杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

2013年06月

謁文公上方 (五言古詩) 成都6-(29-#2) 杜甫 <491-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2605 杜甫詩1000-491-#2-715/1500

杜甫《謁文公上方》-#2 目を下の方に向けるとその下に万戸の家が町を作っている。霞がかかったむこうに俗世界が階段に対して存在する。


2013年6月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
  
LiveDoor
《蒿里曲》 無名氏  挽歌 漢・樂府<92>古詩源 巻三 811 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2603
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
LiveDoor
遊太平公主山莊 韓愈(韓退之) <146>Ⅱ中唐詩724 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2604
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集 LiveDoor謁文公上方 (五言古詩) 成都6-(29-#2) 杜甫 <491-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2605 杜甫詩1000-491-#2-715/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor寄詞 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-212-78-#72  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2607
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


2013年6月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《龜雖壽》 武帝 魏詩<88-#2>古詩源 巻五 806 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2578
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩桃源圖 韓愈(韓退之) <145>Ⅱ中唐詩719 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2579
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集《通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴》  楽府(五言古詩) 成都6-(25-#2) 杜甫 <488-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2580 杜甫詩1000-488-#2-710/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性摩訶池宴 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-207-73-#67  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2582
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

謁文公上方 (五言古詩) 成都6-(29-#2) 杜甫 <491-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2605 杜甫詩1000-491-#2-715/1500


卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 謁文公上方 
作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の491首目
杜甫ブログ1500回予定の-714回目

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
交遊人物/地點: 文公 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)
 

謁文公上方
王屋山01(文公に謁見して、この詩をたてまつる)
野寺隱喬木,山僧高下居。
この地にポツンと建っているお寺は、灌木の陰に隠れている。その山寺の僧侶は高い所に居をして降りてくる。
石門日色異,絳氣橫扶疏。
その石門には日光があたるがその色を色々異にする。夕暮れの赤色の霞がかかり、木々の枝が 四方に広がって横たわっている。
窈窕入風磴,長蘆紛卷舒。
風の吹き荒ぶ石の多い坂道へゆっくりとはいっていく。長い蘆がそこに入ったものの出処進退を紛らわせる。
庭前猛虎臥,遂得文公廬。
この寺の庭園には風が吹いて猛々しい虎の声がしているようでそこに伏せているのだろう。とは言いながら遂に、国内の内紛を避けて潜んだ分校の庵ともいうべきところに着くことができた。

#2
俯視萬家邑,煙塵對階除。
目を下の方に向けるとその下に万戸の家が町を作っている。霞がかかったむこうに俗世界が階段に対して存在する。
吾師雨花外,不下十年餘。
私の先生はこの風流な雨や花とここの景色をあいしていて、もう十年以上もこの地より俗世界に降りていないのだ。
長者自布金,禪龕只晏如。
富貴の物は、自ずから金銭というものを身に着けているが、ここの本堂の仏前にただ経を読んでいることで、安らかで落ち着いているということなのだ。
大珠脫玷翳,白月當空虛。
大珠慧海は俗世界での汚名や、恥辱、煩悩をここで脱したのだ。日中だけでなく夜にも無になってこれにあたっているのだ。
甫也南北人,蕪蔓少耘鋤。
雑草がおい茂ってあれはてているところを若くしてこれを開墾し耕されたのであり、先生は中国人にとって初めての人である。
#3
久遭詩酒污,何事忝簪裾。
王侯與螻蟻,同盡隨丘墟。
願聞第一義,回向心地初。
金篦刮眼膜,價重百車渠。
無生有汲引,茲理儻吹噓。


『謁文公上方』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
俯視萬家邑,煙塵對階除。
吾師雨花外,不下十年餘。
長者自布金,禪龕只晏如。
大珠脫玷翳,白月當空虛。
甫也南北人,蕪蔓少耘鋤。


(下し文) #2
俯視すれば萬家の邑,煙塵して階除に對す。
吾が師は雨花の外,下らざること十年に餘る。
長者 自ら金を布し,龕を禪じて只だ晏の如し。
大珠は玷翳を脫し,白月は空虛に當る。
甫めて也り 南北の人,蕪蔓 少しく鋤くを耘ず。


(現代語訳)
目を下の方に向けるとその下に万戸の家が町を作っている。霞がかかったむこうに俗世界が階段に対して存在する。
私の先生はこの風流な雨や花とここの景色をあいしていて、もう十年以上もこの地より俗世界に降りていないのだ。
富貴の物は、自ずから金銭というものを身に着けているが、ここの本堂の仏前にただ経を読んでいることで、安らかで落ち着いているということなのだ。
大珠慧海は俗世界での汚名や、恥辱、煩悩をここで脱したのだ。日中だけでなく夜にも無になってこれにあたっているのだ。
雑草がおい茂ってあれはてているところを若くしてこれを開墾し耕されたのであり、先生は中国人にとって初めての人である。


(訳注) #2
俯視萬家邑,煙塵對階除。

目を下の方に向けるとその下に万戸の家が町を作っている。霞がかかったむこうに俗世界が階段に対して存在する。
・階除 階段。「階」も「除」もきざはしの意。


吾師雨花外,不下十年餘。
私の先生はこの風流な雨や花とここの景色をあいしていて、もう十年以上もこの地より俗世界に降りていないのだ。


長者自布金,禪龕只晏如。
富貴の物は、自ずから金銭というものを身に着けているが、ここの本堂の仏前にただ経を読んでいることで、安らかで落ち着いているということなのだ。
・禪龕 寺の本堂。禪:1 天子が天を祭る儀式。「封禅(ほうぜん)」2 天子が位を譲る。「禅譲/受禅」3 仏教で、雑念を払い、心を集中して悟りの境地を得ること。「禅定(ぜんじょう)/座禅・参禅・修禅。 龕:1 石窟や家屋の壁面に、仏像・仏具を納めるために設けたくぼみ。また、仏壇・厨子(ずし)にもいう。仏龕(ぶつがん)。 2 遺体を納める棺(かん)や輿(こし)。ひつぎ。
・晏如 安らかで落ち着いているさま。晏然(あんぜん)。


大珠脫玷翳,白月當空虛。
大珠慧海は俗世界での汚名や、恥辱、煩悩をここで脱したのだ。日中だけでなく夜にも無になってこれにあたっているのだ。
・大珠 大珠慧海(だいじゅ えかい、生没年不詳)は、中国の唐代の禅僧。著名な禅僧である馬祖道一の弟子で、現存している『頓悟入道要門』の著者である。
・玷翳 (1) 白玉のきずとかげ.(2) 汚す.玷辱。辱める,(名を)汚す玷辱名声名を汚す.玷污 dianwū[動](名誉を)汚す.


甫也南北人,蕪蔓少耘鋤。
雑草がおい茂ってあれはてているところを若くしてこれを開墾し耕されたのであり、先生は中国人にとって初めての人である。
・甫 1 男子の美称。 2 物事の始まり。「衆甫」 3 広く大きい。「甫田」
・南北人 ここは中国全体のことをいう。東西は太陽が上り下りして海に沈むとされの中央に南北に中国人が住んでいるという考え方。
・蕪蔓 雑草がおい茂ってあれはてているさま

王屋山00

謁文公上方 (五言古詩) 成都6-(29-#1) 杜甫 <491-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2600 杜甫詩1000-491-#1-714/1500

杜甫《謁文公上方》この地にポツンと建っているお寺は、灌木の陰に隠れている。その山寺の僧侶は高い所に居をして降りてくる。

2013年6月29日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
  
LiveDoor
《麥秀歌》 (殷末周初・箕子) <91>古詩源 巻一 古逸 81...
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
LiveDoor
桃源圖 韓愈(韓退之) <145-#5>Ⅱ中唐詩723 漢文委員会kanb...
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集 LiveDoor謁文公上方 (五言古詩) 成都6-(29-#1) 杜甫 <491-#1>  漢...
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor斛石山曉望寄呂侍御 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-211-77-#71  ...
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

謁文公上方 (五言古詩) 成都6-(29-#1) 杜甫 <491-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2600 杜甫詩1000-491-#1-714/1500


卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 謁文公上方 
作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の491首目-#1
杜甫ブログ1500回予定の-714回目

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
交遊人物/地點: 文公 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)
 

謁文公上方
野寺隱喬木,山僧高下居。
石門日色異,絳氣橫扶疏。
窈窕入風磴,長蘆紛卷舒。
庭前猛虎臥,遂得文公廬。
(文公に謁見して、この詩をたてまつる)
この地にポツンと建っているお寺は、灌木の陰に隠れている。その山寺の僧侶は高い所に居をして降りてくる。
その石門には日光があたるがその色を色々異にする。夕暮れの赤色の霞がかかり、木々の枝が 四方に広がって横たわっている。
風の吹き荒ぶ石の多い坂道へゆっくりとはいっていく。長い蘆がそこに入ったものの出処進退を紛らわせる。
この寺の庭園には風が吹いて猛々しい虎の声がしているようでそこに伏せているのだろう。とは言いながら遂に、国内の内紛を避けて潜んだ分校の庵ともいうべきところに着くことができた。

#2
俯視萬家邑,煙塵對階除。
吾師雨花外,不下十年餘。
長者自布金,禪龕只晏如。
大珠脫玷翳,白月當空虛。
甫也南北人,蕪蔓少耘鋤。
#3
久遭詩酒污,何事忝簪裾。
王侯與螻蟻,同盡隨丘墟。
願聞第一義,回向心地初。
金篦刮眼膜,價重百車渠。
無生有汲引,茲理儻吹噓。


----------------------------------------------------------------------
野寺隱喬木,山僧高下居。
石門日色異,絳氣橫扶疏。
窈窕入風磴【窅窕入風磴】,長蘆紛卷舒。
庭前猛虎臥,遂得文公廬。
俯視萬家邑,煙塵對階除。
吾師雨花外,不下十年餘。
長者自布金,禪龕只晏如。
大珠脫玷翳【火珠脫玷翳】,白月當空虛【白日當空虛】。
甫也南北人,蕪蔓少耘鋤。
久遭詩酒污,何事忝簪裾。
王侯與螻蟻,同盡隨丘墟。
願聞第一義,回向心地初。
金篦刮眼膜,價重百車渠。
無生有汲引,茲理儻吹噓。

sas0033
『謁文公上方』 現代語訳と訳註
(本文)

野寺隱喬木,山僧高下居。
石門日色異,絳氣橫扶疏。
窈窕入風磴,長蘆紛卷舒。
庭前猛虎臥,遂得文公廬。


(下し文)
(文公に謁【まみ】えて 方を上【たてま】つる)
野寺 喬木に隱る,山僧 高くして居より下る。
石門 日色 異り,絳氣【こうき】 扶疏に橫たわる。
窈窕として 風磴に入る,長蘆 紛として舒を卷く。
庭前 猛虎臥し,遂に文公の廬を得んや。


(現代語訳)
(文公に謁見して、この詩をたてまつる)
この地にポツンと建っているお寺は、灌木の陰に隠れている。その山寺の僧侶は高い所に居をして降りてくる。
その石門には日光があたるがその色を色々異にする。夕暮れの赤色の霞がかかり、木々の枝が 四方に広がって横たわっている。
風の吹き荒ぶ石の多い坂道へゆっくりとはいっていく。長い蘆がそこに入ったものの出処進退を紛らわせる。
この寺の庭園には風が吹いて猛々しい虎の声がしているようでそこに伏せているのだろう。とは言いながら遂に、国内の内紛を避けて潜んだ分校の庵ともいうべきところに着くことができた。


(訳注)
謁文公上方
文公に謁見して、この詩をたてまつる


野寺 隱 喬木 ,山僧 高 下居 。
この地にポツンと建っているお寺は、灌木の陰に隠れている。その山寺の僧侶は高い所に居をして降りてくる。
「喬木」植物泛稱 灌木。


石門日色 異 ,絳氣 橫 扶疏 。
その石門には日光があたるがその色を色々異にする。夕暮れの赤色の霞がかかり、木々の枝が 四方に広がって横たわっている。
「日色」日光の色。
「異」形容詞彙、對比詞、異同(異)。
「絳氣」赤色霞光。夕暮れの赤色の霞がかかる。
「扶疏」木々の枝が 四方に広がる。ゆらゆらとゆらめくさま。


窈窕入 風磴 ,長蘆 紛卷舒 。
風の吹き荒ぶ石の多い坂道へゆっくりとはいっていく。長い蘆がそこに入ったものの出処進退を紛らわせる。
「窈窕」美しくしとやかなさま。上品で奥ゆかしいさま。奥深いさま。陶淵明『帰去来辭』「既窈窕以尋壑、亦崎嶇而經丘。」(既に窈窕として以て壑を尋ね、亦た崎嶇として丘を経。)奥深い谷に降りたり、けわしい丘に登ったりする。頭がよく顔も美しいしとやかな美人。『詩経、周南、關睢』「窈窕淑女、君子好逑」(窈窕たる淑女は、君子の好逑)
「風磴」風橙 風のわたる石段の路、また、石の多い坂道。
「長蘆」對比狀態、長い蘆葦。
「卷舒」(1)巻いたりのばしたりすること。広げることとしまうこと。 (2)出処進退。


庭前 猛虎 臥 ,遂得文公 廬 。
この寺の庭園には風が吹いて猛々しい虎の声がしているようでそこに伏せているのだろう。とは言いながら遂に、国内の内紛を避けて潜んだ分校の庵ともいうべきところに着くことができた。
「庭」、園林院落の庭。
「虎」動物專名(走獸)、虎。
「文公」文公。紀元前696年 - 紀元前628年、在位紀元前636年 - 紀元前628年)は、中国春秋時代の晋の君主。姓は姫、諱は重耳(ちょうじ:Chong'er)、諡は文。晋の公子であったが、国内の内紛をさけて19年間諸国を放浪したのち、帰国して君主となって天下の覇権を握り、斉の桓公と並んで斉桓晋文と称され、春秋五覇の代表格とされる。
「廬」宮室屋廬、廬。


冬到金華山觀,因得故拾遺陳公 楽府(五言古詩) 成都 杜甫 <490-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2595 杜甫詩1000-490-#2-713/1500

杜甫《冬到金華山觀,因得故拾遺陳公》 雪嶺の向こうにもはや日光は没してしまっている。霜の草原降りた鴻鳥が十分のあわれさで鳴いている。

2013年6月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《薤露歌》 無名氏挽歌 漢魏詩<90>古詩源 巻五 809 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2593
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩桃源圖 韓愈(韓退之) <145-#4>Ⅱ中唐詩722 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2594
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集冬到金華山觀,因得故拾遺陳公 楽府(五言古詩) 成都 杜甫 <490-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2595 杜甫詩1000-490-#2-713/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性送盧員外 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-210-76-#70  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2597
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



冬到金華山觀,因得故拾遺陳公 楽府(五言古詩) 成都 杜甫 <490-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2595 杜甫詩1000-490-#2-713/1500

 
詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の490-#2首目
杜甫ブログ1500回予定の-713回目   40812

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 冬到金華山觀,因得故拾遺陳公
〔陳子昂,射洪人。少讀書金華山,後節度使李叔明為立旌德碑於山之讀書堂側。〕學堂遺跡 
作地點: 射洪(劍南道北部 / 梓州 / 射洪) 
及地點: 金華山觀 (劍南道北部 梓州 射洪)     
 
陳公學堂 (劍南道北部 梓州 射洪) 別名:陳公讀書堂     
雪山 (劍南道北部 無第二級行政層級 雪山) 別名:雪嶺     
 
冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡
(冬の日に金華山の道観を訪ねた。山の後ろに初唐の詩人陳子昂拾遺公が幼いころに勉学したという草堂の遺跡に立ち寄った。)
〔陳子昂,射洪人。少讀書金華山,後節度使李叔明為立旌德碑於山之讀書堂側。〕
〔陳子昂は梓州射洪の人。青年になって金華山において讀書する,その後、節度使李叔明の功績を旌を立て、德碑にあらわし、金華山の讀書堂の側にもとにたてた。〕
涪右眾山內,金華紫崔嵬。
涪江の西には多くの山のあるなかで、きれいで華やかな金華山は崔嵬として紫色のなかにある。
上有蔚藍天,垂光抱瓊臺。』
そのうえにむけては濃い藍色の天がある。そのうえから垂れた光が瓊の台を包囲し、抱え込んでいる。』
繫舟接絕壁,杖策窮縈回。
自分は切り立ったがけになっている大きな谷の傍に舟をつないで、それから谷の道を杖をついて渓流のうねうねしたところの奥まで行き着いた。
四顧俯層巔,澹然川谷開。
そうして山の重なっている頂から四方をながめ見下ろすと、川や谷があっさりした色で前に展開している。
#2
雪嶺日色死,霜鴻有餘哀。
焚香玉女跪,霧裡仙人來。』
陳公讀書堂,石柱仄青苔。
悲風為我起,激烈傷雄才。』

王屋山01
(冬金華山の観に到り、因って故拾遺陳公の草堂遺跡を得たり。)
涪右【ふうゆう】眾山【しゅうざん】の內,金華 紫にして崔嵬【さいかい】たり。
上に蔚藍【うつらん】の天有り,光を垂れて瓊臺【けいだい】を抱く。』
舟を繫ぎて絕壁に接す,策を杖いて縈回を窮む。
四顧 層巔【そうてん】より俯す,澹然【たんぜん】 川谷 開く。
#2
雪嶺【せきれい】日色 死す,霜鴻【そうこう】餘哀【よあい】有り。
焚香して玉女跪【ひざまず】き,霧裡【むり】仙人來たる。』
陳公の讀書堂,石柱は青苔に仄【かたむ】く。
悲風我が為に起こる,激烈【げきれつ】雄才を傷む。』
 


『冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
雪嶺日色死,霜鴻有餘哀。
焚香玉女跪,霧裡仙人來。』
陳公讀書堂,石柱仄青苔。
悲風為我起,激烈傷雄才。』


(下し文) #2
雪嶺【せきれい】日色 死す,霜鴻【そうこう】餘哀【よあい】有り。
焚香して玉女跪【ひざまず】き,霧裡【むり】仙人來たる。』
陳公の讀書堂,石柱は青苔に仄【かたむ】く。
悲風我が為に起こる,激烈【げきれつ】雄才を傷む。』


(現代語訳)
(冬の日に金華山の道観を訪ねた。山の後ろに初唐の詩人陳子昂拾遺公が幼いころに勉学したという草堂の遺跡に立ち寄った。)
〔陳子昂は梓州射洪の人。青年になって金華山において讀書する,その後、節度使李叔明の功績を旌を立て、德碑にあらわし、金華山の讀書堂の側にもとにたてた。〕

雪嶺の向こうにもはや日光は没してしまっている。霜の草原降りた鴻鳥が十分のあわれさで鳴いている。
香煙をただよう中そこへ玉に輝くおんながおまいりに来てひざまずく。それから仙女や仙人が霧のうちにきえていく。』
その裏山に陳公の読書堂はある。青く苔むした石の柱がかたむいてたっている。
ときに自分の悲しみをそえるがごとく風が吹き起こる、これによって自分の情もますますはげしくなりこの千古の雄才についていたましくおもうのである。』


(訳注)#2
冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡
(冬の日に金華山の道観を訪ねた。山の後ろに初唐の詩人陳子昂拾遺公が幼いころに勉学したという草堂の遺跡に立ち寄った。)

陳子昂,射洪人。少讀書金華山,後節度使李叔明為立旌德碑於山之讀書堂側。〕
〔陳子昂は梓州射洪の人。青年になって金華山において讀書する,その後、節度使李叔明の功績を旌を立て、德碑にあらわし、金華山の讀書堂の側にもとにたてた。〕


雪嶺日色死,霜鴻有餘哀。
雪嶺の向こうにもはや日光は没してしまっている。霜の草原降りた鴻鳥が十分のあわれさで鳴いている。
○雪嶺 雪山。
○死 光のないさま。


焚香玉女跪,霧裡仙人來。』
香煙をただよう中そこへ玉に輝くおんながおまいりに来てひざまずく。それから仙女や仙人が霧のうちにきえていく。』
○玉女 香をたきにくる参詣の女。
○脆、来 この二字は互文で男女たがいに共用させている、どちらもやって来てひざまずくこと。
○霧 香煙をいう。
○仙人 道を訪うもの、男と女をいう。


陳公讀書堂,石柱仄青苔。
その裏山に陳公の読書堂はある。青く苔むした石の柱がかたむいてたっている。


悲風為我起,激烈傷雄才。』
ときに自分の悲しみをそえるがごとく風が吹き起こる、これによって自分の情もますますはげしくなりこの千古の雄才についていたましくおもうのである。』
○激烈 感激すること。
○雄才 大力量ある文才。

冬到金華山觀,因得故拾遺陳公 楽府(五言古詩) 成都6-(28) 杜甫 <490-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2590 杜甫詩1000-490-#1-712/1500

杜甫《冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡》涪江の西には多くの山のあるなかで、きれいで華やかな金華山は崔嵬として紫色のなかにある。そのうえにむけては濃い藍色の天がある。そのうえから垂れた光が瓊の台を包囲し、抱え込んでいる。

2013年6月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《薤露行》 武帝 魏詩<89-#2>古詩源 巻五 808 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2588
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩桃源圖 韓愈(韓退之) <145-#3>Ⅱ中唐詩721 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2589
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集冬到金華山觀,因得故拾遺陳公 楽府(五言古詩) 成都6-(28) 杜甫 <490-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2590 杜甫詩1000-490-#1-712/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性鄉思 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-209-75-#69  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2592
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

冬到金華山觀,因得故拾遺陳公 楽府(五言古詩) 成都6-(28) 杜甫 <490-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2590 杜甫詩1000-490-#1-712/1500 



詩 題:冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡
作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
掲 載; 杜甫1000首の490-#1首目-場面6-(28)
杜甫ブログ1500回予定の-712回目
冬、金華山の道観にいったところが、もとの拾遺の陳子昂公の勉学した堂の遺跡をみつけた。宝応元年十一月射洪県にあっての作。


冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡
(冬の日に金華山の道観を訪ねた。山の後ろに初唐の詩人陳子昂拾遺公が幼いころに勉学したという草堂の遺跡に立ち寄った。)
涪右眾山內,金華紫崔嵬。
涪江の西には多くの山のあるなかで、きれいで華やかな金華山は崔嵬として紫色のなかにある。
上有蔚藍天,垂光抱瓊臺。』
そのうえにむけては濃い藍色の天がある。そのうえから垂れた光が瓊の台を包囲し、抱え込んでいる。』
繫舟接絕壁,杖策窮縈回。
自分は切り立ったがけになっている大きな谷の傍に舟をつないで、それから谷の道を杖をついて渓流のうねうねしたところの奥まで行き着いた。
四顧俯層巔,澹然川谷開。
そうして山の重なっている頂から四方をながめ見下ろすと、川や谷があっさりした色で前に展開している。
峨眉山003#2
雪嶺日色死,霜鴻有餘哀。
焚香玉女跪,霧裡仙人來。』
陳公讀書堂,石柱仄青苔。
悲風為我起,激烈傷雄才。』


冬金華山の観に到り、因って故拾遺陳公の草堂遺跡を得たり。
涪右【ふうゆう】眾山【しゅうざん】の內,金華 紫にして崔嵬【さいかい】たり。
上に蔚藍【うつらん】の天有り,光を垂れて瓊臺【けいだい】を抱く。』
舟を繫ぎて絕壁に接す,策を杖いて縈回を窮む。
四顧 層巔【そうてん】より俯す,澹然【たんぜん】 川谷 開く。

雪嶺【せきれい】日色 死す,霜鴻【そうこう】餘哀【よあい】有り。
焚香して玉女跪【ひざまず】き,霧裡【むり】仙人來たる。』
陳公の讀書堂,石柱は青苔に仄【かたむ】く。
悲風我が為に起こる,激烈【げきれつ】雄才を傷む。』


『冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡』 現代語訳と訳註
Flower1-004(本文)
涪右眾山內,金華紫崔嵬。
上有蔚藍天,垂光抱瓊臺。』
繫舟接絕壁,杖策窮縈回。
四顧俯層巔,澹然川谷開。


(下し文)
冬金華山の観に到り、因って故拾遺陳公の草堂遺跡を得たり。
涪右【ふうゆう】眾山【しゅうざん】の內,金華 紫にして崔嵬【さいかい】たり。
上に蔚藍【うつらん】の天有り,光を垂れて瓊臺【けいだい】を抱く。』
舟を繫ぎて絕壁に接す,策を杖いて縈回を窮む。
四顧 層巔【そうてん】より俯す,澹然【たんぜん】 川谷 開く。


(現代語訳)
(冬の日に金華山の道観を訪ねた。山の後ろに初唐の詩人陳子昂拾遺公が幼いころに勉学したという草堂の遺跡に立ち寄った。)
涪江の西には多くの山のあるなかで、きれいで華やかな金華山は崔嵬として紫色のなかにある。
そのうえにむけては濃い藍色の天がある。そのうえから垂れた光が瓊の台を包囲し、抱え込んでいる。』
自分は切り立ったがけになっている大きな谷の傍に舟をつないで、それから谷の道を杖をついて渓流のうねうねしたところの奥まで行き着いた。
そうして山の重なっている頂から四方をながめ見下ろすと、川や谷があっさりした色で前に展開している。


(訳注)
冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡
冬の日に金華山の道観を訪ねた。山の後ろに初唐の詩人陳子昂拾遺公が幼いころに勉学したという草堂の遺跡に立ち寄った。
○金華山は「天下無雙景,人間第一山」と誉れ高くいわれている。漢代には「煙墩嶺」と名称され”,四川省遂寧市射洪縣金華鎮涪江之ほとりに位置する。特に山山が貴重にして華美であるため“金華山”名を得た。天監年間502年に金華山の前に金華道觀を立てる。後山には初唐詩人、陳子昂拾遺が年少のころ讀書をした台がある。四川省には「四大名觀」があり、①都江堰の青城山道觀、②大邑の鶴鳴山道觀,③三台的雲台觀、④射洪の金華山道觀。である。
○観 道士の居る寺。
○陳公 初唐の詩人陳子昂をいう。梓州射洪の人。初唐の詩人。字は伯玉。則天武后の時,進士に合格したが官僚としては恵まれなかった。当時の詩壇を支配していた六朝風の技巧主義を排撃し,漢魏詩の気骨の復活を唱えて独自の作風を築き,唐詩の新生面を開く。その精神は李白・杜甫をはじめ盛唐の詩人たちに受け継がれる。代表作〈感遇詩三十八首〉は自己の感情を飾らずに表現した作品で,現実を鋭く見つめる。詩文集として《陳伯玉文集》10巻が伝わる。
○学堂 詩中に読書堂とあるゆえ勉学した家である。


涪右眾山內,金華紫崔嵬。
涪江の西には多くの山のあるなかで、きれいで華やかな金華山は崔嵬として紫色のなかにある。
〇涪右 涪江の右、河川は上流に背を向けて左右をいうので、この場合、寡占化南下しているので、右とは西をいう琴になる。中国では河川は東流するものが多いので南をいう場合が多い。
○紫 山の色。
崔嵬 石が土を戴くさま。


