杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

2013年04月

敬簡王明府 五言律詩 成都5-(18) 杜甫 <467>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2300 杜甫詩1000-467-654/1500

杜甫《敬簡王明府》五言律詩 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(18)) 

あなたはきっと見るであろう、高くすぐれた道義を持っている隠れた人材のあなたが登用されるということを。唐の朝廷がそうしないなら万人の中で恥を与えられることとなるというものだ。


2013年4月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#8 宋玉  <00-#34>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 663 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2299
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Ⅲ杜甫詩1000詩集敬簡王明府 五言律詩 成都5-(18) 杜甫 <467>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2300 杜甫詩1000-467-654/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集歳暮 謝霊運(康楽)<60> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2301 (04/30)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性詠八十一顆 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-151-23-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2302
 
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

敬簡王明府 五言律詩 成都5-(18) 杜甫 <467>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2300 杜甫詩1000-467-654/1500


詩 題:敬簡王明府五言律詩 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(18)) 卷二二六
作時761年7・8月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の467首目-場面5-(18)
杜甫ブログ1500回予定の-654回目   40753



敬簡王明府
(敬しく王明府に簡す。)
初夏001葉縣郎官宰,周南太史公。
かつて都畿道 汝州葉縣の郎官の長であった。それから天下の南部分において勝手の司馬遷のような文官である。
神仙才有數,流落意無窮。
神通力をもつ仙人のような人でその持っている能力は有数なものである。現在、不遇をかこって落ちぶててはいるが、その意志や発想表現について無限の広がりを持っている
驥病思偏秣,鷹愁怕苦籠。
今のあなたは、千里を走る馬が病気になるのは偏った飼料を与えられているからであるように思考されるし、鷹の悩みというべきは、苦痛でしかない籠の中にいる恐ろしさの中に有るようなものである。
看君用高義,恥與萬人同。

あなたはきっと見るであろう、高くすぐれた道義を持っている隠れた人材のあなたが登用されるということを。唐の朝廷がそうしないなら万人の中で恥を与えられることとなるというものだ。

(敬【うやうや】しく王明府に簡す)
葉縣【ようけん】郎官の宰,周南の太史公。
神仙にして才は有數なり,流落しても意は窮み無し。
驥病【きびょう】するは偏秣【へんまつ】を思い,鷹愁【おうしゅう】苦籠【くろう】に怕【おそ】る。
君を看るは高義【こうぎ】を用い,恥與【ちよ】するは萬人に同じゅうする。


『敬簡王明府』 現代語訳と訳註
(本文)
葉縣郎官宰,周南太史公。
神仙才有數,流落意無窮。
驥病思偏秣,鷹愁怕苦籠。
看君用高義,恥與萬人同。


(下し文)
(敬【うやうや】しく王明府に簡す)
葉縣【ようけん】郎官の宰,周南の太史公。
神仙にして才は有數なり,流落しても意は窮み無し。
驥病【きびょう】するは偏秣【へんまつ】を思い,鷹愁【おうしゅう】苦籠【くろう】に怕【おそ】る。
君を看るは高義【こうぎ】を用い,恥與【ちよ】するは萬人に同じゅうする。


(現代語訳)
(敬しく王明府に簡す。)
かつて都畿道 汝州葉縣の郎官の長であった。それから天下の南部分において勝手の司馬遷のような文官である。
神通力をもつ仙人のような人でその持っている能力は有数なものである。現在、不遇をかこって落ちぶててはいるが、その意志や発想表現について無限の広がりを持っている
今のあなたは、千里を走る馬が病気になるのは偏った飼料を与えられているからであるように思考されるし、鷹の悩みというべきは、苦痛でしかない籠の中にいる恐ろしさの中に有るようなものである。
あなたはきっと見るであろう、高くすぐれた道義を持っている隠れた人材のあなたが登用されるということを。唐の朝廷がそうしないなら万人の中で恥を与えられることとなるというものだ。


(訳注)
敬簡王明府

敬しく王明府に簡す。
・簡 書簡する。てがみ。
・王明府 唐興の明府。劍南道北部 遂州 唐興(fg-2・3)成都の東180kmにある。・明府 漢の時代の県令の尊成都遂州00称であった。明府は県令、少府は県尉のこと、親族が同じ県の長と次長をしていたことになるのである。陶淵明や友人の高適が県令職を辞したことをのべるブログ。官定後戲贈 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 100『蕭八明府實處覓桃栽』「奉乞桃栽一百根,春前為送浣花村。河陽縣裡雖無數,濯錦江邊未滿園。」

成都(1)浣花渓の草堂(4) 蕭八明府實處覓桃栽 杜甫 <355  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1735 杜甫詩 700- 533


『從韋二明府續處覓綿竹三數叢』「華軒藹藹他年到,綿竹亭亭出縣高。江上舍前無此物,幸分蒼翠拂波濤。」
成都(1)浣花渓の草堂(5) 從韋二明府續處覓綿竹 杜甫 <356  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1739 杜甫詩 700- 534
『北鄰』「明府豈辭滿,藏身方告勞。青錢買野竹,白幘岸江皋。愛酒晉山簡,能詩何水曹。時來訪老疾,步屧到蓬蒿。 」

北鄰 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -3)  <385  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1867 杜甫詩1000-385-566/1500

従侄(従兄弟の子)杜済の人脈を通じて杜甫は、成都においての付き合いを広げている。数年前まで左拾遺というキャリアは大きいものがあった。


葉縣郎官宰,周南太史公。
かつて都畿道 汝州葉縣の郎官の長であった。それから天下の南部分において勝手の司馬遷のような文官である。
・葉縣 洛陽の南南東70kmのある都畿道 汝州葉縣のこと。
・郎官 洛陽が唐とであることで特別区の扱いで職官の爵位をもつ。
・宰 ①切って料理する。料理人。②つかさどる。取り仕切る。「宰領/主宰」 ③ つかさ。長。
・周南 中原と関中を中心として唐王朝の領域の南側の部分を云う。
・太史 古代中国の官名。天文・暦法、また、国の法規や宮廷内の諸記録のことなどをつかさどった史官および暦官の長。たいしこう【太史公】⇒司馬遷(しばせん) 周代の記録係である司馬氏の子孫で、太史令の司馬談を父に持つ]。太初暦の制定や、通史『史記』の執筆などの業績がある。


神仙才有數,流落意無窮。
神通力をもつ仙人のような人でその持っている能力は有数なものである。現在、不遇をかこって落ちぶててはいるが、その意志や発想表現について無限の広がりを持っている。
・神仙 不老不死で、神通力をもつ人。仙人。
・才 能力を備えている。お世辞の様なもの。
・流落 人生において不遇をかこっていること。
・意無窮 意志、発想、想像力、表現力において無限の広がりを持っている。


驥病思偏秣,鷹愁怕苦籠。
今のあなたは、千里を走る馬が病気になるのは偏った飼料を与えられているからであるように思考されるし、鷹の悩みというべきは、苦痛でしかない籠の中にいる恐ろしさの中に有るようなものである。
・驥病 千里を走る馬が病気になる。王明府の現在のことを謂う。
・偏秣 秣(まぐさ)とは馬や牛の飼料とする草。
・鷹愁 鷹の悩みということ。王明府の現在のことを謂う。
・苦籠 苦痛でしかない籠の中。


看君用高義,恥與萬人同。
あなたはきっと見るであろう、高くすぐれた道義を持っている隠れた人材のあなたが登用されるということを。唐の朝廷がそうしないなら万人の中で恥を与えられることとなるというものだ。
・高義 高くすぐれた道義。高徳。高士:高い仁徳を持つもの。1 志が高くりっぱな人格を備えた人物。人格高潔な人。「―世に容(い)れられず」 2 世俗を離れて生活している高潔な人物。隠君子

逢唐興劉主簿弟 成都5-(17) 杜甫 <466>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2295 杜甫詩1000-466-653/1500

杜甫 《逢唐興劉主簿弟》 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(17)) 
この方とは開元末に別れてから、ずっと音信不通であった。
その頃は黄河下流域や淮河流域、長江の下流域の大江や山を互いに見たものだった。今その地は安史軍の支配下で安心して住むことのできないところである。


2013年4月29日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅲ杜甫詩1000詩集逢唐興劉主簿弟 成都5-(17) 杜甫 <466>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2295 杜甫詩1000-466-653/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
逢唐興劉主簿弟  成都5-(17) 杜甫 <466>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2295 杜甫詩1000-466-653/1500

詩 題:逢唐興劉主簿弟 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(17)) 
作時761年9月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の466首目-場面5-(17)
杜甫ブログ1500回予定の-653回目   40752
五言律詩 卷二二六


逢唐興劉主簿弟
(劍南道北部)遂州、唐興の弟ぶんである劉主簿に逢う。
分手開元末,連年絕尺書。
この方とは開元末に別れてから、ずっと音信不通であった。
江山且相見,戎馬未安居。
その頃は黄河下流域や淮河流域、長江の下流域の大江や山を互いに見たものだった。今その地は安史軍の支配下で安心して住むことのできないところである。
劍外官人冷,關中驛騎疏。
剣門を越えて吐蕃国境辺りでは季節も寒くなり官の人たちも冷えている。都の関中はというと駅伝が難しく、馬さえも少なくなってしまったという。
扁舟下吳會,主簿意何如?

木の葉のような小さな船で呉越、会稽の方に長江を下って行かれる長い旅である。劉主簿はその懐かしい地方に向かうのに、どのような心境でおられるのであろうか。

(唐興の劉主簿弟に逢う)
分手しは開元の末なり,連年 尺書を絕つ。
江山 且て相い見る,戎馬 未だ居を安んぜず。
劍外 官人の冷,關中 驛騎の疏。
扁舟 吳會に下り,主簿 意 何如ん?



『逢唐興劉主簿弟』 現代語訳と訳註
(本文)
逢唐興劉主簿弟
分手開元末,連年絕尺書。
江山且相見,戎馬未安居。
劍外官人冷,關中驛騎疏。
扁舟下吳會,主簿意何如?


(下し文)
唐興の劉主簿弟に逢う
分手しは開元の末なり,連年 尺書を絕つ。
江山 且て相い見る,戎馬 未だ居を安んぜず。
劍外 官人の冷,關中 驛騎の疏。
扁舟 吳會に下り,主簿 意 何如ん?


(現代語訳)
(劍南道北部)遂州、唐興の弟ぶんである劉主簿に逢う。
この方とは開元末に別れてから、ずっと音信不通であった。
その頃は黄河下流域や淮河流域、長江の下流域の大江や山を互いに見たものだった。今その地は安史軍の支配下で安心して住むことのできないところである。
剣門を越えて吐蕃国境辺りでは季節も寒くなり官の人たちも冷えている。都の関中はというと駅伝が難しく、馬さえも少なくなってしまったという。
木の葉のような小さな船で呉越、会稽の方に長江を下って行かれる長い旅である。劉主簿はその懐かしい地方に向かうのに、どのような心境でおられるのであろうか。


(訳注)
逢唐興劉主簿弟

 (劍南道北部)遂州、唐興の弟ぶんである劉主簿に逢う。
・唐興 劍南道北部 遂州 唐興下地図fg-2・3)
・劉主簿弟 呉越、斉趙に遊んでいたころの知人であろう。開元末に別れているから、李白と旅をした時より以前の知人ということになる。洛陽での幼馴染というところか。

成都遂州00












分手開元末,連年絕尺書。
この方とは開元末に別れてから、ずっと音信不通であった。
・分手 袂を分かつ。人と別れること。
・開元末 開元(713~741) 杜甫2歳から30歳まで(洛陽)20~30歳はほとんど呉越、斉趙に遊んでいた。
・連年 音信不通の期間を云う。
・尺書 手紙。


江山且相見,戎馬未安居。
その頃は黄河下流域や淮河流域、長江の下流域の大江や山を互いに見たものだった。今その地は安史軍の支配下で安心して住むことのできないところである。
・江山 20年以上前に一緒に見て歩いた香が、淮河、長江、泰山、天台山、黄山などを云う。
・相見 互いに見て歩く。ここは尾聯の「吳會」についてそれぞれにとって懐かしいという思いを込めての表現である。
・戎馬 ここは宣城を意味する、安史軍支配地域が衰えていないことで戦争状態が続いていることをいう。
・安居 蜀州から遂州に向かう途中にある縣。ただここっでは戎馬によって安住の地がないという意味。


劍外官人冷,關中驛騎疏。
剣門を越えて吐蕃国境辺りでは季節も寒くなり官の人たちも冷えている。都の関中はというと駅伝が難しく、馬さえも少なくなってしまったという。
・劍外 杜甫『恨別』
洛城一別四千裡,胡騎長驅五六年。
草木變衰行劍外,兵戈阻絕老江邊。
思家步月清宵立,憶弟看雲白日眠。
聞道河陽近乘勝,司徒急為破幽燕。
・官人 剣南道は吐蕃の脅威に怯えている。安史軍に怯えて旅をしないため寂しくなった関中の駅伝の馬と対語である。
・冷 季節的に寒いということと平穏な民間人に比較して官人は吐蕃国境であるため冷たい思いをしている。
・關中 函谷関の西側の地域を指す。現在の中国陝西省渭水盆地(同・渭河平原)の西安を中心とした一帯である。春秋戦国時代の秦の領地であり、その後の前漢や唐もこの地に首都を置いた。
・驛騎 宿場の馬。駅伝。
・疏 駅伝がうとくなる。冷と対語。


扁舟下吳會,主簿意何如?
木の葉のような小さな船で呉越、会稽の方に長江を下って行かれる長い旅である。劉主簿はその懐かしい地方に向かうのに、どのような心境でおられるのであろうか。
・扁舟 長江という大河の中に浮ぶ船という意味で、多くの詩人が呉越を詠う場合に長江大きさと旅人の小ささを描く際に使う。。
杜甫『夜宴左氏荘』「詩罷聞呉詠、扁舟意不忘。」(宴席で詩を作って読み上げおわると、江南の音調でこの詩を詠う者がいた、その音調を聞いたら自分が小船で呉越に遊歴した当時のことを思い出されて忘れることはない。)○詩罷 席上で、詩をつくりおわること。○呉詠 呉は今の江蘇省地方、呉詠とは江南の音調で詩をうたうこと。○扁舟 小さくひらべたい舟。これは開元十九年、作者が年二十歳にして、呉越に遊んだことを憶いおこした
夜宴左氏荘 杜甫

『送裴二虬尉永嘉』「扁舟吾已僦,把釣待秋風。

送裴二虬尉永嘉  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 78

・下 長江の下流に向かって下っていく。
・吳會 呉越地方の謂い廻しで呉と会稽ということでおなじちほうをいみしている。
・主簿 劉主簿のこと。
・意 劉主簿の心情。
・何如 思いはいかん。
(1) どのようであるか,どうか。你来做一下,何如?君がやるというのはどうだね。
(2) どんな 何如人どんな人.
(3)…するほうがよいではないか。与其你来,何如我去君が来るより私がそちらに行くほうがよいのでは。

茅屋為秋風所破歌 成都5-(12-3) 杜甫 <465-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2290 杜甫詩1000-465-#3-652/1500

杜甫 七言歌行《茅屋為秋風所破歌》
夏になって、ふたたび、蜀州新津から青城縣を訪れ 秋になって浣花渓草堂に帰宅して間もなく、暴風雨に襲われている。

2013年4月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩上責躬應詔詩表 魏詩<74-#2>文選 上 献詩 748 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2288
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#6 宋玉  <00-#32>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 661 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2289
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集茅屋為秋風所破歌 成都5-(12-3) 杜甫 <465-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2290 杜甫詩1000-465-#3-652/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集於安城答靈運 謝宣遠(謝瞻)<58> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2291 (04/28)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬人雨後玩竹 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-149-21-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2292
 
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

茅屋為秋風所破歌  成都5-(12-3) 杜甫 <465-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2290 杜甫詩1000-465-#3-652/1500


 
詩 題:茅屋為秋風所破歌 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(12-3)) 
作時761年7・8月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の465-#3首目-場面5-(12-3)
杜甫ブログ1500回予定の-652回目   40751


杜甫草堂柴門04茅屋為秋風所破歌
・上元2年 761年3月、大燕皇帝を称した史思明は息子の史朝義に殺される。攻撃のチャンスなのに、王朝側も体制が整わず、とうばつできない状態である。
・同年の4月、梓州:四川省三台県)の刺史段子璋が叛乱、剣南東川節度使を追い払って独立宣言をする。剣南西川節度使・成都尹の崔光遠は武将の花敬定を討伐に差し向け、段子璋の叛乱を鎮める。
・同年の6月、その花敬定が現地で略奪を働き、東川地域は乱れる。
・この間、杜甫は年の初めに新津で遊び(成都3部)、春は浣花渓で過ごし、多くの律詩を残している。又杜甫には珍しい絶句シリーズを始めた(成都4部)。
夏になって、ふたたび、蜀州新津から青城縣を訪れ 秋になって浣花渓草堂に帰宅して間もなく、暴風雨に襲われている。


七言歌行《茅屋為秋風所破歌》#1
八月秋高風怒號,卷我屋上三重茅。
陰暦八月、秋も深まり、空の高いところから風が怒りさけぶ、草堂の屋根の三重ぶきの茅を巻き込み、吹き荒れる。
茅飛渡江灑江郊,高者掛罥長林梢,下者飄轉沉塘坳。
その茅は飛ばされて濯錦江を越えて江沿いの野原に雨のように降りそそぎ、そして、高い所にも飛び、それは高い林の長いこずえにひっかかったりしている。
ひくいところでひるがえり地面をころがって池の窪みに沈む。

南村群童欺我老無力,忍能對面為盜賊。
南の村のこどもらは自分が年よってカの無いのをばかにされているとしか思えない。それは耐え難いことで面とむかってどろぼうをはたらかれることなのだ。
#2
公然抱茅入竹去,唇焦口燥呼不得,歸來倚仗自嘆息。
おおっぴらにその茅を抱え込んで竹林に逃げ込んでいく。こちらはいくら叫んでも唇はこげるほど、口はかわいて、もはや叫ぶことはできない。それでしかたなく戻ってきて杖に寄りかかってためいきつくばかりである。
俄頃風定雲墨色,秋天漠漠向昏黑。
やがて風はしずまり、雲は厚くすみ色となる。秋の天はぼうっとして暮れかかっている。
布衾多年冷似鐵,驕兒惡臥踏裡裂。
自分は寝具の布のかいまきをもっていて、長年それをつかっているが、それが鉄のように冷たい。その上、やんちゃなこども達が寝るのも行儀悪くそれを踏んでひきさいてしまう。
床床屋漏無幹處,雨腳如麻未斷絕。
ねだいのほとりは屋根からの雨漏りにあって、かわいたところがない。それに雨あしはずっと麻のように降り頻ってたえることがない。
#3
自經喪亂少睡眠、長夜沾濕何由徹?
私自身、喪乱以来、熟睡することがすくないのである。こんな風雨によるしめりをうけては、どうやって秋の長夜のこの期間を通して過ごすことができようか。』
安得廣廈千萬間、大庇天下寒士俱歡顏、風雨不動安如山?
どうしたら千万間もあるひろいやねの家を得られるのか、そして、天下の貧乏に瀕しているものをそれでおおい、みんなが嬉しい顔ができるようにするか、そして、これほどの風雨があっても安泰である山のようであることができるのであることができるのだろうか。
嗚呼!
ああ
眼前何時突兀見此屋、吾廬獨破受凍死亦足!

いつの日にか、眼前にたかくある「不動安如山」のような家を見ることができるであろうか。それを見ることができさえしたら、自分のいおりがうちこわされてこごえ死ぬようなきょうぐうになろうとも満足するのである。』

(茅屋、秋風の破る所と為る歌)
八月  秋高くして風は怒号【どごう】し、我が屋上の三重【さんちょう】の茅【かや】を巻く。
茅は飛んで江を度【わた】り  江郊【こうこう】に灑【そそ】ぎ、高き者は長林の梢に掛罥【かいけん】し、下【ひく】き者は飄転【ひょうてん】して塘坳(とうおう)に沈む。
南村の群童 我が老いて力無きを欺【あなど】り、忍んで能【よ】く対面して盗賊を為(な)し。

公然  茅を抱きて竹に入りて去り、脣焦し  口は燥【かわ】き  呼べども得ず、帰り来たり  杖に倚(よ)って自【おのずか】ら嘆息す。
俄頃【がけい】 風定まって雲は墨色【ぼくしょく】、秋天【しゅうてん】 漠漠として昏黒【こんこく】に向かう。
布衾【ふきん】 多年  冷やかなること鉄に似たり、驕児【きょうじ】 悪臥【あくが】して裏を踏んで裂く。
牀頭【しょうとう】  屋【おく】漏りて乾処【かんしょ】無く、雨脚【うきゃく】 麻の如くにして未だ断絶せず。

喪乱を経て自【よ】り睡眠少なく、長夜 沾湿【てんしつ】 何に由ってか徹せん。
安【いずく】にか広廈【こうか】の千万間【せんばんげん】なるを得て、大いに天下の寒士を庇【おお】いて 倶に顔【かんばせ】を歓ばしめ、風雨にも動かず  安らかなること山の如くなるを。
嗚呼!
眼前 何の時にか突兀として此の屋を見ん、吾が廬【ろ】は独り破れて凍【とう】を受け  死すとも亦た足れり。



七言歌行『茅屋為秋風所破歌』 #1現代語訳と訳註
(本文)
#3
自經喪亂少睡眠、長夜沾濕何由徹?
安得廣廈千萬間、大庇天下寒士俱歡顏、風雨不動安如山?嗚呼!
眼前何時突兀見此屋、吾廬獨破受凍死亦足!


(下し文)
喪乱を経て自【よ】り睡眠少なく、長夜 沾湿【てんしつ】 何に由ってか徹せん。
安【いずく】にか広廈【こうか】の千万間【せんばんげん】なるを得て、大いに天下の寒士を庇【おお】いて 倶に顔【かんばせ】を歓ばしめ、風雨にも動かず  安らかなること山の如くなるを。
嗚呼!
眼前 何の時にか突兀として此の屋を見ん、吾が廬【ろ】は独り破れて凍【とう】を受け  死すとも亦た足れり。


(現代語訳)
私自身、喪乱以来、熟睡することがすくないのである。こんな風雨によるしめりをうけては、どうやって秋の長夜のこの期間を通して過ごすことができようか。』
どうしたら千万間もあるひろいやねの家を得られるのか、そして、天下の貧乏に瀕しているものをそれでおおい、みんなが嬉しい顔ができるようにするか、そして、これほどの風雨があっても安泰である山のようであることができるのであることができるのだろうか。
ああ
いつの日にか、眼前にたかくある「不動安如山」のような家を見ることができるであろうか。それを見ることができさえしたら、自分のいおりがうちこわされてこごえ死ぬようなきょうぐうになろうとも満足するのである。』


(訳注)#3
自經喪亂少睡眠、長夜沾濕何由徹?
私自身、喪乱以来、熟睡することがすくないのである。こんな風雨によるしめりをうけては、どうやって秋の長夜のこの期間を通して過ごすことができようか。』
○喪亂 入の死ぬること、世のみだれること。
○長夜 よなが。
○清湿 うるおう。
○徹 長夜へかかる辞、徹は通に同じ、徹二長夜】とは夜をひとぽんとおしてすごすことり


安得廣廈千萬間、大庇天下寒士俱歡顏、風雨不動安如山?
どうしたら千万間もあるひろいやねの家を得られるのか、そして、天下の貧乏に瀕しているものをそれでおおい、みんなが嬉しい顔ができるようにするか、そして、これほどの風雨があっても安泰である山のようであることができるのであることができるのだろうか。
○安得 希望の辞、安如山までかかる。
○広屠 ひろい大屋根。
〇千万間 千聞方間のひろさ、間とは柱と柱とのあいだをいう。
○寒士 凍寒にあっている貧乏もの。


嗚呼!
ああ


眼前何時突兀見此屋、吾廬獨破受凍死亦足!
いつの日にか、眼前にたかくある「不動安如山」のような家を見ることができるであろうか。それを見ることができさえしたら、自分のいおりがうちこわされてこごえ死ぬようなきょうぐうになろうとも満足するのである。』
○突冗 たかくそびえるさま。
○此屋 千万間の広度をさす。

茅屋為秋風所破歌 成都5-(12-2) 杜甫 <465-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2285 杜甫詩1000-465-#2-651/1500

杜甫 《茅屋為秋風所破歌》 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(12-2)) 
おおっぴらにその茅を抱え込んで竹林に逃げ込んでいく。こちらはいくら叫んでも唇はこげるほど、口はかわいて、もはや叫ぶことはできない。それでしかたなく戻ってきて杖に寄りかかってためいきつくばかりである。

2013年4月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩上責躬應詔詩表  曹植 魏詩<74>文選 上 献詩 747 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2283
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#5 宋玉  <00-#31>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 660 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2284
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Ⅲ杜甫詩1000詩集茅屋為秋風所破歌 成都5-(12-2) 杜甫 <465-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2285 杜甫詩1000-465-#2-651/1500
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

茅屋為秋風所破歌  成都5-(12-2) 杜甫 <465-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2285 杜甫詩1000-465-#2-651/1500



詩 題:茅屋為秋風所破歌 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(12-2)) 
作時761年7・8月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の465-#2首目-場面5-(12-2)
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七言歌行《茅屋為秋風所破歌》#1
八月秋高風怒號,卷我屋上三重茅。
陰暦八月、秋も深まり、空の高いところから風が怒りさけぶ、草堂の屋根の三重ぶきの茅を巻き込み、吹き荒れる。
茅飛渡江灑江郊,高者掛罥長林梢,下者飄轉沉塘坳。
その茅は飛ばされて濯錦江を越えて江沿いの野原に雨のように降りそそぎ、そして、高い所にも飛び、それは高い林の長いこずえにひっかかったりしている。
ひくいところでひるがえり地面をころがって池の窪みに沈む。
南村群童欺我老無力,忍能對面為盜賊。
南の村のこどもらは自分が年よってカの無いのをばかにされているとしか思えない。それは耐え難いことで面とむかってどろばうをはたらかれることなのだ。

#2
公然抱茅入竹去,唇焦口燥呼不得,歸來倚仗自嘆息。
おおっぴらにその茅を抱え込んで竹林に逃げ込んでいく。こちらはいくら叫んでも唇はこげるほど、口はかわいて、もはや叫ぶことはできない。それでしかたなく戻ってきて杖に寄りかかってためいきつくばかりである。
杜甫草堂柴門06俄頃風定雲墨色,秋天漠漠向昏黑。
やがて風はしずまり、雲は厚くすみ色となる。秋の天はぼうっとして暮れかかっている。
布衾多年冷似鐵,驕兒惡臥踏裡裂。
自分は寝具の布のかいまきをもっていて、長年それをつかっているが、それが鉄のように冷たい。その上、やんちゃなこども達が寝るのも行儀悪くそれを踏んでひきさいてしまう。
床床屋漏無幹處,雨腳如麻未斷絕。
ねだいのほとりは屋根からの雨漏りにあって、かわいたところがない。それに雨あしはずっと麻のように降り頻ってたえることがない。
#3
自經喪亂少睡眠、長夜沾濕何由徹?
安得廣廈千萬間、大庇天下寒士俱歡顏、風雨不動安如山?嗚呼!
眼前何時突兀見此屋、吾廬獨破受凍死亦足!


