漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩 杜甫詳注1500

杜甫の詩をあまり知られていないものも取り上げる予定。約1500首。(杜詩詳注・全唐詩・杜甫詩 総合案内時系列に整理した)青春期遊学から長安を中心に就職活動の10年、やっと就職できたら、安史の乱、騒乱の中で自分の生きる道を求めて苦悩、騒乱のない地方へ逃避紀行、成都浣花渓草堂、騒乱回避、夔州寓居、そして漂白の旅。 ブログも2011年~2018年の計画で掲載進行中。。。都合、3往復、とらえ方を変えて掲載していく、2022年ごろ完成する予定である。(ここでは、訓読み下し分にできるだけルビをふりません。漢字の雰囲気で読んでほしいからで、また、意味、読みはすぐわかるようになります。)

杜甫の詩 誠実な詩人特集。2011・11月『士官がきまった。~安禄山の叛乱』期の詩。2011年12月は『反乱軍に捕まる。軟禁状態での詩』2012.1月は『反乱軍からの脱出劇、朝廷に到着・・・・』。2012.2月粛宗に許可をもらって家族を迎えに「北征」紀行を中心に掲載していきます。2012.3月は、朝廷での疎外感、やるせなさが伝わる詩です。2012.4月華州へ左遷、2012.5月三吏三別。秦州抒情9月、同谷紀行11月、成都紀行12月、2013.3現在、成都浣花渓の草堂、2013.12蜀中転々からふたたび成都草堂へ(杜甫全詩の約半分を掲載)・・・・・・そして成都を後にして、夔州へ、(2/3掲載)ここで人生の1/3の量の詩を書く。漂白の旅。紀行。杜甫の苦悩の内容的な変化、様子がよくわかります。
都合、3往復、とらえ方を変えて掲載していく、2022年ごろ完成する予定である。
このブログ以外にも、李白1000首、李商隠150首、韓愈全詩・韓愈グループ、などは別のブログで掲載中 kanbuniinkai 検索で、いろんな漢文委員会HP,ブログ を今までの漢詩紹介とは違っています。
中華書局 発行 杜詩詳注 を基本に訳注解説しています。
杜甫詩の概要目録につては、http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/details1.html 参照。

2013年08月

五言律詩 《題玄武禪師屋壁》 蜀中転々 杜甫 <538>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2915 杜甫詩1000-538-777/1500

《題玄武禪師屋壁》 その絵には、少し傾きかけた午後のぎらぎらの太陽が照らして石林の奥の気がうきあがってくるさまであり、、青天たかくして江海の水流るれるさまが仙境のすがたのように画かれている。


2013年8月31日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》(20)#6-4 文選 賦<108-#19>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩873 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2913
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
遊城南十六首:風折花枝 韓愈(韓退之) <175>Ⅱ中唐詩786 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2914
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 五言律詩 《題玄武禪師屋壁》 蜀中転々 杜甫 <538>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2915 杜甫詩1000-538-777/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 三国時代の詩 甄后 《塘上行》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2916 (08/31)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 天仙子 其五 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-274-5-#28  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2917
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html    
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304    
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html    
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html    
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html    
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html    
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

五言律詩《題玄武禪師屋壁》 蜀中転々 杜甫 <538  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2915 杜甫詩1000-538-777/1500

 

 

作者: 杜甫762  寶應元年  51 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 題玄武禪師屋壁〔屋在中江大雄山。〕 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點: 玄武 (劍南道北部 梓州 玄武) 、瀛州 (河北道南部 瀛州 瀛州) 、廬山 (江南西道 江州 廬山) 別名:廬嶽、匡山     

交遊人物: 玄武禪師

玄武山の或る禅師の屋壁にかきつけた詩。宝応元年梓州にあっての作。

成都遂州00


















 

題玄武禪師屋壁〔屋在中江大雄山。〕

(玄武の大雄山の禅寺の壁について題した。)

何年顧虎頭,滿壁畫瀛州。

もう300年近くの前の、いつの年なのか顧虎頭がここの壁じゅぅに瀛洲の仙境をえがいている。

赤日石林氣,青天江海流。

その絵には、少し傾きかけた午後のぎらぎらの太陽が照らして石林の奥の気がうきあがってくるさまであり、、青天たかくして江海の水流るれるさまが仙境のすがたのように画かれている。

錫飛常近鶴,杯度不驚鷗。

これに対して禅師は常に図中の鶴にちかく錫を飛ばし、或は古仙のように木杯をうかべて鴎にちかづくとも鴎を驚かすことはなかった故事を、この画にえがかれておられる。

似得廬山路,真隨惠遠遊。

詩人たるわたしも禅師のところでこの図を見るとなんだか盧山の山道で『虎渓三笑』の故事のように恵遠法師にしたがって遊ぶことができたかのようなここちがするのである。

(玄武の禅師の屋壁に題す)

何の年か顧虎頭【こことう】あらん、満壁 瀛洲【えいしゅう】を画ける。

赤日【せきじつ】石林の気、青天 江海の流れ。

錫飛びて 常に鶴に近く、杯渡【はいと】鴎を驚かさず。

廬山の路を得るに似たり、真に恵遠【けいえん】に随って 遊ぶを。

四川省西部地区略図
























 

 

『題玄武禪師屋壁』 現代語訳と訳註

(本文)

題玄武禪師屋壁〔屋在中江大雄山。〕

何年顧虎頭,滿壁畫瀛州。

赤日石林氣,青天江海流。

錫飛常近鶴,杯度不驚鷗。

似得廬山路,真隨惠遠遊。

 

詩文(含異文)

何年顧虎頭,滿壁畫瀛州【滿壁畫滄州】【滿座畫瀛州】【滿座畫滄州】。

赤日石林氣,青天江海流【青天江水流】。

錫飛常近鶴,杯渡不驚鷗。

似得廬山路,真隨惠遠遊。 

 

千畳敷0010

(下し文)

(玄武の禅師の屋壁に題す)

何の年か顧虎頭【こことう】あらん、満壁 瀛洲【えいしゅう】を画ける。

赤日【せきじつ】石林の気、青天 江海の流れ。

錫飛びて 常に鶴に近く、杯渡【はいと】鴎を驚かさず。

廬山の路を得るに似たり、真に恵遠【けいえん】に随って 遊ぶを。

 

 

(現代語訳)

(玄武の大雄山の禅寺の壁について題した。)

もう300年近くの前の、いつの年なのか顧虎頭がここの壁じゅぅに瀛洲の仙境をえがいている。

その絵には、少し傾きかけた午後のぎらぎらの太陽が照らして石林の奥の気がうきあがってくるさまであり、、青天たかくして江海の水流るれるさまが仙境のすがたのように画かれている。

これに対して禅師は常に図中の鶴にちかく錫を飛ばし、或は古仙のように木杯をうかべて鴎にちかづくとも鴎を驚かすことはなかった故事を、この画にえがかれておられる。

詩人たるわたしも禅師のところでこの図を見るとなんだか盧山の山道で『虎渓三笑』の故事のように恵遠法師にしたがって遊ぶことができたかのようなここちがするのである。

 

 

(訳注)

題玄武禅師屋壁

(玄武の大雄山の禅寺の壁について題した。)

○玄武 山の名は大雄山でまた県の名、潼川府中江県をいう。成都から梓州に入ってすぐの街である。

○禅師 名は詳らかでない。ここでは禅寺というほどの意味とする。

 

何年顧虎頭,滿壁畫瀛州。 

もう300年近くの前の、いつの年なのか顧虎頭がここの壁じゅぅに瀛洲の仙境をえがいている。

○顧虎頭 膏の顧愷之、小字を虎頭という、絵の名人である。顧 愷之(こ がいし、344?405?)中国・東晋時代の画家。字は長康、またかつて虎頭将軍となったことから、顧虎頭とも称する。

○瀛洲 河北道南部 瀛州、あるいは三山(蓬莱、瀛州、方丈)の仙境をいう。

 

赤日石林氣, 青天江海流。 

その絵には、少し傾きかけた午後のぎらぎらの太陽が照らして石林の奥の気がうきあがってくるさまであり、、青天たかくして江海の水流るれるさまが仙境のすがたのように画かれている。

 

錫飛常近鶴, 杯渡不驚鷗。 

これに対して禅師は常に図中の鶴にちかく錫を飛ばし、或は古仙のように木杯をうかべて鴎にちかづくとも鴎を驚かすことはなかった故事を、この画にえがかれておられる。

○錫飛 梁の時、宝誌上人と白鶴道人とが舒州の潜山にゆぐことを争い、上人は錫を飛ばし道人は鶴をつかわし各々よそのゆきついた処をしるさせたとの話がある。

○鶴 画中の石林に属するもの。

○杯渡 木杯によって河をわたることである、これも仙人のすることである。

○鴎 画中の江海に属するものである、「列子」に道を得て機を忘れたものは鴎にまじっても、鴎はこれになれて驚かぬという話がある。

 

似得廬山路, 真隨惠遠遊。 

詩人たるわたしも禅師のところでこの図を見るとなんだか盧山の山道で『虎渓三笑』の故事のように恵遠法師にしたがって遊ぶことができたかのようなここちがするのである。

廬山 山の名、江西九江府にある、晋の僧恵遠がその山麓に東林寺を建てて白蓮社を結び、十八人の賢人が相い会した。

・惠遠 白蓮社

東晋の時代、『虎渓三笑』と言はれる故事が有名。

  中国の江西省、揚子江の南に在る有名な廬山に恵遠といふ高僧が白蓮社といふ庵を結んで、三十年間一歩も外に出ずに修行を続けていた。其処へ詩人の陶淵明と道教の陸修静が遊びに来て、三人は心ゆくまで語り合ひ楽しい時間を過ごす。帰る時、恵遠禅師は二人を送つて出るが、話しは尽きず、恵遠禅師が此処より外へは決して出ないと決めていた虎渓の石の橋を思はず渡つてしまう。三十年の戒めを踏み越えてしまつた事に気がついた時、三人は其処で手を叩いて大笑ひをすると言ふ話しである。

  恵遠は仏教を、陶淵明は儒教を、陸修静は道教を代表するといふ超俗の三人が、無礙な心境で語り合う清談の楽しさ、如何にも禅味のある話しで、よく水墨画や漢詩の主題になる物語である。

 Nature1-011

五言律詩 《九日登梓州城》 蜀中転々 杜甫 <537>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2910 杜甫詩1000-537-776/1500

杜甫《九日登梓州城この日は昔から黄色の菊の花を浮かべた酒を用意する。いまここには晉の孟嘉のように帽子が飛ばされそうな白髪頭の老人が居る。

 

2013年8月30日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》(19)#6-3 文選 賦<108-#18>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩872 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2908
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
遊城南十六首:楸樹,二首之二 韓愈(韓退之) <174>Ⅱ中唐詩785 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2909
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 五言律詩 《九日登梓州城》 蜀中転々 杜甫 <537>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2910 杜甫詩1000-537-776/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 古詩楽府 《陌上桑行》 漢詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2911 (08/30)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 天仙子 其四 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-273-5-#27  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2912
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html    
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304    
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html    
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html    
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html    
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html    
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

五言律詩 《九日登梓州城》 蜀中転々 杜甫 <537  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2910 杜甫詩1000-537-776/1500          


 

詩題: 九日登梓州城 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

作時:762 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の537首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-776回目   40875

寫作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

寫及地點:  梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)     

 

 

詩文:

 

九日登梓州城

(重陽節に梓州城に登る)

伊昔黃花酒,如今白髮翁。 

この日は昔から黄色の菊の花を浮かべた酒を用意する。いまここには晉の孟嘉のように帽子が飛ばされそうな白髪頭の老人が居る。

追歡筋力異,望遠時同。 

喜悅欣樂が今追いかけてくれ心神氣力は高ぶっている。はるか遠くを臨んで重陽の節句を時を同じくするのである。

弟妹悲歌裡,朝廷醉眼中。 

私の弟妹は東の遠い空の下で安史軍の支配する悲歌の下である。朝廷は酔いつぶれた眼のままである。

兵戈與關塞,此日意無窮。 

戰爭は関所塞に迫っており、この日の段階でそれにたいしての意志は窮まりないのである。

 

(九日梓州城に登る)

伊【こ】れ昔 黃花の酒,如今【じょこん】白髮の翁。 

歡を追う 筋力の異なるを,遠くを望む 時同じゅうす。 

弟妹 悲歌の裡,朝廷 醉眼の中。 

兵戈 關塞に與り,此の日 意 窮む無し。 

 

 

『九日登梓州城』 現代語訳と訳註

金燈花03(本文)

九日登梓州城

伊昔黃花酒,如今白髮翁。 

追歡筋力異,望遠時同。 

弟妹悲歌裡,朝廷醉眼中。 

兵戈與關塞,此日意無窮。 

 

 

(下し文)

(九日梓州城に登る)

伊【こ】れ昔 黃花の酒,如今【じょこん】白髮の翁。 

歡を追う 筋力の異なるを,遠くを望む 時同じゅうす。 

弟妹 悲歌の裡,朝廷 醉眼の中。 

兵戈 關塞に與り,此の日 意 窮む無し。

 

 

(現代語訳)

(重陽節に梓州城に登る)

この日は昔から黄色の菊の花を浮かべた酒を用意する。いまここには晉の孟嘉のように帽子が飛ばされそうな白髪頭の老人が居る。

喜悅欣樂が今追いかけてくれ心神氣力は高ぶっている。はるか遠くを臨んで重陽の節句を時を同じくするのである。

私の弟妹は東の遠い空の下で安史軍の支配する悲歌の下である。朝廷は酔いつぶれた眼のままである。

戰爭は関所塞に迫っており、この日の段階でそれにたいしての意志は窮まりないのである。

 

 

(訳注)

九日登梓州城

(重陽節に梓州城に登る)

・九日 九月九日、重陽節に、茱萸(「ぐみ」の一種)の枝をかざして兄弟や親しい友人が小高い丘に登り、菊の花びらを浮かべた酒を飲み、粽を食べて健康を祈るものなのだ。杜甫『九日藍田崔氏荘』「羞将短髪環吹帽、笑倩旁人為正冠。」(晉の孟嘉のように適当なかぶり方にして風が帽子を吹きおとすのは老いの短い髪の毛になっている自分にははずかしいことにおもわれる、笑い話のようであるが自分は孟嘉ほどのものではないので脇の人にこいねがってこの帽のかぶり具合をきちんと治してもらうことにしよう。)

 陰暦九月九日重陽の菊の節句の日に藍田県の崔氏の別荘において作った詩。... 晉の孟嘉のように適当なかぶり方にして風が帽子を吹きおとすのは老いの短い髪の毛になっている自分にははずかしいことにおもわれる

 

伊昔 黃花酒 ,如今 白髮

この日は昔から黄色の菊の花を浮かべた酒を用意する。いまここには晉の孟嘉のように帽子が飛ばされそうな白髪頭の老人が居る。

・「伊昔」(今は昔)、昔のこと。

・「黃花酒」菊花酒。

「如今」

杜甫『奉贈王中允維』
中允聲名久,如今契闊深。共傳收庾信,不比得陳琳。
一病緣明主,三年獨此心。窮愁應有作,試誦白頭吟。
(王中允維に贈り奉る)
中允声名久し、如今契閥深し。共に伝う庚信を収むと、此せず陳琳を得るに。
一癖明主に縁る、三年独り此の心。窮愁応に作有るなるべし、試みに謂す白頭吟。
奉贈王中允維 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 254

・「白髮翁」白髮老人は髪の毛が薄くて孟嘉が帽子が飛ばされたことのようになる。

 

 

追歡 筋力 ,望遠 同。

喜悅欣樂が今追いかけてくれ心神氣力は高ぶっている。はるか遠くを臨んで重陽の節句を時を同じくするのである。

・「歡」 喜悅欣樂。

・「筋力」心神氣力。

 

 

弟妹 悲歌 ,朝廷 醉眼

私の弟妹は東の遠い空の下で安史軍の支配する悲歌の下である。朝廷は酔いつぶれた眼のままである。

「弟妹」語義類別:人、稱謂、親人眷屬、弟妹。

「悲歌裡」安史軍が支配する東国に住んでいるため、悲哀傷痛のうたの。

 

 

兵戈 與關塞 ,此日 無窮

戰爭は関所塞に迫っており、この日の段階でそれにたいしての意志では窮まりないのである。

「兵戈」戰爭活動、戰爭。
sas0013 

五言律詩 《巴西驛亭觀江漲呈竇使君》 蜀中転々 杜甫 <536>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2905 杜甫詩1000-536-775/1500

《巴西驛亭觀江漲呈竇使君綿州、巴西の孤立した駅亭は洪水の水が噴出したり、水位を下げたりしているのを耐え忍んでいるのだ。街や各家の井戸端すべてが大きなうすのような形になっている。逼迫した状態だ。

 

2013年8月29日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》(18)#6-2 文選 賦<108-#17>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩871 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2903
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
遊城南十六首:楸樹,二首之一 韓愈(韓退之) <173>Ⅱ中唐詩784 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2904
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 五言律詩 《巴西驛亭觀江漲呈竇使君》 蜀中転々 杜甫 <536>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2905 杜甫詩1000-536-775/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 謝靈運 《善哉行》 宋詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2906 (08/29)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 天仙子 其三 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-272-5-#26  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2907
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html   
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304   
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html   
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html   
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html   
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html   
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html   
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。   
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html   
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html   
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 


五言律詩
《巴西驛亭觀江漲呈竇使君》 蜀中転々 杜甫 <536  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2905 杜甫詩1000-536-775/1500            

 

 

詩 題:巴西驛亭觀江漲呈竇使君

〔巴西驛亭觀江漲呈竇十五使君〕

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

掲 載; 杜甫1000首の536首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-775回目   40874

作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州

及地點: 巴西驛亭 (劍南道北部 綿州 巴西)     

交遊人: 竇使君 書信往來

地 點: (劍南道北部 綿州 巴西)

 

 

詩文:

 

巴西驛亭觀江漲呈竇使君

(成都盆地の北東、三巴の西の綿州の駅亭で涪江の水がみなぎっているのを見て西山檢察使の竇侍禦に意見をした詩。)

