漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩 杜甫詳注1500

杜甫の詩をあまり知られていないものも取り上げる予定。約1500首。(杜詩詳注・全唐詩・杜甫詩 総合案内時系列に整理した)青春期遊学から長安を中心に就職活動の10年、やっと就職できたら、安史の乱、騒乱の中で自分の生きる道を求めて苦悩、騒乱のない地方へ逃避紀行、成都浣花渓草堂、騒乱回避、夔州寓居、そして漂白の旅。 ブログも2011年~2018年の計画で掲載進行中。。。都合、3往復、とらえ方を変えて掲載していく、2022年ごろ完成する予定である。(ここでは、訓読み下し分にできるだけルビをふりません。漢字の雰囲気で読んでほしいからで、また、意味、読みはすぐわかるようになります。)

杜甫の詩 誠実な詩人特集。2011・11月『士官がきまった。~安禄山の叛乱』期の詩。2011年12月は『反乱軍に捕まる。軟禁状態での詩』2012.1月は『反乱軍からの脱出劇、朝廷に到着・・・・』。2012.2月粛宗に許可をもらって家族を迎えに「北征」紀行を中心に掲載していきます。2012.3月は、朝廷での疎外感、やるせなさが伝わる詩です。2012.4月華州へ左遷、2012.5月三吏三別。秦州抒情9月、同谷紀行11月、成都紀行12月、2013.3現在、成都浣花渓の草堂、2013.12蜀中転々からふたたび成都草堂へ(杜甫全詩の約半分を掲載)・・・・・・そして成都を後にして、夔州へ、(2/3掲載)ここで人生の1/3の量の詩を書く。漂白の旅。紀行。杜甫の苦悩の内容的な変化、様子がよくわかります。
都合、3往復、とらえ方を変えて掲載していく、2022年ごろ完成する予定である。
このブログ以外にも、李白1000首、李商隠150首、韓愈全詩・韓愈グループ、などは別のブログで掲載中 kanbuniinkai 検索で、いろんな漢文委員会HP,ブログ を今までの漢詩紹介とは違っています。
中華書局 発行 杜詩詳注 を基本に訳注解説しています。
杜甫詩の概要目録につては、http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/details1.html 参照。

2015年06月

766年-61杜甫 《1556奉漢中王手札 -#2》【3分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-61 <931> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6230

杜甫  奉漢中王手札 -#2

前後緘書報,分明饌玉恩。天雲浮壁,風竹在華軒。

已覺良宵永,何看駭浪翻。入期朱邸雪,朝傍紫微垣。

枚乘文章老,河間禮樂存。

漢王のいる東の空を眺め遣ると絶壁に天雲が浮かんでいる、定めし華麗なる軒端にそよぐ風が竹林を渉って吹き抜けてくる。すでに、夜もしだいに長くなる季節になって来たし、三峡を下るのにこわい南風もなく船旅もご安全となりましょう。京師のお屋敷の朱門へのお入りにの際はもう冬の雪のころとなっておるでしょうし、紫微殿の牆に傍の道に沿って参朝されることでしょう。

766-61杜甫 1556奉漢中王手札 -#2》【3分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-61 <931 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6230

 
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杜甫詩1500-931-1417/2500

卷別:    卷二二九              文體:    五言古詩

詩題:    奉漢中王手札

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:荊門山 (山南東道 峽州 宜都)           

交遊人物:李瑀    書信往來





奉漢中王手札

(歸州滞在中の漢仲王がお手紙を寄せてくれたことでこの詩を奉る。)

國有乾坤大,王今叔父尊。

唐王朝の天下は乾坤の大きさの領土を持ち続けているが、璃漢中王はその大唐の天子の叔父にあたる尊位に居られるお方である。

剖符來蜀道,歸蓋取荊門。

璃王は蓬州の刺史として、蜀道に来られ、京師へお帰りの道は荊門の道筋を取られたのである。

峽險通舟過,水長注海奔。

この三峡は嶮しくて船の通行でこの地を過ぎようとされているが、長江は長くはしって大海に灌いでいる。

主人留上客,避暑得名園。

途中で、其の地の主人役である歸州の刺史が、この上である賓客をおひきとめられ、この地の名園にて避暑とされることがよろしいと考える。



前後緘書報,分明饌玉恩。

こうした前後の様子はお手紙でお知らせくだされたし、同時に美味なる食料をぞうよくだされたことは、まことにありがたいことである。

天雲浮壁,風竹在華軒。

漢王のいる東の空を眺め遣ると絶壁に天雲が浮かんでいる、定めし華麗なる軒端にそよぐ風が竹林を渉って吹き抜けてくる。

已覺良宵永,何看駭浪翻。

すでに、夜もしだいに長くなる季節になって来たし、三峡を下るのにこわい南風もなく船旅もご安全となりましょう。

入期朱邸雪,朝傍紫微垣。

京師のお屋敷の朱門へのお入りにの際はもう冬の雪のころとなっておるでしょうし、紫微殿の牆に傍の道に沿って参朝されることでしょう。

枚乘文章老,河間禮樂存。

河間王に比すべきあなた様のところには、禮楽刑政が、なお存在しておりますが、この枚乘は文章の才まで老衰致しました。



悲秋宋玉宅,失路武陵源。

淹薄俱崖口,東西異石根。

夷音迷咫尺,鬼物傍黃昏。

犬馬誠為戀,狐狸不足論。

從容草奏罷,宿昔奉清罇。



(漢中王の手札を奉じる)

國 乾坤の大なる有り,王は 今 叔父の尊なり。

剖符 蜀道に來り,歸蓋 荊門に取る。

峽險にして舟を通じ過ぐ,水 長くして 海に注ぎて奔る。

主人 上客を留む,避暑 名園を得たり。



前後 緘書報ず,分明なり 饌玉の恩。

天雲 壁に浮ぶ風竹 華軒に在り。

已に覺ゆ 良宵の永きを,何ぞ看む 駭浪の翻えるを。

入は期す 朱邸の雪,朝は傍わしむ 紫微の垣。

枚乘 文章 老ゆ,河間 禮樂 存す。



悲秋 宋玉の宅,失路 武陵の源。

淹薄 俱に崖口,東西 石根を異にす。

夷音 咫尺迷う,鬼物 黃昏傍る。

犬馬 誠に戀を為す,狐狸 論ずるに足らず。

從容 奏を草し罷まば,宿昔 清罇を奉ぜしと思え。





『奉漢中王手札』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

前後緘書報,分明饌玉恩。

天雲浮壁,風竹在華軒。

已覺良宵永,何看駭浪翻。

入期朱邸雪,朝傍紫微垣。

枚乘文章老,河間禮樂存。

(下し文)
前後 緘書報ず,分明なり 饌玉の恩。

天雲 壁に浮ぶ,風竹 華軒に在り。

已に覺ゆ 良宵の永きを,何ぞ看む 駭浪の翻えるを。

入は期す 朱邸の雪,朝は傍わしむ 紫微の垣。

枚乘 文章 老ゆ,河間 禮樂 存す。

(現代語訳)
こうした前後の様子はお手紙でお知らせくだされたし、同時に美味なる食料をぞうよくだされたことは、まことにありがたいことである。

漢王のいる東の空を眺め遣ると絶壁に天雲が浮かんでいる、定めし華麗なる軒端にそよぐ風が竹林を渉って吹き抜けてくる。

すでに、夜もしだいに長くなる季節になって来たし、三峡を下るのにこわい南風もなく船旅もご安全となりましょう。

京師のお屋敷の朱門へのお入りにの際はもう冬の雪のころとなっておるでしょうし、紫微殿の牆に傍の道に沿って参朝されることでしょう。

河間王に比すべきあなた様のところには、禮楽刑政が、なお存在しておりますが、この枚乘は文章の才まで老衰致しました。


(訳注)

奉漢中王手札

(歸州滞在中の漢仲王がお手紙を寄せてくれたことでこの詩を奉る。)

○漢中王 名を璃といい譲皇帝(寧王)の第六子で汝陽王璡の弟である。玄宗が蜀に幸したときに従って漢中に至り、漢中王に封ぜられ銀青光禄大夫・漢中郡太守を加えられた。のち粛宗を諌めて帝の怒りにふれ蓬州の刺史に貶せられた。ここには漢中王と称しているが蓬州の刺史として何かの事によって梓州に来たのにより作者が彼とあったものとおもわれる。そして今、三峡を出て、京師に帰ろうとして歸州にあり、そこから杜甫に手紙を届けたのだろう。

(漢中王に関する杜甫の詩)

639五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之一》 蜀中転々 杜甫 <544  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2945 杜甫詩1000-544-783/1500

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643 《玩月呈漢中王》 蜀中転々 杜甫 <548  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2965 杜甫詩1000-548-787/1500

701 《章梓州水亭〔自注:時漢中王兼道士席謙在會,同用荷字韻。〕》蜀中転々 杜甫<608 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3350 杜甫詩1000-608-864/1500



702 《戲作寄上漢中王,二首之一〔自注:王新誕明珠。〕 蜀中転々 杜甫 <609  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3355 杜甫詩1000-609-865/1500

703 《戲作寄上漢中王,二首之二〔自注:王新誕明珠。〕 蜀中転々 杜甫 <610  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3360 杜甫詩1000-610-866/1500



