(早春の頃、張籍博士と楊尚書の林亭に遊び、この亭の主の楊嗣復にこの詩を寄せ、それと共に白居易と馮宿にお見せした詩である。【中書省に務める三人、楊嗣復、白居易、馮宿の三人は朝廷そのものが冬の様なものだけど適材であるし、よく務めている、そのままずっといてもらいたい】)楊尚書の別邸にある牆下の溝水は、流れて宮城の濠に入るが、いましも春のはじめ、渠中の氷は暖気のためにことごとく砕けて、渠中にいっぱいに泛んでいる。
403 《早春與張十八博士籍遊楊尚書林亭,寄第三閣老兼呈白馮二閣老》韓愈(韓退之)ID Index-12-504 Ⅱ韓昌黎集<1088> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4424韓愈詩-403
製作年: 822年 長慶二年 55歲
卷別: 卷三四四 文體: 七言絕句
詩題: 早春與張十八博士籍遊楊尚書林亭,寄第三閣老兼呈白馮二閣老
【白居易、馮宿也。第三閣老,楊於陵之子嗣復也。】
作地點:長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)
及地點:楊尚書林亭 (京畿道 京兆府 長安)
交遊人:張籍 當地交遊(京畿道 京兆府長安)
楊嗣復 書信往來(京畿道 京兆府 長安)
白居易 書信往來(京畿道 京兆府 長安)
馮宿 書信往來(京畿道 京兆府 長安)
早春與張十八博士籍遊楊尚書林亭,寄第三閣老兼呈白馮二閣老
牆下春渠入禁溝,渠冰初破滿渠浮。
鳳池近日長先暖,流到池時更不流。
(早春の頃、張籍博士と楊尚書の林亭に遊び、この亭の主の楊嗣復にこの詩を寄せ、それと共に白居易と馮宿にお見せした詩である。【中書省に務める三人、楊嗣復、白居易、馮宿の三人は朝廷そのものが冬の様なものだけど適材であるし、よく務めている、そのままずっといてもらいたい】)
楊尚書の別邸にある牆下の溝水は、流れて宮城の濠に入るが、いましも春のはじめ、渠中の氷は暖気のためにことごとく砕けて、渠中にいっぱいに泛んでいる。
中書省は、鳳凰池の称があって、もし実際池があったなら、この頃、真っ先に水が暖かくなっているに相違なく、この渠水が、やがてその池に灌ぎこめばそこに停蓄して、もはや流れることはないだろう。(だからみんなでもう少しここに居ましょう)
早春 張十八博士籍 と楊尚書の林亭に遊び,第三閣老に寄せ兼ねて白馮 二閣老に呈す。
牆下の春渠 禁溝に入り,渠冰 初めて破れて渠に滿ちて浮ぶ。
鳳池 日に近く長く先ず暖かなり,流れて池に到る時に更に 流れず。
『早春與張十八博士籍遊楊尚書林亭,寄第三閣老兼呈白馮二閣老』 現代語訳と訳註
(本文)
早春與張十八博士籍遊楊尚書林亭,寄第三閣老兼呈白馮二閣老
牆下春渠入禁溝,渠冰初破滿渠浮。
鳳池近日長先暖,流到池時更不流。
(下し文)
早春 張十八博士籍 と楊尚書の林亭に遊び,第三閣老に寄せ兼ねて白馮 二閣老に呈す。
牆下の春渠 禁溝に入り,渠冰 初めて破れて渠に滿ちて浮ぶ。
鳳池 日に近く長く先ず暖かなり,流れて池に到る時に更に 流れず。
(現代語訳)
(早春の頃、張籍博士と楊尚書の林亭に遊び、この亭の主の楊嗣復にこの詩を寄せ、それと共に白居易と馮宿にお見せした詩である。【中書省に務める三人、楊嗣復、白居易、馮宿の三人は朝廷そのものが冬の様なものだけど適材であるし、よく務めている、そのままずっといてもらいたい】)
楊尚書の別邸にある牆下の溝水は、流れて宮城の濠に入るが、いましも春のはじめ、渠中の氷は暖気のためにことごとく砕けて、渠中にいっぱいに泛んでいる。
