中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊(東野)  漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 訳注解説ブログ

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

韓昌黎集 巻三

806年-29 全唐詩338_26 #6憶昨行和張十一 -#6 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8196

全唐詩338_26 #6憶昨行和張十一 -#6

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年2月18日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-054卷182_50 1 憶東山二首其一(卷二三(二)頁一三六一)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8195

 

 

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744年-集07字解集 a相逢行-b陌上贈美人-c古風其八-d秋夜獨坐懷-e怨歌行-f望終南山寄紫閣隱者Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8159

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-29 全唐詩338_26 #6憶昨行和張十一 -#6 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8196

 

 

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806年-集06- 送許郢州序・寒食日出游 【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8160

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-74#5 秋行官張望督促東渚耗(一作刈)稻向畢清晨遣女奴阿稽豎子阿段往問#5 杜詩詳注(卷一九(四)一六五五)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8203

 

 

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767年-集-4字解 【字解集】 a灩澦・ b七月一日題終明府水樓・c行官張望補稻畦水歸 字解集 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8173

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻二-41 (106)回目韋莊二十二首 -1441 應天長二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8198 (02/18)

 

 

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105)回目 浣溪沙五首 /菩薩鬘五首 /  歸國遥三首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8192 (02/17)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-040 定情詩一首-#2〈〔繁欽〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8199

 

 

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玉集-08 室恩一首・情詩一首 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8187

 

 

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806年-29 全唐詩338_26 #6憶昨行和張十一 -#6 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8196

そうなると、頭は軽くなる感じ、眼は朗らになり、そして、肌も骨も体つきもしゃんとしてきた、それは古い剣の埃をはらい錆を新たに研ぎなおし、けずって、チリ埃を払って、いま砥石から出てきたように光芒を発した。厄病は消え、幸福がいっぱいなり、百もの幸福がいっしょになってやってくるし、これからは 背がまがり皮膚に鮫の皮膚のようなシミのできるまでは病気に侵されることなく元気なはずであると、我々は非常に頼もしく思う。わが故郷たる洛陽は嵩山の東のふもと、伊水と洛水の岸べ、そこの風景のよさは くどくどせんぎだてするに及ばないのである。きみよ まず行かれることであろう わたしは任期の満ちる日を待とうとおもうところで、そして、長沮(ちょうそ)と桀溺(けつでき)と呼ばれる隠者の跡を継いで生涯を終えるまで田を耕そうと思うのである。

29-0全唐詩338_26 #5

憶昨行和張十一 -#5

昌黎先生集 巻三-29#5

韓昌黎文集巻三-29#5

806年貞元22年39歲 (29)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8190

 

『贈韓退之』    張署

九疑峰畔二江前,戀闕思鄉日抵年。

白簡趨朝曾竝命,蒼梧左宦一聊翩。

鮫人遠泛漁舟水,鵩鳥閑飛露裏天。

渙汗幾時流率土,扁舟西下共歸田。

(韓退之に贈る)
九疑峰の畔 二江の前,闕を戀ひ 鄉を思うて 自ら年に抵る。
白簡 朝に趨く曾て竝びに命ぜられ,蒼梧に宦を左せらるるも一聊翩たり。 
鮫人遠く泛ぶ漁舟の水,鵩鳥 閑に飛ぶ 露裏の天。
渙汗 幾時か 率土に流べば,扁舟 西下して 共に歸田せむ。

 

憶昨行和張十一 1

憶昨夾鐘之呂初吹灰,上公禮罷元侯迴。 

車載牲牢甕舁酒,並召賓客延鄒枚。 

腰金首翠光照耀,絲竹迥發清以哀。 

青天白日花草麗,玉斝屢舉傾金罍。 

2

張君名聲座所屬,起舞先醉長松摧。 

宿酲未解舊痁作,深室靜臥聞風雷。 

自期殞命在春序,屈指數日憐嬰孩。 

3

危辭苦語感我耳,淚落不揜何漼漼。 

念昔從君渡湘水,大帆夜划窮高桅。 

陽山鳥路出臨武,驛馬拒地驅頻隤。 

4

踐蛇茹蠱不擇死,忽有飛詔從天來。 

伾文未揃崖州熾,雖得赦宥恆愁猜。 

近者三姦悉破碎,羽窟無底幽黃能。 

 

5

眼中了了見鄉國,知有歸日眉方開。 

今君縱署天涯吏,投檄北去何難哉。 

無妄之憂勿藥喜,一善自足禳千災。 

6

頭輕目朗肌骨健,古劍新斸磨塵埃。 

殃消禍散百福併,從此直至耇與鮐。 

嵩山東頭伊洛岸,勝事不假須穿栽。 

君當先行我待滿,沮溺可繼窮年推。 

城郭のデッサン001


 

韓昌黎集タイトル01

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806年-29 全唐詩338_26 #5憶昨行和張十一 -#5 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8190

全唐詩338_26 #5憶昨行和張十一 -#5 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年2月17日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-053卷163_4 陽春歌(卷四(一)二八六)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8189

 

 

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744年-集07字解集 a相逢行-b陌上贈美人-c古風其八-d秋夜獨坐懷-e怨歌行-f望終南山寄紫閣隱者Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8159

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

744年-053卷163_4 陽春歌(卷四(一)二八六)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8189

 

 

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806年-集06- 送許郢州序・寒食日出游 【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8160

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

index-9[815年~816年 49歳57首

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

index-13 821年~822年 22首

index-14 57歳・病気のため退職。没す14首

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-74#4 秋行官張望督促東渚耗(一作刈)稻向畢清晨遣女奴阿稽豎子阿段往問#4 杜詩詳注(卷一九(四)一六五五)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8197

 

 

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767年-集-4字解 【字解集】 a灩澦・ b七月一日題終明府水樓・c行官張望補稻畦水歸 字解集 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8173

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

105)回目 浣溪沙五首 /菩薩鬘五首 /  歸國遥三首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8192 (02/17)

 

 

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105)回目 浣溪沙五首 /菩薩鬘五首 /  歸國遥三首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8192 (02/17)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-040 定情詩一首-#1〈〔繁欽〕〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8193

 

 

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●薛濤の全詩

●花間集(1巻

●花間集(2巻

●花間集(3巻

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●花間集(5巻

 

 

●魚玄機全詩

●花間集(6巻

●花間集(7巻

●花間集(8巻

●花間集(9巻

●花間集10巻

 

 

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806年-29 全唐詩338_26 #5憶昨行和張十一 -#5 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8190

そこで、我々も、やっと安堵することができ、私の目にはっきりと故郷の姿を見るような心持になることができ、北に帰る日もしれていることから、初めて眼を開き、そして、君の病気も改善したのである。君の身体の全快はとりもなおさずあの三悪人の死にあるので易経にいわゆる「圥妄の憂は薬することなくして喜びあり」というものである、その喜びによって、「一善自ずから千の災いをはらいのける」に十分足るというものである。君の身体の全快はとりもなおさずあの三悪人の死にあるので易経にいわゆる「圥妄の憂は薬することなくして喜びあり」というものである、その喜びによって、「一善自ずから千の災いをはらいのける」に十分足るというものである。

29-0全唐詩338_26 #5

憶昨行和張十一 -#5

昌黎先生集 巻三-29#5

韓昌黎文集巻三-29#5

806年貞元22年39歲 (29)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8190

 

長安皇城宮城00城郭のデッサン001韓昌黎集タイトル01続きを読む

806年-29 全唐詩338_26 #4憶昨行和張十一 -#4 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8184

全唐詩338_26 #4憶昨行和張十一 -#4 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年2月16日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-052卷161_39 「登高望四海」詩 古風五十九首之三十九 (卷二(一)一六一)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8183

 

 

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744年-集07字解集 a相逢行-b陌上贈美人-c古風其八-d秋夜獨坐懷-e怨歌行-f望終南山寄紫閣隱者Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8159

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

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漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-29 全唐詩338_26 #4憶昨行和張十一 -#4 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8184

 

 

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806年-集06- 送許郢州序・寒食日出游 【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8160

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

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index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

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index-13 821年~822年 22首

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韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-73#3 秋行官張望督促東渚耗(一作刈)稻向畢清晨遣女奴阿稽豎子阿段往問#3 杜詩詳注(卷一九(四)一六五五)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8191

 

 

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杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集訳注解説 (104)回目韋莊二十二首-13《巻二40 歸國遥三首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8186 (02/16)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉集-08 室恩一首・情詩一首 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8187

 

 

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玉集-08 室恩一首・情詩一首 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8187

 

 

●薛濤の全詩

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●魚玄機全詩

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806年-29 全唐詩338_26 #3憶昨行和張十一 -#3 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8178

全唐詩338_26 #3憶昨行和張十一 -#3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年2月15日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

 

 

  総合案内

 

 

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-051卷180_9 登太白峰(卷二一(二)一二一九)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8177

 

 

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744年-集07字解集 a相逢行-b陌上贈美人-c古風其八-d秋夜獨坐懷-e怨歌行-f望終南山寄紫閣隱者Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8159

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-29 全唐詩338_26 #3憶昨行和張十一 -#3 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8178

 

 

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806年-集06- 送許郢州序・寒食日出游 【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8160

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

index-9[815年~816年 49歳57首

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

index-13 821年~822年 22首

index-14 57歳・病気のため退職。没す14首

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-73#2 秋行官張望督促東渚耗(一作刈)稻向畢清晨遣女奴阿稽豎子阿段往問#2 杜詩詳注(卷一九(四)一六五五)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8185

 

 

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767年-集-4字解 【字解集】 a灩澦・ b七月一日題終明府水樓・c行官張望補稻畦水歸 字解集 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8173

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

杜甫詩 全詩 総合案内 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集訳注解説 (103)回目韋莊二十二首-12《巻二39 歸國遥三首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8180 (02/15)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-039 情詩一首-#2 〔徐 幹〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8181

 

 

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玉集-07 秦嘉妻答詩・飲馬長城窟行・飲馬長城窟行 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8133

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1巻

●花間集(2巻

●花間集(3巻

●花間集(4巻

●花間集(5巻

 

 

●魚玄機全詩

●花間集(6巻

●花間集(7巻

●花間集(8巻

●花間集(9巻

●花間集10巻

 

 

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李白全集

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806年-29 全唐詩338_26 #3憶昨行和張十一 -#3 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8178
こうして自分が病床を訪れた時に、危辭苦語の君の言葉は 耳にするにつけいたましく遺言かと思え、感じられて、はらはら落ちる涙を掩いもしないで、流すだけであった。少し前のことを思い出すと、きみと一緒に湘水を渡ったときのことだが、大きな帆を夜中に袈けて夜舟を勧めた、 その時、高いマストのあるりっぱな舟でも危険な状態におちいった。その後、自分は陽山に、君は臨武におり、その両所を共に去ること、その両所は遠くはないのに中間には険阻な山脈があって、鳥だけが通れる一筋道しかなく、駅馬もこの地をいやがって、むりに走らせようとしても、しきりにつまずき倒れて進まなかったのである。

29-0全唐詩338_26 #3

憶昨行和張十一 -#3

昌黎先生集 巻三-29#3

韓昌黎文集巻三-29#3

806年貞元22年39歲 (29)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8178

 

『贈韓退之』    張署

九疑峰畔二江前,戀闕思鄉日抵年。

白簡趨朝曾竝命,蒼梧左宦一聊翩。

鮫人遠泛漁舟水,鵩鳥閑飛露裏天。

渙汗幾時流率土,扁舟西下共歸田。

(韓退之に贈る)
九疑峰の畔 二江の前,闕を戀ひ 鄉を思うて 自ら年に抵る。
白簡 朝に趨く曾て竝びに命ぜられ,蒼梧に宦を左せらるるも一聊翩たり。 
鮫人遠く泛ぶ漁舟の水,鵩鳥 閑に飛ぶ 露裏の天。
渙汗 幾時か 率土に流べば,扁舟 西下して 共に歸田せむ。

 

憶昨行和張十一 1

憶昨夾鐘之呂初吹灰,上公禮罷元侯迴。 

車載牲牢甕舁酒,並召賓客延鄒枚。 

腰金首翠光照耀,絲竹迥發清以哀。 

青天白日花草麗,玉斝屢舉傾金罍。 

2

張君名聲座所屬,起舞先醉長松摧。 

宿酲未解舊痁作,深室靜臥聞風雷。 

自期殞命在春序,屈指數日憐嬰孩。 

3

危辭苦語感我耳,淚落不揜何漼漼。 

念昔從君渡湘水,大帆夜划窮高桅。 

陽山鳥路出臨武,驛馬拒地驅頻隤。 

4

踐蛇茹蠱不擇死,忽有飛詔從天來。 

伾文未揃崖州熾,雖得赦宥恆愁猜。 

近者三姦悉破碎,羽窟無底幽黃能。 

5

眼中了了見鄉國,知有歸日眉方開。 

今君縱署天涯吏,投檄北去何難哉。 

無妄之憂勿藥喜,一善自足禳千災。 

6

頭輕目朗肌骨健,古劍新斸磨塵埃。 

殃消禍散百福併,從此直至耇與鮐。 

嵩山東頭伊洛岸,勝事不假須穿栽。 

君當先行我待滿,沮溺可繼窮年推。 
 

城郭のデッサン001韓昌黎集タイトル01 


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806年-29 全唐詩338_26 #2憶昨行和張十一 -#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8172

全唐詩338_26 #2憶昨行和張十一 -#2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年2月14日

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-050卷179_12 朝下過盧郎中敘舊遊(卷二十(二)一一六六)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8171

 

 

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孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

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曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-29 全唐詩338_26 #2憶昨行和張十一 -#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8172

 

 

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806年-集06- 送許郢州序・寒食日出游 【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8160

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

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韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

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index-9[815年~816年 49歳57首

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

index-13 821年~822年 22首

index-14 57歳・病気のため退職。没す14首

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Ⅲ 杜詩

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767年-73#1 秋行官張望督促東渚耗稻向畢清晨遣女奴阿稽豎子阿段往問#1 杜詩詳注(卷一九(四)一六五五)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8185

 

 

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杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

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漢・唐・宋詞

花間集訳注解説 (102)回目韋莊二十二首-11《巻二38 歸國遥三首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8174 (02/14)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-039 情詩一首-#1 〔徐 幹〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8175

 

 

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玉集-07 秦嘉妻答詩・飲馬長城窟行・飲馬長城窟行 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8133

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1巻

●花間集(2巻

●花間集(3巻

●花間集(4巻

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●魚玄機全詩

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●花間集10巻

 

 

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806年-29 全唐詩338_26 #2憶昨行和張十一 -#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8172

その時、張君を召し出されたが、張君の名声は我々左遷や不遇の一座のものの注目するところとなっているので、よってたかって酒を勧めたものだから、酔っぱらってしまう、そして立ち起きて舞い、また酔うてしまい、松の巨木が、さながらくずれてしまうようなものであった。ところが、二日酔いのさめないうちに前からのマラリヤが持病となってしまい、発作が起こってくる、奥の間で絶対安静にしていると高熱に耳鳴りがして大風雷鳴を聞いているようだ。こうして、寒熱の繰り返しに苦しんで、容易に治りそうもないところから、自分の命も最後となる時期かと春の季節のあと追い 命も尽きてしまうものと思っている、もう幾日と指折り数え、赤子を不憫に思うようである。

29-0全唐詩338_26 #2

憶昨行和張十一 -#2

昌黎先生集 巻三-29#2

韓昌黎文集巻三-29#2

806年貞元22年39歲 (29)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8172

 

『贈韓退之』    張署

九疑峰畔二江前,戀闕思鄉日抵年。

白簡趨朝曾竝命,蒼梧左宦一聊翩。

鮫人遠泛漁舟水,鵩鳥閑飛露裏天。

渙汗幾時流率土,扁舟西下共歸田。

(韓退之に贈る)
九疑峰の畔 二江の前,闕を戀ひ 鄉を思うて 自ら年に抵る。
白簡 朝に趨く曾て竝びに命ぜられ,蒼梧に宦を左せらるるも一聊翩たり。 
鮫人遠く泛ぶ漁舟の水,鵩鳥 閑に飛ぶ 露裏の天。
渙汗 幾時か 率土に流べば,扁舟 西下して 共に歸田せむ。

 

憶昨行和張十一 1

憶昨夾鐘之呂初吹灰,上公禮罷元侯迴。 

車載牲牢甕舁酒,並召賓客延鄒枚。 

腰金首翠光照耀,絲竹迥發清以哀。 

青天白日花草麗,玉斝屢舉傾金罍。 

2

張君名聲座所屬,起舞先醉長松摧。 

宿酲未解舊痁作,深室靜臥聞風雷。 

自期殞命在春序,屈指數日憐嬰孩。 

3

危辭苦語感我耳,淚落不揜何漼漼。 

念昔從君渡湘水,大帆夜划窮高桅。 

陽山鳥路出臨武,驛馬拒地驅頻隤。 

4

踐蛇茹蠱不擇死,忽有飛詔從天來。  

伾文未揃崖州熾,雖得赦宥恆愁猜。 

近者三姦悉破碎,羽窟無底幽黃能。 

 

5

眼中了了見鄉國,知有歸日眉方開。 

今君縱署天涯吏,投檄北去何難哉。 

無妄之憂勿藥喜,一善自足禳千災。 

6

頭輕目朗肌骨健,古劍新斸磨塵埃。 

殃消禍散百福併,從此直至耇與鮐。 

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806年-29 全唐詩338_26 #1憶昨行和張十一 -#1 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8166

全唐詩338_26 #1憶昨行和張十一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年2月13日

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Ⅰ李白詩

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744年-049卷161_56 「越客採明珠」詩(古風五十九首之五十六)(卷二(一)一八四)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8165

 

 

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司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

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曹植詩65首

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楚辞・九歌》東君

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

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・李商隠詩 (1) 136首の75首

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韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

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index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

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韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

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杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集訳注解説 (101)回目韋莊二十二首-10《巻二37 菩薩鬘五首其五》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8168 (02/13)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

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玉-038 室思一首六章 -#6 〔徐 幹〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8169

 

 

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玉集-07 秦嘉妻答詩・飲馬長城窟行・飲馬長城窟行 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8133

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1巻

●花間集(2巻

●花間集(3巻

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●花間集(5巻

 

 

●魚玄機全詩

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806年-29 全唐詩338_26 #1憶昨行和張十一 -#1 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8166
 
(かねて過ぎ去ったころの歌、張十一署に和す。)

かねて過ぎ去ったころのこと、季節の変わり目に吹く爽鐘の呂のはじめて灰を吹いた日のことであった、上代の聖人を祭りをしおえてこの江陵の節度使裴均長官がお帰りになられた車に神に供える牛・羊・豚をの、神酒の甕を担がせている、宴に召された賓客に漢代の枚乗と鄒陽のような文豪たちが居並んだ。腰には金の佩び玉をつけ、翡翠の羽飾りはきらきら輝いている、遠くからわき起こる管絃楽は清らにも哀れであった。空は青く晴れ渡り、真昼の太陽は白くふりそそぐ、 花も草もうるわしく広がる、宝玉のさかずきはしばしば飲み干し、黄金色の真鍮の酒壷は傾けられた。

 

29-0全唐詩338_26 #1

憶昨行和張十一 -#1

昌黎先生集 

韓昌黎文集巻三-29#1

806年貞元22年39歲 (29)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8166


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806年-28 全唐詩338_25 #6寒食日出游 -#6 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8154

全唐詩338_25 #6寒食日出游 -#6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年2月11日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-048卷172_5 望終南山寄紫閣隱者(卷十三(一)八三○)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8153

 

 

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744年-集06 【字解集】 送族弟綰・送程劉二侍御・前有樽酒行・春日行Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8099

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-28 全唐詩338_25 #6寒食日出游 -#6 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8154

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

index-9[815年~816年 49歳57首

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

index-13 821年~822年 22首

index-14 57歳・病気のため退職。没す14首

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-72#2 行官張望補稻畦水歸#2 杜詩詳注(卷一九(四)一六五四)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8161

 

 

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767年-集-4字解 【字解集】 a槐葉冷淘・ b上後園山腳・c季夏送鄉弟韶字解 杜詩詳注Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8131

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

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漢・唐・宋詞

花間集訳注解説 (99)回目韋莊二十二首-8《巻二35 菩薩鬘五首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8156 (02/11)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-038 室思一首四章 -#4 〔徐 幹〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8157

 

 

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玉集-07 秦嘉妻答詩・飲馬長城窟行・飲馬長城窟行 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8133

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1巻

●花間集(2巻

●花間集(3巻

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●魚玄機全詩

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806年-28 全唐詩338_25 #6寒食日出游 -#6 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8154

ただし、小玉の住居跡は、いまや人跡絶え、水中には輕浪參差として起こり、魚が鏡のような水面を動かして、寂寞を破るばかりであった。この身は、弧賎にして、爾来瑕疵だらけ、とても、完全な人物ではないのは、誠に嘆息すべきことであって、そのために瘴癘の地へ貶謫されたが、幸いにも代謝があり、この地に量移放免され、寬典を荷い、政を補佐しているが自分の運命は仕方のないことであると思っている。この江陵の地では酒を飲み、詩文を作るよりないのであり、だから、酒を飲むときには、盃の底の深きことを嫌う事はなく、詩を題するには、ただ筆鋒の鋭きを頼みにしている。君が病気で出てこれないことは仕方のないことであり、明晩は、こちらから言って、君と杯を傾けたいと思うのである。もちろん、今、寒食節であるから、火を使う事は出来ないが、幸いに月夜であるから、ぜひ参上するから、そのつもりでいてもらいたい。

 

28-0全唐詩338_25 #6

寒食日出游 -#6

昌黎先生集 

韓昌黎文集巻三-28#5

806年貞元22年39歲 (28)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8154

韓昌黎集タイトル01 

 寒食日出游:

 1

李花初發君始病,我往看君花轉盛。 

走馬城西惆悵歸,不忍千株雪相映。 

邇來又見桃與梨,交開紅白如爭競。 

2

可憐物色阻攜手,空展霜縑吟九詠。 

紛紛落盡泥與塵,不共新妝比端正。 

桐華最晚今已繁,君不強起時難更。 

3

關山遠別固其理,寸步難見始知命。 

憶昔與君同貶官,夜渡洞庭看斗柄。 

豈料生還得一處,引袖拭淚悲且慶。 

各言生死兩追隨,直置心親無貌敬。 

4

念君又署南荒吏,路指鬼門幽且敻。 

三公盡是知音人,曷不薦賢陛下聖。 

囊空甑倒誰救之,我今一食日還併。 

5

自然憂氣損天和,安得康強保天性。 

斷鶴兩翅鳴何哀,縶驥四足氣空橫。 

今朝寒食行野外,綠楊匝岸蒲生迸。 

6

宋玉庭邊不見人,輕浪參差魚動鏡。 

自嗟孤賤足瑕疵,特見放縱荷寬政。 

飲酒寧嫌琖底深,題詩尚倚筆鋒勁。 

明宵故欲相就醉,有月莫愁當火令。  


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806年-28 全唐詩338_25 #5寒食日出游 -#5 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8148

全唐詩338_25 #5寒食日出游 -#5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年2月10日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-047-#2卷164_7 怨歌行(卷五(一)三六一)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8147

 

 

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744年-集06 【字解集】 送族弟綰・送程劉二侍御・前有樽酒行・春日行Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8099

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

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806年-28 全唐詩338_25 #5寒食日出游 -#5 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8148

 

 

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・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

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index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

index-13 821年~822年 22首

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韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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767年-73#1 行官張望補稻畦水歸#1 杜詩詳注(卷一九(四)一六五四)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8155

 

 

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767年-集-4字解 【字解集】 a槐葉冷淘・ b上後園山腳・c季夏送鄉弟韶字解 杜詩詳注Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8131

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

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杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

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花間集訳注解説 (98)回目韋莊二十二首-7《巻二34 菩薩鬘五首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8150 (02/10)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-038 室思一首三章 -#3 〔徐 幹〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8151

 

 

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玉集-07 秦嘉妻答詩・飲馬長城窟行・飲馬長城窟行 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8133

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1巻

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806年-28 全唐詩338_25 #5寒食日出游 -#5 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8148

そこで、自然の勢い、憂氣が天然の調和を損じて、無事に丈夫では、天性を保つこともできなくなるので、君が病気に悩んでおられるのも、もっとも至極なことである。

鶴は優れた鳥であるが、両方の翼を切断すれば、悲しい声を避けんでなくばかりであろうし、驥は、千里を一飛びにする材能はあるが、四つの足を縛ってしまえば、天地を横絶するだけの気だけは残っていても、それでは本当に馳せることはできない。

今日は寒食節であるから、行楽に出かけようといっていたが、君は一緒に行くことができないので、せめてこの春景色を眺め暮らそうというので、野外に出てみたところが、柳は緑に煙って岸を匝り広がり、新蒲の芽は生え、勢いよく水中から迸っている。

 

28-0全唐詩338_25 #5

寒食日出游 -#5

昌黎先生集 

韓昌黎文集巻三-28#5

806年貞元22年39歲 (28)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8148

 

唐時代 韓愈関連05辟雍00韓昌黎集タイトル01

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806年-28 全唐詩338_25 #4寒食日出游 -#4 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8142

全唐詩338_25 #4寒食日出游 -#4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年2月9日

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-047-#1卷164_7 怨歌行(卷五(一)三六一)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8141

 

 

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744年-集06 【字解集】 送族弟綰・送程劉二侍御・前有樽酒行・春日行Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8099

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-28 全唐詩338_25 #4寒食日出游 -#4 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8142

 

 

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・李商隠詩 (1) 136首の75首

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韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

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index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

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index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

index-9[815年~816年 49歳57首

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

index-13 821年~822年 22首

index-14 57歳・病気のため退職。没す14首

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-72 七月一日題終明府水樓二首 其二 杜詩詳注(卷一九(四)一六五二)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8149

 

 

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767年-集-4字解 【字解集】 a槐葉冷淘・ b上後園山腳・c季夏送鄉弟韶字解 杜詩詳注Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8131

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集訳注解説 (97)回目韋莊二十二首-6《巻二33 菩薩鬘五首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8144 (02/09)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-038 室思一首二章 -#2 〔徐 幹〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8145

 

 

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玉集-07 秦嘉妻答詩・飲馬長城窟行・飲馬長城窟行 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8133

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1巻

●花間集(2巻

●花間集(3巻

●花間集(4巻

●花間集(5巻

 

 

●魚玄機全詩

●花間集(6巻

●花間集(7巻

●花間集(8巻

●花間集(9巻

●花間集10巻

 

 

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806年-28 全唐詩338_25 #4寒食日出游 -#4 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8142

しかるに、最近君は、邕管の判官となって、また南荒に赴くというので、その道中、鬼門關を經てゆくことであり、そこは、幽にして且つ敻【はる】かである。

今は、天子を補佐するいわゆる三公の方々は、われわれにとって知音の人であるにもかかわらず、我々を不遇状態に貶めたことを見ると、なぜ、賢者を神聖なる皇帝陛下に推薦しないのかはなはだ怪しからんことである。

しかるに、最近君は、邕管の判官となって、また南荒に赴くというので、その道中、鬼門關を經てゆくことであり、そこは、幽にして且つ敻【はる】かである。

事に、刻下の境涯、懐具合も大変で、財布は空になっており、米櫃は逆さにしたままになっていてその日の米をその日に買うほどである。この飢餓飢渇を誰が救ってくれるのか、仕方ないから、今、一日一食で済ませるようにし、時によっては二日に一食にして過ごすよりないのである。

 

28-0全唐詩338_25 #4

寒食日出游 -#4

昌黎先生集 

韓昌黎文集巻三-28#4

806年貞元22年39歲 (28)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8142

 
関内道京畿道350万分の一図002韓愈 陽山00 

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806年-28 全唐詩338_25 #3寒食日出游 -#3 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8136

全唐詩338_25 #3 寒食日出游

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年2月8日

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-046-#2卷182_48 秋夜獨坐懷故山(卷二三(二)一三五七)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8135

 

 

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744年-集06 【字解集】 送族弟綰・送程劉二侍御・前有樽酒行・春日行Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8099

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-28 全唐詩338_25 #3寒食日出游 -#3 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8136

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

index-9[815年~816年 49歳57首

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

index-13 821年~822年 22首

index-14 57歳・病気のため退職。没す14首

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

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767年-71 七月一日題終明府水樓二首其一 杜詩詳注(卷一九(四)一六五一)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8143

 

 

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767年-集-4字解 【字解集】 a槐葉冷淘・ b上後園山腳・c季夏送鄉弟韶字解 杜詩詳注Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8131

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集訳注解説 (96)回目韋莊二十二首-5《巻二32 浣溪沙五首其五》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8138 (02/08)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-038 室思一首一章 〔徐 幹〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8139

 

 

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玉集-07 秦嘉妻答詩・飲馬長城窟行・飲馬長城窟行 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8133

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1巻

●花間集(2巻

●花間集(3巻

●花間集(4巻

●花間集(5巻

 

 

●魚玄機全詩

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806年-28 全唐詩338_25 #3寒食日出游 -#3 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8136

関山を隔てて、遠く分かれているならば、顔を見ることもまれなのも、もとより、道理至極のことであるが、現在、寸歩の間にいて、顔を見ることのできないのは、やはり運命というほかあるまい。思い起こせば、君とともに、貶謫されたのは、南嶺を超えて同じように向かう途中、夜、洞庭湖を渡り、北斗七星の柄の天上に曲がっているのを見て、船の進路を見定めた。その時は、とても生きているうちには帰ることはおぼつかないと思っていたのに、図らずも、無事で北歸することになり、君と一緒に江陵に量移され、帰ることができた。これは袖を引き、涙をぬぐって悲喜こもごも集まることができたのである。それも君との縁があればこそで、生死二つながら追随しようと相談し合ったものであった、それもこれも、君と私との交際は、元来、煎じ詰めれば、形貌の上において、互いに、相敬するのではなくて心から契合して親しむので、もとより、尋常一様の泛交ではないのである。

 

28-0全唐詩338_25 #3

寒食日出游 -#3

昌黎先生集 

韓昌黎文集巻三-28#3

806年貞元22年39歲 (28)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8136

 


2潮州広東00嶺南道圖00 

 

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806年-28 全唐詩338_25 #2寒食日出游 -#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8130

全唐詩338_25 #2 寒食日出游

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年2月7日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-046-#1卷182_48 秋夜獨坐懷故山(卷二三(二)一三五七)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8117

 

 

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744年-集06 【字解集】 送族弟綰・送程劉二侍御・前有樽酒行・春日行Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8099

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-28 全唐詩338_25 #2寒食日出游 -#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8130

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

index-9[815年~816年 49歳57首

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

index-13 821年~822年 22首

index-14 57歳・病気のため退職。没す14首

韓愈 哲学・儒学「五原」

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

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767年-70 灩澦 杜詩詳注(卷一九(四)一六五○)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8137

 

 

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767年-集-4字解 【字解集】 a槐葉冷淘・ b上後園山腳・c季夏送鄉弟韶字解 杜詩詳注Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8131

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

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漢・唐・宋詞

花間集訳注解説 (95)回目韋莊二十二首-4《巻二31 浣溪沙五首其四》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8132 (02/07)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉集-07 秦嘉妻答詩・飲馬長城窟行・飲馬長城窟行 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8133

 

 

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玉集-06 同聾歌・贈婦詩三首 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8085

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1巻

●花間集(2巻

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●花間集(5巻

 

 

●魚玄機全詩

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806年-28 全唐詩338_25 #2寒食日出游 -#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8130

手を携えて、花々の風物景色を見ることができないのは、誠に残念であって、とかくするうち、きみは、《病中憶花》九首という詩題で私に寄せてくれ、これをうれしく吟じた。君の病気の全快するまでの間に皆紛々として、地に落ち、すでに泥と塵に同化してしまったので、花は人のように、若い美しい女がその容光をいつまでも保っておきたいと、努力して保ち、整えるものであっても花はそうはいかない。中でも一番遅くなって花咲く桐の花も今こそ花繁る時となってしまったので、どうか無理矢理にでも起きてもらって花を見てもらいたいのである。そうしないとこの一年、花が見られないことになる。

 

28-0全唐詩338_25 #2

寒食日出游 -#2

昌黎先生集 

韓昌黎文集巻三-28#2

806年貞元22年39歲 (28)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8130

 
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806年-26 巻三-28-#1寒食日出游 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7696

巻三-28-#1寒食日出游

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年2月6日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-045-2-#2巻一六八08 卷161_8 《古風,五十九首其八》 (卷二(一)一○七)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8123

 

 

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744年-集06 【字解集】 送族弟綰・送程劉二侍御・前有樽酒行・春日行Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8099

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-26 巻三-28-#1寒食日出游 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7696

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

index-9[815年~816年 49歳57首

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

index-13 821年~822年 22首

index-14 57歳・病気のため退職。没す14首

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-集-4字解 【字解集】 a槐葉冷淘・ b上後園山腳・c季夏送鄉弟韶字解 杜詩詳注Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8131

 

 

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767年-集-4字解 【字解集】 a槐葉冷淘・ b上後園山腳・c季夏送鄉弟韶字解 杜詩詳注Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8131

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

杜甫詩 全詩 総合案内 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集訳注解説 (94)回目韋莊二十二首-3《巻二30 浣溪沙五首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8126 (02/06)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-037 飲馬長城窟行一首 -#3 〔陳 琳〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8127

 

 

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玉集-06 同聾歌・贈婦詩三首 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8085

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1巻

●花間集(2巻

●花間集(3巻

●花間集(4巻

●花間集(5巻

 

 

●魚玄機全詩

●花間集(6巻

●花間集(7巻

●花間集(8巻

●花間集(9巻

●花間集10巻

 

 

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806年-26 巻三-28-#1寒食日出游 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7696

(元和二年三月、張署が病気になったので、行楽に出かけることもできず、韓愈に《病中憶花》九首、詩を寄せた・韓愈は、寒食の日、行楽に出かけ、帰宅して、古詩を作って張署に答えたもの。)

【韓愈の自註:張署が病気で花見に行けず、《病中憶花》九篇を寄せてきたのを見たのは、寒食の日に出かけて遊び、夜帰ってきてからの事だ、そこで、この詩を書いて贈った(張署は外郎遺補であり、院長と呼ばれていて、これまで韓愈と張署は同じ御史で、また、量移され、江陵の掾に任じられ、韓愈は、法曹參軍で,張署は功曹參軍であった)】

春も盛りになろうと李花が初めて咲くころになって、君は病気にかかられた。私は時々君の病気見舞いに出かけて時にその途中で満開になった梨花を見たものだった。花は咲き誇っていても病気の人にとっては一緒に花見ができるものでもなく、切なくて悔しい思いをして、馬を城郭の西に走らせて一人さびしく帰ったものであったが、その残念な李花は、千株、雪を降らせて積もったような状態のところに、太陽の日差しがそこに照り光り輝いているのは、何分一人で見るには忍びないのである。その後も、春の景色は、ますます賑わしく、桃が咲き、梨の花が咲き終わり、紅白の花が交代し、て咲き、まじりあってまた咲き、入れ替わって咲くという、競い合って咲くさまを見ることができないことにさみしい思いをしたものであった。

 

28-0全唐詩338_25 #1

寒食日出游 -#1

昌黎先生集 

韓昌黎文集巻三-28#1

806年貞元22年39歲 (28)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8124

 
douteikoshoko297韓昌黎集タイトル01 山南東道北部唐州随州01

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806年-26 全唐詩338-_24- 4 #2感春,四首之四-#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8070

