杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

2011年11月

奉先劉少府新畫山水障歌 杜甫 137 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 136-#2

奉先劉少府新畫山水障歌 杜甫 137 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 136-#2
奉先県の尉官である劉単の新画の山水の図のついたての歌。#2


奉先劉少府新畫山水障歌
#1
堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
畫師亦無數,好手不可遇。
對此融心神,知君重毫素。』
豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』
#2
得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
崑崙山にあるという玄圃が裂けて飛んできたのではないだろう、また、南方の瀟湘江の水をぶちまけたというのでもないだろう。
悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
しょんぼりとしてこの画にむかっていると自分を天姥山の下に坐らせてくれた気分になり、耳のあたりにすんだ猿の声が聞えるようである。
反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
思い起こせば、前の夜に風雨が急であったこと、それはすなわちこの蒲城の奉先県へ鬼神がいりこんでこの画をかくことを助けに来たのだ。
元氣淋漓障猶濕,真宰上訴天應泣。』

その上、宇宙の元気がしたたり被うので衝立がまだうるおっているのだ。これは創造主が天上へあがって天帝に訴えたので天帝も絵に込めた純粋な誠実さに感動して泣かれたのだろう。』
#3
野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。
滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』
#4
劉侯天機精,愛畫入骨髓。
自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
若耶溪,雲門寺,
吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』

(奉先の劉少府の 新に画ける山水の陣の歌)
堂上合(まさ)に楓樹(ふうじゅ)を生ずべからず、怪(あやし)む底(なん)の江山か煙霧起る。
聞く君が赤県の図を掃却(そうきゃく)して、興に乗じて槍洲(そうしゅう)の趣(おもむき)を画(えが)か遣(し)むと。』
画師も亦無数なり、好手(こうしゅ)には遇う可(べか)らず。此に対すれば心神融(ゆう)す、知る君が毫素(ごうそ)を重んずるを。』
豈 但 祁嶽(きがく)と鄭虔(ていけん)とのみならんや、筆跡 遠く過ぐ 楊契丹(ようけつたん)。』

#2
元圃の裂くるに非(あらざ)るを得ば、乃ち瀟湘(しょうそう)の翻るなる無からんや。
悄然(しょうぜん)我を天姥(てんぽ)の下に坐せしむ、耳辺(じへん) 己に清猿(せいえん)を聞くに似たり。
反って思う 前夜 風雨 急なりしを、乃ち是 蒲城(ほじょう)に鬼神入る。
元気 淋漓(りんり)として障 猶 湿う、真宰(しんさい)に上り 訴えて 天 応(まさ)に泣くなるべし。』

#3
野亭(やてい) 春 還って 雜花 遠く、漁翁(ぎょおう)瞑(くれ)に孤舟を 踏みて立つ。
滄浪(そうろう) 水深くして青瞑(せいめい) 闊(ひろ)し、欹岸(いがん) 側島(そくとう)  秋毫(しゅうごう)の末。
湘妃(しょうひ)瑟(しつ)を鼓する時を見ざるも、今に至って斑竹(はんちく) 江に臨(のぞ)んで活す。』
#4
劉侯 天機 精なり、画を愛して骨髄に入る。
自ら 両 児郎(じろう)有り、揮灑(きさい)亦 比莫(な)し。
大児は聡明到る、能く老樹を添う巔崖(てんがい)の裡(うち)。
小児は心孔開く、貌(ばく)し得たり山僧及び童子。』
若耶(じゃくや)の渓、雲門の寺。
吾独り 胡為(なんすれ)ぞ 泥滓(でいし)に在る、青鞋(せいあい) 布襪(ふべつ)此従(よ)り始めん。』



奉先劉少府新畫山水障歌 現代語訳と訳註
(本文) #2

得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
元氣淋灕障猶濕,真宰上訴天應泣。』


(下し文) #2
元圃の裂くるに非(あらざ)るを得ば、乃ち瀟湘(しょうそう)の翻るなる無からんや。
悄然(しょうぜん)我を天姥(てんぽ)の下に坐せしむ、耳辺(じへん) 己に清猿(せいえん)を聞くに似たり。
反って思う 前夜 風雨 急なりしを、乃ち是 蒲城(ほじょう)に鬼神入る。
元気 淋漓(りんり)として障 猶 湿う、真宰(しんさい)に上り 訴えて 天 応(まさ)に泣くなるべし。』

(現代語訳) 
崑崙山にあるという玄圃が裂けて飛んできたのではないだろう、また、南方の瀟湘江の水をぶちまけたというのでもないだろう。
しょんぼりとしてこの画にむかっていると自分を天姥山の下に坐らせてくれた気分になり、耳のあたりにすんだ猿の声が聞えるようである。
思い起こせば、前の夜に風雨が急であったこと、それはすなわちこの蒲城の奉先県へ鬼神がいりこんでこの画をかくことを助けに来たのだ。
その上、宇宙の元気がしたたり被うので衝立がまだうるおっているのだ。これは創造主が天上へあがって天帝に訴えたので天帝も絵に込めた純粋な誠実さに感動して泣かれたのだろう。』


(訳注) #2
得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
崑崙山にあるという玄圃が裂けて飛んできたのではないだろう、また、南方の瀟湘江の水をぶちまけたというのでもないだろう。
玄圃 又県圃という、崑崙にある仙苑、山についていう。○ さけて飛び来る。〇瀟湘 洞庭湖の南にある川、水についていう。屈原の自殺した汨羅がある○翻 水がひっくりかえる。  
douteikoshoko297

悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
しょんぼりとしてこの画にむかっていると自分を天姥山の下に坐らせてくれた気分になり、耳のあたりにすんだ猿の声が聞えるようである。
憫然 しょんぼり。○天姥 山の名。浙江省新昌県の南部にある、主峰「撥雲尖」は標高817m。『太平寰宇記』(江南道八「越州、剡県」所引)の『後呉録』によれば、この山に登ると天姥(天上の老女)の歌う声が聞こえる、と伝えられる。夢遊天姥吟留別 李白:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白166  杜甫旧遊の地。


反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
思い起こせば、前の夜に風雨が急であったこと、それはすなわちこの蒲城の奉先県へ鬼神がいりこんでこの画をかくことを助けに来たのだ。
反思 以下四句は画に神のあることをいう。○蒲城 奉先県の旧名。○鬼神入 天の神、地の神の鬼神がはいってくる。鬼は地上のものからぬけでた魂とか、幽霊まで、いわゆる、妖怪、魑魅魍魎の総称で、神は仙人、天神、人間を超越した、人間の運命、星の運行、気候、天変地異を司る存在をいう。


元氣淋漓障猶濕,真宰上訴天應泣。』
その上、宇宙の元気がしたたり被うので衝立がまだうるおっているのだ。これは創造主が天上へあがって天帝に訴えたので天帝も絵に込めた純粋な誠実さに感動して泣かれたのだろう。』
元気 宇宙間の元気。○淋漓 したたるさま。元気や筆勢などの盛んなこと。○真宰 語は「荘子」にみえる。真宰は天の主宰、創造主。荘子に云う、人籟、地籟、天籟(てんらい)真宰。人籟;人が楽器を奏でる音。地籟:大知の発する響き即ち風の声。天籟こそ忘我の論理、人籟や地籟のように因果律で説明できるものを超えて、あるがまま。○上訴 天へのぼって天の神、天帝に訴えること。○天応泣 絵を描いた者の絵に込めた純粋な誠実さに感動して天が泣く。

奉先劉少府新畫山水障歌 #1 杜甫  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 136

奉先劉少府新畫山水障歌 #1 杜甫  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 136
奉先県の尉官である劉単の新画の山水の図のついたての歌。


奉先劉少府新畫山水障歌
奉先県の劉警察の事務官の新しく画かれた山水の障にたいしての歌。
#1
堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
劉家の奥座敷のうえに楓の樹が生えるという理窟はないが、あるではないか。また不思議でないか、なんという江河か山なのか、そこからなんと煙や霧がたちのぼっている。
聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
聞くところによれば、君は赤県の図をそそくさと画いたので、進んで興に乗じて更に滄洲の趣をも画いたのだ。』
畫師亦無數,好手不可遇。
世の画師というものは無数にたくさんあるが、うまい名工には遇うことがむずかしい。
對此融心神,知君重毫素。』
然しこの画に対すると精神がとけこんでいるような気がする、君がいかにこの画を貴重とするのかも うかがわれるものである。』
豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』

この画をかいた者は現代の祁岳や鄭虔以上であるばかりでなく、その筆の跡は遠く隋の楊契丹よりもまさっているのだ。』
#2
得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
元氣淋灕障猶濕,真宰上訴天應泣。』
#3
野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。
滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』
#4
劉侯天機精,愛畫入骨髓。
自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
若耶溪,雲門寺,
吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』

(奉先の劉少府の 新に画ける山水の陣の歌)
堂上合(まさ)に楓樹(ふうじゅ)を生ずべからず、怪(あやし)む底(なん)の江山か煙霧起る。
聞く君が赤県の図を掃却(そうきゃく)して、興に乗じて槍洲(そうしゅう)の趣(おもむき)を画(えが)か遣(し)むと。』
画師も亦無数なり、好手(こうしゅ)には遇う可(べか)らず。此に対すれば心神融(ゆう)す、知る君が毫素(ごうそ)を重んずるを。』
豈 但 祁嶽(きがく)と鄭虔(ていけん)とのみならんや、筆跡 遠く過ぐ 楊契丹(ようけつたん)。』
#2
元圃の裂くるに非(あらざ)るを得ば、乃ち瀟湘(しょうそう)の翻るなる無からんや。

悄然(しょうぜん)我を天姥(てんぽ)の下に坐せしむ、耳辺(じへん) 己に清猿(せいえん)を聞くに似たり。
反って思う 前夜 風雨 急なりしを、乃ち是 蒲城(ほじょう)に鬼神入る。
元気 淋灕(りんり)として障 猶 湿う、真宰(しんさい)に上り 訴えて 天 応(まさ)に泣くなるべし。』

#3
野亭(やてい) 春 還って 雜花 遠く、漁翁(ぎょおう)瞑(くれ)に孤舟を 踏みて立つ。
滄浪(そうろう) 水深くして青瞑(せいめい) 闊(ひろ)し、欹岸(いがん) 側島(そくとう)  秋毫(しゅうごう)の末。
湘妃(しょうひ)瑟(しつ)を鼓する時を見ざるも、今に至って斑竹(はんちく) 江に臨(のぞ)んで活す。』
#4
劉侯 天機 精なり、画を愛して骨髄に入る。
自ら 両 児郎(じろう)有り、揮灑(きさい)亦 比莫(な)し。
大児は聡明到る、能く老樹を添う巔崖(てんがい)の裡(うち)。
小児は心孔開く、貌(ばく)し得たり山僧及び童子。』
若耶(じゃくや)の渓、雲門の寺。
吾独り 胡為(なんすれ)ぞ 泥滓(でいし)に在る、青鞋(せいあい) 布襪(ふべつ)此従(よ)り始めん。』


奉先劉少府新畫山水障歌 現代語訳と訳註
(本文) #1
堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
畫師亦無數,好手不可遇。
對此融心神,知君重毫素。』
豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』


(下し文)
堂上合(まさ)に楓樹(ふうじゅ)を生ずべからず、怪(あやし)む底(なん)の江山か煙霧起る。
聞く君が赤県の図を掃却(そうきゃく)して、興に乗じて槍洲(そうしゅう)の趣(おもむき)を画(えが)か遣(し)むと。』
画師も亦無数なり、好手(こうしゅ)には遇う可(べか)らず。此に対すれば心神融(ゆう)す、知る君が毫素(ごうそ)を重んずるを。』
豈 但 祁嶽(きがく)と鄭虔(ていけん)とのみならんや、筆跡 遠く過ぐ 楊契丹(ようけつたん)。』

(現代語訳)
奉先県の劉警察の事務官の新しく画かれた山水の障にたいしての歌。
劉家の奥座敷のうえに楓の樹が生えるという理窟はないが、あるではないか。また不思議でないか、なんという江河か山なのか、そこからなんと煙や霧がたちのぼっている。
聞くところによれば、君は赤県の図をそそくさと画いたので、進んで興に乗じて更に滄洲の趣をも画いたのだ。』
世の画師というものは無数にたくさんあるが、うまい名工には遇うことがむずかしい。
然しこの画に対すると精神がとけこんでいるような気がする、君がいかにこの画を貴重とするのかも うかがわれるものである。』
この画をかいた者は現代の祁岳や鄭虔以上であるばかりでなく、その筆の跡は遠く隋の楊契丹よりもまさっているのだ。』


(訳注)
奉先劉少府新畫山水障歌

奉先県の劉警察の事務官の新しく画かれた山水の障にたいしての歌。
劉少府 劉少府単、名は単である。少府は県の警察の事務を掌る。○新画 あたらしくえがく、これを画いた人が劉少府であるとしておく。○ ついたて。


堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
劉家の奥座敷のうえに楓の樹が生えるという理窟はないが、あるではないか。また不思議でないか、なんという江河か山なのか、そこからなんと煙や霧がたちのぼっている。
堂上 劉単の家の奥座敷のうえ。○ まさに云々すべし。○ 俗語である。


聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
聞くところによれば、君は赤県の図をそそくさと画いたので、進んで興に乗じて更に滄洲の趣をも画いたのだ。』
○聞君掃却赤県図、乗興遣画槍洲趣 掃却は劉がかくこと、赤県図は奉先県の山水の図、乗興は劉が興に乗ずること、遣画は杜甫が劉をして画かせること、槍洲趣は海上仙境の趣ととく。


畫師亦無數,好手不可遇。
世の画師というものは無数にたくさんあるが、うまい名工には遇うことがむずかしい。
 ○好手 画の名工。○対此 此とはこの画陣をさす。

對此融心神,知君重毫素。』
然しこの画に対すると精神がとけこんでいるような気がする、君がいかにこの画を貴重とするのかも うかがわれるものである。』
融心神 融とは画と一つになりとろけこむことをいう、心神は観客である杜甫の心神である。○重毫素 毫は筆、素は絹をいい、この画陣をさすもので、重とは貴重とすることをいう。


豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』
この画をかいた者は現代の祁岳や鄭虔以上であるばかりでなく、その筆の跡は遠く隋の楊契丹よりもまさっているのだ。』
祁岳、鄭虔 唐代の名画家。杜甫の陪鄭広文遊何将軍山林十首 其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 55では鄭虔と一緒に遊んでいる。その他にも鄭虔についての詩もある。○楊契丹 隋の参軍で其の画は骨気豊なりと称せられる。


唐宋詩 
(Ⅰ李商隠Ⅱ韓退之(韓愈))

李白詩INDEX02
日ごとのブログ目次

李商隠INDEX02
ブログ日ごとの目次

杜甫詩INDEX02
日ごとのブログ目次

彭衙行 #4 杜甫 135 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 132

彭衙行 #4 杜甫 135 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 132 (ほうがこう)


#1
憶昔避賊初,北走經險艱。夜深彭衙道,月照白水山。』
盡室久徒步,逢人多厚顏。參差穀鳥吟,不見遊子還。
癡女饑咬我,啼畏虎狼聞。懷中掩其口,反側聲愈嗔。
小兒強解事,故索苦李餐。』
#2
一旬半雷雨,泥濘相牽攀。既無禦雨備,徑滑衣又寒。
有時經契闊,竟日數裡間。野果充 ?糧,卑枝成屋椽。
早行石上水,暮宿天邊煙。』
#3
少留同家窪,欲出蘆子關。故人有孫宰,高義薄曾雲。
延客已曛黑,張燈啟重門。暖湯濯我足,剪紙招我魂。』
#4
從此出妻孥,相視涕闌幹。
それから自分は妻子をださせて彼にひき合せた、お互にみあわせてともに涙と鼻水をながしとめどない大泣きをした。
眾雛爛熳睡,喚起沾盤飧。
いつもは鳥のひなの様な子どもたちなのに、みるとみんなさかんによく眠っている。それをよびおこした、それから大皿に盛った御飯のもてなしとうるおわせてくれるのだ。
誓將與夫子,永結為弟昆。
そのとき孫宰は自分にむかって「誓ってあなたと永く交りを結んで兄弟となりましょう」といってくれる。
遂空所坐堂,安居奉我歡。
とうとうここの主人がいつも使っているる座敷をからにあけてくれた、居どころを安穏にして 我々がよろこぶ様にとしてくれるのだ。
誰肯艱難際,豁達露心肝。』
この難儀な時節だというのにだれが孫宰の様にしてくれようか、そのうえ、「永結為弟昆」と自己のはらのなかをうちあけて親切をつくしてくれるのである。』
別來歲月周,胡羯仍構患。
おもいまわせばあなたと別れてこのかたまる一年ばかりたった。しかし、叛乱軍の勢いが止まらない、やっぱり患難なことなのだ。
何時有翅翎,飛去墮爾前?』

いつになったら自分のからだにはねがはえてきて、飛んでいってあなたの前におちることができるのだろうか?』


此(これ)従(より)妻孥(さいど)を出す 相視て涕(なみだ)闌幹(らんかん)たり。
衆雛(しゅうすう) 爛漫(らんまん)として睡(ねむ)る、喚び 起して 盤飧(ばんそん)に 沾(うるお)わしむ。
誓って将に夫子(ふうし)と、永く結び て 弟昆(ていこん)と為らんと す と。
遂に坐する所の堂を空(むな)しくして、居を安(あんじ)て 我が歓(よろこび)を奉ず。
誰か 肯(あえ)て 艱難(かんなん)の際、豁達(かつたつ) 心肝(しんかん)を露(あら)わさん。』
別来(べつらい) 歳月周(めぐ)る 胡羯(こけつ)  仍(なお) 患(うれい)を構(かも)う
何時(いつ)か 翅翎(しれい)有って 飛び去って爾(なんじ)が前に堕(おつ)べき。』


彭衙行 #4 現代語訳と訳註
(本文)

從此出妻孥,相視涕闌幹。眾雛爛熳睡,喚起沾盤飧。
誓將與夫子,永結為弟昆。遂空所坐堂,安居奉我歡。
誰肯艱難際,豁達露心肝。』
別來歲月周,胡羯仍構患。何時有翅翎,飛去墮爾前?』

幹。飧。昆。歡。肝。/患。前。

(下し文)
此(これ)従(より)妻孥(さいど)を出す 相視て涕(なみだ)闌幹(らんかん)たり。
衆雛(しゅうすう) 爛漫(らんまん)として睡(ねむ)る、喚び 起して 盤飧(ばんそん)に 沾(うるお)わしむ。
誓って将に夫子(ふうし)と、永く結び て 弟昆(ていこん)と為らんと す と。
遂に坐する所の堂を空(むな)しくして、居を安(あんじ)て 我が歓(よろこび)を奉ず。
誰か 肯(あえ)て 艱難(かんなん)の際、豁達(かつたつ) 心肝(しんかん)を露(あら)わさん。』
別来(べつらい) 歳月周(めぐ)る 胡羯(こけつ)  仍(なお) 患(うれい)を構(かも)う
何時(いつ)か 翅翎(しれい)有って 飛び去って爾(なんじ)が前に堕(おつ)べき。』

(現代語訳)
それから自分は妻子をださせて彼にひき合せた、お互にみあわせてともに涙と鼻水をながしとめどない大泣きをした。
いつもは鳥のひなの様な子どもたちなのに、みるとみんなさかんによく眠っている。それをよびおこした、それから大皿に盛った御飯のもてなしとうるおわせてくれるのだ。
そのとき孫宰は自分にむかって「誓ってあなたと永く交りを結んで兄弟となりましょう」といってくれる。
とうとうここの主人がいつも使っているる座敷をからにあけてくれた、居どころを安穏にして 我々がよろこぶ様にとしてくれるのだ。
この難儀な時節だというのにだれが孫宰の様にしてくれようか、そのうえ、「永結為弟昆」と自己のはらのなかをうちあけて親切をつくしてくれるのである。』
おもいまわせばあなたと別れてこのかたまる一年ばかりたった。しかし、叛乱軍の勢いが止まらない、やっぱり患難なことなのだ。
いつになったら自分のからだにはねがはえてきて、飛んでいってあなたの前におちることができるのだろうか?』


(訳注)#4
從此出妻孥,相視涕闌幹。

それから自分は妻子をださせて彼にひき合せた、お互にみあわせてともに涙と鼻水をながしとめどない大泣きをした。
従此 それから。○出妻孥 杜甫の妻子をださせて孫宰に面会させる。○相視 たがいによくみあう。○闌幹 あふれてながれるさま。


眾雛爛熳睡,喚起沾盤飧。
いつもは鳥のひなの様な子どもたちなのに、みるとみんなさかんによく眠っている。それをよびおこした、それから大皿に盛った御飯のもてなしとうるおわせてくれるのだ。
衆雛 多くの幼少なこども。いつもは鳥のように騒いでいることをいうため雛と使う。○爛漫 ねむりのまっさかりにあるさま。○喚起 よびおこす。○宿 そのめぐみにうるおわしめる。○盤殆 盤は大皿、娘は食事。

誓將與夫子,永結為弟昆。
そのとき孫宰は自分にむかって「誓ってあなたと永く交りを結んで兄弟となりましょう」といってくれる。
○この二句は孫宰の言葉。夫子とは孫雫よりみた、杜甫のことをさす語、弟昆の昆は兄、弟昆は兄弟をいう。


遂空所坐堂,安居奉我歡。
とうとうここの主人がいつも使っているる座敷をからにあけてくれた、居どころを安穏にして 我々がよろこぶ様にとしてくれるのだ。
 からにしてあけてくれる。○所坐堂 主人がいつも使っている奥座敷。○安居 居どころを安穏にして。○奉我歓 我々に我々の歓ぶことをあたえでくれる。


誰肯艱難際,豁達露心肝。』
この難儀な時節だというのにだれが孫宰の様にしてくれようか、そのうえ、「永結為弟昆」と自己のはらのなかをうちあけて親切をつくしてくれるのである。』
誰骨 次句までかかっている、反語である。だれがそんなにすることを承知しょうか、するものはない。○艱難 世事のなんぎなこと。○豁達 ひろびろと。○露心肝 心のおくそこまで他人にだしてみせる。この句までが二聯前から、かかっている。


別來歲月周,胡羯仍構患。
おもいまわせばあなたと別れてこのかたまる一年ばかりたった。しかし、叛乱軍の勢いが止まらない、やっぱり患難なことなのだ。
別来 わかれてこのかた。○周 抄とめぐりする。前年の夏より今年の秋までで一周である。○胡羯仍構患 叛乱軍、史忠明の兵が太原に攻め込み、安慶緒・尹子奇などに睢陽に赴かせた等のことをさしている。・仍 やっぱり。・構患 心配事をこしらえている。叛乱軍の勢いが止まらないこと。


何時有翅翎,飛去墮爾前?』
いつになったら自分のからだにはねがはえてきて、飛んでいってあなたの前におちることができるのだろうか?。
翅翎 つばさ、はね。○ 汝、孫宰のこと。


○五言古詩
○押韻 幹。飧。昆。歡。肝。/患。前。


-----------------------------------------------
彭衙行
#1
憶昔避賊初,北走經險艱。夜深彭衙道,月照白水山。』
盡室久徒步,逢人多厚顏。參差穀鳥吟,不見遊子還。
癡女饑咬我,啼畏虎狼聞。懷中掩其口,反側聲愈嗔。
小兒強解事,故索苦李餐。』
#2
一旬半雷雨,泥濘相牽攀。既無禦雨備,徑滑衣又寒。
有時經契闊,竟日數裡間。野果充 ?糧,卑枝成屋椽。
早行石上水,暮宿天邊煙。』
#3
少留同家窪,欲出蘆子關。故人有孫宰,高義薄曾雲。
延客已曛黑,張燈啟重門。暖湯濯我足,剪紙招我魂。』
#4
從此出妻孥,相視涕闌幹。眾雛爛熳睡,喚起沾盤飧。
誓將與夫子,永結為弟昆。遂空所坐堂,安居奉我歡。
誰肯艱難際,豁達露心肝。』
別來歲月周,胡羯仍構患。何時有翅翎,飛去墮爾前?』

#1
憶(おも)う  昔  賊を避けし初め、北に走って険難(けんなん)を経(へ)たり。
夜は深し  彭衙(ほうが)の道、月は照る  白水(はくすい)の山。
室(しつ)を尽くして久しく徒歩す、人に逢えば厚顔(こうがん)多し。
参差(しんし)として谷鳥(こくちょう)鳴き、遊子(ゆうし)還(かえ)るを見ず。
痴女(ちじょ)は飢(う)えて我れを咬(か)み、啼(な)いて畏(おそ)る  虎狼(ころう)の聞ゆるを。
中(うち)に懐(いだ)いて其の口を掩(おお)えば、反側(はんそく)して声愈々(いよいよ)嗔(いか)る。
小児(しょうに)は強(し)いて事を解し、故(ことさ)らに苦李(くり)を索(もと)めて餐(くら)う。』
#2
一旬(いちじゅん)  半(なか)ばは雷雨、泥濘(でいねい)   相(あい)攀牽(はんけん)す。
既に雨を禦(ふせ)ぐ備え無く、径(みち)滑かにして衣(い)又寒し。
時(とき)有りて契闊(けつかつ)たるを経(ふ)、竟日(きょうじつ)  数里の間(かん)。
野果(やか)を餱糧(こうりょう)に充(あ)て、卑枝(ひし)を屋椽(おくてん)と成(な)す。
早(あした)には行く  石上(せきじょう)の水、暮(くれ)には宿る   天辺(てんぺん)の煙。』
#3
少(しば)らく同家窪(どうかあ)に留(とど)まり、蘆子関(ろしかん)に出でんと欲す。
故人(こじん)  孫宰(そんさい)有り、高義(こうぎ)  曾雲(そううん)に薄(せま)る。
客を延(ひ)くとき己に曛黒(くんこく)なり 燈を張りて重門(ちょうもん)を啓(ひら)く。
湯を暖めて我が足を濯(あら)わしめ 紙を剪(き)って我が魂を招(まね)く』
#4
此(これ)従(より)妻孥(さいど)を出す 相視て涕(なみだ)闌幹(らんかん)たり。
衆雛(しゅうすう) 爛漫(らんまん)として睡(ねむ)る、喚び 起して 盤飧(ばんそん)に 沾(うるお)わしむ。
誓って将に夫子(ふうし)と、永く結び て 弟昆(ていこん)と為らんと す と。
遂に坐する所の堂を空(むな)しくして、居を安(あんじ)て 我が歓(よろこび)を奉ず。
誰か 肯(あえ)て 艱難(かんなん)の際、豁達(かつたつ) 心肝(しんかん)を露(あら)わさん。』
別来(べつらい) 歳月周(めぐ)る 胡羯(こけつ)  仍(なお) 患(うれい)を構(かも)う
何時(いつ)か 翅翎(しれい)有って 飛び去って爾(なんじ)が前に堕(おつ)べき。』

唐宋詩 
(Ⅰ李商隠Ⅱ韓退之(韓愈))

李白詩INDEX02
日ごとのブログ目次

李商隠INDEX02
ブログ日ごとの目次

杜甫詩INDEX02
日ごとのブログ目次

彭衙行 #3 杜甫 134 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 132#3

彭衙行 #3 杜甫 134 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 132#3 (ほうがこう)


必死の思いで避難を続ける杜甫とその家族は(王触一家もいっしょだったであろうが)、三川県の周家窪という村にやっとたどり着いたが、その村で杜甫は思いもかけず、知り合いの孫宰に出会い、手厚いもてなしを受けることになった。


#1
憶昔避賊初,北走經險艱。夜深彭衙道,月照白水山。』
盡室久徒步,逢人多厚顏。參差穀鳥吟,不見遊子還。
癡女饑咬我,啼畏虎狼聞。懷中掩其口,反側聲愈嗔。
小兒強解事,故索苦李餐。』
#2
一旬半雷雨,泥濘相牽攀。既無禦雨備,徑滑衣又寒。
有時經契闊,竟日數裡間。野果充 ?糧,卑枝成屋椽。
早行石上水,暮宿天邊煙。』
#3
少留同家窪,欲出蘆子關。
故人有孫宰,高義薄曾雲。
延客已曛黑,張燈啟重門。
暖湯濯我足,剪紙招我魂。』

自分たちはしばらく同家窪で滞在してそれから蘆子関を出て北進しようと思っている。
同家窪にはふるなじみの孫辛というものがいて義理を重んじ人格のたかいことは雲にせまるほどであった。
彼が自分たちを案内してくれたときはもうすでにうすくらがりであり、あかりをつけて幾重かの門をあけてくれたのである。
そうしてお湯をわかして我々に足をあらわせ、紙をきって我々の元気の力、生き霊をよびかえらせてくれた。』

#4
從此出妻孥,相視涕闌幹。眾雛爛熳睡,喚起沾盤飧。
誓將與夫子,永結為弟昆。遂空所坐堂,安居奉我歡。
誰肯艱難際,豁達露心肝。』
別來歲月周,胡羯仍構患。何時有翅翎,飛去墮爾前?』


#3
少(しば)らく同家窪(どうかあ)に留(とど)まり、蘆子関(ろしかん)に出でんと欲す。
故人(こじん)  孫宰(そんさい)有り、高義(こうぎ)  曾雲(そううん)に薄(せま)る。
客を延(ひ)くとき己に曛黒(くんこく)なり 燈を張りて重門(ちょうもん)を啓(ひら)く。
湯を暖めて我が足を濯(あら)わしめ 紙を剪(き)って我が魂を招(まね)く』


#3 現代語訳と訳註
(本文)

少留同家窪,欲出蘆子關。故人有孫宰,高義薄曾雲。
延客已曛黑,張燈啟重門。暖湯濯我足,剪紙招我魂。』

(下し文)
少(しば)らく同家窪(どうかあ)に留(とど)まり、蘆子関(ろしかん)に出でんと欲す。
故人(こじん)  孫宰(そんさい)有り、高義(こうぎ)  曾雲(そううん)に薄(せま)る。
客を延(ひ)くとき己に曛黒(くんこく)なり 燈を張りて重門(ちょうもん)を啓(ひら)く。
湯を暖めて我が足を濯(あら)わしめ 紙を剪(き)って我が魂を招(まね)く』

(現代語訳)
自分たちはしばらく同家窪で滞在してそれから蘆子関を出て北進しようと思っている。
同家窪にはふるなじみの孫辛というものがいて義理を重んじ人格のたかいことは雲にせまるほどであった。
彼が自分たちを案内してくれたときはもうすでにうすくらがりであり、あかりをつけて幾重かの門をあけてくれたのである。
そうしてお湯をわかして我々に足をあらわせ、紙をきって我々の元気の力、生き霊をよびかえらせてくれた。』


(訳注)#3
少留同家窪,欲出蘆子關。
自分たちはしばらく同家窪で滞在してそれから蘆子関を出て北進しようと思っている。
少留 しばらく滞在する。○同家窪 白水県の郷村の名とおもわれる。孫宰の居る所。○蘆子關 関の名、延安府安塞県にある。鄜州よりさらに北にあり、霊武(地図の左側最上部)へ達する路。蘆子關は地図の中ほど最上部にある。杜甫のこの時地図の真ん中にある三川から鄜州にたどり着くのに艱難辛苦していたのだ
杜甫乱前後の図003鳳翔

  

故人有孫宰,高義薄曾雲。
同家窪にはふるなじみの孫辛というものがいて義理を重んじ人格のたかいことは雲にせまるほどであった。
故人 ふるなじみの人。○孫宰 姓は孫、宰は名とみる。○高義 義理を重んじ人格のたかいこと。○曾雲 かさなれるくも、骨は層に同じ。


延客已曛黑,張燈啟重門。
彼が自分たちを案内してくれたときはもうすでにうすくらがりであり、あかりをつけて幾重かの門をあけてくれたのである。
延客 お客をこちらへとひく、客は杜甫。○曛黑 うすくらがり。○張燈 あかりを設ける。○啟重門 幾重にもなっている門をひらく。


