杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

2015年07月

766年-87杜甫 《1512武侯廟【案:廟在白帝西郊。】》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-87 <950> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6385

杜甫  武侯廟  

遺廟丹青落,空山草木長。猶聞辭後主,不復臥南陽。
(夔州の諸葛亮の廟をたずねてよんだ詩。)いまのこっている廟はふるぼけて絵の具が落ちてしまい、さびしい山にただ草や木がたけたかく伸びている。ここへおまいりすると孔明の英霊がなお存在して彼が後主に出陣の暇乞いをしたときの声音をそのまま聞くようである。彼はあのときは畢生の決心をかためて立ちあがったので、あれ以来は決してふたたび南陽に臥ていようなどのかんがえはもたなかったのである。

766-87杜甫 1512武侯廟【案:廟在白帝西郊。】》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-87 <950 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6385 杜甫詩1500-950-1448/2500

 

 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-87杜甫 《1512武侯廟【案:廟在白帝西郊。】》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-87 <950> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6385 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:766年大暦元年55-87

卷別:    卷二二九              文體:    五言

詩題:    武侯廟【廟在白帝西郊。】

作地點:              目前尚無資料

及地點:              武侯廟 (山南東道 夔州 奉節) 別名:諸葛廟、武侯祠、武侯祠堂、孔明廟             

南陽 (山南東道 鄧州 南陽) 別名:南都        

 

 

武侯廟

(夔州の諸葛亮の廟をたずねてよんだ詩。)

遺廟丹青落,空山草木長。

いまのこっている廟はふるぼけて絵の具が落ちてしまい、さびしい山にただ草や木がたけたかく伸びている。ここへおまいりすると孔明の英霊がなお存在して彼が後主に出陣の暇乞いをしたときの声音をそのまま聞くようである。

猶聞辭後主,不復臥南陽。

彼はあのときは畢生の決心をかためて立ちあがったので、あれ以来は決してふたたび南陽に臥ていようなどのかんがえはもたなかったのである。

 

(武侯の廟)

遺廟 丹青落ち、空山 草木長し。

猶お聞くがごとし 後主を辞するを、復た南陽に臥せず。

 

 

『武侯廟』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

武侯廟

遺廟丹青落,空山草木長。

猶聞辭後主,不復臥南陽。
(含異文)遺廟丹青落【遺廟丹青古】,空山草木長。猶聞辭後主,不復臥南陽。
(下し文)
(武侯の廟)

遺廟 丹青落ち、空山 草木長し。

猶お聞くがごとし 後主を辞するを、復た南陽に臥せず。

(現代語訳)
(夔州の諸葛亮の廟をたずねてよんだ詩。)
いまのこっている廟はふるぼけて絵の具が落ちてしまい、さびしい山にただ草や木がたけたかく伸びている。ここへおまいりすると孔明の英霊がなお存在して彼が後主に出陣の暇乞いをしたときの声音をそのまま聞くようである。

彼はあのときは畢生の決心をかためて立ちあがったので、あれ以来は決してふたたび南陽に臥ていようなどのかんがえはもたなかったのである。

夔州東川卜居図詳細 002
(訳注)

武侯廟

(夔州の諸葛亮の廟をたずねてよんだ詩。)大暦元年夔州にあっての作

○武侯廟 武侯は蜀漢の諸葛亮、字は孔明をいう、後主の223年建興元年、武郷侯に封ぜられた。廟は夔州府魚復縣の永安宮の傍、赤甲山の麓にあった。詩中に「空山」の語があるのによって此の詩が成都の武侯廟をさすものではないことを知ることができる。

 

遺廟丹青落,空山草木長。

いまのこっている廟はふるぼけて絵の具が落ちてしまい、さびしい山にただ草や木がたけたかく伸びている。ここへおまいりすると孔明の英霊がなお存在して彼が後主に出陣の暇乞いをしたときの声音をそのまま聞くようである。

○丹青 棟梁画壁などにぬってあった絵の具をいう。

○空山 人のない山。赤甲山を背にして立っていたもので、このやまの東南側の麓に白帝城がある。

 

猶聞辭後主,不復臥南陽。

彼はあのときは畢生の決心をかためて立ちあがったので、あれ以来は決してふたたび南陽に臥ていようなどのかんがえはもたなかったのである。

○猶聞 武侯のすでに没した今日もまだその生時の声をきくがごとくである。

○辞後主 後主は蜀漢の先主劉備玄徳の子、劉禅をいう。先主の後を継ぎ後主と称される。後主の227年建興五年、諸葛亮は魏を伐とうとして諸軍を率いて北のかた漢中に進駐しょうとし、出発にのぞんで表をたてまつった、これがすなわち有名な「出師の表」である。辞とはこの表をたてまつって暇乞いの御挨拶をすることをいう。

出師表-後出師表(まとめ)【12分割】-諸葛亮  詩<99-#13>Ⅱ李白に影響を与えた詩840 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2748

出師表-(まとめ) 【12分割】-諸葛亮 三国 詩<99-#14>Ⅱ李白に影響を与えた詩841 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2753

○臥南陽 亮は初め南陽の都県に家居していた、其の地は嚢陽の城西二十里にあり陸中とよばれる、徐庶が劉備に語っていうのに、諸葛孔明は臥竜ともいうべき人物である、将軍がもし会って見たければみずから出かけて行かれるがよいと、劉備は遂に三たび諸葛亮の盧を訪れてはじめて彼に会うことができた。いわゆる草盧三顧である。

 

襄陽一帯地図000 

 

 

(武侯の廟)

遺廟 丹青落ち、空山 草木長し。

猶お聞くがごとし 後主を辞するを、復た南陽に臥せず。

766年-86杜甫 《1509上白帝城,二首之二》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-86 <949> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6380

杜甫  上白帝城,二首之二  

白帝空祠廟,孤雲自往來。江山城宛轉,棟宇客裴回。

勇略今何在,當年亦壯哉。後人將酒肉,虛殿日塵埃。

谷鳥鳴還過,林花落又開。多慚病無力,騎馬入青苔。
(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。二首の二)

白帝城を築いた公孫述は、白帝と称したが今はただ、むなしく祠廟に祀られていて、そこには一片の雲が自ら往来している。ここでみると長江と山の尾根にしたがって城がうねうねとしてみえるし、祠廟の軒や棟木、大屋根のしたに、ここを訪れた人々が、ぶらぶらして昔を偲んでいる。公孫述はこの城を築くころはすぐれた計略も壮んなものであったが、今、この時代に、彼の壮んな勇略はどこにあろうか。

我我の様な後世の人が酒肉を献納するが、だれもいない御殿は、日日、ほこりがつもるだけである。

谷間の鳥は鳴いては過ぎ、林の花はおちては、また花を開く。はずかしながら、自分は病弱で、体力がなくなっているが気力で馬に乗って、此処まで来て、公孫術にお願いしたいのは「青苔の道」に入り込みたいということである。

766-86杜甫 1509上白帝城,二首之二》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-86 <949 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6380

 

 



 
 2015年7月30日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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283 《卷8-08贈范金卿,二首之二》Index-20Ⅱ― 15-740年開元二十八年40歳 <283> Ⅰ李白詩1562 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6358 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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78-#6 《巻0210送惠師》-#6 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 39歳<1479> Ⅱ【11分割】-#6 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6379 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-86杜甫 《1509上白帝城,二首之二》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-86 <949> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6380 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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杜甫詩1500-949-1447/2500

年:766年大暦元年55-86

卷別:    卷二二九              文體:    五言古詩

詩題:    上白帝城,二首之二

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:              白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城      

白帝廟 (山南東道 夔州 奉節)          

 

 

上白帝城,二首之二

(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。二首の二)

白帝空祠廟,孤雲自往來。

白帝城を築いた公孫述は、白帝と称したが今はただ、むなしく祠廟に祀られていて、そこには一片の雲が自ら往来している。

江山城宛轉,棟宇客裴回。

ここでみると長江と山の尾根にしたがって城がうねうねとしてみえるし、祠廟の軒や棟木、大屋根のしたに、ここを訪れた人々が、ぶらぶらして昔を偲んでいる。

勇略今何在,當年亦壯哉。

公孫述はこの城を築くころはすぐれた計略も壮んなものであったが、今、この時代に、彼の壮んな勇略はどこにあろうか。 

後人將酒肉,虛殿日塵埃。

我我の様な後世の人が酒肉を献納するが、だれもいない御殿は、日日、ほこりがつもるだけである。

谷鳥鳴還過,林花落又開。

谷間の鳥は鳴いては過ぎ、林の花はおちては、また花を開く。

多慚病無力,騎馬入青苔。

はずかしながら、自分は病弱で、体力がなくなっているが気力で馬に乗って、此処まで来て、公孫術にお願いしたいのは「青苔の道」に入り込みたいということである。

 

(白帝城に上る 二首の二)

白帝 空しく祠廟,孤雲 自ら往來す。

江山 城 宛轉たり,棟宇 客 裴回す。

勇略 今 何に在る,當年 亦た 壯なる哉。

後人 酒肉を將てし,虛殿 日に塵埃なり。

谷鳥 鳴き還た過る,林花 落ち又た開く。

多く慚づ 病みて無力なるを,馬に騎り 青苔に入る。
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夔州東川卜居図詳細 001 

『上白帝城,二首之二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

上白帝城,二首之二

白帝空祠廟,孤雲自往來。

江山城宛轉,棟宇客裴回。

勇略今何在,當年亦壯哉。

後人將酒肉,虛殿日塵埃。

谷鳥鳴還過,林花落又開。

多慚病無力,騎馬入青苔。

(下し文)
(白帝城に上る 二首の二)

白帝 空しく祠廟,孤雲 自ら往來す。

江山 城 宛轉たり,棟宇 客 裴回す。

勇略 今 何に在る,當年 亦た 壯なる哉。

後人 酒肉を將てし,虛殿 日に塵埃なり。

谷鳥 鳴き還た過る,林花 落ち又た開く。

多く慚づ 病みて無力なるを,馬に騎り 青苔に入る。

(現代語訳)
(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。二首の二)

白帝城を築いた公孫述は、白帝と称したが今はただ、むなしく祠廟に祀られていて、そこには一片の雲が自ら往来している。

ここでみると長江と山の尾根にしたがって城がうねうねとしてみえるし、祠廟の軒や棟木、大屋根のしたに、ここを訪れた人々が、ぶらぶらして昔を偲んでいる。

公孫述はこの城を築くころはすぐれた計略も壮んなものであったが、今、この時代に、彼の壮んな勇略はどこにあろうか。 

我我の様な後世の人が酒肉を献納するが、だれもいない御殿は、日日、ほこりがつもるだけである。

谷間の鳥は鳴いては過ぎ、林の花はおちては、また花を開く。

はずかしながら、自分は病弱で、体力がなくなっているが気力で馬に乗って、此処まで来て、公孫術にお願いしたいのは「青苔の道」に入り込みたいということである。


(訳注)

上白帝城,二首之二

(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。二首の二)

 

杜甫が、白帝城を題、詩に歌ったものは以下の通り50首前後ある。大半は当然のこととして、夔州時代の詩である。この時約400首であったから実に12%近く締めていることになる。

・望岳(卷六(二)四八五)

  送元二適江左(卷一二(三)一○三二)

  西山三首其一(卷一二(三)一○四五)

 

  渝州候嚴六侍御不到先下峽(卷一四(三)一二二二)

765年永泰元年54-32 《渝州候嚴六侍御不到先下峽》 杜甫index-15 杜甫<832 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4895 杜甫詩1500-832-1150/2500

  移居夔州作(卷一五(三)一二六五)

  引水(卷一五(三)一二七○)

766年大暦元年55-9 《引水》 杜甫index-15 杜甫<872 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5170 杜甫詩1500-872-1205/2500766年大暦元年55-9

  上白帝城(卷一五(三)一二七二)

  上白帝城二首 其二(頁一二七四)

  陪諸公上白帝城頭(一作樓)宴越公堂之作(卷一五(三)一二七五)

  白帝城最高樓(卷一五(三)一二七六)

  最能行(卷一五(三)一二八六)

766年大暦元年55-14-2奉節-6 《最能行 -#2 杜甫index-15 杜甫<877-2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5235

夔州歌十句其一(頁一三○二)

  夔州歌十 其二(頁一三○三)

  白帝(卷一五(三)一三五○)

  白帝(卷一五(三)一三五○)

  瞿唐懷古(卷一八(四)一五五七)

  返照(卷一五(三)一三三六)

 

  白帝樓(卷二一(四)一八三九)

  白帝城樓(卷二一(四)一八四○)

  曉望白帝城鹽山(卷一五(三)一二八○)

  荊南兵馬使太常卿趙公大食刀歌(卷一八(四)一五八一)

  奉送蜀州柏二別駕將中丞命赴江陵起居衛尚書太夫人因示從弟行軍司馬位(卷一八 (四)一五七八)

  崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡(卷一八(四)一六○

    入宅三首其三(頁一六○八)

  寄從孫崇簡(卷一八(四)一六一三)

  熟食日示宗文宗武(卷一八(四)一六一五)

  醉為馬墜群公攜酒相看(卷一八(四)一五九○)

  更題(卷一九(四)一六七七)

  送王十六判官(卷一八(四)一五九五)

  秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九)

  寄峽州劉伯華使君四十韻(卷一九(四)

  八月十五夜月二首其二(卷二○(四)一七五○)

  曉望(卷二○(四)一七五三)

  暫往(一作住)白帝復還東屯(卷二○(四)一七七二)

  季秋蘇五弟纓江樓夜宴崔十三評事韋少府姪三首其一(卷二○(四)一七七五)

  雲(卷二○(四)一七八六)

  十月一日(卷二○(四)一七八七)

  戲作俳諧體遣悶二首其二(卷二○(四)一七九三)

  錦樹行(卷二○(四)一八○八)

  觀公孫大娘弟子舞劍器行並序(卷二○(四)一八一五)

  前苦寒行二首其二(卷二一(四)一八四五)

  大曆三年春白帝城放船出瞿唐峽久居夔府將適江陵漂泊有詩凡四十韻(卷二一(四

  暮秋將歸秦留別湖南幕府親友(卷二三(五)二○八九)

 望岳(卷六(二)四八五)

望岳  杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 271

 瞿塘懷古(卷一八(四)一五五八)

 

 

 

白帝空祠廟,孤雲自往來。

白帝城を築いた公孫述は、白帝と称したが今はただ、むなしく祠廟に祀られていて、そこには一片の雲が自ら往来している。

白帝 公孫述のこと、述、字は子陽、王奔のとき兵を起こし宗成王岑の乱を討ってこれを破り、遂に蜀を領有し、立して帝となり成都に都した、色は白を尊び、成都の郭外の旧倉を改めて自帝倉となし、のち魚復に城を築き号して白帝城といった、述は帝位に立って十二年にして後漢の光武帝に滅ぼされた。

祠廟 李眙孫 夔州都督府記 「白帝城東南斗上二百七十歩、得白帝廟、又有越公堂、在廟南而少西、隋越公素所建。」とある。《1511陪諸公上白帝城宴越公堂之作》以下の通り。

陪諸公上白帝城宴越公堂之作

此堂存古製,城上俯江郊。

落構垂雲雨,荒階蔓草茅。

柱穿蜂溜蜜,棧缺燕添巢。

坐接春杯氣,心傷豔蕊梢。

英靈如過隙,宴衎願投膠。

莫問東流水,生涯未即

 

江山城宛轉,棟宇客裴回。

ここでみると長江と山の尾根にしたがって城がうねうねとしてみえるし、祠廟の軒や棟木、大屋根のしたに、ここを訪れた人々が、ぶらぶらして昔を偲んでいる。

宛轉 うねりまがる。

棟宇 棟木と大屋根。

客 この祠廟を訪れる人々をいう。

 

勇略今何在,當年亦壯哉。

公孫述はこの城を築くころはすぐれた計略も壮んなものであったが、今、この時代に、彼の壮んな勇略はどこにあろうか。 

勇略 勇気と、すぐれた計略。

 

後人將酒肉,虛殿日塵埃。

我我の様な後世の人が酒肉を献納するが、だれもいない御殿は、日日、ほこりがつもるだけである。

將 ・・・・・・もってす。戦に際して、「爿」に「肉」を供え「手」で奉る儀式があり、それを軍団の長、即ち「将」が執り行ったことから献納することをいう。

 

谷鳥鳴還過,林花落又開。

谷間の鳥は鳴いては過ぎ、林の花はおちては、また花を開く。

 

 

多慚病無力,騎馬入青苔。

はずかしながら、自分は病弱で、体力がなくなっているが気力で馬に乗って、此処まで来て、公孫術にお願いしたいのは「青苔の道」に入り込みたいということである。

青苔 青苔的空間,原道:韓愈は著書『原道』で、堯舜から孔子・孟子まで絶えることなく伝授された仁義の「道」こそ仏教・道教の道に取って代わられるべきものだと主張している。ここでは、隠遁して書物をもっと学びたいということ。

道をたずねる。 原道 1回~12 まとめ(1) 韓愈(韓退之) <25>Ⅱ中唐詩597 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1969

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杜甫  上白帝城,二首之一  

江城含變態,一上一回新。天欲今朝雨,山歸萬古春。

英雄餘事業,衰邁久風塵。取醉他客,相逢故國人。

兵戈猶擁蜀,賦斂強輸秦。不是煩形勝,深慚畏損神。

(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。二首の一)

この長江沿いの城はさまざまの変わった姿を持っており、一度上るごとに一度新しい景色に遭うことができる。きょうは空が、雨模様であるが山は萬古の春景色におちついている。むかしの英雄は後世までこんな事業をのこしているが、自分は老衰して、ながらく世間の塵にうろついており、今日はふるさとの人に逢って旅人ながら城の上で一酔を取る。おもえばまだ乱徒が兵戎を以て蜀の地を擁し、租税をとりたてて、むりにそれを長安の都へやっている。わたしはあえてこの城の景色をながめるのがうるさいというのではないが、あまりながめていると心配のあまり精神をそこないはせぬかとおそれるものである。

766-85杜甫 1508上白帝城,二首之一》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-85 <948 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6375

 

 
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上白帝城

【公孫述僭位於此,自稱白帝】

城峻隨天壁,樓高更女牆。

江流思夏後,風至憶襄王。

老去聞悲角,人扶報夕陽。

公孫初恃險,躍馬意何長。

(白帝城に上る)【公孫述 僭位し此に於いて,自ら白帝を稱す】

城唆しくして天壁に随う、樓高くして女牆を望む。

江流 夏后を思い、鳳至 襄王を憶う。

老い去って悲角を聞く、人に扶けられて夕陽を報ぜらる。

公孫 初め険を恃む、躍馬 意何ぞ長かりし。
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杜甫詩1500-948-1446/2500

年:766年大暦元年55-85

卷別:    卷二二九              文體:    五言古詩

詩題:    上白帝城,二首之一

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:              白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城      

 

 

上白帝城,二首之一

(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。二首の一)

江城含變態,一上一回新。

この長江沿いの城はさまざまの変わった姿を持っており、一度上るごとに一度新しい景色に遭うことができる。

天欲今朝雨,山歸萬古春。

きょうは空が、雨模様であるが山は萬古の春景色におちついている。

英雄餘事業,衰邁久風塵。

むかしの英雄は後世までこんな事業をのこしているが、自分は老衰して、ながらく世間の塵にうろついており、

取醉他客,相逢故國人。

今日はふるさとの人に逢って旅人ながら城の上で一酔を取る。

兵戈猶擁蜀,賦斂強輸秦。

おもえばまだ乱徒が兵戎を以て蜀の地を擁し、租税をとりたてて、むりにそれを長安の都へやっている。

不是煩形勝,深慚畏損神。

わたしはあえてこの城の景色をながめるのがうるさいというのではないが、あまりながめていると心配のあまり精神をそこないはせぬかとおそれるものである。

 

(白帝城に上る 二首) 1

江城 變態を含む,一たび上れば一回 新なり。

天は今朝に雨ふらんと欲す、山は帰す万古の春。

英雄 事業を余す、衰邁久しく風塵にす。

酔いを取る 他郷の客、相逢う 故国の人。

兵戈 猶お 蜀を擁す、賦斂 強いて秦に輸す。

是れ形勝を煩わしとするならず、深愁神を損せんことを畏る。

 

 

『上白帝城,二首之一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

上白帝城,二首之一

江城含變態,一上一回新。

天欲今朝雨,山歸萬古春。

英雄餘事業,衰邁久風塵。

取醉他,相逢故國人。

兵戈猶擁蜀,賦斂強輸秦。

不是煩形勝,深慚畏損神。
(含異文)            江城含變態,一上一回新。天欲今朝雨,山歸萬古春。英雄餘事業,衰邁久風塵。取醉他客,相逢故國人。兵戈猶擁蜀,賦斂強輸秦【賦斂尚輸秦】。不是煩形勝,深慚畏損神【深愁畏損神】。


