漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

韓昌黎文集 巻八

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

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807-08元和二年40歳昌黎文巻八02《毛頴傳§5-3》〔#15〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10233

毛穎は始め俘虜の身で天子にまみえ、終わりには任用されたのである。

秦が諸侯を滅ぼすのに、毛穎はそれに関係して功があった。

けれども賞はその労に当たらず、やがて年老いて疎んぜられた。秦はまことに恩愛の少ない王朝であることよ、と。

 

 

 

 

 

韓昌黎集 巻三十六 《毛頴傳》

 

 

 

 

 

§1-1

毛穎者,中山人也。

其先明眎,佐禹治東方土。

養萬物有功,因封於卯地,死為十二神。

嘗曰:「吾子孫神明之後,不可與物同。

當吐而生。」

已而果然。

§1-2

明視八世孫,世傳當殷時居中山,得神仙之術,能匿光使物,竊姮娥、騎蟾蜍入月。

其後代遂隱不仕云。

居東郭者曰 夋兔,

狡而善走,與韓盧爭能,盧不及。

盧怒,與宋鵲謀而殺之,醢其家。 

§2-1

秦始皇時,蒙將軍恬南伐楚,次中山。

將大獵以懼楚。

召左右庶長與軍尉,以《連山》筮之。

得天與人文之兆。

§2-2

筮者賀曰:「今日之獲,不角不牙,衣褐之徒。

缺口而長鬚,八竅而趺居。

獨取其髦,簡牘是資.天下其同書。

秦其遂兼諸侯乎!」

 

§2-3

遂獵,圍毛氏之族,拔其豪,載穎而歸,

獻俘於章臺宮,聚其族而加束縛焉。

秦皇帝使恬賜之湯沐,而封諸管城,號曰管城子。

曰見親寵任事。
 

§3-1

穎為人,強記而便敏,

自結繩之代以及秦事,無不纂錄。

陰陽、卜筮、占相、醫方、族氏、山經、地志、字書、圖畫、九流、百家天人之書。

§3-2

及至浮圖、老子、外國之,皆所詳悉。又通於當代之務,官府簿書、巿井貸錢注記,惟上所使。

§3-3

自秦皇帝及太子扶蘇、胡亥、丞相斯、中車府令高,下及國人,無不愛重。又善隨人意,正直、邪曲、巧拙,一隨其人。雖見廢棄,終默不泄。惟不喜武士,然見請,亦時往。

 

§4-1

累拜中書令,與上益狎,上嘗呼為中書君。

上親決事,以衡石自程,雖宮人不得立左右,獨穎與執燭者常侍,上休方罷。

§4-2

穎與絳人陳玄、弘農陶泓及會稽褚先生友善。

相推致,其出處必偕。上召穎,三人者不待詔輒俱往,上未嘗怪焉。 

§4-3

後因進見,上將有任使,拂拭之,因免冠謝。

上見其髮禿,又所摹畫不能稱上意。

上嘻笑曰:「中書君老而禿,不任吾用。

§4-4

吾嘗謂中書君,君今不中書邪?」對曰:「臣所謂盡心者。」

因不復召,歸封邑,終於管城。

其子孫甚多,散處中國夷狄,皆冒管城,惟居中山者,能繼父祖業。 

 

§5-1

太史公曰:「毛氏有兩族。

其一姓,文王之子,封於毛。

所謂魯、衛、毛、聃者也。

戰國時有毛公、毛遂。

§5-2

獨中山之族,不知其本所出,子孫最為蕃昌。

《春秋》之成,見於孔子,而非其罪。

及蒙將軍拔中山之豪,始皇封諸管城,

世遂有名。而姓之毛無聞。

§5-3

 

穎始以俘見,卒見任使。

秦之滅諸侯,穎與有功。

賞不酬勞,以老見疏。

秦真少恩哉。」

 

807-08元和二年40

毛頴傳-14(§5-3

昌黎先生集 昌黎文巻八02

全唐文/0567/5

807年元和240

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10233

 

