杜甫 奉漢中王手札 -#2
前後緘書報,分明饌玉恩。天雲浮絕壁,風竹在華軒。
已覺良宵永,何看駭浪翻。入期朱邸雪,朝傍紫微垣。
枚乘文章老,河間禮樂存。
漢王のいる東の空を眺め遣ると絶壁に天雲が浮かんでいる、定めし華麗なる軒端にそよぐ風が竹林を渉って吹き抜けてくる。すでに、夜もしだいに長くなる季節になって来たし、三峡を下るのにこわい南風もなく船旅もご安全となりましょう。京師のお屋敷の朱門へのお入りにの際はもう冬の雪のころとなっておるでしょうし、紫微殿の牆に傍の道に沿って参朝されることでしょう。
766年-61杜甫 《1556奉漢中王手札 -#2》【3分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-61 <931> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6230
杜甫詩1500-931-1417/2500
卷別: 卷二二九 文體: 五言古詩
詩題: 奉漢中王手札
作地點: 夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)
及地點:荊門山 (山南東道 峽州 宜都)
交遊人物:李瑀 書信往來
奉漢中王手札
(歸州滞在中の漢仲王がお手紙を寄せてくれたことでこの詩を奉る。)
國有乾坤大,王今叔父尊。
唐王朝の天下は乾坤の大きさの領土を持ち続けているが、璃漢中王はその大唐の天子の叔父にあたる尊位に居られるお方である。
剖符來蜀道,歸蓋取荊門。
璃王は蓬州の刺史として、蜀道に来られ、京師へお帰りの道は荊門の道筋を取られたのである。
峽險通舟過,水長注海奔。
この三峡は嶮しくて船の通行でこの地を過ぎようとされているが、長江は長くはしって大海に灌いでいる。
主人留上客,避暑得名園。
途中で、其の地の主人役である歸州の刺史が、この上である賓客をおひきとめられ、この地の名園にて避暑とされることがよろしいと考える。
前後緘書報,分明饌玉恩。
こうした前後の様子はお手紙でお知らせくだされたし、同時に美味なる食料をぞうよくだされたことは、まことにありがたいことである。
天雲浮絕壁,風竹在華軒。
漢王のいる東の空を眺め遣ると絶壁に天雲が浮かんでいる、定めし華麗なる軒端にそよぐ風が竹林を渉って吹き抜けてくる。
已覺良宵永,何看駭浪翻。
すでに、夜もしだいに長くなる季節になって来たし、三峡を下るのにこわい南風もなく船旅もご安全となりましょう。
入期朱邸雪,朝傍紫微垣。
京師のお屋敷の朱門へのお入りにの際はもう冬の雪のころとなっておるでしょうし、紫微殿の牆に傍の道に沿って参朝されることでしょう。
枚乘文章老,河間禮樂存。
河間王に比すべきあなた様のところには、禮楽刑政が、なお存在しておりますが、この枚乘は文章の才まで老衰致しました。
悲秋宋玉宅,失路武陵源。
淹薄俱崖口,東西異石根。
夷音迷咫尺,鬼物傍黃昏。
犬馬誠為戀,狐狸不足論。
從容草奏罷,宿昔奉清罇。
(漢中王の手札を奉じる)
國 乾坤の大なる有り,王は 今 叔父の尊なり。
剖符 蜀道に來り,歸蓋 荊門に取る。
峽險にして舟を通じ過ぐ,水 長くして 海に注ぎて奔る。
主人 上客を留む,避暑 名園を得たり。
前後 緘書報ず,分明なり 饌玉の恩。
天雲 絕壁に浮ぶ,風竹 華軒に在り。
已に覺ゆ 良宵の永きを,何ぞ看む 駭浪の翻えるを。
入は期す 朱邸の雪,朝は傍わしむ 紫微の垣。
枚乘 文章 老ゆ,河間 禮樂 存す。
悲秋 宋玉の宅,失路 武陵の源。
淹薄 俱に崖口,東西 石根を異にす。
夷音 咫尺迷う,鬼物 黃昏傍る。
犬馬 誠に戀を為す,狐狸 論ずるに足らず。
從容 奏を草し罷まば,宿昔 清罇を奉ぜしと思え。
『奉漢中王手札』 現代語訳と訳註解説
(本文)
前後緘書報,分明饌玉恩。
天雲浮絕壁,風竹在華軒。
已覺良宵永,何看駭浪翻。
入期朱邸雪,朝傍紫微垣。
枚乘文章老,河間禮樂存。
(下し文)
前後 緘書報ず,分明なり 饌玉の恩。
天雲 絕壁に浮ぶ,風竹 華軒に在り。
已に覺ゆ 良宵の永きを,何ぞ看む 駭浪の翻えるを。
入は期す 朱邸の雪,朝は傍わしむ 紫微の垣。
枚乘 文章 老ゆ,河間 禮樂 存す。
(現代語訳)
こうした前後の様子はお手紙でお知らせくだされたし、同時に美味なる食料をぞうよくだされたことは、まことにありがたいことである。
漢王のいる東の空を眺め遣ると絶壁に天雲が浮かんでいる、定めし華麗なる軒端にそよぐ風が竹林を渉って吹き抜けてくる。
すでに、夜もしだいに長くなる季節になって来たし、三峡を下るのにこわい南風もなく船旅もご安全となりましょう。
京師のお屋敷の朱門へのお入りにの際はもう冬の雪のころとなっておるでしょうし、紫微殿の牆に傍の道に沿って参朝されることでしょう。
河間王に比すべきあなた様のところには、禮楽刑政が、なお存在しておりますが、この枚乘は文章の才まで老衰致しました。
(訳注)
奉漢中王手札
(歸州滞在中の漢仲王がお手紙を寄せてくれたことでこの詩を奉る。)
