韓愈《巻02-03 幽懷-#1 (幽懷不能寫)》(わびしきおもい:韓愈が、徐州の張建封の幕府にいたとき、要望書を提出したりしたが受け入れられず、切ないおもいで仕事をして作ったもの。)わびしき思いを除きかねて、一人、春江の岸辺を漫歩してゆけば、時あたかものどかな春の日である。
50-#1 《巻02-03 幽懷-#1 (幽懷不能寫,)》韓愈(韓退之)ID 800年貞元16年 33歳~804年貞元20年 37歳の27首<1347> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5719韓愈詩-50-#1
年:800年貞元16年 33歳
卷別: 卷三三七 文體: 五言古詩
詩題: 幽懷
作地點: 徐州(河南道 / 徐州 / 徐州)
幽懷 #1
(わびしきおもい:韓愈が、徐州の張建封の幕府にいたとき、要望書を提出したりしたが受け入れられず、切ないおもいで仕事をして作ったもの。)
幽懷不能寫,行此春江潯。
わびしき思いを除きかねて、一人、春江の岸辺を漫歩してゆけば、時あたかものどかな春の日である。
適與佳節會,士女競光陰。
そこに、士女は絶好の行楽日和ということで、行楽に出かけてきていて、遊ぶのに寸暇を惜しんで忙しくしている。
凝妝耀洲渚,繁吹蕩人心。
彼女らは装いをこらしているから洲渚に耀やくばかりで、そこで盛んに笛を吹き、人の心をとろかすほど艶やかな雰囲気である。
#2
間關林中鳥,亦知和為音。
豈無一尊酒,自酌還自吟。
但悲時易失,四序迭相侵。
我歌君子行,視古猶視今。
(幽懷)
幽懷 寫【のぞ】くべからず,此の春江の潯を行く。
適【たまた】ま 佳節と會し,士女 光陰を競う。
妝を凝して 洲渚に耀き,繁んに吹く 人の心を蕩するに。
間關たり 林中の鳥,亦た知る 和して音を為すに。
豈に一尊の酒無からんや,自ら酌み 還た自ら吟ずるのみ。
但だ 悲しむ 時は失い易くして,四序 迭【たがい】に相い侵すを。
我は 「君子行」を歌い,古を視ること 猶お今を視るがごとし。
『幽懷』 現代語訳と訳註解説
(本文)
幽懷 #1
幽懷不能寫,行此春江潯。
適與佳節會,士女競光陰。
凝妝耀洲渚,繁吹蕩人心。
(下し文)
(幽懷)
幽懷 寫【のぞ】くべからず,此の春江の潯を行く。
適【たまた】ま 佳節と會し,士女 光陰を競う。
妝を凝して 洲渚に耀き,繁んに吹く 人の心を蕩するに。
(現代語訳)
(わびしきおもい:韓愈が、徐州の張建封の幕府にいたとき、要望書を提出したりしたが受け入れられず、切ないおもいで仕事をして作ったもの。)
わびしき思いを除きかねて、一人、春江の岸辺を漫歩してゆけば、時あたかものどかな春の日である。
そこに、士女は絶好の行楽日和ということで、行楽に出かけてきていて、遊ぶのに寸暇を惜しんで忙しくしている。
彼女らは装いをこらしているから洲渚に耀やくばかりで、そこで盛んに笛を吹き、人の心をとろかすほど艶やかな雰囲気である。
(訳注)
幽懷 #1
(わびしきおもい:韓愈が、徐州の張建封の幕府にいたとき、要望書を提出したりしたが受け入れられず、切ないおもいで仕事をして作ったもの。)
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幽懷不能寫,行此春江潯。
わびしき思いを除きかねて、一人、春江の岸辺を漫歩してゆけば、時あたかものどかな春の日である。
寫 除く。
春江潯 春江の岸辺。
適與佳節會,士女競光陰。
そこに、士女は絶好の行楽日和ということで、行楽に出かけてきていて、遊ぶのに寸暇を惜しんで忙しくしている。
佳節會 ① めでたい日。清明節の出会い。 ② よい時節の出会い。
競光陰 月日の流れるのが早いのに負けないように行楽を急いですること。
凝妝耀洲渚,繁吹蕩人心。
彼女らは装いをこらしているから洲渚に耀やくばかりで、そこで盛んに笛を吹き、人の心をとろかすほど艶やかな雰囲気である。
繁吹 行楽の幔幕の中で盛んに笛を吹き踊っているのであろう。
蕩人心 人の心をとろかすほど艶やかな雰囲気であることをいう。





