杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

2014年09月

765年永泰元年54歲-31 《宴戎州楊使君東樓》 杜甫index-15 杜甫<831> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4890 杜甫詩1500-831-1149/2500765年永泰元年54歲-31

飛びぬけた風景なのでこんな老いぼれになっても驚いてしまう、すべての感情を忘れ去って、ただ平生では味わえぬほどの興味を起す。自分が座っていると歌妓が摺り寄せて座って来るのにまかせるし、音楽と云えば、主催者が命ずるものを演奏するに任せるだけだ

 
 2014年9月30日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
96 《秋下荊門 李白 4》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<96> Ⅰ李白詩1265 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4873 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20 -(3) 《上宰相書 -(3)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1181> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4889 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-31 《宴戎州楊使君東樓》 杜甫index-15 杜甫<831> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4890 杜甫詩1500-831-1149/2500765年永泰元年54歲-31 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-486《更漏子二首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-669-19-(486) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4892 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-31 《宴戎州楊使君東樓》 杜甫index-15 杜甫<831 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4890 杜甫詩1500-831-1149/2500765年永泰元年54-31

 

 

年: 765年永泰元年54

卷別: 卷二二九  文體: 五言律詩 

及地點:  戎州 (劍南道北部 戎州 戎州)     

東樓 (劍南道北部 戎州 戎州)     

交遊人物: 楊使君 當地交遊(劍南道北部 戎州 戎州)

 

 

宴戎州楊使君東樓

(戎州の城の東の高殿で、戎州刺史の楊某君が催した宴にあづかった時に詠んだ詩である)

驚身老,情忘發興奇。 

飛びぬけた風景なのでこんな老いぼれになっても驚いてしまう、すべての感情を忘れ去って、ただ平生では味わえぬほどの興味を起す。

座從歌妓密,樂任主人為。 

自分が座っていると歌妓が摺り寄せて座って来るのにまかせるし、音楽と云えば、主催者が命ずるものを演奏するに任せるだけだ
重碧拈春酒,輕紅擘荔枝。 

新酒で濃い緑の竹筒に入った「春酒」をつまむようにして口元に持って行って飲むと、南国の紅色の荔枝をつよく裂き破ってつまみにする。

樓高欲愁思,橫笛未休吹。 

この楼の高さは怖さやら愁いやらの思いが起こって来るのに、橫笛の演奏は未だに休むことなく吹き続けている。

 

(戎州の楊使君が東樓に宴す)

勝 えて身の老ゆるに驚き,情 忘れて興の奇なるを發す。 

座は 歌妓の密なるに從し,樂は 主人の為さしむるに任す。 

重碧の春酒を拈【ひね】り,輕紅の荔枝を擘【やぶ】る。 

樓高くして 愁思せんと欲し,橫笛 未だ吹くことを休めず。 

 蜀中転々圖

 

『宴戎州楊使君東樓』 現代語訳と訳註

(本文)

宴戎州楊使君東樓

驚身老,情忘發興奇。 

座從歌妓密,樂任主人為。 

重碧拈春酒,輕紅擘荔枝。 

樓高欲愁思,橫笛未休吹。 

 

(含異文)

驚身老,情忘發興奇。

座從歌妓密,樂任主人為。

重碧拈春酒【重碧拈筒酒】【重碧酤春酒】【重碧酤筒酒】【重碧擎春酒】【重碧擎筒酒】【重碧拓春酒】【重碧拓筒酒】,輕紅擘荔枝。

樓高欲愁思,橫笛未休吹。 

 

(下し文)

飛びぬけた風景なのでこんな老いぼれになっても驚いてしまう、すべての感情を忘れ去って、ただ平生では味わえぬほどの興味を起す。

自分が座っていると歌妓が摺り寄せて座って来るのにまかせるし、音楽と云えば、主催者が命ずるものを演奏するに任せるだけだ

 

 

(現代語訳)

(戎州の城の東の高殿で、戎州刺史の楊某君が催した宴にあづかった時に詠んだ詩である)

飛びぬけた風景なのでこんな老いぼれになっても驚いてしまう、すべての感情を忘れ去って、ただ平生では味わえぬほどの興味を起す。

自分が座っていると歌妓が摺り寄せて座って来るのにまかせるし、音楽と云えば、主催者が命ずるものを演奏するに任せるだけだ

新酒で濃い緑の竹筒に入った「春酒」をつまむようにして口元に持って行って飲むと、南国の紅色の荔枝をつよく裂き破ってつまみにする。

この楼の高さは怖さやら愁いやらの思いが起こって来るのに、橫笛の演奏は未だに休むことなく吹き続けている。

 

四川省西部地区略図

(訳注)

宴戎州楊使君東樓

(戎州の城の東の高殿で、戎州刺史の楊某君が催した宴にあづかった時に詠んだ詩である)

戎州 劍南道北部 戎州宜賓縣、嘉州より下流、この地点で雲南より下ってきた長江本流に合流、渝州に向って下る。

楊使君 戎州刺史楊某、使君は刺史の敬称。

東樓 劍南道北部 戎州(宜賓縣)城の東樓。

 

驚身老,情忘發興奇。 

飛びぬけた風景なのでこんな老いぼれになっても驚いてしまう、すべての感情を忘れ去って、ただ平生では味わえぬほどの興味を起す。

 他にはない景勝地。

情忘 苦楽の情を忘れる。

發興奇 風流の中でも最高のものをいう。

 

座從歌妓密,樂任主人為。 

自分が座っていると歌妓が摺り寄せて座って来るのにまかせるし、音楽と云えば、主催者が命ずるものを演奏するに任せるだけだ

 密着してくる。

 音楽。

楊梅ヤマモモ000 

重碧拈春酒,輕紅擘荔枝。 

新酒で濃い緑の竹筒に入った「春酒」をつまむようにして口元に持って行って飲むと、南国の紅色の荔枝をつよく裂き破ってつまみにする。

重碧 濃い青竹に入れている酒で、春に搾りたての新酒。長安新豊の新酒は口広の甕で油紙で、黄色いひもで縛っている。高温で焼いた瓶でこい茶色。緑色の酒という解釈をしている書物もあるが、間違い。

 酒を絞り出すこと、つくり出すこと。【拈る】ひねる. 物を指先などでねじる。 体の一部をねじり回す。「足を拈った」; 簡単に負かす。ここでは、盃はワイングラスのような形の銀製で作られるので右手でつまむようにして口元に持って行くと左手で隠しながら飲むので、盃をひねるようにして飲むことをいう。

 勢いよく突き破る。つよく裂き破る。

 

樓高欲愁思,橫笛未休吹。 

この楼の高さは怖さやら愁いやらの思いが起こって来るのに、橫笛の演奏は未だに休むことなく吹き続けている。

樓高欲愁思 高所恐怖症で、こわい思いがしてくる。

765年永泰元年54歲-30 《哭嚴僕射歸櫬》 杜甫index-15 杜甫<830> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4885 杜甫詩1500-830-1148/2500

長江の流れに乗って白い帆を張った船が進む、それは長安の方に向かう厳武僕射の棺を乗せた船である。厳武の年老いた母上はきっと昔の姿のままであろうが、部下の分隊はこれまでの様にはゆかずきっと寂しい分隊になるだろう。

 
 2014年9月29日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
95-#3 《自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁 -3》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<95-#3> Ⅰ李白詩1267 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4883 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20 -(2) 《上宰相書 -(2)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1180> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4884韓愈詩-20 -(2) 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-30 《哭嚴僕射歸櫬》 杜甫index-15 杜甫<830> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4885 杜甫詩1500-830-1148/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-485《臨江仙二首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-668-19-(485) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4887 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-30 《哭嚴僕射歸櫬》 杜甫index-15 杜甫<830 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4885 杜甫詩1500-830-1148/2500765年永泰元年54-30

 

 

765年永泰元年54卷別: 卷二二九  文體: 五言律詩 

詩題: 哭嚴僕射歸櫬 

作地點: 目前尚無資料 

交遊人物: 嚴武 詩文提及

 

 

哭嚴僕射歸櫬

(長安にほど近い華陰縣に歸葬するため、棺が忠州を通ったのを哭した詩である。)

素幔隨流水,歸舟返舊京。 

長江の流れに乗って白い帆を張った船が進む、それは長安の方に向かう厳武僕射の棺を乗せた船である。

老親如宿昔,部曲異平生。 

厳武の年老いた母上はきっと昔の姿のままであろうが、部下の分隊はこれまでの様にはゆかずきっと寂しい分隊になるだろう。

風送蛟龍雨,天長驃騎營。 

金の刺繍の蛟龍に雨の文様の葬衣装束を風が後押しして送ってくれる。節度使、成都尹の方に向かって天は光の帯となって長く続いている。

一哀三峽暮,遺後見君情。 

こんなふうに厳武を哭して哀頭の気持ちでいればいつしか三峡の空は暮れかけている。この川べりに残された自分はもう永久に君の顔を見る事はできず、これからは君が世にありし時、この私に対しての厚情だけが思われてくることだろう。

 

(嚴僕射櫬に歸るを哭す)

素幔 流水に隨い,舟を歸して 舊京に返る。 

老親 宿昔の如し,部曲 平生に異る。 

風は送る 蛟龍の雨,天は長し 驃騎の營。 

一たび哀む 三峽の暮,遺後 君が情を見る。 

巫山十二峰002 

 

『哭嚴僕射歸櫬』 現代語訳と訳註

(本文)

哭嚴僕射歸櫬

素幔隨流水,歸舟返舊京。 

老親如宿昔,部曲異平生。 

風送蛟龍雨,天長驃騎營。 

一哀三峽暮,遺後見君情。 

 

(含異文)

素幔隨流水,歸舟返舊京。

老親如宿昔【老親知宿昔】,部曲異平生。

風送蛟龍雨【風逆蛟龍雨】【風逆蛟龍匣】【風送蛟龍匣】,天長驃騎營。

一哀三峽暮,遺後見君情。 

 

(下し文)

(嚴僕射櫬に歸るを哭す)

素幔 流水に隨い,舟を歸して 舊京に返る。 

老親 宿昔の如し,部曲 平生に異る。 

風は送る 蛟龍の雨,天は長し 驃騎の營。 

一たび哀む 三峽の暮,遺後 君が情を見る。 

 

(現代語訳)

(長安にほど近い華陰縣に歸葬するため、棺が忠州を通ったのを哭した詩である。)

長江の流れに乗って白い帆を張った船が進む、それは長安の方に向かう厳武僕射の棺を乗せた船である。

厳武の年老いた母上はきっと昔の姿のままであろうが、部下の分隊はこれまでの様にはゆかずきっと寂しい分隊になるだろう。

金の刺繍の蛟龍に雨の文様の葬衣装束を風が後押しして送ってくれる。節度使、成都尹の方に向かって天は光の帯となって長く続いている。

こんなふうに厳武を哭して哀頭の気持ちでいればいつしか三峡の空は暮れかけている。この川べりに残された自分はもう永久に君の顔を見る事はできず、これからは君が世にありし時、この私に対しての厚情だけが思われてくることだろう。

 

(訳注)

哭嚴僕射歸櫬

(長安にほど近い華陰縣に歸葬するため、棺が忠州を通ったのを哭した詩である。)

嚴僕射 厳武のこと。765年永泰元年4月卒す。年40歳、尚書に僕射を贈られる。

 棺のこと。成都から船で故郷に送られる。

 

素幔隨流水,歸舟返舊京。 

長江の流れに乗って白い帆を張った船が進む、それは長安の方に向かう厳武僕射の棺を乗せた船である。

素幔 白い帆を張った船。

流水 長江の流水。

歸舟 故郷に帰る船。

返舊京 長安の方に向かう。厳武の故郷は長安の東、華州華陰縣である。

 

老親如宿昔,部曲異平生。 

厳武の年老いた母上はきっと昔の姿のままであろうが、部下の分隊はこれまでの様にはゆかずきっと寂しい分隊になるだろう。

老親 厳武の年老いた母上のこと。

部曲 節度使軍のそれぞれの小隊。

 

風送蛟龍雨,天長驃騎營。 

金の刺繍の蛟龍に雨の文様の葬衣装束を風が後押しして送ってくれる。節度使、成都尹の方に向かって天は光の帯となって長く続いている。

蛟龍雨 金の刺繍の蛟龍に雨の文様の葬衣装束のこと。

天長 両岸に山が迫り、天だけが明るくて、成都の方につながっていることをいう。成都での功績で五光が射していると連想させる。

驃騎營 厳武を驃騎将軍霍去病に喩えていて、その将軍の陣営をいう。ここでは、剣南西川節度使、成都尹の陣営。

 

一哀三峽暮,遺後見君情。 

こんなふうに厳武を哭して哀頭の気持ちでいればいつしか三峡の空は暮れかけている。この川べりに残された自分はもう永久に君の顔を見る事はできず、これからは君が世にありし時、この私に対しての厚情だけが思われてくることだろう。

一哀 ここで一たび悲しむこと。

三峽暮 忠州においての時間経過をいう。三峡は忠州を過ぎて舟が向かう方向であり西の明るさに比較して東側の暗い方に進んでゆくことをいう。

遺後 舟を送って、この川べりに残された杜甫のこと。

見君情 君は厳武のこと。これまで厳武から受けた厚い情けのこと。
蜀中転々圖 

765年永泰元年54歲-29 《絕句,四首之四》 杜甫index-15 杜甫<829> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4880 杜甫詩1500-829-1147/2500

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その四は、草堂前の浣花渓の薬畑の景色ついて詠う。)

我家の薬畑では藥木の小枝も、薬草の芽吹きも青々とした雨露が棕櫚の木を植えてある亭の所を通り過ぎて、更に草ぶきの亭の辺りまで入り込んでいる。

 
 2014年9月28日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
95-#2 《自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁 -2》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<95-#2> Ⅰ李白詩1266 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4878 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20 -(1) 《上宰相書 -(1)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1179> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4879 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-29 《絕句,四首之四》 杜甫index-15 杜甫<829> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4880 杜甫詩1500-829-1147/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-484《臨江仙二首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-667-19-(484) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4882 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 


765年永泰元年54歲-29 《絕句,四首之四》 杜甫index-15 杜甫<829> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4880 杜甫詩1500-829-1147/2500765年永泰元年54-28

 

 

765年永泰元年54

卷別: 卷二二八  文體: 七言 

杜少陵集巻 十三

句,四首之四 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

 

句,四首之一

堂西長筍別開門,塹北行椒卻背村。

梅熟許同朱老吃,松高擬對阮生論。

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その一は、杜甫が隠棲の意識を以て育てた草木、果実について詠う。)

草堂の西側にも筍がのびてきたので、南西にある柴門とば別の門を開けて通路を増やした。堀渠の北側には山椒の並木があるので、我が家は村に対してかえって背を向けている

梅の実が熟してきたから朱老人に一緒に喫食することを承諾してあげた詩、松の木が背が高くなったから阮生と向き合って、話をしてみたいと思う。

 (句,四首之一)

堂西の長筍 別に門を開き,塹北の行椒 卻って村に背く。

梅熟し 朱老と同じく喫するを許し,松高くし 阮生に對して論ぜんと擬す。

杜甫草堂柴門06 


句,四首之二

欲作魚梁雲複湍,因驚四月雨聲寒。

青溪先有蛟龍窟,竹石如山不敢安。

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その二は、杜甫が家前での梁漁ついて詠う。)

家前に魚梁をこしらえようと思ったが早瀬に雲が重なっている。それにしても四月に寒そうにあめのおとがするのにおどろくのである。

この浣花渓の靑渓には淵の深い所に蛟龍の棲む窟があるのであり、だから、魚梁の仕掛けをこしらえる材料は山のように積んだのだが、据え付けるのはちょっと差し控えているのである。

句,四首の二) 

魚梁を作らんと欲すれば雲は湍を複す,因って驚く四月 雨聲の寒きに。

青溪 先んじて蛟龍の窟有り,竹石 山の如きも 敢えて安んぜず。

 

句,四首之三 

兩箇黃鸝鳴翠柳,一行白鷺上青天。 

窗含西嶺千秋雪,門泊東萬里船。 

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その三は、草堂前の浣花渓の遠大近小の景色ついて詠う。)

みどりの柳に二つのうぐいすが鳴いている。一行の白鷺が青天たかく飛びあがってゆく。

わが草堂の窓には千年消えることのない西嶺の雪色をいれておるし、門前には万里東呉に向かって下ろうとする船がとまっている。

 

句,四首の三

兩箇の黄鸝 翠柳に鳴き、一行の白鷺 青天

窓には含む 西嶺千秋の雪、門には泊す 東萬里の船

 

句,四首之四 

藥條藥甲潤青青,色過棕亭入草亭。 

苗滿空山慚取譽,根居隙地怯成形。 

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その四は、草堂前の浣花渓の薬畑の景色ついて詠う。)

我家の薬畑では藥木の小枝も、薬草の芽吹きも青々とした雨露が棕櫚の木を植えてある亭の所を通り過ぎて、更に草ぶきの亭の辺りまで入り込んでいる。

しかし、藥木の根は、こんなさびしい山にはびこりながら、人から誉れを取ることを愧じとしているし、藥木の根はこんな空き地に育って不思議な形などになって人にもてはやされることを懼れている。

 

句,四首之四

藥條 藥甲 潤いて青青たり,色棕亭を過ぎて草亭に入る。 

苗 空山に滿ちて譽を取るを慚じ,根 隙地に居て形を成さんことを怯る。 

杜甫草堂 四絶句 

 

句,四首之四』 現代語訳と訳註

(本文)

句,四首之四 

藥條藥甲潤青青,色過棕亭入草亭。 

苗滿空山慚取譽,根居隙地怯成形。 

 

(含異文) 藥條藥甲潤青青【藥條菜甲潤青青】,色過棕亭入草亭。苗滿空山慚取譽,根居隙地怯成形。 

 

(下し文)

句,四首之四

藥條 藥甲 潤いて青青たり,色棕亭を過ぎて草亭に入る。 

苗 空山に滿ちて譽を取るを慚じ,根 隙地に居て形を成さんことを怯る。 

 

(現代語訳)

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その四は、草堂前の浣花渓の薬畑の景色ついて詠う。)

我家の薬畑では藥木の小枝も、薬草の芽吹きも青々とした雨露が棕櫚の木を植えてある亭の所を通り過ぎて、更に草ぶきの亭の辺りまで入り込んでいる。

しかし、藥木の根は、こんなさびしい山にはびこりながら、人から誉れを取ることを愧じとしているし、藥木の根はこんな空き地に育って不思議な形などになって人にもてはやされることを懼れている。

杜甫像0012 

(訳注)

句,四首之四 

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その四は、草堂前の浣花渓の薬畑の景色ついて詠う。)

 

 

藥條藥甲潤青青,色過棕亭入草亭。 

我家の薬畑では藥木の小枝も、薬草の芽吹きも青々とした雨露が棕櫚の木を植えてある亭の所を通り過ぎて、更に草ぶきの亭の辺りまで入り込んでいる。

藥條 藥木の小枝。

藥甲 薬草の芽ぐみ。

色 薬草、藥木の色。

棕亭 棕櫚の木を植えてある亭の所。

草亭 草ぶきの亭の辺り。

 

苗滿空山慚取譽,根居隙地怯成形。 

しかし、藥木の根は、こんなさびしい山にはびこりながら、人から誉れを取ることを愧じとしているし、藥木の根はこんな空き地に育って不思議な形などになって人にもてはやされることを懼れている。

空山 隠遁者にとってのこの薬草畑。

怯成形 不思議な形などに育っていること。人参が人型になることの不思議。

根 藥木の根。

隙地 薬草畑。

 

765年永泰元年54歲-28 《絕句,四首之三》 杜甫index-15 杜甫<828> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4875 杜甫詩1500-828-1146/2500765年永泰元年54歲-28

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その三は、草堂前の浣花渓の遠大近小の景色ついて詠う。)

 
 2014年9月27日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
95-#1 《自巴東舟行經瞿唐峽,登巫山最高峰,晚還題壁》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <95> Ⅰ李白詩1264 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4868 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
19-#2 《醉留東野 #2》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1178> Ⅱ韓昌黎集 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4874韓愈詩-19-#2 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-28 《絕句,四首之三》 杜甫index-15 杜甫<828> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4875 杜甫詩1500-828-1146/2500765年永泰元年54歲-28 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ510 韓昌黎集 巻五 443 《寄隨州周員外》 韓愈kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4876 (09/27) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-483《浣溪紗七首其七》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-666-19-(483) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4877 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-28 句,四首之三》 杜甫index-15 杜甫<828 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4875 杜甫詩1500-828-1146/2500765年永泰元年54-28

 

 

765年永泰元年54

卷別: 卷二二八  文體: 七言 

杜少陵集巻 十三

詩題:句,四首之三 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

〔自注:朱、阮劍外相知。〕

 


句,四首之一

堂西長筍別開門,塹北行椒卻背村。

梅熟許同朱老吃,松高擬對阮生論。

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その一は、杜甫が隠棲の意識を以て育てた草木、果実について詠う。)

草堂の西側にも筍がのびてきたので、南西にある柴門とば別の門を開けて通路を増やした。堀渠の北側には山椒の並木があるので、我が家は村に対してかえって背を向けている

梅の実が熟してきたから朱老人に一緒に喫食することを承諾してあげた詩、松の木が背が高くなったから阮生と向き合って、話をしてみたいと思う。

 (句,四首之一)

堂西の長筍 別に門を開き,塹北の行椒 卻って村に背く。

梅熟し 朱老と同じく喫するを許し,松高くし 阮生に對して論ぜんと擬す。

 


句,四首之二

欲作魚梁雲複湍,因驚四月雨聲寒。

青溪先有蛟龍窟,竹石如山不敢安。

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その二は、杜甫が家前での梁漁ついて詠う。)

家前に魚梁をこしらえようと思ったが早瀬に雲が重なっている。それにしても四月に寒そうにあめのおとがするのにおどろくのである。

この浣花渓の靑渓には淵の深い所に蛟龍の棲む窟があるのであり、だから、魚梁の仕掛けをこしらえる材料は山のように積んだのだが、据え付けるのはちょっと差し控えているのである。

句,四首の二) 

魚梁を作らんと欲すれば雲は湍を複す,因って驚く四月 雨聲の寒きに。

青溪 先んじて蛟龍の窟有り,竹石 山の如きも 敢えて安んぜず。

  

句,四首之三 

兩箇黃鸝鳴翠柳,一行白鷺上青天。 

窗含西嶺千秋雪,門泊東萬里船。 

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その三は、草堂前の浣花渓の遠大近小の景色ついて詠う。)

みどりの柳に二つのうぐいすが鳴いている。一行の白鷺が青天たかく飛びあがってゆく。

わが草堂の窓には千年消えることのない西嶺の雪色をいれておるし、門前には万里東呉に向かって下ろうとする船がとまっている。

 

句,四首の三

兩箇の黄鸝 翠柳に鳴き、一行の白鷺 青天

窓には含む 西嶺千秋の雪、門には泊す 東萬里の船

 

杜甫草堂 四絶句 

句,四首之三』 現代語訳と訳註

(本文)

句,四首之三 

兩箇黃鸝鳴翠柳,一行白鷺上青天。 

窗含西嶺千秋雪,門泊東萬里船。 

 

 (含異文)

兩箇黃鸝鳴翠柳,一行白鷺上青天。

窗含西嶺千秋雪,門泊東萬里船【自注:西山白雪,四時不消。】 

 

(下し文)

句,四首の三)

兩箇の黄鸝 翠柳に鳴き、一行の白鷺 青天に上る

窓には含む 西嶺千秋の雪、門には泊す 東萬里の船

 

(現代語訳)

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その三は、草堂前の浣花渓の遠大近小の景色ついて詠う。)

みどりの柳に二つのうぐいすが鳴いている。一行の白鷺が青天たかく飛びあがってゆく。

わが草堂の窓には千年消えることのない西嶺の雪色をいれておるし、門前には万里東呉に向かって下ろうとする船がとまっている。

 

 

(訳注)

句,四首之三 

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その三は、草堂前の浣花渓の遠大近小の景色ついて詠う。)

絶句六首と同時期に、隠遁生活と農業に関してのべたものである

 

兩箇黃鸝鳴翠柳,一行白鷺上青天。 

みどりの柳に二つのうぐいすが鳴いている。一行の白鷺が青天たかく飛びあがってゆく。

○黄鸝 高麗うぐいす。

〇一行 ひとつら。

 

窗含西嶺千秋雪,門泊東萬里船。 

わが草堂の窓には千年消えることのない西嶺の雪色をいれておるし、門前には万里東呉に向かって下ろうとする船がとまっている。

○含 いれておく。

○西嶺 雪山。

○千秋雪 千年もとけぬゆき、雪の色をいう。

○東呉 東方の呉に向かってくだるべき。

○万里船 万里をゆくふね、草堂は成都の万里橋の西にあり、橋東に合江亨があって呉にくだろうとするものは、みな亨の処より船に乗った。門前に船が泊するのはそのためである。
杜甫像0012 

765年永泰元年54歲-27 《絕句,四首之二》 杜甫index-15 杜甫<827> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4870 杜甫詩1500-827-1145/2500765年永泰元年54歲-27

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その二は、杜甫が家前での梁漁ついて詠う。)家前に魚梁をこしらえようと思ったが早瀬に雲が重なっている。それにしても四月に寒そうにあめのおとがするのにおどろくのである。

 
 2014年9月26日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
94-#2 《荊門浮舟望蜀江 -#2》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <94-#2> Ⅰ李白詩1264 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4868 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
19-#1 《醉留東野 #1》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1177> Ⅱ韓昌黎集 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4869韓愈詩-19-#1 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-27 《絕句,四首之二》 杜甫index-15 杜甫<827> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4870 杜甫詩1500-827-1145/2500765年永泰元年54歲-27 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ509 韓昌黎集 巻五 442 《題廣昌館》 韓愈kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4871 (09/26) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-482《浣溪紗七首其六》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-665-19-(482) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4872 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-27 句,四首之二》 杜甫index-15 杜甫<827 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4870 杜甫詩1500-827-1145/2500765年永泰元年54-27

