杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

2013年10月

676 《郪城西原送李判官兄、武判官弟赴成都府》 蜀中転々 杜甫 <582>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3220 杜甫詩1000-582-838/1500

城西原送李判官兄、武判官弟赴成都府》諸君が赴く遠方の川水までには浪が無いわけでない、浪があって舟行にはなんぎなこともあろうが、他地方の山にはおのずと惜しむだけの春景色があって、きっと慰められるであろう。

 

2013年10月31日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
司馬相如 《上林賦 》(29)―#10-4  文選 賦<110-#10-4>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩934 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3218
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《晉公破賊回重拜台司,以詩示幕中賓客,愈奉和》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <847>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3219韓愈詩-219
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ676 《郪城西原送李判官兄、武判官弟赴成都府》 蜀中転々 杜甫 <582>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3220 杜甫詩1000-582-838/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ59  曹植(曹子建) 《上責躬應詔詩表》 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3221 (10/31)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor菩薩蠻七首 其六 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-335-6-#22  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3222
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
676

城西原送李判官兄、武判官弟赴成都府》 蜀中転々 杜甫 <582>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3220 杜甫詩1000-582-838/1500

 

 

卷別:卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 城西原送李判官兄、武判官弟赴成都府 

及地點: (劍南道北部 梓州 ) 別名:城 ・ 益州 (劍南道北部 益州 益州) 別名:南京、成都府     

交遊人物:李判官 ・武判官

交遊地點:劍南道北部梓州

 

城西原送李判官兄、武判官弟赴成都府

益州広漢郡郪県県城の西方高地で判官である李・武の二人が成都府の方へ赴くのを送る詩。)

憑高送所親,久坐惜芳辰。

高地にのぼって親しくしていた人たちを送ろうとしている。そこで、じっとすわって春のこのひとときを惜しむのである。

遠水非無浪,他山自有春。

諸君が赴く遠方の川水までには浪が無いわけでない、浪があって舟行にはなんぎなこともあろうが、他地方の山にはおのずと惜しむだけの春景色があって、きっと慰められるであろう。

野花隨處發,官柳著行新。

すなわち到るところに野の花が咲き見乱れ、その色を発しているだろう、そして官道の柳の並木はどれもわかめをふいているだろう。

天際傷愁別,離筵何太頻。

水平線の果てで悲しい別れにこころをいためる。何かと、わかれの宴席が頻頻ともよおされるのであろう、体に気負付けられよ。

 

城の西原にて李判官兄・武判官弟が成都府に赴くを送る)

高きに憑りて所親を送り、久しく坐して芳辰を惜しむ。

遠水 浪無きに非ず、他山自ずから春有り。

野花 随処に発き、官柳 著行新たなり。

天際 愁別を傷み、離筵 何ぞ太だ頻りなる。

denen05520 

 

城西原送李判官兄、武判官弟赴成都府』 現代語訳と訳註

(本文)

城西原送李判官兄、武判官弟赴成都府

憑高送所親,久坐惜芳辰。

遠水非無浪,他山自有春。

野花隨處發,官柳著行新。

天際傷愁別,離筵何太頻。

 

 

(下し文)

城の西原にて李判官兄・武判官弟が成都府に赴くを送る)

高きに憑りて所親を送り、久しく坐して芳辰を惜しむ。

遠水 浪無きに非ず、他山自ずから春有り。

野花 随処に発き、官柳 著行新たなり。

天際 愁別を傷み、離筵 何ぞ太だ頻りなる。

 

 

(現代語訳)

益州広漢郡郪県県城の西方高地で判官である李・武の二人が成都府の方へ赴くのを送る詩。)

高地にのぼって親しくしていた人たちを送ろうとしている。そこで、じっとすわって春のこのひとときを惜しむのである。

諸君が赴く遠方の川水までには浪が無いわけでない、浪があって舟行にはなんぎなこともあろうが、他地方の山にはおのずと惜しむだけの春景色があって、きっと慰められるであろう。

すなわち到るところに野の花が咲き見乱れ、その色を発しているだろう、そして官道の柳の並木はどれもわかめをふいているだろう。

水平線の果てで悲しい別れにこころをいためる。何かと、わかれの宴席が頻頻ともよおされるのであろう、体に気負付けられよ。

 

 

(訳注)

城西原送李判官兄、武判官弟赴成都府

益州広漢郡郪県県城の西方高地で判官である李・武の二人が成都府の方へ赴くのを送る詩。)

広徳元年春梓州にあっての作。(763      52歳)

西原 益州広漢郡郪県の城の西方の高地。

○李判官兄判官李某、年長者ゆえ兄という。

○武判官弟判官武某、年少者ゆえ弟という。

 

 

憑高 送 所親 ,久坐 惜 芳辰 。

高地にのぼって親しくしていた人たちを送ろうとしている。そこで、じっとすわって春のこのひとときを惜しむのである。

○憑高 高地によって。

○所親 したしい人、李・武は兄弟なみに交わる人人ゆえに所親という。

○芳辰 春のとき。

 

 

遠水 非 無浪 ,他山 自有春 。

諸君が赴く遠方の川水までには浪が無いわけでない、浪があって舟行にはなんぎなこともあろうが、他地方の山にはおのずと惜しむだけの春景色があって、きっと慰められるであろう。

○非無浪 浪があって舟行にはなんぎなことをいう。しゅっぱつするこのちではあらなみはないのである。

○他山 他地方の山。

○有春 春のけしきの見るべきもののあることをいう。

 

 

野花 隨處 發 ,官柳 著行 新。

すなわち到るところに野の花が咲き見乱れ、その色を発しているだろう、そして官道の柳の並木はどれもわかめをふいているだろう。

○随処 どこにでも。

○官柳 官でうえた柳、これは官道にならび立つ。

○苦行 行は行列、著処がどこでもの意であるごとくに著行はどの行列もの意。○新 あらたにわか芽をふいたこと。

 

 

天際 傷愁 別,離筵 何太頻。

水平線の果てで悲しい別れにこころをいためる。何かと、わかれの宴席が頻頻ともよおされるのであろう、体に気負付けられよ。

○天際 天涯に同じ、梓州は都よりみて天のはてである。

○愁別 愁いを帯びでのわかれ。

○離遣 わかれの宴席。

○太頻 思うに雀翁を送り、また李・武の二人を送るゆえ、「頻り」というのであろう。
 成都遂州00

675 《春日梓州登樓,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <581>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3215 杜甫詩1000-581-837/1500

《春日梓州登樓,二首之二》涪江と大空が一体化している河畔の高楼に登って眺め見て,隨分春も過ぎようとしていて故郷に帰ろうとしている。故郷の東方の戰場も今始めて平定された,別れには不可欠の柳があってやっとうまく移動できるようになってきた。

 

2013年10月30日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
司馬相如《上林賦 》(28)―#10-3  文選 賦<110-#10-3>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩933 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3213
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《桃林夜賀晉公》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <846>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3214韓愈詩-218
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ675 《春日梓州登樓,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <581>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3215 杜甫詩1000-581-837/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ58  曹植(曹子建) 《吁嗟篇 魏詩》 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3216 (10/30)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor菩薩蠻七首 其五 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-334-6-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3217
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
675

《春日梓州登樓,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <581> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3215 杜甫詩1000-581-837/1500  

 

 

卷別:卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題:春日梓州登樓,二首之一 

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

作地點:梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州 掲載;杜甫1000首の580首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-836回目   40935

 

 

春日梓州登樓,二首之一

(春の日に梓州の城楼にのぼって旅の思いをのべた詩。二首の一。)

行路難如此,登樓望欲迷。

人生の途をゆくことのむずかしいことはこれほどである。ここの楼に登ってあたりを眺めるとどこをながめればよいのか迷ってしまう。

身無卻少壯,跡有但羈棲。

自分のからだは後戻りして若く元気つよくなることは無い、その実績はとみればただ旅住いということばかりである。

江水流城郭,春風入鼓鼙。

眺めれば城郭の方には涪江の水が流れくだり、春の風は節度使軍のたいこ、つづみの音が響き渡ってくる。

雙雙新燕子,依舊已銜泥。

そうして二つ並んで飛んでいるのは、ことし来た燕がまたいつものとおり、はやくも泥をくわえて巣をつくりはじめている。

(春日梓州にて楼に登る 二首の一)

行路難きこと此の如し、登楼望み迷わんと欲す。

身は飾って少壮なること無く、跡は但だ羈棲なる有り。

江水城郭に流れ、春風 鼓聾に入る。

双双たる新燕子、旧に依って己に泥を銜む。

 

春日梓州登樓,二首之二

(春の日に梓州の城楼にのぼって旅の思いをのべた詩。二首の二。)

天畔登樓眼,隨春入故園。

涪江と大空が一体化している河畔の高楼に登って眺め見て,隨分春も過ぎようとしていて故郷に帰ろうとしている。
戰場今始定,移柳更能存。

故郷の東方の戰場も今始めて平定された,別れには不可欠の柳があってやっとうまく移動できるようになってきた。
厭蜀交遊冷,思勝事繁。

蜀は徐知道の叛乱があり、吐蕃の動きが不穏で交友ができなくて、成都、蜀に住みたくなくなった。蜀から方面にいくことばかりを考えてしまう

應須理舟楫,長嘯下荊門。

まさにこうなったら舟の楫をとって旅立とうと思う,そして長く嘯いてあの荊門を下ることにしよう。

春日梓州登樓,二首之二

天畔 樓に登って眼て,隨春 故園に入る。

戰場 今 始めて定め,移柳 更に能く存る。

蜀を厭きて交遊冷し,を思うて勝事繁す。

應に須らく舟楫を理め,長く嘯いて荊門を下る。

千畳敷0010 

 

『春日梓州登樓』現代語訳と訳註

(本文)

春日梓州登樓,二首之二

天畔登樓眼,隨春入故園。

戰場今始定,移柳更能存。

厭蜀交遊冷,思勝事繁。

應須理舟楫,長嘯下荊門。

 

 

(下し文)

春日梓州登樓,二首之二

天畔 樓に登って眼て,隨春 故園に入る。

戰場 今 始めて定め,移柳 更に能く存る。

蜀を厭きて交遊冷し,うて勝事繁す。

應に須らく舟楫を理め,長く嘯いて荊門を下る。

 

 

(現代語訳)

(春の日に梓州の城楼にのぼって旅の思いをのべた詩。二首の二。)

涪江と大空が一体化している河畔の高楼に登って眺め見て,隨分春も過ぎようとしていて故郷に帰ろうとしている。

故郷の東方の戰場も今始めて平定された,別れには不可欠の柳があってやっとうまく移動できるようになってきた。

蜀は徐知道の叛乱があり、吐蕃の動きが不穏で交友ができなくて、成都、蜀に住みたくなくなった。蜀から方面にいくことばかりを考えてしまう

まさにこうなったら舟の楫をとって旅立とうと思う,そして長く嘯いてあの荊門を下ることにしよう。

 

 

(訳注)

春日梓州登樓,二首之二

(春の日に梓州の城楼にのぼって旅の思いをのべた詩。二首の二。)

 

 

天畔 登樓 眼 ,隨春 入 故園 。

涪江と大空が一体化している河畔の高楼に登って眺め見て,隨分春も過ぎようとしていて故郷に帰ろうとしている。

「天畔」涪江の流れは緩やかであって幅広の河とテントが一体化している河畔に高楼が立つ。

「樓」梓州の幕府の臺樓閣。

「眼」ここではじっと見つめる事。

「隨春」春が過ぎゆくころ。

「故園」家 故郷の洛陽方面を云う。

 

 

戰場 今 始定 ,移柳 更能 存。

故郷の東方の戰場も今始めて平定された,別れには不可欠の柳があってやっとうまく移動できるようになってきた。

「戰場」安禄山の乱以来、洛陽以東、戰場となっていた。

「今定」ごく最近平定されたことを云う。672 《聞官軍收河南河北》 蜀中転々4-P179 杜甫 <578  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3200 杜甫詩1000-578-834/1500

 

 

厭蜀 交遊 冷 ,思 勝事 繁。

蜀は徐知道の叛乱があり、吐蕃の動きが不穏で交友ができなくて、成都、蜀に住みたくなくなった。蜀から方面にいくことばかりを考えてしまう

「厭蜀」蜀は徐知道の叛乱があり、吐蕃の動きが不穏で成都、蜀に住みたくないこと。

 

 

應須 理 舟楫 ,長嘯 下 荊門 。

まさにこうなったら舟の楫をとって旅立とうと思う,そして長く嘯いてあの荊門を下ることにしよう。

「荊門」山名。湖北省宜都県の西北方、長江の南岸にある。河川に両岸が迫っているので呼ばれる。北岸の虎牙山と相対した江運の難所である。偶成転韻と題する詩に「頃之職を失いて南風に辞す、破帆壊漿 荊江の中。」と歌われており、李商隠はこの荊門のあたりの難所で実際に危険な目にあったらしい。杜甫「詠懐古跡五首其三」李白「秋下荊門」「渡荊門送別」三峡をすこし下ってここに差し掛かることを詠う。

荊門西下 李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 57朱槿花・佛桑華

674 《春日梓州登樓,二首之一》 蜀中転々 杜甫 <580>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3210 杜甫詩1000-580-836/1500

《春日梓州登樓,二首之一》人生の途をゆくことのむずかしいことはこれほどである。ここの楼に登ってあたりを眺めるとどこをながめればよいのか迷ってしまう。自分のからだは後戻りして若く元気つよくなることは無い、その実績はとみればただ旅住いということばかりである。

 

2013年10月29日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
司馬相如 《上林賦 》(27)―#10-2  文選 賦<110-#10-2>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩932 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3208
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《次潼關上都統相公》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <845>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3209韓愈詩-217
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ674 《春日梓州登樓,二首之一》 蜀中転々 杜甫 <580>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3210 杜甫詩1000-580-836/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ57  曹植(曹子建) 《妾薄命二首 其二》 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3211 (10/29)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorブログ菩薩蠻七首 其四 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-333-6-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3212
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
674

《春日梓州登樓,二首之一》 蜀中転々 杜甫 <580> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3210 杜甫詩1000-580-836/1500  

 

 

卷別:卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題:春日梓州登樓,二首之一 

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

作地點:梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州 掲載;杜甫1000首の580首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-836回目   40935

 

 

春日梓州登樓,二首之一

(春の日に梓州の城楼にのぼって旅の思いをのべた詩。二首の一。)

行路難如此,登樓望欲迷。

人生の途をゆくことのむずかしいことはこれほどである。ここの楼に登ってあたりを眺めるとどこをながめればよいのか迷ってしまう。

身無卻少壯,跡有但羈棲。

自分のからだは後戻りして若く元気つよくなることは無い、その実績はとみればただ旅住いということばかりである。

江水流城郭,春風入鼓鼙。

眺めれば城郭の方には涪江の水が流れくだり、春の風は節度使軍のたいこ、つづみの音が響き渡ってくる。

雙雙新燕子,依舊已銜泥。

そうして二つ並んで飛んでいるのは、ことし来た燕がまたいつものとおり、はやくも泥をくわえて巣をつくりはじめている。

(春日梓州にて楼に登る 二首の一)

行路難きこと此の如し、登楼望み迷わんと欲す。

身は飾って少壮なること無く、跡は但だ羈棲なる有り。

江水城郭に流れ、春風 鼓聾に入る。

双双たる新燕子、旧に依って己に泥を銜む。

 

春日梓州登樓,二首之一

天畔登樓眼,隨春入故園。戰場今始定,移柳更能存。

厭蜀交遊冷,思勝事繁。應須理舟楫,長嘯下荊門。

 

DCF00018 

 

『春日梓州登樓』 現代語訳と訳註

(本文)

春日梓州登樓,二首之一

行路難如此,登樓望欲迷。

身無卻少壯,跡有但羈棲。

江水流城郭,春風入鼓鼙。

雙雙新燕子,依舊已銜泥。

 

 

(下し文)

(春日梓州にて楼に登る 二首の一)

行路難きこと此の如し、登楼望み迷わんと欲す。

身は飾って少壮なること無く、跡は但だ羈棲なる有り。

江水城郭に流れ、春風 鼓聾に入る。

双双たる新燕子、旧に依って己に泥を銜む。

 

(現代語訳)

(春の日に梓州の城楼にのぼって旅の思いをのべた詩。二首の一。)

 

 

(訳注)

春日梓州登樓,二首之一

(春の日に梓州の城楼にのぼって旅の思いをのべた詩。二首の一。)

人生の途をゆくことのむずかしいことはこれほどである。ここの楼に登ってあたりを眺めるとどこをながめればよいのか迷ってしまう。

自分のからだは後戻りして若く元気つよくなることは無い、その実績はとみればただ旅住いということばかりである。

眺めれば城郭の方には涪江の水が流れくだり、春の風は節度使軍のたいこ、つづみの音が響き渡ってくる。

そうして二つ並んで飛んでいるのは、ことし来た燕がまたいつものとおり、はやくも泥をくわえて巣をつくりはじめている。

 

 

行路難如此,登樓望欲迷。

人生の途をゆくことのむずかしいことはこれほどである。ここの楼に登ってあたりを眺めるとどこをながめればよいのか迷ってしまう。

○行路難 人生の途をゆくことのむずかしいこと、楽府に「行路難」と題する篇がある。李白に

行路難三首 其一 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白183

行路難三首其二 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白184

行路難三首 其三 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白185

○登楼 梓州の城楼にのぼる。

 

身無卻少壯,跡有但羈棲。

自分のからだは後戻りして若く元気つよくなることは無い、その実績はとみればただ旅住いということばかりである。

○卻少壯 あともどりして年わかく気力さかんになる。

○跡 行跡。その実績。

○但羈棲 たびのすまいばかりしている。

 

江水流城郭,春風入鼓鼙。

眺めれば城郭の方には涪江の水が流れくだり、春の風は節度使軍のたいこ、つづみの音が響き渡ってくる。

○江水 涪江の流れ。

〇入鼓鼙 太鼓、こつづみの声が中にいりこむ、風が声を吹くことをいう。

 

雙雙新燕子,依舊已銜泥。

そうして二つ並んで飛んでいるのは、ことし来た燕がまたいつものとおり、はやくも泥をくわえて巣をつくりはじめている。

○双双 雌雄のならびとぶさま。

○新燕子 ことし来たつばめ。

○依旧 もとのとおりに。前年の宝応元年秋に妻子を梓州に迎えていた、しかし旧とは宝応元年春をさすのではなく、漠然と往年をさしたものである。

○銜泥 どろをくわえてきて巣をつく成都遂州00

673 《涪江泛舟送韋班歸京〔得山字〕》 蜀中転々 杜甫 <579>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3205 杜甫詩1000-579-835/1500

《涪江泛舟送韋班歸京〔得山字〕》この日は、あとからおいかけて旅立ちのはなむけをしようと同じ舟でゆく日である。この一すじの涪江の流れにおいて春げしきに対してもこころをいためる。

 


2013年10月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(26)―#10-1  文選 賦<110-#10-1>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩931 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3203
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《次潼關先寄張十二閣老使君〔張賈也。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <844>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3204韓愈詩-216
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor673 《涪江泛舟送韋班歸京〔得山字〕》 蜀中転々 杜甫 <579>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3205 杜甫詩1000-579-835/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor菩薩蠻七首 其三 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-332-6-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3207
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

《涪江泛舟送韋班歸京〔得山字〕》 蜀中転々 杜甫 <579>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3205 杜甫詩1000-579-835/1500


 

 

涪江泛舟送韋班歸京〔得山字〕

(涪江に舟をうかべて韋班というものが都へかえるのを送る詩。)〔山の字を得る〕

追餞同舟日,傷春一水間。

この日は、あとからおいかけて旅立ちのはなむけをしようと同じ舟でゆく日である。この一すじの涪江の流れにおいて春げしきに対してもこころをいためる。

飄零為客久,衰老羨君還。

自分は零落・飄蓬しており久しく旅客となったままであり、衰老の境涯にある身でこのたび君がみやこへかえるのをうらやましくおもうのである。

花遠重重樹,雲輕處處山。

君のとおる処には花が一面に咲き、遠くまでいろんな花が咲いていて、その向こうに幾重にもかさなった樹がある。そして処処の山には雲が軽くういている。

天涯故人少,更益鬢毛斑。

君とわかれてしまえばここ天の果てにあってはなじみのものもすくない。その上、さらに鬢の毛の白髪斑なることが益すこととおもう。

 

(涪江に舟を泛かべ韋班が京に帰るを送る、山の字を得たり)

追餞 同舟の日、春を傷む 一水の間。

諷零 客となること久しく、衰老 君が還るを羨む。

花は雑わる重重たる樹 雲は軽し処処の山

天涯故人少なし 更に贅毛の斑なるを益さん

 

鸕鶿002 

『涪江泛舟送韋班歸京』 現代語訳と訳註

(本文)

涪江泛舟送韋班歸京〔得山字〕

追餞同舟日,傷春一水間。

飄零為客久,衰老羨君還。

花遠重重樹,雲輕處處山。

天涯故人少,更益鬢毛斑。

(異文)

追餞同舟日,傷春一水間【傷心一水間】。

飄零為客久,衰老羨君還。

花遠重重樹【花雜重重樹】,雲輕處處山。

天涯故人少,更益鬢毛斑【更憶鬢毛斑】。 

 

(下し文)

(涪江に舟を泛かべ韋班が京に帰るを送る、山の字を得たり)

追餞 同舟の日、春を傷む 一水の間。

諷零 客となること久しく、衰老 君が還るを羨む。

花は雑わる重重たる樹 雲は軽し処処の山

天涯故人少なし 更に贅毛の斑なるを益さん

 

 

(現代語訳)

(涪江に舟をうかべて韋班というものが都へかえるのを送る詩。)〔山の字を得る〕

この日は、あとからおいかけて旅立ちのはなむけをしようと同じ舟でゆく日である。この一すじの涪江の流れにおいて春げしきに対してもこころをいためる。

自分は零落・飄蓬しており久しく旅客となったままであり、衰老の境涯にある身でこのたび君がみやこへかえるのをうらやましくおもうのである。

君のとおる処には花が一面に咲き、遠くまでいろんな花が咲いていて、その向こうに幾重にもかさなった樹がある。そして処処の山には雲が軽くういている。

君とわかれてしまえばここ天の果てにあってはなじみのものもすくない。その上、さらに鬢の毛の白髪斑なることが益すこととおもう。

 

 

(訳注)

涪江泛舟送韋班歸京〔得山字〕

(涪江に舟をうかべて韋班というものが都へかえるのを送る詩。)〔山の字を得る〕

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩  763年広徳元年春、劍南道北部梓州での作。

○韋班 事歴は詳かでない。

○京 長安であろうか。

 

 

追餞同舟日,傷春一水間。

この日は、あとからおいかけて旅立ちのはなむけをしようと同じ舟でゆく日である。この一すじの涪江の流れにおいて春げしきに対してもこころをいためる。

○追餞 あとをおいかけてはなむけする。

 

飄零為客久,衰老羨君還。

自分は零落・飄蓬しており久しく旅客となったままであり、衰老の境涯にある身でこのたび君がみやこへかえるのをうらやましくおもうのである。

 

花遠重重樹,雲輕處處山。

君のとおる処には花が一面に咲き、遠くまでいろんな花が咲いていて、その向こうに幾重にもかさなった樹がある。そして処処の山には雲が軽くういている。

○花遠 花遠とは花が一面に咲き、遠くまでいろんな花が咲いていることを云う。花雑であれば異種類の花がさきあっていることをいう。

 

天涯故人少,更益鬢毛斑。

君とわかれてしまえばここ天の果てにあってはなじみのものもすくない。その上、さらに鬢の毛の白髪斑なることが益すこととおもう。

○天涯 京に対して居地の梓州をさす。

DCF00213 



672 《聞官軍收河南河北》 蜀中転々4-P179 杜甫 <578>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3200 杜甫詩1000-578-834/1500

《聞官軍收河南河北》官軍が河北・河南の地方を賊軍の手からとりこんだというしらせを聞いてよんだ詩。広徳元年春、梓州にあっての作。


2013年10月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(25)―#9-3  文選 賦<110-#9-3>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩930 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3198
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《和李司勳過連昌宮》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <843>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3199韓愈詩-215
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor672 《聞官軍收河南河北》 蜀中転々4-P179 杜甫 <578>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3200 杜甫詩1000-578-834/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor菩薩蠻七首 其二 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-331-6-#18  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3202
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
672

《聞官軍收河南河北》 蜀中転々4-P179 杜甫 <578>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3200 杜甫詩1000-578-834/1500

 

 

1) 厳武が成都に着任して、杜甫は安定した気持ちになった。宝応元年の四月に玄宗が七十八歳で崩じ、その十二日後に粛宗が五十二歳の若さで崩じる。厳武はこの年、両帝の橋道使に任ぜられ、都に呼びもどされた。

2) 六月、杜甫は弟杜占を伴って厳武を綿州(陝西省綿陽県)まで見送り、さらに綿州の北20kmの奉済駅までついていって、別れた。ここでの厳武との交友は5,6ヶ月であった。

3)七月、成都少尹の徐知道が叛乱。

 このとき蜀州(四川省崇慶県)の刺史であった高適が兵を出して、叛乱は一か月で鎮圧している。杜甫はその間、乱を避けて綿州にとどまるが、乱が平定しても成都にもどらない、連合軍のウイグルが各地で略奪を繰り返し、世情は不安定のままであった。それにこの期を狙い吐蕃が兵を動かしていたためであった。梓州(四川省三台県)に移って梓州刺史で東川留後の章彝(しょうい)のもとに身を寄せ、そこでは、杜甫自身、安寧した生活を期待したのである。

4) 杜甫は涪江沿いの諸城市で過ごすことを考えた。成都にいた家族も呼び寄せている。同年十月、政府軍は洛陽の史朝義軍を攻めていたが、内紛で弱体化した史朝義軍は敗走し、政府軍は河南・河北を奪回した。

 史朝義は北に追い詰められ、寝返った部将たちによって翌広徳元年(763)正月に平州(河北省盧龍県)で自殺した。十年近くに及んだ安史の乱は、やっと終息した。杜甫はこれを梓州で聞きこの詩を作った。

 

 

卷別: 卷二二七  文體: 七言律詩 

詩題: 聞官軍收河南河北〔時史朝義兵敗,走死廣陽,諸將田承嗣、李懷仙等俱來降。〕 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點: 河南府 (都畿道 河南府 河南府) 別名:河南    ・河北道 (河北道 無第二級行政層級無第三級行政層級) 別名:河北    ・ 襄州 (山南東道 襄州 襄州) 別名:襄陽    洛陽 (都畿道 河南府 洛陽) 別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下     

 

 

 

聞官軍收河南河北

(官軍が河南・河北を収めた)

劍外忽傳收薊北,初聞涕滿衣裳。

剣門の外、この蜀の地に、官軍が薊北を回復した知らせが思いがけず伝わって来た。私はそれを初め聞いたとき、嬉しさの余り涙が衣裳にいっぱいになった。

卻看妻子愁何在,漫捲詩書喜欲狂。

ふりかえって妻子を見ると、いつもの愁えはどこえやらか、気もそぞろに書物も巻いてしまって、喜びに気は狂わんばかりである。

白首放歌須縱酒,青春作伴好還

白髪頭で大声出して歌うたい、思い切り酒ものむべし、このいい春に、家中そろって、さあ故郷にかえろう。

即從巴峽穿巫峽,便下襄陽向洛陽。

すぐに巴峡から巫峡をとおりぬけ、そのまま襄陽に下って、洛陽に向かおう。

(官軍河南河北を収むと聞く)

剣外 忽ち伝う 薊北【けいほく】を収むるを、初めて聞いて 涕涙【ているい】衣裳に満つ。

却【かえ】って妻子を看るに  愁い何【いず】くにか在る、漫【そぞろ】に詩書を巻いて喜んで狂せんと欲す。

白日に放歌して須らく酒を縦【ほしいまま】にすべし、青春 伴を作し 郷に還るに好し。

即ち巴峡より巫峡を穿【うが】ち、便【すなわ】ち襄陽に下って洛陽に向かわん。

邯冉唐宋時代の地図00邯鄲かんたん 

 

『聞官軍收河南河北』 現代語訳と訳註

(本文)

聞官軍收河南河北

〔時史朝義兵敗,走死廣陽,諸將田承嗣、李懷仙等俱來降。〕

劍外忽傳收薊北,初聞涕滿衣裳。

卻看妻子愁何在,漫捲詩書喜欲狂。

白日放歌須縱酒,青春作伴好還

即從巴峽穿巫峽,便下襄陽向洛陽。

 

 

(下し文)

(官軍河南河北を収むと聞く)

剣外 忽ち伝う 薊北【けいほく】を収むるを、初めて聞いて涕涙【ているい】 衣裳に満つ。

却【かえ】って妻子を看るに  愁い何【いず】くにか在る、漫【そぞろ】に詩書を巻いて喜んで狂せんと欲す。

白日に放歌して須らく酒を縦【ほしいまま】にすべし、青春伴を作し 郷に還るに好し。

即ち巴峡より巫峡を穿【うが】ち、便【すなわ】ち襄陽に下って洛陽に向かわん。

 

 

(現代語訳)

