韓愈 論今年停挙選状 #7§5-2
清閑之餘,時賜召問,必能輔宣王化,銷殄旱災。臣雖非朝官,月受俸錢,歲受祿粟,苟有所知,不敢不言。謹詣光順門奉狀以聞。伏聽聖旨。
私は、君のおん前に毎日お勤めする官ではありませんが、月々俸銭を受け、歳ごとに禄米を頂戴しているので、かりそめにも知ることがあれば、思い切って申し上げないではいられないのであります。
67 -#7 《讀巻02-04 論今年停挙選状》 -#7 韓愈(韓退之)ID 802年貞元18年 36歳<1412> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6044韓愈詩-67 -#7【7分割】
論今年權停舉選狀
(今年の登用試験の中止されたことに対する意見論文)
右,臣伏見今月十日敕,今年諸色舉選宜權停者。
右の通り、伏して謹んで、今月十日の勅書を拝見すると、今年の各種の官吏登用試験は、仮に停止するがよいとのことであります。
道路相傳,皆雲以歲之旱,
道々に相い伝えて皆がいっております、今年の作物は日照りつづきなのであります。
陛下憐憫京師之人,慮其乏食,
陛下は、都、長安の人々を憐れに思われ、その人々が食糧不足であろうと心配されたのであります。
故權停舉選,以絕其來者,所以省費而足食也。
それ故、かりに登用試験を停止して、その受験のために都に来る者を絶たれたのであります。これは口をへらし、消費を省いて、食物の不足が起こらぬようにされるための手段である、ということであります。
右臣伏して今月十日の穀を見るに、今年諸色の挙選、宜しく權に停むべき者とあり。
道路相い傳えて皆云ふ、歳の旱を以て、
陛下京師の人を憐憫し、其の食に乏しきを慮る。
故に權に挙選を停めて、以て其の来者を絶つ。費を省いて食を足す所以なりと。
#2§2-1
臣伏思之,
私は伏してこのように思います。
竊以為十口之家,益之以一二人,於食未有所費。
心中ひそかに思っておりますのは、十人家内の家で、これに一人二人増加しても、食物の分量では、それほど費えるものはありません。
今京師之人,不啻百萬;
いま、都の多くいる人は、ただ百万人の人口というばかりではありません。
都計舉者不過五七千人,
すべて科挙の受験者数を計るに、五、七千人にすぎません。
並其僮仆畜馬,不當京師百分之一。
その人たちの供人や飼い馬などをあわせても、郡の人の百分の一にも当たらないのです。
#3§2-2
以十口之家計之,誠未為有所損益。
十人世帯の割合で家計計算すれば、まことに消費は差引増減する所があるとは思えないのです。
又今年雖旱,去歲大豐,
また観点をかえ数年を通してみると、たしかに今年は日照りの害があっても、去年は大豊作であったわけであります。
商賈之家,必有儲蓄。
商人の家では、必ず米の備蓄があるはずなのです。
舉選者皆齎持資用,
科挙の試験に集まる者たちは、皆、生活の物資、用品を持って来ています。
以有易無,未見其弊。
その持ってきている物を有効に活用することで、且つ余ったもので以て持っていない物に取りかえたりすれば、相互補助で、有無相通じて、弊害を見ることはないのであります#2§2-1
臣 伏して之を思う,
竊かに 以為【おもえ】らく十口の家,之に益すに 一 二人を以て,食に於て未だ費ゆる所有らず。
今 京師の人は,啻【た】だ百萬のみならず;
都【すべ】て舉者を計るに 五 七千人に過ぎず,
其の僮仆 畜馬を並せて,京師 百分の一に當らず。
#3§2-2
十口の家を以て之を計り,誠に 未だ損益する所有りと為さず。
又 今年 旱すと雖も,去歲 大いに豐なりき,
商賈の之家に,必ず 儲蓄有らん。
舉選の者 皆 資用を齎持し,
有を以て 無に易う,
未だ 其の弊を見ず。
#4§3
今若暫停舉選,或恐所害實深:
いま若し暫く登用試験を停止すれば、あるいは人材に対する害することが実に深いことになるであろう。
一則遠近驚惶。
