中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊(東野)  漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 訳注解説ブログ

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

井泥四十韻

井泥四十韻 第五場面 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 145

井泥四十韻 第五場面 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 145

李商隠の詩のなかでもとりわけ長い作品の一つ、八十句にのぼる。地中から運び出された泥が美しい庭園に身を置く境遇の変化をうたいながら、そこに寓意をこめる。発言が生かされない地位や、若い時期での失敗に、「羹に懲りて」いるため、難解な詩となっている。


第五場面

皇都依仁里,西北有高齋。
昨日主人氏,治井堂西陲。」
工人三五輩,輦出土與泥。
到水不數尺,積共庭樹齊。」
他日井甃畢,用土益作堤。
曲隨林掩映,繚以池周回。」
下去冥寞穴,上承雨露滋。
寄辭别地脈,因言謝泉扉。』-#1
升騰不自意,疇昔忽已乖。
伊餘掉行鞅,行行來自西。」
一日下馬到,此時芳草萋。
四面多好樹,旦暮雲霞姿。」
晚落花滿地,幽鳥鳴何枝。
蘿幄既已薦,山樽亦可開。」
待得孤月上,如與佳人來。
因茲感物理,惻愴平生懷。』-#2
茫茫此群品,不定輪與蹄。
喜得舜可禪,不以瞽瞍疑。」
禹竟代舜立,其父籲咈哉。
嬴氏並六合,所來因不韋。」
漢祖把左契,自言一布衣。
當塗佩國璽,本乃黄門擕。」
長戟亂中原,何妨起戎氐。
不獨帝王耳,臣下亦如斯。』-#3
伊尹佐興王,不藉漢父資。
磻溪老釣叟,坐爲周之師。」
屠狗與販繒,突起定傾危。
長沙啟封土,豈是出程姬。」
帝問主人翁,有自賣珠兒。
武昌昔男子,老苦爲人妻。」
蜀王有遺魄,今在林中啼。
淮南雞舐藥,翻向雲中飛。』-#4
大鈞運群有,難以一理推。
天下の公平なかで万物がうごめいている。それをただ一つの物差しで推し量るのは難しい。
顧於冥冥内,爲問秉者誰。」
深遠な宇宙のそのなかを考えてみると、それでこれを主宰しているのは誰なのかと尋ねてみたくなる。
我恐更萬世,此事愈云爲。
私がおそれていることは、これから万世が経たとしてのち、世界の変転がここに示す通り、いよいよさまざまな現象を生じることなのだ。
猛虎與雙翅,更以角副之。」
獰猛な虎に二枚の羽を付け加える、そのうえ更に角までそえてあげるようなこと。それは宦官を重臣にして軍隊を任せそのうえ、総大将、宰相にまですることのように絶対権力を与えてしまうような事象。
鳳凰不五色,聯翼上雞棲。
梧桐の葉が茂るところにしか棲まない鳳凰も五色の羽を失ってしまうこと。翼を連ねて鶏小屋にのぼっているように皇帝の地位はあっても実質的に宦官に全権を奪われるような事象。
我欲秉鈞者,朅來與我偕。」
私は、天下国家の公平な施政、公平な采配をするものの出現を願います、そのような人物の到来することは世界の誰もが願っていることなのだ。
浮雲不相顧,寥泬誰爲梯。
ところが天下を見下ろしているはずの浮き雲はまるで振り返えらないのだ。雲が湧き出る巌谷がからっぽで大空に梯子をかけられることを誰ができるのだ。天下国家を思う指導者がいないのだ。
悒怏夜將半,但歌井中泥。』-
#5
憂鬱で不安な気持ちがたまっていくまま夜も半ばを過ぎた。できるのはただ漢の皇帝や、泥のように消えていったものの「井中の泥」の歌を歌うことだけなのだ。

大鈞 群有を運(めぐ)らす、一理を以て推し難し。
冥冥の内を顧(かえり)みて、問いを為す 秉る者は誰ぞと。
我れは恐る 万世を更(へ)て、此の事 愈(いよ)いよ 云為(うんい)せんを。
猛虎 双翅を与えられ、更に角を以て之に副う。
鳳凰は五色とせず、翼を聯ねて雞棲に上らん。
我れは欲す 鈞を秉る者、朅来して我れと偕にするを
浮雲 相い顧みず、寥泬 誰か梯を爲さん。
悒怏として 夜 將に 半、但 歌う 井中の泥。



井泥四十韻 第五場面 現代語訳と訳註
(本文) -#5

大鈞運群有,難以一理推。
顧於冥冥内,爲問秉者誰。」
我恐更萬世,此事愈雲爲。
猛虎與雙翅,更以角副之。」
鳳凰不五色,聯翼上雞棲。
我欲秉鈞者,朅來與我偕。」
浮雲不相顧,寥泬誰爲梯。
悒怏夜將半,但歌井中泥。』

(下し文)
大鈞 群有を運(めぐ)らす、一理を以て推し難し。
冥冥の内を顧(かえり)みて、問いを為す 秉る者は誰ぞと。
我れは恐る 万世を更(へ)て、此の事 愈(いよ)いよ 云為(うんい)せんを。
猛虎 双翅を与えられ、更に角を以て之に副う。
鳳凰は五色とせず、翼を聯ねて雞棲に上らん。
我れは欲す 鈞を秉る者、朅来して我れと偕にするを
浮雲 相い顧みず、寥泬 誰か梯を爲さん。
悒怏として 夜將に半、但 歌う 井中の泥。

(現代語訳)
天下の公平なかで万物がうごめいている。それをただ一つの物差しで推し量るのは難しい。
深遠な宇宙のそのなかを考えてみると、それでこれを主宰しているのは誰なのかと尋ねてみたくなる。
私がおそれていることは、これから万世が経たとしてのち、世界の変転がここに示す通り、いよいよさまざまな現象を生じることなのだ。
獰猛な虎に二枚の羽を付け加える、そのうえ更に角までそえてあげるようなこと。それは宦官を重臣にして軍隊を任せそのうえ、総大将、宰相にまですることのように絶対権力を与えてしまうような事象。
梧桐の葉が茂るところにしか棲まない鳳凰も五色の羽を失ってしまうこと。翼を連ねて鶏小屋にのぼっているように皇帝の地位はあっても実質的に宦官に全権を奪われるような事象。
私は、天下国家の公平な施政、公平な采配をするものの出現を願います、そのような人物の到来することは世界の誰もが願っていることなのだ。
ところが天下を見下ろしているはずの浮き雲はまるで振り返えらないのだ。雲が湧き出る巌谷がからっぽで大空に梯子をかけられることを誰ができるのだ。天下国家を思う指導者がいないのだ。
憂鬱で不安な気持ちがたまっていくまま夜も半ばを過ぎた。できるのはただ漢の皇帝や、泥のように消えていったものの「井中の泥」の歌を歌うことだけなのだ。


(訳注)
大鈞運群有,難以一理推。
天下の公平なかで万物がうごめいている。それをただ一つの物差しで推し量るのは難しい。
○大鈞 鈞衡、天下の公平。おおきな天。杜甫「奉贈鮮於京兆二十韻」○群有 万物。


顧於冥冥内,爲問秉者誰。」
深遠な宇宙のそのなかを考えてみると、それでこれを主宰しているのは誰なのかと尋ねてみたくなる。
○冥冥 深遠な宇宙。


我恐更萬世,此事愈云爲。
私がおそれていることは、これから万世が経たとしてのち、世界の変転がここに示す通り、いよいよさまざまな現象を生じることなのだ。
○此事 ここに示す通り。この句から後に示す事象のこと。○云為 言動。雲の動きのように定めのない運動、現象。ここでは、世界が変化し続けていって、さまざまな奇異な現象を生じること。


猛虎與雙翅,更以角副之。」
獰猛な虎に二枚の羽を付け加える、そのうえ更に角までそえてあげるようなこと。それは宦官を重臣にして軍隊を任せそのうえ、総大将、宰相にまですることのように絶対権力を与えてしまうような事象。
○猛虎 もともと弊猛な虎に翼や角が加わってさらに弊猛になる変化。さまざまなことで力を持ってきた宦官に地位や権限まで与えていることを示している。


鳳凰不五色,聯翼上雞棲。
梧桐の葉が茂るところにしか棲まない鳳凰も五色の羽を失ってしまうこと。翼を連ねて鶏小屋にのぼっているように皇帝の地位はあっても実質的に宦官に全権を奪われるような事象。
○鳳凰 神聖な鳳凰が凡庸な鳥になってしまう変化。


