漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

index-14 823年~824年長慶4年 57歳

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

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すると、鷺がおどろいて飛び立ち、わたしの道案内をするように、数十尺前方へ飛んで行った。たかだかとそびえ立つ柳の大木のそばには白い砂地がのこり、ころころと丸くかたまっている松が絶壁の上にかぶさっている。

 
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427-#2 《南溪始泛,三首之三》韓愈(韓退之)ID Index-14-504 Ⅱ韓昌黎集index-14 823年長慶3年 56歳~824年長慶4年 57歳<1133>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4649韓愈詩-427-#2

 

 

南溪始泛,三首之一

榜舟南山下,上上不得返。

幽事隨去多,孰能量近遠。

陰沈過連樹,藏昂抵橫阪。

石粗肆磨礪,波惡厭牽挽。

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の一)

南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ、棹さして流れを遡り、上り上ぼって行って引き返すことができなくなった。

行けばいくほど面白く風流な趣が加わる時は、路が遠かろうが、近かろうが、頭から考えることなど全くない。

そのあいだは陰沈としてうすぐらい林のつづく中を過ぎることもあり、道は幾たびか高く低くつらなる斜面にぶつかった。

渓中の岩がごつごつとして、それらは存分にとぎすまされ、さか立つ流れをどこまでも舟を引いて上ぼる厭になるほど骨が折れることだ。

#2

或倚偏岸漁,竟就平洲飯。

點點暮雨飄,梢梢新月偃。

餘年懍無幾,休日愴已晚。

自是病使然,非由取高蹇。

あるいは、かたよって崖っぷちの岸のすぐ下で網を投じて魚をとったりし、あるいは、平坦な中洲の上で食事をとったりした。

すると、ぽつぽつと夕ぐれどきの時雨が催したが、しばらくしてすぐ止んだので、ほっそりとした新月がやまかげから横ざまに低く表れた。

おもえば、わたしの病気は治りそうもなく、あと生きられる年は幾ばくもないことに、心つつましく思うところだが、病気理由の休暇も、もう終わろうとしているから、何となく心配で仕方がないのだ。

この遊覧だって病気になったから、みんなが気を使ってくれたからこそできたので、こんな風流な遊覧だからといって、偉ぶって俗世を離れた風流隠遁者という高踏的な気持ちになろうとしたためではないのである。

 

(南渓に始めて泛ぶ三首、其の一)

舟を榜【さ】す 南山の下、上り上って返ることを得ず。

幽事 去るに随って多く、孰か能く近遠を量らん。

陰沈として連樹を過ぎ、蔵昂として横坂に抵る。

石は粗にして磨礪を肆にし、波は悪くしして牽挽に厭く。

 

或るいは偏岸に倚りて漁し、竟に平洲に就いて飯す。

点点として暮雨 飄り、梢梢として新月 偃す。

余年 幾ばくも無きを懍れ、休日 己に晩きことを愴う。

自ら是れ 病い 然らしむ、高蹇を取るに由るには非ず。

 

南溪始泛,三首之二

南溪亦清駛,而無楫與舟。

山農驚見之,隨我觀不休。

不惟兒童輩,或有杖白頭。

饋我籠中瓜,勸我此淹留。

我云以病歸,此已頗自由。

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の二)

上流の南渓の水はきれいで澄んでいて、流れがとても速い、これを行くのにろも舟ではどうしようもなく、徒歩で行く。

山里の農夫たちはここを徒歩で登るわたしに出あったのにびっくりし、わたしのあとからついて来ていつまでもながめているのを心配をしてくれることに感謝する。

ついてくるのはこどもたちばかりでなく、枚にすがる白髪の老人さえもいる。

背負っていたかごから瓜を取り出してわたしにくれる、ここはまことに風景の良いところであるから、ずっとここに滞在するようにとすすめるのである。

わたしはこれに答えていう「わらしは病気保養のためにここに住むことにしましたが、これでもうかなり自由気ままにくらすことが出来て保養になっています。」と。

#2

幸有用餘俸,置居在西疇。

囷倉米穀滿,未有旦夕憂。

上去無得得,下來亦悠悠。

但恐煩里閭,時有緩急投。

願為同社人,雞豚燕春秋。

そして「さいわいに捨扶持の余るだけの頂戴いたしているから、別業を西のはた地に家をさだめました。」

「米ぐらには米穀が一杯で、さしあたってくらしの心配はありません。」

「長安の役所に出勤したからと言って、格別得意というわけでもない、仕事を暇をとってここの田舎に来て見るとのんきでいいし、心はのどかなものです。」

「しかし、ただ村のご近所に煩わせて御迷惑だと思いますが、折り折り急用でお世話になりに行くことでしょう。」

「願わくばどうか同じ氏子となって、春や秋の彼岸には鶏や子豚で、小宴会を催したいから、みんなで一緒にやって来てほしいものです。」と答えたのだ。

 

南溪始泛,三首の二

南溪 亦た 清駛,而も 楫と舟と無し。

山農 之れを驚き見て,我に隨って觀て休まず。

惟だ 兒童の輩のみならず,或いは 杖く白頭有り。

我 籠中の瓜を饋【おく】り,我 此こに淹留せんと勸む。

我れ云く 病を以って歸り,此こに已に 頗ぶる自由なり。

#2

幸に 餘俸を用いる有り,居を置て西疇に在る。

囷倉には 米穀 滿ちて,未だ旦夕 憂うを有らず。

上り去って 得得たること無く,下り來って 亦た 悠悠たり。

但だ 恐らくは 里閭を煩わし,時に緩急もて投ずる有らん。

 

 

南溪始泛,三首之三

足弱不能步,自宜收朝蹟。

羸形可輿致,佳觀安事擲。

即此南阪下,久聞有水石。

拖舟入其間,溪流正清激。

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の三)

身体の衰えは、足腰のおとろえであり、歩くことはなかなかだ、朝礼にさんれつなどとてもできるものではなく、朝の散歩などでも難しい。

痩せた身体であると軽く運べるが、自分は肥満なので、輿で運ぶけれど迷惑をかける次第だ。しかし、ここのすばらしい眺めをどうして捨て置くわけにいかないのだ。

此の南坂のふもとには、以前から美しい流れと珍しい石があり、きれいな山水の景色があると聞いていたところだ。

舟をひかせて、その谷の間にはいると、渓流はまことに綺麗で、それこそ清らかに澄み切っている。

#2

隨波吾未能,峻瀨乍可刺。

鷺起若導吾,前飛數十尺。

亭亭柳帶沙,團團松冠壁。

歸時還盡夜,誰謂非事役。

波のまにまに舟をまかせようとする気にわたしはなれない、急なはや瀬に舟を掉さす方が望ましいのだ。

すると、鷺がおどろいて飛び立ち、わたしの道案内をするように、数十尺前方へ飛んで行った。

たかだかとそびえ立つ柳の大木のそばには白い砂地がのこり、ころころと丸くかたまっている松が絶壁の上にかぶさっている。

帰った時にはやはり夜が明けるころとなった、お上のつとめほど苦労ではないともいえぬ一仕事だったことではある。

 

(南溪始泛,三首の三)

足 弱くして步する能わず,自ら宜しく朝蹟を收むべし。

羸形 輿し致す可し,佳觀 安ぞ 擲【なげう】つべけんや。

即ち 此の南阪の下,久しく水石有るを聞く。

舟を拖いて 其の間に入れば,溪流 正に清激。

#2

 

波に隨うこと吾 未だ能わず,峻瀨 乍ち刺す可し。

鷺は起って 吾を導くが若し,前に飛ぶこと數十尺。

亭亭として 柳 沙を帶び,團團として松 壁に冠す。

歸える時 還た夜を盡し,誰か事役に非らずと謂えり。

 

渓谷002

 

『南溪始泛,三首之三』 現代語訳と訳註

(本文) #2

隨波吾未能,峻瀨乍可刺。

鷺起若導吾,前飛數十尺。

亭亭柳帶沙,團團松冠壁。

歸時還盡夜,誰謂非事役。

 

(下し文) #2

波に隨うこと吾 未だ能わず,峻瀨 乍ち刺す可し。

鷺は起って 吾を導くが若し,前に飛ぶこと數十尺。

亭亭として 柳 沙を帶び,團團として松 壁に冠す。

歸える時 還た夜を盡し,誰か事役に非らずと謂えり。

 

(現代語訳)

波のまにまに舟をまかせようとする気にわたしはなれない、急なはや瀬に舟を掉さす方が望ましいのだ。

すると、鷺がおどろいて飛び立ち、わたしの道案内をするように、数十尺前方へ飛んで行った。

たかだかとそびえ立つ柳の大木のそばには白い砂地がのこり、ころころと丸くかたまっている松が絶壁の上にかぶさっている。

帰った時にはやはり夜が明けるころとなった、お上のつとめほど苦労ではないともいえぬ一仕事だったことではある。

 

長安付近図00 

(訳注) #2

南溪始泛,三首之三

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の三)

