杜甫《敬簡王明府》五言律詩 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(18))
あなたはきっと見るであろう、高くすぐれた道義を持っている隠れた人材のあなたが登用されるということを。唐の朝廷がそうしないなら万人の中で恥を与えられることとなるというものだ。
| 2013年4月30日 | 同じ日の紀頌之5つのブログ |
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敬簡王明府 五言律詩 成都5-(18) 杜甫 <467> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2300 杜甫詩1000-467-654/1500
詩 題:敬簡王明府五言律詩 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(18)) 卷二二六
作時761年7・8月杜甫50歳
掲 載; 杜甫1000首の467首目-場面5-(18)
杜甫ブログ1500回予定の-654回目 40753
敬簡王明府
(敬しく王明府に簡す。)
葉縣郎官宰,周南太史公。
かつて都畿道 汝州葉縣の郎官の長であった。それから天下の南部分において勝手の司馬遷のような文官である。
神仙才有數,流落意無窮。
神通力をもつ仙人のような人でその持っている能力は有数なものである。現在、不遇をかこって落ちぶててはいるが、その意志や発想表現について無限の広がりを持っている
驥病思偏秣,鷹愁怕苦籠。
今のあなたは、千里を走る馬が病気になるのは偏った飼料を与えられているからであるように思考されるし、鷹の悩みというべきは、苦痛でしかない籠の中にいる恐ろしさの中に有るようなものである。
看君用高義,恥與萬人同。
あなたはきっと見るであろう、高くすぐれた道義を持っている隠れた人材のあなたが登用されるということを。唐の朝廷がそうしないなら万人の中で恥を与えられることとなるというものだ。
(敬【うやうや】しく王明府に簡す)
葉縣【ようけん】郎官の宰,周南の太史公。
神仙にして才は有數なり,流落しても意は窮み無し。
驥病【きびょう】するは偏秣【へんまつ】を思い,鷹愁【おうしゅう】苦籠【くろう】に怕【おそ】る。
君を看るは高義【こうぎ】を用い,恥與【ちよ】するは萬人に同じゅうする。
『敬簡王明府』 現代語訳と訳註
(本文)
葉縣郎官宰,周南太史公。
神仙才有數,流落意無窮。
驥病思偏秣,鷹愁怕苦籠。
看君用高義,恥與萬人同。
(下し文)
(敬【うやうや】しく王明府に簡す)
葉縣【ようけん】郎官の宰,周南の太史公。
神仙にして才は有數なり,流落しても意は窮み無し。
驥病【きびょう】するは偏秣【へんまつ】を思い,鷹愁【おうしゅう】苦籠【くろう】に怕【おそ】る。
君を看るは高義【こうぎ】を用い,恥與【ちよ】するは萬人に同じゅうする。
(現代語訳)
(敬しく王明府に簡す。)
かつて都畿道 汝州葉縣の郎官の長であった。それから天下の南部分において勝手の司馬遷のような文官である。
神通力をもつ仙人のような人でその持っている能力は有数なものである。現在、不遇をかこって落ちぶててはいるが、その意志や発想表現について無限の広がりを持っている
今のあなたは、千里を走る馬が病気になるのは偏った飼料を与えられているからであるように思考されるし、鷹の悩みというべきは、苦痛でしかない籠の中にいる恐ろしさの中に有るようなものである。
あなたはきっと見るであろう、高くすぐれた道義を持っている隠れた人材のあなたが登用されるということを。唐の朝廷がそうしないなら万人の中で恥を与えられることとなるというものだ。
(訳注)
敬簡王明府
敬しく王明府に簡す。
・簡 書簡する。てがみ。
・王明府 唐興の明府。劍南道北部 遂州 唐興(fg-2・3)成都の東180kmにある。・明府 漢の時代の県令の尊
称であった。明府は県令、少府は県尉のこと、親族が同じ県の長と次長をしていたことになるのである。陶淵明や友人の高適が県令職を辞したことをのべるブログ。官定後戲贈 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 100『蕭八明府實處覓桃栽』「奉乞桃栽一百根,春前為送浣花村。河陽縣裡雖無數,濯錦江邊未滿園。」
