杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

2014年12月

766年大暦元年55歲-20-1奉節-12 《毒熱寄簡崔評事十六弟 -#1》 杜甫index-15 杜甫<892> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5345

(大暦元年初秋、残暑が厳しくたまらない暑さの中、従弟の評事官である徘行13の崔公輔より年少の徘行16の内弟崔某にこの詩を手紙として送った)

 
 2014年12月30日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
156 《巻02-13 行路難三首 其一 》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <156> Ⅰ李白詩1352 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5308 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
30-(4) §2-1 《讀巻05-05 畫記 -(4)》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1272> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5344 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-20-1奉節-12 《毒熱寄簡崔評事十六弟 -#1》 杜甫index-15 杜甫<892> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5345 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠30《巻1-30 楊柳枝 之一》溫庭筠66首巻一30-〈30〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5347 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

766年大暦元年55-20-1奉節-12 《毒熱寄簡崔評事十六弟 -#1》 杜甫index-15 杜甫<892 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5345


杜甫詩
1500-892-1240/2500766年大暦元年55-20-1

 

年:766年大暦元年55-20-1

卷別:    卷二二一              文體:    五言古詩

詩題:    毒熱寄簡崔評事十六弟

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:荊州 (山南東道 荊州 荊州) 別名:郢門         

揚州 (淮南道 揚州 揚州) 別名:廣陵、淮南、淮海     

交遊人物:崔評事              書信往來

 

 

毒熱寄簡崔評事十六弟 #1

(大暦元年初秋、残暑が厳しくたまらない暑さの中、従弟の評事官である徘行13の崔公輔より年少の徘行16の内弟崔某にこの詩を手紙として送った)

大暑運金氣,荊揚不知秋。

「大暑」の厳しい暑さの中、それでも、天の金星が下りはじめて秋の気配を運んで来ようとしているが、此処荊揚の楚の地ではとんでもない暑さで、秋の気配など全く感じさせるものはない。

林下有塌翼,水中無行舟。

というのも、林の木陰には暑さに翼をやられて垂らしたままの鳥がいるし、河江に舟の行き交うことすらない。

千室但掃地,閉關人事休。

ここに在る千軒の家々でも、とにかく家の中で、地面に臥して涼を求めようとしているだけだ、そればかりか家の門の閂を閉じて、仕事も休んでじっとしている。

老夫轉不樂,旅次兼百憂。

自分は歳をとっているのでこの暑さは愈々面白くない、また、旅の途中のみで寓居に宿しているので、先々の事、心配事がおおくて苦慮している。

-#2

蝮蛇暮偃蹇,空床難暗投。

炎宵惡明燭,況乃懷舊丘。

開襟仰弟,執熱露白頭。

束帶負芒刺,接居成阻修。

何當清霜飛,會子臨江樓。

-#3

載聞大易義,諷興詩家流。

蘊藉異時輩,檢身非苟求。

皇皇使臣體,信是德業優。

楚材擇杞梓,漢苑歸驊騮。

短章達我心,理為識者籌。

 

(含異文)

大暑運金氣【大火運金氣】,荊揚不知秋。林下有塌翼,水中無行舟。千室但掃地,閉關人事休。老夫轉不樂【老大轉不樂】,旅次兼百憂。蝮蛇暮偃蹇,空床難暗投。炎宵惡明燭,況乃懷舊丘。開襟仰弟【開襟仰第】,執熱露白頭。束帶負芒刺,接居成阻修。何當清霜飛,會子臨江樓。載聞大易義,諷興詩家流【諷詠詩家流】。蘊藉異時輩,檢身非苟求。皇皇使臣體,信是德業優。楚材擇杞梓,漢苑歸驊騮。短章達我心,理為識者籌【理待識者籌】。

 

 

(毒熱 崔評事十六弟に寄簡す。)

#1

大暑 金氣を運び,荊揚 秋を知らず。

林下 塌翼【とうよく】有り,水中 行舟無し。

千室 但だ地を掃い,關を閉じて人事休す。

老夫 轉た樂しまず,旅次 百憂を兼ぬ。

-#2

蝮蛇 暮に偃蹇【えんてん】たり,空床 暗に投じ難し。

炎宵 明燭を惡む,況んや乃ち舊丘を懷うえをや。

開襟 弟を仰ぎ,執熱 白頭を露わす。

束帶 芒刺を負い,接居 阻修を成す。

何【いつ】か當に清霜飛びて,子に臨江の樓に會さん。

-#3

載【すなわ】ち大易の義を聞き,諷興【ふうきょう】せん 詩家の流。

蘊藉【うんしゃ】時輩に異なり,檢身 苟【いやし】くも求むるに非ず。

皇皇たり使臣の體,信に是れ德業優なり。

楚材 杞梓【きし】擇ばれ,漢苑 驊騮【かりゅうる】歸る。

短章 達我が心をし,理 識者の籌と為らん。

 唐時代 地図山南 東・西道50

 

『毒熱寄簡崔評事十六弟』現代語訳と訳註解説

(本文)

毒熱寄簡崔評事十六弟 #1

大暑運金氣,荊揚不知秋。

林下有塌翼,水中無行舟。

千室但掃地,閉關人事休。

老夫轉不樂,旅次兼百憂。

 

(下し文)

(毒熱 崔評事十六弟に寄簡す。)#1

大暑 金氣を運び,荊揚 秋を知らず。

林下 塌翼【とうよく】有り,水中 行舟無し。

千室 但だ地を掃い,關を閉じて人事休す。

老夫 轉た樂しまず,旅次 百憂を兼ぬ。

 

(現代語訳)

(大暦元年初秋、残暑が厳しくたまらない暑さの中、従弟の評事官である徘行13の崔公輔より年少の徘行16の内弟崔某にこの詩を手紙として送った)

「大暑」の厳しい暑さの中、それでも、天の金星が下りはじめて秋の気配を運んで来ようとしているが、此処荊揚の楚の地ではとんでもない暑さで、秋の気配など全く感じさせるものはない。

というのも、林の木陰には暑さに翼をやられて垂らしたままの鳥がいるし、河江に舟の行き交うことすらない。

ここに在る千軒の家々でも、とにかく家の中で、地面に臥して涼を求めようとしているだけだ、そればかりか家の門の閂を閉じて、仕事も休んでじっとしている。

自分は歳をとっているのでこの暑さは愈々面白くない、また、旅の途中のみで寓居に宿しているので、先々の事、心配事がおおくて苦慮している。

夔州東川卜居図001唐時代 地図山南 東・西道50 

 

(訳注)

毒熱寄簡崔評事十六弟 #1

(大暦元年初秋、残暑が厳しくたまらない暑さの中、従弟の評事官である徘行13の崔公輔より年少の徘行16の内弟崔某にこの詩を手紙として送った)

毒熱 たまらないあつさ。

崔評事十六弟 杜甫に『1523 贈崔十三評事公輔』詩あり。大理寺に属す出張裁判官の官名、母方の従弟の崔公輔より年少の徘行の内弟。

 

大暑運金氣,荊揚不知秋。

「大暑」の厳しい暑さの中、それでも、天の金星が下りはじめて秋の気配を運んで来ようとしているが、此処荊揚の楚の地ではとんでもない暑さで、秋の気配など全く感じさせるものはない。

大暑大火 大暑(たいしょ)は、二十四節気の第12六月中から下旬立秋まで(通常旧暦6月内)。 現在広まっている定気法では太陽黄経が120度のときで723日ごろ。大火:暦ではそれが起こる日だが、天文学ではその瞬間とする。大火心星、おおよそ七月に下る星。

金気 秋の気をいう。五行思想で秋は金が支配す、「月令」に「孟秋之月盛徳在金」とみえる。

 

林下有塌翼,水中無行舟。

というのも、林の木陰には暑さに翼をやられて垂らしたままの鳥がいるし、河江に舟の行き交うことすらない。

荊揚 荊揚、即ち江蘇省の地をいう。しかし、厳密には楚の地、杜甫は南方の義としてみている。

塌翼 くづれた翼、つばさ垂れて飛べない鳥。

 

千室但掃地,閉關人事休。

ここに在る千軒の家々でも、とにかく家の中で、地面に臥して涼を求めようとしているだけだ、そればかりか家の門の閂を閉じて、仕事も休んでじっとしている。

千室 千家。

掃地 地面に臥して涼を求めようとすること。

開閉 かんぬきをとざす。

人事休 仕事をやすむ。ここまで、楚地が灼熱であることをいう。

 

老夫轉不樂,旅次兼百憂。

自分は歳をとっているのでこの暑さは愈々面白くない、また、旅の途中のみで寓居に宿しているので、先々の事、心配事がおおくて苦慮している。

老夫 自己をいう。

旅次 たびでやどをすること。

766年大暦元年55歲-19-4奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -#4》 杜甫index-15 杜甫<882-4> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5340

杜甫 奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -4だから君臣の間には、かりに方円相合わない場合があったとしても、臣たるもの丈夫ならば、丈夫には英雄が多きもの、故に彼は決して苟進苟合をするものではない、それは、あたかも女が、非礼以て男子に合を求めててはいけないというのと同様である。

 

 
 2014年12月29日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
155-#4 《巻02-04 梁甫吟 -#4》(改訂)Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <155-#4> Ⅰ李白詩1358 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5338 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
30-(3) §1-3 《讀巻05-05 畫記 -(3)》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1271> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5339 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-19-4奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -#4》 杜甫index-15 杜甫<882-4> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5340 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠29《巻1-29 定西番三首其三》溫庭筠66首巻一29-〈29〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5342 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

