杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

2011年09月

奉陪鄭駙馬韋曲二首其二 杜甫   :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 76

奉陪鄭駙馬韋曲二首其二 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 76

754年天宝13載              43歳、春の詩。




其二
野寺垂楊裏、春畦亂水間。
野中のお寺があり、しだれ楊越しに女たちが見える。女たちは水流があっちこっち方向もきまらず春のはたけに流れてこんでいくようにきえていく。
美花多映竹、好鳥不歸山。
美しい花は竹林におおくうつりあうように見える、韋曲に町に来た春を告げる女烏たちはここへ来たら、もう山へ帰ることはないのだろう。
城郭終何事、風塵豈駐顔。
自分は城中へいったところが、なんの仕事があるではないし、ちりやほこりと同様に人間俗界の中でいつまでも若さを保てるわけでもない。
誰能興公子、薄暮欲倶還。

だれもがこの公達(鄭駙馬のこと)いつまでも飲んでいたいが、たそがれ時になってきたのでそろそろ一緒に戻りたいとおもっているのだ。




野中のお寺があり、しだれ楊越しに女たちが見える。女たちは水流があっちこっち方向もきまらず春のはたけに流れてこんでいくようにきえていく。
美しい花は竹林におおくうつりあうように見える、韋曲に町に来た春を告げる女烏たちはここへ来たら、もう山へ帰ることはないのだろう。
自分は城中へいったところが、なんの仕事があるではないし、ちりやほこりと同様に人間俗界の中でいつまでも若さを保てるわけでもない。
だれもがこの公達(鄭駙馬のこと)いつまでも飲んでいたいが、たそがれ時になってきたのでそろそろ一緒に戻りたいとおもっているのだ。


野寺垂場の裏 春畦乱水の間
美花多く竹に映ず 好鳥山に帰らず
城郭終に何をか事とせん 風塵豈に顔を駐めんや
誰か能く公子と 薄暮供に還るを欲せんや



野寺垂楊裏、春畦乱水間。
野中のお寺があり、しだれ楊越しに女たちが見える。女たちは水流があっちこっち方向もきまらず春のはたけに流れてこんでいくようにきえていく。
野寺 郊外の寺。○春畦 畦は田島のうねをいう。○乱水 縦横にながれている水。



美花多映竹、好鳥不歸山。
美しい花は竹林におおくうつりあうように見える、韋曲に町に来た春を告げる女烏たちはここへ来たら、もう山へ帰ることはないのだろう。
 花は妓女であり、鳥は娼婦であろう。  ○ 色のうつりあうこと。○好鳥 羽毛声音のうるわしい鳥。○不帰山 山からこの里へでかけて来てそれなり山へかえらぬ、というのはこの里がよいからである。(韋曲に町に来た女)



城郭終何事、風塵豈駐顔。
自分は城中へいったところがなんの仕事があるではないし、ちりやほこりと同様に人間俗界の中でいつまでも若さを保てるわけでもない。
城郭 長安の城郭をいう、郭はそとくるわ。○終何事 けっきょく何もする仕事がない。試験には落第し官には召しだされぬことをいう。○風塵 人間俗界のちりほこり。ちりは風に吹かれてどこへでも飛んでゆく。○駐顔 顔とは少壮の顔色をいう、駐とは同じ場所にひきとめて置くこと。駐顔とは年よりにならず、同じ若さでいることをいう。


誰能興公子、薄暮欲倶遠。
だれもがこの公達(鄭駙馬のこと)いつまでも飲んでいたいが、たそがれ時になってきたのでそろそろ一緒に戻りたいとおもっているのだ。
誰能 この二字は次の句までかかり反語となる。○ 或は共に。○公子 鄭附馬をさす。○薄暮 たそがれ。薄は迫の意、せまる、くれにせまる。○倶遠 いっし上に城中へもどる。


○韻  間、山、顔、遠。


 


 午前中から飲み始め、夕方近くまでの時間経過を詠ったものだが、杜甫自身、いくら飲んでも仕官できていないことが頭から離れないのだろう。
 芸妓や、娼婦たちも行楽に来ていて、その中に入り込めない誠実な杜甫である。この固さでは、この時代の朝廷の文人たちにもなかなか理解されなかったであろうと思われる。

奉陪鄭駙馬韋曲二首其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 75

奉陪鄭駙馬韋曲二首其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 75

奉陪鄭駙馬韋曲二首鄭潜曜に陪従して韋曲に遊んだことを詠う。
754年天宝13載 43歳、春の詩。

其一
韋曲花無頼、家家悩殺人。
韋曲には春になると男を誘い、媚を売ろうとする女が花咲くように集まっている、そこにある家々ではわけのわからない人が増えるし、その女たちの姿を看る人を非常になやますのである。
淥樽須盡日、白髪好禁春。
清酒を盛った樽を相手として一日を暮らしたい、自分のような白髪の老人にとってこんな春にあたっていいことばかりだ。
石角鈎衣破、藤梢刺眼新。
酔っぱらって句ると石の角で衣がひっかかり破れたり、こづらにくくも藤の梢のわかい蔓が私の眼を指すかのように新芽を出している。
何時占叢竹、頭戴小烏巾。

いつになったら自分もこんな竹やぶのある家を所有して、頭に烏紗帽とか、平巾幘でもいただける身分になることができるだろうか。



韋曲には春になると男を誘い、媚を売ろうとする女が花咲くように集まっている、そこにある家々ではわけのわからない人が増えるし、その女たちの姿を看る人を非常になやますのである。
清酒を盛った樽を相手として一日を暮らしたい、自分のような白髪の老人にとってこんな春にあたっていいことばかりだ。
酔っぱらって句ると石の角で衣がひっかかり破れたり、こづらにくくも藤の梢のわかい蔓が私の眼を指すかのように新芽を出している。
いつになったら自分もこんな竹やぶのある家を所有して、頭に烏紗帽とか、平巾幘でもいただける身分になることができるだろうか。



(鄭鮒馬に韋曲に陪し奉る二首)
韋曲花無頼なり 家家人を悩殺す
緑樽須らく日を尽すべし 白髪好し春に禁る
石角衣を鈎して破る 藤柏眼を刺して新なり
何の時か叢竹を占めて 頭に戴かん小鳥巾
 



奉陪鄭駙馬韋曲二首
鄭潜曜に陪従して韋曲に遊んだことを詠う二首。
鄭鮒馬 駙馬都尉鄭潜曜、前に「鄭駙馬宅宴洞中」に見えた。




韋曲花無頼、家家悩殺人。
韋曲には春になると男を誘い、媚を売ろうとする女が花咲くように集まっている、そこにある家々ではわけのわからない人が増えるし、その女たちの姿を看る人を非常になやますのである。
韋曲 長安城南の樊川にそっている杜曲とならぶ名勝地。○無頼 あてにならぬことをいうのだが、全国から商売女が集まってきていて、男を誘い、媚を売ろうとする。○悩殺 非常になやます。愛するこの極み、なやむことをいう。

長安の近郊


淥樽須盡日、白髪好禁春。
清酒を盛った樽を相手として一日を暮らしたい、自分のような白髪の老人にとってこんな春にあたっていいことばかりだ。
淥樽 清酒を盛ったたるをいう。濁り酒と区別している。○尽日 一日のあるかぎりをあそびについやす。○白髪 老境をいう。○禁春 禁は当たるに同じ、勝うるの意。対抗するこころもちをいう。



石角鈎衣破、藤梢刺眼新。
酔っぱらって句ると石の角で衣がひっかかり破れたり、こづらにくくも藤の梢のわかい蔓が私の眼を指すかのように新芽を出している。
石角 石のかど、この二句は酒席の附近の事物を叙する。○ かぎにかけるようにひっかける。○藤梢 ふじのこずえ。これは蔓のわか芽などをいうのであろう、花にはまだ早い。○刺眼 特に眼をひくことをいう。



何時占叢竹、頭戴小烏巾。
いつになったら自分もこんな竹やぶのある家を所有して、頭に烏紗帽とか、平巾幘でもいただける身分になることができるだろうか。
 所有すること。○叢竹 竹やぶのあるお屋敷。○烏巾 烏は烏紗帽服、巾は平巾幘(さく)服。どちらも官僚が着る服であり、帽子である。杜甫憧れの服装である。
烏紗帽                  平巾幘
烏紗帽00         平巾幘(さく)帽00



陪諸貴公子丈八溝携妓納涼晩際遇雨二首其二 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 74

陪諸貴公子丈八溝携妓納涼晩際遇雨二首其二 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 74
754年天宝13載43歳



陪諸貴公子丈八溝携妓納涼晩際遇雨二首
其二
雨来霑席上、風急打船頭。
夕立がやってきて席上をぬらしてしまった、突風が吹いて船のへさきをまよわせ打ってしまった。
越女紅裙湿、燕姫翠黛愁。
越の妓女は紅のはかまをぬらして困り顔、燕姫は眉根にしわをよせて愁い顔になった。
艫侵堤柳繋、幔卷浪花浮。
船をさまよわさぬように艫綱で堤上の柳へかけてつなぎつける。狼しぶきが花のようにちるので幔幕はすっかり巻きあげた。
帰路翻蕭颯、陂塘五月秋。

夕立で一時はおおさわざをしたけど、帰りみちはかえってさっぱりした感じだ。船のすすむ池堤には五月なのに秋のようなすずしさがただよった。


夕立がやってきて席上をぬらしてしまった、突風が吹いて船のへさきをまよわせ打ってしまった。
越の妓女は紅のはかまをぬらして困り顔、燕姫は眉根にしわをよせて愁い顔になった。
船をさまよわさぬように艫綱で堤上の柳へかけてつなぎつける。狼しぶきが花のようにちるので幔幕はすっかり巻きあげた。
夕立で一時はおおさわざをしたけど、帰りみちはかえってさっぱりした感じだ。船のすすむ池堤には五月なのに秋のようなすずしさがただよった。


諸貴公子に陪して、丈八溝に妓を携えて涼を納(いるる)、晩際に 雨に遇う 二首  其の二
雨 来たって席上を霑(うるお)し、風 急にして船頭(せんとう)を打つ。
越女(えつじょ) 紅裙(こうくん)湿(うるお)い、燕姫(えんき)翠黛(すいたい)愁(うれ)う。
艫(ともずな)は堤柳(ていりゅう)を侵して繋(か)け、幔(まん)は浪花(ろうか)を卷いて浮かぶ。
帰路(きろ) 翻(かえ)って蕭颯(しょうさつ)、陂塘(ひとう)  五月 秋なり



雨来霑席上、風急打船頭。
夕立がやってきて席上をぬらしてしまった、突風が吹いて船のへさきをまよわせ打ってしまった。
船頭 へさき。



越女紅裙湿、燕姫翠黛愁。
越の妓女は紅のはかまをぬらして困り顔、燕姫は眉根にしわをよせて愁い顔になった。
越女 浙江省の女。○ はかま。○燕姫 河北省の女。越は南、燕は北、つまり諸国の美妓をそろえたということである。○翠黛 みどりのかきまゆ。
 

艫侵堤柳繋、幔卷浪花浮。
船をさまよわさぬように艫綱で堤上の柳へかけてつなぎつける。狼しぶきが花のようにちるので幔幕はすっかり巻きあげた。
○艫侵 船をただよわさぬようにするための艫綱(ともづな) ○ 船にはったまんまく。○浪花 なみの花。

帰路翻蕭颯、陂塘五月秋。
夕立で一時はおおさわざをしたけど、帰りみちはかえってさっぱりした感じだ。船のすすむ池堤には五月なのに秋のようなすずしさがただよった。
蕭颯 さっぱりしたさま。○陂塘 陂と塘どちらも、いけ、づつみを意味する語。〇五月秋 五月の時節で秋のようにすずしい気候。


陪諸貴公子丈八溝携妓納涼晩際遇雨二首其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 73

陪諸貴公子丈八溝携妓納涼晩際遇雨二首其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 73
754年天宝13載43歳

 
杜甫はで可能な限り交際の輪を広げたいと願っていた。就職活動でもあるが、大家族を養っていくためには、貴公子たちの納涼、舟遊びの場にも出かけた。好んでいくわけではない。またよく雨に出くわすものだ。詩は出発の準備の様子である。

長安近郊図


陪諸貴公子丈八溝携妓納涼晩際遇雨二首
其一
もろもろの貴公子たちに陪伴して丈八溝で芸妓をたずさえて涼をとり、暮がたちかく雨にであったときの作二首の其の一。
落日放船好、軽風生浪遅。
日の落ちかかるころ船を繰り出すというのはなかなかよいものだ、軽やかな風が吹いてきて浪の発生もゆったりしていいものだ。
竹深留客処、荷浄納涼時。
岸辺には竹がふかく生いしげっていて夕日を遮り、賓客を留めておく的確な場所だ、荷花がきよらかにさいている、納涼には最適の時期となっている。
公子調氷水、佳人雪藕糸。
貴公子たちは冷飲料を用意している、妓女たちは蓮根を洗い流して、白くきれいにしている。
片雲頭上黒、応是雨催詩。

そのうちちぎれ雲が頭の上でまっくろに見えて来たが、これは天の神が雨を降らせるのか、早く詩を作れと催促されているのである。


もろもろの貴公子たちに陪伴して丈八溝で芸妓をたずさえて涼をとり、暮がたちかく雨にであったときの作二首の其の一。
日の落ちかかるころ船を繰り出すというのはなかなかよいものだ、軽やかな風が吹いてきて浪の発生もゆったりしていいものだ。
岸辺には竹がふかく生いしげっていて夕日を遮り、賓客を留めておく的確な場所だ、荷花がきよらかにさいている、納涼には最適の時期となっている。
貴公子たちは冷飲料を用意している、妓女たちは蓮根を洗い流して、白くきれいにしている。

そのうちちぎれ雲が頭の上でまっくろに見えて来たが、これは天の神が雨を降らせるのか、早く詩を作れと催促されているのである。



諸貴公子に陪して、丈八溝に妓を携えて涼を納(いるる)、晩際に 雨に遇う 二首  其の一
落日  船を放つに好(よろ)しく、軽風  浪(なみ)を生ずること遅かりし。
竹は深くし  客を留(とど) まる処、荷(はす)は浄(きよ)し  涼(りょう)を納(いるる)の時。
公子は氷水(ひょうすい)を調(ととの)え、佳人(かじん)は藕糸(ぐうし)を雪(ぬぐ)う。
片雲(へんうん)  頭上(ずじょう)に黒(くろし)、応(まさ)に 是(これ)  雨の詩を催(うなが)す なるべし。





陪諸貴公子丈八溝携妓納涼晩際遇雨二首其一
もろもろの貴公子たちに陪伴して丈八溝で芸妓をたずさえて涼をとり、暮がたちかく雨にであったときの作二首の其の一。
丈八溝 はりわりの名。天宝元年に韋堅の作ったもので下杜城の西にあるという、少陵より遠くない処と思われる。○晩際 くれまぢか。



落日放船好、軽風生浪遅。
日の落ちかかるころ船を繰り出すというのはなかなかよいものだ、軽やかな風が吹いてきて浪の発生もゆったりしていいものだ。
生浪遅 遅とはそろそろと浪をおこすことをいう。



竹深留客処、荷浄納涼時。
岸辺には竹がふかく生いしげっていて夕日を遮り、賓客を留めておく的確な場所だ、荷花がきよらかにさいている、納涼には最適の時期となっている。
 陸上の物。○荷浄 この荷ははすの花は、妓女たちに比較して清らかである。蓮の花は女性自身を示す言葉としてよく登場する。ここでは、貴公子たち、妓女たちに比較して浄を使う。



公子調氷水、佳人雪藕糸。
貴公子たちは冷飲料を用意している、妓女たちは蓮根を洗い流して、白くきれいにしている。
調泳水 冰水をこしらえること、冷飲料を用意する。○佳人 美人、即ち妓女。○ 拭うこと。あらいながして、白くする。○藕糸 蓮根のいとすじ、これは食物。



片雲頭上黒、応是雨催詩。
そのうちちぎれ雲が頭の上でまっくろに見えて来たが、これは天の神が雨を降らせるのか、早く詩を作れと催促されているのである。
片雲 ちぎれ雲。ここは入道雲であろう。



○韻  遅、時、糸、詩。
好き好んできた舟遊びではないといわんばかり、早く詩を作って、酒を飲もうというのか。

重過何氏五首 其五 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 72

重過何氏五首 其五 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 72
(就職活動中 長安郊外 杜曲の家)

 其の五の詩で、杜甫の生活の困窮したようすが語られる。延恩匭に三度も賦と表(上書)を投じたけれども、宮中からは何の音沙汰もない。杜甫は微禄でもいいから何とか禄にありついて、故郷の鞏県か陸渾荘にもどって土に親しむ生活をするのもいいと思ったりする。何をやってもうまくいかないときは行かないものである。朝廷がまともでない状態で官僚たちの間に、不満と不安が渦巻いていた。

754年天宝13載43歳 

重過何氏五首  其五
到此應常宿、相留可判年。
此の園へ来てから自分はいっでもここに宿泊するのである、将軍から引止められれば一年でも費すことができるのだ(しかしそんなにいつまでも居られるはずもない)。
蹉跎暮容色、悵望好林泉。
今うまく志を得ないので晩年の容色についてもよくはないだろう、ここを去ろうとしてみるとうらめしくこの大好きな庭園を眺めてしまう。
何日霑微祿、歸山買薄田。
いつになったら少しばかりの官禄にありついて故郷の山へかえって痩せ田地でも買うことができるのか。
斯遊恐不遂、把酒意茫然。

このような遊びは恐らくはなしとげることができないかもしれない。だから酒杯を手にしてはいるが先のことを考えるとただぼんやりして何も考えられない。いる。


此の園へ来てから自分はいっでもここに宿泊するのである、将軍から引止められれば一年でも費すことができるのだ(しかしそんなにいつまでも居られるはずもない)。
今うまく志を得ないので晩年の容色についてもよくはないだろう、ここを去ろうとしてみるとうらめしくこの大好きな庭園を眺めてしまう。
いつになったら少しばかりの官禄にありついて故郷の山へかえって痩せ田地でも買うことができるのか。
このような遊びは恐らくはなしとげることができないかもしれない。だから酒杯を手にしてはいるが先のことを考えるとただぼんやりして何も考えられない。いる。



重ねて何氏に過る 五首 其の五
此(ここ)に到っては応(まさ)に常に宿すべく
相い留(とど)めらるれば年を判(す)つ可し
蹉跎(さた)たる暮(くれ)の容色(ようしょく)
悵望(ちょうぼう)す  好林泉(こうりんせん)
何の日か微禄(びろく)に霑(うるお)い
山に帰りて薄田(はくでん)を買わん
斯(こ)の遊び  恐らくは遂げざらん
酒を把(と)りて意(い)は茫然(ぼうぜん)たり





この欝は此の園に別れようとするこころをのべる。之によれば作者は長安を辞して河南の方へかえろうとする意が動きつつあるのを見る。其の別れの情の深いことを知ることができよう。



到此應常宿、相留可判年。
此の園へ来てから自分はいっでもここに宿泊するのである、将軍から引止められれば一年でも費すことができるのだ(しかしそんなにいつまでも居られるはずもない)。
 園をさす。○常宿 いつもとまる。○相留 こちらを引きとめること。○判年 判は拚に通じ、拚はすてること。拚年とは一年の久しきをすてさることをいう。



蹉跎暮容色、悵望好林泉。
今うまく志を得ないので晩年の容色についてもよくはないだろう、ここを去ろうとしてみるとうらめしくこの大好きな庭園を眺めてしまう。
蹉跎 つまずくさま、失意のさま。○ 暮年、老年をいう。作者は今年四十三歳である。○容色 すがた、かおつき。○恨望 うらめしそうにながめる。○好林泉 将軍のこの園をさす。



何日霑微祿、歸山買薄田。
いつになったら少しばかりの官禄にありついて故郷の山へかえって痩せ田地でも買うことができるのか。
罵微 禄官に仕えてすこしばかりの俸禄にありつく。零はその恩典にうるおうことをいう。○帰山 山は故郷の山をいう。○薄田 地味のよくない田地。



斯遊恐不遂、把酒意茫然
このような遊びは恐らくはなしとげることができないかもしれない。だから酒杯を手にしてはいるが先のことを考えるとただぼんやりして何も考えられない。
斯遊 この山林でのあそび。○不遂 なしとげることができぬ。○把酒 酒杯をとる。○茫然 ぼんやり。

重過何氏五首 其四 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 71

重過何氏五首 其四 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 71
(就職活動中 長安郊外 杜曲の家)


重過何氏五首 其四
頗怪朝参懶、應耽野趣長。
将軍が朝会への参列をなまけておられるのをすこぶる不思議に思っていたが、それはきっと田畑、野辺の趣きの尽きないでただそのことに耽っておられることによるのである。
雨抛金鎖甲、苔臥綠沈槍。
雨が降るのに金属を鎖あみにしたよろいをほったらかしにしている。苔の上には深緑の漆塗りの槍もねかせている。
手自移蒲柳、家纔足稲梁。
将軍は手ずから水楊を植えかえているが、家計はやっと食べるだけの米があるばかりであるという。
看君用幽意、白日到義皇。

まのあたりに見る、あなたが自然を愛する気持をもっている、陶淵明が言った、「真昼間に昼寝をしていて太古の帝王伏義氏の理想時代以上に人になった」境地にに到達されているのであろう。



将軍が朝会への参列をなまけておられるのをすこぶる不思議に思っていたが、それはきっと田畑、野辺の趣きの尽きないでただそのことに耽っておられることによるのである。
雨が降るのに金属を鎖あみにしたよろいをほったらかしにしている。苔の上には深緑の漆塗りの槍もねかせている。
将軍は手ずから水楊を植えかえているが、家計はやっと食べるだけの米があるばかりであるという。
まのあたりに見る、あなたが自然を愛する気持をもっている、陶淵明が言った、「真昼間に昼寝をしていて太古の帝王伏義氏の理想時代以上に人になった」境地にに到達されているのであろう。




頗る怪しむ 朝参の懶を、応に野趣の長きに耽るなるべし
雨に抛つ 金鎖の甲、苔に臥す 綠沈の槍。
手もて自ら蒲柳を移し、家は綠沈かに稲梁足る。
看る 君が幽意を用て、白日 義皇に到るを。




頗怪朝参懶、應耽野趣長。
将軍が朝会への参列をなまけておられるのをすこぶる不思議に思っていたが、それはきっと田畑、野辺の趣きの尽きないでただそのことに耽っておられることによるのである。
頗怪 すこぶるあやしむ。 ○朝参 日が昇る時にある朝礼。 ○ ものうい。めんどうだ。なまける。 ○ ~を想像するということ。 ○ 野辺の仕事にふける。 ○野趣長。田畑、野辺の趣きの尽きないこと。



雨抛金鎖甲、苔臥綠沈槍。
雨が降るのに金属を鎖あみにしたよろいをほったらかしにしているし、苔の上には深緑の漆塗りの槍もねかせている。
雨抛 雨が降るのにほったらかしにしていること。 ○金鎖甲 金属を鎖あみにしたよろい。○ ねかせている。〇綠沈槍 柄の部分を深緑の漆で塗った槍。


 
手自移蒲柳、家纔足稲梁。
将軍は手ずから水楊を植えかえているが、家計はやっと食べるだけの米があるばかりであるという。
  移植する。○蒲柳 水楊。弓の矢の材料となる。○稲梁 こめのよいいね。



看君用幽意、白日到義皇。
まのあたりに見る、あなたが自然を愛する気持をもっている、陶淵明が言った、「真昼間に昼寝をしていて太古の帝王伏義氏の理想時代以上に人になった」境地にに到達されているのであろう。
用幽意 隠遁者の幽静を愛好する心を持っていること。  ○白日 真昼間 ○到義皇 太古の三皇の一人である帝王伏義氏。その時代には人類の理想の生活があったとされる。陶淵明の語に、夏の日に北窓の下に昼寝をしているとき、清風が颯として吹いてくると、現状を超越した「自から義皇よりも上の人」になったような気持がするとある(『晋書』隠逸伝)。


○韻  
長、槍、梁、皇。

重過何氏五首 其三 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 70

重過何氏五首 其三 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 70
(就職活動中 長安郊外 杜曲の家)


重過何氏五首 其三
落日平台上、春風啜茗時。
平らな露台の上を落日が染める、春風に吹かれ、新茶をすする至福の時である。
石欄斜点筆、桐葉坐題詩。
石の欄干においてある硯に斜めに筆を下ろし、桐の葉に坐ったまま詩を書きつける。
翡翠鳴衣桁、蜻蜓立釣糸。
かわせみが庭先に置かれた着物掛けに飛んできて鳴いており、とんぼが池に垂れた釣り糸にきてとまっている。
自今幽興熱、来往亦無期。