(官軍が河南・河北を収めた)

剣門の外、この蜀の地に、官軍が薊北を回復した知らせが思いがけず伝わって来た。私はそれを初め聞いたとき、嬉しさの余り涙が衣裳にいっぱいになった。

ふりかえって妻子を見ると、いつもの愁えはどこえやらか、気もそぞろに書物も巻いてしまって、喜びに気は狂わんばかりである。

白髪頭で大声出して歌うたい、思い切り酒ものむべし、このいい春に、家中そろって、さあ故郷にかえろう。

すぐに巴峡から巫峡をとおりぬけ、そのまま襄陽に下って、洛陽に向かおう。

 

 

(訳注)

聞官軍收河南河北

(官軍が河南・河北を収めた)

○収河南河北 宝応元年冬十月、僕固懐恩らがしばしば賊史朝義の兵を破り進んで東京(洛陽)を手に入れた、其の将荷嵩は相・衛らの州を以て降り、張志息は恒・遭らの州を以て降った、

前述のごとく、763年広徳元年正月、賊将史朝義が官軍に敗れて死んで、河南・河北は久しぶりに回復された。梓州でこれを聞いた杜甫は狂喜して、一日も早く故郷に帰りたいと心ははやった。

 

〔時史朝義兵敗,走死廣陽,諸將田承嗣、李懷仙等俱來降。〕

〔次年763年(広徳元年)春正月、朝義は走って広陽に至って自ずから溢れて死んだ。其の将田承嗣は莫州を以て降り、李懐仙は幽州を以て降った。〕

 

 

劍外忽傳收薊北,初聞涕滿衣裳。

剣門の外、この蜀の地に、官軍が薊北を回復した知らせが思いがけず伝わって来た。私はそれを初め聞いたとき、嬉しさの余り涙が衣裳にいっぱいになった。

○剣外 長安を基本に考えて剣門の外、蜀のことをいう。

○薊北 薊州の北、今の河北薊天府地方、賊の根拠地。

○涕淚 感激のなみだ。

 

 

卻看妻子愁何在,漫捲詩書喜欲狂。

ふりかえって妻子を見ると、いつもの愁えはどこえやらか、気もそぞろに書物も巻いてしまって、喜びに気は狂わんばかりである。

○卻看妻子 杜甫は妻子をそばに呼び寄せたようである。762年宝応元年秋に梓州より成都に帰り家族を迎えて再び梓州に至り、十一月に射洪県へ行ったという。いつ妻子を迎えとったかは詩にはみえないが、此の詩には妻子の語がある。

○漫捲詩書 詩書とは「詩経」と「書経」、巻というのは当時の書物は巻きものであるからである、漫にとはうれしさのあまり、いいかげんに巻きおさめること。

 kairo10682

 

白首放歌須縱酒,青春作伴好還

白髪頭で大声出して歌うたい、思い切り酒ものむべし、このいい春に、家中そろって、さあ故郷にかえろう。

○白首 しらがあたま、老年であることをいう、首を一に日に作る、白日ならばまひるなかをいう。

○青春作伴 青春は春の節をいう、作伴とは妻子一家つれだつことをいう、「青春を伴と作して」とよます説があるが取らぬ。

○郷 洛陽をさしていう。

 

 

即從巴峽穿巫峽,便下襄陽向洛陽。

すぐに巴峡から巫峡をとおりぬけ、そのまま襄陽に下って、洛陽に向かおう。

○巴峡 四川巴県にある峡の名。

○巫峡 四川巫山県にある三峡の名。

○便下 下るの意は明らかでない、愚見は地理上よりみれば「上りて」とあるぺしとおもわれるが「下」とある。強いていうならば都にゆくのを上ることとし他地にゆくのを下るといったもの。ともかく嚢陽へゆくことである。

671 《官池春雁,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <577>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3195 杜甫詩1000-577-833/1500

《官池春雁,二首之二》青青とした春の盛りになると いつもいそいで故郷に帰りたいという気持ちになるものだ。朝夕の萬里長城にかかる空は論ずることを安らかにしてくれるのだがそこには尚、現実の厳しさのように霜が降りてくる。

 

2013年10月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如《上林賦 》(24)―#9-2  文選 賦<110-#9-2>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩929 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3193
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《次硤石》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <842>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3194韓愈詩-214
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor671 《官池春雁,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <577>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3195 杜甫詩1000-577-833/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor菩薩蠻七首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-330-6-#57-(21)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3197
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
671

《官池春雁,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <577  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3195 杜甫詩1000-577-833/1500

 

 

 

作者: 杜甫  763  廣德元年  52

卷別: 卷二二七  文體: 七言 

詩題: 官池春雁,二首之一 

及地點:  房公湖 (劍南道北部 漢州 漢州) 別名:房公西湖、房公池、官池     

 

 

官池春雁,二首之一

(軍営を整えるのは、春というのに狂った雁のためである。その一)

自古稻粱多不足,至今鸂鶒亂為群。 

昔よりこの方、稲と大粟というものは多量で豊富ということはなくいつも不足気味である。今に至るや、鴛鴦というほど連合していたものが各地で略奪をほしいままに乱を起こして飛び交っているから、それを征伐するために群れの整備をなしている。

且休悵望看春水,更恐歸飛隔暮雲。 

今の朝廷は雁がこの池でしばらく休んでいるようなものだ。春水の増水した大江のように、吐蕃は長安に攻め込んだ。これを怨めしく眺めるだけであろう。更に懼れることはあの雁が北から飛んで帰ってきて吐蕃や、ウイグルがこの夕暮れの雲間に隔てたままであることだ。

官の池春の雁,二首の一

古より稻粱 多く足りず,今に至る 鸂鶒 亂れて群を為す。 

且く休む 悵望して 春水を看るを,更に恐れる 歸り飛びて暮雲を隔てるを。

 

官池春雁,二首之二

(軍営を整えるのは、春というのに狂った雁のためである。その二)

青春欲盡急還紫塞寧論尚有霜。 

青青とした春の盛りになると いつもいそいで故郷に帰りたいという気持ちになるものだ。朝夕の萬里長城にかかる空は論ずることを安らかにしてくれるのだがそこには尚、現実の厳しさのように霜が降りてくる。

翅在雲天終不遠,力微矰繳須防。 

この強い羽があるので、雲がつづくこの大空であってもそんなに遠いとは思わない。ちからはわずかなものであるかもしれないが、萬里長城だけでなく鳥捕獲の仕掛け網は絶対用いてこの国を防衛して欲しいものだ。

 

(官の池 春の雁,二首の二)

青春 盡く急いでに還んと欲し,紫塞 寧論 尚お霜有り。 

翅は雲天に在れど終に遠からず,力 微なれど 矰繳 防を須いてつ。 

banri01 1 

『官池春雁,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

官池春雁,二首之二

青春欲盡急還紫塞寧論尚有霜。 

翅在雲天終不遠,力微矰繳須防。 

 

 

(下し文)

(官の池 春の雁,二首の二)

青春 盡く急いで還んと欲し紫塞 寧論 尚お霜有り。 

翅は雲天に在れど終に遠からず,力 微なれど 矰繳 防を須いて 

 

 

(現代語訳)

(軍営を整えるのは、春というのに狂った雁のためである。その二)

青青とした春の盛りになると いつもいそいで故郷に帰りたいという気持ちになるものだ。朝夕の萬里長城にかかる空は論ずることを安らかにしてくれるのだがそこには尚、現実の厳しさのように霜が降りてくる。

この強い羽があるので、雲がつづくこの大空であってもそんなに遠いとは思わない。ちからはわずかなものであるかもしれないが、萬里長城だけでなく鳥捕獲の仕掛け網は絶対用いてこの国を防衛して欲しいものだ。

 

 

(訳注)

官池春雁,二首之二

北から南へ飛んでくる雁を吐蕃に喩えて批判し、防衛軍に激励している詩である。官池とは節度使の軍営を指すものである。

『房湖園』: 広漢県城の広漢公園にあり、房琯は唐の玄宗のときに丞相を勤め、ねたまれ漢州刺史に左遷され、西湖(房公西湖)と城湖(房湖)を開削した。

 

青春 欲盡急 ,紫塞 寧論 尚有霜

青青とした春の盛りになるといつもいそいで故郷に帰りたいという気持ちになるものだ。朝夕の萬里長城にかかる空は論ずることを安らかにしてくれるのだがそこには尚、現実の厳しさのように霜が降りてくる。

「青春」青青とした春の盛りになること。

「紫塞」關津地名(關隘)、萬里長城。異民族から守ってくれる絶対的存在のもの。

 

 

翅在 雲天 終不遠 ,力微 矰繳 須防

この強い羽があるので、雲がつづくこの大空であってもそんなに遠いとは思わない。ちからはわずかなものであるかもしれないが、萬里長城だけでなく鳥捕獲の仕掛け網は絶対用いてこの国を防衛して欲しいものだ。

「矰繳」 カスミ網。《「射()(くる)み」の意》飛んでいる鳥を捕らえるための仕掛け。矢に網や長い糸をつけて、当たるとそれが絡みつくようにしたもの。

 

 蜀中転々圖

670 《官池春雁,二首之一》 蜀中転々 杜甫 <576>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3190 杜甫詩1000-576-832/1500

《官池春雁,二首之一》今の朝廷は雁がこの池でしばらく休んでいるようなものだ。春水の増水した大江のように、吐蕃は長安に攻め込んだ。これを怨めしく眺めるだけであろう。更に懼れることはあの雁が北から飛んで帰ってきて吐蕃や、ウイグルがこの夕暮れの雲間に隔てたままであることだ。

 

2013年10月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(23)―#9-1  文選 賦<110-#9-1>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩928 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3188
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《宿神龜招李二十八、馮十七》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <841>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3189韓愈詩-213
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor670 《官池春雁,二首之一》 蜀中転々 杜甫 <576>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3190 杜甫詩1000-576-832/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor江城子二首 其二 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-329-6-#57-(20)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3192
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
670

《官池春雁,二首之一》 蜀中転々 杜甫 <576  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3190 杜甫詩1000-576-832/1500

 

 

作者: 杜甫  763  廣德元年  52

卷別: 卷二二七  文體: 七言 

詩題: 官池春雁,二首之一 

寫及地點:  房公湖 (劍南道北部 漢州 漢州) 別名:房公西湖、房公池、官池     

 

 

官池春雁,二首之一

(軍営を整えるのは、春というのに狂った雁のためである。その一)

自古稻粱多不足,至今鸂鶒亂為群。 

昔よりこの方、稲と大粟というものは多量で豊富ということはなくいつも不足気味である。今に至るや、鴛鴦というほど連合していたものが各地で略奪をほしいままに乱を起こして飛び交っているから、それを征伐するために群れの整備をなしている。

且休悵望看春水,更恐歸飛隔暮雲。 

今の朝廷は雁がこの池でしばらく休んでいるようなものだ。春水の増水した大江のように、吐蕃は長安に攻め込んだ。これを怨めしく眺めるだけであろう。更に懼れることはあの雁が北から飛んで帰ってきて吐蕃や、ウイグルがこの夕暮れの雲間に隔てたままであることだ。

官の池春の雁,二首の一

古より稻粱 多く足りず,今に至る 鸂鶒 亂れて群を為す。 

且く休む 悵望して 春水を看るを,更に恐れる 歸り飛びて暮雲を隔てるを。

 

 

官池春雁,二首之二

青春欲盡急還紫塞寧論尚有霜。 

翅在雲天終不遠,力微矰繳須防。 

花鴨003 

 

『官池春雁二首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

官池春雁,二首之一

自古稻粱多不足,至今鸂鶒亂為群。 

且休悵望看春水,更恐歸飛隔暮雲。 

 

 

(下し文)

官の池春の雁,二首の一

古より稻粱 多く足りず,今に至る 鸂鶒 亂れて群を為す。 

且く休む 悵望して 春水を看るを,更に恐れる 歸り飛びて暮雲を隔てるを。 

 

 

(現代語訳)

(軍営を整えるのは、春というのに狂った雁のためである。その一)

昔よりこの方、稲と大粟というものは多量で豊富ということはなくいつも不足気味である。今に至るや、鴛鴦というほど連合していたものが各地で略奪をほしいままに乱を起こして飛び交っているから、それを征伐するために群れの整備をなしている。

今の朝廷は雁がこの池でしばらく休んでいるようなものだ。春水の増水した大江のように、吐蕃は長安に攻め込んだ。これを怨めしく眺めるだけであろう。更に懼れることはあの雁が北から飛んで帰ってきて吐蕃や、ウイグルがこの夕暮れの雲間に隔てたままであることだ。

 

 

(訳注)

官池春雁,二首之一

(軍営を整えるのは、春というのに狂った雁のためである。その一)

鴛鴦のように連合軍としていたウイグル軍や、北から南へ飛んでくる雁を吐蕃に喩えて批判し、防衛軍に激励している詩である。官池とは節度使の軍営を指すものである。

『房湖園』: 広漢県城の広漢公園にあり、房琯は唐の玄宗のときに丞相を勤め、ねたまれ漢州刺史に左遷され、西湖(房公西湖)と城湖(房湖)を開削した。 

 

自古 稻粱 不足 ,至今 鸂鶒 為群

昔よりこの方、稲と大粟というものは多量で豊富ということはなくいつも不足気味である。今に至るや、鴛鴦というほど連合していたものが各地で略奪をほしいままに乱を起こして飛び交っているから、それを征伐するために群れの整備をなしている。

「古」(今昔)、古。

「稻粱」いねと大粒粟。稻:水稲・晩稲・陸稲。(漢)穀物。粱:大粒のアワ。安史軍に対して援軍をウイグルに求めたためにたいそうな利権を与えてしまったことを云う。

「鸂鶒」おしどり。ここでは、安史軍を征伐するために連合軍としていたウイグル軍のことを指す。

『江頭五詠:鸂鶒』

故使籠寬織,須知動損毛。

看雲莫悵望,失水任呼號。

六翮曾經剪,孤飛卒未高【孤飛只未高】。

且無鷹隼慮,留滯莫辭勞。

江頭五詠:鸂鶒 蜀中転々 杜甫 <521  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2800 杜甫詩1000-521-754/1500

「亂」安史軍を滅ぼしたら、ウイグル軍は各地で略奪をほしいままにした。そこに、吐蕃が付け込んで攻め入ったのである。長安の代宗は河南陝州に逃げたのである

 

 

且休 悵望 春水 ,更恐 歸飛 暮雲

今の朝廷は雁がこの池でしばらく休んでいるようなものだ。春水の増水した大江のように、吐蕃は長安に攻め込んだ。これを怨めしく眺めるだけであろう。更に懼れることはあの雁が北から飛んで帰ってきて吐蕃や、ウイグルがこの夕暮れの雲間に隔てたままであることだ。

「悵望」うらめしくながめる。

「春水」春の雪解け水で増水した河川をあらわす。吐蕃、ウイグルは山から、北から攻め入ってきたことを云う。。

「歸飛」吐蕃が攻め込んだために代宗は逃げたことを示す。
nat0001

遠游 蜀中転々 杜甫 <525>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2820 杜甫詩1000-525-758/1500 詩 題:

《遠遊》また自分は薬草をうえてこれをもって老衰と疾病とを扶たすけ、詩を吟じて此れにより 嘆きを解き去っている。このごろ聞くところによると叛乱軍の胡騎は逃げたということだ。それがためあまりに喜んで両京華の様子いかにと人にといただしてみるのである。

 

2013年10月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如《上林賦 》(22)#8-2 文選 賦<110-#8-2>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩927 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3183
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《過襄城》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <840>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3184韓愈詩-212
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor遠游 蜀中転々 杜甫 <525>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2820 杜甫詩1000-525-758/1500 詩 題:
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor江城子二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-328-6-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3187
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
遠游  蜀中転々 杜甫 <525>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2820 杜甫詩1000-525-758/1500 詩 題:

 

代宗の広徳元年(763)の正月、幽州の降将李懐仙に追いつめられた賊軍の総帥史朝義(史思明の子)が自殺し、ここに十年にも及んだ安史の大乱は一応おさまった。この知らせを梓州で聞いた杜甫は、涙を流して狂わんばかりに喜び、「聞官軍收河南河北」(官軍の、河南・河北を収むるを聞く)詩を作り、すぐにも故郷へ帰りたいと詠っている。

しかし、このたびの勝利を自分たちの手柄と考える回紇(ウィグル)軍は、到る所で暴行略奪をはたらき、わが物顔で洛陽・長安を横行していた。また、西方では吐蕃の勢力が日増しに大きくなり、一触即発の危機を迎えていた。そのため杜甫の帰郷の望みは、かなえられそうにもなかったのである。

 

 

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載;杜甫1000首の525首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-758回目   40857

他郷に遠遊する身で賊軍の敗北をきき喜びのあまり作った詩。広徳元年春、梓州にあっての作。

 

 

遠遊

(故郷をはなれ遠く他郷に遊んでいるこのときのことをのべる。)

賤子何人記,迷芳著處家。

わたくしのことなどは今となって誰が記憶しているものがあろうか、自分は行く先に迷ってしまい到る処を以て自分の家としているのである。

竹風連野色,江沫擁春沙。

ここでは竹林に風の吹きぬけるところ、遠くまで田野の色が連接し、大江水際に沫が起こって、曲線をもって沙際を抱くように見えるのである。

種藥扶衰病,吟詩解歎嗟。

また自分は薬草をうえてこれをもって老衰と疾病とを扶たすけ、詩を吟じて此れにより 嘆きを解き去っている。

似聞胡騎走,失喜問京華。

このごろ聞くところによると叛乱軍の胡騎は逃げたということだ。それがためあまりに喜んで両京華の様子いかにと人にといただしてみるのである。

 

 

(遠 遊)

賤子何人か記せん,芳に迷いて著處を家とす。

竹風に野色連なり,江沫春沙を擁す。

藥を種うえて衰病を扶け,詩を吟じて歎嗟を解く。

聞に似たり胡騎走ること,失喜 京華を問う。

 

竹林0021 

『遠遊』 現代語訳と訳註

(本文)

遠遊

賤子何人記,迷芳著處家。

竹風連野色,江沫擁春沙。

種藥扶衰病,吟詩解歎嗟。

似聞胡騎走,失喜問京華。

 

 

(下し文)

(遠 遊)

賤子何人か記せん,芳に迷いて著處を家とす。

竹風に野色連なり,江沫春沙を擁す。

藥を種えて衰病を扶け,詩を吟じて歎嗟を解く。

聞に似たり胡騎走ること,失喜 京華を問う。

 

 

(現代語訳)

(故郷をはなれ遠く他郷に遊んでいるこのときのことをのべる。)

わたくしのことなどは今となって誰が記憶しているものがあろうか、自分は行く先に迷ってしまい到る処を以て自分の家としているのである。

ここでは竹林に風の吹きぬけるところ、遠くまで田野の色が連接し、大江水際に沫が起こって、曲線をもって沙際を抱くように見えるのである。

また自分は薬草をうえてこれをもって老衰と疾病とを扶たすけ、詩を吟じて此れにより 嘆きを解き去っている。

このごろ聞くところによると叛乱軍の胡騎は逃げたということだ。それがためあまりに喜んで両京華の様子いかにと人にといただしてみるのである。

 

 

(訳注)

遠遊

(故郷をはなれ遠く他郷に遊んでいるこのときのことをのべる。)

 

賤子何人記,迷芳著處家。

わたくしのことなどは今となって誰が記憶しているものがあろうか、自分は行く先に迷ってしまい到る処を以て自分の家としているのである。

○賤子 わたくし、自己を謙遜していう。

○記 記憶する。

○迷方 方向に迷う。華州を出て秦州、同谷、成都、浣花渓、そこから、梓州を中心に蜀東部をさまよっていることを云う。

〇着処 俗語である、到る処と同意。

○家 以為義に同じ。

 

 

竹風連野色,江沫擁春沙。

ここでは竹林に風の吹きぬけるところ、遠くまで田野の色が連接し、大江水際に沫が起こって、曲線をもって沙際を抱くように見えるのである。

○竹風 竹林上に風のふきぬけること。

○連野色 野色連と同じ、田野の色がはるか先まで平らにうちつづくことをいう。

○江沫 涪江の水際にあわがよせられていることをいう。

○擁 江汀に水波がくだけてあわだち、あわだちの曲線が沙際をいだくがごとくであるさまをいうものである。

 

種藥扶衰病,吟詩解歎嗟。

また自分は薬草をうえてこれをもって老衰と疾病とを扶たすけ、詩を吟じて此れにより 嘆きを解き去っている。

○解 解き除くことをいう。

 

似聞胡騎走,失喜問京華。

このごろ聞くところによると叛乱軍の胡騎は逃げたということだ。それがためあまりに喜んで両京華の様子いかにと人にといただしてみるのである。

○似聞 「きくがごとくんば」の意、うわさで正確でないことを示す。

○胡騎走 前年(宝応元年)に叛乱軍の史朝義は戦に敗れて北のかた河を渡り、衛の兵をひきいて来て戦ったがまた敗走した、それが「胡騎走」の事実である。

○失喜 おぼえずあやまってよろこぶ。

○問京華 京華は都をいう、問うとは都の様子いかにと人に問うこと、そのことを問うのはもし安穏ならば都へかえろうとおもうのによるということ。
成都遂州00 

668 《歲暮》 蜀中転々 杜甫 <574>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3180 杜甫詩1000-574-830/1500

暮》年も暮れているのにこの遠くの地に旅客者となっている。国境近くの外れの方でまた軍隊を用いる出来事が起こっている。戦の煙塵が舞い上がり、雪嶺の綺麗な山々は犯され、汚れたようだ。剣南東川節度軍の鼓と角笛が響き渡り、涪江近くの梓城の軍隊が動き出す。

 

2013年10月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(21)#8-1 文選 賦<110-#8-1>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩926 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3178
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《同李二十八夜次襄城》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <839>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3179韓愈詩-211
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor668 《歲暮》 蜀中転々 杜甫 <574>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3180 杜甫詩1000-574-830/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor更漏子三首 其三 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-327-6-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3182
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
668

暮》 蜀中転々 杜甫 <574  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3180 杜甫詩1000-574-830/1500

 

 

この年の夏ごろから、杜甫は梓州刺史章彝(前任の杜済は綿州刺史に転じていた)の客分となり、その主催する送別や歓迎の宴に出席したり、遊覧・遊猟に随行している。杜甫の詩人としての名も、かなり揚がっていたらしく、彼はそれによって一家の生活を支え、また東下の旅費を蓄えていた。しかしこのころ、辺境の情勢は緊迫の度を加え、吐蕃の軍は長安に迫り、西南方面においては巴・蜀を圧迫していた。そうして、十月になるとついに長安に攻めこみ、代宗は東の方の陝州(河南省陝県)に逃げてしまった。しばらくして郭子儀が反撃に転じ、吐蕃軍は遁走したが、まさに安禄山の乱の再現かと思われた。

 

杜甫はそれらの情報を伝え聞きながら、今はただ一つしか残されていない東方への道、長江を下るべく、ひたすら旅の準備をととのえていた。その大部分は章彝の援助に頼るしかなかったため、彼は章彝とその幕僚の機嫌を損ねないように、言行を慎重にしていたらしい。そのためであろう、杜甫が東方の旅に出発することを申し出ると、彼らは送別会を開いてくれ、章彝は無事な旅を祈って、梓州特産の桃竹の杖を二本、杜甫に贈った。

出発も間近に迫ったある日、都に帰った厳武のはからいであろうか、杜甫を京兆府の功曹参軍(庶務課長)に任ずるとの連絡があった。しかし、すでに三峡を下って呉・楚の地に赴く決心をしていた杜甫は、それを辞退した。

 

 

作者: 杜甫  763  廣德元年  52 

卷別: 卷二二六  文體: 五言律詩 

詩題:  

及地點:  雪山 (劍南道北部 無第二級行政層級 雪山) 別名:雪嶺     

 

 


暮)

暮遠為客,邊隅還用兵。

年も暮れているのにこの遠くの地に旅客者となっている。国境近くの外れの方でまた軍隊を用いる出来事が起こっている。

煙塵犯雪嶺,鼓角動江城。

戦の煙塵が舞い上がり、雪嶺の綺麗な山々は犯され、汚れたようだ。剣南東川節度軍の鼓と角笛が響き渡り、涪江近くの梓城の軍隊が動き出す。

天地日流血,朝廷誰請纓。

天地は日々が過ぎるにしたがって流血で染められていく。朝廷は南越を帰順させた故事のように終軍させるべき人はだれもいないのか。

濟時敢愛死,寂寞壯心驚。

もしいたならば、世の中を平穏な状態にするには敢て愛というものを殺さねばならないし、今の世の心が満たされずにもの寂しい状態は大望を抱いた心にきっと驚くことだろう。

 

(歳暮)

暮 遠く客と為し,邊隅にして還た兵を用う。

煙塵 雪嶺を犯し,鼓角 江城に動ず。

天地 日に流血し,朝廷 誰か纓を請わんや。

濟時 敢えて愛死し,寂寞として壯心 驚く。

 

nat0001 

『歳暮』 現代語訳と訳註

(本文)


暮遠為客,邊隅還用兵。

煙塵犯雪嶺,鼓角動江城。

天地日流血,朝廷誰請纓。

濟時敢愛死,寂寞壯心驚。

 

 

(下し文)

(歳暮)

暮 遠く客と為し,邊隅にして還た兵を用う。

煙塵 雪嶺を犯し,鼓角 江城に動ず。

天地 日に流血し,朝廷 誰か纓を請わんや。

濟時 敢えて愛死し,寂寞として壯心 驚く。

 

 

(現代語訳)

暮)

年も暮れているのにこの遠くの地に旅客者となっている。国境近くの外れの方でまた軍隊を用いる出来事が起こっている。

戦の煙塵が舞い上がり、雪嶺の綺麗な山々は犯され、汚れたようだ。剣南東川節度軍の鼓と角笛が響き渡り、涪江近くの梓城の軍隊が動き出す。

天地は日々が過ぎるにしたがって流血で染められていく。朝廷は南越を帰順させた故事のように終軍させるべき人はだれもいないのか。

もしいたならば、世の中を平穏な状態にするには敢て愛というものを殺さねばならないし、今の世の心が満たされずにもの寂しい状態は大望を抱いた心にきっと驚くことだろう。

 

(訳注)


辺境の情勢は緊迫の度を加え、吐蕃の軍は長安に迫り、西南方面においては巴・蜀を圧迫していた。そうして、十月になるとついに長安に攻めこみ、代宗は東の方の陝州(河南省陝県)に逃げてしまった。しばらくして郭子儀が反撃に転じ、吐蕃軍は遁走したが、まさに安禄山の乱の再現かと思われた。

 

 

為客 ,邊隅 還用兵

年も暮れているのにこの遠くの地に旅客者となっている。国境近くの外れの方でまた軍隊を用いる出来事が起こっている。

暮」年の。希望の持てないこの現状を云う。

「用兵」辺境の情勢は緊迫の度を加え、吐蕃の軍は長安に迫り、西南方面においては巴・蜀を圧迫していた。

 

 

煙塵 雪嶺 ,鼓角 動江城

戦の煙塵が舞い上がり、雪嶺の綺麗な山々は犯され、汚れたようだ。剣南東川節度軍の鼓と角笛が響き渡り、涪江近くの梓城の軍隊が動き出す。

「煙」天候氣象の雲霧煙霞をいう。。

「塵」戦争における粉塵。

「犯」冒犯。

「雪嶺」蜀・巴の山峰崖嶺、雪嶺山脈。

「鼓角」剣南東川節度軍の鼓と角笛。

「江」涪江。

「城」梓城。

 

 

天地 流血 ,朝廷 請纓

天地は日々が過ぎるにしたがって流血で染められていく。朝廷は南越を帰順させた故事のように終軍させるべき人はだれもいないのか。

「請纓」行為動作、戰爭活動、故事に請纓。終軍、是れ漢において初めての濟南人のことである。子供のころから勤勉に励んでよく学んでいる,博學で言動もよくした,十八時、選らばれて博士弟子となる。西から長安に來る,漢の武帝はこの者の他に類を見ない優れたところを見出し、,諫大夫とした。 それよりのち,朝廷は想派人出使南越に使者としてだし,南越王を漢朝に歸順するようした

  

濟時 敢愛 ,寂寞 壯心

もしいたならば、世の中を平穏な状態にするには敢て愛というものを殺さねばならないし、今の世の心が満たされずにもの寂しい状態は大望を抱いた心にきっと驚くことだろう。

「濟時」治國之道、濟世。

「寂寞」1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。2 心が満たされずにもの寂しいさま。

「壯心」さかんな志。大望を抱いた心。壮志。
成都遂州00 

667 《冬狩行》 蜀中転々 杜甫 <573-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3175 杜甫詩1000-573-#3-829/1500

《冬狩行》#3 今、天子は咸陽宮から河南の陝州へお逃げになっているのである。天子不在の朝廷はなるほど、まだ、古代周の幽王が驪山で殺され、褒姒は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡したほどの禍はないというものの、どうして我我はこんどの二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。

 