(下し文)
(白帝城に上る 二首) 1

江城 變態を含む,一たび上れば一回 新なり。

天は今朝に雨ふらんと欲す、山は帰す万古の春。

英雄 事業を余す、衰邁久しく風塵にす。

酔いを取る 他郷の客、相逢う 故国の人。

兵戈 猶お 蜀を擁す、賦斂 強いて秦に輸す。

是れ形勝を煩わしとするならず、深愁神を損せんことを畏る。

(現代語訳)
(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。二首の一)

この長江沿いの城はさまざまの変わった姿を持っており、一度上るごとに一度新しい景色に遭うことができる。

きょうは空が、雨模様であるが山は萬古の春景色におちついている。

むかしの英雄は後世までこんな事業をのこしているが、自分は老衰して、ながらく世間の塵にうろついており、

今日はふるさとの人に逢って旅人ながら城の上で一酔を取る。

おもえばまだ乱徒が兵戎を以て蜀の地を擁し、租税をとりたてて、むりにそれを長安の都へやっている。

わたしはあえてこの城の景色をながめるのがうるさいというのではないが、あまりながめていると心配のあまり精神をそこないはせぬかとおそれるものである。


(訳注)

上白帝城,二首之一

(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。二首の一)

○白帝城 夔州奉節県の東に在る、前漢の末、公孫述が築いたもの、或はいう、述が漢の士運を承けるものとして白帝と名づけたと。或は日う、殿前の井戸より白竃が出たので山を白帝山、城を白帝城というと。「刑国図経」にいう、白帝城は西、大江に臨み、東南高さ二百丈、西北高さ一千丈なりと。「水経注」にいう、白帝山城は周回二百八十歩、北は馬嶺に縁り、赤岬山に接す、其の問の平処、南北相い去ること八十五丈、東西七十丈、又東、譲渓に傍うて以て陸となす、西南、大江に臨む、之を轍すれば目を眩せしむ。唯だ馬嶺はすこしくやや透通たるも猶お山を斬りて路と為し、羊腸しばしば転じて然るのちのぼることを得、と。

○公孫 公孫述のこと、述、字は子陽、王奔のとき兵を起こし宗成王岑の乱を討ってこれを破り、遂に蜀を領有し、立して帝となり成都に都した、色は白を尊び、成都の郭外の旧倉を改めて自帝倉となし、のち魚復に城を築き号して白帝城といった、述は帝位に立って十二年にして後漢の光武帝に滅ぼされた。

 

江城含變態,一上一回新。

この長江沿いの城はさまざまの変わった姿を持っており、一度上るごとに一度新しい景色に遭うことができる。

○含変態 かわったさまをもっておる。

 

天欲今朝雨,山歸萬古春。

きょうは空が、雨模様であるが山は萬古の春景色におちついている。

○山帰万古春 春帰の帰を回来の意とするならば「山には帰る」とよむのもよいが、ここでは春帰の帰は帰去の意とみるものゆえこの帰字も「帰す」とよみ、帰着の意とする、すなわち「山は万古の春に帰す」と訓ずる、山の様子が万古不易の春げしきにおちついているの意。

 

英雄餘事業,衰邁久風塵。

むかしの英雄は後世までこんな事業をのこしているが、自分は老衰して、ながらく世間の塵にうろついており、

○英雄 公孫述。

○余事業 城蹟をとどめていることをいう。

○衰邁 老衰し年のゆきすぎることをいう。

 

取醉他客,相逢故國人。

今日はふるさとの人に逢って旅人ながら城の上で一酔を取る。

○他郷客 自己をいう。

○故国人 同じく城にのぼった人をいうのであろう。

 

兵戈猶擁蜀,賦斂強輸秦。

おもえばまだ乱徒が兵戎を以て蜀の地を擁し、租税をとりたてて、むりにそれを長安の都へやっている。

○擁蜀 成都の地をわがものとする、埋肝をいう。

○賦斂 課税のとりたて。

○輸秦 長安へもってゆく、時に長安地方は吐春の侵入にあっていたために軍隊を養わねばならぬからである。

 

不是煩形勝,深慚畏損神。

わたしはあえてこの城の景色をながめるのがうるさいというのではないが、あまりながめていると心配のあまり精神をそこないはせぬかとおそれるものである。

○煩 わずらわしいとしていとうことをいう。

○深愁 時事についてふかく心配する。

○損神 精神を害する。

 

(白帝城に上る 二首) 1

江城 變態を含む,一たび上れば一回 新なり。

天は今朝に雨ふらんと欲す、山は帰す万古の春。

英雄 事業を余す、衰邁久しく風塵にす。

酔いを取る 他郷の客、相逢う 故国の人。

兵戈 猶お 蜀を擁す、賦斂 強いて秦に輸す。

是れ形勝を煩わしとするならず、深愁神を損せんことを畏る。

 

 

杜甫が、白帝城を題、詩に歌ったものは以下の通り50首前後ある。大半は当然のこととして、夔州時代の詩である。この時約400首であったから実に12%近く締めていることになる。

・望岳(卷六(二)四八五)

  送元二適江左(卷一二(三)一○三二)

  西山三首其一(卷一二(三)一○四五)

 

  渝州候嚴六侍御不到先下峽(卷一四(三)一二二二)

  移居夔州作(卷一五(三)一二六五)

  引水(卷一五(三)一二七○)

  上白帝城(卷一五(三)一二七二)

  上白帝城二首 其二(頁一二七四)

  陪諸公上白帝城頭(一作樓)宴越公堂之作(卷一五(三)一二七五)

  白帝城最高樓(卷一五(三)一二七六)

  最能行(卷一五(三)一二八六)

  夔州歌十句其一(頁一三○二)

  夔州歌十 其二(頁一三○三)

  白帝(卷一五(三)一三五○)

  白帝(卷一五(三)一三五○)

  瞿唐懷古(卷一八(四)一五五七)

  返照(卷一五(三)一三三六)

 

  白帝樓(卷二一(四)一八三九)

  白帝城樓(卷二一(四)一八四○)

  曉望白帝城鹽山(卷一五(三)一二八○)

  荊南兵馬使太常卿趙公大食刀歌(卷一八(四)一五八一)

  奉送蜀州柏二別駕將中丞命赴江陵起居衛尚書太夫人因示從弟行軍司馬位(卷一八 (四)一五七八)

  崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡(卷一八(四)一六○

    入宅三首其三(頁一六○八)

  寄從孫崇簡(卷一八(四)一六一三)

  熟食日示宗文宗武(卷一八(四)一六一五)

  醉為馬墜群公攜酒相看(卷一八(四)一五九○)

  更題(卷一九(四)一六七七)

  送王十六判官(卷一八(四)一五九五)

  秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九)

  寄峽州劉伯華使君四十韻(卷一九(四)

  八月十五夜月二首其二(卷二○(四)一七五○)

  曉望(卷二○(四)一七五三)

  暫往(一作住)白帝復還東屯(卷二○(四)一七七二)

  季秋蘇五弟纓江樓夜宴崔十三評事韋少府姪三首其一(卷二○(四)一七七五)

  雲(卷二○(四)一七八六)

  十月一日(卷二○(四)一七八七)

  戲作俳諧體遣悶二首其二(卷二○(四)一七九三)

  錦樹行(卷二○(四)一八○八)

  觀公孫大娘弟子舞劍器行並序(卷二○(四)一八一五)

  前苦寒行二首其二(卷二一(四)一八四五)

  大曆三年春白帝城放船出瞿唐峽久居夔府將適江陵漂泊有詩凡四十韻(卷二一(四

  暮秋將歸秦留別湖南幕府親友(卷二三(五)二○八九)

 望岳(卷六(二)四八五)

 瞿塘懷古(卷一八(四)一五五八)

766年-84杜甫 《1507上白帝城【案:公孫述僭位於此,自稱白帝。】》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-84 <947> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6370

上白帝城【公孫述僭位於此,自稱白帝】

城峻隨天壁,樓高更女牆。江流思夏後,風至憶襄王。

老去聞悲角,人扶報夕陽。公孫初恃險,躍馬意何長。
(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。)

(蜀の公孫述は身分を越えて君主の位について、みずからを白帝とよんだ。)

城が峻しくて天に聾える崖壁にそうようにしてたててある。楼が高いのでそこから牆をながめる。大江の流れるのを見てはこれをきりひらいた夏の覇王を思い、風が吹いてくればその風に襟もとを吹かせた楚の襄王のことをおもう。としよりの身ながら角声が悲しそうに鳴るのをきき、人に扶けられながらもう日がくれかかるとのしらせをきく。こんな場所に城を築いた公孫述は初めは険阻要害を悼みにして安心だとおもい、馬を躍らせて帝王と称したその意気込みはよもや十二年で亡びようとはおもわなかったろう、もっと永年に伝えるつもりだったろうが、それ今はどうだ。

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杜甫詩1500-947-1445/2500

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    上白帝城【公孫述僭位於此,自稱白帝。】

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:              白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城       

 

 

上白帝城

(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。)

【公孫述僭位於此,自稱白帝】

城峻隨天壁,樓高更女牆。

城が峻しくて天に聾える崖壁にそうようにしてたててある。楼が高いのでそこから牆をながめる。

江流思夏後,風至憶襄王。

大江の流れるのを見てはこれをきりひらいた夏の覇王を思い、風が吹いてくればその風に襟もとを吹かせた楚の襄王のことをおもう。

老去聞悲角,人扶報夕陽。

としよりの身ながら角声が悲しそうに鳴るのをきき、人に扶けられながらもう日がくれかかるとのしらせをきく。

公孫初恃險,躍馬意何長。
こんな場所に城を築いた公孫述は初めは険阻要害を悼みにして安心だとおもい、馬を躍らせて帝王と称したその意気込みはよもや十二年で亡びようとはおもわなかったろう、もっと永年に伝えるつもりだったろうが、それ今はどうだ。

 

(白帝城に上る)【公孫述 僭位し此に於いて,自ら白帝を稱す】

城唆しくして天壁に随う、樓高くして女牆を望む。

江流 夏后を思い、鳳至 襄王を憶う。

老い去って悲角を聞く、人に扶けられて夕陽を報ぜらる。

公孫 初め険を恃む、躍馬 意何ぞ長かりし。
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夔州東川卜居図詳細 001 

『上白帝城』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

上白帝城

【公孫述僭位於此,自稱白帝】

城峻隨天壁,樓高更女牆。

江流思夏後,風至憶襄王。

老去聞悲角,人扶報夕陽。

公孫初恃險,躍馬意何長。

(下し文)
(白帝城に上る)

【公孫述 僭位し此に於いて,自ら白帝を稱す】

城唆しくして天壁に随う、樓高くして女牆を望む。

江流 夏后を思い、鳳至 襄王を憶う。

老い去って悲角を聞く、人に扶けられて夕陽を報ぜらる。

公孫 初め険を恃む、躍馬 意何ぞ長かりし。

(現代語訳)
(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。)

(蜀の公孫述は身分を越えて君主の位について、みずからを白帝とよんだ。)

城が峻しくて天に聾える崖壁にそうようにしてたててある。楼が高いのでそこから牆をながめる。

大江の流れるのを見てはこれをきりひらいた夏の覇王を思い、風が吹いてくればその風に襟もとを吹かせた楚の襄王のことをおもう。

としよりの身ながら角声が悲しそうに鳴るのをきき、人に扶けられながらもう日がくれかかるとのしらせをきく。

こんな場所に城を築いた公孫述は初めは険阻要害を悼みにして安心だとおもい、馬を躍らせて帝王と称したその意気込みはよもや十二年で亡びようとはおもわなかったろう、もっと永年に伝えるつもりだったろうが、それ今はどうだ。


(訳注)

上白帝城

(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。)

大暦元年夔州にあっての作。

 

【公孫述僭位於此,自稱白帝】

(蜀の公孫述は身分を越えて君主の位について、みずからを白帝とよんだ。)

○白帝城 夔州奉節県の東に在る、前漢の末、公孫述が築いたもの、或はいう、述が漢の士運を承けるものとして白帝と名づけたと。或は日う、殿前の井戸より白竃が出たので山を白帝山、城を白帝城というと。「刑国図経」にいう、白帝城は西、大江に臨み、東南高さ二百丈、西北高さ一千丈なりと。「水経注」にいう、白帝山城は周回二百八十歩、北は馬嶺に縁り、赤岬山に接す、其の問の平処、南北相い去ること八十五丈、東西七十丈、又東、譲渓に傍うて以て陸となす、西南、大江に臨む、之を轍すれば目を眩せしむ。唯だ馬嶺はすこしくやや透通たるも猶お山を斬りて路と為し、羊腸しばしば転じて然るのちのぼることを得、と。

○公孫 公孫述のこと、述、字は子陽、王奔のとき兵を起こし宗成王岑の乱を討ってこれを破り、遂に蜀を領有し、立して帝となり成都に都した、色は白を尊び、成都の郭外の旧倉を改めて自帝倉となし、のち魚復に城を築き号して白帝城といった、述は帝位に立って十二年にして後漢の光武帝に滅ぼされた。

○僭位【せんい】とは。意味や解説、類語。身分を越えて君主の位にあること。また、その位。

 

城峻隨天壁,樓高更女牆。

城が峻しくて天に聾える崖壁にそうようにしてたててある。楼が高いのでそこから牆をながめる。

○天壁 天にそびえる崖壁。

○女塔 ひめがき、城壁の上の小塔をいう。

 

江流思夏後,風至憶襄王。

大江の流れるのを見てはこれをきりひらいた夏の覇王を思い、風が吹いてくればその風に襟もとを吹かせた楚の襄王のことをおもう。

○夏后 南王をいう。

○鳳至憶嚢王 宋玉《風賦》「楚襄王遊于蘭台之宮,宋玉、景差侍。有風颯然而至,王乃披襟而當之,曰:“快哉此風!」(楚の襄王、蘭台の宮に遊ぶ、風あり楓然として至る、王乃ち襟を披きて之に当たりて日く、快なるかな此の風と。)とある。

 

老去聞悲角,人扶報夕陽。

としよりの身ながら角声が悲しそうに鳴るのをきき、人に扶けられながらもう日がくれかかるとのしらせをきく。

○悲角 かなしいつのぷえ、成兵のならすもの。

〇人扶 高処にのぼるゆえ他人にたすけてもらう。

○夕陽 ゆうひ。

 

公孫初恃險,躍馬意何長。

こんな場所に城を築いた公孫述は初めは険阻要害を悼みにして安心だとおもい、馬を躍らせて帝王と称したその意気込みはよもや十二年で亡びようとはおもわなかったろう、もっと永年に伝えるつもりだったろうが、それ今はどうだ。

○躍馬 晉左思《蜀都賦》「公孫躍馬而稱帝, 劉宗下輦而自王。」(公孫馬を躍らして帝と称し、劉宗輦を下りて自ら王とす」とある。

○意何長 意は帝と称するの意、その意の帝位を万世無窮に伝えるにあったことをいう。それがわずかに十二年で亡びた。旧注に述のことは成都の崔旰にあてていったものとしている。

766年-83杜甫 《1506示獠奴阿段【獠乃南蠻別種,無名字。男稱阿謨、阿段】》 杜甫詩index-15-大暦元年-83 <946> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6365

杜甫  示奴阿段  

山木蒼蒼落日曛,竹竿褭褭細泉分。郡人入夜爭餘瀝,豎子尋源獨不聞。

病渴三更迴白首,傳聲一注青雲。曾驚陶侃胡奴異,怪爾常穿虎豹群。
南蛮系のしもべである阿段に示した詩。【獠は乃ち 南蠻の別種であり,名字ではない。長男は阿謨、阿段と稱す;女は阿夷、阿等と稱すのがこの類である。】山の樹木の色が、かぐろくなり、夕陽が暗くなりかけた。この時、なよなよとした竹竿からは細々とした泉水がいくつか流れている。郡の人たちは夜になるとそのあまりのしずくを我勝ちにと争って汲みあう。だが自分のしもべは黙って私には聞かせずに山奥の源に尋ねて行った。真夜中に自分はのどが渇いて困り、水が欲しいと白髪首を長くして眺めた。あたかも、自分の処へさっと、ひと声水の音がして、それが青雲をうるおしてそそぎくだってきた。自分はむかし陶侃の胡奴が人の出来ないほど変わったことをしたいという話に驚いているのだが、お前が何時も虎豹の群れの中を分け入って歩くのも不思議に堪えず感心をしているのである。
766-83杜甫 1506示獠奴阿段【獠乃南蠻別種,無名字。男稱阿謨、阿段】》 杜甫詩index-15-大暦元年-83 <946 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6365

 

 

杜甫詩1500-946-1444/2500奴阿段

 

阿段  ――――― 杜甫が奴僕、使用人に対してのおもい。

 

 杜甫はわずか二年弱の夔州時代に、四百首あまりの詩を作っている。これは単純に計算しても三日に二首ほどのペースであり、千四百余首あるなかで、その占める分量を考えると、夔州時代が杜甫の詩作のきわめて旺盛な時期であったことを示している。杜甫の夔州時代といえば、七言律詩の完成期という面に注意が向きがちであるが、この活発な詩作時期が包含するものはただそれだけではない。この時期にはもう一つ、日常生活に題材をとった大量の生活詩が存在する。

 その主要な部分は、夔州という慣れない土地に移り住んで、役人たちとの社交生活にも気を使いながら、大家族の生活を病身の身に一身に背負い、自宅では鶏を飼ったり、薬草を採集したり、野菜をうえたり、蜜柑園を経営したり、米作りを請け負ったりしたことなどを述べた、一連の生活詩、農業詩である。そしてそういう農的生活を杜甫の身辺で支えたのが、杜甫が現地で私的に雇用したと思われる数名の使用人たちである。

 

 

 山から湧泉の水を引いてくるために、竹筒を次々に連結して樋(とい)を作って、それで水を導いてくることがあるが、杜甫は夔州に来て初めて、その大がかりな仕掛けを見たらしい。

 長江三峡のこの瞿塘峡あたりでは井戸というものがなく、雲安では水の確保のために使用人たちはひどく難儀していた。ところが夔州に到着してみると、ここには便利な竹の樋によって長々とつながれた導水設備があった。杜甫はそれを見出してとても喜び、雲安での使用人たちの嘗ての苦労を気の毒がった。夔州到着後に作った《1505_水を引く》の詩で、杜甫はそのことを次のように詠じている。

 

引水

月峽瞿塘雲作頂,亂石崢嶸俗無井。

雲安酤水奴僕悲,魚復移居心力省。

白帝城西萬竹蟠,接筒引水喉不乾。

人生留滯生理難,斗水何直百憂寬。

(竹樋で水をひく。)

明月峡も瞿塘峡も雲がその剣閣山から巴山十二晩峰の頂を成しており、岩石固く乱れて起っていて、そこには井戸がないからのどが乾く。

だから、自分が療養している雲安では水を購入して呑まねばならんので、下僕の者たちはそれを悲しんだが、奉節の魚復という湊町に移居してからは水の心配は少し省けて、下僕たちの力仕事も省けた。

その一つに、白帝城の西に幾万本の竹林があって、そこの竹を伐採して、竹筒や樋にしてつなぎ合わせ、遠くから水をひいてきたので、のどが渇くことが無くなった。

自分の人生、こうして他郷に過ごすということは、生活することにおいて暮らし向きというものに難儀をするもので、心の中の様々な愁いを分量で測るとすれば、一斗の水を汲み、運ぶのが大変であったが、その水の両とは比べ物にならないほど大変な量の愁いである。

 (引水)

月峽 瞿塘 雲頂と作し,亂石 崢嶸【そうおう】俗 井無し。

雲安 水を酤うて奴僕悲しむ,魚復 居移して心力省く。

白帝城 西萬竹 蟠【わだかま】る,筒を接し水を引きて喉を乾かず。

人生 留滯 生理難し,斗水 何ぞ直【あた】らん百憂の寬なるに。

 

この詩の三句目に出てくる雲安の奴僕は、杜甫がまだ雲安に滞在していたとき、(それは結局は重い病のために実質八、九ヶ月に及ぶ長逗留となったのだが)、現地で雇った杜甫の使用人と思われる。他家の奴僕たちが水を買出しに行っている有様を、自分とは関係のない風景のように詠じているというのではあるまい。そうだとすれば、この詩は杜甫が自分の身近な使用人に対して、私的な感情を吐露した最初の例である。

 

 もちろん杜甫の家族にも、昔からずっと一家に付き従っていた家内の使用人たちがいたはずである。杜甫の詩の中では、樸夫・僮僕・婢・(走使)などとして、それらしき者が何度か登場する。彼(女)らは、唐代の身分制では実質的には「家内奴隷」と呼んでいいのかもしれないが、しかし杜甫は彼らを、隷人階層に属する客観的な第三者的な存在として特別に意識したことはない。杜甫にとって常に家族とともにいる家内の使用人は、いわば空気のような存在で、特に彼らの存在が何か特別なものとして意識にのぼることも、詩に描かれることもなかった。しかし夔州に来てからは、彼らとは別に現地で雇った使用人が、杜甫の生活、詩のなかで大きな存在を占めるようになる。そしてその萌しは、この雲安あたりから始まる。