 

 

句,四首之二 

765年永泰元年54

卷別: 卷二二八  文體: 七言 

詩題:句,四首之二 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

〔自注:朱、阮劍外相知。〕

 

  1

句,四首之一

堂西長筍別開門,塹北行椒卻背村。

梅熟許同朱老吃,松高擬對阮生論。

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その一は、杜甫が隠棲の意識を以て育てた草木、果実について詠う。)

草堂の西側にも筍がのびてきたので、南西にある柴門とば別の門を開けて通路を増やした。堀渠の北側には山椒の並木があるので、我が家は村に対してかえって背を向けている

梅の実が熟してきたから朱老人に一緒に喫食することを承諾してあげた詩、松の木が背が高くなったから阮生と向き合って、話をしてみたいと思う。

 (句,四首之一)

堂西の長筍 別に門を開き,塹北の行椒 卻って村に背く。

梅熟し 朱老と同じく喫するを許し,松高くし 阮生に對して論ぜんと擬す。

 


句,四首之二

欲作魚梁雲複湍,因驚四月雨聲寒。

青溪先有蛟龍窟,竹石如山不敢安。

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その二は、杜甫が家前での梁漁ついて詠う。)

家前に魚梁をこしらえようと思ったが早瀬に雲が重なっている。それにしても四月に寒そうにあめのおとがするのにおどろくのである。

この浣花渓の靑渓には淵の深い所に蛟龍の棲む窟があるのであり、だから、魚梁の仕掛けをこしらえる材料は山のように積んだのだが、据え付けるのはちょっと差し控えているのである。

句,四首の二) 

魚梁を作らんと欲すれば雲は湍を複す,因って驚く四月 雨聲の寒きに。

青溪 先んじて蛟龍の窟有り,竹石 山の如きも 敢えて安んぜず。

 


兩箇鸝鳴翠柳,一行白鷺上青天。

窗含西嶺千秋雪,門泊東萬里船。

 


藥條藥甲潤青青,色過棕亭入草亭。

苗滿空山慚取譽,根居隙地怯成形。

 

 

杜甫草堂 四絶句

句,四首之二  』 現代語訳と訳註

(本文)

句,四首之二 

欲作魚梁雲複湍,因驚四月雨聲寒。

青溪先有蛟龍窟,竹石如山不敢安。

 

欲作魚梁雲復湍【欲作魚梁雲覆湍】,因驚四月雨聲寒。

青溪先有蛟龍窟,竹石如山不敢安。 

 

(下し文)

句,四首の二) 

魚梁を作らんと欲すれば雲は湍を複す,因って驚く四月 雨聲の寒きに。

青溪 先んじて蛟龍の窟有り,竹石 山の如きも 敢えて安んぜず。

 

(現代語訳)

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その二は、杜甫が家前での梁漁ついて詠う。)

家前に魚梁をこしらえようと思ったが早瀬に雲が重なっている。それにしても四月に寒そうにあめのおとがするのにおどろくのである。

この浣花渓の靑渓には淵の深い所に蛟龍の棲む窟があるのであり、だから、魚梁の仕掛けをこしらえる材料は山のように積んだのだが、据え付けるのはちょっと差し控えているのである。

杜甫草堂詳細図02 

(訳注)

句,四首之二 

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その二は、杜甫が家前での梁漁ついて詠う。)

絶句六首と同時期に、隠遁生活と農業に関してのべたものである

 

欲作魚梁雲複湍,因驚四月雨聲寒。

家前に魚梁をこしらえようと思ったが早瀬に雲が重なっている。それにしても四月に寒そうにあめのおとがするのにおどろくのである。

魚梁 魚梁漁のしかけ。

 

青溪先有蛟龍窟,竹石如山不敢安。

この浣花渓の靑渓には淵の深い所に蛟龍の棲む窟があるのであり、だから、魚梁の仕掛けをこしらえる材料は山のように積んだのだが、据え付けるのはちょっと差し控えているのである。

先 さきんじて。

竹石 やなの仕掛けの材料。

如山 山のように積み重ねておいている。

安 安置すること。
杜甫像0012 

765年永泰元年54歲-26 《絕句,四首之一》 杜甫index-15 杜甫<826> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4865 杜甫詩1500-826-1144/2500765年永泰元年54歲-26

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その一は、杜甫が隠棲の意識を以て育てた草木、果実について詠う。)

 

 
 2014年9月25日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
94 《荊門浮舟望蜀江》index-5 1-5 725年開元十三年25歳  <94> Ⅰ李白詩1263 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4863 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
18-#5§3 《應科目時與人書》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1176> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4864韓愈詩-18-#5 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-26 《絕句,四首之一》 杜甫index-15 杜甫<826> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4865 杜甫詩1500-826-1144/2500765年永泰元年54歲-26 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ508 韓昌黎集 巻五 441 《自袁州還京,行次安陸,先寄隨州周員外〔周君巢也,時為隨州刺史。〕》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4866 (09/25) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-481《浣溪紗七首其五》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-664-19-(481) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4867 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

765年永泰元年54-26 句,四首之一》 杜甫index-15 杜甫<826 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4865 杜甫詩1500-826-1144/2500765年永泰元年54-26

 

 

765年永泰元年54

卷別: 卷二二八  文體: 七言 

詩題: 句,四首之一 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

〔自注:朱、阮劍外相知。〕

 

  1

堂西長筍別開門,塹北行椒卻背村。

梅熟許同朱老吃,松高擬對阮生論。

(句,四首之一)

堂西の長筍 別に門を開き,塹北の行椒 卻って村に背く。

梅熟し 朱老と同じく喫するを許し,松高くし 阮生に對して論ぜんと擬す。

 


欲作魚梁雲複湍,因驚四月雨聲寒。

青溪先有蛟龍窟,竹石如山不敢安。

 


兩箇鸝鳴翠柳,一行白鷺上青天。

窗含西嶺千秋雪,門泊東萬里船。

 


藥條藥甲潤青青,色過棕亭入草亭。

苗滿空山慚取譽,根居隙地怯成形。

 

草堂の位置的考察
◍ 草堂は錦江の西岸にあり、錦江がコの字型に蛇行するその内側に位置していたのではないかと思われる。
_居を卜す』の詩に、
◍ 「浣花溪水水西頭、主人為卜林塘幽。」
(浣花渓水 水の西頭、主人は為に卜(ボク)す 林塘の幽なるを)
とあり、西頭は西側の意味だから、住まいを定めたのは浣花渓の西側と読める。「東岸」よりも「西岸」の方がつじつまが合う。以下の四首はみな草堂作りの一年目の夏から秋にかけて草堂を舞台に近辺の出来事を詠じた詩である。それらの詩から蛇行する錦江に村全体が大きく包まれ、とくに草堂付近はその湾曲部(浣花渓)にあったことがわかる。

◍ 『_田舍』詩に、
「田舍清江曲、柴門古道旁。」 
(田舎は清江の曲(くま)、柴門は古道の旁(かたわら)
といい、

◍ 『_江村』詩に、
「清江一曲抱村流、長夏江村事事幽。」 
(清江 一曲 村を抱きて流れ、長夏 江村 事事に幽なり
という。清江は錦江のことで、柴門は杜甫の草堂の粗末な門のこと。
これらから草堂に位置を図示すると以下のとおりである。


 

句,四首之一

堂西長筍別開門,塹北行椒卻背村。 

梅熟許同朱老喫,松高擬對阮生論。  

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その一は、杜甫が隠棲の意識を以て育てた草木、果実について詠う。)

草堂の西側にも筍がのびてきたので、南西にある柴門とば別の門を開けて通路を増やした。堀渠の北側には山椒の並木があるので、我が家は村に対してかえって背を向けている

梅の実が熟してきたから朱老人に一緒に喫食することを承諾してあげた詩、松の木が背が高くなったから阮生と向き合って、話をしてみたいと思う。

 

 (句,四首之一)

堂西の長筍 別に門を開き,塹北の行椒 卻って村に背く。

梅熟し 朱老と同じく喫するを許し,松高くし 阮生に對して論ぜんと擬す。

 成都関連地図 00

句,四首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

句,四首之一

堂西長筍別開門,塹北行椒卻背村。 

梅熟許同朱老喫,松高擬對阮生論。 

 

(下し文)

(句,四首之一)

堂西の長筍 別に門を開き,塹北の行椒 卻って村に背く。

梅熟し 朱老と同じく喫するを許し,松高くし 阮生に對して論ぜんと擬す。

 

(現代語訳)

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その一は、杜甫が隠棲の意識を以て育てた草木、果実について詠う。)

草堂の西側にも筍がのびてきたので、南西にある柴門とば別の門を開けて通路を増やした。堀渠の北側には山椒の並木があるので、我が家は村に対してかえって背を向けている

梅の実が熟してきたから朱老人に一緒に喫食することを承諾してあげた詩、松の木が背が高くなったから阮生と向き合って、話をしてみたいと思う。

 

(訳注)

句,四首之一

(杜甫の隠棲生活を述べるものだが、その一は、杜甫が隠棲の意識を以て育てた草木、果実について詠う。)

絶句六首と同時期に、隠遁生活と農業に関してのべたものである

杜甫草堂 四絶句 

堂西長筍別開門,塹北行椒卻背村。 

草堂の西側にも筍がのびてきたので、南西にある柴門とば別の門を開けて通路を増やした。堀渠の北側には山椒の並木があるので、我が家は村に対してかえって背を向けている

卻背村 浣花渓の村は杜甫草堂の東側と北側に多く存在した。

 

梅熟許同朱老喫,松高擬對阮生論。 

梅の実が熟してきたから朱老人に一緒に喫食することを承諾してあげた詩、松の木が背が高くなったから阮生と向き合って、話をしてみたいと思う。

梅熟 杜甫草堂のまわりには、野梅がたくさんなっていた。

『王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到』

老夫臥穩朝慵起,白屋寒多暖始開。

江鸛巧當幽徑沿,鄰雞還過短牆來。

繡衣屢許攜家醞,皂蓋能忘折野梅?

戲假霜威促山簡,須成一醉習池回。

(王十七侍御掄、酒を携えて草堂に至るを許す。此の詩寄せ奉り、便ち高三十五使君を邀えて同じく到らんことを請う)

老夫臥穏【がおん】にして朝起きるに慵【ものう】し、白屋寒多くして暖にして始めて開く。

江鶴【こうかく】巧みに幽径【ゆうけい】に当たって浴す、

隣鷄【りんけい】還た短牆【たんしょう】を過ぎ来たる。

繍衣【しゅうい】屡【しばし】ば許す家醞【かうん】を携うるを、【皂蓋そうがい】能く忘れんや野梅【やばい】を折ることを。

戯れに霜威【そうい】を仮りて山簡を促し、須【すべか】らく一酔を成して習池【しゅうち】を過るべし。

朱老 南鄰の朱山人のことであるが、杜甫が成都に来て間もないころから2年ぐらい酒を酌み交わしたりしている。道教の隠遁者であるが、この時は、妻を実家に還し、本人は行方知らずである。梅が熟す季節には、喫食することになっていたのだろう。

松高・阮生論 秦州でニラをもらった阮隠居ではなく建安の阮籍のこと。草堂は竹林に囲まれ竹林の七賢の条件を持っている。松は、筋を東して生きること、松の常緑は白眼ではなく、青眼で気の合ったものの間断を連想させる。

阮籍は竹林の七賢の一人であり、数々の奇行で知られるとともに、中国の詩歌史上、陶淵明以前のもっとも優れた詩人とされている。 魏晋の政権交代期前後に、竹林で清談にふけった者たちがいた。後漢の時代に、宦官の政治に反発して清議をなすことが流行ったが、竹林の清談は清議と異なり、政治を論ぜず老荘的な哲学を論じた。その中で、代表的な人々を七賢と呼んだのである。 「晋書・巻四十九・阮籍伝」に次のような一節がある。「 籍又能為青白眼、見禮俗之士、以白眼對之」(籍又能く青白眼を為す、禮俗之士を見れば、白眼を以て之に對す。)気の合った友人と会うと「青目」つまり普通の目で迎え、いやな人に会うと白目を向いたとあるから、好き嫌いを露骨に態度に表す人物だったらしい。人を白眼視するというのは、ここから出ている。

草堂の松について、

『憑韋少府班覓松樹子』

落落出羣非柳,青青不朽豈楊梅?

欲存老蓋千年意,為覓霜根數寸栽。

(韋少府の班に憑りて 松樹の子を覓む)

落落として羣を出づは欅柳に非ず、青青として朽ちず豈に楊梅ならんや。

存せんと欲するは老蓋千年の意あり、爲めに松根數寸の栽を覓めん。

成都(1)浣花渓の草堂(7) 憑韋少府班覓松樹子 杜甫 <357  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1747 杜甫詩 700- 536

この松が「四松」として成長している。

廣徳2年764-32 《四松#3》 ふたたび成都 杜甫<663-3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3765 杜甫詩1000-663-3-947/1500766

 

草堂の柴門と木々と位置関係

『田舍』

田舍清江曲,柴門古道旁。

草深迷市井,地僻懶衣裳。

柳枝枝弱,枇杷樹樹香。

鸕鷀西日照,曬翅滿漁梁。

田舍【でんしゃ】は清かな江曲り,柴門は古道の旁にあり。

草深く市井に迷い,地僻にして衣裳に懶く。

柳 げて 枝枝 弱【わか】く,枇杷 樹樹 香しい。

鸕鷀【ろじ】日を西にして照し,曬翅【れいし】漁梁【ぎょりょう】に滿つ。

成都(2)浣花渓の草堂(2 -7) 田舍 杜甫 <370  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1787 杜甫詩 1000- 54

  《破船》

平生江海心,宿昔具扁舟。 

豈惟青溪上,日傍柴門遊。 

蒼皇避亂兵,緬邈懷舊丘。 

鄰人亦已非,野竹獨修修。

船舷不重扣,埋沒已經秋。 

仰看西飛翼,下愧東逝流。 

故者或可掘,新者亦易求。 

所悲數奔竄,白屋難久留。 

(破船)

平生 江海への心,宿昔 具に扁舟せん。 

豈に惟れ 青溪の上り,日傍 柴門に遊ぶ。 

蒼皇 亂兵を避け,緬邈 舊丘を懷う。 

鄰人 亦た 已に非らず,野竹 獨り 修修たり。

船舷 不扣を重ねず,埋沒して 已に秋を經る。 

仰看て 西に飛翼し,下愧じて 東に逝流せんとす。 

故者 或いは掘らる可し,新者 亦た求むる易し。 

悲しむ所 數ば 奔竄し,白屋して 久しく留り難し。 

廣徳2764-33-1 破船ー#1》 ふたたび成都3240 杜甫<6641 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3770 杜甫詩1000-6641-948/1500767

草堂における隣人関係

『過南鄰朱山人水亭』 

相近竹参差、相通人不知。

幽花敬満樹、細水曲通池。

辟客村非違、残樽席吏移。

看君多道東、従此敷追随。

(南鄰朱山人が水亭に過る)

相い近くして竹は参差【しんさ】たり 相い過れども人知らざるなり。

幽花【ゆうか】敬いて樹に満ち、細水【さいすい】】曲りて池に通ず。

辟客【へきかく】村遠きに非ず、残樽【ざんそん】席更に移す。

君を看る 道気【どうけ】の多きなるを、此れ従り数【しばし】ば追随【ついずい】せん。

過南鄰朱山人水亭 杜甫 成都(3)浣花渓の草堂(3 -2)  <384  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1863 杜甫詩1000-384-565/1500

同じように隣人につぃて

南鄰 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -1)  <383  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1859 杜甫詩1000-383-564/1500

北鄰 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -3)  <385  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1867 杜甫詩1000-385-566/1500

 

杜甫草堂01

<!--[endif]-->

 

 

 

765年永泰元年54歲-25 《絕句,六首之六》 杜甫index-15 杜甫<825> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4860 杜甫詩1500-825-1143/2500765年永泰元年54歲-25

(この六首は草堂の景物について述べているが、その六は杜甫の家の前の濯錦江を船が行き交うが、歓楽街に遊びに行くと詠う。)

 
 2014年9月24日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
93 《望天門山  李白 6》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<93> Ⅰ李白詩1262 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4858 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
18-#4§2-2 《應科目時與人書》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1175> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4859韓愈詩-18-#4 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-25 《絕句,六首之六》 杜甫index-15 杜甫<825> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4860 杜甫詩1500-825-1143/2500765年永泰元年54歲-25 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-480《浣溪紗七首其四》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-663-19-(480) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4862 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-25 句,六首之六》 杜甫index-15 杜甫<825 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4860 杜甫詩1500-825-1143/2500765年永泰元年54-25

 

 

765年永泰元年54-23

卷別: 卷二二八  文體: 五言 

詩題: 句,六首之六 

杜少陵集 巻十三 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

 

 

句,六首之一 

日出籬東水,雲生舍北泥。 

竹高鳴翡翠,沙僻舞鵾雞。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

まがきの東の向うの水面から日が昇る。草堂の北側の濠の泥から雲気が起こる。

竹の林が高く繁っていて、カワセミが啼いている。中洲の砂は静かなもので、とうまる鳥が水浴びして踊っている。

 

句,六首の一

日は出づ 籬東の水,雲は生ず 舍北の泥。

竹高くして 翡翠鳴き,沙僻にして 鵾雞舞う。

 

句,六首之二 

藹藹花蕊亂,飛飛蜂蝶多。 

幽棲身懶動,客至欲如何。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その二は隠遁者として花が咲き乱れるのをただ風流に眺めているがこんな時に御客が有ったら面倒だなあと詠う。)

花が咲き乱れ、その花弁と花蕋をもじゃもじゃとむらがりだしている、そこへ蜂や蝶がたくさんブンブン飛んできてひらひら飛んできている。

もう、しばらくはこの隠遁生活を楽しむので何にもしないで過ごしたい。だから、若し、お客が来ても何にもする気はないのだ。

句,六首の二

藹藹【あいあい】として花蕊亂れ,飛飛として蜂蝶多し。 

幽棲 身 動くに懶し,客至らば如何せむかと欲する。   

 

句,六首之三 

鑿井交棕葉,開渠斷竹根。 

扁舟輕纜,小徑曲通村。 

 (この六首は草堂の景物について述べているが、その三は草堂の土木工事をした時の様子と草堂のまわりの様子を詠う。)

井戸を掘ったところにはシュロの葉が茂り、鬱蒼とまじりあっている。水路を切り開いたら、自然と竹林から伸びた根を断ちきることになった。

家前に泊める小舟は、軽やかに水面に浮かんでいて、艫綱がたおやかな状態であるし、錦城からここに来る路は、小道が曲がりながら、浣花渓村へ通じている。

 

句,六首之三

井を鑿【うが】てば棕葉【そうよう】交わり,渠を開けば 竹根を斷つ。

扁舟 輕く 【ともづな】を【たおやか】にし,小徑 曲り 村に通ず。 

 

句,六首之四 

急雨捎溪足,斜暉轉樹腰。 

隔巢黃鳥並,翻藻白魚跳。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その四は夕立の後、夕暮れに晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

浣花渓の渓流が錦江に合流する根元のあたりを夕立がかすめて通っていく。たちまち晴れると樹木の腰の辺りに夕日が射して動いている。

木の上には、鳥の巣が二つ離れて向き合って並んでいて、高麗鶯も並んでいる。濯錦江の淵の藻をひっくり返すように白魚がはねている。

 

句,六首の四

急雨 溪足を捎【はら】う,斜暉【しゃき】樹腰に轉ず。

巢を隔てて黃鳥並び,藻を翻して白魚跳る。 

 

句,六首之五 

舍下筍穿壁,庭中藤刺簷。 

地晴絲冉冉,江白草纖纖。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その五は庭の晩春の出来事と、晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

我家の下から、筍が伸びてきて壁に穴をあけている。庭に目を遣れば、藤の花が、庭先の四阿のひさしの上に垂れて刺さっているかのようだ。

晴れ渡ってきたら、地面の水分が糸を引いて次第に立ち上ってゆく、その向こうに濯錦江の水面に日が射し、白く光っているし、手前の地面から細々の若い草が直立して伸びている。

句,六首之五) 

舍下 筍 壁を穿つ,庭中 藤 簷を刺す。 

地晴れて 絲 冉冉たり,江 白く 草 纖纖たり。 

 

句,六首之六 

江動月移石,溪虛雲傍花。 

鳥棲知故道,帆過宿誰家。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その六は杜甫の家の前の濯錦江を船が行き交うが、歓楽街に遊びに行くと詠う。)

濯錦江の水の流れはゆっくりと流れ、水面に映る今夜の月もしだいに移って岸辺の石を照らす。浣花渓には、なにもないけれど、雲が花の側にあって引き立て役をしている。

そういえば、暮れ掛かったころ、鳥というものは通いなれた道を通って、何時もの巣へ帰るということを知っているが、この家の前を過ぎて行った帆掛け船は、どこぞの家の前で泊まるのだろうか、きっと、成都の南の歓楽街に行くのだろう。

 

句,六首の六

江 動き 月 石に移る,溪 虛し 雲 花に傍う。

鳥 棲み 故道を知る,帆 過ぎ 誰が家に宿す。 

杜甫草堂柴門06 

 

句,六首之六』 現代語訳と訳註

(本文)

句,六首之六 

江動月移石,溪虛雲傍花。 

鳥棲知故道,帆過宿誰家。 

 

(下し文)

句,六首の六

江 動き 月 石に移る,溪 虛し 雲 花に傍う。

鳥 棲み 故道を知る,帆 過ぎ 誰が家に宿す。 

 

(現代語訳)

(この六首は草堂の景物について述べているが、その六は杜甫の家の前の濯錦江を船が行き交うが、歓楽街に遊びに行くと詠う。)

濯錦江の水の流れはゆっくりと流れ、水面に映る今夜の月もしだいに移って岸辺の石を照らす。浣花渓には、なにもないけれど、雲が花の側にあって引き立て役をしている。

そういえば、暮れ掛かったころ、鳥というものは通いなれた道を通って、何時もの巣へ帰るということを知っているが、この家の前を過ぎて行った帆掛け船は、どこぞの家の前で泊まるのだろうか、きっと、成都の南の歓楽街に行くのだろう。

杜甫草堂詳細図02 

(訳注)

句,六首之六 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その六は杜甫の家の前の濯錦江を船が行き交うが、歓楽街に遊びに行くと詠う。)

 

江動月移石,溪虛雲傍花。 

濯錦江の水の流れはゆっくりと流れ、水面に映る今夜の月もしだいに移って岸辺の石を照らす。浣花渓には、なにもないけれど、雲が花の側にあって引き立て役をしている。

江動月移石 水に映る月が、ゆっくりと動いて、岩場の所まで移っていくという意味。

溪虛雲傍花 雨雲は渓谷、岩場、洞窟などから生ずるものであるが、今宵の雲は、そういった雲ではなく、ここに咲いた花の引き立て役として浮んでいるという意味。。

 

鳥棲知故道,帆過宿誰家。 

そういえば、暮れ掛かったころ、鳥というものは通いなれた道を通って、何時もの巣へ帰るということを知っているが、この家の前を過ぎて行った帆掛け船は、どこぞの家の前で泊まるのだろうか、きっと、成都の南の歓楽街に行くのだろう。

鳥棲知故道 鳥は自分の塒に帰るということを必ずする。ということで、下句には自分の家に帰らないもののことを詠う。

宿誰家 上句の「鳥棲」を受けて、妻子のもとに帰らないものをいう、これから遊びに行くものがいるということ。成都には長安、揚州に次ぐ大きな歓楽街があった。

杜甫像0012 

765年永泰元年54歲-24 《絕句,六首之五》 杜甫index-15 杜甫<824> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4855 杜甫詩1500-824-1142/2500765年永泰元年54歲-24

(この六首は草堂の景物について述べているが、その五は庭の晩春の出来事と、晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)我家の下から、筍が伸びてきて壁に穴をあけている。庭に目を遣れば、藤の花が、庭先の四阿のひさしの上に垂れて刺さっているかのようだ。

 
 2014年9月23日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
92 《金陵望漢江》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <92> Ⅰ李白詩1261 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4853 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
18-#3§2-1 《應科目時與人書》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1174> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4854韓愈詩-18-#3§2-1 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-24 《絕句,六首之五》 杜甫index-15 杜甫<824> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4855 杜甫詩1500-824-1142/2500765年永泰元年54歲-24 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-479《浣溪紗七首其三》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-662-19-(479) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4857 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54歲-24 《絕句,六首之五》 杜甫index-15 杜甫<824> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4855 杜甫詩1500-824-1142/2500765年永泰元年54歲-24

 

 

765年永泰元年54-23

卷別: 卷二二八  文體: 五言 

詩題: 句,六首之五 

杜少陵集 巻十三 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

 

 

句,六首之一 

日出籬東水,雲生舍北泥。 

竹高鳴翡翠,沙僻舞鵾雞。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

まがきの東の向うの水面から日が昇る。草堂の北側の濠の泥から雲気が起こる。

竹の林が高く繁っていて、カワセミが啼いている。中洲の砂は静かなもので、とうまる鳥が水浴びして踊っている。

 

句,六首の一

日は出づ 籬東の水,雲は生ず 舍北の泥。

竹高くして 翡翠鳴き,沙僻にして 鵾雞舞う。

 

句,六首之二 

藹藹花蕊亂,飛飛蜂蝶多。 

幽棲身懶動,客至欲如何。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その二は隠遁者として花が咲き乱れるのをただ風流に眺めているがこんな時に御客が有ったら面倒だなあと詠う。)