全唐詩338-_24- 4 #2感春,四首之四-#2 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年1月28日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-041卷162_16 前有樽酒行二首其一(卷三(一)二五一)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8069

 

 

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744年-集06字解集 侍從宜春苑奉詔賦・送于十八・送白利・送長沙陳太守・送祝八之江東賦Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8039

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-26 全唐詩338-_24- 4 #2感春,四首之四-#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8070

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

index-9[815年~816年 49歳57首

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

index-13 821年~822年 22首

index-14 57歳・病気のため退職。没す14首

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-66 柴門 杜詩詳注(卷一九(四)一六四三)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8071

 

 

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757年-集-2 【字解集】 園・歸・園官送菜・園人送瓜 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7993

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

杜甫詩 全詩 総合案内 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻二-23 (86)回目皇甫松十一首 《摘得新二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8078 (01/28)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-034 贈婦詩三首井序其三 -#1 〔秦  嘉〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8073

 

 

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玉集-06 同聾歌・贈婦詩三首 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8085

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1巻

●花間集(2巻

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806年-26 全唐詩338-_24- 4 #2感春,四首之四-#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8070

余計なことをするということの故事に、ヘビを画くのに「忘れていた」といって足を書き加えてしまい、無駄なことをしてしまうのが多いのである、そして、はや、両鬢に白髪で真っ白の年齢になってしまい、「官僚でござる」と俗世間を走りまわっているのである。「何の得もないのに空しく愁いている」と余計な心配をし、「理解する必要もないものを理解して」漫然たる行動をとって、自分自ら累を為しているのである。人の世の趣向と違った考えをしているところから、誰も親しんでくれる者もいないのである。不平と寂しさで数杯の酒を傾けて腸に灌ぎこんだらしばらくの間酔いが回って忘れようとするが、胸中に蟠っている様々な憂慮は、皎皎としてあきらかなところであるが、それも、酔っていれば収まるが、覚めれば、またぞろ新たな物まで引き連れてくるということで、煩悶にたえられないのである。いっそ死んだら楽かと思うが、人の一生をざっと百年とみたてると、まだ半分も過ぎてなく、やったことに満足していなくて、そう簡単に死ぬわけもいかない、やっぱり、寿命がつきるまでは、死ぬわけにもゆかないのだ。仕方がないから、とりあえず、「拗青春」という銘柄の酒を買って、しばらくは、愁いを忘れることにしようと思う。

26-0全唐詩338-_24- 4 #2

感春,四首之四-#2

昌黎先生集 巻三-27 -#2

韓昌黎集巻三-27#2

806年貞元22年39歲 (25)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8070

 

閶闔門001唐時代 韓愈関連05韓昌黎集タイトル01 

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806年-26 全唐詩338-_24- 4 #1感春,四首之四-#1 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8064

全唐詩338-_24- 4 #1感春,四首之四-#1 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年1月27日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-040卷176_10 送程劉二侍御兼獨孤判官赴安西幕府(卷十七(二)一○○七)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8063

 

 

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744年-集06字解集 侍從宜春苑奉詔賦・送于十八・送白利・送長沙陳太守・送祝八之江東賦Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8039

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

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漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-26 全唐詩338-_24- 4 #1感春,四首之四-#1 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8064

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

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767年-66 柴門 杜詩詳注(卷一九(四)一六四三)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8065

 

 

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757年-集-2 【字解集】 園・歸・園官送菜・園人送瓜 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7993

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻二-21 (84)回目皇甫松十一首 《楊栁枝二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8066 (01/27)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-033 贈婦詩三首井序其二 -#2 〔秦  嘉〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8067

 

 

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玉集-06 同聾歌・贈婦詩三首 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8085

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1巻

●花間集(2巻

●花間集(3巻

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●魚玄機全詩

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●花間集10巻

 

 

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806年-26 全唐詩338-_24- 4 #1感春,四首之四-#1 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8064

(春の賑わしい景色に彩る中で、長安に帰れないわが身の寂しさと対比し詠ったもの。其の四:隠遁者として自給自足できるのであれば、問題はないのであるが、勉学にいそしむのは良いとしても、これにより生じた知恵が邪魔をしておしかりを受けてしまう。酔っているうちはこの知恵も忘れるが、覚めればこれが前に出て、しまうが幸いにいまだ生きている。だからこの春にもっと酒を楽しもう)

わたしは隠遁して川辺で仕事する労働者のようにできない自分自身のことを恨むのだけれど、その人たちが何をしているのかといえば、仕掛けの長網を長江に打ちかけ紫鱗の魚をとらえるのである。そして、独り江の傍に宿しいばらや雑草の生いしげる荒れた堤で かもとかりを射るのだ、それを撃って得たものから、租税を支払うこととし、そして貢物を上納したりするので、官僚からおしかりを受けることなどないのである。そうして帰って来て妻子と楽しく歓談すると微笑もでるというものだ、何より衣食を自給自足して貧しいものであってもその貧乏をけっして羞じることはないのだ。それら労働者に対して、いま、わたしはどうかというとゆくりなくも、「五経史書」を読み、習い、これによって知恵を生じ、物事の筋道を立て、計画し、正しく処理していく能力が、ただ、精神をついやすことによって備わってくるのであるが、とかくこれが邪魔をして、精神を労することが多いのである。

 

26-0全唐詩338-_24- 4 #1

感春,四首之四-#1

昌黎先生集 巻三-27 -#1

韓昌黎集巻三-27#1

806年貞元22年39歲 (25)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8064

 

 長安皇城宮城00韓昌黎集タイトル01秦嶺山脈終南山

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806年-25 全唐詩338-_24- 3感春,四首之三 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8058

全唐詩338-_24- 3感春,四首之三

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年1月26日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-039-#2卷176_13 送張遙之壽陽幕府 #2(卷十七(二)一○一四)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8057

 

 

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744年-集06字解集 侍從宜春苑奉詔賦・送于十八・送白利・送長沙陳太守・送祝八之江東賦Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8039

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

  総合案内

 

 

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-25 全唐詩338-_24- 3感春,四首之三 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8058

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

index-9[815年~816年 49歳57首

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

index-13 821年~822年 22首

index-14 57歳・病気のため退職。没す14首

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-66 柴門 杜詩詳注(卷一九(四)一六四三)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8059

 

 

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757年-集-2 【字解集】 園・歸・園官送菜・園人送瓜 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7993

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

杜甫詩 全詩 総合案内 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻二-20 (83)回目皇甫松十一首 《浪濤沙二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8060 (01/26)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-033 贈婦詩三首井序其二 -#1 〔秦  嘉〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8061

 

 

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玉集-06 同聾歌・贈婦詩三首 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8085

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1巻

●花間集(2巻

●花間集(3巻

●花間集(4巻

●花間集(5巻

 

 

●魚玄機全詩

●花間集(6巻

●花間集(7巻

●花間集(8巻

●花間集(9巻

●花間集10巻

 

 

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806年-25 全唐詩338-_24- 3感春,四首之三 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8058

(春の賑わしい景色に彩る中で、長安に帰れないわが身の寂しさと対比し詠ったもの。其の三:緊迫感の毎日、儒者としての勉強生活も忘れがちになっている。これでいいのだろうか)

朝になるたびに馬にまたがって門を出るのである。そして暮れてくると毎日のことであって床に就くのである。今まで手放すことなどなかった『詩経』『書経』と『楚辞』詩集を、この頃では、めんどうくさくて、ほったらかしにするように、だんだんなってきたし、節度のある行動というものは儒教徒のつねづね心がけねばならないことなのだが、それもものぐさく、いいかげんにしだしてから、かなりの時間がたってしまった。これでは、役人としての冠が傾いてしまってまるで髪の毛が禿げてしまったと思われてしまい様なものであり、勉強不足で語句を間違えてしまいまるで歯が抜け落ちてしまって驚くのと似ていることになってしまう。儒者として平生のこととして心がけるべきことに背いてしまう、それをすんでしまったことだ、どうしようもないじゃないかといってしまっていいのだろうか。

 

25-0全唐詩338-_24- 3

感春,四首之三

昌黎先生集 巻三-26

韓昌黎集巻三-26

806年貞元22年39歲 (24)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8058

 

 芍薬001杏の花01韓昌黎集タイトル01

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806年-24 全唐詩338-_24- 2 #2感春,四首之二-#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8052

全唐詩338-_24- 2 #2感春,四首之二-#2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年1月25日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-039-#1卷176_13 送張遙之壽陽幕府 #1(卷十七(二)一○一四)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8051

 

 

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744年-集06字解集 侍從宜春苑奉詔賦・送于十八・送白利・送長沙陳太守・送祝八之江東賦Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8039

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

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李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-24 全唐詩338-_24- 2 #2感春,四首之二-#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8052

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

index-9[815年~816年 49歳57首

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

index-13 821年~822年 22首

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韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-66 柴門 杜詩詳注(卷一九(四)一六四三)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8053

 

 

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757年-集-2 【字解集】 園・歸・園官送菜・園人送瓜 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7993

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻二-19 (82)回目皇甫松十一首 《浪濤沙二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8054 (01/25)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-032 贈婦詩三首井序其一 -#3 〔秦  嘉〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8055

 

 

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玉集-06 同聾歌・贈婦詩三首 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8085

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1巻

●花間集(2巻

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●魚玄機全詩

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806年-24 全唐詩338-_24- 2 #2感春,四首之二-#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8052

李白や杜甫が、春になるといい機嫌に酔いどれて、やたらに詩を書き散らしたのを、だらしのないことだと思っていたが、ちかごろになって、かれらも、いまのわたしのような心情だったのだとわかり、共鳴できるようになった。ところが屈原ときたら、離騒など二十五篇もの文章をつくっているが。その詩の中で漁夫も云っている「その酒かすを食べて、薄い酒を飲めばよいのに」というのをあえてしないのだ。惜しいことにはこの君は言葉がやたらに上手なのに、人間の諸悪・苦しみの根源というところではないにしても聖人とされるところには到達はしていない。わたしには、「堯舜のように四方の事物に対して正しい観察力、分析力と判断力をおもちになる天子の御時世にあうことができて、ものごとのすじみちや分析が適当である。すべてがうまくいっている。」ということなのか。(とてもそうではない。)平生は朝、夜明けには家の門を出て夕方暮れれば宿舎に帰る。帰り道、すでに馬上で酩酊していることを知っているからといって誰もができることである。

 

24-0全唐詩338-_24- 2 #2

感春,四首之二-#2

昌黎先生集 巻三-25 -#2

韓昌黎集巻三-25#2

806年貞元22年39歲 (23)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8052

 

 皇城005韓昌黎集タイトル01

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806年-24 全唐詩338-_24- 2 #1感春,四首之二-#1 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8046

全唐詩338-_24- 2 #1感春,四首之二-#1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年1月24日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-038卷176_19 送族弟綰從軍安西(卷十七(二)一○二三)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8045 

 

 

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744年-集06字解集 侍從宜春苑奉詔賦・送于十八・送白利・送長沙陳太守・送祝八之江東賦Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8039

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-24 全唐詩338-_24- 2 #1感春,四首之二-#1 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8046

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

index-9[815年~816年 49歳57首

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

index-13 821年~822年 22首

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韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

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767年-66 柴門 杜詩詳注(卷一九(四)一六四三)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8047

 

 

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757年-集-2 【字解集】 園・歸・園官送菜・園人送瓜 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7993

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

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花間集 訳注解説 巻二-18 (81)回目皇甫松十一首 《天仙子二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8048 (01/24)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-032 贈婦詩三首井序其一 -#2 〔秦  嘉〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8049

 

 

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玉集-06 同聾歌・贈婦詩三首 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8085

 

 

●薛濤の全詩

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●魚玄機全詩

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806年-24 全唐詩338-_24- 2 #1感春,四首之二-#1 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8046

(春の賑わしい景色に彩る中で、長安に帰れないわが身の寂しさと対比し詠ったもの。其の二:天は春にたくさんのものを与えたまう)

天は、『楚辞』にいう春夏秋冬の四季は三カ月ずつ平均して配分されている。そして、朝、昼、夕、夜の四時、総運、人運、外運、地運の四運と成している、四季のうちの春の気をとりとめなく過ごしたとすると最も悲しいこととなってしまう。いろんな草花は森林を華やかに飾ってくれて地面を覆っている、真昼の太陽でさえも行楽で喜んでいるこの坐に花曇りとして天からの帷をしてくれているようだ。花の蜜を取って歩く蜂はうるさく飛んでいる、多くの鳥も囀ることを妨げるものはいない、紅い花弁、花房は風が吹いてきてその花びらを万片というほど散らしている。秋の霜のように万物を凋落させるのは惨酷な上うに見えるかもしれないが、ほっておいてもくたばるような老いぼれどもをくだき落とすのだから、誰がそんなものどもを惜しもうか。ゆく春のためにただちに当たり前のことだけど酒を買って飲むのであるし、自分で天地の外に出ていって天地を棄ててしまっても、そのことに疑問ももたない。

 

24-0全唐詩338-_24- 2 #1

感春,四首之二-#1

昌黎先生集 巻15-08 -#1

全唐詩卷別:韓昌黎集巻三-25#1

806年貞元22年39歲 (23)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ806年

 

 崋山005韓昌黎集タイトル01

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806年-23 全唐詩338-_24- 1感春,四首之一 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8040

全唐詩338-_24- 1感春,四首之一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年1月23日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-集06字解集 侍從宜春苑奉詔賦・送于十八・送白利・送長沙陳太守・送祝八之江東賦Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8039

 

 

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744年-集05【字解集】 a初出金門・b東武吟・c來日大難・d古風三十八Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7979

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-23 全唐詩338-_24- 1感春,四首之一 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8040

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

index-9[815年~816年 49歳57首

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

index-13 821年~822年 22首

index-14 57歳・病気のため退職。没す14首

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-66 柴門 杜詩詳注(卷一九(四)一六四三)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8041

 

 

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757年-集-2 【字解集】 園・歸・園官送菜・園人送瓜 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7993

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻二-17 (80)回目皇甫松十一首 《天仙子二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8042 (01/23)

 

 

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70)回目温庭筠 《清平樂/遐方怨/訴衷情/思帝鄉/夢江南 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7982 (01/13)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-032 贈婦詩三首井序其一 -#1 〔秦  嘉〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8043

 

 

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玉集-04 歌詩一首井序・留別妻一首・羽林郎詩一首【字解集】〈〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7977

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1巻

●花間集(2巻

●花間集(3巻

●花間集(4巻

●花間集(5巻

 

 

●魚玄機全詩

●花間集(6巻

●花間集(7巻

●花間集(8巻

●花間集(9巻

●花間集10巻

 

 

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806年-23 全唐詩338-_24- 1感春,四首之一 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8040

(春の賑わしさの景色の中で、長安に帰れないわが身の寂しさと対比し詠ったもの。)

わたしがいつも心におもうところ、それはどこだというのか、人と長く接すれば情というもの多くの行ったところで育つものであり、それはあちらこちら、遙かな所に点在するのである。東西南北、どこへでも行きたいと思っている。黄河、長江、淮河、あまたある河川に隔てられている、それはあまたの山々によって阻まれているのだ。今も吹いてくる東風、春の風はこの庭に吹き多くの花を咲かせ木々や草を成長させる。朝日はこの建物を照らし あらゆる鳥たちが囀り始めるのである。

 

806年-023

感春,四首之一

韓昌黎集巻三-24

全唐詩卷別:全唐詩338-_24- 1

806年貞元22年39歲 (22)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8040

 

 杏の花01韓愈(韓退之)02韓昌黎集タイトル01

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806年-19 巻三-22-#1李花贈張十一署【李有花贈張十一署】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7621

806年-19 巻三-22-#1李花贈張十一署

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年1月18日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-034卷176_21 送白利從金吾董將軍西征(卷十七(二)一○二六)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8009

 

 

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744年-集05【字解集】 a初出金門・b東武吟・c來日大難・d古風三十八Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7979

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

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漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-19 巻三-22-#1李花贈張十一署【李有花贈張十一署】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7621

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

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index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

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韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-65#3 課伐木并序#3 杜詩詳注(卷一九(四)一六三九)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8011

 

 

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757年-集-2 【字解集】 園・歸・園官送菜・園人送瓜 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7993

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻二-13 (75)回目温庭筠 《蕃女怨二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8012 (01/18)

 

 

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70)回目温庭筠 《清平樂/遐方怨/訴衷情/思帝鄉/夢江南 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7982 (01/13)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-030 漢時童謡歌一首 〔宋 子侯〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8013

 

 

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玉集-04 歌詩一首井序・留別妻一首・羽林郎詩一首【字解集】〈〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7977

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1巻

●花間集(2巻

●花間集(3巻

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 806年-19 巻三-22-#1李花贈張十一署【李有花贈張十一署】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7621

(陽山を出発し、江南各地に遊び、やっと江陵に到着した時、梨花が咲き誇っているのを見て、同様に流謫されていて恩赦で長安に帰った張十一署に贈ったもの)

江陵城西の地に到着したら、時しも二月の未で、花の咲き満つる頃で、街中、桃の花をみることが無くて、李花ばかりである。ここは長江の岸で、天気も荒れ勝ちであるところから、李花は、風にもまれ、雨に練られて、一層美しく、雪も比せられることを羞かしく思う位である。それから、江中には、波涛空に翻り、それが又、李花と相映じ、杳として涯涘を語ることもできない位である。ここの花は、非常に結構だと思うが、君も定めて誰もがきっとそう考えることであろう。その白い花が、夜になると、無数の蝋燭をひっくりかえして立てた様で、早や夜が明けたかと思われるのである。そのため、鶏もそう考へて居ると見えて、夜半に驚鳴し、それを聞いて、官吏どもも目を醒ますのである。とかくする内、本当に夜が明けて、太陽が海底から飛び上ってくる。その朱輝が散射すると、花光これに映じて、青雲の峯まで、裕然と開いた様に見える。そこで、見る者は、目を乱し、魂を迷わし、日色と花光とが判然と見分けの付かぬ位で、はては、あらゆる木木が李の花に照燿されて、繁きこと堆を成すかと訝るばかりである。

21-0全唐詩338-_22 #1

李花贈張十一署【李有花贈張十一署】-#1

昌黎先生集 巻15-08

全唐詩卷別:卷 338-_22

806年貞元22年39歲 (21)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ806年

 

杏の白花01 

 


韓昌黎集タイトル01
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806年-20 全唐詩338- 10贈鄭兵曹 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8004

巻三-10 贈鄭兵曹

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年1月17日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-033卷176_17 送于十八應四子舉落第還嵩山-#2(卷十七(二)一○二一)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8003

 

 

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744年-集05【字解集】 a初出金門・b東武吟・c來日大難・d古風三十八Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7979

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65首

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-20 全唐詩338- 10贈鄭兵曹 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8004

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

index-8 [812年~814年47歳]46首

index-9[815年~816年 49歳57首

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

index-13 821年~822年 22首

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韓愈 哲学・儒学「五原」

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757年-65#2 課伐木并序#2 杜詩詳注(卷一九(四)一六三九)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8005

 

 

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757年-集-2 【字解集】 園・歸・園官送菜・園人送瓜 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7993

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

(13)763年蜀中転々 96首

 (14)764年 三月成都へ帰る 100首

 (15)765年正月幕府を辞す 63首

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80首

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81首

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132首

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133首

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78首

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78首

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27首

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻二-12 (74)回目温庭筠 《蕃女怨二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8006 (01/17)

 

 

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70)回目温庭筠 《清平樂/遐方怨/訴衷情/思帝鄉/夢江南 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7982 (01/13)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

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玉-029 董嬌饒一首 -#3〈〔宋 子侯〕〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8007

 

 

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806年-20 全唐詩338- 10贈鄭兵曹 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8004

(十年前に酒の宴で一緒した鄭兵曹もいまだに微官のままで変わりがないが、今は韓愈の方が壮夫になっているとはいえ、それを望まれてのことで、まあ人間の万事を忘れて、ここで大いに飲み明かそう。)かつて十年の前、ともに酒を飲んだ時、君は血気盛んの壮夫で、我はまだ青二才の少年であつたが、十年の後の今日、ともに酒を飲めば、我は壮夫で、君は白髪の老人となり、十年の間に、すっかりかわりはててしまった。顧みれば、我輩の如きは、才あるも、世の風潮に合わざるが故に、魚が鱗をおさめて小さな池に泳ぐが如く、鳥が翅を畳めるが如く、全く世事を度外視して、格別の希望もない。今しも、賢俊の士は、ならび進んで、役人の行列に連って、いづれも、納まって居るのに、如何なれ.ば、君は仕官もせずに、そわそわとして居るか。これも時勢で仕方がないとすれば、もう何も言うまい。されば、盃が廻わって君のところに至れば、手を停めず、さっさと早く飲んで返杯をしたまへ、何ともあれ、人間の万事を忘れるのは、酒が第一で、せめて、これでも飲まなければ、とても遣り切れない。

 

20-0全唐詩338- 10

贈鄭兵曹

昌黎先生集 巻15-08

全唐文卷別:卷551-11 

806年貞元22年39歲 (20)

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韓愈101-#2《 巻三21 洞庭湖阻風贈張十一署【案:時自陽山徙掾江陵。】》 #2 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1588> Ⅱ#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6924韓愈詩-韓愈101-#2

韓愈  洞庭湖阻風贈張十一署  #2

清談可以飽,夢想接無由。男女喧左右,飢啼但啾啾。

非懷北歸興,何用勝羈愁。雲外有白日,寒光自悠悠。

能令暫開霽,過是吾無求。

まるで山丘を隔てて居るやうであるから、清談ができたら、閒を消すに足るだろうと思うところであるが、夢寐にだに接することができないから仕方がない。

引き具したる眷屬中の男女どもは、左右に喧しく、殊に食べる物がないから、飢に泣いて、但だ、啾啾と泣くだけである。

これが少しでも都の方であり、近くに歸るのだから、まだ善いのであるが、そうでなければ、とても、羇愁の物淋しきに打ち勝つことはできまいと思われる。

しかし、むらがる雲の上には、白日が相かわらず高くかかり、寒光を放って、自然に悠悠として居るに相違ない。

それで、天は、しばしの間なりとも、この天気を開霽して下さるならば、それ以上、我輩は何も望むところは無いのである。

韓愈101-#2《 巻三21 洞庭湖阻風贈張十一署【案:時自陽山徙掾江陵。】》 #2 韓愈(韓退之)  805年貞元21年 38歳<1588> Ⅱ#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6924韓愈詩-韓愈101-#2

 

 
  2015年11月16日 の紀頌之5つのBlog  
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743年(22)李白341-#9 巻三19-《白頭吟》 341-#9Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(22) <李白341-#9> Ⅰ李白詩1675 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6923  
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  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
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  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-173杜甫 《1832 〔見王監兵馬使說請余賦詩二首之二〕》66 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-173 <1049> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6925  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
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韓愈詩-韓愈101-#1

年:       永貞元年

寫作時間:           805年

寫作年紀:           38歲

卷別:    卷三三八              文體:    五言古詩

詩題:    洞庭湖阻風贈張十一署【案:時自陽山徙掾江陵。】

作地點:              目前尚無資料

及地點:洞庭湖 (江南西道 岳州 岳州) 別名:洞庭      

交遊人物/地點:張署          書信往來(江南西道 郴州 郴州)

 

 

洞庭湖阻風贈張十一署 #1

(洞庭を経て江陵へ往くのには、北行するので、それ故に北風に阻まれて滞留した時に張署と途中で落ち合って、この詩を贈った)#1

十月陰氣盛,北風無時休。

孟冬十月、陰気が盛であって、段段と寒くなり、北風は、かつて休む時がない。

蒼茫洞庭岸,與子維雙舟。

蒼茫として廣大な洞庭湖を渡ろうとするに際して、こんな北風が吹けば、なかなか、行かれないところであるから、横手の岸に、君の舟と共に雙舟を繋いで風待ちをしている。

霧雨晦爭泄,波濤怒相投。

というのも、おりから、一天掻き曇って、霧雨は、争うように天からもれ、その上、風が強く吹き付け、波は怒って、互に投げ付けるように降るのである。

犬雞斷四聽,糧絕誰與謀。

もとより、船著き場所でもないから、どちらを向いても、だれもいないところで鶏犬の聲も丸で聞こえず、船に貯へていた糧食がなくなることはないとしても、風雨は、互に相談することが全くできない。

相去不容步,險如礙山丘。

わが舟と君の舟とは、一緒に去ること歩を容れぬ程で、ここからも行くのであるが、何分波が高くで、寄り付けないから、山丘を隔てて居るのと同じことになっているのである。

#2

清談可以飽,夢想接無由。

まるで山丘を隔てて居るやうであるから、清談ができたら、閒を消すに足るだろうと思うところであるが、夢寐にだに接することができないから仕方がない。

男女喧左右,飢啼但啾啾。

引き具したる眷屬中の男女どもは、左右に喧しく、殊に食べる物がないから、飢に泣いて、但だ、啾啾と泣くだけである。

非懷北歸興,何用勝羈愁。

これが少しでも都の方であり、近くに歸るのだから、まだ善いのであるが、そうでなければ、とても、羇愁の物淋しきに打ち勝つことはできまいと思われる。

雲外有白日,寒光自悠悠。

しかし、むらがる雲の上には、白日が相かわらず高くかかり、寒光を放って、自然に悠悠として居るに相違ない。

能令暫開霽,過是吾無求。

それで、天は、しばしの間なりとも、この天気を開霽して下さるならば、それ以上、我輩は何も望むところは無いのである。

 

#2

清談 以て飽く可し,夢想 接するに由無し。

男女 左右に喧しく,飢啼 但だ啾啾たり。

北歸の興を懷くに非ざれば,何を用てか 羈愁に勝えむ。

雲外に白日有り,寒光 自ら悠悠。

能く暫く開霽せしめよ,是を過ぎては、吾 求むる無し。

韓愈 陽山00 

『洞庭湖阻風贈張十一署』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

清談可以飽,夢想接無由。

男女喧左右,飢啼但啾啾。

非懷北歸興,何用勝羈愁。

雲外有白日,寒光自悠悠。

能令暫開霽,過是吾無求。

(下し文)
#2

清談 以て飽く可し,夢想 接するに由無し。

男女 左右に喧しく,飢啼 但だ啾啾たり。

北歸の興を懷くに非ざれば,何を用てか 羈愁に勝えむ。

雲外に白日有り,寒光 自ら悠悠。

能く暫く開霽せしめよ,是を過ぎては、吾 求むる無し。

(現代語訳)
#2

まるで山丘を隔てて居るやうであるから、清談ができたら、閒を消すに足るだろうと思うところであるが、夢寐にだに接することができないから仕方がない。

引き具したる眷屬中の男女どもは、左右に喧しく、殊に食べる物がないから、飢に泣いて、但だ、啾啾と泣くだけである。

これが少しでも都の方であり、近くに歸るのだから、まだ善いのであるが、そうでなければ、とても、羇愁の物淋しきに打ち勝つことはできまいと思われる。

しかし、むらがる雲の上には、白日が相かわらず高くかかり、寒光を放って、自然に悠悠として居るに相違ない。

それで、天は、しばしの間なりとも、この天気を開霽して下さるならば、それ以上、我輩は何も望むところは無いのである。

douteikoshoko297
(訳注) #2

洞庭湖阻風贈張十一署 #2

(洞庭を経て江陵へ往くのには、北行するので、それ故に北風に阻まれて滞留した時に張署と途中で落ち合って、この詩を贈った)

王伯大は「永貞元年、陽山より徒って江陵に掾たり。十月、洞庭湖を過ぎて作る。或は云ふ、陽山に赴く時と。非なり。公の江陵途中の詩、はじめて陽山に赴くを鼓して云ふ、春風洞庭狼、と。而して此詩の首に云ふ、十月陰気盛、と。その非なるを知るべし」といって居る。すると、この詩は、北に向う韓愈が、洞庭湖で北風に阻まれて、滞泊して居る時に、張十一署に贈ったのである。十一は、例の排行。張署は前にも見えて居た。この時、韓愈は、張署と途中で落ち合って、やがて江陵に同行したが、舟を異にして居たのは、無論、おのおの、その家族を引き具して居て、とても、一つの舟には乗り切れないからであろう。洞庭を経て江陵へ往くのには、北行するので、それ故に北風に阻まれたのである。

 

清談可以飽,夢想接無由。

まるで山丘を隔てて居るやうであるから、清談ができたら、閒を消すに足るだろうと思うところであるが、夢寐にだに接することができないから仕方がない。

清談 1 中国の魏晋時代に知識人の間に流行した老荘風の高踏的な哲学議論をいう。晋代の「竹林の七賢」の清談は特に有名。2 世俗を離れた、趣味・芸術・学問などの高尚な話。

 

男女喧左右,飢啼但啾啾。

引き具したる眷屬中の男女どもは、左右に喧しく、殊に食べる物がないから、飢に泣いて、但だ、啾啾と泣くだけである。

啾啾 小声でしくしくと泣くさま。

男女 妻子下僕、旅行には、一家族は五名から十名近くの下僕がいる。

 

非懷北歸興,何用勝羈愁。

これが少しでも都の方であり、近くに歸るのだから、まだ善いのであるが、そうでなければ、とても、羇愁の物淋しきに打ち勝つことはできまいと思われる。

羈愁 旅先で感じる、もの悲しい思い。旅愁。客愁 (かくしゅう) 。

 

雲外有白日,寒光自悠悠。

しかし、むらがる雲の上には、白日が相かわらず高くかかり、寒光を放って、自然に悠悠として居るに相違ない。

 

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韓愈101-#1《 巻三21 洞庭湖阻風贈張十一署》 #1 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1587> Ⅱ#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6919

洞庭湖阻風贈張十一署 #1

十月陰氣盛,北風無時休。蒼茫洞庭岸,與子維雙舟。

霧雨晦爭泄,波濤怒相投。犬雞斷四聽,糧絕誰與謀。

相去不容步,險如礙山丘。

(洞庭を経て江陵へ往くのには、北行するので、それ故に北風に阻まれて滞留した時に張署と途中で落ち合って、この詩を贈った)#1

孟冬十月、陰気が盛であって、段段と寒くなり、北風は、かつて休む時がない。

蒼茫として廣大な洞庭湖を渡ろうとするに際して、こんな北風が吹けば、なかなか、行かれないところであるから、横手の岸に、君の舟と共に雙舟を繋いで風待ちをしている。

というのも、おりから、一天掻き曇って、霧雨は、争うように天からもれ、その上、風が強く吹き付け、波は怒って、互に投げ付けるように降るのである。

もとより、船著き場所でもないから、どちらを向いても、だれもいないところで鶏犬の聲も丸で聞こえず、船に貯へていた糧食がなくなることはないとしても、風雨は、互に相談することが全くできない。

わが舟と君の舟とは、一緒に去ること歩を容れぬ程で、ここからも行くのであるが、何分波が高くで、寄り付けないから、山丘を隔てて居るのと同じことになっているのである。

韓愈101-#1《 巻三21 洞庭湖阻風贈張十一署》 #1 韓愈(韓退之)  805年貞元21年 38歳<1587> Ⅱ#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6919

 

 
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  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
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  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
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韓愈詩-韓愈101-#1

年:       永貞元年

寫作時間:           805年

寫作年紀:           38歲

卷別:    卷三三八              文體:    五言古詩

詩題:    洞庭湖阻風贈張十一署【案:時自陽山徙掾江陵。】

作地點:              目前尚無資料

及地點:洞庭湖 (江南西道 岳州 岳州) 別名:洞庭      

交遊人物/地點:張署          書信往來(江南西道 郴州 郴州)

 

 

洞庭湖阻風贈張十一署 #1

(洞庭を経て江陵へ往くのには、北行するので、それ故に北風に阻まれて滞留した時に張署と途中で落ち合って、この詩を贈った)#1

十月陰氣盛,北風無時休。

孟冬十月、陰気が盛であって、段段と寒くなり、北風は、かつて休む時がない。

蒼茫洞庭岸,與子維雙舟。

蒼茫として廣大な洞庭湖を渡ろうとするに際して、こんな北風が吹けば、なかなか、行かれないところであるから、横手の岸に、君の舟と共に雙舟を繋いで風待ちをしている。

霧雨晦爭泄,波濤怒相投。

というのも、おりから、一天掻き曇って、霧雨は、争うように天からもれ、その上、風が強く吹き付け、波は怒って、互に投げ付けるように降るのである。

犬雞斷四聽,糧絕誰與謀。

もとより、船著き場所でもないから、どちらを向いても、だれもいないところで鶏犬の聲も丸で聞こえず、船に貯へていた糧食がなくなることはないとしても、風雨は、互に相談することが全くできない。

相去不容步,險如礙山丘。

わが舟と君の舟とは、一緒に去ること歩を容れぬ程で、ここからも行くのであるが、何分波が高くで、寄り付けないから、山丘を隔てて居るのと同じことになっているのである。

#2

清談可以飽,夢想接無由。

男女喧左右,飢啼但啾啾。

非懷北歸興,何用勝羈愁。

雲外有白日,寒光自悠悠。

能令暫開霽,過是吾無求。

#2

清談 以て飽く可し,夢想 接するに由無し。

男女 左右に喧しく,飢啼 但だ啾啾たり。

北歸の興を懷くに非ざれば,何を用てか 羈愁に勝えむ。

雲外に白日有り,寒光 自ら悠悠。

能く暫く開霽せしめよ,是を過ぎては、吾 求むる無し。

 

 

韓愈 陽山00 

『洞庭湖阻風贈張十一署』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

洞庭湖阻風贈張十一署 #1

十月陰氣盛,北風無時休。

蒼茫洞庭岸,與子維雙舟。

霧雨晦爭泄,波濤怒相投。

犬雞斷四聽,糧絕誰與謀。

相去不容步,險如礙山丘。

(下し文)
洞庭湖に風に阻まれ 張十一署に贈る #1

十月 陰氣 盛んなり,北風 時として休む無し。

蒼茫たり 洞庭の岸,子と與に 雙舟を維ぐ。

霧雨 晦くして 爭うて泄れ,波濤 怒って相い投ず。

犬雞 四も聽くを斷ち,糧 絕えて誰と與に謀らん。

相い去ること 步を容れず,險は礙えぎられること山丘の如し。

(現代語訳)
(洞庭を経て江陵へ往くのには、北行するので、それ故に北風に阻まれて滞留した時に張署と途中で落ち合って、この詩を贈った)#1

孟冬十月、陰気が盛であって、段段と寒くなり、北風は、かつて休む時がない。

蒼茫として廣大な洞庭湖を渡ろうとするに際して、こんな北風が吹けば、なかなか、行かれないところであるから、横手の岸に、君の舟と共に雙舟を繋いで風待ちをしている。

というのも、おりから、一天掻き曇って、霧雨は、争うように天からもれ、その上、風が強く吹き付け、波は怒って、互に投げ付けるように降るのである。

もとより、船著き場所でもないから、どちらを向いても、だれもいないところで鶏犬の聲も丸で聞こえず、船に貯へていた糧食がなくなることはないとしても、風雨は、互に相談することが全くできない。

わが舟と君の舟とは、一緒に去ること歩を容れぬ程で、ここからも行くのであるが、何分波が高くで、寄り付けないから、山丘を隔てて居るのと同じことになっているのである。


(訳注)

洞庭湖阻風贈張十一署 #1

(洞庭を経て江陵へ往くのには、北行するので、それ故に北風に阻まれて滞留した時に張署と途中で落ち合って、この詩を贈った)