上有蔚藍天,垂光抱瓊臺。』
そのうえにむけては濃い藍色の天がある。そのうえから垂れた光が瓊の台を包囲し、抱え込んでいる。』
蔚藍天 こいあいいろのそら。
垂光 天から藍光をたれて。
瓊台 壕は赤い玉、この観をさしていう。


繫舟接絕壁,杖策窮縈回。
自分は切り立ったがけになっている大きな谷の傍に舟をつないで、それから谷の道を杖をついて渓流のうねうねしたところの奥まで行き着いた。
○接 接近することをいう。
○絶壁 絶壁を下から見る。壁はがけをいう。
〇枚策 策をつえつくこと。
○栄回 渓流のめぐっているところ。


四顧俯層巔,澹然川谷開。
そうして山の重なっている頂から四方をながめ見下ろすと、川や谷があっさりした色で前に展開している。
四顧 山の処方を覗き込む。礼をとるのと同じよな恰好をいう。
俯層巔 山の重なっている頂から下を見下ろす。
澹然淡然 色のあわいさま。

陳拾遺故宅 五言古詩 成都6-(27-#1) 杜甫 <489-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2585 杜甫詩1000-489-#1-711/1500

杜甫 《陳拾遺故宅》才智があり、ざっくばらんであり、優雅でもあることを継承しているし、道理に明るく、知恵があることについては肩を並べるものなどいないのだ。

2013年6月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《薤露行》 武帝 魏詩<89-#1>古詩源 巻五 805 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2573
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩桃源圖 韓愈(韓退之) <146-#2>Ⅱ中唐詩720 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2584
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集陳拾遺故宅 五言古詩 成都6-(27-#1) 杜甫 <489-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2585 杜甫詩1000-489-#1-711/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性摩訶池贈蕭中丞 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-208-74-#68  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2587
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332

http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



陳拾遺故宅 五言古詩 成都6-(27-#1) 杜甫 <489-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2585 杜甫詩1000-489-711/1500


杜甫 
作時: 762年  寶應元年51歲
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 陳拾遺故宅【:宅在射洪縣東七里東武山下。】 
作地: 目前尚無資料 
地點:  陳拾遺故宅 (劍南道北部 梓州 射洪)     
通泉 (劍南道北部 梓州 通泉) 別名:沈家坑     


陳拾遺故宅
(陳拾遺の旧宅について)
〔宅在射洪縣東七里東武山下。〕

〔拾遺の邸宅は梓州射洪縣の東七里の所で東武山の麓にある〕
拾遺平昔居,大屋尚修椽。
拾遺はきょうまでの日常,過ぎた日々をこの居宅で平穏に過ごしている。この古い家とはいえ、大屋根はいまなおきっちり反りあがった縁を奇麗にしている。
悠揚荒山日,慘澹故園煙。
天気の良い日は人けのない寂しい山で一日、ゆったりとしてこせこせしないで過ごす。この古い庭園に霞がかかってくるとまるで身動きが取れず惨澹たる過ごし方になる。
位下曷足傷,所貴者聖賢。
栄誉ある爵位ではないとしてもどうして脛に傷を持っているものだと言えようか、このお方は聖人或は賢人というべき人である。
有才繼騷雅,哲匠不比肩。
才智があり、ざっくばらんであり、優雅でもあることを継承しているし、道理に明るく、知恵があることについては肩を並べるものなどいないのだ。
#2
公生揚馬後,名與日月懸。
同遊英俊人,多秉輔佐權。
彥昭超玉價,郭震起通泉。
到今素壁滑,灑翰銀鉤連。
盛事會一時,此堂豈千年。
終古立忠義,感遇有遺編。
 

陳拾遺の故宅
〔射洪縣の東七里の東武山の下に宅在り。〕
拾遺 昔居に平ぐ,大屋 尚お椽を修む。
悠揚して荒山の日,慘澹たり故園の煙。
位下りて曷んぞ足傷たらんや,貴所 聖賢の者たり。
才有りて騷雅を繼ぐ,哲匠 肩を比べらざり。
#2
公生 揚馬の後,名與し日月懸る。
同遊して英俊の人,多秉りて輔佐の權。
彥昭 玉價を超ゆ,郭震 通泉を起す。
到今 素壁の滑,灑翰 銀鉤の連。
盛事 一時に會し,此堂は豈に千年ならん。
終古 忠義に立ち,感遇して遺編に有る。

陳拾遺故宅  <489-#2>

陳拾遺故宅 #2 杜甫 陳子昂公が生まれるまでは前漢の揚雄と司馬相如の後にに匹敵する人物はまでいない。この名声は、太陽や月にかかるほどである。

陳拾遺故宅 蜀中転々 杜甫 <489-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2890 杜甫詩1000-489-#2-772/1500
--------------------------------------------------------------------------------
sora001詩文(含異文):
拾遺平昔居,大屋尚修椽【大宅尚修椽】。
悠揚荒山日【悠悠荒山日】,慘澹故園煙【慘澹故國煙】【崔崒故園煙】【崔崒故國煙】。
位下曷足傷,所貴者聖賢。有才繼騷雅,哲匠不比肩。公生揚馬後,名與日月懸。同遊英俊人,多秉輔佐權。彥昭【案:趙彥昭,字奐然,甘州人,與郭元振、張說相友善。】超玉價【彥昭趙玉價】,郭震起通泉【案:元振為通泉尉。】。
到今素壁滑,灑翰銀鉤連。盛事會一時,此堂豈千年。終古立忠義【終古占忠義】,感遇有遺編。 
--------------------------------------------------------------------------------


『陳拾遺故宅』 現代語訳と訳註
(本文)
〔宅在射洪縣東七里東武山下。〕
拾遺平昔居,大屋尚修椽。
悠揚荒山日,慘澹故園煙。
位下曷足傷,所貴者聖賢。
有才繼騷雅,哲匠不比肩。


(下し文)
陳拾遺の故宅
〔射洪縣の東七里の東武山の下に宅在り。〕
拾遺 昔居に平ぐ,大屋 尚お椽を修む。
悠揚して荒山の日,慘澹たり故園の煙。
位下りて曷んぞ足傷たらんや,貴所 聖賢の者たり。
才有りて騷雅を繼ぐ,哲匠 肩を比べらざり。


(現代語訳)
(陳拾遺の旧宅について)

〔拾遺の邸宅は梓州射洪縣の東七里の所で東武山の麓にある〕

拾遺はきょうまでの日常,過ぎた日々をこの居宅で平穏に過ごしている。この古い家とはいえ、大屋根はいまなおきっちり反りあがった縁を奇麗にしている。
天気の良い日は人けのない寂しい山で一日、ゆったりとしてこせこせしないで過ごす。この古い庭園に霞がかかってくるとまるで身動きが取れず惨澹たる過ごし方になる。
栄誉ある爵位ではないとしてもどうして脛に傷を持っているものだと言えようか、このお方は聖人或は賢人というべき人である。
才智があり、ざっくばらんであり、優雅でもあることを継承しているし、道理に明るく、知恵があることについては肩を並べるものなどいないのだ。

成都遂州00




















(訳注)
陳拾遺故宅

陳拾遺の旧宅について
・もとの家。旧宅。また、古い家。
〔宅在射洪縣東七里東武山下。〕

〔拾遺の邸宅は梓州射洪縣の東七里の所で東武山の麓にある〕


拾遺平昔居,大屋尚修椽。
拾遺はきょうまでの日常,過ぎた日々をこの居宅で平穏に過ごしている。この古い家とはいえ、大屋根はいまなおきっちり反りあがった縁を奇麗にしている。
・平昔 きょうまでの日常,過ぎた日々。
・大屋 屋根は富貴の象徴であり、大きいほど身分定期高いことを謂う。
・縁・椽】. ①人と人を結ぶ,人力を超えた不思議な力。巡り合わせ。 「こうなったのも何かの-」 「ご-があったら,また会いましょう」. ②和風建築で,部屋の外側につけた板張りの細長い床の部分。


悠揚荒山日,慘澹故園煙。
天気の良い日は人けのない寂しい山で一日、ゆったりとしてこせこせしないで過ごす。この古い庭園に霞がかかってくるとまるで身動きが取れず惨澹たる過ごし方になる。
・悠揚 ゆったりとしてこせこせしないさま。落ち着いているさま。ゆるやかにあがること。また、はるか遠くまで届くこと。
・慘澹 (1)いたましくて見るに忍びないさま。(2)あれこれと心を砕くさま。
・荒山 険しく、人けのない寂しい山。


位下曷足傷,所貴者聖賢。
栄誉ある爵位ではないとしてもどうして脛に傷を持っているものだと言えようか、このお方は聖人或は賢人というべき人である。
・位下 栄誉ある爵位を位階といい、そこに至っていないものを位したとする。
・曷 曷は「なんとして」と譯す、輕く詰る意あり。
・足傷 犯罪などの後ろ暗いところがあって、常に不安をいだいていることのたとえ。
・所貴 1 相手を敬って、その住所をいう語。 2 貴人の居所。貴人の御前。
・聖賢 1 聖人と賢人。また、知識・人格にすぐれた人物。「―の道に学ぶ」2 《清酒を聖人、濁酒を賢人というところから》清酒と濁酒。


有才繼騷雅,哲匠不比肩。
才智があり、ざっくばらんであり、優雅でもあることをけいしょうしているし、道理に明るく、知恵があることについては肩を並べるものなどいないのだ。
・騷雅 楚辞の離騒からくる世俗の煩わしさから離脱することであるが、ここでいう「騒」は俗であること、ざっくばらんな事を云う。俗的であり優雅でもあること。
・哲匠 1 道理に明るく、知恵がある。2 徳や知恵のある人。才能・識見のすぐれた人。哲人。3 「哲学」の略。


489-#2 につて手違いで 2013/8/26に記載
陳拾遺故宅 #2 杜甫 陳子昂公が生まれるまでは前漢の揚雄と司馬相如の後にに匹敵する人物はまでいない。この名声は、太陽や月にかかるほどである。

陳拾遺故宅  <489-#2>
#2
公生揚馬後,名與日月懸。
同遊英俊人,多秉輔佐權。
彥昭超玉價,郭震起通泉。
到今素壁滑,灑翰銀鉤連。
盛事會一時,此堂豈千年。
終古立忠義,感遇有遺編。 

陳拾遺故宅 蜀中転々 杜甫 <489-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2890 杜甫詩1000-489-#2-772/1500


《通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴》  楽府(五言古詩) 成都6-(25-#2) 杜甫 <488-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2580 杜甫詩1000-488-#2-710/1500

《通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴》 杜甫 その絵は万里の先には力点を置かれてはいない。群がって遊ぶ鶴たちは木々の繁っているところで神にであっている。



2013年6月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《龜雖壽》 武帝 魏詩<88-#2>古詩源 巻五 806 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2578
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩桃源圖 韓愈(韓退之) <145>Ⅱ中唐詩719 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2579
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集《通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴》  楽府(五言古詩) 成都6-(25-#2) 杜甫 <488-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2580 杜甫詩1000-488-#2-710/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性摩訶池宴 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-207-73-#67  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2582
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

《通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴》  楽府(五言古詩) 成都6-(25-#2) 杜甫 <488-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2580 杜甫詩1000-488-#2-710/1500


作時: 寶應元年  762年 寫作年紀: 51歲 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴
【案:稷尤善畫鶴,屏風六扇鶴樣自稷始。】 
作地點: 目前尚無資料 
及地點: 通泉 (劍南道北部 梓州 通泉) 別名:沈家坑
青田 (劍南道北部 括州 青田)     
 
 
通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴
 (通泉縣署屋の壁の後ろに描かれている薛少保鶴の畫。)
薛公十一鶴,皆寫青田真。
排行十一の薛少保公が画かれた鶴。その鶴は皆春の田んぼの真ん中に画かれている。
畫色久欲盡,蒼然猶出塵。
画の色は久しく変わらないでほしいと思うのであるが、全体的に薄青くぼんやりとしているが尚俗世の雰囲気から出ているものである。
低昂各有意,磊落如長人。
低いところ、高く飛びあがっているものそれぞれが意義あるものであり、かといってこまかいところをせいみつにかかれているわけではないが文人画家として優れていて世の遠人のようである。
佳此志氣遠,豈惟粉墨新。
このよい雰囲気はその志と気配と同じ様に遠くまで行き届いている。しかしどういうわけかただ絵具や墨は新しく見あるのである。

萬里不以力,群遊森會神。
その絵は万里の先には力点を置かれてはいない。群がって遊ぶ鶴たちは木々の繁っているところで神にであっている。
威遲白鳳態,非是倉庚鄰。
うねうねと群れで飛ぶ白鳳がおどり、高麗鶯が鳴いているわけではない。
高堂未傾覆,常得慰嘉賓。
そこに画かれた高楼の奥座敷は、まだにひっくり返るほど人が来るわけではない。ここは常に立派な賓客を癒せることを得るのだ。
曝露牆壁外,終嗟風雨頻。
堂の囲いの壁の外側に全くむき出しになっている。でも、そこに、ついに、ああ、こんなにも頻繁に風雨がつづく。
赤霄有真骨,恥飲洿池津。
見上げれば真昼の天空には本来持っている姿がある。下には許由が穎水で耳を洗った池水、河水の淵がある。
冥冥任所往,脫略誰能馴。 
そのうすぼんやりしたところが住むところとして任せたところであり、誰かよく馴れていくのが妨げることはないようだ。 DCF00055
通泉縣署屋の壁後 薛少保の畫鶴
薛公 十一の鶴,皆 青田の真に寫す。
畫色 久しく盡さんと欲し,蒼然として猶お塵に出ず。
低く昂くして各の意有り,磊落して長人の如し。
佳此 志氣遠,豈に惟だ粉墨の新ならん。

萬里 以って力とならず,群遊 森會の神。
威遲して 白鳳の態,是に 倉庚の鄰のあらず。
高堂 未だ傾覆せず,常に得ん 嘉賓を慰むを。
曝露して 牆壁の外,終に 嗟 風雨 頻せんとす。
赤霄は 真骨に有り,恥飲は 洿池の津。
冥冥として往む所を任せ,脫略するも 誰か能く馴らしまんや。
 


『通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴』 現代語訳と訳註
(本文)
萬里不以力,群遊森會神。
威遲白鳳態,非是倉庚鄰。
高堂未傾覆,常得慰嘉賓。
曝露牆壁外,終嗟風雨頻。
赤霄有真骨,恥飲洿池津。
冥冥任所往,脫略誰能馴。 


(下し文)
萬里 以って力とならず,群遊 森會の神。
威遲して 白鳳の態,是に 倉庚の鄰のあらず。
高堂 未だ傾覆せず,常に得ん 嘉賓を慰むを。
曝露して 牆壁の外,終に 嗟 風雨 頻せんとす。
赤霄は 真骨に有り,恥飲は 洿池の津。
冥冥として往む所を任せ,脫略するも 誰か能く馴らしまんや。 


(現代語訳)
その絵は万里の先には力点を置かれてはいない。群がって遊ぶ鶴たちは木々の繁っているところで神にであっている。
うねうねと群れで飛ぶ白鳳がおどり、高麗鶯が鳴いているわけではない。
そこに画かれた高楼の奥座敷は、まだにひっくり返るほど人が来るわけではない。ここは常に立派な賓客を癒せることを得るのだ。
堂の囲いの壁の外側に全くむき出しになっている。でも、そこに、ついに、ああ、こんなにも頻繁に風雨がつづく。
見上げれば真昼の天空には本来持っている姿がある。下には許由が穎水で耳を洗った池水、河水の淵がある。
そのうすぼんやりしたところが住むところとして任せたところであり、誰かよく馴れていくのが妨げることはないようだ。


(訳注)
通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴

通泉縣署屋の壁の後ろに描かれている薛少保鶴の畫。


萬里 不以 力 ,群遊 森會神 。
その絵は万里の先には力点を置かれてはいない。群がって遊ぶ鶴たちは木々の繁っているところで神にであっている。
「萬里」(1)一里の万倍。 (2)非常に遠い道のり。非常に長い距離。 。
「群遊」① 大勢が集まって遊ぶこと。② むらがって泳ぐこと。
「神」語義類別:人、狀態、心神氣力、神。


威遲 白鳳 態 ,非是 倉庚 鄰 。
うねうねと群れで飛ぶ白鳳がおどり、高麗鶯が鳴いているわけではない。
「威遲」道のうねうねするさま。ここでは群れをなす鶴が飛ぶさま。
「白鳳」鳳凰。
「倉庚」黃鶯。高麗鶯。
『詩経』豳風「七月」
七月流火 九月授衣
春日載陽 有鳴倉庚
女執懿筐 遵彼微行
爰求柔桑 春日遲遲
采蘩祁祁 女心傷悲
殆及公子同歸


高堂 未 傾覆 ,常得 慰 嘉賓 。
そこに画かれた高楼の奥座敷は、まだにひっくり返るほど人が来るわけではない。ここは常に立派な賓客を癒せることを得るのだ。
「高堂」宮室屋廬、堂。高楼の奥座敷
「傾覆」ひっくりかえること。また、ひっくりかえすこと。転覆。転倒。ここでは大勢の人が集まって來るという意味を云う。


曝露 牆壁 外 ,終嗟 風雨 頻。
堂の囲いの壁の外側に全くむき出しになっている。でも、そこに、ついに、ああ、こんなにも頻繁に風雨がつづく。
「曝露」)1 むき出しにすること。特に、悪事・秘密などをあばいて明るみに出すこと。また、それらが明るみに出ること。「真相を―する」「収賄が―する」「―記事」2 風雨にさらすこと。また、さらされること。.
「牆壁」1 垣根と壁。囲い。 2 隔てるもの。へだて。


赤霄 有 真骨 ,恥飲 洿池 津 。
見上げれば真昼の天空には本来持っている姿がある。下には許由が穎水で耳を洗った池水、河水の淵がある。
「赤霄」語義類別:物、天文、天空、霄漢。
「有」語義類別:其他、形容詞彙、對比詞、有無(有)。
「真骨」人、文藝、形容詞彙(書畫)、真骨。真骨頂、 そのものが本来もっている姿。真面目
・恥飲 『洗耳』於是樊堅方且飲牛,聞其言而去,恥飲于下流。於是許由名布四海。堯既殂落,乃作箕山之歌曰:「云云,許由死,遂葬於箕山。
「洿池津」自然景觀、水澤湖泊、池、河水、淵、。


冥冥 任所往 ,脫略 誰能 馴 。
そのうすぼんやりしたところが住むところとして任せたところであり、誰かよく馴れていくのが妨げることはないようだ。
「冥冥」・冥冥 /瞑瞑 1 暗いさま。2 おくぶかくとおいさま。事情がはっきりせず、見通しの立たないさま。3.人の目に着かないこと。4.愚かなさま。無知なこと。
「往」語義類別:物、生物動作、動物動作、往。
「脫略」考慮される、または受け入れられることを防ぐ切捨てる。
成都遂州00

通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴 楽府(五言古詩) 成都6-(25) 杜甫 <846>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2575 杜甫詩1000-846-709/1500

杜甫 《通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴》画の色は久しく変わらないでほしいと思うのであるが、全体的に薄青くぼんやりとしているが尚俗世の雰囲気から出ているものである。


2013年6月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《龜雖壽》 武帝 魏詩<88-#1>古詩源 巻五 805 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2573
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃源行》 王維  <#4>718 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2574
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴 楽府(五言古詩) 成都6-(25) 杜甫 <846>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2575 杜甫詩1000-846-709/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聽歌 武元衝 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-206-72-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2577
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴 楽府(七言歌行) 成都6-(25) 杜甫 <846>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2575 杜甫詩1000-846-709/1500



詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 掲 載; 杜甫1000首の846首目-場面6-(25)杜甫ブログ1500回予定の-709回目   40808

作者: 杜甫 
作時: 寶應元年  762年 寫作年紀: 51歲 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴
【案:稷尤善畫鶴,屏風六扇鶴樣自稷始。】 
作地點: 目前尚無資料 
及地點: 通泉 (劍南道北部 梓州 通泉) 別名:沈家坑
青田 (劍南道北部 括州 青田)     
 
 
通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴
(通泉縣署屋の壁の後ろに描かれている薛少保鶴の畫。)
薛公十一鶴,皆寫青田真。
排行十一の薛少保公が画かれた鶴。その鶴は皆春の田んぼの真ん中に画かれている。
畫色久欲盡,蒼然猶出塵。
画の色は久しく変わらないでほしいと思うのであるが、全体的に薄青くぼんやりとしているが尚俗世の雰囲気から出ているものである。
低昂各有意,磊落如長人。
低いところ、高く飛びあがっているものそれぞれが意義あるものであり、かといってこまかいところをせいみつにかかれているわけではないが文人画家として優れていて世の遠人のようである。
佳此志氣遠,豈惟粉墨新。
このよい雰囲気はその志と気配と同じ様に遠くまで行き届いている。しかしどういうわけかただ絵具や墨は新しく見あるのである。

萬里不以力,群遊森會神。
威遲白鳳態,非是倉庚鄰。
高堂未傾覆,常得慰嘉賓。
曝露牆壁外,終嗟風雨頻。
赤霄有真骨,恥飲洿池津。
冥冥任所往,脫略誰能馴。 
sora001 
通泉縣署屋の壁後 薛少保の畫鶴
薛公 十一の鶴,皆 青田の真に寫す。
畫色 久しく盡さんと欲し,蒼然として猶お塵に出ず。
低く昂くして各の意有り,磊落して長人の如し。
佳此 志氣遠,豈に惟だ粉墨の新ならん。

萬里 以って力とならず,群遊 森會の神。
威遲して 白鳳の態,是に 倉庚の鄰のあらず。
高堂 未だ傾覆せず,常に得ん 嘉賓を慰むを。
曝露して 牆壁の外,終に 嗟 風雨 頻せんとす。
赤霄は 真骨に有り,恥飲は 洿池の津。
冥冥として往む所を任せ,脫略するも 誰か能く馴らしまんや。 
 


詩文(含異文):
薛公十一鶴,皆寫青田【案:青田有雙白鶴,年年生子,長大便去,只餘二老鶴在耳,多云神仙所養。】真。
畫色久欲盡,蒼然猶出塵。低昂各有意,磊落如長人。
佳此志氣遠,豈惟粉墨新。萬里不以力,群遊森會神。
遲白鳳態,非是倉庚鄰。高堂未傾覆,常得慰嘉賓【幸得慰嘉賓】。
曝露牆壁外,終嗟風雨頻。赤霄有真骨,恥飲洿池津。
冥冥任所往,脫略誰能馴。 
 

『通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴』 現代語訳と訳註
(本文)

薛公十一鶴,皆寫青田真。
畫色久欲盡,蒼然猶出塵。
低昂各有意,磊落如長人。
佳此志氣遠,豈惟粉墨新。


(下し文)
通泉縣署屋の壁後 薛少保の畫鶴
薛公 十一の鶴,皆 青田の真に寫す。
畫色 久しく盡さんと欲し,蒼然として猶お塵に出ず。
低く昂くして各の意有り,磊落して長人の如し。
佳此 志氣遠,豈に惟だ粉墨の新ならん。


(現代語訳)
(通泉縣署屋の壁の後ろに描かれている薛少保鶴の畫。)
排行十一の薛少保公が画かれた鶴。その鶴は皆春の田んぼの真ん中に画かれている。
画の色は久しく変わらないでほしいと思うのであるが、全体的に薄青くぼんやりとしているが尚俗世の雰囲気から出ているものである。
低いところ、高く飛びあがっているものそれぞれが意義あるものであり、かといってこまかいところをせいみつにかかれているわけではないが文人画家として優れていて世の遠人のようである。
このよい雰囲気はその志と気配と同じ様に遠くまで行き届いている。しかしどういうわけかただ絵具や墨は新しく見あるのである。


(訳注)
通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴
通泉縣署屋の壁の後ろに描かれている薛少保鶴の畫。
○通泉縣 梓州(e-3)の東南百三十里(75km)、射洪県(ef-3)よりは東南七十里(40km)にある梓州と遂州の州境にある町である。梓州を南下し、更に射洪を南下して通泉に到着する。梓州側の最期の駅舎がある通泉駅の三字が本詩の題で「南去」云云は其の説明にそえたことばである。
〇薛 稷(せつしょく、貞観23年(649年)― 開元元年(713年))は、中国唐代の書家・画家である。欧陽詢・虞世南・褚遂良とともに初唐の四大家に挙げられる。 字は嗣通。蒲州汾陰(現在の山西省万栄県)の人。高級官僚を代々輩出する名門一族の出身で、曽祖父に詩人の薛道衡を持ち、伯父の魏徴は有力な政治家だった。武則天のとき進士に及第し、官位は太子少保、礼部尚書まで上る。薛少保と人々から呼ばれた。


薛公十一鶴,皆寫青田真。
排行十一の薛少保公が画かれた鶴。その鶴は皆春の田んぼの真ん中に画かれている。


畫色久欲盡,蒼然猶出塵。
画の色は久しく変わらないでほしいと思うのであるが、全体的に薄青くぼんやりとしているが尚俗世の雰囲気から出ているものである。
〇蒼然 1 あおあおとしているさま。「―たる月光」 2 薄暗くぼんやりしているさま。「―たる暮色に閉ざされる」 3 古び、色あせているさま。


低昂各有意,磊落如長人。
低いところ、高く飛びあがっているものそれぞれが意義あるものであり、かといってこまかいところをせいみつにかかれているわけではないが文人画家として優れていて世の遠人のようである。
〇磊落 度量が広く大胆で、小事にこだわらないこと。また、そのさま。
〇長人 世の遠人、国の長人。詩人として、書家、画家として優れている人を云う。


佳此志氣遠,豈惟粉墨新。
このよい雰囲気はその志と気配と同じ様に遠くまで行き届いている。しかしどういうわけかただ絵具や墨は新しく見あるのである。

成都遂州00

通泉驛南去通泉縣十五里山水作 楽府(七言歌行) 成都6-(24) 杜甫 <845>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2570 杜甫詩1000-845-#2-708/1500

杜甫 《通泉騨南去通泉麟十五里山水作》 朝早く、谷川に沿って進んで行くと着物の衣がひとりでに濡れている。昼ごろになってやっと雲気が散ってさわやかな感じになったのだ。


2013年6月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《觀滄海 曹操》 武帝 魏詩<87-#2>古詩源 巻五 804 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2568
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃源行》 王維  <#3>717 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2569
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集通泉驛南去通泉縣十五里山水作 楽府(七言歌行) 成都6-(24) 杜甫 <845>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2570 杜甫詩1000-845-#2-708/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性贈歌人 武元衝 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-205-71-#65  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2572
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


通泉驛南去通泉縣十五里山水作 楽府(七言歌行) 成都6-(24) 杜甫 <845>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2570 杜甫詩1000-845-#2-708/1500 