(茅屋、秋風の破る所と為る歌)

八月  秋高くして風は怒号【どごう】し、我が屋上の三重【さんちょう】の茅【かや】を巻く。
茅は飛んで江を度【わた】り  江郊【こうこう】に灑【そそ】ぎ、高き者は長林の梢に掛罥【かいけん】し、下【ひく】き者は飄転【ひょうてん】して塘坳(とうおう)に沈む。
南村の群童 我が老いて力無きを欺【あなど】り、忍んで能【よ】く対面して盗賊を為(な)し。

公然  茅を抱きて竹に入りて去り、脣焦し  口は燥【かわ】き  呼べども得ず、帰り来たり  杖に倚(よ)って自【おのずか】ら嘆息す。
俄頃【がけい】 風定まって雲は墨色【ぼくしょく】、秋天【しゅうてん】 漠漠として昏黒【こんこく】に向かう。
布衾【ふきん】 多年  冷やかなること鉄に似たり、驕児【きょうじ】 悪臥【あくが】して裏を踏んで裂く。
牀頭【しょうとう】  屋【おく】漏りて乾処【かんしょ】無く、雨脚【うきゃく】 麻の如くにして未だ断絶せず。

喪乱を経て自【よ】り睡眠少なく、長夜 沾湿【てんしつ】 何に由ってか徹せん。
安【いずく】にか広廈【こうか】の千万間【せんばんげん】なるを得て、大いに天下の寒士を庇【おお】いて 倶に顔【かんばせ】を歓ばしめ、風雨にも動かず  安らかなること山の如くなるを。
嗚呼!
眼前 何の時にか突兀として此の屋を見ん、吾が廬【ろ】は独り破れて凍【とう】を受け  死すとも亦た足れり。



『茅屋為秋風所破歌』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
公然抱茅入竹去,唇焦口燥呼不得,歸來倚仗自嘆息。
俄頃風定雲墨色,秋天漠漠向昏黑。
布衾多年冷似鐵,驕兒惡臥踏裡裂。
床床屋漏無幹處,雨腳如麻未斷絕。


(下し文)
公然  茅を抱きて竹に入りて去り、脣焦し  口は燥【かわ】き  呼べども得ず、帰り来たり  杖に倚(よ)って自【おのずか】ら嘆息す。
俄頃【がけい】 風定まって雲は墨色【ぼくしょく】、秋天【しゅうてん】 漠漠として昏黒【こんこく】に向かう。
布衾【ふきん】 多年  冷やかなること鉄に似たり、驕児【きょうじ】 悪臥【あくが】して裏を踏んで裂く。
牀頭【しょうとう】  屋【おく】漏りて乾処【かんしょ】無く、雨脚【うきゃく】 麻の如くにして未だ断絶せず。


(現代語訳)
おおっぴらにその茅を抱え込んで竹林に逃げ込んでいく。こちらはいくら叫んでも唇はこげるほど、口はかわいて、もはや叫ぶことはできない。それでしかたなく戻ってきて杖に寄りかかってためいきつくばかりである。
やがて風はしずまり、雲は厚くすみ色となる。秋の天はぼうっとして暮れかかっている。
自分は寝具の布のかいまきをもっていて、長年それをつかっているが、それが鉄のように冷たい。その上、やんちゃなこども達が寝るのも行儀悪くそれを踏んでひきさいてしまう。
ねだいのほとりは屋根からの雨漏りにあって、かわいたところがない。それに雨あしはずっと麻のように降り頻ってたえることがない。


(訳注)#2
公然抱茅入竹去,唇焦口燥呼不得,歸來倚仗自嘆息。
おおっぴらにその茅を抱え込んで竹林に逃げ込んでいく。こちらはいくら叫んでも唇はこげるほど、口はかわいて、もはや叫ぶことはできない。それでしかたなく戻ってきて杖に寄りかかってためいきつくばかりである。
○公然 ① 世間一般に知れ渡っているさま。また、他人に隠さずおおっぴらにするさま。「―と酒を飲む」「―たる事実」② 不特定または多数の人が知ることのできる状態にあるさま。
○唇焦口燥 のどをからしてさけぶこと。
○呼不得 もはやさけぺぬ。


俄頃風定雲墨色,秋天漠漠向昏黑。
やがて風はしずまり、雲は厚くすみ色となる。秋の天はぼうっとして暮れかかっている。
○俄頃 しばらくして。
○墨色 くろいこと。
○漠漠 ひろいこと。
○昏黑 たそがれのくらさ。


布衾多年冷似鐵,驕兒惡臥踏裡裂。
自分は寝具の布のかいまきをもっていて、長年それをつかっているが、それが鉄のように冷たい。その上、やんちゃなこども達が寝るのも行儀悪くそれを踏んでひきさいてしまう。
○布衾 ぬののかいまき。衾は布などで長方形に作り、寝るときにからだに掛ける夜具。綿を入れるのを普通とするが、袖や襟を加えたものもある。現在の掛け布団にあたる。
○驕兒 婿は或は鏑につくる、騎児はやんちゃのこども。○悪臥 ねぎょうざのわるいこと。
○踏裡裂 ふみつけるあいだにひきさける。


牀床屋漏無幹處,雨腳如麻未斷絕。
ねだいのほとりは屋根からの雨漏りにあって、かわいたところがない。それに雨あしはずっと麻のように降り頻ってたえることがない。
○牀 ねだい。
○屋漏 やねからの雨もり。
杜甫像0012

茅屋為秋風所破歌 成都5-(12-1) 杜甫 <465-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2280 杜甫詩1000-465-#1-650/1500

杜甫《茅屋為秋風所破歌》 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(12-1)) 
その茅は飛ばされて濯錦江を越えて江沿いの野原に雨のように降りそそぎ、そして、高い所にも飛び、それは高い林の長いこずえにひっかかったりしている。ひくいところでひるがえり地面をころがって池の窪みに沈む。

2013年4月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩吁嗟篇 曹植 魏詩<73-#3> 女性詩746 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2278
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩茅屋為秋風所破歌 成都5-(12-1) 杜甫 <465-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2280 杜甫詩1000-465-#1-650/1500
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集茅屋為秋風所破歌 成都5-(12-1) 杜甫 <465-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2280 杜甫詩1000-465-#1-650/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性罰赴邊有懷上韋令公二首其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-147-19-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2282
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

茅屋為秋風所破歌  成都5-(12-1) 杜甫 <465-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2280 杜甫詩1000-465-#1-650/1500
 
詩 題:茅屋為秋風所破歌 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(12-1)) 
作時761年8・9月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の465-#1首目-場面5-(12-1)
杜甫ブログ1500回予定の-650回目  
草堂のかやぶきの屋根があきかぜにうちこわされたことをのべた詩。上元二年秋の作。


茅屋為秋風所破歌 のころ
・上元2年 761年3月、大燕皇帝を称した史思明は息子の史朝義に殺される。攻撃のチャンスなのに、王朝側も体制が整わず、とうばつできない状態である。
・同年の4月、梓州:四川省三台県)の刺史段子璋が叛乱、剣南東川節度使を追い払って独立宣言をする。剣南西川節度使・成都尹の崔光遠は武将の花敬定を討伐に差し向け、段子璋の叛乱を鎮める。
・同年の6月、その花敬定が現地で略奪を働き、東川地域は乱れる。
・この間、杜甫は年の初めに新津で遊び(成都3部)、春は浣花渓で過ごし、多くの律詩を残している。又杜甫には珍しい絶句シリーズを始めた(成都4部)。
夏になって、ふたたび、蜀州新津から青城縣を訪れ 秋になって浣花渓草堂に帰宅して間もなく、暴風雨に襲われている。


七言歌行《茅屋為秋風所破歌》#1
八月秋高風怒號,卷我屋上三重茅。
陰暦八月、秋も深まり、空の高いところから風が怒りさけぶ、草堂の屋根の三重ぶきの茅を巻き込み、吹き荒れる。
茅飛渡江灑江郊,高者掛罥長林梢,下者飄轉沉塘坳。
その茅は飛ばされて濯錦江を越えて江沿いの野原に雨のように降りそそぎ、そして、高い所にも飛び、それは高い林の長いこずえにひっかかったりしている。
ひくいところでひるがえり地面をころがって池の窪みに沈む。

南村群童欺我老無力,忍能對面為盜賊。

南の村のこどもらは自分が年よってカの無いのをばかにされているとしか思えない。それは耐え難いことで面とむかってどろばうをはたらかれることなのだ。
#2
公然抱茅入竹去,唇焦口燥呼不得,歸來倚仗自嘆息。
俄頃風定雲墨色,秋天漠漠向昏黑。
布衾多年冷似鐵,驕兒惡臥踏裡裂。
床床屋漏無幹處,雨腳如麻未斷絕。
#3
自經喪亂少睡眠、長夜沾濕何由徹?
安得廣廈千萬間、大庇天下寒士俱歡顏、風雨不動安如山?嗚呼!
眼前何時突兀見此屋、吾廬獨破受凍死亦足!

(茅屋、秋風の破る所と為る歌)#1
八月  秋高くして風は怒号【どごう】し、我が屋上の三重【さんちょう】の茅【かや】を巻く。
茅は飛んで江を度【わた】り  江郊【こうこう】に灑【そそ】ぎ、高き者は長林の梢に掛罥【かいけん】し、下【ひく】き者は飄転【ひょうてん】して塘坳(とうおう)に沈む。
南村の群童 我が老いて力無きを欺【あなど】り、忍んで能【よ】く対面して盗賊を為(な)し。
#2
公然  茅を抱きて竹に入りて去り、脣焦し  口は燥【かわ】き  呼べども得ず、帰り来たり  杖に倚(よ)って自【おのずか】ら嘆息す。
俄頃【がけい】 風定まって雲は墨色【ぼくしょく】、秋天【しゅうてん】 漠漠として昏黒【こんこく】に向かう。
布衾【ふきん】 多年  冷やかなること鉄に似たり、驕児【きょうじ】 悪臥【あくが】して裏を踏んで裂く。
牀頭【しょうとう】  屋【おく】漏りて乾処【かんしょ】無く、雨脚【うきゃく】 麻の如くにして未だ断絶せず。
#3
喪乱を経て自【よ】り睡眠少なく、長夜 沾湿【てんしつ】 何に由ってか徹せん。
安【いずく】にか広廈【こうか】の千万間【せんばんげん】なるを得て、大いに天下の寒士を庇【おお】いて 倶に顔【かんばせ】を歓ばしめ、風雨にも動かず  安らかなること山の如くなるを。
嗚呼!
眼前 何の時にか突兀として此の屋を見ん、吾が廬【ろ】は独り破れて凍【とう】を受け  死すとも亦た足れり。


『茅屋為秋風所破歌』 現代語訳と訳註
(本文)

八月秋高風怒號,卷我屋上三重茅。
茅飛渡江灑江郊,高者掛罥長林梢,
下者飄轉沉塘坳。南村群童欺我老無力,
忍能對面為盜賊。公然抱茅入竹去,


(下し文)
(茅屋、秋風の破る所と為る歌)
八月  秋高くして風は怒号【どごう】し、我が屋上の三重【さんちょう】の茅【かや】を巻く。
茅は飛んで江を度【わた】り  江郊【こうこう】に灑【そそ】ぎ、高き者は長林の梢に掛罥【かいけん】し、下【ひく】き者は飄転【ひょうてん】して塘坳(とうおう)に沈む。
南村の群童 我が老いて力無きを欺【あなど】り、忍んで能【よ】く対面して盗賊を為(な)し。


(現代語訳)
陰暦八月、秋も深まり、空の高いところから風が怒りさけぶ、草堂の屋根の三重ぶきの茅を巻き込み、吹き荒れる。
その茅は飛ばされて濯錦江を越えて江沿いの野原に雨のように降りそそぎ、そして、高い所にも飛び、それは高い林の長いこずえにひっかかったりしている。
ひくいところでひるがえり地面をころがって池の窪みに沈む。南の村のこどもらは自分が年よってカの無いのをばかにされているとしか思えない。それは耐え難いことで面とむかってどろばうをはたらかれることなのだ。


(訳注)
茅屋為秋風所破歌

私の浣花渓の草堂の茅葺の屋根が秋の風雨によって吹き飛ばされたことを歌う。


八月秋高風怒號,卷我屋上三重茅。
陰暦八月、秋も深まり、空の高いところから風が怒りさけぶ、草堂の屋根の三重ぶきの茅を巻き込み、吹き荒れる。
○茅屋 草堂の茅屋。
〇三重茅 三重に葺いた茅の屋根。


茅飛渡江灑江郊,高者掛罥長林梢,下者飄轉沉塘坳。
その茅は飛ばされて濯錦江を越えて江沿いの野原に雨のように降りそそぎ、そして、高い所にも飛び、それは高い林の長いこずえにひっかかったりしている。ひくいところでひるがえり地面をころがって池の窪みに沈む。
○江 濯錦江。
○江郊 江沿いの野原。
〇灑 あめのそそぐようにふりそそぐ。 接写 かかる。
○掛罥 ひっかかる。
○長林梢 たかい木の林の長いこずえ。

○塘坳 いけのくぼみ。

南村群童欺我老無力,忍能對面為盜賊。
南の村のこどもらは自分が年よってカの無いのをばかにされているとしか思えない。それは耐え難いことで面とむかってどろばうをはたらかれることなのだ。、
○欺 俗語である。ばかにする。
○忍 むごく。
○対面 めんとむかって。
杜甫像0012

楠樹為風雨所拔嘆 成都5-(11-2) 杜甫 <464-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2275 杜甫詩1000-464-#2-649/1500

楠樹為風雨所拔嘆 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(11-2)) 
東海の仙界に至る海のように穏やかな青く澄みきったみずの波のある淵と老楠樹とは自分のたいへん愛するものであった。それは濯錦江の船着き場の淵のほとりに高く聳えて立っていた一つの青い傘であった。

2013年4月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

楠樹為風雨所拔嘆  成都5-(11-2) 杜甫 <464-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2275 杜甫詩1000-464-#2-649/1500
 杜甫像0012
詩 題:楠樹為風雨所拔嘆 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(11-2)) 
作時761年8・9月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の464-#2首目-場面5-(11-2)
杜甫ブログ1500回予定の-649回目   40750
風雨のために栴樹がぬかれたについての欺きをのべる。上元二年成都の作。


・上元2年 761年3月、大燕皇帝を称した史思明は息子の史朝義に殺される。攻撃のチャンスなのに、王朝側も体制が整わず、とうばつできない状態である。
・同年の4月、梓州:四川省三台県)の刺史段子璋が叛乱、剣南東川節度使を追い払って独立宣言をする。剣南西川節度使・成都尹の崔光遠は武将の花敬定を討伐に差し向け、段子璋の叛乱を鎮める。
・同年の6月、その花敬定が現地で略奪を働き、東川地域は乱れる。
・この間、杜甫は年の初めに新津で遊び(成都3部)、春は浣花渓で過ごし、多くの律詩を残している。又杜甫には珍しい絶句シリーズを始めた(成都4部)。
夏になって、ふたたび、蜀州新津から青城縣を訪れ 秋になって浣花渓草堂に帰宅して間もなく、暴風雨に襲われている。


楠樹為風雨所拔嘆
倚江楠樹草堂前,故老相傳二百年。
濯錦江のほとり我家の草堂の前に江に倚って楠の大樹がある。それは古老が言い伝えてきた所では二百年も経過した大樹だという。
誅茅卜居總為此,五月仿佛聞寒蟬。』
自分が茅をきり住居を建設したのはすべて此の樹あったからである、この五月のこと樹葉の葉擦れの音はまるでひぐらし蝉を聞いているかのようだった。』
東南飄風動地至,江翻石走流雲氣。
この秋の東南から強く吹きまく風が大地をうごかしてやってきた、濯錦江の水はひるがえり、石はとばされ雲気はとぶようにはしった。
幹排雷雨猶力爭,根斷泉源豈天意?』

樹の幹は雷雨をおしのけて抜けまいとあらそったのだ。けれどもついに根は大地のそこと縁をきられてしまい、これをまさか天のおぼしめしというというのではないのであろう。』

滄波老樹性所愛,浦上亭亭一青蓋。
東海の仙界に至る海のように穏やかな青く澄みきったみずの波のある淵と老楠樹とは自分のたいへん愛するものであった。それは濯錦江の船着き場の淵のほとりに高く聳えて立っていた一つの青い傘であった。
野客頻留懼雪霜,行人不過聽竽籟。』
そこを通る野良仕事の人や旅人が雪や霜を懼れてその下にしきりにとどまったのだ。行き過ぎる人々は葉擦れの音を笙の音のように聞き入り素通りするものはいなかったのだ。
虎倒龍顛委荊棘,淚痕血點垂胸臆。
いまやそれが虎がぶったおれたように竜がかいてんしたように荊棘のあいだにねているのだ。それをみると自分はなみだのあとが血のようにぽとぽとむねのところに垂れおちるのをおぼえるのであった。
我有新詩何處吟,草堂自此無顏色。』

これからわたしは新しい詩をどこで吟じたらよいのだろうか。この樹が無くなって、わが草堂も全く顔色をなくしたものになってしまったのだから。』

(楠樹風雨の抜く所と為るの嘆き)
江に倚る楠樹【なんじゅ】は草堂の前、古老相伝う二百年と。
茅を誅し居を卜するは総て此れが為なり、五月には仿佛【ほうふつ】して寒蝉【かんせん】を聞く。』
東南の飄風【ひょうふう】は地を動かして至る、江翻り石走りて雲気流る。
幹は雷雨を排して猶お力争す、根は泉源に断ゆ豈天意ならんや。』
滄波と老樹は性の愛する所、浦上 童童たり 一青蓋。
野客は頻りに留まりて雪霜を懼れ、行人は過ぎずに竽籟を聴く。』
虎倒れ 竜顛して荊棘に委す、涙痕 血点して胸臆に垂る。
我に新詩有るも何の処にか吟ぜん、草堂此れより顔色無からん。』


『楠樹為風雨所拔嘆』 現代語訳と訳註
(本文)

滄波老樹性所愛,浦上亭亭一青蓋。
野客頻留懼雪霜,行人不過聽竽籟。』
虎倒龍顛委荊棘,淚痕血點垂胸臆。
我有新詩何處吟,草堂自此無顏色。』


(下し文)
滄波と老樹は性の愛する所、浦上 童童たり 一青蓋。
野客は頻りに留まりて雪霜を懼れ、行人は過ぎずに竽籟を聴く。』
虎倒れ 竜顛して荊棘に委す、涙痕 血点して胸臆に垂る。
我に新詩有るも何の処にか吟ぜん、草堂此れより顔色無からん。』


(現代語訳)
東海の仙界に至る海のように穏やかな青く澄みきったみずの波のある淵と老楠樹とは自分のたいへん愛するものであった。それは濯錦江の船着き場の淵のほとりに高く聳えて立っていた一つの青い傘であった。
そこを通る野良仕事の人や旅人が雪や霜を懼れてその下にしきりにとどまったのだ。行き過ぎる人々は葉擦れの音を笙の音のように聞き入り素通りするものはいなかったのだ。
いまやそれが虎がぶったおれたように竜がかいてんしたように荊棘のあいだにねているのだ。それをみると自分はなみだのあとが血のようにぽとぽとむねのところに垂れおちるのをおぼえるのであった。

これからわたしは新しい詩をどこで吟じたらよいのだろうか。この樹が無くなって、わが草堂も全く顔色をなくしたものになってしまったのだから。』


(訳注)
楠樹為風雨所拔嘆

杜甫は年の初めに新津で遊び(カテゴリー成都3部)、春は浣花渓で過ごし、多くの律詩を残している。又杜甫には珍しい絶句シリーズを始めた(カテゴリー成都4部)。
(カテゴリー成都5部)夏になって、ふたたび、蜀州新津から青城縣を訪れ 秋になって浣花渓草堂に帰宅して間もなく、暴風雨に襲われている。


滄波老樹性所愛,浦上亭亭一青蓋。
東海の仙界に至る海のように穏やかな青く澄みきったみずの波のある淵と老楠樹とは自分のたいへん愛するものであった。それは濯錦江の船着き場の淵のほとりに高く聳えて立っていた一つの青い傘であった。
○滄波老樹 東海の仙界に至る海のように穏やかな青く澄みきったみずの波のある濯錦江の波とこの老楠樹と。
○亭亭 ① 樹木などが高くまっすぐにそびえているさま。② 遠くはるかなさま。
『從韋二明府續處覓綿竹』
華軒藹藹他年到,綿竹亭亭出縣高。
江上舍前無此物,幸分蒼翠拂波濤。
○青蓋 楠樹が草堂にとっての青い傘のようにおおわれていたことをいう。蓋は車のおおい、からかさ。
杜甫『高楠』五言律詩  
楠樹色冥冥,江邊一蓋青。近根開藥圃,接葉製茅亭。
落景陰猶合,微風韻可聽。尋常絕醉困,臥此片時醒。


野客頻留懼雪霜,行人不過聽竽籟。』
そこを通る野良仕事の人や旅人が雪や霜を懼れてその下にしきりにとどまったのだ。行き過ぎる人々は葉擦れの音を笙の音のように聞き入り素通りするものはいなかったのだ。
○懼雪霜 雪霜をおそれるものが樹陰に避けることをいう。○不過 ゆきすぎず、たちどまることをいう。
○竽籟 竽は笠のたぐい、竽籟はその葉擦れ音、樹声をたとえる。


虎倒龍顛委荊棘,淚痕血點垂胸臆。
いまやそれが虎がぶったおれたように竜がかいてんしたように荊棘のあいだにねているのだ。それをみると自分はなみだのあとが血のようにぽとぽとむねのところに垂れおちるのをおぼえるのであった。
○虎倒龍顛 虎の如く倒れ竜のごとくひっくりかえる、樹のぬけた形容。
○委 ゆだねる、ねていること。
○荊棘 はり、からたち。
○血点 血は涙の血、樹の抜けたことを悲しむために血の涙をこぼすのである。


我有新詩何處吟,草堂自此無顏色。』
これからわたしは新しい詩をどこで吟じたらよいのだろうか。この樹が無くなって、わが草堂も全く顔色をなくしたものになってしまったのだから。』


『高楠』五言律詩  
楠樹色冥冥,江邊一蓋青。近根開藥圃,接葉製茅亭。
落景陰猶合,微風韻可聽。尋常絕醉困,臥此片時醒。


楠樹為風雨所拔嘆
倚江楠樹草堂前,故老相傳二百年。
誅茅卜居總為此,五月仿佛聞寒蟬。』
東南飄風動地至,江翻石走流雲氣。
幹排雷雨猶力爭,根斷泉源豈天意?』
滄波老樹性所愛,浦上亭亭一青蓋。
野客頻留懼雪霜,行人不過聽竽籟。』
虎倒龍顛委荊棘,淚痕血點垂胸臆。
我有新詩何處吟,草堂自此無顏色。』


枯楠  
梗楠枯崢嶸,鄉黨皆莫記。不知幾百歲,慘慘無生意。
上枝摩蒼天,下根蟠厚地。巨圍雷霆折,萬孔蟲蟻萃。
涷雨落流膠。沖風奪嘉氣。白鵠遂不來,天雞為愁思。
猶含棟梁具,無複霄漢誌!良工古昔少,識者出涕淚。
種榆水中央,成長何容易?截承金露盤,裊裊不自畏。

楠樹為風雨所拔嘆 成都5-(11-1) 杜甫 <464-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2270 杜甫詩1000-464-#1-648/1500

杜甫 《楠樹為風雨所拔嘆》 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(11-1))  

自分が茅をきり住居を建設したのはすべて此の樹あったからである、この五月のこと樹葉の葉擦れの音はまるでひぐらし蝉を聞いているかのようだった。

2013年4月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩吁嗟篇 魏詩<73-#1> 女性詩744 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2268
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#2 宋玉  <00-#28>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 657 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2269
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集楠樹為風雨所拔嘆 成都5-(11-1) 杜甫 <464-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2270 杜甫詩1000-464-#1-648/1500
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集初入南城 謝霊運<54> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2271 (04/24)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性春望詞四首 其四 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-145-17-#10  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2272
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

楠樹為風雨所拔嘆  成都5-(11-1) 杜甫 <464-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2270 杜甫詩1000-464-#1-648/1500


詩 題:楠樹為風雨所拔嘆 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(11-1))  作時761年7・8月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の464-#1首目-場面5-(11-1)杜甫ブログ1500回予定の-648回目
風雨のために栴樹がぬかれたについての欺きをのぺる。上元二年成都の作。