暖湯濯我足,剪紙招我魂。』
そうしてお湯をわかして我々に足をあらわせ、紙をきって我々の元気の力、生き霊をよびかえらせてくれた。』
暖湯 おゆをわかす。○濯我足 杜甫の足をあらわせる。○剪紙 紙をはさみできり、はたをつくり魂をまねく式に用いる。旅の間に落としていった元気の魂をかき集める儀式をする。○招我魂 くたびれ果てて自分ではないような感じになっている。我とは作者をさす。杜詩には往々にして招魂をいうが、これは生き霊をまねくことをいう、生者の魂が散じて四方にあるのによってこれをよびかえすこと。

彭衙行 #2 杜甫 133 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 132#2

彭衙行 #2 杜甫 133 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 132#2 (ほうがこう)


幼児らを連れて夜の山道を徒歩でゆく逃避行は困難を極めた。さらに艱難は続く。
#1
憶昔避賊初,北走經險艱。夜深彭衙道,月照白水山。』
盡室久徒步,逢人多厚顏。參差穀鳥吟,不見遊子還。
癡女饑咬我,啼畏虎狼聞。懷中掩其口,反側聲愈嗔。
小兒強解事,故索苦李餐。』

#2
一旬半雷雨,泥濘相牽攀。
凡そ十日のうち半分は雷があり雨の日だ、道はぬかるみで、なにかに掴まったり、手でひっぱりあったりしてやっと進めるのだ。
既無禦雨備,徑滑衣又寒。
急いで出発したので、もともと雨をふせぐ用意などしていない。そのうえ、小みちはすべり、著物もうすぎなので寒さにこたえる。
有時經契闊,竟日數裡間。
こういう時もあるのだ何日も続いて難儀をしているのだ、だから、一日中かかってやっと二三里しかあるけないのだ。
野果充糇糧,卑枝成屋椽。
野生のくだものを食糧の代りにたべたり、樹木の低い枝を屋根垂木の代りにして樹枝の下に野宿する。
早行石上水,暮宿天邊煙。』

朝早くには谷間の水に沿ってあるく、夕暮れになると峰の一番高いところに野宿するのだ。』
#3
少留同家窪,欲出蘆子關。故人有孫宰,高義薄曾雲。
延客已曛黑,張燈啟重門。暖湯濯我足,剪紙招我魂。』
#4
從此出妻孥,相視涕闌幹。眾雛爛熳睡,喚起沾盤飧。
誓將與夫子,永結為弟昆。遂空所坐堂,安居奉我歡。
誰肯艱難際,豁達露心肝。』
別來歲月周,胡羯仍構患。何時有翅翎,飛去墮爾前?』



#2
一旬(いちじゅん)  半(なか)ばは雷雨、泥濘(でいねい)   相(あい)攀牽(はんけん)す。
既に雨を禦(ふせ)ぐ備え無く、径(みち)滑かにして衣(い)又寒し。
時(とき)有りて契闊(けつかつ)たるを経(ふ)、竟日(きょうじつ)  数里の間(かん)。
野果(やか)を餱糧(こうりょう)に充(あ)て、卑枝(ひし)を屋椽(おくてん)と成(な)す。
早(あした)には行く  石上(せきじょう)の水、暮(くれ)には宿る   天辺(てんぺん)の煙。』


彭衙行 現代語訳と訳註
(本文)

一旬半雷雨,泥濘相牽攀。既無禦雨備,徑滑衣又寒。
有時經契闊,竟日數裡間。野果充 ?糧,卑枝成屋椽。
早行石上水,暮宿天邊煙。』

(下し文)
一旬(いちじゅん)  半(なか)ばは雷雨、泥濘(でいねい)   相(あい)攀牽(はんけん)す。
既に雨を禦(ふせ)ぐ備え無く、径(みち)滑かにして衣(い)又寒し。
時(とき)有りて契闊(けつかつ)たるを経(ふ)、竟日(きょうじつ)  数里の間(かん)。
野果(やか)を餱糧(こうりょう)に充(あ)て、卑枝(ひし)を屋椽(おくてん)と成(な)す。
早(あした)には行く  石上(せきじょう)の水、暮(くれ)には宿る   天辺(てんぺん)の煙。』

(現代語訳)
凡そ十日のうち半分は雷があり雨の日だ、道はぬかるみで、なにかに掴まったり、手でひっぱりあったりしてやっと進めるのだ。
急いで出発したので、もともと雨をふせぐ用意などしていない。そのうえ、小みちはすべり、著物もうすぎなので寒さにこたえる。
こういう時もあるのだ何日も続いて難儀をしているのだ、だから、一日中かかってやっと二三里しかあるけないのだ。
野生のくだものを食糧の代りにたべたり、樹木の低い枝を屋根垂木の代りにして樹枝の下に野宿する。
朝早くには谷間の水に沿ってあるく、夕暮れになると峰の一番高いところに野宿するのだ。』




(訳注)#2
一旬半雷雨,泥濘相牽攀。

凡そ十日のうち半分は雷があり雨の日だ、道はぬかるみで、なにかに掴まったり、手でひっぱりあったりしてやっと進めるのだ。
一旬 十日間。○泥浮 ぬかるみ。○攣牽 ものにつかまり、又はひっぱりあう。


既無禦雨備,徑滑衣又寒。
急いで出発したので、もともと雨をふせぐ用意などしていない。そのうえ、小みちはすべり、著物もうすぎなので寒さにこたえる。
禦雨備 雨をふせぐようい。○ こみち。


有時經契闊,竟日數裡間。
こういう時もあるのだ何日も続いて難儀をしているのだ、だから、一日中かかってやっと二三里しかあるけないのだ
有時 こういう時もある。○契闊 艱難辛苦するさま、契闊たるを契とはいくにちもつづいて難儀すること。○竟日 一日中、一日いっぱい。
 
野果充糇糧,卑枝成屋椽。
野生のくだものを食糧の代りにたべたり、樹木の低い枝を屋根垂木の代りにして樹枝の下に野宿する。
野果 野生のくだもの。○糇糧 食糧、かて。くいもの。○卑枝 ひくくさがっている枝。○成屋橡 やねのたるきとする、これは家をかまえるのではなく、樹枝の下に野宿することをいう。


早行石上水,暮宿天邊煙。』
朝早くには谷間の水に沿ってあるく、夕暮れになると峰の一番高いところに野宿するのだ。』
早行 早は朝はやく。○石上水 渓のいわまの水。○天辺煙 高峰のけむり。



(解説)
唐の国軍は叛乱軍の倍の数であった。誰もが、暫くすると叛乱軍も平定される、少し時間はかかるかもしれないが、と思っていたのだ。誰もかれもが逃げるに精一杯なのだ。ただ、叛乱軍は、唐国軍が総崩れしたのを見て、厳しい追跡をしなかったのだ。そこが叛乱軍によって唐王朝を滅亡させられなかった叛乱軍の内部矛盾があったのだ。それは不満分子の集まりでしかなかったのだ。凶暴で略奪するのみで、統治することに関心がなかった。端的に言えば、唐軍を甘く見たということ、それほど簡単で脆いものだったのだ。それは当初、唐国軍側は楊貴妃の親族の楊国忠が率いていたことが最大の問題だったのだ。
したがって、杜甫も逃げられたのだし、玄宗も同様である。

彭衙行 杜甫 132 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 132 -#1

彭衙行 杜甫 132 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 132 -#1
(ほうがこう)
作時 757年(756年の逃避行を懐臆して作ったもの)


五言古詩「彭衙行」(ほうがこう)は756年彭衙の地を過ぎたことを追憶して作った詩(757年)である。彭衙は漢代の県の名、陝西省同州府白水県の東北六十里にあり、白水に同家窪(どうかあ)があり、孫宰というもの(杜詩の中に孫宰、王宰などという宰はその人の名であるのか、邑の長をいうものであるかは判明しない)が其の地に居た。作者が前年鄜州に赴き更に蘆子関を経て、霊武に達しょうとしたとき、思いもかけず白水を経て孫宰の厚遇を受けた。今年(至徳二載秋)鄜州の家を見舞うにあたって白水の西を過ぎてしかも孫を訪ることができなかったので往事を追懐して此の篇を作った。幼児らを連れて夜の山道を徒歩でゆく逃避行は困難を極めた。

#1
憶昔避賊初,北走經險艱。
今も一年間のことを思い出す、叛乱軍を避けながら更に北に向って走って嶮しく困難な場所を経過した。
夜深彭衙道,月照白水山。』
深夜、彭衙への道を進んだ、白水の山々を月が照らしていた。』
盡室久徒步,逢人多厚顏。
自分たちは一家内そろってながく徒歩で進んだ。家族そろって逃げ出せた人が稀なので他の人にであえばあつかましい様なきもちがした。
參差穀鳥吟,不見遊子還。
谷間の鳥はたがいちがいに飛び交い鳴いている、しかし、人間はだれも行き違うものはなく 旅人が家路へもどってくる様なものはまったく見うけないのだった。
癡女饑咬我,啼畏虎狼聞。
知恵はのゆかない娘は腹がへったといってわたしにかじりついてくる。こんどは泣いては虎や狼の声が聞こえるといって怖がる。
懷中掩其口,反側聲愈嗔。
泣きじゃくるので、私の胸に抱き寄せ泣いている口をおおうことをしてみた、身を反っくり返り、かえって泣き声が大きくなったのだ。
小兒強解事,故索苦李餐。』

また小児はいろんなことが分かってきたがまだ半わかりではある、わざと、早生のまだ苦いような李をねだってたべたりした。』

#2
一旬半雷雨,泥濘相牽攀。既無禦雨備,徑滑衣又寒。
有時經契闊,竟日數裡間。野果充 ?糧,卑枝成屋椽。
早行石上水,暮宿天邊煙。』
#3
少留同家窪,欲出蘆子關。故人有孫宰,高義薄曾雲。
延客已曛黑,張燈啟重門。暖湯濯我足,剪紙招我魂。』
#4
從此出妻孥,相視涕闌幹。眾雛爛熳睡,喚起沾盤飧。
誓將與夫子,永結為弟昆。遂空所坐堂,安居奉我歡。
誰肯艱難際,豁達露心肝。』
別來歲月周,胡羯仍構患。何時有翅翎,飛去墮爾前?』


杜甫乱前後の図003鳳翔


天宝十五載 756年 45歳
彭衙行

#1
憶昔避賊初,北走經險艱。夜深彭衙道,月照白水山。』
盡室久徒步,逢人多厚顏。參差穀鳥吟,不見遊子還。
癡女饑咬我,啼畏虎狼聞。懷中掩其口,反側聲愈嗔。
小兒強解事,故索苦李餐。』

憶(おも)う  昔  賊を避けし初め、北に走って険難(けんなん)を経(へ)たり。
夜は深し  彭衙(ほうが)の道、月は照る  白水(はくすい)の山。
室(しつ)を尽くして久しく徒歩す、人に逢えば厚顔(こうがん)多し。
参差(しんし)として谷鳥(こくちょう)鳴き、遊子(ゆうし)還(かえ)るを見ず。
痴女(ちじょ)は飢(う)えて我れを咬(か)み、啼(な)いて畏(おそ)る  虎狼(ころう)の聞ゆるを。
中(うち)に懐(いだ)いて其の口を掩(おお)えば、反側(はんそく)して声愈々(いよいよ)嗔(いか)る。
小児(しょうに)は強(し)いて事を解し、故(ことさ)らに苦李(くり)を索(もと)めて餐(くら)う。』



彭衙行 #1 現代語訳と訳註
(本文) #1
憶昔避賊初,北走經險艱。夜深彭衙道,月照白水山。』
盡室久徒步,逢人多厚顏。參差穀鳥吟,不見遊子還。
癡女饑咬我,啼畏虎狼聞。懷中掩其口,反側聲愈嗔。
小兒強解事,故索苦李餐。』

艱。艱。顏。還。聞。聞。聞。


(下し文)
憶(おも)う  昔  賊を避けし初め、北に走って険難(けんなん)を経(へ)たり。
夜は深し  彭衙(ほうが)の道、月は照る  白水(はくすい)の山。
室(しつ)を尽くして久しく徒歩す、人に逢えば厚顔(こうがん)多し。
参差(しんし)として谷鳥(こくちょう)鳴き、遊子(ゆうし)還(かえ)るを見ず。
痴女(ちじょ)は飢(う)えて我れを咬(か)み、啼(な)いて畏(おそ)る  虎狼(ころう)の聞ゆるを。
中(うち)に懐(いだ)いて其の口を掩(おお)えば、反側(はんそく)して声愈々(いよいよ)嗔(いか)る。
小児(しょうに)は強(し)いて事を解し、故(ことさ)らに苦李(くり)を索(もと)めて餐(くら)う。』


(現代語訳)
今も一年間のことを思い出す、叛乱軍を避けながら更に北に向って走って嶮しく困難な場所を経過した。
深夜、彭衙への道を進んだ、白水の山々を月が照らしていた。』
自分たちは一家内そろってながく徒歩で進んだ。家族そろって逃げ出せた人が稀なので他の人にであえばあつかましい様なきもちがした。
谷間の鳥はたがいちがいに飛び交い鳴いている、しかし、人間はだれも行き違うものはなく 旅人が家路へもどってくる様なものはまったく見うけないのだった。
知恵はのゆかない娘は腹がへったといってわたしにかじりついてくる。こんどは泣いては虎や狼の声が聞こえるといって怖がる。
泣きじゃくるので、私の胸に抱き寄せ泣いている口をおおうことをしてみた、身を反っくり返り、かえって泣き声が大きくなったのだ。
また小児はいろんなことが分かってきたがまだ半わかりではある、わざと、早生のまだ苦いような李をねだってたべたりした。』



 (訳注)#1
憶昔避賊初,北走經險艱。

今も一年間のことを思い出す、叛乱軍を避けながら更に北に向って走って嶮しく困難な場所を経過した。
億昔 昔とは前年756年至徳元載をさす。○避賊初 奉先より白水に行ったことをいう。
 
夜深彭衙道,月照白水山。』
深夜、彭衙への道を進んだ、白水の山々を月が照らしていた。』
彭衙 陝西省同州府白水県、長安より東北六十里。〇白水 上に同じ。


盡室久徒步,逢人多厚顏。
わたしたちは一家内そろってながく徒歩で進んだ。家族そろって逃げ出せた人が稀なので他の人にであえばあつかましい様なきもちがした。
尽室 全家こぞって。○多厚顔 厚顔は面皮のあついこと、恥を知らぬさま。世が乱れて家族の離散するものが多い時に自己のみ全家そろって旅をしつつあることを心にはじ謙遜してかくいう。


參差穀鳥吟,不見遊子還。
谷間の鳥はたがいちがいに飛び交い鳴いている、しかし、人間はだれも行き違うものはなく 旅人が家路へもどってくる様なものはまったく見うけないのだった。
参差 たがいちがいに飛び交うさま。○遊子一般の行旅の人をさす。


癡女饑咬我,啼畏虎狼聞。
知恵はのゆかない娘は腹がへったといってわたしにかじりついてくる。こんどは泣いては虎や狼の声が聞こえるといって怖がる。
癡女 癡は痴で知恵はのゆかないむすめ。頭のぼんやりして鈍い。○ かじりつく。


懷中掩其口,反側聲愈嗔。
泣きじゃくるので、私の胸に抱き寄せ泣いている口をおおうことをしてみた、身を反っくり返り、かえって泣き声が大きくなったのだ。
懐中 胸の内にだきこむ。○其口 むすめの口。○反側 あちらへ向きかえる。


小兒強解事,故索苦李餐。』
また小児はいろんなことが分かってきたがまだ半わかりではある、わざと、早生のまだ苦いような李をねだってたべたりした。』
強解事 半わかりのこと、わかっていぬくせにわかったとする。○ わざと。○苦李 早生の 苦い李。


毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
05rihakushi350

李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ

700Toho shi
kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首

800tousouSenshu
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首



唐宋詩 
(Ⅰ李商隠Ⅱ韓退之(韓愈))

李白詩INDEX02
日ごとのブログ目次

李商隠INDEX02
ブログ日ごとの目次

杜甫詩INDEX02
日ごとのブログ目次

送重表姪王砅評事便南海 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 131

送重表姪王砅評事便南海 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 131
770年58歳の作品
杜甫乱前後の図003鳳翔

 756年六月に入って哥舒翰の軍が潼関で大敗し、叛乱軍が長安に迫ってきたため、杜甫は家族を連れて危険の迫った白水県を去り、多くの避難民に混じって洛水ぞいに葦原を経てさらに北に進んだ。
「華原を過ぎてからは、もはや平らな土地は見られない。北に向かってゆくが、ただ土山が続いているばかり。来る日も来る日も、せばまった深い谷間を通ってゆく。空には赤くやけた雲が時となくわき立ち、電光がきらめく。山が深いために雨がよく降り、道は川になって激流がぶつかりあう」。その中を杜甫の一行は手を引きあって進んでゆく。
このとき、杜甫の遠い親戚にあたる王砅一家もいっしょに避難したが、のちに770年大暦五年、といえは、杜甫が亡くなる年に潭州で、南海に使者として赴く王砅を送る際に作った「送重表姪王砅評事便南海」(重表姪の王砅評事の南海に使いするを送る)には、避難の途中における危難の様子が次のように詠われている。

往者胡作逆,乾坤沸嗷嗷。
その昔、安禄山が異民族らを従えて反乱を起こした、天地はそのことでごうごうと沸きかえったのである。
吾客左馮翊,爾家同遁逃。
私は左馮翊の地に乱を避けようとしていたのだが、そのとき、君の家族もいっしょに逃げた。
爭奪至徒步,塊獨委蓬蒿。
途中、馬を奪われた私は徒歩になり、独り背丈の高い草草むらの中に残されていた。
逗留熱爾腸,十裡卻呼號。
私があまり遅れるので、おまえはじっとしておれなくなり、十里も先から私の名を呼んで引き返してきた。
自下所騎馬,右持腰間刀。
自分の乗っていた馬を下りて私を乗せ、右手には腰の刀を抜き放ちかまえた。
左牽紫遊韁,飛走使我高。
そしてこんどは左手にうまく紫の手綱を引き、私を守って飛ぶように走った。
苟活到今日,寸心銘佩牢。
なんとか今日まで生きてこられたのは君のおかげ、心に深く刻みこんでけっして忘れはしない。

往者 胡の逆を作すや、乾坤は沸きて吸吸たり。
吾は左清朝に客たらんとし、爾が家も同に遁逃す。
争奪されて徒歩するに至り、塊独 蓬高に委ぬ。
逗留して爾が腸を熱せしめ、十里 御きて呼号す。
自ら 騎る所の馬を下り、右に腰間の刀を持す。
左に紫の遊竜を牽き、飛走 我をして高からしむ。
筍しくも活きて今日に到る、寸心 銘侭すること牢し。

 
送重表姪王砅評事便南海 現代語訳と訳註
作時 770年 大暦五年
756年東都の洛陽が叛乱開始一か月で陥落した。大混乱になったが、叛乱軍は、国軍、支持者など卑劣で容赦しなかった。要求が通らなければすべて殺戮した。略奪、謀略の限りを尽くした。中國の町民、住民全てが震え上がったのだ。長安を守るための最後の砦として函谷関、潼関であったが、6月初めここでも王朝内の讒言で作戦を誤り、大敗をしたのである。(安禄山の乱と杜甫参照)一気に長安は叛乱軍の手に落ちるのである。潼関が破られたことが長安にもすぐ伝わった。安禄山が入場するまでの少しの間に三方ににげた。杜甫も川筋の道を通れば、2,3日のところ、山道を大勢の人と逃げたのだ。大雨の降りしきる中逃げる様子は、「三川觀水漲二十韻 で詳しく述べられている。この詩は、杜甫が逃げる際、自分の愛馬を叛乱軍に奪われるのである。そのため逃げ遅れていたところをこの詩の主人公“王砅”に助けられる。このことはこの詩にだけでてくるのでここで取り上げた。長詩であるので関係部分を取り上げる、

(本文)全文
我之曾祖姑,爾之高祖母。爾祖未顯時,歸為尚書婦。
隋朝大業末,房杜俱交友。長者來在門,荒年自糊口。
家貧無供給,客位但箕帚。俄頃羞頗珍,寂寥人散後。
入怪鬢髮空,籲嗟為之久。自陳翦髻鬟,鬻市充杯酒。
上雲天下亂,宜與英俊厚。向竊窺數公,經綸亦俱有。
次問最少年,虯髯十八九。子等成大名,皆因此人手。
下雲風雲合,龍虎一吟吼。願展丈夫雄,得辭兒女醜。
秦王時在坐,真氣驚戶牖。及乎貞觀初,尚書踐台鬥。
夫人常肩輿,上殿稱萬壽。六宮師柔順,法則化妃後。
至尊均嫂叔,盛事垂不朽。鳳雛無凡毛,五色非爾曹。
 
往者胡作逆,乾坤沸嗷嗷。
吾客左馮翊,爾家同遁逃。
爭奪至徒步,塊獨委蓬蒿。
逗留熱爾腸,十裡卻呼號。
自下所騎馬,右持腰間刀。
左牽紫遊韁,飛走使我高。
苟活到今日,寸心銘佩牢。

亂離又聚散,宿昔恨滔滔。

水花笑白首,春草隨青袍。廷評近要津,節制收英髦。
北驅漢陽傳,南泛上瀧舠。家聲肯墜地,利器當秋毫。
番禺親賢領,籌運神功操。大夫出盧宋,寶貝休脂膏。
洞主降接武,海胡舶千艘。我欲就丹砂,跋涉覺身勞。
安能陷糞土,有志乘鯨鼇。或驂鸞騰天,聊作鶴鳴皋。

(下し文)
往者 胡の逆を作すや、乾坤(けんこん)は沸きて嗷嗷(ごうごう)たり。
吾は左馮翊に客たらんとし、爾が家も同に遁逃(とんとう)す。
争奪されて徒歩するに至り、塊独(かいどく) 蓬蒿(ほうこう)に委(ゆだ)ぬ。
逗留して爾が腸を熱せしめ、十里 御きて呼号す。
自ら 騎(の)る所の馬を下り、右に腰間の刀を持す。
左に紫の遊覊(たづな)を牽き、飛走 我をして高からしむ。
筍(いや)しくも活きて今日に到る、寸心 銘佩(めいはい)すること牢し。

(現代語訳)
その昔、安禄山が異民族らを従えて反乱を起こした、天地はそのことでごうごうと沸きかえったのである。
私は左馮翊の地に乱を避けようとしていたのだが、そのとき、君の家族もいっしょに逃げた。
途中、馬を奪われた私は徒歩になり、独り背丈の高い草草むらの中に残されていた。
私があまり遅れるので、おまえはじっとしておれなくなり、十里も先から私の名を呼んで引き返してきた。
自分の乗っていた馬を下りて私を乗せ、右手には腰の刀を抜き放ち、左手は紫の手綱を引き、私を守って飛ぶように走った。
なんとか今日まで生きてこられたのは君のおかげ、心に深く刻みこんでけっして忘れはしない。


 
(訳注)
往者胡作逆,乾坤沸嗷嗷。
その昔、安禄山が異民族らを従えて反乱を起こした、天地はそのことでごうごうと沸きかえったのである。
○往者 その昔。○胡作逆 安禄山が異民族らを従えて反乱を起こした ○嗷嗷 ごうごうとしたさま。

吾客左馮翊,爾家同遁逃。
私は左馮翊の地に乱を避けようとしていたのだが、そのとき、君の家族もいっしょに逃げた。
 乱を避けようと客人になること。○左馮翊 (さひょうよく)現在の陝西省、前漢から後漢にかけて設置され、当時の都城である長安付近の県を管轄した。陝西省同州府という広い意味で奉先、白水も左馮翊に入る。○爾家 君の家族。○同遁逃 いっしょに逃げた。
長安黄河

爭奪至徒步,塊獨委蓬蒿。
途中、馬を奪われた私は徒歩になり、独り背丈の高い草草むらの中に残されていた。
爭奪 争って奪われた。このと時杜甫は何時もの愛馬で逃げていた。○塊獨 一人ぼっちになること。独り立ちする。○委 ゆだねる。○蓬蒿 蓬科の背丈の高い草。


逗留熱爾腸,十裡卻呼號。
私があまり遅れるので、おまえはじっとしておれなくなり、十里も先から私の名を呼んで引き返してきた。
逗留 その場にとどまって進まないこと。○熱爾腸 じっとしておれなくなったさまをいう。○卻呼號 呼んで引き返えしてくる。


自下所騎馬,右持腰間刀。
自分の乗っていた馬を下りて私を乗せ、右手には腰の刀を抜き放ちかまえた。


左牽紫遊韁,飛走使我高。
そしてこんどは左手にうまく紫の手綱を引き、私を守って飛ぶように走った。
紫遊韁 うまく遊びを持たせ紫の手綱を引くこと。○飛走 飛ぶように走る。○使我高 私を安心させ悠然とした。


苟活到今日,寸心銘佩牢。
なんとか今日まで生きてこられたのは君のおかげ、心に深く刻みこんでけっして忘れはしない。
銘佩牢 肝に銘じて体に佩びること。佩は腰につける飾り。




こうして必死の思いで避難を続ける杜甫とその家族は、三川県の周家窪という村にやっとたどり着いたが、その村で杜甫は思いもかけず、知り合いの孫宰に出会い、手厚いもてなしを受けることになった。

そのことはのちに「彭衙行」(ほうがこう)の中に、道中の苦労とともに詳しく詠われている。「彭衙」とは白水県の古名である。


彭衙行につづく。
毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
05rihakushi350

李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ

700Toho shi
kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首

800tousouSenshu
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首

三川觀水漲二十韻 杜甫 130 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 127-#4

三川觀水漲二十韻 杜甫 130 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 127-#4

危険の迫った白水県を去り、多くの避難民に混じって洛河ぞいに華原を経てさらに北に進んだ。
「三川觀水漲二十韻」(三川にて水の漲るを観る)には、その途中の様子を次のように記す。「華原を過ぎてからは、もはや平らな土地は見られない。北に向かってゆくが、ただ土山が続いているばかり。来る日も来る日も、せばまった深い谷間を通ってゆく。空には赤くやけた雲が時となくわき立ち、電光がきらめく。山が深いために雨がよく降り、道は川になって激流がぶつかりあう」。その中を杜甫の一行は手を引きあって進んでゆく。

このとき、杜甫の遠い親戚にあたる王砅一家もいっしょに避難したが、のちに770年大暦五年、といえは、杜甫が亡くなる年に浮州で、南海に使者として赴く王砅を送る際に作った「送重表姪王秋評事便南海」(重表姪の王秋評事の南海に使いするを送る)には、避難の途中における危難のさまが詠われている。131 王砅「送重表姪王秋評事便南海」


#3
及觀泉源漲,反懼江海覆。
漂沙坼岸去,漱壑松柏禿。
乘陵破山門,回斡裂地軸。
交洛赴洪河,及關豈信宿。
應沉數州沒,如聽萬室哭。
穢濁殊未清,風濤怒猶蓄。
何時通舟車?陰氣不黲黷。』
#4
浮生有蕩汨,吾道正羈束。
浮き草のような生活は水の早き流れに漂うようなものである、わたしの生きる道はこのように他からしばられているのだ。
人寰難容身,石壁滑側足。
世渡りの上手い世界には身を容れおくことがむずかしい、それでいて、このような山中へはいってくればここではまた石壁の路がすべるようなので足の指先、足の外側に力を入れて歩くのだ。
雲雷屯不已,艱險路更跼。』
雲雷の雨水の難儀は止みそうにない、山行の急坂はその路はさらに進みづらくなってきた。』
普天無川梁,欲濟願水縮。
見渡すにかぎりどこにも舟橋は無い、川を渡ることができるためには水量の減ずるのを願うばかりである。
因悲中林士,未脫眾魚腹。
それにつけて悲しむのはこの山林に居る人々のことだ、彼等はまだ魚の腹からのがれることはできずにいるのだ。
舉頭向蒼天,安得騎鴻鵠?』

わたしは頭をあげて天をむかってみている、どうしたならば鴻や鵠などの鳥にのって空へ駆け上がってこの水災(叛乱軍の戦火)からのがれることができるであろうかと。


束。足。跼。縮。腹。鵠。
#3
泉源の漲るを観るに及んで 反って江海の覆(くつが)えるを懼る。
沙を漂わして坼岸(きんがん)去り、壑(がく)に漱(そそ)ぎて松柏禿(とく)す。
乗陵(じょうりょう)山門破れ、廻斡(かいあつ) 地軸 裂く。
洛に交りて洪河(こうか)に赴く、関に及ぶ豈に信宿ならんや。
応に数州を沈めて没せしむるなるべし、万室の哭するを聴くが如し。
穢濁(あいだく)殊に未だ清からず、風涛怒り 猶 蓄(たくお)う。
何の時か 舟車を通じて、陰気 黲黷(しんとく)ならざらん。』

4

浮生 蕩汨(とういつ)有り、吾が道正に羈束(きそく)せらる。

人寰 身を容れ難く、石壁滑かにして足を側(そばだ)つ。

雲雷 屯(ちゅん)己まず 艱險(かんけん) 路更に跼(きょく)す。』

普天 川梁 無し、済(わた)らんと欲して水の縮(ちじ)まんことを願う。

因って悲しむ中林の士 未だ衆魚の腹より脱せず。

頭を挙げて蒼天に向う、安んぞ鴻鵠(こうこく)に騎()ることを得ん。』



三川觀水漲二十韻 現代語訳と訳註
(本文) #4

浮生有蕩汨,吾道正羈束。
人寰難容身,石壁滑側足。
雲雷屯不已,艱險路更跼。』
普天無川梁,欲濟願水縮。
因悲中林士,未脫眾魚腹。
舉頭向蒼天,安得騎鴻鵠?』

(下し文) #4
浮生 蕩汨(とういつ)有り、吾が道正に羈束(きそく)せらる。
人寰 身を容れ難く、石壁滑かにして足を側(そばだ)つ。
雲雷 屯(ちゅん)己まず 艱險(かんけん) 路更に跼(きょく)す。』
普天 川梁 無し、済(わた)らんと欲して水の縮(ちじ)まんことを願う。
因って悲しむ中林の士 未だ衆魚の腹より脱せず。
頭を挙げて蒼天に向う、安んぞ鴻鵠(こうこく)に騎(の)ることを得ん。』


(現代語訳)
浮き草のような生活は水の早き流れに漂うようなものである、わたしの生きる道はこのように他からしばられているのだ。
世渡りの上手い世界には身を容れおくことがむずかしい、それでいて、このような山中へはいってくればここではまた石壁の路がすべるようなので足の指先、足の外側に力を入れて歩くのだ。
雲雷の雨水の難儀は止みそうにない、山行の急坂はその路はさらに進みづらくなってきた。』
見渡すにかぎりどこにも舟橋は無い、川を渡ることができるためには水量の減ずるのを願うばかりである。
それにつけて悲しむのはこの山林に居る人々のことだ、彼等はまだ魚の腹からのがれることはできずにいるのだ。
わたしは頭をあげて天をむかってみている、どうしたならば鴻や鵠などの鳥にのって空へ駆け上がってこの水災(叛乱軍の戦火)からのがれることができるであろうかと。


(訳注) #4

浮生有蕩汨,吾道正羈束。
浮き草のような生活は水の早き流れに漂うようなものである、わたしの生きる道はこのように他からしばられているのだ。
浮生 浮き草のような生活。○蕩汨 蕩はうごく、汨は水のはやく流れるさま。○羈束 きずなをつけ、しばられる。

人寰難容身,石壁滑側足。
世渡りの上手い世界には身を容れおくことがむずかしい、それでいて、このような山中へはいってくればここではまた石壁の路がすべるようなので足の指先、足の外側に力を入れて歩くのだ。
人寰 人の存在する区域、世界。こびへつらいの世界。世渡りの上手い世界。○容身 わがからだをいれておく。○側足 足をそばだてる。足の指先、足の外側に力を入れて歩くことを言う。