詩 題: 作時:762年 寶應元年11月 杜甫51歳 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
作地點:通泉(劍南道北部 / 梓州 / 通泉) 
及地點:通泉(劍南道北部 梓州 通泉)別名:沈家坑

掲 載; 杜甫1000首の845-#2首目-場面6-(24)
杜甫ブログ1500回予定の-708回目
射洪から通泉県の方へ赴くとき、県のてまえ十里ばかりの通泉駅で山水をみてつくった詩。宝応元年十一月の作。

通泉驛南去通泉縣十五里山水作
(通泉駅は通泉県の15里南に行ったところの山水の景色の風流な場所で作った詩)
溪行衣自濕,亭午氣始散。
朝早く、谷川に沿って進んで行くと着物の衣がひとりでに濡れている。昼ごろになってやっと雲気が散ってさわやかな感じになったのだ。
冬溫蚊蚋在,人遠鳧鴨亂。
最近、冬なのにずっと暖かいく、蚊だの蚋だのが集ってくるし、また、あちらでは人が近づいたはずがないのに鳧鴨などが一斉にみだれ飛び立っている。
登頓生曾陰,欹傾出高岸。』
暖かいのは坂を登り進んで休むところは、枝木のかさなった陰のある所がよく、かたむいてあぶなげに高い岸が突き出たりしている風通しのよい所にする。』

驛樓衰柳側,縣郭輕煙畔。
一川何綺麗,盡目窮壯觀。
山色遠寂寞,江光夕滋漫。』
傷時愧孔父,去國同王粲。
我生苦飄零,所曆有嗟歎。』

-------------------------------------
詩文(含異文):
溪行衣自溼,亭午氣始散。
冬溫蚊蚋在【冬溫蚊蚋集】,人遠鳧鴨亂。
登頓生曾陰,攲傾出高岸。
驛樓衰柳側,縣郭輕煙畔。
一川何綺麗,盡目窮壯觀【盡日窮壯觀】。
山色遠寂寞,江光夕滋漫。
傷時愧孔父【知時愧孔父】,去國同王粲。
我生苦飄零,所歷有嗟歎。 

 



『通泉驛南去通泉縣十五里山水作』 現代語訳と訳註
(本文)
溪行衣自濕,亭午氣始散。
冬溫蚊蚋在,人遠鳧鴨亂。
登頓生曾陰,欹傾出高岸。』

(下し文)
(通泉駅、南のかた通泉県を去ること十五里の山水の作)
渓行衣自ずから湿う 亭午気始めて散ず
冬温かにして蚊的集まり 人遠くして鬼鴨乱る
登頓曾陰生ず 敲傾高岸出づ』
駅楼衰柳の側 県郭軽煙の畔
一川何ぞ締麗なる 尽日壮観を窮む
山色遠く寂実 江光夕に滋漫』
傷時孔父に像じ 去国王薬に同じ
我が生諷零に苦しむ 歴る所嗟嘆有り』


(現代語訳)
(通泉駅は通泉県の15里南に行ったところの山水の景色の風流な場所で作った詩)
朝早く、谷川に沿って進んで行くと着物の衣がひとりでに濡れている。昼ごろになってやっと雲気が散ってさわやかな感じになったのだ。
最近、冬なのにずっと暖かいく、蚊だの蚋だのが集ってくるし、また、あちらでは人が近づいたはずがないのに鳧鴨などが一斉にみだれ飛び立っている。
暖かいのは坂を登り進んで休むところは、枝木のかさなった陰のある所がよく、かたむいてあぶなげに高い岸が突き出たりしている風通しのよい所にする。』


(訳注)
通泉驛南去通泉縣十五里山水作
成都遂州00通泉駅は通泉県の15里南に行ったところの山水の景色の風流な場所で作った詩
妻を迎えて梓州において射洪とか通泉という土地で遊び、陳子昂、郭元振、王粲などの故宅を訪ねた。
○通泉駅 梓州(e-3)の東南百三十里(75km)、射洪県(ef-3)よりは東南七十里(40km)にある梓州と遂州の州境にある町である。梓州を南下し、更に射洪を南下して通泉に到着する。梓州側の最期の駅舎がある通泉駅の三字が本詩の題で「南去」云云は其の説明にそえたことばである。
○南去通泉県十五里山水 通泉県の南十五里のところの山水をいう、沈家坑という処であるという。まだ県城へつかぬ前のことである。


溪行衣自濕,亭午氣始散。
朝早く、谷川に沿って進んで行くと着物の衣がひとりでに濡れている。昼ごろになってやっと雲気が散ってさわやかな感じになったのだ。
○渓行 たにがわにそうてゆく。
○亭午 正午。
○気 雲気。


冬溫蚊蚋在,人遠鳧鴨亂。
最近、冬なのにずっと暖かいく、蚊だの蚋だのが集ってくるし、また、あちらでは人が近づいたはずがないのに鳧鴨などが一斉にみだれ飛び立っている。
○蚊蚋蚊蚋 か・ブユ(蚋)は、ハエ目(双翅目)カ亜目ブユ科(Simuliidae)に属する昆虫の総称。ヒトなどの哺乳類から吸血する衛生害虫である。関東ではブヨ、関西ではブトとも呼ばれる。。
○鳧鴨 カモ目カモ科の鳥のうち、ガン・ハクチョウ類以外の総称。中・小形の水鳥。先の丸い平らなくちばしをもち、指に水かきがある。一般に雄の羽色は派手で、雌は褐色。日本には秋に渡ってきてつがいをつくり、春に北方の繁殖地に戻るものが多い。マガモ・コガモ・オナガガモや留鳥のカルガモなどは水面で餌をとり、キンクロハジロなどは潜って餌をとる。かもどり。あしがも。《季 冬》


登頓生曾陰,欹傾出高岸。』
暖かいのは坂を登り進んで休むところは、枝木のかさなった陰のある所がよく、かたむいてあぶなげに高い岸が突き出たりしている風通しのよい所にする。』
○登頓 のぽったり、やすんだり。
○曾陰 曾曾は層に同じ、かさなっているくもり。
○敲傾 かたむく。


四川省西部地区略図

光祿阪行 楽府(七言歌行) 成都6-(22) 杜甫 <484>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2560 杜甫詩1000-484-706/1500

杜甫 《光祿阪行》 山路をすすんで行くと日の落ちかかる時に嶮しい坂道を下っていく。西の方を望めば四方のかこまれる千山、萬山の連峰はみな夕日に赤く染まっているのである。


2013年6月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《觀滄海 曹操》 武帝 魏詩<87-#1> 平原侯值 803 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2563
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃源行》 王維  <#2>716 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2564
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集光祿阪行 楽府(七言歌行) 成都6-(22) 杜甫 <484>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2560 杜甫詩1000-484-706/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性題嘉陵驛 武元衡 唐五代詞・宋詩 -204-70-#64  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2567
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

光祿阪行 楽府(七言歌行) 成都6-(22) 杜甫 <484>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2560 杜甫詩1000-484-706/1500 


詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の484首目-場面6-(22)
杜甫ブログ1500回予定の-706回目   40805
卷別: 卷二二○  文體: 樂府 
詩題: 光祿阪【案:在梓州銅山縣。】行 
作地: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
及地: 光祿阪 (劍南道北部 梓州 銅山)     
 
 
光祿阪行
山行落日下絕壁,西望千山萬山赤。
山路をすすんで行くと日の落ちかかる時に嶮しい坂道を下っていく。西の方を望めば四方のかこまれる千山、萬山の連峰はみな夕日に赤く染まっているのである。
樹枝有鳥亂鳴時,暝色無人獨歸客。
折しも樹々の枝には巣に戻った鳥が乱れ鳴き、だんだん暗くなってゆくなかに、通る人は誰もなく、ひとり帰る旅びとの自分があるばかりである。
馬驚不憂深谷墜,草動只怕長弓射。
峻い道で馬が驚いて深い谷に落ちることを心配はせぬが、草むらが動くと、山賊があらわれて、長い弓で射かけはせぬかとビクビクする。
安得更似開元中。道路即今多擁隔。
ああどうしたならば、もういちど、あの開元の治の全盛の日のようになることができるのだろう。あのころとちがって、今では、道路がふさがれて通れないことが多いのである。


----------------------------------------------------------------------

詩文・異文:
山行落日下絕壁,西望千山萬山赤【西望千山萬水赤】。
樹枝有鳥亂鳴時【樹枝有鳥亂棲時】,暝色無人獨歸客。
馬驚不憂深谷墜,草動只怕長弓射。
安得更似開元中。道路即今多擁隔【道路即今何擁隔】。 

024








『光祿阪行』 現代語訳と訳註
(本文) 光祿阪行
山行落日下絕壁,西望千山萬山赤。
樹枝有鳥亂鳴時,暝色無人獨歸客。
馬驚不憂深谷墜,草動只怕長弓射。
安得更似開元中。道路即今多擁隔。


(下し文)
光祿【こうろく】阪行【はんこう】
山行して落日に絕壁を下り,西望すれば千山萬山赤し。
樹枝 鳥有り亂れ鳴時,暝色 人無く 獨り歸る客。
馬驚くも深谷に墜るを憂えず,草動けば只だ長弓の射むことを怕る。
安んぞ更に開元の中に似るを得む。道路 即今 擁隔【ようかく】を多くす。


(現代語訳)
山路をすすんで行くと日の落ちかかる時に嶮しい坂道を下っていく。西の方を望めば四方のかこまれる千山、萬山の連峰はみな夕日に赤く染まっているのである。
折しも樹々の枝には巣に戻った鳥が乱れ鳴き、だんだん暗くなってゆくなかに、通る人は誰もなく、ひとり帰る旅びとの自分があるばかりである。
峻い道で馬が驚いて深い谷に落ちることを心配はせぬが、草むらが動くと、山賊があらわれて、長い弓で射かけはせぬかとビクビクする。
ああどうしたならば、もういちど、あの開元の治の全盛の日のようになることができるのだろう。あのころとちがって、今では、道路がふさがれて通れないことが多いのである。


(訳注)
光祿阪行
作者が綿州から、東南に当たる梓州(今川川省三台縣にゆく途中、この山道を経過して作る。光禄坂は梓州銅山県(今四川中江県)にあった。


山行 落日 下 絕壁 ,西望 千山 萬山 赤 。
山路をすすんで行くと日の落ちかかる時に嶮しい坂道を下っていく。西の方を望めば四方のかこまれる千山、萬山の連峰はみな夕日に赤く染まっているのである。
山行」山路を行く。
絶壁」きり立ったがけ。
西望」蜀盆地における西は吐蕃国境を意識している。
千山萬山」蜀盆地の四方の連峰、山峰崖嶺をいう。


樹枝 有鳥 亂鳴 時 ,暝色 無人 獨歸客 。
折しも樹々の枝には巣に戻った鳥が乱れ鳴き、だんだん暗くなってゆくなかに、通る人は誰もなく、ひとり帰る旅びとの自分があるばかりである。


馬驚 不憂 深谷 墜 ,草動 只怕 長弓 射 。
峻い道で馬が驚いて深い谷に落ちることを心配はせぬが、草むらが動くと、山賊があらわれて、長い弓で射かけはせぬかとビクビクする。
長弓 射」山賊が現われて、旅人に長い弓で射かけること。


安得更似開元 中。道路 即今 多 擁隔 。
ああどうしたならば、もういちど、あの開元の治の全盛の日のようになることができるのだろう。あのころとちがって、今では、道路がふさがれて通れないことが多いのである。
開元」玄宗時代の年号(713‐741)。このとき唐朝は安定と繁栄を見たので,〈開元の治〉といい,太宗の〈貞観(じようがん)の治〉に擬せられる。玄宗李隆基は2度にわたるクーデタによって韋后と太平公主(則天武后の娘)の勢力を一掃し,712年(先天1)帝位についた。以後姚崇,宋璟らの名臣を用いて政権の公的性格を回復することにつとめた。則天武后の革命は貴族政治の因循さを打破して能力主義の政治を切り開くことに寄与したが,それは一方で皇后,公主,外戚,寵臣などの側近勢力を通じて行われたので,政権の私物化を伴った。
「擁隔」障礙隔絶。

古桟道0001

相逢歌贈嚴二別駕 楽府(七言歌行) 成都6-(23) 杜甫 <485>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2565 杜甫詩1000-485-707/1500

杜甫 《相逢歌贈嚴二別駕》我々はこの度、東川節度使の本拠地に入る。門から十歩入って、そこでグルット見回すのである。の城郭も中心部も少し前まで叛乱があり、さびしげな風が吹きさらしているのを止めることが出来たところだ。私の浣花渓の草堂はまたどうにかなっているのだろうか。

 

2013年6月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《短歌行 魏武帝》 武帝 魏詩<86-#3> 古詩源 802 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2558
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃源行》 王維  <#1>715 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2559
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集相逢歌贈嚴二別駕 楽府(七言歌行) 成都6-(23) 杜甫 <485>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2565 杜甫詩1000-485-707/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性上川主武元衡相國二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-203-69-#63  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2562
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


相逢歌贈嚴二別駕 楽府(七言歌行) 成都6-(23) 杜甫 <485>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2565 杜甫詩1000-485-707/1500 



作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
卷別: 卷二二○  文體: 樂府 
詩題: 相逢歌贈嚴二別駕【相從行贈嚴二別駕】【嚴別駕相逢歌】 
掲 載; 杜甫1000首の485首目-場面6-(23)
杜甫ブログ1500回予定の-707回目   40806
作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
及地點:  草堂 (劍南道北部 益州 成都) 別名:一室、西郭茅舍     
劍南東川節度使 (無第一級行政層級 無第二級行政層級 劍南東川節度使) 別名:東川     
交遊人物/地點: 嚴別駕 書信往來(劍南道北部 梓州 梓州)


相逢歌贈嚴二別駕
(「相逢歌」を作って、同行している別の車に乗る厳武君に贈る)
我行入東川,十步一回首。
城都亂罷氣蕭颯,浣花草堂亦何有。 
我々はこの度、東川節度使の本拠地に入る。門から十歩入って、そこでグルット見回すのである。
の城郭も中心部も少し前まで叛乱があり、さびしげな風が吹きさらしているのを止めることが出来たところだ。私の浣花渓の草堂はまたどうにかなっているのだろうか。

梓中豪俊大者誰,本州從事知名久。 
梓州の州都に豪傑俊才の素晴らしい人が誰アラン居るのだ。この州は事があってもそれを見事に沈めたことにより名声もひろく久しく知れ渡っている。
把臂開尊飲我酒,酒酣擊劍蛟龍吼。 
肘を抱えて大盃を開いて我々は酒を呑むことになる。おいしい酒を与えられ、剣をうちふるって舞うと、天上の竜も水中の蛟も叫ぶのである。
烏帽拂塵青騾粟,紫衣將炙緋衣走。 
成人以上の者たちは烏帽子の塵を払って若い元気のよい騾馬や粟のようにやくだってくれ、紫衣の官職のものは自分の肉を炙るかのように頑張り、緋衣の職にあるものでさえ自ら走って頑張ったのである。

銅盤燒蠟光吐日,夜如何其初促膝。 
黃昏始扣主人門,誰謂俄頃膠在漆。 
萬事盡付形骸外,百年未見歡娛畢。
神傾意豁真佳士,久客多憂今愈疾。

高視乾坤又可愁,一軀交態同悠悠。
垂老遇君未恨晚,似君須向古人求。


「相逢歌」別に駕する嚴二に贈る
我れ行きて東川に入り,十步 一たび首を回らす。
城都には亂れて蕭颯たるを氣するを罷む,浣花の草堂は亦た何ず有らん。 
梓中 豪俊 大いる者誰あらん,本州 事に從って知名久す。 
臂を把めば開尊し我も酒を飲まん,酒酣 擊劍 蛟龍の吼。 
烏帽 塵を拂い青騾の粟,紫衣 將って炙り緋衣の走。 

銅盤 燒蠟 光吐日,夜如何其 初促膝。 
黃昏 始扣 主人門,誰謂 俄頃 膠在漆。 
萬事 盡付 形骸外,百年 未見 歡娛畢。
神傾 意豁 真佳士,久客 多憂 今愈疾。

高視 乾坤 又可愁,一軀 交態 同悠悠。
垂老 遇君 未恨晚,似君 須向 古人求。


『相逢歌贈嚴二別駕』 現代語訳と訳註
(本文)
我行入東川,十步一回首。
城都亂罷氣蕭颯,浣花草堂亦何有。 
梓中豪俊大者誰,本州從事知名久。 
把臂開尊飲我酒,酒酣擊劍蛟龍吼。 
烏帽拂塵青騾粟,紫衣將炙緋衣走。 


(下し文)
「相逢歌」別に駕する嚴二に贈る
我れ行きて東川に入り,十步 一たび首を回らす。
城都には亂れて蕭颯たるを氣するを罷む,浣花の草堂は亦た何ず有らん。 
梓中 豪俊 大いる者誰あらん,本州 事に從って知名久す。 
臂を把めば開尊し我も酒を飲まん,酒酣 擊劍 蛟龍の吼。 
烏帽 塵を拂い青騾の粟,紫衣 將って炙り緋衣の走。


(現代語訳)
(「相逢歌」を作って、同行している別の車に乗る厳武君に贈る)
我々はこの度、東川節度使の本拠地に入る。門から十歩入って、そこでグルット見回すのである。
の城郭も中心部も少し前まで叛乱があり、さびしげな風が吹きさらしているのを止めることが出来たところだ。私の浣花渓の草堂はまたどうにかなっているのだろうか。
梓州の州都に豪傑俊才の素晴らしい人が誰アラン居るのだ。この州は事があってもそれを見事に沈めたことにより名声もひろく久しく知れ渡っている。
肘を抱えて大盃を開いて我々は酒を呑むことになる。おいしい酒を与えられ、剣をうちふるって舞うと、天上の竜も水中の蛟も叫ぶのである。
成人以上の者たちは烏帽子の塵を払って若い元気のよい騾馬や粟のようにやくだってくれ、紫衣の官職のものは自分の肉を炙るかのように頑張り、緋衣の職にあるものでさえ自ら走って頑張ったのである。

楠樹02







(訳注)
相逢歌贈嚴二別駕
「相逢歌」を作って、同行している別の車に乗る厳武君に贈る


我行 入 東川 ,十步 一 回首 。
我々はこの度、東川節度使の本拠地に入る。門から十歩入って、そこでグルット見回すのである。
東川」剣南東川節度使の略称。行政地名、東川。


城都 亂罷氣 蕭颯 ,浣花 草堂 亦何有 。
この城郭も中心部も少し前まで叛乱があり、さびしげな風が吹きさらしているのを止めることが出来たところだ。私の浣花渓の草堂はまたどうにかなっているのだろうか。
「城」梓城。
「都」都城。
「浣花」浣花溪。杜甫の草堂のある地域のこと。
「草堂」室屋廬の草堂。


梓中 豪俊 大者 誰 ,本州 從事 知名 久 。
梓州の州都に豪傑俊才の素晴らしい人が誰アラン居るのだ。この州は事があってもそれを見事に沈めたことにより名声もひろく久しく知れ渡っている。
「梓」梓州。
「豪俊」尊稱美稱で、豪傑俊才をいう。
「大者」素晴らしい人、大者。
「從事」徐知道の乱を平らげたことを云う。


把臂 開尊 飲 我酒 ,酒酣 擊劍 蛟龍 吼 。
肘を抱えて大盃を開いて我々は酒を呑むことになる。おいしい酒を与えられ、剣をうちふるって舞うと、天上の竜も水中の蛟も叫ぶのである。
「把臂」臂をかかえる。一般的に戦闘態勢のことを謂うが、ここでは酒を呑む前の姿勢。
「開尊」尊は樽で大きめの盃のこと。
「酒酣」酒を呑み醉うこと。
「擊劍」剣を持って踊ること。
「蛟」水中にいる伝説の動物で、鬚のない竜、蛟。
「龍」天上界を支配する龍。


烏帽 拂塵 青騾 粟 ,紫衣 將炙 緋衣 走 。
成人以上の者たちは烏帽子の塵を払って若い元気のよい騾馬や粟のようにやくだってくれ、紫衣の官職のものは自分の肉を炙るかのように頑張り、緋衣の職にあるものでさえ自ら走って頑張ったのである。
「烏帽」成人になってかぶる烏帽子、黑である。
「」器物、絲帛服飾(衣冠腰帶)、帽。
「拂塵」身繕いをする。制服に着替える。脱俗する。
「青騾」若い元気のよい騾馬。役に立つ喩えに使われる。《神仙別傳》李少君死,後有人見之,在河東蒲阪,乗靑騾。
「」語義類別:物、生物、動物專名(走獸)、騾。
「粟」【粟】あわ. イネ科の一年草。五穀の一つ。 Wikipedia「アワ」. 【粟立つ】かゆ. 寒さや恐怖などのために毛穴が収縮して、皮膚に 粟 ( あわ ) 粒のようなぶつぶつができる。鳥肌が立つ。 「あまりの恐怖で、総身に粟立つ」. 【粟米草】ざくろそう. ザクロソウ科の一年草。
「紫衣」絲帛服飾(衣冠腰帶)、官から与えられた制服(紫衣)。
「炙」語義類別:物、飲食、食材、肉。
「緋衣」絲帛服飾(衣冠腰帶)、五位以上の官服(緋衣)。

姜楚公畫角鷹歌【案:姜皎,上邽人,善畫鷹鳥,官至太常,封楚國公。】 楽府(七言歌行) 成都6-(21) 杜甫 <483>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2555 杜甫詩1000-483-705/1500

杜甫《姜楚公畫角鷹歌》 詩人で画家の楚公であった姜皎が絵に描いた鷹、その鷹は岩のとがった角に載っている。鷹は殺気をいっぱいに示しひっそりとした樹木がこんもり茂っている北の方に行ったようだ。


2013年6月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《短歌行》 魏武帝 魏詩<86-#2> 古詩源 801 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2553
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)  <#3>714 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2554
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集姜楚公畫角鷹歌【案:姜皎,上邽人,善畫鷹鳥,官至太常,封楚國公。】 楽府(七言歌行) 成都6-(21) 杜甫 <483>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2555 杜甫詩1000-483-705/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性上川主武元衡相國二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-202-68-#62  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2557
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


姜楚公畫角鷹歌【案:姜皎,上邽人,善畫鷹鳥,官至太常,封楚國公。】 楽府(七言歌行) 成都6-(21) 杜甫 <483>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2555 杜甫詩1000-483-705/1500 


作時:寶應元年  762年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の483首目-場面6-(21)
杜甫ブログ1500回予定の-705回目
卷別: 卷二二○  文體: 樂府 
詩題: 姜楚公畫角鷹歌【姜皎,上邽人(現在秦州天水),鷹鳥の善い畫をかく,官位は太常に至り,楚の國公に封ぜられる。】 
作地: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州) 


姜楚公畫角鷹歌
(姜皎が江南において絵を公開を見て、飛び出た角の上にとまっている鷹の歌。)
楚公畫鷹鷹戴角,殺氣森森到幽朔。
詩人で画家の楚公であった姜皎が絵に描いた鷹、その鷹は岩のとがった角に載っている。鷹は殺気をいっぱいに示しひっそりとした樹木がこんもり茂っている北の方に行ったようだ。
觀者貪愁掣臂飛,畫師不是無心學。
この画を見るものは寂しさを貪る感じになり鷹は足の爪を武器にして飛び立つのだ。絵師はここにはいないということなら鷹に襲われる心配の気持ちは持つことはないということを学ぼうではないか。
此鷹寫真在左綿,卻嗟真骨遂虛傳。
この鷹を真に迫るように描いておいてあるのは左綿の公舎である。ああ、そんなふうにであっても真に迫るこの絵はついに後世に正当に伝えられることをされていないのである。
梁間燕雀休驚怕,亦未摶空上九天。

しかし、この画鷹を見れば建物の梁の上に巣作りをするツバメや雀が隠れ、驚き恐れるのである。又、いまだ空にはばたいて九天の大空にのぼってはいないのである。
-----------------------------------------------------------------------
姜楚公畫角鷹歌(含異文):
楚公畫鷹鷹戴角,殺氣森森到幽朔【殺氣森如到幽朔】。
觀者貪愁掣臂飛【觀者貪愁掣壁飛】【觀者徒驚掣臂飛】【觀者徒驚掣壁飛】,畫師不是無心學。
此鷹寫真在左綿,卻嗟真骨遂虛傳。
梁間燕雀休驚怕,亦未摶空上九天。  
 鶻


『姜楚公畫角鷹歌』 現代語訳と訳註
(本文)
楚公畫鷹鷹戴角,殺氣森森到幽朔。
觀者貪愁掣臂飛,畫師不是無心學。
此鷹寫真在左綿,卻嗟真骨遂虛傳。
梁間燕雀休驚怕,亦未摶空上九天。


(下し文)
姜楚の公畫 角鷹の歌
楚公の畫鷹 鷹 角に戴り,氣を殺し 森森として幽朔に到る。
觀者 愁を貪し 臂を掣して飛び,畫師 是にあらずんば心無く學ばん。
此の鷹は真に寫し左綿に在し,卻て嗟 真骨遂虛傳。
梁間 燕雀 休み驚き怕れ,亦た未だ空しく九天に上る摶らざらん。


(現代語訳)
(姜皎が江南において絵を公開を見て、飛び出た角の上にとまっている鷹の歌。)
詩人で画家の楚公であった姜皎が絵に描いた鷹、その鷹は岩のとがった角に載っている。鷹は殺気をいっぱいに示しひっそりとした樹木がこんもり茂っている北の方に行ったようだ。
この画を見るものは寂しさを貪る感じになり鷹は足の爪を武器にして飛び立つのだ。絵師はここにはいないということなら鷹に襲われる心配の気持ちは持つことはないということを学ぼうではないか。
この鷹を真に迫るように描いておいてあるのは左綿の公舎である。ああ、そんなふうにであっても真に迫るこの絵はついに後世に正当に伝えられることをされていないのである。
しかし、この画鷹を見れば建物の梁の上に巣作りをするツバメや雀が隠れ、驚き恐れるのである。又、いまだ空にはばたいて九天の大空にのぼってはいないのである。


(訳注)
姜楚公畫角鷹歌

姜皎が江南において絵を公開を見て、飛び出た角の上にとまっている鷹の歌。


楚公 畫鷹 鷹戴角 ,殺氣 森森 到幽朔 。
詩人で画家の楚公であった姜皎が絵に描いた鷹、その鷹は岩のとがった角に載っている。鷹は殺気をいっぱいに示しひっそりとした樹木がこんもり茂っている北の方に行ったようだ。
「楚公」姜皎(唐663—722)。現在秦州天水),鷹鳥の善い畫をかく,官位は太常に至り,楚の國公に封ぜられる。監修國史にまでなっている。詩人であり、鷹の絵をよく書く。《全唐詩》には詩1首みえ、他一首ある。
「角」岩の飛び出た角。
「殺氣」天候氣象、風霜雪露でいう氣がすべて殺されている。
「森森」景物形態、樹木の多いさま。樹木が高く聳える。樹木がこんもり茂っている。
「幽」ひっそりとした様子。
「朔」方向、北。


觀者 貪愁 掣臂 飛 ,畫師 不是 無心 學 。
この画を見るものは寂しさを貪る感じになり鷹は足の爪を武器にして飛び立つのだ。絵師はここにはいないということなら鷹に襲われる心配の気持ちは持つことはないということを学ぼうではないか。
「掣臂」鷹であるから爪でひっかくという意味であろう。
「畫師」職業身份で、畫家。
「不是」もし…でなかったら。もしここにいないのならば。


此鷹 寫真 在 左綿 ,卻嗟 真骨 遂虛傳 。
この鷹を真に迫るように描いておいてあるのは左綿の公舎である。ああ、そんなふうにであっても真に迫るこの絵はついに後世に正当に伝えられることをされていないのである。
「左綿」語義類別:地、地名、行政地名、綿州。
・卻…) N(である)+にもかかわらず な形+なの / な形である +にもかかわらず 普通体+にもかかわらず. 《意味》「~のに/~が、それでも、関係なく」「本来(ほんらい)は反対(はんたい)の結果や判断(はんだん)になっていたはずだが、そう ...


