杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

2013年11月

705 《九日》 蜀中転々 杜甫 <612>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3370 杜甫詩1000-612-868/1500

杜甫《九日》去年重陽の日、縣の北、梓州城に登った。今日また重ねて涪江の渚の浜に来ている。苦痛、苦労に遭遇して白髪だらけになっているのは自分だけだが、秋の黄色の花がたくさんある上に新たにするのと比較すると自分の白髪に恥ずかしさを感じる。


2013年11月30日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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705 《九日》 蜀中転々 杜甫 <612  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3370 杜甫詩1000-612-868/1500          

 

 

詩 題:九日 作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

掲 載; 杜甫1000首の612首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-868回目   40967

 

作時:763  廣德元年  52

卷 別: 卷二二七  文體: 七言律詩 

詩 題: 九日 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點: (劍南道北部 梓州 ) 別名:  ・驪山 (京畿道 京兆府 驪山) 別名:東山     

 

 

九日

763 廣德元年の九月九日)

去年登高縣北,今日重在涪江濱。

去年重陽の日、縣の北、梓州城に登った。今日また重ねて涪江の渚の浜に来ている。

苦遭白髮不相放,羞見黃花無數新。

苦痛、苦労に遭遇して白髪だらけになっているのは自分だけだが、秋の黄色の花がたくさんある上に新たにするのと比較すると自分の白髪に恥ずかしさを感じる。

世亂鬱鬱久為客,路難悠悠常傍人。

世は乱れきっていて憂愁憂欝な事ばかり、だから久しく漂泊の旅人になっている、故郷への道は困難だらけで、こうやってのろのろした居候のままでいるのだ。

酒闌卻憶十年事,腸斷驪山清路塵。 

酒の宴席がたけなわになると帰って思うことではあるが十年来の仕事を思うのである。故郷を思いを断ち切られているけれど、長安の東、驪山以東にかけて、道を開いてくれて戦の蒙塵を鎮めてくれることだろう。

千畳敷0010 

 

『九日』 現代語訳と訳註

(本文)

九日

去年登高縣北,今日重在涪江濱。

苦遭白髮不相放,羞見黃花無數新。

世亂鬱鬱久為客,路難悠悠常傍人。

酒闌卻憶十年事,腸斷驪山清路塵。 

 

(下し文)

九日

去年 登高す 縣の北,今日 重ねて在る 涪江の濱。

苦遭すは 白髮 相放せず,羞じて見るは 黃花 無數新たになるを。

世亂れ鬱鬱として 久しく客と為す,路難く悠悠として 傍人を常とす。

酒闌わにして卻て十年事を憶う,腸斷にして 驪山より 塵を清路にす。

 

(現代語訳)

763 廣德元年の九月九日)

去年重陽の日、縣の北、梓州城に登った。今日また重ねて涪江の渚の浜に来ている。

苦痛、苦労に遭遇して白髪だらけになっているのは自分だけだが、秋の黄色の花がたくさんある上に新たにするのと比較すると自分の白髪に恥ずかしさを感じる。

世は乱れきっていて憂愁憂欝な事ばかり、だから久しく漂泊の旅人になっている、故郷への道は困難だらけで、こうやってのろのろした居候のままでいるのだ。

酒の宴席がたけなわになると帰って思うことではあるが十年来の仕事を思うのである。故郷を思いを断ち切られているけれど、長安の東、驪山以東にかけて、道を開いてくれて戦の蒙塵を鎮めてくれることだろう。

 

(訳注)

九日

763 廣德元年の九月九日)

去年重陽の日、縣の北、梓州城に登った。今日また重ねて涪江の渚の浜に来ている。

 

去年 登高 ,今日 重在 涪江

去年重陽の日、縣の北、梓州城に登った。今日また重ねて涪江の渚の浜に来ている。

「去年」去年762 寶應元年 杜甫51歳。去年、今年の春も行っている。

『九日登梓州城』

伊昔黃花酒,如今白髮翁。 

追歡筋力異,望遠時同。 

弟妹悲歌裡,朝廷醉眼中。 

兵戈與關塞,此日意無窮。 

この日は昔から黄色の菊の花を浮かべた酒を用意する。いまここには晉の孟嘉のように帽子が飛ばされそうな白髪頭の老人が居る。

喜悅欣樂が今追いかけてくれ心神氣力は高ぶっている。はるか遠くを臨んで重陽の節句を時を同じくするのである。

私の弟妹は東の遠い空の下で安史軍の支配する悲歌の下である。朝廷は酔いつぶれた眼のままである。

戰爭は関所塞に迫っており、この日の段階でそれにたいしての意志は窮まりないのである。

五言律詩 《九日登梓州城》 蜀中転々 杜甫 <537  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2910 杜甫詩1000-537-776/1500

「登高」重陽の節句に山に登ること。同題の詩は沢山ある。

縣」去年、今年の春も縣にある牛頭寺 (劍南道北部 梓州 ) にいっている。

「北」慧義寺のこと、梓州の北に在る。去年、今年の春も行っている。

「今日」語義類別:時、時間、範圍時間(今昔)、今。

「在」語義類別:地、地理、場域概稱、在。

「涪江」涪江。

 

苦遭 白髮 不相 ,羞見 黃花 無數

苦痛、苦労に遭遇して白髪だらけになっているのは自分だけだが、秋の黄色の花がたくさんある上に新たにするのと比較すると自分の白髪に恥ずかしさを感じる。

「苦」辛酸艱苦。

「黃花」菊花。

 

世亂 鬱鬱 為客 ,路難 悠悠 常傍人

世は乱れきっていて憂愁憂欝な事ばかり、だから久しく漂泊の旅人になっている、故郷への道は困難だらけで、こうやってのろのろした居候のままでいるのだ。

「世亂」語義類別:事、事件、世局、亂世。

「鬱鬱」憂愁掛慮)、憂欝。

「悠悠」思念舊、速度なしでゆっくり ・ ゆるり ・ 遅遅 ・ やおら ・ 徐徐に ・ ゆったり ・ 緩徐 ・ 徐々に ・ 緩り ・ のろのろ ・。 

 

酒闌 卻憶 十年 ,腸斷 驪山 清路

酒の宴席がたけなわになると帰って思うことではあるが十年来の仕事を思うのである。故郷を思いを断ち切られているけれど、長安の東、驪山以東にかけて、道を開いてくれて戦の蒙塵を鎮めてくれることだろう。

「酒闌」酒の宴席がたけなわになること。

「驪山」驪山1302m。長安から東に25kmの地点に存在し、東西長は25km、南北長は14kmである。(下図のi-2)「関中八景」の一つに「驪山返照」としてあり、国家級森林公園、AAAA級の観光場所、文物保護単位、風景名勝区等が存在している。また、驪山の名称はここから見える景色が黒色の駿馬である事からとも、殷や周の時代に驪戎国が存在したからとも言われている。驪山は女媧が老母殿山を持ってきて、山の下に華清池を作ったとされる。

「清路」街道巷弄、路。道開き、道の障害物を払いのけること

「塵」世俗の人。
函谷関長安地図座標005 

704 《投簡梓州幕府兼簡韋十郎官【投簡梓州幕府兼簡韋十郎】》 蜀中転々 杜甫<611>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3365 杜甫詩1000-611-867/1500

杜甫(梓州幕府に書状を投書する兼ねて幕府の韋十郎書記官への書状) 梓州幕府下の韋十郎書記官は安寧平穏でいることはないだろう、これまで一行の書簡書状もたてまつることはなかった。


2013年11月29日  の紀頌之5つのブログ
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
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704 《投簡梓州幕府兼簡韋十郎官【投簡梓州幕府兼簡韋十郎】》 蜀中転々 杜甫<611  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3365 杜甫詩1000-611-867/1500

 

 

詩 題:投簡梓州幕府兼簡韋十郎官〔投簡梓州幕府兼簡韋十郎〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 七言 

作地點: 漢州(劍南道北部 / 漢州 / 漢州

及地點: 梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)     

交遊人: 韋十郎官 書信往來(劍南道北部 梓州 梓州)

掲 載; 杜甫1000首の611首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-867回目

 

 

投簡梓州幕府兼簡韋十郎官

(梓州幕府に書状を投書する兼ねて幕府の韋十郎書記官への書状)

幕下郎官安穩無,從來不奉一行書。 

梓州幕府下の韋十郎書記官は安寧平穏でいることはないだろう、これまで一行の書簡書状もたてまつることはなかった。

固知貧病人須棄,能使韋郎跡也疏。 

もとより知っていることは、人というのは、貧しいこと、持病がちなことなどはすべて棄て去りたいものである。よく使いたいことは、韋十郎の書跡をたどることでありただそれがうといだけであるのだ。

(梓州幕府に投簡するに兼ねて簡韋十郎官にす)

幕下 郎官 安穩するは無く,從來 一行の書も奉らず。 

固と 貧病 人 須らく棄つるを知るものなり,能く使うは韋郎 跡 也【た】だ疏きを。 

 文具-峡

 

『投簡梓州幕府兼簡韋十郎官』 現代語訳と訳註

(本文)

投簡梓州幕府兼簡韋十郎官

幕下郎官安穩無,從來不奉一行書。 

固知貧病人須棄,能使韋郎跡也疏。 

 

(下し文)

(梓州幕府に投簡するに兼ねて簡韋十郎官にす)

幕下 郎官 安穩するは無く,從來 一行の書も奉らず。 

固と 貧病人須らく棄つるを知るものなり,能く使うは韋郎 跡 也【た】だ疏きを。 

 

 

(現代語訳)

(梓州幕府に書状を投書する兼ねて幕府の韋十郎書記官への書状)

梓州幕府下の韋十郎書記官は安寧平穏でいることはないだろう、これまで一行の書簡書状もたてまつることはなかった。

もとより知っていることは、人というのは、貧しいこと、持病がちなことなどはすべて棄て去りたいものである。よく使いたいことは、韋十郎の書跡をたどることでありただそれがうといだけであるのだ。

 

(訳注)

投簡梓州幕府兼簡韋十郎官

(梓州幕府に書状を投書する兼ねて幕府の韋十郎書記官への書状)

 

幕下 郎官 安穩 ,從來 不奉 一行

梓州幕府下の韋十郎書記官は安寧平穏でいることはないだろう、これまで一行の書簡書状もたてまつることはなかった。

「郎官」韋十郎書記官。

「安穩」安寧平穏。

「從來」これまで(今昔)、從來。

 

 

固知 貧病 須棄 ,能使 韋郎 也疏。

もとより知っていることは、人というのは、貧しいこと、持病がちなことなどはすべて棄て去りたいものである。よく使いたいことは、韋十郎の書跡をたどることでありただそれがうといだけであるのだ。

「固知」もともと知っていること。

「貧病」1 貧乏と病気。貧しい人と病人。2 貧しいことを病気にたとえていう語。

「韋郎」韋十郎官。

「跡」書記官の使命は綺麗な字体の書であることをいう。

 詩人李白5x5

703 《戲作寄上漢中王,二首之二〔自注:王新誕明珠。〕 》 蜀中転々 杜甫 <610>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3360 杜甫詩1000-610-866/1500

杜甫《戲作寄上漢中王,二首之二》そこには謝安が東山の高楼に芸妓を携えていたことはもう数百年も経過してぼやけてしまっているかもしれないが、冷え冷えとしていることは丈の長さを整えるように、その地方を平定されて漢王としてここに帰ってこられることを待ち望んでおります。



2013年11月28日  の紀頌之5つのブログ
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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703 《戲作寄上漢中王,二首之二〔自注:王新誕明珠。〕 蜀中転々 杜甫 <610  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3360 杜甫詩1000-610-866/1500

 

 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 七言 

詩題: 戲作寄上漢中王,二首之二〔自注:王新誕明珠。〕 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點:  梁園 (河南道 宋州 宋城) 別名:梁苑 ・東山 (江南東道 越州 上虞縣) 別名:謝安山     

交遊人物: 李瑀  

掲 載; 杜甫1000首の610首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-866回目

 

natsusora01 



戲作寄上漢中王,二首之二
〔自注:王新誕明珠。〕

謝安舟楫風還起,梁苑池臺雪欲飛。 

東晋の謝安は舟の楫をとり、風を起こし又自ら功を挙げた。開封の梁園の池亭臺樓閣にはその頃と同じように花が粋のように散ってほしいと思うのだ。

杳杳東山攜漢妓,泠泠修竹待王歸。 

そこには謝安が東山の高楼に芸妓を携えていたことはもう数百年も経過してぼやけてしまっているかもしれないが、冷え冷えとしていることは丈の長さを整えるように、その地方を平定されて漢王としてここに帰ってこられることを待ち望んでおります。

miyajima0033221107930 

『戲作寄上漢中王,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

戲作寄上漢中王,二首之二〔自注:王新誕明珠。〕

謝安舟楫風還起,梁苑池臺雪欲飛。 

杳杳東山攜漢妓,泠泠修竹待王歸。 

 

(下し文)

戲れに作り漢中王に寄せ上る,二首の二〔自ら注す:王 新らたに明珠誕る。〕 

謝安 舟楫 風 還た起き,梁苑 池臺 雪 飛んと欲す。 

杳杳たり東山漢妓を攜さえ,泠泠たり竹を修し王歸るを待す。 

 

 (現代語訳)

(戯れて作ってみた詩、漢の親族中の王に作り寄せたてまつる二首の二。)〔王には新たに明珠が誕生する。〕

東晋の謝安は舟の楫をとり、風を起こし又自ら功を挙げた。開封の梁園の池亭臺樓閣にはその頃と同じように花が粋のように散ってほしいと思うのだ。

そこには謝安が東山の高楼に芸妓を携えていたことはもう数百年も経過してぼやけてしまっているかもしれないが、冷え冷えとしていることは丈の長さを整えるように、その地方を平定されて漢王としてここに帰ってこられることを待ち望んでおります。

 

(訳注)

戲作寄上漢中王,二首之二〔自注:王新誕明珠。〕 

(戯れて作ってみた詩、漢の親族中の王に作り寄せたてまつる二首の二。)〔王には新たに明珠が誕生する。〕

○漢中王 名を璃といい譲皇帝(寧王)の第六子で汝陽王璡の弟である。玄宗が蜀に幸したときに従って漢中に至り、漢中王に封ぜられ銀青光禄大夫・漢中郡太守を加えられた。のち粛宗を諌めて帝の怒りにふれ蓬州の刺史に貶せられた。ここには漢中王と称しているが蓬州の刺史として何かの事によって梓州に来たのにより作者が彼とあったものとおもわれる。一年前にも同様な題の詩を作る。

643 《玩月呈漢中王》 蜀中転々 杜甫 <548  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2965 杜甫詩1000-548-787/1500
639五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之一》 蜀中転々 杜甫 <544  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2945 杜甫詩1000-544-783/1500

 640 五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之二》 蜀中転々 杜甫 <545  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2950 杜甫詩1000-545-784/1500

641五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之三》 蜀中転々 杜甫 <546  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2955 杜甫詩1000-546-785/1500

 

謝安 舟楫 還起 ,梁苑 池臺 欲飛

東晋の謝安は舟の楫をとり、風を起こし又自ら功を挙げた。開封の梁園の池亭臺樓閣にはその頃と同じように花が粋のように散ってほしいと思うのだ。

「謝安」東晋の名宰相。字は安石。陳郡陽夏(河南省太康県)が本籍の人であるが,会稽(浙江省)上虞(じようぐ)に寓居して,早くから大人物と目されながら王羲之らと風流自適の生活を楽しみ,40歳を過ぎてはじめて出仕した。中央に地位を占めてからは,東晋を奪おうとする桓温(かんおん)の野望をくじき,383(太元8)には甥の謝玄らを派遣して,南下する前秦苻堅(ふけん)の大軍を淝水(ひすい)に破った(淝水の戦)。行書にも巧みで教養豊かな彼のおおらかな政治のやり方は,貴族政治の典型とされる。晋の謝安が東山の彼を愛した故事から出たもの。過去女もそういう時期もあった。李白『送侄良攜二妓赴會稽戲有此贈』「攜妓東山去。 春光半道催。遙看若桃李。 雙入鏡中開。」送姪良携二妓赴会稽戯有此贈  李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -287
池閣は、謝霊運の「池塘生春草」
謝霊運の「池塘生春草」にかけて、池堀に春草の生ずるようになったという春情にかける意がある。

謝安の芸妓を携えて東山
始寧の別荘の南に楼があり、そこで漢の謝安の故事、朝廷の誘いに乗らず始寧の芸妓を携えて遊んだことにならい、芸妓を待っていたが来なかったときの感情を歌ったものである
『送侄良攜二妓赴會稽戲有此贈』
攜妓東山去。 春光半道催。
遙看若桃李。 雙入鏡中開。
 
姪良が二姥を携えて会稽に赴くを送り、戯れに此の贈有り
妓を携えて 東山に去れば。春光 半道に催す。
(はるか)に看る 桃李(とうり)の若く、双(ふた)つながら鏡中に入って開くを。

送姪良携二妓赴会稽戯有此贈  李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -287
○漢の謝安(字は安石)が始寧(会稽紹興市の東の上虞県の西南)に隠居して朝廷のお召しに応じなかったのは「東山高臥」といって有名な講である。山上に謝安の建てた白雲・明月の二亭の跡がある。また、かれが妓女を携えて遊んだ寄薇洞の跡もある。○携 佳人=美人=芸妓を携える。謝安の故事をふまえる。

「梁苑」洛陽の下流、開封近くにある梁園に立ち寄った際の作。梁園とは前漢の文帝の子梁孝王が築いた庭園。梁苑 梁園に同じ、開封の街をいう。李白『秋浦寄

我今尋陽去。辭家千里余。結荷倦水宿。卻寄大雷書。

雖不同辛苦。愴離各自居。我自入秋浦。三年北信疏。

紅顏愁落盡。白發不能除。有客自梁苑。手攜五色魚。

開魚得錦字。歸問我何如。江山雖道阻。意合不為殊。

秋浦寄内 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集-243-350

梁園吟 まとめ 李白42

李白42 梁園吟
「池臺」語義類別:地、自然景觀、水澤湖泊、池亭臺樓閣。

 

杳杳 東山 漢妓 ,泠泠 修竹 王歸

そこには謝安が東山の高楼に芸妓を携えていたことはもう数百年も経過してぼやけてしまっているかもしれないが、冷え冷えとしていることは丈の長さを整えるように、その地方を平定されて漢王としてここに帰ってこられることを待ち望んでおります。

「杳杳」 冥冥と同じく、暗い意。

「東山攜妓」李白詩『送侄良攜二妓赴會稽戲有此贈「攜妓東山去。」とあり、謝安の故事を引用したものである。 

「泠泠」自然界聲音、泠泠とあるのは、世情を落ち着かせること。

「修竹」たけの長短を調整すること、施政者としての役割を果たすことを云う。

「王」漢中王。
tsuki04 

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杜甫《戲作寄上漢中王,二首之一》雲の中に二つながらの雁が過ぎてゆくことしかを聞かないし、掌の中には一粒の新しい宝玉を見ることだけをむさぼっている。


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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 七言 

詩題: 戲作寄上漢中王,二首之一〔自注:王新誕明珠。〕  

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

交遊人: 李瑀 書信往來

掲 載; 杜甫1000首の609首目-場面

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戲作寄上漢中王,二首之一〔自注:王新誕明珠。〕 

(戯れて作ってみた詩、漢の親族中の王に作り寄せたてまつる二首の一。)〔王には新たに明珠が誕生する。〕

雲裡不聞雙雁過,掌中貪見一珠新。 

雲の中に二つながらの雁が過ぎてゆくことしかを聞かないし、掌の中には一粒の新しい宝玉を見ることだけをむさぼっている。

秋風嫋嫋吹江漢,祗在他何處人。 

秋風がひゅうひゅうと漢水や長江下流域の地域にも強く吹くようになって、ただあることは、この他郷の何処かのひとになっているだけなのだ。

戲れに作り漢中王に寄せ上る,二首の一〔自ら注す:王 新らたに明珠誕る。〕 

雲裡 雙雁の過るを聞かざるに,掌中 一珠の新たなるを貪り見る。 

秋風 嫋嫋【じょうじょう】として江漢に吹き,祗だ在るは 他 何處の人。 

 

 蜀中転々圖

 

『戲作寄上漢中王,二首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

戲作寄上漢中王,二首之一〔自注:王新誕明珠。〕 

雲裡不聞雙雁過,掌中貪見一珠新。 

秋風嫋嫋吹江漢,祗在他何處人。 

 

 

(下し文)

戲れに作り漢中王に寄せ上る,二首の一〔自ら注す:王 新らたに明珠誕る。〕 

雲裡 雙雁の過るを聞かざるに,掌中 一珠の新たなるを貪り見る。 

秋風 嫋嫋【じょうじょう】として江漢に吹き,祗だ在るは 他 何處の人。 

 

(現代語訳)

(戯れて作ってみた詩、漢の親族中の王に作り寄せたてまつる二首の一。)〔王には新たに明珠が誕生する。〕

雲の中に二つながらの雁が過ぎてゆくことしかを聞かないし、掌の中には一粒の新しい宝玉を見ることだけをむさぼっている。

秋風がひゅうひゅうと漢水や長江下流域の地域にも強く吹くようになって、ただあることは、この他郷の何処かのひとになっているだけなのだ。

 

(訳注)

戲作寄上漢中王,二首之一〔自注:王新誕明珠。〕 

(戯れて作ってみた詩、漢の親族中の王に作り寄せたてまつる二首の一。)〔王には新たに明珠が誕生する。〕

○漢中王 名を璃といい譲皇帝(寧王)の第六子で汝陽王璡の弟である。玄宗が蜀に幸したときに従って漢中に至り、漢中王に封ぜられ銀青光禄大夫・漢中郡太守を加えられた。のち粛宗を諌めて帝の怒りにふれ蓬州の刺史に貶せられた。ここには漢中王と称しているが蓬州の刺史として何かの事によって梓州に来たのにより作者が彼とあったものとおもわれる。一年前にも同様な題の詩を作る。

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雲裡 不聞 雙雁 ,掌中 貪見 一珠

雲の中に二つながらの雁が過ぎてゆくことしかを聞かないし、掌の中には一粒の新しい宝玉を見ることだけをむさぼっている。

 

秋風 嫋嫋 江漢 ,祗在 何處

秋風がひゅうひゅうと漢水や長江下流域の地域にも強く吹くようになって、ただあることは、この他郷の何処かのひとになっているだけなのだ。

「秋風」秋も深まって、風霜雪露が南下する。

「嫋嫋」1 風がそよそよと吹くさま。2 長くしなやかなさま。

「江漢」長江、漢水。

葭 あし002 

 

--------------------------------------------------------------------------------

(含異文)

雲裡不聞雙雁過,掌中貪見一珠新【掌中貪看一珠新】。

秋風嫋嫋吹江漢,祗在他何處人。  

701 《章梓州水亭〔自注:時漢中王兼道士席謙在會,同用荷字韻。〕》蜀中転々 杜甫<608> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3350 杜甫詩1000-608-864/1500

杜甫《章梓州水亭》荊州の人人は山簡を愛してこどもが歌をつくったが、章留後も山簡のようなひとだ、だから、わたしも酔うて荊州の童べをまねて長くうたうしかない。


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卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 章梓州水亭〔自注:時漢中王兼道士席謙在會,同用荷字韻。〕

及地點:  梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)  ・荊州 (山南東道 荊州 荊州) 別名:郢門     

交遊人物/地點: 章梓州





章梓州水亭

(梓州の留後である章彝の池水にのぞんだ亭)