雲雷屯不已,艱險路更跼。』
雲雷の雨水の難儀は止みそうにない、山行の急坂はその路はさらに進みづらくなってきた。』
 なやみ、難儀。○ せぐくまる。ちじこまる。馬が進まない。


普天無川梁,欲濟願水縮。
見渡すにかぎりどこにも舟橋は無い、川を渡ることができるためには水量の減ずるのを願うばかりである。
普天 天下じゅう。○川梁 梁はふなはし。○水縮 縮はちぢむ、量の減ずること。水嵩が減ること。

因悲中林士,未脫眾魚腹。
それにつけて悲しむのはこの山林に居る人々のことだ、彼等はまだ魚の腹からのがれることはできずにいるのだ。
中林士 林中土と同じ、山林のなかの集落の者。○衆魚腹 衆は集落、多くの魚の腹、山崩れが起きれば飲み込まれる。叛乱軍に襲撃されれば、殺されてしまう。盆地の集落が魚の腹の中という表現をしたのだ。
前#3にでている
漂沙坼岸去,漱壑松柏禿。
乘陵破山門,回斡裂地軸。
『大雨でで手が決壊し、山の木々や土砂崩れが起きそうだ』ということを受けている。杜甫たちが少し高い所に来て盆地状の集落を見ていること。


舉頭向蒼天,安得騎鴻鵠?』
わたしは頭をあげて天をむかってみている、どうしたならば鴻や鵠などの鳥にのって空へ駆け上がってこの水災(叛乱軍の戦火)からのがれることができるであろうかと。
○安得 希望の辞。○騎鴻鵠 この鳥にのって水災(叛乱軍の戦火)より離脱するのである。


○押韻 束。足。跼。縮。腹。鵠。




三川觀水漲二十韻
#1
我經華原來,不複見平陸。北上惟土山,連天走窮穀。
火雲無時出,飛電常在目。』
#2
自多窮岫雨,行潦相豗蹙。蓊匒川氣黃,群流會空曲。
清晨望高浪,忽謂陰崖踣。恐泥竄蛟龍,登危聚麋鹿。
枯查卷拔樹,礧磈共沖塞。聲吹鬼神下,勢閱人代速。
不有萬穴歸,何以尊四瀆。』

#3
及觀泉源漲,反懼江海覆。漂沙坼岸去,漱壑松柏禿。
乘陵破山門,回斡裂地軸。交洛赴洪河,及關豈信宿。
應沉數州沒,如聽萬室哭。穢濁殊未清,風濤怒猶蓄。
何時通舟車?陰氣不黲黷。』
#4
浮生有蕩汨,吾道正羈束。人寰難容身,石壁滑側足。
雲雷屯不已,艱險路更跼。』
普天無川梁,欲濟願水縮。因悲中林士,未脫眾魚腹。
舉頭向蒼天,安得騎鴻鵠?』

#1
我 華原を経て来る、復た平陸を見ず。
北上すれば惟 土山、連天窮谷に走る。
火雲出づるや時無し、飛電 常に目に在り。』
#2
自ら窮岫(きゅうしゅう)の雨多し、行潦(こうろう) 相 豗蹙(かいしゅく)す。
蓊匒(おうこう)として川気(せんき) 黄なり、羣流 空曲に会す。
清晨 高浪を望む、忽ち謂う陰崖 踣(たお)れるかと。
泥(なず)まんことを恐れて蛟龍(こうりゅう) 竄(かく)れ、 危きに登りて 麋鹿(びろく) 聚(あつ)まる。
枯査 抜樹を巻き、礧磈(らいかい)として共に充塞(じゅうそく)す。
声は鬼神を吹きて下す、勢は人代(じんだい)の速かなることを閱(けみ)す。
万穴の帰する有らずんば、何を以ってか 四瀆(しとく)を尊(たっとし)とせん』
#3
泉源の漲るを観るに及んで 反って江海の覆(くつが)えるを懼る。
沙を漂わして坼岸(きんがん)去り、壑(がく)に漱(そそ)ぎて松柏禿(とく)す。
乗陵(じょうりょう)山門破れ、廻斡(かいあつ) 地軸 裂く。
洛に交りて洪河(こうか)に赴く、関に及ぶ豈に信宿ならんや。
応に数州を沈めて没せしむるなるべし、万室の哭するを聴くが如し。
穢濁(あいだく)殊に未だ清からず、風涛怒り 猶 蓄(たくお)う。
何の時か 舟車を通じて、陰気 黲黷(しんとく)ならざらん。』
#4
浮生 蕩汨(とういつ)有り、吾が道正に羈束(きそく)せらる。
人寰 身を容れ難く、石壁滑かにして足を側(そばだ)つ。
雲雷 屯(ちゅん)己まず 艱險(かんけん) 路更に跼(きょく)す。』
普天 川梁 無し、済(わた)らんと欲して水の縮(ちじ)まんことを願う。
因って悲しむ中林の士 未だ衆魚の腹より脱せず。
頭を挙げて蒼天に向う、安んぞ鴻鵠(こうこく)に騎(の)ることを得ん。』

毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
05rihakushi350

李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ

700Toho shi
kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首

800tousouSenshu
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首

三川觀水漲二十韻 杜甫 129 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 127-#3

三川觀水漲二十韻 杜甫 129 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 127-#3


#2
自多窮岫雨,行潦相豗蹙。蓊匒川氣黃,群流會空曲。
清晨望高浪,忽謂陰崖踣。恐泥竄蛟龍,登危聚麋鹿。
枯查卷拔樹,礧磈共沖塞。聲吹鬼神下,勢閱人代速。
不有萬穴歸,何以尊四瀆。』
#3
及觀泉源漲,反懼江海覆。
川流の淵源にこれだけこの広野に水が漲るのを見るに及んで、あべこべに田や下流河江や海から水がぶちまけられるのでないかとおそれるのである。
漂沙坼岸去,漱壑松柏禿。
その水勢は沙をただよわすによって山の岸はなくなってしまい、水が大きなたににそそぐによって松や柏もぬけてしまう。
乘陵破山門,回斡裂地軸。
又その水の勢が丘に乗り越えることによって山の崖門が破壊される、水勢のまわりめぐらせる力は地軸も裂けてしまわせるのだ。
交洛赴洪河,及關豈信宿。
この水流は洛水と交りて黄河の方へ赴くのであるが、潼関へ達するには一泊とはかかるものでなくすぐにも達するほどである。
應沉數州沒,如聽萬室哭。
この分だとさだめし幾つかの州を沈没させてしまうことだろう。万家の人の哭する声を現に聞こえてくるようであるのだ。
穢濁殊未清,風濤怒猶蓄。
水のけがれにごりはすむには至らぬが、風にあれくるう涛はまだ怒りをたくわえている。
何時通舟車?陰氣不黲黷。』

いつになったら舟や車を自由に交通させて、陰気がうすぐろくたなびかないようになり得るのだろうか。』
#4
浮生有蕩汨,吾道正羈束。人寰難容身,石壁滑側足。
雲雷屯不已,艱險路更跼。』
普天無川梁,欲濟願水縮。因悲中林士,未脫眾魚腹。
舉頭向蒼天,安得騎鴻鵠?』


#2
自ら窮岫(きゅうしゅう)の雨多し、行潦(こうろう) 相 豗蹙(かいしゅく)す。
蓊匒(おうこう)として川気(せんき) 黄なり、羣流 空曲に会す。
清晨 高浪を望む、忽ち謂う陰崖 踣(たお)れるかと。
泥(なず)まんことを恐れて蛟龍(こうりゅう) 竄(かく)れ、 危きに登りて 麋鹿(びろく) 聚(あつ)まる。
枯査 抜樹を巻き、礧磈(らいかい)として共に充塞(じゅうそく)す。
声は鬼神を吹きて下す、勢は人代(じんだい)の速かなることを閱(けみ)す。
万穴の帰する有らずんば、何を以ってか 四瀆(しとく)を尊(たっとし)とせん』

3

泉源の漲るを観るに及んで 反って江海の覆(くつが)えるを懼る。

沙を漂わして(きんがん)去り、壑(がく)に漱(そそ)ぎて松柏禿(とく)す。

乗陵(じょうりょう)山門破れ、廻斡(かいあつ) 地軸 裂く。

洛に交りて洪河(こうか)に赴く、関に及ぶ豈に信宿ならんや。

応に数州を沈めて没せしむるなるべし、万室の哭するを聴くが如し。

穢濁(あいだく)殊に未だ清からず、風涛怒り 猶 蓄(たくお)う。

何の時か 舟車を通じて、陰気 (しんとく)ならざらん。


#4
浮生蕩汨有り 吾が道正に羈束せらる
人裏身を容れ難く 石壁滑かにして足を側つ
雲雷屯己まず 艱險路更に跼す』
普天川梁無し 済らんと欲して水の縮まんことを願う
因って悲しむ中林の士 未だ衆魚の腹より脱せず
頭を挙げて蒼天に向う 安んぞ鴻鵠に騎ることを得ん』


現代語訳と訳註
(本文) #3

及觀泉源漲,反懼江海覆。
漂沙坼岸去,漱壑松柏禿。
乘陵破山門,回斡裂地軸。
交洛赴洪河,及關豈信宿。
應沉數州沒,如聽萬室哭。
穢濁殊未清,風濤怒猶蓄。
何時通舟車?陰氣不黲黷。』


(下し文) #3

泉源の漲るを観るに及んで 反って江海の覆(くつが)えるを懼る。

沙を漂わして坼岸(きんがん)去り、壑(がく)に漱(そそ)ぎて松柏禿(とく)す。

乗陵(じょうりょう)山門破れ、廻斡(かいあつ) 地軸 裂く。

洛に交りて洪河(こうか)に赴く、関に及ぶ豈に信宿ならんや。

応に数州を沈めて没せしむるなるべし、万室の哭するを聴くが如し。

穢濁(あいだく)殊に未だ清からず、風涛怒り 猶 蓄(たくお)う。

何の時か 舟車を通じて、陰気 黲黷(しんとく)ならざらん。』


(現代語訳)
川流の淵源にこれだけこの広野に水が漲るのを見るに及んで、あべこべに田や下流河江や海から水がぶちまけられるのでないかとおそれるのである。
その水勢は沙をただよわすによって山の岸はなくなってしまい、水が大きなたににそそぐによって松や柏もぬけてしまう。
又その水の勢が丘に乗り越えることによって山の崖門が破壊される、水勢のまわりめぐらせる力は地軸も裂けてしまわせるのだ。
この水流は洛水と交りて黄河の方へ赴くのであるが、潼関へ達するには一泊とはかかるものでなくすぐにも達するほどである。
この分だとさだめし幾つかの州を沈没させてしまうことだろう。万家の人の哭する声を現に聞こえてくるようであるのだ。
水のけがれ濁りは清むには至らないが、風にあれくるう涛はまだ怒りをたくわえている
いつになったら舟や車を自由に交通させて、陰気がうすぐろくたなびかないようになり得るのだろうか。』


(訳注)#3
及觀泉源漲,反懼江海覆。

川流の淵源にこれだけこの広野に水が漲るのを見るに及んで、あべこべに田や下流河江や海から水がぶちまけられるのでないかとおそれるのである。
泉源 淵源。泉は淵の代字。
 
漂沙坼岸去,漱壑松柏禿。
その水勢は沙をただよわすによって山の岸はなくなってしまい、水が大きなたににそそぐによって松や柏もぬけてしまう。
漂沙 水勢が沙をただよわす。土石流の様な濁流を言う。○坼岸去 坼は堤と同じく岸または界の意、去とはくずれてなくなること。土手の決壊。○漱壑 水が大きなたににそそぎこむ。○禿 髪がぬけてはげになるように樹木が無くなることをいう。


乘陵破山門,回斡裂地軸。
又その水の勢が丘に乗り越えることによって山の崖門が破壊される、水勢のまわりめぐらせる力は地軸も裂けてしまわせるのだ。
乗陵 水勢がのぼりしのぐ。○破山門 左右の山崖がこわれる。○廻斡 水勢がめぐり、めぐらす。○地軸 大地をささえるじく。


交洛赴洪河,及關豈信宿。
この水流は洛水と交りて黄河の方へ赴くのであるが、潼関へ達するには一泊とはかかるものでなくすぐにも達するほどである。
交洛 水流が洛水にまじわる、この洛水は延安府より麟州を経て同州府に入り朝邑県において黄河に会する川をいう。○決河 大きな河、黄河をさす。○及関 関は潼関をいう、洛水は黄河に入って潼関のところへつきあたる、及ぶとはそこへ達することをいう。〇信宿 再宿を信という、一晩や二晩ということ。この時叛乱軍と哥舒翰率いる国軍が潼関で対峙していた。


應沉數州沒,如聽萬室哭。
この分だとさだめし幾つかの州を沈没させてしまうことだろう。万家の人の哭する声を現に聞こえてくるようであるのだ。
万室 万家。


穢濁殊未清,風濤怒猶蓄。
水のけがれ濁りは清むには至らないが、風にあれくるう涛はまだ怒りをたくわえている。


何時通舟車?陰氣不黲黷。』
いつになったら舟や車を自由に交通させて、陰気がうすぐろくたなびかないようになり得るのだろうか。』
○何時 いつか、この二字は下旬までにかかる。○陰気 雨ぐもりの気。○黲黷 垢がつき黒いこと。前の聯の清を受けての垢、黷は謀叛、叛乱軍を示している。


覆。禿。軸。宿。哭。蓄。黷。



三川觀水漲二十韻 杜甫 128 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 127-#2

三川觀水漲二十韻 杜甫 128 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 127-#2

#1
我經華原來,不複見平陸。
北上惟土山,連天走窮穀。
火雲無時出,飛電常在目。』
#2
自多窮岫雨,行潦相豗蹙。
若し万穴の水の帰著する所が無かったなら、どうして四瀆の大川が尊ばれる値打ちがあろう。(四瀆の尊きはこれらの洪水をひきうけて集めるところにある。)』
蓊匒川氣黃,群流會空曲。
だからおのずとゆきづまった山、穴のある山には雨が多くふってくる、道路上を歩くことできないほどながれだす雨水は水と水とがぶつかり合って號濁音をたてている。
清晨望高浪,忽謂陰崖踣。
川面にはこんもり繁り、かさなりあっており、濁流の気が流れを黄色している、さまざまの流れが一緒になってさびしい山の隈にあつまってながれているのだ。
恐泥竄蛟龍,登危聚麋鹿。
きよらかな朝をむかえたがこうした高い浪をながめている、奥まった日陰の崖がこの道に倒れてこないかときゅうにおもったのだ。
枯查卷拔樹,礧磈共沖塞。
蛟が畏れ暴れて、水流が濁流になり、蚊竜もどこかへにげかくれるのだ、あぶなそうな高い処へあがって麋鹿があっまっているようだ。
聲吹鬼神下,勢閱人代速。
枯れた浮き木は抜けて、流れてきた筏のようになった大木を一緒に巻き込んで、うず高く重なっていっぱいになっているのだ。
不有萬穴歸,何以尊四瀆。』

土石流の声の凄まじさは、天から陰陽道の神々を吹きおろすかのようである、そして水の勢のはやさは人世の経過の速さをうかがい知ることでるほどのものなのである。
#3
及觀泉源漲,反懼江海覆。
漂沙坼岸去,漱壑松柏禿。
乘陵破山門,回斡裂地軸。
交洛赴洪河,及關豈信宿。
應沉數州沒,如聽萬室哭。
穢濁殊未清,風濤怒猶蓄。
何時通舟車?陰氣不黲黷。』


#1
我 華原を経て来る、復た平陸を見ず。
北上すれば惟 土山、連天窮谷に走る。
火雲出づるや時無し、飛電 常に目に在り。』

#2
自ら窮地の雨多し 行潦豗蹙極愛す
蓊匒として川気黄なり 羣流空曲に会す
清晨高浪を望む 忽ち謂う陰崖の踣るるかと
泥まんことを恐れて蛟龍竄れ 危きに登りて麋鹿聚まる
枯査抜樹を巻き 礧磈として共に充塞す
声は鬼神を吹きて下す  勢は人代の速かなるを閱す
万穴の帰する有らずんば 何を以てか四瀆を尊しとせん』

#3
泉源の滞るを観るに及んで 反って江海の覆えるを憤る
抄を漂わして折岸去り 峯に激ぎて松柏禿す
乗陵山門破れ 廻斡地軸裂く
洛に交りて洪河に赴く 関に及ぶ豈に信宿ならんや
応に数州を沈めて没せしむるなるべし 万室の宍するを聴くが如し
穢濁殊に未だ清からず 風涛怒り猶蓄う
何の時か舟車を通じて 陰気黲黷ならざらん』
杜甫乱前後の図003鳳翔


三川觀水漲二十韻 現代語訳と訳註
(本文) #2

自多窮岫雨,行潦相豗蹙。
蓊匒川氣黃,群流會空曲。
清晨望高浪,忽謂陰崖踣。
恐泥竄蛟龍,登危聚麋鹿。
枯查卷拔樹,礧磈共沖塞。
聲吹鬼神下,勢閱人代速。
不有萬穴歸,何以尊四瀆。』


(下し文) #2

自ら窮岫(きゅうしゅう)の雨多し、行潦(こうろう) 相 豗蹙(かいしゅく)す。
蓊匒(おうこう)として川気(せんき) 黄なり、羣流 空曲に会す。
清晨 高浪を望む、忽ち謂う陰崖 踣(たお)れるかと。
泥(なず)まんことを恐れて蛟龍(こうりゅう) 竄(かく)れ、 危きに登りて 麋鹿(びろく) 聚(あつ)まる。
枯査 抜樹を巻き、礧磈(らいかい)として共に充塞(じゅうそく)す。
声は鬼神を吹きて下す、勢は人代(じんだい)の速かなることを閱(けみ)す。
万穴の帰する有らずんば、何を以ってか 四瀆(しとく)を尊(たっとし)とせん』


(現代語訳)
だからおのずとゆきづまった山、穴のある山には雨が多くふってくる、道路上を歩くことできないほどながれだす雨水は水と水とがぶつかり合って號濁音をたてている。
川面にはこんもり繁り、かさなりあっており、濁流の気が流れを黄色している、さまざまの流れが一緒になってさびしい山の隈にあつまってながれているのだ。
きよらかな朝をむかえたがこうした高い浪をながめている、奥まった日陰の崖がこの道に倒れてこないかときゅうにおもったのだ。
蛟が畏れ暴れて、水流が濁流になり、蚊竜もどこかへにげかくれるのだ、あぶなそうな高い処へあがって麋鹿があっまっているようだ。
枯れた浮き木は抜けて、流れてきた筏のようになった大木を一緒に巻き込んで、うず高く重なっていっぱいになっているのだ。
土石流の声の凄まじさは、天から陰陽道の神々を吹きおろすかのようである、そして水の勢のはやさは人世の経過の速さをうかがい知ることでるほどのものなのである。

若し万穴の水の帰著する所が無かったなら、どうして四瀆の大川が尊ばれる値打ちがあろう。(四瀆の尊きはこれらの洪水をひきうけて集めるところにある。)』

(訳注)

自多窮岫雨,行潦相豗蹙。
だからおのずとゆきづまった山、穴のある山には雨が多くふってくる、道路上を歩くことできないほどながれだす雨水は水と水とがぶつかり合って號濁音をたてている。
○窮岫 ゆきづまった山、穴のある山を岫という。○行潦 道路上を歩くことできないほどながれだす雨水。○豗蹙 豗はかまびすしい、水と水とがぶつかり合って號濁音をたててやかましいこと。蹙は水が相い迫ってちぢめあうこと。

蓊匒川氣黃,群流會空曲。
川面にはこんもり繁り、かさなりあっており、濁流の気が流れを黄色している、さまざまの流れが一緒になってさびしい山の隈にあつまってながれているのだ。
○蓊匒 蓊はしげるさま、匒はかさなるさま。○川気 川面の濁流の気。○群流 多くの水流。○ あつまる。○空曲 さびしい山の隈。

清晨望高浪,忽謂陰崖踣。
きよらかな朝をむかえたがこうした高い浪をながめている、奥まった日陰の崖がこの道に倒れてこないかときゅうにおもったのだ。
○清晨 きよらかな朝。すがすがしい朝○陰崖 日光をうけぬがけ。

恐泥竄蛟龍,登危聚麋鹿。
蛟が畏れ暴れて、水流が濁流になり、蚊竜もどこかへにげかくれるのだ、あぶなそうな高い処へあがって麋鹿があっまっているようだ。
 濁流。蛟が畏れ暴れて、水流が濁流になることを示す。○ にげかくれる。○登危 危は高くあやうい場所をいう。

枯查卷拔樹,礧磈共沖塞。
枯れた浮き木は抜けて、流れてきた筏のようになった大木を一緒に巻き込んで、うず高く重なっていっぱいになっているのだ。
○枯 査は桂と同じ、いかだ、これは水中の浮き木をいう。○ まきこむ。○抜樹 あたらしく根からぬけた樹木。○礧磈 石のかさなるさま。○充塞 みちふさがる。今でいう土石流ということであろう。

聲吹鬼神下,勢閱人代速。
土石流の声の凄まじさは、天から陰陽道の神々を吹きおろすかのようである、そして水の勢のはやさは人世の経過の速さをうかがい知ることでるほどのものなのである。
声吹 水の声は風が鬼神を吹きおろすようだという意。○鬼神 鬼は隠の神、神は陽の神。どちらも霊妙な働きを持つ超自然の存在。○ 水勢。〇人代速 人間の過ぎ去った過去が速かにすぎ去ったこと。光陰矢のごとしの人生の経過しているさま。杜甫この時45歳、アットいう間に経過したのだ。洪水の流れを人生に経過に見ることはあまり例がない。

不有萬穴歸,何以尊四瀆。』
若し万穴の水の帰著する所が無かったなら、どうして四瀆の大川が尊ばれる値打ちがあろう。(四瀆の尊きはこれらの洪水をひきうけて集めるところにある。)』
○萬穴 雲が湧き出、大水のもとが巌谷の穴から出てくると思われていた。○四瀆 ほかの大河と交わらず海に流れており、江水(長江)、河水(黄河)、淮水(淮河)とともに「華夏四瀆」と称された。


○押韻 蹙。曲。踣。踣。鹿。塞。速。瀆。』

三川觀水漲二十韻 杜甫 127 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 127-#1

三川觀水漲二十韻 杜甫 127 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 127-#1


安禄山が反旗を翻したとき、杜甫はまだ奉先県の家族のもとにいたが、その後の数か月間の足どりは明らかでない。そのまま奉先県に留まっていたとも思える。しかし、家族のもとからすぐに長安に引き返して右衛率府の仕事についていたが、しだいに賊が迫ってきたため、家族を避難させようとして長安を離れたということではないか。帰省後の数か月間の杜甫の行動は、このように不明であるが、五月には、家族を連れて、親戚の崔氏が県令となっている白水県に移っている。白水県は奉先県の北にある県であるが、この地も戦雲がみなぎり、厳しい状況のもとにあったということだ。
六月に入って哥舒翰の軍が潼関で大敗し、叛乱軍が長安に迫ってきたため、杜甫は家族を連れて危険の迫った白水県を去り、多くの避難民に混じって洛河ぞいに葦原を経てさらに北に進んだ。「三川観水漲二十韻」(三川にて水の漲るを観る)には、その途中の様子を次のように記す

三川觀水漲二十韻
#1
我經華原來,不複見平陸。
わたしは華原の地を経過しつつやって来た、ここらのあたりにはこれまでの様に平地をみることはなくなったのだ。
北上惟土山,連天走窮穀。
北へとのぼりみちすればただ土門山がつづいている、連日ゆきづまった谷を走っている。
火雲無時出,飛電常在目。』

空にいつとなく赤焼けの雲が現われでてくる、雷が飛ぶのはいつも見えていることなのだ。』
#2
自多窮岫雨,行潦相豗蹙。
蓊匒川氣黃,群流會空曲。
清晨望高浪,忽謂陰崖踣。
恐泥竄蛟龍,登危聚麋鹿。
枯查卷拔樹,礧磈共沖塞。
聲吹鬼神下,勢閱人代速。
不有萬穴歸,何以尊四瀆。』

我華原を経て来る 復た平陸を見ず
北上すれば惟土山 連天窮谷に走る
火雲出づるや時無し 飛電常に目に在り』

#2
自ら窮岫(きゅうしゅう)の雨多し、行潦(こうろう) 相 豗蹙(かいしゅく)す。
蓊匒(おうこう)として川気(せんき) 黄なり、羣流 空曲に会す。
清晨 高浪を望む、忽ち謂う陰崖 踣(たお)れるかと。
泥(なず)まんことを恐れて蛟龍(こうりゅう) 竄(かく)れ、 危きに登りて 麋鹿(びろく) 聚(あつ)まる。
枯査 抜樹を巻き、礧磈(らいかい)として共に充塞(じゅうそく)す。
声は鬼神を吹きて下す、勢は人代(じんだい)の速かなることを閱(けみ)す。
万穴の帰する有らずんば、何を以ってか 四瀆(しとく)を尊(たっとし)とせん』



三川觀水漲二十韻 現代語訳と訳註
(本文) #1

我經華原來,不複見平陸。
北上惟土山,連天走窮穀。
火雲無時出,飛電常在目。』

(下し文)
我華原を経て来る 復た平陸を見ず
北上すれば惟土山 連天窮谷に走る
火雲出づるや時無し 飛電常に目に在り』

(現代語訳)
わたしは華原の地を経過しつつやって来た、ここらのあたりにはこれまでの様に平地をみることはなくなったのだ。
北へとのぼりみちすればただ土門山がつづいている、連日ゆきづまった谷を走っている。
空にいつとなく赤焼けの雲が現われでてくる、雷が飛ぶのはいつも見えていることなのだ。』

杜甫乱前後の図003鳳翔

(訳注)
我經華原來,不複見平陸。

わたしは華原の地を経過しつつやって来た、ここらのあたりにはこれまでの様に平地をみることはなくなったのだ。
華原 陝西省西安府擢州治。○平陸 平地。

北上惟土山,連天走窮穀。
北へとのぼりみちすればただ土門山がつづいている、連日ゆきづまった谷を走っている。
北上 北に向かってのぼりみちをする。○土山 華原県の東南にある土門山。○連天 連日のこと。○窮穀  穀は谷 ゆきづまったたに。

火雲無時出,飛電常在目。』
空にいつとなく赤焼けの雲が現われでてくる、雷が飛ぶのはいつも見えていることなのだ。』
火雲 あかくやけたくも。○出無時 時のきまりなくでる。
長安黄河
毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
05rihakushi350

李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ

700Toho shi
kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首

800tousouSenshu
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首

白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 126 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 121-#6

白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 126 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 121-#6


-#5
前軒頹反照,巉絕華嶽赤。
兵氣漲林巒,川光雜鋒鏑。
知是相公軍,鐵馬雲霧積。
玉觴淡無味,胡羯豈強敵?
長歌激屋樑,淚下流衽席。』
-#6
人生半哀樂,天地有順逆。
人生には 楽しみと哀しみが半分ずつある。天地の間にも順道ばかりではない、逆道ということがあるのだ。
慨彼萬國夫,休明備徵狄。
いま、なげかわしい事が起こっている。国中、諸国の兵士たちは太平の時に、それで徵狄を征伐する用意で置かれた異民族に対しての幕府であったのだ(それが叛乱軍につくとはどうしたものか)。
猛將紛填委,廟謀蓄長策。
国軍とて賢将、猛将はたくさんいて、まだそのままおいている。朝廷にはなにか善い作戦、計略を蓄えておらるるのであろう。
東郊何時開?帶甲且未釋。』
いつになったら都の東の方面が、開かれる様になるだろうか。いまは、甲冑、鎧をつけたものがまだそれを解きすてることができないのである。』
欲告清宴罷,難拒幽明迫。
今やきょうの酒盛りも終りを告げようとしている、静まり返る夜がせまってくるのをとめることはできないのだ。
三嘆酒食旁,何由似平昔!』

この主人のこれだけの酒食の傍ながら、わたしはいくたびも悔しい思いになってしまうのだ、どういう方法があるというのか! ありし日の太平の時の様になるためには。』


-#5
前軒反照怒る 唆絶華嶽赤し、
兵気林轡に斬る 川光鋒鏑に雑わる
知る是れ相公の軍 傲馬雲霧積めることを
玉腸淡として味無し 胡掲豊に強敵ならんや
長歌屋梁に激す 涙下って裡席に流る』
-#6
人生哀楽半ばなり 天地順逆有り
慨す彼の万国の夫 休明には征秋に備えしを
猛将紛として墳委す 廟謀長策を蓄う
東郊何の時か開けん 帯甲且未だ釈けず』
宴の罷むを告げんと欲す 幽明の迫るを拒み難し
歎す酒食の傍 何に由ってか平昔に似ん』


白水崔少府十九翁高齋三十韻 現代語訳と訳註 -#6
(本文) -#6
人生半哀樂,天地有順逆。
慨彼萬國夫,休明備徵狄。
猛將紛填委,廟謀蓄長策。
東郊何時開?帶甲且未釋。』
欲告清宴罷,難拒幽明迫。
三嘆酒食旁,何由似平昔!』

(下し文)
人生哀楽半ばなり 天地順逆有り
慨す彼の万国の夫 休明には征秋に備えしを
猛将紛として墳委す 廟謀長策を蓄う
東郊何の時か開けん 帯甲且未だ釈けず』
宴の罷むを告げんと欲す 幽明の迫るを拒み難し
歎す酒食の傍 何に由ってか平昔に似ん』

(現代語訳)
人生には 楽しみと哀しみが半分ずつある。天地の間にも順道ばかりではない、逆道ということがあるのだ。
いま、なげかわしい事が起こっている。国中、諸国の兵士たちは太平の時に、それで徵狄を征伐する用意で置かれた異民族に対しての幕府であったのだ(それが叛乱軍につくとはどうしたものか)。
国軍とて賢将、猛将はたくさんいて、まだそのままおいている。朝廷にはなにか善い作戦、計略を蓄えておらるるのであろう。
いつになったら都の東の方面が、開かれる様になるだろうか。いまは、甲冑、鎧をつけたものがまだそれを解きすてることができないのである。』
今やきょうの酒盛りも終りを告げようとしている、静まり返る夜がせまってくるのをとめることはできないのだ。
この主人のこれだけの酒食の傍ながら、わたしはいくたびも悔しい思いになってしまうのだ、どういう方法があるというのか! ありし日の太平の時の様になるためには。』
  
(語訳と訳註)-#6
人生半哀樂,天地有順逆。

人生には 楽しみと哀しみが半分ずつある。天地の間にも順道ばかりではない、逆道ということがあるのだ。
半哀楽 哀しみと楽しみとが半分ずつある。○順逆 順道と道道、臣が君に対して謀叛するのは道理に逆ろうた道である。哀楽、順逆と並べているが表、逆を主としていう。


慨彼萬國夫,休明備徵狄。
いま、なげかわしい事が起こっている。国中、諸国の兵士たちは太平の時に、それで徵狄を征伐する用意で置かれた異民族に対しての幕府であったのだ(それが叛乱軍につくとはどうしたものか)。
 なげく。〇万国夫 諸国の兵士たち。これは主として安禄山の賊軍に服従したものをさしていう。○休明 休は美、天子の徳の美にして明かであったとき、平和であった時期をさす。〇備徵狄 東狄を征伐する用意にそなえ置いたもの。


猛將紛填委,廟謀蓄長策。
国軍とて賢将、猛将はたくさんいて、まだそのままおいている。朝廷にはなにか善い作戦、計略を蓄えておらるるのであろう。
紛墳委 紛は多くあってみだれるさま、嘆は塞がる、委はつもること。たくさんそのままおいてあることをいう。○廟謀 朝廷のはかりごと、大事は宗廟においてはかる故に廟謀という。○長策 馬を御する長いむち、善良な計略をいう。


東郊何時開?帶甲且未釋。』
いつになったら都の東の方面が、開かれる様になるだろうか。いまは、甲冑、鎧をつけたものがまだそれを解きすてることができないのである。』
東郊 長安の東方の野外、華州・潼関などは東郊である。○ 道路の開通することをいう。○帯甲 よろいをおびている。○未釈 ときすてることができぬ。