倚江楠樹草堂前,故老相傳二百年。
濯錦江のほとり我家の草堂の前に江に倚って楠の大樹がある。それは古老が言い伝えてきた所では二百年も経過した大樹だという。
誅茅卜居總為此,五月仿佛聞寒蟬。』
自分が茅をきり住居を建設したのはすべて此の樹あったからである、この五月のこと樹葉の葉擦れの音はまるでひぐらし蝉を聞いているかのようだった。』
東南飄風動地至,江翻石走流雲氣。
この秋の東南から強く吹きまく風が大地をうごかしてやってきた、濯錦江の水はひるがえり、石はとばされ雲気はとぶようにはしった。
幹排雷雨猶力爭,根斷泉源豈天意?』
樹の幹は雷雨をおしのけて抜けまいとあらそったのだ。けれどもついに根は大地のそこと縁をきられてしまい、これをまさか天のおぼしめしというというのではないのであろう。』

滄波老樹性所愛,浦上亭亭一青蓋。
野客頻留懼雪霜,行人不過聽竽籟。』
虎倒龍顛委荊棘,淚痕血點垂胸臆。
我有新詩何處吟,草堂自此無顏色。』

(楠樹風雨の抜く所と為るの嘆き)
江に倚る楠樹【なんじゅ】は草堂の前、古老相伝う二百年と。
茅を誅し居を卜するは総て此れが為なり、五月には仿佛【ほうふつ】して寒蝉【かんせん】を聞く。』
東南の飄風【ひょうふう】は地を動かして至る、江翻り石走りて雲気流る。
幹は雷雨を排して猶お力争す、根は泉源に断ゆ豈天意ならんや。』

滄波と老樹は性の愛する所、浦上 童童たり 一青蓋。
野客は頻りに留まりて雪霜を懼れ、行人は過ぎずに竽籟を聴く。』
虎倒れ 竜顛して荊棘に委す、涙痕 血点して胸臆に垂る。
我に新詩有るも何の処にか吟ぜん、草堂此れより顔色無からん。』


『楠樹為風雨所拔嘆』 現代語訳と訳註
草堂002(本文)

倚江楠樹草堂前,故老相傳二百年。
誅茅卜居總為此,五月仿佛聞寒蟬。』
東南飄風動地至,江翻石走流雲氣。
幹排雷雨猶力爭,根斷泉源豈天意?』


(下し文)
(楠樹風雨の抜く所と為るの嘆き)
江に倚る楠樹【なんじゅ】は草堂の前、古老相伝う二百年と。
茅を誅し居を卜するは総て此れが為なり、五月には仿佛【ほうふつ】して寒蝉【かんせん】を聞く。』
東南の飄風【ひょうふう】は地を動かして至る、江翻り石走りて雲気流る。
幹は雷雨を排して猶お力争す、根は泉源に断ゆ豈天意ならんや。』


(現代語訳)
濯錦江のほとり我家の草堂の前に江に倚って楠の大樹がある。それは古老が言い伝えてきた所では二百年も経過した大樹だという。
自分が茅をきり住居を建設したのはすべて此の樹あったからである、この五月のこと樹葉の葉擦れの音はまるでひぐらし蝉を聞いているかのようだった。』
この秋の東南から強く吹きまく風が大地をうごかしてやってきた、濯錦江の水はひるがえり、石はとばされ雲気はとぶようにはしった。
樹の幹は雷雨をおしのけて抜けまいとあらそったのだ。けれどもついに根は大地のそこと縁をきられてしまい、これをまさか天のおぼしめしというというのではないのであろう。』


(訳注)
倚江楠樹草堂前,故老相傳二百年。

濯錦江のほとり我家の草堂の前に江に倚って楠の大樹がある。それは古老が言い伝えてきた所では二百年も経過した大樹だという。
杜甫草堂詳細図02○柵樹 楠のこと、樹木の名、杜甫はしばしばこの樹について詠っている。成都の街から帰るときに目標となる木であり、新津から帰る船の目標物であった。
杜甫『高楠』五言律詩  
楠樹色冥冥,江邊一蓋青。近根開藥圃,接葉製茅亭。
落景陰猶合,微風韻可聽。尋常絕醉困,臥此片時醒。
杜甫『枯楠』五言古詩「梗楠枯崢嶸,鄉黨皆莫記。不知幾百歲,慘慘無生意。」  
○草堂 浣花渓の草堂。


誅茅卜居總為此,五月仿佛聞寒蟬。』
自分が茅をきり住居を建設したのはすべて此の樹あったからである、この五月のこと樹葉の葉擦れの音はまるでひぐらし蝉を聞いているかのようだった。』
○誅茅 かやをきる、屋根をふくため。
○為此 此は樹をさす。
○仿佛 類似する,似ている.两人情况相仿佛二人の状況は類似している.彷彿髣髴。 [副]まるで(…のようだ)仿佛在听童话似的まるで童話を聞いているようだ.
○寒蝉 ひぐらし、樹葉の鳴るおとをたとえていう。


東南飄風動地至,江翻石走流雲氣
この秋の東南から強く吹きまく風が大地をうごかしてやってきた、濯錦江の水はひるがえり、石はとばされ雲気はとぶようにはしった。


幹排雷雨猶力爭,根斷泉源豈天意?』
樹の幹は雷雨をおしのけて抜けまいとあらそったのだ。けれどもついに根は大地のそこと縁をきられてしまい、これをまさか天のおぼしめしというというのではないのであろう。』
○力争 ぬかれまいと骨おってあらそう。
○断泉源 大地のそこの水のあるところと縁がきれる。
○豈天意 不自然なことの極みをいう。
 

贈虞十五司馬 成都5-(10-1) 杜甫 <463-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2260 杜甫詩1000-463-#1-646/1500

杜甫《贈虞十五司馬》 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(10-1)) 


「爽氣金天豁,清談玉露繁。」あなたが持つ雰囲気は黄金のように輝いた廣い心持っている。学芸学問の高尚なものを語らせば宝飾のような露がいくらでもあるようである。


2013年4月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩妾薄命二首 其二 曹植 魏詩<72-#3> 女性詩743 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2263
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#1 宋玉  <00-#27>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 656 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2264
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

贈虞十五司馬  成都5-(10-1) 杜甫 <463-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2260 杜甫詩1000-463-#1-646/1500


贈虞十五司馬 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(10-1))  

詩 題:贈虞十五司馬 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(10-1)) 
作時761年7・8月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の463-#1首目-場面5-(10-1)
杜甫ブログ1500回予定の-646回

贈虞十五司馬
遠師虞秘監,今喜得玄孫。
承遠大師は初唐の三大家の一人、虞世南という官を辞し隠棲した人であった。今喜ばしいことにその玄孫の方がおられるという。
形象丹青逼,家聲器宇存。
容姿もはっきりとして疑う余地のないものであり、家柄としても知れ渡っており、お逢いしてみるとこころの持ち方も広いものがある。
淒涼憐筆勢,浩蕩問詞源。
書画に表れた筆の勢いを哀れみ、ひえびえとしてうらさびしいところがある。作詩の内蔵力、能力を問われば広広として大きなものを感じさせる。
爽氣金天豁,清談玉露繁。
あなたが持つ雰囲気は黄金のように輝いた廣い心持っている。学芸学問の高尚なものを語らせば宝飾のような露がいくらでもあるようである。
佇鳴南嶽鳳,欲化北溟鯤。

立って啼いているようすは五岳の一つ、南岳にいる鳳凰のようであり、「荘子」逍遥遊でいうところの北限の大魚「鯤」のようになってもらいたいのである。

#2
交態知浮俗,儒流不異門。
過逢聯客位,日夜倒芳尊。
沙岸風吹葉,雲江月上軒。
百年嗟已半,四座敢辭喧。
書籍終相與,青山隔故園。

(虞十五司馬に贈る)
遠師 虞秘監,今 喜ぶ 玄孫を得るを。
形象して 丹青に逼り,家聲しては 器の宇 存る。
淒涼 筆勢を憐み,浩蕩 詞源を問う。
爽氣 金天の豁,清談 玉露の繁。
佇鳴して南嶽の鳳,化せんと欲す北溟の鯤。
#2
交態 浮俗を知り,儒流 門の異ならず。
過逢して 客位に聯じ,日夜 芳尊に倒る。
沙岸 風吹の葉,雲江 月軒に上る。
百年 嗟已に半なり,四座 敢えて辭喧す。
書籍 終に相い與り,青山 故園を隔つ。


『贈虞十五司馬』 現代語訳と訳註
(本文)
贈虞十五司馬
DCF00214遠師虞秘監,今喜得玄孫。
形象丹青逼,家聲器宇存。
淒涼憐筆勢,浩蕩問詞源。
爽氣金天豁,清談玉露繁。
佇鳴南嶽鳳,欲化北溟鯤。


(下し文)
(虞十五司馬に贈る)
遠師 虞秘監,今 喜ぶ 玄孫を得るを。
形象して 丹青に逼り,家聲しては 器の宇 存る。
淒涼 筆勢を憐み,浩蕩 詞源を問う。
爽氣 金天の豁,清談 玉露の繁。
佇鳴して南嶽の鳳,化せんと欲す北溟の鯤。


(現代語訳)
承遠大師は初唐の三大家の一人、虞世南という官を辞し隠棲した人であった。今喜ばしいことにその玄孫の方がおられるという。
容姿もはっきりとして疑う余地のないものであり、家柄としても知れ渡っており、お逢いしてみるとこころの持ち方も広いものがある。
書画に表れた筆の勢いを哀れみ、ひえびえとしてうらさびしいところがある。作詩の内蔵力、能力を問われば広広として大きなものを感じさせる。
あなたが持つ雰囲気は黄金のように輝いた廣い心持っている。学芸学問の高尚なものを語らせば宝飾のような露がいくらでもあるようである。
立って啼いているようすは五岳の一つ、南岳にいる鳳凰のようであり、「荘子」逍遥遊でいうところの北限の大魚「鯤」のようになってもらいたいのである。


(訳注)
贈虞十五司馬

虞司馬に贈る。
・中央政府では兵部尚書を,地方官では府同治のことを司馬と雅称するもの。地方幕府の軍の最高司令者。


遠師虞秘監,今喜得玄孫。
承遠大師は初唐の三大家の一人、虞世南という官を辞し隠棲した人であった。今喜ばしいことにその玄孫の方がおられるという。
・遠師 浄土宗、承遠大師 (712-802)のこと。漢州今の四川錦竹縣の人。
虞秘監 虞世南(ぐ せいなん / Yu Shinan、558年 - 638年)は、唐代の書家、政治家。字は伯施。越州余姚(浙江省)の人。初唐の三大家の一人。太宗に仕え、弘文館学士、秘書監などに任じられた。
書家としての世南は、書を智永禅師に学び、楷書をよくし、その書風は「君子の書」と称された。書の作品としては『孔子廟堂碑』(こうしびょうどうひ)が著名。文集に『虞秘監集』がある。秘監 官を辞し、隠棲した官僚のこと。
・玄孫 やしゃご。


形象丹青逼,家聲器宇存。
容姿もはっきりとして疑う余地のないものであり、家柄としても知れ渡っており、お逢いしてみるとこころの持ち方も広いものがある。
・形象 表に現れているかたち。姿。形態。 ② 感覚でとらえたものや心に浮かぶ観念などを具象化すること。
・丹青 はっきりとして疑う余地のないこと。丹冊と青史の歴史書。逼
・器宇/ 気宇心のもちかた。特に、その広さ。気がまえ。度量。


淒涼憐筆勢,浩蕩問詞源。
書画に表れた筆の勢いを哀れみ、ひえびえとしてうらさびしいところがある。作詩の内蔵力、能力を問われば広広として大きなものを感じさせる。
・淒涼 ひえびえとする。うらさびしい。別れて、一人で清々する。 でも、また寂しさを感じる。
・筆勢 書画に表れた筆の勢い。また、その趣。筆力。筆づかい。
・浩蕩 広広として大きなさま。
・詞源 詩文の出所。作詩の内蔵力、能力。


爽氣金天豁,清談玉露繁。
あなたが持つ雰囲気は黄金のように輝いた廣い心持っている。学芸学問の高尚なものを語らせば宝飾のような露がいくらでもあるようである。
・爽氣 ① さわやかな空気。秋の涼気などにいう。② すがすがしい気分。
・天豁 心が大きく小事にこだわらないさま。心のさっぱりとしたさま。
・清談 ① 中国の魏晋時代に知識人の間に流行した老荘風の高踏的な哲学議論をいう。晋代の「竹林の七賢」の清談は特に有名。② 世俗を離れた、趣味・芸術・学問などの高尚な話。

佇鳴南嶽鳳,欲化北溟鯤。
立って啼いているようすは五岳の一つ、南岳にいる鳳凰のようであり、「荘子」逍遥遊でいうところの北限の大魚「鯤」のようになってもらいたいのである。
・佇鳴 ①立って啼いているようす。啼いているもののかもし出す雰囲気。②身を置くところ。暮らし方。また、なりわい。
・南嶽鳳 道教の五岳の一つ、南岳にいる鳳凰。南嶽懐譲(なんがく えじょう、677年(儀鳳2年) - 744年(天宝)3載)は、唐代の中国の禅僧。諡は大慧禅師。禅宗六祖である慧能の直弟子であり、弟子に著名な禅僧である馬祖道一がいた。仏になろうと座禅の修行にひたすら打ち込む道一に対し、瓦を磨いて鏡にしようとするのと同じだ、と戒めた「南嶽磨磚」の逸話で有名である。
・欲化北溟鯤 《「荘子」逍遥遊から》中国古代の想像上の大魚。北方の大海にすみ、大きさは幾千里だかわからないという。
北冥に魚あり、その名を鯤となす。鯤の大いなる、その幾千里なるを知らず。化して鳥となる、その名を鵬となす。鵬の背、その幾千里なるを知らず。怒りて飛べば、その翼は垂天の雲のごとし。この鳥や、海の運くとき、すなわちまさに南冥に徒らんとす。

贈虞十五司馬 成都5-(10-2) 杜甫 <463-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2265 杜甫詩1000-463-#2-647/1500 

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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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贈虞十五司馬  成都5-(10-2) 杜甫 <463-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2265 杜甫詩1000-463-#2-647/1500  



詩 題:贈虞十五司馬 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(10-2)) 
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贈虞十五司馬 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(10-2)) 

贈虞十五司馬
遠師虞秘監,今喜得玄孫。
承遠大師は初唐の三大家の一人、虞世南という官を辞し隠棲した人であった。今喜ばしいことにその玄孫の方がおられるという。
形象丹青逼,家聲器宇存。
容姿もはっきりとして疑う余地のないものであり、家柄としても知れ渡っており、お逢いしてみるとこころの持ち方も広いものがある。
淒涼憐筆勢,浩蕩問詞源。
書画に表れた筆の勢いを哀れみ、ひえびえとしてうらさびしいところがある。作詩の内蔵力、能力を問われば広広として大きなものを感じさせる。
爽氣金天豁,清談玉露繁。
あなたが持つ雰囲気は黄金のように輝いた廣い心持っている。学芸学問の高尚なものを語らせば宝飾のような露がいくらでもあるようである。
佇鳴南嶽鳳,欲化北溟鯤。
立って啼いているようすは五岳の一つ、南岳にいる鳳凰のようであり、「荘子」逍遥遊でいうところの北限の大魚「鯤」のようになってもらいたいのである。

#2
交態知浮俗,儒流不異門。
交際の有様については浮世、世俗によって知ればよいことで、私のように儒学を志すものにとっては違った学問の世界なのです。
過逢聯客位,日夜倒芳尊。
こうしてお逢いして去って行くことによってまた次の客へと続いていくことである。日夜こうした交際を積み重ねていくことである香草が成長するを大切な事と思うことなのである。
沙岸風吹葉,雲江月上軒。
岷江の渚の堤には風にそよぐ葉擦れの音がしている。岷江に雲が湧いていて月は高楼の軒先の上に上がっている。
百年嗟已半,四座敢辭喧。
人生百年と云い、ああもうその半分を過ごしている。人生も、この宴席もあえて退席すべく申し上げねばならないであろう。
書籍終相與,青山隔故園。
書物は互いに持っているものを見せ合って書き写して製本までできた。それにしてもこうして過ごしたここ青城山は互いの故郷から離れているのである。

(虞十五司馬に贈る)
遠師 虞秘監,今 喜ぶ 玄孫を得るを。
形象して 丹青に逼り,家聲しては 器の宇 存る。
淒涼 筆勢を憐み,浩蕩 詞源を問う。
爽氣 金天の豁,清談 玉露の繁。
佇鳴して南嶽の鳳,化せんと欲す北溟の鯤。
#2
交態 浮俗を知り,儒流 門の異ならず。
過逢して 客位に聯じ,日夜 芳尊に倒る。
沙岸 風吹の葉,雲江 月軒に上る。
百年 嗟已に半なり,四座 敢えて辭喧す。
書籍 終に相い與り,青山 故園を隔つ。





『贈虞十五司馬』 現代語訳と訳註
pla006(本文)
#2
交態知浮俗,儒流不異門。
過逢聯客位,日夜倒芳尊。
沙岸風吹葉,雲江月上軒。
百年嗟已半,四座敢辭喧。
書籍終相與,青山隔故園。


(下し文)#2
交態 浮俗を知り,儒流 門の異ならず。
過逢して 客位に聯なり,日夜 倒芳 尊ぶ。
沙岸 風吹の葉,雲江 月軒に上る。
百年 嗟已に半なり,四座 敢えて辭喧す。
書籍 終に相い與り,青山 故園を隔つ。


菖蒲03(現代語訳)
交際の有様については浮世、世俗によって知ればよいことで、私のように儒学を志すものにとっては違った学問の世界なのです。
こうしてお逢いして去って行くことによってまた次の客へと続いていくことである。日夜こうした交際を積み重ねていくことである香草が成長するを大切な事と思うことなのである。
岷江の渚の堤には風にそよぐ葉擦れの音がしている。岷江に雲が湧いていて月は高楼の軒先の上に上がっている。
人生百年と云い、ああもうその半分を過ごしている。人生も、この宴席もあえて退席すべく申し上げねばならないであろう。
書物は互いに持っているものを見せ合って書き写して製本までできた。それにしてもこうして過ごしたここ青城山は互いの故郷から離れているのである。


(訳注) #2
贈虞十五司馬
虞司馬に贈る。
・中央政府では兵部尚書を,地方官では府同治のことを司馬と雅称するもの。地方幕府の軍の最高司令者。


交態知浮俗,儒流不異門。
交際の有様については浮世、世俗によって知ればよいことで、私のように儒学を志すものにとっては違った学問の世界なのです。
・交態 交際の有様。交際の仕方。 
・浮俗 浮世、世俗。
・儒流 儒学を志すもの。


過逢聯客位,日夜倒芳尊。
こうしてお逢いして去って行くことによってまた次の客へと続いていくことである。日夜こうした交際を積み重ねていくことである香草が成長するを大切な事と思うことなのである。
・倒芳 香草が萎れていくことが逆になる、香草が成長すること。


沙岸風吹葉,雲江月上軒。
岷江の渚の堤には風にそよぐ葉擦れの音がしている。岷江に雲が湧いていて月は高楼の軒先の上に上がっている。


百年嗟已半,四座敢辭喧。
人生百年と云い、ああもうその半分を過ごしている。人生も、この宴席もあえて退席すべく申し上げねばならないであろう。
・四座
杜甫『羌村三首 其三』「歌罷仰天嘆、四座涙縦横。」
歌い終えると天に向かって嘆くのである、この宴座の人は  涙で頬を濡らしているのだ。
羌村三首 其三 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 222

杜甫『夜聽許十一誦詩愛而有作』「誦詩渾遊衍,四座皆闢易。」
君が詩を誦するのをきくとすべてゆったりとくつろいでいる、満座のものみなあと素樽をして開いた。
夜聽許十一誦詩愛而有作 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 101
・辭喧 宴席でやかましく話すことを止める。宴席をお開きにすること。


書籍終相與,青山隔故園。
書物は互いに持っているものを見せ合って書き写して製本までできた。それにしてもこうして過ごしたここ青城山は互いの故郷から離れているのである。
・相与①動詞 つきあう,交際する.⇒相处 xiāngchǔ .用例此人不像外人讲得那么难相与。=この人はよその人が言うようにそんなにつきあいにくくはない.②副詞 相互に,互いに.[動]交際する,付き合う很难相与付き合いにくい.━ [副]互いに,ともども相与偕老ともに白髪の生えるまで.
・書籍(しょせき|しょじゃく)とは木、竹、絹布、紙等の軟質な素材に、文字、記号、図画等を筆写、印刷し、糸、糊等で装丁・製本したもの(銭存訓(1990))。図書、本、書物

送裴五赴東川 成都5-(9) 杜甫 <462>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2255 杜甫詩1000-462-645/1500

送裴五赴東川 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(9)) 

2013年4月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

送裴五赴東川  成都5-(9) 杜甫 <462>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2255 杜甫詩1000-462-645/1500


峨眉山003詩 題:送裴五赴東川 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(9)) 
作時761年7・8月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の462首目-場面5-(9)
杜甫ブログ1500回予定の-645回目   40747



送裴五赴東川
(裴某君が蜀東の東川節度に赴くに際して送別する詩)
故人亦流落,高義動乾坤。
古くからの友人たちがいまだに落ちぶれさすらっている。高徳のある政治というものは天地に動かされるものである。
何日通燕塞,相看老蜀門。
何時の日であろうかあの安史軍の塞を通行できるようになる日が。互いに見るのはこの蜀の門における場所で互いにおいていくことは間違いないことだ。
東行應暫別,北望苦銷魂。
東征のための行軍についてまさにしばらくの間の別れである。北の故郷を望むことは、くるしくて驚きや悲しみのために気力が失せる。
凜凜悲秋意,非君誰與論?

もう秋になり寒気がきびしく身にしみてきてものがなしい秋の思いにひたっている。そうした中で君が旅立ちいなくなれば私は誰と議論をすれば良いというのだろうか。

(裴五が東川に赴くを送る)
故人 亦た流落し,高義 乾坤【けんこん】に動ず。
何の日にか燕塞【えんさく】を通ぜんや,相い看るは蜀門に老すのみ。
東行して應に暫別【ざんべつ】し,北望して苦く銷魂【しょうこん】す。
凜凜として秋意を悲み,君に非ざれば誰か與に論ぜん?

aki02
『送裴五赴東川』 現代語訳と訳註
(本文)

故人亦流落,高義動乾坤。
何日通燕塞,相看老蜀門。
東行應暫別,北望苦銷魂。
凜凜悲秋意,非君誰與論?


(下し文)
(裴五が東川に赴くを送る)
故人 亦た流落し,高義 乾坤【けんこん】に動ず。
何の日にか燕塞【えんさく】を通ぜんや,相い看るは蜀門に老すのみ。
東行して應に暫別【ざんべつ】し,北望して苦く銷魂【しょうこん】す。
凜凜として秋意を悲み,君に非ざれば誰か與に論ぜん?


