杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

2013年12月

736 《客舊館〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <643>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3525 杜甫詩1000-643-899/1500〔草堂逸詩拾遺-(12)〕

杜甫《客舊館》 風に幔幕がいつ巻き上げられてもおかしくない。寒くなってきて昨夜には砧で擣衣する音が響いていた。ここ蜀巴、涪江や漢江流域の地域から出発する理由というのはないのである。心に筆禍っているこの愁いに月は冷え冷えとして影を落としている。
 

2013年12月31日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(41)#16(狩猟後の饗宴と昆明地ⅰ)-1 文選 賦<112―41>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩995 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3523
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《瀧吏》嶺南行(4)-3韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <908>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3524韓愈詩-233
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 736 《客舊館〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <643>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3525 杜甫詩1000-643-899/1500〔草堂逸詩拾遺-(12)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 240《九辯 第八段》 宋玉 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3526 (12/31)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 19 醉公子一首 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-396-9-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3527
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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736 《客舊館〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <643  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3525 杜甫詩1000-643-899/1500〔草堂逸詩拾遺-(12)

 

詩 題:客舊館〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 客舊館〔草堂逸詩拾遺-(12)

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

掲 載; 杜甫1000首の643首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-899回目 

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(12)

客舊館

(旅客者として今まで過ごしてきた館について詠う)

陳跡隨人事,初秋別此亭。 

 子昂が誣告で投獄され、憤激のあまり獄死したことからその後の人事には注意して行ったという。きせつもあきにかわってこの樓閣ともわかれをつげることになった。

重來梨葉赤,依舊竹林青。 

去年もそうだったけれど今年もまたなしの葉が赤く染まってきた。こちらには古い竹に今年新しく伸びた竹が寄り添いその葉を青青としている竹林がある。

風幔何時卷,寒砧昨夜聲。 

風はふきあげ幔幕がいつ巻き上げられてもおかしくない。寒くなってきて昨夜には砧で擣衣する音が響いていた。

無由出江漢,愁緒月冥冥。 

ここ蜀巴、涪江や漢江流域の地域から出発する理由というのはないのである。心に筆禍っているこの愁いに月は冷え冷えとして影を落としている。

 

(客は舊館にあり)

陳跡 人事に隨う,初秋 此亭を別る。 

重ねて來る 梨葉赤く,舊に依る 竹林青し。 

風に幔 何時か卷れん,寒砧 昨夜聲する。 

由無し 江漢を出づるに,愁緒 月冥冥たり。 

 aki010

 

『客舊館』 現代語訳と訳註

(本文) 〔草堂逸詩拾遺-(12)

客舊館

陳跡隨人事,初秋別此亭。 

重來梨葉赤,依舊竹林青。 

風幔何時卷,寒砧昨夜聲。 

無由出江漢,愁緒月冥冥。 

 

(下し文)

(客は舊館にあり)

陳跡 人事に隨う,初秋 此亭を別る。 

重ねて來る 梨葉赤く,舊に依る 竹林青し。 

風に幔 何時か卷れん,寒砧 昨夜聲する。 

由無し 江漢を出づるに,愁緒 月冥冥たり。 

 

(現代語訳)

(旅客者として今まで過ごしてきた館について詠う)

子昂が誣告で投獄され、憤激のあまり獄死したことからその後の人事には注意して行ったという。きせつもあきにかわってこの樓閣ともわかれをつげることになった。

去年もそうだったけれど今年もまたなしの葉が赤く染まってきた。こちらには古い竹に今年新しく伸びた竹が寄り添いその葉を青青としている竹林がある。

風はふきあげ幔幕がいつ巻き上げられてもおかしくない。寒くなってきて昨夜には砧で擣衣する音が響いていた。

ここ蜀巴、涪江や漢江流域の地域から出発する理由というのはないのである。心に筆禍っているこの愁いに月は冷え冷えとして影を落としている。

 

(訳注)

金燈花03〔草堂逸詩拾遺-(12)

客舊館

(旅客者として今まで過ごしてきた館について詠う)

杜甫は梓州の官舎の楼閣から出発して東に下って行こうと思っている時期にわずかの間旅客者としてお世話になった宿舎について詠ったものである。

 

陳跡 人事 ,初秋 此亭

子昂が誣告で投獄され、憤激のあまり獄死したことからその後の人事には注意して行ったという。きせつもあきにかわってこの樓閣ともわかれをつげることになった。

「陳跡」射洪県令の段簡による誣告で投獄され、憤激のあまり獄死したことをいう。陳 子昂(ちん すごう、661年(龍朔元年) - 702年(長安2年))は、中国・唐代(初唐)の詩人。梓州射洪(現在の四川省遂寧市射洪県)の人。字は伯玉。 略伝[編集]. 陳子昂はもともとは先祖代々潁州(安徽省)出身であり、4代前から梓州に住むようになった。

696年(万歳通天元年)から、武攸宜(武則天の一族)の率いる契丹討伐軍に参謀(記室参軍)として参加した。戦果をなかなか挙げられない武に対し、策を上書し諫言を呈するも受け入れられず、かえって降格処分となった。聖暦年間に入ると、老父の世話をするために帰郷する。父が死去するとショックを受け、病弱な体質から体調が悪化し、さらに県令の段簡による誣告で投獄されたため、憤激のあまり獄死した。段簡が陳子昂を陥れた理由として、陳家の財産に目を付けたから、また武一族に指嗾されたからとの説がある。

立秋(りっしゅう)は、二十四節気の第13七月節(旧暦6月後半 - 7月前半)。初めて秋の気配が現れてくる頃とされる。
・処暑(しょしょ)は、二十四節気の第14。七月中(通常旧暦7月内)。
・白露(はくろ)は、二十四節気の第15。八月節(旧暦7月後半 - 8月前半)。大気が冷えてきて、露ができ始めるころ。『暦便覧』では、「陰気やうやく重りて、露にごりて白色となれば也」と説明している。
秋分(しゅうぶん)は、二十四節気の第16。八月中(旧暦8月内)。
・寒露(かんろ)は、二十四節気の第17。九月節(旧暦8月後半 - 9月前半)。露が冷気によって凍りそうになるころ。雁などの冬鳥が渡ってきて、菊が咲き始め、蟋蟀(こおろぎ)などが鳴き止むころ。
・霜降(そうこう)は、二十四節気の第18。九月中(通常旧暦9月内)。露が冷気によって霜となって降り始めるころ。『暦便覧』では「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆゑ也」と説明している。
楓や蔦が紅葉し始めるころ。この日から立冬までの間に吹く寒い北風を木枯らしと呼ぶ。
・立冬(りっとう)は、二十四節気の第19。十月節(旧暦9月後半 - 10月前半)。初めて冬の気配が現われてくる日。『暦便覧』では、「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」と説明している。
秋分と冬至の中間で、昼夜の長短を基準に季節を区分する場合、この日から立春の前日までが冬となる

 

重來 梨葉 ,依舊竹林

去年もそうだったけれど今年もまたなしの葉が赤く染まってきた。こちらには古い竹に今年新しく伸びた竹が寄り添いその葉を青青としている竹林がある。

 

風幔 何時 卷,寒砧 昨夜

風がふきあげ幔幕がいつ巻き上げられてもおかしくない。寒くなってきて昨夜には砧で擣衣する音が響いていた。

「風幔」語義類別:物、器物、帳幕、幔。

「時」語義類別:時、時間、範圍時間(時刻)、時。

「寒」語義類別:物、天候氣象、冷寒、寒。

「砧」搗衣
  
亦知戍不返,秋至拭清砧。已近苦寒月,況經長別心。
  
寧辭搗衣倦,一寄塞垣深。用盡閨中力,君聽空外音。

搗衣(擣衣) 杜甫 <295> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1352 杜甫詩 700- 415

 

無由 江漢 ,愁緒 冥冥

ここ蜀巴、涪江や漢江流域の地域から出発する理由というのはないのである。心に筆禍っているこの愁いに月は冷え冷えとして影を落としている。
成都遂州00 

735 《隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <642>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3520 杜甫詩1000-642-898/1500〔草堂逸詩拾遺-(11)〕

杜甫《隨章留後新亭會送諸君》「不許葷酒入山門」ということは、竟に改めることはない。酒を進めれば詩を作ることをやめてしまうことになる。すでに峴山の「堕涙碑」前に立ったように涙が零れ落ちる。だからそれに因んでお別れに「零雨詩」と題して詩を作るものである。
 

2013年12月30日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(40)#15-3 文選 賦<112―40>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩994 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3518
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《瀧吏》嶺南行(4)-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <907>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3519韓愈詩-232
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ

735 《隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <642  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3520 杜甫詩1000-642-898/1500〔草堂逸詩拾遺-(11)

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ239  《九辯 第七段》 宋玉 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3521 (12/30)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性LiveDoor9 18 喜遷鶯三首 其三 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-395-9-#18  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3522
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩韓愈全詩李白全集文選花間集 古詩源 玉台新詠

  

735 《隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <642  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3520 杜甫詩1000-642-898/1500〔草堂逸詩拾遺-(11)          

 

詩 題:隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

掲 載; 杜甫1000首の642首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-898回目

 

 

作時年:  763  廣德元年  52

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺。】 

及地點:  新亭 (劍南道北部 梓州 梓州)   ・峴山 (山南東道 襄州 峴山) 別名:峴首山     

交遊人物/地點: 章彝 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(11)

隨章留後新亭會送諸君

(章彝梓州の留守居役の副長官に随行して新亭のお披露目の高官の宴会に出席した諸君を送別する。)

新亭有高會,行子得良時。

新しい楼閣の亭のお披露目に高官の宴会があり、是から旅に出る諸君にとってこんなに良い時はないだろう。

日動映江幕,風鳴排檻旗。

太陽が光り輝き涪江沿い雨に張られた幔幕に降り注いで映えている。風が吹き、欄干に着けた旗がはためいて鳴っている。

葷終不改,勸酒欲無詞。

「不許葷酒入山門」ということは、竟に改めることはない。酒を進めれば詩を作ることをやめてしまうことになる。

已墮峴山淚,因題零雨詩。

すでに峴山の「堕涙碑」前に立ったように涙が零れ落ちる。だからそれに因んでお別れに「零雨詩」と題して詩を作るものである。

 

miyajima594 

『隨章留後新亭會送諸君』 現代語訳と訳註

(本文)

隨章留後新亭會送諸君

新亭有高會,行子得良時。

日動映江幕,風鳴排檻旗。

葷終不改,勸酒欲無詞。

已墮峴山淚,因題零雨詩。

 

 

(下し文)

章留後に隨いて新亭の會で諸君を送る

新亭 高きの會有り,行子 良時を得る。

日動 江幕に映え,風鳴 檻旗を排す。

葷【くん】をちて 改めざるを終り,酒を勸めて 詞を無からんと欲す。

已に「峴山の淚」墮ち,因に零雨の詩を題す。

 

 

(現代語訳)

(章彝梓州の留守居役の副長官に随行して新亭のお披露目の高官の宴会に出席した諸君を送別する。)

新しい楼閣の亭のお披露目に高官の宴会があり、是から旅に出る諸君にとってこんなに良い時はないだろう。

太陽が光り輝き涪江沿い雨に張られた幔幕に降り注いで映えている。風が吹き、欄干に着けた旗がはためいて鳴っている。

「不許葷酒入山門」ということは、竟に改めることはない。酒を進めれば詩を作ることをやめてしまうことになる。

すでに峴山の「堕涙碑」前に立ったように涙が零れ落ちる。だからそれに因んでお別れに「零雨詩」と題して詩を作るものである。

蜀中転々圖 

(訳注)

隨章留後新亭會送諸君

(章彝梓州の留守居役の副長官に随行して新亭のお披露目の高官の宴会に出席した諸君を送別する。)

 

新亭 高會 ,行子 良時

新しい楼閣の亭のお披露目に高官の宴会があり、これから旅に出る諸君にとってこんなに良い時はないだろう。

「新亭」新しい楼閣の亭のお披露目。

「高會」高官の宴会。

「行子」旅に出る諸君。

 

日動 江幕 ,風鳴 排檻旗

太陽が光り輝き涪江沿い雨に張られた幔幕に降り注いで映えている。風が吹き、欄干に着けた旗がはためいて鳴っている。

 

終不改 ,勸酒 欲無詞

「不許葷酒入山門」ということは、竟に改めることはない。酒を進めれば詩を作ることをやめてしまうことになる。

「葷」葷酒のこと。 - 臭気の強いネギ・ニラなどの野菜と酒。また、それらを飲食すること。禅寺の山門の脇の戒壇石に刻まれる言葉として、「不許葷酒入山門」(葷酒山門に入るを許さず)葷酒は、心を乱し修行の妨げになるので、寺の門内に持ち込むことは許さない。

 

 

已墮 峴山 ,因題 零雨

すでに峴山の「堕涙碑」前に立ったように涙が零れ落ちる。だからそれに因んでお別れに「零雨詩」と題して詩を作るものである。

「墮峴山淚」堕涙碑の故事に基づく。・峴山 襄陽県の東南にある山で、漢水にのぞむ。唐代の名勝の地。漢水とおなじ。長江の一番大きな支流。 

李白『襄陽曲四首 其三』

峴山臨漢江、水淥沙如雪。

上有墮淚碑、青苔久磨滅。

○堕涙碑 晋の羊祜は、荊州の都督(軍事長官)として襄陽のまちを治めて人望があった。かれは生前、峴に登って酒を飲み、詩を作つたが、かれが死ぬと、襄陽の人びとはその人となりを偲んで、山上に石碑を立てた。その碑をみる人は、かれを思い出して涙を堕さないではいられなかったので、堕涙碑と名づけられた。名づけ親は、羊祜の後任で荊州の都督となった杜預、(杜甫の遠い先祖にあたる)である。

答友人贈烏紗帽 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -293

305 孟浩然 与諸子登峴山 
309  〃   輿黄侍御北津泛舟②
310  〃   峴山送張去非遊巴東(峴山亭送朱大)

311  〃   過故人莊
     
312  〃   峴山送蕭員外之荊州
  ⑤
313  〃   登峴山亭寄晉陵張少府

kimo003 

734 《題郪縣郭三十二明府茅屋壁〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <641>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3515 杜甫詩1000-641-897/1500〔草堂逸詩拾遺-(10)〕

杜甫縣郭三十二明府茅屋壁≫涪江のほとり城があり、そこの渡し場に船を止める。あなたは独り私のことをお気遣いくださる。風雲が強く、桟橋には雨が強くふりそそぐ、春は今、真っ盛りで木々の青さに包まれた中、ここには平地や田圃に彭澤県の県令を辞して、歸田した陶淵明が愛したような田園風景がある。
 

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734 《題縣郭三十二明府茅屋壁〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <641  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3515 杜甫詩1000-641-897/1500〔草堂逸詩拾遺-(10)

 

詩 題:題縣郭三十二明府茅屋壁〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

及地點:  (劍南道北部 梓州 ) 別名:  ・巴東 (山南東道 歸州 巴東)      

交遊人物/地點: 郭三十二明府 當地交遊(劍南道北部 梓州 )

掲 載; 杜甫1000首の641首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-897回目   40996       〔草堂逸詩拾遺-(10)

蜀中転々圖 

〔草堂逸詩拾遺-(10)

縣郭三十二明府茅屋壁

縣の郭三十二明府(県令)殿の草堂の壁にこの詩を題す。)江頭且繫船,為爾獨相憐。

涪江のほとり城があり、そこの渡し場に船を止める。あなたは独り私のことをお気遣いくださる。

雲散灌壇雨,春青彭澤田。

風雲が強く、桟橋には雨が強くふりそそぐ、春は今、真っ盛りで木々の青さに包まれた中、ここには平地や田圃に彭澤県の県令を辞して、歸田した陶淵明が愛したような田園風景がある。

頻驚適小國,一擬問高天。

しかし、しきりに驚かされるのはここの小さい国が能く適正におさめられた良い所であるという事である。まず一つには仁高い施政をおこない、そのうえ天候に恵まれているから、そのことを問いかけてみることもないのである。

別後巴東路,逢人問幾賢。 

以前に別れた後に三巴の東に向かう街道を行ったときに、そこで会う人だれでも、幾人かの賢人を問うと、かならずあなたのことを答えていた。

 

『題縣郭三十二明府茅屋壁』 現代語訳と訳註

(本文)

縣郭三十二明府茅屋壁

江頭且繫船,為爾獨相憐。

雲散灌壇雨,春青彭澤田。

頻驚適小國,一擬問高天。

別後巴東路,逢人問幾賢。 

 

 

(下し文)

縣の郭三十二明府が茅屋の壁に題す。)

江頭 且つ船を繫ぎ,爾じ獨り相い憐れんと為す。

雲散 壇雨を灌ぎ,春青 澤田に彭す。

頻に小國に適くに驚く,一たび高天を問う擬らす。

別後して 巴の東路,人に逢うては 幾賢を問う。 

  

成都遂州00

 

(現代語訳)

縣の郭三十二明府(県令)殿の草堂の壁にこの詩を題す。)

涪江のほとり城があり、そこの渡し場に船を止める。あなたは独り私のことをお気遣いくださる。

風雲が強く、桟橋には雨が強くふりそそぐ、春は今、真っ盛りで木々の青さに包まれた中、ここには平地や田圃に彭澤県の県令を辞して、歸田した陶淵明が愛したような田園風景がある。

しかし、しきりに驚かされるのはここの小さい国が能く適正におさめられた良い所であるという事である。まず一つには仁高い施政をおこない、そのうえ天候に恵まれているから、そのことを問いかけてみることもないのである。

以前に別れた後に三巴の東に向かう街道を行ったときに、そこで会う人だれでも、幾人かの賢人を問うと、かならずあなたのことを答えていた。

 

(訳注)

縣郭三十二明府茅屋壁

縣の郭三十二明府(県令)殿の草堂の壁にこの詩を題す。)

縣 劍南道北部 梓州 縣(e・f2・3)のこと。 別名:

隋朝 ⇒ 唐朝 の行政区画変遷

新州 ⇒ 梓州

新城郡 ⇒梓州

昌城郡

高渠郡

塩亭郡

湧泉郡

 

射洪県

塩亭県 

通泉県

昌城県 射洪県

高渠県

塩亭県

湧泉県 光漢県

飛烏県

・明府 漢の時代の県令の尊称であった。明府は県令、少府は県尉のこと、親族が同じ県の長と次長をしていたことになるのである。

 

 

江頭 且繫船 ,為爾 獨相憐

涪江のほとり城があり、そこの渡し場に船を止める。あなたは独り私のことをお気遣いくださる。

「江頭」涪江のほとり、城と渡し場。

 

 

雲散 灌壇雨 ,春青 彭澤田

風雲が強く、太公望が釣りをしていたような桟橋には雨が強くふりそそぐ、春は今、真っ盛りで木々の青さに包まれた中、ここには平地や田圃に彭澤県の県令を辞して、歸田した陶淵明が愛したような田園風景がある。

「雲散灌壇雨」太公望が三顧礼で迎えられる前に釣り糸を垂れていたところのナウだということ。

「春青 彭澤田」彭澤縣の県令を辞して歸田した陶淵明を指す。《宋書》卷九十三隱逸列傳·陶淵明。『帰去来の辞』『歸園田居五首』あり。

 

頻驚 適小國 ,一擬 高天

しかし、しきりに驚かされるのはここの小さい国が能く適正におさめられた良い所であるという事である。まず一つには仁高い施政をおこない、そのうえ天候に恵まれているから、そのことを問いかけてみることもないのである。

 

別後 巴東 ,逢人 幾賢

以前に別れた後に三巴の東に向かう街道を行ったときに、そこで会う人だれでも、幾人かの賢人を問うと、かならずあなたのことを答えていた。

「別後」杜甫は梓州を起点に行動していた。梓州の隣にがある。

「巴東」語義類別:地、地名、行政地名、巴東。杜甫は閬州など三巴を漂泊している。
80022008

733 《奉使崔都水翁下峽〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <640>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3510 杜甫詩1000-640-896/1500〔草堂逸詩拾遺-(9)〕

杜甫《奉使崔都水翁下峽》 此れを下って西陵峡に入ると白狗峽、黃牛峽と危険なところがある。その上、巫山の巫女の故事があり、夜明けると雲が湧き、夕暮れには雨が降るという祠があるところを過ぎる。そんな危険なところを通過するときはそれを忘れるためには、ひっきりなしに質問をしまくりましょう。そして、そこを過ぎて火が上に來ると自然と詩を題することをしましょう。
 

 

2013年12月28日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(38)#15(上林苑の狩猟ⅱ)-1 文選 賦<112―38>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩992 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3508
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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230 嶺南行(3)《過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <905>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3509韓愈詩-230 嶺南行(3) 236
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 733 《奉使崔都水翁下峽〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <640>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3510 杜甫詩1000-640-896/1500〔草堂逸詩拾遺-(9)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 237 《九辯 第五段》 宋玉 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3511 (12/28)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 16 喜遷鶯三首 其一 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-393-9-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3512
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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733 《奉使崔都水翁下峽〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <640  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3510 杜甫詩1000-640-896/1500〔草堂逸詩拾遺-(9)

 

 

詩 題:奉使崔都水翁下峽【奉送崔都水翁下峽】〔草堂逸詩拾遺〕卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點: 白狗峽 (山南東道 歸州 歸州 黃牛峽 (山南東道 峽州 黃牛山) 別名:黃牛     

交遊人物: 崔都水

掲 載; 杜甫1000首の640首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-896回目

詩題:

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(9)

奉使崔都水翁下峽

(叔父の崔都水翁が使者で三峡を下るということでこの詩を奉る。)

無數涪江筏,鳴橈總發時。

涪江には数えきれないほど筏が浮かんでいる。どれもこれも出発するのに櫂を漕ぐと音を鳴らしている。

別離終不久,宗族忍相遺。

ここでのお別れの会終には終わるもので、何時までもあるということはないし、父系の同族一同 相当数亡くなり今は、耐え忍んでいる。

白狗黃牛峽,朝雲暮雨祠。

此れを下って西陵峡に入ると白狗峽、黃牛峽と危険なところがある。その上、巫山の巫女の故事があり、夜明けると雲が湧き、夕暮れには雨が降るという祠があるところを過ぎる。

所過頻問訊,到日自題詩。

そんな危険なところを通過するときはそれを忘れるためには、ひっきりなしに質問をしまくりましょう。そして、そこを過ぎて火が上に來ると自然と詩を題することをしましょう。

(使の崔都水翁が峽を下るに奉る)

無數 涪江の筏,鳴橈 總て發する時に。

別離 終に久しからず,宗族 相遺を忍ぶ。

白狗へて黃牛の峽,朝雲やがて暮雨の祠。

過る所 頻りに問訊し,日到り 自ら詩を題す。

浮桟橋00 

『奉使崔都水翁下峽』 現代語訳と訳註

(本文) 奉使崔都水翁下峽

無數涪江筏,鳴橈總發時。

別離終不久,宗族忍相遺。

白狗黃牛峽,朝雲暮雨祠。

所過頻問訊,到日自題詩。

 

(下し文)

(使の崔都水翁が峽を下るに奉る)

無數 涪江の筏,鳴橈 總て發する時に。

別離 終に久しからず,宗族 相遺を忍ぶ。

白狗へて黃牛の峽,朝雲やがて暮雨の祠。

過る所 頻りに問訊し,日到り 自ら詩を題す。

 

(現代語訳)

(叔父の崔都水翁が使者で三峡を下るということでこの詩を奉る。)

涪江には数えきれないほど筏が浮かんでいる。どれもこれも出発するのに櫂を漕ぐと音を鳴らしている。

ここでのお別れの会終には終わるもので、何時までもあるということはないし、父系の同族一同 相当数亡くなり今は、耐え忍んでいる。

此れを下って西陵峡に入ると白狗峽、黃牛峽と危険なところがある。その上、巫山の巫女の故事があり、夜明けると雲が湧き、夕暮れには雨が降るという祠があるところを過ぎる。

そんな危険なところを通過するときはそれを忘れるためには、ひっきりなしに質問をしまくりましょう。そして、そこを過ぎて火が上に來ると自然と詩を題することをしましょう。

 

(訳注)

奉使崔都水翁下峽【奉送崔都水翁下峽】

〔草堂逸詩拾遺-(9)

(叔父の崔都水翁が使者で三峡を下るということでこの詩を奉る。)

・崔都水 杜甫の義母の兄弟、おじ。

四川省西部地区略図 

 

無數 涪江 ,鳴橈 總發

涪江には数えきれないほど筏が浮かんでいる。どれもこれも出発するのに櫂を漕ぐと音を鳴らしている。

「涪江」江城 涪江にそった城、梓州の城をいう。四川省を流れる大きな川で、嘉陵江の支流。源流は四川省北部のアバ・チベット族チャン族自治州であり、岷山山脈の主峰・雪宝頂の付近、松潘県と九寨溝県の間の分水嶺に発する。涪江は岷山山脈の深い山間を南へ流れ平武県(綿陽市)を通り、四川盆地へ出て江油市、綿陽市、射洪県、遂寧市を通り、重慶市合川区で嘉陵江に合流する。全長は700km、流域面積は3.64万平方km。平武から河口の合川までの552kmは航行可能だが、土砂で川が浅くなった部分もあり水運には困難を伴う部分もあるため、河川改修工事が地元市政府により行われている。また豊富な水量を活用してダムなどを造り、水力発電や四川盆地に対する大規模な灌漑を行う計画(武都引水工程)も1980年代後半以来進んでいる。

「筏」木材,竹,アシ,皮袋を並べてつなぎ合わせ,それらの浮力を利用するいかだは,沿岸,礁湖,河川,湖などでの漁労活動や運搬の用具として世界の各地に分布する。

「鳴橈」かいで 舟をこぐので、かいが鳴る。

 

別離 終不久 ,宗族 相遺

ここでのお別れの会終には終わるもので、何時までもあるということはないし、父系の同族一同 相当数亡くなり今は、耐え忍んでいる。

「宗族」本家と分家をあわせた全体。一族。一門。中国では、 父系の同族集団をいう。

 

白狗 黃牛峽 ,朝雲 暮雨

此れを下って西陵峡に入ると白狗峽、黃牛峽と危険なところがある。その上、巫山の巫女の故事があり、夜明けると雲が湧き、夕暮れには雨が降るという祠があるところを過ぎる。

「白狗」白狗峽。三峡の瞿塘峡の「雄」、巫峡の「秀」に対し、西陵峡は「奇」とされている。西陵峡のなかでも著名 な部分には、破水峡、兵書宝剣峡、米倉峡、鎮山峡、白狗峡、牛肝馬肺峡、黄牛峡 燈影峡などがある。特に北岸の兵書宝剣峡、牛肝馬肺峡や、南岸の燈影峡は有名。

「黃牛峽」三峡の西陵峡の中にある、黃牛峽。

「朝雲暮雨祠」宋玉「高唐の賦」にもとづくもの。巫山の神女。雨は楚の王が夢のなかで交わった神女の化身。「重ねて聖女両を過ぎる」夢雨 楚の懐王の巫山神女を夢みるの故事にもとづき、男女の愛の喜びとその名残を夢雨という。雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。

杜甫『散愁二首 之一』 

久客宜旋旆,興王未息戈。

蜀星陰見少,江雨夜聞多。

百萬傳深入,寰區望匪他。

司徒下燕趙,收取舊山河。

散愁二首 之一 杜甫 成都(3)浣花渓の草堂(3 -11)  杜甫 <399  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1930 杜甫詩1000-399-580/1500

 

所過 頻問訊 ,到日 自題詩

そんな危険なところを通過するときはそれを忘れるためには、ひっきりなしに質問をしまくりましょう。そして、そこを過ぎて火が上に來ると自然と詩を題することをしましょう。

732 《贈裴南部聞袁判官自來欲有按問〔草堂逸詩拾遺-(8)〕》 蜀中転々 杜甫 <639>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3505 杜甫詩1000-639-895/1500〔草堂逸詩拾遺-(8)〕

杜甫《贈裴南部聞袁判官自來欲有按問》魯仲連鄒陽傳にいう梁の獄中から上書だしたというようにこれに因んで上申するということができるし、あなたは潔癖であるから、秦の朝廷に置かれた大鏡の前であろうと堂々と身の潔白を示して臨まれるとよいのである。人は誰でも水を飲まねば死ぬということを知っているし、偉い人も馬鹿な人でもお金だけで楽しいということはないのである。


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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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732
《贈裴南部聞袁判官自來欲有按問〔一本「聞袁判官自來欲有按問」作自注。〕〔草堂逸詩拾遺-(8)〕》 蜀中転々 杜甫 <639  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3505 杜甫詩1000-639-895/1500〔草堂逸詩拾遺-(8)

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(8)

作時:763 廣德元年 杜甫52

卷別: 卷二三四  文體: 五言古詩 

詩題: 贈裴南部聞袁判官自來欲有按問〔一本「聞袁判官自來欲有按問」作自注。〕〔草堂逸詩拾遺-(8)

