漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

韓昌黎補遺、(外集)

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

806年-49 補遺-03贈崔立之【案:見《外集》。】#3 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8484

806-49 補遺-03贈崔立之【案:見《外集》。】#3 

 

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Ⅰ李白詩

(李白集校注)

745-002-#2巻164 -3 東海有勇婦(卷五(一)三五一)(從郁賢皓《謫仙詩豪李白》)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8471

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744年-集11字解集 漢東紫陽先生碑銘Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8454

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-48 補遺-03贈崔立之【案:見《外集》。】#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8478

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806年-集11- ・a.短燈檠歌 ・b.春雪 ・c.春雪 ・d.春雪間早梅 ・e.早春雪中聞鶯 ・f.和歸工部送僧約 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8449

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-93 舍弟觀歸藍田迎新婦送示二首其二 杜詩詳注(卷一九(四)一六七九)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8491

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767年-集-8 【字解集】 ・a.雨 ・b. ・c.溪上 ・d樹間 .・e.白露 f.老病 g.晴二首 h.雨 i.醉為馬墜群公攜酒相看 杜詩詳注 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8456

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻三-35 (152)回目薛昭蘊 十九首喜遷鶯三首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8480 (04/06)

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花間-011 字解集128)回目韋莊a.謁金門 b.江城子 c.河傳 d.天仙子五首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8336 (03/14)

 

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玉集-09 定情詩一首 【字解集】漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8241

●薛濤の全詩

●花間集(1

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806-49 補遺-03贈崔立之【案:見《外集》。】#3 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8484

わたしがこの話を読んだ日は、ちょうどみぞれが降った寒い時季だった。わが身はもとより貧困してはいたが、わが友、きみはいったいどうしていたのか。わたしは薄い粥しかないのでつつむことが出来ない。道には深い泥川があり、とうてい馳せ参じることができなかったのだ。そういうことで「子輿」のやったことが私にはできなかったのだ、むなしく「子桑の詩」をよんでいただけで、この詩をつくることしかできないのだ。


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806年-48 補遺-03贈崔立之【案:見《外集》。】#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8478

806-48 補遺-03贈崔立之【案:見《外集》。】#2 

 

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Ⅰ李白詩

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韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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杜甫詩(1)736~751年  53

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杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

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杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

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 (14)764 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

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806-48 補遺-03贈崔立之【案:見《外集》。】#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8478

そこで、雨の中、着物をからげて泥と水たまりの中に入ってあるいていった、飯を竹の皮のうらに包んでもって食べさせようと行ったのだ。

門から中に入って 向かい合い 語りあったが、天命を まこと 疑うこともなかった。

好都合にも、タイミングよくこの事件を取り上げたのが漆園の役人であった。このことを書きとめて散文中でも屈指の名文を残している。
この逸話は遠く千年もむかしの事でありながら、友情を語り、天命を理解する二人の気持ちは想像できる。

 

806-048

贈崔立之【案:見《外集》。】

昌黎先生集 補遺-03

韓昌黎文集卷三四五 06

806年貞元2239 (42)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8472


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806年-47 補遺-03贈崔立之【案:見《外集》。】#1 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8472

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Ⅰ李白詩

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揚雄 《甘泉賦》

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韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

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花間集 訳注解説 巻三-34 (151)回目薛昭蘊十九首《浣溪紗八首其八》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8474 (04/05)

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花間-011 字解集128)回目韋莊a.謁金門 b.江城子 c.河傳 d.天仙子五首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8336 (03/14)

 

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玉集-09 定情詩一首 【字解集】漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8241

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806-47 補遺-03贈崔立之【案:見《外集》。】#1 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8472

(行って尋ねることができないから、崔立之に友情の思いを込めてこの詩を贈る)

昔、十日も雨がふりつづいた『荘子大宗師篇』にいうある年のことだ、「子桑」は寒さの中衣もなく、飢えて食なきに苦しんでいた。だから、そこでかなしい歌をうたいつつ、だれもいない部屋に坐っていたが、そのこころをだれを怨むというわけでもなく、ただじぶんを貧しくしたその運命を悲しんでいた。ここに、「子桑」の友、名は「子輿」というものは、忽然として 「子桑」のことを思いだして、心配にたえず、彼のことを思い続けた。


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64-#3 《補遺-25 送陸歙州參》   (我衣之華兮,) 韓愈(韓退之)ID 《 802年貞元18年 36歳》   ()<1383> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5899

送陸歙州參
だから、その馬を駆ることをしないでほしい、急がずにゆっくりしてぼつぼつ行かれることを勧める。もしかしたら、この歌が天子の耳に届いて、詔を下されて、陸君の地方就任は取りやめになるかもしれない。

我衣之華兮,我佩之光。

陸君之去兮,誰與翔。

斂此大惠兮,施於一州。

今其去矣,胡不為留。

我作此詩,歌於遠道。

無疾其驅,天子有詔。
送陸歙州參》韓愈  

 

 

64-#3 《補遺-25 送陸歙州參》   (我衣之華兮,) 韓愈(韓退之)ID  802年貞元18 36歳》   ()1383> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5899韓愈詩-64-#3

 
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64-#2 《補遺-25 送陸歙州參幷序》 韓愈(韓退之) 802年貞元18年 36歳<1382> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ589