766年大暦元年55-19-4奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -4 杜甫index-15 杜甫<882-4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5340

 

 

杜甫詩1500-882-4-1239/2500766年大暦元年55-19-4

年:766年大暦元年55-19-3

卷別:    卷二二一              文體:    五言古詩

詩題:    牽牛織女

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

 

 

牽牛織女 -#1

(奉節で未婚女性を見て、牽牛星と織女星との事に感じて詠んだ詩。大層元年七月夔州奉節での作。)

牽牛出河西,織女處其東。

牽牛星は伸びた天の河の西から出で、織女星は天の河の東にいる。

萬古永相望,七夕誰見同。

二つの星は萬年たっても東西に在り、かくして永久に望みおうているのだ、たしかに、だれが七夕の日に二つの星が会合するのを見たものがあろうか。

神光意難候,此事終蒙朧。

彼等は年に一回會合するといわれてはいるが、その時明るく不思議な光となるけれど、結局うかがうことがむつかしく、曾合するということまではつまりぼんやりとしてはっきりしないことなのだ。

颯然精靈合,何必秋遂通。

星の神のすることであるなら、さっと風の吹きわたる様に牛女二星の二つの魂が寄り合うても良いのである、なんで秋になるのを待ってはじめてであう必要があるというものか。

-#2

亭亭新妝立,龍駕具曾空。

ともかく夕方になると天上では織女星が活け高くお化粧を新しくして立ち、高い空には龍駕が用意されることだろう。

世人亦為爾,祈請走兒童。

これを見て世人もまた彼等のために祭りをして、御利益にあずかろうといろいろの願い事をし、子供らまで願い事で奔走する。

稱家隨豐儉,白屋達公宮。

お祭りのしかたは家々の貧富に応じてするもので、茅葺のあばら屋から、上は公の身分御殿にまでお祭りは達せられる。

膳夫翊堂殿,鳴玉淒房櫳。

料理方はつつしんで表座敷や正殿に御馳走をならべる、婦女子等は佩び玉を鳴らして、適齢の男がいないので寂しそうなあきらめの面持ちで、閨の格子窓から出かけてくる。

-#3

曝衣遍天下,曳月揚微風。

衣裳のむしぼしをするのは天下ではだれもがおこなわねばならないことであり、婦女子等は、月経前に着物のもすそを曳いてそよ吹く風にそれをひるがへす。

蛛絲小人態,曲綴瓜果中。

またつまらぬ小人たちのすることではあるが、機織り、裁縫が上手になりたいために、瓜などにわざわざ蜘蛛の絲でもってぐるぐる巻きにする。

初筵裛重露,日出甘所終。

祭筵の初めのころは露がおもくふってくる頃であって-夜があけて太陽がでる頃になるとはじめて祭りの終ることに得心する。

嗟汝未嫁女,秉心鬱忡忡。

ああ、この地に多い未婚の処女らよ。汝等はふだんなら物思うに胸をふさいで心配しているだけではあろう。

防身動如律,竭力機杼中。

峯動厳格に身を守り、節操をうしなわないようにすること、機織りの作業を引き続いてしつつ勉強している。

-#4

雖無姑舅事,敢昧織作功。

たとえ舅姑には仕えていないものでも、はたおり、裁縫を学んでないからといって機織りの業をすることができないということをなくしたいとおもっているのだ。

明明君臣契,咫尺或未容。

この祭りで自身が感じたのは、「明明白白たる君臣の契り」もごく近い所にいる二つながら相い容れないことがあるということだ。

義無棄禮法,恩始夫婦恭。

合い容れないことというのは、君臣の義に於いて、臣たるものは決して礼法を棄てることはない、丁度それは男女が夫婦たらんとするにあたりで、その恩義においては、両者の間に恭順尊敬の礼が存するところから始まると似た関係にある。

小大有佳期,戒之在至公。

その関係は夫婦が小であり、君臣について大ということで、二者それぞれに佳期といふものがあるが、之を爲すには無私至公を以てせねばならないということだ。

方圓苟齟齬,丈夫多英雄。

だから君臣の間には、かりに方円相合わない場合があったとしても、臣たるもの丈夫ならば、丈夫には英雄が多きもの、故に彼は決して苟進苟合をするものではない、それは、あたかも女が、非礼以て男子に合を求めててはいけないというのと同様である。

 

(牽牛織女)#1

牽牛河西に出で、織女其の東に處る。

万古 永く相望む、七ダ 誰か同じくするを見む。

神光 竟に候【うかが】い難し、此の事終に朦朧たり。

颯然 精靈合す、何ぞ必ずしも秋遂に逢わんや。

#2

亭亭 薪粧立つ、龍駕 曾空に具う。

世人 亦た爾が虜めに、祈請して兒童走る。

家に称【かな】いて豐儉に随い、白屋より公宮に達す。

膳夫堂殿に翊【つつし】む、鳴玉 房櫳に凄たり。

#3

曝衣は天下に遍【あまね】し、月に曳きて微風に揚る。

蛛絲は小人の態、曲綴【きょくてい】す瓜果の中。

初筵 重露に裛まる、日出 終る所に甘んず。

嗟 汝 未嫁の女、秉心 鬱として忡忡たり。

防身 動くこと律の如く、力を竭【つく】す機杼【きちょ】の中。

#4

舅姑の事無しと雖も、散で昧からむや織作の功。

明明君臣の契、咫尺 或は未だ容れず。

義 禮法を棄つる無し、恩は夫婦の恭なるより始まる。

小大 佳期有り、之を戒むること至公なるに在り。

方圓 筍くも齟齬するも、丈夫には英雄多し。」

 

 唐時代 地図山南 東・西道50

『牽牛織女』 現代語訳と訳註解説

(本文)4

雖無姑舅事,敢昧織作功。

明明君臣契,咫尺或未容。

義無棄禮法,恩始夫婦恭。

小大有佳期,戒之在至公。

方圓苟齟齬,丈夫多英雄。

 

(下し文) #4

舅姑の事無しと雖も、散で昧からむや織作の功。

明明君臣の契、咫尺 或は未だ容れず。

義 禮法を棄つる無し、恩は夫婦の恭なるより始まる。

小大 佳期有り、之を戒むること至公なるに在り。

方圓 筍くも齟齬するも、丈夫には英雄多し。」

 

(現代語訳)

たとえ舅姑には仕えていないものでも、はたおり、裁縫を学んでないからといって機織りの業をすることができないということをなくしたいとおもっているのだ。

この祭りで自身が感じたのは、「明明白白たる君臣の契り」もごく近い所にいる二つながら相い容れないことがあるということだ。

合い容れないことというのは、君臣の義に於いて、臣たるものは決して礼法を棄てることはない、丁度それは男女が夫婦たらんとするにあたりで、その恩義においては、両者の間に恭順尊敬の礼が存するところから始まると似た関係にある。

その関係は夫婦が小であり、君臣について大ということで、二者それぞれに佳期といふものがあるが、之を爲すには無私至公を以てせねばならないということだ。

だから君臣の間には、かりに方円相合わない場合があったとしても、臣たるもの丈夫ならば、丈夫には英雄が多きもの、故に彼は決して苟進苟合をするものではない、それは、あたかも女が、非礼以て男子に合を求めててはいけないというのと同様である。

 

夔州東川卜居図001(訳注) -#4

牽牛織女 -2

(奉節で適齢期を過ぎた未婚女性を見て、牽牛星と織女星との事に感じて詠んだ詩。大層元年七月夔州奉節での作。)

牽牛織女 牽牛はひこ星。織女はたなばた星、《「晉書」天文志》、「織女三星,在天紀東端,天女也,主果蓏絲帛珍寶也。」(織女三星は天紀の東端にあり、天女なり、果蔬絲帛珍寶を主る、と。)

 

雖無姑舅事,敢昧織作功。

たとえ舅姑には仕えていないものでも、はたおり、裁縫を学んでないからといって機織りの業をすることができないということをなくしたいとおもっているのだ。

姑舅事 しゅうと、しゅうとめに仕える事がら。

 不知案内。

織作功 はたおりのわざ。

 

明明君臣契,咫尺或未容。

この祭りで自身が感じたのは、「明明白白たる君臣の契り」もごく近い所にいる二つながら相い容れないことがあるということだ。

君臣契 君と臣とのちぎり。

咫尺或未容 咫尺はわずかの距離、そばちかくをいふ、未容とは君臣相容れざるなり。そのあいだがぴったりあっていないことをいう。

 

義無棄禮法,恩始夫婦恭。

合い容れないことというのは、君臣の義に於いて、臣たるものは決して礼法を棄てることはない、丁度それは男女が夫婦たらんとするにあたりで、その恩義においては、両者の間に恭順尊敬の礼が存するところから始まると似た関係にある。

義 君臣の雫 

棄禮法 主として臣下たる者が臣としての礼法をすてことをいう。

恩始夫婦恭 上に義をいい、ここに恩をいうも、恩義二着は互にかねていっている、上の義にも恩をふくみ、この恩にも義を含む。恭とは夫婦の間に恭敬の礼を存するをいう。これは巳に夫婦となれるもりについて言うに非ず、未婚の男女、まさに夫婦たらんとするものについていう。夫婦恭は男女恭なりと知るべし。

