杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

2013年08月

五言律詩 《題玄武禪師屋壁》 蜀中転々 杜甫 <538>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2915 杜甫詩1000-538-777/1500

《題玄武禪師屋壁》 その絵には、少し傾きかけた午後のぎらぎらの太陽が照らして石林の奥の気がうきあがってくるさまであり、、青天たかくして江海の水流るれるさまが仙境のすがたのように画かれている。


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五言律詩《題玄武禪師屋壁》 蜀中転々 杜甫 <538>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2915 杜甫詩1000-538-777/1500

 

 

作者: 杜甫762年  寶應元年  51歲 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 題玄武禪師屋壁〔屋在中江大雄山。〕 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 

及地點: 玄武 (劍南道北部 梓州 玄武) 、瀛州 (河北道南部 瀛州 瀛州) 、廬山 (江南西道 江州 廬山) 別名:廬嶽、匡山     

交遊人物: 玄武禪師

玄武山の或る禅師の屋壁にかきつけた詩。宝応元年梓州にあっての作。

成都遂州00


















 

題玄武禪師屋壁〔屋在中江大雄山。〕

(玄武の大雄山の禅寺の壁について題した。)

何年顧虎頭,滿壁畫瀛州。

もう300年近くの前の、いつの年なのか顧虎頭がここの壁じゅぅに瀛洲の仙境をえがいている。

赤日石林氣,青天江海流。

その絵には、少し傾きかけた午後のぎらぎらの太陽が照らして石林の奥の気がうきあがってくるさまであり、、青天たかくして江海の水流るれるさまが仙境のすがたのように画かれている。

錫飛常近鶴,杯度不驚鷗。

これに対して禅師は常に図中の鶴にちかく錫を飛ばし、或は古仙のように木杯をうかべて鴎にちかづくとも鴎を驚かすことはなかった故事を、この画にえがかれておられる。

似得廬山路,真隨惠遠遊。

詩人たるわたしも禅師のところでこの図を見るとなんだか盧山の山道で『虎渓三笑』の故事のように恵遠法師にしたがって遊ぶことができたかのようなここちがするのである。

(玄武の禅師の屋壁に題す)

何の年か顧虎頭【こことう】あらん、満壁 瀛洲【えいしゅう】を画ける。

赤日【せきじつ】石林の気、青天 江海の流れ。

錫飛びて 常に鶴に近く、杯渡【はいと】鴎を驚かさず。

廬山の路を得るに似たり、真に恵遠【けいえん】に随って 遊ぶを。

四川省西部地区略図
























 

 

『題玄武禪師屋壁』 現代語訳と訳註

(本文)

題玄武禪師屋壁〔屋在中江大雄山。〕

何年顧虎頭,滿壁畫瀛州。

赤日石林氣,青天江海流。

錫飛常近鶴,杯度不驚鷗。

似得廬山路,真隨惠遠遊。

 

詩文(含異文):

何年顧虎頭,滿壁畫瀛州【滿壁畫滄州】【滿座畫瀛州】【滿座畫滄州】。

赤日石林氣,青天江海流【青天江水流】。

錫飛常近鶴,杯渡不驚鷗。

似得廬山路,真隨惠遠遊。 

 

千畳敷0010

(下し文)

(玄武の禅師の屋壁に題す)

何の年か顧虎頭【こことう】あらん、満壁 瀛洲【えいしゅう】を画ける。

赤日【せきじつ】石林の気、青天 江海の流れ。

錫飛びて 常に鶴に近く、杯渡【はいと】鴎を驚かさず。

廬山の路を得るに似たり、真に恵遠【けいえん】に随って 遊ぶを。

 

 

(現代語訳)

(玄武の大雄山の禅寺の壁について題した。)

もう300年近くの前の、いつの年なのか顧虎頭がここの壁じゅぅに瀛洲の仙境をえがいている。

その絵には、少し傾きかけた午後のぎらぎらの太陽が照らして石林の奥の気がうきあがってくるさまであり、、青天たかくして江海の水流るれるさまが仙境のすがたのように画かれている。

これに対して禅師は常に図中の鶴にちかく錫を飛ばし、或は古仙のように木杯をうかべて鴎にちかづくとも鴎を驚かすことはなかった故事を、この画にえがかれておられる。

詩人たるわたしも禅師のところでこの図を見るとなんだか盧山の山道で『虎渓三笑』の故事のように恵遠法師にしたがって遊ぶことができたかのようなここちがするのである。

 

 

(訳注)

題玄武禅師屋壁

(玄武の大雄山の禅寺の壁について題した。)

○玄武 山の名は大雄山でまた県の名、潼川府中江県をいう。成都から梓州に入ってすぐの街である。

○禅師 名は詳らかでない。ここでは禅寺というほどの意味とする。

 

何年顧虎頭,滿壁畫瀛州。 

もう300年近くの前の、いつの年なのか顧虎頭がここの壁じゅぅに瀛洲の仙境をえがいている。

○顧虎頭 膏の顧愷之、小字を虎頭という、絵の名人である。顧 愷之(こ がいし、344年?-405年?)中国・東晋時代の画家。字は長康、またかつて虎頭将軍となったことから、顧虎頭とも称する。

○瀛洲 河北道南部 瀛州、あるいは三山(蓬莱、瀛州、方丈)の仙境をいう。

 

赤日石林氣, 青天江海流。 

その絵には、少し傾きかけた午後のぎらぎらの太陽が照らして石林の奥の気がうきあがってくるさまであり、、青天たかくして江海の水流るれるさまが仙境のすがたのように画かれている。

 

錫飛常近鶴, 杯渡不驚鷗。 

これに対して禅師は常に図中の鶴にちかく錫を飛ばし、或は古仙のように木杯をうかべて鴎にちかづくとも鴎を驚かすことはなかった故事を、この画にえがかれておられる。

○錫飛 梁の時、宝誌上人と白鶴道人とが舒州の潜山にゆぐことを争い、上人は錫を飛ばし道人は鶴をつかわし各々よそのゆきついた処をしるさせたとの話がある。

○鶴 画中の石林に属するもの。

○杯渡 木杯によって河をわたることである、これも仙人のすることである。

○鴎 画中の江海に属するものである、「列子」に道を得て機を忘れたものは鴎にまじっても、鴎はこれになれて驚かぬという話がある。

 

似得廬山路, 真隨惠遠遊。 

詩人たるわたしも禅師のところでこの図を見るとなんだか盧山の山道で『虎渓三笑』の故事のように恵遠法師にしたがって遊ぶことができたかのようなここちがするのである。

〇廬山 山の名、江西九江府にある、晋の僧恵遠がその山麓に東林寺を建てて白蓮社を結び、十八人の賢人が相い会した。

・惠遠 白蓮社

東晋の時代、『虎渓三笑』と言はれる故事が有名。

  中国の江西省、揚子江の南に在る有名な廬山に恵遠といふ高僧が白蓮社といふ庵を結んで、三十年間一歩も外に出ずに修行を続けていた。其処へ詩人の陶淵明と道教の陸修静が遊びに来て、三人は心ゆくまで語り合ひ楽しい時間を過ごす。帰る時、恵遠禅師は二人を送つて出るが、話しは尽きず、恵遠禅師が此処より外へは決して出ないと決めていた虎渓の石の橋を思はず渡つてしまう。三十年の戒めを踏み越えてしまつた事に気がついた時、三人は其処で手を叩いて大笑ひをすると言ふ話しである。

  恵遠は仏教を、陶淵明は儒教を、陸修静は道教を代表するといふ超俗の三人が、無礙な心境で語り合う清談の楽しさ、如何にも禅味のある話しで、よく水墨画や漢詩の主題になる物語である。

 Nature1-011

五言律詩 《九日登梓州城》 蜀中転々 杜甫 <537>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2910 杜甫詩1000-537-776/1500

杜甫《九日登梓州城》この日は昔から黄色の菊の花を浮かべた酒を用意する。いまここには晉の孟嘉のように帽子が飛ばされそうな白髪頭の老人が居る。

 

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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

五言律詩 《九日登梓州城》 蜀中転々 杜甫 <537>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2910 杜甫詩1000-537-776/1500          


 

詩題: 九日登梓州城 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の537首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-776回目   40875

寫作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 

寫及地點:  梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)     

 

 

詩文:

 

九日登梓州城

(重陽節に梓州城に登る)

伊昔黃花酒,如今白髮翁。 

この日は昔から黄色の菊の花を浮かべた酒を用意する。いまここには晉の孟嘉のように帽子が飛ばされそうな白髪頭の老人が居る。

追歡筋力異,望遠歲時同。 

喜悅欣樂が今追いかけてくれ心神氣力は高ぶっている。はるか遠くを臨んで重陽の節句を時を同じくするのである。

弟妹悲歌裡,朝廷醉眼中。 

私の弟妹は東の遠い空の下で安史軍の支配する悲歌の下である。朝廷は酔いつぶれた眼のままである。

兵戈與關塞,此日意無窮。 

戰爭は関所塞に迫っており、この日の段階でそれにたいしての意志は窮まりないのである。

 

(九日梓州城に登る)

伊【こ】れ昔 黃花の酒,如今【じょこん】白髮の翁。 

歡を追う 筋力の異なるを,遠くを望む 歲時同じゅうす。 

弟妹 悲歌の裡,朝廷 醉眼の中。 

兵戈 關塞に與り,此の日 意 窮む無し。 

 

 

『九日登梓州城』 現代語訳と訳註

金燈花03(本文)

九日登梓州城

伊昔黃花酒,如今白髮翁。 

追歡筋力異,望遠歲時同。 

弟妹悲歌裡,朝廷醉眼中。 

兵戈與關塞,此日意無窮。 

 

 

(下し文)

(九日梓州城に登る)

伊【こ】れ昔 黃花の酒,如今【じょこん】白髮の翁。 

歡を追う 筋力の異なるを,遠くを望む 歲時同じゅうす。 

弟妹 悲歌の裡,朝廷 醉眼の中。 

兵戈 關塞に與り,此の日 意 窮む無し。

 

 

(現代語訳)

(重陽節に梓州城に登る)

この日は昔から黄色の菊の花を浮かべた酒を用意する。いまここには晉の孟嘉のように帽子が飛ばされそうな白髪頭の老人が居る。

喜悅欣樂が今追いかけてくれ心神氣力は高ぶっている。はるか遠くを臨んで重陽の節句を時を同じくするのである。

私の弟妹は東の遠い空の下で安史軍の支配する悲歌の下である。朝廷は酔いつぶれた眼のままである。

戰爭は関所塞に迫っており、この日の段階でそれにたいしての意志は窮まりないのである。

 

 

(訳注)

九日登梓州城

(重陽節に梓州城に登る)

・九日 九月九日、重陽節に、茱萸(「ぐみ」の一種)の枝をかざして兄弟や親しい友人が小高い丘に登り、菊の花びらを浮かべた酒を飲み、粽を食べて健康を祈るものなのだ。杜甫『九日藍田崔氏荘』「羞将短髪環吹帽、笑倩旁人為正冠。」(晉の孟嘉のように適当なかぶり方にして風が帽子を吹きおとすのは老いの短い髪の毛になっている自分にははずかしいことにおもわれる、笑い話のようであるが自分は孟嘉ほどのものではないので脇の人にこいねがってこの帽のかぶり具合をきちんと治してもらうことにしよう。)

 陰暦九月九日重陽の菊の節句の日に藍田県の崔氏の別荘において作った詩。... 晉の孟嘉のように適当なかぶり方にして風が帽子を吹きおとすのは老いの短い髪の毛になっている自分にははずかしいことにおもわれる

 

伊昔 黃花酒 ,如今 白髮 翁 。

この日は昔から黄色の菊の花を浮かべた酒を用意する。いまここには晉の孟嘉のように帽子が飛ばされそうな白髪頭の老人が居る。

・「伊昔」(今は昔)、昔のこと。

・「黃花酒」菊花酒。

「如今」

杜甫『奉贈王中允維』
中允聲名久,如今契闊深。共傳收庾信,不比得陳琳。
一病緣明主,三年獨此心。窮愁應有作,試誦白頭吟。
(王中允維に贈り奉る)
中允声名久し、如今契閥深し。共に伝う庚信を収むと、此せず陳琳を得るに。
一癖明主に縁る、三年独り此の心。窮愁応に作有るなるべし、試みに謂す白頭吟。
奉贈王中允維 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 254

・「白髮翁」白髮老人は髪の毛が薄くて孟嘉が帽子が飛ばされたことのようになる。

 

 

追歡 筋力 異 ,望遠 歲時 同。

喜悅欣樂が今追いかけてくれ心神氣力は高ぶっている。はるか遠くを臨んで重陽の節句を時を同じくするのである。

・「歡」 喜悅欣樂。

・「筋力」心神氣力。

 

 

弟妹 悲歌 裡 ,朝廷 醉眼 中 。

私の弟妹は東の遠い空の下で安史軍の支配する悲歌の下である。朝廷は酔いつぶれた眼のままである。

「弟妹」語義類別:人、稱謂、親人眷屬、弟妹。

「悲歌裡」安史軍が支配する東国に住んでいるため、悲哀傷痛のうたの。

 

 

兵戈 與關塞 ,此日 意 無窮 。

戰爭は関所塞に迫っており、この日の段階でそれにたいしての意志では窮まりないのである。

「兵戈」戰爭活動、戰爭。
sas0013 

五言律詩 《巴西驛亭觀江漲呈竇使君》 蜀中転々 杜甫 <536>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2905 杜甫詩1000-536-775/1500

《巴西驛亭觀江漲呈竇使君》綿州、巴西の孤立した駅亭は洪水の水が噴出したり、水位を下げたりしているのを耐え忍んでいるのだ。街や各家の井戸端すべてが大きなうすのような形になっている。逼迫した状態だ。

 

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
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五言律詩
《巴西驛亭觀江漲呈竇使君》 蜀中転々 杜甫 <536>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2905 杜甫詩1000-536-775/1500            

 

 

詩 題:巴西驛亭觀江漲呈竇使君

〔巴西驛亭觀江漲呈竇十五使君〕

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

掲 載; 杜甫1000首の536首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-775回目   40874

作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州) 

及地點: 巴西驛亭 (劍南道北部 綿州 巴西)     

交遊人: 竇使君 書信往來

地 點: (劍南道北部 綿州 巴西)

 

 

詩文:

 

巴西驛亭觀江漲呈竇使君

(成都盆地の北東、三巴の西の綿州の駅亭で涪江の水がみなぎっているのを見て西山檢察使の竇侍禦に意見をした詩。)

宿雨南江漲,波濤亂遠峰。 

秋の長雨が続き涪江に水嵩が上がって漲っている。川の中央部の大波は遠くに見る山の峰々のようで上下に揺れ乱れている。

孤亭凌噴薄,萬井逼舂容。 

綿州、巴西の孤立した駅亭は洪水の水が噴出したり、水位を下げたりしているのを耐え忍んでいるのだ。街や各家の井戸端すべてが大きなうすのような形になっている。逼迫した状態だ。

霄漢愁高鳥,泥沙困老龍。 

大空を見上げると雨の中高い所を飛ぶ鳥は憂いに打ちひしがれていて、洪水の泥流は年老いた龍のようで困ったものである。

天邊同客舍,攜我豁心胸。 

この状況は天空の端までここの官舎と同じ状況にあり、我々が心に携えておくことは、ここでしっかりとした廣い心持って落ち着くことである。

 

(巴西の驛亭に 江漲るを觀て竇使君に呈す)

宿雨 南の江に漲り,波濤 遠峰を亂す。 

孤亭 噴薄を凌ぎ,萬井 舂容【しょうよう】を逼す。 

霄漢【せいかん】高鳥を愁い,泥沙 老龍を困す。 

天邊 客舍に同じ,我が攜えるは心胸を豁くす。 

 nat0005















 

『巴西驛亭觀江漲呈竇使君』 現代語訳と訳註

(本文)

巴西驛亭觀江漲呈竇使君

宿雨南江漲,波濤亂遠峰。 

孤亭凌噴薄,萬井逼舂容。 

霄漢愁高鳥,泥沙困老龍。 

天邊同客舍,攜我豁心胸。 

 

 

(下し文)

(巴西の驛亭に 江漲るを觀て竇使君に呈す)

宿雨 南の江に漲り,波濤 遠峰を亂す。 

孤亭 噴薄を凌ぎ,萬井 舂容【しょうよう】を逼す。 

霄漢【せいかん】高鳥を愁い,泥沙 老龍を困す。 

天邊 客舍に同じ,我が攜えるは心胸を豁くす。 

 

 

(現代語訳)

(成都盆地の北東、三巴の西の綿州の駅亭で涪江の水がみなぎっているのを見て西山檢察使の竇侍禦に意見をした詩。)

秋の長雨が続き涪江に水嵩が上がって漲っている。川の中央部の大波は遠くに見る山の峰々のようで上下に揺れ乱れている。

綿州、巴西の孤立した駅亭は洪水の水が噴出したり、水位を下げたりしているのを耐え忍んでいるのだ。街や各家の井戸端すべてが大きなうすのような形になっている。逼迫した状態だ。

大空を見上げると雨の中高い所を飛ぶ鳥は憂いに打ちひしがれていて、洪水の泥流は年老いた龍のようで困ったものである。

この状況は天空の端までここの官舎と同じ状況にあり、我々が心に携えておくことは、ここでしっかりとした廣い心持って落ち着くことである。

 

 

(訳注)

巴西驛亭觀江漲呈竇使君〔巴西驛亭觀江漲呈竇十五使君〕

(成都盆地の北東、三巴の西の綿州の駅亭で涪江の水がみなぎっているのを見て西山檢察使の竇侍禦に意見をした詩。)

・竇使君 西山檢察使の竇侍禦のこと。(下地図bc-3・4)

杜甫『入奏行贈西山檢察使竇侍禦』

(宴の演奏や詩を詠む席にはいって西山の検察、竇侍禦のこの詩を贈る。)

・西山檢察使 吐蕃国境の山間部を担当する。松、維、恭、蓬、雅、黎、姚、悉八州をいう。

 

 

 

竇侍禦,驥之子,鳳之雛。

竇侍禦は優れた才能を持つ人であり、鳳凰になるべきヒナの様な人である。

・驥子 一日に千里を走ることのできる良馬。転じて、優れた才能を持つ人。杜甫『遣興』「驥子好男兒,前年學語時。問知人客姓,誦得老夫詩。」錢起 『送馬員外拜官覲省』「二十為郎事漢文,鴛雛驥子自為群。」

入奏行贈西山檢察使竇侍御 雑言古詩(楽府) 成都6-(2-#1) 杜甫 <469-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2430 杜甫詩1000-468-#2-680/1500

 

 

宿雨 南江 漲 ,波濤 亂 遠峰 。

秋の長雨が続き涪江に水嵩が上がって漲っている。川の中央部の大波は遠くに見る山の峰々のようで上下に揺れ乱れている。

・「宿雨」秋の長雨。そのために水嵩が上がった。

・「南」河川が剣門を水源にして南下してきていることでいう。この地点(下地図e―3・4)は成都からは北東150kmの地点である。

・「江漲」涪江。水嵩があがっった様子を云う。

杜甫『江漲』

江漲柴門外,兒童報急流。

下牀高數尺,倚杖沒中洲。

細動迎風燕,輕搖逐浪鷗。

漁人縈小楫,容易拔船頭。

 

成都(2部)浣花渓の草堂(2 -9) 江漲 杜甫 <372>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1795 杜甫詩 1000- 548

 

 

孤亭 凌噴薄 ,萬井 逼 舂容 。

綿州、巴西の孤立した駅亭は洪水の水が噴出したり、水位を下げたりしているのを耐え忍んでいるのだ。街や各家の井戸端すべてが大きなうすのような形になっている逼迫した状態だ。

・凌噴薄 洪水のようすを云う。岩などに水がぶつかり噴出したり、その下流では水位が下がっている様子を云う。「凌」1 押し分けて前に進む。乗り越えて進む。「波濤(はとう)を―・いで行く」2 困難や苦境などにじっと堪えて、なんとか切り抜ける。辛抱して乗り越える。また、防いで、堪え忍ぶ。「噴」内部から外にふき出す。「噴煙・噴火・噴射・噴出・噴水・噴霧器/自噴

・「萬井」街や各家の井戸端すべて。

・「逼」逼迫する。

・「舂容」うすのような形になる。。

 

 

霄漢 愁 高鳥 ,泥沙 困老龍 。

大空を見上げると雨の中高い所を飛ぶ鳥は憂いに打ちひしがれていて、洪水の泥流は年老いた龍のようで困ったものである。

・「霄漢」天文、天空、おおぞら。銀河の夜空。

・「泥沙」洪水による泥流のこと。川の中央部の流れが速く、そこが泥流となっている。

・「老龍」河川の中央部が盛り上がる龍がうねっているように見えることを云う。

 

 

天邊 同客舍 ,攜我 豁心胸 。

この状況は天空の端までここの官舎と同じ状況にあり、我々が心に携えておくことは、ここでしっかりとした廣い心持って落ち着くことである。

・「天邊」天空、天空の端まで。

・「客舍」建築物、宮室屋廬、役所の舍。

・「豁」広々と開けているさま。あけっぴろげ。「豁然・豁達」
成都遂州00 

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送梓州李使君之任 #2この追分にきてゆくみちをのぞんでみてうらむことを成してはいけない。ただ、真っ先に手を挙げて聞くことになる。夕焼雲が浮んでいるのは太陽の汗をぬぐっているようだ。山の駅亭には旅に疲れた心を目覚めさせてくれる泉がある。

 

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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
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孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
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送梓州李使君之任 蜀中転々 杜甫 <535-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2900 杜甫詩1000-535-#2-774/1500

 

 

作者: 杜甫  寶應元年  762年  51歲 

卷別: 卷二二七  文體: 五言古詩 

詩題: 送梓州李使君之任

自注:故陳拾遺,射洪人也,篇末有云。

 

作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州) 

及地點: 梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)     

     蜀道 (劍南道北部 益州 成都)     

    射洪 (劍南道北部 梓州 射洪)     

交遊人: 李使君 

 

 

送梓州李使君之任

(梓州にて李使君が任にゆくを送る。)

  自注:故陳拾遺,射洪人也,篇末有云。

 杜甫自らの注として「今は亡き初唐の陳子昂拾遺は,射洪の人であり,ここで見る詩篇の末尾に述べられているのが有る。

#1

籍甚黃丞相,能名自潁川。

ここにある書籍には再三、漢の黃霸丞相についてかかれている。能くその名声を為さしめたのは自らが太守を治めた穎川のことである。

近看除刺史,還喜得吾賢。

近ごろになって除刺史とであったが,還た喜ぶべきことであり、それは吾らに賢者が得られたということでもある。

五馬何時到,雙魚會早傳。

太守に迎えられ、五頭立ての馬車で何時ここに到着したのであろうか。文章、詩賦が立派であることは早くから伝わっていたことだろう。

老思笻竹杖,冬要錦衾眠。

年老いてきて思うことは笻竹でつくった杖が必要であり、冬になったら錦衾のふとんで眠るひつようがあるのだ。

#2

不作臨岐恨,惟聽舉最先。

この追分にきてゆくみちをのぞんでみてうらむことを成してはいけない。ただ、真っ先に手を挙げて聞くことになる。

火雲揮汗日,山驛醒心泉。

夕焼雲が浮んでいるのは太陽の汗をぬぐっているようだ。山の駅亭には旅に疲れた心を目覚めさせてくれる泉がある。

遇害陳公殞,於今蜀道憐。

夕焼は県令の段簡による誣告で投獄されたため、憤激のあまり獄死した。今に於いては長安に向かうこの蜀道に憐れが残っている。

君行射洪縣,為我一潸然。

君は、陳子昂の恨みの残る射洪縣に行く。私はここにいて一気にいっぱいの涙を流して哭くことであろう。

 