今からは自然の興趣にも十分慣れてきた、心ゆくままに山荘の中を散策しようとおもったのだ。


平らな露台の上を落日が染める、春風に吹かれ、新茶をすする至福の時である。
石の欄干においてある硯に斜めに筆を下ろし、桐の葉に坐ったまま詩を書きつける。
かわせみが庭先に置かれた着物掛けに飛んできて鳴いており、とんぼが池に垂れた釣り糸にきてとまっている。
今からは自然の興趣にも十分慣れてきた、心ゆくままに山荘の中を散策しようとおもったのだ。



落日 平台の上、春風 茗を啜る時。
石欄 斜めに筆を点じ、桐葉 坐して詩を題す。
翡翠は衣桁に鳴き、蜻蜓は釣糸に立つ。
今日り幽興熟さん、来往も亦た期無し。



落日平台上、春風啜茗時。
平らな露台の上を落日が染める、春風に吹かれ、新茶をすする至福の時である。
平台 庭園の中に盛り土して築かれた露台。○啜茗 新茶を茶といい、晩く採った茶を著という。茶が噂好品として用いられるようになったのは、このころからである。○ 至福の時。



石欄斜点筆、桐葉坐題詩。
石の欄干においてある硯に斜めに筆を下ろし、桐の葉に坐ったまま詩を書きつける。
石欄 石の手摺。その上に硯をおく。



翡翠鳴衣桁、蜻蜓立釣糸。
かわせみが庭先に置かれた着物掛けに飛んできて鳴いており、とんぼが池に垂れた釣り糸にきてとまっている。
翡翠 かわせみ。水辺に棲む小鳥で、全身に青黄色の美しい羽毛をもつ。○衣桁 着物などをかけて置く家具。○蜻蜓 とんぼ。



自今幽興熟、来往亦無期。
今からは自然の興趣にも十分慣れてきた、心ゆくままに山荘の中を散策しようとおもったのだ。
幽興熟  一人静かな自然の興趣に十分慣れてきた。熟はこの園になれたこと。 ○来往 自分の家とこの園とを行ったり来たりすること。  ○無期 定まった期限のないこと。 期は約束ごと。



○韻  時、詩、糸、期。

重過何氏五首 其二 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 69

重過何氏五首 其二 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 69
(就職活動中 長安郊外 杜曲の家)


重過何氏五首 其二
山雨樽仍在、沙沈榻未移。
山の雨が降っている前日の酒樽がなおそのままに放置されている、砂の窪みには腰掛けがそのまま移されずにある。
犬迎曾宿客、鴉護落巣児。
犬はかつての泊り客であったわたしを出迎えてくれるし、からすは巣に生み落としたばかりの雛たちをまもり、歓迎してくれる。
雲薄翠徴寺、天清黄子陂。
薄くかかった雲が翠徴寺のあたりにあるが、黄子陂のあたりはあお空がいっぱいに広がっている。

向來幽興極、歩履過東籬。

これまでの静寂な自然に対する興趣がここで極点に達し、草履をつっかけて東の垣根の外に出てしまった。


山の雨が降っている前日の酒樽がなおそのままに放置されている、砂の窪みには腰掛けがそのまま移されずにある。
犬はかつての泊り客であったわたしを出迎えてくれるし、からすは巣に生み落としたばかりの雛たちをまもり、歓迎してくれる。
薄くかかった雲が翠徴寺のあたりにあるが、黄子陂のあたりはあお空がいっぱいに広がっている。

これまでの静寂な自然に対する興趣がここで極点に達し、草履をつっかけて東の垣根の外に出てしまった。


山雨 樽は仍(な)お在り、沙沈んで榻は末だ移されず。
犬は迎う 曾宿の客、鴉は護る 落巣の児。
雲は薄し 翠徴寺、天は清し 黄子陂。
向来 幽興極まり、歩屣 東籬を過ぐ




山雨樽仍在、沙沈榻未移。
山の雨が降っている前日の酒樽がなおそのままに放置されている、砂の窪みには腰掛けがそのまま移されずにある。
樽仍在 酒を飲みに来訪している杜甫に酒樽や腰掛をそのままにさせていて、自由に飲んでくれということだろう。この将軍は、半官半隠のイメージをもってここに棲んでいると思われる。 



犬迎曾宿客、鴉護落巣児。
犬はかつての泊り客であったわたしを出迎えてくれるし、からすは巣に生み落としたばかりの雛たちをまもり、かんげいしてくれる。
落巣児 落巣は絡巣に同じく、巣の周辺をめぐっていならぶ雛をいう。巣に生み落としたばかりの雛、巣の外に落っこちそうな雛もいる、歓迎しているさまをいう。
 

雲薄翠徴寺、天清黄子陂。
薄くかかった雲が翠徴寺のあたりにあるが、黄子陂のあたりはあお空がいっぱいに広がっている。
翠徴寺 終南山の上にある寺。○黄子陂 池の名。




向來幽興極、歩履過東離。
これまでの静寂な自然に対する興趣がここで極点に達し、草履をつっかけて東の垣根の外に出てしまった。
向來 従来。これまで。さい前から。 ○幽興 静寂な自然に対する興趣。この詩は時間経過が隠遁者の感覚であり、半日くらいの変化を詠っている。そのくらい個々の自然に溶け込み、けだるさを喜んで詠っている。○東籬 籬は柴や竹で編んで作った垣根。
陶淵明「飲酒其五」
結廬在人境,而無車馬喧。
問君何能爾,心遠地自偏。
采菊東籬下,悠然見南山。
山氣日夕佳,飛鳥相與還。
此中有眞意,欲辨已忘言。
廬を結ぶに 人境に在り,而して車馬の喧(かまびす)しき無し。
君に問ふ 何ぞ能く爾ると,心 遠ければ 地 自ら偏(かたよ)る。
菊を采(と)る 東籬の下(もと),悠然として 南山を見る。
山氣 日夕に佳(よ)く,飛鳥 相ひ與(とも)に還(かへ)る。
此の中に 眞意有り,辨んと欲して 已(すで)に言を忘る。

客至   杜甫
舍南舍北皆春水、但見群鷗日日來。
花徑不曾緣客掃、篷門今始為君開。
盤飧市遠無兼味、樽酒家貧只舊醅。
肯與鄰翁相對飲、隔籬呼取盡餘杯。
舎南(しゃなん)舎北(しゃほく)皆 春水(しゅんすい)、但見る群鷗の日日に來るを
花径 曾(かつ)て客に縁って掃(はら)わず、篷門(ほうもん)今始めて君が為に開く
盤飧(ばんそん)市 遠くして兼味(けんみ)無く、樽酒(そんしゅ) 家貧にして只だ旧醅(きゅうばい)あるのみ
肯(あえ)て隣翁と相(あい)対して飲まんや、籬(まがき)を隔てて呼び取りて余杯(よはい)を尽さしめん


隠者と籬と酒、静寂な自然に対する興趣、山に向かって座る。杜甫のイメージは陶淵明の「飲酒其五」を意識して詠っている。


○韻  移、児、陂、籬。

重過何氏五首 其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 68

重過何氏五首 其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 68(就職活動中 杜曲の家)

753年天宝13載、春43歳。


この年、長安は日照りと水害に交互に見舞われた。これまで奉天県令の父杜閑の援助があったので、かろうじて妻子と杜甫が浪人暮らしができた。その父が死去し、父の後妻とその子など、十人の大家族になっている。暮らしは更に大変で、知人の助けで、城内から田舎(長安南郊の少陵原の杜曲に家を借る)に移った。
 杜曲に転居して間もない晩春のころに、杜甫は何将軍に書簡を書いた。住所の移転などを伝えたのだろう。
しばらくして何将軍から遊びに来ないかという返事が届き、杜甫は大喜びで出かけていった。

前に何将軍の山林に遊んだ詩十首(9/9~9/18のブログ)があるが、これはふたたび遊んで作ったものである。製作時は、前遊は夏であり、此の遊は天宝十三載の春である。


重過何氏五首 其一
問訊東橋竹,將軍有報書。倒衣還命駕,高枕乃吾廬。
花妥鶯捎蝶,溪喧獺趁魚。重來休沐地,真作野人居。

其二
山雨尊仍在,沙沈榻未移。犬迎曾宿客,鴉護落巢兒。
雲薄翠微寺,天清皇子陂。向來幽興極,步屣過東籬。

其三
落日平臺上,春風啜茗時。石欄斜點筆,桐葉坐題詩。
翡翠鳴衣桁,蜻蜓立釣絲。自今幽興熟,來往亦無期。

其四
頗怪朝參懶,應耽野趣長。雨拋金鎖甲,苔臥綠沈槍。
手自移蒲柳,家才足稻粱。看君用幽意,白日到羲皇。

其五
到此應常宿,相流可判年。蹉跎暮容色,悵望好林泉。
何日沾微祿,歸山買薄田?斯遊恐不遂,把酒意茫然。




杜甫68 五言律詩
重過何氏五首 其一

問訊東橋竹、将軍有報書。
若竹の季節になりましたが東橋の竹はいかがな様子でしょうと尋ねやったところ、将軍から竹は今盛りだ遊びに来ないかとの返事があった。
倒衣還命駕、高枕乃吾廬。
よろこびすぎて着物をさかさに着たりしながらも、逡巡しながらもまた、馬の支度をして出かけてきたのだが、この山荘では枕を高くして寝ることができわが家のような気やすさをおぼえた。
花妥鶯捎蝶、渓喧獺趁魚。
花が垂れ落ちるかと見えたのは鶯にたたき落とされた蝶々であった、谷川のせせらぎがやかましくなったと思ったらかわうそが魚をおいかける音だった。
重来休沐地、真作野人居。

将軍公休日のこの地に重ねておとずれたのだが、ここは将軍という地位の方なのに農民の住居のような感じがしてくる。



若竹の季節になりましたが東橋の竹はいかがな様子でしょうと尋ねやったところ、将軍から竹は今盛りだ遊びに来ないかとの返事があった。
よろこびすぎて着物をさかさに着たりしながらも、逡巡しながらもまた、馬の支度をして出かけてきたのだが、この山荘では枕を高くして寝ることができわが家のような気やすさをおぼえた。
花が垂れ落ちるかと見えたのは鶯にたたき落とされた蝶々であった、谷川のせせらぎがやかましくなったと思ったらかわうそが魚をおいかける音だった。
将軍公休日のこの地に重ねておとずれたのだが、ここは将軍という地位の方なのに農民の住居のような感じがしてくる。


重ねて何氏に過る 五首 其の一
東橋(とうきょう)の竹を問訊(もんじん)するに将軍より報書(ほうしょ)有り
衣(ころも)を倒さにして還(ま)た駕(が)を命じ、枕を高うすれば乃(すなわ)ち吾が廬(いおり)なり
花の妥(お)つるは鶯の蝶を捎(かす)めるにて、渓(たに)の喧(かまびす)しきは獺の魚を趁(お)うなり
重ねて休沐(きゅうもく)の地に来たれば、真(しん)に野人(やじん)の居(きょ)と作(な)る




重過何氏五首 其一

問訊東橋竹,將軍有報書。
若竹の季節になりましたが東橋の竹はいかがな様子でしょうと尋ねやったところ、将軍から竹は今盛りだ遊びに来ないかとの返事があった。
問訊 うかがう。~のことをたずねる。○報書 返事の手紙



倒衣還命駕,高枕乃吾廬。
よろこびすぎて着物をさかさに着たりしながらも、逡巡しながらもまた、馬の支度をして出かけてきたのだが、この山荘では枕を高くして寝ることができ、あたかもわが家のような気やすさをおぼえた。
倒衣 あわてて着物をさかさに着ること。『詩経』斉風・東方未明の詩の 「東方の末だ明けざるに、衣裳を顕倒す」を縮めたもの。○ 厚かましく思う心を抑えて、やっぱり行くことにしたとの意。○命駕 乗り物の支度を命じることから、杜甫は馬に乗り移動していたので、ここでは馬仕立てで出かけるという意味。
 いかにも。あたかも。



花妥鶯捎蝶,溪喧獺趁魚。
花が垂れ落ちるかと見えたのは鶯が蝶々のわきをかすめていったからであった、谷川のせせらぎがやかましくなったと思ったらかわうそが魚をおいかける音だった。
花妥 花が咲き散るのではなく、しぼみ垂れて落ちること。妥穏の意。妥はやすらか。おだやか。たれる。おちる=堕。○ すれすれに通り過ぎる。かすめる。○ かわうそ。



重來休沐地,真作野人居。
将軍公休日のこの地に重ねておとずれたのだが、ここは将軍という地位の方なのに農民の住居のような感じがしてくる。
休沐 将軍や官吏が休暇をもらって休養する。唐時代は、10日に1日公休があった。○野人 土着の人。農夫。農民。 

○韻 書、廬、魚、居。

寄高三十五書記  杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 67

寄高三十五書記  杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 67
(高三十五書記に寄す)
友人高適が哥舒翰の幕下にあったのに寄せた詩である。製作時は753年天宝十二載の夏42歳。

寄高三十五書記
嘆惜高生老,新詩日又多。
なげかわしいことにあなたもだんだんと年老いてゆきます、あなたが作った新らしい詩は日々多くなっている、またそれに評判もともなっている。
美名人不及,佳句法如何。
文学についてのよい評判は他の詩人たちも及ばない、佳句を作りだす方法はどういうものなのか知りたいものだ。
主將收才子,崆峒足凱歌。
あなたの幕府の将軍(哥舒翰)もあなたのような才能ある幕客にしたことは幸である、西方の崆峒で胡との戦いに於ては凱歌に不足はないはずだ。
聞君已朱紱,且得慰蹉跎。
あなたのことは聞いている、すでに五品官の朱紱をきる身分になったと。ひとまず、自分のこの失意の心持を慰め得るものにはなった。


なげかわしいことにあなたもだんだんと年老いてゆきます、あなたが作った新らしい詩は日々多くなっている、またそれに評判もともなっている。
文学についてのよい評判は他の詩人たちも及ばない、佳句を作りだす方法はどういうものなのか知りたいものだ。
あなたの幕府の将軍(哥舒翰)もあなたのような才能ある幕客にしたことは幸である、西方の崆峒で胡との戦いに於ては凱歌に不足はないはずだ。
あなたのことは聞いている、すでに五品官の朱紱をきる身分になったと。ひとまず、自分のこの失意の心持を慰め得るものにはなった。



歎息(たんそく)す 高生老ゆるを 新詩日に又た多し
美名 人及ばず 佳句 法如何
主将 才子を収む 崆峒(こうどう)凱歌足る
聞く君が己に朱紱(しゅふつ)すと 且(いささか)踵蛇(さた)を慰むるを得たり



寄高三十五書記
五言古詩。友人の高適が武威郡(甘粛省武威県)に駐屯する河西節度使の哥舒翰の書記として赴任するのを送る。「三十五」とは、従兄弟をもふくめての兄弟順を示す、いわゆる排行である。高適は杜甫より五歳の年長で、河南・山東を李白などと放浪していたときの友人。天宝12載 753年の夏、四十二歳のときの作。


嘆惜高生老,新詩日又多。
なげかわしいことにあなたもだんだんと年老いてゆきます、あなたが作った新らしい詩は日々多くなっている、またそれに評判もともなっている。
高生 高適をさす。○新詩 最近に作った詩。


美名人不及,佳句法如何。
文学についてのよい評判は他の詩人たちも及ばない、佳句を作りだす方法はどういうものなのか知りたいものだ。
美名 文学についてのよい評判。〇人不及 他人はこれに若かず。○佳句 詩篇のよい句。○ 佳句を作りだすしかた。


主將收才子,崆峒足凱歌。
あなたの幕府の将軍(哥舒翰)もあなたのような才能ある幕客にしたことは幸である、西方の崆峒で胡との戦いに於ては凱歌に不足はないはずだ。
主将 主人である将軍。哥舒翰さす。哥舒翰かじょ・かん、 生年不詳- 至徳2載(757年)は突騎施(西突厥)系の唐の将軍。吐蕃との戦いで活躍したが、安史の乱で敗北し、捕らえられ殺された。○ 我が方へとりいれる。○才子 文才ある人、通をさす。○崆峒 すでに見える。○ 十分に富むこと。○凱歌 たのしいうた、いくさに勝って帰るときにうたう歌。


聞君已朱紱,且得慰蹉跎。
あなたのことは聞いている、すでに五品官の朱紱をきる身分になったと。ひとまず、自分のこの失意の心持を慰め得るものにはなった。
 高適をさす。○朱紱 (しゅふつ)朱色のかわのまえだれ、五品官のきる礼服。○ (いささか)ひとまず。とりあえず。○蹉跎 (さた)自己の士官がうまくいかないこと失意の様子をいう。



寄高三十五書記
嘆惜高生老,新詩日又多。
美名人不及,佳句法如何?
主將收才子,崆峒足凱歌。
聞君已朱紱,且得慰蹉跎。

歎息す高生老ゆるを 新詩日に又た多し
美名人及ばず 佳句 法如何
主将才子を収む 崆峒(こうどう)凱歌足る
聞く君が己に朱紱(しゅふつ)すと 且(いささか)踵蛇(さた)を慰むるを得たり

毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
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渼陂行  杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 66

渼陂行  杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 66
渼陂の水面に舟遊びしたことを叙する。製作時は753年天宝十二載の夏42歳 七言歌行である。

渼陂行
岑參兄弟皆好奇,攜我遠來遊渼陂。
友人の琴参兄弟は一家そろって趣きのある人たちである、自分をつれてこんなに遠い渼陂池まであそびに来たのだ。
天地黯慘忽異色,波濤萬頃堆琉璃。』
初は好天気であったが、琉璃をつみかさねたかとおもわれたいけが大波の大きな音が池じゅうにひろがり、波涛万頃のさまである。』
琉利汗漫泛舟入,事殊興極憂思集。
ひろびろとした琉璃状の水面へ舟をうかべて中へ進んだが、今は事情が変わってしまい、これ以上興趣を進めていいのか悪天候についての心配になってきた。
鼉作鯨吞不複知,惡風白浪何嗟及。』
大がめがあばれはじめ、鯨が舟を呑んでしまうような状態になった。いじ悪な風、白く波立ってきた、なげいたとしてももう及ばない。』
主人錦帆相為開,舟子喜甚無氛埃。
こまったと思ったが天候もなおったので主人は我々のために錦帆を張ってくれた、舟人たちも靄や水しぶきがなくなってとても喜んだ。
鳧鷖散亂棹謳發,絲管啁啾空翠來。』
かもやかもめもふなうたが始まってうれしくてみだれ飛び交い、こんどはやかましく糸竹の音がしだして山の方から嵐の前触れの風が吹いてきた。』
沉竿續蔓深莫測,菱葉荷花淨如拭。
釣り竿につる糸をつけしずめてみても陂の水の深さは測ることができないほどふかい。そこに菱の葉や蓮の花がふきとったようにきよらかに生えている。
宛在中流渤澥清,下歸無極終南黑。』
舟はあたかも渤澥の清き中流にうかんでいるようであり、水は下へ底しれぬところまで達していて終南山の山影が水底に黒く横わっている。』
半陂以南純浸山,動影裊窕沖融間。
この陂の南岸の半分は専ら山影をひたしている。その水面の山影はたおやかに動かされ、水波の間に溶け込んでゆくように見える
船舷暝戛雲際寺,水面月出藍田關。』
たそがれに船縁のぎゅーっ、ぎゅーっ、という音が山上の雲中の寺のあたりまでひびきわたる、水面に月が出る、それは藍田関ともおもわれるあたりからでてきたのである。』
此時驪龍亦吐珠,馮夷擊鼓群龍趨。
このときには水底の淵にひそめる黒竜も珠を吐きだしたかと疑われ、馮夷は太鼓をうちだし、多くの電影がはしった。
湘妃漢女出歌舞,金支翠旗光有無。』
湘妃・漢女の女神も出てきて歌い舞う、周囲にならぶ楽器の金支、翠旗の装飾の光りもまばゆい。』
咫尺但愁雷雨至,蒼茫不曉神靈意。
さっきみたように面前爬尺のまぢかに雷雨がやってくるかも知れないというのが心配でならないが、いまはこんなに晴れておもしろい、神霊の意というものははっきりとはわかりかねるものであるからこれがいいのだ。
少壯幾時奈老何,向來哀樂何其多?』
わかい時はいくばくもなく、やがて年老いてゆくことだけはどうしようもない、さきほどから一陰一晴すこぶる哀楽の情をうごかしたことなどどういたってもがわずかなことでわないか?!


友人の琴参兄弟は一家そろって趣きのある人たちである、自分をつれてこんなに遠い渼陂池まであそびに来たのだ。
初は好天気であったが、琉璃をつみかさねたかとおもわれたいけが大波の大きな音が池じゅうにひろがり、波涛万頃のさまである。』
ひろびろとした琉璃状の水面へ舟をうかべて中へ進んだが、今は事情が変わってしまい、これ以上興趣を進めていいのか悪天候についての心配になってきた。
大がめがあばれはじめ、鯨が舟を呑んでしまうような状態になった。いじ悪な風、白く波立ってきた、なげいたとしてももう及ばない。』
こまったと思ったが天候もなおったので主人は我々のために錦帆を張ってくれた、舟人たちも靄や水しぶきがなくなってとても喜んだ。
かもやかもめもふなうたが始まってうれしくてみだれ飛び交い、こんどはやかましく糸竹の音がしだして山の方から嵐の前触れの風が吹いてきた。』
釣り竿につる糸をつけしずめてみても陂の水の深さは測ることができないほどふかい。そこに菱の葉や蓮の花がふきとったようにきよらかに生えている。
舟はあたかも渤澥の清き中流にうかんでいるようであり、水は下へ底しれぬところまで達していて終南山の山影が水底に黒く横わっている。』
この陂の南岸の半分は専ら山影をひたしている。その水面の山影はたおやかに動かされ、水波の間に溶け込んでゆくように見える
たそがれに船縁のぎゅーっ、ぎゅーっ、という音が山上の雲中の寺のあたりまでひびきわたる、水面に月が出る、それは藍田関ともおもわれるあたりからでてきたのである。』
このときには水底の淵にひそめる黒竜も珠を吐きだしたかと疑われ、馮夷は太鼓をうちだし、多くの電影がはしった。
湘妃・漢女の女神も出てきて歌い舞う、周囲にならぶ楽器の金支、翠旗の装飾の光りもまばゆい。』
さっきみたように面前爬尺のまぢかに雷雨がやってくるかも知れないというのが心配でならないが、いまはこんなに晴れておもしろい、神霊の意というものははっきりとはわかりかねるものであるからこれがいいのだ。
わかい時はいくばくもなく、やがて年老いてゆくことだけはどうしようもない、さきほどから一陰一晴すこぶる哀楽の情をうごかしたことなどどういたってもがわずかなことでわないか?!



