杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

2013年09月

659 《將適吳楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字》 蜀中転々 杜甫 <564-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3065 杜甫詩1000-564-#2-807/1500

《將適楚留別章使君留後兼幕府諸公》#2君がこれから向かう青草湖であることは私には思うところにはない。木の葉舟の様なものでは湖が大きくてわが手に落ちるようなものである。

 

2013年9月30日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。 
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

659 《將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字》 蜀中転々 杜甫 <564-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3065 杜甫詩1000-564-#2-807/1500

 

 

作者: 杜甫  763年廣德元年52

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 

詩題: 將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字 

作地點: 目前尚無資料だが、前詩から梓州と考える。 

及地點:  青草湖 (江南西道 岳州 巴陵) 別名:巴丘湖、雲夢大澤     

交遊人物: 章彝 當地交遊(山南西道 閬州 閬州)

 

 

將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字

(章彝が江南岳州に行くのをみんなが見送る、そのあと梓州幕府の諸公に柳字を与えられて作った詩)

我來入蜀門,月亦已久。

私が旅に出て剣門を抜け蜀に入ってきた。その歳月もまた既にひさしいという感じになってきた。(758-863で当時の謂い方では五年になる。)

豈惟長兒童,自覺成老醜。

でもこの間に私の子供たちも成長している。しかし自分にしても、醜い老人になってしまっている。

常恐性坦率,失身為杯酒。

常日頃、性格が開けっぴろげになっていくことを懼れる。身も細る思いをするのは、杯を傾けていくことである。

近辭痛飲徒,折節萬夫後。

官を辞して間もないころも、ひたすら浴びるほど酒を飲んでいた。そんなおりには多くの男たちがいつもより後退するものだ。

#2

昔如縱壑魚,今如喪家狗。

むかしはたとえば谷の魚のように動いたものだが、いまは史記にいう「喪家の狗」で宿無しの犬のようでしかないのだ。

既無遊方戀,行止復何有。

既になくしているのはその方面に遊び、恋しいと思うことなどないし、行くこともしなくなったのはまた何かがあるのだろうか。

相逢半新故,取別隨薄厚。

友人互に合うと新しい人と古くからの人が半分半分である。別れということを云うとそのひとに対する心情が厚いか薄いかに従って行う。
不意青草湖,扁舟落吾手。

君がこれから向かう青草湖であることは私には思うところにはない。木の葉舟の様なものでは湖が大きくてわが手に落ちるようなものである。

眷眷章梓州,開筵俯高柳。

章彝君の梓州における仕事は心惹かれるものであるし、別れの宴を開いて背高いやなぎもお辞儀をするという。

#3

樓前出騎馬,帳下羅賓友。

健兒簸紅旗,此樂或難朽。

日車隱崑崙,鳥雀噪牖。

波濤未足畏,三峽徒雷吼。

#4

所憂盜賊多,重見衣冠走。

中原消息斷,黃屋今安否。

終作適荊蠻,安排用莊叟。

隨雲拜東皇,掛席上南斗。

有使即寄書,無使長回首。 

 

(將に楚に適かんとする章使君に留別し、兼ねて幕府諸公に留後とす、柳字を得る。)

#1

我れ來りて蜀門に入り,月 亦た已に久す。

豈に惟だ 兒童を長じ,自ら覺える 老醜と成を。

常に性坦の率を恐れ,身を失すは 杯酒を為すを。

近辭 痛飲の徒,折節 萬夫の後。

#2

昔 縱えば壑魚の如し,今 喪家の狗の如し。

既に方に遊び 戀する無し,行けば止む 復た何んぞ有らん。

相う逢うは 半ば新故なり,取別 薄厚に隨う。

不意 青草湖,扁舟 吾手に落つ。

眷眷す 章の梓州を,筵を開いて高柳も俯す。

doteiko012 

 

『將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字』 現代語訳と訳註

(本文)

將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字 #2

昔如縱壑魚,今如喪家狗。

既無遊方戀,行止復何有。

相逢半新故,取別隨薄厚。

不意青草湖,扁舟落吾手。

眷眷章梓州,開筵俯高柳。

 

 

(下し文)

(將に楚に適かんとする章使君に留別し、兼ねて幕府諸公に留後とす、柳字を得る。)#2

昔 縱えば壑魚の如し,今 喪家の狗の如し。

既に方に遊び 戀する無し,行けば止む 復た何んぞ有らん。

相う逢うは 半ば新故なり,取別 薄厚に隨う。

不意 青草湖,扁舟 吾手に落つ。

眷眷す 章の梓州を,筵を開いて高柳も俯す。

 

(現代語訳)

(章彝が江南岳州に行くのをみんなが見送る、そのあと梓州幕府の諸公に柳字を与えられて作った詩)

むかしはたとえば谷の魚のように動いたものだが、いまは史記にいう「喪家の狗」で宿無しの犬のようでしかないのだ。

既になくしているのはその方面に遊び、恋しいと思うことなどないし、行くこともしなくなったのはまた何かがあるのだろうか。

友人互に合うと新しい人と古くからの人が半分半分である。別れということを云うとそのひとに対する心情が厚いか薄いかに従って行う。
君がこれから向かう青草湖であることは私には思うところにはない。木の葉舟の様なものでは湖が大きくてわが手に落ちるようなものである。

章彝君の梓州における仕事は心惹かれるものであるし、別れの宴を開いて背高いやなぎもお辞儀をするという。

 

 

(訳注)

將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字

(章彝が江南岳州に行くのをみんなが見送る、そのあと梓州幕府の諸公に柳字を与えられて作った詩)

 

昔如 縱壑 ,今如 喪家狗

komichi03

かしはたとえば谷の魚のように動いたものだが、いまは史記にいう「喪家の狗」で宿無しの犬のようでしかないのだ。

「喪家狗」喪家の狗とは?隠語辞典。 〔史記(孔子世家)〕喪中の家で、悲しみのために餌(えさ)を与えられず元気をなくした飼い犬。一説に、宿無しの犬とも。

 

 

既無 遊方 ,行止 復何有

既になくしているのはその方面に遊び、恋しいと思うことなどないし、行くこともしなくなったのはまた何かがあるのだろうか。

 

 

相逢 新故 ,取別 薄厚

友人互に合うと新しい人と古くからの人が半分半分である。別れということを云うとそのひとに対する心情が厚いか薄いかに従って行う。

 

 

不意 青草湖 ,扁舟 落吾手

君がこれから向かう青草湖であることは私には思うところにはない。木の葉舟の様なものでは湖が大きくてわが手に落ちるようなものである。

「青草湖」洞庭湖(湖海池潭)、唐代の名称が青草湖。

「扁舟」小さい舟。こぶね。

 

 

眷眷 章梓州 ,開筵 高柳

章彝君の梓州における仕事は心惹かれるものであるし、別れの宴を開いて背高いやなぎもお辞儀をするという。

「眷眷」しきりに心がひかれるさま。ひたすら恋い慕うさま。

「章梓州」章彝(唐)のことをいう。
 

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《將適楚留別章使君》私が旅に出て剣門を抜け蜀に入ってきた。その歳月もまた既にひさしいという感じになってきた。(758-863で当時の謂い方では五年になる。)でもこの間に私の子供たちも成長している。しかし自分にしても、醜い老人になってしまっている。

 

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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

659 《將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字》 蜀中転々 杜甫 <564-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3060 杜甫詩1000-564-#1-806/1500

 

 

作者: 杜甫  763年廣德元年52

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 

詩題: 將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字 

作地點: 目前尚無資料だが、前詩から梓州と考える。 

及地點:  青草湖 (江南西道 岳州 巴陵) 別名:巴丘湖、雲夢大澤     

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將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字

(章彝が江南岳州に行くのをみんなが見送る、そのあと梓州幕府の諸公に柳字を与えられて作った詩)

我來入蜀門,月亦已久。

私が旅に出て剣門を抜け蜀に入ってきた。その歳月もまた既にひさしいという感じになってきた。(758-863で当時の謂い方では五年になる。)

豈惟長兒童,自覺成老醜。

でもこの間に私の子供たちも成長している。しかし自分にしても、醜い老人になってしまっている。

常恐性坦率,失身為杯酒。

常日頃、性格が開けっぴろげになっていくことを懼れる。身も細る思いをするのは、杯を傾けていくことである。

近辭痛飲徒,折節萬夫後。

官を辞して間もないころも、ひたすら浴びるほど酒を飲んでいた。そんなおりには多くの男たちがいつもより後退するものだ。

#2

昔如縱壑魚,今如喪家狗。

既無遊方戀,行止復何有。

相逢半新故,取別隨薄厚。

不意青草湖,扁舟落吾手。

眷眷章梓州,開筵俯高柳。

#3

樓前出騎馬,帳下羅賓友。

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波濤未足畏,三峽徒雷吼。

#4

所憂盜賊多,重見衣冠走。

中原消息斷,黃屋今安否。

終作適荊蠻,安排用莊叟。

隨雲拜東皇,掛席上南斗。

有使即寄書,無使長回首。 

 

(將に楚に適かんとする章使君に留別し、兼ねて幕府諸公に留後とす、柳字を得る。)

#1

我れ來りて蜀門に入り,月 亦た已に久す。

豈に惟だ 兒童を長じ,自ら覺える 老醜と成を。

常に性坦の率を恐れ,身を失すは 杯酒を為すを。

近辭 痛飲の徒,折節 萬夫の後。

 

 

『將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字』 現代語訳と訳註

(本文)剣門関01

將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字

我來入蜀門,月亦已久。

豈惟長兒童,自覺成老醜。

常恐性坦率,失身為杯酒。

近辭痛飲徒,折節萬夫後。

 

 

(下し文)

(將に楚に適かんとする章使君に留別し、兼ねて幕府諸公に留後とす、柳字を得る。)

我れ來りて蜀門に入り,月 亦た已に久す。

豈に惟だ 兒童を長じ,自ら覺える 老醜と成を。

常に性坦の率を恐れ,身を失すは 杯酒を為すを。

近辭 痛飲の徒,折節 萬夫の後。

 

(現代語訳)

(章彝が江南岳州に行くのをみんなが見送る、そのあと梓州幕府の諸公に柳字を与えられて作った詩)

私が旅に出て剣門を抜け蜀に入ってきた。その歳月もまた既にひさしいという感じになってきた。(758-863で当時の謂い方では五年になる。)

でもこの間に私の子供たちも成長している。しかし自分にしても、醜い老人になってしまっている。

常日頃、性格が開けっぴろげになっていくことを懼れる。身も細る思いをするのは、杯を傾けていくことである。

官を辞して間もないころも、ひたすら浴びるほど酒を飲んでいた。そんなおりには多くの男たちがいつもより後退するものだ。

 

 

(訳注)

將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字

(章彝が江南岳州に行くのをみんなが見送る、そのあと梓州幕府の諸公に柳字を与えられて作った詩)

章彝【しょうい】、崔都督、錢徽と梓州諸公と宴会に列席している。『陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州』

錢起之子。貞元初年進士出身,居穀城。當地縣令王郢好客,喜結交三教九流,以公帑請客送禮,被革職辦。觀察使樊澤負責處理此案,發現只有錢徽一文不取。乃表署掌書記。元和初年入朝,任翰林學士。官至尚書郎。

銭起(せん き、710?780?)は、中国・唐代の詩人。 呉興(浙江省)の出身。字(あざな)は仲文。 略歴[編集]. 天宝十載(751)の進士で、校書郎・考功郎中を歴任、大暦年間には太清宮使・翰林学士に至った。 大暦十才子の一人に数えられている。

 

我來 蜀門 亦已久

私が旅に出て剣門を抜け蜀に入ってきた。その歳月もまた既にひさしいという感じになってきた。(758-863で当時の謂い方では五年になる。)

「蜀門」蜀にはいる門、剣門を通って蜀に入る。

758-863で当時の謂い方では五年になる。五年を超えれば十年という表現になる。。

 

 

豈惟長兒童 ,自覺 成老醜

でもこの間に私の子供たちも成長している。しかし自分にしても、醜い老人になってしまっている。

「兒童」孩童。

 

 

常恐 性坦率 ,失身 為杯酒

常日頃、性格が開けっぴろげになっていくことを懼れる。身も細る思いをするのは、杯を傾けていくことである。

「坦率」氣質涵、(人・性格・言葉・意見・批判などが)率直である,開けっ広げである,包み隠しがない。

 

 

近辭 痛飲 ,折節 萬夫

官を辞して間もないころも、ひたすら浴びるほど酒を飲んでいた。そんなおりには多くの男たちがいつもより後退するものだ。

「近辭」官を辞して間もないころ。

「徒」いたずらに。

「萬夫」多くの男。多くの武士。
古桟道0001 

658 《陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州》 蜀中転々 杜甫 <563-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3055 杜甫詩1000-563-#2-805/1500

《陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州》巻き上がる砂塵、世俗の人間は車輪や、踏みしめられてきたものだ。ここにおける景色こんなにも老けた人間になった、炎や蒸気のなかに残されたままなのだ。漂泊の旅人としてはこの宴会が終わるのを惜しんでいるし、艱難辛苦については親しい友人のことを思うことである。


2013年9月28日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

658 《陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州》 蜀中転々 杜甫 <563-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3055 杜甫詩1000-563-#2-805/1500

 

 

陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州

(章彝が惠義寺に留った後、餞に陪して嘉州へ、崔都督も州に赴いた時の詩。)

〔節度使朝覲,擇置留後一人,時章彝為梓州留後。〕#1

〔節度使の朝覲,擇らばれた後一人そこに留り,時に章彝は梓州に留りた後に為す。〕

中軍待上客,令肅事有恆。 

本営部隊においては上級の客を待っている。つつましく冷静であれとそれが事にあたって恒常的なものであるとしている。

前驅入寶地,祖帳飄金繩。 

馬に乗って、行列などを先導してこの寶地に入所して來る。幔幕は金のなわしばりに翻っている。

南陌既留歡,茲山亦深登。 

南の大通りは既に喜びでとどまっている。ここの山にまた深い所までに入り昇っていく。

清聞樹杪磐,遠謁雲端僧。 

山の中は葉擦れの音は静かであり枝を広げこんもりとした樹木がある。遠くから謁見する雲の先から僧侶が出てくる。

回策匪新岸,所攀仍舊藤。 

策略を回らしてすすむが次の新たな岸はあらわれてこない。駆け上がったところは即ち古い藤棚の場所であった。

#2

耳激洞門飆,目存寒谷冰。 

洞門を抜けると耳に激しく突風があたる。眼には小声冷え込む谷の氷が見える。

出塵閟軌躅,畢景遺炎蒸。 

巻き上がる砂塵、世俗の人間は車輪や、踏みしめられてきたものだ。ここにおける景色こんなにも老けた人間になった、炎や蒸気のなかに残されたままなのだ。

永願坐長夏,將衰棲大乘。 

永らく願うことは長い夏に座すことであり、次第に衰えるのは大乗仏教にたよって住むことである。

羇旅惜宴會,艱難懷友朋。 

漂泊の旅人としてはこの宴会が終わるのを惜しんでいるし、艱難辛苦については親しい友人のことを思うことである。

勞生共幾何,離恨兼相仍。 

生きる苦労というのはともに幾ばくかのこと共にすることであり、恨み言から離別するにはかねて互いにもとのままに從もとのままに從っていくことだ。

  

(章彝が惠義寺に留った後、餞に陪して嘉州へ、崔都督も州に赴いた時の詩。)

〔節度使の朝覲,擇らばれた後一人そこに留り,時に章彝は梓州に留りた後に為す。〕

#1

中軍 上客を待ち,事 恆に有るを肅せ令む。 

前驅 寶地に入り,祖帳 金繩に飄える。 

南陌 既に歡び留まり,茲山 亦た深きに登る。 

清聞 樹杪の磐,遠謁 雲端の僧。 

策を回らすも新岸に匪ず,攀す所には仍ち舊藤あり。 

#2

耳激すは 洞門の飆,目存るは 寒谷の冰。 

出塵 軌躅を閟し,畢景 炎蒸を遺す。 

永願すは長夏に坐し,將て衰すは 大乘に棲す。  

羇旅 宴會を惜み,艱難 友朋を懷う。 

勞生 共に幾何か,離恨 兼ねて相い仍【じょう】とす。 

 aki010

 

『陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州』現代語訳と訳註

(本文) #2

耳激洞門飆,目存寒谷冰。 

出塵閟軌躅,畢景遺炎蒸。 

永願坐長夏,將衰棲大乘。 

羇旅惜宴會,艱難懷友朋。 

勞生共幾何,離恨兼相仍。 

 

 

(下し文)

#2

耳激すは 洞門の飆,目存るは 寒谷の冰。 

出塵 軌躅を閟し,畢景 炎蒸を遺す。 

永願すは長夏に坐し,將て衰すは 大乘に棲す。 

羇旅 宴會を惜み,艱難 友朋を懷う。 

勞生 共に幾何か,離恨 兼ねて相い仍【じょう】とす。

 

 

(現代語訳)

洞門を抜けると耳に激しく突風があたる。眼には小声冷え込む谷の氷が見える。

巻き上がる砂塵、世俗の人間は車輪や、踏みしめられてきたものだ。ここにおける景色こんなにも老けた人間になった、炎や蒸気のなかに残されたままなのだ。

永らく願うことは長い夏に座すことであり、次第に衰えるのは大乗仏教にたよって住むことである。

漂泊の旅人としてはこの宴会が終わるのを惜しんでいるし、艱難辛苦については親しい友人のことを思うことである。

生きる苦労というのはともに幾ばくかのこと共にすることであり、恨み言から離別するにはかねて互いにもとのままに從もとのままに從っていくことだ。

 

 

(訳注) #2

耳激 洞門 ,目存 寒谷

洞門を抜けると耳に激しく突風があたる。眼には小声冷え込む谷の氷が見える。

 

 

軌躅 ,畢景 炎蒸

巻き上がる砂塵、世俗の人間は車輪や、踏みしめられてきたものだ。ここにおける景色こんなにも老けた人間になった、炎や蒸気のなかに残されたままなのだ。

「出塵」湧き上がる砂塵。人世之境、人間、塵。

「畢景」年齡時間、年老。

「遺」のこる。

「炎」熱旱、炎。他郷での辛い生活。朝廷における気まぐれの焔。

「蒸」自然現象、蒸。 大雨や、干害などに苦しめられたこと。

 

 

永願 長夏 ,將衰 大乘

永らく願うことは長い夏に座すことであり、次第に衰えるのは大乗仏教にたよって住むことである。

「大乘」、ユーラシア大陸の中央部から東部にかけて信仰されてきた仏教の分派のひとつ。自身の成仏を求めるにあたって、まず苦の中にある全ての生き物たち(一切衆生)を救いたいという心、つまり大乗の観点で限定された菩提心を起こすことを条件とし、この「利他行」の精神を大乗仏教と部派仏教とを区別する指標とする。

 

 

羇旅 宴會 ,艱難 友朋

漂泊の旅人としてはこの宴会が終わるのを惜しんでいるし、艱難辛苦については親しい友人のことを思うことである。

「羇旅」宋玉『九辨』に、

悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,

憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,

泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,

悽欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,

坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。

惆悵兮而私自憐。

燕翩翩其辭歸兮,蝉寂漠而無聲。

鴈廱廱而南遊兮,鶤鵾雞啁哳而悲鳴。

獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征。

時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。

『九辯』については全文訳注を掲載していいる。
九辯 第二段-#1 宋玉  <00-#3>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 632 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2144『九辯』については全文訳注を掲載していいる。
「惜」語義類別:人、情感詞(綜合情感)、正面情感(憐惜愛寵)、惜。

「宴會」語義類別:物、飲食、宴席、宴。

「難」語義類別:其他、形容詞彙、對比詞、難易(難)。

「懷」語義類別:人、狀態、心神氣力、懷。

「友朋」語義類別:人、稱謂、一般稱謂、朋友。

 

 

勞生 共幾何 ,離恨 兼相仍。

生きる苦労というのはともに幾ばくかのこと共にすることであり、恨み言から離別するにはかねて互いにもとのままに從もとのままに從っていくことだ。

「幾何」いくばくか。

「仍」 ジヨウ/ニヨウ. 1. よる(因)もとのままに從ふ。*8; 2. なほ、かさぬ、かさなる(重); 3. しきりに(頻)*9; 4. すなはち。=乃。 5. 仍仍は志を得ざる貌。*10又、衆き貌。 6. 遠きちすぢの子孫。 説文解字 . 因るなり、人に従ふ、乃を聲とす。
白蘋005 

658 《陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州》 蜀中転々 杜甫 <563-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3050 杜甫詩1000-563-#1-804/1500

《陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州》本営部隊においては上級の客を待っている。つつましく冷静であれとそれが事にあたって恒常的なものであるとしている。馬に乗って、行列などを先導してこの寶地に入所して來る。幔幕は金のなわしばりに翻っている。

 

2013年9月27日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(21)#9-1 文選 賦<109-#9-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩900 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3048
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《奉和錢七兄曹長盆池所植》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <813>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3049韓愈詩-193
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

658 《陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州》 蜀中転々 杜甫 <563-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3050 杜甫詩1000-563-#1-804/1500

 

 

作者: 杜甫  763年廣德元年52

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 

詩題: 陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州

 〔節度使朝覲,擇置留後一人,時章彝為梓州留後。〕 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點:  惠義寺 (劍南道北部 梓州 嘉州 (劍南道北部 嘉州 嘉州)     

交遊人物/地點: 章彝 當地交遊(劍南道北部 梓州 )

崔都督 當地交遊(劍南道北部 梓州 )

 

 

 

陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州

(章彝が惠義寺に留った後、餞に陪して嘉州へ、崔都督も州に赴いた時の詩。)

〔節度使朝覲,擇置留後一人,時章彝為梓州留後。〕

〔節度使の朝覲,擇らばれた後一人そこに留り,時に章彝は梓州に留りた後に為す。〕

#1
中軍待上客,令肅事有恆。 

本営部隊においては上級の客を待っている。つつましく冷静であれとそれが事にあたって恒常的なものであるとしている。

前驅入寶地,祖帳飄金繩。 

馬に乗って、行列などを先導してこの寶地に入所して來る。幔幕は金のなわしばりに翻っている。

南陌既留歡,茲山亦深登。 

南の大通りは既に喜びでとどまっている。ここの山にまた深い所までに入り昇っていく。

清聞樹杪磐,遠謁雲端僧。 

山の中は葉擦れの音は静かであり枝を広げこんもりとした樹木がある。遠くから謁見する雲の先から僧侶が出てくる。

回策匪新岸,所攀仍舊藤。 

策略を回らしてすすむが次の新たな岸はあらわれてこない。駆け上がったところは即ち古い藤棚の場所であった。

#2

耳激洞門飆,目存寒谷冰。 

出塵閟軌躅,畢景遺炎蒸。 

永願坐長夏,將衰棲大乘。 

羇旅惜宴會,艱難懷友朋。 

勞生共幾何,離恨兼相仍。 

 

 

詩文(含異文)

中軍待上客,令肅事有恆。

前驅入寶地,祖帳飄金繩。

南陌既留歡【南伯既留歡】,茲山亦深登。

清聞樹杪磐,遠謁雲端僧。

回策匪新岸【回策匪新崖】,所攀仍舊藤。

耳激洞門飆,目存寒谷冰。

出塵閟軌躅,畢景遺炎蒸。

永願坐長夏,將衰棲大乘。

羇旅惜宴會,艱難懷友朋。

勞生共幾何,離恨兼相仍。 

 

 

(章彝が惠義寺に留った後、餞に陪して嘉州へ、崔都督も州に赴いた時の詩。)

〔節度使の朝覲,擇らばれた後一人そこに留り,時に章彝は梓州に留りた後に為す。〕

#1

中軍 上客を待ち,事 恆に有るを肅せ令む。 

前驅 寶地に入り,祖帳 金繩に飄える。 

南陌 既に歡び留まり,茲山 亦た深きに登る。 

清聞 樹杪の磐,遠謁 雲端の僧。 

策を回らすも新岸に匪ず,攀す所には仍ち舊藤あり。 

#2

耳激すは 洞門の飆,目存るは 寒谷の冰。 

出塵 軌躅を閟し,畢景 炎蒸を遺す。 

永願すは長夏に坐し,將て衰すは 大乘に棲す。 

羇旅 宴會を惜み,艱難 友朋を懷う。 

勞生 共に幾何か,離恨 兼ねて相い仍【じょう】とす。 

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『陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州』現代語訳と訳註

(本文)

陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州

 〔節度使朝覲,擇置留後一人,時章彝為梓州留後。〕#1

中軍待上客,令肅事有恆。 

前驅入寶地,祖帳飄金繩。 

南陌既留歡,茲山亦深登。 

清聞樹杪磐,遠謁雲端僧。 

回策匪新岸,所攀仍舊藤。 

 

 

(下し文)

(章彝が惠義寺に留った後、餞に陪して嘉州へ、崔都督も州に赴いた時の詩。)

〔節度使の朝覲,擇らばれた後一人そこに留り,時に章彝は梓州に留りた後に為す。〕

#1

中軍 上客を待ち,事 恆に有るを肅せ令む。 

前驅 寶地に入り,祖帳 金繩に飄える。 

南陌 既に歡び留まり,茲山 亦た深きに登る。 

清聞 樹杪の磐,遠謁 雲端の僧。 

策を回らすも新岸に匪ず,攀す所には仍ち舊藤あり。 

 

 

(現代語訳)

(章彝が惠義寺に留った後、餞に陪して嘉州へ、崔都督も州に赴いた時の詩。)