 

 さきの詩にもどって、雲安の状況を振り返った箇所では、杜甫が使用人に対して「奴僕悲しみ」と感情移入し、同情の念を抱いているのが注目される。しかしその奴僕が杜甫とどういう関わりを持っていたのか、或いはどういう人間だったのかはまだ見えてこない。いずれにしろこの奴僕には、まだ顔も個性も見えていない。杜甫にとって雲安時代の奴僕は、まだ身近な人としての個別性は与えられず、奴僕一般の中に解消されていると言える。

 夔州あたりのこの竹製の樋は、山腹をくねくねと掛け渡されて、長いものになると数百丈(一丈は約三メートル)にも達したという(南宋の魯訔の注)。そういうこともあってか、この樋は時々壊れて、水が流れてこなくなることがあったようである。実は、杜甫も一、二度そういう事態に出くわしたことがある。

 

 夔州に着いた最初の年のある暮れ方、樋から水がだんだん流れてこなくなり、夜には村人たちが滴る水を争うほどまでになった。糖尿病を患っていた杜甫にはこれは大きな痛手で、夜中に彼は水が欲しくてたまらなかった。ちょうどその時、使用人の阿段と呼ばれる少年が''、水源まで山を登っていって修理してくれた。そのおかげで、杜甫は水を得ることができ、ひどく感激したのだった。そこで杜甫は彼のために、以下のような七言律詩《1506_獠奴の阿段に示す》を作った。

 

示獠奴阿段

山木蒼蒼落日曛、竹竿裊裊細泉分。

郡人入夜爭餘瀝、豎子尋源獨不聞。

病渇三更迴白首、傳聲一注濕青雲。

曾驚陶侃胡奴異、怪爾常穿虎豹羣。

 

山の木は蒼蒼として 落日は曛()れゆき、竹の竿(さお)は裊裊(なよなよ)として 細泉分かる。

郡人は夜に入って 余瀝(ヨレキ)を争う、豎子(ジュシ)は源を尋ねて 独り聞せず。

われは渇(糖尿病)を病みて 三更のよなかに 白首を迴(めぐ)らせば、声を伝えて一たび注ぎ 青雲を湿(うるお)しきたる。

(かつ)て驚く 陶侃の胡奴の異なるに、爾が常に虎豹の群れを穿(うが)つを 怪しむ。         

 

四句目で、少年の阿段が山上の泉源まで誰にも言わず一人登って行ったと、杜甫は詠じている。そんな言い方に対して清初の黄生は、その真意をさぐって、次のように、大いに郡人を鄙薄するの意有り。既に余瀝を争うを屑(いさぎよ)しとせず、又た能く険を冒して源を尋ぬ。

  世の、小利を狃(むさぼ)りて遠図を忽(ゆるがせ)にし、独り労するを避けて公事を諉(おしつ)くる者を視れば、其の賢なること遠きなり。故に特に詩もて之を表す。阿段を表して、当事を譏(そし)る所以なり。

                                          

と述べている。また清の浦起竜も「他人の、利を眼前に争うを見て、此の子は遠く泉脈を尋ぬ、所以(ゆえ)にその績を表するなり」(『読杜心解』巻四之二)と言う。黄生も浦起竜も、杜甫が阿段の品性、行為を褒め、とくにそれを顕彰するためにこの詩を書いたのだと考えている。

 詩意全体から感じ取れるのは、たしかにそうである。さらに言葉の上からも杜甫の阿段への思い入れが感じられる。それは末句の「爾が常に虎豹の群れを穿つを怪しむ」の「怪しむ」という言葉である。「怪」は不思議がるとか、責めるの意味でよく用いられ、杜甫詩の用例でも少なくない。その中でもたとえば《1905_園官が菜を送る》の「園吏は未だ怪しむに足りず」と言うのは、とがめるの意であろう。だがここでは、その意味でとれば、阿段を顕彰するという詩全体の主旨と反してしまう。浦起竜がそれを「七・八は之を賛し、亦た之を誡むるなり」と解釈するのが、この「怪」の意をよくとらえている。七、八句目を、この詩で用いられている“陶峴の故事”と重ね合わせて解すると、泳ぎがうまかった陶峴の胡奴はついに蛟竜のために死んだ、お前が山に入るときも慎重にしたほうがよいぞ、となろう。このように、ここでの「怪」は戒めるの意味を兼ね備えていると解する方が、杜甫の気持ちにぴったりする。

 この詩の詩題は「阿段に示す」となっているが、詩題で「誰々に示す」と書く場合、杜甫はどういう使い方をしているのだろうか。杜甫の用例を検討してみると、たとえば《0318_我が従孫の済に示す》や《0813_姪の佐に示す》の場合と同じような意味で用いられている。いずれも一族の目下のものに直接教訓を垂れるか、眼前で褒めたりしている意味と考えてよいであろう。

 たしかに杜甫は、詩の中で直接感謝の情を述べているわけではない。しかし以上見てきたように、詩題の「示す」という表現や、詩を作って阿段に示したという行為、また詩の行間などから、阿段への杜甫の賛嘆や感謝やいとおしむ気持ちを、充分感じとることができる。冒頭に掲げた《1505_引水》の詩では、雲安時代の「奴僕」にはまだ個人性が賦与されていなかったが、夔州時代の使用人にはもう飛躍的に杜甫自身の個人的な親密さが表明されている。こういった最下層の人を特定して詩に取り上げるというのは、当時にあっては異例のことであった。

 

 

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    七言律詩

詩題:    示獠奴阿段【案:獠乃南蠻別種,無名字。男稱阿謨、阿段;女稱阿夷、阿等之類。】

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

交遊人物:阿段

 

 

示獠奴阿段

南蛮系のしもべである阿段に示した詩。

【獠乃南蠻別種,無名字。男稱阿謨、阿段;女稱阿夷、阿等之類。】

【獠は乃ち 南蠻の別種であり,名字ではない。長男は阿謨、阿段と稱す;女は阿夷、阿等と稱すのがこの類である。】

山木蒼蒼落日曛,竹竿褭褭細泉分。

山の樹木の色が、かぐろくなり、夕陽が暗くなりかけた。この時、なよなよとした竹竿からは細々とした泉水がいくつか流れている。

郡人入夜爭餘瀝,豎子尋源獨不聞。

郡の人たちは夜になるとそのあまりのしずくを我勝ちにと争って汲みあう。だが自分のしもべは黙って私には聞かせずに山奥の源に尋ねて行った。

病渴三更迴白首,傳聲一注青雲。

真夜中に自分はのどが渇いて困り、水が欲しいと白髪首を長くして眺めた。あたかも、自分の処へさっと、ひと声水の音がして、それが青雲をうるおしてそそぎくだってきた。

曾驚陶侃胡奴異,怪爾常穿虎豹群。

自分はむかし陶侃の胡奴が人の出来ないほど変わったことをしたいという話に驚いているのだが、お前が何時も虎豹の群れの中を分け入って歩くのも不思議に堪えず感心をしているのである。

 

『示奴阿段』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

奴阿段

山木蒼蒼落日曛,竹竿褭褭細泉分。

郡人入夜爭餘瀝,豎子尋源獨不聞。

病渴三更迴白首,傳聲一注青雲。

曾驚陶侃胡奴異,怪爾常穿虎豹群。

(下し文)

奴阿段に

は乃ち 南蠻の別種であり,名字ではない。長男は阿謨、阿段と稱す;女は阿夷、阿等と稱すのがこの類である。】
山木 蒼蒼 落日曛す,竹竿 褭褭 細泉分る。

郡人 夜に入りて餘瀝を爭う,豎子 源を尋ねて獨り聞かしめず。

渴を病みて 三更 白首を迴らす,聲を傳えて 一注 青雲をす。

曾て驚く 陶侃が胡奴の異るをするに,怪しむ爾が 常に 虎豹の群を穿つ。


(現代語訳)
南蛮系のしもべである阿段に示した詩。

【獠は乃ち 南蠻の別種であり,名字ではない。長男は阿謨、阿段と稱す;女は阿夷、阿等と稱すのがこの類である。】

山の樹木の色が、かぐろくなり、夕陽が暗くなりかけた。この時、なよなよとした竹竿からは細々とした泉水がいくつか流れている。

郡の人たちは夜になるとそのあまりのしずくを我勝ちにと争って汲みあう。だが自分のしもべは黙って私には聞かせずに山奥の源に尋ねて行った。

真夜中に自分はのどが渇いて困り、水が欲しいと白髪首を長くして眺めた。あたかも、自分の処へさっと、ひと声水の音がして、それが青雲をうるおしてそそぎくだってきた。

自分はむかし陶侃の胡奴が人の出来ないほど変わったことをしたいという話に驚いているのだが、お前が何時も虎豹の群れの中を分け入って歩くのも不思議に堪えず感心をしているのである。

(訳注)

示獠奴阿段

南蛮系のしもべである阿段に示した詩。

【獠乃南蠻別種,無名字。男稱阿謨、阿段;女稱阿夷、阿等之類。】

【獠は乃ち 南蠻の別種であり,名字ではない。長男は阿謨、阿段と稱す;女は阿夷、阿等と稱すのがこの類である。】

獠奴 獠は南蛮系の名、奴はしもべ。

阿段 意味は、長男という意味で、杜甫の家の奴婢の長男が成長して一人で作業をするようになった。

 

山木蒼蒼落日曛,竹竿褭褭細泉分。

山の樹木の色が、かぐろくなり、夕陽が暗くなりかけた。この時、なよなよとした竹竿からは細々とした泉水がいくつか流れている。

褭褭 たおやか。

細泉 細々とした泉がいくつかに別れて流れる。

 

郡人入夜爭餘瀝,豎子尋源獨不聞。

郡の人たちは夜になるとそのあまりのしずくを我勝ちにと争って汲みあう。だが自分のしもべは黙って私には聞かせずに山奥の源に尋ねて行った。

餘瀝 筧樋からあまり、したたる。

豎子 ① 未熟者。青二才。 「軽薄なる二-の為めに吾校の特権を毀損せられて/坊っちゃん 漱石」 子供。わらべ。ここでは、阿段のこと。

不聞 主人の杜甫に、断りの言葉を聞かせないこと。

 

病渴三更迴白首,傳聲一注青雲。

真夜中に自分はのどが渇いて困り、水が欲しいと白髪首を長くして眺めた。あたかも、自分の処へさっと、ひと声水の音がして、それが青雲をうるおしてそそぎくだってきた。

病渴 のどの渇きの病気。この時杜甫は、喘息、糖尿病を患っていた。ここでは糖尿病をいう。

三更 真夜中

迴白首 水のある筧樋の上流側の高い当たりを眺めること。

傳聲 筧樋から水の流れる音が伝わってくる。

青雲 高い所から水が流れてくる様子を詩的に表現したもので、青雲をうるおしてそそぎくだってくることをいう。

 

曾驚陶侃胡奴異,怪爾常穿虎豹群。

自分はむかし陶侃の胡奴が人の出来ないほど変わったことをしたいという話に驚いているのだが、お前が何時も虎豹の群れの中を分け入って歩くのも不思議に堪えず感心をしているのである。

陶侃 陶侃(とうかん、259 - 334年)は、中国の西晋、東晋の武将。字は士行。鄱陽の人。父は呉の揚武将軍陶丹。母は湛氏。子は16人いたとされるが、記録に残っているのは陶洪、陶瞻、陶夏、陶琦、陶旗、陶斌、陶称、陶範、陶岱の9人だけである。甥に陶臻、陶輿。詩人の陶淵明は曾孫とされるが、陶淵明の祖父とされる陶茂は晋書の陶侃伝には記録されていない。荊州刺史として杜とう (ととう) 討伐にあたった。いったん広州刺史に左遷され,のち再び荊州刺史となって,蘇峻の乱の平定に功があった。東晋最大の州鎮の統帥として大きな勢力をもち,長沙郡公となり,在任のまま没した。

胡奴異 異民族の奴婢が尋常と違ったことをする。

怪爾常 不思議に堪えず感心をしている

穿虎豹群 虎豹の群れの中を分け入って歩く

766年-82杜甫 《1814瀼西寒望》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-82 <945> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6360

杜甫  瀼西寒望【夔人以澗水通江者為瀼,大昌縣西有千頃池,水分三道,其一南流奉節縣,為西瀼水。】  

水色含群動,朝光切太虛。年侵頻悵望,興遠一蕭疏。

猿挂時相學,鷗行炯自如。瞿唐春欲至,定卜瀼西居。
(寒天に瀼水の西をながめたことをのべる。)(夔州の人は山澗の江に通ずるものを瀼という。奉節縣の東に大瀼水があり、大瀼水の発源地は大昌縣の西にある千頃池である。河水の流れは、三分し、北より南に流れてほとんど直角に長江にそそぐ。其の一(梅渓河)が奉節縣にながれる、瀼東瀼西とはこの水の東西をいう。)瀼水の色はさまざまの動物のすがたを包含し、朝のおりの水面の光は虚空にまで接近しておるようにみえる。瀼水の色はさまざまの動物のすがたを包含し、朝のおりの水面の光は虚空にまで接近しておるようにみえる。すなわち猿は樹の枝にぶらさがって互いにまねをしあい、鴎は水上を自在にあるきながら炯然とひかってみえる。ここの瞿塘峡にやがて春が来る、春になったならば自分は定めし瀼西の住居を建設することになるであろう。

766-82杜甫 1814瀼西寒望【夔人以澗水通江者為瀼,大昌縣西有千頃池,水分三道,其一南流奉節縣,為西瀼水。】》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-82 <945 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6360 杜甫詩1500-945-1443/2500

 

 
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年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    瀼西寒望【夔人以澗水通江者為瀼,大昌縣西有千頃池,水分三道,其一南流奉節縣,為西瀼水。】

作地點:西閣 (山南東道 夔州 奉節)

及地點:瀼西 (山南東道 夔州 奉節)              

 

 

瀼西寒望

(寒天に瀼水の西をながめたことをのべる。)

【夔人以澗水通江者為瀼,大昌縣西有千頃池,水分三道,其一南流奉節縣,為西瀼水。】

(夔州の人は山澗の江に通ずるものを瀼という。奉節縣の東に大瀼水があり、大瀼水の発源地は大昌縣の西にある千頃池である。河水の流れは、三分し、北より南に流れてほとんど直角に長江にそそぐ。其の一(梅渓河)が奉節縣にながれる、瀼東瀼西とはこの水の東西をいう。)

水色含群動,朝光切太虛。

瀼水の色はさまざまの動物のすがたを包含し、朝のおりの水面の光は虚空にまで接近しておるようにみえる。

年侵頻悵望,興遠一蕭疏。

瀼水の色はさまざまの動物のすがたを包含し、朝のおりの水面の光は虚空にまで接近しておるようにみえる。

猿挂時相學,鷗行炯自如。

すなわち猿は樹の枝にぶらさがって互いにまねをしあい、鴎は水上を自在にあるきながら炯然とひかってみえる。

瞿唐春欲至,定卜瀼西居。

ここの瞿塘峡にやがて春が来る、春になったならば自分は定めし瀼西の住居を建設することになるであろう。

 

 

(瀼西の寒望)

【夔人 以て澗水江に通ずる者は瀼と為し,大昌縣 西に千頃の池有り,水 三道に分れ,其の一 南に奉節縣に流る,西瀼水と為す。】

水色 群動を含む、朝光 太虚に切なり。

年侵して 頻りに帳望す、興遠くして一に蕭疏たり。

猿挂かりて時に相学ぶ、鴎行く 炯として自如たり。

瞿唐 春 至らんと欲す、定めて卜せん瀼西の居。

夔州東川卜居図詳細 001 

 

『瀼西寒望』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

瀼西寒望【夔人以澗水通江者為瀼,大昌縣西有千頃池,水分三道,其一南流奉節縣,為西瀼水。】

水色含群動,朝光切太虛。

年侵頻悵望,興遠一蕭疏。

猿挂時相學,鷗行炯自如。

瞿唐春欲至,定卜瀼西居。

(下し文)
(瀼西の寒望)

【夔人 以て澗水江に通ずる者は瀼と為し,大昌縣 西に千頃の池有り,水 三道に分れ,其の一 南に奉節縣に流る,西瀼水と為す。】

水色 群動を含む、朝光 太虚に切なり。

年侵して 頻りに帳望す、興遠くして一に蕭疏たり。

猿挂かりて時に相学ぶ、鴎行く 炯として自如たり。

瞿唐 春 至らんと欲す、定めて卜せん瀼西の居。


(現代語訳)
(寒天に瀼水の西をながめたことをのべる。)

(夔州の人は山澗の江に通ずるものを瀼という。奉節縣の東に大瀼水があり、大瀼水の発源地は大昌縣の西にある千頃池である。河水の流れは、三分し、北より南に流れてほとんど直角に長江にそそぐ。其の一(梅渓河)が奉節縣にながれる、瀼東瀼西とはこの水の東西をいう。)

瀼水の色はさまざまの動物のすがたを包含し、朝のおりの水面の光は虚空にまで接近しておるようにみえる。

瀼水の色はさまざまの動物のすがたを包含し、朝のおりの水面の光は虚空にまで接近しておるようにみえる。

すなわち猿は樹の枝にぶらさがって互いにまねをしあい、鴎は水上を自在にあるきながら炯然とひかってみえる。

ここの瞿塘峡にやがて春が来る、春になったならば自分は定めし瀼西の住居を建設することになるであろう。

唐時代 地図山南 東・西道50
(訳注)

瀼西寒望

(寒天に瀼水の西をながめたことをのべる。)

大暦元年冬、夔州西閣にあっての作。西の地の険隘なようすをいい、やがてその地に居を移そうと思い、瀼西方面をながめやったものである。明年の春に至って作者はまず赤甲に遷居し、三月に至って瀼西に還ることとなった。

 

【夔人以澗水通江者為瀼,大昌縣西有千頃池,水分三道,其一南流奉節縣,為西瀼水。】

(夔州の人は山澗の江に通ずるものを瀼という。奉節縣の東に大瀼水があり、大瀼水の発源地は大昌縣の西にある千頃池である。河水の流れは、三分し、北より南に流れてほとんど直角に長江にそそぐ。其の一(梅渓河)が奉節縣にながれる、瀼東瀼西とはこの水の東西をいう。)

 

○瀼西 瀼水の西、瀼水というは、の事は「夔州歌十絶句」の第五首「瀼東瀼西一萬家,江北江南春冬花。背飛鶴子遺瓊蕊,相趁鳧雛入蔣牙。」・江北江南 長江は大湊水とはちがい西より東へ流れる、よって北岸、南岸をいう。

○寒望 寒天の眺望。

 

水色含群動,朝光切太虛。

瀼水の色はさまざまの動物のすがたを包含し、朝のおりの水面の光は虚空にまで接近しておるようにみえる。

○群動種種の動くもの、下旬の猿や鴎などをいう。

○朝光 朝の水光。

○切太虚 切は近いこと、太虚は虚空のこと。

 

年侵頻悵望,興遠一蕭疏。【年終頻悵望】

歳の暮れかかるにあたって自分は現在の住処に不平をもちながらながめると、ここでは塵俗とかけはなれた興趣があって事物がまったくさびしく感ぜられる。

〇年侵 年時が侵して来る、歳の暮れかかることをいう。

○興遠 興趣が塵俗と遠くはなれる。

○粛疎 さびしい様子、すなわち猿鴎などのさま。

 

猿挂時相學,鷗行炯自如。

すなわち猿は樹の枝にぶらさがって互いにまねをしあい、鴎は水上を自在にあるきながら炯然とひかってみえる。

○猿挂 挂とは樹枝にぶらさがること。

○相学 彼らがお互いにまねをする。

○鴎行 行とは水上をゆくことをいう。

○炯 ひかるさま。

〇西閣 (山南東道 夔州 奉節)如 自由自在。

 

瞿唐春欲至,定卜瀼西居。

ここの瞿塘峡にやがて春が来る、春になったならば自分は定めし瀼西の住居を建設することになるであろう。

瞿唐 瞿塘峡は中華人民共和国の長江本流に位置する峡谷。巫峡、西陵峡と並び、三峡を構成する。別名は夔峡。 瞿塘峡は三峡のもっとも上流にあり、西は重慶市奉節県の白帝城から、東は重慶市巫山県の大溪鎮までの区間である。

 

瀼西塞望

水色含群動,朝光切太虛。年侵頻悵望,興遠一蕭疏。

猿掛時相學,鷗行炯自如。瞿唐春欲至,定卜瀼西居。

 

(瀼西の寒望)

水色 群動を含む、朝光 太虚に切なり。

年侵して 頻りに帳望す、興遠くして一に蕭疏たり。

猿挂かりて時に相学ぶ、鴎行く 炯として自如たり。

瞿唐 春 至らんと欲す、定めて卜せん瀼西の居。

766年-81杜甫 《1717西閣夜》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-81 <944> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6355 