13 §5-1

太史公曰:「毛氏有兩族。

太史公はいう、毛氏は両族がある。

其一姓,文王之子,封於毛。

その一つは姫姓で、周の文王の子が毛の地に封ぜられた。

所謂魯、衛、毛、聃者也。

世にいう所の魯・衛・毛・聃のうちの一国である。

戰國時有毛公、毛遂。

戦国時代には、毛公・毛遂という人があった。

§5-1

太史公 曰く:「毛氏に兩族有り。

其の一は姓,文王の子,毛に封ぜらる。

所謂る魯、衛、毛、聃という者なり。

戰國の時に毛公、毛遂有り。

#14 §5-2

獨中山之族,不知其本所出。

ただ中山の毛氏の族だけは、その本がどこから出ているのかわからない。

子孫最為蕃昌。

子孫は中でも最も殖えて盛んであるとされる。

《春秋》之成,見於孔子,而非其罪。

『春秋』の書ができ上がったときに、孔子から交わりを絶たれた(孔子は筆を獲麟に絶つ)けれども、それは毛氏の罪ではなかった。

及蒙將軍拔中山之豪,始皇封諸管城,

蒙恬将軍が中山の毛氏の族の豪の者(毫を暗示)を抜いて帰り、始皇帝がこれを管城に封ずるようになった。

世遂有名,而姓之毛無聞。

世々そのまま毛氏の名が聞こえて、姫姓の毛氏は聞こえなくなった。

#2

獨り中山の族のみ,其の本の出ずる所を知ず。

子孫 最も蕃昌なりと為す。

《春秋》の成るや,見孔子にたる,而も其の罪に非ず。

蒙將軍 中山の豪を拔き,始皇 諸を管城に封ずるに及ぶ,

世よに遂に名有り。而して姓の毛は聞ゆる無し。

 

#15 §5-3

穎始以俘見,卒見任使。

毛穎は始め俘虜の身で天子にまみえ、終わりには任用されたのである。

秦之滅諸侯,穎與有功。

秦が諸侯を滅ぼすのに、毛穎はそれに関係して功があった。

賞不酬勞,以老見疏。

秦真少恩哉。」

けれども賞はその労に当たらず、やがて年老いて疎んぜられた。秦はまことに恩愛の少ない王朝であることよ、と。

-3

穎 始めは俘を以って見え,卒【おわり】には任使せらる,

秦の諸侯を滅し,穎 與【あず】かって功有り。

賞 勞に酬いず,老を以って疏【うと】んぜられ,秦 真に恩少きかな。」と。

 

 

《毛頴傳》現代語訳と訳註解説

(本文)

#15 §5-3

穎始以俘見,卒見任使。

秦之滅諸侯,穎與有功。

賞不酬勞,以老見疏。

秦真少恩哉。」

 

(下し文)

-3

穎 始めは俘を以って見え,卒【おわり】には任使せらる,

秦の諸侯を滅し,穎 與【あず】かって功有り。

賞 勞に酬いず,老を以って疏【うと】んぜられ,秦 真に恩少きかな。」と。

 

(現代語訳)

毛穎は始め俘虜の身で天子にまみえ、終わりには任用されたのである。

秦が諸侯を滅ぼすのに、毛穎はそれに関係して功があった。

けれども賞はその労に当たらず、やがて年老いて疎んぜられた。秦はまことに恩愛の少ない王朝であることよ、と。

 

(訳注)

毛穎傳

○毛穎 《「穎」は穂先の意》毛筆の異称。毛は筆の毛、当時は免の毛であったから筆の姓とした。穎は筆先の細い毛。これを名とした。

筆を人に擬して伝を立てたのである。着想から滑稽であり、叙事は更に諧謔味を帯び、韓愈の俳諧文の代表作である。特に諷諭の意を捜る必要はない。詩文を通じて、韓愈(退之)の文学には俳諧味がある。これはその一種の表現と見るべきであろう。

 

#15 §5-3

穎始以俘見,卒見任使,

毛穎は始め俘虜の身で天子にまみえ、終わりには任用されたのである。

77. 俘 俘虜。

 

秦之滅諸侯,穎與有功,

秦が諸侯を滅ぼすのに、毛穎はそれに関係して功があった。

78. 穎與有功 毛穎がそれに関係して功があった。与は関与。政治には常に文筆がかかわる。

 

賞不酬勞,以老見疏,秦真少恩哉。」

けれども賞はその労に当たらず、やがて年老いて疎んぜられた。秦はまことに恩愛の少ない王朝であることよ、と。

80. 不酬勞 功労に相応しない。

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ただ中山の毛氏の族だけは、その本がどこから出ているのかわからない。

子孫は中でも最も殖えて盛んであるとされる。

『春秋』の書ができ上がったときに、孔子から交わりを絶たれた(孔子は筆を獲麟に絶つ)けれども、それは毛氏の罪ではなかった。

蒙恬将軍が中山の毛氏の族の豪の者(毫を暗示)を抜いて帰り、始皇帝がこれを管城に封ずるようになった。

世々そのまま毛氏の名が聞こえて、姫姓の毛氏は聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

韓昌黎集 巻三十六 《毛頴傳》

 

