杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
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● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
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2013年07月

戲為六絕句,六首之一 蜀中転々 杜甫 <513>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2760 杜甫詩1000-513-746/1500

杜甫《戲為六絕句,六首之一》 北周の庾信はその詩文章は老年になってからさらに成熟している、雲をもしのぐほどの健筆、その意は縦横無尽にのべられている。


2013年7月31日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


戲為六絕句,六首之一 蜀中転々 杜甫 <513>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2760 杜甫詩1000-513-746/1500


作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の513首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-746回目   40845
作年: 寶應元年  762年  51歲 
卷別: 卷二二七  文體: 七言絕句 
詩題: 戲為六絕句,六首之一 
詩文:


戲為六絕句,六首之一
(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の一番目)
庾信文章老更成,凌雲健筆意縱橫。
北周の庾信はその詩文章は老年になってからさらに成熟している、雲をもしのぐほどの健筆、その意は縦横無尽にのべられている。
今人嗤點流傳賦,不覺前賢畏後生。
今の時代の軽薄文士たちは伝来の庚信の賦をあれこれと鼻先で笑うなどしている。孔子が「後生長るべし」といわれた意味を知っていないのは残念なことであり、庚信は後生ではあるが畏るべき人なのである。
戲れに六絕句を為る,六首の一
庾信が文章老いて更に成る、凌雲 健筆 意 縱橫。
今人 嗤点す 流伝の賦、覚らず前賢後生を畏れしことを。


海棠花021










『戲為六絕句,六首之一』 現代語訳と訳註
(本文)
庾信文章老更成,凌雲健筆意縱橫。
今人嗤點流傳賦,不覺前賢畏後生。


(下し文)
戲れに六絕句を為る,六首の一
庾信が文章老いて更に成る、凌雲 健筆 意 縱橫。
今人 嗤点す 流伝の賦、覚らず前賢後生を畏れしことを。


(現代語訳)
(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の一番目)
北周の庾信はその詩文章は老年になってからさらに成熟している、雲をもしのぐほどの健筆、その意は縦横無尽にのべられている。
今の時代の軽薄文士たちは伝来の庚信の賦をあれこれと鼻先で笑うなどしている。孔子が「後生長るべし」といわれた意味を知っていないのは残念なことであり、庚信は後生ではあるが畏るべき人なのである。


(訳注)
戲為六絕句,六首之一
(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の一番目)
此の一首は庾信の詩文が素晴らしいこと、そしてそれを今の軽薄文士の無識をそしっている。 
杜甫『奉贈王中允維』
中允聲名久,如今契闊深。共傳收庾信,不比得陳琳。
一病緣明主,三年獨此心。窮愁應有作,試誦白頭吟。
(王中允維に贈り奉る)
中允声名久し、如今契閥深し。共に伝う庚信を収むと、此せず陳琳を得るに。
一癖明主に縁る、三年独り此の心。窮愁応に作有るなるべし、試みに謂す白頭吟。
奉贈王中允維 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 254

杜甫『春日憶李白』
白也詩無敵,飄然思不羣。清新庚開府,俊逸鮑參軍。
渭北春天樹,江東日暮雲。何時一尊酒,重與細論文。
(春の日に李白をおもう)
李白よ、君は詩に於てだれも匹敵するものがない、凡俗を超越しているその思想は世間なみの衆人と並べることはできない。
清新なる君の詩風は、北周の庚信のようであり、それと俊逸な詩風は宋の飽照のようである。
今わたしは渭北の春の大空に立つ大樹を仰ぎ見ている、あなたははるか江東の日暮の雲をみている。
いつかまた一樽の酒を酌みかわそう、ふたたびあなたとくわしく詩文、作物について論じあうことができるだろうか。

春日憶李白 杜甫


庾信 文章 老 更成,凌雲 健筆 意 縱橫。
北周の庾信はその詩文章は老年になってからさらに成熟している、雲をもしのぐほどの健筆、その意は縦横無尽にのべられている。
○庚信 本名、庾信(南朝梁)。庾信(ゆ しん、513年(天監12年) - 581年(開皇元年))は、中国南北朝時代の文学者。字は子山。南陽郡新野の人。庾肩吾の子。南朝の梁に生まれ、前半生は皇太子蕭綱(後の簡文帝)配下の文人として活躍した。侯景の乱後の後半生は、やむなく北朝の北周に身を置くことになり、代表作「哀江南賦」をはじめ、江南を追慕する哀切な内容の作品を残した。
○老更成 老年に至ってさらに成熟する。
○凌雲健筆 健筆凌旨耳に同じ。


今人 嗤點 流傳 賦 ,不覺 前賢 畏 後生 。
今の時代の軽薄文士たちは伝来の庚信の賦をあれこれと鼻先で笑うなどしている。孔子が「後生長るべし」といわれた意味を知っていないのは残念なことであり、庚信は後生ではあるが畏るべき人なのである。
○今人 庾信の詩文がきれいで、作者と同時代の軽薄文士をさす。
○嗤點 ここがどう、かしこがどう、とわらってゆびざしする。嗤う:ばかにした気持ちを顔に表す。あざける。嘲笑する。③. つぼみが開く,花が咲く。  ④. 果実が熟して割れ目ができる。
○流伝賦 庚信の名作として伝えられつつある航、信には「衷江南賦」、「枯樹賦」など有名なものが多い。
○不覚 今人はこれをさとらぬ。
○前賢長後生 「論語」(子窂)に見える孔子のことば「後世長ル可シ」にもとづく、前賢とは前代の賢人で孔子をさす、後生はわかもの、後進の意。庾信は風雅の作者で、屈原、宋玉、漢魏の作者らに対するならば後生というべきであるが、しかし後生にも畏るべきものがあり、たとえば庾信の如きはそうである。
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三絕句,三首之三 蜀中転々 杜甫 <512>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2755 杜甫詩1000-512-745/1500

《三絕句,三首之三》 家のまわりを竹だらけにするとお客は入り口が分からず、勝手に怒らせたとしても、出迎えなどする気はないのだ。(古来より、隠棲しているものには「訪れても遭えない」というものだからだ。)


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謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。 
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。 
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


三絕句,三首之三 蜀中転々 杜甫 <512>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2755 杜甫詩1000-512-745/1500


詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の512首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-745回目
卷別: 卷二二七  文體: 七言絕句 
詩題: 三絕句,三首之三 


詩文:
 
三絕句,三首
1   楸樹馨香倚釣磯,斬新花蕊未應飛。
    不如醉裏風吹盡,可忍醒時雨打稀。

2   門外鸕鷀去不來,沙頭忽見眼相猜。
    自今已後知人意,一日須來一百回。

3   無數春筍滿林生,柴門密掩斷人行。
    會須上番看成竹,客至從嗔不出迎。



三絕句,三首之一
楸樹馨香倚釣磯、斬新花蕊未應飛。
楸の木々は芳しき香りを漂わせている、その木に寄りかかってここで岸辺に釣り糸を垂れる。咲き始めた新しい花弁はまだまだ飛び散ってはいない。
不如醉裏風吹盡,可忍醒時雨打稀。
この庭に宴をしてなかなか酔えないのは、風が吹いて来て酔いを醒ますからだ。酔いがさめる時が我慢できるというのは雨が降ってくることがないほどであるからである。
楸【きささげ】の樹は馨【かお】り香【かぐわ】しくして 釣りばの磯【いそ】に倚り、斬新の花蕊【かずい】は 未だ応【まさ】に飛ぶべからず。
裏 醉うに如かず 風吹き盡す,醒むる時に忍ぶ可く 雨打つは稀れなり。


三絕句,三首之二
門外鸕鶿去不來,沙頭忽見眼相猜。
ここの門の外に河鵜が去って行きそして戻ってくることはない。川岸の砂浜のほとりに歩いていて猜疑心を持った目で、辺りを見ていることだろう。
自今已後知人意,一日須來一百回。
それが今のことであり、これから後は人の思いを知ることによってもうすることはないだろう。このカワウは一日に百回くらいは餌をとっていることだろう。

門外 鸕鶿【ろじ】 去りて來らず,沙頭 忽ち見 眼は相に猜【ねた】む。
今自り 已後 知人の意,一日 須らく 一百回も來る。


三絕句,三首之三

無數春筍滿林生,柴門密掩斷人行。
数しれぬ春のたけのこが林の中いっぱいにはえている。柴の門をとざしたままだし、だれも門前をとおるものはいない。
會須上番看成竹,客至從嗔不出迎。

それは最初からたたけのこの成長を看まもって竹にしあげるつもりだ。家のまわりを竹だらけにするとお客は入り口が分からず、勝手に怒らせたとしても、出迎えなどする気はないのだ。(古来より、隠棲しているものには「訪れても遭えない」というものだからだ。)

無数の春筍 満林生じ、柴門密かに掩うて入行断ゆ。
会ず須らく上番看て竹と成すべし、客至るも填るに従す出で迎えず。



『三絕句,三首之二』 現代語訳と訳註
孟浩然詩00(本文)
無數春筍滿林生,柴門密掩斷人行。
會須上番看成竹,客至從嗔不出迎。

(下し文)
無数の春筍 満林生じ、柴門密かに掩うて入行断ゆ。
会ず須らく上番看て竹と成すべし、客至るも填るに従す出で迎えず。


(現代語訳)
数しれぬ春のたけのこが林の中いっぱいにはえている。柴の門をとざしたままだし、だれも門前をとおるものはいない。
それは最初からたたけのこの成長を看まもって竹にしあげるつもりだ。家のまわりを竹だらけにするとお客は入り口が分からず、勝手に怒らせたとしても、出迎えなどする気はないのだ。(古来より、隠棲しているものには「訪れても遭えない」というものだからだ。)


(訳注)
三 絶 句(其三)
竹林0021宝応元年の作。これは第三首目。春の笋をよんだもの。隠者には「訪ねて行って会えないもの」というのを訪ねられる側の面白さを詠ったもの、杜甫らしい作品として取り上げられることが多い作品である。


無數春筍滿林生,柴門密掩斷人行。
数しれぬ春のたけのこが林の中いっぱいにはえている。柴の門をとざしたままだし、だれも門前をとおるものはいない。
○筍 たけのこ。
○密掩 ひとしれず門をとざしておく。
★杜甫の家の周りは竹林である。特に南隣とは竹林で隔離されている。柴門は西南方向にある。


會須上番看成竹,客至從嗔不出迎。
それは最初から、たけのこの成長を看まもって竹にしあげるつもりだ。家のまわりを竹だらけにするとお客は入り口が分からず、勝手に怒らせたとしても、出迎えなどする気はないのだ。(古来より、隠棲しているものには「訪れても遭えない」というものだからだ。)
○会 必ず。
○上番 初回のこと、初回に出た筍のことをいう。
○看 みまもること。
○成竹 しあげて竹にする。
○客 来訪の賓客。
○従嗔 怒るにまかす。勝手に怒らせる。
○出迎 こちらがでむかえる。

--------------------------------------------------------------------------------
詩文(含異文):
無數春筍滿林生,柴門密掩斷人行。
會須上番【案:去聲。】看成竹,客至從嗔不出迎。

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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html 
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html 
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html 
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。 
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。 
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html 
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html 
孟浩然の詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


三絕句,三首之二 蜀中転々 杜甫 <511>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2750 杜甫詩1000-511-744/1500 


詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の511首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-744回目   40843
卷別: 卷二二七  文體: 七言絕句 
詩題: 三絕句,三首之二 
詩文:
 
三絕句,三首
1    楸樹馨香倚釣磯,斬新花蕊未應飛。
     不如醉裏風吹盡,可忍醒時雨打稀。


2    門外鸕鷀去不來,沙頭忽見眼相猜。
     自今已後知人意,一日須來一百回。


3     無數春筍滿林生,柴門密掩斷人行。
       會須上番看成竹,客至從嗔不出迎。


三絕句,三首之一
楸樹馨香倚釣磯、斬新花蕊未應飛。
不如醉裏風吹盡,可忍醒時雨打稀。
楸の木々は芳しき香りを漂わせている、その木に寄りかかってここで岸辺に釣り糸を垂れる。咲き始めた新しい花弁はまだまだ飛び散ってはいない。
この庭に宴をしてなかなか酔えないのは、風が吹いて来て酔いを醒ますからだ。酔いがさめる時が我慢できるというのは雨が降ってくることがないほどであるからである。
楸【きささげ】の樹は馨【かお】り香【かぐわ】しくして 釣りばの磯【いそ】に倚り、斬新の花蕊【かずい】は 未だ応【まさ】に飛ぶべからず。
裏 醉うに如かず 風吹き盡す,醒むる時に忍ぶ可く 雨打つは稀れなり。


門外鸕鶿去不來,沙頭忽見眼相猜。
ここの門の外に河鵜が去って行きそして戻ってくることはない。川岸の砂浜のほとりに歩いていて猜疑心を持った目で、辺りを見ていることだろう。
自今已後知人意,一日須來一百回。

それが今のことであり、これから後は人の思いを知ることによってもうすることはないだろう。このカワウは一日に百回くらいは餌をとっていることだろう。
門外 鸕鶿【ろじ】 去りて來らず,沙頭 忽ち見 眼は相に猜【ねた】む。
今自り 已後 知人の意,一日 須らく 一百回も來る。

鸕鶿002























『三絕句,三首之二』 現代語訳と訳註
(本文)
門外鸕鶿去不來【門外鸕鶿久不來】,沙頭忽見眼相猜。自今已後知人意,一日須來一百回。


(下し文)
門外 鸕鶿【ろじ】 去りて來らず,沙頭 忽ち見 眼は相に猜【ねた】む。
今自り 已後 知人の意,一日 須らく 一百回も來る。


(現代語訳)
ここの門の外に河鵜が去って行きそして戻ってくることはない。川岸の砂浜のほとりに歩いていて猜疑心を持った目で、辺りを見ていることだろう。
それが今のことであり、これから後は人の思いを知ることによってもうすることはないだろう。このカワウは一日に百回くらいは餌をとっていることだろう。


(訳注)
三絕句,三首之二
門外 鸕鶿 去 不來 ,沙頭 忽見 眼 相猜 。
ここの門の外に河鵜が去って行きそして戻ってくることはない。川岸の砂浜のほとりに歩いていて猜疑心を持った目で、辺りを見ていることだろう。
「鸕鶿」・鸕鶿 鵜のとり。中國古代より鵜飼が行われていた。カワウ(河鵜、川鵜、学名:Phalacrocorax carbo)は、ペリカン目(Sibley分類ではコウノトリ目に属する)、ウ科に分類される鳥類の一種。名前の由来は文字通り「川」に生息する「鵜」である。ただし、河川のみならず、河口付近や浅海域でも普通に見ることができる。・鸕鸂 う。鵜飼のこと。鴨ににて黒くのどが白い。水をくぐって魚をとらえるのが巧みである。魚玄機『江行 二首 其二』「煙花已入鸕鶿港,畫舸猶沿鸚鵡洲。醉臥醒吟都不覺,今朝驚在漢江頭。」
・鸂鶒 【けいせき】おしどり。兄弟の喩えにされる鳥。杜甫はよく使う。鸂鶒【けいせき】紫おしどり。謝霊運『鸂鶒賦』「覧水禽之萬族、信莫麗干鸂鶒。」(水禽之萬族を覧るに、信に干鸂鶒麗しきは莫し。)
『卜居』
浣花溪水水西頭,主人為卜林塘幽。
已知出郭少塵事,更有澄江銷客愁。
無數蜻蜓齊上下,一雙鸂鶒對沈浮。
東行萬裡堪乘興,須向山陰上小舟。
ここでは妓女をカワウに比喩している。
「沙頭」川岸の砂浜のほとり。
「猜」そねむそねむ。ねたむ。うたがう。「猜忌・猜疑」


自今 已後 知 人意 ,一日 須來 一百 回 。
それが今のことであり、これから後は人の思いを知ることによってもうすることはないだろう。このカワウは一日に百回くらいは餌をとっていることだろう。


--------------------------------------------------------------------------------
 
詩文(含異文):
門外鸕鶿去不來【門外鸕鶿久不來】,沙頭忽見眼相猜。
自今已後知人意,一日須來一百回。 

三絕句,三首之一 蜀中転々 杜甫 <510>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2745 杜甫詩1000-510-743/1500

宝応元年の作。
杜甫《三絕句,三首之一》楸の木々は芳しき香りを漂わせている、その木に寄りかかってここで岸辺に釣り糸を垂れる。咲き始めた新しい花弁はまだまだ飛び散ってはいない。

2013年7月28日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運詩
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孟浩然の詩
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
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李商隠詩
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三絕句,三首之一 蜀中転々 杜甫 <510>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2745 杜甫詩1000-510-743/1500


詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の510首目-場面
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卷別: 卷二二七  文體: 七言絕句  
詩題:

 三絕句,三首之一  
1 楸樹馨香倚釣磯,斬新花蕊未應飛。
不如醉裏風吹盡,可忍醒時雨打稀。

2 門外鸕鷀去不來,沙頭忽見眼相猜。
自今已後知人意,一日須來一百回。

3 無數春筍滿林生,柴門密掩斷人行。
會須上番看成竹,客至從嗔不出迎。

楸001


















三絕句,三首之一
楸樹馨香倚釣磯、斬新花蕊未應飛。
楸の木々は芳しき香りを漂わせている、その木に寄りかかってここで岸辺に釣り糸を垂れる。咲き始めた新しい花弁はまだまだ飛び散ってはいない。
不如醉裏風吹盡,可忍醒時雨打稀。
この庭に宴をしてなかなか酔えないのは、風が吹いて来て酔いを醒ますからだ。酔いがさめる時が我慢できるというのは雨が降ってくることがないほどであるからである。
楸【きささげ】の樹は馨【かお】り香【かぐわ】しくして 釣りばの磯【いそ】に倚り、斬新の花蕊【かずい】は 未だ応【まさ】に飛ぶべからず。
裏 醉うに如かず 風吹き盡す,醒むる時に忍ぶ可く 雨打つは稀れなり。


『三絕句,三首之一』 現代語訳と訳註
(本文) 
楸002三絕句,三首之一
楸樹馨香倚釣磯、斬新花蕊未應飛。
不如醉裏風吹盡,可忍醒時雨打稀。



(下し文)
楸【きささげ】の樹は馨【かお】り香【かぐわ】しくして 釣りばの磯【いそ】に倚り、斬新の花蕊【かずい】は 未だ応【まさ】に飛ぶべからず。
裏 醉うに如かず 風吹き盡す,醒むる時に忍ぶ可く 雨打つは稀れなり。


(現代語訳)
楸の木々は芳しき香りを漂わせている、その木に寄りかかってここで岸辺に釣り糸を垂れる。咲き始めた新しい花弁はまだまだ飛び散ってはいない。
この庭に宴をしてなかなか酔えないのは、風が吹いて来て酔いを醒ますからだ。酔いがさめる時が我慢できるというのは雨が降ってくることがないほどであるからである。


(訳注)
三絕句,三首之一
楸樹 馨香 倚 釣磯 ,斬新 花蕊 未應 飛 。
楸の木々は芳しき香りを漂わせている、その木に寄りかかってここで岸辺に釣り糸を垂れる。咲き始めた新しい花弁はまだまだ飛び散ってはいない。
「楸」アカメガシワの古名 - トウダイグサ科の落葉高木。 キササゲの古名 - ノウゼンカズラ科の落葉高木。
・「斬新」趣向や発想などがきわだって新しいさま。
・「花蕊」花の雄しべと雌しべの総称。木の下で男が待っている。そこに薫り高い妓女が近づいてくる。杜甫には珍しい男女のことについてのものである。

不如 醉裡 風 吹盡 ,可忍 醒時 雨打 稀 。
この庭に宴をしてなかなか酔えないのは、風が吹いて来て酔いを醒ますからだ。酔いがさめる時が我慢できるというのは雨が降ってくることがないほどであるからである。
「忍」①がまんする。ひとめをさける。
「醒」酔いがさめる。寝醒める。男女の性行為の後。
「雨」陰雨。性行為を意味している。
「稀」少し。 
 

--------------------------------------------------------------------------------
詩文(含異文): 
楸樹馨香倚釣磯,斬新花蕊未應飛。
不如醉裡風吹盡【不如醉裡春風盡】,可忍醒時雨打稀【何忍醒時雨打稀】。  

送段功曹歸廣州 蜀中転々 杜甫 <509>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2740 杜甫詩1000-509-742/1500

杜甫《送段功曹歸廣州》君の通過するところ、或は峡雲にこめられて樹木が小さくみえたり、或は洞庭湖の夕日は最高で、波上にうごいて船の窓が明らかなるをみることであろう。


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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 
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謝靈運詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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 送段功曹歸廣州 蜀中転々 杜甫 <509>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2740 杜甫詩1000-509-742/1500

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 
掲 載; 杜甫1000首の507首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-740回目
作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
関係地:  廣州 (嶺南道東部 廣州)、南海 (嶺南道東部 廣州 南海)、交趾 (嶺南道西部 交州 交趾)、韶州 (嶺南道東部 韶州) 別名:東吳 、錦官城 (劍南道北部 益州 成都) 別名:錦里     
交遊人物と地點: 段功曹 當地交遊(劍南道北部 梓州)
段功曹が広州へもどるのを送る詩。宝応元年梓州にあっての作。



送段功曹歸廣州
(段功曹が故郷の廣州に帰るというのを送る詩)
南海春天外,功曹幾月程。
南海は東の空の外のとおくにある、功曹はそこへ行くみちのりを幾月の要するのであろうか。
峽雲籠樹小,湖日落船明。
君の通過するところ、或は峡雲にこめられて樹木が小さくみえたり、或は洞庭湖の夕日は最高で、波上にうごいて船の窓が明らかなるをみることであろう。
交趾丹砂重,韶州白葛輕。
広州へいったなら交址には貴重すべき丹砂があるし、韶州には軽らかな白い葛のかたびらがある。
幸君因旅客,時寄錦官城。
どうか君は旅人としてそちらに向かわれる、若しなんかの便があればそれを錦官城のわたしの方へよこしてもらいたい。
(段功菅が広州に帰るを送る)
南海は春天の外にあり、功曹は幾月の程ぞ。
峡雲籠【こご】めて 樹 小に、湖に日落かかりて船明らかなり。
交址 丹砂 重く、韶州 白葛 軽し。
幸いに君 旅客に因りて、時に錦官城に寄せよ。



『送段功曹歸廣州』 現代語訳と訳註
(本文)

南海春天外,功曹幾月程。
峽雲籠樹小,湖日落船明。
交趾丹砂重,韶州白葛輕。
幸君因旅客,時寄錦官城。


(下し文)
(段功菅が広州に帰るを送る)
南海は春天の外にあり、功曹は幾月の程ぞ。
峡雲籠【こご】めて 樹 小に、湖に日落かかりて船明らかなり。
交址 丹砂 重く、韶州 白葛 軽し。
幸いに君 旅客に因りて、時に錦官城に寄せよ。


sora001(現代語訳)
(段功曹が故郷の廣州に帰るというのを送る詩)
南海は東の空の外のとおくにある、功曹はそこへ行くみちのりを幾月の要するのであろうか。
君の通過するところ、或は峡雲にこめられて樹木が小さくみえたり、或は洞庭湖の夕日は最高で、波上にうごいて船の窓が明らかなるをみることであろう。
広州へいったなら交址には貴重すべき丹砂があるし、韶州には軽らかな白い葛のかたびらがある。
どうか君は旅人としてそちらに向かわれる、若しなんかの便があればそれを錦官城のわたしの方へよこしてもらいたい。


(訳注)
送段功曹歸廣州
(段功曹が故郷の廣州に帰るというのを送る詩)
・段功曹 段という人物。功曹は役職名。剣南東川幕府のもの。厳武に同行し、梓州の役所で交流し、たまたま送別の宴席に出た時に依頼されて作ったものであろう。


南海春天外,功曹幾月程。
南海は東の空の外のとおくにある、功曹はそこへ行くみちのりを幾月の要するのであろうか。
○南海 広東の海。
○春天 五行思想で東は春で東の空の果てというほどの意味。春という季節は意識しない。ゆえに秋に春天という、一に青天に作る。靑も春、東という意味。
○功曹 段をさす。
○幾月程 旅行にかかる日程はいくつきのみちのりぞ。


峽雲籠樹小,湖日落船明。
君の通過するところ、或は峡雲にこめられて樹木が小さくみえたり、或は洞庭湖の夕日は最高で、波上にうごいて船の窓が明らかなるをみることであろう。
○峡雲籠樹小 上三字下二字の句法の対句である、籠樹小とよんでは雲が小さいことになって不都合である。
○湖日蕩船明 これも上三字下二字によむべきである、湖とは洞庭湖などをさす、蕩とは水面の日光がうごくこと。洞庭湖の夕暮は昔から絶景である。廣州へは湘江をさかのぼり、最上流には運河がありそのまま船の旅をする。


交趾丹砂重,韶州白葛輕。
広州へいったなら交址には貴重すべき丹砂があるし、韶州には軽らかな白い葛のかたびらがある。
交祉 嶺東よりさらに南にあり、丹砂を産出する、晋の葛洪が丹砂がでるときき、勾漏の令となろうと欲したことは前(農を為す)にみえる。成都(2)浣花渓の草堂(2 -3) 為農 杜甫 <366  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1771 杜甫詩 1000- 542
為農
錦裡煙塵外,江村八九家。
圓荷浮小葉,細麥落輕花。
卜宅從茲老,為農去國賒。
遠慚勾漏令,不得問丹砂。