岑參兄弟皆奇を好む、我を旗えて遠く来って洋陵に遊ぶ
天地希惨として忽ち色を異にす、波涛万頃琉璃堆し』

琉璃汗漫舟を淀べて入る、事殊に興極まりて憂思集る
竜作り鯨香まんも復た知らず、悪風白浪何ぞ嵯及ぼん』
主人錦帆相為めに開く、舟子喜ぶ甚し須挨無きを
昂鷲散乱樟謳発る、糸管咽秋として空翠来る』

竿を沈め損を続ぐも深くして測る莫し、菱葉荷花浄くして拭うが如し
宛も中流に在りて勧解汚く、下無極に帰して終南黒し』

半陵以南純ら山を浸す。影を動かすこと鼻究たり沖融の間
船舷瞑に毒す雲際の寺、水面月出づ藍田関』

此の時騒竜亦た珠を吐く、凋夷鼓を撃ち葦竜は趨る
湘妃漢女出でて歌舞す、金支翠旗光り有無』

爬尺但だ愁う雷雨の至らんことを、蒼茫暁らず神霊の意
少壮幾時ぞ老を奈何せん、向来哀楽何ぞ其れ多き』



 
渼陂行
渼陂 つつみ(池)の名。長安の南西約40kmにある。終南山の諸谷より出で胡公泉を合して陂(池)となる。広さ数里、上に紫閣峰がある。
長安洛陽鳳翔 渼陂


岑參兄弟皆好奇,攜我遠來遊渼陂。
友人の琴参兄弟は一家そろって趣きのある人たちである、自分をつれてこんなに遠い渼陂池まであそびに来たのだ。
岑参 作者の親友で当時の詩の大家。○好奇 非凡を愛する。〇滴惨 くらっぼく陰気なことをいう。


天地黯慘忽異色,波濤萬頃堆琉璃。』
初は好天気であったが、暗く陰気な様子に変わり、琉璃をつみかさねたかとおもわれたいけが大幅波の音が池じゅうにひろがったのである。』
異色 今までとは色がかわる。○万頃 頃は百畝の面積をいう。○堆琉璃 るりの色をうずたかくしたようだとは深い水がすみわたっていることをいう。


琉利汗漫泛舟入,事殊興極憂思集。
ひろびろとした琉璃状の水面へ舟をうかべて中へ進んだが、今は事情が変わってしまい、これ以上興趣を進めていいのか悪天候についての心配になってきた。
汗漫 ひろいさま。○事殊 前と事情がちがってきたこと。即ち晴れが陰りになったこと。○興極 興趣が盛りの極に達してゆきづまりになる。○憂思 悪天候についての心配。


鼉作鯨吞不複知,惡風白浪何嗟及。』
大がめがあばれはじめ、鯨が舟を呑んでしまうような状態になった。いじ悪な風、白く波立ってきた、なげいたとしてももう及ばない。』
鼉作 おおがめがあばれだす。○不復知 復た測り知ることができない。○何嗟 及なげいたとておいつけぬ、どうともできぬ。


主人錦帆相為開,舟子喜甚無氛埃。
こまったと思ったが天候もなおったので主人は我々のために錦帆を張ってくれた、舟人たちも靄や水しぶきがなくなってとても喜んだ。
主人 岑参をさす。○錦帆 にしきの帆。○相為開  我がためにかかげでのりだすこと。○舟子 ふなこ、せんどう。○氛埃 もやとほこり、ここでは水しぶき。


鳧鷖散亂棹謳發,絲管啁啾空翠來。』
かもやかもめもふなうたが始まってうれしくてみだれ飛び交い、こんどはやかましく糸竹の音がしだして山の方から嵐の前触れの風が吹いてきた。』
 かも。○ かもめ。○棹謳 ふなうた。○発はじまる。○糸管 いとたけの音。○咽秋 やかましいさま。○空翠 空中翠色の気、嵐のまえぶれ。


沉竿續蔓深莫測,菱葉荷花淨如拭。
釣り竿につる糸をつけしずめてみても陂の水の深さは測ることができないほどふかい。そこに菱の葉や蓮の花がふきとったようにきよらかに生えている。
続綬 綬はつるいと。続はつり糸にそれをつぎたすことをいう。○深 水のふかさ。


宛在中流渤澥清,下歸無極終南黑。』
舟はあたかも渤澥の清き中流にうかんでいるようであり、水は下へ底しれぬところまで達していて終南山の山影が水底に黒く横わっている。』
 あたかも、さながら。○渤澥 海の名。○下帰 無極そこははてがしれぬ。○終南 山の名、隈のほとりに在る。


陂以南純浸山,動影裊窕沖融間。
この陂の南岸の半分は専ら山影をひたしている。その水面の山影はたおやかに動かされ、水波の間に溶け込んでゆくように見える。
半陂 隈の半面積。○以南 南へかけて。○浸山 山影をひたす。○動影 水面に山影をただよわせる。○裊窕 たおやかに山かげのゆらぐさま。○沖融 水波より溶け込んでゆくように見える。


船舷暝戛雲際寺,水面月出藍田關。』
たそがれに船縁のぎゅーっ、ぎゅーっ、という音が山上の雲中の寺のあたりまでひびきわたる、水面に月が出る、それは藍田関ともおもわれるあたりからでてきたのである。』
 ふなばた。○暝戛 戛はこつこつなるおと、これは船をかいでこぐ音をいう、瞑は黄昏をいう。○雲際寺旧説に寺名とする。雲際山大定寺は都県の東南六十里にあるというが、恐らくは水上の舷声の到り得べき地ではない。雲中の寺をさすものとおもわれる。○藍田 関関の名、渓陵よりは東南にあたり、藍田県の東南六十八里にある。これは月の出たあたりを想像していうもの故、肉眼には見えぬ地であるが用いでも妨げはない。


此時驪龍亦吐珠,馮夷擊鼓群龍趨。
このときには水底の淵にひそめる黒竜も珠を吐きだしたかと疑われ、馮夷は太鼓をうちだし、多くの電影がはしった。
牒竜 くろい竜。騒竜の領の下に珠があるということが「荘子」列禦冠第にみえる。水面の月影を竜珠とみたてていうのであろう。○馮夷 また氷夷ともいい、河を掌る水神である。


湘妃漢女出歌舞,金支翠旗光有無。』
湘妃・漢女の女神も出てきて歌い舞う、周囲にならぶ楽器の金支、翠旗の装飾の光りもまばゆい。』
湘妃 湘水の女神、亮の二女にして舜の妻であった人。舜の南征を追って湘水に到ったが、舜がすでに死んだときいて湘水に身を投じて神となった。これを湘君、湘妃という。○漢女 鄭交甫が漢水にあそんで二女を見て、その凧を請うと、二女は凧を解いて。これに与えた。二女は蓋し漢水の女神であった。○金支翠旗 漢の「房中歌」に「金支秀華、庶施翠施」の語がある。金支は黄金色の枝、秀華はその先きにふさふさの華がついたもの、族は牛尾にて作ったはた、翠族とはそのさきに五色の羽をふさふさにして簫の笛としたもの。金支翠旗は共に楽器につける飾りのものである。○光有無 あるが如く無きが如く光の恍惚たるさまをいう。月と水面に映る月の影とを詩的に歌ったもの。


咫尺但愁雷雨至,蒼茫不曉神靈意。
さっきみたように面前爬尺のまぢかに雷雨がやってくるかも知れないというのが心配でならないが、いまはこんなに晴れておもしろい、神霊の意というものははっきりとはわかりかねるものであるからこれがいいのだ。
爬尺 八寸、一尺、わずかの距離をいう。○蒼茫はっきりせぬさま。○神霊 かみ。


少壯幾時奈老何,向來哀樂何其多?』
わかい時はいくばくもなく、やがて年老いてゆくことだけはどうしようもない、さきほどから一陰一晴すこぶる哀楽の情をうごかしたことなどどういたってもがわずかなことでわないか?!
少壯幾時奈老何 漢武帝の「秋風辞」に「歓楽極マリテ哀情多シ、少壮幾時ゾ老ヲ奈何セン」にもとづく。わかい時はいくばくもなく、やがて年老いてゆくことだけはどうしようもないという意。○向来 前よりこのかた。この時に限ってみる説と従前の生涯を通じてみる説とがあるが、今は前説に拠る。然るときは此の一目の中についてのみいう。○哀楽 この一日についてのみいうときは表とは天候の険悪となった場合をさし、楽とは天候の快晴となった場合をさしていう。此の段の爬尺二句、少壮二句は出に倒装としてみるのがよい。

753年-杜少陵集 《巻二41麗人行》 杜甫詩index-2-天寶十二年42歲 <32>kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ305 杜甫特集 65

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麗人行の世界

歴史絵巻は私たちに唐代の女性の生き生きとした姿を示してくれる。

彼女たちはいつも外出して活動し、人前に顔をさらしたまま郊外、市街、娯楽場に遊びに行き、芝居やポロを見物した。毎年春には、男たちと一緒に風光明媚な景勝地に遊びに行き、思うぞんぶん楽しむことさえできた。

·施肩吾少婦游春詞

簇錦攢花勝遊,萬人行處最風流。無端自向春園裏,笑摘青梅阿侯。

(錦を集め、花を潜めて 勝游を闘わせ、万人行く処 最も風流。端無くも自ら向う春園の裏,笑うて摘む青梅阿侯。)(七言句押尤韻)

「三月三日 天気新なり、長安の水辺 麗人多し」(杜甫「麗人行」)などの詩句は、みな上流階級の男女が春に遊ぶさまを詠んだものである。

杜甫《卷二41 麗人行》

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

三月三日 天氣新たに,長安の水邊 麗人多し。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

態は濃く 意は遠くして淑且かつ真に,肌理きりは 細膩さい ぢ にして  骨肉は勻ひとし。

繡羅衣裳照暮春,蹙金孔雀銀麒麟。

繍羅しう ら の衣裳は 莫春に 照はゆる,蹙金しゅくきんの孔雀 く じゃく  銀の麒麟 き りん。

頭上何所有,翠微盍葉垂鬢脣。

頭上何の有る所ぞ, 翠を盎葉おうようと爲して鬢びん脣しんに 垂たる。

背後何所見,珠壓腰衱穩稱身。

背後何の見る所ぞ,珠は腰衱えうけふを壓して穩やかに身に稱かなふ。』

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

就中なかんづく 雲幕の椒房せうばうの親しん,名を賜ふ 大國  虢くゎくと秦しんと。

紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

紫駝しだの峰を翠釜すゐ ふ より 出いだし,水精の盤に  素鱗 行くばる。

犀箸厭飫久未下,鑾刀縷切空紛綸。

犀箸さいちょ 厭飫えんよして久しく未だ下さず,鸞刀らんたう 縷切る せつして  空しく紛綸たり。

黃門飛鞚不動塵,御廚絡繹送八珍。

黄門 鞚くつわを飛ばして塵を動かさず,御廚ぎょちゅう 絡繹らくえきとして 八珍を送る。

簫鼓哀吟感鬼神,賓從雜遝實要津。

簫管 哀吟して 鬼神をも感ぜしめ,賓從ひんじゅう 雜遝ざったふして  要津えうしんに實みつ。』

後來鞍馬何逡巡,當軒下馬入錦茵。

後れ來たる鞍馬は何ぞ 逡巡んする,軒に當たりて 馬より下りて  錦茵きんいんに入る。

楊花雪落覆白蘋,青鳥飛去銜紅巾。

楊花やうくゎ 雪のごとく落ちて  白蘋はくひんを覆ひ,靑鳥 飛び去りて  紅巾こうきんを銜ふくむ。

炙手可熱勢倫,慎莫近前丞相嗔。

手を炙あぶらば 熱す可べし  勢は絶倫なり,慎みて 近前する莫れ  丞相じょうしゃう 嗔いからん。』

麗人行  杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 65

彼女たちは公然とあるいは単独で男たちと知り合い交際し、甚だしくは同席して談笑したり、一緒に酒を飲んだり、あるいは手紙のやりとりや詩詞の贈答をしたりして、貞節を疑われることも意に介さなかった。白居易の「琵琶行」という詩に出てくる、夫の帰りを待つ商人の妻は夜半に見知らぬ男たちと同船し、話をしたり琵琶を演奏しあったりしている。それで、宋代の文人洪遇は、慨嘆して「瓜田李下の疑い、唐人は譏らず」(『容斎三筆』巻六)といった。

「瓜田李下之疑, 唐人不譏也。」(瓜田李下の疑い、唐人は譏らず。)

「瓜田に履を入れず、李下(すももの木の下)に冠を正さず」 の格言に基づく、疑われやすい状況のたとえ。

宋の洪邁《容齋三筆‧白公夜聞歌者》「然鄂州所見, 亦一女子獨處, 夫不在焉。 瓜田李下之疑, 唐人不譏也。」

 

彼女たちは「胡服騎射」を好む気風があり、胡服戎装(北方民族の軍装)をしたり、男装したりすることを楽しみ、雄々しく馬を走らせ鞭を振い、「撃を露わにして〔馬を〕馳験せた」(『新唐書』車服志)。

またポロや狩猟などの活動に加わることもできた。

杜甫の《卷四32哀江頭》詩に「輦前才人帶弓箭,白馬嚼齧黄金勒。翻身向天仰射雲,一笑正墜雙飛翼。」(輦前の才人 弓箭【きゅうせん】を 帶び,白馬 嚼噛【しゃくげつ】す 黄金の勒【くつわ】。身を翻して天に向ひ 仰ぎて雲を射れば,一笑 正に堕つ 雙飛翼。天子の乗り物の前に才人などの騎兵隊の女官たちが、弓矢を腰に携えていたのだ。先導する白馬は、黄金製のくつわを噛んで堂々としたものだった。体の向きを変えるように、恩ある天子に向かって仰向(あおむ)いて、雲に反旗の矢を射掛ける。楊貴妃の微笑による王朝の頽廃は、梧桐のつがいになって翼を並べて飛んでいた鳥が、ちょうど墜されたのだ。卷四32哀江頭》と描写されている。馬上で矢を射る女たちの何と雄々しき姿であることか。彼女たちは勇敢かつ大胆で、よく愛し、よく恨み、また、よく怒りよく罵り、古来女性に押しつけられてきた柔順、謙恭、忍耐などの「美徳」とはほとんど無縁のようだった。誰にも馴れない荒馬を前にして、武則天は公衆に言った。「私はこの馬を制することができる。それには三つの物が必要だ。一つめは鉄鞭、二つめは鉄樋(鉄杖、武器の一種)、三つめは短剣である。鉄鞭で撃っても服さなければ馬首を鉄樋でたたき、それでもなお服さなければ剣でその喉を断つ」(『資治通鑑』巻二〇六、則天后久視元年)と。この話は唐代の女性たちに特有の勇敢で、剛毅な性格をじつに生々と表わしている。

彼女たちは積極的に恋愛をし、貞節の観念は稀薄であった。未婚の娘が秘かに男と情を通じ、また既婚の婦人が別に愛人をつくることも少なくなかった。女帝(武則天)が一群の男寵(男妾)をもっていたのみならず、公主(皇女)、貴婦人から、はては皇后、妃嬢にさえよく愛人がいた。離婚、再婚もきわめて普通であり、唐朝公主の再婚や三度目の結婚もあたりまえで珍しいことではなかった。こうした風習に、後世の道学先生たちはしきりに首をふり嫌悪の情を示した。『西廟記』『人面桃花』『侍女離魂』『蘭橋遇仙』『柳毅伝書』等の、儒教道徳に反した恋愛物語が、どれも唐朝に誕生したことは、この常よい証拠である。

 

彼女たちの家庭における地位は比較的高く、「婦は強く夫は弱く、内(女)は齢く外(男)は柔かい」(張鷲『朝野愈載』巻四)といった現象はどこにでも見られた。唐朝の前期には上は天子から下は公卿・士大夫に至るまで、「恐妻」がなんと時代風潮にさえなったのである。ある道化の楽人は唐の中宗の面前で、「かかあ天下も大いに結構」(孟築『本事詩』嘲戯)と歌ったことで、韋皇后から褒美をもらったという。御史大夫の襲談は恐妻家としてたいへん有名であったばかりか、妻は恐るべしという理論までもっていた。妻たちが家で勝手気ままに振舞っているのを見聞したある人は、大いに慨嘆して次のようにいった。「家をもてば妻がこれをほしいままにし、国をもてば妻がそれを占拠し、天下をもてば妻がそれを指図する」(干義方『異心符』)と。

この時代には、まだ「女子は才無きが輒ち是れ徳なり」(清の石成金の『家訓抄』が引く明の陳眉公の語)という観念は形成されていなかった。宮廷の妃嫁、貴婦人、令嬢から貧しい家の娘、尼僧や女道士、娼妓や女俳優、はては婦女にいたるまで文字を識る者がきわめで多く、女性たちが書を読み文を作り、詩を吟じ賊を作る風潮がたいへん盛んであった。これによって唐代には数多くの才能ある女性詩人が生れたのである。女道士の魚玄機はかつて嘆息して、「自ら恨む 羅衣の 詩句を掩うを、頭を挙げて空しく羨む 模中の名(女に生れて詩文の才を発揮できないのが恨めしい。むなしく科挙合格者の名簿を眺める)」(「崇真観の南楼に遊び、新及第の題名の処を括る」)と詠んだ。この詩句は、女性が才能の点で男性に譲らぬ自信をもってはいるが、男とともに金棒(科挙合格者発表の掲示板)に名を載せ、才能を発揮できない無念さをよく表している。

 

 

年:753年天寶十二年42

卷別:    卷二一六              文體:    樂府

詩題:    麗人行

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都      

交遊人物/地點:  

 

 

 

麗人行(麗人の体貌服飾の美を詠う。)

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

三月三日に大空が晴れあがって気持ちも新たになる、長安の曲江池の水辺には麗しい美人が多くあそんでいる。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

態度が美しく、品位気高くしとやかで人柄がよくて、真実の意識がある、肌のきめこまかになめらかに、骨と肉がつりあい体型、背たけも良い。

繡羅衣裳照莫春,蹙金孔雀銀麒麟。

刺繍をした薄い絹の上衣、その下の衣裳は暮春のそらをてりかがやかし、金のより糸で孔雀、銀のより糸で麒麟を縫い取りされている。

頭上何所有、翠微盎葉垂鬢唇。

頭上の飾りものは何かといえば翡翠の羽で造花の葉にした飾が鬢に垂れている。

背衱何所見、珠壓腰衱穩稱身。』

背のあたりはどんなものが何かといえば腰帯のあたりにたくさんの真珠が重くなるほどついて体に似合っている。』

#2

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

それらの美人たちのうちでも幕を雲のように張りつらねた皇后様の御身内、それは我国、秦国という大国の国号を賜わっている貴夫人方である

紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

紫色の駱駝の峰肉が翠色の釜からやき肉に調理して出され、水桶の大皿には銀鱗の魚のなますが盛られてもちだされる。

犀筋厭飫久未下,鸞刀縷切空紛綸。

犀の角で作った箸をなかなかつけようとしない、そこで料理人が腕のさえを見せようと鳳凰の彫刻の料理刀で細作りに肉を切るには切るがその肉片はいたずらにみだれているばかりだ。

黃門飛鞚不動塵,禦廚絡繹送八珍。

後宮の宦官が塵もたたせず馬の口手綱をとばして来て大膳職からひっきりなしに八珍の御料理を送りこされる。

簫管哀吟感鬼神,賓從雜還實要津。』

簫や笛が奏でられる哀調をおびて鬼神をも感動させるほどあわれに妙であり、賓客と僕従とが要処要処にいっぱいに集結している。』

#3

後來鞍馬何逡巡!當軒下馬入錦茵。

最後にやってくる鞍馬はどうしてあんなにゆっくりとくるのか。やがて幔幕の舎の軒のところへくると馬からおりて錦のしとねの方へはいりこんだ。

楊花雪落覆白蘋,青鳥飛去銜紅巾。

楊柳の花が雪のように舞落ちて水面の白蘋におおいかぶさっている。また仙女の使いの青鳥が飛び去って美人たちの紅巾をくわえたりするように姫妃にざれている。

炙手可熱勢倫,慎莫近前丞相嗔。』

この貴妃の権勢は絶大なもので、もし手をあぶればやけどをする、進みちかづけはしない、ちかづけば丞相殿にお怒りを頂戴することになる。』

 

長安城図 作図00 

 

 

 

『麗人行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

麗人行

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

繡羅衣裳照暮春,蹙金孔雀銀麒麟。

頭上何所有,翠微盍葉垂鬢脣。

背後何所見,珠壓腰衱穩稱身。

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

犀箸厭飫久未下,鑾刀縷切空紛綸。

黃門飛鞚不動塵,御廚絡繹送八珍。

簫鼓哀吟感鬼神,賓從雜遝實要津。

後來鞍馬何逡巡,當軒下馬入錦茵。

楊花雪落覆白蘋,青鳥飛去銜紅巾。

炙手可熱勢倫,慎莫近前丞相嗔。

 

詩文(含異文)    

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

繡羅衣裳照暮春【畫羅衣裳照暮春】,蹙金孔雀銀麒麟。

頭上何所有,翠微盍【案:烏合反。】葉垂鬢脣【翠微匌盍垂鬢脣】【翠為盍葉垂鬢脣】【翠為匌盍垂鬢脣】。

背後何所見【身後何所見】,珠壓腰衱穩稱身【珠壓腰襻穩稱身】【珠壓腰肢穩稱身】。

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

紫駝之峰出翠釜【紫駝之珍出翠釜】,水精之盤行素鱗。

犀箸厭飫久未下,鑾刀縷切空紛綸【鑾刀縷切坐紛綸】。

黃門飛鞚不動塵,御廚絡繹送八珍【御廚絲絡送八珍】。

簫鼓哀吟感鬼神【簫管哀吟感鬼神】,賓從雜遝實要津【賓從合遝實要津】。

後來鞍馬何逡巡,當軒下馬入錦茵【當道下馬入錦茵】。

楊花雪落覆【案:音副。】白蘋,青鳥飛去銜紅巾。

炙手可熱勢倫【炙手可熱世倫】,慎莫近前丞相嗔【慎莫向前丞相嗔】。


(下し文)
(麗人行)

三月三日 天氣新たに,長安の水邊 麗人多し。

態は濃く 意は遠くして淑且つ真に,肌理は 細膩さい ぢ にして 骨肉は勻ひとし。

繍羅の衣裳は 莫春に 照はゆる,蹙金しゅくきんの孔雀 銀の麒麟 。

頭上何の有る所ぞ, 翠を盎葉と爲して鬢びん脣に 垂る。

背後何の見る所ぞ,珠は腰を壓して穩やかに身に稱ふ。』

就中く 雲幕の椒房の親,名を賜ふ 大國 虢と秦と。

紫駝の峰を翠釜 より 出いだし,水精の盤に  素鱗 行くばる。

犀箸 厭飫して久しく未だ下さず,鸞刀 縷切して  空しく紛綸たり。

黄門 鞚を飛ばして塵を動かさず,御廚絡繹として 八珍を送る。

簫管 哀吟して 鬼神をも感ぜしめ,賓從 雜遝して  要津に實つ。』

後れ來たる鞍馬は何ぞ 逡巡する,軒に當たりて 馬より下りて  錦茵に入る。

楊花 雪のごとく落ちて 白蘋を覆ひ,靑鳥 飛び去りて 紅巾を銜む。

手を炙らば熱す可べし 勢は絶倫なり,慎みて近前する莫れ 丞相 嗔らん。』


(現代語訳)
(麗人の体貌服飾の美を詠う。)

三月三日に大空が晴れあがって気持ちも新たになる、長安の曲江池の水辺には麗しい美人が多くあそんでいる。

態度が美しく、品位気高くしとやかで人柄がよくて、真実の意識がある、肌のきめこまかになめらかに、骨と肉がつりあい体型、背たけも良い。

刺繍をした薄い絹の上衣、その下の衣裳は暮春のそらをてりかがやかし、金のより糸で孔雀、銀のより糸で麒麟を縫い取りされている。

頭上の飾りものは何かといえば翡翠の羽で造花の葉にした飾が鬢に垂れている。

背のあたりはどんなものが何かといえば腰帯のあたりにたくさんの真珠が重くなるほどついて体に似合っている。』

それらの美人たちのうちでも幕を雲のように張りつらねた皇后様の御身内、それは我国、秦国という大国の国号を賜わっている貴夫人方である

紫色の駱駝の峰肉が翠色の釜からやき肉に調理して出され、水桶の大皿には銀鱗の魚のなますが盛られてもちだされる。
犀の角で作った箸をなかなかつけようとしない、そこで料理人が腕のさえを見せようと鳳凰の彫刻の料理刀で細作りに肉を切るには切るがその肉片はいたずらにみだれているばかりだ。

後宮の宦官が塵もたたせず馬の口手綱をとばして来て大膳職からひっきりなしに八珍の御料理を送りこされる。

簫や笛が奏でられる哀調をおびて鬼神をも感動させるほどあわれに妙であり、賓客と僕従とが要処要処にいっぱいに集結している。』

最後にやってくる鞍馬はどうしてあんなにゆっくりとくるのか。やがて幔幕の舎の軒のところへくると馬からおりて錦のしとねの方へはいりこんだ。

楊柳の花が雪のように舞落ちて水面の白蘋におおいかぶさっている。また仙女の使いの青鳥が飛び去って美人たちの紅巾をくわえたりするように姫妃にざれている。

この貴妃の権勢は絶大なもので、もし手をあぶればやけどをする、進みちかづけはしない、ちかづけば丞相殿にお怒りを頂戴することになる。』

(訳注)

麗人行

長安城東南の曲江池の辺に春遊をたのしむ貴妃、宮女をうたっている。楊国忠らの豪薯を写しだしたもの。753年天宝12載春42歳の作。前年の十一月に李林甫が病死変わって、国忠は右丞相となったので、詩中に「丞相」と詠っている。

大明宮 作図011


三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

三月三日に大空が晴れあがって気持ちも新たになる、長安の曲江池の水辺には麗しい美人が多くあそんでいる。

三月三日 陰暦の桃の節句で、唐時には宮女、士女の遊覧の盛んなときであった。○天気新 天色の新たに晴れわたることをいう。○水辺 曲江池の水のほとりをいう。○麗人 うつくしい婦女。

 

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

態度が美しく、品位気高くしとやかで人柄がよくて、真実の意識がある、肌のきめこまかになめらかに、骨と肉がつりあい体型、背たけも良い。

態濃 態度がすべてそなえてうつくしい。○意遠 品位に奥ゆきがあって、気高い。○淑且真 人柄がよくて、真実の意識がある。○肌理 はだがこまやか。○細威 こまかにすべすべ、なめらか。○骨肉勻 勻は勻称のことで、つりあいのとれてあることをいう。即ち骨と肉と平均していてこえすぎず、やせすぎぬことをいう。

