漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

韓昌黎集 巻七

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

807年-05元和二年40歳巻七-13《記夢#4》Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10058

807-05元和二年40歳巻七-13《記夢#4

 

 

201828

の紀頌之"6"つの校注Blog

採蓮曲

記夢#4

#1 寒雨朝行視園樹

荷葉杯九首其七

【字解集】雜詩三首其一~其三         

送別

李白詩

韓愈詩

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古代史女性論

 

 

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10年のBLOGの集大成

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

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司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

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漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

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806年-集23- 韓昌黎集【字解集】送許郢州序 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9491

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-211#1 寒雨朝行視園樹(卷二○(四)一七七九)#1注(1229) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10046

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767年-集-21 【字解集】 ・寄峽州劉伯華使君四十韻  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9366

767年 【字解集】152.課小豎鉏斫舍北果,林枝蔓荒穢淨,訖移床,三首 155.反照 157.向夕 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9645

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

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花間集 訳注解説 (369)回目顧巻七28荷葉杯九首其七》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10061 (02/08)

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花間集 訳注解説 (313)回目和凝【字解集】11柳枝三首  12.漁父一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9639 (12/07)

 

 

 

10年のBLOGの集大成

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

巻三-29 【字解集】雜詩三首其一~其三  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10076

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巻三 【字解集】 19.合歡詩五首 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9739

●薛濤の全詩

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Ⅵ唐代女性論         ninjaブログ

九、045卷804_42 《送別 》 魚玄機 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ10042

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807-05元和二年40歳巻七-13《記夢#4》Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10058

わたしは、王子喬のように指で白王丹をつまんでから、、歩きながら食べ、食べながらあるく、難解な文字を解くつもりで、繰り返してやったのだ。

年配の男は、詩を吟じ二句目で、たちき切ったのだ、それからあからさまでなくしいたげて來てじろじろとわたしの顔なめまわすように不機嫌そのものであった。
そんなもんだろう、道教の仙人は、賢人でも聖人でもない。このように短所をそのままにし、つまらない愚物を寄せてきて、それを敬えとわたしにも強要する。

我々は、そのような理屈に合わないことを世間と同じようにする、どうしてそんなことをするお主なんぞの後についていって、神仙の山に住む気をおこしたりするものか。

 

 

 

 

 

《韓昌黎集・昌黎先生文集・韓愈全集校注》 

 

 

 

 

 

4.

酬裴十六功曹巡府西驛塗中見寄(韓愈全集校注 〔一〕四三〇)巻四29

339_32 《酬裴十六功曹巡府西驛途中見寄》韓愈

相公罷論道,聿至活東人。禦史坐言事,作吏府中塵。 

遂令河南治,今古無儔倫。

四海日富庶,道途隘蹄輪。 府西三百里,候館同魚鱗。

相公謂禦史,勞子去自巡。 

是時山水秋,光景何鮮新。哀鴻鳴清耳,宿霧褰高旻

遺我行旅詩,軒軒有風神。譬如黃金盤,照耀荊璞真。 

我來亦已幸,事賢友其仁。持竿洛水側,孤坐屢窮辰。 

多才自勞苦,無用只因循。辭免期匪遠,行行及山春。 

 

5.

記夢(韓愈全集校注 〔二〕九二〇)巻七-13

342_11 《記夢》韓愈 

  夜夢神官與我言,羅縷道妙角與根。挈攜陬維口瀾翻, 

  百二十刻須臾間。我聽其言未雲足,舍我先度橫山腹。 

  我徒三人共追之,一人前度安不危。我亦平行蹋ye 

  神完骨蹻不掉。側身上視溪穀盲,杖撞玉版聲彭fP. 

  神官見我開顏笑,前對一人壯非少。石壇坡陀可坐臥, 

  我手承頦肘拄座。隆樓傑閣磊嵬高,天風飄飄吹我過。 

  壯非少者哦七言,六字常語一字難。我以指撮白玉丹, 

  行且咀噍行詰盤。口前截斷第二句,綽虐顧我顏不歡。 

  乃知仙人未賢聖,護短憑愚邀我敬。我能屈曲自世間, 

  安能從汝巢神山。 

 

《記夢》韓愈

全唐詩  卷342_11 

韓昌黎集 巻七-13

韓愈全集校注 〔二〕九一九

 

#1  

夜夢神官與我言,羅縷道妙角與根。

挈攜陬維口瀾翻, 百二十刻須臾間。

我聽其言未雲足,舍我先度橫山腹。 

#2

我徒三人共追之,一人前度安不危。

我亦平行蹋敽鼼,神完骨蹻不掉。

側身上視溪穀盲,杖撞玉版聲彭觥。

#3

神官見我開顏笑,前對一人壯非少。

石壇坡陀可坐臥,我手承頦肘拄座。

隆樓傑閣磊嵬高,天風飄飄吹我過。 

壯非少者哦七言,六字常語一字難。

#4

我以指撮白玉丹,行且咀噍行詰盤。

口前截斷第二句,綽虐顧我顏不歡。 

乃知仙人未賢聖,護短憑愚邀我敬。

我能屈曲自世間,安能從汝巢神山。 


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807-05元和二年40歳巻七-13《記夢#3

 

 

201827

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淮海對雪贈傅靄

記夢#3

小園

荷葉杯九首其六

雜詩三首其三代古

寄子安

李白詩

韓愈詩

杜甫詩

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Ⅰ李白詩

(李白集校注)

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李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

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・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

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index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-216 小園(卷二○(四)一七七九)注(1228) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9685

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767年-集-21 【字解集】 ・寄峽州劉伯華使君四十韻  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9366

767年 【字解集】152.課小豎鉏斫舍北果,林枝蔓荒穢淨,訖移床,三首 155.反照 157.向夕 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9645

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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巻三-34-#2 雜詩三首其三代古〔謝恵連〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10069

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巻三 【字解集】 19.合歡詩五首 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9739

●薛濤の全詩

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九、044卷804_41 《寄子安》 魚玄機 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ10035

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807-05元和二年40歳巻七-13《記夢#3》Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10051

仙人が、わたしを見て、微笑を送ってくる。その前にかしこまっているのは 青年とはもういえぬ年配の男なのだ。

そこの石垣、うねうねと、いかにも座ったり寝そべってもよさそうだ。わたしもあぐらかき、肘にアゴのせながめてみるのだ。

もう青年ともいえない年配の男が思い出したように、七言の詩を吟じはじめた。六字は普通に使う言葉だが、あとの一字がどうも難解のようだ。

 

 

 

 

 

《韓昌黎集・昌黎先生文集・韓愈全集校注》 

 

 

 

 

 

4.

酬裴十六功曹巡府西驛塗中見寄(韓愈全集校注 〔一〕四三〇)巻四29

339_32 《酬裴十六功曹巡府西驛途中見寄》韓愈

相公罷論道,聿至活東人。禦史坐言事,作吏府中塵。 

遂令河南治,今古無儔倫。

四海日富庶,道途隘蹄輪。 府西三百里,候館同魚鱗。

相公謂禦史,勞子去自巡。 

是時山水秋,光景何鮮新。哀鴻鳴清耳,宿霧褰高旻

遺我行旅詩,軒軒有風神。譬如黃金盤,照耀荊璞真。 

我來亦已幸,事賢友其仁。持竿洛水側,孤坐屢窮辰。 

多才自勞苦,無用只因循。辭免期匪遠,行行及山春。 

 

5.

記夢(韓愈全集校注 〔二〕九二〇)巻七-13

342_11 《記夢》韓愈 

  夜夢神官與我言,羅縷道妙角與根。挈攜陬維口瀾翻, 

  百二十刻須臾間。我聽其言未雲足,舍我先度橫山腹。 

  我徒三人共追之,一人前度安不危。我亦平行蹋ye 

  神完骨蹻不掉。側身上視溪穀盲,杖撞玉版聲彭fP. 