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

及地點:  南部 (山南西道 閬州 南部)     

交遊人物/地點: 裴南部 書信往來(山南西道 閬州 南部)

袁判官 書信往來(山南西道 閬州 南部)

掲 載; 杜甫1000首の639首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-895回目

 

 

贈裴南部聞袁判官自來欲有按問

(袁判官が按問しようとして自ら出向いてくるということを聞いて裴南部殿にこの詩を贈る。)

塵滿萊蕪甑,堂橫單父琴。 

チリ埃もいっぱいで漢の范冉のようにしば草や、蕪を食べ質素な生活をして、奥座敷には單父地方の琴が使われないまま横にしておいてある。

人皆知飲水,公輩不金。 

魯仲連鄒陽傳にいう梁の獄中から上書だしたというようにこれに因んで上申するということができるし、あなたは潔癖であるから、秦の朝廷に置かれた大鏡の前であろうと堂々と身の潔白を示して臨まれるとよいのである。

梁獄書因上,秦臺鏡欲臨。 

人は誰でも水を飲まねば死ぬということを知っているし、偉い人も馬鹿な人でもお金だけで楽しいということはないのである。

獨醒時所嫉,群小謗能深。 

ひとり冷静になって分析すると官僚というものは嫉妬心が渦巻いているところで、取るに足らない者たちが誹謗中傷を能く行いが根深い所なのだ。

即出黃沙在,何須白髮侵。 

すなわち、一歩表に出れば、誰もが黄砂に染まるものであり、どういうわけか全ての者が年をとるにしたがって白髪頭になるというものでこれはよくある出来事なのだ。

使君傳舊德,已見直繩心。 

しかし、貴方のこれまでの仁徳による施政は伝え及んでいるものだから、直ちにお縄になるのを見ることはないでしょう。

DCF00003 

 

『贈裴南部聞袁判官自來欲有按問』 現代語訳と訳註

(本文)

贈裴南部聞袁判官自來欲有按問

塵滿萊蕪甑,堂橫單父琴。 

人皆知飲水,公輩不金。 

梁獄書因上,秦臺鏡欲臨。 

獨醒時所嫉,群小謗能深。 

即出黃沙在,何須白髮侵。 

使君傳舊德,已見直繩心。 

 

(下し文)

(裴南部が袁判官に自ら按問有らんと欲して來るを聞くを贈る)

塵滿つ「萊蕪甑」,堂 單父の琴を橫える。 

人皆 水を飲むを知るなり,公輩 金をばず 

「梁獄」書 因みに上げ,秦臺 鏡に臨まんと欲す。 

獨り醒むるは時に嫉する所なり,群小 謗 能く深くする。 

即ち出でては 黃沙在る,何んぞ須らく白髮侵さん。 

使君 舊德を傳う,直ちに繩心するを見るを已む。 

 

(現代語訳)

(袁判官が按問しようとして自ら出向いてくるということを聞いて裴南部殿にこの詩を贈る。)

チリ埃もいっぱいで漢の范冉のようにしば草や、蕪を食べ質素な生活をして、奥座敷には單父地方の琴が使われないまま横にしておいてある。

魯仲連鄒陽傳にいう梁の獄中から上書だしたというようにこれに因んで上申するということができるし、あなたは潔癖であるから、秦の朝廷に置かれた大鏡の前であろうと堂々と身の潔白を示して臨まれるとよいのである。

人は誰でも水を飲まねば死ぬということを知っているし、偉い人も馬鹿な人でもお金だけで楽しいということはないのである。

ひとり冷静になって分析すると官僚というものは嫉妬心が渦巻いているところで、取るに足らない者たちが誹謗中傷を能く行いが根深い所なのだ。

すなわち、一歩表に出れば、誰もが黄砂に染まるものであり、どういうわけか全ての者が年をとるにしたがって白髪頭になるというものでこれはよくある出来事なのだ。

しかし、貴方のこれまでの仁徳による施政は伝え及んでいるものだから、直ちにお縄になるのを見ることはないでしょう。

 

(訳注)

贈裴南部聞袁判官自來欲有按問

(袁判官が按問しようとして自ら出向いてくるということを聞いて裴南部殿にこの詩を贈る。)

裴南部 山南西道 閬州南部という県の裴県令。

・按問 罪を調べたずねること。吟味する。

 

塵滿萊蕪甑,堂橫單父琴。 

チリ埃もいっぱいで漢の范冉のようにしばくさや、蕪を食べ質素な生活をして、奥座敷には單父地方の琴が使われないまま横にしておいてある。

・萊蕪甑 「後漢書」独行伝の、范冉(はんぜん)の故事を云う。范冉が長い間飯をたかなかったため、釜にぼうふらがわいたということ、非常に貧しいことのたとえをいう。【萊草】しば. 荒れ地や道端に生える雑草の総称。同じ意味につかわれる范冉の「釜中魚を生ず‎」という語句もある。蕪:栽培のしやすさと、痩せた土地でも育つ。甑(こしき)は古代中国を発祥とする米などを蒸すための土器。需とも。竹や木などで造られた同目的のものは一般に蒸籠と呼称される。

 

 

人皆知飲水,公輩不金。 

人は誰でも水を飲まねば死ぬということを知っている。偉い人も馬鹿な人でもお金だけで楽しいということはないのである。

 

梁獄書因上,秦臺鏡欲臨。 

魯仲連鄒陽傳にいう梁の獄中から上書だしたというようにこれに因んで上申するということができるし、あなたは潔癖であるから、秦の朝廷に置かれた大鏡の前であろうと堂々と身の潔白を示して臨まれるとよいのである。

・梁獄 『史記、魯仲連鄒陽傳』無位無冠の知謀の士といわれた魯仲連は、梁の孝王に投獄されながらも、獄中からの上書によって梁の上客となったという 「鄒陽」の伝の故事に基づく。

・秦臺鏡 晋の宮殿に置かれた鏡。嘘を見抜くといわれたもの。南朝宋・劉敬叔『異苑』に、山鶏は自分の美しい羽を愛し、水に映った姿に見とれて舞う習性があり、魏の武帝(曹操)の時に南方から献じられた山鶏の前に鏡を置くと、舞い続けて死んだという。

李商隠『破鏡』

玉匣清光不復持、菱花散亂月輪虧。

秦臺一照山鶏後、便是孤鸞罷舞時。

 

獨醒時所嫉,群小謗能深。 

ひとり冷静になって分析すると官僚というものは嫉妬心が渦巻いているところで、取るに足らない者たちが誹謗中傷を能く行いが根深い所なのだ。

・嫉【嫉妬】 自分よりすぐれている人をうらやみねたむこと。「他人の出世を―する」

 

即出黃沙在,何須白髮侵。 

すなわち、一歩表に出れば、誰もが黄砂に染まるものであり、どういうわけか全ての者が年をとるにしたがって白髪頭になるというものでこれはよくある出来事なのだ。

・黄沙  . 黄色い砂。 . 砂漠。 . 黄土。 . 中国大陸の黄土地帯の細かい砂が強風で吹き上げられ,しだいに降下してくる現象。

 

使君傳舊德,已見直繩心。 

しかし、貴方のこれまでの仁徳による施政は伝え及んでいるものだから、直ちにお縄になるのを見ることはないでしょう。
成都遂州002 

731 《送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <638>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3500 杜甫詩1000-638-894/1500〔草堂逸詩拾遺-(7)〕

杜甫≪送竇九歸成都≫ 書を讀むにはここ梓州の道教の雲閣観というものがあり、書を書き留めておく絹にはふさわしい錦官城が近くにある。私が書き留めておくのは浣花渓草堂に生えている竹があるというもので、問題はその書きとめる詩題のその良し悪しにすべてがかかっており、その一行一行が大切なのだ。

2013年12月26日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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班孟堅(班固)《西都賦》(36)#14-2 文選 賦<112―36>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩990 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3498 (36)#14-2
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《路傍堠〔元和十四年出為潮州作〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <903>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3499韓愈詩-228-#2
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ731 《送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <638>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3500 杜甫詩1000-638-894/1500〔草堂逸詩拾遺-(7)〕
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ235 《九辯 第三段》 宋玉 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3501 (12/26)
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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731 《送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <638  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3500 杜甫詩1000-638-894/1500〔草堂逸詩拾遺-(7)

 

詩 題:送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺-(7)

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

及地點:  成都 (劍南道北部 益州 成都) 別名:蜀  ・雲閣觀 (劍南道北部 益州 成都・錦官城 (劍南道北部 益州 成都) 別名:錦里     

交遊人物: 竇九で劍南道北部 梓州において

掲 載; 杜甫1000首の638首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-894回目

 

成都遂州002 

送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺-(7)

(成都に帰る竇九君を送別する)

文章亦不盡,竇子才縱橫。 

文章というものは、また、その思いを十分書き著し盡せるものではないが、竇九待君の才能は縦横に広がり前途は明るい。

非爾更苦節,何人符大名。 

君にはこれ以上の苦節というものはきっとないであろう。その名を何人にも大きく知れ渡っていくことだろう。

讀書雲閣觀,問絹錦官城。 

書を讀むにはここ梓州の道教の雲閣観というものがあり、書を書き留めておく絹にはふさわしい錦官城が近くにある。

我有浣花竹,題詩須一行。 

私が書き留めておくのは浣花渓草堂に生えている竹があるというもので、問題はその書きとめる詩題のその良し悪しにすべてがかかっており、その一行一行が大切なのだ。

(竇九【とうきゅう】成都に歸るを送る)〔草堂逸詩拾遺-(7)

文章 亦た盡せず,竇子【とうし】才 縱橫なり。

爾には非らず 更なる苦節を,何人か 大名に符す。 

書を讀むは 雲閣觀あり,絹を問えば錦官城あり。 

我に有すは浣花の竹,詩を題すは須らく一行にあり。 

 江畔独歩尋花

 

『送竇九歸成都』 現代語訳と訳註

(本文)

送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺-(7)

文章亦不盡,竇子才縱橫。 

非爾更苦節,何人符大名。 

讀書雲閣觀,問絹錦官城。 

我有浣花竹,題詩須一行。 

 

 

(下し文)

(竇九【とうきゅう】成都に歸るを送る)〔草堂逸詩拾遺-(7)

文章 亦た盡せず,竇子【とうし】才 縱橫なり。

爾には非らず 更なる苦節を,何人か 大名に符す。 

書を讀むは 雲閣觀あり,絹を問えば錦官城あり。 

我に有すは浣花の竹,詩を題すは須らく一行にあり。 

 

 

(現代語訳)

(成都に帰る竇九君を送別する)

文章というものは、また、その思いを十分書き著し盡せるものではないが、竇九待君の才能は縦横に広がり前途は明るい。

君にはこれ以上の苦節というものはきっとないであろう。その名を何人にも大きく知れ渡っていくことだろう。

書を讀むにはここ梓州の道教の雲閣観というものがあり、書を書き留めておく絹にはふさわしい錦官城が近くにある。

私が書き留めておくのは浣花渓草堂に生えている竹があるというもので、問題はその書きとめる詩題のその良し悪しにすべてがかかっており、その一行一行が大切なのだ。

 

 

(訳注)

送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺-(7)

(成都に帰る竇九君を送別する)

 

〔草堂逸詩拾遺〕

〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。〕

・拾遺1 漏れ落ちたものをひろって補うこと。また、そうしてつくったもの。2 《「じゅうい」とも》侍従の唐名。3 中国で、君主を助けて、その過失をいさめ補うこと。また、その官。拾遺補闕(ほけつ)

 

 

文章 亦不盡 ,竇子 縱橫。

文章というものは、また、その思いを十分書き著し盡せるものではないが、竇九待君の才能は縦横に広がり前途は明るい。

「竇子」語義類別:人、人名、待考、竇九(待考)。この句はオベンチャラである。

 

非爾 更苦節 ,何人 符大名

君にはこれ以上の苦節というものはきっとないであろう。その名を何人にも大きく知れ渡っていくことだろう。

 

讀書 雲閣觀 ,問絹 錦官城

書を讀むにはここ梓州の道教の雲閣観というものがあり、書を書き留めておく絹にはふさわしい錦官城が近くにある。

「讀書」書籍。

「雲閣觀」建築專名(寺廟道觀)、雲閣觀。

「問絹」官場活動、問絹。

「錦官城」建築專名(宮室屋廬)、錦官城。

 

我有 浣花 ,題詩 一行

私が書き留めておくのは浣花渓草堂に生えている竹があるというもので、問題はその書きとめる詩題のその良し悪しにすべてがかかっており、その一行一行が大切なのだ。

「浣花」語義類別:地、地名、河湖地名(江河溪流)、浣花溪。

「竹」語義類別:物、生物、植物專名(禾本)、竹。

「題詩」藝文活動、題詩、詩文を作るということ
杜甫像0012 

730 《柳邊〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <637>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3495 杜甫詩1000-637-893/1500〔草堂逸詩拾遺-(6)〕

杜甫《柳邊》 都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。


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730 《柳邊〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <637  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3495 杜甫詩1000-637-893/1500〔草堂逸詩拾遺-(6)

 

詩 題:柳邊〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

 

掲 載; 杜甫1000首の637首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-893回目   40992

 

 

柳邊〔草堂逸詩拾遺-(6)

(川辺の柳を見て思ったこと。)

只道梅花發,那知柳亦新。 

取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。
枝枝總到地,葉葉自開春。 

柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。

紫燕時翻翼,黃鸝不露身。 

雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。

漢南應老盡,霸上遠愁人。  

都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

(柳邊)

只だ道う 梅花 發くと,那じ柳亦た新らたなるを知んや。 

枝枝 總て地に到り,葉葉 自ら春に開く。 

紫燕 時に翼を翻し,黃鸝 不身を露わさず。 

漢南 應に老い盡し,霸上 遠く人を愁う。 

燕002 

 

『柳邊』 現代語訳と訳註

(本文) 〔草堂逸詩拾遺-(6)

柳邊〔草堂逸詩拾遺-(6)

只道梅花發,那知柳亦新。 

枝枝總到地,葉葉自開春。 

紫燕時翻翼,黃鸝不露身。 

漢南應老盡,霸上遠愁人。 

 

(下し文)

(柳邊)

只だ道う 梅花 發くと,那じ柳亦た新らたなるを知んや。 

枝枝 總て地に到り,葉葉 自ら春に開く。 

紫燕 時に翼を翻し,黃鸝 不身を露わさず。 

漢南 應に老い盡し,霸上 遠く人を愁う。 

 

(現代語訳)

(川辺の柳を見て思ったこと。)

取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。

柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。

雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。

都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

隋堤01 

(訳注)

柳邊〔草堂逸詩拾遺-(6)

(川辺の柳を見て思ったこと。)

 

只道 梅花 ,那知 亦新

取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。

・只1 取り立てて値打ちや意味がないこと。普通。「―の人」「―のからだではない」2 何事もなく、そのままであること。無事。「見つかったら―では済まない」3 (只)代金のいらない.

 

枝枝 總到地 ,葉葉 自開春

柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。

「枝枝」枝というえだはすべて~。

「葉葉」葉という葉はすべて~。。

 

紫燕 翻翼 ,黃鸝 不露

雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。

「紫燕」現在において同名の者はあるが、生まれたばかりの燕と考える。ここは、アメリカ大陸に広く生息する鳥類で、北アメリカでは最大のツバメである。体長は1821センチメートルで、オスは背面だけでなく喉、胸部、腹部もツヤのある濃紫色ないし黒色をしているのが特徴。メスの腹部は白っぽい灰色。尾の先は左右がやや突出するが、ツバメと違って完全な燕尾服状に分かれてはいない種類である。一般にはパープル・マーティン(Purple Martin)と呼ばれる。

ムラサキツバメ(紫燕・学名 Narathura bazalus、シノニム:Arhopala bazalus)は、チョウ目・シジミチョウ科に属するチョウの一種。温暖な地域の照葉樹林帯に分布するチョウである。

翅を広げた開長が3.6-4 cm程度。オスの翅の表側は、ほぼ全体が深い紫色に輝く鱗粉で覆われ、周囲を黒褐色で縁取られている。メスでは、紫色は翅全面ではなく、黒褐色の地色の中に、より狭い部分がオスよりもかなり明るい紫色に輝く。翅の裏面は、オスメスとも薄い褐色で、色の濃い斑紋が数個並ぶ。後翅には細い尾状突起が1対ある。近縁種のムラサキシジミとは、本種がわずかに大型であること、前翅の前縁の先端が丸くなること、後翅に尾状突起があることで区別できる。

「黃鸝」黃鶯。コウライ鶯。

 

漢南 老盡 ,霸上 愁人

都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

「漢南」漢とは唐のこと、南とは杜甫の居る蜀のこと

「霸上」長安の東南にある㶚陵を指すことで長安を意味する。
楊貴妃清華池002 

729 《花底〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <636>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3490 杜甫詩1000-636-892/1500〔草堂逸詩拾遺-(5)〕

杜甫《花底〕》深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。


2013年12月24日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(34)#13-2 文選 賦<112―34>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩988 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3488
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(18)#11-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <901>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3489韓愈詩-227-18
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 729 《花底〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <636>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3490 杜甫詩1000-636-892/1500〔草堂逸詩拾遺-(5)〕
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 233  《九辯 序文と一段目》 宋玉  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3491 (12/24)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 13 女冠子二首其二 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-389-9-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3492
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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729 《花底〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <636  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3490 杜甫詩1000-636-892/1500〔草堂逸詩拾遺-(5)

 

 

詩 題:花底〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 花底【案:草堂逸詩拾遺。】 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點:  河陽 (都畿道 河南府 河陽) 別名:潘安縣 
掲 載; 杜甫1000首の636首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-892回目

pla006 

 

花底〔草堂逸詩拾遺-(5)

(花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)

紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。

花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。

忽疑行暮雨,何事入朝霞。

それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。

恐是潘安縣,堪留衛玠車。

このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。

深知好顏色,莫作委泥沙。 

深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。

美女004 

 

『花底』〔草堂逸詩拾遺-(5)〕 現代語訳と訳註

(本文)

花底〔草堂逸詩拾遺-(5)

紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。

忽疑行暮雨,何事入朝霞。

恐是潘安縣,堪留衛玠車。

深知好顏色,莫作委泥沙。

 

(下し文)

花底〔草堂逸詩拾遺-(5)

紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。

忽疑行暮雨,何事入朝霞。

恐是潘安縣,堪留衛玠車。

深知好顏色,莫作委泥沙。

 

(現代語訳)

(花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)

花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。

それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。

このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。

深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。

金燈花01 

 

 

(訳注)

花底〔草堂逸詩拾遺-(5)

(花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)

杜甫の作品で「花底」という語を使っている作品は757年①『晚出左掖』758年左遷先に向かう途中作『題鄭縣亭子』で前向きな児の作品ではないこの作品も心情的には先行き不安な時期という意味では不安定なころのものである。。

『晚出左掖』

晝刻傳呼淺,春旗簇仗齊。

退朝花底散,歸院柳邊迷。

樓雪融城濕,宮雲去殿低。

避人焚諫草,騎馬欲雞棲。

昼刻 伝呼 浅く、春旗 簇仗【ぞくじょう】齊【ひと】し。

退朝 花底に散じ、帰院【きいん】柳辺【りゅうへん】に迷う。

楼雪【ろうせつ】融けて城湿【うるお】い、宮雲 去りて殿低し。

人を避けて諌草【かんそう】を焚く、馬に騎れば鶏棲【けいせい】ならんと欲す。

夕暮れて、門下省のわきのくぐり門を出る。

昼の時刻が知らされ、宮衛の点呼まわり番の声も近いものに聞こえる程度の声である。春用の簇仗の羽旗を一斉に整列して居る。

そうして、朝廷(紫宸殿)より退出してくると花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている、門下省の書院に帰ろうとして歩くと柳樹の緑が濃くなってあたりの景色を変えていて迷ってしまう。

南に向いて歩いていくと宮楼の雪はとけて城壁がぬれている。低く垂れこんでいた雲が去った後、御殿は低くなったかとおもわれる。

人をさけ、みられないような場所で諌申用の草稿文をやきすてる、そして執務室の後片付けをして、馬に騎って官舎に向おうとするとすでに鶏がねぐらにつこうとする夕闇がせまっている。

晚出左掖 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 240

『題鄭縣亭子』

鄭縣亭子澗之濱,牖憑高發興新。

雲斷岳蓮臨大路,天晴宮柳暗長春。

巢邊野雀欺群燕,花底山蜂趁遠人。

更欲題詩滿青竹,晚來幽獨恐傷神。

(鄭県の亭子に題す)

鄭県【ていけん】の亭子【ていし】澗【かん】の浜【ひん】、牖【こゆう】 高きに憑【よ】れば発興【ほつきょう】新なり。

雲断えて岳蓮【がくれん】大路【たいろ】に臨み、天晴れて宮柳【きゅうりゅう】長春【ちょうしゅん】に暗し。

巣辺【そうへん】には野雀【やじゃく】羣【むら】がりて燕を欺【あなど】り、花底【かてい】には山蜂【さんぽう】遠く人を趁【お】う。

更に詩を題して青竹に満【み】てんと欲するも、晩来幽独【ゆうどく】にして恐らくは神を傷【いた】ましめん。

鄭県の宿場の傍、谷間の水辺にある、その宿場の戸や窓から高処に寄って眺めると新しく興が沸き起こる。

雲が途絶えて華岳の蓮峰が大道にさしかかっており、空は晴れ渡って河向かいの長春宮のあたりに柳が小暗く見えている。

やや近くでは燕の巣の傍へ野の雀が群がってやって来てそれをあなどっており、花樹のあいだを通って行く人を山蜂が同じようにどこまでもとくっついて行く。(遠景近景ともにおもしろい。あるいは、朝廷内のことを揶揄しているのか)

そこでわたしは宿場の傍の青竹の幹にもっと詩をかきつけていっぱいになるほどにしようかと思うのだが、いかにせん、夕方になって。竹藪の奥深い所、寂しく一人でいることで、いろんなおもい、心の傷が浮かんでくる。(だからこのまま竹林の奥にひっそりと棲みたいものだ。)

題鄭牌亭子 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 270

 

紫萼 扶千蕊 ,黃鬚 萬花

花の根元が紫の咢片が千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。勇壮なチジレ髯は万という沢山の花に在り照栄えるものだ。

「紫」花の根元のこと、花に比較してきれいではないけれど花が咲くために名なくてはならないものであるということ。。

「萼」萼(がく、蕚は異体字、英: calyx)とは、植物用語の一つで、花冠(花弁、またはその 集まり)の外側の部分をいう。ひらがな書きで「がく」とすることも多い。萼の個々の部分を 萼片(がくへん、英: sepal)という。多くの場合、花弁(「花びら」のこと)の付け根。

「黃鬚」虎のようなヒゲのこと。当時の色の範囲は現代より広いので、黄色と言っても本物の虎のように真っ黄色である必要はなくチジレ髯を云う

 

忽疑 暮雨 ,何事 入朝 霞。

それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。

*喜び勇んで朝廷の左拾遺となったが花を咲かせる前に散ってしまったということを連想させる。

 

恐是 潘安縣 ,堪留 衛玠

此れは晋の潘岳のような美男子がその県を歩くことが出来なくこのことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。

「潘安」陸機と並んで西晋時代を代表する文人。また友人の夏侯湛と「連璧」と称されるほど、類稀な美貌の持ち主としても知られている。 『世説新語』によると、潘岳が弾き弓を持って洛陽の道を歩くと、彼に出会った女性はみな手を取り合って彼を取り囲み、彼が車に乗って出かけると、女性達が果物を投げ入れ、帰る頃には車いっぱいになっていたという。潘岳の作る文章は修辞を凝らした繊細かつ美しいもので、特に死を悼む哀傷の詩文を得意とした。 愛妻の死を嘆く名作「悼亡」詩は以降の詩人に大きな影響を与えた。

潘安縣としているが河陽の潘安縣という場所を示すのではなく個人の名前である。。

「衛玠」、西晋の丞相とした衛瓘の孫・衛玠。 河東安邑出身で、今の山西省出身。衛玠は一番美しい容貌であった。後世の中国に衛玠の名前はもう美男子あるいは二枚目の象徴である。

 王武子は衛玠の母方のおじで、美男子の名誉も持ったが、

体がよわかった。東晋の王丞相(王導)は衛玠を見て、「羅綺を堪えないね」と言ったという。西晋が北方の少数民族に滅ぼされた後、衛玠も建康(東晋の都、今の南京市)へ来た。建康についた日、人々が衛玠の美男子の名声のため街へ出かけて衛玠を見たかった!人の群れは壁のようだったので、衛玠の車が移動し難かった。衛玠の体はもとは弱かったので、今は疲れを堪えなくて、病気になってすぐに他界した。それは正に中国の歴史上の「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざになっている。

 

深知 顏色 ,莫作 委泥沙

深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。

「顏色」美男子でなくても健康でなければいけない。潘岳のように美辞麗句の詩文より、筋の通ったしっかりした詩文でなくてはならない。

「泥沙」泥沙。 ここでは文章、詩文の作品が上手くないことを云う。
 菜の花001

728 《巴山〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <635>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3485 杜甫詩1000-635-891/1500〔草堂逸詩拾遺-(4)〕

杜甫《巴山》山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。


2013年12月23日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(33)#13(神仙境)-1 文選 賦<112―33>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩987 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3483 (33)#13(神仙境)-1
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(17)#11-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <900>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3484韓愈詩-227-17
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 728 《巴山〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <635>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3485 杜甫詩1000-635-891/1500〔草堂逸詩拾遺-(4)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 232  《桃源圖》 韓愈(韓退之) kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3486 (12/23)
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牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

728 《巴山〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <635  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3485 杜甫詩1000-635-891/1500〔草堂逸詩拾遺-(4)

 

詩 題:巴山〔草堂逸詩拾遺〕
作時:763 廣德元年 杜甫52歳 
掲 載;
杜甫1000首の635首目-場面杜甫
ブログ
1500回予定の-891回目   40990

 

 

卷別:    卷二三四              文體:  五言律詩

詩題:    巴山〔草堂逸詩拾遺〕

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州)

及地點: 巴山 (山南東道 峽州 巴山)  ・陜城 (都畿道 陜州 陜縣)・邵伯 (淮南道 揚州 邵伯)・望仙臺 (京畿道 華州 華陰)

 

 

巴山〔草堂逸詩拾遺-(4)

巴山で出会った。(つれづれに思うこと)

巴山遇中使,云自陜城來。

山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。

盜賊還奔突,乘輿恐未回。

今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。

天寒邵伯樹,地闊望仙臺。

都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。

狼狽風塵裡,群臣安在哉。

郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。

 kimo003

『巴山』 現代語訳と訳註

(本文)

巴山〔草堂逸詩拾遺-(4)

巴山遇中使,云自陜城來。

盜賊還奔突,乘輿恐未回。

天寒邵伯樹,地闊望仙臺。

狼狽風塵裡,群臣安在哉。

 

(下し文)

巴山〔草堂逸詩拾遺-(4)

巴山 中使に遇し,自ら陜城に來たるを云う。

盜賊 還た奔突す,輿に乘りて未だ回らざるを恐ろ。

天寒く 邵伯の樹,地闊がりて 望仙の臺。

狼狽するは風塵の裡に,群臣は安在する哉。

 

(現代語訳)

巴山で出会った。(つれづれに思うこと)

山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。

今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。

都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。

郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。

 終南山05

 

(訳注)

巴山〔草堂逸詩拾遺-(4)

巴山というものあちこちにある。(つれづれに思うこと)

 

巴山 中使 ,云自 陜城

山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は粛宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。

「巴山」大巴山脈(大巴山、あるいは巴山、拼音: Dàbā shān )は、中国西南部の大きな山脈。

狭義の大巴山脈は、四川省(および重慶市)の北・陝西省の南・湖北省の西の境界に位置し、陝西省南部から湖北省に広がる漢水水系と、四川省東部の嘉陵江水系との分水界をなす。海抜はおよそ1,300mから2,000m。大巴山脈の東端にある主峰・神農架は湖北省の神農架林区に位置し、その最高峰・神農頂は標高3,105.4mの高さである。

広義の大巴山脈は湖北省から四川省、陝西省、西は甘粛省にまで至る各省の境界に連なる山脈を指し、大巴山脈北西の米倉山脈なども含める。広義の大巴山脈は四川盆地と漢中盆地を隔て、東は神農架山脈・巫山山脈にまで広がり、西は摩天嶺に接し、北は漢水に面する。巴蜀(四川盆地)を他の地方から隔てる山脈として、古くから軍事的に重要であった。

「遇」語義類別:人、行為動作、一般行為(辵部)、遇。

「中使」宮中からの使者。勅使。

「陜城」語義類別:物、建築物、建築專名(宮室屋廬)、陜城。陜城 (都畿道 陜州 陜縣)