欲告清宴罷,難拒幽明迫。
今やきょうの酒盛りも終りを告げようとしている、静まり返る夜がせまってくるのをとめることはできないのだ。
 人が告知すること。○罷 おわること。○ 否定すること。○幽明 夜昼をいう、夜を強調して主としていう。


三嘆酒食旁,何由似平昔!』
この主人のこれだけの酒食の傍ながら、わたしはいくたびも悔しい思いになってしまうのだ、どういう方法があるというのか! ありし日の太平の時の様になるためには。』
平昔 ありしむかし、平和であった時期をさす。



詩人は生活の変化、季節の変化、自然の変化、人の心の変化、その繊細な部分までよくわかるのである。
 杜甫の詩に「嘆く」という語が頻繁に出始めるのだ。ひとくくりになげくという意味ではとらえられない。杜甫のこの『嘆く』を結論的に言うと、その先に希望であり、解決できるものを持っているときに、今の悲しみを「嘆く」といっている。
 「嘆く」に関してこの視点で見ていくことにする。
 ではこの詩では、というと
「猛將紛填委,廟謀蓄長策。」(猛将紛として墳委す 廟謀長策を蓄う)
国軍とて賢将、猛将はたくさんいて、まだそのままおいている。朝廷にはなにか善い作戦、計略を蓄えておらるるのであろう。
 唐の国軍に哥舒翰、顔真卿兄弟、郭子儀、・・・・猛者がいたのだ。今後の詩に登場する。

******************************************************************************************
白水崔少府十九翁高齋三十韻
客從南縣來,浩蕩無與適。旅食白日長,況當朱炎赫。』
高齋坐林杪,信宿遊衍闃。清晨陪躋攀,傲睨俯峭壁。
崇岡相枕帶,曠野回咫尺。始知賢主人,贈此譴岑寂。』
危階根青冥,曾冰生淅瀝。上有無心雲,下有欲落石。
泉聲聞複息,動靜隨所激。鳥呼藏其身,有似懼彈射。』
吏隱適情性,茲焉其窟宅。白水見舅氏,諸翁乃仙伯。
杖藜長松下,作尉窮穀僻。為我炊雕胡,逍遙展良覿。』
坐久風頗怒,晚來山更碧。相對十丈蛟,欻翻盤渦坼。
何得空裡雷,殷殷尋地脈。煙氛藹崷崒,魍魎森慘戚。
昆侖崆峒顛,回首如不隔。』
前軒頹反照,巉絕華嶽赤。兵氣漲林巒,川光雜鋒鏑。
知是相公軍,鐵馬雲霧積。玉觴淡無味,胡羯豈強敵?
長歌激屋樑,淚下流衽席。』
人生半哀樂,天地有順逆。慨彼萬國夫,休明備徵狄。
猛將紛填委,廟謀蓄長策。東郊何時開?帶甲且未釋。』
欲告清宴罷,難拒幽明迫。三嘆酒食旁,何由似平昔!』


白水の崔少府十九翁の高齋で三十韻を
客南県従り来る 浩蕩として与に通する無し
旅食自日長し 況や朱炎の赫たるに当るをや』
高斎林秒に坐す 信宿潜行閲たり
清最陪して臍攣し 倣晩晴壁に傭す
崇岡相枕帯す 境野過にして爬尺なり
始めて知る賢主人 此を贈って愁寂を遥らしむるを』
-#2
危階青冥に根す 曾泳漸靡たるに生ず
上には無心の雲有り 下には落ちんと欲する石有り
泉声聞こえて復た息む 動静激する所に随う
鳥呼びて其の身を蔵す 弾射を憤るるに似たる有り』
吏隠惰性に通す 玄鳶に其れ窟宅とす
白水舅氏を見る 諸翁は乃ち仙伯なり
葬を杖く長松の下 尉と作る窮谷の僻なるに
我が為めに離胡を炊ぐ 造造艮覿を展ぶ』
坐久しくして風頗る怒る 晩来山更に碧なり
相対す十丈の校 数ち盤渦を和えして塀く
何ぞ得ん空裏の雷 殿殿として地腺を尋ぬるを
煙気高として酋奉 魅魅森として惨戚
良禽畦桐の巌 首を回らせば隔たらざるが如し』
前軒反照怒る 唆絶華嶽赤し、
兵気林轡に斬る 川光鋒鏑に雑わる
知る是れ相公の軍 傲馬雲霧積めることを
玉腸淡として味無し 胡掲豊に強敵ならんや
長歌屋梁に激す 涙下って裡席に流る』
人生哀楽半ばなり 天地順逆有り
慨す彼の万国の夫 休明には征秋に備えしを
猛将紛として墳委す 廟謀長策を蓄う
東郊何の時か開けん 帯甲且未だ釈けず』
宴の罷むを告げんと欲す 幽明の迫るを拒み難し
歎す酒食の傍 何に由ってか平昔に似ん』


わたしは南の奉先県からこの白水へやって来たのであるが、心はとりとめなくうごいて自分の意にかなうこととしてここに来たのではない。
ここに食客となっていると日長が一日ということである、ましてこんなに炎天の夏の頃にあたっているのだ。』
高い書斎が林の梢のようなところに設置されたところにわたしは坐っている、数日をすごすに、きままにくつろいであそぶのだがいたってものさびしいことでもある。
きょうの朝の清々しさのあいだに主人におともをしてここのところへよじのぼってきたのだ、随分気張ってながめそして絶壁をうつぶせてみおろした。
たかい岡は互に帯のようにまつわりめぐりあったりしている、ひろい原野はとおくはあるが咫尺な間近くにある様な感じがする。 

この書斎のたかくてあぶなげなきざはしはあおぞらに根をおろしているのかと思うほどである、渓間の風音で木々のざわついているあたりには幾層かの氷が生じているほどつめたいのである。
上をみあげると無心にしてくれる雲がある、下をみおろせば落ちそうになっている石がある。
滝の落ちる音は聞こえたりやんだり、風のぶっつかり方しだいで泉声が動いたり静かになったりしている。
また鳥はどこかに身を潜めて声をだして呼んでいるようなのだが、からだはかくして現わさないのだ、どこからか弾き弓で射とめられるのがこわいということなのだろう。』

主人は官僚であって隠遁者の生活をするのがその惰性にかなっているのでそれでこのような場所を自己のいわやの居宅としているのだ。(半官半隠をいう)
わたしはこの白水でおじの崔明府に面会しに来たのだが諸翁たちはみな仙人のなかの長であるとも申すべき人々だ。
自分はここへ来て、背の高い松の木の下であかぎの杖をついてやすむのである、あなたはこんな奥まってだれもこぬ様な渓谷の地に尉官となっておられるのだ(即ち半分、仙人)。
自分のために菰米をたいてくれます。それで自分もここでぶらぶらしながらみなさんとの御面会するにつけてのこころのうちを十分にのべることができるのだ。』

しばらくここに坐っていた、すると風がおこったようにつよくなった。日も夕方になって山の色はいっそう碧がふかくなってみえる。
川の方面では十丈もあろうかという蛟いる、たちまちのうちに水面にうずまきを作り、くりかえして水面を裂くようにひらくのだ。
まさか天上の雷がいるのではあるまい、しかし、ごうごうとした音は地面まで尋ねて来て鳴りひびいているのだ。
靄ガスがもやくやとして山のそびゆる様にあがって高くたち、罔両という怪物もひっそりとしてかなしんでいるかのよう。
しかし崑崙山や崆峒山の頂は仙人の棲むところである、頭を回してみまわしてみると遠く隔たっているとはおもわれないのだ。』

南の軒にたいして照り返しがすこし衰えてきた。非常にけわしくそびえる華嶽がまっかにみえている。
どこにいてもいくさの気配が林や小高い山にみなぎり、川の光は刀や槍の先、鋒鏑の光とまじり合うように感じるのである。
それでなにがわかるのかというと哥舒翰相公の大軍勢がそのあたりに駐屯していて、鉄の防具をつけた馬がたくさんあっまって、雲霧の様に砂塵をおこしているのだということがわかるのである。
それを考えると手にするうるわしく飾った杯もさっぱり水くさくて味がない。まさか叛乱軍どもは強敵というのではないはずではないか(それがじっさいには強いのでどうしたのかという意)。
我がうたう長歌は部屋内の梁にあたって勢いをまし、涙はくだって衣のつまやむしろ敷きに流れている。』

人生には 楽しみと哀しみが半分ずつある。天地の間にも順道ばかりではない、逆道ということがあるのだ。
いま、なげかわしい事が起こっている。国中、諸国の兵士たちは太平の時に、それで徵狄を征伐する用意で置かれた異民族に対しての幕府であったのだ(それが叛乱軍につくとはどうしたものか)。
国軍とて賢将、猛将はたくさんいて、まだそのままおいている。朝廷にはなにか善い作戦、計略を蓄えておらるるのであろう。
いつになったら都の東の方面が、開かれる様になるだろうか。いまは、甲冑、鎧をつけたものがまだそれを解きすてることができないのである。』
今やきょうの酒盛りも終りを告げようとしている、静まり返る夜がせまってくるのをとめることはできないのだ。
この主人のこれだけの酒食の傍ながら、わたしはいくたびも悔しい思いになってしまうのだ、どういう方法があるというのか! ありし日の太平の時の様になるためには。』

毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
05rihakushi350

李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ

700Toho shi
kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首

800tousouSenshu
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首

白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 125 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 121-#5

白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 125 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 121-#5



-#4
坐久風頗怒,晚來山更碧。
相對十丈蛟,欻翻盤渦坼。
何得空裡雷,殷殷尋地脈。
煙氛藹崷崒,魍魎森慘戚。
昆侖崆峒顛,回首如不隔。』

-#5
前軒頹反照,巉絕華嶽赤。
南の軒にたいして照り返しがすこし衰えてきた。非常にけわしくそびえる華嶽がまっかにみえている。
兵氣漲林巒,川光雜鋒鏑。
どこにいてもいくさの気配が林や小高い山にみなぎり、川の光は刀や槍の先、鋒鏑の光とまじり合うように感じるのである。
知是相公軍,鐵馬雲霧積。
それでなにがわかるのかというと哥舒翰相公の大軍勢がそのあたりに駐屯していて、鉄の防具をつけた馬がたくさんあっまって、雲霧の様に砂塵をおこしているのだということがわかるのである。
玉觴淡無味,胡羯豈強敵?
それを考えると手にするうるわしく飾った杯もさっぱり水くさくて味がない。まさか叛乱軍どもは強敵というのではないはずではないか(それがじっさいには強いのでどうしたのかという意)。
長歌激屋樑,淚下流衽席。』

我がうたう長歌は部屋内の梁にあたって勢いをまし、涙はくだって衣のつまやむしろ敷きに流れている。』

-#6
人生半哀樂,天地有順逆。
慨彼萬國夫,休明備徵狄。
猛將紛填委,廟謀蓄長策。
東郊何時開?帶甲且未釋。』
欲告清宴罷,難拒幽明迫。
三嘆酒食旁,何由似平昔!』


-#4
坐久しくして風頗る怒る 晩来山更に碧なり
相対す十丈の校 数ち盤渦を和えして塀く
何ぞ得ん空裏の雷 殿殿として地腺を尋ぬるを
煙気高として酋奉 魅魅森として惨戚
良禽畦桐の巌 首を回らせば隔たらざるが如し』

-5

前軒反照怒る 唆絶華嶽赤し、

兵気林轡に斬る 川光鋒鏑に雑わる

知る是れ相公の軍 傲馬雲霧積めることを

玉腸淡として味無し 胡掲豊に強敵ならんや

長歌屋梁に激す 涙下って裡席に流る』

-#6
人生哀楽半ばなり 天地順逆有り
慨す彼の万国の夫 休明には征秋に備えしを
猛将紛として墳委す 廟謀長策を蓄う
東郊何の時か開けん 帯甲且未だ釈けず』
宴の罷むを告げんと欲す 幽明の迫るを拒み難し
歎す酒食の傍 何に由ってか平昔に似ん』



白水崔少府十九翁高齋三十韻 現代語訳と訳註 -#5
(本文) -#5

前軒頹反照,巉絕華嶽赤。
兵氣漲林巒,川光雜鋒鏑。
知是相公軍,鐵馬雲霧積。
玉觴淡無味,胡羯豈強敵?
長歌激屋樑,淚下流衽席。』

(下し文) -#5
前軒反照怒る 唆絶華嶽赤し、
兵気林轡に斬る 川光鋒鏑に雑わる
知る是れ相公の軍 傲馬雲霧積めることを
玉腸淡として味無し 胡掲豊に強敵ならんや
長歌屋梁に激す 涙下って裡席に流る』

(現代語訳)
南の軒にたいして照り返しがすこし衰えてきた。非常にけわしくそびえる華嶽がまっかにみえている。
どこにいてもいくさの気配が林や小高い山にみなぎり、川の光は刀や槍の先、鋒鏑の光とまじり合うように感じるのである。
それでなにがわかるのかというと哥舒翰相公の大軍勢がそのあたりに駐屯していて、鉄の防具をつけた馬がたくさんあっまって、雲霧の様に砂塵をおこしているのだということがわかるのである。
それを考えると手にするうるわしく飾った杯もさっぱり水くさくて味がない。まさか叛乱軍どもは強敵というのではないはずではないか(それがじっさいには強いのでどうしたのかという意)。
我がうたう長歌は部屋内の梁にあたって勢いをまし、涙はくだって衣のつまやむしろ敷きに流れている。』


(語訳と訳註)
-#5
(之より唐王朝に関して情勢の見方、考え方について述べている。)
前軒頹反照,巉絕華嶽赤。
南の軒にたいして照り返しがすこし衰えてきた。非常にけわしくそびえる華嶽がまっかにみえている。
前軒 南面ののきば。○頹反照 夕陽のてりかえしがおとろえてきたことをいう。○巉絕 非常にけわしくそびえる。○華嶽  狭西省華陰県。中国五山のひとつ。西嶽華山標高1997メートル、南は秦嶺に連なっている。白水からは南方にみえる。
長安黄河
 
兵氣漲林巒,川光雜鋒鏑。
どこにいてもいくさの気配が林や小高い山にみなぎり、川の光は刀や槍の先、鋒鏑の光とまじり合うように感じるのである。
兵気 いくさの気。林巒 林や小高い山。○雑鋒鏑 鋒は刃のほさき、鏑は矢のかぶら、これは鋒鏑の光をいう、雑とは川の水の光と鋒鏑の光とがいりまじること。


知是相公軍,鐵馬雲霧積。
それでなにがわかるのかというと哥舒翰相公の大軍勢がそのあたりに駐屯していて、鉄の防具をつけた馬がたくさんあっまって、雲霧の様に砂塵をおこしているのだということがわかるのである。
相公軍 相公は宰相の職にある哥舒翰をさす。安禄山の反するや翰を以て太子先鋒兵馬元帥となし、明年(天宝十五載)正月、尚書左僕射・同中書門下平章事に進位した。時に翰は二十万の兵を統べて潼関を守った。潼関は華州の東にあり、長安から東流してきた渭水と、何流してきた黄河が直角に折れて東流する。その折れ曲がるところで渭水と合流する。この地点から流れが急流になるので軍事上重要地点なのだ。○鉄馬 鉄の防具をつけた馬。○雲霧横 雲霧の如く堆積する、多くあつまることをいう。


玉觴淡無味,胡羯豈強敵?
それを考えると手にするうるわしく飾った杯もさっぱり水くさくて味がない。まさか叛乱軍どもは強敵というのではないはずではないか(それがじっさいには強いのでどうしたのかという意)。
玉觴 主人が自己にだしてくれたさかずきをいう、玉とはうるわしく飾っていう。○胡掲 えびす、安禄山の叛乱軍をいう。
 
長歌激屋樑,淚下流衽席。』
我がうたう長歌は部屋内の梁にあたって勢いをまし、涙はくだって衣のつまやむしろ敷きに流れている。』
長歌 声をひいてうたううた。○屋梁 部屋に出ている梁のこと。○衽席 衣のつま及びむしろ。

白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 124 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 121-#4

白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 124 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 121-#4



-#4
坐久風頗怒,晚來山更碧。
しばらくここに坐っていた、すると風がおこったようにつよくなった。日も夕方になって山の色はいっそう碧がふかくなってみえる。
相對十丈蛟,欻翻盤渦坼。
川の方面では十丈もあろうかという蛟いる、たちまちのうちに水面にうずまきを作り、くりかえして水面を裂くようにひらくのだ。
何得空裡雷,殷殷尋地脈。
まさか天上の雷がいるのではあるまい、しかし、ごうごうとした音は地面まで尋ねて来て鳴りひびいているのだ。
煙氛藹崷崒,魍魎森慘戚。
靄ガスがもやくやとして山のそびゆる様にあがって高くたち、罔両という怪物もひっそりとしてかなしんでいるかのよう。
昆侖崆峒顛,回首如不隔。』

しかし崑崙山や崆峒山の頂は仙人の棲むところである、頭を回してみまわしてみると遠く隔たっているとはおもわれないのだ。』


-#5
前軒頹反照,巉絕華嶽赤。
兵氣漲林巒,川光雜鋒鏑。
知是相公軍,鐵馬雲霧積。
玉觴淡無味,胡羯豈強敵?
長歌激屋樑,淚下流衽席。』

-#4
坐久しくして風頗る怒る 晩来山更に碧なり
相対す十丈の校 数ち盤渦を和えして塀く
何ぞ得ん空裏の雷 殷殷として地脉を尋ぬるを
煙気高として酋奉 魅魅森として惨戚
良禽畦桐の巌 首を回らせば隔たらざるが如し』



白水崔少府十九翁高齋三十韻 現代語訳と訳註 -#4
(本文)

坐久風頗怒,晚來山更碧。
相對十丈蛟,欻翻盤渦坼。
何得空裡雷,殷殷尋地脉。
煙氛藹崷崒,魍魎森慘戚。
昆侖崆峒巓,回首如不隔。』

(下し文)
坐久しくして風頗る怒る 晩来山更に碧なり。
相対す十丈の蛟(みずち) 欻(たちま)ち盤渦を翻えして坼(ひら)く。
何ぞ得ん空裏の雷 殷殷として地脉(ちみゃく)を尋ぬるを。
煙気 藹(あい)として崷崒(しゅうしゅつ)  魍魎(もうりょう)森として惨戚(さんせき)。
崑崙崆峒の巓(いただき) 首を回らせば隔たらざるが如し』

(現代語訳)
しばらくここに坐っていた、すると風がおこったようにつよくなった。日も夕方になって山の色はいっそう碧がふかくなってみえる。
川の方面では十丈もあろうかという蛟いる、たちまちのうちに水面にうずまきを作り、くりかえして水面を裂くようにひらくのだ。
まさか天上の雷がいるのではあるまい、しかし、ごうごうとした音は地面まで尋ねて来て鳴りひびいているのだ。
靄ガスがもやくやとして山のそびゆる様にあがって高くたち、罔両という怪物もひっそりとしてかなしんでいるかのよう。
しかし崑崙山や崆峒山の頂は仙人の棲むところである、頭を回してみまわしてみると遠く隔たっているとはおもわれないのだ。』


  
(語訳と訳註)-#4
坐久風頗怒,晚來山更碧。

しばらくここに坐っていた、すると風がおこったようにつよくなった。日も夕方になって山の色はいっそう碧がふかくなってみえる。


相對十丈蛟,欻翻盤渦坼。
川の方面では十丈もあろうかという蛟いる、たちまちのうちに水面にうずまきを作り、くりかえして水面を裂くようにひらくのだ。
十丈蛟 十丈の身長あるみずち、白水の川の水中の魔物をいう。○盤渦 わにまぐうずまき。○ 水面を裂開することをいう。


何得空裡雷,殷殷尋地脈。
まさか天上の雷がいるのではあるまい、しかし、ごうごうとした音は地面まで尋ねて来て鳴りひびいているのだ。
何得 反語:得ず という意、そうはありえないのに、なんでそうであるのかととがめていうこころ。○空裡雷 空中で鳴るかみなり。○殷殷 雷の鳴る音のさま。○尋地脉 地脉までたずね来てそこで鳴る。これは実景を叙している「盤渦坼」を形容してきょうちょうしているのである。水の渦巻き音が雷のごとく地面まで尋ね来たようであること。

 
煙氛藹崷崒,魍魎森慘戚。
靄ガスがもやくやとして山のそびゆる様にあがって高くたち、罔両という怪物もひっそりとしてかなしんでいるかのよう。
○煙氛 靄ガス(わるいき)。○ もやくやとして。○崷崒 高峻なさま。○魍魎 中国の自然界の精鬼。罔両・美豆波ともいう。『淮南子』には、「罔両は状は三歳の小児の如し、色は赤黒し、目は赤く耳は長く、美しい髪をもつ」と記される。『本草綱目』には、「罔両は好んで亡者の肝を食べる。それで『周礼』に、戈(ほこ)を執って壙(つかあな)に入り、方良(罔両)を駆逐する、とあるのである。本性、罔両は虎と柏とを怖れす。また、弗述(ふつじゆつ)というのがいて、地下にあり死人の脳を食べるが、その首に柏を挿すと死ぬという。つまりこれは罔両である」と記されている。。○ しずかにたちならぶさま。○惨威 かなしみうれえる。

 
昆侖崆峒巓,回首如不隔。』
しかし崑崙山や崆峒山の頂は仙人の棲むところである、頭を回してみまわしてみると遠く隔たっているとはおもわれないのだ。』
昆侖崆峒 崑崙山、崆峒山、渭水を挟んで左右に聳える山であるが、ともに仙人の居る山。朝廷、皇居を意味するもの。

白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 123 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 121-#3

白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 123 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 121-#3


-#3
吏隱適情性,茲焉其窟宅。
主人は官僚であって隠遁者の生活をするのがその惰性にかなっているのでそれでこのような場所を自己のいわやの居宅としているのだ。(半官半隠をいう)
白水見舅氏,諸翁乃仙伯。
わたしはこの白水でおじの崔明府に面会しに来たのだが諸翁たちはみな仙人のなかの長であるとも申すべき人々だ。
杖藜長松下,作尉窮穀僻。
自分はここへ来て、背の高い松の木の下であかぎの杖をついてやすむのである、あなたはこんな奥まってだれもこぬ様な渓谷の地に尉官となっておられるのだ(即ち半分、仙人)。
為我炊雕胡,逍遙展良覿。』

自分のために菰米をたいてくれます。それで自分もここでぶらぶらしながらみなさんとの御面会するにつけてのこころのうちを十分にのべることができるのだ。』


-#4
坐久風頗怒,晚來山更碧。
相對十丈蛟,欻翻盤渦坼。
何得空裡雷,殷殷尋地脈。
煙氛藹崷崒,魍魎森慘戚。
昆侖崆峒顛,回首如不隔。』

-3

吏隠惰性に通す 玄鳶に其れ窟宅とす

白水舅氏を見る 諸翁は乃ち仙伯なり

葬を杖く長松の下 尉と作る窮谷の僻なるに

我が為めに離胡を炊ぐ 造造艮覿を展ぶ』



白水崔少府十九翁高齋三十韻 現代語訳と訳註 -#3
(本文)

吏隱適情性,茲焉其窟宅。
白水見舅氏,諸翁乃仙伯。
杖藜長松下,作尉窮穀僻。
為我炊雕胡,逍遙展良覿。』

(下し文)
吏隠惰性に通す 玄鳶に其れ窟宅とす
白水舅氏を見る 諸翁は乃ち仙伯なり
葬を杖く長松の下 尉と作る窮谷の僻なるに
我が為めに離胡を炊ぐ 造造艮覿を展ぶ』

(現代語訳)
主人は官僚であって隠遁者の生活をするのがその惰性にかなっているのでそれでこのような場所を自己のいわやの居宅としているのだ。(半官半隠をいう)
わたしはこの白水でおじの崔明府に面会しに来たのだが諸翁たちはみな仙人のなかの長であるとも申すべき人々だ。
自分はここへ来て、背の高い松の木の下であかぎの杖をついてやすむのである、あなたはこんな奥まってだれもこぬ様な渓谷の地に尉官となっておられるのだ(即ち半分、仙人)。
自分のために菰米をたいてくれます。それで自分もここでぶらぶらしながらみなさんとの御面会するにつけてのこころのうちを十分にのべることができるのだ。』


(語訳と訳註)-#3
吏隱適情性,茲焉其窟宅。
主人は官僚であって隠遁者の生活をするのがその惰性にかなっているのでそれでこのような場所を自己のいわやの居宅としているのだ。(半官半隠をいう)
○適 かなう。○惰性 主人のこころをいう。○茲焉 ここにての義。○窟宅 いわや、おりところ。


白水見舅氏,諸翁乃仙伯。
わたしはこの白水でおじの崔明府に面会しに来たのだが諸翁たちはみな仙人のなかの長であるとも申すべき人々だ。
舅氏 母方のおじ、崔明府をさす。○諸翁 これはひろく他の諸翁をさして崔十九翁をその中にこめていっている。○仙伯 仙人の伯の階級にある者、伯はそのなかの長、かしらである。


杖藜長松下,作尉窮穀僻。
自分はここへ来て、背の高い松の木の下であかぎの杖をついてやすむのである、あなたはこんな奥まってだれもこぬ様な渓谷の地に尉官となっておられるのだ(即ち半分、仙人)。
枚泰 あかぎのつえをつく、これは自己についていう。○窮谷僻 ゆきづまった谷のかたよっているところ。


為我炊雕胡,逍遙展良覿。』
自分のために菰米をたいてくれます。それで自分もここでぶらぶらしながらみなさんとの御面会するにつけてのこころのうちを十分にのべることができるのだ。』
 たいてくれる。○雕胡 菰米(まこもにみのるこめ)のことという。○展良覿 展は志をのびやかにする、艮覿は良会。心おきない会合であるから艮会というのであろう。

白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 122 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 122-#2

白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 122 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 122-#2



#1
客從南縣來,浩蕩無與適。
旅食白日長,況當朱炎赫。』
高齋坐林杪,信宿遊衍闃。
清晨陪躋攀,傲睨俯峭壁。
崇岡相枕帶,曠野回咫尺。
始知賢主人,贈此譴岑寂。』
-#2
危階根青冥,曾冰生淅瀝。
この書斎のたかくてあぶなげなきざはしはあおぞらに根をおろしているのかと思うほどである、渓間の風音で木々のざわついているあたりには幾層かの氷が生じているほどつめたいのである。
上有無心雲,下有欲落石。
上をみあげると無心にしてくれる雲がある、下をみおろせば落ちそうになっている石がある。
泉聲聞複息,動靜隨所激。
滝の落ちる音は聞こえたりやんだり、風のぶっつかり方しだいで泉声が動いたり静かになったりしている。
鳥呼藏其身,有似懼彈射。』

また鳥はどこかに身を潜めて声をだして呼んでいるようなのだが、からだはかくして現わさないのだ、どこからか弾き弓で射とめられるのがこわいということなのだろう。』

-#3
吏隱適情性,茲焉其窟宅。
白水見舅氏,諸翁乃仙伯。
杖藜長松下,作尉窮穀僻。
為我炊雕胡,逍遙展良覿。』

#1
客南県従り来る 浩蕩として与に通する無し
旅食自日長し 況や朱炎の赫たるに当るをや』
高斎林秒に坐す 信宿潜行閲たり
清最陪して臍攣し 倣晩晴壁に傭す
崇岡相枕帯す 境野過にして爬尺なり
始めて知る賢主人 此を贈って愁寂を遥らしむるを』

-2

危階青冥に根す 曾泳淅瀝たるに生ず

上には無心の雲有り 下には落ちんと欲する石有り

泉声聞こえて復た息む 動静激する所に随う

鳥呼びて其の身を蔵す 弾射を憤るるに似たる有り』


-#3
吏隠惰性に通す 玄鳶に其れ窟宅とす
白水舅氏を見る 諸翁は乃ち仙伯なり
葬を杖く長松の下 尉と作る窮谷の僻なるに
我が為めに離胡を炊ぐ 造造艮覿を展ぶ』


白水崔少府十九翁高齋三十韻 -#2
(本文)

危階根青冥,曾冰生淅瀝。
上有無心雲,下有欲落石。
泉聲聞複息,動靜隨所激。
鳥呼藏其身,有似懼彈射。』
  
(下し文)
危階青冥に根す 曾泳漸靡たるに生ず
上には無心の雲有り 下には落ちんと欲する石有り
泉声聞こえて復た息む 動静激する所に随う
鳥呼びて其の身を蔵す 弾射を憤るるに似たる有り』
  
(現代語訳)
この書斎のたかくてあぶなげなきざはしはあおぞらに根をおろしているのかと思うほどである、渓間の風音で木々のざわついているあたりには幾層かの氷が生じているほどつめたいのである。
上をみあげると無心にしてくれる雲がある、下をみおろせば落ちそうになっている石がある。
滝の落ちる音は聞こえたりやんだり、風のぶっつかり方しだいで泉声が動いたり静かになったりしている。
また鳥はどこかに身を潜めて声をだして呼んでいるようなのだが、からだはかくして現わさないのだ、どこからか弾き弓で射とめられるのがこわいということなのだろう。』


komichi03(語訳と訳註)
危階根青冥,曾冰生淅瀝。

この書斎のたかくてあぶなげなきざはしはあおぞらに根をおろしているのかと思うほどである、渓間の風音で木々のざわついているあたりには幾層かの氷が生じているほどつめたいのである。
危階 たかくてあぶなげなきざはし。
根青実 根とは根ざし生ずることをいう。青某はあおぞらをいう、階の高いことを形容していう。
曾氷 層冰、いくえにもかさなってできているこおり。
淅瀝 これは渓谷間の風木の音をいう。


上有無心雲,下有欲落石。
上をみあげると無心にしてくれる雲がある、下をみおろせば落ちそうになっている石がある。


泉聲聞複息,動靜隨所激。
滝の落ちる音は聞こえたりやんだり、風のぶっつかり方しだいで泉声が動いたり静かになったりしている。
泉声 懸泉(たき)の声。
聞復息 きこえたりまたやんだり。
動静 泉声の動静、声が聞こえるのは動、息むのは静ということ。
随所激 激とは風の塊が水に激突することをいう、風のぶっつかり方しだいで泉声が動いたり静かになったりする。


鳥呼藏其身,有似懼彈射。』
また鳥はどこかに身を潜めて声をだして呼んでいるようなのだが、からだはかくして現わさないのだ、どこからか弾き弓で射とめられるのがこわいということなのだろう。』
蔵其身 からだをあらわさぬ。○弾射 弾き弓で射とめられること。
吏隠 官吏でありながら隠遁者の生活をする。


白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 121 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 121-#1

白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 121 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 121-#1


安禄山が反旗を翻したとき、杜甫はまだ奉先県の家族のもとにいたが、その後の数か月間の足どりは明らかでない。そのまま奉先県に留まっていたとも思える。しかし、家族のもとからすぐに長安に引き返して右衛率府の仕事についていたが、しだいにぞく叛乱軍が迫ってきたため、家族を避難させるため長安を離れた。帰省後の数か月間の杜甫の行動は、このように不明であるが、五月には、家族を連れて、親戚の崔氏が県令となっている白水県に移っている。白水県は奉先県の北にある県であるが、この地も戦雲がみなぎり、厳しい状況のもとにあったので、その後、鄭州の羌村に避難した。