送陸歙州參

我衣之華兮,我佩之光。

陸君之去兮,誰與翔。

斂此大惠兮,施於一州。

今其去矣,胡不為留。

我作此詩,歌於遠道。

無疾其驅,天子有詔。

送陸歙州參幷序》 韓愈 しかるに、このように嘆息涕洟して、陸君は都を去ってはならないのであって、しかし君の考えは、いかがかというと、陸君の道が中央政府の朝廷に行われるにおいて、天下をあげて其賜を望み、つまり、御蔭にあずかることが出るが、大州とはいえ、一州の刺史となるというとその州だけの其賜を占用するということで、決して天下にあまねくことができないという。

 

64-#2 《補遺-25 送陸歙州參幷序》 韓愈(韓退之) 802年貞元18 36歳<1382> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5894韓愈詩-64-#2




 


 
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64 #1《補遺-24 送陸歙州參幷序-#1【案:從《文集》錄入。】》韓愈(韓退之)《 802年貞元18年 36歳》<1378> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5874韓愈詩-64

送陸歙州參幷序-#1》韓愈 802年貞元十八年二月十八日、祠部員外郎陸參は、長安を出でて、歙州の刺史になった。そこで、朝廷に在関し、朝早く出勤し、夜遅く退庁するという賢良である吏僚、ならびに都邑に游居する良民どもは、一斉に嘆息涕洟し、こういう人は、何時までも中央政府にいるのがよく決して長安を去るべきではない。

 

 
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64 #1《補遺-24 送陸歙州參幷序-#1【案:從《文集》錄入。】》韓愈(韓退之) 802年貞元18 36歳》<1378 Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5874韓愈詩-64

 

 

年:802年貞元18 36

卷別:    卷三四五              文體:    雜言古詩

詩題:    送陸歙州參【案:從《文集》錄入。】

及地點:              歙州 (江南東道 歙州 歙州)              

交遊人物:陸參    書信往來(江南東道 歙州 歙州)

 

 

送陸歙州參幷序 #1

(陸參歙州、名は修、祠部員外郎をもって出でて歙州の刺史になったから、韓愈は詩を以て送り、あわせてこの序文をつくった。)

貞元十八年二月十八日,祠部員外郎陸君出刺歙州,朝廷夙夜之賢,都邑遊居之良,齎諮涕洟,鹹以為不當去。

802年貞元十八年二月十八日、祠部員外郎陸參は、長安を出でて、歙州の刺史になった。そこで、朝廷に在関し、朝早く出勤し、夜遅く退庁するという賢良である吏僚、ならびに都邑に游居する良民どもは、一斉に嘆息涕洟し、こういう人は、何時までも中央政府にいるのがよく決して長安を去るべきではない。

歙,大州也;刺史,尊官也:由郎官而往者,前後相望也。

しかし、歙州は大きい州であり、そこの刺史は尊貴の官職である。郎官から、このような刺史に任ぜられて出掛けるものは、前後、相い望んで、その千例、すこぶる多く、無論陸君にとって栄転である、めでたいことなのである。今日、天下の租税の九割は、江南地方で占めている。

當今賦出於天下,江南居十九。

今日、天下の租税の九割は、江南地方で占めている。

#2

宣使之所察,歙為富州。

宰臣之所薦聞,天子之所選用,其不輕而重也較然矣。

如是而齎諮涕洟以為不當去者,陸君之道,行乎朝廷,則天下望其賜;刺一州,則專而不能鹹。

先一州而後天下,豈吾君與吾相之心哉?

於是昌黎韓愈道願留者之心而泄其思,作詩曰:

#3

我衣之華兮,我佩之光。陸君之去兮,誰與翔。斂此大惠兮,施於一州。今其去矣,胡不為留。我作此詩,歌於逵道。無疾其驅,天子有詔

(陸參歙州を送る並びに序)

貞元十八年二月十八日,祠部員、外郎 陸君は出でて歙州【きゅうしゅう】に刺たり,朝廷 夙夜の賢,都邑 遊居の良,齎諮【せいし】涕洟【ていい】,鹹な以為【おも】えらく當に去るべからず、と。

歙は,大州なり;刺史は,尊官なり:郎官よりして往く者,前後 相い望むなり。

當今 賦の天下に出づる,江南は十の九に居り。

 

宣使の察する所,歙を富州と為す。

宰臣の薦聞する所,天子の選用する所なり,其の輕からずして重きや 較然たり。

是の如して 齎諮涕洟 以て當に去るべからず為すは,陸君の道,朝廷に行わるるときは,則ち天下其の賜を望み;一州に刺たるときは,則ち專らにして 鹹【あまね】き能わず。一州を先にして 天下を後にす,豈に吾が君と吾が相との心ならむや哉?