「來」語義類別:人、行為動作、一般行為(人部)、來。

 

盜賊 還奔突 ,乘輿 未回

今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。

「盜賊」史朝義を討って安史の乱は終結したものの、朝廷の権威は失墜し、各地で反乱謀叛が頻発し、安史軍討伐に援軍を派遣していたウイグルは各地で略奪の限りを尽くし、吐蕃は隴西地方を侵略していたが視線を破り長安に侵攻したため、代宗は陜州に逃避、果ては江陵に逃げのびるといううわさが流れていた。

 

天寒 邵伯 ,地闊 望仙臺

都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。

「邵伯 樹」『史記·燕召公世家』「召公之治西方,甚得兆民和。召公巡行邑,有棠樹」

「望仙臺」語義類別:物、建築物、建築專名(亭臺樓閣)、望仙臺。漢の文帝(前180-157)が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという。陜州にたてたという臺。文帝(ぶんてい)は、前漢の第5代皇帝(恵帝の子とされる2人の少帝を除外し、第3代皇帝とする場合もある)。諱は劉恒(りゅう かん)。高祖劉邦の四男(庶子)。妻に竇漪がいる。

 

 

狼狽 風塵 ,群臣 安在 哉。

郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。

「狼狽」不意の出来事などにあわててうろたえること

「風塵裡」人民の中。
蜀中転々圖 




















草堂逸詩拾遺(1) 
  與嚴二郎奉禮別 
別君誰暖眼,將老病纏身。 貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。
出涕同斜日,臨風看去塵。 しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。
商歌還入夜,巴俗自為鄰。 琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。
尚愧微軀在,遙聞盛禮新。 それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。
山東群盜散,闕下受降頻。 幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。
諸將歸應盡,題書報旅人。 本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです
草堂逸詩拾遺(2)
  遣憂
亂離知又甚,消息苦難真。 みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。
受諫無今日,臨危憶古人。 もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。
紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。 いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。
隋氏留宮室,焚燒何太頻。 そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。
草堂逸詩拾遺(3)    
  早花 (不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)
西京安穩未,不見一人來。   長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。
臘日巴江曲,山花已自開。   ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。
盈盈當雪杏,豔豔待春梅。   それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。
直苦風塵暗,誰憂容鬢催。   ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。 
草堂逸詩拾遺(4)
  巴山 巴山で出会った。(つれづれに思うこと)
巴山遇中使,云自陜城來。 山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。
盜賊還奔突,乘輿恐未回。 今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。
天寒邵伯樹,地闊望仙臺。 都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。
狼狽風塵裡,群臣安在哉。 郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。
草堂逸詩拾遺(5)
  花底 (花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)
紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。 花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。
忽疑行暮雨,何事入朝霞。 それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。
恐是潘安縣,堪留衛玠車。 このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。
深知好顏色,莫作委泥沙。   深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。
草堂逸詩拾遺(6)
  柳邊 (川辺の柳を見て思ったこと。)
只道梅花發,那知柳亦新。   取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。
枝枝總到地,葉葉自開春。   柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。
紫燕時翻翼,黃鸝不露身。   雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。
漢南應老盡,霸上遠愁人。   都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

 

727 《早花〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <634>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3480 杜甫詩1000-634-890/1500〔草堂逸詩拾遺-(3)〕

杜甫《早花》長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。


2013年12月22日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 231 《桃源行》 王維 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3481 (12/22)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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727 《早花〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <634  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3480 杜甫詩1000-634-890/1500〔草堂逸詩拾遺-(3)

 

 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 早花〔草堂逸詩拾遺〕 

寫作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

寫及地點: 長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都     

巴江 (黔中道 黔州所領 巴江)     

掲 載; 杜甫1000首の634首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-890回目   40989

 杏の花0055

 

早花〔草堂逸詩拾遺-(3)

(不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)

西京安穩未,不見一人來。 

長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。

臘日巴江曲,山花已自開。 

ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。

盈盈當雪杏,豔豔待春梅。 

それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。

直苦風塵暗,誰憂容鬢催。 

ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。

早花 異文

西京安穩未,不見一人來。

臘日巴江曲【臘月巴江曲】,山花已自開。

盈盈當雪杏,豔豔待春梅【豔豔待香梅】。

直苦風塵暗,誰憂容鬢催【誰憂客鬢催】。 

杏の白花012 

『早花』 現代語訳と訳註

(本文)

早花〔草堂逸詩拾遺-(3)

西京安穩未,不見一人來。 

臘日巴江曲,山花已自開。 

盈盈當雪杏,豔豔待春梅。 

直苦風塵暗,誰憂容鬢催。 

 

(下し文)

早花〔草堂逸詩拾遺-(3)

西京 安穩未だしなり,見ざる一人來。 

臘日 巴江 曲,山花 已に自ら開く。 

盈盈として當に杏を雪とす,豔豔として春梅を待つ。 

直ちに苦しく風塵暗し,誰か憂う容鬢催すを。 

 

(現代語訳)

(不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)

長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。

ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。

それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。

ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。

 

(訳注)

早花〔草堂逸詩拾遺〕

(不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)

〔草堂逸詩拾遺-(3)

〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。〕

 

西京 安穩 ,不見 一人

長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。

「西京」長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都

 

臘日 巴江 ,山花 已自開

ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。

「臘日」【ろうじつ】1年の最後の日。大みそか。大つごもり。《季 冬》

「巴江」語義類別:地、地名、行政地名、巴江。

「曲」語義類別:人、文藝、樂曲泛稱、曲。

「山花」秋の終わりから、冬にかけての寒い時期に、花を咲かせる。野生の個体の花の色は部分的に淡い桃色を交えた白であるのに対し、植栽される園芸品種の花の色は赤や、白や、ピンクなど様々である。童謡「たきび」(作詞:巽聖歌、作曲:渡辺茂)の歌詞に登場することでもよく知られる。漢字表記の山茶花は中国語でツバキ類一般を指す山茶に由来し、サザンカの名は山茶花の本来の読みである「サンサカ」が訛ったものといわれる。

「開」語義類別:物、生物狀態、植物生命狀態、開。

 

盈盈 當雪杏 ,豔豔 春梅

それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。

「盈盈」「贏」. 【盈盈】えいえい. 水の満ちるさま。物の多量にあるさま。

「豔豔」色あざやかな,あでやかな装華やかな服装.(1) うらやむ,あこがれる羡うらやむ.(2) 色恋(いろこい)がらみの,情事にまつわる情色

「春梅」早梅。春になって楽しいことを意味する。

 

直苦 風塵 ,誰憂 容鬢 催。

ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。
Flower1-005 

草堂逸詩拾遺(1) 
  與嚴二郎奉禮別 
別君誰暖眼,將老病纏身。 貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。
出涕同斜日,臨風看去塵。 しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。
商歌還入夜,巴俗自為鄰。 琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。
尚愧微軀在,遙聞盛禮新。 それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。
山東群盜散,闕下受降頻。 幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。
諸將歸應盡,題書報旅人。 本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです
草堂逸詩拾遺(2)
  遣憂
亂離知又甚,消息苦難真。 みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。
受諫無今日,臨危憶古人。 もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。
紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。 いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。
隋氏留宮室,焚燒何太頻。 そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。
草堂逸詩拾遺(3)
  早花 (不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)
西京安穩未,不見一人來。   長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。
臘日巴江曲,山花已自開。   ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。
盈盈當雪杏,豔豔待春梅。   それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。
直苦風塵暗,誰憂容鬢催。   ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。 
草堂逸詩拾遺(4)
  巴山 巴山で出会った。(つれづれに思うこと)
巴山遇中使,云自陜城來。 山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。
盜賊還奔突,乘輿恐未回。 今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。
天寒邵伯樹,地闊望仙臺。 都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。
狼狽風塵裡,群臣安在哉。 郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。
草堂逸詩拾遺(5)
  花底 (花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)
紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。 花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。
忽疑行暮雨,何事入朝霞。 それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。
恐是潘安縣,堪留衛玠車。 このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。
深知好顏色,莫作委泥沙。   深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。
草堂逸詩拾遺(6)
  柳邊 (川辺の柳を見て思ったこと。)
只道梅花發,那知柳亦新。   取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。
枝枝總到地,葉葉自開春。   柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。
紫燕時翻翼,黃鸝不露身。   雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。
漢南應老盡,霸上遠愁人。   都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

726 《遣憂〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <633>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3475 杜甫詩1000-633-889/1500〔草堂逸詩拾遺-(2)〕

杜甫《遣憂》みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。


2013年12月21日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(31)#12(建章宮の高楼)-1 文選 賦<112―31>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩985 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3473
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《論佛骨表》(15)#10-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <898>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3474韓愈詩-227-15
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 726 《遣憂〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <633>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3475 杜甫詩1000-633-889/1500〔草堂逸詩拾遺-(2)〕
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 10 浣溪紗八首 其八 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-386-9-#10  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3477
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

726 《遣憂〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <633>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3475 杜甫詩1000-633-889/1500〔草堂逸詩拾遺-(2)  

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 遣憂〔草堂逸詩拾遺〕 

掲 載; 杜甫1000首の633首目-場面

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遣憂〔草堂逸詩拾遺-(2)

(先行き心配なことを払いのける)〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。(2)

亂離知又甚,消息苦難真。

みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。

受諫無今日,臨危憶古人。

もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。

紛紛乘白馬,攘攘著巾。

いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。

隋氏留宮室,焚燒何太頻。

そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。

(憂いを遣る)

離れば乱れ 又た甚しきを知り、消息 真なり難きを苦しむ。

諌めを受くれば今日無かりしならん、危きに臨みて古人を

憶う。

紛紛として白馬に乗じ、攘攘として黄巾を著く。

隋氏宮室を留んで、焚焼 何ぞ太だ頻りなる。

miyajima594 

『遣憂』 現代語訳と訳註

(本文)

遣憂〔草堂逸詩拾遺-(2)

亂離知又甚,消息苦難真。

受諫無今日,臨危憶古人。

紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。

隋氏留宮室,焚燒何太頻。

 

(下し文)

(憂いを遣る)

離れば乱れ 又た甚しきを知り、消息 真なり難きを苦しむ。

諌めを受くれば今日無かりしならん、危きに臨みて古人を

憶う。

紛紛として白馬に乗じ、攘攘として黄巾を著く。

隋氏宮室を留んで、焚焼 何ぞ太だ頻りなる。

 

(現代語訳)

(先行き心配なことを払いのける)〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。(2)

みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。

もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。

いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。

そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。

 

(訳注)

遣憂〔草堂逸詩拾遺-(2)

(先行き心配なことを払いのける)

○遣憂 うれえのこころをおいはらう。

 

亂離知又甚,消息苦難真。

みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。

○乱離 みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを。

○消息 天子の動向でさえも消息、みやこからのたより。

 

受諫無今日,臨危憶古人。

もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。

○受諌 郭子儀は代宗に対して吐蕃を警戒せねばならぬということをいったが、代宗は用いなかった、受諫とは代宗が郭子儀のいさめを受け用いられたならばの意。

江陵望幸

雄都元壯麗,望幸欻威神。 

地利西通蜀,天文北照秦。 

風煙含越鳥,舟楫控人。 

未枉周王駕,終朝漢武巡。 

甲兵分聖旨,居守付忠臣。 

早發雲臺仗,恩波起涸鱗。 

724 《江陵望幸〔註案:肅宗上元元年,置南都於荊州,號江陵府,以呂為尹,尋罷。廣德元年,復以衛伯玉尹江陵。〕》 蜀中転々 杜甫 <631>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3465 杜甫詩1000-631-887/1500

○今日 今日の騒乱をいう。

○臨危 国家のあやういときにさしかかっては。

○古人 むかしの賢人。

 

紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。

いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。

○紛紛、乱れ散るさま。混じり乱れるさま ともにみだれるかたち。

『麗春』

百草競春華,麗春應最勝。

少須好顏色,多漫枝條剩。

紛紛桃李枝,處處總能移。

如何貴此重,卻怕有人知。

江頭五詠:麗春 蜀中転々江頭五詠:麗春 杜甫 <523  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2810 杜甫詩1000-523-756/1500

『貧交行』 

翻手作雲覆手雨,紛紛輕薄何須數。

君不見管鮑貧時交,此道今人棄如土。

手をひるがえせば雲となり、手をくつがえせば雨となる、入り乱れる(数多くの)軽薄なさまは、数える必要もない。ご存じでしょう、管仲と鮑叔牙の貧しい時代の交わりを。この交友の精神は、現在の人々は土くれのように棄ててしまった。 

貧交行 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 48 

○乗白馬、著黄巾 反乱者、盗賊のおこること。梁の武帝のとき謀反をおこした侯景は白馬に乗っていた。後漢の霊帝のとき鉅鹿の人張角は自ずから天公と称して兵をあげたが、其の兵三十六万人はみな黄巾を著けていた。(黄巾の乱)

 

隋氏留宮室,焚燒何太頻。

そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。

○隋氏 隋朝をいう、唐のことであるが遠慮して隋という。

○留宮室 唐の宮室は隋以来のもの、隋がとどめおいたものといったのである。○焚焼 宮室を焼きはらうこと。広徳元年吐蕃が人造したとき、辺将は急を告げたが、程元振はみなは奏聞しなかった。十月吐蕃が深く侵入して来たとき、代宗ははじめて軍隊を出動させたが、吐蕃はすでに長安の北、渭水の便橋を渡っていた。代宗は逃れて陝州に幸した。吐蕃は長安に入って大いに宮室を焼きはらった。詩はその事をきいて詠じたもの。

kimo003 

参考

江陵望幸〔註案:肅宗上元元年,置南都於荊州,號江陵府,以呂為尹,尋罷。廣德元年,復以衛伯玉尹江陵。〕

雄都元壯麗,望幸欻威神。 

地利西通蜀,天文北照秦。 

風煙含越鳥,舟楫控人。 

未枉周王駕,終朝漢武巡。 

甲兵分聖旨,居守付忠臣。 

早發雲臺仗,恩波起涸鱗。 

(江陵の人民は、天子の行幸を望んでいる。) 

760年肅宗上元元年のときこれまで荊州に南都とされた。そこに江陵府をおかれ、それで呂尹と為し、二年後の763年廣德元年また、衛伯玉を江陵府の長官にされた〕

南都にしようと議論された立派な都市である江陵は、はじめから厳(おごそ)かで麗しいものであったが、長安の世情が不安で、安定しているこの地への行幸を望んで、にわかに威厳が増してきている。 

地の利を得た場所であり、西の方は、蜀の地とつながっており。星辰は北の方の国都長安の方角を照らしている。

今となって人々の思いは風塵のように越の地の鳥を包み込むほどの勢いになっているし、船脚という交通手段は、呉の国の人を引き寄せて心待ちにしている。

周・穆王の御来駕は叶わなかったのではあるが、最終的に漢の武帝の巡幸の機会を賜ったのである。

武装した兵士に天子様のおぼしめしを命じられれば良いのであるし、江陵城の守備は譜代の重臣に任せることが大切なことなのだ。 

早く儀仗兵を出立させて、恩沢をおこし波及させて、危機に瀕した人民をして恩沢に浴さしめることが轍鮒(てっぷ)の急で、いまこそ、危機に瀕した人民を救うべきである。

(江陵 幸を望む)       

雄都元【はじめ】に 壯麗なるも,幸を望みて欻【たちま】ち 威神あり。

地利 西のかた 蜀に通じ,天文 北のかた 秦を照らす。

風煙は 越鳥を 含み,舟楫【しゅうしゅう】は 呉人を 控す。

未だ 周王の駕を 枉げざるも,終【つひ】に 漢武の巡を 期す。

甲兵聖旨【せいし】を 分かち,居守 宗臣に 付す。

早く 雲臺【うんだい】の仗を 發して,恩波 涸鱗【こりん】を 起こさんことを。

杏の白花012




草堂逸詩拾遺(1)   
  與嚴二郎奉禮別 
別君誰暖眼,將老病纏身。 貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。
出涕同斜日,臨風看去塵。 しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。
商歌還入夜,巴俗自為鄰。 琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。
尚愧微軀在,遙聞盛禮新。 それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。
山東群盜散,闕下受降頻。 幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。
諸將歸應盡,題書報旅人。 本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです
草堂逸詩拾遺(2)  
  遣憂
亂離知又甚,消息苦難真。 みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。
受諫無今日,臨危憶古人。 もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。
紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。 いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。
隋氏留宮室,焚燒何太頻。 そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。
草堂逸詩拾遺(3)  
  早花 (不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)
西京安穩未,不見一人來。   長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。
臘日巴江曲,山花已自開。   ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。
盈盈當雪杏,豔豔待春梅。   それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。
直苦風塵暗,誰憂容鬢催。   ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。 
草堂逸詩拾遺(4)  
  巴山 巴山で出会った。(つれづれに思うこと)
巴山遇中使,云自陜城來。 山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。
盜賊還奔突,乘輿恐未回。 今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。
天寒邵伯樹,地闊望仙臺。 都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。
狼狽風塵裡,群臣安在哉。 郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。
草堂逸詩拾遺(5)  
  花底 (花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)
  紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。 花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。
  忽疑行暮雨,何事入朝霞。 それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。
  恐是潘安縣,堪留衛玠車。 このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。
  深知好顏色,莫作委泥沙。   深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。
草堂逸詩拾遺(6)  
  柳邊 (川辺の柳を見て思ったこと。)
只道梅花發,那知柳亦新。   取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。
枝枝總到地,葉葉自開春。   柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。
紫燕時翻翼,黃鸝不露身。   雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。
漢南應老盡,霸上遠愁人。   都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。


725 《與嚴二郎奉禮別〔草堂逸詩拾遺-(1)〕》 蜀中転々 杜甫 <632>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3470 杜甫詩1000-632-888/1500

≪與嚴二郎奉禮別≫〔草堂逸詩拾遺-(1) 貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。


2013年12月20日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(30)#11-2 文選 賦<112―30>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩984 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3468
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《論佛骨表》(14)#9-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <897>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3469韓愈詩-227-14
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 725 《與嚴二郎奉禮別〔草堂逸詩拾遺-(1)〕》 蜀中転々 杜甫 <632>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3470 杜甫詩1000-632-888/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 229  《桃花源幷記》 陶淵明(陶潜) kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3471 (12/20)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 9 浣溪紗八首 其七 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-385-9-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3472
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

725 《與嚴二郎奉禮別〔草堂逸詩拾遺-(1) 蜀中転々 杜甫 <632  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3470 杜甫詩1000-632-888/1500

 

詩 題:與嚴二郎奉禮別〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52

卷別: 卷二三四  文體: 五言古詩 

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

掲 載; 杜甫1000首の632首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-888回目

人物/地點: 嚴二郎

 

 

與嚴二郎奉禮別

(厳二郎閣に礼別をたてまつり、この詩を詠う。)

〔草堂逸詩拾遺〕

〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。〕

別君誰暖眼,將老病纏身。

貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。

出涕同斜日,臨風看去塵。

しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。

商歌還入夜,巴俗自為鄰。

琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。

尚愧微軀在,遙聞盛禮新。

それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。

山東群盜散,闕下受降頻。

幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。

諸將歸應盡,題書報旅人。

本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです。

 

嚴二 郎に禮別し奉つる〔草堂で逸詩拾遺する〕

君と別し誰か暖眼せん,將に老して病は身に纏う。

出涕 斜日と同うする,臨風 塵と去るを看る。

商歌 還た夜に入り,巴俗 自ら鄰と為す。

尚お愧ずは軀在るを微かにするを,遙かに聞く 盛んに禮新たにす。

山東 群盜散り,闕下 受降頻りなり。

諸將 應に盡く歸り,書を題すは旅人に報ずる。

 

草堂002 

『與嚴二郎奉禮別』現代語訳と訳註

(本文)

與嚴二郎奉禮別〔草堂逸詩拾遺〕

別君誰暖眼,將老病纏身。

出涕同斜日,臨風看去塵。

商歌還入夜,巴俗自為鄰。

尚愧微軀在,遙聞盛禮新。

山東群盜散,闕下受降頻。

諸將歸應盡,題書報旅人。

 

(下し文)

嚴二 郎に禮別し奉つる〔草堂で逸詩拾遺する〕

君と別し誰か暖眼せん,將に老して病は身に纏う。

出涕 斜日と同うする,臨風 塵と去るを看る。

商歌 還た夜に入り,巴俗 自ら鄰と為す。

尚お愧ずは軀在るを微かにするを,遙かに聞く 盛んに禮新たにす。

山東 群盜散り,闕下 受降頻りなり。

諸將 應に盡く歸り,書を題すは旅人に報ずる

 

(現代語訳)

(厳二郎閣に礼別をたてまつり、この詩を詠う。)

〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。〕

貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。

しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。

琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。

それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。

幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。

本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです。

 

(訳注)

與嚴二郎奉禮別

(厳二郎閣に礼別をたてまつり、この詩を詠う。)

・嚴二郎 嚴別駕のこと。『相逢歌贈嚴二別駕』「我行入東川,十步一回首。城都亂罷氣蕭颯,浣花草堂亦何有。  梓中豪俊大者誰,本州從事知名久。 

厳八は厳武、厳武の父厳挺之は作者の友人であり、武は後輩である。杜甫の強力な援助者である。特に成都紀行、成都浣花渓草堂期に世話になる。厳武が没して成都を離れる。 

留別賈嚴二閣老兩院補缺,得雲字

田園須暫往,戎馬惜離群。

去遠留詩別,愁多任酒醺。

一秋常苦雨,今日始無雲。

山路晴吹角,那堪處處聞!

留別賈嚴二閣老兩院補缺 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 275

 

〔草堂逸詩拾遺〕

〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。〕

・拾遺1 漏れ落ちたものをひろって補うこと。また、そうしてつくったもの。2 《「じゅうい」とも》侍従の唐名。3 中国で、君主を助けて、その過失をいさめ補うこと。また、その官。拾遺補闕(ほけつ)

 杜甫草堂詳細図02

別君 暖眼 ,將老 纏身

貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。

 

出涕 同斜日 ,臨風 去塵

しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。

 

商歌 還入夜 ,巴俗 為鄰

琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。

「商歌」五音と総称される宮・商・角・徴・羽で、「商」と「徴」は、本来別の音であるのに(「変徴」は「徴」より半音ほど低い音)、陶淵明は、なぜ「商音」と言っている。また、五音には宮 - 君主、商 - 臣下、角 - 民、徴 - 事、羽 - 物といういみがある。ここで「商歌」ということは厳別駕が琵琶を弾いていたので、その曲が、臣下の忠誠に関する曲であったもの。。

 

尚愧 微軀 ,遙聞 盛禮

それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。

「愧」 綜合情感であり慚愧自責をいう。

 

山東 群盜 ,闕下 受降 頻。

幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。

「山東」安史の盗賊が支配し影響が強かったところである。杜甫の義母・弟が住んでいるのが山東である。

「盜」・「群盗」 群盗のはびこるときにあたっての意、群盗とは蜀に徐知道があり、両京には党項羌があり、東都には史朝義があるの類をいう。

『王閬州筵奉酬十一舅惜別之作』 

萬壑樹聲滿,千崖秋氣高。 

浮舟出郡郭,別酒寄江濤。 

良會不復久,此生何太勞。 

窮愁但有骨,群盜尚如毛。 

吾舅惜分手,使君寒贈袍。 

715 《王閬州筵奉酬十一舅惜別之作》 蜀中転々 杜甫 <622  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3420 杜甫詩1000-622-878/1500五言律詩

『戲題寄上漢中王,三首之三』

群盜無歸路,衰顏會遠方。

尚憐詩警策,猶記酒顛狂。

魯衛彌尊重,徐陳略喪亡。

空餘枚叟在,應念早升堂。

641五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之三》 蜀中転々 杜甫 <546  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2955 杜甫詩1000-546-785/1500

 

諸將 應盡,題書 旅人

本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです。
杜甫像0012 


















草堂逸詩拾遺(1) 
  與嚴二郎奉禮別 
別君誰暖眼,將老病纏身。 貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。
出涕同斜日,臨風看去塵。 しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。
商歌還入夜,巴俗自為鄰。 琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。
尚愧微軀在,遙聞盛禮新。 それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。
山東群盜散,闕下受降頻。 幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。
諸將歸應盡,題書報旅人。 本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです
草堂逸詩拾遺(2)
  遣憂
亂離知又甚,消息苦難真。 みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。
受諫無今日,臨危憶古人。 もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。
紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。 いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。
隋氏留宮室,焚燒何太頻。 そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。
草堂逸詩拾遺(3)    
  早花 (不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)
西京安穩未,不見一人來。   長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。
臘日巴江曲,山花已自開。   ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。
盈盈當雪杏,豔豔待春梅。   それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。
直苦風塵暗,誰憂容鬢催。   ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。 
草堂逸詩拾遺(4)
  巴山 巴山で出会った。(つれづれに思うこと)
巴山遇中使,云自陜城來。 山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。
盜賊還奔突,乘輿恐未回。 今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。
天寒邵伯樹,地闊望仙臺。 都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。
狼狽風塵裡,群臣安在哉。 郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。
草堂逸詩拾遺(5)
  花底 (花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)
紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。 花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。
忽疑行暮雨,何事入朝霞。 それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。
恐是潘安縣,堪留衛玠車。 このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。
深知好顏色,莫作委泥沙。   深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。
草堂逸詩拾遺(6)
  柳邊 (川辺の柳を見て思ったこと。)
只道梅花發,那知柳亦新。   取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。
枝枝總到地,葉葉自開春。   柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。
紫燕時翻翼,黃鸝不露身。   雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。
漢南應老盡,霸上遠愁人。   都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

 

724 《江陵望幸〔註:廣德元年,復以衛伯玉尹江陵。〕》 蜀中転々 杜甫 <631>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3465 杜甫詩1000-631-887/1500

杜甫《江陵望幸》 南都にしようと議論された立派な都市である江陵は、はじめから厳(おごそ)かで麗しいものであったが、長安の世情が不安で、安定しているこの地への行幸を望んで、にわかに威厳が増してきている。 

2013年12月19日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(29)#11(閣道と建章宮)-1 文選 賦<112―29>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩983 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3463
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《論佛骨表》(13)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <896>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3464韓愈詩-227-13
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 724 《江陵望幸〔註:廣德元年,復以衛伯玉尹江陵。〕》 蜀中転々 杜甫 <631>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3465 杜甫詩1000-631-887/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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724 《江陵望幸〔註:肅宗上元元年,置南都於荊州,號江陵府,以呂為尹,尋罷。廣德元年,復以衛伯玉尹江陵。〕》 蜀中転々 杜甫 <631  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3465 杜甫詩1000-631-887/1500

 

 

卷別: 卷二三二  文體: 五言古詩 

詩 題:江陵望幸〔註案:肅宗上元元年,置南都於荊州,號江陵府,以呂為尹,尋罷。廣德元年,復以衛伯玉尹江陵。〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

及地點: 江陵 (山南東道 荊州 江陵)     

掲 載; 杜甫1000首の631首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-887回目   40986

 

 

江陵望幸

(江陵の人民は、天子の行幸を望んでいる。) 

〔註案:肅宗上元元年,置南都於荊州,號江陵府,以呂為尹,尋罷。廣德元年,復以衛伯玉尹江陵。〕

760年肅宗上元元年のときこれまで荊州に南都とされた。そこに江陵府をおかれ、それで呂尹と為し、二年後の763年廣德元年また、衛伯玉を江陵府の長官にされた〕

雄都元壯麗,望幸欻威神。 

南都にしようと議論された立派な都市である江陵は、はじめから厳(おごそ)かで麗しいものであったが、長安の世情が不安で、安定しているこの地への行幸を望んで、にわかに威厳が増してきている。 

地利西通蜀,天文北照秦。 

地の利を得た場所であり、西の方は、蜀の地とつながっており。星辰は北の方の国都長安の方角を照らしている。

風煙含越鳥,舟楫控人。 

今となって人々の思いは風塵のように越の地の鳥を包み込むほどの勢いになっているし、船脚という交通手段は、呉の国の人を引き寄せて心待ちにしている。

未枉周王駕,終朝漢武巡。 

周・穆王の御来駕は叶わなかったのではあるが、最終的に漢の武帝の巡幸の機会を賜ったのである。

甲兵分聖旨,居守付忠臣。 

武装した兵士に天子様のおぼしめしを命じられれば良いのであるし、江陵城の守備は譜代の重臣に任せることが大切なことなのだ。 

早發雲臺仗,恩波起涸鱗。 

早く儀仗兵を出立させて、恩沢をおこし波及させて、危機に瀕した人民をして恩沢に浴さしめることが轍鮒(てっぷ)の急で、いまこそ、危機に瀕した人民を救うべきである。

 

(江陵 幸を望む)       