花が咲き乱れ、その花弁と花蕋をもじゃもじゃとむらがりだしている、そこへ蜂や蝶がたくさんブンブン飛んできてひらひら飛んできている。

もう、しばらくはこの隠遁生活を楽しむので何にもしないで過ごしたい。だから、若し、お客が来ても何にもする気はないのだ。

句,六首の二

藹藹【あいあい】として花蕊亂れ,飛飛として蜂蝶多し。 

幽棲 身 動くに懶し,客至らば如何せむかと欲する。   

 

句,六首之三 

鑿井交棕葉,開渠斷竹根。 

扁舟輕纜,小徑曲通村。 

 (この六首は草堂の景物について述べているが、その三は草堂の土木工事をした時の様子と草堂のまわりの様子を詠う。)

井戸を掘ったところにはシュロの葉が茂り、鬱蒼とまじりあっている。水路を切り開いたら、自然と竹林から伸びた根を断ちきることになった。

家前に泊める小舟は、軽やかに水面に浮かんでいて、艫綱がたおやかな状態であるし、錦城からここに来る路は、小道が曲がりながら、浣花渓村へ通じている。

 

句,六首之三

井を鑿【うが】てば棕葉【そうよう】交わり,渠を開けば 竹根を斷つ。

扁舟 輕く 【ともづな】を【たおやか】にし,小徑 曲り 村に通ず。 

 

句,六首之四 

急雨捎溪足,斜暉轉樹腰。 

隔巢黃鳥並,翻藻白魚跳。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その四は夕立の後、夕暮れに晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

浣花渓の渓流が錦江に合流する根元のあたりを夕立がかすめて通っていく。たちまち晴れると樹木の腰の辺りに夕日が射して動いている。

木の上には、鳥の巣が二つ離れて向き合って並んでいて、高麗鶯も並んでいる。濯錦江の淵の藻をひっくり返すように白魚がはねている。

 

句,六首の四

急雨 溪足を捎【はら】う,斜暉【しゃき】樹腰に轉ず。

巢を隔てて黃鳥並び,藻を翻して白魚跳る。 

 

句,六首之五 

舍下筍穿壁,庭中藤刺簷。 

地晴絲冉冉,江白草纖纖。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その五は庭の晩春の出来事と、晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

我家の下から、筍が伸びてきて壁に穴をあけている。庭に目を遣れば、藤の花が、庭先の四阿のひさしの上に垂れて刺さっているかのようだ。

晴れ渡ってきたら、地面の水分が糸を引いて次第に立ち上ってゆく、その向こうに濯錦江の水面に日が射し、白く光っているし、手前の地面から細々の若い草が直立して伸びている。

 

句,六首之五) 

舍下 筍 壁を穿つ,庭中 藤 簷を刺す。 

地晴れて 絲 冉冉たり,江 白く 草 纖纖たり。 

 

藤の花01


 

句,六首之五』 現代語訳と訳註

(本文)

句,六首之五 

舍下筍穿壁,庭中藤刺簷。 

地晴絲冉冉,江白草纖纖。

 

(下し文)

句,六首之五) 

舍下 筍 壁を穿つ,庭中 藤 簷を刺す。 

地晴れて 絲 冉冉たり,江 白く 草 纖纖たり。 

杜甫像0012 

(現代語訳)

(この六首は草堂の景物について述べているが、その五は庭の晩春の出来事と、晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

我家の下から、筍が伸びてきて壁に穴をあけている。庭に目を遣れば、藤の花が、庭先の四阿のひさしの上に垂れて刺さっているかのようだ。

晴れ渡ってきたら、地面の水分が糸を引いて次第に立ち上ってゆく、その向こうに濯錦江の水面に日が射し、白く光っているし、手前の地面から細々の若い草が直立して伸びている。

 

(訳注)

句,六首之五 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その五は庭の晩春の出来事と、晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

句,六首之一、三、五、の詩にこの詩の六首の中でも竹を一首ごとに潜行して詠っている。

 

舍下筍穿壁,庭中藤刺簷。 

我家の下から、筍が伸びてきて壁に穴をあけている。庭に目を遣れば、藤の花が、庭先の四阿のひさしの上に垂れて刺さっているかのようだ。

筍穿壁 南隣の家との間の竹林が成長し、根をはり、家の下から

藤刺簷 藤の花が垂れると庇を突き刺しているようだという。庭と船着き場との間に四阿を立てていてそこのひさしをいう。

 

地晴絲冉冉,江白草纖纖。 

晴れ渡ってきたら、地面の水分が糸を引いて次第に立ち上ってゆく、その向こうに濯錦江の水面に日が射し、白く光っているし、手前の地面から細々の若い草が直立して伸びている。

絲冉冉 地面の水分が糸(かげろう)を引いて次第に立ち上ってゆく

江白 濯錦江の水面に日が射し、白く光っていることをいう。
kagayaki880 

765年永泰元年54歲-23 《絕句,六首之四》 杜甫index-15 杜甫<823> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4850 杜甫詩1500-823-1141/2500

(この六首は草堂の景物について述べているが、その四は夕立の後、夕暮れに晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)


 
 2014年9月22日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
91 《望廬山五老峯》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <92> Ⅰ李白詩1260 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4848 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
18-#2§1-2 《應科目時與人書》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1173> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4849韓愈詩-18-#2 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-23 《絕句,六首之四》 杜甫index-15 杜甫<823> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4850 杜甫詩1500-823-1141/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-478《浣溪紗七首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-661-19-(478) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4852 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

765年永泰元年54-23 句,六首之四》 杜甫index-15 杜甫<823 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4850 杜甫詩1500-823-1141/2500

 

 

765年永泰元年54-23

卷別: 卷二二八  文體: 五言 

詩題: 句,六首之四 

杜少陵集 巻十三 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

 

 

句,六首之一 

日出籬東水,雲生舍北泥。 

竹高鳴翡翠,沙僻舞鵾雞。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

まがきの東の向うの水面から日が昇る。草堂の北側の濠の泥から雲気が起こる。

竹の林が高く繁っていて、カワセミが啼いている。中洲の砂は静かなもので、とうまる鳥が水浴びして踊っている。

 

句,六首の一

日は出づ 籬東の水,雲は生ず 舍北の泥。

竹高くして 翡翠鳴き,沙僻にして 鵾雞舞う。

 

句,六首之二 

藹藹花蕊亂,飛飛蜂蝶多。 

幽棲身懶動,客至欲如何。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その二は隠遁者として花が咲き乱れるのをただ風流に眺めているがこんな時に御客が有ったら面倒だなあと詠う。)

花が咲き乱れ、その花弁と花蕋をもじゃもじゃとむらがりだしている、そこへ蜂や蝶がたくさんブンブン飛んできてひらひら飛んできている。

もう、しばらくはこの隠遁生活を楽しむので何にもしないで過ごしたい。だから、若し、お客が来ても何にもする気はないのだ。

句,六首の二

藹藹【あいあい】として花蕊亂れ,飛飛として蜂蝶多し。 

幽棲 身 動くに懶し,客至らば如何せむかと欲する。   

 

句,六首之三 

鑿井交棕葉,開渠斷竹根。 

扁舟輕纜,小徑曲通村。 

 (この六首は草堂の景物について述べているが、その三は草堂の土木工事をした時の様子と草堂のまわりの様子を詠う。)

井戸を掘ったところにはシュロの葉が茂り、鬱蒼とまじりあっている。水路を切り開いたら、自然と竹林から伸びた根を断ちきることになった。

家前に泊める小舟は、軽やかに水面に浮かんでいて、艫綱がたおやかな状態であるし、錦城からここに来る路は、小道が曲がりながら、浣花渓村へ通じている。

 

句,六首之三

井を鑿【うが】てば棕葉【そうよう】交わり,渠を開けば 竹根を斷つ。

扁舟 輕く 【ともづな】を【たおやか】にし,小徑 曲り 村に通ず。 

 

句,六首之四 

急雨捎溪足,斜暉轉樹腰。 

隔巢黃鳥並,翻藻白魚跳。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その四は夕立の後、夕暮れに晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

浣花渓の渓流が錦江に合流する根元のあたりを夕立がかすめて通っていく。たちまち晴れると樹木の腰の辺りに夕日が射して動いている。

木の上には、鳥の巣が二つ離れて向き合って並んでいて、高麗鶯も並んでいる。濯錦江の淵の藻をひっくり返すように白魚がはねている。

 

句,六首の四

急雨 溪足を捎【はら】う,斜暉【しゃき】樹腰に轉ず。

巢を隔てて黃鳥並び,藻を翻して白魚跳る。 

江畔独歩尋花 

 

句,六首之四』 現代語訳と訳註

(本文)

句,六首之四 

急雨捎溪足,斜暉轉樹腰。 

隔巢黃鳥並,翻藻白魚跳。 

 

(下し文)

句,六首の四)

急雨 溪足を捎【はら】う,斜暉【しゃき】樹腰に轉ず。

巢を隔てて黃鳥並び,藻を翻して白魚跳る。 

 

(現代語訳)

(この六首は草堂の景物について述べているが、その四は夕立の後、夕暮れに晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

浣花渓の渓流が錦江に合流する根元のあたりを夕立がかすめて通っていく。たちまち晴れると樹木の腰の辺りに夕日が射して動いている。

木の上には、鳥の巣が二つ離れて向き合って並んでいて、高麗鶯も並んでいる。濯錦江の淵の藻をひっくり返すように白魚がはねている。

杜甫草堂詳細図02 

(訳注)

句,六首之四 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その四は夕立の後、夕暮れに晴れあがった草堂のまわりの様子を詠う。)

 

急雨捎溪足,斜暉轉樹腰。 

浣花渓の渓流が錦江に合流する根元のあたりを夕立がかすめて通っていく。たちまち晴れると樹木の腰の辺りに夕日が射して動いている。

急雨 にわか雨。夕立。

捎溪足 浣花渓の渓流が錦江に合流する根元のあたり。

斜暉 日が斜めに射す。夕方の光。

轉樹腰 樹木の腰の辺りに日が射しこむ。光が動く様子をいう。

 

隔巢黃鳥並,翻藻白魚跳。 

木の上には、鳥の巣が二つ離れて向き合って並んでいて、高麗鶯も並んでいる。濯錦江の淵の藻をひっくり返すように白魚がはねている。

隔巢 鳥の巣が二つ離れて向き合う。

黃鳥 高麗鶯。

 「も」のくさ。

 おどる。はねる。

765年永泰元年54歲-22 《絕句,六首之三》 杜甫index-15 杜甫<822> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4845 杜甫詩1500-822-1140/2500765年永泰元年54歲-22

(この六首は草堂の景物について述べているが、その三は草堂の土木工事をした時の様子と草堂のまわりの様子を詠う。)

 
 2014年9月21日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
90 《望廬山瀑布二首其二(絶句)》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <91> Ⅰ李白詩1259 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4843 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
445-#1§1-1 《應科目時與人書》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1172> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4844 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-22 《絕句,六首之三》 杜甫index-15 杜甫<822> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4845 杜甫詩1500-822-1140/2500765年永泰元年54歲-22 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-477《浣溪紗七首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-660-19-(477) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4847 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-22 句,六首之三》 杜甫index-15 杜甫<822 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4845 杜甫詩1500-822-1140/2500765年永泰元年54-22

 

 

卷別: 卷二二八  文體: 五言 

詩題: 句,六首之三 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

 

 

句,六首之一 

日出籬東水,雲生舍北泥。 

竹高鳴翡翠,沙僻舞鵾雞。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

まがきの東の向うの水面から日が昇る。草堂の北側の濠の泥から雲気が起こる。

竹の林が高く繁っていて、カワセミが啼いている。中洲の砂は静かなもので、とうまる鳥が水浴びして踊っている。

 

句,六首の一

日は出づ 籬東の水,雲は生ず 舍北の泥。

竹高くして 翡翠鳴き,沙僻にして 鵾雞舞う。

 

句,六首之二 

藹藹花蕊亂,飛飛蜂蝶多。 

幽棲身懶動,客至欲如何。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その二は隠遁者として花が咲き乱れるのをただ風流に眺めているがこんな時に御客が有ったら面倒だなあと詠う。)

花が咲き乱れ、その花弁と花蕋をもじゃもじゃとむらがりだしている、そこへ蜂や蝶がたくさんブンブン飛んできてひらひら飛んできている。

もう、しばらくはこの隠遁生活を楽しむので何にもしないで過ごしたい。だから、若し、お客が来ても何にもする気はないのだ。

句,六首の二

藹藹【あいあい】として花蕊亂れ,飛飛として蜂蝶多し。 

幽棲 身 動くに懶し,客至らば如何せむかと欲する。   

 

句,六首之三 

鑿井交棕葉,開渠斷竹根。 

扁舟輕纜,小徑曲通村。 

 (この六首は草堂の景物について述べているが、その三は草堂の土木工事をした時の様子と草堂のまわりの様子を詠う。)

井戸を掘ったところにはシュロの葉が茂り、鬱蒼とまじりあっている。水路を切り開いたら、自然と竹林から伸びた根を断ちきることになった。

家前に泊める小舟は、軽やかに水面に浮かんでいて、艫綱がたおやかな状態であるし、錦城からここに来る路は、小道が曲がりながら、浣花渓村へ通じている。

 

句,六首之三

井を鑿【うが】てば棕葉【そうよう】交わり,渠を開けば 竹根を斷つ。

扁舟 輕く 【ともづな】を【たおやか】にし,小徑 曲り 村に通ず。 

海棠花021

 

句,六首之三』 現代語訳と訳註

(本文)

句,六首之三 

鑿井交棕葉,開渠斷竹根。 

扁舟輕纜,小徑曲通村。 

 

 

(下し文)

句,六首之三)

井を鑿【うが】てば棕葉【そうよう】交わり,渠を開けば 竹根を斷つ。

扁舟 輕く 纜【ともづな】を【たおやか】にし,小徑 曲り 村に通ず。 

 

(現代語訳)

(この六首は草堂の景物について述べているが、その三は草堂の土木工事をした時の様子と草堂のまわりの様子を詠う。)

井戸を掘ったところにはシュロの葉が茂り、鬱蒼とまじりあっている。水路を切り開いたら、自然と竹林から伸びた根を断ちきることになった。

家前に泊める小舟は、軽やかに水面に浮かんでいて、艫綱がたおやかな状態であるし、錦城からここに来る路は、小道が曲がりながら、浣花渓村へ通じている。

江畔独歩尋花 

(訳注)

句,六首之三 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その三は草堂の土木工事をした時の様子と草堂のまわりの様子を詠う。)

 

 

鑿井交棕葉,開渠斷竹根。 

井戸を掘ったところにはシュロの葉が茂り、鬱蒼とまじりあっている。水路を切り開いたら、自然と竹林から伸びた根を断ちきることになった。

交棕葉 シュロの葉。

開渠 すいろ、みぞ。

斷竹根 杜甫の草堂の南側には竹林が大きく広がり、その根を断たないと庭が竹林になってしまうことをいう。

 

扁舟輕纜,小徑曲通村。 

家前に泊める小舟は、軽やかに水面に浮かんでいて、艫綱がたおやかな状態であるし、錦城からここに来る路は、小道が曲がりながら、浣花渓村へ通じている。

 艫綱がたおやかな状態である。大雨や、嵐が最近ないということをいう。
杜甫像0012 

765年永泰元年54歲-21 《絕句,六首之二》 杜甫index-15 杜甫<821> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4840 杜甫詩1500-821-1139/2500765年永泰元年54歲-21

(この六首は草堂の景物について述べているが、その二は隠遁者として花が咲き乱れるのをただ風流に眺めているがこんな時に御客が有ったら面倒だなあと詠う。)

 
 2014年9月20日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
89-#2 《望廬山瀑布水二首其一#2》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 <90> Ⅰ李白詩1258 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4838 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
444 《天星送楊凝郎中賀正》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1167> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4819韓愈詩-444 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-21 《絕句,六首之二》 杜甫index-15 杜甫<821> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4840 杜甫詩1500-821-1139/2500765年永泰元年54歲-21 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor18-476《菩薩蠻一首》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-659-18-(476) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4842 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-21 句,六首之二》 杜甫index-15 杜甫<821 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4840 杜甫詩1500-821-1139/2500765年永泰元年54-21

 

 

作年: 65年永泰元年54-

卷別: 卷二二八  文體: 五言 

詩題: 句,六首之二 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

 

 

句,六首之一 

日出籬東水,雲生舍北泥。 

竹高鳴翡翠,沙僻舞鵾雞。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

まがきの東の向うの水面から日が昇る。草堂の北側の濠の泥から雲気が起こる。

竹の林が高く繁っていて、カワセミが啼いている。中洲の砂は静かなもので、とうまる鳥が水浴びして踊っている。

 

句,六首の一

日は出づ 籬東の水,雲は生ず 舍北の泥。

竹高くして 翡翠鳴き,沙僻にして 鵾雞舞う。

 

句,六首之二 

藹藹花蕊亂,飛飛蜂蝶多。 

幽棲身懶動,客至欲如何。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その二は隠遁者として花が咲き乱れるのをただ風流に眺めているがこんな時に御客が有ったら面倒だなあと詠う。)

花が咲き乱れ、その花弁と花蕋をもじゃもじゃとむらがりだしている、そこへ蜂や蝶がたくさんブンブン飛んできてひらひら飛んできている。

もう、しばらくはこの隠遁生活を楽しむので何にもしないで過ごしたい。だから、若し、お客が来ても何にもする気はないのだ。

句,六首の二

藹藹【あいあい】として花蕊亂れ,飛飛として蜂蝶多し。 

幽棲 身 動くに懶し,客至らば如何せむかと欲する。   

 

江畔独歩尋花 

句,六首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

句,六首之二

藹藹花蕊亂,飛飛蜂蝶多。

幽棲身懶動,客至欲如何。 

 

(下し文)

句,六首の二

藹藹【あいあい】として花蕊亂れ,飛飛として蜂蝶多し。 

幽棲 身 動くに懶し,客至らば如何せむかと欲する。   

 

(現代語訳)

(この六首は草堂の景物について述べているが、その二は隠遁者として花が咲き乱れるのをただ風流に眺めているがこんな時に御客が有ったら面倒だなあと詠う。)

花が咲き乱れ、その花弁と花蕋をもじゃもじゃとむらがりだしている、そこへ蜂や蝶がたくさんブンブン飛んできてひらひら飛んできている。

もう、しばらくはこの隠遁生活を楽しむので何にもしないで過ごしたい。だから、若し、お客が来ても何にもする気はないのだ。

草堂002 

(訳注)

句,六首之二

(この六首は草堂の景物について述べているが、その二は隠遁者として花が咲き乱れるのをただ風流に眺めているがこんな時に御客が有ったら面倒だなあと詠う。)

 

藹藹花蕊亂,飛飛蜂蝶多。

花が咲き乱れ、その花弁と花蕋をもじゃもじゃとむらがりだしている、そこへ蜂や蝶がたくさんブンブン飛んできてひらひら飛んできている。

藹藹 花が蜂や蝶を呼ぶため、じゃもじゃと群がり出しているさま。

 

幽棲身懶動,客至欲如何。 

もう、しばらくはこの隠遁生活を楽しむので何にもしないで過ごしたい。だから、若し、お客が来ても何にもする気はないのだ。

幽棲 隠遁生活。

懶動 何にもしないで風景や事物を見ている隠遁者である。

客至欲如何 杜甫は、厳武の幕府を辞して草堂に帰っているのでここでお客というのは、厳武が訪ねてきたらどうしようという意味である。

765年永泰元年54歲-20 《絕句,六首之一》 杜甫index-15 杜甫<820> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4835 杜甫詩1500-820-1138/2500765年永泰元年54歲-20

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

 
 2014年9月19日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
89 《望廬山瀑布水 二首其一#1》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<89> Ⅰ李白詩1256 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4828 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
443-#5 《送汴州監軍俱文珍》韓愈(韓退之)ID <1170> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4834韓愈詩-443-#5 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-20 《絕句,六首之一》 杜甫index-15 杜甫<820> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4835 杜甫詩1500-820-1138/2500765年永泰元年54歲-20 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor18-475《醉公子一首,》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-658-18-(475) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4837 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-20 句,六首之一》 杜甫index-15 杜甫<820 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4835 杜甫詩1500-820-1138/2500765年永泰元年54-20

 

 

作年: 65年永泰元年54-

卷別: 卷二二八  文體: 五言 

詩題: 句,六首之一 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

 

 

句,六首之一 

日出籬東水,雲生舍北泥。 

竹高鳴翡翠,沙僻舞鵾雞。 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

まがきの東の向うの水面から日が昇る。草堂の北側の濠の泥から雲気が起こる。

竹の林が高く繁っていて、カワセミが啼いている。中洲の砂は静かなもので、とうまる鳥が水浴びして踊っている。

 

句,六首の一

日は出づ 籬東の水,雲は生ず 舍北の泥。

竹高くして 翡翠鳴き,沙僻にして 鵾雞舞う。 

 

 

句,六首之二  

藹藹花蕊亂,飛飛蜂蝶多。 

幽棲身懶動,客至欲如何。 

 

句,六首之三 

鑿井交棕葉,開渠斷竹根。 

扁舟輕纜,小徑曲通村。 

 

句,六首之四 

急雨捎溪足,斜暉轉樹腰。 

隔巢黃鳥並,翻藻白魚跳。 

 

句,六首之五 

舍下筍穿壁,庭中藤刺簷。 

地晴絲冉冉,江白草纖纖。 

 

句,六首之六 

江動月移石,溪虛雲傍花。 

鳥棲知故道,帆過宿誰家。 

杜甫草堂詳細図02 

 

句,六首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

句,六首之一 

日出籬東水,雲生舍北泥。 

竹高鳴翡翠,沙僻舞鵾雞。 

 

 

(下し文)

(絕句,六首の一)

日は出づ 籬東の水,雲は生ず 舍北の泥。

竹高くして 翡翠鳴き,沙僻にして 鵾雞舞う。 

 

(現代語訳)

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

まがきの東の向うの水面から日が昇る。草堂の北側の濠の泥から雲気が起こる。

竹の林が高く繁っていて、カワセミが啼いている。中洲の砂は静かなもので、とうまる鳥が水浴びして踊っている。

 

春水001 

(訳注)

句,六首之一 

(この六首は草堂の景物について述べているが、その一は長雨が上がった有様上がった有様を詠う。)

 

日出籬東水,雲生舍北泥。 

まがきの東の向うの水面から日が昇る。草堂の北側の濠の泥から雲気が起こる。

籬東水・舍北泥 草堂は濯錦江がうねった地点にあり、遊水地の様な位置関係にあるため東西南が濯錦江に面し、北側に沼、池、水路があったもの。

 

竹高鳴翡翠,沙僻舞鵾雞。 

竹の林が高く繁っていて、カワセミが啼いている。中洲の砂は静かなもので、とうまる鳥が水浴びして踊っている。

翡翠 カワセミ。

鵾雞 鶤雞とうまる【唐丸/鶤鶏】とは。意味や解説。1 ニワトリの一品種(おおにわとり)。長鳴き鶏(どり)の一。羽色は一般に黒色で、新潟県で作り出された。2 「唐丸籠(かご)」の略。とうまるおくり【唐丸送り】江戸時代、罪人を唐丸籠(かご)に入れて護送すること。
江畔独歩尋花 

765年永泰元年54歲-19 《春日江村,五首之五》 杜甫index-15 杜甫<819> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4830 杜甫詩1500-819-1137/2500765年永泰元年54歲-19

彼等はその死後には、王粲はその宅の記事が先賢傳に入り、賈誼は處士であった時の才子の名が高く詠われている。かつてこの二人のことを懐かしく思っていたのであるが、この春の日に当たって自分の境遇と似ている二人のことをまた深く考えるのである。

 
 2014年9月18日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
89 《望廬山瀑布水 二首其一#1》index-5 1-5 725年開元十三年25歳<89> Ⅰ李白詩1256 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4828 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
443-#4 《送汴州監軍俱文珍 幷序》韓愈(韓退之)ID <1169> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4829韓愈詩-443-#4 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-19 《春日江村,五首之五》 杜甫index-15 杜甫<819> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4830 杜甫詩1500-819-1137/2500765年永泰元年54歲-19 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor18-474《杏園方一首》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-657-18-(474) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4832 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

765

年永泰元年54-19 《春日江村,五首之五》 杜甫index-15 杜甫<819> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4830 杜甫詩1500-819-1137/2500765年永泰元年54-19

 

 

 

作年:765年永泰元年54-

卷別:  卷二二八        文體:  五言律詩

詩題:  春日江村,五首之五

作地點:        成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

及地點:        江村 (劍南道北部益州 成都)



春日江村,五首之一

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここをはなれるとすれば桃源郷に行くといって自らを慰め詠う。)

農務村村急,春流岸岸深。

春になり、このあたりのどの村でも農事がせわしくなってきた、春水の濯錦江の流れは岸という岸にはも水かさが上がり深くなっている。

乾坤萬里眼,時序百年心。

この時、天地の間に万里の眼をはなつことであり、四時の変遷にあって一生涯を通じてながめる自分の心はどんなであろうか。

茅屋還堪賦,桃源自可尋。

まあまあ、そまつな茅ぶきの家ではあるがここで詩もつくることができる、またここを立ち去って遠くへ出かけるとすれば桃源の世界も尋ねることができるというものだ。

艱難賤生理,飄泊到如今。

元来自分は国家多難のおりにあたって一身上の活計にうとく、ながれただようて今日におよんでおるのである。

 

(春日江村,五首之一)

農務 村村 急に,春流 岸岸 深し。

乾坤 萬里の眼,時序 百年の心。

茅屋 還た賦するに堪えたり,桃源 自ら尋ぬる可し。

艱難 生理に賤く,飄泊 如今に到れり。

 