この錦官城の郊外の里、浣花渓の地は兵馬の塵埃から掛け離れたところで、錦江沿いの村には八九軒の家がある。
錦江の岸に近い所に円い蓮が小さい葉を水面にうかべており、陸の方では細かな麦の実の畑に軽らかな花が落ちる。
ここに居宅を建設したからにはこの地において私は歳を重ねていくのだ。ここで農民となることをけついしたからには、はるばる故郷からはなれた処に来ていることであり還る気持ちはないのである。
ここで思うのは遠いむかしの勾漏の県令、晋の道士葛洪の故事にいささかはずかしくおもうのである。それは葛洪は道士として丹砂を自信を持って得たものであるが、儒者の私は自信を以て農民になることが出来るだろうかと問うことができぬことだ。
○韶州 広東にある。
〇白葛 白いくずのかたびら。


幸君因旅客,時寄錦官城。
どうか君は旅人としてそちらに向かわれる、若しなんかの便があればそれを錦官城のわたしの方へよこしてもらいたい。
○君 段をさす。
○錦官城 外交辞令の様なものの中で表現される成都の西城である。実際に贈るとは思っていないし、冗談交じりの言葉であるから、大きく出たわけである。
実際には浣花草堂をさすと考える。
この時、杜甫は梓州の役所で杜甫宛ての手紙をみたのである。浣花渓の草堂には弟を留守においている。
この詩は送別の歌はこんなふうに作りますというようなもので心を込めて送別しているわけではない。
成都遂州00

得廣州張判官叔卿書使還以詩代意【案:叔卿,魯人,見甫雜述。】 蜀中転々 杜甫 <508>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2735 杜甫詩1000-508-741/1500

《得廣州張判官叔卿書使還以詩代意》廣州の張判官叔卿の書簡を使いの段功曹から得たことで、今の思いを詩にして廣州に帰る段功曹に預けるので受け取ってください。張判官の故郷の関所塞は異民族の騎馬から遠く離れている。この天下は蜀の城郭の方に不安ことが偏ってしまっている。


2013年7月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
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得廣州張判官叔卿書使還以詩代意【案:叔卿,魯人,見甫雜述。】 蜀中転々 杜甫 <508>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2735 杜甫詩1000-508-741/1500


詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の508首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-741回目
卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 
詩題: 得廣州張判官叔卿書使還以詩代意【案:叔卿,魯人,見甫雜述。】 
作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都) 
及地點:  廣州 (嶺南道東部 廣州 廣州)     
明月峽 (山南西道 渝州 巴縣) 別名:月峽     
交遊人物/地點: 張叔卿 書信往來(嶺南道東部 廣州 廣州)
詩文:
得廣州張判官叔卿書使還以詩代意
(廣州の張判官叔卿の書簡を使いの段功曹から得たことで、今の思いを詩にして廣州に帰る段功曹に預けるので受け取ってください。)
鄉關胡騎遠,宇宙蜀城偏。
張判官の故郷の関所塞は異民族の騎馬から遠く離れている。この天下は蜀の城郭の方に不安ことが偏ってしまっている。
忽得炎州信,遙從月峽傳。
そんな時にあなたの炎州の方から書信が届いた。はるか、かなたに明月峡日の風流を伝えお送りするものである。
雲深驃騎幕,夜隔孝廉船。
雲は高く深く、ここの幕府には驃騎将軍がいるし、夜になっても遠く離れていても親孝行なものは舟手出掛けるのである。
卻寄雙愁眼,相思淚點懸。
そんなこともあって愁いを帯びた二つ並んだ眼で見た思いを送ります。互いに思っていることを考えると、涙がしたたり落ちて來るものである。
 
廣州張判官叔卿の書を得て、使いのもの還るに、以て代意を詩す。
鄉關 胡騎 遠く,宇宙 蜀城 偏る。
忽として得る 炎州の信を,遙かに從る 月峽の傳。
雲深く 驃騎の幕,夜隔て 孝廉の船。
卻って雙愁の眼を寄せ,相い思う 淚點の懸。


月明峡01


















『得廣州張判官叔卿書使還以詩代意』 現代語訳と訳註
(本文)
鄉關胡騎遠,宇宙蜀城偏。
忽得炎州信,遙從月峽傳。
雲深驃騎幕,夜隔孝廉船。
卻寄雙愁眼,相思淚點懸。


(下し文)
廣州張判官叔卿の書を得て、使いのもの還るに、以て代意を詩す。
鄉關 胡騎 遠く,宇宙 蜀城 偏る。
忽として得る 炎州の信を,遙かに從る 月峽の傳。
雲深く 驃騎の幕,夜隔て 孝廉の船。
卻って雙愁の眼を寄せ,相い思う 淚點の懸。


(現代語訳)
(廣州の張判官叔卿の書簡を使いの段功曹から得たことで、今の思いを詩にして廣州に帰る段功曹に預けるので受け取ってください。)
張判官の故郷の関所塞は異民族の騎馬から遠く離れている。この天下は蜀の城郭の方に不安ことが偏ってしまっている。
そんな時にあなたの炎州の方から書信が届いた。はるか、かなたに明月峡日の風流を伝えお送りするものである。
雲は高く深く、ここの幕府には驃騎将軍がいるし、夜になっても遠く離れていても親孝行なものは舟手出掛けるのである。
そんなこともあって愁いを帯びた二つ並んだ眼で見た思いを送ります。互いに思っていることを考えると、涙がしたたり落ちて來るものである。


(訳注)
得廣州張判官叔卿書使還以詩代意
(廣州の張判官叔卿の書簡を使いの段功曹から得たことで、今の思いを詩にして廣州に帰る段功曹に預けるので受け取ってください。)
・廣州 現在の広東省に位置する。杜甫『送段功曹歸廣州』「南海春天外,功曹幾月程。峽雲籠樹小,湖日落船明。交趾丹砂重,韶州白葛輕。幸君因旅客,時寄錦官城。」
・使 段功曹


鄉關 胡騎 遠 ,宇宙 蜀城 偏。
千畳敷0010張判官の故郷の関所塞は異民族の騎馬から遠く離れている。この天下は蜀の城郭の方に不安ことが偏ってしまっている。
「鄉關」語義類別:地、地理、特殊場域、家鄉。
「胡騎」語義類別:人、稱謂、指代稱謂、胡騎。


忽得 炎州 信 ,遙從 月峽 傳 。
そんな時にあなたの炎州の方から書信が届いた。はるか、かなたに明月峡日の風流を伝えお送りするものである。
「炎州」中國から南へ九万里、方円二千里。この世界には不思議なドウブツがいるので名高い。
・「月峽」明月峽。明月峡古桟道は別名朝天峡、古蜀桟道の一部で、広元北23キロの嘉陵江東岸の絶壁に掘られた古蜀から中原に入る唯一の交通要道であった。戦国時代から宋時代まで歴代の蜀人が絶えずに修復し、新しく掘り続け、この蜀の桟道は数百キロも続く。
 


雲深 驃騎 幕 ,夜隔 孝廉 船 。
雲は高く深く、ここの幕府には驃騎将軍がいるし、夜になっても遠く離れていても親孝行なものは舟手出掛けるのである。
「驃騎」驃騎将軍(ひょうきしょうぐん)は、前漢以降の官職名。軍を率いる将軍位の一つ。票騎将軍と記述されることもある。 前漢の武帝元狩2年(紀元前121年)に霍去病が就任したことに始まり、元狩4年(紀元前119年)には大将軍と同等の秩禄とされた。身軽に装備した騎兵。軽騎兵。
「幕」幕府。剣南東川幕府。
「孝廉」① 孝行で欲が少なく、正直なこと。また、そのさま。②㋐中国漢代に、朝廷が各郡に推挙させた人物の徳目の一。また、その徴士の名称。㋑郷試合格者である、挙人の称。
「船」語義類別:物、器物、交通工具(水路)、船。


卻寄 雙 愁眼 ,相思 淚點 懸 。
そんなこともあって愁いを帯びた二つ並んだ眼で見た思いを送ります。互いに思っていることを考えると、涙がしたたり落ちて來るものである。
「寄」語義類別:人、行為動作、一般行為(宀部)、寄。
「雙」語義類別:其他、數詞、定量數詞、雙。
「愁眼」秋の夕べに愁いを帯びた眼でみることをいう。杜甫『遺懷』「愁眼看霜露,寒城菊自花。天風隨斷柳,客淚墮清笳。水靜樓陰直,山昏塞日斜。夜來歸鳥盡,啼殺後棲鴉。」。

廣州段功曹到得楊五長史譚書,功曹卻歸,聊寄此詩 蜀中転々 杜甫 <507>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2730 杜甫詩1000-507-740/1500

杜甫《廣州段功曹到・・・聊寄此詩》段君に頼みたいことは、君を煩わせるのだがわたしが貧しくかつ持病に悩んで他郷で老いつつあるということを伝言してもらいたいのである。


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謝靈運詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー
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孟浩然の詩
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李商隠詩
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廣州段功曹到得楊五長史譚書,功曹卻歸,聊寄此詩 蜀中転々 杜甫 <507>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2730 杜甫詩1000-507-740/1500



詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の507首目蜀中転々-場面
杜甫ブログ1500回予定の-740回目   40839
卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 
詩題: 廣州段功曹到得楊五長史譚書,功曹卻歸,聊寄此詩 
寫作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
寫及地點:  廣州 (嶺南道東部 廣州 廣州)     
銅梁山 (山南西道 合州 銅梁山)     
交遊人物/地點: 段功曹 書信往來(劍南道北部 梓州 梓州)
楊譚 詩文提及(嶺南道東部 桂州 桂州)
広州の段功曹がきてくれたので自分は広州の都督府の長史楊譚の手紙を得た。段がもどるというので自分は此の詩を楊譚に寄せた。宝応元年梓州にあっての作。



廣州段功曹到得楊五長史譚書,功曹卻歸,聊寄此詩
(広州の段功曹がきてくれたので私は広州の都督府長史、楊譚の手紙を得た。段功曹がもどるというので私は此の詩を楊譚に寄せた。)
衛青開幕府,楊僕將樓船。
衛青に喩えられる君の長官が広州に幕府を開いている。楊僕に比較される君はその部下として甘えることなく楼船をひきいている。
漢節梅花外,春城海水邊。
楊都督は梅花の名所のさらに遠くに使節を持しているし、東(春)の遠くにあるその城は海水のほとりにある。
銅梁書遠及,珠浦使將旋。
そんな遠方の地からこんな銅梁山のある所までわざわざ手紙をよこしてくれられた。その手紙をもってきてくれた使者段君はいま珠浦の方へかえろうとしている。
貧病他鄉老,煩君萬里傳。

それで段君に頼みたいことは、君を煩わせるのだがわたしが貧しくかつ持病に悩んで他郷で老いつつあるということを伝言してもらいたいのである。
(広州の段功曹到る。楊五長史譚が書を得たり。功曹却帰す。聊か此の詩を寄す)
衛青 幕府を開く、楊僕【ようぼく】 楼船に将たり。
漢節 梅花の外 春城 海水の辺。
銅梁 書遠く及ばる、珠浦 使い将に旋【かえ】らんとす。
貧病 他郷に老ゆ、君を煩わして万里に伝えしむ。





『廣州段功曹到,得楊五長史譚書,功曹卻歸,聊寄此詩』 現代語訳と訳註
(本文)
衛青開幕府,楊僕將樓船。
漢節梅花外,春城海水邊。
銅梁書遠及,珠浦使將旋。
貧病他鄉老,煩君萬里傳。


(下し文)
yashi02(広州の段功曹到る。楊五長史譚が書を得たり。功曹却帰す。聊か此の詩を寄す)
衛青 幕府を開く、楊僕【ようぼく】 楼船に将たり。
漢節 梅花の外 春城 海水の辺。
銅梁 書遠く及ばる、珠浦 使い将に旋【かえ】らんとす。
貧病 他郷に老ゆ、君を煩わして万里に伝えしむ。


(現代語訳)
(広州の段功曹がきてくれたので私は広州の都督府長史、楊譚の手紙を得た。段功曹がもどるというので私は此の詩を楊譚に寄せた。)
衛青に喩えられる君の長官が広州に幕府を開いている。楊僕に比較される君はその部下として甘えることなく楼船をひきいている。
楊都督は梅花の名所のさらに遠くに使節を持しているし、東(春)の遠くにあるその城は海水のほとりにある。
そんな遠方の地からこんな銅梁山のある所までわざわざ手紙をよこしてくれられた。その手紙をもってきてくれた使者段君はいま珠浦の方へかえろうとしている。
それで段君に頼みたいことは、君を煩わせるのだがわたしが貧しくかつ持病に悩んで他郷で老いつつあるということを伝言してもらいたいのである。


(訳注)
廣州段功曹到得楊五長史譚書,功曹卻歸,聊寄此詩 
(広州の段功曹がきてくれたので私は広州の都督府長史、楊譚の手紙を得た。段功曹がもどるというので私は此の詩を楊譚に寄せた。)宝応元年梓州にあっての作。
作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州) 
寫及地點:  廣州 (嶺南道東部 廣州 廣州)  、銅梁山 (山南西道 合州 銅梁山)     
交遊人物/地點: 段功曹 書信往來 (劍南道北部 梓州) 、楊譚 詩文提及(嶺南道東部 桂州 桂州)
○広州 広東にある。
○段功曹 功曹参軍段某。
○到 梓州へきたこと。
○楊五長史譚 楊はさきに桂州にあったが桂州より広東へ転任したものと思われる、長史は官名。
○却帰 もどる。


衛青 開 幕府 ,楊僕 將樓船 。
衛青に喩えられる君の長官が広州に幕府を開いている。楊僕に比較される君はその部下として甘えることなく楼船をひきいている。
○衛青 漢の武帝の時の武将、今かりて広州の都督をさす、楊譚の長官たるもののことをいう。衛客とは漢の衛青・霍去病をさす、共に皇后の外戚の故を以て貴位に居った。とほは『自京赴奉先縣詠懷五百字』では楊貴妃の親戚にあたる楊国忠等に此している自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 111 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-#7『奉和嚴中丞西城晚眺十韻』縁故で職責に着いたがその責に甘えることがなかったという。奉和嚴中丞西城晚眺十韻 蜀中転々 杜甫 <505-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2720 杜甫詩1000-505-#2-738/1500衛 青(えい せい、? - 元封5年(紀元前106年))は、前漢の武帝に仕えた武将。河東平陽(山西省臨汾)出身。字は仲卿。爵位は長平侯。母親は婢であった衛媼(えいおん)。幼少時に下級官吏の鄭季(ていき)の家に引き取られていたため、父親は鄭季とされる。 幼少から匈奴と境を接する北方で羊の放牧の仕事をし、匈奴の生活や文化に詳しかった。だが、奴隷のように扱われ時には父親らから虐待を受けていたという。
○楊僕 漢の時楼船将軍となり予章より出て珠浦に下った、楊譚に此する。


漢節 梅花 外 ,春城 海水 邊 。
楊都督は梅花の名所のさらに遠くに使節を持しているし、東(春)の遠くにあるその城は海水のほとりにある。
○漢節 都督、天子の命をうけ節を持することをいう。○梅花 広東の北の大庚嶺は梅花を以て有名である。
○春城 広州の城をさす、東(春)の遠くにあったので春城という。


銅梁 書 遠及 ,珠浦 使將旋。
そんな遠方の地からこんな銅梁山のある所までわざわざ手紙をよこしてくれられた。その手紙をもってきてくれた使者段君はいま珠浦の方へかえろうとしている。
○銅梁 山の名、
梓州にある、作者自己の居処をいう。
○遠及 わざわざここまでよこしてくれたということ。○珠浦 合浦のこと、広東廉州にあり、真珠を以て有名、名所をあげただけである。
○使 使者、段功菅をさす。


貧病 他鄉 老 ,煩君 萬里 傳 。
それで段君に頼みたいことは、君を煩わせるのだがわたしが貧しくかつ持病に悩んで他郷で老いつつあるということを伝言してもらいたいのである。
○貧病 作者の状況。
○他郷 局地をさす。
○君 段。
○万里 広州。
月明峡01

嚴中丞枉駕見過 嚴中丞枉駕見過【案:自注:嚴自東川除西川,敕令兩川都節制。】 蜀中転々 杜甫 <506>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2725 杜甫詩1000-506-739/1500

杜甫《嚴中丞枉駕見過》 まことにさびしい錦江の天の雲霧のうちに処士の徴象たる少徴星があるとはだれがいうのか。厳武、きみだけがそんな星あることを、私にことを知ってくれるのである。


2013年7月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
  
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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平淮西碑 韓愈(韓退之) <163-#5>Ⅱ中唐詩748 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2724
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集 LiveDoor嚴中丞枉駕見過 嚴中丞枉駕見過【案:自注:嚴自東川除西川,敕令兩川都節制。】 蜀中転々 杜甫 <506>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2725 杜甫詩1000-506-739/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor和劉賓客玉蕣 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-236--#92  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2727
 
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謝靈運詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー
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孟浩然の詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

嚴中丞枉駕見過 嚴中丞枉駕見過【案:自注:嚴自東川除西川,敕令兩川都節制。】 蜀中転々 杜甫 <506>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2725 杜甫詩1000-506-739/1500 



詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
卷別: 卷二二七  文體: 七言律詩 
詩題: 嚴中丞枉駕見過【自注:嚴自東川除西川,敕令兩川都節制。】
掲 載; 杜甫1000首の506首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-739回目   40838
御史中丞の厳武が自分の草堂へわざわざたずねてくれた。厳武は東川と西川のすべて管轄せよとの勅命をうけて来任したのである。宝応元年の作でる。

嚴中丞枉駕見過 *〔原注〕厳自東川、除西川、勅令両川都節(厳東川より、西川に除せられ、勅もて両川の都
節に令せらる)



嚴中丞枉駕見過
元戎小隊出郊坰,問柳尋花到野亭。
川合東西瞻使節,地分南北任流萍。
扁舟不獨如張翰,白帽還應似管寧。
寂寞江天雲霧裏,何人道有少微星。

(厳中丞駕を枉げ過らる)
元戎小隊郊桐に出づ、柳を問い花を尋ねて野草に到る。
川東西を合し使節を障る、地南北を分かつ流再に任す。
扁舟独り張翰の如くなるのみならず、鳥帽還応に管寧に似たるなるべし。
寂美江天雲霧の裏、何人か這う少微塵有り。

杜甫像0012















『嚴中丞枉駕見過』 現代語訳と訳註
(本文)

元戎小隊出郊坰,問柳尋花到野亭。
川合東西瞻使節,地分南北任流萍。
扁舟不獨如張翰,白帽還應似管寧。
寂寞江天雲霧裏,何人道有少微星。

(下し文)
(厳中丞駕を枉げ過らる)
元戎小隊郊桐に出づ、柳を問い花を尋ねて野草に到る。
川東西を合し使節を障る、地南北を分かつ流再に任す。
扁舟独り張翰の如くなるのみならず、鳥帽還応に管寧に似たるなるべし。
寂美江天雲霧の裏、何人か這う少微塵有り。


(現代語訳)
(厳武中丞節度使がわざわざ立ち寄ってくれ、ひとしきり歓談してくれた時に思ったことの詩)
節度使が配下の小部隊をつれて城内から郊外の管轄地の視察へ出かけて、こちらの柳、あちらの花とさぐり愛でながらわたしの草堂までやってこられた。
彼が天子の節度使として東西両川を治めるおかたとして仰ぎみるのであるが、土地の南北の分かれはあるが節度使が別々でうき草のただよう様に好き勝手にされていた。
この間わたしは役割が終わったとして隠棲したのは張翰のようであるのは独りだけではなく、乱を避けて世から離れていることはまた白帽をつけて、應詔を固辞した管寧に似ていることであろう。
まことにさびしい錦江の天の雲霧のうちに処士の徴象たる少徴星があるとはだれがいうのか。厳武、きみだけがそんな星あることを、私にことを知ってくれるのである。


(訳注)
厳中丞枉駕見過
(厳武中丞節度使がわざわざ立ち寄ってくれ、ひとしきり歓談してくれた時に思ったことの詩)
○厳中丞 御史中丞厳武のこと、粛宗は長安を回復すると厳武を以て京兆少尹・兼御史中丞となした、史思明の乱がおこったために官におもむかぬうちに出されて綿州刺史となり剣南の東西両川節度使を兼ね、御史中丞をも兼ねた。東川節度使は梓州に幕府を置き、西川は成都に治する、杜甫の原注によれば厳武は東川より西川にうつって両川を節制したものであり、宝応元年のことである。
○柾駕 のりものをまげてわざわざ立ち寄ったことをいう。
○見過 浣花の草堂へきてくれた。立ち寄ってくれることの時間経過があったことを云う。


元戎小隊出郊坰,問柳尋花到野亭。
節度使が配下の小部隊をつれて城内から郊外の管轄地の視察へ出かけて、こちらの柳、あちらの花とさぐり愛でながらわたしの草堂までやってこられた。
○元戎 弩の連射ができるもので漢代でも改良は続けられ、三国志中には諸葛亮がそれを改良して元戎(げんじゅう)を作ったとする記述がある。これで狙われれば、逃げるか、隠れるかしか方法がないとされ、厳武の節度使としての軍事行政手腕を著したものである。大きな軍事のこと、「詩経」(小南)にみえる。
○小隊 わずかな人数の部隊。
○出郊坰 城から野外へ出かけたこと、野外を郊、郊外を林、林外を坰という。
○野亭 草堂。
 

川合東西瞻使節,地分南北任流萍。
彼が天子の節度使として東西両川を治めるおかたとして仰ぎみるのであるが、土地の南北の分かれはあるが節度使が別々でうき草のただよう様に好き勝手にされていた。
○川合東西 東川・西川の二区域を合すること。どちらも直近に叛乱があり、東でおこった叛乱の征伐の際西に逃亡、西でおこれば東へと逃げるので、相当の実力のあるものでなければ抑えられないということの意味である。
〇瞻 こちらが仰ぎみること。
○使節 天子の使者としてのはた、節度使は天子より軍治民治の権力をゆだねられ.るので使節という。
○南北 南は成都、北は長安、洛陽、此の句は自己についていう。
○流萍 ながれるうきくさ、これまでは叛乱者が両川を逃げ追うせること。


扁舟不獨如張翰,白帽還應似管寧。
この間わたしは役割が終わったとして隠棲したのは張翰のようであるのは独りだけではなく、乱を避けて世から離れていることはまた白帽をつけて、應詔を固辞した管寧に似ていることであろう。
○扁舟張翰 晋の張翰は洛陽に至って斉王冏に仕えたが、時事の非なのを見て(秋風が吹くと)故郷呉中の蓴羹【じゅんかん】鱸鱠【ろうかい】を憶うといって帰ってしまった、届舟の故事は無いが呉にかえるにはいずれ舟にのらね晋の張翰が世の乱れたのを見、秋風の起るにあたって、故郷である呉の蒪羹、鱸魚を思うといって官を辞してかえったが、今は世が治まっているのでさようの人物が無いということ。東走とは呉は東南であるから東という。世の中が安定してくれば自分の役割は終了した、高級官僚に未練はなく故郷に帰って隠棲するということである。
杜甫『洗兵行』「東走無複憶鱸魚,南飛覺有安巢鳥。」(東走【とうそう】復【ま】た鱸魚【ろぎょ】を憶【おも】う無く、南飛【なんぴ】巣に安【やす】んずるの鳥有るを党ゆ。)張翰の様に秋風が吹いたといって東に走って鱸魚の刺身が恋しいなどいって、朝廷から逃げ出すものもなく、南の越の鳥は南枝にとんでおちついてその巣にとまっている様に人々は安堵しているのだ。
○白帽似管寧 魏の曹操時、管寧は仕えず、乱をさけて遼東に居り、常に白い帽・布の禰・袴をつけていたという。乱がおさまって遼東に避難していた人達は相次いで帰郷していったが、管寧だけは遼東にとどまった。文帝、太中大夫に任命されたが、管寧はこれを辞退した。明帝の時も辞退している。


寂寞江天雲霧裏,何人道有少微星。
まことにさびしい錦江の天の雲霧のうちに処士の徴象たる少徴星があるとはだれがいうのか。厳武、きみだけがそんな星あることを、私にことを知ってくれるのである。
○江天雲霧 江は錦江、雨の多いゆえに雲霧という。
○少徴星 星座の名、少徴四星は太徴の西にあり、士大夫の位である、一に処土星と名づけ、仕官せぬ隠者にかたどる、自己をたとえて

成都関連地図 00

奉和嚴中丞西城晚眺十韻 蜀中転々 杜甫 <505-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2720 杜甫詩1000-505-#2-738/1500

杜甫《奉和嚴中丞西城晚眺十韻》#2その風に翻る旗には蚊竜の画姿が会合し、君の立つ城楼のうえの方には燕や雀も慣れ親しんで盛んに飛び交う。それから蜀の土地は平らかで岷江の水が蜀盆地を潤して動きながれ、天は広くして樹色が遠く秦の都の方まで浮かんで見える。


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女性詩人
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孟郊詩
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李商隠詩
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奉和嚴中丞西城晚眺十韻  蜀中転々 杜甫 <505-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2720 杜甫詩1000-505-#2-738/1500