  神官見我開顏笑,前對一人壯非少。石壇坡陀可坐臥, 

  我手承頦肘拄座。隆樓傑閣磊嵬高,天風飄飄吹我過。 

  壯非少者哦七言,六字常語一字難。我以指撮白玉丹, 

  行且咀噍行詰盤。口前截斷第二句,綽虐顧我顏不歡。 

  乃知仙人未賢聖,護短憑愚邀我敬。我能屈曲自世間, 

  安能從汝巢神山。 

 

 

 

 

《記夢》韓愈

 

全唐詩  卷342_11 

韓昌黎集 巻七-13

韓愈全集校注 〔二〕九一九

 

#1  

夜夢神官與我言,羅縷道妙角與根。

挈攜陬維口瀾翻, 百二十刻須臾間。

我聽其言未雲足,舍我先度橫山腹。 

#2

我徒三人共追之,一人前度安不危。

我亦平行蹋敽鼼,神完骨蹻不掉。

側身上視溪穀盲,杖撞玉版聲彭觥。

#3

神官見我開顏笑,前對一人壯非少。

石壇坡陀可坐臥,我手承頦肘拄座。

隆樓傑閣磊嵬高,天風飄飄吹我過。 

壯非少者哦七言,六字常語一字難。

#4

我以指撮白玉丹,行且咀噍行詰盤。

口前截斷第二句,綽虐顧我顏不歡。 

乃知仙人未賢聖,護短憑愚邀我敬。

我能屈曲自世間,安能從汝巢神山。 

 

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807-05元和二年40歳巻七-13《記夢 #2

 

 

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淮海對雪贈傅靄

記夢 #2

季秋江村

荷葉杯九首其六

雜詩三首其三代古

【字解集】38.隔漢江寄子安 39.寓言 40.江陵愁望寄子安

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李白詩

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揚雄 《甘泉賦》

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李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

10年のBLOGの集大成

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

807年-05元和二年40歳巻七-13《記夢 #2》Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog 10044

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806年-集23- 韓昌黎集【字解集】送許郢州序 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9491

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

10年のBLOGの集大成

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-206 季秋蘇五弟纓江樓夜宴崔十三評事韋少府姪三首其二(卷二○(四)頁一七七六)注(1224) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10011

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767年-集-21 【字解集】 ・寄峽州劉伯華使君四十韻  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9366

767年 【字解集】152.課小豎鉏斫舍北果,林枝蔓荒穢淨,訖移床,三首 155.反照 157.向夕 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9645

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 (368)回目顧巻七27荷葉杯九首其六》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10054 (02/06)

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花間集 訳注解説 (313)回目和凝【字解集】11柳枝三首  12.漁父一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9639 (12/07)

 

 

 

10年のBLOGの集大成

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

巻三-34-#1 雜詩三首其三代古〔謝恵連〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10062

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巻三 【字解集】 19.合歡詩五首 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9739

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

Ⅵ唐代女性論         ninjaブログ

九、041卷804_38 《隔漢江寄子安 》 魚玄機 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ10014

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807-05元和二年40歳巻七-13《記夢 #2》Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog 10044

これを逃がしてはいけないと、わたしたち仲間三人は、いっしょにっ仙人を追っかける。一人は前に進み出て、危なげなしにすらすらと渡ってしまい、少しも危ないところがない。

わたしは、第二で、進むにちょっと困難なところでも平気で過ぎてゆく、心身驚かず、骨高く聳え、そして踏みしめる足も震えることもなく、仙人は崖っぷちを行くに全く動じるところがない
身をそばだてて遙かに山の上の方を見上げると渓谷は狭く風雲が閉じ込めて、くらくて何も見えない。そこで、杖を以て四辺を敲いてふりまわすと、玉盤木にでも搥ったかのような、彭觥たる音を発した。

 

 

 

 

 

《韓昌黎集・昌黎先生文集・韓愈全集校注》 

 

 

 

 

 

4.

酬裴十六功曹巡府西驛塗中見寄(韓愈全集校注 〔一〕四三〇)巻四29

339_32 《酬裴十六功曹巡府西驛途中見寄》韓愈

相公罷論道,聿至活東人。禦史坐言事,作吏府中塵。 

遂令河南治,今古無儔倫。

四海日富庶,道途隘蹄輪。 府西三百里,候館同魚鱗。

相公謂禦史,勞子去自巡。 

是時山水秋,光景何鮮新。哀鴻鳴清耳,宿霧褰高旻

遺我行旅詩,軒軒有風神。譬如黃金盤,照耀荊璞真。 

我來亦已幸,事賢友其仁。持竿洛水側,孤坐屢窮辰。 

多才自勞苦,無用只因循。辭免期匪遠,行行及山春。 

 

5.

記夢(韓愈全集校注 〔二〕九二〇)巻七-13

342_11 《記夢》韓愈 

  夜夢神官與我言,羅縷道妙角與根。挈攜陬維口瀾翻, 

  百二十刻須臾間。我聽其言未雲足,舍我先度橫山腹。 

  我徒三人共追之,一人前度安不危。我亦平行蹋ye 

  神完骨蹻不掉。側身上視溪穀盲,杖撞玉版聲彭fP. 

  神官見我開顏笑,前對一人壯非少。石壇坡陀可坐臥, 

  我手承頦肘拄座。隆樓傑閣磊嵬高,天風飄飄吹我過。 

  壯非少者哦七言,六字常語一字難。我以指撮白玉丹, 

  行且咀噍行詰盤。口前截斷第二句,綽虐顧我顏不歡。 

  乃知仙人未賢聖,護短憑愚邀我敬。我能屈曲自世間, 

  安能從汝巢神山。 

 

 

 

 

《記夢》韓愈

 

全唐詩  卷342_11 

韓昌黎集 巻七-13

韓愈全集校注 〔二〕九一九

 

#1  

夜夢神官與我言,羅縷道妙角與根。

挈攜陬維口瀾翻, 百二十刻須臾間。

我聽其言未雲足,舍我先度橫山腹。 

#2

我徒三人共追之,一人前度安不危。

我亦平行蹋敽鼼,神完骨蹻不掉。

側身上視溪穀盲,杖撞玉版聲彭觥。

#3

神官見我開顏笑,前對一人壯非少。

石壇坡陀可坐臥,我手承頦肘拄座。

隆樓傑閣磊嵬高,天風飄飄吹我過。 

壯非少者哦七言,六字常語一字難。

#4

我以指撮白玉丹,行且咀噍行詰盤。

口前截斷第二句,綽虐顧我顏不歡。 

乃知仙人未賢聖,護短憑愚邀我敬。

我能屈曲自世間,安能從汝巢神山。 


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807年元和二年40歳 巻七-13《記夢#1》Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10023

807年元和二年40歳 巻七-13《記夢#1

 

 

201825

の紀頌之"6"つの校注Blog

#4留別廣陵諸公

記夢#1

戲寄崔評事表姪蘇

荷葉杯九首其五

#4 雜詩三首其二 擣衣

【字解集】 36.代人悼亡 37.和人 -A

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

747-07#4巻174-12留別廣陵諸公(卷十五(一)九一七)漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog10037

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746-【字解集】21.魯東門觀刈蒲 22.魯郡堯祠送五之琅琊 23.魯郡堯祠送張十四遊西北Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集Blog9884

孟浩然

李白詩

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司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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767年 【字解集】152.課小豎鉏斫舍北果,林枝蔓荒穢淨,訖移床,三首 155.反照 157.向夕 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9645

杜甫詩(1)736~751年  53

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杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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花間集 訳注解説 (367)回目顧巻七26荷葉杯九首其五》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10047 (02/05)

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花間集 訳注解説 (313)回目和凝【字解集】11柳枝三首  12.漁父一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9639 (12/07)

 

 

 

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巻三-33-#4 雜詩三首其二擣衣〔謝恵連〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10055

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巻三 【字解集】 19.合歡詩五首 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9739

●薛濤の全

●花間集(1

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●花間集(3

●花間集(4

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●魚玄機全詩

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●花間集(7

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九、集-08【字解集】 36.代人悼亡 37.和人 (38.隔漢江寄子安 39.寓言 40.江陵愁望寄子安) 魚玄機 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ10028 -A

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807年元和二年40歳 巻七-13《記夢#1》Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10023

(ある夜の夢に、仙人と出会った、世俗を脱したもののはなしを陽山に貶謫されたこと、自己も脱世俗しているようなものという事を述べる。)

ある夜、夢にでたことだが、神仙が、わたしに話かけてくれた。よく語ってくれることには宇宙の道は玄妙なもので、角(すぼし)と根(ねぼし)が基本でなりたっている。

その角星と子星は西南・東南・西北・東北の四隅を波立たせ翻りして結び合わせて、星の間の事は、季節も年もほんのつかの間の事なのだ。

それをきいたとしても、簡単にそのことをなっとくはできるものではないのだが、仙人はわたしをほったらかしにして、先に進み川を渡って、山腹を横切ってゆくのである。

 

 

 

 

 

《韓昌黎集・昌黎先生文集・韓愈全集校注》 

 

 

 

 

 

4.

酬裴十六功曹巡府西驛塗中見寄(韓愈全集校注 〔一〕四三〇)巻四29

339_32 《酬裴十六功曹巡府西驛途中見寄》韓愈

相公罷論道,聿至活東人。禦史坐言事,作吏府中塵。 

遂令河南治,今古無儔倫。

四海日富庶,道途隘蹄輪。 府西三百里,候館同魚鱗。

相公謂禦史,勞子去自巡。 

是時山水秋,光景何鮮新。哀鴻鳴清耳,宿霧褰高旻

遺我行旅詩,軒軒有風神。譬如黃金盤,照耀荊璞真。 

我來亦已幸,事賢友其仁。持竿洛水側,孤坐屢窮辰。 

多才自勞苦,無用只因循。辭免期匪遠,行行及山春。 

 

5.

記夢(韓愈全集校注 〔二〕九二〇)巻七-13

342_11 《記夢》韓愈 

  夜夢神官與我言,羅縷道妙角與根。挈攜陬維口瀾翻, 

  百二十刻須臾間。我聽其言未雲足,舍我先度橫山腹。 

  我徒三人共追之,一人前度安不危。我亦平行蹋ye 

  神完骨蹻不掉。側身上視溪穀盲,杖撞玉版聲彭fP. 