(梓州にて李使君が任にゆくを送る。)

 自らの注:故陳拾遺は,射洪の人なり,篇末に云う有り。

籍 甚【いかな】る黃丞相なりや,能く名さしめ自ら潁川とす。

近くに看るは除刺史を,還た喜ぶは吾が賢を得るを。

五馬 何時に到る,雙魚 早に傳うるを會う。

老いて思うは 笻竹の杖を,冬に要うは 錦衾の眠。

 

臨岐の恨むを作らず,惟だ聽うは最先に舉ぐるを。

火雲 汗日を揮い,山驛 心泉に醒む。

害に遇い陳公の殞,今に於いて蜀道の憐。

君は行け 射洪縣に,我為は一び潸然たり。

 桜桃002

 




『送梓州李使君之任』 現代語訳と訳註

(本文) #2

不作臨岐恨,惟聽舉最先。

火雲揮汗日,山驛醒心泉。

遇害陳公殞,於今蜀道憐。

君行射洪縣,為我一潸然。

 

 

(下し文)

臨岐の恨むを作らず,惟だ聽うは最先に舉ぐるを。

火雲 汗日を揮い,山驛 心泉に醒む。

害に遇い陳公は殞【おち】る,今に於いて蜀道の憐。

君は行け 射洪縣に,我為は一び潸然たり。

 

(現代語訳)

この追分にきてゆくみちをのぞんでみてうらむことを成してはいけない。ただ、真っ先に手を挙げて聞くことになる。

夕焼雲が浮んでいるのは太陽の汗をぬぐっているようだ。山の駅亭には旅に疲れた心を目覚めさせてくれる泉がある。

夕焼は県令の段簡による誣告で投獄されたため、憤激のあまり獄死した。今に於いては長安に向かうこの蜀道に憐れが残っている。

君は、陳子昂の恨みの残る射洪縣に行く。私はここにいて一気にいっぱいの涙を流して哭くことであろう。

 

 

 (訳注)

竹林0021送梓州李使君之任

(梓州にて李使君が任にゆくを送る。)

 

 

不作 臨岐 恨 ,惟聽 舉最先 。

この追分にきてゆくみちをのぞんでみてうらむことを成してはいけない。ただ、真っ先に手を挙げて聞くことになる。

・「岐」地理、街道巷弄、歧。追分道。

 

 

火雲 揮汗 日 ,山驛 醒心 泉 。

夕焼雲が浮んでいるのは太陽の汗をぬぐっているようだ。山の駅亭には旅に疲れた心を目覚めさせてくれる泉がある。

・「山驛」山峰崖嶺にある駅。5里ごとにおかれたもので、四阿と飲み水が飲める。泉と馬をやすめる事が主で池が設置されていたようだ。

 

 

遇害 陳公 殞 ,於今 蜀道 憐 。

夕焼は県令の段簡による誣告で投獄されたため、憤激のあまり獄死した。今に於いては長安に向かうこの蜀道に憐れが残っている。

「害」其他災害、災。県令の段簡による誣告で投獄されたため、憤激のあまり獄死した。

・「陳公」陳子昂(唐)。陳 子昂(ちん すごう、661年(龍朔元年) - 702年(長安2年))は、中国・唐代(初唐)の詩人。梓州射洪(現在の四川省遂寧市射洪県)の人。字は伯玉。陳子昂はもともとは先祖代々潁州(安徽省)出身であり、4代前から梓州に住むようになった。18歳頃まで無頼なふるまいばかりで、古典はおろか読み書きさえまともに出来なかった。しかし無学な自分に嫌気がさしたため一念発起、故郷近くの金華山に籠もって学問に励み、進士となるまでになった。そのころ高宗が崩御して陵墓問題が持ち上がり、これについて上書したところ、武則天に才能を認められ、麟台正字(秘書正字)に任じられた。その後、右拾遺となった陳子昂は、武則天朝の酷刑や密告制度を用いる非情な政治体制を批判する上書をおこなった。これが原因で投獄されたが、その真摯さを評価されて復職することになった。

・「殞」殞=逝去すること。

・「今」語義類別:時、時間、範圍時間(今昔)、今。

・「蜀道」蜀道の険(しょくどうのけん)は、戦国時代、秦の恵王が蜀王を騙して敷かせた道。蜀道とは漢中から成都への桟道の事を指す。李白が「蜀道の難は、青天に上るよりも難し」と歌ったほどの難所であった。 中でも、垂直に切り立った岩肌に取り付く蜀の桟道は、現在は観光名所として知られる。

 

 

君行 射洪 縣 ,為我 一潸然 。

君は、陳子昂の恨みの残る射洪縣に行く。私はここにいて一気にいっぱいの涙を流して哭くことであろう。

・「射洪縣」梓州から東南25kmの射洪縣。

・「潸然」涙を流して泣くさま。
DCF00006 

送梓州李使君之任 蜀中転々 杜甫 <535-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2895 杜甫詩1000-535-#1-773/1500

送梓州李使君之任 杜甫自らの注として「今は亡き初唐の陳子昂拾遺は,射洪の人であり,ここで見る詩篇の末尾に述べられているのが有る。ここにある書籍には再三、漢の黃霸丞相についてかかれている。能くその名声を為さしめたのは自らが太守を治めた穎川のことである。


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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
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孟郊詩 
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李商隠詩 
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送梓州李使君之任 蜀中転々 杜甫 <535-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2895 杜甫詩1000-535-#1-773/1500

 

 

 

作者: 杜甫  寶應元年  762年  51歲 

卷別: 卷二二七  文體: 五言古詩 

詩題: 送梓州李使君之任

自注:故陳拾遺,射洪人也,篇末有云。

 

作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州) 

及地點: 梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)     

     蜀道 (劍南道北部 益州 成都)     

    射洪 (劍南道北部 梓州 射洪)     

交遊人: 李使君 

 

 

送梓州李使君之任

(梓州にて李使君が任にゆくを送る。)

自注:故陳拾遺,射洪人也,篇末有云。

杜甫自らの注として「今は亡き初唐の陳子昂拾遺は,射洪の人であり,ここで見る詩篇の末尾に述べられているのが有る。
#1

籍甚黃丞相,能名自潁川。

ここにある書籍には再三、漢の黃霸丞相についてかかれている。能くその名声を為さしめたのは自らが太守を治めた穎川のことである。

近看除刺史,還喜得吾賢。

近ごろになって除刺史とであったが,還た喜ぶべきことであり、それは吾らに賢者が得られたということでもある。
五馬何時到,雙魚會早傳。

太守に迎えられ、五頭立ての馬車で何時ここに到着したのであろうか。文章、詩賦が立派であることは早くから伝わっていたことだろう。

老思笻竹杖,冬要錦衾眠。

年老いてきて思うことは笻竹でつくった杖が必要であり、冬になったら錦衾のふとんで眠るひつようがあるのだ。

#2

不作臨岐恨,惟聽舉最先。

火雲揮汗日,山驛醒心泉。

遇害陳公殞,於今蜀道憐。

君行射洪縣,為我一潸然。

 

(梓州にて李使君が任にゆくを送る。)

 自らの注:故陳拾遺は,射洪の人なり,篇末に云う有り。

籍 甚【いかな】る黃丞相なりや,能く名さしめ自ら潁川とす。

近くに看るは除刺史を,還た喜ぶは吾が賢を得るを。

五馬 何時に到る,雙魚 早に傳うるを會う。

老いて思うは 笻竹の杖を,冬に要うは 錦衾の眠。

 

臨岐の恨むを作らず,惟だ聽うは最先に舉ぐるを。

火雲 汗日を揮い,山驛 心泉に醒む。

害に遇い陳公の殞,今に於いて蜀道の憐。

君は行け 射洪縣に,我為は一び潸然たり。

白蘋005 

 












『送梓州李使君之任』 現代語訳と訳註

(本文)

送梓州李使君之任

  自注:故陳拾遺,射洪人也,篇末有云。

#1

籍甚黃丞相,能名自潁川。

近看除刺史,還喜得吾賢。

五馬何時到,雙魚會早傳。

老思笻竹杖,冬要錦衾眠。

 

  

(下し文)

(梓州にて李使君が任にゆくを送る。)

 自らの注:故陳拾遺は,射洪の人なり,篇末に云う有り。

籍 甚【いかな】る黃丞相なりや,能く名さしめ自ら潁川とす。

近くに看るは除刺史を,還た喜ぶは吾が賢を得るを。

五馬 何時に到る,雙魚 早に傳うるを會う。

老いて思うは 笻竹の杖を,冬に要うは 錦衾の眠。

 

 

 

(現代語訳)

(梓州にて李使君が任にゆくを送る。)

 杜甫自らの注として「今は亡き初唐の陳子昂拾遺は,射洪の人であり,ここで見る詩篇の末尾に述べられているのが有る。

ここにある書籍には再三、漢の黃霸丞相についてかかれている。能くその名声を為さしめたのは自らが太守を治めた穎川のことである。

近ごろになって除刺史とであったが,還た喜ぶべきことであり、それは吾らに賢者が得られたということでもある。

太守に迎えられ、五頭立ての馬車で何時ここに到着したのであろうか。文章、詩賦が立派であることは早くから伝わっていたことだろう。

年老いてきて思うことは笻竹でつくった杖が必要であり、冬になったら錦衾のふとんで眠るひつようがあるのだ。

くちなしの実01





 

 

(訳注)

送梓州李使君之任

(梓州にて李使君が任にゆくを送る。)

自注:故陳拾遺,射洪人也,篇末有云。

 杜甫自らの注として「今は亡き初唐の陳子昂拾遺は,射洪の人であり,ここで見る詩篇の末尾に述べられているのが有る。

 

籍甚黃丞相 ,能名 自潁川 。

ここにある書籍には再三、漢の黃霸丞相についてかかれている。能くその名声を為さしめたのは自らが太守を治めた穎川のことである。

・「黃丞相」語義類別:黃霸(漢)。黄 覇(こう は、? - 紀元前51年)は、前漢の人。黄覇は民を治めることにかけては漢が立って以来の筆頭であると言われている。淮陽郡陽夏の人だが、豪傑で人を使役していたことを理由に雲陵に移住させられ、後に杜陵に移住した。最初は淮陽で游徼をしていた。人相見と共に外出した際、人相見はある巫女を見て「あの女性は富貴となるであろう」と言った。黄覇はその巫女を妻とした。

黄覇は律令を学び、武帝末に銭を納入して官を与えられ、侍郎謁者となった。しかし兄弟が有罪となり罷免された。その後、また穀物を納入して左馮翊の卒史を与えられた。左馮翊では資産で官を得た彼を優遇せず、郡の銭や穀物の計算をやらせたが、帳簿は正しく、清廉であると評判となった。黄覇は人の心を推察し法律にも明るく、しかも温和であり、人々を統御することに長けていた。河東均輸長、河南太守丞と出世し、太守には信任され、民や吏は彼を愛し尊敬した。

武帝が死亡し、昭帝の時代となっても地方の統治は法律を厳しく適用することが多かったが、黄覇だけは緩やかであったので有名になった。 黄覇は恵まれない者のために鶏や豚を飼育させ、民に畜産を推奨するなどの政治を行った。郡内のことは何でも知り尽くしており、民や吏は驚いて「神明」と称えた。悪者は他郡に逃げ去り、盗賊は日々減少していった。人口は増加し、統治は天下で第一となった。

「潁川」行政地名、潁川。宣帝は黄覇を潁川太守に任命した。

 

 

近看 除刺史 ,還喜 得 吾賢 。

近ごろになって除刺史とであったが,還た喜ぶべきことであり、それは吾らに賢者が得られたということでもある。

・「刺史」職官爵位、刺史。

 

 

五馬 何時 到 ,雙魚 會早傳 。

太守に迎えられ、五頭立ての馬車で何時ここに到着したのであろうか。文章、詩賦が立派であることは早くから伝わっていたことだろう。

・「五馬」職官爵位、太守。

・「雙魚」文藝、文體、信。

 

 

老思 笻竹 杖 ,冬要 錦衾 眠 。

年老いてきて思うことは笻竹でつくった杖が必要であり、冬になったら錦衾のふとんで眠るひつようがあるのだ。

・「老思」老荘思想。ここは、年老いてきて思うことは。

・「笻竹」語義類別:物、生物、植物專名(禾本)、竹。杖に向いた竹で、そのまま杖という意味になる。

・「錦衾」生活用品(起居用品)、被。

陳拾遺故宅 蜀中転々 杜甫 <489-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2890 杜甫詩1000-489-#2-772/1500

陳拾遺故宅 #2 杜甫 陳子昂公が生まれるまでは前漢の揚雄と司馬相如の後にに匹敵する人物はまでいない。この名声は、太陽や月にかかるほどである。

 

2013年8月26日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
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孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
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陳拾遺故宅 蜀中転々 杜甫 <489-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2890 杜甫詩1000-489-#2-772/1500

 

489-#1

陳拾遺故宅 五言古詩 成都6-(27-#1) 杜甫 <489-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2585 杜甫詩1000-489-#1-711/1500

 

杜甫 

作時: 762年  寶應元年51歲

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 

詩題: 陳拾遺故宅【:宅在射洪縣東七里東武山下。】 

作地: 目前尚無資料 

地點:  陳拾遺故宅 (劍南道北部 梓州 射洪)     

通泉 (劍南道北部 梓州 通泉) 別名:沈家坑     

 

 

陳拾遺故宅

〔宅在射洪縣東七里東武山下。〕

拾遺平昔居,大屋尚修椽。

悠揚荒山日,慘澹故園煙。

位下曷足傷,所貴者聖賢。

有才繼騷雅,哲匠不比肩。

(陳拾遺の旧宅について)

拾遺はきょうまでの日常,過ぎた日々をこの居宅で平穏に過ごしている。この古い家とはいえ、大屋根はいまなおきっちり反りあがった縁を奇麗にしている。

天気の良い日は人けのない寂しい山で一日、ゆったりとしてこせこせしないで過ごす。この古い庭園に霞がかかってくるとまるで身動きが取れず惨澹たる過ごし方になる。

才智があり、ざっくばらんであり、優雅でもあることを継承しているし、道理に明るく、知恵があることについては肩を並べるものなどいないのだ。

 

#2

公生揚馬後,名與日月懸。

同遊英俊人,多秉輔佐權。

彥昭超玉價,郭震起通泉。

到今素壁滑,灑翰銀鉤連。

盛事會一時,此堂豈千年。

終古立忠義,感遇有遺編。

陳子昂公が生まれるまでは前漢の揚雄と司馬相如の後にに匹敵する人物はまでいない。この名声は、太陽や月にかかるほどである。

同様に遊んだものとしては華やかで目立って英俊な人というのはいるものだ。権力者の助けを得て大いに乗っていく者たちである。

初唐の趙彥昭は玉のように輝くとびぬけた人物である。同じく初唐の郭震は通泉から起して大将軍としてしばしば西北に出陣して名を遺している。

いまに至っては白壁の滑かな状態の様な人材ばかりだ。立派な筆の腕をもてばりっぱな書画というものは連綿となる。

この人たちはこの地区の詩文の事を盛んにした人達で、これら人物が一堂に会したのであるが、この講堂にはどうして一千年の人物に匹敵するものが集まるということになるではないか。

とにかく、昔からいう、忠義の上に立つことであり、感情的に逢うことが出来るのは、文体によって編集されることである。

 

陳拾遺の故宅

〔射洪縣の東七里の東武山の下に宅在り。〕

拾遺 昔居に平ぐ,大屋 尚お椽を修む。

悠揚して荒山の日,慘澹たり故園の煙。

位下りて曷んぞ足傷たらんや,貴所 聖賢の者たり。

才有りて騷雅を繼ぐ,哲匠 肩を比べらざり。

#2

公生 揚馬の後,名與し日月懸る。

同遊して英俊の人,多秉りて輔佐の權。

彥昭 玉價を超ゆ,郭震 通泉を起す。

到今 素壁の滑,灑翰 銀鉤の連。

盛事 一時に會し,此堂は豈に千年ならん。

終古 忠義に立ち,感遇して遺編に有る。

 

 

 

 

『陳拾遺故宅』 現代語訳と訳註

(本文) #2

公生揚馬後,名與日月懸。

同遊英俊人,多秉輔佐權。

彥昭超玉價,郭震起通泉。

到今素壁滑,灑翰銀鉤連。

盛事會一時,此堂豈千年。

終古立忠義,感遇有遺編。

 

 

 

(下し文) #2

公生 揚馬の後,名與し日月懸る。

同遊して英俊の人,多秉りて輔佐の權。

彥昭 玉價を超ゆ,郭震 通泉を起す。

到今 素壁の滑,灑翰 銀鉤の連。

盛事 一時に會し,此堂は豈に千年ならん。

終古 忠義に立ち,感遇して遺編に有る。

 

 

 

(現代語訳)

陳子昂公が生まれるまでは前漢の揚雄と司馬相如の後にに匹敵する人物はまでいない。この名声は、太陽や月にかかるほどである。

同様に遊んだものとしては華やかで目立って英俊な人というのはいるものだ。権力者の助けを得て大いに乗っていく者たちである。

初唐の趙彥昭は玉のように輝くとびぬけた人物である。同じく初唐の郭震は通泉から起して大将軍としてしばしば西北に出陣して名を遺している。

いまに至っては白壁の滑かな状態の様な人材ばかりだ。立派な筆の腕をもてばりっぱな書画というものは連綿となる。

この人たちはこの地区の詩文の事を盛んにした人達で、これら人物が一堂に会したのであるが、この講堂にはどうして一千年の人物に匹敵するものが集まるということになるではないか。

とにかく、昔からいう、忠義の上に立つことであり、感情的に逢うことが出来るのは、文体によって編集されることである。

 

 

(訳注)

陳拾遺故宅

陳拾遺の旧宅について

・もとの家。旧宅。また、古い家。陳子昂

〔宅在射洪縣東七里東武山下。〕

拾遺の邸宅は梓州射洪縣の東七里の所で東武山の麓にある

 

公生 揚馬 後 ,名與 日月 懸。

陳子昂公が生まれるまでは前漢の揚雄と司馬相如の後にに匹敵する人物はまでいない。この名声は、太陽や月にかかるほどである。

「公」尊稱美稱、公。

「揚馬」揚雄(漢)と司馬相如(漢)。

 

 

同遊 英俊 人 ,多秉 輔佐 權 。

同様に遊んだものとしては華やかで目立って英俊な人というのはいるものだ。権力者の助けを得て大いに乗っていく者たちである。

 

 

彥昭 超玉價 ,郭震 起 通泉 。

初唐の趙彥昭は玉のように輝くとびぬけた人物である。同じく初唐の郭震は通泉から起して大将軍としてしばしば西北に出陣して名を遺している。

「彥昭」趙彥昭(初唐)。(生没年未詳)趙彥昭,字を奐然という,甘州の張掖の人である。成人になるまで豪放磊落であった。秀爽のひとであった。進士及第している。,調南部尉になり,左台監察御史を経歴。中宗の景龍年間中,中書侍郎に貶められている,同中書門下平章事に回復。睿宗が立つと,宋州刺史にでる,入為吏部侍郎,遷刑部尚書,封耿國公にのぼりつめる。編詩一卷あり。 關閉窗口。

「郭震」郭震(唐)。郭震(かく しん、656年 - 713年)は、中国・唐の詩人。魏州貴郷(河北省大名県)の出身。字は元振(『唐詩選』の通行本は、姓名を郭振と誤っている)。

身の丈七尺の偉丈夫で、任侠を好み、高宗の咸亨(かんこう)4年(673年)、18歳で進士に及第、則天武后に認められて右武衛鎧曹参軍・奉宸監丞となった。その後は大将軍としてしばしば西北に出陣、吐蕃(チベット)・突厥(トルコ)族を撃破して名将と謳われ、景雲2年(711年)には同中書門下三品・吏部尚書に進んだ。しかし玄宗の即位の初め、天子に逆らって新州(広東省新興)に流され、開元元年(713年)、罪を軽減されて饒州(江西省波陽=鄱陽)司馬に遷されたが、途中で死んだ。

「通泉」地名、行政地名、通泉。

 

 

到今 素壁 滑 ,灑翰 銀鉤 連。

いまに至っては白壁の滑かな状態の様な人材ばかりだ。立派な筆の腕をもてばりっぱな書画というものは連綿となる。

「灑翰」器物、文具(單稱)、筆。

「銀鉤」文藝、形容詞彙(書畫)、銀鉤。

 

 

盛事 會 一時 ,此堂 豈千年 。

この人たちはこの地区の詩文の事を盛んにした人達で、これら人物が一堂に会したのであるが、この講堂にはどうして一千年の人物に匹敵するものが集まるということになるではないか。

 

 

終古 立忠義 ,感遇 有 遺編 。

とにかく、昔からいう、忠義の上に立つことであり、感情的に逢うことが出来るのは、文体によって編集されることである。

「遺編」人、文藝、文體、編。

 

酬別杜二 厳武  蜀中転々 杜甫 <534(附-#2)>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2880 杜甫詩1000-534(附-#2)-770/1500

酬別杜二 厳武 秦嶺山脈の木樹はずっと連なってまたつづく、大江に浮かぶ雲は今度は誰に対して言うことになるか。こうなったら試みに東海の三山に向かう滄海に棹を廻していこうか、六朝の謝朓が敬亭山を詠った時のように自然に浸っていることを羨んではいけないのだ。


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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

酬別杜二 厳武  蜀中転々 杜甫 <534(附-#2)>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2880 杜甫詩1000-534(附-#2)-770/1500

 

杜甫は厳武を送って綿州に至って別れた。厳武が杜甫にむくいて別れる詩である。

 

 

酬別杜二  厳武

(杜甫は厳武を送って綿州に至って別れた。厳武が杜甫の詩に対して酬いて別れる詩。)

獨逢堯典日、再観漢宮儀。

こんな「堯典の日」ともいうべき良い秋分の日に一人で逢う、そしてふたたび見たいのはあの漢の朝廷のような政治なのだ。

未効風霜勁、空噺雨露私。

いまだに風霜のようにこの天下が平定される保護の動きはない、ただ雨露のようにうるさくわたしにささやいてくる空しいオチはなしばかりである。

夜鐘清萬戸、曙漏彿千旗。

しかし、夜の鐘はすがすがしく万戸に響き渡るように、、夜明けを告げる水漏時計の知らせで千本の旗が打ち立てられる様に天下を治めるのである。

並向殊庭謁、倶承別館遮。

それに並んでいることは今から天子の前庭の丹庭を抜け階を昇って謁見し、賊共が別館を開いているのを遮断することを承るのだ。

斗城憐菰路、渦水惜餉期。

北斗七星のように偉大な長安城が茨の道ように運河や水路が菰で乱れていることはなげかわしいことである。そこに大水が出て刈りいれのころにおこった事は惜しい限りである。

#2

峰樹逞相俘、江言更對垂。

秦嶺山脈の木樹はずっと連なってまたつづく、大江に浮かぶ雲は今度は誰に対して言うことになるか。

試廻溶海擢、莫妬敬亭詩。

こうなったら試みに東海の三山に向かう滄海に棹を廻していこうか、六朝の謝朓が敬亭山を詠った時のように自然に浸っていることを羨んではいけないのだ。

祇是書唐寄、無忘酒共待。

ただ、ここに示すように心の為すままに書を書き寄せることであり、酒をいつも持参して呑むことだけは忘れてはいけない。

但令心事在、未肯鬢毛衰。

そして、心に思うことだけはどうしてもやり遂げることとして、まだまだ鬢毛が衰えるからというのを理由にしてはいけない。

最恨巴山裏、清猨醒夢思。

こうしていても、最も腹に据えかねることは、巴山の里におこった事である。憎たらしい猿のような奴に夢の思いを破られ悩まされたことである。

 