宿雨南江漲,波濤亂遠峰。 

秋の長雨が続き涪江に水嵩が上がって漲っている。川の中央部の大波は遠くに見る山の峰々のようで上下に揺れ乱れている。

孤亭凌噴薄,萬井逼舂容。 

綿州、巴西の孤立した駅亭は洪水の水が噴出したり、水位を下げたりしているのを耐え忍んでいるのだ。街や各家の井戸端すべてが大きなうすのような形になっている。逼迫した状態だ。

霄漢愁高鳥,泥沙困老龍。 

大空を見上げると雨の中高い所を飛ぶ鳥は憂いに打ちひしがれていて、洪水の泥流は年老いた龍のようで困ったものである。

天邊同客舍,攜我豁心胸。 

この状況は天空の端までここの官舎と同じ状況にあり、我々が心に携えておくことは、ここでしっかりとした廣い心持って落ち着くことである。

 

(巴西の驛亭に 江漲るを觀て竇使君に呈す)

宿雨 南の江に漲り,波濤 遠峰を亂す。 

孤亭 噴薄を凌ぎ,萬井 舂容【しょうよう】を逼す。 

霄漢【せいかん】高鳥を愁い,泥沙 老龍を困す。 

天邊 客舍に同じ,我が攜えるは心胸を豁くす。 

 nat0005















 

『巴西驛亭觀江漲呈竇使君』 現代語訳と訳註

(本文)

巴西驛亭觀江漲呈竇使君

宿雨南江漲,波濤亂遠峰。 

孤亭凌噴薄,萬井逼舂容。 

霄漢愁高鳥,泥沙困老龍。 

天邊同客舍,攜我豁心胸。 

 

 

(下し文)

(巴西の驛亭に 江漲るを觀て竇使君に呈す)

宿雨 南の江に漲り,波濤 遠峰を亂す。 

孤亭 噴薄を凌ぎ,萬井 舂容【しょうよう】を逼す。 

霄漢【せいかん】高鳥を愁い,泥沙 老龍を困す。 

天邊 客舍に同じ,我が攜えるは心胸を豁くす。 

 

 

(現代語訳)

(成都盆地の北東、三巴の西の綿州の駅亭で涪江の水がみなぎっているのを見て西山檢察使の竇侍禦に意見をした詩。)

秋の長雨が続き涪江に水嵩が上がって漲っている。川の中央部の大波は遠くに見る山の峰々のようで上下に揺れ乱れている。

綿州、巴西の孤立した駅亭は洪水の水が噴出したり、水位を下げたりしているのを耐え忍んでいるのだ。街や各家の井戸端すべてが大きなうすのような形になっている。逼迫した状態だ。

大空を見上げると雨の中高い所を飛ぶ鳥は憂いに打ちひしがれていて、洪水の泥流は年老いた龍のようで困ったものである。

この状況は天空の端までここの官舎と同じ状況にあり、我々が心に携えておくことは、ここでしっかりとした廣い心持って落ち着くことである。

 

 

(訳注)

巴西驛亭觀江漲呈竇使君〔巴西驛亭觀江漲呈竇十五使君〕

(成都盆地の北東、三巴の西の綿州の駅亭で涪江の水がみなぎっているのを見て西山檢察使の竇侍禦に意見をした詩。)

・竇使君 西山檢察使の竇侍禦のこと。(下地図bc-3・4

杜甫『入奏行贈西山檢察使竇侍禦』

(宴の演奏や詩を詠む席にはいって西山の検察、竇侍禦のこの詩を贈る。)

・西山檢察使 吐蕃国境の山間部を担当する。松、維、恭、蓬、雅、黎、姚、悉八州をいう。

 

 

 

竇侍禦,驥之子,鳳之雛。

竇侍禦は優れた才能を持つ人であり、鳳凰になるべきヒナの様な人である。

・驥子 一日に千里を走ることのできる良馬。転じて、優れた才能を持つ人。杜甫『遣興』「驥子好男兒,前年學語時。問知人客姓,誦得老夫詩。」錢起 『送馬員外拜官覲省』「二十為郎事漢文,鴛雛驥子自為群。」

入奏行贈西山檢察使竇侍御 雑言古詩(楽府) 成都6-(2-#1) 杜甫 <469-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2430 杜甫詩1000-468-#2-680/1500

 

 

宿雨 南江 ,波濤 遠峰

秋の長雨が続き涪江に水嵩が上がって漲っている。川の中央部の大波は遠くに見る山の峰々のようで上下に揺れ乱れている。

・「宿雨」秋の長雨。そのために水嵩が上がった。

・「南」河川が剣門を水源にして南下してきていることでいう。この地点(下地図e―3・4)は成都からは北東150kmの地点である。

・「江漲」涪江。水嵩があがっった様子を云う。

杜甫『江漲』

江漲柴門外,兒童報急流。

下牀高數尺,倚杖沒中洲。

細動迎風燕,輕搖逐浪鷗。

漁人縈小楫,容易拔船頭。

 

成都(2部)浣花渓の草堂(2 -9) 江漲 杜甫 <372  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1795 杜甫詩 1000- 548

 

 

孤亭 凌噴薄 ,萬井 舂容

綿州、巴西の孤立した駅亭は洪水の水が噴出したり、水位を下げたりしているのを耐え忍んでいるのだ。街や各家の井戸端すべてが大きなうすのような形になっている逼迫した状態だ。

・凌噴薄 洪水のようすを云う。岩などに水がぶつかり噴出したり、その下流では水位が下がっている様子を云う。「凌」1 押し分けて前に進む。乗り越えて進む。「波濤(はとう)を―・いで行く」2 困難や苦境などにじっと堪えて、なんとか切り抜ける。辛抱して乗り越える。また、防いで、堪え忍ぶ。「噴」内部から外にふき出す。「噴煙・噴火・噴射・噴出・噴水・噴霧器/自噴

・「萬井」街や各家の井戸端すべて。

・「逼」逼迫する。

・「舂容」うすのような形になる。。

 

 

霄漢 高鳥 ,泥沙 困老龍

大空を見上げると雨の中高い所を飛ぶ鳥は憂いに打ちひしがれていて、洪水の泥流は年老いた龍のようで困ったものである。

・「霄漢」天文、天空、おおぞら。銀河の夜空。

・「泥沙」洪水による泥流のこと。川の中央部の流れが速く、そこが泥流となっている。

・「老龍」河川の中央部が盛り上がる龍がうねっているように見えることを云う。

 

 

天邊 同客舍 ,攜我 豁心胸

この状況は天空の端までここの官舎と同じ状況にあり、我々が心に携えておくことは、ここでしっかりとした廣い心持って落ち着くことである。

・「天邊」天空、天空の端まで。

・「客舍」建築物、宮室屋廬、役所の舍。

・「豁」広々と開けているさま。あけっぴろげ。「豁然・豁達」
成都遂州00 

送梓州李使君之任 蜀中転々 杜甫 <535-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2900 杜甫詩1000-535-#2-774/1500

送梓州李使君之任 #2この追分にきてゆくみちをのぞんでみてうらむことを成してはいけない。ただ、真っ先に手を挙げて聞くことになる。夕焼雲が浮んでいるのは太陽の汗をぬぐっているようだ。山の駅亭には旅に疲れた心を目覚めさせてくれる泉がある。

 

2013年8月28日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》(17)#6-1 文選 賦<108-#16>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩870 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2898
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
遊城南十六首:落花 韓愈(韓退之) <172>Ⅱ中唐詩783 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2899
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 送梓州李使君之任 蜀中転々 杜甫 <535-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2900 杜甫詩1000-535-#2-774/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 楽府歌辭 《善哉行》 漢詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2901 (08/28)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 天仙子 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-271-5-#25  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2902
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html   
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304   
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html   
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html   
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html   
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html   
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html   
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。   
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html   
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html   
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

送梓州李使君之任 蜀中転々 杜甫 <535-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2900 杜甫詩1000-535-#2-774/1500

 

 

作者: 杜甫  寶應元年  762  51 

卷別: 卷二二七  文體: 五言古詩 

詩題: 送梓州李使君之任

自注:故陳拾遺,射洪人也,篇末有云。

 

作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州

及地點: 梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)     

     蜀道 (劍南道北部 益州 成都)     

    射洪 (劍南道北部 梓州 射洪)     

交遊人: 李使君 

 

 

送梓州李使君之任

(梓州にて李使君が任にゆくを送る。)

  自注:故陳拾遺,射洪人也,篇末有云。

 杜甫自らの注として「今は亡き初唐の陳子昂拾遺は,射洪の人であり,ここで見る詩篇の末尾に述べられているのが有る。

#1

籍甚黃丞相,能名自潁川。

ここにある書籍には再三、漢の黃霸丞相についてかかれている。能くその名声を為さしめたのは自らが太守を治めた穎川のことである。

近看除刺史,還喜得吾賢。

近ごろになって除刺史とであったが,還た喜ぶべきことであり、それは吾らに賢者が得られたということでもある。

五馬何時到,雙魚會早傳。

太守に迎えられ、五頭立ての馬車で何時ここに到着したのであろうか。文章、詩賦が立派であることは早くから伝わっていたことだろう。

老思笻竹杖,冬要錦衾眠。

年老いてきて思うことは笻竹でつくった杖が必要であり、冬になったら錦衾のふとんで眠るひつようがあるのだ。

#2

不作臨岐恨,惟聽舉最先。

この追分にきてゆくみちをのぞんでみてうらむことを成してはいけない。ただ、真っ先に手を挙げて聞くことになる。

火雲揮汗日,山驛醒心泉。

夕焼雲が浮んでいるのは太陽の汗をぬぐっているようだ。山の駅亭には旅に疲れた心を目覚めさせてくれる泉がある。

遇害陳公殞,於今蜀道憐。

夕焼は県令の段簡による誣告で投獄されたため、憤激のあまり獄死した。今に於いては長安に向かうこの蜀道に憐れが残っている。

君行射洪縣,為我一潸然。

君は、陳子昂の恨みの残る射洪縣に行く。私はここにいて一気にいっぱいの涙を流して哭くことであろう。

 

(梓州にて李使君が任にゆくを送る。)

 自らの注:故陳拾遺は,射洪の人なり,篇末に云う有り。

籍 甚【いかな】る黃丞相なりや,能く名さしめ自ら潁川とす。

近くに看るは除刺史を,還た喜ぶは吾が賢を得るを。

五馬 何時に到る,雙魚 早に傳うるを會う。

老いて思うは 笻竹の杖を,冬に要うは 錦衾の眠。

 

臨岐の恨むを作らず,惟だ聽うは最先に舉ぐるを。

火雲 汗日を揮い,山驛 心泉に醒む。

害に遇い陳公の殞,今に於いて蜀道の憐。

君は行け 射洪縣に,我為は一び潸然たり。

 桜桃002

 




『送梓州李使君之任』 現代語訳と訳註

(本文) #2

不作臨岐恨,惟聽舉最先。

火雲揮汗日,山驛醒心泉。

遇害陳公殞,於今蜀道憐。

君行射洪縣,為我一潸然。

 

 

(下し文)

臨岐の恨むを作らず,惟だ聽うは最先に舉ぐるを。

火雲 汗日を揮い,山驛 心泉に醒む。

害に遇い陳公は殞【おち】る,今に於いて蜀道の憐。

君は行け 射洪縣に,我為は一び潸然たり。

 

(現代語訳)

この追分にきてゆくみちをのぞんでみてうらむことを成してはいけない。ただ、真っ先に手を挙げて聞くことになる。

夕焼雲が浮んでいるのは太陽の汗をぬぐっているようだ。山の駅亭には旅に疲れた心を目覚めさせてくれる泉がある。

夕焼は県令の段簡による誣告で投獄されたため、憤激のあまり獄死した。今に於いては長安に向かうこの蜀道に憐れが残っている。

君は、陳子昂の恨みの残る射洪縣に行く。私はここにいて一気にいっぱいの涙を流して哭くことであろう。

 

 

 (訳注)

竹林0021送梓州李使君之任

(梓州にて李使君が任にゆくを送る。)

 

 

不作 臨岐 ,惟聽 舉最先

この追分にきてゆくみちをのぞんでみてうらむことを成してはいけない。ただ、真っ先に手を挙げて聞くことになる。

・「岐」地理、街道巷弄、歧。追分道。

 

 

火雲 揮汗 ,山驛 醒心

夕焼雲が浮んでいるのは太陽の汗をぬぐっているようだ。山の駅亭には旅に疲れた心を目覚めさせてくれる泉がある。

・「山驛」山峰崖嶺にある駅。5里ごとにおかれたもので、四阿と飲み水が飲める。泉と馬をやすめる事が主で池が設置されていたようだ。

 

 

遇害 陳公 ,於今 蜀道

夕焼は県令の段簡による誣告で投獄されたため、憤激のあまり獄死した。今に於いては長安に向かうこの蜀道に憐れが残っている。

「害」其他災害、災。県令の段簡による誣告で投獄されたため、憤激のあまり獄死した。

・「陳公」陳子昂(唐)。陳 子昂(ちん すごう、661年(龍朔元年) - 702年(長安2年))は、中国・唐代(初唐)の詩人。梓州射洪(現在の四川省遂寧市射洪県)の人。字は伯玉。陳子昂はもともとは先祖代々潁州(安徽省)出身であり、4代前から梓州に住むようになった。18歳頃まで無頼なふるまいばかりで、古典はおろか読み書きさえまともに出来なかった。しかし無学な自分に嫌気がさしたため一念発起、故郷近くの金華山に籠もって学問に励み、進士となるまでになった。そのころ高宗が崩御して陵墓問題が持ち上がり、これについて上書したところ、武則天に才能を認められ、麟台正字(秘書正字)に任じられた。その後、右拾遺となった陳子昂は、武則天朝の酷刑や密告制度を用いる非情な政治体制を批判する上書をおこなった。これが原因で投獄されたが、その真摯さを評価されて復職することになった。

・「殞」殞=逝去すること。

・「今」語義類別:時、時間、範圍時間(今昔)、今。

・「蜀道」蜀道の険(しょくどうのけん)は、戦国時代、秦の恵王が蜀王を騙して敷かせた道。蜀道とは漢中から成都への桟道の事を指す。李白が「蜀道の難は、青天に上るよりも難し」と歌ったほどの難所であった。 中でも、垂直に切り立った岩肌に取り付く蜀の桟道は、現在は観光名所として知られる。

 

 

君行 射洪 ,為我 一潸然

君は、陳子昂の恨みの残る射洪縣に行く。私はここにいて一気にいっぱいの涙を流して哭くことであろう。

・「射洪縣」梓州から東南25kmの射洪縣。

・「潸然」涙を流して泣くさま
DCF00006 

送梓州李使君之任 蜀中転々 杜甫 <535-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2895 杜甫詩1000-535-#1-773/1500

送梓州李使君之任 杜甫自らの注として「今は亡き初唐の陳子昂拾遺は,射洪の人であり,ここで見る詩篇の末尾に述べられているのが有る。ここにある書籍には再三、漢の黃霸丞相についてかかれている。能くその名声を為さしめたのは自らが太守を治めた穎川のことである。


2013年8月27日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》(16)#5-2 文選 賦<108-#15>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩869 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2893
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
遊城南十六首:晚春 韓愈(韓退之) <171>Ⅱ中唐詩782 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2894
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 送梓州李使君之任 蜀中転々 杜甫 <535-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2895 杜甫詩1000-535-#1-773/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 曹丕(魏文帝) 《善哉行》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2896 (08/27)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 天仙子 其一 ~ 其五 其一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-270-5-#24  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2897
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html   
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304   
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html   
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html   
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html   
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html   
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html   
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。   
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html   
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html   
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

送梓州李使君之任 蜀中転々 杜甫 <535-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2895 杜甫詩1000-535-#1-773/1500

 

 

 

作者: 杜甫  寶應元年  762  51 

卷別: 卷二二七  文體: 五言古詩 

詩題: 送梓州李使君之任

自注:故陳拾遺,射洪人也,篇末有云。

 

作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州

及地點: 梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)     

     蜀道 (劍南道北部 益州 成都)     

    射洪 (劍南道北部 梓州 射洪)     

交遊人: 李使君 

 

 

送梓州李使君之任

(梓州にて李使君が任にゆくを送る。)

自注:故陳拾遺,射洪人也,篇末有云。

杜甫自らの注として「今は亡き初唐の陳子昂拾遺は,射洪の人であり,ここで見る詩篇の末尾に述べられているのが有る。
#1

籍甚黃丞相,能名自潁川。

ここにある書籍には再三、漢の黃霸丞相についてかかれている。能くその名声を為さしめたのは自らが太守を治めた穎川のことである。

近看除刺史,還喜得吾賢。

近ごろになって除刺史とであったが,還た喜ぶべきことであり、それは吾らに賢者が得られたということでもある。
五馬何時到,雙魚會早傳。

太守に迎えられ、五頭立ての馬車で何時ここに到着したのであろうか。文章、詩賦が立派であることは早くから伝わっていたことだろう。

老思笻竹杖,冬要錦衾眠。

年老いてきて思うことは笻竹でつくった杖が必要であり、冬になったら錦衾のふとんで眠るひつようがあるのだ。

#2

不作臨岐恨,惟聽舉最先。

火雲揮汗日,山驛醒心泉。

遇害陳公殞,於今蜀道憐。

君行射洪縣,為我一潸然。

 

(梓州にて李使君が任にゆくを送る。)

 自らの注:故陳拾遺は,射洪の人なり,篇末に云う有り。

籍 甚【いかな】る黃丞相なりや,能く名さしめ自ら潁川とす。

近くに看るは除刺史を,還た喜ぶは吾が賢を得るを。

五馬 何時に到る,雙魚 早に傳うるを會う。

老いて思うは 笻竹の杖を,冬に要うは 錦衾の眠。

 

臨岐の恨むを作らず,惟だ聽うは最先に舉ぐるを。

火雲 汗日を揮い,山驛 心泉に醒む。

害に遇い陳公の殞,今に於いて蜀道の憐。

君は行け 射洪縣に,我為は一び潸然たり

白蘋005 

 












『送梓州李使君之任』 現代語訳と訳註

(本文)

送梓州李使君之任

  自注:故陳拾遺,射洪人也,篇末有云。

#1

籍甚黃丞相,能名自潁川。

近看除刺史,還喜得吾賢。

五馬何時到,雙魚會早傳。

老思笻竹杖,冬要錦衾眠。

 