2013年10月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(20)#7-4 文選 賦<110-#7-4>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩925 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3173
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <838>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3174韓愈詩-210
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor667 《冬狩行》 蜀中転々 杜甫 <573-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3175 杜甫詩1000-573-#3-829/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor更漏子三首 其二 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-326-6-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3177
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
667

《冬狩行》 蜀中転々 杜甫 <573-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3175 杜甫詩1000-573-#3-829/1500

 

 

冬狩行

〔時梓州刺史章彝兼侍御史留後東川。〕

(冬の狩のうた)〔時に章彝は梓州刺史と侍御史として剣南東川節度使の留守役を兼務していた。〕

君不見東川節度兵馬雄,校獵亦似觀成功。

諸君見よ、剣南東川節度の兵馬は雄壮なるものである。こんど障害物を設けて猟をするのだが同時に平生の訓練のゆきとどいていることを人にみせるつもりのようである。

夜發猛士三千人,清晨合圍驟同。

まず夜中から三千人の猛士をくりだす、あしたにはそれが足並みをそろえて禽獣を包囲するのである。」

禽獸已斃十七八,殺聲落日回蒼穹。

駆り立てられた禽獣は既に倒れたものが十中七八であり、夕日の落ちるころ殺伐な声が青空まで舞い上がる。

幕前生致九青兕,駱駝垂玄熊。

本陣の幕のまえには九匹の青色の野牛が生きたままもちきたされる。駱駝の背中には獲物がうずだかくつまれ玄熊などが背なかから垂れさがっている。

(時に梓州の章彝、侍御史を兼ねて、東川に留後たり)

君見ずや東川の節度兵馬雄なり、校猟亦た成功を観すに似たり。

夜猛士三千人を発す、精晨合囲歩錬同じ。』

禽獣己にる十に七八、殺聲落日蒼穹に廻る。

幕前生きながら致す九青兇、駱駝として玄熊垂る。

#2

東西南北百里間,仿佛蹴踏寒山空。

およそ東西南北百里の間というものは士卒がそれを踏み散らして冬の山もからっぽになったと同様な状況である。

有鳥名鴝,  力不能高飛逐走蓬。

ここに鴝鵒(ひえどり)という鳥があってその力は高く飛べず草むらで蓬のあとを追っかけまわる、

肉味不足登鼎俎,何為見羈虞羅中。

これは料理しても食べられるほどの肉味のあるものでもないのに、なんで山番の網の中に引っ掛かったのか、かようなものまでかりとられたのである。』

春蒐冬狩侯得同,使君五馬一馬驄。

いったい春の蒐、冬の狩は天子の礼であるが諸侯でもそれはやれるのである、章君は刺史でまず諸侯の身分だ、その馬は刺史としては五馬であるが、そのうえに侍御史だから一馬は駿馬である。

況今攝行大將權,號令頗有前賢風。

まして節度使の留後で今は大将の権力を代行して、その号令やすこぶる前代賢者の風がある。』(これをみるにつけて自分に見る目がある。)
#2

東西南北百里の間、仿佛たり 蹴踏 寒山空しきに。

鳥有り鴝と名づく、力高飛する能わず走蓬を逐う。

肉味 鼎俎に登すに足らず、胡為れぞ虞羅の中に羈せらるるや。』

春蒐冬狩侯同うることを得、使君五馬一馬は驄なり。

況や今攝行す大将の権、号令頗る前賢の風有り。』

#3

飄然時危一老翁,十年厭見旌旗紅。

いまこの危い時世のであるのに、轉蓬生活をしているこの老人は十年このかた軍旗の色をみるのがいやになっているのである。

喜君士卒甚整肅,為我回轡擒西戎。

ところで君の部下の軍人たちはとても整備され、厳粛に鍛えられているのを見てうれしくおもう。どうかわたしのために轡をむけかえて、いま暴れている西戎(吐蕃)をいけどりにしてもらいたいものだ。

草中狐兔盡何益,天子不在咸陽宮。

草のなかにいる狐や兎をかりつくしてみたところで何の利益があるか疑問ではある。今、天子は咸陽宮から河南の陝州へお逃げになっているのである。

朝廷雖無幽王禍,得不哀痛塵再蒙。

天子不在の朝廷はなるほど、まだ、古代周の幽王が驪山で殺され、褒姒は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡したほどの禍はないというものの、どうして我我はこんどの二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。

嗚呼,得不哀痛塵再蒙。

ああ、この二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。

#3

諷然時危し一老翁。十年見るを厭う旛旗の紅。

喜ぶ君が士卒甚だ整粛なるを、我が為に轡を廻して西戎を擒にせよ。

草中の狐兎尽すも何の益かあらん、天子は在さず咸陽宮。

朝廷幽王の禍無しと雖も、哀痛せざるを得んや塵再び蒙れり。

鳴呼 哀痛せざるを得んや、塵再び蒙れり。』

 

河南郾城05 

『冬狩行』 現代語訳と訳註

(本文)

飄然時危一老翁,十年厭見旌旗紅。

喜君士卒甚整肅,為我回轡擒西戎。

草中狐兔盡何益,天子不在咸陽宮。

朝廷雖無幽王禍,得不哀痛塵再蒙。

嗚呼,得不哀痛塵再蒙。

 

 

(下し文)

諷然時危し一老翁。十年見るを厭う旛旗の紅。

喜ぶ君が士卒甚だ整粛なるを、我が為に轡を廻して西戎を擒にせよ。

草中の狐兎尽すも何の益かあらん、天子は在さず咸陽宮。

朝廷幽王の禍無しと雖も、哀痛せざるを得んや塵再び蒙れり。

鳴呼 哀痛せざるを得んや、塵再び蒙れり。』

 

(現代語訳)

いまこの危い時世のであるのに、轉蓬生活をしているこの老人は十年このかた軍旗の色をみるのがいやになっているのである。

ところで君の部下の軍人たちはとても整備され、厳粛に鍛えられているのを見てうれしくおもう。どうかわたしのために轡をむけかえて、いま暴れている西戎(吐蕃)をいけどりにしてもらいたいものだ。

草のなかにいる狐や兎をかりつくしてみたところで何の利益があるか疑問ではある。今、天子は咸陽宮から河南の陝州へお逃げになっているのである。

天子不在の朝廷はなるほど、まだ、古代周の幽王が驪山で殺され、褒姒は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡したほどの禍はないというものの、どうして我我はこんどの二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。

ああ、この二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。

 

 

(訳注)

飄然時危一老翁,十年厭見旌旗紅。

いまこの危い時世のであるのに、轉蓬生活をしているこの老人は十年このかた軍旗の色をみるのがいやになっているのである。

○諷然時危 「時危諷然」をさかさまにいったもの。

〇十年 755年天宝十四年より763年広徳元年まで九年、成数をあげて「十」という。詩人の数値は5,6年を超えれば十年という表現をする。「白髪三千丈」でいう数値の使い方とは異なるものである。

○施旗紅 軍隊の旗色。

 

喜君士卒甚整肅,為我回轡擒西戎。

ところで君の部下の軍人たちはとても整備され、厳粛に鍛えられているのを見てうれしくおもう。どうかわたしのために轡をむけかえて、いま暴れている西戎(吐蕃)をいけどりにしてもらいたいものだ。

○廻轡 たずなをひきめぐらす。かりばから西戎の方へむけかえること。

○西戎 吐蕃をさす。

 

草中狐兔盡何益,天子不在咸陽宮。

草のなかにいる狐や兎をかりつくしてみたところで何の利益があるか疑問ではある。今、天子は咸陽宮から河南の陝州へお逃げになっているのである。

○尽 狩りつくす。

○天子不在咸陽宮 代宗が吐蕃に攻められ陝州へ逃げだしたことをいう、咸陽官は長安の宮殿をさす。

この年の夏ごろから、杜甫は梓州刺史章葬(前任の杜済は綿州刺史に転じていた)の客分となり、その主催する送別や歓迎の宴に出席したり、遊覧・遊猟に随行している。杜甫の詩人としての名も、かなり揚がっていたらしく、彼はそれによって一家の生活を支え、また東下の旅費を蓄えていた。しかしこのころ、辺境の情勢は緊迫の度を加え、吐蕃の軍は長安に迫り、西南方面においては巴・蜀を圧迫していた。そうして、十月になるとついに長安に攻めこみ、代宗は東の方の陝州(河南省陝県)に逃げてしまった。しばらくして郭子儀が反撃に転じ、吐蕃軍は遁走したが、まさに安禄山の乱の再現かと思われた。

 

朝廷雖無幽王禍,得不哀痛塵再蒙。

天子不在の朝廷はなるほど、まだ、古代周の幽王が驪山で殺され、褒姒は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡したほどの禍はないというものの、どうして我我はこんどの二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。

○無幽王禍 周の幽王は頗山の犬戎に攻められて殺された。禍とは殺されたことをいう。代宗は逃げただけでまだ殺されるにはいたらぬ。失政に廃后、廃太子の件もあったことから、申后の父である申侯の恨みを買い、申侯は西夷犬戎と協力して幽王を攻めた。この時、幽王は烽火を以って救援を頼んだが、すでに諸侯で幽王の下に馳せ参じる者はいなかったという。幽王は驪山で殺され、褒姒は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡した。

○得 反語によむ。

○哀痛 かなしみいたむ。

 

嗚呼,得不哀痛塵再蒙。

ああ、この二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。

○塵再蒙 天子が外へにげだすことを「蒙塵」という、再蒙というのはさきに玄宗は安禄山の乱にあって蜀へ逃げたためである、こんどの代宗の陝州への逃げだしで二回めである。
蜀中転々圖 

667 《冬狩行》 蜀中転々 杜甫 <573-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3170 杜甫詩1000-573-#2-828/1500

《冬狩行》#2 およそ東西南北百里の間というものは士卒がそれを踏み散らして冬の山もからっぽになったと同様な状況である。ここに鴝鵒(ひえどり)という鳥があってその力は高く飛べず草むらで蓬のあとを追っかけまわる、



2013年10月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(19)#7-3 文選 賦<110-#7-3>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩924 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3168
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮李二員外》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <837>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3169韓愈詩-209
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor667 《冬狩行》 蜀中転々 杜甫 <573-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3170 杜甫詩1000-573-#2-828/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor更漏子三首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-325-6-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3172
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
667

《冬狩行》 蜀中転々 杜甫 <573-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3170 杜甫詩1000-573-#2-828/1500





冬狩行

〔時梓州刺史章彝兼侍御史留後東川。〕

(冬の狩のうた)〔時に章彝は梓州刺史と侍御史として剣南東川節度使の留守役を兼務していた。〕

君不見東川節度兵馬雄,校獵亦似觀成功。

諸君見よ、剣南東川節度の兵馬は雄壮なるものである。こんど障害物を設けて猟をするのだが同時に平生の訓練のゆきとどいていることを人にみせるつもりのようである。

夜發猛士三千人,清晨合圍

まず夜中から三千人の猛士をくりだす、あしたにはそれが足並みをそろえて禽獣を包囲するのである。」

禽獸已斃十七八,

駆り立てられた禽獣は既に倒れたものが十中七八であり、夕日の落ちるころ殺伐な声が青空まで舞い上がる。

幕前生致九青兕,駱駝

本陣の幕のまえには九匹の青色の野牛が生きたままもちきたされる。駱駝の背中には獲物がうずだかくつまれ玄熊などが背なかから垂れさがっている。

(時に梓州の章彝、侍御史を兼ねて、東川に留後たり)

君見ずや東川の節度兵馬雄なり、校猟亦た成功を観すに似たり。

夜猛士三千人を発す、精晨合囲歩錬同じ。』

禽獣己にる十に七八、殺聲落日蒼穹に廻る。

幕前生きながら致す九青兇、駱駝として玄熊垂る。

#2

東西南北百里間,仿佛蹴踏寒山空。

およそ東西南北百里の間というものは士卒がそれを踏み散らして冬の山もからっぽになったと同様な状況である。

有鳥名鴝

ここに鴝鵒(ひえどり)という鳥があってその力は高く飛べず草むらで蓬のあとを追っかけまわる、

肉味不足登鼎俎,何為見羈虞羅中。

これは料理しても食べられるほどの肉味のあるものでもないのに、なんで山番の網の中に引っ掛かったのか、かようなものまでかりとられたのである。』

春蒐冬狩侯得同,使君五馬一馬驄。

いったい春の蒐、冬の狩は天子の礼であるが諸侯でもそれはやれるのである、章君は刺史でまず諸侯の身分だ、その馬は刺史としては五馬であるが、そのうえに侍御史だから一馬は駿馬である。

況今攝行大將權,號令頗有前賢風。

まして節度使の留後で今は大将の権力を代行して、その号令やすこぶる前代賢者の風がある。』(これをみるにつけて自分に見る目がある。)

#2

東西南北百里の間、仿佛たり 蹴踏 寒山空しきに。

鳥有り鴝と名づく、力高飛する能わず走蓬を逐う。

肉味 鼎俎に登すに足らず、胡為れぞ虞羅の中に羈せらるるや。』

春蒐冬狩侯同うることを得、使君五馬一馬は驄なり。

況や今攝行す大将の権、号令頗る前賢の風有り。』

#3

飄然時危一老翁,十年厭見旌旗紅。

喜君士卒甚整肅,為我回轡擒西戎。

草中狐兔盡何益,天子不在咸陽宮。

朝廷雖無幽王禍,得不哀痛塵再蒙。

嗚呼,得不哀痛塵再蒙。

#3

諷然時危し一老翁。十年見るを厭う旛旗の紅。

喜ぶ君が士卒甚だ整粛なるを、我が為に轡を廻して西戎を擒にせよ。

草中の狐兎尽すも何の益かあらん、天子は在さず咸陽宮。

朝廷幽王の禍無しと雖も、哀痛せざるを得んや塵再び蒙れり。

鳴呼 哀痛せざるを得んや、塵再び蒙れり。』





殺聲落日回蒼穹。



『冬狩行』 現代語訳と訳註

komichi03(本文) #2

東西南北百里間,仿佛蹴踏寒山空。

有鳥名鴝,  力不能高飛逐走蓬。

肉味不足登鼎俎,何為見羈虞羅中。

春蒐冬狩侯得同,使君五馬一馬驄。

況今攝行大將權,號令頗有前賢風。



垂玄熊。



(下し文) #2

東西南北百里の間、仿佛たり 蹴踏 寒山空しきに。

鳥有り鴝鵒と名づく、力高飛する能わず走蓬を逐う。

肉味 鼎俎に登すに足らず、胡為れぞ虞羅の中に羈せらるるや。』

春蒐冬狩侯同うることを得、使君五馬一馬は驄なり。

況や今攝行す大将の権、号令頗る前賢の風有り。』



,  力不能高飛逐走蓬。



(現代語訳)

およそ東西南北百里の間というものは士卒がそれを踏み散らして冬の山もからっぽになったと同様な状況である。

ここに鴝鵒(ひえどり)という鳥があってその力は高く飛べず草むらで蓬のあとを追っかけまわる、

これは料理しても食べられるほどの肉味のあるものでもないのに、なんで山番の網の中に引っ掛かったのか、かようなものまでかりとられたのである。』

いったい春の蒐、冬の狩は天子の礼であるが諸侯でもそれはやれるのである、章君は刺史でまず諸侯の身分だ、その馬は刺史としては五馬であるが、そのうえに侍御史だから一馬は駿馬である。


まして節度使の留後で今は大将の権力を代行して、その号令やすこぶる前代賢者の風がある。』(これをみるにつけて自分に見る目がある。)

 



(訳注) #2

東西南北百里間,仿佛蹴踏寒山空。

およそ東西南北百里の間というものは士卒がそれを踏み散らして冬の山もからっぽになったと同様な状況である。

○努幕 さも似ている。

○蹴踏 士卒や軍馬がけちらしてあるく。

○寒山空 冬の山がからっばになる。



有鳥名鴝,  力不能高飛逐走蓬。

ここに鴝鵒(ひえどり)という鳥があってその力は高く飛べず草むらで蓬のあとを追っかけまわる、

○鴝鵒 ひえどり。

○逐走蓬 走蓬は飛蓬に同じ、とんでゆくよもぎ、逐とはそのあとをおっかける、これは高くとべず地面をはってとぶことをいう。



肉味不足登鼎俎,何為見羈虞羅中。

これは料理しても食べられるほどの肉味のあるものでもないのに、なんで山番の網の中に引っ掛かったのか、かようなものまでかりとられたのである。』

○萱鼎姐 かなえ、まないたのうえにのぼらせる、料理することをいう。

○何為 胡為に同じ、いかなるわけで。

○鴇 つなぐ。

○虞羅 虞は山林の番人、羅はあみ、鶴鶴をいったのはこんな徴物までとったということの例にあげたのである。



春蒐冬狩侯得同,使君五馬一馬驄。

いったい春の蒐、冬の狩は天子の礼であるが諸侯でもそれはやれるのである、章君は刺史でまず諸侯の身分だ、その馬は刺史としては五馬であるが、そのうえに侍御史だから一馬は駿馬である。

○春蒐冬狩 「周礼」に天子の四時のかりをあげて、「春蒐夏苗秋獮冬狩」といっている。また「左伝」(隠公五年)にもみえる。

○侯 諸侯。

○得用 用は行いもちいること、蒐狩の事は諸侯もこれを為すことができよう。

○使君 草車をいう。

〇五馬 太守は耶馬に右鯵をそえで五匹の馬を用いる。

〇一馬随 随はあおうま、御史ののるうま。草車は侍御史を兼ねるゆえにかくいう。



況今攝行大將權,號令頗有前賢風。

まして節度使の留後で今は大将の権力を代行して、その号令やすこぶる前代賢者の風がある。』(これをみるにつけて自分に見る目がある。)

○摂行 かりにおこなう、留後ゆえである。

○前賢 むかしの賢人。




 


 


 


 


 


 


 


DCF00018


 


 


 


 


 

驟同。

 


 


 

667 《冬狩行》 蜀中転々 杜甫 <573-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3165 杜甫詩1000-573-827/1500

《冬狩行》#1 諸君見よ、剣南東川節度の兵馬は雄壮なるものである。こんど障害物を設けて猟をするのだが同時に平生の訓練のゆきとどいていることを人にみせるつもりのようである。まず夜中から三千人の猛士をくりだす、あしたにはそれが足並みをそろえて禽獣を包囲するのである。」


2013年10月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(18)#7-2 文選 賦<110-#7-2>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩923 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3163
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《奉和裴相公東征,途經女几山下作》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <836>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3164韓愈詩-208
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor667 《冬狩行》 蜀中転々 杜甫 <573-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3165 杜甫詩1000-573-827/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor望江怨 牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-324-6-#11 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3167
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
667

《冬狩行》 蜀中転々 杜甫 <573-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3165 杜甫詩1000-573-827/1500      

 

 

作者:杜甫  763年廣德元年  52 

卷別:卷二二○  文體: 樂府(雑言古詩)

詩題:冬狩行〔時梓州刺史章彝兼侍御史留後東川。〕 

作地點:梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點:  劍南東川節度使 (無第一級行政層級 無第二級行政層級 劍南東川節度使) 別名:東川      

咸陽宮 (京畿道 京兆府 長安)     

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 掲 載; 杜甫1000首の573首目-場面5P46杜甫ブログ1500回予定の-827回目   40926

章彛が冬の狩をしたことについてのべる。広徳元年冬梓州にあっての作。

* 〔原注〕 時梓州刺史章車、乗侍御史、留後東川(時に梓州の章彝、侍御史を兼ねて、東川に留後たり)

 

 

冬狩行

〔時梓州刺史章彝兼侍御史留後東川。〕

(冬の狩のうた)〔時に章彝は梓州刺史と侍御史として剣南東川節度使の留守役を兼務していた。〕

君不見東川節度兵馬雄,校獵亦似觀成功。

諸君見よ、剣南東川節度の兵馬は雄壮なるものである。こんど障害物を設けて猟をするのだが同時に平生の訓練のゆきとどいていることを人にみせるつもりのようである。

夜發猛士三千人,清晨合圍驟同。

まず夜中から三千人の猛士をくりだす、あしたにはそれが足並みをそろえて禽獣を包囲するのである。」

禽獸已斃十七八,殺聲落日回蒼穹。

駆り立てられた禽獣は既に倒れたものが十中七八であり、夕日の落ちるころ殺伐な声が青空まで舞い上がる。

幕前生致九青兕,駱駝垂玄熊。

本陣の幕のまえには九匹の青色の野牛が生きたままもちきたされる。駱駝の背中には獲物がうずだかくつまれ玄熊などが背なかから垂れさがっている。

#2

東西南北百里間,仿佛蹴踏寒山空。

有鳥名鴝,  力不能高飛逐走蓬。

肉味不足登鼎俎,何為見羈虞羅中。

春蒐冬狩侯得同,使君五馬一馬驄。

況今攝行大將權,號令頗有前賢風。

#3

飄然時危一老翁,十年厭見旌旗紅。

喜君士卒甚整肅,為我回轡擒西戎。

草中狐兔盡何益,天子不在咸陽宮。

朝廷雖無幽王禍,得不哀痛塵再蒙。

嗚呼,得不哀痛塵再蒙。

 

(時に梓州の章彝、侍御史を兼ねて、東川に留後たり)

君見ずや東川の節度兵馬雄なり、校猟亦た成功を観すに似たり。

夜猛士三千人を発す、精晨合囲歩錬同じ。』

禽獣己にる十に七八、殺聲落日蒼穹に廻る。

幕前生きながら致す九青兇、駱駝として玄熊垂る。

#2

東西南北百里の間、仿佛たり 蹴踏 寒山空しきに。

鳥有り鴝と名づく、力高飛する能わず走蓬を逐う。

肉味 鼎俎に登すに足らず、胡為れぞ虞羅の中に羈せらるるや。』

春蒐冬狩侯同うることを得、使君五馬一馬は驄なり。

況や今攝行す大将の権、号令頗る前賢の風有り。』

#3

諷然時危し一老翁。十年見るを厭う旛旗の紅。

喜ぶ君が士卒甚だ整粛なるを、我が為に轡を廻して西戎を擒にせよ。

草中の狐兎尽すも何の益かあらん、天子は在さず咸陽宮。

朝廷幽王の禍無しと雖も、哀痛せざるを得んや塵再び蒙れり。

鳴呼 哀痛せざるを得んや、塵再び蒙れり。』

蜀中転々圖 

 

『冬狩行』 現代語訳と訳註

(本文) 冬狩行

〔時梓州刺史章彝兼侍御史留後東川。〕

君不見東川節度兵馬雄,校獵亦似觀成功。

夜發猛士三千人,清晨合圍驟同。

禽獸已斃十七八,殺聲落日回蒼穹。

幕前生致九青兕,駱駝垂玄熊。

 

 

 

(下し文)

冬狩行

(時に梓州の章彝、侍御史を兼ねて、東川に留後たり)

君見ずや東川の節度兵馬雄なり、校猟亦た成功を観すに似たり。

夜猛士三千人を発す、精晨合囲歩錬同じ。』

禽獣己に斃る十に七八、殺聲落日蒼穹に廻る。

幕前生きながら致す九青兇、駱駝として玄熊垂る。

 

(現代語訳)

(冬の狩のうた)〔時に章彝は梓州刺史と侍御史として剣南東川節度使の留守役を兼務していた。〕

諸君見よ、剣南東川節度の兵馬は雄壮なるものである。こんど障害物を設けて猟をするのだが同時に平生の訓練のゆきとどいていることを人にみせるつもりのようである。

まず夜中から三千人の猛士をくりだす、あしたにはそれが足並みをそろえて禽獣を包囲するのである。」

駆り立てられた禽獣は既に倒れたものが十中七八であり、夕日の落ちるころ殺伐な声が青空まで舞い上がる。

本陣の幕のまえには九匹の青色の野牛が生きたままもちきたされる。駱駝の背中には獲物がうずだかくつまれ玄熊などが背なかから垂れさがっている。

 

 

(訳注)

冬狩行

〔時梓州刺史章彝兼侍御史留後東川。〕

(冬の狩のうた)〔時に章彝は梓州刺史と侍御史として剣南東川節度使の留守役を兼務していた。〕

章彛が冬の狩をしたことについてのべる。広徳元年冬梓州にあっての作。

○冬狩行 冬のかりのうた。

○東川節度 東川節度使の留後(るすやく)章彝をいう。

 

 

君不見東川節度兵馬雄,校獵亦似觀成功。

諸君見よ、剣南東川節度の兵馬は雄壮なるものである。こんど障害物を設けて猟をするのだが同時に平生の訓練のゆきとどいていることを人にみせるつもりのようである。

○雄 雄牡。

〇校猟 障害物を設け禽獣をさえぎって狩する意。

○観 人人にみせしめること。

○成功 士卒の訓練のゆきとどいている成績。

 

 

夜發猛士三千人,清晨合圍驟同

まず夜中から三千人の猛士をくりだす、あしたにはそれが足並みをそろえて禽獣を包囲するのである。」

〇清晨 晴れた朝早くの空。

○合囲 多人数で包囲する。

○歩驟同 驟ははしること、あしなみのそろって一致することをいう。

 

禽獸已斃十七八,殺聲落日回蒼穹。

駆り立てられた禽獣は既に倒れたものが十中七八であり、夕日の落ちるころ殺伐な声が青空まで舞い上がる。

〇十七八 十中に七または八。

○殺声 殺伐なこえ。

○落日 ゆう抄のおちるとき。

○廻 殺声がめぐること。

○蒼穹 あおぞら、蒼穹とは天が弓なりになっていることをいう。

 

幕前生致九青兕,駱駝藟垂玄熊。

本陣の幕のまえには九匹の青色の野牛が生きたまま持ちきたされる。駱駝の背中には獲物がうずだかくつまれ玄熊などが背なかから垂れさがっている。

○幕前 節度使の陣幕のまえ。

〇生致 生きながらもってくる。

○青兇 児は野牛。

○駅駐 厳酷、らくだのせなかをいう。

○藟 高いさま、獲物をうずだかくつんださま。

○垂玄熊 玄熊(くろくま)は獲物の一つであり、垂るとは獲物が多いのでらくだの背からはみだして下方へぶらさがっているということ。
sas0013 

666 七言古詩《發閬中》 蜀中転々5P42 杜甫 <572>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3160 杜甫詩1000-572-826/1500

《發閬中》前には毒蛇がいて道をふさぎ、うしろには猛虎の徐知道が成都で暴れている、朝から晩まで谷川に沿うてゆくが村の土手の様なものはみあたらない。嘉陵江に吹く風はさびしく吹いて雲は地面を払い、山の木はものがなしそうでいまにも雨が降り出しそうな空だ。

 

2013年10月19日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(17)#7-1 文選 賦<110-#7-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩922 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3158
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《贈刑部馬侍郎》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <835>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3159韓愈詩-207
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor666 七言古詩《發閬中》 蜀中転々5P42 杜甫 <572>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3160 杜甫詩1000-572-826/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor應天長二首 其二 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-323-6-#10  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3162
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
666 

 

 

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二○  文體: 七言古詩 

詩題: 發閬中 

作地點:梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點:閬中 (山南西道 閬州 閬中)     

掲 載;杜甫1000首の572首目-5場面

杜甫ブログ1500回予定の-826回目   40925   

閬中から出発して梓州へかえったときの詩。広徳元年十二月の作。

 

 

發閬中

(閬中縣を出発する)

前有毒蛇後猛虎,溪行盡日無村塢。

前には毒蛇がいて道をふさぎ、うしろには猛虎の徐知道が成都で暴れている、朝から晩まで谷川に沿うてゆくが村の土手の様なものはみあたらない。

江風蕭蕭雲拂地,山木慘慘天欲雨。

嘉陵江に吹く風はさびしく吹いて雲は地面を払い、山の木はものがなしそうでいまにも雨が降り出しそうな空だ。

女病妻憂歸意速,秋花錦石誰複數。

書面でむすめは病気でなり、妻は心配しているというもので自分のかえりたいこころはいそいでいるのだ。秋草の花だの錦紋の石などが渓のそばにあったとてそんな風流のものをだれがかぞえたてていられようぞ。

別家三月一得書,避地何時免愁苦。

梓州の家から別れて三ケ月目に一本の手紙がきたのだ。騒乱の土地をさけていて、いつ愁苦から免れることができようか。

 

(閬中より発す)

前には毒蛇有り後には猛虎ある、渓行 尽日 村塢【そんお】無し。

江風 蕭蕭として雲地を払う、山木 惨惨として天雨ふらんと欲す。

女病み 妻憂えて 帰意急なり、秋花 錦石 誰か能く数えん。

家に別れて 三月一書来たる、避地 何の時か 愁苦を免れん。

蜀中転々圖 

 

『發閬中』 現代語訳と訳註

(本文)

發閬中

前有毒蛇後猛虎,溪行盡日無村塢。

江風蕭蕭雲拂地,山木慘慘天欲雨。

女病妻憂歸意速,秋花錦石誰複數。

別家三月一得書,避地何時免愁苦。

 

 

(下し文)

(閬中より発す)

前には毒蛇有り後には猛虎ある、渓行 尽日 村塢【そんお】無し。

江風 蕭蕭として雲地を払う、山木 惨惨として天雨ふらんと欲す。

女病み 妻憂えて 帰意急なり、秋花 錦石 誰か能く数えん。

家に別れて 三月一書来たる、避地 何の時か 愁苦を免れん。

 

aki03

(現代語訳)