前後緘書報,分明饌玉恩。

こうした前後の様子はお手紙でお知らせくだされたし、同時に美味なる食料をぞうよくだされたことは、まことにありがたいことである。

○緘書報 漢王から杜甫への書簡に応じて返事をくれたこと。

○饌玉恩 手紙の返事に添えて美味なる食料を贈与くだされたことが、まことにありがたいということ。



天雲浮壁,風竹在華軒。

漢王のいる東の空を眺め遣ると絶壁に天雲が浮かんでいる、定めし華麗なる軒端にそよぐ風が竹林を渉って吹き抜けてくる。

○天雲浮 杜甫は夔州奉節の草堂に居り、漢王は東隣の歸州にイルので、東の方、長江下流域の方向を見る事、此処の絶壁は、奉節を過ぎると瞿塘峡がありそこの両岸に絶壁がある。

○風竹在華軒 漢王がいる名園の風情をいう。



已覺良宵永,何看駭浪翻。

すでに、夜もしだいに長くなる季節になって来たし、三峡を下るのにこわい南風もなく船旅もご安全となりましょう。

○良宵永 秋の良い気候

○何看駭浪翻 どうして波が翻るようなことになるでしょう。何看は反語で、見る事は無い。三峡を下るのにこわい南風もなく船旅もご安全となりましょう。



入期朱邸雪,朝傍紫微垣。

京師のお屋敷の朱門へのお入りにの際はもう冬の雪のころとなっておるでしょうし、紫微殿の牆に傍の道に沿って参朝されることでしょう。

○入期 漢王が正門からお入りになること。

○朱邸雪 郡國の者が参朝する際の長安の屋敷を邸という、朱門はその正門である。

○朝傍 朝は朝廷に参朝すること。傍は牆に傍の道に沿ってあるくこと。

○紫微垣 大明宮紫微殿の牆。



枚乘文章老,河間禮樂存。

河間王に比すべきあなた様のところには、禮楽刑政が、なお存在しておりますが、この枚乘は文章の才まで老衰致しました。

○枚乘 枚乗(ばい じょう、生没年不詳)は、前漢の人。字は叔。淮陰(江蘇省淮安市)の人。賦や文章を得意とした遊説の徒。呉王劉濞の郎中となっていたが、呉王が漢に対し恨みを持ち反逆しようとすると、枚乗は上書してそれを諌めた。しかしながら呉王はそれを取り上げなかったので、枚乗は呉を去って梁へ行き、梁王劉武の元に就いた。杜甫のことをいう。

○河間 地名。漢の景帝の子河間の献王、名は德、学をこの身、儒者を敬す、もって漢王璃に比す。

○禮樂存 禮樂刑政、社会の秩序を保つために、欠かせないと考えられていた礼節、音楽、刑法、行政のこと。礼は社会の秩序を保ち,楽は人心を感化する作用のあるものとして尊重された。転じて,文化のこと。


山南西道 涪州 黃草峽00


 


 


 


 


 


 


 


夔州東川卜居図詳細 001 


 


 


 


 


 


 


 


 

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杜甫  奉漢中王手札-#1  

國有乾坤大,王今叔父尊。剖符來蜀道,歸蓋取荊門。

峽險通舟過,水長注海奔。主人留上客,避暑得名園。
(歸州滞在中の漢仲王がお手紙を寄せてくれたことでこの詩を奉る。)唐王朝の天下は乾坤の大きさの領土を持ち続けているが、璃漢中王はその大唐の天子の叔父にあたる尊位に居られるお方である。璃王は蓬州の刺史として、蜀道に来られ、京師へお帰りの道は荊門の道筋を取られたのである。この三峡は嶮しくて船の通行でこの地を過ぎようとされているが、長江は長くはしって大海に灌いでいる。

 

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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言古詩

詩題:    奉漢中王手札

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:荊門山 (山南東道 峽州 宜都)           

交遊人物:李瑀    書信往來

 

 

奉漢中王手札

(歸州滞在中の漢仲王がお手紙を寄せてくれたことでこの詩を奉る。)

國有乾坤大,王今叔父尊。

唐王朝の天下は乾坤の大きさの領土を持ち続けているが、璃漢中王はその大唐の天子の叔父にあたる尊位に居られるお方である。

剖符來蜀道,歸蓋取荊門。

璃王は蓬州の刺史として、蜀道に来られ、京師へお帰りの道は荊門の道筋を取られたのである。

峽險通舟過,水長注海奔。

この三峡は嶮しくて船の通行でこの地を過ぎようとされているが、長江は長くはしって大海に灌いでいる。

主人留上客,避暑得名園。

途中で、其の地の主人役である歸州の刺史が、この上である賓客をおひきとめられ、この地の名園にて避暑とされることがよろしいと考える。

 

前後緘書報,分明饌玉恩。

天雲浮壁,風竹在華軒。

已覺良宵永,何看駭浪翻。

入期朱邸雪,朝傍紫微垣。

枚乘文章老,河間禮樂存。

 

悲秋宋玉宅,失路武陵源。

淹薄俱崖口,東西異石根。

夷音迷咫尺,鬼物傍黃昏。

犬馬誠為戀,狐狸不足論。

從容草奏罷,宿昔奉清罇。

 

(漢中王の手札を奉じる)

國 乾坤の大なる有り,王は 今 叔父の尊なり。

剖符 蜀道に來り,歸蓋 荊門に取る。

峽險にして舟を通じ過ぐ,水 長くして 海に注ぎて奔る。

主人 上客を留む,避暑 名園を得たり。

 

前後 緘書報ず,分明なり 饌玉の恩。

天雲 壁に浮ぶ風竹 華軒に在り。

已に覺ゆ 良宵の永きを,何ぞ看む 駭浪の翻えるを。

入は期す 朱邸の雪,朝は傍わしむ 紫微の垣。

枚乘 文章 老ゆ,河間 禮樂 存す。

 

悲秋 宋玉の宅,失路 武陵の源。

淹薄 俱に崖口,東西 石根を異にす。

夷音 咫尺迷う,鬼物 黃昏傍る。

犬馬 誠に戀を為す,狐狸 論ずるに足らず。

從容 奏を草し罷まば,宿昔 清罇を奉ぜしと思え。

 

 

詩文(含異文)     國有乾坤大,王今叔父尊。剖符來蜀道,歸蓋取荊門。峽險通舟過【峽險通舟峻】,水長注海奔。主人留上客,避暑得名園。前後緘書報,分明饌玉恩。天雲浮壁,風竹在華軒。已覺良宵永【已覺良宵逸】【已覺涼宵永】【已覺涼宵逸】,何看駭浪翻。入期朱邸雪,朝傍紫微垣。枚乘文章老,河間禮樂存。悲秋宋玉宅,失路武陵源。淹薄俱崖口,東西異石根。夷音迷咫尺,鬼物傍黃昏【鬼物倚黃昏】。犬馬誠為戀,狐狸不足論。從容草奏罷,宿昔奉清罇。

 

 

『奉漢中王手札』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

奉漢中王手札

國有乾坤大,王今叔父尊。

剖符來蜀道,歸蓋取荊門。

峽險通舟過,水長注海奔。

主人留上客,避暑得名園。

(下し文)
(漢中王の手札を奉じる)

國 乾坤の大なる有り,王は 今 叔父の尊なり。

剖符 蜀道に來り,歸蓋 荊門に取る。

峽險にして舟を通じ過ぐ,水 長くして 海に注ぎて奔る。

主人 上客を留む,避暑 名園を得たり。

(現代語訳)
(歸州滞在中の漢仲王がお手紙を寄せてくれたことでこの詩を奉る。)

唐王朝の天下は乾坤の大きさの領土を持ち続けているが、璃漢中王はその大唐の天子の叔父にあたる尊位に居られるお方である。

璃王は蓬州の刺史として、蜀道に来られ、京師へお帰りの道は荊門の道筋を取られたのである。

この三峡は嶮しくて船の通行でこの地を過ぎようとされているが、長江は長くはしって大海に灌いでいる。

途中で、其の地の主人役である歸州の刺史が、この上である賓客をおひきとめられ、この地の名園にて避暑とされることがよろしいと考える。

唐時代 地図山南 東・西道50
(訳注)

奉漢中王手札

(歸州滞在中の漢仲王がお手紙を寄せてくれたことでこの詩を奉る。)

○漢中王 名を璃といい譲皇帝(寧王)の第六子で汝陽王璡の弟である。玄宗が蜀に幸したときに従って漢中に至り、漢中王に封ぜられ銀青光禄大夫・漢中郡太守を加えられた。のち粛宗を諌めて帝の怒りにふれ蓬州の刺史に貶せられた。ここには漢中王と称しているが蓬州の刺史として何かの事によって梓州に来たのにより作者が彼とあったものとおもわれる。そして今、三峡を出て、京師に帰ろうとして歸州(-3)にあり、そこから杜甫に手紙を届けたのだろう。

○手札 てがみ。

 

國有乾坤大,王今叔父尊。

唐王朝の天下は乾坤の大きさの領土を持ち続けているが、璃漢中王はその大唐の天子の叔父にあたる尊位に居られるお方である。

○國 唐の天下をいう。

○叔父尊 璃は讓皇帝の子であり、代宗の叔父にあたる。

 

剖符來蜀道,歸蓋取荊門。

璃王は蓬州の刺史として、蜀道に来られ、京師へお帰りの道は荊門の道筋を取られたのである。

○剖符 刺史になったことをいう。一つの竹や木や銅の表面に文字などを記し,それを二つに割って別々に所持し,両者を合わせることで互いに相手を信用する方法。 中国では一種の身分証明用のふだとして使用され,剖符とも記す。