王伯大は「永貞元年、陽山より徒って江陵に掾たり。十月、洞庭湖を過ぎて作る。或は云ふ、陽山に赴く時と。非なり。公の江陵途中の詩、はじめて陽山に赴くを鼓して云ふ、春風洞庭狼、と。而して此詩の首に云ふ、十月陰気盛、と。その非なるを知るべし」といって居る。すると、この詩は、北に向う韓愈が、洞庭湖で北風に阻まれて、滞泊して居る時に、張十一署に贈ったのである。十一は、例の排行。張署は前にも見えて居た。この時、韓愈は、張署と途中で落ち合って、やがて江陵に同行したが、舟を異にして居たのは、無論、おのおの、その家族を引き具して居て、とても、一つの舟には乗り切れないからであろう。洞庭を経て江陵へ往くのには、北行するので、それ故に北風に阻まれたのである。

 

十月陰氣盛,北風無時休。

孟冬十月、陰気が盛であって、段段と寒くなり、北風は、かつて休む時がない。

北風 

杜甫は北風を詠った詩は十数首ある。特に以下は杜甫が洞庭湖で経験した「北風」

《卷二二27 歲晏行》「歲云暮矣多北風,瀟湘洞庭白雪中。」(歲 云に暮れぬ矣 北風多し,瀟湘洞庭 白雪の中。)

《卷二二56  北風》 「春生南國瘴 氣待北風蘇。」(春には生ず南國の瘴、氣は北風をって蘇る。)

《卷二三09 北風》  「北風破南極,朱鳳日威垂。」(北風 南極を破る,朱鳳 日びに威垂。)

《卷二二26  衡州送李大夫七丈勉赴廣州》 「北風隨爽氣,南斗避文星。」(北風 爽氣隨う,南斗 文星を避く。)

 

蒼茫洞庭岸,與子維雙舟。

蒼茫として廣大な洞庭湖を渡ろうとするに際して、こんな北風が吹けば、なかなか、行かれないところであるから、横手の岸に、君の舟と共に雙舟を繋いで風待ちをしている。

 

霧雨晦爭泄,波濤怒相投。

というのも、おりから、一天掻き曇って、霧雨は、争うように天からもれ、その上、風が強く吹き付け、波は怒って、互に投げ付けるように降るのである。

 

犬雞斷四聽,糧絕誰與謀。

もとより、船著き場所でもないから、どちらを向いても、だれもいないところで鶏犬の聲も丸で聞こえず、船に貯へていた糧食がなくなることはないとしても、風雨は、互に相談することが全くできない。

犬雞 老子《第八十章 小国寡民》「鄰國相望、雞犬之聲相聞、民至老死不相往來。」(隣国相い望み、雞犬の声相い聞こゆるも、民は老死に至るまで相い往来せず。)隣の国は見えるところにあり、鶏や犬の鳴き声が聞こえるが、国境を超えて狩りに行ったりうるさいと苦情を訴えに行くこともない。

斷四聽 どこの方向からも、さっぱり聞こえてこないということ。

 

相去不容步,險如礙山丘。

わが舟と君の舟とは、一緒に去ること歩を容れぬ程で、ここからも行くのであるが、何分波が高くで、寄り付けないから、山丘を隔てて居るのと同じことになっているのである。

韓愈100 -#6《 巻三20 永貞行》 #6 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1586> Ⅱ#6 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6914

韓愈  永貞行 #6

雄虺毒螫墮股肱,食中置藥肝心崩。左右使令詐難憑,慎勿浪信常兢兢。

吾嘗同僚情可勝,具書目見非妄徵,嗟爾既往宜為懲。

又恐ろしい蛇があって、それに螫されると、たとえ全治しても、手足を切ら落さぬばならぬ。それから、誤解しやすく、その人の気性が悪ければ、食中に毒を入れて人を殺すことがあるので、聞いてさえ胆が潰れる位のことはよくある。

左右に召し使って居る者どもは、詐欺を専らにして居るから、すこしも信頼することができず、常に兢兢として、萬事に気をつけねばならない。

我輩は、むかし、同僚であったから、劉禹錫が其地に赴くことを聞いて、同情に膠へられなかったものだったが、そこで、前以て其の地の風土の実情を述べたが、いずれも、自分が最近見聞したことで、妄りに密接のないことを言って脅すわけではない。それにつけても、諸君は、何故、そんなところへ行かねばならぬように成ったかということをよくよく考へ、既往の事に懲り、今後、その身の処し方を慎む必要があり、また、今後の発展上参考になるものと考えているところである。

韓愈100 -#6《 巻三20 永貞行》 #6 韓愈(韓退之)  805年貞元21年 38歳<1586> Ⅱ#6 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6914

 

 
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韓愈詩-韓愈100 -#6

年:805年貞元21年 38歳

卷別:    卷三三八              文體:    雜言古詩

詩題:    永貞行

【貞元二十一年,德宗崩,順宗立,改元永貞。韋執誼,王叔文等用事,又謀奪中官兵,制天下之命,是年八月,皇太子即位,帝自稱太上皇,上貶執誼,叔文等,愈故作〈永貞行〉云。】

作地點:              目前尚無資料

及地點:幽州 (河北道南部 幽州 幽州)           

羽山 (河南道 沂州 羽山)   

 

永貞行

(永貞の世の歌〔805年の出来事の裏話〕)

君不見太皇諒陰未出令,小人乘時偷國柄。

順宗皇帝は、折角、御即位に成ったけれども、まだ先帝徳宗の喪に居られる諒闇中でもあり、色色と御遠慮があるところから、まだ政令を発せられなかった。然るに、小人どもは、奇貨居るべしと爲し、公然、国家の権柄を倫み、天子の詔を矯めて、非常に暴逆なる振舞をした。

北軍百萬虎與貔,天子自將非他師。

中でも、一番怪しからぬのは、北軍は御親兵で、貔虎の精鋭百万を算すべく、天子が御自身に大元帥と御成りなされ、決して、他の者にその兵権を委ねられることのできない制度であるにも拘わらず、王叔文・韋執誼の輩は、第一に兵権を自分達の手に収めなければ、おもう存分の事ができぬというので、北軍の大将たるべき印を奪い、詔を矯めて、集中の者に附與した。

一朝奪印付私黨,懍懍朝士何能為。

そこで、在廷の朝士は、懍懍として、皆心に恐れ、見す見す悪い事とは知れながら、その命に屈従するようになり、何人も、これに封して反抗することができなかった。

(永貞行)

君見ずや太皇諒陰 未だ令を出さず,小人 時に乘じて國柄を偷む。

北軍百萬 虎と貔と,天子自ら將として他の師に非ず。

一朝 印を奪うて私黨に付す,懍懍たる朝士 何ぞ能く為ん。
#2

狐鳴梟噪爭署置,睗睒跳踉相嫵媚。

彼等の党派は、もう大丈夫だというので、狐の如く鳴き、梟の如く噪ぎ、人選で任官させるという段取りはじめたことにより、その党中の者どもは、互に猟官運動を爲し、目を閃めかし、體を躍らし、頻りに嫵媚を呈し、どうか上官の気に入って、善い役に有り付こうというので、大騒ぎをやらかしたのである。

夜作詔書朝拜官,超資越序曾無難。

その揚句には、王叔文や韋執誼などは、夜中に、勝手に詔書を作って、翌朝、それぞれ任命したが、その官の授け方は、如何にも乱暴極まるもので、資格にもかまわず、順序をば飛び越して、少しも憚ることなくやったのである。

公然白日受賄賂,火齊磊落堆金盤。

おまけに、賄賂を白昼公然として受け、「火齊」という珍らしい鉱物を、磊落として金盤に堆く盛ら上げて、持ち込んでくるものがあり、妻はその上に寝臥したという。

狐 鳴き 梟 噪いで 爭うて 署置す,睗睒 跳踉して相い嫵媚す。

夜 詔書を作って朝に官を拜す,資を超えて 序を越えて曾て難無し。

公然 白日 賄賂を受け,火齊 磊落 金盤に堆す。
#3

元臣故老不敢語,晝臥涕泣何汍瀾。

そこで、元老とか元勲とか云はれる人人は、権勢の遠く相及ぼさないところから、彼等のなすがままにして、あえて語らず、鄭珣瑜の如きは、もう世が末になった、唐の社稷も滅亡が近いといって啼泣し、涙に咽びつつ、その家に帰り、昼寝をして、再び出ないといふ始末、しかも、決然起って之を争うものは無かった。

董賢三公誰復惜,侯景九錫行可歎。

王叔文の一党の羽ぶりの善いことは、かの董賢が三公になり、侯景が九錫を賜わったと同じく、誰も彼奴に此大官は勿体ないといって、非難するものもないが、行く行くは、慨歎すべき有様であった。

國家功高德且厚,天位未許庸夫干。

そうはいっても、従来、唐室は固家の治に貢献した功績が高く、前代の徳澤は厚くして、遍く民心にしみわたっているから、たとえ 衰えたとはいえ、詰らぬものが天位を覬覦することは出来ない筈である。

元臣 故老 敢えて語らず,晝臥して 涕泣 何ぞ汍瀾たり。

董賢の三公 誰か復た惜まん,侯景の九錫 行く歎ず可し。

國家 功高くして 德且た厚し,天位 未だ許さず 庸夫の干すを。

#4

嗣皇卓犖信英主,文如太宗武高祖。

果然、順宗は位を遜られて、皇太子が即位されたので、それが即ち憲宗であり、その憲宗は、卓落として、天晴の英主におわし、文は唐王朝の基礎を固め、名君たる太宗の如く、武は隋末の乱を平げられた高祖の如く、やがて、圖籙にあたり、禅を受けて、帝位に上られたのである。

膺圖受禪登明堂,共流幽州鯀死羽。

よって、明堂を開いて、諸侯を朝し、天の符命をうけ、同時に、舜が勇についで立つべく、共工を幽州に流し、鯀を羽山に殛した史実と同じように命を下し、小人どもの罪を糺し、王叔文の一党をことごとく斥けられた。

四門肅穆賢俊登,數君匪親豈其朋。

到るところの役所は、俄に粛穆となり、その職にかなうところの賢俊の士が、次第に登庸され、局面の全く一変したのは、国家のために慶すべきことである。ここに、劉禹錫・柳宗元等、数君の如きは、王叔文等と格別の縁故もなく、まさか其朋党ではあるまいと思われていたが、

嗣皇 卓犖【たくらく】信【まこと】に英主,文は太宗の如く 武は高祖。

圖に膺【あた】り 禪を受けて明堂に登る,共は幽州に流され 鯀【こん】は羽に死す。

四門 肅穆として 賢俊登り,數君 親に匪ず 豈に其れ朋ならん。
#5

郎官清要為世稱,荒郡迫野嗟可矜。

いずれも、員外郎という清要の職に居り、世間からも評判されて居たところのものであり、失張、その連累を受けて、荒郡迫野とも称すべき遠方に左遷されたのは、まことに、驚くべきことで、我輩は、平素交誼あるところから、一個人の私情としては、実に気の毒千萬なことと思うのである。その中、劉禹錫は連州に往くそうだが、これは、我輩が今まで居た連州陽山とはとなりのまちであり、非常に気候が患い。

湖波連天日相騰,蠻俗生梗瘴癘烝。

そこへ行く途すがら、洞庭湖の水は、天に連って、波が高く騰り、うっかりすると、舟が転覆する。それから、蛮地の風俗は、何となく荒っぽく、人づきが悪く、その上、瘴癘の気が蒸すところであった。

江氛嶺祲昏若凝,一蛇兩頭見未曾。

江嶺の氛祲は、昏く立ちこめて、凝るが如く、今までみたこともない、見れば死ぬという諺が伝わる両頭の蛇も居るのである。

怪鳥鳴喚令人憎,蠱蟲群飛夜撲燈。

怪鳥は悪聾を発しで、さも憎さをまきちらし、蠱蟲は、夜、燈火をつけると、羣飛して之を撲たたく。

郎官 清要世に稱せ為る,荒郡 迫野 嗟あ矜れむ可し。

湖波 天に連って 日 相い騰り,蠻俗 生梗 瘴癘烝す。

江氛 嶺祲 昏くして凝るが若し,一蛇 兩頭 見て未だ曾てせず。

怪鳥 鳴喚 人を令て憎ましむ,蠱蟲【こちゅう】群飛して 夜 燈を撲つ。
#6

雄虺毒螫墮股肱,食中置藥肝心崩。

又恐ろしい蛇があって、それに螫されると、たとえ全治しても、手足を切ら落さぬばならぬ。それから、誤解しやすく、その人の気性が悪ければ、食中に毒を入れて人を殺すことがあるので、聞いてさえ胆が潰れる位のことはよくある。

左右使令詐難憑,慎勿浪信常兢兢。

左右に召し使って居る者どもは、詐欺を専らにして居るから、すこしも信頼することができず、常に兢兢として、萬事に気をつけねばならない。

吾嘗同僚情可勝,具書目見非妄徵,嗟爾既往宜為懲。

我輩は、むかし、同僚であったから、劉禹錫が其地に赴くことを聞いて、同情に膠へられなかったものだったが、そこで、前以て其の地の風土の実情を述べたが、いずれも、自分が最近見聞したことで、妄りに密接のないことを言って脅すわけではない。それにつけても、諸君は、何故、そんなところへ行かねばならぬように成ったかということをよくよく考へ、既往の事に懲り、今後、その身の処し方を慎む必要があり、また、今後の発展上参考になるものと考えているところである。

雄虺 毒螫 股肱に墮ち,食中 藥を置いて 肝心崩る。

左右 使令 詐って憑り難し,慎んで浪りに信ずる勿れ 常に兢兢たり。

吾 嘗って 同僚 情勝う可けんや,具に目に見ることを書す 妄りに徵するに非ず,嗟あ 爾 既に往く 宜しく懲を為すべし。

韓愈 陽山00韓愈 陽山と潮州002 

 

『永貞行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#6

雄虺毒螫墮股肱,食中置藥肝心崩。

左右使令詐難憑,慎勿浪信常兢兢。

吾嘗同僚情可勝,具書目見非妄徵,嗟爾既往宜為懲。

(下し文)
#6

雄虺 毒螫 股肱に墮ち,食中 藥を置いて 肝心崩る。

左右 使令 詐って憑り難し,慎んで浪りに信ずる勿れ 常に兢兢たり。

吾 嘗って 同僚 情勝う可けんや,具に目に見ることを書す 妄りに徵するに非ず,嗟あ 爾 既に往く 宜しく懲を為すべし。


(現代語訳)
#6

又恐ろしい蛇があって、それに螫されると、たとえ全治しても、手足を切ら落さぬばならぬ。それから、誤解しやすく、その人の気性が悪ければ、食中に毒を入れて人を殺すことがあるので、聞いてさえ胆が潰れる位のことはよくある。

左右に召し使って居る者どもは、詐欺を専らにして居るから、すこしも信頼することができず、常に兢兢として、萬事に気をつけねばならない。

我輩は、むかし、同僚であったから、劉禹錫が其地に赴くことを聞いて、同情に膠へられなかったものだったが、そこで、前以て其の地の風土の実情を述べたが、いずれも、自分が最近見聞したことで、妄りに密接のないことを言って脅すわけではない。それにつけても、諸君は、何故、そんなところへ行かねばならぬように成ったかということをよくよく考へ、既往の事に懲り、今後、その身の処し方を慎む必要があり、また、今後の発展上参考になるものと考えているところである。


(訳注) #6

 

雄虺毒螫墮股肱,食中置藥肝心崩。

又恐ろしい蛇があって、それに螫されると、たとえ全治しても、手足を切ら落さぬばならぬ。それから、誤解しやすく、その人の気性が悪ければ、食中に毒を入れて人を殺すことがあるので、聞いてさえ胆が潰れる位のことはよくある。

【1】    雄虺毒螫 勇壮な毒蛇がいる。

【2】    墮股肱 肢体の末端など壊疽が起こって手足を切り落とすこと。(咬まれた組織を中心に壊死、組織内出血を起こす。全身症状として急性腎不全などを生じることがある。毒には、出血作用、筋融解(ゆうかい)・壊死(えし)作用、血管拡張・透過性(とうかせい)亢進作用、溶血(ようけつ)作用があり、局所に出血やはれ、疼痛、全身に循環障害などを起こす。また、出血作用、血液凝固促進作用、溶血作用があり、局所に出血、全身に出血傾向やDIC(播種性(はしゅせい)血管内凝固症候群)などを起こす。

【3】    食中置藥 食中に毒を入れて人を殺すことがある

【4】    肝心崩 常識の判断以上のことがあるため、聞いただけでも胆が潰れる位のこと。

 

左右使令詐難憑,慎勿浪信常兢兢。

左右に召し使って居る者どもは、詐欺を専らにして居るから、すこしも信頼することができず、常に兢兢として、萬事に気をつけねばならない。

【5】    詐難憑 信頼することが出奔ない。

【6】    兢兢 おそれつつしむさま。びくびくして安心できないさま。「後ろ暗いところがあって兢兢としている」「戦々兢兢」[補説]「戦々兢々」は「戦々恐々」とも書く。

 

吾嘗同僚情可勝,具書目見非妄徵,嗟爾既往宜為懲。

我輩は、むかし、同僚であったから、劉禹錫が其地に赴くことを聞いて、同情に膠へられなかったものだったが、そこで、前以て其の地の風土の実情を述べたが、いずれも、自分が最近見聞したことで、妄りに密接のないことを言って脅すわけではない。それにつけても、諸君は、何故、そんなところへ行かねばならぬように成ったかということをよくよく考へ、既往の事に懲り、今後、その身の処し方を慎む必要があり、また、今後の発展上参考になるものと考えているところである。

 

 

 

韋執誼は崖州の司馬に、韓曄は饒州の刺史に、韓泰は撫州の刺史に、陳諌は台州の司馬に、柳宗元は柳州の刺史に、劉禹錫は連州の刺史に左遷された。 西川:四川省西部の藩鎮。 夏州留後:陜西省の地、節度使の留守居役に。撫州: 、池州:、邵州:、連州:、虔州:,台州:,永州:,朗州:,饒州:,連州,郴州:

《舊唐書·憲宗紀⦆

「永貞元年九月,京西行營節度行軍司馬韓泰貶撫州刺史,司封郎中韓曄貶池州刺史,禮部員外郎柳宗元貶邵州刺史,屯田員外郎劉禹錫貶連州刺史,坐交王叔文也。「九月、韓泰を撫州刺史に、司封郎中韓嘩わ池州別史に、砥部員外郎柳宗元を郡州刺史に、屯田員外郎劉禹錫を連州刺史にした。王叔文に交ろに坐する光り」とある。それから、これ等の請人に、十月,再貶韓泰虔州,陳諫台州,柳宗元永州,劉禹錫朗州,韓曄饒州,淩準連州,程異郴州,皆為州司馬。」に改められた。9月に言い渡された任地に向かう途中で、第二弾の貶謫をしたのである。【州刺史から州司馬】へ

 

<刺史>

1 古代中国の官名。漢代は郡国の監察官。隋・唐代では州の長官。宋代以後廃止された。

2 国守(こくしゅ)の唐名。

前漢から五代十国時代まで存在した官職名。当初は監察官であったが、後に州の長官となった。前漢の武帝は全国を 13の州に分け,刺史を派遣し,6ヵ条の条文に従って地方行政を監督させた。刺史は属官を率いるが治所はなく,秩 (俸禄) は 600石と低いものであったが,前漢末に名称が牧と改められ,秩も真 2000石となった。

<司馬>

後漢代に登場する州や郡県の司馬は、公府内の軍旅における警察機構である。都尉は郡県内の警察機構で、司馬は軍内の警察機構なので職掌が被る事は無い。

「尉」は民政行政区内の警察

「司馬」は軍隊内の警察で憲兵

 

唐時代 韓愈関連05 

柳 宗元(りゅう そうげん、Liú Zōngyuán;大暦8年(773年) - 元和14年(819年))は、中国中唐の文学者・政治家。字は子厚(しこう)。本籍地の河東(山西省)から、「柳河東」「河東先生」と呼ばれる。また、その最後の任地にちなみ「柳柳州」と呼ばれることもある。王維や孟浩然らとともに自然詩人として名を馳せた。散文の分野では、韓愈とともに宋代に連なる古文復興運動を実践し、唐宋八大家の1人に数えられる。

同時代の著名な文人、白居易・劉禹錫に1年遅れて長安で出生。徳宗の貞元9年(793年)に進士に挙げられ、貞元14年には難関の官吏登用試験(科挙)の博学宏詞科に合格、集賢殿正字(政府の書籍編纂部員)を拝命した。新進気鋭の官僚として藍田(陝西省の県名)の警察官僚から監察御史(行政監督官)を歴任した。

徳宗治世の8世紀末の唐は、宦官勢力を中心とする保守派に対決姿勢を強める若手官僚グループの台頭が急であった。王叔文を頭目に戴くこの改革派へ、政界の刷新を標榜する柳宗元は盟友劉禹錫とともに参加するが、既得権益の剥奪を恐れる保守派の猛反発に遭い、加えて徳宗の歿後(805年)担ぎ上げた頼みの順宗も病弱で、その退位と同時に改革政策はわずか7ヶ月であえなく頓挫。礼部侍郎に就任し、これからという時に柳宗元の政治生命は尽きた。

政争に敗れた改革派一党は政治犯の汚名を着せられ、柳宗元は死罪こそ免れたものの、都長安(西安市)を遠く離れた邵州(湖南省)へ、刺史(州の長官職)として左遷された。ところが保守派が掌握した宮廷では処分の見直しが行われて改革派一党に更なる厳罰が科されることになり、柳宗元の邵州到着前に刺史を免ぜられて更に格下の永州(湖南省)へ、司馬(州の属僚。唐代では貶謫の官で政務には従事しない)として再度左遷された(八司馬事件)。時に柳宗元33歳。

以後、永州に居を構えること10年、元和10年(815年)にはいったん長安に召還されるものの、再び柳州(広西壮族自治区)刺史の辞令を受け、ついに中央復帰の夢はかなわぬまま、元和14年、47歳で歿した。政治家としてはたしかに不遇であったが、そのほとんどが左遷以後にものされることとなった彼の作品を見ると、政治上の挫折がかえって文学者としての大成を促したのではないかとは、韓愈の「柳子厚墓誌銘」などにあるように、しばしば指摘されるところである。

 

劉禹錫(りゅう うしゃく、772年 - 842年)は中国の唐代(中唐)期の詩人、政治家。字は夢得(ぼうとく)。自身は中山(河北省定州市)出身と称したが、彭城(江蘇省徐州市)出身とも伝えられる。詩豪と呼ばれた。

代々儒学者として名があった家に生まれた。793年(貞元9年)進士に及第した。淮南節度使であった杜佑の配下で書記を務めた。その後、中央政界で同じ年に進士となった柳宗元とともに王叔文の党派に連なり、徳宗末期の貞元年間から順宗期を経て政治改革を推進した(永貞の革新)。なかでも劉禹錫は財政面を担当し、王叔文・王伾・柳宗元らとともに「二王劉柳」と並称されるほど重要な役割を果たした。急激な改革だったため彼らは武元衡のような政敵を多くつくってしまう。宦官の圧力のために在位8ヶ月にして順宗が退位させられ憲宗が即位すると武元衡ら守旧派が力を盛り返し、王叔文は失脚、劉禹錫も連州(広東省連州市)刺史に左遷を命じられ、その途次で朗州(湖南省常徳市)司馬に降格となった。このとき他の主立った同志も同じように各地の司馬に左遷された(八司馬事件)。朗州での約9年間、劉禹錫は文学に没頭するようになり、古来楚であった当地の風俗に取材した詩をつくったり、民衆のために祭祀用の歌詞をつくった。

815年(元和10年)、ようやく都長安に召還されたが、玄都観(道教の施設)で詠んだ詩が政府の主流派を揶揄する内容だったためその怒りにふれ、連州刺史に逆戻りとなった。それから数ヶ所の刺史を経たあと、828年(大和2年)に長安に戻り主客郎中を拝命した。そこで劉禹錫はまたも玄都観で、前回の続編となる詩を詠んだ。このときは宰相裴度のおかげでどうにか左遷を免れていたが、その裴度が引退すると洛陽にやられた後、832年(大和6年)蘇州刺史にされた。このように劉禹錫は、狭量な性格ゆえにその地位が安定しなかった。その後も太子賓客となったり刺史となったりを繰り返した。

晩年は白居易と親交が深まり、元稹亡き後も詩を唱和し、その神妙さを讃えられた。最終的には検校礼部尚書・太子賓客で生涯を終えた。

韓愈100 -#5《 巻三20 永貞行》 #5 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1585> Ⅱ#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6909

韓愈  永貞行 #5

郎官清要為世稱,荒郡迫野嗟可矜。湖波連天日相騰,蠻俗生梗瘴癘烝。

江氛嶺祲昏若凝,一蛇兩頭見未曾。怪鳥鳴喚令人憎,蠱蟲群飛夜撲燈。

いずれも、員外郎という清要の職に居り、世間からも評判されて居たところのものであり、失張、その連累を受けて、荒郡迫野とも称すべき遠方に左遷されたのは、まことに、驚くべきことで、我輩は、平素交誼あるところから、一個人の私情としては、実に気の毒千萬なことと思うのである。その中、劉禹錫は連州に往くそうだが、これは、我輩が今まで居た連州陽山とはとなりのまちであり、非常に気候が患い。

そこへ行く途すがら、洞庭湖の水は、天に連って、波が高く騰り、うっかりすると、舟が転覆する。それから、蛮地の風俗は、何となく荒っぽく、人づきが悪く、その上、瘴癘の気が蒸すところであった。

江嶺の氛祲は、昏く立ちこめて、凝るが如く、今までみたこともない、見れば死ぬという諺が伝わる両頭の蛇も居るのである。

怪鳥は悪聾を発しで、さも憎さをまきちらし、蠱蟲は、夜、燈火をつけると、羣飛して之を撲たたく。韓愈100 -#5《 巻三20 永貞行》 #5 韓愈(韓退之)  805年貞元21年 38歳<1585> Ⅱ#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6909

 

 
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韓愈詩-韓愈100 -#5

年:805年貞元21年 38歳

卷別:    卷三三八              文體:    雜言古詩

詩題:    永貞行

【貞元二十一年,德宗崩,順宗立,改元永貞。韋執誼,王叔文等用事,又謀奪中官兵,制天下之命,是年八月,皇太子即位,帝自稱太上皇,上貶執誼,叔文等,愈故作〈永貞行〉云。】

作地點:              目前尚無資料

及地點:幽州 (河北道南部 幽州 幽州)           

羽山 (河南道 沂州 羽山)   

 

永貞行

(永貞の世の歌〔805年の出来事の裏話〕)

君不見太皇諒陰未出令,小人乘時偷國柄。

順宗皇帝は、折角、御即位に成ったけれども、まだ先帝徳宗の喪に居られる諒闇中でもあり、色色と御遠慮があるところから、まだ政令を発せられなかった。然るに、小人どもは、奇貨居るべしと爲し、公然、国家の権柄を倫み、天子の詔を矯めて、非常に暴逆なる振舞をした。

北軍百萬虎與貔,天子自將非他師。

中でも、一番怪しからぬのは、北軍は御親兵で、貔虎の精鋭百万を算すべく、天子が御自身に大元帥と御成りなされ、決して、他の者にその兵権を委ねられることのできない制度であるにも拘わらず、王叔文・韋執誼の輩は、第一に兵権を自分達の手に収めなければ、おもう存分の事ができぬというので、北軍の大将たるべき印を奪い、詔を矯めて、集中の者に附與した。

一朝奪印付私黨,懍懍朝士何能為。

そこで、在廷の朝士は、懍懍として、皆心に恐れ、見す見す悪い事とは知れながら、その命に屈従するようになり、何人も、これに封して反抗することができなかった。

(永貞行)

君見ずや太皇諒陰 未だ令を出さず,小人 時に乘じて國柄を偷む。

北軍百萬 虎と貔と,天子自ら將として他の師に非ず。

一朝 印を奪うて私黨に付す,懍懍たる朝士 何ぞ能く為ん。
#2

狐鳴梟噪爭署置,睗睒跳踉相嫵媚。

彼等の党派は、もう大丈夫だというので、狐の如く鳴き、梟の如く噪ぎ、人選で任官させるという段取りはじめたことにより、その党中の者どもは、互に猟官運動を爲し、目を閃めかし、體を躍らし、頻りに嫵媚を呈し、どうか上官の気に入って、善い役に有り付こうというので、大騒ぎをやらかしたのである。

夜作詔書朝拜官,超資越序曾無難。

その揚句には、王叔文や韋執誼などは、夜中に、勝手に詔書を作って、翌朝、それぞれ任命したが、その官の授け方は、如何にも乱暴極まるもので、資格にもかまわず、順序をば飛び越して、少しも憚ることなくやったのである。

公然白日受賄賂,火齊磊落堆金盤。

おまけに、賄賂を白昼公然として受け、「火齊」という珍らしい鉱物を、磊落として金盤に堆く盛ら上げて、持ち込んでくるものがあり、妻はその上に寝臥したという。

狐 鳴き 梟 噪いで 爭うて 署置す,睗睒 跳踉して相い嫵媚す。

夜 詔書を作って朝に官を拜す,資を超えて 序を越えて曾て難無し。

公然 白日 賄賂を受け,火齊 磊落 金盤に堆す。
#3

元臣故老不敢語,晝臥涕泣何汍瀾。

そこで、元老とか元勲とか云はれる人人は、権勢の遠く相及ぼさないところから、彼等のなすがままにして、あえて語らず、鄭珣瑜の如きは、もう世が末になった、唐の社稷も滅亡が近いといって啼泣し、涙に咽びつつ、その家に帰り、昼寝をして、再び出ないといふ始末、しかも、決然起って之を争うものは無かった。

董賢三公誰復惜,侯景九錫行可歎。

王叔文の一党の羽ぶりの善いことは、かの董賢が三公になり、侯景が九錫を賜わったと同じく、誰も彼奴に此大官は勿体ないといって、非難するものもないが、行く行くは、慨歎すべき有様であった。

國家功高德且厚,天位未許庸夫干。

そうはいっても、従来、唐室は固家の治に貢献した功績が高く、前代の徳澤は厚くして、遍く民心にしみわたっているから、たとえ 衰えたとはいえ、詰らぬものが天位を覬覦することは出来ない筈である。

元臣 故老 敢えて語らず,晝臥して 涕泣 何ぞ汍瀾たり。

董賢の三公 誰か復た惜まん,侯景の九錫 行く歎ず可し。

國家 功高くして 德且た厚し,天位 未だ許さず 庸夫の干すを。

#4

嗣皇卓犖信英主,文如太宗武高祖。

果然、順宗は位を遜られて、皇太子が即位されたので、それが即ち憲宗であり、その憲宗は、卓落として、天晴の英主におわし、文は唐王朝の基礎を固め、名君たる太宗の如く、武は隋末の乱を平げられた高祖の如く、やがて、圖籙にあたり、禅を受けて、帝位に上られたのである。

膺圖受禪登明堂,共流幽州鯀死羽。

よって、明堂を開いて、諸侯を朝し、天の符命をうけ、同時に、舜が勇についで立つべく、共工を幽州に流し、鯀を羽山に殛した史実と同じように命を下し、小人どもの罪を糺し、王叔文の一党をことごとく斥けられた。

四門肅穆賢俊登,數君匪親豈其朋。

到るところの役所は、俄に粛穆となり、その職にかなうところの賢俊の士が、次第に登庸され、局面の全く一変したのは、国家のために慶すべきことである。ここに、劉禹錫・柳宗元等、数君の如きは、王叔文等と格別の縁故もなく、まさか其朋党ではあるまいと思われていたが、

嗣皇 卓犖【たくらく】信【まこと】に英主,文は太宗の如く 武は高祖。

圖に膺【あた】り 禪を受けて明堂に登る,共は幽州に流され 鯀【こん】は羽に死す。

四門 肅穆として 賢俊登り,數君 親に匪ず 豈に其れ朋ならん。
#5

郎官清要為世稱,荒郡迫野嗟可矜。

いずれも、員外郎という清要の職に居り、世間からも評判されて居たところのものであり、失張、その連累を受けて、荒郡迫野とも称すべき遠方に左遷されたのは、まことに、驚くべきことで、我輩は、平素交誼あるところから、一個人の私情としては、実に気の毒千萬なことと思うのである。その中、劉禹錫は連州に往くそうだが、これは、我輩が今まで居た連州陽山とはとなりのまちであり、非常に気候が患い。

湖波連天日相騰,蠻俗生梗瘴癘烝。

そこへ行く途すがら、洞庭湖の水は、天に連って、波が高く騰り、うっかりすると、舟が転覆する。それから、蛮地の風俗は、何となく荒っぽく、人づきが悪く、その上、瘴癘の気が蒸すところであった。

江氛嶺祲昏若凝,一蛇兩頭見未曾。

江嶺の氛祲は、昏く立ちこめて、凝るが如く、今までみたこともない、見れば死ぬという諺が伝わる両頭の蛇も居るのである。

怪鳥鳴喚令人憎,蠱蟲群飛夜撲燈。

怪鳥は悪聾を発しで、さも憎さをまきちらし、蠱蟲は、夜、燈火をつけると、羣飛して之を撲たたく。

郎官 清要世に稱せ為る,荒郡 迫野 嗟あ矜れむ可し。

湖波 天に連って 日 相い騰り,蠻俗 生梗 瘴癘烝す。

江氛 嶺祲 昏くして凝るが若し,一蛇 兩頭 見て未だ曾てせず。

怪鳥 鳴喚 人を令て憎ましむ,蠱蟲【こちゅう】群飛して 夜 燈を撲つ。
#6

雄虺毒螫墮股肱,食中置藥肝心崩。

左右使令詐難憑,慎勿浪信常兢兢。

吾嘗同僚情可勝,具書目見非妄徵,嗟爾既往宜為懲。

 

 

『永貞行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#5

郎官清要為世稱,荒郡迫野嗟可矜。

湖波連天日相騰,蠻俗生梗瘴癘烝。

江氛嶺祲昏若凝,一蛇兩頭見未曾。

怪鳥鳴喚令人憎,蠱蟲群飛夜撲燈。

(下し文)
#5

郎官 清要世に稱せ為る,荒郡 迫野 嗟あ矜れむ可し。

湖波 天に連って 日 相い騰り,蠻俗 生梗 瘴癘烝す。

江氛 嶺祲 昏くして凝るが若し,一蛇 兩頭 見て未だ曾てせず。

怪鳥 鳴喚 人を令て憎ましむ,蠱蟲【こちゅう】群飛して 夜 燈を撲つ。

(現代語訳)
#5

いずれも、員外郎という清要の職に居り、世間からも評判されて居たところのものであり、失張、その連累を受けて、荒郡迫野とも称すべき遠方に左遷されたのは、まことに、驚くべきことで、我輩は、平素交誼あるところから、一個人の私情としては、実に気の毒千萬なことと思うのである。その中、劉禹錫は連州に往くそうだが、これは、我輩が今まで居た連州陽山とはとなりのまちであり、非常に気候が患い。

そこへ行く途すがら、洞庭湖の水は、天に連って、波が高く騰り、うっかりすると、舟が転覆する。それから、蛮地の風俗は、何となく荒っぽく、人づきが悪く、その上、瘴癘の気が蒸すところであった。