杜甫  西閣夜   

恍惚寒山暮,逶迤白霧昏。山虛風落石,樓靜月侵門。

擊柝可憐子,無衣何處村。時危關百慮,盜賊爾猶存。
(西閣の夜の様と感じとを述べる。)おぼろにうつとりと寒天の三峡の山、江水が暮行き、うねうねと白い霧がくらくとざす。 山はがらんどうになって、風が石をがらがら吹き落すし、楼は静かにたっていて月の光りが門内へ勝手にさしこんでくる。拍子木を討つ音がするが気の毒な男ではある、衣服がなくて困っているものもあらうが、それはどこの村であらうか。時世が安泰でないのでいろいろの事がらに自分の心配がひっかかる、盗賊ども、汝等はいまだに滅亡せずに存在しているのか、いまいましさのきわみだ。

766-81杜甫 1717西閣夜》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-81 <944 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6355 

 

 
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杜甫詩1500-944-1442/2500

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    西閣夜

作地點:              目前尚無資料

及地點:              西閣 (山南東道 夔州 奉節)              

 

 

西閣夜

(西閣の夜の様と感じとを述べる。)

恍惚寒山暮,逶迤白霧昏。

おぼろにうつとりと寒天の三峡の山、江水が暮行き、うねうねと白い霧がくらくとざす。 

山虛風落石,樓靜月侵門。

山はがらんどうになって、風が石をがらがら吹き落すし、楼は静かにたっていて月の光りが門内へ勝手にさしこんでくる。

擊柝可憐子,無衣何處村。

拍子木を討つ音がするが気の毒な男ではある、衣服がなくて困っているものもあらうが、それはどこの村であらうか。

時危關百慮,盜賊爾猶存。

時世が安泰でないのでいろいろの事がらに自分の心配がひっかかる、盗賊ども、汝等はいまだに滅亡せずに存在しているのか、いまいましさのきわみだ。

 

(西閣の夜)

恍惚たり 寒山の暮,逶迤として 白霧 昏し。

山 虛くして 風は石を落し,樓 靜にして 月は門を侵す。

擊柝 可憐の子,無衣 何處の村。

時危くして 百慮 關し,盜賊 爾 猶お存せり。

 

夔州東川卜居図詳細 001 

『西閣夜』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

西閣夜

恍惚寒山暮,逶迤白霧昏。

山虛風落石,樓靜月侵門。

擊柝可憐子,無衣何處村。

時危關百慮,盜賊爾猶存。

(下し文)
(西閣の夜)

恍惚たり 寒山の暮,逶迤として 白霧 昏し。

山 虛くして 風は石を落し,樓 靜にして 月は門を侵す。

擊柝 可憐の子,無衣 何處の村。

時危くして 百慮 關し,盜賊 爾 猶お存せり。

(現代語訳)
(西閣の夜の様と感じとを述べる。)

おぼろにうつとりと寒天の三峡の山、江水が暮行き、うねうねと白い霧がくらくとざす。 

山はがらんどうになって、風が石をがらがら吹き落すし、楼は静かにたっていて月の光りが門内へ勝手にさしこんでくる。

拍子木を討つ音がするが気の毒な男ではある、衣服がなくて困っているものもあらうが、それはどこの村であらうか。

時世が安泰でないのでいろいろの事がらに自分の心配がひっかかる、盗賊ども、汝等はいまだに滅亡せずに存在しているのか、いまいましさのきわみだ。


(訳注)

西閣夜

(西閣の夜の様と感じとを述べる。)

 

1

1812西閣口號【案:呈元二十一。】

五言律詩

2

1713西閣雨望

五言律詩

3

1816不離西閣,二首之一

五言律詩

4

1817不離西閣,二首之二

五言律詩

5

1714西閣三度期大昌嚴明府,同宿不到

五言律詩

6

1715西閣,二首之一

五言古詩

7

1716西閣,二首之二

五言古詩

8

1813閣夜

七言律詩

9

1717西閣夜

五言律詩

 

恍惚寒山暮,逶迤白霧昏。

おぼろにうつとりと寒天の三峡の山、江水が暮行き、うねうねと白い霧がくらくとざす。 

恍惚 1 物事に心を奪われてうっとりするさま。2 意識がはっきりしないさま。有るかないかはっきりしないありさま。暮色暗昧の状。3 老人の、病的に頭がぼんやりしているさま。

寒山暮 寒天の三峡の山、江水が暮行くこと。

逶迤 (道路,山脈,河川が)うねうねと続く,曲がりくねった.

 

山虛風落石,樓靜月侵門。

山はがらんどうになって、風が石をがらがら吹き落すし、楼は静かにたっていて月の光りが門内へ勝手にさしこんでくる。

山虛 広葉樹がすべて落葉していることをいう。

風落石 崖壁を背後にしていることで、風が強く吹けば崩落することをいう。

樓靜 西閣に何の動きもないことをいう。

月侵門 月明かりだけが、誰の断りもなく西閣の門から侵入してくるをいう。

 

擊柝可憐子,無衣何處村。

拍子木を討つ音がするが気の毒な男ではある、衣服がなくて困っているものもあらうが、それはどこの村であらうか。

擊柝 盗賊から守るために夜まわりをしていることを表す。

可憐子 気の毒な男。子は男子。

無衣 衣服がなくて困っている。

 

時危關百慮,盜賊爾猶存。

時世が安泰でないのでいろいろの事がらに自分の心配がひっかかる、盗賊ども、汝等はいまだに滅亡せずに存在しているのか、いまいましさのきわみだ。

關百慮 杜甫自身の心配事が百ほどたくさんあって、それに関するもの。

 盗賊をさす。

猶存 いまだに成敗されず、未だに滅亡していないこと。
杜甫55歳756年作品 

766年-80杜甫 《1813閣夜》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-80 <943> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6350

杜甫  閣夜  

暮陰陽催短景,天涯霜雪霽寒宵。五更鼓角聲悲壯,三峽星河影動搖。

野哭幾家聞戰伐,夷歌數處起漁樵。臥龍躍馬終黃土,人事音書頗寂寥。

(西閣に留まって冬の夜から夜明けに眠れぬまま心に思うことを述べたもの)歳の碁になってくると陰陽二気の運行は、日影が短いと思う間もなく日が暮れ、長い夜になる、ここは南の天涯であるのに霜や雪がおりて寒い宵の空が澄わたっている。夜明けちかくなると鼓角の声が悲壮にひびき、三峡には星や天の河が水面に連なり、その影がうちゆられている。戦伐の絶えぬ結果として無数の家家から野哭のこえがきこえる。これに対して漁樵の間から起こる夷歌とては、どれだけの場所から起こるのか、どれほどもあるまい。かくのごとくこの地の生業のことはさびしいこと極りないし、また自分の待ちうけておる遠方からの消息もさびしいものであるが、臥竜とよばれた人諸葛孔明も、馬を躍らして帝と称すといわれた公孫述もしまいには塵挨となってしまったのだ、してみればかのさびしさの如きはどうでもよい、くよくよするにはあたらぬ。

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杜甫詩1500-943-1441/2500

年:       大曆元年

寫作時間:           766

寫作年紀:           55

卷別:    卷二二九              文體:    七言律詩

詩題:    閣夜

作地點:              奉節(山南東道 / 夔州 / 奉節)

及地點:              西閣 (山南東道 夔州 奉節)              

 

 

閣夜

(西閣に留まって冬の夜から夜明けに眠れぬまま心に思うことを述べたもの)

暮陰陽催短景,天涯霜雪霽寒宵。

歳の碁になってくると陰陽二気の運行は、日影が短いと思う間もなく日が暮れ、長い夜になる、ここは南の天涯であるのに霜や雪がおりて寒い宵の空が澄わたっている。

五更鼓角聲悲壯,三峽星河影動搖。

夜明けちかくなると鼓角の声が悲壮にひびき、三峡には星や天の河が水面に連なり、その影がうちゆられている。

野哭幾家聞戰伐,夷歌數處起漁樵。

戦伐の絶えぬ結果として無数の家家から野哭のこえがきこえる。これに対して漁樵の間から起こる夷歌とてはどれだけの場所から起こるのか、どれほどもあるまい。

臥龍躍馬終黃土,人事音書頗寂寥

かくのごとくこの地の生業のことはさびしいこと極りないし、また自分の待ちうけておる遠方からの消息もさびしいものであるが、臥竜とよばれた人諸葛孔明も、馬を躍らして帝と称すといわれた公孫述もしまいには塵挨となってしまったのだ、してみればかのさびしさの如きはどうでもよい、くよくよするにはあたらぬ。

 

 

(閣夜)

歳暮 陰陽 短景催す、天涯 霜雪 寒宵 霽る。

五更の鼓角の声 悲壮、三峡の星 河影 動揺。

野哭 千家 戦伐に聞こゆ、夷歌幾処か漁樵より起こる。

臥竜 躍馬も終に黄土、人事 音書は漫に寂蓼。

 

夔州東川卜居図詳細 001 

 

『閣夜』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

閣夜

暮陰陽催短景,天涯霜雪霽寒宵。

五更鼓角聲悲壯,三峽星河影動搖。

野哭幾家聞戰伐,夷歌數處起漁樵。

臥龍躍馬終黃土,人事音書頗寂寥。


閣夜(含異文)

暮陰陽催短景,天涯霜雪霽寒宵。

五更鼓角聲悲壯,三峽星河影動搖。

野哭幾家聞戰伐【野哭千家聞戰伐】,夷歌數處起漁樵【夷歌是處起漁樵】。

臥龍躍馬終黃土,人事音書頗寂寥【人事音塵日寂寥】【人事依依漫寂寥】。


(下し文)
(閣夜)

歳暮 陰陽 短景催す、天涯 霜雪 寒宵 霽る。

五更の鼓角の声 悲壮、三峡の星 河影 動揺。

野哭 千家 戦伐に聞こゆ、夷歌幾処か漁樵より起こる。

臥竜 躍馬も終に黄土、人事 音書は漫に寂蓼。

(現代語訳)
(西閣に留まって冬の夜から夜明けに眠れぬまま心に思うことを述べたもの)

歳の碁になってくると陰陽二気の運行は、日影が短いと思う間もなく日が暮れ、長い夜になる、ここは南の天涯であるのに霜や雪がおりて寒い宵の空が澄わたっている。

夜明けちかくなると鼓角の声が悲壮にひびき、三峡には星や天の河が水面に連なり、その影がうちゆられている。

戦伐の絶えぬ結果として無数の家家から野哭のこえがきこえる。これに対して漁樵の間から起こる夷歌とては、どれだけの場所から起こるのか、どれほどもあるまい。

かくのごとくこの地の生業のことはさびしいこと極りないし、また自分の待ちうけておる遠方からの消息もさびしいものであるが、臥竜とよばれた人諸葛孔明も、馬を躍らして帝と称すといわれた公孫述もしまいには塵挨となってしまったのだ、してみればかのさびしさの如きはどうでもよい、くよくよするにはあたらぬ。


(訳注)

閣夜

(西閣に留まって冬の夜から夜明けに眠れぬまま心に思うことを述べたもの)

西閣の夜景を見て乱を傷むこころを叙する。大暦元年冬、夔州西閣にあっての作。

○閣夜 西閣の夜をいう。

 

1

1812西閣口號【案:呈元二十一。】

五言律詩

2

1713西閣雨望

五言律詩

3

1816不離西閣,二首之一

五言律詩

4

1817不離西閣,二首之二

五言律詩

5

1714西閣三度期大昌嚴明府,同宿不到

五言律詩

6

1715西閣,二首之一

五言古詩

7

1716西閣,二首之二

五言古詩

8

1813閣夜

七律

9

1717西閣夜

五言律詩

 

 

暮陰陽催短景,天涯霜雪霽寒宵。

歳の碁になってくると陰陽二気の運行は、日影が短いと思う間もなく日が暮れ、長い夜になる、ここは南の天涯であるのに霜や雪がおりて寒い宵の空が澄わたっている。

○短景 景は影に同じ、日影のこと、日陰の時間帯が短くて、直ぐ夜になる。短影は目のつまることをいう。

 

五更鼓角聲悲壯,三峽星河影動搖。

夜明けちかくなると鼓角の声が悲壮にひびき、三峡には星や天の河が水面に連なり、その影がうちゆられている。

〇五更 夜明けちかくをいう。1 一夜を初更(甲夜)・二更(乙夜(いつや))・三更(丙夜)・四更(丁夜)・五更(戊夜(ぼや))に五等分した称。2 五更の第五。およそ現在の午前3時から午前5時、または午前4時から午前6時ころにあたる。

 

野哭幾家聞戰伐,夷歌數處起漁樵。

戦伐の絶えぬ結果として無数の家家から野哭のこえがきこえる。これに対して漁樵の間から起こる夷歌とてはどれだけの場所から起こるのか、どれほどもあるまい。

○野哭 原野に働哭する、生存者が戦死した関係者をいたみ哭するのである。

〇千家 多くの家。

○聞戰伐 聞は戰伐の野哭こえがきこえることをいう、聞戰伐とは戦伐の事のある結果としてそれが聞こえてくることをいう。

○夷歌 夔州の人民には蛮夷が多いので、その歌う歌は夷歌である。

○幾処 幾個処、その場所の多くないことをいう。

○起漁樵 起は夷歌の起こることをいう、漁と樵とは人民の生業である、漁樵の間より夷歌の起こるのは人々が生業に安んじて生活を楽しんでいるからであるが、起こることの幾処もないのにより生業が衰微していることが知られる。

 

臥龍躍馬終黃土,人事音書頗寂寥。

かくのごとくこの地の生業のことはさびしいこと極りないし、また自分の待ちうけておる遠方からの消息もさびしいものであるが、臥竜とよばれた人諸葛孔明も、馬を躍らして帝と称すといわれた公孫述もしまいには塵挨となってしまったのだ、してみればかのさびしさの如きはどうでもよい、くよくよするにはあたらぬ。

○臥竜 諸葛亮(孔明)をいう、すでにしばしば見える。《1447赤霄行》「老翁慎莫怪少年,葛亮貴和書有篇。」

765年永泰元年54-08 《赤霄行-#2 杜甫index-15 杜甫<808-#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4775 杜甫詩1500-808-#2-1126/2500765年永泰元年54-08

三国時代の蜀漢の政治家・軍人。字は孔明。 司隷校尉諸葛豊の子孫。泰山郡丞諸葛珪の子。諡は忠武侯。蜀漢の建国者である劉備の創業を助け、その子の劉禅の丞相としてよく補佐した。伏龍、臥龍とも呼ばれる。

○躍馬 公孫 述は、扶風茂陵の人。新末後漢初に四川(巴蜀)に地方王朝「成」(成家とも)を建てた。杜甫《1257送元二適江左》「晉室丹陽尹,公孫白帝城。」(ここを出ると白帝城や丹陽の長官の所をとおるだろう。白帝城は公孫述が独立したところ、丹陽には晋の王室で力強い臣が尹となっていたところだ。)〔763 廣德元年 杜甫52歳 作地點: 梓州〕

○黄土 塵埃に帰することをいう、この句及び下旬は《0310酔時歌》「儒術於我何有哉、孔丘盜跖俱塵埃。」(儒者の学術などは我々にとって何の効があるというのか、聖人孔子も大泥棒の拓もひとしくともに死して塵攻にかわるだけである。)というのとおなじく憤激の語である。

○人事 人間の生業の事をいう、上の野笑・夷歌の句を承けていう。

○音書 てがみ、たより、これは上の天涯・三昧などを承けていう。

○頗寂寥 寂蓼はさびしいこと。漫とはみだりに、いたずらに、の意。人事音書の寂蓼なことは元来嘆息すべきことである、しかし賢愚ともに黄攻に帰することより達観して考えればその寂蓼と香とはどうでもよろしいというのである。まことにどうでもよいのではなくして憤激の語である。

766年-79杜甫 《1716西閣,二首之二》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-79 <942> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6345

杜甫  西閣,二首之二  

懶心似江水,日夜向滄洲。不道含香賤,其如鑷白休。

經過調碧柳,蕭索倚朱樓。畢娶何時竟,消中得自由。

豪華看古往,服食寄冥搜。詩盡人間興,兼須入海求。

(久しく西閣に留まっていることをなげく、そしてここを去って仙郷に入りたいと詠う)その二  自分は無精で、物憂き心もちの動いてやまぬことは、江水が日夜東に流れて滄洲に向いつつあるのと似ている。 自分は雞舌香を含んで事を天子に奏上する尚書郎の職が賤しいとは言わないが、白髪をはさみで切ってしまわねばならない老境となって、萬事おしまいになっていることをどうしようか。いまさらしかたがない。 時が経過してしまって、碧の柳もしぼんだし、そのかん、さびしく自分は朱楼によりかかって眺めているだけである。 向子平の様に男女の嫁娶をおわって隠遁できるのはいつはたすことができよう。とはいえ、滑渇病の中症の病であるために、こうして、自由を得ているのである。 古来の豪奢栄華の者の跡を看るに、皆、間違いなく消滅しているのである、自分は豪華は羨む所にではないし、薬餌を服食して身を冥捜に托し、悠々自適に暮したいとは思っている。 

だから、人間として詩興を詠い尽くしたの後は、更に海境にまでいってそれを求むべきであり、東海三山の仙郷に詩興を求めたいとおもっているのである。

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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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西閣,二首之一

(久しく西閣に留まっていることをなげく)

巫山小搖落,碧色見松林。

気候が暖かいここ巫山にも少しく木の葉が揺れ、そして堕ち始めている、松原市の緑がよく見えるようになっている。

百鳥各相命,孤雲無自心。

様々な鳥が互いに呼び交わしているが、その上にあるひとひらのはぐれ雲は自我の思い無く浮んでいる。

層軒俯江壁,要路亦高深。

高い軒端から長江河岸の絶壁を見下ろすと要路も高深の場所についている。

猶紗帽,新詩近玉琴。

自分は朱紱を着る身分でありながらまだ隠者のかぶる紗帽をかぶっていて、あたらしく詩をつくれば玉琴にちかよってそれをたったりしている。

功名不早立,衰病謝知音。

なぜ自分はもっと早くに功名を立て得なかったのか、今では衰疾のために知己の人人とも交りを断っている様なことなのである。

哀世非王粲,終然學越吟。

そうして世を哀むこと王粲とおなじようなたぐいではないが、故郷を思うことはおなじであり、つまりは荘舄のごとく越吟を学びつつあるのである。

 

(西閣,二首の一)

巫山 小しく搖落し,碧色 松林を見る。

百鳥 各の相い命じ,孤雲 自心無し。

層軒 江壁に俯し,要路も亦た 高深なり。

 猶お紗帽,新詩 玉琴に近づく。

功名 早立せず,衰病 知音に謝す。

哀世 王粲に非ざるも,終然 越吟を學ぶ。

 

 

杜甫詩1500-942-1440/2500

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言古詩

詩題:    西閣,二首之二

作地點:              目前尚無資料

及地點:              西閣 (山南東道 夔州 奉節)              

 

 

西閣,二首之二

(久しく西閣に留まっていることをなげく、そしてここを去って仙郷に入りたいと詠う)その二

懶心似江水,日夜向滄洲。

自分は無精で、物憂き心もちの動いてやまぬことは、江水が日夜東に流れて滄洲に向いつつあるのと似ている。 

不道含香賤,其如鑷白休。

自分は雞舌香を含んで事を天子に奏上する尚書郎の職が賤しいとは言わないが、白髪をはさみで切ってしまわねばならない老境となって、萬事おしまいになっていることをどうしようか。いまさらしかたがない。 

經過調碧柳,蕭索倚朱樓。

時が経過してしまって、碧の柳もしぼんだし、そのかん、さびしく自分は朱楼によりかかって眺めているだけである。 

畢娶何時竟,消中得自由。

向子平の様に男女の嫁娶をおわって隠遁できるのはいつはたすことができよう。とはいえ、滑渇病の中症の病であるために、こうして、自由を得ているのである。 

豪華看古往,服食寄冥搜。

古来の豪奢栄華の者の跡を看るに、皆、間違いなく消滅しているのである、自分は豪華は羨む所にではないし、薬餌を服食して身を冥捜に托し、悠々自適に暮したいとは思っている。 

詩盡人間興,兼須入海求。

だから、人間として詩興を詠い尽くしたの後は、更に海境にまでいってそれを求むべきであり、東海三山の仙郷に詩興を求めたいとおもっているのである。

 

(西閣,二首の二)

懶心 江水に似たり,日夜 滄洲に向う。

道わず含香 賤しと,其れ 鑷白休するを如【いか】んせん。

經過 碧柳調み,蕭索 朱樓に倚る。

畢娶 何の時か竟らん,消中 自由を得。

豪華 古往を看る,服食 冥搜に寄せん。

詩は盡す 人間の興,兼ねて須らく 海に入りて求むべし。

 

 

『西閣,二首之二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

西閣,二首之二

懶心似江水,日夜向滄洲。

不道含香賤,其如鑷白休。

經過調碧柳,蕭索倚朱樓。

畢娶何時竟,消中得自由。

豪華看古往,服食寄冥搜。

詩盡人間興,兼須入海求。

 