奉和嚴中丞西城晚眺 十韻 #1
(厳武中丞が成都の西城にあって夕がた景色をながめたことをよんだ詩。)
汲黯匡君切,廉頗出將頻。
前漢の汲黯に比すべき君は天子のわるいところをしばしば切諌し、戦国の廉頗である君は頻しきりに武将として地方へ出られる。
直詞才不世,雄略動如神。
君の直言は世毎には出ぬほどまれなものであり、君の雄略はそのはたらき神がかり的なものであるといわれる。
政簡移風速,詩清立意新。
政ごとにかんしては簡単でしかも速かに悪風俗をかえ、また詩才があってその詩は清らかで意匠は新しいのである。
層城臨暇景,絕域望餘春。』
君の政治姿勢は威風高い城で遠き風景に臨みてみ下し、蜀のごとき絶域において春のおわりの景色をながめられる風流を兼ね備えている。』


#2
旗尾蛟龍會,樓頭燕雀馴。
その風に翻る旗には蚊竜の画姿が会合し、君の立つ城楼のうえの方には燕や雀も慣れ親しんで盛んに飛び交う。
地平江動蜀,天闊樹浮秦。』
それから蜀の土地は平らかで岷江の水が蜀盆地を潤して動きながれ、天は広くして樹色が遠く秦の都の方まで浮かんで見える。』
帝念深分閫,軍須遠算緡。
天子は君に対して朝廷宮殿の門外の全権委任をお託しになるおぼしめしが深く、軍需調達についてはなるたけ人民から税金を取らぬようにとの方針である。
花羅封蛺蝶,瑞錦送麒麟。
それで或は蛺蝶の模様のあるうすぎぬを封じて賜わり、或は麟麟の紋様のある瑞錦の織物を送り遣わされる。
辭第輸高義,觀圖憶古人。
これに対して、君は恩寵になれず、霍去病のごとく第宅を賜わろうとしてもこれを御辞退するほどの高義を致すひとであるし、蜀の治乱安危に心をとどめて蜀の地方の図を観ては古人の戦略などおもうておられるのだろう。
征南多興緒,事業闇相親。』

吾が遠祖征南大将軍にも此すべき君は平穏にするための心配し、方策をむねにする。己に風景などながめて政治の余暇の興趣にとんでおられるが、それよりも自家のうちたてられんとする功業において君はそれとなく征南将軍に近いものがある。』
(厳中丞が西城晩眺を和し奉る 十韻)
汲黯【きゅうあん】君を匡【ただ】すこと切なり、廉頗【れんぱ】出將【しゅっしょう】頻【しき】りなり。
直詞才世ならず、雄略動くこと神の如し。
政 筒にして風を移すこと速やかに、詩清くして意を立つること新たなり。
層城 暇景に臨み、絶域 余春を臨む。
#2
旗尾尾蚊竜 会す、楼頭 燕雀 馴る。
地平らかにして江 蜀に動き、天闊くして樹秦に浮かぶ。
帝念 分閫【ぶんこん】に深く、軍須【ぐんしゅ】算緡【さんびん】を遠ざく。
花羅【から】蛺蝶【きょうちょう】を封じ、瑞錦【ずいきん】麟鱗【きりん】を送る。
辞第 高義を輸【いた】し、観図古人を憶う。
征南 興緒【きょうしょ】多し、事業 闇【あん】に相い親しむ。




『奉和嚴中丞西城晚眺十韻 』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
旗尾蛟龍會,樓頭燕雀馴。地平江動蜀,天闊樹浮秦。』
帝念深分閫,軍須遠算緡。花羅封蛺蝶,瑞錦送麒麟。
辭第輸高義,觀圖憶古人。征南多興緒,事業闇相親。』


(下し文) #2
旗尾尾蚊竜 会す、楼頭 燕雀 馴る。
地平らかにして江 蜀に動き、天闊くして樹秦に浮かぶ。
帝念 分閫【ぶんこん】に深く、軍須【ぐんしゅ】算緡【さんびん】を遠ざく。
花羅【から】蛺蝶【きょうちょう】を封じ、瑞錦【ずいきん】麟鱗【きりん】を送る。
辞第 高義を輸【いた】し、観図古人を憶う。
征南 興緒【きょうしょ】多し、事業 闇【あん】に相い親しむ。


(現代語訳)
その風に翻る旗には蚊竜の画姿が会合し、君の立つ城楼のうえの方には燕や雀も慣れ親しんで盛んに飛び交う。
それから蜀の土地は平らかで岷江の水が蜀盆地を潤して動きながれ、天は広くして樹色が遠く秦の都の方まで浮かんで見える。』
天子は君に対して朝廷宮殿の門外の全権委任をお託しになるおぼしめしが深く、軍需調達についてはなるたけ人民から税金を取らぬようにとの方針である。
それで或は蛺蝶の模様のあるうすぎぬを封じて賜わり、或は麟麟の紋様のある瑞錦の織物を送り遣わされる。
これに対して、君は恩寵になれず、霍去病のごとく第宅を賜わろうとしてもこれを御辞退するほどの高義を致すひとであるし、蜀の治乱安危に心をとどめて蜀の地方の図を観ては古人の戦略などおもうておられるのだろう。
吾が遠祖征南大将軍にも此すべき君は平穏にするための心配し、方策をむねにする。己に風景などながめて政治の余暇の興趣にとんでおられるが、それよりも自家のうちたてられんとする功業において君はそれとなく征南将軍に近いものがある。』


(訳注) #2
旗尾蛟龍會,樓頭燕雀馴。
その風に翻る旗には蚊竜の画姿が会合し、君の立つ城楼のうえの方には燕や雀も慣れ親しんで盛んに飛び交う。
○旗尾 旗は竿頭に鈴のついたはた。そのはたの旗に蛟龍をえがく、尾ははたのすえをいう。
〇蛟竜 絵のそれをさす。
○楼頭 楼は城楼。
○燕雀 これは実物をいう。


地平江動蜀,天闊樹浮秦。』
それから蜀の土地は平らかで岷江の水が蜀盆地を潤して動きながれ、天は広くして樹色が遠く秦の都の方まで浮かんで見える。』
○地平二句  眺望の実景である。
○江動蜀 江は岷江、江水が蜀地において動き流れる。
○樹浮秦 樹色が遠く秦(長安)の方へ平らにつらなるさま。長安を見守ってきたのは木々であるというもの。


帝念深分閫,軍須遠算緡。
天子は君に対して朝廷宮殿の門外の全権委任をお託しになるおぼしめしが深く、軍需調達についてはなるたけ人民から税金を取らぬようにとの方針である。
○帝念 天子のおこころ。
○深分閫 閫は門のしきみのことで、天子が大将を遣わすのに、城門を出たうえは門外の事は全権をこれに一任するということである、分閫は閫内、閫外を分かつこと。
○軍須 軍需に同じ、軍事について必要なもの。
○遠算緡 孔のあいた銭を貫く糸を緡という、凡そ千銭を一貫とし、税二十銭をだす、緡を算するのは人民の財産しらぺをして税を取るためである、遠とはそんな方法にちか
よらぬようにすること。


花羅封蛺蝶,瑞錦送麒麟。
それで或は蛺蝶の模様のあるうすぎぬを封じて賜わり、或は麟麟の紋様のある瑞錦の織物を送り遣わされる。
蛺蝶02○花羅 うつくしいうすぎぬ。
○封、送 天子の方でこれを封じこれを送りよこされること。
○蛺蝶 ちょうちょう、羅の模様である。
○瑞錦 うつくしいにしきのおりもの。
○麟麟 錦の織紋。



辭第輸高義,觀圖憶古人。
これに対して、君は恩寵になれず、霍去病のごとく第宅を賜わろうとしてもこれを御辞退するほどの高義を致すひとであるし、蜀の治乱安危に心をとどめて蜀の地方の図を観ては古人の戦略などおもうておられるのだろう。
○辭第 第宅を辞退した故事。霍去病(かくきょへい)は前漢武帝時代の将軍。武帝の衛皇后および将軍衛青の甥で,皇后の縁故により18歳で侍中となる。前123年に衛青の匈奴征討に従軍して勇将ぶりを発揮し,前121年には驃騎将軍となる。この年,甘粛方面の匈奴に壊滅的打撃を与えて西部匈奴の渾邪(こんや)王を降服させ,前119年には衛青と出撃して匈奴を漠北に一掃する手柄をたてたが,その2年後に24歳で病死した。
○輸高義 輪とは厳武の方から天子に対して致すことをいう。
○観図憶古人 図は蜀道画図をいう、蜀の図を見て政治に資そうとするのである、その事が古人と似ている、別に『嚴公廳宴同詠蜀道畫圖』がある。晋の文帝は嘗て有司に命じて呉蜀の地図を撰ばせ、これによって攻撃の戦略を定めたことがある。古人とはこの類をいうもの。
○辞第漢の賽去病のために天子が第宅を治めたまおうとしたところ、去病は「旬奴未ダ滅ビズ、何ゾ家ヲ以テ為サン(家を以て何をか為さんの意)」といってこれを辞退した、厳武もまたこれと似ていることをいう。


征南多興緒,事業闇相親。』
吾が遠祖征南大将軍にも此すべき君は平穏にするための心配し、方策をむねにする。己に風景などながめて政治の余暇の興趣にとんでおられるが、それよりも自家のうちたてられんとする功業において君はそれとなく征南将軍に近いものがある。』
○征南 晋の杜預は卒して征南大将軍を贈られた、杜甫のの十三世の祖である。
○興緒 心配する心持、情緒をいう。
○事業 杜頚は伐呉の計を建てたが、厳武は必ず平易の功を立てるであろうというのである。
○闇相親 親は近い意である。

奉和嚴中丞西城晚眺十韻 蜀中転々 杜甫 <505-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2715 杜甫詩1000-505-#1-737/1500

杜甫《奉和嚴中丞西城晚眺十韻》 前漢の汲黯に比すべき君は天子のわるいところをしばしば切諌し、戦国の廉頗である君は頻りに武将として地方へ出られる。


2013年7月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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奉和嚴中丞西城晚眺十韻  蜀中転々 杜甫 <505-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2715 杜甫詩1000-505-#1-737/1500 



詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
卷別: 卷二二七  文體: 五言古詩 
掲 載; 杜甫1000首の505-#1首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-737回目   40836

厳武が西城晩眺の詩を作ったのについて、それに和してつくった詩。宝応元年春の作


奉和嚴中丞西城晚眺 十韻 #1
(厳武中丞が成都の西城にあって夕がた景色をながめたことをよんだ詩。)
汲黯匡君切,廉頗出將頻。
前漢の汲黯に比すべき君は天子のわるいところをしばしば切諌し、戦国の廉頗である君は頻しきりに武将として地方へ出られる。
直詞才不世,雄略動如神。
君の直言は世毎には出ぬほどまれなものであり、君の雄略はそのはたらき神がかり的なものであるといわれる。
政簡移風速,詩清立意新。
政ごとにかんしては簡単でしかも速かに悪風俗をかえ、また詩才があってその詩は清らかで意匠は新しいのである。
層城臨暇景,絕域望餘春。』
君の政治姿勢は威風高い城で遠き風景に臨みてみ下し、蜀のごとき絶域において春のおわりの景色をながめられる風流を兼ね備えている。』  
千畳敷0010#2
旗尾蛟龍會,樓頭燕雀馴。地平江動蜀,天闊樹浮秦。』
帝念深分閫,軍須遠算緡。花羅封蛺蝶,瑞錦送麒麟。
辭第輸高義,觀圖憶古人。征南多興緒,事業闇相親。』


(厳中丞が西城晩眺を和し奉る 十韻)
汲黯【きゅうあん】君を匡【ただ】すこと切なり、廉頗【れんぱ】出將【しゅっしょう】頻【しき】りなり。
直詞才世ならず、雄略動くこと神の如し。
政 筒にして風を移すこと速やかに、詩清くして意を立つること新たなり。
層城 暇景に臨み、絶域 余春を臨む。
#2
旗尾尾蚊竜 会す、楼頭 燕雀 馴る。
地平らかにして江 蜀に動き、天闊くして樹秦に浮かぶ。
帝念 分閫【ぶんこん】に深く、軍須【ぐんしゅ】算緡【さんびん】を遠ざく。
花羅【から】蛺蝶【きょうちょう】を封じ、瑞錦【ずいきん】麟鱗【きりん】を送る。
辞第 高義を輸【いた】し、観図古人を憶う。
征南 興緒【きょうしょ】多し、事業 闇【あん】に相い親しむ。


『奉和嚴中丞西城晚眺 十韻』 現代語訳と訳註
(本文)
#1
汲黯匡君切,廉頗出將頻。直詞才不世,雄略動如神。
政簡移風速,詩清立意新。層城臨暇景,絕域望餘春。』


(下し文)
(厳中丞が西城晩眺を和し奉る 十韻)
汲黯【きゅうあん】君を匡【ただ】すこと切なり、廉頗【れんぱ】出將【しゅっしょう】頻【しき】りなり。
直詞才世ならず、雄略動くこと神の如し。
政 筒にして風を移すこと速やかに、詩清くして意を立つること新たなり。
層城 暇景に臨み、絶域 余春を臨む。


(現代語訳)
(厳武中丞が成都の西城にあって夕がた景色をながめたことをよんだ詩。)
前漢の汲黯に比すべき君は天子のわるいところをしばしば切諌し、戦国の廉頗である君は頻しきりに武将として地方へ出られる。
君の直言は世毎には出ぬほどまれなものであり、君の雄略はそのはたらき神がかり的なものであるといわれる。
政ごとにかんしては簡単でしかも速かに悪風俗をかえ、また詩才があってその詩は清らかで意匠は新しいのである。
君の政治姿勢は威風高い城で遠き風景に臨みてみ下し、蜀のごとき絶域において春のおわりの景色をながめられる風流を兼ね備えている。』


(訳注)
奉和嚴中丞西城晚眺 十韻

○厳中丞 厳武。杜甫は厳武に着いて、これまでも多く詩に詠っている。

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西城晩眺 厳武が作った詩の題である、成都の西城にあって夕がた景色をながめたことをよんだ。



汲黯匡君切,廉頗出將頻。
前漢の汲黯に比すべき君は天子のわるいところをしばしば切諌し、戦国の廉頗である君は頻しきりに武将として地方へ出られる。
○汲黯(きゅうあん生没年不詳) 前漢の人。濮陽の人で、字は長儒。漢の武帝の時代の大臣。大中大夫となったのでしばしば切諌した。
○匡君 君の悪事を正す。
○廉頗(れんぼ生没年不詳)は、中国戦国時代の趨の将軍。藺相如との関係が「刎頸の交わり」として有名。紀元前283年、将軍となり秦を討ち、昔陽を取る。紀元前282年、斉を討ち、陽晋(現在の山東省)を落とした。この功により上卿に任ぜられ、勇気のあることで諸侯の間で有名となる。
○出将 他の地へ出て将となること、厳武が処処へ節度使となってでたことをいう。


直詞才不世,雄略動如神。
君の直言は世毎には出ぬほどまれなものであり、君の雄略はそのはたらき神がかり的なものであるといわれる。
○直詞 直言を吐くこと、「匡君」の句を承ける、不世、不二世出】の意、まれにしかでない。
○雄略 おおしいはかりごと、「出将」の句を承ける。


政簡移風速,詩清立意新。
政ごとにかんしては簡単でしかも速かに悪風俗をかえ、また詩才があってその詩は清らかで意匠は新しいのである。
○政簡 政治の仕方が簡単である。
○移風 民の悪風を良風にかえる。
○詩清 清はさっぱりとしていること。
○立意 意匠のたでかた。


層城臨暇景,絕域望餘春。』
君の政治姿勢は威風高い城で遠き風景に臨みてみ下し、蜀のごとき絶域において春のおわりの景色をながめられる風流を兼ね備えている。』
○層城 いくえかかさなった城。
○暇景 暇は遇の誤字であろう、追景ははるかな景色。
○絶域 かけはなれたばし上、成都の地をさす。
○余春 春ののこりのけしき。
成都遂州00

重贈鄭鍊 蜀中転々 杜甫 <504>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2710 杜甫詩1000-504-736/1500

杜甫 《重贈鄭鍊》 鄭君は地方官をやめて郷里へ歸ろうとしている。清廉な人物なので、その旅嚢の中には特別に親御へのみやげにさしあげられるようなものは一つもないのだ。


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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩
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李商隠詩
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重贈鄭鍊  蜀中転々 杜甫 <504>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2710 杜甫詩1000-504-736/1500


詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の504首目 蜀中転々-場面
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卷別: 卷二二六  文體: 七言絕句 
詩題: 重贈鄭鍊 
寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都) 
寫及地點:  襄州 (山南東道 襄州 襄州) 別名:襄陽     
交遊人物/地點: 鄭鍊 當地交遊(劍南道北部 益州 成都)


詩文:

重贈鄭鍊
(贈別鄭鍊赴襄陽」に重ねてこの別れに贈る詩)
鄭子將行罷使臣,囊無一物獻尊親。
鄭君は地方官をやめて郷里へ歸ろうとしている。清廉な人物なので、その旅嚢の中には特別に親御へのみやげにさしあげられるようなものは一つもないのだ。
江山路遠羇離日,裘馬誰為感激人。
これから山と川を越えて故郷に帰る遠い旅にたたれる日に当たって、軽袋をつけ肥馬にまたがるような富貴の人人のあいだで、この人物の清貧に感動して援助の手をさしのべられる人はいないのだろうか。
 
重ねて鄭鍊に贈る
鄭子 將に行かんとして 使臣を罷む,囊に一物の尊親に獻ずる無し。
江山 路遠し 羇離の日,裘馬 誰か感激の人為らん。


月明峡01











『重贈鄭鍊』 現代語訳と訳註
(本文)
重贈鄭鍊
鄭子將行罷使臣,囊無一物獻尊親。
江山路遠羇離日,裘馬誰為感激人。


(下し文)
重ねて鄭鍊に贈る
鄭子 將に行かんとして 使臣を罷む,囊に一物の尊親に獻ずる無し。
江山 路遠し 羇離の日,裘馬 誰か感激の人為らん。


(現代語訳)
(贈別鄭鍊赴襄陽」に重ねてこの別れに贈る詩)
鄭君は地方官をやめて郷里へ歸ろうとしている。清廉な人物なので、その旅嚢の中には特別に親御へのみやげにさしあげられるようなものは一つもないのだ。
これから山と川を越えて故郷に帰る遠い旅にたたれる日に当たって、軽袋をつけ肥馬にまたがるような富貴の人人のあいだで、この人物の清貧に感動して援助の手をさしのべられる人はいないのだろうか。


(訳注)
重贈鄭鍊
(贈別鄭鍊赴襄陽」に重ねてこの別れに贈る詩)
・鄭鍊 杜甫の知人。人物については不明。成都で地方官をしていたが郷里の襄陽に帰って親を見るという人物である。別に「鄭銃が某陽に赴くに贈別す」という題の五言律詩がある。『贈別鄭鍊赴襄陽』  蜀中転々 杜甫 <503>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2705 杜甫詩1000-503-735/1500


鄭子 將行 罷使臣 ,囊無 一物 獻 尊親 。
鄭君は地方官をやめて郷里へ歸ろうとしている。清廉な人物なので、その旅嚢の中には特別に親御へのみやげにさしあげられるようなものは一つもないのだ。
鄭子」 鄭鍊(唐)。
・使君 使君は、州郡の長官。
」旅のための故荷物入れの袋。
」みやげ物。
「尊親」親人眷屬、尊親。
・鄭錬 人物は不明。杜甫の知人、成都あたりで地方官をしていたのが、辞任して襄陽の郷里へ帰って親を省するのを詩を作って送った。
・使臣 地方の郡県の官。
・嚢 袋。旅の荷物をいれる。それに一物もないことは、在官中、清廉潔白で清貧に甘んじていることを示す。
・窮離 旅をする身上をいう。


江山 路遠 羇離 日 ,裘馬 誰為 感激 人 。
これから山と川を越えて故郷に帰る遠い旅にたたれる日に当たって、軽袋をつけ肥馬にまたがるような富貴の人人のあいだで、この人物の清貧に感動して援助の手をさしのべられる人はいないのだろうか。
・「江山」嘉陵江を昇って漢水流域に入って襄陽に下ってゆく。
裘馬 裘は軽い皮ごろも。軽裘肥馬は富貴の人をいう。論語・蕹也篇に「赤の斉に適くや、肥馬に乗り軽裘を衣る」とある。
感激人 感動して援助を惜しまぬ人。感激は激に感ずること。激は極端な清廉の行動。

024

贈別鄭鍊赴襄陽 蜀中転々 杜甫 <503>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2705 杜甫詩1000-503-735/1500

杜甫 《贈別鄭鍊赴襄陽》 徐知道の成都の乱で兵卒、早馬が入り混じり大変な状況で、柴門に住まいしていたこの私は老いた持病持ちの身であった。君が作ったいろんな詩を一つに束ねて私に見せてくれてもう随分日にちが過ぎた。この詩を見ることで胸に刻まれており、こうして別れて郷里に帰ることは詩の神はきっと驚くことであろう。



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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

贈別鄭鍊赴襄陽 蜀中転々 杜甫 <503>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2705 杜甫詩1000-503-735/1500


詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の503首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-735回目 40834
卷別: 卷二二六 文體: 五言律詩
詩題: 贈別鄭鍊赴襄陽
寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)
寫及地點: 襄州 (山南東道 襄州 襄州) 別名:襄陽
       峨眉山 (劍南道北部 嘉州 峨眉山)
       峴山 (山南東道 襄州 峴山) 別名:峴首山
交遊人物/地點: 鄭鍊とは成都の幕府での交友。
詩文:

贈別鄭鍊赴襄陽
(鄭鍊が成都で地方官をしていたが親を見るために郷里の襄陽に帰えるのにこのしをつくって贈った。)
戎馬交馳際,柴門老病身。
徐知道の成都の乱で兵卒、早馬が入り混じり大変な状況で、柴門に住まいしていたこの私は老いた持病持ちの身であった。
把君詩過日,念此別驚神。
君が作ったいろんな詩を一つに束ねて私に見せてくれてもう随分日にちが過ぎた。この詩を見ることで胸に刻まれており、こうして別れて郷里に帰ることは詩の神はきっと驚くことであろう。
地闊峨眉晚,天高峴首春。
君の詩は成都盆地のように南に向けて広がり、峨嵋山に夕方にはついてしまうし、天は高く広がって襄陽の峴山の頂に來る春のように素晴らしいものである。
為於耆舊內,試覓姓龐人。
年老いた親を介護するために帰るという、しかし、襄陽という場所からあなたがしようということからあの「龐徳公」が鹿門山に隠遁したようなもので、きっとみんなからそう呼ばれることであろう。

(鄭鍊【ていれん】が襄陽に赴むくに別れるに贈る)
戎馬 交馳の際,柴門 老病の身。
君を把む 詩は日を過る,此れを念う 別は神を驚く。
地闊して峨眉の晚,天高くして峴首の春。
為於 耆舊の內,試みに姓は龐人を覓む。


『贈別鄭鍊赴襄陽』 現代語訳と訳註

峨眉山003(本文)
贈別鄭鍊赴襄陽
戎馬交馳際,柴門老病身。
把君詩過日,念此別驚神。
地闊峨眉晚,天高峴首春。
為於耆舊內,試覓姓龐人。


(下し文)
(鄭鍊【ていれん】が襄陽に赴むくに別れるに贈る)
戎馬 交馳の際,柴門 老病の身。
君を把む 詩は日を過る,此れを念う 別は神を驚く。
地闊して峨眉の晚,天高くして峴首の春。
為於 耆舊の內,試みに姓は龐人を覓む。


(現代語訳)
(鄭鍊が成都で地方官をしていたが親を見るために郷里の襄陽に帰えるのにこのしをつくって贈った。)
徐知道の成都の乱で兵卒、早馬が入り混じり大変な状況で、柴門に住まいしていたこの私は老いた持病持ちの身であった。
君が作ったいろんな詩を一つに束ねて私に見せてくれてもう随分日にちが過ぎた。この詩を見ることで胸に刻まれており、こうして別れて郷里に帰ることは詩の神はきっと驚くことであろう。
君の詩は成都盆地のように南に向けて広がり、峨嵋山に夕方にはついてしまうし、天は高く広がって襄陽の峴山の頂に來る春のように素晴らしいものである。
年老いた親を介護するために帰るという、しかし、襄陽という場所からあなたがしようということからあの「龐徳公」が鹿門山に隠遁したようなもので、きっとみんなからそう呼ばれることであろう。


(訳注)
贈別鄭鍊赴襄陽
(鄭鍊が成都で地方官をしていたが親を見るために郷里の襄陽に帰えるのにこのしをつくって贈った。)
・鄭鍊 杜甫の知人。人物については不明。成都で地方官をしていたが郷里の襄陽に帰って親を見るという人物である。杜甫は同時期に唐詩選『重贈鄭錬』(次のブログ)


戎馬 交馳 際 ,柴門 老病 身 。
徐知道の成都の乱で兵卒、早馬が入り混じり大変な状況で、柴門に住まいしていたこの私は老いた持病持ちの身であった。
・「戎馬」職業身份、兵卒。
・「馳」早馬を云ったり来たりさせる。ここでは徐知道の成都の乱をしめす。
・「柴門」浣花渓の杜甫草堂。鄭錬が誰かのお供をして訪れたと考える。