梁間 燕雀 休驚怕 ,亦未 摶空 上 九天 。
しかし、この画鷹を見れば建物の梁の上に巣作りをするツバメや雀が隠れ、驚き恐れるのである。又、いまだ空にはばたいて九天の大空にのぼってはいないのである。
「梁間」樑空間。梁と屋根の間に巣をつくること。
「燕雀」燕と雀。軒下に巣作りをすることを云う。
「摶空」空を転回して飛び回ること。
「九天」語義類別:物、天文、天空、天空。
少陵台

海棕行 楽府(七言歌行) 成都6-(20) 杜甫 <482-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2550 杜甫詩1000-482-#2-704/1500

杜甫《海棕行》 綿州の左綿におかれる役所の館は涪江の水の綺麗なほとりにある。椰子の木が一本植えられており、まるで雲の中に入るかのように高くある。

2013年6月19日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《短歌行》 魏武帝  魏詩<86-#1> 古詩源 800 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2548
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)  <#2>713 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2549
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集海棕行 楽府(七言歌行) 成都6-(20) 杜甫 <482-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2550 杜甫詩1000-482-#2-704/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性續嘉陵驛詩獻武相國 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-201-67-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2552
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



海棕行 楽府(七言歌行) 成都6-(20) 杜甫 <482-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2550 杜甫詩1000-482-#2-704/1500
 
作時:762年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の482-#2首目-場面6-(20)
杜甫ブログ1500回予定の-704回目

作者: 杜甫 
作年: 寶應元年   762年   51歲 
卷別: 卷二二○  文體: 樂府 
詩題: 海棕行
〔亦棕類,但不皮而幹葉菆於杪。一云波斯棗,木無旁枝,三五年一著子。〕 
寫作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州) 


海棕行
(椰子の木のうた。)
〔亦棕類,但不皮而幹葉菆於杪。一云波斯棗,木無旁枝,三五年一著子。〕
此れもまた棕櫚の木の類いであり、ただし、木皮ではなく幹は葉をとった根もとだけであり、一か所雲の波のように茂らせ、幹には枝はなく、3年から5年に一度実をつける。
左綿公館清江濆,海棕一株高入雲。 
綿州の左綿におかれる役所の館は涪江の水の綺麗なほとりにある。椰子の木が一本植えられており、まるで雲の中に入るかのように高くある。
龍鱗犀甲相錯落,蒼稜白皮十抱文。 
竜の鱗をつけ、犀の渦中を装備し、そのほかの物はすべて剝ぎ落している。青くとがった葉に、白色の皮があり、そこには高さんの詩文をだいている。
自是眾木亂紛紛,海棕焉知身出群。 
これよりこの木が集められると乱れバラバラに散ってしまう。この椰子の木はどうしてこのような樹になったのであろうかその出自はどこなのだろうか。
移栽北辰不可得,時有西域胡僧識。 
この木は場所を変えて移植しても北の方では育たないという。このいきさつについては何時か西域の異民族の御坊様にでも聞いてみることにしよう。


詩文(含異文):
左綿公館清江濆,海棕一株高入雲。
龍鱗犀甲相錯落,蒼稜白皮十抱文。
自是眾木亂紛紛【但是眾木亂紛紛】,海棕焉知身出群。移栽北辰不可得,時有西域胡僧識。



『海棕行』 現代語訳と訳註
(本文)
左綿公館清江濆,海棕一株高入雲。 
龍鱗犀甲相錯落,蒼稜白皮十抱文。 
自是眾木亂紛紛,海棕焉知身出群。 
移栽北辰不可得,時有西域胡僧識。 


(下し文)
左綿の公館 清江の濆,海棕一株高くて雲に入る。 
龍鱗 犀甲 相い錯落す,蒼稜 白皮 十抱の文。 
是れより眾木して亂れ紛紛たり,海棕 焉ぞ身は群を出するを知らん。 
移栽 北辰 得るべからず,時有れば西域の胡僧に識す。 


(現代語訳)
(椰子の木のうた。)
綿州の左綿におかれる役所の館は涪江の水の綺麗なほとりにある。椰子の木が一本植えられており、まるで雲の中に入るかのように高くある。
竜の鱗をつけ、犀の渦中を装備し、そのほかの物はすべて剝ぎ落している。青くとがった葉に、白色の皮があり、そこには高さんの詩文をだいている。
これよりこの木が集められると乱れバラバラに散ってしまう。この椰子の木はどうしてこのような樹になったのであろうかその出自はどこなのだろうか。
この木は場所を変えて移植しても北の方では育たないという。このいきさつについては何時か西域の異民族の御坊様にでも聞いてみることにしよう。


(訳注)
yashi02海棕行
(椰子の木のうた。)
〔亦棕類,但不皮而幹葉菆於杪。一云波斯棗,木無旁枝,三五年一著子。〕
此れもまた棕櫚の木の類いであり、ただし、木皮ではなく幹は葉をとった根もとだけであり、一か所雲の波のように茂らせ、幹には枝はなく、3年から5年に一度実をつける。


左綿 公館 清 江濆 ,海棕 一株 高 入雲 。
綿州の左綿におかれる役所の館は涪江の水の綺麗なほとりにある。椰子の木が一本植えられており、まるで雲の中に入るかのように高くある。
「左綿」地、地名、綿州。左綿安昌(今の四川省綿陽)、
「公館」宮室屋廬、左綿の館。
「江」涪江。
「濆」自然景觀で、水澤湖のほとり。
「海棕」物、生物、植物專名(木本)、棕。  棕櫚/棕梠1 ヤシ科の常緑高木。高さは5メートル以上になり、幹は直立し、枝がなく、麻のような毛で覆われる。頂上に群生する葉は長い柄をもち、手のひら状で大きい。雌雄異株。5、6月ごろ、淡黄色の小花を多数つけ、のち、青黒色で球形の実を結ぶ。南九州の原産。材を書斎・亭などの柱や器物に、毛状の棕櫚皮を縄・たわし・ほうきなどに、葉を帽子・敷物・うちわなどの材料に用いる。わじゅろ。すろ。《季 花=夏》
2 紋所の名。1の葉の開いた形を図案化したもの。


龍鱗 犀甲 相錯落,蒼稜 白皮 十抱文。
竜の鱗をつけ、犀の渦中を装備し、そのほかの物はすべて剝ぎ落している。青くとがった葉に、白色の皮があり、そこには高さんの詩文をだいている。
「龍鱗」語義類別:物、生物、神物(動物)、龍の鱗。ヤシ科の植物。
「犀甲」犀の皮で作った甲冑。堅固なよろい。
蒼稜 ・稜:1)物のかど。とがった所。[名義抄] (2)袴(はかま)のももだち。
十抱文 しょくぶつのじょうきょうをいう


自是 眾木 亂 紛紛 ,海棕 焉知 身 出群 。
これよりこの木が集められると乱れバラバラに散ってしまう。この椰子の木はどうしてこのような樹になったのであろうかその出自はどこなのだろうか。
・「紛紛」 ・紛紛 わずらわしいさま。 葉蔓にさす月光のゆらいでみだれるさま。おおいさま。杜甫『貧交行』「翻手作雲覆手雨,紛紛輕薄何須數。君不見管鮑貧時交,此道今人棄如土。」。『麗春』「百草競春華,麗春應最勝。少須好顏色,多漫枝條剩。紛紛桃李枝,處處總能移。如何貴此重,卻怕有人知。」
「海棕」椰子の木、棕は棕櫚。


移栽 北辰 不可 得,時有 西域 胡僧 識 。
この木は場所を変えて移植しても北の方では育たないという。このいきさつについては何時か西域の異民族の御坊様にでも聞いてみることにしよう。
「移栽」椰子の木を移植する。
「北辰」北の星、北の寒い所というほどの意味。
「不可」 椰子の木は北には移植できない。。
「時有」いつか。
「胡」西域の異民族。ウイグ

越王樓歌 楽府(七言歌行) 成都6-(19) 杜甫 <482-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2545 杜甫詩1000-482-#1-703/1500

杜甫《越王樓歌》綿州の府治はなんでこんなに壮大であるか、それは顕慶年間に越王貞がおたでになったものである。その城の西北にポツンと、また高い楼を起工された。その楼の碧色の瓦、朱色の簷瓦は逢かに城郭を照らしている。

2013年6月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首  平原侯值》 謝靈運 六朝詩<85-#3>平原侯值瑒 799 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2543
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)  <#1>712 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2544
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集越王樓歌 楽府(七言歌行) 成都6-(19) 杜甫 <482-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2545 杜甫詩1000-482-#1-703/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性賊平后上高相公 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-200-66-#60  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2547
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



越王樓歌 楽府(七言歌行) 成都6-(19) 杜甫 <482-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2545 杜甫詩1000-482-#1-703/1500

 
卷別: 卷二二○  文體: 樂府
詩 題: 作時:寶應元年762年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の482-#1首目-場面6-(19)
杜甫ブログ1500回予定の-703回目   40802
作地: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州) 
   :  越王樓 (劍南道北部 綿州 綿州)     
          
〔太宗子越王貞為綿州刺史,作臺於州城西北,樓在臺上。〕 
越王貞が建てた綿州の城外の楼にのぼってつくった歌。宝応元年綿州にあっての作。



越王樓歌
(越王の樓閣のうた)
〔太宗子越王貞為綿州刺史,作臺於州城西北,樓在臺上。〕 
越王は名を貞といい、唐の太宗の第八子である、嘗て綿州の刺史であった。綿州城外西北に台を建設して、その上に高さ百尺の楼がある。
綿州州府何磊落,顯慶年中越王作。
綿州の府治はなんでこんなに壮大であるか、それは顕慶年間に越王貞がおたでになったものである。
孤城西北起高樓,碧瓦朱甍照城郭。
その城の西北にポツンと、また高い楼を起工された。その楼の碧色の瓦、朱色の簷瓦は逢かに城郭を照らしている。』
樓下長江百丈清,山頭落日半輪明。
この楼にのぼってみると楼の下には長江に注ぐ涪江が百丈の水を清らかにたたえている。附近の山の端には落ちかかる半輪の太陽があかるくかがやいている。
君王舊跡今人賞,轉見千秋萬古情。 
むかしの君王のたてられた旧跡をいま我々が見てこれを賞賛するものである。これによってさらに今後千年万年の後の人々のこころもまた我々とおなじく君王の旧跡を讃えて、なつかしむであろうことがわかるのである。』


岳陽樓詩人0051











『越王樓歌』 現代語訳と訳註
(本文)

綿州州府何磊落,顯慶年中越王作。
孤城西北起高樓,碧瓦朱甍照城郭。
樓下長江百丈清,山頭落日半輪明。
君王舊跡今人賞,轉見千秋萬古情。 


(下し文)
(越王楼の歌)
綿州の州府何ぞ磊落なる、顕慶年中越王の作
孤城の西北に高楼を起こす、碧瓦朱鷺城郭を照らす』
楼下の長江百丈精し、山頭の落日半輪明らかなり
君王の旧跡今入賞す、転た見る千秋万古の情』


(現代語訳)
(越王の樓閣のうた)
越王は名を貞といい、唐の太宗の第八子である、嘗て綿州の刺史であった。綿州城外西北に台を建設して、その上に高さ百尺の楼がある。
綿州の府治はなんでこんなに壮大であるか、それは顕慶年間に越王貞がおたでになったものである。
その城の西北にポツンと、また高い楼を起工された。その楼の碧色の瓦、朱色の簷瓦は逢かに城郭を照らしている。』
この楼にのぼってみると楼の下には長江に注ぐ涪江が百丈の水を清らかにたたえている。附近の山の端には落ちかかる半輪の太陽があかるくかがやいている。
むかしの君王のたてられた旧跡をいま我々が見てこれを賞賛するものである。これによってさらに今後千年万年の後の人々のこころもまた我々とおなじく君王の旧跡を讃えて、なつかしむであろうことがわかるのである。』


(訳注)
越王樓歌

(越王の樓閣のうた)
〔太宗子越王貞為綿州刺史,作臺於州城西北,樓在臺上。〕
越王は名を貞といい、唐の太宗の第八子である、嘗て綿州の刺史であった。綿州城外西北に台を建設して、その上に高さ百尺の楼がある。
○越王楼 唐の太宗の第八子である越王がたてた棲、綿州の刺史であった。綿州城外西北に台があり、高さ百尺、上に楼があり、州城を下轍する、高宗の顕慶中の作である。


綿州州府何磊落,顯慶年中越王作。
綿州の府治はなんでこんなに壮大であるか、それは顕慶年間に越王貞がおたでになったものである。
○州府 府の治所をいう。
○磊落 壮大なさま。おおざっぱ。ゆうそうなおおきさ。
○顕慶 高宗の年号、六五六年より六六〇年に至る。


孤城西北起高樓,碧瓦朱甍照城郭。
その城の西北にポツンと、また高い楼を起工された。その楼の碧色の瓦、朱色の簷瓦は逢かに城郭を照らしている。』
○朱甍 簷瓦にあたるかわら。


樓下長江百丈清,山頭落日半輪明。
この楼にのぼってみると楼の下には長江に注ぐ涪江が百丈の水を清らかにたたえている。附近の山の端には落ちかかる半輪の太陽があかるくかがやいている。
○長江 涪江のこと。涪江は綿州、梓州、遂州と南下して長江に合流するが、ここでは大江のことをいう。


君王舊跡今人賞,轉見千秋萬古情。 
むかしの君王のたてられた旧跡をいま我々が見てこれを賞賛するものである。これによってさらに今後千年万年の後の人々のこころもまた我々とおなじく君王の旧跡を讃えて、なつかしむであろうことがわかるのである。』
○君王 越王をさす。
○千秋万古情 後世の人の情、越王は蔡州の刺史となり、則武天が独立したとき兵を起こして唐の興復をはかったが勝たずに死んでしまった、賢王であったと思われる、故に後世の人はその旧跡を見て必ず無限の懐古の情をいだくであろうことをいう。

又觀打魚 楽府(七言歌行) 成都6-(18) 杜甫 <481-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2540 杜甫詩1000-481-#2-702/1500

杜甫 《又觀打魚》 このときにあたって我我はなんでこんな魚漁などという楽しみをほしいままにするのであろうか、天の生じたものをむやみに殺すことはむかしの聖人をかなしませることになることである。



2013年6月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首  平原侯值》 謝靈運 六朝詩<85-#2>平原侯值瑒 798 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2538
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#4>711 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2539
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集又觀打魚 楽府(七言歌行) 成都6-(18) 杜甫 <481-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2540 杜甫詩1000-481-#2-702/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬祝十三秀才 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-199-65-#59  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2542
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


又觀打魚 楽府(七言歌行) 成都6-(18) 杜甫 <481-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2540 杜甫詩1000-481-#2-702/1500 


詩 題: 作時:762年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の481-#2首目-場面6-(18)
杜甫ブログ1500回予定の-702回目   40801
また魚をとるのを観てよんだうた。前詩とほとんど同時の作。觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(15) 杜甫 <480-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2525 杜甫詩1000-480-#1-699/1500


又觀打魚
(また、打魚漁をみる。)
蒼江魚子清晨集,設網提綱萬魚急。
静かにきれいな江に漁師たちが朝方から集まり、網を設け大綱をいろんな魚をせっせと取っている。
能者操舟疾若風,撐突波濤挺叉入。
舟をあやつるに巧みなものは船を風のごとくはやくあやつり、さすまたをぬきんでながら波にぶっつかってのりこんでゆく。
小魚脫漏不可記,半死半生猶戢戢。
小さな魚は魚網からどれほどぬけでたか記しすことなどもできないがそれでも半死半生の姿で沢山あつまっている。
大魚傷損皆垂頭,屈強泥沙有時立。』
大きな魚はからだをきずつけられて 皆 頭を垂れてよわりこんでいるが、時としては泥沙のうえにしゃちほこばって 突っ立ちあがることもある。』
#2
(また、打魚漁をみる。)―#2
東津觀魚已再來,主人罷鱠還傾杯。
自分は綿州東津へ魚漁を観るためにはこれで二度きているのだ。綿州の刺史の主人は鱠をやめてもまだ酒盃を傾けてもてなしてくれる。
日暮蛟龍改窟穴,山根鱣鮪隨雲雷。
日ぐれになると蛟竜も不安を感じてか奥深い川底の穴を移し、山のふもとにすむ鱣や鮪も雲雷の起こるにつれてどこへかうつって魚も身の安全をはかりつつある。
干戈兵革鬥未止,鳳凰麒麟安在哉。
今や天下は干戈を用いて人間、兵隊どうしがうちあいたたかうことがまだやまないでいる。鳳凰だの麟鱗だのの瑞鳥瑞獣はいったいどこにか在るのだろうか。
吾徒胡為縱此樂,暴殄天物聖所哀。』

このときにあたって我我はなんでこんな魚漁などという楽しみをほしいままにするのであろうか、天の生じたものをむやみに殺すことはむかしの聖人をかなしませることになることである。』


蒼江漁子清晨【せいしん】に集まる、網を設け 綱を提げて魚を取ること急なり。
能者は舟を操る疾きこと風の若く、波涛に撐突して叉を挺して入る。
小魚の脱漏 記す可からず、半死半生 猶お戢戢【しゅうしゅう】たり。
大魚は傷損 皆頭を垂る、泥抄に屈強して時有りてか立つ。』
東津 魚を観て己に再び来たる、主人鱠を罷めて還た盃を傾く。
日暮れて蛟竜【こうりゅう】窟穴を改む、山根の鱣鮪【てんい】雲雷に随う。
干戈 兵革 闘い未だ己まず、鳳凰 麟麟安に在りや。
吾が徒 胡為【なんす】れぞ此の楽しみを縦にする、天物を暴殄するは聖の哀れむ所なり。』



『又觀打魚 杜甫』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
東津觀魚已再來,主人罷鱠還傾杯。
日暮蛟龍改窟穴,山根鱣鮪隨雲雷。
干戈兵革鬥未止,鳳凰麒麟安在哉。
吾徒胡為縱此樂,暴殄天物聖所哀。』


(下し文)
東津 魚を観て己に再び来たる、主人鱠を罷めて還た盃を傾く。
日暮れて蛟竜【こうりゅう】窟穴を改む、山根の鱣鮪【てんい】雲雷に随う。
干戈 兵革 闘い未だ己まず、鳳凰 麟麟安に在りや。
吾が徒 胡為【なんす】れぞ此の楽しみを縦にする、天物を暴殄するは聖の哀れむ所なり。』


(現代語訳)
(また、打魚漁をみる。)―#2
自分は綿州東津へ魚漁を観るためにはこれで二度きているのだ。綿州の刺史の主人は鱠をやめてもまだ酒盃を傾けてもてなしてくれる。
日ぐれになると蛟竜も不安を感じてか奥深い川底の穴を移し、山のふもとにすむ鱣や鮪も雲雷の起こるにつれてどこへかうつって魚も身の安全をはかりつつある。
今や天下は干戈を用いて人間、兵隊どうしがうちあいたたかうことがまだやまないでいる。鳳凰だの麟鱗だのの瑞鳥瑞獣はいったいどこにか在るのだろうか。
このときにあたって我我はなんでこんな魚漁などという楽しみをほしいままにするのであろうか、天の生じたものをむやみに殺すことはむかしの聖人をかなしませることになることである。』


(訳注) #2
又觀打魚

また、打魚漁をみる。
○打魚 綿州の涪江の東津で水面を打撃して魚を、囲みに追い込む浅瀬の漁法。やなのようなところに追い込む。


江上のツバメ02東津觀魚已再來,主人罷鱠還傾杯。
自分は綿州東津へ魚漁を観るためにはこれで二度きているのだ。綿州の刺史の主人は鱠をやめてもまだ酒盃を傾けてもてなしてくれる。
○観魚 魚漁をみるためにの意。
○主人 綿州の刺史杜便君をいうもの。
○罷鱠 鱠を初めには作ってたべた。たべあきてから食べるのをやめた。なます、いきづくりといってもすべて酢を通している。日本の刺身とは異なる。なます、いきづくりといってもすべて酢を通している。日本の刺身とは異なる。


日暮蛟龍改窟穴,山根鱣鮪隨雲雷。
日ぐれになると蛟竜も不安を感じてか奥深い川底の穴を移し、山のふもとにすむ鱣や鮪も雲雷の起こるにつれてどこへかうつって魚も身の安全をはかりつつある。
○改窟穴 べつな淵の奥底の穴へ遷ることをいう。
○鱣鮪 みな魚の名。
○随雲雷 雲雷の次々に起こり、それにつれてどこへかうつることをいう。


干戈兵革鬥未止,鳳凰麒麟安在哉。
今や天下は干戈を用いて人間、兵隊どうしがうちあいたたかうことがまだやまないでいる。鳳凰だの麟鱗だのの瑞鳥瑞獣はいったいどこにか在るのだろうか。
○鳳凰麟麟 端物で聖人があれば徳に感じて至ると称せられる。想像上の動物の名。「麟鳳(りんぽう)/獲麟・麒麟(きりん)」 中国の伝説上の霊鳥。鳳が雄,凰が雌。鳳皇とも書く。餌は竹の実で,梧桐の木にしか止まらぬとされる。殷墟卜辞に,風神として鳳の字が用いられ,天帝の使者だともされている。その字体から見て,孔雀のような鳥が鳳凰の原像となったのであろう。この殷の鳳凰と同じ特徴的な冠羽を持つ鳥が,殷末から西周期の青銅器の文様に見え,おそらくこれは,鳥形をとって祭祀の場に降臨する祖霊の観念と結びついていたのであろう。《書経》に,舜帝が天下を安定させると,音楽につれて祖霊とともに鳳凰がやってきたとあるのは,祖霊と祥瑞との二つの性格をあわせみせている。


吾徒胡為縱此樂,暴殄天物聖所哀。』
このときにあたって我我はなんでこんな魚漁などという楽しみをほしいままにするのであろうか、天の生じたものをむやみに殺すことはむかしの聖人をかなしませることになることである。』
○暴殄天物 滅び絶える。 【殄熄】てんそく. 絶やして尽きること。 【殄滅】てんめつ. 滅び絶える。また、滅ぼし絶やす。死に絶える。 「 絶滅 ( ぜつめつ ) 」.「書経」(武成篇)の語、天の生じたものをむやみにころしたりすること。
○聖 むかしの聖人。

又觀打魚 楽府(七言歌行) 成都6-(17) 杜甫 <481-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2535 杜甫詩1000-481-#1-701/1500

又觀打魚楽府(七言歌行) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(17))  静かにきれいな江に漁師たちが朝方から集まり、網を設け大綱をいろんな魚をせっせと取っている。舟をあやつるに巧みなものは船を風のごとくはやくあやつり、さすまたをぬきんでながら波にぶっつかってのりこんでゆく。


2013年6月16日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首  平原侯值》 謝靈運 六朝詩<85-#1>平原侯值瑒 797 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2533
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#3>710 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2534
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集又觀打魚 楽府(七言歌行) 成都6-(17) 杜甫 <481-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2535 杜甫詩1000-481-#1-701/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性送姚員外 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-198-64-#58  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2537
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



又觀打魚 楽府(七言歌行) 成都6-(17) 杜甫 <481-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2535 杜甫詩1000-481-#1-701/1500



詩 題:又觀打魚楽府(七言歌行) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(17)) 
作時:762年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の481-#1首目-場面6-(17)
杜甫ブログ1500回予定の-701回目   40800
また魚をとるのを観てよんだうた。前詩とほとんど同時の作。觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(15) 杜甫 <480-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2525 杜甫詩1000-480-#1-699/1500


又觀打魚
(また、打魚漁をみる。)
蒼江魚子清晨集,設網提綱萬魚急。
静かにきれいな江に漁師たちが朝方から集まり、網を設け大綱をいろんな魚をせっせと取っている。
能者操舟疾若風,撐突波濤挺叉入。
舟をあやつるに巧みなものは船を風のごとくはやくあやつり、さすまたをぬきんでながら波にぶっつかってのりこんでゆく。
小魚脫漏不可記,半死半生猶戢戢。
小さな魚は魚網からどれほどぬけでたか記しすことなどもできないがそれでも半死半生の姿で沢山あつまっている。
大魚傷損皆垂頭,屈強泥沙有時立。』
大きな魚はからだをきずつけられて 皆 頭を垂れてよわりこんでいるが、時としては泥沙のうえにしゃちほこばって 突っ立ちあがることもある。』
#2
東津觀魚已再來,主人罷鱠還傾杯。
日暮蛟龍改窟穴,山根鱣鮪隨雲雷。
干戈兵革鬥未止,鳳凰麒麟安在哉。
吾徒胡為縱此樂,暴殄天物聖所哀。』


蒼江漁子清晨【せいしん】に集まる、網を設け 綱を提げて魚を取ること急なり。
能者は舟を操る疾きこと風の若く、波涛に撐突して叉を挺して入る。
小魚の脱漏 記す可からず、半死半生 猶お戢戢【しゅうしゅう】たり。
大魚は傷損 皆頭を垂る、泥抄に屈強して時有りてか立つ。』

東津 魚を観て己に再び来たる、主人鱠を罷めて還た盃を傾く。
日暮れて蛟竜【こうりゅう】窟穴を改む、山根の鱣鮪【てんい】雲雷に随う。
干戈 兵革 闘い未だ己まず、鳳凰 麟麟安に在りや。
吾が徒 胡為【なんす】れぞ此の楽しみを縦にする、天物を暴殄するは聖の哀れむ所なり。』

浮桟橋00
『又觀打魚』 現代語訳と訳註
(本文)
#1
蒼江魚子清晨集,設網提綱萬魚急。
能者操舟疾若風,撐突波濤挺叉入。
小魚脫漏不可記,半死半生猶戢戢。
大魚傷損皆垂頭,屈強泥沙有時立。』