○南溪始泛 南渓は、長安の南、終南山にある渓谷。韓愈は、五十七歳になった長慶四年(八二四年)夏、病気で休暇を願い、長安の南の郊外にある別荘で養生することにしたが、休暇期間がおわり、長安の邸宅に帰って、その年十二月二日薨った。この詩は、南郊に養生中、作られたもので、韓愈の絶筆であるといわれる。

 

隨波吾未能,峻瀨乍可刺。

波のまにまに舟をまかせようとする気にわたしはなれない、急なはや瀬に舟を掉さす方が望ましいのだ。

○乍可 それよりはこうしたい。ここでは、波のまにまに行くのはつまらない、それよりは激しい早瀬に棹さしたいものだという意。

○刺 舟をさおさす。

 

鷺起若導吾,前飛數十尺。

すると、鷺がおどろいて飛び立ち、わたしの道案内をするように、数十尺前方へ飛んで行った。

 

亭亭柳帶沙,團團松冠壁。

たかだかとそびえ立つ柳の大木のそばには白い砂地がのこり、ころころと丸くかたまっている松が絶壁の上にかぶさっている。

○亭亭 木が大きく茂っている形容。

○柳帯砂 柳が砂を横にくっつけている。柳の横に砂地がある。

○松冠壁 松が絶壁のいただきにはえている。

 

歸時還盡夜,誰謂非事役。

帰った時にはやはり夜が明けるころとなった、お上のつとめほど苦労ではないともいえぬ一仕事だったことではある。

○尽夜 夜の明けるまで。

○事役 朝廷の御用でつとめる仕事。「誰謂非事後」とは、これもお上の御用同様の一仕事だということ。
Nature1-003 

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(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の三)身体の衰えは、足腰のおとろえであり、歩くことはなかなかだ、朝礼にさんれつなどとてもできるものではなく、朝の散歩などでも難しい。

 
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製作年:824年長慶四年57

卷別:  卷三四二        文體:  五言古詩

     韓昌黎集 巻七

詩題:  南溪始泛,三首之三

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

 

南溪始泛,三首之三

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の三)

足弱不能步,自宜收朝蹟。

身体の衰えは、足腰のおとろえであり、歩くことはなかなかだ、朝礼にさんれつなどとてもできるものではなく、朝の散歩などでも難しい。

羸形可輿致,佳觀安事擲。

痩せた身体であると軽く運べるが、自分は肥満なので、輿で運ぶけれど迷惑をかける次第だ。しかし、ここのすばらしい眺めをどうして捨て置くわけにいかないのだ。

即此南阪下,久聞有水石。

此の南坂のふもとには、以前から美しい流れと珍しい石があり、きれいな山水の景色があると聞いていたところだ。

拖舟入其間,溪流正清激。

舟をひかせて、その谷の間にはいると、渓流はまことに綺麗で、それこそ清らかに澄み切っている。

#2

隨波吾未能,峻瀨乍可刺。

鷺起若導吾,前飛數十尺。

亭亭柳帶沙,團團松冠壁。

歸時還盡夜,誰謂非事役。

 

(南溪始泛,三首の三)

足 弱くして步する能わず,自ら宜しく朝蹟を收むべし。

羸形 輿し致す可し,佳觀 安ぞ 擲【なげう】つべけんや。

即ち 此の南阪の下,久しく水石有るを聞く。

舟を拖いて 其の間に入れば,溪流 正に清激。

#2

波に隨うこと吾 未だ能わず,峻瀨 乍ち刺す可し。

鷺は起って 吾を導くが若し,前に飛ぶこと數十尺。

亭亭として 柳 沙を帶び,團團として松 壁に冠す。

歸える時 還た夜を盡し,誰か事役に非らずと謂えり。

 

Nature1-003

『南溪始泛,三首之三』 現代語訳と訳註

(本文)

南溪始泛,三首之三

足弱不能步,自宜收朝蹟。

羸形可輿致,佳觀安事擲。

即此南阪下,久聞有水石。

拖舟入其間,溪流正清激。

 

(下し文)

(南溪始泛,三首の三)

足 弱くして步する能わず,自ら宜しく朝蹟を收むべし。

羸形 輿し致す可し,佳觀 安ぞ 擲【なげう】つべけんや。

即ち 此の南阪の下,久しく水石有るを聞く。

舟を拖いて 其の間に入れば,溪流 正に清激。

 

(現代語訳)

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の三)

身体の衰えは、足腰のおとろえであり、歩くことはなかなかだ、朝礼にさんれつなどとてもできるものではなく、朝の散歩などでも難しい。

痩せた身体であると軽く運べるが、自分は肥満なので、輿で運ぶけれど迷惑をかける次第だ。しかし、ここのすばらしい眺めをどうして捨て置くわけにいかないのだ。

此の南坂のふもとには、以前から美しい流れと珍しい石があり、きれいな山水の景色があると聞いていたところだ。

舟をひかせて、その谷の間にはいると、渓流はまことに綺麗で、それこそ清らかに澄み切っている。

 

nat0022 

(訳注)

南溪始泛,三首之三

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の三)

○南溪始泛 南渓は、長安の南、終南山にある渓谷。韓愈は、五十七歳になった長慶四年(八二四年)夏、病気で休暇を願い、長安の南の郊外にある別荘で養生することにしたが、休暇期間がおわり、長安の邸宅に帰って、その年十二月二日薨った。この詩は、南郊に養生中、作られたもので、韓愈の絶筆であるといわれる。

 

足弱不能步,自宜收朝蹟。

身体の衰えは、足腰のおとろえであり、歩くことはなかなかだ、朝礼にさんれつなどとてもできるものではなく、朝の散歩などでも難しい。

○朝蹟 蹟は跡と同じ、足あと。朝蹟は、朝廷に於ける足跡。からだ。

 

羸形可輿致,佳觀安事擲。

痩せた身体であると軽く運べるが、自分は肥満なので、輿で運ぶけれど迷惑をかける次第だ。しかし、ここのすばらしい眺めをどうして捨て置くわけにいかないのだ。

○輿致 輿くるまに乗せてつれて行く。韓愈が肥満であったことは、韓愈の多くの詩に出てくる。

○擲 すておく。

 

即此南阪下,久聞有水石。

此の南坂のふもとには、以前から美しい流れと珍しい石があり、きれいな山水の景色があると聞いていたところだ。

○南阪 終南山にのぼるさか。南に行くほど登る地形である。

○有水石 きれいな山水の景色がある。この水石は、美しいという価値判断をふくんだ水と石である。

 

拖舟入其間,溪流正清激。

舟をひかせて、その谷の間にはいると、渓流はまことに綺麗で、それこそ清らかに澄み切っている。

○拖 引き舟でひっぱること。

 

 

南溪始泛,三首之一

榜舟南山下,上上不得返。

幽事隨去多,孰能量近遠。

陰沈過連樹,藏昂抵橫阪。

石粗肆磨礪,波惡厭牽挽。

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の一)

南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ、棹さして流れを遡り、上り上ぼって行って引き返すことができなくなった。

行けばいくほど面白く風流な趣が加わる時は、路が遠かろうが、近かろうが、頭から考えることなど全くない。

そのあいだは陰沈としてうすぐらい林のつづく中を過ぎることもあり、道は幾たびか高く低くつらなる斜面にぶつかった。

渓中の岩がごつごつとして、それらは存分にとぎすまされ、さか立つ流れをどこまでも舟を引いて上ぼる厭になるほど骨が折れることだ。

#2

或倚偏岸漁,竟就平洲飯。

點點暮雨飄,梢梢新月偃。

餘年懍無幾,休日愴已晚。

自是病使然,非由取高蹇。

あるいは、かたよって崖っぷちの岸のすぐ下で網を投じて魚をとったりし、あるいは、平坦な中洲の上で食事をとったりした。

すると、ぽつぽつと夕ぐれどきの時雨が催したが、しばらくしてすぐ止んだので、ほっそりとした新月がやまかげから横ざまに低く表れた。

おもえば、わたしの病気は治りそうもなく、あと生きられる年は幾ばくもないことに、心つつましく思うところだが、病気理由の休暇も、もう終わろうとしているから、何となく心配で仕方がないのだ。

この遊覧だって病気になったから、みんなが気を使ってくれたからこそできたので、こんな風流な遊覧だからといって、偉ぶって俗世を離れた風流隠遁者という高踏的な気持ちになろうとしたためではないのである。

 

(南渓に始めて泛ぶ三首、其の一)

舟を榜【さ】す 南山の下、上り上って返ることを得ず。

幽事 去るに随って多く、孰か能く近遠を量らん。

陰沈として連樹を過ぎ、蔵昂として横坂に抵る。

石は粗にして磨礪を肆にし、波は悪くしして牽挽に厭く。

 

或るいは偏岸に倚りて漁し、竟に平洲に就いて飯す。

点点として暮雨 飄り、梢梢として新月 偃す。

余年 幾ばくも無きを懍れ、休日 己に晩きことを愴う。

自ら是れ 病い 然らしむ、高蹇を取るに由るには非ず。

渓谷002 

南溪始泛,三首之二

南溪亦清駛,而無楫與舟。

山農驚見之,隨我觀不休。

不惟兒童輩,或有杖白頭。

饋我籠中瓜,勸我此淹留。

我云以病歸,此已頗自由。

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の二)