 

 

 

 

§1-1

毛穎者,中山人也。

其先明眎,佐禹治東方土。

養萬物有功,因封於卯地,死為十二神。

嘗曰:「吾子孫神明之後,不可與物同。

當吐而生。」

已而果然。

§1-2

明視八世孫,世傳當殷時居中山,得神仙之術,能匿光使物,竊姮娥、騎蟾蜍入月。

其後代遂隱不仕云。

居東郭者曰 夋兔,

狡而善走,與韓盧爭能,盧不及。

盧怒,與宋鵲謀而殺之,醢其家。 

§2-1

秦始皇時,蒙將軍恬南伐楚,次中山。

將大獵以懼楚。

召左右庶長與軍尉,以《連山》筮之。

得天與人文之兆。

§2-2

筮者賀曰:「今日之獲,不角不牙,衣褐之徒。

缺口而長鬚,八竅而趺居。

獨取其髦,簡牘是資.天下其同書。

秦其遂兼諸侯乎!」

 

§2-3

遂獵,圍毛氏之族,拔其豪,載穎而歸,

獻俘於章臺宮,聚其族而加束縛焉。

秦皇帝使恬賜之湯沐,而封諸管城,號曰管城子。

曰見親寵任事。
 

§3-1

穎為人,強記而便敏,

自結繩之代以及秦事,無不纂錄。

陰陽、卜筮、占相、醫方、族氏、山經、地志、字書、圖畫、九流、百家天人之書。

§3-2

及至浮圖、老子、外國之,皆所詳悉。又通於當代之務,官府簿書、巿井貸錢注記,惟上所使。

§3-3

自秦皇帝及太子扶蘇、胡亥、丞相斯、中車府令高,下及國人,無不愛重。又善隨人意,正直、邪曲、巧拙,一隨其人。雖見廢棄,終默不泄。惟不喜武士,然見請,亦時往。

 

§4-1

累拜中書令,與上益狎,上嘗呼為中書君。

上親決事,以衡石自程,雖宮人不得立左右,獨穎與執燭者常侍,上休方罷。

§4-2

穎與絳人陳玄、弘農陶泓及會稽褚先生友善。

相推致,其出處必偕。上召穎,三人者不待詔輒俱往,上未嘗怪焉。 

§4-3

後因進見,上將有任使,拂拭之,因免冠謝。

上見其髮禿,又所摹畫不能稱上意。

上嘻笑曰:「中書君老而禿,不任吾用。

§4-4

吾嘗謂中書君,君今不中書邪?」對曰:「臣所謂盡心者。」

因不復召,歸封邑,終於管城。

其子孫甚多,散處中國夷狄,皆冒管城,惟居中山者,能繼父祖業。 

 

§5-1

太史公曰:「毛氏有兩族。

其一姓,文王之子,封於毛。

所謂魯、衛、毛、聃者也。

戰國時有毛公、毛遂。

§5-2

獨中山之族,不知其本所出,子孫最為蕃昌。

《春秋》之成,見於孔子,而非其罪。

及蒙將軍拔中山之豪,始皇封諸管城,

世遂有名。而姓之毛無聞。

§5-3

 

穎始以俘見,卒見任使。

秦之滅諸侯,穎與有功。

賞不酬勞,以老見疏。

秦真少恩哉。」

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

747-0ⅴ【字解集】6首・戰城南二首 ・贈丹陽橫山周處士惟長 ・贈崔郎中宗之 ・贈崔諮議 ・崔四侍御 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog10247

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孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

10年のBLOGの集大成

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

807年-08元和二年40歳昌黎文巻八02《毛頴傳§5-1》〔#13〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10234

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807年-05元和二年40歳《【字解集】》〔酬裴十六功曹巡府西驛塗中見寄・記夢〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10066

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

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index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-集-31 767-【字解集】6首・夜二首 ・朝二首 ・戲作俳諧體遣悶二首 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10207

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767年-集-21 【字解集】 ・寄峽州劉伯華使君四十韻  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9366

767年 【字解集】152.課小豎鉏斫舍北果,林枝蔓荒穢淨,訖移床,三首 155.反照 157.向夕 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9645

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 (388)回目《孫光憲巻七47河傳四首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10236 (03/08)

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花間集 訳注解説 (313)回目和凝【字解集】11柳枝三首  12.漁父一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9639 (12/07)

 

 

 

10年のBLOGの集大成

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉臺・巻4•2-2 -#7 秋胡詩一首(高節難久淹)〔顏延之〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10244