是に於いて 昌黎の韓愈 留まらむことを願う者の心を道うて 其の思を泄らし,詩を作って曰く:

 

 

送陸歙州參

我衣之華兮,我佩之光。

陸君之去兮,誰與翔。

斂此大惠兮,施於一州。

今其去矣,胡不為留。

我作此詩,歌於遠道。

無疾其驅,天子有詔。

 

(陸參歙州を送る)

我が衣の華なる,我が佩の光れる。

陸君の去る,誰かと與に翔【こうしょう】せん。

此に大惠を斂めて,一州に施す。

今 其の去る,胡ぞ 為に留めざる。

我 此の詩を作って,遠道に歌う。

其の驅ることを疾する無かれ,天子 詔 有らん。

 

Ta唐 長安近郊圖  新02 

『送陸歙州參幷序』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

送陸歙州參幷序

貞元十八年二月十八日,祠部員外郎陸君出刺歙州,朝廷夙夜之賢,都邑遊居之良,齎諮涕洟,鹹以為不當去。

歙,大州也;刺史,尊官也:由郎官而往者,前後相望也。當今賦出於天下,江南居十九。

宣使之所察,歙為富州。

宰臣之所薦聞,天子之所選用,其不輕而重也較然矣。

如是而齎諮涕洟以為不當去者,陸君之道,行乎朝廷,則天下望其賜;刺一州,則專而不

能鹹。先一州而後天下,豈吾君與吾相之心哉?

於是昌黎韓愈道願留者之心而泄其思,作詩曰:


(下し文)
(
陸參歙州を送る並びに序)

貞元十八年二月十八日,祠部員、外郎 陸君は出でて歙州【きゅうしゅう】に刺たり,朝廷 夙夜の賢,都邑 遊居の良,齎諮【せいし】涕洟【ていい】,鹹な以為【おも】えらく當に去るべからず、と。

歙は,大州なり;刺史は,尊官なり:郎官よりして往く者,前後 相い望むなり。

當今 賦の天下に出づる,江南は十の九に居り。

宣使の察する所,歙を富州と為す。

宰臣の薦聞する所,天子の選用する所なり,其の輕からずして重きや 較然たり。

是の如して 齎諮涕洟 以て當に去るべからず為すは,陸君の道,朝廷に行わるるときは,則ち天下其の賜を望み;一州に刺たるときは,則ち專らにして 鹹【あまね】き能わず。一州を先にして 天下を後にす,豈に吾が君と吾が相との心ならむや哉?

是に於いて 昌黎の韓愈 留まらむことを願う者の心を道うて 其の思を泄らし,詩を作って曰く:

(現代語訳)
(陸參歙州、名は修、祠部員外郎をもって出でて歙州の刺史になったから、韓愈は詩を以て送り、あわせてこの序文をつくった。)

802年貞元十八年二月十八日、祠部員外郎陸參は、長安を出でて、歙州の刺史になった。そこで、朝廷に在関し、朝早く出勤し、夜遅く退庁するという賢良である吏僚、ならびに都邑に游居する良民どもは、一斉に嘆息涕洟し、こういう人は、何時までも中央政府にいるのがよく決して長安を去るべきではない。

しかし、歙州は大きい州であり、そこの刺史は尊貴の官職である。郎官から、このような刺史に任ぜられて出掛けるものは、前後、相い望んで、その千例、すこぶる多く、無論陸君にとって栄転である、めでたいことなのである。

今日、天下の租税の九割は、江南地方で占めている。


韓愈の地図0055
(訳注)

送陸歙州參幷序

(陸參歙州、名は修、祠部員外郎をもって出でて歙州の刺史になったから、韓愈は詩を以て送り、あわせてこの序文をつくった。)

歙州 江南東道 歙州。592年(開皇12年)、隋朝が陳朝を平定すると歙州が新設された。607年(大業3年)、郡制施行に伴い歙州は新安郡と改称され下部に3県を管轄した。

 

貞元十八年二月十八日,祠部員外郎陸君出刺歙州,朝廷夙夜之賢,都邑遊居之良,齎諮涕洟,鹹以為不當去。

802年貞元十八年二月十八日、祠部員外郎陸參は、長安を出でて、歙州の刺史になった。そこで、朝廷に在関し、朝早く出勤し、夜遅く退庁するという賢良である吏僚、ならびに都邑に游居する良民どもは、一斉に嘆息涕洟し、こういう人は、何時までも中央政府にいるのがよく決して長安を去るべきではない。

齎諮 みんないっせいに荘子遣準遊 怪を士山す者なり斉諮に出 る。

涕洟 涙と鼻汁。

祠部員外郎 古代の官職。神祇伯、玄蕃頭、陰陽頭の別称。外郎は定員外。

 

歙,大州也;刺史,尊官也:由郎官而往者,前後相望也。

しかし、歙州は大きい州であり、そこの刺史は尊貴の官職である。郎官から、このような刺史に任ぜられて出掛けるものは、前後、相い望んで、その千例、すこぶる多く、無論陸君にとって栄転である、めでたいことなのである。

刺史 一つの 「州」 には平均して八つの 「郡」 があり、これら 「州」 に属する複数の 「郡」の行政を監察する役目の役職があり、それがここにいう 「刺史」という。

 

當今賦出於天下,江南居十九。

今日、天下の租税の九割は、江南地方で占めている。

居十九 十の内の九に当たる、つまり九割を占める。

59-#3 《補遺-02 海水》 -#3 韓愈(韓退之)ID 800年貞元16年 33歳<1370> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5834

韓愈 海水 -3  我々のような小さい鱗翅をもっているものは、鱗は日々に大きくなり、羽は日々に長くなるので、いつまでもこのままでいるのではないのである。やがて、風波にも苦しむことが無くなるようになれば、またぞろ、ここに来て、長鯨や、大鵬とおなじように遊びたいと思うので、しばらくの間お別れをする次第である。