(下し文)
蒼江漁子清晨【せいしん】に集まる、網を設け 綱を提げて魚を取ること急なり。
能者は舟を操る疾きこと風の若く、波涛に撐突して叉を挺して入る。
小魚の脱漏 記す可からず、半死半生 猶お戢戢【しゅうしゅう】たり。
大魚は傷損 皆頭を垂る、泥抄に屈強して時有りてか立つ。』


(現代語訳)
(また、打魚漁をみる。)
静かにきれいな江に漁師たちが朝方から集まり、網を設け大綱をいろんな魚をせっせと取っている。
舟をあやつるに巧みなものは船を風のごとくはやくあやつり、さすまたをぬきんでながら波にぶっつかってのりこんでゆく。
小さな魚は魚網からどれほどぬけでたか記しすことなどもできないがそれでも半死半生の姿で沢山あつまっている。
大きな魚はからだをきずつけられて 皆 頭を垂れてよわりこんでいるが、時としては泥沙のうえにしゃちほこばって 突っ立ちあがることもある。』


(訳注)
又觀打魚

また、打魚漁をみる。
○打魚 綿州の涪江の東津で水面を打撃して魚を、囲みに追い込む浅瀬の漁法。やなのようなところに追い込む。


蒼江魚子清晨集,設網提綱萬魚急。
静かにきれいな江に漁師たちが朝方から集まり、網を設け大綱をいろんな魚をせっせと取っている。
○蒼江 あおい水色の江、清江をいう。
○漁子 りようし。
〇清晨 はれた朝方。
○綱 あみの大づな。
○万魚 設網捷網万魚急とよみ、急の字は魚が逃げだそうとして争うさまとなり、とりかたが急なことである。


能者操舟疾若風,撐突波濤挺叉入。
舟をあやつるに巧みなものは船を風のごとくはやくあやつり、さすまたをぬきんでながら波にぶっつかってのりこんでゆく。
○能者 舟を振るのにたくみな漁師。
○撐突 撐はささえる意であるが、撐突はぶつかる意と思われる。
○挺叉 挺はぬきんづる、叉は魚を刺すさすまた。
〇入 舟をのりいれること。


小魚脫漏不可記,半死半生猶戢戢。
小さな魚は魚網からどれほどぬけでたか記しすことなどもできないがそれでも半死半生の姿で沢山あつまっている。
○脱漏 あみからもれること。
○記 かぞえてしるしをする。
○戢戢 あつまるさま。


大魚傷損皆垂頭,屈強泥沙有時立。』
大きな魚はからだをきずつけられて 皆 頭を垂れてよわりこんでいるが、時としては泥沙のうえにしゃちほこばって 突っ立ちあがることもある。』
○屈強 しいて立ちあがろうとするさま。

觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(16) 杜甫 <480-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2530 杜甫詩1000-480-#2-700/1500

杜甫 《觀打魚歌楽府》(七言歌行) 料理人が左右に動き回り、霜の如くとぎすました庖刀をふるう。鱠の肉は飛ぶがごとく黄金の盤上に、蒸された肉は白雪のように高くもりあげられる。

2013年6月15日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 阮瑀》 謝靈運 六朝詩<84-#3> 應瑒 796 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2528
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#2>709 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2529
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(16) 杜甫 <480-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2530 杜甫詩1000-480-#2-700/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集古詩十九首之十五 漢の無名氏(15)  漢詩<28> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2526 (06/14)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性春郊游眺寄孫處士二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-197-63-#57  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2532
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(16) 杜甫 <480-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2530 杜甫詩1000-480-#2-700/1500


卷別: 卷二二○  文體: 樂府 
作時:寶應元年  762年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の480-#1首目-場面6-(15)
杜甫ブログ1500回予定の-699回目   40798
作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州) 
徐州 (河南道 徐州 徐州) 別名:彭城、徐方   
 


綿州の涪江の東津で魴魚の網打ちを観てつくったうた。宝応元年綿州にあっての作。

觀打魚歌
綿州江水之東津,魴魚鱍鱍色勝銀。
綿州の涪江の東津でやれている。そこでは魴魚がぴちぴちとはね色は銀よりも白くかがやいている。
漁人漾舟沈大網,截江一擁數百鱗。
漁師が舟を川一線にただよわせて大きな網を沈める、そうして水面をたたきよこ一文字に江水をたちきってあみをひくと一ぺんに数百匹の魴がだきこまれる。
眾魚常才盡卻棄,赤鯉騰出如有神。
網の中にかかった平凡なおおくのさかなはみんなのけてすててしまう。まごいは神力あるかの如くあみからおどりだして飛び出ていってしまう。
潛龍無聲老蛟怒,回風颯颯吹沙塵。
淵の奥深い穴に潜んでいる水竜は声をたてずひっこんでいるし、としふけた蛟は魚たちが害せられるのを見て怒っている、吹きまわす風が颯颯として沙や塵をとばしている。』
#2
饔子左右揮雙刀,膾飛金盤白雪高。
料理人が左右に動き回り、霜の如くとぎすました庖刀をふるう。鱠の肉は飛ぶがごとく黄金の盤上に、蒸された肉は白雪のように高くもりあげられる。
徐州禿尾不足憶,漢陰槎頭遠遁逃。
鱠の味にくらべると徐州の禿尾魚の煮つけはおもうにも足らぬし、漢陰の槎頭のとれたての鮪もはだしでとおくにげだしてしまう。
魴魚肥美知第一,既飽歡娛亦蕭瑟。
ふとってうまいのは魴魚が第一品だということがわかるが、既にその味に飽きてしまったら、楽しみも秋風が吹くように寂しくなる感じがある。
君不見朝來割素鬐,咫尺波濤永相失。
諸君見られたことはあるだろうか、なぜかというと、朝からかけて我我はやたらに魴魚の白いひれを割いたが、彼らは咫尺の間にこの江上の波涛と永久に別れてしまったので気の毒にたえないことである。』


打魚を觀る歌
綿州 江水の東津【とうしん】、魴魚【ほうぎょ】鱍鱍【はつはつ】として色銀に勝る。
漁人舟を漾【ただよ】わして大網を沈み、江を截【き】りて一擁す数百鱗。
衆魚は常才なり尽く却棄し、赤鯉は騰出す 神有るが如し。
潜竜 声無く老蛟【ろうこう】怒り、回風 颯颯として沙塵を吹く。』
#2
饔子【ようし】左右に霜刀を揮い、膾 飛んで金盤に白雪高し。
徐州の禿尾【とくび】は憶うに足らず、漢陰【かんいん】の槎頭【さとう】遠く遁逃【】とんとうす。
魴魚の肥美知る第一、既に飽きては歡娛【かんご】も亦た蕭瑟【しょうしつ】たり。
君見ずや朝来素鬐【そき】を割き、咫尺【しせき】波濤【はとう】永く相い失す。』


『觀打魚歌』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
饔子左右揮雙刀,膾飛金盤白雪高。
徐州禿尾不足憶,漢陰槎頭遠遁逃。
魴魚肥美知第一,既飽歡娛亦蕭瑟。
君不見朝來割素鬐,咫尺波濤永相失。


(下し文) #2
饔子【ようし】左右に霜刀を揮い、膾 飛んで金盤に白雪高し。
徐州の禿尾【とくび】は憶うに足らず、漢陰【かんいん】の槎頭【さとう】遠く遁逃【】とんとうす。
魴魚の肥美知る第一、既に飽きては歡娛【かんご】も亦た蕭瑟【しょうしつ】たり。
君見ずや朝来素鬐【そき】を割き、咫尺【しせき】波濤【はとう】永く相い失す。』


(現代語訳)
料理人が左右に動き回り、霜の如くとぎすました庖刀をふるう。鱠の肉は飛ぶがごとく黄金の盤上に、蒸された肉は白雪のように高くもりあげられる。
鱠の味にくらべると徐州の禿尾魚の煮つけはおもうにも足らぬし、漢陰の槎頭のとれたての鮪もはだしでとおくにげだしてしまう。
ふとってうまいのは魴魚が第一品だということがわかるが、既にその味に飽きてしまったら、楽しみも秋風が吹くように寂しくなる感じがある。
諸君見られたことはあるだろうか、なぜかというと、朝からかけて我我はやたらに魴魚の白いひれを割いたが、彼らは咫尺の間にこの江上の波涛と永久に別れてしまったので気の毒にたえないことである。』


(訳注) #2
饔子左右揮雙刀,膾飛金盤白雪高。

料理人が左右に動き回り、霜の如くとぎすました庖刀をふるう。鱠の肉は飛ぶがごとく黄金の盤上に、蒸された肉は白雪のように高くもりあげられる。
○饔子 料理人。
○雙刀 とぎすました自刃の庖刀。
〇膾 なます、いきづくりといってもすべて酢を通している。日本の刺身とは異なる。
○白雪 うず高く盛られた蒸した肉の形容。


徐州禿尾不足憶,漢陰槎頭遠遁逃。
鱠の味にくらべると徐州の禿尾魚の煮つけはおもうにも足らぬし、漢陰の槎頭のとれたての鮪もはだしでとおくにげだしてしまう。
○徐州禿尾 徐州においてうまいとされる禿尾の魚であろう、其の地の名物。
○漢陰槎頭 漢陰は漢水のほとりの襄陽の地名、柴木を水中に積み中に魚を養う、その柴木のことを槮という、嚢陽では槮をなまって槎という、槎頭とは槮のことという、ただし嚢陽では養魚のためでなく水を断つために槮を用いるという、槮頭は槮のほとりでとった魚のこと、魚の名は鯿という、この魚はあたまがつぶれたようなものと見え縮頂鯖の名がある。とれたてのものという意味であろう。孟浩然の詩句に、「試ミニ竹竿ノ釣ヲ垂レシこ、果タシテ得タリ槎頭ノ鯿」(孟浩然『峴潭作』)などがある。
孟浩然『峴潭作』
  石潭傍隈隩,沙岸曉夤緣。
  試垂竹竿釣,果得槎頭鯿。
  美人騁金錯,纖手膾紅鮮。
  因謝陸内史,蓴羹何足傳。
○遁逃 競争したくないので逃げ出す。


魴魚肥美知第一,既飽歡娛亦蕭瑟。
ふとってうまいのは魴魚が第一品だということがわかるが、既にその味に飽きてしまったら、楽しみも秋風が吹くように寂しくなる感じがある。
○肥美 ふとってうまい。
○既飽 十分満腹するまでたべあきてきた。
○蕭瑟 秋風が寂しく吹くこと。また、さびしいさま。


君不見朝來割素鬐,咫尺波濤永相失。
諸君見られたことはあるだろうか、なぜかというと、朝からかけて我我はやたらに魴魚の白いひれを割いたが、彼らは咫尺の間にこの江上の波涛と永久に別れてしまったので気の毒にたえないことである。』
〇割素誓 魴魚のしろいひれをさく、鰭をつくるために三枚におろすこと。殺してしまうのは気の毒だ。
○咫尺 八寸一尺の極間近で。
花蕊夫人006

觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(15) 杜甫 <480-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2525 杜甫詩1000-480-#1-699/1500

觀打魚歌楽府(七言歌行) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(15))  綿州の涪江の東津でやれている。そこでは魴魚がぴちぴちとはね色は銀よりも白くかがやいている。漁師が舟を川一線にただよわせて大きな網を沈める、そうして水面をたたきよこ一文字に江水をたちきってあみをひくと一ぺんに数百匹の魴がだきこまれる。


2013年6月14日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 阮瑀》 謝靈運 六朝詩<84-#2> 劉楨 795 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2523
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#1>709 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2529
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(15) 杜甫 <480-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2525 杜甫詩1000-480-#1-699/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性春郊游眺寄孫處士二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-196-62-#56  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2527
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(15) 杜甫 <480-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2525 杜甫詩1000-480-#1-699/1500


詩 題:觀打魚歌楽府(七言歌行) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(15)) 
卷別: 卷二二○  文體: 樂府 
作時:寶應元年  762年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の480-#1首目-場面6-(15)
杜甫ブログ1500回予定の-699回目   40798
作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州) 
徐州 (河南道 徐州 徐州) 別名:彭城、徐方   
 


綿州の涪江の東津で魴魚の網打ちを観てつくったうた。宝応元年綿州にあっての作。



觀打魚歌
綿州江水之東津,魴魚鱍鱍色勝銀。
綿州の涪江の東津でやれている。そこでは魴魚がぴちぴちとはね色は銀よりも白くかがやいている。
漁人漾舟沈大網,截江一擁數百鱗。
漁師が舟を川一線にただよわせて大きな網を沈める、そうして水面をたたきよこ一文字に江水をたちきってあみをひくと一ぺんに数百匹の魴がだきこまれる。
眾魚常才盡卻棄,赤鯉騰出如有神。
網の中にかかった平凡なおおくのさかなはみんなのけてすててしまう。まごいは神力あるかの如くあみからおどりだして飛び出ていってしまう。
潛龍無聲老蛟怒,回風颯颯吹沙塵。
淵の奥深い穴に潜んでいる水竜は声をたてずひっこんでいるし、としふけた蛟は魚たちが害せられるのを見て怒っている、吹きまわす風が颯颯として沙や塵をとばしている。』
#2
饔子左右揮雙刀,膾飛金盤白雪高。
徐州禿尾不足憶,漢陰槎頭遠遁逃。
魴魚肥美知第一,既飽歡娛亦蕭瑟。
君不見朝來割素鬐,咫尺波濤永相失。


打魚を觀る歌
綿州 江水の東津【とうしん】、魴魚【ほうぎょ】鱍鱍【はつはつ】として色銀に勝る。
漁人舟を漾【ただよ】わして大網を沈み、江を截【き】りて一擁す数百鱗。
衆魚は常才なり尽く却棄し、赤鯉は騰出す 神有るが如し。
潜竜 声無く老蛟【ろうこう】怒り、回風 颯颯として沙塵を吹く。』

#2
饔子【ようし】左右に霜刀を揮い、膾 飛んで金盤に白雪高し。
徐州の禿尾【とくび】は憶うに足らず、漢陰【かんいん】の槎頭【さとう】遠く遁逃【】とんとうす。
魴魚の肥美知る第一、既に飽きては歡娛【かんご】も亦た蕭瑟【しょうしつ】たり。
君見ずや朝来素鬐【そき】を割き、咫尺【しせき】波濤【はとう】永く相い失す。』

ogawa09




『觀打魚歌』 現代語訳と訳註
(本文)
綿州江水之東津,魴魚鱍鱍色勝銀。
漁人漾舟沈大網,截江一擁數百鱗。
眾魚常才盡卻棄,赤鯉騰出如有神。
潛龍無聲老蛟怒,回風颯颯吹沙塵。


(下し文)
打魚を觀る歌
綿州 江水の東津【とうしん】、魴魚【ほうぎょ】鱍鱍【はつはつ】として色銀に勝る。
漁人舟を漾【ただよ】わして大網を沈み、江を截【き】りて一擁す数百鱗。
衆魚は常才なり尽く却棄し、赤鯉は騰出す 神有るが如し。
潜竜 声無く老蛟【ろうこう】怒り、回風 颯颯として沙塵を吹く。』


(現代語訳)
綿州の涪江の東津でやれている。そこでは魴魚がぴちぴちとはね色は銀よりも白くかがやいている。
漁師が舟を川一線にただよわせて大きな網を沈める、そうして水面をたたきよこ一文字に江水をたちきってあみをひくと一ぺんに数百匹の魴がだきこまれる。
網の中にかかった平凡なおおくのさかなはみんなのけてすててしまう。まごいは神力あるかの如くあみからおどりだして飛び出ていってしまう。
淵の奥深い穴に潜んでいる水竜は声をたてずひっこんでいるし、としふけた蛟は魚たちが害せられるのを見て怒っている、吹きまわす風が颯颯として沙や塵をとばしている。』


(訳注)
觀打魚歌
○打魚
 水面を打撃して魚を、囲みに追い込む浅瀬の漁法。やなのようなところに追い込む。


綿州江水之東津,魴魚鱍鱍色勝銀。
綿州の涪江の東津でやれている。そこでは魴魚がぴちぴちとはね色は銀よりも白くかがやいている。
○江水 江は涪江。
○東津 ひがしのわたりば。
○紡魚 魚の名、鯖という魚と同種であるという。
○鰭鰻 はねるさま。


漁人漾舟沈大網,截江一擁數百鱗。
漁師が舟を川一線にただよわせて大きな網を沈める、そうして水面をたたきよこ一文字に江水をたちきってあみをひくと一ぺんに数百匹の魴がだきこまれる。
○截江 江水をよこ一文字にたちきる、網をびきはえるさま。
〇一擁 一ぺんでなかへかかえこむ。網を搾っていく。
○鱗 魴魚の鱗をさす。


眾魚常才盡卻棄,赤鯉騰出如有神。
網の中にかかった平凡なおおくのさかなはみんなのけてすててしまう。まごいは神力あるかの如くあみからおどりだして飛び出ていってしまう。
○衆魚 紡以外の多くのうお。
○常才 平凡なやつ。
○却棄 しりぞけすてる。
○赤鯉 まごい。
○騰出 あみからおどって飛び出てしまう。


潛龍無聲老蛟怒,回風颯颯吹沙塵。
淵の奥深い穴に潜んでいる水竜は声をたてずひっこんでいるし、としふけた蛟は魚たちが害せられるのを見て怒っている、吹きまわす風が颯颯として沙や塵をとばしている。』
○無声 機を知って害をうけぬように声をださぬこと。○怒 同類の魚がとられることを怒ること。
○回風 吹きまわすかぜ。
○颯颯 風の吹くさま。


成都遂州00

去秋行 楽府(七言歌行) 成都6-(14) 杜甫 <479>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2520 杜甫詩1000-479-698/1500

杜甫《去秋行 楽府(七言歌行)》秋も終わろうとしているここ涪江のあたりに木の葉も落ちるころなのだ。剣や槍鎧をつけて馬を走らせているのはどこの男か。


 

2013年6月13日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 阮瑀》 謝靈運 六朝詩<84-#1> 劉楨 794 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2518
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩酬藍田崔丞立之詠雪見寄 韓愈(韓退之) <144-#2>Ⅱ中唐詩708 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2524
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集去秋行 楽府(七言歌行) 成都6-(14) 杜甫 <479>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2520 杜甫詩1000-479-698/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性江亭餞別 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-195-61-#55  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2522
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

去秋行 楽府(七言歌行) 成都6-(14) 杜甫 <479>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2520 杜甫詩1000-479-698/1500

 
詩 題:去秋行楽府(七言歌行) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(14)) 
卷別: 卷二一九  文體: 樂府 
作時:寶應元年 762年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の479首目-場面6-(14)
杜甫ブログ1500回予定の-698回目 
寫及地點:  遂州 (劍南道北部 遂州 遂州)     
洛陽 (都畿道 河南府 洛陽) 別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下     
長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都     
 
 
 
去秋行
去秋涪江木落時,臂槍走馬誰家兒。
秋も終わろうとしているここ涪江のあたりに木の葉も落ちるころなのだ。剣や槍鎧をつけて馬を走らせているのはどこの男か。
到今不知白骨處,部曲有去皆無歸。
今ここに至って戦死者の屍を埋めるところがどこかを知らないのか。戦が終わったというのに軍隊は去って行くのだろうが皆帰るところがないのだろうか。
遂州城中漢節在,遂州城外巴人稀。
涪江が下って梓州の東南に位置する遂州の城郭の中では漢との和平の約束がなされ符節され落ち着きを取り戻した。遂州の城郭の外側、郊外には逃村で巴の人々が稀にしか見られなくなっている。
戰場冤魂每夜哭,空令野營猛士悲。

戦場には無念であったり、巻き添え、無実なのに死んでいった魂の声が毎晩のようにさけび鳴いている。郊外の野原には闘い終わった軍隊の野営がむなしく残り、獰猛に戦った者たちも悲しさだけが残っている。

四川省西部地区略図




























『去秋行』 現代語訳と訳註
(本文)
去秋涪江木落時,臂槍走馬誰家兒。
到今不知白骨處,部曲有去皆無歸。
遂州城中漢節在,遂州城外巴人稀。
戰場冤魂每夜哭,空令野營猛士悲。
去秋涪江木落時,臂槍走馬誰家兒。
到今不知白骨處,部曲有去皆無歸。
遂州城中漢節在,遂州城外巴人稀。
戰場冤魂每夜哭,空令野營猛士悲。


(下し文)
去秋涪江木落時,臂槍走馬誰家兒。
到今不知白骨處,部曲有去皆無歸。
遂州城中漢節在,遂州城外巴人稀。
戰場冤魂每夜哭,空令野營猛士悲。
去秋涪江木落時,臂槍走馬誰家兒。
到今不知白骨處,部曲有去皆無歸。
遂州城中漢節在,遂州城外巴人稀。
戰場冤魂每夜哭,空令野營猛士悲。


(現代語訳)
秋も終わろうとしているここ涪江のあたりに木の葉も落ちるころなのだ。剣や槍鎧をつけて馬を走らせているのはどこの男か。
今ここに至って戦死者の屍を埋めるところがどこかを知らないのか。戦が終わったというのに軍隊は去って行くのだろうが皆帰るところがないのだろうか。
涪江が下って梓州の東南に位置する遂州の城郭の中では漢との和平の約束がなされ符節され落ち着きを取り戻した。遂州の城郭の外側、郊外には逃村で巴の人々が稀にしか見られなくなっている。
戦場には無念であったり、巻き添え、無実なのに死んでいった魂の声が毎晩のようにさけび鳴いている。郊外の野原には闘い終わった軍隊の野営がむなしく残り、獰猛に戦った者たちも悲しさだけが残っている。


(訳注)
去秋行
詩の先頭二字をとって詩題としている。この詩では実際の戦場に立って作ったものかどうかはわからない。唐代の戦争を題材にしたもののほとんどは、空想で書かれたものが多い。この詩も現実感がないように感じる。


去秋 涪江 木落 時 ,臂槍 走馬 誰家 兒 。
秋も終わろうとしているここ涪江のあたりに木の葉も落ちるころなのだ。剣や槍鎧をつけて馬を走らせているのはどこの男か。
「秋」四時節氣、四季、秋。
「涪江」地名、河湖地名(江河溪流)、涪江。
「木落」植物泛稱(木)、木。植物生命狀態、落。
「臂」身體四肢、臂。
「槍」器物、工具用品(兵器單稱)、槍。
「走馬」動物動作、走。動物專名(走獸)、馬。


到今 不知 白骨 處 ,部曲 有去 皆無歸 。
今ここに至って戦死者の屍を埋めるところがどこかを知らないのか。戦が終わったというのに軍隊は去って行くのだろうが皆帰るところがないのだろうか。
「部曲」職業身份、軍。


遂州 城中 漢節 在,遂州 城外 巴人 稀 。
涪江が下って梓州の東南に位置する遂州の城郭の中では漢との和平の約束がなされ符節され落ち着きを取り戻した。遂州の城郭の外側、郊外には逃村で巴の人々が稀にしか見られなくなっている。
「遂州」行政地名、遂州。
「城」邦國都城。
「漢節」符節。木・竹・紙などの札に文字を書き,印を押して二つに割り契約の証拠とするもの。割符。
「巴人」巴人。戦争になれば、軍人以外は、城内、あるいはどこか安全な場所へ逃げるのである。


戰場 冤魂 每夜 哭 ,空令野營 猛士 悲 。
戦場には無念であったり、巻き添え、無実なのに死んでいった魂の声が毎晩のようにさけび鳴いている。郊外の野原には闘い終わった軍隊の野営がむなしく残り、獰猛に戦った者たちも悲しさだけが残っている。
「戰場」特殊場域、戰場。
「冤」無念であったり、巻き添え、無実なのに死んでいったものことをいう。
「魂」神鬼泛稱、魂。
「哭」 泣き叫ぶ。慟哭。
「野營」郊原村野、野に、公署建築、軍營していること。
「猛士」壯士。
「悲」負面情感(悲哀傷痛)、悲しむこと。 
 成都遂州00

苦戰行 楽府(五言律詩) 成都6-(13) 杜甫 <478>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2515 杜甫詩1000-478-697/1500

杜甫 《苦戰行》 楽府(五言律詩) 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(13))   苦戦をして死んでしまった漢の馬将軍のような人物がいる。彼はみずからを伏波将軍の子孫だとして公言している。天下は戦乱いまだ定まらないのに彼のような勇壮な士を失った。このことは自分は嘆き恨んで酷く心を傷めさせられるのである。

2013年6月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 應瑒》 謝靈運 六朝詩<83-#3> 劉楨 793 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2513
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩酬藍田崔丞立之詠雪見寄 韓愈(韓退之) <144-#1>Ⅱ中唐詩707 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2519
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集苦戰行 楽府(五言律詩) 成都6-(13) 杜甫 <478>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2515 杜甫詩1000-478-697/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性送鄭資州 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-194-60-#54  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2517
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


苦戰行 楽府(五言律詩) 成都6-(13) 杜甫 <478>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2515 杜甫詩1000-478-697/1500


詩 題:苦戰行楽府(五言律詩) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(13)) 
卷別: 卷二一九  文體: 樂府  (七言歌行)
作時:寶應元年   762年   51歲
掲 載; 杜甫1000首の478首目-場面6-(13)
杜甫ブログ1500回予定の-697回目   40796
馬将軍が賊を討ち苦戦して死んだことを惜しんでよんだうたで、宝応元年の作とされる。



(大唐朝史から抜粋)
上元2年(761) 4月19日
 梓州刺史の段子璋が造反した。 段子璋は驍勇で、上皇に随従して蜀にて功績を建てた。東川節度使・李奐がこれを替えるよう奏したので、 段子璋は挙兵して綿州にて李奐を襲撃しようとした。 途中、遂州を通過すると、虢王巨が郡の官吏を正装させてこれを迎えた。 段子璋は、これを殺す。 李奐は戦って敗れ、成都へ逃げた。
 段子璋は梁王と自称し、黄龍と改元する。綿州を龍安府と改称し、 百官を設置する。また、剣州を落とす。
 5月2日 西川節度使の崔光遠と東川節度使・李奐が、共に綿州を攻めた。
 5月7日 これを抜き、段子璋を斬って叛乱を鎮圧した。


苦戰行
(苦戦をして死んでしまった人の歌)
苦戰身死馬將軍,自雲伏波之子孫。
苦戦をして死んでしまった漢の馬将軍のような人物がいる。彼はみずからを伏波将軍の子孫だとして公言している。
干戈未定失壯士,使我歎恨傷精魂。』
天下は戦乱いまだ定まらないのに彼のような勇壮な士を失った。このことは自分は嘆き恨んで酷く心を傷めさせられるのである。』
去年江南討狂賊,臨江把臂難再得。
彼が去年南方へ賊をうちにでかけたとき江にのぞみ、臂をとりあって親しく物語りをして別れたが、それをまたすることはできないことになった。
別時孤雲今不飛,時獨看雲淚橫臆。』
 その別れた時に見た天上の孤雲は今は飛んではいない。わたしは時時、ひとりで別の雲をみては、胸のなかで涙をながしているのである。