白水県の尉官である崔十九翁の高斎で作った詩、叛乱軍に捕縛される前、天宝十五載夏の作である。



#1
客從南縣來,浩蕩無與適。
わたしは南の奉先県からこの白水へやって来たのであるが、心はとりとめなくうごいて自分の意にかなうこととしてここに来たのではない。
旅食白日長,況當朱炎赫。』
ここに食客となっていると日長が一日ということである、ましてこんなに炎天の夏の頃にあたっているのだ。』
高齋坐林杪,信宿遊衍闃。
高い書斎が林の梢のようなところに設置されたところにわたしは坐っている、数日をすごすに、きままにくつろいであそぶのだがいたってものさびしいことでもある。
清晨陪躋攀,傲睨俯峭壁。
きょうの朝の清々しさのあいだに主人におともをしてここのところへよじのぼってきたのだ、随分気張ってながめそして絶壁をうつぶせてみおろした。
崇岡相枕帶,曠野回咫尺。
たかい岡は互に帯のようにまつわりめぐりあったりしている、ひろい原野はとおくはあるが咫尺な間近くにある様な感じがする。
始知賢主人,贈此譴岑寂。』
そこで始めて知った、ここの賢い主人についてであるが、崔十九翁は此の景色眺望をわたしに贈ってくれてそれで自分のうれい、さびしさをどこかへ追いやってしまわせようとしてくれているのだということなのだ。』


危階根青冥,曾冰生淅瀝。
上有無心雲,下有欲落石。
泉聲聞複息,動靜隨所激。
鳥呼藏其身,有似懼彈射。』

白水崔少府十九翁高齋三十韻 #1

客南県従り来る 浩蕩として与に通する無し

旅食自日長し 況や朱炎の赫たるに当るをや』

高斎林秒に坐す 信宿潜行閲たり

清最陪して臍攣し 倣晩晴壁に傭す

崇岡相枕帯す 境野過にして爬尺なり

始めて知る賢主人 此を贈って愁寂を遥らしむるを』


危階青冥に根す 曾泳漸靡たるに生ず
上には無心の雲有り 下には落ちんと欲する石有り
泉声聞こえて復た息む 動静激する所に随う
鳥呼びて其の身を蔵す 弾射を憤るるに似たる有り』




白水崔少府十九翁高齋三十韻 現代語訳と訳註 #1
(本文) #1

客從南縣來,浩蕩無與適。
旅食白日長,況當朱炎赫。』
高齋坐林杪,信宿遊衍闃。
清晨陪躋攀,傲睨俯峭壁。
崇岡相枕帶,曠野回咫尺。
始知賢主人,贈此譴岑寂。』

(下し文)
客南県従り来る 浩蕩として与に通する無し
旅食自日長し 況や朱炎の赫たるに当るをや』
高斎林秒に坐す 信宿潜行閲たり
清最陪して臍攣し 倣晩晴壁に傭す
崇岡相枕帯す 境野過にして爬尺なり
始めて知る賢主人 此を贈って愁寂を遥らしむるを』
  
(現代語訳)
わたしは南の奉先県からこの白水へやって来たのであるが、心はとりとめなくうごいて自分の意にかなうこととしてここに来たのではない。
ここに食客となっていると日長が一日ということである、ましてこんなに炎天の夏の頃にあたっているのだ。』
高い書斎が林の梢のようなところに設置されたところにわたしは坐っている、数日をすごすに、きままにくつろいであそぶのだがいたってものさびしいことでもある。
きょうの朝の清々しさのあいだに主人におともをしてここのところへよじのぼってきたのだ、随分気張ってながめそして絶壁をうつぶせてみおろした。
たかい岡は互に帯のようにまつわりめぐりあったりしている、ひろい原野はとおくはあるが咫尺な間近くにある様な感じがする。 
そこで始めて知った、ここの賢い主人についてであるが、崔十九翁は此の景色眺望をわたしに贈ってくれてそれで自分のうれい、さびしさをどこかへ追いやってしまわせようとしてくれているのだということなのだ。』



(語訳と訳註)#1 の6韻
白水県の尉官である崔十九翁の高斎で作った詩三十韻

白水 県の名、陝西省同州府にある。○崔少府十九翁 少府は県尉の敬称。○高斎 山岡の上にある書斎。


客從南縣來,浩蕩無與適。
わたしは南の奉先県からこの白水へやって来たのであるが、心はとりとめなくうごいて自分の意にかなうこととしてここに来たのではない。
 作者杜甫のことをいう。○南県 奉先県をさす、白水県は奉先の北に在る。○浩蕩 心のとりとめなくただようさま。○無与適 意にかなう者がない。


旅食白日長,況當朱炎赫。』
ここに食客となっていると日長が一日ということである、ましてこんなに炎天の夏の頃にあたっているのだ。』
旅食 たびずまいする。〇白日長 日の長いこと、時が夏にあたることをいう。○朱炎赫 太陽のあかいほのおがあかあかとてる、これはあついことをいう。


高齋坐林杪,信宿遊衍闃。
高い書斎が林の梢のようなところに設置されたところにわたしは坐っている、数日をすごすに、きままにくつろいであそぶのだがいたってものさびしいことでもある。
 設置の席にいる。○林杪 杪はこずえ、書斎が林の上方の高いところに在ることをいう。○信宿 二日宿することを信という、信宿は数日滞在すること。○遊衍 衍は広がること、遊衍はきままにくつろいであそぶこと。○ さびしいさま。


清晨陪躋攀,傲睨俯峭壁。
きょうの朝の清々しさのあいだに主人におともをしてここのところへよじのぼってきたのだ、随分気張ってながめそして絶壁をうつぶせてみおろした。
清晨 清々しい朝方。○陪 雀翁のおともをする。○躋攀 のぼり、よじる。高斉に向かってのぼること。○傲睨 随分気張ってながめる。○俯 上からうつぶしてみおろす。○峭壁 けわしくきりたったようになった岩壁。
 
崇岡相枕帶,曠野回咫尺。
たかい岡は互に帯のようにまつわりめぐりあったりしている、ひろい原野はとおくはあるが咫尺な間近くにある様な感じがする。 
崇岡 たかいおか。○枕帯 枕にしあい、帯のようにまつわりあう。○曠野 ひろの。○ 廻に作る本があるが、それに従う。○咫尺 八寸、一尺、まぢかく見えることをいう。


始知賢主人,贈此譴岑寂。』
そこで始めて知った、ここの賢い主人についてであるが、崔十九翁は此の景色眺望をわたしに贈ってくれてそれで自分のうれい、さびしさをどこかへ追いやってしまわせようとしてくれているのだということなのだ。』
賢主人 主人とは崔十九翁をさす、我(作者)を客としてくれる、賢人ということは政治的な見識もあるということ。○贈此 此とはこの高斎からの眺望をさす。○ おいはらう。○岑寂 杜甫が抱いているうれい、さびしさをいう。


○押韻 適。赫。闃。壁。尺。寂。

晦日尋崔戢李封 杜甫 120 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 118#3

晦日尋崔戢李封 杜甫 120 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 118#3


#3
威鳳高其翔,長鯨吞九洲。
鳳凰ともいえる威風の賢者は高くかけり去ってしまい、小魚を一気に飲みこむ長鯨のような悪人が九州を呑もうとしている。
地軸為之翻,百川皆亂流。
大地を作り出す軸というものも之がためにひっくりかえってしまった、多くの運河や用水路はみなみだれて流れている。
當歌欲一放,淚下恐莫收。
自分は十分きままに一つ歌をうたおうとおもうが、うたいだしたら涙が垂れてきて止めることができなくなるほどになるかと恐れるのである。
濁醪有妙理,庶用慰沉浮。』

こんな時だから、このにごり酒というやつはなんというふしぎな道理作用をもったものか、自分に涙を流させる思いを忘れさせる効果をもっている、願うことなら、自分はこの酒をのんでそれでもって我が身の浮き沈みの鬱憤をなぐさめることとしよう。』



(下し文)

威鳳高く其れ翔る 長鯨九州を呑む

軸之が為めに翻り 百川皆乱流す

当歌一放せんと欲す 涙下りて恐らくは収むる莫らん

濁醒(だくりょう)妙理(みょうり)有り 庶(こいねがわ) くば 用て沈浮を慰せん』




晦日尋崔戢李封#3 現代語訳と訳註 
(本文)

威鳳高其翔,長鯨吞九洲。
地軸為之翻,百川皆亂流。
當歌欲一放,淚下恐莫收。
濁醪有妙理,庶用慰沉浮。』

(下し文)
威鳳高く其れ翔る 長鯨九州を呑む
地軸之が為めに翻り 百川皆乱流す
当歌一放せんと欲す 涙下りて恐らくは収むる莫らん
濁醒(だくりょう)妙理(みょうり)有り 庶(こいねがわ) くば 用て沈浮を慰せん』

(現代語訳) #3
鳳凰ともいえる威風の賢者は高くかけり去ってしまい、小魚を一気に飲みこむ長鯨のような悪人が九州を呑もうとしている。
大地を作り出す軸というものも之がためにひっくりかえってしまった、多くの運河や用水路はみなみだれて流れている。
自分は十分きままに一つ歌をうたおうとおもうが、うたいだしたら涙が垂れてきて止めることができなくなるほどになるかと恐れるのである。
こんな時だから、このにごり酒というやつはなんというふしぎな道理作用をもったものか、自分に涙を流させる思いを忘れさせる効果をもっている、願うことなら、自分はこの酒をのんでそれでもって我が身の浮き沈みの鬱憤をなぐさめることとしよう。』


(訳註)
威鳳高其翔,長鯨吞九洲。
鳳凰ともいえる威風の賢者は高くかけり去ってしまい、小魚を一気に飲みこむ長鯨のような悪人が九州を呑もうとしている。
威鳳 威厳ある鳳皇、賢人をたとえていう。○長鯨 身長のながいくじら、悪人をたとえていう、これは安禄山をさす。〇九州 天下、国じゅう。

地軸為之翻,百川皆亂流。
大地を作り出す軸というものも之がためにひっくりかえってしまった、多くの運河や用水路はみなみだれて流れている。
地軸 地球のじく。

當歌欲一放,淚下恐莫收。
自分は十分きままに一つ歌をうたおうとおもうが、うたいだしたら涙が垂れてきて止めることができなくなるほどになるかと恐れるのである。
当歌 うたをいう、曹操の詩に「酒二対シテハ当二歌夕べシ」とみえる。〇一放 ひとたびかってにうたう。○莫収 おさめること、かたづけることができない。


濁醪有妙理,庶用慰沉浮。』
こんな時だから、このにごり酒というやつはなんというふしぎな道理作用をもったものか、自分に涙を流させる思いを忘れさせる効果をもっている、願うことなら、自分はこの酒をのんでそれでもって我が身の浮き沈みの鬱憤をなぐさめることとしよう。』
濁醸 にごりざけ。○有妙理 ふしぎな道理作用がある。○ ねがわくは。○ その酒を以て。○沈浮 身の境遇のうきしずみ。


(解説)
重税を逃れ兵士となったもの、知識階級の不平と不満を持っていた者たちが安禄山の陣営に加わったのである。この傾向は、750年代には顕著になり、755年ピークを迎えた。11月幽州において、反旗を建て黄河を渡るころには15万とも20万ともいわれる勢力になっていた。日に日に残虐性を露呈し、略奪の限りを尽くし、人心から遊離し、内部抗争を繰り返したために唐王朝滅亡に至らなかったのであろう。
 この詩のころは、安禄山は絶頂であり、中国全土に激震が走ったのだ。
 杜甫は、奉先、白水、三川と北上して逃避したのであるが、家族はさらに北上して鄭州羌村村まで逃避させたのである。
杜甫乱前後の図003鳳翔


晦日尋崔戢李封
(晦日 尋崔戢李封を尋ぬ)
正月のみそかに崔戢、及び李封をたずねた詩。製作時は天宝十五載正月であろうという。


晦日尋崔戢李封
朝光入甕牖,屍寢驚敞裘。起行視天宇,春氣漸和柔。
興來不暇懶,今晨梳我頭。出門無所待,徒步覺自由。』
杖藜複恣意,免值公與侯。晚定崔李交,會心真罕儔。
每過得酒傾,二宅可淹留。喜結仁裡歡,況因令節求。』

李生園欲荒,舊竹頗修修。引客看掃除,隨時成獻酬。
崔侯初筵色,已畏空尊愁。未知天下士,至性有此不?』
草牙既青出,蜂聲亦暖遊。思見農器陳,何當甲兵休?
上古葛天氏,不貽黃屋憂。至今阮籍等,熟醉為身謀。』

威鳳高其翔,長鯨吞九洲。地軸為之翻,百川皆亂流。
當歌欲一放,淚下恐莫收。濁醪有妙理,庶用慰沉浮。』


#1
貧乏家屋の丸い土窓に朝の日光がさしこんできた、死んだようにうつ伏せてねていたわたしは目をさましてやぶれた着物を着ているのに驚いた。
それから起きだして歩き始め空をよく眺めてみたのだ、もう春の気配がふわりとやわらかに感じられてくるようだ。
かく風流な趣向の気持ちがうごいてくるとぶしょうをやっている暇はない、きょうの朝は、いつもとちがって自分の頭髪をくしできれいにとかすのである。(友を訪問する用意をする)。
この家の門から出かけるに他人に借りてまで持っていくものは何もない、自分の足で歩くのは自由でぐあいがいいとおもう。』

あかぎの杖をつきつつゆくのもきままでいい。公だの侯だのという官僚連中にあう世話がないというものだ。
わたしは崔、李の二君とは最近知り合ったが、こんなに自分の心にぴったりあうことは真のことで類い稀なことである。
この二人を訪問するたびに酒を傾けることを得ている、この二人の家ならばながく逗留とするこができるのである。
二君のような「仁者の居る里」でたがいによろこびかわすことのできるのはとてもうれしいことなのだ、ましてきょうの訪問は正月の晦日という祝日にあたって訪ねられたのということがまことにうれしいのである。』

#2
李君はその小園が荒れかかっている、まえからある竹がよほどながくのび放題でおおわれている。
ふだんは庭そうじもしてないのだが客がきたというのでわたしを案内してくれながらみるみるうちに掃除をやっている、時の過ぎゆくままに差出したり、出されたり酒杯のやりとりをするわけだ。
崔君は酒筵の開けはじめたときからすでにその顔つきがあおざめている、すでに酒樽が空になりはせぬかときづかう様子なのである。
今の世間の人たちはここに勇士がいるとは知らない、ましてその至誠の性情というものがのこんなに有るということがかわからないだろう。』
草の芽はすでに青みが出している。蜂も飛び交う音をだして暖かさの中遊んでいる。
こんな春であるから耕作につかう農具がもちだされるのを見たいと思うのだ。いったいいつになったら甲胃や兵器など使う状況を止めることができるのだろう。
上古葛天氏の時代の人民は平和でいたものだ、今のように天子に謀叛を起して心配をかけるようなことはしなかった。
今ここでは阮籍の様な賢者たちといわれるものがいる、賢者は酒にのみ酔いどれて、天下のためにこの一身をいかにするのか良い工夫をするものなのだ。』

#3
鳳凰ともいえる威風の賢者は高くかけり去ってしまい、小魚を一気に飲みこむ長鯨のような悪人が九州を呑もうとしている。
大地を作り出す軸というものも之がためにひっくりかえってしまった、多くの運河や用水路はみなみだれて流れている。
自分は十分きままに一つ歌をうたおうとおもうが、うたいだしたら涙が垂れてきて止めることができなくなるほどになるかと恐れるのである。
こんな時だから、このにごり酒というやつはなんというふしぎな道理作用をもったものか、自分に涙を流させる思いを忘れさせる効果をもっている、願うことなら、自分はこの酒をのんでそれでもって我が身の浮き沈みの鬱憤をなぐさめることとしよう。』


#1
朝光嚢隙に入る 戸寝微衷に驚く
起行して天字を視る 春気漸く和柔なり
興来って媚なるに暇あらず 今最我が頭を杭る
門を出づるに待つ所無し 徒歩自由なるを覚ゆ』
杖葬復た意を窓にす 公と侯とに値うことを免る
晩に定む崖李の交り 会心兵に博学なり
過ぐる毎に酒を得て傾く 二宅掩留す可し
仁里の懐を結ぶことを喜ぶ 況や令節に因て求むるをや』
#2
李生園荒れんと欲す 旧竹頗る情情たり
客を引いて看るみる掃除す 時に随って献酬を成す
崖侯初産の色 己に茂る空将の愁あらんかと
未だ知らず天下の士 至性此有るや不や』
草芽既に青出す 蜂声亦暖遊す
農器の陳ぜらるるを見んと思う 何か当に甲兵休すべき
上古葛天の民 黄屋の憂を胎きず
今に至って院籍の等 熟酔身の謀を為す』
#3
威鳳高く其れ翔る 長鯨九州を呑む
地軸之が為めに翻り 百川皆乱流す
当歌一放せんと欲す 涙下りて恐らくは収むる莫らん
濁醒(だくりょう)妙理(みょうり)有り 庶(こいねがわ) くば 用て沈浮を慰せん』



○押韻  裘。柔。頭。由。』侯。儔。留。求。』
○押韻 修。酬。愁。不。/遊。休。憂。謀。
○押韻 洲。流。收。浮。

毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
05rihakushi350

李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ

700Toho shi
kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首

800tousouSenshu
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首

晦日尋崔戢李封 杜甫 119 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 118#2

晦日尋崔戢李封 杜甫 119 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 118#2



晦日尋崔戢李封 #2
李生園欲荒,舊竹頗修修。
李君はその小園が荒れかかっている、まえからある竹がよほどながくのび放題でおおわれている。
引客看掃除,隨時成獻酬。
ふだんは庭そうじもしてないのだが客がきたというのでわたしを案内してくれながらみるみるうちに掃除をやっている、時の過ぎゆくままに差出したり、出されたり酒杯のやりとりをするわけだ。
崔侯初筵色,已畏空尊愁。
崔君は酒筵の開けはじめたときからすでにその顔つきがあおざめている、すでに酒樽が空になりはせぬかときづかう様子なのである。
未知天下士,至性有此不?』
今の世間の人たちはここに勇士がいるとは知らない、ましてその至誠の性情というものがのこんなに有るということがかわからないだろう。』
草牙既青出,蜂聲亦暖遊。
草の芽はすでに青みが出している。蜂も飛び交う音をだして暖かさの中遊んでいる。
思見農器陳,何當甲兵休?
こんな春であるから耕作につかう農具がもちだされるのを見たいと思うのだ。いったいいつになったら甲胃や兵器など使う状況を止めることができるのだろう。
上古葛天氏,不貽黃屋憂。
上古葛天氏の時代の人民は平和でいたものだ、今のように天子に謀叛を起して心配をかけるようなことはしなかった。
至今阮籍等,熟醉為身謀。』
今ここでは阮籍の様な賢者たちといわれるものがいる、賢者は酒にのみ酔いどれて天下のためにこの一身をいかにするのか良い工夫をするものなのだ。』


晦日尋崔戢李封 #2

(本文)
李生園欲荒,舊竹頗修修。引客看掃除,隨時成獻酬。
崔侯初筵色,已畏空尊愁。未知天下士,至性有此不?』
草牙既青出,蜂聲亦暖遊。思見農器陳,何當甲兵休?
上古葛天氏,不貽黃屋憂。至今阮籍等,熟醉為身謀。』
  
(下し文)
李生園荒れんと欲す 旧竹頗る情情たり
客を引いて看るみる掃除す 時に随って献酬を成す
崖侯初産の色 己に茂る空将の愁あらんかと
未だ知らず天下の士 至性此有るや不や』
草芽既に青出す 蜂声亦暖遊す
農器の陳ぜらるるを見んと思う 何か当に甲兵休すべき
上古葛天の民 黄屋の憂を胎きず
今に至って院籍の等 熟酔身の謀を為す』
  
(現代語訳)
李君はその小園が荒れかかっている、まえからある竹がよほどながくのび放題でおおわれている。
ふだんは庭そうじもしてないのだが客がきたというのでわたしを案内してくれながらみるみるうちに掃除をやっている、時の過ぎゆくままに差出したり、出されたり酒杯のやりとりをするわけだ。
崔君は酒筵の開けはじめたときからすでにその顔つきがあおざめている、すでに酒樽が空になりはせぬかときづかう様子なのである。
今の世間の人たちはここに勇士がいるとは知らない、ましてその至誠の性情というものがのこんなに有るということがかわからないだろう。』
草の芽はすでに青みが出している。蜂も飛び交う音をだして暖かさの中遊んでいる。
こんな春であるから耕作につかう農具がもちだされるのを見たいと思うのだ。いったいいつになったら甲胃や兵器など使う状況を止めることができるのだろう。
上古葛天氏の時代の人民は平和でいたものだ、今のように天子に謀叛を起して心配をかけるようなことはしなかった。
今ここでは阮籍の様な賢者たちといわれるものがいる、賢者は酒にのみ酔いどれて天下のためにこの一身をいかにするのか良い工夫をするものなのだ。』


  
(語訳と訳註)
李生園欲荒,舊竹頗修修。
李君はその小園が荒れかかっている、まえからある竹がよほどながくのび放題でおおわれている。
李生 封をいう。〇修修 長いさま。

引客看掃除,隨時成獻酬。
ふだんは庭そうじもしてないのだが客がきたというのでわたしを案内してくれながらみるみるうちに掃除をやっている、時の過ぎゆくままに差出したり、出されたり酒杯のやりとりをするわけだ。
引客 お客をみちびく、お客とは自己をいう。○ みるみるうちに。○掃除 そうじする。○随時 つごうのいい時に。○献酬 献は主人より客へ杯をさすこと。次に客より主人へかえすのを酢という、次にまた主人より客へさすのを酬という。

崔侯初筵色,已畏空尊愁。
崔君は酒筵の開けはじめたときからすでにその顔つきがあおざめている、すでに酒樽が空になりはせぬかときづかう様子なのである
崔侯 戢李封をいう。○初筵色 酒蓮の開け初めたときからの顔色。○空尊愁 さかだるがからになるとのしんばい。

未知天下士,至性有此不?』
今の世間の人たちはここに勇士がいるとは知らない、ましてその至誠の性情というものがのこんなに有るということがかわからないだろう。』
天下士 一般世上の人。○至性 至誠の性情。○此不 是も知らないだろう。


草牙既青出,蜂聲亦暖遊。
草の芽はすでに青みが出している。蜂も飛び交う音をだして暖かさの中遊んでいる。
青出 育みがでた。○暖遊 あたたかさにあそぶ。


思見農器陳,何當甲兵休?
こんな春であるから耕作につかう農具がもちだされるのを見たいと思うのだ。いったいいつになったら甲胃や兵器など使う状況を止めることができるのだろう。
思見 作者杜甫がおもう。○農器 耕作の器具。○ 陳列。○ 何時、いつか。○甲兵休 甲冑兵器の使用を止めること。

上古葛天氏,不貽黃屋憂。
上古葛天氏の時代の人民は平和でいたものだ、今のように天子に謀叛を起して心配をかけるようなことはしなかった。
葛天氏 葛天氏は上古の君、葛天氏は其の時の人民。○胎 人におくりのこす。○黄屋憂 天子のごしんばい。黄屋とは天子の馬車のほろのうらが黄色のきぬで作られているものをいい、黄色のもので飾られる天子のことである。
 
至今阮籍等,熟醉為身謀。』
今ここでは阮籍の様な賢者たちといわれるものがいる、賢者は酒にのみ酔いどれて天下のためにこの一身をいかにするのか良い工夫をするものなのだ。』
阮籍等 阮籍は魏の世の人、竹林七賢人の一人、ここに集う杜甫たちをさす。○熟酔 よいどれになる。○為身謀一身の謀をなす。世情が三国騒乱の時代に極似していること言う。


修。酬。愁。不。/遊。休。憂。謀。

晦日尋崔戢李封 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 118

晦日尋崔戢李封 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 118
正月のみそかに崔戢、及び李封をたずねた詩。製作時は天宝十五載正月である。


晦日尋崔戢李封#1
朝光入甕牖,屍寢驚敞裘。
貧乏家屋の丸い土窓に朝の日光がさしこんできた、死んだようにうつ伏せてねていたわたしは目をさましてやぶれた着物を着ているのに驚いた。
起行視天宇,春氣漸和柔。
それから起きだして歩き始め空をよく眺めてみたのだ、もう春の気配がふわりとやわらかに感じられてくるようだ。
興來不暇懶,今晨梳我頭。
かく風流な趣向の気持ちがうごいてくるとぶしょうをやっている暇はない、きょうの朝は、いつもとちがって自分の頭髪をくしできれいにとかすのである。(友を訪問する用意をする)。
出門無所待,徒步覺自由。』
この家の門から出かけるに他人に借りてまで持っていくものは何もない、自分の足で歩くのは自由でぐあいがいいとおもう。』
杖藜複恣意,免值公與侯。
あかぎの杖をつきつつゆくのもきままでいい。公だの侯だのという官僚連中にあう世話がないというものだ。
晚定崔李交,會心真罕儔。
わたしは崔、李の二君とは最近知り合ったが、こんなに自分の心にぴったりあうことは真のことで類い稀なことである。
每過得酒傾,二宅可淹留。
この二人を訪問するたびに酒を傾けることを得ている、この二人の家ならばながく逗留とするこができるのである。
喜結仁裡歡,況因令節求。』

二君のような「仁者の居る里」でたがいによろこびかわすことのできるのはとてもうれしいことなのだ、ましてきょうの訪問は正月の晦日という祝日にあたって訪ねられたのということがまことにうれしいのである。』




(晦日 尋崔戢李封を尋ぬ)#1
朝光嚢隙に入る 戸寝微衷に驚く
起行して天字を視る 春気漸く和柔なり
興来って媚なるに暇あらず 今最我が頭を杭る
門を出づるに待つ所無し 徒歩自由なるを覚ゆ』
杖葬復た意を窓にす 公と侯とに値うことを免る
晩に定む崖李の交り 会心兵に博学なり
過ぐる毎に酒を得て傾く 二宅掩留す可し
仁里の懐を結ぶことを喜ぶ 況や令節に因て求むるをや』



晦日尋崔戢李封#1 現代語訳と訳註 
(本文)

朝光入甕牖,屍寢驚敞裘。起行視天宇,春氣漸和柔。
興來不暇懶,今晨梳我頭。出門無所待,徒步覺自由。』
杖藜複恣意,免值公與侯。晚定崔李交,會心真罕儔。
每過得酒傾,二宅可淹留。喜結仁裡歡,況因令節求。』

(下し文)
朝光嚢隙に入る 戸寝微衷に驚く。
起行して天字を視る 春気漸く和柔なり。
興来って媚なるに暇あらず 今最我が頭を杭る。
門を出づるに待つ所無し 徒歩自由なるを覚ゆ。』
杖葬復た意を窓にす 公と侯とに値うことを免る。
晩に定む崖李の交り 会心兵に博学なり。
過ぐる毎に酒を得て傾く 二宅掩留す可し。
仁里の懐を結ぶことを喜ぶ 況や令節に因て求むるをや。』


(現代語訳)
貧乏家屋の丸い土窓に朝の日光がさしこんできた、死んだようにうつ伏せてねていたわたしは目をさましてやぶれた着物を着ているのに驚いた。
それから起きだして歩き始め空をよく眺めてみたのだ、もう春の気配がふわりとやわらかに感じられてくるようだ。
かく風流な趣向の気持ちがうごいてくるとぶしょうをやっている暇はない、きょうの朝は、いつもとちがって自分の頭髪をくしできれいにとかすのである。(友を訪問する用意をする)。
この家の門から出かけるに他人に借りてまで持っていくものは何もない、自分の足で歩くのは自由でぐあいがいいとおもう。』

あかぎの杖をつきつつゆくのもきままでいい。公だの侯だのという官僚連中にあう世話がないというものだ。
わたしは崔、李の二君とは最近知り合ったが、こんなに自分の心にぴったりあうことは真のことで類い稀なことである。
この二人を訪問するたびに酒を傾けることを得ている、この二人の家ならばながく逗留とするこができるのである。
二君のような「仁者の居る里」でたがいによろこびかわすことのできるのはとてもうれしいことなのだ、ましてきょうの訪問は正月の晦日という祝日にあたって訪ねられたのということがまことにうれしいのである。』


(訳註)
朝光入甕牖,屍寢驚敞裘。

乏家屋の丸い土窓に朝の日光がさしこんできた、死んだようにうつ伏せてねていたわたしは目をさましてやぶれた着物を着ているのに驚いた。
朝光 朝の日光。○甕牖 甕牖縄枢 おうようじょうすう貧しく粗末な家の形容。かめの口のように小さな丸窓と縄を枢(とぼそ:戸の開閉をする軸)の代わりにした家の意。(「甕」はかめ、「牖」は窓。)○甕牖 戸は屍(しかばね)、死人の如く下ぶしになってねることをいう。○敞裘 やぶれた毛ごろも。
 
起行視天宇,春氣漸和柔。
それから起きだして歩き始め空をよく眺めてみたのだ、もう春の気配がふわりとやわらかに感じられてくるようだ。
起行 おきてあるく。○天字 やねに似た天空。○春氣 春の陽気 ○漸和柔 ふわりとやわらかに感ぜられる


興來不暇懶,今晨梳我頭。
かく風流な趣向の気持ちがうごいてくるとぶしょうをやっている暇はない、きょうのあさは、いつもとちがって自分の頭髪をくしできれいにとかすのである。(友を訪問する用意をする)。
不暇懶 ぶしょうをしているひまがない。○今晨 きょうのあさ○ 頭髪をくしでとかす。


出門無所待,徒步覺自由。』
この家の門から出かけるに他人に借りてまで持っていくものは何もない、自分の足で歩くのは自由でぐあいがいいとおもう。』
出門 わが家の門からでかける。○無所待 待つとはそれを誰かに借りなければならいということ。車馬僕従の類をさす。○徒歩 長安の杜曲の時には馬で歩いた。ここは初めて徒歩であるのであろう。


杖藜複恣意,免值公與侯。
あかぎの杖をつきつつゆくのもきままでいい。公だの侯だのという官僚連中にあう世話がないというものだ。
枚褒 あかぎの杖をつく。〇恣意 かってにする。○免值 世話がない○公與侯 貴爵をもつ人。この時、人狩りが行われていた。王朝軍、反乱軍側のどちらも明確にすると危険だった。


晚定崔李交,會心真罕儔。
わたしは崔、李の二君とは最近知り合ったが、こんなに自分の心にぴったりあうことは真のことで類い稀なことである。
晩定 晩年になってからきめる。○崔李交 崔戢・李封との交際。○会心 我が心にぴったりあうこと。○罕儔 類い稀なこと。罕:めったにない。儔:同じ仲間。等しい。匹敵する。

每過得酒傾,二宅可淹留。
この二人を訪問するたびに酒を傾けることを得ている、この二人の家ならばながく逗留とするこができるのである。
毎過 過とはこちらから先方の宅へ過訪すること。〇二宅 雀、李との宅。○掩留 ひさしく逗留する。


喜結仁裡歡,況因令節求。』
二君のような「仁者の居る里」でたがいによろこびかわすことのできるのはとてもうれしいことなのだ、ましてきょうの訪問は正月の晦日という祝日にあたって訪ねられたのということがまことにうれしいのである。』
結・歡 たがいによろこびかわすこと。○仁裡 仁者のおる賂処。雀李の居地をさす。文字は「論語」に本づく。○令節 唐の時は正月晦日を令節とした、令節は祝日。○ 尋ねてゆくことをいう。


○押韻 裘。柔。頭。由。』侯。儔。留。求。』

安禄山の乱と杜甫

      
 謝靈運index謝靈運詩古詩index漢の無名氏  
 孟浩然index孟浩然の詩韓愈詩index韓愈詩集 
 杜甫詩index杜甫詩 李商隠index李商隠詩 
 李白詩index 李白350首女性詩index女性詩人  
 上代~隋南北朝・隋の詩人初唐・盛唐・中唐・晩唐 
      
安禄山の乱と杜甫

概要
1. 755年11月初から763年にかけて、范陽・北方の辺境地域(現北京周辺)の三つの節度使を兼任する安禄山とその部下の史思明及びその子供達によって引き起こされた大規模な反乱である。

2. 反乱した安禄山の軍に対する唐の国軍の大部分はほとんどが経験の少ない傭兵で、全く刃が立たず、安禄山率いる反乱軍は挙兵からわずか1ヶ月で、唐の東都(中国の中心と考えられていた)洛陽を陥落させた。