西閣,二首之二(含異文)

懶心似江水,日夜向滄洲。不道含香賤,其如鑷白休。經過調碧柳【經過凋碧柳】,蕭索倚朱樓【蕭瑟倚朱樓】。畢娶何時竟,消中得自由。豪華看古往【榮華看古往】,服食寄冥搜。詩盡人間興,兼須入海求。

(下し文)
西閣,二首之二

懶心 江水に似たり,日夜 滄洲に向う。

道わず含香 賤しと,其れ 鑷白休するを如【いか】んせん。

經過 碧柳調み,蕭索 朱樓に倚る。

畢娶 何の時か竟らん,消中 自由を得。

豪華 古往を看る,服食 冥搜に寄せん。

詩は盡す 人間の興,兼ねて須らく 海に入りて求むべし。


(現代語訳)
(久しく西閣に留まっていることをなげく、そしてここを去って仙郷に入りたいと詠う)その二

自分は無精で、物憂き心もちの動いてやまぬことは、江水が日夜東に流れて滄洲に向いつつあるのと似ている。 

自分は雞舌香を含んで事を天子に奏上する尚書郎の職が賤しいとは言わないが、白髪をはさみで切ってしまわねばならない老境となって、萬事おしまいになっていることをどうしようか。いまさらしかたがない。 

時が経過してしまって、碧の柳もしぼんだし、そのかん、さびしく自分は朱楼によりかかって眺めているだけである。 

向子平の様に男女の嫁娶をおわって隠遁できるのはいつはたすことができよう。とはいえ、滑渇病の中症の病であるために、こうして、自由を得ているのである。 

古来の豪奢栄華の者の跡を看るに、皆、間違いなく消滅しているのである、自分は豪華は羨む所にではないし、薬餌を服食して身を冥捜に托し、悠々自適に暮したいとは思っている。 

だから、人間として詩興を詠い尽くしたの後は、更に海境にまでいってそれを求むべきであり、東海三山の仙郷に詩興を求めたいとおもっているのである。

夔州東川卜居図詳細 001
(訳注)

西閣,二首之二

(久しく西閣に留まっていることをなげく、そしてここを去って仙郷に入りたいと詠う)その二

同時期の西閣での詩

1812西閣口號【案:呈元二十一。】

1713西閣雨望

1816不離西閣,二首之一

1817不離西閣,二首之二

1714西閣三度期大昌嚴明府,同宿不到

1715西閣,二首之一

1716西閣,二首之二

1813閣夜

1717西閣夜

 

 

懶心似江水,日夜向滄洲。

自分は無精で、物憂き心もちの動いてやまぬことは、江水が日夜東に流れて滄洲に向いつつあるのと似ている。 

<!--[if !supportLists]-->【一】  <!--[endif]-->懶心似江水 懶心はものうく、無精の心。似江水とは懶の似たるをいうにあらず、動流して止まざる点をいう。

<!--[if !supportLists]-->【二】  <!--[endif]-->滄洲 東海上の仙境。東海三山に至るまでの青海原をいう。

 

不道含香賤,其如鑷白休。

自分は雞舌香を含んで事を天子に奏上する尚書郎の職が賤しいとは言わないが、白髪をはさみで切ってしまわねばならない老境となって、萬事おしまいになっていることをどうしようか。いまさらしかたがない。 

<!--[if !supportLists]-->【三】  <!--[endif]-->不道 言はず。

<!--[if !supportLists]-->【四】  <!--[endif]-->含香賤 含香は尚書郎の職をいう、尚書郎は蘭を握り雞舌香を含みて事を奏す、杜甫、現に郎官であった。

<!--[if !supportLists]-->【五】  <!--[endif]-->其如 如は「如之何」の略。

<!--[if !supportLists]-->【六】  <!--[endif]-->鑷白休 鑷白は白髪をはさみをいれきることをいう。人の老境をいふ。休とは百事を休すること。

 

經過調碧柳,蕭索倚朱樓。【經過凋碧柳】,【蕭瑟倚朱樓】

時が経過してしまって、碧の柳もしぼんだし、そのかん、さびしく自分は朱楼によりかかって眺めているだけである。 

<!--[if !supportLists]-->【七】  <!--[endif]-->経過 時日のたつこと。

<!--[if !supportLists]-->【八】  <!--[endif]-->朱雀 朱にぬりたる楼、西閣をさす、前にも給鏡、冷暗、朱檻、辱り、杜甫の寓居せる西閣はうつくしい建築物であったのだろう。

杜甫 1713西閣雨望》  

樓雨霑雲幔,山寒著水城。徑添沙面出,湍減石稜生。

菊蕊淒疏放,松林駐遠情。滂沱朱檻,萬慮傍簷楹。

 

畢娶何時竟,消中得自由。

向子平の様に男女の嫁娶をおわって隠遁できるのはいつはたすことができよう。とはいえ、滑渇病の中症の病であるために、こうして、自由を得ているのである。 

<!--[if !supportLists]-->【九】  <!--[endif]-->畢娶 男女の嫁娶を為し了ること、後漢の隠者向子平が故事。“向子平男女の嫁娶を畢り家事に関係せず五岳に遊び去る” 子供が成人してからは,官界を去って、自然に遊び,服食養生の道を楽しみ,悠々自適の生活に入った。

<!--[if !supportLists]-->【十】  <!--[endif]-->竟 おわる。

<!--[if !supportLists]-->【十一】                   <!--[endif]-->消中 滑渇病の中症なるもの、この病には上中下の三症ありとされた。

<!--[if !supportLists]-->【十二】                   <!--[endif]-->得自由 病あるがために自由なることを得。幾度もの召還を固辞して、旅をしていることをいう。

 

豪華看古往,服食寄冥搜。【榮華看古往】

古来の豪奢栄華の者の跡を看るに、皆、間違いなく消滅しているのである、自分は豪華は羨む所にではないし、薬餌を服食して身を冥捜に托し、悠々自適に暮したいとは思っている。 

<!--[if !supportLists]-->【十三】                   <!--[endif]-->豪華 豪奢栄華。

<!--[if !supportLists]-->【十四】                   <!--[endif]-->着古往 古徒の連ね看るとは之を看れば骨格に滑減に轟するをいふ。

<!--[if !supportLists]-->【十五】                   <!--[endif]-->版食 薬を服用し滋養物毎食する=と、.長生の方なり。

<!--[if !supportLists]-->【十六】                   <!--[endif]-->寄冥捜 身を冥捜に寄托するなり、冥捜とは幽奇の境地をさぐり求むる=と、語は天台山鹿序にみ岬。

 

詩盡人間興,兼須入海求。

だから、人間として詩興を詠い尽くしたの後は、更に海境にまでいってそれを求むべきであり、東海三山の仙郷に詩興を求めたいとおもっているのである。
杜甫55歳756年作品 

766年-78杜甫 《1715西閣,二首之一》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-78 <941> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6340 杜甫詩1500-941-1439/2500

杜甫  西閣,二首之一  

巫山小搖落,碧色見松林。百鳥各相命,孤雲無自心。

層軒俯江壁,要路亦高深。朱紱猶紗帽,新詩近玉琴。

功名不早立,衰病謝知音。哀世非王粲,終然學越吟。
(久しく西閣に留まっていることをなげく)気候が暖かいここ巫山にも少しく木の葉が揺れ、そして堕ち始めている、松原市の緑がよく見えるようになっている。様々な鳥が互いに呼び交わしているが、その上にあるひとひらのはぐれ雲は自我の思い無く浮んでいる。高い軒端から長江河岸の絶壁を見下ろすと要路も高深の場所についている。自分は朱紱を着る身分でありながらまだ隠者のかぶる紗帽をかぶっていて、あたらしく詩をつくれば玉琴にちかよってそれをたったりしている。なぜ自分はもっと早くに功名を立て得なかったのか、今では衰疾のために知己の人人とも交りを断っている様なことなのである。そうして世を哀むこと王粲とおなじようなたぐいではないが、故郷を思うことはおなじであり、つまりは荘舄のごとく越吟を学びつつあるのである。

766-78杜甫 1715西閣,二首之一》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-78 <941 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6340 杜甫詩1500-941-1439/2500

 

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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杜甫詩1500-941-1439/2500

年:       大曆元年

寫作時間:           766

寫作年紀:           55

卷別:    卷二二九              文體:    五言古詩

詩題:    西閣,二首之一

詩序:   

寫作地點:           目前尚無資料

寫及地點:          

西閣 (山南東道 夔州 奉節)              

巫山 (山南東道 夔州 巫山)              

 

 

西閣,二首之一

(久しく西閣に留まっていることをなげく)

巫山小搖落,碧色見松林。

気候が暖かいここ巫山にも少しく木の葉が揺れ、そして堕ち始めている、松原市の緑がよく見えるようになっている。

百鳥各相命,孤雲無自心。

様々な鳥が互いに呼び交わしているが、その上にあるひとひらのはぐれ雲は自我の思い無く浮んでいる。

層軒俯江壁,要路亦高深。

高い軒端から長江河岸の絶壁を見下ろすと要路も高深の場所についている。

猶紗帽,新詩近玉琴。

自分は朱紱を着る身分でありながらまだ隠者のかぶる紗帽をかぶっていて、あたらしく詩をつくれば玉琴にちかよってそれをたったりしている。

功名不早立,衰病謝知音。

なぜ自分はもっと早くに功名を立て得なかったのか、今では衰疾のために知己の人人とも交りを断っている様なことなのである。

哀世非王粲,終然學越吟。

そうして世を哀むこと王粲とおなじようなたぐいではないが、故郷を思うことはおなじであり、つまりは荘舄のごとく越吟を学びつつあるのである。

 

(西閣,二首の一)

巫山 小しく搖落し,碧色 松林を見る。

百鳥 各の相い命じ,孤雲 自心無し。

層軒 江壁に俯し,要路も亦た 高深なり。

 猶お紗帽,新詩 玉琴に近づく。

功名 早立せず,衰病 知音に謝す。

哀世 王粲に非ざるも,終然 越吟を學ぶ。

 

 山南東道北部唐州随州01

『西閣,二首之一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

西閣,二首之一

巫山小搖落,碧色見松林。

百鳥各相命,孤雲無自心。

層軒俯江壁,要路亦高深。

朱紱猶紗帽,新詩近玉琴。

功名不早立,衰病謝知音。

哀世非王粲,終然學越吟。
<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->
<!--[endif]-->

西閣,二首之一(含異文)

巫山小搖落,碧色見松林【碧色是松林】。百鳥各相命,孤雲無自心【孤雲非自心】。層軒俯江壁,要路亦高深。朱紱猶紗帽,新詩近玉琴。功名不早立,衰病謝知音。哀世非王粲【哀世無王粲】,終然學越吟【終朝學越吟】【終然學楚吟】。


(下し文)
(西閣,二首の一)

巫山 小しく搖落し,碧色 松林を見る。

百鳥 各の相い命じ,孤雲 自心無し。

層軒 江壁に俯し,要路も亦た 高深なり。

朱紱 猶お紗帽,新詩 玉琴に近づく。

功名 早立せず,衰病 知音に謝す。

哀世 王粲に非ざるも,終然 越吟を學ぶ。

(現代語訳)
(久しく西閣に留まっていることをなげく)

気候が暖かいここ巫山にも少しく木の葉が揺れ、そして堕ち始めている、松原市の緑がよく見えるようになっている。

様々な鳥が互いに呼び交わしているが、その上にあるひとひらのはぐれ雲は自我の思い無く浮んでいる。

高い軒端から長江河岸の絶壁を見下ろすと要路も高深の場所についている。

自分は朱紱を着る身分でありながらまだ隠者のかぶる紗帽をかぶっていて、あたらしく詩をつくれば玉琴にちかよってそれをたったりしている。

なぜ自分はもっと早くに功名を立て得なかったのか、今では衰疾のために知己の人人とも交りを断っている様なことなのである。

そうして世を哀むこと王粲とおなじようなたぐいではないが、故郷を思うことはおなじであり、つまりは荘舄のごとく越吟を学びつつあるのである。

夔州東川卜居図詳細 001
(訳注)

西閣,二首之一

(久しく西閣に留まっていることをなげく)

同時期の西閣での詩

1812西閣口號【案:呈元二十一。】

1713西閣雨望

1816不離西閣,二首之一

1817不離西閣,二首之二

1714西閣三度期大昌嚴明府,同宿不到

1715西閣,二首之一

1716西閣,二首之二

1813閣夜

1717西閣夜

 

巫山小搖落,碧色見松林。

気候が暖かいここ巫山にも少しく木の葉が揺れ、そして堕ち始めている、松原市の緑がよく見えるようになっている。

 

百鳥各相命,孤雲無自心。

様々な鳥が互いに呼び交わしているが、その上にあるひとひらのはぐれ雲は自我の思い無く浮んでいる。

相命 命は名なり。名を呼びあうことをいう、鳥たちがお互に呼びかわすことをいう。

自心 自我のこころ。

 

層軒俯江壁,要路亦高深。

高い軒端から長江河岸の絶壁を見下ろすと要路も高深の場所についている。

高深 河岸の崖壁に沿った路であるがための要路だから高深の地に在り、深とは層軒より見おろすことをいい、ふかく底にみえることをいう。

 

朱紱猶紗帽,新詩近玉琴。

自分は朱紱を着る身分でありながらまだ隠者のかぶる紗帽をかぶっていて、あたらしく詩をつくれば玉琴にちかよってそれをたったりしている。

朱紱 朱色の革前垂れ。作者自ら緋衣をさしていう。

0224送韋書記赴安西》(卷二(一)一三三)「夫子剡通貴,雲泥相望懸。白頭無藉在,朱紱有哀憐。書記赴三捷,公車留二年。欲浮江海去,此別意茫然。」

0317寄高三十五書記》(卷三(一)一九四)「歎息高生老,新詩日又多。美名人不及,佳句法如何。主將收才子,崆峒足凱歌。聞君已朱紱,且得慰蹉跎。」

紗帽 紗にて作りし帽。隠居のときの冠なり 

近玉琴 自ら玉琴に近づくことをいう、琴を弾じて新詩をうたおうということ。

 

功名不早立,衰病謝知音。

なぜ自分はもっと早くに功名を立て得なかったのか、今では衰疾のために知己の人人とも交りを断っている様なことなのである。

衰病 老衰、疾病。

謝知音 知音の人を辟謝して之に遠ざかる。

 

哀世非王粲,終然學越吟。

そうして世を哀むこと王粲とおなじようなたぐいではないが、故郷を思うことはおなじであり、つまりは荘舄のごとく越吟を学びつつあるのである。

哀世非王粲 魏の王粲、長安の乱を避けて荊州の劉表に依る、七哀詩をつくる。又、登樓賦をつくりて故郷を思う情をのべていう、「鍾儀幽而楚奏兮,莊舄顯而越吟。」と。作者世を哀むは王粲に非ざれども思郷の情は存するをいふなり。

終然 ついに。

學越吟 別には楚吟とするものがあるが、楚地にての越吟の意なり。杜甫の五言律詩《1856卜居》  (卷一八(四)一六○九) 「歸羨遼東鶴,吟同楚執珪。未成遊碧海,著處覓丹梯。雲嶂寬江北,春耕破瀼西。桃紅客若至,定似昔人迷。」とある楚吟とおなじ。昔越の人荘舄といふもの楚に仕えて執珪(楚の貴爵)となる、其の病むや越を思いて越聲をなせしとの故事あり。越吟は越聲にて呻吟するなり、楚吟に楚にて越聲の呻吟をなすなり。杜甫55歳756年作品

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杜甫  西閣三度期大昌嚴明府,同宿不到  

問子能來宿,今疑索故要。匣琴虛夜夜,手板自朝朝。

金吼霜鐘徹,花催臘炬銷。早鳧江檻底,雙影漫飄颻。

(大昌縣の縣令の厳君が自分の家に来て一緒に泊まると約束したので、西閣で三度までと期限を決めて待ったがとうとう来なかったのでこの詩を読んだ。)貴方にお尋ねしたとき、「手前の宅へ来て泊まられるというので西閣に迎えに来るように」とのお話であったが、今、あなたが私に、何でこのような迎えを強要されるのか、と疑うのである。ここに箱に入った琴が毎夜、毎夜むなしく待ち続け、これに対して、あなたは、毎朝、毎朝、手板を執って公務を忙しくしておられる。あなたを待つのに、夜は蝋燭の火の華が、次々燃えてなくなるまで待ち続け、竟に朝になり、霜に響く鐘の音が金声を吼え出す頃になる。朝見ると江辺の西閣の欄干の下で、鳧がおり、二つ並んだ鳧の影を見るのであるが、その鳧はふわり、ふわりといたずらに浮んでいるばかりである。

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杜甫詩1500-940-1438/2500

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    西閣三度期大昌嚴明府,同宿不到

作地點:              目前尚無資料

及地點:              西閣 (山南東道 夔州 奉節)              

大昌 (山南東道 夔州 大昌)              

交遊人物:嚴   雲安    當地交遊(山南東道 夔州 雲安)

 

 

西閣三度期大昌嚴明府,同宿不到

(大昌縣の縣令の厳君が自分の家に来て一緒に泊まると約束したので、西閣で三度までと期限を決めて待ったがとうとう来なかったのでこの詩を読んだ。)

問子能來宿,今疑索故要。

貴方にお尋ねしたとき、「手前の宅へ来て泊まられるというので西閣に迎えに来るように」とのお話であったが、今、あなたが私に、何でこのような迎えを強要されるのか、と疑うのである。

匣琴虛夜夜,手板自朝朝。

ここに箱に入った琴が毎夜、毎夜むなしく待ち続け、これに対して、あなたは、毎朝、毎朝、手板を執って公務を忙しくしておられる。

金吼霜鐘徹,花催臘炬銷。

あなたを待つのに、夜は蝋燭の火の華が、次々燃えてなくなるまで待ち続け、竟に朝になり、霜に響く鐘の音が金声を吼え出す頃になる。

早鳧江檻底,雙影漫飄颻。

朝見ると江辺の西閣の欄干の下で、鳧がおり、二つ並んだ鳧の影を見るのであるが、その鳧はふわり、ふわりといたずらに浮んでいるばかりである。

 

(西閣 三度び大昌の嚴明府の,同宿するを期するに到らず)

子に問えば 「能く來り宿せん」という,今 疑う 故要を索むるを。

匣琴 虛しく夜夜,手板 自ら朝朝。

金 吼えて 霜鐘 徹し,花 催して臘炬 銷す。

早鳧 江檻の底,雙影 漫に飄颻たり

夔州東川卜居図詳細 001 

 

 

『西閣三度期大昌嚴明府,同宿不到』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

西閣三度期大昌嚴明府,同宿不到

問子能來宿,今疑索故要。

匣琴虛夜夜,手板自朝朝。

金吼霜鐘徹,花催臘炬銷。

早鳧江檻底,雙影漫飄颻。


西閣三度期大昌嚴明府,同宿不到(含異文) 問子能來宿,今疑索故要。匣琴虛夜夜,手板自朝朝。金吼霜鐘徹,花催臘炬銷【花催蠟炬銷】。早鳧江檻底,雙影漫飄颻。


(下し文)
(西閣 三度び大昌の嚴明府の,同宿するを期するに到らず)

子に問えば 「能く來り宿せん」という,今 疑う 故要を索むるを。

匣琴 虛しく夜夜,手板 自ら朝朝。

金 吼えて 霜鐘 徹し,花 催して臘炬 銷す。

早鳧 江檻の底,雙影 漫に飄颻たり。

(現代語訳)
(大昌縣の縣令の厳君が自分の家に来て一緒に泊まると約束したので、西閣で三度までと期限を決めて待ったがとうとう来なかったのでこの詩を読んだ。)

貴方にお尋ねしたとき、「手前の宅へ来て泊まられるというので西閣に迎えに来るように」とのお話であったが、今、あなたが私に、何でこのような迎えを強要されるのか、と疑うのである。

ここに箱に入った琴が毎夜、毎夜むなしく待ち続け、これに対して、あなたは、毎朝、毎朝、手板を執って公務を忙しくしておられる。

あなたを待つのに、夜は蝋燭の火の華が、次々燃えてなくなるまで待ち続け、竟に朝になり、霜に響く鐘の音が金声を吼え出す頃になる。

朝見ると江辺の西閣の欄干の下で、鳧がおり、二つ並んだ鳧の影を見るのであるが、その鳧はふわり、ふわりといたずらに浮んでいるばかりである。


(訳注)

西閣三度期大昌嚴明府,同宿不到

(大昌縣の縣令の厳君が自分の家に来て一緒に泊まると約束したので、西閣で三度までと期限を決めて待ったがとうとう来なかったのでこの詩を読んだ。)

 二人の待ち合わせる約束日。

大昌 巫山縣。白帝城を奥に入り草堂河を北に百里遡った所にある。

嚴明府 大昌縣の縣令の厳某。明府は縣令に対する敬称。

 