 
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59-3 《補遺-02 海水》 -3 韓愈(韓退之)ID  800年貞元16年 33歳<1370 Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5834

 

 

韓愈詩-59-3

卷別:    卷三四五              文體:    五言古詩

詩題:    海水【海水詩】【案:見《外集》。】

 

 

海水 #1

(今は地方の潘鎮に出かけて仕事を見習い、やがて追々成熟し、中央政府に帰って、今の世にときめく公卿搢紳と一緒に周旋したい)

海水非不廣,鄧林豈無枝。

海水は、廣くないということはないし、柚子の鄧林には枝がないということはない。

風波一盪薄,魚鳥不可依。

林には風があり、海には波があり、一たび盪薄すれば、魚鳥は其処に依って安んずることはできない。

海水饒大波,鄧林多驚風。

それも普通の波ならまだしも、海水には大波が多くあり、鄧林には、驚風が多くあるのである。

豈無魚與鳥,巨細各不同。

そんな大きな波や驚風がつづけば、もとより、そこに棲んで安んじている魚と鳥がいるけれどいることはできない。そこには、尋常なものとは、夐然として大小、巨木や細木、それぞれ同じものがないのにである。

 

2

海有吞舟鯨,鄧有垂天鵬。

海には、一口に舟を飲むというような長鯨がいるし、鄧林には、その翼、垂天の雲の如しといわれる様な大鵬がやすんでいる。

苟非鱗羽大,盪薄不可能。

苟も、長鯨や、大鵬のその鱗羽の極めて大いなるものにあら坐れば、風波、大波を、盪薄することができないものだ。

我鱗不盈寸,我羽不盈尺。

しかるに、それらの鱗羽のものから我を見るとまことに些細な存在で、鱗の一寸にも満たない者であろうし、羽にしてみればその一尺にも満たない。

一木有餘陰,一泉有餘澤。

鄧林の一樹の影に休んでも、その木の影は余りあるくらいだし、その雲夢の鄧林の一泉のみずをのんでも、その泉の水はとても飲みきれるものではない。

我將辭海水,濯鱗清冷池。

そうなれば、もっと小さい所に棲む方が良いと、我は、その海水を辞して、汚れた鱗を凊冷の水をたたえる池の水で洗おうとすることになる。

 

3

我將辭鄧林,刷羽蒙籠枝。

そうなると我は、まさに、鄧林を辞して、羽をこんもりと葉の繁って枝に刷ろうとしているのである。

海水非愛廣,鄧林非愛枝。

海水はとても我に向ってその広きを惜しむわけでもなく、鄧林の方でも、もとより我に向ってその枝を惜しむはずがないのである。

風波亦常事,鱗魚自不宜。

そして風があり、波があるのは、通常の事であって、我々のような小さい鱗翅をもっているものにはそれでも自ずからよろしくないのである。

我鱗日已大,我羽日已修。

我々のような小さい鱗翅をもっているものは、鱗は日々に大きくなり、羽は日々に長くなるので、いつまでもこのままでいるのではないのである。

風波無所苦,還作鯨鵬游。

やがて、風波にも苦しむことが無くなるようになれば、またぞろ、ここに来て、長鯨や、大鵬とおなじように遊びたいと思うので、しばらくの間お別れをする次第である。

 

(海水) #1

海水 廣からざるに非ず,鄧林 豈に枝に無からんや。

風波 一に盪薄,魚鳥 依る可からず。

海水には 大波饒【おお】く,鄧林には 驚風多し。

豈に魚と鳥と無からんや,巨細 各の同じからず。

2

海には 吞舟の鯨有り,鄧には 垂天の鵬有り。

苟くも 鱗羽の大なるに非ざれば,盪薄 能くす可べからす。

我が鱗は 寸に盈たず,我が羽は 尺に盈たず。

一木 有り,一泉 澤有り。

我 將に海水を辭し,鱗を清冷の池に濯わんとす。

3

我 將に鄧林を辭し,羽を蒙籠の枝に刷せんとす。

海水は 廣きを愛むに非らず,鄧林は 枝を愛むに非らず。

風波 亦た常事,鱗魚 自ら宜しからず。

我が鱗 日 已に大,我が羽 日 已に修【なが】。し

風波 苦しむ所無く,還た 鯨鵬の游を作す。

 

 

『海水』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
3

我將辭鄧林,刷羽蒙籠枝。

海水非愛廣,鄧林非愛枝。

風波亦常事,鱗魚自不宜。

我鱗日已大,我羽日已修。

風波無所苦,還作鯨鵬游。


(下し文) 3

我 將に鄧林を辭し,羽を蒙籠の枝に刷せんとす。

海水は 廣きを愛むに非らず,鄧林は 枝を愛むに非らず。

風波 亦た常事,鱗魚 自ら宜しからず。

我が鱗 日 已に大,我が羽 日 已に修【なが】。し

風波 苦しむ所無く,還た 鯨鵬の游を作す。


(現代語訳)
そうなると我は、まさに、鄧林を辞して、羽をこんもりと葉の繁って枝に刷ろうとしているのである。

海水はとても我に向ってその広きを惜しむわけでもなく、鄧林の方でも、もとより我に向ってその枝を惜しむはずがないのである。

そして風があり、波があるのは、通常の事であって、我々のような小さい鱗翅をもっているものにはそれでも自ずからよろしくないのである。

我々のような小さい鱗翅をもっているものは、鱗は日々に大きくなり、羽は日々に長くなるので、いつまでもこのままでいるのではないのである。

やがて、風波にも苦しむことが無くなるようになれば、またぞろ、ここに来て、長鯨や、大鵬とおなじように遊びたいと思うので、しばらくの間お別れをする次第である。



(訳注) 3

海水 #1

(今は地方の潘鎮に出かけて仕事を見習い、やがて追々成熟し、中央政府に帰って、今の世にときめく公卿搢紳と一緒に周旋したい)