  神官見我開顏笑,前對一人壯非少。石壇坡陀可坐臥, 

  我手承頦肘拄座。隆樓傑閣磊嵬高,天風飄飄吹我過。 

  壯非少者哦七言,六字常語一字難。我以指撮白玉丹, 

  行且咀噍行詰盤。口前截斷第二句,綽虐顧我顏不歡。 

  乃知仙人未賢聖,護短憑愚邀我敬。我能屈曲自世間, 

  安能從汝巢神山。 

 

 

 

 

《記夢》韓愈

 

全唐詩  卷342_11 

韓昌黎集 巻七-13

韓愈全集校注 〔二〕九一九

 

#1  

夜夢神官與我言,羅縷道妙角與根。

挈攜陬維口瀾翻, 百二十刻須臾間。

我聽其言未雲足,舍我先度橫山腹。 

#2

我徒三人共追之,一人前度安不危。

我亦平行蹋敽鼼,神完骨蹻不掉。

側身上視溪穀盲,杖撞玉版聲彭觥。

#3

神官見我開顏笑,前對一人壯非少。

石壇坡陀可坐臥,我手承頦肘拄座。

隆樓傑閣磊嵬高,天風飄飄吹我過。 

壯非少者哦七言,六字常語一字難。

#4

我以指撮白玉丹,行且咀噍行詰盤。

口前截斷第二句,綽虐顧我顏不歡。 

乃知仙人未賢聖,護短憑愚邀我敬。

我能屈曲自世間,安能從汝巢神山。 

 


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韓愈108-#4《 巻七21譴瘧鬼》 #4 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1604> Ⅱ#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7004

韓愈  譴瘧鬼#4

湛湛江水清,歸居安汝妃。清波為裳衣,白石為門畿。

呼吸明月光,手掉芙蓉旂。降集隨〈九歌〉,飲芳而食菲。

贈汝以好辭,咄汝去莫違。
汝の居る江水は、湛湛として清いから、汝は、態態、そこから出てきて人に害を加えることを止め、その住所に帰って、汝の配偶者と一括に安居するのである。それから、その清波を以て衣裳とすることだし、白石を以て門庭とするのである。そして、明月の光を呼吸し、手に連隊の芙蓉の旗を振り立て、同類と共に一緒に集まって降りる。それから、九歌につれて催される土着の祭祀歌、歌楽鼓舞などを楽しむ、芳菲を飲食したら善いので、汝の居るべきところは、ちゃんと定まって居て、まことに此上もない。ここに、汝に好辭を贈るから、汝は篤と我が意を体せよ、取ら敢へず、汝は出で行け、そして、必ず去って我が意に違うてはならぬ。

韓愈108-#4 巻七21譴瘧鬼》 #4 韓愈(韓退之)  805年貞元21 38歳<1604 #4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7004


 
  2015年12月2日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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743年(33)李白351 巻四13-《塞下曲六首之六》(烽火動沙漠,) 351Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(33) <李白351> Ⅰ李白詩1691 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7003  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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韓愈108-#4《 巻七21譴瘧鬼》 #4 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1604> Ⅱ#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7004  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
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韓愈詩-韓愈108-#4

 

貞元二十一(八〇五)年の正月発巳(二十三日),二十六年間の長きにわたり唐王朝に君臨してきた徳宗がみまかると,翌日太子となって久しかった李誦が柩前即位した。これが順宗である。順宗はその折り、痛風を患って物も満足に言えぬ有り様であったが,即位するとすぐさま吏部郎中の韋執誼を尚書左丞,同中書門下平章事に任じ宰相の任に当たらせ,順宗が太子として永く東宮で過ごした折りに太子侍読を務めた王叔文は翰林学士のまま起居舎人として相に任じられ,同じく太子侍読として若き噸宗に仕えた王伾は散騎常侍に任じられ翰林待召を兼ねることになった。王叔文・王伾の二人は翰林学士・翰林待召として順宗に仕え,そのうち王叔文は相の任も兼ね,以後順宗の臨朝下で断行される一連の政治改革はこの王叔文・王伾によって領導されることになる。ただし,この二人は永貞革新が失敗すると,両者が猟官に成功したきっかけが正規の科挙武によるものではなく囲碁や書を善くしたことの昵懇によったことから特に「二王」と呼ばれ,革新政策の破綻が全て彼らの身に科されることになった。また二王のうちでも王叔文の方が順宗からの信任の情が厚く,彼は太子侍読であった折りから親交を得ていた陸淳・呂温・李景倹・韓嘩・韓泰・陳諌・凌準・程異・柳宗元・劉禹錫らを自らの傘下に招き入れ,改革の断行に踏み切るのであるが,けれどもその改革は順宗が即位した八箇月後に噸宗が子の意宗に「内禅」することで,途絶することになる。

 

 

韓愈詩-韓愈108-#3

年:805年貞元21 38

卷別:    卷三四二              文體:    五言古詩

詩題:    譴瘧鬼

作地點:              郴州(江南西道 / 郴州 / 郴州)

 

 

譴瘧鬼  #1

(三皇五帝の子の一人に瘧鬼がいて病を引き起こす。石はこれを追い出そうと薬を調合する、あるいは加持祈祷をして追い払う。永貞革新をつぶし、八司馬事件の影の主人公宦官のことを比喩したものである。)

屑屑水帝魂,謝謝無餘輝。

水帝と称せられる三皇五帝の一人、顓頊も崩後、すでに数千年経過、その魂は、屑々として、あるのかないのか訳が分からず、すでに滅びかかって、餘輝も見えない位となっている。

如何不肖子,尚奮瘧鬼威。

然るに、如何なれば、不肖の子たる汝のみが、瘧鬼として、今になお暴威をたくましゅうするのであるか、

乘秋作寒熱,翁嫗所罵譏。

汝、瘧鬼は、秋に乗じて、人の身に病を起さしめ、寒熱往来し、翁と嫗などは、之にかかると、ひどく閉口し、汝を罵りそしって居る。

#2

求食歐泄間,不知臭穢非。

そして、食事をしても、間もなく吐潟して仕舞い、その臭く穢いことは、言語道断であるが、どうにも仕方がない。

醫師加百毒,熏灌無停機。

そこで、医師は、種種の劇薬を調合し、これを煎じて飲ませると、すこしも停まって居る時の無い位であるからつづけて服用せしめるのである。

灸師施艾炷,酷若獵火圍。

灸をすえる人の場合は、もぐさと線香とを用意して、病者の身体を灼き、その、苛酷なることは、猟の時、火を以て駆り立てて、獣をいぶりだすようにもぐさの火で囲むのである。

詛師毒口牙,舌作霹靂飛。

まじないをする人はというと、口を痛くするほどに大口を開け、牙をむいて、體の悪いとこに向って霹靂の如き大聾をあげるのである。

#3

符師弄刀筆,丹墨交橫揮。

お祈祷の札を出す人は、板を刀で刷って、筆で之に書きつけ、爲に朱墨を用い、変るがわる次の札を書きなぐっていく。

咨汝之冑出,門何巍巍。

汝の系圖の由って出ずる処を考へると、門戸巍巍、まことに大したものであった。

祖軒而父頊,未沫於前徽。

それで、黃帝を祖となし、顓頊を父となし、二帝の餘烈、なお滅びずして、この世に残って居る。

不修其操行,賤薄似汝稀。

しかるに、汝は、操行を修めず、その行の賤劣にして軽薄なる、他に比類なきくらいである。

豈不忝厥祖,靦然不知歸。

かくては、まさしく汝の組を辱しめるものであるのに、なんじは、靦然として、歸著するところを知らす、勝手に振舞って居るのは、まことに怪しからぬ話である。

#4

湛湛江水清,歸居安汝妃。

汝の居る江水は、湛湛として清いから、汝は、態態、そこから出てきて人に害を加えることを止め、その住所に帰って、汝の配偶者と一括に安居するのである。

清波為裳衣,白石為門畿。

それから、その清波を以て衣裳とすることだし、白石を以て門庭とするのである。

呼吸明月光,手掉芙蓉旂。

そして、明月の光を呼吸し、手に連隊の芙蓉の旗を振り立て、同類と共に一緒に集まって降りる。

降集隨〈九歌〉,飲芳而食菲。

それから、九歌につれて催される土着の祭祀歌、歌楽鼓舞などを楽しむ、芳菲を飲食したら善いので、汝の居るべきところは、ちゃんと定まって居て、まことに此上もない。

贈汝以好辭,咄汝去莫違。

ここに、汝に好辭を贈るから、汝は篤と我が意を体せよ、取ら敢へず、汝は出で行け、そして、必ず去って我が意に違うてはならぬ。

(瘧鬼を譴【せ】む)  #1

屑屑たる水帝の魂,謝謝として餘輝無し。

如何か 不肖の子,尚お瘧鬼の威を奮える。

秋に乘じて 寒熱を作し,翁嫗 罵り譏らる所なり。
#2

食を歐泄の間に求めて,臭穢【しゅうあい】の非なるを知らず。

醫師 百毒を加え,熏灌 機を停むる無し。

灸師 艾炷を施し,酷なること 獵火の圍むが若し。

詛師 口牙を毒し,舌 霹靂の飛ぶを作す。

#3

符師 刀筆を弄し,丹墨 交【こもご】も橫揮す。

咨あ 汝の冑出,門 何ぞ巍巍たる。

祖は軒にして 父は頊,未だ前徽を沫めず。

其の操行を修めず,賤薄 汝に似たるは稀なり。

豈に 厥祖を忝けのうせんや,靦然【てんぜん】として歸るを知らず。

#4

湛湛として 江水清く,歸居して 汝の妃を安んぜよ。

清波 裳衣と為し,白石 門畿と為す。

明月の光を呼吸して,手に芙蓉の旂を掉す。

降集 〈九歌〉に隨い,芳を飲んで 菲を食う。

汝に贈るに好辭を以てす,咄でよ 汝 去って違うこと莫れ。

 