雄都元【はじめ】に 壯麗なるも,幸を望みて欻【たちま】ち 威神あり。

地利 西のかた 蜀に通じ,天文 北のかた 秦を照らす。

風煙は 越鳥を 含み,舟楫【しゅうしゅう】は 呉人を 控す。

未だ 周王の駕を 枉げざるも,終【つひ】に 漢武の巡を 期す。

甲兵聖旨【せいし】を 分かち,居守 宗臣に 付す。

早く 雲臺【うんだい】の仗を 發して,恩波 涸鱗【こりん】を 起こさんことを。

 

 

『江陵望幸』 現代語訳と訳註

(本文)

江陵望幸〔註案:肅宗上元元年,置南都於荊州,號江陵府,以呂為尹,尋罷。廣德元年,復以衛伯玉尹江陵。〕

雄都元壯麗,望幸欻威神。 

地利西通蜀,天文北照秦。 

風煙含越鳥,舟楫控人。 

未枉周王駕,終朝漢武巡。 

甲兵分聖旨,居守付忠臣。 

早發雲臺仗,恩波起涸鱗。 

 

(下し文)

(江陵 幸を望む)       

雄都元【はじめ】に 壯麗なるも,幸を望みて欻【たちま】ち 威神あり。

地利 西のかた 蜀に通じ,天文 北のかた 秦を照らす。

風煙は 越鳥を 含み,舟楫【しゅうしゅう】は 呉人を 控す。

未だ 周王の駕を 枉げざるも,終【つひ】に 漢武の巡を 期す。

甲兵聖旨【せいし】を 分かち,居守 宗臣に 付す。

早く 雲臺【うんだい】の仗を 發して,恩波 涸鱗【こりん】を 起こさんことを。

 

 

(現代語訳)

(江陵の人民は、天子の行幸を望んでいる。) 

760年肅宗上元元年のときこれまで荊州に南都とされた。そこに江陵府をおかれ、それで呂尹と為し、二年後の763年廣德元年また、衛伯玉を江陵府の長官にされた〕

南都にしようと議論された立派な都市である江陵は、はじめから厳(おごそ)かで麗しいものであったが、長安の世情が不安で、安定しているこの地への行幸を望んで、にわかに威厳が増してきている。 

地の利を得た場所であり、西の方は、蜀の地とつながっており。星辰は北の方の国都長安の方角を照らしている。

今となって人々の思いは風塵のように越の地の鳥を包み込むほどの勢いになっているし、船脚という交通手段は、呉の国の人を引き寄せて心待ちにしている。

周・穆王の御来駕は叶わなかったのではあるが、最終的に漢の武帝の巡幸の機会を賜ったのである。

武装した兵士に天子様のおぼしめしを命じられれば良いのであるし、江陵城の守備は譜代の重臣に任せることが大切なことなのだ。 

早く儀仗兵を出立させて、恩沢をおこし波及させて、危機に瀕した人民をして恩沢に浴さしめることが轍鮒(てっぷ)の急で、いまこそ、危機に瀕した人民を救うべきである。

 

(訳注)

江陵望幸

(江陵の人民は、天子の行幸を望んでいる。) 

・江陵:長江が南側の洞庭湖へ曲がる部分の要衝。(現・湖北省江陵)『中国歴史地図集・第五冊「隋・唐・五代時期』「江漢湘諸郡」e5)にある。 

・望幸:行幸を望む。・望:望む。待ち望む。 ・幸:天子の行動をいう。行幸。天子が皇宮を出て、よそへ行くこと。

洞庭湖鄂州02 

〔註案:肅宗上元元年,置南都於荊州,號江陵府,以呂為尹,尋罷。廣德元年,復以衛伯玉尹江陵。〕

760年肅宗上元元年のときこれまで荊州に南都とされた。そこに江陵府をおかれ、それで呂尹と為し、二年後の763年廣德元年また、衛伯玉を江陵府の長官にされた〕

上元元年九月改めて南都を荊州に置き荊州を以て江陵府となした。二年九月鳳翔の西都及び江陵の南都の号をやめたが、宝応元年にはまた旧に復した。此の詩は上元元年荊州を南都とするときの作である。荊州を南都とするということは時の荊州刺史呂陻なるものの建議に基づくもので、くわえて長安が不安であるため、江陵を行在所とすべきということが全国的な話題になっていたということなのだ。

当然、杜甫はこれに反対の意見ではあるものの、自分も長江を下ろうとしている時期でもあるからそれに合わせていこうといきたいことをのべたのである。

この註のことは杜甫『建都十二韻』に詳しく述べている。

建都十二韻

蒼生未蘇息,胡馬半乾坤。議在雲臺上,誰扶黃屋尊?』

建都分魏闕,下韶闢荊門。恐失東人望,其如西極存。

時危當雪恥,計大豈輕論?雖倚三堦正,終愁萬國翻。』

牽裾恨不死,漏網荷殊恩。永負漢庭哭,遙憐湘水魂。

窮冬客江劍,隨事有田園。風斷青蒲節,霜埋翠竹根。』

衣冠空攘攘,關輔久昏昏。願枉長安日,光輝照北原。』

建都十二韻 杜甫 成都(3)浣花渓の草堂(3)13-1  杜甫 <399 #1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1940 杜甫詩1000-399-582/1500

安禄山の乱が終熄しようとした時、吐蕃(チベット民族)の入寇(廣德元年:763年『舊唐書・本紀・代宗』廣德元年:763年)があった。その際、粛宗の次代皇帝である代宗は、吐蕃が河北一帯を侵寇したので、陝州に難を避けて行幸したことが『舊唐書・本紀・代宗』にみえる。「(763年)廣德元年秋七月,吐蕃大寇河、隴,陷我秦、成、渭三州,…冬十月庚午朔。高暉引吐蕃犯京畿諸縣。蕃軍自司竹園渡渭,循南山而東。丙子,駕幸陝州。…從官多由南山諸谷赴行在。…吐蕃入京師,立廣武王承宏爲帝…。車駕至陝州。(郭)子儀收京城。…以郭子儀爲京留守。」とみえる。更に、江陵でも代宗の行幸を待ち望んでいることを詠ったもの。 

 

 

雄都元壯麗,望幸欻威神。 

南都にしようと議論された立派な都市である江陵は、はじめから厳(おごそ)かで麗しいものであったが、長安の世情が不安で、安定しているこの地への行幸を望んで、にわかに威厳が増してきている。 

雄都:立派なみやこ。立派な都市。江陵のことをいう。 

元:はじめに。もともと。 

壯麗:さかんで麗しい。厳(おごそ)かで麗しい。さかんで美しい。

欻:おこる。(にわかに)おこる。たちまち。にわかに。 

威神:厳(おごそ)かで気高い。威厳。

 

 

地利西通蜀,天文北照秦。 

地の利を得た場所であり、西の方は、蜀の地とつながっており。星辰は北の方の国都長安の方角を照らしている。 

地利:地勢や地形上の便利。地の利。 *以下、東西南北に該る諸国を詠い、その中心に江陵がある雄都ぶりをいう。古今を通じて、また、各地から見て、中央に位置しており、一旦緩急のある時は、どの方角にでも逃げおおせる江陵の便利さを詠う。 

西通:江陵から長江を遡れば、四川盆地に入ることが出来ることをいう。 

蜀:現在の四川省の地。

天文:日月星辰の運行や、風雨雪雷など天空に起こる現象。ここでは北辰のことになる。 

北照:江陵の北の方が、国都長安のある陝西省の方角になる。 

秦:現在の陝西省の地。当時、陝西一帯は、吐蕃の手に落ちていた。

 

風煙含越鳥,舟楫控人。 

今となって人々の思いは風塵のように越の地の鳥を包み込むほどの勢いになっているし、船脚という交通手段は、呉の国の人を引き寄せて心待ちにしている。

風煙:風と煙。風と靄(もや)。すなけむり。戦乱の喩え。 ・含:ふくむ。 

越:現在の浙江省。

舟楫:舟とかじ。転じて、天子の仕事を助ける臣下の喩え。 ・控:ひかえる。ひきとめる。ひきよせる。 

呉:現在の浙江省の地。

 

 

未枉周王駕,終朝漢武巡。 

周・穆王の御来駕は叶わなかったのではあるが、最終的に漢の武帝の巡幸の機会を賜ったのである。 

未枉:まげられなかった。 

周王:『列子・湯問』では周穆王は禹域内外を巡幸した。「北游過其國,三年忘歸」「周穆王西巡狩,越崑崙,不至山,反還」「周穆王大征西戎」。・駕:天子の乗り物。

終期:ついに巡幸の時期の約束を得た。 

漢武:漢の武帝。『史記・孝武本紀』に「上巡南郡,至江陵而東。登禮潛之天柱山,號曰南嶽。浮江,自尋陽出樅陽,過彭蠡,祀其名山川。」 と南巡した際、江陵に立ち寄ったことが記録されている。

 

甲兵分聖旨,居守付忠臣。 

武装した兵士に天子様のおぼしめしを命じられれば良いのであるし、江陵城の守備は譜代の重臣に任せることが大切なことなのだ。 

甲兵:鎧を着た武人。武装した兵士。 ・分:命じる。 ・聖旨:天子のおぼしめし。

居守:都市の守護職。=留守。ここでは江陵の留守のことをいうか。『舊唐書・本紀・代宗』では、京都の留守は郭子儀になる。 ・付:命じる。 

宗臣:君主一族の臣。世に仰ぎ貴ばれる臣。譜代の重臣。

 

早發雲臺仗,恩波起涸鱗。 

早く儀仗兵を出立させて、恩沢をおこし波及させて、危機に瀕した人民をして恩沢に浴さしめることが轍鮒(てっぷ)の急で、いまこそ、危機に瀕した人民を救うべきである。

早發:早期に儀仗兵を起こす。早く儀仗兵の出発を命じる。 

雲臺:漢代の高い台の名。後漢明帝の時、光武帝麾下の二十八功臣の肖像を掲げた所。=雲閣。陳子昂の『題祀山烽樹贈喬十二侍御』に「漢庭榮巧宦,雲閣薄邊功。可憐馬使,白首爲誰雄。」 とある。 ・仗:儀仗兵。

恩波:広くゆきわたる恵み。恩沢。 ・起:おこす。 

涸鱗:(魚がいるところの)水が涸(か)れて死に瀕した魚。轍鮒(てっぷ)の急のことをいう。=「涸鮒」「涸轍鮒魚」。『莊子・外物』「莊周家貧,故往貸粟於監河侯。監河侯曰:「諾。我將得邑金,將貸子三百金,可乎。」莊周忿然作色曰:「周昨來,有中道而呼者。周顧視車轍中,有鮒魚焉。周問之曰:『鮒魚來,子何爲者邪。』對曰:『我,東海之波臣也。君豈有斗升之水而活我哉。』周曰:『諾。我且南遊呉、越之王,激西江之水而迎子,可乎。』鮒魚忿然作色曰:『吾失我常與,我無所處。吾得斗升之水然活耳,君乃言此,曾不如早索我於枯魚之肆。』」に基づく。
miyajima0033221107930 

723 《答楊梓州》 蜀中転々 杜甫 <630>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3460 杜甫詩1000-630-886/1500

《答楊梓州》春になって州境の靑渓関に向かったが互いに合うということはなかったなら、そこに船をむかえにやらせても、帰ってきてまさにいとこ兄弟として舟遊びをしようではないか。


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723 《答楊梓州》 蜀中転々 杜甫 <630  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3460 杜甫詩1000-630-886/1500


詩 題:答楊梓州
作時:763 廣德元年 杜甫52歳 掲 載; 杜甫1000首の630首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-886回目 

杏の白花012 



 

卷別: 卷二二八  文體: 七言

作地點: 漢州(劍南道北部 / 漢州 / 漢州

及地點: 梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)     

交遊人: 楊梓州

掲 載; 杜甫1000首の630首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-886回目   40985

763年春、漢州(四川省広漢縣)に行ったときの作。この池は即ち房琯公池で房琯か相を罷めて後、漢州の刺史となって来て掘らせた池。房琯この春召しかえされて刑部尚書に進められたが、途中疾にあい、八月、閬州の客舎で死んだ。杜甫とは関係のふかい政治家であった。

この詩は房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。いろいろ諷刺の意味に解されているが、このままでも可愛いいうたである。

同時期に下記をつくる

・陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

・舟前小鵝兒

・得房公池鵝

・答楊梓州

 

 

●陪王漢州留杜綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕

舊相恩追後,春池賞不稀。

闕庭分未到,舟楫有光輝。

豉化蓴絲熟,刀鳴鱠縷飛。

使君雙皁蓋,灘淺正相依。

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)

〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

王漢州使君と舟屋に二つ並んで繋ぎ、そして中州に行き、浅瀬に、まさに一緒に行動する。

(王漢州が杜を留めて陪し、綿州房公西湖に泛ぶ〔房琯刺の漢州の時、鑿をとる所。〕)

舊相 恩 後を追い,春池 賞 稀れならず。

闕庭【さくてい】分れて未だ到らず,舟楫【しゅうとう】光輝有り。

豉化【かか】蓴絲【せんし】熟し,刀鳴は鱠縷【かいい】飛ばす。

使君 皁蓋【そうがい】に雙ぶ,灘淺【たんせん】正に相い依る。

 

 

●舟前小鵝兒

〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕

鵝兒黃似酒,對酒愛新鵝。

引頸嗔船逼,無行亂眼多。

翅開遭宿雨,力小困滄波。

客散層城暮,狐狸奈若何。

(房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。)

〔杜甫が注を付す。漢州城の西北の官有地に作られた官が作った池で「房公湖」という。〕

鵞鳥のひなは黄色くて漢州の鵞黄酒のような色をしている。その酒を汲みかわして、その鵞鳥の子を可愛いく眺めている。

ひなは頸をのばして、舟が近づくのを怒ったり、行列もつくらず歩きまわって、見る人の目をチラチラさせる。

羽根は夜来の雨に遭うてささくれ立ち、まだ力がよわいので紋にぶっつかって困っている。

城が暮れて来て、遊客も散り果てたあと、またぞろ、狐狸のような群寇が出て来たら、それをどうしたらいいだろう。

(舟前【さき】の小鵝兒【しょうがじ】〔自注:漢州城西北の角の官池にて作る,官池は即ち房公湖という。〕)

鵝兒 黃なるは酒に似たり,酒に對すれば新鵝を愛す。

頸を引【のば】せば船の逼るを嗔【いか】り,行を無くせば眼を亂すこと多し。

翅 開けば宿雨に遭い,力 小【すくな】ければ滄波に困しむ。

客は散ず 層城の暮に,狐狸 若【なんじ】を奈何【いかん】せん。

 

●得房公池鵝

房相西亭鵝一群,眠沙泛浦白於雲。

鳳皇池上應迴首,為報籠隨王右軍。

(房琯の作った池に浮かぶ鵞鳥とその子供たちを見ると王羲之の故事を思ってしまって作った詩。)

今は、亡き房琯宰相の西湖の傍の亭から鵞鳥の一群を見つめる。あるものは砂の上で眠り、水の上の者たちは遠く浮ぶ雲と一緒に水面を泳いでいる。

それは鳳凰たちが池に浮かんでいるようであるので思わず首を廻して一緒に見ている人と納得をするのである。というのも、私だってこんなかわいい鵞鳥を見れば、鵞鳥を大変寵愛した晋の王羲之の逸話のように飼ってやり、かわいがることもどうようにするものである。

 

(房公池の鵝を得る)

房相 西亭 鵝の一群,沙に眠り 浦に雲を於き白くし泛ぶ。

鳳皇 池上 應に首を迴し,報を為す 王右軍を籠隨すと。

 

●答楊梓州

悶到房公池水頭,坐逢楊子鎮東州。

卻向青溪不相見,迴船應載阿戎遊。

(楊梓州刺史からの書簡に答える。)

長い間の漂泊生活の苦しみのなかで、房琯公の作られた池のほとりにやっと到った。ここでの生活する日常的にであったのが楊殿であり、彼は蜀の東側の州の乱れを鎮圧された。

こうして春になって州境の靑渓関に向かったが互いに合うということはなかったなら、そこに船をむかえにやらせても、帰ってきてまさにいとこ兄弟として舟遊びをしようではないか。

kimo003 

『答楊梓州』 現代語訳と訳註

(本文)

答楊梓州

悶到房公池水頭,坐逢楊子鎮東州。

卻向青溪不相見,迴船應載阿戎遊。

 

(下し文)

楊梓州に答える

悶到したのは房公の池水の頭に,坐ろに逢うは楊子が東州を鎮めしころだ。

卻て向うた青溪で相いに見まわざれば,船を迴して應載して阿戎として遊ばん。

 

(現代語訳)

(楊梓州刺史からの書簡に答える。)

長い間の漂泊生活の苦しみのなかで、房琯公の作られた池のほとりにやっと到った。ここでの生活する日常的にであったのが楊殿であり、彼は蜀の東側の州の乱れを鎮圧された。

こうして春になって州境の靑渓関に向かったが互いに合うということはなかったなら、そこに船をむかえにやらせても、帰ってきてまさにいとこ兄弟として舟遊びをしようではないか。

 

(訳注)

答楊梓州

(楊梓州刺史からの書簡に答える。)

直属の部下である梓州の留後の章彝との仲が良かった。

章梓州水亭

〔原注〕時漢中王乗道士席謙在合、同用荷字韻

城晚通雲霧,亭深到芰荷。

吏人橋外少,秋水席邊多。

近屬淮王至,高門薊子過。

荊州愛山簡,吾醉亦長歌。

701 《章梓州水亭〔自注:時漢中王兼道士席謙在會,同用荷字韻。〕》蜀中転々 杜甫<608 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3350 杜甫詩1000-608-864/1500

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悶到房公池水頭,坐逢楊子鎮東州。

長い間の漂泊生活の苦しみのなかで、房琯公の作られた池のほとりにやっと到った。ここでの生活する日常的にであったのが楊殿であり、彼は蜀の東側の州の乱れを鎮圧された。

・悶 長い間の漂泊生活の苦しみを云う。1 もだえ苦しむ。「悶死・悶絶・悶悶/苦悶・煩悶」2 もつれる。「悶着」

・房公 房琯のこと。河湖地名(湖海池潭)、房公池。

・池 漢州城の西北の官有地に作られた官が作った池で「房公湖」という。

・東州 梓州の漢時代の名称。唐では剣南西道の東側(梓州、遂州、普州)をいう。

 

卻向青溪不相見,迴船應載阿戎遊

うして春になって州境の靑渓関に向かったが互いに合うということはなかったなら、そこに船をむかえにやらせても、帰ってきてまさにいとこ兄弟として舟遊びをしようではないか。

・青溪 梓州、綿州と漢州の境界近くの渓谷の名前。近くに靑渓関がある。春景色の靑渓関。

・阿戎 いとこ。堂弟。

花鴨004 

 

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◎房琯擁護事件について

杜甫は、天子の側近にあって国政に直接関わることのできる地位に就くことができたのである。

今こそ

  「致君堯舜上,再使風俗淳。」

  “君を堯と舜の上に致し、再び風俗をして淳あつからしめん”

『韋左丞丈に贈り奉る二十二韻』という年来の志を果たすことができようと、杜甫は身の引き締まる思いをしながらも、心からうれしかったのだ。

その左拾遺に任ずる詔書には、

 “襄陽の杜甫、爾の才徳は、朕深く之を知る。

  今、特に命じて宜義郎・行在の左拾遺と為す。

  職を授けし後は、宜しく是の職に勤めて怠る

  ことなかるべし。中書侍郎の張鎬に命じ、

  符をもたらして告論せしむ。

  至徳二載五月十六日行。”

とあり、杜甫は“宜しく是の職に勤めて怠ることなかるべき”ことを誓った。そうして数日ののち、拾遺の職務に忠実に諌諍を行なったが、粛宗の激怒によって危うく一命を失いそうになる。

 

 諌諍の内容は、杜甫が左拾遺を授けられる六日前、すなわち757年五月十六日に宰相から太子少師の閑職に左遷された房琯の弁護であった。房琯は、蜀にある玄宗のもとから派遣されて粛宗の政府の宰相となっていたが、陳陶斜と青坂での敗戦の責任は、粛宗の信任あつい李泌のとりなしによってなんとか問われなかったものの、粛宗の信頼は失われてしまっていた。また、賀蘭進明・崔円ら粛宗直属の臣と、玄宗のもとから遺わされてきた者との対立、知識人宰相として実務家官僚たちと意見が合わず孤立していた、などという事情を背景とし、直接には、房琯の取り巻きの一人である楽師が宰相への口利き料を取っていたのが露見して収賄罪で告訴され、それを房琯が救けようとした、ということが原因となって左遭されたものであった。

 

 杜甫にとって房琯は、私的には「布衣の交わりを為す」(『新唐書』杜甫伝)つまり地位の上下をぬきにしたつき合いをしていた人であったようであるし、また公的には、新政府の宰相として彼以上の人物はいないと信じていたために、房棺が左遷されたのを、そのまま見過ごしておくことはできなかった。そうして、政府内の事情もよくわからないままに、また左拾遺としての慣例などおかまいなしに、わが思うままを述べたてて、「罪は細なり。宜しく大臣を免ずべからず」(『新唐書』杜甫伝)と奏上した。それは実情を考慮することなく、理想に向かって突っ走ろうとする、

いかにも杜甫らしい行動であった。

 

 職務に忠実とはいえ、僭越過ぎる諫諍をしたものである。朝廷とは行在所で粛宗も皇帝としての実績もなく、叛乱軍に対する政策も方針も確固たるものがなかった時期である。確かに、戦力を整えるときで人材を豊富にし、集積にして行かなければいけない時であった。粛宗の好みで近臣を選定していたのである。したがって、好みでないものは左遷された。そうであっても、成りたての新米、朝廷内のなにもわからないものが、云うべき問題であったのか、疑問は残る。それと、杜甫がせっかく擁護した房琯のその後の態度姿勢は擁護に値する人間ではなかったのである。ただ、玄宗皇帝にうまく取り入っていた男に過ぎなかったのではないのか。そうした意味で杜甫の一生をかけていうべき問題ではなかったというのが結果論である。

 

 粛宗はこの時、杜甫を玄宗派出なく自派の陣営として左拾位に任命したのである。玄宗の指令を受けてきて素行のよろしくないとされている房琯を誰もが援護するとは思ってもみなかった。なりよりも、陳陶、青坂の戦いは軍を率いた将軍として不甲斐無さ過ぎた。玄宗から派遣されたものでなければ将軍に抜擢されていないはずである。近親が必要な段階であった。房琯のおつきの楽師が賄賂を採ったとは、宦官の仕組んだ罠のようなものであったのだとは思うが、この段階で、その房琯を擁護するのは、どう考えても僭越を通り過ぎている。杜甫を、粛宗が信用するはずはなく、将来がなくなるのは当り前であろう。すべて宦官のしくんだ罠にはまったのである。玄宗も、粛宗も一番信頼できたのは、宦官勢力であった。事実宦官に寄って王朝は守られ維持できたのである。この読みの違いは杜甫にとってはどうしようもない失策であった。杜甫自身も一回朝廷の地位に付けば先祖に対する名分は立ったと考えたのかもしれない。ある意味で覚悟した言動行動であったのかもしれないし、杜甫の中では、玄宗元皇帝の影響力がまだ残っていると考えていたのかもしれない。杜甫の人生の中のエポックになる事件であった。しかし杜甫はこの事件について、その後も反省はしていない。  

722 《得房公池鵝》 蜀中転々 杜甫 <629>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3455 杜甫詩1000-629-885/1500

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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

722 《得房公池鵝》 蜀中転々 杜甫 <629  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3455 杜甫詩1000-629-885/1500

 

 

詩 題:得房公池鵝

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

kimo003 

卷別: 卷二二八  文體: 七言 

詩題: 得房公池鵝 

作地點: 漢州(劍南道北部 / 漢州 / 漢州

及地點:  房公湖 (劍南道北部 漢州 漢州) 別名:房公西湖、房公池、官池     

掲 載; 杜甫1000首の629首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-885回目

763年春、漢州(四川省広漢縣)に行ったときの作。この池は即ち房琯公池で房琯か相を罷めて後、漢州の刺史となって来て掘らせた池。房琯この春召しかえされて刑部尚書に進められたが、途中疾にあい、八月、閬州の客舎で死んだ。杜甫とは関係のふかい政治家であった。

この詩は房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。いろいろ諷刺の意味に解されているが、このままでも可愛いいうたである。

同時期に下記をつくる

・陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

・舟前小鵝兒

・得房公池鵝

 

陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)

〔房琯刺漢州時所鑿。〕

〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

舊相恩追後,春池賞不稀。

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

闕庭分未到,舟楫有光輝。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

豉化蓴絲熟,刀鳴鱠縷飛。

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

使君雙皁蓋,灘淺正相依。

王漢州使君と舟屋に二つ並んで繋ぎ、そして中州に行き、浅瀬に、まさに一緒に行動する。

(王漢州が杜を留めて陪し、綿州房公西湖に泛ぶ〔房琯刺の漢州の時、鑿をとる所。〕)

舊相 恩 後を追い,春池 賞 稀れならず。

闕庭【さくてい】分れて未だ到らず,舟楫【しゅうとう】光輝有り。

豉化【かか】蓴絲【せんし】熟し,刀鳴は鱠縷【かいい】飛ばす。

使君 皁蓋【そうがい】に雙ぶ,灘淺【たんせん】正に相い依る。

 

 

舟前小鵝兒

(房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。)

〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕

〔杜甫が注を付す。漢州城の西北の官有地に作られた官が作った池で「房公湖」という。〕

鵝兒黃似酒,對酒愛新鵝。

鵞鳥のひなは黄色くて漢州の鵞黄酒のような色をしている。その酒を汲みかわして、その鵞鳥の子を可愛いく眺めている。

引頸嗔船逼,無行亂眼多。

ひなは頸をのばして、舟が近づくのを怒ったり、行列もつくらず歩きまわって、見る人の目をチラチラさせる。

翅開遭宿雨,力小困滄波。

羽根は夜来の雨に遭うてささくれ立ち、まだ力がよわいので紋にぶっつかって困っている。

客散層城暮,狐狸奈若何。

城が暮れて来て、遊客も散り果てたあと、またぞろ、狐狸のような群寇が出て来たら、それをどうしたらいいだろう。

(舟前【さき】の小鵝兒【しょうがじ】〔自注:漢州城西北の角の官池にて作る,官池は即ち房公湖という。〕)

鵝兒 黃なるは酒に似たり,酒に對すれば新鵝を愛す。

頸を引【のば】せば船の逼るを嗔【いか】り,行を無くせば眼を亂すこと多し。

翅 開けば宿雨に遭い,力 小【すくな】ければ滄波に困しむ。

客は散ず 層城の暮に,狐狸 若【なんじ】を奈何【いかん】せん。

 

得房公池鵝

(房琯の作った池に浮かぶ鵞鳥とその子供たちを見ると王羲之の故事を思ってしまって作った詩。)

房相西亭鵝一群,眠沙泛浦白於雲。

今は、亡き房琯宰相の西湖の傍の亭から鵞鳥の一群を見つめる。あるものは砂の上で眠り、水の上の者たちは遠く浮ぶ雲と一緒に水面を泳いでいる。

鳳皇池上應迴首,為報籠隨王右軍。

それは鳳凰たちが池に浮かんでいるようであるので思わず首を廻して一緒に見ている人と納得をするのである。というのも、私だってこんなかわいい鵞鳥を見れば、鵞鳥を大変寵愛した晋の王羲之の逸話のように飼ってやり、かわいがることもどうようにするものである。

 

(房公池の鵝を得る)

房相 西亭 鵝の一群,沙に眠り 浦に雲を於き白くし泛ぶ。

鳳皇 池上 應に首を迴し,報を為す 王右軍を籠隨すと。

杏の花0055 

 

『得房公池鵝』 現代語訳と訳註

(本文)

得房公池鵝

房相西亭鵝一群,眠沙泛浦白於雲。

鳳皇池上應迴首,為報籠隨王右軍。

 

 

(下し文)

(房公の池の鵝を得る)

房相 西亭 鵝の一群,沙に眠り 浦に雲を於き白くし泛ぶ。

鳳皇 池上 應に首を迴し,報を為す 王右軍を籠隨すと。

 

(現代語訳)

(房琯の作った池に浮かぶ鵞鳥とその子供たちを見ると王羲之の故事を思ってしまって作った詩。)

今は、亡き房琯宰相の西湖の傍の亭から鵞鳥の一群を見つめる。あるものは砂の上で眠り、水の上の者たちは遠く浮ぶ雲と一緒に水面を泳いでいる。

それは鳳凰たちが池に浮かんでいるようであるので思わず首を廻して一緒に見ている人と納得をするのである。というのも、私だってこんなかわいい鵞鳥を見れば、鵞鳥を大変寵愛した晋の王羲之の逸話のように飼ってやり、かわいがることもどうようにするものである。

 成都遂州00

(訳注)