  

(下し文)

(梓州にて李使君が任にゆくを送る。)

 自らの注:故陳拾遺は,射洪の人なり,篇末に云う有り。

籍 甚【いかな】る黃丞相なりや,能く名さしめ自ら潁川とす。

近くに看るは除刺史を,還た喜ぶは吾が賢を得るを。

五馬 何時に到る,雙魚 早に傳うるを會う。

老いて思うは 笻竹の杖を,冬に要うは 錦衾の眠。

 

 

 

(現代語訳)

(梓州にて李使君が任にゆくを送る。)

 杜甫自らの注として「今は亡き初唐の陳子昂拾遺は,射洪の人であり,ここで見る詩篇の末尾に述べられているのが有る。

ここにある書籍には再三、漢の黃霸丞相についてかかれている。能くその名声を為さしめたのは自らが太守を治めた穎川のことである。

近ごろになって除刺史とであったが,還た喜ぶべきことであり、それは吾らに賢者が得られたということでもある。

太守に迎えられ、五頭立ての馬車で何時ここに到着したのであろうか。文章、詩賦が立派であることは早くから伝わっていたことだろう。

年老いてきて思うことは笻竹でつくった杖が必要であり、冬になったら錦衾のふとんで眠るひつようがあるのだ。

くちなしの実01





 

 

(訳注)

送梓州李使君之任

(梓州にて李使君が任にゆくを送る。)

自注:故陳拾遺,射洪人也,篇末有云。

 杜甫自らの注として「今は亡き初唐の陳子昂拾遺は,射洪の人であり,ここで見る詩篇の末尾に述べられているのが有る。

 

籍甚黃丞相 ,能名 自潁川

ここにある書籍には再三、漢の黃霸丞相についてかかれている。能くその名声を為さしめたのは自らが太守を治めた穎川のことである。

・「黃丞相」語義類別:黃霸(漢)。黄 覇(こう は、? - 紀元前51年)は、前漢の人。黄覇は民を治めることにかけては漢が立って以来の筆頭であると言われている。淮陽郡陽夏の人だが、豪傑で人を使役していたことを理由に雲陵に移住させられ、後に杜陵に移住した。最初は淮陽で游徼をしていた。人相見と共に外出した際、人相見はある巫女を見て「あの女性は富貴となるであろう」と言った。黄覇はその巫女を妻とした。

黄覇は律令を学び、武帝末に銭を納入して官を与えられ、侍郎謁者となった。しかし兄弟が有罪となり罷免された。その後、また穀物を納入して左馮翊の卒史を与えられた。左馮翊では資産で官を得た彼を優遇せず、郡の銭や穀物の計算をやらせたが、帳簿は正しく、清廉であると評判となった。黄覇は人の心を推察し法律にも明るく、しかも温和であり、人々を統御することに長けていた。河東均輸長、河南太守丞と出世し、太守には信任され、民や吏は彼を愛し尊敬した。

武帝が死亡し、昭帝の時代となっても地方の統治は法律を厳しく適用することが多かったが、黄覇だけは緩やかであったので有名になった。 黄覇は恵まれない者のために鶏や豚を飼育させ、民に畜産を推奨するなどの政治を行った。郡内のことは何でも知り尽くしており、民や吏は驚いて「神明」と称えた。悪者は他郡に逃げ去り、盗賊は日々減少していった。人口は増加し、統治は天下で第一となった。

「潁川」行政地名、潁川。宣帝は黄覇を潁川太守に任命した。

 

 

近看 除刺史 ,還喜 吾賢

近ごろになって除刺史とであったが,還た喜ぶべきことであり、それは吾らに賢者が得られたということでもある。

・「刺史」職官爵位、刺史。

 

 

五馬 何時 ,雙魚 會早傳

太守に迎えられ、五頭立ての馬車で何時ここに到着したのであろうか。文章、詩賦が立派であることは早くから伝わっていたことだろう。

・「五馬」職官爵位、太守。

・「雙魚」文藝、文體、信。

 

 

老思 笻竹 ,冬要 錦衾

年老いてきて思うことは笻竹でつくった杖が必要であり、冬になったら錦衾のふとんで眠るひつようがあるのだ。

・「老思」老荘思想。ここは、年老いてきて思うことは。

・「笻竹」語義類別:物、生物、植物專名(禾本)、竹。杖に向いた竹で、そのまま杖という意味になる。

・「錦衾」生活用品(起居用品)、被。

陳拾遺故宅 蜀中転々 杜甫 <489-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2890 杜甫詩1000-489-#2-772/1500

陳拾遺故宅 #2 杜甫 陳子昂公が生まれるまでは前漢の揚雄と司馬相如の後にに匹敵する人物はまでいない。この名声は、太陽や月にかかるほどである。

 

2013年8月26日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》(15)#5-1 文選 賦<108-#14>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩868 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2888
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
遊城南十六首:題于賓客莊 韓愈(韓退之) <170>Ⅱ中唐詩781 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2889
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 陳拾遺故宅 蜀中転々 杜甫 <489-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2890 杜甫詩1000-489-#2-772/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 曹丕(魏文帝) 《至廣陵於馬上作》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2891 (08/26)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 長安春 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-269-5-#23  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2892
 
 ■最近の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html   
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304   
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html   
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html   
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html   
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html   
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html   
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。   
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html   
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html   
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

陳拾遺故宅 蜀中転々 杜甫 <489-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2890 杜甫詩1000-489-#2-772/1500

 

489-1

陳拾遺故宅 五言古詩 成都6-(27-#1) 杜甫 <489-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2585 杜甫詩1000-489-#1-711/1500

 

杜甫 

作時: 762  寶應元年51

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 

詩題: 陳拾遺故宅【:宅在射洪縣東七里東武山下。】 

作地: 目前尚無資料 

地點:  陳拾遺故宅 (劍南道北部 梓州 射洪)     

通泉 (劍南道北部 梓州 通泉) 別名:沈家坑     

 

 

陳拾遺故宅

〔宅在射洪縣東七里東武山下。〕

拾遺平昔居,大屋尚修椽。

悠揚荒山日,慘澹故園煙。

位下曷足傷,所貴者聖賢。

有才繼騷雅,哲匠不比肩。

(陳拾遺の旧宅について)

拾遺はきょうまでの日常,過ぎた日々をこの居宅で平穏に過ごしている。この古い家とはいえ、大屋根はいまなおきっちり反りあがった縁を奇麗にしている。

天気の良い日は人けのない寂しい山で一日、ゆったりとしてこせこせしないで過ごす。この古い庭園に霞がかかってくるとまるで身動きが取れず惨澹たる過ごし方になる。

才智があり、ざっくばらんであり、優雅でもあることを継承しているし、道理に明るく、知恵があることについては肩を並べるものなどいないのだ。

 

#2

公生揚馬後,名與日月懸。

同遊英俊人,多秉輔佐權。

昭超玉價,郭震起通泉。

到今素壁滑,灑翰銀鉤連。

盛事會一時,此堂豈千年。

終古立忠義,感遇有遺編。

陳子昂公が生まれるまでは前漢の揚雄と司馬相如の後にに匹敵する人物はまでいない。この名声は、太陽や月にかかるほどである。

同様に遊んだものとしては華やかで目立って英俊な人というのはいるものだ。権力者の助けを得て大いに乗っていく者たちである。

初唐の趙昭は玉のように輝くとびぬけた人物である。同じく初唐の郭震は通泉から起して大将軍としてしばしば西北に出陣して名を遺している。

いまに至っては白壁の滑かな状態の様な人材ばかりだ。立派な筆の腕をもてばりっぱな書画というものは連綿となる。

この人たちはこの地区の詩文の事を盛んにした人達で、これら人物が一堂に会したのであるが、この講堂にはどうして一千年の人物に匹敵するものが集まるということになるではないか。

とにかく、昔からいう、忠義の上に立つことであり、感情的に逢うことが出来るのは、文体によって編集されることである。

 

陳拾遺の故宅

〔射洪縣の東七里の東武山の下に宅在り。〕

拾遺 昔居に平ぐ,大屋 尚お椽を修む。

悠揚して荒山の日,慘澹たり故園の煙。

位下りて曷んぞ足傷たらんや,貴所 聖賢の者たり。

才有りて騷雅を繼ぐ,哲匠 肩を比べらざり。

#2

公生 揚馬の後,名與し日月懸る。

同遊して英俊の人,多秉りて輔佐の權。

昭 玉價を超ゆ,郭震 通泉を起す。

到今 素壁の滑,灑翰 銀鉤の連。

盛事 一時に會し,此堂は豈に千年ならん。

終古 忠義に立ち,感遇して遺編に有る。

 

 

 

 

『陳拾遺故宅』 現代語訳と訳註

(本文) #2

公生揚馬後,名與日月懸。

同遊英俊人,多秉輔佐權。

昭超玉價,郭震起通泉。

到今素壁滑,灑翰銀鉤連。

盛事會一時,此堂豈千年。

終古立忠義,感遇有遺編。

 

 

 

(下し文) #2

公生 揚馬の後,名與し日月懸る。

同遊して英俊の人,多秉りて輔佐の權。

昭 玉價を超ゆ,郭震 通泉を起す。

到今 素壁の滑,灑翰 銀鉤の連。

盛事 一時に會し,此堂は豈に千年ならん。

終古 忠義に立ち,感遇して遺編に有る。

 

 

 

(現代語訳)

陳子昂公が生まれるまでは前漢の揚雄と司馬相如の後にに匹敵する人物はまでいない。この名声は、太陽や月にかかるほどである。

同様に遊んだものとしては華やかで目立って英俊な人というのはいるものだ。権力者の助けを得て大いに乗っていく者たちである。

初唐の趙昭は玉のように輝くとびぬけた人物である。同じく初唐の郭震は通泉から起して大将軍としてしばしば西北に出陣して名を遺している。

いまに至っては白壁の滑かな状態の様な人材ばかりだ。立派な筆の腕をもてばりっぱな書画というものは連綿となる。

この人たちはこの地区の詩文の事を盛んにした人達で、これら人物が一堂に会したのであるが、この講堂にはどうして一千年の人物に匹敵するものが集まるということになるではないか。

とにかく、昔からいう、忠義の上に立つことであり、感情的に逢うことが出来るのは、文体によって編集されることである。

 

 

(訳注)

陳拾遺故宅

陳拾遺の旧宅について

・もとの家。旧宅。また、古い家。陳子昂

〔宅在射洪縣東七里東武山下。〕

拾遺の邸宅は梓州射洪縣の東七里の所で東武山の麓にある

 

公生 揚馬 ,名與 日月 懸。

陳子昂公が生まれるまでは前漢の揚雄と司馬相如の後にに匹敵する人物はまでいない。この名声は、太陽や月にかかるほどである。

「公」尊稱美稱、公。

「揚馬」揚雄(漢)と司馬相如(漢)。

 

 

同遊 英俊 ,多秉 輔佐

同様に遊んだものとしては華やかで目立って英俊な人というのはいるものだ。権力者の助けを得て大いに乗っていく者たちである。

 

 

超玉價 ,郭震 通泉

初唐の趙昭は玉のように輝くとびぬけた人物である。同じく初唐の郭震は通泉から起して大将軍としてしばしば西北に出陣して名を遺している。

昭」趙昭(初唐)。(生没年未詳)昭,字を奐然という,甘州の張掖の人である。成人になるまで豪放磊落であった。秀爽のひとであった。進士及第している。,調南部尉になり,左台監察御史を経歴。中宗の景龍年間中,中書侍郎に貶められている,同中書門下平章事に回復。睿宗が立つと,宋州刺史にでる,入為吏部侍郎,遷刑部尚書,封耿國公にのぼりつめる。編詩一卷あり。 關閉窗口。

「郭震」郭震(唐)。郭震(かく しん、656 - 713年)は、中国・唐の詩人。魏州貴郷(河北省大名県)の出身。字は元振(『唐詩選』の通行本は、姓名を郭振と誤っている)。

身の丈七尺の偉丈夫で、任侠を好み、高宗の咸亨(かんこう)4年(673年)、18歳で進士に及第、則天武后に認められて右武衛鎧曹参軍・奉宸監丞となった。その後は大将軍としてしばしば西北に出陣、吐蕃(チベット)・突厥(トルコ)族を撃破して名将と謳われ、景雲2年(711年)には同中書門下三品・吏部尚書に進んだ。しかし玄宗の即位の初め、天子に逆らって新州(広東省新興)に流され、開元元年(713年)、罪を軽減されて饒州(江西省波陽=鄱陽)司馬に遷されたが、途中で死んだ。

「通泉」地名、行政地名、通泉。

 

 

到今 素壁 ,灑翰 銀鉤 連。

いまに至っては白壁の滑かな状態の様な人材ばかりだ。立派な筆の腕をもてばりっぱな書画というものは連綿となる。

「灑翰」器物、文具(單稱)、筆。

「銀鉤」文藝、形容詞彙(書畫)、銀鉤。

 

 

盛事 一時 ,此堂 豈千年

この人たちはこの地区の詩文の事を盛んにした人達で、これら人物が一堂に会したのであるが、この講堂にはどうして一千年の人物に匹敵するものが集まるということになるではないか。

 

 

終古 立忠義 ,感遇 遺編

とにかく、昔からいう、忠義の上に立つことであり、感情的に逢うことが出来るのは、文体によって編集されることである。

「遺編」人、文藝、文體、編。

 

酬別杜二 厳武  蜀中転々 杜甫 <534(附-#2)>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2880 杜甫詩1000-534(附-#2)-770/1500

酬別杜二 厳武 秦嶺山脈の木樹はずっと連なってまたつづく、大江に浮かぶ雲は今度は誰に対して言うことになるか。こうなったら試みに東海の三山に向かう滄海に棹を廻していこうか、六朝の謝朓が敬亭山を詠った時のように自然に浸っていることを羨んではいけないのだ。


2013年8月25日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》(14)#4-6 文選 賦<108-#13>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩867 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2883
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
遊城南十六首:賽神 韓愈(韓退之) <169>Ⅱ中唐詩780 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2884
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 酬別杜二 厳武  蜀中転々 杜甫 <534(附-#2)>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2880 杜甫詩1000-534(附-#2)-770/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 曹丕(魏文帝)  雑詩二首(その二) 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2886 (08/25)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 浣渓沙 其五 (夜夜相思更漏殘) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-268-5-#22  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2887
 
 ■最近の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html   
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304   
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html   
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html   
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html   
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html   
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html   
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。   
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html   
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html   
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

酬別杜二 厳武  蜀中転々 杜甫 <534(-#2)>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2880 杜甫詩1000-534(-#2)-770/1500

 

杜甫は厳武を送って綿州に至って別れた。厳武が杜甫にむくいて別れる詩である。

 

 

酬別杜二  厳武

(杜甫は厳武を送って綿州に至って別れた。厳武が杜甫の詩に対して酬いて別れる詩。)

獨逢堯典日、再観漢宮儀。

こんな「堯典の日」ともいうべき良い秋分の日に一人で逢う、そしてふたたび見たいのはあの漢の朝廷のような政治なのだ。

未効風霜勁、空噺雨露私。

いまだに風霜のようにこの天下が平定される保護の動きはない、ただ雨露のようにうるさくわたしにささやいてくる空しいオチはなしばかりである。

夜鐘清萬戸、曙漏彿千旗。

しかし、夜の鐘はすがすがしく万戸に響き渡るように、、夜明けを告げる水漏時計の知らせで千本の旗が打ち立てられる様に天下を治めるのである。

並向殊庭謁、倶承別館遮。

それに並んでいることは今から天子の前庭の丹庭を抜け階を昇って謁見し、賊共が別館を開いているのを遮断することを承るのだ。

斗城憐菰路、渦水惜餉期。

北斗七星のように偉大な長安城が茨の道ように運河や水路が菰で乱れていることはなげかわしいことである。そこに大水が出て刈りいれのころにおこった事は惜しい限りである。

2

峰樹逞相俘、江言更對垂。

秦嶺山脈の木樹はずっと連なってまたつづく、大江に浮かぶ雲は今度は誰に対して言うことになるか。

試廻溶海擢、莫妬敬亭詩。

こうなったら試みに東海の三山に向かう滄海に棹を廻していこうか、六朝の謝朓が敬亭山を詠った時のように自然に浸っていることを羨んではいけないのだ。

祇是書唐寄、無忘酒共待。

ただ、ここに示すように心の為すままに書を書き寄せることであり、酒をいつも持参して呑むことだけは忘れてはいけない。

但令心事在、未肯鬢毛衰。

そして、心に思うことだけはどうしてもやり遂げることとして、まだまだ鬢毛が衰えるからというのを理由にしてはいけない。

最恨巴山裏、清猨醒夢思。

こうしていても、最も腹に据えかねることは、巴山の里におこった事である。憎たらしい猿のような奴に夢の思いを破られ悩まされたことである。

 

 

杜二に酬い別る       厳 武

独り逢う尭典の日、再び観る漢官の儀。

未だ効さず風霜の勤、空しく怒ず雨露の私。

夜鐘は万戸に清く、曙漏は千旗を払う。

拉びに殊庭に向かって謁す、供に承く別館の追。

斗城に旧路を憐れみ、清水に帰期を惜しむ。

#2

峰樹環た相い伴う、江雲更に誰にか対する。

試みに滄海の棹を廻せ、妬む莫れ敬亨の詩。

祇だ是れ書をば応に寄すべし、忘るる無かれ酒共に持せしことを。

但だ心事をして在らしめば、未だ肯て鬢毛衰えたりとせず。

最も恨む巴山の裏、清猨の夢思を悩ますことを。

2012new02 

 




『酬別杜二』 現代語訳と訳註

(本文)

峰樹環相伴、江雲更對垂。

試廻滄海櫂、莫妬敬亭詩。

祇是書應寄、無忘酒共持。

但令心事在、未肯鬢毛衰。

最恨巴山裏、清猨悩夢思。

 

 

(下し文)

峰樹環た相い伴う、江雲更に誰にか対する。

試みに滄海の棹を廻せ、妬む莫れ敬亨の詩。

祇だ是れ書をば応に寄すべし、忘るる無かれ酒共に持せしことを。

但だ心事をして在らしめば、未だ肯て鬢毛衰えたりとせず。

最も恨む巴山の裏、清猨の夢思を悩ますことを。

 

