上張僕射書 -#10 韓愈 何とぞ至らぬ所を哀れみその愚をふびんに思召して罪をお咎めにならず、私の申し上げたことをお察しくださって、おおいなるご慈愛を賜り、採用されますことをお願い申し上げます。
50-§3-5 《上張僕射書-#10》韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1357> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5769韓愈詩-50-§3-5
§3-1
愈蒙幸於執事,其所從舊矣。
私が閣下の厚情により、お引き立てを蒙ってかなり久しくなります。
若寬假之,使不失其性,加待之,
もし、私の申し出を大目に見て下さり、それは私の本来もっている性質を失わせることないことで、手厚い待遇いただいておることに甘えて申し上げます。
使足以為名,寅而入,盡辰而退;
それはちょっとした名案考えたものですから、それで満足を得られるはずのもので、まず、通常と同じように夜明け前の寅の刻に登庁し、朝礼等がおわって、辰の刻が過ぎたら一旦退庁します。
申而入,終酉而退,率以為常,亦不廢事。
こんどは、申の刻あたりで、再度登庁し、日没後の酉の刻を終えて退庁するというものです。大体これを就業の決まりとしても仕事全体が止まることなどなく、一切支障が出ることなどないのです。
§3-1
愈の幸【こう】を執事に蒙る、その従【よ】るところ旧【ひさ】し。
若しこれを寛仮【かんか】してその性を失わざらしめ、これを加待【かたい】し、
以って名を為すに足らしむ、「寅にして入り、辰を尽して退き、申にして入り、酉を終えて退く、率【おおむね】以って常と為し、亦た事を廃すことなし。
§3--2
天下之人聞執事之於愈如是也,
閣下が私、韓愈に対してこのような案を「加待之」したということは燕の昭王の故事のように世の人が聞き及ぶことになります。
必皆曰:執事之好士也如此,執事之待士以禮如此,
誰もがきっとこう言うでしょう「節度使閣下はこれほどまでに賢士を好んでおられる、節度使閣下が賢士を待遇すること礼に適っておられる。
執事之使人不枉其性而能有容如此,
節度使閣下は人を使われるのにこれほど、その人の本姓を曲げないようにし、寛大に扱っておられるのだと、
執事之欲成人之名如此,執事之厚於故舊如此。
節度使閣下の良い人材を集めて行こうとされることは、このように世の人に閣下の名声を成すことになり、そして、節度使閣下はこれほど子飼いの者、昔馴染みを大切にされるのだ」と。
-2
天下の人、執事の愈に於けること是の如きを聞く、
必ず皆曰わん「執事の士を好むや此なり、執事の士を待つに礼を以ってする此の如し、
執事の人を使うにその性を枉【ま】げずして、能く容るる有る此の如し、
執事の人の名を成さんと欲すること此の如し、執事の故旧に厚きこと此の如し」と。
§3--3
又將曰:韓愈之識其所依歸也如此,
また、別の云い方をすれば「韓愈が信頼して帰るところ、これほどまでに身を寄せ頼る相手を見極めている。
韓愈之不諂屈於富貴之人如此,
韓愈はこれほどまでに富貴に人に気に入られるように媚びた振る舞いをしたことはない。
韓愈之賢能使其主待之以禮如此,則死於執事之門無悔也。
韓愈はこのように賢明であり、これほどまでに主人が礼遇させてくれたのであり、閣下の御前に死んでも悔いはないと思っている」と。
-3
また将【まさ】に曰う「韓愈のその依帰【いき】する所を識れるや此の如し、
韓愈の富貴の人に諂屈【てんくつ】せざるや此の如し、
韓愈の賢、能くその主をしてこれを待つに礼を以ってせしむること此の如し」と。
則ち執事の門に死すとも悔い無きなり。
§3--4
若使隨行而入,逐隊而趨,
もし、役人の行列に従ってただ登庁し、そして、行列に隊をあわせ、その後を追って走り回るだけであったり、
言不敢盡其誠,道有所屈於己;
それに、発言を言うことそのものに誠意、忠誠心がまったくなく、道義において己の信念を枉げることあるとすれば、
天下之人聞執事之於愈如此,
天下の人は閣下のこうした私、韓愈に対する扱いについてこう言うことを聞く事でありましょう。
皆曰:執事之用韓愈,哀其窮,收之而已耳;
皆が言うには「長官が韓愈を採用されたのは彼の窮乏を憐れんで採用されただけのこと、