 

杜二に酬い別る       厳 武

独り逢う尭典の日、再び観る漢官の儀。

未だ効さず風霜の勤、空しく怒ず雨露の私。

夜鐘は万戸に清く、曙漏は千旗を払う。

拉びに殊庭に向かって謁す、供に承く別館の追。

斗城に旧路を憐れみ、清水に帰期を惜しむ。

#2

峰樹環た相い伴う、江雲更に誰にか対する。

試みに滄海の棹を廻せ、妬む莫れ敬亨の詩。

祇だ是れ書をば応に寄すべし、忘るる無かれ酒共に持せしことを。

但だ心事をして在らしめば、未だ肯て鬢毛衰えたりとせず。

最も恨む巴山の裏、清猨の夢思を悩ますことを。

2012new02 

 




『酬別杜二』 現代語訳と訳註

(本文)

峰樹環相伴、江雲更對垂。

試廻滄海櫂、莫妬敬亭詩。

祇是書應寄、無忘酒共持。

但令心事在、未肯鬢毛衰。

最恨巴山裏、清猨悩夢思。

 

 

(下し文)

峰樹環た相い伴う、江雲更に誰にか対する。

試みに滄海の棹を廻せ、妬む莫れ敬亨の詩。

祇だ是れ書をば応に寄すべし、忘るる無かれ酒共に持せしことを。

但だ心事をして在らしめば、未だ肯て鬢毛衰えたりとせず。

最も恨む巴山の裏、清猨の夢思を悩ますことを。

 

(現代語訳)

秦嶺山脈の木樹はずっと連なってまたつづく、大江に浮かぶ雲は今度は誰に対して言うことになるか。

こうなったら試みに東海の三山に向かう滄海に棹を廻していこうか、六朝の謝朓が敬亭山を詠った時のように自然に浸っていることを羨んではいけないのだ。

ただ、ここに示すように心の為すままに書を書き寄せることであり、酒をいつも持参して呑むことだけは忘れてはいけない。

そして、心に思うことだけはどうしてもやり遂げることとして、まだまだ鬢毛が衰えるからというのを理由にしてはいけない。

こうしていても、最も腹に据えかねることは、巴山の里におこった事である。憎たらしい猿のような奴に夢の思いを破られ悩まされたことである。

 natsusora01




 

(訳注)

峰樹環相伴、江雲更對垂。

秦嶺山脈の木樹はずっと連なってまたつづく、大江に浮かぶ雲は今度は誰に対して言うことになるか。

・峰樹 秦嶺山脈の木樹。

 

試廻溶海擢、莫妬敬亭詩。

こうなったら試みに東海の三山に向かう滄海に棹を廻していこうか、六朝の謝朓が敬亭山を詠った時のように自然に浸っていることを羨んではいけないのだ。

・遊敬亭山詩 謝朓宣城太守時の作。

茲山亙百里,合杳與雲齊,隱淪既已托,靈異居然棲。

李白『聽胡人吹笛』

胡人吹玉笛。 一半是秦聲。 十月吳山曉。 梅花落敬亭。

愁聞出塞曲。 淚滿逐臣纓。 卻望長安道。 空懷戀主情。

李白『獨坐敬亭山』

眾鳥高飛盡。 孤云獨去閑。

相看兩不厭。 只有敬亭山。

 

祇是書應寄、無忘酒共待。

ただ、ここに示すように心の為すままに書を書き寄せることであり、酒をいつも持参して呑むことだけは忘れてはいけない。

 

但令心事在、未肯鬢毛衰。

そして、心に思うことだけはどうしてもやり遂げることとして、まだまだ鬢毛が衰えるからというのを理由にしてはいけない。

 

最恨巴山裏、清猨悩夢思。

こうしていても、最も腹に据えかねることは、巴山の里におこった事である。憎たらしい猿のような奴に夢の思いを破られ悩まされたことである。

・清猨 ここ数年、三巴や蜀地方において、叛乱が立て続ききに起こり、モグラたたきのように厳武が平定していたことをいう。

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酬別杜二  厳武

(杜甫は厳武を送って綿州に至って別れた。厳武が杜甫の詩に対して酬いて別れる詩。)

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北斗七星のように偉大な長安城が茨の道ように運河や水路が菰で乱れていることはなげかわしいことである。そこに大水が出て刈りいれのころにおこった事は惜しい限りである。

#2

峰樹逞相俘、江言更對垂。試廻溶海擢、莫妬敬亭詩。祇是書唐寄、無忘酒共待。

但令心事在、未肯鬢毛衰。最恨巴山裏、清猨醒夢思。

 

 

杜二に酬い別る       厳 武

独り逢う尭典の日、再び観る漢官の儀。

未だ効さず風霜の勤、空しく怒ず雨露の私。

夜鐘は万戸に清く、曙漏は千旗を払う。

拉びに殊庭に向かって謁す、供に承く別館の追。

斗城に旧路を憐れみ、清水に帰期を惜しむ。

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祇だ足れ書をば応に寄すべし、忘るる無かれ酒共に持せしことを。

但だ心事をして在らしめば、未だ肯て鬂毛衰えたりとせず。

最も恨む巴山の裏、清猿の夢思を悩ますことを。

 

 

『酬別杜二』 現代語訳と訳註

(本文)

酬別杜二

獨逢堯典日、再観漢宮儀。

未効風霜勁、空噺雨露私。

夜鐘清萬戸、曙漏彿千旗。

並向殊庭謁、倶承別館遮。

斗城憐菰路、渦水惜餉期。

 

 

(下し文)

杜二に酬い別る

独り逢う尭典の日、再び観る漢官の儀。

未だ効さず風霜の勤、空しく怒ず雨露の私。

夜鐘は万戸に清く、曙漏は千旗を払う。

拉びに殊庭に向かって謁す、供に承く別館の追。

斗城に旧路を憐れみ、清水に帰期を惜しむ。

 

 

(現代語訳)

(杜甫は厳武を送って綿州に至って別れた。厳武が杜甫の詩に対して酬いて別れる詩。)

こんな「堯典の日」ともいうべき良い秋分の日に一人で逢う、そしてふたたび見たいのはあの漢の朝廷のような政治なのだ。

いまだに風霜のようにこの天下が平定される保護の動きはない、ただ雨露のようにうるさくわたしにささやいてくる空しいオチはなしばかりである。

しかし、夜の鐘はすがすがしく万戸に響き渡るように、、夜明けを告げる水漏時計の知らせで千本の旗が打ち立てられる様に天下を治めるのである。

それに並んでいることは今から天子の前庭の丹庭を抜け階を昇って謁見し、賊共が別館を開いているのを遮断することを承るのだ。

北斗七星のように偉大な長安城が茨の道ように運河や水路が菰で乱れていることはなげかわしいことである。そこに大水が出て刈りいれのころにおこった事は惜しい限りである。

 

 

(訳注)

酬別杜二

(杜甫は厳武を送って綿州に至って別れた。厳武が杜甫の詩に対して酬いて別れる詩。)

・酬別 酬いて別れる。杜甫が成都から梓州まで送ってきて、その間に多くの詩を厳武とやり取りしている。

 

獨逢堯典日、再観漢宮儀。

こんな「堯典の日」ともいうべき良い秋分の日に一人で逢う、そしてふたたび見たいのはあの漢の朝廷のような政治なのだ。

・堯典 書経の偽古文尚書. 虞書, 堯典とある。堯典日とは天候も気候も素晴らしい天下一の日という意味で、秋分の日というほどの意味。

 

未効風霜勁、空噺雨露私。

いまだに風霜のようにこの天下が平定される保護の動きはない、ただ雨露のようにうるさくわたしにささやいてくる空しいオチはなしばかりである。

 

夜鐘清萬戸、曙漏彿千旗。

しかし、夜の鐘はすがすがしく万戸に響き渡るように、、夜明けを告げる水漏時計の知らせで千本の旗が打ち立てられる様に天下を治めるのである。

・

 

並向殊庭謁、倶承別館遮。

それに並んでいることは今から天子の前庭の丹庭を抜け階を昇って謁見し、賊共が別館を開いているのを遮断することを承るのだ。

 

斗城憐菰路、渦水惜餉期。

北斗七星のように偉大な長安城が茨の道ように運河や水路が菰で乱れていることはなげかわしいことである。そこに大水が出て刈りいれのころにおこった事は惜しい限りである。

・斗 北斗七星のように偉大な長安城。二十八宿にいう正月…「室」、二月…「奎」、三月…「胃」、四月…「畢」、五月…「参」、六月…「鬼」、七月…「張」、八月…「角」、九月…「氏」、十月…「心」、十一月…「斗」、十二月…「虚」

・菰路 菰のみち、茨の道ように運河や水路が乱れていること。

奉送嚴公入朝十韻 蜀中転々 杜甫 <534-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2870 杜甫詩1000-534-#2-768/1500

奉送嚴公入朝十韻 杜甫 君のゆくころは宮中の鶯も春を喜ぶさえずりをやめてしまい、夏になっていることだろう。参朝してから昼になかなかならずいつしか昼になっているが、自分も朝廷勉めで水時計が昼の刻を報じたのをきいたことを思いだす。

 

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謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。   
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html   
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html   
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

奉送嚴公入朝十韻 蜀中転々 杜甫 <534-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2870 杜甫詩1000-534-#2-768/1500

 

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳

掲 載; 杜甫1000首の534-#2首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-769回目   40868

 

 

奉送嚴公入朝十韻

(厳武が成都から中央の朝廷へかえるのを送った詩。)

鼎湖瞻望遠,象闕憲章新。

粛宗皇帝が黄帝のように鼎湖でおかくれになり升天されたためこちらからいくらながめても遠くてみえぬようになってしまわれた。

四海猶多難,中原憶舊臣。

いま天下はまだ平定されず難儀なことが多いので、中原の地では旧臣をおもうて厳武どのを迎え用いることになるのである。

與時安反側,自昔有經綸。

君は昔から経輪で政治力があるとされる、かつては時世のために反逆の徒を安んじていた。

感激張天步,從容靜塞塵。

また感激して『詩経(白華)』でいう国運の難難を救うてその威力を張り、出てはゆったりとして塞のちりをしずかならしめた。

南圖回羽翮,北極捧星辰。

それがこんど図南のつばさをむけかえて、北極において星辰をささぐることになった。

#2

漏鼓還思晝,宮鶯罷囀春。

君のゆくころは宮中の鶯も春を喜ぶさえずりをやめてしまい、夏になっていることだろう。参朝してから昼になかなかならずいつしか昼になっているが、自分も朝廷勉めで水時計が昼の刻を報じたのをきいたことを思いだす。

空留玉帳術,愁殺錦城人。

君はいたずらに昔よりの兵法の術をとどめて蜀を去ることにより、錦城の蜀民はみな非常に不安で心配な思いになっている。

閣道通丹地,江潭隱白蘋。

君のゆく蜀桟道は宮殿の丹地の方へと通じているが、自分は濯錦江の百花潭で白蘋にかこまれている。

此生那老蜀,不死會歸秦。

自分の生涯はどうしてこんな蜀に老いはてることができよう、死なずにいのちさえあるなら自分はきっと長安へかえるつもりだ。
公若登臺輔,臨危莫愛身。

君はもし中央で宰相の位にでものぼるであろうから、決して危難にさしかかっても一身を愛惜することなかれ、身命をなげだして国家のためにつくされるであろう。 


 

(厳公が入朝するを送り奉る 十韻)

鼎湖【ていこ】瞻望【せんぼう】遠く、象闕【しょうけつ】憲章新たなり。

四海 猶お多難、中原 旧臣を憶う。

時の与【ため】に反側を安んず、昔より経綸【けいりん】有り。

感激 天歩【てんぽ】を張り、従容【しょうよう】塞塵を静かにす。

南図【なんと】羽翮【うかく】を遅らし、北極 星辰を捧ず。

#2

漏鼓【ろうこ】還た昼を思う、宮鶯 春に囀るを罷む。

空しく留む玉帳の術、愁殺す錦城の人。

閣道 丹地に通ず、江潭 白蘋【はくひん】に隠る。

此の生 那ぞ蜀に老いん、死せずんは会ず秦に帰らん。

公若し台輔【だいほ】に登らば、危きに臨みて身を愛すること莫れ。

白蘋005 






















 

『奉送嚴公入朝十韻』 現代語訳と訳註

(本文)

奉送嚴公入朝十韻 #2

漏鼓還思晝,宮鶯罷囀春。空留玉帳術,愁殺錦城人。

閣道通丹地,江潭隱白蘋。此生那老蜀,不死會歸秦。

公若登臺輔,臨危莫愛身。』

 

 (下し文) #2

漏鼓【ろうこ】還た昼を思う、宮鶯 春に囀るを罷む。

空しく留む玉帳の術、愁殺す錦城の人。

閣道 丹地に通ず、江潭 白蘋【はくひん】に隠る。

此の生 那ぞ蜀に老いん、死せずんは会ず秦に帰らん。

公若し台輔【だいほ】に登らば、危きに臨みて身を愛すること莫れ。

 

 

 

(現代語訳)

君のゆくころは宮中の鶯も春を喜ぶさえずりをやめてしまい、夏になっていることだろう。参朝してから昼になかなかならずいつしか昼になっているが、自分も朝廷勉めで水時計が昼の刻を報じたのをきいたことを思いだす。

君はいたずらに昔よりの兵法の術をとどめて蜀を去ることにより、錦城の蜀民はみな非常に不安で心配な思いになっている。

君のゆく蜀桟道は宮殿の丹地の方へと通じているが、自分は濯錦江の百花潭で白蘋にかこまれている。

自分の生涯はどうしてこんな蜀に老いはてることができよう、死なずにいのちさえあるなら自分はきっと長安へかえるつもりだ。
君はもし中央で宰相の位にでものぼるであろうから、決して危難にさしかかっても一身を愛惜することなかれ、身命をなげだして国家のためにつくされるであろう。

 

 

(訳注)

漏鼓還思晝,宮鶯罷囀春。

君のゆくころは宮中の鶯も春を喜ぶさえずりをやめてしまい、夏になっていることだろう。参朝してから昼になかなかならずいつしか昼になっているが、自分も朝廷勉めで水時計が昼の刻を報じたのをきいたことを思いだす。

○漏鼓 宮中にある水時計。

杜甫『紫宸殿退朝口號』

戶外昭容紫袖垂,雙瞻御座引朝儀。

香飄合殿春風轉,花覆千宮淑景移。

晝漏稀聞高閣報,天顏有喜近臣知。

宮中每出歸東省,會送夔龍集鳳池。

(紫后殿より退朝するとき口号)

戸外の昭容 紫袖【しゆう】垂る、御座を双降【そうこう】して朝儀【ちょうぎ】を引く。

香 飄【ひるがえ】りて合殿【ごうでん】春風転じ、花千官を覆いて淑景【しゅくけい】移る。

昼漏【ちゅうろう】聞こゆる稀にして高閣報じ、天顔【てんがん】喜び有って近臣知る。

宮中より毎【つね】に出でて東省に帰る、会送す夔竜【きりゅう】の鳳池に集まるを。

紫宸殿退朝口號 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 238

○思晝 天子の朝に侍ることの久しいことをいう、思とは作者がおもうことをいうのである。

○罷囀春 厳武の入京のときが夏であり春がすでにすぎたことをいう。

 

空留玉帳術,愁殺錦城人。

君はいたずらに昔よりの兵法の術をとどめて蜀を去ることにより、錦城の蜀民はみな非常に不安で心配な思いになっている。

○玉帳術 玉帳は兵家の厭勝〔勝利の占い〕の方位であり、主将がもしその方位に軍帳を置くときは堅くして犯すことができないことは玉帳のようだという、これは羌胡に対する方略をさすことからくる。

○錦城人 錦官城中の人、蜀の民をいう。

 

閣道通丹地,江潭隱白蘋。

君のゆく蜀桟道は宮殿の丹地の方へと通じているが、自分は濯錦江の百花潭で白蘋にかこまれている。

○閣道 桟道をいう。成都紀行12首を参考。

○丹地 丹塀、丹庭ともいう、宮殿の階下の土縁、そこには丹を以て地を塗るゆえに丹塀、丹庭という。

○江潭 濯錦江の百花潭。

○隱白蘋 白蘋は白い花のさくよもぎ、水草である、江辺にかくれるのを日蘋にかくれるといっている。

薛濤『酬杜舍人』

雙魚底事到儂家,扑手新詩片片霞。

唱到白蘋洲畔曲,芙蓉空老蜀江花。

酬杜舍人 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-232--#88  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2707


此生那老蜀,不死會歸秦。

自分の生涯はどうしてこんな蜀に老いはてることができよう、死なずにいのちさえあるなら自分はきっと長安へかえるつもりだ。

・那老蜀 どうして蜀において老いをすごそうか、すごせないだろう。

・会 必ず。

・秦 長安。

 

公若登臺輔,臨危莫愛身。

君はもし中央で宰相の位にでものぼるであろうから、決して危難にさしかかっても一身を愛惜することなかれ、身命をなげだして国家のためにつくされるであろう。

○公 厳武をさす。

〇台輔 宰相の地位。

○愛 愛惜する。
花鴨004 

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2013年8月22日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html   
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150


 

奉送嚴公入朝十韻  蜀中転々 杜甫 <534-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2870 杜甫詩1000-534-#1-768/1500

 

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の534-#1首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-768回目   40867

厳武が成都から中央の朝廷へかえるのを送った詩。宝応元年夏の作。

桜桃002 






 

奉送嚴公入朝十韻

(厳武が成都から中央の朝廷へかえるのを送った詩。)

鼎湖瞻望遠,象闕憲章新。

粛宗皇帝が黄帝のように鼎湖でおかくれになり升天されたためこちらからいくらながめても遠くてみえぬようになってしまわれた。

四海猶多難,中原憶舊臣。

いま天下はまだ平定されず難儀なことが多いので、中原の地では旧臣をおもうて厳武どのを迎え用いることになるのである。

與時安反側,自昔有經綸。

君は昔から経輪で政治力があるとされる、かつては時世のために反逆の徒を安んじていた。

感激張天步,從容靜塞塵。

また感激して『詩経(白華)』でいう国運の難難を救うてその威力を張り、出てはゆったりとして塞のちりをしずかならしめた。

南圖回羽翮,北極捧星辰。

それがこんど図南のつばさをむけかえて、北極において星辰をささぐることになった。

#2

漏鼓還思晝,宮鶯罷囀春。空留玉帳術,愁殺錦城人。

閣道通丹地,江潭隱白蘋。此生那老蜀,不死會歸秦。

公若登臺輔,臨危莫愛身。

 

花鴨002(厳公が入朝するを送り奉る 十韻)

鼎湖【ていこ】瞻望【せんぼう】遠く、象闕【しょうけつ】憲章新たなり。

四海 猶お多難、中原 旧臣を憶う。

時の与【ため】に反側を安んず、昔より経綸【けいりん】有り。

感激 天歩【てんぽ】を張り、従容【しょうよう】塞塵を静かにす。

南図【なんと】羽翮【うかく】を遅らし、北極 星辰を捧ず。

#2

漏鼓【ろうこ】還た昼を思う、宮鶯 春に囀るを罷む。

空しく留む玉帳の術、愁殺す錦城の人。

閣道 丹地に通ず、江潭 白蘋【はくひん】に隠る。

此の生 那ぞ蜀に老いん、死せずんは会ず秦に帰らん。

公若し台輔【だいほ】に登らば、危きに臨みて身を愛すること莫れ。

 

 

『奉送嚴公入朝十韻』 現代語訳と訳註

(本文)

奉送嚴公入朝十韻

鼎湖瞻望遠,象闕憲章新。四海猶多難,中原憶舊臣。

與時安反側,自昔有經綸。感激張天步,從容靜塞塵。

南圖回羽翮,北極捧星辰。

 

 

(下し文)

(厳公が入朝するを送り奉る 十韻)

鼎湖【ていこ】瞻望【せんぼう】遠く、象闕【しょうけつ】憲章新たなり。

四海 猶お多難、中原 旧臣を憶う。

時の与【ため】に反側を安んず、昔より経綸【けいりん】有り。

感激 天歩【てんぽ】を張り、従容【しょうよう】塞塵を静かにす。

南図【なんと】羽翮【うかく】を遅らし、北極 星辰を捧ず。

 

 

(現代語訳)

(厳武が成都から中央の朝廷へかえるのを送った詩。)

粛宗皇帝が黄帝のように鼎湖でおかくれになり升天されたためこちらからいくらながめても遠くてみえぬようになってしまわれた。

いま天下はまだ平定されず難儀なことが多いので、中原の地では旧臣をおもうて厳武どのを迎え用いることになるのである。

君は昔から経輪で政治力があるとされる、かつては時世のために反逆の徒を安んじていた。

また感激して『詩経(白華)』でいう国運の難難を救うてその威力を張り、出てはゆったりとして塞のちりをしずかならしめた。

それがこんど図南のつばさをむけかえて、北極において星辰をささぐることになった。

 

 

(訳注)

奉送嚴公入朝十韻

(厳武が成都から中央の朝廷へかえるのを送った詩。)

○厳公入朝 762年宝応元年四月十八日粛宗が長生殿に崩じ、この月二十八日己巳、代宗が位に即いた、厳武を召して橋遣使(山陵をつくる長官)となした、武が局を出発したのは夏のことである。

 

鼎湖瞻望遠,象闕憲章新。

粛宗皇帝が黄帝のように鼎湖でおかくれになり升天されたためこちらからいくらながめても遠くてみえぬようになってしまわれた。

○鼎湖 黄帝が死んだ故事、すでに前に見える、粛宗の崩をいう。それとともに新天子代宗皇帝が御即位になって御所の御門には法令が新たにかかげられるに至った。

〇時望 こちらから升天した天子をながめること。

○象闕 或は象魏という、象は法令のこと、魏は塗に当たって高くそびえることをいう、古は宮門の闕に法令を掲示した、その門を象魏という。

○憲章 法令をいう、此の句は代宗の即位をいう、即位の初めには法令が新たにでる。

 

四海猶多難,中原憶舊臣。

いま天下はまだ平定されず難儀なことが多いので、中原の地では旧臣をおもうて厳武どのを迎え用いることになるのである。

○多難 叛乱安史軍の史朝義がまだ平定されない。

○中原 都の地方、その地方の官民。

○旧臣 厳武をさす。

 

與時安反側,自昔有經綸。

君は昔から経輪で政治力があるとされる、かつては時世のために反逆の徒を安んじていた。

○与時 時世のために。

○反側 反逆の徒をさす。

○經綸 政治上のきりもりをすること。政治力がある。

 

感激張天步,從容靜塞塵。

また感激して『詩経(白華)』でいう国運の難難を救うてその威力を張り、出てはゆったりとして塞のちりをしずかならしめた。

○感激 国恩にはげしく感ずる。

○張天歩 天歩は『詩経(白華)』にみえる、国運の進行をいう、張とは長安を賊の手からとりかえしたことをいう。天歩艱:天運が開けず、時勢が難しいこと。天歩艱難。

○従容 ゆったり。

○静塞塵 とりでのちりをしずかにさせる。成都に来任して其の地をしずめたことをいう。

 