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巻三-29 【字解集】雜詩三首其一~其三  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10077

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

●魚玄機全詩

●花間集(6

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●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

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魚玄機関連詩 〔李郢〕唐才子傳 #2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 10238

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807-08元和二年40歳昌黎文巻八02《毛頴傳§5-1》〔#13〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10234

太史公はいう、毛氏は両族がある。

その一つは姫姓で、周の文王の子が毛の地に封ぜられた。

世にいう所の魯・衛・毛・聃のうちの一国である。

戦国時代には、毛公・毛遂という人があった。

 

 

 

 

 

韓昌黎集 巻三十六 《毛頴傳》

 

 

 

 

 

§1-1

毛穎者,中山人也。

其先明眎,佐禹治東方土。

養萬物有功,因封於卯地,死為十二神。

嘗曰:「吾子孫神明之後,不可與物同。

當吐而生。」

已而果然。

§1-2

明視八世孫,世傳當殷時居中山,得神仙之術,能匿光使物,竊姮娥、騎蟾蜍入月。

其後代遂隱不仕云。

居東郭者曰 夋兔,

狡而善走,與韓盧爭能,盧不及。

盧怒,與宋鵲謀而殺之,醢其家。 

§2-1

秦始皇時,蒙將軍恬南伐楚,次中山。

將大獵以懼楚。

召左右庶長與軍尉,以《連山》筮之。

得天與人文之兆。

§2-2

筮者賀曰:「今日之獲,不角不牙,衣褐之徒。

缺口而長鬚,八竅而趺居。

獨取其髦,簡牘是資.天下其同書。

秦其遂兼諸侯乎!」

 

§2-3

遂獵,圍毛氏之族,拔其豪,載穎而歸,

獻俘於章臺宮,聚其族而加束縛焉。

秦皇帝使恬賜之湯沐,而封諸管城,號曰管城子。

曰見親寵任事。
 

§3-1

穎為人,強記而便敏,

自結繩之代以及秦事,無不纂錄。

陰陽、卜筮、占相、醫方、族氏、山經、地志、字書、圖畫、九流、百家天人之書。

§3-2

及至浮圖、老子、外國之,皆所詳悉。又通於當代之務,官府簿書、巿井貸錢注記,惟上所使。

§3-3

自秦皇帝及太子扶蘇、胡亥、丞相斯、中車府令高,下及國人,無不愛重。又善隨人意,正直、邪曲、巧拙,一隨其人。雖見廢棄,終默不泄。惟不喜武士,然見請,亦時往。

 

§4-1

累拜中書令,與上益狎,上嘗呼為中書君。

上親決事,以衡石自程,雖宮人不得立左右,獨穎與執燭者常侍,上休方罷。

§4-2

穎與絳人陳玄、弘農陶泓及會稽褚先生友善。

相推致,其出處必偕。上召穎,三人者不待詔輒俱往,上未嘗怪焉。 

§4-3

後因進見,上將有任使,拂拭之,因免冠謝。

上見其髮禿,又所摹畫不能稱上意。

上嘻笑曰:「中書君老而禿,不任吾用。

§4-4

吾嘗謂中書君,君今不中書邪?」對曰:「臣所謂盡心者。」

因不復召,歸封邑,終於管城。

其子孫甚多,散處中國夷狄,皆冒管城,惟居中山者,能繼父祖業。 

 

§5-1

太史公曰:「毛氏有兩族。

其一姓,文王之子,封於毛。

所謂魯、衛、毛、聃者也。

戰國時有毛公、毛遂。

§5-2

獨中山之族,不知其本所出,子孫最為蕃昌。

《春秋》之成,見於孔子,而非其罪。

及蒙將軍拔中山之豪,始皇封諸管城,世遂有名。

§5-3

姓之毛無聞。

穎始以俘見,卒見任使。

秦之滅諸侯,穎與有功。

賞不酬勞,以老見疏。

秦真少恩哉。」

 

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807年-08元和二年40歳昌黎文巻八02《毛頴傳§4-4》〔#12〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10227

807-08元和二年40歳昌黎文巻八02《毛頴傳§4-4》〔#12

 

 

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崔四侍御

毛頴傳§4-4〔#12

戲作俳諧體遣悶二首其二

浣溪沙九首其九

#6 秋胡詩一首

〔李郢〕唐才子傳 #2

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韓愈詩

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Ⅰ李白詩

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揚雄 《甘泉賦》

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曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

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漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

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杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

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杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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花間集 訳注解説 (313)回目和凝【字解集】11柳枝三首  12.漁父一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9639 (12/07)