 

『譴瘧鬼』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#4

湛湛江水清,歸居安汝妃。

清波為裳衣,白石為門畿。

呼吸明月光,手掉芙蓉旂。

降集隨〈九歌〉,飲芳而食菲。

贈汝以好辭,咄汝去莫違。

(下し文)
#4

湛湛として 江水清く,歸居して 汝の妃を安んぜよ。

清波 裳衣と為し,白石 門畿と為す。

明月の光を呼吸して,手に芙蓉の旂を掉す。

降集 〈九歌〉に隨い,芳を飲んで 菲を食う。

汝に贈るに好辭を以てす,咄でよ 汝 去って違うこと莫れ。

(現代語訳)
#4

汝の居る江水は、湛湛として清いから、汝は、態態、そこから出てきて人に害を加えることを止め、その住所に帰って、汝の配偶者と一括に安居するのである。

それから、その清波を以て衣裳とすることだし、白石を以て門庭とするのである。

そして、明月の光を呼吸し、手に連隊の芙蓉の旗を振り立て、同類と共に一緒に集まって降りる。

それから、九歌につれて催される土着の祭祀歌、歌楽鼓舞などを楽しむ、芳菲を飲食したら善いので、汝の居るべきところは、ちゃんと定まって居て、まことに此上もない。

ここに、汝に好辭を贈るから、汝は篤と我が意を体せよ、取ら敢へず、汝は出で行け、そして、必ず去って我が意に違うてはならぬ。


(訳注) #4

譴瘧鬼  #4

(三皇五帝の子の一人に瘧鬼がいて病を引き起こす。石はこれを追い出そうと薬を調合する、あるいは加持祈祷をして追い払う。永貞革新をつぶし、八司馬事件の影の主人公宦官のことを比喩したものである。)

瘧はおこり、寒熱往来し、ひどい時には身体までふるえる。《漢官舊儀補遺》中:「顓頊氏有三子,生而亡去為疫鬼,一居江水,是為虎,一居若水,是為魍魎蜮鬼,一居人宮室區隅甌臾,善驚人小兒。」(顓頊氏、三子あり、生まれて亡い去って疫鬼となる。一は江水に居る。これを瘧鬼と爲す」とある。蒋注に「この詩も、亦た必ず諷するところあらむ。前詩とともに、當に皆元和十三年、刑部侍耶たる時に作るなるべし」とある。時期から判断して、「永貞革新」、「八司馬事件」をいっている。

 

湛湛江水清,歸居安汝妃。

汝の居る江水は、湛湛として清いから、汝は、態態、そこから出てきて人に害を加えることを止め、その住所に帰って、汝の配偶者と一括に安居するのである。

【1】    安汝妃 汝の配偶者とともにする。

 

清波為裳衣,白石為門畿。

それから、その清波を以て衣裳とすることだし、白石を以て門庭とするのである。

【2】    門畿 詩経の註に「畿は門内になり」とある。

 

呼吸明月光,手掉芙蓉旂。

そして、明月の光を呼吸し、手に連隊の芙蓉の旗を振り立て、同類と共に一緒に集まって降りる。

【3】    芙蓉旂 掛簾豆旗。連隊の旗印。旂:1. 古代帛上畫有兩龍,竿頭繫有鈴的一種旗。    2. 泛指各種旗幟。

 

降集隨〈九歌〉,飲芳而食菲。

それから、九歌につれて催される土着の祭祀歌、歌楽鼓舞などを楽しむ、芳菲を飲食したら善いので、汝の居るべきところは、ちゃんと定まって居て、まことに此上もない。

【4】    九歌 王逸の楚辭序「楚俗鬼を信じ、祠を好み、必ず歌楽鼓舞を作り、以て諸神を樂ましむ。屈原、その祠の鄙陋を見。因って爲に九歌の曲を作る」とある。九歌は一種の祭祀歌であると考えられる。湖南省あたりを中心にして、神につかえる心情を歌ったものとするのが、有力な説である。九歌と総称されるが、歌の数は十一ある。楚辞、九歌の作者は屈原とされるが、異説もある。王逸は、屈原が懐王に追われて、瀟湘地域に旅した際、土着の祭祀歌があまりに野卑だったので、優美なものに改作して与えたのだとする。同時に、その神に対する心情のうちに、自分の王に対する忠誠を寓意として歌いこんだともいう。

【5】    飲芳而食菲 楚辞の九歌に「芳菲菲兮満堂」とある。菲に茂る貌、猶お芳のごとし。

 

贈汝以好辭,咄汝去莫違。

ここに、汝に好辭を贈るから、汝は篤と我が意を体せよ、取ら敢へず、汝は出で行け、そして、必ず去って我が意に違うてはならぬ。

 

 

韓愈 譴瘧鬼【字解】

(1)  譴 責めとがめる。「譴責 /天譴」

(2)  瘧鬼 中国に伝わる疫鬼あるいは妖怪。瘧[ 1]を引き起こすなどして人間を苦しめる。古代中国の帝のひとり顓頊の子供のひとりがこの瘧鬼になったとされている。(三人の子が疫鬼となっており、瘧鬼、魍魎鬼、小児鬼になったとされる) 

(3)  屑屑 1 こせこせと小さな事に こだわるさま。「―たる小人物」2 せわしく働くさま。「―として励む」3 雨などが細かく降る さま。

(4)  水帝 史記に記される帝王で、名は高陽。あるいは、高陽に都して高陽氏と称したと言われている。五帝の1人で、黄帝の後を継いで帝位に就いた。在位78年と言われている。帝顓頊所居玄宮為北方之宮,北方色黑,五行屬水,因此古人他是以水德為帝,又稱玄帝。(帝顓頊は居する所、玄宮は北方の宮と為し,北方は色黑とし,五行では水に屬す,此に因り古他是れ 水德以て帝と為,又 玄帝とも稱す。)

(5)  謝謝 此処では、すでに滅びかかっている姿を言う。現代では、概要 中国語で、「ありがとう」、「感謝する」、「礼を言う」などの意味をもつ単語。 また、「詫びる 」、「謝る」、「断る」、「辞退する」という意味もある。

(6)  翁嫗 翁(おきな)は、年取った男、老人を親しみ敬って呼ぶ語。他人を呼ぶ時に使うと敬う 意味になり、自身を呼ぶ時に使うとへりくだる意味になる。おうな【嫗/媼】,おみな【嫗】,おむな【嫗】,おんな【嫗】,こもちやまんば【嫗山姥】 - goo 国語辞書は27万語以上を収録。 ... おうな【嫗/媼】: 《「おみな(嫗)」の音変化》年をとっ た女。老女。

(7)  歐泄 嘔泄/吐瀉に同じ。漢書嚴助傳「夏月暑時、歐泄霍亂の病、相随って属す」とあり。杜甫《巻五27 北征》「老夫情懷惡,嘔泄臥數日」(老父 情懐悪しく、嘔泄して臥すこと数日なり。わたしは胸のうちがきもちわるくなって、はいたり、くだしたりして、二三日は臥せてしまった。とある。

(8)  醫師  《周禮·天官》「醫師掌醫之政令,聚毒藥以供醫事。註醫師,衆醫之長也。」周禮に「醫師は、醫の政令を掌り、毒藥み究めて醫事に供す」とある。「醫師は醫の政令を掌り、毒藥を聚めて以て醫事に供する」と見え、鄭玄の注に「毒藥は藥の辛苦なるもの」と言う。

(9)  百毒 毒は、毒薬。今日の意味とは少し違うのは、用い方によって有効であるというのが前提の薬、つまり劇薬の義である。それが秘伝であるという。

(10)          熏灌 煎じて灌ぐぎかける。

(11)          灸師 灸なすえる人。経穴、合谷など体のツボに灸をすえる。《增韻》灼體療病也。《註》久讀爲灸。(體を灼いて病を療するなり。久讀して灸を爲す。」とある。