(現代語訳)
(裴某君が蜀東の東川節度に赴くに際して送別する詩)
古くからの友人たちがいまだに落ちぶれさすらっている。高徳のある政治というものは天地に動かされるものである。
何時の日であろうかあの安史軍の塞を通行できるようになる日が。互いに見るのはこの蜀の門における場所で互いにおいていくことは間違いないことだ。
東征のための行軍についてまさにしばらくの間の別れである。北の故郷を望むことは、くるしくて驚きや悲しみのために気力が失せる。
もう秋になり寒気がきびしく身にしみてきてものがなしい秋の思いにひたっている。そうした中で君が旅立ちいなくなれば私は誰と議論をすれば良いというのだろうか。


(訳注)
送裴五赴東川

(裴某君が蜀東の東川節度に赴くに際して送別する詩)
・裴五 未詳。この頃の詩から推測して、裴某というものは、以前、房琯の配下にいたものであったものとおもわれる。
・東川 成都に置かれていた剣南節度使に西川節度と東川節度に二分し、強化されたもので、西川にいた裴某という以前、房琯の配下にいたものがまた左遷されて東川に移動させられたもので、761年夏から秋にかけて成都の周辺においていろいろあり、杜甫はかつての仕事仲間で不遇にあっている者たちと蜀州で過ごしたのである。


故人亦流落,高義動乾坤。
古くからの友人たちがいまだに落ちぶれさすらっている。高徳のある政治というものは天地に動かされるものである。
・故人 古くからの友人。昔の友達。旧友。ここでは、玄宗皇帝の側近高級官僚であった房琯の配下、グループを云うもの。
・流落 落ちぶれてあちこちをさすらうこと。
・高義 高くすぐれた道義。高徳。
・乾坤 ① 易(えき)の卦(け)の乾と坤。 ② 天と地。天地。「奔騰狂転せる風は…、―を震撼し、樹石を動盪(どうとう)しぬ」〈露伴・運命〉 ③ 陰陽。 ④ いぬい(北西)の方角とひつじさる(南西)の方角。 ⑤ 2巻で一組となっている書物


何日通燕塞,相看老蜀門。
何時の日であろうかあの安史軍の塞を通行できるようになる日が。互いに見るのはこの蜀の門における場所で互いにおいていくことは間違いないことだ。
・燕塞 安史軍のとりで。国の東部、東北部において安史軍の勢力は衰えてはいない。


東行應暫別,北望苦銷魂。
東征のための行軍についてまさにしばらくの間の別れである。北の故郷を望むことは、くるしくて驚きや悲しみのために気力が失せる。
・東行 国の東部を領有する安史軍を討伐するための東征をいう。
・北望 故郷をのぞむことをいう。
・銷魂 ①驚きや悲しみのために気力が失せること。 ②夢中になること。我を忘れること。


凜凜悲秋意,非君誰與論?
もう秋になり寒気がきびしく身にしみてきてものがなしい秋の思いにひたっている。そうした中で君が旅立ちいなくなれば私は誰と議論をすれば良いというのだろうか。
・凜凜 ①寒気がきびしく身にしみるさま。②勇ましいさま。りりしいさま。また、心のひきしまるさま。
・悲秋  ものがなしい秋の節。安史の乱がいまだ続いており、杜甫自身、天子のおそばの左拾遺から、地方の進士試験の出題者という夢を失わせる時期であった。
宋玉『九辨』、
悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,
憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,
泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,
憯悽增欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,
坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。
惆悵兮而私自憐。
燕翩翩其辭歸兮,蟬寂漠而無聲。
鴈廱廱而南遊兮,鶤雞啁哳而悲鳴。
獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征。
時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。
「秋を悲しむ」とよんでもよい。『九辯』については全文訳注を掲載していいる。
九辯 第二段-#1 宋玉  <00-#3>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 632 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2144
大暦元年 766年55歳七言律詩『詠懐古蹟五首』  古跡において自己の懐う所を詠じた詩。五首ある。大暦元年夔州に在ったおり各古跡をおとずれることなく予想して作ったもの
杜甫『詠懐古跡 其の二』
搖落深知宋玉悲,風流儒雅亦吾師。
悵望千秋一灑淚,蕭條異代不同時。
江山故宅空文藻,雲雨荒台豈夢思。
最是楚宮俱泯滅,舟人指點到今疑。

《巻十37丈人山》 成都5-(8) 杜氏詳注(巻十(二)八二六) <461>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2250 杜甫詩1000-461-644/1500

《巻十37丈人山》  成都5-(8) 杜氏詳注(巻十(二)八二六) <461>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2250 杜甫詩1000-461-644/1500 

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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

丈人山  成都5-(8) 杜甫 <461>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2250 杜甫詩1000-461-644/1500



詩 題:丈人山 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(8)) 
作時 :761年5・6・7月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の461首目-場面5-(8)
杜甫ブログ1500回予定の-644回目


丈人山
自為青城客,不唾青城地。
仲間と一緒にここに逗留して自ずから青城の旅客者となっている。この青城という神仙の地にいると三国時代の劉勲の妻王栄がいった「千里不唾井」というきもちになった女性が来ている。
為愛丈人山,丹梯近幽意。
道教の聖地で、古くは「丈人山」と呼ばれていたこの山を深く愛するのである。朱塗りの千段もある階段があり、「劍門の險」、「峨嵋の秀」、「夔門の雄」、「青城は天下の幽」と並び称される、隠遁修業の場所として最高である。
丈人祠前佳氣濃,綠雲擬住最高峰。
ここの「丈人祠」を前にするとその良い運気の漂った雰囲気の濃さにひたれるのである。緑に生い茂る山々から沸き立つ雲があり、こここそが最高の嶺であることを十分に理解させるものであるのだ。
掃除白發黃精在,君看他時冰雪容。
自分の白髪頭を奇麗に整え滋養強壮の「黃精在」を呑むことにしよう。そうしたら君にもきっと見えるだろう、ある時にまるで固まった氷雪が解けだしているという光景を。

青城山02丈人山
自ら青城の客と為し,「不唾」は青城の地なり。
為に丈人山を愛し,丹梯 幽意に近し。
丈人 祠前にして佳氣濃く,綠雲 住に擬う 最高峰に。
白發を掃除しては「黃精在」あり,君看るや 他時 冰雪の容を。


『丈人山』 現代語訳と訳註
(本文)
丈人山
自為青城客,不唾青城地。
為愛丈人山,丹梯近幽意。
丈人祠前佳氣濃,綠雲擬住最高峰。
掃除白發黃精在,君看他時冰雪容。


(下し文)
丈人山

自ら青城の客と為し,「不唾」は青城の地なり。
為に丈人山を愛し,丹梯 幽意に近し。
丈人 祠前にして佳氣濃く,綠雲 住に擬う 最高峰に。
白發を掃除しては「黃精在」あり,君看るや 他時 冰雪の容を。


(現代語訳)
仲間と一緒にここに逗留して自ずから青城の旅客者となっている。この青城という神仙の地にいると三国時代の劉勲の妻王栄がいった「千里不唾井」というきもちになった女性が来ている。
道教の聖地で、古くは「丈人山」と呼ばれていたこの山を深く愛するのである。朱塗りの千段もある階段があり、「劍門の險」、「峨嵋の秀」、「夔門の雄」、「青城は天下の幽」と並び称される、隠遁修業の場所として最高である。
ここの「丈人祠」を前にするとその良い運気の漂った雰囲気の濃さにひたれるのである。緑に生い茂る山々から沸き立つ雲があり、こここそが最高の嶺であることを十分に理解させるものであるのだ。
自分の白髪頭を奇麗に整え滋養強壮の「黃精在」を呑むことにしよう。そうしたら君にもきっと見えるだろう、ある時にまるで固まった氷雪が解けだしているという光景を。


(訳注)
丈人山

青城山は中國道教發源地の一で、屬における道教名山の一である。四川省都江堰市西南に位置し,古くは「丈人山」とよばれていた,成都市の西方68km,都江堰水利施設から10kmみなみにある。主峰は老霄頂といい、海拔1600m。四川の名山としては、劍門の險、峨嵋の秀、夔門の雄と並び称される。「青城天下の幽」ということで美しい山とされている。


自為青城客,不唾青城地。
仲間と一緒にここに逗留して自ずから青城の旅客者となっている。この青城という神仙の地にいると三国時代の劉勲の妻王栄がいった「千里不唾井」というきもちになった女性が来ている。
・不唾 道教の祠には家を追い出された女たちが大勢駆け込んでいた。純粋に修行することもあるが売春も問題のある行為でなく平然として存在し、人気があったのだ。韓愈の『華山女』などにはアイドルのような表現もある。
劉勲妻王宋 「雑詩二首其二」
誰言去夫薄  去夫情更重
千里不唾井  況乃昔所奉
遠望未為遥  踟躇不得往
つまりこの山には過去を語りたくない、行場を失った中年の女性がたくさんいたということである。『王宋は、平虜将軍劉勲の妻なり。内に入って二十余年、後劉勲は山陽司馬氏の女を悦び、子無きを以って之を出だす。還る道中に於いて、詩二首を作る』とある。一夫多妻の時代である、女盛りを過ぎれば後継ぎを産んだ女性以外は道観に送られることが多かった。持参金が無ければ、売春しかなかったということなのだ。
・千里不唾井 南朝宋の計吏が遠地転任にあたって、残草を刻み、公舎の井戸に投げ込んだ。又来ることはないと遠地転勤の恨みを行動にあらわした。ところが再転勤で戻ってきて、井戸の水を飲んだら、熱して呑んだのにのどに詰まって死んだ。『資暇録』に見える女性にとって世話になった井戸に対してはたとえつばであっても吐いてはならない、という『出された家の悪口を云うな』という教えである。


為愛丈人山,丹梯近幽意。
道教の聖地で、古くは「丈人山」と呼ばれていたこの山を深く愛するのである。朱塗りの千段もある階段があり、「劍門の險」、「峨嵋の秀」、「夔門の雄」、「青城は天下の幽」と並び称される、隠遁修業の場所として最高である


丈人祠前佳氣濃,綠雲擬住最高峰。
ここの「丈人祠」を前にするとその良い運気の漂った雰囲気の濃さにひたれるのである。緑に生い茂る山々から沸き立つ雲があり、こここそが最高の嶺であることを十分に理解させるものであるのだ。
・丈人1 年寄りを敬っていう語。 2 妻の父。岳父。ここでは、女性たちが男性の客を「丈人」といって大切にしてくれたのであろう。
・祠 道観に設置された芸妓の施設を云う。唐代の道教のやしろ、或いはそれに類するいわゆる淫祠の女冠は多分に売春、娼妓的性格をもっていた。

聖女詞 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 99

恋愛詩人・李商隠 6 重過聖女詞


・擬 ① どうしようかとはかり考える。思案する。② 他のものと引き比べてみる。本物らしく似せる。なぞらえる。


掃除白發黃精在,君看他時冰雪容。
自分の白髪頭を奇麗に整え滋養強壮の「黃精在」を呑むことにしよう。そうしたら君にもきっと見えるだろう、ある時にまるで固まった氷雪が解けだしているという光景を。
・黃精在 朝鮮人参と同様な効能の漢方薬。太陽草を乾燥させて作る。

送韓十四江東省覲 成都5-(7) 杜甫 <460>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2245 杜甫詩1000-460-643/1500

杜甫  送韓十四江東省覲 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(7)) 


2013年4月19日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩當欲游南山行 曹植 魏詩<70-#2> 女性詩739 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2243
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第七段-#2 宋玉  <00-#23>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 652 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2244
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集送韓十四江東省覲 成都5-(7) 杜甫 <460>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2245 杜甫詩1000-460-643/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集石室山詩 謝霊運<49> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2246 (04/19)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性月 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-140-12-#5  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2247
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



送韓十四江東省覲  成都5-(7) 杜甫 <460>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2245 杜甫詩1000-460-643/1500

詩 題:送韓十四江東省覲 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(7)) 
作 時:761年7・8月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の460首目-場面5-(7)
杜甫ブログ1500回予定の-643回目   40745
同郷の人韓某がその親を江東の方へ見舞にゆくのを送る詩。上元二年蜀州にあっての作であろう。


送韓十四江東省覲
(十四番目の友韓君を江東に親を覲とるため歸省するのを見迭る詩)
兵戈不見老萊衣,嘆息人間萬事非。
いまは安史の乱の兵乱が続き、老萊子の教えをすることもできない。嘆かわしいことであるが、人間の一番為すべき親孝行さえもできぬ世なのである。
我已無家尋弟妹,君今何處訪庭闈?
わたしはこの戦火によって今以て故郷に弟や妹を尋ねてこられる家をうしなっている。君はいずれの地に親のいる奥の場所「庭闈」を訪問されようとするのであるか。
黃牛峽靜灘聲轉,白馬江寒樹影稀。
君がゆくのに心配なのは三峡であるが、なかでも黃牛峽で、それを過ぎれば激流の音も収まるのだが、この出発の白馬の江水はまだまだ寒いし、樹のかげもしだいにみえなくなるのは寂しいことだ。
此別應須各努力,故鄉猶恐未同歸。

今日のこの別れに際してまずお体に気お付けご自愛されることである、なぜなら、我我はまだ同郷である洛陽に帰れるという見込みもないではないですか。

(韓十四が江東に省覲するを送る)
兵戈【へいか】には 老萊【ろうらい】が衣を見ず、人間の万事非なるを嘆息す。
我 己に家の弟妹を尋ぬべき無し、君今何の処にか庭闈【ていい】を訪う。
黄牛 峡静かにして灘声転じ、白馬 江寒くして樹影稀なり。
此の別 応に須らく各の努力すべし、故郷猶お恐る 未だ同帰せざらん。


『送韓十四江東省覲』 現代語訳と訳註
(本文)

送韓十四江東省覲
兵戈不見老萊衣,嘆息人間萬事非。
我已無家尋弟妹,君今何處訪庭闈?
黃牛峽靜灘聲轉,白馬江寒樹影稀。
此別應須各努力,故鄉猶恐未同歸。


(下し文) (韓十四が江東に省覲するを送る)
兵曳【へいか】には 老萊【ろうらい】が衣を見ず、人間の万事非なるを嘆息す。
我 己に家の弟妹を尋ぬべき無し、君今何の処にか庭闈【ていい】を訪う。
黄牛 峡静かにして灘声転じ、白馬 江寒くして樹影稀なり。
此の別 応に須らく各の努力すべし、故郷猶お恐る 未だ同帰せざらん。


(現代語訳)
(十四番目の友韓君を江東に親を覲とるため歸省するのを見迭る詩)
いまは安史の乱の兵乱が続き、老萊子の教えをすることもできない。嘆かわしいことであるが、人間の一番為すべき親孝行さえもできぬ世なのである。
わたしはこの戦火によって今以て故郷に弟や妹を尋ねてこられる家をうしなっている。君はいずれの地に親のいる奥の場所「庭闈」を訪問されようとするのであるか。
君がゆくのに心配なのは三峡であるが、なかでも黃牛峽で、それを過ぎれば激流の音も収まるのだが、この出発の白馬の江水はまだまだ寒いし、樹のかげもしだいにみえなくなるのは寂しいことだ。
今日のこの別れに際してまずお体に気お付けご自愛されることである、なぜなら、我我はまだ同郷である洛陽に帰れるという見込みもないではないですか。


(訳注)
送韓十四江東省覲

(十四番目の友韓君を江東に親を覲とるため歸省するのを見迭る詩)
韓十四 其の名は未詳。
○江東 今の江寧の地方。晋代に、現在の江蘇省江寧県の西南に置かれた県。隋代に南京に移され、宋・明以降は府となった。
○省覲 両親におめみえにゆく。省は歸省すること。覲は親に逢うこと。 


兵戈不見老萊衣,嘆息人間萬事非。
いまは安史の乱の兵乱が続き、老萊子の教えをすることもできない。嘆かわしいことであるが、人間の一番為すべき親孝行さえもできぬ世なのである。
○兵戈 安史の乱を指す兵乱をいう。
○老萊衣 老莱子(ろうらいし)は、両親に仕えた人である。老莱子が70歳になっても、身体に派手な着物を着て、子供の格好になって遊び、子供のように愚かな振る舞いをし、また親のために食事を運ぶ時もわざと転んで子供が泣くように泣いた。これは、老莱子が70歳の年寄りになって若く美しくないところを見せると、息子もこんな歳になったのかと親が悲しむのを避け、また親自身が年寄りになったと悲しまないように、こんな振る舞いをしたのである。『二十四孝』の一人である。中国において後世の範として、孝行が特に優れた人物24人を取り上げた書物である。


我已無家尋弟妹,君今何處訪庭闈?
わたしはこの戦火によって今以て故郷に弟や妹を尋ねてこられる家をうしなっている。君はいずれの地に親のいる奥の場所「庭闈」を訪問されようとするのであるか。
○庭闈 闈は奥むきの小門、庭闈は親のいる奥の場所。杜甫は父を亡くして義母が山東にいる。洛陽の実家に母を迎えたい、そこに杜甫が帰ることをいう。


黃牛峽靜灘聲轉,白馬江寒樹影稀。
君がゆくのに心配なのは三峡であるが、なかでも黃牛峽で、それを過ぎれば激流の音も収まるのだが、この出発の白馬の江水はまだまだ寒いし、樹のかげもしだいにみえなくなるのは寂しいことだ。
○黄牛峡 峡名、三峡の一角で西陵峡の末端の部分にある。長江にある三峡のことで、天険として有名。上流から瞿塘峡・巫峡・西陵峡夷陵州(今の湖北省宜昌)の西九里にあり、高崖の間に石があって、人が刀を負って牛を牽くがごとくであり、人は黒く牛は黄いろ。
白馬江 崇慶州東北十里にある。蜀州からの出発点と考えられる。歴史地図では確認できていない。


此別應須各努力,故鄉猶恐未同歸。
今日のこの別れに際してまずお体に気お付けご自愛されることである、なぜなら、我我はまだ同郷である洛陽に帰れるという見込みもないではないですか。
○努力 自愛すること。安史の乱が平定されていないのに却って大丈夫か、ということ。
○故郷 洛陽をさすのであろう、韓もまた洛陽の人である。
○同帰 韓とおなじく洛陽にかえること。


題新津北橋棲00(韓十四が江東に省覲するを送る)
兵戈【へいか】には 老萊【ろうらい】が衣を見ず、人間の万事非なるを嘆息す。
我 己に家の弟妹を尋ぬべき無し、君今何の処にか庭闈【ていい】を訪う。
黄牛 峡静かにして灘声転じ、白馬 江寒くして樹影稀なり。
此の別 応に須らく各の努力すべし、故郷猶お恐る 未だ同帰せざらん。



三峡
三峡とは長江にある三つの峡谷のことで、天険として有名。上流から瞿塘峡・巫峡・西陵峡と並び、西は四川省奉節県の白帝城から、東は湖北省宜昌市の南津関まで全長193キロに渡る。


瞿塘峡(くとうきょう)

 奉節県の白帝城から、巫山県の大寧(だいねい)河口まで全長33キロ(うち峡谷部は8キロ).雄大・険峻なことで知られる。両岸には山々の嶺が雲をついてそぴえ立ち、刀で切り取ったような絶壁が連なる。
この峡谷の入口は、両岸の絶壁の高さが数百丈(一丈は3m余り)あるにもかかわらず、川幅は100mに達せず、そそり立つ両岸が門の形をしていることから、夔門といい、古くから「夔門は天下の雄」と讃えられている。


巫峡(ふきょう)

 西は巫山県城東の大寧河口から、東は巴東県の官渡口まで全長約40キロ。山河の秀麗さと華麗な景観は三峡第一。
巫山十二峰が南北両岸に並び、南岸の神女峰の麓には、神女が禹(夏の禹王のこと。伝説の王で治水をした)に書を授けたという、授書台があり、北岸の集仙峰の岸壁には諸葛亮の筆と伝えられる、「重崖畳嶂巫峡」の六文字(孔明碑)が彫られている。


西陵峡(せいりょうきょう)

 巴東県の官渡口から、宜昌県の南津関まで全長約120キロ(うち峡谷は42キロ)。
三峡で最も長い峡谷で風光明媚.兵書宝剣峡、黄牛峡、黄陵廟、三遊洞などの旧跡が点在する。


兵書宝剣峡(へいしょほうけんきょう)

 諸葛亮が兵書を収蔵したところと伝えられる。岩の隙間に本箱を積み重ねたような部分があり、兵書に見立てているが、これは古代巴人の岩棺葬の遺物。またその右下方に細長い岩が突起しており、大きな剣が激流を突き刺すようなイメージがあるため宝剣という。


黄牛峡

 南岸に神人が牛を牽いているような、黄牛山がある。伝説では、前述の禹王が治水を行なった際、土星が神牛に変化して角で高山を割って長江を疎通させ、その姿を絶壁に留めたと伝えられる.


黄陵廟

 旧称を黄牛廟といい、黄牛山の麓にある。山門・禹王殿・武侯祠などが現存し、武侯祠には諸葛亮撰と伝えられる「黄牛廟記」を彫った石碑がある。

寄杜位 成都5-(6) 杜甫 <459>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2240 杜甫詩1000-459-642/1500

寄杜位 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(6)) 


2013年4月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩當欲游南山行 曹植 魏詩<70> 女性詩738 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2238
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集酬従弟謝惠連 五首その(5) 謝霊運<48>西陵遇風獻康楽 その5 謝惠連 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2241 (04/18)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性風 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-139-11-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2242
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

寄杜位  成都5-(6) 杜甫 <459>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2240 杜甫詩1000-459-642/1500

詩 題:寄杜位 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(6)) 
作時 :761年7・8月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の459首目-場面5-(6)
杜甫ブログ1500回予定の-642回目  



寄杜位
近聞寬法離新州,想見懷歸尚百憂。
あなたのことは近頃情報が入ってきたが寛容なお裁きで五嶺山脈の向こうの新州であるという。いろいろ想像し心配もしてみて懐かしいし、帰りたいと思うのだ。
逐客雖皆萬裡去,悲君已是十年流!
あなたの家族もみんな追われて旅のそれではるか万里に去って行った。あなたを悲しく思いつつかれこれ10年の歳月が流れたのだ。
干戈況複塵隨眼,鬢發還應雪滿頭。
あれから戦乱は未だに終わらず何処に目をやっても戦争が終わってはいないのだ。鬢も頭髪にももうすでに雪のようなものが頭にいっぱいに載っているようなものだ。
玉壘題書心緒亂,何時更得曲江遊?
いい詩詞を書いて随分たまっているが心の中では戦争のことで落ち着きはしない。いつになったらまたあの曲江での遊宴ができるようになるのだろうか。

寄杜位
近ごろ聞く 寬法により離れて新州にあると,想見して 歸らんと懷えど 尚お百憂あり。
客を逐われ皆萬裡に去ると雖も,君を悲むは已に是れ 十年流る!
干戈【かんか】 況んや複た 塵眼に隨う,鬢發 還た應に 滿頭に雪つ。
玉壘して書を題すは心緒亂れ,何時 更に曲江の遊を得んや?

鸕鷀001













『寄杜位』 現代語訳と訳註
(本文)

近聞寬法離新州,想見懷歸尚百憂。
逐客雖皆萬裡去,悲君已是十年流!
干戈況複塵隨眼,鬢發還應雪滿頭。
玉壘題書心緒亂,何時更得曲江遊?


(下し文) 寄杜位
近ごろ聞く 寬法により離れて新州にあると,想見して 歸らんと懷えど 尚お百憂あり。
客を逐われ皆萬裡に去ると雖も,君を悲むは已に是れ 十年流る!
干戈【かんか】 況んや複た 塵眼に隨う,鬢發 還た應に 滿頭に雪つ。
玉壘して書を題すは心緒亂れ,何時 更に曲江の遊を得んや?


(現代語訳)
あなたのことは近頃情報が入ってきたが寛容なお裁きで五嶺山脈の向こうの新州であるという。いろいろ想像し心配もしてみて懐かしいし、帰りたいと思うのだ。
あなたの家族もみんな追われて旅のそれではるか万里に去って行った。あなたを悲しく思いつつかれこれ10年の歳月が流れたのだ。
あれから戦乱は未だに終わらず何処に目をやっても戦争が終わってはいないのだ。鬢も頭髪にももうすでに雪のようなものが頭にいっぱいに載っているようなものだ。
いい詩詞を書いて随分たまっているが心の中では戦争のことで落ち着きはしない。いつになったらまたあの曲江での遊宴ができるようになるのだろうか。


(訳注)
寄杜位

10年前襄陽の当時一族で出世頭であった杜位に手紙を寄せている。
『杜位宅守歲』
守歲阿戎家,椒盤已頌花。
盍簪喧櫪馬,列炬散林鴉。
四十明朝過,飛騰暮景斜。
誰能更拘束?爛醉是生涯。
・守歲 おおみそかの晩に眠らずに元日の朝を迎えること。
・戎家 中国の五帝時代から戦国時代にかけて、中国の西および北に住んでいた遊牧民族。たびたび中国の歴代王朝に侵入しては略奪をおこなった。大別して西の戎を西戎といい、北の戎を北戎という。
・椒盤 椒酒を進め酒を飲む器季節 新年分類 人事.

その杜位が五嶺山脈を越えて広東の新州に左遷されたという情報がもたらされた。そのことに寄せて返事を寄せたものである。


近聞寬法離新州,想見懷歸尚百憂。
嶺南道圖00あなたのことは近頃情報が入ってきたが寛容なお裁きで五嶺山脈の向こうの新州であるという。いろいろ想像し心配もしてみて懐かしいし、帰りたいと思うのだ。
・寬法 寛大なおとがめ。寛容なお裁き。
・新州 河南省に三国時代に設置された州。新州 (広東省) -南北朝時代に設置された州。南北朝時代、梁により広州より分割設置された。605年(大業元年)、隋朝により廃止され、管轄県は広州に統合された。現在の雲浮市及び江門市一帯に相当する。杜位がいるところは嶺南道東部 新州 新州。


逐客雖皆萬裡去,悲君已是十年流!
あなたの家族もみんな追われて旅のそれではるか万里に去って行った。あなたを悲しく思いつつかれこれ10年の歳月が流れたのだ。


干戈況複塵隨眼,鬢發還應雪滿頭。
あれから戦乱は未だに終わらず何処に目をやっても戦争が終わってはいないのだ。鬢も頭髪にももうすでに雪のようなものが頭にいっぱいに載っているようなものだ。
・干戈 1 武器。また、武力。 2 戦争。
・塵隨眼 どっちを向いても戦争での蒙塵でいっぱいということ。
・鬢發 びんと頭髪。
・雪滿頭 しらがあたま。


玉壘題書心緒亂,何時更得曲江遊?
いい詩詞を書いて随分たまっているが心の中では戦争のことで落ち着きはしない。いつになったらまたあの曲江での遊宴ができるようになるのだろうか。
・玉壘 宝玉をうずたかく積み上げること。
・題書 詩を詠って書として残していること。

野望因過常少仙 成都5-(5) 杜甫 <458>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2235 杜甫詩1000-458-641/1500

野望因過常少仙 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(5)) 

2013年4月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集酬従弟謝惠連 五首その(4) 謝霊運<47>西陵遇風獻康楽 その4 謝惠連 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2236 (04/17)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬従弟謝惠連 五首その(4) 謝霊運<47>西陵遇風獻康楽 その4 謝惠連 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2236 (04/17)
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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野望因過常少仙  成都5-(5) 杜甫 <458>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2235 杜甫詩1000-458-641/1500


詩 題:野望因過常少仙 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(5)) 
作時 :761年 7・8月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の458首目-場面5-(5)
杜甫ブログ1500回予定の-641回目  
成都盆地の西、蜀の平野にあってながめる。ついでに常少仙のところへたちよったことをのべる。761年上元二年秋、青城にあっての作。


761年7・8・9月頃、青城縣での作
5-(4)赴青城縣出成都寄陶王二少尹
5-(5)野望因過常少仙
5-(6)寄杜位
5-(7)送韓十四江東省覲
5-(8)丈人山
5-(9)送裴五赴東川
5-(10)贈虞十五司馬


野望因過常少仙
野橋齊渡馬,秋望轉悠哉!
野川にかかる橋を馬をそろえてふたりでわたる。見渡せばすっかり秋景色になり、眺めは愈々はるか先まで見通せる世になっている。
竹覆青城合,江從灌口來。
青城への街道の交差している方を竹林がおおっていてとざされているように見える。郁江の水は都江堰の港口の方から流れてくる。
入村樵徑引,嘗果栗皺開。
彼の隠棲している村にはいる杣道に進むと、みちびかれてひとりでに居宅へつく。そこでは常君がもてなしてくれる粟の実を皮をむきたべる。
落盡高天日,幽人未遣回。

空が高い秋の日がはやく落ちて、もう日がくれてしまう。隠遁生活の静かな佇まいの中で、ここの主人はまだこのわたしを帰そうとはしない。

(野望因って常少仙に過る)
野橋斉【ひと】しく馬を渡し、秋望転【うた】た悠なる哉。
竹は青城を覆いて合し、江は灌口【かんこう】従り来たる。
村に入れば樵径引く、果を嘗めて粟皺【りつしゅう】開く。
落ち尽す高天の日、幽人未だ回らしめず