○歸蓋 蜀道に来られ、京師へお帰りの車蓋。

○荊門 荊門 山名。湖北省宜都県の西北方、長江の南岸にある。河川に両岸が迫っているので呼ばれる。北岸の虎牙山と相対した江運の難所である。宜宗の大中二年(848年)、桂林刺史、桂管防禦観察使の鄭亜が循州(広東省恵陽県)に貶され、李商隠は幕を辞して都へ帰った。馮浩はその路中の作とする。偶成転韻と題する詩に「頃之職を失いて南風に辞す、破帆壊漿 荊江の中。」と歌われており、李商隠はこの荊門のあたりの難所で実際に危険な目にあったらしい。杜甫「詠懐古跡五首其三」李白「秋下荊門」「渡荊門送別」三峡をすこし下ってここに差し掛かることを詠う。

 

峽險通舟過,水長注海奔。

この三峡は嶮しくて船の通行でこの地を過ぎようとされているが、長江は長くはしって大海に灌いでいる。

 

主人留上客,避暑得名園。

途中で、其の地の主人役である歸州の刺史が、この上である賓客をおひきとめられ、この地の名園にて避暑とされることがよろしいと考える。

○主人 其の地の主人役である歸州の刺史のことをいう。

○上客 常套の賓客、漢中王のこと。

○名園 歸州の刺史の別荘をいう。
夔州東川卜居図詳細 001

60杜甫 《1567黃草》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-60 <929> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6220 

杜甫  黃草  

黃草峽西船不歸,赤甲山下行人稀。

秦中驛使無消息,蜀道兵戈有是非。

萬里秋風吹錦水,誰家別淚羅衣。

莫愁劍閣終堪據,聞道松州已被圍。

(成都の乱と松州か吐蕃に囲まれたこととをきいてよんだ詩。)黄草峡の西へでかけた船はかえってこぬ、赤甲山の下でも人どおりは稀である。都からの使者のたよりは、まったくりなく、成都の兵乱には一曲一直があるようだ。

60杜甫 1567黃草》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-60 <929 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6220 

 
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杜甫詩1500-929-1415/2500

年:766年大暦元年55-

卷別:    卷二二七              文體:    七言律詩

詩題:    黃草

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:黃草峽 (山南西道 涪州 黃草峽) 別名:黃葛峽             

赤甲山 (山南東道 夔州 奉節) 別名:赤岬山               

松州 (劍南道北部 松州 松州)          

劍閣 (劍南道北部 劍州 劍閣)          

 

黃草

黃草峽西船不歸,赤甲山下行人稀。

秦中驛使無消息,蜀道兵戈有是非。

萬里秋風吹錦水,誰家別淚羅衣。

莫愁劍閣終堪據,聞道松州已被圍。

 

(黄 草)

黄草峽 西 船帰らず、赤甲山 下人 行 稀なり。

秦中の駅使 消息無く、蜀道の兵戈 是非有り。

万里 秋風 錦水を吹く、誰が家か 別涙 羅衣を湿す。

愁うる莫れ 剣閣 終に拠るに堪えたるを、間く道く 松州己に囲まると。 

 

 

『黃草』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

黃草

黃草峽西船不歸,赤甲山下行人稀。

秦中驛使無消息,蜀道兵戈有是非。

萬里秋風吹錦水,誰家別淚羅衣。

莫愁劍閣終堪據,聞道松州已被圍。

 

黃草峽西船不歸,赤甲山下行人稀【赤甲山下人行稀】。秦中驛使無消息,蜀道兵戈有是非【蜀道干戈有是非】。萬里秋風吹錦水,誰家別淚羅衣。莫愁劍閣終堪據,聞道松州已被圍。

 

 (下し文)
(黄 草)

黄草峽 西 船帰らず、赤甲山 下人 行 稀なり。

秦中の駅使 消息無く、蜀道の兵戈 是非有り。

万里 秋風 錦水を吹く、誰が家か 別涙 羅衣を湿す。

愁うる莫れ 剣閣 終に拠るに堪えたるを、間く道く 松州己に囲まると。 

(現代語訳)
(成都の乱と松州か吐蕃に囲まれたこととをきいてよんだ詩。)

黄草峡の西へでかけた船はかえってこぬ、赤甲山の下でも人どおりは稀である。

都からの使者のたよりは、まったくりなく、成都の兵乱には一曲一直があるようだ。

秋風が遠くかの地の錦江の水を吹いているだろうか、どこの家で留守居の妻が軍にでている夫をおもって羅の衣をぬらす涙をそそいでいるだろうか。

ひとは剣閣の険があるため蜀地は、割拠することができて乱が絶えないのだと心配するが、そんなことはむしろ心配するにあたらぬことだ、それ以上に愁うべきことは松州がもはや吐蕃に囲まれたという噂が聞えてきだ。

 

(訳注)

黃草

(成都の乱と松州か吐蕃に囲まれたこととをきいてよんだ詩。)

題は詩句の首二字を切り取って用いる。大暦元年秋の作。

 

草峽西船不歸,赤甲山下行人稀。

黄草峡の西へでかけた船はかえってこぬ、赤甲山の下でも人どおりは稀である。

○黄草峡 涪州の上流四十里にあるという。(-地点)

○船不帰 水路が阻害されているためである。

○赤甲山 杜甫の草堂のある夔州府奉節県の東十五里にある、すでに見える。

 

秦中驛使無消息,蜀道兵戈有是非。

都からの使者のたよりは、まったくりなく、成都の兵乱には一曲一直があるようだ。

○秦中驛使 長安から朝廷の命令を持ち来る使者。

○蜀道兵戈 成都の郭英父・崔旰らの兵乱をさす。

○有是非 各の曲直がある、崔旰が主将である郭英乂を殺したのは非であるが、事は郭が崔の妾の媵に通じたことによって起こったものであるがため、崔のみが悪いとはいえないのではあるが、また副元帥杜鴻漸が成都に来任して崔の罪を正さず、崔ならびに楊子琳・柏茂林に各の刺史防禦の官を授けたが、これらは皆その事に是非があるということである。

 

萬里秋風吹錦水,誰家別濕羅衣。

秋風が遠くかの地の錦江の水を吹いているだろうか、どこの家で留守居の妻が軍にでている夫をおもって羅の衣をぬらす涙をそそいでいるだろうか。

○錦水 錦江、成都にある、その地を想像してのべている。

○誰家別涙 成卒の留守宅の妻が夫と別離している涙。

○羅衣 うすぎぬのころも、妻の身につけるもの。

 

莫愁劍閣終堪據,聞道松州已被圍。

ひとは剣閣の険があるため蜀地は、割拠することができて乱が絶えないのだと心配するが、そんなことはむしろ心配するにあたらぬことだ、それ以上に愁うべきことは松州がもはや吐蕃に囲まれたという噂が聞えてきだ。

○莫愁 愁うるなというのではない、下の松州のさらに愁うべきに比するならば愁うるに及ばぬというのである。

○剣閣 剣門、蜀の険要をいう。

○堪據 割拠するのに十分である、土地が険阻なために坂者が局地に拠るのである。

○松州 吐蕃に接する地、すでに見える。

○被圍 吐蕃のためにかこまれる。

 

(黄 草)

黄草峽 西 船帰らず、赤甲山 下人 行 稀なり。

秦中の駅使 消息無く、蜀道の兵戈 是非有り。

万里 秋風 錦水を吹く、誰が家か 別涙 羅衣を湿す。

愁うる莫れ 剣閣 終に拠るに堪えたるを、間く道く 松州己に囲まると。 

杜甫 《0630贈高式顏》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-59 <928> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6215 

杜甫  贈高式顏  

昔別是何處,相逢皆老夫。故人還寂寞,削跡共艱虞。

自失論文友,空知賣酒壚。平生飛動意,見爾不能無。
君とむかしどこでお別れをしたのであったか、今こうしてお会いしてみるとお互いに老人になったものだ。旧知の友である君も近頃はせつなく寂しそうであり、貶官放逐の目におうて、かかる自分とともに難儀心配をしておられるようだ。

 

杜甫 0630贈高式顏》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-59 <928 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6215 

 
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265 《卷8-11見京兆韋參軍量移東陽,二首之一》Index-19 Ⅱー14-739年開元二十七年39歳 <265> Ⅰ李白詩1533 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6213 
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75-#4 《八讀巻四17 送浮屠文暢師序》-#4 韓愈(韓退之) 803年貞元19年 38歳<1446> Ⅱ【9分割】 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6214 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog杜甫 《0630贈高式顏》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-59 <928> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6215  
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
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杜甫詩1500-928-1414/2500

年:766年大暦元年55-

卷別:    卷二二四              文體:    五言律詩

詩題:    贈高式顏

作地點:              華州(京畿道 / 華州 / 華州)

交遊人物:高式顏              書信往來

 

贈高式顏

(高式顏君に贈る詩)

昔別是何處,相逢皆老夫。

君とむかしどこでお別れをしたのであったか、今こうしてお会いしてみるとお互いに老人になったものだ。

故人還寂寞,削跡共艱虞。

旧知の友である君も近頃はせつなく寂しそうであり、貶官放逐の目におうて、かかる自分とともに難儀心配をしておられるようだ。

自失論文友,空知賣酒

君のおじさんの高適と自分とは詩文を交わし合う親友であったが、彼を失ってからは、自分に心に残っているのはかつて彼と一緒に飲んだ酒屋でのたのしかった有様だけになっている。