浮桟橋00












『苦戰行』 現代語訳と訳註
(本文)
苦戰身死馬將軍,自雲伏波之子孫。
干戈未定失壯士,使我歎恨傷精魂。』
去年江南討狂賊,臨江把臂難再得。
別時孤雲今不飛,時獨看雲淚橫臆。』


(下し文)
(苦戦行)
苦戦身死す馬将軍、自ら云う伏波【ふくは】の子孫なりと。
干戈【かんか】未だ定まらず壮士を失う、我をして嘆恨【たんこん】精魂【せいこん】を傷ましむ。』
去年 南行 狂賊【きょうぞく】を討つ、江に臨み臂【ひじ】を把るは再び得るを難し。
別時の孤雲 今飛ばず、時に独り雲を看て 涙 臆【おく】に横たわる。』


(現代語訳)
(苦戦をして死んでしまった人の歌)
苦戦をして死んでしまった漢の馬将軍のような人物がいる。彼はみずからを伏波将軍の子孫だとして公言している。
天下は戦乱いまだ定まらないのに彼のような勇壮な士を失った。このことは自分は嘆き恨んで酷く心を傷めさせられるのである。』
彼が去年南方へ賊をうちにでかけたとき江にのぞみ、臂をとりあって親しく物語りをして別れたが、それをまたすることはできないことになった。
 その別れた時に見た天上の孤雲は今は飛んではいない。わたしは時時、ひとりで別の雲をみては、胸のなかで涙をながしているのである。


(訳注)
苦戰行

(苦戦をして死んでしまった人の歌)
苦戦 初句二字をとる。馬援(漢)。将軍なる者が苦戦して死んだことを惜しんでよんだうた。其の事実が何年の事であるかには諸家に異説がある、上元二年段子璋が反して遂州綿州を陥れた時であるとする者が多いが疑うべき点もおおい。厳武との交遊が盛んで政治談議の中で生まれた作品には違いない。ここでは、成都尹に兼任し、厳武が中央朝廷に呼び戻されるわずかな期間の作品とした。


苦戰身死馬將軍,自雲伏波之子孫。
苦戦をして死んでしまった漢の馬将軍のような人物がいる。彼はみずからを伏波将軍の子孫だとして公言している。
○馬将軍 名は詳らかでない。
○伏波 後漢の伏波将軍馬援。


干戈未定失壯士,使我歎恨傷精魂。』
天下は戦乱いまだ定まらないのに彼のような勇壮な士を失った。このことは自分は嘆き恨んで酷く心を傷めさせられるのである。』
○干戈 1 武器。また、武力。 2 戦争。
○壮士 馬将軍をさす。


去年江南討狂賊,臨江把臂難再得。
彼が去年南方へ賊をうちにでかけたとき江にのぞみ、臂をとりあって親しく物語りをして別れたが、それをまたすることはできないことになった。
○去年 戦死の事実が上元二年のこととするものは此の語によって此の詩を宝応元年とし、宝応元年から前年の上元二年をさして去年といったものとみる。
〇江南 遂州の方へいったこと。涪江の南の流域、遂州は今の渡川府逐寧県である。一に南行をに作るもある。
○狂賊 段子璋。
臨江把臂 綿州、梓州、遂州を流れる涪江をいうとみることが至当である。上元二年に作者は涪江には居らず成都にあった。把臂はひじをとって親しく語りあう。膝詰よりさらに親密であることを云う。


別時孤雲今不飛,時獨看雲淚橫臆。』
その別れた時に見た天上の孤雲は今は飛んではいない。わたしは時時、ひとりで別の雲をみては、胸のなかで涙をながしているのである。




参考

『戲作花卿歌』 現代語訳と訳註
(本文)
成都猛將有花卿,學語小兒知姓名。
用如快鶻風火生,見賊惟多身始輕。
綿州副使著柘黃,我卿掃除即日平。
子璋髑髏血模糊,手提擲還崔大夫。
李侯重有此節度,人道我卿絕世無!
既稱絕世無,天子何不喚取守東都?
(下し文) (戯れに花卿の歌を作る)
成都に猛将 花卿有り、学語の小児 姓名を知る。
用うれば快鶴の如く風火生ず、賊を見れば惟多ければ身始めて軽し。
綿州の副使 柘黄を著し、我が卿 掃除して即ち日平とす。』
子璋の髑髏は血 模糊たり、手ずから提げ擲還すは崔大夫なり。
李侯 重ねて此の節度有り、人は道う我が卿 絶世無し。
既に「絶世無し」と称す、天子何ぞ喚び取って東都を守らしめざる。』
(現代語訳)
成都には勇猛果敢な大将で花驚定卿というのがいるのだ。いまや彼の姓名はことばを学び始めたこどもでも知っている。
彼を用うればすばやい髄鷹の如くうごき、そのはげしきことは風にあおられ強い炎の生ずるようなものである。叛乱者を見て相手が多いとき、はじめて身がるに働き出すというのだ。
このたび綿州の副使待遇の兵馬使の段子璋が謀反を起こして天子の御衣と赭色の身に着けひけらかしたとき、我が花卿はその叛乱を制定、掃き清め、「日平」事件として治め報告された。』
段子璋のむくろは血がしたたるほどべたべた状態であった。それを手ずから提げてこれを征伐軍の司令官の崔光遠大夫のもとへなげうちかえしたのだ。
これがためこともあろうに、一度は逃げだした綿州の李節度使もふたたび節度の職を有するに至ったのだ。人人は我が花卿のごときものは世にたえて無きものだというている。(だから、崔光遠を讃えず、李奐を嘲笑して「戯れ」たのだ。)
そんなに世に無い「絕世」武将だというのであるなら、天子におかせられてはなぜに彼を喚びとって東都洛陽をお守らせることさせられないのであろうか。(良いぶしょうを自分の好き嫌い、その日の気分、宦官の言いなりの粛宗を批判している。この杜甫の批判姿勢は一貫している)

大麥行  楽府(七言歌行) 成都6-(12) 杜甫 <477>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2510 杜甫詩1000-477-696/1500

杜甫 《大麥行》 天候不順で大麦は成長せず乾燥敷かれている、小麦は実らず黄色くなっている。食べることが期待できないことになって婦女子は鳴きながら売られていく、その夫はその金で貯蔵の蔵に向かう。


 

2013年6月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 應瑒》 謝靈運 六朝詩<83-#2> 792 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2508
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和武相公鎮蜀時,詠使宅韋太尉所養孔雀 韓愈(韓退之) <143>Ⅱ中唐詩706 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2514
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集大麥行  楽府(七言歌行) 成都6-(12) 杜甫 <477>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2510 杜甫詩1000-477-696/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性和郭員外題萬里橋 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-193-59-#53  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2512
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

大麥行  楽府(七言歌行) 成都6-(12) 杜甫 <477>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2510 杜甫詩1000-477-696/1500




  
詩 題:大麥行楽府(七言歌行) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(12)) 
卷別: 卷二一九  文體: 樂府 
作時:762年寶應元年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の477首目-場面6-(12)
杜甫ブログ1500回予定の-696回目 
成都(劍南道北部 / 益州 / 成都) 
・集州 (山南西道 集州 集州)     
・梁州 (山南西道 梁州 梁州) 別名:漢中
・壁州 (山南西道 壁州 壁州)     
・洋州 (山南西道 洋州 洋州)     
 

詩題: 大麥行 
大麥乾枯小麥黃,婦女行泣夫走藏。 
天候不順で大麦は成長せず乾燥敷かれている、小麦は実らず黄色くなっている。食べることが期待できないことになって婦女子は鳴きながら売られていく、その夫はその金で貯蔵の蔵に向かう。
東至集壁西梁洋,問誰腰鐮胡與羌。 
巴水側の集州から東へ璧州に至り、その北、漢水の最西側にある梁州と洋州がある。ここでまた反乱がおこったのだ。誰に問いただすのかかまを腰につけるものが異民族の胡と羌のようになるのかどうかを。
豈無蜀兵三千人,部領辛苦江山長。 
どうして三千人もの蜀の兵がいないのだ。部門の領袖はこれまで大江、山南を長い間辛苦を舐めてきたのである。
安得如鳥有羽翅,托身白雲還故鄉。  

どうやったら羽や羽の骨を取りのように得ることが出来るだろうか。鳥のようにいかないものなら、せめてあの白い雲にこの身を託して故郷に帰りたいと思いのである。

大麥 乾枯して 小麥黃となる,婦女は泣きて行く 夫は藏に走る。
東至るは集と壁 西は梁と洋,誰にか問う 腰に鐮して 胡と羌とならんや。
豈に 蜀兵 三千人無しか,部領は辛苦して 江山の長たり。
安んぞ得ん 鳥の如く 羽翅に有んや,身を托して 白雲 故鄉に還らん。

-----------------------------------------------------------------------
大麥乾枯小麥黃,婦女行泣夫走藏【婦人行泣夫走藏】。
東至集壁西梁洋,問誰腰鐮胡與羌。
豈無蜀兵三千人,部領辛苦江山長【簿領辛苦江山長】。
安得如鳥有羽翅,托身白雲還故鄉。 

DCF00106
大麥行 
大麥 乾枯 小麥黃,
婦女 行泣 夫走藏。
東至 集壁 西梁洋,
問誰 腰鐮 胡與羌。
豈無 蜀兵 三千人,
部領 辛苦 江山長。
安得 如鳥 有羽翅,
托身 白雲 還故鄉。 


『 大麥行』 現代語訳と訳註
(本文) 
大麥 乾枯 小麥黃,婦女 行泣 夫走藏。
東至 集壁 西梁洋,問誰 腰鐮 胡與羌。
豈無 蜀兵 三千人,部領 辛苦 江山長。
安得 如鳥 有羽翅,托身 白雲 還故鄉。 


(下し文)
大麥行
 
大麥 乾枯して 小麥黃となる,婦女は泣きて行く 夫は藏に走る。
東至るは集と壁 西は梁と洋,誰にか問う 腰に鐮して 胡と羌とならんや。
豈に 蜀兵 三千人無しか,部領は辛苦して 江山の長たり。
安んぞ得ん 鳥の如く 羽翅に有んや,身を托して 白雲 故鄉に還らん。 


(現代語訳)
天候不順で大麦は成長せず乾燥敷かれている、小麦は実らず黄色くなっている。食べることが期待できないことになって婦女子は鳴きながら売られていく、その夫はその金で貯蔵の蔵に向かう。
巴水側の集州から東へ璧州に至り、その北、漢水の最西側にある梁州と洋州がある。ここでまた反乱がおこったのだ。誰に問いただすのかかまを腰につけるものが異民族の胡と羌のようになるのかどうかを。
どうして三千人もの蜀の兵がいないのだ。部門の領袖はこれまで大江、山南を長い間辛苦を舐めてきたのである。
どうやったら羽や羽の骨を取りのように得ることが出来るだろうか。鳥のようにいかないものなら、せめてあの白い雲にこの身を託して故郷に帰りたいと思いのである。


(訳注)
大麥行 
冬に雪が少なく、本来雪解けは山間部の富養なものを田畑に運んでくる農業にとって重要なものであった。それが無くて春夏の天候不順が飢饉を起こし、これが徐知道の乱につながっていく。


大麥 乾枯 小麥黃,婦女 行泣 夫走藏。
天候不順で大麦は成長せず乾燥敷かれている、小麦は実らず黄色くなっている。食べることが期待できないことになって婦女子は鳴きながら売られていく、その夫はその金で貯蔵の蔵に向かう。
・大麦 大麦の収穫. 6月(旧暦5・6月)、穂が出てから40日ほどたつと収穫できる。小麦は前年秋に種をまき同時期に収穫する。
・乾枯 乾ききって枯れること。人の言説などが味わいに欠けること。


東至 集壁 西梁洋,問誰 腰鐮 胡與羌。
巴水側の集州から東へ璧州に至り、その北、漢水の最西側にある梁州と洋州がある。ここでまた反乱がおこったのだ。誰に問いただすのかかまを腰につけるものが異民族の胡と羌のようになるのかどうかを。
・東集壁/西梁洋 山南西道の北部に位置する四州のこと。集州と壁州は巴水側で梁州と洋州は漢水側のみねをへだててせっしているちいきである
・腰鐮 蘇軾の七言絶句『山邨五絶其三』「老翁七十自腰鎌、慚愧春山筍蕨甜。豈是聞韶解忘味、邇來三月食無鹽。」(老翁七十にして自から鎌を腰にし、慚愧す春山筍蕨の甜きに。豈に是れ韶を聞いて解(よ)く味を忘れんや、邇來三月食に鹽無し。)
老翁は七十にもなって鎌を腰にさし、春山の筍や蕨をとってはその味に満足している、だが別に孔子のように肉の味を忘れたわけではない、もう三ヶ月も塩のない生活が続いているだけだ。
・胡與羌 異民族をいうが、ここでは唐王朝に対して反乱を起こすものを示す。


豈無 蜀兵 三千人,部領 辛苦 江山長。
どうして三千人もの蜀の兵がいないのだ。部門の領袖はこれまで大江、山南を長い間辛苦を舐めてきたのである。


安得 如鳥 有羽翅,托身 白雲 還故鄉。 
どうやったら羽や羽の骨を取りのように得ることが出来るだろうか。鳥のようにいかないものなら、せめてあの白い雲にこの身を託して故郷に帰りたいと思いのである。
麦畑02

漁陽 楽府(七言歌行) 成都6-(11) 杜甫 <476>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2505 杜甫詩1000-476-695/1500

2013年6月10日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 應瑒》 謝靈運 六朝詩<83-#1> 791 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2503
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩雪後寄崔二十六丞公 韓愈(韓退之) <142-#3>Ⅱ中唐詩705 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2509
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集漁陽 楽府(七言歌行) 成都6-(11) 杜甫 <476>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2505 杜甫詩1000-476-695/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬郭簡州寄柑子 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-192-58-#52  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2507
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



唐宋時代鄴城05
漁陽 楽府(七言歌行) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(11))  安史軍に抑えられている魚陽は755年11月突然に精鋭たちによって乗っ取られた。威権のかがやく蕹王はすべて徳があり、節をも守って治めていた。


漁陽 楽府(七言歌行) 成都6-(11) 杜甫 <476>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2505 杜甫詩1000-476-695/1500


詩 題:漁陽楽府(五言律詩) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(11)) 
卷別: 卷二一九  文體: 七言古詩 
作時:762年寶應元年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の476首目-場面6-(11)
杜甫ブログ1500回予定の-695回目   40794
梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
漁陽 (河北道南部 薊州 漁陽)   雄武城 (河北道南部 幽州 范陽)     
 

漁陽
 (叛乱軍が占拠している魚陽のことについて)
漁陽突騎猶精銳,赫赫雍王都節制。
安史軍に抑えられている魚陽は755年11月突然に精鋭たちによって乗っ取られた。威権のかがやく蕹王はすべて徳があり、節をも守って治めていた。
猛將飄然恐後時,本朝不入非高計。
勇猛果敢な大将は凡俗を超脱しヨウヨウトしており突然おこった事を懼れるだけ手手を打つのをことごとく後手をとった。その朝は朝廷に入らず高尚な計画は全くされなかった。
祿山北築雄武城,舊防敗走歸其營。
安禄山は黄河より北側を抑え幽州范陽に雄武城を築いたのである。王朝軍の旧防衛軍は敗走を重ね、破れた者たちはその本拠地の軍営には帰ってこなかったのである。
繫書請問燕耆舊,今日何須十萬兵。

書簡を継続して届け、問題点をはっきりさせてきた燕の国には優秀な儒者が居るではないか、今日至って、どうして十万を超える軍隊を用いて制圧してくれないのだろうか。

『漁陽』 現代語訳と訳註

toubanrimap044
(本文)
漁陽突騎猶精銳,赫赫雍王都節制。
猛將飄然恐後時,本朝不入非高計。
祿山北築雄武城,舊防敗走歸其營。
繫書請問燕耆舊,今日何須十萬兵。


(下し文) 漁陽
漁陽 突騎して猶お精銳たり,赫赫として 雍王は都【み】な節制す。
猛將 飄然として恐れ時を後にし,本朝 入らず 高計するに非らず。
祿山 北築 雄武の城,舊防 敗走して其の營に歸る。
書を繫ぎ 請問し 燕は耆舊す,今日 何んぞ須いん 十萬の兵。


(現代語訳)
(叛乱軍が占拠している魚陽のことについて)
安史軍に抑えられている魚陽は755年11月突然に精鋭たちによって乗っ取られた。威権のかがやく蕹王はすべて徳があり、節をも守って治めていた。
勇猛果敢な大将は凡俗を超脱しヨウヨウトしており突然おこった事を懼れるだけ手手を打つのをことごとく後手をとった。その朝は朝廷に入らず高尚な計画は全くされなかった。
安禄山は黄河より北側を抑え幽州范陽に雄武城を築いたのである。王朝軍の旧防衛軍は敗走を重ね、破れた者たちはその本拠地の軍営には帰ってこなかったのである。
書簡を継続して届け、問題点をはっきりさせてきた燕の国には優秀な儒者が居るではないか、今日至って、どうして十万を超える軍隊を用いて制圧してくれないのだろうか。


(訳注)
漁陽

(叛乱軍が占拠している魚陽のことについて)
・漁陽 漁陽郡(ぎょようぐん)は、中国にかつて存在した郡。現在の北京市、天津市、河北省の一部に相当する。唐の開元18年(730年)、漁陽郡は薊州と改称、天宝元年(742年)に漁陽郡と改称されたが、乾元元年(758年)に再び薊州と改称され漁陽郡の行政区画名は消滅した。河北道南部 薊州 漁陽


漁陽突騎猶精銳,赫赫雍王都節制。
安史軍に抑えられている魚陽は755年11月突然に精鋭たちによって乗っ取られた。威権のかがやく蕹王はすべて徳があり、節をも守って治めていた。
・赫赫 威権のかがやくさま。


猛將飄然恐後時,本朝不入非高計。
勇猛果敢な大将は凡俗を超脱しヨウヨウトしており突然おこった事を懼れるだけ手手を打つのをことごとく後手をとった。その朝は朝廷に入らず高尚な計画は全くされなかった。
・猛將 勇猛果敢な大将。杜甫『戲作花卿歌』「成都猛將有花卿,學語小兒知姓名。」
・諷然 凡俗を超脱し拘束されぬさまをいう。


祿山北築雄武城,舊防敗走歸其營。
安禄山は黄河より北側を抑え幽州范陽に雄武城を築いたのである。王朝軍の旧防衛軍は敗走を重ね、破れた者たちはその本拠地の軍営には帰ってこなかったのである。


繫書請問燕耆舊,今日何須十萬兵。 
書簡を継続して届け、問題点をはっきりさせてきた燕の国には優秀な儒者が居るではないか、今日至って、どうして十万を超える軍隊を用いて制圧してくれないのだろうか。
・耆舊 【耆旧】: 《「耆」は60歳の意》年寄り。老人。 ぎじゃくっ‐せん【耆闍崛山】: 《(梵)Gṛdhrakūṭaの音写。鷲峰(じゅぶ)などと訳》「霊鷲山(りょうじゅせん)」に同じ。 き‐じゅ【耆儒】: 年とった儒者、また、学者。 き‐しゅく【耆宿】: 《「耆」も「宿」も老、旧の意》学徳の


杜甫『石龕』「奈何漁陽騎,颯颯驚蒸黎!」
ああ、なんであの漁陽の叛乱の軍らは、風の吹きまくる如く人民を驚かしつづけるのであろうか。
“同谷紀行(9)” 石龕 杜甫 1000<328>#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1559 杜甫詩 1500- 484
石龕 
熊羆咆我東,虎豹號我西。
我後鬼長嘯,我前狨又啼。
天寒昏無日,山遠道路迷。
驅車石龕下,仲冬見虹霓。
伐竹者誰子?悲歌上雲梯。
為官采美箭,五歲供梁齊。
苦雲直竿盡,無以充提攜。
奈何漁陽騎,颯颯驚蒸黎!
(石龕)
熊羆【ゆうひ】我が東に咆【ほ】え、虎豹【こひょう】我が西に号【さけ】ぶ。
我が後【うしろ】には鬼長く嘯【うそぶ】く、我が前には狨【じゅう】又た啼く。
天寒くして昏れて日無く、山遠くして道路迷う。
車を駆る石龕【せきがん】の下、仲冬【ちゅうとう】虹霓【こうげい】を見る。
#2
竹を伐る者は誰が子ぞ、悲歌【ひか】して雲梯【うんてい】に上る。
官【かん】の為めに美箭【びぜん】を採り、五歳【ごさい】梁斉【りょうせい】に供す。
苦【ねんごろ】に云う直幹【ちょくかん】尽きて、以て提携【ていけい】に応ずる無しと。
奈何【いかん】ぞ漁陽【ぎょよう】の騎【き】、颯颯【さつさつ】として蒸黎【じょうれい】を驚かすや。

遭田父泥飲美嚴中丞 五言古詩 成都6-(10-#4) 杜甫 <475-#4>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2500 杜甫詩1000-475-#4-694/1500

遭田父泥飲美嚴中丞五言古詩 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(10-#4))  
長い間の旅にあるわたしは、人情のよさがひたすら愛惜される。どうしてこの近所のおやじの親切を拒むことができよう。



2013年6月9日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 劉楨》 謝靈運 六朝詩<82-#3> 790 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2498
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩和武相公早春聞鶯 韓愈(韓退之) <141-#1>Ⅱ中唐詩702 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2494
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集遭田父泥飲美嚴中丞 五言古詩 成都6-(10-#4) 杜甫 <475-#4>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2500 杜甫詩1000-475-#4-694/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬辛員外折花見遺 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-191-57-#51  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2502
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
遭田父泥飲美嚴中丞 五言古詩 成都6-(10-#4) 杜甫 <475-#4>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2500 杜甫詩1000-475-#4-694/1500



詩 題:遭田父泥飲美嚴中丞五言古詩 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(10-#4)) 
作時:762年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の475-#4首目-場面6-(10-#4)
杜甫ブログ1500回予定の-694回目 



遭田父泥飲美嚴中丞
(田舎の翁が嚴武中丞成都尹を美辞するのに遭遇する)
步屧隨春風,村村自花柳。 
草履はきであるく、春を運ぶ風がふくままにゆく。こちらの村からあちらの村ではしだいに春景色にかわっていく、花は咲き、柳と柳絮が煙むっている。
田翁逼社日,邀我嘗春酒。 
この村の農家のおやじが、春の社日が近づいているので、わたしを宴席にむかえてくれ、春の新酒をのませてくれた。
酒酣誇新尹,畜眼未見有。 
そのうちに酒に酔ってくると、おやじは盛んに新しい成都の知事をじまんし始めたのだ。「あんなりっはな知事は、この眼でかつて見たことがない。」というものだった。
回頭指大男,渠是弓弩手。
 

そしてふりむいて傍の自分の長男を指したのだ。そして、「この子は弓の射手のかかりをしていた。」と。

名在飛騎籍,長番歲時久。 
誉にも飛騎軍の軍籍に在り、しかし、ながいこと交代なしの役についておりました。
前日放營農,辛苦救衰朽。 
前日やっとお許しが出て、家に帰って、百姓仕事をさせていただけましたが、このおいぼれを助けて骨折ってくれたのです。
差科死則已,誓不舉家走。 
こんなありがたいお上のもとで、たとえ雑役を仰せつかって死なは死ぬまで、私ども決して家じゅうで逃げ出すようなことはしませぬ。
今年大作社,拾遺能住否。 
今年は盛んに社日を祝うことが出来ました。拾遺のあなたさまは、もっとここにいて下さるようどうかおねがいします。
#3
叫婦開大瓶,盆中為吾取。 
それから次に、この家の婦人を大声でよんで大きな酒瓶を開栓させている。そして、私のために大きな椀に取り注いでくれるのだ。
感此氣揚揚,須知風化首。 
田翁はこの意気揚々たる気まえを厳武に示していることに私は感動するのである。これはどうしてもこの地方の民の教化であり、首長よる収攬ということを知ことと思うのである。
語多雖雜亂,說尹終在口。 
田翁の言葉はいかにも取り留めもない用だが、新尹厳武どののことばかり、始終口からはなれないのである。
朝來偶然出,自卯將及酉。 
朝がきて私はぶらりと家を出て来たのだが、卯の刻(午前六時)からもう酉の刻(午後六時)にもなろうとしている。
ダリヤ00#4
久客惜人情,如何拒鄰叟。 
長い間の旅にあるわたしは、人情のよさがひたすら愛惜される。どうしてこの近所のおやじの親切を拒むことができよう。
高聲索果栗,欲起時被肘。 
おやじは大声で果物をもってこい、栗をもってこいというし私が起ちあがろうとすると、肘をおさえて引きとめる。
指揮過無禮,未覺村野醜。 
隣りの爺の挙動は無礼が過ぎるようではあるが、いなかの野人のようなみにくさは少しも覚えないのだ。
月出遮我留,仍嗔問升斗。 
やがて月が出てきて、隣の爺はなおも私をさえぎって引きとめる、わたしが家の主に「もう随分飲んだがどれだけ飲んだか」と問うと「呑んだ料など云うな、もっと飲んでくれ」と怒るようにわめき立てている。

『遭田父泥飲美嚴中丞』 現代語訳と訳註
(本文)
#4
久客惜人情,如何拒鄰叟。 
高聲索果栗,欲起時被肘。 
指揮過無禮,未覺村野醜。 
月出遮我留,仍嗔問升斗。 


(下し文) #4
久客 人情を惜み,如何んぞ鄰叟【りんそう】を拒まん。 
高聲【こうせい】果栗【かりつ】を索め,起たんと欲すれば時に肘を被らる。 
指揮 無禮に過ぎ,未だ村野の醜を覺えず。 
月出づれば我を遮【さえ】ぎり留め,仍お升斗【しょうと】を問うを嗔【いか】る。 


(現代語訳)
長い間の旅にあるわたしは、人情のよさがひたすら愛惜される。どうしてこの近所のおやじの親切を拒むことができよう。
おやじは大声で果物をもってこい、栗をもってこいというし私が起ちあがろうとすると、肘をおさえて引きとめる。
隣りの爺の挙動は無礼が過ぎるようではあるが、いなかの野人のようなみにくさは少しも覚えないのだ。
やがて月が出てきて、隣の爺はなおも私をさえぎって引きとめる、わたしが家の主に「もう随分飲んだがどれだけ飲んだか」と問うと「呑んだ料など云うな、もっと飲んでくれ」と怒るようにわめき立てている。


(訳注) #4
久客惜人情,如何拒鄰叟。 
長い間の旅にあるわたしは、人情のよさがひたすら愛惜される。どうしてこの近所のおやじの親切を拒むことができよう。
・久客 久しく旅にある者、作者の杜甫自身のこと。