 

我將辭鄧林,刷羽蒙籠枝。

そうなると我は、まさに、鄧林を辞して、羽をこんもりと葉の繁って枝に刷ろうとしているのである。

刷羽 枝に刷りつける。

蒙籠枝 こんもりと葉の繁って鄧林の枝。

 

海水非愛廣,鄧林非愛枝。

海水はとても我に向ってその広きを惜しむわけでもなく、鄧林の方でも、もとより我に向ってその枝を惜しむはずがないのである。

非愛廣 海の広きを惜しむわけでもないこと。

非愛枝 枝を提供してくれるというのを惜しむことはない。

 

風波亦常事,鱗魚自不宜。

そして風があり、波があるのは、通常の事であって、我々のような小さい鱗翅をもっているものにはそれでも自ずからよろしくないのである。

 

我鱗日已大,我羽日已修。

我々のような小さい鱗翅をもっているものは、鱗は日々に大きくなり、羽は日々に長くなるので、いつまでもこのままでいるのではないのである。

日已大 日々に大きくなる。

日已修 日々に長くなる。

 

風波無所苦,還作鯨鵬游。

やがて、風波にも苦しむことが無くなるようになれば、またぞろ、ここに来て、長鯨や、大鵬とおなじように遊びたいと思うので、しばらくの間お別れをする次第である。

49 《遺13 贈張徐州莫辭酒》韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1346> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5714

《遺13 贈張徐州莫辭酒》韓愈(“朝廷から命が下らずとも、叛乱軍を征伐するため元気を出してほしい、そのためには酒をたらふく飲まねばならない”という詩を張建封徐州節度使に贈る。)

 

 
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49 《遺13 贈張徐州莫辭酒》韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1346> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5714 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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49 《遺13 贈張徐州莫辭酒》韓愈(韓退之)ID  799年貞元15 32歳<1346> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5714韓愈詩-49

 

 

年:799年貞元15 32

卷別:    卷三四五              文體:    雜言古詩

詩題:    贈張徐州莫辭酒【案:見《外集》。】【案:見《遺集》。】

作地點:              徐州(河南道 / 徐州 / 徐州)

及地點:              徐州 (河南道 徐州 徐州) 別名:彭城、徐方  

交遊人物:張建封              當地交遊(河南道 徐州 徐州)

 

 

贈張徐州莫辭酒

(“朝廷から命が下らずとも、叛乱軍を征伐するため元気を出してほしい、そのためには酒をたらふく飲まねばならない”という詩を張建封徐州節度使に贈る。)

莫辭酒,此會固難同。

元気を出すための酒であるから断ってはいけない。このような会合の宴会は、めったに同席することができないから、十分に飲ませてもらいたい。

請看女工機上帛,半作軍人旗上紅。

試みに見てほしいのは、工女が機織りしている帛地は、今は半分ぐらいの出来だけれどやがて上が真っ赤な軍旗になるので、軍隊の準備をしているのだ。

莫辭酒,誰為君王之爪牙。

だから、元気を出すための酒であるから断ってはいけない。天下が騒乱に苦しんでいて誰かが、王朝の爪牙になって征伐しないといけないのである。

春雷三月不作響,戰士豈得來還家。

春三月の黎明を告げる春雷が轟くように、此処の節度軍が叛乱反正の声を轟かさなければ、折角征伐に出かけた戦士も家に帰ることができない。この会合で酒を心行くまで呑もうというのだ。

 

(張徐州に 「酒を辭す莫れ」詩を贈る)

酒を辭す莫れ,此の會 固より同じゅうし難し。

請うて看る 女工 上帛を機するを,半ば作る 軍人の旗上の紅となるを。

酒を辭す莫れ,誰が 君王の爪牙と為らん。

春雷 三月 響くこと作さず,戰士 豈に 來って家に還るを得んや。

 

 

『贈張徐州莫辭酒』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

贈張徐州莫辭酒

莫辭酒,此會固難同。

請看女工機上帛,半作軍人旗上紅。

莫辭酒,誰為君王之爪牙。

春雷三月不作響,戰士豈得來還家。


(下し文)
(張徐州に 「酒を辭す莫れ」詩を贈る)

酒を辭す莫れ,此の會 固より同じゅうし難し。

請うて看る 女工 上帛を機するを,半ば作る 軍人の旗上の紅となるを。

酒を辭す莫れ,誰が 君王の爪牙と為らん。

春雷 三月 響くこと作さず,戰士 豈に 來って家に還るを得んや。

(現代語訳)
(“朝廷から命が下らずとも、叛乱軍を征伐するため元気を出してほしい、そのためには酒をたらふく飲まねばならない”という詩を張建封徐州節度使に贈る。)