把君 詩 過日 ,念此 別 驚神 。
君が作ったいろんな詩を一つに束ねて私に見せてくれてもう随分日にちが過ぎた。この詩を見ることで胸に刻まれており、こうして別れて郷里に帰ることは詩の神はきっと驚くことであろう。
・「把」](1) 握る,手に持つ把着栏杆手すりをつかむ.(2) (権力などを)握る,掌握する.【同】把持(3) (子供をかかえて)尿や便をさせる把他尿彼におしっこをさせる.(4) 見張る,番をする.【同】把守(5) (裂け目などを)..。


地闊 峨眉 晚 ,天高 峴首 春 。
君の詩は成都盆地のように南に向けて広がり、峨嵋山に夕方にはついてしまうし、天は高く広がって襄陽の峴山の頂に來る春のように素晴らしいものである。
・「地闊」語義類別:地、地理、郊原村野、地。
景物形態、闊。
・「峨眉」成都の南にある、山嶺地名、峨眉山。
・「峴首」峴首。羊祜の碑、諸葛亮孔明、孟浩然は襄陽、峴山を題した詩が多くある。

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・「春」語義類別:時、四時節氣、四季、春。


為於耆舊 內 ,試覓 姓龐 人 。
年老いた親を介護するために帰るという、しかし、襄陽という場所からあなたがしようということからあの「龐徳公」が鹿門山に隠遁したようなもので、きっとみんなからそう呼ばれることであろう。
「耆舊」老人。
「龐人」鹿門山に隠棲した龐徳公をしめす。龐德公 東漢の末年、襄陽の名士である龐徳公は薬草を求めて妻を連れて山に入ってからもどらなかった。劉表からの士官への誘い、諸葛孔明からも誘われた、それを嫌って、奥地に隠遁したということと解釈している。隠遁を目指すものの憧れをいう。

--------------------------------------------------------------------------------
詩文(含異文): 上記の大意に変化が起こるほどの異文ではない。
戎馬交馳際,柴門老病身。
把君詩過日【把君詩過目】,念此別驚神【念別意驚神】。
地闊峨眉晚【地闊峨眉曉】【地闊峨眉遠】,天高峴首春。
為於耆舊內,試覓姓龐人。
詩人杜甫5x5

贈別何邕 蜀中転々 杜甫 <502>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2700 杜甫詩1000-502-734/1500

杜甫 《贈別何邕》 何邕どのがおさめる綿谷にはこれまでどおりの国のあり方がそのままある。そこに流れる沱江は古い秦の時代から流れの方向は変わらない。長安の五陵は花が満開になっているだろうが見たいものだ。ここに伝わるのは故郷の春が一番だということであろうか。


2013年7月19日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟郊詩
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李商隠詩
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贈別何邕  蜀中転々 杜甫 <502>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2700 杜甫詩1000-502-734/1500 



作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の502首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-734回目   40833
卷別: 卷二二六  文體: 五言律詩 
詩題: 贈別何邕 
寫作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州) 
寫及地點:  綿谷 (山南西道 利州 綿谷)     
交遊人物/地點: 何邕 當地交遊(山南西道 利州 綿谷)
詩文:

贈別何邕
(何邕との別れにさいしてこの詩を贈る)
生死論交地,何由見一人。
生きるか死ぬか、その地がどこであるべきか議論したが、何殿は信念のように一人でよいということであった。
悲君隨燕雀,薄宦走風塵。
玄宗皇帝は燕や雀にしたがわれて、取り巻いていた情けの薄い宦官に風が散りを飛ばすようにその朝には逃げられていた。
綿谷元通漢,沱江不向秦。
何邕どのがおさめる綿谷にはこれまでどおりの国のあり方がそのままある。そこに流れる沱江は古い秦の時代から流れの方向は変わらない。
五陵花滿眼,傳語故鄉春。 
長安の五陵は花が満開になっているだろうが見たいものだ。ここに伝わるのは故郷の春が一番だということであろうか。(あなたは故郷に帰ることが出来ていいなあ。)

何邕と別れに贈る
生死 交地を論じ,何 由にて 一人を見る。
悲君 燕雀に隨う,薄宦 風塵に走る。
綿谷 元めに漢に通じ,沱江 秦に向わず。
五陵 花 眼に滿ち,傳語 故鄉の春。
 


『贈別何邕』 現代語訳と訳註
(本文)

生死論交地,何由見一人。悲君隨燕雀,薄宦走風塵。
綿谷元通漢,沱江不向秦。五陵花滿眼,傳語故鄉春。 


(下し文)

何邕と別れに贈る
生死 交地を論じ,何 由にて 一人を見る。
悲君 燕雀に隨う,薄宦 風塵に走る。
綿谷 元めに漢に通じ,沱江 秦に向わず。
五陵 花 眼に滿ち,傳語 故鄉の春。 


(現代語訳)
(何邕との別れにさいしてこの詩を贈る)
生きるか死ぬか、その地がどこであるべきか議論したが、何殿は信念のように一人でよいということであった。
玄宗皇帝は燕や雀にしたがわれて、取り巻いていた情けの薄い宦官に風が散りを飛ばすようにその朝には逃げられていた。
何邕がおさめる綿谷にはこれまでどおりの国のあり方がそのままある。そこに流れる沱江は古い秦の時代から流れの方向は変わらない。
長安の五陵は花が満開になっているだろうが見たいものだ。ここに伝わるのは故郷の春が一番だということであろうか。(あなたは故郷に帰ることが出来ていいなあ。)


(訳注)
贈別何邕
千畳敷0010(何邕との別れにさいしてこの詩を贈る)
・成都から厳武らと一緒に梓州まで来てそこで別れたコトを云う。
・何邕 県の尉官の何邕、少府は尉の敬称、時に何邕は利州綿谷県の尉である。杜甫が浣花渓に家を建て、榿木をぷれぜんとされたじんぶつである。
760年3月、杜甫『憑何十一少府邕覓榿木栽』
憑何十一少府邕覓榿木栽
草堂塹西無樹林,非子誰複見幽心?
飽聞榿木三年大。與致溪邊十畝陰。
(何十一少府邕に憑りて榿木の栽を覓む)
草堂の塹西ざんせい 樹林無し、子に非ずんば誰か復た幽心を見ん。
飽くまで聞く榿き木 三年にして大なりと、與【ため】に溪の邊り十畝の陰を致さしめん。
<十一番目の少府に務める何邕さんにおかげをもって 榿木の苗木を覓めた。>
わたしの草堂から西の方の堀のような小川までに樹木のはやしがないのです。貴殿でなければ、だれがわたしの人気のない静かなところを愛する心を知ってくれるものがあるだろうか。
誰もが承知っているように榿の木は三年もたてばかなり大きくなるという。どうぞわたしのためにこの川べりに十畝の樹陰を為すようおくってくださるようお願いします。


生死 論 交地 ,何由見 一人 。
生きるか死ぬか、その地がどこであるべきか議論したが、何殿は信念のように一人でよいということであった。
・「生死」生きるか死ぬか。
・何由 何邕が~を由とする。


悲君 隨 燕雀 ,薄宦 走 風塵 。
玄宗皇帝は燕や雀にしたがわれて、取り巻いていた情けの薄い宦官に風が散りを飛ばすようにその朝には逃げられていた。
「悲君」楊貴妃をみごろしにする悲哀傷痛の君をいう。
「隨」楊一族の言いなりになっていたこと。
「燕雀」燕と雀は楊貴妃の一族を云う。
「薄宦 走 風塵」宦官。756年6月4日安禄山が長安に攻め込むということで、朝廷に巣食う宦官、朝廷の重臣はこぞって逃げ出した。長安城、大明宮はだれもいなかった。
 

綿谷 元通 漢,沱江 不向 秦。
何邕がおさめる綿谷にはこれまでどおりの国のあり方がそのままある。そこに流れる沱江は古い秦の時代から流れの方向は変わらない。
「綿谷」山南西道、利州、綿谷。(陝西省)
「沱江」四川省中部を流れる、四川盆地北西部の九頂山から発し,盆地内を南流,資陽,内江などをへて瀘州市で長江と合流する。全長655km。金堂県までの上流部では,秦代に開かれた岷江(みんこう)水系の都江堰(とこうえん)工事のあと,青白江などを集め,水利灌漑網が拡大,発展している。中・下流部では比高数十mの丘陵が起伏し,川は蛇行,水量も少ないが,古来,サトウキビやイネ栽培がすすんでいる。


五陵 花滿 眼 ,傳語 故鄉 春 。
長安の五陵は花が満開になっているだろうが見たいものだ。ここに伝わるのは故郷の春が一番だということであろうか。(あなたは故郷に帰ることが出来ていいなあ。)
「五陵」長安の北側渭水の北に並んである歴代の朝代君王の陵墓で、長陵、安陵、陽陵、茂陵、平陵をいう。

少年行 杜甫 蜀中転々 杜甫 <501>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2695 杜甫詩1000-501-733/1500

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掲 載; 杜甫1000首の501首目-場面
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少年行,二首之一
莫笑田家老瓦盆,自從盛酒長兒孫。 
傾銀注瓦驚人眼,共醉終同臥竹根。 
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその一)
農家の古ぼけたかわらけの盃や肴を盛り付ける大皿食器を、笑うことをしてはいけない。こんな農家だとその食器でしか富貴の者の子や孫に提供して酒宴をさかんにするだけなのだ。
銀の飾り物を盃にしたり、瓦の盆にさけをついだり、村の人々を困らせるだけである。あげく、みんな酔っぱらって、ついに同じように静寂で隠棲の場所である竹林で寝てしまうしまつである。

少年行,二首之二
巢燕養雛渾欲去、江花結子也無多。
黄衫年少來宜敷、不見堂前東逝波。
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその一)
巣で雛を育てる多くのツバメというものはせいちょうすれば全員去ってゆくものであるということや、濯錦江を花いっぱいにして浣花渓と名付けたのを、わたしの女子供らが見ているのです。
それなのに、片肌脱いだ貴族の息子どもはここに来て勝手に座っているし、奥座敷の前入るやつらはそれがこの国の常識であることを知ってはいないのだろうか。


少年行
(少年行)
DCF00019馬上誰家白面郎、臨階下馬坐人牀。
馬上で我が物顔で振る舞うのは、どこの富貴の家の御曹司のものだろうか、酒屋のきざはしの前から馬をおり、人が座っていた長椅子に、どっかと腰をかけるのだ。
不通姓氏麤豪甚、指點銀瓶索酒嘗。
それから横柄な態度で、何処の誰とも名のらず、「あれをくれ」と、銀の酒瓶を指ざしして酒をもとめ、瓶の紐をもって瓶ごと直に呑んでいるのだ。

(少年行)
馬上 誰が家の白面郎ぞ、馬より下りて階に臨み、人牀に坐す。
姓氏を通ぜず麤豪【そごう】甚し、銀瓶【ぎんべい】を指点して酒を索もとめて嘗【な】む。


『少年行』 現代語訳と訳註
(本文)
少年行
馬上誰家白面郎、臨階下馬坐人牀。
不通姓氏麤豪甚、指點銀瓶索酒嘗。


(下し文)
(少年行)
馬上 誰が家の白面郎ぞ、馬より下りて階に臨み、人牀に坐す。
姓氏を通ぜず麤豪【そごう】甚し、銀瓶【ぎんべい】を指点して酒を索もとめて嘗【な】む。


(現代語訳)
(少年行)
馬上で我が物顔で振る舞うのは、どこの富貴の家の御曹司のものだろうか、酒屋のきざはしの前から馬をおり、人が座っていた長椅子に、どっかと腰をかけるのだ。
それから横柄な態度で、何処の誰とも名のらず、「あれをくれ」と、銀の酒瓶を指ざしして酒をもとめ、瓶の紐をもって瓶ごと直に呑んでいるのだ。


(訳注)
少 年 行
・少年を題材にしたものは盛唐の詩人の間で流行っていたのだろう。杜甫も最初二首詠い、しばらくして、この一首詠っている。どの詩人も貴族の親に向けて、批判はできないが、その息子らの破廉恥な様子を詠うことにより、貴族社会を批判している。
・貴族の子弟が酒屋において傲慢に酒を貪ったさまをうたう。(762)宝応元年、杜甫51歳の成都での作品。李白や、王維の同名の作品は楽府、音楽に合わせて歌うように詩を読むものであるが、杜甫のこの詩は七言絶句の形式の歌行である。同種の『貧孝行』がある。


馬上誰家白面郎、臨階下馬坐人牀。
馬上で我が物顔で振る舞うのは、どこの富貴の家の御曹司のものだろうか、酒屋のきざはしの前から馬をおり、人が座っていた長椅子に、どっかと腰をかけるのだ。
○白面郎 かおのしろいわかもの。過保護で育ち、労働をしていない若者。  
○階 さかやのきざはし。 階は家の一部で道路からはたたきの様な部分があり、道路で下馬し、歩いて階まで行くべきところ、無礼な態度を云う。 
〇人牀 他人が座るべき酒屋の家の長いす。


不通姓氏麤豪甚、指點銀瓶索酒嘗。
それから横柄な態度で、何処の誰とも名のらず、「あれをくれ」と、銀の酒瓶を指ざしして酒をもとめ、瓶の紐をもって瓶ごと直に呑んでいるのだ。
○不通姓氏 だれそれと姓名をなのらぬ。 名乗らず大金を「付け」にして払わないことを云う。 
○麤豪 細慎ならぬことをいう。人も無げな横柄な態度をいう。  
○指点 あれと指ざしする。もっとも無礼な態度。
○銀瓶 銀でこしらえたさかがめ。
○索酒嘗 亀にひもがついており、それを以て、亀の酒を直に飲む様子を云う。
●韻 郎、牀、嘗
DCF00006

野人送朱櫻 蜀中転々 杜甫 <500>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2690 杜甫詩1000-500-732/1500

杜甫 《野人送朱櫻》西四川のさくらんぼうは都で食べたそれと変わりなくその持ち前の色として紅色である、近所の百姓が竹かごにあふれんばかりにそれを贈り物にくれたのだ。なんども注意深く皿にうつすのだが、それでもなおその薄い皮が破れはせぬかと気づかうのだ。このおびただしい実の粒がどれもこれのまんまるなのでよくこんなに同じようなおおきさにそろったものだと不思議に思う。



2013年7月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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野人送朱櫻  蜀中転々 杜甫 <500>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2690 杜甫詩1000-500-732/1500 
桜桃001詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の500首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-732回目   40831


作年: 寶應元年  762年  51歲 
卷別: 卷二二六  文體: 七言律詩 
詩題: 野人送朱櫻 
寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都) 
寫及地點:  大明宮 (京畿道 京兆府 長安) 別名:永安宮、蓬萊宮、含元殿、蓬萊殿     
詩文:

野人送朱櫻
(野良の百姓がさくらんぼうを届けてくれた時の詩。)
西蜀櫻桃也自紅,野人相贈滿筠籠。 
西四川のさくらんぼうは都で食べたそれと変わりなくその持ち前の色として紅色である、近所の百姓が竹かごにあふれんばかりにそれを贈り物にくれたのだ。
數回細寫愁仍破,萬顆勻圓訝許同。 
なんども注意深く皿にうつすのだが、それでもなおその薄い皮が破れはせぬかと気づかうのだ。このおびただしい実の粒がどれもこれのまんまるなのでよくこんなに同じようなおおきさにそろったものだと不思議に思う。
憶昨賜霑門下省,退朝擎出大明宮。 
わたしは思い出すのは、むかし門下省の一員として、この果物の恩賜にうるおい恭しく捧げもって大明宮の朝賀から退出したことであった。
金盤玉箸無消息,此日嘗新任轉蓬。 
しかしそのときの黄金の大皿と玉の箸の消息もいまや絶えたままである。今日この日、わたしはこの初物を味わいながら、轉蓬の様な自分の人生をうち任せるしかないのだと思うのである。
野人 朱櫻を送る
西蜀の櫻桃【おうとう】也た自ら紅なり,野人 相い贈りて 筠籠【いんろう】に滿つ。 
數回 細寫して 仍お破れんかと愁い,萬顆 勻圓にして 許も同じかと訝る。 
憶う昨 賜霑【してん】す 門下省,退朝 擎出【けいしゅつ】す 大明宮。 
金盤 玉箸 消息無し,此の日 新しきを嘗めて 轉蓬に任す。 
桜桃002



 

『野人送朱櫻』 現代語訳と訳註
(本文)
西蜀櫻桃也自紅,野人相贈滿筠籠。 
數回細寫愁仍破,萬顆勻圓訝許同。 
憶昨賜霑門下省,退朝擎出大明宮。 
金盤玉箸無消息,此日嘗新任轉蓬。 


(下し文)
野人 朱櫻を送る
西蜀の櫻桃【おうとう】也た自ら紅なり,野人 相い贈りて 筠籠【いんろう】に滿つ。 
數回 細寫して 仍お破れんかと愁い,萬顆 勻圓にして 許も同じかと訝る。 
憶う昨 賜霑【してん】す 門下省,退朝 擎出【けいしゅつ】す 大明宮。 
金盤 玉箸 消息無し,此の日 新しきを嘗めて 轉蓬に任す。 


(現代語訳)
(野良の百姓がさくらんぼうを届けてくれた時の詩。)
西四川のさくらんぼうは都で食べたそれと変わりなくその持ち前の色として紅色である、近所の百姓が竹かごにあふれんばかりにそれを贈り物にくれたのだ。
なんども注意深く皿にうつすのだが、それでもなおその薄い皮が破れはせぬかと気づかうのだ。このおびただしい実の粒がどれもこれのまんまるなのでよくこんなに同じようなおおきさにそろったものだと不思議に思う。
わたしは思い出すのは、むかし門下省の一員として、この果物の恩賜にうるおい恭しく捧げもって大明宮の朝賀から退出したことであった。
しかしそのときの黄金の大皿と玉の箸の消息もいまや絶えたままである。今日この日、わたしはこの初物を味わいながら、轉蓬の様な自分の人生をうち任せるしかないのだと思うのである。


桜桃003(訳注)
野人送朱櫻
(野良の百姓がさくらんぼうを届けてくれた時の詩。)
ある農夫がさくらんぼうを届けてくれたことをうたう。成郡にあっての作。

西蜀櫻桃也自紅,野人相贈滿筠籠。 
西四川のさくらんぼうは都で食べたそれと変わりなくその持ち前の色として紅色である、近所の百姓が竹かごにあふれんばかりにそれを贈り物にくれたのだ。
○西蜀 (四川省)は東蜀西蜀に分かれ、成都は西蜀剣南西川節度使に属する。
〇桜桃 朱桜、さくらんぼう。


數回細寫愁仍破,萬顆勻圓訝許同。 
なんども注意深く皿にうつすのだが、それでもなおその薄い皮が破れはせぬかと気づかうのだ。このおびただしい実の粒がどれもこれのまんまるなのでよくこんなに同じようなおおきさにそろったものだと不思議に思う。


憶昨賜霑門下省,退朝擎出大明宮。 
わたしは思い出すのは、むかし門下省の一員として、この果物の恩賜にうるおい恭しく捧げもって大明宮の朝賀から退出したことであった。
○賜霑 ご下賜の恩恵にうるおう。唐朝では四月一日、初物として桜桃を宗廟に供え、そのお下がりを百官に賜わった。
○門下省 天子の命令を審議する役所。杜甫はかって左拾遺の官としてそこに属していた。
○大明官 唐の首都長安には、太極官・大明宮・興慶宮の三つの宮殿があったが、.大明宮はもっともしばしば朝賓の行われるところであった。


金盤玉箸無消息,此日嘗新任轉蓬。 
しかしそのときの黄金の大皿と玉の箸の消息もいまや絶えたままである。今日この日、わたしはこの初物を味わいながら、轉蓬の様な自分の人生をうち任せるしかないのだと思うのである。
○金盤玉箸 桜桃を賜わる行事を指していう。
○転蓬 砂漠の植物で、茎が四方に伸びて広がり、上で合して球状になったころ、秋風にあうと根こそぎ吹きちぎられ、すさまじい勢いで砂漠をころがって行く。人があてどもなく流浪することの比喩に用いられる。
○韻字 紅・籠・同・官・蓬。

少年行,二首之二 蜀中転々 杜甫 <499>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2685 杜甫詩1000-499-731/1500

杜甫《少年行,二首之二》 巣で雛を育てる多くのツバメというものはせいちょうすれば全員去ってゆくものであるということや、濯錦江を花いっぱいにして浣花渓と名付けたのを、わたしの女子供らが見ているのです。


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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

少年行,二首之二  蜀中転々 杜甫 <499>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2685 杜甫詩1000-499-731/1500

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の499首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-731回目
卷別: 卷二二六  文體: 樂府 
寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

少年行,二首之一
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその一)
莫笑田家老瓦盆,自從盛酒長兒孫。 
農家の古ぼけたかわらけの盃や肴を盛り付ける大皿食器を、笑うことをしてはいけない。こんな農家だとその食器でしか富貴の者の子や孫に提供して酒宴をさかんにするだけなのだ。
傾銀注瓦驚人眼,共醉終同臥竹根。 
銀の飾り物を盃にしたり、瓦の盆にさけをついだり、村の人々を困らせるだけである。あげく、みんな酔っぱらって、ついに同じように静寂で隠棲の場所である竹林で寝てしまうしまつである。

少年行,二首之二
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその一)
巢燕養雛渾欲去、江花結子也無多。
巣で雛を育てる多くのツバメというものはせいちょうすれば全員去ってゆくものであるということや、濯錦江を花いっぱいにして浣花渓と名付けたのを、わたしの女子供らが見ているのです。
黄衫年少來宜敷、不見堂前東逝波。
それなのに、片肌脱いだ貴族の息子どもはここに来て勝手に座っているし、奥座敷の前入るやつらはそれがこの国の常識であることを知ってはいないのだろうか。


『少年行,二首之二』 現代語訳と訳註
DCF00055(本文)
巢燕養雛渾欲去、江花結子也無多。
黄衫年少來宜敷、不見堂前東逝波。


(下し文)
巢燕 雛を養う 渾べて去らんと欲す、江花 子を結んで 也【ま】た 多く無し。
黄衫め年少 來ること宜しく數すべし
見ずや堂前東遯の波


(現代語訳)
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその一)
巣で雛を育てる多くのツバメというものはせいちょうすれば全員去ってゆくものであるということや、濯錦江を花いっぱいにして浣花渓と名付けたのを、わたしの女子供らが見ているのです。
それなのに、片肌脱いだ貴族の息子どもはここに来て勝手に座っているし、奥座敷の前入るやつらはそれがこの国の常識であることを知ってはいないのだろうか。


(訳注)
少年行,二首之二
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその二)


巢燕 養雛 渾去盡,江花 結子 已無 多 。
巣で雛を育てる多くのツバメというものはせいちょうすれば全員去ってゆくものであるということや、濯錦江を花いっぱいにして浣花渓と名付けたのを、わたしの女子供らが見ているのです。
「巢燕」(飛禽)、燕。
「江花結子」濯錦江を花いっぱいにして浣花渓と名付けたのを、わたしの女子供らが見ているのです。


黃衫 年少 來 宜數,不見 堂前 東逝 波 。
それなのに、片肌脱いだ貴族の息子どもはここに来て勝手に座っているし、奥座敷の前入るやつらはそれがこの国の常識であることを知ってはいないのだろうか。
・「黃衫」黃。絲帛服飾(衣冠腰帶)、衫。片肌脱ぐこと。
・「年少」富貴の息子たち。貴公子。
・東逝波 川の流れは東流するものである。常識である。

--------------------------------------------------------------------------------
 海棠花021











詩文(含異文):
巢燕養雛渾去盡【巢燕養兒渾去盡】【巢燕引雛渾去盡】【巢燕引兒渾去盡】,江花結子已無多【江花結子也無多】。
黃衫年少來宜數【黃衫年少宜來數】,不見堂前東逝波。


少年行,二首之一 蜀中転々 杜甫 <498>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2680 杜甫詩1000-498-730/1500

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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少年行,二首之一  蜀中転々 杜甫 <498>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2680 杜甫詩1000-498-730/1500


詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳
掲 載; 杜甫1000首の498首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-730回目


作年: 寶應元年  762年51歲 
卷別: 卷二二六  文體: 樂府 
詩題: 少年行,二首之一 
寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都) 
詩文:


少年行,二首之一
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその一)
莫笑田家老瓦盆,自從盛酒長兒孫。 
農家の古ぼけたかわらけの盃や肴を盛り付ける大皿食器を、笑うことをしてはいけない。こんな農家だとその食器でしか富貴の者の子や孫に提供して酒宴をさかんにするだけなのだ。
傾銀注瓦驚人眼,共醉終同臥竹根。 
銀の飾り物を盃にしたり、瓦の盆にさけをついだり、村の人々を困らせるだけである。あげく、みんな酔っぱらって、ついに同じように静寂で隠棲の場所である竹林で寝てしまうしまつである。
 

『少年行,二首之一』 現代語訳と訳註
(本文)
ダリヤ00少年行,二首之一
莫笑田家老瓦盆,自從盛酒長兒孫。 
傾銀注瓦驚人眼,共醉終同臥竹根。 


(下し文)
少年の行【うた】,二首の一
笑ふこと莫れ 田家の老瓦盆【がぼん】を、自ら盛酒を從【ほしいま】まにするは長兒の孫なり。
銀を傾けて 瓦に注ぎ 人眼【じんがん】を驚かし、共に醉う 終に同じうする 竹根に臥さんと。