 
 

繡羅衣裳照莫春,蹙金孔雀銀麒麟。

刺繍をした薄い絹の上衣、その下の衣裳は暮春のそらをてりかがやかし、金のより糸で孔雀、銀のより糸で麒麟を縫い取りされている。

繍羅 刺繍をした薄い絹の上衣。○照暮春 莫は暮と同じ。三月は春の暮れである。照とはあたりもまばゆげにかがやくことをいう。○蹙金 撚金、即ち黄金をうちのばしてまたちぢませたもの。金細工の糸で綿糸として用いるものであろう。○孔雀、麒麟 竝に衣上のぬいとりの模様。



頭上何所有、翠微盎葉垂鬢唇。

頭上の飾りものは何かといえば翡翠の羽で造花の葉にした飾が鬢に垂れている。

何所有 有るものは何か。○翠微盎葉 翠は翡翠の羽、盎は盎綵(女の髻にかざる造り花)のことという。盎葉はその造り花の葉をいう。○鬢脣 鬢のほとりをいう。○珠 真珠。○ 多くぶらさげでいることをいう。

 

 

背衱何所見、珠壓腰衱穩稱身。』

背のあたりはどんなものが何かといえば腰帯のあたりにたくさんの真珠が重くなるほどついて体に似合っている。』

腰衱 衱とは上衣の後裾(うしろの下端)をいう、襟帯(はかまのおび)のところにあたる。○穏称身 わざとらしくなく、ほどよく身体につりあう。



(楊一族の有様を詠う。)

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

それらの美人たちのうちでも幕を雲のように張りつらねた皇后様の御身内、それは我国、秦国という大国の国号を賜わっている貴夫人方である。

就中 それらの多くの遊覧美人のなかにおいて。○雲幕 雲霧の如く多く設けた幕。○椒房親 椒房とは椒(山椒の粉)を泥にまぜて壁に塗った部屋のこと、后妃の室はかくする故に后妃のことを椒房という。椒房の親とは皇后方の親戚のこと、即ち楊貴妃の身内、親戚の人々をさす。○賜名 名とは国号をいう。○大国 即ち下の我国・秦国をさす。○虢與秦 楊貴妃の大姉は韓国夫人に封ぜられ、三姨は我国夫人に、八姨は秦国夫人に封ぜられた。三姨とは三番目の姉妹、八姨とは八番目の姉妹。



紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

紫色の駱駝の峰肉が翠色の釜からやき肉に調理して出され、水桶の大皿には銀鱗の魚のなますが盛られてもちだされる。

紫駝之峰 紫色の駱駝の峰肉(駱駝の背、隆起している肉)のこと。それをあぶり肉としてたべる。○出翠釜  出とはあぶられ調理されてそこからだされること。翠は釜の色のことであろう、釜はかま。○水精 ガラスのこと。○ ひらたい大皿。○ 客のまえへもちだすこと。○素鱗 銀白色のうろこをした魚、これはその内をいきづくりなどにしたもの。



犀筋厭飫久未下,鸞刀縷切空紛綸。

犀の角で作った箸をなかなかつけようとしない、そこで料理人が腕のさえを見せようと鳳凰の彫刻の料理刀で細作りに肉を切るには切るがその肉片はいたずらにみだれているばかりだ。

犀筋 犀のつので作った箸、筋は箸に同じ。○厭飫 たべものにあく。○下 箸を下すことをいう、はしをつけること。○鸞刀 刀の柄に鳳凰の彫刻のある刀。○縷切 いとすじのように細く肉をきる。○空紛綸 紛綸は肉片のみだれるさま。空しくとは徒らにと同じ、切ってお客から食われるならば切ったかいがあるけれども、食わなければ骨折りはむだごとである。

 

 

黃門飛鞚不動塵,禦廚絡繹送八珍。

後宮の宦官が塵もたたせず馬の口手綱をとばして来て大膳職からひっきりなしに八珍の御料理を送りこされる。

○黄門 大奥につかえる宦官をいう、宮中より使いにくるのである。○飛鞚 鞚は馬の口ばみにあたるつなをいうのであろう。○不動塵 ちりを立てぬ、馬のあしをうまくはこぼせること。○禦廚 おだいどころ、大膳職。○絡繹  陸続、たえまなく、ひきつづいて。○ こちらへおくりこす。〇八珍 八種の珍味、



簫管哀吟感鬼神,賓從雜還實要津。』

簫や笛が奏でられる哀調をおびて鬼神をも感動させるほどあわれに妙であり、賓客と僕従とが要処要処にいっぱいに集結している。』

簫管 簫や笛、管楽器。○哀吟 かなしくあわれな音をだす。○感鬼 神神をさえ感動させる。○賓従 お客たちや、お伴のもの。○雜還 こみあうこと。○ いっぱいになる。○要津 かなめなわたしばのところ。要処という意。



(楊国忠や荒淫のことを詠う。)

後來鞍馬何逡巡!當軒下馬入錦茵。

最後にやってくる鞍馬はどうしてあんなにゆっくりとくるのか。やがて幔幕の舎の軒のところへくると馬からおりて錦のしとねの方へはいりこんだ。

後来 あとから来る。○鞍馬 くらを置いたうま、楊国忠の馬。○逡巡 ためらうさま、これは速くゆかずゆっくりやってくるさまをいぅ。○当軒 この軒は軒墀(のきち)のことという。蓋し幔幕をひきめぐらして内部に簡単なとばり類があるものと思われるが、その舎の軒端、土階にあたるあたりを軒といったもの。○錦茵 敷筵にしいてある錦のしとね。



楊花雪落覆白蘋,青鳥飛去銜紅巾。

楊柳の花が雪のように舞落ちて水面の白蘋におおいかぶさっている。また仙女の使いの青鳥が飛び去って美人たちの紅巾をくわえたりするように姫妃にざれている。

楊花 楊柳の花。柳絮をいう。○雪落 雪のように落ちちる。○ かぶさる。○白蘋 蘋はあさざの類、白い花のさく水草。○青鳥 仙女西王母の使いという。この宮女たちを仙女の使者の青鳥の故事を借りている。○銜紅巾 銜は口でくわえること。紅巾は婦人の用いる衿のかざりのきれ。青鳥も馴れ親しむことをいう。



炙手可熱勢倫,慎莫近前丞相瞋。』

この貴妃の権勢は絶大なもので、もし手をあぶればやけどをする、進みちかづけはしない、ちかづけば丞相殿にお怒りを頂戴することになる。

灸手可熟 手をあぶればやけどしそうだという意味。○勢絶倫 権勢の強盛なことたぐいなし。○近前 前の字は動詞として用い、前へすすみでること。近前は近づき進みでること。○丞相 右丞相楊国忠をいう。○ この字は或は境に作る、嗔は気を盛んにする。瞋は目をみはって怒る。楊国忠は我国夫人とは従兄妹の仲で私通したものである、青鳥云々というのはそれれとなく不義、荒淫の行いがあるのをうたっている。
長安付近図00 

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其十 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 64

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其十 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 64

753年天宝12載 42歳  五言律詩
この篇は帰途につくことと将来の希望とをのぺている。


陪鄭広文遊何将軍山林十首 其十
幽意忽不愜,歸期無奈何。
心静かに自然にひたっていた楽しい思いがふいにかなわなくなって、帰らなければいけない約束の期がどうしようもないこととしてやってきた。
出門流水住,回首白雲多。
門を出たとこで流水が停止し、もっと留まれといっている、ふりかえってみると白雲がたくさん湧き立って行く先をふせいでいる。
自笑燈前舞,誰憐醉後歌。
思い出し笑いをしてしまう、山荘にあって灯火の前で舞ったことだ、家にかえって酒に酔っての歌うのをだれがいとおしんでくれるというのか。
祗應與朋好,風雨亦來過。
ただまさに仲のよい友人と共にいたいと云いたい、風雨の日であっても、もう一度やって来るのだ。

心静かに自然にひたっていた楽しい思いがふいにかなわなくなって、帰らなければいけない約束の期がどうしようもないこととしてやってきた。
門を出た流水が停止し、もっと留まれといっている、ふりかえってみると白雲がたくさん湧き立って行く先をふせいでいる。
思い出し笑いをしてしまう、山荘にあって灯火の前で舞ったことだ、家にかえって酒に酔っての歌うのをだれがいとおしんでくれるというのか。
ただまさに仲のよい友人と共にいたいと云いたい、風雨の日であっても、もう一度やって来るのだ。


幽意ゆういたちまち愜かなわず  歸期奈何いかんともする無し
門を出でで流水に住まる 首を回らせば白雲多し
自ら笑う燈前の舞 誰か憐あわれまん酔後の歌
祗應ただまさに朋好ほうこうともに 風雨にも亦た来り過るぺし



幽意忽不愜,歸期無奈何。
心静かに自然にひたっていた楽しい思いがふいにかなわなくなって、帰らなければいけない約束の期がどうしようもないこととしてやってきた
幽意 こころ静に自然の中にふけるおもい。○ こころの欲するとおりになること。欲するとおりにならないのはかなわないとする。○帰期 我が家にかえるべき時期。○無奈何 どうすることもできぬ、どうしてもかえらねばならぬことをいう。


出門流水住,回首白雲多。
門を出た流水が停止し、もっと留まれといっている、ふりかえってみると白雲がたくさん湧き立って行く先をふせいでいる。
出門 何氏の門からでる。○流水住 住とは自分がたちどまること、水の流れるところでちょっとたちどまる。〇回首 何氏の園の方へと首をふりかえってみる。


自笑燈前舞,誰憐醉後歌。
思い出し笑いをしてしまう、山荘にあって灯火の前で舞ったことだ、家にかえって酒に酔っての歌うのをだれがいとおしんでくれるというのか
自笑 この二句は園中での前日のことを追憶していう。○燈前舞 夜、燈火の前で舞をしたこと。○誰憐 何氏の園に在っては何氏が憐んでくれたが、今は園を去った後であるからだれが憐んでくれようか。○酔後歌 これも自己の園中で歌ったことをいう。


祗應與朋好,風雨亦來過。
ただまさに仲のよい友人と共にいたいと云いたい、風雨の日であっても、もう一度やって来るのだ。
祗應 ただまさに~いいたいのだ。○朋好 なかのよいともだち、暗に鄭虔を意味する。○来過 この何氏の園へたずねてくる。

○韻 何・多・歌・過。

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其九 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 63

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其九 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 63

753年天宝12載 42歳  五言律詩


陪鄭広文遊何将軍山林十首 其九
牀上書連屋,階前樹拂雲。
寝台の上には書物が屋根に届かんばかりに積まれてあり、建物前の階の前には樹木が雲を払うほどに鬱蒼と立っている。
將軍不好武,稚子總能文。
将軍は武人でありながら武を好まれぬかたなであり、そのため幼な子までもがすべて文学がよくできる。
醒酒微風入,聽詩靜夜分。

酒の酔いを醒ますため微風に当たり体に当て吹きこみ、詩に耳を傾けていると静かに夜がふけてゆくのである。

絺衣掛蘿薜,涼月白紛紛。

細麻の衣を庭のつたかずらに掛けておいたが、その上には涼しい月が蔓の葉に白い光をさんさんとふりまいている。


寝台の上には書物が屋根に届かんばかりに積まれてあり、建物前の階の前には樹木が雲を払うほどに鬱蒼と立っている。
将軍は武人でありながら武を好まれぬかたなであり、そのため幼な子までもがすべて文学がよくできる。
酒の酔いを醒ますため微風に当たり体に当て吹きこみ、詩に耳を傾けていると静かに夜がふけてゆくのである。

細麻の衣を庭のつたかずらに掛けておいたが、その上には涼しい月が蔓の葉に白い光をさんさんとふりまいている。


牀上 書は屋に連なり  階前 樹は雲を払う
将軍は武を好まず  稚子は総べて文を能くす
酒を醒まさんとして微風入り 詩を聴けばかんとして静夜分かる
稀衣 蘿薜に掛くれば  涼月 紛紛に白たり



牀上書連屋,階前樹拂雲。
寝台の上には書物が屋根に届かんばかりに積まれてあり、建物前の階の前には樹木が雲を払うほどに鬱蒼と立っている。
牀上 牀は坐榻であろう。 寝台。中国の寝台は大きくて広く、日本の居間の用をもなす。 ○ 書籍。○連屋 屋根の方までつらなる、高くつまれてあることをいう。○ きざはし。○払雲 雲をはらってそのうえまでそびえる。



將軍不好武,稚子總能文。
将軍は武人でありながら武を好まれぬかたなであり、そのため幼な子までもがすべて文学がよくできる。
将軍 何氏をさす。○稚子 おさなく何将軍の児をいう。



醒酒微風入,聽詩靜夜分。
酒の酔いを醒ますため微風に当たり体に当て吹きこみ、詩に耳を傾けていると静かに夜がふけてゆくのである。
聴詩 詩を詞するのをきくこと。詞するものは必ず何氏の子弟であろう。○夜分 分とは前日と翌日との中分することで夜半になることをいう。



絺衣掛蘿薜,涼月白紛紛。
細麻の衣を庭のつたかずらに掛けておいたが、その上には涼しい月が蔓の葉に白い光をさんさんとふりまいている。
絺衣 絺衣は暑さのとききるひとえの衣。絺はほそくこまかく織ったくず布。○掛蘿薜 蘿薜はつたかずらの類、掛とは我が衣をぬいでそれにひきかけることをいう。仇氏は蘿薜の影が我が衣上にかかると説く。○涼月 すずしそうな月のひかり。○紛紛 葉蔓にさす月光のゆらいでみだれるさま。

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其八 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 62

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其八 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 62

753年天宝12載 42歳  五言律詩

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其八
憶過楊柳渚,走馬定昆池。
思い出したのは楊柳の渚を通り過ぎた、そして定昆池まで馬を走らせたことである。
醉把青荷葉,狂遺白接蘺。
酔いがまわって青いはすの葉を手にもった、我を忘れてばかさわぎをして白い被り物を落した。
刺船思郢客,解水乞吳兒。
船に竿さしては楚の船旅頭を思い出す、そうすれば水泳の上手な呉の男を求めたりすることになる。
坐對秦山晩,江湖興頗隨。
坐って夕暮れの秦の山、終南山にむかいあった、江南五湖方面の水郷への思いがわずかに湧いてくる。


思い出したのは楊柳の渚を通り過ぎた、そして定昆池まで馬を走らせたことである。
酔いがまわって青いはすの葉を手にもった、我を忘れてばかさわぎをして白い被り物を落した。
船に竿さしては楚の船旅頭を思い出す、そうすれば水泳の上手な呉の男を求めたりすることになる。
坐って夕暮れの秦の山、終南山にむかいあった、江南五湖方面の水郷への思いがわずかに湧いてくる。


憶う 楊柳の渚を過ぎて 馬を定昆池に走らせしを
酔うては青荷葉を把り 狂うては白接巌を遺しぬ
船を刺すには郢客を思い 水を解するには呉児を乞う
坐して泰山の晩に対すれば 江湖 興は頗る随う

この一篇は一第は定昆池の水遊をなして、後日さかのぼって追憶を記したものである。



過楊柳渚,走馬定昆池。
思い出したのは楊柳の渚を通り過ぎた、そして定昆池まで馬を走らせたことである。
 この一字は全篇を貫ぬく。 ○楊柳渚 所在は未詳、下の定昆池の附近にあるのであろうという。地名とせず、ただ楊柳の生えているなぎさとみでも解し得られる。 ○定昆地 唐の楽安公主のうがった池の名、韋曲の北に在るという。



醉把青荷葉,狂遺白接蘺。
酔いがまわって青いはすの葉を手にもった、我を忘れてばかさわぎをして白い被り物を落した。
 とってもてあそぶ。 ○荷葉 はすの葉。○ 狂態をいう。○ おきわすれる。〇白接蘺:(はくせつり、りの草冠はあみ頭) 罷膏の山簡がかぶったという白巾の帽子。 



刺船思郢客,解水乞吳兒。
船に竿さしては楚の船旅頭を思い出す、そうすれば水泳の上手な呉の男を求めたりすることになる。
刺船 竿刺しでふねを移動させること。○郢客:(えいきゃく) 郢の舟人、郢は楚の都した地、今の湖北省刑州府。 ○解水 水性をよく知ること、泳ぐのに巧みであることをいう。 ○ 何氏にむかってよこしてくれとたのむこと。 ○呉児 呉のうまれの男。これも船夫をいう、呉は今の江蘇省蘇州府の地方。



坐對秦山晩,江湖興頗隨。
坐って夕暮れの秦の山、終南山にむかいあった、江南五湖方面の水郷への思いがわずかに湧いてくる。
○秦山 終南山をいう。 ○江湖興 江湖とは中国の南方、呉楚の地方をさす、船あそびをするゆえ江南五湖方面の興という。○随 自己に伴うことをいう。

○韻字 池・蘇・児・随。

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其七 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 61

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其七 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 61

753年天宝12載 42歳  五言律詩


陪鄭広文遊何将軍山林十首 其七
棘樹寒雲色,茵蔯春藕香。
からたちは冬の寒々とした雲の色をしており、よもぎは春の蓮根の香りがするものだ。
脆添生菜美,陰益食單涼。
よもぎのとけるようなうまみは他の生野菜につけ加わっている、からたちのかげは料理の涼しさをましている。
野鶴清晨出,山精白日藏。
野そだちの鶴が清らかな朝になると出あるいている、山の妖精は太陽の光に姿をかくしてしまう。
石林蟠水府,百裡獨蒼蒼。

石柱の林のように立ち、水底の都にまでその石である、その向こう百里のかなたにまであおぐろく続いている。


からたちは冬の寒々とした雲の色をしており、よもぎは春の蓮根の香りがするものだ。
よもぎのとけるようなうまみは他の生野菜につけ加わっている、からたちのかげは料理の涼しさをましている。
野そだちの鶴が清らかな朝になると出あるいている、山の妖精は太陽の光に姿をかくしてしまう。
石柱の林のように立ち、水底の都にまでその石である、その向こう百里のかなたにまであおぐろく続いている。
からたちは冬の寒々とした雲の色をしており、よもぎは春の蓮根の香りがするものだ。
よもぎのとけるようなうまみは他の生野菜につけ加わっている、からたちのかげは料理の涼しさをましている。
野そだちの鶴が清らかな朝になると出あるいている、山の妖精は太陽の光に姿をかくしてしまう。
石柱の林のように立ち、水底の都にまでその石である、その向こう百里のかなたにまであおぐろく続いている。



棘樹 寒雲の色   茵蔯 春藕のごと香し
脆は生菜の美を添え 陰は食単の涼を益す
野鶴は清晨に出で  山精は白日に蔵る
石林は水府に蟠り  百里 独り蒼蒼



山があってその上に棘が叢生している。作者はその下で朝食したときのありさまを叙したもの。



棘樹寒雲色,茵蔯春藕香。
からたちは冬の寒々とした雲の色をしており、よもぎは春の蓮根の香りがするものだ。
棘樹:(きょくじゅ) 白色のものが[木束](カラタチ)、赤色のものが[木夷](スミ)である。 ○寒雲色  冬の雲のように寒々とした色、これは樹色を見たてていうもの。 ○茵蔯:(いんちん) 蓬(ヨモギ)のことという、根をたべる。○春藕香:(しゅんぐう かんばし) 藕は蓮根、これも茵蔯をたとえていう。 
 

脆添生菜美,陰益食單涼。
よもぎのとけるようなうまみは他の生野菜につけ加わっている、からたちのかげは料理の涼しさをましている。
 とけるようなうまみ。 ○生菜 なまの野菜、即ち茵蔯をいう。 ○美 うまいこと、此の句は第二句を承ける。 ○陰 かげ。からたち(樹のかげ。) ○食単 単は布単のことという、食事のとき地にしく布のこと。 



野鶴清晨出,山精白日藏。
野そだちの鶴が清らかな朝になると出あるいている、山の妖精は太陽の光に姿をかくしてしまう。
野鶴 たず。野育ちの鶴。○清晨:(せいしん) すんだあさのあいだ。 ○ 現れでる。 ○山精 山のおばけ、人の形をして一本足を有し、身のたけは三四尺、山の蟹を食い、夜は出て昼は蔵れるものという。



石林蟠水府,百裡獨蒼蒼。
石柱の林のように立ち、水底の都にまでその石である、その向こう百里のかなたにまであおぐろく続いている。
石林 石が叢生して林の如くになっているものをいう。案ずるにこれは即ち椀(或は辣)樹の生えている地のことであろう。 ○:(わだかまる) 山の根もとが水底にまではびこることをいう。 ○水府 水底の世界、竜宮の類。 ○百里 遠方より望むことをいう。○独この石林だけ。○蒼蒼 あおあお、上に樹叢が生えているためである。



○韻  香・涼・蔵・蒼。

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其六 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 60

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其六 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 60

753年天宝12載 42歳  五言律詩


陪鄭広文遊何将軍山林十首 其六
風磴吹陰雪,雲門吼瀑泉。
風のわたる石段の路には凍りつくような雪しぶきが吹きつける、雲をはき出す岩穴門に滝の水が吼えまくっている。
酒醒思臥簟,衣冷欲裝綿。
酔いざめのからだは竹むしろに寝そべりたいと思うが、凍りつく雪ようなしぶきをあびた衣が冷たいので綿を着こみたくなる。
野老來看客,河魚不取錢。
百姓の老人たちが自分たちお客に目どおりにやって来たが、手みやげの川魚の代金を受け取ろうとはしなかった。
只疑淳樸處,自有一山川。
ただふしぎに思うことは、こここそ淳僕の人たちの住むところであり、おのずから一つの別天地であるのではないかと。



風のわたる石段の路には凍りつくような雪しぶきが吹きつける、雲をはき出す岩穴門に滝の水が吼えまくっている。
酔いざめのからだは竹むしろに寝そべりたいと思うが、凍りつく雪ようなしぶきをあびた衣が冷たいので綿を着こみたくなる。
百姓の老人たちが自分たちお客に目どおりにやって来たが、手みやげの川魚の代金を受け取ろうとはしなかった。
ただふしぎに思うことは、こここそ淳僕の人たちの住むところであり、おのずから一つの別天地であるのではないかと。



風麓に陰雪の吹くは  雲門に港泉の吼ゆるなり
酒醒めて筆に臥さんことを思い  衣冷ややかにして綿を装わんと欲す
野老 来りて客を看  河魚 銭を取らず
只に疑う 淳僕の処  白から一山川有るかと




陪鄭広文遊何将軍山林十首 其六

風磴吹陰雪,雲門吼瀑泉。
風のわたる石段の路には凍りつく雪ようなしぶきが吹きつける、雲をはき出す岩穴門に滝の水が吼えまくっている。
風橙 風のわたる石段の路。○陰雪 つめたい雪。雪とは実物をいうのではなく、下旬の瀑泉の飛沫を形容していう。凍りつく雪ようなしぶき。○雲門 雲をはき出す岩穴門のことで、石門というのに同じ。雲は山の岩のはく息であると考えられていた。瀑泉のかかっている断崖をさす。○ 音をたててなる。○瀑泉 たきのいずみ。



酒醒思臥簟,衣冷欲裝綿。
酔いざめのからだは竹むしろに寝そべりたいと思うが、凍りつく雪ようなしぶきをあびた衣が冷たいので綿を着こみたくなる。
 たかむしろ。○装綿 綿入れの衣をかさねてきる。



野老來看客,河魚不取錢。
百姓の老人たちが自分たちお客に目どおりにやって釆たが、手みやげの川魚の代金を受け取ろうとはしなかった。
野老 百姓の老人。○看客 客とは自分たちをさす。○河魚 河でとったうお。○不取銭 贈り物としてただでおいてゆく。



只疑淳樸處,自有一山川。
ただふしぎに思うことは、こここそ淳僕の人たちの住むところであり、おのずから一つの別天地であるのではないかと。
 字形は示届をよしとする。○淳樸 まじりけなく、かざりけなく性質の天真のままのこと。 〇一山川 この世とは異なる別の世界。晋の陶潜(五世紀)の「桃花源記」に、・・・林盡水源,便得一山。・・・ある漁師が桃の花びらを浮かべて流れる谷川をさかのぼって行ったところ、淳朴な人々の住む仙境に達したとある。



○韻 泉・綿・銭・川。
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唐宋詩 
(Ⅰ李商隠Ⅱ韓退之(韓愈))
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陪鄭広文遊何将軍山林十首 其五 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 59

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其五 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 59