上流の南渓の水はきれいで澄んでいて、流れがとても速い、これを行くのにろも舟ではどうしようもなく、徒歩で行く。

山里の農夫たちはここを徒歩で登るわたしに出あったのにびっくりし、わたしのあとからついて来ていつまでもながめているのを心配をしてくれることに感謝する。

ついてくるのはこどもたちばかりでなく、枚にすがる白髪の老人さえもいる。

背負っていたかごから瓜を取り出してわたしにくれる、ここはまことに風景の良いところであるから、ずっとここに滞在するようにとすすめるのである。

わたしはこれに答えていう「わらしは病気保養のためにここに住むことにしましたが、これでもうかなり自由気ままにくらすことが出来て保養になっています。」と。

#2

幸有用餘俸,置居在西疇。

囷倉米穀滿,未有旦夕憂。

上去無得得,下來亦悠悠。

但恐煩里閭,時有緩急投。

願為同社人,雞豚燕春秋。

そして「さいわいに捨扶持の余るだけの頂戴いたしているから、別業を西のはた地に家をさだめました。」

「米ぐらには米穀が一杯で、さしあたってくらしの心配はありません。」

「長安の役所に出勤したからと言って、格別得意というわけでもない、仕事を暇をとってここの田舎に来て見るとのんきでいいし、心はのどかなものです。」

「しかし、ただ村のご近所に煩わせて御迷惑だと思いますが、折り折り急用でお世話になりに行くことでしょう。」

「願わくばどうか同じ氏子となって、春や秋の彼岸には鶏や子豚で、小宴会を催したいから、みんなで一緒にやって来てほしいものです。」と答えたのだ。

 

南溪始泛,三首の二

南溪 亦た 清駛,而も 楫と舟と無し。

山農 之れを驚き見て,我に隨って觀て休まず。

惟だ 兒童の輩のみならず,或いは 杖く白頭有り。

我 籠中の瓜を饋【おく】り,我 此こに淹留せんと勸む。

我れ云く 病を以って歸り,此こに已に 頗ぶる自由なり。

#2

幸に 餘俸を用いる有り,居を置て西疇に在る。

囷倉には 米穀 滿ちて,未だ旦夕 憂うを有らず。

上り去って 得得たること無く,下り來って 亦た 悠悠たり。

但だ 恐らくは 里閭を煩わし,時に緩急もて投ずる有らん。

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「しかし、ただ村のご近所に煩わせて御迷惑だと思いますが、折り折り急用でお世話になりに行くことでしょう。願わくばどうか同じ氏子となって、春や秋の彼岸には鶏や子豚で、小宴会を催したいから、みんなで一緒にやって来てほしいものです。」と答えたのだ。

 
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426-#2 《南溪始泛,三首之二》韓愈(韓退之)ID  index-11131> Ⅱ韓昌黎外集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4639韓愈詩-426-#2

 

 

製作年:824年長慶四年57

卷別:  卷三四二        文體:  五言古詩

     韓昌黎集 巻七

卷別:  卷三四二        文體:  五言古詩

詩題:  南溪始泛,三首之二

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

 

南溪始泛,三首之二

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の二)

南溪亦清駛,而無楫與舟。

上流の南渓の水はきれいで澄んでいて、流れがとても速い、これを行くのにろも舟ではどうしようもなく、徒歩で行く。

山農驚見之,隨我觀不休。

山里の農夫たちはここを徒歩で登るわたしに出あったのにびっくりし、わたしのあとからついて来ていつまでもながめているのを心配をしてくれることに感謝する。

不惟兒童輩,或有杖白頭。

ついてくるのはこどもたちばかりでなく、枚にすがる白髪の老人さえもいる。

饋我籠中瓜,勸我此淹留。

背負っていたかごから瓜を取り出してわたしにくれる、ここはまことに風景の良いところであるから、ずっとここに滞在するようにとすすめるのである。

我云以病歸,此已頗自由。

わたしはこれに答えていう「わたしは病気保養のためにここに住むことにしましたが、これでもうかなり自由気ままにくらすことが出来て保養になっています。」と。

#2

幸有用餘俸,置居在西疇。

そして「さいわいに捨扶持の余るだけの頂戴いたしているから、別業を西のはた地に家をさだめました。」

囷倉米穀滿,未有旦夕憂。

「米ぐらには米穀が一杯で、さしあたってくらしの心配はありません。」

上去無得得,下來亦悠悠。

「長安の役所に出勤したからと言って、格別得意というわけでもない、仕事を暇をとってここの田舎に来て見るとのんきでいいし、心はのどかなものです。」

但恐煩里閭,時有緩急投。

「しかし、ただ村のご近所に煩わせて御迷惑だと思いますが、折り折り急用でお世話になりに行くことでしょう。」

願為同社人,雞豚燕春秋。

「願わくばどうか同じ氏子となって、春や秋の彼岸には鶏や子豚で、小宴会を催したいから、みんなで一緒にやって来てほしいものです。」と答えたのだ。

 

南溪始泛,三首の二

南溪 亦た 清駛,而も 楫と舟と無し。

山農 之れを驚き見て,我に隨って觀て休まず。

惟だ 兒童の輩のみならず,或いは 杖く白頭有り。

我 籠中の瓜を饋【おく】り,我 此こに淹留せんと勸む。

我れ云く 病を以って歸り,此こに已に 頗ぶる自由なり。

#2

幸に 餘俸を用いる有り,居を置て西疇に在る。

囷倉には 米穀 滿ちて,未だ旦夕 憂うを有らず。

上り去って 得得たること無く,下り來って 亦た 悠悠たり。

但だ 恐らくは 里閭を煩わし,時に緩急もて投ずる有らん。

願くば 同社の人と為って,雞豚 春秋に燕せんとす。

 

渓谷002 

『南溪始泛,三首之二』 現代語訳と訳註

(本文)#2

幸有用餘俸,置居在西疇。

囷倉米穀滿,未有旦夕憂。

上去無得得,下來亦悠悠。

但恐煩里閭,時有緩急投。

願為同社人,雞豚燕春秋。

 

(下し文) #2

幸に 餘俸を用いる有り,居を置て西疇に在る。

囷倉には 米穀 滿ちて,未だ旦夕 憂うを有らず。

上り去って 得得たること無く,下り來って 亦た 悠悠たり。

但だ 恐らくは 里閭を煩わし,時に緩急もて投ずる有らん。

願くば 同社の人と為って,雞豚 春秋に燕せんとす。

 

(現代語訳)

そして「さいわいに捨扶持の余るだけの頂戴いたしているから、別業を西のはた地に家をさだめました。」

「米ぐらには米穀が一杯で、さしあたってくらしの心配はありません。」

「長安の役所に出勤したからと言って、格別得意というわけでもない、仕事を暇をとってここの田舎に来て見るとのんきでいいし、心はのどかなものです。」

「しかし、ただ村のご近所に煩わせて御迷惑だと思いますが、折り折り急用でお世話になりに行くことでしょう。」

「願わくばどうか同じ氏子となって、春や秋の彼岸には鶏や子豚で、小宴会を催したいから、みんなで一緒にやって来てほしいものです。」と答えたのだ。

長安付近図00 

(訳注) #2

南溪始泛,三首之二

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の二)

○南溪始泛 南渓は、長安の南、終南山にある渓谷。韓愈は、五十七歳になった長慶四年(八二四年)夏、病気で休暇を願い、長安の南の郊外にある別荘で養生することにしたが、休暇期間がおわり、長安の邸宅に帰って、その年十二月二日薨った。この詩は、南郊に養生中、作られたもので、韓愈の絶筆であるといわれる。

 

幸有用餘俸,置居在西疇。

そして「さいわいに捨扶持の余るだけの頂戴いたしているから、別業を西のはた地に家をさだめました。」

○西疇 疇は田んぼ。西疇の語は、陶潜《帰去来辞》「農人告余以春及、 將有事於西疇。」(農人 余れに告ぐるに春の及ぶを以てし、将に西疇に事有らんとす、と)

 

囷倉米穀滿,未有旦夕憂。

「米ぐらには米穀が一杯で、さしあたってくらしの心配はありません。」

○囷倉 米ぐら。

○旦夕憂 朝から夕方までをいって、ごく短い時間のこと。あるいは、この朝、この夕ということかもしれない。旦夕憂は、さしあたっての生活心配。

 

上去無得得,下來亦悠悠。

「長安の役所に出勤したからと言って、格別得意というわけでもない、仕事を暇をとってここの田舎に来て見るとのんきでいいし、心はのどかなものです。」

○上去 朝廷の出勤すること。

○得得 得意なようす。

○下來 官僚をやめて田舎へ引っ込む。

○悠悠 ゆったりおちついている。あくせくせず世間のことに無関心なことをいう。

 

但恐煩里閭,時有緩急投。

「しかし、ただ村のご近所に煩わせて御迷惑だと思いますが、折り折り急用でお世話になりに行くことでしょう。」

〇里閭 むらざと。

○緩急投 急用ができて厄介になりに行く。

 