元気を出すための酒であるから断ってはいけない。このような会合の宴会は、めったに同席することができないから、十分に飲ませてもらいたい。

試みに見てほしいのは、工女が機織りしている帛地は、今は半分ぐらいの出来だけれどやがて上が真っ赤な軍旗になるので、軍隊の準備をしているのだ。

だから、元気を出すための酒であるから断ってはいけない。天下が騒乱に苦しんでいて誰かが、王朝の爪牙になって征伐しないといけないのである。

春三月の黎明を告げる春雷が轟くように、此処の節度軍が叛乱反正の声を轟かさなければ、折角征伐に出かけた戦士も家に帰ることができない。この会合で酒を心行くまで呑もうというのだ。



(訳注)

贈張徐州莫辭酒

(“朝廷から命が下らずとも、叛乱軍を征伐するため元気を出してほしい、そのためには酒をたらふく飲まねばならない”という詩を張建封徐州節度使に贈る。)

張建封徐州節度使に宴席で工女が機織りの途中の物を見て、軍の戦旗であることから、戦争が近いかもしれないが、戦争に苦しむものの為にも早く凱歌をあげて、清平の世にしなければいけない、だから元気を出した目に酒を十分に飲まなければいけない。朝廷が、叛乱軍を征伐する意思がなく、諸侯、節度使にも討伐命令を出さなかった。そのために、張建封に頑張ってもらいたいと願ってこの詩を書いた。

 

莫辭酒,此會固難同。

元気を出すための酒であるから断ってはいけない。このような会合の宴会は、めったに同席することができないから、十分に飲ませてもらいたい。

固難同 もともとめったに同席することができない。

 

請看女工機上帛,半作軍人旗上紅。

試みに見てほしいのは、工女が機織りしている帛地は、今は半分ぐらいの出来だけれどやがて上が真っ赤な軍旗になるので、軍隊の準備をしているのだ。

機上帛 機を織りかけの帛地。

半作軍人 軍の準備をとりかかっている。

旗上紅 上が真っ赤な軍旗になる。

 

莫辭酒,誰為君王之爪牙。

だから、元気を出すための酒であるから断ってはいけない。天下が騒乱に苦しんでいて誰かが、王朝の爪牙になって征伐しないといけないのである。

王之爪牙 朝廷が、叛乱軍を征伐する意思がなく、諸侯、節度使にも討伐命令を出さなかった。そのために、朝廷に変わって張建封に征伐の先頭に立って頑張ってもらいたい。

 

春雷三月不作響,戰士豈得來還家。

春三月の黎明を告げる春雷が轟くように、此処の節度軍が叛乱反正の声を轟かさなければ、折角征伐に出かけた戦士も家に帰ることができない。この会合で酒を心行くまで呑もうというのだ。

春雷 強力な軍隊が征伐軍の強い意志表明を天下に示すことで、叛乱の戦意をそぐことができる。

48-#3 《外09 贈徐州族姪 -#3》韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1345> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5709 韓愈詩-48-#3

《外09 贈徐州族姪  -#3》韓愈  吾らが期待することは、吾が語をして、一片のお世辞であることに留めず、その奇術を以て、時の凊平を助け、大いに世の中のためになるように一つ、働いてもらいたい。

 

 
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48-#3 《外09 贈徐州族姪  -#3》韓愈(韓退之)ID  799年貞元15 32歳<1345 Ⅱ唐宋八大家文読本 巻二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5709

韓愈詩-48-#3

 

 

年:799年貞元15 32

卷別:    卷三四五              文體:    五言古詩

詩題:    贈徐州族姪【案:見《外集》。】【案:見《遺集》。】

作地點:              徐州(河南道 / 徐州 / 徐州)

及地點:              徐州 (河南道 徐州 徐州) 別名:彭城、徐方  

 

 

贈徐州族姪【案:見《外集》。】【案:見《遺集》。】

(徐州張建封の幕府の職にあるとき、族姪の老成の十二郎の来訪を受けてこれに贈ったのである。)

我年十八九,壯氣起胸中。

私の年齢が1819であったころ、進士試験を受けるため、はじめて長安に上京したころであり、壮気は胸中に沸き起こり、漲っていて、功名もすぐにでも取れるものと思っていた。

作書獻雲闕,辭家逐秋蓬。

そこで、上書して、九重に献じたが無視され、もとより、志を達せず、家を辞して、諸処を漂流し仕官を求めたが、秋蓬を追うようなものであった。

時易遷次,身命多厄窮。

及第するまでにも、歳月というもの、遷り、過ぎやすいものであり、身命をつなぐことにも窮厄多い状態であった。

#2

一名雖云就,片祿不足充。

折角進士に登第することが出来てもわずかばかりの俸禄では何の足しにもなりはしない。

今者復何事,卑棲寄徐戎。

では今を、また、どうするのかといえば、古の徐戎の地に来たって、卑しい住居を寄せた。

蕭條資用盡,濩落門巷空。

身計蕭条として物資は既に底をついて用いるものはなかった、門巷には空しく来訪者はまったくなく、寂寥のきわみであった。

朝眠未能起,遠懷方鬱悰。

そこで、朝寝をして、なかなか起きだすことが出来ず、さまざまのことを思い出し、心はもやもやとして面白くなく、塞ぎ切ってしまうのである。

(徐州族姪【ぞくてつ】に贈る)

