又嘗語二於衆小目、某非二良士 某非二良土山
其不應者、必其人之輿也。不然則其所疎遠、不輿同其利者也。不然則其畏也。
不若是、強者必説於言、儒者必説於色矣。

#11九段目
是故事修而謗興,德高而毀來。
嗚呼!士之處此世,而望名譽之光,
道德之行,難已!
將有作於上者,得吾說而存之,
其國家可幾而理歟。


#1一段目-(1)
古之君子,其責己也重以周,其待人也,輕以約。
古代の君子といわれる成徳の人は、自分にたいして責めることは重くして、それをどんな事にもあまねく行きわたっているのである。
その君子は他人にたいして期待することにおいて、軽くて簡略なものとしているのである。
重以周,故不怠。輕以約,故人樂為善。
自己を責めることが厳重でありどんな事にもあまねく行きわたっているのであるから、それゆえ怠惰でないのである。
人に期待することが軽くてひかえめであるから、それゆえ人々は善をなすことを楽しむことができるのである。

聞古之人有舜者,其為人也,仁義人也。

聞くところによると、古代の五帝の舜があって、「その人物はひととなりがよく、仁という博愛の心があり、義という理性をもってすじみちを行う人である。」と。
古の君子、其の己を責むるや重くして以て周に、其の人を待つや、軽くして以て約なり。
重くして以て周なり。故に怠らず。
軽くして以て約なり。故に入善を為すを楽しむ。
聞く古の人に舜といふ者有り、其の人と爲りや仁義の人なりと。

#2一段目-(2)
求其所以為舜者,責於己曰:
その人が舜というすぐれた人格であるわけのもの、仁義を求めて、自分を責めていうのである。
「彼人也,予人也;
「彼も人間であり、自分も人間である。」
彼能是,而我乃不能是。」
「彼、舜はこの仁義を行うことができるのに、それなのに我々はこれができない。これではならぬ。」と。
早夜以思,去其不如舜者,
朝晩これを思い求め、舜のようでない所から去ることである。
就其如舜者。聞古之人有周公者,
その舜のようである所に就くのである。聞くところでは、古の人に周公旦というものがあった。
其為人也,多才與藝人也。
その人物は心の働きである多才と多芸、学芸との多い人であった。
#2一段目-(2)
其の舜為る所以の者を求め,己を責めて曰く:
「彼も人なり,予【われ】も人なり;
彼是を能くするに,而も我は乃ち是れを能くせずに。」
早夜に以って思い,其の舜の如くならざる者去り,
其の舜の如き者に就く。聞く古の人に周公という者有り,
其の人と為りや,才と藝と多き人なり。


『原毀』 現代語訳と訳註
(本文)
#2一段目-(2)
求其所以為舜者,責於己曰:
「彼人也,予人也;彼能是,而我乃不能是。」
早夜以思,去其不如舜者,就其如舜者。聞古之人有周公者,其為人也,多才與藝人也。


(下し文) #2一段目-(2)
其の舜為る所以の者を求め,己を責めて曰く:
「彼も人なり,予【われ】も人なり;
彼是を能くするに,而も我は乃ち是れを能くせずに。」
早夜に以って思い,其の舜の如くならざる者去り,
其の舜の如き者に就く。聞く古の人に周公という者有り,
其の人と為りや,才と藝と多き人なり。


(現代語訳)
その人が舜というすぐれた人格であるわけのもの、仁義を求めて、自分を責めていうのである。
「彼も人間であり、自分も人間である。」
「彼、舜はこの仁義を行うことができるのに、それなのに我々はこれができない。これではならぬ。」と。
朝晩これを思い求め、舜のようでない所から去ることである。
その舜のようである所に就くのである。聞くところでは、古の人に周公旦というものがあった。
その人物は心の働きである多才と多芸、学芸との多い人であった。


(訳注)#2一段目-(2)
求其所以為舜者,責於己曰:
その人が舜というすぐれた人格であるわけのもの、仁義を求めて、自分を責めていうのである。
○所以為舜 舜は聖人であるわけ。仁義をもついう。


「彼人也,予人也;
「彼も人間であり、自分も人間である。」
○枚人也、予人也 彼もわれも同じ人間である。『孟子』願文公上農に「成観(刷)斉の景公に謂つて日く、彼も大夫なり。我も大夫なり。吾何ぞ彼を畏れんやと。顔淵円く、舜何人(琶ぞや、予何人ぞやと。為す有る者も亦是の若し」とあるのによる。


彼能是,而我乃不能是。」
「彼、舜はこの仁義を行うことができるのに、それなのに我々はこれができない。これではならぬ。」と。
○乃 それなのに。


早夜以思,去其不如舜者,
朝晩これを思い求め、舜のようでない所から去ることである。
○早夜 朝晩。早は一に蚤に作る。
○去 立ち去り離れる。


就其如舜者。聞古之人有周公者,
その舜のようである所に就くのである。聞くところでは、古の人に周公旦というものがあった。
○就 そこへ行く。
○周公 儒家の先聖の一人。周の文王の子、武王の弟で、成王の摂政として、周の礼楽を完成した多才、多芸の人。