平生飛動意,見爾不能無。

いま君をみるにあたっては、日頃から持っている英気盛んな意興がおこらないわけにはゆかなくなってきた。

(高式顔に贈る)

昔【むかし】 別れしは是【こ】れ何れの処なりしぞ、相【あ】い逢えば皆な老夫【ろうふ】なり。

故人は還()た寂寞【せきばく】、跡を削られて 共に艱虞【かんぐ】。

論文【ろんぶん】の友を失いし自()り、空しく知る 売酒【ばいしゅ】の壚【ろ】。

平生【へいぜい】 飛動【ひどう】の意【い】、爾【なんじ】を見ては無きこと能【あた】わず。

 

 

『贈高式顏』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

贈高式顏

昔別是何處,相逢皆老夫。

故人還寂寞,削跡共艱虞。

自失論文友,空知賣酒壚。

平生飛動意,見爾不能無。
(含異文)

昔別是何處【昔別人何處】,相逢皆老夫。

故人還寂寞,削跡共艱虞。

自失論文友,空知賣酒壚。

平生飛動意,見爾不能無。


(下し文)
(高式顔に贈る)

昔【むかし】 別れしは是【こ】れ何れの処なりしぞ、相【あ】い逢えば皆な老夫【ろうふ】なり。

故人は還()た寂寞【せきばく】、跡を削られて 共に艱虞【かんぐ】。

論文【ろんぶん】の友を失いし自()り、空しく知る 売酒【ばいしゅ】の壚【ろ】。

平生【へいぜい】 飛動【ひどう】の意【い】、爾【なんじ】を見ては無きこと能【あた】わず。

 

(現代語訳)
(高式顏君に贈る詩)

君とむかしどこでお別れをしたのであったか、今こうしてお会いしてみるとお互いに老人になったものだ。

旧知の友である君も近頃はせつなく寂しそうであり、貶官放逐の目におうて、かかる自分とともに難儀心配をしておられるようだ。

君のおじさんの高適と自分とは詩文を交わし合う親友であったが、彼を失ってからは、自分に心に残っているのはかつて彼と一緒に飲んだ酒屋でのたのしかった有様だけになっている。

いま君をみるにあたっては、日頃から持っている英気盛んな意興がおこらないわけにはゆかなくなってきた。


(訳注)

贈高式顏

(高式顏君に贈る詩)

○高式顏 友人の高適の姪。安史軍に捕縛され軟禁状態の折に語り合った友人である。二人とも不安を持った旅の途中のころのことである。

○作地點 華州と洛陽との間とおもわれる。昨時について諸説ある。友人の高適の甥で詩人であった式顏と、しばしの安らぎの時を過ごしたことを思いだしてうたったもの。

 

昔別是何處,相逢皆老夫。

君とむかしどこでお別れをしたのであったか、今こうしてお会いしてみるとお互いに老人になったものだ。

○老夫 老人。

○故人 高式顔をさす。

 

故人還寂寞,削跡共艱虞。

旧知の友である君も近頃はせつなく寂しそうであり、貶官放逐の目におうて、かかる自分とともに難儀心配をしておられるようだ。

○寂寞 さびしい、互いに左遷と、漂泊・轉蓬の旅であり、おちぶれてさびしいさまをいう。

○削跡 朝廷の入門の名札をそこから削ってなくさせられる、放逐されることをいう。此の句によれば式顔もまた高適の左遷、杜甫の貶められたときに同じように貶められたものであろう。

○難虞 なんぎ、しんばい。

 

自失論文友,空知賣酒壚。

君のおじさんの高適と自分とは詩文を交わし合う親友であったが、彼を失ってからは、自分に心に残っているのはかつて彼と一緒に飲んだ酒屋でのたのしかった有様だけになっている。

○論文友 高適をいう、失友とは高適が左遷され、揚州から別に左遷されたをいう。寄高三十五詹事  杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 268

○売酒墟 晋の王戎が帯康・院籍等の死後にむかし彼等と酎飲した貴公の墟を過ぎて嵯歎したことが「世説」にみえる。墟はへっつい、そのうえに酒具をならべる処。作者は壮年時代に高速・李白等と宋・梁の地に遊び論文酎飲、狩猟馳駆をしたことが五古杜甫『遣懐』「昔我遊宋中、惟梁孝王都。名今陳留亜、劇則貝魏倶。邑中九万家、高棟照通衢。舟車半天下、主客多歓娯。白刃讎不義、黄金傾有無。殺人紅塵裏、報答在斯須。憶与高李輩、論交入酒壚。両公壮藻思、得我色敷腴。気酣登吹台、懐古視平蕪。芒碭雲一去、雁鶩空相呼。」

(昔  我  宋中(そうちゅう)に遊ぶ、惟()れ梁(りょう)の孝王の都なり。名は今 陳留(ちんりゅう)に亜()ぎ、劇(げき)は則ち貝魏(ばいぎ)に倶(ひと)し。邑中(ゆうちゅう) 九万家()、高棟(こうとう)は通衢(つうく)を照らす。主客は歓娯(かんご)多し、舟車(しゅうしゃ)は天下に半(なか)ばし。白刃(はくじん)  不義に讎(あだ)し、黄金(おうごん)  有無(うむ)を傾く。人を紅塵(こうじん)の裏(うち)に殺し、報答(ほうとう)  斯須(ししゅ)に在り。憶(おも)う  高李(こうり)が輩(はい)と、交(こう)を論じて酒壚(しゅろ)に入る。両公  藻思(そうし)(さか)んなり、我を得て 色(いろ)敷腴(ふゆ)たり。気酣(たけなわ)にして吹台(すいだい)に登り、古(いにしえ)を懐(おも)うて平蕪(へいぶ)を視()る。芒碭(ぼうとう)  雲は一去(いちきょ)し、雁鶩(がんぼく)  空(むな)しく相呼ぶ)にみえる。

杜甫 《1515 遺懷-#1》【5分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-51 <915-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6020

 

平生飛動意,見爾不能無。

いま君をみるにあたっては、日頃から持っている英気盛んな意興がおこらないわけにはゆかなくなってきた。

○飛動意 かつは活発にうごきたいとおもうこころ。往年の英気盛んかりしこころもちをさす。

○爾 式顔をさす。

○無 上の「意」の字をうけ、不能無意とつづく。

杜甫 《1830王兵馬使二角鷹#3》【3分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-58 <927> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6210

杜甫  王兵馬使二角鷹#3

白羽曾肉三狻猊,敢決豈不與之齊。

荊南芮公得將軍,亦如角鷹下翔雲。

惡鳥飛飛啄金屋,安得爾輩開其群,驅出六合梟鸞分。
かつては白羽の箭を以て三匹の狻猊を射抜いてこれに肉づけたほどだから、その勇決果敢なことはどうしてこの鷹とひとしくないということができようか。いま悪い鳥どもがしきりに飛んで黄金屋上に餌あさりをしておるが、どうか汝角鷹の如きものどもを得て悪い鳥どもの烏合している群を押し開き、彼らを天地の外に駆逐して梟と鸞とを区別させてほしいものである。

 

杜甫 1830王兵馬使二角鷹#3》【3分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-58 <927 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6210

 
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杜甫詩1500-927-1413/2500

卷別:    卷二二二              文體:    七言古詩

詩題:    王兵馬使二角鷹

及地點:              安西都護府 (隴右道西部安西都護府) 別名:安西、安西幕府      

崑崙山 (隴右道東部 肅州 崑崙山)  

交遊人物:王兵馬              當地交遊(山南東道 夔州 夔州)

 

 

王兵馬使二角鷹#1

(兵馬使王某の二つの角鷹を見て感を叙した詩。)

悲臺蕭颯石哀壑杈枒浩呼洶。

高い台に悲しげな風がさびしく吹いて石が高くつもっている。樹木が不揃いに生えた哀れげな整に軍勢の大きな掛け声が波のわきたるごとくに起こる。

中有萬里之長江,迴風滔日孤光動。

そこには万里の長江が横たわり、風が吹きめぐり、太陽がはびこって照らすが川面に照らされて、日の孤光が波間にうごいている。

角鷹翻倒壯士臂,將軍玉帳軒翠氣。

頂に毛角のある鷹が身をさかさまにひるがえして繋がれた場所から壮士の臂へと止まる。将軍の玉帳には山の翠気があがる。

#2

二鷹猛腦徐侯,目如愁胡視天地。

二匹の鷹はたけだけしい頭つきをする。その脚もとにはさなだ紐がそろりと墜ちる、鷹の目つきは心配しっつある胡が天地を見つめているのとよく似ている。

竹兔不自惜,溪虎野羊辟易。

この鷹をみては杉鶏や竹兎は撃たれるものと覚悟をきめているし、渓の虎、野の羊もみなしりごみをする。

上鋒稜十二,將軍勇與之敵。

弓小手のうえのするどい十二枚の副、(なんとそのいさましいことよ)、王将軍の勇鋭さはこれと匹敵するものである。』

將軍樹勳起安西,崑崙虞泉入馬蹄。

将軍は安西から起こって武勲を立て、崑崙や虞泉は馬蹄で蹴ちらしたところであるという。

#3

白羽曾肉三猊,敢決豈不與之齊。

かつては白羽の箭を以て三匹の狻猊を射抜いてこれに肉づけたほどだから、その勇決果敢なことはどうしてこの鷹とひとしくないということができようか。

荊南公得將軍,亦如角鷹下翔雲。

荊南の芮公が将軍を得られたのは、ちょうど角鷹が北方の雲からおりて来たようなものである。

惡鳥飛飛啄金屋,安得爾輩開其群,驅出六合梟鸞分。

いま悪い鳥どもがしきりに飛んで黄金屋上に餌あさりをしておるが、どうか汝角鷹の如きものどもを得て悪い鳥どもの烏合している群を押し開き、彼らを天地の外に駆逐して梟と鸞とを区別させてほしいものである。