得房公池鵝

(房琯の作った池に浮かぶ鵞鳥とその子供たちを見ると王羲之の故事を思ってしまって作った詩。)

房琯は鵞鳥がコビナをよく面倒見て成長させるように立派な指導者であったものを、粛宗はそのグループを根こそぎ冷遇し、王朝軍を弱体化させ、ウイグルの援軍を頼りにした。安史軍を打ち破ることが出来たが、大いにに禍根を残したのである。

 

房相西亭 一群 ,眠沙 泛浦 於雲

今は、亡き房琯宰相の西湖の傍の亭から鵞鳥の一群を見つめる。あるものは砂の上で眠り、水の上の者たちは遠く泛ぶ雲と一緒に水面を泳いでいる。

 

鳳皇池上 迴首 ,為報 籠隨 王右軍

それは鳳凰たちが池に浮かんでいるようであるので思わず首を廻して一緒に見ている人と納得をするのである。というのも、私だってこんなかわいい鵞鳥を見れば、鵞鳥を大変寵愛した晋の王羲之の逸話のように飼ってやり、かわいがることもどうようにするものである。

「王右軍」王羲之(晉)。中国東晋の政治家・書家。字は逸少。右軍将軍となったことから世に王右軍とも呼ばれる。本籍は琅邪郡臨沂(現在の山東省臨沂市)。魏晋南北朝時代を代表する門閥貴族、琅邪王氏の出身である

王羲之は幼い頃から鵞鳥が大好きであった。ある日のこと、一軒の家の前を通ると、鵞鳥の鳴き声が聞こえてきたので、譲って欲しいと頼んだところ、一人の老婆が出て来てこれを断った。翌日、鳴き声だけでも聞かせてもらおうと、友人の一人を伴って、老婆の家に赴いた。この姿を家の窓から見つけた老婆は、すぐさま鵞鳥を焼いて食ってしまった。そして、老婆は彼に「鵞鳥は今食ってしまったところだよ」と答え、羲之は大変がっかりし、一日中溜め息をついていた。それから数日後、鵞鳥をたくさん飼っている所を教えてくれる人がおり、その人に山の向こうの道観に案内され、道士に「一羽でもいいから譲って欲しい」と頼んだところ、道士はこの人が王羲之と知って、「老子の道徳経を書いて下さるなら、これらの鵞鳥を何羽でもあなたに差し上げます」と申した。彼は鵞鳥欲しさに張りきって道徳経一巻を書きあげ、それを持参して行って鵞鳥を貰い、ずっと可愛がったという。

杜甫像0012 

721 《舟前小鵝兒〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕》 蜀中転々 杜甫 <628>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3450 杜甫詩1000-628-884/1500

《舟前小鵝兒》鵞鳥のひなは黄色くて漢州の鵞黄酒のような色をしている。その酒を汲みかわして、その鵞鳥の子を可愛いく眺めている。ひなは頸をのばして、舟が近づくのを怒ったり、行列もつくらず歩きまわって、見る人の目をチラチラさせる。


2013年12月16日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(26)#10-1(朝廷の百官) 文選 賦<112―26>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩980 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3448
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《論佛骨表》(10)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <893>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3449韓愈詩-227-10
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 721 《舟前小鵝兒〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕》 蜀中転々 杜甫 <628>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3450 杜甫詩1000-628-884/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 225  《贈鄭夫子魴》 孟郊(孟東野)  唐宋詩kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3451 (12/16)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 5 浣溪紗八首 其三 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-381-9-#5  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3452
 
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

721 《舟前小鵝兒〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕》 蜀中転々 杜甫 <628  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3450 杜甫詩1000-628-884/1500

 

 

詩 題:舟前小鵝兒〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 掲 載; 杜甫1000首の628首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-884回目   40983

 

卷別: 卷二二八  文體: 五言律詩 

詩題:地點: 漢州(劍南道北部 / 漢州 / 漢州)  

寫及地點:   

763年春、漢州(四川省広漢縣)に行ったときの作。この池は即ち房琯公池で房琯か相を罷めて後、漢州の刺史となって来て掘らせた池。房琯この春召しかえされて刑部尚書に進められたが、途中疾にあい、八月、閬州の客舎で死んだ。杜甫とは関係のふかい政治家であった。

この詩は房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。いろいろ諷刺の意味に解されているが、このままでも可愛いいぅたである。

同時期に下記をつくる

・陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

・舟前小鵝兒

・得房公池鵝

 

●陪王漢州留杜綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕

舊相恩追後,春池賞不稀。

闕庭分未到,舟楫有光輝。

豉化蓴絲熟,刀鳴鱠縷飛。

使君雙皁蓋,灘淺正相依。

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)

〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

王漢州使君と舟屋に二つ並んで繋ぎ、そして中州に行き、浅瀬に、まさに一緒に行動する。

(王漢州が杜を留めて陪し、綿州房公西湖に泛ぶ〔房琯刺の漢州の時、鑿をとる所。〕)

舊相 恩 後を追い,春池 賞 稀れならず。

闕庭【さくてい】分れて未だ到らず,舟楫【しゅうとう】光輝有り。

豉化【かか】蓴絲【せんし】熟し,刀鳴は鱠縷【かいい】飛ばす。

使君 皁蓋【そうがい】に雙ぶ,灘淺【たんせん】正に相い依る。

 

 

●舟前小鵝兒

〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕

鵝兒黃似酒,對酒愛新鵝。

引頸嗔船逼,無行亂眼多。

翅開遭宿雨,力小困滄波。

客散層城暮,狐狸奈若何。

(房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。)

〔杜甫が注を付す。漢州城の西北の官有地に作られた官が作った池で「房公湖」という。〕

鵞鳥のひなは黄色くて漢州の鵞黄酒のような色をしている。その酒を汲みかわして、その鵞鳥の子を可愛いく眺めている。

ひなは頸をのばして、舟が近づくのを怒ったり、行列もつくらず歩きまわって、見る人の目をチラチラさせる。

羽根は夜来の雨に遭うてささくれ立ち、まだ力がよわいので紋にぶっつかって困っている。

城が暮れて来て、遊客も散り果てたあと、またぞろ、狐狸のような群寇が出て来たら、それをどうしたらいいだろう。

(舟前【さき】の小鵝兒【しょうがじ】〔自注:漢州城西北の角の官池にて作る,官池は即ち房公湖という。〕)

鵝兒 黃なるは酒に似たり,酒に對すれば新鵝を愛す。

頸を引【のば】せば船の逼るを嗔【いか】り,行を無くせば眼を亂すこと多し。

翅 開けば宿雨に遭い,力 小【すくな】ければ滄波に困しむ。

客は散ず 層城の暮に,狐狸 若【なんじ】を奈何【いかん】せん。

 

●得房公池鵝

房相西亭鵝一群,眠沙泛浦白於雲。

鳳皇池上應迴首,為報籠隨王右軍。

(房琯の作った池に浮かぶ鵞鳥とその子供たちを見ると王羲之の故事を思ってしまって作った詩。)

今は、亡き房琯宰相の西湖の傍の亭から鵞鳥の一群を見つめる。あるものは砂の上で眠り、水の上の者たちは遠く浮ぶ雲と一緒に水面を泳いでいる。

それは鳳凰たちが池に浮かんでいるようであるので思わず首を廻して一緒に見ている人と納得をするのである。というのも、私だってこんなかわいい鵞鳥を見れば、鵞鳥を大変寵愛した晋の王羲之の逸話のように飼ってやり、かわいがることもどうようにするものである。

 

(房公池の鵝を得る)

房相 西亭 鵝の一群,沙に眠り 浦に雲を於き白くし泛ぶ。

鳳皇 池上 應に首を迴し,報を為す 王右軍を籠隨すと。

  

舟前小鵝兒
 (房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。)

〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕

〔杜甫が注を付す。漢州城の西北の官有地に作られた官が作った池で「房公湖」という。〕

鵝兒黃似酒,對酒愛新鵝。

鵞鳥のひなは黄色くて漢州の鵞黄酒のような色をしている。その酒を汲みかわして、その鵞鳥の子を可愛いく眺めている。

引頸嗔船逼,無行亂眼多。

ひなは頸をのばして、舟が近づくのを怒ったり、行列もつくらず歩きまわって、見る人の目をチラチラさせる。

翅開遭宿雨,力小困滄波。

羽根は夜来の雨に遭うてささくれ立ち、まだ力がよわいので紋にぶっつかって困っている。

客散層城暮,狐狸奈若何。

城が暮れて来て、遊客も散り果てたあと、またぞろ、狐狸のような群寇が出て来たら、それをどうしたらいいだろう。

DCF00003 

『舟前小鵝兒』 現代語訳と訳註

(本文)

舟前小鵝兒

〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕

鵝兒黃似酒,對酒愛新鵝。

引頸嗔船逼,無行亂眼多。

翅開遭宿雨,力小困滄波。

客散層城暮,狐狸奈若何。

(房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。)

〔杜甫が注を付す。漢州城の西北の官有地に作られた官が作った池で「房公湖」という。〕

鵞鳥のひなは黄色くて漢州の鵞黄酒のような色をしている。その酒を汲みかわして、その鵞鳥の子を可愛いく眺めている。

ひなは頸をのばして、舟が近づくのを怒ったり、行列もつくらず歩きまわって、見る人の目をチラチラさせる。

羽根は夜来の雨に遭うてささくれ立ち、まだ力がよわいので紋にぶっつかって困っている。

城が暮れて来て、遊客も散り果てたあと、またぞろ、狐狸のような群寇が出て来たら、それをどうしたらいいだろう。

 

(下し文)

舟前【さき】の小鵝兒【しょうがじ】〔自注:漢州城西北の角の官池にて作る,官池は即ち房公湖という。〕

鵝兒 黃なるは酒に似たり,酒に對すれば新鵝を愛す。

頸を引【のば】せば船の逼るを嗔【いか】り,行を無くせば眼を亂すこと多し。

翅 開けば宿雨に遭い,力 小【すくな】ければ滄波に困しむ。

客は散ず 層城の暮に,狐狸 若【なんじ】を奈何【いかん】せん。
 

(現代語訳)

(房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。)

〔杜甫が注を付す。漢州城の西北の官有地に作られた官が作った池で「房公湖」という。〕

鵞鳥のひなは黄色くて漢州の鵞黄酒のような色をしている。その酒を汲みかわして、その鵞鳥の子を可愛いく眺めている。

ひなは頸をのばして、舟が近づくのを怒ったり、行列もつくらず歩きまわって、見る人の目をチラチラさせる。

羽根は夜来の雨に遭うてささくれ立ち、まだ力がよわいので紋にぶっつかって困っている。

城が暮れて来て、遊客も散り果てたあと、またぞろ、狐狸のような群寇が出て来たら、それをどうしたらいいだろう。

 

 

(訳注)

舟前小鵝兒

(房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。)

〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕

〔杜甫が注を付す。漢州城の西北の官有地に作られた官が作った池で「房公湖」という。〕

 

鵝兒 似酒 ,對酒 新鵝

鵞鳥のひなは黄色くて漢州の鵞黄酒のような色をしている。その酒を汲みかわして、その鵞鳥の子を可愛いく眺めている。

・鵝 がちょう。漢州に鵞黄という酒が有り、蜀中第一といわれた。

 

引頸 船逼 ,無行 亂眼

ひなは頸をのばして、舟が近づくのを怒ったり、行列もつくらず歩きまわって、見る人の目をチラチラさせる。

・無行 行列をなさぬこと。

・乱眼 ガヤガヤチラチラして見る人目を乱すこと。

 

翅開 遭宿雨 ,力小 困滄波

羽根は夜来の雨に遭うてささくれ立ち、まだ力がよわいので紋にぶっつかって困っている。

・翅開 雨にあたって羽根がささくれ立っていること。

・宿雨 夜来の雨。

 

客散 層城 ,狐狸 奈若何。

城が暮れて来て、遊客も散り果てたあと、またぞろ、狐狸のような群寇が出て来たら、それをどうしたらいいだろう。

・層城 漢州城の高いことをいう。

・狐狸 群寇を指す。
DCF00008 

720 《陪王漢州留杜綿州泛房公西湖【案:房琯刺漢州時所鑿。】》 蜀中転々 杜甫 <627>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3445 杜甫詩1000-627-883/1500五言律詩

《陪王漢州留杜綿州泛房公西湖》房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

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720 《陪王漢州留杜綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕 蜀中転々 杜甫 <627  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3445 杜甫詩1000-627-883/1500五言律詩

 

 

詩 題:陪王漢州留杜綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕
作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

掲 載; 杜甫1000首の627首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-883回目

 

763年春、漢州(四川省広漢縣)に行ったときの作。この池は即ち房琯公池で房琯か相を罷めて後、漢州の刺史となって来て掘らせた池。房琯この春召しかえされて刑部尚書に進められたが、途中疾にあい、八月、閬州の客舎で死んだ。杜甫とは関係のふかい政治家であった。

この詩は房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。いろいろ諷刺の意味に解されているが、このままでも可愛いいぅたである。

 

年: 廣德元年  763  52 

卷別: 卷二二八  文體: 五言律詩 

作地點: 漢州(劍南道北部 / 漢州 / 漢州

及地點: 漢州 (劍南道北部 漢州 漢州)綿州 (劍南道北部 綿州 綿州)房公湖 (劍南道北部 漢州 漢州) 別名:房公西湖、房公池、官池

交遊人物: 王漢州

 同時期に下記をつくる

・陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

・舟前小鵝兒

・得房公池鵝

 

●陪王漢州留杜綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕

舊相恩追後,春池賞不稀。

闕庭分未到,舟楫有光輝。

豉化蓴絲熟,刀鳴鱠縷飛。

使君雙皁蓋,灘淺正相依。

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)

〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

王漢州使君と舟屋に二つ並んで繋ぎ、そして中州に行き、浅瀬に、まさに一緒に行動する。

(王漢州が杜を留めて陪し、綿州房公西湖に泛ぶ〔房琯刺の漢州の時、鑿をとる所。〕)

舊相 恩 後を追い,春池 賞 稀れならず。

闕庭【さくてい】分れて未だ到らず,舟楫【しゅうとう】光輝有り。

豉化【かか】蓴絲【せんし】熟し,刀鳴は鱠縷【かいい】飛ばす。

使君 皁蓋【そうがい】に雙ぶ,灘淺【たんせん】正に相い依る。

 

 

●舟前小鵝兒

〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕

鵝兒黃似酒,對酒愛新鵝。

引頸嗔船逼,無行亂眼多。

翅開遭宿雨,力小困滄波。

客散層城暮,狐狸奈若何。

(房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。)

〔杜甫が注を付す。漢州城の西北の官有地に作られた官が作った池で「房公湖」という。〕

鵞鳥のひなは黄色くて漢州の鵞黄酒のような色をしている。その酒を汲みかわして、その鵞鳥の子を可愛いく眺めている。

ひなは頸をのばして、舟が近づくのを怒ったり、行列もつくらず歩きまわって、見る人の目をチラチラさせる。

羽根は夜来の雨に遭うてささくれ立ち、まだ力がよわいので紋にぶっつかって困っている。

城が暮れて来て、遊客も散り果てたあと、またぞろ、狐狸のような群寇が出て来たら、それをどうしたらいいだろう。

(舟前【さき】の小鵝兒【しょうがじ】〔自注:漢州城西北の角の官池にて作る,官池は即ち房公湖という。〕)

鵝兒 黃なるは酒に似たり,酒に對すれば新鵝を愛す。

頸を引【のば】せば船の逼るを嗔【いか】り,行を無くせば眼を亂すこと多し。

翅 開けば宿雨に遭い,力 小【すくな】ければ滄波に困しむ。

客は散ず 層城の暮に,狐狸 若【なんじ】を奈何【いかん】せん。

 

●得房公池鵝

房相西亭鵝一群,眠沙泛浦白於雲。

鳳皇池上應迴首,為報籠隨王右軍。

(房琯の作った池に浮かぶ鵞鳥とその子供たちを見ると王羲之の故事を思ってしまって作った詩。)

今は、亡き房琯宰相の西湖の傍の亭から鵞鳥の一群を見つめる。あるものは砂の上で眠り、水の上の者たちは遠く浮ぶ雲と一緒に水面を泳いでいる。

それは鳳凰たちが池に浮かんでいるようであるので思わず首を廻して一緒に見ている人と納得をするのである。というのも、私だってこんなかわいい鵞鳥を見れば、鵞鳥を大変寵愛した晋の王羲之の逸話のように飼ってやり、かわいがることもどうようにするものである。

 

(房公池の鵝を得る)

房相 西亭 鵝の一群,沙に眠り 浦に雲を於き白くし泛ぶ。

鳳皇 池上 應に首を迴し,報を為す 王右軍を籠隨すと。

 

 

kokage01陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)

〔房琯刺漢州時所鑿。〕

〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

舊相恩追後,春池賞不稀。

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

闕庭分未到,舟楫有光輝。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

豉化蓴絲熟,刀鳴鱠縷飛。

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

使君雙皁蓋,灘淺正相依。

王漢州使君と舟屋に二つ並んで繋ぎ、そして中州に行き、浅瀬に、まさに一緒に行動する。


 

『陪王漢州留杜綿州泛房公西湖』〔房琯刺漢州時所鑿。〕 現代語訳と訳註

(本文)

陪王漢州留杜綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕

舊相恩追後,春池賞不稀。

闕庭分未到,舟楫有光輝。

豉化蓴絲熟,刀鳴鱠縷飛。

使君雙皁蓋,灘淺正相依。

 

 

(下し文)

陪王漢州が杜を留めて綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕

舊相 恩 後を追い,春池 賞 稀れならず。

闕庭【さくてい】分れて未だ到らず,舟楫【しゅうとう】光輝有り。

豉化【かか】蓴絲【せんし】熟し,刀鳴は鱠縷【かいい】飛ばす。

使君 皁蓋【そうがい】に雙ぶ,灘淺【たんせん】正に相い依る。

 

 

(現代語訳)

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)

〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

DCF00003 

 

(訳注)

陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

〔房琯刺漢州時所鑿。〕

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

所鑿 掘って作ったところ。鑿:のみ。木材等に穴をあけたり小部分を削り取ったりする手工具。木工用は,柄の端をたたいて使う穴あけ用の叩(たたき)鑿と手で押して使う表面を削るための突鑿に大別。金工・石工用には鏨(たがね)が使用される。

同時期に下記をつくる

・陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

・舟前小鵝兒

・得房公池鵝

 

舊相 恩追 ,春池 不稀

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

「舊恩」杜甫は、左拾遺で朝廷に仕えている時にお世話になった人物であり、玄宗期の高官である。。

「春池」四季、春景色に、房琯が掘らせた池。

 

闕庭 分未到 ,舟楫 光輝

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

「闕庭」朝庭; 東宮; 皇太子(唐制では平出とされる); 殿下.。ここでは粛宗をしめす。

 

豉化蓴絲 ,刀鳴 鱠縷

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

「豉」大豆黄巻はその解毒に特効があるとされていたが,他の薬毒を消す場合にも用いられた。大豆豉(だいずし)。豉(くき)ともいう。

「蓴絲」蓴菜。

「鱠縷」膾を糸状に斬る。。

  

使君 皁蓋 ,灘淺 正相依。

王漢州使君と舟屋に二つ並んで繋ぎ、そして中州に行き、浅瀬に、まさに一緒に行動する。

「使君」王漢州使君。

「雙」船を並べる。。

「皁蓋」皁:顏色、原色、黑。どんぐり。しもべ。うまや。舟屋。

「灘」沙洲島嶼。

 月明峡01

719 《倚杖〔原注 鹽亭縣作〕》 蜀中転々 杜甫 <626>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3440 杜甫詩1000-626-882/1500五言律詩

《倚杖》ここでみていると、塩亭県の山より街だけに早く市場を閉めてしまっている、江の橋のところには春ということで、貨物を載せた船があっまっている。景色になれたかもめは気軽で何の興味も示さないで白浪のあるところにうかんでる、北へかえる雁は晴れた青空を喜んで飛んでゆく。

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719 《倚杖〔原注 鹽亭縣作〕》 蜀中転々 杜甫 <626>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3440 杜甫詩1000-626-882/1500五言律詩

 

 

763年この年の夏ごろから、杜甫は梓州刺史章彝(前任の杜済は綿州刺史に転じていた)の客分となり、その主催する送別や歓迎の宴に出席したり、遊覧・遊猟に随行している。杜甫の詩人としての名も、かなり揚がっていたらしく、彼はそれによって一家の生活を支え、また東下の旅費を蓄えていた。しかしこのころ、辺境の情勢は緊迫の度を加え、吐蕃の軍は長安に迫り、西南方面(松・雅・保州)においては巴・蜀を圧迫していた。そうして、十月になるとついに長安に攻めこみ、代宗は東の方の陝州(河南省陝県)に逃げてしまった。しばらくして郭子儀が反撃に転じ、吐蕃軍は遁走したが、まさに安禄山の乱の再現かと思われた。

杜甫はそれらの情報を伝え聞きながら、今はただ一つしか残されていない東方への道、長江を下るべく、ひたすら旅の準備をととのえていた。その大部分は章彝の援助に頼るしかなかったため、彼は章彝とその幕僚の機嫌を損ねないように、言行を慎重にしていたらしい。そのためであろう、杜甫が東方の旅に出発することを申し出ると、彼らは送別会を開いてくれ、章彝は無事な旅を祈って、梓州特産の桃竹の杖を二本、杜甫に贈った。

出発も間近に迫ったある日、都に帰った厳武のはからいであろうか、杜甫を京兆府の功曹参軍(庶務課長)に任ずるとの連絡があった。しかし、すでに三峡を下って呉・楚の地に赴く決心をしていた杜甫は、それを辞退した。

 

 

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二八  文體: 五言律詩 

詩題: 倚杖〔原注 鹽亭縣作〕  

作地點: 鹽亭(劍南道北部 / 梓州 / 鹽亭

掲 載; 杜甫1000首の626首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-882回目   40981

 

 

倚杖

〔原注〕 鹽亭縣作(塩亭県にて作る)

(鹽亭縣の景色を詠う。)〔原注 劍南道北部 / 梓州 / 鹽亭縣での作〕

看花雖郭,倚杖即溪邊。

城郭の内で花を看てあるいてから、暫く行くとすぐに渓流のほとりにきて杖によりかかってながめる。

山縣早休市,江橋春聚船。

ここでみていると、塩亭県の山より街だけに早く市場を閉めてしまっている、江の橋のところには春ということで、貨物を載せた船があっまっている。

狎鷗輕白浪,歸雁喜青天。

景色になれたかもめは気軽で何の興味も示さないで白浪のあるところにうかんでる、北へかえる雁は晴れた青空を喜んで飛んでゆく。

物色兼生意,淒涼憶去年。

の春の万物がのどかな景色に倍してその生きざまとおもいをするのである。それにつけても、去年は、ものがなしくさびしいものでしかなかったことをおもいだすのである。

 

 DCF00008

『倚杖』 現代語訳と訳註

(本文)

倚杖〔原注 鹽亭縣作〕

看花雖郭倚杖即溪邊。 

山縣早休市,江橋春聚船。 

狎鷗輕白浪,歸雁喜青天。 

物色兼生意,淒涼憶去年。 

 

(下し文)

(杖に倚る)〔原注 鹽亭縣作〕

花を看るは郭内なりと雖も、杖に侍るは即ち渓辺なり。

山県 早く市を休み、江橋 春船を聚む。

狎鷗 白浪を軽んじ、帰雁 青天を喜ぶ。

物色と生意と、淒涼去年を憶う

 

(現代語訳)

(鹽亭縣の景色を詠う。)〔原注 劍南道北部 / 梓州 / 鹽亭縣での作〕

城郭の内で花を看てあるいてから、暫く行くとすぐに渓流のほとりにきて杖によりかかってながめる。

ここでみていると、塩亭県の山より街だけに早く市場を閉めてしまっている、江の橋のところには春ということで、貨物を載せた船があっまっている。

景色になれたかもめは気軽で何の興味も示さないで白浪のあるところにうかんでる、北へかえる雁は晴れた青空を喜んで飛んでゆく。

の春の万物がのどかな景色に倍してその生きざまとおもいをするのである。それにつけても、去年は、ものがなしくさびしいものでしかなかったことをおもいだすのである。

 

(訳注)

倚杖〔原注 鹽亭縣作〕

(鹽亭縣の景色を詠う。)〔原注 劍南道北部 / 梓州 / 鹽亭縣での作〕

O「倚杖」 題の二字は詩中の俺杖の二字をぬきだして用いたものにすぎぬ。

鹽亭縣 (f-3)友人を送別するのに閬州から塩亭縣まで見送ってきた。同時期の詩は以下にある。

行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季〔嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。〕

馬首見鹽亭,高山擁縣青。 

雲溪花淡淡,春郭水泠泠。 

全蜀多名士,嚴家聚德星。 

長歌意無極,好為老夫聽。 

成都遂州002 

看花雖郭倚杖即溪邊。

城郭の内で花を看てあるいてから、暫く行くとすぐに渓流のほとりにきて杖によりかかってながめる。

 

山縣早休市,江橋春聚船。 

ここでみていると、塩亭県の山より街だけに早く市場を閉めてしまっている、江の橋のところには春ということで、貨物を載せた船があっまっている。

○休市 市場を閉めている。

○春聚船 春になって市場に荷物を持ってきた舟があつまってきたこと、人民の多いこと。

 

狎鷗輕白浪,歸雁喜青天。 

景色になれたかもめは気軽で何の興味も示さないで白浪のあるところにうかんでる、北へかえる雁は晴れた青空を喜んで飛んでゆく。

狎鷗 なれたかもめ。

○軽 気軽で何の興味も示さない。

○帰雁 北へかえるかり。杜甫も故郷に帰ることを予定しているので「喜ぶ」という表現になっている。

 

物色兼生意,淒涼憶去年。 

この春の万物がのどかな景色に倍してその生きざまとおもいをするのである。それにつけても、去年は、ものがなしくさびしいものでしかなかったことをおもいだすのである。

○物色 景物のさま。

○兼 「と」。かねる; 2つのことを同時に行う。 倍の勢いで~する。

生意 嘉陵江を下ることを決意して、その時期を待っている段階で去年の寂しい気持ちであったものが、わくわくかんになっていることをいう。鴎と雁のようになっている、ネガティブな杜甫がポジティブな発想に変わっているのである。

淒涼 かなしいさま。

憶去年 去年乱を避けるためここをとおったことがあるが、そのときは物色生意ともにことしほどのどかではなかったという意。
月明峡01 

718 《行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季》杜甫 <625>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3435 杜甫詩1000-625-881/1500

《行次鹽亭縣聊題四韻奉簡》春霞が渓谷の花々が咲き誇る上にかかり、春景色のこの城郭には春の増水が冷え冷えと満ちかこんでている。ここ蜀の全域においてこれほどの名士がいるだろうか、それは誰有ろう嚴家であり、仁徳を集めた素晴らしい一族であるのだ。

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718 《行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季【案:嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。】》 蜀中転々 杜甫 <625  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3435 杜甫詩1000-625-881/1500五言律詩


 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二八  文體: 五言律詩 

詩題: 行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季〔嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。〕 

作地點: 鹽亭(劍南道北部 / 梓州 / 鹽亭) ・遂州 (劍南道北部 遂州 遂州) ・蓬州 (山南西道 蓬州 蓬州)     

交遊人物: 嚴震と嚴礪 嚴遂州 書信往來(劍南道北部 梓州 鹽亭) ・嚴蓬州 書信往來(劍南道北部 梓州 鹽亭)

掲 載; 杜甫1000首の625首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-881回目   40980

 

行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季〔嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。〕

(劍南道北部 梓州塩亭縣を旅行してすぎる時に立ち寄って嚴遂州刺史と嚴蓬州刺史がこの地の兄弟たち諮問しているの観て恐縮ではあるがこの四韻の詩を書簡にしてたてまつるものである。〔この兄弟は、兄が嚴震で弟が嚴礪でどちらも梓州の鹽亭出身の人である。〕)

馬首見鹽亭,高山擁縣青。 

 馬の首を並べてこの塩亭県を訪れる。周囲の高い山々がこの県を守り春の若葉が育つのである。

雲溪花淡淡,春郭水泠泠。 

春霞が渓谷の花々が咲き誇る上にかかり、春景色のこの城郭には春の増水が冷え冷えと満ちかこんでている。

全蜀多名士,嚴家聚德星。 

ここ蜀の全域においてこれほどの名士がいるだろうか、それは誰有ろう嚴家であり、仁徳を集めた素晴らしい一族であるのだ。

長歌意無極,好為老夫聽。 

褒め称える長うたはその意味も限りがないほどの者であり、好ましいこととこの年よりは嬉しく聞いているのだ。

 

 

 

『行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季〔嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。〕』 現代語訳と訳註

(本文)

行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季〔嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。〕