其為人也,多才與藝人也。
その人物は心の働きである多才と多芸、学芸との多い人であった。

原毀 韓愈(韓退之) <119-#1>Ⅱ中唐詩618 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2074

原毀 韓愈


2013年3月16日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#1>Ⅱ中唐詩618 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2074
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

原毀 韓愈(韓退之) <119-#1>Ⅱ中唐詩618 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2074

世の毀(そしり)の原因は、人が怠惰でありながら名声あるものを嫉妬することにあることを論じたものである。
科挙の試験に用いる八股文という対句を主とした文章の模範とされた。
九段、11回の分割で掲載後12回をまとめとする。この後、ちょっと横道であるが、宋玉『楚辞―九辯』を紹介し、そのあと韓愈に戻る。



#1一段目-(1)
古之君子,其責己也重以周,其待人也,輕以約。
重以周,故不怠。輕以約,故人樂為善。
聞古之人有舜者,其為人也,仁義人也。
#2一段目-(2)
求其所以為舜者,責於己曰:
「彼人也,予人也;彼能是,而我乃不能是。」
早夜以思,去其不如舜者,就其如舜者。聞古之人有周公者,其為人也,多才與藝人也。

#3二段目
求其所以為周公者,責於己曰:
「彼人也,予人也;彼能是,而我乃不能是。」
早夜以思,去其不如周公者,就其如周公者。
舜,大聖人也,後世無及焉。
周公,大聖人也,後世無及焉。
是人也,乃曰:
「不如舜,不如周公,吾之病也。」
是不亦責於身者重以周乎。

#4三段目-(1)
其於人也,曰:「彼人也,
能有是,是足為良人矣。
能善是,是足為藝人矣。」
取其一,不責其二;
即其新,不究其舊;
恐恐然惟懼其人之不得為善之利。
#5三段目-(2)
一善易修也,一藝易能也;
其於人也,乃曰:
「能有是,是亦足矣!」
曰:「能善是,是亦足矣。」
不亦待於人者輕以約乎。

#6四段目
今之君子則不然。其責人也詳,其待己也廉。
詳,故人難於為善。廉,故自取也少。
己未有善,曰:「我善是,是亦足矣。」
己未有能,曰:「我能是,是亦足矣。」
外以欺於人,內以欺於心,
未少有得而止矣,不亦待其身者已廉乎。

#7五段目
其於人也,曰 :
「彼雖能是,其人不足稱也。
彼雖善是,其用不足稱也。」
舉其一,不計其十;
究其舊,不圖其新;
恐恐然惟懼其人之又聞也,是不亦責於人者以詳乎。

#8六段目
夫是之謂不以眾人待其身,而以聖人望於人,
吾未見其尊己也。
雖然,為是者,有本有原,
怠與忌之謂也。怠者不能修,
而忌者畏人修。吾常試之矣,

#9七段目
常試語於眾曰:「某良士,某良士。」
其應者,必其人之與也。
不然,則其所疏遠,不與同其利者也。
不然,則其畏也。
不若是,強者必說於言,懦者必說於色矣。

#10八段目
又嘗語二於衆小目、某非二良士 某非二良土山
其不應者、必其人之輿也。不然則其所疎遠、不輿同其利者也。不然則其畏也。
不若是、強者必説於言、儒者必説於色矣。

#11九段目
是故事修而謗興,德高而毀來。
嗚呼!士之處此世,而望名譽之光,
道德之行,難已!
將有作於上者,得吾說而存之,
其國家可幾而理歟。


#1一段目-(1)
古之君子,其責己也重以周,
古代の君子といわれる成徳の人は、自分にたいして責めることは重くして、それをどんな事にもあまねく行きわたっているのである。
其待人也,輕以約。
その君子は他人にたいして期待することにおいて、軽くて簡略なものとしているのである。
重以周,故不怠。
自己を責めることが厳重でありどんな事にもあまねく行きわたっているのであるから、それゆえ怠惰でないのである。
輕以約,故人樂為善。
人に期待することが軽くてひかえめであるから、それゆえ人々は善をなすことを楽しむことができるのである。
聞古之人有舜者,其為人也,仁義人也。

聞くところによると、古代の五帝の舜があって、「その人物はひととなりがよく、仁という博愛の心があり、義という理性をもってすじみちを行う人である。」と。

古の君子、其の己を責むるや重くして以て周に、其の人を待つや、軽くして以て約なり。
重くして以て周なり。故に怠らず。
軽くして以て約なり。故に入善を為すを楽しむ。
聞く古の人に舜といふ者有り、其の人と爲りや仁義の人なりと。


『原毀』 現代語訳と訳註
(本文)
#1一段目-(1)
古之君子,其責己也重以周,其待人也,輕以約。
重以周,故不怠。輕以約,故人樂為善。
聞古之人有舜者,其為人也,仁義人也。


(下し文)
古の君子、其の己を責むるや重くして以て周に、其の人を待つや、軽くして以て約なり。
重くして以て周なり。故に怠らず。
軽くして以て約なり。故に入善を為すを楽しむ。
聞く古の人に葬といふ老有り、其の人と爲りや仁義の人なりと。