3. 安禄山は皇帝(聖武)を名乗り、さらに長安へと侵攻を開始し6月長安の手前最後の砦である潼関が破られる。玄宗は蜀(現在の四川省)へと逃れる。その途上の馬嵬で、楊国忠、息子の楊暄・楊出・楊曉・楊晞兄弟、楊貴妃も絞殺された。

4. 玄宗は退位し、皇太子の李亨が霊武で粛宗として即位した。
安反乱軍は常に内紛を起こし、安禄山は息子慶緒に殺され、さらに史思明に殺害され権力は変わっていく。この反乱勢力の分裂は各地の叛乱を呼び起こす。しかし、一つの力にまとまらないものはやがて他国に援軍を求めた唐の国軍に制圧されることになる

5.王朝内部では、宦官勢力が強くなり、国全体では、潘鎮が地方の王気取りになっていき、王朝は実質支配を限定されたものとなっていく。しかしこれから150年唐王朝は続くのである。
 

安禄山の乱

叛乱軍の侵攻


●杜甫が奉先県の家族のもとで幼子の死を嘆いているころ、幽州の指陽(今の北京)では安禄山が兵を挙げていた。杜甫44歳の時である。

●その時李白は敬慕する謝跳曾遊の地、宜城に一生を送りたいと思いつつあったとき、突如、安禄山の報が入って、驚愕させた。時に李白55歳の時である。


■ 安禄山の叛乱  755年 11月~

755 天宝十四年11月 9日、「逆賊・楊国忠を討て」と勅命を受けたと偽り、息子の安慶緒、高尚、厳荘、孫孝哲、阿史那承慶らと范陽で反乱を起こす。15万人の大軍を率いて夜半に洛陽への進軍する。太原、河北の諸郡は全て降伏させた。


12月13日には東都洛陽を陥してしまった。そうして翌年の6月18日には長安に入城する。その間の様子を少し詳しく述べると、


755 11月16日-朝廷では安西節度使封常清を召して対策を下問。封常清を先鋒部隊の大将として洛陽に進発させた。


755 12月 2日-高仙芝が総司令官として東に向かった。


755 12月 6日-陳留(河南省開封の陳留)陥落。


755 12月10日-鄭州(河南省許昌の鄭県)陥落。


755 12月13日-洛陽陥落。敗れた封常清は、高仙芝とともに洛陽と長安の間にある潼関で安禄山軍をくい止めようとしたが、監軍(目付)として従っていた嘗者の辺令誠の蔑言により、両名は玄宗より死を賜わった。そのあとは河西・院右の節度使哥舒翰に引き継がれた。


756 天宝15年元旦-安禄山は洛陽で帝位に即き、大燕聖武皇帝と称した。
 史思明と蔡希徳が常山を陥落させ、河北の奪還に成功した。しかし、唐側の郭子儀と李光弼によって、史思明が敗北し、さらに顔真卿が激しい抵抗を重ね、再び河北の情勢は危うくなる。再度、史思明が郭子儀と李光弼に敗北したことにより、河北の十数郡が唐に奪回される。南方も唐側の張巡らの活躍によって、配下の尹士奇や令狐潮の進軍を止められてしまう。


河北において、常山太守の顔杲卿と平原太守顔真卿が唐のために決起したため、叛乱軍は潼関攻撃を止め、河北へと引き返すところへ追いつめられた。
潼関に陣を布いた哥舒翰は、叛乱軍と対峙して動かなかったが、その間に平原太守の顔真卿ら河北の軍が賊の後方を撹乱したため、安禄山は花陽への一時撤退を考えはじめていた。ところが朝廷では、楊国忠らが哥舒翰の待期作戦に業をにやし、潼関を出て戦うよう督促。
 
●叛乱軍の侵攻
756 6月 4日 潼関を出た哥舒翰は、函谷関の西、霊宝県で安禄山軍と戦って大敗。潼関へ逃げ帰ったのち、部下に強要されて賊に降った。
孫孝哲、張通儒、安守忠、田乾真に長安、関中を治めさせた。陳希烈、張均、張洎らは叛乱軍に降伏し、王維は捕らえられ、洛陽に連行された。長安、洛陽は、大虐殺を行ったので長安洛陽での反抗反撃がなくなり略奪の限りを尽くし、悲惨な状況になる。潼関の勝利に甘んじて唐国軍をそれ以上追わなかった。


756 6月 10日 宮中で御前会議が開かれ、楊国忠は蜀(四川省) への行幸を請い、玄宗はそれを了承。


756 6月13日早朝-玄宗は貴妃姉妹、皇子、皇孫、楊国忠および側近の者だけを連れ、陳玄礼の率いる近衛兵に衛られて西に向かった。


756 6月14日 馬嵬の駅で護衛の兵たちは、このような事態を招いた責任を問い、楊国忠および韓国夫人・秦国夫人を殺害。さらに楊貴妃に死を賜うことを要求。玄宗はやむをえずそれに従った。玄宗は皇太子(李亨)に討賊の任を与えてあとに残し、皇太子は西北の辺境にある霊武(寧夏回族自治区霊武)に逃れ、群臣に推されて帝位に即く(粛宗)。

杜甫乱前後の図003鳳翔
756 6月18日-賊軍は長安へ入城。


756 6月19日-玄宗の一行は散開(隣酉省宝鶏市西南)に至る。



756 7月  唐側は態勢を立て直すのに成功した。関中の豪族たちが唐側についた。また、河北では顔真卿が抵抗を続け、南では張巡の守る雍丘を陥落できない状況が続いていた。


756 7月 唐の皇太子李亨が粛宗として、霊武で即位、郭子儀が軍を率いて加わった。唐軍が勢力回復するかと思われたが、房琯(杜甫のおさな馴染み)が敗れ、郭子儀と李光弼が山西に退き、史思明が河北で勝利し、顔真卿も平原を放棄し河南に逃げる。


756 7月28日 ようやく成都へ到着。


757 至徳2年(757年)正月、安慶緒は安禄山を殺害しこの乱は安慶緒によって続けられる。さらに、安慶緒は史思明に殺され、引き継がれたために安史の乱と呼ばれるようになり、史思明の子・史朝義が殺される763年まで続いていくことになった。この後も、安禄山の旧領はその配下であった3人が節度使として任命され、「河北三鎮」として唐に反抗的な態度を続けることになる。

■ 安史の乱 その時

はじめに安禄山の叛乱叛乱の背景●どうして長期に及んだのか
3.その時
皇帝 玄宗   粛宗 タラス河畔の戦い
官僚 高仙芝  郭子儀  李光弼   顔真卿  哥舒翰
官僚2 李輔国 高力士  楊国忠
詩人 王昌齢 高適  裴迪 張謂 賈至 岑参 儲光羲
 詩人の安史の乱(対比表) 王維  杜甫
叛乱軍
寝返 張均  張汨   陳希烈  達奚珣
参加 安禄山  安慶緒  史思明  別の叛乱軍:李白





毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
05rihakushi350

李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ

700Toho shi
kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首

800tousouSenshu
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首

奉同郭給事湯東靈湫作 杜甫 116 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 115-#2

奉同郭給事湯東靈湫作 杜甫 116 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 115-#2


奉同郭給事湯東靈湫作
#1
東山氣鴻蒙,宮殿居上頭。君來必十月,樹羽臨九州。
陰火煮玉泉,噴薄漲岩幽。有時浴赤日,光抱空中摟。』
閬風入轍跡,曠原延冥搜。沸天萬乘動,觀水百丈湫。
幽靈斯可佳,王命官屬休。初聞龍用壯,擘石摧林丘。
中夜窟宅改,移因風雨秋。倒懸瑤池影,屈注滄江流。
味如甘露漿,揮弄滑且柔。』

#2
翠旗澹偃蹇,雲車紛少留。
ここへ天子の御旗がうねうねとした動きをしてやってきた、五色の雲を画いた車が多く整列していないでみだれてあっまってきてしばし止まる。
簫鼓蕩四溟,異香泱漭浮。
簫や太鼓の音が湫の四面をふるいうごかしている、そしてえもいわれぬ香りがひろぴろとしてうかんでいる。
鮫人獻微綃,曾祝沉豪牛。
鮫人のような舟人はほそく織ったうすぎぬを湫の霊にたてまつり、曾祝の祭人は毛の多い牛を生贄としてしずめる。
百祥奔盛明,古先莫能儔。
天子の盛明の恩徳は百人は百人に見合ったそれぞれの御加護があるものだ、古代のどんな聖君であっても今の天子に適わないのである。 
坡陀金蝦蟆,出見蓋有由。
そんな時世だから、嶮しい堤ほどもある大きな金色の蛙が出現するのも由来があるというものである。
至尊顧之笑,王母不肯收。
我が君はその蟾蜍を顧みてお笑いになられた。西王母の楊貴妃もその蟾蜍をつかまえさせもされない。
複歸虛無底,化作長黃虯。』

そこで蟾蜍はふたたびがらんどうの水底へもどってしまい、さらに化けて長い黄色の蛟となってしまった。』
飄搖青瑣郎,文采珊瑚鉤。
ここに細事にはかかわらぬ我が青瑣の郎たる郭給事はその文栄のうつくしきことは珊瑚の鉤のようである。
浩歌淥水曲,清絕聽者愁。』

郭給事が作ったこの湫に関する詩、昔の淥水曲にも匹敵するほどの詩を、大声にうたうのである、音調ゆたかでこのうえない清らかなものであり、聴く人はみなかなしくなるのである。


1

東山気濠鴻たり 宮殿上頭に居る、君の来るは必ず十月なり 羽を樹てて九州に臨む。

陰火玉泉を煮る 噴薄巌に漲って幽なり、時有ってか赤目を浴せしむ 光は抱く空中の楼。』

閬風轍跡に入る 曠原冥搜を延く、天に沸いて万乗動く 水を観る百丈の湫。

幽霊斯れ怪む可し 王官属に命じて休せしむ、初め聞く竜壮を用い 石を擘って林丘摧く。

中夜窟宅改まる 移ることは風雨の秋に因ると、倒に懸る瑤池の影 槍江の流れに屈注す。

味は甘露の漿の如し 揮弄すれば滑にして且つ柔なり。』

2

翠旗澹として偃蹇たり 雲車粉として少しく留まる、簫鼓四溟を蕩かす 異香泱として浮ぶ

鮫人微を献じ 曾祝豪牛を沈む、百祥盛明に奔る 古先も能く鱒する莫し。

披陀たる金の蝦娯 出見する蓋し由有り、至尊之を顧みて笑う 王母収め遣めず。

復た虚無の底に帰し 化して長き黄札と作る。』

諷諷たる青瑣の郎  文宋珊瑚の鉤、浩歌すの曲 清絶聴く者愁う』







奉同郭給事湯東靈湫作(後半) 現代語訳と訳註
(本文)#2

翠旗澹偃蹇,雲車紛少留。
簫鼓蕩四溟,異香泱漭浮。
鮫人獻微綃,曾祝沉豪牛。
百祥奔盛明,古先莫能儔。
坡陀金蝦蟆,出見蓋有由。
至尊顧之笑,王母不肯收。
複歸虛無底,化作長黃虯。』

飄搖青瑣郎,文采珊瑚鉤。
浩歌淥水曲,清絕聽者愁。』

(下し文)#2
翠旗澹として偃蹇たり 雲車粉として少しく留まる、簫鼓四溟を蕩かす 異香泱漭として浮ぶ。
鮫人微綃を献じ 曾祝豪牛を沈む、百祥盛明に奔る 古先も能く鱒する莫し。
披陀たる金の蝦娯 出見する蓋し由有り、至尊之を顧みて笑う 王母収め遣めず。
復た虚無の底に帰し 化して長き黄札と作る。』
諷諷たる青瑣の郎  文宋珊瑚の鉤、浩歌す淥水の曲 清絶聴く者愁う』

(現代語訳)
ここへ天子の御旗がうねうねとした動きをしてやってきた、五色の雲を画いた車が多く整列していないでみだれてあっまってきてしばし止まる。
簫や太鼓の音が湫の四面をふるいうごかしている、そしてえもいわれぬ香りがひろぴろとしてうかんでいる。
鮫人のような舟人はほそく織ったうすぎぬを湫の霊にたてまつり、曾祝の祭人は毛の多い牛を生贄としてしずめる。
天子の盛明の恩徳は百人は百人に見合ったそれぞれの御加護があるものだ、古代のどんな聖君であっても今の天子に適わないのである。 
そんな時世だから、嶮しい堤ほどもある大きな金色の蛙が出現するのも由来があるというものである。
我が君はその蟾蜍を顧みてお笑いになられた。西王母の楊貴妃もその蟾蜍をつかまえさせもされない。
そこで蟾蜍はふたたびがらんどうの水底へもどってしまい、さらに化けて長い黄色の蛟となってしまった。』
ここに細事にはかかわらぬ我が青瑣の郎たる郭給事はその文栄のうつくしきことは珊瑚の鉤のようである。
郭給事が作ったこの湫に関する詩、昔の淥水曲にも匹敵するほどの詩を、大声にうたうのである、音調ゆたかでこのうえない清らかなものであり、聴く人はみなかなしくなるのである。


(訳註)
#2
翠旗澹偃蹇,雲車紛少留。

ここへ天子の御旗がうねうねとした動きをしてやってきた、五色の雲を画いた車が多く整列していないでみだれてあっまってきてしばし止まる
翠旗 天子の旗は翠羽を以て夜(かざりのふさ)としてつけるゆえ翠旗という。○澹偃蹇 澹は動くさま、偃蹇はうねっているさま。○雲車 五色の雲を画いた車、これは楊貴妃の車をさしているのであろう。○ 広場いっぱいにひろがってみだれているさま。整列していないこと。○少留 しばしとどまる。


簫鼓蕩四溟,異香泱漭浮。
簫や太鼓の音が湫の四面をふるいうごかしている、そしてえもいわれぬ香りがひろぴろとしてうかんでいる。
○蕩 震いうごかす。〇四瞑 四海、ここは湫の四面のこと。○異香 なみなみならぬよき香、竜を祭るときくゆらすもの。○泱漭 広大なさま。


鮫人獻微綃,曾祝沉豪牛。
鮫人のような舟人はほそく織ったうすぎぬを湫の霊にたてまつり、曾祝の祭人は毛の多い牛を生贄としてしずめる。
○鮫人 南海に鮫人がいた。魚のように水中にすみ、紡績をていたという、時々水をでて人家に来て綿(うすぎぬ)を売るという。鮫人は人魚の類であるが、ここでは舟人をさしていったもの。○献 竜にむかって献ずる。○微綃 いとのほそいうすぎぬ。○曾祝 「穆天子伝」にみえる。曾は重(かさなる)に同じ、曾祝とは累代祝を業とするものをいうか。祝は祭人、神と人との媒介をするもの。○沈豪牛 豪牛は毛のふさふさした牛、沈めるのは之を竜に生贄にささげるためである。 


百祥奔盛明,古先莫能儔。
天子の盛明の恩徳は百人は百人に見合ったそれぞれの御加護があるものだ、古代のどんな聖君であっても今の天子に適わないのである。 
〇百祥 さまざまのめでたいしるし。○奔盛明 奔とは相奔逐することをいう、盛明は天子の徳をいう、何煙の説に百祥の二句は当時の訳を献ずる徒がこの語を為すのだというが、蓋しそうであろう。作者がかく信じて言うのではない。○古先 むかし、先代。○莫能俸 儀はたぐい、今とならぶものがないというのである。○披陀 高大なさま。


坡陀金蝦蟆,出見蓋有由。
そんな時世だから、嶮しい堤ほどもある大きな金色の蛙が出現するのも由来があるというものである。
○金蝦蟆 黄金色のひきがえる、安禄山のこと。2メーターもある巨漢であった。○出見 兄は現に同じ。


至尊顧之笑,王母不肯收。
我が君はその蟾蜍を顧みてお笑いになられた。西王母の楊貴妃もその蟾蜍をつかまえさせもされない。
○至尊 玄宗。○之 蝦蝶をさす。○王母 西王母、楊貴妃をたとえていう。この時楊貴妃の養子となり息子になっていた。○不通収 収とは捕えることをいう、他人に命じてひきをつかまえさせぬ。(命令に従わない)


複歸虛無底,化作長黃虯。』
そこで蟾蜍はふたたびがらんどうの水底へもどってしまい、さらに化けて長い黄色の蛟となってしまった。』
○帰 もどる。○虚無底 霊湫のそこ。○虯 竜の角なき者、蛟。蟾蜍の一段は貴妃のために禄山が増長するにいたったことを諷したものである。養子縁組のこと。奸臣であることをいう。


飄搖青瑣郎,文采珊瑚鉤。
ここに細事にはかかわらぬ我が青瑣の郎たる郭給事はその文栄のうつくしきことは珊瑚の鉤のようである。
○諷諷 俊逸なさま、詩の相手、郭の人がらをいう。○青瑣郎 給事中をいう。漢の時、給事黄門侍郎は日暮に青瑣門内に入ってこたえた。○文宋 文章のあや。○珊瑚鉤 鉤は簾をつるすかぎ型のもの、珊瑚でそれを造る。


浩歌淥水曲,清絕聽者愁。』
郭給事が作ったこの湫に関する詩、昔の淥水曲にも匹敵するほどの詩を、大声にうたうのである、音調ゆたかでこのうえない清らかなものであり、聴く人はみなかなしくなるのである。
○浩歌 大声でうたう。○漁水31 曲 古の詩曲の名という。如何なる歌辞であるかは詳かでないが郭給事の原作をさす。○清絶 音調が非常に清らかなこと。○聴者愁 きく人がかなしくなる。





奉同郭給事湯東靈湫作
#1
東山氣鴻蒙,宮殿居上頭。君來必十月,樹羽臨九州。
陰火煮玉泉,噴薄漲岩幽。有時浴赤日,光抱空中摟。』

閬風入轍跡,曠原延冥搜。沸天萬乘動,觀水百丈湫。
幽靈斯可佳,王命官屬休。初聞龍用壯,擘石摧林丘。
中夜窟宅改,移因風雨秋。倒懸瑤池影,屈注滄江流。
味如甘露漿,揮弄滑且柔。』
#2
翠旗澹偃蹇,雲車紛少留。簫鼓蕩四溟,異香泱漭浮。
鮫人獻微綃,曾祝沉豪牛。百祥奔盛明,古先莫能儔。
坡陀金蝦蟆,出見蓋有由。至尊顧之笑,王母不肯收。
複歸虛無底,化作長黃虯。』

飄搖青瑣郎,文采珊瑚鉤。浩歌淥水曲,清絕聽者愁。』



(郭給事が湯東の霊漱の作に同し奉る)
東山気濠鴻たり 宮殿上頭に居る、君の来るは必ず十月なり 羽を樹てて九州に臨む。
陰火玉泉を煮る 噴薄巌に漲って幽なり、時有ってか赤目を浴せしむ 光は抱く空中の楼。』
閬風轍跡に入る 曠原冥搜を延く、天に沸いて万乗動く 水を観る百丈の湫。
幽霊斯れ怪む可し 王官属に命じて休せしむ、初め聞く竜壮を用い 石を擘って林丘摧く。
中夜窟宅改まる 移ることは風雨の秋に因ると、倒に懸る瑤池の影 槍江の流れに屈注す。
味は甘露の漿の如し 揮弄すれば滑にして且つ柔なり。』

#2
翠旗澹として偃蹇たり 雲車粉として少しく留まる、簫鼓四溟を蕩かす 異香泱漭として浮ぶ。
鮫人微綃を献じ 曾祝豪牛を沈む、百祥盛明に奔る 古先も能く鱒する莫し。
披陀たる金の蝦娯 出見する蓋し由有り、至尊之を顧みて笑う 王母収め遣めず。
復た虚無の底に帰し 化して長き黄札と作る。』
諷諷たる青瑣の郎  文宋珊瑚の鉤、浩歌す淥水の曲 清絶聴く者愁う』




(現代語訳)
長安の東にあたる驪山にはもくもくと煙、湯気が立ち込めている、華清宮の宮殿はその上方にかぶさるように存在している。
我が君がここへおいでになるのはかならず十月になってからだ、ここに羽旗をたてて天下九州のまつりごとにあたられるのである。
ここでは地の底にある火が美しい温泉の水を煮たたせているのだ、そしてその湯気は噴出してあたりに充満し、巌と一緒になって周りを暗くしている。 
時にはその温泉の水は赤き太陽を浸したような色になる、光を抱き込んで空中たかくそびえた楼閣のように見えることもある。』 

ここへ我が君玄宗は周の穆王のように行幸になり、閬風顛ともいうべき仙山は天子の轍のあとにはいったのだ、そして崑崙の曠原でさえ天子の御さぐりをさそっている。
天上に湧きかえり、万乗の御車が動いているのだ、温泉の東にある百丈の湫に水をごらんになる。
湫の中には怪物がいる。ここで天子は従臣のものたちに休息の命を賜わった。
まえもって聞いたことだが、竜は勇壮な力をだした、石をたたき割り、林や丘を切り裂きくだいた。
そうしてその竜は夜なかごろ自分のすまいのいわやをかえ、この秋の風雨、長雨に乗じてこの湫へ移転してきたということなのだ。
そうしてその竜は夜なかごろ自分のすまいのいわやをかえ、この秋の風雨、長雨に乗じてこの湫へ移転してきたということなのだ。
この水を舐めてみると甘くして甘露汁のようである、手で掻きまぜみれば滑かであり、柔かなのである。』


ここへ天子の御旗がうねうねとした動きをしてやってきた、五色の雲を画いた車が多く整列していないでみだれてあっまってきてしばし止まる。
簫や太鼓の音が湫の四面をふるいうごかしている、そしてえもいわれぬ香りがひろぴろとしてうかんでいる。
鮫人のような舟人はほそく織ったうすぎぬを湫の霊にたてまつり、曾祝の祭人は毛の多い牛を生贄としてしずめる。
天子の盛明の恩徳は百人は百人に見合ったそれぞれの御加護があるものだ、古代のどんな聖君であっても今の天子に適わないのである。 
そんな時世だから、嶮しい堤ほどもある大きな金色の蛙が出現するのも由来があるというものである。
我が君はその蟾蜍を顧みてお笑いになられた。西王母の楊貴妃もその蟾蜍をつかまえさせもされない。
そこで蟾蜍はふたたびがらんどうの水底へもどってしまい、さらに化けて長い黄色の蛟となってしまった。』
ここに細事にはかかわらぬ我が青瑣の郎たる郭給事はその文栄のうつくしきことは珊瑚の鉤のようである。
郭給事が作ったこの湫に関する詩、昔の淥水曲にも匹敵するほどの詩を、大声にうたうのである、音調ゆたかでこのうえない清らかなものであり、聴く人はみなかなしくなるのである。



毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
05rihakushi350

李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ

700Toho shi
kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首

800tousouSenshu
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首

 

 

奉同郭給事湯東靈湫作 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 115

奉同郭給事湯東靈湫作 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 115

 (前半22句11聯・韻)
給事中の郭氏が騒山温泉の東にある霊漱について作った詩に和して作った詩。とほが奉先県に赴くときの作である。
 天宝十四載(755)冬十一月の初め、杜甫は馬車で真夜中に長安を発った。奉先県への路は、冷たい風が北の砂漠地帯から吹きつけてくる。杜甫は四十四歳を過ぎて、やっと官職につけた。自京赴奉先縣詠懷五百字の#1~7まで今回の詩の給事中の郭氏と一緒に語らっていたということなのだ。特に#4~#7につぃては詩の内容の共通点も確認もできる。
白京赴奉先牒詠懐 五百字 
#4
歲暮百草零,疾風高岡裂。天衢陰崢嶸,客子中夜發。
霜嚴衣帶斷,指直不得結。淩晨過驪山,禦榻在嵽嵲。』
(歳暮れて百草零ち、疾風に高岡裂く。天衢 陰として崢嶸たり、客子 中夜に発す。霜は厳しくして衣帯断え、指は直にして結ぶ能わず。晨を凌いで驪山を過ぐれば、御榻は帶臬に在り。)
#5
蚩尤塞寒空,蹴蹋崖谷滑。瑤池氣鬱律,羽林相摩戛。
君臣留歡娛,樂動殷膠葛。賜浴皆長纓,與宴非短褐。』
(蚩尤は寒空に塞がり、崖谷の滑かなるに蹴踏す。瑤池に気は鬱律として、羽林は相い摩戛す。君臣 留まりて懽娯し、楽は動きて膠嵑に殷たり。浴を賜わるは皆な長纓、宴に与かるは短褐に非ず。)


奉同郭給事湯東靈湫作
#1
東山氣鴻蒙,宮殿居上頭。
長安の東にあたる驪山にはもくもくと煙、湯気が立ち込めている、華清宮の宮殿はその上方にかぶさるように存在している。
君來必十月,樹羽臨九州。
我が君がここへおいでになるのはかならず十月になってからだ、ここに羽旗をたてて天下九州のまつりごとにあたられるのである。
陰火煮玉泉,噴薄漲岩幽。
ここでは地の底にある火が美しい温泉の水を煮たたせているのだ、そしてその湯気は噴出してあたりに充満し、巌と一緒になって周りを暗くしている。 
有時浴赤日,光抱空中摟。』

時にはその温泉の水は赤き太陽を浸したような色になる、光を抱き込んで空中たかくそびえた楼閣のように見えることもある。』 
閬風入轍跡,曠原延冥搜。
ここへ我が君玄宗は周の穆王のように行幸になり、閬風顛ともいうべき仙山は天子の轍のあとにはいったのだ、そして崑崙の曠原でさえ天子の御さぐりをさそっている。
沸天萬乘動,觀水百丈湫。
天上に湧きかえり、万乗の御車が動いているのだ、温泉の東にある百丈の湫に水をごらんになる。
幽靈斯可佳,王命官屬休。
湫の中には怪物がいる。ここで天子は従臣のものたちに休息の命を賜わった。
初聞龍用壯,擘石摧林丘。
まえもって聞いたことだが、竜は勇壮な力をだした、石をたたき割り、林や丘を切り裂きくだいた。
中夜窟宅改,移因風雨秋。
そうしてその竜は夜なかごろ自分のすまいのいわやをかえ、この秋の風雨、長雨に乗じてこの湫へ移転してきたということなのだ。
倒懸瑤池影,屈注滄江流。
今この瑤池ともいうべき湫には温泉宮の影が逆さまに懸かって映っている、そして湫からあふれ出る湯水は屈折し、冷水となって大江の流れに注ぎ込むのである。
味如甘露漿,揮弄滑且柔。』

この水を舐めてみると甘くして甘露汁のようである、手で掻きまぜみれば滑かであり、柔かなのである。』

#2
翠旗澹偃蹇,雲車紛少留。簫鼓蕩四溟,異香泱漭浮。
鮫人獻微綃,曾祝沉豪牛。百祥奔盛明,古先莫能儔。
坡陀金蝦蟆,出見蓋有由。至尊顧之笑,王母不肯收。
複歸虛無底,化作長黃虯。』

飄搖青瑣郎,文采珊瑚鉤。浩歌淥水曲,清絕聽者愁。』



(郭給事が湯東の霊漱の作に同し奉る)
東山気濠鴻たり 宮殿上頭に居る、君の来るは必ず十月なり 羽を樹てて九州に臨む。
陰火玉泉を煮る 噴薄巌に漲って幽なり、時有ってか赤目を浴せしむ 光は抱く空中の楼。』
閬風轍跡に入る 曠原冥搜を延く、天に沸いて万乗動く 水を観る百丈の湫。
幽霊斯れ怪む可し 王官属に命じて休せしむ、初め聞く竜壮を用い 石を擘って林丘摧く。
中夜窟宅改まる 移ることは風雨の秋に因ると、倒に懸る瑤池の影 槍江の流れに屈注す。
味は甘露の漿の如し 揮弄すれば滑にして且つ柔なり。』

翠旗澹として偃蹇たり 雲車粉として少しく留まる
簫鼓四溟を蕩かす 異香泱漭として浮ぶ
鮫人微綃を献じ 曾祝豪牛を沈む
百祥盛明に奔る 古先も能く鱒する莫し
披陀たる金の蝦娯 出見する蓋し由有り
至尊之を顧みて笑う 王母収め遣めず
復た虚無の底に帰し 化して長き黄札と作る』
諷諷たる青瑣の郎  文宋珊瑚の鉤
浩歌す淥水の曲 清絶聴く者愁う』


奉同郭給事湯東靈湫作 現代語訳と訳註
(本文)
#1

東山氣鴻蒙,宮殿居上頭。君來必十月,樹羽臨九州。
陰火煮玉泉,噴薄漲岩幽。有時浴赤日,光抱空中摟。』

閬風入轍跡,曠原延冥搜。沸天萬乘動,觀水百丈湫。
幽靈斯可佳,王命官屬休。初聞龍用壯,擘石摧林丘。
中夜窟宅改,移因風雨秋。倒懸瑤池影,屈注滄江流。
味如甘露漿,揮弄滑且柔。』

(下し文)
東山気濠鴻たり 宮殿上頭に居る、君の来るは必ず十月なり 羽を樹てて九州に臨む。
陰火玉泉を煮る 噴薄巌に漲って幽なり、時有ってか赤目を浴せしむ 光は抱く空中の楼。』
閬風轍跡に入る 曠原冥搜を延く、天に沸いて万乗動く 水を観る百丈の湫。
幽霊斯れ怪む可し 王官属に命じて休せしむ、初め聞く竜壮を用い 石を擘って林丘摧く。
中夜窟宅改まる 移ることは風雨の秋に因ると、倒に懸る瑤池の影 槍江の流れに屈注す。
味は甘露の漿の如し 揮弄すれば滑にして且つ柔なり。』


(現代語訳)
長安の東にあたる驪山にはもくもくと煙、湯気が立ち込めている、華清宮の宮殿はその上方にかぶさるように存在している。
我が君がここへおいでになるのはかならず十月になってからだ、ここに羽旗をたてて天下九州のまつりごとにあたられるのである。
ここでは地の底にある火が美しい温泉の水を煮たたせているのだ、そしてその湯気は噴出してあたりに充満し、巌と一緒になって周りを暗くしている。 
時にはその温泉の水は赤き太陽を浸したような色になる、光を抱き込んで空中たかくそびえた楼閣のように見えることもある。』 

ここへ我が君玄宗は周の穆王のように行幸になり、閬風顛ともいうべき仙山は天子の轍のあとにはいったのだ、そして崑崙の曠原でさえ天子の御さぐりをさそっている。
天上に湧きかえり、万乗の御車が動いているのだ、温泉の東にある百丈の湫に水をごらんになる。
湫の中には怪物がいる。ここで天子は従臣のものたちに休息の命を賜わった。
まえもって聞いたことだが、竜は勇壮な力をだした、石をたたき割り、林や丘を切り裂きくだいた。
そうしてその竜は夜なかごろ自分のすまいのいわやをかえ、この秋の風雨、長雨に乗じてこの湫へ移転してきたということなのだ。
今この瑤池ともいうべき湫には温泉宮の影が逆さまに懸かって映っている、そして湫からあふれ出る湯水は屈折し、冷水となって大江の流れに注ぎ込むのである。
この水を舐めてみると甘くして甘露汁のようである、手で掻きまぜみれば滑かであり、柔かなのである。』


(訳註)

奉同郭給事湯東靈湫作
郭給事が湯東の靈湫の作に同し奉る。
 和するをいう。他人が作った詩につけて、我が意をのべること。○郭給事 郭は姓、名は詳かでない、給事は官名、給事中をいう。○湯東靈湫 湯は驪山の温泉をいう。前詩では、華清宮。靈湫とは竜の住む不思議な池をいう。
#1
東山氣鴻蒙,宮殿居上頭。

長安の東にあたる驪山にはもくもくと煙、湯気が立ち込めている、華清宮の宮殿はその上方にかぶさるように存在している。
東山 驪山をいう、長安の東に在るからである。○ 温泉の気。○濠鴻 或は鴻濠に作る、もやくや。○宮殿 華清宮をいう。○上頭 上方にかぶさるように存在するさま。。


