行次西郊作 一百韻 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 163 #16

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列聖蒙此恥,含懷不能宣。
謀臣拱手立,相戒無敢先。
萬國困杼軸,内庫無金錢。
健兒立霜雪,腹歉衣裳單。」#-15
饋餉多過時,高估銅與鉛。
供給される兵糧も多くはその時期を逸したのである。物価は高騰し、鉛の上に銅をかぶせた悪幣の乱発は一層インフレに拍車をかけた。
山東望河北,爨煙猶相聯。
山東一帯から河北のあたりを眺めてみた、安禄山の家臣や子孫がなお君臨するその地方では、家々からかまどの煙が互につらなって立ちのぼるのが見えたのである。
朝廷不暇給,辛苦無半年。
本来朝廷の地域としての京畿とその近辺は、官も民ももれなく困窮になりそれも甚だしく、朝廷はいきつくひまもない有様であった。辛苦して応急策を講じたが年の半ばに尽き果てるものでしかなかった。
行人搉行資,居者税屋椽。』#-16
王朝は課税対象をやたらに広げ、行商人や運送業者は、通行税をとられたのである、また新たな家屋税では垂木一本の長さごとに、税を計上された。

中間遂作梗,狼藉用戈鋋。
臨門送節制,以錫通天班。
破者以族滅,存者尚遷延。
禮數異君父,羈縻如羌零。」#-17

#15
列聖(れつせい) 此の恥を蒙(こうむり)り、懐を含むも宜(の)ぶる能(あた)わず。
謀臣(ぼうしん)は手を拱(こまね)いて立ち、相い戒(いまし)めて敢て先んずる無し。
万国 杼軸(ちょじく)に困(くる)み、内庫(ないこ)に金銭無し。
健児(けんじ)は霜雪(そうせつ)のうちに立ち、腹は歉(あ)かず 衣裳は単のみ。

16

(たま)わる 餉(こめ)は多く時を過ぎ,估(あたい)を高うす銅と鉛。

山東より河北を望(のぞ)めば、爨煙(さんえん)は猶お 相い聯(つらな)れるに

ちようていきゆう。   

朝廷は給するに暇(いとま)あらず、辛苦して半年をた唇つ無し。

行人(こうじん)は行資(こうし)(かく)せられ、居者(きょしゃ)は屋椽(おくてん)に税あり。#16
#17
中間 遂に梗(こう)を作(な)し、狼藉(ろうぜき) 戈鋋(かせん)を用う。
門に臨(のぞ)みて節制(せっせい)を送り、以て通天の班を錫(たも)う。
破れし者は以て族滅せられ、存れし者は尚お遷延す。
礼数(れいすう) 君父(くんぷ)に異なり、羈縻(きび)羌零(きょうれん)の如し』-#17


#16 現代語訳と訳註
(本文)

饋餉多過時,高估銅與鉛。
山東望河北,爨煙猶相聯。
朝廷不暇給,辛苦無半年。
行人搉行資,居者税屋椽。

(下し文) #16
饋(たま)わる 餉(こめ)は多く時を過ぎ,估(あたい)を高うす銅と鉛。
山東より河北を望(のぞ)めば、爨煙(さんえん)は猶お 相い聯(つらな)れるに
ちようていきゆう。   
朝廷は給するに暇(いとま)あらず、辛苦して半年をた唇つ無し。
行人(こうじん)は行資(こうし)を搉(かく)せられ、居者(きょしゃ)は屋椽(おくてん)に税あり。』

(現代語訳)
供給される兵糧も多くはその時期を逸したのである。物価は高騰し、鉛の上に銅をかぶせた悪幣の乱発は一層インフレに拍車をかけた。
山東一帯から河北のあたりを眺めてみた、安禄山の家臣や子孫がなお君臨するその地方では、家々からかまどの煙が互につらなって立ちのぼるのが見えたのである。
本来朝廷の地域としての京畿とその近辺は、官も民ももれなく困窮になりそれも甚だしく、朝廷はいきつくひまもない有様であった。辛苦して応急策を講じたが年の半ばに尽き果てるものでしかなかった。
王朝は課税対象をやたらに広げ、行商人や運送業者は、通行税をとられたのである、また新たな家屋税では垂木一本の長さごとに、税を計上された。


(訳注)#16
饋餉多過時,高估銅與鉛。
供給される兵糧も多くはその時期を逸したのである。物価は高騰し、鉛の上に銅をかぶせた悪幣の乱発は一層インフレに拍車をかけた。
饋餉 饋は食物を贈ること。餉は乾米。兵糧のこと。○過時 あるべき時期をはずす。○高估銅与鉛 「新唐書」食貨志によれば、徳宗の時代に金銀が不足し、鉛の上に銅をかぶせた貨幣を発行してインフレ現象をおこした。高估は、帛すなわち交換単位である絹のあたいが、悪貨乱発に比例して騰貴したことをいう・


山東望河北,爨煙猶相聯。
山東一帯から河北のあたりを眺めてみた、安禄山の家臣や子孫がなお君臨するその地方では、家々からかまどの煙が互につらなって立ちのぼるのが見えたのである。
山東・河北 安禄山の手下の節度使どものよっている土地。○爨煙 かしぐ. 飯をたく。かまどに火をおこして米をたく。 「炊ぐ」とも書く。 【爨】かまど. 土・レンガなどで築いた、火をたいて煮炊きする設備。 「竈」とも書く。 【爨婦】さんぷ. 飯炊き女。 【炊爨】すいさん. 飯をたくこと。炊事。


朝廷不暇給,辛苦無半年。
本来朝廷の地域としての京畿とその近辺は、官も民ももれなく困窮になりそれも甚だしく、朝廷はいきつくひまもない有様であった。辛苦して応急策を講じたが年の半ばに尽き果てるものでしかなかった。
不暇給 時間に余裕のないこと。


行人搉行資,居者税屋椽。』
王朝は課税対象をやたらに広げ、行商人や運送業者は、通行税をとられたのである、また新たな家屋税では垂木一本の長さごとに、税を計上された。
搉行資 搉は通行税を課すること。徳宗の時代、一年に夏と秋の二度課税する両税法が行われたのは有名な事だが、782年建中三年また諸道の要地や渡し場に官吏を置き通行税をとった。貨物一貫文の評価につき、税二十文。「旧唐書」徳宗紀に見える。なお、「孟子」梁恵王下に「昔、文王の岐を冶むるや、耕するものには九(分)の一を課し、(中略)関は譏(しら)ぶれども征(税)せず。」と見え、儒家の理想から云えぱ、その税率の多寡よりも、通行税の徴収自体が悪政の一形態と意識される。○税屋椽 また783年建中四年には、屋二架を一間とし、一間ごと二干、一千、五百銭の三段階の差ある家屋税が課せられた。「新唐書」徳宗紀に見える。橡はたるきのこと。



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