南圖回羽翮,北極捧星辰。

それがこんど図南のつばさをむけかえて、北極において星辰をささぐることになった。

○南圖回羽翮 南図の羽翮をかえすということ、南図は「荘子」(逍遥遊)に鵬という大鳥が九万里に巽をうって南しょうとはかったという話がある、厳武が南方に事功をたでようとしたのに忽ち都へかえることを鵬に此していった。

○北極捧星辰 北極においで星辰をささげる、中央にかえって天子をうやまいこれに仕えることをいう。
くちなしの実01 

嚴公廳宴同詠蜀道畫圖【案:得空字。】 蜀中転々 杜甫 <533>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2865 杜甫詩1000-533-767/1500

杜甫《嚴公廳宴》この地図で守るべき範囲は成都の星橋のはるか北には剣閣があり、遠く松州では雪嶺山脈がその東に横たわっていて、西の守備範囲を示している。この国の西と北の異民族の敵とのさかえは山はつづいて断えないし、呉の方まで蜀から江水が相通じている。

 

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謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。   
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html   
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
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嚴公廳宴同詠蜀道畫圖【案:得空字。】 蜀中転々 杜甫 <533>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2865 杜甫詩1000-533-767/1500            

 

詩 題:

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

 

掲 載; 杜甫1000首の533首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-767回目   40866

厳武の官邸の酒宴にあって蜀道の画図を観てともに詠じた詩。宝応元年成都においでの作。

 

 

嚴公廳宴,同詠蜀道畫圖、得空字。

(厳武の官邸の酒宴にあって蜀道の画図を観てともに詠じた詩。〔空の字を得て韻に詠う〕)

日臨公館靜,畫滿地圖雄。

日が官邸のうえにかかって、やかたが静かである。そのおり座敷じゅう画がならべられ蜀道の地図のさまは最も雄大なものにみえる。

劍閣星橋北,松州雪嶺東。

この地図で守るべき範囲は成都の星橋のはるか北には剣閣があり、遠く松州では雪嶺山脈がその東に横たわっていて、西の守備範囲を示している。

華夷山不斷,吳蜀水相通。

この国の西と北の異民族の敵とのさかえは山はつづいて断えないし、呉の方まで蜀から江水が相通じている。

興與煙霞會,清樽幸不空。

こうやってこの地図を見てみるとわたしの詩興が煙霞の景の趣きと合致するものがある、そしてここには幸いに清々しい酒だるもからっぽでないからいよいよ興がつきはしない。

 

(厳公の庁宴に、同じく蜀道の画図を詠ず、空の字を得たり)

日臨みて公館静かなり、画満ちて地図雄なり。

剣閣は星橋の北にあり、松州は雪嶺の東なり。

華夷 山断えず、呉濁 水相通ず。

興 煙霞と会す、清樽 幸いに空しからず。 

nat0001 
 














『
嚴公廳宴』現代語訳と訳註

(本文) 嚴公廳宴,同詠蜀道畫圖、得空字。

日臨公館靜,畫滿地圖雄。

劍閣星橋北,松州雪嶺東。

華夷山不斷,吳蜀水相通。

興與煙霞會,清樽幸不空。

 

 

(下し文)

(厳公の庁宴に、同じく蜀道の画図を詠ず、空の字を得たり)

日臨みて公館静かなり、画満ちて地図雄なり。

剣閣は星橋の北にあり、松州は雪嶺の東なり。

華夷 山断えず、呉濁 水相通ず。

興 煙霞と会す、清樽 幸いに空しからず。

 

 

(現代語訳)

(厳武の官邸の酒宴にあって蜀道の画図を観てともに詠じた詩。〔空の字を得て韻に詠う〕)

日が官邸のうえにかかって、やかたが静かである。そのおり座敷じゅう画がならべられ蜀道の地図のさまは最も雄大なものにみえる。

この地図で守るべき範囲は成都の星橋のはるか北には剣閣があり、遠く松州では雪嶺山脈がその東に横たわっていて、西の守備範囲を示している。

この国の西と北の異民族の敵とのさかえは山はつづいて断えないし、呉の方まで蜀から江水が相通じている。

こうやってこの地図を見てみるとわたしの詩興が煙霞の景の趣きと合致するものがある、そしてここには幸いに清々しい酒だるもからっぽでないからいよいよ興がつきはしない。

 

 

(訳注)

嚴公廳宴,同詠蜀道畫圖、得空字。

(厳武の官邸の酒宴にあって蜀道の画図を観てともに詠じた詩。〔空の字を得て韻に詠う〕)

○庁宴 庁は成都城の府の公堂で、詩中の「公館」をいう、宴はそこでのさかもり。

○覇道 蜀の桟道、陝西省漢中府より四川省成都府へ通ずる道路をいう。

 

日臨公館靜,畫滿地圖雄。

日が官邸のうえにかかって、やかたが静かである。そのおり座敷じゅう画がならべられ蜀道の地図のさまは最も雄大なものにみえる。

○画満 満というのは多くの画図をへやいっぱいにならべたこと。一に列に作る、列はならべること。

 

劍閣星橋北,松州雪嶺東。

この地図で守るべき範囲は成都の星橋のはるか北には剣閣があり、遠く松州では雪嶺山脈がその東に横たわっていて、西の守備範囲を示している。

○剣閣 剣門をいう。厳武の北に対しては剣門と松州を結んだ線までが北の守備範囲であることを云う

○星橋 秦の昭王(始皇帝の曽祖父)は、軍事家であり科学者の李氷に蜀郡の太守(長官)を命じ、当地に派遣した。李氷は「西北部が高く東南部が低い」成都平原の地理を利用し、民を率いて8年がかりで紀元前256年、岷江の分水と治水、土砂排出と防災の設備ともなるこの都江堰水利施設を建設したもので、成都にあるという。

・松州雪嶺東 松州に等吐蕃に対しての保守都瓐府が恭州にあり、厳武の守備範囲ではないため鶺鴒山脈の東までであった。

 

華夷山不斷,吳蜀水相通。

この国の西と北の異民族の敵とのさかえは山はつづいて断えないし、呉の方まで蜀から江水が相通じている。

○華夷 唐の領土と夷種の異民族の地と。

○呉萄蜀 呉は江蘇・浙江の地方をさす。

 

興與煙霞會,清樽幸不空。

こうやってこの地図を見てみるとわたしの詩興が煙霞の景の趣きと合致するものがある、そしてここには幸いに清々しい酒だるもからっぽでないからいよいよ興がつきはしない。

○興 詩興。

○煙霞 蜀道畫圖中の山水画であると谷部分は靄で描かれる遠くになるほど薄く描かれる遠近法というものと杜甫が詩に詠うのがその範囲であるという。

○空 酒のからっぽなこと。
峨眉山003 

嚴公仲夏枉駕草堂兼攜酒饌得寒字 蜀中転々 杜甫 <532>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2860 杜甫詩1000-532-766/1500

杜甫 嚴公仲夏枉駕草堂 成都尹で天子の使者である厳武がたずねてくれたのは急に自分を召し出そうというような事に関してではないはずだ。かれが自らここまできてくれるというのはまったく自分如き無作法ものを寛大にもてなしてくれるというに外ならぬことであることをわたしは認識している。

 

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孟郊詩 
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嚴公仲夏枉駕草堂兼攜酒饌得寒字 蜀中転々 杜甫 <532>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2860 杜甫詩1000-532-766/1500



詩 題:
嚴公仲夏枉駕草堂、兼攜酒饌、得寒字。

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の532首目-場面中

杜甫ブログ1500回予定の-766回目   40865

 

嚴公仲夏枉駕草堂、兼攜酒饌

作者:杜甫                        

全唐詩・卷227

草堂本一作鄭公枉駕攜饌訪水亭。

 

嚴公仲夏枉駕草堂、兼攜酒饌、得寒字。

(厳武中丞が五月にわざわざ草堂をたずねてくれ、そのうえ酒や食物まで持参でやってきてくれたときに作った詩。但し韻を分けて自分は寒の字を得てつくったのである。)

竹裏行廚洗玉盤,花邊立馬簇金鞍。

成都尹で天子の使者である厳武がたずねてくれたのは急に自分を召し出そうというような事に関してではないはずだ。

非關使者徵求急,自識將軍禮數寬。

かれが自らここまできてくれるというのはまったく自分如き無作法ものを寛大にもてなしてくれるというに外ならぬことであることをわたしは認識している。

百年地闢柴門逈,五月江深草閣寒。

私の人生、百年の生涯をおくるのは、この片田舎でこの柴門の近辺である。五月にあたって濯錦江の水は深くして草堂が寒さを感じるほどなのである。
看弄漁舟移白日,老農何有罄交歡。

ここで厳武は日がな一日舟遊びに興じており、きょうの日をわたしは見ているだけですごした。歳をとり、農業しかできないこの老人がなんで天子の使者たるものと嬉しさを交歓できるというもったいないことである。 

(嚴公 仲夏に 草堂に枉駕し、兼ねて酒饌を攜える、寒の字を得たり)

竹裏 行廚 玉盤を洗い,花邊 立馬し 金鞍を簇【むらが】る。

使者 徵求【ちょうきゅう】の急なるに關するに非らず,自ら識る將軍禮數【れいすう】の寬なるを。

百年地闢【ちへき】柴門逈【はる】かに,五月江深うして草閣の寒。

 漁舟を看弄して白日に移る,老農 何んぞ交歡を罄【つく】す有らん。

 

花鴨003








 

『嚴公仲夏枉駕草堂』 現代語訳と訳註

(本文)

嚴公仲夏枉駕草堂、兼攜酒饌、得寒字。

竹裏行廚洗玉盤,花邊立馬簇金鞍。

非關使者徵求急,自識將軍禮數寬。

百年地闢柴門逈,五月江深草閣寒。

看弄漁舟移白日,老農何有罄交歡。
 

 

(下し文)

(嚴公 仲夏に 草堂に枉駕し、兼ねて酒饌を攜える、寒の字を得たり)

竹裏 行廚 玉盤を洗い,花邊 立馬し 金鞍を簇【むらが】る。

使者 徵求【ちょうきゅう】の急なるに關するに非らず,自ら識る將軍禮數【れいすう】の寬なるを。

百年地闢【ちへき】柴門逈【はる】かに,五月江深うして草閣の寒。

 漁舟を看弄して白日に移る,老農 何んぞ交歡を罄【つく】す有らん。

 

 

(現代語訳)

(厳武中丞が五月にわざわざ草堂をたずねてくれ、そのうえ酒や食物まで持参でやってきてくれたときに作った詩。但し韻を分けて自分は寒の字を得てつくったのである。)

成都尹で天子の使者である厳武がたずねてくれたのは急に自分を召し出そうというような事に関してではないはずだ。かれが自らここまできてくれるというのはまったく自分如き無作法ものを寛大にもてなしてくれるというに外ならぬことであることをわたしは認識している。

私の人生、百年の生涯をおくるのは、この片田舎でこの柴門の近辺である。五月にあたって濯錦江の水は深くして草堂が寒さを感じるほどなのである。ここで厳武は日がな一日舟遊びに興じており、きょうの日をわたしは見ているだけですごした。歳をとり、農業しかできないこの老人がなんで天子の使者たるものと嬉しさを交歓できるというもったいないことである。

 

花鴨003 

(訳注)

嚴公仲夏枉駕草堂,兼攜酒饌(得寒字)

(厳武中丞が五月にわざわざ草堂をたずねてくれ、そのうえ酒や食物まで持参でやってきてくれたときに作った詩。但し韻を分けて自分は寒の字を得てつくったのである。)

宝応元年五月の作。

○厳公 厳武中丞公。

○仲夏 五月。

○饌 食物。

○得寒字 主客共に詩を賎し、その用いる韻字に「寒」の字があたったこと。本詩は【頸聯】第六句に寒の字を押韻している。

 

【首聯】

竹裏行廚洗玉盤,花邊立馬簇金鞍。

嬉しいことで、竹林のなかで台所方が玉盤を洗っている、浣花渓草堂の周りに花がさいいていて金鞍をむらがらせて馬が立ちならんでいる。

○竹裏 草堂の庭のたけやぶのなか。

○行厨 携帯してきた台所。

○玉盤 玉の大皿。

○立馬 馬は従者の騎馬。

 

【頷聯】

非關使者徵求急,自識將軍禮數寬。

成都尹で天子の使者である厳武がたずねてくれたのは急に自分を召し出そうというような事に関してではないはずだ。かれが自らここまできてくれるというのはまったく自分如き無作法ものを寛大にもてなしてくれるというに外ならぬことであることをわたしは認識している。

○使者徴求急 使者は厳武をいうが、厳武は成都尹で地方官であるから天子の使者であるということで、徴求は賢者をめし求めることである。厳武は杜甫を成都の書記官に向かえようということであった。 「荘子」(譲王)にみえる顔闔の故事を用いる、魯に顔闔という賢人があり、魯君よりめしだしの使者がやって来たとき、顔闔がお答えしていうのは、もし聞き誤りがあってはすまぬゆえ、願わくはもう一度かえって果たして顔闔をお召しになっておられるのかどうかただされよと。使者がもどって来たところが、顔闔はそのまによそににげ去った。

○将軍 厳武は成都の市長であるから将軍という。

○礼数寛 礼数とは礼儀をいう、すべて礼儀には階級あるゆえ度数はつきものである、故に礼数という、寛とは人に求めるのに厳重でないことをいう。

 

【頸聯】

百年地辟柴門迥,五月江深草閣寒。

私の人生、百年の生涯をおくるのは、この片田舎でこの柴門の近辺である。五月にあたって濯錦江の水は深くして草堂が寒さを感じるほどなのである。

〇百年 生涯をいう。

○他僻 僻はかたよること。片田舎で。

○柴門迥 残りの人生をこの柴門のまわりで過ごすことと認識している。柴門を帰るところとしている。

〇五月 題の仲夏をいう。寒に対しての仲夏である。

○江 濯錦江。

○革閣 草堂。

○寒 仲夏ゆえ本来は寒くはないのだが竹林中に在って清江の深い水にのぞんでいることで涼しいを飛び越えて寒くおぼえるというのである。

 

【尾聯】

看弄漁舟移白日,老農何有罄交歡。

ここで厳武は日がな一日舟遊びに興じており、きょうの日をわたしは見ているだけですごした。歳をとり、農業しかできないこの老人がなんで天子の使者たるものと嬉しさを交歓できるというもったいないことである。

〇看弄 看るのではあるが無駄なものにしている。杜甫は厳武が舟遊びをしているのをただ見るだけであるということ。

○漁舟 魚をとる釣舟をいう、厳武がふなあそびをするのである。

○移白日 移白日は白日移とおなじ、一日の時間のたつことをいう。

○老農 としよりの百姓、杜甫自身をいう。

○交歓 たがいによろこぶ、末句は謙遜の辞である。
 

謝嚴中丞送青城山道士乳酒一瓶 蜀中転々 杜甫 <531>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2855 杜甫詩1000-531-765/1500

謝嚴中丞送青城山道士乳酒一瓶 それは、あなたが馬に鞭を打って走って送りとどけてくださるということは、隠遁している爺では経験できないから憐れとおもっていただいたからで、盃を洗ってそれから盃をなめて口にさせていただきました、それで、このお酒は騎馬民族のお酒であるから、騎馬の兵士に十分対抗できるというものだと心強く感じたところです。(2015/3/3改訂)
 

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謝嚴中丞送青城山道士乳酒一瓶 蜀中転々 杜甫 <531>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2855 杜甫詩1000-531-765/1500  

 

詩 題:

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の531首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-765回目   40864

 

 

謝嚴中丞送青城山道士乳酒一瓶

(厳武中丞が青城山の道士がこしらえた乳酒一瓶をもたせて送ってくれたことについて感謝を述べた詩)

山瓶乳酒下青雲,氣味濃香幸見分。

さすがに靑城山に酒甕を持ってのぼり、乳酒をいれて雲の下に降りてくるほどのお酒であり、雰囲気や味は濃厚であり香りもよく、幸せなことにこのようなお酒にめぐり会えてのみわけることが出来きました。

鳴鞭走送憐漁父,洗盞開嚐對馬軍。

それは、あなたが馬に鞭を打って走って送りとどけてくださるということは、隠遁している爺では経験できないから憐れとおもっていただいたからで、盃を洗ってそれから盃をなめて口にさせていただきました、それで、このお酒は騎馬民族のお酒であるから、騎馬の兵士に十分対抗できるというものだと心強く感じたところです。

 

(嚴中丞に謝して青城山の道士 乳酒一瓶をもって送る)

山瓶 乳酒 青雲に下り,氣味 濃香 幸にして見分する。

鞭を鳴らして走送し漁父を憐み,盞を洗して開嚐し馬軍に對す。

王屋山01 

 

『謝嚴中丞送青城山道士乳酒一瓶』 現代語訳と訳註

(本文)

山瓶乳酒下青雲,氣味濃香幸見分。

鳴鞭走送憐漁父,洗盞開嚐對馬軍。

 

(下し文)

(嚴中丞に謝して青城山の道士 乳酒一瓶をもって送る)

山瓶 乳酒 青雲に下り,氣味 濃香 幸にして見分する。

鞭を鳴らして走送し漁父を憐み,盞を洗して開嚐し馬軍に對す。

 

(現代語訳)

(厳武中丞が青城山の道士がこしらえた乳酒一瓶をもたせて送ってくれたことについて感謝を述べた詩)

さすがに靑城山に酒甕を持ってのぼり、乳酒をいれて雲の下に降りてくるほどのお酒であり、雰囲気や味は濃厚であり香りもよく、幸せなことにこのようなお酒にめぐり会えてのみわけることが出来きました。

それは、あなたが馬に鞭を打って走って送りとどけてくださるということは、隠遁している爺では経験できないから憐れとおもっていただいたからで、盃を洗ってそれから盃をなめて口にさせていただきました、それで、このお酒は騎馬民族のお酒であるから、騎馬の兵士に十分対抗できるというものだと心強く感じたところです。

 

 

(訳注)

謝嚴中丞送青城山道士乳酒一瓶

(厳武中丞が青城山の道士がこしらえた乳酒一瓶をもたせて送ってくれたことについて感謝を述べた詩)

・青城山 青城山は中國道教發源地の一で、蜀における道教名山の一である。四川省都江堰市西南(地図B-5)に位置し,古くは「丈人山」とよばれていた,成都市の西方68km,都江堰水利施設から10kmみなみにある。主峰は老霄頂といい、海拔1600m。四川の名山としては、劍門の險、峨嵋の秀、夔門の雄と並び称される。「青城天下の幽」ということで美しい山とされている。

『贈虞十五司馬』

交態知浮俗,儒流不異門。

過逢聯客位,日夜倒芳尊。

沙岸風吹葉,雲江月上軒。

百年嗟已半,四座敢辭喧。

書籍終相與,青山隔故園。

交態 浮俗を知り,儒流 門の異ならず。

過逢して 客位に聯なり,日夜 倒芳 尊ぶ。

沙岸 風吹の葉,雲江 月軒に上る。

百年 嗟已に半なり,四座 敢えて辭喧す。

書籍 終に相い與り,青山 故園を隔つ。

贈虞十五司馬 成都5-(10-2) 杜甫 <463-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2265 杜甫詩1000-463-#2-647/1500 

『丈人山』

自為青城客,不唾青城地。

為愛丈人山,丹梯近幽意。

丈人祠前佳氣濃,綠雲擬住最高峰。

掃除白發黃精在,君看他時冰雪容。

(丈人山)

自ら青城の客と為し,「不唾」は青城の地なり。

為に丈人山を愛し,丹梯 幽意に近し。

丈人 祠前にして佳氣濃く,綠雲 住に擬う 最高峰に。

白發を掃除しては「黃精在」あり,君看るや 他時 冰雪の容を。

丈人山 成都5-(8) 杜甫 <461>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2250 杜甫詩1000-461-644/1500

『赴青城縣出成都寄陶王二少尹』

老被樊籠役,貧嗟出入勞。

客情投異縣,詩態憶吾曹。

東郭滄江合,西山白雪高。

文章差底病,回首興滔滔。

(成都を出で青城縣に赴く陶・王二少尹に寄す)

老いて 樊籠【はんろう】の役を被い,貧して 出入の勞を嗟【なげ】く。

客情 異縣に投じ,詩態 吾曹に憶う。

東郭 滄江に合い,西山 白雪高し。

文章は底病に差【たが】い,首を回らせば興 滔滔【とうとう】たり。

赴青城縣出成都寄陶王二少尹 成都5-(4) 杜甫 <457>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2230 杜甫詩1000-457-640/1500

・乳酒 家畜の乳を発酵させてつくった酒。乳に含まれる乳糖を酵母で発酵させると,アルコール1%前後の酒ができるが,乳酸菌による乳酸発酵も併行しておこるため酸味を呈する。中央アジアの遊牧民族の間で古くから飲まれていた酒で,《隋書突厥伝(ずいしよとつくつでん)》(636)に馬乳酒を飲む風俗が記録され,唐代の詩人杜甫(712‐770)も〈山瓶(さんびよう)の乳酒青雲より下る〉とうたっている。カフカス山地のケフィール(ケフィア)は馬,羊,ヤギ,牛の乳にケフィールグレインと呼ぶある種の植物種子を加えて発酵させたアルコール性乳酸飲料である。

 

山瓶乳酒下青雲,氣味濃香幸見分。

さすがに靑城山に酒甕を持ってのぼり、乳酒をいれて雲の下に降りてくるほどのお酒であり、雰囲気や味は濃厚であり香りもよく、幸せなことにこのようなお酒にめぐり会えてのみわけることが出来きました。

・見分 1 実際に立ち会って検査すること。調べ見届けること。「立地条件を―する」2 見かけ。みてくれ。外見。

 

鳴鞭走送憐漁父,洗盞開嚐對馬軍。

それは、あなたが馬に鞭を打って走って送りとどけてくださるということは、隠遁している爺では経験できないから憐れとおもっていただいたからで、盃を洗ってそれから盃をなめて口にさせていただきました、それで、このお酒は騎馬民族のお酒であるから、騎馬の兵士に十分対抗できるというものだと心強く感じたところです。

・漁父 隠遁者のお相手が猟師か漁師である。かれらにはこの乳酒がないので憐れと云った。

・馬軍 馬に乗った兵士。騎兵。騎馬民族の飲むお酒であるから、騎兵に対抗できるといったもので、杜甫の三段論法の冗談である。
題新津北橋棲00 

中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之二蜀中転々 杜甫 <530>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2850 杜甫詩1000-530-764/1500

嚴公雨中見寄一絕奉答兩絕,二首之二 ただ、隠遁者の私は誰の訪問を期待しないがあなたが立ち寄ってくれるためには、とにかく、竹藪をを伐採し、荒れた小路でもいいから切り開くし、わたしは杖に寄りかかって花を斬って飾、あなたの馬のいななきを聞きたいと思っている。

 

2013年8月18日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
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孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150


 

 

中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之二蜀中転々 杜甫 <530>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2850 杜甫詩1000-530-764/1500

 

 

卷別: 卷二二七  文體: 七言絕句  

詩題: 中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之二【嚴公雨中見寄一絕奉答兩絕,二首之二】 

交遊人物/地點: 嚴武 書信往來(劍南道北部 益州 成都)

 

中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之一 

(厳武中丞が雨の中私に絶句一首贈り寄せ届けてくれたので私は絶句二首を作って贈り奉る。二首の其の一)