都江堰002








『野望因過常少仙』 現代語訳と訳註

(本文)
野橋齊渡馬,秋望轉悠哉!
竹覆青城合,江從灌口來。
入村樵徑引,嘗果栗皺開。
落盡高天日,幽人未遣回。


(下し文) (野望因って常少仙に過る)
野橋斉【ひと】しく馬を渡し、秋望転【うた】た悠なる哉。
竹は青城を覆いて合し、江は灌口【かんこう】従り来たる。
村に入れば樵径引く、果を嘗めて粟皺【りつしゅう】開く。
落ち尽す高天の日、幽人未だ回らしめず。


(現代語訳)
野川にかかる橋を馬をそろえてふたりでわたる。見渡せばすっかり秋景色になり、眺めは愈々はるか先まで見通せる世になっている。
青城への街道の交差している方を竹林がおおっていてとざされているように見える。郁江の水は都江堰の港口の方から流れてくる。
彼の隠棲している村にはいる杣道に進むと、みちびかれてひとりでに居宅へつく。そこでは常君がもてなしてくれる粟の実を皮をむきたべる。
空が高い秋の日がはやく落ちて、もう日がくれてしまう。隠遁生活の静かな佇まいの中で、ここの主人はまだこのわたしを帰そうとはしない。


(訳注)
野望因過常少仙

○野望 成都盆地の西、蜀の平野にあってながめる。ついでに常少仙のところへたちよったことをのべる。761年上元二年秋、青城にあっての作。
○因 そのついでに。
○常少仙 常徴君のことで、常は県の尉で任にないものである。県尉の敬称を少府といい、また漢の梅福が尉となり神仙となったのによって仙尉というのにより、少府仙尉を略して少仙といったものか。この地は道教の本拠地でその関係もあるもの。また、この時、杜甫は詩を詠むグループの集まりで青城に来ているこの詩を含めて同時期に7首詠んでいる。


野橋齊渡馬,秋望轉悠哉!
野川にかかる橋を馬をそろえてふたりでわたる。見渡せばすっかり秋景色になり、眺めは愈々はるか先まで見通せる世になっている。
・野橋 灌漑用水に渡せる橋であろう。
・轉悠哉 秋の空気により、背の高い草がなくなって見晴らしが良くなるということであろうか。


竹覆青城合,江從灌口來。
青城への街道の交差している方を竹林がおおっていてとざされているように見える。郁江の水は都江堰の港口の方から流れてくる。
○港口 現在の都江堰のこと。


入村樵徑引,嘗果栗皺開。
彼の隠棲している村にはいる杣道に進むと、みちびかれてひとりでに居宅へつく。そこでは常君がもてなしてくれる粟の実を皮をむきたべる。
○村 常少仙の隠棲している居地。
○引 こちらを手びきする。
○果 くだもの。
○粟敲 敏はしわ、或は薮に作るのがよいという、軟は皮のひび、いずれにしても粟の皮をいう、これは常少仙のもてなすもの。


落盡高天日,幽人未遣回。
空が高い秋の日がはやく落ちて、もう日がくれてしまう。隠遁生活の静かな佇まいの中で、ここの主人はまだこのわたしを帰そうとはしない。
○高天 あきのそらはたかい。
○幽人 幽静なすまいをしている人、すなわち幽は隠遁していること主人の常少仙は道教の隠者である。
孟浩然詩00

赴青城縣出成都寄陶王二少尹 成都5-(4) 杜甫 <457>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2230 杜甫詩1000-457-640/1500

杜甫《赴青城縣出成都寄陶王二少尹》 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(4))

2013年4月16日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

赴青城縣出成都寄陶王二少尹  成都5-(4) 杜甫 <457>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2230 杜甫詩1000-457-640/1500

詩 題:赴青城縣出成都寄陶王二少尹 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(4)) 
作時: 761年5・6・7月  杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の457首目-場面5-(4)
杜甫ブログ1500回予定の-640回目   40744


赴青城縣出成都寄陶王二少尹
(成都を出発して青城県に赴く陶少尹と王少尹に寄せる。)
老被樊籠役,貧嗟出入勞。
あなたは老いておられるのに任務に縛られて窮屈な生活をなされておられる。高潔さゆえの貧しさには旅の出たり入ったりの苦労にきっと歎かれることでありましょう。
客情投異縣,詩態憶吾曹。
旅に出られていつも違った縣に投宿され、落ち着いた心情にはないでしょう。それをこの詩に我ら詩を読むものとしてあらわすのです。
東郭滄江合,西山白雪高。
東の城郭にいたかと思えば、長江に乗り、江南地方に入りまた次の地へと向かわれる。西の方へは天にも届く山に白雪の高き處を越えられる。
文章差底病,回首興滔滔。
こんなことでは作られる文章にもどういうわけか病をきたしてしまうというもので、首を回らせればこんなにも風興なものが豊かに流れているというものではないですか。

(成都を出で青城縣に赴く陶・王二少尹に寄す)
老いて 樊籠【はんろう】の役を被い,貧して 出入の勞を嗟【なげ】く。
客情 異縣に投じ,詩態 吾曹に憶う。
東郭 滄江に合い,西山 白雪高し。
文章は底病に差【たが】い,首を回らせば興 滔滔【とうとう】たり。


『赴青城縣出成都寄陶王二少尹』 現代語訳と訳註
(本文)
赴青城縣出成都寄陶王二少尹
老被樊籠役,貧嗟出入勞。
客情投異縣,詩態憶吾曹。
東郭滄江合,西山白雪高。
文章差底病,回首興滔滔。


(下し文)
(成都を出で青城縣に赴く陶・王二少尹に寄す)
老いて 樊籠【はんろう】の役を被い,貧して 出入の勞を嗟【なげ】く。
客情 異縣に投じ,詩態 吾曹に憶う。
東郭 滄江に合い,西山 白雪高し。
文章は底病に差【たが】い,首を回らせば興 滔滔【とうとう】たり。


(現代語訳)
(成都を出発して青城県に赴く陶少尹と王少尹に寄せる。)
あなたは老いておられるのに任務に縛られて窮屈な生活をなされておられる。高潔さゆえの貧しさには旅の出たり入ったりの苦労にきっと歎かれることでありましょう。
旅に出られていつも違った縣に投宿され、落ち着いた心情にはないでしょう。それをこの詩に我ら詩を読むものとしてあらわすのです。
東の城郭にいたかと思えば、長江に乗り、江南地方に入りまた次の地へと向かわれる。西の方へは天にも届く山に白雪の高き處を越えられる。
こんなことでは作られる文章にもどういうわけか病をきたしてしまうというもので、首を回らせればこんなにも風興なものが豊かに流れているというものではないですか。


(訳注)
赴青城縣出成都寄陶王二少尹

題新津北橋棲00成都を出発して青城県に赴く陶少尹と王少尹に寄せる
・青城縣 蜀州青城縣。(中国歴史地図より作成成都付近図B-4)唐代陸羽著『茶經にみえる。「蜀州青城縣丈人山でつくられる,青城縣散茶、「貢茶」というものが有る。 青城山は中國道教發源地の一である,屬道教名山之一。四川省都江堰市西南,古稱「丈人山」,東距成都市からは68km,都江堰水利しせつからは西南10kmのところにある。。主峰老霄頂海拔1600m。四川では名山として劍門の險、峨嵋の秀、夔門の雄齊名とあり、「青城天下幽」というてたたえられている。
・陶王二少尹  陶少尹と王少尹。少尹:副長官。


老被樊籠役,貧嗟出入勞。
あなたは老いておられるのに任務に縛られて窮屈な生活をなされておられる。高潔さゆえの貧しさには旅の出たり入ったりの苦労にきっと歎かれることでありましょう。
・樊籠・樊篭 ①鳥かご。②転じて,身体の自由や行動を拘束したりする物事。③衆生(しゆじよう)が煩悩(ぼんのう)にしばられていることをたとえていう語。


客情投異縣,詩態憶吾曹。
旅に出られていつも違った縣に投宿され、落ち着いた心情にはないでしょう。それをこの詩に我ら詩を読むものとしてあらわすのです。
・吾曹 [代]一人称の人代名詞。われわれ。われら。吾人。


東郭滄江合,西山白雪高。
東の城郭にいたかと思えば、長江に乗り、江南地方に入りまた次の地へと向かわれる。西の方へは天にも届く山に白雪の高き處を越えられる。
・東郭滄江の二句は東奔西走のようすを云う。 


文章差底病,回首興滔滔。
こんなことでは作られる文章にもどういうわけか病をきたしてしまうというもので、首を回らせればこんなにも風興なものが豊かに流れているというものではないですか。
滔滔 (1)水が勢いよく、また豊かに流れるさま。 (2)よどみなく話すさま。弁舌さわやかなさま。 (3)物事がある方向によどみなく流れゆくさま。
ocha00

聞斛斯六官未歸 成都5-(3) 杜甫 <456>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2225 杜甫詩1000-456-639/1500

聞斛斯六官未歸 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(5-(3)) 

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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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聞斛斯六官未歸  成都5-(3) 杜甫 <456>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2225 杜甫詩1000-456-639/1500


詩 題:聞斛斯六官未歸
 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(5-(3)) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の456首目-場面5-(3)
杜甫ブログ1500回予定の-639回目  




聞斛斯六官未歸
故人南郡去,去索作碑錢。
隣人の斛斯さんは江陵の南郡の方にいってしまった。行ったのは、碑文作成の仕事をするためである。
本賣文為活,翻令室倒懸。
もともと「売文」を正業としていて、それが売れなくて生活が苦しくてそれで出稼ぎに行ったのだ。
荊扉深蔓草,土銼冷寒煙。
その家の粗末な門扉にはすでに草深く出入りのようすがない。それに土鍋には冷たい冷気がしておりもうかなり火をくべていないようだ。
老罷休無賴,歸來省醉眠。

彼も老い止めるためには風来坊の生活を憩いあるものにする必要があろうに、そして帰ってこられて睡眠をとられることを少しは考えられよ。

(斛斯六官未だ歸らずを聞く)
故人 南郡に去り,去るは碑を作るの錢を索めしなり。
本は活を為すに文を賣り,翻って室をして倒懸【とうけん】せ令む。
荊扉【けいひ】には蔓草【まんそう】を深くし,土銼【どなべ】寒煙して冷やかなり。
老い罷みて無賴なるを休【や】め,歸り來りて醉眠を省りみよ。


『聞斛斯六官未歸』 現代語訳と訳註
(本文)

聞斛斯六官未歸
故人南郡去,去索作碑錢。
本賣文為活,翻令室倒懸。
荊扉深蔓草,土銼冷寒煙。
老罷休無賴,歸來省醉眠。


(下し文) (斛斯六官未だ歸らずを聞く)
故人 南郡に去り,去るは碑を作るの錢を索めしなり。
本は活を為すに文を賣り,翻って室をして倒懸【とうけん】せ令む。
荊扉【けいひ】には蔓草【まんそう】を深くし,土銼【どなべ】寒煙して冷やかなり。
老い罷みて無賴なるを休【や】め,歸り來りて醉眠を省りみよ。


(現代語訳)
隣人の斛斯さんは江陵の南郡の方にいってしまった。行ったのは、碑文作成の仕事をするためである。
もともと「売文」を正業としていて、それが売れなくて生活が苦しくてそれで出稼ぎに行ったのだ。

その家の粗末な門扉にはすでに草深く出入りのようすがない。それに土鍋には冷たい冷気がしておりもうかなり火をくべていないようだ。
彼も老い止めるためには風来坊の生活を憩いあるものにする必要があろうに、そして帰ってこられて睡眠をとられることを少しは考えられよ。


(訳注)
聞斛斯六官未歸

南鄰の人であろう。浣花渓には三軒しかなく、杜甫の飲み友達である。


故人南郡去,去索作碑錢。
隣人の斛斯さんは江陵の南郡の方にいってしまった。行ったのは、碑文作成の仕事をするためである。


本賣文為活,翻令室倒懸。
もともと「売文」を正業としていて、それが売れなくて生活が苦しくてそれで出稼ぎに行ったのだ。
・倒懸 [1]逆さまにかけること。[2]手足を縛って逆さまにつるすこと。転じて、非常な苦痛のたとえ。仏教用語「倒懸の苦」からくる。


荊扉深蔓草,土銼冷寒煙。
その家の粗末な門扉にはすでに草深く出入りのようすがない。それに土鍋には冷たい冷気がしておりもうかなり火をくべていないようだ。

老罷休無賴,歸來省醉眠。
彼も老い止めるためには風来坊の生活を憩いあるものにする必要があろうに、そして帰ってこられて睡眠をとられることを少しは考えられよ。
・無賴 1 正業に就かず、無法な行いをすること。また、そのさまや、そのような人。「―な(の)輩(やから)」2 頼みにするところのないこと。風来坊。杜甫『絶句漫興 九首 其一』「眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。」

絶句漫興九首 其一 成都浣花渓 杜甫 <445  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2170 杜甫詩1000-445-628/1500 





浣花渓草堂を建ててからの隣人関係の詩


江畔独歩尋花












遣意二首 其二
簷影微微落,津流脈脈斜。野船明細火,宿鷺起圓沙。
雲掩初弦月,香傳小樹花。鄰人有美酒,稚子也能賒。

遣意二首其二 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 5)  杜甫 <410 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1995 杜甫詩1000-410-593/1500


南鄰
錦裡先生烏角巾,園收芋栗未全貧。
慣看賓客兒童喜,得食階除鳥雀馴。
秋水纔深四五尺,野航恰受兩三人。
白沙翠竹江村暮,相送柴門月色新。
浣花渓の錦裡先生は鳥角巾を頭に乗せて隠者のすがたをしている。小さな農園でつくっている芋や栗がとれるからまったくの貧乏というのではない。
子どもは南隣のお客をみなれているので来客をみて喜び歓迎しているようだ、小鳥や、雀などもいつも外のきざはしあたりに近づいてきて物がたべよく人になれてきている。
秋の澄んだ江水がそこまでよく見え、四五尺の水深だ、そこへ二三人のれる野の小舟をうかべている。
白い沙浜のむこうに翠の竹林があり、江村も夕暮れが近づいてくる。客の朱山人を送ろうと柴門にむかうと秋の夕暮れは速く月明かりが増して新たに月があらわれたようなのである。

過南鄰朱山人水亭
相近竹参差、相通人不知。
幽花敬満樹、細水曲通池。
辟客村非違、残樽席吏移。
看君多道東、従此敷追随。
朱山隠者の庵と私の草堂は近くある、両方の敷地の間にある竹が双方の家の敷地にまで入り混じり生えている。さかえがわからぬなるほどで、そこをとおって訪問しても出入りが分からないほどなのだ。
互いに隠棲しているのでひっそりとした朱山人の庭にきてみると樹に花いっぱいに咲いている。ほそい澗水の流れが曲って池に通じている。
隣りにもかかわらず隠者同士訪問することが少ない客ではあるがちょっとだけのつもりであったのだ。しかし、飲み残しの樽を前にしては、かえるわけにはいかない、つい、また席を替えて飲みなおすのである。
朱山人、わたしは君のことをよく観察したのだが、君は道家の中で東に座るべき能力・雰囲気を多くそなえた人だ、これから、わたしはたびたびおじゃまして君に随ってあそびたいと思っているのだ。

北鄰
明府豈辭滿,藏身方告勞。
青錢買野竹,白幘岸江皋。
愛酒晉山簡,能詩何水曹。
時來訪老疾,步屧到蓬蒿。
(南隣には朱山人が住んでいて北隣はわたしだ。)そのわたしは華州でここらが潮時と官を辞したのだ、秦州同谷と経てここに隠遁している身となっている。「不敢告労」という語もあるがわたしの場合はまさに労苦を語りたいというものだ。
青銭万選の詩文を売って家の周りに綿竹を買って植えた。役人の白い帽子のような花が岸辺の曲った所に咲いている。
白い帽子で思うのは酒を愛す西晋の山簡公であり、翼詩文を書き、いつも浣花渓の流れの隈の所でたむろしている自分と重なるのである。
隠棲をした今となって自分には年を重ねていくことと持病が時に見舞われ、なにもできないことがある。今は敷き藁の上のような貧乏生活であるがなにもできないことつづくと転蓬の草ぼうぼうの野原をさまようことになるのだろうか。

客至   杜甫*〔原注〕喜雀明府相過。
舍南舍北皆春水、但見群鷗日日來。
花徑不曾緣客掃、篷門今始為君開。
盤飧市遠無兼味、樽酒家貧只舊醅。
肯與鄰翁相對飲、隔籬呼取盡餘杯。
わが家は南も北もみな春の雪解け水でみずかさがあがっている。しばらくみていると、たくさんのかもめが毎日やってくるのです。
花が咲きみだれ、散って小道に敷きひろがるが、お客があるからといって風流なので掃除しないのです。きょうはめずらしくよもぎのしげっている門を君のためなればこそ開くこといたします。
ここは市場が遠いので皿に盛る御馳走が幾種類もの用意はできないし、家が貧しいから樽の酒もてづくりのふるい濁酒があるだけです。
それでも、南隣の御爺さんも仲間にして飲むおつもりはありませんか。この垣根越しに御爺さんを呼んで残りの濁酒を飲みほさせることにしましょう。


江畔濁歩尋花七絶句 之一 
江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。
浣花渓の水面にまで花がせき、乱れ散るのに私を悩ませるのはこの花を見るのを盡し切れないことがあるからだ。そのことを訴えようにも訴えるところがないのだ。真剣に考えるあまり、ほかの事が全く考えられないほどになっている。
そこで南隣の隣人であり酒を愛し、酒の友である、朱山人の斛斯六官の所へ急いて来てみたのである。するとどうも酒を呑みに行って10日前後もたっているだろうその部屋には空しく寝台がポツンと一つあるだけである。


江畔獨步尋花七絕句 其五 
黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?
私の家から濯錦江の東側に江水を前にして黄法師の墓がある。春の風光のなかひとり歩くのも暖かで体も気怠くなり、ひとやすみするとそよ風に気怠い心を支えられる。
そこには桃の花がひとかたまり咲いている、見てくれる主もなく咲いているのだ。しかし、わたしはその愛する花のなかで紅色を愛すべきなのか、うす紅色の花を愛すべきなのか考えるが、どちらも美しくさいているのだ。だからどちらも愛すべきなのだ。



江畔獨步尋花七絕句 其六 
黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。
留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。
黄師塔のちかくに黄さんの四番目の老婆の家があり、花がいっぱいに咲き乱れた小路がある。そこには千のえだに、万の枝に花をつけていて、花の重さで枝は低く垂れている。
その花には長が戯れて舞っており、そこを去ることを知らず居つづけている、千朵萬朵の花枝のかごのなかに可愛がられている鶯がいて、おもしろく自由にホーッ、ホケキョと啼いている。


一室 成都5-(2) 杜甫 <455>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2220 杜甫詩1000-455-638/1500

一室 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(2)) 

2013年4月14日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

一室  成都5-(2) 杜甫 <455>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2220 杜甫詩1000-455-638/1500

 


詩 題:一室 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(2)) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の455首目-場面5-(2)
杜甫ブログ1500回予定の-638回目  


一室
一室他鄉遠,空林暮景懸。
この一室は他郷遠くにある、ここにある誰もいない林に夕くれの陰が長くかかってくる。
正愁聞塞笛,獨立見江船。
そんなところに愁いの思いにおちいるととりでの羌笛が聞えてくる。獨たたずむ錦江に浮んでいる船が見える。
巴蜀來多病,荊蠻去幾年?
自分は巴から蜀にかけていろんな病気を持ってきたみたいだし、国の病原菌のような安史軍はあと幾年たてば去って行くのだろうか。
應同王粲宅,留井峴山前。

まさにこの草堂も王粲の家と同じなのだ。襄陽の襄水があり、井戸端があり、峴山を前にしているように浣花渓、百花潭を前にしているのだ。
(一室)
一室 他鄉 遠く,空林 暮景に懸る。
正に愁いて塞笛を聞き,獨り立ちて江船を見る。
巴蜀 多病來りて,荊蠻 幾年か去らん?
應に同じうするは王粲の宅,井を留むるは峴山の前。



草堂002
『一室』 現代語訳と訳註
(本文)
一室他鄉遠,空林暮景懸。正愁聞塞笛,獨立見江船。
巴蜀來多病,荊蠻去幾年?應同王粲宅,留井峴山前。


(下し文) 一室
一室 他鄉 遠く,空林 暮景に懸る。
正に愁いて塞笛を聞き,獨り立ちて江船を見る。
巴蜀 多病來りて,荊蠻 幾年か去らん?
應に同じうするは王粲の宅,井を留むるは峴山の前。


(現代語訳)
この一室は他郷遠くにある、ここにある誰もいない林に夕くれの陰が長くかかってくる。
そんなところに愁いの思いにおちいるととりでの羌笛が聞えてくる。獨たたずむ錦江に浮んでいる船が見える。
自分は巴から蜀にかけていろんな病気を持ってきたみたいだし、国の病原菌のような安史軍はあと幾年たてば去って行くのだろうか。
まさにこの草堂も王粲の家と同じなのだ。襄陽の襄水があり、井戸端があり、峴山を前にしているように浣花渓、百花潭を前にしているのだ。


(訳注)
一室

この詩の初句の一部を以て詩題とした。詠史詩ということになるが、「荊蠻」という王粲の詩に基づき杜甫の住まい環境を知らしめたのであろう。


一室他鄉遠,空林暮景懸。
この一室は他郷遠くにある、ここにある誰もいない林に夕くれの陰が長くかかってくる。
・空林 誰もいない林。李白『夜泊黄山聞殷十四呉吟』「昨夜誰爲具會吟、風生萬壑振空林。」
夜泊黄山聞殷十四呉吟 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -266

謝靈運『登池上樓』
潛虯媚幽姿,飛鴻響遠音。
薄霄愧雲浮,棲川怍淵沉。
進德智所拙,退耕力不任。
徇祿反窮海,臥痾對空林。
登池上樓 #1 謝靈運<25>#1  詩集 395 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1002

『過瞿渓山飯僧』「清霽颺浮煙、空林響法鼓。」

過瞿渓山飯僧 #2 謝靈運<23>  詩集 392 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ992


正愁聞塞笛,獨立見江船。
そんなところに愁いの思いにおちいるととりでの羌笛が聞えてくる。獨たたずむ錦江に浮んでいる船が見える。


巴蜀來多病,荊蠻去幾年?
自分は巴から蜀にかけていろんな病気を持ってきたみたいだし、王粲のように国の病原菌のような安史軍はあと幾年たてば去って行くのだろうか。
・巴蜀 巴とは現在の重慶を中心として,嘉陵江流域を含む四川省東部をさし,蜀とは成都盆地を主地域とし,岷(みん)江流域に広がる西部をさす。元来はいわゆる西南夷系統に属する異民族の住地であったが,その中で巴と蜀はさらに民族・文化系統を異にした。秦がこの地を領有し,漢の武帝が巴・蜀と漢中および南中(雲南省)を含めて益州としてより,一地域として扱われるようになった。 巴には巴郡南郡蛮,板楯蛮等と同系統のものが住んでいたのであろう。
・荊蠻 春秋時代から、長江の中流域の原住民への蔑称。南の野蛮人。王粲『七哀詩』其一「復棄中國去、委身適荊蠻。」(復た中國を棄て去り、身を委して荊蠻に適く。)其二「荊蠻非吾郷」(荊蠻は吾が郷に非らず)ここでは755年安禄山が反乱を起こして以来、乱が史忠明ら、異民族の混じった者たちへとに引き継がれている安史軍の事。


應同王粲宅,留井峴山前。
まさにこの草堂も王粲の家と同じなのだ。襄陽の襄水があり、井戸端があり、峴山を前にしているように浣花渓、百花潭を前にしているのだ。
・王粲 王 粲(おう さん、熹平6年(177年) - 建安22年(217年))は、中国後漢末期の文学者・学者・政治家。字は仲宣。曾祖父は王龔(後漢の三公)。祖父は王暢(後漢の三公)。父は王謙。王凱の従兄弟。子は男子二名。兗州山陽郡高平県(現山東省)の人。文人としても名を残したため、建安の七子の一人に数えられる。
建安18年(213年)、曹操が魏公になると侍中に任命された。王粲は博学多識であり、曹操が儀礼制度を制定するときは、必ず王粲がその責任を任されたと言われている。
建安22年(217年)、41歳の若さで病死した。葬儀のとき、曹丕は王粲が驢馬の鳴き声を好んでいたことから、その鳴き真似をして送ろうと提案した。このため弔問客たちは、皆一声ずつ驢馬の鳴き声の真似をしたと伝えられている。
・留井峴山前 襄陽の襄水があり、井戸端があり、峴山を前にしている『襄沔記』「王粲宅,在襄陽縣西二十里峴山坡下,宅前有井,人呼爲仲宣井。」とある。王粲が41歳で病死した後、龐徳公が対岸の山に移り住んだ。そこは後「鹿門山」と呼ばれ、孟浩然の住いしたところだ。
杜甫像0012

進艇 成都5-(1) 杜甫 <454>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2215 杜甫詩1000-454-637/1500

進艇 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(5-(1))  


2013年4月13日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩聖皇篇 曹植 魏詩<66-#4>古詩源 巻五 女性詩733 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2213
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Ⅲ杜甫詩1000詩集進艇 成都5-(1) 杜甫 <454>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2215 杜甫詩1000-454-637/1500
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

進艇  成都5-(1) 杜甫 <454>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2215 杜甫詩1000-454-637/1500

蜀州へ旅をするため出発の前、家族団らんで過ごしたことを述べる。


詩 題:進艇 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(5-(1)) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の454首目-場面5-(1)
杜甫ブログ1500回予定の-637回目    