春日江村,五首之二

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここでの生活は、自由であると詠う。)

迢遞來三蜀,蹉跎有六年。

自分は都からはるばるこの蜀の地に来て、かれこれ六年になる。

客身逢故舊,發興自林泉。

旅客の身ではあるものの旧友に逢うことが出来、林泉をたのしんで興を発している。

過懶從衣結,頻遊任履穿。

無精すぎるのも持ち前だから、衣はぼろを続くり合わせ、頻繁に遊び回るから靴の底は穴が空き放題である。

藩籬無限景,恣意買江天。

草堂の籬も結うてはあるが、他所との境目がなく自由な感覚で濯錦江の天を眺めているのである。

 

(春日江村,五首之二)

迢遞 三蜀に來る,蹉跎 六年有り。

客身 故舊に逢う,發興 自ら林泉。

過懶【からん】衣を結ぶに從【まか】せ,頻遊【ひんゆう】履の穿つに任す。

藩籬【はんり】景に限り無し,恣意【しい】江天に買【むか】う。

 

春日江村,五首之三

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、蜀において、郎官を授けられたと詠う。)

種竹交加翠,栽桃爛熳紅。

自分が植えた竹に新しい緑がくわわって常緑と交じっている、栽培した桃の木は爛漫として紅の花を開くまでになっている。

經心石鏡月,到面雪山風。

成都の北角に武担にある石鏡の要におおきな満月を眺めた日も過ぎた詩、雪嶺山脈から吹き下ろす冷たい風に顔面が切れそうであったこともある。

赤管隨王命,銀章付老翁。

その内、王君の命のままに、工部員外郎を拝命し、赤管の筆をたまわり、この老翁に銀印の魚袋を給付されるにいたった。

豈知牙齒落,名玷薦賢中。

ところがこのように老翁で牙や歯が抜け落ちるようになってから、薦賢書のなかにわが名を記録されるという朝廷の名を汚す様で極まりが悪いのである。

 

(春日江村,五首之三)

種竹 翠を加え交り,栽桃 爛熳として紅なり。

心に經る 石鏡の月,面に到る 雪山の風。

赤管 王命に隨い,銀章 老翁に付す。

豈に知らんや 牙齒落ち,名は薦賢の中に玷すことを。

 

春日江村,五首之四

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていること、しかも、幕府を辞して、草堂に帰って隠遁生活愉しむことを詠う。)

扶病垂朱紱,歸休步紫苔。

自分には持病があり、その病気のため誰かの助けがあって朱紱を垂れているのであり、ここに帰って来れば休息でき、庭の紫苔の絨毯を踏んで歩くのである。

郊扉存晚計,幕府愧群材。

幕府にいる時は多くの人物、それぞれの持っている才能に対し恥ずかしく思うことがあるし、この郊外の扉に寝起きすれば人生の晩年の計画もここにはあるということなのだ。

燕外晴絲卷,鷗邊水葉開。

そうしてここらあたりを見ると、ツバメが外へ飛び出せば、晴天が糸巻のように雨に変わっていくし、この濯錦江のほとりに泛ぶカモメの動きには水上の浮草が左右に押し開かれるのである。

鄰家送魚鱉,問我數能來。

それに、隣の家のものだったら、魚やスッポンを持ってきてくれて、持病を持っている自分の安否をたびたび気遣ってくれるというものだ。

 

(春日江村,五首之四)

扶病 朱紱【しゅふつ】を垂れ,歸休 紫苔に步す。

郊扉 晚計存し,幕府 群材に愧ず。

燕外 晴絲卷き,鷗邊 水葉開く。

鄰家 魚鱉【ぎょべつ】を送り,我を問うて數【しばし】ば能く來る。 

春日江村,五首之五

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていること、しかも、古人を借りて自己の感慨を詠う。)

群盜哀王粲,中年召賈生。

盗賊がはびこった後漢の終わりごろ王粲は哀しみ、賈誼は一度は退けられて中年になってまた朝廷に呼び返された。

登樓初有作,前席竟為榮。

王粲は荊州に流寓して、樓に登って故郷を思う賦を作った。賈誼は話に孝文帝は興がのって座席から膝を乗り出して聞いたほどであったことは栄誉な事として良いであろう。

宅入先賢傳,才高處士名。

彼等はその死後には、王粲はその宅の記事が先賢傳に入り、賈誼は處士であった時の才子の名が高く詠われている。

異時懷二子,春日復含情。

かつてこの二人のことを懐かしく思っていたのであるが、この春の日に当たって自分の境遇と似ている二人のことをまた深く考えるのである。

 

(春日江村,五首之五)

群盜あるは 王粲哀み,中年で 賈生を召す。

登樓 初めて作有り,前席 竟に榮なりと為す。

宅 先賢傳に入り,才 處士の名を高くす。

異時 二子を懷い,春日 復た情を含む。

安史の乱当時の勢力図 

 

『春日江村,五首之五』 現代語訳と訳註

(本文)

春日江村,五首之五

群盜哀王粲,中年召賈生。

登樓初有作,前席竟為榮。

宅入先賢傳,才高處士名。

異時懷二子,春日復含情。

 

(下し文)

(春日江村,五首之五)

群盜あるは 王粲哀み,中年で 賈生を召す。

登樓 初めて作有り,前席 竟に榮なりと為す。

宅 先賢傳に入り,才 處士の名を高くす。

異時 二子を懷い,春日 復た情を含む。

 

(現代語訳)

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていること、しかも、古人を借りて自己の感慨を詠う。)

盗賊がはびこった後漢の終わりごろ王粲は哀しみ、賈誼は一度は退けられて中年になってまた朝廷に呼び返された。

王粲は荊州に流寓して、樓に登って故郷を思う賦を作った。賈誼は話に孝文帝は興がのって座席から膝を乗り出して聞いたほどであったことは栄誉な事として良いであろう。

彼等はその死後には、王粲はその宅の記事が先賢傳に入り、賈誼は處士であった時の才子の名が高く詠われている。

かつてこの二人のことを懐かしく思っていたのであるが、この春の日に当たって自分の境遇と似ている二人のことをまた深く考えるのである。

 

 

(訳注)

春日江村,五首之五

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていること、しかも、古人を借りて自己の感慨を詠う。)

群盜哀王粲  中年召賈
登樓初有作  前席竟為
宅入先賢傳  才高處士
異時懷二子  春日復含

○●○△●  △○●●△

○○○●●  ○●●○○

●●△○△  ○○●●○

●○○●●  ○●●○○

 

群盜哀王粲,中年召賈生。

盗賊がはびこった後漢の終わりごろ王粲は哀しみ、賈誼は一度は退けられて中年になってまた朝廷に呼び返された。

群盜 後漢の世情と安史の乱以降の世情と似ており、各地に反乱がおこり、強盗がはびこったことをいう。

王粲 王粲」は後漢末、建安の文人。三層七子のひとり。曹操政権に入る前、洛陽から長安へ董卓のために強制移住させられ、董卓の暗殺のあと戦乱状態になった長安からさらに避難して、荊州の劉表のもとに身を寄せた。しかし重用されることはなく、不満を「登楼の賦」(『文選』巻11)に綴った。

賈生 漢の孝文帝劉恒(紀元前202157年)に仕えた文人賈誼(紀元前201―169年)のこと。洛陽の人。諸吉家の説に通じ、二十歳で博士となった。一年後、太中大夫すなわち内閣建議官となり、法律の改革にのりだして寵任されたが、若輩にして高官についたことを重臣たちに嫉まれ、長沙王の傅に左遷された。のち呼び戻され、孝文帝の鬼神の事に関する質問に答え、弁説して夜にまで及び、孝文帝は坐席をのりだして聴き入ったと伝えられる。その後、孝文帝の少子である梁の懐王の傅となり、まもなく三十三歳を以て死んだ。

 

登樓初有作,前席竟為榮。

王粲は荊州に流寓して、樓に登って故郷を思う賦を作った。賈誼は話に孝文帝は興がのって座席から膝を乗り出して聞いたほどであったことは栄誉な事として良いであろう。

登樓初有作 王粲の故事。荊州に流寓して、樓に登って故郷を思う賦「登樓賦」を作った。

前席竟為榮 賈誼の故事。首聯の注参照。

 

宅入先賢傳,才高處士名。

彼等はその死後には、王粲はその宅の記事が先賢傳に入り、賈誼は處士であった時の才子の名が高く詠われている。

先賢傳 王粲の宅が楚国先賢傳の記事にある。

處士 仕えることなく家居するものをいうが、才能があるという名声があった。

 

異時懷二子,春日復含情。

かつてこの二人のことを懐かしく思っていたのであるが、この春の日に当たって自分の境遇と似ている二人のことをまた深く考えるのである。

二子 この詩は、才能があるのに、朝廷から疎まれたり、登用されなかったりしていることと、杜甫自身、朝廷から疎外され、はじき出され、官を辞すに至った。
三者の思惑が合致 

765年永泰元年54歲-18 《春日江村,五首之四》 杜甫index-15 杜甫<818> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4825 杜甫詩1500-818-1136/2500765年永泰元年54歲-18

そうしてここらあたりを見ると、ツバメが外へ飛び出せば、晴天が糸巻のように雨に変わっていくし、この濯錦江のほとりに泛ぶカモメの動きには水上の浮草が左右に押し開かれるのである。それに、隣の家のものだったら、魚やスッポンを持ってきてくれて、持病を持っている自分の安否をたびたび気遣ってくれるというものだ。

 
 2014年9月17日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
88-#1 《登瓦官閣》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・金陵と遊ぶ。<88-#1>Ⅰ李白詩1255 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4823 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
443-#3 《送汴州監軍俱文珍 幷序》韓愈(韓退之)ID <1168> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4824韓愈詩-443-#3 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-18 《春日江村,五首之四》 杜甫index-15 杜甫<818> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4825 杜甫詩1500-818-1136/2500765年永泰元年54歲-18 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor18-473《滿宮花一首,》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-656-18-(473) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4827 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-18 《春日江村,五首之四》 杜甫index-15 杜甫<818> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4825 杜甫詩1500-818-1136/2500765年永泰元年54-18

 

 

作年:765年永泰元年54-

卷別:  卷二二八        文體:  五言律詩

詩題:  春日江村,五首之四

作地點:        成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

及地點:        江村 (劍南道北部益州 成都)      

 

 

春日江村,五首之一

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここをはなれるとすれば桃源郷に行くといって自らを慰め詠う。)

農務村村急,春流岸岸深。

春になり、このあたりのどの村でも農事がせわしくなってきた、春水の濯錦江の流れは岸という岸にはも水かさが上がり深くなっている。

乾坤萬里眼,時序百年心。

この時、天地の間に万里の眼をはなつことであり、四時の変遷にあって一生涯を通じてながめる自分の心はどんなであろうか。

茅屋還堪賦,桃源自可尋。

まあまあ、そまつな茅ぶきの家ではあるがここで詩もつくることができる、またここを立ち去って遠くへ出かけるとすれば桃源の世界も尋ねることができるというものだ。

艱難賤生理,飄泊到如今。

元来自分は国家多難のおりにあたって一身上の活計にうとく、ながれただようて今日におよんでおるのである。

 

(春日江村,五首之一)

農務 村村 急に,春流 岸岸 深し。

乾坤 萬里の眼,時序 百年の心。

茅屋 還た賦するに堪えたり,桃源 自ら尋ぬる可し。

艱難 生理に賤く,飄泊 如今に到れり。

 

春日江村,五首之二

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここでの生活は、自由であると詠う。)

迢遞來三蜀,蹉跎有六年。

自分は都からはるばるこの蜀の地に来て、かれこれ六年になる。

客身逢故舊,發興自林泉。

旅客の身ではあるものの旧友に逢うことが出来、林泉をたのしんで興を発している。

過懶從衣結,頻遊任履穿。

無精すぎるのも持ち前だから、衣はぼろを続くり合わせ、頻繁に遊び回るから靴の底は穴が空き放題である。

藩籬無限景,恣意買江天。

草堂の籬も結うてはあるが、他所との境目がなく自由な感覚で濯錦江の天を眺めているのである。

 

(春日江村,五首之二)

迢遞 三蜀に來る,蹉跎 六年有り。

客身 故舊に逢う,發興 自ら林泉。

過懶【からん】衣を結ぶに從【まか】せ,頻遊【ひんゆう】履の穿つに任す。

藩籬【はんり】景に限り無し,恣意【しい】江天に買【むか】う。

 

春日江村,五首之三

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、蜀において、郎官を授けられたと詠う。)

種竹交加翠,栽桃爛熳紅。

自分が植えた竹に新しい緑がくわわって常緑と交じっている、栽培した桃の木は爛漫として紅の花を開くまでになっている。

經心石鏡月,到面雪山風。

成都の北角に武担にある石鏡の要におおきな満月を眺めた日も過ぎた詩、雪嶺山脈から吹き下ろす冷たい風に顔面が切れそうであったこともある。

赤管隨王命,銀章付老翁。

その内、王君の命のままに、工部員外郎を拝命し、赤管の筆をたまわり、この老翁に銀印の魚袋を給付されるにいたった。

豈知牙齒落,名玷薦賢中。

ところがこのように老翁で牙や歯が抜け落ちるようになってから、薦賢書のなかにわが名を記録されるという朝廷の名を汚す様で極まりが悪いのである。

 

(春日江村,五首之三)

種竹 翠を加え交り,栽桃 爛熳として紅なり。

心に經る 石鏡の月,面に到る 雪山の風。

赤管 王命に隨い,銀章 老翁に付す。

豈に知らんや 牙齒落ち,名は薦賢の中に玷すことを。

 

春日江村,五首之四

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていること、しかも、幕府を辞して、草堂に帰って隠遁生活愉しむことを詠う。)

扶病垂朱紱,歸休步紫苔。

自分には持病があり、その病気のため誰かの助けがあって朱紱を垂れているのであり、ここに帰って来れば休息でき、庭の紫苔の絨毯を踏んで歩くのである。

郊扉存晚計,幕府愧群材。

幕府にいる時は多くの人物、それぞれの持っている才能に対し恥ずかしく思うことがあるし、この郊外の扉に寝起きすれば人生の晩年の計画もここにはあるということなのだ。

燕外晴絲卷,鷗邊水葉開。

そうしてここらあたりを見ると、ツバメが外へ飛び出せば、晴天が糸巻のように雨に変わっていくし、この濯錦江のほとりに泛ぶカモメの動きには水上の浮草が左右に押し開かれるのである。

鄰家送魚鱉,問我數能來。

それに、隣の家のものだったら、魚やスッポンを持ってきてくれて、持病を持っている自分の安否をたびたび気遣ってくれるというものだ。

 

(春日江村,五首之四)

扶病 朱紱【しゅふつ】を垂れ,歸休 紫苔に步す。

郊扉 晚計存し,幕府 群材に愧ず。

燕外 晴絲卷き,鷗邊 水葉開く。

鄰家 魚鱉【ぎょべつ】を送り,我を問うて數【しばし】ば能く來る。

 

竹林0021 

『春日江村,五首之四』 現代語訳と訳註

(本文)

春日江村,五首之四

扶病垂朱紱,歸休步紫苔。

郊扉存晚計,幕府愧群材。

燕外晴絲卷,鷗邊水葉開。

鄰家送魚鱉,問我數能來。

 

 

(下し文)

 

 

(現代語訳)

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていること、しかも、幕府を辞して、草堂に帰って隠遁生活愉しむことを詠う。)

自分には持病があり、その病気のため誰かの助けがあって朱紱を垂れているのであり、ここに帰って来れば休息でき、庭の紫苔の絨毯を踏んで歩くのである。

幕府にいる時は多くの人物、それぞれの持っている才能に対し恥ずかしく思うことがあるし、この郊外の扉に寝起きすれば人生の晩年の計画もここにはあるということなのだ。

そうしてここらあたりを見ると、ツバメが外へ飛び出せば、晴天が糸巻のように雨に変わっていくし、この濯錦江のほとりに泛ぶカモメの動きには水上の浮草が左右に押し開かれるのである。

それに、隣の家のものだったら、魚やスッポンを持ってきてくれて、持病を持っている自分の安否をたびたび気遣ってくれるというものだ。

 

 

(訳注)

春日江村,五首之四

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていること、しかも、幕府を辞して、草堂に帰って隠遁生活愉しむことを詠う。)

扶病垂朱紱  歸休步紫
郊扉存晚計  幕府愧群
燕外晴絲卷  鷗邊水葉
鄰家送魚鱉  問我數能

○●○○●  ○△●●○

○○○●●  ●●●○○

△●○○△  ○○●●○

○○●○●  ●●●△△

 

扶病垂朱紱,歸休步紫苔。

自分には持病があり、その病気のため誰かの助けがあって朱紱を垂れているのであり、ここに帰って来れば休息でき、庭の紫苔の絨毯を踏んで歩くのである。

扶病 自分には持病があり、その病気のため誰かの助けが必要である。

朱紱 大夫の朱の皮前だれ、緋衣を賜っていることをいう。杜甫《村雨》「挈帶看朱紱,開箱睹黑裘。」廣徳2764-92 《村雨》 杜甫index-14 764年 杜甫<793 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4655 杜甫詩1500-793-1102/2500廣徳2764-92 

歸休 草堂に帰って来れば休息できること。

步紫苔 上句の朱紱に対し、朝廷の床に敷いてある絨毯ではなく草堂の庭には、青苔の絨毯が敷かれているからその上を歩くということ。

 

郊扉存晚計,幕府愧群材。

幕府にいる時は多くの人物、それぞれの持っている才能に対し恥ずかしく思うことがあるし、この郊外の扉に寝起きすれば人生の晩年の計画もここにはあるということなのだ。

郊扉 成都の幕府から西郊外に草堂があること。

晚計 晩年にあたってこんなことがあるという、以下五句をいう。

 

燕外晴絲卷,鷗邊水葉開。

そうしてここらあたりを見ると、ツバメが外へ飛び出せば、晴天が糸巻のように雨に変わっていくし、この濯錦江のほとりに泛ぶカモメの動きには水上の浮草が左右に押し開かれるのである。

晴絲卷 晴れていても燕が喜び飛び廻ると雨に変わること。雨の降り始めには耳いずが地面に出て來るので、ツバメを見て転機を予想する。

水葉開 蓮、皮脂、浮草などがカモメが進むと道を開く。

 

鄰家送魚鱉,問我數能來。

それに、隣の家のものだったら、魚やスッポンを持ってきてくれて、持病を持っている自分の安否をたびたび気遣ってくれるというものだ。

鱉 スッポン。

問我 自分の安否をたびたび気遣ってくれる。
榿木栽5001 

765年永泰元年54歲-17 《春日江村,五首之三》 杜甫index-15 杜甫<817> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4820 杜甫詩1500-817-1135/2500

成都の北角に武担にある石鏡の要におおきな満月を眺めた日も過ぎた詩、雪嶺山脈から吹き下ろす冷たい風に顔面が切れそうであったこともある。その内、王君の命のままに、工部員外郎を拝命し、赤管の筆をたまわり、この老翁に銀印の魚袋を給付されるにいたった。

 
 2014年9月16日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
87 《送崔十二遊天竺寺》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌と遊ぶ。<87> Ⅰ李白詩1255 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4823 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
443-#2 《送汴州監軍俱文珍 幷序》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1167> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4819韓愈詩-443-#2 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-17 《春日江村,五首之三》 杜甫index-15 杜甫<817> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4820 杜甫詩1500-817-1135/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor18-472《臨江仙二首,其二》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-655-18-(472) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4822 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

765

年永泰元年54-17 《春日江村,五首之三》 杜甫index-15 杜甫<817> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4820 杜甫詩1500-817-1135/2500765年永泰元年54-17

 

 

 

作年:765年永泰元年54-

卷別:  卷二二八        文體:  五言律詩

詩題:  春日江村,五首之三

詩序: 

作地點:        成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

及地點:        江村 (劍南道北部益州 成都)      

雪山 (劍南道北部 無第二級行政層級 雪山) 別名:雪嶺     

 

 

春日江村,五首之一

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここをはなれるとすれば桃源郷に行くといって自らを慰め詠う。)

農務村村急,春流岸岸深。

春になり、このあたりのどの村でも農事がせわしくなってきた、春水の濯錦江の流れは岸という岸にはも水かさが上がり深くなっている。

乾坤萬里眼,時序百年心。

この時、天地の間に万里の眼をはなつことであり、四時の変遷にあって一生涯を通じてながめる自分の心はどんなであろうか。

茅屋還堪賦,桃源自可尋。

まあまあ、そまつな茅ぶきの家ではあるがここで詩もつくることができる、またここを立ち去って遠くへ出かけるとすれば桃源の世界も尋ねることができるというものだ。

艱難賤生理,飄泊到如今。

元来自分は国家多難のおりにあたって一身上の活計にうとく、ながれただようて今日におよんでおるのである。

 

(春日江村,五首之一)

農務 村村 急に,春流 岸岸 深し。

乾坤 萬里の眼,時序 百年の心。

茅屋 還た賦するに堪えたり,桃源 自ら尋ぬる可し。

艱難 生理に賤く,飄泊 如今に到れり。

 

春日江村,五首之二

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここでの生活は、自由であると詠う。)

迢遞來三蜀,蹉跎有六年。

自分は都からはるばるこの蜀の地に来て、かれこれ六年になる。

客身逢故舊,發興自林泉。

旅客の身ではあるものの旧友に逢うことが出来、林泉をたのしんで興を発している。

過懶從衣結,頻遊任履穿。

無精すぎるのも持ち前だから、衣はぼろを続くり合わせ、頻繁に遊び回るから靴の底は穴が空き放題である。

藩籬無限景,恣意買江天。

草堂の籬も結うてはあるが、他所との境目がなく自由な感覚で濯錦江の天を眺めているのである。

 

(春日江村,五首之二)

迢遞 三蜀に來る,蹉跎 六年有り。

客身 故舊に逢う,發興 自ら林泉。

過懶【からん】衣を結ぶに從【まか】せ,頻遊【ひんゆう】履の穿つに任す。

藩籬【はんり】景に限り無し,恣意【しい】江天に買【むか】う。

 

春日江村,五首之三

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、蜀において、郎官を授けられたと詠う。)

種竹交加翠,栽桃爛熳紅。

自分が植えた竹に新しい緑がくわわって常緑と交じっている、栽培した桃の木は爛漫として紅の花を開くまでになっている。

經心石鏡月,到面雪山風。

成都の北角に武担にある石鏡の要におおきな満月を眺めた日も過ぎた詩、雪嶺山脈から吹き下ろす冷たい風に顔面が切れそうであったこともある。

赤管隨王命,銀章付老翁。

その内、王君の命のままに、工部員外郎を拝命し、赤管の筆をたまわり、この老翁に銀印の魚袋を給付されるにいたった。

豈知牙齒落,名玷薦賢中。

ところがこのように老翁で牙や歯が抜け落ちるようになってから、薦賢書のなかにわが名を記録されるという朝廷の名を汚す様で極まりが悪いのである。

 

(春日江村,五首之三)

種竹 翠を加え交り,栽桃 爛熳として紅なり。

心に經る 石鏡の月,面に到る 雪山の風。

赤管 王命に隨い,銀章 老翁に付す。

豈に知らんや 牙齒落ち,名は薦賢の中に玷すことを。

 

杜甫像0012 

『春日江村,五首之三』 現代語訳と訳註

(本文)

春日江村,五首之三

種竹交加翠,栽桃爛熳紅。

經心石鏡月,到面雪山風。

赤管隨王命,銀章付老翁。

豈知牙齒落,名玷薦賢中。

 

 

(下し文)

(春日江村,五首之三)

種竹 翠を加え交り,栽桃 爛熳として紅なり。

心に經る 石鏡の月,面に到る 雪山の風。

赤管 王命に隨い,銀章 老翁に付す。

豈に知らんや 牙齒落ち,名は薦賢の中に玷すことを。

 

(現代語訳)

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、蜀において、郎官を授けられたと詠う。)

自分が植えた竹に新しい緑がくわわって常緑と交じっている、栽培した桃の木は爛漫として紅の花を開くまでになっている。

成都の北角に武担にある石鏡の要におおきな満月を眺めた日も過ぎた詩、雪嶺山脈から吹き下ろす冷たい風に顔面が切れそうであったこともある。

その内、王君の命のままに、工部員外郎を拝命し、赤管の筆をたまわり、この老翁に銀印の魚袋を給付されるにいたった。

ところがこのように老翁で牙や歯が抜け落ちるようになってから、薦賢書のなかにわが名を記録されるという朝廷の名を汚す様で極まりが悪いのである。

 

杜甫草堂詳細図02 

(訳注)

春日江村,五首之三

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、蜀において、郎官を授けられたと詠う。)

 

 

種竹交加翠,栽桃爛熳紅。

自分が植えた竹に新しい緑がくわわって常緑と交じっている、栽培した桃の木は爛漫として紅の花を開くまでになっている。

この草堂に来てまず家の周りに植えていった。そのことは以下の詩に述べている。

成都(1)浣花渓の草堂(2) 卜居 杜甫 <354  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1727 杜甫詩 700- 531

成都(1)浣花渓の草堂(3) 王十五司馬弟出郭相訪兼遺營草堂資 杜甫 <355  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1731 杜甫詩 700- 532

成都(1)浣花渓の草堂(4) 蕭八明府實處覓桃栽 杜甫 <355  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1735 杜甫詩 700- 533

成都(1)浣花渓の草堂(5) 從韋二明府續處覓綿竹 杜甫 <356  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1739 杜甫詩 700- 534

成都(1)浣花渓の草堂(6) 憑何十一少府邕覓榿木栽 杜甫 <356  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1743 杜甫詩 700- 535

成都(1)浣花渓の草堂(7) 憑韋少府班覓松樹子 杜甫 <357  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1747 杜甫詩 700- 536