(現代語訳)

秦嶺山脈の木樹はずっと連なってまたつづく、大江に浮かぶ雲は今度は誰に対して言うことになるか。

こうなったら試みに東海の三山に向かう滄海に棹を廻していこうか、六朝の謝朓が敬亭山を詠った時のように自然に浸っていることを羨んではいけないのだ。

ただ、ここに示すように心の為すままに書を書き寄せることであり、酒をいつも持参して呑むことだけは忘れてはいけない。

そして、心に思うことだけはどうしてもやり遂げることとして、まだまだ鬢毛が衰えるからというのを理由にしてはいけない。

こうしていても、最も腹に据えかねることは、巴山の里におこった事である。憎たらしい猿のような奴に夢の思いを破られ悩まされたことである。

 natsusora01




 

(訳注)

峰樹環相伴、江雲更對垂。

秦嶺山脈の木樹はずっと連なってまたつづく、大江に浮かぶ雲は今度は誰に対して言うことになるか。

・峰樹 秦嶺山脈の木樹。

 

試廻溶海擢、莫妬敬亭詩。

こうなったら試みに東海の三山に向かう滄海に棹を廻していこうか、六朝の謝朓が敬亭山を詠った時のように自然に浸っていることを羨んではいけないのだ。

・遊敬亭山詩 謝朓宣城太守時の作。

茲山亙百里,合杳與雲齊,隱淪既已托,靈異居然棲。

李白『聽胡人吹笛』

胡人吹玉笛。 一半是秦聲。 十月山曉。 梅花落敬亭。

愁聞出塞曲。 淚滿逐臣纓。 卻望長安道。 空懷戀主情。

李白『獨坐敬亭山』

眾鳥高飛盡。 孤云獨去閑。

相看兩不厭。 只有敬亭山。

 

祇是書應寄、無忘酒共待。

ただ、ここに示すように心の為すままに書を書き寄せることであり、酒をいつも持参して呑むことだけは忘れてはいけない。

 

但令心事在、未肯鬢毛衰。

そして、心に思うことだけはどうしてもやり遂げることとして、まだまだ鬢毛が衰えるからというのを理由にしてはいけない。

 

最恨巴山裏、清猨悩夢思。

こうしていても、最も腹に据えかねることは、巴山の里におこった事である。憎たらしい猿のような奴に夢の思いを破られ悩まされたことである。

清猨 ここ数年、三巴や蜀地方において、叛乱が立て続ききに起こり、モグラたたきのように厳武が平定していたことをいう。

酬別杜二  厳武 蜀中転々 杜甫 <534(附-#1)>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2880 杜甫詩1000-534(附-#1)-770/1500

酬別杜二 厳武(杜甫は厳武を送って綿州に至って別れた。厳武が杜甫の詩に対して酬いて別れる詩。)こんな「堯典の日」ともいうべき良い秋分の日に一人で逢う、そしてふたたび見たいのはあの漢の朝廷のような政治なのだ。

 

2013年8月24日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》(13)#4-5 文選 賦<108-#12>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩866 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2878
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
人日城南登高 韓愈(韓退之) <168>Ⅱ中唐詩779 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2879
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 酬別杜二  厳武 蜀中転々 杜甫 <534(附-#1)>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2880 杜甫詩1000-534(附-#1)-770/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 雑詩二首(一) 曹丕(魏文帝) 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2881 (08/24)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 浣渓沙 其四 (緑樹藏鶯鴬正啼) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-267-5-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2882
 
 ■最近の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html   
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304   
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html   
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html   
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html   
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html   
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html   
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。   
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html   
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html   
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

酬別杜二  厳武 蜀中転々 杜甫 <534(-#1)>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2880 杜甫詩1000-534(-#1)-770/1500

 

杜甫は厳武を送って綿州に至って別れた。厳武が杜甫にむくいて別れる詩である。

 

 

酬別杜二  厳武

(杜甫は厳武を送って綿州に至って別れた。厳武が杜甫の詩に対して酬いて別れる詩。)

獨逢堯典日、再観漢宮儀。

こんな「堯典の日」ともいうべき良い秋分の日に一人で逢う、そしてふたたび見たいのはあの漢の朝廷のような政治なのだ。

未効風霜勁、空噺雨露私。

いまだに風霜のようにこの天下が平定される保護の動きはない、ただ雨露のようにうるさくわたしにささやいてくる空しいオチはなしばかりである。

夜鐘清萬戸、曙漏彿千旗。

しかし、夜の鐘はすがすがしく万戸に響き渡るように、、夜明けを告げる水漏時計の知らせで千本の旗が打ち立てられる様に天下を治めるのである。

並向殊庭謁、倶承別館遮。

それに並んでいることは今から天子の前庭の丹庭を抜け階を昇って謁見し、賊共が別館を開いているのを遮断することを承るのだ。

斗城憐菰路、渦水惜餉期。

北斗七星のように偉大な長安城が茨の道ように運河や水路が菰で乱れていることはなげかわしいことである。そこに大水が出て刈りいれのころにおこった事は惜しい限りである。

2

峰樹逞相俘、江言更對垂。試廻溶海擢、莫妬敬亭詩。祇是書唐寄、無忘酒共待。

但令心事在、未肯鬢毛衰。最恨巴山裏、清猨醒夢思。

 

 

杜二に酬い別る       厳 武

独り逢う尭典の日、再び観る漢官の儀。

未だ効さず風霜の勤、空しく怒ず雨露の私。

夜鐘は万戸に清く、曙漏は千旗を払う。

拉びに殊庭に向かって謁す、供に承く別館の追。

斗城に旧路を憐れみ、清水に帰期を惜しむ。

#2

峰樹遠た相い伴う、江雲更に誰にか対する。

試みに槍海の樺を回せ、妬む莫れ敬亨の詩。

祇だ足れ書をば応に寄すべし、忘るる無かれ酒共に持せしことを。

但だ心事をして在らしめば、未だ肯て鬂毛衰えたりとせず。

最も恨む巴山の裏、清猿の夢思を悩ますことを。

 

 

『酬別杜二』 現代語訳と訳註

(本文)

酬別杜二

獨逢堯典日、再観漢宮儀。

未効風霜勁、空噺雨露私。

夜鐘清萬戸、曙漏彿千旗。

並向殊庭謁、倶承別館遮。

斗城憐菰路、渦水惜餉期。

 

 

(下し文)

杜二に酬い別る

独り逢う尭典の日、再び観る漢官の儀。

未だ効さず風霜の勤、空しく怒ず雨露の私。

夜鐘は万戸に清く、曙漏は千旗を払う。

拉びに殊庭に向かって謁す、供に承く別館の追。

斗城に旧路を憐れみ、清水に帰期を惜しむ。

 

 

(現代語訳)

(杜甫は厳武を送って綿州に至って別れた。厳武が杜甫の詩に対して酬いて別れる詩。)

こんな「堯典の日」ともいうべき良い秋分の日に一人で逢う、そしてふたたび見たいのはあの漢の朝廷のような政治なのだ。

いまだに風霜のようにこの天下が平定される保護の動きはない、ただ雨露のようにうるさくわたしにささやいてくる空しいオチはなしばかりである。

しかし、夜の鐘はすがすがしく万戸に響き渡るように、、夜明けを告げる水漏時計の知らせで千本の旗が打ち立てられる様に天下を治めるのである。

それに並んでいることは今から天子の前庭の丹庭を抜け階を昇って謁見し、賊共が別館を開いているのを遮断することを承るのだ。

北斗七星のように偉大な長安城が茨の道ように運河や水路が菰で乱れていることはなげかわしいことである。そこに大水が出て刈りいれのころにおこった事は惜しい限りである。

 

 

(訳注)

酬別杜二

(杜甫は厳武を送って綿州に至って別れた。厳武が杜甫の詩に対して酬いて別れる詩。)

・酬別 酬いて別れる。杜甫が成都から梓州まで送ってきて、その間に多くの詩を厳武とやり取りしている。

 

獨逢堯典日、再観漢宮儀。

こんな「堯典の日」ともいうべき良い秋分の日に一人で逢う、そしてふたたび見たいのはあの漢の朝廷のような政治なのだ。

・堯典 書経の偽古文尚書. 虞書, 堯典とある。堯典日とは天候も気候も素晴らしい天下一の日という意味で、秋分の日というほどの意味。

 

未効風霜勁、空噺雨露私。

いまだに風霜のようにこの天下が平定される保護の動きはない、ただ雨露のようにうるさくわたしにささやいてくる空しいオチはなしばかりである。

 

夜鐘清萬戸、曙漏彿千旗。

しかし、夜の鐘はすがすがしく万戸に響き渡るように、、夜明けを告げる水漏時計の知らせで千本の旗が打ち立てられる様に天下を治めるのである。

 

並向殊庭謁、倶承別館遮。

それに並んでいることは今から天子の前庭の丹庭を抜け階を昇って謁見し、賊共が別館を開いているのを遮断することを承るのだ。

 

斗城憐菰路、渦水惜餉期。

北斗七星のように偉大な長安城が茨の道ように運河や水路が菰で乱れていることはなげかわしいことである。そこに大水が出て刈りいれのころにおこった事は惜しい限りである。

・斗 北斗七星のように偉大な長安城。二十八宿にいう正月…「室」、二月…「奎」、三月…「胃」、四月…「畢」、五月…「参」、六月…「鬼」、七月…「張」、八月…「角」、九月…「氏」、十月…「心」、十一月…「斗」、十二月…「虚」

・菰路 菰のみち、茨の道ように運河や水路が乱れていること。

奉送嚴公入朝十韻 蜀中転々 杜甫 <534-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2870 杜甫詩1000-534-#2-768/1500

奉送嚴公入朝十韻 杜甫 君のゆくころは宮中の鶯も春を喜ぶさえずりをやめてしまい、夏になっていることだろう。参朝してから昼になかなかならずいつしか昼になっているが、自分も朝廷勉めで水時計が昼の刻を報じたのをきいたことを思いだす。

 

2013年8月23日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》(12)#4-4 文選 賦<108-#11>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩865 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2873
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
人日城南登高 韓愈(韓退之) <167>Ⅱ中唐詩778 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2874
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 奉送嚴公入朝十韻 蜀中転々 杜甫 <534-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2870 杜甫詩1000-534-#2-768/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 燕歌行二首 其二 曹丕(魏文帝) 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2876 (08/23)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 浣渓沙 其三 (惆悵夢餘山月斜) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-266-5-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2877
 
 ■最近の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html   
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304   
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html   
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html   
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html   
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html   
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html   
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。   
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html   
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html   
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

奉送嚴公入朝十韻 蜀中転々 杜甫 <534-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2870 杜甫詩1000-534-#2-768/1500

 

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51

掲 載; 杜甫1000首の534-#2首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-769回目   40868

 

 

奉送嚴公入朝十韻

(厳武が成都から中央の朝廷へかえるのを送った詩。)

鼎湖瞻望遠,象闕憲章新。

粛宗皇帝が黄帝のように鼎湖でおかくれになり升天されたためこちらからいくらながめても遠くてみえぬようになってしまわれた。

四海猶多難,中原憶舊臣。

いま天下はまだ平定されず難儀なことが多いので、中原の地では旧臣をおもうて厳武どのを迎え用いることになるのである。

與時安反側,自昔有經綸。

君は昔から経輪で政治力があるとされる、かつては時世のために反逆の徒を安んじていた。

感激張天,從容靜塞塵。

また感激して『詩経(白華)』でいう国運の難難を救うてその威力を張り、出てはゆったりとして塞のちりをしずかならしめた。

南圖回羽翮,北極捧星辰。

それがこんど図南のつばさをむけかえて、北極において星辰をささぐることになった。

#2

漏鼓還思晝,宮鶯罷囀春。

君のゆくころは宮中の鶯も春を喜ぶさえずりをやめてしまい、夏になっていることだろう。参朝してから昼になかなかならずいつしか昼になっているが、自分も朝廷勉めで水時計が昼の刻を報じたのをきいたことを思いだす。

空留玉帳術,愁殺錦城人。

君はいたずらに昔よりの兵法の術をとどめて蜀を去ることにより、錦城の蜀民はみな非常に不安で心配な思いになっている。

閣道通丹地,江潭隱白蘋。

君のゆく蜀桟道は宮殿の丹地の方へと通じているが、自分は濯錦江の百花潭で白蘋にかこまれている。

此生那老蜀,不死會歸秦。

自分の生涯はどうしてこんな蜀に老いはてることができよう、死なずにいのちさえあるなら自分はきっと長安へかえるつもりだ。
公若登臺輔,臨危莫愛身。

君はもし中央で宰相の位にでものぼるであろうから、決して危難にさしかかっても一身を愛惜することなかれ、身命をなげだして国家のためにつくされるであろう。 


 

(厳公が入朝するを送り奉る 十韻)

鼎湖【ていこ】望【せんぼう】遠く、象闕【しょうけつ】憲章新たなり。

四海 猶お多難、中原 旧臣を憶う。

時の与【ため】に反側を安んず、昔より経綸【けいりん】有り。

感激 天歩【てんぽ】を張り、従容【しょうよう】塞塵を静かにす。

南図【なんと】羽翮【うかく】を遅らし、北極 星辰を捧ず。

#2

漏鼓【ろうこ】還た昼を思う、宮鶯 春に囀るを罷む。

空しく留む玉帳の術、愁殺す錦城の人。

閣道 丹地に通ず、江潭 白蘋【はくひん】に隠る。

此の生 ぞ蜀に老いん、死せずんは会ず秦に帰らん。

公若し台輔【だいほ】に登らば、危きに臨みて身を愛すること莫れ。

白蘋005 






















 

『奉送嚴公入朝十韻』 現代語訳と訳註

(本文)

奉送嚴公入朝十韻 #2

漏鼓還思晝,宮鶯罷囀春。空留玉帳術,愁殺錦城人。

閣道通丹地,江潭隱白蘋。此生那老蜀,不死會歸秦。

公若登臺輔,臨危莫愛身。』

 

 (下し文) #2

漏鼓【ろうこ】還た昼を思う、宮鶯 春に囀るを罷む。

空しく留む玉帳の術、愁殺す錦城の人。

閣道 丹地に通ず、江潭 白蘋【はくひん】に隠る。

此の生 ぞ蜀に老いん、死せずんは会ず秦に帰らん。

公若し台輔【だいほ】に登らば、危きに臨みて身を愛すること莫れ。

 

 

 

(現代語訳)

君のゆくころは宮中の鶯も春を喜ぶさえずりをやめてしまい、夏になっていることだろう。参朝してから昼になかなかならずいつしか昼になっているが、自分も朝廷勉めで水時計が昼の刻を報じたのをきいたことを思いだす。

君はいたずらに昔よりの兵法の術をとどめて蜀を去ることにより、錦城の蜀民はみな非常に不安で心配な思いになっている。

君のゆく蜀桟道は宮殿の丹地の方へと通じているが、自分は濯錦江の百花潭で白蘋にかこまれている。

自分の生涯はどうしてこんな蜀に老いはてることができよう、死なずにいのちさえあるなら自分はきっと長安へかえるつもりだ。
君はもし中央で宰相の位にでものぼるであろうから、決して危難にさしかかっても一身を愛惜することなかれ、身命をなげだして国家のためにつくされるであろう。

 

 

(訳注)

漏鼓還思晝,宮鶯罷囀春。

君のゆくころは宮中の鶯も春を喜ぶさえずりをやめてしまい、夏になっていることだろう。参朝してから昼になかなかならずいつしか昼になっているが、自分も朝廷勉めで水時計が昼の刻を報じたのをきいたことを思いだす。

○漏鼓 宮中にある水時計。

杜甫『紫宸殿退朝口號』

外昭容紫袖垂,雙瞻御座引朝儀。

香飄合殿春風轉,花覆千宮淑景移。

晝漏稀聞高閣報,天顏有喜近臣知。

宮中每出歸東省,會送夔龍集鳳池。

(紫后殿より退朝するとき口号)

戸外の昭容 紫袖【しゆう】垂る、御座を双降【そうこう】して朝儀【ちょうぎ】を引く。

香 飄【ひるがえ】りて合殿【ごうでん】春風転じ、花千官を覆いて淑景【しゅくけい】移る。

昼漏【ちゅうろう】聞こゆる稀にして高閣報じ、天顔【てんがん】喜び有って近臣知る。

宮中より毎【つね】に出でて東省に帰る、会送す夔竜【きりゅう】の鳳池に集まるを。

紫宸殿退朝口號 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 238

○思晝 天子の朝に侍ることの久しいことをいう、思とは作者がおもうことをいうのである。

罷囀春 厳武の入京のときが夏であり春がすでにすぎたことをいう。

 

空留玉帳術,愁殺錦城人。

君はいたずらに昔よりの兵法の術をとどめて蜀を去ることにより、錦城の蜀民はみな非常に不安で心配な思いになっている。

○玉帳術 玉帳は兵家の厭勝〔勝利の占い〕の方位であり、主将がもしその方位に軍帳を置くときは堅くして犯すことができないことは玉帳のようだという、これは羌胡に対する方略をさすことからくる。

○錦城人 錦官城中の人、蜀の民をいう。

 

閣道通丹地,江潭隱白蘋。

君のゆく蜀桟道は宮殿の丹地の方へと通じているが、自分は濯錦江の百花潭で白蘋にかこまれている。

○閣道 桟道をいう。成都紀行12首を参考。

○丹地 丹塀、丹庭ともいう、宮殿の階下の土縁、そこには丹を以て地を塗るゆえに丹塀、丹庭という。

○江潭 濯錦江の百花潭。

○隱白蘋 白蘋は白い花のさくよもぎ、水草である、江辺にかくれるのを日蘋にかくれるといっている。

薛濤『酬杜舍人』

雙魚底事到儂家,扑手新詩片片霞。

唱到白蘋洲畔曲,芙蓉空老蜀江花。

酬杜舍人 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-232--#88  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2707