我欲秉鈞者,朅來與我偕。」
私は、天下国家の公平な施政、公平な采配をするものの出現を願います、そのような人物の到来することは世界の誰もが願っていることなのだ。
○秉鈞者 造物主。○朅來 去来する。ここでは来の意味。天下国家の公平な施政。


浮雲不相顧,寥泬誰爲梯。
ところが天下を見下ろしているはずの浮き雲はまるで振り返えらないのだ。雲が湧き出る巌谷がからっぽで大空に梯子をかけられることを誰ができるのだ。天下国家を思う指導者がいないのだ。
○蓼訳 からっぽでひっそりしているありさま。


悒怏夜將半,但歌井中泥。』-#5
憂鬱で不安な気持ちがたまっていくまま夜も半ばを過ぎた。できるのはただ漢の皇帝や、泥のように消えていったものの「井中の泥」の歌を歌うことだけなのだ。
○悒怏 憂鬱で不安な気持ちがたまっていくさま。悶々としたさまをいう。○夜將半 夜の半は。 


146へ(解説)につづく 


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井泥四十韻 第四場面 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 144

井泥四十韻 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 144

李商隠の詩のなかでもとりわけ長い作品の一つ、八十句にのぼる。地中から運び出された泥が美しい庭園に身を置く境遇の変化をうたいながら、そこに寓意をこめる。発言が生かされない地位や、若い時期での失敗に、「羹に懲りて」いるため、難解な詩となっている。


第四場面


皇都依仁里,西北有高齋。
昨日主人氏,治井堂西陲。」
工人三五輩,輦出土與泥。
到水不數尺,積共庭樹齊。」
他日井甃畢,用土益作堤。
曲隨林掩映,繚以池周回。」
下去冥寞穴,上承雨露滋。
寄辭别地脈,因言謝泉扉。』-#1
升騰不自意,疇昔忽已乖。
伊餘掉行鞅,行行來自西。」
一日下馬到,此時芳草萋。
四面多好樹,旦暮雲霞姿。」
晚落花滿地,幽鳥鳴何枝。
蘿幄既已薦,山樽亦可開。」
待得孤月上,如與佳人來。
因茲感物理,惻愴平生懷。』-#2
茫茫此群品,不定輪與蹄。
喜得舜可禪,不以瞽瞍疑。」
禹竟代舜立,其父籲咈哉。
嬴氏並六合,所來因不韋。」
漢祖把左契,自言一布衣。
當塗佩國璽,本乃黄門擕。」
長戟亂中原,何妨起戎氐。
不獨帝王耳,臣下亦如斯。』-#3

伊尹佐興王,不藉漢父資。
伊尹は殷の王を補佐し、次に王業にまでなったが、血縁親族、父親の力を頼りにしたものではないのだ。
磻溪老釣叟,坐爲周之師。」
太公望呂尚は普通の老翁の格好で磻渓で釣りをしていたのだが、そのまま周の文王の師となったのだ。
屠狗與販繒,突起定傾危。
犬殺し食肉を生業としていた樊噲と絹布商人の灌嬰がいました、彼らはそれぞれ、突如として決起し、国家の危急を救ったのだ。
長沙啟封土,豈是出程姬。」
劉発は劉氏長沙国の王に封じられその地を開いた、ところが景帝の皇后の程姫から生まれた子ではないのである。
帝問主人翁,有自賣珠兒。
漢の武帝に「ご主人さま」と呼びかけられた董偃は、もともとは真珠売りで世渡りをしていた子供だった。
武昌昔男子,老苦爲人妻。」
漢の哀帝は昔男として生まれ、皇帝となったが、男色を好み、家臣の董賢を寵愛しため、太皇太后王氏が年をとって苦労し王朝を継続した。
蜀王有遺魄,今在林中啼。
蜀の王の死後も相手と結ばれたいとを思う心は、血を吐きながら悲しげに鳴く杜鵑として魂をのこした、そして今もほととぎすとなって林の中で囁いているのだ。
淮南雞舐藥,翻向雲中飛。』-#4

准南の王劉安は霊薬を飲んで昇天したが、そこにいた鶏まで仙薬を舐めた、そして、翻り、羽ばたきながら雲の中へ飛んでいった。

大鈞運群有,難以一理推。
顧於冥冥内,爲問秉者誰。」
我恐更萬世,此事愈云爲。
猛虎與雙翅,更以角副之。」
鳳凰不五色,聯翼上雞棲。
我欲秉鈞者,朅來與我偕。」
浮雲不相顧,寥泬誰爲梯。
悒怏夜將半,但歌井中泥。』-#5


伊尹は興王を佐(たす)くるも、漢父の資(し)に籍(か)りず。
磻渓(はんけい)の老釣叟(ちょうそう)は、坐(そのまま)にして周の師と為る。
屠狗(とく)と販繒(はんそう)とは、突起して傾危を定む。
長沙は封土(ほうど)を啓(ひら)きしが、豈に是れ程姫(ていき)より出でんや。
帝 主人 翁(おう)に問えば、珠を売る 児 自りするもの有り。
武昌の昔の男子、老い苦しみて人の妻と為る。
蜀王 遺魄(いはく)有りて、今も林中に在りて啼く。
准南 鶏は薬を舐め、翻りて雲中に向かいて飛ぶ。


井泥四十韻 第4場面 現代語訳と訳註
(本文)

伊尹佐興王,不藉漢父資。
磻溪老釣叟,坐爲周之師。」
屠狗與販繒,突起定傾危。
長沙啟封土,豈是出程姬。」
帝問主人翁,有自賣珠兒。
武昌昔男子,老苦爲人妻。」
蜀王有遺魄,今在林中啼。
淮南雞舐藥,翻向雲中飛。』

(下し文)
伊尹は興王を佐(たす)くるも、漢父の資(し)に籍(か)りず。
磻渓(はんけい)の老釣叟(ちょうそう)は、坐(そのまま)にして周の師と為る。
屠狗(とく)と販繒(はんそう)とは、突起して傾危を定む。
長沙は封土(ほうど)を啓(ひら)きしが、豈に是れ程姫(ていき)より出でんや。
帝 主人 翁(おう)に問えば、珠を売る 児 自りするもの有り。
武昌の昔の男子、老い苦しみて人の妻と為る。
蜀王 遺魄(いはく)有りて、今も林中に在りて啼く。
准南 鶏は薬を舐め、翻りて雲中に向かいて飛ぶ。

(現代語訳)
伊尹は殷の王を補佐し、次に王業にまでなったが、血縁親族、父親の力を頼りにしたものではないのだ。
太公望呂尚は普通の老翁の格好で磻渓で釣りをしていたのだが、そのまま周の文王の師となったのだ。
犬殺し食肉を生業としていた樊噲と絹布商人の灌嬰がいました、彼らはそれぞれ、突如として決起し、国家の危急を救ったのだ。
劉発は劉氏長沙国の王に封じられその地を開いた、ところが景帝の皇后の程姫から生まれた子ではないのである。
漢の武帝に「ご主人さま」と呼びかけられた董偃は、もともとは真珠売りで世渡りをしていた子供だった。
漢の哀帝は昔男として生まれ、皇帝となったが、男色を好み、家臣の董賢を寵愛しため、太皇太后王氏が年をとって苦労し王朝を継続した。
蜀の王の死後も相手と結ばれたいとを思う心は、血を吐きながら悲しげに鳴く杜鵑として魂をのこした、そして今もほととぎすとなって林の中で囁いているのだ。
准南の王劉安は霊薬を飲んで昇天したが、そこにいた鶏まで仙薬を舐めた、そして、翻り、羽ばたきながら雲の中へ飛んでいった。