成都(1)浣花渓の草堂(8) 又於韋處乞大邑瓷碗 杜甫 <361  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1751 杜甫詩 700- 537

成都(1)浣花渓の草堂(9) 詣徐卿覓果栽 杜甫 <362> ..\杜甫と農業.doc 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1755 杜甫詩 700- 538

 

經心石鏡月,到面雪山風。

成都の北角に武担にある石鏡の要におおきな満月を眺めた日も過ぎた詩、雪嶺山脈から吹き下ろす冷たい風に顔面が切れそうであったこともある。

○石鏡 成都の北角に武担という塚があるが、その塚の上に鏡の幅は1メートル、高さは120cm程の石である、すきとおることは鏡のごとくであるという。蜀の古王開明の妃の塚だと伝える。蜀王が好色であることから様々な物語が伝えられている。杜甫は昨年760年の夏にも『石犀行』、『石筍行』、『杜鵑行』という蜀の故事をもとに詩を作っている。この詩はその続編というところである。成都の街に出てこの場所に来て作った。

杜甫「石鏡」

蜀王將此鏡,送死置空山。
冥寞憐香骨,提攜近玉顏。
眾妃無複歡,千騎亦虛還。
獨有傷心石,埋輪月宇間。

石鏡 杜甫 <431  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2100 杜甫詩1000-431-614/1500

贈王二十四侍御契四十韻#8~#10

#8

石鏡通幽魄,琴台隱絳唇。

送終惟糞土,結愛獨荊榛。

置酒高林下,觀棋積水濱。

區區甘累趼,稍稍息勞筋。』

廣徳2764-98-#8 《贈王二十四侍御契四十韻》 杜甫index-14 764年贈王二十四侍御契四十韻 杜甫<770-#8 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4470 杜甫詩1500-770-#8-1065/2500

 

赤管隨王命,銀章付老翁。

その内、王君の命のままに、工部員外郎を拝命し、赤管の筆をたまわり、この老翁に銀印の魚袋を給付されるにいたった。

赤管 工部員外郎を拝命し、赤管の筆をたまわったこと。漢代、尚書令・尚書僕射・尚書丞・尚書郎には毎月赤い軸で象牙で飾られた筆を支給されたり、右扶風渝麋県の墨を与えられていた。尚書令・僕・丞・郎月給赤管大筆一雙、篆題曰「北工作楷」於頭上、象牙寸半著筆下。尚書令・

銀章 四品五品将軍、全て銀章を賜る。唐では、銀章はなく魚袋を有したのを漢になぞらえて銀章といった。

 

豈知牙齒落,名玷薦賢中。

ところがこのように老翁で牙や歯が抜け落ちるようになってから、薦賢書のなかにわが名を記録されるという朝廷の名を汚す様で極まりが悪いのである。

玷 点辱。謙遜して言う。

薦賢 天子に向って賢者、賢才のものを推選する書類。厳武が推薦書を上申した。
江畔独歩尋花 

765年永泰元年54歲-16 《春日江村,五首之二》 杜甫index-15 杜甫<816> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4815 杜甫詩1500-816-1134/2500765年永泰元年54歲-16

旅客の身ではあるものの旧友に逢うことが出来、林泉をたのしんで興を発している。無精すぎるのも持ち前だから、衣はぼろを続くり合わせ、頻繁に遊び回るから靴の底は穴が空き放題である。

 
 2014年9月15日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
86 《渡荊門送別 李白 5》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌と遊ぶ。 <86> Ⅰ李白詩1254 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4818 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
443-#1 《送汴州監軍俱文珍》韓愈(韓退之)ID 797年貞元13年 30歳<1166> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4814韓愈詩-443 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-16 《春日江村,五首之二》 杜甫index-15 杜甫<816> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4815 杜甫詩1500-816-1134/2500765年永泰元年54歲-16 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor18-471《臨江仙二首,其一》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-654-18-(471) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4817 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-16 《春日江村,五首之二》 杜甫index-15 杜甫<816> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4815 杜甫詩1500-816-1134/2500765年永泰元年54-16

 

 

作年:765年永泰元年54-

卷別:  卷二二八        文體:  五言律詩

詩題:  春日江村,五首之二

作地點:        成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

及地點:        江村 (劍南道北部益州 成都)      

 

春日江村,五首之一

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここをはなれるとすれば桃源郷に行くといって自らを慰め詠う。)

農務村村急,春流岸岸深。

春になり、このあたりのどの村でも農事がせわしくなってきた、春水の濯錦江の流れは岸という岸にはも水かさが上がり深くなっている。

乾坤萬里眼,時序百年心。

この時、天地の間に万里の眼をはなつことであり、四時の変遷にあって一生涯を通じてながめる自分の心はどんなであろうか。

茅屋還堪賦,桃源自可尋。

まあまあ、そまつな茅ぶきの家ではあるがここで詩もつくることができる、またここを立ち去って遠くへ出かけるとすれば桃源の世界も尋ねることができるというものだ。

艱難賤生理,飄泊到如今。

元来自分は国家多難のおりにあたって一身上の活計にうとく、ながれただようて今日におよんでおるのである。

 

(春日江村,五首之一)

農務 村村 急に,春流 岸岸 深し。

乾坤 萬里の眼,時序 百年の心。

茅屋 還た賦するに堪えたり,桃源 自ら尋ぬる可し。

艱難 生理に賤く,飄泊 如今に到れり。

 

春日江村,五首之二

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここでの生活は、自由であると詠う。)

迢遞來三蜀,蹉跎有六年。

自分は都からはるばるこの蜀の地に来て、かれこれ六年になる。

客身逢故舊,發興自林泉。

旅客の身ではあるものの旧友に逢うことが出来、林泉をたのしんで興を発している。

過懶從衣結,頻遊任履穿。

無精すぎるのも持ち前だから、衣はぼろを続くり合わせ、頻繁に遊び回るから靴の底は穴が空き放題である。

藩籬無限景,恣意買江天。

草堂の籬も結うてはあるが、他所との境目がなく自由な感覚で濯錦江の天を眺めているのである。

 

(春日江村,五首之二)

迢遞 三蜀に來る,蹉跎 六年有り。

客身 故舊に逢う,發興 自ら林泉。

過懶【からん】衣を結ぶに從【まか】せ,頻遊【ひんゆう】履の穿つに任す。

藩籬【はんり】景に限り無し,恣意【しい】江天に買【むか】う。

 

春水001 

『春日江村,五首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

春日江村,五首之二

迢遞來三蜀,蹉跎有六年。

客身逢故舊,發興自林泉。

過懶從衣結,頻遊任履穿。

藩籬無限景,恣意買江天。

 

(下し文)

(春日江村,五首之二)

迢遞 三蜀に來る,蹉跎 六年有り。

客身 故舊に逢う,發興 自ら林泉。

過懶【からん】衣を結ぶに從【まか】せ,頻遊【ひんゆう】履の穿つに任す。

藩籬【はんり】景に限り無し,恣意【しい】江天に買【むか】う。

 

(現代語訳)

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここでの生活は、自由であると詠う。)

自分は都からはるばるこの蜀の地に来て、かれこれ六年になる。

旅客の身ではあるものの旧友に逢うことが出来、林泉をたのしんで興を発している。

無精すぎるのも持ち前だから、衣はぼろを続くり合わせ、頻繁に遊び回るから靴の底は穴が空き放題である。

草堂の籬も結うてはあるが、他所との境目がなく自由な感覚で濯錦江の天を眺めているのである。

 

江畔独歩尋花 

(訳注)

春日江村,五首之二

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここでの生活は、自由であると詠う。)

旅客の身ではあるものの旧友に逢うことが出来、林泉をたのしんで興を発している。

 

迢遞來三蜀,蹉跎有六年。

自分は都からはるばるこの蜀の地に来て、かれこれ六年になる。

迢遞 皇帝があって遙か遠くであること。

三蜀 蜀の地、蜀郡、廣漢郡、犍爲郡の三郡。

蹉跎 志を得ない状況をいう。つまずくさま。

六年 758年乾元二年より、765年永泰元年の6年間。

 

客身逢故舊,發興自林泉。

旅客の身ではあるものの旧友に逢うことが出来、林泉をたのしんで興を発している。

故舊 高適、厳武などをいう。

 

過懶從衣結,頻遊任履穿。

無精すぎるのも持ち前だから、衣はぼろを続くり合わせ、頻繁に遊び回るから靴の底は穴が空き放題である。

過懶 ものうさにくらすこと。

衣結 破れ、ほころびをつくろった着物。

頻遊 頻繁に風流、興に乗じてあそびまわる。

 

藩籬無限景,恣意買江天。

草堂の籬も結うてはあるが、他所との境目がなく自由な感覚で濯錦江の天を眺めているのである。

藩籬 ① 垣根。かこい。転じて,へだてとなるもの。②  藩屛(はんぺい)。

無限 限界を設けていない。

 風景。

恣意 かってきままに。

買江天 濯錦江の上の天を買う。

765年永泰元年54歲-15 《春日江村,五首之一》 杜甫index-15 杜甫<815> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4810 杜甫詩1500-815-1133/2500

春になり、このあたりのどの村でも農事がせわしくなってきた、春水の濯錦江の流れは岸という岸にはも水かさが上がり深くなっている。この時、天地の間に万里の眼をはなつことであり、四時の変遷にあって一生涯を通じてながめる自分の心はどんなであろうか。

 
 2014年9月14日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
85 《江上寄巴東故人》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 25歳 20 首 <85> Ⅰ李白詩1253 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4813 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
442 《苦寒歌【案:見《外集》。】》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1165> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4809韓愈詩-442 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-15 《春日江村,五首之一》 杜甫index-15 杜甫<815> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4810 杜甫詩1500-815-1133/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor17-470《河傳》巻九 閻選Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-653-17-(470) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4812 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-15 《春日江村,五首之一》 杜甫index-15 杜甫<815> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4810 杜甫詩1500-815-1133/2500765年永泰元年54-15

 

 

作年:765年永泰元年54-

卷別:  卷二二八        文體:  五言律詩

詩題:  春日江村,五首之一

作地點:        成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

及地點:        江村 (劍南道北部益州 成都)      

 

 

春日江村,五首之一

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここをはなれるとすれば桃源郷に行くといって自らを慰め詠う。)

農務村村急,春流岸岸深。

春になり、このあたりのどの村でも農事がせわしくなってきた、春水の濯錦江の流れは岸という岸にはも水かさが上がり深くなっている。

乾坤萬里眼,時序百年心。

この時、天地の間に万里の眼をはなつことであり、四時の変遷にあって一生涯を通じてながめる自分の心はどんなであろうか。

茅屋還堪賦,桃源自可尋。

まあまあ、そまつな茅ぶきの家ではあるがここで詩もつくることができる、またここを立ち去って遠くへ出かけるとすれば桃源の世界も尋ねることができるというものだ。

艱難賤生理,飄泊到如今。

元来自分は国家多難のおりにあたって一身上の活計にうとく、ながれただようて今日におよんでおるのである。

 

(春日江村,五首之一)

農務 村村 急に,春流 岸岸 深し。

乾坤 萬里の眼,時序 百年の心。

茅屋 還た賦するに堪えたり,桃源 自ら尋ぬる可し。

艱難 生理に賤く,飄泊 如今に到れり。

 

杜甫草堂詳細図02 

『春日江村,五首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

春日江村,五首之一

農務村村急,春流岸岸深。

乾坤萬里眼,時序百年心。

茅屋還堪賦,桃源自可尋。

艱難賤生理,飄泊到如今。

 

(下し文)

(春日江村,五首之一)

農務 村村 急に,春流 岸岸 深し。

乾坤 萬里の眼,時序 百年の心。

茅屋 還た賦するに堪えたり,桃源 自ら尋ぬる可し。

艱難 生理に賤く,飄泊 如今に到れり。

 

(現代語訳)

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここをはなれるとすれば桃源郷に行くといって自らを慰め詠う。)

春になり、このあたりのどの村でも農事がせわしくなってきた、春水の濯錦江の流れは岸という岸にはも水かさが上がり深くなっている。

この時、天地の間に万里の眼をはなつことであり、四時の変遷にあって一生涯を通じてながめる自分の心はどんなであろうか。

まあまあ、そまつな茅ぶきの家ではあるがここで詩もつくることができる、またここを立ち去って遠くへ出かけるとすれば桃源の世界も尋ねることができるというものだ。

元来自分は国家多難のおりにあたって一身上の活計にうとく、ながれただようて今日におよんでおるのである。

 

江畔独歩尋花 

(訳注)

春日江村,五首之一

(春の日、濯錦江沿いの浣花渓の村の生活に満ち足りていて、しかも、ここをはなれるとすれば桃源郷に行くといって自らを慰め詠う。)

 

農務村村急,春流岸岸深。

春になり、このあたりのどの村でも農事がせわしくなってきた、春水の濯錦江の流れは岸という岸にはも水かさが上がり深くなっている。

○江村 かわぞいの村。浣花里をいう。

○農務 農事のつとめ。

○急 せわしいことをいう。

○岸岸 岸ごとに。

 

乾坤萬里眼,時序百年心。

この時、天地の間に万里の眼をはなつことであり、四時の変遷にあって一生涯を通じてながめる自分の心はどんなであろうか。

○万里眼 呉楚にむかって遠く眼を放つことをいう、「居ヲトス」詩(第四冊二ページ)に「克行万里典二乗ズルニ堪ユタリ」などの万里の意。

〇時序 四季のうつりかわり。今、春にあったのにつけていう。

〇百年心一生涯というものをながめる心。

○茅屋 草堂をさす。

 

茅屋還堪賦,桃源自可尋。

まあまあ、そまつな茅ぶきの家ではあるがここで詩もつくることができる、またここを立ち去って遠くへ出かけるとすれば桃源の世界も尋ねることができるというものだ。

○賦 詩を賦すことをいう。

○桃源 武陵桃源の実際の仙境、涜花渓の住居をこれに此するという説は今は取らぬ。

 

艱難賤生理,飄泊到如今。

元来自分は国家多難のおりにあたって一身上の活計にうとく、ながれただようて今日におよんでおるのである。

○艱難 国事のなんぎなとき。

○賤生理 くらしむきのことに通じない。賤:1 身分・社会的地位が低い。2 品位に欠けている。下品だ。3 貧しい。みすぼらしい。4 飲食物や金銭に対して貪欲である。ここでは3.暮らしのために一生懸命ではないという意味。
春水001 

765年永泰元年54歲-14 《弊廬遣興奉寄嚴公》 杜甫index-15 杜甫<814> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4805 杜甫詩1500-814-1132/2500

自分と厳武公の交際は、左拾遺を拝命した朝廷の中においても房琯の一党の古き仲間としても其の関係跡をかたじけのうしておるし、自分の心情は厳武公が節度使の尊いお方であるということをよりどころとしているのである。

 
 2014年9月13日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
83-#4 《江夏行》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 25歳 20 首 <83-#4> Ⅰ李白詩1251 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4803 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
441-#3 《雜詩》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1164> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4804韓愈詩-441-#3 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-14 《弊廬遣興奉寄嚴公》 杜甫index-15 杜甫<814> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4805 杜甫詩1500-814-1132/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor17-469《八拍蠻二首,其二》巻九 閻選Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-652-17-(469) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4807 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-14 《弊廬遣興奉寄嚴公》 杜甫index-15 杜甫<814> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4805 杜甫詩1500-814-1132/2500765年永泰元年54-14

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二二八              文體:    五言古詩

詩題:    弊廬遣興奉寄嚴公

交遊人物:嚴武    書信往來(劍南道北部 益州 成都)

 

 

弊廬遣興奉寄嚴公

(あばら家の我が家で興を遣り、詩を作って厳武公に寄せ奉る。)

野水平橋路,春沙映竹村。

成都に続く道に大水が降って溢れ、のばしと道と水路が平らになってしまう、雨が止むと濯錦江の中洲の砂は春景色の中、竹林はこの村に映えている。

風輕粉蝶喜,花暖蜜蜂喧。

晴れ渡ると風は軽やかに吹いて、花の花粉に喜んでいる、花は暖かくなると更に開いて蜂は蜜をすに集めて煩くさわぐ。

把酒宜深酌,題詩好細論。

こうなると自分は酒を手にして十分深酒をするまで呑むし、詩を題するなら、良い仲間と仔細に論じ合わねばならない。

府中瞻暇日,江上憶詞源。

厳武公は幕府で忙しく暇な日などなくしっかり情勢を観なければいけないので、自分はこの濯錦江のほとりで、文章の淵源あることを思っておるところである。

跡忝朝廷舊,情依節制尊。

自分と厳武公の交際は、左拾遺を拝命した朝廷の中においても房琯の一党の古き仲間としても其の関係跡をかたじけのうしておるし、自分の心情は厳武公が節度使の尊いお方であるということをよりどころとしているのである。

還思長者轍,恐避席為門。

それにつけても、厳武公が、自分を訪ねてやろうと思われても、私の家が筵を門や扉としているようなむさくるしい所であるのでこればっかりは避けていただくよりないのです。

 

(弊廬 興を遣る 嚴公寄せ奉る)

野水 橋路を平かにし,春沙 竹村に映ず。

風輕くして 蝶 粉して喜び,花暖かにして 蜂 蜜をとりて 喧すし。

把酒をりては深酌を宜しくし,詩を題しては細論を好しとす。

府中 暇日を瞻て,江上 詞源を憶う。

跡は忝【かたじけな】くす 朝廷の舊,情は依る 節制の尊。

還た思う 長者の轍,恐らくは席を門と為すを避けん。

杜甫草堂詳細図02 

『弊廬遣興奉寄嚴公』 現代語訳と訳註

(本文)

弊廬遣興奉寄嚴公

野水平橋路,春沙映竹村。

風輕粉蝶喜,花暖蜜蜂喧。

把酒宜深酌,題詩好細論。

府中瞻暇日,江上憶詞源。

跡忝朝廷舊,情依節制尊。

還思長者轍,恐避席為門。

 

(下し文)

(弊廬 興を遣る 嚴公寄せ奉る)

野水 橋路を平かにし,春沙 竹村に映ず。

風輕くして 蝶 粉して喜び,花暖かにして 蜂 蜜をとりて 喧すし。

把酒をりては深酌を宜しくし,詩を題しては細論を好しとす。

府中 暇日を瞻て,江上 詞源を憶う。

跡は忝【かたじけな】くす 朝廷の舊,情は依る 節制の尊。

還た思う 長者の轍,恐らくは席を門と為すを避けん。

 

(現代語訳)

(あばら家の我が家で興を遣り、詩を作って厳武公に寄せ奉る。)

成都に続く道に大水が降って溢れ、のばしと道と水路が平らになってしまう、雨が止むと濯錦江の中洲の砂は春景色の中、竹林はこの村に映えている。

晴れ渡ると風は軽やかに吹いて、花の花粉に喜んでいる、花は暖かくなると更に開いて蜂は蜜をすに集めて煩くさわぐ。

こうなると自分は酒を手にして十分深酒をするまで呑むし、詩を題するなら、良い仲間と仔細に論じ合わねばならない。

厳武公は幕府で忙しく暇な日などなくしっかり情勢を観なければいけないので、自分はこの濯錦江のほとりで、文章の淵源あることを思っておるところである。

自分と厳武公の交際は、左拾遺を拝命した朝廷の中においても房琯の一党の古き仲間としても其の関係跡をかたじけのうしておるし、自分の心情は厳武公が節度使の尊いお方であるということをよりどころとしているのである。

それにつけても、厳武公が、自分を訪ねてやろうと思われても、私の家が筵を門や扉としているようなむさくるしい所であるのでこればっかりは避けていただくよりないのです。

 

江畔独歩尋花 

(訳注)

弊廬遣興奉寄嚴公

(あばら家の我が家で興を遣り、詩を作って厳武公に寄せ奉る。)

《正月三日歸溪上有作簡院諸公》などと共に厳武の幕府への出仕したくない旨を述べたもの。

 

野水平橋路,春沙映竹村。

成都に続く道に大水が降って溢れ、のばしと道と水路が平らになってしまう、雨が止むと濯錦江の中洲の砂は春景色の中、竹林はこの村に映えている。

野水平橋路 成都と杜甫の草堂の間には橋が数本あったようでこの詩の橋、野橋、浣花橋、市橋、と言っている。《渓漲》では「當時浣花橋,溪水纔尺餘。白石明可把,水中有行車。」溪漲 成都6-(6-#1) 杜甫 <471-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2465 杜甫詩1000-471-687/1500

《西郊》「時出碧雞坊,西郊向草堂。市橋官柳細,江路野梅香。」西郊 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 2)  杜甫 <407 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1980 杜甫詩1000-407-590/1500

 

風輕粉蝶喜,花暖蜜蜂喧。

晴れ渡ると風は軽やかに吹いて、花の花粉に喜んでいる、花は暖かくなると更に開いて蜂は蜜をすに集めて煩くさわぐ。

粉蝶 花粉と蝶。

 

把酒宜深酌,題詩好細論。

こうなると自分は酒を手にして十分深酒をするまで呑むし、詩を題するなら、良い仲間と仔細に論じ合わねばならない。

 

府中瞻暇日,江上憶詞源。

厳武公は幕府で忙しく暇な日などなくしっかり情勢を観なければいけないので、自分はこの濯錦江のほとりで、文章の淵源あることを思っておるところである。

府中 西川節度使の幕府の役所の中。

瞻暇日 実はこの時の吐蕃情勢はきんぱくしていたから、暇な日を見つけようと懸命に見つめる。つまり、暇がないことをいう。

詞源 厳武が文章の淵源を有しているということ。

 

跡忝朝廷舊,情依節制尊。

自分と厳武公の交際は、左拾遺を拝命した朝廷の中においても房琯の一党の古き仲間としても其の関係跡をかたじけのうしておるし、自分の心情は厳武公が節度使の尊いお方であるということをよりどころとしているのである。

朝廷舊 厳武が給仕中、杜甫が左拾遺で、共に房琯の一党であった。

節制尊 節度使の権をもつ尊いお方である

 

還思長者轍,恐避席為門。

それにつけても、厳武公が、自分を訪ねてやろうと思われても、私の家が筵を門や扉としているようなむさくるしい所であるのでこればっかりは避けていただくよりないのです。

長者轍 門を筵で作り家の戸もない家であってもそこに尊敬されるべき人物であれば長者の列をなして訪問があるという《史記》卷五十六〈陳丞相世家〉の故事。長者の厳武公が訪ねるとしたら、私でなくもっと大人物を訪ねられるべきである。
三者の思惑が合致

765年永泰元年54歲-13 《正月三日歸溪上有作簡院內諸公》 杜甫index-15 杜甫<813> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4800 杜甫詩1500-813-1131/2500

薬草は隣の人が来て、きっていっても咎めずにいるし、書物は子供がささげるにまかせているというように、暮らすことはのんきでいい。白髪あたまになって幕府へ出仕しているなどは平生の隠遁の志に負いておるものだということに深く気がつくのである。

 
 2014年9月12日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
83-#3 《江夏行》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 25歳 20 首 <83-#3> Ⅰ李白詩1250 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4798 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
441-#2 《雜詩》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1163> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4799韓愈詩-441-#2 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-13 《正月三日歸溪上有作簡院內諸公》 杜甫index-15 杜甫<813> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4800 杜甫詩1500-813-1131/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor17-468《八拍蠻二首,其一》巻九 閻選Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-651-17-(468) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4802 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-13 《正月三日歸溪上有作簡院諸公》 杜甫index-15 杜甫<813 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4800 杜甫詩1500-813-1131/2500765年永泰元年54-13

 

 

作年:765年永泰元年54-

卷別:    卷二二八              文體:    五言律詩

詩題:    正月三日歸溪上有作簡院諸公

 

正月三日歸溪上有作簡院諸公

(永泰元年の正月三日に幕府から浣花渓のほとりの草堂へもどったときできた詩。)

野外堂依竹,籬邊水向城。

野原が広がる成都郊外において竹林によりそうようにして草堂がある。籬のそばから水が流れて東の城の方へむかってそそいでいる。

蟻浮仍臘味,鷗泛已春聲。

蟻の浮いているような酒はやはり歳暮の生生しい味がしているが、流れに浮かんでいる鴎ははやくも春らしい声をたでている。

藥許鄰人斸,書從稚子擎。

薬草は隣の人が来て、きっていっても咎めずにいるし、書物は子供がささげるにまかせているというように、暮らすことはのんきでいい。

白頭趨幕府,深覺負平生。

白髪あたまになって幕府へ出仕しているなどは平生の隠遁の志に負いておるものだということに深く気がつくのである。

 

(正月三日溪上に歸りて作有り 院諸公に簡す)

野外 堂 竹に依り、 籬辺 水城に向う。

蟻浮 仇お 臘味、鴎泛 己に春声。

薬は隣人の斸るを許す、書は稚子の擎ぐるに従【まか】す。

白頭 幕府に趨す、深く平生に負くを覚ゆ。

 

江畔独歩尋花 

『正月三日歸溪上有作簡院諸公』 現代語訳と訳註

(本文)

正月三日歸溪上有作簡院諸公

野外堂依竹,籬邊水向城。

蟻浮仍臘味,鷗泛已春聲。

藥許鄰人斸,書從稚子擎。

白頭趨幕府,深覺負平生。

 

 

(下し文)

(正月三日溪上に歸りて作有り 院諸公に簡す)

野外 堂 竹に依り、 籬辺 水城に向う。

蟻浮 仇お 臘味、鴎泛 己に春声。

薬は隣人の斸るを許す、書は稚子の擎ぐるに従【まか】す。

白頭 幕府に趨す、深く平生に負くを覚ゆ。

 

(現代語訳)

(永泰元年の正月三日に幕府から浣花渓のほとりの草堂へもどったときできた詩。)