(現代語訳)
古代の君子といわれる成徳の人は、自分にたいして責めることは重くして、それをどんな事にもあまねく行きわたっているのである。
その君子は他人にたいして期待することにおいて、軽くて簡略なものとしているのである。
自己を責めることが厳重でありどんな事にもあまねく行きわたっているのであるから、それゆえ怠惰でないのである。
人に期待することが軽くてひかえめであるから、それゆえ人々は善をなすことを楽しむことができるのである。
聞くところによると、古代の五帝の舜があって、「その人物はひととなりがよく、仁という博愛の心があり、義という理性をもってすじみちを行う人である。」と。


韓愈0015原毀


(訳注) #1一段目-(1)
古之君子,其責己也重以周,
古代の君子といわれる成徳の人は、自分にたいして責めることは重くして、それをどんな事にもあまねく行きわたっているのである。
○其責己也 その人、古の君子が自己を責める場合に。責は追求する。


其待人也,輕以約。
その君子は他人にたいして期待することにおいて、軽くて簡略なものとしているのである。


重以周,故不怠。
自己を責めることが厳重でありどんな事にもあまねく行きわたっているのであるから、それゆえ怠惰でないのである。
○重 おもくきびしい。厳重。
○周 あまねく、手落ちがない。おろそかでないこと。
○怠 怠惰。


輕以約,故人樂為善。
人に期待することが軽くてひかえめであるから、それゆえ人々は善をなすことを楽しむことができるのである。
○軽 軽く少ない。
○約 つつましい。簡略。ひかえめ。
○楽為善 楽しんで善いことをする。


聞古之人有舜者,其為人也,仁義人也。
聞くところによると、古代の五帝の舜があって、「その人物はひととなりがよく、仁という博愛の心があり、義という理性をもってすじみちを行う人である。」と。
○舜 古代の伝説上の聖天子の名。三皇五帝の三皇を伏羲、女媧、神農、五帝を黄・堯・舜・禹・湯とする一人。儒家により神聖視され、堯(ぎょう)と並んで堯舜と呼ばれて聖人と崇められた。また、二十四孝として数えられている。 舜は顓頊(せんぎょく)の7代子孫とされる。母を早くになくして、継母と連子と父親と暮らしていたが、父親達は連子に後を継がせるために隙あらば舜を殺そうと狙っていた。舜はそんな父親に対しても孝を尽くしたので、名声が高まり堯の元にもうわさが届いた。
○為人 人物、人がらをいう。
○仁義 儒家の遺徳の最大のものである博愛と義理。

原鬼 韓愈(韓退之) <118-4>Ⅱ中唐詩617 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2069

原鬼 韓愈(韓退之) <118-4>


2013年3月15日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩陌上桑行 古詩・漢の無名氏 漢詩<55-#3> 女性詩704 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2068
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集富春渚 謝霊運<14> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2071 (03/15)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性過鄂州 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-105-40-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2072
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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原鬼 韓愈(韓退之) <118-4>Ⅱ中唐詩617 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2069


当時、不可解なもの、現象などにより、民間信仰から、道教、末法の仏教へ移行したものが多く、これを人間の精霊(鬼)の本原の理を明らかにすることにより防ごうというものである。
 

原鬼
一段目
有嘯於梁,從而燭之,無見也。斯鬼乎?曰:非也,鬼無聲。有立於堂,從而視之,無見也。斯鬼乎?曰:非也,鬼無形。有觸吾躬,從而執之,無得也。斯鬼乎?曰:非也,鬼無聲與形,安有氣。
二段目
曰:鬼無聲也,無形也,無氣也,果無鬼乎?曰:有形而無聲者,物有之矣,土石是也;有聲而無形者,物有之矣,風霆是也;有聲與形者,物有之矣,人獸是也;無聲與形者,物有之矣,鬼神是也。
三段目
曰:然則有怪而與民物接者,何也?
曰:是有二:有鬼,有物。
漠然無形與聲者,鬼之常也。
民有忤於天,有違於民,
有爽於物,逆於倫,而感於氣,於是乎鬼有形於形,有憑於聲以應之,而下殃禍焉,皆民之為之也。
其既也,又反乎其常。
四段目
曰:何謂物?曰:成於形與聲者,土石、風霆、人獸是也;反乎無聲與形者,鬼神是也;不能有形與聲,不能無形與聲者,物怪是也。故其作而接於民也無恆,故有動於民而為禍,亦有動於民而為福,亦有動於民而莫之為禍福,適丁民之有是時也。


原鬼
一段目
有嘯於梁,從而燭之,無見也。
横になって天井を見る。すると家の梁桁でヒューッと息継いだものがある。そこで燭でそこら辺りを照らして見るが、見えるものがないのである。
斯鬼乎?曰:非也,鬼無聲。
これは精霊ではなかろうか。私は断言していう、「そうではない。精霊には声がない。」と。
有立於堂,從而視之,無見也。
家の奥座敷に立っているものがあるようだ。そこへ行ってよく見てみるが、見えるものがない。
斯鬼乎?曰:非也,鬼無形。
これこそが精霊であろうか。私はいう、「そうではない。精霊には形がないのだ。」と。
有觸吾躬,從而執之,無得也。
私の身体にふれるものがある。では、それを求めて手につかまえようとしても、手に取れるものがない。
斯鬼乎?曰:非也,鬼無聲與形,安有氣。
それこそが精霊であろうか。私はいう、「そうではない。精霊には声もなく、形もないのだから、どうして手に実際に感じる感覚があるというのか。」と。