(閬中縣を出発する)

前には毒蛇がいて道をふさぎ、うしろには猛虎の徐知道が成都で暴れている、朝から晩まで谷川に沿うてゆくが村の土手の様なものはみあたらない。

嘉陵江に吹く風はさびしく吹いて雲は地面を払い、山の木はものがなしそうでいまにも雨が降り出しそうな空だ。

書面でむすめは病気でなり、妻は心配しているというもので自分のかえりたいこころはいそいでいるのだ。秋草の花だの錦紋の石などが渓のそばにあったとてそんな風流のものをだれがかぞえたてていられようぞ。

梓州の家から別れて三ケ月目に一本の手紙がきたのだ。騒乱の土地をさけていて、いつ愁苦から免れることができようか。

 

 

(訳注)

發閬中

(閬中縣を出発する)

○閬中 閬州の閬中県。

梓州において杜甫は、頻繁に周辺の各地に出かけている。その年の秋には綿州に行き、冬には射洪県、通川県に行き、翌年の春には涪城県に出向き、梓州に帰ってくると、すぐまた塩亭県に行く。その次には漢州に出かけて夏まで逗留。秋になると閬州へ行き、冬になって梓州に帰る、という調子である。おそらくこれは、各地の刺史や県令にしたがって、送別、歓迎や游賞の宴に加わって詩を作り、生活の資を得ていたものと思われる。したがってこの時期には送別の作や宴席に陪しての作が多い。

 

 

前有毒蛇後猛虎,溪行盡日無村塢。

前には毒蛇がいて道をふさぎ、うしろには猛虎の徐知道が成都で暴れている、朝から晩まで谷川に沿うてゆくが村の土手の様なものはみあたらない。

前毒蛇後猛虎 厳武の下にあった剣南兵馬使の徐知道が反乱を起こした。徐知道は兵を北に派遣して剣門の道を塞ぎ、西は卭州を攻め取り、中国西境を寇略していた羌族と手を結んだ。このために成都は大混乱に陥った。

○渓行 渓辺をあるく。

○村塢 はどて。

 

江風蕭蕭雲拂地,山木慘慘天欲雨。

嘉陵江に吹く風はさびしく吹いて雲は地面を払い、山の木はものがなしそうでいまにも雨が降り出しそうな空だ。

 嘉陵江。

 

女病妻憂歸意速,秋花錦石誰複數。

書面でむすめは病気でなり、妻は心配しているというもので自分のかえりたいこころはいそいでいるのだ。秋草の花だの錦紋の石などが渓のそばにあったとてそんな風流のものをだれがかぞえたてていられようぞ。

○女病妻憂 これは後にある書中の内容である、梓州においてむすめが病み、妻がしんばいしていることをいう。

歸意速 家へかえろうとの意で急ぐ。

○秋花 今は冬であるが秋から咲いている花をいう。

○錦石 うつくしい石。

 

別家三月一得書,避地何時免愁苦。

梓州の家から別れて三ケ月目に一本の手紙がきたのだ。騒乱の土地をさけていて、いつ愁苦から免れることができようか。

○別家 家は梓州の家。

〇三月 九月に閬州へきたのであるから、十二月で三か月になる。

○避地 騒乱の土地をさける。

 

七言古詩《發閬中》蜀中転々5P42 杜甫 <572>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3160 杜甫詩1000-572-826/1500

665七言歌行 《嚴氏溪放歌行》 蜀中転々 杜甫 <571-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3155 杜甫詩1000-571-#2-825/1500

《嚴氏溪放歌行》#2東の閬州に遊びに行ったら、次には西の漢州へ廻る、そうした力が実に飽きては北のだ。まさにこの身はさらに何してやればいいというのだろうか。

 

2013年10月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩司馬相如 《上林賦 》(16)#6-3 文選 賦<110-#6-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩921 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3153
    LiveDoor
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《送張侍郎》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <834>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3154韓愈詩-206
  LiveDoor
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor665七言歌行 《嚴氏溪放歌行》 蜀中転々 杜甫 <571-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3155 杜甫詩1000-571-#2-825/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc246  曹植(曹子建) 《盤石篇》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3156 (10/18)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor應天長二首 其一 牛嶠 ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-322-6-#9 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3157
 
   最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 665

七言歌行 《嚴氏溪放歌行》 蜀中転々 杜甫 <571-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3155 杜甫詩1000-571-#2-825/1500

 

 

嚴氏溪放歌行〔溪在閬州東百餘里。〕#1

(閬州の東、百餘里はなれた嚴氏溪に舟を浮かべての歌)

天下甲馬未盡銷,豈免溝壑常漂漂。 

今まだ、天下に戦火がなくなってはいない、それなのにこの谷や渓谷にはいつもと変わらない飄々とした水面漂うのである。

劍南月不可度,邊頭公卿仍獨驕。 

自分もこの剣南に来て何年も月日が過ぎているがこの渓谷を渡ったことはなかったし、この川べりに厳武公は独りでここを気に入っているようだ。

費心姑息是一役,肥肉大酒徒相要。 

子の舟遊びは世情が落ち着かず心が疲れ、いらだっているのでこれに一役買ったのである。おいしい肉を用意し、たくさんの酒も用意してひたすらに互いに食べたのである。

嗚呼古人已糞土,獨覺志士甘漁樵。 

ああ、それにしても古人から培っていたこの地が踏みにじられてしまっているのであるし、この乱れた地を平安なものにしようとする志士は漁師や木こりをりかいさせ満足させるというのが、一人、分かったのである。

#2

況我飄轉無定所,終日慼慼忍羈旅。 

況やこの私は転蓬のように定まった場所のない生活をしているし、朝から晩まで、憂欝な思いで旅をして我慢をしているのだ。

秋宿霜溪素月高,喜得與子長夜語。 

既に秋になっても宿にも、霜が降りた渓谷や、満月も高く上がっている。嬉しいことと云えば子供と長い用話を聞かせてやることだろうか。

東遊西還力實倦,從此將身更何許。 

東の閬州に遊びに行ったら、次には西の漢州へ廻る、そうした力が実に飽きては北のだ。まさにこの身はさらに何してやればいいというのだろうか。

知子松根長茯苓,遲暮有意來同煮。 

夜話ができるのは、子供が知識を得ることであり、松の根が張っていくことと同じであり、薬になる茯苓茸よりも良いことであるということだ。こんなことで、今年も暮れるのが遅くなれば、学問に対する意識を持っていて勉学の木の根っこや筍を煮込んでいくということだ。

 

嚴氏溪に放っての歌行【うた】〔溪は閬州の東、百餘里に在る。〕#1

天下 甲馬 未だ盡銷【じんそう】せず,豈に溝壑【こうこく】常に漂漂とするを免す。 

劍南 月 度る可からず,邊頭 公卿 仍ち獨り驕す。 

心を費す 姑息 是れ一役なり,肥肉 大酒 徒らに相い要う。  

嗚呼、古人 已に糞土たり,獨り覺る 志士 漁樵を甘くす。

 

況や我は 飄轉 定むる所無し,終日 慼慼【しゅくしゅく】として羈旅を忍ぶ。 

秋宿 霜溪 素月高く,喜ぶは子と長夜語るを得る。 

東に遊び 西に還る 力實倦き,此に從り將に身更に何ぞ許す。 

子を知るは松根 茯苓を長し,遲暮 意有り來りて同煮す。    

 

 

 

『嚴氏溪放歌行』 現代語訳と訳註

aki03(本文) #2

況我飄轉無定所,終日慼慼忍羈旅。 

秋宿霜溪素月高,喜得與子長夜語。 

東遊西還力實倦,從此將身更何許。 

知子松根長茯苓,遲暮有意來同煮。 

 

 

(下し文) #2

況や我は 飄轉 定むる所無し,終日 慼慼として羈旅を忍ぶ。 

秋宿 霜溪 素月高く,喜ぶは子と長夜語るを得る。 

東に遊び 西に還る 力實倦き,此に從り將に身更に何ぞ許す。 

子を知るは松根 茯苓を長し,遲暮 意有り來りて同煮す。 

 

 

 

(現代語訳)

況やこの私は転蓬のように定まった場所のない生活をしているし、朝から晩まで、憂欝な思いで旅をして我慢をしているのだ。

既に秋になっても宿にも、霜が降りた渓谷や、満月も高く上がっている。嬉しいことと云えば子供と長い用話を聞かせてやることだろうか。

東の閬州に遊びに行ったら、次には西の漢州へ廻る、そうした力が実に飽きては北のだ。まさにこの身はさらに何してやればいいというのだろうか。

夜話ができるのは、子供が知識を得ることであり、松の根が張っていくことと同じであり、薬になる茯苓茸よりも良いことであるということだ。こんなことで、今年も暮れるのが遅くなれば、学問に対する意識を持っていて勉学の木の根っこや筍を煮込んでいくということだ。

 

 

(訳注)

嚴氏溪放歌行〔溪在閬州東百餘里。〕#2

(閬州の東、百餘里はなれた嚴氏溪に舟を浮かべての歌)

各地の刺史や県令にしたがって、送別、歓迎や游賞の宴に加わって詩を作り、生活の資を得ていた。この詩もそうしたものの一首である。

 

 

況我 飄轉 定所 ,終日 慼慼 羈旅

況やこの私は転蓬のように定まった場所のない生活をしているし、朝から晩まで、憂欝な思いで旅をして我慢をしているのだ。

「飄轉」飄泊。

「慼慼」憂欝な思い、負面情感(憂愁掛慮)、慼。

「羈旅」当てもない旅。

 

 

秋宿 霜溪 素月 ,喜得 與子 長夜

既に秋になっても宿にも、霜が降りた渓谷や、満月も高く上がっている。嬉しいことと云えば子供と長い用話を聞かせてやることだろうか。

「秋宿」旅の宿で、秋になった。

「霜溪」渓谷には霜がおりる。

「素月」仲秋の月の白さを云い、寒さが増してきた様子を云う。

「高」仲秋をあらわす。月が一番高くなるころ。

「長」秋の夜長。

「夜語」長い夜を語って過ごすこと。

 

 

東遊 西還 實倦 ,從此 將身 更何許。

東の閬州に遊びに行ったら、次には西の漢州へ廻る、そうした力が実に飽きては北のだ。まさにこの身はさらに何してやればいいというのだろうか。

「東遊」梓州を中心にして東の閬州に行く。

「西還」梓州を中心にして西の漢州へ行く。

「倦」物事をしとげられないで、どうしてよいか困る。 同じ状態が長くつづいて、いやになる。もてあます。あぐねる。 「攻め倦む」. 【倦む】うむ. 物事にあきて、いやになる。退屈する。 くたびれる。疲れる。 「倦まず ( たゆ ) まず」. 【倦厭】けんえん. あきていやになること。

「從此」範圍時間(今昔)、從此。

蜀中転々圖 

 

知子 松根 茯苓 ,遲暮 有意 同煮

夜話ができるのは、子供が知識を得ることであり、松の根が張っていくことと同じであり、薬になる茯苓茸よりも良いことであるということだ。こんなことで、今年も暮れるのが遅くなれば、学問に対する意識を持っていて勉学の木の根っこや筍を煮込んでいくということだ。

「松根」生物、植物專名(木本)、松、根。

「茯苓」主としてマツ類の根につくブクリョウタケの菌核で,重要な漢方薬とされる。またマツの根の通ったものは茯神(ぶくしん)の名で区別されている。
nat0001 

《嚴氏溪放歌行》 蜀中転々 杜甫 <571>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3150 杜甫詩1000-571-824/1500 40923

《嚴氏溪放歌行》#1ああ、それにしても古人から培っていたこの地が踏みにじられてしまっているのであるし、この乱れた地を平安なものにしようとする志士は漁師や木こりをりかいさせ満足させるというのが、一人、分かったのである。

 

 

2013年10月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(15)#6-2 文選 賦<110-#6-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩920 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3148
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《過鴻溝》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <833>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3149韓愈詩-205
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor《嚴氏溪放歌行》 蜀中転々 杜甫 <571>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3150 杜甫詩1000-571-824/1500 40923
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor感恩多二首 二 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-321-6-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3152
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
 

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

魚玄機 詩 全首130賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876

薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227

主に花間集から

温庭筠 70『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620

韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082

牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107

 

『花間集』継続中

 
《嚴氏溪放歌行》

蜀中転々 杜甫 <571-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3150 杜甫詩1000-571-824/1500             40923

 

 

厳武の下にあった剣南兵馬使の徐知道が反乱を起こした。徐知道は兵を北に派遣して剣門の道を塞ぎ、西は卭州を攻め取り、中国西境を寇略していた羌族と手を結んだ。このために成都は大混乱に陥った。

杜甫は道路が塞がれたために成都に帰れなくなり、そのまま梓州に留まって、その地の刺史になっていた杜済のもとに身を寄せた。一方、都に出発した厳武も、途中で進めなくなり、巴州のあたりで立往生していた。

 

梓州において杜甫は、頻繁に周辺の各地に出かけている。その年の秋には綿州に行き、冬

には射洪県、通川県に行き、翌年の春には涪城県に出向き、梓州に帰ってくると、すぐまた塩亭県に行く。その次には漢州に出かけて夏まで逗留。秋になると閬州へ行き、冬になって梓州に帰る、という調子である。おそらくこれは、各地の刺史や県令にしたがって、送別、歓迎や游賞の宴に加わって詩を作り、生活の資を得ていたものと思われる。したがってこの時期には送別の作や宴席に陪しての作が多い。

 

作者: 杜甫  763 廣德元年 杜甫52

卷別: 卷二二○  文體: 樂府 

詩題: 嚴氏溪放歌行〔溪在閬州東百餘里。〕 

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

及地點:  嚴氏溪 (山南西道 閬州 閬州)     

掲 載; 杜甫1000首の571首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-824回目

蜀中転々圖 

 

嚴氏溪放歌行〔溪在閬州東百餘里。〕#1

(閬州の東、百餘里はなれた嚴氏溪に舟を浮かべての歌)

天下甲馬未盡銷,豈免溝壑常漂漂。 

今まだ、天下に戦火がなくなってはいない、それなのにこの谷や渓谷にはいつもと変わらない飄々とした水面漂うのである。

劍南月不可度,邊頭公卿仍獨驕。 

自分もこの剣南に来て何年も月日が過ぎているがこの渓谷を渡ったことはなかったし、この川べりに厳武公は独りでここを気に入っているようだ。

費心姑息是一役,肥肉大酒徒相要。 

子の舟遊びは世情が落ち着かず心が疲れ、いらだっているのでこれに一役買ったのである。おいしい肉を用意し、たくさんの酒も用意してひたすらに互いに食べたのである。

嗚呼古人已糞土,獨覺志士甘漁樵。 

ああ、それにしても古人から培っていたこの地が踏みにじられてしまっているのであるし、この乱れた地を平安なものにしようとする志士は漁師や木こりをりかいさせ満足させるというのが、一人、分かったのである。

金燈花03#2

況我飄轉無定所,終日慼慼忍羈旅。 

秋宿霜溪素月高,喜得與子長夜語。 

東遊西還力實倦,從此將身更何許。 

知子松根長茯苓,遲暮有意來同煮。 

 

嚴氏溪に放っての歌行【うた】〔溪は閬州の東、百餘里に在る。〕#1

天下 甲馬 未だ盡銷【じんそう】せず,豈に溝壑【こうこく】常に漂漂とするを免す。 

劍南 月 度る可からず,邊頭 公卿 仍ち獨り驕す。 

心を費す 姑息 是れ一役なり,肥肉 大酒 徒らに相い要う。  

嗚呼、古人 已に糞土たり,獨り覺る 志士 漁樵を甘くす。   

 

『嚴氏溪放歌行』 現代語訳と訳註

(本文)

嚴氏溪放歌行〔溪在閬州東百餘里。〕#1

天下甲馬未盡銷,豈免溝壑常漂漂。 

劍南月不可度,邊頭公卿仍獨驕。 

費心姑息是一役,肥肉大酒徒相要。 

嗚呼古人已糞土,獨覺志士甘漁樵。 

 

 

(下し文)

嚴氏溪に放っての歌行【うた】〔溪は閬州の東、百餘里に在る。〕#1

天下 甲馬 未だ盡銷【じんそう】せず,豈に溝壑【こうこく】常に漂漂とするを免す。 

劍南 月 度る可からず,邊頭 公卿 仍ち獨り驕す。 

心を費す 姑息 是れ一役なり,肥肉 大酒 徒らに相い要う。 

嗚呼、古人 已に糞土たり,獨り覺る 志士 漁樵を甘くす。 

 

 

(現代語訳)

(閬州の東、百餘里はなれた嚴氏溪に舟を浮かべての歌)

今まだ、天下に戦火がなくなってはいない、それなのにこの谷や渓谷にはいつもと変わらない飄々とした水面漂うのである。

自分もこの剣南に来て何年も月日が過ぎているがこの渓谷を渡ったことはなかったし、この川べりに厳武公は独りでここを気に入っているようだ。

子の舟遊びは世情が落ち着かず心が疲れ、いらだっているのでこれに一役買ったのである。おいしい肉を用意し、たくさんの酒も用意してひたすらに互いに食べたのである。

ああ、それにしても古人から培っていたこの地が踏みにじられてしまっているのであるし、この乱れた地を平安なものにしようとする志士は漁師や木こりをりかいさせ満足させるというのが、一人、分かったのである。

 

 

(訳注)

嚴氏溪放歌行〔溪在閬州東百餘里。〕

(閬州の東、百餘里はなれた嚴氏溪に舟を浮かべての歌)

各地の刺史や県令にしたがって、送別、歓迎や游賞の宴に加わって詩を作り、生活の資を得ていた。この詩もそうしたものの一首である。

 

天下 甲馬 盡銷,豈免溝壑 常漂漂

今まだ、天下に戦火がなくなってはいない、それなのにこの谷や渓谷にはいつもと変わらない飄々とした水面漂うのである。

「甲馬」戰爭活動、戰爭。

「溝」川溝。

「壑」洞穴坑谷、壑。

「漂漂」ただようさま。たかくあがるさま。飄。

 

 

劍南 不可 ,邊頭 公卿 仍獨驕。

自分もこの剣南に来て何年も月日が過ぎているがこの渓谷を渡ったことはなかったし、この川べりに厳武公は独りでここを気に入っているようだ。

「劍南」四川地方。綿竹大曲から発展してきた。唐代の人に「春」の名酒とされ、また綿竹県が剣山の南に位置することから、「剣南春」と名づけられた。濃香タイプの白酒で、芳香馥郁、まろやかで甘く、清冽で爽やか、香りがいつまでも残り、独特の「麦麹の香りがある。

月」浣花渓草堂を出て梓州を中心に行動する月。

「邊頭」語義類別:地、地理、場域概稱、邊。

「公卿」各地の刺史や県令、厳武公卿。

 

 

費心 姑息 一役 ,肥肉 大酒 徒相要

子の舟遊びは世情が落ち着かず心が疲れ、いらだっているのでこれに一役買ったのである。おいしい肉を用意し、たくさんの酒も用意してひたすらに互いに食べたのである。

「心」語義類別:人、狀態、心神氣力、心。

「姑息」いらだち。

「要」ひつようとする。

 

 

嗚呼 古人 已糞土 ,獨覺 志士 漁樵

ああ、それにしても古人から培っていたこの地が踏みにじられてしまっているのであるし、この乱れた地を平安なものにしようとする志士は漁師や木こりをりかいさせ満足させるというのが、一人、分かったのである。

「甘」論理的に理解させ満足させる。納得させる。

「漁樵」隠遁者と対等に話だできていた漁師と樵。彼らを納得させるだけの勉強が足らないということを云う。

 

 

況我 飄轉 定所 ,終日 慼慼 羈旅

況やこの私は転蓬のように定まった場所のない生活をしているし、朝から晩まで、憂欝な思いで旅をして我慢をしているのだ。

「飄轉」飄泊。

「慼慼」憂欝な思い、負面情感(憂愁掛慮)、慼。

「羈旅」当てもない旅。

 

aki010 

664 《閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字》 蜀中転々 杜甫 <570-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3145 杜甫詩1000-570-#2-823/1500

《閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字》#2こうした逆風にのぞんで男泣きを越して泣き叫びたいと思うのであるが、声を出せば既にまた酒を飲むのである。

 

2013年10月16日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(14)#6-1 文選 賦<110-#6-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩919 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3143
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《閒遊,二首之二》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <832>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3144韓愈詩-204
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 664 《閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字》 蜀中転々 杜甫 <570-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3145 杜甫詩1000-570-#2-823/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 感恩多 一 牛嶠【ぎゅうきょう】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」Gs-320-6-#7 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3147
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
 

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

魚玄機 詩 全首130賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876

薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227

主に花間集から

温庭筠 70『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620

韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082

牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107

 

『花間集』継続中

 

664 《閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字》 蜀中転々 杜甫 <570-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3145 杜甫詩1000-570-#2-823/1500

 

 

作時:763 廣德元年 杜甫52

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 

詩題: 閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字 

作地點:閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

及地點:東樓 (山南西道 閬州 閬州)     

交遊人物:崔十一 當地交遊(山南西道 閬州 閬州)

 

 

掲 載; 杜甫1000首の570首目-#2場面

杜甫ブログ1500回予定の-823回目

 

 

閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字

曾城有高樓,制古丹雘存。

迢迢百餘尺,豁達開四門。

雖有車馬客,而無人世喧。

遊目俯大江,列筵慰別魂。

是時秋冬交,節往顏色昏。

(山南西道閬州城郭東の楼閣での宴席において徘行十一のお舅さんが青城縣に行くのを送別し、この詩を奉る。なおこの詩に「昏」字を得る。)

嘗て城郭であったところに高樓があり、古い時代より制して朱色の鮮かなる土を塗った政治の中心であった。

車その高楼は他より高いさまは百尺を優に超え、東西南北、各方向に門を置いて度量の大きいものである。

馬にのって客も多くあるのだけれど、それなのに世間のように喧騒がうるさくないのだ。

眼を辺りに見回して大きな嘉陵江の流れに目を落す。この送別の宴席に列席してこみ上げる別れの感情を慰める。

こうしたときは秋から冬への変わり目のころであり、行く季節を思うと皆の顔つきも何時しか暗くなる。

#2

天寒鳥獸休,霜露在草根。

今我送舅氏,萬感集清尊。

豈伊山川間,回首盜賊繁。

高賢意不暇,王命久崩奔。

臨風欲慟哭,聲出已復吞。

天高く寒気が降りてきて、鳥も獣も巣にこもってしまう。夜露と霜が広がり草木、その根に及んだ。

今、わたしは舅氏と送別会をしている。互に万感迫るものがあり、清酒を大盃に注ぎ酌み交わす。

どういうわけかここの山河に向かい、頭を廻してみると、盗賊の様な者たちがあちこちにいるのである。

舅氏は高士であり、賢人であること、その意識を少しも緩めることはない、しかし、王命によって久しく崩れ、もてあそばれているのである。

こうした逆風にのぞんで男泣きを越して泣き叫びたいと思うのであるが、声を出せば既にまた酒を飲むのである。

 

閬州東樓の筵 十一舅 青城縣に往くを送り、奉る,「昏」の字を得る。

曾って城 高樓有り,古を制すは丹雘存り。

迢迢として百餘尺,豁達して四門を開く。

車馬の客有りと雖も,而も人世の喧無し。

目を遊せ 大江に俯せ,筵を列して別魂を慰む。

是の時 秋冬交り,節往 顏色昏し。

#2

天寒くして 鳥獸休み,霜露 草根に在る。

今 我 舅氏を送り,萬感 清尊に集る。

豈に伊に山川の間,首を回らせば盜賊繁す。

高賢 意 暇せず,王命 久しく崩奔す。

風に臨めば慟哭せんと欲し,聲出せば 已に復た吞む。

杜甫像0012 

 

『閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字』 現代語訳と訳註

(本文) #2

天寒鳥獸休,霜露在草根。

今我送舅氏,萬感集清尊。

豈伊山川間,回首盜賊繁。

高賢意不暇,王命久崩奔。

臨風欲慟哭,聲出已復吞。

 

 

(下し文) #2

天寒くして 鳥獸休み,霜露 草根に在る。

今 我 舅氏を送り,萬感 清尊に集る。

豈に伊に山川の間,首を回らせば盜賊繁す。

高賢 意 暇せず,王命 久しく崩奔す。

風に臨めば慟哭せんと欲し,聲出せば 已に復た吞む。

 

 

(現代語訳)

天高く寒気が降りてきて、鳥も獣も巣にこもってしまう。夜露と霜が広がり草木、その根に及んだ。

今、わたしは舅氏と送別会をしている。互に万感迫るものがあり、清酒を大盃に注ぎ酌み交わす。

どういうわけかここの山河に向かい、頭を廻してみると、盗賊の様な者たちがあちこちにいるのである。

舅氏は高士であり、賢人であること、その意識を少しも緩めることはない、しかし、王命によって久しく崩れ、もてあそばれているのである。

こうした逆風にのぞんで男泣きを越して泣き叫びたいと思うのであるが、声を出せば既にまた酒を飲むのである。

 

 

(訳注)

閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字

山南西道閬州城郭東の楼閣での宴席において徘行十一のお舅さんが青城縣に行くのを送別し、この詩を奉る。なおこの詩に「昏」字を得る。

 

 

天寒 鳥獸 ,霜露 草根

天高く寒気が降りてきて、鳥も獣も巣にこもってしまう。夜露と霜が広がり草木、その根に及んだ。

「天寒」冬の空が澄みきった状態で、放射冷却の寒さを云う。

 

 

今我 舅氏 ,萬感 集清尊

今、わたしは舅氏と送別会をしている。互に万感迫るものがあり、清酒を大盃に注ぎ酌み交わす。

「清」聖人、儒者のの飲む酒、清酒。清談をする。

「尊」飲食器具、大盃。

 

 

豈伊 山川 ,回首 盜賊 繁。

どういうわけかここの山河に向かい、頭を廻してみると、盗賊の様な者たちがあちこちにいるのである。

「伊」このひと。

「山川」山川、山水を愛する事。

「間」語義類別:地、空間、位置、間。

「盜賊」語義類別:人、稱謂、貶稱惡稱、盜匪。 叛乱を企てている者たちを「羣盗」「賊」などと表現している。この時、蜀に徐知道があり、両京には党項羌があり、東都には史朝義があるの類をいう

 

 

高賢 不暇 ,王命 崩奔

舅氏は高士であり、賢人であること、その意識を少しも緩めることはない、しかし、王命によって久しく崩れ、もてあそばれているのである。

「高賢」高士であり、賢人であること。道士と儒者を云う。

 

 

臨風 慟哭 ,聲出 已復吞

こうした逆風にのぞんで男泣きを越して泣き叫びたいと思うのであるが、声を出せば既にまた酒を飲むのである。

「臨風」粛宗から貶められたことを、逆風とする。

 

 nat0001

664 《閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字》 蜀中転々 杜甫 <570>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3140 杜甫詩1000-570-822/1500

《閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字》車その高楼は他より高いさまは百尺を優に超え、東西南北、各方向に門を置いて度量の大きいものである。馬にのって客も多くあるのだけれど、それなのに世間のように喧騒がうるさくないのだ。

 

2013年10月15日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(13)#5-2 文選 賦<110-#5-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩918 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3138
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《閒遊,二首之一》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <831>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3139韓愈詩-203
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor664 《閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字》 蜀中転々 杜甫 <570>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3140 杜甫詩1000-570-822/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor夢江南二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞、「花間集」 Gs-319-6-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3142
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
 

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

魚玄機 詩 全首130賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876

薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227

主に花間集から

温庭筠 70『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620

韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082

牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107

 

『花間集』継続中

 
664

《閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字》 蜀中転々 杜甫 <570  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3140 杜甫詩1000-570-822/1500

 

 

作時:763 廣德元年 杜甫52

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 

詩題: 閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字 

作地點:閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

及地點:東樓 (山南西道 閬州 閬州)     

交遊人物:崔十一 當地交遊(山南西道 閬州 閬州)

 

 

掲 載; 杜甫1000首の570首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-822回目

 

 

閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字

(山南西道閬州城郭東の楼閣での宴席において徘行十一のお舅さんが青城縣に行くのを送別し、この詩を奉る。なおこの詩に「昏」字を得る。)
曾城有高樓,制古丹雘存。

嘗て城郭であったところに高樓があり、古い時代より制して朱色の鮮かなる土を塗った政治の中心であった。
迢迢百餘尺,豁達開四門。

その高楼は他より高いさまは百尺を優に超え、東西南北、各方向に門を置いて度量の大きいものである。

雖有車馬客,而無人世喧。

馬にのって客も多くあるのだけれど、それなのに世間のように喧騒がうるさくないのだ。

遊目俯大江,列筵慰別魂。

眼を辺りに見回して大きな嘉陵江の流れに目を落す。この送別の宴席に列席してこみ上げる別れの感情を慰める。

是時秋冬交,節往顏色昏。

こうしたときは秋から冬への変わり目のころであり、行く季節を思うと皆の顔つきも何時しか暗くなる。

#2

天寒鳥獸休,霜露在草根。

今我送舅氏,萬感集清尊。

豈伊山川間,回首盜賊繁。

高賢意不暇,王命久崩奔。

臨風欲慟哭,聲出已復吞。

 