雨映行宮辱贈詩,元戎肯赴野人期。 

春も過ぎて雨に草木が映える季節になり成都の役所に出かけ恥ずかしながら詩を贈ります。元帥殿には敢て赴くとこの野人の私と約束をしてくれました。

江邊老病雖無力,強擬晴天理釣絲。 

濯錦江のほとりに住まいする持病に悩む此の老いぼれは元気を出そうとすれどもやっぱり力が出ません。カラ元気かもしれないが晴天の日には釣竿に糸を垂れることが一番だと悟っております。

(中丞嚴公の雨中垂れる一絕に憶うを見寄せる,二絕を答え奉つる,二首の一) 

雨に映るは行宮して辱しくも詩を贈り,元戎 肯して赴き 野人の期を。 

江邊 老病 雖ど力無く,強と擬して晴天 釣絲を理す。 
  

中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之二

(厳武中丞が雨の中私に絶句一首贈り寄せ届けてくれたので私は絶句二首を作って贈り奉る。二首の其の二)

何日雨晴雲出溪,白沙青石先無泥。

何日のことだったのか、雨が晴れても雲は、谷から出て空に浮かんでいた、濯錦江の中洲の白沙があり、澄んだ水に石があり、まず泥などはない。

只須伐竹開荒徑,倚杖穿花聽馬嘶。

ただ、隠遁者の私は誰の訪問を期待しないがあなたが立ち寄ってくれるためには、とにかく、竹藪をを伐採し、荒れた小路でもいいから切り開くし、わたしは杖に寄りかかって花を斬って飾、あなたの馬のいななきを聞きたいと思っている。

 

(中丞嚴公の雨中垂れる一絕に憶うを見寄せる,二絕を答え奉つる,二首の二) 

何の日か雨か晴か 雲は溪より出づ,白沙 青石 先んずは無泥なり。

只だ須く竹を伐り荒徑を開き,杖に倚りて花を穿ち馬の嘶きを聽く。

 

 

『中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

竹林0021何日雨晴雲出溪,白沙青石先無泥。

只須伐竹開荒徑,倚杖穿花聽馬嘶。

 

詩文(含異文):

何日雨晴雲出溪,白沙青石先無泥【白沙青石洗無泥】。只須伐竹開荒徑,倚杖穿花聽馬嘶【拄杖穿花聽馬嘶】【拄杖穿花聽鳥啼】【倚杖穿花聽鳥啼】。 

 

 

(下し文)

(中丞嚴公の雨中垂れる一絕に憶うを見寄せる,二絕を答え奉つる,二首の二) 

何の日か雨か晴か 雲は溪より出づ,白沙 青石 先んずは無泥なり。

只だ須く竹を伐り荒徑を開き,杖に倚りて花を穿ち馬の嘶きを聽く。

 

 

(現代語訳)

(厳武中丞が雨の中私に絶句一首贈り寄せ届けてくれたので私は絶句二首を作って贈り奉る。二首の其の二)

何日のことだったのか、雨が晴れても雲は、谷から出て空に浮かんでいた、濯錦江の中洲の白沙があり、澄んだ水に石があり、まず泥などはない。

ただ、隠遁者の私は誰の訪問を期待しないがあなたが立ち寄ってくれるためには、とにかく、竹藪をを伐採し、荒れた小路でもいいから切り開くし、わたしは杖に寄りかかって花を斬って飾、あなたの馬のいななきを聞きたいと思っている。

 

 

 

(訳注)

中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之二

(厳武中丞が雨の中私に絶句一首贈り寄せ届けてくれたので私は絶句二首を作って贈り奉る。二首の其の二)

○厳中丞 厳武。

 

何日 雨晴 雲 出溪 ,白沙 青石 先 無泥 。

何日のことだったのか、雨が晴れても雲は、谷から出て空に浮かんでいた、濯錦江の中洲の白沙があり、澄んだ水に石があり、まず泥などはない。

 

 

只須 伐竹 開 荒徑 ,倚杖 穿花 聽 馬嘶 。

ただ、隠遁者の私は誰の訪問を期待しないがあなたが立ち寄ってくれるためには、とにかく、竹藪をを伐採し、荒れた小路でもいいから切り開くし、わたしは杖に寄りかかって花を斬って飾、あなたの馬のいななきを聞きたいと思っている。

 

★杜甫は厳武のことが大好きであった。この詩はそれが最もよくわかる詩である。

この詩の鑑賞は何度も読み返すとわかると思う。この二首は杜甫の詩集の中ではマイナーなものとされているが杜甫の人となりがよくわかるものであること、このブログの読者の方には理解していただきたいと願っている。
杜甫像0012 

中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之一 蜀中転々 杜甫 <529>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2845 

厳武に絶句二首之一 春も過ぎて雨に草木が映える季節になり成都の役所に出かけ恥ずかしながら詩を贈ります。元帥殿には敢て赴くとこの野人の私と約束をしてくれました。濯錦江のほとりに住まいする持病に悩む此の老いぼれは元気を出そうとすれどもやっぱり力が出ません。


2013年8月17日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之一 蜀中転々 杜甫 <529>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2845 
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謝靈運詩 
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
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孟郊詩 
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李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之一 蜀中転々 杜甫 <529>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2845 

 

杜甫詩1000-529-763/1500            

詩題:中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之一

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の529首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-763回目   40862

 

 

作者: 杜甫 

皇帝紀年: 寶應元年 

寫作時間: 762年 

寫作年紀: 51歲 

卷別: 卷二二七  文體: 七言絕句 

詩題: 中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之一【嚴公雨中見寄一絕奉答兩絕,二首之一】 

交遊人物/地點: 嚴武 書信往來(劍南道北部 益州 成都)

 

 

詩文:

中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之一 

(厳武中丞が雨の中私に絶句一首贈り寄せ届けてくれたので私は絶句二首を作って贈り奉る。二首の其の一)

雨映行宮辱贈詩,元戎肯赴野人期。 

春も過ぎて雨に草木が映える季節になり成都の役所に出かけ恥ずかしながら詩を贈ります。元帥殿には敢て赴くとこの野人の私と約束をしてくれました。

江邊老病雖無力,強擬晴天理釣絲。 

濯錦江のほとりに住まいする持病に悩む此の老いぼれは元気を出そうとすれどもやっぱり力が出ません。カラ元気かもしれないが晴天の日には釣竿に糸を垂れることが一番だと悟っております。

 

(中丞嚴公の雨中垂れる一絕に憶うを見寄せる,二絕を答え奉つる,二首の一) 

雨に映るは行宮して辱しくも詩を贈り,元戎 肯して赴き 野人の期を。 

江邊 老病 雖ど力無く,強と擬して晴天 釣絲を理す。 
 

 くちなしの花






『中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之一 

雨映行宮辱贈詩,元戎肯赴野人期。 

江邊老病雖無力,強擬晴天理釣絲。 

 

詩文(含異文):

雨映行宮辱贈詩【雨映行官辱贈詩】【雨映行雲辱贈詩】,元戎肯赴野人期【元戎欲動野人知】。

江邊老病雖無力,強擬晴天理釣絲。 

 

 

(下し文)

(中丞嚴公の雨中垂れる一絕に憶うを見寄せる,二絕を答え奉つる,二首の一) 

雨に映るは行宮して辱しくも詩を贈り,元戎 肯して赴き 野人の期を。 

江邊 老病 雖ど力無く,強と擬して晴天 釣絲を理す。 

 

 

(現代語訳)

(厳武中丞が雨の中私に絶句一首贈り寄せ届けてくれたので私は絶句二首を作って贈り奉る。二首の其の一)

春も過ぎて雨に草木が映える季節になり成都の役所に出かけ恥ずかしながら詩を贈ります。元帥殿には敢て赴むくとこの野人の私と約束をしてくれました。

濯錦江のほとりに住まいする持病に悩む此の老いぼれは元気を出そうとすれどもやっぱり力が出ません。カラ元気かもしれないが晴天の日には釣竿に糸を垂れることが一番だと悟っております。

 

 

(訳注)

中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕,奉答二絕,二首之一 

(厳武中丞が雨の中私に絶句一首贈り寄せ届けてくれたので私は絶句二首を作って贈り奉る。二首の其の一)

○厳中丞 厳武。杜甫は厳武について、これまでも多く詩に詠っている。

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雨映 行宮 辱 贈詩 ,元戎 肯赴 野人 期 。

春も過ぎて雨に草木が映える季節になり成都の役所に出かけ恥ずかしながら詩を贈ります。元帥殿には敢て赴くとこの野人の私と約束をしてくれました。

「行宮」成都尹である厳武が入る役所を指す。蜀の国の宮殿であった。「明皇出蜀,以行宮為道觀。」(明皇が蜀を出立され,それ以降成都にある宮殿は玄宗に因んだ道教の寺観となっていた。)

「辱」謙遜語。

「詩」絶句の詩のこと。

「元戎」元帥。厳武のこと。この段階では剣南西川節度使は別のものが幕府としていた。

「野人」杜甫のこと。隠棲しているものを野人と云い、しばしば使う。

「期」約束。

 

 

江邊 老病 雖無力 ,強擬 晴天 理 釣絲 。

濯錦江のほとりに住まいする持病に悩む此の老いぼれは元気を出そうとすれどもやっぱり力が出ません。カラ元気かもしれないが晴天の日には釣竿に糸を垂れることが一番だと悟っております。

「江邊」浣花渓草堂の前を流れる濯錦江のこと。

「強擬」から元気。

「釣絲」釣り糸を垂れること。釣りのポイントがいくつもあったようだ。

 成都関連地図 00

《寄題杜二錦江野亭》 厳武  蜀中転々 <528(附)>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2840 杜甫詩1000-528(附)-762/1500

厳武が杜甫に贈った詩 《寄題杜二錦江野亭》あなたはそんなことをせずともよいのに錦江ほとりに釣竿を把ったり、無精もので砂の原の草に眠ったり、風に音する早瀬の音を愛したりしている。

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寄題杜二錦江野亭 (寄題杜拾遺錦江野亭) 厳武

(友人の杜甫殿の錦江の野亭にこの詩を寄せる。)

漫向江頭把釣竿、懶眠沙草愛風湍。

あなたはそんなことをせずともよいのに錦江ほとりに釣竿を把ったり、無精もので砂の原の草に眠ったり、風に音する早瀬の音を愛したりしている。

莫倚蓄題鸚鵡賦、何須不著鵔義冠。

禰衛のごとく「鸚鵡の賦」をよくつくれるといってもそんなことをたのむことはないし、あくまで仕官しないと鵔義の冠を着けないといって頑張っている必要がどこにある。

腹中書籍幽時曬、肘後醫方静處看。

おまえはしずかなときに腹のなかの書物を虫ぼしにしたり、てぢかな医術の心得の本などを静かな処で看ている。

興發會能馳駿馬、應須直到使君灘。

自分は風流の興がおこったならば必ず駿馬をとはしてすぐおまえのそばの「使君灘」までゆこうとおもっている。

 くちなしの実01






 

『寄題杜二錦江野亭』 現代語訳と訳註

(本文)

漫向江頭把釣竿、懶眠沙草愛風湍。

莫倚蓄題鸚鵡賦、何須不著鵔義冠。

腹中書籍幽時曬、肘後醫方静處看。

興發會能馳駿馬、應須直到使君灘。

 

 千畳敷0010

(下し文)

(杜二が錦江の野亭に寄せ題す)    厳武

漫りに江頭に向かって釣竿【ちょうかん】を把る、懶【らん】にして沙草に眠り風瑞を愛す。

善く鸚鵡の賦を題するに倚ること莫れ、何ぞ夋義の冠を着けざるを須いん。

腹中の書籍幽時に曬【さら】し、肘後の医方は静処に看る。

興発せば会ず能く駿馬を馳せ、終に当に直に使君灘に到るべし。

 

 

(現代語訳)

(友人の杜甫殿の錦江の野亭にこの詩を寄せる。)

あなたはそんなことをせずともよいのに錦江ほとりに釣竿を把ったり、無精もので砂の原の草に眠ったり、風に音する早瀬の音を愛したりしている。

禰衛のごとく「鸚鵡の賦」をよくつくれるといってもそんなことをたのむことはないし、あくまで仕官しないと鵔義の冠を着けないといって頑張っている必要がどこにある。

おまえはしずかなときに腹のなかの書物を虫ぼしにしたり、てぢかな医術の心得の本などを静かな処で看ている。

自分は風流の興がおこったならば必ず駿馬をとはしてすぐおまえのそばの「使君灘」までゆこうとおもっている。

 

 

(訳注)

寄題杜二錦江野亭 (寄題杜拾遺錦江野亭) 厳武

(友人の杜甫殿の錦江の野亭にこの詩を寄せる。)

○杜二(杜拾遺) 杜甫をさす。

○錦江野亭 草堂をさす。

 

漫向江頭把釣竿、懶眠沙草愛風湍。

あなたはそんなことをせずともよいのに錦江ほとりに釣竿を把ったり、無精もので砂の原の草に眠ったり、風に音する早瀬の音を愛したりしている。

○江頭 錦江のほとり。

○把釣竿 杜の隠居生活をいう。

○懶 らん 杜甫のぶしょうなこと。隠遁者には誉め言葉になる。

○沙草 沙上のくさ。風瑞 風声をおびたはやせのおと。

★この二句は隠遁者の風流を云う。

 

莫倚蓄題鸚鵡賦、何須不著鵔義冠。

禰衛のごとく「鸚鵡の賦」をよくつくれるといってもそんなことをたのむことはないし、あくまで仕官しないと鵔義の冠を着けないといって頑張っている必要がどこにある。

〇禰 衡(でい こう、あるいは「ねい こう」とも、173年-199年)は、中国後漢末期の人。字は正平。青州平原郡般県 の人。興平年間、荊州に避難した。建安年間の初め、遷都されたばかりの許に上京した。しかし、才能を鼻にかけて傲慢な態度をとったうえ、他人の評価に対しては酷評を行なったため、人々から憎まれた。ただ、孔融だけは禰衡を高く評価し、曹操にも推薦していた。

○倚 たよりにする、誇る意となる。

○題 つくること。

○鸚鵡賦 後漢の禰衛は、章陵の太守黄射のところにあってこの賦を作った。

○何須 そんな必要はない。

○鵔義冠 錦鷄鳥のはねでかざったかんむり、漢の時、侍中の官のかむったもの。

 

腹中書籍幽時曬、肘後醫方静處看。

おまえはしずかなときに腹のなかの書物を虫ぼしにしたり、てぢかな医術の心得の本などを静かな処で看ている。

○幽時 しずかなとき。

○曬さらし むしばしする、郝隆というものが七月七日に腹中の書をさらすのだといって日向で仰向けに寝そ べり,これを書物の虫干しと称した。

○肘後医方 肘にかける医術の書、菅の葛洪は「肘後急要方四巻」をあらわした。○興発 此より二句は武自ずからいう、発はおこること。

 

興發會能馳駿馬、應須直到使君灘。

自分は風流の興がおこったならば必ず駿馬をとはしてすぐおまえのそばの「使君灘」までゆこうとおもっている。

○会 必ずに同じ、俗語である。

○使君灘 浣花渓の近傍にかかる名の灘があったのであろう。杜甫が忠義のものであることは私は分かっていて、その君が住んでいる早瀬があるところというほどの意味。

奉酬嚴公寄題野亭之作 蜀中転々 杜甫 <528>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2835 杜甫詩1000-528-761/1500

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
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李商隠詩 
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奉酬嚴公寄題野亭之作  蜀中転々 杜甫 <528>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2835 杜甫詩1000-528-761/1500      

 

詩 題:

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の528首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-761回目

厳武が草堂へ詩をよこしてくれたにつけてそれに返事するために作った詩。宝応元年の作。厳武の詩は後にかかげる。

 

 

奉酬嚴公寄題野亭之作

(厳武が草堂へ詩をよこしてくれたにつけてそれに返事するために作った詩。)
拾遺曾奏數行書,懶性從來水竹居。

かつて拾遺であったころ四五行の諌書をたてまつったことがある、元来が隠棲にあこがれ無精ものであるから水竹の在る所にすむべきものである。

奉引濫騎沙苑馬,幽棲真釣錦江魚。

かつては御先導をつとめふつつかながら沙苑の官馬にものったが、隠棲生活をして本性どおりほんとうに錦江の魚を釣ってくらすようになった。

謝安不倦登臨費,阮籍焉知禮法疏。

晋の謝安にも比すべき君は山水に登臨してこれを賞愛することに倦まないが、阮籍みたくこの自分は高官のものに対しても礼法が疎略だかどうかも心得てはいないのだ。
枉沐旌麾出城府,草茅無徑欲教鋤。

初夏001

ただかたじけなくも君はお伴をつれて城から出てこられるということだから、草茅に没したこみちを鋤で手入れをさせてお待ちしょうとおもう。

 

 

『奉酬嚴公寄題野亭之作』 現代語訳と訳註

(本文)

拾遺曾奏數行書,懶性從來水竹居。

奉引濫騎沙苑馬,幽棲真釣錦江魚。

謝安不倦登臨費,阮籍焉知禮法疏。

枉沐旌麾出城府,草茅無徑欲教鋤。

 

 

(下し文)

(厳公が野亭に寄せ題せしの作に酬い奉る)

拾遺【しゅうい】曾【かっ】て奏す数行の吉、懶性【らんせい】従来水竹に居る。

奉引濫【みだり】に騎【の】る沙苑の馬、幽棲【ゆうせい】眞に釣る錦江の魚。

謝安倦【うま】ず登臨の費、阮籍焉んぞ知らん禮法の疏なるを。

枉げて沐す旌麾【せいき】城府を出づるに、草茅径無し鋤しめんと欲す。

 

 

(現代語訳)

(厳武が草堂へ詩をよこしてくれたにつけてそれに返事するために作った詩。)

かつて拾遺であったころ四五行の諌書をたてまつったことがある、元来が隠棲にあこがれ無精ものであるから水竹の在る所にすむべきものである。

かつては御先導をつとめふつつかながら沙苑の官馬にものったが、隠棲生活をして本性どおりほんとうに錦江の魚を釣ってくらすようになった。

晋の謝安にも比すべき君は山水に登臨してこれを賞愛することに倦まないが、阮籍みたくこの自分は高官のものに対しても礼法が疎略だかどうかも心得てはいないのだ。

ただかたじけなくも君はお伴をつれて城から出てこられるということだから、草茅に没したこみちを鋤で手入れをさせてお待ちしょうとおもう。

 

 

(訳注)

奉酬嚴公寄題野亭之作

(厳武が草堂へ詩をよこしてくれたにつけてそれに返事するために作った詩。)

○酬 返事する。

○厳公 厳武、武は上元二年十二月、成都尹となる。

○寄題野亭之作 厳武が杜甫にまずあたえた詩をさす、其の辞は題義に載せる。寄題杜二錦江野亭  蜀中転々 杜甫 <528(附)>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2840 杜甫詩1000-528(附)-762/1500

 

拾遺曾奏數行書,懶性從來水竹居。

かつて拾遺であったころ四五行の諌書をたてまつったことがある、元来が隠棲にあこがれ無精ものであるから水竹の在る所にすむべきものである。

○拾遺 杜甫の最高位の冠位。 往年左拾遺となる。

○数行書 拾遺の官として諌書を天子にたてまつったことがある。

○水竹居 水竹のある処に住居する。

 

奉引濫騎沙苑馬,幽棲真釣錦江魚。

かつては御先導をつとめふつつかながら沙苑の官馬にものったが、隠棲生活をして本性どおりほんとうに錦江の魚を釣ってくらすようになった。

○奉引 天子の道路の案内をする、これは主として粛宗のおともをして鳳翔より長安に帰ったことをさす。

○濫 謙遜していう辞。

○沙苑馬 沙苑は「沙苑行」の詩(沙苑行 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 91 )にみえる、沙苑馬は沙苑で養成された馬、官馬をさす。

〇真釣 真とは本来働性の人物ゆえ、その性にそむかぬの意。

 

謝安不倦登臨費,阮籍焉知禮法疏。

晋の謝安にも比すべき君は山水に登臨してこれを賞愛することに倦まないが、阮籍みたくこの自分は高官のものに対しても礼法が疎略だかどうかも心得てはいないのだ。

○謝安 晋の謝安、謝安は東山の別荘に遊宴を窓にしたので厳武に此する。謝安(字は安石)が始寧(会稽紹興市の東の上虞県の西南)に隠居して朝廷のお召しに応じなかったのは「東山高臥」といって有名な講である。山上に謝安の建てた白雲・明月の二亭の跡がある。また、かれが妓女を携えて遊んだ寄薇洞の跡もある。○携 佳人=美人=芸妓を携える。謝安の故事をふまえる。
李白『憶東山二首其二 李白 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -270』

○倦 うむ うんずる あぐむあきてぐったりする。うむ。「倦厭(けんえん)・倦怠・倦労/疲倦」 

○登臨費 費は金銭を費すこと、謝安はしばしば肴膳に百金を費したという、登臨は山に登り水に臨むこと。但し、費の字は不俺に対して接続がよろしくないようである、宗に賞に作っているものがあるが、余は賞に従う、賞は山水を賞愛することである。

○阮籍 魏の人、礼法の士をにくむ。 阮籍 詠懐詩 、 白眼視    嵆康 幽憤詩

○疎 簡略なこと。

 

枉沐旌麾出城府,草茅無徑欲教鋤。

ただかたじけなくも君はお伴をつれて城から出てこられるということだから、草茅に没したこみちを鋤で手入れをさせてお待ちしょうとおもう。

○枉沐 枉とは謙遜していう。沐とはその恩にひたることをいう。

○旌麾 厳武のはたさしもの。

○城府 成都の城、やくしょ。

○草茅 くさ、かや。

○無径 草茅が生いしげってこみちもない。

○教 せしめる、俗語である
杜甫像0012 

屏跡,三首之三 蜀中転々 杜甫 <527>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2830 杜甫詩1000-527-760/1500

屏跡,三首之三  いつも朝、遅く起きだすのであるがわたしにはこれといって仕事もないから。また農業経営をすることもないから日頃からしずかな土地である。家は竹林のひかりこんもりとしていて、原野の色よこたわるその中にある、濯錦江のながれには草堂の影をうつしただようているのである。


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孟郊詩 
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李商隠詩 
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屏跡,三首之三  蜀中転々 杜甫 <527>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2830 杜甫詩1000-527-760/1500      

 denen05520

















 

詩題:  屏跡,三首之三

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

卷別:  卷二二七        文體: 五言古詩

掲 載; 杜甫1000首の527首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-760回目   40859

 

 

3     

(浣花草堂において人とのまじらいをせず隠遁生活していることをのべる。その3)

晚起家何事,無營地轉幽。

いつも朝、遅く起きだすのであるがわたしにはこれといって仕事もないから。また農業経営をすることもないから日頃からしずかな土地である。

竹光團野色,舍影漾江流。

家は竹林のひかりこんもりとしていて、原野の色よこたわるその中にある、濯錦江のながれには草堂の影をうつしただようているのである。

失學從兒懶,長貧任婦愁。

子供達はなまけて勉学するのを怠るのであがそのままにしている、長いこと貧乏しつづけていて妻が心配しているがこれもそのままにしているというものだ。

百年渾得醉,一月不梳頭。

人生百年というが、できることなら生涯、酔いっぱなしでいたいものだとおもっている。そのためならひと月じゅうとう、頭に櫛をいれなくてもいいと思っている。

篠竹15 





















 

 

『屏跡三首』之三 現代語訳と訳註

(本文)

晚起家何事,無營地轉幽。

竹光團野色,舍影漾江流。

失學從兒懶,長貧任婦愁。

百年渾得醉,一月不梳頭。

 

詩文(含異文): 