梁に嘯【うそぶく】くもの有り。従って之を燭【てら】すに、見ること無し。
斯れ鬼か。日く、非なり、鬼には聾無しと。
堂に立つもの有り、従って之を視るに、見ること無し。
斯れ鬼か。日く、非なり、鬼に形無しと。
吾が躬【み】に觸【ふ】るるもの有り、従って之を執【とら】ふるに、得ること無し。
斯れ鬼か。曰く、非なり、鬼には馨と形と無し、安んぞ気有らんと。

二段目
曰:鬼無聲也,無形也,無氣也,果無鬼乎?
精霊は声を発しない、形にあらわさない、現象を構成する生命力という気さえもないならば、はたして精霊は存在しないのか?ということである
曰:有形而無聲者,物有之矣,土石是也;
私はいう、「形体があって声がないものが、物体にはある。土や石などがこれである。」
有聲而無形者,物有之矣,風霆是也;
「声があって形のないものが、物にはある。風や雷がこれである。」
有聲與形者,物有之矣,人獸是也;
「声と形体とがあるものが、物体にある。人や獣の類がこれである。」
無聲與形者,物有之矣,鬼神是也。
「声も形もないものが、物にはある。精魂、精霊や天と神がこれである。」と。

日く、鬼に聾無く、形無く、気無ければ、果して鬼無きかと。
日く、形有りて聲無き者、物に之れ有り。土石是なり。聾有りて形無き者、物に之れ有り。風霆是なり。
聲と形と有る者、物に之れ有り。人獣是なり。
聾と形と無き者、物に之れ有り。鬼神是なりと。

三段目
曰:然則有怪而與民物接者,何也?
そして言う。「それならば、あやしいもので、人や物にまじわるものは何であろうか。?」
曰:是有二:有鬼,有物。
私はいう、「これには二つのものがある。ひとつは精霊であり、もうひとつは物の怪である。」
漠然無形與聲者,鬼之常也。
「声も響きもなく静かで形もないのは霊魂の普通の常態である。」
 
民有忤於天,有違於民,
「「ところが人が天の時にさからうことがあり、人間から離れそむくことがあり、」
有爽於物,逆於倫,而感於氣,
万物がたがいに、調和しないことがあり、道理に逆らうことがあり、目には見えないが現象を構成する精気に感触することがある。」と、
於是乎鬼有形於形,有憑於聲以應之,而下殃禍焉。
「ここに精霊が形にあらわれることがあり、物音についてあらわれることがあり、そうことがあることにより、これに応じてわざわいを下すのである。」
皆民之為之也。
これは皆、人間がこれをなしたためである。
其既也,又反乎其常。
しかし、その精霊の現象が尽きると、またもとの形なく声のない常態に復帰するのである。
日く、然らば則ち怪にして民物と接する有る者は何ぞやと。
日く、是に二有り。鬼有り、物有り。
漠然として形と聾と無き者は、鬼の常なり。
民に天に忤【さか】ふ有り、民に違【たが】ふ有り、
物に爽【さか】ふ有りて、倫に逆【さか】ひて、気に感ず。
是に於てか、鬼形に形【あら】はるる有り、聲に憑【よ】る有り以て之に應じて殃禍【おうか】を下す。
皆民の之を爲すなり。
其の既【つく】るや、又其の常に反る。

四段目
曰:何謂物?
何をもって「物の怪」というのか。
曰:成於形與聲者,土石、風霆、人獸是也;
私はいう、「形と声とから成るものというのは、土石、風霆、人獣などがこれのことである。」
反乎無聲與形者,鬼神是也;
「声と形とが無い状態にかえるものは、精霊、天地の神がこれである。」
不能有形與聲,不能無形與聲者,物怪是也。
「形と声とを有することができないものではあるけれども、形と声とが無いというわけではないものは、物の怪はこういうことをいうのである。」(たとえば、石が移動して声を出すということ。)
故其作而接於民也無恆,
ということは、そのことがおこって、人々に接っすることをしようとするとしてもそれは常日頃あるものではない。
故有動於民而為禍,亦有動於民而為福,
それというのも、その接することは人々に動きはたらいて禍をなすということがあり、また人々に作用して幸せをもたらすことがあるということである。
亦有動於民而莫之為禍福,
また人々に動きはたらいたとしても禍も幸福をもたらすことがない場合もあるのである。
適丁民之有是時也。作原鬼。
たまたま人々にとってこのような時に遭遇したということなのである。ここでは、鬼の本原を明らかにするために「原鬼」篇を作ったものである。

(四段目)
曰く:何をか物を謂う?と。
曰く:形と聲とに成る者は,土石、風霆【ふうてい】、人獸【じんじゅう】是れなり。
形と聲とに反る者は,鬼神是れなり。
形と聲に有る能わず,形と聲に有る能わざる者は,物怪【ぶつかい】是れなり。
故に其の作って民に接するや恆【つね】無し。
故に民動いて禍を為すこと有り,亦た動いて民に福を為すこと有り,
亦た民動いて之が禍福を為す莫きこと有り。
適【たまた】ま民の有是の時丁【あた】るなり。作原鬼。

