漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

中書舎人

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

感春三首 其三 韓愈(韓退之) <115-#2>Ⅱ中唐詩674 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2354

韓愈(韓退之) 《感春三首 其三》
あでやかな舞い姫が毛氈の上で舞っているが、そのきれいなまなざしは剣や戟とばかりわたしにつきささる。
私の心に浮かぶのは古いいつもの友だちのことであるが、そのひとりさえもこの宴にいあわせないのである。

2013年5月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#8>文選 上 献詩 女性詩761 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2353
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩感春三首 其三 韓愈(韓退之) <115-#2>Ⅱ中唐詩674 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2354
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集枯椶 五言古詩 成都5-(26-2) 杜甫 <477>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2355 杜甫詩1000-477-665/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性九日遇雨二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-162-34-#27  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2357
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


 
感春三首 其三 韓愈(韓退之) <115-#2>Ⅱ中唐詩674 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2354



(一)
紅梅0021偶坐藤樹下,暮春下旬間。
何の気もなしに藤花の木の下に坐る、それは晩春の下旬のころのことである。
藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
日は高くなり、藤の木蔭はもう十分に日陰なってきている。花は咲き終わり、蕊まで落ちるころになり、落ちた花弁はなお地面にしきつめられている。
亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
日に日に若葉は大きくなっている。おそざきの花が玉のように白っぽく旱が続き乾いている。
青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
からりとして何ものもない青空はむなしいまでに高い。そこに二つの蝶がひらひらと飛びまわっている。
時節適當爾,懷悲自無端。
晩春という季節がちょうどそうであるにすぎないのである。春が終わろうとするのか、悲しみがむねにわくのはわれながらどういうわけかわからない。

(二)
黄黄蕪菁花,桃李事已退。
かぶらの花は黄色、そしいて黄色くさき、桃と李は自分の受け持ちを取って代わられる。
狂風簸枯榆,狼藉九衢内。
つむじ風がからからした楡葉や楡莢をまきあげ、都大路九衢に乱れとんで街を汚す。
春序一如此,汝顏安足賴。
春の景物の移り変わりはいつもこのとおりである。君の顔でもいつまでも若さを頼りにしていることができるのだろうか。
誰能駕飛車,相從觀海外。
誰が能く空飛ぶ車を鳥にひっぱらせられるのか、そして、つれ立って海のかなたを見物に行くことのできるひとはないのであろうか。

(三)
晨游百花林,朱朱兼白白。
明け方からいろいろの花さく林を遊覧すると、あかくあかく咲く花のかたまり、また白く白い花のかたまりがある。
柳枝弱而細,懸樹垂百尺。
柳の枝はしなやかにこまやかに、柳の樹木から百尺も垂れている。
左右同來人,金紫貴顯劇。
左右にいっしょにやって来たのは、金や紫の服飾、佩び玉の色もうるわしいとても身分の高い人人である。
嬌童爲我歌,哀響跨箏笛。(
#1
なまめかしい少年がわたしに歌をうたってくれたが、そのかん高くもの悲しい響きは箏琴や笛にもまざってきこえてくる。

豔姬蹋筵舞,清眸刺劍戟。
あでやかな舞い姫が毛氈の上で舞っているが、そのきれいなまなざしは剣や戟とばかりわたしにつきささる。
心懷平生友,莫一在燕席。
私の心に浮かぶのは古いいつもの友だちのことであるが、そのひとりさえもこの宴にいあわせないのである。
死者長眇芒,生者困乖隔。
死んだ者とは永遠に交渉のなくなった状態になってしまい、生きている者とこまったことにはなればなれになったままである。
少年真可喜,老大百無益。
(#2
若いときこそほんとにたのしくよろこばしいものだ。老いさらばえては何ごとにつけても益が無いのである。