晚起家何事,無營地轉幽。

竹光團野色【竹光圍野色】,舍影漾江流【山影漾江流】。

失學從兒懶,長貧任婦愁。

百年渾得醉,一月不梳頭。

 

 

(下し文)

晚く起く家何の事かある,營む無くして地轉【うた】た幽なり。

竹光 野色に團たり,舍影 江流に漾【ただよ】う。

失學 兒の懶なるに從【まか】す,貧しさを長くして婦の愁うるに任す。

百年渾【すべ】て醉うことを得ん,一月頭を梳【くしけず】らず。

 

 

(現代語訳)

(浣花草堂において人とのまじらいをせず隠遁生活していることをのべる。その3)

いつも朝、遅く起きだすのであるがわたしにはこれといって仕事もないから。また農業経営をすることもないから日頃からしずかな土地である。

家は竹林のひかりこんもりとしていて、原野の色よこたわるその中にある、濯錦江のながれには草堂の影をうつしただようているのである。

子供達はなまけて勉学するのを怠るのであがそのままにしている、長いこと貧乏しつづけていて妻が心配しているがこれもそのままにしているというものだ。

人生百年というが、できることなら生涯、酔いっぱなしでいたいものだとおもっている。そのためならひと月じゅうとう、頭に櫛をいれなくてもいいと思っている。

 

 

(訳注)

『屏跡三首』之三 

(浣花草堂において人とのまじらいをせず隠遁生活していることをのべる。その3)

たっぷり朝寝坊をして「晩く起きる」というのはもともと隠者の特権である。仕官の身では早朝から官服に身をかためて勤めに出なければならない。隠遁生活の一コマを歌うのがこの詩のテーマだから、そういう言葉が出てくるのは当然である。たっぷり朝寝坊をして「晩く起きる」というのはもともと隠者の特権である。仕官の身では早朝から官服に身をかためて勤めに出なければならない。隠遁生活の一コマを歌うのがこの詩のテーマだから、そういう言葉が出てくるのは当然である。

『屏跡三首』の三首とも浣花渓草堂において作ったものではない。現実感、生活観のない表現である。梓州かどこかにいて草堂の生活を頭に浮かべて作ったものであろう。

 

晚起家何事,無營地轉幽。

いつも朝、遅く起きだすのであるがわたしにはこれといって仕事もないから。また農業経営をすることもないから日頃からしずかな土地である。

○晩起 あさおそくおきること。

○家何事 わがこの隠居の家ではいかなる仕事があるか、仕事はべつにない、だからおそくおきでもさしつかえないというのである。

○無營 為すことのないこと。農業経営をしていない。

 

竹光團野色,舍影漾江流。

家は竹林のひかりこんもりとしていて、原野の色よこたわるその中にある、濯錦江のながれには草堂の影をうつしただようているのである。

○竹光団野色 隠棲生活には竹林の奥まったところが必須アイテムである。成都の洪水を防ぐ遊水地のような場所であったから、原野の中に竹藪が団塊のように存在していることを表現している。

○舎影 草堂のかげ。

 

失學從兒懶,長貧任婦愁。

子供達はなまけて勉学するのを怠るのであがそのままにしている、長いこと貧乏しつづけていて妻が心配しているがこれもそのままにしているというものだ。

○失学 学業を怠ることをいう。子供が勉強しないといろんなところで述べているがこまったものという表現は一度もしていない。

○長貧 長い貧乏暮らしをしていることを云うが。杜甫は、儒学者であるため質素倹約を表現するための文某という語を使用している。道教の隠遁者と儒教の隠遁者とではその生活を表現の仕方が違うものである。

 

百年渾得醉,一月不梳頭。

人生百年というが、できることなら生涯、酔いっぱなしでいたいものだとおもっている。そのためならひと月じゅうとう、頭に櫛をいれなくてもいいと思っている。

○婦 つま。

〇百年 人生百年。生涯。

○得酔 すべての隠遁者の希望のことば。

 杜甫草堂詳細図02

屏跡,三首之二 蜀中転々 杜甫 <526>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2825 杜甫詩1000-526-759/1500

杜甫《屏跡,三首之二》わたしは世わたりがへたなままで自己の主義をたもっている、それで竹林の奥のしずかな生活をして事物のこころそのものに近づいている。

 

2013年8月13日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

屏跡,三首之二  蜀中転々 杜甫 <526>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2825 杜甫詩1000-526-759/1500      

 

 

詩題:  屏跡,三首之二

卷別:  卷二二七        文體: 五言律詩

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の526首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-759回目   40858

 

 

2 屏跡 三首  之二

(浣花草堂において人とのまじらいをせず隠遁生活していることをのべる。その2)

用拙存吾道,幽居近物情。

わたしは世わたりがへたなままで自己の主義をたもっている、それで竹林の奥のしずかな生活をして事物のこころそのものに近づいている。

桑麻深雨露,燕雀半生成。

桑や麻は雨露のめぐみをふかくうけて生長するものであり、そして燕や雀も半分は生育して巣立っていくものだ。

村鼓時時急,漁舟個個輕。

せわしく打ち鳴らされる村の太鼓の音が聞こえてくる、軽やかに浮かぶ漁舟が、こっち、あっちにういてゆく。

杖藜從白首,心跡喜雙清。

こんなさまをみながらあかぎの杖をついてあるき、あたまが白くなろうと頓着はしない、ただ心と行いとがともにけがれに染まないことをうれしくおもうている。 

(屏跡 三首 之二)

初夏001拙を用て吾が道を存す、幽居物情に近づく。

桑麻 雨露深く、燕雀 半ば生成す。

村鼓 時時急なり、漁舟 箇箇軽し。

杖藜 自首に従【まか】す、心跡 双清を喜ぶ。

 

 

『屏跡 三首』之二 現代語訳と訳註

(本文)

屏跡 三首      之二

用拙存吾道,幽居近物情。

桑麻深雨露,燕雀半生成。

村鼓時時急,漁舟個個輕。

杖藜從白首,心跡喜雙清。

 

詩文(含異文):-----------      

晚起家何事,無營地轉幽。

竹光團野色【竹光圍野色】,舍影漾江流【山影漾江流】。失學從兒懶,長貧任婦愁。

百年渾得醉,一月不梳頭。

 

(下し文)

(屏跡 三首 之二)

拙を用て吾が道を存す、幽居物情に近づく。

桑麻 雨露深く、燕雀 半ば生成す。

村鼓 時時急なり、漁舟 箇箇軽し。

杖藜 自首に従【まか】す、心跡 双清を喜ぶ。

 

 

 (現代語訳)

(浣花草堂において人とのまじらいをせず隠遁生活していることをのべる。その2)

わたしは世わたりがへたなままで自己の主義をたもっている、それで竹林の奥のしずかな生活をして事物のこころそのものに近づいている。

桑や麻は雨露のめぐみをふかくうけて生長するものであり、そして燕や雀も半分は生育して巣立っていくものだ。

せわしく打ち鳴らされる村の太鼓の音が聞こえてくる、軽やかに浮かぶ漁舟が、こっち、あっちにういてゆく。

こんなさまをみながらあかぎの杖をついてあるき、あたまが白くなろうと頓着はしない、ただ心と行いとがともにけがれに染まないことをうれしくおもうている。

 

 

(訳注)

屏跡 三首 之二

(浣花草堂において人とのまじらいをせず隠遁生活していることをのべる。その2)

村鼓は春の農作を農民にうながす太鼓の音であろう。せわしく打ち鳴らされる太鼓と軽やかに浮かぶ漁舟が、草堂村の農業風景であることは容易に見て取れる。また孵化して成長し始めている燕や雀が、杜甫の草堂に巣作りしたものであったことも成都に来て間もない『堂成』「頻りに来たりて語る燕は新しき巣を定む」などから十分に想像できる。しかし雨露をうけて栄えている桑と麻が、杜甫のものだと言い切ることはできない。対句のなかで考えれば杜甫の家に属するもので、これが一般的な農村の風景である。

 

 

用拙存吾道,幽居近物情。

わたしは世わたりがへたなままで自己の主義をたもっている、それで竹林の奥のしずかな生活をして事物のこころそのものに近づいている。

○用拙 世わたりがへたなこと。

○存吾道 自己の主義をたもつ。

○幽居 竹林の奥のしずかな生活。隠遁生活。

○物情 事物の精神、すなわち下の桑麻以下の事がら。

 

桑麻深雨露,燕雀半生成。

桑や麻は雨露のめぐみをふかくうけて生長するものであり、そして燕や雀も半分は生育して巣立っていくものだ。

 

村鼓時時急,漁舟個個輕。

せわしく打ち鳴らされる村の太鼓の音が聞こえてくる、軽やかに浮かぶ漁舟が、こっち、あっちにういてゆく。

 

杖藜從白首,心跡喜雙清。

こんなさまをみながらあかぎの杖をついてあるき、あたまが白くなろうと頓着はしない、ただ心と行いとがともにけがれに染まないことをうれしくおもうている。

○藜 あかぎ。

○心跡 心と行跡とふたつ。

○双清 心と行跡とふたつながら汗【けが】れない。

菖蒲02 
 

屏跡,三首之一 蜀中転々 杜甫 <525>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2820 杜甫詩1000-525-758/1500

杜甫《屏跡,三首之一》自分は老衰の年にあたって満足して引っ込んだのであり、自己の高臥の境に対してはしずかな事がらを以てささげているのだ。

 

2013年8月12日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運詩 
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150


 


屏跡,三首之一  蜀中転々 杜甫 <525>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2820 杜甫詩1000-525-758/1500

 

詩 題:屏跡,三首之一

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の525首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-758回目

 

浣花草堂は杜甫が自由に処分できる個人の財産ではなかった。おそらく成都の洪水対策の地域であった。そういう土地であるから、杜甫についてきた弟や下男、農夫付きの農園が附属していたと考えられる。杜甫が農業に傾倒していくきっかけになった事には間違いない。その農園を耕作する必要はなかったし、麦や黍の穀物および野菜などの商品作物の経営、管理にも直接関与しなかったと思われる。ただ、できた農作物の一部を成都で打っていることも、詩に見える。それは、いくつかの詩の中で散発的に詠じられている表現により浮かび上がってくる。

 

 

1 屏跡 三首

衰年甘屏跡,幽事供高臥。

自分は老衰の年にあたって満足して引っ込んだのであり、自己の高臥の境に対してはしずかな事がらを以てささげているのだ。

鳥下竹根行,龜開萍葉過。

すなわち庭には、鳥がおりてきて竹の根もとあたりをあるいている。水中の亀は萍の葉をかきわけて過ぎてゆく自分の行く道を開いている。

年荒酒價乏,日並園蔬課。

今年の作がらが凶作で酒をかう銭は乏しいいので、はたけ仕事の日課を増して働くことにしている。

猶酌甘泉歌,歌長擊樽破。

労働の後のうまい水を飲み歌い、なお酒をくみながら酔いがまわりうたいだす。歌のこえ長くしてついに樽をうちわるに至る。(これ以上は酒を買えないから最後の酒と思ったのだろう)

 

(屏跡 三首 之一)

衰年【すいねん】屏跡【へいせき】甘んず,幽事【ゆうじ】高臥【こうが】供す。

鳥は竹根【ちくこん】に下り行き,龜は萍葉【を】過ぎ開く。

年荒【ねんこう】にして酒價【しゅか】乏し,日を並べて園蔬【えんそ】を課す。

猶り甘泉の歌いて酌す,歌長くして樽を擊ちて破る。

 

 

『屏跡 三首 之一』 現代語訳と訳註

(本文)

衰年甘屏跡,幽事供高臥。

鳥下竹根行,龜開萍葉過。

年荒酒價乏,日並園蔬課。

猶酌甘泉歌,歌長擊樽破。

 

詩文(含異文):

用拙存吾道【用拙誠吾道】,幽居近物情。

桑麻深雨露,燕雀半生成。

村鼓時時急,漁舟箇箇輕。

杖藜從白首,心跡喜雙清。 

 

(下し文)

(屏跡 三首 之一)

衰年【すいねん】屏跡【へいせき】甘んず,幽事【ゆうじ】高臥【こうが】供す。

鳥は竹根【ちくこん】に下り行き,龜は萍葉【を】過ぎ開く。

年荒【ねんこう】にして酒價【しゅか】乏し,日を並べて園蔬【えんそ】を課す。

猶り甘泉の歌いて酌す,歌長くして樽を擊ちて破る。

 

 

(現代語訳)

自分は老衰の年にあたって満足して引っ込んだのであり、自己の高臥の境に対してはしずかな事がらを以てささげているのだ。

すなわち庭には、鳥がおりてきて竹の根もとあたりをあるいている。水中の亀は萍の葉をかきわけて過ぎてゆく自分の行く道を開いている。

今年の作がらが凶作で酒をかう銭は乏しいいので、はたけ仕事の日課を増して働くことにしている。

労働の後のうまい水を飲み歌い、なお酒をくみながら酔いがまわりうたいだす。歌のこえ長くしてついに樽をうちわるに至る。(これ以上は酒を買えないから最後の酒と思ったのだろう)

 

 

(訳注)

屏跡 三首 之一

竹林0021浣花草堂において人とのまじらいをせず隠遁生活していることをのべる。762年、宝応元年、杜甫51歳の作。

同じ年の晩春から初夏にかけて、五十一歳の杜甫は隠遁を題にした連作の七言律詩『屏跡』三首を作った。三首とも隠遁生活の有り様をそれぞれ具体的にうたうが、其一では中国の隠者には欠かせない酒のことを詠じる。詩の後半に、「年荒酒價乏、日併園蔬課。」(年(みのり)は荒(ふさく)にして酒の価(もとで)は乏しく、日びに園(はたけ)の蔬(やさい)の課(しごと)を併(あわ)す。)

「獨酌甘泉歌、歌長撃樽破。」 (独り甘き泉を酌みて歌い、歌長くして樽を撃ちて破る。)

とある。その年の(おそらくは麦の)収穫が不作なために酒を買う元手が足りず、結局酒がわりに甘泉の水を飲まなければならないとぼやいている。前年には杜甫自身、『遣意二首、其一』黍(きび)を醸(かも)して酒を作ったこともあるが(「衰年に黍を釀すを催(うなが)す」、今年は酒代がないことを嘆いているのである。この部分から杜甫の草堂には生活の収入源となる農園があったらしいことが見て取れる。①.草堂の農園に麦が作られていたことは、後に掲げるが『為農』「細麦より軽花落つ」や『絶句漫興九首』其八「江畔の細き麦は復た繊繊たり」などとあることから十分考えられる。

 

衰年甘屏跡,幽事供高臥。

自分は老衰の年にあたって満足して引っ込んだのであり、自己の高臥の境に対してはしずかな事がらを以てささげているのだ。

○衰年 老衰の時期。

○屏跡 屏はしりぞける、跡は行跡、わが行跡を世間からひっこめること。

○幽事 しずかなことがら、すなわち鳥亀課疏などの事。

○高臥 枕を高くして臥すこと。

 

鳥下竹根行,龜開萍葉過。

すなわち庭には、鳥がおりてきて竹の根もとあたりをあるいている。水中の亀は萍の葉をかきわけて過ぎてゆく自分の行く道を開いている。

○萍 うきぐさ。

○荒 作がらのわるいこと。

 

年荒酒價乏,日並園蔬課。

今年の作がらが凶作で酒をかう銭は乏しいいので、はたけ仕事の日課を増して働くことにしている。

○酒價 酒の代金、酒かい銭。

〇日並 一日に二三日分の仕事をする、併は兼のごとくである。

○園蔬 はたけの野菜つくり。

○課 仕事の分量をわりつけてする、野菜を売って酒銭を得ようとすることをいう。

 

猶酌甘泉歌,歌長擊樽破。

労働の後のうまい水を飲み歌い、なお酒をくみながら酔いがまわりうたいだす。歌のこえ長くしてついに樽をうちわるに至る。(これ以上は酒を買えないから最後の酒と思ったのだろう)

○独酌甘泉歌 甘泉はうまい水、酒のことでがないので水を飲むこと、このままにとくときは次句の「擊樽」は水をつめたたるをうつものとみないわけにはいかない、不自然ではなかろうか。一本に此の句を独酌酎且歌に作っているというが、そちらがよいのではなかろうか。
DCF00006 

畏人 蜀中転々 杜甫 <524>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2815 杜甫詩1000-524-757/1500

杜甫《畏人》早ざきの花が随所に佳く目立ってさき始めている。かわった土地、違った方向から春を告げる春鳥が啼いている。万里に続くこの清らかな大江のほとりで、もう三年ものあいだ夕日のひくく落ちていくのを見ている。

2013年8月11日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。 
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150


 

 

畏人 蜀中転々 杜甫 <524>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2815 杜甫詩1000-524-757/1500 

 

詩題: 畏人 

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の524首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-757回目   40856

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

人をはばかって草堂にわびしくくらすことをのべる。

 

畏人

(他人をはばかること)
早花隨處發,春鳥異方啼。

早ざきの花が随所に佳く目立ってさき始めている。かわった土地、違った方向から春を告げる春鳥が啼いている。

萬里清江上,三年落日低。

万里に続くこの清らかな大江のほとりで、もう三年ものあいだ夕日のひくく落ちていくのを見ている。

畏人成小築,褊性合幽棲。

他人をはばかって小さな家屋をきずいた。それは自分のかたくなな性質がかかる隠棲生活にあうからだ。

門徑從榛草,無心走馬蹄。

門のそばの小路には榛や草がすきかってに、はえるにまかせている。貴人友人のの馬蹄がいつくるかなどと待つこころは無いのである。

(人を畏る)

早花【そうか】随処に発【ひら】く 春鳥異方に啼く

萬里清江【せいこう】の上【ほとり】、三年落日低【た】る

人を畏れて小築を成す 褊性【へんせい】幽棲【ゆうせい】に合す

門径【もんけい】榛草【しんそう】に従【まか】す 馬蹄を待つに心無し

 

 寒梅002














『
畏人』 現代語訳と訳註

(本文)

早花隨處發,春鳥異方啼。

萬里清江上,三年落日低。

畏人成小築,褊性合幽棲。

門徑從榛草,無心走馬蹄。

 

詩文(含異文):

早花隨處發,春鳥異方啼。

萬里清江上,三年落日低【三峰落日低】。

畏人成小築,褊性合幽棲。

門逕從榛草【徑沒從榛草】,無心走馬蹄【無心待馬蹄】。 

 

(下し文)

(人を畏る)

早花【そうか】随処に発【ひら】く 春鳥異方に啼く

萬里清江【せいこう】の上【ほとり】、三年落日低【た】る

人を畏れて小築を成す 褊性【へんせい】幽棲【ゆうせい】に合す

門径【もんけい】榛草【しんそう】に従【まか】す 馬蹄を待つに心無し

 

 

(現代語訳)

(他人をはばかること)

早ざきの花が随所に佳く目立ってさき始めている。かわった土地、違った方向から春を告げる春鳥が啼いている。

万里に続くこの清らかな大江のほとりで、もう三年ものあいだ夕日のひくく落ちていくのを見ている。

他人をはばかって小さな家屋をきずいた。それは自分のかたくなな性質がかかる隠棲生活にあうからだ。

門のそばの小路には榛や草がすきかってに、はえるにまかせている。貴人友人のの馬蹄がいつくるかなどと待つこころは無いのである。

 

 

(訳注)

畏人 他人をはばかること、第五句の二字をとって題とする。

 

早花 隨處 發 ,春鳥 異方 啼 。

早ざきの花が随所に佳く目立ってさき始めている。かわった土地、違った方向から春を告げる春鳥が啼いている。

○早花 早くさく花。

○随処 どこででも。

○春鳥 春を告げる鳥。鶯。目白。

○異方 他郷をいう、この成都の地をさすということであり、違った方向から鳴き声が聞こえてくる。いつもの春と違うことを云う。徐知道が春先に反乱を起こしたことを云うのであろう。

 

 

萬里 清江 上 ,三年 落日 低 。

万里に続くこの清らかな大江のほとりで、もう三年ものあいだ夕日のひくく落ちていくのを見ている。

〇三年落日低 わかりにくい句であるが、毎日毎日夕日を送って三年を経たという意である。乾元二年に成都に入ってから宝応元年春に至るまでの足かけ三年をいう。

 

 

畏人 成小築 ,褊性 合幽棲 。

他人をはばかって小さな家屋をきずいた。それは自分のかたくなな性質がかかる隠棲生活にあうからだ。

○小築 小さな家屋をたてること。

○褊性 かたくなな性質。

○合 にあう。

○幽棲 隠棲生活ぼしずかなわびずまいをいう。竹藪にかこまれた處。

 

 

門逕 從榛草 ,無心 走 馬蹄 。

門のそばの小路には榛や草がすきかってに、はえるにまかせている。貴人友人のの馬蹄がいつくるかなどと待つこころは無いのである。

○門径 門より通ずるこみち。

○従榛草 はりの木や草の生えるのにまかせる。

○待馬蹄 貴人・知人・友人の騎ってくる馬の蹄をまつ。

江頭五詠:麗春 蜀中転々江頭五詠:麗春 杜甫 <523>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2810 杜甫詩1000-523-756/1500

杜甫《江頭五詠:麗春》 春になって成長する沢山の草々が育つ中、春の花々は互いに競い合っている。麗らかな麗しい春はまさにどんな季節の中で最もいい時節なのである。少ないことと云えば顔色がいいということだ。多いことと云えば、ただ単に春になええ伸びている枝々が余りあるほどだということだ。


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江頭五詠:麗春 蜀中転々江頭五詠:麗春 杜甫 <523>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2810 杜甫詩1000-523-756/1500

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謝靈運詩 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。 
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html 
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
李商隠詩 
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江頭五詠:麗春  蜀中転々江頭五詠:麗春 杜甫 <523>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2810 杜甫詩1000-523-756/1500    

 

 

詩 題:江頭五詠:麗春

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の523首目-場面

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江頭五詠:麗春
百草競春華,麗春應最勝。
春になって成長する沢山の草々が育つ中、春の花々は互いに競い合っている。麗らかな麗しい春はまさにどんな季節の中で最もいい時節なのである。
少須好顏色,多漫枝條賸。
少ないことと云えば顔色がいいということだ。多いことと云えば、ただ単に春になええ伸びている枝々が余りあるほどだということだ。
紛紛桃李枝,處處總能移。
桃や李の枝にはパッ、パッと多くの花をつけている。そしてあちらにもこちらにもどこにも春の景色が移ってくる。
如何貴此重,卻怕有人知。
麗しい春というのはどうしてこんなにもいろんなことを重ねる様にしてくれるのか貴重なものである。しかし厭な事と思うのはこの春もやがて終わるということをひとは知っているということである。

(江頭の五詠:麗春 【れいしゅん】)麗春)
百草 春華を競い,麗春 應に最勝。
少くも須く顏色は好く,多くして漫ろに 枝條は賸る。
紛紛として桃李の枝,處處として總て能く移る。
如何として此れ重しるを貴とせん,卻て人の知る有るを怕る。



『麗春』 現代語訳と訳註
紅梅0021(本文)
百草競春華,麗春應最勝。
少須好顏色,多漫枝條剩。
紛紛桃李枝,處處總能移。
如何貴此重,卻怕有人知。



(下し文)
(江頭の五詠:麗春 【れいしゅん】)麗春)
百草 春華を競い,麗春 應に最勝。
少くも須く顏色は好く,多くして漫ろに 枝條は賸る。
紛紛として桃李の枝,處處として總て能く移る。
如何として此れ重しるを貴とせん,卻て人の知る有るを怕る。