太行山脈001

『原鬼』 現代語訳と訳註
(本文)
四段目
曰:何謂物?曰:成於形與聲者,土石、風霆、人獸是也;反乎無聲與形者,鬼神是也;不能有形與聲,不能無形與聲者,物怪是也。故其作而接於民也無恆,故有動於民而為禍,亦有動於民而為福,亦有動於民而莫之為禍福,適丁民之有是時也。作原鬼。


(下し文) (四段目)
曰く:何をか物を謂う?と。
曰く:形と聲とに成る者は,土石、風霆【ふうてい】、人獸【じんじゅう】是れなり。
形と聲とに反る者は,鬼神是れなり。
形と聲に有る能わず,形と聲に有る能わざる者は,物怪【ぶつかい】是れなり。
故に其の作って民に接するや恆【つね】無し。
故に民動いて禍を為すこと有り,亦た動いて民に福を為すこと有り,
亦た民動いて之が禍福を為す莫きこと有り。
適【たまた】ま民の有是の時丁【あた】るなり。作原鬼。


(現代語訳)
何をもって「物の怪」というのか。
私はいう、「形と声とから成るものというのは、土石、風霆、人獣などがこれのことである。」
「声と形とが無い状態にかえるものは、精霊、天地の神がこれである。」
「形と声とを有することができないものではあるけれども、形と声とが無いというわけではないものは、物の怪はこういうことをいうのである。」(たとえば、石が移動して声を出すということ。)
ということは、そのことがおこって、人々に接っすることをしようとするとしてもそれは常日頃あるものではない。
それというのも、その接することは人々に動きはたらいて禍をなすということがあり、また人々に作用して幸せをもたらすことがあるということである。
また人々に動きはたらいたとしても禍も幸福をもたらすことがない場合もあるのである。
たまたま人々にとってこのような時に遭遇したということなのである。ここでは、鬼の本原を明らかにするために「原鬼」篇を作ったものである。

韓愈0016
(訳注) 四段目
曰:何謂物?

何をもって「物の怪」というのか。


曰:成於形與聲者,土石、風霆、人獸是也;
私はいう、「形と声とから成るものというのは、土石、風霆、人獣などがこれのことである。」
〇風霆 風や雷鳴。霆は雷の余声をいう。雷の物を震動する音を震、そのあとに残る音を霆といい、光を電というが、雷・霆・電は別なく「かみなり」をいう。


反乎無聲與形者,鬼神是也;
「声と形とが無い状態にかえるものは、精霊、天地の神がこれである。」


不能有形與聲,不能無形與聲者,物怪是也。
「形と声とを有することができないものではあるけれども、形と声とが無いというわけではないものは、物の怪はこういうことをいうのである。」(たとえば、石が移動して声を出すということ。)
○不能有形与声 形の有ることができないものは例えは風霊である。声の有ることができないものは、土石である。
○不能無形与声 前の句を受けて、形無きものが形をあらわし、声なきものが声をあげずにはおられないことを「物の怪」というのである。もし前の大字がなければ、鬼は本来形と声とがないものであるのに対して、物には形と声とが無いわけにはいかない。それが怪をなすのが物怪であるということである。


故其作而接於民也無恆,
ということは、そのことがおこって、人々に接っすることをしようとするとしてもそれは常日頃あるものではない。


故有動於民而為禍,亦有動於民而為福,
それというのも、その接することは人々に動きはたらいて禍をなすということがあり、また人々に作用して幸せをもたらすことがあるということである。


亦有動於民而莫之為禍福,
また人々に動きはたらいたとしても禍も幸福をもたらすことがない場合もあるのである。


適丁民之有是時也。作原鬼。
たまたま人々にとってこのような時に遭遇したということなのである。ここでは、鬼の本原を明らかにするために「原鬼」篇を作ったものである。
○適 たまたま。ちょうど。適時。Timely.
○民之右足時 人々にこのような時があるのに出会った。丁は当、あたる。丁度。
岳陽樓詩人0051

原鬼 韓愈(韓退之) <118-3>Ⅱ中唐詩616 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2064

原鬼 韓愈(韓退之) <118-3>

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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原鬼 韓愈(韓退之) <118-3>Ⅱ中唐詩616 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2064


当時、不可解なもの、現象などにより、民間信仰から、道教、末法の仏教へ移行したものが多く、これを人間の精霊(鬼)の本原の理を明らかにすることにより防ごうというものである。
 

原鬼
一段目
有嘯於梁,從而燭之,無見也。斯鬼乎?曰:非也,鬼無聲。有立於堂,從而視之,無見也。斯鬼乎?曰:非也,鬼無形。有觸吾躬,從而執之,無得也。斯鬼乎?曰:非也,鬼無聲與形,安有氣。
二段目
曰:鬼無聲也,無形也,無氣也,果無鬼乎?曰:有形而無聲者,物有之矣,土石是也;有聲而無形者,物有之矣,風霆是也;有聲與形者,物有之矣,人獸是也;無聲與形者,物有之矣,鬼神是也。
三段目
曰:然則有怪而與民物接者,何也?
曰:是有二:有鬼,有物。
漠然無形與聲者,鬼之常也。
民有忤於天,有違於民,
有爽於物,逆於倫,而感於氣,於是乎鬼有形於形,有憑於聲以應之,而下殃禍焉,皆民之為之也。
其既也,又反乎其常。
四段目
曰:何謂物?曰:成於形與聲者,土石、風霆、人獸是也;反乎無聲與形者,鬼神是也;不能有形與聲,不能無形與聲者,物怪是也。故其作而接於民也無恆,故有動於民而為禍,亦有動於民而為福,亦有動於民而莫之為禍福,適丁民之有是時也。