 

 

 

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●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

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807-08元和二年40歳昌黎文巻八02《毛頴傳§4-4》〔#12〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10227

私は常に中書君と呼んでいたが、君は今字を書くにあたらない ねじけて適当でないということなのか。」と。

答えていった、私は世にいう所の君に心を尽くしたのです(筆の毛の心が尽きたので字は書けない) と。

そこで天子は二度と毛頴を召さなかった。

毛頴は領城に帰り、管城で命を終わった。

その子孫は甚だ多く、中國の中だけでなく異民族の国々の各所に散らばり住むようになった。

皆、管城の号を頭につけているが、ただ中山に居る老だけが父祖の業を継いでいるのである。

 

 

 

 

 

韓昌黎集 巻三十六 《毛頴傳》

 

 

 

 

 

§1-1

毛穎者,中山人也。

其先明眎,佐禹治東方土。

養萬物有功,因封於卯地,死為十二神。

嘗曰:「吾子孫神明之後,不可與物同。

當吐而生。」

已而果然。

§1-2

明視八世孫,世傳當殷時居中山,得神仙之術,能匿光使物,竊姮娥、騎蟾蜍入月。

其後代遂隱不仕云。

居東郭者曰 夋兔,

狡而善走,與韓盧爭能,盧不及。

盧怒,與宋鵲謀而殺之,醢其家。 

§2-1

秦始皇時,蒙將軍恬南伐楚,次中山。

將大獵以懼楚。

召左右庶長與軍尉,以《連山》筮之。

得天與人文之兆。

§2-2

筮者賀曰:「今日之獲,不角不牙,衣褐之徒。

缺口而長鬚,八竅而趺居。

獨取其髦,簡牘是資.天下其同書。

秦其遂兼諸侯乎!」

 

§2-3

遂獵,圍毛氏之族,拔其豪,載穎而歸,

獻俘於章臺宮,聚其族而加束縛焉。

秦皇帝使恬賜之湯沐,而封諸管城,號曰管城子。

曰見親寵任事。
 

§3-1

穎為人,強記而便敏,

自結繩之代以及秦事,無不纂錄。

陰陽、卜筮、占相、醫方、族氏、山經、地志、字書、圖畫、九流、百家天人之書。

§3-2

及至浮圖、老子、外國之,皆所詳悉。又通於當代之務,官府簿書、巿井貸錢注記,惟上所使。

§3-3

自秦皇帝及太子扶蘇、胡亥、丞相斯、中車府令高,下及國人,無不愛重。又善隨人意,正直、邪曲、巧拙,一隨其人。雖見廢棄,終默不泄。惟不喜武士,然見請,亦時往。

 

§4-1

累拜中書令,與上益狎,上嘗呼為中書君。

上親決事,以衡石自程,雖宮人不得立左右,獨穎與執燭者常侍,上休方罷。

§4-2

穎與絳人陳玄、弘農陶泓及會稽褚先生友善。

相推致,其出處必偕。上召穎,三人者不待詔輒俱往,上未嘗怪焉。 

§4-3

後因進見,上將有任使,拂拭之,因免冠謝。

上見其髮禿,又所摹畫不能稱上意。

上嘻笑曰:「中書君老而禿,不任吾用。

§4-4

吾嘗謂中書君,君今不中書邪?」對曰:「臣所謂盡心者。」

因不復召,歸封邑,終於管城。

其子孫甚多,散處中國夷狄,皆冒管城,惟居中山者,能繼父祖業。 

 

§5-1

太史公曰:「毛氏有兩族。

其一姓,文王之子,封於毛。

所謂魯、衛、毛、聃者也。

戰國時有毛公、毛遂。

獨中山之族,不知其本所出,子孫最為蕃昌。

《春秋》之成,見於孔子,而非其罪。

-2

及蒙將軍拔中山之豪,始皇封諸管城,世遂有名。

姓之毛無聞。

穎始以俘見,卒見任使。

秦之滅諸侯,穎與有功。

賞不酬勞,以老見疏。

秦真少恩哉。」

 

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807-08元和二年40歳昌黎文巻八02《毛頴傳§4-3》〔#11〕

 

 

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Ⅰ李白詩

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index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

10年のBLOGの集大成

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-229 戲作俳諧體遣悶二首其二(卷二○(四)頁一七九四)注(1246) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10200

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767年-集-21 【字解集】 ・寄峽州劉伯華使君四十韻  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9366

767年 【字解集】152.課小豎鉏斫舍北果,林枝蔓荒穢淨,訖移床,三首 155.反照 157.向夕 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9645