江嶺の氛祲は、昏く立ちこめて、凝るが如く、今までみたこともない、見れば死ぬという諺が伝わる両頭の蛇も居るのである。

怪鳥は悪聾を発しで、さも憎さをまきちらし、蠱蟲は、夜、燈火をつけると、羣飛して之を撲たたく。

韓愈 陽山00韓愈 陽山と潮州002
(訳注) #5

永貞行 #4

(永貞の世の歌〔805年の出来事の裏話〕)

永貞行 順宗在位八個月の間における表面の史実は、単に此だけである。韓愈の此詩は、即ち裏面の事実を叙したので、王伾・王叔文が宰相韋執誼と結託して、非常に悪い事を行った有様を写したところは、まことに面白いのみならず、亦た実に正史の缼を補うことができる。但し、劉禹錫・柳宗元等は、その党與であった為に、いづれも、遠地に貶謫されて仕舞った。この二人は、韓愈が曩に陽山令に左遷される時、どうやら中傷を試みたらしいという疑も無いではないが、韓愈は、従前の友誼の上から、そんな事は全然忘れて仕舞い、この詩の後年に於いては、専ら二人の不運を傷んで、同情を寄せて居る。

《順宗》805年に徳宗の崩御により即位した。王叔文を翰林学士に任じ、韓秦、韓曄、柳宗元、劉禹錫、陳諌、凌准、程異、韋執宜ら(二王八司馬)を登用、徳宗以来続いていた官吏腐敗を一新し、地方への財源建て直し、宦官からの兵権を取り返そうとするなどの永貞革新の政策を行なっている。

だが、即位して間もなく脳溢血に倒れ、言語障害の後遺症を残した。さらに8月には宦官の具文珍らが結託して皇帝に退位を迫り、即位後僅か7ヶ月で長男の李純に譲位し、自らは太上皇となった。

翌年、病気により47歳で崩御したが、宦官によって殺害されたとも伝えられている。

その在位中の記録として、韓愈の手になる『順宗実録』(『韓昌黎集』外集に所収)が現存する。

《憲宗》805年4月に立太子され、同年8月には順宗の病を理由にした譲位にともない即位した。即位後は宦官の勢力に対抗するために杜黄裳を登用した。

 

郎官清要為世稱,荒郡迫野嗟可矜。

いずれも、員外郎という清要の職に居り、世間からも評判されて居たところのものであり、失張、その連累を受けて、荒郡迫野とも称すべき遠方に左遷されたのは、まことに、驚くべきことで、我輩は、平素交誼あるところから、一個人の私情としては、実に気の毒千萬なことと思うのである。その中、劉禹錫は連州に往くそうだが、これは、我輩が今まで居た連州陽山とはとなりのまちであり、非常に気候が患い。

【1】    郎官 尚書省六部諸司郎中及員外郎をいう。

【2】    荒郡迫野 《舊唐書·憲宗紀⦆「永貞元年九月,京西行營節度行軍司馬韓泰貶撫州刺史,司封郎中韓曄貶池州刺史,禮部員外郎柳宗元貶邵州刺史,屯田員外郎劉禹錫貶連州刺史,坐交王叔文也。「九月、韓泰を撫州刺史に、司封郎中韓嘩わ池州別史に、砥部員外郎柳宗元ね郡州刺史に、屯田員外郎劉高錫私達州刺史に撃。王叔文に交ろに坐する光り」とある。それから、これ等の請人に、十月,再貶韓泰虔州,陳諫台州,柳宗元永州,劉禹錫朗州,韓曄饒州,淩準連州,程異郴州,皆為州司馬。」に改められた。

 

湖波連天日相騰,蠻俗生梗瘴癘烝。

そこへ行く途すがら、洞庭湖の水は、天に連って、波が高く騰り、うっかりすると、舟が転覆する。それから、蛮地の風俗は、何となく荒っぽく、人づきが悪く、その上、瘴癘の気が蒸すところであった。

【3】    生梗 荒っぽくして命令梗塞すること。

 

江氛嶺祲昏若凝,一蛇兩頭見未曾。

江嶺の氛祲は、昏く立ちこめて、凝るが如く、今までみたこともない、見れば死ぬという諺が伝わる両頭の蛇も居るのである。

【4】    嶺祲 祲は毒熱の気。

【5】    一蛇兩頭 賈誼新書曰 「孫叔敖爲嬰兒 出遊而還 憂而不食. 其母問其故 泣而對曰 今日吾見兩頭蛇. 恐去死無日矣. 母曰 今蛇安在. 曰 吾聞見兩頭蛇者死」(孫叔敖爲嬰兒たり 出でて遊びして還る 憂いて食べず. 其の母 其の故を問う 泣いて對して曰く 今日 吾 兩頭蛇を見る. 恐去死無日矣. 母曰く 今蛇安にか在らん. 曰く 吾聞く兩頭蛇を見し者は死す.)とある。

 

怪鳥鳴喚令人憎,蠱蟲群飛夜撲燈。

怪鳥は悪聾を発しで、さも憎さをまきちらし、蠱蟲は、夜、燈火をつけると、羣飛して之を撲たたく。

【6】    蠱蟲 毒虫の一種。

唐時代 韓愈関連05 

柳 宗元(りゅう そうげん、Liú Zōngyuán;大暦8年(773年) - 元和14年(819年))は、中国中唐の文学者・政治家。字は子厚(しこう)。本籍地の河東(山西省)から、「柳河東」「河東先生」と呼ばれる。また、その最後の任地にちなみ「柳柳州」と呼ばれることもある。王維や孟浩然らとともに自然詩人として名を馳せた。散文の分野では、韓愈とともに宋代に連なる古文復興運動を実践し、唐宋八大家の1人に数えられる。

同時代の著名な文人、白居易・劉禹錫に1年遅れて長安で出生。徳宗の貞元9年(793年)に進士に挙げられ、貞元14年には難関の官吏登用試験(科挙)の博学宏詞科に合格、集賢殿正字(政府の書籍編纂部員)を拝命した。新進気鋭の官僚として藍田(陝西省の県名)の警察官僚から監察御史(行政監督官)を歴任した。

徳宗治世の8世紀末の唐は、宦官勢力を中心とする保守派に対決姿勢を強める若手官僚グループの台頭が急であった。王叔文を頭目に戴くこの改革派へ、政界の刷新を標榜する柳宗元は盟友劉禹錫とともに参加するが、既得権益の剥奪を恐れる保守派の猛反発に遭い、加えて徳宗の歿後(805年)担ぎ上げた頼みの順宗も病弱で、その退位と同時に改革政策はわずか7ヶ月であえなく頓挫。礼部侍郎に就任し、これからという時に柳宗元の政治生命は尽きた。

政争に敗れた改革派一党は政治犯の汚名を着せられ、柳宗元は死罪こそ免れたものの、都長安(西安市)を遠く離れた邵州(湖南省)へ、刺史(州の長官職)として左遷された。ところが保守派が掌握した宮廷では処分の見直しが行われて改革派一党に更なる厳罰が科されることになり、柳宗元の邵州到着前に刺史を免ぜられて更に格下の永州(湖南省)へ、司馬(州の属僚。唐代では貶謫の官で政務には従事しない)として再度左遷された(八司馬事件)。時に柳宗元33歳。

以後、永州に居を構えること10年、元和10年(815年)にはいったん長安に召還されるものの、再び柳州(広西壮族自治区)刺史の辞令を受け、ついに中央復帰の夢はかなわぬまま、元和14年、47歳で歿した。政治家としてはたしかに不遇であったが、そのほとんどが左遷以後にものされることとなった彼の作品を見ると、政治上の挫折がかえって文学者としての大成を促したのではないかとは、韓愈の「柳子厚墓誌銘」などにあるように、しばしば指摘されるところである。

 

劉禹錫(りゅう うしゃく、772年 - 842年)は中国の唐代(中唐)期の詩人、政治家。字は夢得(ぼうとく)。自身は中山(河北省定州市)出身と称したが、彭城(江蘇省徐州市)出身とも伝えられる。詩豪と呼ばれた。

代々儒学者として名があった家に生まれた。793年(貞元9年)進士に及第した。淮南節度使であった杜佑の配下で書記を務めた。その後、中央政界で同じ年に進士となった柳宗元とともに王叔文の党派に連なり、徳宗末期の貞元年間から順宗期を経て政治改革を推進した(永貞の革新)。なかでも劉禹錫は財政面を担当し、王叔文・王伾・柳宗元らとともに「二王劉柳」と並称されるほど重要な役割を果たした。急激な改革だったため彼らは武元衡のような政敵を多くつくってしまう。宦官の圧力のために在位8ヶ月にして順宗が退位させられ憲宗が即位すると武元衡ら守旧派が力を盛り返し、王叔文は失脚、劉禹錫も連州(広東省連州市)刺史に左遷を命じられ、その途次で朗州(湖南省常徳市)司馬に降格となった。このとき他の主立った同志も同じように各地の司馬に左遷された(八司馬事件)。朗州での約9年間、劉禹錫は文学に没頭するようになり、古来楚であった当地の風俗に取材した詩をつくったり、民衆のために祭祀用の歌詞をつくった。

815年(元和10年)、ようやく都長安に召還されたが、玄都観(道教の施設)で詠んだ詩が政府の主流派を揶揄する内容だったためその怒りにふれ、連州刺史に逆戻りとなった。それから数ヶ所の刺史を経たあと、828年(大和2年)に長安に戻り主客郎中を拝命した。そこで劉禹錫はまたも玄都観で、前回の続編となる詩を詠んだ。このときは宰相裴度のおかげでどうにか左遷を免れていたが、その裴度が引退すると洛陽にやられた後、832年(大和6年)蘇州刺史にされた。このように劉禹錫は、狭量な性格ゆえにその地位が安定しなかった。その後も太子賓客となったり刺史となったりを繰り返した。

晩年は白居易と親交が深まり、元稹亡き後も詩を唱和し、その神妙さを讃えられた。最終的には検校礼部尚書・太子賓客で生涯を終えた。

韓愈100 -#4《 巻三20 永貞行》 #4 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1584> Ⅱ#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6904

韓愈  永貞行  #4

嗣皇卓犖信英主,文如太宗武高祖。膺圖受禪登明堂,共流幽州鯀死羽。

四門肅穆賢俊登,數君匪親豈其朋。

果然、順宗は位を遜られて、皇太子が即位されたので、それが即ち憲宗であり、その憲宗は、卓落として、天晴の英主におわし、文は唐王朝の基礎を固め、名君たる太宗の如く、武は隋末の乱を平げられた高祖の如く、やがて、圖籙にあたり、禅を受けて、帝位に上られたのである。

よって、明堂を開いて、諸侯を朝し、天の符命をうけ、同時に、舜が勇についで立つべく、共工を幽州に流し、鯀を羽山に殛した史実と同じように命を下し、小人どもの罪を糺し、王叔文の一党をことごとく斥けられた。

到るところの役所は、俄に粛穆となり、その職にかなうところの賢俊の士が、次第に登庸され、局面の全く一変したのは、国家のために慶すべきことである。ここに、劉禹錫・柳宗元等、数君の如きは、王叔文等と格別の縁故もなく、まさか其朋党ではあるまいと思われていたが、いづれも、員外郎という清要の職に居り、世間からも評判されて居たところのものである。

韓愈100 -#4《 巻三20 永貞行》 #4 韓愈(韓退之)  805年貞元21年 38歳<1584> Ⅱ#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6904

 

 
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韓愈詩-韓愈100 -#4

年:805年貞元21年 38歳

卷別:    卷三三八              文體:    雜言古詩

詩題:    永貞行

【貞元二十一年,德宗崩,順宗立,改元永貞。韋執誼,王叔文等用事,又謀奪中官兵,制天下之命,是年八月,皇太子即位,帝自稱太上皇,上貶執誼,叔文等,愈故作〈永貞行〉云。】

作地點:              目前尚無資料

及地點:幽州 (河北道南部 幽州 幽州)           

羽山 (河南道 沂州 羽山)   

 

永貞行

(永貞の世の歌〔805年の出来事の裏話〕)

君不見太皇諒陰未出令,小人乘時偷國柄。

順宗皇帝は、折角、御即位に成ったけれども、まだ先帝徳宗の喪に居られる諒闇中でもあり、色色と御遠慮があるところから、まだ政令を発せられなかった。然るに、小人どもは、奇貨居るべしと爲し、公然、国家の権柄を倫み、天子の詔を矯めて、非常に暴逆なる振舞をした。

北軍百萬虎與貔,天子自將非他師。

中でも、一番怪しからぬのは、北軍は御親兵で、貔虎の精鋭百万を算すべく、天子が御自身に大元帥と御成りなされ、決して、他の者にその兵権を委ねられることのできない制度であるにも拘わらず、王叔文・韋執誼の輩は、第一に兵権を自分達の手に収めなければ、おもう存分の事ができぬというので、北軍の大将たるべき印を奪い、詔を矯めて、集中の者に附與した。

一朝奪印付私黨,懍懍朝士何能為。

そこで、在廷の朝士は、懍懍として、皆心に恐れ、見す見す悪い事とは知れながら、その命に屈従するようになり、何人も、これに封して反抗することができなかった。

(永貞行)

君見ずや太皇諒陰 未だ令を出さず,小人 時に乘じて國柄を偷む。

北軍百萬 虎と貔と,天子自ら將として他の師に非ず。

一朝 印を奪うて私黨に付す,懍懍たる朝士 何ぞ能く為ん。
#2

狐鳴梟噪爭署置,睗睒跳踉相嫵媚。

彼等の党派は、もう大丈夫だというので、狐の如く鳴き、梟の如く噪ぎ、人選で任官させるという段取りはじめたことにより、その党中の者どもは、互に猟官運動を爲し、目を閃めかし、體を躍らし、頻りに嫵媚を呈し、どうか上官の気に入って、善い役に有り付こうというので、大騒ぎをやらかしたのである。

夜作詔書朝拜官,超資越序曾無難。

その揚句には、王叔文や韋執誼などは、夜中に、勝手に詔書を作って、翌朝、それぞれ任命したが、その官の授け方は、如何にも乱暴極まるもので、資格にもかまわず、順序をば飛び越して、少しも憚ることなくやったのである。

公然白日受賄賂,火齊磊落堆金盤。

おまけに、賄賂を白昼公然として受け、「火齊」という珍らしい鉱物を、磊落として金盤に堆く盛ら上げて、持ち込んでくるものがあり、妻はその上に寝臥したという。

狐 鳴き 梟 噪いで 爭うて 署置す,睗睒 跳踉して相い嫵媚す。

夜 詔書を作って朝に官を拜す,資を超えて 序を越えて曾て難無し。

公然 白日 賄賂を受け,火齊 磊落 金盤に堆す。
#3

元臣故老不敢語,晝臥涕泣何汍瀾。

そこで、元老とか元勲とか云はれる人人は、権勢の遠く相及ぼさないところから、彼等のなすがままにして、あえて語らず、鄭珣瑜の如きは、もう世が末になった、唐の社稷も滅亡が近いといって啼泣し、涙に咽びつつ、その家に帰り、昼寝をして、再び出ないといふ始末、しかも、決然起って之を争うものは無かった。

董賢三公誰復惜,侯景九錫行可歎。

王叔文の一党の羽ぶりの善いことは、かの董賢が三公になり、侯景が九錫を賜わったと同じく、誰も彼奴に此大官は勿体ないといって、非難するものもないが、行く行くは、慨歎すべき有様であった。

國家功高德且厚,天位未許庸夫干。

そうはいっても、従来、唐室は固家の治に貢献した功績が高く、前代の徳澤は厚くして、遍く民心にしみわたっているから、たとえ 衰えたとはいえ、詰らぬものが天位を覬覦することは出来ない筈である。

元臣 故老 敢えて語らず,晝臥して 涕泣 何ぞ汍瀾たり。

董賢の三公 誰か復た惜まん,侯景の九錫 行く歎ず可し。

國家 功高くして 德且た厚し,天位 未だ許さず 庸夫の干すを。

#4

嗣皇卓犖信英主,文如太宗武高祖。

果然、順宗は位を遜られて、皇太子が即位されたので、それが即ち憲宗であり、その憲宗は、卓落として、天晴の英主におわし、文は唐王朝の基礎を固め、名君たる太宗の如く、武は隋末の乱を平げられた高祖の如く、やがて、圖籙にあたり、禅を受けて、帝位に上られたのである。

膺圖受禪登明堂,共流幽州鯀死羽。

よって、明堂を開いて、諸侯を朝し、天の符命をうけ、同時に、舜が勇についで立つべく、共工を幽州に流し、鯀を羽山に殛した史実と同じように命を下し、小人どもの罪を糺し、王叔文の一党をことごとく斥けられた。

四門肅穆賢俊登,數君匪親豈其朋。

到るところの役所は、俄に粛穆となり、その職にかなうところの賢俊の士が、次第に登庸され、局面の全く一変したのは、国家のために慶すべきことである。ここに、劉禹錫・柳宗元等、数君の如きは、王叔文等と格別の縁故もなく、まさか其朋党ではあるまいと思われていたが、いづれも、員外郎という清要の職に居り、世間からも評判されて居たところのものである。

嗣皇 卓犖【たくらく】信【まこと】に英主,文は太宗の如く 武は高祖。

圖に膺【あた】り 禪を受けて明堂に登る,共は幽州に流され 鯀【こん】は羽に死す。

四門 肅穆として 賢俊登り,數君 親に匪ず 豈に其れ朋ならん。
#5

郎官清要為世稱,荒郡迫野嗟可矜。

湖波連天日相騰,蠻俗生梗瘴癘烝。

江氛嶺祲昏若凝,一蛇兩頭見未曾。

怪鳥鳴喚令人憎,蠱蟲群飛夜撲燈。

#6

雄虺毒螫墮股肱,食中置藥肝心崩。

左右使令詐難憑,慎勿浪信常兢兢。

吾嘗同僚情可勝,具書目見非妄徵,嗟爾既往宜為懲。

 

 

『永貞行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#4

嗣皇卓犖信英主,文如太宗武高祖。

膺圖受禪登明堂,共流幽州鯀死羽。

四門肅穆賢俊登,數君匪親豈其朋。

(下し文)
#4

嗣皇 卓犖【たくらく】信【まこと】に英主,文は太宗の如く 武は高祖。

圖に膺【あた】り 禪を受けて明堂に登る,共は幽州に流され 鯀【こん】は羽に死す。

四門 肅穆として 賢俊登り,數君 親に匪ず 豈に其れ朋ならん。

(現代語訳)
#4

果然、順宗は位を遜られて、皇太子が即位されたので、それが即ち憲宗であり、その憲宗は、卓落として、天晴の英主におわし、文は唐王朝の基礎を固め、名君たる太宗の如く、武は隋末の乱を平げられた高祖の如く、やがて、圖籙にあたり、禅を受けて、帝位に上られたのである。

よって、明堂を開いて、諸侯を朝し、天の符命をうけ、同時に、舜が勇についで立つべく、共工を幽州に流し、鯀を羽山に殛した史実と同じように命を下し、小人どもの罪を糺し、王叔文の一党をことごとく斥けられた。

到るところの役所は、俄に粛穆となり、その職にかなうところの賢俊の士が、次第に登庸され、局面の全く一変したのは、国家のために慶すべきことである。ここに、劉禹錫・柳宗元等、数君の如きは、王叔文等と格別の縁故もなく、まさか其朋党ではあるまいと思われていたが、いづれも、員外郎という清要の職に居り、世間からも評判されて居たところのものである。


(訳注) #4

永貞行 #4

(永貞の世の歌〔805年の出来事の裏話〕)

永貞行 順宗在位八個月の間における表面の史実は、単に此だけである。韓愈の此詩は、即ち裏面の事実を叙したので、王伾・王叔文が宰相韋執誼と結託して、非常に悪い事を行った有様を写したところは、まことに面白いのみならず、亦た実に正史の缼を補うことができる。但し、劉禹錫・柳宗元等は、その党與であった為に、いづれも、遠地に貶謫されて仕舞った。この二人は、韓愈が曩に陽山令に左遷される時、どうやら中傷を試みたらしいという疑も無いではないが、韓愈は、従前の友誼の上から、そんな事は全然忘れて仕舞い、この詩の後年に於いては、専ら二人の不運を傷んで、同情を寄せて居る。

《順宗》805年に徳宗の崩御により即位した。王叔文を翰林学士に任じ、韓秦、韓曄、柳宗元、劉禹錫、陳諌、凌准、程異、韋執宜ら(二王八司馬)を登用、徳宗以来続いていた官吏腐敗を一新し、地方への財源建て直し、宦官からの兵権を取り返そうとするなどの永貞革新の政策を行なっている。

だが、即位して間もなく脳溢血に倒れ、言語障害の後遺症を残した。さらに8月には宦官の具文珍らが結託して皇帝に退位を迫り、即位後僅か7ヶ月で長男の李純に譲位し、自らは太上皇となった。

翌年、病気により47歳で崩御したが、宦官によって殺害されたとも伝えられている。

その在位中の記録として、韓愈の手になる『順宗実録』(『韓昌黎集』外集に所収)が現存する。

《憲宗》805年4月に立太子され、同年8月には順宗の病を理由にした譲位にともない即位した。即位後は宦官の勢力に対抗するために杜黄裳を登用した。

 

嗣皇卓犖信英主,文如太宗武高祖。

果然、順宗は位を遜られて、皇太子が即位されたので、それが即ち憲宗であり、その憲宗は、卓落として、天晴の英主におわし、文は唐王朝の基礎を固め、名君たる太宗の如く、武は隋末の乱を平げられた高祖の如く、やがて、圖籙にあたり、禅を受けて、帝位に上られたのである。

【1】    嗣皇 天子のよつぎ。皇位継承の第一順位にある者。皇太子。憲宗を謂う。

【2】    英主 すぐれた君主。英明な君主。順宗からついた憲宗を言う。

【3】    文如太宗 貞観の治と言う、唐王朝の基礎を固める善政を行い、中国史上最高の名君の一人と称えられる。

【4】    武高祖 李 淵、唐の初代皇帝のこと。隋末の混乱の中で長安を落として根拠地とし、恭帝侑を隋の正統として立てたうえで、その禅譲により唐を建国した。

 

膺圖受禪登明堂,共流幽州鯀死羽。

よって、明堂を開いて、諸侯を朝し、天の符命をうけ、同時に、舜が勇についで立つべく、共工を幽州に流し、鯀を羽山に殛した史実と同じように命を下し、小人どもの罪を糺し、王叔文の一党をことごとく斥けられた。

【5】    図籙にあたる。・図籙(トロク)=天の符命、秉籙(ヘイロク)=籙を秉る=天子の位につくこと承受瑞應之圖。 指帝王得國或嗣位。 晉 潘岳 《為賈謐作贈陸機詩》「 子嬰 面櫬, 漢祖 膺圖。」

【6】    登明堂 朝廷に参礼して諸侯が会すること。

【7】    共流幽州鯀死羽 舜の願いにより、驩兜、共工、鯀、三苗を四方に流した。共工を幽陵に流して北狄と同化させた。舜が鯀のした治水の様子を視察していたところ、鯀は羽山(うざん)で死んでいた。鮌與鯀同,禹父名。《楚辭》:“鯀婞直以忘身。”《書經》:“流共工於幽州,殛鯀於羽山。”以喻伾、叔文也。書經の堯典に「共工か幽州に流し、鯀を羽山に殛す」とあって、共・鯀は王伾王叔文の二人を指す。前に見えた江陵途中寄三學士に「赫然下明詔,首罪誅共兜。」(赫然【かくぜん】として明詔を下し、首罪 共兜【きょうとう】を誅すと。)赫然として明詔を下され、悪人の首魁として共工・駻兜に比すべき前朝の幸臣、王伾・王叔文、韋執誼の輩は、これを誅戮せられた。とあるのと同じ。

韓愈88-#15 §4-1 (改訂)巻一26 赴江陵途中寄贈王二十補闕、李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1529> Ⅱ#15 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6629

 

四門肅穆賢俊登,數君匪親豈其朋。

到るところの役所は、俄に粛穆となり、その職にかなうところの賢俊の士が、次第に登庸され、局面の全く一変したのは、国家のために慶すべきことである。ここに、劉禹錫・柳宗元等、数君の如きは、王叔文等と格別の縁故もなく、まさか其朋党ではあるまいと思われていたが、いづれも、員外郎という清要の職に居り、世間からも評判されて居たところのものである。

【8】    四門粛穆 《書經》:“賓於四門,四門穆穆。”「四門に賓し、四門穆穆」とある。四門:朝廷の東西南北の門。律令制下の官制は三省六部を頂点とするを朝廷とし、これらを総称する語として四門という。中書省が詔勅(皇帝の命令)の起草、門下省がその審議を行ない、尚書省が配下の六部(礼部・吏部・戸部・兵部・刑部・工部)を通して詔勅を実行する。 粛穆:厳かなこと。

【9】    賢俊 杜黃裳、鄭余慶等を用ひて宰相となぜしことかいふ。謂用杜黃裳、鄭余慶為宰相。

【10】  數君 柳宗元、劉禹錫之屬。

韓愈100 -#3《 巻三20 永貞行》 #3 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1583> Ⅱ#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6899

韓愈  永貞行  #3

元臣故老不敢語,晝臥涕泣何汍瀾。董賢三公誰復惜,侯景九錫行可歎。

國家功高德且厚,天位未許庸夫干。

そこで、元老とか元勲とか云はれる人人は、権勢の遠く相及ぼさないところから、彼等のなすがままにして、あえて語らず、鄭珣瑜の如きは、もう世が末になった、唐の社稷も滅亡が近いといって啼泣し、涙に咽びつつ、その家に帰り、昼寝をして、再び出ないといふ始末、しかも、決然起って之を争うものは無かった。

王叔文の一党の羽ぶりの善いことは、かの董賢が三公になり、侯景が九錫を賜わったと同じく、誰も彼奴に此大官は勿体ないといって、非難するものもないが、行く行くは、慨歎すべき有様であった。

そうはいっても、従来、唐室は固家の治に貢献した功績が高く、前代の徳澤は厚くして、遍く民心にしみわたっているから、たとえ 衰えたとはいえ、詰らぬものが天位を覬覦することは出来ない筈である。

韓愈100 -#3《 巻三20 永貞行》 #3 韓愈(韓退之)  805年貞元21年 38歳<1583> Ⅱ#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6899

 

 
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韓愈詩-韓愈100 -#3

年:805年貞元21年 38歳

卷別:    卷三三八              文體:    雜言古詩

詩題:    永貞行

【貞元二十一年,德宗崩,順宗立,改元永貞。韋執誼,王叔文等用事,又謀奪中官兵,制天下之命,是年八月,皇太子即位,帝自稱太上皇,上貶執誼,叔文等,愈故作〈永貞行〉云。】

作地點:              目前尚無資料

及地點:幽州 (河北道南部 幽州 幽州)           

羽山 (河南道 沂州 羽山)   

 

永貞行

(永貞の世の歌〔805年の出来事の裏話〕)

君不見太皇諒陰未出令,小人乘時偷國柄。

順宗皇帝は、折角、御即位に成ったけれども、まだ先帝徳宗の喪に居られる諒闇中でもあり、色色と御遠慮があるところから、まだ政令を発せられなかった。然るに、小人どもは、奇貨居るべしと爲し、公然、国家の権柄を倫み、天子の詔を矯めて、非常に暴逆なる振舞をした。

北軍百萬虎與貔,天子自將非他師。

中でも、一番怪しからぬのは、北軍は御親兵で、貔虎の精鋭百万を算すべく、天子が御自身に大元帥と御成りなされ、決して、他の者にその兵権を委ねられることのできない制度であるにも拘わらず、王叔文・韋執誼の輩は、第一に兵権を自分達の手に収めなければ、おもう存分の事ができぬというので、北軍の大将たるべき印を奪い、詔を矯めて、集中の者に附與した。

一朝奪印付私黨,懍懍朝士何能為。

そこで、在廷の朝士は、懍懍として、皆心に恐れ、見す見す悪い事とは知れながら、その命に屈従するようになり、何人も、これに封して反抗することができなかった。

(永貞行)

君見ずや太皇諒陰 未だ令を出さず,小人 時に乘じて國柄を偷む。

北軍百萬 虎と貔と,天子自ら將として他の師に非ず。

一朝 印を奪うて私黨に付す,懍懍たる朝士 何ぞ能く為ん。
#2

狐鳴梟噪爭署置,睗睒跳踉相嫵媚。

彼等の党派は、もう大丈夫だというので、狐の如く鳴き、梟の如く噪ぎ、人選で任官させるという段取りはじめたことにより、その党中の者どもは、互に猟官運動を爲し、目を閃めかし、體を躍らし、頻りに嫵媚を呈し、どうか上官の気に入って、善い役に有り付こうというので、大騒ぎをやらかしたのである。

夜作詔書朝拜官,超資越序曾無難。

その揚句には、王叔文や韋執誼などは、夜中に、勝手に詔書を作って、翌朝、それぞれ任命したが、その官の授け方は、如何にも乱暴極まるもので、資格にもかまわず、順序をば飛び越して、少しも憚ることなくやったのである。

公然白日受賄賂,火齊磊落堆金盤。

おまけに、賄賂を白昼公然として受け、「火齊」という珍らしい鉱物を、磊落として金盤に堆く盛ら上げて、持ち込んでくるものがあり、妻はその上に寝臥したという。

狐 鳴き 梟 噪いで 爭うて 署置す,睗睒 跳踉して相い嫵媚す。

夜 詔書を作って朝に官を拜す,資を超えて 序を越えて曾て難無し。

公然 白日 賄賂を受け,火齊 磊落 金盤に堆す。
#3

元臣故老不敢語,晝臥涕泣何汍瀾。

そこで、元老とか元勲とか云はれる人人は、権勢の遠く相及ぼさないところから、彼等のなすがままにして、あえて語らず、鄭珣瑜の如きは、もう世が末になった、唐の社稷も滅亡が近いといって啼泣し、涙に咽びつつ、その家に帰り、昼寝をして、再び出ないといふ始末、しかも、決然起って之を争うものは無かった。

董賢三公誰復惜,侯景九錫行可歎。

王叔文の一党の羽ぶりの善いことは、かの董賢が三公になり、侯景が九錫を賜わったと同じく、誰も彼奴に此大官は勿体ないといって、非難するものもないが、行く行くは、慨歎すべき有様であった。

國家功高德且厚,天位未許庸夫干。

そうはいっても、従来、唐室は固家の治に貢献した功績が高く、前代の徳澤は厚くして、遍く民心にしみわたっているから、たとえ 衰えたとはいえ、詰らぬものが天位を覬覦することは出来ない筈である。

元臣 故老 敢えて語らず,晝臥して 涕泣 何ぞ汍瀾たり。

董賢の三公 誰か復た惜まん,侯景の九錫 行く歎ず可し。

國家 功高くして 德且た厚し,天位 未だ許さず 庸夫の干すを。


#4

嗣皇卓犖信英主,文如太宗武高祖。

膺圖受禪登明堂,共流幽州鯀死羽。

四門肅穆賢俊登,數君匪親豈其朋。

#5

郎官清要為世稱,荒郡迫野嗟可矜。

湖波連天日相騰,蠻俗生梗瘴癘烝。

江氛嶺祲昏若凝,一蛇兩頭見未曾。

怪鳥鳴喚令人憎,蠱蟲群飛夜撲燈。

#6

雄虺毒螫墮股肱,食中置藥肝心崩。

左右使令詐難憑,慎勿浪信常兢兢。

吾嘗同僚情可勝,具書目見非妄徵,嗟爾既往宜為懲。

 

 

『永貞行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#3

元臣故老不敢語,晝臥涕泣何汍瀾。

董賢三公誰復惜,侯景九錫行可歎。

國家功高德且厚,天位未許庸夫干。

(下し文)
#3

元臣 故老 敢えて語らず,晝臥して 涕泣 何ぞ汍瀾たり。

董賢の三公 誰か復た惜まん,侯景の九錫 行く歎ず可し。

國家 功高くして 德且た厚し,天位 未だ許さず 庸夫の干すを。

(現代語訳)
#3

そこで、元老とか元勲とか云はれる人人は、権勢の遠く相及ぼさないところから、彼等のなすがままにして、あえて語らず、鄭珣瑜の如きは、もう世が末になった、唐の社稷も滅亡が近いといって啼泣し、涙に咽びつつ、その家に帰り、昼寝をして、再び出ないといふ始末、しかも、決然起って之を争うものは無かった。

王叔文の一党の羽ぶりの善いことは、かの董賢が三公になり、侯景が九錫を賜わったと同じく、誰も彼奴に此大官は勿体ないといって、非難するものもないが、行く行くは、慨歎すべき有様であった。

そうはいっても、従来、唐室は固家の治に貢献した功績が高く、前代の徳澤は厚くして、遍く民心にしみわたっているから、たとえ 衰えたとはいえ、詰らぬものが天位を覬覦することは出来ない筈である。


(訳注) #3

永貞行 #3

(永貞の世の歌〔805年の出来事の裏話〕)

永貞行 順宗在位八個月の間における表面の史実は、単に此だけである。韓愈の此詩は、即ち裏面の事実を叙したので、王伾・王叔文が宰相韋執誼と結託して、非常に悪い事を行った有様を写したところは、まことに面白いのみならず、亦た実に正史の缼を補うことができる。但し、劉禹錫・柳宗元等は、その党與であった為に、いづれも、遠地に貶謫されて仕舞った。この二人は、韓愈が曩に陽山令に左遷される時、どうやら中傷を試みたらしいという疑も無いではないが、韓愈は、従前の友誼の上から、そんな事は全然忘れて仕舞い、この詩の後年に於いては、専ら二人の不運を傷んで、同情を寄せて居る。

 

元臣故老不敢語,晝臥涕泣何汍瀾。

そこで、元老とか元勲とか云はれる人人は、権勢の遠く相及ぼさないところから、彼等のなすがままにして、あえて語らず、鄭珣瑜の如きは、もう世が末になった、唐の社稷も滅亡が近いといって啼泣し、涙に咽びつつ、その家に帰り、昼寝をして、再び出ないといふ始末、しかも、決然起って之を争うものは無かった。

【1】    元臣故老不敢語 元臣は元老杜佑、高郢、鄭珣瑜等をいう。

【2】    唐書鄭珣瑜傳「王叔文用事,一日諸相會食,叔文至中書,欲與韋執誼計事。執誼起迎,諸相停箸以待。有頃,報叔文索飯,已與韋相同餐閤中矣。杜佑、高郢懼不敢言,鄭珣瑜獨嘆曰:“吾豈可復居此位。”索馬徑歸,臥不起。」(王叔文事を用う,一日諸相と會食し,叔文中書に至る,韋執誼と計事を與さんと欲す。執誼 起迎し,諸相 箸を停め以て待す。頃 有り,叔文飯を索めるを報い,已に與う韋相同餐して閤中せんや。杜佑、高郢 敢えて言ざるを懼れ,鄭珣瑜 獨り嘆して曰く:“吾 豈に復た此に居り位す可べべけんや。”索馬徑歸し,臥して起きず。)王叔文.一日中書に至って、韋執誼を見る。直吏白す、宰相の會食にこ方つては、百官見るものなりしと。叔文恚って吏を叱す。吏、走って入って白す。執誼、起って閣に就いて、叔文と語る。鄭珣瑜.杜佑・高郢とはしをとめて以て待つ。これに頃くして、吏白す復た此に居り位す可べけんや。左右に命じて馬を取らしめて帰り、家に臥して出です」とある。

 