進艇
南京久客耕南畝,北望傷神坐北窗。
南京であるこの成都で久しく旅客となってもう2年になる。こうして南の畑を耕している。北の空遠く見れば未だ戦乱がやまず心痛めるのである。北側の窓辺では、ただ座るだけである。
晝引老妻乘小艇,晴看稚子浴清江。
夏のある日の昼の事、歳をかさねたわが妻の手を引いて江亭前で小舟に乗った。その日は晴れているので子供たちを清流で水浴びをさせてやり夫婦でこれを見守った。
俱飛蛺蝶元相逐,並蒂芙蓉本自雙。
並んで共に飛んでいる小さな腸を夫婦で初めて一緒に追い回した。又二人して芙蓉を腰に佩びとめて本来のように一対となった。
茗飲蔗漿攜所便,瓷罌無謝玉為缸。
お茶を飲んだり、サトウキビの搾り汁を用意できるに任せて持参しているし、盛酒漿等をいれる陶器でつくられた容器については富貴のものの持つ輝くような甕缶にひけを取ることはない。

(艇を進める)
南京 久しく客となり 南畝を耕じ,北望して傷神し北窗に坐る。
晝に老妻を引いて 小艇に乘り,晴れるに稚子を看【みは】りて 清江に浴す。
俱に蛺蝶飛び元【はじ】めて相い逐う,並びに芙蓉【ふよう】を蒂び 本【もと】にて自ら雙ぶ。
蔗漿【しゃしょう】を茗飲【めいいん】し便する所を攜え,瓷罌【しおう】謝無くして 玉 缸【こう】と為す。


進艇 杜甫 成都(5部)浣花渓草堂(1) 現代語訳と訳註
芙蓉33302(本文)
進艇
南京久客耕南畝,北望傷神坐北窗。
晝引老妻乘小艇,晴看稚子浴清江。
俱飛蛺蝶元相逐,並蒂芙蓉本自雙。
茗飲蔗漿攜所便,瓷罌無謝玉為缸。


(下し文)
(艇を進める)
南京 久しく客となり 南畝を耕じ,北望して傷神し北窗に坐る。
晝に老妻を引いて 小艇に乘り,晴れるに稚子を看【みは】りて 清江に浴す。
俱に蛺蝶飛び元【はじ】めて相い逐う,並びに芙蓉【ふよう】を蒂び 本【もと】にて自ら雙ぶ。
蔗漿【しゃしょう】を茗飲【めいいん】し便する所を攜え,瓷罌【しおう】謝無くして 玉 缸【こう】と為す。


(現代語訳)
南京であるこの成都で久しく旅客となってもう2年になる。こうして南の畑を耕している。北の空遠く見れば未だ戦乱がやまず心痛めるのである。北側の窓辺では、ただ座るだけである。
夏のある日の昼の事、歳をかさねたわが妻の手を引いて江亭前で小舟に乗った。その日は晴れているので子供たちを清流で水浴びをさせてやり夫婦でこれを見守った。
並んで共に飛んでいる小さな腸を夫婦で初めて一緒に追い回した。又二人して芙蓉を腰に佩びとめて本来のように一対となった。
お茶を飲んだり、サトウキビの搾り汁を用意できるに任せて持参しているし、盛酒漿等をいれる陶器でつくられた容器については富貴のものの持つ輝くような甕缶にひけを取ることはない。


(訳注)
進艇
この時代の詩として驚愕の詩である。閨情詩で妻が登場するのが精いっぱいの時代に老妻の手を引いて舟遊びをしたのである。


南京久客耕南畝,北望傷神坐北窗。
南京であるこの成都で久しく旅客となってもう2年になる。こうして南の畑を耕している。北の空遠く見れば未だ戦乱がやまず心痛めるのである。北側の窓辺では、ただ座るだけである。
・南京 成都。756年、安禄山が6月長安を落し、玄宗は途中楊貴妃を見殺し、成都に逃避した。粛宗を起て霊武を行在所とし、成都を南京とした。翌年には長安に帰る。『建都十二韻』○建都 新たに都を建置することをいう、史によると757年至徳二載に蜀郡を南京となし、鳳翔を西京となし、長安を中京となした。758年上元元年九月改めて南都を荊州に置き荊州を以て江陵府となした。759年二年九月鳳翔の西都及び江陵の南都の号をやめたが、762年宝応元年にはまた旧に復した。『建都十二韻』詩は760年上元元年荊州を南都とするときの作である。荊州を南都とするということは時の荊州刺史呂陻なるものの建議に基づく。作者はこれに反対の意見をのべたのである。

建都十二韻 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3)13-#1  杜甫 <399> #1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1940 杜甫詩1000-399-582/1500


晝引老妻乘小艇,晴看稚子浴清江。
夏のある日の昼の事、歳をかさねたわが妻の手を引いて江亭前で小舟に乗った。その日は晴れているので子供たちを清流で水浴びをさせてやり夫婦でこれを見守った。


俱飛蛺蝶元相逐,並蒂芙蓉本自雙。
並んで共に飛んでいる小さな腸を夫婦で初めて一緒に追い回した。又二人して芙蓉を腰に佩びとめて本来のように一対となった。
・芙蓉 植物の名。 フヨウのこと。とくに蓮と区別するためには「木芙蓉」とも言った。 古くは往々にして蓮(ハス)の花を指した。美女の形容としても多用された表現である。フヨウと区別するために「水芙蓉」とも。


茗飲蔗漿攜所便,瓷罌無謝玉為缸。
お茶を飲んだり、サトウキビの搾り汁を用意できるに任せて持参しているし、盛酒漿等をいれる陶器でつくられた容器については富貴のものの持つ輝くような甕缶にひけを取ることはない。
・茗 茶の木。お茶。「茗園・茗器」[難読]茗荷(みょうが)
・蔗漿 サトウキビの搾り汁。
・瓷罌 盛酒漿等をいれる陶器でつくられた容器。白磁の場合もある。
・玉為缸 輝くような甕缶。富貴のものの甕。

上元二年晩春から初夏の詩 杜甫 <444>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2165 杜甫詩1000-444-627/1500

上元二年晩春から初夏の詩 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂での48首



2013年4月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩聖皇篇 曹植 魏詩<66-#3>古詩源 巻五 女性詩732 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2208
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第五段-#6 宋玉  <00-#16>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 645 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2209
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集上元二年晩春から初夏の詩 杜甫 <444>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2165 杜甫詩1000-444-627/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集田南樹園激流植援 謝霊運<42> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2211 (04/12)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性蜀中三首 其一 鄭谷 唐五代詞・宋詩 薛濤Gs-133--#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2212
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

上元二年晩春から初夏の詩 杜甫 <444>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2165 杜甫詩1000-444-627/1500

上元二年晩春から初夏の詩 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 39)



406 4 - 1 奉酬李都督表丈早春作 五言律詩  
力疾坐清曉,來詩悲早春。轉添愁伴客,更覺老隨人。
紅入桃花嫩,青歸柳葉新。望鄉應未已,四海尚風塵。
 
407 4 - 2 西郊 五言律詩  
時出碧雞坊,西郊向草堂。市橋官柳細,江路野梅香。
傍架齊書帙,看題減藥囊。無人覺來往,疏懶意何長。
 
408 4 - 3 客至 七言律詩  
舍南舍北皆春水,但見群鷗日日來。花徑不曾緣客掃,
篷門今始為君開。盤飧市遠無兼味,樽酒家貧只舊醅。
肯與鄰翁相對飲,隔籬呼取盡餘杯。
杜甫像0012














 
409 4 - 4 遣意二首其一 五言律詩  
囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。一徑野花落,孤村春水生。
衰年催釀黍,細雨更移橙。漸喜交遊絕,幽居不用名。
 
410 4 - 5 遣意二首其二 五言律詩  
簷影微微落,津流脈脈斜。野船明細火,宿雁聚圓沙。
雲掩初弦月,香傳小樹花。鄰人有美酒,稚子也能賒。
 
411 4 - 6 漫成二首其一 五言律詩  
野日荒荒白,春流泯泯清。渚蒲隨地有,村徑逐門成。
 只作披衣慣,常從漉酒生。眼邊無俗物。多病也身輕。
 
412 4 - 7 漫成二首其二 五言律詩  
江皋已仲春,花下複清晨。仰面貪看鳥,回頭錯應人。
讀書難字過,對酒滿壺頻。近識峨眉老,知予懶是真。 
 
413 4 - 8 春夜喜雨 五言律詩   
好雨知時節,當春乃發生。隨風潛入夜,潤物細無聲。
野徑雲俱黑,江船火獨明。曉看紅濕處,花重錦官城。 
 
414 4 - 9 春水生 二絶其一 七言絶句  
二月六夜春水生,門前小灘渾欲平。
鸕鸂鸂鶒莫漫喜。吾與汝曹俱眼明。
 
415 4 - 10 春水生 二絶其二 七言絶句  
一夜水高二尺強,數日不可更禁當。
南市津頭有船賣,無錢即買系籬旁。
 
416 4 - 11 江上值水如海勢聊短述 七言律詩  
為人性僻耽佳句,語不驚人死不休。老去詩篇渾漫與,
春來花鳥莫深愁。新添水檻供垂釣,故著浮槎替入舟。
焉得思如陶謝手,令渠述作與同遊。
 
417 4 - 12 水檻遣心二首其一 五言律詩  
去郭軒楹敞,無村眺望賒。澄江平少岸,幽樹晚多花。
細雨魚兒出,微風燕子斜。城中十萬戶。此地兩三家。
 
418 4 - 13 水檻遣心二首其二 五言律詩  
蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。
不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。 
 
419 4 - 14 題新津北橋樓得郊字 五言律詩  
菖蒲03望極春城上,開筵近鳥巢。白花簷外朵,青柳檻前梢。
池水觀為政,廚煙覺遠庖。西川供客眼,惟有此江郊。
 
420 4 - 15 暮登四安寺鐘樓寄裴十迪 七言律詩  
暮倚高樓對雪峰,僧來不語自鳴鐘。孤城返照紅將斂,
近市浮煙翠且重。多病獨愁常闃寂,故人相見未從容。
知君苦思緣詩瘦,太向交遊萬事慵。
 
421 4 - 16 游修覺寺 五言律詩  
野寺江天豁,山扉花竹幽。詩應有神助,吾得及春遊。
徑石相縈帶,川雲自去留。禪枝宿眾鳥,漂轉暮歸愁。
 
422 4 - 17 後遊 五言律詩  
寺憶曾遊處,橋憐再渡時。江山如有待,花柳更無私。
野潤煙光簿,沙暄日色遲。客愁全為減,舍此複何之?
 
423 4 - 18 春水 五言律詩  
三月桃花浪,江流複舊痕。朝來沒沙尾,碧色動柴門。
接縷垂芳餌,連筒灌小園。已添無數鳥,爭浴故相喧。
 
424 4 - 19 江亭 五言律詩  
坦腹江亭臥,長吟野望時。水流心不競,雲在意俱遲。
寂寂春將晚,欣欣物自私。故林歸未得,排悶強裁詩。
 
425 4 - 20 早起 五言律詩  
春來常早起,幽事頗相關。帖石防頹岸,開林出遠山。
一丘藏曲折,緩步有躋攀。童樸來城市,瓶中得酒還。
 
426 4 - 21 可惜 五言律詩  
花飛有底急?老去願春遲。可惜歡娛地,都非少壯時。
寬心應是酒,遣興莫過詩。此意陶潛解,吾生後汝期。
 
427 4 - 22 落日 五言律詩  
落日在簾鉤,溪邊春事幽。芳菲緣岸圃,樵爨倚灘舟。
啅雀爭枝墜,飛蟲滿院遊。濁醪誰造汝?一酌散千愁。
 
428 4 - 23 獨酌 五言律詩  
步屧深林晚,開樽獨酌遲。仰蜂粘落絮,行蟻上枯梨。
簿劣慚真隱,幽偏得自怡。本無軒冕意,不是傲當時。
 
429 4 - 24 徐歩 五言律詩  
整履步青蕪,荒庭日欲晡。芹泥隨燕觜,花蕊上蜂須。
把酒從衣濕,吟詩信杖扶。敢論才見忌?實有醉如愚。
 
430 4 - 25 寒食 五言律詩  
寒食江村路,風花高下飛。汀煙輕冉冉,竹日淨暉暉。
田父要皆去,鄰家問不違。地偏相識盡,雞犬亦忘歸。
 
431 4 - 26 石鏡 五言律詩  
蜀王將此鏡,送死置空山。冥寞憐香骨,提攜近玉顏。
眾妃無複歡,千騎亦虛還。獨有傷心石,埋輪月宇間。
 
432 4 - 27 琴台 五言律詩  
茂陵多病後,尚愛卓文君。酒肆人間世,琴台日暮雲。
野花留寶靨,蔓草見羅裙。歸鳳求凰意,寥寥不複聞。
 
433 4 - 28 朝雨 五言律詩  
涼氣曉蕭蕭,江雲亂眼飄。風鴛藏近渚,雨燕集深條。
黃綺終辭漢,巢由不見堯。草堂樽酒在,幸得過清朝。
 
434 4 - 29 晩晴 五言律詩  
村晚驚風度,庭幽過雨沾。夕陽薰細草,江色映疏簾。
書亂誰能帙,杯幹可自添。時聞有餘論,未怪老夫潛。
 
435 4 - 30 高楠 五言律詩  
楠樹色冥冥,江邊一蓋青。近根開藥圃,接葉製茅亭。
落景陰猶合,微風韻可聽。尋常絕醉困,臥此片時醒。
 
436 4 - 31 惡樹 五言律詩  
獨繞虛齋裡,常持小斧柯。幽陰成頗雜,惡木翦還多。
枸杞因吾有,雞棲奈汝何?方知不材者,生長漫婆娑。
 
437 4 - 32 江畔獨步尋花七絕句 其一
 紅梅0021七言絶句  
江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。
 
438 4 - 33 江畔獨步尋花七絕句 其二
 七言絶句  
稠花亂蕊裹江濱,行步欹危實怕春。
詩酒尚堪驅使在,未須料理白頭人。
 
439 4 - 34 江畔獨步尋花七絕句 其三
 七言絶句  
江深竹靜兩三家,多事紅花映白花。
報答春光知有處,應須美酒送生涯。
 
440 4 - 35 江畔獨步尋花七絕句 其四
 七言絶句  
東望少城花滿煙,百花高樓更可憐。
誰能載酒開金盞,喚取佳人舞繡筵?
 
441 4 - 36 江畔獨步尋花七絕句 其五
七言絶句  
黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?
 
442 4 - 37 江畔獨步尋花七絕句 其六
 七言絶句  
黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。
留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。
 
443 4 - 38 江畔獨步尋花七絕句 其七
 七言絶句  
不是愛花即欲死,只恐花盡老相催。
繁枝容易紛紛落,嫩蕊商量細細開。
 
445 4 - 40 絶句漫興九首 其一
 七言絶句  
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。
 
446 4 - 41 絶句漫興九首 其二
 七言絶句  
手種桃李非無主,野老牆低還是家。
恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。
 
447 4 - 42 絶句漫興九首 其三
 七言絶句  
熟知茅齋絕低小,江上燕子故來頻。
銜泥點汙琴書內,更接飛蟲打著人。
 
448 4 - 43 絶句漫興九首 其四
 七言絶句  
二月已破三月來,漸老逢春能幾回。
莫思身外無窮事,且盡生前有限杯。
 
449 4 - 44 絶句漫興九首 其五
 七言絶句  
腸斷春江欲盡頭,杖藜徐步立芳洲。
顛狂柳絮隨風去,輕薄桃花逐水流。
 
450 4 - 45 絶句漫興九首 其六
 七言絶句  
懶慢無堪不出村,呼兒自在掩柴門。
蒼苔濁酒林中靜,碧水春風野外昏。
 
451 4 - 46 絶句漫興九首 其七
 七言絶句  
糝徑楊花鋪白氈,點溪荷葉疊青錢。
筍根雉子無人見,沙上鳧雛傍母眠。
 
452 4 - 47 絶句漫興九首 其八
 七言絶句  
舍西柔桑葉可拈,江畔細麥複纖纖。
人生幾何春已夏,不放香醪如蜜甜。
 
453 4 - 48 絶句漫興九首 其九 七言絶句  
隔戶楊柳弱裊裊,恰似十五女兒腰。
誰謂朝來不作意?狂風挽斷最長條。
菜の花001

絶句漫興九首 其九 成都浣花渓 杜甫 <453>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2210 杜甫詩1000-453-636/1500

絶句漫興九首其九 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 48)  

2013年4月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其九 成都浣花渓 杜甫 <453>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2210 杜甫詩1000-453-636/1500



詩 題:絶句漫興九首其九 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 48) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の453首目-場面4 – 48
杜甫ブログ1500回予定の-636回目  




 4-40.
絶句漫興 九首 其一
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。
旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。

2 4-41 
絶句漫興 九首 其二
手種桃李非無主,野老牆低還是家。
恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。
濯錦江の私の農園を「浣花」の花園にする計画で自分が手ずから種えた桃や李は他の主がないところで花を咲かせているものとは同じであるわけはない。一昨年この地にきて隠棲しているこの老人の家の墻はたしかに低いにはひくいがそれでも隠棲している家としてはこんなものだ。
それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうぺからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。

3 4-42 
絶句漫興 九首 其三
熟知茅齋絕低小,江上燕子故來頻。
銜泥點汙琴書內,更接飛蟲打著人。
もうよく知っているはずであるのだが我家の茅で葺いた家に極端に低くて小さい所に、濯錦江の上に飛んでいるつばめが頻繁にやってくる。
泥を口に銜え巣作りをして懸命にするのはいいのだが、わたしの琴や書籍と部屋内にそれを落して汚していくのだ。そしてさらによくあることは、飛んで行って虫を取るのだけれど家の中から出てきた人にぶっつかってしまうこともあるのだ。

 4-43 
絶句漫興 九首 其四
二月已破三月來,漸老逢春能幾回。
莫思身外無窮事,且盡生前有限杯。
二月も終わってしまって三月がやって来た。ようやく春をここで迎えたがいくつか廻ってきた分だけ老いたのだ。(でも、いい春をむかえたなあ。)
確かに、故郷を離れ、官から離れているけれど仕事を責任を持ち突き詰めてやることはないのである。そしてこの生涯、どんなに頑張っても酒を呑めることには限りがあるというものだ。
(だから心行くまで呑み続けたいものだ。)


5 4 – 44
絶句漫興 九首 其五 
腸斷春江欲盡頭,杖藜徐步立芳洲。
顛狂柳絮隨風去,輕薄桃花逐水流。
春についての思いの高まりが消失していく濯錦江に春景色が終わろうとしている。仙人が持つ藜の杖をついておもむろにあるき、そして花が咲き誇り香が漂う中洲に立つのである。
柳絮が吹雪のように飛び交いまるで狂うほど乱舞し、強いか座が吹いて遠く飛ばされている。桃の花がさいてはいるが値打ちが低くなっている落ちた花弁は水の流れに消えていくのである。

6 4 – 45
絶句漫興 九首 其六
懶慢無堪不出村,呼兒自在掩柴門。
蒼苔濁酒林中靜,碧水春風野外昏。
自分は懶惰、怠慢で、そのうえものごとに堪えることの無いものであるから村からそとへはでないのだ、きままに家ですごし、こどもを呼んでは柴門をとざさせている。
庭から続く蒼苔は林の中まで敷つめていて静かであるから濁酒はすすむ。碧水をたたえた濯錦江を春風が吹きわたり、遠い野はらは何の変りもなく暮れていく。
7 4 – 46
紅梅0021絕句漫興 九首 其七
糝徑楊花鋪白氈,點溪荷葉疊青錢。
筍根雉子無人見,沙上鳧雛傍母眠。
柳絮や楊花が路に落ちて雑炊の厚ての白い絨毯を敷き詰めたように見える小道をすすむ。濯錦江に灌ぐ点在した渓水には蓮の葉が靑銅銭を重ねているようだ。
静かな竹林に進むと若竹の根元に人には見えない小さ な竹の子がきっと人知れずひそんでいる。濯錦江の中洲の沙には野鴨の雛がひねもす母鴨の傍で寝ている。

8 4 – 47
絶句漫興九首  其八 
舍西柔桑葉可拈,江畔細麥複纖纖。
人生幾何春已夏,不放香醪如蜜甜。
北鄰の官舎から我家の西の方にかけて植えている桑畑の桑の葉の新芽のやわらかい葉を摘みとる。濯錦江の河畔には越冬して育ってきた麦が細く長く伸びてきている。
人生それほど長くはないものであるが、春も終わりもう夏になっている。作っているお酒の醪の香醇な香りももう八しられなくなってきて蜂蜜のようにとても甘くなっている。(季節は本当に変わっている。)

9   4 – 48
『絕句漫興九首』其九
隔戶楊柳弱裊裊,恰似十五女兒腰。
柴門の扉の向こうに柳並木が見え、若い枝はやわらかくかぜにゆれている。それはまるで大人になり立ての初々しい十五の細腰のようである。
誰謂朝來不作意?狂風挽斷最長條。

そんなに若々しいものであっても、誰かが言っているように暮れて行き朝が来るようにとろうと思わないで年を取っていくものであるし、又、狂ったような強風によって最も長くて若々しいその細腰も、引っ張り、引き戻して断ち切られることだってあるのである。


(絕句漫興九首 其の九) 
戶を隔てて楊柳 弱らかく裊裊とし,恰【あたか】も十五 女兒の腰に似たり。
誰か謂う 朝來して 意を作さざらん?狂風 挽斷するは 最も長條なるも。

江畔独歩尋花


『絕句漫興九首』其九 
現代語訳と訳註
(本文)

隔戶楊柳弱裊裊,恰似十五女兒腰。
誰謂朝來不作意?狂風挽斷最長條。


(下し文)
(絕句漫興九首 其の九) 
戶を隔てて楊柳 弱らかく裊裊とし,恰【あたか】も十五 女兒の腰に似たり。
誰か謂う 朝來して 意を作さざらん?狂風 挽斷するは 最も長條なるも。


(現代語訳)
柴門の扉の向こうに柳並木が見え、若い枝はやわらかくかぜにゆれている。それはまるで大人になり立ての初々しい十五の細腰のようである
そんなに若々しいものであっても、誰かが言っているように暮れて行き朝が来るようにとろうと思わないで年を取っていくものであるし、又、狂ったような強風によって最も長くて若々しいその細腰も、引っ張り、引き戻して断ち切られることだってあるのである。

菖蒲02
(訳注)
絶句漫興九首 其九
(絶句漫興 九首、その九)
興にふれてふとつくった絶句、上元二年春浣花の草堂にあっての作
其八に桑葉が出た、桑畑は儒教では美しい賢女が働く場である。その故事に基づいて 其九はうたわれる。ここまでは触れなかったのであるが、この漫興九首シリーズは杜甫には珍しい、「男女に関する隠語(閨情詩の用語)」で歌われているのである。ここまで述べた訳語とまったく異なった閨情詩でもある。杜甫の評価は儒者ほど高い評価をしており、儒者は頽廃として閨情詩を嫌った。そのためこの漫興九首の評価が低く、取り上げられることが少なかったのである。しかし、杜甫の描析研究においてきわめてこの「漫興九首」は重要な作品集なのである。私はこうした意味においても杜甫詩は一詩たりともはしょったり、良いとこどりをして自分の論理にあてはめていく方法の論文しかないことを止めなければいけないと思うのである。


隔戶楊柳弱裊裊,恰似十五女兒腰。
柴門の扉の向こうに柳並木が見え、若い枝はやわらかくかぜにゆれている。それはまるで大人になり立ての初々しい十五の細腰のようである
・戶 杜甫の家には柴門に扉があるだけである。その向こうに柳並木が見えるのである。楊は男性を示すヤナギで、柳は女性を示すヤナギなのである。それが柴門・扉の向こうにあるということ。これは閨情詩では男女の性交をあらわす句なのだ。柳は肉感女性ではなく、嬌細腰の女性、傾国の細腰をいう。
・裊裊 【じょうじょう】①風が木などを揺らす、ゆらゆらゆれるさま。②声が続いて絶えないさま。嫋嫋。③しなやかにまといつくさま。男女の絡み合いを示す用語である。
・恰似ちょうど…のようである.
・十五女兒腰 細腰。十五は女の成人の年=結髪。大人になり立ての初々しい嬌細腰である


誰謂朝來不作意?狂風挽斷最長條。
そんなに若々しいものであっても、誰かが言っているように暮れて行き朝が来るようにとろうと思わないで年を取っていくものであるし、又、狂ったような強風によって最も長くて若々しいその細腰も、引っ張り、引き戻して断ち切られることだってあるのである。
・朝來 時の経過をいう。「暮去朝來」.に基づく。『例子』「黃昏過去,清晨又到來。謂歲月流逝。」
・不作意 現在の事実・事象に対して積極的に働きかける行動をとらず,それらの事実・事象を放置。見晴らしを妨げる行為をしないなど。
挽斷 引っ張り、引き戻して断ち切ること。
最長條 最も長い柳の枝。

絶句漫興九首 其八 成都浣花渓 杜甫 <452>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2205 杜甫詩1000-452-635/1500

絶句漫興九首其八 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 47)  



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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其八 成都浣花渓 杜甫 <452>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2205 杜甫詩1000-452-635/1500


詩 題:絶句漫興九首其八 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 47) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の452首目-場面4 – 47
杜甫ブログ1500回予定の-635回目  


8 4 – 47
絶句漫興九首  其八 
舍西柔桑葉可拈,江畔細麥複纖纖。
北鄰の官舎から我家の西の方にかけて植えている桑畑の桑の葉の新芽のやわらかい葉を摘みとる。濯錦江の河畔には越冬して育ってきた麦が細く長く伸びてきている。
人生幾何春已夏,不放香醪如蜜甜。

人生それほど長くはないものであるが、春も終わりもう夏になっている。作っているお酒の醪の香醇な香りももう放たれなくなってきて蜂蜜のようにとても甘くなっている。(季節は本当に変わっている。)
舍の西 柔らかき桑 葉は拈る可し,江畔の細麥【さいばく】複た纖纖【せんせん】たり。
人生 幾何か 春已に夏,香醪【こうろう】を放たず 蜜の如く甜【てん】。