中書省は、鳳凰池の称があって、もし実際池があったなら、この頃、真っ先に水が暖かくなっているに相違なく、この渠水が、やがてその池に灌ぎこめばそこに停蓄して、もはや流れることはないだろう。(だからみんなでもう少しここに居ましょう)
(訳注)
早春與張十八博士籍遊楊尚書林亭,寄第三閣老兼呈白馮二閣老
(早春の頃、張籍博士と楊尚書の林亭に遊び、この亭の主の楊嗣復にこの詩を寄せ、それと共に白居易と馮宿にお見せした詩である。【中書省に務める三人、楊嗣復、白居易、馮宿の三人は朝廷そのものが冬の様なものだけど適材であるし、よく務めている、そのままずっといてもらいたい】)
【白居易、馮宿也。第三閣老,楊於陵之子嗣復也。】
第三閣老は楊於陵の子、嗣復であり、嗣復の家の林亭である。白馮は白居易と馮宿である。張籍博士、と共に白居易と馮宿らと楊嗣復の家の林亭で遊んだ
楊嗣復(783年-848年),字繼之,又は字を慶門といい,虢州弘農(今河南省靈寶縣)の人である。
楊於陵の次男で,楊虞卿の一族兄弟である。八歲で能く文をつくる,主考官權 德輿錄の進士と為る,二十歲で博學宏詞科に登り,宰相武元衡に到って賞識を受る。李德裕の政を輔け,湖南觀察使に転じられ。會昌元年(841年)三月被って潮州に貶せられる。唐宣宗の大中の初めに,召されて吏部尚書を為す。卒した諡は孝穆。
白居易 唐の代表的文学者。香山居士と号した。太原(山西省)の人。字により,白楽天とよばれることが多い。家は貧しかったが勉学にはげみ,科挙及第ののち803年(貞元19)に任官した。806年(元和1)厔(ちゆうちつ)県(陝西省)の尉となり,このとき《長恨歌》を作って詩人としての名声を得た。次いで中央政府入りして翰林学士となり,左拾遺に昇進し,当時の天子憲宗に気に入られ,しばしば意見書を呈上,さらに昇進を重ねて太子左賛善大夫に至ったが,815年(元和10)の上奏文が原因で江州(江西省)の司馬に左遷された。
張籍 中唐の詩人。字は文昌。和州烏江(安徽省)あるいは東郡(河南省)の人といわれる。貞元15年(799)の進士で国子司業などをつとめる。韓愈の門下のひとり。とりわけ楽府(がふ)に長じ,僚友の王建の作とともに〈張王楽府〉と並称される。官僚としては不遇だった彼には〈征婦怨〉や〈築城詞〉など民衆の苦痛を訴え,為政者を批判する作品が多く,その点杜甫,元結の詩風を受け継ぎ,同時代の大詩人で友人でもあった白居易が絶賛している。
馮宿 (766年—836年),字は拱之,婺州の人。貞元中、進士の第に登る。張建封,辟して掌書記と為す。長慶の初め刑部郎中を以て知制誥,太和の初め河南尹と為る。工,刑,二部の郎中,東川節度使を歴たり。集,四十巻。今,詩,二首を存す。
牆下春渠入禁溝,渠冰初破滿渠浮。
楊尚書の別邸にある牆下の溝水は、流れて宮城の濠に入るが、いましも春のはじめ、渠中の氷は暖気のためにことごとく砕けて、渠中にいっぱいに泛んでいる。
鳳池近日長先暖,流到池時更不流。
中書省は、鳳凰池の称があって、もし実際池があったなら、この頃、真っ先に水が暖かくなっているに相違なく、この渠水が、やがてその池に灌ぎこめばそこに停蓄して、もはや流れることはないだろう。(だからみんなでもう少しここに居ましょう)
鳳池 中書省をいう。鳳凰池 1.禁苑中の池沼をいう。魏晋南北朝の時、中書省が禁苑にせっちされ﹐掌管机要される。皇帝にもっとも接近した場所にあり﹐そのため中書省を鳳凰池と呼ぶようになる。2.唐代になると宰相の中書門下平章事を同じようによぶようになる。3. 美しい池水をいうこと。4硯石名。
和韓侍郎題楊舎人林池見寄 白居易
渠入暗流春凍解。風吹日炙不成凝。
鳳池冷暖君諳在。二月因何更有氷。
