(12)          艾炷 もぐさと線香。

(13)          詛師 まじないをする人。

(14)          毒口牙 口を痛くする。

(15)          符師 祈祷してお札を出す人。

(16)          刀筆 お札を削って書きつけること。《漢書.卷三十九.蕭何曹參傳》“贊曰:「蕭何、 曹參皆起秦刀筆吏,當時錄錄未有奇節。」”(贊曰く、「皆秦の刀筆吏より起る。時に當って錄錄として未だ奇節に有らざる。」とあって顔師古の注に「刀は刷り書する所以なり。古は、簡牒を用いる、故に吏刀筆を以て自ら随ふなり」とある。ここのほ、

(17)          丹墨 朱墨に同じ。

(18)          冑出 系圖の由って出づる処。

(19)          祖軒而父頊 祖父に黄帝軒轅氏で、父は顕項。

(20)          未沫於前徽 《離騒》「芬至今猶未沫」とあって、王逸の注に「沫に巳むなり」とある。叉劉孝標の劉沼に答ふる書に「余、その音徽昔の未だ沫よぎるを悲しむ」とある。前徽は遺徳、遺烈といふようなことで、父祖の遺徳なは未だ止まず」という意。

(21)          忝厥祖 詩経「無忝爾祖」とある。

(22)          靦然 詩経「有靦而目」とあり、国語「余、靦然たりと雖も、しかもひとならんや」とあり、あつかましい様子の姿を言う。

(23)          安汝妃 汝の配偶者とともにする。

(24)          門畿 詩経の註に「畿は門内になり」とある。

(25)          芙蓉旂 掛簾豆旗。連隊の旗印。旂:1. 古代帛上畫有兩龍,竿頭繫有鈴的一種旗。    2. 泛指各種旗幟。

(26)          九歌 王逸の楚辭序「楚俗鬼を信じ、祠を好み、必ず歌楽鼓舞を作り、以て諸神を樂ましむ。屈原、その祠の鄙陋を見。因って爲に九歌の曲を作る」とある。九歌は一種の祭祀歌であると考えられる。湖南省あたりを中心にして、神につかえる心情を歌ったものとするのが、有力な説である。九歌と総称されるが、歌の数は十一ある。楚辞、九歌の作者は屈原とされるが、異説もある。王逸は、屈原が懐王に追われて、瀟湘地域に旅した際、土着の祭祀歌があまりに野卑だったので、優美なものに改作して与えたのだとする。同時に、その神に対する心情のうちに、自分の王に対する忠誠を寓意として歌いこんだともいう。

(27)          飲芳而食菲 楚辞の九歌に「芳菲菲兮満堂」とある。菲に茂る貌、猶お芳のごとし。

韓愈108-#3《 巻七21譴瘧鬼》 #3 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1603> Ⅱ#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6999

韓愈  譴瘧鬼#3

符師弄刀筆,丹墨交橫揮。咨汝之冑出,門何巍巍。

祖軒而父頊,未沫於前徽。不修其操行,賤薄似汝稀。

豈不忝厥祖,靦然不知歸。

お祈祷の札を出す人は、板を刀で刷って、筆で之に書きつけ、爲に朱墨を用い、変るがわる次の札を書きなぐっていく。汝の系圖の由って出ずる処を考へると、門戸巍巍、まことに大したものであった。それで、黃帝を祖となし、顓頊を父となし、二帝の餘烈、なお滅びずして、この世に残って居る。しかるに、汝は、操行を修めず、その行の賤劣にして軽薄なる、他に比類なきくらいである。かくては、まさしく汝の組を辱しめるものであるのに、なんじは、靦然として、歸著するところを知らす、勝手に振舞って居るのは、まことに怪しからぬ話である。

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  2015年12月1日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
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  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
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貞元二十一(八〇五)年の正月発巳(二十三日),二十六年間の長きにわたり唐王朝に君臨してきた徳宗がみまかると,翌日太子となって久しかった李誦が柩前即位した。これが順宗である。順宗はその折り、痛風を患って物も満足に言えぬ有り様であったが,即位するとすぐさま吏部郎中の韋執誼を尚書左丞,同中書門下平章事に任じ宰相の任に当たらせ,順宗が太子として永く東宮で過ごした折りに太子侍読を務めた王叔文は翰林学士のまま起居舎人として相に任じられ,同じく太子侍読として若き噸宗に仕えた王伾は散騎常侍に任じられ翰林待召を兼ねることになった。王叔文・王伾の二人は翰林学士・翰林待召として順宗に仕え,そのうち王叔文は相の任も兼ね,以後順宗の臨朝下で断行される一連の政治改革はこの王叔文・王伾によって領導されることになる。ただし,この二人は永貞革新が失敗すると,両者が猟官に成功したきっかけが正規の科挙武によるものではなく囲碁や書を善くしたことの昵懇によったことから特に「二王」と呼ばれ,革新政策の破綻が全て彼らの身に科されることになった。また二王のうちでも王叔文の方が順宗からの信任の情が厚く,彼は太子侍読であった折りから親交を得ていた陸淳・呂温・李景倹・韓嘩・韓泰・陳諌・凌準・程異・柳宗元・劉禹錫らを自らの傘下に招き入れ,改革の断行に踏み切るのであるが,けれどもその改革は順宗が即位した八箇月後に噸宗が子の意宗に「内禅」することで,途絶することになる。

 

 

韓愈詩-韓愈108-#3

年:805年貞元21 38

卷別:    卷三四二              文體:    五言古詩

詩題:    譴瘧鬼

作地點:              郴州(江南西道 / 郴州 / 郴州)

 

 

譴瘧鬼  #1

(三皇五帝の子の一人に瘧鬼がいて病を引き起こす。石はこれを追い出そうと薬を調合する、あるいは加持祈祷をして追い払う。永貞革新をつぶし、八司馬事件の影の主人公宦官のことを比喩したものである。)

屑屑水帝魂,謝謝無餘輝。

水帝と称せられる三皇五帝の一人、顓頊も崩後、すでに数千年経過、その魂は、屑々として、あるのかないのか訳が分からず、すでに滅びかかって、餘輝も見えない位となっている。

如何不肖子,尚奮瘧鬼威。

然るに、如何なれば、不肖の子たる汝のみが、瘧鬼として、今になお暴威をたくましゅうするのであるか、

乘秋作寒熱,翁嫗所罵譏。

汝、瘧鬼は、秋に乗じて、人の身に病を起さしめ、寒熱往来し、翁と嫗などは、之にかかると、ひどく閉口し、汝を罵りそしって居る。

#2

求食歐泄間,不知臭穢非。

そして、食事をしても、間もなく吐潟して仕舞い、その臭く穢いことは、言語道断であるが、どうにも仕方がない。

醫師加百毒,熏灌無停機。

そこで、医師は、種種の劇薬を調合し、これを煎じて飲ませると、すこしも停まって居る時の無い位であるからつづけて服用せしめるのである。

灸師施艾炷,酷若獵火圍。

灸をすえる人の場合は、もぐさと線香とを用意して、病者の身体を灼き、その、苛酷なることは、猟の時、火を以て駆り立てて、獣をいぶりだすようにもぐさの火で囲むのである。

詛師毒口牙,舌作霹靂飛。

まじないをする人はというと、口を痛くするほどに大口を開け、牙をむいて、體の悪いとこに向って霹靂の如き大聾をあげるのである。

#3

符師弄刀筆,丹墨交橫揮。

お祈祷の札を出す人は、板を刀で刷って、筆で之に書きつけ、爲に朱墨を用い、変るがわる次の札を書きなぐっていく。

咨汝之冑出,門何巍巍。

汝の系圖の由って出ずる処を考へると、門戸巍巍、まことに大したものであった。

祖軒而父頊,未沫於前徽。

それで、黃帝を祖となし、顓頊を父となし、二帝の餘烈、なお滅びずして、この世に残って居る。

不修其操行,賤薄似汝稀。

しかるに、汝は、操行を修めず、その行の賤劣にして軽薄なる、他に比類なきくらいである。

豈不忝厥祖,靦然不知歸。

かくては、まさしく汝の組を辱しめるものであるのに、なんじは、靦然として、歸著するところを知らす、勝手に振舞って居るのは、まことに怪しからぬ話である。

#4

湛湛江水清,歸居安汝妃。

清波為裳衣,白石為門畿。

呼吸明月光,手掉芙蓉旂。

降集隨〈九歌〉,飲芳而食菲。

贈汝以好辭,咄汝去莫違。

(瘧鬼を譴【せ】む)  #1

屑屑たる水帝の魂,謝謝として餘輝無し。

如何か 不肖の子,尚お瘧鬼の威を奮える。

秋に乘じて 寒熱を作し,翁嫗 罵り譏らる所なり。
#2

食を歐泄の間に求めて,臭穢【しゅうあい】の非なるを知らず。

醫師 百毒を加え,熏灌 機を停むる無し。

灸師 艾炷を施し,酷なること 獵火の圍むが若し。

詛師 口牙を毒し,舌 霹靂の飛ぶを作す。

#3

符師 刀筆を弄し,丹墨 交【こもご】も橫揮す。

咨あ 汝の冑出,門 何ぞ巍巍たる。

祖は軒にして 父は頊,未だ前徽を沫めず。

其の操行を修めず,賤薄 汝に似たるは稀なり。

豈に 厥祖を忝けのうせんや,靦然【てんぜん】として歸るを知らず。

#4

湛湛として 江水清く,歸居して 汝の妃を安んぜよ。

清波 裳衣と為し,白石 門畿と為す。

明月の光を呼吸して,手に芙蓉の旂を掉す。

降集 〈九歌〉に隨い,芳を飲んで 菲を食う。

汝に贈るに好辭を以てす,咄でよ 汝 去って違うこと莫れ。

 韓愈 陽山00

 