閬州東樓の筵 十一舅 青城縣に往くを送り、奉る,「昏」の字を得る。

曾って城 高樓有り,古を制すは丹雘存り。

迢迢として百餘尺,豁達して四門を開く。

車馬の客有りと雖も,而も人世の喧無し。

目を遊せ 大江に俯せ,筵を列して別魂を慰む。

是の時 秋冬交り,節往 顏色昏し。

#2

天寒くして 鳥獸休み,霜露 草根に在る。

今 我 舅氏を送り,萬感 清尊に集る。

豈に伊に山川の間,首を回らせば盜賊繁す。

高賢 意 暇せず,王命 久しく崩奔す。

風に臨めば慟哭せんと欲し,聲出 已に復た吞む。

 natsusora01

 

『閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字』 現代語訳と訳註

(本文)

閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字

曾城有高樓,制古丹雘存。

迢迢百餘尺,豁達開四門。

雖有車馬客,而無人世喧。

遊目俯大江,列筵慰別魂。

是時秋冬交,節往顏色昏。

 

 

(下し文)

閬州東樓の筵 十一舅 青城縣に往くを送り、奉る,「昏」の字を得る。

曾城 高樓有り,古を制すは丹雘存り。

迢迢として百餘尺,豁達して四門を開く。

車馬の客有りと雖も,而も人世の喧無し。

目を遊せ 大江に俯せ,筵を列して別魂を慰む。

是の時 秋冬交り,節往 顏色昏し。

 

 

(現代語訳)

(山南西道閬州城郭東の楼閣での宴席において徘行十一のお舅さんが青城縣に行くのを送別し、この詩を奉る。なおこの詩に「昏」字を得る。)

嘗て城郭であったところに高樓があり、古い時代より制して朱色の鮮かなる土を塗った政治の中心であった。

その高楼は他より高いさまは百尺を優に超え、東西南北、各方向に門を置いて度量の大きいものである。

車馬にのって客も多くあるのだけれど、それなのに世間のように喧騒がうるさくないのだ。

眼を辺りに見回して大きな嘉陵江の流れに目を落す。この送別の宴席に列席してこみ上げる別れの感情を慰める。

こうしたときは秋から冬への変わり目のころであり、行く季節を思うと皆の顔つきも何時しか暗くなる。

 

 

(訳注)

閬州東樓筵奉送十一舅往青城縣,得昏字

山南西道閬州城郭東の楼閣での宴席において徘行十一のお舅さんが青城縣に行くのを送別し、この詩を奉る。なおこの詩に「昏」字を得る。

・舅 おじさん。

 

曾城 高樓 ,制古 丹雘 存。

嘗て城郭であったところに高樓があり、古い時代より制して朱色の鮮かなる土を塗った政治の中心であった。

「丹雘」朱色の鮮かなる土、辰砂の類。施政の中心の前庭に塗ったもの。

 

 

迢迢 百餘 ,豁達 四門

その高楼は他より高いさまは百尺を優に超え、東西南北、各方向に門を置いて度量の大きいいものである。

「迢迢」1 はるかに遠いさま。 2 他より高いさま。また、すぐれているさま。

「百餘尺」百餘尺の長さになる。

「豁達」心が大きく,小さな物事にこだわらないさま。度量の大きいさま。

「四門」東西南北、各方向に門を置く。

 

 

雖有 車馬 ,而無 人世

車馬にのって客も多くあるのだけれど、それなのに世間のように喧騒がうるさいことはないのだ。

「車馬」交通工具(陸路)、車馬、人の流れ。

「喧」喧騒。

 

 

遊目 大江 ,列筵 別魂

眼を辺りに見回して大きな嘉陵江の流れに目を落す。この送別の宴席に列席してこみ上げる別れの感情を慰める。

「俯」めを俯せる。

「大」大きな流れ。

「江」嘉陵江。

「筵」宴席、筵。

 

 

是時 秋冬 交,節往 顏色

こうしたときは秋から冬への変わり目のころであり、行く季節を思うと皆の顔つきもいつしかくらくなる。
denen05520 

663五言古詩 《寄題江外草堂》 蜀中転々 杜甫 <569-#4>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3135 杜甫詩1000-569-#4-821/1500

《寄題江外草堂》#4それでも、心に思うことは四方に松の木を植えるかのように四書五経を松の木のように身に着け、つるくさのように易経を身にまとわりつけることである。

 

2013年10月14日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(12)#5-1 文選 賦<110-#5-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩917 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3133
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《和侯協律詠筍》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <830>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3134韓愈詩-202-#5
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor663五言古詩 《寄題江外草堂》 蜀中転々 杜甫 <569-#4>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3135 杜甫詩1000-569-#4-821/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor夢江南二首其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-318-5-#57-(9)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3137
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

魚玄機 詩 全首130賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876

薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227

主に花間集から

温庭筠 70『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620

韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082

牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107

 

『花間集』継続中

 
663

五言古詩 《寄題江外草堂》 蜀中転々 杜甫 <569-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3135 杜甫詩1000-569-#4-821/1500

 

 

作者: 杜甫  763  廣德元年  52

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 

詩題: 寄題江外草堂〔自注:梓州作,寄成都故居。〕 

作地點:梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點:草堂 (劍南道北部 益州 成都) 別名:一室、西郭茅舍

 

杜甫の成都時代は、唐の760年上元元年の49九歳から、765年永泰元年春または夏の54歳までのおよそ五年半である。この期間を杜甫はすべて草堂で過ごしたわけではない。途中梓州(シシュウ)方面で二年弱にわたる長期の旅寓を余儀なくされ、成都に帰ってからも半年ほど幕府に出仕していた。

 

 

 

寄題江外草堂

(錦江の外にて浣花渓草堂について題し寄せる。)

〔自注:梓州作,寄成都故居。〕#1

〔杜甫の自注:逃避先の梓州で「成都の故居に寄せる」を作る。〕

我生性放誕,雅欲逃自然。 

私が生を受けたのは誕生して性格が奔放である。爾雅は官に縛られることなく自然の中に逃れたいとしている。
嗜酒愛風竹,卜居必林泉。 

酒をこよなく愛し、風雅と幽閑な竹林を愛す。居を建設する所は必ず林あり、水の湧き出るところである。
遭亂到蜀江,臥痾遣所便。 

しかし、乱に遭遇するのもこの蜀、長江周辺にもやってきているし、こじれて長引く持病で寝付くが便りだけは届くところに入るのである。

誅茅初一畝,廣地方連延。 

茅、菰なとが生えていた原野に初めはたった一畝であったが、その後周辺部分を広げていった。

江外にて草堂を題し寄せる。

〔自注:梓州で「成都の故居に寄せる」を作る。〕

我が生は放誕性し,雅は自然に逃れんと欲す。 

嗜酒【ししゅ】 風竹を愛し,卜居 林泉を必ずとす。 

遭亂 蜀江に到り,臥痾【があ】 便する所に遣す。 

茅【かや】を誅【き】りて初めは一畝【ホ】のひろさ、のちには地を広げて方【まさ】に連延たり。

 

 

#2

經營上元始,斷手寶應年。 

浣花渓において農業経営を上元の年から始め、寶應の年にちょっと手を止めている。

敢謀土木麗,自覺面勢堅。 

あえて、畑を作り灌漑設備をつくったり土地整備を行ったし、自分でも顔色も随分良くなってしっかりしてきたように自覚したものだ。

臺亭隨高下,敞豁當清川。 

官僚や友人たちとの者との宴会を地位の高い低いに従って行ったものだし、広大無辺な気持ちになって身も心も清らかな川にむかっているのである。

雖有會心侶,數能同釣船。 

人と逢うことは心許せるものとだけだということではあるものの、数能く同じ釣り船に乗って過ごすのである。

經營 上元に始まり,手を斷つ 寶應の年。 

敢えて土木の麗を謀り,自ら面勢の堅を覺う。 

臺亭 高下に隨い,敞豁 清川に當る。 

會心の侶に有ると雖も,數えて能く釣船を同うす。
 

#3

干戈未偃息,安得酣歌眠。 

戦火は続いていていまだ横になって休むことがなく、何処で、どうしたら心行くまでおいしいお酒に歌を謡い眠ることが出来るのだろうか。

蛟龍無定窟,黃鵠摩蒼天。 

神物である蛟と龍でさえその棲むところである水中の淵底や洞窟に定住できないし、黄色のおおとりは大空にこすってしまうという。

古來達士志,寧受外物牽。 

いにしえから高士で、練達の士である處の志を有すというのに、どうして外部からの牽引を得ようとするのであろうか。

顧惟魯鈍姿,豈識悔吝先。 

振り返ってみればただ愚かで、頭の働きが鈍い姿を見せただけであったし、どんなにしても自分のあやまちを悔い改めることには全くしなかったのである。

 

干戈 未だ偃息【えんそく】せず,安んぞ酣歌【かんか】の眠りを得んや。 

蛟龍【こうりゅう】窟【くつ】を定むこと無く,黃鵠【こうこく】蒼天【そうてん】を摩【こす】る。 

古來 達士の志,寧んぞ受ん 外物の牽するを。 

顧れば惟だ魯鈍【ろどん】の姿を,豈に悔吝【かいりん】の先を識らんや。 
 

#4

偶攜老妻去,慘澹凌風煙。 

たまたま、官を辞して、老妻を携えてみやこの東側には惨澹たる状況で、風により吹き荒れ戦火の煙でいっぱいだった都を去った。

事跡無固必,幽貞愧雙全。 

官での実績と仕事にもともと固執するわけではないが、隠士として、老妻との二人でいることがすべてであればこれからは恥入ることもある。

尚念四小松,蔓草易拘纏。 

それでも、心に思うことは四方に松の木を植えるかのように四書五経を松の木のように身に着け、つるくさのように易経を身にまとわりつけることである。

霜骨不甚長,永為鄰里憐。 

何も身に着けずにいることは長期にわたって絶えることはできない。さらに長くするのは隣の里郷に憐れにするだけなのである。

  

偶ま老妻を攜えて去り,慘澹として 風煙を凌ぐ。  

事跡 固もと必とすること無く,幽貞 雙つ全とするを愧ず。  

尚お念う 四 小松なり,蔓草 易 拘纏す。  

霜骨にして長くするに甚えざり,永く為すは 鄰里 憐れにするを。
江畔独歩尋花
 

『寄題江外草堂』 現代語訳と訳註

(本文) #4

偶攜老妻去,慘澹凌風煙。 

事跡無固必,幽貞愧雙全。 

尚念四小松,蔓草易拘纏。 

霜骨不甚長,永為鄰里憐。 

 

 

(下し文) #4

偶ま老妻を攜えて去り,慘澹として 風煙を凌ぐ。 

事跡 固もと必とすること無く,幽貞 雙つ全とするを愧ず。 

尚お念う 四 小松なり,蔓草 易 拘纏す。 

霜骨にして長くするに甚えざり,永く為すは 鄰里 憐れにするを。 

 

 

(現代語訳)

たまたま、官を辞して、老妻を携えてみやこの東側には惨澹たる状況で、風により吹き荒れ戦火の煙でいっぱいだった都を去った。

官での実績と仕事にもともと固執するわけではないが、隠士として、老妻との二人でいることがすべてであればこれからは恥入ることもある。

それでも、心に思うことは四方に松の木を植えるかのように四書五経を松の木のように身に着け、つるくさのように易経を身にまとわりつけることである。

何も身に着けずにいることは長期にわたって絶えることはできない。さらに長くするのは隣の里郷に憐れにするだけなのである。

 

 

(訳注)

寄題江外草堂 #4

(錦江の外にて浣花渓草堂について題し寄せる。)

〔自注:梓州作,寄成都故居。〕

〔杜甫の自注:逃避先の梓州で「成都の故居に寄せる」を作る。〕

 

 

偶攜 老妻 ,慘澹 凌風

たまたま、官を辞して、老妻を携えてみやこの東側には惨澹たる状況で、風により吹き荒れ戦火の煙でいっぱいだった都を去った。

 

 

事跡 固必 ,幽貞 雙全。

官での実績と仕事にもともと固執するわけではないが、隠士として、老妻との二人でいることがすべてであればこれからは恥入ることもある。

「事跡」官での実績と仕事。

「幽貞」隱士。

 

 

尚念 小松 ,蔓草 拘纏

それでも、心に思うことは四方に松の木を植えるかのように四書五経を松の木のように身に着け、つるくさのように易経を身にまとわりつけることである。

「念」語義類別:人、狀態、心智狀態、念。

「四 小松」四書五経を松の木のようにきちんとする。

「易」易経。

「拘纏」繞割りつくこと。

 

 

霜骨 不甚 ,永為鄰里

何も身に着けずにいることは長期にわたって絶えることはできない。さらに長くするのは隣の里郷に憐れにするだけなのである。

「霜骨」松が風雨に露骨にさらされる、旅人として。

「鄰里」隣の里郷。故郷を離れて第二の故郷というべき浣花渓、成都の隣の郷に居ること。
晩菊002 

663五言古詩 《寄題江外草堂》 蜀中転々 杜甫 <569-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3130 杜甫詩1000-569-#3-820/1500

《寄題江外草堂》いにしえから高士で、練達の士である處の志を有すというのに、どうして外部からの牽引を得ようとするのであろうか。振り返ってみればただ愚かで、頭の働きが鈍い姿を見せただけであったし、どんなにしても自分のあやまちを悔い改めることには全くしなかったのである。

 

2013年10月13日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(11)#4-3 文選 賦<110-#4-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩916 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3128
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《和侯協律詠筍》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <829>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3129韓愈詩-202-#4
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor663五言古詩 《寄題江外草堂》 蜀中転々 杜甫 <569-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3130 杜甫詩1000-569-#3-820/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor女冠子四首 其四 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-317-5-#57-(8)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3132
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

魚玄機 詩 全首130賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876

薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227

主に花間集から

温庭筠 70『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620

韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082

牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107

 

『花間集』継続中

 
663

五言古詩 《寄題江外草堂》 蜀中転々 杜甫 <569-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3130 杜甫詩1000-569-#3-820/1500

 

 

寄題江外草堂

(錦江の外にて浣花渓草堂について題し寄せる。)

〔自注:梓州作,寄成都故居。〕#1

〔杜甫の自注:逃避先の梓州で「成都の故居に寄せる」を作る。〕

我生性放誕,雅欲逃自然。 

私が生を受けたのは誕生して性格が奔放である。爾雅は官に縛られることなく自然の中に逃れたいとしている。
嗜酒愛風竹,卜居必林泉。 

酒をこよなく愛し、風雅と幽閑な竹林を愛す。居を建設する所は必ず林あり、水の湧き出るところである。
遭亂到蜀江,臥痾遣所便。 

しかし、乱に遭遇するのもこの蜀、長江周辺にもやってきているし、こじれて長引く持病で寝付くが便りだけは届くところに入るのである。

誅茅初一畝,廣地方連延。 

茅、菰なとが生えていた原野に初めはたった一畝であったが、その後周辺部分を広げていった。

江外にて草堂を題し寄せる。

〔自注:梓州で「成都の故居に寄せる」を作る。〕

我が生は放誕性し,雅は自然に逃れんと欲す。 

嗜酒【ししゅ】 風竹を愛し,卜居 林泉を必ずとす。 

遭亂 蜀江に到り,臥痾【があ】 便する所に遣す。 

茅【かや】を誅【き】りて初めは一畝【ホ】のひろさ、のちには地を広げて方【まさ】に連延たり。

 

 

#2

經營上元始,斷手寶應年。 

浣花渓において農業経営を上元の年から始め、寶應の年にちょっと手を止めている。

敢謀土木麗,自覺面勢堅。 

あえて、畑を作り灌漑設備をつくったり土地整備を行ったし、自分でも顔色も随分良くなってしっかりしてきたように自覚したものだ。

臺亭隨高下,敞豁當清川。 

官僚や友人たちとの者との宴会を地位の高い低いに従って行ったものだし、広大無辺な気持ちになって身も心も清らかな川にむかっているのである。

雖有會心侶,數能同釣船。 

人と逢うことは心許せるものとだけだということではあるものの、数能く同じ釣り船に乗って過ごすのである。

經營 上元に始まり,手を斷つ 寶應の年。 

敢えて土木の麗を謀り,自ら面勢の堅を覺う。 

臺亭 高下に隨い,敞豁 清川に當る。 

會心の侶に有ると雖も,數えて能く釣船を同うす。
 

#3

干戈未偃息,安得酣歌眠。 

戦火は続いていていまだ横になって休むことがなく、何処で、どうしたら心行くまでおいしいお酒に歌を謡い眠ることが出来るのだろうか。

蛟龍無定窟,黃鵠摩蒼天。 

神物である蛟と龍でさえその棲むところである水中の淵底や洞窟に定住できないし、黄色のおおとりは大空にこすってしまうという。

古來達士志,寧受外物牽。 

いにしえから高士で、練達の士である處の志を有すというのに、どうして外部からの牽引を得ようとするのであろうか。

顧惟魯鈍姿,豈識悔吝先。 

振り返ってみればただ愚かで、頭の働きが鈍い姿を見せただけであったし、どんなにしても自分のあやまちを悔い改めることには全くしなかったのである。

 

干戈 未だ偃息【えんそく】せず,安んぞ酣歌【かんか】の眠りを得んや。 

蛟龍【こうりゅう】窟【くつ】を定むこと無く,黃鵠【こうこく】蒼天【そうてん】を摩【こす】る。 

古來 達士の志,寧んぞ受ん 外物の牽するを。 

顧れば惟だ魯鈍【ろどん】の姿を,豈に悔吝【かいりん】の先を識らんや。 

 

#4

偶攜老妻去,慘澹凌風煙。 

事跡無固必,幽貞愧雙全。 

尚念四小松,蔓草易拘纏。 

霜骨不甚長,永為鄰里憐。 

 

 

『寄題江外草堂』 現代語訳と訳註

(本文) #3

干戈未偃息,安得酣歌眠。 

蛟龍無定窟,黃鵠摩蒼天。 

古來達士志,寧受外物牽。 

顧惟魯鈍姿,豈識悔吝先。 

 

 

 

(下し文) #3

干戈 未だ偃息【えんそく】せず,安んぞ酣歌【かんか】の眠りを得んや。 

蛟龍【こうりゅう】窟【くつ】を定むこと無く,黃鵠【こうこく】蒼天【そうてん】を摩【こす】る。 

古來 達士の志,寧んぞ受ん 外物の牽するを。 

顧れば惟だ魯鈍【ろどん】の姿を,豈に悔吝【かいりん】の先を識らんや。 

 

 

 

(現代語訳)

戦火は続いていていまだ横になって休むことがなく、何処で、どうしたら心行くまでおいしいお酒に歌を謡い眠ることが出来るのだろうか。

神物である蛟と龍でさえその棲むところである水中の淵底や洞窟に定住できないし、黄色のおおとりは大空にこすってしまうという。

いにしえから高士で、練達の士である處の志を有すというのに、どうして外部からの牽引を得ようとするのであろうか。

振り返ってみればただ愚かで、頭の働きが鈍い姿を見せただけであったし、どんなにしても自分のあやまちを悔い改めることには全くしなかったのである。

成都関連地図 00 

 

(訳注)

寄題江外草堂 #3

(錦江の外にて浣花渓草堂について題し寄せる。)

〔自注:梓州作,寄成都故居。〕

〔杜甫の自注:逃避先の梓州で「成都の故居に寄せる」を作る。〕

 

 

干戈 偃息 ,安得酣歌

戦火は続いていていまだ横になって休むことがなく、何処で、どうしたら心行くまでおいしいお酒に歌を謡い眠ることが出来るのだろうか。

「干戈」戰爭活動、戰爭。

「偃息」横になって休むこと。偃憩(えんけい)。戰爭活動、偃息。

 

 

蛟龍 無定 ,黃鵠 摩蒼天

神物である蛟と龍でさえその棲むところである水中の淵底や洞窟に定住できないし、黄色のおおとりは大空にこすってしまうという。

「蛟」語義類別:物、生物、神物(動物)、蛟。

「龍」語義類別:物、生物、神物(動物)、龍。

「無」語義類別:其他、形容詞彙、對比詞、有無(無)。

「窟」洞穴坑谷、窟。蛟は水中の淵底であり、龍は渓谷の洞穴である。

「黃鵠」黄鵠:おおとりの名。前漢の昆莫の故事がある、漢の武帝の元封中に、匈奴、大宛国を抑えるため、江東王建の娘の細君を公主にして、西域の鳥孫国を建国した昆莫に妻わせた、昆莫は時老人であり、またことぱも通じず、公主は悲しんで歌を作ったが、その中に「願わくは黄鵠と為りて故郷に帰らん」の句がある。事実は唐より回紇ヘ女を嫁にやったことをいう、756年乾元元年七月、粛宗はその幼女寧国公主を回紇可汗に妻わせた、可汗は公主を可敦(回紇の皇后)とし、三千騎を唐の二都奪還のための援軍とした。

「蒼天」語義類別:物、天文、天空、天空。

 

 

古來 達士 ,寧受 外物 牽。

いにしえから高士で、練達の士である處の志を有すというのに、どうして外部からの牽引を得ようとするのであろうか。

「達士」ある物事に熟達した人。練達の士。

「志」語義類別:人、狀態、心神氣力、志。

「外物 牽」粛宗はウィグルに助けを求めたことをいう。杜甫は粛宗が唐軍の重要な軍人、高官を排除し、後に禍根を残す禁断の手を用いたことを云う。

 

顧惟 魯鈍 姿 ,豈識 悔吝

振り返ってみればただ愚かで、頭の働きが鈍い姿を見せただけであったし、どんなにしても自分のあやまちを悔い改めることには全くしなかったのである。

「顧」語義類別:人、狀態、心智狀態、念。

「魯鈍」(1)愚かで、頭の働きが鈍い・こと(さま)。愚鈍。 「―の性」 (2)「軽愚(けいぐ)」に同じ。

「姿」語義類別:人、形容詞彙(人)、外表形貌、姿。

「識」語義類別:人、狀態、心智狀態、識。

「悔吝」吉凶悔吝「吉凶者言乎其失得也,悔吝者言乎其小疵也,无咎者善補過也。」(吉凶と言うは其れ得るを失い、悔吝とはその小疵(しょうし)を言うなり。咎なしとは善く過(あやまち)を補うなり。)「凶」とは、通じない話、不亨という意味。吉は「得」、凶は「失」を指している。「悔」とは恐れおののき後悔するの意。「吝」とは流れを変えるのをケチるという意味。

楠樹03

663五言古詩 《寄題江外草堂》 蜀中転々 杜甫 <569-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3125 杜甫詩1000-569-#2-819/1500

《寄題江外草堂》 浣花渓において農業経営を上元の年から始め、寶應の年にちょっと手を止めている。あえて、畑を作り灌漑設備をつくったり土地整備を行ったし、自分でも顔色も随分良くなってしっかりしてきたように自覚したものだ。

 

2013年10月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(10)#4-2 文選 賦<110-#4-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩915 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3123
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《和侯協律詠筍》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <828>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3124韓愈詩-202-#3
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor663五言古詩 《寄題江外草堂》 蜀中転々 杜甫 <569-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3125 杜甫詩1000-569-#2-819/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor女冠子四首 其三 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-316-5-#57-(7)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3127
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

魚玄機 詩 全首130賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876

薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227

主に花間集から

温庭筠 70『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620

韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082

牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107

 

『花間集』継続中

 
663

五言古詩 《寄題江外草堂》 蜀中転々 杜甫 <569-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3125 杜甫詩1000-569-#2-819/1500

 

 

作者: 杜甫  763  廣德元年  52

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 

詩題: 寄題江外草堂〔自注:梓州作,寄成都故居。〕 

作地點:梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點:草堂 (劍南道北部 益州 成都) 別名:一室、西郭茅舍

 

 

寄題江外草堂

(錦江の外にて浣花渓草堂について題し寄せる。)

〔自注:梓州作,寄成都故居。〕#1

〔杜甫の自注:逃避先の梓州で「成都の故居に寄せる」を作る。〕

我生性放誕,雅欲逃自然。 

私が生を受けたのは誕生して性格が奔放である。爾雅は官に縛られることなく自然の中に逃れたいとしている。
嗜酒愛風竹,卜居必林泉。 

酒をこよなく愛し、風雅と幽閑な竹林を愛す。居を建設する所は必ず林あり、水の湧き出るところである。
遭亂到蜀江,臥痾遣所便。 

しかし、乱に遭遇するのもこの蜀、長江周辺にもやってきているし、こじれて長引く持病で寝付くが便りだけは届くところに入るのである。

誅茅初一畝,廣地方連延。 

茅、菰なとが生えていた原野に初めはたった一畝であったが、その後周辺部分を広げていった。

江外にて草堂を題し寄せる。

〔自注:梓州で「成都の故居に寄せる」を作る。〕

我が生は放誕性し,雅は自然に逃れんと欲す。 

嗜酒【ししゅ】 風竹を愛し,卜居 林泉を必ずとす。 

遭亂 蜀江に到り,臥痾【があ】 便する所に遣す。 

茅【かや】を誅【き】りて初めは一畝【ホ】のひろさ、のちには地を広げて方【まさ】に連延たり。

 

 

#2

經營上元始,斷手寶應年。 

浣花渓において農業経営を上元の年から始め、寶應の年にちょっと手を止めている。

敢謀土木麗,自覺面勢堅。 

あえて、畑を作り灌漑設備をつくったり土地整備を行ったし、自分でも顔色も随分良くなってしっかりしてきたように自覚したものだ。

臺亭隨高下,敞豁當清川。 

官僚や友人たちとの者との宴会を地位の高い低いに従って行ったものだし、広大無辺な気持ちになって身も心も清らかな川にむかっているのである。

雖有會心侶,數能同釣船。 

人と逢うことは心許せるものとだけだということではあるものの、数能く同じ釣り船に乗って過ごすのである。

經營 上元に始まり,手を斷つ 寶應の年。 

敢えて土木の麗を謀り,自ら面勢の堅を覺う。 

臺亭 高下に隨い,敞豁 清川に當る。 

會心の侶に有ると雖も,數えて能く釣船を同うす。

#3

干戈未偃息,安得酣歌眠。 

蛟龍無定窟,黃鵠摩蒼天。 

古來達士志,寧受外物牽。 

顧惟魯鈍姿,豈識悔吝先。 

#4

偶攜老妻去,慘澹凌風煙。 

事跡無固必,幽貞愧雙全。 

尚念四小松,蔓草易拘纏。 

霜骨不甚長,永為鄰里憐。 

草堂002 

 

『寄題江外草堂』 現代語訳と訳註

(本文)

#2

經營上元始,斷手寶應年。 

敢謀土木麗,自覺面勢堅。 

臺亭隨高下,敞豁當清川。 

雖有會心侶,數能同釣船。 

 

 

(下し文) #2

經營 上元に始まり,手を斷つ 寶應の年。 

敢えて土木の麗を謀り,自ら面勢の堅を覺う。 

臺亭 高下に隨い,敞豁 清川に當る。 

會心の侶に有ると雖も,數えて能く釣船を同うす。 

 

 

(現代語訳) #2

浣花渓において農業経営を上元の年から始め、寶應の年にちょっと手を止めている。

あえて、畑を作り灌漑設備をつくったり土地整備を行ったし、自分でも顔色も随分良くなってしっかりしてきたように自覚したものだ。

官僚や友人たちとの者との宴会を地位の高い低いに従って行ったものだし、広大無辺な気持ちになって身も心も清らかな川にむかっているのである。

人と逢うことは心許せるものとだけだということではあるものの、数能く同じ釣り船に乗って過ごすのである。

 

 

(訳注) #2

寄題江外草堂

(錦江の外にて浣花渓草堂について題し寄せる。)

〔自注:梓州作,寄成都故居。〕

〔杜甫の自注:逃避先の梓州で「成都の故居に寄せる」を作る。〕

 

 

經營 上元 始,斷手 寶應

浣花渓において農業経営を上元の年から始め、寶應の年にちょっと手を止めている。

「經營」語義類別:人、行為動作、一般行為(糸部)、經營。

「上元」君王年號、上元(唐肅宗)。

「斷手」對比詞、斷續。

「寶應」君王年號、寶應(唐代宗)。

 

 

敢謀 土木 ,自覺 面勢堅。

あえて、畑を作り灌漑設備をつくったり土地整備を行ったし、自分でも顔色も随分良くなってしっかりしてきたように自覚したものだ。

「土木」耕作地をつくること。土木工事的な聖地、干害工事。

「麗」景物形態、麗。 杜甫はこの地を花いっぱいの地にするという意味で浣花渓となずけた。

 

 

臺亭 高下 ,敞豁 當清川

官僚や友人たちとの者との宴会を地位の高い低いに従って行ったものだし、広大無辺な気持ちになって身も心も清らかな川にむかっているのである。

「臺」亭臺樓閣、臺。

「亭」亭。

「敞」高い意に進める意を加え、高くする意。 【意味】明るく開けたさま。 度量が大きく、寛大に振る舞うもの。 明るく朗らかな気質を現すもの。 高大無辺に広がるさま。