 

小大有佳期,戒之在至公。

その関係は夫婦が小であり、君臣について大ということで、二者それぞれに佳期といふものがあるが、之を爲すには無私至公を以てせねばならないということだ。

小大 小は男女夫婦間をいう。大は君臣間をさす。

佳期 男女、君臣、両者が相会するを佳期という。

至公 公平の極、私邪のないことをいう。

 

方圓苟齟齬,丈夫多英雄。

だから君臣の間には、かりに方円相合わない場合があったとしても、臣たるもの丈夫ならば、丈夫には英雄が多きもの、故に彼は決して苟進苟合をするものではない、それは、あたかも女が、非礼以て男子に合を求めててはいけないというのと同様である。

方圓苟齟齬 楚辞九辯に、「圜鑿而方枘兮,吾固知其鉏鋙而難入。」(圜鑿【えんそう】にして方枘【ほうぜい】、吾 固【もと】より其の【そご】して入り難きを知る。)ノミで開けた円い穴に四角なくさびをとめる、私はもともとそのくいちがっているものが入り難いことを知っている。のみで孔をあける、方枘は四角形にした材木のさしこみの頭なり、四角のさしこみを囲いあなにはめようとしてもくいちがって遭わない。句の意味は、此処でも、君主と家臣のあひだくいちがって合和ない旨をいう。

九辯 第五段-2 宋玉  <00-#12>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 641 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2189

丈夫多英雄 英雄多しというは英雄なれば礼法を棄ててまで君主に近づかんとするものは無しとの意なり。以上は男女、夫婦の事より君臣の関係に及び、男女の苟合すべからざるごとく君臣も苟合すべからざるなりといえり。ここでは杜甫自身が感じたことをいう。

 

 

 

766年大暦元年55歲-19-3奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -#3》 杜甫index-15 杜甫<882-3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5335

杜甫 奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -3峯動厳格に節操、身を守りで機織りの事に勉強して、たとえ舅姑には仕えていないもので機織り、裁縫を学んでないからといって機織りの業をすることだできないということをなくしたいとおもっているのだ。

 
 2014年12月28日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
155-#3 《巻02-04 梁甫吟 -#3》(改訂)Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <155-#3> Ⅰ李白詩1357 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5333 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
30-(2) §1-2 《讀巻05-05 畫記 -(2)》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1270> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5334 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-19-3奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -#3》 杜甫index-15 杜甫<882-3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5335 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠28《巻1-28 定西番三首其二》溫庭筠66首巻一28-〈28〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5337 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

766年大暦元年55-19-3奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -3 杜甫index-15 杜甫<882-3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5335
杜甫詩
1500-882-3-1238/2500766年大暦元年55-19-3

 

 

年:766年大暦元年55-19-3

卷別:    卷二二一              文體:    五言古詩

詩題:    牽牛織女

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

 

 

 

牽牛織女 -#1

(奉節で未婚女性を見て、牽牛星と織女星との事に感じて詠んだ詩。大層元年七月夔州奉節での作。)

牽牛出河西,織女處其東。

牽牛星は伸びた天の河の西から出で、織女星は天の河の東にいる。

萬古永相望,七夕誰見同。

二つの星は萬年たっても東西に在り、かくして永久に望みおうているのだ、たしかに、だれが七夕の日に二つの星が会合するのを見たものがあろうか。

神光意難候,此事終蒙朧。

彼等は年に一回會合するといわれてはいるが、その時明るく不思議な光となるけれど、結局うかがうことがむつかしく、曾合するということまではつまりぼんやりとしてはっきりしないことなのだ。

颯然精靈合,何必秋遂通。

星の神のすることであるなら、さっと風の吹きわたる様に牛女二星の二つの魂が寄り合うても良いのである、なんで秋になるのを待ってはじめてであう必要があるというものか。

-#2

亭亭新妝立,龍駕具曾空。

ともかく夕方になると天上では織女星が活け高くお化粧を新しくして立ち、高い空には龍駕が用意されることだろう。

世人亦為爾,祈請走兒童。

これを見て世人もまた彼等のために祭りをして、御利益にあずかろうといろいろの願い事をし、子供らまで願い事で奔走する。

稱家隨豐儉,白屋達公宮。

お祭りのしかたは家々の貧富に応じてするもので、茅葺のあばら屋から、上は公の身分御殿にまでお祭りは達せられる。

膳夫翊堂殿,鳴玉淒房櫳。

料理方はつつしんで表座敷や正殿に御馳走をならべる、婦女子等は佩び玉を鳴らして、適齢の男がいないので寂しそうなあきらめの面持ちで、閨の格子窓から出かけてくる。

-#3

曝衣遍天下,曳月揚微風。

衣裳のむしぼしをするのは天下ではだれもがおこなわねばならないことであり、婦女子等は、月経前に着物のもすそを曳いてそよ吹く風にそれをひるがへす。

蛛絲小人態,曲綴瓜果中。

またつまらぬ小人たちのすることではあるが、機織り、裁縫が上手になりたいために、瓜などにわざわざ蜘蛛の絲でもってぐるぐる巻きにする。

初筵裛重露,日出甘所終。

祭筵の初めのころは露がおもくふってくる頃であって-夜があけて太陽がでる頃になるとはじめて祭りの終ることに得心する。

嗟汝未嫁女,秉心鬱忡忡。

ああ、この地に多い未婚の処女らよ。汝等はふだんなら物思うに胸をふさいで心配しているだけではあろう。

防身動如律,竭力機杼中。

峯動厳格に身を守り、節操をうしなわないようにすること、機織りの作業を引き続いてしつつ勉強している。

-#4

雖無姑舅事,敢昧織作功。

明明君臣契,咫尺或未容。

義無棄禮法,恩始夫婦恭。

小大有佳期,戒之在至公。

方圓苟齟齬,丈夫多英雄。

 

(牽牛織女)#1

牽牛河西に出で、織女其の東に處る。

万古 永く相望む、七ダ 誰か同じくするを見む。

神光 竟に候【うかが】い難し、此の事終に朦朧たり。

颯然 精靈合す、何ぞ必ずしも秋遂に逢わんや。

#2

亭亭 薪粧立つ、龍駕 曾空に具う。

世人 亦た爾が虜めに、祈請して兒童走る。

家に称【かな】いて豐儉に随い、白屋より公宮に達す。

膳夫堂殿に翊【つつし】む、鳴玉 房櫳に凄たり。

#3

曝衣は天下に遍【あまね】し、月に曳きて微風に揚る。

蛛絲は小人の態、曲綴【きょくてい】す瓜果の中。

初筵 重露に裛まる、日出 終る所に甘んず。

嗟 汝 未嫁の女、秉心 鬱として忡忡たり。

防身 動くこと律の如く、力を竭【つく】す機杼【きちょ】の中。

#4

舅姑の事無しと雖も、散で昧からむや織作の功。

明明君臣の契、咫尺 或は未だ容れず。

義 禮法を棄つる無し、恩は夫婦の恭なるより始まる。

小大 佳期有り、之を戒むること至公なるに在り。

方圓 筍くも齟齬するも、丈夫には英雄多し。」

夔州東川卜居図001 

 

『牽牛織女』 現代語訳と訳註解説

(本文)

-#3

曝衣遍天下,曳月揚微風。

蛛絲小人態,曲綴瓜果中。

初筵裛重露,日出甘所終。

嗟汝未嫁女,秉心鬱忡忡。

防身動如律,竭力機杼中。

 

(下し文) #3

曝衣は天下に遍【あまね】し、月に曳きて微風に揚る。

蛛絲は小人の態、曲綴【きょくてい】す瓜果の中。

初筵 重露に裛まる、日出 終る所に甘んず。

嗟 汝 未嫁の女、秉心 鬱として忡忡たり。

防身 動くこと律の如く、力を竭【つく】す機杼【きちょ】の中。

 

(現代語訳)

衣裳のむしぼしをするのは天下ではだれもがおこなわねばならないことであり、婦女子等は、月経前に着物のもすそを曳いてそよ吹く風にそれをひるがへす。

またつまらぬ小人たちのすることではあるが、機織り、裁縫が上手になりたいために、瓜などにわざわざ蜘蛛の絲でもってぐるぐる巻きにする。

祭筵の初めのころは露がおもくふってくる頃であって-夜があけて太陽がでる頃になるとはじめて祭りの終ることに得心する。

ああ、この地に多い未婚の処女らよ。汝等はふだんなら物思うに胸をふさいで心配しているだけではあろう。

峯動厳格に身を守り、節操をうしなわないようにすること、機織りの作業を引き続いてしつつ勉強している。

銀河002 

(訳注) -#3

牽牛織女 -2

(奉節で適齢期を過ぎた未婚女性を見て、牽牛星と織女星との事に感じて詠んだ詩。大層元年七月夔州奉節での作。)

牽牛織女 牽牛はひこ星。織女はたなばた星、《「晉書」天文志》、「織女三星,在天紀東端,天女也,主果蓏絲帛珍寶也。」(織女三星は天紀の東端にあり、天女なり、果蔬絲帛珍寶を主る、と。) 

曝衣遍天下,曳月揚微風。

衣裳のむしぼしをするのは天下ではだれもがおこなわねばならないことであり、婦女子等は、月経前に着物のもすそを曳いてそよ吹く風にそれをひるがへす。

曝衣 七夕には経書及び衣裳をさらす風習あった。

曳月 婦女が月前にもすそをひくをいう。

揚微風 衣のすそがそよふく風にまくれあがる。

 