馬首見鹽亭,高山擁縣青。 

雲溪花淡淡,春郭水泠泠。 

全蜀多名士,嚴家聚德星。 

長歌意無極,好為老夫聽。 

 

(下し文)

行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季〔嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。〕

馬首見鹽亭,高山擁縣青。 

雲溪花淡淡,春郭水泠泠。 

全蜀多名士,嚴家聚德星。 

長歌意無極,好為老夫聽。 

 

(現代語訳)

(劍南道北部 梓州塩亭縣を旅行してすぎる時に立ち寄って嚴遂州刺史と嚴蓬州刺史がこの地の兄弟たち諮問しているの観て恐縮ではあるがこの四韻の詩を書簡にしてたてまつるものである。〔この兄弟は、兄が嚴震で弟が嚴礪でどちらも梓州の鹽亭出身の人である。〕)

馬の首を並べてこの塩亭県を訪れる。周囲の高い山々がこの県を守り春の若葉が育つのである。

春霞が渓谷の花々が咲き誇る上にかかり、春景色のこの城郭には春の増水が冷え冷えと満ちかこんでている。

ここ蜀の全域においてこれほどの名士がいるだろうか、それは誰有ろう嚴家であり、仁徳を集めた素晴らしい一族であるのだ。

褒め称える長うたはその意味も限りがないほどの者であり、好ましいこととこの年よりは嬉しく聞いているのだ。

 

 

(訳注)

行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季〔嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。〕

(劍南道北部 梓州塩亭縣を旅行してすぎる時に立ち寄って嚴遂州刺史と嚴蓬州刺史がこの地の兄弟たち諮問しているの観て恐縮ではあるがこの四韻の詩を書簡にしてたてまつるものである。〔この兄弟は、兄が嚴震で弟が嚴礪でどちらも梓州の鹽亭出身の人である。〕)

・鹽亭縣 劍南道北部 梓州塩亭縣(f-3

・諮議 諮問機関

・昆季 兄弟

 成都遂州002

馬首見 鹽亭 ,高山 擁縣青

馬の首を並べてこの塩亭県を訪れる。周囲の高い山々がこの県を守り春の若葉が育つのである。

「鹽亭」劍南道北部 梓州 鹽亭縣。

「青」春を云う。綠。

 

 

雲溪 淡淡 ,春郭 泠泠

春霞が渓谷の花々が咲き誇る上にかかり、春景色のこの城郭には春の増水が冷え冷えと満ちかこんでている。

「雲溪」雲霧煙霞。はるかすみ。はなかすみ

「淡淡」花霞のようすを云う。

「春郭」春景色に被われた城郭。

「水」春水。春の雪解け水で増水した様子。この水は特に冷たいのでこういう。

「泠泠」雪解けで増水した冷たい水のようすを云う。

 

 

全蜀 名士 ,嚴家 聚德星

ここ蜀の全域においてこれほどの名士がいるだろうか、それは誰有ろう嚴家であり、仁徳を集めた素晴らしい一族であるのだ。

「嚴」嚴(姓氏)兄が嚴震で弟が嚴礪。

「家」一家。家系。

「德星」仁徳を集めた素晴らしい賢者の一族である。

 

 

長歌 無極 ,好為 老夫

褒め称える長うたはその意味も限りがないほどの者であり、好ましいこととこの年よりは嬉しく聞いているのだ。

珠櫻003 

717 《送韋郎司直歸成都》 蜀中転々 杜甫 <624>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3430 杜甫詩1000-624-880/1500

杜甫《送韋郎司直歸成都》わたしは官を辞して身をのがれ隠遁するために蜀の地へ来て、同病相い憐れむものに韋郎司直の君というものを得た。いま天下には兵戈が満ちており、わたしは江辺りで久しく歳月をへた。
 

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卷二二八  文體: 五言律詩 

詩 題:送韋郎司直歸成都

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點:  成都 (劍南道北部 益州 成都) 別名:蜀     

交遊人物: 韋郎司直

掲 載; 杜甫1000首の624首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-880回目

 

 

送韋郎司直歸成都

(韋郎司直が成都に帰るというので送別に贈る詩)

 〔原注〕余草堂在成都西部(余の草堂は成都の西部に在り)

竄身來蜀地,同病得韋郎。

わたしは官を辞して身をのがれ隠遁するために蜀の地へ来て、同病相い憐れむものに韋郎司直の君というものを得た。

天下干戈滿,江邊月長。

いま天下には兵戈が満ちており、わたしは江辺りで久しく歳月をへた。

別筵花欲暮,春日鬢蒼。

この送別の席では花が暮れかかっており、春の日にあたって髪の毛はおたがいにごましおになっている。

為問南溪竹,抽梢合過牆。

君は成都へいったらわたしのために南の浣花渓の草堂のまわりの竹がどんなになっているかたずねてくれたまえ、そのぬきでたこずえはもう牆より上に出ているはずだ。

(韋郎司直が成都に帰るを送る)

 〔余の草堂は成都の西部に在り〕

竄身【ざんしん】蜀地に来たる、同病韋郎を得たり。

天下兵戈満つ、江辺歳月長し。

別筵【べつえん】花暮れんと欲す 春日 鬢 俱【とも】に蒼たり。

為に問え 南渓の竹、抽梢【ちゅうしょう】合に牆を過ぐべし。

杜甫草堂詳細図02 

送韋郎司直歸成都』 現代語訳と訳註

(本文)

送韋郎司直歸成都

竄身來蜀地,同病得韋郎。

天下干戈滿,江邊月長。

別筵花欲暮,春日鬢蒼。

為問南溪竹,抽梢合過牆。

 

(下し文)

(韋郎司直が成都に帰るを送る)

竄身【ざんしん】蜀地に来たる、同病韋郎を得たり。

天下兵戈満つ、江辺歳月長し。

別筵【べつえん】花暮れんと欲す 春日 鬢 【とも】に蒼たり。

為に問え 南渓の竹、抽梢【ちゅうしょう】合にを過ぐべし。

 

(現代語訳)

竹林0021(韋郎司直が成都に帰るというので送別に贈る詩)

わたしは官を辞して身をのがれ隠遁するために蜀の地へ来て、同病相い憐れむものに韋郎司直の君というものを得た。

いま天下には兵戈が満ちており、わたしは江辺りで久しく歳月をへた。

この送別の席では花が暮れかかっており、春の日にあたって髪の毛はおたがいにごましおになっている。

君は成都へいったらわたしのために南の浣花渓の草堂のまわりの竹がどんなになっているかたずねてくれたまえ、そのぬきでたこずえはもう牆より上に出ているはずだ。

 

 

(訳注)

送韋郎司直歸成都

(韋郎司直が成都に帰るというので送別に贈る詩)

○韋郎司直 別に「梓州の幕府に投簡し、兼ねて韋十郎官に簡す」詩があるが、一本には官の字がないという、しからば此の詩の韋郎は韋十郎と同一人かと思われるが、明らかでない。韋郎の郎はただ男子を称する言葉である、司直は官名。

『投簡梓州幕府兼簡韋十郎官』

幕下郎官安穩無,從來不奉一行書。 

固知貧病人須棄,能使韋郎跡也疏。

704 《投簡梓州幕府兼簡韋十郎官【投簡梓州幕府兼簡韋十郎】》 蜀中転々 杜甫<611  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3365 杜甫詩1000-611-867/1500

 〔原注〕余草堂在成都西部(余の草堂は成都の西部に在り)

竄身來蜀地,同病得韋郎。

わたしは官を辞して身をのがれ隠遁するために蜀の地へ来て、同病相い憐れむものに韋郎司直の君というものを得た。

○竄身 身をのがれかくす。

 

天下干戈滿,江邊月長。

いま天下には兵戈が満ちており、わたしは江辺りで久しく歳月をへた。

○長 久しいことをいう。

 

別筵花欲暮,春日鬢蒼。

この送別の席では花が暮れかかっており、春の日にあたって髪の毛はおたがいにごましおになっている。

  

為問南溪竹,抽梢合過牆。

君は成都へいったらわたしのために南の浣花渓の草堂のまわりの竹がどんなになっているかたずねてくれたまえ、そのぬきでたこずえはもう牆より上に出ているはずだ。

○為 我がために。

○南渓 成都の浣花渓。

○竹 草堂の南から東南にかけて隣の家との境に竹林がある。

○抽梢 ぬきでたこずえ。

○合 まさに云云すべし。

水檻遣心二首00


 

716 《放船》 蜀中転々 杜甫 <623>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3425 杜甫詩1000-623-879/1500

《放船》(船を放って嘉陵江をくだったことをのべる。)陸とはちがい嘉陵江の流はまことにおおらかで自由自在なもので、じっとすわってもいられるし、興味も悠然としてつきることはないのだ。

客はだれかわからないが仕事で赴任旅行する人である。閬州閬中県の北にある蒼渓県、嘉陵江の上流にあたる。閬州の官僚の誰かが蒼渓縣に所用があって赴任していくのに同行したのであろう。道路が凍りつき滑るので船でくだって閬中へもどるのである。 

2013年12月11日  の紀頌之5つのブログ
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716 《放船》 蜀中転々 杜甫 <623>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3425 杜甫詩1000-623-879/1500

 

 

詩 題:放船

卷別: 卷二二八  文體: 五言律詩 

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

及地點: 蒼溪 (山南西道 閬州 蒼溪) 別名:蒼溪縣     

掲 載; 杜甫1000首の623首目

杜甫ブログ1500回予定の-879回目

 

 

放船

(船を放って嘉陵江をくだったことをのべる。)

送客蒼溪縣,山寒雨不開。

わたしは蒼渓県までいって客を見送ったのだが、山は寒く雨ははれてくれない。

直愁騎馬滑,故作泛舟回。

馬にのれば路面がすべるだろうと心配されたのでわざと舟を水流に放ってかえることにしたわけだ。

青惜峰巒過,知橘柚來。

青い色がみえ、もっと見ていたいと思う内にその青い色の峰巒は通り過ぎてしまうのはもったいない。そうおもっていたら前面から黄いろのものがやってくる、それはこの地方で作っている橘・柚の実の色である。

江流大自在,坐穩興悠哉。

陸とはちがい嘉陵江の流はまことにおおらかで自由自在なもので、じっとすわってもいられるし、興味も悠然としてつきることはないのだ。

 

(船を放つ)

蒼渓【そうけい】に客を送る、山寒くして雨開けず。

直だ愁う騎馬の滑かならんことを、故に舟を放ちて廻るを作す。

青には惜しむ峰巒【ほうらん】の過ぐるを 黄には知る橘柚【きつゆう】の来たるを。

江流は大【はなは】だ自在なり 坐 穏【おだや】かにして興悠【きょうゆう】なる哉【かな】。

 

月明峡01 

『放船』 現代語訳と訳註

(本文)

放船

送客蒼溪縣,山寒雨不開。

直愁騎馬滑,故作泛舟回。

青惜峰巒過,知橘柚來。

江流大自在,坐穩興悠哉。

 

(下し文)

(船を放つ)

蒼渓【そうけい】県に客を送る、山寒くして雨開けず。

直だ愁う騎馬の滑かならんことを、故に舟を放ちて廻るを作す。

青には惜しむ峰巒【ほうらん】の過ぐるを 黄には知る橘柚【きつゆう】の来たるを。

江流は大【はなは】だ自在なり 坐 穏【おだや】かにして興悠【きょうゆう】なる哉【かな】。

 

 

(現代語訳)

(船を放って嘉陵江をくだったことをのべる。)

わたしは蒼渓県までいって客を見送ったのだが、山は寒く雨ははれてくれない。

馬にのれば路面がすべるだろうと心配されたのでわざと舟を水流に放ってかえることにしたわけだ。

青い色がみえ、もっと見ていたいと思う内にその青い色の峰巒は通り過ぎてしまうのはもったいない。そうおもっていたら前面から黄いろのものがやってくる、それはこの地方で作っている橘・柚の実の色である。

陸とはちがい嘉陵江の流はまことにおおらかで自由自在なもので、じっとすわってもいられるし、興味も悠然としてつきることはないのだ。

 

(訳注)

放  船

(船を放って嘉陵江をくだったことをのべる。)

○放船 水流に船を出艇したこと。

広徳元年秋、閬州にあって蒼溪まで見送ってから舟を出して閬州に帰る時の作。

 

送客蒼溪縣,山寒雨不開。

わたしは蒼渓県までいって客を見送ったのだが、山は寒く雨ははれてくれない。

○送客 客はだれかわからぬが旅行する人である。閬州の官僚の誰かが蒼渓縣に所用があっていくのに同行したのであろう。

○蒼渓県 閬州閬中県の北にある蒼渓県、嘉陵江の上流にあたる。閬州閬中県の北にある蒼渓県、嘉陵江の上流にあたる。道路が凍りつき滑るので船でくだって閬中へもどるのである。

 

直愁騎馬滑,故作泛舟迴。

馬にのれば路面がすべるだろうと心配されたのでわざと舟を水流に放ってかえることにしたわけだ。

○騎馬滑 馬にのって陸をとおると路がすべる。

○迴 閬中へかえる。

 

青惜峰巒過,黃知橘柚來。

青い色がみえ、もっと見ていたいと思う内にその青い色の峰巒は通り過ぎてしまうのはもったいない。そうおもっていたら前面から黄いろのものがやってくる、それはこの地方で作っている橘・柚の実の色である。

○青 峰巒の色。

○過 とおりすぎてしまう、流れのはやいさま。

○黄 橘柚の色。

○橘柚 みかん、ゆずの樹になっている実。

○来 前面からくる、これも水流のはやいさまを示す。

 

江流大自在,坐穩興悠哉。

陸とはちがい嘉陵江の流はまことにおおらかで自由自在なもので、じっとすわってもいられるし、興味も悠然としてつきることはないのだ。

○江流 江は嘉陵江。

〇自在 自由の意。

○坐穏 船にのっているゆえ馬とちがいじっとしておられる。

○興 峰巒橘柚を見去り見来たるおもしろさをいう。

○悠 ゆったりとしたさま。
浮桟橋00 

715 《王閬州筵奉酬十一舅惜別之作》 蜀中転々 杜甫 <622>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3420 杜甫詩1000-622-878/1500五言律詩

《王閬州筵奉酬十一舅惜別之作》 舟をうかべて郡都の城郭を出発する。別れの酒は嘉陵江の波濤に寄せて飲んでいる。こうしてよい出会いがあって酒を酌み交わすというのはこれから後逸再び会うことがあるだろうか。この人生何と艱難辛苦に遭遇していることだろうか。

2013年12月10日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固) 《西都賦》(20)#8(數々の宮殿)-1 文選 賦<112―20>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩974 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3418
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《論佛骨表》(4)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <887>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3419韓愈詩-227-4
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 715 《王閬州筵奉酬十一舅惜別之作》 蜀中転々 杜甫 <622>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3420 杜甫詩1000-622-878/1500五言律詩
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 219 《登科後》 孟郊  唐宋詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3421 (12/10)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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715 《王閬州筵奉酬十一舅惜別之作》 蜀中転々 杜甫 <622  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3420 杜甫詩1000-622-878/1500五言律詩

 

 

作年:  763年廣德元年 52

卷別: 卷二二八  文體: 五言古詩 

詩題: 王閬州筵奉酬十一舅惜別之作 

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

及地點: 閬州 (山南西道 閬州 閬州) 別名:閬、巴城     

交遊人物/地點: 王閬州・崔十一 當地交遊(山南西道 閬州 閬州)

掲 載; 杜甫1000首の622首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-878回目

 

 

王閬州筵奉酬十一舅惜別之作 

(王閬州刺史がひらいてくれた送別の宴席で舅の崔十一殿の詩にこの爺が惜別の詩を作って酬い奉る。)

萬壑樹聲滿,千崖秋氣高。 

あちこち何処の谷にも木枯らしが木々を鳴らして満ち溢れている。それぞれ沢山の崖の上に秋の気配が高い所まで広がっている。

浮舟出郡郭,別酒寄江濤。 

舟をうかべて郡都の城郭を出発する。別れの酒は嘉陵江の波濤に寄せて飲んでいる。

良會不復久,此生何太勞。 

こうしてよい出会いがあって酒を酌み交わすというのはこれから後逸再び会うことがあるだろうか。この人生何と艱難辛苦に遭遇していることだろうか。

窮愁但有骨,群盜尚如毛。 

愁いというのも窮めるほどつづいており、ただそれがこの身にも及んでいるのである。そんな上に、中国全土に盗賊の様なものたちが髪をふりかざして暴れたのである。

吾舅惜分手,使君寒贈袍。 

この私の舅とここでお別れをするのも惜しいという思いであるし、ありがたいのは王閬州刺史が寒さに向かって着物を送っていただいたことだ。

沙頭暮黃鵠,失侶自哀號。 

この渡し場の砂浜のほとりでは、夕暮れにかかって縁起の良い黄鵠が贈ってくれるし、こうして頼りにしている舅や無二の親友を失うことで自然に悲しくて号泣してしまうのだ。

 

王閬州の筵にて崔十一舅に酬い奉る惜別の作 

萬壑【まんがく】樹聲滿ち,千崖【せんがい】秋氣高し。 

舟を浮かせて郡郭を出づ,酒と別れて江濤に寄せる。 

良會は復た久しくするをなし,此の生は 何ぞ太【はなは】だ勞す。 

愁を窮めるは但だ骨有るのみ,群盜は尚お毛の如し。 

吾が舅 手を分つを惜み,使君 寒きに袍を贈らる。 

沙頭 暮れて黃鵠あり,失侶して自ら哀號す。 

 

楊柳00005 

 

『王閬州筵奉酬十一舅惜別之作』 現代語訳と訳註

(本文)

王閬州筵奉酬十一舅惜別之作 

萬壑樹聲滿,千崖秋氣高。 

浮舟出郡郭,別酒寄江濤。 

良會不復久,此生何太勞。 

窮愁但有骨,群盜尚如毛。 

吾舅惜分手,使君寒贈袍。 

沙頭暮黃鵠,失侶自哀號。 

 

異文

萬壑樹聲滿,千崖秋氣高。

浮舟出郡郭【浮雲出郡郭】,別酒寄江濤。

良會不復久,此生何太勞。

窮愁但有骨【窮愁惟有骨】,群盜尚如毛。

吾舅惜分手,使君寒贈袍。

沙頭暮黃鵠,失侶自哀號【失侶亦哀號】。 

 

(下し文)

王閬州の筵にて崔十一舅に酬い奉る惜別の作 

萬壑【まんがく】樹聲滿ち,千崖【せんがい】秋氣高し。 

舟を浮かせて郡郭を出づ,酒と別れて江濤に寄せる。 

良會は復た久しくするをなし,此の生は 何ぞ太【はなは】だ勞す。 

愁を窮めるは但だ骨有るのみ,群盜は尚お毛の如し。 

吾が舅 手を分つを惜み,使君 寒きに袍を贈らる。 

沙頭 暮れて黃鵠あり,失侶して自ら哀號す。 

 

(現代語訳)

(王閬州刺史がひらいてくれた送別の宴席で舅の崔十一殿の詩にこの爺が惜別の詩を作って酬い奉る。)

あちこち何処の谷にも木枯らしが木々を鳴らして満ち溢れている。それぞれ沢山の崖の上に秋の気配が高い所まで広がっている。

舟をうかべて郡都の城郭を出発する。別れの酒は嘉陵江の波濤に寄せて飲んでいる。

こうしてよい出会いがあって酒を酌み交わすというのはこれから後逸再び会うことがあるだろうか。この人生何と艱難辛苦に遭遇していることだろうか。

愁いというのも窮めるほどつづいており、ただそれがこの身にも及んでいるのである。そんな上に、中国全土に盗賊の様なものたちが髪をふりかざして暴れたのである。

この私の舅とここでお別れをするのも惜しいという思いであるし、ありがたいのは王閬州刺史が寒さに向かって着物を送っていただいたことだ。

この渡し場の砂浜のほとりでは、夕暮れにかかって縁起の良い黄鵠が贈ってくれるし、こうして頼りにしている舅や無二の親友を失うことで自然に悲しくて号泣してしまうのだ。

 

(訳注)

王閬州筵奉酬十一舅惜別之作 

(王閬州刺史がひらいてくれた送別の宴席で舅の崔十一殿の詩にこの爺が惜別の詩を作って酬い奉る。)

「舅」1 (舅)夫または妻の父。しゅうとおや。2 (姑)「しゅうとめ(姑)」に同じ。◇「舅」「姑」は、配偶者の父母に対する呼びかけには使わない。また、配偶者の父母のことを他人に話すときには「お」を付けない。

 

萬壑 樹聲 滿 ,千崖 秋氣 高。

あちこち何処の谷にも木枯らしが木々を鳴らして満ち溢れている。それぞれ沢山の崖の上に秋の気配が高い所まで広がっている。

「壑」自然景觀、洞穴坑谷。

 

浮舟 郡郭 ,別酒 江濤

舟をうかべて郡都の城郭を出発する。別れの酒は嘉陵江の波濤に寄せて飲んでいる。

「郡郭」語義類別:邦國郡都城、。

「江」嘉陵江。

「濤」波濤。

 

良會 不復 ,此生 何太勞

こうしてよい出会いがあって酒を酌み交わすというのはこれから後逸再び会うことがあるだろうか。この人生何と艱難辛苦に遭遇していることだろうか。

 

窮愁 但有骨 ,群盜 尚如毛

愁いというのも窮めるほどつづいており、ただそれがこの身にも及んでいるのである。そんな上に、中国全土に盗賊の様なものたちが髪をふりかざして暴れたのである。

「骨」杜甫自身の病気がちな体を云う。

・「群盗」 群盗のはびこるときにあたっての意、群盗とは蜀に徐知道があり、両京には党項羌があり、東都には史朝義があるの類をいう。

杜甫『悲秋』

涼風動萬里,群盜尚縱橫。 

家遠傳書日,秋來為客情。 

秋窺高鳥過,老逐眾人行。 

始欲投三峽,何由見兩京。 

642 《悲秋》 蜀中転々 杜甫 <547  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2960 杜甫詩1000-547-786/1500

 

吾舅惜分手,使君寒贈袍。

この私の舅とここでお別れをするのも惜しいという思いであるし、ありがたいのは王閬州刺史が寒さに向かって着物を送っていただいたことだ。

「舅」1 (舅)夫または妻の父。しゅうとおや。2 (姑)「しゅうとめ(姑)」に同じ。◇「舅」「姑」は、配偶者の父母に対する呼びかけには使わない。また、配偶者の父母のことを他人に話すときには「お」を付けない。

「使君」王閬州刺史。

 

沙頭 黃鵠 ,失侶 哀號

この渡し場の砂浜のほとりでは、夕暮れにかかって縁起の良い黄鵠が贈ってくれるし、こうして頼りにしている舅や無二の親友を失うことで自然に悲しくて号泣してしまうのだ。

「沙頭」砂場で埠頭となっているところ。

「暮」語義類別:時、時間、範圍時間(黃昏)、暮。

「黃鵠」幸運の鶴のこと。子安にたすけられた鶴 (黄鵠) が、子安の死後、三年間その墓の上でかれを思って鳴きつづけ、鶴は死んだが子安は蘇って千年の寿命を保ったという。 ここでは、鶴が命の恩人である子安を思う心の強さを住持に喩えたもの。。

「侶」旅空のもとで最も頼りにしている舅、ここでは王閬州刺史をいう。

浮桟橋00嘉陵江の岸壁 

714 《舍弟占歸草堂檢校聊示此詩》 蜀中転々 杜甫 <621>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3415 杜甫詩1000-621-877/1500五言律詩

杜甫《舍弟占歸草堂檢校聊示此詩》東側に林があり、家の周りや他の家との境の竹の林は根の周りの掃除が行き届かず影が薄くなっているだろうか、今年も十二月になって更に果樹などの植木はどうであろうか。

2013年12月9日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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714 《舍弟占歸草堂檢校聊示此詩》 蜀中転々 杜甫 <621  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3415 杜甫詩1000-621-877/1500五言律詩            

 

 

763年この年の夏ごろから、杜甫は梓州刺史章彝(前任の杜済は綿州刺史に転じていた)の客分となり、その主催する送別や歓迎の宴に出席したり、遊覧・遊猟に随行している。杜甫の詩人としての名も、かなり揚がっていたらしく、彼はそれによって一家の生活を支え、また東下の旅費を蓄えていた。しかしこのころ、辺境の情勢は緊迫の度を加え、吐蕃の軍は長安に迫り、西南方面(松・雅・保州)においては巴・蜀を圧迫していた。そうして、十月になるとついに長安に攻めこみ、代宗は東の方の陝州(河南省陝県)に逃げてしまった。しばらくして郭子儀が反撃に転じ、吐蕃軍は遁走したが、まさに安禄山の乱の再現かと思われた。

杜甫はそれらの情報を伝え聞きながら、今はただ一つしか残されていない東方への道、長江を下るべく、ひたすら旅の準備をととのえていた。その大部分は章彝の援助に頼るしかなかったため、彼は章彝とその幕僚の機嫌を損ねないように、言行を慎重にしていたらしい。そのためであろう、杜甫が東方の旅に出発することを申し出ると、彼らは送別会を開いてくれ、章彝は無事な旅を祈って、梓州特産の桃竹の杖を二本、杜甫に贈った。

出発も間近に迫ったある日、都に帰った厳武のはからいであろうか、杜甫を京兆府の功曹参軍(庶務課長)に任ずるとの連絡があった。しかし、すでに三峡を下って呉・楚の地に赴く決心をしていた杜甫は、それを辞退した。

 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 舍弟占歸草堂檢校聊示此詩 

及地點:  草堂 (劍南道北部 益州 成都) 別名:一室、西郭茅舍     

交遊人物: 杜占

掲 載; 杜甫1000首の621首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-877回目   40976

 

 

 

舍弟占歸草堂檢校聊示此詩

(成都西の草堂を任せている私の弟の杜占が檢校の仕事で帰るというのでちょっと気が付いたことをこの詩にして示す。)

久客應吾道,相隨獨爾來。

長きにわたって旅人としているが、まさに私の生きる道ということだろう。たがいにその道に従っているということだが獨りしてお前が来てくれるということだ。

孰知江路近,頻為草堂迴。

まあよくわかっていることではあるが長江の航路で來るからそこからでも早いので近くなったものだ。たのみたいのは草堂の周囲をまず見てもらいたい。

鵝鴨宜長數,柴荊莫浪開。

ガチョウや鴨はうまい具合に生き延びて数を増やしているだろうか、柴門や茨の垣根は風雨に破られ空きっぱなしになっていないだろうか。

東林竹影薄,臘月更須栽。

東側に林があり、家の周りや他の家との境の竹の林は根の周りの掃除が行き届かず影が薄くなっているだろうか、今年も十二月になって更に果樹などの植木はどうであろうか。

(舍弟の占が草堂に歸るさいに、檢校に聊さか此の詩を示す。)

久しく客なり 應に吾が道なり,相いに隨うは獨り爾が來るを。

孰知する江路は近く,頻りに草堂迴るを為せ。

鵝鴨【がおう】宜しく長數し,柴荊【さいけい】浪開する莫れ。

東林 竹 影薄く,臘月 更に須らく栽う。 

桃園001 

『舍弟占歸草堂檢校聊示此詩』 現代語訳と訳註

(本文)

舍弟占歸草堂檢校聊示此詩

久客應吾道,相隨獨爾來。

孰知江路近,頻為草堂迴。

鵝鴨宜長數,柴荊莫浪開。

東林竹影薄,臘月更須栽。

 

(下し文)

(舍弟の占が草堂に歸るさいに、檢校に聊さか此の詩を示す。)

久しく客なり 應に吾が道なり,相いに隨うは獨り爾が來るを。

孰知する江路は近く,頻りに草堂迴るを為せ。

鵝鴨【がおう】宜しく長數し,柴荊【さいけい】浪開する莫れ。

東林 竹 影薄く,臘月 更に須らく栽う。

 

(現代語訳)

(成都西の草堂を任せている私の弟の杜占が檢校の仕事で帰るというのでちょっと気が付いたことをこの詩にして示す。)

長きにわたって旅人としているが、まさに私の生きる道ということだろう。たがいにその道に従っているということだが獨りしてお前が来てくれるということだ。

まあよくわかっていることではあるが長江の航路で來るからそこからでも早いので近くなったものだ。たのみたいのは草堂の周囲をまず見てもらいたい。

ガチョウや鴨はうまい具合に生き延びて数を増やしているだろうか、柴門や茨の垣根は風雨に破られ空きっぱなしになっていないだろうか。

東側に林があり、家の周りや他の家との境の竹の林は根の周りの掃除が行き届かず影が薄くなっているだろうか、今年も十二月になって更に果樹などの植木はどうであろうか。

 杜甫草堂詳細図02

 (訳注)

舍弟占歸草堂檢校聊示此詩

(成都西の草堂を任せている私の弟の杜占が檢校の仕事で帰るというのでちょっと気が付いたことをこの詩にして示す。)