「豁」広々と開けているさま。あけっぴろげ。

「清川」語義類別:物、形容詞彙(物)、景物形態、清。

 

 

雖有 會心 ,數能 同釣船

人と逢うことは心許せるものとだけだということではあるものの、数能く同じ釣り船に乗って過ごすのである。

 江畔独歩尋花

663五言古詩 《寄題江外草堂》 蜀中転々 杜甫 <569-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3120 杜甫詩1000-569-#1-818/1500

《寄題江外草堂》屋敷の回りには灌木などが茂り、まだ手つかずの自然が残っている。成都の洪水対策の遊水地のようなところであった。したがって、杜甫はかなり広い土地を自由に使ってよいとされていたようである。


2013年10月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(9)#4-1 文選 賦<110-#4-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩914 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3118 (9)#4-1
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《和侯協律詠筍》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <827>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3119韓愈詩-202-#2
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor663五言古詩 《寄題江外草堂》 蜀中転々 杜甫 <569-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3120 杜甫詩1000-569-#1-818/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor女冠子四首 其二 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-315-5-#57-(6)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3122
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

魚玄機 詩 全首130賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876

薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227


主に花間集から

温庭筠 70『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620

韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082

牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107


『花間集』継続中

 


 
五言古詩 《寄題江外草堂》 蜀中転々 杜甫 <569-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3120 杜甫詩1000-569-#1-818/1500


 

 

杜甫の成都時代は、唐の760年上元元年の49九歳から、765年永泰元年春または夏の54歳までのおよそ五年半である。この期間を杜甫はすべて草堂で過ごしたわけではない。途中梓州(シシュウ)方面で二年弱にわたる長期の旅寓を余儀なくされ、成都に帰ってからも半年ほど幕府に出仕していた。

 八世紀後半、唐王朝を一時転覆させた安史の乱が、一応の終結を迎えようとしていた時期の前後、戦乱の被害の比較的少なかった中国西南の肥沃な大盆地の一角で、杜甫は五十九年の人生の中でほぼ三、四年の時期を、この草堂で過ごしたことになる

 760年の春から杜甫は、草堂寺の近く浣花渓が大きく蛇行する湾曲部の内側に住まいを決め、屋敷造りに精を出した。住まいの部分は初めは一畝ほどの広さであったが、その後は周辺部分にもしだいに広げていった。この『寄題江外草堂』(江外の草堂に寄せ題す)の詩は杜甫52歳成都での徐知道の乱を避け約2年近く梓州などで過ごした時に成都浣花渓草堂を思い出して詠ったものである。

  

 

屋敷の回りには灌木などが茂り、まだ手つかずの自然が残っている。成都の洪水対策の遊水地のようなところであった。したがって、杜甫はかなり広い土地を自由に使ってよいとされていたようである。そのような成都郊外の土地を新参者の杜甫に提供し、屋敷造りを援助してくれたのは、その地域の最高権力者で成都尹・剣南西川節度使の裴冕(?―769)であったり、蜀州刺史の高適、厳武が援助してくれたものである。

 厳武は早い時期からの杜甫の親しい友人であり最も理想的な支援者であった。厳武は翌年(762)正月に成都に幕府を開いた。その年(762)の七月、厳武は都に召され、その後をやはり若いときからの友人である高適が継いだ。杜甫は都へかえる厳武を見送って成都を離れたが、そのまま外地で二年弱を過ごすはめになったのである。二年後(764)の正月、厳武が剣南東西川節度使に任命され、二月に成都に赴任した。厳武に誘われて、杜甫も再び成都に戻ってきた。杜甫が成都不在のあいだは、詳細はわからないがおおかたは友人の高適が成都方面の長であったようである。厳武が再び四川方面の軍事、行政の長に任命されたのは、西の国境から吐蕃の侵略が相継いだからである。ところが厳武(726765)は一年後(765)の四月に急死した。杜甫はその前後に成都を去った。

 このように成都時代、杜甫は成都の長が次々に代わっても草堂とそれに附属する農園を維持し住み続けることができた。杜甫は官に就いていなかったとはいえ、皇帝の身近で左拾遺の官をしたことのある人物である。成都方面のトップや実力者等から特別な処遇を受けていたからこそ、そのようなことが可能であったと思われる。しかもたまたま杜甫と関係の良好な裴冕、厳武、高適らが長であったという幸運が大きく影響したと思われる。

 

 

作者: 杜甫  763  廣德元年  52

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 

詩題: 寄題江外草堂〔自注:梓州作,寄成都故居。〕 

作地點:梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點:草堂 (劍南道北部 益州 成都) 別名:一室、西郭茅舍

 

 

寄題江外草堂

(錦江の外にて浣花渓草堂について題し寄せる。)

〔自注:梓州作,寄成都故居。〕#1

〔杜甫の自注:逃避先の梓州で「成都の故居に寄せる」を作る。〕

我生性放誕,雅欲逃自然。 

私が生を受けたのは誕生して性格が奔放である。爾雅は官に縛られることなく自然の中に逃れたいとしている。

嗜酒愛風竹,卜居必林泉。 

酒をこよなく愛し、風雅と幽閑な竹林を愛す。居を建設する所は必ず林あり、水の湧き出るところである。

遭亂到蜀江,臥痾遣所便。 

しかし、乱に遭遇するのもこの蜀、長江周辺にもやってきているし、こじれて長引く持病で寝付くが便りだけは届くところに入るのである。

誅茅初一畝,廣地方連延。 

茅、菰なとが生えていた原野に初めはたった一畝であったが、その後周辺部分を広げていった。

江外にて草堂を題し寄せる。

〔自注:梓州で「成都の故居に寄せる」を作る。〕

我が生は放誕性し,雅は自然に逃れんと欲す。 

嗜酒【ししゅ】 風竹を愛し,卜居 林泉を必ずとす。 

遭亂 蜀江に到り,臥痾【があ】 便する所に遣す。 

茅【かや】を誅【き】りて初めは一畝【ホ】のひろさ、のちには地を広げて方【まさ】に連延たり。

杜甫草堂柴門06#2

經營上元始,斷手寶應年。 

敢謀土木麗,自覺面勢堅。 

臺亭隨高下,敞豁當清川。 

雖有會心侶,數能同釣船。 

#3

干戈未偃息,安得酣歌眠。 

蛟龍無定窟,黃鵠摩蒼天。 

古來達士志,寧受外物牽。 

顧惟魯鈍姿,豈識悔吝先。 

#4

偶攜老妻去,慘澹凌風煙。 

事跡無固必,幽貞愧雙全。 

尚念四小松,蔓草易拘纏。 

霜骨不甚長,永為鄰里憐。 

 

 

『寄題江外草堂』 現代語訳と訳註

(本文)

寄題江外草堂

〔自注:梓州作,寄成都故居。〕

我生性放誕,雅欲逃自然。 

嗜酒愛風竹,卜居必林泉。 

遭亂到蜀江,臥痾遣所便。 

誅茅初一畝,廣地方連延。 

 

 

(下し文)

江外にて草堂を題し寄せる。

〔自注:梓州で「成都の故居に寄せる」を作る。〕

我が生は放誕性し,雅は自然に逃れんと欲す。 

嗜酒【ししゅ】 風竹を愛し,卜居 林泉を必ずとす。 

遭亂 蜀江に到り,臥痾【があ】 便する所に遣す。 

茅【かや】を誅【き】りて初めは一畝【ホ】のひろさ、のちには地を広げて方【まさ】に連延たり。

 江畔独歩尋花

 

(現代語訳)

(錦江の外にて浣花渓草堂について題し寄せる。)

〔杜甫の自注:逃避先の梓州で「成都の故居に寄せる」を作る。〕

私が生を受けたのは誕生して性格が奔放である。爾雅は官に縛られることなく自然の中に逃れたいとしている。

酒をこよなく愛し、風雅と幽閑な竹林を愛す。居を建設する所は必ず林あり、水の湧き出るところである。

しかし、乱に遭遇するのもこの蜀、長江周辺にもやってきているし、こじれて長引く持病で寝付くが便りだけは届くところに入るのである。

茅、菰なとが生えていた原野に初めはたった一畝であったが、その後周辺部分を広げていった。

 

 

(訳注)

寄題江外草堂

(錦江の外にて浣花渓草堂について題し寄せる。)

〔自注:梓州作,寄成都故居。〕

〔杜甫の自注:逃避先の梓州で「成都の故居に寄せる」を作る。〕

 

我生 性放誕 ,雅欲 自然

私が生を受けたのは誕生して性格が奔放である。爾雅は官に縛られることなく自然の中に逃れたいとしている。

 

 

嗜酒 風竹 ,卜居 林泉

酒をこよなく愛し、風雅と幽閑な竹林を愛す。居を建設する所は必ず林あり、水の湧き出るところである。

「嗜酒」酒をこよなく好む。

「風竹」風霜雪露、風雅と幽閑な竹林。

「卜居」住居を建設する。

「林泉」林原莽漠、水澤湖泊。潅木、林あり、水の湧き出るところ

 

 

遭亂 蜀江 ,臥痾 所便。

しかし、乱に遭遇するのもこの蜀、長江周辺にもやってきているし、こじれて長引く持病で寝付くが便りだけは届くところに入るのである。

「遭亂」安禄山に始まり、盗賊のはびこるの意、東都には史朝義があり両京には党項羌があり、蜀に徐知道があることをいう。

「蜀江」江河溪流、濯錦江、錦江。

「臥」病気で臥せる。

「痾」病気。特に、こじれて長引く病気。

 

 

誅茅 一畝 ,廣地 方連延

茅、菰なとが生えていた原野に初めはたった一畝であったが、その後周辺部分を広げていった。

「誅茅」茅、菰なとが生えていた原野。浣花渓に移居に際して花いっぱいの郷にした。

「一畝」面積單位、一畝。

「廣地」潅木の広がった廣い場所。

「連延」次第に広げていった。
珠櫻003 


2013年10月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(9)#4-1 文選 賦<110-#4-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩914 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3118 (9)#4-1
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《和侯協律詠筍》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <827>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3119韓愈詩-202-#2
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor663五言古詩 《寄題江外草堂》 蜀中転々 杜甫 <569-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3120 杜甫詩1000-569-#1-818/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor女冠子四首 其二 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-315-5-#57-(6)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3122
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

魚玄機 詩 全首130賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876

薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227


主に花間集から

温庭筠 70『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620

韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082

牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107



『花間集』継続中


 

 
663

662 《桃竹杖引贈章留後》 蜀中転々 杜甫 <568-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3115 杜甫詩1000-568-#3-817/1500

《桃竹杖引贈章留後》 わたしをして、おまえのたすけをまったく得られず、洞庭湖のなかにある青峰君山のあたりでゆくえ不明にならせるようなことをしてほしくはないのだ。

 

2013年10月10日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如《上林賦 》(8)#3-2 文選 賦<110-#3-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩913 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3113
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《和侯協律詠筍》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <826>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3114韓愈詩-202-#1
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor662 《桃竹杖引贈章留後》 蜀中転々 杜甫 <568-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3115 杜甫詩1000-568-#3-817/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html

於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150
 
662

《桃竹杖引贈章留後》 蜀中転々 杜甫 <568-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3115 杜甫詩1000-568-#3-817/1500

 

 

作者: 杜甫  763  廣德元年52

卷別: 卷二二○  文體: 七言古詩 

詩題: 桃竹杖引贈章留後〔竹兼可為簟,名桃笙〕 

及地點:  梓潼 (劍南道北部劍州 梓潼) ・白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城     

交遊人物:章彝 交友者の地點: (山南西道 閬州 閬州)

 

 

桃竹杖引,贈章留後

(章彝と留後、しゅろ竹の杖二本をもらったので章に贈った詩。)

〔竹兼可為簟,名桃笙〕

〔竹でたかむしろを作ることが出来、桃笙と名と為す。〕

江心蟠石生桃竹,蒼波噴浸尺度足。

涪江の中心に堵屈していた石に桃竹がはえた。この広い河の波がふきつけ浸していたのだが長さは十分にある。

斬根削皮如紫玉,江妃水仙惜不得。

杖にするのにはいいのだが、人がその根を斬り皮をむくと紫玉のようなはだがあらわれる。江の妃姫や水に仙人が斬られては惜しいとおもってもだめなのである。

梓潼使君開一束,滿堂賓客皆歎息。』

の長官章君がこの杖一束をもちだしたところが満堂の賓客はあっとおどろいた。』

 

憐我老病贈兩莖,出入爪甲鏗有聲。

章君はわたしが老人で病気なのを気の毒におもってくれて二本も贈ってくれたが、これをつかって出入りすると、爪甲が当たると「かちん」と音がする。

老夫複欲東南征,乘濤鼓枻白帝城。

じぶんはこれからまた東南の地方へでかけたいとおもっている、舟楫をうごかし涛にのっていけば、あの劉備の最期をみとった白帝城をとおるだろう。

路幽必為鬼神奪,拔劍或與蛟龍爭。』

途中には静かでひっそりした路を経るときは鬼神にこの杖を奪われようとするかも知れない。或は、また剣をぬいて蛟竜と争うかも知れないというものだ。』

 

重為告曰:杖兮杖兮,

そこでかさねてこの杖にむかっていいきかせる。「杖よ、杖よ、」

爾之生也甚正直,慎勿見水踴躍學變化為龍、

「おまえの生まれいでたるや、いと正直にでてきたものだ。慎んで水を見てもおどりだして変化して竜となるようなまねをしている。」

使我不得爾之扶持,滅跡於君山湖上之青峰。

わたしをして、おまえのたすけをまったく得られず、洞庭湖のなかにある青峰君山のあたりでゆくえ不明にならせるようなことをしてほしくはないのだ。

噫,風塵澒洞兮豺虎咬人,忽失雙杖兮吾將曷從。

「ああ、それなのにいまは兵乱の塵がもやくやと湧き立ち、各地で財虎のごときものが人をかむ時節なのだ。」

「こんなとき、突然に、この二本の杖をなくしたら、自分はどこにいったらよいやらわからないことになるというものだ。』

 

(桃竹杖の引、章留後に贈る)

〔竹 兼ねて簟,桃笙を名すを為す可し〕

江心の蟠石 桃竹を生ず、蒼波 噴浸 尺度足る。

根を斬り皮を削れば紫玉の如し、江妃 水仙 惜しみ得ず。

梓潼の便君開くこと一束、満堂の賓客皆嘆息す。』

#2

我が老病なるを憐れみて両茎を贈る、出入するに爪甲 鏗として声有り。

老夫復た東南に征かんと欲す、濤に乗じ 枻を鼓す白帝城。

路幽にして必ず鬼神に奪わるるをなさん、剣を抜きて或は蚊竜と争わん。』

#3

重ねて為に告げて日く、「杖や杖や、爾の生や甚だ正直なり。

慎みて水を見て踴躍して変化して竜となるを学び、我をして爾の扶持を得ず。

跡を君山湖上の青峰に滅せしむること勿れ、

噫ああ、風塵 澒洞 豺虎 人を咬む、忽ち双杖を失わば吾将に曷にか従わんとする。』

doteiko012 

 

『桃竹杖引贈章留後』 現代語訳と訳註

(本文) #3

重為告曰:杖兮杖兮,爾之生也甚正直,

慎勿見水踴躍學變化為龍、使我不得爾之扶持,滅跡於君山湖上之青峰。

噫,風塵澒洞兮豺虎咬人,忽失雙杖兮吾將曷從。

 

 

(下し文) #3

重ねて為に告げて日く、「杖や杖や、爾の生や甚だ正直なり。

慎みて水を見て踴躍して変化して竜となるを学び、我をして爾の扶持を得ず。

跡を君山湖上の青峰に滅せしむること勿れ、

噫ああ、風塵 澒洞 豺虎 人を咬む、忽ち双杖を失わば吾将に曷にか従わんとする。』

 

 

(現代語訳)

そこでかさねてこの杖にむかっていいきかせる。「杖よ、杖よ、」

「おまえの生まれいでたるや、いと正直にでてきたものだ。慎んで水を見てもおどりだして変化して竜となるようなまねをしている。」

「おまえの生まれいでたるや、いと正直にでてきたものだ。慎んで水を見ても壷公の故事のように、踊りだして変化して竜となるようなまねをしている。」

わたしをして、おまえのたすけをまったく得られず、洞庭湖のなかにある青峰君山のあたりでゆくえ不明にならせるようなことをしてほしくはないのだ。

「ああ、それなのにいまは兵乱の塵がもやくやと湧き立ち、各地で財虎のごときものが人をかむ時節なのだ。」

「こんなとき、突然に、この二本の杖をなくしたら、自分はどこにいったらよいやらわからないことになるというものだ。』

 

 

(訳注)

篠竹0004重為告曰 :「杖兮!杖兮

そこでかさねてこの杖にむかっていいきかせる。「杖よ、杖よ、」

 

爾之 生也 甚正直 ,慎勿 見水 踴躍 學變 化為龍

「おまえの生まれいでたるや、いと正直にでてきたものだ。慎んで水を見ても壷公の故事のように、踊りだして変化して竜となるようなまねをしている。」

○爾 汝、杖をさす。

○学変化為竜 壷公という仙人が費長房をやり帰すとき一本の竹杖を与えて、これに騎るならば家にかえることができようといった。長房は杖にのったところ忽然として眠るがごとくにして家に到った。竹杖を葛肢(河南省にある沼沢)の中に投じてこれを見ると青竜であったとの話がある。

 

 

使我 不得 爾之 扶持 ,滅跡 於君 山湖 上之 青峰

わたしをして、おまえのたすけをまったく得られず、洞庭湖のなかにある青峰君山のあたりでゆくえ不明にならせるようなことをしてほしくはないのだ。

○扶持 たすけ。

○滅跡 ゆくえ不明になる。

○君山湖上之青峰 湖上之青峰と君山とは同じものである、君山は洞庭湖のなかにある山の名である、湖上の湖は洞庭湖である。

 

 

!風塵 澒洞 兮豺虎 咬人

「ああ、それなのにいまは兵乱の塵がもやくやと湧き立ち、各地で財虎のごときものが人をかむ時節なのだ。」

澒洞 もやくやとしたさま。

豺虎 盗賊をたとえていう。

 

 

忽失 雙杖 兮吾將 曷從?」

「こんなとき、突然に、この二本の杖をなくしたら、自分はどこにいったらよいやらわからないことになるというものだ。』

○双杖 二本のつえ、前には「両茎」とあった。

曷從 は何に同じ、どこへゆこうか
 

662 《桃竹杖引贈章留後》 蜀中転々 杜甫 <568-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3110 杜甫詩1000-568-#2-816/1500

《桃竹杖引贈章留後》自分はこれからまた東南の地方へでかけたいとおもっている、舟楫をうごかし涛にのっていけば、あの劉備の最期をみとった白帝城をとおるだろう。途中には静かでひっそりした路を経るときは鬼神にこの杖を奪われようとするかも知れない。或は、また剣をぬいて蛟竜と争うかも知れないというものだ。』

 

2013109

 同じ日の紀頌之5つのブログ

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場

Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
   LiveDoor

司馬相如 《上林賦 》(7)#3-1 文選 賦<110-#3-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩912 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3108

●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ

Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor

《酬馬侍郎寄酒【案:馬總也。】》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <825  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3109韓愈詩-201

●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ杜甫詩1000詩集 LiveDoor

662 《桃竹杖引贈章留後》 蜀中転々 杜甫 <568-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3110 杜甫詩1000-568-#2-816/1500

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている

Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集Fc2

36曹植(曹子建) 《贈丁廙》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3106 (10/08)

●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩

.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor

女冠子二首 其二 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-313-5-#57-(4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3112

 

 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)

 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

662 《桃竹杖引贈章留後》 蜀中転々 杜甫 <568-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3110 杜甫詩1000-568-#2-816/1500

 

作者: 杜甫  763  廣德元年52

卷別: 卷二二○  文體: 七言古詩 

詩題: 桃竹杖引贈章留後〔竹兼可為簟,名桃笙〕 

及地點:  梓潼 (劍南道北部 劍州 梓潼) 白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城     

交遊人物:章彝 交友者の地點: (山南西道 閬州 閬州)

 

 

桃竹杖引,贈章留後

(章彝と留後、しゅろ竹の杖二本をもらったので章に贈った詩。)

〔竹兼可為簟,名桃笙〕

〔竹でたかむしろを作ることが出来、桃笙と名と為す。〕

江心蟠石生桃竹,蒼波噴浸尺度足。

涪江の中心に堵屈していた石に桃竹がはえた。この広い河の波がふきつけ浸していたのだが長さは十分にある。

斬根削皮如紫玉,江妃水仙惜不得。

杖にするのにはいいのだが、人がその根を斬り皮をむくと紫玉のようなはだがあらわれる。江の妃姫や水に仙人が斬られては惜しいとおもってもだめなのである。

梓潼使君開一束,滿堂賓客皆歎息。』

の長官章君がこの杖一束をもちだしたところが満堂の賓客はあっとおどろいた。』

 

憐我老病贈兩莖,出入爪甲鏗有聲。

章君はわたしが老人で病気なのを気の毒におもってくれて二本も贈ってくれたが、これをつかって出入りすると、爪甲が当たると「かちん」と音がする。

老夫複欲東南征,乘濤鼓枻白帝城。

じぶんはこれからまた東南の地方へでかけたいとおもっている、舟楫をうごかし涛にのっていけば、あの劉備の最期をみとった白帝城をとおるだろう。

路幽必為鬼神奪,拔劍或與蛟龍爭。』

途中には静かでひっそりした路を経るときは鬼神にこの杖を奪われようとするかも知れない。或は、また剣をぬいて蛟竜と争うかも知れないというものだ。』

 

重為告曰:杖兮杖兮,爾之生也甚正直,

慎勿見水踴躍學變化為龍、使我不得爾之扶持,滅跡於君山湖上之青峰。

噫,風塵澒洞兮豺虎咬人,忽失雙杖兮吾將曷從。

 

(桃竹杖の引、章留後に贈る)

〔竹 兼ねて簟,桃笙を名すを為す可し〕

江心の蟠石 桃竹を生ず、蒼波 噴浸 尺度足る。

根を斬り皮を削れば紫玉の如し、江妃 水仙 惜しみ得ず。

梓潼の便君開くこと一束、満堂の賓客皆嘆息す。』

#2

我が老病なるを憐れみて両茎を贈る、出入するに爪甲 鏗として声有り。

老夫復た東南に征かんと欲す、濤に乗じ 枻を鼓す白帝城。

路幽にして必ず鬼神に奪わるるをなさん、剣を抜きて或は蚊竜と争わん。』

#3

重ねて為に告げて日く、「杖や杖や、爾の生や甚だ正直なり。

慎みて水を見て踴躍して変化して竜となるを学び、我をして爾の扶持を得ず。

跡を君山湖上の青峰に滅せしむること勿れ、

噫ああ、風塵 澒洞 豺虎 人を咬む、忽ち双杖を失わば吾将に曷にか従わんとする。』

komichi03 

 

『桃竹杖引,贈章留後』 現代語訳と訳註

(本文)

憐我老病贈兩莖,出入爪甲鏗有聲。

老夫複欲東南征,乘濤鼓枻白帝城。

路幽必為鬼神奪,拔劍或與蛟龍爭。』

 

 

(下し文)#2

我が老病なるを憐れみて両茎を贈る、出入するに爪甲 鏗として声有り。

老夫復た東南に征かんと欲す、濤に乗じ 枻を鼓す白帝城。

路幽にして必ず鬼神に奪わるるをなさん、剣を抜きて或は蚊竜と争わん。』

 

(現代語訳)

章君はわたしが老人で病気なのを気の毒におもってくれて二本も贈ってくれたが、これをつかって出入りすると、爪甲が当たると「かちん」と音がする。

じぶんはこれからまた東南の地方へでかけたいとおもっている、舟楫をうごかし涛にのっていけば、あの劉備の最期をみとった白帝城をとおるだろう。

途中には静かでひっそりした路を経るときは鬼神にこの杖を奪われようとするかも知れない。或は、また剣をぬいて蛟竜と争うかも知れないというものだ。』

 

 

(訳注)

憐我 老病 贈 兩莖 ,出入 爪甲 鏗 有聲 。

章君はわたしが老人で病気なのを気の毒におもってくれて二本も贈ってくれたが、これをつかって出入りすると、爪甲が当たると「かちん」と音がする。

〇両茎 ふたもと。

○出入 家よりではいりする。

○爪甲 つめ。

 「かちん」という音。

 

 

老夫 復欲 東南 征 ,乘濤 鼓枻 白帝城 。

じぶんはこれからまた東南の地方へでかけたいとおもっている、舟楫をうごかし涛にのっていけば、あの劉備の最期をみとった白帝城をとおるだろう。

○老人 おやじ、自ずからをさす。

○東南征 呉楚の方へゆく。

○鼓枻 かじをうごかす。

○白帝城 夔州府の城、梓州より涪江を下れば先ずここへでる。白帝城は中国重慶市奉節県の長江三峡に位置する地名。かつて新末後漢初の群雄公孫述がこの地に築いた城が白帝城と呼ばれたことが由来。永安宮ともいう。 三国時代、蜀の建国者劉備が夷陵の戦いで呉に敗れ、逃れたのが白帝城。劉備は後事を諸葛亮に託し、この城で没した。

 

 

路幽 必為 鬼神 奪 ,拔劍 或與蛟龍 爭 。

途中には静かでひっそりした路を経るときは鬼神にこの杖を奪われようとするかも知れない。或は、また剣をぬいて蛟竜と争うかも知れないというものだ。』

○為鬼神奪  奪の上に、「所」の字をいれてみる。
孟浩然詩00 

662 《桃竹杖引贈章留後》 蜀中転々 杜甫 <568-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3105 杜甫詩1000-568-#1-815/1500

《桃竹杖引贈章留後》杖にするのにはいいのだが、人がその根を斬り皮をむくと紫玉のようなはだがあらわれる。江の妃姫や水に仙人が斬られては惜しいとおもってもだめなのである。梓の長官章君がこの杖一束をもちだしたところが満堂の賓客はあっとおどろいた。


2013年10月8日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(6)#2-4 文選 賦<110-#2-4>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩911 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3103
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《大行皇太后挽歌詞,三首之三》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <824>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3104韓愈詩-200
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 662 《桃竹杖引贈章留後》 蜀中転々 杜甫 <568-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3105 杜甫詩1000-568-#1-815/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 36曹植(曹子建) 《贈丁廙》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3106 (10/08)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 女冠子二首 其一 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

662 《桃竹杖引贈章留後》 蜀中転々 杜甫 <568-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3105 杜甫詩1000-568-#1-815/1500

 

 

作者: 杜甫  763  廣德元年52

卷別: 卷二二○  文體: 七言古詩 

詩題: 桃竹杖引贈章留後〔竹兼可為簟,名桃笙〕 

及地點:  梓潼 (劍南道北部 劍州 梓潼) ・白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城     

交遊人物:章彝 交友者の地點: (山南西道 閬州 閬州)

 

 

桃竹杖引,贈章留後

(章彝と留後、しゅろ竹の杖二本をもらったので章に贈った詩。)

〔竹兼可為簟,名桃笙〕

〔竹でたかむしろを作ることが出来、桃笙と名と為す。〕

江心蟠石生桃竹,蒼波噴浸尺度足。

涪江の中心に堵屈していた石に桃竹がはえた。この広い河の波がふきつけ浸していたのだが長さは十分にある。
斬根削皮如紫玉,江妃水仙惜不得。

杖にするのにはいいのだが、人がその根を斬り皮をむくと紫玉のようなはだがあらわれる。江の妃姫や水に仙人が斬られては惜しいとおもってもだめなのである。

梓潼使君開一束,滿堂賓客皆歎息。』

の長官章君がこの杖一束をもちだしたところが満堂の賓客はあっとおどろいた。』

 

憐我老病贈兩莖,出入爪甲鏗有聲。

老夫複欲東南征,乘濤鼓枻白帝城。

路幽必為鬼神奪,拔劍或與蛟龍爭。』

 

重為告曰:杖兮杖兮,爾之生也甚正直,

慎勿見水踴躍學變化為龍、使我不得爾之扶持,滅跡於君山湖上之青峰。

噫,風塵澒洞兮豺虎咬人,忽失雙杖兮吾將曷從。

 

(桃竹杖の引、章留後に贈る)

〔竹 兼ねて簟,桃笙を名すを為す可し〕
江心の蟠石 桃竹を生ず、蒼波 噴浸 尺度足る。

根を斬り皮を削れば紫玉の如し、江妃 水仙 惜しみ得ず。

梓潼の便君開くこと一束、満堂の賓客皆嘆息す。』

#2

我が老病なるを憐れみて両茎を贈る、出入するに爪甲 鏗として声有り。

老夫復た東南に征かんと欲す、濤に乗じ 枻を鼓す白帝城。

路幽にして必ず鬼神に奪わるるをなさん、剣を抜きて或は蚊竜と争わん。』

#3

重ねて為に告げて日く、「杖や杖や、爾の生や甚だ正直なり。

慎みて水を見て踴躍して変化して竜となるを学び、我をして爾の扶持を得ず。

跡を君山湖上の青峰に滅せしむること勿れ、

噫ああ、風塵 澒洞 豺虎 人を咬む、忽ち双杖を失わば吾将に曷にか従わんとする。』

篠竹000 

 