『譴瘧鬼』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#3

符師弄刀筆,丹墨交橫揮。

咨汝之冑出,門何巍巍。

祖軒而父頊,未沫於前徽。

不修其操行,賤薄似汝稀。

豈不忝厥祖,靦然不知歸。

(下し文)
#3

符師 刀筆を弄し,丹墨 交【こもご】も橫揮す。

咨あ 汝の冑出,門 何ぞ巍巍たる。

祖は軒にして 父は頊,未だ前徽を沫めず。

其の操行を修めず,賤薄 汝に似たるは稀なり。

豈に 厥祖を忝けのうせんや,靦然【てんぜん】として歸るを知らず。

(現代語訳)
#3

お祈祷の札を出す人は、板を刀で刷って、筆で之に書きつけ、爲に朱墨を用い、変るがわる次の札を書きなぐっていく。

汝の系圖の由って出ずる処を考へると、門戸巍巍、まことに大したものであった。

それで、黃帝を祖となし、顓頊を父となし、二帝の餘烈、なお滅びずして、この世に残って居る。

しかるに、汝は、操行を修めず、その行の賤劣にして軽薄なる、他に比類なきくらいである。

かくては、まさしく汝の組を辱しめるものであるのに、なんじは、靦然として、歸著するところを知らす、勝手に振舞って居るのは、まことに怪しからぬ話である。


(訳注) #3

譴瘧鬼  #3

(三皇五帝の子の一人に瘧鬼がいて病を引き起こす。石はこれを追い出そうと薬を調合する、あるいは加持祈祷をして追い払う。永貞革新をつぶし、八司馬事件の影の主人公宦官のことを比喩したものである。)

瘧はおこり、寒熱往来し、ひどい時には身体までふるえる。《漢官舊儀補遺》中:「顓頊氏有三子,生而亡去為疫鬼,一居江水,是為虎,一居若水,是為魍魎蜮鬼,一居人宮室區隅甌臾,善驚人小兒。」(顓頊氏、三子あり、生まれて亡い去って疫鬼となる。一は江水に居る。これを瘧鬼と爲す」とある。蒋注に「この詩も、亦た必ず諷するところあらむ。前詩とともに、當に皆元和十三年、刑部侍耶たる時に作るなるべし」とある。時期から判断して、「永貞革新」、「八司馬事件」をいっている。

 

符師弄刀筆,丹墨交橫揮。

お祈祷の札を出す人は、板を刀で刷って、筆で之に書きつけ、爲に朱墨を用い、変るがわる次の札を書きなぐっていく。

【1】    符師 祈祷してお札を出す人。

【2】    刀筆 お札を削って書きつけること。《漢書.卷三十九.蕭何曹參傳》“贊曰:「蕭何、 曹參皆起秦刀筆吏,當時錄錄未有奇節。」”(贊曰く、「皆秦の刀筆吏より起る。時に當って錄錄として未だ奇節に有らざる。」とあって顔師古の注に「刀は刷り書する所以なり。古は、簡牒を用いる、故に吏刀筆を以て自ら随ふなり」とある。ここのほ、

【3】    丹墨 朱墨に同じ。

 

咨汝之冑出,門何巍巍。

汝の系圖の由って出ずる処を考へると、門戸巍巍、まことに大したものであった。

【4】    冑出 系圖の由って出づる処。

 

祖軒而父頊,未沫於前徽。

それで、黃帝を祖となし、顓頊を父となし、二帝の餘烈、なお滅びずして、この世に残って居る。

【5】    祖軒而父頊 祖父に黄帝軒轅氏で、父は顕項。

【6】    未沫於前徽 《離騒》「芬至今猶未沫」とあって、王逸の注に「沫に巳むなり」とある。叉劉孝標の劉沼に答ふる書に「余、その音徽昔の未だ沫よぎるを悲しむ」とある。前徽は遺徳、遺烈といふようなことで、父祖の遺徳なは未だ止まず」という意。

 

不修其操行,賤薄似汝稀。

しかるに、汝は、操行を修めず、その行の賤劣にして軽薄なる、他に比類なきくらいである。

 

豈不忝厥祖,靦然不知歸。

かくては、まさしく汝の組を辱しめるものであるのに、なんじは、靦然として、歸著するところを知らす、勝手に振舞って居るのは、まことに怪しからぬ話である。

【7】    忝厥祖 詩経「無忝爾祖」とある。

【8】    靦然 あつかましい様子の姿を言う。詩経「有靦而目」とあり、国語「余、靦然たりと雖も、しかもひとならんや」とある。

唐時代 韓愈関連05 

 

 

 

 

譴瘧鬼【字解】

(1)  譴 責めとがめる。「譴責 /天譴」

(2)  瘧鬼 中国に伝わる疫鬼あるいは妖怪。瘧[ 1]を引き起こすなどして人間を苦しめる。古代中国の帝のひとり顓頊の子供のひとりがこの瘧鬼になったとされている。(三人の子が疫鬼となっており、瘧鬼、魍魎鬼、小児鬼になったとされる) 

(3)  屑屑 1 こせこせと小さな事に こだわるさま。「―たる小人物」2 せわしく働くさま。「―として励む」3 雨などが細かく降る さま。

(4)  水帝 史記に記される帝王で、名は高陽。あるいは、高陽に都して高陽氏と称したと言われている。五帝の1人で、黄帝の後を継いで帝位に就いた。在位78年と言われている。帝顓頊所居玄宮為北方之宮,北方色黑,五行屬水,因此古人他是以水德為帝,又稱玄帝。(帝顓頊は居する所、玄宮は北方の宮と為し,北方は色黑とし,五行では水に屬す,此に因り古他是れ 水德以て帝と為,又 玄帝とも稱す。)

(5)  謝謝 此処では、すでに滅びかかっている姿を言う。現代では、概要 中国語で、「ありがとう」、「感謝する」、「礼を言う」などの意味をもつ単語。 また、「詫びる 」、「謝る」、「断る」、「辞退する」という意味もある。

(6)  翁嫗 翁(おきな)は、年取った男、老人を親しみ敬って呼ぶ語。他人を呼ぶ時に使うと敬う 意味になり、自身を呼ぶ時に使うとへりくだる意味になる。おうな【嫗/媼】,おみな【嫗】,おむな【嫗】,おんな【嫗】,こもちやまんば【嫗山姥】 - goo 国語辞書は27万語以上を収録。 ... おうな【嫗/媼】: 《「おみな(嫗)」の音変化》年をとっ た女。老女。

(7)  歐泄 嘔泄/吐瀉に同じ。漢書嚴助傳「夏月暑時、歐泄霍亂の病、相随って属す」とあり。杜甫《巻五27 北征》「老夫情懷惡,嘔泄臥數日」(老父 情懐悪しく、嘔泄して臥すこと数日なり。わたしは胸のうちがきもちわるくなって、はいたり、くだしたりして、二三日は臥せてしまった。とある。

(8)  醫師  《周禮·天官》「醫師掌醫之政令,聚毒藥以供醫事。註醫師,衆醫之長也。」周禮に「醫師は、醫の政令を掌り、毒藥み究めて醫事に供す」とある。「醫師は醫の政令を掌り、毒藥を聚めて以て醫事に供する」と見え、鄭玄の注に「毒藥は藥の辛苦なるもの」と言う。

(9)  百毒 毒は、毒薬。今日の意味とは少し違うのは、用い方によって有効であるというのが前提の薬、つまり劇薬の義である。それが秘伝であるという。

(10)          熏灌 煎じて灌ぐぎかける。

(11)          灸師 灸なすえる人。経穴、合谷など体のツボに灸をすえる。《增韻》灼體療病也。《註》久讀爲灸。(體を灼いて病を療するなり。久讀して灸を爲す。」とある。

(12)          艾炷 もぐさと線香。

(13)          詛師 まじないをする人。

(14)          毒口牙 口を痛くする。

(15)          符師 祈祷してお札を出す人。

(16)          刀筆 お札を削って書きつけること。《漢書.卷三十九.蕭何曹參傳》“贊曰:「蕭何、 曹參皆起秦刀筆吏,當時錄錄未有奇節。」”(贊曰く、「皆秦の刀筆吏より起る。時に當って錄錄として未だ奇節に有らざる。」とあって顔師古の注に「刀は刷り書する所以なり。古は、簡牒を用いる、故に吏刀筆を以て自ら随ふなり」とある。ここのほ、