(現代語訳)
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその一)
農家の古ぼけたかわらけの盃や肴を盛り付ける大皿食器を、笑うことをしてはいけない。こんな農家だとその食器でしか富貴の者の子や孫に提供して酒宴をさかんにするだけなのだ。
銀の飾り物を盃にしたり、瓦の盆にさけをついだり、村の人々を困らせるだけである。あげく、みんな酔っぱらって、ついに同じように静寂で隠棲の場所である竹林で寝てしまうしまつである。

(訳注)
少年行,二首之一
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその一)
村の悪童であるとか街の貴族の息子たちが徒党を組んで悪行をする。農家の家に立ち寄り酒を用意させ、ごちそうを用意をさせてそこで飲み始めたのである。


莫笑 田家 老瓦盆 ,自從盛酒 長兒孫 。
農家の古ぼけたかわらけの盃や肴を盛り付ける大皿食器を、笑うことをしてはいけない。こんな農家だとその食器でしか富貴の者の子や孫に提供して酒宴をさかんにするだけなのだ。
「莫笑」この語に富貴の少年に対する批判を込めている。
「田家」語義類別:地、地理、郊原村野、田。
「瓦盆」生活用品(裝置容器)、盆。
「盛酒」酒の席が盛んである。
「兒孫」子供や孫、兒孫。


傾銀 注瓦 驚人 眼 ,共醉 終同臥 竹根 。
銀の飾り物を盃にしたり、瓦の盆にさけをついだり、村の人々を困らせるだけである。あげく、みんな酔っぱらって、ついに同じように静寂で隠棲の場所である竹林で寝てしまうしまつである。
・「竹根」農家の竹林の小路。農家での竹林は、隣家との境であり、俗世界と隠棲を仕切るところである。
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
詩文(含異文):
莫笑田家老瓦盆,自從盛酒長兒孫【自從盛酒養兒孫】。
傾銀注瓦驚人眼【傾銀注玉驚人眼】,共醉終同臥竹根。

魏十四侍御就弊廬相別 成都 杜甫 <497>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2675 杜甫詩1000-497-729/1500

《魏十四侍御就弊廬相別》客が黒白の斑の駿馬に騎乗して有る。濯錦江のほとりの我が草堂について聞いてみる。


2013年7月14日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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魏十四侍御就弊廬相別  成都 杜甫 <497>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2675 杜甫詩1000-497-729/1500


詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の497首目-場面 蜀中転々
杜甫ブログ1500回予定の-729回目   40828


作年: 寶應元年  762年  51歲 
卷別: 卷二二六  文體: 五言律詩 
詩題: 魏十四侍御就弊廬相別 
寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都) 
寫及地點:  草堂 (劍南道北部 益州 成都) 別名:一室、西郭茅舍     
交遊人物/地點: 魏十四侍御 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)


詩文:魏十四侍御就弊廬相別
(魏侍御は今度の成都徐知道の変で疲弊して草堂の庵を私と共に別れることになる。)
有客騎驄馬,江邊問草堂。 
客が黒白の斑の駿馬に騎乗して有る。濯錦江のほとりの我が草堂について聞いてみる。
遠尋留藥價,惜別到文場。 
遠くたずねて薬を売る行商人を留めて見る。わかれることがおしくてならず文章にしたためて頼んだ。
入幕旌旗動,歸軒錦繡香。 
剣南東川節度使の幕府に入ってみると軍旗や縣旗がはためいている。帰って來るべき人見る窓辺には絹の布地に錦の刺繍と香り漂っている。
時應念衰疾,書疏及滄浪。 
時折り持病が出てきてその病に悲しい思いをする。そんな時でも私に來る達筆の手紙は滄波を超えて届いてくれるのをまっている。

杜甫像0012









『魏十四侍御就弊廬相別』 現代語訳と訳註
(本文)
有客騎驄馬,江邊問草堂。 
遠尋留藥價,惜別到文場。 
入幕旌旗動,歸軒錦繡香。 
時應念衰疾,書疏及滄浪。 


(下し文)
魏十四侍御 就【すなわ】し弊し 廬 相い別れる
客有り 驄馬に騎り,江邊 草堂を問う。 
遠く藥價を留むるを尋ね,惜く文場に到るを別る。 
入幕 旌旗の動,歸軒 錦繡の香。 
時に應じて 念うは疾を衰しみ,書疏 滄浪に及ぶ。 


(現代語訳)
(魏侍御は今度の成都徐知道の変で疲弊して草堂の庵を私と共に別れることになる。)
客が黒白の斑の駿馬に騎乗して有る。濯錦江のほとりの我が草堂について聞いてみる。
遠くたずねて薬を売る行商人を留めて見る。わかれることがおしくてならず文章にしたためて頼んだ。
剣南東川節度使の幕府に入ってみると軍旗や縣旗がはためいている。帰って來るべき人見る窓辺には絹の布地に錦の刺繍と香り漂っている。
時折り持病が出てきてその病に悲しい思いをする。そんな時でも私に來る達筆の手紙は滄波を超えて届いてくれるのをまっている。


(訳注)
魏十四侍御就弊廬相別
菖蒲03(魏侍御は今度の成都徐知道の変で疲弊して草堂の庵を私と共に別れることになる。)
・ついえる1 物が破れてぼろぼろになる。ついえる。「弊衣・弊履」2 からだがぐったりとなる。「疲弊」3 たるんで生じた害。

有客 騎 驄馬 ,江邊 問 草堂 。
客が黒白の斑の駿馬に騎乗して有る。濯錦江のほとりの我が草堂について聞いてみる。
・「驄馬」黒白の斑の駿馬。
・「江邊」濯錦江のほとり。
・「草堂」浣花渓の杜甫の草堂。


遠尋 留 藥價 ,惜別 到 文場 。
遠くたずねて薬を売る行商人を留めて見る。わかれることがおしくてならず文章にしたためて頼んだ。
・「藥價」(1)薬の値段。 「―基準」 (2)医者に支払う代金。薬代。
・「文場」特殊場域、文壇。


入幕 旌旗 動 ,歸軒 錦繡 香 。
剣南東川節度使の幕府に入ってみると軍旗や縣旗がはためいている。帰って來るべき人見る窓辺には絹の布地に錦の刺繍と香り漂っている。
「幕」剣南東川節度使の幕府。
「旌旗」旗幟、旌。旗幟、旗。
「歸軒」歸、窗。
「錦繡」絲帛服飾(布料)、錦繡。
「香」嗅覺、香。


時應 念 衰疾 ,書疏 及滄浪 。
時折り持病が出てきてその病に悲しい思いをする。そんな時でも私に來る達筆の手紙は滄波を超えて届いてくれるのをまっている。
「衰疾」疾病を衰む。
「書疏」手紙。
「滄浪」 青色の水をいう、「楚辞」(漁夫)の「滄浪之水淸兮,可以濯我纓,滄浪之水濁兮,可以濯我足」(滄浪の水清まば/以て吾が纓を濯うべし/滄浪の水濁らば/以て吾が足を濯うべし)の滄浪である、ここは自己の足をあらうべき水、隠退の処として用いている。『狂  夫』
万里橋西一草堂、百花潭水即滄浪。
風含翠篠娟娟浄、雨裛紅蕖冉冉香。
厚禄故人書断絶、恒飢稚子色凄涼。
欲填溝壑惟疎放、自笑狂夫老更狂。
万里橋の西に一の草堂あり、百花潭水【たんすい】にして 即ち滄浪【そうろう】たり。
風は翠篠【すいじょう】を含み娟娟【けんけん】として浄く、雨は紅蕖【こうきょ】を裛【うるお】して冉冉【ぜんぜん】として香し。
厚禄【こうろく】の故人は書をして断絶【だんぜつ】したり、恒飢の稚子【ちし】は色をして凄涼なり。
溝壑【こうがく】に填【てん】せむと欲して惟【た】だ疎放【そほう】なり、自ら笑う 狂夫【きょうふ】 老いて更に狂なるを。
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
詩文(含異文): 有客騎驄馬,江邊問草堂。遠尋留藥價,惜別到文場【惜別倒文場】。入幕旌旗動,歸軒錦繡香。時應念衰疾,書疏及滄浪【書跡及滄浪】。 

陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江【東山在潼川涪江上。】 蜀中転々 杜甫 <496ー#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2670 杜甫詩1000-496ー#2-728/1500

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陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江
(王侍御に同行して東山の最高の頂上に昇って、通泉の夕暮に姚公の宴席があり酒を携えて涪江に舟を泛べる。)
姚公美政誰與儔,不減昔時陳太丘。
姚公は公平無私で寛容な政治を行うということで誰がその類になるのだろうか、昔のころでいえば「陳太丘」(陳寔)を置いてほかにはいないだろう。
邑中上客有柱史,多暇日陪驄馬遊。
梓州の城郭の街中のこれといった上客とされるのは「柱史」とされる王御史であろう。ゆっくりとした暇が多い時でも日がな一日、後漢の桓典侍御史のように驄馬につきっきりでいるのだ。
東山高頂羅珍羞,下顧城郭銷我憂。
ここ東山の一番高い所に昇ってきてうまい食い物を手にしている。下の方を見てみると平穏な梓州の城郭があり、それを見ると政局不安な時で心配していることが消え失せる。
清江白日落欲盡,復攜美人登綵舟。」
涪江支流潼川は清らかに流れ、太陽が沈んでいこうとしている。また、謝安が美人を携える五彩に飾られた船に乗るのである。
#2
笛聲憤怨哀中流,妙舞逶迤夜未休。
笛の音が聞こえてくる、その音色には憤怒の気持ちが込められて、悲しい中どこかへ消えていく。そして妖艶な踊りに変わり、くねくねと踊る姿は世々しまい、休むことはないのだ。
燈前往往大魚出,聽曲低昂如有求。」
燈火、かがり火が焚かれたその前には大きな魚が行ったり来たりして出て來る。曲の調べを低く次にはたかく抑揚があり、求められるままに応じて演じられる。
三更風起寒浪湧,取樂喧呼覺船重。
真夜中の三更の時となり、風は起き、寒い波浪が湧いてくるようになる。音楽はとられ、掛け声がかけられるやがて船はゆっくりと動くようである。
滿空星河光破碎,四座賓客色不動。
空には満天の星が、銀河がいっぱいでその光は瞬いている。出席の全員は賓客ぞろいで、どんなによってもかおひとつうごかしはしない。
請公臨深莫相違,回船罷酒上馬歸。
この宴席を受け持ったお役目の人は深い夜の静寂を望んでいるが何一つ違ってはいない。船を廻して帰るともう酒はやめにして馬に乗って帰る。
人生歡會豈有極,無使霜過霑人衣。」
人生というものは喜びにであうということはどんなにうれしいことか、こうして夜露に濡れ、人の着物を濡らしても、こうして過ごすことに悔いはないのである。

(王侍御に陪し、同じく東山最高頂に登り、通泉の晚に酒を攜え江に泛び姚を宴す)
姚公 美政 誰と儔にし,昔時 陳太の丘を減せず。
邑中 上客 柱史有り,暇を多くし日ち陪して驄馬の遊。
東山 高頂 羅珍の羞,下顧 城郭 我憂を銷す。
清江 白日 落ちて盡さんことと欲,復た美人を攜えて綵舟に登る。
#2
笛聲 憤怨 中流を哀み,妙舞 逶迤 夜未だ休まず。
燈前 往往 大魚出で,曲 低昂を聽きて 有求の如し。
三更 風起 寒浪湧き,取樂 喧呼 船重を覺える。
滿空 星河 光 破碎し,四座 賓客 色 動かず。
請公 臨深 相違する莫ことれ,回船 酒を罷め 上馬して歸る。
人生 歡會 豈に極め有らんや,霜 霑人の衣を過らしむなし。


『陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江』 現代語訳と訳註
王屋山01(本文)
#2
笛聲憤怨哀中流,妙舞逶迤夜未休。
燈前往往大魚出,聽曲低昂如有求。」
三更風起寒浪湧,取樂喧呼覺船重。
滿空星河光破碎,四座賓客色不動。
請公臨深莫相違,回船罷酒上馬歸。
人生歡會豈有極,無使霜過霑人衣。」


(下し文)#2
笛聲 憤怨 中流を哀み,妙舞 逶迤 夜未だ休まず。
燈前 往往 大魚出で,曲 低昂を聽きて 有求の如し。
三更 風起 寒浪湧き,取樂 喧呼 船重を覺える。
滿空 星河 光 破碎し,四座 賓客 色 動かず。
請公 臨深 相違する莫ことれ,回船 酒を罷め 上馬して歸る。
人生 歡會 豈に極め有らんや,霜 霑人の衣を過らしむなし。


(現代語訳)
笛の音が聞こえてくる、その音色には憤怒の気持ちが込められて、悲しい中どこかへ消えていく。そして妖艶な踊りに変わり、くねくねと踊る姿は世々しまい、休むことはないのだ。
燈火、かがり火が焚かれたその前には大きな魚が行ったり来たりして出て來る。曲の調べを低く次にはたかく抑揚があり、求められるままに応じて演じられる。
真夜中の三更の時となり、風は起き、寒い波浪が湧いてくるようになる。音楽はとられ、掛け声がかけられるやがて船はゆっくりと動くようである。
空には満天の星が、銀河がいっぱいでその光は瞬いている。出席の全員は賓客ぞろいで、どんなによってもかおひとつうごかしはしない。
この宴席を受け持ったお役目の人は深い夜の静寂を望んでいるが何一つ違ってはいない。船を廻して帰るともう酒はやめにして馬に乗って帰る。
人生というものは喜びにであうということはどんなにうれしいことか、こうして夜露に濡れ、人の着物を濡らしても、こうして過ごすことに悔いはないのである。


(訳注)
(王侍御に同行して東山の最高の頂上に昇って、通泉の夕暮に姚公の宴席があり酒を携えて涪江に舟を泛べる。)

笛聲 憤怨 哀中 流 ,妙舞 逶迤 夜 未休 。
笛の音が聞こえてくる、その音色には憤怒の気持ちが込められて、悲しい中どこかへ消えていく。そして妖艶な踊りに変わり、くねくねと踊る姿は世々しまい、休むことはないのだ。
「笛聲」笛聲。喘息という意味もある。
「逶迤」 (山道・山脈・河川などが)くねくねと長く伸びている.


燈前 往往大魚 出 ,聽曲 低昂 如有求 。
燈火、かがり火が焚かれたその前には大きな魚が行ったり来たりして出て來る。曲の調べを低く次にはたかく抑揚があり、求められるままに応じて演じられる。
「低昂」音楽の抑揚を指す。
「如有求」ご要望にこたえる。
 


三更 風起 寒浪 湧,取樂 喧呼 覺 船重 。
真夜中の三更の時となり、風は起き、寒い波浪が湧いてくるようになる。音楽はとられ、掛け声がかけられるやがて船はゆっくりと動くようである。
「三更」日が暮れてから夜明けまでを御分割した三番目の時刻、真夜中。


滿空 星河 光 破碎 ,四座 賓客 色 不動 。
空には満天の星が、銀河がいっぱいでその光は瞬いている。出席の全員は賓客ぞろいで、どんなによってもかおひとつうごかしはしない
「四座」宴席のこと


請公 臨深 莫 相違 ,回船 罷酒 上馬 歸 。
この宴席を受け持ったお役目の人は深い夜の静寂を望んでいるが何一つ違ってはいない。船を廻して帰るともう酒はやめにして馬に乗って帰る。
「請公」僧侶が、朝廷から法会(ほうえ)や講義に召されること、また、その僧をいうのであるが、転じて、ここでは宴をお開きにすること。
「臨深」夜の静寂を臨む。。


人生 歡會 豈有極 ,無使 霜過 霑 人衣 。
人生というものは喜びにであうということはどんなにうれしいことか、こうして夜露に濡れ、人の着物を濡らしても、こうして過ごすことに悔いはないのである。
「衣」我が衣手は露に濡れつつ。
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
詩文(含異文): 姚公美政誰與儔,不減昔時陳太丘。邑中上客有柱史,多暇日陪驄馬遊。東山高頂羅珍羞,下顧城郭銷我憂。清江白日落欲盡,復攜美人登綵舟。笛聲憤怨哀中流【笛聲憤怒哀中流】,妙舞逶迤夜未休。燈前往往大魚出,聽曲低昂如有求。三更風起寒浪湧,取樂喧呼覺船重。滿空星河光破碎,四座賓客色不動。請公臨深莫相違【請公臨江莫相違】,回船罷酒上馬歸。人生歡會豈有極,無使霜過霑人衣【無使霜露霑人衣】。 
月明峡01

陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江【案:東山在潼川涪江上。】 成都 杜甫 <496ー#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2665 杜甫詩1000-496ー#1-727/1500

杜甫 《陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江》 姚公は公平無私で寛容な政治を行うということで誰がその類になるのだろうか、昔のころでいえば「陳太丘」(陳寔)を置いてほかにはいないだろう。


2013年7月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江【案:東山在潼川涪江上。】  成都 杜甫 <496ー#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2665 杜甫詩1000-496ー#1-727/1500


作年: 寶應元年 762年 51歲 
卷別: 卷二二○  文體: 七言古詩 
詩題: 陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江〔東山は涪江支流の潼川の上【ほとり】に在る〕。 
寫作地點: 目前尚無資料 
寫及地點:  東山 (劍南道北部 梓州)     
通泉 (劍南道北部 梓州 通泉) 別名:沈家坑     
交遊人物/地點: 王掄 當地交遊(劍南道北部 梓州 通泉)


詩文:

陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江
(王侍御に同行して東山の最高の頂上に昇って、通泉の夕暮に姚公の宴席があり酒を携えて涪江に舟を泛べる。)
姚公美政誰與儔,不減昔時陳太丘。
姚公は公平無私で寛容な政治を行うということで誰がその類になるのだろうか、昔のころでいえば「陳太丘」(陳寔)を置いてほかにはいないだろう。
邑中上客有柱史,多暇日陪驄馬遊。
梓州の城郭の街中のこれといった上客とされるのは「柱史」とされる王御史であろう。ゆっくりとした暇が多い時でも日がな一日、後漢の桓典侍御史のように驄馬につきっきりでいるのだ。
東山高頂羅珍羞,下顧城郭銷我憂。
ここ東山の一番高い所に昇ってきてうまい食い物を手にしている。下の方を見てみると平穏な梓州の城郭があり、それを見ると政局不安な時で心配していることが消え失せる。
清江白日落欲盡,復攜美人登綵舟。」
涪江支流潼川は清らかに流れ、太陽が沈んでいこうとしている。また、謝安が美人を携える五彩に飾られた船に乗るのである。
花蕊夫人006#2
笛聲憤怨哀中流,妙舞逶迤夜未休。
燈前往往大魚出,聽曲低昂如有求。」
三更風起寒浪湧,取樂喧呼覺船重。
滿空星河光破碎,四座賓客色不動。
請公臨深莫相違,回船罷酒上馬歸。
人生歡會豈有極,無使霜過霑人衣。」


(王侍御に陪し、同じく東山最高頂に登り、通泉の晚に酒を攜え江に泛び姚を宴す)
姚公 美政 誰と儔にし,昔時 陳太の丘を減せず。
邑中 上客 柱史有り,暇を多くし日ち陪して驄馬の遊。
東山 高頂 羅珍の羞,下顧 城郭 我憂を銷す。
清江 白日 落ちて盡さんことと欲,復た美人を攜えて綵舟に登る。
#2
笛聲 憤怨 中流を哀み,妙舞 逶迤 夜未だ休まず。
燈前 往往 大魚出で,曲 低昂を聽きて 有求の如し。
三更 風起 寒浪湧き,取樂 喧呼 船重を覺える。
滿空 星河 光 破碎し,四座 賓客 色 動かず。
請公 臨深 相違する莫ことれ,回船 酒を罷め 上馬して歸る。
人生 歡會 豈に極め有らんや,霜 霑人の衣を過らしむなし。


『陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江』 現代語訳と訳註
(本文)
姚公美政誰與儔,不減昔時陳太丘。
邑中上客有柱史,多暇日陪驄馬遊。
東山高頂羅珍羞,下顧城郭銷我憂。
清江白日落欲盡,復攜美人登綵舟。」


(下し文)
(王侍御に陪し、同じく東山最高頂に登り、通泉の晚に酒を攜え江に泛び姚を宴す)
姚公 美政 誰と儔にし,昔時 陳太の丘を減せず。
邑中 上客 柱史有り,暇を多くし日ち陪して驄馬の遊。
東山 高頂 羅珍の羞,下顧 城郭 我憂を銷す。
清江 白日 落ちて盡さんことと欲,復た美人を攜えて綵舟に登る。


(現代語訳)
(王侍御に同行して東山の最高の頂上に昇って、通泉の夕暮に姚公の宴席があり酒を携えて涪江に舟を泛べる。)
姚公は公平無私で寛容な政治を行うということで誰がその類になるのだろうか、昔のころでいえば「陳太丘」(陳寔)を置いてほかにはいないだろう。
梓州の城郭の街中のこれといった上客とされるのは「柱史」とされる王御史であろう。ゆっくりとした暇が多い時でも日がな一日、後漢の桓典侍御史のように驄馬につきっきりでいるのだ。
ここ東山の一番高い所に昇ってきてうまい食い物を手にしている。下の方を見てみると平穏な梓州の城郭があり、それを見ると政局不安な時で心配していることが消え失せる。
涪江支流潼川は清らかに流れ、太陽が沈んでいこうとしている。また、謝安が美人を携える五彩に飾られた船に乗るのである。


(訳注)
陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江
(王侍御に同行して東山の最高の頂上に昇って、通泉の夕暮に姚公の宴席があり酒を携えて涪江に舟を泛べる。)
・王侍御 一年前に浣花渓の杜甫の家に訪れている。『王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到』(侍御史王掄が酒をもって草堂へくることを承諾していたのについて、此の詩をやり、高適をもついでに呼んで一緒にきてもらいたいといって作った詩。上元二年冬成都での作。)
○王十七侍禦掄 侍御史王掄。
○高三十五便君 蜀州の刺史高適、使君は刺史の敬称、高適はこのころ何かの事について成都へでてきていたものとみえる。


姚公 美政 誰與 儔 ,不減 昔時 陳太丘 。
姚公は公平無私で寛容な政治を行うということで誰がその類になるのだろうか、昔のころでいえば「陳太丘」(陳寔)を置いてほかにはいないだろう。
「姚公」姚公とは不明の人物。今後の考証に待つとされている。段文昌と唱和している姚向はこの時期より7・80年後世である。ここではおそらく三国時代の蜀漢のこの梓州の長官クラスのものと解する。
「美政」諫言を受け入れる君主であること、屈原の理想とする政治をいう。
「儔」類とする。
「昔時」(今昔)、昔であった時。
「陳太丘」語義類別:人、人名、他稱、陳寔(漢)。陳寔(ちんしょく、104年 - 187年)は、後漢の人。字は仲弓である。 子に陳紀。三国時代の陳羣は孫。玄奘三蔵や小説家陳舜臣の祖先ともされる。穎川許の出身。太丘県の長を務めていたので陳太丘とも呼ばれた。潁川陳氏の高祖であり、潁川清流派の中心人物でもある。 貧しい家に生まれた陳寔は若い頃から学に親しみ、また公平無私で寛容な政治を行ったので民からすこぶる評判がよかったが、宦官の専横に反対したため、党錮の禁を受けることとなる。


邑中 上客 有 柱史 ,多暇 日陪 驄馬 遊 。
梓州の城郭の街中のこれといった上客とされるのは「柱史」とされる王御史であろう。ゆっくりとした暇が多い時でも日がな一日、後漢の桓典侍御史のように驄馬につきっきりでいるのだ。
「邑中」都城の街中。
「上客」上位の客。
「柱史」古代の官職。内記の別称。
「日」日日。
「驄馬」後漢の桓典が侍御史となると剛直な性格のため役人たちが恐れたという故事。桓典はいつも驄馬に乗って往来した。驄馬は白黒混ざった毛の馬のこと。職官爵位、御史。


東山 高頂 羅 珍羞 ,下顧 城郭 銷我憂 。
ここ東山の一番高い所に昇ってきてうまい食い物を手にしている。下の方を見てみると平穏な梓州の城郭があり、それを見ると政局不安な時で心配していることが消え失せる。
「東山」東山は涪江支流の潼川の上【ほとり】に在る。
「珍羞」珍しくてうまいごちそう。珍しい料理。珍肴(ちんこう)。珍膳(ちんぜん)。


清江 白日 落 欲盡,復攜 美人 登 綵舟 。
涪江支流潼川は清らかに流れ、太陽が沈んでいこうとしている。また、謝安が美人を携える五彩に飾られた船に乗るのである。
・「清江」杜甫はここ涪江にこの語をよく使う。清らかな川の水が静かに流れている状況を云う。
・「白」語義類別:其他、顏色、原色、白。
・「美人」携えるのは、美人である。謝安の故事にならう
・「登」登る。
・「綵舟」:綵女(穿著花衣的宮女);綵舟(結綵或飾以五彩的船). 染め模様の美しい絹。また、美しい色を取り合わせて染めた絹。 ・あや。模様。また、いろどり。
四川省西部地区略図

觀薛稷少保書畫壁   成都 杜甫 <495-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2660 杜甫詩1000-495-#2-726/1500