晨に百花の林に遊べば、朱朱 兼ねて白白。
柳の枝は弱【なよ】やかにして細【こま】やかに、樹に懸かって垂るること百尺なり。
左右の同【とも】に来たる人は、金紫【きんし】貴顕【きけん】なること劇【はなは】だし。
嬌童【きょうどう】我が為に歌い、哀しき響きは箏笛【そうてき】に跨【こ】ゆ。
豔姬【えんぎ】筵を傷んで舞い、清き眸【ひとみ】は剣戟【けんげき】を刺す。
心に平生の友を懐うに、一【ひとり】も燕席に在ること莫し。
死せる者は長【とこしえ】に眇芒【びょうぼう】たり、生ける者は乖隔【かくかく】するに困しむ。
少年は真に喜ぶべし、老大【ろうだい】百ながら益無【えきな】し。


『感春三首 其三』 現代語訳と訳註
(本文)
(#2
豔姬蹋筵舞,清眸刺劍戟。
心懷平生友,莫一在燕席。
死者長眇芒,生者困乖隔。
少年真可喜,老大百無益。


(下し文)
豔姬【えんぎ】筵を傷んで舞い、清き眸【ひとみ】は剣戟【けんげき】を刺す。
心に平生の友を懐うに、一【ひとり】も燕席に在ること莫し。
死せる者は長【とこしえ】に眇芒【びょうぼう】たり、生ける者は乖隔【かくかく】するに困しむ。
少年は真に喜ぶべし、老大【ろうだい】百ながら益無【えきな】し。


(現代語訳)
あでやかな舞い姫が毛氈の上で舞っているが、そのきれいなまなざしは剣や戟とばかりわたしにつきささる。
私の心に浮かぶのは古いいつもの友だちのことであるが、そのひとりさえもこの宴にいあわせないのである。
死んだ者とは永遠に交渉のなくなった状態になってしまい、生きている者とこまったことにはなればなれになったままである。
若いときこそほんとにたのしくよろこばしいものだ。老いさらばえては何ごとにつけても益が無いのである。


(訳注)
感春 816年元和十一年三月、韓愈四十九歳、中書舎人なったころの作。


豔姬蹋筵舞,清眸刺劍戟。
あでやかな舞い姫が毛氈の上で舞っているが、そのきれいなまなざしは剣や戟とばかりわたしにつきささる。
〇豔姬 あでやかな舞い姫。
〇清眸刺劍戟 清らかな視線は剣や戦をつきさすようにわたしを射る。


心懷平生友,莫一在燕席。
私の心に浮かぶのは古いいつもの友だちのことであるが、そのひとりさえもこの宴にいあわせないのである。
○燕席 燕は宴と同じ。宴会の席。


死者長眇芒,生者困乖隔。
死んだ者とは永遠に交渉のなくなった状態になってしまい、生きている者とこまったことにはなればなれになったままである。
〇眇芒 紗茫と同じ。はるかなかなたへ行って、自分と交渉のなくなった状態をいう。
〇乖隔 はなればなれになる。


少年真可喜,老大百無益。
若いときこそほんとにたのしくよろこばしいものだ。老いさらばえては何ごとにつけても益が無いのである。
〇百無益 何ごとにつけても益が無い。


(三)
晨游百花林,朱朱兼白白。
柳枝弱而細,懸樹垂百尺。
左右同來人,金紫貴顯劇。
嬌童爲我歌,哀響跨箏笛。(#1
豔姬蹋筵舞,清眸刺劍戟。
心懷平生友,莫一在燕席。
死者長眇芒,生者困乖隔。
少年真可喜,老大百無益。(#2

晨に百花の林に遊べば、朱朱 兼ねて白白。
柳の枝は弱【なよ】やかにして細【こま】やかに、樹に懸かって垂るること百尺なり。
左右の同【とも】に来たる人は、金紫【きんし】貴顕【きけん】なること劇【はなは】だし。
嬌童【きょうどう】我が為に歌い、哀しき響きは箏笛【そうてき】に跨【こ】ゆ。
豔姬【えんぎ】筵を傷んで舞い、清き眸【ひとみ】は剣戟【けんげき】を刺す。
心に平生の友を懐うに、一【ひとり】も燕席に在ること莫し。
死せる者は長【とこしえ】に眇芒【びょうぼう】たり、生ける者は乖隔【かくかく】するに困しむ。
少年は真に喜ぶべし、老大【ろうだい】百ながら益無【えきな】し。