「檢校」中国の官名。正官を授けられずその任にあたるとき,仮官として検校の字を冠する。

 

久客 吾道 ,相隨 獨爾來

長きにわたって旅人としているが、まさに私の生きる道ということだろう。たがいにその道に従っているということだが獨りしてお前が来てくれるということだ。

 

孰知 江路 ,頻為草堂

まあよくわかっていることではあるが長江の航路で來るからそこからでも早いので近くなったものだ。たのみたいのは草堂の周囲をまず見てもらいたい。

「江路」水澤湖泊。長江の航路。

「近」語義類別:地、空間、距離、近。

「草堂」杜甫の成都浣花渓草堂。

「迴」草堂の周囲を見て回る。

 

 

鵝鴨 宜長數 ,柴荊 浪開

ガチョウや鴨はうまい具合に生き延びて数を増やしているだろうか、柴門や茨の垣根は風雨に破られ空きっぱなしになっていないだろうか。

「鵝鴨」鵝鳥ガンを飼いならしてつくられた家禽(かきん)。中国系はサカツラガンが原種で、代表的品種にシナガチョウがあり、白色か褐色で、くちばしの上にこぶをもつ。ヨーロッパ系はハイイロガンが原種で、白色のエムデン、褐色のトゥールーズなどの品種がある。食用や愛玩用とする。鴨、英: duck)とは、カモ目カモ科の鳥類のうち、雁(カリ)に比べて体が小さく、首があまり長くなく、冬羽(繁殖羽)では雄と雌で色彩が異なるものをいう。カルガモのようにほとんど差がないものもある。分類学上のまとまった群ではない。

「數」語義類別:其他、數詞、概量數詞、數。

「柴荊」戸の家の南西の位置に作った柴門。度々歌にしている。

「浪」濯錦江の増水の際に垣根が現れていないかというほどの意味。

 

 

東林 竹影 ,臘月 更須

東側に林があり、家の周りや他の家との境の竹の林は根の周りの掃除が行き届かず影が薄くなっているだろうか、今年も十二月になって更に果樹などの植木はどうであろうか。

「東林」家の東側は雑木の林がある。

「竹影薄」春先に竹を間引きをしたり、整理していないことで竹の成長が思わしくなく葉影が薄いのではないかというほどの意味。

「臘月」十二月。

「栽」果樹などの植木。 杜甫は成都に草堂を建てた際、桃などの果樹、花などを植栽した。

 榿木栽5001

713 《贈韋贊善別》 蜀中転々 杜甫 <620>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3410 杜甫詩1000-620-876/1500五言律詩

《贈韋贊善別》私の病気、生活を扶助してくれている韋贊善君を送り旅立つのだ、すると、自然と憐れに思うことは未だに故郷に帰れないことである。ただ、ただ今ここでまさに旅客となることになみだするのであり、というのもまた自分の向おうとするこの先も扉にイバラがの巻き付いている状態であるということを思うからである。


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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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713 《贈韋贊善別》 蜀中転々 杜甫 <620  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3410 杜甫詩1000-620-876/1500五言律詩         

 

 

763年この年の夏ごろから、杜甫は梓州刺史章彝(前任の杜済は綿州刺史に転じていた)の客分となり、その主催する送別や歓迎の宴に出席したり、遊覧・遊猟に随行している。杜甫の詩人としての名も、かなり揚がっていたらしく、彼はそれによって一家の生活を支え、また東下の旅費を蓄えていた。しかしこのころ、辺境の情勢は緊迫の度を加え、吐蕃の軍は長安に迫り、西南方面(松・雅・保州)においては巴・蜀を圧迫していた。そうして、十月になるとついに長安に攻めこみ、代宗は東の方の陝州(河南省陝県)に逃げてしまった。しばらくして郭子儀が反撃に転じ、吐蕃軍は遁走したが、まさに安禄山の乱の再現かと思われた。

杜甫はそれらの情報を伝え聞きながら、今はただ一つしか残されていない東方への道、長江を下るべく、ひたすら旅の準備をととのえていた。その大部分は章彝の援助に頼るしかなかったため、彼は章彝とその幕僚の機嫌を損ねないように、言行を慎重にしていたらしい。そのためであろう、杜甫が東方の旅に出発することを申し出ると、彼らは送別会を開いてくれ、章彝は無事な旅を祈って、梓州特産の桃竹の杖を二本、杜甫に贈った。

出発も間近に迫ったある日、都に帰った厳武のはからいであろうか、杜甫を京兆府の功曹参軍(庶務課長)に任ずるとの連絡があった。しかし、すでに三峡を下って呉・楚の地に赴く決心をしていた杜甫は、それを辞退した。

 

 

作年:763  廣德元年  52 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 贈韋贊善別 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

交遊人: 韋贊善

掲 載; 杜甫1000首の620首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-876回目   40975

 

 

贈韋贊善別 

(韋贊善と送別に贈る)

扶病送君發,自憐猶不歸。

私の病気、生活を扶助してくれている韋贊善君を送り旅立つのだ、すると、自然と憐れに思うことは未だに故郷に帰れないことである。

祗應盡客淚,復作掩荊扉。

ただ、ただ今ここでまさに旅客となることになみだするのであり、というのもまた自分の向おうとするこの先も扉にイバラがの巻き付いている状態であるということを思うからである。

江漢故人少,音書從此稀。

これから向かう長江下流域から漢江を遡って行く辺りには友人がほとんどいないのであり、わずかにいる友人たちからの手紙などもほとんどないのである。

往還二十載,晚寸心違。

まさに遺憾とする、そして帰ろうとすることになるのはかれこれ20年になろうとしている。今年も終わりの月になろうとしている、少しだけだけれどこのまま行っていいのかどうかとも思っている。

 

韋贊善との別れに贈る。 

病を扶け 君を送り發ち,自ら憐れむ 猶お歸えれず。

祗だ應に盡く客淚し,復た作すは荊扉を掩う。

江漢 故人少く,音書 此れ從り稀れなる。

往き還るは 二十載,晚 寸心違う。

成都遂州002 
 

『贈韋贊善別』 現代語訳と訳註

(本文)

贈韋贊善別 

扶病送君發,自憐猶不歸。

祗應盡客淚,復作掩荊扉。

江漢故人少,音書從此稀。

往還二十載,晚寸心違。

 

(下し文)

韋贊善との別れに贈る。 

病を扶け 君を送り發ち,自ら憐れむ 猶お歸えれず。

祗だ應に盡く客淚し,復た作すは荊扉を掩う。

江漢 故人少く,音書 此れ從り稀れなる。

往き還るは 二十載,晚 寸心違う。

 

(現代語訳)

(韋贊善と送別に贈る)

私の病気、生活を扶助してくれている韋贊善君を送り旅立つのだ、すると、自然と憐れに思うことは未だに故郷に帰れないことである。

ただ、ただ今ここでまさに旅客となることになみだするのであり、というのもまた自分の向おうとするこの先も扉にイバラがの巻き付いている状態であるということを思うからである。

これから向かう長江下流域から漢江を遡って行く辺りには友人がほとんどいないのであり、わずかにいる友人たちからの手紙などもほとんどないのである。

まさに遺憾とする、そして帰ろうとすることになるのはかれこれ20年になろうとしている。今年も終わりの月になろうとしている、少しだけだけれどこのまま行っていいのかどうかとも思っている。

 

(訳注)

贈韋贊善別 

(韋贊善と送別に贈る)

 

扶病 送君 ,自憐 猶不歸

私の病気、生活を扶助してくれている韋贊善君を送り旅立つのだ、すると、自然と憐れに思うことは未だに故郷に帰れないことである。

「扶病」病気、生活を扶助。

「送」送別。

「君」韋贊善君。

「發」出發。

 

 

祗應 盡客淚 ,復作 荊扉

ただ、ただ今ここでまさに旅客となることになみだするのであり、というのもまた自分の向おうとするこの先も扉にイバラがの巻き付いている状態であるということを思うからである。

 

江漢 故人 ,音書 從此

これから向かう長江下流域から漢江を遡って行く辺りには友人がほとんどいないのであり、わずかにいる友人たちからの手紙などもほとんどないのである。

「江漢」長江、漢水。

「故人」友人知人。

「音書」文藝、音信。

 

往還 二十 寸心

まさに遺憾とする、そして帰ろうとすることになるのはかれこれ20年になろうとしている。今年も終わりの月になろうとしている、少しだけだけれどこのまま行っていいのかどうかとも思っている。

「往」語義類別:人、行為動作、一般行為(彳部)、往。

「還」語義類別:人、行為動作、一般行為(辵部)、還。

「二十載」十年数年越えると、詩的表現でいう場合。

晚」年の終ころ。十一月終わり頃からの季節を云う。年末ではない少し漠然としている時期。

「寸心違」少しだけだけれどこのまま行っていいのかどうかとも思っている。。
葭 あし002 

720 《陪王漢州留杜綿州泛房公西湖【案:房琯刺漢州時所鑿。】》 蜀中転々 杜甫 <627>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3445 杜甫詩1000-627-883/1500

《陪王漢州留杜綿州泛房公西湖》房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

 

720 《陪王漢州留杜綿州泛房公西湖【案:房琯刺漢州時所鑿。】》 蜀中転々 杜甫 <627  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3445 杜甫詩1000-627-883/1500五言律詩

 

 

詩 題:陪王漢州留杜綿州泛房公西湖【案:房琯刺漢州時所鑿。】 作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

掲 載; 杜甫1000首の627首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-883回目

 

763年春、漢州(四川省広漢縣)に行ったときの作。この池は即ち房琯公池で房琯か相を罷めて後、漢州の刺史となって来て掘らせた池。房琯この春召しかえされて刑部尚書に進められたが、途中疾にあい、八月、閬州の客舎で死んだ。杜甫とは関係のふかい政治家であった。

この詩は房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。いろいろ諷刺の意味に解されているが、このままでも可愛いい詩である。

 

年: 廣德元年  763  52 

卷別: 卷二二八  文體: 五言律詩 

作地點: 漢州(劍南道北部 / 漢州 / 漢州

及地點: 漢州 (劍南道北部 漢州 漢州)綿州 (劍南道北部 綿州 綿州)房公湖 (劍南道北部 漢州 漢州) 別名:房公西湖、房公池、官池

交遊人物: 王漢州

 

 

陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)

〔房琯刺漢州時所鑿。〕

〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

舊相恩追後,春池賞不稀。

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

闕庭分未到,舟楫有光輝。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

豉化蓴絲熟,刀鳴鱠縷飛。

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

使君雙皁蓋,灘淺正相依。

王漢州使君と舟屋に二つ並んで繋ぎ、そして中州に行き、浅瀬に、まさに一緒に行動する。

楊貴妃清華池002 

 

『陪王漢州留杜綿州泛房公西湖』〔房琯刺漢州時所鑿。〕 現代語訳と訳註

(本文)

陪王漢州留杜綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕

舊相恩追後,春池賞不稀。

闕庭分未到,舟楫有光輝。

豉化蓴絲熟,刀鳴鱠縷飛。

使君雙皁蓋,灘淺正相依。

 

 

(下し文)

陪王漢州が杜を留めて綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕

舊相 恩 後を追い,春池 賞 稀れならず。

闕庭【さくてい】分れて未だ到らず,舟楫【しゅうとう】光輝有り。

豉化【かか】蓴絲【せんし】熟し,刀鳴は鱠縷【かいい】飛ばす。

使君 皁蓋【そうがい】に雙ぶ,灘淺【たんせん】正に相い依る。

 

 

(現代語訳)

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)

〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

 

 

(訳注)

陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

〔房琯刺漢州時所鑿。〕

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

所鑿 掘って作ったところ。鑿:のみ。木材等に穴をあけたり小部分を削り取ったりする手工具。木工用は,柄の端をたたいて使う穴あけ用の叩(たたき)鑿と手で押して使う表面を削るための突鑿に大別。金工・石工用には鏨(たがね)が使用される。

同時期に下記をつくる

・陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

・舟前小鵝兒

・得房公池鵝

 

舊相 恩追 ,春池 不稀

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

「舊恩」杜甫は、左拾遺で朝廷に仕えている時にお世話になった人物であり、玄宗期の高官である。。

「春池」四季、春景色に、房琯が掘らせた池。

 

闕庭 分未到 ,舟楫 光輝

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

「闕庭」朝庭; 東宮; 皇太子(唐制では平出とされる); 殿下.。ここでは粛宗をしめす。

 

豉化蓴絲 ,刀鳴 鱠縷

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

「豉」大豆黄巻はその解毒に特効があるとされていたが,他の薬毒を消す場合にも用いられた。大豆豉(だいずし)。豉(くき)ともいう。

「蓴絲」蓴菜。

「鱠縷」膾を糸状に斬る。。

 

 

使君 皁蓋 ,灘淺 正相依。

王漢州使君と舟屋に二つ並んで繋ぎ、そして中州に行き、浅瀬に、まさに一緒に行動する。

「使君」王漢州使君。

「雙」船を並べる。。

「皁蓋」皁:顏色、原色、黑。どんぐり。しもべ。うまや。舟屋。

「灘」沙洲島嶼。
DCF00003 

712 《薄遊》 蜀中転々 杜甫 <619>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3405 杜甫詩1000-619-875/1500五言律詩

《薄遊》秋も深まると病葉がまず先に落葉している。冬に咲く花はただ、もうしばらく香りを漂わせている。閬州の城郭にはここを後にして旅立とうとする私の目には涙が流れるのである。今夜もまたここには清らかな月明かりがふりそそぐのだ。


2013年12月7日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(1)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <884>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3404韓愈詩-227-1
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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712 《薄遊》 蜀中転々 杜甫 <619  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3405 杜甫詩1000-619-875/1500五言律詩         

 

763年この年の夏ごろから、杜甫は梓州刺史章彝(前任の杜済は綿州刺史に転じていた)の客分となり、その主催する送別や歓迎の宴に出席したり、遊覧・遊猟に随行している。杜甫の詩人としての名も、かなり揚がっていたらしく、彼はそれによって一家の生活を支え、また東下の旅費を蓄えていた。しかしこのころ、辺境の情勢は緊迫の度を加え、吐蕃の軍は長安に迫り、西南方面(松・雅・保州)においては巴・蜀を圧迫していた。そうして、十月になるとついに長安に攻めこみ、代宗は東の方の陝州(河南省陝県)に逃げてしまった。しばらくして郭子儀が反撃に転じ、吐蕃軍は遁走したが、まさに安禄山の乱の再現かと思われた。

杜甫はそれらの情報を伝え聞きながら、今はただ一つしか残されていない東方への道、長江を下るべく、ひたすら旅の準備をととのえていた。その大部分は章彝の援助に頼るしかなかったため、彼は章彝とその幕僚の機嫌を損ねないように、言行を慎重にしていたらしい。そのためであろう、杜甫が東方の旅に出発することを申し出ると、彼らは送別会を開いてくれ、章彝は無事な旅を祈って、梓州特産の桃竹の杖を二本、杜甫に贈った。

出発も間近に迫ったある日、都に帰った厳武のはからいであろうか、杜甫を京兆府の功曹参軍(庶務課長)に任ずるとの連絡があった。しかし、すでに三峡を下って呉・楚の地に赴く決心をしていた杜甫は、それを辞退した。

 

 

詩 題:薄遊

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州別名:閬、巴城      掲 載; 杜甫1000首の619首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-875回目   40974

 

 

薄遊 

(夕暮れにゆっくりと遊ぶ。)

淅淅風生砌,團團日隱牆。 

ザーザーと、風が吹き付け建物の端っこで音たてる。マールイマールイ太陽が、土塀の陰に隠れてくる。

遙空秋雁滅,半嶺暮雲長。 

秋に南に帰る雁が遙か空遠く消えていく。峯の中腹に夕方の雲がかかり長く連なっている。

葉多先墜,寒花只暫香。 

秋も深まると病葉がまず先に落葉している。冬に咲く花はただ、もうしばらく香りを漂わせている。

巴城添淚眼,今夜復清光。 

閬州の城郭にはここを後にして旅立とうとする私の目には涙が流れるのである。今夜もまたここには清らかな月明かりがふりそそぐのだ。

(薄【いささ】か遊 ぶ)

淅淅たり風は砌を生じ,團團たり日は牆に隱る。 

遙か空 秋雁 滅し,半ばする嶺は暮雲長ず。 

病葉 多く先墜し,寒花 只だ暫香す。 

巴城 添けなくも眼に淚し,今夜復た清光す。 

tsuki04 

『薄遊』 現代語訳と訳註

(本文)

薄遊 

淅淅風生砌,團團日隱牆。 

遙空秋雁滅,半嶺暮雲長。 

病葉多先墜,寒花只暫香。 

巴城添淚眼,今夜復清光。 

(含異文)

淅淅風生砌【漸漸風生砌】,團團日隱牆【團團月隱牆】。

遙空秋雁滅【遙空秋雁過】【滿空秋雁滅】【滿空秋雁過】,半嶺暮雲長【半嶺暮雲張】。

病葉多先墜【病葉多先墮】,寒花只暫香。

巴城添淚眼,今夜復清光【今夜復秋光】。 

 

(下し文)

(薄【いささ】か遊 ぶ)

淅淅たり風は砌を生じ,團團たり日は牆に隱る。 

遙か空 秋雁 滅し,半ばする嶺は暮雲長ず。 

病葉 多く先墜し,寒花 只だ暫香す。 

巴城 添けなくも眼に淚し,今夜復た清光す。 

 

(現代語訳)

(夕暮れにゆっくりと遊ぶ。)

ザーザーと、風が吹き付け建物の端っこで音たてる。マールイマールイ太陽が、土塀の陰に隠れてくる。

秋に南に帰る雁が遙か空遠く消えていく。峯の中腹に夕方の雲がかかり長く連なっている。

秋も深まると病葉がまず先に落葉している。冬に咲く花はただ、もうしばらく香りを漂わせている。

閬州の城郭にはここを後にして旅立とうとする私の目には涙が流れるのである。今夜もまたここには清らかな月明かりがふりそそぐのだ。

aki010 

(訳注)

薄遊 

(夕暮れにゆっくりと遊ぶ。)

 

淅淅 風生 ,團團 隱牆

ザーザーと、風が吹き付け建物の端っこで音たてる。マールイマールイ太陽が、土塀の陰に隠れてくる。

「淅淅」風の音のするさま。

「砌」建物の間際。

「團團」まるい、まんまる(物)、景物形態、團。

「牆」土塀、かきね。

 

遙空 秋雁 ,半嶺 暮雲

秋に南に帰る雁が遙か空遠く消えていく。峯の中腹に夕方の雲がかかり長く連なっている。

 

病葉 先墜 ,寒花 只暫

秋も深まると病葉がまず先に落葉している。冬に咲く花はただ、もうしばらく香りを漂わせている。

「寒花」(1)冬に咲く花。 (2)雪を冬の花に見立てていう語。

 

巴城 添淚眼 ,今夜 復清光

閬州の城郭にはここを後にして旅立とうとする私の目には涙が流れるのである。今夜もまたここには清らかな月明かりがふりそそぐのだ。

「巴城」閬州  別名:閬、巴城。

711 《西山,三首之三〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕》 蜀中転々 杜甫 <618>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3400 杜甫詩1000-618-874/1500

《西山,三首之三》敵はいまなお、奥深く攻め入っているのに対してわかものらが闘っている、しかし、松州城、関所の城はまだ囲みがとけていない。その一つの蚕崖関ではみかたの鉄馬は痩せて劣勢であり、別の灌口には兵糧船もまれにしかいないのだ。


2013年12月6日  の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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711 《西山,三首之三〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕》 蜀中転々 杜甫 <618>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3400 杜甫詩1000-618-874/1500

 

 

詩 題:西山,三首之三

作時:763年 廣德元年 杜甫52

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 西山,三首之三〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

及地點:岷山 (劍南道北部 茂州) 別名:西山、汶山 ・蠶崖關 (劍南道北部 彭州 蠶崖關) 別名:蠶崖  ・灌口鎮 (劍南道北部 彭州 灌口鎮) 別名:灌口

 

掲 載; 杜甫1000首の618首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-874回目   40973

 

西山,三首之一〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の一)〔西山とは岷山を云う、羌夷からの攻撃を阻み守る、蜀全域の大きな禍から。〕

彝界荒山頂,蕃州積雪邊。

酒瓶の境といわれる荒れた山脈の頂がある。吐蕃の州は積雪のあるあたりである。

築城依白帝,轉粟上青天。

これをふせぐために味方は城を築くのに白帝の居るかような高いところに依り、兵糧をはこぶのに青天にのぼるほどの困難をしているということだ。

蜀將分旗鼓,羌兵助井泉

そうして蜀武将は旗鼓を分かち、挟み撃ちをしてこれをふせぎ、降参した羌兵までが敵に内応して鎧鍵のことの手伝いをしてくれている。

西戎背和好,殺氣日相纏。

西南国境、吐蕃のものが和好を破った。そのために、蜀全域にこうして日日穀気がまといつつあるということなのだ。

彝界【いかい】荒山の頂にあり,蕃の州は積雪の邊にある。

築城 白帝に依り、転粟【てんぞく】青天に上る。

蜀の将 旗鼓を分かち、羌の兵 井泉【がいせん】を助く。

西南 和好に背き、殺気 日【ひご】とに相い纏う。

 

 

西山,三首 其二

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の二)

辛苦三城戍,長防萬里秋。

吐蕃に攻め入られて防戦一方の三城の兵軍は艱難辛苦の状態である。遠く万里のさきにおいて、秋口からの吐蕃の侵入をふせいでいるのだ。

煙塵侵火井,雨雪閉松州。

いま敵の兵馬の塵は西蜀の火井の方面を侵略し、秋の長雨、晩秋の雪に松州はかこまれその城門は閉じられている。

風動將軍幕,天寒使者裘。

将軍の陣営の幕には風がはためき、こちらから出した使者は皮衣の裘を着てもおかれた立場ではいたずらに天が寒く感ぜられるだろう。

漫山賊營壘,回首得無憂。

みわたす西の山山には吐蕃の賊どもがとりでを営んで、土塁をかまえている。これでは北の朝廷も西の三城、西蜀の火井の方面も心配だし、あっちもこっちも首を回らして心配せずにいられないのだ。

 

辛苦なり 三城の戍,長防す 萬里の秋。

煙塵 火井を侵し,雨雪 松州を閉す。

風は動く 將軍の幕,天は寒し 使者の裘。

漫山の賊は 壘を營み,首を回らして憂い無きを得んや。 

西山,三首 其三

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の三)

子弟猶深入,關城未解圍。

敵はいまなお、奥深く攻め入っているのに対してわかものらが闘っている、しかし、松州城、関所の城はまだ囲みがとけていない。

蠶崖鐵馬瘦,灌口米船稀。

その一つの蚕崖関ではみかたの鉄馬は痩せて劣勢であり、別の灌口には兵糧船もまれにしかいないのだ。

辯士安邊策,元戎決勝威。

このとき弁士は辺地を安全にするはかりごとを企て、大将は勝敗を決定するだけの威力を示そうとかかっている。

今朝烏鵲喜,欲報凱歌歸。

けさはかささぎが喜んでいるが、それをみると味方がかちどきをあげてかえるぞといってしらせてくれるつもりであるかのようにみえる。

子弟 猶お深く入り、関城 未だ囲みを解かず。

蠶崖【さんがい】鉄馬痩せ、灌口【かんこう】米船稀なり。

弁士 安辺の策、元戎【げんじゅう】決勝の威。

今朝 烏鵲【うじゃく】喜び,凱歌して歸えるを報ぜんと欲す。

花鴨003 

『西山,三首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

西山,三首 其三

子弟猶深入,關城未解圍。

蠶崖鐵馬瘦,灌口米船稀。

辯士安邊策,元戎決勝威。

今朝烏鵲喜,欲報凱歌歸。

 

(下し文)

西山,三首 其三

子弟 猶お深く入り、関城 未だ囲みを解かず。

蠶崖【さんがい】鉄馬痩せ、灌口【かんこう】米船稀なり。

弁士 安辺の策、元戎【げんじゅう】決勝の威。

今朝 烏鵲【うじゃく】喜び,凱歌して歸えるを報ぜんと欲す。

 

(現代語訳)

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の三)

敵はいまなお、奥深く攻め入っているのに対してわかものらが闘っている、しかし、松州城、関所の城はまだ囲みがとけていない。

その一つの蚕崖関ではみかたの鉄馬は痩せて劣勢であり、別の灌口には兵糧船もまれにしかいないのだ。

このとき弁士は辺地を安全にするはかりごとを企て、大将は勝敗を決定するだけの威力を示そうとかかっている。

けさはかささぎが喜んでいるが、それをみると味方がかちどきをあげてかえるぞといってしらせてくれるつもりであるかのようにみえる。

 

(訳注)

西山,三首之三〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の三)

吐蕃が松州を囲んだときのことをのべる、雪嶺がその境にあるので「西山」と題した。

○西山 雪嶺をいう、吐蕃との接境である。

 

〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

〔西山とは岷山を云う、羌夷からの攻撃を阻み守る、蜀全域の大きな禍から。〕

 

子弟猶深入,關城未解圍。

敵はいまなお、奥深く攻め入っているのに対してわかものらが闘っている、しかし、松州城、関所の城はまだ囲みがとけていない。

○子弟 卭州・雅州及び義兵のわかもの。

○深入 敵地へおくふかくはいる。

○関城 関所を設けたしろ。松州城をいうのであろう。

 

蠶崖鐵馬瘦,灌口米船稀。

その一つの蚕崖関ではみかたの鉄馬は痩せて劣勢であり、別の灌口の鎮には兵糧船もまれにしかいないのだ。

○蚕崖 関の名、導江県西北七十里40kmにあるという、導江県は唐のとき今の藩県を分かって置いた県である。

○鉄馬 よろっているうま。

○港口 鎮の名、導江県西六十里35kmにあるという。

 

辯士安邊策,元戎決勝威。

このとき弁士は辺地を安全にするはかりごとを企て、大将は勝敗を決定するだけの威力を示そうとかかっている。

○弁士 雄弁をふるう策士。

○安辺策 辺境を安全にするはかりごと。

○元戎 総大将、節度使をさすのであろう。

○決勝威 かちいくさをきめる威力。

 

今朝烏鵲喜,欲報凱歌歸。

けさはかささぎが喜んでいるが、それをみると味方がかちどきをあげてかえるぞといってしらせてくれるつもりであるかのようにみえる。

○鳥鵲 うじゃく:かささぎ 「烏鵲の智」 遠い将来のことばかり心配して、近くに迫っている災難に気がつかないこと。かささぎは強風の多い年には風をさけようとして巣を低い枝にかけるが、そのために、雛や卵を人に捕られることまでは、知恵がまわらない。このことを「喜」に置き換えてうたう。李商隠辛未七夕 李商隠にカササギが銀河の橋渡しをしてくれる鳥としている。『詩経』「鵲巢」にはカササギは巣作りに一生懸命、出来上がった巣は立派な頑丈なもの、しかし鳩が子育てに使う。しかしたくさんのお客がついてくる、というもの。烏鵲喜 「西京雑記」に「鳥鵲嘆ぎて行入室る」の語がある、かささぎのよろこぶのはいいことのあるきざしであるという。

得舎弟消息 二首 其二

汝懦歸無計,吾衰往未期。

浪傳鳥鵲喜,深負鶺鴒詩。

生理何顏面,憂端且時。

兩京三十口,雖在命如絲。

得舎弟消息 二首 其二 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 161 

○報 かさきざがしらせる。家族のことを知らせてくれる予兆とされる。

○凱歌帰 官軍がかちどきをあげてかえる。

くちなしの花 

(西山 三首)

彝界【いかい】荒山の頂にあり,蕃の州は積雪の邊にある。

築城 白帝に依り、転粟【てんぞく】青天に上る。

蜀の将 旗鼓を分かち、羌の兵 井泉【がいせん】を助く。

西南 和好に背き、殺気 日【ひご】とに相い纏う。

 

辛苦なり 三城の戍,長防す 萬里の秋。

煙塵 火井を侵し,雨雪 松州を閉す。

風は動く 將軍の幕,天は寒し 使者の裘。

漫山の賊は 壘を營み,首を回らして憂い無きを得んや。

 

子弟 猶お深く入り、関城 未だ囲みを解かず。

蠶崖【さんがい】鉄馬痩せ、灌口【かんこう】米船稀なり。

弁士 安辺の策、元戎【げんじゅう】決勝の威。

今朝 烏鵲【うじゃく】喜び,凱歌して歸えるを報ぜんと欲す。

710 《西山,三首之二〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕》 蜀中転々 杜甫 <617>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3395 杜甫詩1000-617-873/1500