野原が広がる成都郊外において竹林によりそうようにして草堂がある。籬のそばから水が流れて東の城の方へむかってそそいでいる。

蟻の浮いているような酒はやはり歳暮の生生しい味がしているが、流れに浮かんでいる鴎ははやくも春らしい声をたでている。

薬草は隣の人が来て、きっていっても咎めずにいるし、書物は子供がささげるにまかせているというように、暮らすことはのんきでいい。

白髪あたまになって幕府へ出仕しているなどは平生の隠遁の志に負いておるものだということに深く気がつくのである。

 

杜甫草堂詳細図02 

(訳注)

正月三日歸溪上有作簡院諸公

(永泰元年の正月三日に幕府から浣花渓のほとりの草堂へもどったときできた詩。)

それを手紙のかわりに府中の同僚諸君へやった。これより以後は作者はふたたび幕府へは出仕しなかった。

○正月三日 永泰元年の正月三日である。

○渓上 浣花渓のほとり。

○簡 てがみとしでやる。

○院内諸公 節度使の府中の同僚。

 

 

野外堂依竹,籬邊水向城。

野原が広がる成都郊外において竹林によりそうようにして草堂がある。籬のそばから水が流れて東の城の方へむかってそそいでいる。

 

蟻浮仍臘味,鷗泛已春聲。

蟻の浮いているような酒はやはり歳暮の生生しい味がしているが、流れに浮かんでいる鴎ははやくも春らしい声をたでている。

○蟻浮 酒をいう、酒の表面に泡があって蟻がうかんでいるごとくである。

○臘味 十二月の味、酒は年のくれにつくりこむ。

○鷗泛 かもめの水にうかぶこと。

○春声 春らしいのどかなこえ。

 

藥許鄰人斸,書從稚子擎。

薬草は隣の人が来て、きっていっても咎めずにいるし、書物は子供がささげるにまかせているというように、暮らすことはのんきでいい。

○斸 きりとる、根をはること。

 

白頭趨幕府,深覺負平生。

白髪あたまになって幕府へ出仕しているなどは平生の隠遁の志に負いておるものだということに深く気がつくのである。

○擎 両手でささげる。
題新津北橋棲00 

765年永泰元年54歲-12 《喜雨》 杜甫index-15 杜甫<812> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4795 杜甫詩1500-812-1130/2500

南方の国蜀の地は日照りで雨が降らず干上がったが、今朝から錦江から雲が湧きだした。

その雲が空に入ってやっと広がっていったのだが、遠くの方で早くも雨が紛々として乱れそそいできたのだ。

 
 2014年9月11日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
83-#2 《江夏行》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 25歳 20 首 <83-#2> Ⅰ李白詩1249 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4793 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
441-#1 《雜詩》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1162> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4794韓愈詩-441-#1 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-12 《喜雨》 杜甫index-15 杜甫<812> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4795 杜甫詩1500-812-1130/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor17-467《浣溪紗一首,》巻九 閻選Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-650-17-(467) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4797 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-12 《喜雨》 杜甫index-15 杜甫<812 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4795 杜甫詩1500-812-1130/2500765年永泰元年54-12

 

 

作時年:              765年永泰元年54

卷別:    卷二二八              文體:    五言律詩

詩題:    喜雨

 

 

喜雨

(春三月旱が続いて初夏になって雨が降ったことを喜んで詩った)

南國旱無雨,今朝江出雲。

南方の国蜀の地は日照りで雨が降らず干上がったが、今朝から錦江から雲が湧きだした。

入空纔漠漠,灑迥已紛紛。

その雲が空に入ってやっと広がっていったのだが、遠くの方で早くも雨が紛々として乱れそそいできたのだ。

巢燕高飛盡,林花潤色分。

巣作りをしても巣にいつづけていたツバメは、雨を喜んで、みんな高く飛んでいるし、林の花は、潤いをおびて濃淡の色がはっきりしている。

晚來聲不應得夜深聞。

夕方になっても、雨の音は絶えることなく続いている、この様子ではきっと夜が更けても雨の音が続くだろう。

 

(喜雨)

南國 旱にして 雨無し,今朝 江 雲出づ。

空に入りて 纔【わずか】に 漠漠たり,迥かに灑ぎて 已に紛紛たり。

燕 巢しも 高く飛び盡す,林花 潤い 色 分る。

晚來りて 聲 えず,應に夜 深くして聞くことを得んや。

 

tsubame 

『喜雨』 現代語訳と訳註

(本文)

喜雨

南國旱無雨,今朝江出雲。

入空纔漠漠,灑迥已紛紛。

巢燕高飛盡,林花潤色分。

晚來聲不應得夜深聞。

 

(下し文)

(喜雨)

南國 旱にして 雨無し,今朝 江 雲出づ。

空に入りて 纔【わずか】に 漠漠たり,迥かに灑ぎて 已に紛紛たり。

燕 巢しも 高く飛び盡す,林花 潤い 色 分る。

晚來りて 聲 えず,應に夜 深くして聞くことを得んや。

 

 

(現代語訳)

(春三月旱が続いて初夏になって雨が降ったことを喜んで詩った)

南方の国蜀の地は日照りで雨が降らず干上がったが、今朝から錦江から雲が湧きだした。

その雲が空に入ってやっと広がっていったのだが、遠くの方で早くも雨が紛々として乱れそそいできたのだ。

巣作りをしても巣にいつづけていたツバメは、雨を喜んで、みんな高く飛んでいるし、林の花は、潤いをおびて濃淡の色がはっきりしている。

夕方になっても、雨の音は絶えることなく続いている、この様子ではきっと夜が更けても雨の音が続くだろう。

 

 DCF00048

(訳注)

喜雨

(春三月旱が続いて初夏になって雨が降ったことを喜んで詩った)

作時:763 廣德元年 杜甫51歳 

卷別: 卷二一九  文體: 五言古詩 
 
喜雨   魏 曹植(曹子建)
天覆何彌廣!苞育此群生。
棄之必憔悴,惠之則滋榮。
慶雲從北來,鬱述西南征。
時雨終夜降,長雷周我廷。
嘉種盈膏壤,登秋必有成。 

 曹植(曹子建) 《喜雨》 魏詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3006 (09/18)

これまで、雨つづきのあとに晴れとなったことを喜んだ詩も次のようにある。
製作時は至徳二載三月癸亥(756.3/7)より大雨があり、甲戌の日(756.3/11)に至って止んだ後の作である。喜晴 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 157


南國旱無雨,今朝江出雲。

南方の国蜀の地は日照りで雨が降らず干上がったが、今朝から錦江から雲が湧きだした。

南國 一時期成都は、南都とされた、蜀のこと。

 錦江のこと。

出雲 古代、雨雲は、谷間の巌谷の洞窟、大江から湧き出るとされていた。

 

入空纔漠漠,灑迥已紛紛。

その雲が空に入ってやっと広がっていったのだが、遠くの方で早くも雨が紛々として乱れそそいできたのだ。

漠漠 1 広々として果てしないさま。「―たる荒野」2 ぼんやりとしているさま。とりとめのないさま。「

紛紛 雑多な、入り乱れたありさま。

 

巢燕高飛盡,林花潤色分。

巣作りをしても巣にいつづけていたツバメは、雨を喜んで、みんな高く飛んでいるし、林の花は、潤いをおびて濃淡の色がはっきりしている。

潤色分 識別が発揮溜するほど潤うこと。

 

晚來聲不應得夜深聞。

夕方になっても、雨の音は絶えることなく続いている、この様子ではきっと夜が更けても雨の音が続くだろう。

765年永泰元年54歲-11 《春遠》 杜甫index-15 杜甫<811> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4790 杜甫詩1500-811-1129/2500765年永泰元年54歲-11

(自分たちは宦官と賀蘭進明・第五琦たちにちょうていからはじき出されたが、郭子儀だけが一貫して唐王朝の崩壊を食い止め、長安を守っていることを聞きつけ、その郭子儀が故郷の洛陽を守ってくれているけれど、自分は帰ることのできないと詠う。)

 
 2014年9月10日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
83 《江夏行》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌と遊ぶ。 <84> Ⅰ李白詩1249 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4793 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
440 《馬厭穀》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1161> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4789韓愈詩-440 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-11 《春遠》 杜甫index-15 杜甫<811> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4790 杜甫詩1500-811-1129/2500765年永泰元年54歲-11 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor17-466《臨江仙二首,其二》巻九 閻選Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-649-17-(466) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4792 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-11 《春遠》 杜甫index-15 杜甫<811 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4790 杜甫詩1500-811-1129/2500765年永泰元年54-11

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二二八              文體:    五言律詩

詩題:    春遠

作地點:              成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

 

春遠

(自分たちは宦官と賀蘭進明・第五琦たちにちょうていからはじき出されたが、郭子儀だけが一貫して唐王朝の崩壊を食い止め、長安を守っていることを聞きつけ、その郭子儀が故郷の洛陽を守ってくれているけれど、自分は帰ることのできないと詠う。)

肅肅花絮晚,菲菲紅素輕。

桃の花や柳の勢がしずかにくれかかり、あかいのやしろいのが軽らかににおいながらとぶ。

日長唯鳥雀,春遠獨柴荊。

日はながいがきこえるものは鳥雀のこえばかり、郭子儀が平定して迎えた都の春とは遠くへだたってこの隠遁者のいる柴荊の門の草堂あるのみだ。

數有關中亂,何曾劍外清。

関中でさえたびたびの騒乱があるのだ、どうして剣門のそとも、乱続きで、兵馬の塵がなくて清らかであることなどあるはずもないのだ
歸不得,
地入亞夫營。
故郷へは帰れることはないだろう。故郷の地はいま周亜夫(郭子儀)の陣地のなかに繰り込まれて守られているから帰りたいのだ。

 

 (春 遠きにあり)

肅肅として 花架 晩る、菲菲として 紅素 軽し。

日 長くして 惟だ 鳥雀、春 遠くありて 独り柴荊。

数【しばし】ば 関中 乱有り、何ぞ曾て 剣外 清からん。

故郷に帰り得ず、地は入る 亜夫の営に。

 

三者の思惑が合致 

『春遠』 現代語訳と訳註

(本文)

春遠

肅肅花絮晚,菲菲紅素輕。

日長唯鳥雀,春遠獨柴荊。

數有關中亂,何曾劍外清。

歸不得,地入亞夫營。

 

 

(下し文)

 (春 遠きにあり)

肅肅として 花架 晩る、菲菲として 紅素 軽し。

日 長くして 惟だ 鳥雀、春 遠くありて 独り柴荊。

数【しばし】ば 関中 乱有り、何ぞ曾て 剣外 清からん。

故郷に帰り得ず、地は入る 亜夫の営に。

 

 

(現代語訳)

(自分たちは宦官と賀蘭進明・第五琦たちにちょうていからはじき出されたが、郭子儀だけが一貫して唐王朝の崩壊を食い止め、長安を守っていることを聞きつけ、その郭子儀が故郷の洛陽を守ってくれているけれど、自分は帰ることのできないと詠う。)

桃の花や柳の勢がしずかにくれかかり、あかいのやしろいのが軽らかににおいながらとぶ。

日はながいがきこえるものは鳥雀のこえばかり、郭子儀が平定して迎えた都の春とは遠くへだたってこの隠遁者のいる柴荊の門の草堂あるのみだ。

関中でさえたびたびの騒乱があるのだ、どうして剣門のそとも、乱続きで、兵馬の塵がなくて清らかであることなどあるはずもないのだ。

故郷へは帰れることはないだろう。故郷の地はいま周亜夫(郭子儀)の陣地のなかに繰り込まれて守られているから帰りたいのだ。

 

 

(訳注)

春遠

(自分たちは宦官と賀蘭進明・第五琦たちにちょうていからはじき出されたが、郭子儀だけが一貫して唐王朝の崩壊を食い止め、長安を守っていることを聞きつけ、その郭子儀が故郷の洛陽を守ってくれているけれど、自分は帰ることのできないと詠う。)

春遠 安史の乱、杜甫が長安の安史軍の軟禁より脱出し、鳳翔の行在所に駆け込み、一年余り、左拾遺として仕え、郭子儀は一貫して頭の王朝軍の中枢として揺るがぬ存在でいた。76410月、僕固懐恩と吐蕃10万が奉天を囲ったため、郭子儀を涇州・涇陽に駐屯し長安を守った。杜甫は房琯のグループであり、賀蘭進明、第五琦のグループとは相対していた。ちなみに郭子儀は中間派である。

郭子儀(かく しぎ、697 - 781年)は、中国、唐朝に仕えた軍人・政治家。玄宗、粛宗、代宗、徳宗の4代に仕えた。客家人。安史の乱で大功を立て、以後よく異民族の侵入を防いだ。盛唐〜中唐期を代表する名将。

第四句の「春遠」の二字を切りとって題とする、遠地の春のおもいをのべている。永泰元年草堂にあっての作。

杜甫《春望》も、春は故郷で迎えることが一番であると考えている。遠地で春を迎えはしたが、成都は第二の故郷にもなっていない。遠とは都をとおくはなれるとおいところをいう。

 安史の乱当時の勢力図

肅肅花絮晚,菲菲紅素輕。

桃の花や柳の勢がしずかにくれかかり、あかいのやしろいのが軽らかににおいながらとぶ。

○粛粛仇氏は呉見息の「論文」を引いて粛粛は落ちるさまをいうといっ184ているのは亦たよろしくない、粛粛はしずかにくれるさまをいう、謝桃の「中書省二直ス」詩に、「紫殿粛トシテ陰陰タリ」とあるのを以て証することができる。

○花架桃花と柳素。

○井罪王速の「離騒」の注に非罪は勃勃のごとしといっている、香気のおこるさまをいう。

○紅素 くれないとしろと、紅は桃花、素は柳素。

 

日長唯鳥雀,春遠獨柴荊。

日はながいがきこえるものは鳥雀のこえばかり、郭子儀が平定して迎えた都の春とは遠くへだたってこの隠遁者のいる柴荊の門の草堂あるのみだ。

○独柴荊 万里の遠きにあって、ただ、一つの草堂あるのみ、柴荊は柴荊を縛って作ったそまつな門。隠遁者の家という意味。

 

數有關中亂,何曾劍外清。

関中でさえたびたびの騒乱があるのだ、どうして剣門のそとも、乱続きで、兵馬の塵がなくて清らかであることなどあるはずもないのだ。

○関中 長安地方をいう。

○乱 広徳二年十月吐蕃が入超し、永泰元年二月党項が富平に入寇した。これは安史の乱では功勲をあげた僕固懐恩が裏切り、吐蕃、回紇をだまして連合軍とし起している。

○剣外 剣門のそと、蜀をいぅ。

○清 兵馬の塵がなくて清らかなことをいう。

 

歸不得,地入亞夫營。

故郷へは帰れることはないだろう。故郷の地はいま周亜夫(郭子儀)の陣地のなかに繰り込まれて守られているから帰りたいのだ。

○故郷 長安。郭子儀は、この詩の時期以前は、度重なる洛陽陥落をその都度回復させ、平定していて、僕固懐恩が吐蕃と結託し、太原を陥落し、南下して奉天に逼ったために、洛陽周辺の兵力を以て長安をも持ったのであるから、長安と洛陽を守った英雄としてとらえている。

○亜夫営 亜夫は漢の周亜夫、文帝の時匈奴が入寇したとき、亜夫は細柳の営に屯した、細柳の営は、長安昆明地の南にある、時に(永泰元年正月)吐蕃が盟を請うたので、郭子儀は奉天に城を築かんと請い、又、兵を涇原に屯した。亜夫を以て子儀に此す。
桃園001 




765年永泰元年54歲-10 《遣憤》 杜甫index-15 杜甫<810> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4785 杜甫詩1500-810-1128/2500765年永泰元年54歲-10

雍王(代宗の子)回紇の可汗と陜州黄河北岸で会見,この時、雍王が可汗の帳前に舞蹈しなかったのを責め、回紇の車鼻将軍が雍王の従者,章少華、魏琚、李進、藥子昂等を引き立て、各々打つこと百回、章少華、魏琚は死にいたる。これをもって「漢臣鞭血」といい,これに基づき、再びこのような屈辱的なことが無いように杜甫は警告したのである。

 
 2014年9月9日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
82 《白紵辭,三首之三》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 <82> Ⅰ李白詩1247 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4783 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
439-#2 《古風》韓愈(韓退之)ID 794年貞元10年 27歳<1160> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4784韓愈詩-439-#2 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-10 《遣憤》 杜甫index-15 杜甫<810> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4785 杜甫詩1500-810-1128/2500765年永泰元年54歲-10 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor17-465《臨江仙二首,其一》巻九 閻選Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-648-17-(465) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4787 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

 

765年永泰元年54-10 《遣憤》 杜甫index-15 杜甫<810 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4785 杜甫詩1500-810-1128/2500765年永泰元年54-10

 

 

作時年:              765年永泰元年54-

卷別:    卷二二七              文體:    五言律詩

詩題:    遣憤

及地點:              花門山堡 (隴右道東部 甘州 甘州) 別名:花門             

 

 

遣憤

(唐軍の権威を回紇に今こそ示せと怒って詠う。)

聞道花門將,論功未盡歸。

聞くところによると、回紇種族の大將らは、この度の吐蕃を破ったことに対する報酬に不満を持って、未だに軍隊を帰国しないで残していて、その中のものは略奪に及んでいるという。

自從收帝里,誰復總戎機。

安史の乱で帝都長安が敵の手に落ち、やっとの思いで取り返したのが、757年の冬であったが、76310月涇州刺史の裏切りにより、吐蕃を長安に引き入れ陥し、代宗は陜州に逃避した。それが12月に吐蕃が兵を引いたので、帝都に代宗が戻られたものの、引き続き、吐蕃とウイグル回紇軍に長安のものは怯えて暮らしている。この時期、一体だれが、この唐王朝軍の全権を握っているのであろうか。

蜂蠆終懷毒,雷霆可震威。

蜂とサソリの様な毒を持っている回紇に援軍を養成すれば最終的にその毒がこの国に残ってしまうということであり、いまこそ、稲光とイカヅチのように叱咤、大声を上げて怒り朝廷の権威を示すべきなのだ。

莫令鞭血地,再漢臣衣。

これまで我が唐の臣が、どれだけ回紇に鞭うたれて血を流したことか、それなのに、ここで再び我が朝臣の衣を血で潤すようなことがあってはならないのである。

 

(憤を遣る)

聞道【きくならく】花門の將,功を論じて未だ盡く歸らず、と。

帝里を收めし自從【より】,誰か復た戎機【じゅうき】を總【す】べる。

蜂蠆【ほうたい】終に毒を懷くも,雷霆【らいてい】威を震う可し。

鞭血なりし地,再び漢臣の衣を令むこと莫れ

 

安史の乱当時の勢力図

 

『遣憤』 現代語訳と訳註

(本文)

遣憤

聞道花門將,論功未盡歸。

自從收帝里,誰復總戎機。

蜂蠆終懷毒,雷霆可震威。

莫令鞭血地,再漢臣衣。

 

(下し文)

(憤を遣る)

聞道【きくならく】花門の將,功を論じて未だ盡く歸らず、と。

帝里を收めし自從【より】,誰か復た戎機【じゅうき】を總【す】べる。

蜂蠆【ほうたい】終に毒を懷くも,雷霆【らいてい】威を震う可し。

鞭血なりし地,再び漢臣の衣を令むこと莫れ

 

(現代語訳)

(唐軍の権威を回紇に今こそ示せと怒って詠う。)

聞くところによると、回紇種族の大將らは、この度の吐蕃を破ったことに対する報酬に不満を持って、未だに軍隊を帰国しないで残していて、その中のものは略奪に及んでいるという。

安史の乱で帝都長安が敵の手に落ち、やっとの思いで取り返したのが、757年の冬であったが、76310月涇州刺史の裏切りにより、吐蕃を長安に引き入れ陥し、代宗は陜州に逃避した。それが12月に吐蕃が兵を引いたので、帝都に代宗が戻られたものの、引き続き、吐蕃とウイグル回紇軍に長安のものは怯えて暮らしている。この時期、一体だれが、この唐王朝軍の全権を握っているのであろうか。

蜂とサソリの様な毒を持っている回紇に援軍を養成すれば最終的にその毒がこの国に残ってしまうということであり、いまこそ、稲光とイカヅチのように叱咤、大声を上げて怒り朝廷の権威を示すべきなのだ。

これまで我が唐の臣が、どれだけ回紇に鞭うたれて血を流したことか、それなのに、ここで再び我が朝臣の衣を血で潤すようなことがあってはならないのである。

太白山001 

(訳注)

遣憤

(唐軍の権威を回紇に今こそ示せと怒って詠う。)

763年、正月、安史の乱は史朝儀の縊死しおわった。この時のウイグル援軍に対する支払いは、唐王朝の財政的危機のため、禍根を残していたことで、ウイグルの大将たちの中には、その後、李崔国の横暴、涇州刺史の裏切りにより、吐蕃を長安に引き入れ落した。僕固懐恩の裏切りと安史の乱が終わっても、勢力を増した潘鎮、節度使、が各地で放棄し、それがことごとくウイグル回紇、チベット吐蕃と結託したものであり、これに対抗する唐王朝軍は別のウイグル軍へ援軍を依頼するのであるから、唐軍は完全に舐められていたのである。

杜甫が花門、回紇について述べたもの。

哀王孫 杜甫140  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 140-#1

喜聞官軍已臨賊寇 二十韻 #1 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 223

洗兵行 #1 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ992 杜甫特集700- 295

 

留花門 #1 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1004 杜甫特集700- 299

喜聞官軍已臨賊寇 二十韻 #4 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 226

 

聞道花門將,論功未盡歸。

聞くところによると、回紇種族の大將らは、この度の吐蕃を破ったことに対する報酬に不満を持って、未だに軍隊を帰国しないで残していて、その中のものは略奪に及んでいるという。

花門 堡の名であるが回紇種族(ウイグル騎馬民族)そのものをさす。元来、居延海(寧夏省の西北境にある湖水)の北にある要塞の名であるが、当時その地点は回紇の領土としていたところからこの名前を使った。『唐書』地理志「甘州寧寇軍の東北に、居延海あり、又北三百里にして、花門山堡あり、又東北千里にして、回紇の衙帳に至る。」

論功 回紇に援軍要請した際の約束事に見合う報償について納得しない回紇軍が長安で略奪行為を行う(報償が足らない場合は奪ってよいとしていた)。

 

自從收帝里,誰復總戎機。

安史の乱で帝都長安が敵の手に落ち、やっとの思いで取り返したのが、757年の冬であったが、76310月涇州刺史の裏切りにより、吐蕃を長安に引き入れ陥し、代宗は陜州に逃避した。それが12月に吐蕃が兵を引いたので、帝都に代宗が戻られたものの、引き続き、吐蕃とウイグル回紇軍に長安のものは怯えて暮らしている。この時期、一体だれが、この唐王朝軍の全権を握っているのであろうか。

收帝里 帝都長安を取り戻して治めること。

總戎機 唐王朝軍の軍の全権を握ること。

 

蜂蠆終懷毒,雷霆可震威。

蜂とサソリの様な毒を持っている回紇に援軍を養成すれば最終的にその毒がこの国に残ってしまうということであり、いまこそ、稲光とイカヅチのように叱咤、大声を上げて怒り朝廷の権威を示すべきなのだ。

蜂蠆 蜂とサソリ

雷霆 かみなり、稲光とイカヅチのように叱咤、大声を上げて怒ること。

 

莫令鞭血地,再漢臣衣。

これまで我が唐の臣が、どれだけ回紇に鞭うたれて血を流したことか、それなのに、ここで再び我が朝臣の衣を血で潤すようなことがあってはならないのである。

鞭血地 人を鞭うちその血がそそぐことをいう。旧唐書、回紇傳寶應元年九月、初めて,雍王(代宗の子)回紇の可汗と陜州黄河北岸で会見,この時、雍王が可汗の帳前に舞蹈しなかったのを責め、回紇の車鼻将軍が雍王の従者,章少華、魏琚、李進、藥子昂等を引き立て、各々打つこと百回、章少華、魏琚は死にいたる。これをもって「漢臣鞭血」といい,これに基づき、再びこのような屈辱的なことが無いように杜甫は警告したのである。
三者の思惑が合致 

765年永泰元年54歲-09 《宿青溪驛奉懷張員外十五兄之緒》 杜甫index-15 杜甫<809> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4780 杜甫詩1500-809-1127/2500

貴方様の存在は広広として大きなものであり、蜀に流されたということでおあいできるとおもっておりましたが、これまで、前にも後ろにもお会いすることはありませんでした、若しお会いできるとお約束するなら、長江を下って荊州、楚の国についてからのことになると思います。

 
 2014年9月8日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
81 《白紵辭三首其二》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 20 首 <81> Ⅰ李白詩1246 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4778 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
439-#1 《古風》韓愈(韓退之)ID 794年貞元10年 27歳<1159> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4779韓愈詩-439-#1 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-09 《宿青溪驛奉懷張員外十五兄之緒》 杜甫index-15 杜甫<809> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4780 杜甫詩1500-809-1127/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor17-464《虞美人二首,其二》巻九 閻選Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-647-17-(464) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4782 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-09 《宿青溪驛奉懷張員外十五兄之緒》 杜甫index-15 杜甫<809 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4780 杜甫詩1500-809-1127/2500765年永泰元年54-09

 

 

作時年:765年永泰元年54-

卷別:    卷二二三              文體:    五言古詩

杜少陵集 巻十四

詩題:    宿青溪驛奉懷張員外十五兄之緒

作地點:              嘉州(劍南道北部 / 嘉州 / 嘉州)

及地點:              青溪驛 (劍南道北部 嘉州 犍為)       

交遊人物:張之緒              書信往來

 

 

宿青溪驛奉懷張員外十五兄之緒

(嘉州青溪驛にとまったとき、李崔国によって蜀に流された張之緒員外郎殿のことを思いやってこの詩を作る。)