問子能來宿,今疑索故要。

貴方にお尋ねしたとき、「手前の宅へ来て泊まられるというので西閣に迎えに来るように」とのお話であったが、今、あなたが私に、何でこのような迎えを強要されるのか、と疑うのである。

問子 子は嚴太守、太守にどうすればよいかと質問したことをいう。

能來宿 こちらに来て宿することができるという。

索故要 索は先方が求める事。故要は固邀すること。待ち続けることをいう。

 

匣琴虛夜夜,手板自朝朝。

ここに箱に入った琴が毎夜、毎夜むなしく待ち続け、これに対して、あなたは、毎朝、毎朝、手板を執って公務を忙しくしておられる。

匣琴 歓迎のために琴を取り出すことが無い、箱に入ったままの琴。

虛夜夜 むなしく何日もまっていること。

手板 板は、笏を取って仕事に励むことをいう。

 

金吼霜鐘徹,花催臘炬銷。

あなたを待つのに、夜は蝋燭の火の華が、次々燃えてなくなるまで待ち続け、竟に朝になり、霜に響く鐘の音が金声を吼え出す頃になる。

金吼 金声を吼え出す。

霜鐘徹 霜に響くようによく通る鐘の音。

花催 蝋燭の火花が催す。

臘炬銷 蝋燭の火の華が、次々燃えてなくなるまで待ち続けることをいう。

 

早鳧江檻底,雙影漫飄颻。

朝見ると江辺の西閣の欄干の下で、鳧がおり、二つ並んだ鳧の影を見るのであるが、その鳧はふわり、ふわりといたずらに浮んでいるばかりである。

早鳧 朝早くの鳧。

江檻底 江辺の西閣の欄干の下の方。

雙影 二つ並んだ鳧の影を見る。

漫飄颻 ふわり、ふわりといたずらに浮んでいるばかりである。
杜甫55歳756年作品 

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杜甫  不離西閣,二首之二  

西閣從人別,人今亦故亭。江雲飄素練,石壁斷空青。

滄海先迎日,銀河倒列星。平生耽勝事,吁駭始初經。

(西閣より離れて居を移そうとしているが、なかなか移拠できないでいる事を詠う二首の二)「西閣意」は人が別れて行こうが、行かないでいようと構いはしない、人は、今また、人の都合でとどまっている。そのわけは、江上の雲をみれば素い練り絹を翻している、崖の石壁を見れば、空全体の青さの中でその姿は断絶して聳えている。朝は蒼海から真っ先に日が登って来るのを迎えられるし、夜は天上の銀河が地上の大江に逆さまに連なって映っている。普段から自分は、此処の風景の優れていることを見耽っているもので、此処で、この景色を初めて経験した時にどれほど驚いたものであったか、だからここに留まってこの景色を見るのである。

 

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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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杜甫詩1500-939-1437/2500

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    不離西閣,二首之二  1817

作地點:              目前尚無資料

寫及地點:西閣 (山南東道 夔州 奉節)           

 

 

不離西閣,二首之一

(西閣より離れて居を移そうとしているが、なかなか依拠できないでいる事を詠う二首の一)

江柳非時發,江花冷色頻。

長江の川岸の柳は季節外れの新芽を出している。江辺の花はのびのびはできないものの、頻りにそれらしい色を出そうとしている。

地偏應有瘴,臘近已含春。

この地は南に偏ったところだから、瘴癘の病気が蔓延する、都で臘節と云えば肌寒い早春の移り変わりの時期なのに、此処ではすでに春満開なのである。

失學從愚子,無家住老身。

この時愚かな子供は学問をしていないので仕方がないが、この老人にとっては、此処での棲むべき家もないのであるが、これもまた仕方のないことだ。

不知西閣意,肯別定留人。

さて、この西閣の意中はどうだろうか、よくわからない、自分をこの地から別れさそうというのか、それともここへ留めおこうというのか。

 

(西閣を離れず,二首の一)

江柳 非時 發し,江花 冷色 頻りなり。

地 偏にして 應に 瘴 有るなるべし,臘 近にして已に春を含む。

失學 愚子に從【まか】し,無家 老身に 住【や】む。

知らず 西閣の意,肯えて 別れしめんや 定めて人を留まらしめんや。

 

不離西閣,二首之二

(西閣より離れて居を移そうとしているが、なかなか移拠できないでいる事を詠う二首の二)

西閣從人別,人今亦故亭。

「西閣意」は人が別れて行こうが、行かないでいようと構いはしない、人は、今また、人の都合でとどまっている。

江雲飄素練,石壁斷空青。

そのわけは、江上の雲をみれば素い練り絹を翻している、崖の石壁を見れば、空全体の青さの中でその姿は断絶して聳えている。

滄海先迎日,銀河倒列星。

朝は蒼海から真っ先に日が登って来るのを迎えられるし、夜は天上の銀河が地上の大江に逆さまに連なって映っている。

平生耽勝事,吁駭始初經。

普段から自分は、此処の風景の優れていることを見耽っているもので、此処で、この景色を初めて経験した時にどれほど驚いたものであったか、だからここに留まってこの景色を見るのである。

 

(西閣を離れず,二首の二)

西閣 人の別るるに從【まか】し,人 今 亦た 故【わざわざ】亭【とど】まる。

江雲 素練 飄えり,石壁 空青 斷ゆ。

滄海 先ず 日を迎え,銀河 倒しまに 星を列す。

平生 勝事に耽り,吁駭【くがい】せりしこと始めて 初經せり。

 

夔州東川卜居図詳細 001 

『不離西閣,二首之二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

不離西閣,二首之二

西閣從人別,人今亦故亭。

江雲飄素練,石壁斷空青。

滄海先迎日,銀河倒列星。

平生耽勝事,吁駭始初經。

 

不離西閣,二首之二(含異文)

西閣從人別,人今亦故亭。江雲飄素練【江雲飄素葉】,石壁斷空青【石壁斬空青】。滄海先迎日,銀河倒列星。平生耽勝事,吁駭始初經【吁怪始初經】。

 

(下し文)
(西閣を離れず,二首の二)

西閣 人の別るるに從【まか】し,人 今 亦た 故【わざわざ】亭【とど】まる。

江雲 素練 飄えり,石壁 空青 斷ゆ。

滄海 先ず 日を迎え,銀河 倒しまに 星を列す。

平生 勝事に耽り,吁駭【くがい】せりしこと始めて 初經せり。

(現代語訳)
(西閣より離れて居を移そうとしているが、なかなか移拠できないでいる事を詠う二首の二)

「西閣意」は人が別れて行こうが、行かないでいようと構いはしない、人は、今また、人の都合でとどまっている。

そのわけは、江上の雲をみれば素い練り絹を翻している、崖の石壁を見れば、空全体の青さの中でその姿は断絶して聳えている。

朝は蒼海から真っ先に日が登って来るのを迎えられるし、夜は天上の銀河が地上の大江に逆さまに連なって映っている。

普段から自分は、此処の風景の優れていることを見耽っているもので、此処で、この景色を初めて経験した時にどれほど驚いたものであったか、だからここに留まってこの景色を見るのである。


(訳注)

不離西閣,二首之二

(西閣より離れて居を移そうとしているが、なかなか移拠できないでいる事を詠う二首の二)

1812西閣口號【案:呈元二十一。】

1713西閣雨望

1816不離西閣,二首之一

1817不離西閣,二首之二

1714西閣三度期大昌嚴明府,同宿不到

1715西閣,二首之一

1716西閣,二首之二

1813閣夜

1717西閣夜

 

西閣從人別,人今亦故亭。

「西閣意」は人が別れて行こうが、行かないでいようと構いはしない、人は、今また、人の都合でとどまっている。

故亭 亭は亭に停ること。

この句は、前詩「不知西閣意,肯別定留人。」(さて、この西閣の意中はどうだろうか、よくわからない、自分をこの地から別れさそうというのか、それともここへ留めおこうというのか。)をうけている。

 

江雲飄素練,石壁斷空青。

そのわけは、江上の雲をみれば素い練り絹を翻している、崖の石壁を見れば、空全体の青さの中でその姿は断絶して聳えている。

斷空青 江雲、素練、石壁のそれぞれが青空の中で断絶して存在している。

 

滄海先迎日,銀河倒列星。

朝は蒼海から真っ先に日が登って来るのを迎えられるし、夜は天上の銀河が地上の大江に逆さまに連なって映っている。

滄海 あおあおとした広い海。あおうなばら。滄海変じて桑田となる《儲光羲「献八舅東帰」から》広い海原が桑畑に変わる。世の中の移り変わりの激しいことのたとえ。桑田変じて海となる。桑田変じて滄海となる。滄海桑田。

銀河 あまのがわ。天河・銀河・経河・銀漢・雲漢・星漢・天津・漢津等はみなその異名である。杜甫『天河』。

列星 天上の銀河が大江にうつる星と連なっている。

 

平生耽勝事,吁駭始初經。

普段から自分は、此処の風景の優れていることを見耽っているもので、此処で、この景色を初めて経験した時にどれほど驚いたものであったか、だからここに留まってこの景色を見るのである。

吁駭始初經 吁駭は過去において感歎し、奮駭したことをいう。始初經は始めと初と重なり、初を重ね、それを経験経てゆくこと、此処に留まることを意味する。
杜甫55歳756年作品 

766年-75杜甫 《1816不離西閣,二首之一》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-75 <938> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6325

杜甫  不離西閣,二首之一  

江柳非時發,江花冷色頻。地偏應有瘴,臘近已含春。

失學從愚子,無家住老身。不知西閣意,肯別定留人。
(西閣より離れて居を移そうとしているが、なかなか依拠できないでいる事を詠う二首の一)長江の川岸の柳は季節外れの新芽を出している。江辺の花はのびのびはできないものの、頻りにそれらしい色を出そうとしている。この地は南に偏ったところだから、瘴癘の病気が蔓延する、都で臘節と云えば肌寒い早春の移り変わりの時期なのに、此処ではすでに春満開なのである。この時愚かな子供は学問をしていないので仕方がないが、この老人にとっては、此処での棲むべき家もないのであるが、これもまた仕方のないことだ。さて、この西閣の意中はどうだろうか、よくわからない、自分をこの地から別れさそうというのか、それともここへ留めおこうというのか。

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杜甫詩1500-938-1436/2500

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    不離西閣,二首之一

作地點:              目前尚無資料

及地點:              西閣 (山南東道 夔州 奉節)              

 

 

不離西閣,二首之一

(西閣より離れて居を移そうとしているが、なかなか依拠できないでいる事を詠う二首の一)

江柳非時發,江花冷色頻。

長江の川岸の柳は季節外れの新芽を出している。江辺の花はのびのびはできないものの、頻りにそれらしい色を出そうとしている。

地偏應有瘴,臘近已含春。

この地は南に偏ったところだから、瘴癘の病気が蔓延する、都で臘節と云えば肌寒い早春の移り変わりの時期なのに、此処ではすでに春満開なのである。

失學從愚子,無家住老身。

この時愚かな子供は学問をしていないので仕方がないが、この老人にとっては、此処での棲むべき家もないのであるが、これもまた仕方のないことだ。

不知西閣意,肯別定留人。

さて、この西閣の意中はどうだろうか、よくわからない、自分をこの地から別れさそうというのか、それともここへ留めおこうというのか。

 

(西閣を離れず,二首の一)

江柳 非時 發し,江花 冷色 頻りなり。

地 偏にして 應に 瘴 有るなるべし,臘 近にして已に春を含む。

失學 愚子に從【まか】し,無家 老身に 住【や】む。

知らず 西閣の意,肯えて 別れしめんや 定めて人を留まらしめんや。

 

安史の乱当時の勢力図 

『不離西閣,二首之一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

不離西閣,二首之一

江柳非時發,江花冷色頻。

地偏應有瘴,臘近已含春。

失學從愚子,無家住老身。

不知西閣意,肯別定留人。
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不離西閣,二首之一(含異文)

江柳非時發,江花冷色頻。地偏應有瘴,臘近已含春。

失學從愚子,無家住老身【無家任老身】。不知西閣意,肯別定留人【肯別定何人】。


(下し文)
(西閣を離れず,二首の一)

江柳 非時 發し,江花 冷色 頻りなり。

地 偏にして 應に 瘴 有るなるべし,臘 近にして已に春を含む。

失學 愚子に從【まか】し,無家 老身に 住【や】む。

知らず 西閣の意,肯えて 別れしめんや 定めて人を留まらしめんや。

(現代語訳)
(西閣より離れて居を移そうとしているが、なかなか依拠できないでいる事を詠う二首の一)

長江の川岸の柳は季節外れの新芽を出している。江辺の花はのびのびはできないものの、頻りにそれらしい色を出そうとしている。

この地は南に偏ったところだから、瘴癘の病気が蔓延する、都で臘節と云えば肌寒い早春の移り変わりの時期なのに、此処ではすでに春満開なのである。

この時愚かな子供は学問をしていないので仕方がないが、この老人にとっては、此処での棲むべき家もないのであるが、これもまた仕方のないことだ。

さて、この西閣の意中はどうだろうか、よくわからない、自分をこの地から別れさそうというのか、それともここへ留めおこうというのか。


(訳注)

不離西閣,二首之一

(西閣より離れて居を移そうとしているが、なかなか依拠できないでいる事を詠う二首の一)

1812西閣口號【案:呈元二十一。】

1713西閣雨望

1816不離西閣,二首之一

1817不離西閣,二首之二

1714西閣三度期大昌嚴明府,同宿不到

1715西閣,二首之一

1716西閣,二首之二

1813閣夜

1717西閣夜

 

江柳非時發,江花冷色頻。

長江の川岸の柳は季節外れの新芽を出している。江辺の花はのびのびはできないものの、頻りにそれらしい色を出そうとしている。

非時發 季節外れにはなが咲く。

冷色 花はのびのびはできないものということ。

 

地偏應有瘴,臘近已含春。

この地は南に偏ったところだから、瘴癘の病気が蔓延する、都で臘節と云えば肌寒い早春の移り変わりの時期なのに、此処ではすでに春満開なのである。

地偏 雲安や夔州奉節は南詔という別の国との国境ということをいう。

瘴 瘴癘病(マラリア)

臘近 臘日のことで、二十四節気「大寒」に近い辰の日のこと。臘日(ろうじつ) もとは狩猟の獲物を先祖に捧げると言う中国の風習が伝わったもの。 小寒後二度目の辰の日、大寒に近い辰の日をいう。

 

失學從愚子,無家住老身。

この時愚かな子供は学問をしていないので仕方がないが、この老人にとっては、此処での棲むべき家もないのであるが、これもまた仕方のないことだ。

失學 勉強をしない。

愚子 杜甫の子、宗文宗武のこと。

無家 住むべき家がないことをいう。

老身 杜甫自身。

 

不知西閣意,肯別定留人。

さて、この西閣の意中はどうだろうか、よくわからない、自分をこの地から別れさそうというのか、それともここへ留めおこうというのか。

西閣意 西閣を擬人化してその意中を聴くということ。

肯別 自分をこの地から別れさそうという意。「敢て我をして別れしめんや。」

 或はという意。

人 人は、杜甫を指す。「我をして留めらしめんや」
夔州東川卜居図詳細 001 

766年-74杜甫 《1713西閣雨望》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-74 <937> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6320 杜甫詩1500-937-1435/2500

杜甫  西閣雨望  

樓雨霑雲幔,山寒著水城。徑添沙面出,湍減石稜生。

菊蕊淒疏放,松林駐遠情。滂沱朱檻,萬慮傍簷楹

(西閣にて雨中の眺めを述べた)西閣楼の降りそそぐ雨は、雲の中まで伸びる幔幕をうるおしている、冬寒の山は水際の夔州の城郭に到着している。長江には砂浜が現れて水汲み人が行き交うので、それに沿って道ができている、それに水量が減ったために、川中の岩石が水面より出てきて石稜を生じさせている。冷たい空気の中に菊の花は少し開いているし、松林の緑は遠く、冬の風情の中でそこだけが趣を異にしてとどめている。雨は盛んに降るようになって西閣の欄干まで濡らしてしまう、自分は多くの心配をしながら、雨を避け、軒近い柱に倚りかかって、雨中の景色を眺めている。

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276 《巻十九15與從姪杭州刺史良遊天竺寺》Index-19 Ⅱー14-739年開元二十七年39歳 <276>(改訂版Ver..2.1) Ⅰ李白詩1554 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6318 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
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76-#16 《八讀巻六11 祭十二郎文》-16 韓愈(韓退之) 803年貞元19年 38歳<1467> Ⅱ【21分割】 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6319韓愈詩-76-#16 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-74杜甫 《1713西閣雨望》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-74 <937> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6320 杜甫詩1500-937-1435/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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杜甫詩1500-937-1435/2500

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    西閣雨望

作地點:              目前尚無資料

及地點:              西閣 (山南東道 夔州 奉節)              

 

 

西閣雨望

(西閣にて雨中の眺めを述べた)

樓雨霑雲幔,山寒著水城。

西閣楼の降りそそぐ雨は、雲の中まで伸びる幔幕をうるおしている、冬寒の山は水際の夔州の城郭に到着している。

徑添沙面出,湍減石稜生。

長江には砂浜が現れて水汲み人が行き交うので、それに沿って道ができている、それに水量が減ったために、川中の岩石が水面より出てきて石稜を生じさせている。

菊蕊淒疏放,松林駐遠情。

冷たい空気の中に菊の花は少し開いているし、松林の緑は遠く、冬の風情の中でそこだけが趣を異にしてとどめている。

滂沱朱檻萬慮傍簷楹。

雨は盛んに降るようになって西閣の欄干まで濡らしてしまう、自分は多くの心配をしながら、雨を避け、軒近い柱に倚りかかって、雨中の景色を眺めている。

 

(西閣の雨望)

樓雨 雲幔を霑し,山寒 水城に著く。

徑 添えられて 沙面出で,湍 減じて 石稜 生ず。

菊蕊 淒として 疏放,松林 遠情を駐む。

滂沱 朱檻萬慮 簷楹【えんえい】に傍る。

 

夔州東川卜居図詳細 001 

『西閣雨望』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

西閣雨望

樓雨霑雲幔,山寒著水城。

徑添沙面出,湍減石稜生。

菊蕊淒疏放,松林駐遠情。

滂沱朱檻,萬慮傍簷楹


西閣雨望(含異文)

樓雨霑雲幔,山寒著水城【山高著水城】。徑添沙面出,湍減石稜生。菊蕊淒疏放,松林駐遠情。滂沱朱檻,萬慮傍簷楹【萬慮倚簷楹】。


(下し文)
(西閣の雨望)

樓雨 雲幔を霑し,山寒 水城に著く。

徑 添えられて 沙面出で,湍 減じて 石稜 生ず。

菊蕊 淒として 疏放,松林 遠情を駐む。

滂沱 朱檻萬慮 簷楹【えんえい】に傍る。


(現代語訳)
(西閣にて雨中の眺めを述べた)

西閣楼の降りそそぐ雨は、雲の中まで伸びる幔幕をうるおしている、冬寒の山は水際の夔州の城郭に到着している。

長江には砂浜が現れて水汲み人が行き交うので、それに沿って道ができている、それに水量が減ったために、川中の岩石が水面より出てきて石稜を生じさせている。

冷たい空気の中に菊の花は少し開いているし、松林の緑は遠く、冬の風情の中でそこだけが趣を異にしてとどめている。

雨は盛んに降るようになって西閣の欄干まで濡らしてしまう、自分は多くの心配をしながら、雨を避け、軒近い柱に倚りかかって、雨中の景色を眺めている。


(訳注)

西閣雨望

(西閣にて雨中の眺めを述べた)

1812西閣口號【案:呈元二十一。】

1713西閣雨望

1816不離西閣,二首之一

1817不離西閣,二首之二

1714西閣三度期大昌嚴明府,同宿不到

1715西閣,二首之一

1716西閣,二首之二

1813閣夜

1717西閣夜

 

樓雨霑雲幔,山寒著水城。

西閣楼の降りそそぐ雨は、雲の中まで伸びる幔幕をうるおしている、冬寒の山は水際の夔州の城郭に到着している。

樓雨 楼に降りそそぐ雨。

雲幔 雲の中まで伸びる幔幕。西閣が高く雲間に在るようにみえることをいう。

山寒 冬寒の山。落葉で幹と枝の実で山肌が見える冬景色の山。

著水城 夔州の城郭に到着している。

 

徑添沙面出,湍減石稜生。

長江には砂浜が現れて水汲み人が行き交うので、それに沿って道ができている、それに水量が減ったために、川中の岩石が水面より出てきて石稜を生じさせている。

徑添沙面出 冬季の渇水で水量が減ったことで水汲みの人が行き交うことで道ができている。

湍減 冬季の渇水で水量が減っていること言う。

石稜生 水量が減ったことで岩石の角張ったところが水面から出ていることをいう。

 