君來必十月,樹羽臨九州。
我が君がここへおいでになるのはかならず十月になってからだ、ここに羽旗をたてて天下九州のまつりごとにあたられるのである。
 玄宗。〇十月 玄宗は避寒のため十月に行幸し、歳が尽きて帰る。○樹羽 羽旗をたてる、羽旗は羽をかざった旗。「赴奉先県詠懐」詩の「羽林相摩真ス」と同意であろう。或は楽器の装飾ととくが恐らくは非であろう。○臨九州 九州は天下をいう。天下に臨むとはここで政治を視られることをいう。


陰火煮玉泉,噴薄漲岩幽。
ここでは地の底にある火が美しい温泉の水を煮たたせているのだ、そしてその湯気は噴出してあたりに充満し、巌と一緒になって周りを暗くしている。 
陰火 地の底の火。○玉泉 温泉のうつくしい水。○噴薄 湯気の下よりふきだすさま。


有時浴赤日,光抱空中摟。』
時にはその温泉の水は赤き太陽を浸したような色になる、光を抱き込んで空中たかくそびえた楼閣のように見えることもある。』 
浴赤目 酸化鉄を含んだ温泉巣のこと。ここは温泉が太陽を浸すことをいう。○空中楼 間欠泉のように空中に湧き出る温泉水が樓閣のようにみある。


閬風入轍跡,曠原延冥搜。
ここへ我が君玄宗は周の穆王のように行幸になり、閬風顛ともいうべき仙山は天子の轍のあとにはいったのだ、そして崑崙の曠原でさえ天子の御さぐりをさそっている。
閬風 崑崙山に三角(隅)があり、其の一角を閬風顛(ろうふうてん)という山の名。〇人轍跡 周の穆王は八匹の駿馬に駕して崑崙の上にのぼった。玄宗が騒山に遊ぶのを穆王が崖嵩に遊ぶのに此した。又旬の造り方は天子の馬車が間風を踏むというべきところを逆に聞風が轍跡に入るといったものである。轍跡はくるまのわだちのあと。○曠原 崑崙東北脚の野の名。○延冥捜 延はまねきよせる、冥捜は奥ふかくさぐること、これも上旬の如く、天子が曠原を冥捜するということを、曠原の方が天子の冥捜をひくといいなしたもの。この時代天子は神であるから、このような言い回しをしている。天子に対する思い入れが多いことを示す句である。


沸天萬乘動,觀水百丈湫。
天上に湧きかえり、万乗の御車が動いているのだ、温泉の東にある百丈の湫に水をごらんになる。
沸天やかましい音響が天辺にわきおこる。○万乗動 天子の一行が動きだす。乗は車一台をいう、昔、天子の国は兵車万乗を出し、天子が出御されるときには千乗万騎のお伴があった。○観水 水は霊湫の水。〇百丈 百丈のふかさをいう。○ 低くて狭い湧き出る穴。


幽靈斯可佳,王命官屬休。
湫の中には怪物がいる。ここで天子は従臣のものたちに休息の命を賜わった。
○幽霊 漱の中にすむ怪物をさす。○王命官属休 これは「穆・天子伝」中の語を用いてとる。玄宗が、臣下に命じて休息をたまわることをいう。それは幽霊を観、且つ祭るためである。


初聞龍用壯,擘石摧林丘。
まえもって聞いたことだが、竜は勇壮な力をだした、石をたたき割り、林や丘を切り裂きくだいた。
○初聞 まえかたきく。此の下四句は昔のことをさかのぼって叙する。○竜用壮 牡とは竜の壮なるカをいう。

中夜窟宅改,移因風雨秋。
そうしてその竜は夜なかごろ自分のすまいのいわやをかえ、この秋の風雨、長雨に乗じてこの湫へ移転してきたということなのだ。
居宅 いわあなのすみか、これは竜がこの湫へ来る以前に棲息していた所。○ かわること。○ こちらへ移転すること。○風雨秋 この秋の長雨。
 
倒懸瑤池影,屈注滄江流。
今この瑤池ともいうべき湫には温泉宮の影が逆さまに懸かって映っている、そして湫からあふれ出る湯水は屈折し、冷水となって大江の流れに注ぎ込むのである。
倒懸 この湫上にさかさまにぶらさがる、影がうつることをいう。○瑤池影 瑤池は驪山の温泉をさすが、ここは温泉宮全体をさし、その宮殿楼閣の影を影といっている。○屈注 屈折してそそぐ、この湫は冷水(又は零水)となって北方向の渭水にそそぐ。○滄江流 ひろい川の流れ、渭水をさす。


味如甘露漿,揮弄滑且柔。』 
この水を舐めてみると甘くして甘露汁のようである、手で掻きまぜみれば滑かであり、柔かなのである。』
漿しる。○揮弄ふるいもてあそぶ。○滑且柔 水質のきめのよいこと。



○押韻 蒙,頭。州。幽。摟。/搜。湫。休。丘。秋。流。柔

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 114 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-#10

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 114 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-#10


自京赴奉先縣詠懷五百字 #10 
生常免租税、名不隸征伐。
自分は生活するのに常日頃、租税を課せられることから免れており、その面での負担はないのである。人別帳にはなく府兵制で征伐にやられる義務はないのである。
撫迹猶酸辛、平人固騒屑。
先祖から比較的いい身分であるから、それでなお先祖の行跡に照らしてみると辛いことてあったのだ、ただの一般人はこんな飢饉でも税負担はあり、四苦八苦な生活をしているにちがいないのである。
默思失業徒、因念遠戍卒。
生業を失った人々がいることをだまって考えてみる、それにつけても遠方へ守りにでている徴兵義務の兵卒らのことをおもいうかんでくる。
憂端斉終南、鴻洞不可掇。
自分のこれからの憂は大きくてその上端は、終南の山の高さにひとしいほどたかいのだ、霧のはれない時のようにももやとして之を手にとろうとしてもとることができるものではないのである。』


()に知らんや秋禾(しゅうか)の登(みの)るに、貧窶(ひんく)には倉卒(そうそつ)たる有り。

(せい)は常に租税を免(まぬ)かれ、

名は征伐に隸(れい)せず。

(あと)を撫()すれば猶()お酸辛(さんしん)たり、平人(へいじん)は固(もと)より騒屑(そうせつ)たらん。

(もく)して失業の徒()を思い、因()りて遠戍(えんじゅ)の卒(そつ)を念(おも)う。

憂端(ゆうたん)は終南(しゅうなん)に斉(ひと)しく、鴻洞(こうどう)として(ひろ)う可()からず。





自京赴奉先縣詠懷五百字 #10 訳註と現代語訳 解説
(本文)

生常免租税、名不隸征伐。
撫迹猶酸辛、平人固騒屑。
默思失業徒、因念遠戍卒。
憂端斉終南、鴻洞不可掇。

(下し文)
豈(あ)に知らんや秋禾(しゅうか)の登(みの)るに、貧窶(ひんく)には倉卒(そうそつ)たる有り。
生(せい)は常に租税を免(まぬ)かれ、
名は征伐に隸(れい)せず。
迹(あと)を撫(ぶ)すれば猶(な)お酸辛(さんしん)たり、平人(へいじん)は固(もと)より騒屑(そうせつ)たらん。
默(もく)して失業の徒(と)を思い、因(よ)りて遠戍(えんじゅ)の卒(そつ)を念(おも)う。
憂端(ゆうたん)は終南(しゅうなん)に斉(ひと)しく、鴻洞(こうどう)として掇(ひろ)う可(べ)からず。

(現代語訳)
自分は生活するのに常日頃、租税を課せられることから免れており、その面での負担はないのである。人別帳にはなく府兵制で征伐にやられる義務はないのである。
先祖から比較的いい身分であるから、それでなお先祖の行跡に照らしてみると辛いことてあったのだ、ただの一般人はこんな飢饉でも税負担はあり、四苦八苦な生活をしているにちがいないのである。
生業を失った人々がいることをだまって考えてみる、それにつけても遠方へ守りにでている徴兵義務の兵卒らのことをおもいうかんでくる。
自分のこれからの憂は大きくてその上端は、終南の山の高さにひとしいほどたかいのだ、霧のはれない時のようにももやとして之を手にとろうとしてもとることができるものではないのである。』


生常免租税、名不隸征伐。
自分は生活するのに常日頃、租税を課せられることから免れており、その面での負担はないのである。人別帳にはなく府兵制で征伐にやられる義務はないのである。
○生 生活をいう。○免租 税は租庸調とあったわけで、祖父、父親も高級官僚であり、その嫡子であることから、最初から税負担はない。この詩の時、杜甫は右衛率府兵曹参軍であった。○隷征伐 隷は属すること、庸と府兵制の義務にあたる3年の兵役負担のことを言う。征伐にやられるべき人名の部類に属する、即ち軍務に服せしめられることをいう。


撫迹猶酸辛、平人固騒屑。
先祖から比較的いい身分であるから、それでなお先祖の行跡に照らしてみると辛いことてあったのだ、ただの一般人はこんな飢饉でも税負担はあり、四苦八苦な生活をしているにちがいないのである。
撫跡 跡は平生の行跡、撫とはそれにそうて考えてみること。○ 自分でさえなお。○酸辛 つらし。○平人 一般の人々、特典にあずからぬ人々。○騒屑 紛擾のさま、四苦八苦している。


默思失業徒、因念遠戍卒。
生業を失った人々がいることをだまって考えてみる、それにつけても遠方へ守りにでている徴兵義務の兵卒らのことをおもいうかんでくる。
黙息だまってかんがえる。○失業徒 農民が兵役にやられ農業に従うことができぬのは業を失うことである。○遠戍卒 遠地へまもりにやられている兵卒。


憂端斉終南、鴻洞不可掇。
自分のこれからの憂は大きくてその上端は、終南の山の高さにひとしいほどたかいのだ、霧のはれない時のようにももやとして之を手にとろうとしてもとることができるものではないのである。』
憂端 憂のはし。○ 高さのひとしいことをいう。○終南 山の名、長安の南にある。○鴻洞 天地の初め、気の分かれぬさま、もやもやとしたさま。○ 音タツ、拾うこと、手に取ることをいう。


#10 解説
  杜甫は、それでも士族のはしくれゆえ納税の義務もないし、兵役の名簿に載せられてもいない。それにもかかわらず、思えばつらいことばかり、一般の人々は、さぞかしたいへんなことだろう。生業を失った人たちのことを、じっと思いつづけ、さらに、遠く戦場にやられている兵士の辛いこととは比べようのないことかもしれない。
 世情は飢饉が続き、生活もままならない。やっと、杜甫自身、役人に取り立てられたが、俸禄は無いにひとしい低いものだ。まして、昨今、戦争の準備がされており、先行き不安な思いは、終南山の山の高さほどなのだ。
 生活困窮者、餓死、一家離散、革命前夜の様相。楊国忠のやり方により、謀反が起こる予感を感じていたのは杜甫だけでなく、誰もが思っていたことなのである。




第一段(#1~#3)
#1
杜陵有布衣,老大意轉拙。許身一何愚?竊比稷與契。
居然成獲落,白手甘契闊。蓋棺事則已,此誌常覬豁。』
#2
窮年憂黎元,嘆息腸內熱。取笑同學翁,浩歌彌激烈。
非無江海誌,蕭灑送日月。生逢堯舜君,不忍便永訣。
當今廊廟具,構廈豈雲缺?葵藿傾太陽,物性固莫奪。』
#3
顧惟螻蟻輩,但自求其穴。胡為慕大鯨,輒擬偃溟渤?
以茲誤生理,獨恥事幹謁。兀兀遂至今,忍為塵埃沒。
終愧巢與由,未能易其節。沉飲聊自遣,放歌破愁絕。』
第二段(#4~#8)
#4
歲暮百草零,疾風高岡裂。天衢陰崢嶸,客子中夜發。
霜嚴衣帶斷,指直不得結。淩晨過驪山,禦榻在嵽嵲。』
#5
蚩尤塞寒空,蹴蹋崖谷滑。瑤池氣鬱律,羽林相摩戛。
君臣留歡娛,樂動殷膠葛。賜浴皆長纓,與宴非短褐。』
#6
彤庭所分帛,本自寒女出。鞭撻其夫家,聚斂貢城闕。
聖人筐篚恩,實欲邦國活。臣如忽至理。君豈棄此物?
多士盈朝廷,仁者宜戰慄。』
#7
況聞內金盤,盡在衛霍室。中堂有神仙,煙霧蒙玉質。
暖客貂鼠裘,悲管逐清瑟。勸客駝蹄羹,霜橙壓香橘。
朱門酒肉臭,路有凍死骨。榮枯咫尺異,惆悵難再述。』
#8
北轅就涇渭,官渡又改轍。群水從西下,極目高崒兀。
疑是崆峒來,恐觸天柱折。河梁幸未坼,枝撐聲窸窣。
行旅相攀援,川廣不可越。』
第三段(#9~10)
#9
老妻寄異縣,十口隔風雪。誰能久不顧?庶往共饑渴。
入門聞號啕,幼子餓已卒。吾寧舍一哀?裡巷亦嗚咽。
所愧為人父,無食致夭折。豈知秋禾登,貧窶有蒼卒。』
#10
生常免租稅,名不隸徵伐。撫跡猶酸辛,平人固騷屑。
默思失業徒,因念遠戍卒。憂端齊終南,澒洞不可掇。』


#1
杜陵のあたりに一人の官についていない普段着の男が居る、年を取ってはいるがその抱いている志と意識はかたくなで処世術は実にうまくない。
そうした志と意識について自己に妥協して許すことができない愚者というのはいったいどうしてなのであろうか。それは心に秘めていることは自分を論語で示された賢臣、稷との契たちに匹敵すると思っているからなのだ。
そんな大きな志をもっているうちにそのまま滴り落してしまうのであるが、もとより白髪にいたるまで甘んじて艱難辛苦に耐えているのである。
自己の価値は棺に蓋をした後に其の人の行為や事の評価が決定するとおもっている、このように心がけていることは、広々とした気持ちでいたいと願ってはいるということなのだ。』

#2
かねてこの方、一年中一般の民衆の身の上を心配し、どうしようもない思いで腸が内部で熱くなる。
少年時のいっしょに学問をした老人などから笑われるが、彼は大声で歌いはじめるといよいよ激烈になるのである。
彼は江海へのがれ志をすて去って、のんきに月日を送るということもおもわないわけでもない。
せっかく尭舜のような聖天子に生れあわせることができたので、すぐ永久のおわかれをするには忍びないのである。
ひまわりが太陽の光の方へ必ず傾くように育っていく、万物の本性というものは実に他からその本性を奪いとることはできないはずのものである。』

#3
よく考えてみると今の世に貴公子や富豪を得ているけら虫、蟻虫のようなものどもは、ただ我儘に都合のよい穴を求め、生活しているのだ。
盲目的に追随とか、大鯨を慕うだけで、いつも大海の水に偃そうとすることなどすることはないのだ。
こんなことではとてもろくな生活はなりたたないと悟っても、どうしても自分としてはたのみこむために貴人に面会するなことは恥かしくてしないのだ。
かくて不安のきもちをもちつつ今日に至ったのであるが、どうしていたずらにらに塵埃に此の身を埋没させてしまうことにがまんができるものではないのだ。
昔の隠遁者たる巣父や許由に対しては、結局、愧ずるけれども、世間から引退してしまうことは初の志節を易えることでできないのだ。

#4
今は歳が暮れてきて冬になった。すべてのの草が零落した、強い木枯らしが吹きつけて、高い岡地は張り裂けんばかりである。
大空の天路はどんより曇っていて暗い厚い雲がおおっている。こんな日の夜中になって旅客として長安を出発した。
霜はきびしく衣の帯が凍って千切れるほどである、しかし自分の指は寒くて棒のようになってそれを結ぶことができないのだ。

#5
底冷えのする寒空には先行き不安をつげるような蛍尤の旗雲が塞いでいる、山路をふみゆくと崖や谷の路が氷結してすべりそうだ。
温泉のあたりは湯気がたてこめていて、羽林軍のたてならべている儀仗の武器や道具の器がからからすれおうて音をたてている。
天子とその従臣とがここに逗留して娯楽に興じているので、山山石高険なところに音楽を奏する音が殿々とひびきわたって帰ってくる。
我が君から浴みを賜わるものは皆長い樫を垂れた貴い位の人々であるし、御宴に加わるものは短裾を著た貧乏人ではない。』

#6
御所のお庭から臣下へお分ち賜う帛はもともと貧乏な女が織ったものでそこから出たものなのだ。
その女の夫の働きが悪いとして家にむちをあてるようにして、過分に織らせ、それを御城門へ納税、貢物を差し出し収めさせたものだ。
この唐国の民が活気づくようにとおぼしめされてのことだ。
臣下たるものがもしこの国家の最上に治まることについての理由がわからず怠るならすまぬことだ。天子はまさかその品物をお棄てになるおつもりではないだろう。

#7
ましてや聞けば宮廷内の黄金の大皿の様な貴重品もすっかり衛氏や雀氏というべき楊氏の室へいっているとのことでないか。
また奥ふかき御座敷には神仙道教の舞をする美人がいて煙霧のような薄絹物で玉の肌をおおいかくしておられるとのことである。
天子の寵愛を受けて寒さ知らずの貴い人たちは「てん」の毛衣を着て、悲管笛の音はすんだ音をだす錦瑟の音をおい奏でている。
御馳走には「らくだ」の蹄肉を煮たあたたかな料理をすすめ、芳しい蜜柑の上には色づきの良い橙がうず高く積まれている。
このように赤い御門の富貴の者には酒や肉が贅を尽くして余ったものが腐敗臭をだしているが、そのそばの路傍には凍えて死んでいる人の骨が横たわっているのである。
わずか八寸か一尺離れるというだけで豪奢そのものと悲惨な有様がこんなに違っているのである、こんな恨めしい思いというものは繰り返して述べることをしたくないことである。』

#8
驪山のそばから車のかじ棒を北へむけて渭水・涇水の方へと就いて、官から設けられた渡り場でまた旧路とちがった道をとる。
たくさんの氷が西の方から流れくだる、みきわめるとそれは高くて山のそばだつようにみえる。
その氷は崆峒山あたりから来るので、それに触れたら天の柱をも折るとおもわれるほどのものである。
幸に河の舟橋はまだ破壊されてはいなかった、その支え柱がぎゅうぎゅう危なそうな声をたてている、
それへ旅客たちがわれもわれもとよじり掴まりひっぱりあいをしている、川のはばが広いのでなかなか渡りにくいのだ。』

#9
いま私の妻は他県(奉先県)に仮住まいしている、十人もの家族とわたしとは風雪をへだてているのである。
だれでもこ禹して預けた家族をながく顧みないでおれるはずはないものだ、できることなら貧しかろうが、ひもじかろうが一緒にしたいと思っているのだ。
(やがて到着したわたしが)門に入ると家のものが泣き叫ぶ声がきこえてくる、我が幼子は餓えてすでに死んでしまったというのである。
わたしは死んだ児に対しどうして大泣きして一哀することをやめることができるものか、わたしのようすをみて近所の人たちもむせび泣きをしてくれるのである。
ただ自分は恥ずかしいとするのは、人として人の父親としているのである、それが食物が無いために幼児死、しかも栄養失調で死なせてしまったということなのである。
もし秋まで待てるものなら、秋になれば穀物がよく実ったはずで、こんなこととは知る由もなかったのだ、貧乏の境遇はまことに手が届かずひたすらあわただしくするのみなのでる。』

#10
自分は生活するのに常日頃、租税を課せられることから免れており、その面での負担はないのである。人別帳にはなく府兵制で征伐にやられる義務はないのである。
先祖から比較的いい身分であるから、それでなお先祖の行跡に照らしてみると辛いことてあったのだ、ただの一般人はこんな飢饉でも税負担はあり、四苦八苦な生活をしているにちがいないのである。
生業を失った人々がいることをだまって考えてみる、それにつけても遠方へ守りにでている徴兵義務の兵卒らのことをおもいうかんでくる。
自分のこれからの憂は大きくてその上端は、終南の山の高さにひとしいほどたかいのだ、霧のはれない時のようにももやとして之を手にとろうとしてもとることができるものではないのである。』

毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
05rihakushi350

李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ

700Toho shi
kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首

800tousouSenshu
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 113 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-#9

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 113 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-#9

第三段は、長く別れて暮らす妻への厚い思いやりの情に始まる。


第三段(#9~10)
老妻寄異縣,十口隔風雪。誰能久不顧?庶往共饑渴。
入門聞號啕,幼子餓已卒。吾寧舍一哀?裡巷亦嗚咽。
所愧為人父,無食致夭折。豈知秋禾登,貧窶有蒼卒。』
生常免租稅,名不隸徵伐。撫跡猶酸辛,平人固騷屑。
默思失業徒,因念遠戍卒。憂端齊終南,澒洞不可掇。』


自京赴奉先縣詠懷五百字 #9 
老妻寄異県、十口隔風雪。
いま私の妻は他県(奉先県)に仮住まいしている、十人もの家族とわたしとは風雪をへだてているのである。
誰能久不顧、庶往共饑渇。
だれでもこ禹して預けた家族をながく顧みないでおれるはずはないものだ、できることなら貧しかろうが、ひもじかろうが一緒にしたいと思っているのだ。
入門聞号咷、幼子飢已卒。
(やがて到着したわたしが)門に入ると家のものが泣き叫ぶ声がきこえてくる、我が幼子は餓えてすでに死んでしまったというのである。
吾寧捨一哀、里巷亦鳴咽。
わたしは死んだ児に対しどうして大泣きして一哀することをやめることができるものか、わたしのようすをみて近所の人たちもむせび泣きをしてくれるのである。
所愧為人父、無食到夭折。
ただ自分は恥ずかしいとするのは、人として人の父親としているのである、それが食物が無いために幼児死、しかも栄養失調で死なせてしまったということなのである。
豈知秋禾登、貧窶有倉卒。

もし秋まで待てるものなら、秋になれば穀物がよく実ったはずで、こんなこととは知る由もなかったのだ、貧乏の境遇はまことに手が届かずひたすらあわただしくするのみなのでる。』


老妻(ろうさい)は異県(いけん)に寄(あず)け、十口(じつこう)は風雪(ふうせつ)を隔(へだ)つ。

誰か能()く久しく顧(かえり)みざらん、庶(ねが)わくは往()いて饑渇(きかつ)を共にせん。

門に入れば号(ごうとう)を聞く、幼子(ようし)の飢えて已(すで)に卒(しゅつ)す。

(われ)(なん)ぞ一哀(いちあい)を捨(おし)まんや、里巷(りこう)も亦()た鳴咽(おえつ)す。

()ずる所は人の父と為()り、食(しょく)無くして夭折(ようせつ)を到(いた)せしを。



自京赴奉先縣詠懷五百字 #9 現代語訳と訳註 解説
(本文)

老妻寄異県、十口隔風雪。
誰能久不顧、庶往共饑渇。
入門聞号咷、幼子飢已卒。
吾寧捨一哀、里巷亦鳴咽。
所愧為人父、無食到夭折。
豈知秋禾登、貧窶有倉卒。


(下し文)
老妻(ろうさい)は異県(いけん)に寄(あず)け、十口(じつこう)は風雪(ふうせつ)を隔(へだ)つ。
誰か能(よ)く久しく顧(かえり)みざらん、庶(ねが)わくは往(ゆ)いて饑渇(きかつ)を共にせん。
門に入れば号咷(ごうとう)を聞く、幼子(ようし)の飢えて已(すで)に卒(しゅつ)す。
吾(われ)寧(なん)ぞ一哀(いちあい)を捨(おし)まんや、里巷(りこう)も亦(ま)た鳴咽(おえつ)す。
愧(は)ずる所は人の父と為(な)り、食(しょく)無くして夭折(ようせつ)を到(いた)せしを。

  
(現代語訳)
いま私の妻は他県(奉先県)に仮住まいしている、十人もの家族とわたしとは風雪をへだてているのである。
だれでもこ禹して預けた家族をながく顧みないでおれるはずはないものだ、できることなら貧しかろうが、ひもじかろうが一緒にしたいと思っているのだ。
(やがて到着したわたしが)門に入ると家のものが泣き叫ぶ声がきこえてくる、我が幼子は餓えてすでに死んでしまったというのである。
わたしは死んだ児に対しどうして大泣きして一哀することをやめることができるものか、わたしのようすをみて近所の人たちもむせび泣きをしてくれるのである。
ただ自分は恥ずかしいとするのは、人として人の父親としているのである、それが食物が無いために幼児死、しかも栄養失調で死なせてしまったということなのである。
もし秋まで待てるものなら、秋になれば穀物がよく実ったはずで、こんなこととは知る由もなかったのだ、貧乏の境遇はまことに手が届かずひたすらあわただしくするのみなのでる。』


  
(語訳と訳註)
  
老妻寄異県、十口隔風雪。

いま私の妻は他県(奉先県)に仮住まいしている、十人もの家族とわたしとは風雪をへだてているのである。
老妻 年よりの妻、楊氏をさす。○寄寄寓。○異県 他県、奉先をさす。〇十口 家族十人。○風雪 時節のものをあげる。士官が思わしくなく生活ができないため妻の実家に預けた。


誰能久不顧、庶往共饑渇。
だれでもこ禹して預けた家族をながく顧みないでおれるはずはないものだ、できることなら貧しかろうが、ひもじかろうが一緒にしたいと思っているのだ。
 訪問してみまってやること。○ 庶幾、こいねがわくは。


入門聞号咷、幼子飢已卒。
(やがて到着したわたしが)門に入ると家のものが泣き叫ぶ声がきこえてくる、我が幼子は餓えてすでに死んでしまったというのである。
入門 奉先に到著して我が寓居の門にはいる。〇号眺 さけぶ、なく。眺は児どものなきやまぬことをいう字であるが、ここは家人等がなくことをいう。


吾寧捨一哀、里巷亦鳴咽。
わたしは死んだ児に対しどうして大泣きして一哀することをやめることができるものか、わたしのようすをみて近所の人たちもむせび泣きをしてくれるのである。
○捨一哀捨はおく、やめて為さぬこと。一哀は一度哀しむこと、文字は「礼記」檀弓上にみえる、死児に対してなくことを惜しまぬことをいう。○里巷 村の小路にいる人々。○亦鳴咽 むせびなきする、亦とは我と共にの義。

所愧為人父、無食到夭折。
ただ自分は恥ずかしいとするのは、人として人の父親としているのである、それが食物が無いために幼児死、しかも栄養失調で死なせてしまったということなのである。
○無食 食物のないこと。○到夭折 わかじにをまねく。幼児死、しかも栄養失調で死なせてしまった。


豈知秋禾登、貧窶有倉卒。
もし秋まで待てるものなら、秋になれば穀物がよく実ったはずで、こんなこととは知る由もなかったのだ、貧乏の境遇はまことに手が届かずひたすらあわただしくするのみなのでる。』
豈知秋禾登 禾は穀類をいう。豈はみのることをいう。豈知とは今かく穀物ができようとは知らなかったとの意。児の死後に実ったのが残念であるとの意味。○貧窶 窶はみすぼらしいこと。○倉卒 ひたすらあわただしくする


(解説)
わが妻は他県に預けてあり、人の家族は風雪を隔てた所に住んでいる。どうしていつまでも、そのままにしておけようぞ。そこに行って、飢えと渇きを共にしたいと思う。門を入ると家の者が号き叫ぶ声がする、幼い子が飢えて死んでいたのだった。私はどうして悲しみを尽くさずにおれよう、村の人たちもまた鳴咽している。人の子の父となりながら、食べ物がなくて天折させたのが悦ずかしい。それにしても今年の秋は豊作ということだったのに、貧乏人には思いもよらぬことが起きるものだ。
 予期せぬこととはいえ、これ以上の悲しみがあろうか。杜甫の真骨頂の部分である。飢饉のため疎開させたのにここまでのこととは思わなかったのである。

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 112 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-#8

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 112 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-#8

第一段(#1~#3)
杜陵有布衣,老大意轉拙。許身一何愚?竊比稷與契。
居然成獲落,白手甘契闊。蓋棺事則已,此誌常覬豁。』
窮年憂黎元,嘆息腸內熱。取笑同學翁,浩歌彌激烈。
非無江海誌,蕭灑送日月。生逢堯舜君,不忍便永訣。
當今廊廟具,構廈豈雲缺?葵藿傾太陽,物性固莫奪。』
顧惟螻蟻輩,但自求其穴。胡為慕大鯨,輒擬偃溟渤?
以茲誤生理,獨恥事幹謁。兀兀遂至今,忍為塵埃沒。
終愧巢與由,未能易其節。沉飲聊自遣,放歌破愁絕。』

第一段は、己れの素志と、それがいつまでたってもかなえられない悲しみを述べた杜甫は、一転して、奉先県への出発と、道中の様子を詠う。都から東に向かって車を進め、鷹山の離宮の下を通り、やがて北に進路を変えて軽水・澗水を渡る。

歳は暮れて百草は枯れ、疾風のために高い岡は裂けんばかり。空は曇ってどんよりとしており、旅人なる私は、その中を夜ふけに出発した。霜は厳しく、衣服の帯は絶れてしまったが、指はこごえて結ぶこともできない。夜明けをついて鷹山のふもとを過ぎれば、その高々とそびえるあたりに天子の玉座はある。禁軍の寅尤の旗は寒空をいっぱいにふさぎ、凍りついた滑らかな崖や谷に、ひしめき立っている。瑞の池のごとき温泉からは湯気が立ちこめて、近衛兵の物の具の触れあう音が響く。


第二段(#4~#8)
歲暮百草零,疾風高岡裂。天衢陰崢嶸,客子中夜發。
霜嚴衣帶斷,指直不得結。淩晨過驪山,禦榻在嵽嵲。』
蚩尤塞寒空,蹴蹋崖谷滑。瑤池氣鬱律,羽林相摩戛。
君臣留歡娛,樂動殷膠葛。賜浴皆長纓,與宴非短褐。』
彤庭所分帛,本自寒女出。鞭撻其夫家,聚斂貢城闕。
聖人筐篚恩,實欲邦國活。臣如忽至理。君豈棄此物?
多士盈朝廷,仁者宜戰慄。』
況聞內金盤,盡在衛霍室。中堂有神仙,煙霧蒙玉質。
暖客貂鼠裘,悲管逐清瑟。勸客駝蹄羹,霜橙壓香橘。
朱門酒肉臭,路有凍死骨。榮枯咫尺異,惆悵難再述。』

北轅就涇渭,官渡又改轍。群水從西下,極目高崒兀。
疑是崆峒來,恐觸天柱折。河梁幸未坼,枝撐聲窸窣。
行旅相攀援,川廣不可越。』

わが君とその従臣たちが、ここに逗留して歓楽を尽くしており、楽の音は、その険しきあたりに響きわたっている。ここで浴を賜わるのは、冠の樫を長く垂らした貴人ばかり、宴会に加わるのは、短い着物を着た貧乏人ではない。離宮の庭で天子が分かち下される絹は、もともと貧しい女たちが織ったもの。役人が、その主人を鞭打って、取り集めて朝廷にさし出したものである。わが君が、それを竹かごに入れて下賜されるのは、臣下の家国に活力をもたらそうとしてのことである。その御心を、諸臣がおろそかにするようなことがあるならば、わが君は、これらの品々を無駄に棄てられたことになる。朝廷には多くの臣が満ちあふれているが、心ある者は戦傑して恐れ入らねばならぬ。

「朱門に酒肉は臭く、路に凍死の骨あり」とは、戦国時代孟子が、梁の恵王に王道政治を説く中で、「厨に肥肉あり、厩に肥馬あり。民に飢色あり、野に餓莩あり」(『孟子』梁恵王・上)“王宮の台所には、よく肥えた肉塊があり、厩にはよく肥えた馬がいながら、人民は飢えに迫られ、野には餓死者の屍が横たわっている“ というのを踏まえたもので、儒家の伝統である人道主義にもとづく発想である。そうして、それが口先だけの借りものでなく、世の現実の姿を直視しての杜甫の怒りの表現であるところに鋭い説得力がある。
さて、涇水・渭水を渡って東北に進んだ杜甫は、家族の住む奉先県へと近づいてゆく。