此生那老蜀,不死會歸秦。

自分の生涯はどうしてこんな蜀に老いはてることができよう、死なずにいのちさえあるなら自分はきっと長安へかえるつもりだ。

那老蜀 どうして蜀において老いをすごそうか、すごせないだろう。

・会 必ず。

・秦 長安。

 

公若登臺輔,臨危莫愛身。

君はもし中央で宰相の位にでものぼるであろうから、決して危難にさしかかっても一身を愛惜することなかれ、身命をなげだして国家のためにつくされるであろう。

○公 厳武をさす。

〇台輔 宰相の地位。

○愛 愛惜する。
花鴨004 

奉送嚴公入朝十韻  蜀中転々 杜甫 <534-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2870 杜甫詩1000-534-#1-768/1500

奉送嚴公入朝十韻  杜甫 粛宗皇帝が黄帝のように鼎湖でおかくれになり升天されたためこちらからいくらながめても遠くてみえぬようになってしまわれた。いま天下はまだ平定されず難儀なことが多いので、中原の地では旧臣をおもうて厳武どのを迎え用いることになるのである。

 

2013年8月22日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》(11)#4-3 文選 賦<108-#10>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩864 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2868
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
符讀書城南 韓愈(韓退之) <166-#6>Ⅱ中唐詩777 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2869
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 奉送嚴公入朝十韻  蜀中転々 杜甫 <534-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2870 杜甫詩1000-534-#1-768/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 浣渓沙 其二 (欲上鞦韆四體傭) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-265-5-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2872
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 浣溪沙 其一(淸曉妝成寒食天)韋莊 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-264-5-#18 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2867
 
 ■最近の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html   
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304   
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html   
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html   
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html   
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html   
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html   
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。   
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html   
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html   
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150


 

奉送嚴公入朝十韻  蜀中転々 杜甫 <534-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2870 杜甫詩1000-534-#1-768/1500

 

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の534-#1首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-768回目   40867

厳武が成都から中央の朝廷へかえるのを送った詩。宝応元年夏の作。

桜桃002 






 

奉送嚴公入朝十韻

(厳武が成都から中央の朝廷へかえるのを送った詩。)

鼎湖瞻望遠,象闕憲章新。

粛宗皇帝が黄帝のように鼎湖でおかくれになり升天されたためこちらからいくらながめても遠くてみえぬようになってしまわれた。

四海猶多難,中原憶舊臣。

いま天下はまだ平定されず難儀なことが多いので、中原の地では旧臣をおもうて厳武どのを迎え用いることになるのである。

與時安反側,自昔有經綸。

君は昔から経輪で政治力があるとされる、かつては時世のために反逆の徒を安んじていた。

感激張天,從容靜塞塵。

また感激して『詩経(白華)』でいう国運の難難を救うてその威力を張り、出てはゆったりとして塞のちりをしずかならしめた。

南圖回羽翮,北極捧星辰。

それがこんど図南のつばさをむけかえて、北極において星辰をささぐることになった。

#2

漏鼓還思晝,宮鶯罷囀春。空留玉帳術,愁殺錦城人。

閣道通丹地,江潭隱白蘋。此生那老蜀,不死會歸秦。

公若登臺輔,臨危莫愛身。

 

花鴨002(厳公が入朝するを送り奉る 十韻)

鼎湖【ていこ】望【せんぼう】遠く、象闕【しょうけつ】憲章新たなり。

四海 猶お多難、中原 旧臣を憶う。

時の与【ため】に反側を安んず、昔より経綸【けいりん】有り。

感激 天歩【てんぽ】を張り、従容【しょうよう】塞塵を静かにす。

南図【なんと】羽翮【うかく】を遅らし、北極 星辰を捧ず。

#2

漏鼓【ろうこ】還た昼を思う、宮鶯 春に囀るを罷む。

空しく留む玉帳の術、愁殺す錦城の人。

閣道 丹地に通ず、江潭 白蘋【はくひん】に隠る。

此の生 ぞ蜀に老いん、死せずんは会ず秦に帰らん。

公若し台輔【だいほ】に登らば、危きに臨みて身を愛すること莫れ。

 

 

『奉送嚴公入朝十韻』 現代語訳と訳註

(本文)

奉送嚴公入朝十韻

鼎湖瞻望遠,象闕憲章新。四海猶多難,中原憶舊臣。

與時安反側,自昔有經綸。感激張天,從容靜塞塵。

南圖回羽翮,北極捧星辰。

 

 

(下し文)

(厳公が入朝するを送り奉る 十韻)

鼎湖【ていこ】望【せんぼう】遠く、象闕【しょうけつ】憲章新たなり。

四海 猶お多難、中原 旧臣を憶う。

時の与【ため】に反側を安んず、昔より経綸【けいりん】有り。

感激 天歩【てんぽ】を張り、従容【しょうよう】塞塵を静かにす。

南図【なんと】羽翮【うかく】を遅らし、北極 星辰を捧ず。

 

 

(現代語訳)

(厳武が成都から中央の朝廷へかえるのを送った詩。)

粛宗皇帝が黄帝のように鼎湖でおかくれになり升天されたためこちらからいくらながめても遠くてみえぬようになってしまわれた。

いま天下はまだ平定されず難儀なことが多いので、中原の地では旧臣をおもうて厳武どのを迎え用いることになるのである。

君は昔から経輪で政治力があるとされる、かつては時世のために反逆の徒を安んじていた。

また感激して『詩経(白華)』でいう国運の難難を救うてその威力を張り、出てはゆったりとして塞のちりをしずかならしめた。

それがこんど図南のつばさをむけかえて、北極において星辰をささぐることになった。

 

 

(訳注)

奉送嚴公入朝十韻

(厳武が成都から中央の朝廷へかえるのを送った詩。)

○厳公入朝 762年宝応元年四月十八日粛宗が長生殿に崩じ、この月二十八日己巳、代宗が位に即いた、厳武を召して橋遣使(山陵をつくる長官)となした、武が局を出発したのは夏のことである。

 

鼎湖瞻望遠,象闕憲章新。

粛宗皇帝が黄帝のように鼎湖でおかくれになり升天されたためこちらからいくらながめても遠くてみえぬようになってしまわれた。

○鼎湖 黄帝が死んだ故事、すでに前に見える、粛宗の崩をいう。それとともに新天子代宗皇帝が御即位になって御所の御門には法令が新たにかかげられるに至った。

〇時望 こちらから升天した天子をながめること。

象闕 或は象魏という、象は法令のこと、魏は塗に当たって高くそびえることをいう、古は宮門の闕に法令を掲示した、その門を象魏という。

○憲章 法令をいう、此の句は代宗の即位をいう、即位の初めには法令が新たにでる。

 

四海猶多難,中原憶舊臣。

いま天下はまだ平定されず難儀なことが多いので、中原の地では旧臣をおもうて厳武どのを迎え用いることになるのである。

○多難 叛乱安史軍の史朝義がまだ平定されない。

○中原 都の地方、その地方の官民。

○旧臣 厳武をさす。

 

與時安反側,自昔有經綸。

君は昔から経輪で政治力があるとされる、かつては時世のために反逆の徒を安んじていた。

○与時 時世のために。

○反側 反逆の徒をさす。

○經綸 政治上のきりもりをすること。政治力がある。

 

感激張天,從容靜塞塵。

また感激して『詩経(白華)』でいう国運の難難を救うてその威力を張り、出てはゆったりとして塞のちりをしずかならしめた。

○感激 国恩にはげしく感ずる。

○張天歩 天歩は『詩経(白華)』にみえる、国運の進行をいう、張とは長安を賊の手からとりかえしたことをいう。天歩艱:天運が開けず、時勢が難しいこと。天歩艱難。

○従容 ゆったり。

○静塞塵 とりでのちりをしずかにさせる。成都に来任して其の地をしずめたことをいう。

 

南圖回羽翮,北極捧星辰。

それがこんど図南のつばさをむけかえて、北極において星辰をささぐることになった。

○南圖回羽翮 南図の羽翮をかえすということ、南図は「荘子」(逍遥遊)に鵬という大鳥が九万里に巽をうって南しょうとはかったという話がある、厳武が南方に事功をたでようとしたのに忽ち都へかえることを鵬に此していった。

○北極捧星辰 北極においで星辰をささげる、中央にかえって天子をうやまいこれに仕えることをいう。
くちなしの実01 

嚴公廳宴同詠蜀道畫圖【案:得空字。】 蜀中転々 杜甫 <533>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2865 杜甫詩1000-533-767/1500

杜甫《嚴公廳宴この地図で守るべき範囲は成都の星橋のはるか北には剣閣があり、遠く松州では雪嶺山脈がその東に横たわっていて、西の守備範囲を示している。この国の西と北の異民族の敵とのさかえは山はつづいて断えないし、呉の方まで蜀から江水が相通じている。

 

2013年8月21日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》(10)#4-2 文選 賦<108-#9>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩863 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2863
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
符讀書城南 韓愈(韓退之) <166-#5>Ⅱ中唐詩776 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2864
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 嚴公廳宴同詠蜀道畫圖【案:得空字。】 蜀中転々 杜甫 <533>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2865 杜甫詩1000-533-767/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 又清河作一首 曹丕(魏文帝) 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2866 (08/21)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 浣溪沙 其一(淸曉妝成寒食天)韋莊 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-264-5-#18 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2867
 
 ■最近の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html   
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304   
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html   
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html   
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html   
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html   
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html   
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。   
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html   
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html   
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

嚴公廳宴同詠蜀道畫圖【案:得空字。】 蜀中転々 杜甫 <533  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2865 杜甫詩1000-533-767/1500            

 

詩 題:

作時:762 寶應元年 杜甫51歳 

 

掲 載; 杜甫1000首の533首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-767回目   40866

厳武の官邸の酒宴にあって蜀道の画図を観てともに詠じた詩。宝応元年成都においでの作。

 

 

嚴公廳宴,同詠蜀道畫圖、得空字。

(厳武の官邸の酒宴にあって蜀道の画図を観てともに詠じた詩。〔空の字を得て韻に詠う〕)

日臨公館靜,畫滿地圖雄。

日が官邸のうえにかかって、やかたが静かである。そのおり座敷じゅう画がならべられ蜀道の地図のさまは最も雄大なものにみえる。

劍閣星橋北,松州雪嶺東。

この地図で守るべき範囲は成都の星橋のはるか北には剣閣があり、遠く松州では雪嶺山脈がその東に横たわっていて、西の守備範囲を示している。

華夷山不斷,蜀水相通。

この国の西と北の異民族の敵とのさかえは山はつづいて断えないし、呉の方まで蜀から江水が相通じている。

興與煙霞會,清樽幸不空。

こうやってこの地図を見てみるとわたしの詩興が煙霞の景の趣きと合致するものがある、そしてここには幸いに清々しい酒だるもからっぽでないからいよいよ興がつきはしない。

 

厳公の庁宴に、同じく蜀道の画図を詠ず、空の字を得たり)

日臨みて公館静かなり、画満ちて地図雄なり。

剣閣は星橋の北にあり、松州は雪嶺の東なり。

夷 山断えず、呉濁 水相通ず。

興 煙霞と会す、清樽 幸いに空しからず。 

nat0001 
 














嚴公廳宴』現代語訳と訳註

(本文) 嚴公廳宴,同詠蜀道畫圖、得空字。

日臨公館靜,畫滿地圖雄。

劍閣星橋北,松州雪嶺東。

華夷山不斷,蜀水相通。

興與煙霞會,清樽幸不空。

 

 

(下し文)

(厳公の庁宴に、同じく蜀道の画図を詠ず、空の字を得たり)

日臨みて公館静かなり、画満ちて地図雄なり。

剣閣は星橋の北にあり、松州は雪嶺の東なり。

夷 山断えず、呉濁 水相通ず。

興 煙霞と会す、清樽 幸いに空しからず。

 

 

(現代語訳)

(厳武の官邸の酒宴にあって蜀道の画図を観てともに詠じた詩。〔空の字を得て韻に詠う〕)

日が官邸のうえにかかって、やかたが静かである。そのおり座敷じゅう画がならべられ蜀道の地図のさまは最も雄大なものにみえる。

この地図で守るべき範囲は成都の星橋のはるか北には剣閣があり、遠く松州では雪嶺山脈がその東に横たわっていて、西の守備範囲を示している。

この国の西と北の異民族の敵とのさかえは山はつづいて断えないし、呉の方まで蜀から江水が相通じている。

こうやってこの地図を見てみるとわたしの詩興が煙霞の景の趣きと合致するものがある、そしてここには幸いに清々しい酒だるもからっぽでないからいよいよ興がつきはしない。

 

 

(訳注)

嚴公廳宴,同詠蜀道畫圖、得空字。

(厳武の官邸の酒宴にあって蜀道の画図を観てともに詠じた詩。〔空の字を得て韻に詠う〕)

○庁宴 庁は成都城の府の公堂で、詩中の「公館」をいう、宴はそこでのさかもり。

○覇道 蜀の桟道、陝西省漢中府より四川省成都府へ通ずる道路をいう。

 

日臨公館靜,畫滿地圖雄。

日が官邸のうえにかかって、やかたが静かである。そのおり座敷じゅう画がならべられ蜀道の地図のさまは最も雄大なものにみえる。

○画満 満というのは多くの画図をへやいっぱいにならべたこと。一に列に作る、列はならべること。

 

劍閣星橋北,松州雪嶺東。

この地図で守るべき範囲は成都の星橋のはるか北には剣閣があり、遠く松州では雪嶺山脈がその東に横たわっていて、西の守備範囲を示している。

○剣閣 剣門をいう。厳武の北に対しては剣門と松州を結んだ線までが北の守備範囲であることを云う

○星橋 秦の昭王(始皇帝の曽祖父)は、軍事家であり科学者の李氷に蜀郡の太守(長官)を命じ、当地に派遣した。李氷は「西北部が高く東南部が低い」成都平原の地理を利用し、民を率いて8年がかりで紀元前256年、岷江の分水と治水、土砂排出と防災の設備ともなるこの都江堰水利施設を建設したもので、成都にあるという。

・松州雪嶺東 松州に等吐蕃に対しての保守都瓐府が恭州にあり、厳武の守備範囲ではないため鶺鴒山脈の東までであった。

 

華夷山不斷,蜀水相通。

この国の西と北の異民族の敵とのさかえは山はつづいて断えないし、呉の方まで蜀から江水が相通じている。

○華夷 唐の領土と夷種の異民族の地と。

○呉萄蜀 呉は江蘇・浙江の地方をさす。

 

興與煙霞會,清樽幸不空。

こうやってこの地図を見てみるとわたしの詩興が煙霞の景の趣きと合致するものがある、そしてここには幸いに清々しい酒だるもからっぽでないからいよいよ興がつきはしない。

○興 詩興。

○煙霞 蜀道畫圖中の山水画であると谷部分は靄で描かれる遠くになるほど薄く描かれる遠近法というものと杜甫が詩に詠うのがその範囲であるという。

○空 酒のからっぽなこと。
峨眉山003 

嚴公仲夏枉駕草堂兼攜酒饌得寒字 蜀中転々 杜甫 <532>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2860 杜甫詩1000-532-766/1500

杜甫 嚴公仲夏枉駕草堂 成都尹で天子の使者である厳武がたずねてくれたのは急に自分を召し出そうというような事に関してではないはずだ。かれが自らここまできてくれるというのはまったく自分如き無作法ものを寛大にもてなしてくれるというに外ならぬことであることをわたしは認識している。

 

2013年8月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩 
   
 LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》(9)#4-1 文選 賦<108-(9)#4-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩862 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2858
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩 
 
 LiveDoor
符讀書城南 韓愈(韓退之) <166-#4>Ⅱ中唐詩775 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2859
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor嚴公仲夏枉駕草堂兼攜酒饌得寒字 蜀中転々 杜甫 <532>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2860 杜甫詩1000-532-766/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2861 (08/20)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor思帝鄕 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-263-5-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2697
 
 ■最近の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html   
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304   
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html   
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html   
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html   
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html   
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html   
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。   
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html   
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html   
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

嚴公仲夏枉駕草堂兼攜酒饌得寒字 蜀中転々 杜甫 <532  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2860 杜甫詩1000-532-766/1500



詩 題:
嚴公仲夏枉駕草堂、兼攜酒饌、得寒字。

作時:762 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の532首目-場面中

杜甫ブログ1500回予定の-766回目   40865

 

嚴公仲夏枉駕草堂、兼攜酒饌

作者:杜甫                        

全唐詩・卷227

草堂本一作鄭公枉駕攜饌訪水亭。

 

嚴公仲夏枉駕草堂、兼攜酒饌、得寒字。

(厳武中丞が五月にわざわざ草堂をたずねてくれ、そのうえ酒や食物まで持参でやってきてくれたときに作った詩。但し韻を分けて自分は寒の字を得てつくったのである。)

竹裏行廚洗玉盤,花邊立馬簇金鞍。

成都尹で天子の使者である厳武がたずねてくれたのは急に自分を召し出そうというような事に関してではないはずだ。

非關使者徵求急,自識將軍禮數寬。

かれが自らここまできてくれるというのはまったく自分如き無作法ものを寛大にもてなしてくれるというに外ならぬことであることをわたしは認識している。

百年地闢柴門逈,五月江深草閣寒。

私の人生、百年の生涯をおくるのは、この片田舎でこの柴門の近辺である。五月にあたって濯錦江の水は深くして草堂が寒さを感じるほどなのである。
看弄漁舟移白日,老農何有罄交歡。

ここで厳武は日がな一日舟遊びに興じており、きょうの日をわたしは見ているだけですごした。歳をとり、農業しかできないこの老人がなんで天子の使者たるものと嬉しさを交歓できるというもったいないことである。 

(嚴公 仲夏に 草堂に枉駕し、兼ねて酒饌を攜える、寒の字を得たり)

竹裏 行廚 玉盤を洗い,花邊 立馬し 金鞍を簇【むらが】る。

使者 徵求【ちょうきゅう】の急なるに關するに非らず,自ら識る將軍禮數【れいすう】の寬なるを。

百年地闢【ちへき】柴門逈【はる】かに,五月江深うして草閣の寒。

 漁舟を看弄して白日に移る,老農 何んぞ交歡を罄【つく】す有らん。

 

花鴨003








 

『嚴公仲夏枉駕草堂』 現代語訳と訳註

(本文)