〔原注〕時漢中王乗道士席謙在合、同用荷字韻

〔この時漢中王や道士席謙も座にあり、みなが「荷」の字の韻をつかって詩をつくった。〕

城の方から暮てきて夕霞や霧が一体にかかるようになってきて、だんだんこの水亭のおくまできてみると芰荷のあるところになる。

吏人橋外少,秋水席邊多。

役人どもが橋の向こう側には少なく、池のそばにはねだした坐席は秋の増水にたくさんせまっている。

近屬淮王至,高門薊子過。

ここへ皇族である准王の漢中王がおいでになり、またこのお宅へは仙人の薊子である席謙もこられている。
荊州愛山簡,吾醉亦長歌。

荊州の人人は山簡を愛してこどもが歌をつくったが、章留後も山簡のようなひとだ、だから、わたしも酔うて荊州の童べをまねて長くうたうしかない。

(章梓州が水亭)

(時に漢中王兼【およ】び道士席謙会に在り、同じく荷の字の韻を用う)

城 晩れて雲霧通ず、亭深くして芰荷【きか】に到る。

吏人 橋外に少【まれ】なり、秋水 席辺に多し。

近属 准王至り、高門 薊子【けいし】過ぐ。

荊州 山簡を愛し、吾酔いて亦た長歌す。

miyajima594 

『章梓州水亭』 現代語訳と訳註

(本文)

章梓州水亭

〔原注〕時漢中王乗道士席謙在合、同用荷字韻

通雲霧,亭深到芰荷。

吏人橋外少,秋水席邊多。

近屬淮王至,高門薊子過。

荊州愛山簡,吾醉亦長歌。

 


(下し文)

(章梓州が水亭)

(時に漢中王兼【およ】び道士席謙会に在り、同じく荷の字の韻を用う)

城 晩れて雲霧通ず、亭深くして芰荷【きか】に到る。

吏人 橋外に少【まれ】なり、秋水 席辺に多し。

近属 准王至り、高門 薊子【けいし】過ぐ。

荊州 山簡を愛し、吾酔いて亦た長歌す。


(現代語訳)

(梓州の留後である章彝の池水にのぞんだ亭)

〔この時漢中王や道士席謙も座にあり、みなが「荷」の字の韻をつかって詩をつくった。〕

城の方から暮てきて夕霞や霧が一体にかかるようになってきて、だんだんこの水亭のおくまできてみると芰荷のあるところになる。

役人どもが橋の向こう側には少なく、池のそばにはねだした坐席は秋の増水にたくさんせまっている。

ここへ皇族である准王の漢中王がおいでになり、またこのお宅へは仙人の薊子である席謙もこられている。

荊州の人人は山簡を愛してこどもが歌をつくったが、章留後も山簡のようなひとだ、だから、わたしも酔うて荊州の童べをまねて長くうたうしかない。


(訳注)

章梓州水亭

梓州の留後である章彝の池水にのぞんだ亭

○章梓州 梓州の留後である章彝

○水亭 池水にのぞんだ亭。

 


〔原注〕時漢中王乗道士席謙在合、同用荷字韻

〔この時漢中王や道士席謙も座にあり、みなが「荷」の字の韻をつかって詩をつくった。〕

○漢中王 名を璃といい譲皇帝(寧王)の第六子で汝陽王璡の弟である。玄宗が蜀に幸したときに従って漢中に至り、漢中王に封ぜられ銀青光禄大夫・漢中郡太守を加えられた。のち粛宗を諌めて帝の怒りにふれ蓬州の刺史に貶せられた。ここには漢中王と称しているが蓬州の刺史として何かの事によって梓州に来たのにより作者が彼とあったものとおもわれる。

『戲題寄上漢中王,三首之一』

西漢親王子,成都老客星。 

百年雙白鬢,一別五秋螢。 

忍斷杯中物,祗看座右銘。 

不能隨皂蓋,自醉逐浮萍。

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『戲題寄上漢中王,三首之二』

策杖時能出,王門異昔遊。 

已知嗟不起,未許醉相留。 

蜀酒濃無敵,江魚美可求。 

終思一酩酊,淨掃雁池頭。 

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『戲題寄上漢中王,三首之三』

群盜無歸路,衰顏會遠方。

尚憐詩警策,猶記酒顛狂。

魯衛彌尊重,徐陳略喪亡。

空餘枚叟在,應念早升堂。

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『玩月呈漢中王』

夜深露氣清,江月滿江城。

浮客轉危坐,歸舟應獨行。

關山同一照,烏鵲自多驚。

欲得淮王術,風吹暈已生。

643 《玩月呈漢中王》 蜀中転々 杜甫 <548  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2965 杜甫詩1000-548-787/1500

○席謙 梓州粛明観の道士で棊(ごはじき)を好んだ、「存穀口号」詩に「席謙見ず近ごろ棊を弾ずるを。」とあるのはこの人のことである。

 


通雲霧,亭深到芰荷。

城の方から暮てきて夕霞や霧が一体にかかるようになってきて、だんだんこの水亭のおくまできてみると芰荷のあるところになる。

○通 城内からこことすべてみなぎること。

○亭深 事が池の中央に奥まってあること。

○到芰荷 だんだんゆくと芰荷のあるところまできたということ。はひし、荷ははす。

 


吏人橋外少,秋水席邊多。

役人どもが橋の向こう側には少なく、池のそばにはねだした坐席は秋の増水にたくさんせまっている。

○橋 池の浮島の亭に達するまでの橋であろう。

○席 亭の水上の座席のでのしきもの。

 


近屬淮王至,高門薊子過。

ここへ皇族である准王の漢中王がおいでになり、またこのお宅へは仙人の薊子である席謙もこられている。

○近属 天子の近いおつづきあい。

○准王 准帝王のこと、漢中王を比していう、前にもみえる。○高門 章亭の家ということ。

○薊子 薊子訓という仙人のこと、この仙人は都に至り二十三家の貴族の宅に同時に姿をあらわしたとの話がある、薊子訓をもって席謙に此する。

 


荊州愛山簡,吾醉亦長歌。

荊州の人人は山簡を愛してこどもが歌をつくったが、章留後も山簡のようなひとだ、だから、わたしも酔うて荊州の童べをまねて長くうたうしかない。

荊州 荊州の民。

○山簡 晋の山簡が裏陽に鎮したとき、つねに習家の池に出遊して酒をのんだのを、児童が歌にうたったという、簡をもって章彝に比する。山簡:字は季倫。西晋時代の人。竹林の七賢の一人、山濤の子。詩では「山公」と歌われ、公は一般に尊称であるが、ここでは、とくに尊敬と親しみの気特がこもっている。山簡、あざなは季倫。荊州の地方長官として嚢陽にいたとき、常に酔っぱらっては高陽の池にあそび(野酒)、酩酊したあげく、白い帽子をさかさに被り、馬にのって歩いた。それが評判となり、そのことをうたった歌までできた。話は「世説」にある。 

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(章梓州が水亭)

(時に漢中王兼【およ】び道士席謙会に在り、同じく荷の字の韻を用う)

城 晩れて雲霧通ず、亭深くして芰荷【きか】に到る。

吏人 橋外に少【まれ】なり、秋水 席辺に多し。

近属 准王至り、高門 薊子【けいし】過ぐ。

荊州 山簡を愛し、吾酔いて亦た長歌す。
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通雲霧,亭深到芰荷。

 


 


 


 


 

700 《送元二適江左》 蜀中転々杜甫 <607>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3345 杜甫詩1000-607-863/1500

杜甫《送元二適江左》ここを出ると白帝城や丹陽の長官の所をとおるだろう。白帝城は公孫述が独立したところ、丹陽には晋の王室で力強い臣が尹となっていたところだ。白帝や丹陽には今もそんな人物がいるかも知れぬ、だからそこをとおったとても気をつけて自己のからだを大切にし、つぎつぎに兵事など論じてはいけない。


2013年11月25日  の紀頌之5つのブログ
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700 《送元二適江左〔自注:元結也。考《次山集》,未嘗入蜀,亦未嘗至江左,且與後注應孫科舉不合,殆非是。〕》 蜀中転々杜甫 <607  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3345 杜甫詩1000-607-863/1500

 

卷二二七  文體: 五言律詩 

詩 題:送元二適江左

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點: 潤州 (江南東道 潤州 ) 別名:昇州、丹陽・白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝樓、公孫城     

交遊人物 元二 元結といわれる。王維送元二使安西』「渭城朝雨浥輕塵,客舍靑靑柳色新。勸君更盡一杯酒,西出陽關無故人。」

掲 載; 杜甫1000首の607首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-863回目

 

 

送元二適江左〔原注〕元嘗磨孫呉科擧

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

〔別本自注元結也。考《次山集》,未嘗入蜀,亦未嘗至江左,且與後注應孫科舉不合,殆非是。

〔別本の自注〕この詩に元二は元結である。《元次山集.》をみてみると,元結は蜀に入ったことはまったくなく,亦た江左に至らったこともない,そうした後の注で、應に孫科舉に及第しておらず,したがってここにいう元二は元結ではないのであろう。

亂後今相見,秋深複遠行。

君とは兵乱以後いまはじめて面会する、しかるにこの秋も深くなって君はまたあの日のように遠くへゆくのである。

風塵為客日,江海送君情。

風塵中に客寓の身となっているこのとき、江海の万へゆく君を送る自分の情はどんなであるか、察してくれたまえ。

晉室丹陽尹,公孫白帝城。

ここを出ると白帝城や丹陽の長官の所をとおるだろう。白帝城は公孫述が独立したところ、丹陽には晋の王室で力強い臣が尹となっていたところだ。

經過自愛惜,取次莫論兵。

白帝や丹陽には今もそんな人物がいるかも知れぬ、だからそこをとおったとても気をつけて自己のからだを大切にし、つぎつぎに兵事など論じてはいけない。

 

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

〔別本の自注〕元結なり。《次山集》を考す,未だ嘗て蜀に入らず,亦た未だ嘗て江左に至らず,且つ與後の注 應に孫科舉 合せず,殆て是に非らず。

乱後 今 相い見て、秋深く 復た 遠く行く。

風塵 客と為る日は、江海 君を送るの情。

晉室 丹陽の尹【いん】,公孫 白帝城。

經過せば 自ら愛惜し,取次【しゅじ】兵を論ずること莫れ。

杏の白花012 

 

『送元二適江左』 現代語訳と訳註

(本文)

送元二適江左〔原注〕元嘗磨孫呉科擧

〔別本自注元結也。考《次山集》,未嘗入蜀,亦未嘗至江左,且與後注應孫科舉不合,殆非是。

亂後今相見,秋深複遠行。

風塵為客日,江海送君情。

晉室丹陽尹,公孫白帝城。

經過自愛惜,取次莫論兵。

 

(下し文)

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

〔別本の自注元結なり。《次山集》を考す,未だ嘗て蜀に入らず,亦た未だ嘗て江左に至らず,且つ與後の注 應に孫科舉 合せず,殆て是に非らず。

乱後 今 相い見て、秋深く 復た 遠く行く。

風塵 客と為る日は、江海 君を送るの情。

晉室 丹陽の尹【いん】,公孫 白帝城。

經過せば 自ら愛惜し,取次【しゅじ】兵を論ずること莫れ。

 

(現代語訳)

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

〔別本の自注〕この詩に元二は元結である。《元次山集.》をみてみると,元結は蜀に入ったことはまったくなく,亦た江左に至らったこともない,そうした後の注で、應に孫科舉に及第しておらず,したがってここにいう元二は元結ではないのであろう。

君とは兵乱以後いまはじめて面会する、しかるにこの秋も深くなって君はまたあの日のように遠くへゆくのである。

風塵中に客寓の身となっているこのとき、江海の万へゆく君を送る自分の情はどんなであるか、察してくれたまえ。

ここを出ると白帝城や丹陽の長官の所をとおるだろう。白帝城は公孫述が独立したところ、丹陽には晋の王室で力強い臣が尹となっていたところだ。

白帝や丹陽には今もそんな人物がいるかも知れぬ、だからそこをとおったとても気をつけて自己のからだを大切にし、つぎつぎに兵事など論じてはいけない。

 

(訳注)

送元二適江左〔原注〕元嘗磨孫呉科擧

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

○元二 元二は原注に元結のことという。銭謙益は元結の伝にょって元結となすことの誤りを弁じて、精は菊にも至らず江左にもいったことがないとしている。王維送元二使安西』「渭城朝雨浥輕塵,客舍靑靑柳色新。勸君更盡一杯酒,西出陽關無故人。」元二の安西に適くを送る」詩がある。杜甫の詩は、当時送別の際に有名になって歌われていた王維の詩に影響を受けていることは間違いないようである。

○江左 江東のこと、すなわち江南のことで、今の江寧府地方をいう。

 

〔別本自注元結也。考《次山集》,未嘗入蜀,亦未嘗至江左,且與後注應孫科舉不合,殆非是

〔別本の自注〕この詩に元二は元結である。《元次山集.》をみてみると,元結は蜀に入ったことはまったくなく,亦た江左に至らったこともない,そうした後の注で、應に孫科舉に及第しておらず,したがってここにいう元二は元結ではないのであろう。

 

亂後今相見,秋深複遠行。

君とは兵乱以後いまはじめて面会する、しかるにこの秋も深くなって君はまたあの日のように遠くへゆくのである。

 

風塵為客日,江海送君情。

風塵中に客寓の身となっているこのとき、江海の万へゆく君を送る自分の情はどんなであるか、察してくれたまえ。

○江海 中国では江のひろい処を海という、長江下流域の江左の方面の江は江海である。

 

晉室丹陽尹,公孫白帝城。

ここを出ると白帝城や丹陽の長官の所をとおるだろう。白帝城は公孫述が独立したところ、丹陽には晋の王室で力強い臣が尹となっていたところだ。

○晋室丹陽尹 晋の時の丹陽は今の江寧府地方にあたる、尹は市長とかその長官である。

○公孫白帝城 白帝城は四川省夔州府の魚復浦にある城で漢末に公孫述が築いたものである、地理よりいえば白帝城を過ぎてのちに丹陽の方へ赴くのであるが、押韻の都合でおきかえていったのである、丹陽白帝の二句は経過の地をいい、次ぎの「経過」の語へ接する句法である。

 

經過自愛惜,取次莫論兵。

白帝や丹陽には今もそんな人物がいるかも知れぬ、だからそこをとおったとても気をつけて自己のからだを大切にし、つぎつぎに兵事など論じてはいけない。

○経過 白帝城、丹陽をとおったときにはの意。

〇自愛惜 自己の身をたいせつにする。

○取次 或は従容の意といい、或は即次の意といい、或は次第の意という。今は次第の意に従う。

○論兵 兵略上について議論する。元二は孫呉の科という武事の試験科目に応じたことのある人であるという。

kimo003 

 

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

乱後 今 相い見て、秋深く 復た 遠く行く。

風塵 客と為る日は、江海 君を送るの情。

晉室 丹陽の尹【いん】,公孫 白帝城。

經過せば 自ら愛惜し,取次【しゅじ】兵を論ずること莫れ。

699 《征夫》 蜀中転々 杜甫 <606>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3340 杜甫詩1000-606-862/1500

杜甫《征夫》このあたり、十軒の家にはたして幾人が残っているだろうか。あちこちの山里には人かげも稀で、ただいたずらに空虚なところばかりである。
 

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699 《征夫》 蜀中転々 杜甫 <606  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3340 杜甫詩1000-606-862/1500

 

 

詩 題:征夫 作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別:    卷二二七              文體:  五言律詩

掲 載; 杜甫1000首の606首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-862回目

 

 

征夫

十室幾人在,千山空自多。

このあたり、十軒の家にはたして幾人が残っているだろうか。あちこちの山里には人かげも稀で、ただいたずらに空虚なところばかりである。

路衢唯見哭,城市不聞歌。

四方路上、ちまたにはただ死者を哭する者を目につくばかり、ところが城市にはいるとたのしい歌声などは聞こえてこない。

漂梗無安地,銜枚有荷戈。

漂泊のわが身に安住の地はないが、それにもまして戈を背負わされた人民は、箸枚をふくまされ、我慢して従軍しているのだ。

官軍未通蜀,吾道竟如何。

官軍の掃討・征伐軍はまだこの蜀にはやって來ない。ああ私の前途は、どうなってゆくのだろう。(征夫【せいふ】)

十室 幾人か在る,千山 空しく自ら多し。

路衢【ろく】唯だ哭するを見る,城市 歌うを聞かず。

漂梗【ひょうこう】安地無く,銜枚【かんばい】荷戈【かか】有り。

官軍 未だ蜀に通ぜず,吾が道 竟に如何【いかん】。

終南山05 

 

『征夫』 現代語訳と訳註

(本文)

征夫

十室幾人在,千山空自多。

路衢唯見哭,城市不聞歌。

漂梗無安地,銜枚有荷戈。

官軍未通蜀,吾道竟如何。

 

(下し文)

(征夫【せいふ】)

十室 幾人か在る,千山 空しく自ら多し。

路衢【ろく】唯だ哭するを見る,城市 歌うを聞かず。

漂梗【ひょうこう】安地無く,銜枚【かんばい】荷戈【かか】有り。

官軍 未だ蜀に通ぜず,吾が道 竟に如何【いかん】。

 

(現代語訳)

このあたり、十軒の家にはたして幾人が残っているだろうか。あちこちの山里には人かげも稀で、ただいたずらに空虚なところばかりである。

四方路上、ちまたにはただ死者を哭する者を目につくばかり、ところが城市にはいるとたのしい歌声などは聞こえてこない。

漂泊のわが身に安住の地はないが、それにもまして戈を背負わされた人民は、箸枚をふくまされ、我慢して従軍しているのだ。

官軍の掃討・征伐軍はまだこの蜀にはやって來ない。ああ私の前途は、どうなってゆくのだろう。

 

(訳注)

征夫

閬州にての作で。時に吐蕃が松州を囲み、蜀の人民はまた征戈に苦しんでいた。

倦夜倦秋夜』『對雨』『警急〔自注:時高公適領西川節度。〕』『王命』『征夫』『送元二適江左』と同時期のもの。

 

 

十室幾人在,千山空自多。

このあたり、十軒の家にはたして幾人が残っているだろうか。あちこちの山里には人かげも稀で、ただいたずらに空虚なところばかりである。

・この二句は世情不安で住民が逃げ出していなくなったことを云う。

 

路衢唯見哭,城市不聞歌。

四方路上、ちまたにはただ死者を哭する者を目につくばかり、ところが城市にはいるとたのしい歌声などは聞こえてこない。

・衢 ちまた。四方に通じる道。よつつじ。

 

漂梗無安地,銜枚有荷戈。

漂泊のわが身に安住の地はないが、それにもまして戈を背負わされた人民は、箸枚をふくまされ、我慢して従軍しているのだ。

・漂梗 梗は桃梗。桃の枝で作ったまじないの人形。桃梗は大雨におうて、泛々としてとどまる所を知らぬ、ということで、杜甫の漂泊・流寓の身の上をたとえる。

・銜枚 軍兵が声を立てぬように、口に箸のようなものをくわえさせ我慢のさまを云う。

・荷戈 戈をになうもの。兵士。

 

官軍未通蜀,吾道竟如何。

官軍の掃討・征伐軍はまだこの蜀にはやって來ない。ああ私の前途は、どうなってゆくのだろう。
蜀中転々圖 

698 《王命》 蜀中転々 杜甫<605>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3335 杜甫詩1000-605-861/1500

杜甫《王命》自分はむかし漢の武帝がわざわざ司馬相如を使者に任命して蜀の安堵をはかられた御趣意をおもうて、蜀の者は皆働哭していたのだ、司馬相如の様なあなたが王官として充分な働きを希望するものである。


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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ82諸葛亮(孔明) 《出師表-前出師表》 漢詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3336 (11/23)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor江城子 二首其二 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-358-7-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3337
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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698 《王命》 蜀中転々 杜甫<605>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3335 杜甫詩1000-605-861/1500       

 

詩 題:王命

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

卷別:卷二二七  文體: 五言律詩 

閬州 (山南西道 / 閬州 / 閬州)

掲載;杜甫1000首の605首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-861回目   40960

 

 

王命(王 命)

漢北豺狼滿,巴西道路難。

漢北には豺狼がいっぱいあり、巴西は徐知道の乱で焼失されて道路が不通である。

血埋諸將甲,骨斷使臣鞍。

長安では味方の諸将の甲冑は血に埋められ、吐蕃に使者で行ったものは、その使臣の鞍には死骸の骨さえないありさまなのだ。

牢落新燒棧,蒼茫舊築壇。

吐蕃は好き勝手に新たに桟道を焼き牢落させ人民はさびしくおもっているし、これまで、壇をきずいておおくの大将を任命したことなどは昔話のようにとりとめもないことがらとなってしまった。

深懷蜀意,慟哭望王官。

自分はむかし漢の武帝がわざわざ司馬相如を使者に任命して蜀の安堵をはかられた御趣意をおもうて、蜀の者は皆働哭していたのだ、司馬相如の様なあなたが王官として充分な働きを希望するものである。

(王 命)

漢北 財狼【さいろう】満ち、巴西【はせい】道路 難し。

血は埋【うず】む諸将の甲を、骨は断ゆ 使臣の鞍と。

牢落【ろうらく】たり 新たに桟を焼し、蒼茫【そうぼう】たり旧に壇を築く。

深く懐うは喩蜀【ゆしょく】の意を、働哭【どうこく】しては王官を望む。

成都遂州00 

四川省西部地区略図 

『王命』 現代語訳と訳註

(本文)

王命

漢北豺狼滿,巴西道路難。

血埋諸將甲,骨斷使臣鞍。

牢落新燒棧,蒼茫舊築壇。

深懷蜀意,慟哭望王官。

 

 

(下し文)

(王 命)

漢北 財狼【さいろう】満ち、巴西【はせい】道路 難し。

血は埋【うず】む諸将の甲を、骨は断ゆ 使臣の鞍と。

牢落【ろうらく】たり 新たに桟を焼し、蒼茫【そうぼう】たり旧に壇を築く。

深く懐うは喩蜀【ゆしょく】の意を、働哭【どうこく】しては王官を望む。

 

 

(現代語訳)

(王 命)

漢北には豺狼がいっぱいあり、巴西は徐知道の乱で焼失されて道路が不通である。

長安では味方の諸将の甲冑は血に埋められ、吐蕃に使者で行ったものは、その使臣の鞍には死骸の骨さえないありさまなのだ。

吐蕃は好き勝手に新たに桟道を焼き牢落させ人民はさびしくおもっているし、これまで、壇をきずいておおくの大将を任命したことなどは昔話のようにとりとめもないことがらとなってしまった。

自分はむかし漢の武帝がわざわざ司馬相如を使者に任命して蜀の安堵をはかられた御趣意をおもうて、蜀の者は皆働哭していたのだ、司馬相如の様なあなたが王官として充分な働きを希望するものである。

 

(訳注)

王命(王 命)

○王命 『詩経、小雅(出車)』に「王命南仲、往城于方。」とあり、周の天子が南仲という武将に大将を命じ、北方に往き城を築いて防御を固め、夷狄を征伐させることをいう。これは朝廷が蜀を治める将を高適に命ぜられ他のであろうが、しっかりした権限移譲をあたえられんことを希望する意、高適に「王命」があるのだからおもいきってやれということをのべて「王命」と題した。結句の「望王官」ことの意。この詩は、前の詩、高適にあてたものの追伸にあたるものである。

警急〔自注:時高公適領西川節度。〕

才名舊楚將,妙略擁兵機。

玉壘雖傳檄,松州會解圍。

和親知拙計,公主漫無歸。

青海今誰得,西戎實飽飛。

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漢北豺狼滿,巴西道路難。

漢北には豺狼がいっぱいあり、巴西は徐知道の乱で焼失されて道路が不通である。

○漢北 漢中府の北、長安方面をいう。

○財狼 吐蕃の兵をいう。

○巴西 綿州・梓州・遂州・漢州・筒州をさす。主には涪江を交通手段とする地域。

○道路難 徐知道の乱の際長安と分断のため焼失させた。

『陪章留後侍禦宴南樓〔得風字〕』#1

域長夏晚,茲樓清宴同。

朝廷燒棧北,鼓角滿天東。

屢食將軍第,仍騎禦史驄。

本無丹灶術,那免白頭翁。

692 《陪章留後侍御宴南樓〔得風字。〕》#1 蜀中転々 杜甫 <598  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3300 杜甫詩1000-598-854/1500