我が年 十八 九,壯氣 胸中に起る。

書を作って雲闕に獻じ,家を辭して 秋蓬を逐う。

時 遷次し易く,身命 厄窮多し。

 

一名 云に就くと雖も,片祿 充つるに足らず。

今者は復た何事ぞ,卑棲 徐戎に寄す。

蕭條として 資用盡き,濩落【かくらく】として門巷 空し。

朝眠 未だ起つ能わず,遠懷 方に鬱悰【うつそう】たり。

 

擊門者誰子,問言乃吾宗。

その時門をたたくものがあって、だれかと問えば、わが同宗の族姪であって、やがてむかえいれた。

自云有奇術,探妙知天工。

既往悵何及,將來喜還通。

汝の一身、既往の事は痛めども、それがどうして及ぼうというのか、そういうことなら、将来はどうやらこの世を渡ってゆくことも出来よう。

期我語非佞,當為佐時雍。

吾らが期待することは、吾が語をして、一片のお世辞であることに留めず、その奇術を以て、時の凊平を助け、大いに世の中のためになるように一つ、働いてもらいたい。

 

門を擊つ者は誰の子ぞ,問えば言う 乃ち吾が宗と。

自ら云う 奇術有り,妙を探って天工を知ると。

既往は悵むとも何ぞ及ばん,將來 還た通ずるを喜ぶ。

期す 我が語の佞に非ざるを,當に為に 時雍を佐くべし。

 

 

『贈徐州族姪』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

擊門者誰子,問言乃吾宗。

自云有奇術,探妙知天工。

既往悵何及,將來喜還通。

期我語非佞,當為佐時雍。


(下し文)
門を擊つ者は誰の子ぞ,問えば言う 乃ち吾が宗と。

自ら云う 奇術有り,妙を探って天工を知ると。

既往は悵むとも何ぞ及ばん,將來 還た通ずるを喜ぶ。

期す 我が語の佞に非ざるを,當に為に 時雍を佐くべし。

(現代語訳)
その時門をたたくものがあって、だれかと問えば、わが同宗の族姪であって、やがてむかえいれた。

そして、色々と話した揚げ句には、奇術を覚え込み、宇宙の玄妙なる道理を探って、天工を極めることを知るということで、それが本当なら大したことである。

汝の一身、既往の事は痛めども、それがどうして及ぼうというのか、そういうことなら、将来はどうやらこの世を渡ってゆくことも出来よう。

吾らが期待することは、吾が語をして、一片のお世辞であることに留めず、その奇術を以て、時の凊平を助け、大いに世の中のためになるように一つ、働いてもらいたい。


(訳注)

贈徐州族姪

(徐州張建封の幕府の職にあるとき、族姪の老成の十二郎の来訪を受けてこれに贈ったのである。)

《韓昌黎集外集》の9首目にある。作詩時期について、これまで諸説あったが、現在では、799年とされている。

 

擊門者誰子,問言乃吾宗。

その時門をたたくものがあって、だれかと問えば、わが同宗の族姪であって、やがてむかえいれた。

 

自云有奇術,探妙知天工。

そして、色々と話した揚げ句には、奇術を覚え込み、宇宙の玄妙なる道理を探って、天工を極めることを知るということで、それが本当なら大したことである。

 

既往悵何及,將來喜還通。

汝の一身、既往の事は痛めども、それがどうして及ぼうというのか、そういうことなら、将来はどうやらこの世を渡ってゆくことも出来よう。

既往 過去。また、すんでしまった事柄。《論語、八佾第三》「哀公問社於宰我、宰我對曰、夏后氏以松、殷人以柏、周人以栗、曰、使民戰栗也、子聞之曰、成事不説、遂事不諌、既徃不咎。」(哀公、社を宰我に問う。宰我、対【こた】えて曰わく、夏后氏は松を以てし、殷人は柏を以てし、周人は栗を以てす。曰わく、民をして戦栗せしむるなり。子これを聞きて曰わく、成事は説かず、遂事は諌めず、既往【きおう】は咎めず。)

 

期我語非佞,當為佐時雍。

吾らが期待することは、吾が語をして、一片のお世辞であることに留めず、その奇術を以て、時の凊平を助け、大いに世の中のためになるように一つ、働いてもらいたい。

非佞 一片のお世辞であること。

佐時雍 時の凊平を助け

 

48-#2 《外09 贈徐州族姪 -#2》韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1344> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5704

《外09 贈徐州族姪  -#2》韓愈  折角進士に登第することが出来てもわずかばかりの俸禄では何の足しにもなりはしない。

では今を、また、どうするのかといえば、古の徐戎の地に来たって、卑しい住居を寄せた。


 
 2015年3月17日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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202 -#3 《巻18-10 酬崔五郎中 -#3》Index-12 Ⅱ―7 -732年開元二十年32歳 12首 <202 -#3> Ⅰ李白詩1431 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5703 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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48-#2 《外09 贈徐州族姪 -#2》韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1344> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5704 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年大暦元年55歲-43-#6奉節-34-#6 《巻16-06 八哀詩八首〔四〕贈太子太師汝陽郡王璡 -6》 杜甫index-15 杜甫<906-6> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5705 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-23韋荘101《巻3-01 謁金門二首 其一》三巻1-〈101〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5707 
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 魚玄機全詩花間集(6)花間集(7)花間集(8)花間集(9)花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
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48-#2 《外09 贈徐州族姪  -#2》韓愈(韓退之)ID  799年貞元15 32歳<1344 Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5704韓愈詩-48-#2