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 (387)回目《孫光憲巻七46浣溪沙九首其九》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10222 (03/05)

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花間集 訳注解説 (313)回目和凝【字解集】11柳枝三首  12.漁父一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9639 (12/07)

 

 

 

10年のBLOGの集大成

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉臺・巻4•2-2 -#6 秋胡詩一首(年徃誠思勞)〔顏延之〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10237

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巻三-29 【字解集】雜詩三首其一~其三  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10077

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

Ⅵ唐代女性論         ninjaブログ

魚玄機関連詩 〔辛文房〕唐才子傳 #3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 10224

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807-08元和二年40歳昌黎文巻八02《毛頴傳§4-3》〔#11〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10212

後に、毛頴が天子の前に進んでまみえた時に、天子は仕事を命じて使おうと、物のよごれを払い、拭い去るよぅにして、人材を見出そうとしておられたし、毛頴は天子の払った手が触れた。

それで、冠を脱いで (筆のさやを取る)挨拶を申し上げた。

天子はその髪の禿げた(筆の毛先が切れている) のを見られた。

また彼の計画(字を書く)することが天子の意にかなわなかったようだ。

天子はおかしそうに笑っていわれた、中書君は年老いて禿げてしまう。

私の役に立たない。

 

 

 

 

 

韓昌黎集 巻三十六 《毛頴傳》

 

 

 

 

 

§1-1

毛穎者,中山人也。

其先明眎,佐禹治東方土。

養萬物有功,因封於卯地,死為十二神。

嘗曰:「吾子孫神明之後,不可與物同。

當吐而生。」

已而果然。

§1-2

明視八世孫,世傳當殷時居中山,得神仙之術,能匿光使物,竊姮娥、騎蟾蜍入月。

其後代遂隱不仕云。

居東郭者曰 夋兔,

狡而善走,與韓盧爭能,盧不及。

盧怒,與宋鵲謀而殺之,醢其家。 

§2-1

秦始皇時,蒙將軍恬南伐楚,次中山。

將大獵以懼楚。

召左右庶長與軍尉,以《連山》筮之。

得天與人文之兆。

§2-2

筮者賀曰:「今日之獲,不角不牙,衣褐之徒。

缺口而長鬚,八竅而趺居。

獨取其髦,簡牘是資.天下其同書。

秦其遂兼諸侯乎!」

 

§2-3

遂獵,圍毛氏之族,拔其豪,載穎而歸,

獻俘於章臺宮,聚其族而加束縛焉。

秦皇帝使恬賜之湯沐,而封諸管城,號曰管城子。

曰見親寵任事。
 

§3-1

穎為人,強記而便敏,

自結繩之代以及秦事,無不纂錄。

陰陽、卜筮、占相、醫方、族氏、山經、地志、字書、圖畫、九流、百家天人之書。

§3-2

及至浮圖、老子、外國之,皆所詳悉。又通於當代之務,官府簿書、巿井貸錢注記,惟上所使。

§3-3

自秦皇帝及太子扶蘇、胡亥、丞相斯、中車府令高,下及國人,無不愛重。又善隨人意,正直、邪曲、巧拙,一隨其人。雖見廢棄,終默不泄。惟不喜武士,然見請,亦時往。

 

§4-1

累拜中書令,與上益狎,上嘗呼為中書君。

上親決事,以衡石自程,雖宮人不得立左右,獨穎與執燭者常侍,上休方罷。

§4-2

穎與絳人陳玄、弘農陶泓及會稽褚先生友善。

相推致,其出處必偕。上召穎,三人者不待詔輒俱往,上未嘗怪焉。 

§4-3

後因進見,上將有任使,拂拭之,因免冠謝。

上見其髮禿,又所摹畫不能稱上意。

上嘻笑曰:「中書君老而禿,不任吾用。

§4-4

吾嘗謂中書君,君今不中書邪?」對曰:「臣所謂盡心者。」

因不復召,歸封邑,終於管城。

其子孫甚多,散處中國夷狄,皆冒管城,惟居中山者,能繼父祖業。 

 

§5-1

太史公曰:「毛氏有兩族。

其一姓,文王之子,封於毛。

所謂魯、衛、毛、聃者也。

戰國時有毛公、毛遂。

獨中山之族,不知其本所出,子孫最為蕃昌。

《春秋》之成,見於孔子,而非其罪。

-2

及蒙將軍拔中山之豪,始皇封諸管城,世遂有名。

姓之毛無聞。

穎始以俘見,卒見任使。

秦之滅諸侯,穎與有功。

賞不酬勞,以老見疏。

秦真少恩哉。」

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807年-08元和二年40歳昌黎文巻八02《毛頴傳§4-2》〔#10〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10205