蛛絲小人態,曲綴瓜果中。

またつまらぬ小人たちのすることではあるが、機織り、裁縫が上手になりたいために、瓜などにわざわざ蜘蛛の絲でもってぐるぐる巻きにする。

蛛絲小人態,曲綴瓜果中 二句「刑楚歳時記」にいう。・七夕に、人家の婦女・綵縷を結び七孔の針を穿ち瓜果ね庭中にならべて巧を乞ふ、蜘蛛が瓜上に網するものあれば以て巧み得たりとなす。蛛絲はくもりいと、小人とは世間なみの人人をいう。曲綴は人手でからがくこと。瓜果は「うり」などのくだもの。縄やロープで物の周りをグルグル巻きにして強く縛る意味をもっていて、荷造りとか捕まえた泥棒の手足等を解けない様にガッチリと縛る時に使う。

 

初筵裛重露,日出甘所終。

祭筵の初めのころは露がおもくふってくる頃であって-夜があけて太陽がでる頃になるとはじめて祭りの終ることに得心する。

初筵 祭筵の初めのころ。

裛重露 おもきつゆにつつまれる、宵のふんいきにのらないさまをいう。

日出 翌日の朝太陽のでること。

甘所終 得心して祭りの終りとする。以上世俗の祭事をのぶ。

 

 

嗟汝未嫁女,秉心鬱忡忡。

ああ、この地に多い未婚の処女らよ。汝等はふだんなら物思うに胸をふさいで心配しているだけではあろう。

嗟汝 汝は未嫁女をさす。

未嫁女 未婚のおんな。いかず後家。

秉心 心のもちかた。

鬱忡忡 忡忡は憂えているすがた。鬱は胸のふさがるさま、未嫁の女婚前にあるのでいろいろ内心に思うところがあるということ。

 

防身動如律,竭力機杼中。

峯動厳格に身を守り、節操をうしなわないようにすること、機織りの作業を引き続いてしつつ勉強している。

防身 節操を失はないように、身をふせぐこと。この頃は、夜這い婚が多いため。

動如律 節操を護るため律令の如く規律を厳格に挙動する。

竭力 勤勉、勉励すること。

機杼中 機は織機、機織り作業中をいう。
00大豆畑 

766年大暦元年55歲-19-2奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -#2》 杜甫index-15 杜甫<882-2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5330

杜甫 奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -2ともかく夕方になると天上では織女星が活け高くお化粧を新しくして立ち、高い空には龍駕が用意されることだろう。

 

 
 2014年12月27日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
155-#2 《巻02-04 梁甫吟 -#2》(改訂)Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <155-#2> Ⅰ李白詩1356 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5328 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
30-(1) §1-1 《讀巻05-05 畫記 -(1)》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1269> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5329 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-19-2奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -#2》 杜甫index-15 杜甫<882-2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5330 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ巻1 06 李太白集  《0106 古風五十九首之六》 李白kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 5331 (12/27) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠27《巻1-27 定西番三首其一》溫庭筠66首巻一27-〈27〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5332 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 


766年大暦元年55-19-2奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -2 杜甫index-15 杜甫<882-2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5330

杜甫詩1500-882-2-1237/2500766年大暦元年55-19-2

 

 

 

年:66年大暦元年55-19-2

卷別:    卷二二一              文體:    五言古詩

詩題:    牽牛織女

作地點: 夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

 

 

牽牛織女 -#1

(奉節で適齢期を過ぎた未婚女性を見て、牽牛星と織女星との事に感じて詠んだ詩。大層元年七月夔州奉節での作。)

牽牛出河西,織女處其東。

牽牛星は伸びた天の河の西から出で、織女星は天の河の東にいる。

萬古永相望,七夕誰見同。

二つの星は萬年たっても東西に在り、かくして永久に望みおうているのだ、たしかに、だれが七夕の日に二つの星が会合するのを見たものがあろうか。

神光意難候,此事終蒙朧。

彼等は年に一回會合するといわれてはいるが、その時明るく不思議な光となるけれど、結局うかがうことがむつかしく、曾合するということまではつまりぼんやりとしてはっきりしないことなのだ。

颯然精靈合,何必秋遂通。

星の神のすることであるなら、さっと風の吹きわたる様に牛女二星の二つの魂が寄り合うても良いのである、なんで秋になるのを待ってはじめてであう必要があるというものか。

-#2

亭亭新妝立,龍駕具曾空。

ともかく夕方になると天上では織女星が活け高くお化粧を新しくして立ち、高い空には龍駕が用意されることだろう。

世人亦為爾,祈請走兒童。

これを見て世人もまた彼等のために祭りをして、御利益にあずかろうといろいろの願い事をし、子供らまで願い事で奔走する。

稱家隨豐儉,白屋達公宮。

お祭りのしかたは家々の貧富に応じてするもので、茅葺のあばら屋から、上は公の身分御殿にまでお祭りは達せられる。

膳夫翊堂殿,鳴玉淒房櫳。

料理方はつつしんで表座敷や正殿に御馳走をならべる、婦女子等は佩び玉を鳴らして、適齢の男がいないので寂しそうなあきらめの面持ちで、閨の格子窓から出かけてくる。

-#3

曝衣遍天下,曳月揚微風。

蛛絲小人態,曲綴瓜果中。

初筵裛重露,日出甘所終。

嗟汝未嫁女,秉心鬱忡忡。

防身動如律,竭力機杼中。

-#4

雖無姑舅事,敢昧織作功。

明明君臣契,咫尺或未容。

義無棄禮法,恩始夫婦恭。

小大有佳期,戒之在至公。

方圓苟齟齬,丈夫多英雄。

 

(牽牛織女)#1

牽牛河西に出で、織女其の東に處る。

万古 永く相望む、七ダ 誰か同じくするを見む。

神光 竟に候【うかが】い難し、此の事終に朦朧たり。

颯然 精靈合す、何ぞ必ずしも秋遂に逢わんや。

#2

亭亭 薪粧立つ、龍駕 曾空に具う。

世人 亦た爾が虜めに、祈請して兒童走る。

家に称【かな】いて豐儉に随い、白屋より公宮に達す。

膳夫堂殿に翊【つつし】む、鳴玉 房櫳に凄たり。

#3

曝衣は天下に遍し、月に曳きて微風に揚る。

蛛絲は小人の態、曲綴す瓜果の中。

初筵 重露に裛まる、日出 終る所に甘んず。

嗟 汝 未嫁の女、秉心 鬱として忡忡たり。

防身動くこと律の如く、力を竭す機杼の中。

#4

舅姑の事無しと雖も、散で昧からむや織作の功。

明明君臣の契、咫尺 或は未だ容れず。

義 禮法を棄つる無し、恩は夫婦の恭なるより始まる。

小大 佳期有り、之を戒むること至公なるに在り。

方圓 筍くも齟齬するも、丈夫には英雄多し。」

 

 

『牽牛織女』 現代語訳と訳註解説

(本文)#2

亭亭新妝立,龍駕具曾空。

世人亦為爾,祈請走兒童。

稱家隨豐儉,白屋達公宮。

膳夫翊堂殿,鳴玉淒房櫳。

 

 

(下し文)

#2

亭亭 薪粧立つ、龍駕 曾空に具う。

世人 亦た爾が虜めに、祈請して兒童走る。

家に称【かな】いて豐儉に随い、白屋より公宮に達す。

膳夫堂殿に翊【つつし】む、鳴玉 房櫳に凄たり。

 

(現代語訳)

ともかく夕方になると天上では織女星が活け高くお化粧を新しくして立ち、高い空には龍駕が用意されることだろう。

これを見て世人もまた彼等のために祭りをして、御利益にあずかろうといろいろの願い事をし、子供らまで願い事で奔走する。

お祭りのしかたは家々の貧富に応じてするもので、茅葺のあばら屋から、上は公の身分御殿にまでお祭りは達せられる。

料理方はつつしんで表座敷や正殿に御馳走をならべる、婦女子等は佩び玉を鳴らして、適齢の男がいないので寂しそうなあきらめの面持ちで、閨の格子窓から出かけてくる。

 

(訳注)

牽牛織女 -2

(奉節で未婚女性を見て、牽牛星と織女星との事に感じて詠んだ詩。大層元年七月夔州奉節での作。)

牽牛織女 牽牛はひこ星。織女はたなばた星、《「晉書」天文志》、「織女三星,在天紀東端,天女也,主果蓏絲帛珍寶也。」(織女三星は天紀の東端にあり、天女なり、果蔬絲帛珍寶を主る、と。)

 

亭亭新妝立,龍駕具曾空。

ともかく夕方になると天上では織女星が活け高くお化粧を新しくして立ち、高い空には龍駕が用意されることだろう。

亭亭 1 樹木などが高くまっすぐにそびえているさま。2 遠くはるかなさま。

新妝立 織姫女星が装って立っていること。

龍駕 龍にひかせるくるま、これは、妻とか妾の所に行く場合は、男の馬車ということだが、中国は、嫁に行く場合だけ、紅い着物で紅い隠し袋に包まれて向う。牽牛星の所に向かう車を用意したということ。

 