 

血埋諸將甲,骨斷使臣鞍。

長安では味方の諸将の甲冑は血に埋められ、吐蕃に使者で行ったものは、その使臣の鞍には死骸の骨さえないありさまなのだ。

○血埋 呂月将という渭北兵馬使が吐蕃と籃屋に戦って擒にされ、長安が占領されたことをいう。

○骨断使臣鞍 広徳元年李之芳・崔倫が吐蕃に使いしたとき、吐蕃は彼らを留めてかえさなかった。

月明峡01 

牢落新燒棧,蒼茫舊築壇。

吐蕃は好き勝手に新たに桟道を焼き牢落させ人民はさびしくおもっているし、これまで、壇をきずいておおくの大将を任命したことなどは昔話のようにとりとめもないことがらとなってしまった。

○牢落 さびしいさま。

○新焼桟 上元二年二月、奴刺党項が宝鷄県に入寇して大散開を焼いた。また広徳元年七月、吐蕃が大震関に入り、蘭、廓、河、鄯、挑、眠、秦、成、渭などの州を陥れたようなことをさす。

○蒼茫 はっきりせぬさま。

○旧築壇 従前郭子儀など多くの名将を任命されたこと。

 

深懷蜀意,慟哭望王官。

自分はむかし漢の武帝がわざわざ司馬相如を使者に任命して蜀の安堵をはかられた御趣意をおもうて、蜀の者は皆働哭していたのだ、司馬相如の様なあなたが王官として充分な働きを希望するものである。

蜀意 は司馬相如の故事。漢の武帝のとき、唐蒙が夜郎(今の雲南地方・李白が流されるところ)に通じ、巴蜀の吏卒を徴集して暴挙を為し、巴蜀の人民を大いに驚かしたとき、武帝は相如に命じ使いして唐蒙を責め、巴蜀の人民に唐蒙のしわざが天子の意ではないことを諭させた。高適は司馬相如のようである。

○王官 天子の任命した官。

denen05520

(王 命)

漢北 財狼 満ち、巴西 道路 難し。

血は埋む 諸将の甲を、骨は断ゆ 使臣の鞍と。

牢落たり 新たに桟を焼し、蒼茫たり旧に壇を築く。

深く懐うは喩蜀の意を、働哭しては王官を望む。

 

697 《警急〔自注:時高公適領西川節度。〕》 蜀中転々 杜甫 <604>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3330 杜甫詩1000-604-860/1500

杜甫《警急〔自注:時高公適領西川節度。〕》三国の参謀といわれた賈詡に喩えられ、淮南、楚の地で功勲を挙げられた高適公はその策は巧妙な戦略、兵を動かすのも適宜になされ、かつ兵卒を大事にされるお方である。

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詩 題:警急〔自注:時高公適領西川節度。〕

作時:763 廣德元年十月 閬州 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 警急【案:自注:時高公適領西川節度。】 

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

及地點:  玉壘山 (劍南道北部 無第二級行政層級 玉壘山) 別名:玉壘   松州 (劍南道北部 松州 松州

 

 

掲 載; 杜甫1000首の604首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-860回目

 

警急〔自注:時高公適領西川節度。〕

(此の非常事態を知らせる。〔この時、高適公は、再度剣南西川節度使となっている。〕)

才名舊楚將,妙略擁兵機。

三国の参謀といわれた賈詡に喩えられ、淮南、楚の地で功勲を挙げられた高適公はその策は巧妙な戦略、兵を動かすのも適宜になされ、かつ兵卒を大事にされるお方である。

玉壘雖傳檄,松州會解圍。

玉塁地区は太古より武勇が聞かれるところで、都江堰によっても守られているところかもしれないが、西域防御の松州の都督府もそこを吐蕃に倚って破られたのである。

和親知拙計,公主漫無歸。

粛宗が吐蕃との和親を進めてきたがこれが稚拙なたくらみでしかなかったのであり、嫁がせた公主は未だに帰国されてはいないのである。

青海今誰得,西戎實飽飛。

西域、隴右の青海地方は今誰が領有しているというのか、西の異民族たちの好き勝手にさせているのではないだろうか。

警急〔自注:時高公適領西川節度。〕

才名 舊の楚將なり,略を妙とし兵機を擁す。

玉壘 傳檄をなすと雖も,松州 解圍に會す。

和親 拙計を知り,公主 漫【そぞろ】に歸る無し。

青海 今や誰か得るや,西戎 實に飽き飛ぶ。

 蜀中転々圖

 

 

『警急』 現代語訳と訳註

(本文)

警急〔自注:時高公適領西川節度。〕

才名舊楚將,妙略擁兵機。

玉壘雖傳檄,松州會解圍。

和親知拙計,公主漫無歸。

青海今誰得,西戎實飽飛。

 

 

(下し文)

警急〔自注:時高公適領西川節度。〕

才名 舊の楚將なり,略を妙とし兵機を擁す。

玉壘 傳檄をなすと雖も,松州 解圍に會す。

和親 拙計を知り,公主 漫【そぞろ】に歸る無し。

青海 今や誰か得るや,西戎 實に飽き飛ぶ。

 

 

(現代語訳)

(此の非常事態を知らせる。〔この時、高適公は、再度剣南西川節度使となっている。〕)

三国の参謀といわれた賈詡に喩えられ、淮南、楚の地で功勲を挙げられた高適公はその策は巧妙な戦略、兵を動かすのも適宜になされ、かつ兵卒を大事にされるお方である。

玉塁地区は太古より武勇が聞かれるところで、都江堰によっても守られているところかもしれないが、西域防御の松州の都督府もそこを吐蕃に倚って破られたのである。

粛宗が吐蕃との和親を進めてきたがこれが稚拙なたくらみでしかなかったのであり、嫁がせた公主は未だに帰国されてはいないのである。

西域、隴右の青海地方は今誰が領有しているというのか、西の異民族たちの好き勝手にさせているのではないだろうか。

 

kimo003 

(訳注)

警急〔自注:時高公適領西川節度。〕

(此の非常事態を知らせる。〔この時、高適公は、再度剣南西川節度使となっている。〕)

広徳元年(七六三)正月、北方ではひきつづき敗戦を重ねていた賊将史胡挙賊将史朝義(史忠明の子。史思明を殺してこれに代わった)が遂に縊死し、部将らは多く投降し、かくて長年にわたったさしもの大乱も、一段落ついたことになる。この快報を梓州できいた杜甫は、狂喜して詩を賦し、自分も一日も早く北に帰ろうと心をきめたのであった。しかし、その実、時局はなかなか治まらず、回紇が中原に入って横行暴虐の限りをつくし、かつて牡甫が、回紇に救援をたのむことに危惧を抱いた、ちょうどそのことが、今や目前に起こりつつあったのみならず、吐蕃はたえず侵入して、七月には秦州・成州をはじめ河西・隴西隴右を占拠、十月には邠州まで攻めよせたので、代宗はあわてて陝州に逃げ、一時、吐蕃が長安を占領して掠奪をほしいままにした。長安は、郭子儀の反撃により、蜀、松州、維州は高適に倚り、吐蕃は撤退した。

杜甫は北の故郷に帰ることもできず、梓州にいて、その間、綿州にゆき、漢州にゆき、閬州にゆき、恐らくは生活のために転々と奔走したのであろう。当時の詩の数はますます多いが、その中、百分の世話になった人々に贈り、その人々に感謝する詩が非常に多い。

この十月頃の作品である。

 

才名舊楚將,妙略擁兵機。

三国の参謀といわれた賈詡に喩えられ、淮南、楚の地で功勲を挙げられた高適公はその策は巧妙な戦略、兵を動かすのも適宜になされ、かつ兵卒を大事にされるお方である。

・才名 三国時代曹操、曹丕に仕え名参謀といわれた賈 詡(か く、147 - 223年、建和元年 - 黄初4年)のこと。後漢末期から三国時代にかけての政治家。字は文和(ぶんわ)。董卓・李傕・段煨・張繍に仕えた後、曹操・曹丕の2代にわたり重臣として活躍した[1] 。賈穆・賈訪の父。賈模の祖父、賈胤・賈龕の高祖父。高適も高齢になって抜擢されたもの。

・舊楚將 高適が永王璘討伐で、揚州都督府長史、淮南節度使を兼ね「楚」の地で功勲を挙げたことをいう。

 

玉壘雖傳檄,松州會解圍。

玉塁地区は太古より武勇が聞かれるところで、都江堰によっても守られているところかもしれないが、西域防御の松州の都督府もそこを吐蕃に倚って破られたのである。

・玉壘 成都の北西50kmの都江堰近くにあるやま。戦国時代末期に巴蜀を領土とした秦の孝文王(紀元前225年)のころ、蜀郡の太守に赴任した李氷(リーピン)は、氾濫する岷江(ピンコウ)を改修するため、四川盆地の治水工事に挑んだ。成都の北西50キロの灌県にある世界遺産「都江堰(トコウエン)」が、その代表的な治水工事である。これは水路を開削して流れを分ける離堆を築く工事である。李氷がこの治水にあたって龍を降し、石犀牛を三()作らせ守り神とし、祖先伝来の開山大斧を三度振るって玉塁山を開削したと語り伝えられている。

 

和親知拙計,公主漫無歸。

粛宗が吐蕃との和親を進めてきたがこれが稚拙なたくらみでしかなかったのであり、嫁がせた公主は未だに帰国されてはいないのである。

・公主 吐蕃との和親で文成公主をいう。文成公主(ぶんせいこうしゅ、623 - 680年)は、唐の皇女で、吐蕃のソンツェン・ガンポ王の第2皇后。

 

青海今誰得,西戎實飽飛。

西域、隴右の青海地方は今誰が領有しているというのか、西の異民族たちの好き勝手にさせているのではないだろうか。

・西戎 749年哥舒翰は吐蕃の石堡城の攻略を命じられる。隴右・河西・朔方・河東及び突厥の兵合わせて10万を率いて攻め込んだ。石堡城は難攻不落であったが、数万の兵を失いつつも落城させた。それがこの7月、吐蕃に倚り、奪回されたことを云う。

・實飽飛 好き勝手にされること。

 

 

高適

滄州渤海(現河北省)の出身。生年不詳 765年で李白と親交があり磊落な性質で家業を怠り、落ちぶれて梁・宋(現河南省)で食客となっていたが、発憤して玄宗の時に有道科に挙げられ、封丘尉の役職を授けられた。その後官職を捨てて河右に遊歴し、河西節度使哥舒翰に見いだされて幕僚となった。また侍御史となり、蜀に乱を避けた玄宗に随行した。粛宗の命で、江西采訪使・皇甫侁とともに皇弟である永王李璘の軍を討伐平定した。後に蜀が乱れるに及び蜀州・彭州の刺史となり、西川節度使となった。長安に帰って刑部侍郎・散騎常侍となり、代宗の代に渤海侯に封ぜられ、その地で没した。

これまでの杜甫が高適に贈った詩は下記の通り。

 

送高三十五書記 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 50

 

寄高三十五書記  杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 67

 

送蔡希魯都尉還隴右,因寄高三十五書記 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢誠実な詩人 93

寄高三十五詹事  杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 268

 

寄彭州高三十五使君適、虢州岑二十七長史參三十韻 杜甫 <316-#1> 漢文委員会紀頌之の漢詩ブログ1430 杜甫詩 700- 441

568

奉簡高三十五使君 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(3 -5)  杜甫 <387 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1875 杜甫詩1000-387-568/1500

674

王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到  七言律詩 成都5-(38) 杜甫 <463  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2400 杜甫詩1000-463-674/1500

678

李司馬橋成,高使君自成都回 七言絶句 成都5-(42) 杜甫 <467  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2420 杜甫詩1000-467-678/1500

791

647 《寄高適【案:草堂逸詩拾遺。】》 蜀中転々 杜甫 <552  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2985 杜甫詩1000-552-791/1500

 

696 《對雨》 蜀中転々 杜甫 <603>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3325 杜甫詩1000-603-859/1500

杜甫《對雨》天下の隅々まで雨が降って暗い日々が続く、旅先の涪江のほとりに独り佇んでこの時を過ごしている。剣南、山南西、嘉陵江下流域の三巴地方の道路交通事情には今や愁いはない、ただ、長安の唐王朝と軍隊の旗には大雨で湿りきって怖いと思えるものである。


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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

696 《對雨》 蜀中転々 杜甫 <603  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3325 杜甫詩1000-603-859/1500

 

詩 題:對雨

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

五言律詩

掲 載; 杜甫1000首の603首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-859回目

 

 

對雨

(こんな雨が降って暗い世の中に対して)

莽莽天涯雨,江邊獨立時。

天下の隅々まで雨が降って暗い日々が続く、旅先の涪江のほとりに独り佇んでこの時を過ごしている。

不愁巴道路,恐濕漢旌旗。

剣南、山南西、嘉陵江下流域の三巴地方の道路交通事情には今や愁いはない、ただ、長安の唐王朝と軍隊の旗には大雨で湿りきって怖いと思えるものである。

雪嶺防秋急,繩橋戰勝遲。

蜀盆地を囲む雪嶺の山々には秋の気配が急に迫ってきた、叛乱や、異民族の侵略に対して素早い対応して闘いに飼ってもらいたいのにそれができず後手後手になっている。

西戎甥舅禮,未敢背恩私。

ウイグルや吐蕃の王室の兄弟たちはきっと礼を尽くしてくれるだろうが、いまだあえて、恩義・謝恩の叛くことなどあることはないだろう。

(雨に對して)

莽莽【ぼうぼう】とすは天涯の雨,江邊に獨り立時とす。

巴の道路に愁わざるなく,濕するを恐れるは漢の旌旗を。

雪嶺は 秋を急するを防ぐ,繩橋【じょうきょう】しては 戰勝遲れる。

西戎 甥舅の禮あるも,未だ敢て恩私に背かず。

  DCF00018

 

『對雨』 現代語訳と訳註

(本文)

對雨

莽莽天涯雨,江邊獨立時。

不愁巴道路,恐濕漢旌旗。

雪嶺防秋急,繩橋戰勝遲。

西戎甥舅禮,未敢背恩私。

 

(下し文)

(雨に對して)

莽莽【ぼうぼう】とすは天涯の雨,江邊に獨り立時とす。

巴の道路に愁わざるなく,濕するを恐れるは漢の旌旗を。

雪嶺は 秋を急するを防ぐ,繩橋【じょうきょう】しては 戰勝遲れる。

西戎 甥舅の禮あるも,未だ敢て恩私に背かず。

 

(現代語訳)

(こんな雨が降って暗い世の中に対して)

天下の隅々まで雨が降って暗い日々が続く、旅先の涪江のほとりに独り佇んでこの時を過ごしている。

剣南、山南西、嘉陵江下流域の三巴地方の道路交通事情には今や愁いはない、ただ、長安の唐王朝と軍隊の旗には大雨で湿りきって怖いと思えるものである。

蜀盆地を囲む雪嶺の山々には秋の気配が急に迫ってきた、叛乱や、異民族の侵略に対して素早い対応して闘いに飼ってもらいたいのにそれができず後手後手になっている。

ウイグルや吐蕃の王室の兄弟たちはきっと礼を尽くしてくれるだろうが、いまだあえて、恩義・謝恩の叛くことなどあることはないだろう。

 

(訳注)

對雨

(こんな雨が降って暗い世の中に対して)

763年廣徳元年7月吐蕃が河西・隴西の地を略したこと心配して、施政者に警鐘を鳴らすものである。

政治的なことを取り上げる際の詩題として『対・・・』こんな・・・なときにどうしているのか?という意味である。人の生活に必要な雨を取り上げる場合、特に農業に必要なものである場合には、『大雨』『梅雨』『喜晴』『喜雨』『村雨』

『対雪』、『対酒』

左拾遺として長安にいた758年乾元元年三月の作『曲江對雨』

城上春雲覆苑牆,江亭晚色靜年芳。

林花著雨燕支濕,水荇牽風翠帶長。

龍武新軍深駐輦,芙蓉別殿謾焚香。

何時詔此金錢會,暫醉佳人錦瑟旁?

(曲江にて雨に対す)

城上の春雲苑牆【えんしょう】を覆う、江亭晩色年芳【ねんほう】静かなり。

林花雨を著【つ】けて燕支【えんし】湿い、水荇【すいこう】風に牽【ひ】かれて翠帯【すいたい】長し。

竜武の新軍に深く輦【れん】を駐【とど】め、芙蓉の別殿に漫【まん】に香を焚く。

何の時か詔【みことのり】して此の金銭の会あって、暫く酔わん佳人【けいじん】錦瑟【きんしつ】の傍【かたわら】

 

莽莽天涯雨,江邊獨立時。

天下の隅々まで雨が降って暗い日々が続く、旅先の涪江のほとりに独り佇んでこの時を過ごしている。

・莽莽 雨が長く暗味のさま。『秦州雑詩二十首 其七』

莽莽万重山、孤城山谷間。

無風雲出塞、不夜月臨関。

属国帰何晩、楼蘭斬未還。

烟塵独長望、衰颯正摧顔。

秦州雜詩二十首 其七 杜甫 2部 <260> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1229 杜甫詩 700- 374

 

不愁巴道路,恐濕漢旌旗。

剣南、山南西、嘉陵江下流域の三巴地方の道路交通事情には今や愁いはない、ただ、長安の唐王朝と軍隊の旗には大雨で湿りきって怖いと思えるものである。

・漢旌旗 長安の唐王朝と軍隊の旗。

 

雪嶺防秋急,繩橋戰勝遲。

蜀盆地を囲む雪嶺の山々には秋の気配が急に迫ってきた、叛乱や、異民族の侵略に対して素早い対応して闘いに飼ってもらいたいのにそれができず後手後手になっている。

・防秋 秋にあたって敵が侵入してくるのを防ぐこと。吐蕃国境の雪嶺山脈の防御を云う。
・繩橋 竹の橋を手早く縄で縛って作る。素早い対応の戦略などを云う。

『入奏行贈西山檢察使竇侍禦』成都遂州#2

政用疏通合典則,戚聯豪貴耽文儒。 

兵革未息人未蘇,天子亦念西南隅。 

吐蕃憑陵氣頗粗,竇氏檢察應時須。 

運糧繩橋壯士喜,斬木火井窮猿呼。 

 

西戎甥舅禮,未敢背恩私。

ウイグルや吐蕃の王室の兄弟たちはきっと礼を尽くしてくれるだろうが、いまだあえて、恩義・謝恩の叛くことなどあることはないだろう。

・西戎 古代中国人がトルコ族・チベット族など西方の異民族を称した語。西夷(せいい)。→東夷(とうい) →南蛮 →北狄(ほくてき)

・甥舅 甥(おい):自分の兄弟姉妹の息子を指す語。対義語は姪。舅:1 (舅)夫または妻の父。しゅうとおや。2 (姑)「しゅうとめ(姑)」に同じ。◇「舅」「姑」は、配偶者の父母に対する呼びかけには使わない。また、配偶者の父母のことを他人に話すときには「お」を付けない。

ここでは、安禄山の乱以後、無原則に援軍を頼み、公主を嫁がせ義兄弟とし、血縁を結んだことをいう。ところが、安史の乱が集結したら、ウイグルは、全土で略奪を繰り返した。杜甫はウイグルに対しては頭初から批判的であった。唐は中宗の景竜二年(七〇八)に金城公主を賛普(吐事の酋長)に要し、これと親戚関係を結んだ。故に彼はみずから甥(おい)の身分に居り、唐の天子を男(おじさん)として敬礼すべき地位にあるというのである。

・未敢 よもやすまいということであるが、事実をいうのではなく、希望をいったものである。

・恩私 恩愛、私寵のこと。

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695 《倦夜〔倦秋夜〕》 蜀中転々 杜甫 <602>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3320 杜甫詩1000-602-858/1500

杜甫《倦夜〔倦秋夜〕》 さわやかな初秋の夜、風はないのにやわらかな竹の葉づれの音は、竹の涼さをよび、臥所のに伝わってくる。野に滿面にてらす月はこの庭の隅にくまなくいっぱいにさしこんでいる。

2013年11月20日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固) 《兩都賦序》(8) 文選 賦<111―8>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩954 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3318
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(20)-#18韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <867>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3319韓愈詩-220-#18
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ695 《倦夜〔倦秋夜〕》 蜀中転々 杜甫 <602>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3320 杜甫詩1000-602-858/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ79魏武帝(曹操) 《苦寒行》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3321 (11/20)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

695 《倦夜〔倦秋夜〕》 蜀中転々 杜甫 <602>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3320 杜甫詩1000-602-858/1500

 

 

詩 題:倦夜〔倦秋夜〕

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

掲 載; 杜甫1000首の602首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-858回目

 

倦夜

(けだるくねつかれぬ夜。)

竹涼侵臥,野月滿庭隅。

さわやかな初秋の夜、風はないのにやわらかな竹の葉づれの音は、竹の涼さをよび、臥所のに伝わってくる。野に滿面にてらす月はこの庭の隅にくまなくいっぱいにさしこんでいる。

重露成涓滴,稀星乍有無。

竹の葉に露の滴がささやかに重なり、しずくとなっておちるし、あまりに月が明るいので、まばらな星の光はみえたりふと消えたりする。

暗飛螢自照,水宿鳥相呼。

竹林の暗がりを螢は飛んで自分のまわりだけを照らし、水鳥は水のほとりに宿ってたがいに友を呼びかわしている。

萬事干戈裏,空悲清夜徂。

平穏であるここの万事さえも兵乱のうちにあるのである。自分はかかるありさまをながめつつこの清らかな夜がすぎゆくことを悲しく思うしかないのである。 

(倦【だる】い夜)

竹の涼しさは臥【ふしど】の侵り、野の月は庭の隅に滿つ。

重なれる露は涓【ささや】かに滴【したた】るし、稀らなる星は乍有りて無し。

暗きに飛ぶ螢は自ずから照し、水に宿る鳥は相い呼ぶ。

万事は千戈の裏なり、空しく悲しむ清夜の徂くを。 

tsuki001
『倦夜』 現代語訳と訳註

(本文)

倦夜

竹涼侵臥,野月滿庭隅。

重露成涓滴,稀星乍有無。

暗飛螢自照,水宿鳥相呼。

萬事干戈裏,空悲清夜徂。

(含異文)

竹涼浸臥,野月滿庭隅【野月遍庭隅】。

重露成涓滴,稀星乍有無。

暗飛螢自照,水宿鳥相呼【飛螢自照水,宿鳥競相呼】。

萬事干戈裡,空悲清夜徂。 

 

(下し文)

(倦【だる】い夜)

竹の涼しさは臥【ふしど】の侵り、野の月は庭の隅に滿つ。

重なれる露は涓【ささや】かに滴【したた】るし、稀らなる星は乍有りて無し。

暗きに飛ぶ螢は自ずから照し、水に宿る鳥は相い呼ぶ。

万事は千戈の裏なり、空しく悲しむ清夜の徂くを。

 

(現代語訳)

(けだるくねつかれぬ夜。)

さわやかな初秋の夜、風はないのにやわらかな竹の葉づれの音は、竹の涼さをよび、臥所のに伝わってくる。野に滿面にてらす月はこの庭の隅にくまなくいっぱいにさしこんでいる。

竹の葉に露の滴がささやかに重なり、しずくとなっておちるし、あまりに月が明るいので、まばらな星の光はみえたりふと消えたりする。

竹林の暗がりを螢は飛んで自分のまわりだけを照らし、水鳥は水のほとりに宿ってたがいに友を呼びかわしている。

平穏であるここの万事さえも兵乱のうちにあるのである。自分はかかるありさまをながめつつこの清らかな夜がすぎゆくことを悲しく思うしかないのである。

蜀の山50055

 