〔節度使の朝覲,擇らばれた後一人そこに留り,時に章彝は梓州に留りた後に為す。〕

本営部隊においては上級の客を待っている。つつましく冷静であれとそれが事にあたって恒常的なものであるとしている。

馬に乗って、行列などを先導してこの寶地に入所して來る。幔幕は金のなわしばりに翻っている。

南の大通りは既に喜びでとどまっている。ここの山にまた深い所までに入り昇っていく。

山の中は葉擦れの音は静かであり枝を広げこんもりとした樹木がある。遠くから謁見する雲の先から僧侶が出てくる。

策略を回らしてすすむが次の新たな岸はあらわれてこない。駆け上がったところは即ち古い藤棚の場所であった。

 

 

(訳注)

陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州

(章彝が惠義寺に留った後、餞に陪して嘉州へ、崔都督も州に赴いた時の詩。)

 〔節度使朝覲,擇置留後一人,時章彝為梓州留後。〕

〔節度使の朝覲,擇らばれた後一人そこに留り,時に章彝は梓州に留りた後に為す。〕

・章彝【しょうい】 厳武は蜀(四川省)を治めて、放埒であった。能力がなくても、彼を喜ばせると、莫大な賞賜を与えられた。富裕であった蜀の地は、彼の苛斂誅求のために、逃亡者で空地ばかりとなった。また、かつて自分の判官であり、梓州刺史に就任した章彝を小さなことで怒って、殺してしまった。同時に、外国は彼を恐れ、国境を侵さなかった。蜀に流浪して来た杜甫に対し、厚遇したことでも知られる。杜甫を厚く遇したが、彼のことを何度も殺そうとした。厳武は章彝とともに杜甫を殺そうと役人を集めたが、母の裴氏に止められて、章彝は殺したが、杜甫は殺されなかった。

・崔都督 崔圓都督(ととく)とは中国の官職または称号。三国時代に現れ、軍政を統轄した。本来、監督、統轄の意味で、軍司令官のことをいった。三国時代に諸州の軍権が民政から独立していき、都督が諸州諸軍事の長官とされた。多くは州の長官である刺史を兼ね、都督府を置いて府官を任じた。その後、六朝時代を通じて都督の官名が使われた。唐代には節度使が置かれたため、その権限は縮小したが、宋代には宰相の出征時に都督の称が臨時に使われたほか、元朝、明朝にも大都督府の名称が見られた(→五軍都督府)。清朝では都督の名称は使われなくなったが、辛亥革命後、地方の軍政担当官として都督が置かれた。また、高句麗や百済、倭といった周辺民族の王に対しても「都督」の称号が与えられ、異民族懐柔策に用いられることがあった。

〇十六相 八元八憶と称する十六人のかしこい宰相をいう、事は「左伝」(文公十八年)にみえる。この時粛宗が任じたは宰相が16人であったためにこういう表現をしたのである。

宰相十六人 韋見素・崔圓・房琯・裴冕・崔渙・李麟・苗晉卿・張鎬・王璵・呂・李峴・第五琦・李揆・蕭華・裴遵慶・元載。

 

中軍 上客 ,令肅事 有恆

本営部隊においては上級の客を待っている。つつましく冷静であれとそれが事にあたって恒常的なものであるとしている。

「中軍」古代中国の常設軍隊で中軍が本営部隊でその下に上軍、下軍となっていた。

 

前驅 寶地 ,祖帳 金繩

馬に乗って、行列などを先導してこの寶地に入所して來る。幔幕は金のなわしばりに翻っている。

「前驅」古くは「せんぐ」「ぜんぐ」とも〕馬に乗って、行列などを先導すること。また、その人。さきのり。さきがけ。先駆。

「祖帳」帳幕、とばり、幔幕。

 

 

南陌 既留歡 ,茲山 亦深登

南の大通りは既に喜びでとどまっている。ここの山にまた深い所までに入り昇っていく。

「南陌」南の街道、大通り。

 

 

清聞 樹杪 ,遠謁 雲端

山の中は葉擦れの音は静かであり枝を広げこんもりとした樹木がある。遠くから謁見する雲の先から僧侶が出てくる。

 

 

回策 新岸 ,所攀 仍舊藤

策略を回らしてすすむが次の新たな岸はあらわれてこない。駆け上がったところは即ち古い藤棚の場所であった。

657 《短歌行送祁錄事歸合州因寄蘇使君【短歌行送祁錄事歸邛州因寄蘇使君】》 蜀中転々 杜甫 <562>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3045 杜甫詩1000-562-803/1500

寄蘇使君幸運にして書簡が達してみると賢い幕府の主であることがある。大江のほとりに花が咲き誇る、しばしば会見した川べりの高楼にいまだにあなたは来ていない。

 

2013年9月26日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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657 《短歌行送祁錄事歸合州因寄蘇使君【短歌行送祁錄事歸邛州因寄蘇使君】》 蜀中転々 杜甫 <562  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3045 杜甫詩1000-562-803/1500            

 

 

作者: 杜甫  763年 廣德元年  52

卷別: 卷二二○  文體: 樂府 

詩題: 短歌行送祁錄事歸合州因寄蘇使君【短歌行送祁錄事歸邛州因寄蘇使君】 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點: 合州 (山南西道 合州 合州)     

交遊人物: 祁錄事 、蘇使君

掲 載; 杜甫1000首の562首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-803回目   40902

 

 

短歌行送祁錄事歸合州因寄蘇使君【短歌行送祁錄事歸邛州因寄蘇使君】

(短歌行、祁錄事が合州に歸るを送る因って蘇使君に寄せる。)

前者途中一相見,人事經年記君面。 

少し前のこと旅の途中で一度であったことがある。その仕事としてこれまでの間、君に面会したことを記録した。

後生相動何寂寥,君有長才不貧賤。 

後になってからたがいにどういうわけか寂しが募って來るのです。あなたはとっても才能があり貧乏でも賤しい地位にもならないというものです。

君今起柁春江流,余亦沙邊具小舟。 

あなたは今、春水の大江の流れにのってかじをとろうとしている。わたしは、また川辺の砂浜に小舟を用意しよう。

幸為達書賢府主,江花未盡會江樓。 

幸運にして書簡が達してみると賢い幕府の主であることがある。大江のほとりに花が咲き誇る、しばしば会見した川べりの高楼にいまだにあなたは来ていない。

 

(短歌行、祁錄事が合州に歸るを送る因って蘇使君に寄せる。)

前者 途中 一び相い見る,人事 經年 君の面に記す。 

後生 相にに何んぞ寂寥とし動き,君は長才有りて貧賤ならず。 

君 今 柁を起す 春江の流,余 亦た 沙邊 小舟を具う。 

幸に達書 賢府の主を為し,江花 未だ盡ば江樓に會う。  

nat0005 

 

『短歌行送祁錄事歸合州因寄蘇使君』 現代語訳と訳註

(本文)

短歌行送祁錄事歸合州因寄蘇使君【短歌行送祁錄事歸邛州因寄蘇使君】

前者途中一相見,人事經年記君面。 

後生相動何寂寥,君有長才不貧賤。 

君今起柁春江流,余亦沙邊具小舟。 

幸為達書賢府主,江花未盡會江樓。 

 

 

(下し文)

(短歌行、祁錄事が合州に歸るを送る因って蘇使君に寄せる。)

前者 途中 一び相い見る,人事 經年 君の面に記す。 

後生 相にに何んぞ寂寥とし動き,君は長才有りて貧賤ならず。 

君 今 柁を起す 春江の流,余 亦た 沙邊 小舟を具う。 

幸に達書 賢府の主を為し,江花 未だ盡ば江樓に會う。 

 

 

(現代語訳)

(短歌行、祁錄事が合州に歸るを送る因って蘇使君に寄せる。)

少し前のこと旅の途中で一度であったことがある。その仕事としてこれまでの間、君に面会したことを記録した。

後になってからたがいにどういうわけか寂しが募って來るのです。あなたはとっても才能があり貧乏でも賤しい地位にもならないというものです。

あなたは今、春水の大江の流れにのってかじをとろうとしている。わたしは、また川辺の砂浜に小舟を用意しよう。

幸運にして書簡が達してみると賢い幕府の主であることがある。大江のほとりに花が咲き誇る、しばしば会見した川べりの高楼にいまだにあなたは来ていない。

 

(訳注)

短歌行送祁錄事歸合州因寄蘇使君

〔短歌行送祁錄事歸州因寄蘇使君〕

(短歌行、祁錄事が合州に歸るを送る因って蘇使君に寄せる。)

 

 

前者 途中 一相見 ,人事 經年 君面

少し前のこと旅の途中で一度であったことがある。その仕事としてこれまでの間、君に面会したことを記録した。

「前者」以前のこと。

「途中」街道を行き交うその途中。

「人事」人の仕事。

 

 

後生 相動何寂寥 ,君有 長才 貧賤

後になってからたがいにどういうわけか寂しが募って來るのです。あなたはとっても才能があり貧乏でも賤しい地位にもならないというものです。

「後生」あとになって。

「寂寥」環境狀態がさびしく切ない。

「長才」才能。

「貧賤」生活狀態が貧困。地位の貴賤が卑しい。

 

 

君今 起柁 春江 ,余亦 沙邊 小舟

あなたは今、春水の大江の流れにのってかじをとろうとしている。わたしは、また川辺の砂浜に小舟を用意しよう。

「起柁」船の柁を起こそう。

「春江」春水の増水した大江。

「沙邊」川辺の砂浜。

「具」準備。

 

 

幸為 達書 賢府 ,江花 未盡 江樓

幸運にして書簡が達してみると賢い幕府の主であることがある。大江のほとりに花が咲き誇る、しばしば会見した川べりの高楼にいまだにあなたは来ていない。

「府」幕府。

「江」大江のほとりに咲く花。

「未」語義類別:其他、其他詞彙、否定詞、不。

「會」会見。

「江樓」大江の川縁に立つ高樓。
pla030 

656 七言古詩 《春日戲題惱郝使君兄》 蜀中転々 杜甫 <561-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3040 杜甫詩1000-561-#2-802/1500

《春日戲題惱郝使君兄》この宴席の舞う場所では重ねて花が満面に咲くのを見る。そんなことをしていて帰ってみると柳絮が飛び交うような白髪頭になってしまっていることに気が付いた。

 

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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  
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謝靈運詩 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー 
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孟浩然の詩 
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 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
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女性詩人 
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孟郊詩 
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李商隠詩 
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作時:762 寶應元年 杜甫51

掲 載; 杜甫1000首の561-#2首目-場面

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杜甫

春日戲題惱郝使君兄 #1

(春の日に天子の使いできている惱郝兄君に戯れに題してみた。)

使君意氣淩青霄,憶昨歡常見招。

天子の使いの君はその意気込みはこの大空をもしのぐものである。それで最近の出来事、楽しく歓談したこと、通常の付き合いの中でのことを思い出す。

細馬時鳴金騕褭佳人屢出董嬌饒。

小さくまだ細い馬が鳴いていたものが、輝かしい名馬の「騕褭」になった。美人はというとしばしば出てくるのは「董嬌饒」という美人の名前だ。

東流江水西飛燕,可惜春光不相見。

川の流れはというと逗留するもので、長江の水もそうである。西に向かうのは燕が飛ぶときであろう。春の風光はというと行く春を惜しむものであり、互いに見ることはない。

#2

願攜王趙兩紅顏,再騁肌膚如素練。

女を携えるとすれば、王昭君、趙飛燕という二つの紅顏というのがよいもので、それに単刀直入に肌がきめが細やかで色白であることである。

通泉百里近梓州,請公一來開我愁。

通泉という町は梓州から百里ほど南に行った近い所にある。きみは朝廷に呼ばれて此処を立つという人旅立てば、我憂いは前回になるだろう。

舞處重看花滿面,尊前還有錦纏頭。

この宴席の舞う場所では重ねて花が満面に咲くのを見る。そんなことをしていて帰ってみると柳絮が飛び交うような白髪頭になってしまっていることに気が付いた。

 

(唐・杜甫)

春日戲題惱郝使君兄 #1

使君 意氣 青霄を凌ぐ,昨を憶い歡ぶ常に招を見る。

細馬 鳴く時 金,佳人 屢ば董の驕饒を出ず。

東流 江水 西に燕飛び,惜む可し春光 相い見ず。

#2

願わくば王趙を攜え 兩紅顏,再騁 肌膚 素練の如し。

通泉 百里 梓州近し,請公 一び來る 我愁を開く。

舞う處 重ねて花滿面に看て,尊前 還って錦纏の頭を有る。

 

 

『春日戲題惱郝使君兄』 現代語訳と訳註

(本文) #2

願攜王趙兩紅顏,再騁肌膚如素練。

通泉百里近梓州,請公一來開我愁。

舞處重看花滿面,尊前還有錦纏頭。

 

 

(下し文) #2

願わくば王趙を攜え 兩紅顏,再騁 肌膚 素練の如し。

通泉 百里 梓州近し,請公 一び來る 我愁を開く。

舞う處 重ねて花滿面に看て,尊前 還って錦纏の頭を有る。

 

 

(現代語訳)

女を携えるとすれば、王昭君、趙飛燕という二つの紅顏というのがよいもので、それに単刀直入に肌がきめが細やかで色白であることである。

通泉という町は梓州から百里ほど南に行った近い所にある。きみは朝廷に呼ばれて此処を立つという人旅立てば、我憂いは前回になるだろう。

この宴席の舞う場所では重ねて花が満面に咲くのを見る。そんなことをしていて帰ってみると柳絮が飛び交うような白髪頭になってしまっていることに気が付いた。

海棠花021

 

(訳注) #2

願攜王趙兩紅顏,再騁肌膚如素練。

女を携えるとすれば、王昭君、趙飛燕という二つの紅顏というのがよいもので、それに単刀直入に肌がきめが細やかで色白であることである。

・王趙 王昭君、趙飛燕

・騁 曲がったものを、真っ直ぐ抜き出す。

 

通泉百里近梓州,請公一來開我愁。

通泉という町は梓州から百里ほど南に行った近い所にある。きみは朝廷に呼ばれて此処を立つという人旅立てば、我憂いは前回になるだろう。

・請公 僧侶が、朝廷から法会(ほうえ)や講義に召されること。また、その僧。

 

舞處重看花滿面,尊前還有錦纏頭。

この宴席の舞う場所では重ねて花が満面に咲くのを見る。そんなことをしていて帰ってみると柳絮が飛び交うような白髪頭になってしまっていることに気が付いた。
成都遂州00 

656 七言古詩 《春日戲題惱郝使君兄》 蜀中転々 杜甫 <561>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3035 杜甫詩1000-561-801/1500

《春日戲題惱郝使君兄》天子の使いの君はその意気込みはこの大空をもしのぐものである。それで最近の出来事、楽しく歓談したこと、通常の付き合いの中でのことを思い出す。小さくまだ細い馬が鳴いていたものが、輝かしいめいばの「騕褭」になった。美人はというとしばしば出てくるのは「董嬌饒」という美人の名前だ。

 

2013年9月24日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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司馬相如 《子虚賦 》(18)#7-3 文選 賦<109-#7-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩897 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3033
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 656 七言古詩 《春日戲題惱郝使君兄》 蜀中転々 杜甫 <561>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3035 杜甫詩1000-561-801/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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李商隠詩 
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 Ⅰ李商隠150首

 

656 七言古詩 《春日戲題惱郝使君兄》 蜀中転々 杜甫 <561  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3035 杜甫詩1000-561-801/1500 

 

 

作時:763 廣德元年 杜甫51

掲 載; 杜甫1000首の561首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-801回目   40900

 

 

杜甫

春日戲題惱郝使君兄 #1

(春の日に天子の使いできている惱郝兄君に戯れに題してみた。)

使君意氣淩青霄,憶昨歡常見招。

天子の使いの君はその意気込みはこの大空をもしのぐものである。それで最近の出来事、楽しく歓談したこと、通常の付き合いの中でのことを思い出す。

細馬時鳴金騕褭佳人屢出董嬌饒。

小さくまだ細い馬が鳴いていたものが、輝かしい名馬の「騕褭」になった。美人はというとしばしば出てくるのは「董嬌饒」という美人の名前だ。

東流江水西飛燕,可惜春光不相見。

川の流れはというと逗留するもので、長江の水もそうである。西に向かうのは燕が飛ぶときであろう。春の風光はというと行く春を惜しむものであり、互いに見ることはない。

#2

願攜王趙兩紅顏,再騁肌膚如素練。

通泉百里近梓州,請公一來開我愁。

舞處重看花滿面,尊前還有錦纏頭。

 

(唐・杜甫)

春日戲題惱郝使君兄 #1

使君 意氣 青霄を凌ぐ,昨を憶い歡ぶ常に招を見る。

細馬 鳴く時 金,佳人 屢ば董の驕饒を出ず。

東流 江水 西に燕飛び,惜む可し春光 相い見ず。

#2

願わくば王趙を攜え 兩紅顏,再騁 肌膚 素練の如し。

通泉 百里 梓州近し,請公 一び來る 我愁を開く。

舞う處 重ねて花滿面に看て,尊前 還って錦纏の頭を有る。

 

成都遂州00 

 

『春日戲題惱郝使君兄』 現代語訳と訳註

(本文) #1

春日戲題惱郝使君兄 

使君意氣淩青霄,憶昨歡常見招。

細馬時鳴金騕褭佳人屢出董嬌饒。

東流江水西飛燕,可惜春光不相見。

 

 

(下し文) 春日戲題惱郝使君兄 #1

使君 意氣 青霄を凌ぐ,昨を憶い歡ぶ常に招を見る。

細馬 鳴く時 金,佳人 屢ば董の驕饒を出ず。

東流 江水 西に燕飛び,惜む可し春光 相い見ず。

 

 

(現代語訳)

(春の日に天子の使いできている惱郝兄君に戯れに題してみた。)

天子の使いの君はその意気込みはこの大空をもしのぐものである。それで最近の出来事、楽しく歓談したこと、通常の付き合いの中でのことを思い出す。

小さくまだ細い馬が鳴いていたものが、輝かしい名馬の「騕褭」になった。美人はというとしばしば出てくるのは「董嬌饒」という美人の名前だ。

川の流れはというと逗留するもので、長江の水もそうである。西に向かうのは燕が飛ぶときであろう。春の風光はというと行く春を惜しむものであり、互いに見ることはない。

 

 

(訳注)

春日戲題惱郝使君兄

(春の日に天子の使いできている惱郝兄君に戯れに題してみた。)

 

使君意氣淩青霄,憶昨歡常見招。

天子の使いの君はその意気込みはこの大空をもしのぐものである。それで最近の出来事、楽しく歓談したこと、通常の付き合いの中でのことを思い出す。

 

細馬時鳴金騕褭佳人屢出董嬌饒。

小さくまだ細い馬が鳴いていたものが、輝かしいめいばの「騕褭」になった。美人はというとしばしば出てくるのは「董嬌饒」という美人の名前だ。

・董嬌饒 美人名。指美人。後漢の宋子侯の「董嬌饒」詩(『玉臺新詠』巻1

騕褭 か細くて弱々しい。古代の良馬の名。淮南子.齊俗:「夫待騕褭、飛兔而駕之,則世莫乘車。」

 

東流江水西飛燕,可惜春光不相見。

川の流れはというと東流するもので、長江の水もそうである。西に向かうのは燕が飛ぶときであろう。春の風光はというと行く春を惜しむものであり、互いに見ることはない。

・東流 中國の大江は東流するというのが常識である。
四川省西部地区略図 

655 《述古,三首之三》 蜀中転々 杜甫 <560>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3030 杜甫詩1000-560-800/1500

《述古,三首之三》国家の機能、運営を休止して竟に四百日たった。しかし、聖人正義に欠かせない圖畫は儒教による教育によった雲台に大切に保管されていた。(粛宗がとった施政とは全く違っていると批判している。)

 

2013年9月23日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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孟浩然の詩 
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 
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孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html
 Ⅰ李商隠150首

 

655 《述古,三首之三》 蜀中転々 杜甫 <560>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3030 杜甫詩1000-560-800/1500

 

 

作者: 杜甫  763年 廣德元年  52 

卷別: 卷二一九  文體: 五言古詩 

詩題:述古,三首之三

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

 

 

述古,三首之三

(古へのことをのべる。その三)

漢光得天下,祚永固有開。

漢の光武帝は天下を得た。そして、永遠の幸福ということもともとの考えとして朝廷を開いたのである。

豈惟高祖聖,功自蕭曹來。

どうしてただ漢の高祖は聖人たりえたのだろうか、それは自らが任じた蕭何を国土の復興に従事させ、曹參を黄老の学を尊重させたことが何よりの功績である。

經綸中興業,何代無長才。

国家を治めととのえるその方策によって漢を復活させ中興の事業とした。しかしそれが何代続くかというとそれを長くする才智はなかったのである。

吾慕寇鄧勳,濟時信良哉。

私が慕うのは漢の寇恂、鄧禹達の功業であり、時の弊害を正し人民の難儀を救うことを信頼して良策をとらせたのである、

耿賈亦宗臣,羽翼共裴回。

漢にはまた耿弇と賈復という光武帝の功臣がいたし、彼等は天子の両翼になって共に巡回して歩いた。

休運終四百,圖畫在雲台。

国家の機能、運営を休止して竟に四百日たった。しかし、聖人正義に欠かせない圖畫は儒教による教育によった雲台に大切に保管されていた。(粛宗がとった施政とは全く違っていると批判している。) 

(古を述ぶ 三首 その三)

漢の光 天下を得る,祚永 固に開有る。

豈に惟だ高祖 聖し,自ら功す 蕭・曹 來る。

經綸は中興の業なり,何代か 長才無し。

吾れ慕う 寇・鄧の勳を,濟時は 信、良なり。

耿・賈 亦た宗臣なり,羽翼 共に裴回す。

休運 終に四百なり,圖畫 雲台に在り。

 

sas0013 

『述古,三首之三』 現代語訳と訳註

(本文)

述古,三首之三

漢光得天下,祚永固有開。 

豈惟高祖聖,功自蕭曹來。 

經綸中興業,何代無長才。 

吾慕寇鄧勳,濟時信良哉。 

耿賈亦宗臣,羽翼共裴回。 

休運終四百,圖畫在雲臺。 

 

 

(下し文)

(古を述ぶ 三首 その三)

漢の光 天下を得る,祚永 固に開有る。

豈に惟だ高祖 聖し,自ら功す 蕭・曹 來る。

經綸は中興の業なり,何代か 長才無し。

吾れ慕う 寇・鄧の勳を,濟時は 信、良なり。

耿・賈 亦た宗臣なり,羽翼 共に裴回す。

休運 終に四百なり,圖畫 雲台に在り。

 

 

(現代語訳)

(古へのことをのべる。その三)

漢の光武帝は天下を得た。そして、永遠の幸福ということもともとの考えとして朝廷を開いたのである。

どうしてただ漢の高祖は聖人たりえたのだろうか、それは自らが任じた蕭何を国土の復興に従事させ、曹參を黄老の学を尊重させたことが何よりの功績である。

国家を治めととのえるその方策によって漢を復活させ中興の事業とした。しかしそれが何代続くかというとそれを長くする才智はなかったのである。

私が慕うのは漢の寇恂、鄧禹達の功業であり、時の弊害を正し人民の難儀を救うことを信頼して良策をとらせたのである、

漢にはまた耿弇と賈復という光武帝の功臣がいたし、彼等は天子の両翼になって共に巡回して歩いた。

国家の機能、運営を休止して竟に四百日たった。しかし、聖人正義に欠かせない圖畫は儒教による教育によった雲台に大切に保管されていた。(粛宗がとった施政とは全く違っていると批判している。)

 

 

(訳注)

述古,三首之三

(古へのことをのべる。その三)

此の篇は、漢の光武帝による建国、国家統一、国家を復興させたが、それもやがて崩壊し後漢の中興、雲台二十八将とそれぞれ家臣を信頼し国を整備した。

 

漢光 得 天下 ,祚永 固有開 。

漢の光武帝は天下を得た。そして、永遠の幸福ということもともとの考えとして朝廷を開いたのである。

「漢光」朝代君王の帝號、漢の光武帝、劉秀。光武帝(こうぶてい、前6 - 57年)は後漢王朝の初代皇帝。南陽蔡陽の人。王莽による簒奪後の新末後漢初に混乱を統一し、漢王朝の再興として後漢王朝を建てた。諡号の光武帝は漢朝を中興したことより「光」、禍乱を平定したことより「武」の文字が採用された。光武帝の施策の政治的・思想的特色のひとつとして儒教を振興し、学制・礼制を整備したことが挙げられる。

「祚」語義類別:事、祥瑞、福泰祥安、福。

 

豈惟高祖 聖 ,功自 蕭曹 來 。

どうしてただ漢の高祖は聖人たりえたのだろうか、それは自らが任じた蕭何を国土の復興に従事させ、曹參を黄老の学を尊重させたことが何よりの功績である。

「高祖」朝代君王の帝號、漢の高祖、劉邦。前漢の初代皇帝。沛県の亭長(亭とは当時一定距離ごとに置かれていた宿舎のこと)であったが、反秦連合に参加した後に秦の都咸陽を陥落させ、一時は関中を支配下に入れた。その後項羽によって西方の漢中へ左遷され漢王となる。その後に東進して垓下に項羽を討ち、前漢を興した。正式には廟号が太祖、諡号が高皇帝であるが、通常は高祖と呼ばれることが多い。

「聖」語義類別:人、稱謂、尊稱美稱、聖。

「功」語義類別:人、形容詞彙(人)、官場境遇、功。

「蕭曹」漢の蕭何、漢の曹參。蕭何:劉邦が皇帝となり、前漢が成立すると、蕭何は引き続き丞相として政務を担当することとなり、長年打ち続いた戦乱で荒れ果てた国土の復興に従事することとなった。曹參:? - 紀元前190年)は、秦末から前漢初期にかけての武将、政治家。姓は曹氏。諱は参、字は敬伯。前漢の2代目の相国となった。黄老の学を重んじた。