漾舟千山日入泊枉渚。

千を数える山々が聳え立つ間に、舟を漂わせ日が沈んでから大河の渚がおおきく枉った津に泊まる。

我生本飄飄,今復在何許。

自分の生活はもともと落ち着いたものではなく飄々と漂っているのだが、今また、何処にいるのだろうか。

石根青楓林,猿鳥聚儔侶。

崖があり、おおきな岩根に青い楓の林があり、猿や野鳥がそれぞれの仲間を集めている。

月明遊子靜,畏虎不得語。

月は明るく照らしているから、一緒にいる旅人はみんな静かにしている。それは虎を懼れていて、喋ることもできないからである。

中夜懷友朋,乾坤此深阻。

真夜中になると、房琯のグル-プであったあなたのことを思い出すのです。どうしてかというと、こんな天地の間において、山深い所にとじこめられているということだからです。

浩蕩前後間,佳期付荊楚。

貴方様の存在は広広として大きなものであり、蜀に流されたということでおあいできるとおもっておりましたが、これまで、前にも後ろにもお会いすることはありませんでした、若しお会いできるとお約束するなら、長江を下って荊州、楚の国についてからのことになると思います。

 (青溪驛に宿して 張員外十五兄之緒を懷い奉る)

舟を漾わす千山の,日入りて枉渚に泊す。

我が生 本と飄飄たり,今 復た 何れの許に在かる。

石根の青楓林,猿鳥 儔侶を聚む。

月明らかにし 遊子靜かなり,虎を畏れて語ることを得ず。

中夜 友朋を懷い,乾坤 此に深く阻らせる。

浩蕩たり 前後の間,佳期 荊楚に付く。

 

蜀中転々圖 

『宿青溪驛奉懷張員外十五兄之緒』 現代語訳と訳註

(本文)

宿青溪驛奉懷張員外十五兄之緒

漾舟千山日入泊枉渚。

我生本飄飄,今復在何許。

石根青楓林,猿鳥聚儔侶。

月明遊子靜,畏虎不得語。

中夜懷友朋,乾坤此深阻。

浩蕩前後間,佳期付荊楚。

 

 

(下し文)

(青溪驛に宿して 張員外十五兄之緒を懷い奉る)       

舟を漾わす千山の,日入りて枉渚に泊す。

我が生 本と飄飄たり,今 復た 何れの許に在かる。

石根の青楓林,猿鳥 儔侶を聚む。

月明らかにし 遊子靜かなり,虎を畏れて語ることを得ず。

中夜 友朋を懷い,乾坤 此に深く阻らせる。

浩蕩たり 前後の間,佳期 荊楚に付く。

 

(現代語訳)

(嘉州青溪驛にとまったとき、李崔国によって蜀に流された張之緒員外郎殿のことを思いやってこの詩を作る。)

千を数える山々が聳え立つ間に、舟を漂わせ日が沈んでから大河の渚がおおきく枉った津に泊まる。

自分の生活はもともと落ち着いたものではなく飄々と漂っているのだが、今また、何処にいるのだろうか。

崖があり、おおきな岩根に青い楓の林があり、猿や野鳥がそれぞれの仲間を集めている。

月は明るく照らしているから、一緒にいる旅人はみんな静かにしている。それは虎を懼れていて、喋ることもできないからである。

真夜中になると、房琯のグル-プであったあなたのことを思い出すのです。どうしてかというと、こんな天地の間において、山深い所にとじこめられているということだからです。

貴方様の存在は広広として大きなものであり、蜀に流されたということでおあいできるとおもっておりましたが、これまで、前にも後ろにもお会いすることはありませんでした、若しお会いできるとお約束するなら、長江を下って荊州、楚の国についてからのことになると思います。

 

 

(訳注)

宿青溪驛奉懷張員外十五兄之緒

(嘉州青溪驛にとまったとき、李崔国によって蜀に流された張之緒員外郎殿のことを思いやってこの詩を作る。)

李崔国は宦官を束ね、肅宗の張淑妃と結託して勢力を拡大していて、た。房琯・鄭虔などと朝廷からはじき出された人であってその人のことを思うということである。

青溪驛 嘉州青溪驛、水駅。

員外 員外郎。丞相、宰相、左丞右丞, 左司郎中のつぎにくるもの副大臣。 

十五 排行

張兄之緒 張之緒が姓名。

唐の駅伝制

唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発達した。

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。牛車はまた、運送に利用された。

隋代からの駅伝制度を発達させ、駅站は整備され、役人の宿泊や馬の確保に使われた。一等の駅は馬75頭が置かれていた。関津制度によって、水陸の要所に関所が置かれ、旅人や荷を検分して、商人から税を徴収した。また、商業のための往来するために、商人は「過所」という通行証明書を、中央では尚書省、地方では州で発行してもらい、所持する必要があった。紛失した場合、審査の上で再発行となった。過所に許された経路を通れば、遠距離でも行くことができたが、不正に通関しようとしたものは罰を受けた。また、安史の乱以降は、人の動きが活発化して、藩鎮の州や県で「公験」という通行証明書も発行された。唐代の関津制度は、賦役逃れや誘拐、外敵の潜入を防ぐために厳格であった。唐代後半には、軍事伝達が余りに頻繁となり、駅站が増大して、駅伝制度は崩れていった。これについて、杜甫は、朝廷に仕える時から一貫して警鐘を鳴らしていた。杜甫《乾元元年華州試進士策問五首》に詳しく述べている。757年至徳二載 《乾元元年華州試進士策問五首 (23) 全体》 杜甫<1509-T 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4340 杜甫詩1500/2500

三者の思惑が合致 

 

漾舟千山日入泊枉渚。

千を数える山々が聳え立つ間に、舟を漂わせ日が沈んでから大河の渚がおおきく枉った津に泊まる。

枉渚 大河の渚がおおきく枉った津。船が繋留して流されない位置ということ。

 

我生本飄飄,今復在何許。

自分の生活はもともと落ち着いたものではなく飄々と漂っているのだが、今また、何処にいるのだろうか。

何許 この地に来たのは当てもなく泊まれる条件を満たすところであったから、安全に舟を止められる何処かという意味である。

 

石根青楓林,猿鳥聚儔侶。

崖があり、おおきな岩根に青い楓の林があり、猿や野鳥がそれぞれの仲間を集めている。

 

月明遊子靜,畏虎不得語。

月は明るく照らしているから、一緒にいる旅人はみんな静かにしている。それは虎を懼れていて、喋ることもできないからである。

 

中夜懷友朋,乾坤此深阻。

真夜中になると、房琯のグル-プであったあなたのことを思い出すのです。どうしてかというと、こんな天地の間において、山深い所にとじこめられているということだからです。

此深阻 この地に閉じこめられた。張員外郎自身とじこめられていると同じ状況なのでこういう。

 

浩蕩前後間,佳期付荊楚。

貴方様の存在は広広として大きなものであり、蜀に流されたということでおあいできるとおもっておりましたが、これまで、前にも後ろにもお会いすることはありませんでした、若しお会いできるとお約束するなら、長江を下って荊州、楚の国についてからのことになると思います。

浩蕩 広広として大きなさま。

前後 前にも後ろにもお会いすることはありませんでした。あとにもさきにも~できなかった。

佳期 会うことのできる約束の日。

 その時に書簡を届ける。

荊楚 荊州、楚の国。張員外郎が荊州の何処かにいるということであろう。あるいは、成都で軟禁状態で、他地方でないと逢うことが出来ないのかもしれない。杜甫は、房琯の一派が宦官勢力の謀によって貶められたとこで注意深い手紙しか出していない。

765年永泰元年54歲-08 《赤霄行-#2》 杜甫index-15 杜甫<808-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4775 杜甫詩1500-808-#2-1126/2500765年永泰元年54歲-08

こんなところにいる老翁よ、若いものがどんなことをやらかしたとしても怪しむことではない、そのことは、かの諸葛亮、孔明の著書の中に「貴和」(和を貴ぶ)、という篇があってあらわされている。



 
 2014年9月7日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
80 《白紵辭其一》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州に遊ぶ。20 首 <80> Ⅰ李白詩1246 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4778 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
438-#2 《重雲李觀疾贈之》韓愈(韓退之)ID 794年貞元10年 27歳<1158> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4774韓愈詩-438-#2 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-08 《赤霄行-#2》 杜甫index-15 杜甫<808-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4775 杜甫詩1500-808-#2-1126/2500765年永泰元年54歲-08 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor17-463《虞美人二首,其一》巻九 閻選Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-646-17-(463) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4777  
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 



765年永泰元年54-08 《赤霄行-#2 杜甫index-15 杜甫<808-#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4775 杜甫詩1500-808-#2-1126/2500765年永泰元年54-08

 

 

作年:    765年永泰元年54

卷別:    卷二二二              文體:    樂府

詩題:    赤霄行

杜少陵集 巻十四

及地點: 蓮勺 (京畿道 華州 下邽)              

 

 

赤霄行  #1

(天の赤霄でもって、仙境である所の懸田にでも自由に往来すべきことと大らかに詠う)

孔雀未知牛有角,渴飲寒泉逢觝觸。

孔雀がその時まで牛に角のあることを知らなかったが、のどが渇いたので冷たい泉で水を飲もうとしたところ、牛の角で突かれた。

赤霄懸圃須往來,翠尾金花不辭辱。

元々優雅な孔雀は、天の赤霄でもって、仙境である所の懸田にでも自由に往来すべきものであるし、翠尾、金花の美を持っているその身としては辱められても構わないほどのものである。

江中淘河嚇飛燕,銜泥卻落羞華屋。

あるいは、大江の中で魚を取りに来たペリカンが、素早く飛んでいるツバメを威嚇するようなものではないか、あるいは、巣作りの泥を口に銜んで帰る途中で落してしまったら、美しい家に帰ってきて、恥をかくといって、それがどれほどのものかということである。

#2

皇孫猶曾蓮勺困,衛莊見貶傷其足。

昔のことでいえば、史皇孫と称せられた、漢の宣帝でも、時節の到来していない時では蓮勺の塩地で人に苦しめられたことがあり、斉の鮑荘子は知恵が到らないので、上官に貶められ、足さえそこなうに至ったという。

老翁慎莫怪少年,葛亮貴和書有篇。

こんなところにいる老翁よ、若いものがどんなことをやらかしたとしても怪しむことではない、そのことは、かの諸葛亮、孔明の著書の中に「貴和」(和を貴ぶ)、という篇があってあらわされている。

丈夫垂名動萬年,記憶細故非高賢。

丈夫たるものその名を後世に垂れ残すにあたって、万年の後まで感動させるものであることであり、大人物であるならちっぽけな事柄をいちいち覚えているというのは、高尚賢明であるものの為すことではないのである。

(赤霄の行【うた】)  #1

孔雀 未だ牛に角有るを知らず,渴して寒泉に飲みて觝觸に逢う。

赤霄 懸圃 須らく往來すべし,翠尾 金花 辱を辭せず。

江中の淘河【とうが】飛燕を嚇す,泥を銜むも卻て落して華屋に羞づ。

#2

皇孫 猶お曾て蓮勺に困めらる,衛莊 見貶せられて其の足を傷う。

老翁 慎みて少年を怪むこと莫れ,葛亮の貴和書に篇有り。

丈夫 名を垂るる萬年を動かす,細故を記憶するは高賢に非ず。

 

閶闔門001 

『赤霄行』 現代語訳と訳註

(本文) #2

皇孫猶曾蓮勺困,衛莊見貶傷其足。

老翁慎莫怪少年,葛亮貴和書有篇。

丈夫垂名動萬年,記憶細故非高賢。

 

(含異文)

皇孫猶曾蓮【案:音輦。】勺【案:下邽有蓮勺故城,漢宣帝微時嘗受困處。】困,衛莊見貶傷其足【鮑莊見貶傷其足】。

老翁慎莫怪少年,葛亮貴和書有篇【案:陳壽定《諸葛氏集》目錄,凡二十四篇,貴和第十一。】。

丈夫垂名動萬年,記憶細故非高賢。

 

(下し文) #2

皇孫 猶お曾て蓮勺に困めらる,衛莊 見貶せられて其の足を傷う。

老翁 慎みて少年を怪むこと莫れ,葛亮の貴和書に篇有り。

丈夫 名を垂るる萬年を動かす,細故を記憶するは高賢に非ず。

 

(現代語訳)

昔のことでいえば、史皇孫と称せられた、漢の宣帝でも、時節の到来していない時では蓮勺の塩地で人に苦しめられたことがあり、斉の鮑荘子は知恵が到らないので、上官に貶められ、足さえそこなうに至ったという。

こんなところにいる老翁よ、若いものがどんなことをやらかしたとしても怪しむことではない、そのことは、かの諸葛亮、孔明の著書の中に「貴和」(和を貴ぶ)、という篇があってあらわされている。

丈夫たるものその名を後世に垂れ残すにあたって、万年の後まで感動させるものであることであり、大人物であるならちっぽけな事柄をいちいち覚えているというのは、高尚賢明であるものの為すことではないのである。

 

安史の乱当時の勢力図 

(訳注)  #2

(天の赤霄でもって、仙境である所の懸田にでも自由に往来すべきことと大らかに詠う)

杜甫は、厳武の留守中に幕府での仕事中に若い者たちに侮辱されたことを腹に据えかねて、詩を作っている。以下の七首である。

     1.    除草
2.    莫相疑行
3.    三韻三篇,三首之一
4.    三韻三篇,三首之二
5.    三韻三篇,三首之三
6.    青絲
7.    赤霄行 

 

皇孫猶曾蓮勺困,衛莊見貶傷其足。

昔のことでいえば、史皇孫と称せられた、漢の宣帝でも、時節の到来していない時では蓮勺の塩地で人に苦しめられたことがあり、斉の鮑荘子は知恵が到らないので、上官に貶められ、足さえそこなうに至ったという。

皇孫 漢の宣帝。前漢の第9代皇帝。武帝の曾孫。初め民間に育ち、霍光に擁立されて皇帝に即位した。後世、後漢光武帝により前漢中興の祖とされ、中宗の廟号を贈られた。その数奇な生涯から逸話が多い。戻衛太子と史良娣のあいだに生れたので、武帝の曾孫にあたるために「皇孫」と称せられる。

蓮勺困 戻太子は反乱を起こして長安に血の海を作り、最後は反乱者として死んだ。もちろん史皇孫や他の家族も連座である。生まれたばかりの劉病已も投獄され、処刑されそうになったこともあった。そこを丙吉という官僚に助けられて生き延び、釈放されると丙吉の手引きで祖母(史皇孫の母)の実家である史氏の元へ送られ、そこで保護される事となった。この頃劉病已は数えで五歳くらい。おそらく、成長した彼は自分が獄内で育ったことを記憶していたのではないだろうか。この後、昭帝を擁して天下を治める霍光とその一派が、世間を乱す存在になりかねない劉病已を手元に置いて監視するというのが「後宮で養育せよ」という勅命の真相であろう。十代の劉病已は、後宮や張賀や祖母の実家、妻の実家から金が出てくる高等遊民であった。このように、彼はバクチもたしなんだ。負けた相手陳遂を後に厚遇し、それでバクチの負債を帳消しにしたというのである。この十代の生活を「蓮勺困」という。

衛莊見貶傷其足 鮑荘子が讒言を受けて(あしきり)の刑にあったことの故事。鮑荘子(鮑牽)の知は葵にも及ばない。〔根からわかばが伸びて食用になる〕葵ですら、自分の足を大切にするのに。

声孟子の浮気癖は直らない。今度は大夫の慶克(けいこく)と密通を始めた。彼は女装して後宮に通っていたが、これを鮑牽(ほうけん)に見つかってしまった。この事を知った卿の国佐は慶克を叱責したので、声孟子はこの二人を恨むようになった。そして霊公に、「鮑牽と高無咎(こうむきゅう)は公子角(霊公の弟)を新たな国君に立てようとしており、しかも国佐はこれを見て見ぬふりをしている」と讒言したのである。霊公はこれを聞いて激怒し、鮑牽を足切りの刑に処し、高無咎を追放した。当然、国佐にはこの処置が面白くない。そこで機を見て慶克を暗殺してしまった。

 

老翁慎莫怪少年,葛亮貴和書有篇。

こんなところにいる老翁よ、若いものがどんなことをやらかしたとしても怪しむことではない、そのことは、かの諸葛亮、孔明の著書の中に「貴和」(和を貴ぶ)、という篇があってあらわされている。

老翁 仕事中に若い者たちに侮辱されたことで、「少年」に対して「老翁」とした杜甫のこと。

葛亮 諸葛亮、孔明。

貴和 諸葛亮集二十四篇、第十一「貴和」がある。

 

丈夫垂名動萬年,記憶細故非高賢。

丈夫たるものその名を後世に垂れ残すにあたって、万年の後まで感動させるものであることであり、大人物であるならちっぽけな事柄をいちいち覚えているというのは、高尚賢明であるものの為すことではないのである。

細故 ささいなこと。つまらないこと。

高賢 高尚賢明であること。
蜀中転々圖 

765年永泰元年54歲-08 《赤霄行-#1》 杜甫index-14 764年 杜甫<808-#1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4770 杜甫詩1500-808-#1-1125/2500765年永泰元年54歲-08

元々優雅な孔雀は、天の赤霄でもって、仙境である所の懸田にでも自由に往来すべきものであるし、翠尾、金花の美を持っているその身としては辱められても構わないほどのものである。

 

 
 2014年9月6日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
79 《荊州歌》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、荊州に遊ぶ。 25歳 20 首 <79> Ⅰ李白詩1244 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4768 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
438-#1 《重雲李觀疾贈之》韓愈(韓退之)ID 794年貞元10年 27歳<1156> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4764韓愈詩-438-#1 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-08 《赤霄行-#1》 杜甫index-14 764年 杜甫<808-#1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4770 杜甫詩1500-808-#1-1125/2500765年永泰元年54歲-08 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor16-462《虞美人一首,》巻九 鹿虔扆Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-645-16-(462) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4772 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

765年永泰元年54-08 《赤霄行-#1 杜甫index-14 764年 杜甫<808-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4770 杜甫詩1500-808-#1-1125/2500765年永泰元年54-08

 

 

 

作年:    765年永泰元年54

卷別:    卷二二二              文體:    樂府

詩題:    赤霄行

杜少陵集 巻十四

及地點: 蓮勺 (京畿道 華州 下邽)              

 

 

赤霄行  #1

孔雀未知牛有角,渴飲寒泉逢觝觸。

赤霄懸圃須往來,翠尾金花不辭辱。

江中淘河嚇飛燕,銜泥卻落羞華屋。

天の赤霄でもって、仙境である所の懸田にでも自由に往来すべきことと大らかに詠う)

孔雀がその時まで牛に角のあることを知らなかったが、のどが渇いたので冷たい泉で水を飲もうとしたところ、牛の角で突かれた。

元々優雅な孔雀は、天の赤霄でもって、仙境である所の懸田にでも自由に往来すべきものであるし、翠尾、金花の美を持っているその身としては辱められても構わないほどのものである。

あるいは、大江の中で魚を取りに来たペリカンが、素早く飛んでいるツバメを威嚇するようなものではないか、あるいは、巣作りの泥を口に銜んで帰る途中で落してしまったら、美しい家に帰ってきて、恥をかくといって、それがどれほどのものかということである。

#2

皇孫猶曾蓮勺困,衛莊見貶傷其足。

老翁慎莫怪少年,葛亮貴和書有篇。

丈夫垂名動萬年,記憶細故非高賢。

 

(赤霄の行【うた】)  #1

孔雀 未だ牛に角有るを知らず,渴して寒泉に飲みて觝觸に逢う。

赤霄 懸圃 須らく往來すべし,翠尾 金花 辱を辭せず。

江中の淘河【とうが】飛燕を嚇す,泥を銜むも卻て落して華屋に羞づ。

#2

皇孫 猶お曾て蓮勺に困めらる,衛莊 見貶せられて其の足を傷う。

老翁 慎みて少年を怪むこと莫れ,葛亮の貴和書に篇有り。

丈夫 名を垂るる萬年を動かす,細故を記憶するは高賢に非ず。

 

haqro01 

『赤霄行』 現代語訳と訳註

(本文)

赤霄行  #1

孔雀未知牛有角,渴飲寒泉逢觝觸。

赤霄懸圃須往來,翠尾金花不辭辱。

江中淘河嚇飛燕,銜泥卻落羞華屋。

 

(含異文)

孔雀未知牛有角,渴飲寒泉逢觝觸。

赤霄懸圃須往來,翠尾金花不辭辱。

江中淘河【案:即鵜鶘。】嚇飛燕,銜泥卻落羞華屋。

 

(下し文)

(赤霄の行【うた】)  #1

孔雀 未だ牛に角有るを知らず,渴して寒泉に飲みて觝觸に逢う。

赤霄 懸圃 須らく往來すべし,翠尾 金花 辱を辭せず。

江中の淘河【とうが】飛燕を嚇す,泥を銜むも卻て落して華屋に羞づ。

 

(現代語訳)

天の赤霄でもって、仙境である所の懸田にでも自由に往来すべきことと大らかに詠う)

孔雀がその時まで牛に角のあることを知らなかったが、のどが渇いたので冷たい泉で水を飲もうとしたところ、牛の角で突かれた。

元々優雅な孔雀は、天の赤霄でもって、仙境である所の懸田にでも自由に往来すべきものであるし、翠尾、金花の美を持っているその身としては辱められても構わないほどのものである。

あるいは、大江の中で魚を取りに来たペリカンが、素早く飛んでいるツバメを威嚇するようなものではないか、あるいは、巣作りの泥を口に銜んで帰る途中で落してしまったら、美しい家に帰ってきて、恥をかくといって、それがどれほどのものかということである。

 

kagayaki880 

(訳注)

赤霄行  #1

天の赤霄でもって、仙境である所の懸田にでも自由に往来すべきことと大らかに詠う)

杜甫は、厳武の留守中に幕府での仕事中に若い者たちに侮辱されたことを腹に据えかねて、詩を作っている。以下の七首である。

     1.    除草
2.    莫相疑行
3.    三韻三篇,三首之一
4.    三韻三篇,三首之二
5.    三韻三篇,三首之三
6.    青絲
7.    赤霄行 

 

孔雀未知牛有角,渴飲寒泉逢觝觸。

孔雀がその時まで牛に角のあることを知らなかったが、のどが渇いたので冷たい泉で水を飲もうとしたところ、牛の角で突かれた。

觝觸 角で突いてからかうこと。

 

赤霄懸圃須往來,翠尾金花不辭辱。

元々優雅な孔雀は、天の赤霄でもって、仙境である所の懸田にでも自由に往来すべきものであるし、翠尾、金花の美を持っているその身としては辱められても構わないほどのものである。

懸圃 /玄圃 玄圃・玄田とは懸田のこと、崑崙山に在るとかんがえられている屋上庭園をいう、外とは兵の懸圃以外にまた他の一つの懸田をここに見ることをいう。これは山についていう。廣徳2764-88 《奉觀嚴鄭公廳事岷山沱江畫圖十韻【案:得忘字。】》 杜甫index-14 764年 杜甫<789-#2 文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4635 杜甫詩1500-789-#2-1098/2500廣徳2764-88

翠尾 孔雀の緑の毛の尾

金花 孔雀の尾端の金紋。

不辭辱 その身を辱められても構わない。

 

江中淘河嚇飛燕,銜泥卻落羞華屋。

あるいは、大江の中で魚を取りに来たペリカンが、素早く飛んでいるツバメを威嚇するようなものではないか、あるいは、巣作りの泥を口に銜んで帰る途中で落してしまったら、美しい家に帰ってきて、恥をかくといって、それがどれほどのものかということである。

○淘河 ペリカン.鹈鹕

○羞華屋 美しい家に帰ってきて、恥をかく。
2012new01 

765年永泰元年54歲-07 《青絲》 杜甫index-14 764年 杜甫<807> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4765 杜甫詩1500-807-1124/2500765年永泰元年54歲-07

汝はそれよりも面縛の態度で金闕に帰参したほうがよいのではなかろうか、帰参したなら、万が一にも天子の御情けが、玉階の御傍のところでくだされるかもしれないというものだ。


765年永泰元年54-07 《青絲》 杜甫index-14 764年 杜甫<807 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4765 杜甫詩1500-807-1124/2500765年永泰元年54-07

 

 
 2014年9月5日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
78 《宿巫山下》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 25歳 20 首 <78> Ⅰ李白詩1243 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4763 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
437-#8 《謝自然詩》韓愈(韓退之)ID 794年貞元10年 27歳<1156> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4764韓愈詩-437-#8 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-07 《青絲》 杜甫index-14 764年 杜甫<807> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4765 杜甫詩1500-807-1124/2500765年永泰元年54歲-07 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ488 韓昌黎集 巻五 421 《初南食貽元十八協律》韓愈(韓退之) 韓愈kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4766 (09/05) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor16-461《思越人一首,》九巻 鹿虔扆Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-644-16-(461) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4767 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

続きを読む

765年永泰元年54歲-06 《三韻三篇,三首之三》 杜甫index-15 杜甫<806> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4760 杜甫詩1500-806-1123/2500765年永泰元年54歲-06

(権力者に媚、威光に傘を切るものに憤慨する。)烈士は、政の一途から出るのを欲して多門より出ることについては憎むものである。ところが、小人というものは権力者であれば何でもよく、調子を合わせることをする。

 
 2014年9月4日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
77 《巴女詞》ndex-4 1-4 724年開元十二年24歳から 岷山で小鳥と暮らし、峨嵋山で遊ぶ 24歳 3 首 <77> Ⅰ李白詩1242 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4758 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
437-#7 《謝自然詩》韓愈(韓退之)ID 794年貞元10年 27歳<1155> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4759韓愈詩-437-#7 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-06 《三韻三篇,三首之三》 杜甫index-15 杜甫<806> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4760 杜甫詩1500-806-1123/2500765年永泰元年54歲-06 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor16-460《女冠子二首,其二》九巻 鹿虔扆Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-643-16-(460) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4762 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 