願為同社人,雞豚燕春秋。

「願わくばどうか同じ氏子となって、春や秋の彼岸には鶏や子豚で、小宴会を催したいから、みんなで一緒にやって来てほしいものです。」と答えたのだ。

○同社人 社は氏神。それから氏神をいっしょにする村落の豪家をもいう。

○鶏豚 豚はこぶた。

○燕 宴と同じ。
函谷関長安地図座標005 

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上流の南渓の水はきれいで澄んでいて、流れがとても速い、これを行くのにろも舟ではどうしようもなく、徒歩で行く。山里の農夫たちはここを徒歩で登るわたしに出あったのにびっくりし、わたしのあとからついて来ていつまでもながめているのを心配をしてくれることに感謝する。



 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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製作年:824年長慶四年57

卷別:  卷三四二        文體:  五言古詩

     韓昌黎集 巻七

卷別:  卷三四二        文體:  五言古詩

詩題:  南溪始泛,三首之二

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

 

南溪始泛,三首之二

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の二)

南溪亦清駛,而無楫與舟。

上流の南渓の水はきれいで澄んでいて、流れがとても速い、これを行くのにろも舟ではどうしようもなく、徒歩で行く。

山農驚見之,隨我觀不休。

山里の農夫たちはここを徒歩で登るわたしに出あったのにびっくりし、わたしのあとからついて来ていつまでもながめているのを心配をしてくれることに感謝する。

不惟兒童輩,或有杖白頭。

ついてくるのはこどもたちばかりでなく、枚にすがる白髪の老人さえもいる。

饋我籠中瓜,勸我此淹留。

背負っていたかごから瓜を取り出してわたしにくれる、ここはまことに風景の良いところであるから、ずっとここに滞在するようにとすすめるのである。

我云以病歸,此已頗自由。

わたしはこれに答えていう「わらしは病気保養のためにここに住むことにしましたが、これでもうかなり自由気ままにくらすことが出来て保養になっています。」と。

#2

幸有用餘俸,置居在西疇。

囷倉米穀滿,未有旦夕憂。

上去無得得,下來亦悠悠。

但恐煩里閭,時有緩急投。

願為同社人,雞豚燕春秋。

 

南溪始泛,三首の二

南溪 亦た 清駛,而も 楫と舟と無し。

山農 之れを驚き見て,我に隨って觀て休まず。

惟だ 兒童の輩のみならず,或いは 杖く白頭有り。

我 籠中の瓜を饋【おく】り,我 此こに淹留せんと勸む。

我れ云く 病を以って歸り,此こに已に 頗ぶる自由なり。

#2

幸に 餘俸を用いる有り,居を置て西疇に在る。

囷倉には 米穀 滿ちて,未だ旦夕 憂うを有らず。

上り去って 得得たること無く,下り來って 亦た 悠悠たり。

但だ 恐らくは 里閭を煩わし,時に緩急もて投ずる有らん。

願くば 同社の人と為って,雞豚 春秋に燕せんとす。

 

 

『南溪始泛,三首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

南溪始泛,三首之二

南溪亦清駛,而無楫與舟。

山農驚見之,隨我觀不休。

不惟兒童輩,或有杖白頭。

饋我籠中瓜,勸我此淹留。

我云以病歸,此已頗自由。

 

 

(下し文)

南溪始泛,三首の二

南溪 亦た 清駛,而も 楫と舟と無し。

山農 之れを驚き見て,我に隨って觀て休まず。

惟だ 兒童の輩のみならず,或いは 杖く白頭有り。

我 籠中の瓜を饋【おく】り,我 此こに淹留せんと勸む。

我れ云く 病を以って歸り,此こに已に 頗ぶる自由なり。

 

(現代語訳)

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の二)

上流の南渓の水はきれいで澄んでいて、流れがとても速い、これを行くのにろも舟ではどうしようもなく、徒歩で行く。

山里の農夫たちはここを徒歩で登るわたしに出あったのにびっくりし、わたしのあとからついて来ていつまでもながめているのを心配をしてくれることに感謝する。

ついてくるのはこどもたちばかりでなく、枚にすがる白髪の老人さえもいる。

背負っていたかごから瓜を取り出してわたしにくれる、ここはまことに風景の良いところであるから、ずっとここに滞在するようにとすすめるのである。

わたしはこれに答えていう「わらしは病気保養のためにここに住むことにしましたが、これでもうかなり自由気ままにくらすことが出来て保養になっています。」と。

長安付近図00 

(訳注)

南溪始泛,三首之二

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の二)

○南溪始泛 南渓は、長安の南、終南山にある渓谷。韓愈は、五十七歳になった長慶四年(八二四年)夏、病気で休暇を願い、長安の南の郊外にある別荘で養生することにしたが、休暇期間がおわり、長安の邸宅に帰って、その年十二月二日薨った。この詩は、南郊に養生中、作られたもので、韓愈の絶筆であるといわれる。

 

南溪亦清駛,而無楫與舟。

上流の南渓の水はきれいで澄んでいて、流れがとても速い、これを行くのにろも舟ではどうしようもなく、徒歩で行く。

○清駛 駛は、流れの速いこと。

○而無楫與舟 楫は舟をこぐ道具。ろ、かいろの類。

 

山農驚見之,隨我觀不休。

山里の農夫たちはここを徒歩で登るわたしに出あったのにびっくりし、わたしのあとからついて来ていつまでもながめているのを心配をしてくれることに感謝する。

○山農 山中の農夫。

○驚見之 韓愈が徒歩で登るのに出あったのに驚いた。

○観不休 不休は、上の動作を続けていることを示す助動詞。いつまでもながめている。

 

不惟兒童輩,或有杖白頭。

ついてくるのはこどもたちばかりでなく、枚にすがる白髪の老人さえもいる。

○輩なかま。

 

饋我籠中瓜,勸我此淹留。

背負っていたかごから瓜を取り出してわたしにくれる、ここはまことに風景の良いところであるから、ずっとここに滞在するようにとすすめるのである。

○確留 同じところにじっとしている。滞在する。

 

我云以病歸,此已頗自由。

わたしはこれに答えていう「わらしは病気保養のためにここに住むことにしましたが、これでもうかなり自由気ままにくらすことが出来て保養になっています。」と。

○頗 ずい分。かなり。

○自由自分の息うままにできる。
渓谷002

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この遊覧だって病気になったから、みんなが気を使ってくれたからこそできたので、こんな風流な遊覧だからといって、偉ぶって俗世を離れた風流隠遁者という高踏的な気持ちになろうとしたためではないのである。

 
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韓愈の晩年

824年、長慶四年、五十七歳。この年、長男の梨が進士に及第した。昶はすでに二十六歳、父の及第した年よりも一年遅れたわけである。

 

正月、穆宗が死んだ。穆宗も不死の薬を服用していたので、その副作用が死期を早めたのだという。帝位を継いだ敬宗はまだ十六歳である。李達吉の勢力は増大し、李紳はカを失った。

 

二月、李紳が左遷される。若い皇帝は宦官たちと撃毯(ポロのようなスポーツ)や狩猟にふけって、政務をかえりみない。

 

四月には宮廷内に勤務する染物職人が易者にそそのかされ、仲間とともに武器を持って宮中に乱入するという事件が起った。撃毯に興じていた敬宗はあわてて逃げ出し、染物屋たちは宮殿を占拠して宴会を始めた。たわいもない反乱だが、一時は大騒ぎになり、禁軍の兵士が出動して、夜になってからようやく鎮圧した。しかし、これら一連の事件も、もはや韓愈とはほとんど無関係であった。彼の健康はまったく衰えていたのである。

 

八月、吏部侍郎を辞職し(百日間の休暇をとったのだともいう)、長安城南の別荘で静養を始めた。この月に書かれた「正議大夫尚書左丞孔君墓誌銘」(韓文三三)が、制作時期を知り得る彼の散文のうち、最後の作品である。

 

一生の間世俗に反抗し、いつも誰かと喧嘩をしていた彼は、ここに始めて平和な晩年を味わう機会を持った。別荘に移ったばかりのころらしいが、ちょうど見舞いに来た門人の張籍とともに、附近の谷川に舟を浮かべて遊んだこともある。その時の「南渓に始めて浮ぶ」と題する三首の五言古詩(韓昌黎集巻七)は次の通り。

 

 

製作年:824年長慶四年57

卷別:  卷三四二        文體:  五言古詩

     韓昌黎集 巻七

詩題:  南溪始泛,三首之一

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

 

南溪始泛,三首之一

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の一)

榜舟南山下,上上不得返。

南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ、棹さして流れを遡り、上り上ぼって行って引き返すことができなくなった。