董賢三公誰復惜,侯景九錫行可歎。

王叔文の一党の羽ぶりの善いことは、かの董賢が三公になり、侯景が九錫を賜わったと同じく、誰も彼奴に此大官は勿体ないといって、非難するものもないが、行く行くは、慨歎すべき有様であった。

【3】    董賢 《前漢·董賢傳》「哀帝元壽元年,帝重賢,封賢為高安侯。欲極其位,遂以賢為大司馬衛將軍。是時賢年二十二,為三公。」(哀帝の元壽元年,帝 賢を重じ,賢を封じて高安侯と為す。其の位を極めんと欲し,遂に賢を以て大司馬衛將軍と為す。是の時 賢 年二十二にして,三公と為す。)とある。

【4】    侯東《南史·侯景傳》「景矯蕭棟詔,自加九錫。」(景、蕭棟の詔を矯めて,自ら九錫を加う。)とある。

【5】    九錫 韓詩外傳に自註「九錫,一曰車馬,二曰衣服,三曰樂則,四曰朱戶,五曰納陛,六曰虎賁,七曰斧鋮,八曰弓矢,九曰矩鬯也。」(九錫とは,一に車馬,二に衣服,三に樂則,四に朱戶,五に納陛,六に虎賁,七に斧鋮,八に弓矢,九に矩鬯をいうなり。)とあって、東漢以後.九錫を賜わることが、受禅の先ぶれに成っていた。

 

國家功高德且厚,天位未許庸夫干。

そうはいっても、従来、唐室は固家の治に貢献した功績が高く、前代の徳澤は厚くして、遍く民心にしみわたっているから、たとえ 衰えたとはいえ、詰らぬものが天位を覬覦することは出来ない筈である。

 

<順宗>

779年に立太子され、805年に徳宗の崩御により即位した。王叔文を翰林学士に任じ、韓秦、韓曄、柳宗元、劉禹錫、陳諌、凌准、程異、韋執宜ら(二王八司馬)を登用、徳宗以来続いていた官吏腐敗を一新し、地方への財源建て直し、宦官からの兵権を取り返そうとするなどの永貞革新の政策を行なっている。

だが、即位して間もなく脳溢血に倒れ、言語障害の後遺症を残した。さらに8月には宦官の具文珍らが結託して皇帝に退位を迫り、即位後僅か7ヶ月で長男の李純に譲位し、自らは太上皇となった。

翌年、病気により47歳で崩御したが、宦官によって殺害されたとも伝えられている。

その在位中の記録として、韓愈の手になる『順宗実録』(『韓昌黎集』外集に所収)が現存する。

 

<憲宗>

憲宗(けんそう)は、唐朝の第14代皇帝。順宗の長男。

805年4月に立太子され、同年8月には順宗の病を理由にした譲位にともない即位した。即位後は宦官の勢力に対抗するために杜黄裳を登用した。さらに地方の節度使勢力を抑制するため、817年(元和12年)には淮西節度使を討って地方の統制強化も実施している。対藩鎮勢力の施策としては、儒者の臣を藩帥に任命し、監査任務を主とする監軍には宦官を配し、節度使勢力の動静を監視させる制度を開始した。さらに名臣と謳われた武元衛や李吉甫らにも恵まれ、軍備を拡張した禁軍を積極的に活用した結果、唐王朝に反抗的であった河朔三鎮も服従を誓い、衰退した唐は一時的な中興を見た。

だが、太子に立てられた長男の鄧王・李寧(恵昭太子)が19歳で早世すると、憲宗はその悲しみから仏教や道教に耽溺するようになった。法門寺の仏舎利を長安に奉迎することを計画し、韓愈の「論仏骨表」による諫言を退け、莫大な国費を費やして供養を行なった。また丹薬を乱用し宦官を虐待するという精神的異常をきたした。そのため820年に宦官の王守澄や陳弘志らによって43歳で暗殺されてしまった。

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韓愈  永貞行 #2   

狐鳴梟噪爭署置,睗睒跳踉相嫵媚。夜作詔書朝拜官,超資越序曾無難。

公然白日受賄賂,火齊磊落堆金盤。

彼等の党派は、もう大丈夫だというので、狐の如く鳴き、梟の如く噪ぎ、人選で任官させるという段取りはじめたことにより、その党中の者どもは、互に猟官運動を爲し、目を閃めかし、體を躍らし、頻りに嫵媚を呈し、どうか上官の気に入って、善い役に有り付こうというので、大騒ぎをやらかしたのである。その揚句には、王叔文や韋執誼などは、夜中に、勝手に詔書を作って、翌朝、それぞれ任命したが、その官の授け方は、如何にも乱暴極まるもので、資格にもかまわず、順序をば飛び越して、少しも憚ることなくやったのである。おまけに、賄賂を白昼公然として受け、「火齊」という珍らしい鉱物を、磊落として金盤に堆く盛ら上げて、持ち込んでくるものがあり、妻はその上に寝臥したという。

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 韓愈詩-韓愈100 -#2

年:805年貞元21年 38歳

卷別:    卷三三八              文體:    雜言古詩

詩題:    永貞行

【貞元二十一年,德宗崩,順宗立,改元永貞。韋執誼,王叔文等用事,又謀奪中官兵,制天下之命,是年八月,皇太子即位,帝自稱太上皇,上貶執誼,叔文等,愈故作〈永貞行〉云。】

作地點:              目前尚無資料

及地點:幽州 (河北道南部 幽州 幽州)           

羽山 (河南道 沂州 羽山)   

 

永貞行

君不見太皇諒陰未出令,小人乘時偷國柄。

北軍百萬虎與貔,天子自將非他師。

一朝奪印付私黨,懍懍朝士何能為。

(永貞の世の歌〔805年の出来事の裏話〕)

順宗皇帝は、折角、御即位に成ったけれども、まだ先帝徳宗の喪に居られる諒闇中でもあり、色色と御遠慮があるところから、まだ政令を発せられなかった。然るに、小人どもは、奇貨居るべしと爲し、公然、国家の権柄を倫み、天子の詔を矯めて、非常に暴逆なる振舞をした。

中でも、一番怪しからぬのは、北軍は御親兵で、貔虎の精鋭百万を算すべく、天子が御自身に大元帥と御成りなされ、決して、他の者にその兵権を委ねられることのできない制度であるにも拘わらず、王叔文・韋執誼の輩は、第一に兵権を自分達の手に収めなければ、おもう存分の事ができぬというので、北軍の大将たるべき印を奪い、詔を矯めて、集中の者に附與した。

そこで、在廷の朝士は、懍懍として、皆心に恐れ、見す見す悪い事とは知れながら、その命に屈従するようになり、何人も、これに封して反抗することができなかった。

(永貞行)

君見ずや太皇諒陰 未だ令を出さず,小人 時に乘じて國柄を偷む。

北軍百萬 虎と貔と,天子自ら將として他の師に非ず。

一朝 印を奪うて私黨に付す,懍懍たる朝士 何ぞ能く為ん。
#2

狐鳴梟噪爭署置,睗睒跳踉相嫵媚。

夜作詔書朝拜官,超資越序曾無難。

公然白日受賄賂,火齊磊落堆金盤。

彼等の党派は、もう大丈夫だというので、狐の如く鳴き、梟の如く噪ぎ、人選で任官させるという段取りはじめたことにより、その党中の者どもは、互に猟官運動を爲し、目を閃めかし、體を躍らし、頻りに嫵媚を呈し、どうか上官の気に入って、善い役に有り付こうというので、大騒ぎをやらかしたのである。

その揚句には、王叔文や韋執誼などは、夜中に、勝手に詔書を作って、翌朝、それぞれ任命したが、その官の授け方は、如何にも乱暴極まるもので、資格にもかまわず、順序をば飛び越して、少しも憚ることなくやったのである。

おまけに、賄賂を白昼公然として受け、「火齊」という珍らしい鉱物を、磊落として金盤に堆く盛ら上げて、持ち込んでくるものがあり、妻はその上に寝臥したという。

狐 鳴き 梟 噪いで 爭うて 署置す,睗睒 跳踉して相い嫵媚す。

夜 詔書を作って朝に官を拜す,資を超えて 序を越えて曾て難無し。

公然 白日 賄賂を受け,火齊 磊落 金盤に堆す。
#3

元臣故老不敢語,晝臥涕泣何汍瀾。

董賢三公誰復惜,侯景九錫行可歎。

國家功高德且厚,天位未許庸夫干。

#4

嗣皇卓犖信英主,文如太宗武高祖。

膺圖受禪登明堂,共流幽州鯀死羽。

四門肅穆賢俊登,數君匪親豈其朋。

#5

郎官清要為世稱,荒郡迫野嗟可矜。

湖波連天日相騰,蠻俗生梗瘴癘烝。

江氛嶺祲昏若凝,一蛇兩頭見未曾。

怪鳥鳴喚令人憎,蠱蟲群飛夜撲燈。

#6

雄虺毒螫墮股肱,食中置藥肝心崩。

左右使令詐難憑,慎勿浪信常兢兢。

吾嘗同僚情可勝,具書目見非妄徵,嗟爾既往宜為懲。

 

 

 

『永貞行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

狐鳴梟噪爭署置,睗睒跳踉相嫵媚。

夜作詔書朝拜官,超資越序曾無難。

公然白日受賄賂,火齊磊落堆金盤。

(下し文)
#2

狐 鳴き 梟 噪いで 爭うて 署置す,睗睒 跳踉して相い嫵媚す。

夜 詔書を作って朝に官を拜す,資を超えて 序を越えて曾て難無し。

公然 白日 賄賂を受け,火齊 磊落 金盤に堆す。

(現代語訳)
#2

彼等の党派は、もう大丈夫だというので、狐の如く鳴き、梟の如く噪ぎ、人選で任官させるという段取りはじめたことにより、その党中の者どもは、互に猟官運動を爲し、目を閃めかし、體を躍らし、頻りに嫵媚を呈し、どうか上官の気に入って、善い役に有り付こうというので、大騒ぎをやらかしたのである。

その揚句には、王叔文や韋執誼などは、夜中に、勝手に詔書を作って、翌朝、それぞれ任命したが、その官の授け方は、如何にも乱暴極まるもので、資格にもかまわず、順序をば飛び越して、少しも憚ることなくやったのである。

おまけに、賄賂を白昼公然として受け、「火齊」という珍らしい鉱物を、磊落として金盤に堆く盛ら上げて、持ち込んでくるものがあり、妻はその上に寝臥したという。


(訳注)

永貞行 #2

(永貞の世の歌〔805年の出来事の裏話〕)

永貞行 順宗在位八個月の間における表面の史実は、単に此だけである。韓愈の此詩は、即ち裏面の事実を叙したので、王伾・王叔文が宰相韋執誼と結託して、非常に悪い事を行った有様を写したところは、まことに面白いのみならず、亦た実に正史の缼を補うことができる。但し、劉禹錫・柳宗元等は、その党與であった為に、いづれも、遠地に貶謫されて仕舞った。この二人は、韓愈が曩に陽山令に左遷される時、どうやら中傷を試みたらしいという疑も無いではないが、韓愈は、従前の友誼の上から、そんな事は全然忘れて仕舞ひ、この詩の後年に於ては、専ら二人の不運を傷んで、同情を寄せて居る。

 

狐鳴梟噪爭署置,睗睒跳踉相嫵媚。

彼等の党派は、もう大丈夫だというので、狐の如く鳴き、梟の如く噪ぎ、人選で任官させるという段取りはじめたことにより、その党中の者どもは、互に猟官運動を爲し、目を閃めかし、體を躍らし、頻りに嫵媚を呈し、どうか上官の気に入って、善い役に有り付こうというので、大騒ぎをやらかしたのである。

【1】    狐鳴梟噪 《楚辞、惜誓第十一》「黃鵠後時而寄處兮,鴟梟群而制之。」(黄鵠 時に後れて寄処すれば、鴟梟群がりてこれを制す)とある。

【2】    署置 署任、人も見立てで官位を授けること。

【3】    睗睒 説明文に「睒は蹔視なり、睗は疾視なり」とあり、目を閃かして尋ねまわる。

【4】    跳踉 身を躍らす。

 

夜作詔書朝拜官,超資越序曾無難。

その揚句には、王叔文や韋執誼などは、夜中に、勝手に詔書を作って、翌朝、それぞれ任命したが、その官の授け方は、如何にも乱暴極まるもので、資格にもかまわず、順序をば飛び越して、少しも憚ることなくやったのである。

【5】    超資 資格をあたえる。。

【6】    越序 順序を飛び越える。

 

公然白日受賄賂,火齊磊落堆金盤。

おまけに、賄賂を白昼公然として受け、「火齊」という珍らしい鉱物を、磊落として金盤に堆く盛ら上げて、持ち込んでくるものがあり、妻はその上に寝臥したという。

火齊 西都賦に「翡翠火齊、流耀堆金盤」とあり、杜甫の詩に「火齊堆金盤」とあって、普通に珠玉といって居るが、太平寰宇記に「天竺に火齊あり、雲母の如くして色紫、これか裂けば、薄きこと蝉翼の如く、これか積めば、紗穀の重」とあるを見れば、珠玉では無いらしく、装飾に用ふる雲母様の鉱物である。王叔文の一党が賄賂を得たことは、舊唐書に「王伾、叔文と及び諸朋党の門、車馬塡湊、しかも、伾の門、尤も盛にして、珍玩賂遺.歳時絶えず。室中に大櫃を

韓愈100 -#1《 巻三20 永貞行》 #1 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1581> Ⅱ#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6889

韓愈  永貞行   

君不見太皇諒陰未出令,小人乘時偷國柄。北軍百萬虎與貔,天子自將非他師。一朝奪印付私黨,懍懍朝士何能為。

(永貞の世の歌〔805年の出来事の裏話〕)

順宗皇帝は、折角、御即位に成ったけれども、まだ先帝徳宗の喪に居られる諒闇中でもあり、色色と御遠慮があるところから、まだ政令を発せられなかった。然るに、小人どもは、奇貨居るべしと爲し、公然、国家の権柄を倫み、天子の詔を矯めて、非常に暴逆なる振舞をした。

中でも、一番怪しからぬのは、北軍は御親兵で、貔虎の精鋭百万を算すべく、天子が御自身に大元帥と御成りなされ、決して、他の者にその兵権を委ねられることのできない制度であるにも拘わらず、王叔文・韋執誼の輩は、第一に兵権を自分達の手に収めなければ、おもう存分の事ができぬというので、北軍の大将たるべき印を奪い、詔を矯めて、集中の者に附與した。

そこで、在廷の朝士は、懍懍として、皆心に恐れ、見す見す悪い事とは知れながら、その命に屈従するようになり、何人も、これに封して反抗することができなかった。

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805年即位。順宗は唐朝の第13代皇帝。徳宗の長男。

779年に立太子され、805年に徳宗の崩御により即位した。王叔文を翰林学士に任じ、韓秦、韓曄、柳宗元、劉禹錫、陳諌、凌准、程異、韋執宜ら(二王八司馬)を登用、徳宗以来続いていた官吏腐敗を一新し、地方への財源建て直し、宦官からの兵権を取り返そうとするなどの永貞革新の政策を行なっている。

だが、即位して間もなく脳溢血に倒れ、言語障害の後遺症を残した。さらに8月には宦官の具文珍らが結託して皇帝に退位を迫り、即位後僅か7ヶ月で長男の李純に譲位し、自らは太上皇となった。

翌年、病気により47歳で崩御したが、宦官によって殺害されたとも伝えられている。

その在位中の記録として、韓愈の手になる『順宗実録』(『韓昌黎集』外集に所収)が現存する。

805年即位。憲宗は、唐朝の第14代皇帝。順宗の長男。

805年4月に立太子され、同年8月には順宗の病を理由にした譲位にともない即位した。即位後は宦官の勢力に対抗するために杜黄裳を登用した。さらに地方の節度使勢力を抑制するため、817年(元和12年)には淮西節度使を討って地方の統制強化も実施している。対藩鎮勢力の施策としては、儒者の臣を藩帥に任命し、監査任務を主とする監軍には宦官を配し、節度使勢力の動静を監視させる制度を開始した。さらに名臣と謳われた武元衛や李吉甫らにも恵まれ、軍備を拡張した禁軍を積極的に活用した結果、唐王朝に反抗的であった河朔三鎮も服従を誓い、衰退した唐は一時的な中興を見た。

だが、太子に立てられた長男の鄧王・李寧(恵昭太子)が19歳で早世すると、憲宗はその悲しみから仏教や道教に耽溺するようになった。法門寺の仏舎利を長安に奉迎することを計画し、韓愈の「論仏骨表」による諫言を退け、莫大な国費を費やして供養を行なった。また丹薬を乱用し宦官を虐待するという精神的異常をきたした。そのため820年に宦官の王守澄や陳弘志らによって43歳で暗殺されてしまった。

憲宗原名淳,德宗貞元四年(七八八)六月,封為廣陵郡王。順宗即位,冊為皇太子,改名純。

  德宗崩於貞元二十一年(八○五)正月,順宗即位。然順宗自去歲九月病風,已不能言。其親信王伾、王叔文用事,柳宗元、劉禹錫、韓泰等附和二王,雖政有可觀,然以奪權太急,順宗久病,頗引中外疑懼。謀奪取宦官兵權以自固,宦官亦必欲去二王而後快。同年八月,宦官俱文珍屢啟請太子監國,順宗亦厭倦萬機,遂許之,並改元永貞,此即所謂永貞內禪。內禪之後,立貶王伾、王叔文二人。王伾死於貶所;次年,王叔文賜死。二王之黨韋執誼、韓泰、陳諫、柳宗元、劉禹錫、韓曄、凌準、程异等,俱貶遠州司馬,此即二王八司馬。

  憲宗即位,次年改元元和(八○五~八二○)。即位之初,想望太宗、玄宗之政,以為當推誠臣僚,共成大業,故慎於任相,使各盡力。元和政有可觀,此為主因。然亦寵信宦官,重用吐突承璀,而使元和政非盡美,其因或在於此。

 

 

 

 

韓愈詩-韓愈100 -#1

年:805年貞元21年 38歳

卷別:    卷三三八              文體:    雜言古詩

詩題:    永貞行

【貞元二十一年,德宗崩,順宗立,改元永貞。韋執誼,王叔文等用事,又謀奪中官兵,制天下之命,是年八月,皇太子即位,帝自稱太上皇,上貶執誼,叔文等,愈故作〈永貞行〉云。】

作地點:              目前尚無資料

及地點:幽州 (河北道南部 幽州 幽州)           

羽山 (河南道 沂州 羽山)   

 

永貞行

君不見太皇諒陰未出令,小人乘時偷國柄。

北軍百萬虎與貔,天子自將非他師。

一朝奪印付私黨,懍懍朝士何能為。

(永貞の世の歌〔805年の出来事の裏話〕)

順宗皇帝は、折角、御即位に成ったけれども、まだ先帝徳宗の喪に居られる諒闇中でもあり、色色と御遠慮があるところから、まだ政令を発せられなかった。然るに、小人どもは、奇貨居るべしと爲し、公然、国家の権柄を倫み、天子の詔を矯めて、非常に暴逆なる振舞をした。

中でも、一番怪しからぬのは、北軍は御親兵で、貔虎の精鋭百万を算すべく、天子が御自身に大元帥と御成りなされ、決して、他の者にその兵権を委ねられることのできない制度であるにも拘わらず、王叔文・韋執誼の輩は、第一に兵権を自分達の手に収めなければ、おもう存分の事ができぬというので、北軍の大将たるべき印を奪い、詔を矯めて、集中の者に附與した。

そこで、在廷の朝士は、懍懍として、皆心に恐れ、見す見す悪い事とは知れながら、その命に屈従するようになり、何人も、これに封して反抗することができなかった。

(永貞行)

君見ずや太皇諒陰 未だ令を出さず,小人 時に乘じて國柄を偷む。

北軍百萬 虎と貔と,天子自ら將として他の師に非ず。

一朝 印を奪うて私黨に付す,懍懍たる朝士 何ぞ能く為ん。
#2

狐鳴梟噪爭署置,睒跳踉相嫵媚。

夜作詔書朝拜官,超資越序曾無難。

公然白日受賄賂,火齊磊落堆金盤。

#3

元臣故老不敢語,晝臥涕泣何汍瀾。

董賢三公誰復惜,侯景九錫行可歎。

國家功高德且厚,天位未許庸夫干。

#4

嗣皇卓犖信英主,文如太宗武高祖。

膺圖受禪登明堂,共流幽州鯀死羽。

四門肅穆賢俊登,數君匪親豈其朋。

#5

郎官清要為世稱,荒郡迫野嗟可矜。

湖波連天日相騰,蠻俗生梗瘴癘烝。

江氛嶺祲昏若凝,一蛇兩頭見未曾。

怪鳥鳴喚令人憎,蠱蟲群飛夜撲燈。

#6

雄虺毒螫墮股肱,食中置藥肝心崩。

左右使令詐難憑,慎勿浪信常兢兢。

吾嘗同僚情可勝,具書目見非妄徵,嗟爾既往宜為懲。

 

 

『永貞行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

(永貞行)

君見ずや太皇諒陰 未だ令を出さず,小人 時に乘じて國柄を偷む。

北軍百萬 虎と貔と,天子自ら將として他の師に非ず。

一朝 印を奪うて私黨に付す,懍懍たる朝士 何ぞ能く為ん。

(下し文)
永貞行

君不見太皇諒陰未出令,小人乘時偷國柄。

北軍百萬虎與貔,天子自將非他師。

一朝奪印付私黨,懍懍朝士何能為。

(現代語訳)
(永貞の世の歌〔805年の出来事の裏話〕)

順宗皇帝は、折角、御即位に成ったけれども、まだ先帝徳宗の喪に居られる諒闇中でもあり、色色と御遠慮があるところから、まだ政令を発せられなかった。然るに、小人どもは、奇貨居るべしと爲し、公然、国家の権柄を倫み、天子の詔を矯めて、非常に暴逆なる振舞をした。

中でも、一番怪しからぬのは、北軍は御親兵で、貔虎の精鋭百万を算すべく、天子が御自身に大元帥と御成りなされ、決して、他の者にその兵権を委ねられることのできない制度であるにも拘わらず、王叔文・韋執誼の輩は、第一に兵権を自分達の手に収めなければ、おもう存分の事ができぬというので、北軍の大将たるべき印を奪い、詔を矯めて、集中の者に附與した。

そこで、在廷の朝士は、懍懍として、皆心に恐れ、見す見す悪い事とは知れながら、その命に屈従するようになり、何人も、これに封して反抗することができなかった。


(訳注)

永貞行

(永貞の世の歌〔805年の出来事の裏話〕)

【1】    永貞行 順宗在位八個月の間における表面の史実は、単に此だけである。韓愈の此詩は、即ち裏面の事実を叙したので、王伾・王叔文が宰相韋執誼と結託して、非常に悪い事を行った有様を写したところは、まことに面白いのみならず、亦た実に正史の缼を補うことができる。但し、劉禹錫・柳宗元等は、その党與であった為に、いづれも、遠地に貶謫されて仕舞った。この二人は、韓愈が曩に陽山令に左遷される時、どうやら中傷を試みたらしいという疑も無いではないが、韓愈は、従前の友誼の上から、そんな事は全然忘れて仕舞ひ、この詩の後年に於ては、専ら二人の不運を傷んで、同情を寄せて居る。

《舊唐書》卷十四〈順宗本紀〉:上元二十一年(805)正月癸巳,德宗崩,丙申,即位於太極. 殿。上自二十年九月風病,不能言,暨德宗不豫,諸王親戚皆侍醫藥,獨上臥病不能侍。德宗彌. 留,思見太子,涕咽久之。大行發喪,人情震懼。上力疾衰服,見百僚於九仙門。既即位,知社. 稷有奉,中外始安。

貶右散騎常侍王伾為開州司馬, 前戶部侍郎、度支鹽鐵轉運使王叔文為渝州司戶。元和元年正月丙寅朔,皇帝率百僚上太上皇尊號曰應乾聖壽。

事無巨細,皆決於李忠言、王伾、王叔文。物論喧雜,以為不可。

順宗即位之年四月,冊為皇太子。七月乙未,權勾當軍國政事。八月丁酉朔,受內禪。乙巳,即皇帝位於宣政殿。

 

君不見太皇諒陰未出令,小人乘時偷國柄。

順宗皇帝は、折角、御即位に成ったけれども、まだ先帝徳宗の喪に居られる諒闇中でもあり、色色と御遠慮があるところから、まだ政令を発せられなかった。然るに、小人どもは、奇貨居るべしと爲し、公然、国家の権柄を倫み、天子の詔を矯めて、非常に暴逆なる振舞をした。

【2】    太皇諒陰 太皇は順宗をいう。諒陰は喪に居られる諒闇中であること。

【3】    小人乘時 王伾・王叔文の二人を示すが、この小人らが宰相韋執誼と結託して、非常に悪い事を行ったことをいう。

 

北軍百萬虎與貔,天子自將非他師。

中でも、一番怪しからぬのは、北軍は御親兵で、貔虎の精鋭百万を算すべく、天子が御自身に大元帥と御成りなされ、決して、他の者にその兵権を委ねられることのできない制度であるにも拘わらず、王叔文・韋執誼の輩は、第一に兵権を自分達の手に収めなければ、おもう存分の事ができぬというので、北軍の大将たるべき印を奪い、詔を矯めて、集中の者に附與した。

【4】    北軍 天子の親兵は禁軍であり、南北両衞に分かれ、北衞が天子の近衛兵として重んじられていた。

【5】    虎與貔 貔虎の精鋭、勇ましい兵卒のたとえ。貔貅、豼貅は伝説上の猛獣の名。貔が雄で、貅が雌であるとされる。また、貔貅という語は一般に勇ましい兵卒のたとえとしても用いられる。

 

一朝奪印付私黨,懍懍朝士何能為。

そこで、在廷の朝士は、懍懍として、皆心に恐れ、見す見す悪い事とは知れながら、その命に屈従するようになり、何人も、これに封して反抗することができなかった。

【6】    奪印付私黨 舊唐書王叔文傳に「叔文、省署に在り、その党與を引いて竊に語り、内官の兵柄争奪わんことを謀り、故將范希朝を以て京西北諸鎭を統べしめ、行営兵馬使韓泰、これに副たり」とある。

韓愈99《巻三19 岣嶁山》 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1580> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6884韓愈詩-韓愈99

韓愈  岣嶁山   

【《山海經》:「衡山一名岣嶁山。」或以為衡山南麓別峰之名。岣音矩,嶁音縷。】

岣嶁山尖神禹碑,字青石赤形模奇。

科斗拳身薤倒披,鸞飄鳳泊拏虎螭。

事嚴跡秘鬼莫窺,道人獨上偶見之。

我來咨嗟涕漣洏,千搜萬索何處有,森森綠樹猿猱悲。

(衡山の南峰の別名を岣嶁山といい、これまでの詩と別の角度から述べる)【山海經にいう衡山の別名を岣嶁山という。或は衡山の南麓別峰の名をいう、岣は矩、嶁は縷である。】岣嶁山の絶頂の鋭く尖った處に古代の聖王禹の碑がたっているといい、その碑は古色蒼然たるもので、文字は青色で、石は赤く、碑の形はきわめてめずらしいものである。その字体は、もとより古篆であり、それは科斗が身をかがめ、柊木の葉が 逆さにぶら下がったようなかたちであり、そんな字が碑に彫ってあるから、鸞が飛び、鳳がそれの泊まって、虎と螭がつかみ合うように見えるということである。事実は神禹が碑を建てたということは、きわめて厳粛なものであり、形跡は秘密なものである、だから鬼神にさえも窺知を許さないというものなのだというのに、道敦の修行者が、時たま、山にひとり登って、偶然これを発見したというのははなはだ怪しいものだ。我々もここにやって来たがそこには行けるはずもないとなげいてしまい、涙がしとどに流れて止まらない。干遍探し、万遍も探索したのだが、いったい何処にあるというのか、ただそこでは、森森とした静かな緑樹の林に猿と猱共が、悲しく泣いているのみである。
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年:       永貞元年

寫作時間:           805年

寫作年紀:           38歲

卷別:    卷三三八              文體:    七言古詩

詩題:    岣嶁山

【《山海經》:「衡山一名岣嶁山。」或以為衡山南麓別峰之名。岣音矩,嶁音縷。】

作地點:              目前尚無資料

及地點:              岣嶁山 (江南西道 衡州 衡陽)           

 

 

岣嶁山

(衡山の南峰の別名を岣嶁山といい、これまでの詩と別の角度から述べる)

【《山海經》:「衡山一名岣嶁山。」或以為衡山南麓別峰之名。岣音矩,嶁音縷。】

【山海經にいう衡山の別名を岣嶁山という。或は衡山の南麓別峰の名をいう、岣は矩、嶁は縷である。】

岣嶁山尖神禹碑,字青石赤形模奇。

岣嶁山の絶頂の鋭く尖った處に古代の聖王禹の碑がたっているといい、その碑は古色蒼然たるもので、文字は青色で、石は赤く、碑の形はきわめてめずらしいものである。
科斗拳身薤倒披,鸞飄鳳泊拏虎螭。

その字体は、もとより古篆であり、それは科斗が身をかがめ、柊木の葉が 逆さにぶら下がったようなかたちであり、そんな字が碑に彫ってあるから、鸞が飛び、鳳がそれの泊まって、虎と螭がつかみ合うように見えるということである。
事嚴跡秘鬼莫窺,道人獨上偶見之。

事実は神禹が碑を建てたということは、きわめて厳粛なものであり、形跡は秘密なものである、だから鬼神にさえも窺知を許さないというものなのだというのに、道敦の修行者が、時たま、山にひとり登って、偶然これを発見したというのははなはだ怪しいものだ。
我來咨嗟涕漣洏,千搜萬索何處有,森森綠樹猿猱悲。

我々もここにやって来たがそこには行けるはずもないとなげいてしまい、涙がしとどに流れて止まらない。干遍探し、万遍も探索したのだが、いったい何処にあるというのか、ただそこでは、森森とした静かな緑樹の林に猿と猱共が、悲しく泣いているのみである。

(岣嶁山)

【《山海經》の註「衡山は一名 岣嶁山なり。」或いは以て衡山 南麓を 別峰の名を為す。岣は音矩し,嶁は音縷とす。】

岣嶁の山尖 神禹の碑あり,字青く 石赤くして 形模 奇なり。

科斗 身を拳めて 薤 倒に披く,鸞飄 鳳泊 虎螭を拏む。

事 嚴に 跡秘にして鬼も窺う莫れ,道人 獨り上って偶ま之を見る。

我 來って咨嗟して涕 漣洏たり,千搜 萬索 何の處にか有る,森森たる綠樹 猿猱 悲しむ。

 

『岣嶁山』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

岣嶁山

【《山海經》:「衡山一名岣嶁山。」或以為衡山南麓別峰之名。岣音矩,嶁音縷。】

岣嶁山尖神禹碑,字青石赤形模奇。

科斗拳身薤倒披,鸞飄鳳泊拏虎螭。

事嚴跡秘鬼莫窺,道人獨上偶見之。

我來咨嗟涕漣洏,千搜萬索何處有,森森綠樹猿猱悲。
詩文(含異文):     岣嶁山尖神禹碑,字青石赤形模奇。科斗拳身薤倒披【科斗拳身薤葉披】,鸞飄鳳泊拏虎螭。事嚴跡秘鬼莫窺,道人獨上偶見之。我來咨嗟涕漣洏,千搜萬索何處有,森森綠樹猿猱悲。


(下し文)
(岣嶁山)

【《山海經》の註「衡山は一名 岣嶁山なり。」或いは以て衡山 南麓を 別峰の名を為す。岣は音矩し,嶁は音縷とす。】

岣嶁の山尖 神禹の碑あり,字青く 石赤くして 形模 奇なり。

科斗 身を拳めて 薤 倒に披く,鸞飄 鳳泊 虎螭を拏む。

事 嚴に 跡秘にして鬼も窺う莫れ,道人 獨り上って偶ま之を見る。

我 來って咨嗟して涕 漣洏たり,千搜 萬索 何の處にか有る,森森たる綠樹 猿猱 悲しむ。

(現代語訳)
(衡山の南峰の別名を岣嶁山といい、これまでの詩と別の角度から述べる)

【山海經にいう衡山の別名を岣嶁山という。或は衡山の南麓別峰の名をいう、岣は矩、嶁は縷である。】

岣嶁山の絶頂の鋭く尖った處に古代の聖王禹の碑がたっているといい、その碑は古色蒼然たるもので、文字は青色で、石は赤く、碑の形はきわめてめずらしいものである。
その字体は、もとより古篆であり、それは科斗が身をかがめ、柊木の葉が 逆さにぶら下がったようなかたちであり、そんな字が碑に彫ってあるから、鸞が飛び、鳳がそれの泊まって、虎と螭がつかみ合うように見えるということである。
事実は神禹が碑を建てたということは、きわめて厳粛なものであり、形跡は秘密なものである、だから鬼神にさえも窺知を許さないというものなのだというのに、道敦の修行者が、時たま、山にひとり登って、偶然これを発見したというのははなはだ怪しいものだ。
我々もここにやって来たがそこには行けるはずもないとなげいてしまい、涙がしとどに流れて止まらない。干遍探し、万遍も探索したのだが、いったい何処にあるというのか、ただそこでは、森森とした静かな緑樹の林に猿と猱共が、悲しく泣いているのみである。

(訳注)

岣嶁山

(衡山の南峰の別名を岣嶁山といい、これまでの詩と別の角度から述べる)

徐靈期《南嶽記》「故南岳衡山,朱陵之靈臺,太虛之寶洞,上承冥宿,銓德鈞物,故名衡山;下踞離宮,攝位火鄉,赤帝館其嶺,祝融托其陽,故號南岳。」(故に南岳は衡山なり,朱陵の靈臺,太虛の寶洞,上に冥宿を承け,鈞物を銓德す,故に衡山と名づく;下は離宮に踞し,火鄉を攝位す,赤帝 其の嶺に館し,祝融 其の陽に托す,故に南岳と號す。)とある。【《山海經》:「衡山一名岣嶁山。」或以為衡山南麓別峰之名。岣音矩,嶁音縷。】

【山海經にいう衡山の別名を岣嶁山という。或は衡山の南麓別峰の名をいう、岣は矩、嶁は縷である。】

徐靈期《南岳記》曰:「夏禹導水通瀆,刻石書名山之高。」

盛洪之《荊州記》曰:「南嶽周回數百里,昔禹登而祭之,因夢玄夷使者,遂獲金簡玉字之書。」

 

岣嶁山尖神禹碑,字青石赤形模奇。

岣嶁山の絶頂の鋭く尖った處に古代の聖王禹の碑がたっているといい、その碑は古色蒼然たるもので、文字は青色で、石は赤く、碑の形はきわめてめずらしいものである。
・岣嶁山 底木巻三。中国,湖南省の中東部,衡山県の西15kmにある山。その南・東・北の3面を湘江がめぐって流れる。隋の文帝(在位581‐604)以後,南岳として尊ばれ五岳の一つとなった。岣嶁山(くるざん)とも呼ばれる。周囲約400kmで,花コウ岩より成る断層山脈で,山容は雄大。72峰あり祝融(1290m),天柱,芙蓉,紫蓋,石廩(せきりん)の5峰が有名。山中に南台寺,祝聖寺などの大寺院があり礼拝者が絶えず,天台・禅の名僧が駐錫したという。岣嶁山は衡山の峯の別名で岣も嶁も山の頂という意味だから、これが衡山の主峯だとする説もある。又、別名に虎山ともいう。古代の聖王禹の廟が安置してある。禹が治水事業を完成したとき山壁に功績を刻みつけたという伝説がある。岬嗜碑と名づけ中国最古の碑とされる。