(訳注)
伊尹佐興王,不藉漢父資。

伊尹は殷の王を補佐し、次に王業にまでなったが、血縁親族、父親の力を頼りにしたものではないのだ。
○伊尹 殷王朝開国の功臣。湯王を助けて夏の暴君桀王を滅ぼし、のちには湯王の子の太甲を補佐した(『史記』殷本紀)。○興王 国を興した王。ここでは殷の湯王を指す。○漢父 父親。・漢:好漢の漢と同じく男をあらわす。伊尹は母が大洪水に巻き込まれ桑の大木と化し、その幹から伊尹が生まれたという。そこから伊尹は洪水神であると見る伝説がある(『列子』天瑞)。○藉 依拠する。○資 助け。ここの意味は、伊尹は成人して、料理人として或る貴族に仕え、主人の娘が商の君主・子履(しり、後の湯王)に嫁ぐ際に、その付き人として子履に仕える。そこでその才能を子履に認められ、商の国政に参与し重きを成すにいたり、商が夏を滅ぼす際にも活躍し、商(殷)王朝成立に大きな役割を果たした。伊尹は阿衡(あこう)として湯王を補佐し、数百年続く商王朝の基礎を固めた。その後、太甲王を追放して自ら王となる。このことを踏まえている。伊尹のその7年後に太甲王に討たれる。

磻溪老釣叟,坐爲周之師。」
太公望呂尚は普通の老翁の格好で磻渓で釣りをしていたのだが、そのまま周の文王の師となったのだ。
○磻渓 太公望呂尚をいう。磻渓で釣りをしていた呂尚は周の文王に出会い、登用されて宰相となった。磻渓は『水経注』によれは陳倉県(陝西省宝鶏市)のあたりで渭水に注ぎ込む流れ。

屠狗與販繒,突起定傾危。
犬殺し食肉を生業としていた樊噲と絹布商人の灌嬰がいました、彼らはそれぞれ、突如として決起し、国家の危急を救ったのだ。
○屠狗 畜殺に従事していた樊噲(はんかい)。○販繒 絹織物の販売を仕事としていた灌嬰(かんえい)を指す。ともに平民から身を起こし、漢の建国に功績を挙げて爵位を与えられた(『史記』樊・酈・謄・灌列伝)。○傾危 国が不安定で危険な状態。

長沙啟封土,豈是出程姬。」
劉発は劉氏長沙国の王に封じられその地を開いた、ところが景帝の皇后の程姫から生まれた子ではないのである。
○長沙 劉氏長沙国のこと。前156年に景帝が即位すると、翌年庶子の劉発を長沙王に封じ長沙国が設置された。前漢滅亡まで8代164年にわたって存在した。
漢の景帝の側室「程姫」は月のさわりのために侍女の唐児を身代わりにした。酔っていた景帝はそれに気付かず、懐妊したのちに程姫でなかったことが発覚した。生まれた子に「発」と名付けた(『漢書』景十三王伝)。

帝問主人翁,有自賣珠兒。
漢の武帝に「ご主人さま」と呼びかけられた董偃は、もともとは真珠売りで世渡りをしていた子供だった。
○賣珠 董偃は子供の時から母とともに真珠売りをして暮らしを立てていた。漢武帝の姑にあたる竇太主の屋敷に出入りするうちに、寡婦となっていた竇太守から片時も離さないほどの寵愛を受けた。そのため武帝までもが直接名をいうことを避けて、「主人翁(ご主人さま)」と呼ぶほどであった。のちに東方朔がその僭越な態度を弾劾した(『漢書』東方朔伝)。
 
武昌昔男子,老苦爲人妻。」
哀帝は昔男として生まれ、皇帝となったが、男色を好み、家臣の董賢を寵愛しため、太皇太后王氏が年をとって苦労し王朝を継続した。
○武昌 哀帝前漢第12代皇帝のこと。皇太后趙飛燕の後楯で19歳で即位した。史書によれば哀帝は男色を好み、家臣の董賢を寵愛した。男色を意味する「断袖」という語は、董賢と一緒に寝ていた哀帝が、哀帝の衣の袖の上に寝ていた董賢を起こさないようにするため衣を切って起きた、という故事に基づく。
○老苦 太皇太后王氏が哀帝の崩御に際して、実権を取り燃さねばならないという苦労したことをいう。哀帝25歳で死去。嗣子が無かったために、崩御に際し皇帝璽綬を家臣の董賢に託したが、璽綬は太皇太后王氏、王莽らにより奪われ、政治の実権は王氏が再び掌握することとなった。なお璽綬を奪われた董賢とその妻はその日のうちに自殺した。「漢書哀帝紀」による。○爲人妻 男しか相手にしないことを言う。


蜀王有遺魄,今在林中啼。
蜀の王の死後も相手と結ばれたいとを思う心は、血を吐きながら悲しげに鳴く杜鵑として魂をのこした、そして今もほととぎすとなって林の中で囁いているのだ。
○蜀王 蜀の開国伝説によると、周の末に蜀王の杜宇が帝位に即き、望帝と称した。望帝は部下のものに治水を命じておきながら、その妻と姦通し、その後その罪を恥じて隠遁した。旧暦二月、望帝が世を去ったとき、杜鵑(ホトトギス)が、哀鳴した。これを蜀王魂という。また、春心托杜鵑 相手と結ばれたいとを思う心は、血を吐きながら悲しげに鳴く杜鵑(ホトトギス)に托す。杜鵑:〔とけん〕ほととぎす。血を吐きながら悲しげに鳴くという。
燕臺詩四首 其二 夏#1 李商隠130 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 130-#1   李商隠1錦瑟」


淮南雞舐藥,翻向雲中飛。』
准南の王劉安は霊薬を飲んで昇天したが、そこにいた鶏まで仙薬を舐めた、そして、翻り、羽ばたきながら雲の中へ飛んでいった。
○准南 准南王劉安のこと。劉安は、中国のことわざ「一人得道、鶏犬昇天」(一人が道を得れば、鶏や犬も天に昇る)の出典としても知られる。王充の『論衡』道虚篇によると、劉安は神仙の術を求め、霊薬を自ら調合し、それを服用すると、身体が空に浮き上がった。それどころか、家で飼っていた鶏や犬までもが天に昇ったという(自害した劉安は鶏と犬を伴って仙人となって昇天したと伝えられていた)。現在では「一族のうち一人でも出世すれば、能力もない親戚や側近まで地位が上がる」という故事に基づくものである。

井泥四十韻 第三場面 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 143第 3場面

井泥四十韻 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 143

李商隠の詩のなかでもとりわけ長い作品の一つ、八十句にのぼる。地中から運び出された泥が美しい庭園に身を置く境遇の変化をうたいながら、そこに寓意をこめる。発言が生かされない地位や、若い時期での失敗に、「羹に懲りて」いるため、難解な詩となっている。

第3場面



皇都依仁里,西北有高齋。
昨日主人氏,治井堂西陲。」
工人三五輩,輦出土與泥。
到水不數尺,積共庭樹齊。」
他日井甃畢,用土益作堤。
曲隨林掩映,繚以池周回。」
下去冥寞穴,上承雨露滋。
寄辭别地脈,因言謝泉扉。』-#1
升騰不自意,疇昔忽已乖。
伊餘掉行鞅,行行來自西。」
一日下馬到,此時芳草萋。
四面多好樹,旦暮雲霞姿。」
晚落花滿地,幽鳥鳴何枝。
蘿幄既已薦,山樽亦可開。」
待得孤月上,如與佳人來。
因茲感物理,惻愴平生懷。』-#2
茫茫此群品,不定輪與蹄。
分別できないほど多くとりとめない親子、肉親の間での欲望の法則、それは動き続ける馬車の輪と蹄のようにさだまったものではないのである。
喜得舜可禪,不以瞽瞍疑。」
堯は舜という仁徳の法則のわかった後継名を得たことを喜んだ、その父が暗愚な瞽瞍であっても迷いはしなかったのだ。
禹竟代舜立,其父籲咈哉。
ついに、禹が舜に代わって帝位に就いたのだ、禹の父は問題のある人で舜に「ああ、心がねじけている」と叫ばれた人でした。
嬴氏並六合,所來因不韋。」
秦の始皇帝嬴政は天下国家を統一したが、その出自は政商呂不韋の子であった。
漢祖把左契,自言一布衣。
漢の高祖は天下の王たる定めを記した割り符を手中にしていても、自ら無位無冠の身、一庶民にすぎないといっていた。
當塗佩國璽,本乃黄門擕。」
魏は国璽を帯びて王朝を立てたが、曹操の出自は宦官の連れ子なのだ。
長戟亂中原,何妨起戎氐。
長い戟を手に中原に騒乱を起こした五胡十国、彼らが異民族戎氏から身を起こしたことはなんら弱点にはなっていないのだ。
不獨帝王耳,臣下亦如斯。』-#3