世人亦為爾,祈請走兒童。

これを見て世人もまた彼等のために祭りをして、御利益にあずかろうといろいろの願い事をし、子供らまで願い事で奔走する。

為爾 汝がために、汝とは牛女のふたりをさす。

祈請 七夕の際に願い事をいのりたのむこと、男女の縁に恵まれること、身近な女としての願い、織物が上手くなることのいのりごとをいう。

 

稱家隨豐儉,白屋達公宮。

お祭りのしかたは家々の貧富に応じてするもので、茅葺のあばら屋から、上は公の身分御殿にまでお祭りは達せられる。

稱家 家家の財カにかなうほどの祭り。

豐儉 財力の多少料理を〕 

白屋 茅ぶきの家、貧家をさす。

公宮 身分ある者の家。

 

膳夫翊堂殿,鳴玉淒房櫳。

料理方はつつしんで表座敷や正殿に御馳走をならべる、婦女子等は佩び玉を鳴らして、適齢の男がいないので寂しそうなあきらめの面持ちで、閨の格子窓から出かけてくる。

膳夫 料理を作り、並べる者たち。

翊堂殿 翊は敬うすがたをいう。つつしみて供えものを陳設することをいう。

鳴玉 婦女子が、閨室より出で来るのに、佩び玉を鳴らしながらでてくること。

淒房櫳 淒は音の響きがつめたくかんじることで、その場を去ることをいう。房は、女たちの閨、櫳は格子窓。

766年大暦元年55歲-19-1奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -#1》 杜甫index-15 杜甫<882-1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5325

杜甫 奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -1》 二つの星は萬年たっても東西に在り、かくして永久に望みおうているのだ、たしかに、だれが七夕の日に二つの星が会合するのを見たものがあろうか。


 
 2014年12月26日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
155-#1 《巻02-04 梁甫吟 -#1》(改訂)Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <155-#1> Ⅰ李白詩1355 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5323 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
29-§6-2 《讀巻03-12 答崔立之書 -(14)§6-2》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1268> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5324 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-19-1奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -#1》 杜甫index-15 杜甫<882-1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5325 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠26《酒泉子四首其四》溫庭筠66首巻一26-〈26〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5327 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 



766年大暦元年55-19-1奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -1 杜甫index-15 杜甫<882-1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5325
杜甫詩
1500-882-1-1236/2500766年大暦元年55-19-1

 

 

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二一              文體:    五言古詩

詩題:    牽牛織女

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

 

 

牽牛織女 -#1

(奉節で未婚女性を見て、牽牛星と織女星との事に感じて詠んだ詩。大層元年七月夔州奉節での作。)

牽牛出河西,織女處其東。

牽牛星は伸びた天の河の西から出で、織女星は天の河の東にいる。

萬古永相望,七夕誰見同。

二つの星は萬年たっても東西に在り、かくして永久に望みおうているのだ、たしかに、だれが七夕の日に二つの星が会合するのを見たものがあろうか。

神光意難候,此事終蒙朧。

彼等は年に一回會合するといわれてはいるが、その時明るく不思議な光となるけれど、結局うかがうことがむつかしく、曾合するということまではつまりぼんやりとしてはっきりしないことなのだ。

颯然精靈合,何必秋遂通。

星の神のすることであるなら、さっと風の吹きわたる様に牛女二星の二つの魂が寄り合うても良いのである、なんで秋になるのを待ってはじめてであう必要があるというものか。

-#2

亭亭新妝立,龍駕具曾空。

世人亦為爾,祈請走兒童。

稱家隨豐儉,白屋達公宮。

膳夫翊堂殿,鳴玉淒房櫳。

-#3

曝衣遍天下,曳月揚微風。

蛛絲小人態,曲綴瓜果中。

初筵裛重露,日出甘所終。

嗟汝未嫁女,秉心鬱忡忡。

防身動如律,竭力機杼中。

-#4

雖無姑舅事,敢昧織作功。

明明君臣契,咫尺或未容。

義無棄禮法,恩始夫婦恭。

小大有佳期,戒之在至公。

方圓苟齟齬,丈夫多英雄。

 

(牽牛織女)#1

牽牛河西に出で、織女其の東に處る。

万古 永く相望む、七ダ 誰か同じくするを見む。

神光 竟に候【うかが】い難し、此の事終に朦朧たり。

颯然 精靈合す、何ぞ必ずしも秋遂に逢わんや。

#2

亭亭 薪粧立つ、龍駕 曾空に具う。

世人 亦た爾が虜めに、祈請して兒童走る。

家に称【かな】いて豐儉に随い、白屋より公宮に達す。

膳夫堂殿に翊【つつし】む、鳴玉 房櫳に凄たり。

#3

曝衣は天下に遍し、月に曳きて微風に揚る。

蛛絲は小人の態、曲綴す瓜果の中。

初筵 重露に裛まる、日出 終る所に甘んず。

嗟 汝 未嫁の女、秉心 鬱として忡忡たり。

防身動くこと律の如く、力を竭す機杼の中。

#4

舅姑の事無しと雖も、散で昧からむや織作の功。

明明君臣の契、咫尺 或は未だ容れず。

義 禮法を棄つる無し、恩は夫婦の恭なるより始まる。

小大 佳期有り、之を戒むること至公なるに在り。

方圓 筍くも齟齬するも、丈夫には英雄多し。」

 

 

『牽牛織女』 現代語訳と訳註解説

(本文)

牽牛織女 -#1

牽牛出河西,織女處其東。

萬古永相望,七夕誰見同。

神光意難候,此事終蒙朧。

颯然精靈合,何必秋遂通。

 

(下し文)

(牽牛織女)

牽牛河西に出で、織女其の東に處る。

万古 永く相望む、七ダ 誰か同じくするを見む。

神光 竟に候【うかが】い難し、此の事終に朦朧たり。

颯然 精靈合す、何ぞ必ずしも秋遂に逢わんや。

 

(現代語訳)

(奉節で未婚女性を見て、牽牛星と織女星との事に感じて詠んだ詩。大層元年七月夔州奉節での作。)

牽牛星は伸びた天の河の西から出で、織女星は天の河の東にいる。

二つの星は萬年たっても東西に在り、かくして永久に望みおうているのだ、たしかに、だれが七夕の日に二つの星が会合するのを見たものがあろうか。

彼等は年に一回會合するといわれてはいるが、その時明るく不思議な光となるけれど、結局うかがうことがむつかしく、曾合するということまではつまりぼんやりとしてはっきりしないことなのだ。

星の神のすることであるなら、さっと風の吹きわたる様に牛女二星の二つの魂が寄り合うても良いのである、なんで秋になるのを待ってはじめてであう必要があるというものか。

夔州東川卜居図001 

(訳注)

牽牛織女 -#1

(奉節で未婚女性を見て、牽牛星と織女星との事に感じて詠んだ詩。大層元年七月夔州奉節での作。)

牽牛織女 牽牛はひこ星。織女はたなばた星、《「晉書」天文志》、「織女三星,在天紀東端,天女也,主果蓏絲帛珍寶也。」(織女三星は天紀の東端にあり、天女なり、果蔬絲帛珍寶を主る、と。)

 

牽牛出河西,織女處其東。

牽牛星は伸びた天の河の西から出で、織女星は天の河の東にいる。

河西 河は銀河、あまのがわであり、銀河の西にかかるまでの様子。

 

萬古永相望,七夕誰見同。

二つの星は萬年たっても東西に在り、かくして永久に望みおうているのだ、たしかに、だれが七夕の日に二つの星が会合するのを見たものがあろうか。

七夕誰見同 七夕同とけ七月七日のタに二星が会同するこという。 呉均《續齊諧記》謂「曰桂陽城武丁、有仙道、忽謂其弟曰、七月七日織女當渡河。吾向巳被召、弟問織女何事渡河。答曰荅曰暫詣牽牛。」(桂陽の成武丁、仙遺あり、忽ち弟に謂って曰く、七月七日に織女まさに河を渡るべし、吾さきに巳に召さると、弟曰く、何事ありてか織女河を渡るや、武丁曰く、暫く牽牛に謂るなり。)

 

神光意難候,此事終蒙朧。

彼等は年に一回會合するといわれてはいるが、その時明るく不思議な光となるけれど、結局うかがうことがむつかしく、曾合するということまではつまりぼんやりとしてはっきりしないことなのだ。

神光 白く明るく瞬く不思議なる星の光り。

 うかがふ。

此事 牛女星の會合のこと。

蒙脂 おぼろげ。

 

颯然精靈合,何必秋遂通。

星の神のすることであるなら、さっと風の吹きわたる様に牛女二星の二つの魂が寄り合うても良いのである、なんで秋になるのを待ってはじめてであう必要があるというものか。

颯然 風のわたるさま。

精霊合 二星のたましいが合体する。 

秋遂通 秋時をまって遂ににであふ。

ここまで、牛女二星会合のことの俗説にとどまることであるという。 
銀河002 三峡 巫山十二峰001


766年-18-5奉節-10 《巻15-45 七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長 #-5》 杜甫index-15<881-5> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5320

奉節-10 《巻15-45 七月三日亭午已後較熱退晚・・・・曹長 #-5 杜甫兵乱兵馬の塵埃のあいだに右往左往しているうちにあかぎの杖をついてしまうことになり、面貌は老醜なものとかわりはて、徒年の名馬もとても手をかけて毛なみをうつくしくしてやることはむつかしい。

 