自京赴奉先縣詠懷五百字 #8 
北轅就涇渭、官渡又改轍。
驪山のそばから車のかじ棒を北へむけて渭水・涇水の方へと就いて、官から設けられた渡り場でまた旧路とちがった道をとる。
羣冰従西下、極目高崒兀。
たくさんの氷が西の方から流れくだる、みきわめるとそれは高くて山のそばだつようにみえる。
疑是崆峒来、恐觸天柱折。
その氷は崆峒山あたりから来るので、それに触れたら天の柱をも折るとおもわれるほどのものである。
河梁幸未坼、枝撐声悉窣。
幸に河の舟橋はまだ破壊されてはいなかった、その支え柱がぎゅうぎゅう危なそうな声をたてている、
行旅相攀援、川李不可越。

それへ旅客たちがわれもわれもとよじり掴まりひっぱりあいをしている、川のはばが広いのでなかなか渡りにくいのだ。』


轅(ながえ)を北にして涇渭(けいい)に就(つ)き、官渡(かんと)にて又(ま)た轍(わだち)を改む。
群氷(ぐんぴょう)  西(にし)従(よ)り下り、極目(きょくもく)  高くして崒兀(しゅつごつ)たり。疑うらくは是(こ)れ崆峒(くうどう)より来たるかと、恐らくは触(ふ)れなば天柱(てんちゅう)も折れん。
河梁(かりょう)は幸いにして未だ坼(くだ)けず、枝撑(ししょう)  声  悉窣(しつしゅつ)たり。
行旅(こうりょ)は相い攀援(はんえん)すれども、川は広くして越ゆる可(べ)からず。


自京赴奉先縣詠懷五百字 #8 現代語訳と訳註 解説

(本文)
北轅就涇渭、官渡又改轍。
羣冰従西下、極目高崒兀。
疑是崆峒来、恐觸天柱折。
河梁幸未坼、枝撐声悉窣。
行旅相攀援、川李不可越。

(下し文)
轅(ながえ)を北にして涇渭(けいい)に就(つ)き、官渡(かんと)にて又(ま)た轍(わだち)を改む。
群氷(ぐんぴょう)  西(にし)従(よ)り下り、極目(きょくもく)  高くして卒兀(しゅつごつ)たり。
疑うらくは是(こ)れ崆峒(くうどう)より来たるかと、恐らくは触(ふ)れなば天柱(てんちゅう)も折れん。
河梁(かりょう)は幸いにして未だ坼(くだ)けず、枝撑(ししょう)  声  悉窣(しつしゅつ)たり。
行旅(こうりょ)は相い攀援(はんえん)すれども、川は広くして越ゆる可(べ)からず。

 
現代語訳
驪山のそばから車のかじ棒を北へむけて渭水・涇水の方へと就いて、官から設けられた渡り場でまた旧路とちがった道をとる。
たくさんの氷が西の方から流れくだる、みきわめるとそれは高くて山のそばだつようにみえる。
その氷は崆峒山あたりから来るので、それに触れたら天の柱をも折るとおもわれるほどのものである。
幸に河の舟橋はまだ破壊されてはいなかった、その支え柱がぎゅうぎゅう危なそうな声をたてている、
それへ旅客たちがわれもわれもとよじり掴まりひっぱりあいをしている、川のはばが広いのでなかなか渡りにくいのだ。』


(訳註)

北轅就涇渭、官渡又改轍。
驪山のそばから車のかじ棒を北へむけて渭水・涇水の方へと就いて、官から設けられた渡り場でまた旧路とちがった道をとる。
北轅 車のかじ棒を北へむける。○涇渭 二つの川の名、長安から奉先へゆくには北に路をとりこの二水をわたる。○官渡 官から設置してある渡りば。○改轍 別な車跡を通過する、或は出水のために官渡の位置がかわっているためとおもわれる。


羣冰従西下、極目高卒兀。
たくさんの氷が西の方から流れくだる、みきわめるとそれは高くて山のそばだつようにみえる。
羣冰 羣冰は多くの河が凍り始めて流れている。○崒兀 高く峻しいさま。


疑是崆峒来、恐触天柱折。
その氷は崆峒山あたりから来るので、それに触れたら天の柱をも折るとおもわれるほどのものである。
崆峒 甘粛省鞏昌府岷州にある山の名。(涇水の水源の山-地図参照)○天柱折「列子」湯問篇に共工氏が顓頊と帝たらんことを争い、怒って不周の山に頭を触れ、天柱を折り、地維を絶ったことをふまえる。


河梁幸未坼、枝撑声悉窣。
幸に河の舟橋はまだ破壊されてはいなかった、その支え柱がぎゅうぎゅう危なそうな声をたてている、
○河梁 梁はふなはし。○ 裂けること。破壊。〇枝撑 杜甫「同諸公登慈恩寺塔」詩では道を支える支柱。ここでは舟橋を支える仕え柱をいう。○悉窣 声の安からぬさま。氷交じりの水流が急なためギュウギュウ音をたてているさま。


行李相攀援、川広不可越。
それへ旅客たちがわれもわれもとよじり掴まりひっぱりあいをしている、川のはばが広いのでなかなか渡りにくいのだ。』
行李 いろんな旅人がいることをあらわす。一般旅客をさす。○攀援 よじる、ひく。○不可越 こえにくいことをいう。

(解説)
○押韻 轍。兀。折。窣。越。

 奉先県へ行くには、驪山の麓で左折し、北へ向かうことになる。涇水が渭水に合流する地点から少し下流に臥舟橋の地点になる。管の橋と一般の橋とあった。そこで渭水を渡る。流氷が西から流れてきますが、それはおおよそ涇水の上流の崆峒山から流れてきたものである。役人の身分の杜甫は渡橋用の別の車に乗り換え、一般の人は揺れる浮梁(小舟を横につなぎ合わせて板を敷き並べた舟橋)の上を手を取り合って渡ってゆくことになるのだ。

ここでこの詩の2段目は終了する。
杜甫乱前後の図002奉先

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 111 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-#7

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 111 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-#7

  
#7 自京赴奉先県詠懐  五百字
況聞内金盤、尽在衛霍室。
ましてや聞けば宮廷内の黄金の大皿の様な貴重品もすっかり衛氏や雀氏というべき楊氏の室へいっているとのことでないか。
中堂舞神仙、煙霧蒙玉質。
また奥ふかき御座敷には神仙道教の舞をする美人がいて煙霧のような薄絹物で玉の肌をおおいかくしておられるとのことである。
煖客貂鼠裘、悲管逐清瑟。
天子の寵愛を受けて寒さ知らずの貴い人たちは「てん」の毛衣を着て、悲管笛の音はすんだ音をだす錦瑟の音をおい奏でている。
勧客駝蹄羮、霜橙圧香橘。
御馳走には「らくだ」の蹄肉を煮たあたたかな料理をすすめ、芳しい蜜柑の上には色づきの良い橙がうず高く積まれている。
朱門酒肉臭、路有凍死骨。
このように赤い御門の富貴の者には酒や肉が贅を尽くして余ったものが腐敗臭をだしているが、そのそばの路傍には凍えて死んでいる人の骨が横たわっているのである。
栄枯咫尺異、惆悵難再述。』

わずか八寸か一尺離れるというだけで豪奢そのものと悲惨な有様がこんなに違っているのである、こんな恨めしい思いというものは繰り返して述べることをしたくないことである。』


況(いわ)んや聞く  内(うち)の金盤(きんばん)は、尽(ことごと)く衛(えい)と霍(かく)の室に在りと
中堂(ちゅうどう)に神仙(しんせん)を舞わせ、煙霧(えんむ)は玉質(ぎょくしつ)に蒙う
客を煖(あたた)むるは貂鼠(ちょうそ)の裘(きゅう)、悲管(ひかん)は清瑟(せいしつ)を逐(お)う
客に勧(すす)むるは駝蹄(だてい)の羮(あつもの)、霜橙(そうとう)は香橘(こうきつ)を圧(あつ)す
朱門(しゅもん)には酒肉(しゅにく)臭(くさ)きに、路(みち)には凍死(とうし)の骨有り
栄枯(えいこ)は咫尺(しせき)にて異なり、惆悵(ちゅうちょう)して再び述べ難(がた)し


自京赴奉先縣詠懷五百字 #7 現代語訳と訳註 解説

(本文)
況聞内金盤、尽在衛霍室。
中堂舞神仙、煙霧散玉質。
煖客貂鼠裘、悲管逐清瑟。
勧客駝蹄羮、霜橙圧香橘。
朱門酒肉臭、路有凍死骨。
栄枯咫尺異、惆悵難再述。

(下し文)
況(いわ)んや聞く  内(うち)の金盤(きんばん)は、尽(ことごと)く衛(えい)と霍(かく)の室に在りと
中堂(ちゅうどう)に神仙(しんせん)を舞わせ、煙霧(えんむ)は玉質(ぎょくしつ)に散ず
客を煖(あたた)むるは貂鼠(ちょうそ)の裘(きゅう)、悲管(ひかん)は清瑟(せいしつ)を逐(お)う
客に勧(すす)むるは駝蹄(だてい)の羮(あつもの)、霜橙(そうとう)は香橘(こうきつ)を圧(あつ)す
朱門(しゅもん)には酒肉(しゅにく)臭(くさ)きに、路(みち)には凍死(とうし)の骨有り
栄枯(えいこ)は咫尺(しせき)にて異なり、惆悵(ちゅうちょう)して再び述べ難(がた)し


  
(現代語訳)
ましてや聞けば宮廷内の黄金の大皿の様な貴重品もすっかり衛氏や雀氏というべき楊氏の室へいっているとのことでないか。
また奥ふかき御座敷には神仙道教の舞をする美人がいて煙霧のような薄絹物で玉の肌をおおいかくしておられるとのことである。
天子の寵愛を受けて寒さ知らずの貴い人たちは「てん」の毛衣を着て、悲管笛の音はすんだ音をだす錦瑟の音をおい奏でている。
御馳走には「らくだ」の蹄肉を煮たあたたかな料理をすすめ、芳しい蜜柑の上には色づきの良い橙がうず高く積まれている。
このように赤い御門の富貴の者には酒や肉が贅を尽くして余ったものが腐敗臭をだしているが、そのそばの路傍には凍えて死んでいる人の骨が横たわっているのである。
わずか八寸か一尺離れるというだけで豪奢そのものと悲惨な有様がこんなに違っているのである、こんな恨めしい思いというものは繰り返して述べることをしたくないことである。』
  
(語訳と訳註)

況聞内金盤、尽在衛霍室。
ましてや聞けば宮廷内の黄金の大皿の様な貴重品もすっかり衛氏や雀氏というべき楊氏の室へいっているとのことでないか。
内金盤 内は大内、禁中後宮をさす。金盤は黄金の大皿、食器の類。○衛霍室 衛客とは漢の衛青・霍去病をさす、共に皇后の外戚の故を以て貴位に居った。ここはそれを用いて楊貴妃の親戚にあたる楊国忠等に此している。室は家をいう。
 
中堂舞神仙、煙霧蒙玉質。
また奥ふかき御座敷には神仙道教の舞をする美人がいて煙霧のような薄絹物で玉の肌をおおいかくしておられるとのことである
中堂 奥の中心となる座敷。○神仙 これは楊貴妃となる前太真女道士としていたことからこれををさす。美しきこと仙人のごときもある。○煙霧これは衣類のうすく美しいことをたとえたものであろう。当時は朝霞の衣などがあった。或は堂上で焚く所の香の煙をいうという。○こうむらす、おおう。○玉質 白玉の如き肌をいう。


煖客貂鼠裘、悲管逐清瑟。
天子の寵愛を受けて寒さ知らずの貴い人たちは「てん」の毛衣を着て、悲管笛の音はすんだ音をだす錦瑟の音をおい奏でている
媛客 あたたかな人、寒さ知らずの人、君寵をうけ貴い人をいう。○窮鼠裏てんの毛皮のころも。○悲管 かなしそうな音をだすふえ。○あとから節をおってしたごう。〇瑟すんだ音をだす瑟。


勧客駝蹄羮、霜橙圧香橘。
御馳走には「らくだ」の蹄肉を煮たあたたかな料理をすすめ、芳しい蜜柑の上には色づきの良い橙がうず高く積まれている。
勧客 客は賓客。○駝蹄羮 らくだの蹄の肉を煮たあたたかな料理。○霜橙 霜を経ただいだいは色づきがよく、甘みが増す。○一つが他のうえにおいかぶさる、堆積の状をいう。○香橘 芳しい蜜柑。


朱門酒肉臭、路有凍死骨。
このように赤い御門の富貴の者には酒や肉が贅を尽くしてあまったものが腐敗臭をだしているが、そのそばの路傍には凍えて死んでいる人の骨が横たわっているのである。
朱門 富貴の家のあけの門。家の側からは南の門。客が入る際は北に向かってはいることになる。○酒肉臭 臭とはあまりに多くある故、のこって腐敗し、くさいにおいをいだす。○ 人骨。


栄枯咫尺異、惆悵難再述。』
わずか八寸か一尺離れるというだけで豪奢そのものと悲惨な有様がこんなに違っているのである、こんな恨めしい思いというものは繰り返して述べることをしたくないのである。』
栄枯 宮中の豪奢は栄であり、路傍の凍死は枯である。○咫尺 八寸、一尺の距離。○惆悵 うらめしいさま。○再述二度言い


# 7 解説

○押韻  室。質。瑟。橘。骨。述。


 漢の武帝期には現実的に、宮中の宝物はすべて王妃の兄弟親族、衛青や霍去病(漢の武帝の寵臣)といった奸臣の家に移し、栄華を極めたと杜甫は詠っている。それは、漢代の名を借りて、楊貴妃一族の贅沢な生活を指摘しているのである。杜甫は、極貧生活の中で目の当たりにして、人として理不尽なことと批判し、「惆悵して再び述べ難し」といわないことを強調し、云うべきことをクローズアップしている。

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 110 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-#6

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 110 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-#6


彤庭所分帛,本自寒女出。
御所のお庭から臣下へお分ち賜う帛はもともと貧乏な女が織ったものでそこから出たものなのだ。
鞭撻其夫家,聚斂貢城闕。
その女の夫の働きが悪いとして家にむちをあてるようにして、過分に織らせ、それを御城門へ納税、貢物を差し出し収めさせたものだ。
聖人筐篚恩,實欲邦國活。
この唐国の民が活気づくようにとおぼしめされてのことだ。
臣如忽至理。君豈棄此物?
臣下たるものがもしこの国家の最上に治まることについての理由がわからず怠るならすまぬことだ。天子はまさかその品物をお棄てになるおつもりではないだろう。
多士盈朝廷,仁者宜戰栗。』

朝廷には多士多芸の者がたくさんいるが、この事を考えると仁慈の心あるものはみぶるいして畏れおおいといってくれなければならないのだ。』

(下し文)

彤庭(とうてい)にて分(わか)つ所の帛(はく)は、本(も)と寒女(かんじょ)より出ず
其の夫家(ふか)を鞭撻(べんたつ)して、聚斂(しゅうれん)して城闕(じょうけつ)に貢がしむ
聖人  筐篚(きょうひ)の恩、実に邦国(ほうこく)の活(い)きむことを願う
臣  如(も)し至理(しり)を忽(ゆるが)せにせば、君は豈(あ)に此の物を棄(す)つるや
多士(たし)  朝廷に盈(み)つるも、仁者(じんしゃ)は宜(よろ)しく戦慄(せんりつ)すべし




自京赴奉先縣詠懷五百字 #6 現代語訳と訳註 解説

(本文)#6 
彤庭所分帛、本自寒女出。
鞭撻其夫家、聚斂貢城闕。
聖人筐篚恩、実願邦国活。
臣如忽至理、君豈棄此物。
多士盈朝廷、仁者宜戦慄。
  
(下し文)
彤庭(とうてい)にて分(わか)つ所の帛(はく)は、本(も)と寒女(かんじょ)より出ず
其の夫家(ふか)を鞭撻(べんたつ)して、聚斂(しゅうれん)して城闕(じょうけつ)に貢がしむ
聖人  筐篚(きょうひ)の恩、実に邦国(ほうこく)の活(い)きむことを願う
臣  如(も)し至理(しり)を忽(ゆるが)せにせば、君は豈(あ)に此の物を棄(す)つるや
多士(たし)  朝廷に盈(み)つるも、仁者(じんしゃ)は宜(よろ)しく戦慄(せんりつ)すべし
  
(現代語訳)
御所のお庭から臣下へお分ち賜う帛はもともと貧乏な女が織ったものでそこから出たものなのだ。
その女の夫の働きが悪いとして家にむちをあてるようにして、過分に織らせ、それを御城門へ納税、貢物を差し出し収めさせたものだ。
この唐国の民が活気づくようにとおぼしめされてのことだ。
臣下たるものがもしこの国家の最上に治まることについての理由がわからず怠るならすまぬことだ。天子はまさかその品物をお棄てになるおつもりではないだろう。

  
(語訳と訳註)
彤庭所分帛,本自寒女出。

御所のお庭から臣下へお分ち賜う帛はもともと貧乏な女が織ったものでそこから出たものなのだ。
彤庭 聖殿の前の丹を以て飾った庭、天子の庭をいう。〇 分かち賜う。○ きぬ。○寒女 貧しい女。


鞭撻其夫家,聚斂貢城闕。
その女の夫の働きが悪いとして家にむちをあてるようにして、過分に織らせ、それを御城門へ納税、貢物を差し出し収めさせたものだ。
鞭棲むちを以てうつ。○聚斂 あつめ、おさめる。こちらへとりこむこと。○ みつぎものとする。○城闕 天子の城門。○聖人天子をいう。
律令体制の均田制と租庸調。 この中の調は、絹2丈と綿3両または、麻布2丈5尺と麻3斤であった。庸の勞役の代わりに絹綿などに代用献上もできた。


聖人筐篚恩、実願邦国活。
聖天子がそれを竹の籠にいれて御恩寵として賜わるのはこの唐国の民が活気づくようにとおぼしめされてのことだ。
筐篚 竹のかご。それに恩賜の物を盛って臣下に賜わるのである。


臣如忽至理、君豈棄此物。
臣下たるものがもしこの国家の最上に治まることについての理由がわからず怠るならすまぬことだ。天子はまさかその品物をお棄てになるおつもりではないだろう。
○忽怠ることをいう。○至理 理は治に同じ、韋左相二十韻 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 92詩にも「廟堂知至理,風俗盡還淳。」(廟堂(びょうどう)至理を知らば 風俗尽く淳に還らん)の語がある、至治とは天下の治まれることの至極をいう。○棄此物 此の物とは下賜の幣南の類をさす。


多士盈朝廷、仁者宜戦慄
朝廷には多士多芸の者がたくさんいるが、この事を考えると仁慈の心あるものはみぶるいして畏れおおいといってくれなければならないのだ。』
多士 朝廷に人物の多くあることをいうが奸臣が朝廷を握り、天子は楊貴妃のことばかり考えていた時期である。。○仁者民に対し仁愛の心のあるもの。○戦慄 おののきおそれる。
  
(解説)
押韻 出。闕。活。物。栗。


(朝廷で臣下に賜わる「帛」(絹布)など、貧しい家の娘が織ったもので、貢ぎの品として強制的に集めたものー律令体制化の税などについて解説の後部に示す) それを天子が臣下に下賜するのは、民の生活を活気づけようとの考えからなのだと、だから臣下たるものは、このおぼし召しを疎かにしてはならないのだ。臣下の心掛けに批判の目を向け、「仁者は宜しく戦慄すべし」と奸臣に猛省を促している。 


  唐の税制は北周以来の均田制・租庸調制であり、兵制は府兵制である。この両制度は互いが互いに不可欠な制度である。
均田制はまず全国の丁男(労働に耐えうる青年男性)一人につき永業田(その後、永久にその土地を所有することが認められ、子孫に受け継がれる)を20畝、口分田(当人が死亡するか、60歳になるかすると国家に返却する)が80畝支給される。また官職にある者は職分田が与えられる(これは辞職した時に返却する)。その他にも丁男がいない戸、商工業者、僧侶・道士などの特別な戸に対してもそれぞれ支給量が決められている。
そしてこれらの支給に対して、租庸調と呼ばれる税を納める義務を負う。租は粟(穀物)2石、調は絹2丈と綿3両を収める。年間20日の労役の義務があり、それを免れるために収める税を庸と言い、労役一日に対し絹3尺あるいは布3.75尺を収める。


 府兵制はこれらの戸籍に基づいて3年に1度、丁男に対して徴兵の義務を負わせた。
均田制・府兵制の両制度の実施には戸籍が必要不可欠であるが、玄宗期になると窮迫した農民が土地を捨てて逃亡する(逃戸と呼ばれる)事が多くなり、また窮迫した農民から買い取ることにより、土地の兼併が進んだために戸籍を正確に把握することが難しくなった。均田・租庸調制と府兵制は崩壊(749年廃止)し、それに代わる新しい税制・兵制が必要となる。
 新しい兵制は節度使・募兵制である。それまでは労働税として兵役に就かせていたが、節度使制ではその土地の租税を節度使が徴収し、それを基に兵士を雇い入れて国境防備に使うというものである。

  710年に安西節度使(天山山脈南路の防衛)を置いたのを初めとして719年までに10の節度使を設置している。当初はあくまで国境警備のためのものであり、辺境地域にしか置かれていない。しかしこの制度は節度使に過度の権力を持たせることになり、安史の乱の原因となったことは前述した。安史の乱後は内地にも節度使が置かれるようになる。このことで唐は半割拠状態となり、地方の節度使は唐に対する税の貢納は行っていたものの、徐々に自立色を深めていき、最終的には節度使により唐は滅ぼされることになる。
780年に施行された新しい税制は、それまで貧乏・富裕関らずに均等な額の税を徴収していたのを財産に応じた額に改めたものである。夏(6月)と秋(11月)の年2回徴収するので、両税法と呼ばれる。ただし夏に収めるものは麦であり、秋に収めるものは粟と稲である。税額は一定しておらず、まずその年に使われる年間予算を計算し、それに併せて税額を各地に割り当てるというものである。

  かつて安禄山軍から投降した3人の武将に授けた節度使職を元とする成徳軍・盧竜軍・天雄軍の3つの節度使は特に独立傾向が強く、節度使の地位を世襲化し、中央に納めるべき税を納めなかった。この3つを河朔三鎮と呼んでいる。

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 109 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-#5

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 109 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-#5


#5 
蚩尤塞寒空、蹴踏崖谷滑。
底冷えのする寒空には先行き不安をつげるような蛍尤の旗雲が塞いでいる、山路をふみゆくと崖や谷の路が氷結してすべりそうだ。
瑤池気鬱律、羽林相摩戛、
温泉のあたりは湯気がたてこめていて、羽林軍のたてならべている儀仗の武器や道具の器がからからすれおうて音をたてている。
君臣留懽娯、楽動殷膠嵑。
天子とその従臣とがここに逗留して娯楽に興じているので、山山石高険なところに音楽を奏する音が殿々とひびきわたって帰ってくる。
賜浴皆長纓、与宴非短褐。
我が君から浴みを賜わるものは皆長い樫を垂れた貴い位の人々であるし、御宴に加わるものは短裾を著た貧乏人ではない。』



自京赴奉先縣詠懷五百字 #5 現代語訳と訳註 解説

(本文)
蚩尤塞寒空、蹴踏崖谷滑。
瑤池気鬱律、羽林相摩戛、
君臣留懽娯、楽動殷膠嵑。
賜浴皆長纓、与宴非短褐。』

(下し文)
蚩尤(しゆう)は寒空(かんくう)に塞(ふさ)がり、崖谷(がいこく)の滑かなるに蹴踏(しゅくとう)す。
瑤池(ようち)に気は鬱律(うつりつ)として、羽林(うりん)は相い摩戛(まかつ)す。
君臣  留(とど)まりて懽娯(かんご)し、楽(がく)は動きて膠嵑(こうかつ)に殷(いん)たり。
浴(よく)を賜わるは皆(み)な長纓(ちょうえい)、宴(えん)に与(あず)かるは短褐(たんかつ)に非ず。
  
(現代語訳)
底冷えのする寒空には先行き不安をつげるような蛍尤の旗雲が塞いでいる、山路をふみゆくと崖や谷の路が氷結してすべりそうだ。
温泉のあたりは湯気がたてこめていて、羽林軍のたてならべている儀仗の武器や道具の器がからからすれおうて音をたてている。
天子とその従臣とがここに逗留して娯楽に興じているので、山山石高険なところに音楽を奏する音が殿々とひびきわたって帰ってくる。
我が君から浴みを賜わるものは皆長い樫を垂れた貴い位の人々であるし、御宴に加わるものは短裾を著た貧乏人ではない。』


(語訳と訳註)

蚩尤塞寒空、蹴踏崖谷滑。
底冷えのする寒空には先行き不安をつげるような蛍尤の旗雲が塞いでいる、山路をふみゆくと崖や谷の路が氷結してすべりそうだ。
蚩尤 蚩尤は古王の名、後に星の名、旗雲の名となる、ここは旗雲をいう。この雲は兵乱など先行き不安をつげるような雲である。○蹴踏 山路をふみゆく。

瑤池気鬱律、羽林相摩戛、
温泉のあたりは湯気がたてこめていて、羽林軍のたてならべている儀仗の武器や道具の器がからからすれおうて音をたてている。
瑤池、崑崙山頂、西王母の居る池をさすが、ここは驪山の温泉をさしていう。○ 温泉の気をいう。○鬱律 気のふさがるさま。○羽林 羽林軍をいう。参軍(羽林軍、龍武軍、神策軍)のこと。○摩戛 すれあってからからと昔がする。これは衛卒のいる所の旗竿儀仗など武器や道具の器がからからすれおうて音をたてていること。


君臣留懽娯、楽動殷膠嵑。
天子とその従臣とがここに逗留して娯楽に興じているので、山山石高険なところに音楽を奏する音が殿々とひびきわたって帰ってくる。
君臣 玄宗及びその庖従の臣。○ 音楽。○ とどろく声をいう。○膠嵑 山石高険なさま。


賜浴皆長纓、与宴非短褐。』
我が君から浴みを賜わるものは皆長い樫を垂れた貴い位の人々であるし、御宴に加わるものは短裾を著た貧乏人ではない。』
賜浴 浴をたまわる人々をいう、華清宮には浴槽が数十か所あって従臣に浴を賜わった。○長纓 ながい冠のひも、顕貴の人々をさす。○与宴 与はそれにくわわることをいう。○短褐 みじかい粗末な毛おりもの、かかる服をきた賤人をいう。



(解説)
 長安を出発して㶚陵橋須過ぎてしばらく行くと、右側(南)に驪山の華清宮が山の高い所にある。宮殿のまわりに、兵士たちが護衛に立ち、温泉からは湯気が立ちのぼっている。天子や高官たちは楽しみに耽っているけれども、入浴できるのは高位の者だけで、位の低い者は宴席にも関係ない。
 朝廷で臣下に賜わる「帛」(絹布)など、もともとは貧しい家の娘が織ったもので、貢ぎの品として税として、強制的に集めたものだと詠っているのである。

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 108 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-4

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 108 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-4


自京赴奉先縣詠懷五百字 #4


#4 
歳暮百草零、疾風高岡裂。
今は歳が暮れてきて冬になった。すべてのの草が零落した、強い木枯らしが吹きつけて、高い岡地は張り裂けんばかりである。
天衢陰崢嶸、客子中夜発。
大空の天路はどんより曇っていて暗い厚い雲がおおっている。こんな日の夜中になって旅客として長安を出発した。
霜厳衣帯断、指直不能結。
霜はきびしく衣の帯が凍って千切れるほどである、しかし自分の指は寒くて棒のようになってそれを結ぶことができないのだ。
淩晨過驪山、御榻在帶臬。』
日の出かかる頃に驪山を過ぎようとしている、いまはこの山の高いところに我が君の御椅子が設けられてある。』


歳(とし)暮れて百草(ひゃくそう)零(お)ち、疾風に高岡(こうこう)裂く。
天衢(てんく)  陰として崢嶸(そうこう)たり、客子(かくし)  中夜(ちゅうや)に発す。
霜は厳しくして衣帯(いたい)断(た)え、指は直(ちょく)にして結ぶ能(あた)わず。
晨(あした)を凌(しの)いで驪山(りざん)を過ぐれば、御榻(ぎょとう)は帶臬(てつげつ)に在り。


自京赴奉先縣詠懷五百字 #4 現代語訳と訳註 解説

(本文)#4 
歳暮百草零、疾風高岡裂。
天衢陰崢嶸、客子中夜発。
霜厳衣帯断、指直不能結。
淩晨過驪山、御榻在帶臬。

(下し文)
歳(とし)暮れて百草(ひゃくそう)零(お)ち、疾風に高岡(こうこう)裂く。
天衢(てんく)  陰として崢嶸(そうこう)たり、客子(かくし)  中夜(ちゅうや)に発す。
霜は厳しくして衣帯(いたい)断(た)え、指は直(ちょく)にして結ぶ能(あた)わず。
晨(あした)を凌(しの)いで驪山(りざん)を過ぐれば、御榻(ぎょとう)は帶臬(てつげつ)に在り。

(現代語訳)
今は歳が暮れてきて冬になった。すべてのの草が零落した、強い木枯らしが吹きつけて、高い岡地は張り裂けんばかりである。
大空の天路はどんより曇っていて暗い厚い雲がおおっている。こんな日の夜中になって旅客として長安を出発した。
霜はきびしく衣の帯が凍って千切れるほどである、しかし自分の指は寒くて棒のようになってそれを結ぶことができないのだ。


(語訳と訳註)

歳暮百草零、疾風高岡裂。
今は歳が暮れてきて冬になった。すべてのの草が零落した、強い木枯らしが吹きつけて、高い岡地は張り裂けんばかりである。
百草 すべての草。○ 零落。


天衢陰崢嶸、客子中夜発。
大空の天路はどんより曇っていて暗い厚い雲がおおっている。こんな日の夜中になって旅客として長安を出発した。
天衛 そらのみち、気のゆきかよう処、天上をいう。〇時嘆 陰気のたかくそびえるさま。○客子 たびびと、杜甫自身のこと。○中夜 よなか。○ 出発。


霜厳衣帯断、指直不能結。
霜はきびしく衣の帯が凍って千切れるほどである、しかし自分の指は寒くて棒のようになってそれを結ぶことができないのだ
持直 ゆびが棒のようになる。○ 衣帯をむすぶこと。


淩晨過驪山、御榻在帶臬。
日の出かかる頃に驪山を過ぎようとしている、いまはこの山の高いところに我が君の御椅子が設けられてある。』
凌晨 日出の頃をおかして。○驪山 長安の東臨潼県にある山の名、山下に温泉があり、玄宗の離宮である華清宮挙措宮はここにある。
杜甫乱前後の図002奉先

御榻 おんいす。○帶臬 山の高いさま。玄宗は大抵毎年十月離宮に行幸したが、此の時も楊貴妃と滞在中であった。
 
 
(解説)

杜甫は長安の朝のひとごみを避け真夜中に都を出た。初冬の暗い中馬車を進めている。寒さは厳しく、帯がほどけても指がかじかんで結ぶことができないのだ。やがて夜が明けになり、驪山の麓(長安から二十数km)にさしかった。ここには皇帝の離宮華清宮(楊貴妃と過ごすようになって名称をこれに変えた。それまでは、温泉宮。りはく「」)が築かれていて、山の険しいところに玉座のある宮殿が建っているのが見える。参照、李白朝廷翰林院の時、三首がある。

侍従遊宿温泉宮作 

駕去温泉宮後贈楊山人 

溫泉侍從歸逢故人 


プロフィール

紀 頌之

Twitter プロフィール
記事検索
最新記事(画像付)
最新記事
記事検索
カテゴリ別アーカイブ
タグクラウド
QRコード
QRコード
記事検索
  • ライブドアブログ