「來」語義類別:人、行為動作、一般行為(人部)、來。

 

經綸 中興 業 ,何代 無 長才 。

国家を治めととのえるその方策によって漢を復活させ中興の事業とした。しかしそれが何代続くかというとそれを長くする才智はなかったのである。

「經綸」国家を治めととのえること。また、その方策。

「中興」長期王朝、長期政権の中途、かつ危機的状況後に政権を担当して危機からの回復を達成し、政権の安定化や維持に多大な功績があったと歴史的評価を受ける時期のことをいう。ここでは光武帝は中国統一と前後して奴卑の解放や租税の軽減、軍士の帰農といった政策により王朝の基礎となる人民の生活の安定を図る一方、統治機構を整備して支配を確立した。56年に建武中元と改元して封禅の儀式を実施し、その翌年に死去したことをいう。

「業」語義類別:事、事件、事情概稱、事業。

「長才」語義類別:人、稱謂、尊稱美稱、才。

 

吾慕 寇鄧 勳 ,濟時 信 良哉 。

私が慕うのは漢の寇恂、鄧禹達の功業であり、時の弊害を正し人民の難儀を救うことを信頼して良策をとらせたのである、

「寇鄧」人名、合稱、寇恂(漢)、鄧禹(漢)。

・寇恂(漢)寇恂、字は子翼。?~36。上谷・昌平の人。河内太守、潁川太守、汝南太守、執金吾を歴任。 寇恂は、二十八宿の第五位。光武帝の補給の拠点となる大郡の太守となり、軍の食糧を供給し、蕭何と比較される。

・鄧禹(漢)孔子に顔回あり、光武に鄧禹あり. 鄧禹、字は仲華。258。南陽・新野の人。司徒、右将軍、太傅を歴任。 鄧禹は、二十八宿の筆頭に数えられ、光武帝の学生時代からの親友である。七歳年下であり、しばしば、劉備にとっての孔明と比較される

「勳」官場境遇、功業。

「濟時」治國之道、世を救う。時の弊害を正し人民の難儀を救うこと。

「信」語義類別:人、狀態、心智狀態、信。銅馬軍数十万を降伏させたとき、降兵らがなお安心していないことを知って軽装で巡察したため、降兵らは「蕭王は真心を持って人を信じて疑わぬ、命をかけてお助けしようではないか(蕭王、赤心を推して人の腹中に置く いずくんぞ死に投ぜざるをえんや)と語り合ったという。

「良」語義類別:人、品德性情、正面、良。

 

 

耿賈 亦宗臣 ,羽翼 共裴回 。

漢にはまた耿弇と賈復という光武帝の功臣がいたし、彼等は天子の両翼になって共に巡回して歩いた。

「耿賈」語義類別:人、人名、合稱、耿弇(漢)、賈復(漢)。

・耿 弇(こう えん、3 - 58年)は後漢の武将。字は伯昭(はくしょう)、扶風茂陵(陝西省興平市)の人(『後漢書』列伝9・本伝)。父は、上谷郡太守の耿況。後漢・光武帝の功臣であり、「雲台二十八将」の第4位に序せられる(『後漢書』列伝12)。

・賈 復(か ふく、? - 55年)は後漢の武将。字は君文(くんぶん)、南陽冠軍の人(『後漢書』列伝7・本伝)。光武帝の功臣であり、「雲台二十八将」の第3位に序せられる(『後漢書』列伝12)。

「羽翼」動物指稱(合稱)、羽翼。

「裴回」一般行為(彳部)、徘徊。

 

 

休運終四百 ,圖畫 在 雲臺 。

国家の機能、運営を休止して竟に四百日たった。しかし、聖人正義に欠かせない圖畫は儒教による教育によった雲台に大切に保管されていた。(粛宗がとった施政とは全く違っていると批判している。)

「四百」四百。 漢に起こった400日は唐7566月長安を棄て霊武に、鳳翔に行在所移し、400日後に長安を奪回したことをいうが、その後に粛宗がとったことは賢臣の家臣を排除していったことである。

「雲臺」後漢の光武帝の天下統一を助けた28人の功臣である。官吏登用制度たる郷挙里選においては孝行・廉潔を旨とする孝廉の科目が重視され、36年(建武12年)には三公らが毎年一定数の孝廉を推挙するよう規定された。さらに56年(建武中元1年)には洛陽に教化・祭礼の施設として明堂・霊台・辟雍を設置した。雲臺。高台。 物を乗せる台。特に仏像を乗せる台や美術工芸品を乗せる台のこと。前者の多くは蓮の花を模しており、後者の多くは天板に短い脚が四本付いた構造。

 この句は、粛宗が儒者、文官、文学者を冷遇排除していったことを批判している。
Nature1-011 

654 《述古,三首之二》 蜀中転々 杜甫 <559>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3025 杜甫詩1000-559-799/1500

《述古,三首之二》こんなのはたとえば『荘子』でいう、膏は燃やせば火で明るくなるけれど自らを煎じてしまう。(接着するのに剥がし、燃えて明るくするが自分を煮煎じている、あべこべの政治を揶揄している。)

 

2013年9月22日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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司馬相如 《子虚賦 》(16)#7-1 文選 賦<109-#7-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩895 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3023
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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Ⅰ李商隠150首

 

654 《述古,三首之二》 蜀中転々 杜甫 <559>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3025 杜甫詩1000-559-799/1500      

 

卷 別: 卷二一九  文體: 五言古詩 

詩 題: 述古,三首之二 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

作時:763年 廣德元年 

杜甫51歳 掲 載; 杜甫1000首の559首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-799回目   40898

 

 

述古,三首之二 

(古へのことをのべる。その二)

市人日中集,於利競錐刀。

市場の人人は日ざかりに集まって、利益にかけては錐刀の先のようなわずかな利益でもこれをきそっている。

置膏烈火上,哀哀自煎熬。

こんなのはたとえば『荘子』でいう、膏は燃やせば火で明るくなるけれど自らを煎じてしまう。(接着するのに剥がし、燃えて明るくするが自分を煮煎じている、あべこべの政治を揶揄している。)

農人望稔,相率除蓬蒿。

農民というものは、歳柄の盛りの良いの(豊年満作)を望んでいて、ともどもによもぎ草をとり除くなどして働くものである。

所務穀為本,邪贏無乃勞。

農民の務める所は穀物を得るというのが本筋である、これにくらべると市場のものが競争して不正の手段でもうけを得るのはあまりにごくろうなことではなかろうか。(今の政治家はこの市場の利を競わせることで贈収賄が生まれる。そうした不正がいけないという意である。)

舜舉十六相,身尊道何高。

根本的にいうと、むかし舜は十六人の賢相をあげて用いた、それで自身は尊くなり、その道は高尚である。(粛宗も宰相16人であるがとても酷いものが多いということ。)

秦時任商鞅,法令如牛毛。

秦の時である、秦の孝公は商に一任して法令が実に牛毛の如く綿密にして秦の富強をはかったというではないか。

(古を述ぶ 三首 その二)

市人 日中に集まり、利に於て錐刀を競う。

膏を烈火の上に置き、裏表 自ら煎熬す。

農人 歳の稔るを望み、相率いて蓬嵩を除く。

務むる所は穀を本と為し、邪贏は乃ち労すること無からんや。

舜は十六相を挙ぐ、身尊くして 道 何ぞ高からん。

秦の時 商鞅に任じ、法令 牛毛の如し。

八女茶 畑 

 

『述古,三首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

述古,三首之二

市人日中集,於利競錐刀。

置膏烈火上,哀哀自煎熬。

農人望稔,相率除蓬蒿。

所務穀為本,邪贏無乃勞。

舜舉十六相,身尊道何高。

秦時任商鞅,法令如牛毛。

 

 

(下し文)

(古を述ぶ 三首 その二)

市人 日中に集まり、利に於て錐刀を競う。

膏を烈火の上に置き、裏表 自ら煎熬す。

農人 歳の稔るを望み、相率いて蓬嵩を除く。

務むる所は穀を本と為し、邪贏は乃ち労すること無からんや。

舜は十六相を挙ぐ、身尊くして 道 何ぞ高からん。

秦の時 商鞅に任じ、法令 牛毛の如し。

 

 

(現代語訳)

(古へのことをのべる。その二)

市場の人人は日ざかりに集まって、利益にかけては錐刀の先のようなわずかな利益でもこれをきそっている。

こんなのはたとえば『荘子』でいう、膏は燃やせば火で明るくなるけれど自らを煎じてしまう。(接着するのに剥がし、燃えて明るくするが自分を煮煎じている、あべこべの政治を揶揄している。)

農民というものは、歳柄の盛りの良いの(豊年満作)を望んでいて、ともどもによもぎ草をとり除くなどして働くものである。

農民の務める所は穀物を得るというのが本筋である、これにくらべると市場のものが競争して不正の手段でもうけを得るのはあまりにごくろうなことではなかろうか。(今の政治家はこの市場の利を競わせることで贈収賄が生まれる。そうした不正がいけないという意である。)

根本的にいうと、むかし舜は十六人の賢相をあげて用いた、それで自身は尊くなり、その道は高尚である。(粛宗も宰相16人であるがとても酷いものが多いということ。)

秦の時である、秦の孝公は商に一任して法令が実に牛毛の如く綿密にして秦の富強をはかったというではないか。

 

 

(訳注)

述古,三首之二

(古へのことをのべる。その二)

此の篇は、政治というものは市利を追うよりは農を重んずるのがよい。最上の方法は賢徳によって治めることであるとの意をのべている。当時、第五琦、李揆、蕭華、裴遵慶、元載らの宰相が市利を追い、法を設けて重税を取ったのをそしったものであるという。

 

市人日中集,於利競錐刀。

市場の人人は日ざかりに集まって、利益にかけては錐刀の先のようなわずかな利益でもこれをきそっている。

○市人 市場の人。商人など。

〇日中 日のさかり。

〇錐刀 きりやかたなのさきほどのわずかな利益。

 

置膏烈火上,哀哀自煎熬。

こんなのはたとえば『荘子』でいう、膏は燃やせば火で明るくなるけれど自らを煎じてしまう。(接着するのに剥がし、燃えて明るくするが自分を煮煎じている、あべこべの政治を揶揄している。)

○置膏二句 (接着するのに剥がし、燃えて明るくするが自分を煮煎じている、あべこべの政治を揶揄している。)杜甫『遣興五首其三』「漆有用而割,膏以明自煎;蘭摧白露下,桂折秋風前。府中羅舊尹,沙道故依然。赫赫蕭京兆,今為人所憐。」

遣興五首其三 杜甫 <248>遣興22首の⑰番 kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1193 杜甫特集700- 362

『荘子、人間世』に基づく。功用あるものは、その功用あることが身に禍してそこなわれるにいたることをいう。

「山木自寇也、膏火自煎也、桂可食故伐之、漆可用故割之、人皆知有用之用、而莫知无用之用也。山の木は自らに寇(あだ)なし、膏火(灯火)は自ら煎(に)ている。桂は食べられるが故に伐(き)られ、漆は役にたつが故に割(さ)かれる。人は皆、”有用之用”は知っているが、”无用之用”は知らない。この聯の意味をこれ以降の聯句で比喩している。

 

農人望稔,相率除蓬蒿。

農民というものは、歳柄の盛りの良いの(豊年満作)を望んでいて、ともどもによもぎ草をとり除くなどして働くものである。

〇農人 ひゃくしょう。

○稔 さくもつのよくできること。

○相率 ともどもに。

○蓬嵩 よもぎのくさ。

 

所務穀為本【所務農為本】,邪贏無乃勞。

農民の務める所は穀物を得るというのが本筋である、これにくらべると市場のものが競争して不正の手段でもうけを得るのはあまりにごくろうなことではなかろうか。(今の政治家はこの市場の利を競わせることで贈収賄が生まれる。そうした不正がいけないという意である。)

○穀 こくもつ。

邪贏 よこしまなもうけ、詐欺によって得る利益をいう、あるいはそれを打ち消す賄賂などをいう。

○無乃労 あまりにごくろう千万なことではあるまいか、その事の無用なことをいう。

 

舜舉十六相,身尊道何高。

根本的にいうと、むかし舜は十六人の賢相をあげて用いた、それで自身は尊くなり、その道は高尚である。(粛宗も宰相16人であるがとても酷いものが多いということ。)

〇十六相 八元八憶と称する十六人のかしこい宰相をいう、事は「左伝」(文公十八年)にみえる。この時粛宗が任じたは宰相が16人であったためにこういう表現をしたのである。

宰相十六人 韋見素・崔圓・房琯・裴冕・崔渙・李麟・苗晉卿・張鎬・王璵・呂李峴・第五琦・李揆・蕭華・裴遵慶・元載。

 

秦時任商鞅,法令如牛毛。 

秦の時である、秦の孝公は商に一任して法令が実に牛毛の如く綿密にして秦の富強をはかったというではないか。

○商 衛の国の公子で秦の孝公に仕え法によって秦の富強をはかった人。

○如牛毛 法令の密なことをいう。
denen03350 

653 五言古詩 《述古,三首之一》 蜀中転々 杜甫 <558>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3020 杜甫詩1000-558-798/1500

《述古,三首之一》ひもがながすぎることで栗毛の駿馬はつかれるものだ、万里をゆくだけの能力をもった姿は無いわけではない。馬は悲鳴をあげて、涙を地におとす、いったいこの馬を駁する者はだれであるか、道も知らぬでは馬がかわいそう。


2013年9月21日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

653 五言古詩 《述古,三首之一》 蜀中転々 杜甫 <558>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3020 杜甫詩1000-558-798/1500

 

 

作者: 杜甫  763年 廣德元年  52 

卷別: 卷二一九  文體: 五言古詩 

詩題: 述古,三首之一 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

 

 

述古三首 其一  

(古へのことをのべる。)

赤驥頓長纓,非無萬里姿。

ひもがながすぎることで栗毛の駿馬はつかれるものだ、万里をゆくだけの能力をもった姿は無いわけではない。

悲鳴至地,為問馭者誰。

馬は悲鳴をあげて、涙を地におとす、いったいこの馬を駁する者はだれであるか、道も知らぬでは馬がかわいそう。

鳳凰從東來,何意複高飛。

今度は鳳凰が東から飛来してきた。どういうつもりなのかまた高く飛び去っていったという。

竹花不結實,念子忍朝饑。

竹の花には実がむすばれないということで、きっとおまえは朝ひもじくて、それをがまんしているということなのだろう。

古時君臣合,可以物理推。

此の駿馬と鳳凰の道理で推してかんがえれば、古来賢臣と明君は逢うべくして遭っているということなのだ。

賢人識定分,進退固其宜。

賢い人は本来定まった本分をしっかりと認識しているものだ、進んで仕えるべきときは進んで仕えるし、退いて去るべきときには退いて去ってしまうもので、進もうが退こうがそのどちらも適宜におこなうということである。

 

(古を述ぶ 三首 その一)

赤旗 長纓に頓し、万里の姿無きに非ず。

悲鳴 涙 地に至り、為に問う駁する者は誰ぞと。

鳳凰 東より来たり、何の意ぞ復た高飛す。

竹花 実を結ばず、子 朝饑を忍ぶことを念う。

古来君臣の合、以て物理 推す可し。

賢人 定分を識り、進退 固より其の宜なり。

駿馬02 

 

『述古三首』 現代語訳と訳註

(本文) 述古三首 其一  

赤驥頓長纓,非無萬里姿。

悲鳴至地,為問馭者誰。

鳳凰從東來,何意複高飛。

竹花不結實,念子忍朝饑。

古時君臣合,可以物理推。

賢人識定分,進退固其宜。

 

詩文(含異文)

赤驥頓長纓,非無萬里姿。悲鳴淚至地,為問馭者誰。

鳳凰從東來【鳳凰從天來】,何意復高飛。竹花不結實,念子忍朝飢。

古時君臣合,可以物理推。賢人識定分,進退固其宜【進退因其宜】【進用固其宜】【進用因其宜】。 

 

 

(下し文)

(古を述ぶ 三首 その一)

赤旗 長纓に頓し、万里の姿無きに非ず。

悲鳴 涙 地に至り、為に問う駁する者は誰ぞと。

鳳凰 東より来たり、何の意ぞ復た高飛す。

竹花 実を結ばず、子 朝饑を忍ぶことを念う。

古来君臣の合、以て物理 推す可し。

賢人 定分を識り、進退 固より其の宜なり。

 

 

(現代語訳)

(古へのことをのべる。)

ひもがながすぎることで栗毛の駿馬はつかれるものだ、万里をゆくだけの能力をもった姿は無いわけではない。

馬は悲鳴をあげて、涙を地におとす、いったいこの馬を駁する者はだれであるか、道も知らぬでは馬がかわいそう。

今度は鳳凰が東から飛来してきた。どういうつもりなのかまた高く飛び去っていったという。

竹の花には実がむすばれないということで、きっとおまえは朝ひもじくて、それをがまんしているということなのだろう。

此の駿馬と鳳凰の道理で推してかんがえれば、古来賢臣と明君は逢うべくして遭っているということなのだ。

賢い人は本来定まった本分をしっかりと認識しているものだ、進んで仕えるべきときは進んで仕えるし、退いて去るべきときには退いて去ってしまうもので、進もうが退こうがそのどちらも適宜におこなうということである。

 

 

(訳注)

述古三首 其一  

(古へのことをのべる。)

此の篇は賢人が明君にであわないことをいう。

○述古 いにしえの逸話・出来事をのべて今の政治・情勢を諷したもの。その一は、玄宗と粛宗のことをいう。

 

赤驥頓長纓,非無萬里姿。

ひもがながすぎることで栗毛の駿馬はつかれるものだ、万里をゆくだけの能力をもった姿は無いわけではない。

○赤驥 くりげの駿馬。

○頓 つかれること。

○長纓 ながいひものたずな、ひもがじゃまになってつかれる。

○万里姿 一日に万里をゆくだけの能力があるすがた。

 

悲鳴至地,為問馭者誰。

馬は悲鳴をあげて、涙を地におとす、いったいこの馬を駁する者はだれであるか、道も知らぬでは馬がかわいそう。

為問 このためにとう。道も知らずに馬を走らせることをいう。

 

鳳凰從東來,何意複高飛。

今度は鳳凰が東から飛来してきた。どういうつもりなのかまた高く飛び去っていったという。

○何意 どんなつもりか。

○高飛 たかく飛び去る。

 

竹花不結實,念子忍朝饑。

竹の花には実がむすばれないということで、きっとおまえは朝ひもじくて、それをがまんしているということなのだろう。

○竹花不結実 鳳凰は竹の実を食べるといわれる。

○子 おまえ、鳳風をさす。

○朝饑 あさのひもじさ。

 

古時君臣合,可以物理推。

此の駿馬と鳳凰の道理で推してかんがえれば、古来賢臣と明君は逢うべくして遭っているということなのだ。

○君臣合 合とは際会しあうこと。

○物理推 物事の道理として推進されるということ。

 

賢人識定分,進退固其宜。

賢い人は本来定まった本分をしっかりと認識しているものだ、進んで仕えるべきときは進んで仕えるし、退いて去るべきときには退いて去ってしまうもので、進もうが退こうがそのどちらも適宜におこなうということである。

○定分 定まった本分。

〇固其宜 退いて去るべきときには退いて去ってしまうもので、進もうが退こうがそのどちらも適宜におこなう。

652 楽府 《天邊行》 蜀中転々 杜甫 <557>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3015 杜甫詩1000-557-797/1500

杜甫《天邊行》 蜀中転々 わたしは九回も他人に手紙を頼み預けて洛陽へやったが、十年ばかり兄弟からのたよりが無いのが気になっているのである。

 

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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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652 楽府 《天邊行》 蜀中転々 杜甫 <557>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3015 杜甫詩1000-557-797/1500

 

卷別: 卷二一九  文體: 樂府 

作者: 杜甫  763  廣德元年52

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

及地點: 隴右節度使 (隴右道東部 鄯州 隴右節度使) 、洛陽 (都畿道 河南府 洛陽) 別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下     

起句の二字を切りとって題とする、故郷の弟を思うことをのべる。永泰元年三月草堂にあっての作。

 

 

天邊行

天邊老人歸未得,日暮東臨大江哭。

天のはて、国境近くにいるこの老人はいまだに故郷にかえることができずにいる、この日も日ぐれになって、東のかた大江にのぞんでなげいているのである。

隴右河源不種田,胡騎羌兵入巴蜀。

隴右・河源の地方は戦乱のために田地にうえつけができず、それは胡騎や羌兵がこの蜀までいりこんできたからである。

洪濤滔天風拔木,前飛禿鶖後鴻鵠。

また春水に川水が増水し、おおきな波は天にはびこり、大風は木を抜き、前には禿鷲が吹きとばされ、うしろには鴻鵠がとばされている。

九度附書向洛陽,十年骨肉無消息。

わたしは九回も他人に手紙を頼み預けて洛陽へやったが、十年ばかり兄弟からのたよりが無いのが気になっているのである。

 

(天辺行)

天辺の老人帰ること未だ得ず、日暮東大江に臨みて笑す。

隴右 河源 田を種えず、胡騎 羌兵 巴蜀に入る。

洪涛 天に滔り 風木を抜く、前に飛ぶは禿鶖 後には鴻鵠。

九度書を附して洛陽に向かわしむ、十年骨肉消息なし。

 

 

『天邊行』 現代語訳と訳註

(本文)

天邊行

天邊老人歸未得,日暮東臨大江哭。

隴右河源不種田,胡騎羌兵入巴蜀。

洪濤滔天風拔木,前飛禿鶖後鴻鵠。

九度附書向洛陽,十年骨肉無消息。

 

 

(下し文)

(天辺行)

天辺の老人帰ること未だ得ず、日暮東大江に臨みて笑す。

隴右 河源 田を種えず、胡騎 羌兵 巴蜀に入る。

洪涛 天に滔り 風木を抜く、前に飛ぶは禿鶖 後には鴻鵠。

九度書を附して洛陽に向かわしむ、十年骨肉消息なし。

 

 

(現代語訳)

天のはて、国境近くにいるこの老人はいまだに故郷にかえることができずにいる、この日も日ぐれになって、東のかた大江にのぞんでなげいているのである。

隴右・河源の地方は戦乱のために田地にうえつけができず、それは胡騎や羌兵がこの蜀までいりこんできたからである。

また春水に川水が増水し、おおきな波は天にはびこり、大風は木を抜き、前には禿鷲が吹きとばされ、うしろには鴻鵠がとばされている。

わたしは九回も他人に手紙を頼み預けて洛陽へやったが、十年ばかり兄弟からのたよりが無いのが気になっているのである。

 

 

(訳注)

天邊行

起句の二字を切りとって題とする、故郷の弟を思うことをのべる。永泰元年三月草堂にあっての作。

 

天邊老人歸未得,日暮東臨大江哭。

天のはて、国境近くにいるこの老人はいまだに故郷にかえることができずにいる、この日も日ぐれになって、東のかた大江にのぞんでなげいているのである。

○天辺老人 天のはて、国境近くにいる老人、自己をさす。

○帰 故郷にかえる。

○大江 錦江。

 

隴右河源不種田,胡騎羌兵入巴蜀。

隴右・河源の地方は戦乱のために田地にうえつけができず、それは胡騎や羌兵がこの蜀までいりこんできたからである。

○隴右・河源 甘粛省西北部、吐蕃に陥った地方をいう、広徳元年に吐蕃は隴右を陥れた。

○胡騎 吐蕃をさす。

○羌兵 党項売、揮奴刺の類をさす。

○巴蜀 蜀地をさす、広徳元年十二月、吐蕃は松・維・の三州を陥れた。

 

洪濤滔天風拔木,前飛禿鶖後鴻鵠。

また春水に川水が増水し、おおきな波は天にはびこり、大風は木を抜き、前には禿鷲が吹きとばされ、うしろには鴻鵠がとばされている。

○滔天 天にみなぎる、天までみなぎること。きわめて勢いが盛んなこと。「尚書」(尭典)にみえる。

○風抜木 永泰元年三月辛亥、大風が木を抜いた。

○禿鶖 はげたか。

○鴻鵠 鴻はおおとり。鵠は白鳥の類。

 

九度附書向洛陽,十年骨肉無消息。

わたしは九回も他人に手紙を頼み預けて洛陽へやったが、十年ばかり兄弟からのたよりが無いのが気になっているのである。

〇九度 九回も、たびたびの意であろう。

○附書 手紙をひとにあつらえる。

○洛陽 杜甫の故郷。

〇十年 天宝十四載より永泰元年まで。

○骨肉 洛陽にあった弟をさす。

○消息 たより。

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《喜雨》 蜀中転々 万物が成長する春というのに干ばつが続き天地はすべてが黄昏れている。太陽輝きはまるで血の色のように真っ赤である。

 

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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651五言古詩 《喜雨》 蜀中転々 杜甫 <556-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3010 杜甫詩1000-556-#2-796/1500

 

 

喜雨 

(雨を喜ぶ)