原鬼
一段目
有嘯於梁,從而燭之,無見也。
横になって天井を見る。すると家の梁桁でヒューッと息継いだものがある。そこで燭でそこら辺りを照らして見るが、見えるものがないのである。
斯鬼乎?曰:非也,鬼無聲。
これは精霊ではなかろうか。私は断言していう、「そうではない。精霊には声がない。」と。
有立於堂,從而視之,無見也。
家の奥座敷に立っているものがあるようだ。そこへ行ってよく見てみるが、見えるものがない。
斯鬼乎?曰:非也,鬼無形。
これこそが精霊であろうか。私はいう、「そうではない。精霊には形がないのだ。」と。
有觸吾躬,從而執之,無得也。
私の身体にふれるものがある。では、それを求めて手につかまえようとしても、手に取れるものがない。
斯鬼乎?曰:非也,鬼無聲與形,安有氣。

それこそが精霊であろうか。私はいう、「そうではない。精霊には声もなく、形もないのだから、どうして手に実際に感じる感覚があるというのか。」と。

梁に嘯【うそぶく】くもの有り。従って之を燭【てら】すに、見ること無し。
斯れ鬼か。日く、非なり、鬼には聾無しと。
堂に立つもの有り、従って之を視るに、見ること無し。
斯れ鬼か。日く、非なり、鬼に形無しと。
吾が躬【み】に觸【ふ】るるもの有り、従って之を執【とら】ふるに、得ること無し。
斯れ鬼か。曰く、非なり、鬼には馨と形と無し、安んぞ気有らんと。

二段目
曰:鬼無聲也,無形也,無氣也,果無鬼乎?
精霊は声を発しない、形にあらわさない、現象を構成する生命力という気さえもないならば、はたして精霊は存在しないのか?ということである
曰:有形而無聲者,物有之矣,土石是也;
私はいう、「形体があって声がないものが、物体にはある。土や石などがこれである。」
有聲而無形者,物有之矣,風霆是也;
「声があって形のないものが、物にはある。風や雷がこれである。」
有聲與形者,物有之矣,人獸是也;
「声と形体とがあるものが、物体にある。人や獣の類がこれである。」
無聲與形者,物有之矣,鬼神是也。
「声も形もないものが、物にはある。精魂、精霊や天と神がこれである。」と。

日く、鬼に聾無く、形無く、気無ければ、果して鬼無きかと。
日く、形有りて聲無き者、物に之れ有り。土石是なり。聾有りて形無き者、物に之れ有り。風霆是なり。
聲と形と有る者、物に之れ有り。人獣是なり。
聾と形と無き者、物に之れ有り。鬼神是なりと。

三段目
曰:然則有怪而與民物接者,何也?
そして言う。「それならば、あやしいもので、人や物にまじわるものは何であろうか。?」
曰:是有二:有鬼,有物。
私はいう、「これには二つのものがある。ひとつは精霊であり、もうひとつは物の怪である。」
漠然無形與聲者,鬼之常也。
声も響きもなく静かで形もないのは霊魂の普通の常態である。」
民有忤於天,有違於民,
 「ところが人が天の時にさからうことがあり、人間から離れそむくことがあり、」
有爽於物,逆於倫,而感於氣,
「万物がたがいに、調和しないことがあり、道理に逆らうことがあり、目には見えないが現象を構成する精気に感触することがある。」と、
於是乎鬼有形於形,有憑於聲以應之,而下殃禍焉。
「ここに精霊が形にあらわれることがあり、物音についてあらわれることがあり、そうことがあることにより、これに応じてわざわいを下すのである。」
皆民之為之也。
これは皆、人間がこれをなしたためである。
其既也,又反乎其常。
しかし、その精霊の現象が尽きると、またもとの形なく声のない常態に復帰するのである。


日く、然らば則ち怪にして民物と接する有る者は何ぞやと。
日く、是に二有り。鬼有り、物有り。
漠然として形と聾と無き者は、鬼の常なり。
民に天に忤【さか】ふ有り、民に違【たが】ふ有り、
物に爽【さか】ふ有りて、倫に逆【さか】ひて、気に感ず。
是に於てか、鬼形に形【あら】はるる有り、聲に憑【よ】る有り以て之に應じて殃禍【】を下す。
皆民の之を爲すなり。
其の既【つく】るや、又其の常に反る。


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『原鬼』 現代語訳と訳註
(本文)
三段目
曰:然則有怪而與民物接者,何也?
曰:是有二:有鬼,有物。
漠然無形與聲者,鬼之常也。
民有忤於天,有違於民,
有爽於物,逆於倫,而感於氣,
於是乎鬼有形於形,有憑於聲以應之,而下殃禍焉。
皆民之為之也。
其既也,又反乎其常。