(訳注)

倦夜

(けだるくねつかれぬ夜。)

【首聯】【頷聯】【頸聯】までは完全対句で、上句と下句で二枚のことなった絵をみるようである。【尾聯】はこの平和な景色の中で自分自身の置かれている現状、心情を詠う。

 

竹涼侵臥,野月滿庭隅。

さわやかな初秋の夜、風はないのにやわらかな竹の葉づれの音は、竹の涼さをよび、臥所のに伝わってくる。野に滿面にてらす月はこの庭の隅にくまなくいっぱいにさしこんでいる。

臥内 ねどこのなか。

  

 滿 庭隅

 

重露成涓滴,稀星乍有無。

竹の葉に露の滴がささやかに重なり、しずくとなっておちるし、あまりに月が明るいので、まばらな星の光はみえたりふと消えたりする。

成 完成する。

涓滴 ささやかなしずく

乍有無 ふと見えたりふと消える。

重露  

稀星 乍 

 

暗飛螢自照,水宿鳥相呼。

竹林の暗がりを螢は飛んで自分のまわりだけを照らし、水鳥は水のほとりに宿ってたがいに友を呼びかわしている。

蛍・鳥.零落孤独な杜甫自身の象徴。

自照 自分の周りだけをそっと照らす。

暗飛 螢 自

水宿 鳥 相

 

萬事干戈裏,空悲清夜徂。

平穏であるここの万事さえも兵乱のうちにあるのである。自分はかかるありさまをながめつつこの清らかな夜がすぎゆくことを悲しく思うしかないのである。

万事 竹、月、露、星、蛍、鳥などをさす。

干戈 戦乱。

空 なにもすることができず、ただぼんやりとしていること。

徂 すぎ去ること。

萬事 干戈 裏

空悲 清夜 徂

 

真竹003 

(倦夜について)

竹涼侵臥,野月滿庭隅。(竹の涼しさは臥【ふしど】のに侵り、野の月は庭の隅に滿つ。)

さわやかな初秋の夜、風はないのに竹の葉づれのおとはしずかな夜を象徴するものであり、その雰囲気の中核となるものは、寝室の窓の外に、月光を受けて光る竹であった。竹と竹の簟が「涼」という抽象名詞に集約され、寝室の中にまでしみこむ竹の葉づれの音、そこを抜けて來るわずかな風は、「侵す」とたくみに表現されている。

やがて、杜甫の目は、竹のすずしさにさそわれて、しだいに遠くへとうつり、「見よ旅の夜の月影は、庭のすみずみにまで、みちあふれているではないか。閬州か梓州の外の原野をも照らす月である。いわばそれは人間の生活とまじりあった都市の月ではなく、旅の夜の老妻と過ごす自然のはだかの形で示す月である。

756

『月夜』

今夜鄜州月、閨中只独看。

遥憐小児女、未解憶長安。

香霧雲鬟湿、清輝玉臂寒。

何時倚虚幌、双照涙痕乾。

月夜 杜甫  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 144

月夜 と家族を詠う詩について 杜甫  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 150

kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 149 李白の家族の詩について(6

kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 148 夜雨寄北

竹涼侵臥,野月滿庭隅。(竹の涼しさは臥【ふしど】のに侵り、野の月は庭の隅に滿つ。)

上句の竹は、下句の月光の中にうかび出ることによって、いよいよ掠しげにけむり、下の句の月は、竹を中心としてけむることによって、一層きよらかである、自然はあくまでも平和にみちて、清き夜を徂かせ、時時きこえる水鳥の聾も、杜甫にとっても、自然は完全なへいわなものであり、人間の世界にも、自然のような正しい秩序をもち充たそうということ、それが杜甫の一生を通じての願望であり、この願望に封する誠賛な情熱こそ、杜甫のすべての詩の源泉であり基調であった。

端正で誠実な表現、それもまた人間の秩序を愛する心の、また一のあらわれであるのだ。この素晴らしい【首聯】の入りによって、【頷聯】【頸聯】の情景がきれいに続くのである。
tsuki04






月夜」と家族の考え方の考察(研究)
1.なぜ「長安の月」ではなく「州の月」なのか
  1月夜 杜甫  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 144
2. 九月九日憶山東兄弟  王維
    ー 杜甫『月夜』の理解を深めるために ー
  2.kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 145 九月九日憶山東兄弟  王維

3. 除夜作  高適
  3.kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 146 除夜作 高適
4.八月十五日夜禁中独直対月憶元九   白居易
  4.kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 146 八月十五日夜禁中独直対月憶元九 白居易

5. 夜雨寄北 李商隠
  5.kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 148 夜雨寄北

6.李白の家族の詩
6.kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 149 李白の家族の詩について(6


7杜甫の『彭衙行』(ほうがこう)『自京赴奉先縣詠懷五百字』と『遺興』
8. 「月夜」子供に対する『北征』の詩に、「淋前の南中女」とは?

78月夜 と家族を詠う詩について 杜甫  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 150

 

9. 《倦夜〔倦秋夜〕》 763年 蜀の乱を避けて「蜀中転々」の時期に、江南の地に移住しようと思っていたころ、自分と家族のことを考えている中で旅の空のもと自然を詠う秀作。「野月」という月はどんな月か。

9.695 《倦夜〔倦秋夜〕》 蜀中転々 杜甫 <602  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3320 杜甫詩1000-602-858/1500 上弦の月

694 《送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕》 蜀中転々 杜甫 <601>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3315 杜甫詩1000-601-857/1500

杜甫《送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕》漢の班昭が息子の赴任地について行ったということがある。きっと風に乗って中州や渚をすすんで、錦の帆を高く挙げていたことであろう。春の竹が青々と育つ頃に船出したのであろう。毎日毎日、この涪江の魚漁して、ここに来ればきっと食べ頃になっている。

 

2013年11月19日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固) 《兩都賦序》(7) 文選 賦<111―7>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩953 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3313
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ694 《送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕》 蜀中転々 杜甫 <601>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3315 杜甫詩1000-601-857/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ78魏武帝(曹操) 《蒿里行》 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3316 (11/19)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor南歌子三首 其一 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-354-7-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3317
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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694

《送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕》 蜀中転々 杜甫 <601  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3315 杜甫詩1000-601-857/1500

 

詩 題:送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕

卷別: 卷二二七  文體: 七言律詩 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

及地點:黔州 (黔中道 黔州 黔州) 別名:黔中、黔州、黔府

巫州 (黔中道 巫州 巫州) 別名:黔陽     

交遊人物: 王判官

掲 載; 杜甫1000首の601首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-857回目   40956            

 

 

送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕

(王判官で扶侍の役割でもって黔中に往復するを送別する。韻に「開」の字を得る)

大家東征逐子迴,風生洲渚錦帆開。

漢の班昭が息子の赴任地について行ったということがある。きっと風に乗って中州や渚をすすんで、錦の帆を高く挙げていたことであろう。

青青竹筍迎船出,日日江魚入饌來。

春の竹が青々と育つ頃に船出したのであろう。毎日毎日、この涪江の魚漁して、ここに来ればきっと食べ頃になっている。

離別不堪無限意,艱危深仗濟時才。

こうした別れは、どんなに思ってももう耐えることが出来ないものであり、遭難や危険なことがあるだろうが、あなたは深い仗をもっており、あなたの才知でもってこの急場の事態を救ってもらいたい。

黔陽信使應稀少,莫怪頻頻勸酒杯。

これまでには湖南省西部の古城である黔陽に天子の書簡を持っていくことなどまさに稀なことでアットものである。まあ、そうはいっても怪しむようなことではないので、もっともっと酒をすすめて杯を傾けようではないか。 

 

(含異文)

大家東征逐子〔〈班大家賦〉:「余隨子乎東征。」〕迴,風生洲渚錦帆開。

青青竹筍迎船出,日日江魚入饌來【白白江魚入饌來】。

離別不堪無限意,艱危深仗濟時才。

黔陽信使應稀少,莫怪頻頻勸酒杯【莫怪頻煩勸酒杯】。 

Nature1-011 

 

 

『送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕』 現代語訳と訳註

(本文)

送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕

大家東征逐子迴,風生洲渚錦帆開。

青青竹筍迎船出,日日江魚入饌來。

離別不堪無限意,艱危深仗濟時才。

黔陽信使應稀少,莫怪頻頻勸酒杯。
(
含異文)

大家東征逐子〔〈班大家賦〉:「余隨子乎東征。」〕迴,風生洲渚錦帆開。

青青竹筍迎船出,日日江魚入饌來【白白江魚入饌來】。

離別不堪無限意,艱危深仗濟時才。

黔陽信使應稀少,莫怪頻頻勸酒杯【莫怪頻煩勸酒杯】。 

doteiko012 

 

(下し文)

王十五判官扶侍を送り黔中に還る〔「開」字を得る。〕

大家 東に征く子に逐いて迴る,風生え洲渚【しゅうちょ】錦帆開く。

青青として竹筍に 迎え船出づ,日日に江魚 入りて饌【たべどき】に來る。

離別 無限の意に堪ず,艱危 仗深く濟時の才あり。

黔陽【こんよう】の信使 應に稀少なり,怪しむ莫れ頻頻【ひんびん】酒杯を勸めんことを。
 

(現代語訳)

(王判官で扶侍の役割でもって黔中に往復するを送別する。韻に「開」の字を得る)

漢の班昭が息子の赴任地について行ったということがある。きっと風に乗って中州や渚をすすんで、錦の帆を高く挙げていたことであろう。

春の竹が青々と育つ頃に船出したのであろう。毎日毎日、この涪江の魚漁して、ここに来ればきっと食べ頃になっている。

こうした別れは、どんなに思ってももう耐えることが出来ないものであり、遭難や危険なことがあるだろうが、あなたは深い仗をもっており、あなたの才知でもってこの急場の事態を救ってもらいたい。

これまでには湖南省西部の古城である黔陽に天子の書簡を持っていくことなどまさに稀なことでアットものである。まあ、そうはいっても怪しむようなことではないので、もっともっと酒をすすめて杯を傾けようではないか。

 

(訳注)

送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕

(王判官で扶侍の役割でもって黔中に往復するを送別する。韻に「開」の字を得る)

 

大家東征逐子迴,風生洲渚錦帆開。

漢の班昭が息子の赴任地について行ったということがある。きっと風に乗って中州や渚をすすんで、錦の帆を高く挙げていたことであろう。

・大家東征 班昭《東征賦》「惟永初之有七兮,余隨子乎東征。」(惟れ永初の有七,余れ子に隨いて東に征く)永元七年のこと、わたしは赴任する息子と一緒に東の東留へとむかった。文選、曹大家『東征賦』

・大家 後漢の作家、中国初の女性歴史家である班昭のこと。班昭(はん しょう、45? - 117?)は、中国・後漢の作家。中国初の女性歴史家。一名・姫。字は恵姫、または恵班。扶風安陵(陝西省咸陽市)の出身。歴史家・班彪の娘として生まれ、同じく歴史家・班固と、西域で活躍した武将である班超は兄である。班超の三男である班勇は甥。14歳で曹世叔に嫁ぎ、世叔の死後、彼女の才名を聞いた和帝が召し出して宮中に入れ、後宮后妃の師範とした。人々は敬して曹大家と称した。

 

青青竹筍迎船出,日日江魚入饌來。

春の竹が青々と育つ頃に船出したのであろう。毎日毎日、この涪江の魚漁して、ここに来ればきっと食べ頃になっている。

 

離別不堪無限意,艱危深仗濟時才。

こうした別れは、どんなに思ってももう耐えることが出来ないものであり、遭難や危険なことがあるだろうが、あなたは深い仗をもっており、あなたの才知でもってこの急場の事態を救ってもらいたい。

・濟時1 助ける。すくう。「済世(さいせい)・済度・済民/救済・共済・経済(けいざい)2 しあげる。すます。

 

黔陽信使應稀少,莫怪頻頻勸酒杯。

これまでには湖南省西部の古城である黔陽に天子の書簡を持っていくことなどまさに稀なことでアットものである。まあ、そうはいっても怪しむようなことではないので、もっともっと酒をすすめて杯を傾けようではないか。

・黔陽 湖南省西部の古城である黔陽。雲南から湖南にかけて、吐蕃、南蛮からの侵入に防衛強化の必要があった。

・頻頻 形容動詞として用いられるもの「何かがしきりと起こるさま」を表す言葉。頻繁(ひんぱん)は、形容動詞および名詞として用いられ、「何かがしきりに行われるさま」。というのが現代日本の使用法であるが、ここでは御酒をすすめる行為に使っている。
成都遂州00 

693 《臺上〔得涼字。〕》 蜀中転々 杜甫 <600>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3310 杜甫詩1000-600-856/1500

杜甫《臺上〔得涼字。〕》宴席から立ち上がって、楼閣の望台にのぼって、ぐるっとながめみる。それからここの門の所に佇んでいると、月はずっと光を落している。見上げると雲が流れ、まだまだ蒸し暑い日が続いている。近くの山に谷には、すずしい風が吹き始めている。
 

2013年11月18日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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班孟堅(班固) 《兩都賦序》(6) 文選 賦<111―6>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩952 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3308
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(18)-#16韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <865>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3309韓愈詩-220-#16
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 693 《臺上〔得涼字。〕》 蜀中転々 杜甫 <600>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3310 杜甫詩1000-600-856/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 77《蒿里曲》 無名氏  挽歌 漢・樂府  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3311 (11/18)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 酒泉子 二首之二 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-353-7-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3312
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

693 《臺上〔得涼字。〕》 蜀中転々 杜甫 <600  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3310 杜甫詩1000-600-856/1500

 

 

詩題: 臺上〔得涼字。〕 

作時:763 廣德元年 杜甫52

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

掲 載; 杜甫1000首の600首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-856回目   40955

 

臺上〔得涼字。〕 

(亭臺樓閣に登ってみる。この時、「涼」の字を得る。)

改席臺能迥,留門月復光。 

宴席から立ち上がって、楼閣の望台にのぼって、ぐるっとながめみる。それからここの門の所に佇んでいると、月はずっと光を落している。

雲行遺暑山谷進風涼。  

見上げると雲が流れ、まだまだ蒸し暑い日が続いている。近くの山に谷には、すずしい風が吹き始めている。

老去一杯足,誰憐屢舞長。 

すると私の老いた身から老いが去って行き、酒がまたいっぱいの酒が飲みたりてくる。誰が憐れんでいるのだろうか、しばしば踊っているのが長く長く続いている。

何須把官燭,似惱鬢毛蒼。 

どうしてなのだろうか役所のかがり火をつかんできている。髪の毛が白々とし、顔色まで白くしていること悩み深きことでしかないだろう。

臺 上る〔得涼字。〕 

席を改めて臺能く迥る,門に留めて月復た光る。 

雲行 暑に遺し,山谷 風涼に進む。 

老去りて 一び杯足り,誰か憐みて屢ば舞長くす。 

何んぞ須く官燭を把み,似って惱むは鬢毛の蒼なり。   

岳陽樓詩人0051 

『臺上』 現代語訳と訳註

(本文)

臺上〔得涼字。〕 

改席臺能迥,留門月復光。 

雲行遺暑山谷進風涼。  

老去一杯足,誰憐屢舞長。 

何須把官燭,似惱鬢毛蒼。 


(含異文)

改席臺能迥【改席臺為迥】,留門月復光。

雲行遺暑【雲霄遺暑】,山谷進風涼。

老去一杯足,誰憐屢舞長。

何須把官燭,似惱鬢毛蒼。  

 

(下し文)

臺 上る〔得涼字。〕 

席を改めて臺能く迥る,門に留めて月復た光る。 

雲行 暑山谷 風涼に進む。  

老去りて 一び杯足り,誰か憐みて屢ば舞長くす。 

何んぞ須く官燭を把み,似って惱むは鬢毛の蒼なり。 

 

(現代語訳)

(亭臺樓閣に登ってみる。この時、「涼」の字を得る。)

宴席から立ち上がって、楼閣の望台にのぼって、ぐるっとながめみる。それからここの門の所に佇んでいると、月はずっと光を落している。

見上げると雲が流れ、まだまだ蒸し暑い日が続いている。近くの山に谷には、すずしい風が吹き始めている。

すると私の老いた身から老いが去って行き、酒がまたいっぱいの酒が飲みたりてくる。誰が憐れんでいるのだろうか、しばしば踊っているのが長く長く続いている。

どうしてなのだろうか役所のかがり火をつかんできている。髪の毛が白々とし、顔色まで白くしていること悩み深きことでしかないだろう。

 

(訳注)

臺上〔得涼字。〕 

(亭臺樓閣に登ってみる。この時、「涼」の字を得る。)

江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕

陪章留後侍御宴南樓得風字。

 

改席 能迥,留門 復光

宴席から立ち上がって、楼閣の望台にのぼって、ぐるっとながめみる。それからここの門の所に佇んでいると、月はずっと光を落している。

「改席」ここでは単に宴席から立ち上がってみること。

「臺」亭臺樓閣、臺。

「留門」(花門すなわち回紇種族<ウイグル騎馬民族>の兵を内地にどめておくこと)花門すなわち回紇種族の兵を内地にとどめておくことにつき、そのとどめておくべからざること。○留 唐の方へひきとめておくことをいう。ウイグルの援助がなければ、唐王朝は消滅し、奪回等及びもつかなかった。○花門 堡の名であるが回紇種族(ウイグル騎馬民族)そのものをさす。元来、居延海(寧夏省の西北境にある湖水)の北にある要塞の名であるが、当時その地点は回紇の領土としていたところからこの名前を使った。『唐書』地理志「甘州寧寇軍の東北に、居延海あり、又北三百里にして、花門山堡あり、又東北千里にして、回紇の衙帳に至る。」

「月光」語義類別:物、天文、月、月。光芒、光。 

 

雲行 遺暑 ,山谷 進風

見上げると雲が流れ、まだまだ蒸し暑い日が続いている。近くの山に谷には、すずしい風が吹き始めている。

「雲行」じっと見ていると雲が流れてゆく。

「暑」熱旱、暑くて汗をかくこと。蒸し暑いこと。

「山谷」山や谷には少しずつ涼しくなり始めている。

「風涼」風、冷寒、涼しいこと。

 

老去 一杯 足,誰憐 屢舞

すると私の老いた身から老いが去って行き、酒がまたいっぱいの酒が飲みたりてくる。誰が憐れんでいるのだろうか、しばしば踊っているのが長長く続いている。

 

何須 官燭 ,似惱 鬢毛

どうしてなのだろうか役所のかがり火をつかんできている。髪の毛が白々とし、顔色まで白くしていること悩み深きことでしかないだろう。

「鬢毛」しらがあたま。

「蒼」顏色、原色、白。

 

王屋山00 

 

 

(含異文)

改席臺能迥【改席臺為迥】,留門月復光。

雲行遺暑【雲霄遺暑】,山谷進風涼。

老去一杯足,誰憐屢舞長。

何須把官燭,似惱鬢毛蒼。 

 

692 《陪章留後侍御宴南樓〔得風字。〕》 蜀中転々 杜甫 <599>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3305 杜甫詩1000-599-855/1500

《陪章留後侍御宴南樓〔得風字。〕》各地での謀反を起こしたり、援軍であったウイグル軍の略奪横暴、などが、狂った歌ばかりでなく行われ、このような唐王朝軍の形骸化は酒をまずくすることでしかないのだ。
 

2013年11月17日  の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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692 《陪章留後侍御宴南樓〔得風字。〕》  蜀中転々 杜甫 <599  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3305 杜甫詩1000-599-855/1500

 

 

詩 題:陪章留後侍御宴南樓〔得風字。〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言古詩 

詩題: 陪章留後侍御宴南樓〔得風字。〕

交遊人物/地點: 章彝 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)

掲 載; 杜甫1000首の598首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-854回目   40953

 

 

陪章留後侍禦宴南樓〔得風字〕#1

(章彝節度使留守居役の侍禦に陪して梓州南樓に宴会する。「風」字を得る。)

域長夏晚,茲樓清宴同。

この晩夏にいたるまでもう長期にわたって吐蕃との不穏な状況にある地域になっている。こうした時にこの楼閣で宴会は清廉な気持ちに同化していくのである。

朝廷燒棧北,鼓角滿天東。

都の朝廷は北に向かう桟道を徐知道の叛乱によって焼き落とされてしまっているし、吐蕃軍の太鼓と角笛は天の東側を焦がしてしまっている。

屢食將軍第,仍騎禦史驄。

しばしば節度使次官の将軍には幕府において食にあずかることが多いのであるが、すなわち禦史の聰敏なご配慮に乗せていただいているのである。

本無丹灶術,那免白頭翁。

もともと私には世渡り術が全くへたくそで、こうしたただの白髪頭の爺いであることをお許し願いたいと思うしだいです。

#2

寇盜狂歌外,形骸痛飲中。

各地での謀反を起こしたり、援軍であったウイグル軍の略奪横暴、などが、狂った歌ばかりでなく行われ、このような唐王朝軍の形骸化は酒をまずくすることでしかないのだ。

野雲低渡水,簷雨細隨風。

この世にこの暗雲状態を野原に、低く広げ、旅立とうとするこの涪江の水の熟れにもたれ込める。高楼のひさしの先から落ちる雨だれが風に吹かれ飛び散っているように我々もこの時代に從う以外にないというのか。

出號江城黑,題詩蠟炬紅。

節度使の号令で出陣してゆく涪城も暗黒の中にあるけれど、こうして詩を題すると蝋燭の燈火は紅く明るくなる。

身醒複醉,不擬哭途窮。

私のこの身はというと、酔いがさめたら、また酔うという仙人のような生活であるが、人生の道を究めるということはどうしようかと考えることはないものだ。

 

章留後侍禦に陪して南樓に宴す〔風字を得る〕#1

域 長しく夏の晚,茲の樓 清く宴同じうする。

朝廷 棧北を燒く,鼓角 天東に滿つ。

屢ば 將軍の第に食す,仍ち禦史の驄に騎す。

本と丹灶の術無し,那んぞ白頭翁を免んぜん。


寇盜 狂歌の外,形骸 痛飲の中。

野雲 渡水に低くして,簷雨 細かに風に隨う。

號を出づ 江城 黑たり,詩を題すは 蠟炬 紅なり。

此の身 複た醉うを醒め,途窮めるを哭すを擬せず。kimo003

水鳥ケリ002 

 

『陪章留後侍禦宴南樓〔得風字〕』 現代語訳と訳註

 #2

寇盜狂歌外,形骸痛飲中。

野雲低渡水,簷雨細隨風。

出號江城黑,題詩蠟炬紅。

此身醒複醉,不擬哭途窮。

 

(下し文) #2

寇盜 狂歌の外,形骸 痛飲の中。

野雲 渡水に低くして,簷雨 細かに風に隨う。

號を出づ 江城 黑たり,詩を題すは 蠟炬 紅なり。

此の身 複た醉うを醒め,途窮めるを哭すを擬せず。

 

(現代語訳)

各地での謀反を起こしたり、援軍であったウイグル軍の略奪横暴、などが、狂った歌ばかりでなく行われ、このような唐王朝軍の形骸化は酒をまずくすることでしかないのだ。

この世にこの暗雲状態を野原に、低く広げ、旅立とうとするこの涪江の水の熟れにもたれ込める。高楼のひさしの先から落ちる雨だれが風に吹かれ飛び散っているように我々もこの時代に從う以外にないというのか。

節度使の号令で出陣してゆく涪城も暗黒の中にあるけれど、こうして詩を題すると蝋燭の燈火は紅く明るくなる。

私のこの身はというと、酔いがさめたら、また酔うという仙人のような生活であるが、人生の道を究めるということはどうしようかと考えることはないものだ。

 