-4
若し行に随って入り、隊を逐【お】って趨【はし】り、
言は敢えてその誠を尽さず、道は己を屈する所有らしめば、
天下の人、執事の愈に於けること此の如きを聞きて、
皆曰う「執事の韓愈を用うる、その窮を哀れみてこれを収むるのみ。
§3--5
韓愈之事執事,不以道,利之而已耳。
韓愈がこうやって閣下に仕えるのも道義のためではなく、利益と考えただけだ」といわれる。
苟如是,雖日受千金之賜,一歲九遷其官,感恩則有之矣,
かりそめにもこのようなことをいわれては、日に千金のご下賜を頂き、一年に九回昇進をさせてくださったならば、そのことを恩義に感じ、それに感謝することはありましょうが、
將以稱於天下曰知己知己則未也。
天下に己を知ると賞賛され、彼こそ我を知るすばらしい人物と言われるにはまだほど遠いでありましょう。
伏惟哀其所不足,矜其愚,不錄其罪,察其辭而垂仁采納焉。愈恐懼再拜。
何とぞ至らぬ所を哀れみその愚をふびんに思召して罪をお咎めにならず、私の申し上げたことをお察しくださって、おおいなるご慈愛を賜り、採用されますことをお願い申し上げます。愈、恐懼再拝。
-5
韓愈の執事に事うる、道を以ってせず、これを利とするのみ」と。
苟も是の如くんば、日に千金の賜を受け、一歳に九たびその官を遷【うつ】さると雖も、恩に感ずることは則ちこれ有らん。
将【まさ】に以って天下に知己と曰われ称せらども、知己は、則ち未だしなり。
伏して惟【おも】うにその足らざる所を哀れみ、その愚を矜【あわれ】みて、その罪を録せず、その辞を察して、仁を垂れて採納せられよ。愈、恐懼再拝。
『上張僕射書』 現代語訳と訳註解説
(本文)
§3--5
韓愈之事執事,不以道,利之而已耳。
苟如是,雖日受千金之賜,一歲九遷其官,感恩則有之矣,
將以稱於天下曰知己知己則未也。
伏惟哀其所不足,矜其愚,不錄其罪,察其辭而垂仁采納焉。愈恐懼再拜。
(下し文)
韓愈の執事に事うる、道を以ってせず、これを利とするのみ」と。
苟も是の如くんば、日に千金の賜を受け、一歳に九たびその官を遷【うつ】さると雖も、恩に感ずることは則ちこれ有らん。
将【まさ】に以って天下に知己と曰われ称せらども、知己は、則ち未だしなり。
伏して惟【おも】うにその足らざる所を哀れみ、その愚を矜【あわれ】みて、その罪を録せず、その辞を察して、仁を垂れて採納せられよ。愈、恐懼再拝。
(現代語訳)
韓愈がこうやって閣下に仕えるのも道義のためではなく、利益と考えただけだ」といわれる。
かりそめにもこのようなことをいわれては、日に千金のご下賜を頂き、一年に九回昇進をさせてくださったならば、そのことを恩義に感じ、それに感謝することはありましょうが、
天下に己を知ると賞賛され、彼こそ我を知るすばらしい人物と言われるにはまだほど遠いでありましょう。
何とぞ至らぬ所を哀れみその愚をふびんに思召して罪をお咎めにならず、私の申し上げたことをお察しくださって、おおいなるご慈愛を賜り、採用されますことをお願い申し上げます。愈、恐懼再拝。
(訳注) §3--5
韓愈三十二歳の時の作、二十八歳で長安での仕官に見きりをつけ、故郷に帰る。翌年秋宣武軍節度使董晋に召されて初めて就職した。ところが董晋が死に、かねて知己の武寧節度使張建封に迎えられた。下級職の規則を適用されたこともあって任官早々文句をつけたのである。それも韓愈独特のしつこい議論の積み重ねや原則論から時に人情に訴え微塵も妥協を許さぬ文面をみると張建封も辟易したことだろう。翌年五月には辞職している。
韓愈之事執事,不以道,利之而已耳。
韓愈がこうやって閣下に仕えるのも道義のためではなく、利益と考えただけだ」といわれる。
苟如是,雖日受千金之賜,一歲九遷其官,感恩則有之矣,
かりそめにもこのようなことをいわれては、日に千金のご下賜を頂き、一年に九回昇進をさせてくださったならば、そのことを恩義に感じ、それに感謝することはありましょうが、
千金之賜 《周禮‧天官‧大宰》「以九賦斂財賄。一曰邦中之賦,二曰四郊之賦,三曰邦甸之賦,四曰家削之賦,五曰邦縣之賦,六曰邦都之賦,七曰關市之賦,八曰山澤之賦,九曰弊餘之賦。」
一歲九遷 喜遷鶯《南史·到撝傳》:「上又數游撝家,懷其舊德,至是一歲三遷。」一年之內陞遷九次。比喻官職升得極快。《「詩経」小雅・伐木から》ウグイスが谷から出て喬木(きょうぼく)に移り住むこと。高い地位に昇進することのたとえ。遷鶯(せんおう)。