 

 

 

王兵馬使二角鷹』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#3

白羽曾肉三狻猊,敢決豈不與之齊。

荊南芮公得將軍,亦如角鷹下翔雲。

惡鳥飛飛啄金屋,安得爾輩開其群,驅出六合梟鸞分。


(下し文)
#3

白羽 曾て肉す三狻猊、敢決 豈に之と斉しからざらんや。

荊南の芮公将軍を得、亦た角鷹の朔雲より下るが如し。

悪鳥 飛飛 金屋に啄む、安んぞ得ん 爾が輩其の群を開きて、六合より駆出して梟鸞分かるることを。

(現代語訳) #3

かつては白羽の箭を以て三匹の狻猊を射抜いてこれに肉づけたほどだから、その勇決果敢なことはどうしてこの鷹とひとしくないということができようか。

荊南の芮公が将軍を得られたのは、ちょうど角鷹が北方の雲からおりて来たようなものである。

いま悪い鳥どもがしきりに飛んで黄金屋上に餌あさりをしておるが、どうか汝角鷹の如きものどもを得て悪い鳥どもの烏合している群を押し開き、彼らを天地の外に駆逐して梟と鸞とを区別させてほしいものである。


(訳注) #3

王兵馬使二角鷹

(兵馬使王某の二つの角鷹を見て感を叙した詩。)大暦元年の作。

○王兵馬使 兵馬使王某。前篇に趙太常、荊南の芮公の命を承けて夔州に来たことを叙している。この篇に「荊南芮公得将軍」の句がある、この王某もまた同時に乱を討たんがために来たものかとおもわれる。黄鶴の注に衛伯玉の伝を引き、「衛伯玉、大暦の初め、母の喪にあい、朝廷王昂を以て其の任に代う、衛伯玉将吏を諷して詔を受けず、遂に起復再任す、王は昂に非ざるを得んや」、といっている。

○角鷹 頂に毛角のある「たか」。

 

白羽曾肉三狻猊,敢決豈不與之齊。

かつては白羽の箭を以て三匹の狻猊を射抜いてこれに肉づけたほどだから、その勇決果敢なことはどうしてこの鷹とひとしくないということができようか。

〇白羽 箭をいう。

〇曾肉 箭を射た結果それに肉が附着したことをいう。

〇狻猊 からじし。

〇敢決 勇敢果決。

〇与之斉 鷹とひとしいことをいう。

 

荊南芮公得將軍,亦如角鷹下翔雲。

荊南の芮公が将軍を得られたのは、ちょうど角鷹が北方の雲からおりて来たようなものである。

荊南芮公 即ち衛伯玉、前篇「大食刀歌」参照。

杜甫 《1829荊南兵馬使太常卿趙公大食刀歌》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-56 <921 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6180

下翔雲 ここでは、鷹の動きが増す冬の翔雲をいい、朔雲をいう、北方の雲のこと。

 

惡鳥飛飛啄金屋,安得爾輩開其群,驅出六合梟鸞分。
いま悪い鳥どもがしきりに飛んで黄金屋上に餌あさりをしておるが、どうか汝角鷹の如きものどもを得て悪い鳥どもの烏合している群を押し開き、彼らを天地の外に駆逐して梟と鸞とを区別させてほしいものである。

惡鳥 時の悪人どもを此する。

啄金屋 金屋は黄金を飾った家屋、啄とはその屋上にあって物をついばむことをいう。(朝廷内の宦官と奸臣をいう。)

〇安得 希望の辞、次句までにかかる。

爾輩 角鷹の徒輩、即ち将軍の如き輩をいう。

開其群 其とは悪鳥をさす。

〇六合 四方と上下の方向の合点。

梟鸞 梟は「ふくろう」、母を食うという悪鳥である。鸞は鳳の類、善鳥である。分は分別する。

(王兵馬使が二角鷹)

悲台 蕭颯 石寵 たり、哀壑 杈枒 浩呼 淘たり。

中に万里の長江有り、廻風 陥日 孤光 動く。

角鷹 に翻る 壮士の臂、将軍の玉帳に翠気軒る。

#2

二鷹 猛脳 條 徐に墜つ、目は愁胡の天地を視るが如し。

杉鶏 竹兎 自ら惜しまず、渓虎 野羊 辟易す。

の鋒稜十二翮、将軍の勇鋭 之とす。

将軍勲を樹て安西より起こる、崑崙虞泉馬蹄に入る。

#3

白羽 曾て肉す三狻猊、敢決 豈に之と斉しからざらんや。

荊南の公将軍を得、亦た角鷹の朔雲より下るが如し。

悪鳥 飛飛 金屋に啄む、安んぞ得ん 爾が輩其の群を開きて、六合より駆出して梟鸞分かるることを。

王兵馬使二角鷹#1

悲臺蕭颯石,哀壑杈枒浩呼洶。

中有萬里之長江,迴風滔日孤光動。

角鷹翻倒壯士臂,將軍玉帳軒翠氣。

#2

二鷹猛腦徐侯穟,目如愁胡視天地。

杉雞竹兔不自惜,溪虎野羊俱辟易。

上鋒稜十二翮,將軍勇與之敵。

將軍樹勳起安西,崑崙虞泉入馬蹄。

#3

白羽曾肉三狻猊,敢決豈不與之齊。

荊南芮公得將軍,亦如角鷹下翔雲。

惡鳥飛飛啄金屋,安得爾輩開其群,驅出六合梟鸞分。

杜甫 《1830王兵馬使二角鷹#2》【3分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-58 <926> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6205

杜甫  王兵馬使二角鷹#2

二鷹猛腦徐侯穟,目如愁胡視天地。

杉雞竹兔不自惜,溪虎野羊俱辟易。

上鋒稜十二翮,將軍勇與之敵。

將軍樹勳起安西,崑崙虞泉入馬蹄。

この鷹をみては杉鶏や竹兎は撃たれるものと覚悟をきめているし、渓の虎、野の羊もみなしりごみをする。弓小手のうえのするどい十二枚の翮、(なんとそのいさましいことよ)、王将軍の勇鋭さはこれと匹敵するものである。 

杜甫 1830王兵馬使二角鷹#2》【3分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-58 <926 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6205 

 
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 杜甫詩1500-926-1412/2500

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二二              文體:    七言古詩

詩題:    王兵馬使二角鷹

及地點:              安西都護府 (隴右道西部安西都護府) 別名:安西、安西幕府      

崑崙山 (隴右道東部 肅州 崑崙山)  

交遊人物:王兵馬              當地交遊(山南東道 夔州 夔州)

 

 

王兵馬使二角鷹#1

(兵馬使王某の二つの角鷹を見て感を叙した詩。)

悲臺蕭颯石哀壑杈枒浩呼洶。

高い台に悲しげな風がさびしく吹いて石が高くつもっている。樹木が不揃いに生えた哀れげな整に軍勢の大きな掛け声が波のわきたるごとくに起こる。

中有萬里之長江,迴風滔日孤光動。

そこには万里の長江が横たわり、風が吹きめぐり、太陽がはびこって照らすが川面に照らされて、日の孤光が波間にうごいている。

角鷹翻倒壯士臂,將軍玉帳軒翠氣。

頂に毛角のある鷹が身をさかさまにひるがえして繋がれた場所から壮士の臂へと止まる。将軍の玉帳には山の翠気があがる。

#2

二鷹猛腦徐侯,目如愁胡視天地。

二匹の鷹はたけだけしい頭つきをする。その脚もとにはさなだ紐がそろりと墜ちる、鷹の目つきは心配しっつある胡が天地を見つめているのとよく似ている。

竹兔不自惜,溪虎野羊辟易。

この鷹をみては杉鶏や竹兎は撃たれるものと覚悟をきめているし、渓の虎、野の羊もみなしりごみをする。

上鋒稜十二,將軍勇與之敵。

弓小手のうえのするどい十二枚の副、(なんとそのいさましいことよ)、王将軍の勇鋭さはこれと匹敵するものである。』

將軍樹勳起安西,崑崙虞泉入馬蹄。

将軍は安西から起こって武勲を立て、崑崙や虞泉は馬蹄で蹴ちらしたところであるという。

#3

白羽曾肉三狻猊,敢決豈不與之齊。

荊南芮公得將軍,亦如角鷹下翔雲。

惡鳥飛飛啄金屋,安得爾輩開其群,驅出六合梟鸞分。

 (王兵馬使が二角鷹)