753年天宝12載 42歳  五言律詩


陪鄭広文遊何将軍山林十首 其五
剩水滄江破,殘山碣石開。
この山林の水はあおあおとした大川が破れあふれ出たものである、この山林の山は海中石門の碣石の砕石で開かれた名残である。
綠垂風折筍,紅綻雨肥梅。
緑色のうなだれているのは風に吹き折られた若竹であり、紅色の花の咲きほころびているのは雨でふとった梅の実である。
銀甲彈箏用,金魚換酒來。
銀製の爪が琴をひくために用いられるが、黄金の佩びの魚が酒に換えられている。
興移無灑掃,隨意坐莓苔。

興味がいろいろ移ることはのきれいに掃除をしないことになり、興味の赴くまま苔のむしろの上に坐りこむことになる。



この山林の水はあおあおとした大川が破れあふれ出たものである、この山林の山は海中石門の碣石の砕石で開かれた名残である。
緑色のうなだれているのは風に吹き折られた若竹であり、紅色の花の咲きほころびているのは雨でふとった梅の実である。
銀製の爪が琴をひくために用いられるが、黄金の佩びの魚が酒に換えられている。
興味がいろいろ移ることはのきれいに掃除をしないことになり、興味の赴くまま苔のむしろの上に坐りこむことになる。


剰水滄江破れ 残山鳩石開く
緑は垂る風に折るる夢 紅は綻ぶ雨に肥ゆる梅
銀甲弾撃に用い 金魚酒に換え来る
興移って灑掃無し 随意に苺苔に坐す




剩水滄江破,殘山碣石開。
この山林の水はあおあおとした大川が破れあふれ出たものである、この山林の山は海中石門の碣石の砕石で開かれた名残である。
剰水 あまりの水。 ○滄江 あおい江水。○残山 のこった山。○碣石 海中石門の名、今の渤海湾秦皇島の附近にあったもの。

 

綠垂風折筍,紅綻雨肥梅。
緑色のうなだれているのは風に吹き折られた若竹であり、紅色の花の咲きほころびているのは雨でふとった梅の実である。
 筍の色。若竹色。○ たけのこ。若竹。○ 梅の実の色。○ 実の肉のふとること。



銀甲彈箏用,金魚換酒來。
銀製の爪が琴をひくために用いられるが、黄金の佩びの魚が酒に換えられている。
銀甲 銀でつくった琴ひき用の爪。○金魚 黄金でつくった魚形の侃びもの、官員が身分によって侃用するものである。ここは何氏の物。○換酒 金魚を質において酒ととりかえる。


興移無灑掃,隨意坐莓苔。
興味がいろいろ移ることはのきれいに掃除をしないことになり、興味の赴くまま苔のむしろの上に坐りこむことになる。
興移 おもしろさがうつりかわる。 〇灑掃 ほこりをはらい水をふりそそぐ。○随意 こころのまま。 ○ こけ。


韻  開・梅・釆・苔

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其四 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 58

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其四 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 58

753年天宝12載 42歳  五言律詩


陪鄭広文遊何将軍山林十首 其四
旁舍連高竹,疏籬帶晩花。
隣りの家はこの山荘の高い竹やぶにつらなっている、あらいまがきは遅ざきの花をつけている。
碾渦深沒馬,藤蔓曲藏蛇。
ひきうす水車によってできた水たまりは馬の脚をも沈めるばかりに深く、つるを伸ばした藤は曲りくねって蛇の隠れる場所ができている。
詞賦工無益,山林跡未賖。
詩や賦、文学が秀でていても何の役にも立たないものだが、山林は道のすぐ近くにあって役に立つ。
盡撚書籍賣,來問爾東家。

わたしはすっかり書物をひっぱり出して売りはらってしまい、ここにやって来て東隣りの家を求めたいと思う。



隣りの家はこの山荘の高い竹やぶにつらなっている、あらいまがきは遅ざきの花をつけている。
ひきうす水車によってできた水たまりは馬の脚をも沈めるばかりに深く、つるを伸ばした藤は曲りくねって蛇の隠れる場所ができている。
詩や賦、文学が秀でていても何の役にも立たないものだが、山林は道のすぐ近くにあって役に立つ。
わたしはすっかり書物をひっぱり出して売りはらってしまい、ここにやって来て東隣りの家を求めたいと思う。



旁舎は高竹に連なり  疏籬は晩花を帯ぶ
碾渦 深く馬を没し  藤蔓 曲りて蛇を蔵す
詞賦 工なるも益無く 山林 跡は未だ賖かならず
尽く書籍を捻りて売り 来りて爾の東家を問めん



旁舍連高竹,疏籬帶晩花。
隣りの家はこの山荘の高い竹やぶにつらなっている、あらいまがきは遅ざきの花をつけている。
旁舍 近傍のいえ。何将軍の山荘の中にある小作人の住む家。 ○ 生えつづく。○高竹 何氏園中のせの高い竹。第一首の「野竹」とあるものと同じ竹であろう。○疎鮭 目あらくゆったまがき。○晩花 夕方の花。遅咲きの花。



碾渦深沒馬,藤蔓曲藏蛇。
ひきうす水車によってできた水たまりは馬の脚をも沈めるばかりに深く、つるを伸ばした藤は曲りくねって蛇の隠れる場所ができている。
碾渦 碾:ひきうす。うすの水車の水の流れ、うずまきをいう。○没馬 馬をかくすほど。これは夕方馬に水をつかわせるものがあるのであろう。○藤蔓 ふじつる、範辺のもの。



詞賦工無益,山林跡未賖。
詩や賦、文学が秀でていても何の役にも立たないものだが、山林は道のすぐ近くにあって役に立つ。
詞賦 詩文や賦。○工無益 工は巧。無益とは文学に長じていても作者の如く不遇では何のやくにもたたぬとの意。○山林 園林をいう。○未姶 近いということ。



盡撚書籍賣,來問爾東家
わたしはすっかり書物をひっぱり出して売りはらってしまい、ここにやって来て東隣りの家を求めたいと思う。
 指でつまみとること。○爾東家 爾(汝)とは何氏をさす。東家とは孔子を「東家の丘」とよぶことがあるが、そのこころもちで何氏の家をさしていう。実際の東西にかかわらぬと見てよろしい。ここではだれにもそうと知られずに農夫となって生きたいという気持を含む。



○韻 花・蛇・除・家。
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陪鄭広文遊何将軍山林十首 其三 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 57

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其三 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 57

753年天宝12載 42歳  五言律詩


陪鄭広文遊何将軍山林十首其三
萬裡戎王子,何年別月支。
戎王子の花は万里の遠くからやってきた、故国の月支に別れをつげたのはいつの年なのか。
異花開絕域,滋蔓匝清池。
その異なった花はずっと地の果てに開いていたものだ、いま蔓をしげりはびこらせているのはこの清らかな池をめぐるあたりだ。
漢使徒空到,神農竟不知。
むかし西域に使いにいった漢の使者はただ行き着いただけでいい草花を持ち帰ることができなかった、さすがの神農さまがついにその草花のことはご存じでなかったのだ。
露翻兼雨打,開坼日離披。

露さえひるがえされ、そのうえ雨に打たれたりしていたが、花を押し開くことは日ごとにしどけなく咲き乱れてきている。



戎王子の花は万里の遠くからやってきた、故国の月支に別れをつげたのはいつの年なのか。
その異なった花はずっと地の果てに開いていたものだ、いま蔓をしげりはびこらせているのはこの清らかな池をめぐるあたりだ。
むかし西域に使いにいった漢の使者はただ行き着いただけでいい草花を持ち帰ることができなかった、さすがの神農さまがついにその草花のことはご存じでなかったのだ。
露さえひるがえされ、そのうえ雨に打たれたりしていたが、花を押し開くことは日ごとにしどけなく咲き乱れてきている。


万里戎王子 何の年か月支に別れし
異花絶域より来り 滋葦清池を匝る
漢使徒に空しく到る 神農寛に知らず
露翻兼ねて雨打 開折 日々に離披たり



萬裡戎王子,何年別月支。
戎王子の花は万里の遠くからやってきた、故国の月支に別れをつげたのはいつの年なのか。
戎王子 草花の名。うどの類であるとの説があるが未詳。〇月支 漢代、西域にあった国の名。



異花開絕域,滋蔓匝清池。
その異なった花はずっと地の果てに開いていたものだ、いま蔓をしげりはびこらせているのはこの清らかな池をめぐるあたりだ。
異花 めずらしい花、即ち戎王子をさす。○絶域 かけはなれた地方、即ち月支をさす。○滋蔓 しげりはびこる。

漢使徒空到,神農竟不知。
むかし西域に使いにいった漢の使者はただ行き着いただけでいい草花を持ち帰ることができなかった、さすがの神農さまがついにその草花のことはご存じでなかったのだ。
漢使 漢の張憲のこと。紀元前二世紀のころ、武帝の命を受けて中央アジアを探険し、諸国との交通を開き、葡萄、天馬、その他種々のものを将来した。○徒空 到いたずらにその地に到ったというのは此のような異草をたずさえてこなかったということ。○神農 中國上代の皇帝の名。医薬の神とされ、百草をなめて人間の食物と薬草とを定めた「本草経」を著わしたとする。○竟不知 知らずというのは本草経に戎王子の草名が録掲載されていないことをしめす。

露翻兼雨打,開坼日離披。
露さえひるがえされ、そのうえ雨に打たれたりしていたが、花を押し開くことは日ごとにしどけなく咲き乱れてきている。
露翻 露さえひるがえされる。○ また。そのうえ。〇雨打 雨にうたれる。 ○開折 花が押し開くこと。花がおし琶かれること。○離披 しどけなく咲きみだれるさま。

○韻 支・池・知・披。

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其二 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 56

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其二 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 56

753年天宝12載 42歳  五言律詩



陪鄭広文遊何将軍山林十首 其二
百頃風潭上,千章夏木清。
百頃ばかりの面積の風をうける池のほとりに千本ほどの夏木立ちが清らかにしげっている。
卑枝低結子,接葉暗巢鶯。
木立ちのひくい枝はたれさがって実をむすんでいるし、くっつきあった葉かげの暗いところに鶯が巣をくっている。
鮮鯽銀絲膾,香芹碧澗羹。
新鮮な「ふな」で銀糸のようななますにされていた、澄んだ石清水でつくられた香ばしい「せり」のお汁をだされる。
翻疑柁樓底,晩飯越中行。

今屋形船の底の部屋で晩めしをたべているとなんだか、昔年、浙江地方を旅したときのようにおもわれてならない。



百頃ばかりの面積の風をうける池のほとりに千本ほどの夏木立ちが清らかにしげっている。
木立ちのひくい枝はたれさがって実をむすんでいるし、くっつきあった葉かげの暗いところに鶯が巣をくっている。
新鮮な「ふな」で銀糸のようななますにされていた、澄んだ石清水でつくられた香ばしい「せり」のお汁をだされる。
今屋形船の底の部屋で晩めしをたべているとなんだか、昔年、浙江地方を旅したときのようにおもわれてならない。


百頃(ひゃくけい) 風潭(ふうたん)上  千章 夏木清し
卑枝は低くして子を結び 接葉は暗くして鶯を巣しむ
鮮鯽(せんそく) 銀糸の膾(なます) 香芹(こうきん)碧澗(へきかん)の羮(あつもの)
翻って疑う 柁楼(だろう)の底(そこ) 晩飯(ばんはん)越中(えつちゅう)を行くかと



百頃風潭上,千章夏木清。
百頃ばかりの面積の風をうける池のほとりに千本ほどの夏木立ちが清らかにしげっている。
百頃 けい頃は凡そ百畝の面積をいう。○風潭 風のふきわたるふち。池もある盆地のようなところの峠の風の通り道。○千章 千本。



卑枝低結子,接葉暗巢鶯。
木立ちのひくい枝はたれさがって実をむすんでいるし、くっつきあった葉かげの暗いところに鶯が巣をくっている。
卑枝 木のひくいところから出ているえだ。○ 下に向いてさがる。○ 木の実。○接葉 くっつきあった葉。○ 葉かげのくらいこと。



鮮鯽銀絲膾,香芹碧澗羹。
新鮮な「ふな」で銀糸のようななますにされていた、澄んだ石清水でつくられた香ばしい「せり」のお汁をだされる。
鮮鯽 せんそく 新鮮なふな。○銀糸膾 銀の糸筋のような千切りなます。○香芹 香高いせり。○碧澗 岩間の澄んだ水。○ あつもの、お汁。



翻疑柁樓底,晩飯越中行。
今屋形船の底の部屋で晩めしをたべているとなんだか、昔年、浙江地方を旅したときのようにおもわれてならない。
柁樓 舵取りの付いた屋形船。○晩飯 夕食。○越中 越の国、今の浙江省地方。杜甫は二十歳の頃に呉越の地方に周遊したが、詩としては、56歳の時夔州での作「壮遊」に
・・・・・・・
王謝風流遠、闔閭丘墓荒。
剣池石壁仄、長洲芰荷香。
嵯峨閶門北、清廟映迴塘。
毎趨呉太伯、撫事涙浪浪。
蒸魚聞匕首、除道哂耍章。
枕戈憶勾踐、渡浙想秦皇。
越女天下白、鑑湖五月涼。
剡渓蘊秀異、欲罷不能忘。
・・・・・・・
(詩の大意)
晋の王導や謝安の風流は遠くへだたり、呉王闔閭の墓は荒れていた
剣池には 石の壁が傾きかかり、長洲苑には菱や蓮の花が匂っている
高く聳える閶門の北、清らかな廟が  まわりの池に影をさす
呉太伯の塚に参るたびに、昔を想って涙はつきない
魚腹に匕首を隠した専諸の故事を聞き、故郷に錦を飾る朱買臣の話をおかしく思う
戈を枕にした越王勾踐のことを憶い、浙江を渡れば始皇帝の昔を想う
越の女は天下に聞こえた色白の美人、鑑湖のあたりは五月であるのに涼しいと感ずる
剡渓には山水の奇勝があつまり、想い出は忘れようとしても忘れられない
とある

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 55

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 55

天宝12載 753年 42歳  五言律詩
紀頌之の漢詩ブログは取り上げたシリーズ、たとえば、この十首すべて取り上げていく。

廣文館博士の鄭虔とともに何将軍の山荘に遊んでの詩。

其一の詩は長安の南郊外、詩中「南塘」街道にそってある何将軍の山荘に赴くところから始まる。




陪鄭広文遊何将軍山林十首 其一
不識南塘路,今知第五橋。
これまで南塘の路がどこにあるのか知らずにいた、今はそこを経過してさらに第五橋までも知ることになった。
名園依綠水,野竹上青霄。
来てみると何氏の名園が緑水に添って広がっており、野生の竹が空を凌ぐばかり茂っている。
穀口舊相得,濠梁同見招。
漢の谷口の鄭子真といわれる鄭虔先生とわたしはふるくから心を許した仲なので、今回の何氏園へ荘子の濠梁の遊びのように一緒に招かれたのだ。
平生為幽興,未惜馬蹄遙。

平生からひとり幽閑に興じている、そのためなら路程がはるか遠くても愛馬で出かけることを惜しみはしないのだ

これまで南塘の路がどこにあるのか知らずにいた、今はそこを経過してさらに第五橋までも知ることになった。
来てみると何氏の名園が緑水に添って広がっており、野生の竹が空を凌ぐばかり茂っている。
漢の谷口の鄭子真といわれる鄭虔先生とわたしはふるくから心を許した仲なので、今回の何氏園へ荘子の濠梁の遊びのように一緒に招かれたのだ。
平生からひとり幽閑に興じている、そのためなら路程がはるか遠くても愛馬で出かけることを惜しみはしないのだ。


識らず  南塘の路  今は知る 第五橋
名園は緑水に依り  野竹は青霄を上(さ)す
谷口とは旧より相得 濠梁に同じく招かれぬ
平生幽興の為には  未だ馬蹄の遥かなるを惜しまず


○鄭広文 鄭虔。虔は天宝九載広文館の博士となった。作者の親友である。鄭廣文  唐の鄭虔のこと。玄宗その才を愛し、特に「廣文館」を置きて 鄭虔を博士とせしことによる。詩書畫に巧みにして「鄭虔三絶」にて知らる。李白、杜甫らと交際す。何将軍の山荘にともに遊んだ廣文先生こと鄭虔は、杜甫が心を許した友であった。当時の杜甫は、科挙に落ちて前途の望みを絶たれ、就職活動もうまくゆかず、鬱々たる毎日を過ごしていた、鄭虔はそんな杜甫にとって、自分の境遇に似たものを感じさせた。鄭虔は廣文館博士という官職についていたが、単に名誉職的なものだったようだ。○何将軍 何は姓、名は未詳。○山林 園林。林中に山がある故に山林という。杜甫の住居は少陵原に在り、何将軍の山林は少陵原の西南にあった。
 長安と何将軍
長安洛陽鳳翔Map



不識南塘路,今知第五橋。
これまで南塘の路がどこにあるのか知らずにいた、今はそこを経過してさらに第五橋までも知ることになった。
南塘 地名、所在は未詳。ただ韋曲(少陵原の南に流れる欒川の隈曲の名)の附近にあると思われる。塘はため池、堤、土手ということで長安の南の土手の道ということか。〇第五橋 橋名。第五は姓、姓によって橋の名となる。韋曲の西にあったという。塘と橋、共に山林に至る途中経過の処である。地図上第五橋と詩の内容から何将軍の山林を橙色で示した。



名園依綠水,野竹上青霄。
来てみると何氏の名園が緑水に添って広がっており、野生の竹が空を凌ぐばかり茂っている。
名園 有名な園、何氏の園をさす。○ よりそうこと。○野竹 野生の竹。○青零 あおぞら。



穀口舊相得,濠梁同見招。
漢の谷口の鄭子真といわれる鄭虔先生とわたしはふるくから心を許した仲なので、今回の何氏園へ荘子の濠梁の遊びのように一緒に招かれたのだ。
谷口 漢の鄭子真は賢人にして長安の南の子牛谷の口にかくれて鄭、道を楽しみひっそりと暮らし、世間との交際(まじわり)を絶ち 精神を安らかに保とうと考えた。その名は長安にまで著われた。ここは同姓の故事を借りて鄭虔をさす。○ ふるくよりの義。○相得 心を許した仲の意、交際の親しいことをいう。○濠梁 濠は水の名、梁は石橋。「荘子」秋水欝に荘子が恵子と濠梁の上に遊んだ問答がある、この園で遊ぶことを意味する。

平生為幽興,未惜馬蹄遙。
平生からひとり幽閑に興じている、そのためなら路程がはるか遠くても愛馬で出かけることを惜しみはしないのだ。
幽興 幽静の興趣。○未惜 情は愛惜すること、おしむ。○馬蹄進 とおく馬足をはこぶこと。

白絲行 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 54

白絲行  七言歌行
白絲行 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 54


 杜甫は曲江三章で自分の心境を吐露したが、、このままでは家族の生活ができない。焦る気持ちで、手当たり次第に詩を贈り、口添えを頼んだ。媚びた詩に嫌気がしたのだろう原点に返った詩を書いた。
白糸は染められて彩糸となり、彩糸は織られて羅錦(らきん)となる。羅錦はさらに裁縫を経て美人の舞衣となる。
ただ衣の新しきものは用いられてもふるびて汗(よご)れると直ちに放棄される。

杜甫は、10年近く前に李白が天子に召され1年半年で都から追われたことをよく知っている。李白は道教による引張で、才能を生かすはずであったが、うまくいかなかった。本当に詩文の才能を評価されて召されないと、引張という華麗なものだけだと切れたら捨てられる。自分は、この詩文の才能を評価されるまで耐え忍んでいく。詩中には、李白のことは全くないが、ただ、尾聯の「君不見才士汲引難」才士汲引せらるること難きを。の「才士汲引」はりはくである。
752年天宝11載41歳長安に客寓していたときの作。

白絲行
繅絲須長不須白,越羅蜀錦金粟尺。
繅は繭から取りだす糸というものは長くさえあればよいので白ければいいというものではない。越羅や蜀錦のように織られて初めて物の価値が出てくる、だから、その長短を金の星の度盛りのついたものさしではかるのである。
象牀玉手亂殷紅,萬草千花動凝碧。
機織りの女が象床に坐って玉のような手で花模様の深紅が咲き乱れ、また万草の静かな碧色が深紅の花を包み動かすのだ。
已悲素質隨時染,裂下鳴機色相射。
元来白の糸地が時流にそうて染められるということは、本来の良さを殺すことであり悲しむべきものである。仕上がって、その織物を機から切り下す際には嫌がって機織り機が声を出すが模様の色が美しく輝きを放つのである。
美人細意熨貼平,裁縫滅盡針線跡。』
之を上手な織人はこまかいこころくばりをし、火小手と糊張りでしわをのばして反物にした。裁縫はしつけの針線あとをすべてなくすことで衣裳に仕立られるのである。』
春天衣著為君舞,蛺蝶飛來黃鸝語。
こののどかな春の空は出来上がったうつくしい衣裳をみにつけてあなたのために舞い踊った、衣装の深紅の花に草花ともみまちがえ、蛺蝶も飛び乗り、緑のこずえに鶯もさえずりのである。
落絮遊絲亦有情,隨風照日宜輕舉。
舞おちちる柳絮の花綿、萌えあがる陽炎にもまた風情がある、風のふくままただよって、日の光に照らされて軽らかにまいあがる衣裳とよくあって似つかわしいものだ。
香汗清塵汙顏色,開新合故置何許?
けれども香しき酒やあせ、清らかな化粧のちり、ほこりがその衣裳の模様の色をけがして取り返しのつかないことしてしまった、すぐに新しい着物を笥から出して汚した着物はどこかへ片づけられてしまうのだ。
君不見才士汲引難,恐懼棄捐忍羈旅。』

君は見たことはいないのか、才能を持った士であっても他の人からひっぱって用いてもらうことはなかなか難しいものであるということを。 恐れていることは、自分も容易に用いられても、容易に棄てられてしまうものだということ。仕官できず都に寓居している境遇をしのびこらえているのである。




繅は繭から取りだす糸というものは長くさえあればよいので白ければいいというものではない。越羅や蜀錦のように織られて初めて物の価値が出てくる、だから、その長短を金の星の度盛りのついたものさしではかるのである。
機織りの女が象床に坐って玉のような手で花模様の深紅が咲き乱れ、また万草の静かな碧色が深紅の花を包み動かすのだ。
元来白の糸地が時流にそうて染められるということは、本来の良さを殺すことであり悲しむべきものである。仕上がって、その織物を機から切り下す際には嫌がって機織り機が声を出すが模様の色が美しく輝きを放つのである。
之を上手な織人はこまかいこころくばりをし、火小手と糊張りでしわをのばして反物にした。裁縫はしつけの針線あとをすべてなくすことで衣裳に仕立られるのである。』
こののどかな春の空は出来上がったうつくしい衣裳をみにつけてあなたのために舞い踊った、衣装の深紅の花に草花ともみまちがえ、蛺蝶も飛び乗り、緑のこずえに鶯もさえずりのである。
舞おちちる柳絮の花綿、萌えあがる陽炎にもまた風情がある、風のふくままただよって、日の光に照らされて軽らかにまいあがる衣裳とよくあって似つかわしいものだ。
けれども香しき酒やあせ、清らかな化粧のちり、ほこりがその衣裳の模様の色をけがして取り返しのつかないことしてしまった、すぐに新しい着物を笥から出して汚した着物はどこかへ片づけられてしまうのだ。
君は見たことはいないのか、才能を持った士であっても他の人からひっぱって用いてもらうことはなかなか難しいものであるということを。 恐れていることは、自分も容易に用いられても、容易に棄てられてしまうものだということ。仕官できず都に寓居している境遇をしのびこらえているのである。




糸を繅(たぐ)るには長きを須うるも白きを須いず、越羅蜀錦金粟(きんぞく)の尺。
象牀(ぞうしょう)玉手(ぎょくしゅ)殷紅(あんこう)乱る、万草千花凝碧(ぎょうへき)を動かす。
己に悲む素質の時に随いて染まることを、鳴機(めいき)より裂下(れつか)すれば色相射る。
美人 細意 慰賠(いちよう)平かなり、裁縫 滅し尽す針線の跡』
春天 衣著して君が為めに舞う、蛺蝶(ちょうちょう)飛び来って黃鸝(こうり)語る。
落架遊糸も亦た情有り、風に随い日に照らされて軽挙(けいきょ)に宜し。
香汗(こうかん)清塵(せいじん)顔色を汗(けが)せば、新を開き故を合じて何の許にか置く。
君見ずや才士 汲引(きゅういん)せらるること難きを、棄捐(きえん)せられんことを恐催して韓旅を忍ぶ』