(17)          丹墨 朱墨に同じ。

(18)          冑出 系圖の由って出づる処。

(19)          祖軒而父頊 祖父に黄帝軒轅氏で、父は顕項。

(20)          未沫於前徽 《離騒》「芬至今猶未沫」とあって、王逸の注に「沫に巳むなり」とある。叉劉孝標の劉沼に答ふる書に「余、その音徽昔の未だ沫よぎるを悲しむ」とある。前徽は遺徳、遺烈といふようなことで、父祖の遺徳なは未だ止まず」という意。

(21)          忝厥祖 詩経「無忝爾祖」とある。

(22)          靦然 詩経「有靦而目」とあり、国語「余、靦然たりと雖も、しかもひとならんや」とあり、あつかましい様子の姿を言う。

(23)          安汝妃 汝の配偶者とともにする。

(24)          門畿 詩経の註に「畿は門内になり」とある。

(25)          芙蓉旂 掛簾豆旗。

(26)          九歌 王逸の楚辭序「楚俗鬼を信じ、祠を好み、必ず歌楽鼓舞を作り、以て諸神を樂ましむ。屈原、その祠の鄙陋を見。因って爲に九歌の曲を作る」とある。

(27)          飲芳而食菲 楚辞の九歌に「芳菲菲兮満堂」とある。菲に茂る貌、猶お芳のごとし。       

韓愈108-#2《 巻七21譴瘧鬼》 #2 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1602> Ⅱ#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6994

韓愈  譴瘧鬼 #2

求食歐泄間,不知臭穢非。醫師加百毒,熏灌無停機。

灸師施艾炷,酷若獵火圍。詛師毒口牙,舌作霹靂飛。
そして、食事をしても、間もなく吐潟して仕舞い、その臭く穢いことは、言語道断であるが、どうにも仕方がない。そこで、医師は、種種の劇薬を調合し、これを煎じて飲ませると、すこしも停まって居る時の無い位であるからつづけて服用せしめるのである。灸をすえる人の場合は、もぐさと線香とを用意して、病者の身体を灼き、その、苛酷なることは、猟の時、火を以て駆り立てて、獣をいぶりだすようにもぐさの火で囲むのである。

まじないをする人はというと、口を痛くするほどに大口を開け、牙をむいて、體の悪いとこに向って霹靂の如き大聾をあげるのである。

韓愈108-#2 巻七21譴瘧鬼》 #2 韓愈(韓退之)  805年貞元21 38歳<1602 #2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6994

 

 
  2015年11月30日 の紀頌之5つのBlog  
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韓愈108-#2《 巻七21譴瘧鬼》 #2 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1602> Ⅱ#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6994  
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  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-5-#1 杜甫 《20-98 鄭典設自施州歸》 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-5-#1 <1063> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6995  
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韓愈詩-韓愈108-#2

年:805年貞元21 38

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詩題:    譴瘧鬼

作地點:              郴州(江南西道 / 郴州 / 郴州)

 

 

譴瘧鬼  #1

(三皇五帝の子の一人に瘧鬼がいて病を引き起こす。石はこれを追い出そうと薬を調合する、あるいは加持祈祷をして追い払う。永貞革新をつぶし、八司馬事件の影の主人公宦官のことを比喩したものである。)

屑屑水帝魂,謝謝無餘輝。

水帝と称せられる三皇五帝の一人、顓頊も崩後、すでに数千年経過、その魂は、屑々として、あるのかないのか訳が分からず、すでに滅びかかって、餘輝も見えない位となっている。

如何不肖子,尚奮瘧鬼威。

然るに、如何なれば、不肖の子たる汝のみが、瘧鬼として、今になお暴威をたくましゅうするのであるか、

乘秋作寒熱,翁嫗所罵譏。

汝、瘧鬼は、秋に乗じて、人の身に病を起さしめ、寒熱往来し、翁と嫗などは、之にかかると、ひどく閉口し、汝を罵りそしって居る。

#2

求食歐泄間,不知臭穢非。

そして、食事をしても、間もなく吐潟して仕舞い、その臭く穢いことは、言語道断であるが、どうにも仕方がない。

醫師加百毒,熏灌無停機。

そこで、医師は、種種の劇薬を調合し、これを煎じて飲ませると、すこしも停まって居る時の無い位であるからつづけて服用せしめるのである。

灸師施艾炷,酷若獵火圍。

灸をすえる人の場合は、もぐさと線香とを用意して、病者の身体を灼き、その、苛酷なることは、猟の時、火を以て駆り立てて、獣をいぶりだすようにもぐさの火で囲むのである。

詛師毒口牙,舌作霹靂飛。

まじないをする人はというと、口を痛くするほどに大口を開け、牙をむいて、體の悪いとこに向って霹靂の如き大聾をあげるのである。

#3

符師弄刀筆,丹墨交橫揮。

咨汝之冑出,門何巍巍。

祖軒而父頊,未沫於前徽。

不修其操行,賤薄似汝稀。

豈不忝厥祖,靦然不知歸。

#4

湛湛江水清,歸居安汝妃。

清波為裳衣,白石為門畿。

呼吸明月光,手掉芙蓉旂。

降集隨〈九歌〉,飲芳而食菲。

贈汝以好辭,咄汝去莫違。

(瘧鬼を譴【せ】む)  #1

屑屑たる水帝の魂,謝謝として餘輝無し。

如何か 不肖の子,尚お瘧鬼の威を奮える。

秋に乘じて 寒熱を作し,翁嫗 罵り譏らる所なり。
#2

食を歐泄の間に求めて,臭穢【しゅうあい】の非なるを知らず。

醫師 百毒を加え,熏灌 機を停むる無し。

灸師 艾炷を施し,酷なること 獵火の圍むが若し。

詛師 口牙を毒し,舌 霹靂の飛ぶを作す。

#3

符師 刀筆を弄し,丹墨 交【こもご】も橫揮す。

咨あ 汝の冑出,門 何ぞ巍巍たる。

祖は軒にして 父は頊,未だ前徽を沫めず。

其の操行を修めず,賤薄 汝に似たるは稀なり。

豈に 厥祖を忝けのうせんや,靦然【てんぜん】として歸るを知らず。

#4

湛湛として 江水清く,歸居して 汝の妃を安んぜよ。

清波 裳衣と為し,白石 門畿と為す。

明月の光を呼吸して,手に芙蓉の旂を掉す。

降集 〈九歌〉に隨い,芳を飲んで 菲を食う。

汝に贈るに好辭を以てす,咄でよ 汝 去って違うこと莫れ。

 

 

『譴瘧鬼』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

求食歐泄間,不知臭穢非。

醫師加百毒,熏灌無停機。

灸師施艾炷,酷若獵火圍。

詛師毒口牙,舌作霹靂飛。

(下し文)
#2

食を歐泄の間に求めて,臭穢【しゅうあい】の非なるを知らず。

醫師 百毒を加え,熏灌 機を停むる無し。

灸師 艾炷を施し,酷なること 獵火の圍むが若し。

詛師 口牙を毒し,舌 霹靂の飛ぶを作す。

(現代語訳)
#2

そして、食事をしても、間もなく吐潟して仕舞い、その臭く穢いことは、言語道断であるが、どうにも仕方がない。

そこで、医師は、種種の劇薬を調合し、これを煎じて飲ませると、すこしも停まって居る時の無い位であるからつづけて服用せしめるのである。

灸をすえる人の場合は、もぐさと線香とを用意して、病者の身体を灼き、その、苛酷なることは、猟の時、火を以て駆り立てて、獣をいぶりだすようにもぐさの火で囲むのである。

まじないをする人はというと、口を痛くするほどに大口を開け、牙をむいて、體の悪いとこに向って霹靂の如き大聾をあげるのである。


(訳注) #2

譴瘧鬼  #2

(三皇五帝の子の一人に瘧鬼がいて病を引き起こす。石はこれを追い出そうと薬を調合する、あるいは加持祈祷をして追い払う。永貞革新をつぶし、八司馬事件の影の主人公宦官のことを比喩したものである。)

瘧はおこり、寒熱往来し、ひどい時には身体までふるえる。《漢官舊儀補遺》中:「顓頊氏有三子,生而亡去為疫鬼,一居江水,是為虎,一居若水,是為魍魎蜮鬼,一居人宮室區隅甌臾,善驚人小兒。」(顓頊氏、三子あり、生まれて亡い去って疫鬼となる。一は江水に居る。これを瘧鬼と爲す」とある。蒋注に「この詩も、亦た必ず諷するところあらむ。前詩とともに、當に皆元和十三年、刑部侍耶たる時に作るなるべし」とある。時期から判断して、「永貞革新」、「八司馬事件」をいっている。

 