嚴公仲夏枉駕草堂、兼攜酒饌、得寒字。

竹裏行廚洗玉盤,花邊立馬簇金鞍。

非關使者徵求急,自識將軍禮數寬。

百年地闢柴門逈,五月江深草閣寒。

看弄漁舟移白日,老農何有罄交歡。
 

 

(下し文)

(嚴公 仲夏に 草堂に枉駕し、兼ねて酒饌を攜える、寒の字を得たり)

竹裏 行廚 玉盤を洗い,花邊 立馬し 金鞍を簇【むらが】る。

使者 徵求【ちょうきゅう】の急なるに關するに非らず,自ら識る將軍禮數【れいすう】の寬なるを。

百年地闢【ちへき】柴門逈【はる】かに,五月江深うして草閣の寒。

 漁舟を看弄して白日に移る,老農 何んぞ交歡を罄【つく】す有らん。

 

 

(現代語訳)

(厳武中丞が五月にわざわざ草堂をたずねてくれ、そのうえ酒や食物まで持参でやってきてくれたときに作った詩。但し韻を分けて自分は寒の字を得てつくったのである。)

成都尹で天子の使者である厳武がたずねてくれたのは急に自分を召し出そうというような事に関してではないはずだ。かれが自らここまできてくれるというのはまったく自分如き無作法ものを寛大にもてなしてくれるというに外ならぬことであることをわたしは認識している。

私の人生、百年の生涯をおくるのは、この片田舎でこの柴門の近辺である。五月にあたって濯錦江の水は深くして草堂が寒さを感じるほどなのである。ここで厳武は日がな一日舟遊びに興じており、きょうの日をわたしは見ているだけですごした。歳をとり、農業しかできないこの老人がなんで天子の使者たるものと嬉しさを交歓できるというもったいないことである。

 

花鴨003 

(訳注)

嚴公仲夏枉駕草堂,兼攜酒饌(得寒字)

(厳武中丞が五月にわざわざ草堂をたずねてくれ、そのうえ酒や食物まで持参でやってきてくれたときに作った詩。但し韻を分けて自分は寒の字を得てつくったのである。)

宝応元年五月の作。

○厳公 厳武中丞公。

○仲夏 五月。

○饌 食物。

○得寒字 主客共に詩を賎し、その用いる韻字に「寒」の字があたったこと。本詩は【頸聯】第六句に寒の字を押韻している。

 

【首聯】

竹裏行廚洗玉盤,花邊立馬簇金鞍。

嬉しいことで、竹林のなかで台所方が玉盤を洗っている、浣花渓草堂の周りに花がさいいていて金鞍をむらがらせて馬が立ちならんでいる。

○竹裏 草堂の庭のたけやぶのなか。

○行厨 携帯してきた台所。

○玉盤 玉の大皿。

○立馬 馬は従者の騎馬。

 

【頷聯】

非關使者徵求急,自識將軍禮數寬。

成都尹で天子の使者である厳武がたずねてくれたのは急に自分を召し出そうというような事に関してではないはずだ。かれが自らここまできてくれるというのはまったく自分如き無作法ものを寛大にもてなしてくれるというに外ならぬことであることをわたしは認識している。

○使者徴求急 使者は厳武をいうが、厳武は成都尹で地方官であるから天子の使者であるということで、徴求は賢者をめし求めることである。厳武は杜甫を成都の書記官に向かえようということであった。 「荘子」(譲王)にみえる顔闔の故事を用いる、魯に顔闔という賢人があり、魯君よりめしだしの使者がやって来たとき、顔闔がお答えしていうのは、もし聞き誤りがあってはすまぬゆえ、願わくはもう一度かえって果たして顔闔をお召しになっておられるのかどうかただされよと。使者がもどって来たところが、顔闔はそのまによそににげ去った。

○将軍 厳武は成都の市長であるから将軍という。

○礼数寛 礼数とは礼儀をいう、すべて礼儀には階級あるゆえ度数はつきものである、故に礼数という、寛とは人に求めるのに厳重でないことをいう。

 

【頸聯】

百年地辟柴門迥,五月江深草閣寒。

私の人生、百年の生涯をおくるのは、この片田舎でこの柴門の近辺である。五月にあたって濯錦江の水は深くして草堂が寒さを感じるほどなのである。

〇百年 生涯をいう。

○他僻 僻はかたよること。片田舎で。

○柴門迥 残りの人生をこの柴門のまわりで過ごすことと認識している。柴門を帰るところとしている。

〇五月 題の仲夏をいう。寒に対しての仲夏である。

○江 濯錦江。

○革閣 草堂。

○寒 仲夏ゆえ本来は寒くはないのだが竹林中に在って清江の深い水にのぞんでいることで涼しいを飛び越えて寒くおぼえるというのである。

 

【尾聯】

看弄漁舟移白日,老農何有罄交歡。

ここで厳武は日がな一日舟遊びに興じており、きょうの日をわたしは見ているだけですごした。歳をとり、農業しかできないこの老人がなんで天子の使者たるものと嬉しさを交歓できるというもったいないことである。

〇看弄 看るのではあるが無駄なものにしている。杜甫は厳武が舟遊びをしているのをただ見るだけであるということ。

○漁舟 魚をとる釣舟をいう、厳武がふなあそびをするのである。

○移白日 移白日は白日移とおなじ、一日の時間のたつことをいう。

○老農 としよりの百姓、杜甫自身をいう。

○交歓 たがいによろこぶ、末句は謙遜の辞である。
 

謝嚴中丞送青城山道士乳酒一瓶 蜀中転々 杜甫 <531>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2855 杜甫詩1000-531-765/1500

謝嚴中丞送青城山道士乳酒一瓶 それは、あなたが馬に鞭を打って走って送りとどけてくださるということは、隠遁している爺では経験できないから憐れとおもっていただいたからで、盃を洗ってそれから盃をなめて口にさせていただきました、それで、このお酒は騎馬民族のお酒であるから、騎馬の兵士に十分対抗できるというものだと心強く感じたところです。(2015/3/3改訂)
 

2013年8月19日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》(8)#3-2 文選 賦<108-(8)#3-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩861 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2853
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
符讀書城南 韓愈(韓退之) <166-#3>Ⅱ中唐詩774 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2854
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 謝嚴中丞送青城山道士乳酒一瓶 蜀中転々 杜甫 <531>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2855 杜甫詩1000-531-765/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 寡婦 曹丕(魏文帝) 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2856 (08/19)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 淸平樂(三) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-262-5-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2692
 
 ■最近の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html  
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html  
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html  
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html  
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html  
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html  
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。  
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。  
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html  
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html  
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

謝嚴中丞送青城山道士乳酒一瓶 蜀中転々 杜甫 <531  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2855 杜甫詩1000-531-765/1500  

 

詩 題:

作時:762 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の531首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-765回目   40864

 

 

謝嚴中丞送青城山道士乳酒一瓶

(厳武中丞が青城山の道士がこしらえた乳酒一瓶をもたせて送ってくれたことについて感謝を述べた詩)

山瓶乳酒下青雲,氣味濃香幸見分。

さすがに靑城山に酒甕を持ってのぼり、乳酒をいれて雲の下に降りてくるほどのお酒であり、雰囲気や味は濃厚であり香りもよく、幸せなことにこのようなお酒にめぐり会えてのみわけることが出来きました。

鳴鞭走送憐漁父,洗盞開對馬軍。

それは、あなたが馬に鞭を打って走って送りとどけてくださるということは、隠遁している爺では経験できないから憐れとおもっていただいたからで、盃を洗ってそれから盃をなめて口にさせていただきました、それで、このお酒は騎馬民族のお酒であるから、騎馬の兵士に十分対抗できるというものだと心強く感じたところです。

 

(嚴中丞に謝して青城山の道士 乳酒一瓶をもって送る)

山瓶 乳酒 青雲に下り,氣味 濃香 幸にして見分する。

鞭を鳴らして走送し漁父を憐み,盞を洗して開馬軍に對す。

王屋山01 

 

『謝嚴中丞送青城山道士乳酒一瓶』 現代語訳と訳註

(本文)

山瓶乳酒下青雲,氣味濃香幸見分。

鳴鞭走送憐漁父,洗盞開對馬軍。

 

(下し文)

(嚴中丞に謝して青城山の道士 乳酒一瓶をもって送る)

山瓶 乳酒 青雲に下り,氣味 濃香 幸にして見分する。

鞭を鳴らして走送し漁父を憐み,盞を洗して開馬軍に對す。

 

(現代語訳)

(厳武中丞が青城山の道士がこしらえた乳酒一瓶をもたせて送ってくれたことについて感謝を述べた詩)

さすがに靑城山に酒甕を持ってのぼり、乳酒をいれて雲の下に降りてくるほどのお酒であり、雰囲気や味は濃厚であり香りもよく、幸せなことにこのようなお酒にめぐり会えてのみわけることが出来きました。

それは、あなたが馬に鞭を打って走って送りとどけてくださるということは、隠遁している爺では経験できないから憐れとおもっていただいたからで、盃を洗ってそれから盃をなめて口にさせていただきました、それで、このお酒は騎馬民族のお酒であるから、騎馬の兵士に十分対抗できるというものだと心強く感じたところです。

 

 

(訳注)

謝嚴中丞送青城山道士乳酒一瓶

(厳武中丞が青城山の道士がこしらえた乳酒一瓶をもたせて送ってくれたことについて感謝を述べた詩)

・青城山 青城山は中國道教發源地の一で、蜀における道教名山の一である。四川省都江堰市西南(地図B-5)に位置し,古くは「丈人山」とよばれていた,成都市の西方68km,都江堰水利施設から10kmみなみにある。主峰は老霄頂といい、海拔1600m。四川の名山としては、劍門の險、峨嵋の秀、夔門の雄と並び称される。「青城天下の幽」ということで美しい山とされている。

『贈虞十五司馬』

交態知浮俗,儒流不異門。

過逢聯客位,日夜倒芳尊。

沙岸風吹葉,雲江月上軒。

百年嗟已半,四座敢辭喧。

書籍終相與,青山隔故園。

交態 浮俗を知り,儒流 門の異ならず。

過逢して 客位に聯なり,日夜 倒芳 尊ぶ。

沙岸 風吹の葉,雲江 月軒に上る。

百年 嗟已に半なり,四座 敢えて辭喧す。

書籍 終に相い與り,青山 故園を隔つ。

贈虞十五司馬 成都5-(10-2) 杜甫 <463-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2265 杜甫詩1000-463-#2-647/1500 

『丈人山』

自為青城客,不唾青城地。

為愛丈人山,丹梯近幽意。

丈人祠前佳氣濃,綠雲擬住最高峰。

掃除白發黃精在,君看他時冰雪容。

(丈人山)

自ら青城の客と為し,「不唾」は青城の地なり。

為に丈人山を愛し,丹梯 幽意に近し。

丈人 祠前にして佳氣濃く,綠雲 住に擬う 最高峰に。

白發を掃除しては「黃精在」あり,君看るや 他時 冰雪の容を。

丈人山 成都5-(8) 杜甫 <461  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2250 杜甫詩1000-461-644/1500

『赴青城縣出成都寄陶王二少尹』

老被樊籠役,貧嗟出入勞。

客情投異縣,詩態憶吾曹。

東郭滄江合,西山白雪高。

文章差底病,回首興滔滔。

(成都を出で青城縣に赴く陶・王二少尹に寄す)

老いて 樊籠【はんろう】の役を被い,貧して 出入の勞を嗟【なげ】く。

客情 異縣に投じ,詩態 吾曹に憶う。

東郭 滄江に合い,西山 白雪高し。

文章は底病に差【たが】い,首を回らせば興 滔滔【とうとう】たり。

赴青城縣出成都寄陶王二少尹 成都5-(4) 杜甫 <457  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2230 杜甫詩1000-457-640/1500

・乳酒 家畜の乳を発酵させてつくった酒。乳に含まれる乳糖を酵母で発酵させると,アルコール1%前後の酒ができるが,乳酸菌による乳酸発酵も併行しておこるため酸味を呈する。中央アジアの遊牧民族の間で古くから飲まれていた酒で,《隋書突厥伝(ずいしよとつくつでん)》(636)に馬乳酒を飲む風俗が記録され,唐代の詩人杜甫(712770)も〈山瓶(さんびよう)の乳酒青雲より下る〉とうたっている。カフカス山地のケフィール(ケフィア)は馬,羊,ヤギ,牛の乳にケフィールグレインと呼ぶある種の植物種子を加えて発酵させたアルコール性乳酸飲料である。

 

山瓶乳酒下青雲,氣味濃香幸見分。

さすがに靑城山に酒甕を持ってのぼり、乳酒をいれて雲の下に降りてくるほどのお酒であり、雰囲気や味は濃厚であり香りもよく、幸せなことにこのようなお酒にめぐり会えてのみわけることが出来きました。

見分 1 実際に立ち会って検査すること。調べ見届けること。「立地条件をする」2 見かけ。みてくれ。外見。

 

鳴鞭走送憐漁父,洗盞開對馬軍。

それは、あなたが馬に鞭を打って走って送りとどけてくださるということは、隠遁している爺では経験できないから憐れとおもっていただいたからで、盃を洗ってそれから盃をなめて口にさせていただきました、それで、このお酒は騎馬民族のお酒であるから、騎馬の兵士に十分対抗できるというものだと心強く感じたところです。

・漁父 隠遁者のお相手が猟師か漁師である。かれらにはこの乳酒がないので憐れと云った。

馬軍 馬に乗った兵士。騎兵。騎馬民族の飲むお酒であるから、騎兵に対抗できるといったもので、杜甫の三段論法の冗談である。
題新津北橋棲00 

中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之二蜀中転々 杜甫 <530>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2850 杜甫詩1000-530-764/1500

嚴公雨中見寄一奉答兩,二首之二 ただ、隠遁者の私は誰の訪問を期待しないがあなたが立ち寄ってくれるためには、とにかく、竹藪をを伐採し、荒れた小路でもいいから切り開くし、わたしは杖に寄りかかって花を斬って飾、あなたの馬のいななきを聞きたいと思っている。

 

2013年8月18日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》(7)#3-1 文選 賦<108-(7)#3-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩860 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2848
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
符讀書城南 韓愈(韓退之) <166-#2>Ⅱ中唐詩773 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2849
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之二蜀中転々 杜甫 <530>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2850 杜甫詩1000-530-764/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 擬魏太子鄴中集詩八首  《平原侯值》 謝靈運 六朝詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2851 (08/18)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 淸平樂 (二) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-261-5-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2687
 
 ■最近の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html  
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html  
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html  
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html  
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html  
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html  
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。  
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。  
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html  
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html  
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150


 

 

中丞嚴公雨中垂寄見憶一,奉答二,二首之二蜀中転々 杜甫 <530  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2850 杜甫詩1000-530-764/1500

 

 

卷別: 卷二二七  文體: 七言  

詩題: 中丞嚴公雨中垂寄見憶一,奉答二,二首之二【嚴公雨中見寄一奉答兩,二首之二】 

交遊人物/地點: 嚴武 書信往來(劍南道北部 益州 成都)

 

中丞嚴公雨中垂寄見憶一,奉答二,二首之一 

(厳武中丞が雨の中私に絶句一首贈り寄せ届けてくれたので私は絶句二首を作って贈り奉る。二首の其の一)

雨映行宮辱贈詩,元戎肯赴野人期。 

春も過ぎて雨に草木が映える季節になり成都の役所に出かけ恥ずかしながら詩を贈ります。元帥殿には敢て赴くとこの野人の私と約束をしてくれました。

江邊老病雖無力,強擬晴天理釣絲。 

濯錦江のほとりに住まいする持病に悩む此の老いぼれは元気を出そうとすれどもやっぱり力が出ません。カラ元気かもしれないが晴天の日には釣竿に糸を垂れることが一番だと悟っております。

(中丞嚴公の雨中垂れる一憶うを見寄せる,二答え奉つる,二首の一) 

雨に映るは行宮して辱しくも詩を贈り,元戎 肯して赴き 野人の期を。 

江邊 老病 雖ど力無く,強と擬して晴天 釣絲を理す。 
  

中丞嚴公雨中垂寄見憶一,奉答二,二首之二

(厳武中丞が雨の中私に絶句一首贈り寄せ届けてくれたので私は絶句二首を作って贈り奉る。二首の其の二)

何日雨晴雲出溪,白沙青石先無泥。

何日のことだったのか、雨が晴れても雲は、谷から出て空に浮かんでいた、濯錦江の中洲の白沙があり、澄んだ水に石があり、まず泥などはない。

只須伐竹開荒徑,倚杖穿花聽馬嘶。

ただ、隠遁者の私は誰の訪問を期待しないがあなたが立ち寄ってくれるためには、とにかく、竹藪をを伐採し、荒れた小路でもいいから切り開くし、わたしは杖に寄りかかって花を斬って飾、あなたの馬のいななきを聞きたいと思っている。

 

(中丞嚴公の雨中垂れる一憶うを見寄せる,二答え奉つる,二首の二) 

何の日か雨か晴か 雲は溪より出づ,白沙 青石 先んずは無泥なり。

只だ須く竹を伐り荒徑を開き,杖に倚りて花を穿ち馬の嘶きを聽く。

 

 

『中丞嚴公雨中垂寄見憶一,奉答二,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

竹林0021何日雨晴雲出溪,白沙青石先無泥。

只須伐竹開荒徑,倚杖穿花聽馬嘶。

 

詩文(含異文)

何日雨晴雲出溪,白沙青石先無泥【白沙青石洗無泥】。只須伐竹開荒徑,倚杖穿花聽馬嘶【拄杖穿花聽馬嘶】【拄杖穿花聽鳥啼】【倚杖穿花聽鳥啼】。 

 

 

(下し文)

(中丞嚴公の雨中垂れる一憶うを見寄せる,二答え奉つる,二首の二) 

何の日か雨か晴か 雲は溪より出づ,白沙 青石 先んずは無泥なり。

只だ須く竹を伐り荒徑を開き,杖に倚りて花を穿ち馬の嘶きを聽く。

 

 

(現代語訳)

(厳武中丞が雨の中私に絶句一首贈り寄せ届けてくれたので私は絶句二首を作って贈り奉る。二首の其の二)