幽事隨去多,孰能量近遠。

行けばいくほど面白く風流な趣が加わる時は、路が遠かろうが、近かろうが、頭から考えることなど全くない。

陰沈過連樹,藏昂抵橫阪。

そのあいだは陰沈としてうすぐらい林のつづく中を過ぎることもあり、道は幾たびか高く低くつらなる斜面にぶつかった。

石粗肆磨礪,波惡厭牽挽。

渓中の岩がごつごつとして、それらは存分にとぎすまされ、さか立つ流れをどこまでも舟を引いて上ぼる厭になるほど骨が折れることだ。

#2

或倚偏岸漁,竟就平洲飯。

あるいは、かたよって崖っぷちの岸のすぐ下で網を投じて魚をとったりし、あるいは、平坦な中洲の上で食事をとったりした。

點點暮雨飄,梢梢新月偃。

すると、ぽつぽつと夕ぐれどきの時雨が催したが、しばらくしてすぐ止んだので、ほっそりとした新月がやまかげから横ざまに低く表れた。

餘年懍無幾,休日愴已晚。

おもえば、わたしの病気は治りそうもなく、あと生きられる年は幾ばくもないことに、心つつましく思うところだが、病気理由の休暇も、もう終わろうとしているから、何となく心配で仕方がないのだ。

自是病使然,非由取高蹇。

この遊覧だって病気になったから、みんなが気を使ってくれたからこそできたので、こんな風流な遊覧だからといって、偉ぶって俗世を離れた風流隠遁者という高踏的な気持ちになろうとしたためではないのである。

 

(南渓に始めて泛ぶ三首、其の一)

舟を榜【さ】す 南山の下、上り上って返ることを得ず。

幽事 去るに随って多く、孰か能く近遠を量らん。

陰沈として連樹を過ぎ、蔵昂として横坂に抵る。

石は粗にして磨礪を肆にし、波は悪くしして牽挽に厭く。

 

或るいは偏岸に倚りて漁し、竟に平洲に就いて飯す。

点点として暮雨 飄り、梢梢として新月 偃す。

余年 幾ばくも無きを懍れ、休日 己に晩きことを愴う。

自ら是れ 病い 然らしむ、高蹇を取るに由るには非ず。

 

長安付近図00 

『南溪始泛,三首之一』 現代語訳と訳註

(本文)#2

或倚偏岸漁,竟就平洲飯。

點點暮雨飄,梢梢新月偃。

餘年懍無幾,休日愴已晚。

自是病使然,非由取高蹇。

 

 

(下し文)

或るいは偏岸に倚りて漁し、竟に平洲に就いて飯す。

点点として暮雨 飄り、梢梢として新月 偃す。

余年 幾ばくも無きを懍れ、休日 己に晩きことを愴う。

自ら是れ 病い 然らしむ、高蹇を取るに由るには非ず。

 

 

(現代語訳)

あるいは、かたよって崖っぷちの岸のすぐ下で網を投じて魚をとったりし、あるいは、平坦な中洲の上で食事をとったりした。

すると、ぽつぽつと夕ぐれどきの時雨が催したが、しばらくしてすぐ止んだので、ほっそりとした新月がやまかげから横ざまに低く表れた。

おもえば、わたしの病気は治りそうもなく、あと生きられる年は幾ばくもないことに、心つつましく思うところだが、病気理由の休暇も、もう終わろうとしているから、何となく心配で仕方がないのだ。

この遊覧だって病気になったから、みんなが気を使ってくれたからこそできたので、こんな風流な遊覧だからといって、偉ぶって俗世を離れた風流隠遁者という高踏的な気持ちになろうとしたためではないのである。

 

 keikoku00

(訳注) #2

或倚偏岸漁,竟就平洲飯。

あるいは、かたよって崖っぷちの岸のすぐ下で網を投じて魚をとったりし、あるいは、平坦な中洲の上で食事をとったりした。

○偏岸 傾いたがけ。こんなところは淵になっていて魚がいる。

○平洲 平らな中洲。

 

點點暮雨飄,梢梢新月偃。

すると、ぽつぽつと夕ぐれどきの時雨が催したが、しばらくしてすぐ止んだので、ほっそりとした新月がやまかげから横ざまに低く表れた。

○梢梢 稍稍と同じく、細く小さい形容。

○新月 ここでは三日月。

○偃 横になっている。かたむいている。

 

餘年懍無幾,休日愴已晚。

おもえば、わたしの病気は治りそうもなく、あと生きられる年は幾ばくもないことに、心つつましく思うところだが、病気理由の休暇も、もう終わろうとしているから、何となく心配で仕方がないのだ。

○懍 心につつしむ。

○休日 休暇の日。

 

自是病使然,非由取高蹇。

この遊覧だって病気になったから、みんなが気を使ってくれたからこそできたので、こんな風流な遊覧だからといって、偉ぶって俗世を離れた風流隠遁者という高踏的な気持ちになろうとしたためではないのである。

○自是 病気がそうさせただけである。病気になったから、みんなが気を使ってくれたからこそできたことを示す助辞。

○高蹇 俗世を軽蔑してお高く止まっていること。偉ぶって隠遁する。

425 《南溪始泛,三首之一》韓愈(韓退之)ID Index-14-504 Ⅱ韓昌黎集index-14 823年長慶3年 56歳~824年長慶4年 57歳<1128>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4624韓愈詩-425

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の一)南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ、棹さして流れを遡り、上り上ぼって行って引き返すことができなくなった。

 
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425 《南溪始泛,三首之一》韓愈(韓退之)ID Index-14-504 Ⅱ韓昌黎集index-14 823年長慶3年 56歳~824年長慶4年 57歳<1128>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4624韓愈詩-425

 

 

韓愈の晩年

824年、長慶四年、五十七歳。この年、長男の梨が進士に及第した。昶はすでに二十六歳、父の及第した年よりも一年遅れたわけである。

 

正月、穆宗が死んだ。穆宗も不死の薬を服用していたので、その副作用が死期を早めたのだという。帝位を継いだ敬宗はまだ十六歳である。李達吉の勢力は増大し、李紳はカを失った。

 

二月、李紳が左遷される。若い皇帝は宦官たちと撃毯(ポロのようなスポーツ)や狩猟にふけって、政務をかえりみない。

 

四月には宮廷内に勤務する染物職人が易者にそそのかされ、仲間とともに武器を持って宮中に乱入するという事件が起った。撃毯に興じていた敬宗はあわてて逃げ出し、染物屋たちは宮殿を占拠して宴会を始めた。たわいもない反乱だが、一時は大騒ぎになり、禁軍の兵士が出動して、夜になってからようやく鎮圧した。しかし、これら一連の事件も、もはや韓愈とはほとんど無関係であった。彼の健康はまったく衰えていたのである。

 

八月、吏部侍郎を辞職し(百日間の休暇をとったのだともいう)、長安城南の別荘で静養を始めた。この月に書かれた「正議大夫尚書左丞孔君墓誌銘」(韓文三三)が、制作時期を知り得る彼の散文のうち、最後の作品である。

 

一生の間世俗に反抗し、いつも誰かと喧嘩をしていた彼は、ここに始めて平和な晩年を味わう機会を持った。別荘に移ったばかりのころらしいが、ちょうど見舞いに来た門人の張籍とともに、附近の谷川に舟を浮かべて遊んだこともある。その時の「南渓に始めて浮ぶ」と題する三首の五言古詩(韓昌黎集巻七)は次の通り。

 

 

製作年:824年長慶四年57

卷別:  卷三四二        文體:  五言古詩

     韓昌黎集 巻七

詩題:  南溪始泛,三首之一

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

 

南溪始泛,三首之一

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の一)

榜舟南山下,上上不得返。

南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ、棹さして流れを遡り、上り上ぼって行って引き返すことができなくなった。

幽事隨去多,孰能量近遠。

行けばいくほど面白く風流な趣が加わる時は、路が遠かろうが、近かろうが、頭から考えることなど全くない。

陰沈過連樹,藏昂抵橫阪。

そのあいだは陰沈としてうすぐらい林のつづく中を過ぎることもあり、道は幾たびか高く低くつらなる斜面にぶつかった。

石粗肆磨礪,波惡厭牽挽。

渓中の岩がごつごつとして、それらは存分にとぎすまされ、さか立つ流れをどこまでも舟を引いて上ぼる厭になるほど骨が折れることだ。

#2

或倚偏岸漁,竟就平洲飯。

點點暮雨飄,梢梢新月偃。

餘年懍無幾,休日愴已晚。

自是病使然,非由取高蹇。

 

(南渓に始めて泛ぶ三首、其の一)

舟を榜【さ】す 南山の下、上り上って返ることを得ず。

幽事 去るに随って多く、孰か能く近遠を量らん。

陰沈として連樹を過ぎ、蔵昂として横坂に抵る。

石は粗にして磨礪を肆にし、波は悪くしして牽挽に厭く。

 

或るいは偏岸に倚りて漁し、竟に平洲に就いて飯す。

点点として暮雨 飄り、梢梢として新月 偃す。

余年 幾ばくも無きを懍れ、休日 己に晩きことを愴う。

自ら是れ 病い 然らしむ、高蹇を取るに由るには非ず。

 

長安付近図00 

『南溪始泛,三首之一』 現代語訳と訳註

(本文)#1

南溪始泛,三首之一

榜舟南山下,上上不得返。

幽事隨去多,孰能量近遠。

陰沈過連樹,藏昂抵橫阪。

石粗肆磨礪,波惡厭牽挽。

 

(含異文)     

榜舟南山下【榜舟南溪上】,上上不得返。

幽事隨去多【幽尋事隨去】,孰能量近遠。

陰沈過連樹,藏昂抵橫阪。

石粗肆磨礪,波惡厭牽挽。

 