この血筋血統については帝王だけの耳目ではないのだ。臣下についても同じことがいえるのだ。
伊尹佐興王,不藉漢父資。
磻溪老釣叟,坐爲周之師。」
屠狗與販繒,突起定傾危。
長沙啟封土,豈是出程姬。」
帝問主人翁,有自賣珠兒。
武昌昔男子,老苦爲人妻。」
蜀王有遺魄,今在林中啼。
淮南雞舐藥,翻向雲中飛。』-#4
大鈞運群有,難以一理推。
顧於冥冥内,爲問秉者誰。」
我恐更萬世,此事愈云爲。
猛虎與雙翅,更以角副之。」
鳳凰不五色,聯翼上雞棲。
我欲秉鈞者,朅來與我偕。」
浮雲不相顧,寥泬誰爲梯。
悒怏夜將半,但歌井中泥。』-#5


茫茫たる此の群品、定まらざること輪と蹄のごとし。
舜の禅(ゆず)るべきを得るを喜び、瞽瞍(こそう)を以て疑わず。
禹は竟に舜に代わりて立つ、其の父は吁あ咈(もと)れる哉。
嬴氏(えいし)は六合を井するも、来たる所は不韋に因る。
漢祖 左契を把るも、自ら言う一布衣なりと。
当塗 国璽(こくじ)を佩(はい)するも、本は乃ち黄門の携。
長戟(ちょうげき)もて中原を乱す、何ぞ戎氐(じゅうてい)より起つを妨げん。

独り帝王のみにあらず、臣下も亦た斯くの如し。



井泥四十韻 第3場面 現代語訳と訳註
(本文)

茫茫此群品,不定輪與蹄。
喜得舜可禪,不以瞽瞍疑。」
禹竟代舜立,其父籲咈哉。
嬴氏並六合,所來因不韋。」
漢祖把左契,自言一布衣。
當塗佩國璽,本乃黄門擕。」
長戟亂中原,何妨起戎氐。
不獨帝王耳,臣下亦如斯。』

(下し文)
茫茫たる此の群品、定まらざること輪と蹄のごとし。
舜の禅(ゆず)るべきを得るを喜び、瞽瞍(こそう)を以て疑わず。
禹は竟に舜に代わりて立つ、其の父は吁あ咈(もと)れる哉。
嬴氏(えいし)は六合を井するも、来たる所は不韋に因る。
漢祖 左契を把るも、自ら言う一布衣なりと。
当塗 国璽(こくじ)を佩(はい)するも、本は乃ち黄門の携。
長戟(ちょうげき)もて中原を乱す、何ぞ戎氐(じゅうてい)より起つを妨げん。

独り帝王のみにあらず、臣下も亦た斯くの如し。



(現代語訳)
分別できないほど多くとりとめない親子、肉親の間での欲望の法則、それは動き続ける馬車の輪と蹄のようにさだまったものではないのである。
堯は舜という仁徳の法則のわかった後継名を得たことを喜んだ、その父が暗愚な瞽瞍であっても迷いはしなかったのだ。
ついに、禹が舜に代わって帝位に就いたのだ、禹の父は問題のある人で舜に「ああ、心がねじけている」と叫ばれた人でした。
秦の始皇帝嬴政は天下国家を統一したが、その出自は政商呂不韋の子であった。
漢の高祖は天下の王たる定めを記した割り符を手中にしていても、自ら無位無冠の身、一庶民にすぎないといっていた。
魏は国璽を帯びて王朝を立てたが、曹操の出自は宦官の連れ子なのだ。
長い戟を手に中原に騒乱を起こした五胡十国、彼らが異民族戎氏から身を起こしたことはなんら弱点にはなっていないのだ。
この血筋血統については帝王だけの耳目ではないのだ。臣下についても同じことがいえるのだ。


(訳注)
茫茫此群品,不定輪與蹄。
分別できないほど多くとりとめない親子、肉親の間での欲望の法則、それは動き続ける馬車の輪と蹄のようにさだまったものではないのである。
○茫茫 分別できないほど多い様子。○群品 もろもろの法則。○輪与蹄 車輪と馬の蹄。二つの部分を挙げることによって馬車をあらわす。馬車が走るように一定の状態に留まっていることはない。


喜得舜可禪,不以瞽瞍疑。」
堯は舜という仁徳の法則のわかった後継名を得たことを喜んだ、その父が暗愚な瞽瞍であっても迷いはしなかったのだ。
○喜得 『尚書』堯に、臣下に後継者を問うと臣下が舜を推挙する。○瞽瞍 盲目の意。舜の父は曹禦といい、愚昧な人であった。舜は母も弟も性格が悪い家庭の中にあって天孝を尽くし、堯の目にかなって帝位を譲られた。舜の父は舜に井戸を掘らせ、深くまで掘ったところで瞽叟と象が土を投げ込んで生き埋めにして殺そうとはかった。このとき舜は、井戸を掘りながら横穴を作り、そこから抜けだす事で助かった。


禹竟代舜立,其父籲咈哉。
ついに、禹が舜に代わって帝位に就いたのだ、禹の父は問題のある人で舜に「ああ、心がねじけている」と叫ばれた人でした。
○禹 禹は初めての世襲王朝である「夏」を創始した人物とみなされていることから、三皇五帝の一人として数えられていない場合が多い。
禹は、父が功ならずして罰を受けた事を悲しみ、総力をあげて職務に打ちこんだ。 衣食を節約して鬼神への供物を豊富にし、家屋敷を質素なものとしてその費用を田畑の潅漑に回した。
『尚書』堯典に、禹の父・鯀は、帝堯が大洪水を治める人物を求めた時に、群臣や四嶽(四方の諸侯の長官)によって推挙された。
 このとき堯は、
「鯀という人物は、おかみの命令に背き、一族と和せずして仲間を損なうような人物だ」
 といって反対したが、四嶽たちが
「臣下たちの才能を比べて見ると、鯀より賢明なものは見当たりません。ためしにやらせて見てください。」
 と主張したため、鯀に治水にあたらせた。
 しかし、九年たっても洪水はやまず、何の成果も表れなかった。
 その後、帝堯に舜が登用されると、舜は鯀の治水が実情にそぐわず、何の成果もあげていないことから彼を東方の羽山へおしこめて死に致らしめた。
 舜は、鯀の代わりに鯀の子・禹を登用して、鯀の事業を継続させた。

 『山海経』によると相柳は青い色をしていて人面蛇身、頭は九つあり、その身体が触れて土が掘り返されたところは沢や谷となったという。
 禹は(おそらく、洪水の元凶となる邪神として)相柳を殺したが、その生臭い血の流れたところは五穀の種を植えることもできず、深い穴を掘って埋めたものの、何度やっても崩れてしまった。
 そこで禹は、相柳を埋めた場所に諸々の帝の臺(=陵墓)を作ったという。
 これは、帝の威光(当然、政治的というより宗教的な)によって、相柳を封じ込める意味があったのだろう。
 禹が相柳を埋めた場所は、『山海経』海外北経には「昆侖の北、柔利(国)の東」にある、とされている。


嬴氏並六合,所來因不韋。」
秦の始皇帝嬴政は天下国家を統一したが、その出自は政商呂不韋の子であった。
○嬴 秦の始皇帝のこと。姓は嬴、名は政。・六合 天地と四方。世界全体をいう。・不韋 父・子楚(後の荘襄王)は趙国の人質となっていたが、大商人呂不韋の支援を得て帰国、秦王に即位した。子楚は呂不韋から愛人を譲り受けたが、この愛人との間に生まれたのが政である。
しかしその愛人は子楚の元にやってきた際には既に懐妊していたと言われ、これに従えば始皇帝の父親は子楚ではなく呂不韋となる。この風聞は当時広範囲に流布していたと考えられ、『史記』でも呂不韋列伝に史実として記載されているが、秦始皇本紀には記載されていない。司馬遷は両論併記を採用したともいえる。『史記』秦始皇本紀所収の班固の上書部では「呂政」と表記されており、始皇帝と秦王室の血縁関係を否定しているが、これは漢朝が秦朝の正統性を否定する意味合いが強い。


漢祖把左契,自言一布衣。
漢の高祖は天下の王たる定めを記した割り符を手中にしていても、自ら無位無冠の身、一庶民にすぎないといっていた。
○漢祖 漢の高祖劉邦。○左契 契約の札を半分ずつに割った片方。『老子』七十九章に「是を以て聖人は左契を執ってしかも人に責めず(割り符の半分を持ちながら返済を強要しない)」。ここでは天下を取る力を握っていたことをいうか。○布衣 無位無冠の身。絹でない服を着ていることから庶民をいう。劉邦は戦傷がもとで死に瀕した時、「吾は布衣を以て三尺の剣を提げて天下を取る。此れ天命に非ざるや」、死ぬのもまた天命だと言って治療を拒絶した(『史記』高祖本紀)。