繅絲須長不須白,越羅蜀錦金粟尺。
繅は繭から取りだす糸というものは長くさえあればよいので白ければいいというものではない。越羅や蜀錦のように織られて初めて物の価値が出てくる、だから、その長短を金の星の度盛りのついたものさしではかるのである。
繅絲 繅は繭から糸を取りだすこと。絲は絹糸。○須長 須はまつ、長くさえあればいいということ。○越羅 越の国(今の浙江省地方)でできる薄絹。○蜀錦 蜀の国(今の四川省地方)でできる錦。○金粟尺 尺はものさし、長短をはかる器、金粟はものさしの分・寸の度をもるところにめじるしとして黄金の星点を附したもの。



象牀玉手亂殷紅,萬草千花動凝碧。
機織りの女が象床に坐って玉のような手で花模様の深紅が咲き乱れ、また万草の静かな碧色が深紅の花を包み動かすのだ。
象牀 象牙でかざったこしかけ。或は機の台という。○玉手 機を織る美人の美しい手。この頃のはたおりの女性は最高に尊ばれた。○乱殷紅 殷紅とは深黒の紅色、主として花についていう。乱とは色のさまざまに動くこと、咲き乱れるをいう。〇万草千花 羅錦に織りだしてある模様。○  玉の手がうごく。○凝碧 しずかな碧色、主として草についていう。深紅を引き立たせてあでやかな模様に仕上がっていくさま。
 

已悲素質隨時染,裂下鳴機色相射。
元来白の糸地が時流にそうて染められるということは、本来の良さを殺すことであり悲しむべきものである。仕上がって、その織物を機から切り下す際には嫌がって機織り機が声を出すが模様の色が美しく輝きを放つのである。
己悲 悲とは染められて之をかなしむこと。時流に流されることを指す。○素質 糸の白い性質。そのものの持っている本来の性質、素質。○随時染 時世のはやりにしたがってそめられる。○裂下 出来あがった織物を刀できりたっておろす。○ 機織り声をたてているはた。○色相射 草花の模様の色が美しく輝きを放つ。



美人細意熨貼平,裁縫滅盡針線跡。』
之を上手な織人はこまかいこころくばりをし、火小手と糊張りでしわをのばして反物にした。裁縫はしつけの針線あとをすべてなくすことで衣裳に仕立られるのである。』
美人 これは裁縫をなす美人、織物の出来はすべて織女にかかっており、上手におる女性を示す表現で美人としている。○細意 こまかいこころくばりがなされていること。○熨貼 火小手と糊張りでしわをのばす。○裁 刀できれをたちきる。○ 糸でぬう。○滅尽 なくする。○針線跡 はりといとをはこんだ痕跡。しつけの針線あとをなくすこと。


春天衣著為君舞,蛺蝶飛來黃鸝語。
こののどかな春の空は出来上がったうつくしい衣裳をみにつけてあなたのために舞い踊った、衣装の深紅の花に草花ともみまちがえ、蛺蝶も飛び乗り、緑のこずえに鶯もさえずりのである。
春天 はるのそら。○衣著 前の句で出来上がった衣を身に着けること。○ あいてをさす、だれでもよい。○峡蚊ちょう。○黃鸝 うぐいす。



落絮遊絲亦有情,隨風照日宜輕舉。
舞おちちる柳絮の花綿、萌えあがる陽炎にもまた風情がある、風のふくままただよって、日の光に照らされて軽らかにまいあがる衣裳とよくあって似つかわしいものだ。
落絮  おちちる柳の花。柳絮。○遊糸 いとゆう、かげろう。○有情風情のあることをいう。○随風照日 系架のさま。○宜ふさわしい、につかわしい。○軽挙 舞うとき衣裳のひらひらすることをいう。



香汗清塵汙顏色,開新合故置何許?
けれども香しき酒やあせ、清らかな化粧のちり、ほこりがその衣裳の模様の色をけがして取り返しのつかないことしてしまった、すぐに新しい着物を笥から出して汚した着物はどこかへ片づけられてしまうのだ。
香汗 香しき酒やあせ。○清塵 清らかな化粧のちり。○顔色 衣裳の模様の色をいう。○開新合故 新故は新衣旧衣をいう。開合とはその衣をいれる笥をひらくことととじること。開新は新衣を笥からだしてきること、合故は旧衣を梱箪笥にかたづけてしまうこと。○置何許 許とは処というのに同じ、何許は何処に同じ。この三字は故衣についていう、故衣なんどはどこにおくか、置き場所もわからぬほどにしまいこむことをいう。



君不見才士汲引難,恐懼棄捐忍羈旅。』
君は見たことはいないのか、才能を持った士であっても他の人からひっぱって用いてもらうことはなかなか難しいものであるということを。 恐れていることは、自分も容易に用いられても、容易に棄てられてしまうものだということ。仕官できず都に寓居している境遇をしのびこらえているのである。
○君不見 君は見たことはいないのか。〇才士 才能ある人物。○汲引難 汲引とは水を汲みつるぺなわを引くこと。その如くに甲が乙をひっぱりよせることをいう。○棄捐 自分を用いる人からうちすてられる。○羈旅 羈は寄。旅は客。たびずまいのこと、仕官できず都に寓居しているさまをさす。

奉贈鮮於京兆二十韻 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 53

奉贈鮮於京兆二十韻 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 53

長安の市長に任ぜられて間もないころに京兆尹、鮮于仲通に贈った詩。752年天宝11載41歳十二月の作。

奉贈鮮於京兆二十韻 杜甫

王國稱多士,賢良複幾人?
異才應間出,爽氣必殊倫。
始見張京兆,宜居漢近臣。
驊騮開道路,雕鶚離風塵。』
侯伯知何算,文章實致身。
奮飛超等級,容易失沈淪。
脫略磻溪釣,操持郢匠斤。
雲霄今巳逼,台袞更誰親?』
鳳穴鄒皆好,龍門客又新。
義聲紛感激,敗績自逡巡。』
途遠欲何向,天高難重陳。
學詩猶孺子,鄉賦忝嘉賓。
不得同晁錯,籲嗟後郤詵。
計疏疑翰墨,時過憶松筠。』
獻納紆皇眷,中間謁紫宸。
且隨諸彥集,方覬薄才伸。
破膽遭前政,陰謀獨秉鈞。
微生霑忌刻,萬事益酸辛。』
交合丹青地,恩傾雨露辰。
有儒愁餓死,早晚報平津。』


王國稱多士,賢良複幾人?
我が唐王朝は天子のお声がかりで一芸に秀でた人物が多いといわれているが、賢良な人は幾人いるだろうかといえばさほど多くはないだろう。

異才應間出,爽氣必殊倫。
特別非凡の人才も時折出る、そういう人はさわやかな雰囲気でいい影響を与えるだろう。

始見張京兆,宜居漢近臣。
こんどはじめて漢の京兆尹張敞殿がでたが、漢の天子のおそば近くつかえるのにはふさわしいことである。
驊騮開道路,雕鶚離風塵。』
千里の馬にとって前に進むべき道路が開けられた様なもの、又下界の風塵をはなれて雕鶚の猛鳥が空高く飛び立つ様なものなのだ。』

侯伯知何算,文章實致身。
節度使は多くいることは周知のことである。あなたは自己の文章のカを以て高位になられたのである。

奮飛超等級,容易失沈淪。
自己を奮い立たせ飛び上がり超等級の方である、たやすく下位に沈んだりということはないお方である。

脫略磻溪釣,操持郢匠斤。
太公望のような行為は眼中におかないことである、今の地位に居るあなたは公平な文の取り扱いをすること、郢匠が斤を取って寸分の狂いもなかったものを手にしている。

雲霄今巳逼,台袞更誰親?』
君は今雲霄の高位には既にせまっておられる。宰相公に対して他に誰が親しいものがあるというのか。』

鳳穴鄒皆好,龍門客又新。
丹穴の鳳雛ともいうべき貴家の公子等は皆よい方々であり、竜門にもあたいする黄門において新に自分のようなものまで賓客としていただいている。

義聲紛感激,敗績自逡巡。』
諸公子の義侠の精神の評判には自分は心もから感激しているが、受験において落第し続けており、あつかましくも進みでて身辺の事についてお願いしづらくて逡巡しております。』

途遠欲何向,天高難重陳。
めざす前途がなかなか遠く違うようでありどちらに向かうべきかご指導願いたい。天は高くして叫ぶ声もとどき重ねて陳述したのだがそれが届かぬようなのです。

學詩猶孺子,鄉賦忝嘉賓。
こどものときから家庭で詩を学んで、やっと地方試験に及第して喜ばしいことにも賓客のとりあっかいをうけてかたじけなくおもっております。

不得同晁錯,籲嗟後郤詵。
不幸にして晃錯と同じように及第することもできず、またなげかわしく思うことは郤詵よりもおくれてしまった。

計疏疑翰墨,時過憶松筠。』
自分の計画に手抜かりがあるために自分の文辞にさえ疑いはじめたのです、落第つづきで時機を逸したのかもしれないので仕進をやめて、ただ松竹の如く晩節を保とうかと思っている。』

獻納紆皇眷,中間謁紫宸。
そのうちに、三大礼において賦を献上したために天子からお目をかけられて紫宸殿で謁見を仰せつけられた。

且隨諸彥集,方覬薄才伸。
しばらく他の英才の人々の集りに随伴したのです、やっとこれでいささかの才能をのばすことができるかとこいねがっております。

破膽遭前政,陰謀獨秉鈞。
ところが驚いたことには前宰相(李林甫)というものに遭遇したのです。陰謀をし、ただひとり国権を握っていたのです。

微生霑忌刻,萬事益酸辛。』
自分の徴少な生活もこの人の猜忌で残忍なやりかたで水をかけられたのです。一事が万事ますますつらいことになってきたところです。』

交合丹青地,恩傾雨露辰。
あなたは袞竜衣を身につける地位の人と交際親密であられ、人に対しては時に従い雨露のように恩恵を注ぎかけられるお方である。

有儒愁餓死,早晚報平津。』
今ここに自分の様な儒者がおり、餓えて死にはしないかと心配しています。はやければありがたいのですが、この有様を平津侯である宰相におしらせしてくださいますか。




鮮京兆尹に二十韻をお贈りもうしあげます 杜甫

我が唐王朝は天子のお声がかりで一芸に秀でた人物が多いといわれているが、賢良な人は幾人いるだろうかといえばさほど多くはないだろう。
特別非凡の人才も時折出る、そういう人はさわやかな雰囲気でいい影響を与えるだろう。
こんどはじめて漢の京兆尹張敞殿がでたが、漢の天子のおそば近くつかえるのにはふさわしいことである。
千里の馬にとって前に進むべき道路が開けられた様なもの、又下界の風塵をはなれて雕鶚の猛鳥が空高く飛び立つ様なものなのだ。』

節度使は多くいることは周知のことである。あなたは自己の文章のカを以て高位になられたのである。
自己を奮い立たせ飛び上がり超等級の方である、たやすく下位に沈んだりということはないお方である。
太公望のような行為は眼中におかないことである、今の地位に居るあなたは公平な文の取り扱いをすること、郢匠が斤を取って寸分の狂いもなかったものを手にしている。
君は今雲霄の高位には既にせまっておられる。宰相公に対して他に誰が親しいものがあるというのか。』
丹穴の鳳雛ともいうべき貴家の公子等は皆よい方々であり、竜門にもあたいする黄門において新に自分のようなものまで賓客としていただいている。
諸公子の義侠の精神の評判には自分は心もから感激しているが、受験において落第し続けており、あつかましくも進みでて身辺の事についてお願いしづらくて逡巡しております。』

めざす前途がなかなか遠く違うようでありどちらに向かうべきかご指導願いたい。天は高くして叫ぶ声もとどき重ねて陳述したのだがそれが届かぬようなのです。
こどものときから家庭で詩を学んで、やっと地方試験に及第して喜ばしいことにも賓客のとりあっかいをうけてかたじけなくおもっております。
不幸にして晃錯と同じように及第することもできず、またなげかわしく思うことは郤詵よりもおくれてしまった。
自分の計画に手抜かりがあるために自分の文辞にさえ疑いはじめたのです、落第つづきで時機を逸したのかもしれないので仕進をやめて、ただ松竹の如く晩節を保とうかと思っている。』

そのうちに、三大礼において賦を献上したために天子からお目をかけられて紫宸殿で謁見を仰せつけられた。
しばらく他の英才の人々の集りに随伴したのです、やっとこれでいささかの才能をのばすことができるかとこいねがっております。
ところが驚いたことには前宰相(李林甫)というものに遭遇したのです。陰謀をし、ただひとり国権を握っていたのです。
自分の徴少な生活もこの人の猜忌で残忍なやりかたで水をかけられたのです。一事が万事ますますつらいことになってきたところです。』

あなたは袞竜衣を身につける地位の人と交際親密であられ、人に対しては時に従い雨露のように恩恵を注ぎかけられるお方である。
今ここに自分の様な儒者がおり、餓えて死にはしないかと心配しています。はやければありがたいのですが、この有様を平津侯である宰相におしらせしてくださいますか。』


鮮於京兆に二十韻を贈り奉る 杜甫

王国士多しと称せらる 賢艮復た幾人ぞ
異才応に間出すぺし 爽気必ず殊倫なり
始めて見る張京兆 宜しく漢の近臣に居るべし
驊騮道路開く 雕鶚風塵を離る』
侯伯知る何算 文章実に身を致せり
奮飛等級を超え 容易沈淪を失す
磻渓の釣を脱略して 郢匠の斤を操持す
雲霄今巳に逼る 台袞 更に誰か親しまん』
鳳穴 鄒 皆好し 竜門 客 又 新なり
義声 紛として感激す 敗績 自ら逡巡たり』
途遠くして何くに向わんと欲する 天高くして重ねて陳べ難し
詩を学ぶは猶お孺子なりき 郷賦嘉賓を黍くす
晁錯に同じきを得ず 呼嗟郤詵に後れたり
計疎にして翰墨を疑い 時過ぎて松筠を憶う』
献納皇眷を紆らす 中間紫宸に謁す
且く随う諸彦の集るに 万に覬う薄才の伸びんことを
破胆前政の 陰謀独り鈞を秉るに遭う
徴生忌刻に霑う 万事益々酸辛なり』
交りは合す丹青の地 恩は雨露を傾くる辰
儒有り餓死せんことを愁う 早晩平津に報ぜん』



鮮于 鮮于は姓、名は仲通。蜀の富豪で楊国忠に資金を提供したために、国忠に後に引き上げられた。仲通は天宝九載に剣南節度副大使となり、十一載に至って京兆尹に拝した。楊国忠が相となったのは、十一載十一月であるから仲通が京兆尹となったのは其の後のことであろう。○京兆 京兆尹(長安の市長)。




奉贈鮮於京兆二十韻 杜甫


王國稱多士,賢良複幾人?
我が唐王朝は天子のお声がかりで一芸に秀でた人物が多いといわれているが、賢良な人は幾人いるだろうかといえばさほど多くはないだろう。
○王国 天子の国、唐王朝をいう。○多士 人物の多いこと。○賢艮 かしこくよき人物。○復幾 人幾人ぞとは幾人かある、あまり多くはあるまいということ。
 
異才應間出,爽氣必殊倫。
特別非凡の人才も時折出る、そういう人はさわやかな雰囲気でいい影響を与えるだろう。
○異才 特別非凡の才。○間出 時折出る。まじわりいでる。○爽気 雰囲気のさっぱりしたこと。○殊倫 特殊の傑出せるたぐい。
 
始見張京兆,宜居漢近臣。
こんどはじめて漢の京兆尹張敞殿がでたが、漢の天子のおそば近くつかえるのにはふさわしいことである。
○張京兆 漢の京兆戸張敞をいう。名官であったので仲通にたとえる。京兆尹は長安の市長。。○漢近臣 漢は唐を意味し、近臣は天子のおそぼちかくつかえる臣。

驊騮開道路,雕鶚離風塵。』
千里の馬にとって前に進むべき道路が開けられた様なもの、又下界の風塵をはなれて雕鶚の猛鳥が空高く飛び立つ様なものなのだ。』
○驊騮 千里の馬。○開 そのゆくべき道が前にあらわれることをいう。○雕鶚 たかのたぐい、鶚は雕より大きい。○離風塵 下界をはなれて空高くとぶ。
 


侯伯知何算,文章實致身。
節度使は多くいることは周知のことである。あなたは自己の文章のカを以て高位になられたのである。
○侯伯 諸侯をいうのであるが、唐の時代には諸侯はないので、地方の節度使をさしている。○何算 いかに算するをしる。多くあって算できない。○致身 身を高位に致す。
 
奮飛超等級,容易失沈淪。
自己を奮い立たせ飛び上がり超等級の方である、たやすく下位に沈んだりということはないお方である。
○失沈倫 上の超等殻と同じことを反面より言ったまでである。
 
脫略磻溪釣,操持郢匠斤。
太公望のような行為は眼中におかないことである、今の地位に居るあなたは公平な文の取り扱いをすること、郢匠が斤を取って寸分の狂いもなかったものを手にしている。
○脱略 眼中におかないこと。○磻溪釣 周の呂尚(太公望)の故事、『佩文韻府』引『水経注』「渭水之右、磻渓水注之、東南隅有石室、蓋太公所居也」。大公は渭水の右、磻渓水の注ぐ処に釣を垂れていて文王に迎えられた。○操持 手にとる。○郢匠斤 文章が間違いのない正しいものと評価されること。○郢匠の事は「荘子」に見える。郢(楚の都)の人体像に鼻のあたまに漆喰をぬっているものがあり、邦の匠(大工)石というものが斤(まさかり)をふりまわしてその漆喰をけずりとったところ少しも鼻を傷つけなかったという。削りにおいて寸分の狂いがないことをいう。
 
雲霄今巳逼,台袞更誰親?』
君は今雲霄の高位には既にせまっておられる。宰相公に対して他に誰が親しいものがあるというのか。』
○雲霄 そら、くものうえのおおぞら、高い地位をいう。〇台袞 三台、兗衣のこと。三公は天の三台星に対し、又三公は袞(竜のついている衣)をきる。暗に楊国忠をさしている。三公は袞(竜のついている衣)赤の服は天子の最も信任の篤い臣下に贈られるもので、これを袞竜衣(こんりょうい)という。 .赤地の服の両袖に竜の刺繍をつけた袞竜衣を身につけ、頭には冕(べん)と呼ばれる(玉すだれの)冠を被っている。○更誰親 仲通ほど親しいものはだれもない。


■ここから鮮于に対してとお願いの前段。
鳳穴鄒皆好,龍門客又新。
丹穴の鳳雛ともいうべき貴家の公子等は皆よい方々であり、竜門にもあたいする黄門において新に自分のようなものまで賓客としていただいている。
○鳳穴 鳳穴とは鳳凰の住居をいい、ここは鮮于氏の家門をさす。○鄒 ひな。鳳凰の児をいい、仲通の子供をさす。○竜門 黄河にある懸瀑の名、陝西省同州府韓城県にある。鯉魚がこの滝をのぼるり竜となるということから竜門という。ここでは鮮于氏に竜門をあてていう。○客 賓客、杜甫自ずからをいう。

義聲紛感激,敗績自逡巡。』
諸公子の義侠の精神の評判には自分は心もから感激しているが、受験において落第し続けており、あつかましくも進みでて身辺の事についてお願いしづらくて逡巡しております。』
○義声 義侠なりとの評判、これは鮮于氏の諸子についていう、この句によれば作者は蓋し諸公子と交際があったものと思われる。○感激 作者がはげしく感動する。○敗績 「左伝」に大いに崩れることを敗績というとみえる、戦に大負けすること。ここ者が試験に失敗したことに用いる。○逡巡 ためらって前へ進みでぬこと。
 


■ここからは開元中の落第について。
途遠欲何向,天高難重陳。
めざす前途がなかなか遠く違うようでありどちらに向かうべきかご指導願いたい。天は高くして叫ぶ声もとどき重ねて陳述したのだがそれが届かぬようなのです。
○途遠 目的とする処まで距離が遠い。○天高 天は有形の天をいうが裏面には天子の居をさす。○重陳 かさねて陳述する、言いのべる。


學詩猶孺子,鄉賦忝嘉賓。
こどものときから家庭で詩を学んで、やっと地方試験に及第して喜ばしいことにも賓客のとりあっかいをうけてかたじけなくおもっております。
○学詩 家庭にて詩をまなぶことをいう。○孺子 童子。○郷賦 地方にて詩賦の試験をうけることをいう。〇番嘉賓 黍は辱くする、謙遜の辞。嘉賓とはよき賓客。唐の制度では地方の試験に及第すると、地方官がこ賓客として招き要し、「詩経」小雅の「鹿鳴」の詩をうたって京師へ送った。


不得同晁錯,籲嗟後郤詵。
不幸にして晃錯と同じように及第することもできず、またなげかわしく思うことは郤詵よりもおくれてしまった。
○晁錯 ちょうそ 漢の文帝の時、高等で及第し中大夫に選ばれた。文帝の治世にその命により、秦の時代の焚書坑儒により廃れてしまった尚書(書経)を、当時90余歳の伏生のもとに派遣されて学んだ。そこから文帝より信任を得て政治に参加し始め、匈奴対策などを立案していた。また同じく太子の劉啓(のちの景帝の教育係にもなった。○呼嗟 ああ、の辞。○郤詵 げきしん 郤詵(生没年不詳)は字を広基といい、済陰郡単父県の人である。尚書左丞の郤晞の子。博学多才で、並はずれて優れていて、細かいことにはとらわれない性格であった。晋の郤詵(げきしん)が進士に合格したとき、「桂林の一枝を得たにすぎない」と帝に言ったという「晋書」郤詵伝の故事
 
計疏疑翰墨,時過憶松筠。』
自分の計画に手抜かりがあるために自分の文辞にさえ疑いはじめたのです、落第つづきで時機を逸したのかもしれないので仕進をやめて、ただ松竹の如く晩節を保とうかと思っている。』
○計疎分の計りごとに手ぬかりのあること。○疑翰墨 翰墨は筆墨、文辞のことをさす。疑とはその価値についぅこと。文辞のすぐれている者は及第すべきはずであるのに及第を得なかったので疑いが生じたのである。時機を逸したこと。○松筠 筠は竹色をいうことばであるが竹を意味する。松竹とはその歳晩になっも変易しない青線の色についていう、不変の色はこれを人の節操をあらわす。


ここからは、賦を献じたため玄宗より召し試みられたことをのべる。
獻納紆皇眷,中間謁紫宸。
そのうちに、三大礼において賦を献上したために天子からお目をかけられて紫宸殿で謁見を仰せつけられた。
○献納 三大礼の賦を献じたをいう。○紆 紆回の紆、わざわざこちらへむけてくださる、敬語となる。○皇眷皇は天子(玄宗)をさす。眷はめをかけてくださること、ふりむきもしないというのは愛する念のないことであり、ふりむ寵愛の念のあることである。○中間 そのうちに。○紫宸 正殿の名。

且隨諸彥集,方覬薄才伸。
しばらく他の英才の人々の集りに随伴したのです、やっとこれでいささかの才能をのばすことができるかとこいねがっております。
○諸彥 もろもろのひいでた人々。その時作者と同じく召しだされたものをさす。○覬 冀(こいねがう)と同じ。○薄才伸 薄我が才能、謙透していう。

破膽遭前政,陰謀獨秉鈞。
ところが驚いたことには前宰相(李林甫)というものに遭遇したのです。陰謀をし、ただひとり国権を握っていたのです。
○破膽 驚くこと。○前政 前の政権をとった人、即ち前宰相李林甫をいう、作は前の京師の試験にも、この天子の召試にもみな李林甫の妨害によって及第することを得なかった。○かげのたくらみ。○秉鈞 宰相たる者は一国の公平を手にするものであるということを独りで独占する。


微生霑忌刻,萬事益酸辛。』
自分の徴少な生活もこの人の猜忌で残忍なやりかたで水をかけられたのです。一事が万事ますますつらいことになってきたところです。』
○徴生 あるかなきかの生活、自己の徴少な生活をいう。○霑 希望に対して水をかけ、その余波をうけたことをいう。○忌刻 猜忌で残忍なこと。○万事 一事が万事。○酸辛 つらいこと。


■以下は鮮于に援助のお願い
交合丹青地,恩傾雨露辰。
あなたは袞竜衣を身につける地位の人と交際親密であられ、人に対しては時に従い雨露のように恩恵を注ぎかけられるお方である。
○交合 合とは一致すること、交際がくいちがいにならずぴったりあうこと。○丹青地 公卿の地位をいう。.赤地の服の両袖に青の竜の刺繍をつけた袞竜衣を身につける地位の人。○恩 鮮于から作者に対する恩恵。○傾雨露 雨露は恩恵をたとえていう、傾くとは我が方へぶちまけること。○辰 時と同じ。