或倚偏岸漁,竟就平洲飯。

點點暮雨飄,梢梢新月偃。

餘年懍無幾,休日愴已晚。

自是病使然,非由取高蹇【非由取高謇】。

 

(下し文)

(南渓に始めて泛ぶ三首、其の一)

舟を榜【さ】す 南山の下、上り上って返ることを得ず。

幽事 去るに随って多く、孰か能く近遠を量らん。

陰沈として連樹を過ぎ、蔵昂として横坂に抵る。

石は粗にして磨礪を肆にし、波は悪くしして牽挽に厭く。

 

 

(現代語訳)

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の一)

南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ、棹さして流れを遡り、上り上ぼって行って引き返すことができなくなった。

行けばいくほど面白く風流な趣が加わる時は、路が遠かろうが、近かろうが、頭から考えることなど全くない。

そのあいだは陰沈としてうすぐらい林のつづく中を過ぎることもあり、道は幾たびか高く低くつらなる斜面にぶつかった。

渓中の岩がごつごつとして、それらは存分にとぎすまされ、さか立つ流れをどこまでも舟を引いて上ぼる厭になるほど骨が折れることだ。

 

(訳注) #1

南溪始泛,三首之一

(南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ時、この詩を作った三首の一)

○南溪始泛 南渓は、長安の南、終南山にある渓谷。韓愈は、五十七歳になった長慶四年(八二四年)夏、病気で休暇を願い、長安の南の郊外にある別荘で養生することにしたが、休暇期間がおわり、長安の邸宅に帰って、その年十二月二日薨った。この詩は、南郊に養生中、作られたもので、韓愈の絶筆であるといわれる。

 

榜舟南山下,上上不得返。

南渓は終南山のふもとにあって、そこに始めて舟を浮かべて遊んだ、棹さして流れを遡り、上り上ぼって行って引き返すことができなくなった。

○榜 舟をこいだりさおさしたりして進めること。

○南山 長安の南にある山脈。終南山。

南山詩 韓退之(韓愈)詩<63-#20>Ⅱ中唐詩396 

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遊城南十六首:風折花枝 韓愈(韓退之) <175>Ⅱ中唐詩786 

遊城南十六首:贈同遊 韓愈(韓退之) <176>Ⅱ中唐詩787 

遊城南十六首:贈張十八助教 韓愈(韓退之) <177>Ⅱ中唐詩788 

遊城南十六首:題韋氏莊 韓愈(韓退之) <178>Ⅱ中唐詩789 

遊城南十六首:晚雨 韓愈(韓退之) <179>Ⅱ中唐詩790 

遊城南十六首:出城 韓愈(韓退之) <180>Ⅱ中唐詩791 

遊城南十六首:把酒 韓愈(韓退之) <181>Ⅱ中唐詩792 

遊城南十六首:嘲少年 韓愈(韓退之) <182>Ⅱ中唐詩793 

遊城南十六首:楸樹 韓愈(韓退之) <183>Ⅱ中唐詩794 

遊城南十六首:遣興 韓愈(韓退之) <184>Ⅱ中唐詩795 

395-1 《南山有高樹行贈李宗閔》韓愈(韓退之) Ⅱ韓昌黎集 巻五 <1036  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4164韓愈詩-395-1

nanda019 

幽事隨去多,孰能量近遠。

行けばいくほど面白く風流な趣が加わる時は、路が遠かろうが、近かろうが、頭から考えることなど全くない。

○幽事 人気をはなれた風流な趣き。

 

陰沈過連樹,藏昂抵橫阪。

そのあいだは陰沈としてうすぐらい林のつづく中を過ぎることもあり、道は幾たびか高く低くつらなる斜面にぶつかった。

○連樹 つづいている林。その状態が陰沈なのである。

〇歳昂.低くかくれたり高くそびえ立ったりしているさま。でこぼこしている。

○横坂 横ざまにつっ立った斜面ということであろう。

 

石粗肆磨礪,波惡厭牽挽。

渓中の岩がごつごつとして、それらは存分にとぎすまされ、さか立つ流れをどこまでも舟を引いて上ぼる厭になるほど骨が折れることだ。

○像ごつごつしている。

○磨礪 磨も礪も、とぎすますこと。

○牽挽 舟を引っ張ること。
終南山06 

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こんなどうしたらよいのかわからない時には、また、古人の書を読んで、倣うことであり、また、前人と同じように、酒を酌んで、その時を楽しみ、慰め、憩うことである。この先どうなるか、探求し尽くすことはないと認知すべきで、わからないことなのである。

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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424-#2 《與張十八同效阮步兵一日復一夕》韓愈(韓退之)ID Index-14-504 Ⅱ韓昌黎集巻七 824 57歳<1127  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4619韓愈詩-424-#2

 

 

製作年:              824年 長慶四年 57

卷別:    卷三四二              文體:    五言古詩

    韓昌黎集 巻七

詩題:    與張十八同效阮步兵一日復一夕

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

交遊人物:張籍    當地交遊(京畿道 京兆府 長安)

 

 

與張十八同效阮步兵一日復一夕

(この詩は張籍とともに、阮籍《詠懐詩其三十三》「一日復一夕」《詠懐詩其三十四》「一日復一朝」という詩に倣って作った。)

#1

一日復一日,一朝復一朝。

一日過ごし、復た一日を過ごしてゆく,一たび朝を迎え、復た 一たび朝を迎えるというように、朝を迎え、一日過ごし、日を重ね月を送って、齢を重ねて、この世に生きながらえている。

祗見有不如,不見有所超。

これを顧みて、自分の身を見れば、旧態依然として、格別の心境もなく、古人に如かざる所有って、超越したところは全くない。

作前日味,事作前日調。

食べることと云えば、前日の味と変わりないし、仕事ぶりというのも、前日と同じ調子である。つまり、毎日過ごしてはいるが、概して同じことの繰り返しをしているにすぎないのである。

不知久不死,憫憫尚誰要。

自分のことを知るわけでもなく久しく死ぬということでもないので、憫然としていることではあるが、それでもなお、だれを必要とするのかわからないのである。

富貴自縶拘,貧賤亦煎焦。

もしその人が富貴のものであるなら、何事につけ、牽繫束縛されるものであり、貧賤ならば、煎じて焦がされるような苦痛を免れることはできないのである。

#2

俯仰未得所,一世已解鑣。

立ち居振る舞いとしては、富貴と貧賤、共に、落ち着くべき適当なところを得ることが出来ないし、一度この世に生を受け、既に轡を外して馬を乗り出したからには引き戻ることはできないのである。

譬如籠中鶴,六翮無所搖。

例えば、籠中に閉じ込められ鶴のように、六翮依然足れども、狭く窮屈なところではそれを動ことはできない。

譬如兔得蹄,安用東西跳。

例えば、兔が罠にかかったようなもので、いくら、ジタバタして、東西に飛び跳ねてみたところで仕方のないことなのである。

還看古人書,復舉前人瓢。

こんなどうしたらよいのかわからない時には、また、古人の書を読んで、倣うことであり、また、前人と同じように、酒を酌んで、その時を楽しみ、慰め、憩うことである。

未知所究竟,且作新詩謠。

この先どうなるか、探求し尽くすことはないと認知すべきで、わからないことなのである。だから、ここに新詩を作って自分の考えを謡いだしたということである。

 

(與張十八と同じく 阮步兵の一日復た一夕に效【なら】う)

一日復た一日,一朝復た一朝。

祗だ如からざる有るを見る,超る所有るを見ず。

食も前日の味を作し,事も前日の調を作す。

知らず久しく死せず,憫憫【びんびん】として尚お誰をか要する。

富貴 自ら縶拘【ちゅうこう】し,貧賤 亦た煎焦す。

#2

俯仰 未だ所得ず,一世 已に鑣【ひょう】を解く。

譬えば籠中の鶴,六翮 搖く所無きが如し。

譬えば兔の蹄を得たるが如く,安ぞ東西に跳るを用いん。

還た古人の書を看,復た前人の瓢を舉ぐ。

未だ究竟する所を知らず,且らく新詩を作って謠う。

 

Nature1-003 

『與張十八同效阮步兵一日復一夕』 現代語訳と訳註

(本文)#2

俯仰未得所,一世已解鑣。

譬如籠中鶴,六翮無所搖。

譬如兔得蹄,安用東西跳。

還看古人書,復舉前人瓢。

未知所究竟,且作新詩謠。

 

 

(下し文) #2

俯仰 未だ所得ず,一世 已に鑣【ひょう】を解く。

譬えば籠中の鶴,六翮 搖く所無きが如し。

譬えば兔の蹄を得たるが如く,安ぞ東西に跳るを用いん。

還た古人の書を看,復た前人の瓢を舉ぐ。

未だ究竟する所を知らず,且らく新詩を作って謠う。

 

 

(現代語訳)

立ち居振る舞いとしては、富貴と貧賤、共に、落ち着くべき適当なところを得ることが出来ないし、一度この世に生を受け、既に轡を外して馬を乗り出したからには引き戻ることはできないのである。