感春三首 其三 韓愈(韓退之) <115-#1>Ⅱ中唐詩673 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2349

韓愈 《感春三首 其三》

左右にいっしょにやって来たのは、金や紫の服飾、佩び玉の色もうるわしいとても身分の高い人人である。なまめかしい少年がわたしに歌をうたってくれたが、そのかん高くもの悲しい響きは箏琴や笛にもまざってきこえてくる。

2013年5月10日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#7>文選 上 献詩 女性詩760 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2348
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩感春三首 其三 韓愈(韓退之) <115-#1>Ⅱ中唐詩673 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2349
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集枯椶  五言古詩 成都5-(26-1) 杜甫 <476>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2350 杜甫詩1000-476-664/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集悲哉行 謝霊運(康楽) <70> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2351 (05/10)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性九日遇雨二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-161-33-#26  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2352
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

感春三首 其三 韓愈(韓退之) <115-#1>Ⅱ中唐詩673 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2349



(一)
紅梅0021偶坐藤樹下,暮春下旬間。
何の気もなしに藤花の木の下に坐る、それは晩春の下旬のころのことである。
藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
日は高くなり、藤の木蔭はもう十分に日陰なってきている。花は咲き終わり、蕊まで落ちるころになり、落ちた花弁はなお地面にしきつめられている。
亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
日に日に若葉は大きくなっている。おそざきの花が玉のように白っぽく旱が続き乾いている。
青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
からりとして何ものもない青空はむなしいまでに高い。そこに二つの蝶がひらひらと飛びまわっている。
時節適當爾,懷悲自無端。
晩春という季節がちょうどそうであるにすぎないのである。春が終わろうとするのか、悲しみがむねにわくのはわれながらどういうわけかわからない。

(二)
黄黄蕪菁花,桃李事已退。
かぶらの花は黄色、そしいて黄色くさき、桃と李は自分の受け持ちを取って代わられる。
狂風簸枯榆,狼藉九衢内。
つむじ風がからからした楡葉や楡莢をまきあげ、都大路九衢に乱れとんで街を汚す。
春序一如此,汝顏安足賴。
春の景物の移り変わりはいつもこのとおりである。君の顔でもいつまでも若さを頼りにしていることができるのだろうか。
誰能駕飛車,相從觀海外。
誰が能く空飛ぶ車を鳥にひっぱらせられるのか、そして、つれ立って海のかなたを見物に行くことのできるひとはないのであろうか。

(三)
晨游百花林,朱朱兼白白。
明け方からいろいろの花さく林を遊覧すると、あかくあかく咲く花のかたまり、また白く白い花のかたまりがある。
柳枝弱而細,懸樹垂百尺。
柳の枝はしなやかにこまやかに、柳の樹木から百尺も垂れている。
左右同來人,金紫貴顯劇。
左右にいっしょにやって来たのは、金や紫の服飾、佩び玉の色もうるわしいとても身分の高い人人である。
嬌童爲我歌,哀響跨箏笛。(
#1
なまめかしい少年がわたしに歌をうたってくれたが、そのかん高くもの悲しい響きは箏琴や笛にもまざってきこえてくる。

豔姬蹋筵舞,清眸刺劍戟。
心懷平生友,莫一在燕席。
死者長眇芒,生者困乖隔。
少年真可喜,老大百無益。(#2

晨に百花の林に遊べば、朱朱 兼ねて白白。
柳の枝は弱【なよ】やかにして細【こま】やかに、樹に懸かって垂るること百尺なり。
左右の同【とも】に来たる人は、金紫【きんし】貴顕【きけん】なること劇【はなは】だし。
嬌童【きょうどう】我が為に歌い、哀しき響きは箏笛【そうてき】に跨【こ】ゆ。