悲台 蕭颯 石寵 たり、哀壑 杈枒 浩呼 淘たり。

中に万里の長江有り、廻風 陥日 孤光 動く。

角鷹 に翻る 壮士の臂、将軍の玉帳に翠気軒る。

#2

二鷹 猛脳 條 徐に墜つ、目は愁胡の天地を視るが如し。

杉鶏 竹兎 自ら惜しまず、渓虎 野羊 辟易す。

の鋒稜十二翮、将軍の勇鋭 之とす。

将軍勲を樹て安西より起こる、崑崙虞泉馬蹄に入る。

#3

白羽 曾て肉す三狻猊、敢決 豈に之と斉しからざらんや。

荊南の公将軍を得、亦た角鷹の朔雲より下るが如し。

悪鳥 飛飛 金屋に啄む、安んぞ得ん 爾が輩其の群を開きて、六合より駆出して梟鸞分かるることを。
夔州東川卜居図詳細 001 

 

『王兵馬使二角鷹』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
#2

二鷹猛腦徐侯穟,目如愁胡視天地。

杉雞竹兔不自惜,溪虎野羊俱辟易。

上鋒稜十二翮,將軍勇與之敵。

將軍樹勳起安西,崑崙虞泉入馬蹄。



(下し文)
#2

二鷹 猛脳 條 徐に墜つ、目は愁胡の天地を視るが如し。

杉鶏 竹兎 自ら惜しまず、渓虎 野羊 辟易す。

の鋒稜十二翮、将軍の勇鋭 之とす。

将軍勲を樹て安西より起こる、崑崙虞泉馬蹄に入る。


(現代語訳)
二匹の鷹はたけだけしい頭つきをする。その脚もとにはさなだ紐がそろりと墜ちる、鷹の目つきは心配しつつある胡が天地を見つめているのとよく似ている。

この鷹をみては杉鶏や竹兎は撃たれるものと覚悟をきめているし、渓の虎、野の羊もみなしりごみをする。

弓小手のうえのするどい十二枚の翮、(なんとそのいさましいことよ)、王将軍の勇鋭さはこれと匹敵するものである。』

将軍は安西から起こって武勲を立て、崑崙や虞泉は馬蹄で蹴ちらしたところであるという。


(訳注) #2

 

二鷹猛腦徐侯穟,目如愁胡視天地。

二匹の鷹はたけだけしい頭つきをする。その脚もとにはさなだ紐がそろりと墜ちる、鷹の目つきは心配しつつある胡が天地を見つめているのとよく似ている。

猛腦 たけき頭つき。

徐侯穟 徐は鷹の足をつないである「さなだひも」をはずし、このひもがそろりとおちるとは、鷹が飛び得る状態に置かれたことである。

愁胡 愁い顔の胡人、鷹の目を愁胡にたとえているのは晋の孫楚の「鷹賦」に見える。黄生の注には後漢の王延寿の《魯霊光殿賦》「胡人遙集於上楹,儼雅跽而相對。仡欺犬思以雕 穴,幽 顤顟而睽睢,狀若悲愁於危處,嚬蹙而含悴。」(胡人遙かに上楹に集まる、状危処に悲愁するが若し)を引いて更にその典拠としている。

視天地 鷹の飛びだそうとする様子。

 

杉雞竹兔不自惜,溪虎野羊俱辟易。

この鷹をみては杉鶏や竹兎は撃たれるものと覚悟をきめているし、渓の虎、野の羊もみなしりごみをする。

○杉鶏 頭に長い黄毛があり、冠と頬とは青く、常に杉の木の下に居るものであるという。

○竹兎 野兎の如くにして小さく竹の葉を食するものなりと。

○不自惜 自己の身を惜しまぬ、たべられるものと覚悟していることをいう。

○渓虎野羊 渓に居る虎、野にいる羊。

○辟易 顔師古はいう、開張して其の処を易うるなり、と。勢いにおされて、たじたじとなること。 耐え難い気持ちになること。驚怖によってしりごみすること。

 

上鋒稜十二翮,將軍勇與之敵。

弓小手のうえのするどい十二枚の翮、(なんとそのいさましいことよ)、王将軍の勇鋭さはこれと匹敵するものである。』

 韝は臂捍(弓小手)のこと。壮士の臂を保護するもの。この二字は鷹がまだ臂より離れていないさまをいう。

鋒稜 翮の尖端のするどさをたとえていう。

〇十二翮 翮は翼の内面の「たちばね」、其の茎の特に勁いものが左右各おの六枚ある。

○与之敵 これは鷹をさす、敵は匹敵、ひとしいこと。

 

將軍樹勳起安西,崑崙虞泉入馬蹄。

将軍は安西から起こって武勲を立て、崑崙や虞泉は馬蹄で蹴ちらしたところであるという。

○樹勲 いさおしを立てる。

○安西 安西都護府の地方、安西は新疆省庫車、唐代におかれた六都護府の一つ。辺境警備・周辺諸民族統治などのために置かれた軍事機関。都護府の長官は都護と呼ばれていた。

○崑崙 伝説上の山岳。崑崙山・崑崙丘・崑崙虚ともいう。中国の西方にあり、黄河の源で、玉を産出し、仙女の西王母がいるとされた。仙界とも呼ばれ、八仙がいるとされる。 崑崙奴とは、アフリカ系黒人に対しての呼び名であるが、伎楽の崑崙〔くろん〕面の名称も、そもそもは黒人のことをさした。

虞泉 即ち虞淵、日の入る所とせられたところ、《淮南子》曰:薄于虞泉,是黄昏。

〇人馬蹄 将軍の馬蹄の下に入る。将軍がその地方を蹴散らしてあるいたということ。

 

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杜甫  王兵馬使二角鷹#1

悲臺蕭颯石,哀壑杈枒浩呼洶。

中有萬里之長江,迴風滔日孤光動。

角鷹翻倒壯士臂,將軍玉帳軒翠氣。
(兵馬使王某の二つの角鷹を見て感を叙した詩。)高い台に悲しげな風がさびしく吹いて石が高くつもっている。樹木が不揃いに生えた哀れげな整に軍勢の大きな掛け声が波のわきたるごとくに起こる。そこには万里の長江が横たわり、風が吹きめぐり、太陽がはびこって照らすが川面に照らされて、日の孤光が波間にうごいている。

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 杜甫詩1500-925-1411/2500

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二二              文體:    七言古詩

詩題:    王兵馬使二角鷹

及地點:              安西都護府 (隴右道西部安西都護府) 別名:安西、安西幕府      

崑崙山 (隴右道東部 肅州 崑崙山)  

交遊人物:王兵馬              當地交遊(山南東道 夔州 夔州)

 

 

王兵馬使二角鷹#1

(兵馬使王某の二つの角鷹を見て感を叙した詩。)

悲臺蕭颯石哀壑杈枒浩呼洶。

高い台に悲しげな風がさびしく吹いて石が高くつもっている。樹木が不揃いに生えた哀れげな整に軍勢の大きな掛け声が波のわきたるごとくに起こる。

中有萬里之長江,迴風滔日孤光動。

そこには万里の長江が横たわり、風が吹きめぐり、太陽がはびこって照らすが川面に照らされて、日の孤光が波間にうごいている。

角鷹翻倒壯士臂,將軍玉帳軒翠氣。

頂に毛角のある鷹が身をさかさまにひるがえして繋がれた場所から壮士の臂へと止まる。将軍の玉帳には山の翠気があがる。

#2

二鷹猛腦徐侯穟,目如愁胡視天地。

杉雞竹兔不自惜,溪虎野羊俱辟易。

韝上鋒稜十二翮,將軍勇與之敵。

將軍樹勳起安西,崑崙虞泉入馬蹄。

#3

白羽曾肉三狻猊,敢決豈不與之齊。

荊南芮公得將軍,亦如角鷹下翔雲。

惡鳥飛飛啄金屋,安得爾輩開其群,驅出六合梟鸞分。

(王兵馬使が二角鷹)

悲台 蕭颯 石寵 たり、哀壑 杈枒 浩呼 淘たり。

中に万里の長江有り、廻風 陥日 孤光 動く。

角鷹 に翻る 壮士の臂、将軍の玉帳に翠気軒る。

#2

二鷹 猛脳 條 徐に墜つ、目は愁胡の天地を視るが如し。

杉鶏 竹兎 自ら惜しまず、渓虎 野羊 辟易す。

の鋒稜十二翮、将軍の勇鋭 之とす。

将軍勲を樹て安西より起こる、崑崙虞泉馬蹄に入る。

#3

白羽 曾て肉す三狻猊、敢決 豈に之と斉しからざらんや。

荊南の公将軍を得、亦た角鷹の朔雲より下るが如し。

悪鳥 飛飛 金屋に啄む、安んぞ得ん 爾が輩其の群を開きて、六合より駆出して梟鸞分かるることを。

 

 

『王兵馬使二角鷹』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

王兵馬使二角鷹#1

悲臺蕭颯石,哀壑杈枒浩呼洶。

中有萬里之長江,迴風滔日孤光動。

角鷹翻倒壯士臂,將軍玉帳軒翠氣。

(下し文)
(王兵馬使が二角鷹)

悲台 蕭颯 石寵 たり、哀壑 杈枒 浩呼 淘たり。

中に万里の長江有り、廻風 陥日 孤光 動く。

角鷹 倒に翻る 壮士の臂、将軍の玉帳に翠気軒る。


(現代語訳)
(兵馬使王某の二つの角鷹を見て感を叙した詩。)#1

高い台に悲しげな風がさびしく吹いて石が高くつもっている。樹木が不揃いに生えた哀れげな整に軍勢の大きな掛け声が波のわきたるごとくに起こる。

そこには万里の長江が横たわり、風が吹きめぐり、太陽がはびこって照らすが川面に照らされて、日の孤光が波間にうごいている。

頂に毛角のある鷹が身をさかさまにひるがえして繋がれた場所から壮士の臂へと止まる。将軍の玉帳には山の翠気があがる。


(訳注)