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Ⅲ杜甫詩1000詩集 LiveDoor觀薛稷少保書畫壁   成都 杜甫 <495-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2660 杜甫詩1000-495-#2-726/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor和段相公登武擔寺西臺 溫會 唐五代詞・宋詩 薛濤-223-89-#79+4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2662
 
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

觀薛稷少保書畫壁【稷,汾陰人,工書畫,官至太子少保,封晉國公,以太平公主亂,坐知謀賜死。】  成都 杜甫 <495-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2660 杜甫詩1000-495-#2-726/1500 

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の495首目#2-蜀中転々場面
杜甫ブログ1500回予定の-726回目   40825


詩文:
觀薛稷少保書畫壁
(薛稷少保が書画を壁にするを観る。)
少保有古風,得之陝郊篇。
薛稷の詩は文體が古詩である。それは彼の「陝郊篇」の詩に得る所がある。
惜哉功名忤,但見書畫傳。
惜しむべきところは、功名というものには逆らっていたことである。ただし、彼の書画については後世に伝わっている。
我游梓州東,遺蹟涪江邊。
われわれは梓州の東を旅遊している。ここには名所旧跡が涪江のあたりにあるのだ。
畫藏青蓮界,書入金榜懸。
書画が仏教寺院の中におさめられている。初についても金の賦がついて壁に架けられている。
仰看垂露姿,不崩亦不騫。
上を見上げてみればつが滴る姿がえがかれ、崩れ若しなし又飛び上がりもしない。
#2
鬱鬱三大字,蛟龍岌相纏。
書面一杯に三文字が画かれていて、蛟と龍が高い所で纏いついている。
又揮西方變,發地扶屋椽。
又、西方浄土のかわったものを筆をふるっているし、その地から屋根の軒先にもたすけるようにからんでいる。
慘澹壁飛動,到今色未填。
あれこれと心を砕いて壁に飛んだり動いたりしていて、今ここに色は付けられてはいないが間もなくほどこされるのだろう。
此行叠壯觀,郭薛俱才賢。
ここへの旅行は壮観なことが重なっているし、それも、初唐の郭震と薛稷少保と共に才能ある賢者であった者たちである。
不知百載後,誰複來通泉。
確かに100年後のことは分からないが、誰もがまたこの通泉というところへは來ることであろう。
  
觀薛稷【せつしょく】少保書畫壁 #1
少保 古風有り,之は陝郊篇を得る。
惜い哉 功名忤【さか】ふる,但し書畫の傳うるを見る。
我れ游ぶは 梓州の東,遺蹟 涪江の邊。
畫藏 青蓮の界,書入金榜懸。
仰ぎ看る 垂露の姿,崩れず 亦た騫【かか】らず。
#2
鬱鬱として三大の字,蛟龍 岌相【きゅうそう】の纏。
又た西方の變を揮い,地を發っす 屋椽を扶くを。
慘澹とし壁は飛動し,今に到るは色未だ填【はま】らず。
此れ行くは叠壯【じょうそう】の觀,郭【かく】薛【せつ】俱に才賢。
百載の後を知らず,誰か複た通泉に來る。


『觀薛稷少保書畫壁』 現代語訳と訳註
 (本文)
#2
鬱鬱三大字,蛟龍岌相纏。
又揮西方變,發地扶屋椽。
慘澹壁飛動,到今色未填。
此行叠壯觀,郭薛俱才賢。
不知百載後,誰複來通泉。


(下し文) #2
鬱鬱として三大の字,蛟龍 岌相【きゅうそう】の纏。
又た西方の變を揮い,地を發っす 屋椽を扶くを。
慘澹とし壁は飛動し,今に到るは色未だ填【はま】らず。
此れ行くは叠壯【じょうそう】の觀,郭【かく】薛【せつ】俱に才賢。
百載の後を知らず,誰か複た通泉に來る。


(現代語訳)
(薛稷少保が書画を壁にするを観る。)#2
書面一杯に三文字が画かれていて、蛟と龍が高い所で纏いついている。
又、西方浄土のかわったものを筆をふるっているし、その地から屋根の軒先にもたすけるようにからんでいる。
あれこれと心を砕いて壁に飛んだり動いたりしていて、今ここに色は付けられてはいないが間もなくほどこされるのだろう。
ここへの旅行は壮観なことが重なっているし、それも、初唐の郭震と薛稷少保と共に才能ある賢者であった者たちである。
確かに100年後のことは分からないが、誰もがまたこの通泉というところへは來ることであろう。


(訳注)
觀薛稷少保書畫壁
(薛稷少保が書画を壁にするを観る。)#2
薛稷(せつしょく、貞観23年(649年) - 開元元年(713年))は、中国唐代の書家・画家である。欧陽詢・虞世南・褚遂良とともに初唐の四大家に挙げられる。 字は嗣通。蒲州汾陰(現在の山西省万栄県)の人。高級官僚を代々輩出する名門一族の出身で、曽祖父に詩人の薛道衡を持ち、伯父の魏徴は有力な政治家だった。武則天のとき進士に及第し、官位は太子少保、礼部尚書まで上る。薛少保と人々から呼ばれた。 


鬱鬱 三 大字 ,蛟龍 岌相纏 。
書面一杯に三文字が画かれていて、蛟と龍が高い所で纏いついている。
「鬱鬱」 1 心の中に不安や心配があって思い沈むさま。 2 草木がよく茂っているさま。
「三」數詞、定量數詞、三。
「蛟」水中奥深い所に住むという、龍と同じ姿の世で髯がないもの。
「龍」神物(動物)、龍。
岌 山の高いことをいう。
「纏」絵の中で、蛟と龍が絡んでいる、交纏。


又揮 西方 變,發地 扶屋椽 。
又、西方浄土のかわったものを筆をふるっているし、その地から屋根の軒先にもたすけるようにからんでいる。
「揮」筆を手部により揮う。
「西方」西方浄土。佛家語、西方。


慘澹 壁 飛動 ,到今 色 未填 。
あれこれと心を砕いて壁に飛んだり動いたりしていて、今ここに色は付けられてはいないが間もなくほどこされるのだろう。
「慘澹」(1)いたましくて見るに忍びないさま。 「―たる結果に終わる」「―たる殺戮を世上に見るのみなりき/日本開化小史(卯吉)」 (2)あれこれと心を砕くさま。
「填」行為動作、一般行為(土部)、填。はまる【填まる/嵌まる】とは。意味や解説。[動ラ五(四)]1 穴の部分にぴったりとはいる。うまくはいっておさまる。「栓が―・る」「ボタンが―・る」「型に―・る」2 うまくあてはまる。


此行 疊 壯觀 ,郭薛 俱才賢 。
ここへの旅行は壮観なことが重なっているし、それも、初唐の郭震と薛稷少保と共に才能ある賢者であった者たちである。
「疊」語義類別:物、形容詞彙(物)、景物形態、疊。叠(疊)(曡)とは。意味や日本語訳。[動](1) 積み重ねる叠五层五層に重ねる.重叠重なる.(2) 折り畳む叠衣服服を畳む.叠床架屋 die chuang jia wū《成》ベッドにベッドを重ねる,屋上屋を重ねる,重複する.
「壯觀」景物形態、壯觀。
「郭薛」郭震(唐)と薛稷(唐)。
「才」詩文を作る才能。
「賢」賢者。


不知 百載 後 ,誰復 來 通泉 。
確かに100年後のことは分からないが、誰もがまたこの通泉というところへは來ることであろう。
「百載」百年後。
「通泉」地名、行政地名、通泉。

觀薛稷少保書畫壁 成都 杜甫 <495-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2655 杜甫詩1000-495-725/1500

杜甫 《觀薛稷少保書畫壁》薛稷の詩は文體が古詩である。それは彼の「陝郊篇」の詩に得る所がある。惜しむべきところは、功名というものには逆らっていたことである。ただし、彼の書画については後世に伝わっている。


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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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觀薛稷少保書畫壁  成都 杜甫 <495-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2655 杜甫詩1000-495-725/1500


作年: 寶應元年  762年  51歲 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 觀薛稷少保書畫壁
【薛稷,汾陰人,工書畫,官至太子少保,封晉國公,以太平公主亂,坐知謀賜死。】 
寫作地點: 通泉(劍南道北部 / 梓州 / 通泉) 
寫及地點:  梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)     
通泉 (劍南道北部 梓州 通泉) 別名:沈家坑     
詩文:

觀薛稷少保書畫壁
(薛稷少保が書画を壁にするを観る。)
少保有古風,得之陝郊篇。
薛稷の詩は文體が古詩である。それは彼の「陝郊篇」の詩に得る所がある。
惜哉功名忤,但見書畫傳。
惜しむべきところは、功名というものには逆らっていたことである。ただし、彼の書画については後世に伝わっている。
我游梓州東,遺蹟涪江邊。
われわれは梓州の東を旅遊している。ここには名所旧跡が涪江のあたりにあるのだ。
畫藏青蓮界,書入金榜懸。
書画が仏教寺院の中におさめられている。初についても金の賦がついて壁に架けられている。
仰看垂露姿,不崩亦不騫。
上を見上げてみればつが滴る姿がえがかれ、崩れ若しなし又飛び上がりもしない。
王屋山01#2
鬱鬱三大字,蛟龍岌相纏。
又揮西方變,發地扶屋椽。
慘澹壁飛動,到今色未填。
此行叠壯觀,郭薛俱才賢。
不知百載後,誰複來通泉。
  
觀薛稷【せつしょく】少保書畫壁 #1
少保 古風有り,之は「陝郊の篇」を得る。
惜い哉 功名忤【さか】ふる,但し書畫の傳うるを見る。
我れ游ぶは 梓州の東,遺蹟 涪江【ふうこう】の邊。
畫 藏すは青蓮の界に,書 入るは金榜の懸に。
仰ぎ看る 垂露の姿,崩れず 亦た騫【かか】らず。

#2
鬱鬱として三大の字,蛟龍 岌相【きゅうそう】の纏。
又た西方の變を揮い,地を發っす 屋椽を扶くを。
慘澹とし壁は飛動し,今に到るは色未だ填【はま】らず。
此れ行くは叠壯【じょうそう】の觀,郭【かく】薛【せつ】俱に才賢。
百載の後を知らず,誰か複た通泉に來る。


『觀薛稷少保書畫壁』 現代語訳と訳註
(本文)
少保有古風,得之陝郊篇。
惜哉功名忤,但見書畫傳。
我游梓州東,遺蹟涪江邊。
畫藏青蓮界,書入金榜懸。
仰看垂露姿,不崩亦不騫。


(下し文)
觀薛稷【せつしょく】少保書畫壁
少保 古風有り,之は陝郊篇を得る。
惜い哉 功名忤【さか】ふる,但し書畫の傳うるを見る。
我れ游ぶは 梓州の東,遺蹟 涪江【ふうこう】の邊。
畫 藏すは青蓮の界に,書 入るは金榜の懸に。
仰ぎ看る 垂露【すいろ】の姿,崩れず 亦た騫【かか】らず。


(現代語訳)
(薛稷少保が書画を壁にするを観る。)
薛稷の詩は文體が古詩である。それは彼の「陝郊篇」の詩に得る所がある。
惜しむべきところは、功名というものには逆らっていたことである。ただし、彼の書画については後世に伝わっている。
われわれは梓州の東を旅遊している。ここには名所旧跡が涪江のあたりにあるのだ。
書画が仏教寺院の中におさめられている。初についても金の賦がついて壁に架けられている。
上を見上げてみればつゆが垂れる姿がえがかれ、崩れてはなく、又飛び上がりもしない。


(訳注)
觀薛稷少保書畫壁
(薛稷少保が書画を壁にするを観る。)
薛稷(せつしょく、貞観23年(649年) - 開元元年(713年))は、中国唐代の書家・画家である。欧陽詢・虞世南・褚遂良とともに初唐の四大家に挙げられる。 字は嗣通。蒲州汾陰(現在の山西省万栄県)の人。高級官僚を代々輩出する名門一族の出身で、曽祖父に詩人の薛道衡を持ち、伯父の魏徴は有力な政治家だった。武則天のとき進士に及第し、官位は太子少保、礼部尚書まで上る。薛少保と人々から呼ばれた。 


少保 有 古風 ,得之陝郊篇。
薛稷の詩は文體が古詩である。それは彼の「陝郊篇」の詩に得る所がある。
「少保」武則天のとき進士に及第し、官位は太子少保、礼部尚書まで上る。薛少保と人々から呼ばれた。
「古風」文體が古詩である。
「得」語義類別:人、行為動作、一般行為(彳部)、得。
・「陝郊篇」 薛稷の『秋日還京陝西十里作』のことである。
『秋日還京陝西十里作』 薛稷
驅車越陝郊,北顧臨大河。
隔河望鄉邑,秋風水增波。
西登咸陽途,日暮憂思多。
傅巖既紆鬱,首山亦嵯峨。
操築無昔老,采薇有遺歌。
客遊節回換,人生知幾何? 


惜哉 功名 忤,但見 書畫 傳 。
惜しむべきところは、功名というものには逆らっていたことである。ただし、彼の書画については後世に伝わっている。
「功名」官場境遇、功名。
・忤 さからう。
「書畫」書画。
「傳」後世へ傳わる。


我遊 梓州 東 ,遺跡 涪江 邊 。
われわれは梓州の東を旅遊している。ここには名所旧跡が涪江のあたりにあるのだ。
「梓州」行政地名、梓州。


畫藏 青蓮界 ,書入 金榜 懸。
書画が仏教寺院の中におさめられている。初についても金の賦がついて壁に架けられている。
「青蓮界」寺廟道觀、寺。
「書」書籍泛稱、書籍。
「金榜」公堂器物、榜。


仰看 垂露 姿,不崩 亦不騫 。
上を見上げてみればつゆが垂れる姿がえがかれ、崩れてはなく、又飛び上がりもしない。
「垂露」文藝、書法、垂露。
「崩」書法、崩壞。
「騫」書法、騫。

過郭代公故宅【案:郭元振,貴鄉人,宅在京師宣陽里,此當是尉通泉時所居。】 成都 杜甫 <494-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2650 杜甫詩1000-494-#3-724/1500

杜甫 《過郭代公故宅》#3 豪俊とよばれるほどの人も若いころ、初めには時世にであわなかったのである。其の行動足跡からは小事にかかわっていなかったということだ。


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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

過郭代公故宅【案:郭元振,貴鄉人,宅在京師宣陽里,此當是尉通泉時所居。】  成都 杜甫 <494-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2650 杜甫詩1000-494-#3-724/1500


過郭代公故宅
豪俊初未遇,其跡或脫略。
豪俊とよばれるほどの人も若いころ、初めには時世にであわなかったのである。其の行動足跡からは小事にかかわっていなかったということだ。
代公尉通泉,放意何自若。
その代国公、郭震は若いころ通泉県尉であったのだが、そのころ、どうしてあんなに平気でわがもの顔なことができたのだろうか。
及夫登袞冕,直氣森噴薄。
それが後には、かの袞冕の服を身につけるような地位にのぼったのであるが、実直、正直の意気がふつふつとはきだされた厳粛な雰囲気のものとなったのだ。
磊落見異人,豈伊常情度。』
じつに磊落たる非常の人物たるを見るので、これはとてもなみなみのこころでもって、はかれるわけのものではないということだ。
#2
定策神龍後,宮中翕清廓。
神竜以後の代国公となったその年、先天の時に大策を定めた。宮中の乱脈はすっかりひとまとめに掃除して清められ「開元の治」といわれる世となる。
俄頃辨尊親,指揮存顧托。
代国公が大策を定めて、またたく間に玄宗の尊にして且つ親たることを弁別した。大事をさしずして睿崇が直接依託したわけではないが配慮したものだった。
群公有慚色,王室無削弱。
これにくらべると他の羣臣は愧ずべき色があるというものだ。この代国公があったから王室もいらぬ棘を削りよわめられることがなくなった。
迥出名臣上,丹青照台閣。
だから歴代の諸公を選び出してもははるかに名臣以上にある。だから画像に描かれ、台閣にかがやいている。
#3
我行得遺跡,池館皆疏鑿。
私はいまここをあるく、大国公の遺跡をよくみることを得たのだが、もともとここの池や館のところは皆掘割になっていたのだ。
壯公臨事斷,顧步涕橫落。
自分は大國公がよく大事にのぞんで決断したことを壮んなことであったし、このさまをみては左右をかえりみながらあるくと涕がよこにむかって落ちるのである。
精魄凜如在,所歷終蕭索。
大國公のたましいは凛然としてなお存在しているかのようであるが、既に経過する池館のあとは結局このように寂しいようすである。
高詠寶劍篇,神交付冥漠。
わたしはただ大国公の作である宝剣篇を高く詠じて精神と精神との交りはこれを天、幽冥界に付するのみである。

(郭代公が故宅を過【よぎ】る)
豪俊【ごうしゅん】 初め未だ遇わず、其の跡 或は脱略せり。
代公 通泉に尉たり、意を放にする何ぞ自若たる。
夫【か】の袞冕【こんべん】に登るに及んで、直気 森として噴薄す。
磊落【らいらく】異人を見る、豈に伊【こ】れ 常情もて度【はか】らんや。
策を定める 神竜の後、宮中 翕【きゅう】として清廓【せいかく】す。
俄頃【がけい】尊親を弁じ、指揮【しき】顧託【こたく】を存す。
羣公 慙色【ざんしょく】有り 王室 削弱【さくじゃく】無し。
迥【はる】かに名臣の上に出づ、丹青【たんせい】 台閣【だいかく】を照らす。
我行いて遺跡を得、池館【ちかん】皆 疏鑿【そさく】せらる。
公が事に臨みて断ぜしを壮とす、顧歩して 涕【なみだ】横さまに落つ。
精魄【せいはく】凜【りん】として在【いま】すが如し、歷【ふ】る所 終に蕭索【しょうさく】たり。
高く詠ず宝剣の篇、神交 冥漠【めいばく】に付す。

岳陽樓詩人0051

















『過郭代公故宅』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
我行得遺跡,池館皆疏鑿。
壯公臨事斷,顧步涕橫落。
精魄凜如在,所歷終蕭索。
高詠寶劍篇,神交付冥漠。


(下し文)
(郭代公が故宅を過【よぎ】る)-#3
我行いて遺跡を得、池館【ちかん】皆 疏鑿【そさく】せらる。
公が事に臨みて断ぜしを壮とす、顧歩して 涕【なみだ】横さまに落つ。
精魄【せいはく】凜【りん】として在【いま】すが如し、歷【ふ】る所 終に蕭索【しょうさく】たり。
高く詠ず宝剣の篇、神交 冥漠【めいばく】に付す。


(現代語訳)
(代国公、郭震の若き頃過した故宅に立ち寄って書いた詩)#3
私はいまここをあるく、大国公の遺跡をよくみることを得たのだが、もともとここの池や館のところは皆掘割になっていたのだ。
自分は大國公がよく大事にのぞんで決断したことを壮んなことであったし、このさまをみては左右をかえりみながらあるくと涕がよこにむかって落ちるのである。
大國公のたましいは凛然としてなお存在しているかのようであるが、既に経過する池館のあとは結局このように寂しいようすである。
わたしはただ大国公の作である宝剣篇を高く詠じて精神と精神との交りはこれを天、幽冥界に付するのみである。


(訳注)
(代国公、郭震の若き頃過した故宅に立ち寄って書いた詩)#3
#3
我行得遺跡,池館皆疏鑿。
私はいまここをあるく、大国公の遺跡をよくみることを得たのだが、もともとここの池や館のところは皆掘割になっていたのだ。
○疏鑿 ほりわりをつくること。


壯公臨事斷,顧步涕橫落。
自分は大國公がよく大事にのぞんで決断したことを壮んなことであったし、このさまをみては左右をかえりみながらあるくと涕がよこにむかって落ちるのである。
○壮 壮なりとして敬慕すること。
○臨事断 大事に当たってよく決断したこと、玄宗を擁立したことをさす。
○顧歩 左右をかえりみながらあるく。


精魄凜如在,所歷終蕭索。
大國公のたましいは凛然としてなお存在しているかのようであるが、既に経過する池館のあとは結局このように寂しいようすである。
○所歴 自己の通ったところ、この池館のあとをさしていう。
○蕭索 さびしいさま。


高詠寶劍篇,神交付冥漠。』
わたしはただ大国公の作である宝剣篇を高く詠じて精神と精神との交りはこれを天、幽冥界に付するのみである。
○宝剣篇 郭震が通泉の縣尉であった当時の作で、則天武后に召しだされたときにこの篇をたてまつったもので、則天武后は数十本を写して遍く学士に賜わせたという。○宝剣篇 初唐期の郭震の詩。郭震(656-713)は字元振、県尉の時に武則天に「宝剣篇」を呈して賞賛され、出世のいとぐちをつかんだ。辺境で武功を立て睿宗、玄宗の時に宰相。のちに玄宗の怒りにふれ左遷された、失意のうちに歿した(『新唐書』郭震伝)。「宝剣篇」は精魂込めて作られた名剣が埋もれながらも気を発していることをうたい、才をいだきながら用いられない我が身を寓した詩。
後世、李商隠も「郭震の『寶劍篇』に」ついて『風雨』詩に触れている。
李商隠『風 雨』
凄涼寶劍篇、羇泊欲窮年。
黄葉仍風雨、靑樓自管絃。
新知遭薄俗、舊好隔良縁。
心斷新豐酒、銷愁斗幾千。
郭震の「宝剣篇」を読むとものさびしさにさなまれる。自分の才能も見いだされないでこのたびは続き、今年も終わりに近づいてきた。
黄色に枯れゆく葉の上に風が落ち乾いた音を立てている。妓女たちの色鮮やかに塗られた豪奢な高楼にはそれぞれの女たちの管弦楽の音が聞こえている。
赴任して新しく知り合うがいつも党派が違うのか薄情さに遭遇する、昔いい関係の良好な人とは良好な関係のための情報交換できないほどに隔てられる。
出世欲がなくなってしまって、馬周をまねて酒をあおったとしてもどうなろう。この愁いを消してくれるには、一斗いくらの酒代を出せばいいというのか。
風雨 李商隠  紀頌之の漢詩ブログ李商隠 特集-71
神交 精神と精神との交り。
冥漠 天、幽冥界をいう。

過郭代公故宅【案:郭元振,貴鄉人,宅在京師宣陽里,此當是尉通泉時所居。】 成都 杜甫 <494-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2645 杜甫詩1000-494-#2-723/1500

杜甫 《過郭代公故宅》#2 神竜以後の代国公となったその年、先天の時に大策を定めた。宮中の乱脈はすっかりひとまとめに掃除して清められ「開元の治」といわれる世となる。


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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の494-#2首目-蜀中転々場面
杜甫ブログ1500回予定の-723回目   40822


過郭代公故宅
豪俊初未遇,其跡或脫略。
豪俊とよばれるほどの人も若いころ、初めには時世にであわなかったのである。其の行動足跡からは小事にかかわっていなかったということだ。
代公尉通泉,放意何自若。
その代国公、郭震は若いころ通泉県尉であったのだが、そのころ、どうしてあんなに平気でわがもの顔なことができたのだろうか。
及夫登袞冕,直氣森噴薄。
それが後には、かの袞冕の服を身につけるような地位にのぼったのであるが、実直、正直の意気がふつふつとはきだされた厳粛な雰囲気のものとなったのだ。
磊落見異人,豈伊常情度。』
じつに磊落たる非常の人物たるを見るので、これはとてもなみなみのこころでもって、はかれるわけのものではないということだ。
#2
定策神龍後,宮中翕清廓。
神竜以後の代国公となったその年、先天の時に大策を定めた。宮中の乱脈はすっかりひとまとめに掃除して清められ「開元の治」といわれる世となる。
俄頃辨尊親,指揮存顧托。
代国公が大策を定めて、またたく間に玄宗の尊にして且つ親たることを弁別した。大事をさしずして睿崇が直接依託したわけではないが配慮したものだった。
群公有慚色,王室無削弱。
これにくらべると他の羣臣は愧ずべき色があるというものだ。この代国公があったから王室もいらぬ棘を削りよわめられることがなくなった。
迥出名臣上,丹青照台閣。
だから歴代の諸公を選び出してもははるかに名臣以上にある。だから画像に描かれ、台閣にかがやいている。
王屋山01#3
我行得遺跡,池館皆疏鑿。壯公臨事斷,顧步涕橫落。
精魄凜如在,所歷終蕭索。高詠寶劍篇,神交付冥漠。』

(郭代公が故宅を過【よぎ】る)
豪俊【ごうしゅん】 初め未だ遇わず、其の跡 或は脱略せり。
代公 通泉に尉たり、意を放にする何ぞ自若たる。
夫【か】の袞冕【こんべん】に登るに及んで、直気 森として噴薄す。
磊落【らいらく】異人を見る、豈に伊【こ】れ 常情もて度【はか】らんや。
策を定める 神竜の後、宮中 翕【きゅう】として清廓【せいかく】す。
俄頃【がけい】尊親を弁じ、指揮【しき】顧託【こたく】を存す。
羣公 慙色【ざんしょく】有り 王室 削弱【さくじゃく】無し。
迥【はる】かに名臣の上に出づ、丹青【たんせい】 台閣【だいかく】を照らす。
我行いて遺跡を得、池館【ちかん】皆 疏鑿【そさく】せらる。
公が事に臨みて断ぜしを壮とす、顧歩して 涕【なみだ】横さまに落つ。
精魄【せいはく】凜【りん】として在【いま】すが如し、歷【ふ】る所 終に蕭索【しょうさく】たり。
高く詠ず宝剣の篇、神交 冥漠【めいばく】に付す。


