《題玄武禪師屋壁》 その絵には、少し傾きかけた午後のぎらぎらの太陽が照らして石林の奥の気がうきあがってくるさまであり、、青天たかくして江海の水流るれるさまが仙境のすがたのように画かれている。
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五言律詩《題玄武禪師屋壁》 蜀中転々 杜甫 <538> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2915 杜甫詩1000-538-777/1500
作者:
杜甫762年 寶應元年 51歲
卷別:
卷二二七 文體: 五言律詩
詩題:
題玄武禪師屋壁〔屋在中江大雄山。〕
作地點:
梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州)
及地點:
玄武 (劍南道北部 梓州 玄武) 、瀛州 (河北道南部 瀛州 瀛州) 、廬山 (江南西道 江州 廬山) 別名:廬嶽、匡山
交遊人物:
玄武禪師
玄武山の或る禅師の屋壁にかきつけた詩。宝応元年梓州にあっての作。
題玄武禪師屋壁〔屋在中江大雄山。〕
(玄武の大雄山の禅寺の壁について題した。)
何年顧虎頭,滿壁畫瀛州。
もう300年近くの前の、いつの年なのか顧虎頭がここの壁じゅぅに瀛洲の仙境をえがいている。
赤日石林氣,青天江海流。
その絵には、少し傾きかけた午後のぎらぎらの太陽が照らして石林の奥の気がうきあがってくるさまであり、、青天たかくして江海の水流るれるさまが仙境のすがたのように画かれている。
錫飛常近鶴,杯度不驚鷗。
これに対して禅師は常に図中の鶴にちかく錫を飛ばし、或は古仙のように木杯をうかべて鴎にちかづくとも鴎を驚かすことはなかった故事を、この画にえがかれておられる。
似得廬山路,真隨惠遠遊。
詩人たるわたしも禅師のところでこの図を見るとなんだか盧山の山道で『虎渓三笑』の故事のように恵遠法師にしたがって遊ぶことができたかのようなここちがするのである。
(玄武の禅師の屋壁に題す)
何の年か顧虎頭【こことう】あらん、満壁 瀛洲【えいしゅう】を画ける。
赤日【せきじつ】石林の気、青天 江海の流れ。
錫飛びて 常に鶴に近く、杯渡【はいと】鴎を驚かさず。
廬山の路を得るに似たり、真に恵遠【けいえん】に随って 遊ぶを。
『題玄武禪師屋壁』 現代語訳と訳註
(本文)
題玄武禪師屋壁〔屋在中江大雄山。〕
何年顧虎頭,滿壁畫瀛州。
赤日石林氣,青天江海流。
錫飛常近鶴,杯度不驚鷗。
似得廬山路,真隨惠遠遊。
詩文(含異文):
何年顧虎頭,滿壁畫瀛州【滿壁畫滄州】【滿座畫瀛州】【滿座畫滄州】。
赤日石林氣,青天江海流【青天江水流】。
錫飛常近鶴,杯渡不驚鷗。
似得廬山路,真隨惠遠遊。