春旱天地昏,日色赤如血。 

万物が成長する春というのに干ばつが続き天地はすべてが黄昏れている。太陽輝きはまるで血の色のように真っ赤である。

農事都已休,兵戈況騷屑。 

農業に取りかかることもすべてできないままでいるし、まるで戦争の中にいる様であり、況やそこに風が吹くと大変である。

巴人困軍須,慟哭厚土熱。 

成都盆地の東の巴地方の人々は困窮して軍隊を必要とした。地表のかなり厚い部分まで熱せられ、泣き叫ぶことしかできない。

滄江夜來雨,真宰罪一雪。 

ところがその夜遅くなって涪江から滄海に至るかなり広い地域に雨が降った。本当のところこれが雪であったら何の役にも立たないところであった。#2

穀根小蘇息,沴氣終不滅。 

穀物の根には少しであるかもしれないが再生のためひと息を注ぐことになったものだが、この災害の気配ということを完全に消滅させることにはならないようだ。

何由見寧解我憂思結。 

これでどういうわけか平穏な年月を見ることになるし、我々の愁いの思いを終結させ解決することになるのだ。

崢嶸群山雲,交會未斷 

聳え立つ山々連なる山々には雲がかかっている。人々が交流することが出来ず遮断されたままになっている。

安得鞭雷公,滂沱洗越。 

どうしてこの雷の神様に鞭を当てることが出来るだろうか、この大雨は下流の呉越の地方を洗い流してくれることであろう。

 

喜雨 

春旱して天地昏れ,日色 赤 血の如し。 

農事 都【み】な已に休む,兵戈 況んや騷屑【そうしょう】ならん。

巴人 困軍 須【もち】うが,慟哭 厚土の熱を。 

滄江 夜來の雨,真宰【しんさい】 一雪に罪す。 

#2

穀根 小しく蘇息し,沴氣【れいき】終に滅せず。 

何に由りて寧【ねいさい】を見んや我が解す 憂思の結を。 

崢嶸 群山の雲,交會 未だ斷ぜず 

安んぞ雷公に鞭するを得ん,滂沱 越を洗す  

nat0001 

 

『喜雨』 現代語訳と訳註

(本文)#2

穀根小蘇息,沴氣終不滅。 

何由見寧解我憂思結。 

崢嶸群山雲,交會未斷 

安得鞭雷公,滂沱洗越。 

 

詩文(含異文)

穀根小蘇息【穀根少蘇息】,沴氣終不滅。

何由見寧,解我憂思結。

崢嶸群山雲【崢嶸東山雲】,交會未斷

安得鞭雷公,滂沱洗越【案:自注:時聞浙右多盜。】

 

 

(下し文)

穀根 小しく蘇息し,沴氣【れいき】終に滅せず。 

何に由りて寧【ねいさい】を見んや我が解す 憂思の結を。 

崢嶸 群山の雲,交會 未だ斷ぜず 

安んぞ雷公に鞭するを得ん,滂沱 越を洗す

 

 

(現代語訳)

穀物の根には少しであるかもしれないが再生のためひと息を注ぐことになったものだが、この災害の気配ということを完全に消滅させることにはならないようだ。

これでどういうわけか平穏な年月を見ることになるし、我々の愁いの思いを終結させ解決することになるのだ。

聳え立つ山々連なる山々には雲がかかっている。人々が交流することが出来ず遮断されたままになっている。

どうしてこの雷の神様に鞭を当てることが出来るだろうか、この大雨は下流の呉越の地方を洗い流してくれることであろう。

 

 

(訳注)

穀根 蘇息 ,沴氣終不滅

穀物の根には少しであるかもしれないが再生のためひと息を注ぐことになったものだが、この災害の気配ということを完全に消滅させることにはならないようだ。

・「穀根」穀物の根。水分を必要とする部分。

・「蘇息」植物生命狀態、再生滋長。

・「沴氣【れいき】」災害不祥之氣。

 

何由見 ,解我 憂思 結。

komichi03これでどういうわけか平穏な年月を見ることになるし、我々の愁いの思いを終結させ解決することになるのだ。

・「寧【ねいさい】穏やかな年。平和な年月。

 

崢嶸 群山 ,交會未

聳え立つ山々連なる山々には雲がかかっている。人々が交流することが出来ず遮断されたままになっている。

・「崢嶸」 1 山や谷のけわしさ。「険はを排するに似たり」〈東海散士・佳人之奇遇〉 2 人生のけわしさ。

 

安得鞭 雷公 ,滂沱

どうしてこの雷の神様に鞭を当てることが出来るだろうか、この大雨は下流の呉越の地方を洗い流してくれることであろう。

・「雷公」語義類別:人、神鬼仙人、神鬼專稱、雷神。

・「滂沱」1 雨の降りしきるさま。「唯猛雨の―たるを聞くのみ」〈織田訳・花柳春話〉 2 涙がとめどもなく流れ出るさま。「涙―として禁ぜず」〈秋水・兆民先生〉 3 汗・水などが激しく流れ落ちるさま。大雨。

・「越」長江下流域(南方)、越。

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《喜雨》万物が成長する春というのに干ばつが続き天地はすべてが黄昏れている。太陽輝きはまるで血の色のように真っ赤である。

 

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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作時:763 廣德元年 杜甫51歳 

卷別: 卷二一九  文體: 五言古詩 

掲 載; 杜甫1000首の556-#1首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-795回目

 

 

詩題: 喜雨 

(雨を喜ぶ)

春旱天地昏,日色赤如血。 

万物が成長する春というのに干ばつが続き天地はすべてが黄昏れている。太陽輝きはまるで血の色のように真っ赤である。

農事都已休,兵戈況騷屑。 

農業に取りかかることもすべてできないままでいるし、まるで戦争の中にいる様であり、況やそこに風が吹くと大変である。

巴人困軍須,慟哭厚土熱。 

成都盆地の東の巴地方の人々は困窮して軍隊を必要とした。地表のかなり厚い部分まで熱せられ、泣き叫ぶことしかできない。

滄江夜來雨,真宰罪一雪。 

ところがその夜遅くなって涪江から滄海に至るかなり広い地域に雨が降った。本当のところこれが雪であったら何の役にも立たないところであった。

#2

穀根小蘇息,沴氣終不滅。 

何由見寧解我憂思結。 

崢嶸群山雲,交會未斷 

安得鞭雷公,滂沱洗越。 

 

喜雨 

春旱して天地昏れ,日色 赤 血の如し。 

農事 都【み】な已に休む,兵戈 況んや騷屑【そうしょう】ならん。

巴人 困軍 須【もち】うが,慟哭 厚土の熱を。 

滄江 夜來の雨,真宰【しんさい】 一雪に罪す。 

#2

穀根 小しく蘇息し,沴氣【れいき】終に滅せず。 

何に由りて寧【ねいさい】を見んや我が解す 憂思の結を。 

崢嶸 群山の雲,交會 未だ斷ぜず 

安んぞ雷公に鞭するを得ん,滂沱 越を洗す 

 DCF00197

 

『喜雨』 現代語訳と訳註

(本文)

喜雨 

春旱天地昏,日色赤如血。 

農事都已休,兵戈況騷屑。 

巴人困軍須,慟哭厚土熱。 

滄江夜來雨,真宰罪一雪。 

 

 

詩文(含異文)

春旱天地昏,日色赤如血。

農事都已休【農事都未休】,兵戈況騷屑。

巴人困軍須,慟哭厚土熱。

滄江夜來雨,真宰罪一雪。

 

 

(下し文)

(喜雨) 

春旱して天地昏れ,日色 赤 血の如し。 

農事 都【み】な已に休む,兵戈 況んや騷屑【そうしょう】ならん。

巴人 困軍 須【もち】うが,慟哭 厚土の熱を。 

滄江 夜來の雨,真宰【しんさい】 一雪に罪す。 

 

 

(現代語訳)

(雨を喜ぶ)

万物が成長する春というのに干ばつが続き天地はすべてが黄昏れている。太陽輝きはまるで血の色のように真っ赤である。

農業に取りかかることもすべてできないままでいるし、まるで戦争の中にいる様であり、況やそこに風が吹くと大変である。

成都盆地の東の巴地方の人々は困窮して軍隊を必要とした。地表のかなり厚い部分まで熱せられ、泣き叫ぶことしかできない。

 ところがその夜遅くなって涪江から滄海に至るかなり広い地域に雨が降った。本当のところこれが雪であったら何の役にも立たないところであった。

 

(訳注)

喜雨

(雨を喜ぶ)

作時:763 廣德元年 杜甫51歳 

卷別: 卷二一九  文體: 五言古詩 
 喜雨   魏 曹植(曹子建)
天覆何彌廣!苞育此群生。
棄之必憔悴,惠之則滋榮。
慶雲從北來,鬱述西南征。
時雨終夜降,長雷周我廷。
嘉種盈膏壤,登秋必有成。 

 曹植(曹子建) 《喜雨》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3006 (09/18)


春旱
天地 ,日色 如血

万物が成長する春というのに干ばつが続き天地はすべてが黄昏ている。太陽輝きはまるで血の色のように真っ赤である。

・「旱」雨が降らずからからに乾くこと。ひでり。「旱害・旱魃(かんばつ)/水旱・大旱

 

農事 都已休 ,兵戈 況騷屑

農業に取りかかることもすべてできないままでいるし、まるで戦争の中にいる様であり、況やそこに風が吹くと大変である。

・「農事」春になっての農事。

・「休」農業に取りかかるのをやめる。

・「兵戈」戰爭のような状況。

・「騷屑」風の涼しく吹くさま。

 

 

巴人 困軍 ,慟哭 厚土

成都盆地の東の巴地方の人々は困窮して軍隊を必要とした。地表のかなり厚い部分まで熱せられ、泣き叫ぶことしかできない。

・「巴人」剣南三巴の人。

・「軍」語義類別:人、稱謂、職業身份、軍。

・「須」必要とする。

・「慟哭」悲しみのあまり、声をあげて泣くこと。

・「熱」熱旱。

 

 

滄江 夜來 ,真宰 一雪

ところがその夜遅くなって涪江から滄海に至るかなり広い地域に雨が降った。本当のところこれが雪であったら何の役にも立たないところであった。

・「滄江」滄海、涪江、広い範囲で雨が降ったことを示す。
sas0013 

650五言律詩 《東津送韋諷攝閬州錄事》 蜀中転々 杜甫 <555>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3000 杜甫詩1000-555-794/1500

東津送韋諷攝閬州錄事聞くところによると涪江とかこむ山々は良い天気に恵まれている。君は憐れに思う半官半隠の生活である。

 

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650 五言律詩《東津送韋諷攝閬州錄事》 蜀中転々 杜甫 <555  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3000 杜甫詩1000-555-794/1500

 

 

作者: 杜甫 

皇帝紀年: 762  寶應元年  51

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 東津送韋諷攝閬州錄事〔草堂逸詩拾遺。〕 

及地點:東津 (劍南道北部 綿州 綿州)     

交遊人物:韋諷 當地交遊(劍南道北部 綿州 綿州)

掲 載; 杜甫1000首の555首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-794回目   40893

 

 

詩文:

東津送韋諷攝閬州錄事

(綿州の東の港で韋諷閬州錄事の摂政を送る。)

江山好,憐君吏隱兼。 

聞くところによると涪江とかこむ山々は良い天気に恵まれている。君は憐れに思う半官半隠の生活である。

寵行舟遠泛,怯別酒頻添。 

気に入ったもの同士で舟を遠くにまで浮かべ同行する。酒を頻りに注ぎ合って惜しみながら別れるのでる。

推薦非承乏,操持必去嫌。 

推し進められ承けたり欠乏したりすることはない。手に取ったなら必ず嫌って去るのである。

他時如按縣,不得慢陶潛。 

他日違い時間帯であれば按縣にいるようなものだし、怠慢な東晋の陶潜のような生活を得ることなないであろう。 

東津 韋諷攝閬州錄事を送る

聞道【きくなら】く江山 好し,君を憐におもう 吏隱兼ぬ。 

寵行 舟 遠く泛び,怯別 酒 頻添うす。 

推薦 承乏に非らず,操持 必去 嫌う。 

他時 按縣の如し,慢らに陶潛を得ず。 

 

 

『東津送韋諷攝閬州錄事』 現代語訳と訳註

aki03(本文)

東津送韋諷攝閬州錄事

江山好,憐君吏隱兼。 

寵行舟遠泛,怯別酒頻添。 

推薦非承乏,操持必去嫌。 

他時如按縣,不得慢陶潛。 

 

 

(下し文)

東津 韋諷攝閬州錄事を送る

聞道【きくなら】く江山 好し,君を憐におもう 吏隱兼ぬ。 

寵行 舟 遠く泛び,怯別 酒 頻添うす。 

推薦 承乏に非らず,操持 必去 嫌う。 

他時 按縣の如し,慢らに陶潛を得ず。 

 

 

(現代語訳)

(綿州の東の港で韋諷閬州錄事の摂政を送る。)

聞くところによると涪江とかこむ山々は良い天気に恵まれている。君は憐れに思う半官半隠の生活である。

気に入ったもの同士で舟を遠くにまで浮かべ同行する。酒を頻りに注ぎ合って惜しみながら別れるのでる。

推し進められ承けたり欠乏したりすることはない。手に取ったなら必ず嫌って去るのである。

他日違い時間帯であれば按縣にいるようなものだし、怠慢な東晋の陶潜のような生活を得ることなないであろう。

 

 

(訳注)

東津送韋諷攝閬州錄事

(綿州の東の港で韋諷閬州錄事の摂政を送る。)

・韋諷 閬州錄事の摂政。

・攝 1 いろいろ合わせ取り入れる。取り込む。「摂取・摂生・摂理/包摂」2 事をあわせ行う。兼ねる。代行する。

江山 ,憐君 吏隱 兼。

聞くところによると涪江とかこむ山々は良い天気に恵まれている。君は憐れに思う半官半隠の生活である。

○間道 聞説に同じ、道は他人の言うこと、人のいうことをきくにの意。

○江山」自然景觀、山川泛稱、涪江とかこむ山々。

○吏隱兼」半官半隠の生活。

 

寵行 遠泛 ,怯別 頻添

気に入ったもの同士で舟を遠くにまで浮かべ同行する。酒を頻りに注ぎ合って惜しみながら別れるのでる。

○寵行」寵行。1 いつくしむ。いつくしみ。「恩寵・天寵」 2 気に入ってかわいがる。お気に入り同行する。

 

 

推薦 承乏,操持 去嫌

推し進められ承けたり欠乏したりすることはない。手に取ったなら必ず嫌って去るのである。

○非承乏」語義類別:其他、形容詞彙、對比詞、是非(非)。

○操持」手にとる。『奉贈鮮於京兆二十韻』「略磻溪釣,操持郢匠斤。」(太公望のような行為は眼中におかないことである、今の地位に居るあなたは公平な文の取り扱いをすること、郢匠が斤を取って寸分の狂いもなかったものを手にしている。)

 

 

他時 如按縣 ,不得 慢陶潛

他日違い時間帯であれば按縣にいるようなものだし、怠慢な東晋の陶潜のような生活を得ることなないであろう。

○按縣」語義類別:人、行為動作、官場活動、按縣。

○陶潛」陶淵明、陶潛(晉)。
成都遂州00 

649 五言律詩 《巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <554>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2995 杜甫詩1000-554-793/1500

巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之二夕暮れに向奈美は次第に緑を増してくる。土手のつつみの青さは空に連なっている。日がたつにつれ春も暮れて季節は変わろうとしている。それに伴って愁いも重ねて酒に酔ってもう覚めることがない。

 

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 

 

649 五言律詩 《巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <554  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2995 杜甫詩1000-554-793/1500       

 

 

作時:762 寶應元年 杜甫51歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之二

寫作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州

寫及地點: 巴西驛亭 (劍南道北部 綿州 巴西)     

交遊人物: 竇使君

掲 載; 杜甫1000首の554首目-場面

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巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之一

(成都盆地の北東、三巴の西の綿州の駅亭で涪江の水がみなぎっているのを見て西山檢察使の竇侍禦に意見をした詩。)二首の一

轉驚波作怒,即恐岸隨流。

突然のことで驚いたのは涪江の水嵩が上がり波が怒涛うず巻く、それは恐怖を覚えるもので自分がいる岸を洗って流れているのだ

賴有杯中物,還同海上鷗。

進められて盃に飲み物を注がれ、上を向くと、同時期にグルット返ってきたカモメが涪江の水の上を飛んでいる。

關心小剡縣,傍眼見揚州。

剡縣の美しい剡渓に少しでも似たところに関心したし、傍らを見れば華やかな揚州の運河地方を見るかのようだ。

為接情人飲,朝來減半愁。

心の通い合った人と飲みことで接見するのはよいし、朝が来ると逢うことで愁いが半分になっていたがすっかり消えてしまっている。

(巴西の驛亭に 江漲るを觀て竇使君に呈す)二首の一

轉た驚く 波 怒を作し,即ち恐は岸に隨流す。

賴に杯中の物有り,還りに海上の鷗を同うす。

關心するは 小くも剡縣に,傍眼するは揚州を見るに。

接を為す 情人の飲,朝來りて半愁を減す。

 

 

巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之二

komichi03(成都盆地の北東、三巴の西の綿州の駅亭で涪江の水がみなぎっているのを見て西山檢察使の竇侍禦に意見をした詩。)二首の二

向晚波微綠,連空岸青。

夕暮れに向奈美は次第に緑を増してくる。土手のつつみの青さは空に連なっている。

日兼春有暮,愁與醉無醒。

日がたつにつれ春も暮れて季節は変わろうとしている。それに伴って愁いも重ねて酒に酔ってもう覚めることがない。

漂泊猶杯酒,躊躇此驛亭。

こんな旅に流離うものにいとって、更にこの盃の酒を飲むことになり、愁いによってついつい個々の駅亭に留まってしまっているのである。

相看萬里外,同是一浮萍。

お互いに見ようとするのははるか万里の先にある故郷のことだ。同じような境遇であるのは互いに浮草の一つの白い花の様なものだということである。 

(巴西の驛亭に 江漲るを觀て竇使君に呈す)二首の二

晚に向い波 微に綠なり,空に連い岸 って青し。

日兼ねて春 暮有り,愁いに與り醉 醒むる無し。

漂泊 猶お杯酒し,躊躇 此の驛亭に。

相い看る 萬里の外,同じく是れ 一の浮萍。

 

 

『巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之二

向晚波微綠,連空岸青。

日兼春有暮,愁與醉無醒。

漂泊猶杯酒,躊躇此驛亭。

相看萬里外,同是一浮萍。

 

 

(下し文)

(巴西の驛亭に 江漲るを觀て竇使君に呈す)二首の二

晚に向い波 微に綠なり,空に連い岸 って青し。

日兼ねて春 暮有り,愁いに與り醉 醒むる無し。

漂泊 猶お杯酒し,躊躇 此の驛亭に。

相い看る 萬里の外,同じく是れ 一の浮萍。

 

 

(現代語訳)

(成都盆地の北東、三巴の西の綿州の駅亭で涪江の水がみなぎっているのを見て西山檢察使の竇侍禦に意見をした詩。)二首の二

夕暮れに向奈美は次第に緑を増してくる。土手のつつみの青さは空に連なっている。

日がたつにつれ春も暮れて季節は変わろうとしている。それに伴って愁いも重ねて酒に酔ってもう覚めることがない。

こんな旅に流離うものにいとって、更にこの盃の酒を飲むことになり、愁いによってついつい個々の駅亭に留まってしまっているのである。

お互いに見ようとするのははるか万里の先にある故郷のことだ。同じような境遇であるのは互いに浮草の一つの白い花の様なものだということである。

 

 

(訳注)

巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之二

(成都盆地の北東、三巴の西の綿州の駅亭で涪江の水がみなぎっているのを見て西山檢察使の竇侍禦に意見をした詩。)二首の二

・竇使君 西山檢察使の竇侍禦のこと。(下地図bc34)杜甫『入奏行贈西山檢察使竇侍禦』

(宴の演奏や詩を詠む席にはいって西山の検察、竇侍禦のこの詩を贈る。)

・西山檢察使 吐蕃国境の山間部を担当する。松、維、恭、蓬、雅、黎、姚、悉八州をいう。

 

向晚 微綠 ,連空 <【向晚波猶綠】>

夕暮れに向奈美は次第に緑を増してくる。土手のつつみの青さは空に連なっている。

 

 

日兼 有暮 ,愁與 無醒

日がたつにつれ春も暮れて季節は変わろうとしている。それに伴って愁いも重ねて酒に酔ってもう覚めることがない。

 

漂泊 猶杯酒 ,躊躇 此驛亭

こんな旅に流離うものにいとって、更にこの盃の酒を飲むことになり、愁いによってついつい個々の駅亭に留まってしまっているのである。

・「漂泊」1 流れただようこと。「小舟が―する」 2 所を定めずさまよい歩くこと。さすらうこと。流浪。

・「躊躇」何かをすることに対しての違和感と優柔不断な気持ちためらい 二の足 躊躇い不確実性または不本意なことにためらう、あるいは躊躇する思惑う 逡巡 うじうじ 思い迷う 

・「驛亭」公署建築、驛。 唐に整備された十里ごとの休憩、宿泊施設。四阿、小さな休み場所。あずまや。亭:宿場、宿駅。

 

相看 萬里 ,同是 一浮萍

お互いに見ようとするのははるか万里の先にある故郷のことだ。同じような境遇であるのは互いに浮草の一つの白い花の様なものだということである。

・「浮萍」うきくさ。また、住居の定まらないことのたとえ。
白蘋005 

648 《巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之一【案:草堂逸詩拾遺。】》 蜀中転々 杜甫 <553>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2990 杜甫詩1000-553-792/1500

《巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之一》心の通い合った人と飲みことで接見するのはよいし、朝が来ると逢うことで愁いが半分になっていたがすっかり消えてしまっている。

 

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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(9)#4-2 文選 賦<109-#4-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩888 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2988
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 

 

648 《巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之一【案:草堂逸詩拾遺。】》 蜀中転々 杜甫 <553  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2990 杜甫詩1000-553-792/1500

 

詩 題:巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之一

作時:762 寶應元年 杜甫51

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之一 

作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州

及地點:  巴西驛亭 (劍南道北部 綿州 巴西) ・剡縣 (江南東道 越州 剡縣) 別名:剡中  ・揚州 (淮南道 揚州 揚州) 別名:廣陵、淮南、淮海     

交遊人物: 竇使君

掲 載; 杜甫1000首の553首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-792回目   40891

 

 

詩文:

巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之一

(成都盆地の北東、三巴の西の綿州の駅亭で涪江の水がみなぎっているのを見て西山檢察使の竇侍禦に意見をした詩。)二首の一

轉驚波作怒,即恐岸隨流。

突然のことで驚いたのは涪江の水嵩が上がり波が怒涛うず巻く、それは恐怖を覚えるもので自分がいる岸を洗って流れているのだ

賴有杯中物,還同海上鷗。

進められて盃に飲み物を注がれ、上を向くと、同時期にグルット返ってきたカモメが涪江の水の上を飛んでいる。

關心小剡縣,傍眼見揚州。

剡縣の美しい剡渓に少しでも似たところに関心したし、傍らを見れば華やかな揚州の運河地方を見るかのようだ。

為接情人飲,朝來減半愁。

心の通い合った人と飲みことで接見するのはよいし、朝が来ると逢うことで愁いが半分になっていたがすっかり消えてしまっている。

(巴西の驛亭に 江漲るを觀て竇使君に呈す)二首の一

轉た驚く 波 怒を作し,即ち恐は岸に隨流す。

賴に杯中の物有り,還りに海上の鷗を同うす。

關心するは 小くも剡縣に,傍眼するは揚州を見るに。

接を為す 情人の飲,朝來りて半愁を減す。

 

 

 

『巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之一

轉驚波作怒,即恐岸隨流。

賴有杯中物,還同海上鷗。

關心小剡縣,傍眼見揚州。

為接情人飲,朝來減半愁。

 

 

(下し文)

(巴西の驛亭に 江漲るを觀て竇使君に呈す)二首の一

轉た驚く 波 怒を作し,即ち恐は岸に隨流す。

賴に杯中の物有り,還りに海上の鷗を同うす。

關心するは 小くも剡縣に,傍眼するは揚州を見るに。

接を為す 情人の飲,朝來りて半愁を減す。

 

(現代語訳)

(成都盆地の北東、三巴の西の綿州の駅亭で涪江の水がみなぎっているのを見て西山檢察使の竇侍禦に意見をした詩。)二首の一

突然のことで驚いたのは涪江の水嵩が上がり波が怒涛うず巻く、それは恐怖を覚えるもので自分がいる岸を洗って流れているのだ

進められて盃に飲み物を注がれ、上を向くと、同時期にグルット返ってきたカモメが涪江の水の上を飛んでいる。

剡縣の美しい剡渓に少しでも似たところに関心したし、傍らを見れば華やかな揚州の運河地方を見るかのようだ。

心の通い合った人と飲みことで接見するのはよいし、朝が来ると逢うことで愁いが半分になっていたがすっかり消えてしまっている。

 

 

(訳注)

巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之一

(成都盆地の北東、三巴の西の綿州の駅亭で涪江の水がみなぎっているのを見て西山檢察使の竇侍禦に意見をした詩。)二首の一

・竇使君 西山檢察使の竇侍禦のこと。(下地図bc34)杜甫『入奏行贈西山檢察使竇侍禦』

(宴の演奏や詩を詠む席にはいって西山の検察、竇侍禦のこの詩を贈る。)

・西山檢察使 吐蕃国境の山間部を担当する。松、維、恭、蓬、雅、黎、姚、悉八州をいう。

『巴西驛亭觀江漲呈竇使君』

巴西驛亭觀江漲呈竇使君

宿雨南江漲,波濤亂遠峰。 

孤亭凌噴薄,萬井逼舂容。 

霄漢愁高鳥,泥沙困老龍。 

天邊同客舍,攜我豁心胸。 

五言律詩 《巴西驛亭觀江漲呈竇使君》 蜀中転々 杜甫 <536  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2905 杜甫詩1000-536-775/1500