 
 2014年12月25日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
154-#5 《巻02-03 蜀道難 #5》(改訂) Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <154-#5> Ⅰ李白詩1354 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5318 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
29-§6-1 《讀巻03-12 答崔立之書 -(13)§6-1》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1267> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5319 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年-18-5奉節-10 《巻15-45 七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長 #-5》 杜甫index-15<881-5> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5320 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠25《0125 酒泉子四首其三》溫庭筠66首巻一25-〈25〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5322 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

766-18-5奉節-10 《巻15-45 七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長 #-5 杜甫index-15881-5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5320

杜甫詩1500-881-5-1235/2500766年大暦元年55-18-5

 

 

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二一              文體:    五言古詩

詩題:    七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

交遊人物:元二十一曹長    書信往來

詩文:

 

七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,

(七月三日の正午過ぎに炎熱が少しひき、夕方には幾分の涼しささえ加わって穏やかに眠ることができたので詩が出来た、

因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長

それでついでに自分の壮年時代の楽しく面白かったことなどを論じて、戯れに元曹長へ贈った詩である。)

今茲商用事,餘熱亦已末。

今、商調の音が支配する秋の季節となって、暑さもほとぼりが冷めて終ることになる。

衰年旅炎方,生意從此活。

自分は老衰の年で暑い地方の旅をしているがこれからやっと活気づくことであろう。

亭午減汗流,北鄰耐人聒。

正午になっても汗の流れ方は減ってきたし、辺り近所で人がやかましくしてもそれにたえられるようになった。

晚風爽烏匼,筋力蘇摧折。

夕方の風もさわやかにまわり集まり吹きだし、自分の筋力もくじけかかっていたのが少しずつ蘇ってきたようだ。

-#2

閉目逾十旬,大江不止渴。

長江の水は大らかに流れているが、のどの渇きをとめてはくれず、自分はあつさをがまんして百日以上もじっと目を閉じていたのである。

退藏恨雨師,健步聞旱魃。

なんで雨の降らせ神はひっこんで出てはこぬかと恨み、旱魃の怪物がやたらに闊歩しているとだけ聞かされるのである。

園蔬抱金玉,無以供采掇。

いくら黄金珠玉を抱きかかえていても、それを供へて野菜を実らせ、収穫することはできないのである。

密雲雖聚散,徂暑終衰歇。

とはいうものの、なるほど密集した雲がかたまったり散らばったりし始めてきたように思えるので、すぎ去る暑さは次第に衰えていき、終ってしまうというものだ。

-#3

前聖慎焚巫,武王親救暍。

むかしの聖人はひでりがあるからといって、やたらに巫を焚いたりはしなかった。周の武王のごときは自から日射病患者をいたわり救ったというほどである。これは気候の事をむやみに人間に責任としないということであった。

陰陽相主客,時序遞回斡。

天地問に於で陰陽の二気は互に主となり、客となるもので、一方ばかりが主客とはびこるものではない、四時の順序は互いにめぐりめぐらされているものである。

灑落唯清秋,昏霾一空闊。

そのなかでさっぱりとした時候といえば、ただ清らかな秋であり、秋には暗くて土ふる様なことは全く無くなってしまうではないか。

蕭蕭紫塞雁,南向欲行列。

そうして長城の紫色の城壁の方からさびしくとんでくる雁は空に向って行列して来ようとするのである。

-#4

欻思紅顏日,霜露凍階闥。

それにつけ、すぐ思いだすのは自分がまだ少壮紅顔のころのことだ。あの頃は露霜がおりている庭の小門や階段が凍りかけると狩の季節である。

胡馬挾雕弓,鳴弦不虛發。

胡馬に跨って彫刻をほどこした士太夫階級の弓を小わきにかかえ、弦の音を鳴らせば、矢を無駄に放つことなく獲物をしとめた。

逐狡兔,突羽當滿月。

それから満月にも匹敵するほど弓をひきしぼつて羽箭をほとばしらせ、長當滿月でずる賢い免を逐ひまわしたものだ。

惆悵白頭吟,蕭條遊俠窟。

それがどうだろう、いまやうらめしくも白髪あたまをして詩を吟ずるだけの生活をする様になり、むかし飛びまわった任侠・遊侠の世界はさびしくもゆかりもないものになってしまった。

臨軒望山閣,縹緲安可越。

いまこの家の軒端に差し掛かってあなたのいる山際の楼閣の方をながめるが、あなたと私の間は、はるかにたなびくほどのもので、どうしてそれを越えて、近ずくことができるのだろうかと思っている。

-#5

高人煉丹砂,未念將朽骨。

少壯跡頗疏,歡樂曾倏忽。

杖藜風塵際,老醜難翦拂。

吾子得神仙,本是池中物。

賤夫美一睡,煩促嬰詞筆。

 

(七月三日 亭午已後 較や熱 晚に退く,小涼に加わり 穩かに睡る詩有り,因って壯年の樂事を論じて,戲れの元二十一曹長に呈す) -#1

今 茲に 商 事を用し,餘 熱亦た已に末なり。

衰年 炎方に旅し,生意 此れより活きむ。

亭午 汗流を減し,北鄰 人の聒【かまびす】しきに耐ゆ。

晚風 爽かにして烏匼【うごう】たり,筋力 摧折せるに蘇す。

-#2

閉目 十旬に逾ゆ,大江 渴を止めず。

退藏 雨師を恨み,健步 旱魃を聞く。

園蔬 金玉を抱くも,以て采掇【さいてつ】に供する無し。

密雲 聚散すと雖も,徂暑 終に衰歇す。

-#3

前聖 焚巫を慎【つつし】む,武王親【みずか】ら暍【えつ】を救う。

陰陽 相いに主客たり,時序 遞【たがい】に回斡【かいあつ】す。

灑落なるは唯だ清秋なり,昏霾【こんはい】一に空闊なり。

蕭蕭たり 紫塞の雁,南向 行列せんと欲す。

-#4

欻思【くつし】する紅顏の日,霜露なる凍の階闥。

胡馬 雕弓を挾【わきはさ】み,鳴弦 虛發せず。

 狡兔を逐い,突羽 滿月に當る。

惆悵すは白頭吟なり,蕭條たるは遊俠の窟なり。

軒に臨みて山閣を望み,縹緲 安んぞ越ゆ可し。

-#5

高人 丹砂を煉り,未だ朽ちんと將る骨を念わず。

少壯 跡 頗ぶる疏なり,歡樂 曾て倏忽【しゅくこつ】たり。

藜を杖にすは 風塵の際なり,醜を老せば 翦拂し難し。

吾子は神仙を得て,本と是れ池中の物なり。

賤夫は 一睡を美とし,煩促【はんそく】詞筆に嬰【かか】る。

夔州東川卜居図001 

『七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長』 現代語訳と訳註解説

(本文) #5

-#5

高人煉丹砂,未念將朽骨。

少壯跡頗疏,歡樂曾倏忽。

杖藜風塵際,老醜難翦拂。

吾子得神仙,本是池中物。

賤夫美一睡,煩促嬰詞筆。

 

(下し文) -#5

高人 丹砂を煉り,未だ朽ちんと將る骨を念わず。

少壯 跡 頗ぶる疏なり,歡樂 曾て倏忽【しゅくこつ】たり。

藜を杖にすは 風塵の際なり,醜を老せば 翦拂し難し。

吾子は神仙を得て,本と是れ池中の物なり。

賤夫は 一睡を美とし,煩促【はんそく】詞筆に嬰【かか】る。

 

(現代語訳)

あなたは仙術をまなんで丹砂を錬っているが、このわたくしの朽ちようとしている骨のことは念うてくださらぬのであろう。

自分はわかいときは遣りっ放しな行動・行跡をしてきたが、かつて耽った歓楽はいまでは忽然ときえうせた。

兵乱兵馬の塵埃のあいだに右往左往しているうちにあかぎの杖をついてしまうことになり、面貌は老醜なものとかわりはて、徒年の名馬もとても手をかけて毛なみをうつくしくしてやることはむつかしい。

だが、あなたもいかに仙術を得ているとはいえ、こんな所にいるのでは、池中からでられないでいる蚊龍にすぎないというものだ。

自分も今は、居睡りするぐらいが最上の快楽であって、うるさくもまた文筆にわずらわされてこんな役にもたたぬ詩など作っているのである。

 

(訳注) -#5

七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長

(七月三日の正午過ぎに炎熱が少しひき、夕方には幾分の涼しささえ加わって穏やかに眠ることができたので詩が出来た、それでついでに自分の壮年時代の楽しく面白かったことなどを論じて、戯れに元曹長へ贈った詩である。)

七月三日 立秋の日

亭午 卓午、正午のこと。

 :校 やや。

元二十一曹長 元曹長。

 

高人煉丹砂,未念將朽骨。

あなたは仙術をまなんで丹砂を錬っているが、このわたくしの朽ちようとしている骨のことは念うてくださらぬのであろう。

高人 高尚な人物をいい、元曹長をさす。

煉丹砂 仙藥の丹を練る。道士の修業をいう。上薬は,生命を延ばし,天に昇って鬼神を使役する効能を持ち,中薬は人間の本性を養い,下薬は病を治す効果を持っているとする。仙薬の最上のものは丹砂で,その次が黄金,以下,白銀,諸芝,五玉,雲母などが上位を占める。これらの仙薬の採集方法としては,例えば諸芝(石芝,木芝,草芝,肉芝,菌芝の五芝)を採集する場合,特定の日に祭祀を行い,禹歩という特殊な歩き方で息をとめて近よって開山却害符というおふだをその上においてこれを獲得するといった呪術的な方法が説かれる。