(訳注) #2

寇盜狂歌外,形骸痛飲中。

各地での謀反を起こしたり、援軍であったウイグル軍の略奪横暴、などが、狂った歌ばかりでなく行われ、このような唐王朝軍の形骸化は酒をまずくすることでしかないのだ。

・寇盜 「寇」は吐蕃の侵略、ウイグル軍の略奪横暴。「盜賊」語義類別:人、稱謂、貶稱惡稱、盜匪。 叛乱を企てている者たちを「羣盗」「賊」などと表現している。この時、蜀に徐知道があり、両京には党項羌があり、東都には史朝義があるの類をいう

・形骸 皇帝が相次いで急死し、王朝軍も外国軍に頼りきりという状態、朝廷は暗躍する宦官に侵されていて形骸化していた。

 

野雲低渡水,簷雨細隨風。

この世にこの暗雲状態を野原に、低く広げ、旅立とうとするこの涪江の水の熟れにもたれ込める。高楼のひさしの先から落ちる雨だれが風に吹かれ飛び散っているように我々もこの時代に從う以外にないというのか。

 

出號江城黑,題詩蠟炬紅。

節度使の号令で出陣してゆく涪城も暗黒の中にあるけれど、こうして詩を題すると蝋燭の燈火は紅く明るくなる。

 

此身醒複醉,不擬哭途窮。

私のこの身はというと、酔いがさめたら、また酔うという仙人のような生活であるが、人生の道を究めるということはどうしようかと考えることはないものだ。
杏の花0055 

692 《陪章留後侍御宴南樓〔得風字。〕》#1 蜀中転々 杜甫 <598>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3300 杜甫詩1000-598-854/1500

杜甫《陪章留後侍御宴南樓〔得風字。〕》#1この晩夏にいたるまでもう長期にわたって吐蕃との不穏な状況にある地域になっている。こうした時にこの楼閣で宴会は清廉な気持ちに同化していくのである。

2013年11月16日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ692 《陪章留後侍御宴南樓〔得風字。〕》#1 蜀中転々 杜甫 <598>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3300 杜甫詩1000-598-854/1500
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
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詩 題:陪章留後侍御宴南樓〔得風字。〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言古詩 

詩題: 陪章留後侍御宴南樓〔得風字。〕

交遊人物/地點: 章彝 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)

掲 載; 杜甫1000首の598首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-854回目   40953

 

 

 

陪章留後侍禦宴南樓〔得風字〕#1

(章彝節度使留守居役の侍禦に陪して梓州南樓に宴会する。「風」字を得る。)

域長夏晚,茲樓清宴同。

この晩夏にいたるまでもう長期にわたって吐蕃との不穏な状況にある地域になっている。こうした時にこの楼閣で宴会は清廉な気持ちに同化していくのである。

朝廷燒棧北,鼓角滿天東。

都の朝廷は北に向かう桟道を徐知道の叛乱によって焼き落とされてしまっているし、吐蕃軍の太鼓と角笛は天の東側を焦がしてしまっている。

屢食將軍第,仍騎禦史驄。

しばしば節度使次官の将軍には幕府において食にあずかることが多いのであるが、すなわち禦史の聰敏なご配慮に乗せていただいているのである。

本無丹灶術,那免白頭翁。

もともと私には世渡り術が全くへたくそで、こうしたただの白髪頭の爺いであることをお許し願いたいと思うしだいです。

 

章留後侍禦に陪して南樓に宴す〔風字を得る〕#1

域 長しく夏の晚,茲の樓 清く宴同じうする。

朝廷 棧北を燒く,鼓角 天東に滿つ。

屢ば 將軍の第に食す,仍ち禦史の驄に騎す。

本と丹灶の術無し,那んぞ白頭翁を免んぜん。

#2

寇盜狂歌外,形骸痛飲中。

野雲低渡水,簷雨細隨風。

出號江城黑,題詩蠟炬紅。

此身醒複醉,不擬哭途窮。

寇盜 狂歌の外,形骸 痛飲の中。

野雲 渡水に低くして,簷雨 細かに風に隨う。

號を出づ 江城 黑たり,詩を題すは 蠟炬 紅なり。

此の身 複た醉うを醒め,途窮めるを哭すを擬せず。

 

陪章留後侍禦宴南樓〔得風字〕(含異文)

域長夏晚,茲樓清宴同。

朝廷燒棧北【案:廣德二年,吐蕃入大震關。】,鼓角滿天東【案:道有大小漏天。】【鼓角漏天東】。

屢食將軍第【屢食將軍邸】,仍騎御史驄【仍驕御史驄】。

本無丹灶術【本無丹灶訣】,那免白頭翁。

寇盜狂歌外,形骸痛飲中。

野雲低渡水,簷雨細隨風。

出號江城黑,題詩蠟炬紅【題詩蠟燭紅】。

此身醒復醉【此身醒覆醉】,不擬哭途窮。 

月明峡01 

 

『陪章留後侍禦宴南樓〔得風字〕』 現代語訳と訳註

(本文)

陪章留後侍禦宴南樓〔得風字〕#1

域長夏晚,茲樓清宴同。

朝廷燒棧北,鼓角滿天東。

屢食將軍第,仍騎禦史驄。

本無丹灶術,那免白頭翁。

 

 

(下し文)

章留後侍禦に陪して南樓に宴す〔風字を得る〕#1

域 長しく夏の晚,茲の樓 清く宴同じうする。

朝廷 棧北を燒く,鼓角 天東に滿つ。

屢ば 將軍の第に食す,仍ち禦史の驄に騎す。

本と丹灶の術無し,那んぞ白頭翁を免んぜん。

 

(現代語訳)

(章彝節度使留守居役の侍禦に陪して梓州南樓に宴会する。「風」字を得る。)

この晩夏にいたるまでもう長期にわたって吐蕃との不穏な状況にある地域になっている。こうした時にこの楼閣で宴会は清廉な気持ちに同化していくのである。

都の朝廷は北に向かう桟道を徐知道の叛乱によって焼き落とされてしまっているし、吐蕃軍の太鼓と角笛は天の東側を焦がしてしまっている。

しばしば節度使次官の将軍には幕府において食にあずかることが多いのであるが、すなわち禦史の聰敏なご配慮に乗せていただいているのである。

もともと私には世渡り術が全くへたくそで、こうしたただの白髪頭の爺いであることをお許し願いたいと思うしだいです。

 

(訳注)

陪章留後侍禦宴南樓〔得風字〕#1

(章彝節度使留守居役の侍禦に陪して梓州南樓に宴会する。「風」字を得る。)

・章 章彝節度使留守居役の侍禦

 

域長夏晚,茲樓清宴同。

この晩夏にいたるまでもう長期にわたって吐蕃との不穏な状況にある地域になっている。こうした時にこの楼閣で宴会は清廉な気持ちに同化していくのである。

 吐蕃との不穏な状況にある地域を云う。

・夏晚 晩夏。夏の終わり。

 

朝廷燒棧北,鼓角滿天東。

都の朝廷は北に向かう桟道を徐知道の叛乱によって焼き落とされてしまっているし、吐蕃軍の太鼓と角笛は天の東側を焦がしてしまっている。

棧北 蜀から長安に向かう秦嶺山脈には桟道がかけられている。そこを徐知道の叛乱によって焼き落とされ、分断されてしまったことを云う。

鼓角 吐蕃軍の打ち鳴らす太鼓と角笛。吐蕃軍にに占領されたことを云う

・滿天東 滿天の東側が赤く染まること。

 

屢食將軍第,仍騎禦史驄。

しばしば節度使次官の将軍には幕府において食にあずかることが多いのであるが、すなわち禦史の聰敏なご配慮に乗せていただいているのである。

・將軍第 節度使の幕府をいうが、ここでは留守居役を持ち上げていっている。

・仍騎禦史驄 禦史お心づかいに倚り、御相伴にあずかり大変ありがたいことですというのが日本的な意味合いになろうか。

 

本無丹灶術,那免白頭翁。

もともと私には世渡り術が全くへたくそで、こうしたただの白髪頭の爺いであることをお許し願いたいと思うしだいです。

・丹灶術 処世術のこと。丹灶;(1) 〔座・口〕かまど.(2) 台所,厨房.灶神 Zàoshén[]かまど神.

この頃の杜甫は、こうした宴席で、お題を出され、韻の文字を出されたことで詩を作って生活をしていたことをしめすものである。
月明峡02 

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杜甫《涪城縣香積寺官閣》やっと官閣へくると小さな奥庭にまわり廊下があって春の景色がしずかにそしてひっそりとある、みおろすと水面にケリが水をあび、飛んでいる鷺なんどが夕ぐれにあたってゆったりとそしてのんびりとあそんでいる。


2013年11月15日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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691 《涪城縣香積寺官閣》 蜀中転々 杜甫 <597  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3295 杜甫詩1000-597-853/1500

 

詩 題:涪城縣香積寺官閣

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 七言律詩 

及地點: 香積寺 (劍南道北部 綿州 涪城)     

掲 載; 杜甫1000首の597首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-853回目

涪城県の香積寺にある官闇についてよんだ。広徳元年春、梓州にあったときの作。

 

 

涪城縣香積寺官閣

(涪城縣の香積寺にある官閣を詠う)

寺下春江深不流,山腰官閣迥添愁。

寺の真下に春の江が深くて静かに、まるでながれていないように見える。山の中段のあたりに官闇があって、ずっととおくてそこまでたどりつけるのかと心配がつきまとう。

含風翠壁孤雲細,背日丹楓萬木稠。

みどりの絶壁の下をだんだんのぼると木々が揺れ風を含み、はぐれ雲がほそくうかぶ、太陽を背にして楓の風媒花に日が射して渋い赤が映え、ここには無数に植えてある。

小院回廊春寂寂,浴鳧飛鷺晚悠悠。

やっと官閣へくると小さな奥庭にまわり廊下があって春の景色がしずかにそしてひっそりとある、みおろすと水面にケリが水をあび、飛んでいる鷺なんどが夕ぐれにあたってゆったりとそしてのんびりとあそんでいる。

諸天合在藤蘿外,昏黑應須到上頭。

仏法でいう諸天はここでも藤や蘿などのはえている森林の上にある、そんな漆黒の絶頂へは日がまさにとっぷりくれるころにゆきつくことであろう。 

(涪城県の香積寺の官閣)

寺下 春の江 深うして流れず、山腰の官閣 迥【はる】かに愁いを添う。

風を含みて 翠壁 孤雲細に、日に背きて丹楓【たんふう】万木稠【おお】し。

小院 廻廊 春は寂寂たり、浴鳧【よくふ】飛鷺【ひろ】晩に悠悠たり。

諸天合に藤蘿の外に在るべし、昏黒応に須らく上頭に到るべし

 

『涪城縣香積寺官閣』 現代語訳と訳註

(本文)

涪城縣香積寺官閣

寺下春江深不流,山腰官閣迥添愁。

含風翠壁孤雲細,背日丹楓萬木稠。

小院回廊春寂寂,浴鳧飛鷺晚悠悠。

諸天合在藤蘿外,昏黑應須到上頭。

 

(下し文)

(涪城県の香積寺の官閣)

寺下 春の江 深うして流れず、山腰の官閣 迥【はる】かに愁いを添う。

風を含みて 翠壁 孤雲細に、日に背きて丹楓【たんふう】万木稠【おお】し。

小院 廻廊 春は寂寂たり、浴鳧【よくふ】飛鷺【ひろ】晩に悠悠たり。

諸天合に藤蘿の外に在るべし、昏黒応に須らく上頭に到るべし

 

(現代語訳)

(涪城縣の香積寺にある官閣を詠う)

寺の真下に春の江が深くて静かに、まるでながれていないように見える。山の中段のあたりに官闇があって、ずっととおくてそこまでたどりつけるのかと心配がつきまとう。

みどりの絶壁の下をだんだんのぼると木々が揺れ風を含み、はぐれ雲がほそくうかぶ、太陽を背にして楓の風媒花に日が射して渋い赤が映え、ここには無数に植えてある。

やっと官閣へくると小さな奥庭にまわり廊下があって春の景色がしずかにそしてひっそりとある、みおろすと水面にケリが水をあび、飛んでいる鷺なんどが夕ぐれにあたってゆったりとそしてのんびりとあそんでいる。

仏法でいう諸天はここでも藤や蘿などのはえている森林の上にある、そんな漆黒の絶頂へは日がまさにとっぷりくれるころにゆきつくことであろう。

 

(訳注)

涪城縣香積寺官閣

(涪城縣の香積寺にある官閣を詠う)

○涪城県 梓州の西北五十五里にあるという。

○香横寺 香横山は浩城県の東南三里にあり、北のかた涪江にのぞむ。寺は山上にあるのであろう。

○官閣 官でたでた二階。

 

寺下春江深不流,山腰官閣迥添愁。

寺の真下に春の江が深くて静かに、まるでながれていないように見える。山の中段のあたりに官闇があって、ずっととおくてそこまでたどりつけるのかと心配がつきまとう。

○春江 江は涪江。

○深不流 おおきな淵になっていて、深くて水をたたえていること。

〇山腰 腰とは中段をいう。微路/翠微の位置までの道。・翠微: 1 薄緑色にみえる山のようす。また、遠方に青くかすむ山。2 山の中腹。八合目あたりのところ。

○添愁 容易にゆきつけぬとうれえること。ここは愁うことが言いたいのではなく、奥深いことをいうもの。

 

含風翠壁孤雲細,背日丹楓萬木稠。

みどりの絶壁の下をだんだんのぼると木々が揺れ風を含み、はぐれ雲がほそくうかぶ、太陽を背にして楓の風媒花に日が射して渋い赤が映え、ここには無数に植えてある。

○含風翠壁 「翠壁含風」の意、翠壁は山の絶壁。絶壁に風が当たっている動きのある様子を云う。

○背日丹楓 「丹楓背日」の意、丹楓は楓が花を咲かせた時期のことをいう。風媒花で日が射すと渋い赤が映える。
楓の花001 


小院回廊春寂寂,浴鳧飛鷺晚悠悠。

やっと官閣へくると小さな奥庭にまわり廊下があって春の景色がしずかにそしてひっそりとある、みおろすと水面にケリが水をあび、飛んでいる鷺なんどが夕ぐれにあたってゆったりとそしてのんびりとあそんでいる。

○小院 ちいさい奥庭。

○姐廊 まわりろうか。

○悠悠 心のしずかなさま。
 水鳥ケリ002


諸天合在藤蘿外,昏黑應須到上頭。

仏法でいう諸天はここでも藤や蘿などのはえている森林の上にある、そんな漆黒の絶頂へは日がまさにとっぷりくれるころにゆきつくことであろう。

○諸天  多くの天上界。欲界六天・色界十八天・無色界四天をあわせた三界二十八天の総称。俗界から離れた寺の存在は諸天をあらわすことである、したがって、ここでは山頂の寺殿をさす。

○昏黒 たそがれどきの陰の部分のまっくらなところ。

○上頭 頂上をいう。

DCF00213 (涪城県の香積寺の官閣)

寺下 春の江 深うして流れず、山腰の官閣 迥【はる】かに愁いを添う。

風を含みて 翠壁 孤雲細に、日に背きて丹楓【たんふう】万木稠【おお】し。

小院 廻廊 春は寂寂たり、浴鳧【よくふ】飛鷺【ひろ】晩に悠悠たり。

諸天合に藤蘿の外に在るべし、昏黒応に須らく上頭に到るべし

690 《江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕》 蜀中転々 杜甫 <596>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3290 杜甫詩1000-596-852/1500

杜甫《江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕》(閬州の西漢水の江亭で別駕官の辛昇之を送別する。「蕪」の字を得る。)柳が生い茂り陰をつくる、遠く白雲の幕を張ったように見える。西漢水の波には宴席の酒壺が一番似合うのだ。

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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 690 《江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕》 蜀中転々 杜甫 <596>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3290 杜甫詩1000-596-852/1500
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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690 《江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕》 蜀中転々 杜甫 <596  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3290 杜甫詩1000-596-852/1500

 

 

詩 題:江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕

作時: 763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 江亭送眉州辛別駕昇之【案:得蕪字。】 

作地點: 閬州 (山南西道 / 閬州 / 閬州

及地點: 江亭 (山南西道 閬州 閬州)     

     眉州 (劍南道北部 眉州 眉州)     

交遊人物: 辛昇之

交遊地点:(劍南道北部 梓州 梓州)

掲 載; 杜甫1000首の596首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-852回目   40951

 

 

江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕

(閬州の西漢水の江亭で別駕官の辛昇之を送別する。「蕪」の字を得る。)

柳影含雲幕,江波近酒壺。 

柳が生い茂り陰をつくる、遠く白雲の幕を張ったように見える。西漢水の波には宴席の酒壺が一番似合うのだ。

異方驚會面,終宴惜征途。 

異方からきた異国の女人の顔を見て驚き、宴席が終わるころにはこれから向かう度詞を思い名残惜しいと思うのだ。

沙晚低風蝶,天晴喜浴鳧。 

西漢水の渚の砂浜に夕日が当たり、風に吹かれて腸が低く舞う。天は晴れ渡り、水面にはマガモが水浴びをして喜んでいる

別離傷老大,意緒日荒蕪。 

今こうして別れを告げると多い気も心も痛み大いに老け込んでしまう。私の、心情、情緒は日ごとに荒れ果てた荒野のようになっていく。

 

江亭で辛昇之別駕を眉州に送る〔「蕪」字を得る。〕

柳影 雲幕を含み,江波 酒壺を近くす。 

異方 會面に驚き,終宴 征途を惜む。 

沙晚 風に低くするは蝶,天晴 浴すを喜ぶは鳧。 

別離 傷んで老大くし,意緒 日ごとに荒蕪たり。 

 

 

『江亭送眉州辛別駕昇之』 現代語訳と訳註

(本文)

江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕

柳影含雲幕,江波近酒壺。 

異方驚會面,終宴惜征途。 

沙晚低風蝶,天晴喜浴鳧。 

別離傷老大,意緒日荒蕪。 

 

 

(下し文)

江亭で辛昇之別駕を眉州に送る〔「蕪」字を得る。〕

柳影 雲幕を含み,江波 酒壺を近くす。 

異方 會面に驚き,終宴 征途を惜む。 

沙晚 風に低くするは蝶,天晴 浴すを喜ぶは鳧。 

別離 傷んで老大くし,意緒 日ごとに荒蕪たり。 

 

 

(現代語訳)

(閬州の西漢水の江亭で別駕官の辛昇之を送別する。「蕪」の字を得る。)

柳が生い茂り陰をつくる、遠く白雲の幕を張ったように見える。西漢水の波には宴席の酒壺が一番似合うのだ。

異方からきた異国の女人の顔を見て驚き、宴席が終わるころにはこれから向かう度詞を思い名残惜しいと思うのだ。

西漢水の渚の砂浜に夕日が当たり、風に吹かれて腸が低く舞う。天は晴れ渡り、水面にはマガモが水浴びをして喜んでいる

今こうして別れを告げると多い気も心も痛み大いに老け込んでしまう。私の、心情、情緒は日ごとに荒れ果てた荒野のようになっていく。

 

 

(訳注)

江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕

(閬州の西漢水の江亭で別駕官の辛昇之を送別する。「蕪」の字を得る。)

・江亭 山南西道 閬州の西漢水のほとりの亭。

・辛昇之別駕 「別駕」は「別駕従事史」の略称で、こちらも漢代に州刺史の副職として設けた役職であるが、「治中」のような単なる補佐役ではなく、州刺史の権力とほぼ同じ。

・眉州 劍南道北部 眉州。

・蕪 1 雑草が茂って荒れる。荒れ地。「荒蕪・平蕪」2 粗雑で入り乱れている。「蕪雑・蕪辞」3 野菜の名。カブ。カブラ。「蕪菁(ぶせい)」[難読]蕪菁(かぶ)

蜀中転々圖

 

柳影 含雲幕 ,江波 酒壺

〔柳影含雲重〕

柳が生い茂り陰をつくる、遠く白雲の幕を張ったように見える。西漢水の波には宴席の酒壺が一番似合うのだ。

「柳影」夏場に日陰をつくる様子を云う。

「雲幕」天の真上は青空が晴れ渡っているが水平線に近い所には、帳幕を張ったように白い雲がある。

「江」山南西道 閬州を流れる西漢水(陵江)。

kimo003

 

異方 會面 ,終宴 征途

異方からきた異国の女人の顔を見て驚き、宴席が終わるころにはこれから向かう度詞を思い名残惜しいと思うのだ。

「異方」西域、ウイグル、ペルシャ、吐蕃などの異民族の女性が宴席に侍っていることを云う。。

「征途」戰爭活動にむかうこと、征途のための宴席。

 

 

沙晚 風蝶 ,天晴 浴鳧

西漢水の渚の砂浜に夕日が当たり、風に吹かれて腸が低く舞う。天は晴れ渡り、水面にはマガモが水浴びをして喜んでいる

「鳧」ケリ(鳧、計里、水札、学名:Vanellus cinereus)は、チドリ目チドリ科タゲリ属に分類される鳥類の一種。まがも。互いにくっついて群れをなし、雄は灰色で頭から首にかけて緑色。あひるの原種で、形は、あひるによく似ている。 けり。水鳥の名。形はしぎに似ていて、湖沼などの水辺にすむ。 けり。物事の結着。きまり。 過去の助動詞「けり」にあてて用いられる。「鳧をつける」。

 

 

別離 老大 ,意緒 荒蕪。

今こうして別れを告げると多い気も心も痛み大いに老け込んでしまう。私の、心情、情緒は日ごとに荒れ果てた荒野のようになっていく。

「老大」年齡時間、年老。

「荒蕪」荒れ地。

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杜甫《送何侍御歸朝》舟で旅立つ諸公には渡し場で並んで餞別のことばをいうものだし、車や神輿というものは使者がお帰りになる時のものである。山には花が咲き乱れるに映している。水鳥は音もせず一人で飛んでゆく。


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689 《送何侍御歸朝》 蜀中転々 杜甫 <595  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3285 杜甫詩1000-595-851/1500          

 

 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 送何侍御歸朝〔李(章)梓州泛舟筵上作。〕 

交遊人物/地點: 何侍御 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)

 

掲 載; 杜甫1000首の595首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-851回目   40950

 

 

送何侍御歸朝〔李(章)梓州泛舟筵上作。〕

(何侍御が長安朝廷に帰られるを送別する。)〔李梓州主催の畝を浮かべての宴席で作詩する〕

舟楫諸侯餞,車輿使者歸。 

舟で旅立つ諸公には渡し場で並んで餞別のことばをいうものだし、車や神輿というものは使者がお帰りになる時のものである。

山花相映發,水鳥自孤飛。 

山には花が咲き乱れるに映している。水鳥は音もせず一人で飛んでゆく。

春日垂霜鬢,天隅把繡衣。 

春の日は風に垂れた白髪を揺らし、大空の隅の方で刺繍の衣服をつかんでいる。

故人從此去,寥落寸心違。 

そんな中で友人はここを去ってゆくと、都に帰っていく人と漂泊の旅を続け、荒廃した心のこのわたしとはかなり違っている。

(何侍御の歸朝するを送る)

舟楫 諸侯の餞,車輿 使者歸る。 

山花 相い映發し,水鳥 自ら孤飛す。 

春日 霜鬢を垂れ,天隅 繡衣を把る。 

故人 此從り去り,寥落 寸心違う。 

 

杏の花0055 

 

『送何侍御歸朝』 現代語訳と訳註

(本文)

送何侍御歸朝

舟楫諸侯餞,車輿使者歸。 

山花相映發,水鳥自孤飛。 

春日垂霜鬢,天隅把繡衣。 

故人從此去,寥落寸心違。 

 

(下し文)

(何侍御の歸朝するを送る)