『過郭代公故宅』 現代語訳と訳註
(本文)
過郭代公故宅-#2
定策神龍後,宮中翕清廓。
俄頃辨尊親,指揮存顧托。
群公有慚色,王室無削弱。
迥出名臣上,丹青照台閣。


(下し文)
(郭代公が故宅を過【よぎ】る)-#2
策を定める 神竜の後、宮中 翕【きゅう】として清廓【せいかく】す。
俄頃【がけい】尊親を弁じ、指揮【しき】顧託【こたく】を存す。
羣公 慙色【ざんしょく】有り 王室 削弱【さくじゃく】無し。
迥【はる】かに名臣の上に出づ、丹青【たんせい】 台閣【だいかく】を照らす。


(現代語訳)
(代国公、郭震の若き頃過した故宅に立ち寄って書いた詩)#2
神竜以後の代国公となったその年、先天の時に大策を定めた。宮中の乱脈はすっかりひとまとめに掃除して清められ「開元の治」といわれる世となる。
代国公が大策を定めて、またたく間に玄宗の尊にして且つ親たることを弁別した。大事をさしずして睿崇が直接依託したわけではないが配慮したものだった。
これにくらべると他の羣臣は愧ずべき色があるというものだ。この代国公があったから王室もいらぬ棘を削りよわめられることがなくなった。
だから歴代の諸公を選び出してもははるかに名臣以上にある。だから画像に描かれ、台閣にかがやいている。


(訳注)
(代国公、郭震の若き頃過した故宅に立ち寄って書いた詩)#2
通泉県にある代国公郭震の若いころに住んだ故宅を見まってつくった詩。762年 宝応元年十一月の作。


定策神龍後,宮中翕清廓。
神竜以後の代国公となったその年、先天の時に大策を定めた。宮中の乱脈はすっかりひとまとめに掃除して清められ「開元の治」といわれる世となる。
○定策神龍後,宮中翕清廓 まず、神龍(705-706)後になって、玄宗皇帝の世となり、先天(712年)の時、代国公に封ぜられ「大策を定め」た。翌年開元にかわり、とうは「開元の治」といわれる安定した。
宮中は奥向きのこと、当時中宗の皇后華氏、太平公主らのきわざがあって奥向きがみだれていた、翕はあつまるかたち、すっかりということ、清廓とはさっぱりと掃除してきよめること。


俄頃辨尊親,指揮存顧托。
代国公が大策を定めて、またたく間に玄宗の尊にして且つ親たることを弁別した。大事をさしずして睿崇が直接依託したわけではないが配慮したものだった。
○俄頃 しばらくのうちに。とっさの内に。
○弁尊親 尊と親とについて区別する。君臣の関係では玄宗が尊位を得、父子の関係では玄宗が親子相伝えて帝位をふむに至ったことをさす。
○指揮 さしずする。
○顧託 容宗の御依託。玄宗が太平公主・賓懐貞を課したとき宮城は大いに乱れた、睿宗が承天門に出て変を見た際、諸相はみな外省にかくれ、郭震がひとり侍しただけであった。睿宗は玄宗の兵がやって来たときいて楼下に身を投じようとしたが、郭震は玄宗を扶けてあつく勧めて阻止した、これらは必ずしも睿宗から依託に由るものではないが、辞をかざっていったものである。


群公有慚色,王室無削弱。
これにくらべると他の羣臣は愧ずべき色があるというものだ。この代国公があったから王室もいらぬ棘を削りよわめられることがなくなった。
○羣公 他の奸臣ら。


迥出名臣上,丹青照台閣。
だから歴代の諸公を選び出してもははるかに名臣以上にある。だから画像に描かれ、台閣にかがやいている。
○丹青照台閣 丹青は画像、台閣のうえに像をかかげるのにより像がこれを照らすという。

過郭代公故宅【郭元振,貴鄉人,宅在京師宣陽里,此當是尉通泉時所居。】 成都 杜甫 <494-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2640 杜甫詩1000-494-#1-722/1500

杜甫 《過郭代公故宅》豪俊とよばれるほどの人も若いころ、初めには時世にであわなかったのである。其の行動足跡からは小事にかかわっていなかったということだ。


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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

過郭代公故宅【郭元振,貴鄉人,宅在京師宣陽里,此當是尉通泉時所居。】 成都 杜甫 <494-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2640 杜甫詩1000-494-#1-722/1500

作年: 寶應元年  762年  51歲 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 過郭代公故宅【案:郭元振,貴鄉人,宅在京師宣陽里,此當是尉通泉時所居。】 
作地點: 通泉(劍南道北部 / 梓州 / 通泉) 
及地點: 郭代公故宅 (京畿道 京兆府 長安)
通泉県にある代国公郭震の故宅に立ち寄って作った詩。762年宝応元年十一月の作。



過郭代公故宅
豪俊初未遇,其跡或脫略。
豪俊とよばれるほどの人も若いころ、初めには時世にであわなかったのである。其の行動足跡からは小事にかかわっていなかったということだ。
代公尉通泉,放意何自若。
その代国公、郭震は若いころ通泉県尉であったのだが、そのころ、どうしてあんなに平気でわがもの顔なことができたのだろうか。
及夫登袞冕,直氣森噴薄。
それが後には、かの袞冕の服を身につけるような地位にのぼったのであるが、実直、正直の意気がふつふつとはきだされた厳粛な雰囲気のものとなったのだ。
磊落見異人,豈伊常情度。』
じつに磊落たる非常の人物たるを見るので、これはとてもなみなみのこころでもって、はかれるわけのものではないということだ。
定策神龍後,宮中翕清廓。俄頃辨尊親,指揮存顧托。
群公有慚色,王室無削弱。迥出名臣上,丹青照台閣。
我行得遺跡,池館皆疏鑿。壯公臨事斷,顧步涕橫落。
精魄凜如在,所歷終蕭索。高詠寶劍篇,神交付冥漠。』


(郭代公が故宅を過【よぎ】る)
菖蒲03豪俊【ごうしゅん】 初め未だ遇わず、其の跡 或は脱略せり。
代公 通泉に尉たり、意を放にする何ぞ自若たる。
夫【か】の袞冕【こんべん】に登るに及んで、直気 森として噴薄す。
磊落【らいらく】異人を見る、豈に伊【こ】れ 常情もて度【はか】らんや。
策を定めて神竜の後、宮中 翕【きゅう】として清廓【せいかく】す。
俄頃【がけい】尊親を弁じ、指揮【しき】顧託【こたく】を存す。
羣公 慙色【ざんしょく】有り 王室 削弱【さくじゃく】無し。
迥【はる】かに名臣の上に出づ、丹青【たんせい】 台閣【だいかく】を照らす。
我行いて遺跡を得、池館【ちかん】皆 疏鑿【そさく】せらる。
公が事に臨みて断ぜしを壮とす、顧歩して 涕【なみだ】横さまに落つ。
精魄【せいはく】凜【りん】として在【いま】すが如し、歷【ふ】る所 終に蕭索【しょうさく】たり。
高く詠ず宝剣の篇、神交 冥漠【めいばく】に付す。


『過郭代公故宅』-#1 現代語訳と訳註
(本文)
豪俊初未遇,其跡或脫略。
代公尉通泉,放意何自若。
及夫登袞冕,直氣森噴薄。
磊落見異人,豈伊常情度。』


(下し文)
(郭代公が故宅を過【よぎ】る)
豪俊【ごうしゅん】 初め未だ遇わず、其の跡 或は脱略せり。
代公 通泉に尉たり、意を放にする何ぞ自若たる。
夫【か】の袞冕【こんべん】に登るに及んで、直気 森として噴薄す。
磊落【らいらく】異人を見る、豈に伊【こ】れ 常情もて度【はか】らんや。


(現代語訳)
豪俊とよばれるほどの人も若いころ、初めには時世にであわなかったのである。其の行動足跡からは小事にかかわっていなかったということだ。
その代国公、郭震は若いころ通泉県尉であったのだが、そのころ、どうしてあんなに平気でわがもの顔なことができたのだろうか。
それが後には、かの袞冕の服を身につけるような地位にのぼったのであるが、実直、正直の意気がふつふつとはきだされた厳粛な雰囲気のものとなったのだ。
じつに磊落たる非常の人物たるを見るので、これはとてもなみなみのこころでもって、はかれるわけのものではないということだ。


(訳注)
過郭代公故宅
通泉県にある代国公郭震の若いころに住んだ故宅を見まってつくった詩。762年 宝応元年十一月の作。
四川省西部地区略図・郭代公 郭震、字は元振、魂州貴郷の人、玄宗の朝、代国公に封ぜられる。
郭元振(656年-713年),名を震といい,郭震(かく しん、656年 - 713年)がしられている。初唐の終わりごろの詩人。魏州貴郷(河北省大名県)の出身。字は元振(『唐詩選』の通行本は、姓名を郭振と誤っている)。 身の丈七尺の偉丈夫で、任侠を好み、高宗の咸亨(かんこう)4年(673年)、18歳で進士に及第、そして梓州射洪縣縣尉となり、通泉に棲む。則天武后に認められて右武衛鎧曹参軍・奉宸監丞となった。その後は大将軍としてしばしば西北に出陣、吐蕃(チベット)・突厥(トルコ)族を撃破して名将と謳われ、景雲2年(711年)には同中書門下三品・吏部尚書に進んだ。景雲二年(711年)任吏部尚書,後轉兵部尚書。713年先天二年參與皇室內亂を平息させ功有り,代國公に封ぜられる。
・故宅 これは通泉県の尉であった時の居宅をいう。


豪俊初未遇,其跡或脫略。
豪俊とよばれるほどの人も若いころ、初めには時世にであわなかったのである。其の行動足跡からは小事にかかわっていなかったということだ。
・豪俊 すぐれた人物、郭蓑をさす。○来週 時世にであわぬ。
・跡 行いのあと。行動足跡。
・脱略 小事を簡略にして心にとめぬ、この脱略は次の故意とおなじことをさす。・脫略 考慮される、または受け入れられることを防ぐ切捨てる ・ 省く ・ 除却 ・ 除す ・ 取捨てる ・ 略す ・ はね除ける ・ 抜く ・ 略する ・ 取りのける ・


代公尉通泉,放意何自若。
その代国公、郭震は若いころ通泉県尉であったのだが、そのころ、どうしてあんなに平気でわがもの顔なことができたのだろうか。
・代公 代国公郭震をさす。
・尉 県令の次の官。
・放意 きままにする。震が縣尉であったとき、私銭を鋳造し、富貴の財を奪って四方を救うなどの任侠行為があり、気を使ったので同類が千人万人に至ったという。
・自若 平気なさま。


及夫登袞冕,直氣森噴薄。
それが後には、かの袞冕の服を身につけるような地位にのぼったのであるが、実直、正直の意気がふつふつとはきだされた厳粛な雰囲気のものとなったのだ。
・登袞冕 宰相の地位にのぼること、裏は巻き竜の模様のあるきもの、晃はかんむりをいう、かかる礼服をきる身分となること、寅は先天二年に兵部尚書を以て同中書門下三晶となり、政事をあずかりきいた。
・直気 正直の意気。
・森 厳粛なさま。
・噴薄 ふきだす、先天二年に案が政事をあずかりきいたとき太平公主が賓懐貞と党を結んで玄宗(ときに太子)を廃そうと謀った、睿宗は猶予して決しなかったが、郭震は延にあって争って詔を受けなかったという正直の意気を噴出した。


磊落見異人,豈伊常情度。
じつに磊落たる非常の人物たるを見るので、これはとてもなみなみのこころでもって、はかれるわけのものではないということだ。
○磊落 不羣のさま。度量が広く、小事にこだわらないこと。また、そのさま。
○異人 非凡の人。
○常情度 なみなみのこころではかる。
成都遂州00

通泉驛南去通泉縣十五里山水作 成都 杜甫 <487-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2635 杜甫詩1000-487-#2-721/1500

杜甫 《通泉驛南去通泉縣十五里山水作》-#2  成都(6)  やがて県の街郭がうすいの煙のあたりにみえてくる。この駅の楼が元気のない柳の木のそばにある。


2013年7月6日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

通泉驛南去通泉縣十五里山水作  成都 杜甫 <487-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2635 杜甫詩1000-487-#2-721/1500


通泉驛南去通泉縣十五里山水作
(通泉駅は通泉県の15里南に行ったところの山水の景色の風流な場所で作った詩)
溪行衣自濕,亭午氣始散。
朝早く、谷川に沿って進んで行くと着物の衣がひとりでに濡れている。昼ごろになってやっと雲気が散ってさわやかな感じになったのだ。
冬溫蚊蚋在,人遠鳧鴨亂。
最近、冬なのにずっと暖かいく、蚊だの蚋だのが集ってくるし、また、あちらでは人が近づいたはずがないのに鳧鴨などが一斉にみだれ飛び立っている。
登頓生曾陰,欹傾出高岸。』
暖かいのは坂を登り進んで休むところは、枝木のかさなった陰のある所がよく、かたむいてあぶなげに高い岸が突き出たりしている風通しのよい所にする。』
(ここまでの訳注解説)
通泉驛南去通泉縣十五里山水作 楽府(七言歌行) 成都6-(24) 杜甫 <845-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2570 杜甫詩1000-845-#2-708/1500

驛樓衰柳側,縣郭輕煙畔。
やがて県の街郭がうすいの煙のあたりにみえてくる。この駅の楼が元気のない柳の木のそばにある。
一川何綺麗,盡目窮壯觀。
涪江のながめはなんと綺麗ですばらしい。一日じゅうこの壮観な眺めを飽きることなく見究めるのである。
山色遠寂寞,江光夕滋漫。』
そのうちに涪江に夕映えがしずかに広がり、遠方の山の色はモノクロトーンに変わりそして消えてゆくあるかなきかに消えゆく。』
傷時愧孔父,去國同王粲。
いまわたしが時世を傷んでいることは孔子には及ばぬので愧じいっているのだが、故国を去って悲しみを抱くことは王粲と同じである。
我生苦飄零,所曆有嗟歎。』
自分の生活は諷泊で、しかも零落におちいっている。だからそれぞれの所のどこでも歎きをおこすのである。』

月明峡01


















『通泉驛南去通泉縣十五里山水作』 現代語訳と訳註
(本文)
驛樓衰柳側,縣郭輕煙畔。
一川何綺麗,盡目窮壯觀。
山色遠寂寞,江光夕滋漫。』
傷時愧孔父,去國同王粲。
我生苦飄零,所曆有嗟歎。』


(下し文)
一川何ぞ締麗なる 尽日壮観を窮む
山色遠く寂実 江光夕に滋漫』
傷時孔父に像じ 去国王薬に同じ
我が生諷零に苦しむ 歴る所嗟嘆有り』


(現代語訳)
(郭代公が故宅を過る)#2
やがて県の街郭がうすいの煙のあたりにみえてくる。この駅の楼が元気のない柳の木のそばにある。
涪江のながめはなんと綺麗ですばらしい。一日じゅうこの壮観な眺めを飽きることなく見究めるのである。
そのうちに涪江に夕映えがしずかに広がり、遠方の山の色はモノクロトーンに変わりそして消えてゆくあるかなきかに消えゆく。』
いまわたしが時世を傷んでいることは孔子には及ばぬので愧じいっているのだが、故国を去って悲しみを抱くことは王粲と同じである。
自分の生活は諷泊で、しかも零落におちいっている。だからそれぞれの所のどこでも歎きをおこすのである。』


(訳注)
(郭代公が故宅を過る)#2
通泉驛南去通泉縣十五里山水作
成都遂州00通泉駅は通泉県の15里南に行ったところの山水の景色の風流な場所で作った詩
妻を迎えて梓州において射洪とか通泉という土地で遊び、陳子昂、郭元振、王粲などの故宅を訪ねた。
○通泉駅 梓州(e-3)の東南百三十里(75km)、射洪県(ef-3)よりは東南七十里(40km)にある梓州と遂州の州境にある町である。梓州を南下し、更に射洪を南下して通泉に到着する。梓州側の最期の駅舎がある通泉駅の三字が本詩の題で「南去」云云は其の説明にそえたことばである。
○南去通泉県十五里山水 通泉県の南十五里のところの山水をいう、沈家坑という処であるという。まだ県城へつかぬ前のことである。


驛樓衰柳側,縣郭輕煙畔。
やがて県の街郭がうすいの煙のあたりにみえてくる。この駅の楼が元気のない柳の木のそばにある。


一川何綺麗,盡目窮壯觀。
涪江のながめはなんと綺麗ですばらしい。一日じゅうこの壮観な眺めを飽きることなく見究めるのである。
〇一川 澹江をいう。


山色遠寂寞,江光夕滋漫。』
そのうちに涪江に夕映えがしずかに広がり、遠方の山の色はモノクロトーンに変わりそして消えてゆくあるかなきかに消えゆく。』
○寂実 ひっそり、みえなくなることをいう。カラートンからモノクロトーンに変わりそして消えてゆく
○滋漫 ゆうばえが水上にましあふれること。


傷時愧孔父,去國同王粲。
いまわたしが時世を傷んでいることは孔子には及ばぬので愧じいっているのだが、故国を去って悲しみを抱くことは王粲と同じである。
○傷時 時世をいたむ。
○孔父 孔子をいう。
○去国 故国をはなれる。
○王粲 魏の王粲は都を去って南方荊州に至り、故国をおもって「登楼賦」をつくったことをいう。


我生苦飄零,所曆有嗟歎。』
自分の生活は諷泊で、しかも零落におちいっている。だからそれぞれの所のどこでも歎きをおこすのである。』
〇所歴 経過するところ。

早發射洪縣南途中作 成都 杜甫 <493-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2630 杜甫詩1000-493-#2-720/1500

杜甫 成都6 《早發射洪縣南途中作》#2下男たちは行くことは行くのだけれどなかなか進みづらいようだ。のろい馬を更につなぎとめてしまうか、後ろむけにひっぱるようなものである。

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

早發射洪縣南途中作  成都 杜甫 <493-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2630 杜甫詩1000-493-#2-720/1500

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の493-#2首目-蜀中転々場面杜甫ブログ1500回予定の-720回目   40819


江上のツバメ02早發射洪縣南途中作
(朝早く梓州の射洪縣、南方のすすむ途中に作る詩)
將老憂貧窶,筋力豈能及。 
もう年を重ねてきたものとして貧乏してやつれることを思うと心配でしかたないし、心と身の気力と力がどうしてかよく及ばなくなっている。
征途乃侵星,得使諸病入。 
この旅を進めていると星の出ている時間帯に次第に入り込むようになる。節度使と一緒ではあるがわたしの諸病状態に入って來ている。
鄙人寡道氣,在困無獨立。 
里人は言葉に出したり、気を使ったりすることは少ないものだ。困ったことがあるのは村は独立していないということだ。
俶裝逐徒旅,達曙凌險澀。 
普段着の服装を整えただけで、ただいたずらに旅を行っているのである。日がのぼりはじめると移動し始めるが、たかく嶮しくて進むのに困難なのである。
寒日出霧遲,清江轉山急。 
次に寒い日は霧が出て來てきて遅くなるし、清らかな大江があり、山々が転々と急になっていく。


僕夫行不進,駑馬若維縶。 
下男たちは行くことは行くのだけれどなかなか進みづらいようだ。のろい馬を更につなぎとめてしまうか、後ろむけにひっぱるようなものである。
汀洲稍疏散,風景開怏悒。 
川を渡るのに中州では少しの間分散させゆっくりする。ここの風景が開けたら快適であったり、憂欝であったりする。
空慰所尚懷,終非曩遊集。 
空しく慰めるのは思うところがあるからで、この旅はとても終わるべくもないというのは、わたしが昔遊学の旅をあつめたものだからである。
衰顏偶一破,勝事難屢挹。 
こんな悲しい顔は、たまたまでいいから一回は打破しないといけない。まさっている仕事というのはしばしば挹むことは難しいということだ。
茫然阮籍途,更灑楊朱泣。 
こんなふうに呆然としていると建安文学の阮籍が辿った道のようであり、更には周の自愛説の楊朱が涙を流してその顔を洗いそそぐ様なものだ。


早に發つ 射洪 縣の南 途中の作
將に老いて 貧窶【ひんる】を憂う,筋力 豈に能く及ん。 
途を征けば乃ち星を侵し,使を得れば諸病入る。 
鄙人は 寡道の氣,困在るは 獨立無し。 
俶裝 徒旅を逐う,達曙 險澀を凌ぐ。 
寒日 出霧 遲,清江 轉山急。 

僕夫 行きて進まず,駑馬 維縶の若し。 
汀洲 稍疏 散り,風景 怏悒を開く。 
空しく 尚お懷う所を慰む,終に 曩遊 集うに非らず。 
衰顏 偶 一破,勝事 屢挹に難し。 
茫然として阮籍の途,更に楊朱の泣くを灑う。
 

 



『早發射洪縣南途中作』 現代語訳と訳註
aki03 (本文)

僕夫行不進,駑馬若維縶。 
汀洲稍疏散,風景開怏悒。 
空慰所尚懷,終非曩遊集。 
衰顏偶一破,勝事難屢挹。 
茫然阮籍途,更灑楊朱泣。 


(下し文)
僕夫 行きて進まず,駑馬 維縶の若し。 
汀洲 稍疏 散り,風景 怏悒を開く。 
空しく 尚お懷う所を慰む,終に 曩遊 集うに非らず。 
衰顏 偶 一破,勝事 屢挹に難し。 
茫然として阮籍の途,更に楊朱の泣くを灑う。 


(現代語訳)
下男たちは行くことは行くのだけれどなかなか進みづらいようだ。のろい馬を更につなぎとめてしまうか、後ろむけにひっぱるようなものである。
川を渡るのに中州では少しの間分散させゆっくりする。ここの風景が開けたら快適であったり、憂欝であったりする。
空しく慰めるのは思うところがあるからで、この旅はとても終わるべくもないというのは、わたしが昔遊学の旅をあつめたものだからである。
こんな悲しい顔は、たまたまでいいから一回は打破しないといけない。まさっている仕事というのはしばしば挹むことは難しいということだ。
こんなふうに呆然としていると建安文学の阮籍が辿った道のようであり、更には周の自愛説の楊朱が涙を流してその顔を洗いそそぐ様なものだ。


(訳注)
僕夫 行 不進 ,駑馬 若維縶 。
下男たちは行くことは行くのだけれどなかなか進みづらいようだ。のろい馬を更につなぎとめてしまうか、後ろむけにひっぱるようなものである。
「僕夫」職業身份、車夫。召し使いの男。下男。
「駑馬」足ののろい馬。また、才能の劣る人のたとえ。。
「維縶」負面情感(拘束牽絆)、拘束。 結びつなぎとめること。


汀洲 稍疏散,風景 開怏悒 。
川を渡るのに中州では少しの間分散させゆっくりする。ここの風景が開けたら快適であったり、憂欝であったりする。
「汀洲」河・海・湖・沼などで、水が浅く、土砂の現れている所。中州(なかす)。
・稍 1 いくらかその傾向を帯びているさま。少しばかり。2 少しの間。しばらく。3 状況が少しずつ進むさま。しだいに。
・疏散 分散させる
「風景」風景勝蹟(自然景物)、景。
「怏悒」(綜合情感)、負面情感(憂愁掛慮)、鬱。
快適であったり憂欝であったりする。


空慰 所尚懷 ,終非 曩遊 集。
空しく慰めるのは思うところがあるからで、この旅はとても終わるべくもないというのは、わたしが昔遊学の旅をあつめたものだからである。
「慰」語義類別:人、情感詞(綜合情感)、正面情感(喜悅欣樂)、慰。
「懷」語義類別:人、狀態、心神氣力、懷。
「非」語義類別:其他、形容詞彙、對比詞、是非(非)。
「曩」語義類別:時、時間、範圍時間(今昔)、曩。さき さきに以前。さき。さきに。「曩時・曩日
「遊」語義類別:人、行為動作、一般行為(辵部)、遊。


衰顏 偶 一破,勝事 難 屢挹。
こんな悲しい顔は、たまたまでいいから一回は打破しないといけない。まさっている仕事というのはしばしば挹むことは難しいということだ。


茫然 阮籍 途 ,更灑 楊朱 泣 。
こんなふうに呆然としていると建安文学の阮籍が辿った道のようであり、更には周の自愛説の楊朱が涙を流してその顔を洗いそそぐ様なものだ。
「茫然」語義類別:人、狀態、心智狀態、茫。
「阮籍」語義類別:人、人名、本名、阮籍(三國魏)。阮 籍(げん せき、210年(建安15年) - 263年(景元4年))は、中国三国時代の人物。字(あざな)を嗣宗、豫州陳留郡尉氏の人。竹林の七賢の指導者的人物である。父は建安七子の一人である阮瑀。甥の阮咸(げんかん)も竹林の七賢の一人である。子は阮渾。兄は阮煕。
「途」語義類別:地、地理、街道巷弄、途。
「灑」語義類別:其他、現象、自然現象、灑。
「楊朱」語義類別:人、人名、本名、楊朱(周)。楊朱(ようしゅ、生没年未詳、前370頃? - 前319頃? )は中国の春秋戦国時代の思想家。個人主義的な思想である為我説(自愛説)を主張した。字は子居。 人間の欲望を肯定し、自己満足が自然に従うものであるとした。儒家、墨家に対抗し、異端として孟子などから排撃される。著書は伝わらず、「列子(楊朱篇)」、「荘子」などに学説が断片的であるが記載される。 哲学史の研究においては、西洋で同時代に快楽主義を提唱したエピクロスと比較される。
「泣」語義類別:人、行為動作、一般行為(水部)、泣。
 