何日のことだったのか、雨が晴れても雲は、谷から出て空に浮かんでいた、濯錦江の中洲の白沙があり、澄んだ水に石があり、まず泥などはない。

ただ、隠遁者の私は誰の訪問を期待しないがあなたが立ち寄ってくれるためには、とにかく、竹藪をを伐採し、荒れた小路でもいいから切り開くし、わたしは杖に寄りかかって花を斬って飾、あなたの馬のいななきを聞きたいと思っている。

 

 

 

(訳注)

中丞嚴公雨中垂寄見憶一,奉答二,二首之二

(厳武中丞が雨の中私に絶句一首贈り寄せ届けてくれたので私は絶句二首を作って贈り奉る。二首の其の二)

○厳中丞 厳武。

 

何日 雨晴 出溪 ,白沙 青石 無泥

何日のことだったのか、雨が晴れても雲は、谷から出て空に浮かんでいた、濯錦江の中洲の白沙があり、澄んだ水に石があり、まず泥などはない。

 

 

只須 伐竹 荒徑 ,倚杖 穿花 馬嘶

ただ、隠遁者の私は誰の訪問を期待しないがあなたが立ち寄ってくれるためには、とにかく、竹藪をを伐採し、荒れた小路でもいいから切り開くし、わたしは杖に寄りかかって花を斬って飾、あなたの馬のいななきを聞きたいと思っている。

 

★杜甫は厳武のことが大好きであった。この詩はそれが最もよくわかる詩である。

この詩の鑑賞は何度も読み返すとわかると思う。この二首は杜甫の詩集の中ではマイナーなものとされているが杜甫の人となりがよくわかるものであること、このブログの読者の方には理解していただきたいと願っている。
杜甫像0012 

中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之一 蜀中転々 杜甫 <529>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2845 

厳武に絶句二首之一 春も過ぎて雨に草木が映える季節になり成都の役所に出かけ恥ずかしながら詩を贈ります。元帥殿には敢て赴くとこの野人の私と約束をしてくれました。濯錦江のほとりに住まいする持病に悩む此の老いぼれは元気を出そうとすれどもやっぱり力が出ません。


2013年8月17日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》 文選 賦<108-(6)#2-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩859 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2843
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
符讀書城南 韓愈(韓退之) <166>Ⅱ中唐詩772 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2844
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之一 蜀中転々 杜甫 <529>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2845 
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 淸平樂(一) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-260-5-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2682
 
 ■最近の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html  
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html  
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html  
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html  
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html  
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html  
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。  
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。  
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html  
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html  
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

中丞嚴公雨中垂寄見憶一,奉答二,二首之一 蜀中転々 杜甫 <529  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2845 

 

杜甫詩1000-529-763/1500            

詩題:中丞嚴公雨中垂寄見憶一,奉答二,二首之一

作時:762 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の529首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-763回目   40862

 

 

作者: 杜甫 

皇帝紀年: 寶應元年 

寫作時間: 762 

寫作年紀: 51 

卷別: 卷二二七  文體: 七言 

詩題: 中丞嚴公雨中垂寄見憶一,奉答二,二首之一【嚴公雨中見寄一奉答兩,二首之一】 

交遊人物/地點: 嚴武 書信往來(劍南道北部 益州 成都)

 

 

詩文:

中丞嚴公雨中垂寄見憶一,奉答二,二首之一 

(厳武中丞が雨の中私に絶句一首贈り寄せ届けてくれたので私は絶句二首を作って贈り奉る。二首の其の一)

雨映行宮辱贈詩,元戎肯赴野人期。 

春も過ぎて雨に草木が映える季節になり成都の役所に出かけ恥ずかしながら詩を贈ります。元帥殿には敢て赴くとこの野人の私と約束をしてくれました。

江邊老病雖無力,強擬晴天理釣絲。 

濯錦江のほとりに住まいする持病に悩む此の老いぼれは元気を出そうとすれどもやっぱり力が出ません。カラ元気かもしれないが晴天の日には釣竿に糸を垂れることが一番だと悟っております。

 

(中丞嚴公の雨中垂れる一憶うを見寄せる,二答え奉つる,二首の一) 

雨に映るは行宮して辱しくも詩を贈り,元戎 肯して赴き 野人の期を。 

江邊 老病 雖ど力無く,強と擬して晴天 釣絲を理す。 
 

 くちなしの花






『中丞嚴公雨中垂寄見憶一,奉答二,二首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

中丞嚴公雨中垂寄見憶一,奉答二,二首之一 

雨映行宮辱贈詩,元戎肯赴野人期。 

江邊老病雖無力,強擬晴天理釣絲。 

 

詩文(含異文)

雨映行宮辱贈詩【雨映行官辱贈詩】【雨映行雲辱贈詩】,元戎肯赴野人期【元戎欲動野人知】。

江邊老病雖無力,強擬晴天理釣絲。 

 

 

(下し文)

(中丞嚴公の雨中垂れる一憶うを見寄せる,二答え奉つる,二首の一) 

雨に映るは行宮して辱しくも詩を贈り,元戎 肯して赴き 野人の期を。 

江邊 老病 雖ど力無く,強と擬して晴天 釣絲を理す。 

 

 

(現代語訳)

(厳武中丞が雨の中私に絶句一首贈り寄せ届けてくれたので私は絶句二首を作って贈り奉る。二首の其の一)

春も過ぎて雨に草木が映える季節になり成都の役所に出かけ恥ずかしながら詩を贈ります。元帥殿には敢て赴むくとこの野人の私と約束をしてくれました。

濯錦江のほとりに住まいする持病に悩む此の老いぼれは元気を出そうとすれどもやっぱり力が出ません。カラ元気かもしれないが晴天の日には釣竿に糸を垂れることが一番だと悟っております。

 

 

(訳注)

中丞嚴公雨中垂寄見憶一,奉答二,二首之一 

(厳武中丞が雨の中私に絶句一首贈り寄せ届けてくれたので私は絶句二首を作って贈り奉る。二首の其の一)

○厳中丞 厳武。杜甫は厳武について、これまでも多く詩に詠っている。

相逢歌贈嚴二別駕 楽府(七言歌行) 成都6-(23) 杜甫 <485  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2565 杜甫詩1000-485-707/1500

遭田父泥飲美嚴中丞 五言古詩 成都6-(10-4) 杜甫 <475-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2500 杜甫詩1000-475-#4-694/1500

寄岳州賈司馬六丈、巴州嚴八使君兩閣老五十韻 杜甫 <317-#9> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1472 杜甫詩 700- 455

留別賈嚴二閣老兩院補缺 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 275

奉贈嚴八閣老 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 187

奉和嚴中丞西城晚眺十韻 蜀中転々 杜甫 <505-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2715 杜甫詩1000-505-#1-737/1500

奉和嚴中丞西城晚眺十韻 蜀中転々 杜甫 <505-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2720 杜甫詩1000-505-#2-738/1500

嚴中丞枉駕見過 嚴中丞枉駕見過【案:自注:嚴自東川除西川,敕令兩川都節制。】 蜀中転々 杜甫 <506  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2725 杜甫詩1000-506-739/1500

 

 

雨映 行宮 贈詩 ,元戎 肯赴 野人

春も過ぎて雨に草木が映える季節になり成都の役所に出かけ恥ずかしながら詩を贈ります。元帥殿には敢て赴くとこの野人の私と約束をしてくれました。

「行宮」成都尹である厳武が入る役所を指す。蜀の国の宮殿であった。「明皇出蜀,以行宮為道觀。」(明皇が蜀を出立され,それ以降成都にある宮殿は玄宗に因んだ道教の寺観となっていた。)

「辱」謙遜語。

「詩」絶句の詩のこと。

「元戎」元帥。厳武のこと。この段階では剣南西川節度使は別のものが幕府としていた。

「野人」杜甫のこと。隠棲しているものを野人と云い、しばしば使う。

「期」約束。

 

 

江邊 老病 雖無力 ,強擬 晴天 釣絲

濯錦江のほとりに住まいする持病に悩む此の老いぼれは元気を出そうとすれどもやっぱり力が出ません。カラ元気かもしれないが晴天の日には釣竿に糸を垂れることが一番だと悟っております。

「江邊」浣花渓草堂の前を流れる濯錦江のこと。

「強擬」から元気。

「釣絲」釣り糸を垂れること。釣りのポイントがいくつもあったようだ。

 成都関連地図 00

《寄題杜二錦江野亭》 厳武  蜀中転々 <528(附)>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2840 杜甫詩1000-528(附)-762/1500

厳武が杜甫に贈った詩 《寄題杜二錦江野亭》あなたはそんなことをせずともよいのに錦江ほとりに釣竿を把ったり、無精もので砂の原の草に眠ったり、風に音する早瀬の音を愛したりしている。

2013年8月16日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》 文選 賦<108-(5)#2-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩858 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2838
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
嘲魯連子 韓愈(韓退之) <165>Ⅱ中唐詩771 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2839
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 《寄題杜二錦江野亭》 厳武  蜀中転々 <528(附)>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2840 杜甫詩1000-528(附)-762/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 《擬魏太子鄴中集詩八首 應瑒》 謝靈運 六朝詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2841 (08/16)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 謁金門 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-259-5-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2677
 
 ■最近の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html  
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html  
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html  
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html  
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html  
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html  
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。  
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。  
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html  
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html  
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

《寄題杜二錦江野亭》 厳武蜀中転々 杜甫 <528()>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2840 杜甫詩1000-528()-762/1500

 

 

寄題杜二錦江野亭 (寄題杜拾遺錦江野亭) 厳武

(友人の杜甫殿の錦江の野亭にこの詩を寄せる。)

漫向江頭把釣竿、懶眠沙草愛風湍。

あなたはそんなことをせずともよいのに錦江ほとりに釣竿を把ったり、無精もので砂の原の草に眠ったり、風に音する早瀬の音を愛したりしている。

莫倚蓄題鸚鵡賦何須不著鵔義

禰衛のごとく「鸚鵡の賦」をよくつくれるといってもそんなことをたのむことはないし、あくまで仕官しないと鵔義の冠を着けないといって頑張っている必要がどこにある。

腹中書籍幽時曬、肘後醫方静處看。

おまえはしずかなときに腹のなかの書物を虫ぼしにしたり、てぢかな医術の心得の本などを静かな処で看ている。

興發會能馳駿馬、應須直到使君灘。

自分は風流の興がおこったならば必ず駿馬をとはしてすぐおまえのそばの「使君灘」までゆこうとおもっている。

 くちなしの実01






 

『寄題杜二錦江野亭』 現代語訳と訳註

(本文)

漫向江頭把釣竿、懶眠沙草愛風湍。

莫倚蓄題鸚鵡賦何須不著鵔義

腹中書籍幽時曬、肘後醫方静處看。

興發會能馳駿馬、應須直到使君灘。

 

 千畳敷0010

(下し文)

(杜二が錦江の野亭に寄せ題す)    厳武

漫りに江頭に向かって釣竿【ちょうかん】を把る、懶【らん】にして沙草に眠り風瑞を愛す。

善く鸚鵡の賦を題するに倚ること莫れ、何ぞ夋義の冠を着けざるを須いん。

腹中の書籍幽時に曬【さら】し、肘後の医方は静処に看る。

興発せば会ず能く駿馬を馳せ、終に当に直に使君灘に到るべし。

 

 

(現代語訳)

(友人の杜甫殿の錦江の野亭にこの詩を寄せる。)

あなたはそんなことをせずともよいのに錦江ほとりに釣竿を把ったり、無精もので砂の原の草に眠ったり、風に音する早瀬の音を愛したりしている。

禰衛のごとく「鸚鵡の賦」をよくつくれるといってもそんなことをたのむことはないし、あくまで仕官しないと鵔義の冠を着けないといって頑張っている必要がどこにある。

おまえはしずかなときに腹のなかの書物を虫ぼしにしたり、てぢかな医術の心得の本などを静かな処で看ている。

自分は風流の興がおこったならば必ず駿馬をとはしてすぐおまえのそばの「使君灘」までゆこうとおもっている。

 

 

(訳注)

寄題杜二錦江野亭 (寄題杜拾遺錦江野亭) 厳武

(友人の杜甫殿の錦江の野亭にこの詩を寄せる。)

○杜二(拾遺) 杜甫をさす。

○錦江野亭 草堂をさす。

 

漫向江頭把釣竿、懶眠沙草愛風湍。

あなたはそんなことをせずともよいのに錦江ほとりに釣竿を把ったり、無精もので砂の原の草に眠ったり、風に音する早瀬の音を愛したりしている。

○江頭 錦江のほとり。

○把釣竿 杜の隠居生活をいう。

○懶 らん 杜甫のぶしょうなこと。隠遁者には誉め言葉になる。

○沙草 沙上のくさ。風瑞 風声をおびたはやせのおと。

★この二句は隠遁者の風流を云う。

 

莫倚蓄題鸚鵡賦、何須不著鵔義冠。

禰衛のごとく「鸚鵡の賦」をよくつくれるといってもそんなことをたのむことはないし、あくまで仕官しないと鵔義の冠を着けないといって頑張っている必要がどこにある。

〇禰 衡(でい こう、あるいは「ねい こう」とも、173年-199年)は、中国後漢末期の人。字は正平。青州平原郡般県 の人。興平年間、荊州に避難した。建安年間の初め、遷都されたばかりの許に上京した。しかし、才能を鼻にかけて傲慢な態度をとったうえ、他人の評価に対しては酷評を行なったため、人々から憎まれた。ただ、孔融だけは禰衡を高く評価し、曹操にも推薦していた。

○倚 たよりにする、誇る意となる。

○題 つくること。

○鸚鵡賦 後漢の禰衛は、章陵の太守黄射のところにあってこの賦を作った。

○何須 そんな必要はない。

○鵔義冠 錦鷄鳥のはねでかざったかんむり、漢の時、侍中の官のかむったもの。

 

腹中書籍幽時曬、肘後醫方静處看。

おまえはしずかなときに腹のなかの書物を虫ぼしにしたり、てぢかな医術の心得の本などを静かな処で看ている。

○幽時 しずかなとき。

○曬さらし むしばしする、郝隆というものが七月七日に腹中の書をさらすのだといって日向で仰向けに寝そ べり,これを書物の虫干しと称した。

○肘後医方 肘にかける医術の書、菅の葛洪は「肘後急要方四巻」をあらわした。○興発 此より二句は武自ずからいう、発はおこること。

 

興發會能馳駿馬、應須直到使君灘。

自分は風流の興がおこったならば必ず駿馬をとはしてすぐおまえのそばの「使君灘」までゆこうとおもっている。

○会 必ずに同じ、俗語である。

使君灘 浣花渓の近傍にかかる名の灘があったのであろう。杜甫が忠義のものであることは私は分かっていて、その君が住んでいる早瀬があるところというほどの意味。

奉酬嚴公寄題野亭之作 蜀中転々 杜甫 <528>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2835 杜甫詩1000-528-761/1500

杜甫 奉酬厳公寄題野亭之作 かつて拾遺であったころ四五行の諌書をたてまつったことがある、元来が隠棲にあこがれ無精ものであるから水竹の在る所にすむべきものである。

 

2013年8月15日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
 LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》 文選 賦<108-(4)#1-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩857 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2833
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
聽穎師彈琴 韓愈(韓退之) <164-#2>Ⅱ中唐詩770 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2834
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor奉酬嚴公寄題野亭之作 蜀中転々 杜甫 <528>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2835 杜甫詩1000-528-761/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2荷葉杯 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-258-5-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2672
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor應天長 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-257-5-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2667
 
 ■最近の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html  
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html  
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html  
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html  
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html  
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html  
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。  
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。  
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html  
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html  
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150


 


奉酬嚴公寄題野亭之作  蜀中転々 杜甫 <528>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2835 杜甫詩1000-528-761/1500      

 

詩 題:

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の528首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-761回目

厳武が草堂へ詩をよこしてくれたにつけてそれに返事するために作った詩。宝応元年の作。厳武の詩は後にかかげる。

 

 

奉酬嚴公寄題野亭之作

(厳武が草堂へ詩をよこしてくれたにつけてそれに返事するために作った詩。)
拾遺曾奏數行書,懶性從來水竹居。

かつて拾遺であったころ四五行の諌書をたてまつったことがある、元来が隠棲にあこがれ無精ものであるから水竹の在る所にすむべきものである。

奉引濫騎沙苑馬,幽棲真釣錦江魚。

かつては御先導をつとめふつつかながら沙苑の官馬にものったが、隠棲生活をして本性どおりほんとうに錦江の魚を釣ってくらすようになった。

謝安不倦登臨費,阮籍焉知禮法疏。

晋の謝安にも比すべき君は山水に登臨してこれを賞愛することに倦まないが、阮籍みたくこの自分は高官のものに対しても礼法が疎略だかどうかも心得てはいないのだ。
枉沐旌麾出城府,草茅無徑欲教鋤。

初夏001

ただかたじけなくも君はお伴をつれて城から出てこられるということだから、草茅に没したこみちを鋤で手入れをさせてお待ちしょうとおもう。

 

 

『奉酬嚴公寄題野亭之作』 現代語訳と訳註

(本文)

拾遺曾奏數行書,懶性從來水竹居。

奉引濫騎沙苑馬,幽棲真釣錦江魚。

謝安不倦登臨費,阮籍焉知禮法疏。

枉沐旌麾出城府,草茅無徑欲教鋤。

 

 

(下し文)

(厳公が野亭に寄せ題せしの作に酬い奉る)

拾遺【しゅうい】曾【かっ】て奏す数行の吉、懶性【らんせい】従来水竹に居る。

奉引濫【みだり】に騎【の】る沙苑の馬、幽棲【ゆうせい】眞に釣る錦江の魚。

謝安倦【うま】ず登臨の費、阮籍焉んぞ知らん禮法の疏なるを。

枉げて沐す旌麾【せいき】城府を出づるに、草茅径無し鋤しめんと欲す。

 

 

(現代語訳)

(厳武が草堂へ詩をよこしてくれたにつけてそれに返事するために作った詩。)