一つには遠いものも近い所のものも驚きおそれるでありましょう。
一則人士失業。
二つには士人たちが職業を失うでありましょう。
臣聞古之求雨之詞曰:
私は聞いております、古代の雨を求める詞にいう、
「人失職歟?」然則人之失職,足以致旱。
「人が職を失ったであろうか」、と。それならは、人が職を失うならは、日照りを招くに十分でありましょう。
今緣旱而停舉選,是使人失職而召災也。
今旱魃があったために登用試験を停めるというのは、これこそ人をして職を失わせて、早災を招くのでありましょう。
今若し暫く撃選を停めは、或は害する所賓に深からんことを恐る。
一には則ち遠近驚憧せん。
二には則ち人士業を朱はん。
臣聞く、古の雨を求むるの詞に日く、「人職を矢へるかと。」
然らは則ち人の職を失ふは、以て旱を致すに足る。
今早に縁って撃選を停む。
是れ人をして職を矢はしめて災を召すなり。
#5§4
臣又聞君者陽也,臣者陰也,
私はまた、聞いています、「君主は陽であり、臣下は陰にあたる、」ということを。
獨陽為旱,獨陰為水。
「陽気ばかりで陰気がないと日照りの災いをなし、陰気はかりで陽気がないときには水害をなす」ということを。
今者陛下聖明在上,雖堯舜無以加之。
今は陛下が聖明の徳をもって上におられ、堯・舜などの古代の聖王でも、これ以上に加えることはないほどであります。
而群臣之賢,不及於古,
しかし群臣のすぐれた徳は・古代の賢相に及ばない。
又不能盡心於國,與陛下同心,助陛下為理。
また心を国家に尽くし、陛下と心を同じくして、陛下を助けて治をなすこともできないのです。
有君無臣,是以久旱。
これは、君はあっても、臣がいないのであり、それでこそ久しく日照りが続いているのです。
臣又聞く、君は陽なり。臣は陰なり。
獨陽は早をうま爲し、獨陰は水を爲すと。
今は陛下聖明上に在り、尭葬と錐も以て之に加ふる無し。
而して軍臣の賢は、古に及ぼす。
又心を國に盡し、陛下と心を同じうし、陛下を助けて理を焉すこと能はず。
君有って臣無し。是を以て久しく旱す。
#5§4
臣又聞君者陽也,臣者陰也,
私はまた、聞いています、「君主は陽であり、臣下は陰にあたる、」ということを。
獨陽為旱,獨陰為水。
「陽気ばかりで陰気がないと日照りの災いをなし、陰気はかりで陽気がないときには水害をなす」ということを。
今者陛下聖明在上,雖堯舜無以加之。
今は陛下が聖明の徳をもって上におられ、堯・舜などの古代の聖王でも、これ以上に加えることはないほどであります。
而群臣之賢,不及於古,
しかし群臣のすぐれた徳は・古代の賢相に及ばない。
又不能盡心於國,與陛下同心,助陛下為理。
また心を国家に尽くし、陛下と心を同じくして、陛下を助けて治をなすこともできないのです。
有君無臣,是以久旱。
これは、君はあっても、臣がいないのであり、それでこそ久しく日照りが続いているのです。
臣又聞く、君は陽なり。臣は陰なり。
獨陽は早をうま爲し、獨陰は水を爲すと。
今は陛下聖明上に在り、尭葬と錐も以て之に加ふる無し。
而して軍臣の賢は、古に及ぼす。
又心を國に盡し、陛下と心を同じうし、陛下を助けて理を焉すこと能はず。
君有って臣無し。是を以て久しく旱す。
#6§5-1
以臣之愚,以為宜求純信之士,骨鯁之臣,
私の愚かな心をもって、思いますのに、まじりけのない心のまことある人物で、言いにくいことを申し上げて天子を諌める臣、
憂國如家、忘身奉上者,超其爵位,置在左右。
国を憂うることわが家のようであり、身を忘れて上天子にお尽くし申し上げるものを求め、その爵位を高く陸はせ、天子の身の左右におらしめること、
如殷高宗之用傅說,周文王之舉太公,
あたかも殿の高宗武→が樽説を用い、周の文王が太公望呂尚を挙げて用い、
齊桓公之拔甯戚,漢武帝之取公孫宏。
斉の桓公が宵戚を抜きんで、漢の武帝が公孫弘を取り用いたようであるのが宜しい、と。
#7§5-2
清閑之餘,時賜召問,