成都(1)浣花渓の草堂(4) 蕭八明府實處覓桃栽 杜甫 <355> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1735 杜甫詩 700- 533
『從韋二明府續處覓綿竹三數叢』「華軒藹藹他年到,綿竹亭亭出縣高。江上舍前無此物,幸分蒼翠拂波濤。」
成都(1)浣花渓の草堂(5) 從韋二明府續處覓綿竹 杜甫 <356> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1739 杜甫詩 700- 534
『北鄰』「明府豈辭滿,藏身方告勞。青錢買野竹,白幘岸江皋。愛酒晉山簡,能詩何水曹。時來訪老疾,步屧到蓬蒿。 」
北鄰 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -3) <385> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1867 杜甫詩1000-385-566/1500
従侄(従兄弟の子)杜済の人脈を通じて杜甫は、成都においての付き合いを広げている。数年前まで左拾遺というキャリアは大きいものがあった。
葉縣郎官宰,周南太史公。
かつて都畿道 汝州葉縣の郎官の長であった。それから天下の南部分において勝手の司馬遷のような文官である。
・葉縣 洛陽の南南東70kmのある都畿道 汝州葉縣のこと。
・郎官 洛陽が唐とであることで特別区の扱いで職官の爵位をもつ。
・宰 ①切って料理する。料理人。②つかさどる。取り仕切る。「宰領/主宰」 ③ つかさ。長。
・周南 中原と関中を中心として唐王朝の領域の南側の部分を云う。
・太史 古代中国の官名。天文・暦法、また、国の法規や宮廷内の諸記録のことなどをつかさどった史官および暦官の長。たいしこう【太史公】⇒司馬遷(しばせん) 周代の記録係である司馬氏の子孫で、太史令の司馬談を父に持つ]。太初暦の制定や、通史『史記』の執筆などの業績がある。
神仙才有數,流落意無窮。
神通力をもつ仙人のような人でその持っている能力は有数なものである。現在、不遇をかこって落ちぶててはいるが、その意志や発想表現について無限の広がりを持っている。
・神仙 不老不死で、神通力をもつ人。仙人。
・才 能力を備えている。お世辞の様なもの。
・流落 人生において不遇をかこっていること。
・意無窮 意志、発想、想像力、表現力において無限の広がりを持っている。
驥病思偏秣,鷹愁怕苦籠。
今のあなたは、千里を走る馬が病気になるのは偏った飼料を与えられているからであるように思考されるし、鷹の悩みというべきは、苦痛でしかない籠の中にいる恐ろしさの中に有るようなものである。
・驥病 千里を走る馬が病気になる。王明府の現在のことを謂う。
・偏秣 秣(まぐさ)とは馬や牛の飼料とする草。
・鷹愁 鷹の悩みということ。王明府の現在のことを謂う。
・苦籠 苦痛でしかない籠の中。
看君用高義,恥與萬人同。
あなたはきっと見るであろう、高くすぐれた道義を持っている隠れた人材のあなたが登用されるということを。唐の朝廷がそうしないなら万人の中で恥を与えられることとなるというものだ。
・高義 高くすぐれた道義。高徳。高士:高い仁徳を持つもの。1 志が高くりっぱな人格を備えた人物。人格高潔な人。「―世に容(い)れられず」 2 世俗を離れて生活している高潔な人物。隠君子
茅屋為秋風所破歌
俄頃風定雲墨色,秋天漠漠向昏黑。




(現代語訳)










(本文)
七言絶句 



興にふれてふとつくった絶句、上元二年春浣花の草堂にあっての作。絶句は起承転結を絶対条件で、対句は絶対条件ではない。この詩はその両者が見事に詠いあげられている、この九首の中のハイライトというべき詩であろう。その詩は読み下しをして読むよりそのまま音読みした方が良くわかる。或は勉強のためにはいろんな読み方をしても面白いかもしれない。


『絕句漫興九首』其三 現代語訳と訳註
成都二年目の春に興にふれてふとつくった絶句、上元二年春浣花の草堂にあっての作
(本文)