かつて拾遺であったころ四五行の諌書をたてまつったことがある、元来が隠棲にあこがれ無精ものであるから水竹の在る所にすむべきものである。

かつては御先導をつとめふつつかながら沙苑の官馬にものったが、隠棲生活をして本性どおりほんとうに錦江の魚を釣ってくらすようになった。

晋の謝安にも比すべき君は山水に登臨してこれを賞愛することに倦まないが、阮籍みたくこの自分は高官のものに対しても礼法が疎略だかどうかも心得てはいないのだ。

ただかたじけなくも君はお伴をつれて城から出てこられるということだから、草茅に没したこみちを鋤で手入れをさせてお待ちしょうとおもう。

 

 

(訳注)

奉酬嚴公寄題野亭之作

(厳武が草堂へ詩をよこしてくれたにつけてそれに返事するために作った詩。)

○酬 返事する。

○厳公 厳武、武は上元二年十二月、成都尹となる。

○寄題野亭之作 厳武が杜甫にまずあたえた詩をさす、其の辞は題義に載せる。寄題杜二錦江野亭  蜀中転々 杜甫 <528()>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2840 杜甫詩1000-528()-762/1500

 

拾遺曾奏數行書,懶性從來水竹居。

かつて拾遺であったころ四五行の諌書をたてまつったことがある、元来が隠棲にあこがれ無精ものであるから水竹の在る所にすむべきものである。

○拾遺 杜甫の最高位の冠位。 往年左拾遺となる。

○数行書 拾遺の官として諌書を天子にたてまつったことがある。

○水竹居 水竹のある処に住居する。

 

奉引濫騎沙苑馬,幽棲真釣錦江魚。

かつては御先導をつとめふつつかながら沙苑の官馬にものったが、隠棲生活をして本性どおりほんとうに錦江の魚を釣ってくらすようになった。

○奉引 天子の道路の案内をする、これは主として粛宗のおともをして鳳翔より長安に帰ったことをさす。

○濫 謙遜していう辞。

○沙苑馬 沙苑は「沙苑行」の詩(沙苑行 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 91 )にみえる、沙苑馬は沙苑で養成された馬、官馬をさす。

〇真釣 真とは本来働性の人物ゆえ、その性にそむかぬの意。

 

謝安不倦登臨費,阮籍焉知禮法疏。

晋の謝安にも比すべき君は山水に登臨してこれを賞愛することに倦まないが、阮籍みたくこの自分は高官のものに対しても礼法が疎略だかどうかも心得てはいないのだ。

○謝安 晋の謝安、謝安は東山の別荘に遊宴を窓にしたので厳武に此する。謝安(字は安石)が始寧(会稽紹興市の東の上虞県の西南)に隠居して朝廷のお召しに応じなかったのは「東山高臥」といって有名な講である。山上に謝安の建てた白雲・明月の二亭の跡がある。また、かれが妓女を携えて遊んだ寄薇洞の跡もある。○携 佳人=美人=芸妓を携える。謝安の故事をふまえる。
李白『憶東山二首其二 李白 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -270

○倦 うむ うんずる あぐむあきてぐったりする。うむ。「倦厭(けんえん)・倦怠・労/疲倦」 

○登臨費 費は金銭を費すこと、謝安はしばしば肴膳に百金を費したという、登臨は山に登り水に臨むこと。但し、費の字は不俺に対して接続がよろしくないようである、宗に賞に作っているものがあるが、余は賞に従う、賞は山水を賞愛することである。

○阮籍 魏の人、礼法の士をにくむ。 阮籍 詠懐詩 、 白眼視    嵆康 幽憤詩

○疎 簡略なこと。

 

枉沐旌麾出城府,草茅無徑欲教鋤。

ただかたじけなくも君はお伴をつれて城から出てこられるということだから、草茅に没したこみちを鋤で手入れをさせてお待ちしょうとおもう。

枉沐 とは謙遜していう。沐とはその恩にひたることをいう。

旌麾 厳武のはたさしもの。

○城府 成都の城、やくしょ。

○草茅 くさ、かや。

○無径 草茅が生いしげってこみちもない。

○教 せしめる、俗語である
杜甫像0012 

屏跡,三首之三 蜀中転々 杜甫 <527>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2830 杜甫詩1000-527-760/1500

屏跡,三首之三  いつも朝、遅く起きだすのであるがわたしにはこれといって仕事もないから。また農業経営をすることもないから日頃からしずかな土地である。家は竹林のひかりこんもりとしていて、原野の色よこたわるその中にある、濯錦江のながれには草堂の影をうつしただようているのである。


2013年8月14日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
 LiveDoor
揚雄 《甘泉賦 》 文選 賦<108-(3)#1-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩856 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2828
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
聽穎師彈琴【聽潁師彈琴】 韓愈(韓退之) <164-#1>Ⅱ中唐詩769 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2829
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor屏跡,三首之三 蜀中転々 杜甫 <527>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2830 杜甫詩1000-527-760/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集Fc2擬魏太子鄴中集詩八首 《徐幹》 謝靈運 六朝詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2831 (08/14)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性LiveDoor應天長 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-257-5-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2667
 
 ■最近の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html  
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html  
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html  
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html  
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html  
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html  
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。  
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。  
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html  
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html  
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150


 

  

屏跡,三首之三  蜀中転々 杜甫 <527>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2830 杜甫詩1000-527-760/1500      

 denen05520

















 

詩題:  屏跡,三首之三

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

卷別:  卷二二七        文體: 五言古詩

掲 載; 杜甫1000首の527首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-760回目   40859

 

 

     

(浣花草堂において人とのまじらいをせず隠遁生活していることをのべる。その3)

起家何事,無營地轉幽。

いつも朝、遅く起きだすのであるがわたしにはこれといって仕事もないから。また農業経営をすることもないから日頃からしずかな土地である。

竹光團野色,舍影漾江流。

家は竹林のひかりこんもりとしていて、原野の色よこたわるその中にある、濯錦江のながれには草堂の影をうつしただようているのである。

失學從兒懶,長貧任婦愁。

子供達はなまけて勉学するのを怠るのであがそのままにしている、長いこと貧乏しつづけていて妻が心配しているがこれもそのままにしているというものだ。

百年渾得醉,一月不梳頭。

人生百年というが、できることなら生涯、酔いっぱなしでいたいものだとおもっている。そのためならひと月じゅうとう、頭に櫛をいれなくてもいいと思っている。

篠竹15 





















 

 

『屏跡三首』之三 現代語訳と訳註

(本文)

起家何事,無營地轉幽。

竹光團野色,舍影漾江流。

失學從兒懶,長貧任婦愁。

百年渾得醉,一月不梳頭。

 

詩文(含異文) 

晚起家何事,無營地轉幽。

竹光團野色【竹光圍野色】,舍影漾江流【山影漾江流】。

失學從兒懶,長貧任婦愁。

百年渾得醉,一月不梳頭。

 

 

(下し文)

晚く起く家何の事かある,營む無くして地轉【うた】た幽なり。

竹光 野色に團たり,舍影 江流に漾【ただよ】う。

失學 兒の懶なるに從【まか】す,貧しさを長くして婦の愁うるに任す。

百年渾【すべ】て醉うことを得ん,一月頭を梳【くしけず】らず。

 

 

(現代語訳)

(浣花草堂において人とのまじらいをせず隠遁生活していることをのべる。その3)

いつも朝、遅く起きだすのであるがわたしにはこれといって仕事もないから。また農業経営をすることもないから日頃からしずかな土地である。

家は竹林のひかりこんもりとしていて、原野の色よこたわるその中にある、濯錦江のながれには草堂の影をうつしただようているのである。

子供達はなまけて勉学するのを怠るのであがそのままにしている、長いこと貧乏しつづけていて妻が心配しているがこれもそのままにしているというものだ。

人生百年というが、できることなら生涯、酔いっぱなしでいたいものだとおもっている。そのためならひと月じゅうとう、頭に櫛をいれなくてもいいと思っている。

 

 

(訳注)

『屏跡三首』之三 

(浣花草堂において人とのまじらいをせず隠遁生活していることをのべる。その3)

たっぷり朝寝坊をして「晩く起きる」というのはもともと隠者の特権である。仕官の身では早朝から官服に身をかためて勤めに出なければならない。隠遁生活の一コマを歌うのがこの詩のテーマだから、そういう言葉が出てくるのは当然である。たっぷり朝寝坊をして「晩く起きる」というのはもともと隠者の特権である。仕官の身では早朝から官服に身をかためて勤めに出なければならない。隠遁生活の一コマを歌うのがこの詩のテーマだから、そういう言葉が出てくるのは当然である。

『屏跡三首』の三首とも浣花渓草堂において作ったものではない。現実感、生活観のない表現である。梓州かどこかにいて草堂の生活を頭に浮かべて作ったものであろう。

 

起家何事,無營地轉幽。

いつも朝、遅く起きだすのであるがわたしにはこれといって仕事もないから。また農業経営をすることもないから日頃からしずかな土地である。

○晩起 あさおそくおきること。

○家何事 わがこの隠居の家ではいかなる仕事があるか、仕事はべつにない、だからおそくおきでもさしつかえないというのである。

○無 為すことのないこと。農業経営をしていない。

 

竹光團野色,舍影漾江流。

家は竹林のひかりこんもりとしていて、原野の色よこたわるその中にある、濯錦江のながれには草堂の影をうつしただようているのである。

○竹光団野色 隠棲生活には竹林の奥まったところが必須アイテムである。成都の洪水を防ぐ遊水地のような場所であったから、原野の中に竹藪が団塊のように存在していることを表現している。

○舎影 草堂のかげ。

 

失學從兒懶,長貧任婦愁。

子供達はなまけて勉学するのを怠るのであがそのままにしている、長いこと貧乏しつづけていて妻が心配しているがこれもそのままにしているというものだ。

○失学 学業を怠ることをいう。子供が勉強しないといろんなところで述べているがこまったものという表現は一度もしていない。

○長貧 長い貧乏暮らしをしていることを云うが。杜甫は、儒学者であるため質素倹約を表現するための文某という語を使用している。道教の隠遁者と儒教の隠遁者とではその生活を表現の仕方が違うものである。

 

百年渾得醉,一月不梳頭。

人生百年というが、できることなら生涯、酔いっぱなしでいたいものだとおもっている。そのためならひと月じゅうとう、頭に櫛をいれなくてもいいと思っている。

○婦 つま。

〇百年 人生百年。生涯。

○得酔 すべての隠遁者の希望のことば。

 杜甫草堂詳細図02

屏跡,三首之二 蜀中転々 杜甫 <526>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2825 杜甫詩1000-526-759/1500

杜甫《屏跡,三首之二わたしは世わたりがへたなままで自己の主義をたもっている、それで竹林の奥のしずかな生活をして事物のこころそのものに近づいている。

 

2013年8月13日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
揚雄 《甘泉賦》 文選 賦<108-(2)#1-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩855 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2823
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
平淮西碑 韓愈(韓退之) <163-#24-2>Ⅱ中唐詩767 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2819
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 屏跡,三首之二 蜀中転々 杜甫 <526>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2825 杜甫詩1000-526-759/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 擬魏太子鄴中集詩八首 《陳琳》 謝靈運 六朝詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2826 (08/13)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 應天長 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-256-5-#10  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2662
 
 ■最近の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html  
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html  
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html  
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html  
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html  
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html  
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。  
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。  
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html  
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html  
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

屏跡,三首之二  蜀中転々 杜甫 <526>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2825 杜甫詩1000-526-759/1500      

 

 

詩題:  屏跡,三首之二

卷別:  卷二二七        文體: 五言律詩

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の526首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-759回目   40858

 

 

 屏跡 三首  之二

(浣花草堂において人とのまじらいをせず隠遁生活していることをのべる。その2)

用拙存吾道,幽居近物情。

わたしは世わたりがへたなままで自己の主義をたもっている、それで竹林の奥のしずかな生活をして事物のこころそのものに近づいている。

桑麻深雨露,燕雀半生成。

桑や麻は雨露のめぐみをふかくうけて生長するものであり、そして燕や雀も半分は生育して巣立っていくものだ。

村鼓時時急,漁舟個個輕。

せわしく打ち鳴らされる村の太鼓の音が聞こえてくる、軽やかに浮かぶ漁舟が、こっち、あっちにういてゆく。

杖藜從白首,心跡喜雙清。

こんなさまをみながらあかぎの杖をついてあるき、あたまが白くなろうと頓着はしない、ただ心と行いとがともにけがれに染まないことをうれしくおもうている。 

(屏跡 三首 之二)

初夏001拙を用て吾が道を存す、幽居物情に近づく。

桑麻 雨露深く、燕雀 半ば生成す。

村鼓 時時急なり、漁舟 箇箇軽し。

杖藜 自首に従【まか】す、心跡 双清を喜ぶ。

 

 

『屏跡 三首』之二 現代語訳と訳註

(本文)

屏跡 三首      之二

用拙存吾道,幽居近物情。

桑麻深雨露,燕雀半生成。

村鼓時時急,漁舟個個輕。

杖藜從白首,心跡喜雙清。

 

詩文(含異文)-----------      

晚起家何事,無營地轉幽。

竹光團野色【竹光圍野色】,舍影漾江流【山影漾江流】。失學從兒懶,長貧任婦愁。

百年渾得醉,一月不梳頭。

 

(下し文)

(屏跡 三首 之二)

拙を用て吾が道を存す、幽居物情に近づく。

桑麻 雨露深く、燕雀 半ば生成す。

村鼓 時時急なり、漁舟 箇箇軽し。

杖藜 自首に従【まか】す、心跡 双清を喜ぶ。

 

 

 (現代語訳)

(浣花草堂において人とのまじらいをせず隠遁生活していることをのべる。その2)

わたしは世わたりがへたなままで自己の主義をたもっている、それで竹林の奥のしずかな生活をして事物のこころそのものに近づいている。

桑や麻は雨露のめぐみをふかくうけて生長するものであり、そして燕や雀も半分は生育して巣立っていくものだ。

せわしく打ち鳴らされる村の太鼓の音が聞こえてくる、軽やかに浮かぶ漁舟が、こっち、あっちにういてゆく。

こんなさまをみながらあかぎの杖をついてあるき、あたまが白くなろうと頓着はしない、ただ心と行いとがともにけがれに染まないことをうれしくおもうている。

 

 

(訳注)

屏跡 三首 之二

(浣花草堂において人とのまじらいをせず隠遁生活していることをのべる。その2)

村鼓は春の農作を農民にうながす太鼓の音であろう。せわしく打ち鳴らされる太鼓と軽やかに浮かぶ漁舟が、草堂村の農業風景であることは容易に見て取れる。また孵化して成長し始めている燕や雀が、杜甫の草堂に巣作りしたものであったことも成都に来て間もない『堂成』「頻りに来たりて語る燕は新しき巣を定む」などから十分に想像できる。しかし雨露をうけて栄えている桑と麻が、杜甫のものだと言い切ることはできない。対句のなかで考えれば杜甫の家に属するもので、これが一般的な農村の風景である。

 

 

用拙存吾道,幽居近物情。

わたしは世わたりがへたなままで自己の主義をたもっている、それで竹林の奥のしずかな生活をして事物のこころそのものに近づいている。

○用拙 世わたりがへたなこと。

○存吾道 自己の主義をたもつ。

○幽居 竹林の奥のしずかな生活。隠遁生活。

○物情 事物の精神、すなわち下の桑麻以下の事がら。

 

桑麻深雨露,燕雀半生成。

桑や麻は雨露のめぐみをふかくうけて生長するものであり、そして燕や雀も半分は生育して巣立っていくものだ。

 

村鼓時時急,漁舟個個輕。

せわしく打ち鳴らされる村の太鼓の音が聞こえてくる、軽やかに浮かぶ漁舟が、こっち、あっちにういてゆく。

 

杖藜從白首,心跡喜雙清。

こんなさまをみながらあかぎの杖をついてあるき、あたまが白くなろうと頓着はしない、ただ心と行いとがともにけがれに染まないことをうれしくおもうている。

○藜 あかぎ。

○心跡 心と行跡とふたつ。

○双清 心と行跡とふたつながら汗【けが】れない。

菖蒲02 
 

屏跡,三首之一 蜀中転々 杜甫 <525>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2820 杜甫詩1000-525-758/1500

杜甫《屏跡,三首之一自分は老衰の年にあたって満足して引っ込んだのであり、自己の高臥の境に対してはしずかな事がらを以てささげているのだ。

 

2013年8月12日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
李陵 《與蘇武詩三首 其三》 古詩源 文選  詩<106>Ⅱ李白に影響を与えた詩853 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2813
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
平淮西碑 韓愈(韓退之) <163-#24-1>Ⅱ中唐詩767 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2819
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 屏跡,三首之一 蜀中転々 杜甫 <525>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2820 杜甫詩1000-525-758/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 擬魏太子鄴中集詩八首 王粲  謝靈運 六朝詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2821 (08/12)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 女冠子 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-255-5-#9 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2657
 
 ■最近の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html  
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html  
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html  
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html  
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html  
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html  
謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。  
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。  
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html  
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html  
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150


 


屏跡,三首之一  蜀中転々 杜甫 <525>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2820 杜甫詩1000-525-758/1500

 

詩 題:屏跡,三首之一

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の525首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-758回目

 

浣花草堂は杜甫が自由に処分できる個人の財産ではなかった。おそらく成都の洪水対策の地域であった。そういう土地であるから、杜甫についてきた弟や下男、農夫付きの農園が附属していたと考えられる。杜甫が農業に傾倒していくきっかけになった事には間違いない。その農園を耕作する必要はなかったし、麦や黍の穀物および野菜などの商品作物の経営、管理にも直接関与しなかったと思われる。ただ、できた農作物の一部を成都で打っていることも、詩に見える。それは、いくつかの詩の中で散発的に詠じられている表現により浮かび上がってくる。

 

 

 屏跡 三首

衰年甘屏跡,幽事供高臥。

自分は老衰の年にあたって満足して引っ込んだのであり、自己の高臥の境に対してはしずかな事がらを以てささげているのだ。

鳥下竹根行,龜開萍葉過。

すなわち庭には、鳥がおりてきて竹の根もとあたりをあるいている。水中の亀は萍の葉をかきわけて過ぎてゆく自分の行く道を開いている。

年荒酒價乏,日並園蔬課。

今年の作がらが凶作で酒をかう銭は乏しいいので、はたけ仕事の日課を増して働くことにしている。