豔姬【えんぎ】筵を傷んで舞い、清き眸【ひとみ】は剣戟【けんげき】を刺す。
心に平生の友を懐うに、一【ひとり】も燕席に在ること莫し。
死せる者は長【とこしえ】に眇芒【びょうぼう】たり、生ける者は乖隔【かくかく】するに困しむ。
少年は真に喜ぶべし、老大【ろうだい】百ながら益無【えきな】し。


『感春三首 其三』 現代語訳と訳註
(本文)
(三)#1
wakaba002晨游百花林,朱朱兼白白。
柳枝弱而細,懸樹垂百尺。
左右同來人,金紫貴顯劇。
嬌童爲我歌,哀響跨箏笛。


(下し文)
晨に百花の林に遊べば、朱朱 兼ねて白白。
柳の枝は弱【なよ】やかにして細【こま】やかに、樹に懸かって垂るること百尺なり。
左右の同【とも】に来たる人は、金紫【きんし】貴顕【きけん】なること劇【はなは】だし。
嬌童【きょうどう】我が為に歌い、哀しき響きは箏笛【そうてき】に跨【こ】ゆ。


(現代語訳)
明け方からいろいろの花さく林を遊覧すると、あかくあかく咲く花のかたまり、また白く白い花のかたまりがある。
柳の枝はしなやかにこまやかに、柳の樹木から百尺も垂れている。
左右にいっしょにやって来たのは、金や紫の服飾、佩び玉の色もうるわしいとても身分の高い人人である。
なまめかしい少年がわたしに歌をうたってくれたが、そのかん高くもの悲しい響きは箏琴や笛にもまざってきこえてくる。


(訳注)(三)-#1
感春 816年元和十一年三月、韓愈四十九歳、中書舎人なったころの作。


晨游百花林,朱朱兼白白。
明け方からいろいろの花さく林を遊覧すると、あかくあかく咲く花のかたまり、また白く白い花のかたまりがある。


柳枝弱而細,懸樹垂百尺。
柳の枝はしなやかにこまやかに、柳の樹木から百尺も垂れている。


左右同來人,金紫貴顯劇。
左右にいっしょにやって来たのは、金や紫の服飾、佩び玉の色もうるわしいとても身分の高い人人である。
○同来 いっしょに来る。
○金紫 高官の服飾。紫の衣と金の魚袋であろう。魚懸帯玉。


嬌童爲我歌,哀響跨箏笛。
なまめかしい少年がわたしに歌をうたってくれたが、そのかん高くもの悲しい響きは箏琴や笛にもまざってきこえてくる。
○嬌童 なまめかしい少年。おかまの類である。媚を売る美少年。
○哀響 心を打つかん高い歌ごえ。哀は、かなしいと同時に調子のたかいことでもある。

感春三首 其二 韓愈(韓退之) <114>Ⅱ中唐詩672 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2344

韓愈(韓退之)  《感春三首 其二》

かぶらの花は黄色、そしいて黄色くさき、桃と李は自分の受け持ちを取って代わられる。つむじ風がからからした楡葉や楡莢をまきあげ、都大路九衢に乱れとんで街を汚す。春の景物の移り変わりはいつもこのとおりである。君の顔でもいつまでも若さを頼りにしていることができるのだろうか。

2013年5月9日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#6>文選 上 献詩 女性詩759 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2343
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩感春三首 其二 韓愈(韓退之) <114>Ⅱ中唐詩672 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2344
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集病橘 五言古詩 成都5-(25-2) 杜甫 <475>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2345 杜甫詩1000-475-663/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集君子有所思行 謝霊運(康楽) <69> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2346 (05/09)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性江邊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-160-32-#25  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2347
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

感春三首 其二 韓愈(韓退之) <114>Ⅱ中唐詩672 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2344