 

 

科斗拳身薤倒披,鸞飄鳳泊拏虎螭。

その字体は、もとより古篆であり、それは科斗が身をかがめ、柊木の葉が 逆さにぶら下がったようなかたちであり、そんな字が碑に彫ってあるから、鸞が飛び、鳳がそれの泊まって、虎と螭がつかみ合うように見えるということである。
・蝌蚪 おたまじゃくし。古代の文字に科斗を組み合わせたような形のものがあった。碑の文字のことをいっている。
・薤倒披 これも碑の文字の形容。ラッキョウをさかさにひろげたような。

・鸞飄鳳泊拿虎螭 碑面全体のようすを形容しているのである。

 

 

事嚴跡秘鬼莫窺,道人獨上偶見之。

事実は神禹が碑を建てたということは、きわめて厳粛なものであり、形跡は秘密なものである、だから鬼神にさえも窺知を許さないというものなのだというのに、道敦の修行者が、時たま、山にひとり登って、偶然これを発見したというのははなはだ怪しいものだ。
・道人 神仙の道をえたひと、道敦の修行者。仏教の僧、修験者をさしていうこともある。

・咨嗟 なげく。

 

 

我來咨嗟涕漣洏,千搜萬索何處有,森森綠樹猿猱悲。

我々もここにやって来たがそこには行けるはずもないとなげいてしまい、涙がしとどに流れて止まらない。干遍探し、万遍も探索したのだが、いったい何処にあるというのか、ただそこでは、森森とした静かな緑樹の林に猿と猱共が、悲しく泣いているのみである。
・漣洏 涙のしとどに流れるさま。

・猿猱 猿と猱サル

・神禹碑は道教の徒がつくったような伝説におおわれ、しかも道教の徒以外に見たというものがいない。韓愈はその伝説がいつわりであることをあばくため、この山に上った。案の定、碑などはなかったということでこの詩は生まれた。又この衡山を舞台にした詩が以下のものである。

韓愈98-#5《 巻三18謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓》 #5 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1579> Ⅱ#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6879

韓愈  謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓 #5

侯王將相望久絕,神縱欲福難為功。夜投佛寺上高閣,星月掩映雲朣朧。

猿鳴鐘動不知曙,杲杲寒日生於東。

侯王、將相になりたいという希望は、久しく断念していたので、神は幸いにして「最吉」を与えてくださっても何の効果もないのではないかと思った。

夜になって嶽寺に投宿して、高閣に上ったが、夜になると星と月が見えて、互いに掩映していたが、やがて雲気は朦朧として、空が曇ってきたようだ。

奥まったところであるから猿が鳴き、鐘を敲きだしたから、朝が来たとわからなかったのであるが、そのうちに、杲杲とした寒々な太陽が東の空からさし上って、みるまに朝になっていたのである。

韓愈98-#5《 巻三18謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓》 #5 韓愈(韓退之)  805年貞元21年 38歳<1579> Ⅱ#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6879

 

 
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韓愈詩-韓愈98-#5

年:805年貞元21年 38歳

卷別:    卷三三八              文體:    七言古詩

詩題:    謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓

作地點:              衡州(江南西道 / 衡州 / 衡州)

及地點:              衡岳廟 (江南西道 衡州 衡山) 別名:嶽寺、靈宮         

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高    

嶽寺、靈宮(江南西道 衡州 衡山) 別名:衡岳廟          

 

 

謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓

(陽山より江陵に量移された時、その途中、夜になったので、嶽寺に投宿し、その門楼にこの詩を題したのである。)

五嶽祭秩皆三公,四方環鎮嵩當中。

五嶽は、古来崇拝される五つの名山であり、その位、順序も定まっていて、かつ、天子に次ぐ三公の位を以て之を待遇するとされ、その五嶽のうちで、泰山、華山、恒山、衡山は四方に環って鎮し、嵩山がそれらの中央にあり、五行思想に当たっている。

火維地荒足妖怪,天假神柄專其雄。

北回帰線より南の赤道に近い地方は、一帯が荒漠なところであって、妖怪などが随分いるから、天の神は、衡山の神に権柄を假し、その雄壮な威力でもってこれを鎮圧させることをもっぱらの役目としたのである。

噴雲泄霧藏半腹,雖有絕頂誰能窮。

このように名山であるから、或は雲を噴き、霧を泄らし、嶽の中腹より上は雲霧に隠れていて、絶頂は、下からは誰もよくみきわめることはできないので、どこともわからないというくらいである。

(衡岳廟に謁し,遂に嶽寺に宿して門樓に題す。)

五嶽の祭秩 皆 三公,四方に環り鎮して 嵩は中に當る。

火維 地荒れて 妖怪に足れり,天 神柄を假して 其の雄を專らにす。

雲を噴き 霧を泄らして 半腹を藏し,絕頂有りと雖も 誰れか能く窮めん。
#2

我來正逢秋雨節,陰氣晦昧無清風。

そして、私は、その山麓に来たのであるが、秋の長雨が降り続く中で、雲は厚く、雨靄もでて、陰気晦昧として深く立ち込め、それを吹き払う清風もないのである。

潛心默禱若有應,豈非正直能感通。

私は、いつまた来るかわからず、ぜひ一度、山の全体を見たいと思い、心をひそめて默禱すると、さながら、神霊の感應があったらしいので、もともと、神様は正直であるから、わが心が自然に感通したのであろう。

須臾靜掃眾峰出,仰見突兀撐青空。

しばらくすると、雲夢は、静かに払い除けられ、多くの峰々は、一斉に出て、突兀として、青空をささえている有様が、はっきり見えてきた。

紫蓋連延接天柱,石廩騰擲堆祝融。

ながめやれば衡山七十二峰のなかでも、紫蓋峰は連延して天柱峰に接し,石廩峰は騰擲して躍るようであり、祝融峰は堆たかくなってこれに引き続いている。

#2

我來って 正に逢う 秋雨の節,陰氣 晦昧して 清風無し。

心を潛めて 默禱 應有るが若し,豈に正直の能く感通する非ざらむや。

須臾にして 靜に掃うれ 眾峰出で,仰ぎ見れば 突兀として 青空を撐う。

紫蓋 連延して 天柱に接し,石廩 騰擲して 祝融を堆す。
#3

森然魄動下馬拜,松柏一逕趨靈宮。

さても、神霊の威徳は素晴らしいものであるから、森然として、魄の動くのもわからず、とりあえず、馬を降りて再拝した。

粉牆丹柱動光彩,鬼物圖畫填青紅。

それから松柏の左右に生い茂れる小道をたどって、衡嶽廟に行ってみると、真っ白な壁に丹塗の柱が見えてきて、光彩は自然に動いて見え、廟の壁には鬼物など奇怪なものが、青や赤の絵の具で塗りうずめられている。

升階傴僂薦脯酒,欲以菲薄明其衷。

廟の中に入って階段を上ってゆくと、身をかがめ神前に額づき、干し肉と酒をお供えし、元来、菲薄な門尾であるが、今日これほどの感應を与えられたので、お礼の意味で自分の誠心を表明しようと思ったのである。

森然 魄 動いて 下馬して拜し,松柏 一逕 靈宮に趨る。

粉牆 丹柱 光彩を動かし,鬼物 圖畫 青紅を填す。

階に升って傴僂し 脯酒を薦め,菲薄を以って其衷を明らかにせんと欲す。

#4

廟令老人識神意,睢盱偵伺能鞠躬。

するとこの廟の宮司である老人は、長く神に仕え、神の意志をよく知ってるものであるから、わたしが参拝するのを見て、恐る恐る伺いをたてて鞠躬のように身をかがめていったのである。

手持杯珓導我擲,云此最吉餘難同。

ここにご参拝になる御仁は、神様の前で吉凶を占うことが恒例になっていてこのさかずきをなげてごらんなさいといって、杯珓を手渡してくれたので、私は言われるとおりになげうったのである。廟の宮司はこれを見て、あなたの前途は最吉と出ており、これまで余人が投げているが、これほどのお方はいなかった。

竄逐蠻荒幸不死,衣食纔足甘長終。

そう言われても、ここ最近最悪な運勢で、南方蛮癘の地に貶謫され、今日まで死なずにいたのが幸いであったのである、ここまでくれば、衣食足りて天下らに寿命を全うできればこれに越したことはないという心境であったのである。

廟令の老人 神意を識る,睢盱 偵伺して 能く鞠躬す。

手に杯珓を持ち 我を導いて擲たしむ,此を云う 最も吉にして 餘 同じゅうし難し。

蠻荒に竄逐せられて幸に死せず,衣食 纔かに足れば 長く終らんことに甘んず。

#5

侯王將相望久絕,神縱欲福難為功。

侯王、將相になりたいという希望は、久しく断念していたので、神は幸いにして「最吉」を与えてくださっても何の効果もないのではないかと思った。

夜投佛寺上高閣,星月掩映雲朣朧。

夜になって嶽寺に投宿して、高閣に上ったが、夜になると星と月が見えて、互いに掩映していたが、やがて雲気は朦朧として、空が曇ってきたようだ。

猿鳴鐘動不知曙,杲杲寒日生於東。

奥まったところであるから猿が鳴き、鐘を敲きだしたから、朝が来たとわからなかったのであるが、そのうちに、杲杲とした寒々な太陽が東の空からさし上って、みるまに朝になっていたのである。

#5

侯王 將相 望み久しく絕ゆ,神 縱い福せんと欲するも功を為し難し。

夜 佛寺に投じて 高閣に上り,星月 掩映して雲朣朧たり。

猿は鳴き鐘は動いて 曙を知らず,杲杲たる寒日 東より生ず。

 

 

『謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓』現代語訳と訳註解説
(
本文)

#5

侯王將相望久絕,神縱欲福難為功。

夜投佛寺上高閣,星月掩映雲朣朧。

猿鳴鐘動不知曙,杲杲寒日生於東。

(下し文)
#5

侯王 將相 望み久しく絕ゆ,神 縱い福せんと欲するも功を為し難し。

夜 佛寺に投じて 高閣に上り,星月 掩映して雲朣朧たり。

猿は鳴き鐘は動いて 曙を知らず,杲杲たる寒日 東より生ず。


(現代語訳)
#5

侯王、將相になりたいという希望は、久しく断念していたので、神は幸いにして「最吉」を与えてくださっても何の効果もないのではないかと思った。

夜になって嶽寺に投宿して、高閣に上ったが、夜になると星と月が見えて、互いに掩映していたが、やがて雲気は朦朧として、空が曇ってきたようだ。

奥まったところであるから猿が鳴き、鐘を敲きだしたから、朝が来たとわからなかったのであるが、そのうちに、杲杲とした寒々な太陽が東の空からさし上って、みるまに朝になっていたのである。


(訳注) #5

謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓  #3

(陽山より江陵に量移された時、その途中、夜になったので、嶽寺に投宿し、その門楼にこの詩を題したのである。)

衡岳廟 元和郡縣志に「衡岳廟は衡山縣の西三十里にある。」と記してある。衡山の麓にある。

嶽寺 別名:衡岳廟、靈宮(江南西道 衡州 衡山) という。

衡岳 唐書には「衡山は、長沙湘南縣南にあり。」とある。

 

侯王將相望久絕,神縱欲福難為功。

侯王、將相になりたいという希望は、久しく断念していたので、神は幸いにして「最吉」を与えてくださっても何の効果もないのではないかと思った。

 

夜投佛寺上高閣,星月掩映雲朣朧。

夜になって嶽寺に投宿して、高閣に上ったが、夜になると星と月が見えて、互いに掩映していたが、やがて雲気は朦朧として、空が曇ってきたようだ。

 

猿鳴鐘動不知曙,杲杲寒日生於東。

奥まったところであるから猿が鳴き、鐘を敲きだしたから、朝が来たとわからなかったのであるが、そのうちに、杲杲とした寒々な太陽が東の空からさし上って、みるまに朝になっていたのである。

不知曙 山裾の谷あいであり、曇っていれば、曙がわかりにくい。

杲杲寒日 杲杲は日の出に使われる日光の明るいさま。「朝日は―として」ここでいう寒日は、夜明け前の朝まだ期、白々とするさま、彩光とかまったくなく、突然に本体の太陽が現れてきたことを言う。

生於東 谷あいであっても同じように東の空に太陽が登ったことを言う。

○この二句は、この時の韓愈の置かれている状況を示すもので、都に呼び戻されるのであれば、希望を以て日の出を迎えたのであろうが、そうでないから、「寒日」の日の出を迎えたということだろう。

韓愈98-#4《 巻三18謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓》 #4 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1578> Ⅱ#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6874

韓愈  謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓 #4

廟令老人識神意,睢盱偵伺能鞠躬。手持杯珓導我擲,云此最吉餘難同。

竄逐蠻荒幸不死,衣食纔足甘長終。

するとこの廟の宮司である老人は、長く神に仕え、神の意志をよく知ってるものであるから、わたしが参拝するのを見て、恐る恐る伺いをたてて鞠躬のように身をかがめていったのである。ここにご参拝になる御仁は、神様の前で吉凶を占うことが恒例になっていてこのさかずきをなげてごらんなさいといって、杯珓を手渡してくれたので、私は言われるとおりになげうったのである。廟の宮司はこれを見て、あなたの前途は最吉と出ており、これまで余人が投げているが、これほどのお方はいなかった。そう言われても、ここ最近最悪な運勢で、南方蛮癘の地に貶謫され、今日まで死なずにいたのが幸いであったのである、ここまでくれば、衣食足りて天下らに寿命を全うできればこれに越したことはないという心境であったのである。

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  2015年11月6日 の紀頌之5つのBlog  
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韓愈詩-韓愈98-#4

年:805年貞元21年 38歳

卷別:    卷三三八              文體:    七言古詩

詩題:    謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓

作地點:              衡州(江南西道 / 衡州 / 衡州)

及地點:              衡岳廟 (江南西道 衡州 衡山) 別名:嶽寺、靈宮         

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高    

嶽寺、靈宮(江南西道 衡州 衡山) 別名:衡岳廟          

 

 

謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓

(陽山より江陵に量移された時、その途中、夜になったので、嶽寺に投宿し、その門楼にこの詩を題したのである。)

五嶽祭秩皆三公,四方環鎮嵩當中。

五嶽は、古来崇拝される五つの名山であり、その位、順序も定まっていて、かつ、天子に次ぐ三公の位を以て之を待遇するとされ、その五嶽のうちで、泰山、華山、恒山、衡山は四方に環って鎮し、嵩山がそれらの中央にあり、五行思想に当たっている。

火維地荒足妖怪,天假神柄專其雄。

北回帰線より南の赤道に近い地方は、一帯が荒漠なところであって、妖怪などが随分いるから、天の神は、衡山の神に権柄を假し、その雄壮な威力でもってこれを鎮圧させることをもっぱらの役目としたのである。

噴雲泄霧藏半腹,雖有絕頂誰能窮。

このように名山であるから、或は雲を噴き、霧を泄らし、嶽の中腹より上は雲霧に隠れていて、絶頂は、下からは誰もよくみきわめることはできないので、どこともわからないというくらいである。

(衡岳廟に謁し,遂に嶽寺に宿して門樓に題す。)

五嶽の祭秩 皆 三公,四方に環り鎮して 嵩は中に當る。

火維 地荒れて 妖怪に足れり,天 神柄を假して 其の雄を專らにす。

雲を噴き 霧を泄らして 半腹を藏し,絕頂有りと雖も 誰れか能く窮めん。
#2

我來正逢秋雨節,陰氣晦昧無清風。

そして、私は、その山麓に来たのであるが、秋の長雨が降り続く中で、雲は厚く、雨靄もでて、陰気晦昧として深く立ち込め、それを吹き払う清風もないのである。

潛心默禱若有應,豈非正直能感通。

私は、いつまた来るかわからず、ぜひ一度、山の全体を見たいと思い、心をひそめて默禱すると、さながら、神霊の感應があったらしいので、もともと、神様は正直であるから、わが心が自然に感通したのであろう。

須臾靜掃眾峰出,仰見突兀撐青空。

しばらくすると、雲夢は、静かに払い除けられ、多くの峰々は、一斉に出て、突兀として、青空をささえている有様が、はっきり見えてきた。

紫蓋連延接天柱,石廩騰擲堆祝融。

ながめやれば衡山七十二峰のなかでも、紫蓋峰は連延して天柱峰に接し,石廩峰は騰擲して躍るようであり、祝融峰は堆たかくなってこれに引き続いている。

#2

我來って 正に逢う 秋雨の節,陰氣 晦昧して 清風無し。

心を潛めて 默禱 應有るが若し,豈に正直の能く感通する非ざらむや。

須臾にして 靜に掃うれ 眾峰出で,仰ぎ見れば 突兀として 青空を撐う。

紫蓋 連延して 天柱に接し,石廩 騰擲して 祝融を堆す。
#3

森然魄動下馬拜,松柏一逕趨靈宮。

さても、神霊の威徳は素晴らしいものであるから、森然として、魄の動くのもわからず、とりあえず、馬を降りて再拝した。

粉牆丹柱動光彩,鬼物圖畫填青紅。

それから松柏の左右に生い茂れる小道をたどって、衡嶽廟に行ってみると、真っ白な壁に丹塗の柱が見えてきて、光彩は自然に動いて見え、廟の壁には鬼物など奇怪なものが、青や赤の絵の具で塗りうずめられている。

升階傴僂薦脯酒,欲以菲薄明其衷。

廟の中に入って階段を上ってゆくと、身をかがめ神前に額づき、干し肉と酒をお供えし、元来、菲薄な門尾であるが、今日これほどの感應を与えられたので、お礼の意味で自分の誠心を表明しようと思ったのである。

森然 魄 動いて 下馬して拜し,松柏 一逕 靈宮に趨る。

粉牆 丹柱 光彩を動かし,鬼物 圖畫 青紅を填す。

階に升って傴僂し 脯酒を薦め,菲薄を以って其衷を明らかにせんと欲す。

#4

廟令老人識神意,睢盱偵伺能鞠躬。

するとこの廟の宮司である老人は、長く神に仕え、神の意志をよく知ってるものであるから、わたしが参拝するのを見て、恐る恐る伺いをたてて鞠躬のように身をかがめていったのである。

手持杯珓導我擲,云此最吉餘難同。

ここにご参拝になる御仁は、神様の前で吉凶を占うことが恒例になっていてこのさかずきをなげてごらんなさいといって、杯珓を手渡してくれたので、私は言われるとおりになげうったのである。廟の宮司はこれを見て、あなたの前途は最吉と出ており、これまで余人が投げているが、これほどのお方はいなかった。

竄逐蠻荒幸不死,衣食纔足甘長終。

そう言われても、ここ最近最悪な運勢で、南方蛮癘の地に貶謫され、今日まで死なずにいたのが幸いであったのである、ここまでくれば、衣食足りて天下らに寿命を全うできればこれに越したことはないという心境であったのである。

廟令の老人 神意を識る,睢盱 偵伺して 能く鞠躬す。

手に杯珓を持ち 我を導いて擲たしむ,此を云う 最も吉にして 餘 同じゅうし難し。

蠻荒に竄逐せられて幸に死せず,衣食 纔かに足れば 長く終らんことに甘んず。

#5

侯王將相望久絕,神縱欲福難為功。

夜投佛寺上高閣,星月掩映雲朣朧。

猿鳴鐘動不知曙,杲杲寒日生於東。

#5

侯王 將相 望み久しく絕ゆ,神 縱い福せんと欲するも功を為し難し。

夜 佛寺に投じて 高閣に上り,星月 掩映して雲朣朧たり。

猿は鳴き鐘は動いて 曙を知らず,杲杲たる寒日 東より生ず。

 

 

『謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓』現代語訳と訳註解説
(
本文)

#4

廟令老人識神意,睢盱偵伺能鞠躬。

手持杯珓導我擲,云此最吉餘難同。

竄逐蠻荒幸不死,衣食纔足甘長終。

(下し文)
#4

廟令の老人 神意を識る,睢盱 偵伺して 能く鞠躬す。

手に杯珓を持ち 我を導いて擲たしむ,此を云う 最も吉にして 餘 同じゅうし難し。

蠻荒に竄逐せられて幸に死せず,衣食 纔かに足れば 長く終らんことに甘んず。


(現代語訳)
#4

するとこの廟の宮司である老人は、長く神に仕え、神の意志をよく知ってるものであるから、わたしが参拝するのを見て、恐る恐る伺いをたてて鞠躬のように身をかがめていったのである。

ここにご参拝になる御仁は、神様の前で吉凶を占うことが恒例になっていてこのさかずきをなげてごらんなさいといって、杯珓を手渡してくれたので、私は言われるとおりになげうったのである。廟の宮司はこれを見て、あなたの前途は最吉と出ており、これまで余人が投げているが、これほどのお方はいなかった。

そう言われても、ここ最近最悪な運勢で、南方蛮癘の地に貶謫され、今日まで死なずにいたのが幸いであったのである、ここまでくれば、衣食足りて天下らに寿命を全うできればこれに越したことはないという心境であったのである。


(訳注)

#4

廟令老人識神意,睢盱偵伺能鞠躬。

するとこの廟の宮司である老人は、長く神に仕え、神の意志をよく知ってるものであるから、わたしが参拝するのを見て、恐る恐る伺いをたてて鞠躬のように身をかがめていったのである。

廟令老人 この廟宮司で長く神に仕えいる老人。

睢盱偵伺 恐る恐る伺いをたてるようにしてものをいう。

鞠躬 身を蹴鞠のように丸くかがめて丁寧に挨拶をする。

 

手持杯珓導我擲,云此最吉餘難同。

ここにご参拝になる御仁は、神様の前で吉凶を占うことが恒例になっていてこのさかずきをなげてごらんなさいといって、杯珓を手渡してくれたので、私は言われるとおりになげうったのである。廟の宮司はこれを見て、あなたの前途は最吉と出ており、これまで余人が投げているが、これほどのお方はいなかった。

杯珓 貝殻、カワラケ、木製など二枚が合わさったものを上に投げ、上に飛ぶ様子と地面に落ちての様子を見て吉凶を占うもの。

 

竄逐蠻荒幸不死,衣食纔足甘長終。

そう言われても、ここ最近最悪な運勢で、南方蛮癘の地に貶謫され、今日まで死なずにいたのが幸いであったのである、ここまでくれば、衣食足りて天下らに寿命を全うできればこれに越したことはないという心境であったのである。

○このころ韓愈は、讒言によって南方蛮癘の地に貶謫され、往きは船が沈みそうになり、恩赦で都に呼び戻されるものと思っていたら、上申書そのものを途中で握りつぶされていたという最悪な状況が続いていたの画あるから、官を辞して隠遁する気持ちになっていた。

韓愈98-#3《 巻三18謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓》 #3 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1577> Ⅱ#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6869

韓愈  謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓 #3

森然魄動下馬拜,松柏一逕趨靈宮。

粉牆丹柱動光彩,鬼物圖畫填青紅。

升階傴僂薦脯酒,欲以菲薄明其衷。

さても、神霊の威徳は素晴らしいものであるから、森然として、魄の動くのもわからず、とりあえず、馬を降りて再拝した。それから松柏の左右に生い茂れる小道をたどって、衡嶽廟に行ってみると、真っ白な壁に丹塗の柱が見えてきて、光彩は自然に動いて見え、廟の壁には鬼物など奇怪なものが、青や赤の絵の具で塗りうずめられている。廟の中に入って階段を上ってゆくと、身をかがめ神前に額づき、干し肉と酒をお供えし、元来、菲薄な門尾であるが、今日これほどの感應を与えられたので、お礼の意味で自分の誠心を表明しようと思ったのである。

韓愈98-#3《 巻三18謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓》 #3 韓愈(韓退之)  805年貞元21年 38歳<1577> Ⅱ#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6869

 

 
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韓愈詩-韓愈98-#3

年:805年貞元21年 38歳

卷別:    卷三三八              文體:    七言古詩

詩題:    謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓

作地點:              衡州(江南西道 / 衡州 / 衡州)

及地點:              衡岳廟 (江南西道 衡州 衡山) 別名:嶽寺、靈宮         

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高    

嶽寺、靈宮(江南西道 衡州 衡山) 別名:衡岳廟          

 

 

謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓

(陽山より江陵に量移された時、その途中、夜になったので、嶽寺に投宿し、その門楼にこの詩を題したのである。)

五嶽祭秩皆三公,四方環鎮嵩當中。

五嶽は、古来崇拝される五つの名山であり、その位、順序も定まっていて、かつ、天子に次ぐ三公の位を以て之を待遇するとされ、その五嶽のうちで、泰山、華山、恒山、衡山は四方に環って鎮し、嵩山がそれらの中央にあり、五行思想に当たっている。

火維地荒足妖怪,天假神柄專其雄。

北回帰線より南の赤道に近い地方は、一帯が荒漠なところであって、妖怪などが随分いるから、天の神は、衡山の神に権柄を假し、その雄壮な威力でもってこれを鎮圧させることをもっぱらの役目としたのである。

噴雲泄霧藏半腹,雖有絕頂誰能窮。

このように名山であるから、或は雲を噴き、霧を泄らし、嶽の中腹より上は雲霧に隠れていて、絶頂は、下からは誰もよくみきわめることはできないので、どこともわからないというくらいである。

(衡岳廟に謁し,遂に嶽寺に宿して門樓に題す。)

五嶽の祭秩 皆 三公,四方に環り鎮して 嵩は中に當る。

火維 地荒れて 妖怪に足れり,天 神柄を假して 其の雄を專らにす。

雲を噴き 霧を泄らして 半腹を藏し,絕頂有りと雖も 誰れか能く窮めん。
#2

我來正逢秋雨節,陰氣晦昧無清風。

そして、私は、その山麓に来たのであるが、秋の長雨が降り続く中で、雲は厚く、雨靄もでて、陰気晦昧として深く立ち込め、それを吹き払う清風もないのである。

潛心默禱若有應,豈非正直能感通。

私は、いつまた来るかわからず、ぜひ一度、山の全体を見たいと思い、心をひそめて默禱すると、さながら、神霊の感應があったらしいので、もともと、神様は正直であるから、わが心が自然に感通したのであろう。

須臾靜掃眾峰出,仰見突兀撐青空。

しばらくすると、雲夢は、静かに払い除けられ、多くの峰々は、一斉に出て、突兀として、青空をささえている有様が、はっきり見えてきた。

紫蓋連延接天柱,石廩騰擲堆祝融。

ながめやれば衡山七十二峰のなかでも、紫蓋峰は連延して天柱峰に接し,石廩峰は騰擲して躍るようであり、祝融峰は堆たかくなってこれに引き続いている。

#2

我來って 正に逢う 秋雨の節,陰氣 晦昧して 清風無し。

心を潛めて 默禱 應有るが若し,豈に正直の能く感通する非ざらむや。

須臾にして 靜に掃うれ 眾峰出で,仰ぎ見れば 突兀として 青空を撐う。

紫蓋 連延して 天柱に接し,石廩 騰擲して 祝融を堆す。
#3

森然魄動下馬拜,松柏一逕趨靈宮。

粉牆丹柱動光彩,鬼物圖畫填青紅。

升階傴僂薦脯酒,欲以菲薄明其衷。

さても、神霊の威徳は素晴らしいものであるから、森然として、魄の動くのもわからず、とりあえず、馬を降りて再拝した。

それから松柏の左右に生い茂れる小道をたどって、衡嶽廟に行ってみると、真っ白な壁に丹塗の柱が見えてきて、光彩は自然に動いて見え、廟の壁には鬼物など奇怪なものが、青や赤の絵の具で塗りうずめられている。

廟の中に入って階段を上ってゆくと、身をかがめ神前に額づき、干し肉と酒をお供えし、元来、菲薄な門尾であるが、今日これほどの感應を与えられたので、お礼の意味で自分の誠心を表明しようと思ったのである。

森然 魄 動いて 下馬して拜し,松柏 一逕 靈宮に趨る。

粉牆 丹柱 光彩を動かし,鬼物 圖畫 青紅を填す。

階に升って傴僂し 脯酒を薦め,菲薄を以って其衷を明らかにせんと欲す。


#4

廟令老人識神意,睢盱偵伺能鞠躬。

手持杯珓導我擲,云此最吉餘難同。

竄逐蠻荒幸不死,衣食纔足甘長終。

廟令の老人 神意を識る,睢盱 偵伺して 能く鞠躬す。

手に杯珓を持ち 我を導いて擲たしむ,此を云う 最も吉にして 餘 同じゅうし難し。

蠻荒に竄逐せられて幸に死せず,衣食 纔かに足れば 長く終らんことに甘んず。

#5

侯王將相望久絕,神縱欲福難為功。

夜投佛寺上高閣,星月掩映雲朣朧。

猿鳴鐘動不知曙,杲杲寒日生於東。

#5

侯王 將相 望み久しく絕ゆ,神 縱い福せんと欲するも功を為し難し。

夜 佛寺に投じて 高閣に上り,星月 掩映して雲朣朧たり。

猿は鳴き鐘は動いて 曙を知らず,杲杲たる寒日 東より生ず。

 

 

 

 

 

『謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓』現代語訳と訳註解説
(
本文)

#3

森然魄動下馬拜,松柏一逕趨靈宮。

粉牆丹柱動光彩,鬼物圖畫填青紅。

升階傴僂薦脯酒,欲以菲薄明其衷。

(下し文)
#3

森然 魄 動いて 下馬して拜し,松柏 一逕 靈宮に趨る。

粉牆 丹柱 光彩を動かし,鬼物 圖畫 青紅を填す。

階に升って傴僂し 脯酒を薦め,菲薄を以って其衷を明らかにせんと欲す。


(現代語訳)
#3

さても、神霊の威徳は素晴らしいものであるから、森然として、魄の動くのもわからず、とりあえず、馬を降りて再拝した。

それから松柏の左右に生い茂れる小道をたどって、衡嶽廟に行ってみると、真っ白な壁に丹塗の柱が見えてきて、光彩は自然に動いて見え、廟の壁には鬼物など奇怪なものが、青や赤の絵の具で塗りうずめられている。

廟の中に入って階段を上ってゆくと、身をかがめ神前に額づき、干し肉と酒をお供えし、元来、菲薄な門尾であるが、今日これほどの感應を与えられたので、お礼の意味で自分の誠心を表明しようと思ったのである。


(訳注) #3

謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓  #3

(陽山より江陵に量移された時、その途中、夜になったので、嶽寺に投宿し、その門楼にこの詩を題したのである。)

衡岳廟 元和郡縣志に「衡岳廟は衡山縣の西三十里にある。」と記してある。衡山の麓にある。

嶽寺 別名:衡岳廟、靈宮(江南西道 衡州 衡山) という。

衡岳 唐書には「衡山は、長沙湘南縣南にあり。」とある。

 

森然魄動下馬拜,松柏一逕趨靈宮。

さても、神霊の威徳は素晴らしいものであるから、森然として、魄の動くのもわからず、とりあえず、馬を降りて再拝した。

松柏 東側に松西、側に柏を植える。

一逕 廟に向かう参道。

靈宮 衡山嶽廟。

 

粉牆丹柱動光彩,鬼物圖畫填青紅。

それから松柏の左右に生い茂れる小道をたどって、衡嶽廟に行ってみると、真っ白な壁に丹塗の柱が見えてきて、光彩は自然に動いて見え、廟の壁には鬼物など奇怪なものが、青や赤の絵の具で塗りうずめられている。

粉牆 漆喰の白壁。

丹柱 赤く塗られた柱。

動光彩 1 きらきらと輝く美しい光が動く。2 才能やすぐれた面が際立って目立つこと。

鬼物 神仏の伝説的な動物を絵具で鮮やかに描かれている。

填青紅 青や赤をはじめとして鮮やかな絵の具で塗りうずめられている。

 

升階傴僂薦脯酒,欲以菲薄明其衷。

廟の中に入って階段を上ってゆくと、身をかがめ神前に額づき、干し肉と酒をお供えし、元来、菲薄な門尾であるが、今日これほどの感應を与えられたので、お礼の意味で自分の誠心を表明しようと思ったのである。

傴僂 身をかがめ神前に額づくこと。

薦脯酒 干し肉と酒をお供えする。

菲薄 粗末で劣っていること。才能などの乏しいこと。また、そのさま。

韓愈98-#2《 巻三18謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓》 #2 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1576> Ⅱ#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6864

韓愈  謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓  #2

我來正逢秋雨節,陰氣晦昧無清風。潛心默禱若有應,豈非正直能感通。

須臾靜掃眾峰出,仰見突兀撐青空。紫蓋連延接天柱,石廩騰擲堆祝融。

そして、私は、その山麓に来たのであるが、秋の長雨が降り続く中で、雲は厚く、雨靄もでて、陰気晦昧として深く立ち込め、それを吹き払う清風もないのである。

私は、いつまた来るかわからず、ぜひ一度、山の全体を見たいと思い、心をひそめて默禱すると、さながら、神霊の感應があったらしいので、もともと、神様は正直であるから、わが心が自然に感通したのであろう。

しばらくすると、雲夢は、静かに払い除けられ、多くの峰々は、一斉に出て、突兀として、青空をささえている有様が、はっきり見えてきた。

ながめやれば衡山七十二峰のなかでも、紫蓋峰は連延して天柱峰に接し,石廩峰は騰擲して躍るようであり、祝融峰は堆たかくなってこれに引き続いている。

韓愈98-#2《 巻三18謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓》 #2 韓愈(韓退之)  805年貞元21年 38歳<1576> Ⅱ#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6864

 

 
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韓愈詩-韓愈98-#2

年:805年貞元21年 38歳

卷別:    卷三三八              文體:    七言古詩

詩題:    謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓

作地點:              衡州(江南西道 / 衡州 / 衡州)

及地點:              衡岳廟 (江南西道 衡州 衡山) 別名:嶽寺、靈宮         

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高    

嶽寺、靈宮(江南西道 衡州 衡山) 別名:衡岳廟          

 

 

謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓

(陽山より江陵に量移された時、その途中、夜になったので、嶽寺に投宿し、その門楼にこの詩を題したのである。)

五嶽祭秩皆三公,四方環鎮嵩當中。

五嶽は、古来崇拝される五つの名山であり、その位、順序も定まっていて、かつ、天子に次ぐ三公の位を以て之を待遇するとされ、その五嶽のうちで、泰山、華山、恒山、衡山は四方に環って鎮し、嵩山がそれらの中央にあり、五行思想に当たっている。

火維地荒足妖怪,天假神柄專其雄。

北回帰線より南の赤道に近い地方は、一帯が荒漠なところであって、妖怪などが随分いるから、天の神は、衡山の神に権柄を假し、その雄壮な威力でもってこれを鎮圧させることをもっぱらの役目としたのである。

噴雲泄霧藏半腹,雖有絕頂誰能窮。

このように名山であるから、或は雲を噴き、霧を泄らし、嶽の中腹より上は雲霧に隠れていて、絶頂は、下からは誰もよくみきわめることはできないので、どこともわからないというくらいである。

(衡岳廟に謁し,遂に嶽寺に宿して門樓に題す。)