(下し文)
日く、然らば則ち怪にして民物と接する有る者は何ぞやと。
日く、是に二有り。鬼有り、物有り。
漠然として形と聾と無き者は、鬼の常なり。
民に天に忤【さか】ふ有り、民に違【たが】ふ有り、
物に爽【さか】ふ有りて、倫に逆【さか】ひて、気に感ず。
是に於てか、鬼形に形【あら】はるる有り、聲に憑【よ】る有り以て之に應じて殃禍【】を下す。
皆民の之を爲すなり。
其の既【つく】るや、又其の常に反る。


(現代語訳)
そして言う。「それならば、あやしいもので、人や物にまじわるものは何であろうか。?」
私はいう、「これには二つのものがある。ひとつは精霊であり、もうひとつは物の怪である。」
「声も響きもなく静かで形もないのは霊魂の普通の常態である。」
 「ところが人が天の時にさからうことがあり、人間から離れそむくことがあり、」
「万物がたがいに、調和しないことがあり、道理に逆らうことがあり、目には見えないが現象を構成する精気に感触することがある。」と、
「ここに精霊が形にあらわれることがあり、物音についてあらわれることがあり、そうことがあることにより、これに応じてわざわいを下すのである。」
これは皆、人間がこれをなしたためである。
しかし、その精霊の現象が尽きると、またもとの形なく声のない常態に復帰するのである。


(訳注) 三段目

曰:然則有怪而與民物接者,何也?
そして言う。「それならば、あやしいもので、人や物にまじわるものは何であろうか。?」
○民物 人や物。


曰:是有二:有鬼,有物。
私はいう、「これには二つのものがある。ひとつは精霊であり、もうひとつは物の怪である。」
○有鬼有物 霊魂があり、物の怪がある。


漠然無形與聲者,鬼之常也。
「声も響きもなく静かで形もないのは霊魂の普通の常態である。」
○漠然 声も響きもなく静かなさま。


民有忤於天,有違於民,
「ところが人が天の時にさからうことがあり、人間から離れそむくことがあり、」
○民有件於天 人が天の時にさからうことがある。
○有違於民 人情にそむきはなれることがある。


有爽於物,逆於倫,而感於氣,
「万物がたがいに、調和しないことがあり、道理に逆らうことがあり、目には見えないが現象を構成する精気に感触することがある。」と、
○有爽於物 万物とたがい、調和しないことがある。
○逆於倫 道理にそむく。
○感於気 現象を構成するところの気に感じ触れる。


於是乎鬼有形於形,有憑於聲以應之,而下殃禍焉。
「ここに精霊が形にあらわれることがあり、物音についてあらわれることがあり、そうことがあることにより、これに応じてわざわいを下すのである。」
○形於形 形なき鬼が現象にあらわれる。『
○憑於声 奇怪な声についてあらわれる。憑は乗り移る。付く。
○下殃禍 人にわざわいを下す。殃は凶、咎め、つみをかす。禍は福の反対、人に害を加えること、わざわい。


皆民之為之也。
これは皆、人間がこれをなしたためである。
○民之為之也 人が道理にそむくことをして、その結果招いたのである。


其既也,又反乎其常。
しかし、その精霊の現象が尽きると、またもとの形なく声のない常態に復帰するのである。
○既 おある。つきる。精霊の現象、か尽きる。
○反乎其常 精霊の常態である形なく声なき状態にもどる。
4岳陽樓詩人003

原鬼 韓愈(韓退之) <118-2>Ⅱ中唐詩615 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2059

原鬼 韓愈(韓退之) <118-2>


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原鬼 韓愈(韓退之) <118-2>Ⅱ中唐詩615 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2059
作〈原鬼〉。此篇收錄於 韓昌黎文集第一卷 
当時、不可解なもの、現象などにより、民間信仰から、道教、末法の仏教へ移行したものが多く、これを人間の精霊(鬼)の本原の理を明らかにすることにより防ごうというものである。
 

原鬼
一段目
有嘯於梁,從而燭之,無見也。斯鬼乎?曰:非也,鬼無聲。有立於堂,從而視之,無見也。斯鬼乎?曰:非也,鬼無形。有觸吾躬,從而執之,無得也。斯鬼乎?曰:非也,鬼無聲與形,安有氣。
二段目
曰:鬼無聲也,無形也,無氣也,果無鬼乎?曰:有形而無聲者,物有之矣,土石是也;有聲而無形者,物有之矣,風霆是也;有聲與形者,物有之矣,人獸是也;無聲與形者,物有之矣,鬼神是也。
三段目
曰:然則有怪而與民物接者,何也?
曰:是有二:有鬼,有物。
漠然無形與聲者,鬼之常也。
民有忤於天,有違於民,
有爽於物,逆於倫,而感於氣,於是乎鬼有形於形,有憑於聲以應之,而下殃禍焉,皆民之為之也。
其既也,又反乎其常。
四段目
曰:何謂物?曰:成於形與聲者,土石、風霆、人獸是也;反乎無聲與形者,鬼神是也;不能有形與聲,不能無形與聲者,物怪是也。故其作而接於民也無恆,故有動於民而為禍,亦有動於民而為福,亦有動於民而莫之為禍福,適丁民之有是時也。