將以稱於天下曰知己,知己則未也。
天下に己を知ると賞賛され、彼こそ我を知るすばらしい人物と言われるにはまだほど遠いでありましょう。
伏惟哀其所不足,矜其愚,不錄其罪,察其辭而垂仁采納焉。愈恐懼再拜。
何とぞ至らぬ所を哀れみその愚をふびんに思召して罪をお咎めにならず、私の申し上げたことをお察しくださって、おおいなるご慈愛を賜り、採用されますことをお願い申し上げます。愈、恐懼再拝。
張僕射に上【たてまつ】る書
§1-1
九月一日。愈、再拝。牒【ちょう】を受くるの明日。使院中に在り。
小史の院中の故事節目十余事を持し来りて愈に示す有り。
その中の不可なるものは、九月より明年二月の終わりに至るまで、皆晨(あした)に入り、夜に帰り、疾病事故有るに非ざれば、輒【すなわち】出ずるを許さずと有ることなり。
§1-2
当時は初めて命を受けしを以って、敢えて言わざりき。
古人言有りて曰く「人各々能あり不能あり」と。
此【かく】の若【ごと】きものは、愈の能くする所に非ざるなり。
抑えてこれを行わば、必ず狂疾を発し、上は以って公に承事する無く、その将に徳に報ゆる所以とせんとするものを忘れ、下は以って自立する無く、その心と為す所以を喪失せん。
夫れ是の如くんば、則ち安んぞ得て言わざらんや。
§2-1
凡そ執事の愈に択べるものは、その能く晨に入り夜に帰るを為すに非ざらん。必ず将に以ってこれに取ること有らんとす。苟も以ってこれに取ること有らば、晨に入り夜に帰らずと雖も、その取る所のものは、猶在るなり。
下の上に事うるや、その事を一にせず。上の下を使うも、その事を一にせず。
§2-2
力を度【はか】りてこれに処【お】り、その能くせざる所は彊【し】いて為さしめず。
是の故に下と為る者は罪を上に獲【え】ず、上と為る者は怨みを下に得ざるなり。
孟子云える有り「今の諸侯大いに相過ぐる者無きは、その皆その教うる所を臣とするを好みて、その教えを受くる所を臣とするを好まざるを以ってなり」と。
今の時と孟子の時と、また加々【ますます】遠し。皆その命を聞きて奔走する者を好み、その己を直くして道を行う者を好まず。
§2-3
命を聞きて奔走する者は、利を好む者なり。己を直くして道を行う者は、義を好む者なり。
未だ利を好んで而もその君を愛する者は有らず。
未だ義を好んで而もその君を忘るる者は有らず。
今の王公大人、惟だ執事のみ以って此の言を聞(ぶん)すべく、惟だ愈のみ執事に於いて此の言を以って進むべし。
§3-1
愈の幸【こう】を執事に蒙る、その従【よ】るところ旧【ひさ】し。
若しこれを寛仮【かんか】してその性を失わざらしめ、これを加待【かたい】し、
以って名を為すに足らしむ、「寅にして入り、辰を尽して退き、申にして入り、酉を終えて退く、率【おおむね】以って常と為し、亦た事を廃すことなし。
-2
天下の人、執事の愈に於けること是の如きを聞く、
必ず皆曰わん「執事の士を好むや此なり、執事の士を待つに礼を以ってする此の如し、
執事の人を使うにその性を枉【ま】げずして、能く容るる有る此の如し、
執事の人の名を成さんと欲すること此の如し、執事の故旧に厚きこと此の如し」と。
-3
また将【まさ】に曰う「韓愈のその依帰【いき】する所を識れるや此の如し、
韓愈の富貴の人に諂屈【てんくつ】せざるや此の如し、
韓愈の賢、能くその主をしてこれを待つに礼を以ってせしむること此の如し」と。
則ち執事の門に死すとも悔い無きなり。
-4
若し行に随って入り、隊を逐【お】って趨【はし】り、
言は敢えてその誠を尽さず、道は己を屈する所有らしめば、
天下の人、執事の愈に於けること此の如きを聞きて、
皆曰う「執事の韓愈を用うる、その窮を哀れみてこれを収むるのみ。
-5
韓愈の執事に事うる、道を以ってせず、これを利とするのみ」と。
苟も是の如くんば、日に千金の賜を受け、一歳に九たびその官を遷【うつ】さると雖も、恩に感ずることは則ちこれ有らん。
将【まさ】に以って天下に知己と曰われ称せらども、知己は、則ち未だしなり。
伏して惟【おも】うにその足らざる所を哀れみ、その愚を矜【あわれ】みて、その罪を録せず、その辞を察して、仁を垂れて採納せられよ。愈、恐懼再拝。


