765年永泰元年54-06 《三韻三篇,三首之三》 杜甫index-15 杜甫<806> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4760 杜甫詩1500-806-1123/2500765年永泰元年54-06

 

 

作年:765年永泰元年54-

杜少陵集 巻十四

卷別:    卷二二一               文體:              五言古詩

詩題:    三韻三篇,三首之三

杜甫は、厳武の留守中に幕府での仕事中に若い者たちに侮辱されたことを腹に据えかねて、詩を作っている。以下の七首である。

     1.    除草
2.    莫相疑行
3.    三韻三篇,三首之一
4.    三韻三篇,三首之二
5.    三韻三篇,三首之三
6.    青絲
7.    赤霄行 

 

三韻三篇,三首之一

高馬勿唾面,長魚無損鱗。

辱馬馬毛焦,困魚魚有神。

君看磊落士,不肯易其身。

(六句三韻の詩が三篇で、其一は、磊落の士とはどういうものか、その心がけをいったもの)

背丈の高い馬、大宛国産の駿馬にたいして、顔面にむちうってはしらせるということがあってはならない、丈の長い魚に対してその鱗を損なうようなことをしてはならない。

誉めて育てる馬に対して侮辱などすると毛色が赤くてもやつれて、つやがなくなるものであるし、魚を困窮させることがあっても魚には不思議な霊力がある。

君をこうした度量の大きい士太夫と看る、だから外部からどんな困辱があろうと、自分を軽んずるようなことをしてはならない。そんな場合は内力を維持し、他日の神変を待つことである。

 

(三韻三篇,三首の一)

高馬 面を唾【むちう】つこと勿れ,長魚 鱗を損すること無れ。

馬を辱しむれば 馬 毛焦す,魚を困せしむるも 魚 神有り。

君 磊落の士と看ん,肯えて其の身を易【かろがろ】しくせず。

 

三韻三篇,三首之二

蕩蕩萬斛船,影若揚白虹。

起檣必椎牛,挂席集眾功。

自非風動天,莫置大水中。

(六句三韻の詩が三篇で、其二は、おおきなものを動かすには、大きな力を必要とする、その心がけをいったもの)

おおきな万斛船、その帆影は白い虹が上がったかと思われるようだ。

帆を上げるには帆柱を起こし、帆柱を起すには、牛の力が必要で、蓆帆を上げるには大勢の力を集めること必要で、おおぜいの人をあつめるには宴席に御馳走を要して食べさせることである。

大船というものは天を動かすほどの風があるということでなければだめだが、これをおおきな水の中においてはいけない、どんなものでも流されるし、制御が効かないものであるからだ

 

(三韻三篇,三首の二)

蕩蕩たる萬斛の船,影 白虹を揚るが若し。

檣を起すには必らず牛を椎す,席を挂くるには眾功を集む。

風 天を動かすに非ざる自りは,大水の中るに置くこと莫れ。

 

三韻三篇,三首之三

烈士惡多門,小人自同調。

名利苟可取,殺身傍權要。

何當官曹清,爾輩堪一笑。

(権力者に媚、威光に傘を切るものに憤慨する。)

烈士は、政の一途から出るのを欲して多門より出ることについては憎むものである。ところが、小人というものは権力者であれば何でもよく、調子を合わせることをする。

そういう者たちは、いやしいことに自分の名誉や利益だけを得ようとするものだし、自分の命を殺すことさえいとわず、権要者の傍にいようとするのだ。

でも、何時になったらこんな役人どもを追い払い役所を清々しい所にできるだろうか、なんじら、小人はまことに一笑すべき輩であるということである。

 

(三韻三篇,三首の三)

烈士は多門を惡【にく】む,小人は自ら調を同じくす。

名利 苟くも取る可くんば,身を殺すも權要に傍う。

何【いつ】當に官曹清かるべき,爾が輩 一笑に堪えたり。

 

太白山001 

『三韻三篇,三首之三』 現代語訳と訳註

(本文)

三韻三篇,三首之三

烈士惡多門,小人自同調。

名利苟可取,殺身傍權要。

何當官曹清,爾輩堪一笑。

 

(下し文)

(三韻三篇,三首の三)

烈士は多門を惡【にく】む,小人は自ら調を同じくす。

名利 苟くも取る可くんば,身を殺すも權要に傍う。

何【いつ】當に官曹清かるべき,爾が輩 一笑に堪えたり。

 

(現代語訳)

(権力者に媚、威光に傘を切るものに憤慨する。)

烈士は、政の一途から出るのを欲して多門より出ることについては憎むものである。ところが、小人というものは権力者であれば何でもよく、調子を合わせることをする。

そういう者たちは、いやしいことに自分の名誉や利益だけを得ようとするものだし、自分の命を殺すことさえいとわず、権要者の傍にいようとするのだ。

でも、何時になったらこんな役人どもを追い払い役所を清々しい所にできるだろうか、なんじら、小人はまことに一笑すべき輩であるということである。

 

辟雍00(訳注)

三韻三篇,三首之三

(権力者に媚、威光に傘を切るものに憤慨する。)

 

烈士惡多門,小人自同調。

烈士は、政の一途から出るのを欲して多門より出ることについては憎むものである。ところが、小人というものは権力者であれば何でもよく、調子を合わせることをする。

烈士 志気、士風の激しい人。

多門 政に出る場所、例えば科挙試験の前の書生時代から、権力者のグループから出ようとする。権力者派閥をいう。

小人 1 幼少の人。子供。しょうにん。⇔大人(たいじん)2 身長の低い人。また、からだが並みはずれて小さい人。3 度量や品性に欠けている人。小人物。⇔大人(たいじん)4 身分の低い人。

同調 権力者におもねり、自分の調子を権力者に合わせる。

 

名利苟可取,殺身傍權要。

そういう者たちは、いやしいことに自分の名誉や利益だけを得ようとするものだし、自分の命を殺すことさえいとわず、権要者の傍にいようとするのだ。

名利 自分の名誉や利益だけを得ようとする。

殺身 自分の命を殺すことさえいとわず。

傍權要 権要者の傍。

 

何當官曹清,爾輩堪一笑。

でも、何時になったらこんな役人どもを追い払い役所を清々しい所にできるだろうか、なんじら、小人はまことに一笑すべき輩であるということである。

何當 何時とおなじ。

官曹 官曹は官の課局をいう、役人の群れをいう。
太白山001 

765年永泰元年54歲-05 《三韻三篇,三首之二》 杜甫index-15 杜甫<805> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4755 杜甫詩1500-805-1122/2500765年永泰元年54歲-05

帆を上げるには帆柱を起こし、帆柱を起すには、牛の力が必要で、蓆帆を上げるには大勢の力を集めること必要で、おおぜいの人をあつめるには宴席に御馳走を要して食べさせることである。

 
 2014年9月3日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
76 《峨眉山月歌》ndex-4 1-4 724年開元十二年24歳から 岷山で小鳥と暮らし、峨嵋山で遊ぶ 24歳 3 首 <76> Ⅰ李白詩1241 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4753 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
437-#6 《謝自然詩》韓愈(韓退之)ID 794年貞元10年 27歳<1154> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4754韓愈詩-437-#6 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-05 《三韻三篇,三首之二》 杜甫index-15 杜甫<805> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4755 杜甫詩1500-805-1122/2500765年永泰元年54歲-05 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor16-459《女冠子二首,其一》九巻 鹿虔扆Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-642-16-(459) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4757 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-05 《三韻三篇,三首之二》 杜甫index-15 杜甫<805 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4755 杜甫詩1500-805-1122/2500765年永泰元年54-05

 

 

作時年:765年永泰元年54-

杜少陵集 巻十四

卷別:    卷二二一               文體:              五言古詩

詩題:    三韻三篇,三首之二

杜甫は、厳武の留守中に幕府での仕事中に若い者たちに侮辱されたことを腹に据えかねて、詩を作っている。以下の七首である。

<!--[if !supportLists]-->1.    <!--[endif]-->除草

<!--[if !supportLists]-->2.    <!--[endif]-->莫相疑行

<!--[if !supportLists]-->3.    <!--[endif]-->三韻三篇,三首之一

<!--[if !supportLists]-->4.    <!--[endif]-->三韻三篇,三首之二

<!--[if !supportLists]-->5.    <!--[endif]-->三韻三篇,三首之三

<!--[if !supportLists]-->6.    <!--[endif]-->青絲

7.    赤霄行 

 

三韻三篇,三首之一

(六句三韻の詩が三篇で、其一は、磊落の士とはどういうものか、その心がけをいったもの)

高馬勿唾面,長魚無損鱗。

背丈の高い馬、大宛国産の駿馬にたいして、顔面にむちうってはしらせるということがあってはならない、丈の長い魚に対してその鱗を損なうようなことをしてはならない。

辱馬馬毛焦,困魚魚有神。

誉めて育てる馬に対して侮辱などすると毛色が赤くてもやつれて、つやがなくなるものであるし、魚を困窮させることがあっても魚には不思議な霊力がある。

君看磊落士,不肯易其身。

君をこうした度量の大きい士太夫と看る、だから外部からどんな困辱があろうと、自分を軽んずるようなことをしてはならない。そんな場合は内力を維持し、他日の神変を待つことである。

 

(三韻三篇,三首の一)

高馬 面を唾【むちう】つこと勿れ,長魚 鱗を損すること無れ。

馬を辱しむれば 馬 毛焦す,魚を困せしむるも 魚 神有り。

君 磊落の士と看ん,肯えて其の身を易【かろがろ】しくせず。

 

三韻三篇,三首之二

(六句三韻の詩が三篇で、其二は、おおきなものを動かすには、大きな力を必要とする、その心がけをいったもの)

蕩蕩萬斛船,影若揚白虹。

おおきな万斛船、その帆影は白い虹が上がったかと思われるようだ。

起檣必椎牛,挂席集眾功。

帆を上げるには帆柱を起こし、帆柱を起すには、牛の力が必要で、蓆帆を上げるには大勢の力を集めること必要で、おおぜいの人をあつめるには宴席に御馳走を要して食べさせることである。

自非風動天,莫置大水中。

大船というものは天を動かすほどの風があるということでなければだめだが、これをおおきな水の中においてはいけない、どんなものでも流されるし、制御が効かないものであるからだ 

(三韻三篇,三首の二)

蕩蕩たる萬斛の船,影 白虹を揚るが若し。

檣を起すには必らず牛を椎す,席を挂くるには眾功を集む。

風 天を動かすに非ざる自りは,大水の中るに置くこと莫れ。

 

 太白山001

『三韻三篇,三首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

三韻三篇,三首之二

蕩蕩萬斛船,影若揚白虹。

起檣必椎牛,挂席集眾功。

自非風動天,莫置大水中。

 

(含異文)

蕩蕩萬斛船,影若揚白虹【影若搖白虹】。

起檣必椎牛,挂席集眾功。

自非風動天,莫置大水中。

 

(下し文)

(三韻三篇,三首の二)

蕩蕩たる萬斛の船,影 白虹を揚るが若し。

檣を起すには必らず牛を椎す,席を挂くるには眾功を集む。

風 天を動かすに非ざる自りは,大水の中るに置くこと莫れ。

 

(現代語訳)

(六句三韻の詩が三篇で、其二は、おおきなものを動かすには、大きな力を必要とする、その心がけをいったもの)

おおきな万斛船、その帆影は白い虹が上がったかと思われるようだ。

帆を上げるには帆柱を起こし、帆柱を起すには、牛の力が必要で、蓆帆を上げるには大勢の力を集めること必要で、おおぜいの人をあつめるには宴席に御馳走を要して食べさせることである。

大船というものは天を動かすほどの風があるということでなければだめだが、これをおおきな水の中においてはいけない、どんなものでも流されるし、制御が効かないものであるからだ

 

 

(訳注)

三韻三篇,三首之二

(六句三韻の詩が三篇で、其二は、おおきなものを動かすには、大きな力を必要とする、その心がけをいったもの)

 

蕩蕩萬斛船,影若揚白虹。

おおきな万斛船、その帆影は白い虹が上がったかと思われるようだ。

蕩蕩 おおきなかたちのもの。

萬斛船 萬斛の穀物を積むことのできる大船。

影 帆影。

揚白虹 白い虹が上がったかと思われるよう帆。

 

起檣必椎牛,挂席集眾功。

帆を上げるには帆柱を起こし、帆柱を起すには、牛の力が必要で、蓆帆を上げるには大勢の力を集めること必要で、おおぜいの人をあつめるには宴席に御馳走を要して食べさせることである。

起檣 帆柱を起こすこと。

必椎牛 必ず牛をたたいて引っ張らせる。

挂席 むしろの帆をあげる。

集眾功 これは大勢の力で引き上げる。

 

自非風動天,莫置大水中。

大船というものは天を動かすほどの風があるということでなければだめだが、これをおおきな水の中においてはいけない、どんなものでも流されるし、制御が効かないものであるからだ

風動天 大風。

大水中 大水が当たる、どんなものでも流される。大勢があつまっても付和雷同、軽挙妄動により、目的とは異なった動きがあることをいう。

 王屋山00

765年永泰元年54歲-04 《三韻三篇,三首之一》 杜甫index-14 764年 杜甫<804> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4750 杜甫詩1500-804-1121/2500765年永泰元年54歲-04

君をこうした度量の大きい士太夫と看る、だから外部からどんな困辱があろうと、自分を軽んずるようなことをしてはならない。そんな場合は内力を維持し、他日の神変を待つことである。

 
 2014年9月2日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
75 《別匡山》ndex-4 1-4 724年開元十二年24歳から 岷山で小鳥と暮らし、峨嵋山で遊ぶ<75> Ⅰ李白詩1240 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4748 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
437-#5 《謝自然詩》韓愈(韓退之)ID 794年貞元10年 27歳<1153> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4749韓愈詩-437-#5 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-04 《三韻三篇,三首之一》 杜甫index-14 764年 杜甫<804> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4750 杜甫詩1500-804-1121/2500765年永泰元年54歲-04 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor16-458《臨江仙二首,其二》九巻 鹿虔扆Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-641-16-(458) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4752 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-04 《三韻三篇,三首之一》 杜甫index-14 764年 杜甫<804 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4750 杜甫詩1500-804-1121/2500765年永泰元年54-04

 

 

作年:765年永泰元年54-

杜少陵集 巻十四

卷別:    卷二二一               文體:              五言古詩

詩題:    三韻三篇,三首之一

杜甫は、厳武の留守中に幕府での仕事中に若い者たちに侮辱されたことを腹に据えかねて、詩を作っている。以下の七首である。

<!--[if !supportLists]-->1.    <!--[endif]-->除草

<!--[if !supportLists]-->2.    <!--[endif]-->莫相疑行

<!--[if !supportLists]-->3.    <!--[endif]-->三韻三篇,三首之一

<!--[if !supportLists]-->4.    <!--[endif]-->三韻三篇,三首之二

<!--[if !supportLists]-->5.    <!--[endif]-->三韻三篇,三首之三

<!--[if !supportLists]-->6.    <!--[endif]-->青絲

7.    赤霄行 

 

三韻三篇,三首之一

(六句三韻の詩が三篇で、其一は、磊落の士とはどういうものか、その心がけをいったもの)

高馬勿唾面,長魚無損鱗。

背丈の高い馬、大宛国産の駿馬にたいして、顔面にむちうってはしらせるということがあってはならない、丈の長い魚に対してその鱗を損なうようなことをしてはならない。

辱馬馬毛焦,困魚魚有神。

誉めて育てる馬に対して侮辱などすると毛色が赤くてもやつれて、つやがなくなるものであるし、魚を困窮させることがあっても魚には不思議な霊力がある。

君看磊落士,不肯易其身。

君をこうした度量の大きい士太夫と看る、だから外部からどんな困辱があろうと、自分を軽んずるようなことをしてはならない。そんな場合は内力を維持し、他日の神変を待つことである。

 

(三韻三篇,三首の一)

高馬 面を唾【むちう】つこと勿れ,長魚 鱗を損すること無れ。

馬を辱しむれば 馬 毛焦す,魚を困せしむるも 魚 神有り。

君 磊落の士と看ん,肯えて其の身を易【かろがろ】しくせず。

 

『三韻三篇,三首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

三韻三篇,三首之一

高馬勿唾面,長魚無損鱗。

辱馬馬毛焦,困魚魚有神。

君看磊落士,不肯易其身。

 

(下し文)

(三韻三篇,三首の一)

高馬 面を唾【むちう】つこと勿れ,長魚 鱗を損すること無れ。

馬を辱しむれば 馬 毛焦す,魚を困せしむるも 魚 神有り。

君 磊落の士と看ん,肯えて其の身を易【かろがろ】しくせず。

 

(現代語訳)

(六句三韻の詩が三篇で、其一は、磊落の士とはどういうものか、その心がけをいったもの)

背丈の高い馬、大宛国産の駿馬にたいして、顔面にむちうってはしらせるということがあってはならない、丈の長い魚に対してその鱗を損なうようなことをしてはならない。

誉めて育てる馬に対して侮辱などすると毛色が赤くてもやつれて、つやがなくなるものであるし、魚を困窮させることがあっても魚には不思議な霊力がある。

君をこうした度量の大きい士太夫と看る、だから外部からどんな困辱があろうと、自分を軽んずるようなことをしてはならない。そんな場合は内力を維持し、他日の神変を待つことである。

太白山001 

(訳注)

三韻三篇,三首之一

(六句三韻の詩が三篇で、其一は、磊落の士とはどういうものか、その心がけをいったもの)

 

高馬勿唾面,長魚無損鱗。

背丈の高い馬、大宛国産の駿馬にたいして、顔面にむちうってはしらせるということがあってはならない、丈の長い魚に対してその鱗を損なうようなことをしてはならない。

高馬 背丈の高い馬。大宛国産の駿馬。高士に喩える。

長魚 丈の長い魚。思慮深い士にたとえる。

 

辱馬馬毛焦,困魚魚有神。

誉めて育てる馬に対して侮辱などすると毛色が赤くてもやつれて、つやがなくなるものであるし、魚を困窮させることがあっても魚には不思議な霊力がある。

毛焦 毛色が赤くてもやつれて、つやがなくなるものである。

有神 不思議な霊力がある。

 

君看磊落士,不肯易其身。

君をこうした度量の大きい士太夫と看る、だから外部からどんな困辱があろうと、自分を軽んずるようなことをしてはならない。そんな場合は内力を維持し、他日の神変を待つことである。

磊落 [名・形動]度量が広く、小事にこだわらないこと。また、そのさま。
辟雍00 

765年永泰元年54歲-03 《莫相疑行-#2》 杜甫index-15 杜甫<803-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4745 杜甫詩1500-803-#2-1120/2500

よくあることは、面と向かっては、理解するような態度であるが、背を向けた時は、小馬鹿にしたように笑っているのである。お断りして申し上げるが、世間のとらえどころのない軽薄な若者よ、私は、お前さんたちと好き嫌いの次元で言争うことなど毛頭するつもりはない

 
 2014年9月1日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
74 《春感詩》Index-3Ⅰ- 2-720年開元八年20歳から23歳 成都・峨嵋山に遊ぶ <74> Ⅰ李白詩1238 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4738 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
437-#4 《謝自然詩》韓愈(韓退之)ID <1152> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4744韓愈詩-437-#4 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-03 《莫相疑行-#2》 杜甫index-15 杜甫<803-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4745 杜甫詩1500-803-#2-1120/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor16-457《臨江仙二首,其一》九巻 鹿虔扆 Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-640-16-(457) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4747 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

765
年永泰元年54-03 《莫相疑行-#2 杜甫index-15 杜甫<803-#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4745 杜甫詩1500-803-#2-1120/2500

 

 

制作年:              765年永泰元年54

卷別:    卷二二○               文體:              樂府

杜少陵集 巻十四

詩題:    莫相疑行

大明宮 (京畿道 京兆府 長安) 別名:永安宮、蓬萊宮、含元殿、蓬萊殿

集賢殿 (京畿道 京兆府 長安) 別名:集仙殿  

杜甫は、厳武の留守中に幕府での仕事中に若い者たちに侮辱されたことを腹に据えかねて、詩を作っている。以下の七首である。

1.    除草

2.    莫相疑行

3.    三韻三篇,三首之一

4.    三韻三篇,三首之二

5.    三韻三篇,三首之三

6.    青絲

7.    赤霄行 

 

莫相疑行

(厳武の幕府内の年少のものの軽薄な言動に我慢ならない旨を詠ったものは数首あり、そのひとつ)

男兒生無所成頭皓白,牙齒欲落真可惜。

男児に生れてこの方、これといって為すべきことを為さないで白髪頭だけは進み、牙歯が落ちかかっているというのはまことに惜しむべきことである。

憶獻三賦蓬萊宮,自怪一日聲輝赫。

思い起こせば、自分はかって、蓬莱宮において、三代礼の賦を奉ったことがある。あの時は一日の内に自分の名声が光り輝いたことは自分でも不思議に思えるほどであった。

集賢學士如堵牆,觀我落筆中書堂。』

また、集賢殿の学士たちは人垣を作って自分が中書堂で文章を書き下ろすのを見物したものだった。』

#2

往時文彩動人主,此日飢寒趨路旁。

あの当時は、文章の光彩が天子自身の心を感動せられたものであったが、今日この時どうかと言えば、飢餓苦寒し、路傍に走りつつある状況なのだ。

晚將末契託年少,當面輸心背面笑。

人生も晩生となって、年少のものと、契約・依託など同僚として仕事をするのである、そうした中で、よくあることは、面と向かっては、理解するような態度であるが、背を向けた時は、小馬鹿にしたように笑っているのである。

寄謝悠悠世上兒,不爭好惡莫相疑。』

お断りして申し上げるが、世間のとらえどころのない軽薄な若者よ、私は、お前さんたちと好き嫌いの次元で言争うことなど毛頭するつもりはないので、それについてうたがわないでもらいたい。

 

(莫相疑行)

男兒 生れて成す所無く頭皓白,牙齒落ちんと欲して真に惜む可し。

憶う 三賦を獻ず 蓬萊宮,自ら怪しむ 一日 聲 輝赫たるを。

集賢の學士 堵牆【としょう】の如し,觀る我が筆を落す中書堂。

#2

往時 文彩 人主を動かす,此の日 飢寒 路旁に趨る。

晚 末契を將って年少に託し,當面 心を輸し 背面には笑う。

寄謝す 悠悠 世上の兒,好惡を爭わず 相い疑うこと莫れ。

 

安史の乱当時の勢力図 

『莫相疑行』 現代語訳と訳註

(本文)#2

往時文彩動人主,此日飢寒趨路旁。

晚將末契託年少,當面輸心背面笑。

寄謝悠悠世上兒,不爭好惡莫相疑。』

 

往時文彩動人主,此日飢寒趨路旁【今日飢寒趨路旁】。

晚將末契託年少【晚將末節契年少】,當面輸心背面笑【當面論心背面笑】。

寄謝悠悠世上兒,不爭好惡莫相疑【莫爭好惡莫相疑】。

 

(下し文) #2

往時 文彩 人主を動かす,此の日 飢寒 路旁に趨る。

晚 末契を將って年少に託し,當面 心を輸し 背面には笑う。

寄謝す 悠悠 世上の兒,好惡を爭わず 相い疑うこと莫れ。

 

(現代語訳)

あの当時は、文章の光彩が天子自身の心を感動せられたものであったが、今日この時どうかと言えば、飢餓苦寒し、路傍に走りつつある状況なのだ。

人生も晩生となって、年少のものと、契約・依託など同僚として仕事をするのである、そうした中で、よくあることは、面と向かっては、理解するような態度であるが、背を向けた時は、小馬鹿にしたように笑っているのである。

お断りして申し上げるが、世間のとらえどころのない軽薄な若者よ、私は、お前さんたちと好き嫌いの次元で言争うことなど毛頭するつもりはないので、それについてうたがわないでもらいたい。

成都関連地図 00 

(訳注)#2

莫相疑行 #2

(厳武の幕府内の年少のものの軽薄な言動に我慢ならない旨を詠ったものは数首あり、そのひとつ)

 

往時文彩動人主,此日飢寒趨路旁。

あの当時は、文章の光彩が天子自身の心を感動せられたものであったが、今日この時どうかと言えば、飢餓苦寒し、路傍に走りつつある状況なのだ。

往時・此日 あの当時は、・今日この時

飢寒 飢餓苦寒。

 

晚將末契託年少,當面輸心背面笑。

人生も晩生となって、年少のものと、契約・依託など同僚として仕事をするのである、そうした中で、よくあることは、面と向かっては、理解するような態度であるが、背を向けた時は、小馬鹿にしたように笑っているのである。

末契託 末席で、同僚として扱われること。疎外感を受ける扱いをいう。

年少 としわかいもの。

當面 面と向かっては。

輸心 理解するような態度であること。

 

寄謝悠悠世上兒,不爭好惡莫相疑。』

お断りして申し上げるが、世間のとらえどころのない軽薄な若者よ、私は、お前さんたちと好き嫌いの次元で言争うことなど毛頭するつもりはないので、それについてうたがわないでもらいたい。

寄謝 お断りして申し上げる。

悠悠 はるかな容貌。とらえどころのない軽薄な。

世上兒 世間の若者。

不爭好惡 好き嫌いの次元で言争うことなど毛頭するつもりはない。

莫相疑 それについてうたがわないでもらいたい。
題新津北橋棲00 

プロフィール

紀 頌之

Twitter プロフィール
記事検索
最新記事(画像付)
最新記事
記事検索
カテゴリ別アーカイブ
タグクラウド
QRコード
QRコード
記事検索
  • ライブドアブログ