例えば、籠中に閉じ込められ鶴のように、六翮依然足れども、狭く窮屈なところではそれを動ことはできない。

例えば、兔が罠にかかったようなもので、いくら、ジタバタして、東西に飛び跳ねてみたところで仕方のないことなのである。

こんなどうしたらよいのかわからない時には、また、古人の書を読んで、倣うことであり、また、前人と同じように、酒を酌んで、その時を楽しみ、慰め、憩うことである。

この先どうなるか、探求し尽くすことはないと認知すべきで、わからないことなのである。だから、ここに新詩を作って自分の考えを謡いだしたということである。

 

 

(訳注)#2

與張十八同效阮步兵一日復一夕

(この詩は張籍とともに、阮籍《詠懐詩其三十三》「一日復一夕」《詠懐詩其三十四》「一日復一朝」という詩に倣って作った。)

十八 張籍 中唐の詩人。字は文昌。和州(かしゅう)烏江(安徽省和県)の人。師友の韓愈に目をかけられ、その推薦によって、国子博士となった。楽府に長じている。賈島・孟郊などと唱和して古詩をよくし、盟友の王建とともに七言楽府に優れた作品を発表して「張王」と併称された。名詩人になろうとして、杜甫の詩集を焼いてその灰に膏蜜を混ぜて飲んだという逸話がある。表現は平易だが、世相の矛盾を指摘することは鋭く、白居易から「挙世(いまのよ)には其の倫(たぐい)少なし」と評せられ、後輩の姚合より「古風は敵手なく、新語は是れ人ぞ知る」と称えられた。中唐楽府運動の重要な担い手であり、白居易・元稹とともに「元和体」を形成した。『張司業詩集』8巻がある。

 

阮步兵 阮籍(210年(建安15年) - 263年(景元4年))は、中国三国時代の人物。字(あざな)を嗣宗、兗州陳留郡尉氏の人。竹林の七賢の指導者的人物である。父は建安七子の一人である阮瑀。甥の阮咸も竹林の七賢の一人である。

 

俯仰未得所,一世已解鑣。

立ち居振る舞いとしては、富貴と貧賤、共に、落ち着くべき適当なところを得ることが出来ないし、一度この世に生を受け、既に轡を外して馬を乗り出したからには引き戻ることはできないのである。

俯仰【ふぎょう】① うつむくことと仰ぎ見ること。見回すこと。② 立ち居振る舞い。起居動作。

未得所 落ち着くべき適当なところを得ることが出来ないということ。

解鑣 轡を外して馬を乗り出すこと。

 

譬如籠中鶴,六翮無所搖。

例えば、籠中に閉じ込められ鶴のように、六翮依然足れども、狭く窮屈なところではそれを動ことはできない。

六翮 翼の太い羽で6本あり、これがなければ飛ぶことが出来ない。

 

譬如兔得蹄,安用東西跳。

例えば、兔が罠にかかったようなもので、いくら、ジタバタして、東西に飛び跳ねてみたところで仕方のないことなのである。

 

還看古人書,復舉前人瓢。

こんなどうしたらよいのかわからない時には、また、古人の書を読んで、倣うことであり、また、前人と同じように、酒を酌んで、その時を楽しみ、慰め、憩うことである。

 1 瓢箪(ひょうたん)のこと。特に、その果実から作った容器。酒などを入れる。《季 秋》2 ユウガオの変種。果実は苦味が強く、果皮が堅い。容器にし、また観賞用。

 

未知所究竟,且作新詩謠。

この先どうなるか、探求し尽くすことはないと認知すべきで、わからないことなのである。だから、ここに新詩を作って自分の考えを謡いだしたということである。

 

閶闔門001 

 

 

阮籍《詠懐詩其三十三》「一日復一夕」

 一日復一夕、一夕復一朝。

 顔色改平常、精神自損消。

 胸中懷湯火、變化故相招。

 萬事無窮極、知謀苦不饒。

 但恐須臾間、魂氣隨風飄。

 終身履薄冰、誰知我心焦。

日復た一夕、一夕復た一朝。

顔色は平常にあらたまり、精神は自ずと損消す

胸中は湯火を懷き、變化は,故に,相い招かん

萬事は無窮極、知謀は不饒を苦しむ

但,恐れるは須臾の間、魂氣は風に飄として随う

終身薄冰を履みつづけ、誰が知る,我が心の焦を

 

湯火 滾水と烈火

不饒 不饒恕,ゆるすことのできぬおもい

一日また一夕、一夕また一朝と、容顔は衰え、精神は消耗していく

胸中に火のように熱い思いを抱いているから、このような変化を招くのだ、万事は窮まりなく、智謀の足りないことが苦しい

恐るべきはあっという間に、死んで魂が風に吹かれてしまうことだ、一生薄氷を踏むような、自分の心の焦りをわかってくれるものは誰もいない

 

 

阮籍《詠懐詩其三十四》「一日復一朝」 

 一日復一朝、一昏復一晨。

 容色改平常、精神自飄淪。

 臨觴多哀楚、思我故時人。

 對酒不能言、悽愴懷酸辛。

 願耕東皐陽、誰與守其眞。

愁苦在一時、高行傷微身。

 曲直何所爲、龍蛇爲我隣。

一日復た一朝、一昏復た一晨

容色は平常に改む、精神は自ずから飄として淪(おちぶれ)る

觴(さかづき)に臨みて哀楚多く、我を思うは時の人故え

酒に對して言うをあたわず、悽愴として酸辛を懷く

願くばうららかなる東(はるに)水田を耕し、誰と其の眞(實)をまもらん、

愁苦は一時にあり、高く行くも微に身傷つく

曲も直も何の爲すところぞ、龍蛇,我の隣と爲さん

 

哀楚 凄愴とした哀傷

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一日復一夕≫自分の身を見れば、旧態依然として、格別の心境もなく、古人に如かざる所有って、超越したところは全くない。食べることと云えば、前日の味と変わりないし、仕事ぶりというのも、前日と同じ調子である。つまり、毎日過ごしてはいるが、概して同じことの繰り返しをしているにすぎないのである。

 
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製作年:              824年 長慶四年 57

卷別:    卷三四二              文體:    五言古詩

    韓昌黎集 巻七

詩題:    與張十八同效阮步兵一日復一夕

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

交遊人物:張籍    當地交遊(京畿道 京兆府 長安)

 

 

與張十八同效阮步兵一日復一夕

(この詩は張籍とともに、阮籍《詠懐詩其三十三》「一日復一夕」《詠懐詩其三十四》「一日復一朝」という詩に倣って作った。)

#1

一日復一日,一朝復一朝。

一日過ごし、復た一日を過ごしてゆく,一たび朝を迎え、復た 一たび朝を迎えるというように、朝を迎え、一日過ごし、日を重ね月を送って、齢を重ねて、この世に生きながらえている。

祗見有不如,不見有所超。

これを顧みて、自分の身を見れば、旧態依然として、格別の心境もなく、古人に如かざる所有って、超越したところは全くない。

食作前日味,事作前日調。

食べることと云えば、前日の味と変わりないし、仕事ぶりというのも、前日と同じ調子である。つまり、毎日過ごしてはいるが、概して同じことの繰り返しをしているにすぎないのである。

不知久不死,憫憫尚誰要。

自分のことを知るわけでもなく久しく死ぬということでもないので、憫然としていることではあるが、それでもなお、だれを必要とするのかわからないのである。

富貴自縶拘,貧賤亦煎焦。

もしその人が富貴のものであるなら、何事につけ、牽繫束縛されるものであり、貧賤ならば、煎じて焦がされるような苦痛を免れることはできないのである。

#2

俯仰未得所,一世已解鑣。

譬如籠中鶴,六翮無所搖。

譬如兔得蹄,安用東西跳。

還看古人書,復舉前人瓢。

未知所究竟,且作新詩謠。

 

(與張十八と同じく 阮步兵の一日復た一夕に效【なら】う)

一日復た一日,一朝復た一朝。

祗だ如からざる有るを見る,超る所有るを見ず。

食も前日の味を作し,事も前日の調を作す。

知らず久しく死せず,憫憫【びんびん】として尚お誰をか要する。

富貴 自ら縶拘【ちゅうこう】し,貧賤 亦た煎焦す。

#2

俯仰 未だ所得ず,一世 已に鑣【ひょう】を解く。

譬えば籠中の鶴,六翮 搖く所無きが如し。

譬えば兔の蹄を得たるが如く,安ぞ東西に跳るを用いん。

還た古人の書を看,復た前人の瓢を舉ぐ。

未だ究竟する所を知らず,且らく新詩を作って謠う。

 01 朝賀の服装

 

『與張十八同效阮步兵一日復一夕』 現代語訳と訳註

(本文)

與張十八同效阮步兵一日復一夕

#1

一日復一日,一朝復一朝。

祗見有不如,不見有所超。

食作前日味,事作前日調。

不知久不死,憫憫尚誰要。

富貴自縶拘,貧賤亦煎焦。

 

(下し文)

(與張十八と同じく 阮步兵の一日復た一夕に效【なら】う)