舟楫 諸侯の餞,車輿 使者歸る。 

山花 相い映發し,水鳥 自ら孤飛す。 

春日 霜鬢を垂れ,天隅 繡衣を把る。 

故人 此從り去り,寥落 寸心違う。 

 

(現代語訳)

(何侍御が長安朝廷に帰られるを送別する。)〔李梓州主催の畝を浮かべての宴席で作詩する〕

舟で旅立つ諸公には渡し場で並んで餞別のことばをいうものだし、車や神輿というものは使者がお帰りになる時のものである。

山には花が咲き乱れるに映している。水鳥は音もせず一人で飛んでゆく。

春の日は風に垂れた白髪を揺らし、大空の隅の方で刺繍の衣服をつかんでいる。

そんな中で友人はここを去ってゆくと、都に帰っていく人と漂泊の旅を続け、荒廃した心のこのわたしとはかなり違っている。

 

 

(訳注)

送何侍御歸朝〔李(章)梓州泛舟筵上作。〕

(何侍御が長安朝廷に帰られるを送別する。)〔李梓州主催の畝を浮かべての宴席で作詩する〕

 

舟楫 諸侯 ,車輿 使者

舟で旅立つ諸公には渡し場で並んで餞別のことばをいうものだし、車や神輿というものは使者がお帰りになる時のものである。

「舟楫」1 ふねとかじ。また、ふね。2 ふねで運ぶこと。水運。

「諸侯」主君である君主の権威の範囲内で一定の領域を支配することを許された臣下である貴族のことである。

「餞」贐《「馬の鼻向け」の略》旅立ちや門出を祝って、別れて行く人に金品・詩歌などを贈ること。また、その贈り物。餞別(せんべつ)

「輿」人を乗せ人力で持ち上げて運ぶ乗り物。 ながえ と称する二本以上の棒の上に人が乗る台を載せたもので、轅を肩に担ぎ、または手を下げ腰の位置で持ち、大勢の人間により運ばれる。

「使者」1 命令や依頼を受けて使いをする人。使いの者。「―を派遣する」「―に立つ」2 法律上、他人の決定した法律行為を単に伝達する者。自ら意思決定をする代理人と区別される。

 

山花 相映 ,水鳥 自孤飛

山には花が咲き乱れるに映している。水鳥は音もせず一人で飛んでゆく。

 

春日 霜鬢 ,天隅 把繡衣

春の日は風に垂れた白髪を揺らし、大空の隅の方で刺繍の衣服をつかんでいる。

 

故人 從此 ,寥落 寸心

そんな中で友人はここを去ってゆくと、都に帰っていく人と漂泊の旅を続け、荒廃した心のこのわたしとはかなり違っている。

「寥落」荒れ果ててすさまじいこと。荒廃すること。
DCF00018 

688 《陪李梓州、王閬州、蘇遂州、李果州四使君登惠義寺》 蜀中転々 杜甫 <594>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3280 杜甫詩1000-594-850/1500

杜甫《陪李梓州、王閬州、蘇遂州、李果州四使君登惠義寺》自分は晩年になっている身だがこれまでどんなものを得ているというのか、なにも得ていないのだ。それでここへ登って、見下ろして見ても心が怨めしく晴れ晴れとした気持ちにはなれないのだ。

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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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688 《陪李梓州、王閬州、蘇遂州、李果州四使君登惠義寺》 蜀中転々 杜甫 <594>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3280 杜甫詩1000-594-850/1500

 

詩 題:陪李梓州、王閬州、蘇遂州、李果州四使君登惠義寺〔陪章梓州、王閬州、蘇遂州、李果州四使君登惠義寺〕

 

 

作時:763年廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 陪李梓州、王閬州、蘇遂州、李果州四使君登惠義寺〔陪章梓州、王閬州、蘇遂州、李果州四使君登惠義寺〕

作及地點: 

梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)     

閬州 (山南西道 閬州 閬州) 別名:閬、巴城     

遂州 (劍南道北部 遂州 遂州)     

果州 (山南西道 果州 果州)     

惠義寺 (劍南道北部 梓州 )     

交遊人物:

李梓州 ・王閬州・蘇遂州・李果州

當地交遊地點:劍南道北部 梓州

掲 載; 杜甫1000首の594首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-850回目

 

 

陪李梓州、王閬州、蘇遂州、李果州四使君登惠義寺

(李梓州、王閬州、蘇途州、李果州の四刺史に陪して恵義寺に登る。)

春日無人境,空不住天。

春も盛りのある日、ここは、だれも訪れる人のいない場所である。そのそらは空しく広がり、つねにめぐって変化しつつある空である。

鶯花隨世界,樓閣寄山

ここにも鶯と咲き誇る花はその場所に応じて春を知らせにあらわれている。楼閣は山の頂に寄って建てられている。

遲暮身何得,登臨意惘然。

自分は晩年になっている身だがこれまでどんなものを得ているというのか、なにも得ていないのだ。それでここへ登って、見下ろして見ても心が怨めしく晴れ晴れとした気持ちにはなれないのだ。

誰能解金印,瀟灑共安禪。

諸刺史のうちでだれが金印などをときすてて辞職し、さらりとしてここへきてともに坐禅ができるというのか。そんなものはいないだろう。

 

(李梓州・王閲州・蘇遂州・李果州の四使君に陪して恵義寺に登る)

春日 無人の境、虚空 不住の天。

鴬花 世界に随う、楼閣 山に倚る。

遅暮 身何をか得る、登臨 意 惘然【ぼうぜん】たり。

誰か能く金印を解きて、瀟灑【しょうさい】 共に安禪せん

泰山の道観02 

 

『陪李梓州、王閬州、蘇遂州、李果州四使君登惠義寺』 現代語訳と訳註

(本文)

陪李梓州、王閬州、蘇遂州、李果州四使君登惠義寺

春日無人境,空不住天。

鶯花隨世界,樓閣寄山

遲暮身何得,登臨意惘然。

誰能解金印,瀟灑共安禪。

 

(異文)

春日無人境,虛空不住天。

鶯花隨世界,樓閣寄山【樓閣倚山】。

遲暮身何得,登臨意惘然【登臨意寂然】。

誰能解金印,瀟灑共安禪【三車將五馬,若箇合安禪】。 

 

(下し文)

(李梓州・王閬州・蘇遂州・李果州の四使君に陪して恵義寺に登る)

春日 無人の境、虚空 不住の天。

鴬花 世界に随う、楼閣 山に倚る。

遅暮 身何をか得る、登臨 意 惘然【ぼうぜん】たり。

誰か能く金印を解きて、瀟灑【しょうさい】 共に安禪せん。

 

(現代語訳)

(李梓州、王閬州、蘇途州、李果州の四刺史に陪して恵義寺に登る。)

春も盛りのある日、ここは、だれも訪れる人のいない場所である。そのそらは空しく広がり、つねにめぐって変化しつつある空である。

ここにも鶯と咲き誇る花はその場所に応じて春を知らせにあらわれている。楼閣は山の頂に寄って建てられている。

自分は晩年になっている身だがこれまでどんなものを得ているというのか、なにも得ていないのだ。それでここへ登って、見下ろして見ても心が怨めしく晴れ晴れとした気持ちにはなれないのだ。

諸刺史のうちでだれが金印などをときすてて辞職し、さらりとしてここへきてともに坐禅ができるというのか。そんなものはいないだろう。

 

 

(訳注)

陪李梓州・王聞州・蘇途州・李果州四使君登恵義寺

(李梓州、王聞州、蘇途州、李果州の四刺史に陪して恵義寺に登る。)

青城山06○李梓州 梓州の刺史李某、李の字は或は章に作る。

○王閬州 閬州の刺史王某。

○蘇遂州 遂州の刺史蘇某。

○李果州 果州の刺史李某、梓州は今の潰川府、間州は保寧府、遂州は憧川府遂寧県、果州は順慶府である。

○便君 刺史の敬称。

○恵義寺 慧義寺のこと、梓州の北に在る。

 

 

春日 人境 ,虛空 不住

春も盛りのある日、ここは、だれも訪れる人のいない場所である。そのそらは空しく広がり、つねにめぐって変化しつつある空である。

○不住天 循環やまずして四時をなすことをいう。単なる空と見ればその通りであるが、四時、夜明け、午前、午後、夕暮れとその間も変化し続けている。

 

 

鶯花 世界 ,樓閣 寄山

ここにも鶯と咲き誇る花はその場所に応じて春を知らせにあらわれている。楼閣は山の頂に寄って建てられている。

○世界 この寺境の作る静寂の世界をいう。

○山 寺は長平山の天辺にあるという。

 

 

遲暮 何得,登臨 惘然

自分は晩年になっている身だがこれまでどんなものを得ているというのか、なにも得ていないのだ。それでここへ登って、見下ろして見ても心が怨めしく晴れ晴れとした気持ちにはなれないのだ。

○遅暮 晩年。

○何得 得る所のもののないことをいう。

○憫然 うらみをふくむさま。

 

誰能 金印 ,瀟灑 共安禪

諸刺史のうちでだれが金印などをときすてて辞職し、さらりとしてここへきてともに坐禅ができるというのか。そんなものはいないだろう。

○解金印 黄金の印をときすてる、辞職すること。

瀟灑 さらりとしたさま。

○安禅 おちついて坐禅する。
 

687 《登牛頭山亭子》 蜀中転々 杜甫 <593>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3275 杜甫詩1000-593-849/1500

杜甫《登牛頭山亭子》いままですでに多くの涙をそそいだものだが、いまだ二三行ほどの涙はのこっている。どうしてこの百花の咲きほこるこの園にうちむかうに忍びようか、これにむかえはまた涙をそそぎつくさねばならないのである。


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司馬相如 《上林賦 》(40)―#13-4  文選 賦<110-#13-4>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩945 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3273
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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687 《登牛頭山亭子》 蜀中転々 杜甫 <593>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3275 杜甫詩1000-593-849/1500


作時:763年廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題:登牛頭山亭子[牛頭山在縣西南,下有長樂寺。]

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 

及地點:  牛頭寺 (劍南道北部 梓州 )     

掲 載; 杜甫1000首の593首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-849回目



牛頭山の亭にのぼってよんだ詩。同時期に作った詩は以下に示す。

680 《上牛頭寺》 蜀中転々5P16 杜甫 <586  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3240 杜甫詩1000-586-842/1500

681 《望牛頭寺》 蜀中転々18 杜甫 <587  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3245 杜甫詩1000-587-843/1500

682 《上兜率寺》 蜀中転々21 杜甫 <588  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3250 杜甫詩1000-588-844/1500

683 《望兜率寺》 蜀中転々 杜甫 <589  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3255 杜甫詩1000-589-845/1500

684 《甘園》 蜀中転々 杜甫 <590  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3260 杜甫詩1000-590-846/1500

685 《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一》 蜀中転々 杜甫 <591  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3265 杜甫詩1000-591-847/1500

686 《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <592  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3270 杜甫詩1000-592-848/1500

687 《登牛頭山亭子》 蜀中転々 杜甫 <593  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3275 杜甫詩1000-593-849/1500

登牛頭山亭子

(牛頭山に登って休憩所の亭でやすむ。)

路出雙林外,亭窺萬井中。

寺の両側の林の向こうに、うえの方にむかって路がでていて、そこを登ってについてから多くの城内の人家をみおろす。

江城孤照日,山谷遠含風。

涪江にそった梓城は孤立していて日光に照らされ、山谷は遠く風を内部にたくわえているようである。

兵革身將老,關河信不通。

自分は兵乱のあいだに老いてしまったのだし、故郷とは関河のへだたりがあって音信は不通なのである。

猶殘數行

いままですでに多くの涙をそそいだものだが、いまだ二三行ほどの涙はのこっている。どうしてこの百花の咲きほこるこの園にうちむかうに忍びようか、これにむかえはまた涙をそそぎつくさねばならないのである。

(牛頭山の草子に登る)

路は出づ双林の外、亭は窺【うかが】う万井の中。

江城 孤にして日に照らされ、山谷 遠く風を含む。

兵革に 身 将に老いんとす、関河 信 通ぜず。

猶お残す数行の涙、百花の叢に対するに忍びんや。

登牛頭山亭子』 現代語訳と訳註

(本文)

登牛頭山亭子

路出雙林外,亭窺萬井中。

江城孤照日,山谷遠含風。

兵革身將老,關河信不通。

猶殘數行,忍對百花叢。

(下し文)

(牛頭山の草子に登る)

路は出づ双林の外、亭は窺【うかが】う万井の中。

江城 孤にして日に照らされ、山谷 遠く風を含む。

兵革に 身 将に老いんとす、関河 信 通ぜず。

猶お残す数行の涙、百花の叢に対するに忍びんや。


杏の花022(現代語訳)

(牛頭山に登って休憩所の亭でやすむ。)

寺の両側の林の向こうに、うえの方にむかって路がでていて、そこを登ってについてから多くの城内の人家をみおろす。

涪江にそった梓城は孤立していて日光に照らされ、山谷は遠く風を内部にたくわえているようである。

自分は兵乱のあいだに老いてしまったのだし、故郷とは関河のへだたりがあって音信は不通なのである。

いままですでに多くの涙をそそいだものだが、いまだ二三行ほどの涙はのこっている。どうしてこの百花の咲きほこるこの園にうちむかうに忍びようか、これにむかえはまた涙をそそぎつくさねばならないのである。


(訳注)
登牛頭山亭子
(牛頭山に登って休憩所の亭でやすむ。)
○亭子 ちん、こやすみ所。

路出雙林外,亭窺萬井中。

寺の両側の林の向こうに、うえの方にむかって路がでていて、そこを登ってについてから多くの城内の人家をみおろす。

○双林 双樹の林、寺をいう。

〇万井 都県の多くの人家。


江城孤照日,山谷遠含風。
涪江にそった梓城は孤立していて日光に照らされ、山谷は遠く風を内部にたくわえているようである。
○江城 涪江にそった城、梓州の城をいう。

兵革身將老,關河信不通。

自分は兵乱のあいだに老いてしまったのだし、故郷とは関河のへだたりがあって音信は不通なのである。

○兵革 兵乱をいう。

○関河 関塞河川。

○信 てがみ。


,忍對百花叢。

猶殘數行,忍對百花叢。

いままですでに多くの涙をそそいだものだが、いまだ二三行ほどの涙はのこっている。どうしてこの百花の咲きほこるこの園にうちむかうに忍びようか、これにむかえはまた涙をそそぎつくさねばならないのである。

○百花叢 多くの花のさいているくさむら。

杏の白花012 


686 《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <592>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3270 杜甫詩1000-592-848/1500

杜甫《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二》節度使のあなたにはもとより妻があり、野にいる鴛鴦に学ぶことなどしてはいけないのだ。


2013年11月10日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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686 《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <592  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3270 杜甫詩1000-592-848/1500

 

 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二

地點:  梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)     

交遊人物: 李梓州

 

掲 載; 杜甫1000首の592首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-848回目   40947

 

數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二

 (何度も、李梓州に陪席して涪江に舟を泛べる。そこに、女楽士がおり、いろんな船で来ている。戯れに、艶歌を作って李公に贈る。二首の二。)

白日移歌袖,清霄近笛床。

真昼の太陽は歌が袖を揺らす踊りに移り、清々し大空は笛が鳴りわたると牀台にちかずいていく。

翠眉縈度曲,雲鬢儼分行。

美人の眉は盛んに曲を重ねてゆき、美人の髷髪はうやうやしく別れてどこかに行く。

立馬千山暮,迴舟一水春。

馬で旅立てば山という山は暮れてゆき、舟で旅立てば一度この水の旅に春が訪れるというものである。

使君自有婦,莫學野鴛鴦。

節度使のあなたにはもとより妻があり、野にいる鴛鴦に学ぶことなどしてはいけないのだ。

 

(數【しばし】ば李梓州に陪して江に泛べ,女樂有りて諸舫在る,戲れに豔曲二首を為り 李に贈る,二首の二)

白日 歌は袖に移り,清霄 笛は床に近く。

翠眉 度曲に縈じ,雲鬢 分行に儼ず。

馬を立てせて 千山の暮,舟を迴して 一水の春。

使君 自【はじ】めに婦有り,野の鴛鴦に學ぶ莫れ。

 

花鴨004

『數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二

白日移歌袖,清霄近笛床。

翠眉縈度曲,雲鬢儼分行。

立馬千山暮,迴舟一水春。

使君自有婦,莫學野鴛鴦。

 

 

(下し文)

(數【しばし】ば李梓州に陪して江に泛べ,女樂有りて諸舫在る,戲れに豔曲二首を為り 李に贈る,二首の二)

白日 歌は袖に移り,清霄 笛は床に近く。

翠眉 縈んに曲を度する,雲鬢 儼かに分行す。

馬を立てせて 千山の暮,舟を迴して 一水の春。

使君 自【はじ】めに婦有り,野の鴛鴦に學ぶ莫れ。

 

 

(現代語訳)

(何度も、李梓州に陪席して涪江に舟を泛べる。そこに、女楽士がおり、いろんな船で来ている。戯れに、艶歌を作って李公に贈る。二首の二。)

真昼の太陽は歌が袖を揺らす踊りに移り、清々し大空は笛が鳴りわたると牀台にちかずいていく。

美人の眉は盛んに曲を重ねてゆき、美人の髷髪はうやうやしく別れてどこかに行く。

馬で旅立てば山という山は暮れてゆき、舟で旅立てば一度この水の旅に春が訪れるというものである。

節度使のあなたにはもとより妻があり、野にいる鴛鴦に学ぶことなどしてはいけないのだ。

 

 

(訳注)

數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二

(何度も、李梓州に陪席して涪江に舟を泛べる。そこに、女楽士がおり、いろんな船で来ている。戯れに、艶歌を作って李公に贈る。二首の二。)

美女004 

 

白日移歌袖,清霄近笛床。

真昼の太陽は歌が袖を揺らす踊りに移り、清々し大空は笛が鳴りわたると牀台にちかずいていく。

 

翠眉縈度曲,雲鬢儼分行。

美人の眉は盛んに曲を重ねてゆき、美人の髷髪はうやうやしく別れてどこかに行く。

・翠眉 1 みどり色のつややかなまゆ。美人のまゆ。2 柳の葉の細く青々としていること。また、山が遠く青くかすんで見えること。 

立馬千山暮,迴舟一水春。

馬で旅立てば山という山は暮れてゆき、舟で旅立てば一度この水の旅に春が訪れるというものである。

 

使君自有婦,莫學野鴛鴦。

節度使のあなたにはもとより妻があり、野にいる鴛鴦に学ぶことなどしてはいけないのだ。
DCF00047 

685 《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一》 蜀中転々 杜甫 <591>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3265 杜甫詩1000-591-847/1500

杜甫《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一》涪江は清らかに広がっているが、美女の歌が船底の扇のほうから聞こえてくる。広々とした野舞台では舞い衣の裾前をみだして踊っている。

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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ68  謝靈運(謝康楽) 《擬魏太子鄴中集詩八首 應瑒》 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3266 (11/09)
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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685

《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一》 蜀中転々 杜甫 <591  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3265 杜甫詩1000-591-847/1500

 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一

地點:  梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)

交遊人物: 李梓州    

掲 載; 杜甫1000首の591首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-847回目

 

 

數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一

(何度も、李梓州に陪席して涪江に舟を泛べる。そこに、女楽士がおり、いろんな船で来ている。戯れに、艶歌を作って李公に贈る。二首の一。)

上客迴空騎,佳人滿近船。

賓客も同船していて、何処へしけこんだのか空になった騎馬が帰ってきた。美人の妓女たちは大きな船でたくさん載って近づいてきた。

江清歌扇底,野曠舞衣前。

涪江は清らかに広がっているが、美女の歌が船底の扇のほうから聞こえてくる。広々とした野舞台では舞い衣の裾前をみだして踊っている。

玉袖凌風並,金壺隱浪偏。

奇麗な袖は躍るたびに涼風を起こし、黄金の姫壺は波間に見え隠れする。

競將明媚色,眼豔陽天。

競い合うのはまさに、輝いている妖艶な色気であり、見る人の目をこんなに楽しませてくれるのであり、天はこんな色気のある光景を映し出す太陽である。

鬢毛01(數【しばし】ば李梓州に陪して江に泛べ,女樂有りて諸舫在る,戲れに豔曲二首を為り 李に贈る,二首の一)

上客空騎を迴らし,佳人は船に滿して近くする。

江清くして 歌は扇底にあり,野曠くして舞衣の前にする。

玉袖 凌風に並び,金壺 隱浪に偏る。

競うは將に媚色を明らかにし,眼をますは豔陽の天なり。

 

 

『數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一

上客迴空騎,佳人滿近船。

江清歌扇底,野曠舞衣前。

玉袖凌風並,金壺隱浪偏。

競將明媚色,眼豔陽天。

 

 

(下し文)

(數【しばし】ば李梓州に陪して江に泛べ,女樂有りて諸舫在る,戲れに豔曲二首を為り 李に贈る,二首の一)

上客 空騎を迴らし,佳人は船に滿して近くする。

江清くして 歌は扇底にあり,野曠くして舞衣の前にする。

玉袖 凌風に並び,金壺 隱浪に偏る。

競うは將に媚色を明らかにし,眼をますは豔陽の天なり。

 

 

(現代語訳)

(何度も、李梓州に陪席して涪江に舟を泛べる。そこに、女楽士がおり、いろんな船で来ている。戯れに、艶歌を作って李公に贈る。二首の一。)

賓客も同船していて、何処へしけこんだのか空になった騎馬が帰ってきた。美人の妓女たちは大きな船でたくさん載って近づいてきた。

涪江は清らかに広がっているが、美女の歌が船底の扇のほうから聞こえてくる。広々とした野舞台では舞い衣の裾前をみだして踊っている。

奇麗な袖は躍るたびに涼風を起こし、黄金の姫壺は波間に見え隠れする。

競い合うのはまさに、輝いている妖艶な色気であり、見る人の目をこんなに楽しませてくれるのであり、天はこんな色気のある光景を映し出す太陽である。

 

 

(訳注)

bijo04數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一

(何度も、李梓州に陪席して涪江に舟を泛べる。そこに、女楽士がおり、いろんな船で来ている。戯れに、艶歌を作って李公に贈る。二首の一。)

・豔 艶と同じ。1 あでやかで美しいこと。なまめかしいこと。また、そのさま。「―を競う」「―な姿」2 情趣に富むさま。美しく風情のあるさま。「月隈なくさしあがりて、空のけしきも―なるに」〈源・藤袴〉3 しゃれているさま。粋(いき)なさま。

この詩は、杜甫が高官や富貴の者が喜ぶエッチなことを一生懸命詠ったものである。

 

上客 空騎 ,佳人 滿近船

賓客も同船していて、何処へしけこんだのか空になった騎馬が帰ってきた。美人の妓女たちは大きな船でたくさん載って近づいてきた。

「上客」同席している賓客たち。

「迴騎」美人の乗っている船に移動して乗ってきた馬を乗せた船を帰してきた。

「佳人」この舟游の席に呼ばれている妓女。

 

 

江清 扇底 ,野曠 舞衣

涪江は清らかに広がっているが、美女の歌が船底の扇のほうから聞こえてくる。広々とした野舞台では舞い衣の裾前をみだして踊っている。

「江」舟遊びをする涪江。

「扇底」周囲から見えなくして船底にいる。

「野曠」郊原村野原は広く広がっている。。

 

 

玉袖 凌風 並,金壺 隱浪偏

奇麗な袖は躍るたびに涼風を起こし、黄金の姫壺は波間に見え隠れする。

「玉袖」そげから奇麗な腕が見える様子を云う。

「金壺」姫壺が垣間見える。

 

 