成都遂州00 

轉驚 作怒 ,即恐 隨流

突然のことで驚いたのは涪江の水嵩が上がり波が怒涛うず巻く、それは恐怖を覚えるもので自分がいる岸を洗って流れているのだ

 

 

賴有 杯中 ,還同海上

進められて盃に飲み物を注がれ、上を向くと、同時期にグルット返ってきたカモメが涪江の水の上を飛んでいる。

・「賴有」『戲簡鄭廣文虔,兼呈蘇司業源明』(戯れに鄭広文に簡す)「廣文到官舍,繫馬堂階下。醉則騎馬歸,頗遭官長罵。才名三十年,坐客寒無氈。賴有蘇司業,時時乞酒錢。」「頼に蘇司業あり、時時酒銭を乞う」といっている、人は蘇源明をさす。

 

 

關心 剡縣 ,傍眼 揚州

剡縣の美しい剡渓に少しでも似たところに関心したし、傍らを見れば華やかな揚州の運河地方を見るかのようだ。

・「剡縣」浙江省剡県。町の南に剡渓があり、両岸の景色がうつくしく、六朝時代にはことに人びとに愛貸された。謝霊運、王羲之に李白自身を映したのであろう。。李白『秋浦歌十七首 其六』「愁作秋浦客。 強看秋浦花。山川如剡縣。 風日似長沙。」(愁えて秋浦の客と作【な】り、強【し】いて秋浦の花を看る。山川は剡県【せんけん】の如く、風日は 長沙【ちょうさ】に似るに。)

・「揚州」行政地名。江蘇省に南北朝時代、陳により短期間設置された州。 揚州 (河南省) - 中華人民共和国河南省に東魏により設置された州。長江から淮河、黄河に抜ける運河の町であり、交通の要衝地で華やかな地域である。

 

 

為接情人 ,朝來 半愁

心の通い合った人と飲みことで接見するのはよいし、朝が来ると逢うことで愁いが半分になっていたがすっかり消えてしまっている。

647 《寄高適【案:草堂逸詩拾遺。】》 蜀中転々 杜甫 <552>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2985 杜甫詩1000-552-791/1500

《寄高適》詩と詩の名声に於いてはどう思ってみても自分だけが之と共にしてきたのだが,自分は現状の世情の事に就いては誰と共に之を語りあおうか。

 

2013年9月14日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 

 
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《寄高適【案:草堂逸詩拾遺。】》 蜀中転々 杜甫 <552  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2985 杜甫詩1000-552-791/1500            

 

 

作者: 杜甫  762  寶應元年 51

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 寄高適【案:草堂逸詩拾遺。】 

寫作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

交遊人物/地點: 高適 書信往來(劍南道北部 益州 成都)

掲 載; 杜甫1000首の552首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-791回目

 

 

寄高適

(高適に寄せる詩)

楚隔乾坤遠,難招病客魂。

むかし楚に属していた此の蜀の地は都とは,隔っていて天地茫茫として遠い。とても持病があるばかりか旅に向かう魂まで病ってしまっているので都へ招待されてもでむくことなどは出来ない。

詩名惟我共,世事與誰論。

詩と詩の名声に於いてはどう思ってみても自分だけが之と共にしてきたのだが,自分は現状の世情の事に就いては誰と共に之を語りあおうか。

北闕更新主,南星落故園。

このたび北方にある朝廷では変わって新天子が即位するが,南方の地では南極星というべき君が此の第二の故郷で施政をはじめてくれる。

定知相見日,爛漫倒芳尊。

必ずやお互いが面会する日はある。腹蔵なく酔いどれて、そして酒樽をまた倒むけることであろう。

  

(高適に寄せる)

楚 隔りて 乾坤 遠くし、招き難し 客魂を病う。

詩 名 惟【おもんみ】るに我共にし、世事 誰と論ぜん。

北闕 新首 更【あらため】る、南星 故園に落【はじま】る。

定めて知る相い見る日を、爛漫 芳樽を倒けるを。

 

 岳陽樓詩人0051


『寄高適』 現代語訳と訳註

(本文)

寄高適

楚隔乾坤遠,難招病客魂。

詩名惟我共,世事與誰論。

北闕更新主,南星落故園。

定知相見日,爛漫倒芳尊。

 

 

(下し文)

(高適に寄せる)

楚 隔りて 乾坤 遠くし、招き難し 客魂を病う。

詩 名 惟【おもんみ】るに我共にし、世事 誰と論ぜん。

北闕 新首 更【あらため】る、南星 故園に落【はじま】る。

定めて知る相い見る日を、爛漫 芳樽を倒けるを。

 

 

(現代語訳)

(高適に寄せる詩)

むかし楚に属していた此の蜀の地は都とは,隔っていて天地茫茫として遠い。とても持病があるばかりか旅に向かう魂まで病ってしまっているので都へ招待されてもでむくことなどは出来ない。

詩と詩の名声に於いてはどう思ってみても自分だけが之と共にしてきたのだが,自分は現状の世情の事に就いては誰と共に之を語りあおうか。

このたび北方にある朝廷では変わって新天子が即位するが,南方の地では南極星というべき君が此の第二の故郷で施政をはじめてくれる。

必ずやお互いが面会する日はある。腹蔵なく酔いどれて、そして酒樽をまた倒むけることであろう。

 

 

(訳注)

寄高適

(高適に寄せる詩)

作者が(杜甫)成都に居したとき,髙適の新任に就いて寄せたもの。寶応元年四・五月頃の作。以下はこれまで杜甫が高適に対し作った詩でこのブログで取り上げたものを示す。

送高三十五書記 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 50

寄高三十五書記  杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 67

送蔡希魯都尉還隴右,因寄高三十五書記 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢誠実な詩人 93

寄高三十五詹事  杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 268

寄彭州高三十五使君適、虢州岑二十七長史參三十韻 杜甫 <316-#1> 漢文委員会紀頌之の漢詩ブログ1430 杜甫詩 700- 441

成都(1)浣花渓の草堂(1) 酬高使君相贈 杜甫 <354> 1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1723 杜甫詩 700- 530

因崔五侍禦寄高彭州一絶 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -4)  <386 五言絶句 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1871 杜甫詩1000-386-567/1500

奉簡高三十五使君 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(3 -5)  杜甫 <387 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1875 杜甫詩1000-387-568/1500

 

楚隔 乾坤 ,難招 病客

むかし楚に属していた此の蜀の地は都とは,隔っていて天地茫茫として遠い。とても持病があるばかりか旅に向かう魂まで病ってしまっているので都へ招待されてもでむくことなどは出来ない。

・「楚」語義類別:其他、行政體系、民族邦國名、楚。

・「隔」語義類別:其他、現象、自然現象、隔。

・「乾坤」天地。

・「招」招待されて都から成都まで同行すること。

・「客魂」旅人としての魂、意欲。

 

 

詩名 惟我 共,世事 與誰

詩と詩の名声に於いてはどう思ってみても自分だけが之と共にしてきたのだが,自分は現状の世情の事に就いては誰と共に之を語りあおうか。

・「詩名」詩と詩における名声、評判。

・「世事」現状の世情の事に就いて。

 

北闕 更新主 ,南星 故園

このたび北方にある朝廷では変わって新天子が即位するが,南方の地では南極星というべき君が此の第二の故郷で施政をはじめてくれる。

・「北闕」闕:朝廷

・「更新」交代した。

・「主」天子。

・「南星」高適のこと

・「落」おちる。おとす。しぬ。垣根。村里。はじまる。

・「故園」杜甫の、生活圏成都浣花渓の草堂寶応元年四月十八日丁卯粛宗崩じ,二十八日,代宗即位す,髙適蜀州刺史より厳武に代わり成都尹、剣南西川節度使となる。になってくることを云う。

 

 

定知 相見 ,爛漫 芳尊

必ずやお互いが面会する日はある。腹蔵なく酔いどれて、そして酒樽をまた倒むけることであろう。

・「知」語義類別:人、狀態、心智狀態、知。

・「見」語義類別:人、感官詞、視覺、見。

・「日」語義類別:時、時間、範圍時間(日)、日。

・「爛漫」酒にて酔っぱらう。

・「倒」杯を傾ける。

・「芳尊」飲品をいい、ここでは酒。

・「相見」 面会する。

646 《即事》 蜀中転々 杜甫 <551>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2980 杜甫詩1000-551-790/1500

《即事》晩春の夕暮、春も三カ月たとうとしている。自分が下りいたいと思っている巫峡・三峡ですら遠くて長い。見上げれば薄い雲で一面真っ白で浮浪雲が太陽の光に浮んで過ぎてゆく。

 

2013年9月13日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(7)#3-2 文選 賦<109-#3-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩886 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2978
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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病鴟 韓愈(韓退之) <185-#4>Ⅱ中唐詩799 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2979
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor646 《即事》 蜀中転々 杜甫 <551>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2980 杜甫詩1000-551-790/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性LiveDoor106 河傳三首 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-287-5-#41  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2982
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html    

『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304    
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html    
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html    
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html    
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    

 

646 《即事》 蜀中転々 杜甫 <551  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2980 杜甫詩1000-551-790/1500

 

 

作者: 杜甫  762  寶應元年  51

卷別: 卷二三一  文體: 七言律詩 

詩題: 即事 

掲 載; 杜甫1000首の551首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-790回目 

 

即事

(最近のニュースで感じたこと。)

暮春三月巫峽長,皛皛行雲浮日光。

晩春の夕暮、春も三カ月たとうとしている。自分が下りいたいと思っている巫峡・三峡ですら遠くて長い。見上げれば薄い雲で一面真っ白で浮浪雲が太陽の光に浮んで過ぎてゆく。

雷聲忽送千峰雨,花氣渾如百和香。

季節の変わり目の雷の響く音はたちまちこのまわりのたくさんの山々に雨をもたらし、咲き誇る花々の気が漂えばみんなの心を和ませてくれるお香のようなものである。

黃鶯過水翻迴去,燕子銜泥不妨。

春と告げるうぐいすは水啄み過ぎていき、翻ってやがて去って行く。入れ替わりに燕が泥を口に含んで巣作りをする、やがて全体に程好い湿気で潤うのを妨げるものはないのが自然の移り変わりだ。

飛閣卷簾圖畫裡,虛無只少對瀟湘。

屋根が反り返った樓閣には簾を巻き上げ、その壁や部屋の中に描かれている絵を見せてくれることになり、隠遁しているものとしてこうした移り変わりを愉しんではいるが、ただ少しだけ思うことは、平穏な地方である屈原の所縁の瀟水、湘水に行ける準備をしたいと思うことである。

 

即事

暮春 三月 巫峽 長【とお】し,皛皛【きょうきょう】として行雲 日光に浮ぶ。

雷聲 忽ち千峰の雨を送り,花氣 渾うは百和【なごま】す香の如し。

黃鶯 水を過り翻って迴り去り,燕子 泥を銜え妨げず。

飛閣 簾を卷き圖畫の裡,虛無 只だ少くも瀟湘に對す。

くちなしの実01 

 

『即事』 現代語訳と訳註

(本文)

即事

暮春三月巫峽長,皛皛行雲浮日光。

雷聲忽送千峰雨,花氣渾如百和香。

黃鶯過水翻迴去,燕子銜泥不妨。

飛閣卷簾圖畫裡,虛無只少對瀟湘。

 

(下し文)

即事

暮春 三月 巫峽 長【とお】し,皛皛【きょうきょう】として行雲 日光に浮ぶ。

雷聲 忽ち千峰の雨を送り,花氣 渾うは百和【なごま】す香の如し。

黃鶯 水を過り翻って迴り去り,燕子 泥を銜えい妨げず。

飛閣 簾を卷き圖畫の裡,虛無 只だ少くも瀟湘に對す。

 

(現代語訳)

(最近のニュースで感じたこと。)
晩春の夕暮、春も三カ月たとうとしている。自分が下りいたいと思っている巫峡・三峡ですら遠くて長い。見上げれば薄い雲で一面真っ白で浮浪雲が太陽の光に浮んで過ぎてゆく。

季節の変わり目の雷の響く音はたちまちこのまわりのたくさんの山々に雨をもたらし、咲き誇る花々の気が漂えばみんなの心を和ませてくれるお香のようなものである。

春と告げるうぐいすは水啄み過ぎていき、翻ってやがて去って行く。入れ替わりに燕が泥を口に含んで巣作りをする、やがて全体に程好い湿気で潤うのを妨げるものはないのが自然の移り変わりだ。

屋根が反り返った樓閣には簾を巻き上げ、その壁や部屋の中に描かれている絵を見せてくれることになり、隠遁しているものとしてこうした移り変わりを愉しんではいるが、ただ少しだけ思うことは、平穏な地方である屈原の所縁の瀟水、湘水に行ける準備をしたいと思うことである。

 

 (訳注)
即事
(最近のニュースで感じたこと。)
その場の事柄、目の前のけしき・ようすを即興で詩にしたもの。

『即事』

聞道花門破,和親事卻非。

人憐漢公主,生得渡河歸。

秋思雲髻,腰肢勝寶衣。

群凶猶索戰,回首意多違。

《秦州抒情詩(5)  『即事』 杜甫700290首目、杜甫ブログ410回目》即事 杜甫 <290> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1337 杜甫詩 700- 410

『草堂即事』

荒村建子月,獨樹老夫家。

雪裡江船渡,風前竹徑斜。

寒魚依密藻,宿鷺起圓沙。

蜀酒禁愁得,無錢何處

草堂即事 五言律詩 成都5-(34) 杜甫 <459  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2380 杜甫詩1000-459-670/1500

 

暮春 三月 巫峽 ,皛皛 行雲 日光

晩春の夕暮、春も三カ月たとうとしている。自分が下りいたいと思っている巫峡・三峡ですら遠くて長い。見上げれば薄い雲で一面真っ白で浮浪雲が太陽の光に浮んで過ぎてゆく。

・「三月」三月。初春、盛春、晩春。

・「巫峽」巫峡は中国・長江三峡の二番目の峡谷。重慶市巫山県の大寧河の河口から湖北省巴東県官渡口まで全長45km 上流側の巫山県は四川盆地東端にあり、巫山山脈をはじめ東西方向に伸びる細長い褶曲山脈多数が並行して走っている。巫山県城付近は長江沿いの丘陵地帯で大寧河の河口付近にある。

・「皛皛」あらわれる。あきらかにする。いちめんにしろいさま。

 

 

雷聲 忽送 千峰 ,花氣 渾如百和香

季節の変わり目の雷の響く音はたちまちこのまわりのたくさんの山々に雨をもたらし、咲き誇る花々の気が漂えばみんなの心を和ませてくれるお香のようなものである。

 

黃鶯 過水 翻迴 ,燕子 銜泥 不妨

春と告げるうぐいすは水啄み過ぎていき、翻ってやがて去って行く。入れ替わりに燕が泥を口に含んで巣作りをする、やがて全体に程好い湿気で潤うのを妨げるものはないのが自然の移り変わりだ。

・「黃鶯」春を告げる黃鶯。倉庚。高麗鶯。

『詩経』豳風「七月」

七月流火 九月授衣

春日載陽 有鳴倉庚

女執懿筐 遵彼微行

爰求柔桑 春日遲遲

采蘩祁祁 女心傷悲

杜甫『通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴』

萬里不以力,群遊森會神。

威遲白鳳態,非是倉庚鄰。

高堂未傾覆,常得慰嘉賓。

曝露牆壁外,終嗟風雨頻。

赤霄有真骨,恥飲洿池津。

冥冥任所往,略誰能馴。

《通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴》  楽府(五言古詩) 成都6-(25-#2) 杜甫 <488-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2580 杜甫詩1000-488-#2-710/1500

 

飛閣 卷簾 圖畫 ,虛無 只少 對瀟湘

屋根が反り返った樓閣には簾を巻き上げ、その壁や部屋の中に描かれている絵を見せてくれることになり、隠遁しているものとしてこうした移り変わりを愉しんではいるが、ただ少しだけ思うことは、平穏な地方である屈原の所縁の瀟水、湘水に行ける準備をしたいと思うことである。

・「飛閣」屋根が反り返った亭臺樓閣。

・「卷簾」簾を巻き上げること。

・「圖畫」簾を巻き上げて中の圖畫がみえること。。

・「「虛無」空しくて何もできないこと。虚空。俗界を離れ隠遁していること。

・「瀟湘」語義類別:地、地名、地名合稱、瀟水、湘水。この時期、最も平穏なところであった。

桜桃001 

645 《宗武生日》 蜀中転々 杜甫 <550>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2975 杜甫詩1000-550-789/1500

《宗武生日》詩は先祖以来わが家の伝統の仕事なのである。世の人がわが詩を伝えるのは、その情が世間に認めているからなのである。詩の情は六朝の『文選』を熟読して理解するのである、同じ六朝からの五色の衣の華美な詩文の形式的で軽薄なまねをしていくことはしないということである。


2013年9月12日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 645 《宗武生日》 蜀中転々 杜甫 <550>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2975 杜甫詩1000-550-789/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

645 《宗武生日》 蜀中転々 杜甫 <550  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2975 杜甫詩1000-550-789/1500

 

 

詩題: 宗武生日 

作者: 杜甫  762  寶應元年51

卷別: 卷二三一  文體: 五言古詩 

寫作地點: 夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州

掲 載; 杜甫1000首の550首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-789回目   40888

 

 

宗武生日

(二男の宗武の誕生日の日に)

小子何時見,高秋此日生。

こどもよ!おまえはいつこの世に生まれたのか?それは天高い秋も盛りである今日の日だ。

自從都邑語,已伴老夫名。

街中どこでも自分で物が言えるようになってから、汝の名はすでに老人であるわが名とともにあるのである。

詩是吾家事,人傳世上情。

詩は先祖以来わが家の伝統の仕事なのである。世の人がわが詩を伝えるのは、その情が世間に認めているからなのである。

熟精文選理,休覓綵衣輕。

詩の情は六朝の『文選』を熟読して理解するのである、同じ六朝からの五色の衣の華美な詩文の形式的で軽薄なまねをしていくことはしないということである。

凋瘵筵初秩,攲斜坐不成。

そんなことをいいつつも病気がちである中で初めての官からの宴席がひらかれたのであるが、ふつうに座ることができず頭をもちあげたり、体は斜めにしかできない。

流霞分片片,涓滴就徐傾。

すこしばかりの酒をちびり、ちびり分けてもらい、おもむろに杯を傾けて一滴一滴のみほすだけなのだ。

 

(宗武が生れし日)

小子 何の時か見えん、高秋 此の日生す。

都邑【とゆう】に語るにより、已に老夫の名を伴う。

詩は是れ吾が家の事なり、人の伝すは世上の情なり。

文選【もんぜん】の理を熟精【じゅくせい】し、彩衣の軽くするを覔【もと】む休【や】む。

凋瘵【ちょうさい】にして筵【えん】初めて秩【ちつ】し、敧斜【きしゃ】して 坐 成らず。

流霞【りゅうか】片片【へんぺん】に 分ち、涓滴【けんてき】徐【おもむろ】に傾くに就【つ】く。

 

 杜甫像0012












『宗武生日』 現代語訳と訳註

(本文)

宗武生日

小子何時見,高秋此日生。

自從都邑語,已伴老夫名。

詩是吾家事,人傳世上情。

熟精文選理,休覓綵衣輕。

凋瘵筵初秩,攲斜坐不成。

流霞分片片,涓滴就徐傾。

 

詩文(含異文)

小子何時見,高秋此日生。

自從都邑語,已伴老夫名【已律老夫名】。

詩是吾家事,人傳世上情。

熟精文選理,休覓綵衣輕。

凋瘵筵初秩,攲斜坐不成。

流霞分片片【流霞分幾片】【流霞飛片片】【流霞飛幾片】,涓滴就徐傾。 

 

 

(下し文)

(宗武が生れし日)

小子 何の時か見えん、高秋 此の日生す。

都邑【とゆう】に語るにより、已に老夫の名を伴う。

詩は是れ吾が家の事なり、人の伝すは世上の情なり。

文選【もんぜん】の理を熟精【じゅくせい】し、彩衣の軽くするを覔【もと】む休【や】む。

凋瘵【ちょうさい】にして筵【えん】初めて秩【ちつ】し、敧斜【きしゃ】して 坐 成らず。

流霞【りゅうか】片片【へんぺん】に 分ち、涓滴【けんてき】徐【おもむろ】に傾くに就【つ】く。

 

 

(現代語訳)

(二男の宗武の誕生日の日に)

こどもよ!おまえはいつこの世に生まれたのか?それは天高い秋も盛りである今日の日だ。

街中どこでも自分で物が言えるようになってから、汝の名はすでに老人であるわが名とともにあるのである。

詩は先祖以来わが家の伝統の仕事なのである。世の人がわが詩を伝えるのは、その情が世間に認めているからなのである。

詩の情は六朝の『文選』を熟読して理解するのである、同じ六朝からの五色の衣の華美な詩文の形式的で軽薄なまねをしていくことはしないということである。

そんなことをいいつつも病気がちである中で初めての官からの宴席がひらかれたのであるが、ふつうに座ることができず頭をもちあげたり、体は斜めにしかできない。

すこしばかりの酒をちびり、ちびり分けてもらい、おもむろに杯を傾けて一滴一滴のみほすだけなのだ。

 

 

(訳注)

宗武生日

(二男の宗武の誕生日の日に)

二男の宗武が詩のセンスがあったのだろう、文選をしっかり勉強して、六朝の華美な軽薄詩文を軽蔑し、文選を熟読せよと教える。

 

小子 何時 ,高秋 此日

こどもよ!おまえはいつこの世に生まれたのか?、それは天高い秋も盛りである今日の日だ。

・「子」親人眷屬、子。杜甫より十歳下の四十一歳妻楊氏、長女は十六歳、長子宗文は十三歳、次子宗武は十歳、次女は八歳である。

・「秋日生」四季、秋日。生れる。

 

 

自從都邑 ,已伴 老夫

街中どこでも自分で物が言えるようになってから、汝の名はすでに老人であるわが名とともにあるのである。

・「都邑」邦國都城、都邑。街中どこでも。

・「老夫」杜甫自身のこと。

・「名」官場境遇、名。

 

 

詩是 吾家 ,人傳 世上

詩は先祖以来わが家の伝統の仕事なのである。世の人がわが詩を伝えるのは、その情が世間に認めているからなのである。

・「事」一族としてのなりわい。

・「人傳」でんせつ。

 

 

熟精 文選 理,休覓 綵衣

詩の情は六朝の『文選』を熟読して理解するのである、同じ六朝からの五色の衣の華美な詩文の形式的で軽薄なまねをしていくことはしないということである。

・「文選」書籍專名。中国の六朝の梁代に編まれた詞華集。編者は梁の武帝の長子,昭明太子蕭統(しようとう)。30巻。周から梁に至る代表的な詩文約800編を網羅する。こうした詩華集の編纂事業は3世紀末から始まり,六朝時代を通じてかなりの数に上る詩文の選集が編まれたが,《文選》はその集大成として現れ,唐以後の文学にも多大の影響を及ぼした。

・「綵衣」種々の色で模様を施した衣。絲帛服飾(衣冠腰帶)、衣(綵衣)。ここでは同じ六朝からの華美な詩文の軽さをいう。

 

 

凋瘵 初秩 ,攲斜 不成

そんなことをいいつつも病気がちである中で初めての官からの宴席がひらかれたのであるが、ふつうに座ることができず頭をもちあげたり、体は斜めにしかできない。

・「凋瘵」病みおとろえる。1.;困乏。 2.指困之民或衰之象

・「筵」飲食の宴席。

・「秩」 物事がきちんと順序立っているさま。よく整った順序・次第。② 官位によって受ける俸給。また、官位。官職。

・「攲」 一方の端を高くする。② 耳や目の注意力をそのほうへ集中させる。枕などから頭をもちあげて聞き耳をたてる。

 

 

流霞 分片片 ,涓滴 就徐傾

すこしばかりの酒をちびり、ちびり分けてもらい、おもむろに杯を傾けて一滴一滴のみほすだけなのだ。

・「流霞」飲食、飲品(酒)。

 --------------------------------------------------------------------------------

 kairo10682










 
(宗武が生れし日)

小子 何の時か見えん、高秋 此の日生す。

都邑【とゆう】に語るにより、已に老夫の名を伴う。

詩は是れ吾が家の事なり、人の伝すは世上の情なり。

文選【もんぜん】の理を熟精【じゅくせい】し、彩衣の軽くするを覔【もと】む休【や】む。

凋瘵【ちょうさい】にして筵【えん】初めて秩【ちつ】し、敧斜【きしゃ】して 坐 成らず。

流霞【りゅうか】片片【へんぺん】に 分ち、涓滴【けんてき】徐【おもむろ】に傾くに就【つ】く。

644 《絕句》 蜀中転々 杜甫 <549>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2970 杜甫詩1000-549-788/1500

句》錦江の辺の叢を踏んで歩くのをやめる。振り返ってみると軍隊の旗がひらめいているのが見える。さあっと吹いてきた草叢を抜けてきて、春景色の城郭も黄昏てきている。高楼に上がってみると守備隊の鼓角、ラッパと太鼓の音が周辺にかなしく響き渡る。

 

2013年9月11日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(5)#2-2 文選 賦<109-#1-4>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩884 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2968
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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病鴟 韓愈(韓退之) <185-#2>Ⅱ中唐詩797 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2969
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 644 《絕句》 蜀中転々 杜甫 <549>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2970 杜甫詩1000-549-788/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972
 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html    
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

644 句》 蜀中転々 杜甫 <549  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2970 杜甫詩1000-549-788/1500          

 

 

詩題:  