有儒愁餓死,早晚報平津。』
今ここに自分の様な儒者がおり、餓えて死にはしないかと心配しています。はやければありがたいのですが、この有様を平津侯である宰相におしらせしてくださいますか。
○有儒 儒とは時に染まらず節操を曲げない自分を指す。○早晩 はやければありがたい。○報 我が境遇についてつげしらせる。○平津 漢の公孫弘をいう。弘は丞相となり、平津侯に封ぜられ、東閣を開いて賢士を招いた。ここは時の宰相楊国忠をさす。



奉贈鮮於京兆二十韻 杜甫

王國稱多士,賢良複幾人?
異才應間出,爽氣必殊倫。
始見張京兆,宜居漢近臣。
驊騮開道路,雕鶚離風塵。』

王国士多しと称せらる 賢艮復た幾人ぞ
異才応に間出すぺし 爽気必ず殊倫なり
始めて見る張京兆 宜しく漢の近臣に居るべし
驊騮道路開く 雕鶚風塵を離る』


侯伯知何算,文章實致身。
奮飛超等級,容易失沈淪。
脫略磻溪釣,操持郢匠斤。
雲霄今巳逼,台袞更誰親?』

侯伯知る何算 文章実に身を致せり
奮飛等級を超え 容易沈淪を失す
磻渓の釣を脱略して 郢匠の斤を操持す
雲霄今巳に逼る 台袞 更に誰か親しまん』


鳳穴鄒皆好,龍門客又新。
義聲紛感激,敗績自逡巡。』

鳳穴 鄒 皆好し 竜門 客 又 新なり
義声 紛として感激す 敗績 自ら逡巡たり』


途遠欲何向,天高難重陳。
學詩猶孺子,鄉賦忝嘉賓。
不得同晁錯,籲嗟後郤詵。
計疏疑翰墨,時過憶松筠。』

途遠くして何くに向わんと欲する 天高くして重ねて陳べ難し
詩を学ぶは猶お孺子なりき 郷賦嘉賓を黍くす
晁錯に同じきを得ず 呼嗟郤詵に後れたり
計疎にして翰墨を疑い 時過ぎて松筠を憶う』


獻納紆皇眷,中間謁紫宸。
且隨諸彥集,方覬薄才伸。
破膽遭前政,陰謀獨秉鈞。
微生霑忌刻,萬事益酸辛。』

献納皇眷を紆らす 中間紫宸に謁す
且く随う諸彦の集るに 万に覬う薄才の伸びんことを
破胆前政の 陰謀独り鈞を秉るに遭う
徴生忌刻に霑う 万事益々酸辛なり』


交合丹青地,恩傾雨露辰。
有儒愁餓死,早晚報平津。』

交りは合す丹青の地 恩は雨露を傾くる辰
儒有り餓死せんことを愁う 早晩平津に報ぜん』

曲江三章 章五句 (2):kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 52 

曲江三章 章五句 杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 52 
曲江三章 章五句 (2)

この詩は、父の死以後、生活が杜甫にかかっており、ここ数年士官のため長安に出てきており、全力を挙げて取り組んだが、この秋まですべてうまくいかなかった。曲江の東に弟杜侄を寓居としていた。なりふり構わない活動をしたため、絶望感を漂わせる秋時の感を述べている。752年41歳の作。七言雑詩、絶句の一聯に七言の句を追加して構成される珍しいものである。特にこの詩は三首を一つとしてとらえることも必要だ。
したがって追加しないで整理番号52のままとする。 


長安城郭015
唐 長安の図 図中右下が曲江

曲江三章 第一章五句
曲江蕭條秋氣高,菱荷枯折隨風濤。
曲江のあたり、草木は枯れもの寂しく大空が澄み渡りすっかり秋の気配になった、池の菱と蓮は枯れ、折れなどで荒れた模様で 風が吹き、大波よってゆれうごいている。
遊子空嗟垂二毛,白石素沙亦相蕩,哀鴻獨叫求其曹。

故郷を離れ、仕官もできていない自分、むなしくため息をし、そして白髪交じりになろうとしてきた。
白石があり、ただ沙もむなしく白く互いに落ち着いていない。哀れにも大雁は、一羽で叫んでいたその群れを求めているのだろう。


曲江のあたり、草木は枯れもの寂しく大空が澄み渡りすっかり秋の気配になった、池の菱と蓮は枯れ、折れなどで荒れた模様で 風が吹き、大波よってゆれうごいている。
故郷を離れ、仕官もできていない自分、むなしくため息をし、そして白髪交じりになろうとしてきた。
白石があり、ただ沙もむなしく白く互いに落ち着いていない。哀れにも大雁は、一羽で叫んでいたその群れを求めているのだろう。


曲江蕭条として 秋氣高く、菱荷(菱と蓮)枯折して 風濤に随ふ
游子空しく嗟す 二毛(白髪交じり)に垂(なんなん)とするを
白石素沙 亦た相い蕩(うごか)す
哀鴻(あいこう、哀れなヒシクイ)独り叫び 其の曹(ともがら)を求む



曲江蕭條秋氣高,菱荷枯折隨風濤。
曲江のあたり、草木は枯れもの寂しく大空が澄み渡りすっかり秋の気配になった、池の菱と蓮は枯れ、折れなどで荒れた模様で 風が吹き、大波よってゆれうごいている。



遊子空嗟垂二毛,白石素沙亦相蕩,哀鴻獨叫求其曹。
故郷を離れ、仕官もできていない自分、むなしくため息をし、そして白髪交じりになろうとしてきた。
白石があり、ただ沙もむなしく白く互いに落ち着いていない。哀れにも大雁は、一羽で叫んでいたその群れを求めているのだろう。
○垂 なんなんとする○哀鴻 哀れな大雁。○曹 (ともがら)列を組む群れ。





曲江三章 第二章五句
即事非今亦非古,長歌激夜梢林莽,比屋豪華固難數。
目前にあるものをそのままに、現在ではないし、亦、昔のことでもない。聞いたことのある長歌がこの夜は盛んに歌われているが、林やくさむらによって消されている。ここにある屋敷は豪華なものであり、おおきな一棟は分かるがあとは数えられない。
吾人甘作心似灰,弟侄何傷淚如雨?
自分は人として、少し甘くて心が塵灰のようになってしまった。弟の侄は心を痛めて涙が雨のようにとめどなく流している。


目前にあるものをそのままに、現在ではないし、亦、昔のことでもない。聞いたことのある長歌がこの夜は盛んに歌われているが、林やくさむらによって消されている。ここにある屋敷は豪華なものであり、おおきな一棟は分かるがあとは数えられない。
自分は人として、少し甘くて心が塵灰のようになってしまった。弟の侄は心を痛めて涙が雨のようにとめどなく流している。


即事 今に非ず 亦た古(いにしへ)に非ず
長歌夜激しくして 林莽(りんぼう、林やくさむら)を捎(はら)ふ
比屋 豪華にして 固より数え難し
吾人 甘んじて 心 灰に似たるを作さん
弟姪 何をか傷みて 泪(なみだ)雨の如くなる



即事非今亦非古,長歌激夜梢林莽,比屋豪華固難數。
目前にあるものをそのままに、現在ではないし、亦、昔のことでもない。聞いたことのある長歌がこの夜は盛んに歌われているが、林やくさむらによって消されている。ここにある屋敷は豪華なものであり、おおきな一棟は分かるがあとは数えられない。
林莽 りんぼう、林やくさむら



吾人甘作心似灰,弟侄何傷淚如雨?
自分は人として、少し甘くて心が塵灰のようになってしまった。弟の侄は心を痛めて涙が雨のようにとめどなく流している。
(体が塵灰になるまで、心、志をしっかり持とう。)





曲江三章 第三章五句
自斷此生休問天,杜曲幸有桑麻田,故將移住南山邊。
自分はこの世の生涯の望み、仕官の願いを断ってしまったから運命の窮通について天に問う必要もない。幸に杜曲には桑麻を作りうる田地がある、だから此処(曲江)から南山ちかく(杜曲)へひきうつってきたのだ。
短衣匹馬隨李廣,看射猛虎終殘年。

気軽にひとえ着で一匹の馬にまたがり、李広のような男のあとについていく、猛虎でも射るのを桑畑でみながらこの老いさきを終ろうとおもう。



自分はこの世の生涯の望み、仕官の願いを断ってしまったから運命の窮通について天に問う必要もない。幸に杜曲には桑麻を作りうる田地がある、だから此処(曲江)から南山ちかく(杜曲)へひきうつってきたのだ。
気軽にひとえ着で一匹の馬にまたがり、李広のような男のあとについていく、猛虎でも射るのを桑畑でみながらこの老いさきを終ろうとおもう。

自ら此の生を断つ天に問うを休めよ、杜曲幸に桑麻の田有り、故に将に南山の辺に移住す。
短衣匹馬李広に随い、猛虎を射るを看て残年を終えんとす。



自斷此生休問天,杜曲幸有桑麻田,故將移住南山邊。
自分はこの世の生涯の望み、仕官の願いを断ってしまったから運命の窮通について天に問う必要もない。幸に杜曲には桑麻を作りうる田地がある、だから此処(曲江)から南山ちかく(杜曲)へひきうつってきたのだ。
自断此生 衷心に決する所があってこの生涯に於ける仕進の意を断絶することをいう。○休問天 天命に安んずる故に天に問う必要がない。○杜曲 杜曲は韋曲と共に長安の南、奨川の水曲の名で名勝である。杜甫の居宅は杜曲に在った。○桑麻田 桑や麻をつくるはたけ。○故将 故はそれゆえに。将はまさに云々せんとすで、「終残年」までにかかる。○移住 これは杜曲よりいうのではなく曲江よりいう。○南山 終南山。南山辺とは即ち杜曲をさす。李広が実際虎を射た山は東南へ約20km以上いった藍田県の南山であるが、家賃が安く、自給自足ができるところであったのか。



短衣匹馬隨李廣,看射猛虎終殘年。
気軽にひとえ着で一匹の馬にまたがり、李広のような男のあとについていく、猛虎でも射るのを桑畑でみながらこの老い先を終ろうとおもう。
李広 漢の武帝の時の大将軍。飛将軍として、匈奴からおそれられ、尊敬されたが、国内の評価は低く不遇に終わった。ここは、広藍田の南山中に屏居して射猟をしたとき、草中の石を虎と見あやまって射たところ、矢は石に没したという。○残年 老いさき。

曲江三章 章五句(1) 杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 52 




曲江三章 章五句 杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 52 曲江三章 章五句 (1)



曲江  唐の都長安の中心部より東南東数㎞の風光明媚なところに、曲江池という池があった。池は、「隋の長安建都の時に黄渠の水を引いて池を作り、これを曲江と呼んだ」とされる。宋代(南宋1127~1279)の趙彦衛が撰した『雲麓漫鈔』に記述があるが、隋はこの地に「芙蓉園」を造って離宮とした。
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 この地には、かつて漢の武帝も「宣春下苑」という離宮を造っており、唐代になって第6代皇帝玄宗(在位712~752)の開元年間(713~741)に大規模な再開発が行われたようだ。
  北には元殿を含む大明宮があり、周囲を取り囲む曲江池、杏園、楽遊原の風景も非常に美しい場所である。
近くには杏園、楽遊原、大慈恩寺などの名所があり、貴族達の行楽地として春や秋には賑わい、特に唐の科挙試験に及第して進士となった者は、曲江のほとりの杏園で宴を賜ったと伝えられている。
  しかしこの場所も、安史の乱(756~763)の時に建築物は尽く破壊され、一部は後に修復されたのだが、また、唐末の戦乱で破壊されてしった。
  現在は曲江地遺跡として石碑なども建っているが、池は干上がって農地化している。

このしは、生活が杜甫にかかっており、ここ数年士官のため、全力を挙げて取り組んだが、この秋まですべてうまくいかなかった。曲江の東に弟杜侄を寓居としていた。絶望感を漂わせる秋時の感を述べている。752年41歳の作。七言雑詩、絶句の一聯に七言の句を追加して構成される珍しいものである。特にこの詩は三首を一つとしてとらえることも必要だ。


曲江三章 章五句 
曲江三章 第一章五句
曲江蕭條秋氣高,菱荷枯折隨風濤。
遊子空嗟垂二毛,白石素沙亦相蕩,哀鴻獨叫求其曹。

曲江三章 第二章五句
即事非今亦非古,長歌激夜梢林莽,比屋豪華固難數。
吾人甘作心似灰,弟侄何傷淚如雨?

曲江三章 第三章五句
自斷此生休問天,杜曲幸有桑麻田,故將移住南山邊。
短衣匹馬隨李廣,看射猛虎終殘年。

曲江三章 章五句 

曲江蕭條秋氣高,菱荷枯折隨風濤。
遊子空嗟垂二毛,白石素沙亦相蕩,哀鴻獨叫求其曹。

即事非今亦非古,長歌激夜梢林莽,比屋豪華固難數。
吾人甘作心似灰,弟侄何傷淚如雨?

自斷此生休問天,杜曲幸有桑麻田,故將移住南山邊。
短衣匹馬隨李廣,看射猛虎終殘年。

1.
曲江のあたり、草木は枯れもの寂しく大空が澄み渡りすっかり秋の気配になった、池の菱と蓮は枯れ、折れなどで荒れた模様で 風が吹き、大波よってゆれうごいている。
故郷を離れ、仕官もできていない自分、むなしくため息をし、そして白髪交じりになろうとしてきた。
白石があり、ただ沙もむなしく白く互いに落ち着いていない。哀れにも大雁は、一羽で叫んでいたその群れを求めているのだろう。
2.
目前にあるものをそのままに、現在ではないし、亦、昔のことでもない。聞いたことのある長歌がこの夜は盛んに歌われているが、林やくさむらによって消されている。ここにある屋敷は豪華なものであり、おおきな一棟は分かるがあとは数えられない。
自分は人として、少し甘くて心が塵灰のようになってしまった。弟の侄は心を痛めて涙が雨のようにとめどなく流している。
3.
自分はこの世の生涯の望み、仕官の願いを断ってしまったから運命の窮通について天に問う必要もない。幸に杜曲には桑麻を作りうる田地がある、だから此処(曲江)から南山ちかく(杜曲)へひきうつってきたのだ。
気軽に衣単衣で一匹の馬にまたがり、李広のような男のあとについていく、猛虎でも射るのを桑畑でみながらこの老いさきを終ろうとおもう。

choan9ryo

 

(2)続く


玄都壇歌寄元逸人 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 51

玄都壇歌寄元逸人 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 51

玄都壇のさまを述べて元逸人に寄せた詩。752天宝十一載の作。この詩は、李白の「西岳云台歌送丹邱子」と雰囲気を同じくしている。
元都壇歌寄元逸人 杜甫 51

この年の出来事。
752天宝 11載・11月宰相李林甫(65歳位)が病死、楊国忠、右相となる。18年間の圧制も今度は楊貴妃一族に取って代わる。 
杜甫:・752 41歳 長安にあり。召されて文章を試み、有司に送り隷して選序に参列することができた。暮春、しばらく洛陽に帰る。冬、長安にて岑参、高適、儲光羲と交わる。就職活動をやみくもに進める。 「 同諸公登慈恩寺塔」 「麗人行」
王維:・752 王維54歳 文部郎中(従五品上)に任ぜられる 王維 「送秘書晁監還日本国」
岑参:38歳 長安に帰る。秋、杜甫高適と慈恩寺塔に登る。

玄都壇歌寄元逸人
故人昔隱東蒙峰,已佩含景蒼精龍。
我が旧友たる君は昔東蒙峰にかくれていた頃から己に姿隠しの御守り札などを佩びた人のようであった。
故人今居子午穀,獨在陰崖結茅屋。』
君は、今、子牛谷に住んでいて、ただひとり北向きの崖に茅屋の庵を結んでいる。』
屋前太古元都壇,青石漠漠常風寒。
その茅屋の前には太古からあるらしい玄都壇があって、青色の石が平べったく横わり、吹きくる風はいつもつめたい。
子規夜啼山竹裂,王母晝下雲旗翻。』
夜にはほととぎすが啼いて山の竹が裂ける様な声をだし、昼は西王母の道士、仙人が雲旗をひるがえして天から下ってくる。』
知君此計誠長往,芝草瑯玕日應長。
君は世間に認知された、かかる山中の修行を計っては永久に自然界と一体化されているのである。そこでは気を吸い、霞をたべ、芝草や瑯玕の仙草が日々生長していることであろう。
鐵鎖高垂不可攀,致身福地何蕭爽。』

そこへ行くには懸崖絶壁で鉄のくさりが高く垂れていてよじのぼることもできない。さような道教の福地というべきところに身を置くというはなんと「蕭爽な気」を身に吸い込んで一体化していくのであろう。』



我が旧友たる君は昔東蒙峰にかくれていた頃から己に姿隠しの御守り札などを佩びた人のようであった。
君は、今、子牛谷に住んでいて、ただひとり北向きの崖に茅屋の庵を結んでいる。』

その茅屋の前には太古からあるらしい玄都壇があって、青色の石が平べったく横わり、吹きくる風はいつもつめたい。
夜にはほととぎすが啼いて山の竹が裂ける様な声をだし、昼は西王母の道士、仙人が雲旗をひるがえして天から下ってくる。』

君は世間に認知された、かかる山中の修行を計っては永久に自然界と一体化されているのである。そこでは気を吸い、霞をたべ、芝草や瑯玕の仙草が日々生長していることであろう。
そこへ行くには懸崖絶壁で鉄のくさりが高く垂れていてよじのぼることもできない。さような道教の福地というべきところに身を置くというはなんと「蕭爽な気」を身に吸い込んで一体化していくのであろう。』


玄都壇の歌元逸人に寄す
故人昔隠る東蒙峰、己に佩ぶ含景の蒼精竜。
故人今居る子牛谷、独り陰崖に在って茅屋を結ぶ。』
屋前太古の玄都壇、青石漠漠として常に風寒し。
子規夜啼いて山竹裂け、王母昼下りて雲旗翻る。』
知る君が此の計長往を成すを、芝草瑯玕日に応に長ずるなるべし。
鐵鎖高く垂れて攣す可からず、身を福地に致す何ぞ粛爽なる。』




玄都壇歌寄元逸人
○玄都壇 玄都とは道家のかんがえた一つの仙郷。「十洲記」に「玄洲ハ北海二在り、岸ヲ去ルコト三十六万里、上二大玄都有り、仙伯真公ノ治ムル所ナリ」とある。玄都壇は漢の武帝の築く所で長安の南山の子牛谷の中に在る。元逸人はここに隠れていたのである。
①--- 
東海 祖州・・・方円五百里にして中國東方七万里という。不死の草あり。死者の上にその草を置くだけでよみがえるのである。
②東方大海中 瀛州・・・方円四千里。揚子江口から七十万里という。神芝仙草というのが生えている。また、玉石ありて高さ一千丈という。酒の味がする玉醴泉がある。これを飲むと長生するといい、神仙の家が多い。
③北海 玄州・・・中國の北西の間の方向に、三十六万里離れて在り。方円七千二百里。崑崙山のかなたにある。山々にかこまれ太玄都がある。神仙である真君が支配しているという。しかし、その太玄都近くに風山がある。この山には大いなる風が吹き止むことなく、また雷電の音と光が絶えるときがない。この山の上に天地の西北の門があるの。その門から、時に多数の大きな仙人たちの住居が見える。
④南海 炎州・・・中國から南へ九万里、方円二千里。この世界には不思議なドウブツがいるので名高い。
⑤南海 長州・・・中國の南東二十万里、方円五千里。山川が多く、森に覆われている。森には巨木多く、二千人で抱えてようやく一回りできるような大きなものもある。森が多いことから「青丘」とも言われる。仙草、霊薬、甘液、玉英を産する。
この大陸にも風山があり、その山はつねに震動し、轟々とうなっている。
⑥北海 元州・・・中國の北方十万里、方円三千里。この大陸には五芝玄澗と名づけられる谷があって、そこの水は蜜のように甘く、長生の効能がある。またこの谷に生えている五芝の方にも長生の効能があるのである。
⑦西海 流州・・・中國の西方十九万里、方円三千里。多くの山と川があるのであるが、特に大きな石の嶺があり「崑吾」と名づけられている。この露頭から掘削される鉄鉱を用いて製せられた剣は光かがやいてしかも透き通りまるで水晶のごとしという。この剣を以って玉を斬ればまるで泥を斬るようだとのこと。
⑧東海 生州・・・中國の東北方二十三万里、方円二千五百里。(蓬莱を離れること七十万里、ともいうのですが、蓬莱とチュウゴクと、この生洲との位置関係がよくわからない。)数万の神仙が住むといい、天気は常に晴朗で温暖、寒暑なく、万物がいつも生長しやすい環境にある。もちろん長生に資する霊芝や仙草もどんどこ成長する。飲み水もとても甘いという。
⑨西海 鳳鱗州・・・方円一千五百里。四方を波風の無い海の囲まれているゆえ人間には渡ることができないらしい。ここには鳳凰・麒麟が何万と住んでいる。もちろん神仙も多く住んでおられるのだ。鳳凰のくちばしと麒麟の角を煮て作ったにかわがあり、切断した弓の弦や刀をつなぎあわせることができるという。
⑩西海 集窟州・・・中國の西南、崑崙を離れること南に二十六万里、中國を離れること西に二十四万里という。神仙が多く住んで数え尽くせない。この大陸には獅子、避邪、サク歯、天鹿、長牙、銅頭、鉄額といった動物、人間の頭を持つ鳥がいる。この鳥の住む山を人鳥山というが、人鳥山には楓に似た樹木あり、還魂樹とよばれ、この木は香りがよい。
元逸人 李太白の集に元丹邸という人がみえるが元丹邱については12首ある。逸人と同一人であろう。
李白は、元丹邱との関係が深い。その関係を表す詩だけでも、以下の12首もある。
1.西岳云台歌送丹邱子
2.元丹邱歌                         
3.潁陽元丹邱別准陽之
4.詩以代書答元丹邱
5.酬岑勛見尋就元丹邱對酒相待以詩見招
6.尋高鳳石門山中元丹邱
 7.觀元丹邱坐巫山屏風
 8.題元丹邱山居
 9.題元丹邱潁陽山居 并序
10.題嵩山逸人元丹邱山居 并序
11.聞丹邱子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡、
12.與元丹邱方城寺談玄作、




故人昔隱東蒙峰,已佩含景蒼精龍。
我が旧友たる君は昔東蒙峰にかくれていた頃から己に姿隠しの御守り札などを佩びた人のようであった。
故人 旧知の人、元逸人をさす。作者と逸人とは山東時代(開元二十三四年頃)よりの知己であり、
與李十二白同尋范十隱居  杜甫
李侯有佳句,往往似陰鏗。
余亦東蒙客,憐君如弟兄。』
醉眠秋共被,攜手日同行。
更想幽期處,還尋北郭生。』
入門高興發,侍立小童清。
落景聞寒杵,屯雲對古城。』
向來吟橘頌,誰欲討蓴羹。
不願論簪笏,悠悠滄海情。』

「同二太白一訪二苑隠居こ詩の「余モ亦東蒙ノ客、君ヲ憐ムコト弟兄ノ如シ」、東蒙時代に関する句である。○東蒙峰 蒙山をいう。蒙山は山東省折州府蒙陰県の西南にあり、魯(究州曲阜県)よりすれば東にあたるので東蒙という。
含景蒼精竜 景は影と同じ、隴山には、蒼精竜が棲むとされた、杜甫「前出塞九首」李商隠「桂林」
城窄山將壓、江寛地共浮。
東南通絶域、西北有高樓。
紳護青楓岸、龍移白石湫。
殊郷竟何禱、簫鼓不曾体。
姿を隠すための蒼精竜の御札を示す。




故人今居子午穀,獨在陰崖結茅屋。』
君は、今、子牛谷に住んでいて、ただひとり北向きの崖に茅屋の庵を結んでいる。』
 作詩の時。○子牛谷 長安県南の山中にあり、長さ六百六十里、北の口を子という、西安府の南百里にあり、南の口を午という、漢中府洋県の東百六十里にある。終南山に元丹邱の庵があった。○陰崖 北むきのがけ。長安側。



屋前太古元都壇,青石漠漠常風寒。
その茅屋の前には太古からあるらしい玄都壇があって、青色の石が平べったく横わり、吹きくる風はいつもつめたい。
○漠漠 広く平かなさま。○ いつも、或は常を松に作る。



規夜啼山竹裂,王母晝下雲旗翻。』
夜にはほととぎすが啼いて山の竹が裂ける様な声をだし、昼は西王母の道士、仙人が雲旗をひるがえして天から下ってくる。』
子規 ほととぎす。○山竹裂 裂帛、裂竹はみな声の形容。○王母 西王母をいい、ここでは、道を開いた女道士を指す。ものとおもう。○雲旗 くものはた、道士、元丹邱など仙人の行列をいう。
 