當塗佩國璽,本乃黄門擕。」
魏は国璽を帯びて王朝を立てたが、曹操の出自は宦官の連れ子なのだ。
○当塗 道途、道塗みち。道路。道に当たる=権力者。1・塗:権力、2・國璽:皇帝になる印、3・黄門:宦官、4・擕:連れ子。この4つのキーワードにより、魏の曹操となる。3と4だけでもわかるのである。宦官のうち、高級官僚も多くいた。養子をとって家を継がせた。もっともこの頃は、その地位が売買されていたので、権力を掌中に入れて、その後、その出自を塗り替えるということをしている。曹操の場合、背は高く、秀麗であったとされているが最近のDNA検査で実際は正反対であったともいわれる。
『三国志』魏書・文帝紀の袈松之注が『献帝伝』を引くなかに、「道(=塗)に当たりて高大なるものは魏なり」。「魏」が官門の両側の建築物を意味するのと掛けたもの。「国璽」は正統王朝であるしるしの印。「黄門」は宦官を指す。曹家は名臣曹参の裔を称しており、父の曹嵩が三公である太尉であったものの、祖父の曹騰が宦官である事から常に士大夫層からその事を馬鹿にされていた。袁紹の幕下にいた陳琳は、曹操との戦いに向けた檄文の中で、曹操を「贅閹の遺醜」(「宦官という卑しい存在の倅」という意味)と罵倒している。「蓑紹の為に濠州に徹す」(『文選』巻四四)に、「父嵩は乞弓(物乞い)より携養さる」という。
曹 嵩(そう すう? - 193年)後漢末の政治家、豪族。字は巨高。魏の太祖武帝曹操の父である。姓は曹氏。諡号は太皇帝。『三国志』裴松之注引『曹瞞伝』によると、彼は夏侯氏の出身で、夏侯惇の叔父(父の弟)であるという。後に後漢の宦官で権勢を振るった大長秋・曹騰の養子となる。その性格は慎ましやかで、忠孝を重んじたという。官僚として司隷校尉、大司農、大鴻臚を経て、188年には太尉まで昇った。当時、売官制が横行しており、曹嵩も一億銭にも上る金額を霊帝に献上し、宦官に賄賂を贈って、太尉の職についたという。その後、黄巾の乱に始まる後漢末の大乱を避けるために、徐州東北部にある瑯邪郡に家族と共に避難していたが、子の曹操が群雄となって兗州に地盤を確保したことから帰還しようとした。だが、その途中で徐州牧陶謙の配下により殺害された。父の死を知った曹操は復讐のため出兵し、徐州で殺戮を行った。
220年、孫の曹丕(文帝)が後漢より禅譲を受けて皇帝となり魏帝国を立てると、曹嵩は魏の「太皇帝」と追尊された。子については、魏の太祖武帝である曹操や共に殺害された曹徳(あるいは曹疾)の他に数名散見されるが、いずれも事蹟に乏しい。『魏書』「樊安公均伝」によると、薊恭公曹彬、同じく『魏書』「東平霊王徽伝」によると、朗陵哀侯曹玉の名が見えるが、それぞれ曹操の子である曹均と曹徽を養子に迎えていたと記録されるのみである。また、『魏書』「夏侯淵伝」によると、曹操の弟である海陽哀侯とおくりなされた人物が確認でき、その娘が夏侯衡(夏侯淵の長子)の正妻となっている。海陽哀侯についての記録は他に見えず、曹徳あるいは曹疾と同一人物か否かは確定できない。


長戟亂中原,何妨起戎氐。
長い戟を手に中原に騒乱を起こした五胡十国、彼らが異民族戎氏から身を起こしたことはなんら弱点にはなっていないのだ。
○長撃一句 「戟」ははこ。武力をいう。「戎氏」は北方の異民族。晋を南方に追い遣って北方中国を奪った五胡十六国を指す。


不獨帝王耳,臣下亦如斯。』
この血筋血統については帝王だけの耳目ではないのだ。臣下についても同じことがいえるのだ。


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井泥四十韻 第二場面 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 142

井泥四十韻 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 142

李商隠の詩のなかでもとりわけ長い作品の一つ、八十句にのぼる。地中から運び出された泥が美しい庭園に身を置く境遇の変化をうたいながら、そこに寓意をこめる。発言が生かされない地位や、若い時期での失敗に、「羹に懲りて」いるため、難解な詩となっている。

第二場面


井泥四十韻 李商隠(第2場面)

皇都依仁里,西北有高齋。
昨日主人氏,治井堂西陲。」
工人三五輩,輦出土與泥。
到水不數尺,積共庭樹齊。」
他日井甃畢,用土益作堤。
曲隨林掩映,繚以池周回。」
下去冥寞穴,上承雨露滋。
寄辭别地脈,因言謝泉扉。』-#1
升騰不自意,疇昔忽已乖。
まさか地上に飛び上がってくるとは自分の思いにはなかった。昔とはまるで別の世界にいきなり来たようだ。
伊餘掉行鞅,行行來自西。」
さて、私は馬に腹帯を締めてあげ旅の支度をととのえ、西方からずっと旅を続けてくるべくしてやってきた。
一日下馬到,此時芳草萋。
それはある日、到着して馬を下りた、そこにはちょうど春の草が青々と茂っていた。
四面多好樹,旦暮雲霞姿。」
あたり一面、美しい樹木に恵まれていた、朝から夕方まで雲やかすみは鮮やかに照り映えていた。
晚落花滿地,幽鳥鳴何枝。
日暮れに夕映えにかがやく花が池を満たしていた、奥深い所で鳴き声だけ聞こえる烏がどこかの枝で鳴いていた。
蘿幄既已薦,山樽亦可開。」
つたの幌幕も用意がととのいこもむしろも敷かれた、粗末な樽でいいからここで開けるのだ。
待得孤月上,如與佳人來。
もの寂しげな月があがってくるのを待っていると、美しい人と一緒に出てくるような気持ちだった。
因茲感物理,惻愴平生懷。』-
#2
これに触発されて万物を支配する根本原理が感得され、常日頃の思いが刺すように胸を痛めている。
茫茫此群品,不定輪與蹄。
喜得舜可禪,不以瞽瞍疑。」
禹竟代舜立,其父籲咈哉。
嬴氏並六合,所來因不韋。」
漢祖把左契,自言一布衣。
當塗佩國璽,本乃黄門擕。」
長戟亂中原,何妨起戎氐。
不獨帝王耳,臣下亦如斯。』-#3
伊尹佐興王,不藉漢父資。
磻溪老釣叟,坐爲周之師。」
屠狗與販繒,突起定傾危。
長沙啟封土,豈是出程姬。」
帝問主人翁,有自賣珠兒。
武昌昔男子,老苦爲人妻。」
蜀王有遺魄,今在林中啼。
淮南雞舐藥,翻向雲中飛。』-#4
大鈞運群有,難以一理推。
顧於冥冥内,爲問秉者誰。」
我恐更萬世,此事愈云爲。
猛虎與雙翅,更以角副之。」
鳳凰不五色,聯翼上雞棲。
我欲秉鈞者,朅來與我偕。」
浮雲不相顧,寥泬誰爲梯。
悒怏夜將半,但歌井中泥。』-#5


井泥四十韻
皇都 依仁里、西北に高斎有り。
昨日 主人氏、井を治む 堂の西陸。
工人 三五輩、肇び出だす 土と泥と。
水に到るに数尺ならざるに、積めば庭樹と斉し。

他日 井禁 畢らば、土を用いて益に堤を作らん。
曲がるに林の掩映するに随い、練るに池の周廻するを以てす。
下は冥実の穴を去り、上は雨露の滋いを承く。
詞を寄せて地脈に別れ、困りて言いて泉扉に謝す。
昇騰 自ら意とせず、疇昔 忽(いささか)巳(すで)に乖(そむ)くと。


現代語訳と訳註
(本文)