王兵馬使二角鷹#1

(兵馬使王某の二つの角鷹を見て感を叙した詩。)大暦元年の作。

○王兵馬使 兵馬使王某。前篇に趙太常、荊南の芮公の命を承けて夔州に来たことを叙している。この篇に「荊南芮公得将軍」の句がある、この王某もまた同時に乱を討たんがために来たものかとおもわれる。黄鶴の注に衛伯玉の伝を引き、「衛伯玉、大暦の初め、母の喪にあい、朝廷王昂を以て其の任に代う、衛伯玉将吏を諷して詔を受けず、遂に起復再任す、王は昂に非ざるを得んや」、といっている。

○角鷹 頂に毛角のある「たか」。

 

悲臺蕭颯石巃哀壑杈枒浩呼洶。

高い台に悲しげな風がさびしく吹いて石が高くつもっている。樹木が不揃いに生えた哀れげな整に軍勢の大きな掛け声が波のわきたるごとくに起こる。

○悲台 悲風の吹く高台、曹植《正會詩》「高臺多悲風」(高台に悲風多し)とみえる。

○蕭颯 風のさびしく吹くさま。

○巃 高大なさま。

○哀壑 かなしく感ぜられるたに。

〇杈枒 樹木のひとしくないさま。杜甫·鵰賦:「擊叢薄之不開,突杈枒而皆折。」

○浩呼 大呼に同じ、軍衆が鷹の気勢を添えるためにさけぷこえをいう。

○洶 水の湧きたつさま、呼声をたとえていっている。(1) 《書》ごうごうたる.◇波濤逆巻く音の形容.(2) 《貶》気勢のあがった,勢い激しい气汹汹凄まじい見幕の.(3) 《書》争う声の入り乱れた,喧喧ごうごう

 

中有萬里之長江,迴風滔日孤光動。

そこには万里の長江が横たわり、風が吹きめぐり、太陽がはびこって照らすが川面に照らされて、日の孤光が波間にうごいている。

○廻風 めぐって吹く風。

○滔日 天まではびこる日光の意となって下の孤光とは波間に孤光となってかがやく。太陽の輝きが強いほど、孤光が強いということ。

○孤光 はびこる太陽が照らし、江の水面の日光の一片の光という。

 

角鷹翻倒壯士臂,將軍玉帳軒翠氣。

頂に毛角のある鷹が身をさかさまにひるがえして繋がれた場所から壮士の臂へと止まる。将軍の玉帳には山の翠気があがる。

○倒翻壮士臂 繋がれてある場所から身体を顛倒し翻えして壮士の臂のうえにとまる。また、この臂から空へとぶのである。

○将軍 王某をさす。

○玉帳 りっはなまく。

○軒翠気 軒はたかくあがること、翠気は山翠・空翠、翠微などの意。

766年-61杜甫 《1556奉漢中王手札 -#2》【3分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-61 <931> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6230

杜甫  奉漢中王手札 -#2

前後緘書報,分明饌玉恩。天雲浮壁,風竹在華軒。

已覺良宵永,何看駭浪翻。入期朱邸雪,朝傍紫微垣。

枚乘文章老,河間禮樂存。

漢王のいる東の空を眺め遣ると絶壁に天雲が浮かんでいる、定めし華麗なる軒端にそよぐ風が竹林を渉って吹き抜けてくる。すでに、夜もしだいに長くなる季節になって来たし、三峡を下るのにこわい南風もなく船旅もご安全となりましょう。京師のお屋敷の朱門へのお入りにの際はもう冬の雪のころとなっておるでしょうし、紫微殿の牆に傍の道に沿って参朝されることでしょう。

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杜甫詩1500-931-1417/2500

卷別:    卷二二九              文體:    五言古詩

詩題:    奉漢中王手札

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:荊門山 (山南東道 峽州 宜都)           

交遊人物:李瑀    書信往來

 

 

奉漢中王手札

(歸州滞在中の漢仲王がお手紙を寄せてくれたことでこの詩を奉る。)

國有乾坤大,王今叔父尊。

唐王朝の天下は乾坤の大きさの領土を持ち続けているが、璃漢中王はその大唐の天子の叔父にあたる尊位に居られるお方である。

剖符來蜀道,歸蓋取荊門。

璃王は蓬州の刺史として、蜀道に来られ、京師へお帰りの道は荊門の道筋を取られたのである。

峽險通舟過,水長注海奔。

この三峡は嶮しくて船の通行でこの地を過ぎようとされているが、長江は長くはしって大海に灌いでいる。

主人留上客,避暑得名園。

途中で、其の地の主人役である歸州の刺史が、この上である賓客をおひきとめられ、この地の名園にて避暑とされることがよろしいと考える。

 

前後緘書報,分明饌玉恩。

こうした前後の様子はお手紙でお知らせくだされたし、同時に美味なる食料をぞうよくだされたことは、まことにありがたいことである。

天雲浮壁,風竹在華軒。

漢王のいる東の空を眺め遣ると絶壁に天雲が浮かんでいる、定めし華麗なる軒端にそよぐ風が竹林を渉って吹き抜けてくる。

已覺良宵永,何看駭浪翻。

すでに、夜もしだいに長くなる季節になって来たし、三峡を下るのにこわい南風もなく船旅もご安全となりましょう。

入期朱邸雪,朝傍紫微垣。

京師のお屋敷の朱門へのお入りにの際はもう冬の雪のころとなっておるでしょうし、紫微殿の牆に傍の道に沿って参朝されることでしょう。

枚乘文章老,河間禮樂存。

河間王に比すべきあなた様のところには、禮楽刑政が、なお存在しておりますが、この枚乘は文章の才まで老衰致しました。

 

悲秋宋玉宅,失路武陵源。

淹薄俱崖口,東西異石根。

夷音迷咫尺,鬼物傍黃昏。

犬馬誠為戀,狐狸不足論。

從容草奏罷,宿昔奉清罇。

 

(漢中王の手札を奉じる)

國 乾坤の大なる有り,王は 今 叔父の尊なり。

剖符 蜀道に來り,歸蓋 荊門に取る。

峽險にして舟を通じ過ぐ,水 長くして 海に注ぎて奔る。

主人 上客を留む,避暑 名園を得たり。

 

前後 緘書報ず,分明なり 饌玉の恩。

天雲 壁に浮ぶ風竹 華軒に在り。

已に覺ゆ 良宵の永きを,何ぞ看む 駭浪の翻えるを。

入は期す 朱邸の雪,朝は傍わしむ 紫微の垣。

枚乘 文章 老ゆ,河間 禮樂 存す。

 

悲秋 宋玉の宅,失路 武陵の源。

淹薄 俱に崖口,東西 石根を異にす。

夷音 咫尺迷う,鬼物 黃昏傍る。

犬馬 誠に戀を為す,狐狸 論ずるに足らず。

從容 奏を草し罷まば,宿昔 清罇を奉ぜしと思え。

夔州東川卜居図詳細 001 

 

『奉漢中王手札』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

前後緘書報,分明饌玉恩。

天雲浮壁,風竹在華軒。

已覺良宵永,何看駭浪翻。

入期朱邸雪,朝傍紫微垣。

枚乘文章老,河間禮樂存。

(下し文)
前後 緘書報ず,分明なり 饌玉の恩。

天雲 壁に浮ぶ,風竹 華軒に在り。

已に覺ゆ 良宵の永きを,何ぞ看む 駭浪の翻えるを。

入は期す 朱邸の雪,朝は傍わしむ 紫微の垣。

枚乘 文章 老ゆ,河間 禮樂 存す。

(現代語訳)
こうした前後の様子はお手紙でお知らせくだされたし、同時に美味なる食料をぞうよくだされたことは、まことにありがたいことである。

漢王のいる東の空を眺め遣ると絶壁に天雲が浮かんでいる、定めし華麗なる軒端にそよぐ風が竹林を渉って吹き抜けてくる。

すでに、夜もしだいに長くなる季節になって来たし、三峡を下るのにこわい南風もなく船旅もご安全となりましょう。

京師のお屋敷の朱門へのお入りにの際はもう冬の雪のころとなっておるでしょうし、紫微殿の牆に傍の道に沿って参朝されることでしょう。

河間王に比すべきあなた様のところには、禮楽刑政が、なお存在しておりますが、この枚乘は文章の才まで老衰致しました。


(訳注)

奉漢中王手札

(歸州滞在中の漢仲王がお手紙を寄せてくれたことでこの詩を奉る。)

○漢中王 名を璃といい譲皇帝(寧王)の第六子で汝陽王璡の弟である。玄宗が蜀に幸したときに従って漢中に至り、漢中王に封ぜられ銀青光禄大夫・漢中郡太守を加えられた。のち粛宗を諌めて帝の怒りにふれ蓬州の刺史に貶せられた。ここには漢中王と称しているが蓬州の刺史として何かの事によって梓州に来たのにより作者が彼とあったものとおもわれる。そして今、三峡を出て、京師に帰ろうとして歸州にあり、そこから杜甫に手紙を届けたのだろう。

(漢中王に関する杜甫の詩)

639五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之一》 蜀中転々 杜甫 <544  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2945 杜甫詩1000-544-783/1500

640 五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之二》 蜀中転々 杜甫 <545  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2950 杜甫詩1000-545-784/1500