 

 

年:799年貞元15 32

卷別:    卷三四五              文體:    五言古詩

詩題:    贈徐州族姪【案:見《外集》。】【案:見《遺集》。】

作地點:              徐州(河南道 / 徐州 / 徐州)

及地點:              徐州 (河南道 徐州 徐州) 別名:彭城、徐方  

 

 

贈徐州族姪【案:見《外集》。】【案:見《遺集》。】

(徐州張建封の幕府の職にあるとき、族姪の老成の十二郎の来訪を受けてこれに贈ったのである。)

我年十八九,壯氣起胸中。

私の年齢が1819であったころ、進士試験を受けるため、はじめて長安に上京したころであり、壮気は胸中に沸き起こり、漲っていて、功名もすぐにでも取れるものと思っていた。

作書獻雲闕,辭家逐秋蓬。

そこで、上書して、九重に献じたが無視され、もとより、志を達せず、家を辞して、諸処を漂流し仕官を求めたが、秋蓬を追うようなものであった。

時易遷次,身命多厄窮。

及第するまでにも、歳月というもの、遷り、過ぎやすいものであり、身命をつなぐことにも窮厄多い状態であった。

#2

一名雖云就,片祿不足充。

折角進士に登第することが出来てもわずかばかりの俸禄では何の足しにもなりはしない。

今者復何事,卑棲寄徐戎。

では今を、また、どうするのかといえば、古の徐戎の地に来たって、卑しい住居を寄せた。

蕭條資用盡,濩落門巷空。

身計蕭条として物資は既に底をついて用いるものはなかった、門巷には空しく来訪者はまったくなく、寂寥のきわみであった。

朝眠未能起,遠懷方鬱悰。

そこで、朝寝をして、なかなか起きだすことが出来ず、さまざまのことを思い出し、心はもやもやとして面白くなく、塞ぎ切ってしまうのである。

#3

擊門者誰子,問言乃吾宗。

自云有奇術,探妙知天工。

既往悵何及,將來喜還通。

期我語非佞,當為佐時雍。

 

(徐州族姪【ぞくてつ】に贈る)

我が年 十八 九,壯氣 胸中に起る。

書を作って雲闕に獻じ,家を辭して 秋蓬を逐う。

時 遷次し易く,身命 厄窮多し。

 

一名 云に就くと雖も,片祿 充つるに足らず。

今者は復た何事ぞ,卑棲 徐戎に寄す。

蕭條として 資用盡き,濩落【かくらく】として門巷 空し。

朝眠 未だ起つ能わず,遠懷 方に鬱悰【うつそう】たり。

 

門を擊つ者は誰の子ぞ,問えば言う 乃ち吾が宗と。

自ら云う 奇術有り,妙を探って天工を知ると。

既往は悵むとも何ぞ及ばん,將來 還た通ずるを喜ぶ。

期す 我が語の佞に非ざるを,當に為に 時雍を佐くべし。

 

唐時代 韓愈関連05 

『贈徐州族姪』 現代語訳と訳註解説
(
本文) 
#2

一名雖云就,片祿不足充。

今者復何事,卑棲寄徐戎。

蕭條資用盡,濩落門巷空。

朝眠未能起,遠懷方鬱悰。


(下し文)
一名 云に就くと雖も,片祿 充つるに足らず。

今者は復た何事ぞ,卑棲 徐戎に寄す。

蕭條として 資用盡き,濩落【かくらく】として門巷 空し。

朝眠 未だ起つ能わず,遠懷 方に鬱悰【うつそう】たり。

(現代語訳)
折角進士に登第することが出来てもわずかばかりの俸禄では何の足しにもなりはしない。

では今を、また、どうするのかといえば、古の徐戎の地に来たって、卑しい住居を寄せた。

身計蕭条として物資は既に底をついて用いるものはなかった、門巷には空しく来訪者はまったくなく、寂寥のきわみであった。

そこで、朝寝をして、なかなか起きだすことが出来ず、さまざまのことを思い出し、心はもやもやとして面白くなく、塞ぎ切ってしまうのである。

汜水関などの地図
(訳注)

贈徐州族姪

(徐州張建封の幕府の職にあるとき、族姪の老成の十二郎の来訪を受けてこれに贈ったのである。)

《韓昌黎集外集》の9首目にある。作詩時期について、これまで諸説あったが、現在では、799年とされている。

 

一名雖云就,片祿不足充。

折角進士に登第することが出来てもわずかばかりの俸禄では何の足しにもなりはしない。

一名雖云就 折角進士に登第することが出来たこと。

片祿 わずかばかりの俸禄。

 

今者復何事,卑棲寄徐戎。

では今を、また、どうするのかといえば、古の徐戎の地に来たって、卑しい住居を寄せた。

卑棲 卑しい住居。

徐戎 徐戎は是れ徐州の戎なり。周書「『徐戎』是徐州之戎也。」とある。

 

蕭條資用盡,濩落門巷空。

身計蕭条として物資は既に底をついて用いるものはなかった、門巷には空しく来訪者はまったくなく、寂寥のきわみであった。