『桃竹杖引贈章留後』 現代語訳と訳註

(本文)

桃竹杖引,贈章留後〔竹兼可為簟,名桃笙〕

江心蟠石生桃竹,蒼波噴浸尺度足。

斬根削皮如紫玉,江妃水仙惜不得。

梓潼使君開一束,滿堂賓客皆歎息。』

 

 

(下し文)

(桃竹杖の引、章留後に贈る)
〔竹 兼ねて簟,桃笙を名すを為す可し〕

江心の蟠石 桃竹を生ず、蒼波 噴浸 尺度足る。

根を斬り皮を削れば紫玉の如し、江妃 水仙 惜しみ得ず。

梓潼の便君開くこと一束、満堂の賓客皆嘆息す。』

 

 

(現代語訳)

(章彝と留後、しゅろ竹の杖二本をもらったので章に贈った詩。)

〔竹でたかむしろを作ることが出来、桃笙と名と為す。〕

涪江の中心に堵屈していた石に桃竹がはえた。この広い河の波がふきつけ浸していたのだが長さは十分にある。

杖にするのにはいいのだが、人がその根を斬り皮をむくと紫玉のようなはだがあらわれる。江の妃姫や水に仙人が斬られては惜しいとおもってもだめなのである。

の長官章君がこの杖一束をもちだしたところが満堂の賓客はあっとおどろいた。』

 

 

(訳注)

桃竹杖引贈章留後

(章彝と留後、しゅろ竹の杖二本をもらったので章に贈った詩。)

○桃竹杖  しゅろ竹のつえ。広徳元年冬の作。

〔竹兼可為簟,名桃笙〕

〔竹でたかむしろを作ることが出来、桃笙と名と為す。〕

/竹席【たかむしろ】. 細く割った竹をむしろのように編んだ夏季用の敷物。

 

江心 蟠石 桃竹 ,蒼波 噴浸 尺度 足。

涪江の中心に堵屈していた石に桃竹がはえた。この広い河の波がふきつけ浸していたのだが長さは十分にある。

○江心 涪江の中心。

蟠石 堵屈した石。蟠:1 輪状に曲がって巻いている。とぐろを巻く。「―・っている蛇」 2 入り組んで複雑に絡み合っている。「老松の根が―・っている」 3 心に不平・不満・不安などがあって晴れ晴れしない。

○噴浸 ふきつけ、ひたす。

○尺度 足 杖とするだけの長さが十分にそなわる。

 

 

斬根 削皮 如紫玉 ,江妃 水仙 不得

杖にするのにはいいのだが、人がその根を斬り皮をむくと紫玉のようなはだがあらわれる。江の妃姫や水に仙人が斬られては惜しいとおもってもだめなのである。

○紫玉 枝の色。

○江妃 漢江のめがみ。

○水仙 鴻夷という仙人。

〇倍不得 「不レ得レ惜」とおなじ、惜しんでもってゆかせまいとしてもだめだ。

 

 

梓潼 使君 一束 ,滿堂 賓客 皆歎息

の長官章君がこの杖一束をもちだしたところが満堂の賓客はあっとおどろいた。』

○梓潼 使君 梓州は唐のとき、梓潼郡といった、使君は刺史、章をさす。

○開一束 ひとたばの杖をあける。

息 みごとなことをなげく。
孟浩然詩00 

661五言古詩 《棕拂子》 蜀中転々 杜甫 <567-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3100 杜甫詩1000-567-#2-814/1500

《棕拂子》このような旅に出て足掛け三年になり、今年も清々しい秋になっている。それなのに、いまだに敢て朝廷の門を縄縛りでとじこめてしまい開かれることはないのだ。

 

2013年10月7日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(5)#2-3 文選 賦<110-#2-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩910 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3098
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《大行皇太后挽歌詞,三首之二》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <823>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3099韓愈詩-199
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 661五言古詩 《棕拂子》 蜀中転々 杜甫 <567-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3100 杜甫詩1000-567-#2-814/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 35曹植(曹子建) 《贈白馬王彪 其七》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3101 (10/07)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 摘得新 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-311-5-#65  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3102
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

661五言古詩 《棕拂子》 蜀中転々 杜甫 <567-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3100 杜甫詩1000-567-#2-814/1500

 

 

棕拂子#1

棕拂且薄陋,豈知身效能。 

棕櫚の葉ではたきで塵を払い、それに狭い部屋は狭くてうす暗い。だからどうして、それがこの身に良い効能があるしることが出来ようか。

不堪代白羽,有足除蒼蠅。 

大鳥のしろい羽でその役割を果たそうとしても堪えられるものではない。靑ばえを取り除くくらいのことしかできないものなのだ。
熒熒金錯刀,濯濯朱絲繩。 

象嵌をあしらった刀はキラキラと輝くものであり、紅い糸で縄を結えば洗ったあとのようにツルツルに光っている。
非獨顏色好,亦用顧盼稱。

一人ぼっちでないと顔色もいい色になるものだし、また、重用されるということは三顧の礼で迎えられる「顧盼」というべきものであろう。

#2

吾老抱疾病,家貧臥炎蒸。 

自分は年老いてしまいその上持病を持っているのである。家は貧しいから、夏の炎天、うだる暑さの中でも、そこで寝るよりないのである。

膚倦撲滅,賴爾甘服膺。 

皮膚の汗を啜るように酒を飲み、あなたの様な人を頼りにして甘んじて、やっと生活ができるようなものである。

物微世競棄,義在誰肯徵。 

物質的なものとしてわずかなものではあるが、世間においてきそうということを廃棄する。儒家としての義を持っており、誰が敢て徴収するのであろうか。

清秋至,未敢闕緘縢。 

このような旅に出て足掛け三年になり、今年も清々しい秋になっている。それなのに、いまだに敢て朝廷の門を縄縛りでとじこめてしまい開かれることはないのだ。

 

棕拂子【しゅうふつし】#1

棕拂 且つ薄陋【はくろう】し,豈に身の效能を知らんや。 

白羽に代るを堪えざり,蒼蠅を除くに足る有り。 

熒熒【けいけい】たり 金錯の刀,濯濯たり 朱絲の繩。 

獨りに非らず 顏色は好,亦た用いて顧盼と稱す。

#2

吾れ老いて疾病を抱き,家貧うして炎蒸に臥す。 

膚【そうひ】倦し撲し滅す,賴爾 膺を服するを甘くす。 

物微にして世 競いて棄つ,義在りて誰か肯て徵す。 

 清秋 至り,未だ敢て闕緘して縢たざらん。 

 真竹003

 

『棕拂子』 現代語訳と訳註

(本文) #2

吾老抱疾病,家貧臥炎蒸。 

膚倦撲滅,賴爾甘服膺。 

物微世競棄,義在誰肯徵。 

清秋至,未敢闕緘縢。 

 

 

(下し文)

吾れ老いて疾病を抱き,家貧うして炎蒸に臥す。 

膚【そうひ】倦し撲し滅す,賴爾 膺を服するを甘くす。 

物微にして世 競いて棄つ,義在りて誰か肯て徵す。 

 清秋 至り,未だ敢て闕緘して縢たざらん。 

 

(現代語訳)

自分は年老いてしまいその上持病を持っているのである。家は貧しいから、夏の炎天、うだる暑さの中でも、そこで寝るよりないのである。

皮膚の汗を啜るように酒を飲み、あなたの様な人を頼りにして甘んじて、やっと生活ができるようなものである。

物質的なものとしてわずかなものではあるが、世間においてきそうということを廃棄する。儒家としての義を持っており、誰が敢て徴収するのであろうか。

このような旅に出て足掛け三年になり、今年も清々しい秋になっている。それなのに、いまだに敢て朝廷の門を縄縛りでとじこめてしまい開かれることはないのだ。

 

 

(訳注) #2

吾老 疾病 ,家貧 炎蒸

自分は年老いてしまいその上持病を持っているのである。家は貧しいから、夏の炎天、うだる暑さの中でも、そこで寝るよりないのである。

 

 

撲滅 ,賴爾 服膺

皮膚の汗を啜るように酒を飲み、あなたの様な人を頼りにして甘んじて、やっと生活ができるようなものである。

(1) 吸う,すするように飲む了一点酒酒を少しすすった.(2) 舌打ちする.(3) 味をみる,味わう滋味味をかみしめる.zuǐ[](~儿)(賛美・恨み・驚きなどを表わして)舌を鳴らす,舌打ちする.

「倦」いろいろ努力しても思うような結果が得られないで困ってしまう。もてあます。

「撲滅」完全にうちほろぼすこと。根こそぎなくしてしまうこと。

「膺」身體四肢、胸。

 

 

物微 競棄 ,義在 誰肯

物質的なものとしてわずかなものではあるが、世間においてきそうということを廃棄する。儒家としての義を持っており、誰が敢て徴収するのであろうか。

 

 

清秋 至,未敢 緘縢

このような旅に出て足掛け三年になり、今年も清々しい秋になっている。それなのに、いまだに敢て朝廷の門を縄縛りでとじこめてしまい開かれることはないのだ。

「三」語義類別:時、時間、範圍時間(年)、三年。

「闕」朝廷。

「緘縢」ものを閉じておく縄。《莊子・胠篋》 「將為胠篋、探囊、發匱之盜而為守備,則必攝緘、縢,固扃、鐍,此世俗之所謂知也。」 (將に篋を胠き、囊を探り、匱を發く盜の為にして守備を為さんとすれば,則ち必ず緘、縢【かんとう】を攝し,扃、鐍【けいけつ】を固くせん,此れ世俗の謂う所の知なり。)葭 あし002

661 《棕拂子》 蜀中転々 杜甫 <567-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3095 杜甫詩1000-567-#1-813/1500

《棕拂子》大鳥のしろい羽でその役割を果たそうとしても堪えられるものではない。靑ばえを取り除くくらいのことしかできないものなのだ。象嵌をあしらった刀はキラキラと輝くものであり、紅い糸で縄を結えば洗ったあとのようにツルツルに光っている。

 

2013年10月6日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩 
   
 LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(4)#2-2 文選 賦<110-#2-2>13分割52回 Ⅱ李白に影響を与えた詩909 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3093
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩 
 
 LiveDoor
《大行皇太后挽歌詞,三首之一》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <822>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3094韓愈詩-198
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor661 《棕拂子》 蜀中転々 杜甫 <567-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3095 杜甫詩1000-567-#1-813/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc234曹植(曹子建) 《贈白馬王彪 其六》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3096 (10/06)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor夢江南二首 其二 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-310-5-#64  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3097
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332  
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html  
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html  
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html  
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html  
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html  
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html  
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。  
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。  
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html  
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html  
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html  
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。  
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。  
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。  
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html 

 

661 《棕拂子》 蜀中転々 杜甫 <567-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3095 杜甫詩1000-567-#1-813/1500

 

 

作者: 杜甫  763年廣德元年  52  

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 

詩題: 棕拂子 

掲 載; 杜甫1000首の567-#1首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-813回目   40912

 

 

棕拂子#1

(棕櫚のはたき、役割を喩えに、施政者が上手く使い切るか、杜甫の経験から発言したもの。)
棕拂且薄陋,豈知身效能。 

棕櫚の葉ではたきで塵を払い、それに狭い部屋は狭くてうす暗い。だからどうして、それがこの身に良い効能があるしることが出来ようか。
不堪代白羽,有足除蒼蠅。 

大鳥のしろい羽でその役割を果たそうとしても堪えられるものではない。靑ばえを取り除くくらいのことしかできないものなのだ。

熒熒金錯刀,濯濯朱絲繩。 

象嵌をあしらった刀はキラキラと輝くものであり、紅い糸で縄を結えば洗ったあとのようにツルツルに光っている。

非獨顏色好,亦用顧盼稱。

一人ぼっちでないと顔色もいい色になるものだし、また、重用されるということは三顧の礼で迎えられる「顧盼」というべきものであろう。

#2

吾老抱疾病,家貧臥炎蒸。 

膚倦撲滅,賴爾甘服膺。 

物微世競棄,義在誰肯徵。 

清秋至,未敢闕緘縢。 

 

棕拂子【しゅうふつし】#1

棕拂 且つ薄陋【はくろう】し,豈に身の效能を知らんや。 

白羽に代るを堪えざり,蒼蠅を除くに足る有り。 

熒熒【けいけい】たり 金錯の刀,濯濯たり 朱絲の繩。 

獨りに非らず 顏色は好,亦た用いて顧盼と稱す。

#2

吾れ老いて疾病を抱き,家貧うして炎蒸に臥す。 

膚【そうひ】倦し撲し滅す,賴爾 膺を服するを甘くす。 

物微にして世 競いて棄つ,義在りて誰か肯て徵す。 

 清秋 至り,未だ敢て闕緘して縢たざらん。 

80022008 

『棕拂子』 現代語訳と訳註

(本文)

棕拂子#1

棕拂且薄陋,豈知身效能。 

不堪代白羽,有足除蒼蠅。 

熒熒金錯刀,濯濯朱絲繩。 

非獨顏色好,亦用顧盼稱。

 

 

(下し文)

棕拂子【しゅうふつし】#1

棕拂 且つ薄陋【はくろう】し,豈に身の效能を知らんや。 

白羽に代るを堪えざり,蒼蠅を除くに足る有り。 

熒熒【けいけい】たり 金錯の刀,濯濯たり 朱絲の繩。 

獨りに非らず 顏色は好,亦た用いて顧盼と稱す。


 

(現代語訳)

(棕櫚のはたき、役割を喩えに、施政者が上手く使い切るか、杜甫の経験から発言したもの。)
棕櫚の葉ではたきで塵を払い、それに狭い部屋は狭くてうす暗い。だからどうして、それがこの身に良い効能があるしることが出来ようか。

大鳥のしろい羽でその役割を果たそうとしても堪えられるものではない。靑ばえを取り除くくらいのことしかできないものなのだ。

象嵌をあしらった刀はキラキラと輝くものであり、紅い糸で縄を結えば洗ったあとのようにツルツルに光っている。

一人ぼっちでないと顔色もいい色になるものだし、また、重用されるということは三顧の礼で迎えられる「顧盼」というべきものであろう。

 

 

(訳注)

棕拂子

(棕櫚のはたき、役割を喩えに、施政者が上手く使い切るか、杜甫の経験から発言したもの。)

 

 

棕拂 且薄陋 ,豈知 效能。

棕櫚の葉ではたきで塵を払い、それに狭い部屋は狭くてうす暗い。だからどうして、それがこの身に良い効能があるしることが出来ようか。

「棕拂」生棕櫚の葉ではたきで塵を払う。

「薄陋」物品形態、薄陋。  陋:1 場所が狭苦しい。「陋屋・陋居・陋巷(ろうこう) 2 心が狭く卑しい。

「知」心智狀態、知。

「身」身體四肢、身。

・效能 効果,効き目有效効き目がある.

 

不堪 代白羽 ,有足 蒼蠅

大鳥のしろい羽でその役割を果たそうとしても堪えられるものではない。靑ばえを取り除くくらいのことしかできないものなのだ。

「蒼蠅」靑蝿。

 

 

熒熒 金錯刀 ,濯濯 朱絲

象嵌をあしらった刀はキラキラと輝くものであり、紅い糸で縄を結えば洗ったあとのようにツルツルに光っている。

「熒熒」小さくきらきらと輝くさま。

「金錯刀」象嵌をあしらった刀の意であるから、この刀には黄金の象嵌があしらわれていたのであろう。これは、その刀を振り回しながら歌ったものとおもわれる。錯:1 乱れて入りくむ。まじる。「錯雑・錯綜(さくそう)/交錯」 2 まちがえる。あやまる。「錯覚・錯誤。

「濯濯」ツルツル、テカテカ。洗ったように異物が残っていない状態を云う。

 

 

非獨 顏色 ,亦用 顧盼 稱。

一人ぼっちでないと顔色もいい色になるものだし、また、重用されるということは三顧の礼で迎えられる「顧盼」というべきものであろう。

「顧盼」三顧の礼で迎えられる。(1) 切望する,焦がれる切盼切望する.(2) 見る左右盼左右を見回す
032 

660 《山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕》 蜀中転々 杜甫 <566-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3090 杜甫詩1000-566-#3-812/1500

《山寺》#3身と心の貧窮の人は清淨なところにはいないものだし、高潔な人であっても憂いや災いを生むことがあるものだ。歳月が過ぎ、冬になり風が肉を裂く季節になる。荒野、林に寒波が廻り逼ってくる。

 

2013年10月5日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
 LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(3)#2-1 文選 賦<110-#1-3>13分割52回 Ⅱ李白に影響を与えた詩908 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3088
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoor
《和席八〔夔〕十二韻 〔元和十一年,夔與愈同掌制誥。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <821>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3089韓愈詩-197-#3
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集 LiveDoor660 《山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕》 蜀中転々 杜甫 <566-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3090 杜甫詩1000-566-#3-812/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc233曹植(曹子建) 《贈白馬王彪 其五》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3091 (10/05)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor夢江南二首 其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-309-5-#63  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3092
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html 
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html 
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html 
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html 
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html 
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。 
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
 
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html 
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html 
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
 
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
 
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

660 《山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕》 蜀中転々 杜甫 <566-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3090 杜甫詩1000-566-#3-812/1500

 

 

山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕#1

(山寺)「開」と云う字を与えられ作る。章彝が惠義寺に留った後、この場所で遊んだ。

野寺根石壁,諸龕遍崔嵬。

野地に来て山寺があり、石壁の根っこの方に、いろんな仏龕が遍在している。

前佛不復辨,百身一莓苔。

前の方の仏像は決して区別できないものである、それはたくさんの御神体が一面苔に覆われている。

雖有古殿存,世尊亦塵埃。

古い殿堂が建っているということではあるが、世の中で最も尊い釈迦がまたこの世の中に戻ったということだ。

如聞龍象泣,足令信者哀。

護衛のための竜と象が泣いているのを聞くかのようなものだ。足しげく命じられるのは仏教の信者が悲しくなるというものだ。

(山寺)#1

野寺 石壁を根とし,諸龕 崔嵬を遍ねく。

前佛 辨すを復せず,百身 一つの莓苔。

古殿の存するを有ると雖えども,世尊 亦た塵埃なり。

龍 象 泣くを聞くが如し,信者の哀を足ら令めよ。


#2

使君騎紫馬,捧擁從西來。

あなたは紫の駿馬にまたがって、天子の命を受けて西の方から来た。

樹羽靜千里,臨江久裴回。

そのしっかりした幹と大きな羽は千里の行程であっても冷静沈着なものである。

山僧衣藍縷,告訴棟梁摧。

山にこもった僧侶が藍染の衣を着るものであり、悪いものを作り告訴されれば棟梁はそれを打ち砕くものだ。

公為顧賓徒,咄嗟檀施開。

幕府の諸公は上等の兵士を顧みてやることをしている。そうであれば瞬く間にその布施を全体に開いてやるものである。

吾知多羅樹,卻倚蓮華臺。

わたしはあの「多羅樹」で経典を書いたことを知っている。その木はあの蓮華の台の観音像の土台であることも知っている。

 

使君 紫馬に騎る,捧擁 西從り來る。

樹羽 千里を靜し,江に臨む久しく裴回す。

山僧 藍縷を衣にし,告訴 棟梁 摧く。

公 賓徒を顧る為し,咄嗟 檀施開す。

吾 羅樹多きを知り,卻て蓮華の臺に倚る。

 

#3

諸天必歡喜,鬼物無嫌猜。

諸々の仙人は必ず歓喜の声を上げ、神鬼たちは嫌がられ嫌われることはないのである。

以茲撫士卒,孰曰非周才。

それでもってこれより兵卒をてなずけるが、いずれの日ににもその兵士があまねくことに才能を発揮することはない。

窮子失淨處,高人憂禍胎。

身と心の貧窮の人は清淨なところにはいないものだし、高潔な人であっても憂いや災いを生むことがあるものだ。

晏風破肉,荒林寒可迴。

歳月が過ぎ、冬になり風が肉を裂く季節になる。荒野、林に寒波が廻り逼ってくる。

思量入道苦,自哂同嬰孩。

思いのたけというものは道義の道に入っても苦しいし、自らあざ笑い、赤子や幼児にも同じようにするしかないのだ。

 

諸天 必ず歡喜し,鬼物 嫌猜する無し。

以て茲に士卒を撫で,孰曰 周才に非らず。

窮子 淨處を失う,高人 禍 胎す。

晏 風破の肉,荒林 寒さ迴る可し。

思量 道に入りて苦しみ,自ら同嬰の孩を哂る。

 

 

『山寺』 現代語訳と訳註

(本文) #3

諸天必歡喜,鬼物無嫌猜。

以茲撫士卒,孰曰非周才。

窮子失淨處,高人憂禍胎。

晏風破肉,荒林寒可迴。

思量入道苦,自哂同嬰孩。

 

 

(下し文)

諸天 必ず歡喜し,鬼物 嫌猜する無し。

以て茲に士卒を撫で,孰曰 周才に非らず。

窮子 淨處を失う,高人 禍 胎す。

晏 風破の肉,荒林 寒さ迴る可し。

思量 道に入りて苦しみ,自ら同嬰の孩を哂る。

 

(現代語訳)

諸々の仙人は必ず歓喜の声を上げ、神鬼たちは嫌がられ嫌われることはないのである。

それでもってこれより兵卒をてなずけるが、いずれの日ににもその兵士があまねくことに才能を発揮することはない。

身と心の貧窮の人は清淨なところにはいないものだし、高潔な人であっても憂いや災いを生むことがあるものだ。

歳月が過ぎ、冬になり風が肉を裂く季節になる。荒野、林に寒波が廻り逼ってくる。

思いのたけというものは道義の道に入っても苦しいし、自らあざ笑い、赤子や幼児にも同じようにするしかないのだ。

 

 

(訳注)

諸天 歡喜 ,鬼物 嫌猜

諸々の仙人は必ず歓喜の声を上げ、神鬼たちは嫌がられ嫌われることはないのである。

「天」天上の仙人。

「鬼」神鬼仙人。

「嫌猜」語義類別:人、狀態、心智狀態、猜。

 

 

以茲撫 士卒 ,孰曰 周才

それでもってこれより兵卒を手なずけるが、いずれの日ににも楚の兵士があまねくことに才能を発揮することはない。

「撫」撫でる。機嫌を取る。手なずける

「士卒」兵卒。

「周才」あまねくことに才能を発揮する。

 

 

窮子 失淨處 ,高人 禍胎

身と心の貧窮の人は清淨なところにはいないものだし、高潔な人であっても憂いや災いを生むことがあるものだ。

「窮子」貧窮の人。

「高人」高士、高潔の人。

「禍」其他災害、禍。 ここは粛宗によって杜甫を含めて多くの高潔の士が貶められたことをいう。

 

 

破肉 ,荒林 可迴

歳月が過ぎ、冬になり風が肉を裂く季節になる。荒野、林に寒波が廻り逼ってくる。

晏」範圍時間(年)、

「風」冬の風が肉を裂くということ、各所で叛乱が起き、「破肉」ということが多くみられたのだ。

「荒林」宣かにより国土が荒廃したことをいう。

 

 

思量 入道 ,自哂 同嬰孩

思いのたけというものは道義の道に入っても苦しいし、自らあざ笑い、赤子や幼児にも同じようにするしかないのだ。

「思量」思いのたけというもの。

「道」語義類別:地、地理、街道巷弄、道。

「苦」語義類別:人、情感詞(綜合情感)、負面情感(辛酸艱苦)、苦。

「自」語義類別:人、稱謂、人稱代名詞、自。

「哂」わらう。

「嬰孩」赤ん坊。ちのみご。嬰児(えいじ)

660 《山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕》 蜀中転々 杜甫 <566-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3085 杜甫詩1000-566-#2-811/1500

杜甫 梓州《山寺》幕府の諸公は上等の兵士を顧みてやることをしている。そうであれば瞬く間にその布施を全体に開いてやるものである。わたしはあの「多羅樹」で経典を書いたことを知っている。その木はあの蓮華の台の観音像の土台であることも知っている。

 

 

2013年10月4日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(2)#1-2 文選 賦<110-#1-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩907 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3083
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《和席八〔夔〕十二韻 〔元和十一年,夔與愈同掌制誥。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <820>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3084韓愈詩-197-#2
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 660 《山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕》 蜀中転々 杜甫 <566-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3085 杜甫詩1000-566-#2-811/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 32曹植(曹子建) 《贈白馬王彪 其四》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3086 (10/04)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 採蓮子二首  其二 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-308-5-#62  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3087
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html 
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html 
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html 
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html 
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html 
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。 
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
 
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html 
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html 
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
 
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
 
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

660 《山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕》 蜀中転々 杜甫 <566-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3085 杜甫詩1000-566-#2-811/1500

 

 

作者: 杜甫  763年廣德元年   52 

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 

詩題: 山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕 

 

 

山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕#1

(山寺)「開」と云う字を与えられ作る。章彝が惠義寺に留った後、この場所で遊んだ。

野寺根石壁,諸龕遍崔嵬。

野地に来て山寺があり、石壁の根っこの方に、いろんな仏龕が遍在している。

前佛不復辨,百身一莓苔。

前の方の仏像は決して区別できないものである、それはたくさんの御神体が一面苔に覆われている。

雖有古殿存,世尊亦塵埃。

古い殿堂が建っているということではあるが、世の中で最も尊い釈迦がまたこの世の中に戻ったということだ。

如聞龍象泣,足令信者哀。

護衛のための竜と象が泣いているのを聞くかのようなものだ。足しげく命じられるのは仏教の信者が悲しくなるというものだ。

(山寺)#1

野寺 石壁を根とし,諸龕 崔嵬を遍ねく。

前佛 辨すを復せず,百身 一つの莓苔。

古殿の存するを有ると雖えども,世尊 亦た塵埃なり。

龍 象 泣くを聞くが如し,信者の哀を足ら令めよ。

#2

使君騎紫馬,捧擁從西來。

あなたは紫の駿馬にまたがって、天子の命を受けて西の方から来た。

樹羽靜千里,臨江久裴回。

そのしっかりした幹と大きな羽は千里の行程であっても冷静沈着なものである。

山僧衣藍縷,告訴棟梁摧。

山にこもった僧侶が藍染の衣を着るものであり、悪いものを作り告訴されれば棟梁はそれを打ち砕くものだ。

公為顧賓徒,咄嗟檀施開。

幕府の諸公は上等の兵士を顧みてやることをしている。そうであれば瞬く間にその布施を全体に開いてやるものである。

吾知多羅樹,卻倚蓮華臺。

わたしはあの「多羅樹」で経典を書いたことを知っている。その木はあの蓮華の台の観音像の土台であることも知っている。

 

使君 紫馬に騎る,捧擁 西從り來る。

樹羽 千里を靜し,江に臨む久しく裴回す。

山僧 藍縷を衣にし,告訴 棟梁 摧く。

公 賓徒を顧る為し,咄嗟 檀施開す。

吾 羅樹多きを知り,卻て蓮華の臺に倚る。

 

#3

諸天必歡喜,鬼物無嫌猜。

以茲撫士卒,孰曰非周才。

窮子失淨處,高人憂禍胎。

晏風破肉,荒林寒可迴。

思量入道苦,自哂同嬰孩。

 

諸天 必ず歡喜し,鬼物 嫌猜する無し。

以て茲に士卒を撫で,孰曰 周才に非らず。

窮子 淨處を失う,高人 禍胎を憂う。

晏 風破の肉,荒林 寒さ迴る可し。

思量 道に入りて苦しみ,自ら同嬰の孩を哂る。

 

 駿馬02

 

『山寺』 現代語訳と訳註

(本文) #2

使君騎紫馬,捧擁從西來。

樹羽靜千里,臨江久裴回。

山僧衣藍縷,告訴棟梁摧。

公為顧賓徒,咄嗟檀施開。

吾知多羅樹,卻倚蓮華臺。

 

 

(下し文)

使君 紫馬に騎る,捧擁 西從り來る。

樹羽 千里を靜し,江に臨む久しく裴回す。

山僧 藍縷を衣にし,告訴 棟梁 摧く。

公 賓徒を顧る為し,咄嗟【とっさ】檀施開す。

吾 多羅樹を知り,卻て蓮華の臺に倚る。

 

(現代語訳)

あなたは紫の駿馬にまたがって、天子の命を受けて西の方から来た。

そのしっかりした幹と大きな羽は千里の行程であっても冷静沈着なものである。

山にこもった僧侶が藍染の衣を着るものであり、悪いものを作り告訴されれば棟梁はそれを打ち砕くものだ。

幕府の諸公は上等の兵士を顧みてやることをしている。そうであれば瞬く間にその布施を全体に開いてやるものである。

わたしはあの「多羅樹」で経典を書いたことを知っている。その木はあの蓮華の台の観音像の土台であることも知っている。

 

 

(訳注)