作時:762 寶應元年 杜甫51歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

掲 載; 杜甫1000首の549首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-788回目   40887

 

 

(絶句)

江邊踏青罷,迴首見旌旗。

錦江の辺の叢を踏んで歩くのをやめる。振り返ってみると軍隊の旗がひらめいているのが見える。

風起春城暮,高樓鼓角悲。

さあっと吹いてきた草叢を抜けてきて、春景色の城郭も黄昏てきている。高楼に上がってみると守備隊の鼓角、ラッパと太鼓の音が周辺にかなしく響き渡る。

 

句)

江邊 青を踏みて罷む,首を迴せば旌旗を見る。

風起き 春城の暮,高樓 鼓角 悲む。

 

 楊柳00005

 











』 現代語訳と訳註

(本文)

江邊踏青罷,迴首見旌旗。

風起春城暮,高樓鼓角悲。

 

 

(下し文)

句)

江邊 青を踏みて罷む,首を迴せば旌旗を見る。

風起き 春城の暮,高樓 鼓角 悲む。

 

(現代語訳)

(絶句)

錦江の辺の叢を踏んで歩くのをやめる。振り返ってみると軍隊の旗がひらめいているのが見える。

さあっと吹いてきた草叢を抜けてきて、春景色の城郭も黄昏てきている。高楼に上がってみると守備隊の鼓角、ラッパと太鼓の音が周辺にかなしく響き渡る。

 

 

(訳注)

詩の内容から、この年の夏に厳武に同行する少し前の晩春頃の作であろう。

 

江邊 踏青 罷,迴首 旌旗

錦江の辺の叢を踏んで歩くのをやめる。振り返ってみると軍隊の旗がひらめいているのが見える。

・「江」濯錦江。

・「邊」川縁。ここでは野原が続いているのである。

・「踏青」春の成長した草、草叢を踏みしめる

・「旌旗」旗幟、旌。旗幟、旗。旌旗は軍隊の用いるもの、其の多いことはどこも軍隊ばかりであることをいう。旌旗は鳥の羽をばさばさにして頭に飾りにつけているはた、旌は竜を交叉して画いたはた。

『奉和賈至舍人早朝大明宮』

五夜漏聲催曉箭,九重春色醉仙桃。

旌旗日暖龍蛇動,宮殿風微燕雀高。

朝罷香煙攜滿袖,詩成珠玉在揮毫。

欲知世掌絲綸美。池上於今有鳳毛。

 

風起 春城 ,高樓 鼓角

さあっと吹いてきた草叢を抜けてきて、春景色の城郭も黄昏てきている。高楼に上がってみると守備隊の鼓角、ラッパと太鼓の音が周辺にかなしく響き渡る。

「風」語義類別:物、天候氣象、風霜雪露、風。

「起」語義類別:其他、現象、自然現象、起。

「春城」

「暮」語義類別:時、時間、範圍時間(黃昏)、暮。

「高」語義類別:地、空間、距離、高。

「樓」語義類別:物、建築物、亭臺樓閣、樓。

「鼓角」語義類別:物、器物、樂器(合稱)、鼓角。

秦州雜詩二十首 其四 

(鼓角の声を写し、自己の寄る辺なきを述べる。)守備隊の鼓角、ラッパと太鼓の音が周辺に響き渡る

其四

鼓角縁辺郡、川原欲夜時。

秋聴殷地発、風散入雲悲。

抱葉寒蝉静、帰山独鳥遅。

万方声一慨、吾道竟何之。

秦州雜詩二十首 其四 杜甫 第1部 <257> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1220 杜甫詩 700- 371

杜甫『寄張十二山人彪三十韻』  

肘後符應驗,囊中藥未陳。旅懷殊不愜,良覿眇無因。

自古多悲恨,浮生有屈伸。此邦今尚武,何處且依仁。

鼓角淩天籟,關山倚月輪。

寄張十二山人彪三十韻 杜甫 <318-#5> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1487 杜甫詩 700- 460

 

「悲」語義類別:人、情感詞(綜合情感)、負面情感(悲哀傷痛)、悲。
少陵台 

643 《玩月呈漢中王》 蜀中転々 杜甫 <548>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2965 杜甫詩1000-548-787/1500

《玩月呈漢中王》この月をながめながら旅行のことが気になるから漂泊せざるをえない世情が落ち着かないかたちでこの月をながめているのである。しかし、そうであってもただひとりで舟に乗って帰らねばならぬのは苦しいことなのだ。

 

2013年9月10日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 643 《玩月呈漢中王》 蜀中転々 杜甫 <548>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2965 杜甫詩1000-548-787/1500
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
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643 《玩月呈漢中王》 蜀中転々 杜甫 <548  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2965 杜甫詩1000-548-787/1500          

 

詩 題:

作時:762 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の548首目- 蜀中転々 場面

杜甫ブログ1500回予定の-787回目   40886

 

玩月呈漢中王

(月の光が明るく鑑賞にひたり、この一首を漢中王にたてまつる。)

夜深露氣清,江月滿江城。

この月をながめながら旅行のことが気になるから漂泊せざるをえない世情が落ち着かないかたちでこの月をながめているのである。しかし、そうであってもただひとりで舟に乗って帰らねばならぬのは苦しいことなのだ。

浮客轉危坐,歸舟應獨行。

ここの月の光はすべての国境にある山々を同一に照らし、わたしを照らすひかりはすなわちあなたを照らしている、ただ月前の烏鵲はみずから多いに驚いて落ち着きは子ないのだ。 

關山同一照,烏鵲自多驚。

ここの月の光はすべての国境にある山々を同一に照らし、わたしを照らすひかりはすなわちあなたを照らしている、ただ月前の烏鵲はみずから多いに驚いて落ち着きは子ないのだ。 

欲得淮王術,風吹暈已生。

ま舟のでかかっているときに風が吹きだし月の傘が出だした、これではならぬによって、どうか劉安が著わした「淮南子」にいう「淮南王の術」でもってこの月の傘をはらいのけてしまいたいとおもうのである。

 

(月を翫びて漢中王に呈す)

夜深くして露気清し、江月江城に満つ。

浮客転【うたた】た危坐す、帰舟応に独行すべし。

関山同一に照らす、烏鵲【うじゃく】自ら多く驚く。

得んと欲す准王【わいおう】の術、風吹きて暈【うん】己に生ず。

 tsuki001

 






『玩月呈漢中王』 現代語訳と訳註

(本文)

玩月呈漢中王

夜深露氣清,江月滿江城。

浮客轉危坐,歸舟應獨行。

關山同一照,烏鵲自多驚。

欲得淮王術,風吹暈已生。

 

 

(下し文)

(月を翫びて漢中王に呈す)

夜深くして露気清し、江月江城に満つ。

浮客転【うたた】た危坐す、帰舟応に独行すべし。

関山同一に照らす、烏鵲【うじゃく】自ら多く驚く。

得んと欲す准王【わいおう】の術、風吹きて暈【うん】己に生ず。

 

(現代語訳)

(月の光が明るく鑑賞にひたり、この一首を漢中王にたてまつる。)

この月をながめながら旅行のことが気になるから漂泊せざるをえない世情が落ち着かないかたちでこの月をながめているのである。しかし、そうであってもただひとりで舟に乗って帰らねばならぬのは苦しいことなのだ。

 

ここの月の光はすべての国境にある山々を同一に照らし、わたしを照らすひかりはすなわちあなたを照らしている、ただ月前の烏鵲はみずから多いに驚いて落ち着きは子ないのだ。 

いま舟のでかかっているときに風が吹きだし月の傘が出だした、これではならぬによって、どうか劉安が著わした「淮南子」にいう「淮南王の術」でもってこの月の傘をはらいのけてしまいたいとおもうのである。

 

 

(訳注)

玩月呈漢中王

(月の光が明るく鑑賞にひたり、この一首を漢中王にたてまつる。)

/翫月 月の光をめでて漢中王にたてまつった詩。これは月をもてあそぶというが惜別の詩である、惜別のあわただしいとき月の光をめでるというのは王に対する恋着の情をこめたものかと察せられる。宝応元年梓州にあっての作。

中王 前詩の王をいう。

639五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之一》 蜀中転々 杜甫 <544  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2945 杜甫詩1000-544-783/1500

640 五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之二》 蜀中転々 杜甫 <545  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2950 杜甫詩1000-545-784/1500

641 《戲題寄上漢中王,三首之三【案:自注:時王在梓州,初至,斷酒不飲,篇有戲述。漢中王瑀,寧王憲之子。】》 蜀中転々 杜甫 <546>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2955 杜甫詩1000-546-785/1500

 

 

夜深露氣清,江月滿江城。

夜がふけて秋露の気が清く置き、涪江の上の月がかわぞいの城郭には、いっぱい照らしている。

○江 涪江。涪江はゆったり流れる。

 

浮客轉危坐,歸舟應獨行。

この月をながめながら旅行のことが気になるから漂泊せざるをえない世情が落ち着かないかたちでこの月をながめているのである。しかし、そうであってもただひとりで舟に乗って帰らねばならぬのは苦しいことなのだ。

○浮客 成都にさえ返ることが出来ない諷泊する旅客、自己をさす。

○危坐 何処にいても愁いがない状態にはならないことを云う。つきを「翫ぶ」というのに世情が落ち着かないこと、杜甫には捕虜になり、そこを脱出するのに生きた心地がしなかったことのトラウマがあり、蜀に徐知道があり、両京には党項羌があり、東都には史朝義がある状況は月を見るためにゆっくり座っていても「危坐」でしかないのである。この句をそこに月を惜しむこころがこもるのであるという解説もあるが間違い。

○帰舟 王に別れて杜甫の居所成都へかえるのに舟にのるのであり、王が蓬州へかえるのであるということ。

 

關山同一照,烏鵲自多驚。

ここの月の光はすべての国境にある山々を同一に照らし、わたしを照らすひかりはすなわちあなたを照らしている、ただ月前の烏はみずから多いに驚いて落ち着きは子ないのだ。 

○同一照 照を或は点に作るのはよろしくない。

關山 国境にある山杜甫『吹笛』「吹笛秋山風月清,誰家巧作斷腸聲。風飄律呂相和切,月傍關山幾處明。胡騎中宵堪北走,武陵一曲想南征。故園楊柳今搖落,何得愁中曲盡生。」

 

欲得淮王術,風吹暈已生。

いま舟のでかかっているときに風が吹きだし月の傘が出だした、これではならぬによって、どうか劉安が著わした「淮南子」にいう「淮南王の術」でもってこの月の傘をはらいのけてしまいたいとおもうのである。

王術 王とは漢の商王劉安をいう、漢中王にたとえられる、劉安が著わした「南子」に「蘆灰に画き而して月暈闕ク」の語があり、蘆をもやした灰のうえに月の形をかき、その一部分をけすと天上の月のくもりもその部分がかける、といっている。

 月のこと、おつきさまの傘、舟がゆくのに風があってはならぬゆえ月の傘をはらいのけたいというのである。

 

 

(月を翫びて漢中王に呈す)

夜深くして露気清し、江月江城に満つ。

浮客転【うたた】た危坐す、帰舟応に独行すべし。

関山同一に照らす、烏鵲【うじゃく】自ら多く驚く。

得んと欲す准王【わいおう】の術、風吹きて暈【うん】己に生ず。Nature1-011

642 《悲秋》 蜀中転々 杜甫 <547>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2960 杜甫詩1000-547-786/1500

杜甫《悲秋》清々しい風が吹いてそれは全土万里先まで動いた。それに蜀に徐知道、両京に党項羌、東都に史朝義が盗賊のようにはびこっている。

 

2013年9月9日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(3)#1-2 文選 賦<109-#1-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩882 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2958
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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遊城南十六首:遣興 韓愈(韓退之) <184>Ⅱ中唐詩795 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2959
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 642 《悲秋》 蜀中転々 杜甫 <547>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2960 杜甫詩1000-547-786/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 099清平楽 其四 韋荘 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-283-5-#37 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2962
 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html    
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html    
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

642 《悲秋》 蜀中転々 杜甫 <547  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2960 杜甫詩1000-547-786/1500          

 

詩題: 悲秋 

作時:762 寶應元年 杜甫51歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

掲 載; 杜甫1000首の547首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-786回目   40885

 

 

 

詩文:

悲秋

(ものがなしい秋の節)

涼風動萬里,群盜尚縱橫。 

清々しい風が吹いてそれは全土万里先まで動いた。それに蜀に徐知道、両京に党項羌、東都に史朝義が盗賊のようにはびこっている。

家遠傳書日,秋來為客情。 

家族は遠くにある、書簡を伝え届いて、言っていることは「秋が来ると旅の人はどうしても感情を抑えられない。」と。

秋窺高鳥過,老逐眾人行。 

秋の深まりは忍び寄ってくる、雁も南へとすぎてゆき、それとともに私も老いが迫ってくるのは誰でもそうなるのである。
始欲投三峽,何由見兩京。 

ここではじめて三峡の流れに投じたいと思うのである。なんとしてでもどうにかして長安、洛陽の都を見たいものである。

悲秋

涼風 萬里に動く,群盜 尚お 縱橫たり。 

家 遠くして 傳書に日く,秋來 客情を為す。 

秋窺いて 高鳥 過ぎ,老逐して 眾人 行く。 

始めて三峽に投ずるを欲し,何ぞ由するか 兩京を見んとや。 

 

 

『悲秋』 現代語訳と訳註

(本文)

悲秋

涼風動萬里,群盜尚縱橫。 

家遠傳書日,秋來為客情。 

秋窺高鳥過,老逐眾人行。 

始欲投三峽,何由見兩京。 

 

 

(下し文)

悲秋

涼風 萬里に動く,群盜 尚お 縱橫たり。 

家 遠くして 傳書に日く,秋來 客情を為す。 

秋窺いて 高鳥 過ぎ,老逐して 眾人 行く。 

始めて三峽に投ずるを欲し,何ぞ由するか 兩京を見んとや。 

 

(現代語訳)

(ものがなしい秋の節)

清々しい風が吹いてそれは全土万里先まで動いた。それに蜀に徐知道、両京に党項羌、東都に史朝義が盗賊のようにはびこっている。

家族は遠くにある、書簡を伝え届いて、言っていることは「秋が来ると旅の人はどうしても感情を抑えられない。」と。

秋の深まりは忍び寄ってくる、雁も南へとすぎてゆき、それとともに私も老いが迫ってくるのは誰でもそうなるのである。

ここではじめて三峡の流れに投じたいと思うのである。なんとしてでもどうにかして長安、洛陽の都を見たいものである。 

 

(訳注)

悲秋 

(ものがなしい秋の節)

杜甫『送裴五赴東川』

故人亦流落,高義動乾坤。

何日通燕塞,相看老蜀門。

東行應暫別,北望苦銷魂。

凜凜悲秋意,非君誰與論?

送裴五赴東川 成都5-(9) 杜甫 <462  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2255 杜甫詩1000-462-645/1500

宋玉『九辨』、
悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,
憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,
泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,
悽增欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,
坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。
惆悵兮而私自憐。
燕翩翩其辭歸兮,蟬寂漠而無聲。
鴈廱廱而南遊兮,鶤雞啁哳而悲鳴。
獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征。
時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。
「秋を悲しむ」とよんでもよい。『九辯』については全文訳注を掲載していいる。
九辯 第二段-#1 宋玉  <00-#3>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 632 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2144
大暦元年 76655歳七言律詩『詠懐古蹟五首』  古跡において自己の懐う所を詠じた詩。五首ある。大暦元年夔州に在ったおり各古跡をおとずれることなく予想して作ったもの
杜甫『詠懐古跡 其の二』
搖落深知宋玉悲,風流儒雅亦吾師。
悵望千秋一灑淚,蕭條異代不同時。
江山故宅空文藻,雲雨荒台豈夢思。
最是楚宮俱泯滅,舟人指點到今疑。

 

杜甫『九日藍田崔氏荘
老去悲愁強自寛、興来今日尽君歓。
羞将短髪環吹帽、笑倩旁人為正冠。
藍水遠従千澗落、玉山高並両峰寒。
明年此会知誰健、酔把茱萸子細看。

九日藍田崔氏荘 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 277

 

 

 

涼風 萬里 ,群盜 尚縱橫。

清々しい風が吹いてそれは全土万里先まで動いた。それに蜀に徐知道、両京に党項羌、東都に史朝義が盗賊のようにはびこっている。

・「群盗」 群盗のはびこるときにあたっての意、群盗とは蜀に徐知道があり、両京には党項羌があり、東都には史朝義があるの類をいう。

 

 

家遠 傳書 ,秋來 為客

家族は遠くにある、書簡を伝え届いて、言っていることは「秋が来ると旅の人はどうしても感情を抑えられない。」と。

・「傳書書簡を伝え届いて、

 

 

秋窺 高鳥 ,老逐 眾人

秋の深まりは忍び寄ってくる、雁も南へとすぎてゆき、それとともに私も老いが迫ってくるのは誰でもそうなるのである。

・「窺」1 すきまなどから、ひそかにのぞいて見る。2 ひそかにようすを探り調べる。3 一部分から全体を推し量って知る。。

・「高鳥」天高い秋の空に飛ぶ渡り鳥、雁。

・「過」通り過ぎる。

・「眾人」だれもかれも、みな。

 

 

始欲 三峽 ,何由見 兩京

ここではじめて三峡の流れに投じたいと思うのである。なんとしてでもどうにかして長安、洛陽の都を見たいものである。

・「三峽」瞿塘峽、巫峽、西陵峽。

・「兩京」長安、洛陽。

641五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之三》 蜀中転々 杜甫 <546>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2955 杜甫詩1000-546-785/1500

《戲題寄上漢中王,三首之三》いま蜀に徐知道、両京には党項羌、東都には史朝義があり、多くの盗賊があるのでわたくしには故郷へかえる路がないのだ。かかるときこの老衰した顔つきであなたとこんな遠方でおあいをしたのです。

 

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641
五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之三》 蜀中転々 杜甫 <546  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2955 杜甫詩1000-546-785/1500

 

 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 戲題寄上漢中王,三首之三〔自注:時王在梓州,初至,斷酒不飲,篇有戲述。漢中王瑀,寧王憲之子。〕 

作者: 杜甫  762年 寶應元年  51 

及地點:  成都 (劍南道北部 益州 成都) 蜀、雁池 (河南道 宋州 宋城)

交遊人物: 李瑀

掲 載; 杜甫1000首の546首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-785回目   40884

 

 

詩文:

戲題寄上漢中王,三首之三

(戯れて作ってみた詩、漢の親族中の王に寄せ奉る三首の三。)

群盜無歸路,衰顏會遠方。

いま蜀に徐知道、両京には党項羌、東都には史朝義があり、多くの盗賊があるのでわたくしには故郷へかえる路がないのだ。かかるときこの老衰した顔つきであなたとこんな遠方でおあいをしたのです。

尚憐詩警策,猶記酒顛狂。

それにあなたはわたくしの詩に警策のあることを愛せられており、またわたくしが酒をのんで狂い回るくせのあることをお忘れになりません。

魯衛彌尊重,徐陳略喪亡。

あなたは皇室の血を引く筋あいでいよいよ尊貴の地位にあらせられるが、かつて知遇を辱のうした文学者ども、徐・陳に此すべき人たちはあらかたしりぞけられていなくなってしまいました。

空餘枚叟在,應念早升堂。

いたずらに枚乗に此ぶべきわたくしだけがのこっておりまする。どうかこのおやじはずっと以前からお邸の堂にのぼったものであるということをおかんがえくだされたい。

 

(戯れに題して漢中王に寄せ上る 三首)

羣盗に帰路無し、衰顔に遠方に会す。

尚お憐れむ詩の警策、猶お記す酒の顛狂【てんきょう】。

魯衛【ろえい】弥【いよい】よ尊重、徐陳 略【ほぼ】喪亡す。

空しく枚叟【ばいそう】を余して在り、応に念うべし早く堂に升りしことを。

 

 

『戲題寄上漢中王,三首之三』 現代語訳と訳註

(本文)

戲題寄上漢中王,三首之三

群盜無歸路,衰顏會遠方。

尚憐詩警策,猶記酒顛狂。

魯衛彌尊重,徐陳略喪亡。

空餘枚叟在,應念早升堂。

 

詩文(含異文)

群盜無歸路,衰顏會遠方。

尚憐詩警策,猶記酒顛狂【猶憶酒顛狂】。

魯衛彌尊重,徐陳略喪亡【案:用曹丕〈與質書〉。】。空餘枚叟在【空餘故叟在】,應念早升堂。 

 

 

(下し文)

(戯れに題して漢中王に寄せ上る 三首)

羣盗に帰路無し、衰顔に遠方に会す。

尚お憐れむ詩の警策、猶お記す酒の顛狂【てんきょう】。

魯衛【ろえい】弥【いよい】よ尊重、徐陳 略【ほぼ】喪亡す。

空しく枚叟【ばいそう】を余して在り、応に念うべし早く堂に升りしことを。

 

 

(現代語訳)

(戯れて作ってみた詩、漢の親族中の王に寄せ奉る三首の三。)

いま蜀に徐知道、両京には党項羌、東都には史朝義があり、多くの盗賊があるのでわたくしには故郷へかえる路がないのだ。かかるときこの老衰した顔つきであなたとこんな遠方でおあいをしたのです。

それにあなたはわたくしの詩に警策のあることを愛せられており、またわたくしが酒をのんで狂い回るくせのあることをお忘れになりません。

あなたは皇室の血を引く筋あいでいよいよ尊貴の地位にあらせられるが、かつて知遇を辱のうした文学者ども、徐・陳に此すべき人たちはあらかたしりぞけられていなくなってしまいました。

いたずらに枚乗に此ぶべきわたくしだけがのこっておりまする。どうかこのおやじはずっと以前からお邸の堂にのぼったものであるということをおかんがえくだされたい。

 

 

(訳注)

戲題寄上漢中王,三首之三

(戯れて作ってみた詩、漢の親族中の王に寄せ奉る三首の三。)

〔自注:時王在梓州,初至,斷酒不飲,篇有戲述。漢中王瑀,寧王憲之子。〕 

自註:このとき王は梓州にあった。初めてここに至ったということだ。断酒して呑まなかった。詩篇があり戯れてのべてみる。漢中の王李瑀殿で、王としてよりは俊敏な役人の人というところだ。

○戯題 たわむれにかきつける、諸篇に王に酒をねだる意をのべているので戯れという。

○寄上 寄せて献上する。

○漢中王 名を璃といい譲皇帝(寧王)の第六子で汝陽王璡の弟である。玄宗が蜀に幸したときに従って漢中に至り、漢中王に封ぜられ銀青光禄大夫・漢中郡太守を加えられた。のち粛宗を諌めて帝の怒りにふれ蓬州の刺史に貶せられた。ここには漢中王と称しているが蓬州の刺史として何かの事によって梓州に来たのにより作者が彼とあったものとおもわれる。

 

群盜 歸路 ,衰顏 遠方

いま蜀に徐知道、両京には党項羌、東都には史朝義があり、多くの盗賊があるのでわたくしには故郷へかえる路がないのだ。かかるときこの老衰した顔つきであなたとこんな遠方でおあいをしたのです。

○群盗 群盗のはびこるときにあたっての意、群盗とは蜀に徐知道があり、両京には党項羌があり、東都には史朝義があるの類をいう。

○無帰路 自分の故郷へかえるべき道路がない。

○衰顔 かおつきが老衰したときにあたっての意。

○会遠方 王と遠方においてであったこと、遠方とはこの梓州の地をさす。

 

 

尚憐 警策,猶記 顛狂

それにあなたはわたくしの詩に警策のあることを愛せられており、またわたくしが酒をのんで狂い回るくせのあることをお忘れになりません。

○憐、記 ともに王がなすのである、憐は愛すること、記は記憶すること。

○詩・酒 ともに作者自身のこと。

○警策 馬にくれるいましめのむち、詩文の一篇のなかに短いぴりっとこたえるような文句のあることをいう。

○顛狂 よってくるいまわるさま。

 

 

魯衛 彌尊重 ,徐陳 略喪亡

あなたは皇室の血を引く筋あいでいよいよ尊貴の地位にあらせられるが、かつて知遇を辱のうした文学者ども、徐・陳に此すべき人たちはあらかたしりぞけられていなくなってしまいました。

○魯衛 魯も衛も周代には天子の家と親戚のあいだがらである、漢中王は皇族ゆえかくいう、また閲元十四年十一月玄宗が寧王の宅へ行幸して婁したときの詩にも「魯衛情尤モ重シ」の旬がある。

○尊重 とうとくおもい。

○徐陳 魏の徐幹・陳琳、魏の文帝に愛せられた文学者である。

 

 

空餘 枚叟 ,應念 升堂

いたずらに枚乗に此ぶべきわたくしだけがのこっておりまする。どうかこのおやじはずっと以前からお邸の堂にのぼったものであるということをおかんがえくだされたい。

〇枚叟 漢の牧乗、牧乗は梁の孝王の賓客の中で詞賦に最も秀れていた、今かりて自己に此する。

○念 王がおもう。

○早升堂 かつて以前に王邸の堂にのぼり知遇を得たことをいう。

 

(戯れに題して漢中王に寄せ上る 三首)

羣盗に帰路無し、衰顔に遠方に会す。

尚お憐れむ詩の警策、猶お記す酒の顛狂【てんきょう】。

魯衛【ろえい】弥【いよい】よ尊重、徐陳 略【ほぼ】喪亡す。

空しく枚叟【ばいそう】を余して在り、応に念うべし早く堂に升りしことを。

640 五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之二》 蜀中転々 杜甫 <545>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2950 杜甫詩1000-545-784/1500