641五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之三》 蜀中転々 杜甫 <546  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2955 杜甫詩1000-546-785/1500

 

643 《玩月呈漢中王》 蜀中転々 杜甫 <548  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2965 杜甫詩1000-548-787/1500

701 《章梓州水亭〔自注:時漢中王兼道士席謙在會,同用荷字韻。〕》蜀中転々 杜甫<608 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3350 杜甫詩1000-608-864/1500

 

702 《戲作寄上漢中王,二首之一〔自注:王新誕明珠。〕 蜀中転々 杜甫 <609  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3355 杜甫詩1000-609-865/1500

703 《戲作寄上漢中王,二首之二〔自注:王新誕明珠。〕 蜀中転々 杜甫 <610  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3360 杜甫詩1000-610-866/1500

 

前後緘書報,分明饌玉恩。

こうした前後の様子はお手紙でお知らせくだされたし、同時に美味なる食料をぞうよくだされたことは、まことにありがたいことである。

○緘書報 漢王から杜甫への書簡に応じて返事をくれたこと。

○饌玉恩 手紙の返事に添えて美味なる食料を贈与くだされたことが、まことにありがたいということ。

 

天雲浮壁,風竹在華軒。

漢王のいる東の空を眺め遣ると絶壁に天雲が浮かんでいる、定めし華麗なる軒端にそよぐ風が竹林を渉って吹き抜けてくる。

○天雲浮 杜甫は夔州奉節の草堂に居り、漢王は東隣の歸州にイルので、東の方、長江下流域の方向を見る事、此処の絶壁は、奉節を過ぎると瞿塘峡がありそこの両岸に絶壁がある。

○風竹在華軒 漢王がいる名園の風情をいう。

 

已覺良宵永,何看駭浪翻。

すでに、夜もしだいに長くなる季節になって来たし、三峡を下るのにこわい南風もなく船旅もご安全となりましょう。

○良宵永 秋の良い気候

○何看駭浪翻 どうして波が翻るようなことになるでしょう。何看は反語で、見る事は無い。三峡を下るのにこわい南風もなく船旅もご安全となりましょう。

 

入期朱邸雪,朝傍紫微垣。

京師のお屋敷の朱門へのお入りにの際はもう冬の雪のころとなっておるでしょうし、紫微殿の牆に傍の道に沿って参朝されることでしょう。

○入期 漢王が正門からお入りになること。

○朱邸雪 郡國の者が参朝する際の長安の屋敷を邸という、朱門はその正門である。

○朝傍 朝は朝廷に参朝すること。傍は牆に傍の道に沿ってあるくこと。

○紫微垣 大明宮紫微殿の牆。

 

枚乘文章老,河間禮樂存。

河間王に比すべきあなた様のところには、禮楽刑政が、なお存在しておりますが、この枚乘は文章の才まで老衰致しました。

○枚乘 枚乗(ばい じょう、生没年不詳)は、前漢の人。字は叔。淮陰(江蘇省淮安市)の人。賦や文章を得意とした遊説の徒。呉王劉濞の郎中となっていたが、呉王が漢に対し恨みを持ち反逆しようとすると、枚乗は上書してそれを諌めた。しかしながら呉王はそれを取り上げなかったので、枚乗は呉を去って梁へ行き、梁王劉武の元に就いた。杜甫のことをいう。

○河間 地名。漢の景帝の子河間の献王、名は德、学をこの身、儒者を敬す、もって漢王璃に比す。

○禮樂存 禮樂刑政、社会の秩序を保つために、欠かせないと考えられていた礼節、音楽、刑法、行政のこと。礼は社会の秩序を保ち,楽は人心を感化する作用のあるものとして尊重された。転じて,文化のこと。
山南西道 涪州 黃草峽00 

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杜甫  荊南兵馬使太常卿趙公大食刀歌#4

魑魅魍魎徒為耳,妖腰亂領敢欣喜。

用之不高亦不,不似長劍須天倚。

吁嗟光祿英雄弭,大食寶刀聊可比。

丹青宛轉麒麟裡,光芒六合無泥滓。

魑魅魍魎の友柄も、なにもはたらさができるわけのものではないし、乱賊の領、妖怪の腰、決して安心してよろこんでおられるはずはない。いずれあなたの姿は麒麟閣のうちに丹青を以て宛転にえがかれ、その武勲はこの刀のごとく宇宙にかがやきわたって、どこにも濁乱の気が無いようにさせられることであろう。

杜甫 1829荊南兵馬使太常卿趙公大食刀歌#4》【4分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-57 <924 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6195 

 
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杜甫詩1500-924-1410/2500

卷別:    卷二二二              文體:    樂府

詩題:    荊南兵馬使太常卿趙公大食刀歌

及地點:              下牢鎮 (山南東道 峽州 下牢鎮)       

白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城    

荊山 (山南東道 無第二級行政層級 荊山)      

交遊人物:太常卿趙公       當地交遊(山南東道 夔州 夔州)

 

 

荊南兵馬使太常卿趙公大食刀歌#1

(荊南の兵馬使で兼ねて太常卿である趙某公のもっている大食国伝来の刀の歌)

太常樓船聲嗷,問兵刮寇趨下牢。

趙太常の坐乗せられる楼船はやかましい音をたてて味方の兵を視察し、寇賊を刮平するために下牢関の方へ出向かれた。

牧出令奔飛百艘,猛蛟突獸紛騰逃。

これを見て沿道地方の刺史や県令は奔走して出迎え百艘もの船をだす。水中の猛き蛟も陸上の突出する獣もみだれて逃げはしる。

白帝寒城駐錦袍,玄冬示我胡國刀。

趙公は寒天の白帝城に錦袍を着けて駐在せられ、玄冬の節にあたって自分に胡の国から伝わった刀を示された。

壯士短衣頭虎毛,憑軒拔鞘天為高。

その刀を扱う壮士は短かい上衣を着て虎の毛を生やしたような頭をなし、軒によって鞘から抜きはなつと刀光さっと閃いて、これがために天も一層高く横たわるかとおもわれる。

#2

翻風轉日木怒號,冰翼雪澹傷哀

太刀風の勢いは風をひるがえし白日を転勤せしめて樹木も怒りさけび、刀光の冷たさは氷のようにつめたくするどい、刀を振ると翼のように空気を張り、切るほどに雪がうごくかと怪しまれて哀鳴する猱の心さえ傷つけてしまうだろう。

鐫錯碧鷿鵜膏,鋩鍔已瑩秋濤。

碧色の長首の瓶につめてある鷿の膏で刻みこむかとおもわれるほどに磨きをかけたこの刀は、切先も刃もきらきらとあきらかで澄みきった秋の水をも無視するばかりである。 

鬼物捩辭坑壕,蒼水使者捫赤絛。

この刀は坑や壕にすむ魔物も逸早く逃げだしてしまうし、「蒼水使者」ともいうべき外来の渡航者がこの刀の赤紐を取ってこれをもちきたす。

龍伯國人罷釣鼇,公回首顏色勞。

そのときには《「列子」(湯問)》にいう、龍伯の国の巨人でも憤れて竜を釣ることをやめてしまうというから、荊南の芮公もこちらをふりむいて騒乱について心配な顔付きをなされるであろう。

#3

救世用賢豪,趙公玉立高歌起。

軍国の憂いを分担して世を救わんために、賢人豪傑を用いられる。 

攬環結佩相終始,萬持之護天子。

その一人として趙公は潔白なすがたで高歌して起ちあがり、この刀の刀環をとって身に佩び、終始はなさず、永久にこの刀を持って天子をお護りされたのである。 

得君亂絲與君理,蜀江如線如針水。

糸のもつれにあえば直ちにそれをたちきってその乱れをなおそうと心がけがたいせつで、蜀の江水の如きは針や線のような細小なものである。 

荊岑彈丸心未已,賊臣惡子休干紀。

#4

魑魅魍魎徒為耳,妖腰亂領敢欣喜。

魑魅魍魎の友柄も、なにもはたらさができるわけのものではないし、乱賊の領、妖怪の腰、決して安心してよろこんでおられるはずはない。

用之不高亦不,不似長劍須天倚。

趙公は高からずひくからず適当にこの刀を使用せられる。この刀は昔話にあるような天外に惰らなければならぬというような馬鹿げた長剣とは似てもつかぬものである。

吁嗟光祿英雄弭,大食寶刀聊可比。

ああ光禄、趙公よ、あなたによって世上の英雄たちの騒乱は止むであろう、あなたの才にこそこの大食の宝刀は此すべきものである。

丹青宛轉麒麟裡,光芒六合無泥滓。

いずれあなたの姿は麒麟閣のうちに丹青を以て宛転にえがかれ、その武勲はこの刀のごとく宇宙にかがやきわたって、どこにも濁乱の気が無いようにさせられることであろう。

 

(刑南兵馬使太常卿趙公が大食刀の歌)

太常の楼船 声 嗷たり、兵を問い寇を刮りて下牢に趨く。

牧 出で 令 奔りて百艘飛び、猛蛟突獸 紛として騰逃す。

白帝の寒城に 錦袍を駐む、玄冬 我に示す胡国の刀。

壮士 短衣 頭虎毛、軒に憑り 鞘を抜けば 天 為に高し。

#2

風を翻し 日を転じて木怒 号す、冰 翼び 雪 澹きて 哀 傷む。

鐫錯す 碧鷿鵜膏鋩鍔 已