○漢中王 名を璃といい譲皇帝(寧王)の第六子で汝陽王璡の弟である。玄宗が蜀に幸したときに従って漢中に至り、漢中王に封ぜられ銀青光禄大夫・漢中郡太守を加えられた。のち粛宗を諌めて帝の怒りにふれ蓬州の刺史に貶せられた。ここには漢中王と称しているが蓬州の刺史として何かの事によって梓州に来たのにより作者が彼とあったものとおもわれる。そして今、三峡を出て、京師に帰ろうとして歸州にあり、そこから杜甫に手紙を届けたのだろう。
(漢中王に関する杜甫の詩)
639五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之一》 蜀中転々 杜甫 <544> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2945 杜甫詩1000-544-783/1500
640 五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之二》 蜀中転々 杜甫 <545> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2950 杜甫詩1000-545-784/1500
641五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之三》 蜀中転々 杜甫 <546> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2955 杜甫詩1000-546-785/1500
643 《玩月呈漢中王》 蜀中転々 杜甫 <548> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2965 杜甫詩1000-548-787/1500
701 《章梓州水亭〔自注:時漢中王兼道士席謙在會,同用荷字韻。〕》蜀中転々 杜甫<608> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3350 杜甫詩1000-608-864/1500
702 《戲作寄上漢中王,二首之一〔自注:王新誕明珠。〕 》 蜀中転々 杜甫 <609> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3355 杜甫詩1000-609-865/1500
703 《戲作寄上漢中王,二首之二〔自注:王新誕明珠。〕 》 蜀中転々 杜甫 <610> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3360 杜甫詩1000-610-866/1500
前後緘書報,分明饌玉恩。
こうした前後の様子はお手紙でお知らせくだされたし、同時に美味なる食料をぞうよくだされたことは、まことにありがたいことである。
○緘書報 漢王から杜甫への書簡に応じて返事をくれたこと。
○饌玉恩 手紙の返事に添えて美味なる食料を贈与くだされたことが、まことにありがたいということ。
天雲浮絕壁,風竹在華軒。
漢王のいる東の空を眺め遣ると絶壁に天雲が浮かんでいる、定めし華麗なる軒端にそよぐ風が竹林を渉って吹き抜けてくる。
○天雲浮絕壁 杜甫は夔州奉節の草堂に居り、漢王は東隣の歸州にイルので、東の方、長江下流域の方向を見る事、此処の絶壁は、奉節を過ぎると瞿塘峡がありそこの両岸に絶壁がある。
○風竹在華軒 漢王がいる名園の風情をいう。
已覺良宵永,何看駭浪翻。
すでに、夜もしだいに長くなる季節になって来たし、三峡を下るのにこわい南風もなく船旅もご安全となりましょう。
○良宵永 秋の良い気候
○何看駭浪翻 どうして波が翻るようなことになるでしょう。何看は反語で、見る事は無い。三峡を下るのにこわい南風もなく船旅もご安全となりましょう。
入期朱邸雪,朝傍紫微垣。
京師のお屋敷の朱門へのお入りにの際はもう冬の雪のころとなっておるでしょうし、紫微殿の牆に傍の道に沿って参朝されることでしょう。
○入期 漢王が正門からお入りになること。
○朱邸雪 郡國の者が参朝する際の長安の屋敷を邸という、朱門はその正門である。
○朝傍 朝は朝廷に参朝すること。傍は牆に傍の道に沿ってあるくこと。
○紫微垣 大明宮紫微殿の牆。
枚乘文章老,河間禮樂存。
河間王に比すべきあなた様のところには、禮楽刑政が、なお存在しておりますが、この枚乘は文章の才まで老衰致しました。
○枚乘 枚乗(ばい じょう、生没年不詳)は、前漢の人。字は叔。淮陰(江蘇省淮安市)の人。賦や文章を得意とした遊説の徒。呉王劉濞の郎中となっていたが、呉王が漢に対し恨みを持ち反逆しようとすると、枚乗は上書してそれを諌めた。しかしながら呉王はそれを取り上げなかったので、枚乗は呉を去って梁へ行き、梁王劉武の元に就いた。杜甫のことをいう。
○河間 地名。漢の景帝の子河間の献王、名は德、学をこの身、儒者を敬す、もって漢王璃に比す。
○禮樂存 禮樂刑政、社会の秩序を保つために、欠かせないと考えられていた礼節、音楽、刑法、行政のこと。礼は社会の秩序を保ち,楽は人心を感化する作用のあるものとして尊重された。転じて,文化のこと。