未念將朽骨 元曹長が念うことで、將朽骨は杜甫の骨をいう。

 

少壯跡頗疏,歡樂曾倏忽。

自分はわかいときは遣りっ放しな行動・行跡をしてきたが、かつて耽った歓楽はいまでは忽然ときえうせた。

跡頗疏 疎に疎放、やりっぱなし、無頓着。

曾倏忽 かつてしていたことをある時を契機に全くしなくなる。

 

杖藜風塵際,老醜難翦拂。

兵乱兵馬の塵埃のあいだに右往左往しているうちにあかぎの杖をついてしまうことになり、面貌は老醜なものとかわりはて、徒年の名馬もとても手をかけて毛なみをうつくしくしてやることはむつかしい。

翦拂 剪拂 馬に関する語である、剪は毛をはさみきること、払は毛のほこりをはらうこと、馬の手入れを細やかにしてやること。杜甫《1412 遣悶奉呈嚴公二十韻》「寬容存性拙,剪拂念途窮。」厳武公は寛大であって自分のような不器用な性質のものをそっとそのままにしておかれる、自分が逆境に居ることを気の毒におもわれて馬の毛並みに手をいれるように自分を世話してくださるのである。

Index-14廣徳2764-85 《遣悶奉呈嚴公二十韻》 杜甫index-14 764年 杜甫<783-#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4585

 

吾子得神仙,本是池中物。

だが、あなたもいかに仙術を得ているとはいえ、こんな所にいるのでは、池中からでられないでいる蚊龍にすぎないというものだ。

吾子 おまへ、元曹長をさす。

地中物 周瑜が劉備を許せる語、これは蛟龍なれども地中を脱出できないという物をいう。

 

賤夫美一睡,煩促嬰詞筆。

自分も今は、居睡りするぐらいが最上の快楽であって、うるさくもまた文筆にわづらわされてこんな役にもたたぬ詩など作っているのである。

賤夫 杜甫、自己をさす。

美一睡 美は「甘美なり」とするが、ここでは、最上の快楽とした。

煩促 わづらわしくこぜつく。 

嬰詞筆 嬰はかかる、「つながるる」をいう、同筆に文章をいう。

766年-18-4奉節-10 《巻15-45 七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長 #-4》 杜甫index-15<881-4> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5315

杜甫 奉節-10 1545 七月三日亭午已後較熱退晚,・・・・曹長 #-4それにつけ、すぐ思いだすのは自分がまだ少壮紅顔のころのことだ。あの頃は露霜がおりている庭の小門や階段が凍りかけると狩の季節である。胡馬に跨って彫刻をほどこした士太夫階級の弓を小わきにかかえ、弦の音を鳴らせば、矢を無駄に放つことなく獲物をしとめた。

 

 
 2014年12月24日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
154-#4 《巻02-03 蜀道難 #4》(改訂) Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <154-#4> Ⅰ李白詩1353 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5313 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
29-§5-2 《讀巻03-12 答崔立之書 -(12)§5-2》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1266> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5314韓愈詩-29-§5-2 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年-18-4奉節-10 《巻15-45 七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長 #-4》 杜甫index-15<881-4> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5315 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠24《0124 酒泉子四首其二》溫庭筠66首巻一24-〈24〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5317 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

766-18-4奉節-10 《巻15-45 七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長 #-4 杜甫index-15881-4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5315

 杜甫詩1500-881-4-1234/2500766年大暦元年55-18-4 



年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二一              文體:    五言古詩

詩題:    七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

交遊人物:元二十一曹長    書信往來

詩文:

 

七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,

(七月三日の正午過ぎに炎熱が少しひき、夕方には幾分の涼しささえ加わって穏やかに眠ることができたので詩が出来た、

因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長

それでついでに自分の壮年時代の楽しく面白かったことなどを論じて、戯れに元曹長へ贈った詩である。)

今茲商用事,餘熱亦已末。

今、商調の音が支配する秋の季節となって、暑さもほとぼりが冷めて終ることになる。

衰年旅炎方,生意從此活。

自分は老衰の年で暑い地方の旅をしているがこれからやっと活気づくことであろう。

亭午減汗流,北鄰耐人聒。

正午になっても汗の流れ方は減ってきたし、辺り近所で人がやかましくしてもそれにたえられるようになった。

晚風爽烏匼,筋力蘇摧折。

夕方の風もさわやかにまわり集まり吹きだし、自分の筋力もくじけかかっていたのが少しずつ蘇ってきたようだ。

-#2

閉目逾十旬,大江不止渴。

長江の水は大らかに流れているが、のどの渇きをとめてはくれず、自分はあつさをがまんして百日以上もじっと目を閉じていたのである。

退藏恨雨師,健步聞旱魃。

なんで雨の降らせ神はひっこんで出てはこぬかと恨み、旱魃の怪物がやたらに闊歩しているとだけ聞かされるのである。

園蔬抱金玉,無以供采掇。

いくら黄金珠玉を抱きかかえていても、それを供へて野菜を実らせ、収穫することはできないのである。

密雲雖聚散,徂暑終衰歇。

とはいうものの、なるほど密集した雲がかたまったり散らばったりし始めてきたように思えるので、すぎ去る暑さは次第に衰えていき、終ってしまうというものだ。

-#3

前聖慎焚巫,武王親救暍。

むかしの聖人はひでりがあるからといって、やたらに巫を焚いたりはしなかった。周の武王のごときは自から日射病患者をいたわり救ったというほどである。これは気候の事をむやみに人間に責任としないということであった。

陰陽相主客,時序遞回斡。

天地問に於で陰陽の二気は互に主となり、客となるもので、一方ばかりが主客とはびこるものではない、四時の順序は互いにめぐりめぐらされているものである。

灑落唯清秋,昏霾一空闊。

そのなかでさっぱりとした時候といえば、ただ清らかな秋であり、秋には暗くて土ふる様なことは全く無くなってしまうではないか。

蕭蕭紫塞雁,南向欲行列。

そうして長城の紫色の城壁の方からさびしくとんでくる雁は空に向って行列して来ようとするのである。

-#4

欻思紅顏日,霜露凍階闥。

それにつけ、すぐ思いだすのは自分がまだ少壮紅顔のころのことだ。あの頃は露霜がおりている庭の小門や階段が凍りかけると狩の季節である。

胡馬挾雕弓,鳴弦不虛發。

胡馬に跨って彫刻をほどこした士太夫階級の弓を小わきにかかえ、弦の音を鳴らせば、矢を無駄に放つことなく獲物をしとめた。

逐狡兔,突羽當滿月。

それから満月にも匹敵するほど弓をひきしぼつて羽箭をほとばしらせ、長當滿月でずる賢い免を逐ひまわしたものだ。

惆悵白頭吟,蕭條遊俠窟。

それがどうだろう、いまやうらめしくも白髪あたまをして詩を吟ずるだけの生活をする様になり、むかし飛びまわった任侠・遊侠の世界はさびしくもゆかりもないものになってしまった。

臨軒望山閣,縹緲安可越。

いまこの家の軒端に差し掛かってあなたのいる山際の楼閣の方をながめるが、あなたと私の間は、はるかにたなびくほどのもので、どうしてそれを越えて、近ずくことができるのだろうかと思っている。

-#5

高人煉丹砂,未念將朽骨。

少壯跡頗疏,歡樂曾倏忽。

杖藜風塵際,老醜難翦拂。

吾子得神仙,本是池中物。

賤夫美一睡,煩促嬰詞筆。

 

(七月三日 亭午已後 較や熱 晚に退く,小涼に加わり 穩かに睡る詩有り,因って壯年の樂事を論じて,戲れの元二十一曹長に呈す) -#1

今 茲に 商 事を用し,餘 熱亦た已に末なり。

衰年 炎方に旅し,生意 此れより活きむ。

亭午 汗流を減し,北鄰 人の聒【かまびす】しきに耐ゆ。

晚風 爽かにして烏匼【うごう】たり,筋力 摧折せるに蘇す。

-#2

閉目 十旬に逾ゆ,大江 渴を止めず。

退藏 雨師を恨み,健步 旱魃を聞く。

園蔬 金玉を抱くも,以て采掇【さいてつ】に供する無し。

密雲 聚散すと雖も,徂暑 終に衰歇す。

-#3

前聖 焚巫を慎【つつし】む,武王親【みずか】ら暍【えつ】を救う。

陰陽 相いに主客たり,時序 遞【たがい】に回斡【かいあつ】す。

灑落なるは唯だ清秋なり,昏霾【こんはい】一に空闊なり。

蕭蕭たり 紫塞の雁,南向 行列せんと欲す。

-#4

欻思【くつし】する紅顏の日,霜露なる凍の階闥。

胡馬 雕弓を挾【わきはさ】み,鳴弦 虛發せず。

 狡兔を逐い,突羽 滿月に當る。

惆悵すは白頭吟なり,蕭條たるは遊俠の窟なり。

軒に臨みて山閣を望み,縹緲 安んぞ越ゆ可し。

唐時代 地図山南 東・西道50 

『七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長』 現代語訳と訳註解説

(本文) #4

-#4

欻思紅顏日,霜露凍階闥。

胡馬挾雕弓,鳴弦不虛發。

逐狡兔,突羽當滿月。

惆悵白頭吟,蕭條遊俠窟。

臨軒望山閣,縹緲安可越。

 