感春三首(韓愈 唐詩)
(一)
偶坐藤樹下,暮春下旬間。
藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
時節適當爾,懷悲自無端。

(二)
黄黄蕪菁花,桃李事已退。
狂風簸枯榆,狼藉九衢内。
春序一如此,汝顏安足賴。
誰能駕飛車,相從觀海外。

(三)
晨游百花林,朱朱兼白白。
柳枝弱而細,懸樹垂百尺。
左右同來人,金紫貴顯劇。
嬌童爲我歌,哀響跨箏笛。(#1
豔姬蹋筵舞,清眸刺劍戟。
心懷平生友,莫一在燕席。
死者長眇芒,生者困乖隔。
少年真可喜,老大百無益。(#2


(一)
偶坐藤樹下,暮春下旬間。
何の気もなしに藤花の木の下に坐る、それは晩春の下旬のころのことである。
藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
日は高くなり、藤の木蔭はもう十分に日陰なってきている。花は咲き終わり、蕊まで落ちるころになり、落ちた花弁はなお地面にしきつめられている。
亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
日に日に若葉は大きくなっている。おそざきの花が玉のように白っぽく旱が続き乾いている。
青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
からりとして何ものもない青空はむなしいまでに高い。そこに二つの蝶がひらひらと飛びまわっている。
時節適當爾,懷悲自無端。
晩春という季節がちょうどそうであるにすぎないのである。春が終わろうとするのか、悲しみがむねにわくのはわれながらどういうわけかわからない。

(二)
黄黄蕪菁花,桃李事已退。
かぶらの花は黄色、そしいて黄色くさき、桃と李は自分の受け持ちを取って代わられる。
狂風簸枯榆,狼藉九衢内。
つむじ風がからからした楡葉や楡莢をまきあげ、都大路九衢に乱れとんで街を汚す。
春序一如此,汝顏安足賴。
春の景物の移り変わりはいつもこのとおりである。君の顔でもいつまでも若さを頼りにしていることができるのだろうか。
誰能駕飛車,相從觀海外。
誰が能く空飛ぶ車を鳥にひっぱらせられるのか、そして、つれ立って海のかなたを見物に行くことのできるひとはないのであろうか。

黄黄【こうこう】たり蕪菁【ぶせい】の花、桃李【とうり】事 己に退く。
狂風【きょうふう】枯楡【こゆ】を簸【は】し、狼籍【ろうぜき】たり九衢【きゅうく】の内。
春序【しゅんじょ】一に此くの如し、汝が顔 安【いずく】んぞ頼むに足らん。
誰か能く飛車に駕【が】して、相い従って海外を観ん。



『感春三首 其二』 現代語訳と訳註
金燈花03(本文)
(二)
黄黄蕪菁花,桃李事已退。
狂風簸枯榆,狼藉九衢内。
春序一如此,汝顏安足賴。
誰能駕飛車,相從觀海外。


(下し文)
黄黄【こうこう】たり蕪菁【ぶせい】の花、桃李【とうり】事 己に退く。
狂風【きょうふう】枯楡【こゆ】を簸【は】し、狼籍【ろうぜき】たり九衢【きゅうく】の内。
春序【しゅんじょ】一に此くの如し、汝が顔 安【いずく】んぞ頼むに足らん。
誰か能く飛車に駕【が】して、相い従って海外を観ん。


(現代語訳)
かぶらの花は黄色、そしいて黄色くさき、桃と李は自分の受け持ちを取って代わられる。
つむじ風がからからした楡葉や楡莢をまきあげ、都大路九衢に乱れとんで街を汚す。
春の景物の移り変わりはいつもこのとおりである。君の顔でもいつまでも若さを頼りにしていることができるのだろうか。
誰が能く空飛ぶ車を鳥にひっぱらせられるのか、そして、つれ立って海のかなたを見物に行くことのできるひとはないのであろうか。