求食歐泄間,不知臭穢非。

そして、食事をしても、間もなく吐潟して仕舞い、その臭く穢いことは、言語道断であるが、どうにも仕方がない。

【1】    歐泄 嘔泄/吐瀉に同じ。漢書嚴助傳「夏月暑時、歐泄霍亂の病、相随って属す」とあり。杜甫《巻五27 北征》「老夫情懷惡,嘔泄臥數日」(老父 情懐悪しく、嘔泄して臥すこと数日なり。わたしは胸のうちがきもちわるくなって、はいたり、くだしたりして、二三日は臥せてしまった。とある。

 

醫師加百毒,熏灌無停機。

そこで、医師は、種種の劇薬を調合し、これを煎じて飲ませると、すこしも停まって居る時の無い位であるからつづけて服用せしめるのである。

【2】    醫師  《周禮·天官》「醫師掌醫之政令,聚毒藥以供醫事。註醫師,衆醫之長也。」周禮に「醫師は、醫の政令を掌り、毒藥み究めて醫事に供す」とある。「醫師は醫の政令を掌り、毒藥を聚めて以て醫事に供する」と見え、鄭玄の注に「毒藥は藥の辛苦なるもの」と言う。

【3】    百毒 毒は、毒薬。今日の意味とは少し違うのは、用い方によって有効であるというのが前提の薬、つまり劇薬の義である。それが秘伝であるという。

【4】    熏灌 煎じて灌ぐぎかける。

 

灸師施艾炷,酷若獵火圍。

灸をすえる人の場合は、もぐさと線香とを用意して、病者の身体を灼き、その、苛酷なることは、猟の時、火を以て駆り立てて、獣をいぶりだすようにもぐさの火で囲むのである。

【5】    灸師 灸なすえる人。経穴、合谷など体のツボに灸をすえる。《增韻》灼體療病也。《註》久讀爲灸。(體を灼いて病を療するなり。久讀して灸を爲す。」とある。

【6】    艾炷 もぐさと線香。

 

詛師毒口牙,舌作霹靂飛。

まじないをする人はというと、口を痛くするほどに大口を開け、牙をむいて、體の悪いとこに向って霹靂の如き大聾をあげるのである。

【7】    詛師 まじないをする人。

【8】    毒口牙 口を痛くする。

 

 

 

 

【字解】

(1)  譴 責めとがめる。「譴責 /天譴」

(2)  瘧鬼 中国に伝わる疫鬼あるいは妖怪。瘧[ 1]を引き起こすなどして人間を苦しめる。古代中国の帝のひとり顓頊の子供のひとりがこの瘧鬼になったとされている。(三人の子が疫鬼となっており、瘧鬼、魍魎鬼、小児鬼になったとされる) 

(3)  屑屑 1 こせこせと小さな事に こだわるさま。「―たる小人物」2 せわしく働くさま。「―として励む」3 雨などが細かく降る さま。

(4)  水帝 史記に記される帝王で、名は高陽。あるいは、高陽に都して高陽氏と称したと言われている。五帝の1人で、黄帝の後を継いで帝位に就いた。在位78年と言われている。帝顓頊所居玄宮為北方之宮,北方色黑,五行屬水,因此古人他是以水德為帝,又稱玄帝。(帝顓頊は居する所、玄宮は北方の宮と為し,北方は色黑とし,五行では水に屬す,此に因り古他是れ 水德以て帝と為,又 玄帝とも稱す。)

(5)  謝謝 此処では、すでに滅びかかっている姿を言う。現代では、概要 中国語で、「ありがとう」、「感謝する」、「礼を言う」などの意味をもつ単語。 また、「詫びる 」、「謝る」、「断る」、「辞退する」という意味もある。

(6)  翁嫗 翁(おきな)は、年取った男、老人を親しみ敬って呼ぶ語。他人を呼ぶ時に使うと敬う 意味になり、自身を呼ぶ時に使うとへりくだる意味になる。おうな【嫗/媼】,おみな【嫗】,おむな【嫗】,おんな【嫗】,こもちやまんば【嫗山姥】 - goo 国語辞書は27万語以上を収録。 ... おうな【嫗/媼】: 《「おみな(嫗)」の音変化》年をとっ た女。老女。

(7)  歐泄 嘔泄/吐瀉に同じ。漢書嚴助傳「夏月暑時、歐泄霍亂の病、相随って属す」とあり。杜甫《巻五27 北征》「老夫情懷惡,嘔泄臥數日」(老父 情懐悪しく、嘔泄して臥すこと数日なり。わたしは胸のうちがきもちわるくなって、はいたり、くだしたりして、二三日は臥せてしまった。とある。

(8)  醫師  《周禮·天官》「醫師掌醫之政令,聚毒藥以供醫事。註醫師,衆醫之長也。」周禮に「醫師は、醫の政令を掌り、毒藥み究めて醫事に供す」とある。「醫師は醫の政令を掌り、毒藥を聚めて以て醫事に供する」と見え、鄭玄の注に「毒藥は藥の辛苦なるもの」と言う。

(9)  百毒 毒は、毒薬。今日の意味とは少し違うのは、用い方によって有効であるというのが前提の薬、つまり劇薬の義である。それが秘伝であるという。

(10)          熏灌 煎じて灌ぐぎかける。

(11)          灸師 灸なすえる人。経穴、合谷など体のツボに灸をすえる。《增韻》灼體療病也。《註》久讀爲灸。(體を灼いて病を療するなり。久讀して灸を爲す。」とある。

(12)          艾炷 もぐさと線香。

(13)          詛師 まじないをする人。

(14)          毒口牙 口を痛くする。

韓愈108-#1《 巻七21譴瘧鬼》 #1 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1601> Ⅱ#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6989

韓愈  譴瘧鬼  #1

屑屑水帝魂,謝謝無餘輝。如何不肖子,尚奮瘧鬼威。乘秋作寒熱,翁嫗所罵譏。

(三皇五帝の子の一人に瘧鬼がいて病を引き起こす。石はこれを追い出そうと薬を調合する、あるいは加持祈祷をして追い払う。永貞革新をつぶし、八司馬事件の影の主人公宦官のことを比喩したものである。)

水帝と称せられる三皇五帝の一人、顓頊も崩後、すでに数千年経過、その魂は、屑々として、あるのかないのか訳が分からず、すでに滅びかかって、餘輝も見えない位となっている。然るに、如何なれば、不肖の子たる汝のみが、瘧鬼として、今になお暴威をたくましゅうするのであるか、汝、瘧鬼は、秋に乗じて、人の身に病を起さしめ、寒熱往来し、翁と嫗などは、之にかかると、ひどく閉口し、汝を罵りそしって居る。

韓愈108-#1 巻七21譴瘧鬼》 #1 韓愈(韓退之)  805年貞元21 38歳<1601 #1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6989

 

 
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貞元二十一(八〇五)年の正月発巳(二十三日),二十六年間の長きにわたり唐王朝に君臨してきた徳宗がみまかると,翌日太子となって久しかった李誦が柩前即位した。これが順宗である。順宗はその折り、痛風を患って物も満足に言えぬ有り様であったが,即位するとすぐさま吏部郎中の韋執誼を尚書左丞,同中書門下平章事に任じ宰相の任に当たらせ,順宗が太子として永く東宮で過ごした折りに太子侍読を務めた王叔文は翰林学士のまま起居舎人として相に任じられ,同じく太子侍読として若き噸宗に仕えた王伾は散騎常侍に任じられ翰林待召を兼ねることになった。王叔文・王伾の二人は翰林学士・翰林待召として順宗に仕え,そのうち王叔文は相の任も兼ね,以後順宗の臨朝下で断行される一連の政治改革はこの王叔文・王伾によって領導されることになる。ただし,この二人は永貞革新が失敗すると,両者が猟官に成功したきっかけが正規の科挙武によるものではなく囲碁や書を善くしたことの昵懇によったことから特に「二王」と呼ばれ,革新政策の破綻が全て彼らの身に科されることになった。また二王のうちでも王叔文の方が順宗からの信任の情が厚く,彼は太子侍読であった折りから親交を得ていた陸淳・呂温・李景倹・韓嘩・韓泰・陳諌・凌準・程異・柳宗元・劉禹錫らを自らの傘下に招き入れ,改革の断行に踏み切るのであるが,けれどもその改革は順宗が即位した八箇月後に噸宗が子の意宗に「内禅」することで,途絶することになる。

 

 

韓愈詩-韓愈108-#1

年:805年貞元21 38

卷別:    卷三四二              文體:    五言古詩

詩題:    譴瘧鬼

作地點:              郴州(江南西道 / 郴州 / 郴州)

 

 

譴瘧鬼  #1

(三皇五帝の子の一人に瘧鬼がいて病を引き起こす。石はこれを追い出そうと薬を調合する、あるいは加持祈祷をして追い払う。永貞革新をつぶし、八司馬事件の影の主人公宦官のことを比喩したものである。)

屑屑水帝魂,謝謝無餘輝。

水帝と称せられる三皇五帝の一人、顓頊も崩後、すでに数千年経過、その魂は、屑々として、あるのかない