(現代語訳)
春になって成長する沢山の草々が育つ中、春の花々は互いに競い合っている。麗らかな麗しい春はまさにどんな季節の中で最もいい時節なのである。
少ないことと云えば顔色がいいということだ。多いことと云えば、ただ単に春になええ伸びている枝々が余りあるほどだということだ。
桃や李の枝にはパッ、パッと多くの花をつけている。そしてあちらにもこちらにもどこにも春の景色が移ってくる。
麗しい春というのはどうしてこんなにもいろんなことを重ねる様にしてくれるのか貴重なものである。しかし厭な事と思うのはこの春もやがて終わるということをひとは知っているということである。


(訳注)
江頭五詠:麗春
 
律詩の句数ではあるが、【首聯】【頷聯】【頸聯】【尾聯】で構成されていない。おそらく中途のものであろう。また、律詩は同じ四分割の絶句の起承転結の一線の曲折にはならない。中の【頷聯】【頸聯】については対句が絶対条件である。
 

百草 競 春華 ,麗春 應 最勝。
春になって成長する沢山の草々が育つ中、春の花々は互いに競い合っている。麗らかな麗しい春はまさにどんな季節の中で最もいい時節なのである。
・「百草」 春になって成長する沢山の草、百草。
・「春華」 四季、春。春華(しょうか)。春の花、通常は春の花のようにうら若く美しい姿の女性を云う場合が多い。
・「麗春」語義類別:物、生物、植物專名(草本)、麗春。1 形が整って美しい。うるわしい。2 うららか。


少須 好 顏色 ,多漫 枝條 賸 。
少ないことと云えば顔色がいいということだ。多いことと云えば、ただ単に春になええ伸びている枝々が余りあるほどだということだ。
・「少」 多少(少)。
・「須」 心理能願、須すべからく。
・「好」 對比詞、好壞(好)。
・「顏色」 顏色、顏色概稱、顏色。 
・「多」 對比狀態、多少(多)。
・「枝條」 枝條。
・「賸」剩/餘。 残る,余る


紛紛 桃李 枝 ,處處 總能 移 。
桃や李の枝にはパッ、パッと多くの花をつけている。そしてあちらにもこちらにもどこにも春の景色が移ってくる。
・「紛紛」 ・紛紛 わずらわしいさま。 葉蔓にさす月光のゆらいでみだれるさま。おおいさま。杜甫『貧交行』「翻手作雲覆手雨,紛紛輕薄何須數。君不見管鮑貧時交,此道今人棄如土。」。
・「桃李」 1 桃とすもも。また、桃の花とすももの花。2試験官が採用した門下生。自分がとりたてた人材。「満城の桃李春官に属す」の詩句がある。
・「處處」 韓愈『感春四首 其一』「情多地遐兮編処処」(人生のこと、詩文のこと、どこでもぎろんをたたk愛すべきひとはたくさんいる、ただ遠いところにいるだけなのだ。遠いところになら、あちらにも、こちらにも、いっぱいいる。)
感春四首 其一(1) 韓退之(韓愈)詩<57>Ⅱ中唐詩357 紀頌之の漢詩ブログ1150


如何貴此 重,卻怕 有人 知 。
麗しい春というのはどうしてこんなにもいろんなことを重ねる様にしてくれるのか貴重なものである。しかし厭な事と思うのはこの春もやがて終わるということをひとは知っているということである。
・「貴」 物品形態、貴。 
・「怕」 (擔驚受怕)、怕。怕い-いやがる意味でのこわさを表す。

①恐い-おそらくは、とか、疑うという意味。
②惧い-びくつく、こわがるの意味。
逆に、肝試しのように前からわかっている場合は恐い。
③畏い-後世おそるべしのような場合にはこれを使う。はかりしれないこわさのこと。
④怕い-いやがる意味でのこわさを表す。
⑤怖い-予期せぬ急なこわさを示すのがこれ。特に驚く場合に使われている。惧いとの違いがわかりにくいところ。
⑥惶い-どうしようかととまどうときのこわい。
⑦懾い-臆病故のこわさの場合。
海棠花021 

江頭五詠:花鴨 蜀中転々 杜甫 <522>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2805 杜甫詩1000-522-755/1500

杜甫(大江のほとりで五首を詠う。その花鴨の詩)奇麗な羽をつけた鴨はどろ水にいてもよごれがたかなくて、奇麗だからいつもきざはしの前でもゆっくりとあるいている。


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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
李商隠詩 
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江頭五詠:花鴨  蜀中転々 杜甫 <522>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2805 杜甫詩1000-522-755/1500

 

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

掲 載; 杜甫1000首の522首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-755回目   40854

花鴨003                       












4
 江頭五詠。花鴨

(大江のほとりで五首を詠う。その花鴨の詩)

花鴨無泥滓,階前每緩行。

奇麗な羽をつけた鴨はどろ水にいてもよごれがたかなくて、奇麗だからいつもきざはしの前でもゆっくりとあるいている。

羽毛知獨立,黑白太分明。

その羽毛は黒と白とが非常にはっきりしているから、ひとりで立っていてもじきにそれと知られてしまう。

不覺羣心妒,休牽眾眼驚。

彼は他の鳥たちが心で妬んでいることにきづかずにいるが、決して他鳥の眼や注目をひくようなことをしてはいないのだ。(増して媚びることなどありはしない。)

稻粱霑汝在,作意莫先鳴。

十分潤沢に稲梁のたべものがあるのであるから、食べたいと発意したからといって他のものよりさきに声をだしたりはしないものである。

 

花鴨(かおう)

花鴨 泥滓【でいし】無し、階前 毎【つね】に緩行【かんこう】す。

羽毛独立するを知る、黒白太【はなは】だ分明なり。

覚【さと】らず羣心の妬【ねた】むを、衆眼【しゅうがん】の驚きを牽【ひ】くことを休む。

稲梁 汝を霑【うるお】して在り 作意先ず鳴くこと莫し。

 

『江頭五詠。花鴨』 現代語訳と訳註

花鴨002

(本文)

花鴨無泥滓,階前每緩行。

羽毛知獨立,黑白太分明。

不覺羣心妒,休牽眾眼驚。

稻粱霑汝在,作意莫先鳴。

 

詩文(含異文):

花鴨無泥滓,階前每緩行【中庭每緩行】。

羽毛知獨立,黑白太分明。

不覺群心妒,休牽眾眼驚。

稻粱霑汝在【稻粱知汝在】,作意莫先鳴。 

 

(下し文)

花鴨(かおう)                         

花鴨 泥滓【でいし】無し、階前 毎【つね】に緩行【かんこう】す。

羽毛独立するを知る、黒白太【はなは】だ分明なり。

覚【さと】らず羣心の妬【ねた】むを、衆眼【しゅうがん】の驚きを牽【ひ】くことを休めよ。

稲梁 汝を霑【うるお】して在り 作意先ず鳴くこと莫れ。

 

(現代語訳)

(大江のほとりで五首を詠う。その花鴨の詩)

奇麗な羽をつけた鴨はどろ水にいてもよごれがたかなくて、奇麗だからいつもきざはしの前でもゆっくりとあるいている。

その羽毛は黒と白とが非常にはっきりしているから、ひとりで立っていてもじきにそれと知られてしまう。

彼は他の鳥たちが心で妬んでいることにきづかずにいるが、決して他鳥の眼や注目をひくようなことをしてはいないのだ。(増して媚びることなどありはしない。)

十分潤沢に稲梁のたべものがあるのであるから、食べたいと発意したからといって他のものよりさきに声をだしたりはしないものである。

 

 

(訳注)

江頭五詠:花鴨

(大江のほとりで五首を詠う。その花鴨の詩)

○江頭 錦江のほとり。

〇五詠 五物を詠じたものとの意。

○花鴨 きれいなかも。自己が朝廷にいた時泥を口にしなかったことを云う。

 

花鴨 無 泥滓 ,階前 每緩行 。

奇麗な羽をつけた鴨はどろ水にいてもよごれがたかなくて、奇麗だからいつもきざはしの前でもゆっくりとあるいている。

〇花鴨 かも。

○泥滓 滓はかす、泥水のよごれをいう。羽や体が汚れないことを云う。

 

羽毛 知 獨立,黑白 太分明 。

その羽毛は黒と白とが非常にはっきりしているから、ひとりで立っていてもじきにそれと知られてしまう。

〇羽毛 羽毛のきれいなことによっての意。

○知独立 独立は鳥がひとりで立っていること。

 

不覺 群心 妒 ,休牽 眾眼 驚 。

彼は他の鳥たちが心で妬んでいることにきづかずにいるが、決して他鳥の眼や注目をひくようなことをしてはいないのだ。(増して媚びることなどありはしない。)

〇群心・衆眼 他の多くの鳥の心、眼。

 

稻粱 霑汝 在 ,作意 莫先 鳴 。

十分潤沢に稲梁のたべものがあるのであるから、食べたいと発意したからといって他のものよりさきに声をだしたりはしないものである。

○稲梁 耕場饒稲梁=耕す場(農地)は稲や粱(あわ/梁ではない)が饒か(ゆたか)である(豊饒である)。

○霑汝在 在の字の主辞は上の稲梁である。

○作意 みずから発意する。食べたいと思うことがあってもほしいなどと媚びたりはしない。

〇先鳴 他鳥よりもさきに鳴く、鳥が鳴くのは食を求めているのである。
 花鴨004

江頭五詠:鸂鶒 蜀中転々 杜甫 <521>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2800 杜甫詩1000-521-754/1500

杜甫《江頭五詠:鸂鶒》鴛鴦を飼うのにわざわざ寵の目をあらく織らせた、なぜならば目を密にすればその中で動くとき鳥が毛を傷めるとおもうからだ。

 

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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html 
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
李商隠詩 
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江頭五詠:鸂鶒  蜀中転々 杜甫 <521>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2800 杜甫詩1000-521-754/1500      

 

詩題: 江頭四詠:鸂鶒 

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

掲 載; 杜甫1000首の521首目-場面

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4 江頭四詠:鸂鶒

故使籠寬織,須知動損毛。

鴛鴦を飼うのにわざわざ寵の目をあらく織らせた、なぜならば目を密にすればその中で動くとき鳥が毛を傷めるとおもうからだ。

看雲莫悵望,失水任呼號。

籠から雲を見ては恨めしく眺めることだろうし、水から離れてしまうから悲しんで泣き叫ぶことだろうが、叫ぶがままにさせておく。

六翮曾經剪,孤飛卒未高【孤飛只未高】。

六枚の立ち羽は前に剪られてしまったから、ひとりで飛ぶ力が無くなっているので、高く飛べないのだ。

且無鷹隼慮,留滯莫辭勞。 

だけど、それで鷹や隼におそわれる心配がない、それを取り柄にすれば、ゆっくりこのかごのなかにとどまって苦労することを云うことなどなくなるといものだ。

(江頭の五詠:鸂鶒【けいせき】)

故【ことさら】に籠をして織を寛にせしむ、須【すべか】らく知るべし動けば毛を損するを。

雲を看て 猶お悵望す、水を失して呼号するに任す。

六翮【ろくかく】曾て剪らるるを経たり、孤飛 卒【つい】に未だ高からず。

且つ鷹隼【ようしゅん】の慮り無し、留滞 労を辞する莫れ。

鸂鶒けいせき001 

 








『江頭五詠:鸂鶒』 現代語訳と訳註

(本文)

故使籠寬織,須知動損毛。

看雲莫悵望,失水任呼號。

六翮曾經剪,孤飛卒未高【孤飛只未高】。

且無鷹隼慮,留滯莫辭勞。 

 

 

(下し文)

(江頭の五詠:鸂鶒【けいせき】)

故【ことさら】に籠をして織を寛にせしむ、須【すべか】らく知るべし動けば毛を損するを。

雲を看て 猶お悵望す、水を失して呼号するに任す。

六翮【ろくかく】曾て剪らるるを経たり、孤飛 卒【つい】に未だ高からず。

且つ鷹隼【ようしゅん】の慮り無し、留滞 労を辞する莫れ。

 

 

(現代語訳)

鴛鴦を飼うのにわざわざ寵の目をあらく織らせた、なぜならば目を密にすればその中で動くとき鳥が毛を傷めるとおもうからだ。

籠から雲を見ては恨めしく眺めることだろうし、水から離れてしまうから悲しんで泣き叫ぶことだろうが、叫ぶがままにさせておく。

六枚の立ち羽は前に剪られてしまったから、ひとりで飛ぶ力が無くなっているので、高く飛べないのだ。

だけど、それで鷹や隼におそわれる心配がない、それを取り柄にすれば、ゆっくりこのかごのなかにとどまって苦労することを云うことなどなくなるといものだ。

 

 

(訳注)

江頭五詠:鸂鶒江頭五詠:鸂鶒

○江頭 錦江のほとり。

〇五詠 五物を詠じたものとの意。

○鸂鶒 おしどり。

 

故使籠寬織,須知動損毛。

鴛鴦を飼うのにわざわざ寵の目をあらく織らせた、なぜならば目を密にすればその中で動くとき鳥が毛を傷めるとおもうからだ。

○寬織 めをあらく織る。

 

看雲莫悵望,失水任呼號。

籠から雲を見ては恨めしく眺めることだろうし、水から離れてしまうから悲しんで泣き叫ぶことだろうが、叫ぶがままにさせておく。

 

六翮曾經剪,孤飛卒未高。

六枚の立ち羽は前に剪られてしまったから、ひとりで飛ぶ力が無くなっているので、高く飛べないのだ。

○翮 たちばね。

 

且無鷹隼慮,留滯莫辭勞。 

だけど、それで鷹や隼におそわれる心配がない、それを取り柄にすれば、ゆっくりこのかごのなかにとどまって苦労することを云うことなどなくなるといものだ。

○鷹隼慮 たか・はやぶさにおそわれる心配。

○留滞 じっとしてとどまる。

江頭四詠:梔子 蜀中転々 杜甫 <520>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2795 杜甫詩1000-520-753/1500

杜甫《江頭四詠:梔子》紅色の物を取り上げる、それは秋風が立ち、霜が降りる中にその実はある。青いものを見るのは晩春初夏の雨と露の中に枝に着けた葉っぱの色である。

 

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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html 
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。 
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html 
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html 
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150
 

 

江頭四詠:梔子  蜀中転々 杜甫 <520>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2795 杜甫詩1000-520-753/1500      

 

梔子001卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の520首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-753回目   40852

寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都) 

 

2江頭四詠。梔子       

(大江のほとりで五首を詠う。その梔子の詩)

梔子比眾木,人間誠未多。

くちなしの木はここに集まって植えてある。人間社会でこんなに集まっているのであればまことに未だに多いとしか言いようがない。

于身色有用,與道氣傷和。

その身に置いて色というのは有用なものである。その道において雰囲気は傷ついたものを和ませてくれる。

紅取風霜實,青看雨露柯。

紅色の物を取り上げる、それは秋風が立ち、霜が降りる中にその実はある。青いものを見るのは晩春初夏の雨と露の中に枝に着けた葉っぱの色である。

無情移得汝,貴在映江波。

情け無用でその実をとって移動させる。貴重であるのは大江の波立つ流れに映していることだろう。

 

(くちなしのみ)

梔子【しし】比に眾木せり,人間 誠に未だ多し。

身に于て 色 有用,與道 氣 傷き和む。

紅取 風霜の實,青看 雨露の柯。

無情 移りて汝を得,貴在 江波に映すを。

くちなしの花 

 





『江頭四詠。梔子』 現代語訳と訳註

(本文)

江頭四詠。梔子 

梔子比眾木,人間誠未多。

于身色有用,與道氣傷和。

紅取風霜實,青看雨露柯。

無情移得汝,貴在映江波。

 

 

(下し文)

(くちなしのみ)

梔子【しし】比に眾木せり,人間 誠に未だ多し。

身に于て 色 有用,與道 氣 傷き和む。

紅取 風霜の實,青看 雨露の柯。

無情 移りて汝を得,貴在 江波に映すを。

 

 

(現代語訳)

くちなしの木はここに集まって植えてある。人間社会でこんなに集まっているのであればまことに未だに多いとしか言いようがない。

その身に置いて色というのは有用なものである。その道において雰囲気は傷ついたものを和ませてくれる。

紅色の物を取り上げる、それは秋風が立ち、霜が降りる中にその実はある。青いものを見るのは晩春初夏の雨と露の中に枝に着けた葉っぱの色である。

情け無用でその実をとって移動させる。貴重であるのは大江の波立つ流れに映していることだろう。

 

 

(訳注)

江頭四詠。梔子   

(大江のほとりで五首を詠う。その梔子の詩)

○江頭 錦江のほとり。

 

梔子 比眾木 ,人間 誠未多 。

くちなしの木はここに集まって植えてある。人間社会でこんなに集まっているのであればまことに未だに多いとしか言いようがない。

「梔子」アカネ科の常緑低木。暖地に自生し、高さ約2メートル。葉は長楕円形でつやがある。夏、香りの高い白い花を開く。果実は熟すと黄赤色になり、染料とするほか、漢方では山梔子(さんしし)といい消炎・利尿剤などに用いる。名は、果実が熟しても口を開かないことによる。庭木にする。《季 花=夏 実=秋》。花言葉 「とてもうれしい」「とても幸せです」「私はあまりにも幸せです」 「幸福者」「喜びを運ぶ」「清潔」「純潔」「清楚」「清浄」「優雅」「洗練」 「夢中」「沈黙」

 

於身 色 有用 ,與道氣 傷和 。

その身に置いて色というのは有用なものである。その道において雰囲気は傷ついたものを和ませてくれる。

 

紅取 風霜 實 ,青看 雨露 柯 。

紅色の物を取り上げる、それは秋風が立ち、霜が降りる中にその実はある。青いものを見るのは晩春初夏の雨と露の中に枝に着けた葉っぱの色である。

 

 

 

無情 移 得汝 ,貴在 映 江波 。

情け無用でその実をとって移動させる。貴重であるのは大江の波立つ流れに映していることだろう。
くちなしの実01 

江頭四詠:丁香  蜀中転々 杜甫 <519>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2790 杜甫詩1000-519-752/1500

《江頭四詠:丁香》その実を乾燥させて,蘭と麝香の華麗で貴いとされるものの中に落ち込んだとしても,素朴で誠実に生き、おのが身を粉骨砕身にしてまでと,考えるのは止めたいものだ。

 

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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
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江頭四詠:丁香  蜀中転々 杜甫 <519>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2790 杜甫詩1000-519-752/1500 

     

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言古詩 

詩題: 江頭四詠:丁香 

寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都) 

掲 載; 杜甫1000首の519首目 蜀中転々場面

杜甫ブログ1500回予定の-752回目   40851

作年: 寶應元年  762年  51歲 

 

錦江のほとりの草堂にあるもの凡そ五種についてよんだ詩である。宝応元年の作。

 

1江頭四詠。丁香                       

丁香體柔弱,亂結枝猶墊。細葉帶浮毛,疏花披素豔。

深栽小齋後,庶近幽人占。晚墮蘭麝中,休懷粉身念。

 

2江頭四詠。梔子(くちなしのみ)       

梔子比眾木,人間誠未多。于身色有用,與道氣傷和。

紅取風霜實,青看雨露柯。無情移得汝,貴在映江波。

 

3江頭四詠。鸂鶒(けいせき)

故使籠寬織,須知動損毛。看雲莫悵望,失水任呼號。

六翮曾經剪,孤飛卒未高。且無鷹隼慮,留滯莫辭勞。

       

4江頭四詠:花鴨

花鴨無泥滓,階前每緩行。羽毛知獨立,黑白太分明。

不覺群心妒,休牽眾眼驚。稻粱霑汝在,作意莫先鳴。

 

5江頭五詠・麗春(『詳注』巻一〇)

百草競春華,麗春應最勝。少須顔色好,多漫枝條剩。

紛紛桃李枝,處處總能移。如何此貴重?卻怕有人知。

海棠花05 

               

 

 



 

 

詩文:
 
江頭四詠。丁香

(大江のほとりで五首を詠う。その丁香の詩)

丁香體柔弱,亂結枝猶墊。

丁子がはえている その実は,柔かそうで若々しく見えるが,あちこちに入り乱れて実を結んでくると枝は垂れ下がってくる。

細葉帶浮毛,疏花披素豔。

細い葉の表面には産毛がたくさんあり,まばらに花がさき、白くふっくらとしておおわれている。

深栽小齋後,庶近幽人占。

この木をわたしの小さい書斎の後ろに植えてみる,できることならばこの丁子で我家の周りをいっぱいにしたいものである。

晚墮蘭麝中,休懷粉身念。

その実を乾燥させて,蘭と麝香の華麗で貴いとされるものの中に落ち込んだとしても,素朴で誠実に生き、おのが身を粉骨砕身にしてまでと,考えるのは止めたいものだ。

 

丁香 體 柔弱なり,亂結 枝 猶の墊【た】る。

細葉 浮毛を帶ぶ,疏花 素豔【そえん】を披【ひら】く。

深く栽す 小齋の後,庶【こいねが】わくば近ずかん 幽人をして占【しめ】しむるに。

晚に墮つる 蘭麝【らんじゃ】の中に,粉身の念を懷【いだ】くを休【や】む。

 

『江頭四詠。丁香』 現代語訳と訳註

丁子005(本文)

丁香體柔弱,亂結枝猶墊。

細葉帶浮毛,疏花披素豔。

深栽小齋後,庶近幽人占。

晚墮蘭麝中,休懷粉身念。

 

 

(下し文)

丁香 體 柔弱なり,亂結 枝 猶の墊【た】る。

細葉 浮毛を帶ぶ,疏花 素豔【そえん】を披【ひら】く。

深く栽す 小齋の後,庶【こいねが】わくば近ずかん 幽人をして占【しめ】しむるに。

晚に墮つる 蘭麝【らんじゃ】の中に,粉身の念を懷【いだ】くを休【や】む。

 

(現代語訳)

(大江のほとりで五首を詠う。その丁香の詩)

丁子がはえている その実は,柔かそうで若々しく見えるが,あちこちに入り乱れて実を結んでくると枝は垂れ下がってくる。

細い葉の表面には産毛がたくさんあり,まばらに花がさき、白くふっくらとしておおわれている。

この木をわたしの小さい書斎の後ろに植えてみる,できることならばこの丁子で我家の周りをいっぱいにしたいものである。

その実を乾燥させて,蘭と麝香の華麗で貴いとされるものの中に落ち込んだとしても,素朴で誠実に生き、おのが身を粉骨砕身にしてまでと,考えるのは止めたいものだ。

 

 

(訳注)

江頭五詠。丁香

(大江のほとりで五首を詠う。その丁香の詩)

詩人として、静かに小さく、その姿勢を維持して生きていることを丁子に比喩している。

 

丁香體柔弱,亂結枝猶墊。

丁子がはえている その実は,柔かそうで若々しく見えるが,あちこちに入り乱れて実を結んでくると枝は垂れ下がってくる。

・丁香:丁子 クローブとも言い、清熱・瀉火・去痰・鎮咳の作用があり、漢方薬では解熱、鎮痛、鎮静、消炎、利尿などなどに用いられる。

・體:ありかた。きまり。体裁。詩文の形式。

 

 

細葉帶浮毛,疏花披素豔。

細い葉の表面には産毛がたくさんあり,まばらに花がさき、白くふっくらとしておおわれている。

 

 

深栽小齋後,庶近幽人占。

この木をわたしの小さい書斎の後ろに植えてみる,できることならばこの丁子で我家の周りをいっぱいにしたいものである。

・小齋:わたしの小さい書斎。小は謙譲語。

・幽人:幽は隠遁を意味し、杜甫自身を意味する。。

 