原鬼
一段目
有嘯於梁,從而燭之,無見也。
横になって天井を見る。すると家の梁桁でヒューッと息継いだものがある。そこで燭でそこら辺りを照らして見るが、見えるものがないのである。
斯鬼乎?曰:非也,鬼無聲。
これは精霊ではなかろうか。私は断言していう、「そうではない。精霊には声がない。」と。
有立於堂,從而視之,無見也。
家の奥座敷に立っているものがあるようだ。そこへ行ってよく見てみるが、見えるものがない。
斯鬼乎?曰:非也,鬼無形。
これこそが精霊であろうか。私はいう、「そうではない。精霊には形がないのだ。」と。
有觸吾躬,從而執之,無得也。
私の身体にふれるものがある。では、それを求めて手につかまえようとしても、手に取れるものがない。
斯鬼乎?曰:非也,鬼無聲與形,安有氣。
それこそが精霊であろうか。私はいう、「そうではない。精霊には声もなく、形もないのだから、どうして手に実際に感じる感覚があるというのか。」と。

梁に嘯【うそぶく】くもの有り。従って之を燭【てら】すに、見ること無し。
斯れ鬼か。日く、非なり、鬼には聾無しと。
堂に立つもの有り、従って之を視るに、見ること無し。
斯れ鬼か。日く、非なり、鬼に形無しと。
吾が躬【み】に觸【ふ】るるもの有り、従って之を執【とら】ふるに、得ること無し。
斯れ鬼か。曰く、非なり、鬼には馨と形と無し、安んぞ気有らんと。

kaminari000







二段目
曰:鬼無聲也,無形也,無氣也,果無鬼乎?
精霊は声を発しない、形にあらわさない、現象を構成する生命力という気さえもないならば、はたして精霊は存在しないのか?ということである
曰:有形而無聲者,物有之矣,土石是也;
私はいう、「形体があって声がないものが、物体にはある。土や石などがこれである。」
有聲而無形者,物有之矣,風霆是也;
「声があって形のないものが、物にはある。風や雷がこれである。」
有聲與形者,物有之矣,人獸是也;
「声と形体とがあるものが、物体にある。人や獣の類がこれである。」
無聲與形者,物有之矣,鬼神是也。

「声も形もないものが、物にはある。精魂、精霊や天と神がこれである。」と。

日く、鬼に聾無く、形無く、気無ければ、果して鬼無きかと。
日く、形有りて聲無き者、物に之れ有り。土石是なり。聾有りて形無き者、物に之れ有り。風霆是なり。
聲と形と有る者、物に之れ有り。人獣是なり。
聾と形と無き者、物に之れ有り。鬼神是なりと。

韓愈0016

『原鬼』 現代語訳と訳註
(本文) 二段目

曰:鬼無聲也,無形也,無氣也,果無鬼乎?
曰:有形而無聲者,物有之矣,土石是也;
有聲而無形者,物有之矣,風霆是也;
有聲與形者,物有之矣,人獸是也;
無聲與形者,物有之矣,鬼神是也。


(下し文)
日く、鬼に聾無く、形無く、気無ければ、果して鬼無きかと。
日く、形有りて聲無き者、物に之れ有り。土石是なり。聾有りて形無き者、物に之れ有り。風霆是なり。
聲と形と有る者、物に之れ有り。人獣是なり。
聾と形と無き者、物に之れ有り。鬼神是なりと。


(現代語訳)
精霊は声を発しない、形にあらわさない、現象を構成する生命力という気さえもないならば、はたして精霊は存在しないのか?ということである
私はいう、「形体があって声がないものが、物体にはある。土や石などがこれである。」
「声があって形のないものが、物にはある。風や雷がこれである。」
「声と形体とがあるものが、物体にある。人や獣の類がこれである。」
「声も形もないものが、物にはある。精魂、精霊や天と神がこれである。」と。


(訳注) 二段目
曰:鬼無聲也,無形也,無氣也,果無鬼乎?

精霊は声を発しない、形にあらわさない、現象を構成する生命力という気さえもないならば、はたして精霊は存在しないのか?ということである。


曰:有形而無聲者,物有之矣,土石是也;
私はいう、「形体があって声がないものが、物体にはある。土や石などがこれである。」


有聲而無形者,物有之矣,風霆是也;
「声があって形のないものが、物にはある。風や雷がこれである。」
〇風霆 風や雷鳴。霆は雷の余声をいう。雷の物を震動する音を震、そのあとに残る音を霆といい、光を電というが、雷・霆・電は別なく「かみなり」をいう。


有聲與形者,物有之矣,人獸是也;
「声と形体とがあるものが、物体にある。人や獣の類がこれである。」


無聲與形者,物有之矣,鬼神是也。
「声も形もないものが、物にはある。精魂、精霊や天と神がこれである。」と。
○鬼神 鬼と神。「きじん」(おにがみではない。)鬼は精魂、精霊、神は天と神、目には見えず万物の上に伸びる働きをいう。神は伸でもある。

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