807-08元和二年40歳昌黎文巻八02《毛頴傳§4-2》〔#10〕

 

  

201835

の紀頌之"6"つの校注Blog

#3贈崔郎中宗之

毛頴傳§4-2》〔#10〕

戲作俳諧體遣悶二首其一

浣溪沙九首其九

#6 秋胡詩一首

辛文房〕唐才子傳 #3

李白詩

韓愈詩

杜甫詩

花間集

玉臺新詠

古代史女性論

 

201835

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10年のBLOGの集大成

   李白総合案内

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

747-022#3贈崔郎中宗之(卷十(一)六七五)漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog10198

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746-【字解集】21.魯東門觀刈蒲 22.魯郡堯祠送五之琅琊 23.魯郡堯祠送張十四遊西北Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集Blog9884

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

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807年-05元和二年40歳《【字解集】》〔酬裴十六功曹巡府西驛塗中見寄・記夢〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10066

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

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 807-08元和二年40歳昌黎文巻八02《毛頴傳§4-2》〔#10〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10205

穎は絳の人陳玄、弘農の陶泓及び会稽の褚先生と友として仲が善かった。

互いに推し薦め合い、出仕するも家居するも必ず一緒にした。

天子が毛頴を召されると、その三人の者も、詔を待たずに、そのつど共に往ったのである。

天子は それを一度も怪しまなかった。

 

 

 

 

 

韓昌黎集 巻三十六 《毛頴傳》

 

 

 

 

 

§1-1

毛穎者,中山人也。

其先明眎,佐禹治東方土。

養萬物有功,因封於卯地,死為十二神。

嘗曰:「吾子孫神明之後,不可與物同。

當吐而生。」

已而果然。

§1-2

明視八世孫,世傳當殷時居中山,得神仙之術,能匿光使物,竊姮娥、騎蟾蜍入月。

其後代遂隱不仕云。

居東郭者曰 夋兔,

狡而善走,與韓盧爭能,盧不及。

盧怒,與宋鵲謀而殺之,醢其家。 

§2-1

秦始皇時,蒙將軍恬南伐楚,次中山。

將大獵以懼楚。

召左右庶長與軍尉,以《連山》筮之。

得天與人文之兆。

§2-2

筮者賀曰:「今日之獲,不角不牙,衣褐之徒。

缺口而長鬚,八竅而趺居。

獨取其髦,簡牘是資.天下其同書。

秦其遂兼諸侯乎!」

 

§2-3

遂獵,圍毛氏之族,拔其豪,載穎而歸,

獻俘於章臺宮,聚其族而加束縛焉。

秦皇帝使恬賜之湯沐,而封諸管城,號曰管城子。

曰見親寵任事。
 

§3-1

穎為人,強記而便敏,

自結繩之代以及秦事,無不纂錄。

陰陽、卜筮、占相、醫方、族氏、山經、地志、字書、圖畫、九流、百家天人之書。

§3-2

及至浮圖、老子、外國之,皆所詳悉。又通於當代之務,官府簿書、巿井貸錢注記,惟上所使。

§3-3

自秦皇帝及太子扶蘇、胡亥、丞相斯、中車府令高,下及國人,無不愛重。又善隨人意,正直、邪曲、巧拙,一隨其人。雖見廢棄,終默不泄。惟不喜武士,然見請,亦時往。

 

§4-1

累拜中書令,與上益狎,上嘗呼為中書君。

上親決事,以衡石自程,雖宮人不得立左右,獨穎與執燭者常侍,上休方罷。

§4-2

穎與絳人陳玄、弘農陶泓及會稽褚先生友善。

相推致,其出處必偕。上召穎,三人者不待詔輒俱往,上未嘗怪焉。 

§4-3

後因進見,上將有任使,拂拭之,因免冠謝。

上見其髮禿,又所摹畫不能稱上意。

上嘻笑曰:「中書君老而禿,不任吾用。

§4-4

吾嘗謂中書君,君今不中書邪?」對曰:「臣所謂盡心者。」

因不復召,歸封邑,終於管城。

其子孫甚多,散處中國夷狄,皆冒管城,惟居中山者,能繼父祖業。 

 