(下し文)
(玄武の禅師の屋壁に題す)
何の年か顧虎頭【こことう】あらん、満壁 瀛洲【えいしゅう】を画ける。
赤日【せきじつ】石林の気、青天 江海の流れ。
錫飛びて 常に鶴に近く、杯渡【はいと】鴎を驚かさず。
廬山の路を得るに似たり、真に恵遠【けいえん】に随って 遊ぶを。
(現代語訳)
(玄武の大雄山の禅寺の壁について題した。)
もう300年近くの前の、いつの年なのか顧虎頭がここの壁じゅぅに瀛洲の仙境をえがいている。
その絵には、少し傾きかけた午後のぎらぎらの太陽が照らして石林の奥の気がうきあがってくるさまであり、、青天たかくして江海の水流るれるさまが仙境のすがたのように画かれている。
これに対して禅師は常に図中の鶴にちかく錫を飛ばし、或は古仙のように木杯をうかべて鴎にちかづくとも鴎を驚かすことはなかった故事を、この画にえがかれておられる。
詩人たるわたしも禅師のところでこの図を見るとなんだか盧山の山道で『虎渓三笑』の故事のように恵遠法師にしたがって遊ぶことができたかのようなここちがするのである。
(訳注)
題玄武禅師屋壁
(玄武の大雄山の禅寺の壁について題した。)
○玄武 山の名は大雄山でまた県の名、潼川府中江県をいう。成都から梓州に入ってすぐの街である。
○禅師 名は詳らかでない。ここでは禅寺というほどの意味とする。
何年顧虎頭,滿壁畫瀛州。
もう300年近くの前の、いつの年なのか顧虎頭がここの壁じゅぅに瀛洲の仙境をえがいている。
○顧虎頭 膏の顧愷之、小字を虎頭という、絵の名人である。顧
愷之(こ がいし、344年?-405年?)中国・東晋時代の画家。字は長康、またかつて虎頭将軍となったことから、顧虎頭とも称する。
○瀛洲 河北道南部 瀛州、あるいは三山(蓬莱、瀛州、方丈)の仙境をいう。
赤日石林氣, 青天江海流。
その絵には、少し傾きかけた午後のぎらぎらの太陽が照らして石林の奥の気がうきあがってくるさまであり、、青天たかくして江海の水流るれるさまが仙境のすがたのように画かれている。
錫飛常近鶴, 杯渡不驚鷗。
これに対して禅師は常に図中の鶴にちかく錫を飛ばし、或は古仙のように木杯をうかべて鴎にちかづくとも鴎を驚かすことはなかった故事を、この画にえがかれておられる。
○錫飛 梁の時、宝誌上人と白鶴道人とが舒州の潜山にゆぐことを争い、上人は錫を飛ばし道人は鶴をつかわし各々よそのゆきついた処をしるさせたとの話がある。
○鶴 画中の石林に属するもの。
○杯渡 木杯によって河をわたることである、これも仙人のすることである。
○鴎 画中の江海に属するものである、「列子」に道を得て機を忘れたものは鴎にまじっても、鴎はこれになれて驚かぬという話がある。
似得廬山路, 真隨惠遠遊。
詩人たるわたしも禅師のところでこの図を見るとなんだか盧山の山道で『虎渓三笑』の故事のように恵遠法師にしたがって遊ぶことができたかのようなここちがするのである。
〇廬山 山の名、江西九江府にある、晋の僧恵遠がその山麓に東林寺を建てて白蓮社を結び、十八人の賢人が相い会した。
・惠遠 白蓮社
東晋の時代、『虎渓三笑』と言はれる故事が有名。
中国の江西省、揚子江の南に在る有名な廬山に恵遠といふ高僧が白蓮社といふ庵を結んで、三十年間一歩も外に出ずに修行を続けていた。其処へ詩人の陶淵明と道教の陸修静が遊びに来て、三人は心ゆくまで語り合ひ楽しい時間を過ごす。帰る時、恵遠禅師は二人を送つて出るが、話しは尽きず、恵遠禅師が此処より外へは決して出ないと決めていた虎渓の石の橋を思はず渡つてしまう。三十年の戒めを踏み越えてしまつた事に気がついた時、三人は其処で手を叩いて大笑ひをすると言ふ話しである。
恵遠は仏教を、陶淵明は儒教を、陸修静は道教を代表するといふ超俗の三人が、無礙な心境で語り合う清談の楽しさ、如何にも禅味のある話しで、よく水墨画や漢詩の主題になる物語である。



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送梓州李使君之任


















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卷別:
卷二二七
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汝ら皆はからだも、名も共に滅びてしまうものであるが、四傑の作品は長江、黄河の大河が万古濠濠として流れてつきないように滅びることなどないものなのである。