競將 明媚 豔陽

競い合うのはまさに、輝いている妖艶な色気であり、見る人の目をこんなに楽しませてくれるのであり、天はこんな色気のある光景を映し出す太陽である。

」遠くからでも人の目を楽しまさせてくれるのは天から明るく日が射してくれているからである。杜甫が高官や富貴の者が喜ぶエッチなことを一生懸命詠ったもの。

「陽天」太陽の日差し。
 

金燈花01

684 《甘園》 蜀中転々 杜甫 <590>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3260 杜甫詩1000-590-846/1500

杜甫《甘園》はれあがった天空の雲であってもこの園のミカンの葉が茂っているものには劣って恥入るというし、雪嶺山脈の白雪も、ここのミカンの花が咲くと恐れ舞いこんでしまう。

2013年11月8日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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684

《甘園》 蜀中転々 杜甫 <590  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3260 杜甫詩1000-590-846/1500

 

 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 甘園 〔古通作柑。〕

及地點:  甘園 (劍南道北部 梓州 梓州)     

掲 載; 杜甫1000首の590首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-846回目   40945

 

 

甘園

(ミカン園)

春日清江岸,千甘二頃園。 

春の日差しがふりそそぐ清らかに水をたたえた涪江の岸辺がある。千本のミカンの花さく二頃の広さの果樹園がある。

青雲羞葉密,白雪避花繁。 

はれあがった天空の雲であってもこの園のミカンの葉が茂っているものには劣って恥入るというし、雪嶺山脈の白雪も、ここのミカンの花が咲くと恐れ舞いこんでしまう。

結子隨邊使,開筒近至尊。 

はれあがった天空の雲であってもこの園のミカンの葉が茂っているものには劣って恥入るというし、雪嶺山脈の白雪も、ここのミカンの花が咲くと恐れ舞いこんでしまう。

後於桃李熟,終得獻金門。 

蜜柑の後には桃とすももが熟してくるし、そしてそれらも、朝廷に献上されるのである。

 

 

『甘園』 現代語訳と訳註

(本文)

甘園

春日清江岸,千甘二頃園。 

青雲羞葉密,白雪避花繁。 

結子隨邊使,開筒近至尊。 

後於桃李熟,終得獻金門。 

 

 

(下し文)

甘園

春日 江岸に清し,千甘 二頃の園。 

青雲 葉密に羞じ,白雪 花繁を避く。 

結子 邊使に隨い,開筒 至尊に近し。 

後に於いて桃李は熟し,終に得て 金門に獻ず。 

 河南郾城05

 

(現代語訳)

(ミカン園)

春の日差しがふりそそぐ清らかに水をたたえた涪江の岸辺がある。千本のミカンの花さく二頃の広さの果樹園がある。

はれあがった天空の雲であってもこの園のミカンの葉が茂っているものには劣って恥入るというし、雪嶺山脈の白雪も、ここのミカンの花が咲くと恐れ舞いこんでしまう。

はれあがった天空の雲であってもこの園のミカンの葉が茂っているものには劣って恥入るというし、雪嶺山脈の白雪も、ここのミカンの花が咲くと恐れ舞いこんでしまう。

蜜柑の後には桃とすももが熟してくるし、そしてそれらも、朝廷に献上されるのである。

 

 

(訳注)

甘園

(ミカン園)
蜜柑の花が咲き、実がなる。杜甫は、粛宗が、人材の発掘、育成、優の名人材の抜擢などほとんどできなかったことをミカン、桃李に比喩して詠っている。
 

 

春日 清江 ,千甘 二頃

春の日差しがふりそそぐ清らかに水をたたえた涪江の岸辺がある。千本のミカンの花さく二頃の広さの果樹園がある。

「江」涪江。

「甘」蜜柑。

「二頃」面積の単位である。100畝が1頃であり、畝は5尺四方の120倍(古代は100平方歩)であった。

 

 

青雲 葉密 ,白雪 避花繁

はれあがった天空の雲であってもこの園のミカンの葉が茂っているものには劣って恥入るというし、雪嶺山脈の白雪も、ここのミカンの花が咲くと恐れ舞いこんでしまう。

「青雲」天空の雲。

「葉密」みかんの葉が生い茂る。

「白雪」風霜雪露、雪。

「花繁」語義類別:物、生物、植物泛稱(花)、花。盛。

 

 

結子 邊使 ,開筒 至尊

蜜柑が実ると辺西の地に遣わされた、天子の使者にしたがって大勢が来るし、筒に納めていくられた蜜柑は天子も近くに置いておかれるという。

「結子」果実、種子を木に実らせること。

「邊使」天子の国境邊に使かわされる。

「筒」(1)丸く細長く中がからになっているもの。くだ。管。(2)銃身。砲身。 (3)小銃。大砲。 (4)井戸がわ。井筒(いづつ)(5)(こしき)の異名。(6)俵にさしこんで米や麦を出すために用いる、先をとがらせた竹。米さし。(7)酒などを入れる竹筒。ささえ。(8)和船で、帆柱の受け材。

「至尊」皇室稱謂、天子。

 

 

後於 桃李 ,終得獻 金門

蜜柑の後には桃とすももが熟してくるし、そしてそれらも、朝廷に献上されるのである。

「桃李」1 桃とすもも。また、桃の花とすももの花。

《唐の劉禹錫(りゅううしゃく)の「満城の桃李春官(しゅんかん)に属(しょく)す」の詩句から》試験官が採用した門下生。自分がとりたてた人材。。

「熟」語義類別:物、生物狀態、植物生命狀態、熟。

「獻」語義類別:人、行為動作、一般行為(其他部)、獻。

「金門」金馬門のことで、朝廷。漢代の未央宮の門の一。側臣が出仕して下問を待つ所。金馬。金門。

 Flower1-005

683 《望兜率寺》 蜀中転々 杜甫 <589>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3255 杜甫詩1000-589-845/1500

《望兜率寺》この寺はまたとないもので天に対して大いなるものであるということを知る。何もない閑疎な状態であることは、仏を尊ぶ心を見たということだ。

2013年11月7日 の紀頌之5つのブログ
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 望兜率寺 

及地點:  兜率寺 (劍南道北部 梓州 )     

 

 

望兜率寺

(兜率寺を望む)

樹密當山徑,江深隔寺門。 

この山には木が密集して寺に向かう山道に繁っている。涪江の水は深く寺を隔てている。

霏霏雲氣重,閃閃浪花翻。 

雲がおもく雨が絶え間なく降る、ゆらゆらとして波間に浮かぶ花弁が躍る。

不復知天大,空餘見佛尊。 

この寺はまたとないもので天に対して大いなるものであるということを知る。何もない閑疎な状態であることは、仏を尊ぶ心を見たということだ。

時應清盥罷,隨喜給孤園。 

時代は今まさに、ここの謀反の乱れを治め役割を終えた。それを慶びそれにしたがってこのポツンと離れて樹園が提供された。

(兜率寺【とそつじ】を望む)

樹密にして山徑に當り,江深くして寺門を隔つ。 

霏霏として雲氣 重く,閃閃として浪花 翻える。 

不復すは 天大いなるを知る,空餘見佛尊。 

時應に清盥【せいかん】 罷【まか】り,喜に隨い孤園を給う。 

王屋山00 

 

『望兜率寺』 現代語訳と訳註

(本文)

望兜率寺

樹密當山徑,江深隔寺門。 

霏霏雲氣重,閃閃浪花翻。 

不復知天大,空餘見佛尊。 

時應清盥罷,隨喜給孤園。 

 

 

(下し文)

(兜率寺とそつじ】を望む)

樹密にして山徑に當り,江深くして寺門を隔つ。 

霏霏として雲氣 重く,閃閃として浪花 翻える。 

不復すは 天大いなるを知る,空餘見佛尊。 

時應に清盥【せいかん】 罷【まか】り,喜に隨い孤園を給う。 

 

 

(現代語訳)

(兜率寺を望む)

この山には木が密集して寺に向かう山道に繁っている。涪江の水は深く寺を隔てている。

雲がおもく雨が絶え間なく降る、ゆらゆらとして波間に浮かぶ花弁が躍る。

この寺はまたとないもので天に対して大いなるものであるということを知る。何もない閑疎な状態であることは、仏を尊ぶ心を見たということだ。

時代は今まさに、ここの謀反の乱れを治め役割を終えた。それを慶びそれにしたがってこのポツンと離れて樹園が提供された。

 

 

(訳注)

望兜率寺

(兜率寺を望む)

○兜率寺 梓州には大小十二の寺があり、北には慧義寺、南には兜率寺、西には牛頭寺、東には観音寺があるという、「兜率陀」は梵語で「足ルヲ知ル」の意である。

 

 

樹密 當山徑 ,江深 寺門

この山には木が密集して寺に向かう山道に繁っている。涪江の水は深く寺を隔てている。

 

霏霏 雲氣 ,閃閃 浪花

くもがおもく雨が絶え間なく降る、ゆらゆらとして波間に浮かぶ花弁が躍る。

「霏霏」1 雪や雨が絶え間なく降るさま。「―として秋雨が降る」2 物事が絶え間なく続くさま。

「閃閃」1 ひらひらと動くさま。「臥蚕(がさん)の太眉―と動きて」〈樗牛・滝口入道〉2 きらきらと輝くさま。

 

 

不復 天大 ,空餘 佛尊

この寺はまたとないもので天に対して大いなるものであるということを知る。何もない閑疎な状態であることは、仏を尊ぶ心を見たということだ。

「空餘」生活狀態が何もない閑疎な状態であること。

「佛尊」佛をたっとぶ。

 

 

時應 清盥 罷,隨喜 孤園

時代は今まさに、ここの謀反の乱れを治め役割を終えた。それを慶びそれにしたがってこのポツンと離れて樹園が提供された。

「清盥」謀叛などを平定することを比喩する。盥:平たい桶のことを言う。通常丸い形をしている。比較的浅い。一般にいわれる洗い桶としての簡易洗面器も、この一種である。 桶の製作技術を使って、木製のたらいが使われていた。

「罷」1 仕事を中止する。「罷業・罷工」2 役目をやめさせる。「罷免」3 疲れてやる気がなくなる。
蜀中転々圖 

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《上兜率寺》 兜率寺はその名を知られた名寺であり、寺の真如堂は真如の法を領会する堂である。その堂へ来て見るとその眺めは巴蜀の江山をわがものとしているし、その棟木・屋根ははやくも斉梁時代から建てられているものである。


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682 《上兜率寺》 蜀中転々21 杜甫 <588  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3250 杜甫詩1000-588-844/1500          

 

 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 上兜率寺 

寫作地點: 目前尚無資料 

寫及地點:  兜率寺 (劍南道北部 梓州 )     

掲 載; 杜甫1000首の588首目-場面21

杜甫ブログ1500回予定の-844回目   40943

 

 

上兜率寺

(兜率寺とそつじ】に上る)

兜率知名寺,真如會法堂。 

兜率寺はその名を知られた名寺であり、寺の真如堂は真如の法を領会する堂である。

江山有巴蜀,棟宇自齊梁。 

その堂へ来て見るとその眺めは巴蜀の江山をわがものとしているし、その棟木・屋根ははやくも斉梁時代から建てられているものである。

庾信哀雖久,何顒好不忘。 

故郷をはなれている庚信であるこのわたしは長く悲しみつつあるのであるが周顒であるこのわたしは仏法に対してこれを好むの念は忘れたことがない。

白牛車遠近,且欲上慈航。 

わたしは果して白牛車の大乗にのってどれほどの道を行きうるのかわからないのであるが、まずまずありがたい経文というお助け舟にのぼることがこの教えであるということだ。

 

(兜率寺【とそつじ】に上る)

兜率は知名の寺あり、真如 会法の堂。

江山 巴蜀を有す、棟字 斉梁よりす。

庚信哀しむ 久しと雖も、周顒【しゅうぎょう】好むこと忘れず。

白牛 車 遠近、且つ慈航【じこう】に上らんと欲す。

 泰山の道観02写真はイメージで詩文とは全く関係ないものです。

 

『上兜率寺』 現代語訳と訳註

(本文)

上兜率寺

兜率知名寺,真如會法堂。 

江山有巴蜀,棟宇自齊梁。 

庾信哀雖久,何顒好不忘。 

白牛車遠近,且欲上慈航。 

 

詩文(含異文)

兜率知名寺,真如會法堂。

江山有巴蜀,棟宇自齊梁。

庾信哀雖久,何顒【案:當作周顒,周好佛。】好不忘。

白牛〔《法華經》「以大白牛駕寶車」〕車遠近,且欲上慈航。

 

(下し文)

(兜率寺とそつじ】に上る)

兜率は知名の寺あり、真如 会法の堂。

江山 巴蜀を有す、棟字 斉梁よりす。

庚信哀しむ 久しと雖も、周顒【しゅうぎょう】好むこと忘れず。

白牛 車 遠近、且つ慈航【じこう】に上らんと欲す。

 

 

(現代語訳)

(兜率寺とそつじ】に上る)

兜率寺はその名を知られた名寺であり、寺の真如堂は真如の法を領会する堂である。

その堂へ来て見るとその眺めは巴蜀の江山をわがものとしているし、その棟木・屋根ははやくも斉梁時代から建てられているものである。

故郷をはなれている庚信であるこのわたしは長く悲しみつつあるのであるが周顒であるこのわたしは仏法に対してこれを好むの念は忘れたことがない。

わたしは果して白牛車の大乗にのってどれほどの道を行きうるのかわからないのであるが、まずまずありがたい経文というお助け舟にのぼることがこの教えであるということだ。

 

 

(訳注)

上兜率寺

(兜率寺とそつじ】に上る)

○兜率寺 梓州には大小十二の寺があり、北には慧義寺、南には兜率寺、西には牛頭寺、東には観音寺があるという、「兜率陀」は梵語で「足ルヲ知ル」の意である。

 

兜率 知名 ,真如 法堂。

兜率寺はその名を知られた名寺であり、寺の真如堂は真如の法を領会する堂である。

○真如会法堂 真如の法を領会する堂の意、真如は円覚の自性で、本と、偽妄変易なきものをいうという。

 

 

江山 巴蜀 ,棟宇 自齊梁

その堂へ来て見るとその眺めは巴蜀の江山をわがものとしているし、その棟木・屋根ははやくも斉梁時代から建てられているものである。

○有巴蜀 巴蜀の江山を所有すること。

○棟宇 むなぎ、やね。

○自斉梁 この寺は隋の開皇中に建てられたとつたえる、作者が斉梁といったのは何か拠る所があるのであろう、斉・梁は六朝の代の国名、隋代よりもふるいもの。 

 

 

庾信 雖久 ,何顒 好不忘

故郷をはなれている庚信であるこのわたしは長く悲しみつつあるのであるが周顒であるこのわたしは仏法に対してこれを好むの念は忘れたことがない。

○庚信 北周の文豪、梁より北方に行き、南方をおもって「哀江南」 の賊を作った、作者は庚信を以て自ずからに此する。杜甫はよく喩える。杜甫『奉贈王中允維』
中允聲名久,如今契闊深。共傳收庾信,不比得陳琳。
一病緣明主,三年獨此心。窮愁應有作,試誦白頭吟。
(王中允維に贈り奉る)
中允声名久し、如今契閥深し。共に伝う庚信を収むと、此せず陳琳を得るに。
一癖明主に縁る、三年独り此の心。窮愁応に作有るなるべし、試みに謂す白頭吟。
奉贈王中允維 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 254

○周顒 何はいずれかの顒ということ。周顒は斉梁の時の人、仏教を好んだ、これも自ずからに此する。

 

 

白牛車 遠近 ,且欲 慈航

わたしは果して白牛車の大乗にのってどれほどの道を行きうるのかわからないのであるが、まずまずありがたい経文というお助け舟にのぼることがこの教えであるということだ。

○白牛車 「法華経」(誓喰品)に牛車を大乗の法にたとえる、遠近とは法のところまで達するのにみちのりは違いか近いかわからぬがの意。

○慈航 すくいのふね、清涼禅師の「般若経序」に、「般若は苦海の慈航なり」とある。ここは説法をきくことをさして慈航に上るといったものである。自分の力でなく、他人の力によって望みをかなえようとする他力本願を云う。
成都遂州00 

681 《望牛頭寺》 蜀中転々18 杜甫 <587>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3245 杜甫詩1000-587-843/1500

《望牛頭寺》わたしもこれから狂歌している老人などになっていることをやめねばなるまい、仏法に帰依して「不住心」でもふりかえってみた方がよいとおもうのだ。


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司馬相如 《上林賦 》(34)― #11-4 文選 賦<110-#11-4>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩939 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3243
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681 《望牛頭寺》 蜀中転々18 杜甫 <587  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3245 杜甫詩1000-587-843/1500          

 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 望牛頭寺 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點: 牛頭寺 (劍南道北部 梓州 ・鶴林寺 (劍南道北部 梓州 )     

掲 載; 杜甫1000首の587首目-場面18

杜甫ブログ1500回予定の-843回目   40942

 

<!--[if !supportLists]-->(1)  <!--[endif]-->上牛頭寺 (前日ブログ)

<!--[if !supportLists]-->(2) <!--[endif]-->望牛頭寺 (今回分)

<!--[if !supportLists]-->(3)  <!--[endif]-->上兜率寺 (明日予定)

<!--[if !supportLists]-->(4)  <!--[endif]-->兜率寺

<!--[if !supportLists]-->(5)  <!--[endif]-->甘園

<!--[if !supportLists]-->(6)  <!--[endif]-->登牛頭山亭子

 

望牛頭寺

(山のうえにある牛頭寺をのぞんだことをのべた詩。)

牛頭見鶴林,梯逕繞幽深。 

牛頭山にある寺をみる鶴のように白くなった鶴林が見える、そこに段々梯子のような小道がぐるぐるめぐって奥深くまでつづいている。

春色浮山外,天河宿殿陰。 

春げしきは山の外にひろがるのでやまは浮かんで見える、夜になれば、天の河もこの寺の本殿をかげにして星座となって自然と一体化していることだろう。

傳燈無白日,布地有黃金。 

ここの住僧は代代法灯を伝えて白日の光をも無いものと同じで夜も昼もたきつづけている。門徒の長者は黄金を地面に敷いてこれほどの立派なものを建てたのだ。

休作狂歌老,迴看不住心。 

わたしもこれから狂歌している老人などになっていることをやめねばなるまい、仏法に帰依して「不住心」でもふりかえってみた方がよいとおもうのだ。

 

(牛頭寺【ごずじ】を望む)

牛頭 鶴林を見、梯逕 繞【めぐ】りて幽深なり。

春色 山外に浮かび、天河 殿陰に宿す。

伝灯白日を無【な】みす、布地黄金有り。

狂歌の老と作るを休めて、廻看【かいかん】せん 不住の心。

青城山06 

 

『望牛頭寺』 現代語訳と訳註

(本文)

望牛頭寺

牛頭見鶴林,梯逕繞幽深。 

春色浮山外,天河宿殿陰。 

傳燈無白日,布地有黃金。 

休作狂歌老,迴看不住心。 

 

(含異文)

牛頭見鶴林,梯逕繞幽深【秀麗一何深】。

春色浮山外【春色流山外】,天河宿殿陰【天河沒殿陰】。

傳燈無白日,布地有黃金。

休作狂歌老,迴看不住心。

 

(下し文)

(牛頭寺【ごずじ】を望む)

牛頭 鶴林を見、梯逕 繞【めぐ】りて幽深なり。

春色 山外に浮かび、天河 殿陰に宿す。

伝灯白日を無【な】みす、布地黄金有り。

狂歌の老と作るを休めて、廻看【かいかん】せん 不住の心。

 

(現代語訳)

(山のうえにある牛頭寺をのぞんだことをのべた詩。)

牛頭山にある寺をみる鶴のように白くなった鶴林が見える、そこに段々梯子のような小道がぐるぐるめぐって奥深くまでつづいている。

春げしきは山の外にひろがるのでやまは浮かんで見える、夜になれば、天の河もこの寺の本殿をかげにして星座となって自然と一体化していることだろう。

ここの住僧は代代法灯を伝えて白日の光をも無いものと同じで夜も昼もたきつづけている。門徒の長者は黄金を地面に敷いてこれほどの立派なものを建てたのだ。

わたしもこれから狂歌している老人などになっていることをやめねばなるまい、仏法に帰依して「不住心」でもふりかえってみた方がよいとおもうのだ。

 

 

(訳注)

望牛頭寺

(山のうえにある牛頭寺をのぞんだことをのべた詩。)

広徳元年、梓州にあっての作。

 

 

牛頭 鶴林 ,梯逕 幽深

牛頭山にある寺をみる鶴のように白くなった鶴林が見える、そこに段々梯子のような小道がぐるぐるめぐって奥深くまでつづいている。

○牛頭見鶴林 牛頭・鶴林について梓州の南七里にある寺の名であり、牛頭は山をさし、鶴林は牛頭寺をさしたものであ。後に(3)「上兜率寺」(兜率寺に上る)・(4)「望兜率寺」(兜率寺を望む)の二詩がある。仏が埋葬に入ったとき東西の二双樹(東に松、西に柏)、南北の二双樹が、それぞれ合して一樹となって垂れて仏を覆い、その樹は惨然としで白く変じて、その色は鶴のように白くなったので、鶴林と名づけたという。鶴林は単に寺の意に用いたものである。

○梯逕 はしごのようにだんだんになっているこみち。

○繞 紆回している。

 

 

春色 山外 ,天河 宿殿陰

春げしきは山の外にひろがるのでやまは浮かんで見える、夜になれば、天の河もこの寺の本殿をかげにして星座となって自然と一体化していることだろう。

○天河 あまのがわ。

○宿殿陰 満天の星空に御殿の蝋燭も星座としてみえること。自然と一体していることを表現している。

 

 

傳燈 白日 ,布地 黃金

ここの住僧は代代法灯を伝えて白日の光をも無いものと同じで夜も昼もたきつづけている。門徒の長者は黄金を地面に敷いてこれほどの立派なものを建てたのだ。

○伝灯 次ぎ火をして火を絶えないで、昔からの灯であること。お経を唱えながら気を継ぎ足す。仏家は灯を法にたとえる、法をつぎつぎに伝えることを伝灯という。これは、現代まで焚きつづいている寺は中國や日本のたくさんある。

○無白日 ひるも灯がきえぬ故に白日はあっても無いのにおなじである。

○布地有黃金 信徒の長者が黄金を地に敷いて精舎をたてた。

 

 

休作 狂歌 ,迴看 住心

わたしもこれから狂歌している老人などになっていることをやめねばなるまい、仏法に帰依して「不住心」でもふりかえってみた方がよいとおもうのだ。

○狂歌老 自己をさす。歌を謡っているだけのこの老人。

○廻看 ふりかえってみる。

○不住心 執着しないとする心、悟りのこころ。
 泰山の道観02

680 《上牛頭寺》 蜀中転々5P16 杜甫 <586>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3240 杜甫詩1000-586-842/1500

《上牛頭寺二度とあってほしくないこと賊に拘束されたり、阻まれたりすることである。この地においてまた真実のこととしてあるかもしれないのでこの波にのってでていくことである。

 

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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《上牛頭寺 蜀中転々5P16 杜甫 <586  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3240 杜甫詩1000-586-842/1500

 

 

作者: 杜甫  763年廣德元年  52 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 上牛頭寺【案:牛頭山在縣西南,下有長樂寺。】 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州)  

及地點: 牛頭寺 (劍南道北部 梓州 )     

 

掲 載; 杜甫1000首の586首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-842回目
この頃の同じ雰囲気の詩。 

<!--[if !supportLists]-->(1)  <!--[endif]-->上牛頭寺   

<!--[if !supportLists]-->(2)  <!--[endif]-->望牛頭寺   

<!--[if !supportLists]-->(3)  <!--[endif]-->上兜率寺

<!--[if !supportLists]-->(4)  <!--[endif]-->兜率寺

<!--[if !supportLists]-->(5)  <!--[endif]-->甘園

<!--[if !supportLists]-->(6)  <!--[endif]-->登牛頭山亭子

 