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詩文(含異文): 將老憂貧窶,筋力豈能及。征途乃侵星【征途後侵星】【征途復侵星】,得使諸病入。鄙人寡道氣,在困無獨立。俶裝逐徒旅,達曙凌險澀【達曉凌險澀】。寒日出霧遲,清江轉山急。僕夫行不進,駑馬若維縶【駑馬苦維縶】。汀洲稍疏散,風景開怏悒【風景開悁悒】。空慰所尚懷,終非曩遊集。衰顏偶一破,勝事難屢挹【勝事皆空挹】。茫然阮籍途,更灑楊朱泣。 

早發射洪縣南途中作 成都 杜甫 <493-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2625 杜甫詩1000-493-#1-719/1500

杜甫 成都6《早發射洪縣南途中作》もう年を重ねてきたものとして貧乏してやつれることを思うと心配でしかたないし、心と身の気力と力がどうしてかよく及ばなくなっている。


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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


早發射洪縣南途中作  成都 杜甫 <493-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2625 杜甫詩1000-493-#1-719/1500 



詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の493-#1首目-蜀中転々場面
杜甫ブログ1500回予定の-719回目   40818
作年: 寶應元年  762年  51歲 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
作地: 通泉(劍南道北部 / 梓州 / 通泉) 
及地: 射洪 (劍南道北部 梓州 射洪)     

詩:早發射洪縣南途中作
(朝早く梓州の射洪縣、南方のすすむ途中に作る詩)
將老憂貧窶,筋力豈能及。 
もう年を重ねてきたものとして貧乏してやつれることを思うと心配でしかたないし、心と身の気力と力がどうしてかよく及ばなくなっている。
征途乃侵星,得使諸病入。 
この旅を進めていると星の出ている時間帯に次第に入り込むようになる。節度使と一緒ではあるがわたしの諸病状態に入って來ている。
鄙人寡道氣,在困無獨立。 
里人は言葉に出したり、気を使ったりすることは少ないものだ。困ったことがあるのは村は独立していないということだ。
俶裝逐徒旅,達曙凌險澀。 
普段着の服装を整えただけで、ただいたずらに旅を行っているのである。日がのぼりはじめると移動し始めるが、たかく嶮しくて進むのに困難なのである。
寒日出霧遲,清江轉山急。 
次に寒い日は霧が出て來てきて遅くなるし、清らかな大江があり、山々が転々と急になっていく。

月明峡01僕夫行不進,駑馬若維縶。 
汀洲稍疏散,風景開怏悒。 
空慰所尚懷,終非曩遊集。 
衰顏偶一破,勝事難屢挹。 
茫然阮籍途,更灑楊朱泣。 


早に發つ 射洪 縣の南 途中の作
將に老いて 貧窶【ひんる】を憂う,筋力 豈に能く及ん。 
途を征けば乃ち星を侵し,使を得れば諸病入る。 
鄙人は 寡道の氣,困在るは 獨立無し。 
俶裝 徒旅を逐う,達曙 險澀を凌ぐ。 
寒日 出霧 遲,清江 轉山 急。 

僕夫 行きて進まず,駑馬 維縶の若し。 
汀洲 稍疏 散り,風景 怏悒を開く。 
空しく 尚お懷う所を慰む,終に 曩遊 集うに非らず。 
衰顏 偶 一破,勝事 屢挹に難し。 
茫然として阮籍の途,更に楊朱の泣くを灑う。 

 
『早發射洪縣南途中作』 現代語訳と訳註
aki03(本文)
將老憂貧窶,筋力豈能及。 
征途乃侵星,得使諸病入。 
鄙人寡道氣,在困無獨立。 
俶裝逐徒旅,達曙凌險澀。 
寒日出霧遲,清江轉山急。 


(下し文)
早に發つ 射洪 縣の南 途中の作
將に老いて 憂貧の窶,筋力 豈に能く及ん。 
征途 乃ち侵星をし,諸病 入るを使うを得ん。 
鄙人 寡道の氣,困在るは 獨立無し。 
俶裝 徒旅を逐う,達曙 險澀を凌ぐ。 
寒日 出霧して遲く,清江 轉山して急ぐ。 


(現代語訳)
(朝早く梓州の射洪縣、南方のすすむ途中に作る詩)
もう年を重ねてきたものとして貧乏してやつれることを思うと心配でしかたないし、心と身の気力と力がどうしてかよく及ばなくなっている。
この旅を進めていると星の出ている時間帯に次第に入り込むようになる。節度使と一緒ではあるがわたしの諸病状態に入って來ている。
里人は言葉に出したり、気を使ったりすることは少ないものだ。困ったことがあるのは村は独立していないということだ。
普段着の服装を整えただけで、ただいたずらに旅を行っているのである。日がのぼりはじめると移動し始めるが、たかく嶮しくて進むのに困難なのである。
次に寒い日は霧が出て來てきて遅くなるし、清らかな大江があり、山々が転々と急になっていく。


(訳注)
早發射洪縣南途中作
朝早く梓州の射洪縣、南方のすすむ途中に作る詩


將老 憂 貧窶 ,筋力 豈能及 。
もう年を重ねてきたものとして貧乏してやつれることを思うと心配でしかたないし、心と身の気力と力がどうしてかよく及ばなくなっている。
「老」語義類別:人、狀態、生理狀態、老。
「憂」語義類別:人、情感詞(綜合情感)、負面情感(憂愁掛慮)、憂。
「貧窶」語義類別:人、狀態、生活狀態、貧。【ひんる】とは。意味や解説。非常に貧しいこと。また、貧乏をしてやつれること。
「筋力」語義類別:人、狀態、心神氣力、力。
「能」語義類別:人、狀態、心理能願、能。


征途 乃侵星 ,得使諸病 入。
この旅を進めていると星の出ている時間帯に次第に入り込むようになる。節度使と一緒ではあるがわたしの諸病状態に入って來ている。
「征途」語義類別:人、行為動作、戰爭活動、征途。
「侵星」時間、範圍時間(其他)、侵星。 星を犯す。星の出ている時間帯に次第に入り込む
「病」語義類別:其他、疾病、疾病類別、病。


鄙人 寡道氣 ,在困 無 獨立。
里人は言葉に出したり、気を使ったりすることは少ないものだ。困ったことがあるのは村は独立していないということだ。
「鄙人」田舎の人。里人(さとびと)。
「氣」語義類別:人、狀態、心神氣力、氣。
「無」語義類別:其他、形容詞彙、對比詞、有無(無)。
・寡 すくない やもめ1 少ない。2 (徳の少ない意から)古代中国で、王侯が謙遜していう自称。「3 独り者。配偶者のない人。


俶裝 逐 徒旅 ,達曙 凌 險澀 。
普段着の服装を整えただけで、ただいたずらに旅を行っているのである。日がのぼりはじめると移動し始めるが、たかく嶮しくて進むのに困難なのである。
「裝」絲帛服飾(衣冠腰帶)、裝。
「逐」(辵部)、逐。
「徒旅」語義類別:人、稱謂、一般稱謂、客。
「曙」語義類別:時、時間、範圍時間(清晨)、曙。
「險澀」環境狀態、險。


寒日 出霧 遲 ,清江 轉山 急 。
次に寒い日は霧が出て來てきて遅くなるし、清らかな大江があり、山々が転々と急になっていく。
「寒日」秋分を過ぎて立春までの寒い日を云う。
成都遂州00

奉贈射洪李四丈【案:明甫。】 成都 杜甫 <492-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2620 杜甫詩1000-492-#2-718/1500

杜甫《奉贈射洪李四丈》徐知道の残党の征伐に明月峽の渓谷を下った。この蜀の山道は海や島を極めた道なのだ。はるか万里の先で充分の金を用いたというが、私の妻子家族は安全であるのかどうかが分かっていない。


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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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奉贈射洪李四丈【案:明甫。】  成都 杜甫 <492-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2620 杜甫詩1000-492-#2-718/1500

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の492-#2首目-蜀中転々場面
杜甫ブログ1500回予定の-718回目


奉贈射洪李四丈
(梓州射洪で李四丈殿にこの詩を贈り奉る)
丈人屋上烏,人好烏亦好。
年を取られたお方が屋根の上にいる鳥を見ている。その人は鳥のことを好ましく思っている。鳥もまたその人のことを好ましく思っている。
人生意氣豁,不在相逢早。
その人の生き方は意気軒昂で広くゆったりとしている。ここで互いにどちらかが少し早く動けばそこにはいないというものだ。
南京亂初定,所向邑枯槁。
そんな時、成都の徐知道の乱は早くも平定されたようだ。ただ、今は。成都の街に向かっても、街は荒れ果ててしまっているだろう。
遊子無根株,茅齋付秋草。
家を離れているので生活の基盤がなくなってしまっている。茅葺の私の書斎はきっと秋の雑草が生えていることだろう。

#2
東征下月峽,掛席窮海島。
徐知道の残党の征伐に明月峽の渓谷を下った。この蜀の山道は海や島を極めた道なのだ。
萬里須十金,妻孥未相保。
はるか万里の先で充分の金を用いたというが、私の妻子家族は安全であるのかどうかが分かっていない。
蒼茫風塵際,蹭蹬騏驎老。
遙か先まで青くかすみ茫然としていてその風による戦争の湧き雲ははしの方だけになっている。麒麟といわれたお方も今や老けてしまい勢いを失ったという。
志士懷感傷,心胸已傾倒。
志がはっきりをしているものは心に傷を負い痛み入っている。その心の内は、既に傾き、倒れてしまったのだ。

浮桟橋00

(射洪李四丈に贈り奉る)
丈人 屋上の烏,人は好む 烏亦た好むを。
人生 意氣豁く,相い逢う早きこと在らざる。
南京 亂 初めて定り,向う所 邑 枯槁なり。
遊子 根株無く,茅齋【ぼうさい】秋草を付く。
#2
東征 月峽を下る,席を掛け 海島に窮む。
萬里 十金を須いる,妻孥【さいど】未だ相い保たず。
蒼茫として風塵の際,蹭蹬【そうとう】して 騏驎老ゆ。
志士 感傷を懷【いたみ】み,心胸 已に傾倒す。



『奉贈射洪李四丈』 現代語訳と訳註
(本文)

東征下月峽,掛席窮海島。
萬里須十金,妻孥未相保。
蒼茫風塵際,蹭蹬騏驎老。
志士懷感傷,心胸已傾倒。


(下し文)
東征 月峽を下る,席を掛け 海島に窮む。
萬里 十金を須いる,妻孥【さいど】未だ相い保たず。
蒼茫として風塵の際,蹭蹬【そうとう】して 騏驎老ゆ。
志士 感傷を懷【いたみ】み,心胸 已に傾倒す。


(現代語訳)
徐知道の残党の征伐に明月峽の渓谷を下った。この蜀の山道は海や島を極めた道なのだ。
はるか万里の先で充分の金を用いたというが、私の妻子家族は安全であるのかどうかが分かっていない。
遙か先まで青くかすみ茫然としていてその風による戦争の湧き雲ははしの方だけになっている。麒麟といわれたお方も今や老けてしまい勢いを失ったという。
志がはっきりをしているものは心に傷を負い痛み入っている。その心の内は、既に傾き、倒れてしまったのだ。

月明峡02
(訳注)
東征 下 月峽 ,掛席 窮 海島 。
徐知道の残党の征伐に明月峽の渓谷を下った。この蜀の山道は海や島を極めた道なのだ。
・「東征」戰爭活動:安史軍が東方で依然として勢力を持っていた。ここでは徐知道の残党が漢中に向けて逃亡するのを征伐した。
・「月峽」明月峽。明月峡古桟道は別名朝天峡、古蜀桟道の一部で、広元北23キロの嘉陵江東岸の絶壁に掘られた古蜀から中原に入る唯一の交通要道であった。戦国時代から宋時代まで歴代の蜀人が絶えずに修復し、新しく掘り続け、この蜀の桟道は数百キロも続く。
「掛席」桟道水路、帆を挙げて進む。
「海」水澤湖泊、海。
「島」沙洲島嶼、島嶼。


萬里 須十金 ,妻孥 未 相保 。
はるか万里の先で充分の金を用いたというが、私の妻子家族は安全であるのかどうかが分かっていない。
「妻孥」【さいど】《「孥」は子の意》妻と子。また、家族。


蒼茫 風塵 際 ,蹭蹬 騏驎 老 。
遙か先まで青くかすみ茫然としていてその風による戦争の湧き雲ははしの方だけになっている。麒麟といわれたお方も今や老けてしまい勢いを失ったという。
「蒼茫」蒼茫。
「風塵」地、人世之境、人間、風塵。
「際」時間、範圍時間(時刻)、際。
「蹭蹬」挫折する,勢いを失う. 不遇で志を得ないさま.失意。
「騏驎」語義類別:物、生物、動物專名(走獸)、馬。
「老」動物生命狀態、老。


志士 懷 感傷 ,心胸 已傾倒。
志がはっきりをしているものは心に傷を負い痛み入っている。その心の内は、既に傾き、倒れてしまったのだ。
月明峡01

奉贈射洪李四丈 成都 杜甫 <492>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2615 杜甫詩1000-492-717/1500

杜甫《奉贈射洪李四丈》-#1年を取られたお方が屋根の上にいる鳥を見ている。その人は鳥のことを好ましく思っている。鳥もまたその人のことを好ましく思っている。

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作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々
掲 載; 杜甫1000首の492首目
杜甫ブログ1500回予定の-717回目


作年: 寶應元年  762年  51歲 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 奉贈射洪李四丈【案:明甫。】 
寫作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
寫及地點:  射洪 (劍南道北部 梓州 射洪)     
益州 (劍南道北部 益州 益州) 別名:南京、成都府     
明月峽 (山南西道 渝州 巴縣) 別名:月峽     
交遊人物/地點: 李明甫 書信往來(劍南道北部 梓州 射洪)
 
奉贈射洪李四丈
丈人屋上烏,人好烏亦好。
人生意氣豁,不在相逢早。
南京亂初定,所向邑枯槁。
遊子無根株,茅齋付秋草。

東征下月峽,掛席窮海島。
萬里須十金,妻孥未相保。
蒼茫風塵際,蹭蹬騏驎老。
志士懷感傷,心胸已傾倒。

(射洪李四丈に贈り奉る)
丈人 屋上の烏,人は好む 烏亦た好むを。
人生 意氣豁く,相い逢う早きこと在らざる。
南京 亂 初めて定り,向う所 邑 枯槁なり。
遊子 根株無く,茅齋【ぼうさい】秋草を付く。
#2
東征 月峽を下る,席を掛け 海島に窮む。
萬里 十金を須いる,妻孥【さいど】未だ相い保たず。
蒼茫として風塵の際,蹭蹬【そうとう】して 騏驎老ゆ。
志士 感傷を懷【いたみ】み,心胸 已に傾倒す。
 

『奉贈射洪李四丈』 現代語訳と訳註
sora001(本文)
奉贈射洪李四丈
丈人屋上烏,人好烏亦好。
人生意氣豁,不在相逢早。
南京亂初定,所向邑枯槁。
遊子無根株,茅齋付秋草。


(下し文)
(射洪李四丈に贈り奉る)
丈人 屋上の烏,人は好む 烏亦た好むを。
人生 意氣豁く,相い逢う早きこと在らざる。
南京 亂 初めて定り,向う所 邑 枯槁なり。
遊子 根株無く,茅齋【ぼうさい】秋草を付く。


(現代語訳)
(梓州射洪で李四丈殿にこの詩を贈り奉る)
年を取られたお方が屋根の上にいる鳥を見ている。その人は鳥のことを好ましく思っている。鳥もまたその人のことを好ましく思っている。
その人の生き方は意気軒昂で広くゆったりとしている。ここで互いにどちらかが少し早く動けばそこにはいないというものだ。
そんな時、成都の徐知道の乱は早くも平定されたようだ。ただ、今は。成都の街に向かっても、街は荒れ果ててしまっているだろう。
家を離れているので生活の基盤がなくなってしまっている。茅葺の私の書斎はきっと秋の雑草が生えていることだろう。


(訳注)
奉贈射洪李四丈
(梓州射洪で李四丈殿にこの詩を贈り奉る)

丈人 屋上 烏 ,人好 烏 亦好 。
年を取られたお方が屋根の上にいる鳥を見ている。その人は鳥のことを好ましく思っている。鳥もまたその人のことを好ましく思っている。
「丈人」1 年寄りを敬っていう語。 2 妻の父。岳父。
「屋」宮室屋廬、屋。
「好」對比詞、好壞(好)。
「烏」語義類別:物、生物、動物專名(飛禽)、烏鴉。


人生 意氣 豁 ,不在 相逢 早 。
その人の生き方は意気軒昂で広くゆったりとしている。ここで互いにどちらかが少し早く動けばそこにはいないというものだ。
「人生」語義類別:人、形容詞彙(人)、人生機遇、人生。


南京 亂初定 ,所向 邑 枯槁 。
そんな時、成都の徐知道の乱は早くも平定されたようだ。ただ、今は。成都の街に向かっても、街は荒れ果ててしまっているだろう。
「南京」行政地名、南京。成都を示す。
「定」語義類別:人、行為動作、戰爭活動、平定。
「枯槁」[1]草木がしぼみ枯れること。氷雪の野を蔽ひて草木の―せしが如く〔出典: 雪中梅(鉄腸)〕 [2]人が痩せ衰えること。やつれること。


遊子 無 根株 ,茅齋 付秋草 。
家を離れているので生活の基盤がなくなってしまっている。茅葺の私の書斎はきっと秋の雑草が生えていることだろう。
「遊子」語義類別:人、稱謂、指代稱謂、遊人。

謁文公上方 (五言古詩) 成都6-(29-#3) 杜甫 <491-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2610 杜甫詩1000-491-#3-716/1500

杜甫《謁文公上方》-#3 ひさしく詩文と酒を飲み清談することに携わってきたのであるが、どういうわけか冠位を賜り何とかやって来たのだ。


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謁文公上方 (五言古詩) 成都6-(29-#3) 杜甫 <491-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2610 杜甫詩1000-491-#3-716/1500 



詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の491-#3首目-場面6-(29-#3)
杜甫ブログ1500回予定の-716回目 


卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 謁文公上方 
作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の491首目
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作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
交遊人物/地點: 文公 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)
 

謁文公上方
(文公に謁見して、この詩をたてまつる)
野寺隱喬木,山僧高下居。
この地にポツンと建っているお寺は、灌木の陰に隠れている。その山寺の僧侶は高い所に居をして降りてくる。
石門日色異,絳氣橫扶疏。
その石門には日光があたるがその色を色々異にする。夕暮れの赤色の霞がかかり、木々の枝が 四方に広がって横たわっている。
窈窕入風磴,長蘆紛卷舒。
風の吹き荒ぶ石の多い坂道へゆっくりとはいっていく。長い蘆がそこに入ったものの出処進退を紛らわせる。
庭前猛虎臥,遂得文公廬。
この寺の庭園には風が吹いて猛々しい虎の声がしているようでそこに伏せているのだろう。とは言いながら遂に、国内の内紛を避けて潜んだ分校の庵ともいうべきところに着くことができた。

#2
俯視萬家邑,煙塵對階除。
目を下の方に向けるとその下に万戸の家が町を作っている。霞がかかったむこうに俗世界が階段に対して存在する。
吾師雨花外,不下十年餘。
私の先生はこの風流な雨や花とここの景色をあいしていて、もう十年以上もこの地より俗世界に降りていないのだ。
長者自布金,禪龕只晏如。
富貴の物は、自ずから金銭というものを身に着けているが、ここの本堂の仏前にただ経を読んでいることで、安らかで落ち着いているということなのだ。
大珠脫玷翳,白月當空虛。
大珠慧海は俗世界での汚名や、恥辱、煩悩をここで脱したのだ。日中だけでなく夜にも無になってこれにあたっているのだ。
甫也南北人,蕪蔓少耘鋤。
雑草がおい茂ってあれはてているところを若くしてこれを開墾し耕されたのであり、先生は中国人にとって初めての人である。
#3
王屋山01久遭詩酒污,何事忝簪裾。
ひさしく詩文と酒を飲み清談することに携わってきたのであるが、どういうわけか冠位を賜り何とかやって来たのだ。
王侯與螻蟻,同盡隨丘墟。
諸国の王と諸侯たちは、ケラとアリとしてとるにたらない者たちを与えられた。それは皆ことごとく丘も少し高い丘も同じようなものとして存在したのである。
願聞第一義,回向心地初。
願うことを聞き入れてもらいたいのはこころをおちつかせを初心にかえることを第一にせねばならないということである。
金篦刮眼膜,價重百車渠。
金鏝で目や鼓膜をけずりとる、価値のあるものとして百の仏教七寶の一つである「車渠」を尊重する。
無生有汲引,茲理儻吹噓。
このように吸い上げ引っ張っても生まれてこない。この道理はたちまち嘘をついているとばれてしまう。


『謁文公上方』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
久遭詩酒污,何事忝簪裾。
王侯與螻蟻,同盡隨丘墟。
願聞第一義,回向心地初。
金篦刮眼膜,價重百車渠。
無生有汲引,茲理儻吹噓。


(下し文)#3
久しく 詩酒の污すを遭うて,何事か忝じけなくも簪裾す。
王侯 螻蟻を與へ,同じうして盡く丘墟に隨う。
願わくば第一義に聞くは,回向【えこう】心地の初めてにするを。
金篦【きんへい】 眼膜を刮り,價重 百車の渠。
汲引する有るを生む無し,茲に理らば儻に噓に吹くものを。


(現代語訳)
ひさしく詩文と酒を飲み清談することに携わってきたのであるが、どういうわけか冠位を賜り何とかやって来たのだ。
諸国の王と諸侯たちは、ケラとアリとしてとるにたらない者たちを与えられた。それは皆ことごとく丘も少し高い丘も同じようなものとして存在したのである。
願うことを聞き入れてもらいたいのはこころをおちつかせを初心にかえることを第一にせねばならないということである。
金鏝で目や鼓膜をけずりとる、価値のあるものとして百の仏教七寶の一つである「車渠」を尊重する。
このように吸い上げ引っ張っても生まれてこない。この道理はたちまち嘘をついているとばれてしまう。


(訳注)
謁文公上方


久遭 詩酒 污,何事 忝 簪裾 。
ひさしく詩文と酒を飲み清談することに携わってきたのであるが、どういうわけか冠位を賜り何とかやって来たのだ。
・「詩酒」詩人は酒と共にある。賢人聖人はそれぞれにあった酒を呑む。濁り酒を飲みながら清談をする。
・「忝」かたじけない。
・「簪裾」役職の冠と絲帛服飾(衣冠腰帶)。


王侯 與螻蟻 ,同盡隨 丘墟 。
諸国の王と諸侯たちは、ケラとアリとしてとるにたらない者たちを与えられた。それは皆ことごとく丘も少し高い丘も同じようなものとして存在したのである。
・「王侯」人、稱謂、職官爵位、王侯。
・「螻蟻」ケラとアリ。また、虫けら。小さくて取るに足りないもののたとえ。杜甫『遣興三首』 759乾元二年秋在秦州作 
下馬古戰場,四顧但茫然。風悲浮雲去,黃葉墮我前。
朽骨穴螻蟻,又為蔓草纏。故老行嘆息,今人尚開邊。
漢虜互勝負,封疆不常全。安得廉頗將,三軍同晏眠?
遣興三首 其一 <226>杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1094 杜甫特集700- 329 
・「丘墟」自然景觀、山峰崖嶺、丘。小高い丘の意味をもち 墟は、丘を大きくしたものをいう。
 

願聞 第一 義 ,回向 心地 初 。
願うことを聞き入れてもらいたいのはこころをおちつかせを初心にかえることを第一にせねばならないということである。
・「回向」佛家語、迴向。仏語。1 死者の成仏を願って仏事供養をすること。「冥福を祈って―する」2 自分の修めた功徳(くどく)を他にも差し向け、自他ともに悟りを得るための助けとすること。
・「心地」心神氣力、心。


金篦 刮 眼膜 ,價重 百 車渠 。
金鏝で目や鼓膜をけずりとる、価値のあるものとして百の仏教七寶の一つである「車渠」を尊重する。
・「金篦」醫療器材、金篦。(1)石膏(せつこう)型を造る際に用いる金属製のへら。 (2)鏝(こて)。
・「刮」削りとる。こそげる。
・「眼」身體器官、五官顏面、眼。
・「價」器物、金帛錢幣、錢。
・「百」數詞、定量數詞、百。
・「車渠」車渠。 仏教七寶の一つ。仏教の経典に説かれる7種の宝石のこと。〈しちほう〉ともいう。それらの名称は経典によって多少の相違があり,たとえば《法華経》では金,銀,瑠璃(るり),硨磲(しやこ),瑪瑙(めのう),真珠,玫瑰(まいかい)をいう。


無生 有 汲引 ,茲理儻吹噓。
このように吸い上げ引っ張っても生まれてこない。この道理はたちまち嘘をついているとばれてしまう。
・「儻」 もし、たちまち、志が大きくてぬきんでていること。
成都遂州00

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