升騰不自意,疇昔忽已乖。
伊餘掉行鞅,行行來自西。」
一日下馬到,此時芳草萋。
四面多好樹,旦暮雲霞姿。」
晚落花滿地,幽鳥鳴何枝。
蘿幄既已薦,山樽亦可開。」
待得孤月上,如與佳人來。
因茲感物理,惻愴平生懷。』-#2

(下し文)
昇騰 自ら意とせず、疇昔 忽(いささか)巳(すで)に乖(そむ)くと。
伊(これ) 餘(よ)は 行鞅(こうおう)を掉(ただ)し,行き行きて 自ら西に來たる。」
一日 下馬し到れば,此の時 芳草 萋たり。
四面 好樹 多く,旦暮 雲霞の姿。」

晚落ち 花は 地に滿ち,幽鳥 鳴くは 何れの枝。
蘿幄 既に 薦しき已き,山樽 亦 開く可し。」
孤月の上るを 待ち得て,佳人の來るが如き與(くみ)する。
茲(これ)に因りて物理に感ず,惻愴 平生の懷い。』-#2

(現代語訳)
まさか地上に飛び上がってくるとは自分の思いにはなかった。昔とはまるで別の世界にいきなり来たようだ。
さて、私は馬に腹帯を締めてあげ旅の支度をととのえ、西方からずっと旅を続けてくるべくしてやってきた。
それはある日、到着して馬を下りた、そこにはちょうど春の草が青々と茂っていた。
あたり一面、美しい樹木に恵まれていた、朝から夕方まで雲やかすみは鮮やかに照り映えていた。
日暮れに夕映えにかがやく花が池を満たしていた、奥深い所で鳴き声だけ聞こえる烏がどこかの枝で鳴いていた。
つたの幌幕も用意がととのいこもむしろも敷かれた、粗末な樽でいいからここで開けるのだ。
もの寂しげな月があがってくるのを待っていると、美しい人と一緒に出てくるような気持ちだった。
これに触発されて万物を支配する根本原理が感得され、常日頃の思いが刺すように胸を痛めている。


(訳注)
升騰不自意,疇昔忽已乖。

まさか地上に飛び上がってくるとは自分の思いにはなかった。昔とはまるで別の世界にいきなり来たようだ。
○昇騰 上昇する。地下から地上にあがったことをいう。〇疇昔〔「疇」は以前、先に、の意〕過去のある日。昔。また、昨日。○忽已乖 以前とは全く違っているさまをいう。

伊餘掉行鞅,行行來自西。」
さて、私は馬に腹帯を締めてあげ旅の支度をととのえ、西方からずっと旅を続けてくるべくしてやってきた。
○伊 さて、てなことで。○掉行鞅 馬の支度をする。・鞅はむながい馬の胸から鞍につけるひも。はらおび。束縛。「掉」はふる、うごかす。「行」は旅行く意を添えて「鞅」を二字にしたもの。○董 卓が青々と茂っているさま。
 
一日下馬到,此時芳草萋。
それはある日、到着して馬を下りた、そこにはちょうど春の草が青々と茂っていた。

四面多好樹,旦暮雲霞姿。」
あたり一面、美しい樹木に恵まれていた、朝から夕方まで雲やかすみは鮮やかに照り映えていた。
○旦暮 朝と日暮れ。○雲霞 朝焼け、夕焼けで色鮮やかに染められた雲と霞。

晚落花滿池,幽鳥鳴何枝。
日暮れに夕映えにかがやく花が池を満たしていた、奥深い所で鳴き声だけ聞こえる烏がどこかの枝で鳴いていた。
○幽鳥 奥深い所で鳴き声だけ聞こえる烏。

蘿幄既已薦,山樽亦可開。」
つたの幌幕も用意がととのいこもむしろも敷かれた、粗末な樽でいいからここで開けるのだ。
○薙幌 「薙」はつた。「幌」はとばりの幔幕。つたが一面に垂れ下がるのをとばりに見立てる。○薦 1 マコモを粗く編んだむしろ。現在は多く、わらを用いる。こもむしろ。「荷車に―を掛ける」 2 「薦被(こもかぶ)り2」の略。おこも。 3 (「虚無」とも書く)「薦僧(こもそう)」の略。 4 マコモの古名。 ○山樽 木でこしらえた粗末な樽。豪華な金色などとは逆に、野趣に富む酒器。李白に「山樽を詠ず」二首がある。

待得孤月上,如與佳人來。
もの寂しげな月があがってくるのを待っていると、美しい人と一緒に出てくるような気持ちだった。
○孤月 もの寂しげな月。○佳人 美人。いいひと。
 
因茲感物理,惻愴平生懷。』
これに触発されて万物を支配する根本原理が感得され、常日頃の思いが刺すように胸を痛めている。
○物理 万物を支配する根本原理。杜甫の
曲江二首 其一
一片花飛減却春、風飄万点正愁人。
且看欲尽花経眼、莫厭傷多酒入唇。
江上小堂巣翡翠、苑辺高塚臥麒麟。
細推物理須行楽、何用浮名絆此身。
曲江 二首  其の一
一片  花飛んで  春を減却(げんきゃく)し
風は万点を飄(ひるが)えして  正に人を愁えしむ
且つ看ん尽きんと欲する花の眼(まなこ)を経(ふ)るを
厭う莫れ 多きを傷(そし)らるる酒の唇に入るを
江上(こうじょう)の小堂に翡翠(ひすい)巣(すく)い
苑辺(えんへん)の高塚(こうちょう)に麒麟臥(ふ)す
細かに物理(ぶつり)を推(お)すに 須らく行楽すべし
何ぞ用いん 浮名もて此の身を絆(ほだ)すことを。○惻愴 悲痛な思いをあらわす。


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井泥四十韻 第一場面 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 141


井泥四十韻 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 141

李商隠の詩のなかでもとりわけ長い作品の一つ、八十句にのぼる。地中から運び出された泥が美しい庭園に身を置く境遇の変化をうたいながら、そこに寓意をこめる。発言が生かされない地位や、若い時期での失敗に、「羹に懲りて」いるため、ちょっと難解な詩となっている。(この詩は40韻で約8回に分けて掲載する。次が李商隠最終の「生きて西郊に次る詩一百韻」24回に分けて掲載の予定)


第一場面(8韻16句)

井泥四十韻
皇都依仁里,西北有高齋。
帝都の依仁里、永通坊というところ、その坊の北西に立派な屋敷があります。
昨日主人氏,治井堂西陲。」
昨日、この話のご主人の妻氏がいた、そのお屋敷の母屋の西に井戸を掘ったのだ。
工人三五輩,輦出土與泥。
人夫が四、五人、でとりかかりました。土と、泥を猫車に積んではこびだした。
到水不數尺,積共庭樹齊。」
水に届くまで数尺もないほど浅いのに、掘り出した泥土は庭の樹木に届く高さになった。
他日井甃畢,用土益作堤。
後日、井戸に瓦を張り終えた、その上に土をもって、さらに土手を作った。
曲隨林掩映,繚以池周回。」
そこに行くには曲がりくねった道を進み、土手は樹林の向こうに見え隠れしている、ぐるりとめぐって井池の周囲を取り囲んでいた。
下去冥寞穴,上承雨露滋。
下に降りていくと地底の暗い穴になっていった、上からは雨露の潤いを承けるのであった。
寄辭别地脈,因言謝泉扉。』-
#1
言葉を寄せて別離し地下の霊の世界へつながる道にはいった、ことばをかけることによって黄泉の国の扉に礼を言ったのだ。
升騰不自意,疇昔忽已乖。
伊餘掉行鞅,行行來自西。」
一日下馬到,此時芳草萋。
四面多好樹,旦暮雲霞姿。」2-1
晚落花滿地,幽鳥鳴何枝。
蘿幄既已薦,山樽亦可開。」
待得孤月上,如與佳人來。
因茲感物理,惻愴平生懷。』-#2-2
茫茫此群品,不定輪與蹄。
喜得舜可禪,不以瞽瞍疑。」
禹竟代舜立,其父籲咈哉。
嬴氏並六合,所來因不韋。」
漢祖把左契,自言一布衣。
當塗佩國璽,本乃黄門擕。」
長戟亂中原,何妨起戎氐。
不獨帝王耳,臣下亦如斯。』-#3
伊尹佐興王,不藉漢父資。
磻溪老釣叟,坐爲周之師。」
屠狗與販繒,突起定傾危。
長沙啟封土,豈是出程姬。」
帝問主人翁,有自賣珠兒。
武昌昔男子,老苦爲人妻。」
蜀王有遺魄,今在林中啼。
淮南雞舐藥,翻向雲中飛。』-#4
大鈞運群有,難以一理推。
顧於冥冥内,爲問秉者誰。」
我恐更萬世,此事愈云爲。
猛虎與雙翅,更以角副之。」
鳳凰不五色,聯翼上雞棲。
我欲秉鈞者,朅來與我偕。」
浮雲不相顧,寥泬誰爲梯。
悒怏夜將半,但歌井中泥。』-#5