一日復た一日,一朝復た一朝。

祗だ如からざる有るを見る,超る所有るを見ず。

食も前日の味を作し,事も前日の調を作す。

知らず久しく死せず,憫憫【びんびん】として尚お誰をか要する。

富貴 自ら縶拘【ちゅうこう】し,貧賤 亦た煎焦す。

 

(現代語訳)

(この詩は張籍とともに、阮籍《詠懐詩其三十三》「一日復一夕」《詠懐詩其三十四》「一日復一朝」という詩に倣って作った。)

一日過ごし、復た一日を過ごしてゆく,一たび朝を迎え、復た 一たび朝を迎えるというように、朝を迎え、一日過ごし、日を重ね月を送って、齢を重ねて、この世に生きながらえている。

これを顧みて、自分の身を見れば、旧態依然として、格別の心境もなく、古人に如かざる所有って、超越したところは全くない。

食べることと云えば、前日の味と変わりないし、仕事ぶりというのも、前日と同じ調子である。つまり、毎日過ごしてはいるが、概して同じことの繰り返しをしているにすぎないのである。

自分のことを知るわけでもなく久しく死ぬということでもないので、憫然としていることではあるが、それでもなお、だれを必要とするのかわからないのである。

もしその人が富貴のものであるなら、何事につけ、牽繫束縛されるものであり、貧賤ならば、煎じて焦がされるような苦痛を免れることはできないのである。

 

唐長安城図02 

(訳注) #1

與張十八同效阮步兵一日復一夕

(この詩は張籍とともに、阮籍《詠懐詩其三十三》「一日復一夕」《詠懐詩其三十四》「一日復一朝」という詩に倣って作った。)

十八 張籍 中唐の詩人。字は文昌。和州(かしゅう)烏江(安徽省和県)の人。師友の韓愈に目をかけられ、その推薦によって、国子博士となった。楽府に長じている。賈島・孟郊などと唱和して古詩をよくし、盟友の王建とともに七言楽府に優れた作品を発表して「張王」と併称された。名詩人になろうとして、杜甫の詩集を焼いてその灰に膏蜜を混ぜて飲んだという逸話がある。表現は平易だが、世相の矛盾を指摘することは鋭く、白居易から「挙世(いまのよ)には其の倫(たぐい)少なし」と評せられ、後輩の姚合より「古風は敵手なく、新語は是れ人ぞ知る」と称えられた。中唐楽府運動の重要な担い手であり、白居易・元稹とともに「元和体」を形成した。『張司業詩集』8巻がある。

 

阮步兵 阮籍(210年(建安15年) - 263年(景元4年))は、中国三国時代の人物。字(あざな)を嗣宗、兗州陳留郡尉氏の人。竹林の七賢の指導者的人物である。父は建安七子の一人である阮瑀。甥の阮咸も竹林の七賢の一人である。

 

 

一日復一日,一朝復一朝。

一日過ごし、復た一日を過ごしてゆく,一たび朝を迎え、復た 一たび朝を迎えるというように、朝を迎え、一日過ごし、日を重ね月を送って、齢を重ねて、この世に生きながらえている。

 

祗見有不如,不見有所超。

これを顧みて、自分の身を見れば、旧態依然として、格別の心境もなく、古人に如かざる所有って、超越したところは全くない。

 

食作前日味,事作前日調。

食べることと云えば、前日の味と変わりないし、仕事ぶりというのも、前日と同じ調子である。つまり、毎日過ごしてはいるが、概して同じことの繰り返しをしているにすぎないのである。

 

不知久不死,憫憫尚誰要。

自分のことを知るわけでもなく久しく死ぬということでもないので、憫然としていることではあるが、それでもなお、だれを必要とするのかわからないのである。

憫憫 憫然【びんぜん/愍然】あわれむべきさま。

 

富貴自縶拘,貧賤亦煎焦。

もしその人が富貴のものであるなら、何事につけ、牽繫束縛されるものであり、貧賤ならば、煎じて焦がされるような苦痛を免れることはできないのである。

縶拘 つないで拘束する。

煎焦 煎じて焦がす。

 

 

 

阮籍《詠懐詩其三十三》「一日復一夕」

 一日復一夕、一夕復一朝。

 顔色改平常、精神自損消。

 胸中懷湯火、變化故相招。

 萬事無窮極、知謀苦不饒。

 但恐須臾間、魂氣隨風飄。

 終身履薄冰、誰知我心焦。

日復た一夕、一夕復た一朝。

顔色は平常にあらたまり、精神は自ずと損消す

胸中は湯火を懷き、變化は,故に,相い招かん

萬事は無窮極、知謀は不饒を苦しむ

但,恐れるは須臾の間、魂氣は風に飄として随う

終身薄冰を履みつづけ、誰が知る,我が心の焦を

 

湯火 滾水と烈火

不饒 不饒恕,ゆるすことのできぬおもい

 

一日また一夕、一夕また一朝と、容顔は衰え、精神は消耗していく

胸中に火のように熱い思いを抱いているから、このような変化を招くのだ、万事は窮まりなく、智謀の足りないことが苦しい

恐るべきはあっという間に、死んで魂が風に吹かれてしまうことだ、一生薄氷を踏むような、自分の心の焦りをわかってくれるものは誰もいない

 

 

阮籍《詠懐詩其三十四》「一日復一朝」 

 一日復一朝、一昏復一晨。

 容色改平常、精神自飄淪。

 臨觴多哀楚、思我故時人。

 對酒不能言、悽愴懷酸辛。

 願耕東皐陽、誰與守其眞。

愁苦在一時、高行傷微身。

 曲直何所爲、龍蛇爲我隣。

一日復た一朝、一昏復た一晨

容色は平常に改む、精神は自ずから飄として淪(おちぶれ)る

觴(さかづき)に臨みて哀楚多く、我を思うは時の人故え

酒に對して言うをあたわず、悽愴として酸辛を懷く

願くばうららかなる東(はるに)水田を耕し、誰と其の眞(實)をまもらん、

愁苦は一時にあり、高く行くも微に身傷つく

曲も直も何の爲すところぞ、龍蛇,我の隣と爲さん

 

哀楚 凄愴とした哀傷

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韓愈《玩月喜張十八員外以王六祕書至》 少し惜しいと思うことがあるのは、私が病気がちだということで酒食を思う存分樂しむということが出来ないということで、但し、歌詠談笑することはできるので君たちの存分の酒食にお付き合いするつもりでいる。

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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423-#2 《玩月喜張十八員外以王六祕書至》韓愈(韓退之)ID Index-14-504 Ⅱ韓昌黎集index-14 823年長慶3年 56歳~824年長慶4年 57歳<1125>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4609韓愈詩-423-#2

 

 

index-14 823年長慶3年 56歳~824年長慶4年 57  ・京兆尹兼御史太夫・57歳夏、病気のため退職。 14             

年:824年 長慶四年 57

卷別:    卷三四二              文體:    五言古詩

    韓昌黎集 巻六

詩題:    玩月喜張十八員外以王六祕書至

作地點:長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

交遊人物:張籍    王建       當地交遊(京畿道 京兆府 長安)

 

 

玩月喜張十八員外以王六祕書至〔王六,王建也。〕

(仲秋の月を楽しんだのは、張籍君が王建君を見替えに行ってくれたからだ。)

前夕雖十五,月長未滿規。

昨晩は仲秋の名月の日であったにもかかわらず、月は大きいというものの未だ満月というには十分の丸さではなかったようだ。

君來晤我時,風露渺無涯。

君がここに来てくれて自分と一緒に見た時、夜はようやく更けていくようなとき、一天の風露、渺として涯際なく、仰げば、まことにきれいに晴れ渡っていた。

浮雲散白石,天宇開青池。

あちこちにちぎれた浮雲は、白石を散らしたようである。空は青く澄んで、池のようであった。

#2

孤質不自憚,中天為君施。

独り月は誰はばかることなく、九天の真上にあって君のためにこんなにも素晴らしい風景にしてくれる。

玩玩夜遂久,亭亭曙將披。

月景色を賞賛して夢中になってしまったので夜が過ぎて遅くなってしまっている、空は亭々として高く、「曙色、朝未だ来の空」に披らこうとしている。

況當今夕圓,又以嘉客隨。

まして、昨夕でさえもこの通りなのだから、今宵は、期待される夜で満丸な月となるのであるから、君は嘉客を随行してくるので、きっと楽しいことになるに違いない。

惜無酒食樂,但用歌嘲為。

少し惜しいと思うことがあるのは、私が病気がちだということで酒食を思う存分樂しむということが出来ないということで、但し、歌詠談笑することはできるので君たちの存分の酒食にお付き合いするつもりでいる。

 

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(月を玩び 張十八員外の王六祕書以って至るを喜ぶ〔王六は,王建なり。〕)

前夕は 十五と雖も,月 長じて未だ規に滿たず。

君 來って我に晤【あ】うの時,風露 渺として涯り無し。

浮雲は 白石を散じ,天宇は 青池を開く。

#2

孤質 自ら憚【はばか】らず,中天 君が為に施す。

玩玩として 夜 遂に久しく,亭亭として 曙 將に披かんとす。

況んや 今夕に圓かなるに當り,又た嘉客を以って隨うをや。