高聲索果栗,欲起時被肘。 
おやじは大声で果物をもってこい、栗をもってこいというし私が起ちあがろうとすると、肘をおさえて引きとめる。
・被肘 ひじを掃えて制止される。


指揮過無禮,未覺村野醜。 
隣りの爺の挙動は無礼が過ぎるようではあるが、いなかの野人のようなみにくさは少しも覚えないのだ。
・指揮 さしず。挙動。


月出遮我留,仍嗔問升斗。 
やがて月が出てきて、隣の爺はなおも私をさえぎって引きとめる、わたしが家の主に「もう随分飲んだがどれだけ飲んだか」と問うと「呑んだ料など云うな、もっと飲んでくれ」と怒るようにわめき立てている。
・問升斗 此の句は①酒量を問う意。杜甫が家の主に「もう随分飲んだがどれだけ飲んだか」といって問うてそれに対して「呑んだ料など云うな、もっと飲んでくれ」というほどの意味。②家人に言いつけて、大きな斗でも小さな升でもどんどん酒をもって来させる意味と考えられる。その場合最終句は「依然として家の者をどなりつけては、まだどの位あるか、早くもって来いとわめき立てている。」ここでは、先に肘を引っ張って帰るなととめられていることから①の意味であろう。

遭田父泥飲美嚴中丞 五言古詩 成都6-(10-#3) 杜甫 <475-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2495 杜甫詩1000-475-#3-693/1500

遭田父泥飲美嚴中丞五言古詩 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(10-#3))  
それから次に、この家の婦人を大声でよんで大きな酒瓶を開栓させている。そして、私のために大きな椀に取り注いでくれるのだ。



2013年6月8日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 劉楨》 謝靈運 六朝詩<82-#2> 789 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2493
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩和武相公早春聞鶯 韓愈(韓退之) <141-#1>Ⅱ中唐詩702 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2494
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集遭田父泥飲美嚴中丞 五言古詩 成都6-(10-#3) 杜甫 <475-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2495 杜甫詩1000-475-#3-693/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性贈韋校書 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-190-56-#50  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2497
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

遭田父泥飲美嚴中丞 五言古詩 成都6-(10-#3) 杜甫 <475-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2495 杜甫詩1000-475-#3-693/1500


詩 題:遭田父泥飲美嚴中丞五言古詩 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(10-#3)) 
卷別: 卷二一九  文體: 五言古詩 
作時:762年寶應元年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の475-#3首目-場面6-(10-#3)
杜甫ブログ1500回予定の-693回目   40792


遭田父泥飲美嚴中丞
步屧隨春風,村村自花柳。 
田翁逼社日,邀我嘗春酒。 
酒酣誇新尹,畜眼未見有。 
回頭指大男,渠是弓弩手。 
(田舎の翁が嚴武中丞成都尹を美辞するのに遭遇する)
草履はきであるく、春を運ぶ風がふくままにゆく。こちらの村からあちらの村ではしだいに春景色にかわっていく、花は咲き、柳と柳絮が煙むっている。
この村の農家のおやじが、春の社日が近づいているので、わたしを宴席にむかえてくれ、春の新酒をのませてくれた。
そのうちに酒に酔ってくると、おやじは盛んに新しい成都の知事をじまんし始めたのだ。「あんなりっはな知事は、この眼でかつて見たことがない。」というものだった。
そしてふりむいて傍の自分の長男を指したのだ。そして、「この子は弓の射手のかかりをしていた。」と。

名在飛騎籍,長番歲時久。 
前日放營農,辛苦救衰朽。 
差科死則已,誓不舉家走。 
今年大作社,拾遺能住否。 
誉にも飛騎軍の軍籍に在り、しかし、ながいこと交代なしの役についておりました。
前日やっとお許しが出て、家に帰って、百姓仕事をさせていただけましたが、このおいぼれを助けて骨折ってくれたのです。
こんなありがたいお上のもとで、たとえ雑役を仰せつかって死なは死ぬまで、私ども決して家じゅうで逃げ出すようなことはしませぬ。
今年は盛んに社日を祝うことが出来ました。拾遺のあなたさまは、もっとここにいて下さるようどうかおねがいします。
#3
海棠花011叫婦開大瓶,盆中為吾取。 
それから次に、この家の婦人を大声でよんで大きな酒瓶を開栓させている。そして、私のために大きな椀に取り注いでくれるのだ。
感此氣揚揚,須知風化首。 
田翁はこの意気揚々たる気まえを厳武に示していることに私は感動するのである。これはどうしてもこの地方の民の教化であり、首長よる収攬ということを知ことと思うのである。
語多雖雜亂,說尹終在口。 
田翁の言葉はいかにも取り留めもない用だが、新尹厳武どののことばかり、始終口からはなれないのである。
朝がきて私はぶらりと家を出て来たのだが、卯の刻(午前六時)からもう酉の刻(午後六時)にもなろうとしている。

朝來偶然出,自卯將及酉。
 
朝がきて私はぶらりと家を出て来たのだが、卯の刻(午前六時)からもう酉の刻(午後六時)にもなろうとしている。

久客惜人情,如何拒鄰叟。 
高聲索果栗,欲起時被肘。 
指揮過無禮,未覺村野醜。 
月出遮我留,仍嗔問升斗。 


『遭田父泥飲美嚴中丞』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
叫婦開大瓶,盆中為吾取。 
感此氣揚揚,須知風化首。 
語多雖雜亂,說尹終在口。 
朝來偶然出,自卯將及酉。 


(下し文) (田父の泥飲して嚴中丞を美するに遭う。)#3
婦を叫びて大瓶を開かせ,盆中に吾が為に取る。 
此れ揚揚と氣するを感じ,須く風化の首たるを知るべし。 
多くを語して雜亂なりと雖ども,尹を說いて終に口に在り。
朝來 偶然に出て,卯自り將に酉に及ばんとす。


(現代語訳)
それから次に、この家の婦人を大声でよんで大きな酒瓶を開栓させている。そして、私のために大きな椀に取り注いでくれるのだ。
田翁はこの意気揚々たる気まえを厳武に示していることに私は感動するのである。これはどうしてもこの地方の民の教化であり、首長よる収攬ということを知ことと思うのである。
田翁の言葉はいかにも取り留めもない用だが、新尹厳武どののことばかり、始終口からはなれないのである。
朝がきて私はぶらりと家を出て来たのだが、卯の刻(午前六時)からもう酉の刻(午後六時)にもなろうとしている。
朝がきて私はぶらりと家を出て来たのだが、卯の刻(午前六時)からもう酉の刻(午後六時)にもなろうとしている。


(訳注)
#3
叫婦開大瓶,盆中為吾取。 
それから次に、この家の婦人を大声でよんで大きな酒瓶を開栓させている。そして、私のために大きな椀に取り注いでくれるのだ。
・婦 その家の婦人。
・盆 大きな椀。大きな酒瓶


感此氣揚揚,須知風化首。 
田翁はこの意気揚々たる気まえを厳武に示していることに私は感動するのである。これはどうしてもこの地方の民の教化であり、首長よる収攬ということを知ことと思うのである。
・気揚々 意気が大いにあがって気まえがよいこと。
・風化首 風化のよって来るところ。郡守・県令はみな風化の首である。ここは厳武がこの地方の人民を感化するもとであることをいう。厳武の人心収攬の様子をいう。


語多雖雜亂,說尹終在口。 
田翁の言葉はいかにも取り留めもない用だが、新尹厳武どののことばかり、始終口からはなれないのである。
・終在口 始終口からはなさぬ。


朝來偶然出,自卯將及酉。 
朝がきて私はぶらりと家を出て来たのだが、卯の刻(午前六時)からもう酉の刻(午後六時)にもなろうとしている。
卯酉 卯は朝六時ころにあたり、酉は夕べの六時ごろにあたる。
海棠花021

遭田父泥飲美嚴中丞 五言古詩 成都6-(10-#2) 杜甫 <475>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2490 杜甫詩1000-476-692/1500

《遭田父泥飲美嚴中丞》五言古詩 杜甫  誉にも飛騎軍の軍籍に在り、しかし、ながいこと交代なしの役についておりました。前日やっとお許しが出て、家に帰って、百姓仕事をさせていただけましたが、このおいぼれを助けて骨折ってくれたのです。


遭田父泥飲美嚴中丞 五言古詩 成都6-(10-#2) 杜甫 <475>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2490 杜甫詩1000-476-692/1500


 

2013年6月7日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 劉楨》 謝靈運 六朝詩<82-#1> 788 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2488
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩雪後寄崔二十六丞公 韓愈(韓退之) <142-#1>Ⅱ中唐詩703 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2499
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集遭田父泥飲美嚴中丞 五言古詩 成都6-(10-#2) 杜甫 <475>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2490 杜甫詩1000-476-692/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 鏡離台 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-189-55-#49  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2492
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

遭田父泥飲美嚴中丞
(田舎の翁が嚴武中丞成都尹を美辞するのに遭遇する)
步屧隨春風,村村自花柳。 
草履はきであるく、春を運ぶ風がふくままにゆく。こちらの村からあちらの村ではしだいに春景色にかわっていく、花は咲き、柳と柳絮が煙むっている。
田翁逼社日,邀我嘗春酒。 
この村の農家のおやじが、春の社日が近づいているので、わたしを宴席にむかえてくれ、春の新酒をのませてくれた。
酒酣誇新尹,畜眼未見有。 
そのうちに酒に酔ってくると、おやじは盛んに新しい成都の知事をじまんし始めたのだ。「あんなりっはな知事は、この眼でかつて見たことがない。」というものだった。
回頭指大男,渠是弓弩手。
 
そしてふりむいて傍の自分の長男を指したのだ。そして、「この子は弓の射手のかかりをしていた。」と。

名在飛騎籍,長番歲時久。 
誉にも飛騎軍の軍籍に在り、しかし、ながいこと交代なしの役についておりました。
前日放營農,辛苦救衰朽。 
前日やっとお許しが出て、家に帰って、百姓仕事をさせていただけましたが、このおいぼれを助けて骨折ってくれたのです。
差科死則已,誓不舉家走。 
こんなありがたいお上のもとで、たとえ雑役を仰せつかって死なは死ぬまで、私ども決して家じゅうで逃げ出すようなことはしませぬ。
今年大作社,拾遺能住否。 
今年は盛んに社日を祝うことが出来ました。拾遺のあなたさまは、もっとここにいて下さるようどうかおねがいします。

叫婦開大瓶,盆中為吾取。 
感此氣揚揚,須知風化首。 
語多雖雜亂,說尹終在口。 
朝來偶然出,自卯將及酉。 

久客惜人情,如何拒鄰叟。 
高聲索果栗,欲起時被肘。 
指揮過無禮,未覺村野醜。 
月出遮我留,仍嗔問升斗。 


『遭田父泥飲美嚴中丞』#2 現代語訳と訳註
紅梅0021(本文)

名在飛騎籍,長番歲時久。 
前日放營農,辛苦救衰朽。 
差科死則已,誓不舉家走。 
今年大作社,拾遺能住否。 


(下し文)
(田父の泥飲して嚴中丞を美するに遭う。)#2
名は飛騎の籍に在り,長番 歲時久し。 
前日 放れて營農し,辛苦して衰朽を救う。 
差科 死せば則ち已む,誓って家を舉げて走らず。
今年 大いに社を作す,拾遺 能く住るや否や。 


(現代語訳)
誉にも飛騎軍の軍籍に在り、しかし、ながいこと交代なしの役についておりました。
前日やっとお許しが出て、家に帰って、百姓仕事をさせていただけましたが、このおいぼれを助けて骨折ってくれたのです。
こんなありがたいお上のもとで、たとえ雑役を仰せつかって死なは死ぬまで、私ども決して家じゅうで逃げ出すようなことはしませぬ。
今年は盛んに社日を祝うことが出来ました。拾遺のあなたさまは、もっとここにいて下さるようどうかおねがいします。


(訳注)
名在飛騎籍,長番歲時久。 
名誉にも飛騎軍の軍籍に在り、しかし、ながいこと交代なしの役についておりました。
飛騎籍 唐軍の軍隊の名称の一つ


前日放營農,辛苦救衰朽。 
前日やっとお許しが出て、家に帰って、百姓仕事をさせていただけましたが、このおいぼれを助けて骨折ってくれたのです
・放營農 やっとお許しが出て、家に帰って、百姓仕事をさせていただけましたがこれは中丞の徳政のおかげであるということを云う。
・衰朽 おいぼれ爺。


差科死則已,誓不舉家走。 
こんなありがたいお上のもとで、たとえ雑役を仰せつかって死なは死ぬまで、私ども決して家じゅうで逃げ出すようなことはしませぬ。
差科死則已,誓不舉家走 こうして特別な計らいをしていただいたかぎりにおいてはどんな雑役であろうと逃げたりすることはありません。とお礼と恩に報いる決意を述べているのである。


今年大作社,拾遺能住否。 
今年は盛んに社日を祝うことが出来ました。拾遺のあなたさまは、もっとここにいて下さるようどうかおねがいします。
・作社 社日のいわいをすること。
・拾遺 杜甫の事。

遭田父泥飲美嚴中丞 成都6-(10-#1) 杜甫 <475>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2485 杜甫詩1000-475-691/1500

遭田父泥飲美嚴中丞 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(10-#1))  成都尹兼御史中丞の厳武は、かねて杜甫と関係が深く、ことにその成都の尹となって来てからは、杜甫の第一のパトロンであった。春の社日に杜甫はある田舎の翁に引きとめられて酒を飲まされ、泥酔した翁が盛んに成都や厳武をほめるのをきいて、わがことのように喜んだのである。


2013年6月6日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 徐幹》 謝靈運 六朝詩<81-#3>文選 雜擬 上 787 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2483
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月池 韓愈(韓退之) <140>Ⅱ中唐詩701 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2489
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集遭田父泥飲美嚴中丞 成都6-(10-#1) 杜甫 <475>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2485 杜甫詩1000-475-691/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
古詩十九首 之七  (7)   漢の無名氏 漢詩<20> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2486
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 竹離亭 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-188-54-#48  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2487
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


遭田父泥飲美嚴中丞  成都6-(10-#1) 杜甫 <475>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2485 杜甫詩1000-475-691/1500


ダリヤ00詩 題:遭田父泥飲美嚴中丞 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(10)) 
卷別: 卷二一九  文體: 五言古詩 
作時:762年寶應元年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の475首目-場面6-(10)
杜甫ブログ1500回予定の-691回目   40790 
交遊人物/地點:
田父 當地交遊(劍南道北部 益州 成都)
嚴武 當地交遊(劍南道北部 益州 成都)
--------------------------------------------------------------------------------
 遭田父泥飲美嚴中丞 
成都尹兼御史中丞の厳武は、かねて杜甫と関係が深く、ことにその成都の尹となって来てからは、杜甫の第一のパトロンであった。春の社日に杜甫はある田舎の翁に引きとめられて酒を飲まされ、泥酔した翁が盛んに成都や厳武をほめるのをきいて、わがことのように喜んだのである。この詩はそれとともに田舎びとの素僕なさまが、生き生きと写されている。
--------------------------------------------------------------------------------
遭田父泥飲美嚴中丞
步屧隨春風,村村自花柳。田翁逼社日,邀我嘗春酒。酒酣誇新尹,畜眼未見有。回頭指大男,渠是弓弩手。

名在飛騎籍,長番歲時久。前日放營農,辛苦救衰朽。差科死則已,誓不舉家走。今年大作社,拾遺能住否。

叫婦開大瓶,盆中為吾取。感此氣揚揚,須知風化首。語多雖雜亂,說尹終在口。朝來偶然出,自卯將及酉。

久客惜人情,如何拒鄰叟。高聲索果栗,欲起時被肘。指揮過無禮,未覺村野醜。月出遮我留,仍嗔問升斗。 
 


遭田父泥飲美嚴中丞
(田舎の翁が嚴武中丞成都尹を美辞するのに遭遇する)
步屧隨春風,村村自花柳。 
草履はきであるく、春を運ぶ風がふくままにゆく。こちらの村からあちらの村ではしだいに春景色にかわっていく、花は咲き、柳と柳絮が煙むっている。
田翁逼社日,邀我嘗春酒。 
この村の農家のおやじが、春の社日が近づいているので、わたしを宴席にむかえてくれ、春の新酒をのませてくれた。
酒酣誇新尹,畜眼未見有。 
そのうちに酒に酔ってくると、おやじは盛んに新しい成都の知事をじまんし始めたのだ。「あんなりっはな知事は、この眼でかつて見たことがない。」というものだった。
回頭指大男,渠是弓弩手。
 
そしてふりむいて傍の自分の長男を指したのだ。そして、「この子は弓の射手のかかりをしていた。」と。

名在飛騎籍,長番歲時久。 
前日放營農,辛苦救衰朽。 
差科死則已,誓不舉家走。 
今年大作社,拾遺能住否。
 

叫婦開大瓶,盆中為吾取。 
感此氣揚揚,須知風化首。 
語多雖雜亂,說尹終在口。 
朝來偶然出,自卯將及酉。 


久客惜人情,如何拒鄰叟。 
高聲索果栗,欲起時被肘。 
指揮過無禮,未覺村野醜。 
月出遮我留,仍嗔問升斗。 
 

『遭田父泥飲美嚴中丞』 現代語訳と訳註
(本文)

步屧隨春風,村村自花柳。 
田翁逼社日,邀我嘗春酒。 
酒酣誇新尹,畜眼未見有。 
回頭指大男,渠是弓弩手。 


(下し文)
(田父の泥飲して嚴中丞を美するに遭う。)
步屧して春風に隨い,村村して自ずら花柳あり。
田翁 社日に逼り,我を邀えて春酒を嘗しむ。
酒 酣【たけなわ】にして新尹を誇る,畜眼未だ有るを見ず。
回頭して大男を指して,渠は是れ弓弩の手なり。 


(現代語訳)
(田舎の翁が嚴武中丞成都尹を美辞するのに遭遇する)
草履はきであるく、春を運ぶ風がふくままにゆく。こちらの村からあちらの村ではしだいに春景色にかわっていく、花は咲き、柳と柳絮が煙むっている。
この村の農家のおやじが、春の社日が近づいているので、わたしを宴席にむかえてくれ、春の新酒をのませてくれた。
そのうちに酒に酔ってくると、おやじは盛んに新しい成都の知事をじまんし始めたのだ。「あんなりっはな知事は、この眼でかつて見たことがない。」というものだった。
そしてふりむいて傍の自分の長男を指したのだ。そして、「この子は弓の射手のかかりをしていた。」と。


(訳注)
遭田父泥飲美嚴中丞

(田舎の翁が嚴武中丞成都尹を美辞するのに遭遇する)
春の社日に杜甫はある田舎の翁に引きとめられて酒を飲まされ、泥酔した翁が盛んに成郡や厳武をほめるのをきいて、わがことのように喜んだ
・嚴中丞 嚴武(726-765年)字を季鷹といい,華州華陰の人である。生れは玄宗開元十四年,卒したのは765代宗永泰元年,四十歲であった。756年から劍南節度使を曆任し、761年12月成都尹に就任、吐蕃進攻に対して功をあげ,校吏部尚書,鄭國公を封される。杜甫が最も信頼をおく人物であった。杜甫が成都に住めるように尽力してくれている人物である。
全唐詩に六首錄存している。


步屧隨春風,村村自花柳。 
草履はきであるく、春を運ぶ風がふくままにゆく。こちらの村からあちらの村ではしだいに春景色にかわっていく、花は咲き、柳と柳絮が煙むっている。
・步屧 しきわら、 くつしき
・春風 春の日に吹く穏やかな風。春の風。
・村村 ひなびる。いなか。
・花柳 花が咲き、柳と柳絮が煙むる。


田翁逼社日,邀我嘗春酒。 
この村の農家のおやじが、春の社日が近づいているので、わたしを宴席にむかえてくれ、春の新酒をのませてくれた。
・田翁 農家のおやじ
・逼 近づく。
・社日  立春後、および立秋後の第五の戊の日で、土地の神を祭る日。ここは春の社日。春分前後に当たる。
・春酒 ①. 春に醸造した酒。②. 旧正月の間に開く宴席。


酒酣誇新尹,畜眼未見有。 
そのうちに酒に酔ってくると、おやじは盛んに新しい成都の知事をじまんし始めたのだ。「あんなりっはな知事は、この眼でかつて見たことがない。」というものだった。
・新尹 尹は知事、厳武は761年上元二年十二月成都の尹となる。
・畜眼 目の中にたくわえたところでは。


回頭指大男,渠是弓弩手。 
そしてふりむいて傍の自分の長男を指したのだ。そして、この子は弓の射手のかかりをしていた。
・大男 長男。
・弓弩手 手は射手の手。弓のかかり。

戲贈友,二首之二 五言律詩 成都6-(9) 杜甫 <474>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2480 杜甫詩1000-474-690/1500

戲贈友,二首之二五言律詩 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(9)) 馬が左ひざを折って驚くものである。骨折となればその顔は墨を塗ったようなものである。のろい馬はいつものことだが泥深い所で深みにはまる。どうしたわけかこの雨がちなところを避けることもできないのである。

2013年6月5日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 徐幹》 謝靈運 六朝詩<81-#2>文選 雜擬 上 786 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2478
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。方橋 韓愈(韓退之) <138>Ⅱ中唐詩699 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2479
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集戲贈友,二首之二 五言律詩 成都6-(9) 杜甫 <474>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2480 杜甫詩1000-474-690/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 鷹離鞲 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-187-53-#47  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2482
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

戲贈友,二首之二 五言律詩 成都6-(9) 杜甫 <474>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2480 杜甫詩1000-474-690/1500


詩 題:戲贈友,二首之二五言律詩 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(9)) 
作時:762年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の474首目-場面6-(9)
杜甫ブログ1500回予定の-690回目 
卷別: 卷二一九  文體: 五言古詩 

寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都) 


詩題: 戲贈友,二首之二 
(元号が4月から変わったので戦況もきっと好転するだろうから、戯れに頑張ってくださいと詩を作って友人に贈った。二首の内の二。)
元年建巳月,官有王司直。 
寶應元年は762年4月からはじまった( - 763年6月まで)。この改元の為の朝廷の役人には王 司直がいる。
馬驚折左臂,骨折面如墨。 
馬が左ひざを折って驚くものである。骨折となればその顔は墨を塗ったようなものである。
駑駘漫深泥,何不避雨色。 
のろい馬はいつものことだが泥深い所で深みにはまる。どうしたわけかこの雨がちなところを避けることもできないのである。
勸君休歎恨,未必不為福。
 
君に進めることは憾むことを歎くことを止めるのである。いまだに必ずしも福を為さざることなし。

元年 建巳の月,官 王司直有り。
馬 左臂を折るを驚く,骨 面墨の如く折る。
駑駘 漫に深泥し,何んぞ雨色を避けず。
君に勸む歎恨を休み,未だ必ず福を為さざらむを。
 


『戲贈友,二首之二』 現代語訳と訳註
(本文) 

元年建巳月,官有王司直。 
馬驚折左臂,骨折面如墨。 
駑駘漫深泥,何不避雨色。 
勸君休歎恨,未必不為福。 

【駑駘漫染泥】・【駑駘慢深泥】・【駑駘慢染泥】


(下し文)
元年 建巳の月,官 王司直有り。
馬 左臂を折るを驚く,骨 面墨の如く折る。
駑駘 漫に深泥し,何んぞ雨色を避けず。
君に勸む歎恨を休み,未だ必ず福を為さざらむを。


(現代語訳)
(元号が4月から変わったので戦況もきっと好転するだろうから、戯れに頑張ってくださいと詩を作って友人に贈った。二首の内の二。)
寶應元年は762年4月からはじまった( - 763年6月まで)。この改元の為の朝廷の役人には王 司直がいる。
馬が左ひざを折って驚くものである。骨折となればその顔は墨を塗ったようなものである。
のろい馬はいつものことだが泥深い所で深みにはまる。どうしたわけかこの雨がちなところを避けることもできないのである。
君に進めることは憾むことを歎くことを止めるのである。いまだに必ずしも福を為さざることなし。


(訳注)
戲贈友,二首之二

(元号が4月から変わったので戦況もきっと好転するだろうから、戯れに頑張ってくださいと詩を作って友人に贈った。二首の内の二。)


元年 建 巳月 ,官有 王 司直 。
寶應元年は762年4月からはじまった( - 763年6月まで)。この改元の為の朝廷の役人には王 司直がいる。
・「元年」寶應元年。寶應(宝応)は中国・唐代の元号のひとつ。代宗の治世で使用された。762年4月 - 763年6月。
・「建巳月」いんげつ(陰月)、うづき(卯月)、うのはなづき(卯花月)、けんげつ(乾月)、けんしげつ(建巳月)、このはとりづき(木葉採月)、ちんげつ(鎮月)、なつはづき(夏初月)、ばくしゅう(麦秋)、はなのこりづき(花残月)、うえつき(植月)。  
・「王司直」語義類別:人、人名、他稱、王(姓氏)。


馬驚 折 左臂 ,骨折 面 如墨 。
馬が左ひざを折って驚くものである。骨折となればその顔は墨を塗ったようなものである。

・「左臂」左ひじ肩から手首までの部分。腕。
・「骨折」疾病類別、骨折。


駑駘 漫深泥 ,何不 避 雨色 。
のろい馬はいつものことだが泥深い所で深みにはまる。どうしたわけかこの雨がちなところを避けることもできないのである。
・「駑駘」[1]のろい馬。[2]転じて、才能が劣っていること。また、その人。


勸君 休歎 恨 ,未必 不為 福 。
君に進めることは憾むことを歎くことを止めるのである。いまだに必ずしも福を為さざることなし。

戲贈友,二首之一 成都6-(8) 杜甫 <473>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2475 杜甫詩1000-473-689/1500

戲贈友 二首之一 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(8)) 
寶應元年は762年4月からはじまった( - 763年6月まで)。この改元の為に焦 校書をその任務とされたのだ。闘う気持ちは一向に消えるものでなくきっと東国で乱している胡たちをとらえて平定してくれることだろう。

2013年6月4日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 徐幹》 謝靈運 六朝詩<81-#1>文選 雜擬 上 785 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2473
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。孤嶼 韓愈(韓退之) <137>Ⅱ中唐詩698 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2474
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集戲贈友,二首之一 成都6-(8) 杜甫 <473>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2475 杜甫詩1000-473-689/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 魚離池 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-186-52-#46  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2477
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


戲贈友,二首之一  成都6-(8) 杜甫 <473>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2475 杜甫詩1000-473-689/1500

戲贈友,二首之一
  元年建巳月,郎有焦校書。
  自誇足膂力,能騎生馬駒。
  一朝被馬踏,唇裂版齒無。
  壯心不肯已,欲得東擒胡。
戲贈友,二首之二
  元年建巳月,官有王司直。
  馬驚摺左臂,骨摺面如墨。
  駑駘漫深泥,何不避雨色。
  勸君休歎恨,未必不爲福。