(訳注) (二)
感春 816年元和十一年三月、韓愈四十九歳、中書舎人なったころの作。儒者が楡の木と過ぎ行く春の日を詠う。


黄黄蕪菁花,桃李事已退。
かぶらの花は黄色、そしいて黄色くさき、桃と李は自分の受け持ちを取って代わられる。
○蕪菁 かぶら。


狂風簸枯榆,狼藉九衢内。
つむじ風がからからした楡葉や楡莢をまきあげ、都大路九衢に乱れとんで街を汚す。
○簸 実でふるうようにまきあげる。
○桔榆 榆は、にれの木。春、葉の出る前に花を開き、実がなる。箕の皮が大きく外にそりかえって、鳥のはねのようになる。それを楡葉【ゆよう】という。ここの枯楡は、かさかさになった楡莢【ゆきょう】をいう。
〇九衢 都大路。四方に通じる街路を衢といい、九衢とは、到る処に通じる街路をいう。
○狼藉 中国の通史『史記 滑稽列伝』による漢語で、「藉」には「敷く」や「踏む」「雑」などの意味があり、狼藉は狼が寝るために敷いた草の乱れた様子から、物が散らかっている様子を意味した。


春序一如此,汝顏安足賴。
春の景物の移り変わりはいつもこのとおりである。君の顔でもいつまでも若さを頼りにしていることができるのだろうか。
〇春序 春の季節。


誰能駕飛車,相從觀海外。
誰が能く空飛ぶ車を鳥にひっぱらせられるのか、そして、つれ立って海のかなたを見物に行くことのできるひとはないのであろうか。
○駕 車にそれをひっはる動物をつけること。馬車なら馬をつけることである。
○飛車 空飛ぶ車。海外異国ものがたりをも含む地理書「山海経」の中に、一本腕國の人は、百羽の鳥をつかまえて飛車を作り、風にまかせて遠くまで旅行する、と見える。

感春三首 其一 韓愈(韓退之) <113>Ⅱ中唐詩671 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2339

韓愈(韓退之) 《感春三首 其一》 
からりとして何ものもない青空はむなしいまでに高い。そこに二つの蝶がひらひらと飛びまわっている。晩春という季節がちょうどそうであるにすぎないのである。春が終わろうとするのか、悲しみがむねにわくのはわれながらどういうわけかわからない。

2013年5月8日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#5>文選 上 献詩 女性詩758 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2338
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩感春三首 其一 韓愈(韓退之) <113>Ⅱ中唐詩671 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2339
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集病橘 五言古詩 成都5-(25-1) 杜甫 <474-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2340 杜甫詩1000-474-662/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集泰山吟 謝霊運(康楽) <68> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2341 (05/08)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性菱荇沼 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-159-31-#24  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2342
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

感春三首 其一 韓愈(韓退之) <113>Ⅱ中唐詩671 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2339



感春三首(韓愈 唐詩)
(一)
偶坐藤樹下,暮春下旬間。
藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
時節適當爾,懷悲自無端。

(二)
黄黄蕪菁花,桃李事已退。
狂風簸枯榆,狼藉九衢内。
春序一如此,汝顏安足賴。
誰能駕飛車,相從觀海外。

(三)
晨游百花林,朱朱兼白白。
柳枝弱而細,懸樹垂百尺。
左右同來人,金紫貴顯劇。
嬌童爲我歌,哀響跨箏笛。(#1
豔姬蹋筵舞,清眸刺劍戟。
心懷平生友,莫一在燕席。
死者長眇芒,生者困乖隔。
少年真可喜,老大百無益。(#2


(一)
偶坐藤樹下,暮春下旬間。
何の気もなしに藤花の木の下に坐る、それは晩春の下旬のころのことである。
藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
日は高くなり、藤の木蔭はもう十分に日陰なってきている。花は咲き終わり、蕊まで落ちるころになり、落ちた花弁はなお地面にしきつめられている。
亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
日に日に若葉は大きくなっている。おそざきの花が玉のように白っぽく旱が続き乾いている。
青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
からりとして何ものもない青空はむなしいまでに高い。そこに二つの蝶がひらひらと飛びまわっている。
時節適當爾,懷悲自無端。