上牛頭寺

(牛頭寺にのぼる。)

〔牛頭山在縣西南,下有長樂寺。〕

〔牛頭山は剣南梓州縣の西南にあり、山を下ってみると長樂寺がある。〕

青山意不盡,袞袞上牛頭。

春の遠い山は思いのままにはつづかない。しかし、ここ牛頭山に登ってみると相次いで続いているのである。

無復能拘礙,真成浪出遊。

二度とあってほしくないこと賊に拘束されたり、阻まれたりすることである。この地においてまた真実のこととしてあるかもしれないのでこの波にのってでていくことである。

花濃春寺靜,竹細野池幽。

それか、花は色を濃くしており、春のこの寺は静かなものである。細竹の林は野と池の周りに生えており幽閑なここで隠遁するのである。

何處鶯啼切,移時獨未休。

しかしここでも、何処に行ったのだろうか、鶯の啼き声も途絶えてしまっている。この頃ずっと、時を移すのみで、私一人まだこの旅生活を終わらせることもできないのである。

 

(牛頭寺に上る)

〔牛頭山在縣西南,下有長樂寺。〕

青山 意 盡さず,袞袞 牛頭に上る。

復すを無くは 能く拘礙し,真成して 浪出でて遊ぶ。

花濃くして春寺の靜,竹細くして野池の幽。

何處にか鶯啼切り,時移る 獨り未だ休まず。 

DCF00047  

『上牛頭寺』 現代語訳と訳註

(本文)

上牛頭寺

〔牛頭山在縣西南,下有長樂寺。〕

青山意不盡,袞袞上牛頭。

無復能拘礙,真成浪出遊。

花濃春寺靜,竹細野池幽。

何處鶯啼切,移時獨未休。

 

 

(下し文)

(牛頭寺に上る)

〔牛頭山在縣西南,下有長樂寺。〕

青山 意 盡さず,袞袞 牛頭に上る。

復すを無くは 能く拘礙し,真成して 浪出でて遊ぶ。

花濃くして春寺の靜,竹細くして野池の幽。

何處にか鶯啼切り,時移る 獨り未だ休まず。 

 

 

(現代語訳)

(牛頭寺にのぼる。)

〔牛頭山は剣南梓州縣の西南にあり、山を下ってみると長樂寺がある。〕

春の遠い山は思いのままにはつづかない。しかし、ここ牛頭山に登ってみると相次いで続いているのである。

二度とあってほしくないこと賊に拘束されたり、阻まれたりすることである。この地においてまた真実のこととしてあるかもしれないのでこの波にのってでていくことである。

それか、花は色を濃くしており、春のこの寺は静かなものである。細竹の林は野と池の周りに生えており幽閑なここで隠遁するのである。

しかしここでも、何処に行ったのだろうか、鶯の啼き声も途絶えてしまっている。この頃ずっと、時を移すのみで、私一人まだこの旅生活を終わらせることもできないのである。

 

 

(訳注)

上牛頭寺

(牛頭寺にのぼる。)

〔牛頭山在縣西南,下有長樂寺。〕

〔牛頭山は剣南梓州縣の西南にあり、山を下ってみると長樂寺がある。〕

・牛頭寺 梓州の南七里にある寺の名で牛頭寺(鶴林寺)に登った詩で、「望牛頭寺」詩で牛頭は山をさし、鶴林寺と牛頭寺は同じ寺であるとしている。

 

青山 不盡 ,袞袞 牛頭

春の遠い山は思いのままにはつづかない。しかし、ここ牛頭山に登ってみると相次いで続いているのである。

「青山」遠近描写で遠い山を詠う。靑は春であるので春山を云う。

「袞袞」相い続いて絶えないさま。多少(多)。杜甫『醉時歌』「諸公袞袞登臺省,廣文先生官獨冷。」こんこん相い続いて絶えないさま醉時歌

袞袞 大水が流れる様子。塵が後からあとから立のぼる様子。ねんごろに説いて話の尽きない様子。

酬孟雲卿 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 274

 

 

 

無復 拘礙 ,真成浪 出遊

二度とあってほしくないこと賊に拘束されたり、阻まれたりすることである。この地においてまた真実のこととしてあるかもしれないのでこの波にのってでていくことである。

「拘」1 つかまえて自由を奪う。とらえる。「拘禁・拘束・拘置・拘留」2 かかわる。こだわる。「拘泥 」3 まっすぐ伸びない。

「礙」さえぎる。阻ばむ。

 

 

花濃 春寺 ,竹細 野池

それか、花は色を濃くしており、春のこの寺は静かなものである。細竹の林は野と池の周りに生えており幽閑なここで隠遁するのである。

「幽」竹林の奥には静かな隠遁の場所がある。。

 

 

何處 鶯啼 切,移時 獨未休

しかしここでも、何処に行ったのだろうか、鶯の啼き声も途絶えてしまっている。この頃ずっと、時を移すのみで、私一人まだこの旅生活を終わらせることもできないのである。
成都遂州00 

679 《泛江送客》 蜀中転々 杜甫 <585>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3235 杜甫詩1000-585-841/1500

《泛江送客》7632月は、頻繁に送別の宴席があった、この日の送別は、東津にむけて涪江の平定をしようとして派遣されるものである。霞のように花がさき山のすそ野に重なっている。舟を浮かべて波のまにまに舟の楫をとっている。

 


2013年11月3日

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司馬相如《上林賦 》(32)― #11-2 文選 賦<110-#11-2>13分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩937 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3233
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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『花間集』継続中 
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679 《泛江送客》 蜀中転々 杜甫 <585  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3235 杜甫詩1000-585-841/1500

 

 

作者: 杜甫  廣德元年  763  52 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 泛江送客 

作地點: 巴西(劍南道北部 / 綿州 / 巴西

及地點: 東津 (劍南道北部 綿州 綿州)     

 

 

泛江送客

(送別の宴席で知り合って友人となるもあまり日が経たないうちに、今度はその友人の送別をするということを詠う。)

二月頻送客,東津江欲平。 

7632月は、頻繁に送別の宴席があった、この日の送別は、東津にむけて涪江の平定をしようとして派遣されるものである。

煙花山際重,舟楫浪前輕。 

霞のように花がさき山のすそ野に重なっている。舟を浮かべて波のまにまに舟の楫をとっている。

淚逐勸杯下,愁連吹笛生。 

送別会で涙が盃を進められ傾けるたびに追うようにして流れるのだ、愁いはというと胡笛を吹く度にまた心配が生まれてきてそれが続くのである。

離筵不隔日,那得易為情。 

ところが送別の宴席を離れたかと思うとあまり日は経っていないのにまた送別するという、どうして宴席が容易になされるが心情を得るのだ。

 

(江に泛べて客を送る)

二月 頻りに客を送る,東津 江 平げんと欲す。 

煙花 山際の重なり,舟楫 浪 前輕す。 

淚は杯を勸めて下さるに逐い,愁は笛を吹きて生じるに連なる。 

筵を離れば日を隔たらず,那んぞ情を為し易しを得えん。  

80022008 成都遂州00

 

『泛江送客』 現代語訳と訳註

(本文)

泛江送客

二月頻送客,東津江欲平。 

煙花山際重,舟楫浪前輕。 

淚逐勸杯下,愁連吹笛生。 

離筵不隔日,那得易為情。 

 

(異文)

二月頻送客,東津江欲平。

煙花山際重,舟楫浪前輕。

淚逐勸杯下【淚逐勸杯】,愁連吹笛生。

離筵不隔日,那得易為情。 

 

 

(下し文)

(江に泛べて客を送る)

二月 頻りに客を送る,東津 江 平げんと欲す。 

煙花 山際の重なり,舟楫 浪 前輕す。 

淚は杯を勸めて下さるに逐い,愁は笛を吹きて生じるに連なる。 

筵を離れば日を隔たらず,那んぞ情を為し易しを得えん。 

 

 

 

(現代語訳)

(送別の宴席で知り合って友人となるもあまり日が経たないうちに、今度はその友人の送別をするということを詠う。)

7632月は、頻繁に送別の宴席があった、この日の送別は、東津にむけて涪江の平定をしようとして派遣されるものである。

霞のように花がさき山のすそ野に重なっている。舟を浮かべて波のまにまに舟の楫をとっている。

送別会で涙が盃を進められ傾けるたびに追うようにして流れるのだ、愁いはというと胡笛を吹く度にまた心配が生まれてきてそれが続くのである。

ところが送別の宴席を離れたかと思うとあまり日は経っていないのにまた送別するという、どうして宴席が容易になされるが心情を得るのだ。

 

 

(訳注)

泛江送客

(送別の宴席で知り合って友人となるもあまり日が経たないうちに、今度はその友人の送別をするということを詠う。)

7632月は、頻繁に送別の宴席があったようだ。

 

二月頻送客,東津江欲平。

7632月は、頻繁に送別の宴席があった、この日の送別は、東津にむけて涪江の平定をしようとして派遣されるものである。

・東津 (劍南道北部 綿州 綿州

『東津送韋諷攝閬州錄事』

江山好,憐君吏隱兼。 

寵行舟遠泛,怯別酒頻添。 

推薦非承乏,操持必去嫌。 

他時如按縣,不得慢陶潛。

650五言律詩 《東津送韋諷攝閬州錄事》 蜀中転々 杜甫 <555  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3000 杜甫詩1000-555-794/1500

つまり安史の乱が治まったのに相変わらずごたごたしている、成都で謀叛が起こり、吐蕃(チベットが長安に侵入し、さらに蜀では成都、綿州、など三つの町がチベットに占領された。この時チベットは、北の長安、南の蜀、西の隴西に侵入して来たのだ。杜甫は梓州の剣南東川節度使軍から各地に派遣される友人たちと送別会をしたのだ。

 

 

煙花山際重,舟楫浪前輕。

霞のように花がさき山のすそ野に重なっている。舟を浮かべて波のまにまに舟の楫をとっている。

・舟楫 『春日梓州登樓,二首之二』

天畔登樓眼,隨春入故園。

戰場今始定,移柳更能存。

厭蜀交遊冷,思勝事繁。

應須理舟楫,長嘯下荊門。

 

 

淚逐勸杯下,愁連吹笛生。

送別会で涙が盃を進められ傾けるたびに追うようにして流れるのだ、愁いはというと胡笛を吹く度にまた心配が生まれてきてそれが続くのである。

 

 

離筵不隔日,那得易為情。

ところが送別の宴席を離れたかと思うとあまり日は経っていないのにまた送別するという、どうして宴席が容易になされるが心情を得るのだ。

 

 

胡騎北走 唐代 北方または西方の異民族を胡(えびす)と呼んだ 晋の将軍劉〈王昆〉(りゅうこん= 270318)が并州(へいしゅう)を孤立無援で堅く守り 月のさえた夜城楼に上り胡笳を吹いたところ 胡軍はその悲しみに涙を流し北の 故郷へ帰り去ったという故事
武陵一曲 後漢(ごかん)の馬援(ばえん=前1449)が交趾(こうし=現ベトナム )の蛮族を征服した後 武陵(湖南省北部)に遠征した時 部下の笛に合せて 僻地(へきち)遠征の寂寥の歌を詠んだ この歌を「武陵深行(ぶ りょうしんこう)」という

 秋の山の風も月も清らかにさえわたる夜、笛の音が聞こえてくる。誰がこれほど巧みに、人の腸をかきむしるよう に物悲しい音を吹きならすのだろうか。
 風は律呂の響きをひるがえして調和もとれ、月は関山によりそうて、幾つかの峰にさえわたっている。
 このような笛の音を聞けば、晋の劉〈王昆〉の故事のように、手荒い胡の兵も悲しみに堪え切れず、夜中に北方の故郷へ 逃げ去ったであろう。また後漢の馬援が武陵に遠征した時、部下の曲に合せて歌った「武陵深行」という曲もこのように悲しいものであ ったろうか。
 故郷の柳も秋になって葉も落ちつくしたであろう。それなのに今巧みな「折楊柳」の曲をきくと、愁いにふさがる 私の胸の中に緑の柳の芽を出させ、その枝を折って別れのなげきをくり返すことが出来ようか。

032

678 《送路六侍御入朝》 蜀中転々5P14 杜甫 <584>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3230 杜甫詩1000-584-840/1500

《送路六侍御入朝》 君とはこどものときはたいそう仲がよかったが、それから後、四十年もたっている。いま、出会ったが子供のころと老人との中間の消息についてはおたがいにまるっきりわからないのである。

2013年11月2日

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
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678 《送路六侍御入朝》 蜀中転々5P14 杜甫 <584>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3230 杜甫詩1000-584-840/1500

 

 

作者:杜甫 

皇帝紀年:廣德元年 

寫作時間: 763 

寫作年紀: 52 

卷別:卷二二七  文體: 七言律詩 

詩題:送路六侍御入朝 

作地點:梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

交遊人物:路六侍御

地點當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)

 

 

送路六侍御入朝

(路侍御が入朝されるのを送別する。)

童稚情親四十年,中間消息兩茫然。

君とはこどものときはたいそう仲がよかったが、それから後、四十年もたっている。いま、出会ったが子供のころと老人との中間の消息についてはおたがいにまるっきりわからないのである。

更為後會知何地,忽漫相逢是別筵。

こうしてあえば、後日またあうとすればどこになるだろう。いま急に出会ったのが、別れであるこの送別の宴席であるということではないか。

不分桃花紅勝錦,生憎柳絮白於綿。

この春にじつに気にくわないのは桃の花よりも錦の花の紅く勝っているようであることであり、また憎さも憎きことは柳絮の綿毛が綿よりも白いことである。

劍南春色還無賴,觸忤愁人到酒邊。

この剣南の春景色というものはまことに無頼であって、このわたしが今、愁いに堪えかねているのに、その心に背いてこの送別の宴席の酒を呑むところにやってくるとは何て奴だ!

 

(路六侍御が入朝するを送る)

童稚 情親しむ四十年、中間の消息 両に茫然たり。

更に後会を為すは 知る何の地ぞ、忽ち糧に相い逢うは走れ別蓮なり。

分とせず桃花の紅錦に似たるを、生憎や柳架 綿よりも白し。

剣南の春色 還た無賴なり、愁人に触忤して 酒辺に到る。

Flower1-005 

 

『送路六侍御入朝』 現代語訳と訳註

(本文)

送路六侍御入朝

童稚情親四十年,中間消息兩茫然。

更為後會知何地,忽漫相逢是別筵。

不分桃花紅勝錦,生憎柳絮白於綿。

劍南春色還無賴,觸忤愁人到酒邊。

 

詩文(含異文)

童稚情親四十年【童稚情親十年】,中間消息兩茫然。

更為後會知何地,忽漫相逢是別筵。

不分桃花紅勝錦【不忿桃花紅勝錦】,生憎柳絮白於綿【生憎柳絮白綿】。

劍南春色還無賴,觸忤愁人到酒邊。 

 

(下し文)

(路六侍御が入朝するを送る)

童稚 情親しむ四十年、中間の消息 両に茫然たり。

更に後会を為すは 知る何の地ぞ、忽ち糧に相い逢うは走れ別蓮なり。

分とせず桃花の紅錦に似たるを、生憎や柳架 綿よりも白し。

剣南の春色 還た無賴なり、愁人に触忤して 酒辺に到る。

 

 

(現代語訳)

(路侍御が入朝されるのを送別する。)

君とはこどものときはたいそう仲がよかったが、それから後、四十年もたっている。いま、出会ったが子供のころと老人との中間の消息についてはおたがいにまるっきりわからないのである。

こうしてあえば、後日またあうとすればどこになるだろう。いま急に出会ったのが、別れであるこの送別の宴席であるということではないか。

この春にじつに気にくわないのは桃の花よりも錦の花の紅く勝っているようであることであり、また憎さも憎きことは柳絮の綿毛が綿よりも白いことである。

この剣南の春景色というものはまことに無頼であって、このわたしが今、愁いに堪えかねているのに、その心に背いてこの送別の宴席の酒を呑むところにやってくるとは何て奴だ!

 

 

(訳注)

送路六侍御入朝

(路侍御が入朝されるのを送別する。)

○路六侍御 侍御は官名、侍御史のこと、路六の名は詳かでない。

・侍御 秦から前漢以降の官職名。主に監察、弾劾の官である。前漢においては、御史大夫の二人の丞(副官)のうちの一人である御史中丞に統率され、定員15人であった。公卿の上奏を受領し、内容を調べて弾劾した。

○入朝 朝廷へゆく。

 

童稚 情親 四十年 ,中間消息 兩 茫然 。

君とはこどものときはたいそう仲がよかったが、それから後、四十年もたっている。いま、出会ったが子供のころと老人との中間の消息についてはおたがいにまるっきりわからないのである。

○童稚 こどものとき。

○中間消息 子供のころと老人との中間の消息。

〇両 彼我の両方ともにの意。

○茫然 はっきりせぬさま。

 

 

更為後會 知 何地 ,忽漫 相逢 是 別筵 。

こうしてあえば、後日またあうとすればどこになるだろう。いま急に出会ったのが、別れであるこの送別の宴席であるということではないか。

○後会 これから後日の会合。

○知何地 不レ知何地(知らず何の地なるを)の意。

 

 

不分 桃花 紅 勝錦 ,生憎 柳絮 白 於綿 。

この春にじつに気にくわないのは桃の花よりも錦の花の紅く勝っているようであることであり、また憎さも憎きことは柳絮の綿毛が綿よりも白いことである。

○不分 汝の本分だとはせぬぞ。意訳すれば「それはきこえぬ」などの意とおなじ。じつに気にくわない。

○生憎 「生」の字は俗用で助字である。

 

 

劍南 春色 還無賴 ,觸忤愁人 到 酒邊 。

この剣南の春景色というものはまことに無頼であって、このわたしが今、愁いに堪えかねているのに、その心に背いてこの送別の宴席の酒を呑むところにやってくるとは何て奴だ!

○剣南 梓州地方も剣閣の南にあたっている。

○無頼 あてにならぬもの、ならずもの、春色を罵る語である。

○触件 こころにふれさからう。

○愁人 愁いある人、自己をさす。DCF00110

677 《泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明》 蜀中転々 杜甫 <583>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3225 杜甫詩1000-583-839/1500

《泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明》日が長くなってきたこの頃、春の雪解け水の増水も水深を深くする。帰る船を用意して送別の宴会を行うのである。


2013年11月1日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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司馬相如 《上林賦 》(30)―#10-5  文選 賦<110-#10-5>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩935 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3223
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《晚秋郾城夜會聯句》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <848>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3224韓愈詩-220
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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677 《泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明》 蜀中転々 杜甫 <583  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3225 杜甫詩1000-583-839/1500

 

 

作者: 杜甫  763  廣德元年  52 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點: 長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都     

交遊人物/地點:

魏十八倉曹 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)

岑 參 書信往來(京畿道 京兆府 長安)

范季明 書信往來(京畿道 京兆府 長安)

 

 泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明  

(涪江に帰る船を泛べて都長安に帰る魏倉曹を送る、よってこの詩を岑参中允に、そして、范季明郎中によせる。)

遲日深春水,輕舟送別筵。

日が長くなってきたこの頃、春の雪解け水の増水も水深を深くする。帰る船を用意して送別の宴会を行うのである。

愁緒外,春色淚痕邊。

帝都長安には今の私の愁いばかりの情緒さえもどこかへ行ってしまうのだ。こうした春景色さえもなみだの痕跡も河辺というほどなのだ。

見酒須相憶,將詩莫浪傳。

春の新酒を利き酒をするとどうしてもたがいのことを思い起こしている。この詩をもってすれば波に伝えるだけではいけない。

若逢岑與范,為報各衰年。

もし都で岑参と范季明とにあったならば、ここでの事を報告して、そして、各々歳をとっていることを見ておいてくれ。

(江に泛べ魏十八倉曹を京に還るを送る,因って岑參中允と、范季明郎中に寄る)

遲日 春水深く,輕舟 別筵に送る。

 緒外を愁い,春色 痕邊に淚す。

見酒 須く相い憶い,將詩 浪傳する莫れ。

若し 岑と范に逢わば,報を為せ 各の衰年となるを。 

 

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『泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明』現代語訳と訳註

(本文)

泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明

遲日深春水【遲日深江水】,輕舟送別筵。

愁緒外,春色淚痕邊。

見酒須相憶,將詩莫浪傳。

若逢岑與范,為報各衰年。 

 

 

(下し文)

(江に泛べ魏十八倉曹を京に還るを送る,因って岑參中允と、范季明郎中に寄る)

遲日 春水深く,輕舟 別筵に送る。

 緒外を愁い,春色 痕邊に淚す。

見酒 須く相い憶い,將詩 浪傳する莫れ。

若し 岑と范に逢わば,報を為せ 各の衰年となるを。

 

(現代語訳)

(涪江に帰る船を泛べて都長安に帰る魏倉曹を送る、よってこの詩を岑参中允に、そして、范季明郎中によせる。)

日が長くなってきたこの頃、春の雪解け水の増水も水深を深くする。帰る船を用意して送別の宴会を行うのである。

帝都長安には今の私の愁いばかりの情緒さえもどこかへ行ってしまうのだ。こうした春景色さえもなみだの痕跡も河辺というほどなのだ。

春の新酒を利き酒をするとどうしてもたがいのことを思い起こしている。この詩をもってすれば波に伝えるだけではいけない。

もし都で岑参と范季明とにあったならば、ここでの事を報告して、そして、各々歳をとっていることを見ておいてくれ。

 

 

(訳注)

泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明

(涪江に帰る船を泛べて都長安に帰る魏倉曹を送る、よってこの詩を岑参中允に、そして、范季明郎中によせる。)

・魏倉曹 軍関係の人で都に呼び戻された人で、岑参に近い人物であろう。

・岑参715 - 770年)唐代の詩人。岑嘉州とも称する。詩人・高適と並び称される。河南省南陽の出身。744年の進士。長く節度使の幕僚として西域にあったが、安禄山の乱があった757年に粛宗がいた鳳翔にはせ参じて、杜甫らの推挙により右補闕となり、その10月には粛宗に従って長安に赴く。759年に虢州の刺史となり、762年に太子中充・殿中侍御史となり関西節度判官を兼ね、765年に嘉州の刺史となった。768年、官を辞して故郷に帰ろうとしたが途中で反乱軍に阻まれて成都にとどまり、その地で没する。享年56

・范季明 書画を能く画く。范十, 范季明, 范邈, 范侍御, 范金. 范宣. 筆畫, 師友人物

 

 

 

 遲日 春水 ,輕舟 送別

日が長くなってきたこの頃、春の雪解け水の増水も水深を深くする。帰る船を用意して送別の宴会を行うのである。

「遲日」四季、春。日が長くなったということで春を示す。

「深」春の増水で水深が深くなる。

「春水」雪解け水で増水した様子を云う。杜甫は、成都に来てから春水についてよく詠う。この語で検索して参考にされたい。

「輕舟」簡単に舟を用意すること。勇んでいく舟。

「筵」飲食、宴席、筵。

 

愁緒 外,春色 淚痕

帝都長安には今の私の愁いばかりの情緒さえもどこかへ行ってしまうのだ。こうした春景色さえもなみだの痕跡も河辺というほどなのだ。

「帝」皇帝、邦國都城、故郷。

「緒」情緒。

「春色」春景色、春もよう。

 

 

見酒 相憶 ,將詩 浪傳

春の新酒を利き酒をするとどうしてもたがいのことを思い起こしている。この詩をもってすれば波に伝えるだけではいけない。

「見酒」春の新酒、利き酒。

 

 

若逢 與范 ,為報 各衰年

もし都で岑参と范季明とにあったならば、ここでの事を報告して、そして、各々歳をとっていることを見ておいてくれ。

「岑・范」岑參・范季明。
菜の花001 

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