五嶽の祭秩 皆 三公,四方に環り鎮して 嵩は中に當る。

火維 地荒れて 妖怪に足れり,天 神柄を假して 其の雄を專らにす。

雲を噴き 霧を泄らして 半腹を藏し,絕頂有りと雖も 誰れか能く窮めん。
#2

我來正逢秋雨節,陰氣晦昧無清風。

そして、私は、その山麓に来たのであるが、秋の長雨が降り続く中で、雲は厚く、雨靄もでて、陰気晦昧として深く立ち込め、それを吹き払う清風もないのである。

潛心默禱若有應,豈非正直能感通。

私は、いつまた来るかわからず、ぜひ一度、山の全体を見たいと思い、心をひそめて默禱すると、さながら、神霊の感應があったらしいので、もともと、神様は正直であるから、わが心が自然に感通したのであろう。

須臾靜掃眾峰出,仰見突兀撐青空。

しばらくすると、雲夢は、静かに払い除けられ、多くの峰々は、一斉に出て、突兀として、青空をささえている有様が、はっきり見えてきた。

紫蓋連延接天柱,石廩騰擲堆祝融。

ながめやれば衡山七十二峰のなかでも、紫蓋峰は連延して天柱峰に接し,石廩峰は騰擲して躍るようであり、祝融峰は堆たかくなってこれに引き続いている。

#2

我來って 正に逢う 秋雨の節,陰氣 晦昧して 清風無し。

心を潛めて 默禱 應有るが若し,豈に正直の能く感通する非ざらむや。

須臾にして 靜に掃うれ 眾峰出で,仰ぎ見れば 突兀として 青空を撐う。

紫蓋 連延して 天柱に接し,石廩 騰擲して 祝融を堆す。
#3

森然魄動下馬拜,松柏一逕趨靈宮。

粉牆丹柱動光彩,鬼物圖畫填青紅。

升階傴僂薦脯酒,欲以菲薄明其衷。

#3

森然 魄 動いて 下馬して拜し,松柏 一逕 靈宮に趨る。

粉牆 丹柱 光彩を動かし,鬼物 圖畫 青紅を填す。

階に升って傴僂し 脯酒を薦め,菲薄を以って其衷を明らかにせんと欲す。

#4

廟令老人識神意,睢盱偵伺能鞠躬。

手持杯珓導我擲,云此最吉餘難同。

竄逐蠻荒幸不死,衣食纔足甘長終。

廟令の老人 神意を識る,睢盱 偵伺して 能く鞠躬す。

手に杯珓を持ち 我を導いて擲たしむ,此を云う 最も吉にして 餘 同じゅうし難し。

蠻荒に竄逐せられて幸に死せず,衣食 纔かに足れば 長く終らんことに甘んず。

#5

侯王將相望久絕,神縱欲福難為功。

夜投佛寺上高閣,星月掩映雲朣朧。

猿鳴鐘動不知曙,杲杲寒日生於東。

#5

侯王 將相 望み久しく絕ゆ,神 縱い福せんと欲するも功を為し難し。

夜 佛寺に投じて 高閣に上り,星月 掩映して雲朣朧たり。

猿は鳴き鐘は動いて 曙を知らず,杲杲たる寒日 東より生ず。

韓愈 陽山00唐時代 韓愈関連05 

 

『謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓』現代語訳と訳註解説
(
本文)

謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓 #2

我來正逢秋雨節,陰氣晦昧無清風。

潛心默禱若有應,豈非正直能感通。

須臾靜掃眾峰出,仰見突兀撐青空。

紫蓋連延接天柱,石廩騰擲堆祝融。


(下し文)
#2

我來って 正に逢う 秋雨の節,陰氣 晦昧して 清風無し。

心を潛めて 默禱 應有るが若し,豈に正直の能く感通する非ざらむや。

須臾にして 靜に掃うれ 眾峰出で,仰ぎ見れば 突兀として 青空を撐う。

紫蓋 連延して 天柱に接し,石廩 騰擲して 祝融を堆す。


(現代語訳)
#2

そして、私は、その山麓に来たのであるが、秋の長雨が降り続く中で、雲は厚く、雨靄もでて、陰気晦昧として深く立ち込め、それを吹き払う清風もないのである。

私は、いつまた来るかわからず、ぜひ一度、山の全体を見たいと思い、心をひそめて默禱すると、さながら、神霊の感應があったらしいので、もともと、神様は正直であるから、わが心が自然に感通したのであろう。

しばらくすると、雲夢は、静かに払い除けられ、多くの峰々は、一斉に出て、突兀として、青空をささえている有様が、はっきり見えてきた。

ながめやれば衡山七十二峰のなかでも、紫蓋峰は連延して天柱峰に接し,石廩峰は騰擲して躍るようであり、祝融峰は堆たかくなってこれに引き続いている。

 

(訳注)

謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓  #2

(陽山より江陵に量移された時、その途中、夜になったので、嶽寺に投宿し、その門楼にこの詩を題したのである。)

衡岳廟 元和郡縣志に「衡岳廟は衡山縣の西三十里にある。」と記してある。衡山の麓にある。

嶽寺 別名:衡岳廟、靈宮(江南西道 衡州 衡山) という。

衡岳 唐書には「衡山は、長沙湘南縣南にあり。」とある。

 

我來正逢秋雨節,陰氣晦昧無清風。

そして、私は、その山麓に来たのであるが、秋の長雨が降り続く中で、雲は厚く、雨靄もでて、陰気晦昧として深く立ち込め、それを吹き払う清風もないのである。

無清風 南方から邪気、毒気が漂っているのをきれいにするには、清新な空気・気分でもって払いのけられる。・清風:さわやかな風。すがすがしい風。また、清新な空気・気分。

 

潛心默禱若有應,豈非正直能感通。

私は、いつまた来るかわからず、ぜひ一度、山の全体を見たいと思い、心をひそめて默禱すると、さながら、神霊の感應があったらしいので、もともと、神様は正直であるから、わが心が自然に感通したのであろう。

正直 「詩経 小雅 谷風之什第二十 小明」に「嗟爾君子、無恒安處、靖共爾位、正直是與、神之聴之、式穀以女」嗟爾君子 ああ立派なお方よ、私は異国の地で安住できないでいます。そばであなたの治世を助けたい。この正直者をそばに置いてください。神よこれを聞き届けてください。あなたにお礼を致します。

感通  ① 思いなどが相手の心に通ずること。 ② 感じとってわかること。

 

須臾靜掃眾峰出,仰見突兀撐青空。

しばらくすると、雲夢は、静かに払い除けられ、多くの峰々は、一斉に出て、突兀として、青空をささえている有様が、はっきり見えてきた。

撐 (1) 支える,突っかい棒をする.(2) (船で)竿(さお)さす,竿を突っ張る撑船竿で船を進める.(3) 持ちこたえる,我慢する.(4) 開く,広げる撑伞傘を差す.(5) いっぱいに入れる,ぎっしり詰める.

 

紫蓋連延接天柱,石廩騰擲堆祝融。

ながめやれば衡山七十二峰のなかでも、紫蓋峰は連延して天柱峰に接し,石廩峰は騰擲して躍るようであり、祝融峰は堆たかくなってこれに引き続いている。

連延接 峰々が連綿と続いている様子に、高い山に接している。

騰擲堆 飛び上がるようにぽつんと飛びぬけている、堆積層がうずたかくなっている。

紫蓋・天柱・石廩・祝融 《長沙記》「衡山七十二峰,以芙蓉、紫蓋、石廩、天柱、祝融五峰最高。」とある

韓愈98-#1《 巻三18謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓》 #1 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1575> Ⅱ#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6859

韓愈  謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓 #1

五嶽祭秩皆三公,四方環鎮嵩當中。

火維地荒足妖怪,天假神柄專其雄。

噴雲泄霧藏半腹,雖有絕頂誰能窮。

(陽山より江陵に量移された時、その途中、夜になったので、嶽寺に投宿し、その門楼にこの詩を題したのである。)

五嶽は、古来崇拝される五つの名山であり、その位、順序も定まっていて、かつ、天子に次ぐ三公の位を以て之を待遇するとされ、その五嶽のうちで、泰山、華山、恒山、衡山は四方に環って鎮し、嵩山がそれらの中央にあり、五行思想に当たっている。北回帰線より南の赤道に近い地方は、一帯が荒漠なところであって、妖怪などが随分いるから、天の神は、衡山の神に権柄を假し、その雄壮な威力でもってこれを鎮圧させることをもっぱらの役目としたのである。このように名山であるから、或は雲を噴き、霧を泄らし、嶽の中腹より上は雲霧に隠れていて、絶頂は、下からは誰もよくみきわめることはできないので、どこともわからないというくらいである。

韓愈98-#1《 巻三18謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓》 #1 韓愈(韓退之)  805年貞元21年 38歳<1575> Ⅱ#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6859
 

 
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韓愈詩-韓愈98-#1

年:805年貞元21年 38歳

卷別:    卷三三八              文體:    七言古詩

詩題:    謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓

作地點:              衡州(江南西道 / 衡州 / 衡州)

及地點:              衡岳廟 (江南西道 衡州 衡山) 別名:嶽寺、靈宮         

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高    

嶽寺、靈宮(江南西道 衡州 衡山) 別名:衡岳廟          

 

 

謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓

(陽山より江陵に量移された時、その途中、夜になったので、嶽寺に投宿し、その門楼にこの詩を題したのである。)

五嶽祭秩皆三公,四方環鎮嵩當中。

五嶽は、古来崇拝される五つの名山であり、その位、順序も定まっていて、かつ、天子に次ぐ三公の位を以て之を待遇するとされ、その五嶽のうちで、泰山、華山、恒山、衡山は四方に環って鎮し、嵩山がそれらの中央にあり、五行思想に当たっている。

火維地荒足妖怪,天假神柄專其雄。

北回帰線より南の赤道に近い地方は、一帯が荒漠なところであって、妖怪などが随分いるから、天の神は、衡山の神に権柄を假し、その雄壮な威力でもってこれを鎮圧させることをもっぱらの役目としたのである。

噴雲泄霧藏半腹,雖有絕頂誰能窮。

このように名山であるから、或は雲を噴き、霧を泄らし、嶽の中腹より上は雲霧に隠れていて、絶頂は、下からは誰もよくみきわめることはできないので、どこともわからないというくらいである。

(衡岳廟に謁し,遂に嶽寺に宿して門樓に題す。)

五嶽の祭秩 皆 三公,四方に環り鎮して 嵩は中に當る。

火維 地荒れて 妖怪に足れり,天 神柄を假して 其の雄を專らにす。

雲を噴き 霧を泄らして 半腹を藏し,絕頂有りと雖も 誰れか能く窮めん。
#2

我來正逢秋雨節,陰氣晦昧無清風。

潛心默禱若有應,豈非正直能感通。

須臾靜掃眾峰出,仰見突兀撐青空。

紫蓋連延接天柱,石廩騰擲堆祝融。

#2

我來って 正に逢う 秋雨の節,陰氣 晦昧して 清風無し。

心を潛めて 默禱 應有るが若し,豈に正直の能く感通する非ざらむや。

須臾にして 靜に掃うれ 眾峰出で,仰ぎ見れば 突兀として 青空を撐う。

紫蓋 連延して 天柱に接し,石廩 騰擲して 祝融を堆す。
#3

森然魄動下馬拜,松柏一逕趨靈宮。

粉牆丹柱動光彩,鬼物圖畫填青紅。

升階傴僂薦脯酒,欲以菲薄明其衷。

#3

森然 魄 動いて 下馬して拜し,松柏 一逕 靈宮に趨る。

粉牆 丹柱 光彩を動かし,鬼物 圖畫 青紅を填す。

階に升って傴僂し 脯酒を薦め,菲薄を以って其衷を明らかにせんと欲す。

#4

廟令老人識神意,睢盱偵伺能鞠躬。

手持杯珓導我擲,云此最吉餘難同。

竄逐蠻荒幸不死,衣食纔足甘長終。

廟令の老人 神意を識る,睢盱 偵伺して 能く鞠躬す。

手に杯珓を持ち 我を導いて擲たしむ,此を云う 最も吉にして 餘 同じゅうし難し。

蠻荒に竄逐せられて幸に死せず,衣食 纔かに足れば 長く終らんことに甘んず。

#5

侯王將相望久絕,神縱欲福難為功。

夜投佛寺上高閣,星月掩映雲朣朧。

猿鳴鐘動不知曙,杲杲寒日生於東。

#5

侯王 將相 望み久しく絕ゆ,神 縱い福せんと欲するも功を為し難し。

夜 佛寺に投じて 高閣に上り,星月 掩映して雲朣朧たり。

猿は鳴き鐘は動いて 曙を知らず,杲杲たる寒日 東より生ず。

 韓愈 陽山00唐時代 韓愈関連05

 

『謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓』現代語訳と訳註解説
(
本文)

謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓

五嶽祭秩皆三公,四方環鎮嵩當中。【五嶽祭秩比三公】

火維地荒足妖怪,天假神柄專其雄。

噴雲泄霧藏半腹,雖有絕頂誰能窮。

(下し文)

(衡岳廟に謁し,遂に嶽寺に宿して門樓に題す。)

五嶽の祭秩 皆 三公,四方に環り鎮して 嵩は中に當る。

火維 地荒れて 妖怪に足れり,天 神柄を假して 其の雄を專らにす。

雲を噴き 霧を泄らして 半腹を藏し,絕頂有りと雖も 誰れか能く窮めん。

(現代語訳)
(陽山より江陵に量移された時、その途中、夜になったので、嶽寺に投宿し、その門楼にこの詩を題したのである。)

五嶽は、古来崇拝される五つの名山であり、その位、順序も定まっていて、かつ、天子に次ぐ三公の位を以て之を待遇するとされ、その五嶽のうちで、泰山、華山、恒山、衡山は四方に環って鎮し、嵩山がそれらの中央にあり、五行思想に当たっている。

北回帰線より南の赤道に近い地方は、一帯が荒漠なところであって、妖怪などが随分いるから、天の神は、衡山の神に権柄を假し、その雄壮な威力でもってこれを鎮圧させることをもっぱらの役目としたのである。

このように名山であるから、或は雲を噴き、霧を泄らし、嶽の中腹より上は雲霧に隠れていて、絶頂は、下からは誰もよくみきわめることはできないので、どこともわからないというくらいである。


(訳注)

謁衡岳廟,遂宿嶽寺題門樓

(陽山より江陵に量移された時、その途中、夜になったので、嶽寺に投宿し、その門楼にこの詩を題したのである。)

衡岳廟 元和郡縣志に「衡岳廟は衡山縣の西三十里にある。」と記してある。衡山の麓にある。

嶽寺 別名:衡岳廟、靈宮(江南西道 衡州 衡山) という。

衡岳 唐書には「衡山は、長沙湘南縣南にあり。」とある。

 

五嶽祭秩皆三公,四方環鎮嵩當中。

五嶽は、古来崇拝される五つの名山であり、その位、順序も定まっていて、かつ、天子に次ぐ三公の位を以て之を待遇するとされ、その五嶽のうちで、泰山、華山、恒山、衡山は四方に環って鎮し、嵩山がそれらの中央にあり、五行思想に当たっている。

五嶽祭秩皆三公 《禮記·王製》:天子祭天下名山、大川,五嶽視三公、四瀆視諸侯,諸侯祭名山、大川之在其地者。五嶽:中国で古来崇拝される五つの名山。第一に泰山(東嶽)、第二に華山(西嶽)、第三に恒山(北嶽)、第四に灊山(せんざん)(のちに衡山,南嶽)、第五に嵩山(すうざん)(中嶽)。五行思想の影響で,前漢時代定められた。五嶽は三公と同じ、天子に次ぐものとするとある。

嵩當中 嵩山は字のごとく、五行思想の真ん中に位置するということである。

 

火維地荒足妖怪,天假神柄專其雄。

北回帰線より南の赤道に近い地方は、一帯が荒漠なところであって、妖怪などが随分いるから、天の神は、衡山の神に権柄を假し、その雄壮な威力でもってこれを鎮圧させることをもっぱらの役目としたのである。

火維 南方の赤道に近い地方をいう。徐靈期《南嶽記》「故南岳衡山,朱陵之靈臺,太虛之寶洞,上承冥宿,銓德鈞物,故名衡山;下踞離宮,攝位火鄉,赤帝館其嶺,祝融托其陽,故號南岳。」(故に南岳は衡山なり,朱陵の靈臺,太虛の寶洞,上に冥宿を承け,鈞物を銓德す,故に衡山と名づく;下は離宮に踞し,火鄉を攝位す,赤帝 其の嶺に館し,祝融 其の陽に托す,故に南岳と號す。)とある。

 

噴雲泄霧藏半腹,雖有絕頂誰能窮。

このように名山であるから、或は雲を噴き、霧を泄らし、嶽の中腹より上は雲霧に隠れていて、絶頂は、下からは誰もよくみきわめることはできないので、どこともわからないというくらいである。

韓愈97-#4《 巻三17八月十五夜贈張功曹》 #4 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1574> Ⅱ#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6854

韓愈  八月十五夜贈張功曹#4

判司卑官不堪說,未免捶楚塵埃間。同時輩流多上道,天路幽險難追攀。君歌且休聽我歌,我歌今與君殊科。一年明月今宵多,人生由命非由他,有酒不飲奈明何?
ただし、わたしが任命された判司、つまり功曹参軍といえば、観察使の一属官であり、食べてゆけない低い官職であり、一寸の失敗、すこしの間違衣であっても、上役の気分次第で、庭先で埃まみれになって杖で打たれることもあるという。
自分と同じ罪名のもので遠流されたものは、大方召し還絵されて、既にその命が発せられている、自分だけが、天路幽險にして、あとを追い、攀じあがることもむずかしくなったのであろう。
んな内容の君の歌はもう、ひとまずやめにしようではないか、今度は私が歌うので聴きたまえ。私の歌はいま、君の歌とはだいぶん品種を殊にしたものである。
今宵こそは、八月十五日、一年の中で最も月光が豊かで、もっともよい月の夜ではないか、人間のことは、すべて運命のしからしむところである。何もほかの悪いものによってなされたものではなく、天命によって動くものであり、起きたことは仕方のないことと思いあきらめ、この皎皎とした明月に対して、せっかく酒があるではないか、楽しく飲まなくてどうする、朝が来るまで存分に飲み、それでも足らなけれな更に痛飲いたそうではないか。

韓愈97-#4《 巻三17八月十五夜贈張功曹》 #4 韓愈(韓退之)  805年貞元21年 38歳<1574> Ⅱ#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6854

 

 
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韓愈詩-韓愈97-#4

八月十五夜贈張功曹 #1

(805年、貞元二十一年八月十五夜、仲秋の夜、江陵功曹参軍事に新たに任じられた張署君に贈る。) #1

【案:張功曹,署也。愈與署以貞元二十一年二月二十日赦自南方,俱徙掾江陵,至是俟命於郴,而作是詩。】

【張功曹は,張署のことである。韓愈と張署とは、805年貞元21年2月20日大赦するというので南方陽山の地を出発し、ともに流された張署が郴州臨武で縣令をしていたところで、ともに江陵に量移される命令が出るまで待機するようにということで待っている間に張署との因縁、これからの構想を述べたものである。】

纖雲四卷天無河,清風吹空月舒波。

宵のうちは、細い筋のような雲があったが、やがて四方の空に巻き散らされて跡形もなく消えた、天には天の川も見えず、すがすがしい風が空を吹きわたって、月は水面から上り、月影は波の上にのびている。
沙平水息聲影絕,一杯相屬君當歌。

川岸の平砂、渺渺として、水の動きは見えず、さながら休んでいるのであろう、流れの音もなく、葉擦れ音もなく、物の影もない、ひっそりとした中、君と相対座して、一杯の酒を君に勧め、心の内を互いに歌を歌って、さらけだそうとしよう。

(八月十五夜張功曹に贈る)#1

【自註:張功曹は,署なり。愈と署とは以て貞元二十一年二月二十日赦され南方より,俱に徙って江陵に掾たり,是れに至て郴に於いて命を俟つ,而して是の詩を作る。】

繊雲【せんうん】四【よ】もに巻いて天に河【か】無く、清風空を吹いて月は波を舒【の】ぶ。

沙は平らに水息【や】んで声影絶え、一盃【いっぱい】相属【しょく】す君当【まさ】に歌うべし。

#2

君歌聲酸辭且苦,不能聽終淚如雨。

そこで君は歌いだし、その歌はむせぶ様なきわめて酸楚、であり、その言辞は極めて悽苦、終わりまで聴いていることができずに涙が雨のように落ちる。
洞庭連天九疑高,蛟龍出沒猩鼯號。

君の歌の中で、“洞庭湖は天に続くかと思われるほどにひろがり、九疑の山は高く、湖水のなかに蛟龍が出没し、山中では猩々【しょうじょう】や鼯鼠【むささび】が鳴く。”といい。
十生九死到官所,幽居默默如藏逃。

私は九死に一生を得るという困難を経て、やっと転任先、配所の郴州臨武に着いたが、もとより、僻地であるところから、ひっそりした生活しかできなくて毎日黙りこんで、逃げ隠れしているような具合、人に顔を見せなかった。

下床畏蛇食畏藥,海氣溼蟄熏腥臊。

その上、其処は、瘴癘の地、寝台の下に毒蛇がひそんでいることがあったので心配し、食事には毒薬の入れてあるということもあったりして始終心配して、隠れ住んでいるように感じるのであった。おまけに、海から立ちのぼる気は湿気を帯びていて、なまぐさい臭いがあたりに漂って、とても耐えられなかった。
#2

君が歌は声酸【いた】み辞も且つ苦しく、終わるまで聴く能【あた】わずして涙雨の如し。

洞庭は天に連なり九疑【きゅうぎ】は高く、蛟竜【こうりゅう】出没して猩鼯【せいご】号【さけ】ぶ。

十生【じつせい】九死【きゅうし】 官所に到り、幽居黙黙として蔵逃せるが如し。

牀【しょう】を下れば蛇を畏れ食には薬を畏れ、海気濕蟄【しつちつ】して腥臊【せいそう】熏【くん】ず。

#3

昨者州前搥大鼓,嗣皇繼聖登夔皋。

先日のことであるが、州庁の前の太鼓が鳴らされた。聞けば、選定がお亡くなりになり、お世継ぎの太子が聖明の徳を継がれ、古の夔・皐陶に比すべき忠良の大臣輩は登用されて、万事革新となるということが知らされた。
赦書一日行萬里,罪從大辟皆除死。

やがて、天下に大赦し、その赦免状は一日に一万里をはせて、残る隈なく触れ回り、極刑に該当するものまでが首をつながれ、死を免ぜられた。
遷者追迴流者還,滌瑕蕩垢清朝班。

左遷された者は善地に量移せられ、流された者は召し還され、加えられた恥辱をすすげたのであり、薶、垢といわれたような悪政は悉く洗浄され、奸邪の臣をのぞいて、朝廷の班列が刷新されたのは誠にありがたいことである。
州家申名使家抑,坎軻祗得移荊蠻。

そこで、我々もご赦免に漏れぬようにというので、せっかく地方官から名前を書いて上申したところが、どうやら上役ににらまれたものと見え、湖南観察使の手元に差し押さえられてしまい、運の悪いことに善地とはいえ荊蛮俗の土地である江陵へ量移されることができたのであった。
#3

昨者【さきごろ】州前【しゅうぜん】に大鼓を槌【う】ち、嗣皇【しこう】聖を継ぎて菱皐【きこう】を登【あ】ぐ。

赦書一日に万里を行き、罪の大辟【たへき】に従うは皆死を除かる。

遷者は追回し流者は還【かえ】し、瑕【きず】を滌【あら】い垢【あか】を蕩【そそ】いで朝【ちょう】 班【はん】を清む。

州家は名を申【の】べしも使家は抑え、坎軻【かんか】隻【ひとつ】荊蛮【けいばん】に移るを得しのみ。

#4

判司卑官不堪說,未免捶楚塵埃間。

ただし、わたしが任命された判司、つまり功曹参軍といえば、観察使の一属官であり、食べてゆけない低い官職であり、一寸の失敗、すこしの間違衣であっても、上役の気分次第で、庭先で埃まみれになって杖で打たれることもあるという。
同時輩流多上道,天路幽險難追攀。

自分と同じ罪名のもので遠流されたものは、大方召し還絵されて、既にその命が発せられている、自分だけが、天路幽險にして、あとを追い、攀じあがることもむずかしくなったのであろう。
君歌且休聽我歌,我歌今與君殊科。

このような内容の君の歌はもう、ひとまずやめにしようではないか、今度は私が歌うので聴きたまえ。私の歌はいま、君の歌とはだいぶん品種を殊にしたものである。
一年明月今宵多,人生由命非由他,有酒不飲奈明何?

今宵こそは、八月十五日、一年の中で最も月光が豊かで、もっともよい月の夜ではないか、人間のことは、すべて運命のしからしむところである。何もほかの悪いものによってなされたものではなく、天命によって動くものであり、起きたことは仕方のないことと思いあきらめ、この皎皎とした明月に対して、せっかく酒があるではないか、楽しく飲まなくてどうする、朝が来るまで存分に飲み、それでも足らなけれな更に痛飲いたそうではないか。

#4

判司は卑官にして説【い】うに湛えず、未だ塵埃【じんあい】の間に捶楚【すいそ】せらるるを免れず。

同時の輩流 多く道に上るも、天路は幽険にして追攀【ついはん】し難し。

君が歌を且【しばら】く休【や】めて我が歌を聴け、我が歌は今君と科を殊【こと】にす。

一年の明月 今宵【こよい】多し、人生命【めい】に由る 他に由るに非ず、酒有れども飲まずんば明を奈何【いかん】せん

 

 

『八月十五夜贈張功曹』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#4

判司卑官不堪說,未免捶楚塵埃間。

同時輩流多上道,天路幽險難追攀。

君歌且休聽我歌,我歌今與君殊科。

一年明月今宵多,人生由命非由他,有酒不飲奈明何?

(下し文)
#4

判司は卑官にして説【い】うに湛えず、未だ塵埃【じんあい】の間に捶楚【すいそ】せらるるを免れず。

同時の輩流 多く道に上るも、天路は幽険にして追攀【ついはん】し難し。

君が歌を且【しばら】く休【や】めて我が歌を聴け、我が歌は今君と科を殊【こと】にす。

一年の明月 今宵【こよい】多し、人生命【めい】に由る 他に由るに非ず、酒有れども飲まずんば明を奈何【いかん】せん。

(現代語訳)
#4

ただし、わたしが任命された判司、つまり功曹参軍といえば、観察使の一属官であり、食べてゆけない低い官職であり、一寸の失敗、すこしの間違衣であっても、上役の気分次第で、庭先で埃まみれになって杖で打たれることもあるという。
自分と同じ罪名のもので遠流されたものは、大方召し還絵されて、既にその命が発せられている、自分だけが、天路幽險にして、あとを追い、攀じあがることもむずかしくなったのであろう。
んな内容の君の歌はもう、ひとまずやめにしようではないか、今度は私が歌うので聴きたまえ。私の歌はいま、君の歌とはだいぶん品種を殊にしたものである。
今宵こそは、八月十五日、一年の中で最も月光が豊かで、もっともよい月の夜ではないか、人間のことは、すべて運命のしからしむところである。何もほかの悪いものによってなされたものではなく、天命によって動くものであり、起きたことは仕方のないことと思いあきらめ、この皎皎とした明月に対して、せっかく酒があるではないか、楽しく飲まなくてどうする、朝が来るまで存分に飲み、それでも足らなけれな更に痛飲いたそうではないか。


(訳注) #4

八月十五夜贈張功曹 

(805年、貞元二十一年八月十五夜、仲秋の夜、江陵功曹参軍事に新たに任じられた張署君に贈る。)

【案:張功曹,署也。愈與署以貞元二十一年二月二十日赦自南方,俱徙掾江陵,至是俟命

於郴,而作是詩。】

【張功曹は,張署のことである。韓愈と張署とは、805年貞元21年2月20日大赦するというので南方陽山の地を出発し、ともに流された張署が郴州臨武で縣令をしていたところで、ともに江陵に量移される命令が出るまで待機するようにということで待っている間に張署との因縁、これからの構想を述べたものである。】

 

「張功曹」は803年暮、3人流罪にされたうちの張署である。中唐詩-266 答張十一功曹 韓愈 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-29正式には功曹参軍事という。人事を担当する職で、愈が任ぜられた法曹参軍とは同格であり、府庁の最末端に属する官僚である。
これら参軍の職を総称して判司と呼び、高級官庶の場合は身分を重んじて、流罪とか左遷、革職(官職剥奪)、あるいは自殺を賜わるなどの処罰はあるのだが、叩かれることはないが、官職といっても、罪があれば鞭や杖で叩かれるお仕置きを受けるていどのちいである。判司はいちおう高級官原の末席には連なるのだが、扱いは高級職と下級職との中間にあるということであった。張署は愈と同時に臨武県へ流されたのだが、臨武県は彬州に属する。やはり郴州で命令を待つうち、これも江陵府の、功曹参軍に任ずるという辞令を受けたのである。そして出発の日を待つうち、たまたま中秋の名月の日が来て、張署が愈の宿を訪れ、酒を酌みかわしたところから、この詩が作られた。良くわからない罪で流罪となっている韓愈には次の赴任地に向かへという命が出ないのである。急進改革派、宦官筋からの裏工作によるものであったのだろうか、朝廷が混乱していただけなのかよくわかっていないが、宦官は儒者とは全く相いれないからどんなに些細な事でも、邪魔をするので、事務処理の邪魔をされたのかもしれない。

 

判司卑官不堪說,未免捶楚塵埃間。
ただし、わたしが任命された判司、つまり功曹参軍といえば、観察使の一属官であり、食べてゆけない低い官職であり、一寸の失敗、すこしの間違衣であっても、上役の気分次第で、庭先で埃まみれになって杖で打たれることもあるという。
○不堪說 一々言ってはいられないほどのもの。

○捶楚 杖で打たれるお仕置きをうける。

○塵埃間 庭先で埃まみれになる。


同時輩流多上道,天路幽險難追攀。』
自分と同じ罪名のもので遠流されたものは、大方召し還絵されて、既にその命が発せられている、自分だけが、天路幽險にして、あとを追い、攀じあがることもむずかしくなったのであろう。
○天路 天子の政。天子の作る法則。はるか遠い天上のみち。ここでは、中央朝廷に迎えられることをいう。

○幽險 一人ぼっちで誰もいない、書して峻道。

○難追攀 あとを追って進むこともむずかしい。


君歌且休聽我歌,我歌今與君殊科。
こんな内容の君の歌はもう、ひとまずやめにしようではないか、今度は私が歌うので聴きたまえ。私の歌はいま、君の歌とはだいぶん品種を殊にしたものである。
○殊科 科を異にする。科が優れていること。


一年明月今宵多,人生由命非由他,有酒不飲奈明何。』

今宵こそは、八月十五日、一年の中で最も月光が豊かで、もっともよい月の夜ではないか、人間のことは、すべて運命のしからしむところである。何もほかの悪いものによってなされたものではなく、天命によって動くものであり、起きたことは仕方のないことと思いあきらめ、この皎皎とした明月に対して、せっかく酒があるではないか、楽しく飲まなくてどうする、朝が来るまで存分に飲み、それでも足らなけれな更に痛飲いたそうではないか。

 


 「張功曹」とは、前に見えた張署である。功曹は官名で、正式には功曹参軍事という。人事を担当する職で、愈が任ぜられた法曹参軍とは同格であり、府庁の最末端に属する官僚である。

韓愈をも含めた同一事件の流罪人について一律の命をくだしている。州の刺史は都に召還されるべき人のリストのなかに間違いなく入れてくれた。しかし、韓愈たちには都へ召喚されるものではなかった
。
州の刺史の上申を握りつぶしたのは、当時の湖南観察使であった。楊憑は柳宗元の妻の父であり、韓愈たちが柳宗元の一派に、すなわち王伾・王叔文の一党に、敵対するものである以上、その召還を妨害したのだ。韓愈の置かれている立場は、守旧派であり、急進改革の王伾・王叔文の一党が、実権を握っている間は、上申書が中央に届いていても取り上げられるわけはないのである。官僚の陰湿さは科挙試験の前から、党派を明確にしておかないと出世はないのである。韓愈は守旧派ではないが、急進派からはそう見られていたのだろう。
この詩の中で、愚痴を述べた韓愈であったが、その点をさらに明確に述べた詩がある。次に掲載する『赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺二十六員外翰林三学士』である。

 

韓愈97-#3《 巻三17八月十五夜贈張功曹》 #3 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1573> Ⅱ#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6849

韓愈  八月十五夜贈張功曹 #3

昨者州前搥大鼓,嗣皇繼聖登夔皋。

赦書一日行萬里,罪從大辟皆除死。

遷者追迴流者還,滌瑕蕩垢清朝班。

州家申名使家抑,坎軻祗得移荊蠻。

先日のことであるが、州庁の前の太鼓が鳴らされた。聞けば、選定がお亡くなりになり、お世継ぎの太子が聖明の徳を継がれ、古の夔・皐陶に比すべき忠良の大臣輩は登用されて、万事革新となるということが知らされた。やがて、天下に大赦し、その赦免状は一日に一万里をはせて、残る隈なく触れ回り、極刑に該当するものまでが首をつながれ、死を免ぜられた。左遷された者は善地に量移せられ、流された者は召し還され、加えられた恥辱をすすげたのであり、薶、垢といわれたような悪政は悉く洗浄され、奸邪の臣をのぞいて、朝廷の班列が刷新されたのは誠にありがたいことである。そこで、我々もご赦免に漏れぬようにというので、せっかく地方官から名前を書いて上申したところが、どうやら上役ににらまれたものと見え、湖南観察使の手元に差し押さえられてしまい、運の悪いことに善地とはいえ荊蛮俗の土地である江陵へ量移されることができたのであった。
韓愈97-#3《 巻三17八月十五夜贈張功曹》 #3 韓愈(韓退之)  805年貞元21年 38歳<1573> Ⅱ#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6849

 

 
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韓愈詩-韓愈97-#3

年:805年貞元21年 38歳

卷別:  卷三三八        文體:  七言古詩

詩題:  八月十五夜贈張功曹

【案:張功曹,署也。愈與署以貞元二十一年二月二十日赦自南方,俱徙掾江陵,至是俟命於郴,而作是詩。】

作地點:        郴州(江南西道 / 郴州 / 郴州)

及地點:        洞庭湖 (江南西道 岳州 岳州) 別名:洞庭   

九疑山 (江南西道 無第二級行政層級 九疑山) 別名:蒼梧山   

交遊人物/地點:

張署    當地交遊(江南西道 郴州 郴州)

 

 

八月十五夜贈張功曹 #1

(805年、貞元二十一年八月十五夜、仲秋の夜、江陵功曹参軍事に新たに任じられた張署君に贈る。) #1

【案:張功曹,署也。愈與署以貞元二十一年二月二十日赦自南方,俱徙掾江陵,至是俟命於郴,而作是詩。】

【張功曹は,張署のことである。韓愈と張署とは、805年貞元21年2月20日大赦するというので南方陽山の地を出発し、ともに流された張署が郴州臨武で縣令をしていたところで、ともに江陵に量移される命令が出るまで待機するようにということで待っている間に張署との因縁、これからの構想を述べたものである。】

纖雲四卷天無河,清風吹空月舒波。

宵のうちは、細い筋のような雲があったが、やがて四方の空に巻き散らされて跡形もなく消えた、天には天の川も見えず、すがすがしい風が空を吹きわたって、月は水面から上り、月影は波の上にのびている。
沙平水息聲影絕,一杯相屬君當歌。

川岸の平砂、渺渺として、水の動きは見えず、さながら休んでいるのであろう、流れの音もなく、葉擦れ音もなく、物の影もない、ひっそりとした中、君と相対座して、一杯の酒を君に勧め、心の内を互いに歌を歌って、さらけだそうとしよう。

(八月十五夜張功曹に贈る)#1

【自註:張功曹は,署なり。愈と署とは以て貞元二十一年二月二十日赦され南方より,俱に徙って江陵に掾たり,是れに至て郴に於いて命を俟つ,而して是の詩を作る。】

繊雲【せんうん】四【よ】もに巻いて天に河【か】無く、清風空を吹いて月は波を舒【の】ぶ。

沙は平らに水息【や】んで声影絶え、一盃【いっぱい】相属【しょく】す君当【まさ】に歌うべし。

#2

君歌聲酸辭且苦,不能聽終淚如雨。

そこで君は歌いだし、その歌はむせぶ様なきわめて酸楚、であり、その言辞は極めて悽苦、終わりまで聴いていることができずに涙が雨のように落ちる。
洞庭連天九疑高,蛟龍出沒猩鼯號。

君の歌の中で、“洞庭湖は天に続くかと思われるほどにひろがり、九疑の山は高く、湖水のなかに蛟龍が出没し、山中では猩々【しょうじょう】や鼯鼠【むささび】が鳴く。”といい。
十生九死到官所,幽居默默如藏逃。

私は九死に一生を得るという困難を経て、やっと転任先、配所の郴州臨武に着いたが、もとより、僻地であるところから、ひっそりした生活しかできなくて毎日黙りこんで、逃げ隠れしているような具合、人に顔を見せなかった。

下床畏蛇食畏藥,海氣溼蟄熏腥臊。

その上、其処は、瘴癘の地、寝台の下に毒蛇がひそんでいることがあったので心配し、食事には毒薬の入れてあるということもあったりして始終心配して、隠れ住んでいるように感じるのであった。おまけに、海から立ちのぼる気は湿気を帯びていて、なまぐさい臭いがあたりに漂って、とても耐えられなかった。
#2

君が歌は声酸【いた】み辞も且つ苦しく、終わるまで聴く能【あた】わずして涙雨の如し。

洞庭は天に連なり九疑【きゅうぎ】は高く、蛟竜【こうりゅう】出没して猩鼯【せいご】号【さけ】ぶ。

十生【じつせい】九死【きゅうし】 官所に到り、幽居黙黙として蔵逃せるが如し。

牀【しょう】を下れば蛇を畏れ食には薬を畏れ、海気濕蟄【しつちつ】して腥臊【せいそう】熏【くん】ず。

#3

昨者州前搥大鼓,嗣皇繼聖登夔皋。

先日のことであるが、州庁の前の太鼓が鳴らされた。聞けば、選定がお亡くなりになり、お世継ぎの太子が聖明の徳を継がれ、古の夔・皐陶に比すべき忠良の大臣輩は登用されて、万事革新となるということが知らされた。
赦書一日行萬里,罪從大辟皆除死。

やがて、天下に大赦し、その赦免状は一日に一万里をはせて、残る隈なく触れ回り、極刑に該当するものまでが首をつながれ、死を免ぜられた。
遷者追迴流者還,滌瑕蕩垢清朝班。

左遷された者は善地に量移せられ、流された者は召し還され、加えられた恥辱をすすげたのであり、薶、垢といわれたような悪政は悉く洗浄され、奸邪の臣をのぞいて、朝廷の班列が刷新されたのは誠にありがたいことである。
州家申名使家抑,坎軻祗得移荊蠻。

そこで、我々もご赦免に漏れぬようにというので、せっかく地方官から名前を書いて上申したところが、どうやら上役ににらまれたものと見え、湖南観察使の手元に差し押さえられてしまい、運の悪いことに善地とはいえ荊蛮俗の土地である江陵へ量移されることができたのであった。
#3

昨者【さきごろ】州前【しゅうぜん】に大鼓を槌【う】ち、嗣皇【しこう】聖を継ぎて菱皐【きこう】を登【あ】ぐ。

赦書一日に万里を行き、罪の大辟【たへき】に従うは皆死を除かる。

遷者は追回し流者は還【かえ】し、瑕【きず】を滌【あら】い垢【あか】を蕩【そそ】いで朝【ちょう】 班【はん】を清む。

州家は名を申【の】べしも使家は抑え、坎軻【かんか】隻【ひとつ】荊蛮【けいばん】に移るを得しのみ。

#4

判司卑官不堪說,未免捶楚塵埃間。

同時輩流多上道,天路幽險難追攀。

君歌且休聽我歌,我歌今與君殊科。

一年明月今宵多,人生由命非由他,有酒不飲奈明何?