 

晚墮蘭麝中,休懷粉身念。

その実を乾燥させて,蘭と麝香の華麗で貴いとされるものの中に落ち込んだとしても,素朴で誠実に生き、おのが身を粉骨砕身にしてまでと,考えるのは止めたいものだ。

・晚 丁子の実を乾燥させること。

・蘭麝:蘭と麝香(じやこう)の香り。よい香りのこと。高貴に匂うもので後宮官僚、朝廷を意識させる。

★杜甫の詩は貧乏くさい詩、田舎者ということで、六朝から続く宮廷、色街の艶閨詩などとは一線を引く儒家、隠遁者、素朴な誠実な詩人でありたいということを詠っている。

戲為六絕句,六首之六 蜀中転々 杜甫 <518>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2785 杜甫詩1000-518-751/1500

杜甫《戲為六絕句,六首之五》 諸君は自己が前代のすぐれた作家に及ばないからとて少しも疑いの念をもつにはあたらないのである。我々は前代作家をたがいに祖述しゆくものであってだれを先にせねばならぬとかだれを後にせねばならぬとかいうことはないのである。


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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
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戲為六絕句,六首之六 蜀中転々 杜甫 <518>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2785 杜甫詩1000-518-751/1500

 

 

 

6 戲為六絕句,六首之六

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首のさん六番目)

未及前賢更勿疑,遞相祖述複先誰。

諸君は自己が前代のすぐれた作家に及ばないからとて少しも疑いの念をもつにはあたらないのである。我々は前代作家をたがいに祖述しゆくものであってだれを先にせねばならぬとかだれを後にせねばならぬとかいうことはないのである。

別裁偽體親風雅,轉益多師是汝師。

しかし特別に風雅の正体と風雅の精神を得ない偽体とは区別せねばならぬ、そしてその偽体はこれをきりすてて正体には親しむ。かくしていよいよ我が師とするものが多ければ多いほど、これが諸君にとっての真の良師なのである。

蛺蝶02 















 

『戲為六絕句,六首之六』 現代語訳と訳註

(本文)

未及前賢更勿疑,遞相祖述複先誰。

別裁偽體親風雅,轉益多師是汝師。

 

 

(下し文)

未だ前賢に及ばざるも更に疑うこと勿れ、遽【たがい】に相祖述す復誰をか先にせん。

別に債饅を裁して風雅に親しむ、轉【うた】た益【ますま】す 多師なるは是れ汝が師なり。

 

 

(現代語訳)

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首のさん六番目)

諸君は自己が前代のすぐれた作家に及ばないからとて少しも疑いの念をもつにはあたらないのである。我々は前代作家をたがいに祖述しゆくものであってだれを先にせねばならぬとかだれを後にせねばならぬとかいうことはないのである。

しかし特別に風雅の正体と風雅の精神を得ない偽体とは区別せねばならぬ、そしてその偽体はこれをきりすてて正体には親しむ。かくしていよいよ我が師とするものが多ければ多いほど、これが諸君にとっての真の良師なのである。

 

 

 

(訳注)

戲為六絕句,六首之六

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首のさん六番目)

すべての良いものはみな師とすべしということの意をのべる。此の第六首により、杜甫が古今の諸長を集めて大成した所以を知ることができる。

 

 

未及前賢更勿疑,遞相祖述複先誰。

諸君は自己が前代のすぐれた作家に及ばないからとて少しも疑いの念をもつにはあたらないのである。我々は前代作家をたがいに祖述しゆくものであってだれを先にせねばならぬとかだれを後にせねばならぬとかいうことはないのである。

○前賢 第一首の前賢とは語は同じであるが意は異なる、ここは前代の作家をさす。

○祖述 祖として述べる、後人はその前代作家の作品を祖師としてこれに従って我が思想をのぺる。

○先誰 「誰をか先にせん」とは「誰をか先にし、また誰をか後にせん」との意である、甲乙の間に必ずしも優劣の差異を甚しくつけないことをいぅ、つまりいやしくも一長あるものは皆祖述すべしとのいみである。

 

 

別裁偽體親風雅,轉益多師是汝師。

しかし特別に風雅の正体と風雅の精神を得ない偽体とは区別せねばならぬ、そしてその偽体はこれをきりすてて正体には親しむ。かくしていよいよ我が師とするものが多ければ多いほど、これが諸君にとっての真の良師なのである。

○別 特別に。此の語は前代のものすべてを祖述すべしというのではないということを注意したものである。旧解に区別する意としているが、今は従わぬ。

○裁 刀でたってすてる。

○偽体 風雅にそむいているにせのすがた。富貴の者が詩文を買い取り発表するということが多くあったこと。

 01housenjidou02

戲為六絕句,六首之五 蜀中転々 杜甫 <517>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2780 杜甫詩1000-517-750/1500

杜甫《戲為六絕句,六首之五》理想はたかくすることがよく、内心には屈原、宋玉、以上のところに攣じ、彼らとくつわをならべて馳すべきである。理想のもちかたがひくければ斉梁時代にくらべて却ってその後塵を拝むに終るのおそれがあるのである。


2013年8月4日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。 
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。 
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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孟浩然の詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

 

戲為六絕句,六首之五 蜀中転々 杜甫 <517>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2780 杜甫詩1000-517-750/1500

 

 

1戲為六絕句,六首之一

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の一番目)

庾信文章老更成,凌雲健筆意縱橫。

北周の庾信はその詩文章は老年になってからさらに成熟している、雲をもしのぐほどの健筆、その意は縦横無尽にのべられている。

今人嗤點流傳賦,不覺前賢畏後生。

今の時代の軽薄文士たちは伝来の庚信の賦をあれこれと鼻先で笑うなどしている。孔子が「後生長るべし」といわれた意味を知っていないのは残念なことであり、庚信は後生ではあるが畏るべき人なのである。

 

 

2 戲為六絕句,六首之二

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の二番目)

楊王盧駱當時體,輕薄為文哂未休。

初唐、則天武后の時代に楊・王・盧・駱の四傑が華麗な詩文を作った。そのころの文体をいまの軽薄文士どもは小馬鹿にしていることを批判する。

爾曹身與名俱滅,不廢江河萬古流。

汝ら皆はからだも、名も共に滅びてしまうものであるが、四傑の作品は長江、黄河の大河が万古濠濠として流れてつきないように滅びることなどないものなのである。

つきぬごとくすたることのないものなのである。

 

3戲為六絕句,六首之三

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の三番目)

縱使盧王操翰墨,劣于漢魏近風騷。

たとえば四傑に詩文を作らせたとして、それは漢魏が『詩経』、「楚辞」に近いおもむきがあるのとくらべれば劣るにしても、どうして四傑の作品はたいしたものではないか。

龍文虎脊皆君馭,曆塊過都見爾曹。

竜文虎青のすがたをした駿馬のごとくみな人の馭すべき乗りものたるに十分なるものである。而してそれをわらう汝らこそは馳せて国都をすぐるとき塊を歴てつまずく駕馬のごとく、そのときはじめて汝らの驚馬たるを見うるならん。

 

4 戲為六絕句,六首之四

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の四番目)

才力應難誇數公,凡今誰是出群雄。

今人は古人のことをかれこれいうが、その才力において庚信や、初唐四傑の数公よりまさることはむつかしいであろう。いったいいまはだれが抜羣の英雄というのだ。

或看翡翠蘭苕上,未掣鯨魚碧海中。

蘭の花ぶさのうえに翡翠がとまったような華麗なすがたをしたものは或はみとめうるが、碧海の中に鯨魚をとりひしぐような雄健なるものではないか。

 

 

5 戲為六絕句,六首之五

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首のさん五番目)

不薄今人愛古人,清詞麗句必為鄰。

近代の人をさげすんでみる古代の人をも愛するときは清詞麗句は必ずわが手もとちかくにあるものである。

竊攀屈宋宜方駕,恐與齊梁作後塵。

しかし理想はたかくすることがよく、内心には屈原、宋玉、以上のところに攣じ、彼らとくつわをならべて馳すべきである。理想のもちかたがひくければ斉梁時代にくらべて却ってその後塵を拝むに終るのおそれがあるのである。

 kairo10682

 








『戲為六
絕句,六首之五』 現代語訳と訳註

(本文)

戲為六絕句,六首之五

不薄今人愛古人,清詞麗句必為鄰。

竊攀屈宋宜方駕,恐與齊梁作後塵。

 

 

(下し文)

今人を薄んぜず古人を愛せば、清詞麗句必ず隣を為す。

稿かに屈宋を攣じ宜しく駕を方ぶべし、恐らくは斉梁と後塵と作らん。

 

 

(現代語訳)

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首のさん五番目)

近代の人をさげすんでみる古代の人をも愛するときは清詞麗句は必ずわが手もとちかくにあるものである。

しかし理想はたかくすることがよく、内心には屈原、宋玉、以上のところに攣じ、彼らとくつわをならべて馳すべきである。理想のもちかたがひくければ斉梁時代にくらべて却ってその後塵を拝むに終るのおそれがあるのである。

 

 

(訳注)

5戲為六絕句,六首之五

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首のさん五番目)

古今を併せてしかも理想をたかくもつべきことをいった。

 

不薄今人愛古人,清詞麗句必為鄰。

近代の人をさげすんでみる古代の人をも愛するときは清詞麗句は必ずわが手もとちかくにあるものである。

○薄 さげすんでみること。

○今人 比較的近代の人をさす、四傑の如きもこれである。

○古人 庾信をはじめ六朝以上の人々はみな古人である。

○為隣 わが手もとぢかくにあることをいう。

 

竊攀屈宋宜方駕,恐與齊梁作後塵。

しかし理想はたかくすることがよく、内心には屈原、宋玉、以上のところに攣じ、彼らとくつわをならべて馳すべきである。理想のもちかたがひくければ斉梁時代にくらべて却ってその後塵を拝むに終るのおそれがあるのである。

○攀 古代の人ゆえたかくよじのぼるといった。

○屈宋 屈原、宋玉。

〇方駕 車をひく馬がかじ棒をそろえてはしるようにする。

○與齊梁 与とは「於て」というのに似る、比較の辞である。

○作後塵 後塵とは車がはしるとき風下におこるちりほこりをいう、後塵と作るとは後塵を拝する人となることをいう、斉・梁は六朝の中期で文学が最も華麗綺靡となり、しかも雄健の風が衰えた時期である。
sas0033 

 

戲為六絕句,六首之四 蜀中転々 杜甫 <516>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2775 杜甫詩1000-516-749/1500

杜甫《戲為六絕句,六首之三》今人は古人のことをかれこれいうが、その才力において庚信や、初唐四傑の数公よりまさることはむつかしいであろう。いったいいまはだれが抜羣の英雄というのだ。


2013年8月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。 
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 
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孟郊詩 
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戲為六絕句,六首之四 蜀中転々 杜甫 <516>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2775

杜甫詩1000-516-749/1500

 

 

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

卷別: 卷二二七  文體: 七言絕句 

掲 載; 杜甫1000首の516首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-749回目   40848

 

 

4 戲為六絕句,六首之四

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の四番目)

才力應難誇數公,凡今誰是出群雄。

今人は古人のことをかれこれいうが、その才力において庚信や、初唐四傑の数公よりまさることはむつかしいであろう。いったいいまはだれが抜羣の英雄というのだ。

或看翡翠蘭苕上,未掣鯨魚碧海中。

蘭の花ぶさのうえに翡翠がとまったような華麗なすがたをしたものは或はみとめうるが、碧海の中に鯨魚をとりひしぐような雄健なるものではないか。

 

 

『戲為六絕句,六首之四』 現代語訳と訳註

(本文)

才力應難誇數公,凡今誰是出群雄。

或看翡翠蘭苕上,未掣鯨魚碧海中。

 

(下し文)

才力 応に数公を誇【まさ】り難かるべし、凡そ今誰か是れ出群の雄なる。

或は看る翡翠【ひすい】蘭苕【らんちょう】の上、未だ鯨魚を掣せず碧海【そうかい】の中。

 

 

(現代語訳)

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の四番目)

今人は古人のことをかれこれいうが、その才力において庚信や、初唐四傑の数公よりまさることはむつかしいであろう。いったいいまはだれが抜羣の英雄というのだ。

蘭の花ぶさのうえに翡翠がとまったような華麗なすがたをしたものは或はみとめうるが、碧海の中に鯨魚をとりひしぐような雄健なるものではないか。

 

 

(訳注)

戲為六絕句,六首之四 

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の四番目)

今人の中に大文豪のないことをいう。暗に自己の理想をのべた。

 

才力應難誇數公,凡今誰是出群雄。

今人は古人のことをかれこれいうが、その才力において庚信や、初唐四傑の数公よりまさることはむつかしいであろう。いったいいまはだれが抜羣の英雄というのだ。

○才力 文学者の才能力量。

○誇 こえることをいう。

○数公 庚信や、初唐四傑の輩をさす。

○出章雄 抜葦の英雄。

○碧海 青い海。青海原。大海。

 

或看翡翠蘭苕上,未掣鯨魚碧海中。

蘭の花ぶさのうえに翡翠がとまったような華麗なすがたをしたものは或はみとめうるが、碧海の中に鯨魚をとりひしぐような雄健なるものではないか。

○翡翠 かわせみの鳥、その羽毛がうつくしい。

○蘭苕 らんのはなぶさ、此の句は作品の華麗なのにたとえる。六朝から続く、華麗華美、艶閨の詩を云う。

○掣 ひいでひしぐことをいう。

○鯨魚 いさな、海中の大魚、此の句は作品-の雄健なことにたとえる。

戲為六絕句,六首之三 蜀中転々 杜甫 <515>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2770 杜甫詩1000-515-748/1500

《戲為六絕句,六首之三》たとえば四傑に詩文を作らせたとして、それは漢魏が『詩経』、「楚辞」に近いおもむきがあるのとくらべれば劣るにしても、どうして四傑の作品はたいしたものではないか。

 

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謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。 
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。 
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html 
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html 
孟浩然の詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


戲為六
絕句,六首之三 蜀中転々 杜甫 <515>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2770 杜甫詩1000-515-748/1500

 

 

1(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の一番目)

北周の庾信はその詩文章は老年になってからさらに成熟している、雲をもしのぐほどの健筆、その意は縦横無尽にのべられている。

今の時代の軽薄文士たちは伝来の庚信の賦をあれこれと鼻先で笑うなどしている。孔子が「後生長るべし」といわれた意味を知っていないのは残念なことであり、庚信は後生ではあるが畏るべき人なのである。

戲れに六絕句を為る,六首の一

庾信が文章老いて更に成る、凌雲 健筆 意 縱橫。

今人 嗤点す 流伝の賦、覚らず前賢後生を畏れしことを。

 

 

2 戲為六絕句,六首之二

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の二番目)

楊王盧駱當時體,輕薄為文哂未休。

初唐、則天武后の時代に楊・王・盧・駱の四傑が華麗な詩文を作った。そのころの文体をいまの軽薄文士どもは小馬鹿にしていることを批判する。

爾曹身與名俱滅,不廢江河萬古流。

汝ら皆はからだも、名も共に滅びてしまうものであるが、四傑の作品は長江、黄河の大河が万古濠濠として流れてつきないように滅びることなどないものなのである。

つきぬごとくすたることのないものなのである。

 

3戲為六絕句,六首之三

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の三番目)

縱使盧王操翰墨,劣于漢魏近風騷。

たとえば四傑に詩文を作らせたとして、それは漢魏が『詩経』、「楚辞」に近いおもむきがあるのとくらべれば劣るにしても、どうして四傑の作品はたいしたものではないか。

龍文虎脊皆君馭,曆塊過都見爾曹。

竜文虎青のすがたをした駿馬のごとくみな人の馭すべき乗りものたるに十分なるものである。而してそれをわらう汝らこそは馳せて国都をすぐるとき塊を歴てつまずく駕馬のごとく、そのときはじめて汝らの驚馬たるを見うるならん。

 

縦【たと】い盧王【ろおう】をして翰墨【かんぼく】を操ること、漢魏の風騒に近きより劣らしむるも。

竜文 虎脊【こせき】皆 君が馭なり、歴塊【れきかい】過都【かと】爾が曹を見ん。

 

 

『戲為六絕句,六首之三』  現代語訳と訳註

(本文)

戲為六絕句,六首之三

縱使盧王操翰墨,劣于漢魏近風騷。

龍文虎脊皆君馭,曆塊過都見爾曹。

 

 

(下し文)

縦【たと】い盧王【ろおう】をして翰墨【かんぼく】を操ること、漢魏の風騒に近きより劣らしむるも。

竜文 虎脊【こせき】皆 君が馭なり、歴塊【れきかい】過都【かと】爾が曹を見ん。

 

 

(現代語訳)

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の三番目)

たとえば四傑に詩文を作らせたとして、それは漢魏が『詩経』、「楚辞」に近いおもむきがあるのとくらべれば劣るにしても、どうして四傑の作品はたいしたものではないか。

竜文虎青のすがたをした駿馬のごとくみな人の馭すべき乗りものたるに十分なるものである。而してそれをわらう汝らこそは馳せて国都をすぐるとき塊を歴てつまずく駕馬のごとく、そのときはじめて汝らの驚馬たるを見うるならん。

岳陽樓詩人0051

















 

 

(訳注)

戲為六絕句,六首之三

(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の三番目)

此の第三首は初唐四傑を弁護する点で第二首と似ている。

 

 

縱使盧王操翰墨,劣于漢魏近風騷。

たとえば四傑に詩文を作らせたとして、それは漢魏が『詩経』、「楚辞」に近いおもむきがあるのとくらべれば劣るにしても、どうして四傑の作品はたいしたものではないか。

○縱使 この二字は次句までへかかる。

〇盧王 前詩にみえる、ここは慮王をいって楊齢をいわないがすべて四傑についていったものであろう。

○操翰墨 ふでとすみをとる、文章をつづることをいう。○漢魏近風騷 風騒は「詩経」の詩には〇風で編纂しているをさしていう、騒は『楚辞、離騒』で屈原宋玉らの韻文をいう。漢覿時代の作品は風騒のおもかげがあると称せられる。

 

龍文虎脊皆君馭,曆塊過都見爾曹。

竜文虎青のすがたをした駿馬のごとくみな人の馭すべき乗りものたるに十分なるものである。而してそれをわらう汝らこそは馳せて国都をすぐるとき塊を歴てつまずく駕馬のごとく、そのときはじめて汝らの驚馬たるを見うるならん。

○龍文虎脊 駿馬の姿をいう、四傑を駿馬にたとえる、竜文の語は「漢書」西域伝費にみえ、虎青は漢の「天馬歌」にみえる。

○君馭 駁は御におなじ、馬をあやつること、ここはあやつるのにたえるものの意、君の字は人君をさすとする説と一般人をさすとする説とがあるが、余は一般人とみる。

○曆塊過都 漢の王褒の「聖主ノ賢臣ヲ得ル頒」の「都ヲ過ギ国ヲ越エルトキハ蹴(ツマズ)クコト塊ヲ歴ルガ若シ」に本づく。ただしここはつまずくという意に用いたもののごとくである、「都を過ぐるとき塊を歴てつまずくごとく」といぅほどの意。

○爾曹 軽薄文士の四傑をわらう者をさす。

戲為六絕句,六首之二 蜀中転々 杜甫 <514>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2765 杜甫詩1000-514-747/1500

杜甫《戲為六絕句,六首之二》  汝ら皆はからだも、名も共に滅びてしまうものであるが、四傑の作品は長江、黄河の大河が万古濠濠として流れてつきないように滅びることなどないものなのである。


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千畳敷0010戲為六絕句,六首之二 蜀中転々 杜甫 <514>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2765 杜甫詩1000-514-747/1500


作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の513首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-746回目   40845
作年: 寶應元年  762年  51歲 
卷別: 卷二二七  文體: 七言絕句 
詩題: 戲為六絕句,六首之一 

戯鳥六絶句(戯れに六絶句を為る)
作者が戯れにつくった六首の絶句である。しかしまじめな文学上の議論をのべるために戯れと云って主旨を和らげるというものである。

詩文:

戲為六絕句,六首之一
(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の一番目)
庾信文章老更成,凌雲健筆意縱橫。
北周の庾信はその詩文章は老年になってからさらに成熟している、雲をもしのぐほどの健筆、その意は縦横無尽にのべられている。
今人嗤點流傳賦,不覺前賢畏後生。

今の時代の軽薄文士たちは伝来の庚信の賦をあれこれと鼻先で笑うなどしている。孔子が「後生長るべし」といわれた意味を知っていないのは残念なことであり、庚信は後生ではあるが畏るべき人なのである。
戲れに六絕句を為る,六首の一
庾信が文章老いて更に成る、凌雲 健筆 意 縱橫。
今人 嗤点す 流伝の賦、覚らず前賢後生を畏れしことを。


2 戲為六絕句,六首之二
(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の二番目)
楊王盧駱當時體,輕薄為文哂未休。
初唐、則天武后の時代に楊・王・盧・駱の四傑が華麗な詩文を作った。そのころの文体をいまの軽薄文士どもは小馬鹿にしていることを批判する。
爾曹身與名俱滅,不廢江河萬古流。
奉先寺005汝ら皆はからだも、名も共に滅びてしまうものであるが、四傑の作品は長江、黄河の大河が万古濠濠として流れてつきないように滅びることなどないものなのである。
つきぬごとくすたることのないものなのである。

戲れに六絕句を為る,六首の二
楊王 盧駱 当時の体、軽薄 文を為って、哂うて未だ休まず。
爾が曹身 名と供に滅す、廃せず 江河 万古の流れ。


『戲為六絕句,六首之二』  現代語訳と訳註
(本文)

楊王盧駱當時體,輕薄為文哂未休。
爾曹身與名俱滅,不廢江河萬古流。


(下し文)
(戲れに六絕句を為る,六首の二)
楊王 盧駱 当時の体、軽薄 文を為って、哂うて未だ休まず。
爾が曹身 名と供に滅す、廃せず 江河 万古の流れ。


(現代語訳)
(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の二番目)
初唐、則天武后の時代に楊・王・盧・駱の四傑が華麗な詩文を作った。そのころの文体をいまの軽薄文士どもは小馬鹿にしていることを批判する。
汝ら皆はからだも、名も共に滅びてしまうものであるが、四傑の作品は長江、黄河の大河が万古濠濠として流れてつきないように滅びることなどないものなのである。


(訳注)
戲為六絕句,六首之二
(戲れということで六絕句をつくってみた,六首の二番目)
此の第二首は初唐四傑をわるくいう文士をそしった。

楊王盧駱當時體,輕薄為文哂未休。
初唐、則天武后の時代に楊・王・盧・駱の四傑が華麗な詩文を作った。そのころの文体をいまの軽薄文士どもは小馬鹿にしていることを批判する。
○楊王盧駱 楊烱・王勃・盧照鄰・駱賓王、初唐の四傑と称される文学者。唐の則天武后の時代のすぐれた詩人4人,王勃(おうぼつ)(649‐676),楊炯(ようけい)(650‐695?),盧照鄰(ろしようりん)(637‐689),駱賓王(らくひんのう)(640?‐684?)をいう。略して王楊盧駱。


爾曹身與名俱滅,不廢江河萬古流。
汝ら皆はからだも、名も共に滅びてしまうものであるが、四傑の作品は長江、黄河の大河が万古濠濠として流れてつきないように滅びることなどないものなのである。
○軽薄 軽薄の文士をいう。
○爾曹 汝ら、軽薄文士をさす。
○江河万古流 四傑の作品をたとえていう。

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