井泥四十韻
皇都 依仁里、西北に高斎有り。
昨日 主人氏、井を治む 堂の西陸。
工人 三五輩、肇び出だす 土と泥と。
水に到るに数尺ならざるに、積めば庭樹と斉し。

他日 井禁 畢らば、土を用いて益に堤を作らん。
曲がるに林の掩映するに随い、練るに池の周廻するを以てす。
下は冥実の穴を去り、上は雨露の滋いを承く。
詞を寄せて地脈に別れ、困りて言いて泉扉に謝す。
昇騰 自ら意とせず、疇昔 忽(いささか)巳(すで)に乖(そむ)くと。


 現代語訳と訳註
(本文)

皇都依仁里,西北有高齋。
昨日主人氏,治井堂西陲。」
工人三五輩,輦出土與泥。
到水不數尺,積共庭樹齊。」
他日井甃畢,用土益作堤。
曲隨林掩映,繚以池周回。」
下去冥寞穴,上承雨露滋。
寄辭别地脈,因言謝泉扉。』


(下し文)
皇都 仁里に依り、西北に高斎 有る。
昨日 主人の氏、井を治む 堂西の陲り。
工人 三五の輩、輦び出だす 土と泥と。
水に到るに数尺ならざるに、積めば庭樹と斉し。」

他日 井禁 畢らば、土を用いて益に堤を作らん。
曲がるに林の掩映するに随い、練るに池の周廻するを以てす。
下は冥実の穴を去り、上は雨露の滋いを承く。
詞を寄せて地脈に別れ、困りて言いて泉扉に謝す。」


(現代語訳)
帝都の依仁里、永通坊というところ、その坊の北西に立派な屋敷があります。
昨日、この話のご主人の妻氏いた、母屋の西に井戸を掘ったのだ。
人夫が四、五人、でとりかかりました。土と、泥を猫車に積んではこびだした。
水に届くまで数尺もないほど浅いのに、掘り出した泥土は庭の樹木に届く高さになった。
後日、井戸に瓦を張り終えた、その上に土をもって、さらに土手を作った。
そこに行くには曲がりくねった道を進み、土手は樹林の向こうに見え隠れしている、ぐるりとめぐって井池の周囲を取り囲んでいた。
下に降りていくと地底の暗い穴になっていった、上からは雨露の潤いを承けるのであった。
言葉を寄せて別離し地下の霊の世界へつながる道にはいった、ことばをかけることによって黄泉の国の扉に礼を言ったのだ。


(訳注)
井泥四十韻
○井泥 井戸の底の泥。『周易』井に「井泥は食らわず」というように、汚いものとされる。不遇の身を井戸の泥に比喩したことなのだろうか。
touRAKUYOjou1000
 
唐期の洛陽城図(図中右下 永通坊)色がついているところは、李商隠の妻の実家のあったところ。



皇都依仁里,西北有高齋。
帝都の仁者の集まる里のちかくにある、永通坊というところ、その坊の北西に立派な屋敷があります。
○皇都依仁里 唐代では長安に対置されて洛陽にも都が置かれた。「仁里」坊は東都洛陽の街区の名で、その北側が永通坊で渠水運河に面している。○齋 1 神仏を祭るとき、心身を清める。ものいみ。「斎戒/潔斎」2 祭事を行う。「斎主・斎場」3 ものいみや読書などをする部屋。「山斎・書斎」4 精進料理。僧の食事。とき。「斎食(さいじき)」ここでは文人の屋敷、りっぱな書斎のある屋敷を言う。


昨日主人氏,治井堂西陲。」
昨日、この話の主人の妻氏がいる、その屋敷の母屋の西に井戸を掘ったのだ。
○井 単に井戸でなく井戸端、この頃は、砧を撃つところとなって渠水の傍に作ったと考える。○西陲 西側。「陲」は黄泉との境辺の意。西の兵馬俑の蕖水で黄泉の国に近いところと考える。


工人三五輩,輦出土與泥。
人夫が四、五人でとりかかった。それから土と、泥を猫車に積んではこびだした。
○輦出 (1)手で押したり引いたりして動かす小形の車。(2)土砂などを運ぶ二本の柄のついた小形の一輪車。猫車(ねこぐるま)。(3)自家用の人力車。 「和らかひ衣類(きもの)きて―に乗りあるく時は/十三夜(一葉)」(4)二人が向かい合って両腕を組み合わせ、その上に人を乗せて運ぶこと。 「二人の―に乗つて帰らうと思ふが/狂言・鈍太郎」(5)近世の玩具の一。菊花や井戸車の形の車に糸をつけた、ヨーヨーのようなもの。(6)(多く「輦」「輦車」と書く)屋形に車を付けて、手で引く乗り物。内裏の中は歩くのが普通であったが、東宮・親王・摂政関白・女御などが、これに乗って入ることを許された。輦輿(れんよ)。れんしゃ。ここでは猫車の様なものと考える。それに載せて運び出す。

到水不數尺,積共庭樹齊。」
渠水に届くまで数尺もないほど浅いのに、掘り出した泥土は庭の樹木に届く高さになった。
○水 水脈、渠水運河に続ける。永通坊には蕖水運河が西流していた。

他日井甃畢,用土益作堤。
後日、井戸に瓦を張り終えた、その上に土をもって、さらに土手を作った。
○他日 1 将来における不定の日をさす語。いつか別の日。後日。2 以前の日。過ぎ去った日。○井甃 井戸の内側に張るかわら。井戸の工事をいう。○畢  おわる。おえる。二十八宿の一。西方の星宿。畢宿。あめふりぼし。

曲隨林掩映,繚以池周回。」
そこに行くには曲がりくねった道を進み、土手は樹林の向こうに見え隠れしている、ぐるりとめぐって井池の周囲を取り囲んでいた。
○掩映 ちらちら見え隠れすることをいう双声の動詞。○繚 めぐる、 まとう。百花繚乱など。


下去冥寞穴,上承雨露滋。
下に降りていくと地底の暗い穴になっていった、上からは雨露の潤いを承けるのであった。
○冥寞 暗い空間、地下をいう。


寄辭别地脈,因言謝泉扉。』
言葉を寄せて別離し、地下の霊の世界へつながる道にはいった、ことばをかけることによって黄泉の国の扉に礼を言ったのだ。
○地脈 地中の地下の霊の世界へつながる道。兵馬俑のような世界が地下にあるとされていた。○謝 1 わびる。あやまる。「謝罪/陳謝」 2 ことわる。「謝絶」 3 礼を言う。「謝意・謝恩・謝礼/感謝・多謝・拝謝」 4 お礼やおわびを表す金品。「月謝・薄謝」 5 入れかわる。「新陳代謝」○泉扉 黄泉の国の扉、すなわち地下世界、黄泉の国への入り口。

井泥四十韻 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 142

井泥四十韻 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 142

李商隠の詩のなかでもとりわけ長い作品の一つ、八十句にのぼる。地中から運び出された泥が美しい庭園に身を置く境遇の変化をうたいながら、そこに寓意をこめる。発言が生かされない地位や、若い時期での失敗に、「羹に懲りて」いるため、難解な詩となっている。

(第2場面の1)