晩春という季節がちょうどそうであるにすぎないのである。春が終わろうとするのか、悲しみがむねにわくのはわれながらどういうわけかわからない。

(春に感ず 三首其の一)
偶たま坐す 藤樹の下、暮春 下旬の間。
藤陰 己に庇いつべきも、落蕊 還【な】お漫漫たり。
亹亹【びび】として新葉大に、瓏瓏として晩花 乾く。
青天 高うして寥寥【りょうりょう】たり、兩蝶 飛んで翻翻【へんぺん】たり。
時節 適【たまた】ま当に爾【しか】るべきに、悲しみを懐くこと自ずから端無し。

藤の花01
『感春三首』 現代語訳と訳註
(本文)(一)

偶坐藤樹下,暮春下旬間。
藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
時節適當爾,懷悲自無端。



(下し文)
(春に感ず 三首其の一)
偶たま坐す 藤樹の下、暮春 下旬の間。
藤陰 己に庇いつべきも、落蕊 還【な】お漫漫たり。
亹亹【びび】として新葉大に、瓏瓏として晩花 乾く。
青天 高うして寥寥【りょうりょう】たり、兩蝶 飛んで翻翻【へんぺん】たり。
時節 適【たまた】ま当に爾【しか】るべきに、悲しみを懐くこと自ずから端無し。


(現代語訳)
何の気もなしに藤花の木の下に坐る、それは晩春の下旬のころのことである。
日は高くなり、藤の木蔭はもう十分に日陰なってきている。花は咲き終わり、蕊まで落ちるころになり、落ちた花弁はなお地面にしきつめられている。
日に日に若葉は大きくなっている。おそざきの花が玉のように白っぽく旱が続き乾いている。
からりとして何ものもない青空はむなしいまでに高い。そこに二つの蝶がひらひらと飛びまわっている。
晩春という季節がちょうどそうであるにすぎないのである。春が終わろうとするのか、悲しみがむねにわくのはわれながらどういうわけかわからない。


(訳注)
感春三首(一)

○感春 816年元和十一年三月、韓愈四十九歳、中書舎人なったころの作。


偶坐藤樹下,暮春下旬間。
何の気もなしに藤花の木の下に坐る、それは晩春の下旬のころのことである。
○偶 偶然。何の気もなしに。
○暮春 春は早春、盛春、晩春の三春の三か月。通常三月というと三春をいう。


藤陰已可庇,落蕊還漫漫。
日は高くなり、藤の木蔭はもう十分に日陰なってきている。花は咲き終わり、蕊まで落ちるころになり、落ちた花弁はなお地面にしきつめられている。
○落蕊 蕊はがんらい花のしべであるが、ここの落蕊は、落花と同じ。
○還 まだやはり。 
○漫漫 広々と果てしないさま。落ちた花弁がいっぱいひろがっているさま。


亹亹新葉大,瓏瓏晚花乾。
日に日に若葉は大きくなっている。おそざきの花が玉のように白っぽく旱が続き乾いている。
○亹亹 どんどんと時がたつにつれてたえず大きくなって行くさま。
○瓏瓏 玉のように白いさま。


青天高寥寥,兩蝶飛翻翻。
からりとして何ものもない青空はむなしいまでに高い。そこに二つの蝶がひらひらと飛びまわっている。
○寥寥 からりとして何ものもないこと。


時節適當爾,懷悲自無端。
晩春という季節がちょうどそうであるにすぎないのである。春が終わろうとするのか、悲しみがむねにわくのはわれながらどういうわけかわからない。
○無端 何という原因もなしに。

記事検索
livedoor 天気
記事検索
プロフィール

紀 頌之

Twitter プロフィール
カテゴリ別アーカイブ
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