戲題寄上漢中王,三首之二そういうことでわたしは一度飲むと酩酊してしまいたいと思うのであるが、賊達が酩酊している安史軍の支配する宋州の宋城、雁池のあたりを浄化し掃討することである。

 

2013年9月7日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

640 五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之二〔自注:時王在梓州,初至,斷酒不飲,篇有戲述。漢中王瑀,寧王憲之子。〕》 蜀中転々 杜甫 <545  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2950 杜甫詩1000-545-784/1500

 

 

詩題: 戲題寄上漢中王,三首之二

〔自注:時王在梓州,初至,斷酒不飲,篇有戲述。漢中王瑀,寧王憲之子。〕 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

作者: 杜甫  762年 寶應元年  51 

及地點:  成都 (劍南道北部 益州 成都) 蜀、雁池 (河南道 宋州 宋城)

交遊人物: 李瑀


掲 載;
杜甫1000首の545首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-784回目

657 戲題寄上漢中王三首  漢中王李璃にであったところ酒を禁じておられるので戯れにかきつけて王にたてまつった詩。宝応元年梓州にあっての作。

 

詩文:

戲題寄上漢中王,三首之二

(戯れて作ってみた詩、漢の親族中の王に寄せ奉る三首の二。)

策杖時能出,王門異昔遊。 

馬の鞭と杖とで時に能く出掛けていた。宮廷の門をくぐっていたころは昔遊んだ山東地方は違った状況になっている。

已知嗟不起,未許醉相留。 

既にもうわかっているのは残念ながら取り戻すため起き上がれないことだし、未だに許されないことは、互いに留まって酔うことだ。

蜀酒濃無敵,江魚美可求。 

蜀のお酒はこくがあって敵なしであるし、錦江で取れる魚はおいしくて求めるべしである。

終思一酩酊,淨掃雁池頭。 

そういうことでわたしは一度飲むと酩酊してしまいたいと思うのであるが、賊達が酩酊している安史軍の支配する宋州の宋城、雁池のあたりを浄化し掃討することである。

 

戲れに題す 漢中王に寄せ上つる,三首の二

〔自ら注す:時に王 梓州に在り,初めて至る,斷酒して飲まざれば,篇有り戲れに述べる。漢中王の瑀,寧王憲の子なり。〕

策と杖をもって 時に能く出づ,王門 昔遊を異とす。 

已に知る 嗟あ不起きざるを,未だ許さざる 醉いて相い留まるを。 

蜀の酒は濃く敵無し,江の魚は美く求める可し。 

終思う 一たび酩酊すを,淨掃すは 雁池の頭りに。 

鸕鷀001 


『戲題寄上漢中王,三首之二』 現代語訳と訳註

(本文) 戲題寄上漢中王,三首之二

策杖時能出,王門異昔遊。 

已知嗟不起,未許醉相留。 

蜀酒濃無敵,江魚美可求。 

終思一酩酊,淨掃雁池頭。 

 

 

(下し文)

戲れに題す 漢中王に寄せ上つる,三首の二

〔自ら注す:時に王 梓州に在り,初めて至る,斷酒して飲まざれば,篇有り戲れに述べる。漢中王の瑀,寧王憲の子なり。〕

策と杖をもって 時に能く出づ,王門 昔遊を異とす。 

已に知る 嗟あ不起きざるを,未だ許さざる 醉いて相い留まるを。 

蜀の酒は濃く敵無し,江の魚は美く求める可し。 

終思う 一たび酩酊すを,淨掃すは 雁池の頭りに。 

 

 

(現代語訳)

(戯れて作ってみた詩、漢の親族中の王に寄せ奉る三首の二。)

馬の鞭と杖とで時に能く出掛けていた。宮廷の門をくぐっていたころは昔遊んだ山東地方は違った状況になっている。

既にもうわかっているのは残念ながら取り戻すため起き上がれないことだし、未だに許されないことは、互いに留まって酔うことだ。

蜀のお酒はこくがあって敵なしであるし、錦江で取れる魚はおいしくて求めるべしである。

そういうことでわたしは一度飲むと酩酊してしまいたいと思うのであるが、賊達が酩酊している安史軍の支配する宋州の宋城、雁池のあたりを浄化し掃討することである。

 

 

(訳注)

戲題寄上漢中王,三首之二

(戯れて作ってみた詩、漢の親族中の王に寄せ奉る三首の二。)

〔自注:時王在梓州,初至,斷酒不飲,篇有戲述。漢中王瑀,寧王憲之子。〕 

自註:このとき王は梓州にあった。初めてここに至ったということだ。断酒して呑まなかった。詩篇があり戯れてのべてみる。漢中の王李瑀殿で、王としてよりは俊敏な役人の人というところだ。

○戯題 たわむれにかきつける、諸篇に王に酒をねだる意をのべているので戯れという。

○寄上 寄せて献上する。

○漢中王 名を璃といい譲皇帝(寧王)の第六子で汝陽王璡の弟である。玄宗が蜀に幸したときに従って漢中に至り、漢中王に封ぜられ銀青光禄大夫・漢中郡太守を加えられた。のち粛宗を諌めて帝の怒りにふれ蓬州の刺史に貶せられた。ここには漢中王と称しているが蓬州の刺史として何かの事によって梓州に来たのにより作者が彼とあったものとおもわれる。

・憲 法令、基本となる決まり、手本、法に則って示す、憲法、公布する、役人、取り締まる、敏捷、あらわす、という意味がある。 

 

策杖 能出 ,王門 昔遊

馬の鞭と杖とで時に能く出掛けていた。宮廷の門をくぐっていたころは昔遊んだ山東地方は違った状況になっている。

・「杖」生活用品(其他用品)、杖。

・「王門」長安の朝廷にいる門を。

・「異」若いころ遊学の旅をした辺りが安史軍の支配地になっていること。

・「昔遊」杜甫が若い頃遊学していた斉の国、山東地方のこと。

 

 

已知 不起 ,未許 相留

既にもうわかっているのは残念ながら取り戻すため起き上がれないことだし、未だに許されないことは、互いに留まって酔うことだ。

 

 

蜀酒 無敵 ,江魚 美可求

蜀のお酒はこくがあって敵なしであるし、錦江で取れる魚はおいしくて求めるべしである。

・「蜀」成都 (劍南道北部 益州 成都)

・「濃」濃淡の濃。

・「江」錦江、大江。

 

 

終思 一酩酊 ,淨掃 雁池

そういうことでわたしは一度飲むと酩酊してしまいたいと思うのであるが、賊達が酩酊している安史軍の支配する宋州の宋城、雁池のあたりを浄化し掃討することである。

・「酩酊」酒に酔うこと,いわゆる酒酔い。アルコール飲料を飲用したときに起こる精神身体的変化のこと。

・「淨」1 汚れがなく清らか。「浄化・浄財・浄書・浄土・浄福/清浄・不浄」2 清める。。

・「掃」 1 ほうきでごみを除く。「掃除(そうじ)/清掃」 2 じゃまものを平らげる。「掃射・掃討・掃滅/一掃」。

・「雁池」(湖海池潭)、雁が飛来する池。安史軍の支配する地域(河南道 宋州 宋城)雁:異民族の多い安史軍。梁王の兔園に雁池が有る。

・「頭」位置、池のほとり。
denen03350 

639五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之一》 蜀中転々 杜甫 <544>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2945 杜甫詩1000-544-783/1500

《戲題寄上漢中王,三首之一》人生百年、年老いて両鬢が白髪になってしった。一つの別れがあって、足かけ五年も秋蛍を見たのだ.とにかく忍んで盃の中の酒を飲むのを断っていた。ただ、わたしは後漢の崔子玉がのこした『座右銘』のある『文選』をみていた。


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639五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之一》 蜀中転々 杜甫 <544  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2945 杜甫詩1000-544-783/1500           

 

詩 題: 作時:762 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載;
杜甫1000首の544首目-場面
杜甫ブログ
1500回予定の-783回目   40882

 

作者: 杜甫  762年 寶應元年  51 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 戲題寄上漢中王,三首之一

〔自注:時王在梓州,初至,斷酒不飲,篇有戲述。漢中王瑀,寧王憲之子。〕 

及地點:  成都 (劍南道北部 益州 成都) 別名:蜀     

交遊人物: 李瑀

 

 

詩文:

戲題寄上漢中王,三首之一

(戯れて作ってみた詩、漢の親族中の王に寄せ奉る三首の一。)

〔自注:時王在梓州,初至,斷酒不飲,篇有戲述。漢中王瑀,寧王憲之子。〕 

自註:このとき王は梓州にあった。初めてここに至ったということだ。断酒して呑まなかった。詩篇があり戯れてのべてみる。漢中の王李瑀殿で、王としてよりは俊敏な役人の人というところだ。

西漢親王子,成都老客星。 

前漢の王族の中の王子であった流れを汲んでいる。成都に来ても旅客者となっても徐知道の乱で老いてしまう。

百年雙白鬢,一別五秋螢。 

人生百年、年老いて両鬢が白髪になってしった。一つの別れがあって、足かけ五年も秋蛍を見たのだ

忍斷杯中物,祗看座右銘。 

とにかく忍んで盃の中の酒を飲むのを断っていた。ただ、わたしは後漢の崔子玉がのこした『座右銘』のある『文選』をみていた。

不能隨皂蓋,自醉逐浮萍。 

官僚として随うことが出来なくて、自然に浮草の生活をして酔ってしまうのだ。

 

戲れに題す 漢中王に寄せ上つる,三首の一

〔自ら注す:時に王 梓州に在り,初めて至る,斷酒して飲まざれば,篇有り戲れに述べる。漢中王の瑀,寧王憲の子なり。〕

西漢の親王の子,成都 老客の星。

百年にして雙白の鬢,一別して 五秋の螢。 

忍んで斷つ 杯中の物,祗だ看る 座右の銘。 

皂蓋に隨う能わず,自ら浮萍を逐うに醉う。 

岳陽樓詩人0051

 














『戲題寄上漢中王,三首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

戲題寄上漢中王,三首之一

〔自注:時王在梓州,初至,斷酒不飲,篇有戲述。漢中王瑀,寧王憲之子。〕 

西漢親王子,成都老客星。 

百年雙白鬢,一別五秋螢。 

忍斷杯中物,祗看座右銘。 

不能隨皂蓋,自醉逐浮萍。 

 

詩文(含異文)

西漢親王子,成都老客星。

百年雙白鬢,一別五秋螢【一別五飛螢】。

忍斷杯中物,祗看座右銘【眠看座右銘】。

不能隨皂蓋,自醉逐浮萍。   

 

(下し文)

戲れに題す 漢中王に寄せ上つる,三首の一

〔自ら注す:時に王 梓州に在り,初めて至る,斷酒して飲まざれば,篇有り戲れに述べる。漢中王の瑀,寧王憲の子なり。〕

西漢の親王の子,成都 老客の星。

百年にして雙白の鬢,一別して 五秋の螢。 

忍んで斷つ 杯中の物,祗だ看る 座右の銘。 

皂蓋に隨う能わず,自ら浮萍を逐うに醉う。 

 

 

(現代語訳)

(戯れて作ってみた詩、漢の親族中の王に寄せ奉る三首の一。)

自註:このとき王は梓州にあった。初めてここに至ったということだ。断酒して呑まなかった。詩篇があり戯れてのべてみる。漢中の王李瑀殿で、王としてよりは俊敏な役人の人というところだ。

前漢の王族の中の王子であった流れを汲んでいる。成都に来ても旅客者となっても徐知道の乱で老いてしまう。

人生百年、年老いて両鬢が白髪になってしった。一つの別れがあって、足かけ五年も秋蛍を見たのだ

とにかく忍んで盃の中の酒を飲むのを断っていた。ただ、わたしは後漢の崔子玉がのこした『座右銘』のある『文選』をみていた。

官僚として随うことが出来なくて、自然に浮草の生活をして酔ってしまうのだ。

 

 

(訳注)

戲題寄上漢中王,三首之一

(戯れて作ってみた詩、漢の親族中の王に寄せ奉る三首の一。)

〔自注:時王在梓州,初至,斷酒不飲,篇有戲述。漢中王瑀,寧王憲之子。〕 

自註:このとき王は梓州にあった。初めてここに至ったということだ。断酒して呑まなかった。詩篇があり戯れてのべてみる。漢中の王李瑀殿で、王としてよりは俊敏な役人の人というところだ。

○戯題 たわむれにかきつける、諸篇に王に酒をねだる意をのべているので戯れという。

○寄上 寄せて献上する。

○漢中王 名を璃といい譲皇帝(寧王)の第六子で汝陽王璡の弟である。玄宗が蜀に幸したときに従って漢中に至り、漢中王に封ぜられ銀青光禄大夫・漢中郡太守を加えられた。のち粛宗を諌めて帝の怒りにふれ蓬州の刺史に貶せられた。ここには漢中王と称しているが蓬州の刺史として何かの事によって梓州に来たのにより作者が彼とあったものとおもわれる。
・憲 法令、基本となる決まり、手本、法に則って示す、憲法、公布する、役人、取り締まる、敏捷、あらわす、という意味がある。

 

西漢 王子 ,成都 老客星

前漢の王族の中の王子であった流れを汲んでいる。成都に来ても旅客者となっても徐知道の乱で老いてしまう。

・「西漢」東の洛陽に都した後漢に対して西の長安に都したことから西漢と、後漢は東漢と称される。前漢と後漢との社会・文化などには強い連続性があり、その間に明確な区分は難しく、前漢と後漢を併せて両漢と総称されることもある。

・客星 常には見えず、一時的に現れる星。彗星(すいせい)や新星など。きゃくせい。きゃくしょう。客星御座を犯す《「後漢書」逸民伝から。「御座」は、天子の位》身分の低い者が、天子の位をねらうこと。客星帝座を犯すという。徐知道の乱を云う。

 

 

百年 白鬢 ,一別 五秋 【一別五飛螢】。

人生百年、年老いて両鬢が白髪になってしった。一つの別れがあって、足かけ五年も秋蛍を見たのだ

・百年 五十になれば、百年という表現をする。

・雙 両鬢のこと。

・五秋 五回の秋を過ごす。足かけ五年。

 

忍斷 杯中 ,祗看 座右 【眠看座右銘】。

とにかく忍んで盃の中の酒を飲むのを断っていた。ただ、わたしは後漢の崔子玉がのこした『座右銘』のある『文選』をみていた。

・座右銘 後漢の崔子玉がのこした『文選』『座右銘』

「愼言節飲食、知足勝不祥。」(言葉遣いに注意し飲食を節制しよう、ほどほどの満足に心掛けていれば、良からぬ事にも合わないだろう。)

 

 

不能 皂蓋 ,自醉 浮萍

官僚として随うことが出来なくて、自然に浮草の生活をして酔ってしまうのだ。

・皂蓋 職官爵位、官。

・浮萍 うきくさ。(草本)、萍。成都遂州00

638 七言律詩 《野望》 蜀中転々 杜甫 <543>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2940 杜甫詩1000-543-782/1500

杜甫《野望》金華山の北側で涪江の流れの右岸、西に位置する辺りの野原を見る。ここにきて早、風も日ざしも仲冬そのものになって始めて冷たく凍えるのを感じるのである。遠く西の連山をみればその山脈は越の方へ連なって蜀地全体にわだかまり盆地にする。水流は巴州、渝州の地方へ散らばってさら五渓の方へ下る。

 

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638 七言律詩 《野望》 蜀中転々 杜甫 <543  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2940 杜甫詩1000-543-782/1500

 

詩 題:野望

作時:762 寶應元年 杜甫51歳 

卷別: 卷二二七  文體: 七言律詩 

作地點: 射洪(劍南道北部 / 梓州 / 射洪

及地點: 金華山 (劍南道北部 梓州 射洪、嶲州 (劍南道南部 嶲州 嶲州別名:越 、巴州 (山南西道 巴州 巴州別名:巴中、巴 、渝州 (山南西道 渝州 渝州別名:渝 、射洪 (劍南道北部 梓州 射洪  

掲 載; 杜甫1000首の543首目-場面 蜀中転々

杜甫ブログ1500回予定の-782回目   40881

射洪県の野外にあって眺望してよんだ詩。宝応元年十一月、射洪県にあっての作。

 

 

野望

(野の景色を見る)

金華山北涪水西,仲冬風日始淒淒。

金華山の北側で涪江の流れの右岸、西に位置する辺りの野原を見る。ここにきて早、風も日ざしも仲冬そのものになって始めて冷たく凍えるのを感じるのである。

山連越蟠三蜀,水散巴渝下五溪。

遠く西の連山をみればその山脈は越の方へ連なって蜀地全体にわだかまり盆地にする。水流は巴州、渝州の地方へ散らばってさら五渓の方へ下る。

獨鶴不知何事舞,饑烏似欲向人啼。

私の様な一匹の鶴が舞いつつあるがそれはいかなる事があるためなのか。また、私の身代わりか餓え烏がいるがそれは人に向かって啼いて窮状を訴えんとするかの様子がある。

射洪春酒寒仍綠,目極傷神誰為攜。

射洪でつくりこむ春向けの新酒の清酒は今からはや緑色をして飲めそうだが、この極目傷神のおりから、だれか自分のためにそれを持ってきて飲ませてくれるものはないか。

 

(野 望)

金華山の北涪【ふ】水の西、仲冬風日始めて淒淒たり。

山は越えつずい連なり、三蜀に蟠わだかまり、水は巴渝に散じて五溪に下る。

独鶴【どくかく】知らず何事あってか舞う、餓烏【きう】人に向かって啼かんと欲するに似たり。

射洪の春酒 寒きも仍ち緑なり、目極まりて神を傷ましむ誰か為に携【たずさ】えん。

 

 

『野望』 現代語訳と訳註

denen03350(本文)

野望

金華山北涪水西,仲冬風日始淒淒。

山連越蟠三蜀,水散巴渝下五溪。

獨鶴不知何事舞,饑烏似欲向人啼。

射洪春酒寒仍綠,目極傷神誰為攜。

 

詩文(含異文)

金華山北涪水西【金華山南涪水西】,仲冬風日始淒淒。

山連越蟠三蜀,水散巴渝下五溪。

獨鶴不知何事舞,飢烏似欲向人啼。

射洪春酒寒仍綠,目極傷神誰為攜。 

 

 

(下し文)

(野 望)

金華山の北涪【ふ】水の西、仲冬風日始めて淒淒たり。

山は越【えつずい】に連なり、三蜀に蟠【わだかま】り、水は巴渝に散じて五溪に下る。

独鶴【どくかく】知らず何事あってか舞う、餓烏【きう】人に向かって啼かんと欲するに似たり。

射洪の春酒 寒きも仍ち緑なり、目極まりて神を傷ましむ誰か為に携【たずさ】えん。

 

 

(現代語訳)

(野の景色を見る)

金華山の北側で涪江の流れの右岸、西に位置する辺りの野原を見る。ここにきて早、風も日ざしも仲冬そのものになって始めて冷たく凍えるのを感じるのである。

遠く西の連山をみればその山脈は越の方へ連なって蜀地全体にわだかまり盆地にする。水流は巴州、渝州の地方へ散らばってさら五渓の方へ下る。

私の様な一匹の鶴が舞いつつあるがそれはいかなる事があるためなのか。また、私の身代わりか餓え烏がいるがそれは人に向かって啼いて窮状を訴えんとするかの様子がある。

射洪でつくりこむ春向けの新酒の清酒は今からはや緑色をして飲めそうだが、この極目傷神のおりから、だれか自分のためにそれを持ってきて飲ませてくれるものはないか。

 

 

(訳注)

野望

(野の景色を見る)

同名の『野望』詩は、下のようにある。

秦州抒情詩(20) 野望 杜甫 <305> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1382 杜甫詩 700- 425

野望因過常少仙 成都5-(5) 杜甫 <458  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2235 杜甫詩1000-458-641/1500

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金華山北涪水西,仲冬風日始淒淒。

金華山の北側で涪江の流れの右岸、西に位置する辺りの野原を見る。ここにきて早、風も日ざしも仲冬そのものになって始めて冷たく凍えるのを感じるのである。

○金華山 四川省潼川府射洪県北二里(1.2km)にある。

○北 北の字は(本文)示す南に作る。山は涪江の傍にあり、その北側を云うか、南側のどちらかを示す。

○涪水西 涪水は涪江、府内を大体において北より東南に貫き流れる川である、西というのは涪江の右岸側にあるということで、涪江の西側にということ。

○仲冬 十一月。冬は10.11,12月であるからいう。

○風日 風及び太陽の様子。

○凄凄 つめたいさま。

 成都遂州00

 















山連越
蟠三蜀,水散巴渝下五溪。

遠く西の連山をみればその山脈は越の方へ連なって蜀地全体をにわだかまり盆地にする。水流は巴州、渝州の地方へ散らばってさら五渓の方へ下る。

○越 四川西南外夷(吐蕃の影響の強い当たり)の地方。

〇三蜀 四川の地、秦漢以後に蜀郡・広漢郡・犍為郡を置いた、これを三蜀という。○巴渝 巴州渝州、四川の東南部にあたる。

○五溪/五谿 雄渓・樠渓・力渓・璑渓・酉渓をいう、貴州北部にあり、北流して長江に入る。

 

獨鶴不知何事舞,饑烏似欲向人啼。

私の様な一匹の鶴が舞いつつあるがそれはいかなる事があるためなのか。また、私の身代わりか餓え烏がいるがそれは人に向かって啼いて窮状を訴えんとするかの様子がある。

○独鶴 杜甫自身の客境をあらわす。

○饑烏 対句として、貧苦をあらわす。

 

射洪春酒寒仍綠,目極傷神誰為攜。

射洪でつくりこむ春向けの新酒の清酒は今からはや緑色をして飲めそうだが、この極目傷神のおりから、だれか自分のためにそれを持ってきて飲ませてくれるものはないか。

○射洪 県の名、溝川府三台県治(唐の梓州)の東南にある。

○春酒 春になればできあがる酒、今は仲冬であるから酒としては未成品であるはずのもので、しかるにそれを早く飲みたいとの意をのべたものである。

○寒仍綠 まだ仲冬で寒いのだがそれでも緑色に澄んでいるというのである。生酒の澄ました部分であろう。

〇目極 どこまでもととおくながめること。

○傷神 こころをいたましめる。

○誰為携 「何人か我が為めにその酒をたずさえ来たらん」の意。詩人李白5x5

637 五言律詩 《陪王侍御宴通泉東山野亭》 蜀中転々 杜甫 <542>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2935 杜甫詩1000-542-781/1500

《陪王侍御宴通泉東山野亭》涪江の水の流れもやがては当たり前のこととして東の海へと流れ去ってゆく、同じように、清々しき大盃の宴会もやがて日はまた傾いていく。こうした異郷の空のもとで宴会や観賞を行うのはどこも同じようなものになる。どこにあっても都の花牡丹は同じであるのと同じである。


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637 五言律詩 《陪王侍御宴通泉東山野亭》 蜀中転々 杜甫 <542  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2935 杜甫詩1000-542-781/1500

 

 

詩題: 陪王侍御宴通泉東山野亭 

作時:762 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の542首目-場面 蜀中転々

杜甫ブログ1500回予定の-781回目   40880

 

 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

作地點:劍南道北部 梓州 通泉

及地點:  野亭 (劍南道北部 梓州 射洪)     

交遊人物: 王掄

 

詩文:

 

陪王侍御宴通泉東山野亭

(王侍御に同行して通泉の東山の野亭に酒宴にでる。)

江水東流去,清樽日復斜。

涪江の水の流れもやがては当たり前のこととして東の海へと流れ去ってゆく、同じように、清々しき大盃の宴会もやがて日はまた傾いていく。

異方同宴賞,何處是京華。

こうした異郷の空のもとで宴会や観賞を行うのはどこも同じようなものになる。どこにあっても都の花牡丹は同じであるのと同じである。

亭景臨山水,村煙對浦沙。

ここの野亭にしても山水に臨んでいるし、村に起ちこめる霞は入江、港や河、中洲に起ちこむものと同じように対峙している。

狂歌過于勝,得醉即為家。

一生懸命で唄う歌ではあっても調子が狂っている歌はやり過ごす以外には勝てるものがない。こうして酔うことが出来ることは、都城、国、学問を成し遂げるということである。

王侍御に陪して、通泉の東山の野亭に宴す

江水 東流して去り,清樽 日復た斜めなり。

異方 宴賞を同じうし,何處も是れ京華あり。

亭景 山水を臨み,村煙 浦沙に對す。

狂歌 過ぐれば勝り,醉うを得れば即ち家を為す。

詩人杜甫5x5 

 

『陪王侍御宴通泉東山野亭』 現代語訳と訳註

(本文)

陪王侍御宴通泉東山野亭

江水東流去,清樽日復斜。

異方同宴賞,何處是京華。

亭景臨山水,村煙對浦沙。

狂歌過于勝,得醉即為家。

 

 

(下し文)

王侍御に陪して、通泉の東山の野亭に宴す

江水 東流して去り,清樽 日復た斜めなり。

異方 宴賞を同じうし,何處も是れ京華あり。

亭景 山水を臨み,村煙 浦沙に對す。

狂歌 過ぐれば勝り,醉うを得れば即ち家を為す。

 

 

(現代語訳)

(王侍御に同行して通泉の東山の野亭に酒宴にでる。)

涪江の水の流れもやがては当たり前のこととして東の海へと流れ去ってゆく、同じように、清々しき大盃の宴会もやがて日はまた傾いていく。

こうした異郷の空のもとで宴会や観賞を行うのはどこも同じようなものになる。どこにあっても都の花牡丹は同じであるのと同じである。

ここの野亭にしても山水に臨んでいるし、村に起ちこめる霞は入江、港や河、中洲に起ちこむものと同じように対峙している。

一生懸命で唄う歌ではあっても調子が狂っている歌はやり過ごす以外には勝てるものがない。こうして酔うことが出来ることは、都城、国、学問を成し遂げるということである。

 