(下し文) -#4

欻思【くつし】する紅顏の日,霜露なる凍の階闥。

胡馬 雕弓を挾【わきはさ】み,鳴弦 虛發せず。

 狡兔を逐い,突羽 滿月に當る。

惆悵すは白頭吟なり,蕭條たるは遊俠の窟なり。

軒に臨みて山閣を望み,縹緲 安んぞ越ゆ可し。

 

 

(現代語訳)

それにつけ、すぐ思いだすのは自分がまだ少壮紅顔のころのことだ。あの頃は露霜がおりている庭の小門や階段が凍りかけると狩の季節である。

胡馬に跨って彫刻をほどこした士太夫階級の弓を小わきにかかえ、弦の音を鳴らせば、矢を無駄に放つことなく獲物をしとめた。

それから満月にも匹敵するほど弓をひきしぼつて羽箭をほとばしらせ、長當滿月でずる賢い免を逐ひまわしたものだ。

それがどうだろう、いまやうらめしくも白髪あたまをして詩を吟ずるだけの生活をする様になり、むかし飛びまわった任侠・遊侠の世界はさびしくもゆかりもないものになってしまった。

いまこの家の軒端に差し掛かってあなたのいる山際の楼閣の方をながめるが、あなたと私の間は、はるかにたなびくほどのもので、どうしてそれを越えて、近ずくことができるのだろうかと思っている。

 

夔州東川卜居図001 

(訳注) -#4

 

欻思紅顏日,霜露凍階闥。

それにつけ、すぐ思いだすのは自分がまだ少壮紅顔のころのことだ。あの頃は露霜がおりている庭の小門や階段が凍りかけると狩の季節である。

欻思 それにつけ、すぐ思いだす。・欻 1(行進する足音)ザックザック.民兵隊がザックザックと,足並みをそろえて行進して行った.2(迅速に行動する時の)さっ.

紅顏日 少壮紅顔のころのこと。

階闥 ・階 建物の外側がの気が出ているところが一段、あるいは二段階段状に髙くする。建物の基礎と大水対策のためである。・闥 内部の小門。

 

胡馬挾雕弓,鳴弦不虛發。

胡馬に跨って彫刻をほどこした士太夫階級の弓を小わきにかかえ、弦の音を鳴らせば、矢を無駄に放つことなく獲物をしとめた。

胡馬 北産の馬。騎馬用の馬である。 

雕弓 彫刻をほどこした士太夫階級の弓。 

虛發 矢を無駄に放つ。 

 

逐狡兔,突羽當滿月。

それから満月にも匹敵するほど弓をひきしぼつて羽箭をほとばしらせ、長當滿月でずる賢い免を逐ひまわしたものだ。

 は錍と同じ、「方言に箭鍍慶長にして薄鎌なるを錍といい」とあり、鎌のような役割をするもので、兔等の足の筋肉を損傷させて逃げられなくするのが目的の矢じりである。長い鎌矢じりの矢。

狡兔 ずるがしこいうさぎ。 

突羽 奔突せんとする箭羽。

當滿月 上弦・下弦という状態でなく、弓を十分に聞き搾った状態をいう。

 

惆悵白頭吟,蕭條遊俠窟。

それがどうだろう、いまやうらめしくも白髪あたまをして詩を吟ずるだけの生活をする様になり、むかし飛びまわった任侠・遊侠の世界はさびしくもゆかりもないものになってしまった。

白頭吟 白頭を以て詩を吟すること.現今の老いた状況をいう。 

遊俠窟 任侠・遊侠の世界、過去の各地を遊侠した生活をいう。

 

臨軒望山閣,縹緲安可越。

いまこの家の軒ばに差し掛かってあなたのいる山際の楼閣の方をながめるが、あなたと私の間は、はるかにたなびくほどのもので、どうしてそれを越えて、近ずくことができるのだろうかと思っている。

山閣 元曹長のいる城樓閣。

縹緲 気持ちがはるかにたなびくこと。

766年-18-3奉節-10 《巻15-45 七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長 #-3》 杜甫index-15<881-3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5310

杜甫 奉節-10 《巻15-45 七月三日亭午已後較熱退晚,・・・・曹長 #-3むかしの聖人はひでりがあるからといって、やたらに巫を焚いたりはしなかった。周の武王のごときは自から日射病患者をいたわり救ったというほどである。これは気候の事をむやみに人間に責任としないということであった。

 

 
 2014年12月23日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
154-#3 《巻02-03 蜀道難 #3》(改訂) Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <154-#3> Ⅰ李白詩1352 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5308 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
29-§5-1 《讀巻03-12 答崔立之書 -(11)§5-1》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1265> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5309 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年-18-3奉節-10 《巻15-45 七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長 #-3》 杜甫index-15<881-3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5310 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠23《0123 酒泉子四首其一》溫庭筠66首巻一23-〈23〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5312 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

766-18-3奉節-10 《巻15-45 七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長 #-3》 杜甫index-15881-3>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5310

 

 

杜甫詩1500-881-3-1233/2500 766年大暦元年55-18-3

 

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二一              文體:    五言古詩

詩題:    七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

交遊人物:元二十一曹長    書信往來

詩文:

 

七月三日亭午已後較熱退晚,加小涼穩睡有詩,

(七月三日の正午過ぎに炎熱が少しひき、夕方には幾分の涼しささえ加わって穏やかに眠ることができたので詩が出来た、

因論壯年樂事,戲呈元二十一曹長

それでついでに自分の壮年時代の楽しく面白かったことなどを論じて、戯れに元曹長へ贈った詩である。)

今茲商用事,餘熱亦已末。

今、商調の音が支配する秋の季節となって、暑さもほとぼりが冷めて終ることになる。

衰年旅炎方,生意從此活。

自分は老衰の年で暑い地方の旅をしているがこれからやっと活気づくことであろう。

亭午減汗流,北鄰耐人聒。

正午になっても汗の流れ方は減ってきたし、辺り近所で人がやかましくしてもそれにたえられるようになった。

晚風爽烏匼,筋力蘇摧折。

夕方の風もさわやかにまわり集まり吹きだし、自分の筋力もくじけかかっていたのが少しずつ蘇ってきたようだ。

-#2

閉目逾十旬,大江不止渴。

長江の水は大らかに流れているが、のどの渇きをとめてはくれず、自分はあつさをがまんして百日以上もじっと目を閉じていたのである。

退藏恨雨師,健步聞旱魃。

なんで雨の降らせ神はひっこんで出てはこぬかと恨み、旱魃の怪物がやたらに闊歩しているとだけ聞かされるのである。

園蔬抱金玉,無以供采掇。

いくら黄金珠玉を抱きかかえていても、それを供へて野菜を実らせ、収穫することはできないのである。

密雲雖聚散,徂暑終衰歇。

とはいうものの、なるほど密集した雲がかたまったり散らばったりし始めてきたように思えるので、すぎ去る暑さは次第に衰えていき、終ってしまうというものだ。

-#3

前聖慎焚巫,武王親救暍。

むかしの聖人はひでりがあるからといって、やたらに巫を焚いたりはしなかった。周の武王のごときは自から日射病患者をいたわり救ったというほどである。これは気候の事をむやみに人間に責任としないということであった。

陰陽相主客,時序遞回斡。

天地問に於で陰陽の二気は互に主となり、客となるもので、一方ばかりが主客とはびこるものではない、四時の順序は互いにめぐりめぐらされているものである。

灑落唯清秋,昏霾一空闊。

そのなかでさっぱりとした時候といえば、ただ清らかな秋であり、秋には暗くて土ふる様なことは全く無くなってしまうではないか。

蕭蕭紫塞雁,南向欲行列。

そうして長城の紫色の城壁の方からさびしくとんでくる雁は空に向って行列して来ようとするのである。

-#4

欻思紅顏日,霜露凍階闥。

胡馬挾雕弓,鳴弦不虛發。

逐狡兔,突羽當滿月。

惆悵白頭吟,蕭條遊俠窟。

臨軒望山閣,縹緲安可越。

-#5

高人煉丹砂,未念將朽骨。

少壯跡頗疏,歡樂曾倏忽。

杖藜風塵際,老醜難翦拂。

吾子得神仙,本是池中物。

賤夫美一睡,煩促嬰詞筆。

 

(七月三日 亭午已後 較や熱 晚に退く,小涼に加わり 穩かに睡る詩有り,因って壯年の樂事を論じて,戲れの元二十一曹長に呈す) -#1

今 茲に 商 事を用し,餘 熱亦た已に末なり。

衰年 炎方に旅し,生意 此れより活きむ。

亭午 汗流を減し,北鄰 人の聒【かまびす】しきに耐ゆ。

晚風 爽かにして烏匼【うごう】たり,筋力 摧折せるに蘇す。

-#2

閉目 十旬に逾ゆ,大江 渴を止めず。

退藏 雨師を恨み,健步 旱魃を聞く。

園蔬 金玉を抱くも,以て采掇【さいてつ】に供する無し。

密雲 聚散すと雖も,徂暑 終に衰歇す。

-#3

前聖 焚巫を慎【つつし】む,武王親【みずか】ら暍【えつ】を救う。

陰陽 相いに主客たり,時序 遞【たがい】に回斡【かいあつ】す。

灑落なるは唯だ清秋なり,昏霾【こんはい】一に空闊なり。

蕭蕭たり 紫塞の雁,南向 行列せんと欲す。