皇都依仁里,西北有高齋。
昨日主人氏,治井堂西陲。」
工人三五輩,輦出土與泥。
到水不數尺,積共庭樹齊。」
他日井甃畢,用土益作堤。
曲隨林掩映,繚以池周回。」
下去冥寞穴,上承雨露滋。
寄辭别地脈,因言謝泉扉。』-#1
升騰不自意,疇昔忽已乖。
まさか地上に飛び上がってくるとは自分の思いにはなかった。昔とはまるで別の世界にいきなり来たようだ。
伊餘掉行鞅,行行來自西。」
さて、私は馬に腹帯を締めてあげ旅の支度をととのえ、西方からずっと旅を続けてくるべくしてやってきた。
一日下馬到,此時芳草萋。
それはある日、到着して馬を下りた、そこにはちょうど春の草が青々と茂っていた。
四面多好樹,旦暮雲霞姿。」
あたり一面、美しい樹木に恵まれていた、朝から夕方まで雲やかすみは鮮やかに照り映えていた。
晚落花滿地,幽鳥鳴何枝。
日暮れに夕映えにかがやく花が池を満たしていた、奥深い所で鳴き声だけ聞こえる烏がどこかの枝で鳴いていた。
蘿幄既已薦,山樽亦可開。」
つたの幌幕も用意がととのいこもむしもしかれた、粗末な樽でいいからここで開けるのだ。
待得孤月上,如與佳人來。
もの寂しげな月があがってくるのを待っていると、美しい人と一緒に出てくるような気持ちだった。
因茲感物理,惻愴平生懷。』-
#2
これに触発されて万物を支配する根本原理が感得され、常日頃の思いが刺すように胸を痛めている。
茫茫此群品,不定輪與蹄。
喜得舜可禪,不以瞽瞍疑。」
禹竟代舜立,其父籲咈哉。
嬴氏並六合,所來因不韋。」
漢祖把左契,自言一布衣。
當塗佩國璽,本乃黄門擕。」
長戟亂中原,何妨起戎氐。
不獨帝王耳,臣下亦如斯。』-#3
伊尹佐興王,不藉漢父資。
磻溪老釣叟,坐爲周之師。」
屠狗與販繒,突起定傾危。
長沙啟封土,豈是出程姬。」
帝問主人翁,有自賣珠兒。
武昌昔男子,老苦爲人妻。」
蜀王有遺魄,今在林中啼。
淮南雞舐藥,翻向雲中飛。』-#4
大鈞運群有,難以一理推。
顧於冥冥内,爲問秉者誰。」
我恐更萬世,此事愈雲爲。
猛虎與雙翅,更以角副之。」
鳳凰不五色,聯翼上雞棲。
我欲秉鈞者,朅來與我偕。」
浮雲不相顧,寥泬誰爲梯。
悒怏夜將半,但歌井中泥。』-#5


井泥四十韻
皇都 依仁里、西北に高斎有り。
昨日 主人氏、井を治む 堂の西陸。
工人 三五輩、肇び出だす 土と泥と。
水に到るに数尺ならざるに、積めば庭樹と斉し。

他日 井禁 畢らば、土を用いて益に堤を作らん。
曲がるに林の掩映するに随い、練るに池の周廻するを以てす。
下は冥実の穴を去り、上は雨露の滋いを承く。
詞を寄せて地脈に別れ、困りて言いて泉扉に謝す。
昇騰 自ら意とせず、疇昔 忽(いささか)巳(すで)に乖(そむ)くと。


 現代語訳と訳註
(本文)

升騰不自意,疇昔忽已乖。
伊餘掉行鞅,行行來自西。」
一日下馬到,此時芳草萋。
四面多好樹,旦暮雲霞姿。」
晚落花滿地,幽鳥鳴何枝。
蘿幄既已薦,山樽亦可開。」
待得孤月上,如與佳人來。
因茲感物理,惻愴平生懷。』-#2-2

(下し文)
昇騰 自ら意とせず、疇昔 忽(いささか)巳(すで)に乖(そむ)くと。
伊(これ) 餘(よ)は 行鞅(こうおう)を掉(ただ)し,行き行きて 自ら西に來たる。」
一日 下馬し到れば,此の時 芳草 萋たり。
四面 好樹 多く,旦暮 雲霞の姿。」-#1

晚落ち 花は 地に滿ち,幽鳥 鳴くは 何れの枝。
蘿幄 既に 薦しき已き,山樽 亦 開く可し。」
孤月の上るを 待ち得て,佳人の來るが如き與(くみ)する。
茲(これ)に因りて物理に感ず,惻愴 平生の懷い。』-#2-2

(現代語訳)
まさか地上に飛び上がってくるとは自分の思いにはなかった。昔とはまるで別の世界にいきなり来たようだ。
さて、私は馬に腹帯を締めてあげ旅の支度をととのえ、西方からずっと旅を続けてくるべくしてやってきた。
それはある日、到着して馬を下りた、そこにはちょうど春の草が青々と茂っていた。
あたり一面、美しい樹木に恵まれていた、朝から夕方まで雲やかすみは鮮やかに照り映えていた。
日暮れに夕映えにかがやく花が池を満たしていた、奥深い所で鳴き声だけ聞こえる烏がどこかの枝で鳴いていた。
つたの幌幕も用意がととのいこもむしもしかれた、粗末な樽でいいからここで開けるのだ。
もの寂しげな月があがってくるのを待っていると、美しい人と一緒に出てくるような気持ちだった。
これに触発されて万物を支配する根本原理が感得され、常日頃の思いが刺すように胸を痛めている。


(訳注)
升騰不自意,疇昔忽已乖。

まさか地上に飛び上がってくるとは自分の思いにはなかった。昔とはまるで別の世界にいきなり来たようだ。
○昇騰 上昇する。地下から地上にあがったことをいう。〇疇昔〔「疇」は以前、先に、の意〕過去のある日。昔。また、昨日。○忽已乖 以前とは全く違っているさまをいう。


伊餘掉行鞅,行行來自西。」
さて、私は馬に腹帯を締めてあげ旅の支度をととのえ、西方からずっと旅を続けてくるべくしてやってきた。
○伊 さて、てなことで。○掉行鞅 馬の支度をする。・鞅はむながい馬の胸から鞍につけるひも。はらおび。束縛。「掉」はふる、うごかす。「行」は旅行く意を添えて「鞅」を二字にしたもの。○董 卓が青々と茂っているさま。
 
一日下馬到,此時芳草萋。
それはある日、到着して馬を下りた、そこにはちょうど春の草が青々と茂っていた。

四面多好樹,旦暮雲霞姿。」
あたり一面、美しい樹木に恵まれていた、朝から夕方まで雲やかすみは鮮やかに照り映えていた。
○旦暮 朝と日暮れ。○雲霞 朝焼け、夕焼けで色鮮やかに染められた雲と霞。

晚落花滿池,幽鳥鳴何枝。
日暮れに夕映えにかがやく花が池を満たしていた、奥深い所で鳴き声だけ聞こえる烏がどこかの枝で鳴いていた。
○幽鳥 奥深い所で鳴き声だけ聞こえる烏。

蘿幄既已薦,山樽亦可開。」
つたの幌幕も用意がととのいこもむしもしかれた、粗末な樽でいいからここで開けるのだ。
○薙幌 「薙」はつた。「幌」はとばりの幔幕。つたが一面に垂れ下がるのをとばりに見立てる。○薦 1 マコモを粗く編んだむしろ。現在は多く、わらを用いる。こもむしろ。「荷車に―を掛ける」 2 「薦被(こもかぶ)り2」の略。おこも。 3 (「虚無」とも書く)「薦僧(こもそう)」の略。 4 マコモの古名。 ○山樽 木でこしらえた粗末な樽。豪華な金色などとは逆に、野趣に富む酒器。李白に「山樽を詠ず」二首がある。

待得孤月上,如與佳人來。
もの寂しげな月があがってくるのを待っていると、美しい人と一緒に出てくるような気持ちだった。
○孤月 もの寂しげな月。○佳人 美人。いいひと。
 
因茲感物理,惻愴平生懷。』
これに触発されて万物を支配する根本原理が感得され、常日頃の思いが刺すように胸を痛めている。
○物理 万物を支配する根本原理。杜甫の
曲江二首 其一
一片花飛減却春、風飄万点正愁人。
且看欲尽花経眼、莫厭傷多酒入唇。
江上小堂巣翡翠、苑辺高塚臥麒麟。
細推物理須行楽、何用浮名絆此身。
曲江 二首  其の一
一片  花飛んで  春を減却(げんきゃく)し
風は万点を飄(ひるが)えして  正に人を愁えしむ
且つ看ん尽きんと欲する花の眼(まなこ)を経(ふ)るを
厭う莫れ 多きを傷(そし)らるる酒の唇に入るを
江上(こうじょう)の小堂に翡翠(ひすい)巣(すく)い
苑辺(えんへん)の高塚(こうちょう)に麒麟臥(ふ)す
細かに物理(ぶつり)を推(お)すに 須らく行楽すべし
何ぞ用いん 浮名もて此の身を絆(ほだ)すことを。○惻愴 悲痛な思いをあらわす。

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