菊蕊淒疏放,松林駐遠情。

冷たい空気の中に菊の花は少し開いているし、松林の緑は遠く、冬の風情の中でそこだけが趣を異にしてとどめている。

菊蕊 菊の花。

淒疏放 冷たい空気の中にあることをいう。

駐遠情 緑が遠く、冬の風情の中でそこだけが趣を異にしてとどめている。

 

滂沱朱檻萬慮傍簷楹。

雨は盛んに降るようになって西閣の欄干まで濡らしてしまう、自分は多くの心配をしながら、雨を避け、軒近い柱に倚りかかって、雨中の景色を眺めている。

滂沱 雨は盛んに降るようになる。

朱檻 西閣の欄干まで濡らしてしまう

萬慮 多くの心配をする。

傍簷楹 軒近い柱に倚りかかる。
杜甫55歳756年作品 

766年-73杜甫 《1812西閣口號【案:呈元二十一。】》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-73 <936> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6315

西閣口號【呈元二十一。】

山木抱雲稠,寒江繞上頭。雪崖纔變石,風幔不依樓。

社稷堪流涕,安危在運籌。看君話王室,感動幾銷憂。
(奉節寓居の西閣で口遊んだ詩を元曹長に呈す。)雲の抱きかかえられたように山の樹木が多く立っている、長江の冬の寒々とした流れは廻り、その山頂も廻っている。先ごろまで降っていた雪が崖の石の色を変えてしまったし、風に吹かれてあおられている幔幕は、西閣楼により附かず舞上っている。社稷のことを思えば、涕が流れるのを止めることができないほどだし、国家の安危はこの施政の政の如何にかかっている。こうして君の朝廷、王室のことを語っているのを聴いていると、ただただ、感動していくたびか、憂いを消し去ってくれるのである。

766-73杜甫 1812西閣口號【案:呈元二十一。】》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-73 <936 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6315

 
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杜甫詩1500-936-1434/2500

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    西閣口號【呈元二十一。】

及地點:              西閣 (山南東道 夔州 奉節)              

 

 

西閣口號【呈元二十一。】

(奉節寓居の西閣で口遊んだ詩を元曹長に呈す。)

山木抱雲稠,寒江繞上頭。

雲の抱きかかえられたように山の樹木が多く立っている、長江の冬の寒々とした流れは廻り、その山頂も廻っている。

雪崖纔變石,風幔不依樓。

先ごろまで降っていた雪が崖の石の色を変えてしまったし、風に吹かれてあおられている幔幕は、西閣楼により附かず舞上っている。

社稷堪流涕,安危在運籌。

社稷のことを思えば、涕が流れるのを止めることができないほどだし、国家の安危はこの施政の政の如何にかかっている。

看君話王室,感動幾銷憂。

こうして君の朝廷、王室のことを語っているのを聴いていると、ただただ、感動していくたびか、憂いを消し去ってくれるのである。

 

西閣口號【呈元二十一。】

山木 雲に抱かれて稠し,寒江 上頭を繞る。

雪崖 纔かに石を變じ,風幔 樓に依らず。

社稷 流涕するに堪たり,安危 運籌に在り。

看る 君が王室を話するを,感動して 幾【いくたび】か憂を銷せん。

 

夔州東川卜居図詳細 001 

『西閣口號』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

西閣口號【呈元二十一。】

山木抱雲稠,寒江繞上頭。

雪崖纔變石,風幔不依樓。

社稷堪流涕,安危在運籌。

看君話王室,感動幾銷憂。

(下し文)
西閣口號【呈元二十一。】

山木 雲に抱かれて稠し,寒江 上頭を繞る。

雪崖 纔かに石を變じ,風幔 樓に依らず。

社稷 流涕するに堪たり,安危 運籌に在り。

看る 君が王室を話するを,感動して 幾【いくたび】か憂を銷せん。


(現代語訳)
(奉節寓居の西閣で口遊んだ詩を元曹長に呈す。)

雲の抱きかかえられたように山の樹木が多く立っている、長江の冬の寒々とした流れは廻り、その山頂も廻っている。

先ごろまで降っていた雪が崖の石の色を変えてしまったし、風に吹かれてあおられている幔幕は、西閣楼により附かず舞上っている。

社稷のことを思えば、涕が流れるのを止めることができないほどだし、国家の安危はこの施政の政の如何にかかっている。

こうして君の朝廷、王室のことを語っているのを聴いていると、ただただ、感動していくたびか、憂いを消し去ってくれるのである。


(訳注)

西閣口號【呈元二十一。】

(奉節寓居の西閣で口遊んだ詩を元曹長に呈す。)

杜甫『夜宿西閣曉呈元二十一曹長』の続き篇。

 

山木抱雲稠,寒江繞上頭。

雲の抱きかかえられたように山の樹木が多く立っている、長江の冬の寒々とした流れは廻り、その山頂も廻っている。

寒江 長江の冬の寒々とした流れをいう。『夜宿西閣曉呈元二十一曹長』「寒江流甚細,有意待人歸。」とある

 多い事。

繞上頭 流れが廻り、その山頂も廻っている。上頭とは流れが蛇行する其の曲りの突端をいう。

 

雪崖纔變石,風幔不依樓。

先ごろまで降っていた雪が崖の石の色を変えてしまったし、風に吹かれてあおられている幔幕は、西閣楼により附かず舞上っている。

變石 風雪によって巌の色が白に変わること。

風幔 幔幕が風に翻る。西閣楼の周りに張られた幔幕であろうが舞いあがて役立たないことをいう。

 

社稷堪流涕,安危在運籌。

社稷のことを思えば、涕が流れるのを止めることができないほどだし、国家の安危はこの施政の政の如何にかかっている。

社稷 。1 古代中国で、天子や諸侯が祭った土地の神(社)と五穀の神(稷)。2 朝廷または国家。3 朝廷または国家の尊崇する神。

安危 国家の安危。

運籌 運気・法則を知る。はかりごとをめぐらせてうまく導くこと。施政の政の如何にかかっていること

 

看君話王室,感動幾銷憂。

こうして君の朝廷、王室のことを語っているのを聴いていると、ただただ、感動していくたびか、憂いを消し去ってくれるのである。

君 元二十一曹長。
山南東道北部唐州随州01 

766年-72杜甫 《1811夜宿西閣曉呈元二十一曹長》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-72 <935> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6310

杜甫  夜宿西閣曉呈元二十一曹長  

城暗更籌急,樓高雨雪微。稍通綃幕霽,遠帶玉繩稀。

門鵲晨光起,牆烏宿處飛。寒江流甚細,有意待人歸。
(ある夜、西閣に泊まって、翌曉に、元曹長に贈呈した詩、“元曹長”に向って歸心の切なるを訴える。)城は昏くて漏刻の浮箭の音が急いだように聞こえてきて、楼の高い処には雨交じりの雪がかすかになってくる。次第、次第に薄絹のとばり幕に雨晴霽の色が通るようになり、遠く玉繩星も稀少なかげさえおびるようになる。城門に飛ぶカササギは晨の光に起きだしてきた、帆柱に泊まった烏は、元曹長の泊まったところで飛び立つ。長江の冬の寒々とした流れははなはだか細い流れであるけれども、それでも故郷に帰ろうとする意志を持ち続けるものにとって、帰る意思は変わるものではないのである。

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274 《卷十六11送姪良攜二妓赴會稽戲有此贈(改訂)》Index-19 Ⅱー14-739年開元二十七年39歳 <274> Ⅰ李白詩1552 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6308 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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76-#14 《八讀巻六11 祭十二郎文》-14 韓愈(韓退之) 803年貞元19年 38歳<1465> Ⅱ【18分割】 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6309 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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杜甫詩1500-935-1433/2500

年:766年大暦元年55-

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    夜宿西閣曉呈元二十一曹長

作地點:              奉節(山南東道 夔州 奉節)

及地點:              西閣 (山南東道 夔州 奉節)              

交遊人物:元二十一曹長    書信往來

 

 

夜宿西閣曉呈元二十一曹長

(ある夜、西閣に泊まって、翌曉に、元曹長に贈呈した詩、“元曹長”に向って歸心の切なるを訴える。)

城暗更籌急,樓高雨雪微。

城は昏くて漏刻の浮箭の音が急いだように聞こえてきて、楼の高い処には雨交じりの雪がかすかになってくる。

稍通幕霽,遠帶玉繩稀。

次第、次第に薄絹のとばり幕に雨晴霽の色が通るようになり、遠く玉繩星も稀少なかげさえおびるようになる。

門鵲晨光起,牆烏宿處飛。

城門に飛ぶカササギは晨の光に起きだしてきた、帆柱に泊まった烏は、元曹長の泊まったところで飛び立つ。

寒江流甚細,有意待人歸。

長江の冬の寒々とした流れははなはだか細い流れであるけれども、それでも故郷に帰ろうとする意志を持ち続けるものにとって、帰る意思は変わるものではないのである。

 

(夜 西閣に宿し 曉 元二十一曹長に呈す)

城 暗くして更籌 急なり,樓 高くして雨雪 微なり。

稍く通ず 綃幕の霽,遠く帶ぶ 玉繩 稀なるを。

門鵲 晨光に起く,牆烏 宿處に飛ぶ。

寒江 流れ 甚だ細なり,人の歸るを待つに意有り。

 

夔州東川卜居図詳細 001 

『夜宿西閣曉呈元二十一曹長』現代語訳と訳註解説
(
本文)
夜宿西閣曉呈元二十一曹長

城暗更籌急,樓高雨雪微。

稍通綃幕霽,遠帶玉繩稀。

門鵲晨光起,牆烏宿處飛。

寒江流甚細,有意待人歸。

夜宿西閣曉呈元二十一曹長(含異文)

城暗更籌急,樓高雨雪微。稍通綃幕霽,遠帶玉繩稀。門鵲晨光起【門鵲晨光喜】,牆烏宿處飛【檣烏宿處飛】。寒江流甚細,有意待人歸。

 

(下し文)
(夜 西閣に宿し 曉 元二十一曹長に呈す)

城 暗くして更籌 急なり,樓 高くして雨雪 微なり。

稍く通ず 綃幕の霽,遠く帶ぶ 玉繩 稀なるを。

門鵲 晨光に起く,牆烏 宿處に飛ぶ。

寒江 流れ 甚だ細なり,人の歸るを待つに意有り。

(現代語訳)
(ある夜、西閣に泊まって、翌曉に、元曹長に贈呈した詩、“元曹長”に向って歸心の切なるを訴える。)

城は昏くて漏刻の浮箭の音が急いだように聞こえてきて、楼の高い処には雨交じりの雪がかすかになってくる。

次第、次第に薄絹のとばり幕に雨晴霽の色が通るようになり、遠く玉繩星も稀少なかげさえおびるようになる。

城門に飛ぶカササギは晨の光に起きだしてきた、帆柱に泊まった烏は、元曹長の泊まったところで飛び立つ。

長江の冬の寒々とした流れははなはだか細い流れであるけれども、それでも故郷に帰ろうとする意志を持ち続けるものにとって、帰る意思は変わるものではないのである。

李白の足跡003
(訳注)

夜宿西閣曉呈元二十一曹長

(ある夜、西閣に泊まって、翌曉に、元曹長に贈呈した詩、“元曹長”に向って歸心の切なるを訴える。)

766年大暦元年55、夔州の作。

西閣 寓居の西閣。西閣を詩題としている同じ年の作品は以下の通り。

1713西閣雨望》、《1714西閣三度期大昌嚴明府,同宿不到》、《1715西閣,二首之一》、《1716西閣,二首之二》、《1812西閣口號》【呈元二十一。】、《1813閣夜》、《1815西閣曝日》、《1816不離西閣,二首之一》、《1817不離西閣,二首之二》、《1813閣夜》、《1717西閣夜》

元二十一曹長 もと役所の同僚であった元某人。

 

城暗更籌急,樓高雨雪微。

城は昏くて漏刻の浮箭の音が急いだように聞こえてきて、楼の高い処には雨交じりの雪がかすかになってくる。

更籌急 漏刻の浮箭の音が急いだように聞こえてくる。

 

稍通綃幕霽,遠帶玉繩稀。

次第、次第に薄絹のとばり幕に雨晴霽の色が通るようになり、遠く玉繩星も稀少なかげさえおびるようになる。

稍通 次第次第に。

綃幕霽 薄絹のとばり幕に雨晴霽の色が通るようになる

玉繩 北斗七星の第五を玉衡といい、玉衡の北の二つからなる星の名を玉衡星という。この星も動かないので沈んでいかないし、低くならない。銀の燭台の蝋燭の芯が燃え尽きて低くなる方が分かり易い。・玉繩:玉縄星。二つからなる星の名。玉衡の北にある

溫庭筠《0119更漏子六首其五》「銀燭盡,玉繩低,一聲村落雞。」そこには、座敷に一人、銀燭台の蝋燭をつけたまま官妓が横たわる、輝く玉縄星も低くなり、蝋燭の芯ももうすでに短くなっていて、夜明けを告げる鶏が一番の時を知らせてくる。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠19《更漏子六首其五》溫庭筠66首巻一19-19〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5292

 

門鵲晨光起,牆烏宿處飛。

城門に飛ぶカササギは晨の光に起きだしてきた、帆柱に泊まった烏は、元曹長の泊まったところで飛び立つ。

門鵲 門の辺りに集まり、飛ぶカササギ。カササギが七夕に橋を架けて、牽牛と織女を会わせるという。わが邦では、転じて宮中の階(みはし。きざはし)を謂う(かささぎの渡せる橋に…)。つまりあの人とはまだ切れてはいない。

牆烏 帆柱にあつまり、泊まった烏。

 

寒江流甚細,有意待人歸。

長江の冬の寒々とした流れははなはだか細い流れであるけれども、それでも故郷に帰ろうとする意志を持ち続けるものにとって、帰る意思は変わるものではないのである。

流甚細 水量が少なく船の航行できる水幅が狭くなっている。

有意 変わらない意思がある。

人歸 故郷に帰ろうとする意志を持ち続けるひと。
山南東道北部唐州随州01 

766年-71杜甫 《1711宿江邊閣【案:即後西閣。】》七言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-71 <934> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6305

杜甫  宿江邊閣  

暝色延山徑,高齋次水門。薄雲巖際宿,孤月浪中翻。

鸛鶴追飛靜,豺狼得食喧。不眠憂戰伐,無力正乾坤。

(三峡に向かう長江のほとりにある草閣に泊まった時のことを詠う)山の小道まで暗がりの色が広がり伸びてくると、自分は高い位置にある書斎にいるその水門の側に泊まる事にした。その時、巌の端に薄い雲がおなじように泊まっていて、一つの月影が波のまにまに翻る。自分は夜が更けても寝つけず、というのも世間に戦伐が絶えないことが心配され、気になって寝れないからだ、遺憾ながら、天地のまがったのを正すだけの力を持っていないからどうしようもない。

766-71杜甫 1711宿江邊閣【案:即後西閣。】》七言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-71 <934 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6305

 
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杜甫詩1500-934-1432/2500

年:766年大暦元年

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    宿江邊閣【即後西閣。】

及地點:              江邊閣 (山南東道 夔州 夔州) 別名:草閣      

 

 

宿江邊閣【即後西閣。】

(三峡に向かう長江のほとりにある草閣に泊まった時のことを詠う)

暝色延山徑,高齋次水門。

山の小道まで暗がりの色が広がり伸びてくると、自分は高い位置にある書斎にいるその水門の側に泊まる事にした。

薄雲巖際宿,孤月浪中翻。

その時、巌の端に薄い雲がおなじように泊まっていて、一つの月影が波のまにまに翻る。

鸛鶴追飛靜,豺狼得食喧。

鸛【コウヅル】や鶴が静かに相い追うようにして飛び、豺狼は食物を得ようと喧しく騒ぎ立てる。

不眠憂戰伐,無力正乾坤。

自分は夜が更けても寝つけず、というのも世間に戦伐が絶えないことが心配され、気になって寝れないからだ、遺憾ながら、天地のまがったのを正すだけの力を持っていないからどうしようもない。

 

(江邊の閣に宿す【即後に西閣とす。】)

暝色 山徑に延び,高齋 水門に次る。

薄雲 巖際に宿す,孤月 浪中に翻る。

鸛鶴 追飛 靜かに,豺狼 得食 喧し。

眠らず 戰伐を憂うに,無力 乾坤を正すに。

 

 

『宿江邊閣【即後西閣。】』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

宿江邊閣【即後西閣。】

暝色延山徑,高齋次水門。

薄雲巖際宿,孤月浪中翻。

鸛鶴追飛靜,豺狼得食喧。

不眠憂戰伐,無力正乾坤。

 

(宿江邊閣【即後西閣。】)

暝色延山徑,高齋次水門。薄雲巖際宿,孤月浪中翻。鸛鶴追飛靜【鸛鶴追飛盡】,豺狼得食喧。不眠憂戰伐,無力正乾坤。


(下し文)
(
江邊の閣に宿す【即後に西閣とす。】)

暝色 山徑に延び,高齋 水門に次る。

薄雲 巖際に宿す,孤月 浪中に翻る。

鸛鶴 追飛 靜かに,豺狼 得食 喧し。

眠らず 戰伐を憂うに,無力 乾坤を正すに。

(現代語訳)
(三峡に向かう長江のほとりにある草閣に泊まった時のことを詠う)

山の小道まで暗がりの色が広がり伸びてくると、自分は高い位置にある書斎にいるその水門の側に泊まる事にした。

その時、巌の端に薄い雲がおなじように泊まっていて、一つの月影が波のまにまに翻る。

鸛【コウヅル】や鶴が静かに相い追うようにして飛び、豺狼は食物を得ようと喧しく騒ぎ立てる。

自分は夜が更けても寝つけず、というのも世間に戦伐が絶えないことが心配され、気になって寝れないからだ、遺憾ながら、天地のまがったのを正すだけの力を持っていないからどうしようもない。


(訳注)

宿江邊閣【即後西閣。】

(三峡に向かう長江のほとりにある草閣に泊まった時のことを詠う)

江邊閣 水門の側に在る草閣。

杜甫《巻十七草閣》「草閣臨無地,柴扉永不關。魚龍迴夜水,星月動秋山。久露清初,高雲薄未還。汎舟慚小婦,飄泊損紅顏。」

 

暝色延山徑,高齋次水門。

山の小道まで暗がりの色が広がり伸びてくると、自分は高い位置にある書斎にいるその水門の側に泊まる事にした。

暝色延山徑 山の小道まで暗がりの色が広がり伸びてくる三峡の夕方の様子のこと。

高齋 は高い位置にある書斎。

次水門 次は宿泊すること。水路駅の門である。

 

薄雲巖際宿,孤月浪中翻。

その時、巌の端に薄い雲がおなじように泊まっていて、一つの月影が波のまにまに翻る。

薄雲巖際宿,孤月浪中翻 南朝梁詩人何遜《入西塞示南府同僚》「薄雲岩際出,初月波中上。」を数字代えて使った。

 

鸛鶴追飛靜,豺狼得食喧。

鸛【コウヅル】や鶴が静かに相い追うようにして飛び、豺狼は食物を得ようと喧しく騒ぎ立てる。

豺狼 1 やまいぬとおおかみ。2 残酷で欲深い人。むごたらしいことをする人。ここは、参族などを含む、各地で叛乱を起す者たち。

 

不眠憂戰伐,無力正乾坤。

自分は夜が更けても寝つけず、というのも世間に戦伐が絶えないことが心配され、気になって寝れないからだ、遺憾ながら、天地のまがったのを正すだけの力を持っていないからどうしようもない。

766年-70杜甫 《1553雨不絕》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-70 <933> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6300

杜甫  雨不  

鳴雨既過漸細微,映空搖颺如絲飛。階前短草泥不亂,院裡長條風乍稀。

舞石旋應將乳子,行雲莫自仙衣。眼邊江舸何匆促,未待安流逆浪歸。
(暴風雨が去っても、細雨が残り、曇天が続くと詠う)

ひどい音をたてて降った豪雨がとおりすぎていって、しだいに微細なあめになり、その雨はゆらゆら空にうつろうて絲すじ堦の前の短い草は泥のためにもみだされずにあるし、奥庭の樹の長くたれた枝をみると急に風がすくなくなっている。

766-70杜甫 1553雨不》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-70 <933 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6300

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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273#1 《卷十五09送楊山人歸天台#1》Index-19 Ⅱー14-739年開元二十七年39歳 【2分割】<273#1> Ⅰ李白詩1550 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6298 
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 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-70杜甫 《1553雨不絕》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-70 <933> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6300 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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杜甫詩1500-933-1431/2500

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    七言律詩

詩題:    雨不

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

 

 

雨不

(暴風雨が去っても、細雨が残り、曇天が続くと詠う)

