もっぱら横倒れに寝てばかり居る始末であり、他課の人たちとは意見の衝突があるということが幕府にとって欠点となることである。老衰の体力であるにもかかわらず礼法に就いているのだが、それは上官たる厳武公が今以て友情を通じてくれられるからということなのだ。
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杜甫詩1500-783-#2-1088/2500Index-14廣徳2年764-85
製作年:764年 廣德二年 53歲
卷別: 卷二二八 文體: 五言古詩
杜少陵集 巻十四
詩題: 遣悶奉呈嚴公二十韻【遣悶奉呈鄭公二十韻】
交遊人物: 嚴武 書信往來(劍南道北部益州 成都)
遣悶奉呈嚴公二十韻
(胸中のもだえを遣るためにつくって厳武にたてまつった詩。764年 廣德二年 53歲 秋、幕中にあっての作。)
白水魚竿客,清秋鶴發翁。
元々私はすんだ水に釣り竿をたれているおとこであり、清らかな秋に鶴の毛のような白髪をいただいておるおやじであります。
胡為來幕下,只合在舟中。
この私はなんで節度使の幕府へなどやってきたのか、身分相応にやっぱり荊州に向かう舟のなかにいるべきであったのである。』
黃卷真如律,青袍也自公。
役人としての功過を記される黄色の巻物は自分を束縛すること律令のごとく、役所から退出してからも青砲を着けているというふうである。
老妻憂坐痹,幼女問頭風。
坐っていると足にしびれがきれるので老妻はそれを心配する、時時、頭痛がするので幼い女はきょうはどうかとたずねてくれる。
(悶を遣らんとして嚴公に呈し奉る 二十韻)
白水魚竿の客、清秋鶴発の翁。
胡為れぞ 幕下に来たれる、只だ合に舟中に在るべきのみ。』
黄巻 真に律の如し、青袍も也た公よりす。
老妻 坐痹を憂え、幼女 頭風を問う。
#2
平地專欹倒,分曹失異同。
平地でも、もっぱら横倒れに寝てばかり居る始末であり、他課の人たちとは意見の衝突があるということが幕府にとって欠点となることである。
禮甘衰力就,義忝上官通。
老衰の体力であるにもかかわらず礼法に就いているのだが、それは上官たる厳武公が今以て友情を通じてくれられるからということなのだ。
疇昔論詩早,光輝仗鉞雄。
厳武公とはずっと以前から詩を論じあった仲で、今、ここにおいて節度使として兵馬の雄権を握っておられるその光栄を自分も担うておるのである。
寬容存性拙,剪拂念途窮。
厳武公は寛大であって自分のような不器用な性質のものをそっとそのままにしておかれる、自分が逆境に居ることを気の毒におもわれて馬の毛並みに手をいれるように自分を世話してくださるのである。
平地 専ら欹倒す、分曹 異同に失す。
礼は甘んず衰力就くを、義は忝うす 上官の通ずるを。
疇昔 詩を論ずること早かりき、光輝 仗鉞雄なり
寛容 性拙を存す、剪払 途窮を念う。
#3
露裛思藤架,煙霏想桂叢。信然龜觸網,直作鳥窺籠。
西嶺紆村北,南江繞舍東。竹皮寒舊翠,椒實雨新紅。
#4
浪簸船應坼,杯幹甕即空。藩籬生野徑,斤斧任樵童。
束縛酬知己,蹉跎效小忠。周防期稍稍,太簡遂匆匆。
#5
曉入朱扉啟,昏歸畫角終。不成尋別業,未敢息微躬。
烏鵲愁銀漢,駑駘怕錦幪。會希全物色,時放倚梧桐。
露裛 藤架を思い、煙霏 桂叢を想う。
信然 亀網に触る、直ちに鳥の籠を窺うを作す。』
西嶺 村北に紆る、南江 舎東を繞る。
竹皮 旧翠寒く、椒実 雨に新たに紅なり。
浪に簸られて船応に坼くなるべし、杯 乾きて甕即ち空し。
藩籬 野径生ず、斤斧 樵童に任す。
束縛 知己に酬い、瑳蛇 小忠を効す。
周防 稍稍を期す、太簡遂に匆匆たり。
暁入 朱扉啓、昏帰画角終る。
別業を尋ぬるを成さずんば、未だ敢て微躬を息せしめず。』
烏鵲 銀漢に愁え、駑駘 錦幪を伯る。
会ず希う 物色を全うして、時に放ちて梧桐に倚らしめんことを。』
『遣悶奉呈嚴公二十韻』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
平地專欹倒,分曹失異同。
禮甘衰力就,義忝上官通。
疇昔論詩早,光輝仗鉞雄。
寬容存性拙,剪拂念途窮。
(下し文)