そして清々しくて静かなお暇のあるとき、時には召して御下問を賜うならば、
必能輔宣王化,銷殄旱災。
必ず王の徳化を輔け宣べ、早魅の災害を銷しほろぼすことでありましょう。
臣雖非朝官,月受俸錢,歲受祿粟,
私は、君のおん前に毎日お勤めする官ではありませんが、月々俸銭を受け、歳ごとに禄米を頂戴しているので、
苟有所知,不敢不言。
かりそめにも知ることがあれば、思い切って申し上げないではいられないのであります。
謹詣光順門奉狀以聞。
謹んで光順門に詣でて本状を奉りあげますのでお聞きください。
伏聽聖旨。
伏して、天子のお考えをお聞かせいただきたいのであります。
#6§5 –1
臣の愚を以て、以爲【おもえ】らく 宜しく純信の士、骨鯁の臣、
國を憂ふること家の如く、身を忘れ上に奉ずる者を求め、
其の爵位を超えしめ、置いて左右に在ること、
殷の高宗の傅説を用ひ、周の文王の大公を挙げ、
斉の桓公の甯戚を抜き、漢の武帝の公孫弘を取るが如くなるべしと。
#7§5 -2
清閑の餘、時に召問を賜ひ、
必ず能く王化を輔宜し、早災を銷殄せよ。
臣朝官に非ずと雖も、月づきに俸錢を受け、歳どしに禄粟を受く。
苟くも知る所有らは、敢て言。言はずんばあらず。
謹で光順門に詣で狀を奉り以て聞く。
伏して聖の旨を聽かしめん。
『論今年停挙選状』 現代語訳と訳註解説
(本文) #6§5-1
#7§5-2
清閑之餘,時賜召問,
必能輔宣王化,銷殄旱災。
臣雖非朝官,月受俸錢,歲受祿粟,
苟有所知,不敢不言。
謹詣光順門奉狀以聞。
伏聽聖旨。
(下し文)
清閑の餘、時に召問を賜ひ、
必ず能く王化を輔宜し、早災を銷殄せよ。
臣朝官に非ずと雖も、月づきに俸錢を受け、歳どしに禄粟を受く。
苟くも知る所有らは、敢て言。言はずんばあらず。
謹で光順門に詣で狀を奉り以て聞く。
伏して聖の旨を聽かしめん。
(現代語訳)
そして清々しくて静かなお暇のあるとき、時には召して御下問を賜うならば、
必ず王の徳化を輔け宣べ、早魅の災害を銷しほろぼすことでありましょう。
私は、君のおん前に毎日お勤めする官ではありませんが、月々俸銭を受け、歳ごとに禄米を頂戴しているので、
かりそめにも知ることがあれば、思い切って申し上げないではいられないのであります。
謹んで光順門に詣でて本状を奉りあげますのでお聞きください。
伏して、天子のお考えをお聞かせいただきたいのであります。
(訳注) #7§5-2
論今年權停舉選狀 #1§1
(今年の登用試験の中止されたことに対する意見論文)
徳宗の貞元十九年に旱魃で収穫が少ないことを見込んで、長安の米穀消費を減らすために、七月官吏の登用試験を停止した。韓愈は時に四門博士であったが、この論文をたてまつり、挙選をやめずに人才を登用することが大切で、反って干害を消滅させることになるといって、暗に自己を推薦する意がある。
清閑之餘,時賜召問,
そして清々しくて静かなお暇のあるとき、時には召して御下問を賜うならば、
必能輔宣王化,銷殄旱災。
必ず王の徳化を輔け宣べ、早魅の災害を銷しほろぼすことでありましょう。
臣雖非朝官,月受俸錢,歲受祿粟,
私は、君のおん前に毎日お勤めする官ではありませんが、月々俸銭を受け、歳ごとに禄米を頂戴しているので、
○朝官 天子に朝して政治にあずかる官、朝参官。
苟有所知,不敢不言。
かりそめにも知ることがあれば、思い切って申し上げないではいられないのであります。
謹詣光順門奉狀以聞。
謹んで光順門に詣でて本状を奉りあげますのでお聞きください。
○光順門 宣政殿の北には紫宸門があり、その内側には紫宸殿がある。紫宸殿の南にある紫寢門の左側には崇明門があり、右側には光順門(d-5)がある。紫宸殿の東の方角には左銀台門があり、西の方角には右銀台門がある。中書省から、延英殿に入って行って上奏する。
伏聽聖旨。
伏して、天子のお考えをお聞かせいただきたいのであります。