DCF00106













『絕句漫興九首』其八 現代語訳と訳註
(本文)

 舍西柔桑葉可拈,江畔細麥複纖纖。
人生幾何春已夏,不放香醪如蜜甜。


(下し文)
舍の西 柔らかき桑 葉は拈る可し,江畔の細麥【さいばく】複た纖纖【せんせん】たり。
人生 幾何か 春已に夏,香醪【こうろう】を放たず 蜜の如く甜【てん】。

(現代語訳)
北鄰の官舎から我家の西の方にかけて植えている桑畑の桑の葉の新芽のやわらかい葉を摘みとる。濯錦江の河畔には越冬して育ってきた麦が細く長く伸びてきている。
人生それほど長くはないものであるが、春も終わりもう夏になっている。作っているお酒の醪の香醇な香りももう放たれなくなってきて蜂蜜のようにとても甘くなっている。(季節は本当に変わっている。)

(訳注)
絶句漫興 九首 其八

興にふれてふとつくった絶句、上元二年春浣花の草堂にあっての作。草堂の周囲、生活の中で春から夏への変化に気づく。

  
舍西柔桑葉可拈,江畔細麥複纖纖。
初夏001北鄰の官舎から我家の西の方にかけて植えている桑畑の桑の葉の新芽のやわらかい葉を摘みとる。濯錦江の河畔には越冬して育ってきた麦が細く長く伸びてきている。
・柔桑 やわらかい桑の葉を摘む。『詩経、豳風、七月』「女执懿筐,遵彼微行,爰求柔桑。」(女は懿筐を執り,彼の微行に遵って,爰に柔桑を求む。)
・拈 ひねる。つまむ。
麦(むぎ)とは、コムギ、オオムギ、ライムギ、エンバクなど[1]の、外見の類似したイネ科穀物の総称である。二年草であることから、去年草(こぞくさ)という異称がある。二年生植物は、1年目には茎や葉、根などの栄養器官を形成して、そのまま休眠して越冬する。そして2年目の春、あるいは夏に開花し、種子を生産して枯れ、生活環を終える。この2年目の春から初夏の段階の麦の状態を「細麥」としたのであろう。
・現代では、細麦(ささめむぎ)とは
1.麦は押麦などの主食用のほかパン、麺類、麦茶、麦味噌、焼酎、ビールなどに使用されている。用途に応じて強力粉、中力粉、薄力粉などに精製される。
2.麦の粒にはミリ単位の普通粒、大粒などがあり、その中でもおよそ2mm以下のふるいにかけられて通過した麦を「細麦」と呼ぶ。「細麦」は粒形が均一で。硬質粒が少なく、つるつるモチモチとした食感が特徴である。
・纖纖 ほっそりとしているさま。かぼそいさま。 「纖纖たる細腰に軽綺の長裾を曳き/佳人之奇遇)」 
『泛溪』
落景下高堂,進舟泛回溪。誰謂築居小,未盡喬木西。
遠郊信荒僻,秋色有餘淒。練練峰上雪,纖纖雲表霓。
童戲左右岸,罟弋畢提擕。翻倒荷芰亂,指揮徑路迷。
得魚已割鱗,采藕不洗泥。人情逐鮮美,物賤事已睽。
吾村靄暝姿,異舍雞亦棲。蕭條欲何適,出處無可齊。
衣上見新月,霜中登故畦。濁醪自初熟,東城多鼓鼙。
泛溪 杜甫 成都(3)浣花渓の草(3 -8-#1)  杜甫 <394-#1 五言古詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1903 杜甫詩1000-394-575/1500


人生幾何春已夏,不放香醪如蜜甜。
人生それほど長くはないものであるが、春も終わりもう夏になっている。作っているお酒の醪の香醇な香りももう放たれなくなってきて蜂蜜のようにとても甘くなっている。(季節は本当に変わっている。)
幾何 1 数量・程度の不明・不定なことをいう語。どれほど。2ある程度。若干。3 あとに係助詞「も」と打消しの語を伴って、数量・程度が多くないことを表す。
・醪 もろみ。
・蜜甜 ひじょうにあまい。蜜:はちみつ。甜:あまいもの。・甜茶(てんちゃ)、中国茶の中で植物学上の茶とは異なる木の葉から作られた甘いお茶の総称。古くからある薬草茶の一つ。

絶句漫興九首 其七 成都浣花渓 杜甫 <451>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2200 杜甫詩1000-451-634/1500

絶句漫興九首其七 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 46) 


2013年4月9日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其七 成都浣花渓 杜甫 <451>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2200 杜甫詩1000-451-634/1500



詩 題:絶句漫興九首其七 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 46) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の451首目-場面4 – 46
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4-40.
絶句漫興 九首 其一
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。
即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。

4-41 絶句漫興 九首 其二
手種桃李非無主,野老牆低還是家。
濯錦江の私の農園を「浣花」の花園にする計画で自分が手ずから種えた桃や李は他の主がないところで花を咲かせているものとは同じであるわけはない。一昨年この地にきて隠棲しているこの老人の家の墻はたしかに低いにはひくいがそれでも隠棲している家としてはこんなものだ。
恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。
それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうぺからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。

4-42 絶句漫興 九首 其三
熟知茅齋絕低小,江上燕子故來頻。
もうよく知っているはずであるのだが我家の茅で葺いた家に極端に低くて小さい所に、濯錦江の上に飛んでいるつばめが頻繁にやってくる。
銜泥點汙琴書內,更接飛蟲打著人。
泥を口に銜え巣作りをして懸命にするのはいいのだが、わたしの琴や書籍と部屋内にそれを落して汚していくのだ。そしてさらによくあることは、飛んで行って虫を取るのだけれど家の中から出てきた人にぶっつかってしまうこともあるのだ。

4-43 絶句漫興 九首 其四
二月已破三月來,漸老逢春能幾回。
二月も終わってしまって三月がやって来た。ようやく春をここで迎えたがいくつか廻ってきた分だけ老いたのだ。(でも、いい春をむかえたなあ。)
莫思身外無窮事,且盡生前有限杯。

確かに、故郷を離れ、官から離れているけれど仕事を責任を持ち突き詰めてやることはないのである。そしてこの生涯、どんなに頑張っても酒を呑めることには限りがあるというものだ。
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4 – 44絶句漫興 九首 其五 
腸斷春江欲盡頭,杖藜徐步立芳洲。
春についての思いの高まりが消失していく濯錦江に春景色が終わろうとしている。仙人が持つ藜の杖をついておもむろにあるき、そして花が咲き誇り香が漂う中洲に立つのである。
顛狂柳絮隨風去,輕薄桃花逐水流。

柳絮が吹雪のように飛び交いまるで狂うほど乱舞し、強いか座が吹いて遠く飛ばされている。桃の花がさいてはいるが値打ちが低くなっている落ちた花弁は水の流れに消えていくのである。

6 4 – 45絶句漫興 九首 其六
懶慢無堪不出村,呼兒自在掩柴門。
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蒼苔濁酒林中靜,碧水春風野外昏。
庭から続く蒼苔は林の中まで敷つめていて静かであるから濁酒はすすむ。碧水をたたえた濯錦江を春風が吹きわたり、遠い野はらは何の変りもなく暮れていく。

74 – 46
絕句漫興 九首 其七
糝徑楊花鋪白氈,點溪荷葉疊青錢。
柳絮や楊花が路に落ちて雑炊の厚ての白い絨毯を敷き詰めたように見える小道をすすむ。濯錦江に灌ぐ点在した渓水には蓮の葉が靑銅銭を重ねているようだ。
筍根雉子無人見,沙上鳧雛傍母眠。

静かな竹林に進むと若竹の根元に人には見えない小さ な竹の子がきっと人知れずひそんでいる。濯錦江の中洲の沙には野鴨の雛がひねもす母鴨の傍で寝ている。

糝徑【しんけい】楊花【ようか】白氈【はくせん】に鋪【し】き,點溪【てんけい】荷葉【かよう】青錢【せいせん】を疊す。
筍根【じゅんこん】雉子【ちし】人見る無く,沙上【さじょう】鳧雛【ふすう】母の傍【かたわ】らに眠る。

『絕句漫興九首』其七 現代語訳と訳註
hasu005


(本文) 絕句漫興 九首 其七
糝徑楊花鋪白氈,點溪荷葉疊青錢。
筍根雉子無人見,沙上鳧雛傍母眠。


(下し文)
糝徑【しんけい】楊花【ようか】白氈【はくせん】に鋪【し】き,點溪【てんけい】荷葉【かよう】青錢【せいせん】を疊す。
筍根【じゅんこん】雉子【ちし】人見る無く,沙上【さじょう】鳧雛【ふすう】母の傍【かたわ】らに眠る。


(現代語訳)
柳絮や楊花が路に落ちて雑炊の厚ての白い絨毯を敷き詰めたように見える小道をすすむ。濯錦江に灌ぐ点在した渓水には蓮の葉が靑銅銭を重ねているようだ。
静かな竹林に進むと若竹の根元に人には見えない小さ な竹の子がきっと人知れずひそんでいる。濯錦江の中洲の沙には野鴨の雛がひねもす母鴨の傍で寝ている。


(訳注)
絕句漫興 九首 其七

komichi03興にふれてふとつくった絶句、上元二年春浣花の草堂にあっての作。絶句は起承転結を絶対条件で、対句は絶対条件ではない。この詩はその両者が見事に詠いあげられている、この九首の中のハイライトというべき詩であろう。その詩は読み下しをして読むよりそのまま音読みした方が良くわかる。或は勉強のためにはいろんな読み方をしても面白いかもしれない。


糝徑楊花鋪白氈,點溪荷葉疊青錢。
柳絮や楊花が路に落ちて雑炊の厚ての白い絨毯を敷き詰めたように見える小道をすすむ。濯錦江に灌ぐ点在した渓水には蓮の葉が靑銅銭を重ねているようだ。
・糝徑楊花 柳絮や楊花が路に落ちて雑炊のように見える道を云う。糝:(1)米の粉をかきまぜて煮たてたあつもの。(2)雑炊。「径に糝【まじ】えて」とよむのは意味が違うことになりまちがい。読みやすい詩は間違えやすいから注意。
・鋪白氈  氈:獣毛を縮絨(しゅくじゅう)した布。「氈褥(せんじょく)/毛氈」
・點溪荷葉 蓮の葉が点在した渓水。浣花渓は錦江の予水池のような場所で湿地沼地が点在してそれが錦江につながっているところで、「渓」は渓谷ではなく、谷川ではない水路と小路なのだ。「渓に点じて」とよむもここの地形を考えると間違いで「点渓」があり、そこに荷葉があり、景色が移動する様子を讀まないといけない。杜甫の詩は王維と違って、謝靈運、孟浩然などと同様、動いた景色を詠みこんでいることに注目する。
・青錢 青銅銭のこと。蓮の葉が穴の空いた銅銭が散らばって水に浮いているように見るえ。


筍根雉子無人見,沙上鳧雛傍母眠。
静かな竹林に進むと若竹の根元に人には見えない小さ な竹の子がきっと人知れずひそんでいる。濯錦江の中洲の沙には野鴨の雛がひねもす母鴨の傍で寝ている。
・筍根 竹の子、若竹のこと。
・雉子 「若竹の根元に人には見えない小さ な竹の子(稚子)がひそんでいる」こと。
・鳧雛 岸の砂上ではカモの雛が親ガモのそばで 寝ている。

絶句漫興九首 其六 成都浣花渓 杜甫 <450>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2195 杜甫詩1000-450-633/1500

絶句漫興九首其六 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 45) 


2013年4月8日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性

寄贈薛濤  元稹  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-129--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2192

 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其六 成都浣花渓 杜甫 <450>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2195 杜甫詩1000-450-633/1500


詩 題:絶句漫興九首其六 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 45) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の450首目-場面4 – 45
杜甫ブログ1500回予定の-633回目




4-40.
絶句漫興 九首 其一
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。
即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。

4-41 絶句漫興 九首 其二
手種桃李非無主,野老牆低還是家。
濯錦江の私の農園を「浣花」の花園にする計画で自分が手ずから種えた桃や李は他の主がないところで花を咲かせているものとは同じであるわけはない。一昨年この地にきて隠棲しているこの老人の家の墻はたしかに低いにはひくいがそれでも隠棲している家としてはこんなものだ。
恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。

それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうぺからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。

4-42 絶句漫興 九首 其三
熟知茅齋絕低小,江上燕子故來頻。
もうよく知っているはずであるのだが我家の茅で葺いた家に極端に低くて小さい所に、濯錦江の上に飛んでいるつばめが頻繁にやってくる。
銜泥點汙琴書內,更接飛蟲打著人。
泥を口に銜え巣作りをして懸命にするのはいいのだが、わたしの琴や書籍と部屋内にそれを落して汚していくのだ。そしてさらによくあることは、飛んで行って虫を取るのだけれど家の中から出てきた人にぶっつかってしまうこともあるのだ。

4-43 絶句漫興 九首 其四
二月已破三月來,漸老逢春能幾回。
二月終わってしまって三月がやって来た。ようやく春をここで迎えたがいくつか廻ってきた分だけ老いたのだ。(でも、いい春をむかえたなあ。)
莫思身外無窮事,且盡生前有限杯。
確かに、故郷を離れ、官から離れているけれど仕事を責任を持ち突き詰めてやることはないのである。そしてこの生涯、どんなに頑張っても酒を呑めることには限りがあるというものだ。
(だから心行くまで呑み続けたいものだ。)


4 – 44絶句漫興 九首 其五 
腸斷春江欲盡頭,杖藜徐步立芳洲。
春についての思いの高まりが消失していく濯錦江に春景色が終わろうとしている。仙人が持つ藜の杖をついておもむろにあるき、そして花が咲き誇り香が漂う中洲に立つのである。
顛狂柳絮隨風去,輕薄桃花逐水流。
柳絮が吹雪のように飛び交いまるで狂うほど乱舞し、強いか座が吹いて遠く飛ばされている。桃の花がさいてはいるが値打ちが低くなっている落ちた花弁は水の流れに消えていくのである。

6 4 – 45絶句漫興 九首 其六
懶慢無堪不出村,呼兒自在掩柴門。
自分は懶惰、怠慢で、そのうえものごとに堪えることの無いものであるから村からそとへはでないのだ、きままに家ですごし、こどもを呼んでは柴門をとざさせている。
蒼苔濁酒林中靜,碧水春風野外昏。
庭から続く蒼苔は林の中まで敷つめていて静かであるから濁酒はすすむ。碧水をたたえた濯錦江を春風が吹きわたり、遠い野はらは何の変りもなく暮れていく。

懶慢【らんまん】堪うる無く村を出でず、児を呼び自ら在りて柴門を掩【おお】わしむ。
蒼苔【そうたい】濁酒 林中 静かに、碧水【へきすい】春風 野外 昏【くら】し。

杜甫草堂01

『絕句漫興九首』其六 現代語訳と訳註
(本文)
絶句漫興 九首 其六
懶慢無堪不出村,呼兒自在掩柴門。
蒼苔濁酒林中靜,碧水春風野外昏。


(下し文)
懶慢【らんまん】堪うる無く村を出でず、児を呼び自ら在りて柴門を掩【おお】わしむ。
蒼苔【そうたい】濁酒 林中 静かに、碧水【へきすい】春風 野外 昏【くら】し。

(現代語訳)
自分は懶惰、怠慢で、そのうえものごとに堪えることの無いものであるから村からそとへはでないのだ、きままに家ですごし、こどもを呼んでは柴門をとざさせている。
庭から続く蒼苔は林の中まで敷つめていて静かであるから濁酒はすすむ。碧水をたたえた濯錦江を春風が吹きわたり、遠い野はらは何の変りもなく暮れていく。


(訳注) 6 4 – 45
絶句漫興九首
(絶句漫興 九首)
興にふれてふとつくった絶句、隠棲生活、今日も何事もなく暮れていく。761年上元二年春浣花の草堂にあっての作
   
 絶句漫興 九首 其六
懶慢無堪不出村,呼兒自在掩柴門。

自分は懶惰、怠慢で、そのうえものごとに堪えることの無いものであるから村からそとへはでないのだ、きままに家ですごし、こどもを呼んでは柴門をとざさせている。
○懶慢 ぶしよう。懶:ものうく。怠ける。懶惰。慢:おこたる。怠慢。あなどる。高慢。軽んずる。緩慢。
○無堪 事物に処するのに堪えるもののないこと、不才無能をいう。
〇自在或は日在 日日在家の意、日在は或は自在に作る、自在はきままにの意。
komichi03○柴門 杜甫『野老』
野老籬邊江岸迴,柴門不正逐江開。
漁人網集澄潭下,估客船隨返照來。
長路關心悲劍閣,片雲何意傍琴台?
王師未報收東郡,城闕秋生畫角哀。
 野老 杜甫 <373  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1799 杜甫詩 1000- 549
南鄰
錦裡先生烏角巾,園收芋栗未全貧。
慣看賓客兒童喜,得食階除鳥雀馴。
秋水纔深四五尺,野航恰受兩三人。
白沙翠竹江村暮,相送柴門月色新。

南鄰 杜甫 成都(3)浣花渓の草堂(3 -1)  <383  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1859 杜甫詩1000-383-564/1500

『春水』
三月桃花浪,江流複舊痕。
朝來沒沙尾,碧色動柴門。
接縷垂芳餌,連筒灌小園。
已添無數鳥,爭浴故相喧。

春水 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 18)  杜甫 <423  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2060 杜甫詩1000-423-606/1500


蒼苔濁酒林中靜,碧水春風野外昏。
庭から続く蒼苔は林の中まで敷つめていて静かであるから濁酒はすすむ。碧水をたたえた濯錦江を春風が吹きわたり、遠い野はらは何の変りもなく暮れていく。
○蒼苔濁酒林中靜 蒼苔:草堂付近の林には苔が群生して敷き詰められていたようすをいう。幽竹、蒼苔は人気のないことを示す隠棲をあらわす言葉。
○碧水春風野外昏 江を隔てた遠野のさま。
○昏 何の変りもなく暮れていく。

絶句漫興九首 其五 成都浣花渓 杜甫 <449>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2190 杜甫詩1000-449-632/1500

絶句漫興九首其五 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 44)  


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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其五 成都浣花渓 杜甫 <449>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2190 杜甫詩1000-449-632/1500


詩 題:絶句漫興九首其五 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 44) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の449首目-場面4 – 44
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4 – 44絶句漫興 九首 其五 
腸斷春江欲盡頭,杖藜徐步立芳洲。
春についての思いの高まりが消失していく濯錦江に春景色が終わろうとしている。仙人が持つ藜の杖をついておもむろにあるき、そして花が咲き誇り香が漂う中洲に立つのである。
顛狂柳絮隨風去,輕薄桃花逐水流。

柳絮が吹雪のように飛び交いまるで狂うほど乱舞し、強いか座が吹いて遠く飛ばされている。桃の花がさいてはいるが値打ちが低くなっている落ちた花弁は水の流れに消えていくのである。
杏の花001
腸斷 春江 盡きんと欲するの頭【ほと】り,藜【あかざ】に杖して徐【おもむろ】に步み芳洲に立つ。
顛狂 柳絮 風に隨って去り,輕薄 桃花 水流に逐う。




『絕句漫興九首』其五 現代語訳と訳註
(本文)

腸斷春江欲盡頭,杖藜徐步立芳洲。
顛狂柳絮隨風去,輕薄桃花逐水流。


(下し文)
腸斷 春江 盡きんと欲するの頭【ほと】り,藜【あかざ】に杖して徐【おもむろ】に步み芳洲に立つ。
顛狂 柳絮 風に隨って去り,輕薄 桃花 水流に逐う。


(現代語訳)

初夏001春についての思いの高まりが消失していく濯錦江に春景色が終わろうとしている。仙人が持つ藜の杖をついておもむろにあるき、そして花が咲き誇り香が漂う中洲に立つのである。
柳絮が吹雪のように飛び交いまるで狂うほど乱舞し、強いか座が吹いて遠く飛ばされている。桃の花がさいてはいるが値打ちが低くなっている落ちた花弁は水の流れに消えていくのである。


(訳注)
絶句漫興九首(絶句漫興 九首)
興にふれてふとつくった絶句、上元二年春浣花の草堂にあっての作

  
腸斷春江欲盡頭,杖藜徐步立芳洲。
春についての思いの高まりが消失していく濯錦江に春景色が終わろうとしている。仙人が持つ藜の杖をついておもむろにあるき、そして花が咲き誇り香が漂う中洲に立つのである。
○腸斷 思いのたかまりが消失していくこと。
○春江 春景色の濯錦江。
○欲盡頭 春を盛りにしていた景色の構成要素が消滅していくこと。
○藜 アカザ科の一年草。空き地や路傍に生え、高さ約1.5メートル。茎は堅い。葉はひし形に近い卵形で、縁は波形。若葉は紅色をし、食べられる。晩夏、黄緑色の小花が穂状に密生する。中国の原産。近縁種にシロザがある。仙人にとっては必携の「アカザの杖(あかざのつえ)」であるが、中風の予防になるとして昔から有名である。
江畔独歩尋花○徐步 おもむろにあるく。杜甫『徐步』
整履步青蕪,荒庭日欲晡。芹泥隨燕觜,花蕊上蜂須。
把酒從衣濕,吟詩信杖扶。敢論才見忌?實有醉如愚。
おもむろにあるく。前詩『獨酌』では酔っていない段階の詩を書き、酔い覚ましに散歩した様子を詠う。
○芳洲 草堂の前の中洲に『江畔獨步尋花七絕句』で詠っているので参照。杜甫の草堂で濯錦江はコの字に湾曲している。そこには大きな洲が出来ていた。


顛狂柳絮隨風去,輕薄桃花逐水流。
柳絮が吹雪のように飛び交いまるで狂うほど乱舞し、強いか座が吹いて遠く飛ばされている。桃の花がさいてはいるが値打ちが低くなっている落ちた花弁は水の流れに消えていくのである。
○顛狂 気が狂う。動作が落ち着かないことの喩え。顛:てっぺん。物の先端。逆さになる。ひっくり返る。
○柳絮 白い綿毛のついた柳の種子。また、それが春に飛び漂うこと。《季 春》。
○輕薄 (1)言動に慎重さを欠いて、誠意や真実みの感じられないさま。考えが浅くて信頼できないさま。おちつきがない。 (2)相手の機嫌をとるような言葉や行動。おべっか。ついしょう。 (3)軽くて薄いこと。きょうはく。(4)値打ちが低い。

絶句漫興九首 其四 成都浣花渓 杜甫 <448>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2185 杜甫詩1000-448-631/1500

絶句漫興九首其四 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 43)  


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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其四 成都浣花渓 杜甫 <448>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2185 杜甫詩1000-448-631/1500



詩 題:絶句漫興九首其四 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 43) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の448首目-場面4 – 43
杜甫ブログ1500回予定の-631回目   40741



4-40.
絶句漫興 九首 其一
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。
即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。

4-41 絶句漫興 九首 其二
手種桃李非無主,野老牆低還是家。

濯錦江の私の農園を「浣花」の花園にする計画で自分が手ずから種えた桃や李は他の主がないところで花を咲かせているものとは同じであるわけはない。一昨年この地にきて隠棲しているこの老人の家の墻はたしかに低いにはひくいがそれでも隠棲している家としてはこんなものだ。
恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。
それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうぺからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。

4-42 絶句漫興 九首 其三
熟知茅齋絕低小,江上燕子故來頻。
銜泥點汙琴書內,更接飛蟲打著人。
もうよく知っているはずであるのだが我家の茅で葺いた家に極端に低くて小さい所に、濯錦江の上に飛んでいるつばめが頻繁にやってくる。
泥を口に銜え巣作りをして懸命にするのはいいのだが、わたしの琴や書籍と部屋内にそれを落して汚していくのだ。そしてさらによくあることは、飛んで行って虫を取るのだけれど家の中から出てきた人にぶっつかってしまうこともあるのだ。

4-43 絶句漫興 九首 其四
二月已破三月來,漸老逢春能幾回。
二月終わってしまって三月がやって来た。ようやく春をここで迎えたがいくつか廻ってきた分だけ老いたのだ。(でも、いい春をむかえたなあ。)
莫思身外無窮事,且盡生前有限杯。

確かに、故郷を離れ、官から離れているけれど仕事を責任を持ち突き詰めてやることはないのである。そしてこの生涯、どんなに頑張っても酒を呑めることには限りがあるというものだ。
(だから心行くまで呑み続けたいものだ。)

二月は已破【や】みて三月來り,漸【ようや】く逢春 能く幾回するも老ゆ。
身外 窮事する無く思う莫れ,且つ盡すは生前 杯に限り有る。

珠櫻003










『絕句漫興九首』其四 現代語訳と訳註
(本文)

二月已破三月來,漸老逢春能幾回。
莫思身外無窮事,且盡生前有限杯。


(下し文)
二月は已破【や】みて三月來り,漸【ようや】く逢春 能く幾回するも老ゆ。
身外 窮事する無く思う莫れ,且つ盡すは生前 杯に限り有る。


(現代語訳)
二月終わってしまって三月がやって来た。ようやく春をここで迎えたがいくつか廻ってきた分だけ老いたのだ。(でも、いい春をむかえたなあ。)

確かに、故郷を離れ、官から離れているけれど仕事を責任を持ち突き詰めてやることはないのである。そしてこの生涯、どんなに頑張っても酒を呑めることには限りがあるというものだ。
(だから心行くまで呑み続けたいものだ。)


(訳注) 4 
二月已破三月來,漸老逢春能幾回。
二月終わってしまって三月がやって来た。ようやく春をここで迎えたがいくつか廻ってきた分だけ老いたのだ。(でも、いい春をむかえたなあ。)
○已破 やむ。破は強意の助詞。「読破」
・杜甫は春を迎えるにつけて、前の年とこの年の春だけ、平穏に迎えている。杜甫にとっては前年より幸福感が大きいはずで、そうした意味を込めてこの二句を作る。