使君 紫馬 ,捧擁 從西

あなたは紫の駿馬にまたがって、天子の命を受けて西の方から来た。

「使君」あなた様という尊稱美稱。

「紫馬」杜甫は馬について多くの詩を遺している。その表現も多種多様である。ここでは栗毛と黒の斑の馬で、身分の高いものが所有する駿馬を云う。○赤驥 くりげの駿馬。○驄馬 黒白の斑の駿馬。○驊騮 駿馬。○騏驎 千里の馬。○宛馬 大宛国の名馬。○胡青驄 胡地に産した葦毛の駿馬。

「捧擁」捧げ抱くこと。

 

 

樹羽 千里 ,臨江 裴回

そのしっかりした幹と大きな羽は千里の行程であっても冷静沈着なものである。

「樹羽」跳人羽の幹。

「靜千里」千里走ってきても息を切らすことはない。

「裴回」徘徊。

 

 

山僧 藍縷 ,告訴 棟梁

山にこもった僧侶が藍染の衣を着るものであり、悪いものを作り告訴されれば棟梁はそれを打ち砕くものだ。

「衣」絲帛服飾、衣冠腰帶。

「藍縷」絲帛服飾(衣冠腰帶)、縷。

 

 

公為 賓徒 ,咄嗟 檀施

幕府の諸公は上等の兵士を顧みてやることをしている。そうであれば瞬く間にその布施を全体に開いてやるものである。

「公」臨席した幕府の諸公たち。

「顧」賓客だけに顧みることをしている。。

「咄嗟」【とっさ】ごくわずかな時間。

「檀施」〔仏〕 僧や仏に物品や金銭を与えること。布施。。

 

 

吾知 多羅樹 ,卻倚 蓮華臺

わたしはあの「多羅樹」で経典を書いたことを知っている。その木はあの蓮華の台の観音像の土台であることも知っている。

「吾」語義類別:人、稱謂、人稱代名詞、吾。

「知」語義類別:人、狀態、心智狀態、知。

「多羅樹」ヤシ科の常緑高木。高さ約20メートル。葉は手のひら状の複葉。インドで古くから葉を短冊状に切り、鉄針で経典を書くのに用いた。。

「倚」語義類別:人、行為動作、一般行為(人部)、倚。

「蓮華臺」宗教用品、佛座。多羅樹の葉、針状の茎で経典を書き、その木で蓮華の土台をつくる。

660 《山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕》 蜀中転々 杜甫 <566-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3080 杜甫詩1000-566-#1-810/1500

《山寺〔章留後同遊。〕》#1 野地に来て山寺があり、石壁の根っこの方に、いろんな仏龕が遍在している。前の方の仏像は決して区別できないものである、それはたくさんの御神体が一面苔に覆われている。

 

2013年10月3日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(1)#1-1 文選 賦<110-#1-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩906 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3078
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《和席八〔夔〕十二韻 〔元和十一年,夔與愈同掌制誥。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <819>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3079韓愈詩-197-#1
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 660 《山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕》 蜀中転々 杜甫 <566-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3080 杜甫詩1000-566-#1-810/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 31曹植(曹子建) 《贈白馬王彪 其三》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3081 (10/03)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html 
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html 
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html 
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html 
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html 
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。 
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
 
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html 
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html 
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
 
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
 
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

660 《山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕》 蜀中転々 杜甫 <566-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3080 杜甫詩1000-566-#1-810/1500

 

 

作者: 杜甫  763年廣德元年   52 

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 

詩題: 山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕 

 

 

山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕

(山寺)「開」と云う字を与えられ作る。章彝が惠義寺に留った後、この場所で遊んだ。

野寺根石壁,諸龕遍崔嵬。

野地に来て山寺があり、石壁の根っこの方に、いろんな仏龕が遍在している。

前佛不復辨,百身一莓苔。

前の方の仏像は決して区別できないものである、それはたくさんの御神体が一面苔に覆われている。

雖有古殿存,世尊亦塵埃。

古い殿堂が建っているということではあるが、世の中で最も尊い釈迦がまたこの世の中に戻ったということだ。

如聞龍象泣,足令信者哀。

護衛のための竜と象が泣いているのを聞くかのようなものだ。足しげく命じられるのは仏教の信者が悲しくなるというものだ。

#2

使君騎紫馬,捧擁從西來。

樹羽靜千里,臨江久裴回。

山僧衣藍縷,告訴棟梁摧。

公為顧賓徒,咄嗟檀施開。

吾知多羅樹,卻倚蓮華臺。

#3

諸天必歡喜,鬼物無嫌猜。

以茲撫士卒,孰曰非周才。

窮子失淨處,高人憂禍胎。

晏風破肉,荒林寒可迴。

思量入道苦,自哂同嬰孩。

 

--------------------------------------------------------------------------------

 

野寺根石壁【野寺限石壁】,諸龕遍崔嵬。

前佛不復辨,百身一莓苔。

雖有古殿存【惟有古殿存】,世尊亦塵埃。

如聞龍象泣,足令信者哀。

使君騎紫馬,捧擁從西來。

樹羽靜千里,臨江久裴回。

山僧衣藍縷,告訴棟梁摧。

公為顧賓徒【公為顧賓從】【公為顧兵從】【公為領賓徒】【公為領賓從】【公為領兵從】,咄嗟檀施開。

吾知多羅樹,卻倚蓮華臺。

諸天必歡喜,鬼物無嫌猜。以茲撫士卒,孰曰非周才。

窮子失淨處【見《法華經》】,高人憂禍胎。

晏風破肉,荒林寒可迴。

思量入道苦【思量人道苦】,自哂同嬰孩。 

 

DCF00213

 

『山寺』 現代語訳と訳註

(本文)

山寺

〔自注:得開字,章留後同遊。〕

野寺根石壁,諸龕遍崔嵬。

前佛不復辨,百身一莓苔。

雖有古殿存,世尊亦塵埃。

如聞龍象泣,足令信者哀。

 

(下し文)

(山寺)

野寺 石壁を根とし,諸龕 崔嵬を遍ねく。

前佛 辨すを復せず,百身 一つの莓苔。

古殿の存するを有ると雖えども,世尊 亦た塵埃なり。

龍 象 泣くを聞くが如し,信者の哀を足ら令めよ。

 

(現代語訳)

(山寺)「開」と云う字を与えられ作る。章彝が惠義寺に留った後、この場所で遊んだ。

野地に来て山寺があり、石壁の根っこの方に、いろんな仏龕が遍在している。

前の方の仏像は決して区別できないものである、それはたくさんの御神体が一面苔に覆われている。

古い殿堂が建っているということではあるが、世の中で最も尊い釈迦がまたこの世の中に戻ったということだ。

護衛のための竜と象が泣いているのを聞くかのようなものだ。足しげく命じられるのは仏教の信者が悲しくなるというものだ。

 

(訳注)

山寺

(山寺)

・山寺 惠義寺のこと。

秦州で五言律詩「山寺」と同題がある。

野寺殘僧少,山園細路高。

麝香眠石竹,鸚鵡啄金桃。

亂水通人過,懸崖置屋牢。

上方重閣晚,百裡見秋毫。

山寺 杜甫 <289> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1334 杜甫詩 700- 409

〔自注:得開字,章留後同遊。〕

「開」と云う字を与えられ作る。章彝が惠義寺に留った後、この場所で遊んだ。

 

野寺 根石壁 ,諸龕 遍崔嵬

野地に来て山寺があり、石壁の根っこの方に、いろんな仏龕が遍在している。

野寺 題の山寺。

「石壁」 1 石で築いた壁や仕切り。いしかべ。 2 岩石の絶壁。きりぎし。

「龕」1 石窟や家屋の壁面に、仏像・仏具を納めるために設けたくぼみ。また、仏壇・厨子(ずし)にもいう。仏龕(ぶつがん) 2 遺体を納める棺(かん)や輿(こし)。。

「崔嵬」山峰崖嶺。

「遍」 1 全体に行き渡る。あまねく。「遍在・遍満・遍歴・遍路/普遍・満遍(まんべん) 2 回数を示す語。

 

前佛 不復 ,百身 莓苔

前の方の仏像は決して区別できないものである、それはたくさんの御神体が一面苔に覆われている。

「前佛」今昔、前側の神鬼泛稱、佛。

「辨」区別する。弁別する。②. ものごとをうまく処理する。すませる。。

「百身」語義類別:其他、數詞、定量數詞、百身。

「一」語義類別:其他、數詞、定量數詞、一。

 

 

雖有 古殿 存,世尊 亦塵埃

古い殿堂が建っているということではあるが、世の中で最も尊い釈迦がまたこの世の中に戻ったということだ。

「世尊」世の中で最も尊いの意の仏の敬称。釈迦(しゃか)の敬称。

「塵埃」1 ちりとほこり。2 世の中の、もろもろの汚れたもの。俗世間の事柄。

 

 

如聞 龍象 ,足令信者

護衛のための竜と象が泣いているのを聞くかのようなものだ。足しげく命じられるのは仏教の信者が悲しくなるというものだ。

「如聞」聞くがごとし。

「龍象」龍と象。

「令」1 言いつける。命ずる。言いつけ。お達し。「令状/禁令・訓令・号令・司令・指令・辞令・勅令・伝令・発令・布令(ふれい)・命令」 2 おきて。のり。

「信者」語義類別:人、稱謂、宗教稱謂、信徒。
 駅亭の 隠遁

659 《將適吳楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字》 蜀中転々 杜甫 <565>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3075 杜甫詩1000-565-809/1500

《將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字》 安禄山に始まってから盗賊のようなものが多く憂うところばかりであり、何度も、職官爵位の者たちが逃げ惑うのを見てきた。漢民族発展の根拠のあたりで私の義母と兄弟たちの消息さえ分からないし、今は皇帝の安否さえ分からないのである。

2013年10月2日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《子虚賦 》(26)#10-3 文選 賦<109-#10-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩905 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3073
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《梁國惠康公主挽歌,二首之二〔公主,憲宗長女,下嫁于頔之子季友,元和中薨,詔令百官進詩。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <818>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3074韓愈詩-196
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 659 《將適吳楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字》 蜀中転々 杜甫 <565>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3075 杜甫詩1000-565-809/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 30曹植(曹子建) 《贈白馬王彪 其二》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3076 (10/02)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 荷葉盃 三首 其三 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-306-5-#60  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3077
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html 
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html 
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html 
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html 
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html 
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。 
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。 
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html 
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html 
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

 

659 《將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字》 蜀中転々 杜甫 <565  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3075 杜甫詩1000-565-809/1500

 

 

作者: 杜甫  763年廣德元年52

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 

詩題: 將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字 

作地點: 目前尚無資料だが、前詩から梓州と考える。 

及地點:  青草湖 (江南西道 岳州 巴陵) 別名:巴丘湖、雲夢大澤     

交遊人物: 章彝 當地交遊(山南西道 閬州 閬州)

 

 

將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字

(章彝が江南岳州に行くのをみんなが見送る、そのあと梓州幕府の諸公に柳字を与えられて作った詩)

我來入蜀門,月亦已久。

私が旅に出て剣門を抜け蜀に入ってきた。その歳月もまた既にひさしいという感じになってきた。(758-863で当時の謂い方では五年になる。)

豈惟長兒童,自覺成老醜。

でもこの間に私の子供たちも成長している。しかし自分にしても、醜い老人になってしまっている。

常恐性坦率,失身為杯酒。

常日頃、性格が開けっぴろげになっていくことを懼れる。身も細る思いをするのは、杯を傾けていくことである。

近辭痛飲徒,折節萬夫後。

官を辞して間もないころも、ひたすら浴びるほど酒を飲んでいた。そんなおりには多くの男たちがいつもより後退するものだ。

#2

昔如縱壑魚,今如喪家狗。

むかしはたとえば谷の魚のように動いたものだが、いまは史記にいう「喪家の狗」で宿無しの犬のようでしかないのだ。

既無遊方戀,行止復何有。

既になくしているのはその方面に遊び、恋しいと思うことなどないし、行くこともしなくなったのはまた何かがあるのだろうか。

相逢半新故,取別隨薄厚。

友人互に合うと新しい人と古くからの人が半分半分である。別れということを云うとそのひとに対する心情が厚いか薄いかに従って行う。
不意青草湖,扁舟落吾手。

君がこれから向かう青草湖であることは私には思うところにはない。木の葉舟の様なものでは湖が大きくてわが手に落ちるようなものである。

眷眷章梓州,開筵俯高柳。

章彝君の梓州における仕事は心惹かれるものであるし、別れの宴を開いて背高いやなぎもお辞儀をするという。

#3

樓前出騎馬,帳下羅賓友。

幕府の楼閣の前に馬にまたがって進み出た。そして、幔幕の中に賓客と友人によってかこまれている。

健兒簸紅旗,此樂或難朽。

そこに元気のよい若い兵隊がならび、持った赤い旗が揺らめいている。ここが楽しみであるということであり、あるいは朽ちていくことが難しいということである。

日車隱崑崙,鳥雀噪牖。

太陽の運行が崑崙山にくくれてしまったら、小鳥や雀らは戸や戸窓の出すキシミ騒音のようである。

波濤未足畏,三峽徒雷吼。

急流の三峡では酷い稲妻や雄叫びであるというし、そんな長江の波濤ぐらいでは恐れるに足らない。

 

#4

所憂盜賊多,重見衣冠走。

安禄山に始まってから盗賊のようなものが多く憂うところばかりであり、何度も、職官爵位の者たちが逃げ惑うのを見てきた。

中原消息斷,黃屋今安否。

漢民族発展の根拠のあたりで私の義母と兄弟たちの消息さえ分からないし、今は皇帝の安否さえ分からないのである。

終作適荊蠻,安排用莊叟。

貴方は荊州や江南方面についに行くことになった。きっと老荘の荘子によって割振りされて派遣されたのだろう。

隨雲拜東皇,掛席上南斗。

この時代の流れに乗って東に行き東華帝君の尊顔に拝することで、ここの席を旅だってこの国の南の方を治めるのである。

有使即寄書,無使長回首。 

天子の使いであり、その書簡を持っているのであり、そうした天子のたう会とは無関係の者はただそれを心待ちにして首を長くして待っているのである。

 

(將に楚に適かんとする章使君に留別し、兼ねて幕府諸公に留後とす、柳字を得る。)

#1

我れ來りて蜀門に入り,月 亦た已に久す。

豈に惟だ 兒童を長じ,自ら覺える 老醜と成を。

常に性坦の率を恐れ,身を失すは 杯酒を為すを。

近辭 痛飲の徒,折節 萬夫の後。

#2

昔 縱えば壑魚の如し,今 喪家の狗の如し。

既に方に遊び 戀する無し,行けば止む 復た何んぞ有らん。

相う逢うは 半ば新故なり,取別 薄厚に隨う。

不意 青草湖,扁舟 吾手に落つ。

眷眷す 章の梓州を,筵を開いて高柳も俯す。

#3

樓前 騎馬を出で,帳下 賓友を羅す。

健兒 紅旗を簸し,此樂 或は朽る難し。

日車 崑崙に隱れ,鳥雀 牖に噪し。

波濤 未だ畏るるに足らず,三峽 徒に雷吼す。

#4

憂う所 盜賊の多を,重ねて見るは 衣冠の走を。

中原 消息 斷ちたまま,黃屋 今の安否。

終に作す 荊蠻に適くを,安ぞ莊叟に用すを排さん。

隨雲 東皇に拜し,掛席 南斗に上る。

使有るは 即ち書を寄せ,長くして首を回らしむ無し。 

岳陽樓詩人0051 

 

『將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字』 現代語訳と訳註

(本文)#4

所憂盜賊多,重見衣冠走。

中原消息斷,黃屋今安否。

終作適荊蠻,安排用莊叟。

隨雲拜東皇,掛席上南斗。

有使即寄書,無使長回首。 

 

 

(下し文)

憂う所 盜賊の多きを,重ねて見るは 衣冠の走るを。

中原 消息 斷ちたまま,黃屋 今の安否。

終に作す 荊蠻に適くを,安ぞ莊叟に用すを排さん。

隨雲 東皇に拜し,掛席 南斗に上る。

使有るは 即ち書を寄せ,長くして首を回らしむ無し。 

 

(現代語訳)

(章彝が江南岳州に行くのをみんなが見送る、そのあと梓州幕府の諸公に柳字を与えられて作った詩)

安禄山に始まってから盗賊のようなものが多く憂うところばかりであり、何度も、職官爵位の者たちが逃げ惑うのを見てきた。

漢民族発展の根拠のあたりで私の義母と兄弟たちの消息さえ分からないし、今は皇帝の安否さえ分からないのである。

貴方は荊州や江南方面についに行くことになった。きっと老荘の荘子によって割振りされて派遣されたのだろう。

この時代の流れに乗って東に行き東華帝君の尊顔に拝することで、ここの席を旅だってこの国の南の方を治めるのである。

天子の使いであり、その書簡を持っているのであり、そうした天子のたう会とは無関係の者はただそれを心待ちにして首を長くして待っているのである。

 

 

(訳注)

將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字

(章彝が江南岳州に行くのをみんなが見送る、そのあと梓州幕府の諸公に柳字を与えられて作った詩)

 

 

所憂 盜賊 ,重見 衣冠

安禄山に始まってから盗賊のようなものが多く憂うところばかりであり、何度も、職官爵位の者たちが逃げ惑うのを見てきた。

「憂」語義類別:人、情感詞(綜合情感)、負面情感(憂愁掛慮)、憂。

「盜賊」群盗とは蜀に徐知道があり、両京には党項羌があり、東都には史朝義があるの類をいう。

戲題寄上漢中王,三首之三

群盜無歸路,衰顏會遠方。

尚憐詩警策,猶記酒顛狂。

魯衛彌尊重,徐陳略喪亡。

空餘枚叟在,應念早升堂。

641五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之三》 蜀中転々 杜甫 <546  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2955 杜甫詩1000-546-785/1500

「衣冠」語義類別:人、稱謂、職官爵位、士大夫。

「走」逃走。

 

 

中原 消息 ,黃屋 安否

漢民族発展の根拠のあたりで私の義母と兄弟たちの消息さえ分からないし、今は皇帝の安否さえ分からないのである。

「中原」古代文化の中心で,漢民族発展の根拠となった地域。今日の河南省を中央に東は山東省の西部,西は陝西省の東部にわたる,黄河中下流域の平原をさす。

「黃屋」(1)古く中国で、天子の車に用いた黄色の絹で裏張りした車蓋(しやがい) (2)天子を敬っていう語。

 

 

終作適 荊蠻 安排 莊叟

貴方は荊州や江南方面についに行くことになった。きっと老荘の荘子によって割振りされて派遣されたのだろう。

「適」語義類別:人、行為動作、一般行為(彳部)、往。

「荊蠻」語義類別:地、地理、境區域範圍(南方)、楚越。

「安排」人員・労働力・仕事・計画・時間・日程などを手順よく)適当に処理する,配置する,あんばいする,段取りをする,手配する,手はずを整える,割りふりする.(山河を)改造する,作り直す.誰かに)手配して…させる,(誰かに)…するように段取りをつける.。

「用」語義類別:人、行為動作、一般行為(其他部)、用。

「莊叟」莊周のこと、即ち、莊子である。 中国では老人は尊敬されるものである。

 

 

隨雲 東皇 ,掛席 南斗

この時代の流れに乗って東に行き東華帝君の尊顔に拝することで、ここの席を旅だってこの国の南の方を治めるのである。

「隨雲」雲霧煙霞の流れに従うこと。この時代の流れに乗って東に行くこと 。

「拜」拝謁。

「東皇」男の仙人の監督者とされている東方の神。東王父、木公(ぼっこう)ともいう。道教では東華帝君と呼ばれる。 中国には古い時代には自然神として、日の出入りを司る東母、西母という神がいたが、この二神が東王公、西王母(せいおうぼ)という男女二神になったという。

「掛席」宴席に出席して、それから帆をかけ出発する。

「南斗」星、南斗星。江南地方をいう。

 

 

有使 即寄書 ,無使 長回首

天子の使いであり、その書簡を持っているのであり、そうした天子のたう会とは無関係の者はただそれを心待ちにして首を長くして待っているのである。

「有使・無使」天子の使者とするこのに対して、誰かに仕えることのないもの。
sas0040 

659 《將適吳楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字》 蜀中転々 杜甫 <564-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3070 杜甫詩1000-564-#3-808/1500

《將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字》 太陽の運行が崑崙山にくくれてしまったら、小鳥や雀らは戸や戸窓の出すキシミ騒音のようである。急流の三峡では酷い稲妻や雄叫びであるというし、そんな長江の波濤ぐらいでは恐れるに足らない。

 

2013年10月1日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《子虚賦 》(25)#10-2 文選 賦<109-#10-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩904 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3068
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 659 《將適吳楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字》 蜀中転々 杜甫 <564-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3070 杜甫詩1000-564-#3-808/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 29曹植(曹子建) 《贈白馬王彪 其一》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3071 (10/01)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 荷葉盃 三首 其二 温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-305-5-#59  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3072
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html 
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html 
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html 
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html 
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html 
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。 
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。 
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html 
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html 
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

659 《將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字》 蜀中転々 杜甫 <564-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3070 杜甫詩1000-564-#3-808/1500

 

 

作者: 杜甫  763年廣德元年52

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 

詩題: 將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字 

作地點: 目前尚無資料だが、前詩から梓州と考える。 

及地點:  青草湖 (江南西道 岳州 巴陵) 別名:巴丘湖、雲夢大澤     

交遊人物: 章彝 當地交遊(山南西道 閬州 閬州)

 

 

將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字

(章彝が江南岳州に行くのをみんなが見送る、そのあと梓州幕府の諸公に柳字を与えられて作った詩)

我來入蜀門,月亦已久。

私が旅に出て剣門を抜け蜀に入ってきた。その歳月もまた既にひさしいという感じになってきた。(758-863で当時の謂い方では五年になる。)

豈惟長兒童,自覺成老醜。

でもこの間に私の子供たちも成長している。しかし自分にしても、醜い老人になってしまっている。

常恐性坦率,失身為杯酒。

常日頃、性格が開けっぴろげになっていくことを懼れる。身も細る思いをするのは、杯を傾けていくことである。

近辭痛飲徒,折節萬夫後。

官を辞して間もないころも、ひたすら浴びるほど酒を飲んでいた。そんなおりには多くの男たちがいつもより後退するものだ。

#2

昔如縱壑魚,今如喪家狗。

むかしはたとえば谷の魚のように動いたものだが、いまは史記にいう「喪家の狗」で宿無しの犬のようでしかないのだ。

既無遊方戀,行止復何有。

既になくしているのはその方面に遊び、恋しいと思うことなどないし、行くこともしなくなったのはまた何かがあるのだろうか。

相逢半新故,取別隨薄厚。

友人互に合うと新しい人と古くからの人が半分半分である。別れということを云うとそのひとに対する心情が厚いか薄いかに従って行う。
不意青草湖,扁舟落吾手。

君がこれから向かう青草湖であることは私には思うところにはない。木の葉舟の様なものでは湖が大きくてわが手に落ちるようなものである。

眷眷章梓州,開筵俯高柳。

章彝君の梓州における仕事は心惹かれるものであるし、別れの宴を開いて背高いやなぎもお辞儀をするという。

#3

樓前出騎馬,帳下羅賓友。

幕府の楼閣の前に馬にまたがって進み出た。そして、幔幕の中に賓客と友人によってかこまれている。

健兒簸紅旗,此樂或難朽。

そこに元気のよい若い兵隊がならび、持った赤い旗が揺らめいている。ここが楽しみであるということであり、あるいは朽ちていくことが難しいということである。

日車隱崑崙,鳥雀噪牖。

太陽の運行が崑崙山にくくれてしまったら、小鳥や雀らは戸や戸窓の出すキシミ騒音のようである。

波濤未足畏,三峽徒雷吼。

急流の三峡では酷い稲妻や雄叫びであるというし、そんな長江の波濤ぐらいでは恐れるに足らない。

 

#4

所憂盜賊多,重見衣冠走。

中原消息斷,黃屋今安否。

終作適荊蠻,安排用莊叟。

隨雲拜東皇,掛席上南斗。

有使即寄書,無使長回首。 

 

(將に楚に適かんとする章使君に留別し、兼ねて幕府諸公に留後とす、柳字を得る。)

#1

我れ來りて蜀門に入り,月 亦た已に久す。

豈に惟だ 兒童を長じ,自ら覺える 老醜と成を。

常に性坦の率を恐れ,身を失すは 杯酒を為すを。

近辭 痛飲の徒,折節 萬夫の後。

#2

昔 縱えば壑魚の如し,今 喪家の狗の如し。

既に方に遊び 戀する無し,行けば止む 復た何んぞ有らん。

相う逢うは 半ば新故なり,取別 薄厚に隨う。

不意 青草湖,扁舟 吾手に落つ。

眷眷す 章の梓州を,筵を開いて高柳も俯す。

#3

樓前 騎馬を出で,帳下 賓友を羅す。

健兒 紅旗を簸し,此樂 或は朽る難し。

日車 崑崙に隱れ,鳥雀 牖に噪し。

波濤 未だ畏るるに足らず,三峽 徒に雷吼す。

#4

憂う所 盜賊の多を,重ねて見るは 衣冠の走を。

中原 消息 斷ちたまま,黃屋 今の安否。

終に作す 荊蠻に適くを,安ぞ莊叟に用すを排さん。

隨雲 東皇に拜し,掛席 南斗に上る。

使有るは 即ち書を寄せ,長くして首を回らしむ無し。 

 

 sas0013

『將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字』 現代語訳と訳註

(本文)

將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字 #3

樓前出騎馬,帳下羅賓友。

健兒簸紅旗,此樂或難朽。

日車隱崑崙,鳥雀噪牖。

波濤未足畏,三峽徒雷吼。

 

(下し文)

(將に楚に適かんとする章使君に留別し、兼ねて幕府諸公に留後とす、柳字を得る。)#樓前 騎馬を出で,帳下 賓友を羅す。

健兒 紅旗を簸し,此樂 或は朽る難し。

日車 崑崙に隱れ,鳥雀 牖に噪し。

波濤 未だ畏るるに足らず,三峽 徒に雷吼す。
 

 

(現代語訳)

(將に楚に適かんとする章使君に留別し、兼ねて幕府諸公に留後とす、柳字を得る。)#3

 幕府の楼閣の前に馬にまたがって進み出た。そして、幔幕の中に賓客と友人によってかこまれている。

そこに元気のよい若い兵隊がならび、持った赤い旗が揺らめいている。ここが楽しみであるということであり、あるいは朽ちていくことが難しいということである。

太陽の運行が崑崙山にくくれてしまったら、小鳥や雀らは戸や戸窓の出すキシミ騒音のようである。

急流の三峡では酷い稲妻や雄叫びであるというし、そんな長江の波濤ぐらいでは恐れるに足らない。
 

(訳注)

將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字

(章彝が江南岳州に行くのをみんなが見送る、そのあと梓州幕府の諸公に柳字を与えられて作った詩)

幕府の楼閣の前に馬にまたがって進み出た。そして、幔幕の中に賓客と友人によってかこまれている。

そこに元気のよい若い兵隊がならび、持った赤い旗が揺らめいている。ここが楽しみであるということであり、あるいは朽ちていくことが難しいということである。

太陽の運行が崑崙山にくくれてしまったら、小鳥や雀らは戸や戸窓の出すキシミ騒音のようである。

急流の三峡では酷い稲妻や雄叫びであるというし、そんな長江の波濤ぐらいでは恐れるに足らない。

 

 

樓前 騎馬 ,帳下 賓友。

幕府の楼閣の前に馬にまたがって進み出た。そして、幔幕の中に賓客と友人によってかこまれている。

「樓前」幕府の楼閣の前。

 

 

健兒 紅旗 ,此樂 或難朽。

そこに元気のよい若い兵隊がならび、持った赤い旗が揺らめいている。ここが楽しみであるということであり、あるいは朽ちていくことが難しいということである。

「健兒」律令国家的兵役制の変質過程で,律令国家は地方豪族層,有力家父長層をあらたに軍事的基盤とした。健児制がそれである。健児は,おもに郡司子弟の弓馬に練達した者から選抜し,田租と雑徭の半分が免除されるなどの特典が与えられた。。

「簸」箕でふるって屑をおとす、煽る、ふるう、ふるい落とす。

「紅旗」紅幟。

 月明峡01

 

日車 崑崙 ,鳥雀

太陽の運行が崑崙山にくくれてしまったら、小鳥や雀らは戸や戸窓の出すキシミ騒音のようである。

「日車」太陽の運行。

「隱」日が沈む。

「崑崙」崑崙山。

「鳥雀」飛禽の小鳥と雀。

「噪」キシミ音。1 振動が不規則で、振動時間がきわめて短く、音の高さが特定できない音。非楽音。2 「騒音」に同じ。

戸窓。

 

 

波濤 未足 ,三峽 徒雷吼。

急流の三峡では酷い稲妻や雄叫びであるというし、そんな長江の波濤ぐらいでは恐れるに足らない。

「波濤」おおなみ。

「三峽」長江本流に位置する峡谷。瞿塘峡(くとうきょう)、巫峡(ふきょう)、西陵峡(せいりょうきょう)。

プロフィール

紀 頌之

Twitter プロフィール
記事検索
最新記事(画像付)
最新記事
記事検索
カテゴリ別アーカイブ
タグクラウド
QRコード
QRコード
記事検索
  • ライブドアブログ