#4

判司は卑官にして説【い】うに湛えず、未だ塵埃【じんあい】の間に捶楚【すいそ】せらるるを免れず。

同時の輩流 多く道に上るも、天路は幽険にして追攀【ついはん】し難し。

君が歌を且【しばら】く休【や】めて我が歌を聴け、我が歌は今君と科を殊【こと】にす。

一年の明月 今宵【こよい】多し、人生命【めい】に由る 他に由るに非ず、酒有れども飲まずんば明を奈何【いかん】せん

 

 

『八月十五夜贈張功曹』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#3

昨者州前搥大鼓,嗣皇繼聖登夔皋。

赦書一日行萬里,罪從大辟皆除死。

遷者追迴流者還,滌瑕蕩垢清朝班。

州家申名使家抑,坎軻祗得移荊蠻。

(下し文)
#3

昨者【さきごろ】州前【しゅうぜん】に大鼓を槌【う】ち、嗣皇【しこう】聖を継ぎて菱皐【きこう】を登【あ】ぐ。

赦書一日に万里を行き、罪の大辟【たへき】に従うは皆死を除かる。

遷者は追回し流者は還【かえ】し、瑕【きず】を滌【あら】い垢【あか】を蕩【そそ】いで朝【ちょう】 班【はん】を清む。

州家は名を申【の】べしも使家は抑え、坎軻【かんか】隻【ひとつ】荊蛮【けいばん】に移るを得しのみ。

(現代語訳)
#3

先日のことであるが、州庁の前の太鼓が鳴らされた。聞けば、選定がお亡くなりになり、お世継ぎの太子が聖明の徳を継がれ、古の夔・皐陶に比すべき忠良の大臣輩は登用されて、万事革新となるということが知らされた。
やがて、天下に大赦し、その赦免状は一日に一万里をはせて、残る隈なく触れ回り、極刑に該当するものまでが首をつながれ、死を免ぜられた。
左遷された者は善地に量移せられ、流された者は召し還され、加えられた恥辱をすすげたのであり、薶、垢といわれたような悪政は悉く洗浄され、奸邪の臣をのぞいて、朝廷の班列が刷新されたのは誠にありがたいことである。
そこで、我々もご赦免に漏れぬようにというので、せっかく地方官から名前を書いて上申したところが、どうやら上役ににらまれたものと見え、湖南観察使の手元に差し押さえられてしまい、運の悪いことに善地とはいえ荊蛮俗の土地である江陵へ量移されることができたのであった。

(訳注) 八月十五夜贈張功曹#3

八月十五夜贈張功曹 #1

(805年、貞元二十一年八月十五夜、仲秋の夜、江陵功曹参軍事に新たに任じられた張署君に贈る。)
張署は愈と同時に臨武県へ流されたのだが、臨武県は彬州に属する。やはり郴州で命令を待つうち、これも江陵府の、功曹参軍に任ずるという辞令を受けたのである。そして出発の日を待つうち、たまたま中秋の名月の日が来て、張署が愈の宿を訪れ、酒を酌みかわしたところから、この詩が作られた。良くわからない罪で流罪となっている韓愈には次の赴任地に向かへという命が出ないのである。急進改革派、宦官筋からの裏工作によるものであったのだろうか、朝廷が混乱していただけなのかよくわかっていないが、宦官は儒者とは全く相いれないからどんなに些細な事でも、邪魔をするので、事務処理の邪魔をされたのかもしれない。

 

昨者州前捶大鼓,嗣皇繼聖登夔皋。
先日のことであるが、州庁の前の太鼓が鳴らされた。聞けば、選定がお亡くなりになり、お世継ぎの太子が聖明の徳を継がれ、古の夔・皐陶に比すべき忠良の大臣輩は登用されて、万事革新となるということが知らされた。
○昨者 先日のこと。

○捶大鼓 州庁の前の太鼓が鳴る。

○嗣皇 世継ぎの天子。

○繼聖 聖明の徳を継がれたこと

○登夔皋 賢臣を登用される。


赦書一日行萬里,罪從大辟皆除死。
やがて、天下に大赦し、その赦免状は一日に一万里をはせて、残る隈なく触れ回り、極刑に該当するものまでが首をつながれ、死を免ぜられた。
○赦書 赦免状

○罪從 罪を負ったもののこと。

○大辟 五刑のひとつ。死刑。死罪。

○皆除死 すべて死を免ぜられ。


遷者追回流者還,滌瑕盪垢清朝班。
左遷された者は善地に量移せられ、流された者は召し還され、加えられた恥辱をすすげたのであり、薶、垢といわれたような悪政は悉く洗浄され、奸邪の臣をのぞいて、朝廷の班列が刷新されたのは誠にありがたいことである。
○遷者 左遷された者。

○追回 もとへもどされ。

○流者還 流された者は還される。

○滌瑕 加えられた恥辱をすすぎ。

○盪垢 垢を洗い落とす。

○清朝班 百官の仲間に加わって朝廷に参上した。


州家申名使家抑,坎軻隻得移荆蠻。
そこで、我々もご赦免に漏れぬようにというので、せっかく地方官から名前を書いて上申したところが、どうやら上役ににらまれたものと見え、湖南観察使の手元に差し押さえられてしまい、運の悪いことに善地とはいえ荊蛮俗の土地である江陵へ量移されることができたのであった。
○州家 州の刺史

○申名 名前を上申する。

○使家抑 湖南観察使が手元に置いておさえる。

○坎軻 いきなやむ。不遇なこと。

○隻得 ただ一つだけ得る。

○移荆蠻 荆蠻の土地である江陵へ量移される。

韓愈97-#2《 巻三17八月十五夜贈張功曹》 #2 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1572> Ⅱ#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6844

韓愈  八月十五夜贈張功曹#2   

君歌聲酸辭且苦,不能聽終淚如雨。洞庭連天九疑高,蛟龍出沒猩鼯號。

十生九死到官所,幽居默默如藏逃。下床畏蛇食畏藥,海氣溼蟄熏腥臊。

そこで君は歌いだし、その歌はむせぶ様なきわめて酸楚、であり、その言辞は極めて悽苦、終わりまで聴いていることができずに涙が雨のように落ちる。君の歌の中で、“洞庭湖は天に続くかと思われるほどにひろがり、九疑の山は高く、湖水のなかに蛟龍が出没し、山中では猩々【しょうじょう】や鼯鼠【むささび】が鳴く。”といい。私は九死に一生を得るという困難を経て、やっと転任先、配所の郴州臨武に着いたが、もとより、僻地であるところから、ひっそりした生活しかできなくて毎日黙りこんで、逃げ隠れしているような具合、人に顔を見せなかった。その上、其処は、瘴癘の地、寝台の下に毒蛇がひそんでいることがあったので心配し、食事には毒薬の入れてあるということもあったりして始終心配して、隠れ住んでいるように感じるのであった。おまけに、海から立ちのぼる気は湿気を帯びていて、なまぐさい臭いがあたりに漂って、とても耐えられなかった。
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李白336 巻三04-《陽春歌》(長安白日照春空,) 336Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(21) <李白336> Ⅰ李白詩1659 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6843  
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  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
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  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 11顧夐 (改)《巻七13酒泉子七首其五》『花間集』315全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6847  
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韓愈詩-韓愈97-#2

年:805年貞元21年 38歳

卷別:  卷三三八        文體:  七言古詩

詩題:  八月十五夜贈張功曹

【案:張功曹,署也。愈與署以貞元二十一年二月二十日赦自南方,俱徙掾江陵,至是俟命於郴,而作是詩。】

作地點:        郴州(江南西道 / 郴州 / 郴州)

及地點:        洞庭湖 (江南西道 岳州 岳州) 別名:洞庭   

九疑山 (江南西道 無第二級行政層級 九疑山) 別名:蒼梧山   

交遊人物/地點:

張署    當地交遊(江南西道 郴州 郴州)

 

 

八月十五夜贈張功曹 #1

(805年、貞元二十一年八月十五夜、仲秋の夜、江陵功曹参軍事に新たに任じられた張署君に贈る。) #1

【案:張功曹,署也。愈與署以貞元二十一年二月二十日赦自南方,俱徙掾江陵,至是俟命於郴,而作是詩。】

【張功曹は,張署のことである。韓愈と張署とは、805年貞元21年2月20日大赦するというので南方陽山の地を出発し、ともに流された張署が郴州臨武で縣令をしていたところで、ともに江陵に量移される命令が出るまで待機するようにということで待っている間に張署との因縁、これからの構想を述べたものである。】

纖雲四卷天無河,清風吹空月舒波。

宵のうちは、細い筋のような雲があったが、やがて四方の空に巻き散らされて跡形もなく消えた、天には天の川も見えず、すがすがしい風が空を吹きわたって、月は水面から上り、月影は波の上にのびている。
沙平水息聲影絕,一杯相屬君當歌。

川岸の平砂、渺渺として、水の動きは見えず、さながら休んでいるのであろう、流れの音もなく、葉擦れ音もなく、物の影もない、ひっそりとした中、君と相対座して、一杯の酒を君に勧め、心の内を互いに歌を歌って、さらけだそうとしよう。

#2

君歌聲酸辭且苦,不能聽終淚如雨。

そこで君は歌いだし、その歌はむせぶ様なきわめて酸楚、であり、その言辞は極めて悽苦、終わりまで聴いていることができずに涙が雨のように落ちる。
洞庭連天九疑高,蛟龍出沒猩鼯號。

君の歌の中で、“洞庭湖は天に続くかと思われるほどにひろがり、九疑の山は高く、湖水のなかに蛟龍が出没し、山中では猩々【しょうじょう】や鼯鼠【むささび】が鳴く。”といい。
十生九死到官所,幽居默默如藏逃。

私は九死に一生を得るという困難を経て、やっと転任先、配所の郴州臨武に着いたが、もとより、僻地であるところから、ひっそりした生活しかできなくて毎日黙りこんで、逃げ隠れしているような具合、人に顔を見せなかった。

下床畏蛇食畏藥,海氣溼蟄熏腥臊。

その上、其処は、瘴癘の地、寝台の下に毒蛇がひそんでいることがあったので心配し、食事には毒薬の入れてあるということもあったりして始終心配して、隠れ住んでいるように感じるのであった。おまけに、海から立ちのぼる気は湿気を帯びていて、なまぐさい臭いがあたりに漂って、とても耐えられなかった。

#3

昨者州前搥大鼓,嗣皇繼聖登夔皋。

赦書一日行萬里,罪從大辟皆除死。

遷者追迴流者還,滌瑕蕩垢清朝班。

州家申名使家抑,坎軻祗得移荊蠻。

#4

判司卑官不堪說,未免捶楚塵埃間。

同時輩流多上道,天路幽險難追攀。

君歌且休聽我歌,我歌今與君殊科。

一年明月今宵多,人生由命非由他,有酒不飲奈明何?

 

 

(八月十五夜張功曹に贈る)#1

【自註:張功曹は,署なり。愈と署とは以て貞元二十一年二月二十日赦され南方より,俱に徙って江陵に掾たり,是れに至て郴に於いて命を俟つ,而して是の詩を作る。】

繊雲【せんうん】四【よ】もに巻いて天に河【か】無く、清風空を吹いて月は波を舒【の】ぶ。

沙は平らに水息【や】んで声影絶え、一盃【いっぱい】相属【しょく】す君当【まさ】に歌うべし。

 

#2

君が歌は声酸【いた】み辞も且つ苦しく、終わるまで聴く能【あた】わずして涙雨の如し。

洞庭は天に連なり九疑【きゅうぎ】は高く、蛟竜【こうりゅう】出没して猩鼯【せいご】号【さけ】ぶ。

十生【じつせい】九死【きゅうし】 官所に到り、幽居黙黙として蔵逃せるが如し。

牀【しょう】を下れば蛇を畏れ食には薬を畏れ、海気濕蟄【しつちつ】して腥臊【せいそう】熏【くん】ず。

 

#3

昨者【さきごろ】州前【しゅうぜん】に大鼓を槌【う】ち、嗣皇【しこう】聖を継ぎて菱皐【きこう】を登【あ】ぐ。

赦書一日に万里を行き、罪の大辟【たへき】に従うは皆死を除かる。

遷者は追回し流者は還【かえ】し、瑕【きず】を滌【あら】い垢【あか】を蕩【そそ】いで朝【ちょう】 班【はん】を清む。

州家は名を申【の】べしも使家は抑え、坎軻【かんか】隻【ひとつ】荊蛮【けいばん】に移るを得しのみ。

 

#4

判司は卑官にして説【い】うに湛えず、未だ塵埃【じんあい】の間に捶楚【すいそ】せらるるを免れず。

同時の輩流 多く道に上るも、天路は幽険にして追攀【ついはん】し難し。

君が歌を且【しばら】く休【や】めて我が歌を聴け、我が歌は今君と科を殊【こと】にす。

一年の明月 今宵【こよい】多し、人生命【めい】に由る 他に由るに非ず、酒有れども飲まずんば明を奈何【いかん】せん

 

 

『八月十五夜贈張功曹』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

君歌聲酸辭且苦,不能聽終淚如雨。

洞庭連天九疑高,蛟龍出沒猩鼯號。

十生九死到官所,幽居默默如藏逃。

下床畏蛇食畏藥,海氣溼蟄熏腥臊。

(下し文)


(現代語訳)
#2

そこで君は歌いだし、その歌はむせぶ様なきわめて酸楚、であり、その言辞は極めて悽苦、終わりまで聴いていることができずに涙が雨のように落ちる。
君の歌の中で、“洞庭湖は天に続くかと思われるほどにひろがり、九疑の山は高く、湖水のなかに蛟龍が出没し、山中では猩々【しょうじょう】や鼯鼠【むささび】が鳴く。”といい。
私は九死に一生を得るという困難を経て、やっと転任先、配所の郴州臨武に着いたが、もとより、僻地であるところから、ひっそりした生活しかできなくて毎日黙りこんで、逃げ隠れしているような具合、人に顔を見せなかった。

その上、其処は、瘴癘の地、寝台の下に毒蛇がひそんでいることがあったので心配し、食事には毒薬の入れてあるということもあったりして始終心配して、隠れ住んでいるように感じるのであった。おまけに、海から立ちのぼる気は湿気を帯びていて、なまぐさい臭いがあたりに漂って、とても耐えられなかった。

(訳注) #2

八月十五夜贈張功曹 #1

(805年、貞元二十一年八月十五夜、仲秋の夜、江陵功曹参軍事に新たに任じられた張署君に贈る。)
張署は愈と同時に臨武県へ流されたのだが、臨武県は彬州に属する。やはり郴州で命令を待つうち、これも江陵府の、功曹参軍に任ずるという辞令を受けたのである。そして出発の日を待つうち、たまたま中秋の名月の日が来て、張署が愈の宿を訪れ、酒を酌みかわしたところから、この詩が作られた。良くわからない罪で流罪となっている韓愈には次の赴任地に向かへという命が出ないのである。急進改革派、宦官筋からの裏工作によるものであったのだろうか、朝廷が混乱していただけなのかよくわかっていないが、宦官は儒者とは全く相いれないからどんなに些細な事でも、邪魔をするので、事務処理の邪魔をされたのかもしれない。

 

君歌聲酸辭且苦,不能聽終淚如雨。
そこで君は歌いだし、その歌はむせぶ様なきわめて酸楚、であり、その言辞は極めて悽苦、終わりまで聴いていることができずに涙が雨のように落ちる。
○聲酸 辛い、痛ましい、むせぶ様な調べ。きわめて酸楚、

○辭且苦 その言辞は極めて悽苦。


洞庭連天九疑高,蛟龍出沒猩鼯號。
君の歌の中で、“洞庭湖は天に続くかと思われるほどにひろがり、九疑の山は高く、湖水のなかに蛟龍が出没し、山中では猩々【しょうじょう】や鼯鼠【むささび】が鳴く。”といい。
○洞庭 洞庭湖。湖南省北東部にある淡水湖。中国の淡水湖としては鄱陽湖に次いで2番目に大きい。全体的に浅く、長江と連なっていて、その大量の水の受け皿となっており、季節ごとにその大きさが変わる。湖北省と湖南省はこの湖の北と南にあることからその名が付いた

○九疑 九疑山 湖南省寧遠縣の南六十支那里に在る山名、九峯竝び聳え、山形相似たるによりて名づく。


十生九死到官所,幽居默默如藏逃。―1
私は九死に一生を得るという困難を経て、やっと転任先、配所の郴州臨武に着いたが、もとより、僻地であるところから、ひっそりした生活しかできなくて毎日黙りこんで、逃げ隠れしているような具合、人に顔を見せなかった。

 

下牀畏蛇食畏藥,海氣濕蟄熏腥臊。
その上、其処は、瘴癘の地、寝台の下に毒蛇がひそんでいることがあったので心配し、食事には毒薬の入れてあるということもあったりして始終心配して、隠れ住んでいるように感じるのであった。おまけに、海から立ちのぼる気は湿気を帯びていて、なまぐさい臭いがあたりに漂って、とても耐えられなかった。
○下牀 寝台から降りる。

○畏蛇 毒蛇の心配があること。

○食畏藥 食事には毒薬の入っている恐れがある。

○海氣 海から立ちのぼる気

○濕蟄 空気中の水分が多いこと、湿気を帯びていること。

○熏腥臊 なまぐさい臭いがあたりに漂う。北回帰線付近の8月だから、まだ蒸しあつい日がある。

韓愈97-#1《 巻三17八月十五夜贈張功曹》 #1 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1571> Ⅱ#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6839

八月十五夜贈張功曹 #1

【案:張功曹,署也。愈與署以貞元二十一年二月二十日赦自南方,俱徙掾江陵,至是俟命於郴,而作是詩。】

纖雲四卷天無河,清風吹空月舒波。

沙平水息聲影絕,一杯相屬君當歌。

(805年、貞元二十一年八月十五夜、仲秋の夜、江陵功曹参軍事に新たに任じられた張署君に贈る。) #1

【張功曹は,張署のことである。韓愈と張署とは、805年貞元21年2月20日大赦するというので南方陽山の地を出発し、ともに流された張署が郴州臨武で縣令をしていたところで、ともに江陵に量移される命令が出るまで待機するようにということで待っている間に張署との因縁、これからの構想を述べたものである。】

宵のうちは、細い筋のような雲があったが、やがて四方の空に巻き散らされて跡形もなく消えた、天には天の川も見えず、すがすがしい風が空を吹きわたって、月は水面から上り、月影は波の上にのびている。川岸の平砂、渺渺として、水の動きは見えず、さながら休んでいるのであろう、流れの音もなく、葉擦れ音もなく、物の影もない、ひっそりとした中、君と相対座して、一杯の酒を君に勧め、心の内を互いに歌を歌って、さらけだそうとしよう。

韓愈97-#1《 巻三17八月十五夜贈張功曹》 #1 韓愈(韓退之)  805年貞元21年 38歳<1571> Ⅱ#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6839

 

 
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韓愈詩-韓愈97-#1

年:805年貞元21年 38歳

卷別:  卷三三八        文體:  七言古詩

詩題:  八月十五夜贈張功曹

【案:張功曹,署也。愈與署以貞元二十一年二月二十日赦自南方,俱徙掾江陵,至是俟命於郴,而作是詩。】

作地點:        郴州(江南西道 / 郴州 / 郴州)

及地點:        洞庭湖 (江南西道 岳州 岳州) 別名:洞庭   

九疑山 (江南西道 無第二級行政層級 九疑山) 別名:蒼梧山   

交遊人物/地點:

張署    當地交遊(江南西道 郴州 郴州)

 

 

八月十五夜贈張功曹 #1

(805年、貞元二十一年八月十五夜、仲秋の夜、江陵功曹参軍事に新たに任じられた張署君に贈る。) #1

【案:張功曹,署也。愈與署以貞元二十一年二月二十日赦自南方,俱徙掾江陵,至是俟命於郴,而作是詩。】

【張功曹は,張署のことである。韓愈と張署とは、805年貞元21年2月20日大赦するというので南方陽山の地を出発し、ともに流された張署が郴州臨武で縣令をしていたところで、ともに江陵に量移される命令が出るまで待機するようにということで待っている間に張署との因縁、これからの構想を述べたものである。】

纖雲四卷天無河,清風吹空月舒波。

宵のうちは、細い筋のような雲があったが、やがて四方の空に巻き散らされて跡形もなく消えた、天には天の川も見えず、すがすがしい風が空を吹きわたって、月は水面から上り、月影は波の上にのびている。
沙平水息聲影絕,一杯相屬君當歌。

川岸の平砂、渺渺として、水の動きは見えず、さながら休んでいるのであろう、流れの音もなく、葉擦れ音もなく、物の影もない、ひっそりとした中、君と相対座して、一杯の酒を君に勧め、心の内を互いに歌を歌って、さらけだそうとしよう。

#2

君歌聲酸辭且苦,不能聽終淚如雨。

洞庭連天九疑高,蛟龍出沒猩鼯號。

十生九死到官所,幽居默默如藏逃。

下床畏蛇食畏藥,海氣溼蟄熏腥臊。

#3

昨者州前搥大鼓,嗣皇繼聖登夔皋。

赦書一日行萬里,罪從大辟皆除死。

遷者追迴流者還,滌瑕蕩垢清朝班。

州家申名使家抑,坎軻祗得移荊蠻。

#4

判司卑官不堪說,未免捶楚塵埃間。

同時輩流多上道,天路幽險難追攀。

君歌且休聽我歌,我歌今與君殊科。

一年明月今宵多,人生由命非由他,有酒不飲奈明何?

 

 

(八月十五夜張功曹に贈る)#1

【自註:張功曹は,署なり。愈と署とは以て貞元二十一年二月二十日赦され南方より,俱に徙って江陵に掾たり,是れに至て郴に於いて命を俟つ,而して是の詩を作る。】

繊雲【せんうん】四【よ】もに巻いて天に河【か】無く、清風空を吹いて月は波を舒【の】ぶ。

沙は平らに水息【や】んで声影絶え、一盃【いっぱい】相属【しょく】す君当【まさ】に歌うべし。

 

#2

君が歌は声酸【いた】み辞も且つ苦しく、終わるまで聴く能【あた】わずして涙雨の如し。

洞庭は天に連なり九疑【きゅうぎ】は高く、蛟竜【こうりゅう】出没して猩鼯【せいご】号【さけ】ぶ。

十生【じつせい】九死【きゅうし】 官所に到り、幽居黙黙として蔵逃せるが如し。

牀【しょう】を下れば蛇を畏れ食には薬を畏れ、海気濕蟄【しつちつ】して腥臊【せいそう】熏【くん】ず。

 

#3

昨者【さきごろ】州前【しゅうぜん】に大鼓を槌【う】ち、嗣皇【しこう】聖を継ぎて菱皐【きこう】を登【あ】ぐ。

赦書一日に万里を行き、罪の大辟【たへき】に従うは皆死を除かる。

遷者は追回し流者は還【かえ】し、瑕【きず】を滌【あら】い垢【あか】を蕩【そそ】いで朝【ちょう】 班【はん】を清む。

州家は名を申【の】べしも使家は抑え、坎軻【かんか】隻【ひとつ】荊蛮【けいばん】に移るを得しのみ。

 

#4

判司は卑官にして説【い】うに湛えず、未だ塵埃【じんあい】の間に捶楚【すいそ】せらるるを免れず。

同時の輩流 多く道に上るも、天路は幽険にして追攀【ついはん】し難し。

君が歌を且【しばら】く休【や】めて我が歌を聴け、我が歌は今君と科を殊【こと】にす。

一年の明月 今宵【こよい】多し、人生命【めい】に由る 他に由るに非ず、酒有れども飲まずんば明を奈何【いかん】せん

 

 

『八月十五夜贈張功曹』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

八月十五夜贈張功曹 #1

【案:張功曹,署也。愈與署以貞元二十一年二月二十日赦自南方,俱徙掾江陵,至是俟命於郴,而作是詩。】

纖雲四卷天無河,清風吹空月舒波。

沙平水息聲影絕,一杯相屬君當歌。

(下し文)
(八月十五夜張功曹に贈る)#1

【自註:張功曹は,署なり。愈と署とは以て貞元二十一年二月二十日赦され南方より,俱に徙って江陵に掾たり,是れに至て郴に於いて命を俟つ,而して是の詩を作る。】

繊雲【せんうん】四【よ】もに巻いて天に河【か】無く、清風空を吹いて月は波を舒【の】ぶ。

沙は平らに水息【や】んで声影絶え、一盃【いっぱい】相属【しょく】す君当【まさ】に歌うべし。

(現代語訳)
(805年、貞元二十一年八月十五夜、仲秋の夜、江陵功曹参軍事に新たに任じられた張署君に贈る。) #1

【張功曹は,張署のことである。韓愈と張署とは、805年貞元21年2月20日大赦するというので南方陽山の地を出発し、ともに流された張署が郴州臨武で縣令をしていたところで、ともに江陵に量移される命令が出るまで待機するようにということで待っている間に張署との因縁、これからの構想を述べたものである。】

宵のうちは、細い筋のような雲があったが、やがて四方の空に巻き散らされて跡形もなく消えた、天には天の川も見えず、すがすがしい風が空を吹きわたって、月は水面から上り、月影は波の上にのびている。
川岸の平砂、渺渺として、水の動きは見えず、さながら休んでいるのであろう、流れの音もなく、葉擦れ音もなく、物の影もない、ひっそりとした中、君と相対座して、一杯の酒を君に勧め、心の内を互いに歌を歌って、さらけだそうとしよう。


(訳注)

八月十五夜贈張功曹 #1

(805年、貞元二十一年八月十五夜、仲秋の夜、江陵功曹参軍事に新たに任じられた張署君に贈る。)

【案:張功曹,署也。愈與署以貞元二十一年二月二十日赦自南方,俱徙掾江陵,至是俟命

於郴,而作是詩。】

【張功曹は,張署のことである。韓愈と張署とは、805年貞元21年2月20日大赦するというので南方陽山の地を出発し、ともに流された張署が郴州臨武で縣令をしていたところで、ともに江陵に量移される命令が出るまで待機するようにということで待っている間に張署との因縁、これからの構想を述べたものである。】

 

「張功曹」は803年暮、3人流罪にされたうちの張署である。中唐詩-266 答張十一功曹 韓愈 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-29正式には功曹参軍事という。人事を担当する職で、愈が任ぜられた法曹参軍とは同格であり、府庁の最末端に属する官僚である。
これら参軍の職を総称して判司と呼び、高級官庶の場合は身分を重んじて、流罪とか左遷、革職(官職剥奪)、あるいは自殺を賜わるなどの処罰はあるのだが、叩かれることはないが、官職といっても、罪があれば鞭や杖で叩かれるお仕置きを受けるていどのちいである。判司はいちおう高級官原の末席には連なるのだが、扱いは高級職と下級職との中間にあるということであった。張署は愈と同時に臨武県へ流されたのだが、臨武県は彬州に属する。やはり郴州で命令を待つうち、これも江陵府の、功曹参軍に任ずるという辞令を受けたのである。そして出発の日を待つうち、たまたま中秋の名月の日が来て、張署が愈の宿を訪れ、酒を酌みかわしたところから、この詩が作られた。良くわからない罪で流罪となっている韓愈には次の赴任地に向かへという命が出ないのである。急進改革派、宦官筋からの裏工作によるものであったのだろうか、朝廷が混乱していただけなのかよくわかっていないが、宦官は儒者とは全く相いれないからどんなに些細な事でも、邪魔をするので、事務処理の邪魔をされたのかもしれない。

 

纖雲四卷天無河,清風吹空月舒波。
宵のうちは、細い筋のような雲があったが、やがて四方の空に巻き散らされて跡形もなく消えた、天には天の川も見えず、すがすがしい風が空を吹きわたって、月は水面から上り、月影は波の上にのびている。
○纖雲 細い糸の雲。筋雲。

○四卷 糸巻きのように四方の空を巻く。

○天無河 銀河さえ見えない。


沙平水息聲影絕,一杯相屬君當歌。
川岸の平砂、渺渺として、水の動きは見えず、さながら休んでいるのであろう、流れの音もなく、葉擦れ音もなく、物の影もない、ひっそりとした中、君と相対座して、一杯の酒を君に勧め、心の内を互いに歌を歌って、さらけだそうとしよう。

韓愈96《 巻三12東方半明【東方未明】》 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1570> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6834

韓愈  方半明【東方未明】

東方半明大星沒,獨有太白配殘月。嗟爾殘月勿相疑,同光共影須臾期。

殘月暉暉,太白睒睒。雞三號,更五點。

(罪にとわれ、陽山に謫貶され、不運続きであったが、夜明けの金星の見て、吉兆の兆しが見えた明るい希望をもって進もう)

東方の空はまさに明けようとして次第に明るくなると天上に燦然と瞬いていた大いなる星々は太陽に没してゆくけれど、太白星は一人、明けの明星として、名残の月に配して光っている。その太白星は名残月に吸い込まれて今しも互いに一体化しようとしているのかと疑うものではないが、光を同じように放ち、影も共にし、そしてしばらくして一体化していった。名残の月は照り輝いているし、太白星も光り輝いている。(吉兆の前触れである)そうしているうち鶏が三聲高く鳴き、五更を告げる鐘が、カンとなったので、希望に満ちた一日の始まりである。

韓愈96《 巻三12東方半明【東方未明】》  韓愈(韓退之)  805年貞元21年 38歳<1570> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6834

 

 
  2015年10月29日 の紀頌之5つのBlog  
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韓愈詩-韓愈96

年:805年貞元21年 38歳

卷別:    卷三三八              文體:    雜言古詩

詩題:    東方半明【東方未明】

作地點:              目前尚無資料

 

 

方半明【東方未明】

(罪にとわれ、陽山に謫貶され、不運続きであったが、夜明けの金星の見て、吉兆の兆しが見えた明るい希望をもって進もう)

東方半明大星沒,獨有太白配殘月。

東方の空はまさに明けようとして次第に明るくなると天上に燦然と瞬いていた大いなる星々は太陽に没してゆくけれど、太白星は一人、明けの明星として、名残の月に配して光っている。

嗟爾殘月勿相疑,同光共影須臾期。

その太白星は名残月に吸い込まれて今しも互いに一体化しようとしているのかと疑うものではないが、光を同じように放ち、影も共にし、そしてしばらくして一体化していった。

殘月暉暉,太白睒睒。

名残の月は照り輝いているし、太白星も光り輝いている。(吉兆の前触れである)

雞三號,更五點。

そうしているうち鶏が三聲高く鳴き、五更を告げる鐘が、カンとなったので、希望に満ちた一日の始まりである。

(方 半ば明かなり【東方 未だ明らかならず】)

東方 半ば明かにして 大星 沒し,獨り太白の殘月に配する有り。

嗟あ 爾じ 殘月 相い疑う勿れ,光を同じうし影を共にして須臾を期す。

殘月暉暉たり,太白睒睒たり。

雞 三號し,更 五點す。

 

『方半明』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

方半明【東