詩 題:戲贈友,二首之一 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(8)) 
作時:762年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の473首目-場面6-(8)
杜甫ブログ1500回予定の-689回目   40788


作者: 杜甫 
作年:  762年寶應元年  51歲 
卷別: 卷二一九  文體: 五言古詩 
詩題: 戲贈友,二首之一 
寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都) 


戲贈友,二首之一
 (元号が4月から変わったので戦況もきっと好転するだろうから、戯れに頑張ってくださいと詩を作って友人に贈った。二首の内の一。)
元年建巳月,郎有焦校書。
寶應元年は762年4月からはじまった( - 763年6月まで)。この改元の為に焦 校書をその任務とされたのだ。
自誇足膂力,能騎生馬駒。
彼は自身が持ってる筋力、腕力を誇っている。そして能く良い馬を生産し、よく乗りこなしているのだ。
一朝被馬踏,脣裂版齒無。
いつも午前中には馬を調教したし、うわくちびるを割りくつわをうまくした。
壯心不肯已,欲得東擒胡。
闘う気持ちは一向に消えるものでなくきっと東国で乱している胡たちをとらえて平定してくれることだろう。



『戲贈友,二首之一』 現代語訳と訳註
駿馬02(本文)

元年建巳月,郎有焦校書。
自誇足膂力,能騎生馬駒。
一朝被馬踏,脣裂版齒無。
壯心不肯已,欲得東擒胡。


(下し文)
(戲れに友に贈る,二首の一)
元年の建巳の月,郎 焦校書有り。
自ら膂力を足るを誇る,能く馬駒を生じるを騎る。
一朝 馬踏に被い,脣裂 齒無きを版す。
壯心 肯えて已まず,東の胡を擒得んと欲す。


(現代語訳)
(元号が4月から変わったので戦況もきっと好転するだろうから、戯れに頑張ってくださいと詩を作って友人に贈った。二首の内の一。)
寶應元年は762年4月からはじまった( - 763年6月まで)。この改元の為に焦 校書をその任務とされたのだ。
彼は自身が持ってる筋力、腕力を誇っている。そして能く良い馬を生産し、よく乗りこなしているのだ。
いつも午前中には馬を調教したし、うわくちびるを割りくつわをうまくした。
闘う気持ちは一向に消えるものでなくきっと東国で乱している胡たちをとらえて平定してくれることだろう。


(訳注)
菖蒲03戲贈友,二首之一
(元号が4月から変わったので戦況もきっと好転するだろうから、戯れに頑張ってくださいと詩を作って友人に贈った。二首の内の一。)


元年 建 巳月 ,郎有 焦 校書 。
寶應元年は762年4月からはじまった( - 763年6月まで)。この改元の為に焦 校書をその任務とされたのだ。
・「元年」寶應元年。寶應(宝応)は中国・唐代の元号のひとつ。代宗の治世で使用された。762年4月 - 763年6月。
・「建巳月」 いんげつ(陰月)、うづき(卯月)、うのはなづき(卯花月)、けんげつ(乾月)、けんしげつ(建巳月)、このはとりづき(木葉採月)、ちんげつ(鎮月)、なつはづき(夏初月)、ばくしゅう(麦秋)、はなのこりづき(花残月)、うえつき(植月)。  
「郎」郎。
・「焦校書」、焦(姓氏)職官爵位、校書。


自誇 足膂力 ,能騎 生 馬駒 。
彼は自身が持ってる筋力、腕力を誇っている。そして能く良い馬を生産し、よく乗りこなしているのだ。
・「膂力」【りょりょく】 筋肉の力。また、腕力。
・「」語義類別:人、行為動作、一般行為(馬部)、騎。
・「」 動物生命狀態、生。
・「馬駒」 動物專名(走獸)、馬。


一朝 被馬踏 ,脣裂 版齒 無 。
いつも午前中には馬を調教したし、うわくちびるを割りくつわをうまくした。
・「一朝」一朝。
・「脣裂」語義類別:人、身體器官、五官顏面、唇。うわくちびるを割る。
・「版齒」身體器官、五臟器官、齒。


壯心 不肯 已,欲得 東 擒胡 。
闘う気持ちは一向に消えるものでなくきっと東国で乱している胡たちをとらえて平定してくれることだろう。
・「」戰爭活動、とらえる。いけどりにする。とりこ。「擒捉・擒縛(きんばく)」
・「」異民族、民族邦國名、胡。

溪漲 成都6-(7) 杜甫 <472-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2470 杜甫詩1000-472-688/1500

杜甫 《溪漲》 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(7))  
馬が嘶くのだがいまだに敢て動こうとはしない。その前に存在するのは深い所で泥に覆われたところで馬の脚がはまったようだ。


2013年6月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 陳琳》 謝靈運 六朝詩<80-#3>文選 雜擬 上 784 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2468
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓 韓愈(韓退之) <135>Ⅱ中唐詩696 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2464
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集溪漲 成都6-(6-#2) 杜甫 <472-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2470 杜甫詩1000-472-688/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 珠離掌 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-185-57-#45  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2472
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

溪漲  成都6-(6-#2) 杜甫 <472-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2470 杜甫詩1000-472-688/1500


詩 題:溪漲 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(7)) 
作時:762年寶應元年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の472首目-場面6-(7)
杜甫ブログ1500回予定の-688回目




溪漲
(低地の川に川水が満ち溢れる。)
當時浣花橋,溪水纔尺餘。
その時、浣花渓に架かる橋があり、ここの水はいつもは三、四十㌢ほどの深さである。
白石明可把,水中有行車。
澄んだ川底の白い石は手で拾うことができ、またそこでは馬車でも渡れるのである。
秋夏忽泛溢,豈惟入吾廬。
夏から秋になるころはたちまち水位が上がり、溢れるほどになる。そうなると吾草堂に入って來ることに問題があるのだ。
蛟龍亦狼狽,況是鱉與魚。
淵に住んでる水の神の「みずち」はまたうろたえているのであり、況や亀や魚にいたるまでおどろいいるという。
茲晨已半落,歸路跬步疏。

こうして朝を迎えるとここの水位はもう半分くらいになるが、草堂への帰り道は普通の歩幅の半分でゆっくりした歩きになる。

馬嘶未敢動,前有深填淤。
馬が嘶くのだがいまだに敢て動こうとはしない。その前に存在するのは深い所で泥に覆われたところで馬の脚がはまったようだ。
青青屋東麻,散亂床上書。
草堂の屋根の東側に麻が青々と茂っている。部屋の中の床には書類と書物が散らばっている。
不意遠山雨,夜來復何如。
遠くはるかな山に降っている雨のことなど思いはしない。夜が来ると又なにがおこるのだろう。
我遊都市間,晚憩必村墟。
私はよく成都に行って街の中で遊んだものだが、夕方になると必ず浣花渓の村には帰ってきてゆっくりしたものだ。
乃知久行客,終日思其居。
即ち久しく旅客となるっていることは理解している。わたしは一日中此の隠遁生活の住まいについて考えるのである。

ogawa09(溪漲)#1
当時 浣花の橋、渓の水は 纔(わずか)に尺余り。
白き石は明かにして てに把【と】るべく、水中には 行く車有り。
秋夏 忽ち泛溢れ,豈に惟だ吾廬に入る。
蛟龍 亦た狼狽し,況んや是れ鱉と魚と。
茲に晨 已に半落ち,歸路 跬步 疏なり。
#2

馬嘶きて未だ敢て動かず,前有して填淤に深し。
青青たる屋の東の麻よ、散乱せる床の上の書よ。
遠く山雨を意とせず,夜來りて復た何如ん。
我 都市の間に遊ぶも、晩に憩【いこ】うは必ず村墟なり。 
乃ち久しく行客を知り,終日 其を思う。



『溪漲』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
馬嘶未敢動,前有深填淤。
青青屋東麻,散亂床上書。
不意遠山雨,夜來復何如。
我遊都市間,晚憩必村墟。
乃知久行客,終日思其居。


(下し文)
馬嘶未敢動,前有深填淤。
青青屋東麻,散亂床上書。
不意遠山雨,夜來復何如。
我遊都市間,晚憩必村墟。
乃知久行客,終日思其居。


(現代語訳)
馬が嘶くのだがいまだに敢て動こうとはしない。その前に存在するのは深い所で泥に覆われたところで馬の脚がはまったようだ。
草堂の屋根の東側に麻が青々と茂っている。部屋の中の床には書類と書物が散らばっている。
遠くはるかな山に降っている雨のことなど思いはしない。夜が来ると又なにがおこるのだろう。
遠くはるかな山に降っている雨のことなど思いはしない。夜が来ると又なにがおこるのだろう。
私はよく成都に行って街の中で遊んだものだが、夕方になると必ず浣花渓の村には帰ってきてゆっくりしたものだ。
即ち久しく旅客となるっていることは理解している。わたしは一日中此の隠遁生活の住まいについて考えるのである。


(訳注)

万里橋とは別個に、草堂の近く浣花渓の一段に架かっている橋もあった。浣花渓には普通でも三、四十センチほどの深さしかない浅い部分があり、澄んだ川底の白い石は手で拾うことができ、また馬車でも渡れたようであるが、そこに架かっていた橋である。それにはちゃんとした名前があったのかどうか分からないが、杜甫はその橋を浣花の橋と呼んだ。


馬嘶未敢動,前有深填淤。
馬が嘶くのだがいまだに敢て動こうとはしない。その前に存在するのは深い所で泥に覆われたところで馬の脚がはまったようだ。
 1 はまること。ぴったりおさまること。また、あてはまること。「ほぞの―がよくない」「―ぐあい」 2 分別をなくして失敗すること。特に、女性の色香に迷って失敗すること。また、そのための失費。
 どろ岸辺は泥でおおわれた.堆積した泥土河淤川の泥


青青屋東麻,散亂床上書。
草堂の屋根の東側に麻が青々と茂っている。部屋の中の床には書類と書物が散らばっている。


不意遠山雨,夜來復何如。
遠くはるかな山に降っている雨のことなど思いはしない。夜が来ると又なにがおこるのだろう。
『水檻遣心二首』2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。


我遊都市間,晚憩必村墟。
私はよく成都に行って街の中で遊んだものだが、夕方になると必ず浣花渓の村には帰ってきてゆっくりしたものだ。


乃知久行客,終日思其居。
即ち久しく旅客となるっていることは理解している。わたしは一日中此の隠遁生活の住まいについて考えるのである。
杜甫が近隣との付き合いを楽しみ、それを詩に描いているのも、背景の一つとしては、草堂での隠遁的生活情緒を演出するということもあったと思われる。そして官界と隠遁世界の境界となっているのが浣花渓で、その橋を渡るのは、官界から隠遁世界へ入ってくることを意味するということは、橋の部分でも触れたとおりである。
 杜甫にとってそのような村は外界に対して自分の身内の側に相当するものであった。だから都会から自分の村に帰るというのは特別の意味があった。だからこそ杜甫は、外から草堂の村に帰るという当たり前のことを、わざわざ詩に描き込んだりしたのだった。
ogawa010

溪漲 成都6-(6-#1) 杜甫 <471-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2465 杜甫詩1000-471-687/1500

杜甫《溪漲》成都(6部)浣花渓の草堂(6-(6))

浣花渓に架かる橋があり、ここの水はいつもは三、四十㌢ほどの深さである。
澄んだ川底の白い石は手で拾うことができ、またそこでは馬車でも渡れるのである。

2013年6月2日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 陳琳》 謝靈運 六朝詩<80-#2>文選 雜擬 上 783 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2463
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓 韓愈(韓退之) <135>Ⅱ中唐詩696 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2464
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集溪漲 成都6-(6-#1) 杜甫 <471-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2465 杜甫詩1000-471-687/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 燕離巢 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-184-56-#44  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2467
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

溪漲 成都6-(6-#1) 杜甫 <471-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2465 杜甫詩1000-471-687/1500
  
詩 題:溪漲 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(6)) 
作時:762年 寶應元年 1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の471首目-場面6-(6)
杜甫ブログ1500回予定の-687回目   40786 

卷別: 卷二一九  文體: 五言古詩 
寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)  浣花溪 (劍南道北部 益州 益州) 別名:花溪     
 
中国の隠者は日本の隠者と違って、結婚して家族との情愛を大切にし、名利に関わらない真の交友関係を楽しむものである。前にも述べたように杜甫が近隣との付き合いを楽しみ、それを詩に描いているのも、背景の一つとしては、草堂での隠遁的生活情緒を演出するということもあったと思われる。そして官界と隠遁世界の境界となっているのが浣花渓で、その橋を渡るのは、官界から隠遁世界へ入ってくることを意味する。
 杜甫にとってそこの村は外界に対して自分の身内の側に相当するものであった。だから都会から自分の村に帰るというのは特別の意味があった。だからこそ杜甫は、外から草堂の村に帰るという当たり前のことを、わざわざ詩に描き込んだりしたのだ。



溪漲
(低地の川に川水が満ち溢れる。)
komichi03當時浣花橋,溪水纔尺餘。
その時、浣花渓に架かる橋があり、ここの水はいつもは三、四十㌢ほどの深さである。
白石明可把,水中有行車。
澄んだ川底の白い石は手で拾うことができ、またそこでは馬車でも渡れるのである。
秋夏忽泛溢,豈惟入吾廬。
夏から秋になるころはたちまち水位が上がり、溢れるほどになる。そうなると吾草堂に入って來ることに問題があるのだ。
蛟龍亦狼狽,況是鱉與魚。
淵に住んでる水の神の「みずち」はまたうろたえているのであり、況や亀や魚にいたるまでおどろいいるという。
茲晨已半落,歸路跬步疏。
こうして朝を迎えるとここの水位はもう半分くらいになるが、草堂への帰り道は普通の歩幅の半分でゆっくりした歩きになる。

馬嘶未敢動,前有深填淤。
青青屋東麻,散亂床上書。
不意遠山雨,夜來復何如。
我遊都市間,晚憩必村墟。
乃知久行客,終日思其居。
 

『溪漲』 現代語訳と訳註
(本文)
#1
鸕鷀001當時浣花橋,溪水纔尺餘。
白石明可把,水中有行車。
秋夏忽泛溢,豈惟入吾廬。
蛟龍亦狼狽,況是鱉與魚。
茲晨已半落,歸路跬步疏。


(下し文) 溪漲
当時 浣花の橋、渓の水は 纔(わずか)に尺余り。
白き石は明かにして てに把【と】るべく、水中には 行く車有り。
秋夏 忽ち泛溢れ,豈に惟だ吾廬に入る。
蛟龍 亦た狼狽し,況んや是れ鱉と魚と。
茲に晨 已に半落ち,歸路 跬步 疏なり。


(現代語訳)
(低地の川に川水が満ち溢れる。)
その時、浣花渓に架かる橋があり、ここの水はいつもは三、四十㌢ほどの深さである。
澄んだ川底の白い石は手で拾うことができ、またそこでは馬車でも渡れるのである。
夏から秋になるころはたちまち水位が上がり、溢れるほどになる。そうなると吾草堂に入って來ることに問題があるのだ。
淵に住んでる水の神の「みずち」はまたうろたえているのであり、況や亀や魚にいたるまでおどろいいるという。
こうして朝を迎えるとここの水位はもう半分くらいになるが、草堂への帰り道は普通の歩幅の半分でゆっくりした歩きになる。


(訳注)
溪漲 

(低地の川に川水が満ち溢れる。)
・漲 ①みなぎる。②みちあふれる。③沸き立つ波。④わきおこる。
・溪(1)山または丘にはさまれた細長い溝状の低地。一般には河川の浸食による河谷が多い。成因によって川や氷河による浸食谷と断層や褶曲(しゆうきよく)による構造谷とに分ける。


當時浣花橋,溪水纔尺餘。
その時、浣花渓に架かる橋があり、ここの水はいつもは三、四十㌢ほどの深さである。
浣花 浣花渓付近の自然景観は変化に富んでおり、杜甫は草堂での日々の生活や気持ちを歌うときに、そんな浣花渓のいろいろな景観やさまざまな表情を、あれやこれやの詩の中でいつも一緒に歌い出している。錦江の蛇行する浣花渓の一段には、淵があり、早瀬があり、洲があり、砂があり、泥があり、また漁の舟も集まり、商人の舟も通い、杜甫の遊覧の舟も浮かび、魚も捕れ、ハスも採れ、水浴びもでき、まことに杜甫の心をなぐさめ楽しませるところであった。 まず淵があった。川が蛇行すれば、普通はカーブの外側に淵ができ、内側に浅瀬ができる。だから浣花渓の一段に淵があることは自ずと想定できる。
卜居』「浣花溪水水西頭,主人為卜林塘幽。」
入奏行贈西山檢察使竇侍禦』「江花未落還成都,肯訪浣花老翁無。」
王十五司馬弟出郭相訪兼遺營草堂資』「憂我營茅棟,攜錢過野橋。」


白石明可把,水中有行車。
澄んだ川底の白い石は手で拾うことができ、またそこでは馬車でも渡れるのである。


秋夏忽泛溢,豈惟入吾廬。
夏から秋になるころはたちまち水位が上がり、溢れるほどになる。そうなると吾草堂に入って來ることに問題があるのだ。


蛟龍亦狼狽,況是鱉與魚。
淵に住んでる水の神の「みずち」はまたうろたえているのであり、況や亀や魚にいたるまでおどろいいるという。
・狼狽 あわてふためくこと。うろたえること。


茲晨已半落,歸路跬步疏。
こうして朝を迎えるとここの水位はもう半分くらいになるが、草堂への帰り道は普通の歩幅の半分でゆっくりした歩きになる。
・跬 けい ... 歩は本来距離の単位で,左右の足を1回ずつ運んだ距離であり(その半分は跬(けい)),それと尺との関係には変遷があったが,方1歩の歩の大きさの実態はさほど変化しなかったといわれる。
・疏 うとい うとむ さかん1 水路を分けて通す。「疏水・疏通」 2 関係が分け離れる。うとくなる。「疏遠」 3 粗末な。「疏食(そし)」 4 事柄の筋を分けていちいち説明する。
ogawa010

《大雨》 五言古詩 成都6-(5) 杜甫 <470-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2460 杜甫詩1000-470-#3-686/1500

《大雨》 五言古詩 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(5)) 
浣花草堂は当地の権力者の裁量によって与えられたもので、自由に処分できる個人の財産ではない。草堂には農夫付きの農園が附属していて、杜甫はその農園を耕作する必要はなかった。麦や黍の穀物および野菜などの商品作物の経営、管理にも直接関与しなかったのだ。しかしその農園からの収穫物、収益は自分のものにできた。ただ家族の消費のための小規模な野菜作りなどは自ら菜園に出ておこなっていた。農業について知識も増えた。

2013年6月1日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 陳琳》 謝靈運 六朝詩<80-#1>文選 雜擬 上 782 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2458
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花源 韓愈(韓退之) <134>Ⅱ中唐詩695 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2459
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集《大雨》 五言古詩 成都6-(5) 杜甫 <470-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2460 杜甫詩1000-470-#3-686/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 鸚鵡離籠 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-183-55-#43  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2462
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

大雨 五言古詩 成都6-(5) 杜甫 <470-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2460 杜甫詩1000-470-#3-686/1500



詩 題:大雨五言古詩 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(5)) 
卷別: 卷二一九  文體: 五言古詩 
作時:762年寶應元年  1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の470-#3首目-場面6-(5)
杜甫ブログ1500回予定の-686回目




大雨
(大雨)
西蜀冬不雪,春農尚嗷嗷。
蜀に来て3年たつこの冬に積雪が少なかった。したがって春になっての農業にとっては多くの人が心配して騒ぐ声が多いのだ。
上天回哀眷,朱夏雲鬱陶。
昨年から天を仰いでぐるぐる見回して、悲しく振り返ってみても天気がおかしく、真夏であっても気分が重苦しいほどの厚い雲であった。
執熱乃沸鼎,纖絺成縕袍。
持てない鼎の熱を冷ますというが乃ち鼎でお湯を沸かしていることが前提だし、細い目の粗い布であっても防寒のドテラを作ることはできるものである。
風雷颯萬里,霈澤施蓬蒿。
風と雷は、万里さきからに沸き起って吹きあげてくれ、大雨は、蓬蒿をはじめとする一年草の草深い茂みを潤すものである。
#2
敢辭茅葦漏,已喜黍豆高。
待ち遠しかった雨が茅葦の屋根から漏れ落ちるのだが今は雨を慶び詩に詠おうと思う。間違いなく、この雨によって五穀豊穣が期待できることなのだから喜ぶべきことなのだ。
三日無行人,二江聲怒號。
この三日大雨が降り続き、通りを行き交う人の姿がまったく無い。増水した成都を流れる岷江と錦江の二江の、洪水の轟音が聞こえる。
流惡邑里清,矧茲遠江皋。
しかし、その流れは、ここの邑里の清を嫌うかのように避けてくれている。ここは、岷江から遠い所にある岸辺であるけれどあわてて洪水対策の準備にとりかかっている。
荒庭步鸛鶴,隱几望波濤。

大雨で荒れた庭に、雨をさけるように鸛鶴が歩いている。私は、江亭の長椅子に雨を避けて、流れ行く川波濤を眺めているのである。
DCF00106







#3
沈痾聚藥餌,頓忘所進勞。
こじれた病気で心は沈みがちになり、食事と薬についてはあらゆるものを整えていた。しかし、ここにきてからはそうした病気の進行も、生活苦も無く全く忘れさせてくれるほどなのだ。
則知潤物功,可以貸不毛。
生活、農業のことがわかってきたのは、耕作の功能、雨が物を潤し必要な事だということだ。不毛な土地でも、貸与されたものでもいいのではないか、何となく思えるようになってきているのだ。
陰色靜隴畝,勸耕自官曹。
雨は小康状態で雲を残している。田畑は静まり返ったままである。この雨で管理している役人が耕作を励行しようと、率先して農具を手に取ってはじめるのである。
四鄰耒耜出,何必吾家操。
四方隣り、ここらへん一帯では、農具を手に田畑に出て行きはじめた。私自身と家族が耕作に際して率先していく必要はないだろう。

(大雨) 
西蜀の冬は雪せず、春農は尚お嗷嗷たり。
上天は回りて哀眷し、朱夏の雲は鬱陶たり。
執熱 乃ち鼎を沸かし、纖は、袍を成す。
風雷は萬里に颯(ふ)き、霈澤は、蓬蒿に施す。

#2
敢えて辞せんや わが茅葦の漏るるを、已に黍豆の高きを喜ぶ。
三日して行人無く、二江の聲は怒號たり。
流は邑里の清を惡う、矧んや茲の遠くの江皋をや。
荒庭は鸛鶴がみ、几に隱れて波濤を望む。

#3
沈痾にして藥餌を聚め、頓に進んで勞する所を忘る。
則ち潤物の功を知り、以って不毛を貸するべし。
色を陰いて隴畝を靜かにし、耕を勸むるに官曹よりし。
四鄰は耒耜を出すも、何ぞ必ずしも吾が家も操せん。


『大雨』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
沈痾聚藥餌,頓忘所進勞。則知潤物功,可以貸不毛。
陰色靜隴畝,勸耕自官曹。四鄰耒耜出,何必吾家操。


(下し文)#3
沈痾にして藥餌を聚め、頓に進んで勞する所を忘る。
則ち潤物の功を知り、以って不毛を貸するべし。
色を陰いて隴畝を靜かにし、耕を勸むるに官曹よりし。
四鄰は耒耜を出すも、何ぞ必ずしも吾が家も操せん。


(現代語訳)
こじれた病気で心は沈みがちになり、食事と薬についてはあらゆるものを整えていた。しかし、ここにきてからはそうした病気の進行も、生活苦も無く全く忘れさせてくれるほどなのだ。
いつの間にか、身を入れて骨折りする事を忘れてしまったようだ
生活、農業のことがわかってきたのは、耕作の功能、雨が物を潤し必要な事だということだ。不毛な土地でも、貸与されたものでもいいのではないか、何となく思えるようになってきているのだ。
雨は小康状態で雲を残している。田畑は静まり返ったままである。この雨で管理している役人が耕作を励行しようと、率先して農具を手に取ってはじめるのである。
四方隣り、ここらへん一帯では、農具を手に田畑に出て行きはじめた。私自身と家族が耕作に際して率先していく必要はないだろう。


(訳注) #3
沈痾聚藥餌,頓忘所進勞。

こじれた病気で心は沈みがちになり、食事と薬についてはあらゆるものを整えていた。しかし、ここにきてからはそうした病気の進行も、生活苦も無く全く忘れさせてくれるほどなのだ。
・痾 こじれた病気。「旧痾・宿痾・沈痾」
・頓忘 その場に応じて忘れる。度忘れ。反対語:頓智。頓:①つまずく。②くるしむ。③つかれる。④とめる。⑤ととのえる。⑥ひとたび。⑦とみに。


則知潤物功,可以貸不毛。
生活、農業のことがわかってきたのは、耕作の功能、雨が物を潤し必要な事だということだ。不毛な土地でも、貸与されたものでもいいのではないか、何となく思えるようになってきているのだ。
・貸不毛 当地の権力者の裁量によって与えられたもので、自由に処分できる個人の財産ではない。


陰色靜隴畝,勸耕自官曹。
雨は小康状態で雲を残している。田畑は静まり返ったままである。この雨で管理している役人が耕作を励行しようと、率先して農具を手に取ってはじめるのである。
・陰色 厚い雲が覆ている状態を云う。
・壟畝/隴畝【ろうほ】 ①うねとあぜ。田畑。②田舎。また、民間。
・官曹 耕作地を管理している役人。


四鄰耒耜出,何必吾家操。
四方隣り、ここらへん一帯では、農具を手に田畑に出て行きはじめた。私自身と家族が耕作に際して率先していく必要はないだろう。
・耒耜 中国古代の代表的農具。本来はともに手労働による耕起,除草,作溝を兼ねた農具であろうが,古代の手労働用の農具の代名詞的に使用される場合も多い。
・四鄰 四方隣り、ここらへん一帯。
・吾家操 杜甫自身と家族が耕作に際して率先してというほどの意味。


この四聯によって、この地は当地の権力者の裁量によって与えられたもので、自由に処分できる個人の財産ではない。草堂には農夫付きの農園が附属していて、杜甫はその農園を耕作する必要はなかった。麦や黍の穀物および野菜などの商品作物の経営、管理にも直接関与しなかったのだ。しかしその農園からの収穫物、収益は自分のものにできた。ただ家族の消費のための小規模な野菜作りなどは自ら菜園に出ておこなっていた。農業について知識も増えた。この二句は浣花渓草堂における杜甫の生産基盤がはっきりと示されている重要な資料の一つである。
この詩は浣花渓草堂に移り住んでの詩の中で最も注目される詩である。成都関連地図 00

プロフィール

紀 頌之

Twitter プロフィール
記事検索
最新記事(画像付)
最新記事
記事検索
カテゴリ別アーカイブ
タグクラウド
QRコード
QRコード
記事検索
  • ライブドアブログ