平地 専ら欹倒す、分曹 異同に失す。
礼は甘んず衰力就くを、義は忝うす 上官の通ずるを。
疇昔 詩を論ずること早かりき、光輝 仗鉞雄なり
寛容 性拙を存す、剪払 途窮を念う。
(現代語訳)
平地でも、もっぱら横倒れに寝てばかり居る始末であり、他課の人たちとは意見の衝突があるということが幕府にとって欠点となることである。
老衰の体力であるにもかかわらず礼法に就いているのだが、それは上官たる厳武公が今以て友情を通じてくれられるからということなのだ。
厳武公とはずっと以前から詩を論じあった仲で、今、ここにおいて節度使として兵馬の雄権を握っておられるその光栄を自分も担うておるのである。
厳武公は寛大であって自分のような不器用な性質のものをそっとそのままにしておかれる、自分が逆境に居ることを気の毒におもわれて馬の毛並みに手をいれるように自分を世話してくださるのである。
(訳注) #2
遣悶奉呈嚴公二十韻
(胸中のもだえを遣るためにつくって厳武にたてまつった詩。広徳二年秋、幕中にあっての作。)
○遣悶 心のもだえをおいやること。
○厳公 厳武。
構成 押韻 同。通。雄。窮。
○●○○● △○●●○
●○○●● ●●●○○
○●△○● △○●●○
○○○●● ●●●○○
平地專欹倒,分曹失異同。
平地でも、もっぱら横倒れに寝てばかり居る始末であり、他課の人たちとは意見の衝突があるということが幕府にとって欠点となることである。
○平地 平らな地面。
○欹倒 かたむきたおれる。倒の字は一に側に作る。側もかたむくこと、身体を正しくしておれぬこと、上[#1]でみた坐痹、頭風の結果である。
〇分曹 幕府の職務分担の諸課をいう。
○失異同 「失於有異同」(異同あるに失す)の意、杜甫と諸官とのあいだに意見のちがいが有ることが克服できない、。我慢ならないという欠点がある。
禮甘衰力就,義忝上官通。
老衰の体力であるにもかかわらず礼法に就いているのだが、それは上官たる厳武公が今以て友情を通じてくれられるからということなのだ。
○礼甘衰力就 [就礼]+[甘衰力]此の句は就礼の二字を分けて用いた、礼に就くとは
杜甫《立秋雨、院中有作》「已費清晨謁,那成長者謀。」(己に清晨の謁を費す)などいうのがそれである。《立秋雨院中有作》 杜甫index-14 764年 杜甫<778-#1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4545 杜甫詩1500-778-#1-1080/2500
○義忝上官通 [通義]+[忝上官]此の句は通義の二字を分けて用いた、義を通ずるとは朋友としての情義を相い通じることをいう、上官は厳武をさす。
疇昔論詩早,光輝仗鉞雄。
厳武公とはずっと以前から詩を論じあった仲で、今、ここにおいて節度使として兵馬の雄権を握っておられるその光栄を自分も担うておるのである。
○疇昔 疇昔は嚢(さきに)に同じ、疇昔は前日というがごとくであるがここでは、「早」で強調され、ずっと以前からという意。
○光輝 こちらが光栄をうけることをいう。
〇仗鉞雄 鉞(まさかり)に仗るとは節度使の職をいう、雄はおおしいこと。
寬容存性拙,剪拂念途窮。
厳武公は寛大であって自分のような不器用な性質のものをそっとそのままにしておかれる、自分が逆境に居ることを気の毒におもわれて馬の毛並みに手をいれるように自分を世話してくださるのである。
○寛容 心が広くて、よく人の言動を受け入れること。他の罪や欠点などをきびしく責めないこと。また、そのさま。厳武の懐の深さをいう。
○存性拙 存とはそのままにしておくこと、性拙は杜甫の世渡りの不器用なことをいう。
○剪拂 馬に関する語である、剪は毛をはさみきること、払は毛のほこりをはらうこと、馬の手入れを細やかにしてやること。
○途窮 逆境にあることをいう、阮籍の故事「途窮哭」時世を憤っては不意に車に乗ってでかけ途が窮まると慟哭してかえったという。前漢の季布の故事を引いて鄭氏の義気を言い、自身の窮状を阮籍に比して言う。杜甫はよく使う。
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