杜甫《西山,三首之二〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕》吐蕃に攻め入られて防戦一方の三城の兵軍は艱難辛苦の状態である。遠く万里のさきにおいて、秋口からの吐蕃の侵入をふせいでいるのだ。いま敵の兵馬の塵は西蜀の火井の方面を侵略し、秋の長雨、晩秋の雪に松州はかこまれその城門は閉じられている。

2013年12月5日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(15)#5-4 文選 賦<112―15>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩969 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3393
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 710 《西山,三首之二〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕》 蜀中転々 杜甫 <617>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3395
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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710 《西山,三首之二〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕》 蜀中転々 杜甫 <617>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3395 杜甫詩1000-617-873/1500

 

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

詩 題:西山,三首之二〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

掲 載; 杜甫1000首の616首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-872回目   40971

 

 

西山,三首之一〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の一)

彝界荒山頂,蕃州積雪邊。

酒瓶の境といわれる荒れた山脈の頂がある。吐蕃の州は積雪のあるあたりである。

築城依白帝,轉粟上青天。

これをふせぐために味方は城を築くのに白帝の居るかような高いところに依り、兵糧をはこぶのに青天にのぼるほどの困難をしているということだ。

蜀將分旗鼓,羌兵助井泉

そうして蜀武将は旗鼓を分かち、挟み撃ちをしてこれをふせぎ、降参した羌兵までが敵に内応して鎧鍵のことの手伝いをしてくれている。

西戎背和好,殺氣日相纏。

西南国境、吐蕃のものが和好を破った。そのために、蜀全域にこうして日日穀気がまといつつあるということなのだ。

彝界【いかい】荒山の頂にあり,蕃の州は積雪の邊にある。

築城 白帝に依り、転粟【てんぞく】青天に上る。

蜀の将 旗鼓を分かち、羌の兵 井泉【がいせん】を助く。

西南 和好に背き、殺気 日【ひご】とに相い纏う。

 

 

西山,三首 其二

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の二)

辛苦三城戍,長防萬里秋。

吐蕃に攻め入られて防戦一方の三城の兵軍は艱難辛苦の状態である。遠く万里のさきにおいて、秋口からの吐蕃の侵入をふせいでいるのだ。

煙塵侵火井,雨雪閉松州。

いま敵の兵馬の塵は西蜀の火井の方面を侵略し、秋の長雨、晩秋の雪に松州はかこまれその城門は閉じられている。

風動將軍幕,天寒使者裘。

将軍の陣営の幕には風がはためき、こちらから出した使者は皮衣の裘を着てもおかれた立場ではいたずらに天が寒く感ぜられるだろう。

漫山賊營壘,回首得無憂。

みわたす西の山山には吐蕃の賊どもがとりでを営んで、土塁をかまえている。これでは北の朝廷も西の三城、西蜀の火井の方面も心配だし、あっちもこっちも首を回らして心配せずにいられないのだ。

 

辛苦なり 三城の戍,長防す 萬里の秋。

煙塵 火井を侵し,雨雪 松州を閉す。

風は動く 將軍の幕,天は寒し 使者の裘。

漫山の賊は 壘を營み,首を回らして憂い無きを得んや。

 

西山,三首 其三

子弟猶深入,關城未解圍。

蠶崖鐵馬瘦,灌口米船稀。

辯士安邊策,元戎決勝威。

今朝烏鵲喜,欲報凱歌歸。

 

 

『西山,三首之二』現代語訳と訳註

(本文)

西山,三首 其二

辛苦三城戍,長防萬里秋。

煙塵侵火井,雨雪閉松州。

風動將軍幕,天寒使者裘。

漫山賊營壘,回首得無憂。

 

 

(下し文)

辛苦なり 三城の戍,長防す 萬里の秋。

煙塵 火井を侵し,雨雪 松州を閉す。

風は動く 將軍の幕,天は寒し 使者の裘。

漫山の賊は 壘を營み,首を回らして憂い無きを得んや。

 

 

(現代語訳)

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の二)

吐蕃に攻め入られて防戦一方の三城の兵軍は艱難辛苦の状態である。遠く万里のさきにおいて、秋口からの吐蕃の侵入をふせいでいるのだ。

いま敵の兵馬の塵は西蜀の火井の方面を侵略し、秋の長雨、晩秋の雪に松州はかこまれその城門は閉じられている。

将軍の陣営の幕には風がはためき、こちらから出した使者は皮衣の裘を着てもおかれた立場ではいたずらに天が寒く感ぜられるだろう。

みわたす西の山山には吐蕃の賊どもがとりでを営んで、土塁をかまえている。これでは北の朝廷も西の三城、西蜀の火井の方面も心配だし、あっちもこっちも首を回らして心配せずにいられないのだ。


成都西側002 

(訳注)

西山,三首之二〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の二)

吐蕃が松州を囲んだときのことをのべる、雪嶺がその境にあるので「西山」と題した。

○西山 雪嶺をいう、吐蕃との接境である。

 

〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

〔西山とは岷山を云う、羌夷からの攻撃を阻み守る、蜀全域の大きな禍から。〕

 

 

辛苦三城戍,長防萬里秋。

吐蕃に攻め入られて防戦一方の三城の兵軍は艱難辛苦の状態である。遠く万里のさきにおいて、秋口からの吐蕃の侵入をふせいでいるのだ。

〇三城 松州(k-26)・維州(h-18)・保州(h-13)の三州の城。

○防秋 秋口からの吐蕃の侵入をふせぐ。

 

煙塵侵火井,雨雪閉松州。

いま敵の兵馬の塵は西蜀の火井の方面を侵略し、秋の長雨、晩秋の雪に松州はかこまれその城門は閉じられている。

○火井 おなじ西蜀の卭州の火井(h-10)をさす。司馬相如と卓文君の所縁の地。

○閉 城門をとじる、すなわち敵にかこまれて籠城していること。

 

風動將軍幕,天寒使者裘。

将軍の陣営の幕には風がはためき、こちらから出した使者は皮衣の裘を着てもおかれた立場ではいたずらに天が寒く感ぜられるだろう。

○風動 陣幕の不安な様子をいう。

○使者裘 和親を議するために使者をだしたのである。裘は皮衣。冬の寒さを防ぐために着用した毛皮。いろいろな動物の毛皮を用いたが,狐と羔(こう)(黒い小羊)が最も有名。一般に毛の方を外に出し,歴代,裘工(きゆうこう)を置いて製作にあたらせた。

 

漫山賊營壘,回首得無憂。

みわたす西の山山には吐蕃の賊どもがとりでを営んで、土塁をかまえている。これでは北の朝廷も西の三城、西蜀の火井の方面も心配だし、あっちもこっちも首を回らして心配せずにいられないのだ。

○漫山 山にはびこる。

○廻首 杜甫は蜀の東側の閬州に居る。松州は蜀の最西端ある姿勢は東の地から北の都を向いていて、西の松州の方面へむくことをいう。
nat0003 

709 《西山,三首之一〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕》 蜀中転々 杜甫 <616>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3390 杜甫詩1000-616-872/1500

杜甫《西山,三首之一》酒瓶の境といわれる荒れた山脈の頂がある。吐蕃の州は積雪のあるあたりである。これをふせぐために味方は城を築くのに白帝の居るかような高いところに依り、兵糧をはこぶのに青天にのぼるほどの困難をしているということだ。


2013年12月4日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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709
《西山,三首之一〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕》 蜀中転々 杜甫 <616>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3390 杜甫詩1000-616-872/1500

 

詩 題:西山,三首之一〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

掲 載; 杜甫1000首の616首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-872回目   40971

 

 

西山,三首之一〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の一)

彝界荒山頂,蕃州積雪邊。

酒瓶の境といわれる荒れた山脈の頂がある。吐蕃の州は積雪のあるあたりである。

築城依白帝,轉粟上青天。

これをふせぐために味方は城を築くのに白帝の居るかような高いところに依り、兵糧をはこぶのに青天にのぼるほどの困難をしているということだ。

蜀將分旗鼓,羌兵助井泉

そうして蜀武将は旗鼓を分かち、挟み撃ちをしてこれをふせぎ、降参した羌兵までが敵に内応して鎧鍵のことの手伝いをしてくれている。

西戎背和好,殺氣日相纏。

西南国境、吐蕃のものが和好を破った。そのために、蜀全域にこうして日日穀気がまといつつあるということなのだ。

彝界【いかい】荒山の頂にあり,蕃の州は積雪の邊にある。

築城 白帝に依り、転粟【てんぞく】青天に上る。

蜀の将 旗鼓を分かち、羌の兵 井泉【がいせん】を助く。

西南 和好に背き、殺気 日【ひご】とに相い纏う。

 

其二

辛苦三城戍,長防萬里秋。

煙塵侵火井,雨雪閉松州。

風動將軍幕,天寒使者裘。

漫山賊營壘,回首得無憂。

 

其三

子弟猶深入,關城未解圍。

蠶崖鐵馬瘦,灌口米船稀。

辯士安邊策,元戎決勝威。

今朝烏鵲喜,欲報凱歌歸。

nat0003 

 

『西山,三首之一』現代語訳と訳註

(本文)

西山,三首之一〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

彝界荒山頂,蕃州積雪邊。

築城依白帝,轉粟上青天。

蜀將分旗鼓,羌兵助井泉

西戎背和好,殺氣日相纏。

 

(下し文)

彝界【いかい】荒山の頂にあり,蕃の州は積雪の邊にある。

築城 白帝に依り、転粟【てんぞく】青天に上る。

蜀の将 旗鼓を分かち、羌の兵 井泉【がいせん】を助く。

西南 和好に背き、殺気 日【ひご】とに相い纏う。

 

(現代語訳)

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の一)

酒瓶の境といわれる荒れた山脈の頂がある。吐蕃の州は積雪のあるあたりである。

これをふせぐために味方は城を築くのに白帝の居るかような高いところに依り、兵糧をはこぶのに青天にのぼるほどの困難をしているということだ。

そうして蜀武将は旗鼓を分かち、挟み撃ちをしてこれをふせぎ、降参した羌兵までが敵に内応して鎧鍵のことの手伝いをしてくれている。

西南国境、吐蕃のものが和好を破った。そのために、蜀全域にこうして日日穀気がまといつつあるということなのだ。

 

(訳注)

西山,三首之一〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の一)

吐蕃が松州を囲んだときのことをのべる、雪嶺がその境にあるので「西山」と題した。

○西山 雪嶺をいう、吐蕃との接境である。

 

〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

〔西山とは岷山を云う、羌夷からの攻撃を阻み守る、蜀全域の大きな禍から。〕

 

彝界荒山頂,蕃州積雪邊。

酒瓶の境といわれる荒れた山脈の頂がある。吐蕃の州は積雪のあるあたりである。

○彝界 酒瓶の境といわれる成都盆地の西側の山脈を云う。

 

築城依白帝,轉粟上青天。

これをふせぐために味方は城を築くのに白帝の居るかような高いところに依り、兵糧をはこぶのに青天にのぼるほどの困難をしているということだ。

○依白帝 白帝は西方をつかさどる帝(かみ)、その帝のいるところに依っているとは高いことをいう。

○轉粟 兵糧をはこぶこと。

○上青天 山をのぼることの高いことをたとえていう。

 

蜀將分旗鼓,羌兵助井泉

そうして蜀武将は旗鼓を分かち、挟み撃ちをしてこれをふせぎ、降参した羌兵までが敵に内応して鎧鍵のことの手伝いをしてくれている。

〇分 部隊に分配する。

○鎧鍵 鎧は兜、鍵は小さい矛である。

○羌兵 唐に降参した羌種、吐蕃の兵。

○助 吐蕃の乱に内応することをいうのであろう。

 

西戎背和好,殺氣日相纏。

西南国境、吐蕃のものが和好を破った。そのために、蜀全域にこうして日日穀気がまといつつあるということなのだ。

○西戎 蜀の吐蕃と境を接した地をいう、西戎とは都よりみて西南の意。一本に戎を南に作るのは簡明であるといえよう。

○和好 なかをよくすること。
成都遂州002 

708 《薄暮》 蜀中転々 杜甫 <615>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3385 杜甫詩1000-615-871/1500

杜甫《薄暮》西漢水(嘉陵江)の流れはこの地に来ておだやかに深くゆっくりと流れ、今山々に雲がかかり早くも黄昏時のようだ。枯れはじめた荒野に冬の花の雪が覆っている、巣の鳥は枝が多くて奥まったところに宿している。


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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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708 《薄暮》 蜀中転々 杜甫 <615  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3385 杜甫詩1000-615-871/1500          

 

 

作時:763 廣德元年 杜甫52

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 薄暮 

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

掲 載; 杜甫1000首の615首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-871回目

 

薄暮

(夕暮れに思うことあって詠う。)

江水長流地,山雲薄暮時。 

西漢水(嘉陵江)の流れはこの地に来ておだやかに深くゆっくりと流れ、今山々に雲がかかり早くも黄昏時のようだ。

寒花隱亂草,宿鳥擇深枝。 

枯れはじめた荒野に冬の花の雪が覆っている、巣の鳥は枝が多くて奥まったところに宿している。

舊國見何日,高秋心苦悲。 

それなのに、私の故郷に帰れるのは何時のことになるのか、天高く秋もふかまってくると私の心は苦しく悲しい。

人生不再好,鬢髮白成絲。 

人生は度々よいことが訪れるというはないものだし、苦労の積み重ねは頭に白髪が増えていき白髪になってしまっているのだ。

(薄暮)

江水 長流の地,山雲 薄暮の時。

寒花 亂草を隱い,宿鳥 深枝を擇す。 

舊國 何日にか見,高秋 苦悲を心にす。 

人生 好に再びならず,鬢髮 白うして絲と成る。 

 

 

『薄暮』 現代語訳と訳註

(本文)

薄暮

江水長流地,山雲薄暮時。 

寒花隱亂草,宿鳥擇深枝。 

舊國見何日,高秋心苦悲。 

人生不再好,鬢髮白成絲。 

 

(下し文)

(薄暮)

江水 長流の地,山雲 薄暮の時。

寒花 亂草を隱い,宿鳥 深枝を擇す。 

舊國 何日にか見,高秋 苦悲を心にす。 

人生 好に再びならず,鬢髮 白うして絲と成る。 

 

(現代語訳)

(夕暮れに思うことあって詠う。)

西漢水(嘉陵江)の流れはこの地に来ておだやかに深くゆっくりと流れ、今山々に雲がかかり早くも黄昏時のようだ。

枯れはじめた荒野に冬の花の雪が覆っている、巣の鳥は枝が多くて奥まったところに宿している。

それなのに、私の故郷に帰れるのは何時のことになるのか、天高く秋もふかまってくると私の心は苦しく悲しい。

人生は度々よいことが訪れるというはないものだし、苦労の積み重ねは頭に白髪が増えていき白髪になってしまっているのだ。

sas0013 

 

(訳注)

薄暮

(夕暮れに思うことあって詠う。)

・薄暮 日没後の黄昏を指す。一般的には、日没後の太陽が地平線より6度程度下にある時間帯である。薄暮時の日の出、日没前後の(夜昼の境の)薄暗い時間帯をあらわす。薄暮而=夕暮れに帰る.薄暮分=夕暮れ時.

 

江水長流地,山雲薄暮時。 

西漢水(嘉陵江)の流れはこの地に来ておだやかに深くゆっくりと流れ、今山々に雲がかかり早くも黄昏時のようだ。

 

寒花隱亂草,宿鳥擇深枝。 

枯れはじめた荒野に冬の花の雪が覆っている、巣の鳥は枝が多くて奥まったところに宿している。

・寒花. . 冬に咲く花。 . 雪を冬の花に見立てていう語。

 

舊國見何日,高秋心苦悲。 

それなのに、私の故郷に帰れるのは何時のことになるのか、天高く秋もふかまってくると私の心は苦しく悲しい。

 

人生不再好,鬢髮白成絲。 

人生は度々よいことが訪れるというはないものだし、苦労の積み重ねは頭に白髪が増えていき白髪になってしまっているのだ。
nat0001 

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《送陵州路使君赴任〔送陵州路使君之任〕》#1王室はちかごろさまざまの難儀つづきであり、高官のものたちは皆、武人であったはずだ。それが幽燕の地方が平定して朝廷からの使者も自由に通ずるようになり、やっと地方官にも文学出身のものを用いるようになった。』

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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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707 《送陵州路使君赴任〔送陵州路使君之任〕》#1 蜀中転々 杜甫 <614>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3380 杜甫詩1000-614-870/1500

 

 

詩 題:送陵州路使君赴任〔送陵州路使君之任〕

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言古詩 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點:  陵州 (劍南道北部 陵州 陵州)     

交遊人: 路使君

掲 載; 杜甫1000首の614首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-870回目   40969

陵州の刺史に任ぜられた路某が任地へゆくのを送る詩。広徳元年秋、梓州にあっての作。

 

送陵州路使君赴任#1

陵州の刺史に任ぜられた路某が任地へゆくのを送る詩

王室比多難,高官皆武臣。

王室はちかごろさまざまの難儀つづきであり、高官のものたちは皆、武人であったはずだ。

幽燕通使者,岳牧用詞人。』

それが幽燕の地方が平定して朝廷からの使者も自由に通ずるようになり、やっと地方官にも文学出身のものを用いるようになった。』

國待賢良急,君當拔擢新。

国家はいま賢良なる人物を待つことが急であるので、君は新たに抜擢せられることになった。

佩刀成氣象,行蓋出風塵。

君の佩刀は呂虔のそれのごとく前途有望の気象をあらわし、君の管内巡察の車蓋ははじめて兵乱の塵から出てから、収める仕事である。

#2

戰伐乾坤破,瘡痍府庫貧。

眾僚宜潔白,萬役但平均。』

霄漢瞻佳士,泥途任此身。

秋天正搖落,回首大江濱。』

 

(陵州の路使君が任に之くを送る)

王室 此【このごろ】多難なり、高官 皆 武臣なり。

幽燕 使者通ず、岳牧【がくぼく】詞人を用う。』

国 賢良を待つこと急なり、君 抜擢に当たること新たなり。

佩刀【はいとう】気象を成す、行蓋【こうがい】風塵を出づ。

 

戦伐【せんばつ】乾坤【けんこん】破れ、瘡痍【そうい】府庫 貧なり。

衆寮【しゅうりょう】宜しく潔白なるべし、万役 但だ平均なれ。』

零漢【れいかん】佳士を瞻る、泥塗 此の身を任す。

秋天 正に揺落す、首を回らす大江の浜。』

成都遂州002 

 

『送陵州路使君赴任』 現代語訳と訳註

(本文)

送陵州路使君赴任

王室比多難,高官皆武臣。

幽燕通使者,岳牧用詞人。』

國待賢良急,君當拔擢新。

佩刀成氣象,行蓋出風塵。

 

(下し文)

(陵州の路使君が任に之くを送る)

王室 此【このごろ】多難なり、高官 皆 武臣なり。

幽燕 使者通ず、岳牧【がくぼく】詞人を用う。』

国 賢良を待つこと急なり、君 抜擢に当たること新たなり。

佩刀【はいとう】気象を成す、行蓋【こうがい】風塵を出づ。

 

 

(現代語訳)

陵州の刺史に任ぜられた路某が任地へゆくのを送る詩

王室はちかごろさまざまの難儀つづきであり、高官のものたちは皆、武人であったはずだ。

それが幽燕の地方が平定して朝廷からの使者も自由に通ずるようになり、やっと地方官にも文学出身のものを用いるようになった。』

国家はいま賢良なる人物を待つことが急であるので、君は新たに抜擢せられることになった。

君の佩刀は呂虔のそれのごとく前途有望の気象をあらわし、君の管内巡察の車蓋ははじめて兵乱の塵から出てから、収める仕事である。

 

(訳注)

迭陵州路使君之任

陵州の刺史に任ぜられた路某が任地へゆくのを送る詩

○陵州 今の成都府の南、資州の仁寿県境。(地図d-12

○路使君 陵州の刺史路某。

 

王室 比 多難 ,高官 皆武臣 。

王室はちかごろさまざまの難儀つづきであり、高官のものたちは皆、武人であったはずだ。

 

幽燕 通使者 ,岳牧 用 詞人 。

それが幽燕の地方が平定して朝廷からの使者も自由に通ずるようになり、やっと地方官にも文学出身のものを用いるようになった。』

○幽燕 幽州及び燕国の地、今の河北北部、安史軍の拠っている所。

○通使者 賊将が帰順し、朝廷よりの使者が自由に通ずるようになった。

○岳牧 地方の長官をいう。昔、舜のとき四番十二牧があったが、ここは刺史を州牧とみてかくいう。

○詞人 文学出身の人、上の武臣に対していう。

 

國待 賢良 急 ,君當 拔擢 新 。

国家はいま賢良なる人物を待つことが急であるので、君は新たに抜擢せられることになった。

○賢良 かしこくよい人物。

○抜擢 多くの人のうちよりびきぬかれること。

 

佩刀 成氣象 ,行蓋 出 風塵 。

君の佩刀は呂虔のそれのごとく前途有望の気象をあらわし、君の管内巡察の車蓋ははじめて兵乱の塵から出てから、収める仕事である。

○侃刀 呂虔の故事、晋の呂が刺史となったとき、ある易者がその佩刀を見て、これは三公のおぶべきものであるといったので、はその佩刀を王祥に贈ったという。

○成気象 前途三公の位にものぼるべききざしをあらわすことをいう。

○行蓋 管内をめぐる車の蓋(かさ)、刺史は馬車でめぐる。

○風塵 兵乱のちり。

終南山05 

706 《章梓州橘亭餞成都竇少尹〔章使君橘亭餞成都竇少尹〕〔得涼字。〕》 蜀中転々 杜甫 <613>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3375 杜甫詩1000-613-869/1500

杜甫《章梓州橘亭餞成都竇少尹》 仲秋のある日、野にある橘亭にはたくさんの橘の香りに包まれる。食彩がきれいに飾られ盛られたこのめでたい宴席には空は高く秋の雲が浮かび涼やかな風が抜ける。

宴席の主催者の主人は送別の賓客を前にして詩づくりをどうしようかと場所設定に悩む。酒を酌み交わしては、詩賦をつくってはいるが、まだまだみんなに披露される優秀なものはないようだ。


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班孟堅(班固)《西都賦》(11)#4-2 文選 賦<112―11>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩965 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3373
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 虞美人二首 其二 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-366-8-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3377
 
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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706 《章梓州橘亭餞成都竇少尹〔章使君橘亭餞成都竇少尹〕〔得涼字。〕》 蜀中転々 杜甫 <613  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3375 杜甫詩1000-613-869/1500

 

 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 七言律詩 

詩題: 章梓州橘亭餞成都竇少尹〔章使君橘亭餞成都竇少尹〕〔得涼字。〕 

及地點:  梓州 (劍南道北部 梓州 梓州・成都 (劍南道北部 益州 成都) 別名:蜀     

交遊人: 章梓州・竇少尹

掲 載; 杜甫1000首の613首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-869回目

 

 

章梓州橘亭餞成都竇少尹〔得涼字。〕

(章彝梓州刺史節度使の竇成都少尹を餞別するに押韻に「涼」の字を得て作る。)

秋日野亭千橘香,玉盤錦席高雲涼。 

仲秋のある日、野にある橘亭にはたくさんの橘の香りに包まれる。食彩がきれいに飾られ盛られたこのめでたい宴席には空は高く秋の雲が浮かび涼やかな風が抜ける。

主人送客何所作,行酒賦詩殊未央。 

宴席の主催者の主人は送別の賓客を前にして詩づくりをどうしようかと場所設定に悩む。酒を酌み交わしては、詩賦をつくってはいるが、まだまだみんなに披露される優秀なものはないようだ。

衰老應為難離別,賢聲此去有輝光。 

老い衰えてきた身としては、まさに寶少尹公の送別という別れがつらくなってきているけれども、貴公の賢者としての名声は、ここを去ったとしても光り輝くというものであることは間違いないことである。

預傳籍籍新京尹,青史無勞數趙張。 

皆承知のこととして伝えられることは立派な都の長安の長官であると口々に言いはやされるでしょうし、歴史書に必ず記録され、これからは度々、漢の張敞と呼ばれていくことは苦労ないことである。

章梓州の橘亭 成都竇少尹に餞る〔「涼」字を得る。〕

秋日 野亭 千橘の香,玉盤 錦席 高雲の涼。 

主人 送客 何所にか作る,行酒 賦詩 殊に未央に。 

衰老 應に為す 離別し難きに,賢聲 此去りても輝光有り。 

預傳籍籍として京尹をた新にす,青史 數ば趙張に勞無し。 

 

 (含異文)

秋日野亭千橘香,玉盤錦席高雲涼。

主人送客何所作,行酒賦詩殊未央。

衰老應為難離別【衰老難為離別】,賢聲此去有輝光。

預傳籍籍新京尹【預傳籍籍新京】,青史無勞數趙張【青史無勞趙張】。 

泰山の道観02 

 

章梓州橘亭餞成都竇少尹〔得涼字。〕』 現代語訳と訳註

(本文)

章梓州橘亭餞成都竇少尹〔得涼字。〕

秋日野亭千橘香,玉盤錦席高雲涼。 

主人送客何所作,行酒賦詩殊未央。 

衰老應為難離別,賢聲此去有輝光。 

預傳籍籍新京尹,青史無勞數趙張。 

 

(下し文)

章梓州の橘亭 成都竇少尹に餞る〔「涼」字を得る。〕

秋日 野亭 千橘の香,玉盤 錦席 高雲の涼。 

主人 送客 何所にか作る,行酒 賦詩 殊に未央に。 

衰老 應に為す 離別し難きに,賢聲 此去りても輝光有り。 

預傳籍籍として京尹をた新にす,青史 數ば趙張に勞無し。 

 

(現代語訳)

(章彝梓州刺史節度使の竇成都少尹を餞別するに押韻に「涼」の字を得て作る。)

仲秋のある日、野にある橘亭にはたくさんの橘の香りに包まれる。食彩がきれいに飾られ盛られたこのめでたい宴席には空は高く秋の雲が浮かび涼やかな風が抜ける。

宴席の主催者の主人は送別の賓客を前にして詩づくりをどうしようかと場所設定に悩む。酒を酌み交わしては、詩賦をつくってはいるが、まだまだみんなに披露される優秀なものはないようだ。

老い衰えてきた身としては、まさに寶少尹公の送別という別れがつらくなってきているけれども、貴公の賢者としての名声は、ここを去ったとしても光り輝くというものであることは間違いないことである。

皆承知のこととして伝えられることは立派な都の長安の長官であると口々に言いはやされるでしょうし、歴史書に必ず記録され、これからは度々、漢の張敞と呼ばれていくことは苦労ないことである。

楓の花001 

 

(訳注)

章梓州橘亭餞成都竇少尹〔得涼字。〕

(章彝梓州刺史節度使の竇成都少尹を餞別するに押韻に「涼」の字を得て作る。)

・章梓州 杜甫は厳武が長安に呼び戻されたのち、梓州を中心に、章彝梓州刺史のお世話になって生活をしていた。

701 《章梓州水亭〔自注:時漢中王兼道士席謙在會,同用荷字韻。〕》蜀中転々 杜甫<608 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3350 杜甫詩1000-608-864/1500

689 《送何侍御歸朝》 蜀中転々 杜甫 <595  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3285 杜甫詩1000-595-851/1500

 

秋日 野亭 千橘 ,玉盤 錦席 高雲

仲秋のある日、野にある橘亭にはたくさんの橘の香りに包まれる。食彩がきれいに飾られ盛られたこのめでたい宴席には空は高く秋の雲が浮かび涼やかな風が抜ける。

 

主人 送客 何所作 ,行酒 賦詩 殊未央

宴席の主催者の主人は送別の賓客を前にして詩づくりをどうしようかと場所設定に悩む。酒を酌み交わしては、詩賦をつくってはいるが、まだまだみんなに披露される優秀なものはないようだ。

  

衰老 應為 離別 ,賢聲 此去 輝光

老い衰えてきた身としては、まさに寶少尹公の送別という別れがつらくなってきているけれども、貴公の賢者としての名声は、ここを去ったとしても光り輝くというものであることは間違いないことである。

 

預傳 籍籍新 京尹 ,青史 無勞 數趙張

皆承知のこととして伝えられることは立派な都の長安の長官であると口々に言いはやされるでしょうし、歴史書に必ず記録され、これからは度々、漢の張敞と呼ばれていくことは苦労ないことである。

「籍籍」口々に言いはやすさま。

「京尹」京兆尹。 長安の市長、長官。

「青史」紙のない時代、青竹の札をあぶって文字を記したところから》歴史。歴史書。記録。

「勞」1 精を尽くして働く。骨折り。「労作・労賃・労働・労務・労力/勤労・功労・就労・徒労・不労・報労」2 精が尽きて疲れる。

「趙張」趙廣漢(漢)、張敞(生没年不詳)は、前漢の人。字は子高。杜陵の人。京兆尹に至ったことで、章彝に比した。

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紀 頌之

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