知君此計誠長往,芝草瑯玕日應長。
君は世間に認知された、かかる山中の修行を計っては永久に自然界と一体化されているのである。そこでは気を吸い、霞をたべ、芝草や瑯玕の仙草が日々生長していることであろう。
此計 此の山中生活のはかりごと。○誠長往 長往とは自然界と一体化のことをいう。○芝草瑯玕 芝草、瑯玕共に仙薬。○ 不老になる。



鐵鎖高垂不可攀,致身福地何蕭爽。』
そこへ行くには懸崖絶壁で鉄のくさりが高く垂れていてよじのぼることもできない。さような道教の福地というべきところに身を置くというはなんと「蕭爽な気」を身に吸い込んで一体化していくのであろう。
鐵鎖 鎖に同じ、くさり。岩場に上から鉄の鎖が設置されている。○高垂 高い処からたれる、これは壇の所在の地の高いことをいうが、高いところに登るため、鐵鎖を伝って攀じ登るのである。道教の修行場は、ほとんど同様なものであった。その麓に道観(寺院のこと、道教の場合寺を観という)がある。○致身 道教は万物の一体化が基本である、身をそこに置くことを重視する。○福地 壇の在る所は道教でいう福地であるとの意。洞天福地説があり、「神山訣録」に「天仙・地仙・三十六洞天・八十一福地有り、地仙由り功行ヲ積累シ、遂二天仙二超昇ス」という。○粛爽 しずかにさわやか。


 

道教--この詩のための要旨--
 仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。

送高三十五書記 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 50

送高三十五書記 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 50
 
五言古詩。友人の高適が武威郡(甘粛省武威県)に駐屯する河西節度使の哥舒翰の書記として赴任するのを送る。「三十五」とは、従兄弟をもふくめての兄弟順を示す、いわゆる排行である。高適は杜甫より五歳の年長で、河南・山東を李白などと放浪していたときの友人。天宝12載 753年の夏、四十二歳のときの作。



送高三十五書記
崆峒小麥熟,且願休王師。
いま君が赴く崆峒山のあたりは夏になって小麦が熟したが、自分はしばらく官軍を休息させてもらいたいと願っている。
請公問主將﹕焉用窮荒為?』
君の主人に尋ねたらい、こんな国の果ての不毛の武力を使おうとする必要がどこにあるかと。』
饑鷹未飽肉,側翅隨人飛。
うえた鷹が肉に飽かない間は、羽をそばだてて指示する人の側で飛ぶというものだ。
高生跨鞍馬,有似幽並兒。
高適君が鞍馬にまたがった様子は幽州地方の健児に似て勇ましい。
脫身簿尉中,始與捶楚辭。』
君が河西の書記となったから、これまでの主簿や尉官の境遇から脱けでて、やっとこんど上官からむちうたれることを免れることになった。』
借問今何官,觸熱向武威?
いったい君は今どういう官となったとしても、この熱気をおかして夏の時節に武威あたりの遠方へ向ってでかけるのか。
答雲一書記,所愧國士知。
君は答えていうに、第一書記に過ぎないが、はずかしながら(哥舒翰から)国士としての知遇を得たのだと。
人實不易知,更須慎其儀。』、
人というものは認められにくいもの、さらに一層の人としての儀を慎重にしなければいけないのだ。』
十年出幕府,自可持旌麾。
十年くらいたったら哥舒翰の幕府を出るころには、おのずから軍務の長官になっているだろう。
此行既特達,足以慰所思。
このたびの赴任も特別の栄達で僕の心配を慰めるに足る。
男兒功名遂,亦在老大時。』
更に前途をおもえば男児たるものの功名の志の遂げられるのは年ふけてからことで、十年以後の君が今から想像されるのだ。』
常恨結歡淺,各在天一涯。
常日頃恨んでいることは親しく付き合うことが浅く、互いにそれぞれが別々におり、一方が天のはてに居るのである。
又如參與商,慘慘中腸悲。
又、参星や商星のようにめったに逢えないでいるので、腸のなかまでひどく悲しくてならないのだ。
驚風吹鴻鵠,不得相追隨。
今、突風によって大鳥が吹き飛ばされ遠方へ遠のくが、自分がそれに後にしたがってゆくことができないのだ。
黃塵翳沙漠,念子何當歸。
黄色の砂塵は沙漠の天を暗くしおおっている。君がいつになったら帰ることができるのかとかんがえている。
邊城有餘力,早寄從軍詩。』

君は国境の城内で余力ができたなら、早く従軍詩を作って寄せてくれるといいのだ。




いま君が赴く崆峒山のあたりは夏になって小麦が熟したが、自分はしばらく官軍を休息させてもらいたいと願っている。
君の主人に尋ねたらい、こんな国の果ての不毛の武力を使おうとする必要がどこにあるかと。』

うえた鷹が肉に飽かない間は、羽をそばだてて指示する人の側で飛ぶというものだ。
高適君が鞍馬にまたがった様子は幽州地方の健児に似て勇ましい。
君が河西の書記となったから、これまでの主簿や尉官の境遇から脱けでて、やっとこんど上官からむちうたれることを免れることになった。』

いったい君は今どういう官となったとしても、この熱気をおかして夏の時節に武威あたりの遠方へ向ってでかけるのか。
君は答えていうに、第一書記に過ぎないが、はずかしながら(哥舒翰から)国士としての知遇を得たのだと。
人というものは認められにくいもの、さらに一層の人としての儀を慎重にしなければいけないのだ。
十年くらいたったら哥舒翰の幕府を出るころには、おのずから軍務の長官になっているだろう。
このたびの赴任も特別の栄達で僕の心配を慰めるに足る。
更に前途をおもえば男児たるものの功名の志の遂げられるのは年ふけてからことで、十年以後の君が今から想像されるのだ。』

常日頃恨んでいることは親しく付き合うことが浅く、互いにそれぞれが別々におり、一方が天のはてに居るのである。
又、参星や商星のようにめったに逢えないでいるので、腸のなかまでひどく悲しくてならないのだ。
今、突風によって大鳥が吹き飛ばされ遠方へ遠のくが、自分がそれに後にしたがってゆくことができないのだ。
黄色の砂塵は沙漠の天を暗くしおおっている。君がいつになったら帰ることができるのかとかんがえている。
君は国境の城内で余力ができたなら、早く従軍詩を作って寄せてくれるといいのだ。』



崆峒に小麦熟す 且つ願わくは王師を休めよ
請う 公よ 主将に問え
蔦んぞ荒を窮むるを用て為さんと』

饑鷹 未だ肉に飽かざれば
翅を側めて人に随いて飛ぶ
高生の鞍馬に跨るは
身を簿尉の中より脱す 始めて捶楚と辞す』

借問す今何の官ぞ 熱に触れて武威に向うや
答えて云う一書記 媿ずる所は国士として知らると
人実に知り易からず 更に須らく其の儀を慎むべし』

十年幕府より出なば 自から旌麾を持すべし。
此の行 既に特達す 以て所思を慰むるに足る
男児功名の遂ぐるは 亦た老大の時に在り』

常に歡を結ぶことの浅きを恨む 各々天の一涯に在らんとす
又 参と商との如くならんとす 惨惨として中腸悲しむ
驚風鴻鵠を吹く 相追随することを得ず
黄塵沙漠に翳し 子が何か当に帰るべきかを念う
辺城余力あらば 早く従軍の詩を寄せよ』



・高三十五書記:高は高適、適が河西節度使哥舒翰の掌書記となって河西に赴こうとするのを送るのである。河西節度使の府は涼州武威郡(甘粛省涼州府治)に在った。




崆峒小麥熟,且願休王師。
いま君が赴く崆峒山のあたりは夏になって小麦が熟したが、自分はしばらく官軍を休息させてもらいたいと願っている。
崆峒 山の名、臨挑(甘粛省輩昌府眠州)に在る11 4任所に近い地の名山を挙げていう。○小麦熟 初夏の候。○且願 作者が願う。○ 休息。○王師 唐の官軍、即ち哥舒翰の部兵し翰はこの兵を用いて吐蕃と戦争したが、杜甫は吐蕃との戦に批判的である。



請公問主將﹕焉用窮荒為?』
君の主人に尋ねたらい、こんな国の果ての不毛の武力を使おうとする必要がどこにあるかと。』
 高適をさす。○主将 適の主人である大将、哥舒翰をさす。○焉用…為 無用であろうとの意。○窮荒 不毛の地を窮めつくすをいう。



饑鷹未飽肉,側翅隨人飛。
うえた鷹が肉に飽かない間は、羽をそばだてて指示する人の側で飛ぶというものだ。
饑鷹(二句)高適をたとえていう。「魏志」に陳登が曹操の語であるとして呂布に告げた言があるが、曹操は呂布を評して「誓エバ鷹ヲ養ウガ如シ。磯ウレバ則チ用ヲ為シ、飽ケバ則チ颺去ス」という。通も餞鷹のごとく肉のために翰の部下となろうとする。○側麺 はねをそばだてる。



高生跨鞍馬,有似幽並兒。
高適君が鞍馬にまたがった様子は幽州地方の健児に似て勇ましい。
高生 適をさす。○幽井児 幽州(直隷省北部)・井州(山西省)の少年児。此の地方は遊侠を出す、晋の山筒の詩句に「鞭ヲ挙ゲテ葛強二閉り、井州ノ児二何如ゾ」とみえる。
 

脫身簿尉中,始與捶楚辭。』
君が河西の書記となったから、これまでの主簿や尉官の境遇から脱けでて、やっとこんど上官からむちうたれることを免れることになった。』
 身からだをぬけだす。○簿尉 簿は州県の書記、尉は警察官。高適は嘗て封丘尉となったことがあるのでかくいう。○ こんどはじめて。○捶楚 捶は撃つこと、楚は刑枚(いばらのむち)。唐の時、参軍・功曹・簿・尉等の卑官は上司よりむちうたれることがあった。○ 辞去する、いとまごいする、それから遠ざかることをいう。



借問今何官,觸熱向武威?
いったい君は今どういう官となったとしても、この熱気をおかして夏の時節に武威あたりの遠方へ向ってでかけるのか。
借問 かりに問う、作者が問うのである。次の句までかかる。○触熱 夏をいう。○武威 涼州府、河西節度使の所在地。○答云 高適の答え、次の句までかかる。



答雲一書記,所愧國士知。
君は答えていうに、第一書記に過ぎないが、はずかしながら(哥舒翰から)国士としての知遇を得たのだと。
○国士知 戦国の時の晋の予譲の語に本づく。国士とは一国をひきうけて立つ人物をいう、知とは苛野翰から知られることをいう。



人實不易知,更須慎其儀。』
人というものは認められにくいもの、さらに一層の人としての儀を慎重にしなければいけないのだ。
〇人実(二句)以下は又杜甫よりいう。○慎其儀 儀は威儀、人としての儀、自己の品位をいう。



十年出幕府,自可持旌麾。
十年くらいたったら哥舒翰の幕府を出るころには、おのずから軍務の長官になっているだろう。
十年 限って言うのではなく、おおよそをいう。○幕府 河西節度の府をいう。○旌麾 旌ははた、麾は軍を指揮する采配。これを持つのは軍務の長官となることをいう。

 

此行既特達,足以慰所思。
このたびの赴任も特別の栄達で僕の心配を慰めるに足る。
特達 自己一人の力で其の地位に達したこと。○所思 作者の思いをいう。



男兒功名遂,亦在老大時。』
更に前途をおもえば男児たるものの功名の志の遂げられるのは年ふけてからことで、十年以後の君が今から想像されるのだ。』
老大時 十年後を想像していう、老大は老成の時をいう。
(この予想は適中して高速は後に萄州の刺史、西川の節度使とまでなった。)


常恨結歡淺,各在天一涯。
常日頃恨んでいることは親しく付き合うことが浅く、互いにそれぞれが別々におり、一方が天のはてに居るのである。
結歡 塵は歓に同じ、よろこび、結歡とはなかよく交ることをいう。○天一涯 天の一方の果て。



又如參與商,慘慘中腸悲。
又、参星や商星のようにめったに逢えないでいるので、腸のなかまでひどく悲しくてならないのだ。
又如 如とは如くならんとすることをいう。○参商 星の名、両星は容易にめぐりあわぬという。隔って逢いがたいことをたとえていう。○惨惨 ものがなしいさま。



驚風吹鴻鵠,不得相追隨。
今、突風によって大鳥が吹き飛ばされ遠方へ遠のくが、自分がそれに後にしたがってゆくことができないのだ。
驚風 がさつく風。突風。○鴻鵠 おおとりと、こうのとり。高適のこと。○追随 あとにつきしたがう。



黃塵翳沙漠,念子何當歸。
黄色の砂塵は沙漠の天を暗くしおおっている。君がいつになったら帰ることができるのかとかんがえている。
 かげくらくおおう。○何 何時に同じ。


邊城有餘力,早寄從軍詩。』
君は国境の城内で余力ができたなら、早く従軍詩を作って寄せてくれるといいのだ。
辺城 河西地方の城をさす。国境の城郭。○有余力 軍務にはたらく以外のあまった力。○従軍詩 魏の王粲に名高い従軍の詩がある。

貧交行 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 48 

貧交行 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 48 



貧交行 
貧賎であったときには交りがあったものが富貴となってのちはその交りを棄てて省みないこと嘆いて作った詩。作者は賦を献じて後久しく長安に寓居していたが、時代は最悪の状態。李林甫の横暴はすさまじいもので、皇帝の近親者までも捕縛される始末で宦官の陰湿な動きも時代を暗くしていったのである。その状態の中で此の作を作った。752年、天宝十一載の作。

天宝10載  751年 40歳


貧交行     杜甫 
翻手作雲覆手雨,紛紛輕薄何須數。
手をひるがえせば雲となり、手をくつがえせば雨となる、入り乱れる(数多くの)軽薄なさまは、数える必要もない。
君不見管鮑貧時交,此道今人棄如土。
ご存じでしょう、管仲と鮑叔牙の貧しい時代の交わりを。この交友の精神は、現在の人々は土くれのように棄ててしまった。 


貧交行    
手を翻(ひるがへ)せば雲と 作(な)り 手を覆(くつがへ)せば 雨となる。
紛紛たる輕薄  何ぞ 數ふるを 須(もち)ゐん。
君見ずや  管鮑(くゎんんぱう) 貧時の交はりを,
此(こ)の道  今人(こんじん) 棄つること 土の如し。



貧しい時代の交友の歌。
手をひるがえせば雲となり、手をくつがえせば雨となる、入り乱れる(数多くの)軽薄なさまは、数える必要もない。
ご存じでしょう、管仲と鮑叔牙の貧しい時代の交わりを。この交友の精神は、現在の人々は土くれのように棄ててしまった。 



貧交行:貧しい時代の交友の歌。 ・行:歌。

翻手作雲覆手雨,紛紛輕薄何須數
手をひるがえせば雲となり、手をくつがえせば雨となる。入り乱れる(数多くの)軽薄なさまは、数える必要もない。 

翻手作雲覆手雨:手をひるがえせば雲となり、手をくつがえせば雨となる。  ・翻手:掌(たなごころ)をひるがえす。掌(てのひら)を上に向ける 。・作雲:雲になる。雲となる。 ・覆手:掌(たなごころ)をくつがえす。掌(てのひら)を下に向ける。 ・:〔名詞〕雨。〔動詞〕雨ふる。
紛紛輕薄何須數:入り乱れる(数多くの)軽薄なさまは、数える必要もない。 ・紛紛:乱れ散るさま。混じり乱れるさま。

杜甫「陪鄭廣文游何將軍山林十首」其九
牀上書連屋,階前樹拂雲。將軍不好武,稚子總能文。
醒酒微風入,聽詩靜夜分。絺衣掛蘿薜,涼月白紛紛。

杜甫「孤雁」
孤雁不飲啄,飛鳴聲念群。誰憐一片影,相失萬重雲。
望盡似猶見,哀多如更聞。野鴉無意緒,鳴噪自紛紛。

李白「牛泊牛渚懐古」
牛渚西江夜、青天無片雲。
登舟望秋月、空憶謝勝軍。
余亦能高詠、斯人不可聞。
明朝挂帆席、楓葉落紛紛。
中唐・白居易「送春」
三月三十日,春歸日復暮。
惆悵問春風,明朝應不住。
送春曲江上,拳拳東西顧。
但見撲水花,紛紛不知數。
人生似行客,兩足無停歩。
日日進前程,前程幾多路。
兵刃與水火,盡可違之去。
唯有老到來,人間無避處。
感時良爲已,獨倚池南樹。
今日送春心,心如別親故。

杜牧の「淸明」
淸明時節雨紛紛,路上行人欲斷魂。
借問酒家何處有,牧童遙指杏花村。
輕薄:うわすべりで、真心がない。 ・何須:…する必要はない。 ・數:数える。


君不見管鮑貧時交,此道今人棄如土。
ご存じでしょう、管仲と鮑叔牙の貧しい時代の交わりを。
この交友の精神は、現在の人々は土くれのように棄ててしまった。
君不見管鮑貧時交:ご存じでしょう、管仲と鮑叔牙の貧しい時代の交わりを。 ・君不見:諸君、見たことがありませんか。詩を読んでいる人(聞いている人)に対する呼びかけ、強調。樂府体に使われる。「君不聞」もあり、そこでは強調するためなので、詩のリズムが大きく変化する。

紀頌之漢詩ブログ 李白48『襄陽歌』君不見晉朝羊公一片石。龜頭剝落生莓苔。

紀頌之漢詩ブログ 李白89『將進酒』
君不見黄河之水天上來,奔流到海不復迴。
君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。
人生得意須盡歡,莫使金樽空對月。

紀頌之漢詩ブログ 杜甫37『兵車行』
君不見青海頭,古來白骨無人收。
新鬼煩冤舊鬼哭,天陰雨濕聲啾啾。

白居易『新豐折臂翁』
君不聞開元宰相宋開府,不賞邊功防黷武。
又不聞天寶宰相楊國忠,欲求恩幸立邊功。
邊功未立生人怨,請問新豐折臂翁。

白居易「杏爲梁」君不見馬家宅尚猶存

白居易「馴犀」君不見貞元末
白居易「太行路」、「上陽白髪人」、「澗底松」、「李夫人」、「天可度」、「采詩官」

岑参「胡笳曲送顔真卿使赴隴西」
君不聞胡笳聲最悲,紫髯綠眼胡人吹。
管鮑:かんぽう〕春秋時代の管仲と鮑叔牙のことで、「管鮑の交わり」をいう。深く理解し合った親密な交わり、仲むつまじい交際で、とりわけ鮑叔牙が管仲を深く理解していた。管仲は斉の宰相。安徽省の人。親友鮑叔牙の勧めで桓公に仕え、斉を強国とした人物。鮑叔は、欠点の多い管仲の好き理解者。・貧時:管仲と鮑叔が成功をまだ収めていない時期。貧しい時期。 ・:交際。交わり。

此道今人棄如土:この交友の精神は、現在の人々は土くれのように棄ててしまった。 ・此道:この道。交友を指す。管鮑の交わりのような交友。「管鮑之交」。 ・今人:現在の人。作者と同時代人を指す。ここでは、作者の周りの軽薄な人々のことになる。 ・:すてる。廃棄する。 ・:…のよう。 ・:つちくれ。ここでは、価値の無い物をいう。



■管鮑の交わり
 管仲は若い頃に鮑叔と親しく交わっていた。ある時、金を出し合って商売をしたが、失敗して大きな損失を出した。しかし鮑叔は管仲を無能だとは思わなかった。商売には時勢がある事を知っていたからである。また商売で利益が出た時、管仲は利益のほとんどを独占したが、鮑叔は管仲が強欲だとは思わなかった。管仲の家が貧しい事を知っていたからである。 このような鮑叔の好意に管仲は感じ入り、「私を生んだのは父母だが、私を知る者は鮑叔である」と言った。二人は深い友情で結ばれ、それは一生変わらなかった。管仲と鮑叔の友情を後世の人が称えて管鮑の交わりと呼んだ



■貧交行のころの杜甫
 この頃の杜甫は、任官の機会を得られないまま四十一歳になった。父、杜閑が死んでしまってからの収入は杜甫の手にかかっていた。どうしても官職を得ないといけないのだが、特別試験にも落第して、なりふり構わず、大臣の屋敷に頭を下げて出入りし、書家、画家、楽士の文士となって生活費にしていたのだ。また、薬草の知識を生かして、山野から採取し、副収を得るようにもしている。
天宝十載(751)正月に、杜甫は延恩匭(えんおんき)に「三大礼の賦」とそれに付した表(上書)を投函した。延恩匭というのは、大明宮の東西南北、四つの門に設けられた投書箱で、一般の民が天子に意見を述べられるもので、杜甫は直接天子に訴えたのだ。
甲斐あって、集賢院待制(しゅうけんいんたいせい)に任じられたのだが、待制というのは御用掛り待機候補といったものである。順番が来れば選考・登用の機会が与えられるという程度のものだ。それでも、期待していても呼び出しはなかった。この辛さが詩人を成長させていく。

前出塞九首 其九 杜甫 :紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 48

前出塞九首 其九 杜甫 紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 48
天宝10載751年 40歳


前出塞九首 其九
從軍十年餘,能無分寸功?
自分は十年あまりもいくさに従っている、なんで、すこしの功でも無いということがあるのか。
眾人貴苟得,欲語羞雷同。
多くの人々はだれでも自分の得になりさえすればよいと功を争うことを貴(たっと)しとしている、自分の功を口に出そうかとはおもうが、尻馬に乗るようだからそれを恥じてなんにもいわずにいる。
中原有鬥爭,況在狄與戎?
文明と呼ばれる本国の地でさえ闘いのあるものを、まして西方や北方の異民族に於いてはなおさらのことではないか。
丈夫四方誌,安可辭固窮?

丈夫たるものは四方に対して勇敢果決さを示し服従させる志のあるものである。どうして困窮なことがあろうともそれを辞することができようか、甘んじて意気を示すべきである。



自分は十年あまりもいくさに従っている、なんで、すこしの功でも無いということがあるのか。
多くの人々はだれでも自分の得になりさえすればよいと功を争うことを貴(たっと)しとしている、自分の功を口に出そうかとはおもうが、尻馬に乗るようだからそれを恥じてなんにもいわずにいる。
文明と呼ばれる本国の地でさえ闘いのあるものを、まして西方や北方の異民族に於いてはなおさらのことではないか。
丈夫たるものは四方に対して勇敢果決さを示し服従させる志のあるものである。どうして困窮なことがあろうともそれを辞することができようか、甘んじて意気を示すべきである。


軍に従うこと十年余  能く分寸の功無からんや
衆人苟(いやしく)も得るを貴ぶ  語らんと欲して雷同を羞ず
中原にすら闘争有り  況んや秋と戎とに在るをや
丈夫 四方の志    安(いずく)んぞ固窮を辞す可けん



從軍十年餘,能無分寸功?
自分は十年あまりもいくさに従っている、なんで、すこしの功でも無いということがあるのか。
能無 能は豈に似て、反語によむ。〇分寸 すこし。
 

眾人貴苟得,欲語羞雷同。
多くの人々はだれでも自分の得になりさえすればよいと功を争うことを貴(たっと)しとしている、自分の功を口に出そうかとはおもうが、尻馬に乗るようだからそれを恥じてなんにもいわずにいる。
○筍得 かりにも利得にさえなればよいとする。 ○雷同 雷音の発生するとき、諸物は同時にこれに応じて起こる。故に他人にあいづちをうつことを雷同という。尻馬に乗る。



中原有鬥爭,況在狄與戎?
文明と呼ばれる本国の地でさえ闘いのあるものを、まして西方や北方の異民族に於いてはなおさらのことではないか。
中原 黄河流域。文明の開かれている中国の中央。○ 於いてというのに同じ。○狄、戎 西方や北方の異民族。



丈夫四方誌,安可辭固窮?
丈夫たるものは四方に対して勇敢果決さを示し服従させる志のあるものである。どうして困窮なことがあろうともそれを辞することができようか、甘んじて意気を示すべきである。
〇四方 杜甫「北征」四方服勇決。(四方 勇決に服す。-四方の国々は勇敢果決さに服従している。)回紇、吐蕃などに対して勇敢果決さを志すことを示す。○固窮 「論語」衛霊2公に「君子固ヨリ窮ス」とあり、もとより困窮すること。
 

出塞のものがたり 9
其一で初めて出征するものの心細さを詠ったのであるが、其八、其九では少しの手柄を立てるのは当たり前で、異民族に対し、勇敢果決を志すことが大切なことだといっている。士官のための即興の詩を披露したのであろう。しかし、宮廷には、表側では、李林甫が、その裏では、宦官の高力氏が牛耳っていたので、難しかったのだ。


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