莫思身外無窮事,且盡生前有限杯。
確かに、故郷を離れ、官から離れているけれど仕事を責任を持ち突き詰めてやることはないのである。そしてこの生涯、どんなに頑張っても酒を呑めることには限りがあるというものだ。(だから心行くまで呑み続けたいものだ。)
身外 故郷を離れ、官から離れていること。
○窮事 仕事を責任を持ち突き詰めてやること。
○有限 一定の限界がある。杜甫『前出塞九首 其六』「殺人亦有限,列國自有疆。」人はことごとく殺しつくせるわけのものでない。
江畔独歩尋花

成都(4)杜甫関連図

絶句漫興九首 其三 成都浣花渓 杜甫 <447>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2180 杜甫詩1000-447-630/1500

絶句漫興九首其三 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 42)  


2013年4月5日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩浮萍篇 曹植 魏詩<63-#1> 女性詩725 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2173
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第四段-#1 宋玉  <00-#9回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 638 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2174
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集絶句漫興九首 其三 成都浣花渓 杜甫 <447>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2180 杜甫詩1000-447-630/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集于南山往北山経湖中瞻眺 謝霊運<35> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2176 (04/05)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性光威裒姉妹三人、・・・・因次其韻。-#8 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-126--#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2177
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其三 成都浣花渓 杜甫 <447>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2180 杜甫詩1000-447-630/1500

詩 題:絶句漫興九首其三 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 42) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の447首目-場面4 – 42
杜甫ブログ1500回予定の-630回目



4-40.
絶句漫興 九首 其一
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。
即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。

4-41 絶句漫興九首其二
手種桃李非無主,野老牆低還是家。
濯錦江の私の農園を「浣花」の花園にする計画で自分が手ずから種えた桃や李は他の主がないところで花を咲かせているものとは同じであるわけはない。一昨年この地にきて隠棲しているこの老人の家の墻はたしかに低いにはひくいがそれでも隠棲している家としてはこんなものだ。
恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。

それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうぺからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。

4-42 絶句漫興 九首 其三
熟知茅齋絕低小,江上燕子故來頻。
もうよく知っているはずであるのだが我家の茅で葺いた家に極端に低くて小さい所に、濯錦江の上に飛んでいるつばめが頻繁にやってくる。
銜泥點汙琴書內,更接飛蟲打著人。
泥を口に銜え巣作りをして懸命にするのはいいのだが、わたしの琴や書籍と部屋内にそれを落して汚していくのだ。そしてさらによくあることは、飛んで行って虫を取るのだけれど家の中から出てきた人にぶっつかってしまうこともあるのだ。

熟知して 茅齋【ぼうさい】低小を絕【わた】る,江上 燕子 故【ことさら】に來頻す。
泥を銜み 汙を點じるは 琴書の內に,更に接すは 飛蟲して 著人を打つ。


江上のツバメ02『絕句漫興九首』其三 現代語訳と訳註
(本文)
絶句漫興 九首 其三
熟知茅齋絕低小,江上燕子故來頻。
銜泥點汙琴書內,更接飛蟲打著人。


(下し文)
熟知して 茅齋【ぼうさい】低小を絕【わた】る,江上 燕子 故【ことさら】に來頻す。
泥を銜み 汙を點じるは 琴書の內に,更に接すは 飛蟲して 著人を打つ。

(現代語訳)
もうよく知っているはずであるのだが我家の茅で葺いた家に極端に低くて小さい所に、濯錦江の上に飛んでいるつばめが頻繁にやってくる。
泥を口に銜え巣作りをして懸命にするのはいいのだが、わたしの琴や書籍と部屋内にそれを落して汚していくのだ。そしてさらによくあることは、飛んで行って虫を取るのだけれど家の中から出てきた人にぶっつかってしまうこともあるのだ。


(訳注) 3
絶句漫興丸首(絶句漫興 九首)

興にふれてふとつくった絶句、上元二年春浣花の草堂にあっての作。
やって来たツバメが随分成長したようだ。部屋を汚していく様子を腹立たしく思うことは全くないのだ。

熟知茅齋絕低小,江上燕子故來頻。
もうよく知っているはずであるのだが我家の茅で葺いた家に極端に低くて小さい所に、濯錦江の上に飛んでいるつばめが頻繁にやってくる。
・茅齋  杜甫の浣花草堂をいう。『又於韋處乞大邑瓷碗』
大邑燒瓷輕且堅,扣如哀玉錦城傳。
君家白碗勝霜雪,急送茅齋也可憐。
成都(1)浣花渓の草堂(8) 又於韋處乞大邑瓷碗 杜甫 <361  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1751 杜甫詩 700- 537
・燕子 約一か月前に来ていたツバメの事である。
『水檻遣心二首其一』
去郭軒楹敞,無村眺望賒。澄江平少岸,幽樹晚多花。
細雨魚兒出,微風燕子斜。城中十萬戶。此地兩三家。

水檻遣心二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 12)  杜甫 <417  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2030 


銜泥點汙琴書內,更接飛蟲打著人。
泥を口に銜え巣作りをして懸命にするのはいいのだが、わたしの琴や書籍と部屋内にそれを落して汚していくのだ。そしてさらによくあることは、飛んで行って虫を取るのだけれど家の中から出てきた人にぶっつかってしまうこともあるのだ。   
・銜泥點汙琴書內 汙は汚れる。琴、書籍、部屋内。
・更接 よくあること。
・飛蟲 飛んで行って虫を取る。
・打著人 著れた人を打つ。

絶句漫興九首 其二 成都浣花渓 杜甫 <446>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2175 杜甫詩1000-446-629/1500

杜甫 《絶句漫興九首 其二》 成都浣花渓 “それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうべからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。”


絶句漫興九首其二 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 41)  春風のいたずらを責める。


2013年4月4日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩種葛篇 曹植 魏詩<62-#3> 女性詩724 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2168
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第三段-#4 宋玉  <00-#8回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 637 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2169
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集絶句漫興九首 其二 成都浣花渓 杜甫 <446>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2175 杜甫詩1000-446-629/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集初去郡 謝霊運<34> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2171 (04/04)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#7 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-125--#7  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2172
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其二 成都浣花渓 杜甫 <446>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2175 杜甫詩1000-446-629/1500

詩 題:絶句漫興九首其二 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 41) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の446首目-場面(4 - 41) 
杜甫ブログ1500回予定の-629回目


4-40.
絶句漫興 九首 其一
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。

旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。(


4-41
 絶句漫興九首其二
手種桃李非無主,野老牆低還是家。

濯錦江の私の農園を「浣花」の花園にする計画で自分が手ずから種えた桃や李は他の主がないところで花を咲かせているものとは同じであるわけはない。一昨年この地にきて隠棲しているこの老人の家の墻はたしかに低いにはひくいがそれでも隠棲している家としてはこんなものだ。

恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。

それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうべからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。

手ずから種えし桃李 主無きに非ず、野老 括低きも還た是れ家なり。
恰も似たり春風の相欺り得たるに、夜来 吹き折る数枝の花。





『絕句漫興九首』其二 現代語訳と訳註
江畔独歩尋花(本文)
2 春風のいたずらを責める。
手種桃李非無主,野老牆低還是家。
恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。


(下し文)
手ずから種えし桃李 主無きに非ず、野老 牆【かき】低きも還た是れ家なり。
恰【あたか】も似たり春風の相い欺【あなど】り得たるに、夜来 吹き折る数枝【すうし】の花。


(現代語訳)
濯錦江の私の農園を「浣花」の花園にする計画で自分が手ずから種えた桃や李は他の主がないところで花を咲かせているものとは同じであるわけはない。一昨年この地にきて隠棲しているこの老人の家の墻はたしかに低いにはひくいがそれでも隠棲している家としてはこんなものだ。

それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうべからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。

杏の花001
(訳注) 2 
絶句漫興九首
(絶句漫興 九首)
興にふれてふとつくった絶句、上元二年春浣花の草堂にあっての作。
春風のいたずらを責める。
(文字通り浣花渓になったなあ。或は陶淵明よ見てくれ此処が私の桃源郷なのだ。というところか。・・・・・・・そこに突風がいたずらをした。)

 
 
手種桃李非無主,野老牆低還是家。
濯錦江の私の農園を「浣花」の花園にする計画で自分が手ずから種えた桃や李は他の主がないところで花を咲かせているものとは同じであるわけはない。一昨年この地にきて隠棲しているこの老人の家の墻はたしかに低いにはひくいがそれでも隠棲している家としてはこんなものだ。
・桃李非無主 桃や李は主がないわけでない、自分という主がある。それは、この「漫興」の詩の前に詠った杜甫の江畔濁歩尋花七絶句において、主がなくてに歯に咲く花を見て詠った七首であった。杜甫が主のいないことをはっきりと示しているものについて下にあげた。
江畔濁歩尋花七絶句 之一 
江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。
江畔獨步尋花七絕句 其五 
黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?
江畔獨步尋花七絕句 其六 
黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。
留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。
江畔獨步尋花七絕句 其七 
不是愛花即欲死,只恐花盡老相催。
繁枝容易紛紛落,嫩蕊商量細細開。
このことから、基本的には同時期なのだが、「江畔」の絶句詩は「漫興」絶句詩より前に作られたものであることがわかる。そして、「江畔」のほうは、杜甫草堂の東方の対岸の野畑を詠んだもの。岩波文庫杜詩第四冊では、位置関係もまるで分っていないし、この順番もくるっている。杜甫の詩は一詩たりとも割愛して読んでいくとわからなくなるのだ。詩の一部と引用するのも危険な読み方なのである。この点は何事においてもいいとこどりというものは作者の意図と異なるものを招くもので回避すべきことではあるが、天才杜甫の場合、特に割愛しては理解できない。
 この点について、杜甫の詩の成都の部分ここまで4部に分けて紹介したが、100%幸福感に溢れる詩であったが、割愛して紹介している本では、「故郷」「嘆く」「白髪」「老人」などの語句から生活が苦しい、故郷に帰りたいと悲痛な叫びをしていると解釈している文学者もいるのである。このようなことが、ほとんどの解説本で見られるためこのブログで、全部の杜詩を紹介し、その上で、それらをもとにして第2回目を詳細解説し、改正を加えて行く。この螺旋階段を上がるような10年以上の超論文に挑む予定である。第3順目では、テーマ別に論を進める。

○桃李 一年前に植えたもの。成都(1)浣花渓の草堂(4) 蕭八明府實處覓桃栽 杜甫 <355  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1735 杜甫詩 700- 533
野老 野に下った老人。758年冬、ほとんど決意して 華州司公参軍から洛陽方面を旅し、翌759年初秋、官を辞しして秦州へ、同谷紀行、成都紀行してこの地に隠棲したのである。この成都で自己を称するものとしてこの語を使うことが多くなる


恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。
それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうべからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。
○春から夏に変わる時期の突風によって桃李の枝が折れたのである。浣花渓と命名して花に洗われる様な場所にすることを計画し、1年後その通りになった。まさにそれを感じていた矢先に風が吹いて、花を散らせ、枝を折った状況をうまくあらわしている表現、詩である。特に、主が居なくても咲いている畑とは手入れが行き届いた自分の畑と同じであるわけはないというけれど、突風は同じように枝を引き折ってしまう。比較対象が主がいない農園と同様な振る舞いをされたことを云っているのである。
この絶句漫興九首と江畔獨步尋花七絕句とは同じシリーズなのである。異なるのは位置関係の違いである。
このことは杜甫研究の重要なポイントである


絶句漫興九首其二
手種桃李非無主,野老牆低還是家。
恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。

手ずから種うるの桃李主無きに非ず、野老 括低きも還是れ家なり。
恰も似たり春風の相欺り得たるに、夜来 吹き折る数枝の花。

絶句漫興九首 其一 成都浣花渓 杜甫 <445>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2170 杜甫詩1000-445-628/1500 

絶句漫興九首其一 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(5 - 01)



2013年4月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集石門巌上宿 謝霊運<33> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2166 (04/03)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其一 成都浣花渓 杜甫 <445>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2170 杜甫詩1000-445-628/1500 


詩 題:絶句漫興九首其一 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(5 - 01) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の445首目-場面5 – 01
杜甫ブログ1500回予定の-628回目




5-01.
絶句漫興 九首 其一
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。

即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。

草堂002眼見 客愁 愁いて醒めず,無賴 春色 江亭に到る。
即ち花開 深く造次にするを遣し,便ち鶯語 太だ丁寧にするを教えらる。


『絕句漫興 九首』其一 現代語訳と訳註
(本文)

眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。


(下し文)
眼見 客愁 愁いて醒めず,無賴 春色 江亭に到る。
即ち花開 深く造次にするを遣し,便ち鶯語 太だ丁寧にするを教えらる。


(現代語訳)
旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。


(訳注)
絶句漫興丸首
(絶句漫興 九首)
ogawa09成都二年目の春に興にふれてふとつくった絶句、上元二年春浣花の草堂にあっての作
(文字通り浣花渓になったなあ。或は陶淵明よ見てくれ此処が私の桃源郷なのだ。というところか)


5-01 
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
・眼見 めをこらしてみる。
・無賴 (1)定職をもたず、素行の悪い・こと(さま)。そのような人をもいう。ならずもの。 「―の徒」 (2)頼るところのないこと。
聞斛斯六官未歸
故人南郡去,去索作碑錢。
本賣文為活,翻令室倒懸。
荊扉深蔓草,土銼冷寒煙。
老罷休無賴,歸來省醉眠。
聞斛斯六官未歸 杜甫 <456>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2225 杜甫詩1000-456-639/1500聞斛斯六官未歸 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5 - 12) 
・江亭 江は濯錦江、自宅草堂の庭先の川べりに四阿を作った。この亭(四阿)は、この詩で初めて出る。『『水檻遣心二首其二』では「葉潤林塘密,衣幹枕席清。」とあり、この絶句にあった「枕席」がこの江亭なのであろう。杜甫『江 亭』 江亭 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 19)  杜甫 <424  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2065 杜甫詩1000-424-607/1500
坦腹江亭暖、長吟野望時。
水流心不競、雲在意倶遅。
寂寂春将晩、欣欣物自私。
故林帰未得、排悶強裁詩。


即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。
即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。(文字通り浣花渓になったなあ。或は陶淵明よ見てくれ此処が私の桃源郷なのだ。というところか)
・造次 とっさの場合。ごく短い時間。事が急に起こってあわてるとき。また、わずかの間。
杜甫『驄馬行』「時俗造次那得致,雲霧晦冥方降精。」驄馬行  杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 102

江畔獨步尋花七絕句 其七 成都浣花渓 杜甫 <443>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2160 杜甫詩1000-443-626/1500

江畔獨步尋花七絕句 其七 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 38)  



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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

江畔獨步尋花七絕句 其七 成都浣花渓 杜甫 <443>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2160 杜甫詩1000-443-626/1500

詩 題:江畔獨步尋花七絕句 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 38) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の443首目-場面4 – 38
杜甫ブログ1500回予定の-626回目   40736




7
江畔獨步尋花七絕句 其七 
不是愛花即欲死,只恐花盡老相催。
この浣花渓に住まいして花を愛すことだできないくらいなら死んでもかまわないと思う。ただ今、恐れていることは、花が散り尽くすこと、わが身に老いていくことがたがいに起こり進んでいることだ。
繁枝容易紛紛落,嫩蕊商量細細開。

この庭にもいっぱいに花をつけた枝があり、すぐにハラハラ散りやすい様子である。わかい花の蕊たちは相談し合って小さくていい、少しずつ咲かせてほしいとおもっている。

是れ花を愛するならずんば即ち死せんと欲す、只だ恐る花盡きて老の相い催【もよお】さむことを。
繁枝は容易に紛紛として落ち、嫩蕊【どんずい】は商量して細細に開かん。


『江畔獨步尋花七絕句 其七』 現代語訳と訳註

花蕊と蜂01(本文) 江畔獨步尋花七絕句 其七 
不是愛花即欲死,只恐花盡老相催。
繁枝容易紛紛落,嫩蕊商量細細開。


(下し文)
是れ花を愛するならずんば即ち死せんと欲す、只だ恐る花盡きて老の相い催【もよお】さむことを。
繁枝は容易に紛紛として落ち、嫩蕊【どんずい】は商量して細細に開かん。


(現代語訳)
この浣花渓に住まいして花を愛すことだできないくらいなら死んでもかまわないと思う。ただ今、恐れていることは、花が散り尽くすこと、わが身に老いていくことがたがいに起こり進んでいることだ。
この庭にもいっぱいに花をつけた枝があり、すぐにハラハラ散りやすい様子である。わかい花の蕊たちは相談し合って小さくていい、少しずつ咲かせてほしいとおもっている。


(訳注)
江畔獨步尋花七絕句 其七 
江のほとりをひとりあるいて花をたずねてつくった詩。杜甫は陶淵明の気分であり、浣花渓は文字通り桃源郷なのだ。
上元二年の晩春から夏の作である。

不是愛花即欲死,只恐花盡老相催。
この浣花渓に住まいして花を愛すことだできないくらいなら死んでもかまわないと思う。ただ今、恐れていることは、花が散り尽くすこと、わが身に老いていくことがたがいに起こり進んでいることだ。


繁枝容易紛紛落,嫩蕊商量細細開。
この庭にもいっぱいに花をつけた枝があり、すぐにハラハラ散りやすい様子である。わかい花の蕊たちは相談し合って小さくていい、少しずつ咲かせてほしいとおもっている。
・繁枝 いっぱい花をつけている枝。
・紛々 盛んに乱れる形容。
・嫩蕊 嫩はわかい。蕊は花のずい。
・商量 相談する。考えはかる。




寒梅901


江畔濁歩尋花七絶句


江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。

稠花亂蕊裹江濱,行步敧危實怕春。
詩酒尚堪驅使在,未須料理白頭人。

江深竹靜兩三家,多事紅花映白花。
報答春光知有處,應須美酒送生涯。

東望少城花滿煙,百花高樓更可憐。
誰能載酒開金盞,喚取佳人舞繡筵?

黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?

黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。
留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。

不是愛花即欲死,只恐花盡老相催。
繁枝容易紛紛落,嫩蕊商量細細開。





1
江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
浣花渓の水面にまで花がせき、乱れ散るのに私を悩ませるのはこの花を見るのを盡し切れないことがあるからだ。そのことを訴えようにも訴えるところがないのだ。真剣に考えるあまり、ほかの事が全く考えられないほどになっている。
走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。
そこで南隣の隣人であり酒を愛し、酒の友である、朱山人の斛斯六官の所へ急いて来てみたのである。するとどうも酒を呑みに行って10日前後もたっているだろうその部屋には空しく寝台がポツンと一つあるだけである。
2
稠花亂蕊裹江濱,行步敧危實怕春。
多くの花がさきあふれ、花びらが落ち始め、みだれた花蕊がむき出しになるものが出始める晩春の濯錦江のほとりをつつみかこんでいる、それをながめながらあるく自分の足つきは酒によってあぶなげであり、これでは酒をすすませる春をおそろしいものとおもう。
詩酒尚堪驅使在,未須料理白頭人。
そうはいってもまだわたしは詩と酒に充分にこきつかわれているわけでもないし、十分存在かんをたもっているのである。まだまだ、この白髪のあたまの隠棲者を料理されるほどくたばってはいないのだ。(まだまだ飲めるぞ)


江深竹靜兩三家,多事紅花映白花。
濯錦江のくびれは水面深く、竹林のしずけさをおとしている三軒の家がある。それなのになやまされる沢山の事が、今もこうして赤い花が咲き、白い花がさきほこるのである。
報答春光知有處,應須美酒送生涯。
これに加えて春の暖かい光がここに降り注ぐところがあることを知るので、子ににも酬答えてやらねばいけないのである。だから春の新酒の美酒を用意してわが生涯における今のこのひと時を送ろうというのである。


東望少城花滿煙,百花高樓更可憐。
自分の家から東のかた少城をながめると花にいっぱい咲き、朝もやに包まれている。百か繚乱の向こうに高楼があり、そこからの景色がとても良くてうらやましく思われるものでだろう。
誰能載酒開金盞,喚取佳人舞繡筵?
成都のまちではだれがそこへ満載した酒をもってきて金の新酒の甕壺を開き、美人たちをよんで花の宴のうつくしい筵で舞をさせて見せてくれるだろう。

5
黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
私の家から濯錦江の東側に江水を前にして黄法師の墓がある。春の風光のなかひとり歩くのも暖かで体も気怠くなり、ひとやすみするとそよ風に気怠い心を支えられる。
桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?

そこには桃の花がひとかたまり咲いている、見てくれる主もなく咲いているのだ。しかし、わたしはその愛する花のなかで紅色を愛すべきなのか、うす紅色の花を愛すべきなのか考えるが、どちらも美しくさいているのだ。だからどちらも愛すべきなのだ。

6
黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。
黄師塔のちかくに黄さんの四番目の老婆の家があり、花がいっぱいに咲き乱れた小路がある。そこには千のえだに、万の枝に花をつけていて、花の重さで枝は低く垂れている。
留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。

その花には長が戯れて舞っており、そこを去ることを知らず居つづけている、千朵萬朵の花枝のかごのなかに可愛がられている鶯がいて、おもしろく自由にホーッ、ホケキョと啼いている。

7
不是愛花即欲死,只恐花盡老相催。
この浣花渓に住まいして花を愛すことだできないくらいなら死んでもかまわないと思う。ただ今、恐れていることは、花が散り尽くすこと、わが身に老いていくことがたがいに起こり進んでいることだ。
繁枝容易紛紛落,嫩蕊商量細細開。

この庭にもいっぱいに花をつけた枝があり、すぐにハラハラ散りやすい様子である。わかい花の蕊たちは相談し合って小さくていい、少しずつ咲かせてほしいとおもっている。


江畔獨步尋花七絕句 其六 成都浣花渓 杜甫 <442>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2155 杜甫詩1000-442-625/1500

江畔獨步尋花七絕句 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 37)  


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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

江畔獨步尋花七絕句 其六 成都浣花渓 杜甫 <442>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2155 杜甫詩1000-442-625/1500


詩 題:江畔獨步尋花七絕句 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 37) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の442首目-場面4 - 37
杜甫ブログ1500回予定の-625回目


5江畔獨步尋花七絕句 其五 
黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
私の家から濯錦江の東側に江水を前にして黄法師の墓がある。春の風光のなかひとり歩くのも暖かで体も気怠くなり、ひとやすみするとそよ風に気怠い心を支えられる。
桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?

そこには桃の花がひとかたまり咲いている、見てくれる主もなく咲いているのだ。しかし、わたしはその愛する花のなかで紅色を愛すべきなのか、うす紅色の花を愛すべきなのか考えるが、どちらも美しくさいているのだ。だからどちらも愛すべきなのだ


6
江畔獨步尋花七絕句 其六 
黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。
黄師塔のちかくに黄さんの四番目の老婆の家があり、花がいっぱいに咲き乱れた小路がある。そこには千のえだに、万の枝に花をつけていて、花の重さで枝は低く垂れている。
留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。
その花には長が戯れて舞っており、そこを去ることを知らず居つづけている、千朵萬朵の花枝のかごのなかに可愛がられている鶯がいて、おもしろく自由にホーッ、ホケキョと啼いている。
黄四の娘が家 花蹊に満つ、千朵【せんだ】萬朵【まんだ】枝を圧して低る。
留連せる戯蝶【ぎちょう】は時時舞い、自在の嬌鶯【きょうおう】は恰恰【こうこう】として啼く


『江畔獨步尋花七絕句 之六』 現代語訳と訳註
(本文)

江畔獨步尋花七絕句 其六 
黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。
留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。

桃園001
(下し文)
黄四の娘が家 花蹊に満つ、千朵【せんだ】萬朵【まんだ】枝を圧して低る。
留連せる戯蝶【ぎちょう】は時時舞い、自在の嬌鶯【きょうおう】は恰恰【こうこう】として啼く


(現代語訳)
黄師塔のちかくに黄さんの四番目の老婆の家があり、花がいっぱいに咲き乱れた小路がある。そこには千のえだに、万の枝に花をつけていて、花の重さで枝は低く垂れている。
その花には長が戯れて舞っており、そこを去ることを知らず居つづけている、千朵萬朵の花枝のかごのなかに可愛がられている鶯がいて、おもしろく自由にホーッ、ホケキョと啼いている。


(訳注)
江畔獨步尋花七絕句 其六 
黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。

江畔独歩尋花黄師塔のちかくに黄さんの四番目の老婆の家があり、花がいっぱいに咲き乱れた小路がある。そこには千のえだに、万の枝に花をつけていて、花の重さで枝は低く垂れている。
○黄四娘 村婆の名。黄師塔とは黄姓の法師の墓である。其六の詩にも出て來ることからこの一角に黄という一族がいたのではなかろうか。解釈のイメージつくりに草堂からの市を設定してみる。この場合杜甫の自宅から位置決めをした。・「無主」であった。 黄某という村人が居ればその場所で酒を呑むのだ当時の寒食の習慣で、その時以来何度もとおって見て留守にしていてせっかく咲いている花がもったいないという意味である。
○蹊 こみち。
○朵 はなのついたえだ。千朵萬朵が鳥かごのようであることをいう。


留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。
その花には長が戯れて舞っており、そこを去ることを知らず居つづけている、千朵萬朵の花枝のかごのなかに可愛がられている鶯がいて、おもしろく自由にホーッ、ホケキョと啼いている。
○留連 そこにつづけて居る。
○自在 歌喉の自由なことをいうのであろう。
○嬌鶯 可愛い鶯。可愛がられている鶯。千朵萬朵が鳥かごのようであることをいう。
○恰恰 こえのさまであろ
 


江畔獨步尋花七絕句 其六 
黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。
留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。
  
黄四の娘が家 花蹊に満つ、千朵【せんだ】萬朵【まんだ】枝を圧して低る。
留連せる戯蝶【ぎちょう】は時時舞い、自在の嬌鶯【きょうおう】は恰恰【こうこう】として啼く

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