 

(訳注)

陪王侍御宴通泉東山野亭

(王侍御に同行して通泉の東山の野亭に酒宴にでる。)

・通泉 通泉駅は通泉県の15里南に行ったところの山水の景色の風流な場所で詩を作っっている。妻を迎えて梓州において射洪とか通泉という土地で遊び、陳子昂、郭元振、王粲などの故宅を訪ねた。

通泉駅:梓州(e-3)の東南百三十里(75km)、射洪県(ef-3)よりは東南七十里(40km)にある梓州と遂州の州境にある町である。梓州を南下し、更に射洪を南下して通泉に到着する。梓州側の最期の駅舎がある通泉駅の三字が本詩の題で「南去」云云は其の説明にそえたことばである。南去通泉県十五里山水:通泉県の南十五里のところの山水をいう、沈家坑という処であるという。まだ県城へつかぬ前のことである。

成都遂州00杜甫『陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江』(王侍御に同行して東山の最高の頂上に昇って、通泉の夕暮に姚公の宴席があり酒を携えて涪江に舟を泛べる。)「姚公美政誰與儔,不減昔時陳太丘。邑中上客有柱史,多暇日陪驄馬遊。東山高頂羅珍羞,下顧城郭銷我憂。清江白日落欲盡,復攜美人登綵舟。」陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江【案:東山在潼川涪江上。】 成都 杜甫 <496ー#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2665 杜甫詩1000-496ー#1-727/1500

また『王竟攜酒,高亦同過,共用寒字』「 臥疾荒郊遠,通行小徑難。故人能領客,攜酒重相看。自愧無鮭菜,空煩卸馬鞍。移樽勸山簡,頭白恐風寒。」、王竟攜酒,高亦同過,共用寒字 七言律詩 成都5-(39) 杜甫 <464  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2405 杜甫詩1000-464-675/1500

また王侍御は二年前に浣花渓の杜甫の家に訪れている。『王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到』(侍御史王掄が酒をもって草堂へくることを承諾していたのについて、此の詩をやり、高適をもついでに呼んで一緒にきてもらいたいといって作った詩。上元二年冬成都での作。)
○王十七侍禦掄 侍御史王掄。

陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江【案:東山在潼川涪江上。】 成都 杜甫 <496ー#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2665 杜甫詩1000-496ー#1-727/1500

 

 

江水東流去,清樽日復斜。

涪江の水の流れもやがては当たり前のこととして東の海へと流れ去ってゆく、同じように、清々しき大盃の宴会もやがて日はまた傾いていく。

・東流 常識。中國の河川は合流し、やがては東流して大海にそそぐものということ。

 

異方同宴賞,何處是京華。

こうした異郷の空のもとで宴会や観賞を行うのはどこも同じようなものになる。どこにあっても都の花牡丹は同じであるのと同じである。

・京華 牡丹は都(長安・洛陽)の花であったが唐時代に全土に広まった。

 

亭景臨山水,村煙對浦沙。

ここの野亭にしても山水に臨んでいるし、村に起ちこめる霞は入江、港や河、中洲に起ちこむものと同じように対峙している。

 

狂歌過于勝〔狂歌過形勝〕,得醉即為家。 

一生懸命で唄う歌ではあっても調子が狂っている歌はやり過ごす以外には勝てるものがない。こうして酔うことが出来ることは、都城、国、学問を成し遂げるということである。

・狂歌 音痴。一生懸命で唄う歌。社会風刺という意味合いはもっと後世になってから。

・為家 一家を為す。都城、国、学問(儒家・道家)を成し遂げる。
DCF00096 

636 七言律詩 《秋盡》 蜀中転々 杜甫 <541>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2930 杜甫詩1000-541-780/1500

杜甫《秋盡》 蜀中転々 客のままでもう秋が終わろうとしている弟妹が住む東の山東方面にこのままいきたいのであるがいまだに廻ることは出来かねたままなのだ。浣花渓の住居は成都の錦官城の外れの方にあるのでそこに寄らなけねばならない。

 

2013年9月3日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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揚雄 《甘泉賦 》(23)#7-2 文選 賦<108-#22>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩876 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2928
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遊城南十六首:題韋氏莊 韓愈(韓退之) <178>Ⅱ中唐詩789 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2929
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 曹植(曹子建) 《鰕鱓篇》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 2931 (09/03)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html    
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304    
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html    
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html    
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html    
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

636 七言律詩 《秋盡》 蜀中転々 杜甫 <541  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2930 杜甫詩1000-541-780/1500

 

 

作者: 杜甫  762年 寶應元年  51

卷別: 卷二二七  文體: 七言律詩 

詩題: 秋盡 

寫作地點: 目前尚無資料 

寫及地點:  少城 (劍南道北部 益州 成都) 別名:小城 

雪山 (劍南道北部 無第二級行政層級 雪山) 別名:雪嶺     

劍門山 (劍南道北部 劍州 劍門) 別名:蜀門     

掲 載; 杜甫1000首の541首目-場面

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詩文:秋盡

(夏に出発し、客のままでもう秋が終わろうとしている。)

秋盡東行且未回,茅齋寄在少城隈。

客のままでもう秋が終わろうとしている弟妹が住む東の山東方面にこのままいきたいのであるがいまだに廻ることは出来かねたままなのだ。浣花渓の住居は成都の錦官城の外れの方にあるのでそこに寄らなけねばならない。

籬邊老卻陶潛菊,江上徒逢袁紹杯。

籬に囲まれたその辺りには東晋の陶淵明が隠遁生活をした時のように菊の花が咲いている。濯錦江に面してそこでは三国時代の袁紹が秋に飲んだ鄭玄の盃に何時でも出会うのだ。

雪嶺獨看西日落,劍門猶阻北人來。

成都西から北つづく「雪嶺山脈」に落ちる夕日を一人で見ているが、北の剣門は未だに来た方面の旅人の侵入を妨げている。

不辭萬里長為客,懷抱何時得好開。

遠く旅の人となって、もう随分になるが、これをやめることはできない。そしてずっと思い続けていることは、いつになったら、開かれた好ましい世の中になるのであろうかということだ。 

(秋盡)

秋盡す 東行 且【まさ】に未だ回らず,茅齋 少城の隈に在るに寄す。

籬邊は老いて卻って陶潛の菊,江上 徒に袁紹の杯に逢う。

雪嶺 獨り西日の落を看る,劍門 猶お北人の來るを阻む。

萬里 長えに客を為すを辭さず,懷抱きて何時 好開を得んや。

 nat0001

 













『秋盡』 現代語訳と訳註

(本文)

秋盡

秋盡東行且未回,茅齋寄在少城隈。

籬邊老卻陶潛菊,江上徒逢袁紹杯。

雪嶺獨看西日落,劍門猶阻北人來。

不辭萬里長為客,懷抱何時得好開。

 

 

(下し文)

(秋盡)

秋盡す 東行 且【まさ】に未だ回らず,茅齋 少城の隈に在るに寄す。

籬邊は老いて卻って陶潛の菊,江上 徒に袁紹の杯に逢う。

雪嶺 獨り西日の落を看る,劍門 猶お北人の來るを阻む。

萬里 長えに客を為すを辭さず,懷抱きて何時 好開を得んや。

 

 

(現代語訳)

(夏に出発し、客のままでもう秋が終わろうとしている。)

客のままでもう秋が終わろうとしている弟妹が住む東の山東方面にこのままいきたいのであるがいまだに廻ることは出来かねたままなのだ。浣花渓の住居は成都の錦官城の外れの方にあるのでそこに寄らなけねばならない。

籬に囲まれたその辺りには東晋の陶淵明が隠遁生活をした時のように菊の花が咲いている。濯錦江に面してそこでは三国時代の袁紹が秋に飲んだ鄭玄の盃に何時でも出会うのだ。

成都西から北つづく「雪嶺山脈」に落ちる夕日を一人で見ているが、北の剣門は未だに来た方面の旅人の侵入を妨げている。

遠く旅の人となって、もう随分になるが、これをやめることはできない。そしてずっと思い続けていることは、いつになったら、開かれた好ましい世の中になるのであろうかということだ。

 

 

(訳注)

金燈花03秋盡

(夏に出発し、客のままでもう秋が終わろうとしている。)

七言律詩。【首聯】【頷聯】【頸聯】【尾聯】で構成。同じ四分割の絶句の起承転結の一線の曲折にはならない。中の【頷聯】【頸聯】については対句が絶対条件である。

・秋盡 夏に出発し、客のままでもう秋が終わろうとしている。厳武を送って梓州に来て、厳武は長安に向かった。ところが成都で、徐知道が謀反を起こしたため、戦争にトラウマがある杜甫は帰らずに秋が終わるまでそのまま客としていることを云う。

首聯の「秋盡」がこの時の杜甫の置かれている状況を最もよく表す語である。

 

秋盡 東行 且未迴 ,茅齋 寄在 少城

客のままでもう秋が終わろうとしている弟妹が住む東の山東方面にこのままいきたいのであるがいまだに廻ることは出来かねたままなのだ。浣花渓の住居は成都の錦官城の外れの方にあるのでそこに寄らなけねばならない。

・東行 義理の母、弟妹は東の山東にいるのでこういう。

・且 いまにも~になりそうだ。

・少城 成都錦官城の別名。

・隈 關津渡口(津堤)。浣花渓草堂には船着き場を設置していた。

 

籬邊 老卻 陶潛 ,江上 徒逢 袁紹

籬に囲まれたその辺りには東晋の陶淵明が隠遁生活をした時のように菊の花が咲いている。濯錦江に面してそこでは三国時代の袁紹が秋に飲んだ鄭玄の盃に何時でも出会うのだ。

・「籬邊」まがきのあたり。浣花渓という名は杜甫が名づけている。文字通り、花いっぱいにかこまれたいと願って命名したのだ。

・「陶潛」東晋末から南朝宋の文学者。字は元亮。または名は潜、字は淵明。死後友人からの諡にちなみ「靖節先生」、または自伝的作品「五柳先生伝」から「五柳先生」とも呼ばれる。

・「菊」陶潜によって愛された菊。

・「江上」ここでは草堂の前を流れる濯錦江のこと。

・「袁紹」 紹(えん しょう、永興2年(154年)以前? - 建安7年(202年)5月)は、中国後漢末期の武将・政治家。大将軍の何進と協力して激しく宦官と対立。宦官勢力を壊滅させることに成功したが、董卓との抗争に敗れ、一時は首都の洛陽より奔り逼塞を余儀なくされたが、後に関東において諸侯同盟を主宰して董卓としのぎを削った。同盟解散後も群雄のリーダー格として威勢を振るい、最盛期には河北四州を支配するまでに勢力を拡大したが、官渡の戦いにおいて曹操に敗れて以降は勢いを失い、志半ばで病死した。。

・「杯」建安5年(200年)春、夢枕に孔子が現れ、鄭玄は自分の寿命が近い事を悟った。やがて病を得て寝たきりとなった。丁度、袁紹と曹操が官渡で争っていた時期であり、袁紹は子の袁譚に命じて鄭玄を随軍させようとしたが、応じる事はできなかった。鄭玄は元城県まで来たところで、病が篤くなり進めなくなった。同年6月に死去。74歳であった。薄葬とするよう遺言したという。

 

雪嶺 獨看 西 日落 ,劍門 猶阻北人

成都西から北つづく「雪嶺山脈」に落ちる夕日を一人で見ているが、北の剣門は未だに来た方面の旅人の侵入を妨げている。

・「雪嶺」語 成都盆地の北西にある山脈。杜甫『嚴公廳宴,同詠蜀道畫圖』「劍閣星橋北,松州雪嶺東。」(この地図で守るべき範囲は成都の星橋のはるか北には剣閣があり、遠く松州では雪嶺山脈がその東に横たわっていて、西の守備範囲を示している。)五言律詩 《巴西驛亭觀江漲呈竇使君》 蜀中転々 杜甫 <536  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2905 杜甫詩1000-536-775/1500

 

「劍門」劍門山。杜甫は3年前の冬ににここを超えて成都に遣って来たのである。それは成都紀行十二首に詳しく述べている。

成都紀行(10)” 剣門 杜甫詩1000 <350>#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1691 杜甫1500- 522

 

不辭 萬里 長為客 ,懷抱 何時 得好開

遠く旅の人となって、もう随分になるが、これをやめることはできない。そしてずっと思い続けていることは、いつになったら、開かれた好ましい世の中になるのであろうかということだ。

aki010

・「不辭」官を辞して隠遁者になったのだが今度はそれを辞すことはしない。
・「懷抱」ずっと思い続けていること。
・「「好開」開かれた好ましい世の中になる。
 

635 五言律詩 《客亭》 蜀中転々 杜甫 <540>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2925 杜甫詩1000-540-779/1500

杜甫《客亭》眠れない夜を過ごしたが、秋の部屋のまどがまだ曙の色をおびている。そとでは木の葉が落ちつつあるのにさらに川風が高く吹いている。

 

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635
 五言律詩 《客亭》 蜀中転々 杜甫 <540>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2925 杜甫詩1000-540-779/1500      

 

詩 題:客亭

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の540首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-779回目   40878

梓州の寓居の亭でのさまをのべた。前の「客夜」と同時の作であろう。宝応元年梓州にあっての作。

 

客亭

(友人の厳武を送っての旅の客居の亭)

秋窗猶曙色,落木更天風。

眠れない夜を過ごしたが、秋の部屋のまどがまだ曙の色をおびている。そとでは木の葉が落ちつつあるのにさらに川風が高く吹いている。

日出寒山外,江流宿霧中。

すでに冠雪していて寒山の外から太陽がでてくる、昨日からまだ晴れない霧のなかに涪江の水がながれている。

聖朝無棄物,老病已成翁。

この唐王朝にはうち棄てられて置かれるものということはないのである。そして、自分は老衰、疾病でなにごともなすことなくしてすっかりおじいさんになってしまった。

多少殘生事,飄零似轉蓬。

これからどれほどかの老いさきの事があろう。それは零落れて蓬の転がりゆくに任すような流浪の生活をするにとどまるのである。

 

(客 亭)

秋窓【しゅうそう】猶お曙色【しょくしょく】たり、落木 更に天風あり。

日は出づ 寒山の外、江は流る 宿霧【しゅくむ】の中。

聖朝【せいちょう】棄物無し、衰病【すいびょう】己に翁と成る。

多少 残生の事、諷零【ひょうれい】転蓬【てんほう】に任す。


 

『客亭』 現代語訳と訳註

aki010(本文)

客亭

秋窗猶曙色,落木更天風。

日出寒山外,江流宿霧中。

聖朝無棄物,老病已成翁。

多少殘生事,飄零似轉蓬。

 

詩文(含異文)

秋窗猶曙色,落木更天風【落木更高風】【木落更天風】【木落更高風】。

日出寒山外,江流宿霧中。

聖朝無棄物,老病已成翁【老病已衰翁】。

多少殘生事,飄零似轉蓬。

 

(下し文)

(客 亭)

秋窓【しゅうそう】猶お曙色【しょくしょく】たり、落木 更に天風あり。

日は出づ 寒山の外、江は流る 宿霧【しゅくむ】の中。

聖朝【せいちょう】棄物無し、衰病【すいびょう】己に翁と成る。

多少 残生の事、諷零【ひょうれい】転蓬【てんほう】に任す。

 

 

(現代語訳)

aki03

(友人の厳武を送っての旅の客居の亭)

眠れない夜を過ごしたが、秋の部屋のまどがまだ曙の色をおびている。そとでは木の葉が落ちつつあるのにさらに川風が高く吹いている。

すでに冠雪していて寒山の外から太陽がでてくる、昨日からまだ晴れない霧のなかに涪江の水がながれている。

この唐王朝にはうち棄てられて置かれるものということはないのである。そして、自分は老衰、疾病でなにごともなすことなくしてすっかりおじいさんになってしまった。

これからどれほどかの老いさきの事があろう。それは零落れて蓬の転がりゆくに任すような流浪の生活をするにとどまるのである。

 

 

(訳注)

客亭

(友人の厳武を送っての旅の客居の亭)

・客亭 客居している所の亭。

 

秋窗猶曙色,落木更天風。

眠れない夜を過ごしたが、秋の部屋のまどがまだ曙の色をおびている。そとでは木の葉が落ちつつあるのにさらに川風が高く吹いている。

・猶 曙色 猶は日が昇ってしばらくたっているのに、未だにというほどの意味。曙色は朝焼けの色。当時は夜真っ暗なので朝まだきから日が昇るころの輝きは印象的なもので「曙色」ということでそのすべてを表現しているのである。

 

日出寒山外,江流宿霧中。

すでに冠雪していて寒山の外から太陽がでてくる、昨日からまだ晴れない霧のなかに涪江の水がながれている。

・寒山 晩秋にはすでに冠雪しているのでこういう。

・宿霧 夕べからの霧が晴れない状況を云う。盆地の秋の霧はなかなか晴れない。

 

聖朝無棄物,老病已成翁。

この唐王朝にはうち棄てられて置かれるものということはないのである。そして、自分は老衰、疾病でなにごともなすことなくしてすっかりおじいさんになってしまった。

・聖朝無棄物 「野に遺賢なし」杜甫自身棄てられた存在であるということ。『老子』巧用第二十七「是以聖人 常善救人 故無棄人 常善救物 故無棄物 是謂襲明 故善人者 ...」(是を以って聖人は 常に善く人を救う 故に棄人無し 常に善く物を救う 故に棄物無し 是を襲明(しゅうめい)と謂う 故に善人は・・・)に基づいている。

・成翁 すっかり老人になってしまった。

 

多少殘生事,飄零似轉蓬。

これからどれほどかの老いさきの事があろう。それは零落れて蓬の転がりゆくに任すような流浪の生活をするにとどまるのである。

・多少 いくらか。

諷零 おちぶれてさまよう。杜甫『不見』「不見李生久,佯狂真可哀!世人皆欲殺,吾意獨憐才。敏捷詩千首,飄零酒一杯。匡山讀書處,頭白好歸來。」不見 五言律詩 成都5-(33) 杜甫 <458  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2375 杜甫詩1000-458-669/1500

・轉蓬 砂漠の植物で、茎が四方に伸びて広がり、上で合して球状になったころ、秋風にあうと根こそぎ吹きちぎられ、すさまじい勢いで砂漠をころがって行く。人があてどもなく流浪することの比喩に用いられる。杜甫はよく使う。杜甫『野人送朱櫻』 「西蜀櫻桃也自紅,野人相贈滿筠籠。 數回細寫愁仍破,萬顆勻圓訝許同。憶昨賜霑門下省,退朝擎出大明宮。金盤玉箸無消息,此日嘗新任轉蓬。」

野人送朱櫻 蜀中転々 杜甫 <500  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2690 杜甫詩1000-500-732/1500

 

四川省西部地区略図 

 

 




























 


客亭

秋窗猶曙色,落木更天風。

日出寒山外,江流宿霧中。

聖朝無棄物,老病已成翁。

多少殘生事,飄零似轉蓬。

(客 亭)

秋窓【しゅうそう】猶お曙色【しょくしょく】たり、落木 更に天風あり。

日は出づ 寒山の外、江は流る 宿霧【しゅくむ】の中。

聖朝【せいちょう】棄物無し、衰病【すいびょう】己に翁と成る。

多少 残生の事、諷零【ひょうれい】転蓬【てんほう】に任す。

634 五言律詩 《客夜》 蜀中転々 杜甫 <539>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2920 杜甫詩1000-539-778/1500

杜甫《客夜旅の眠りは眠ろうとしたところでどうして眠り続けることができるものか、とても寝付かれぬ。それに秋の夜長で、空が意地悪く夜明けになってくれようとしないのだ。

 

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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html    
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html    
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 


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 五言律詩 《客夜》 蜀中転々 杜甫 <539>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2920 杜甫詩1000-539-778/1500

 

詩 題:

作時:762年 寶應元年 杜甫51

掲 載; 杜甫1000首の539首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-778回目   40877

 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 客夜 

作地點: 現在まで尚、資料は無い。詩の内容、状況から 宝応元年秋、梓州にあっての作。梓州にあってのたびの夜のこころもちをのべる。妻の手紙を得た夜のことであろう。

tsuki001 

 

客夜

(友人の厳武を送っての旅の夜)

 

客睡何曾著,秋天不肯明。

旅の眠りは眠ろうとしたところでどうして眠り続けることができるものか、とても寝付かれぬ。それに秋の夜長で、空が意地悪く夜明けになってくれようとしないのだ。

捲簾殘月影,高枕遠江聲。

簾を巻き上げてみると残月の影が差し込んでくるし、枕を高くして寝ていると遠くの方で涪江の流れの音が聞こえてくる。

計拙無衣食,途窮仗友生。

自分は世わたりの計が拙くて衣食をもたぬのできがえもできない。こんな逆境にあたってはここの友達に頼っているのである。

老妻書數紙,應悉未歸情。

老妻からちかごろ三四枚の手紙がきた。それによれば妻もわたしが帰らずにいる心持をよく知ってくれたこととおもわれる。

客睡 何ぞ曾て著せん、秋天 肯て明らかならず。

簾を捲【まく】る 残月の影あり、枕を高す 遠江【えんこう】の声あり。

計拙【けいさつ】にして 衣食無し、途窮【みちきゅう】して友生に仗る。

老妻 書数 紙、応に未帰の情を悉【つく】すなるべし。

 

 

『客夜』 現代語訳と訳註

(本文)

金燈花03客夜

客睡何曾著,秋天不肯明。

捲簾殘月影,高枕遠江聲。

計拙無衣食,途窮仗友生。

老妻書數紙,應悉未歸情。

 

詩文(含異文)

客睡何曾著,秋天不肯明。

卷簾殘月影【入簾殘月影】,高枕遠江聲。

計拙無衣食,途窮仗友生。

老妻書數紙,應悉未歸情。 

 

 

(下し文)

客睡 何ぞ曾て著せん、秋天 肯て明らかならず。

簾を捲【まく】る 残月の影あり、枕を高す 遠江【えんこう】の声あり。

計拙【けいさつ】にして 衣食無し、途窮【みちきゅう】して友生に仗る。

老妻 書数 紙、応に未帰の情を悉【つく】すなるべし。

 

 

(現代語訳)

(友人の厳武を送っての旅の夜)

旅の眠りは眠ろうとしたところでどうして眠り続けることができるものか、とても寝付かれぬ。それに秋の夜長で、空が意地悪く夜明けになってくれようとしないのだ。

簾を巻き上げてみると残月の影が差し込んでくるし、枕を高くして寝ていると遠くの方で涪江の流れの音が聞こえてくる。

自分は世わたりの計が拙くて衣食をもたぬのできがえもできない。こんな逆境にあたってはここの友達に頼っているのである。

老妻からちかごろ三四枚の手紙がきた。それによれば妻もわたしが帰らずにいる心持をよく知ってくれたこととおもわれる。

 

 

(訳注)

客夜

(友人の厳武を送っての旅の夜)

○客夜 たびのよる。

 

客睡 何曾 著,秋天 不肯 明 。

旅の眠りは眠ろうとしたところでどうして眠り続けることができるものか、とても寝付かれぬ。それに秋の夜長で、空が意地悪く夜明けになってくれようとしないのだ。

○客睡何曾著 睡著の二字をきりはなして用いているが、客何曾陸著と同意で、睡著はねむりつづけること。残した家族のこと、政情が不安定な事などのため、寝つけぬことを云う。

○不肯明 秋の夜長を云う。意地わるくあけようとせぬということ、ねむれないから、無理繰眠ろうとし、いっそ、早く夜のあけることを望むのだが、望めば望むほど夜は明けないのである、秋の夜長と愁いを強調する句である。

 

卷簾 殘月影 ,高枕 遠 江聲 。

簾を巻き上げてみると残月の影が差し込んでくるし、枕を高くして寝ていると遠くの方で涪江の流れの音が聞こえてくる。

○江 涪江。

 

計拙 無 衣食 ,途窮 仗 友生 。

自分は世わたりの計が拙くて衣食をもたぬのできがえもできない。こんな逆境にあたってはここの友達に頼っているのである。

○友生 ともだち、梓州の武官章彜をさす。厳武を通じて知り合ったものたち。 

 

老妻 書 數紙 ,應悉 未歸 情 。

老妻からちかごろ三四枚の手紙がきた。それによれば妻もわたしが帰らずにいる心持をよく知ってくれたこととおもわれる。

○老妻書 「書は乃ち妻に寄するの書」と注して妻へあてる手紙とといている解説書もあるが、恐らくは妻からの手紙であろう。確かに杜甫は筆まめであるから当然妻に書くがここは、妻からの手紙が嬉しいことの表現なのである。この時代の男性が詩文に「妻」と記すことは超、稀なことである。

○数紙 三四枚。

○悉 妻が知りつくす。

○未帰情 梓州に居て成都へかえらぬ作者のこころ。作者の帰らないのは衣食のためと、戦争は嫌で三峡へ出ようとの考えとの二つによる。

 

 

詩文:

客夜

客睡何曾著,秋天不肯明。

卷簾殘月影,高枕遠江聲。

計拙無衣食,途窮仗友生。

老妻書數紙,應悉未歸情。

客睡 何ぞ曾て著せん、秋天 肯て明らかならず。

簾を捲【まく】る 残月の影あり、枕を高す 遠江【えんこう】の声あり。

計拙【けいさつ】にして 衣食無し、途窮【みちきゅう】して友生に仗る。

老妻 書数 紙、応に未帰の情を悉【つく】すなるべし。

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