§5-1

太史公曰:「毛氏有兩族。

其一姓,文王之子,封於毛。

所謂魯、衛、毛、聃者也。

戰國時有毛公、毛遂。

獨中山之族,不知其本所出,子孫最為蕃昌。

《春秋》之成,見於孔子,而非其罪。

-2

及蒙將軍拔中山之豪,始皇封諸管城,世遂有名。

姓之毛無聞。

穎始以俘見,卒見任使。

秦之滅諸侯,穎與有功。

賞不酬勞,以老見疏。

秦真少恩哉。」


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807年-08元和二年40歳昌黎文巻八02《毛頴傳§4-1》〔#9〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10198

807-08元和二年40歳昌黎文巻八02《毛頴傳§4-1》〔#9〕

 

 


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司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

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楚辞・九歌》東君

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・李商隠詩 (1) 136首の75

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韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

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807-08元和二年40歳昌黎文巻八02《毛頴傳§4-1》〔#9〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10198
韓愈詩-32-(8)§4-1

穎は次第に進んで中書令に拝し任ぜられて、天子と益々おそれ親しんだ。

天子は常に穎を中書君と呼んだ。

天子は自分自身で政事を決し、衡を以て自分で書煩の分量を定めてそれを一日の仕事の目途として、宮女でもその左右に立つことはできなかった。

ただ毛穎と燭火を持つ者とだけは、常に天子のそばに侍っていた。天子が休息して、はじめて仕事をやめるのであった。

 

 

 

 

 

韓昌黎集 巻三十六 《毛頴傳》

 

 

 

 

 

§1-1

毛穎者,中山人也。

其先明眎,佐禹治東方土。

養萬物有功,因封於卯地,死為十二神。

嘗曰:「吾子孫神明之後,不可與物同。

當吐而生。」

已而果然。

§1-2

明視八世孫,世傳當殷時居中山,得神仙之術,能匿光使物,竊姮娥、騎蟾蜍入月。

其後代遂隱不仕云。

居東郭者曰 夋兔,

狡而善走,與韓盧爭能,盧不及。

盧怒,與宋鵲謀而殺之,醢其家。 

§2-1

秦始皇時,蒙將軍恬南伐楚,次中山。

將大獵以懼楚。

召左右庶長與軍尉,以《連山》筮之。

得天與人文之兆。

§2-2

筮者賀曰:「今日之獲,不角不牙,衣褐之徒。

缺口而長鬚,八竅而趺居。

獨取其髦,簡牘是資.天下其同書。

秦其遂兼諸侯乎!」

 

§2-3

遂獵,圍毛氏之族,拔其豪,載穎而歸,

獻俘於章臺宮,聚其族而加束縛焉。

秦皇帝使恬賜之湯沐,而封諸管城,號曰管城子。

曰見親寵任事。
 

§3-1

穎為人,強記而便敏,

自結繩之代以及秦事,無不纂錄。

陰陽、卜筮、占相、醫方、族氏、山經、地志、字書、圖畫、九流、百家天人之書。

§3-2

及至浮圖、老子、外國之,皆所詳悉。又通於當代之務,官府簿書、巿井貸錢注記,惟上所使。

§3-3

自秦皇帝及太子扶蘇、胡亥、丞相斯、中車府令高,下及國人,無不愛重。又善隨人意,正直、邪曲、巧拙,一隨其人。雖見廢棄,終默不泄。惟不喜武士,然見請,亦時往。

 

§4-1

累拜中書令,與上益狎,上嘗呼為中書君。

上親決事,以衡石自程,雖宮人不得立左右,獨穎與執燭者常侍,上休方罷。

§4-2

穎與絳人陳玄、弘農陶泓及會稽褚先生友善。

相推致,其出處必偕。上召穎,三人者不待詔輒俱往,上未嘗怪焉。 

§4-3

後因進見,上將有任使,拂拭之,因免冠謝。

上見其髮禿,又所摹畫不能稱上意。

上嘻笑曰:「中書君老而禿,不任吾用。

§4-4

吾嘗謂中書君,君今不中書邪?」對曰:「臣所謂盡心者。」

因不復召,歸封邑,終於管城。

其子孫甚多,散處中國夷狄,皆冒管城,惟居中山者,能繼父祖業。 

 

§5-1

太史公曰:「毛氏有兩族。

其一姓,文王之子,封於毛。

所謂魯、衛、毛、聃者也。

戰國時有毛公、毛遂。

獨中山之族,不知其本所出,子孫最為蕃昌。

《春秋》之成,見於孔子,而非其罪。

-2

及蒙將軍拔中山之豪,始皇封諸管城,世遂有名。

姓之毛無聞。

穎始以俘見,卒見任使。

秦之滅諸侯,穎與有功。

賞不酬勞,以老見疏。

秦真少恩哉。」

 

 

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