鳴雨既過漸細微,映空搖颺如絲飛。

ひどい音をたてて降った豪雨がとおりすぎていって、しだいに微細なあめになり、その雨はゆらゆら空にうつろうて絲すじの様にほそく飛んでいる。 

階前短草泥不亂,院裡長條風乍稀。

堦の前の短い草は泥のためにもみだされずにあるし、奥庭の樹の長くたれた枝をみると急に風がすくなくなっている。

舞石旋應將乳子,行雲莫自仙衣。

眼邊江舸何匆促,未待安流逆浪歸。

眼前にみえている大江の大船はなぜあんなにせわしないのか、もうすこし待ったらよさそうなものなのに、また、いまだに水流もおちつかないのに浪にさからって帰ってゆくのである。

 

(雨 えず)

鳴雨既過漸細微,映空搖颺如絲飛。

階前短草泥不亂,院裡長條風乍稀。

舞石旋應將乳子,行雲莫自仙衣。

眼邊江舸何匆促,未待安流逆浪歸。

 

 

『雨不』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

雨不

鳴雨既過漸細微,映空搖颺如絲飛。

階前短草泥不亂,院裡長條風乍稀。

舞石旋應將乳子,行雲莫自仙衣。

眼邊江舸何匆促,未待安流逆浪歸。

(下し文)
(
雨 えず)

鳴雨 既に 過ぎて漸く細微なり、空に映じて揺颺絲の如く飛ぶ。

階前の短草泥にも乱れず、院裏の長條風乍ち稀れなり。

舞石 旋た 應に乳子を將【ひき】いるなるべし、行雲 自ら仙衣をす莫からんや。

眼邊江舸何ぞ匆促なる,未だ安流を待たず 浪に逆いて歸る。


(現代語訳)
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<!--[endif]-->

(暴風雨が去っても、細雨が残り、曇天が続くと詠う)

ひどい音をたてて降った豪雨がとおりすぎていって、しだいに微細なあめになり、その雨はゆらゆら空にうつろうて絲すじ堦の前の短い草は泥のためにもみだされずにあるし、奥庭の樹の長くたれた枝をみると急に風がすくなくなっている。

堦の前の短い草は泥のためにもみだされずにあるし、奥庭の樹の長くたれた枝をみると急に風がすくなくなっている。

風がまだ強かったときには石燕の話にある様に、舞い飛ぶ石さえ乳子をつれているかと疑われたが、小雨になって雲がうつりゆくのをみると巫山の仙女も自分みずから衣をぬらしはせぬかと気付かわれる。

眼前にみえている大江の大船はなぜあんなにせわしないのか、もうすこし待ったらよさそうなものなのに、また、いまだに水流もおちつかないのに浪にさからって帰ってゆくのである。



(訳注)

雨不

(暴風雨が去っても、細雨が残り、曇天が続くと詠う)

 

鳴雨既過漸細微,映空搖颺如絲飛。

ひどい音をたてて降った豪雨がとおりすぎていって、しだいに微細なあめになり、その雨はゆらゆら空にうつろうて絲すじの様にほそく飛んでいる。 

 

階前短草泥不亂,院裡長條風乍稀。

堦の前の短い草は泥のためにもみだされずにあるし、奥庭の樹の長くたれた枝をみると急に風がすくなくなっている。

 

舞石旋應將乳子,行雲莫自仙衣。

風がまだ強かったときには石燕の話にある様に、舞い飛ぶ石さえ乳子をつれているかと疑われたが、小雨になって雲がうつりゆくのをみると巫山の仙女も自分みずから衣をぬらしはせぬかと気付かわれる。

行雲・・仙衣 神女と雲雨は、雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。

・巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。

楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

・巫山廟 宋玉『高唐賦』「昔者楚襄王與宋玉遊於雲夢之台,望高之觀,其上獨有雲氣,兮直上,忽兮改容,須臾之間,變化無窮。王問玉曰:“此何氣也?”玉對曰:“所謂朝雲者也。”王曰:“何謂朝雲?”玉曰:“昔者先王嘗遊高唐,怠而晝寢,夢見一婦人曰:‘妾,巫山之女也。爲高唐之客。聞君遊高唐,願薦枕席。’王因幸之。去而辭曰:‘妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨。朝朝暮暮,陽臺之下。’旦朝視之,如言。故爲立廟,號曰朝雲。」

・謁 おまいりすること。

 

 

眼邊江舸何匆促,未待安流逆浪歸。

眼前にみえている大江の大船はなぜあんなにせわしないのか、もうすこし待ったらよさそうなものなのに、また、いまだに水流もおちつかないのに浪にさからって帰ってゆくのである。

江舸 大江に浮べる様な大きい船。

匆促 大船や水流がおちつかないことをいう。

766年-69杜甫 《1502船下夔州郭宿,雨溼不得上岸,別王十二判官》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-69 <932> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6295

杜甫  船下夔州郭宿,雨不得上岸,別王十二判官  

依沙宿舸船,石瀨月娟娟。風起春燈亂,江鳴夜雨懸。

晨鐘雲外,勝地石堂煙。柔櫓輕鷗外,含悽覺汝賢。
(自分の船が夔州に向けて下ろうとしている時、雲安の城の外、くるわで船を繋留した。その時雨が降ってきて、地面が濡れたので上陸できなかった、そこでこの詩を作って王判官に別れを告げたのである。)

766-69杜甫 1502船下夔州郭宿,雨不得上岸,別王十二判官》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-69 <932 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6295

 

 
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杜甫詩1500-932-1430/2500

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    船下夔州郭宿,雨不得上岸,別王十二判官【船下夔州郭宿,雨不得上岸,別王二十判官】

及地點:              夔州 (山南東道 夔州 夔州) 別名:夔府、信州、夔國  

交遊人物:王十二判官       當地交遊(山南東道 夔州 雲安)

 

 

船下州郭宿,雨不得上岸,別王十二判官【船下夔州郭宿,雨不得上岸,別王二十判官】

(自分の船が夔州に向けて下ろうとしている時、雲安の城の外、くるわで船を繋留した。その時雨が降ってきて、地面が濡れたので上陸できなかった、そこでこの詩を作って王判官に別れを告げたのである。)

依沙宿舸船,石瀨月娟娟。

自分たちの乗る大船は沙はらのそばでとまっている。石の多い浅瀬には月の光がきらきらうつくしくうごいている。

風起春燈亂,江鳴夜雨懸。

やがて風が吹きおこって船につるしてある春の燈がみだれうごき、江の水音がどうっと鳴って夜の雨が高く懸ってきた。

晨鐘雲外勝地石堂煙。

そのうちに晨の鐘がなりわたってきたが雲のいる岸辺は、しめっている。あなたのおられる景色のよい場所、石堂のあたりは煙って目もとどかぬ。

柔櫓輕外,含悽覺汝賢。

わたしはこのまま軽やかに泛んでいる鴎をとおりぬけて柔かに櫓の音をさせて夔州へいってしまう。別れるにあたってものがなしさが胸にこもり、ただただ日ごろのあなたの賢かりしことがしみじみと感ぜられるのである。

 

(船 に下るとき郭宿す,雨にいて岸に上るを得ず,王十二判官に別る)

沙に依りて 舸船に宿す,石瀨 月 娟娟たり。

風 起りて 春燈亂れ,江 鳴りて 夜雨懸る。

晨鐘 雲外勝地 石堂煙る。

柔櫓 輕の外,含悽 汝が賢なるを覺ゆ。

 

夔州東川卜居図詳細 001 

『船下夔州郭宿,雨不得上岸,別王十二判官』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

船下夔州郭宿,雨不得上岸,別王十二判官【船下夔州郭宿,雨不得上岸,別王二十判官】

依沙宿舸船,石瀨月娟娟。

風起春燈亂,江鳴夜雨懸。

晨鐘雲外,勝地石堂煙。

柔櫓輕鷗外,含悽覺汝賢。

(下し文)
(
船 夔州に下るとき郭宿す,雨にいて岸に上るを得ず,王十二判官に別る)

沙に依りて 舸船に宿す,石瀨 月 娟娟たり。

風 起りて 春燈亂れ,江 鳴りて 夜雨懸る。

晨鐘 雲外い,勝地 石堂煙る。

柔櫓 輕鷗の外,含悽 汝が賢なるを覺ゆ。

(現代語訳)
(自分の船が夔州に向けて下ろうとしている時、雲安の城の外、くるわで船を繋留した。その時雨が降ってきて、地面が濡れたので上陸できなかった、そこでこの詩を作って王判官に別れを告げたのである。)

自分たちの乗る大船は沙はらのそばでとまっている。石の多い浅瀬には月の光がきらきらうつくしくうごいている。

やがて風が吹きおこって船につるしてある春の燈がみだれうごき、江の水音がどうっと鳴って夜の雨が高く懸ってきた。

そのうちに晨の鐘がなりわたってきたが雲のいる岸辺は、しめっている。あなたのおられる景色のよい場所、石堂のあたりは煙って目もとどかぬ。

わたしはこのまま軽やかに泛んでいる鴎をとおりぬけて柔かに櫓の音をさせて夔州へいってしまう。別れるにあたってものがなしさが胸にこもり、ただただ日ごろのあなたの賢かりしことがしみじみと感ぜられるのである。


(訳注)

船下夔州郭宿,雨不得上岸,別王十二判官【船下夔州郭宿,雨不得上岸,別王二十判官】

(自分の船が夔州に向けて下ろうとしている時、雲安の城の外、くるわで船を繋留した。その時雨が降ってきて、地面が濡れたので上陸できなかった、そこでこの詩を作って王判官に別れを告げたのである。)

郭宿 雲安の城の外、くるわで船を繋留した。

上岸 上陸すること。

王十二判官 母方の従兄弟で成都尹であった王判官。 

694 《送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕》 蜀中転々 杜甫 <601  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3315 杜甫詩1000-601-857/1500

 

依沙宿舸船,石瀨月娟娟。

自分たちの乗る大船は沙はらのそばでとまっている。石の多い浅瀬には月の光がきらきらうつくしくうごいている。

舸船 大型船。

石瀨 石が多い早瀬。

月娟娟 月の光がきらきらうつくしくうごいている。

 

風起春燈亂,江鳴夜雨懸。

やがて風が吹きおこって船につるしてある春の燈がみだれうごき、江の水音がどうっと鳴って夜の雨が高く懸ってきた。

春燈 船につるしている燈火。

 たかく遠くにかかる。

 

晨鐘雲外勝地石堂煙。

そのうちに晨の鐘がなりわたってきたが雲のいる岸辺は、しめっている。あなたのおられる景色のよい場所、石堂のあたりは煙って目もとどかぬ。

晨鐘 朝方の鐘の音。

雲外 雲が横たわっている江外の岸が雨に濡れている。

勝地 風光明美な場所。

石堂 石造りの御堂。

 雨が降って川面が煙っている様相。

 

柔櫓輕鷗外,含悽覺汝賢。

わたしはこのまま軽やかに泛んでいる鴎をとおりぬけて柔かに櫓の音をさせて夔州へいってしまう。別れるにあたってものがなしさが胸にこもり、ただただ日ごろのあなたの賢かりしことがしみじみと感ぜられるのである。

柔櫓 柔らかに舟をこいでいること。

輕鷗外 軽やかに水に浮いているカモメの側に。

含悽覺 物悲しさを胸の内に持つ。

汝賢 汝は、王判官をさす。日ごろのあなたの賢かりしこと。

 

 

(船 に下るとき郭宿す,雨にいて岸に上るを得ず,王十二判官に別る)

沙に依りて 舸船に宿す,石瀨 月 娟娟たり。

風 起りて 春燈亂れ,江 鳴りて 夜雨懸る。

晨鐘 雲外勝地 石堂煙る。

柔櫓 輕の外,含悽 汝が賢なるを覺ゆ。
杜甫55歳756年作品 

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杜甫  移居夔州郭  

伏枕雲安縣,遷居白帝城。春知催柳別,江與放船清。

農事聞人,山光見鳥情。禹功饒斷石,且就土微平。
(晩春になって雲安から引き移って夔州城郭に行こうとした時に作った詩)自分は雲安縣で病の枕に伏していたが、こんど夔州の白帝城の方へ住居をうつそうとおもう。春景色は柳の芽をださせて別れの記念物をつくらせるようにしてかることがわかるし、江の水も自分の船出のために清んでくれている様だ。夔州では、農事ができると人の話に聞くし、山には太陽がさんさんと照り、さだめし鳥がよろこんで棲んでいるというこころもちをうかがうことができるだろう。

 

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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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杜甫詩1500-931-2-1429/2500

年:766年大暦元年55

卷 別:              卷二二九              文體:    五言律詩

詩 題:              移居夔州郭

作地點:              目前尚無資料

及地點:              夔州 (山南東道 夔州 夔州) 別名:夔府、信州             

雲安 (山南東道 夔州 雲安) 別名:南楚        

白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城     

 

 

移居州郭

(晩春になって雲安から引き移って夔州城郭に行こうとした時に作った詩)

伏枕雲安縣,遷居白帝城。

自分は雲安縣で病の枕に伏していたが、こんど夔州の白帝城の方へ住居をうつそうとおもう。

春知催柳別,江與放船清。

春景色は柳の芽をださせて別れの記念物をつくらせるようにしてかることがわかるし、江の水も自分の船出のために清んでくれている様だ。

農事聞人山光見鳥情。

夔州では、農事ができると人の話に聞くし、山には太陽がさんさんと照り、さだめし鳥がよろこんで棲んでいるというこころもちをうかがうことができるだろう。

禹功饒斷石,且就土微平。

峡中では禹の疏鑿のおかげで、きれぎれの石が多いので困るが、これからまず、少し平らな地面のあるところへ寄り付こうと思うのである。

 

(居をに移さん)

枕に伏す 雲安縣,居を遷す 白帝城。

春は知る柳を催して別れしむるを、,江は放船を與【ため】にして清し。

農事 人のくを聞く山光 鳥情を見る。

禹功 斷石饒し,且く就かん 土の微平なるに。

 

夔州東川卜居図詳細 001 

『移居夔州郭』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

移居夔州郭

伏枕雲安縣,遷居白帝城。

春知催柳別,江與放船清。

農事聞人,山光見鳥情。

禹功饒斷石,且就土微平。
(含異文)

移居夔州郭

伏枕雲安縣,遷居白帝城。

春知催柳別,江與放船清【江已放船清】。

農事聞人,山光見鳥情。

禹功饒斷石,且就土微平。


(下し文)
(居を夔州に移さん)

枕に伏す 雲安縣,居を遷す 白帝城。

春は知る柳を催して別れしむるを、,江は放船を與【ため】にして清し。

農事 人のくを聞く,山光 鳥情を見る。

禹功 斷石饒し,且く就かん 土の微平なるに。

(現代語訳)
(晩春になって雲安から引き移って夔州城郭に行こうとした時に作った詩)

自分は雲安縣で病の枕に伏していたが、こんど夔州の白帝城の方へ住居をうつそうとおもう。

春景色は柳の芽をださせて別れの記念物をつくらせるようにしてかることがわかるし、江の水も自分の船出のために清んでくれている様だ。

夔州では、農事ができると人の話に聞くし、山には太陽がさんさんと照り、さだめし鳥がよろこんで棲んでいるというこころもちをうかがうことができるだろう。

峡中では禹の疏鑿のおかげで、きれぎれの石が多いので困るが、これからまず、少し平らな地面のあるところへ寄り付こうと思うのである。


(訳注)

移居夔州郭

(晩春になって雲安から引き移って夔州城郭に行こうとした時に作った詩)

大暦元年春晩、雲安にての作。

移居 居場所を移す。

 

伏枕雲安縣,遷居白帝城。

自分は雲安縣で病の枕に伏していたが、こんど夔州の白帝城の方へ住居をうつそうとおもう。

白帝城 山南東道 夔州 奉節県の長江三峡に位置する地名。別名として、白帝、白帝樓、公孫城という。かつて新末後漢初の群雄公孫述がこの地に築いた城が白帝城と呼ばれたことが由来。永安宮ともいう。 三国時代、蜀の建国者劉備が夷陵の戦いで呉に敗れ、逃れたのが白帝城。劉備は後事を諸葛亮に託し、この城で没した。

 

春知催柳別,江與放船清。

春景色は柳の芽をださせて別れの記念物をつくらせるようにしてかることがわかるし、江の水も自分の船出のために清んでくれている様だ。

催柳別 柳が緑に色づいてくるのを見ると、別れの折楊柳を人に催させるということ。早春の寒食や清明などの節日には,家々では競って柳の枝を買って門や軒端に挿し,あるいは枝を髪に結んだり輪にして頭にいただいたりした。これに類するのが〈折楊柳〉の習俗で,親戚知友が遠方に旅立つときには,城外まで見送り,水辺の柳の枝を折り取り環(わ)の形に結んで贈った。〈環〉は〈還〉で,旅人の無事帰還を祈る意味とされているが,実際には日本の魂(たま)むすびの古俗と同じく,旅人が旅に疲れて魂を失散させないよう,しっかりとつなぎとめる意味であった。

 ために。

放船 船を長江の流れに放ちだす。

 

農事聞人山光見鳥情。

夔州では、農事ができると人の話に聞くし、山には太陽がさんさんと照り、さだめし鳥がよろこんで棲んでいるというこころもちをうかがうことができるだろう。

農事聞人山光見鳥情 菱州に行ってから農業をしたいという、其の地の環境をいう。

鳥情 鳥が喜んで住んでいるこころ。

 

禹功饒斷石,且就土微平。

峡中では禹の疏鑿のおかげで、きれぎれの石が多いので困るが、これからまず、少し平らな地面のあるところへ寄り付こうと思うのである。

禹功 禹の疏鑿(山を切り開いて水を通すこと。)のおかげ。伝説上の聖王。三皇五帝の一人。姓はじ。治水に功があり,舜より禅譲を受けて夏の国を治めたといわれる。

 こちらからそこへよりつく。

土微平 すこしたいらな地面、夔州の地形をいふ。

蜀中転々圖

 

 

 

(居を夔州に移さん)

枕に伏す 雲安縣,居を遷す 白帝城。

春は知る柳を催して別れしむるを、,江は放船を與【ため】にして清し。

農事 人のくを聞く山光 鳥情を見る。

禹功 斷石饒し,且く就かん 土の微平なるに。

 

766年-67杜甫 《1492寄岑嘉州【案:自注:州據蜀江外。】#1》【2分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-67 <931-#1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6285

杜甫  寄岑嘉州【自注:州據蜀江外。】

不見故人十年餘,不道故人無素書。願逢顏色關塞遠,豈意出守江城居。

外江三峽且相接,斗酒新詩終日疏。謝朓每篇堪諷誦,馮唐已老聽吹噓。

泊船秋夜經春草,伏枕青楓限玉除。眼前所寄選何物,贈子雲安雙鯉魚。
(嘉州の刺史であり親友である岑參に寄せた詩。)【長江は成都の西南より眉州の中央を直南下して嘉州に至る、因って嘉州を江の外という。】

 

766-67杜甫 《1492寄岑嘉州【案:自注:州據蜀江外。】#1》【2分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-67 <931-1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6285 

 
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杜甫詩1500-931-1-1428/2500

年:766年大暦元年55

卷別:  卷二二九          文體:      七言古詩

詩題:  寄岑嘉州【自注:州據蜀江外。】

作地點:        雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

及地點:        嘉州 (劍南道北部嘉州 嘉州)      

雲安 (山南東道 夔州 雲安) 別名:南楚    

交遊人物:岑參  書信往來(劍南道北部 嘉州 嘉州)

 

 

寄岑嘉州【自注:州據蜀江外。】

(嘉州の刺史であり親友である岑參に寄せた詩。)【長江は成都の西南より眉州の中央を直南下して嘉州に至る、因って嘉州を江の外という。】

不見故人十年餘,不道故人無素書。

親友のあなたから手紙が無いとは言いたくはないが、したしいあなたには御面会をせぬことがかれこれ十年あまり(実質九年)になる。

願逢顏色關塞遠,豈意出守江城居。

お目にかかりたくはおもうが東西の関塞遠く隔たっておったので、しかたがないとおもっていたのに、意外にもこのたび嘉地方へ太守としてでられ江ぞいの城に居られるとのことである。

外江三峽且相接,斗酒新詩終日疏。

あなたのいる外江と自分のちかくの三峡とは長江で、まあ、続いているのであるが、おのずと酒をくみ詩を示しあうことが間遠になっておるのである。

朓每篇堪諷誦,馮唐已老聽吹

六朝、謝桃に比すべきあなたの詩は毎篇、諷詞のねうちがある。鳩唐のごとく老いてしまった自分はもし推薦してくださるならおこころにまかすのみのことである。

泊船秋夜經春草,伏枕青楓限玉除。

自分はこの地に船を泊めて去年の秋の夜からことしの春の草の生ずるのをみるまでになった。病の枕に伏しながら青楓のためにみやこの宮殿の玉除のところから遮断されておるところだ。

眼前所寄選何物,贈子雲安雙鯉魚。

てぢかにあるものでどんな物をえらんであなたに寄せ贈ろうか、それは雲安でとれた一対の鯉である七言古詩を贈るのである。

 

(岑嘉州に寄す)

【自注:州は蜀江の外に據る。】

故人を見ざること十年余、道わず 故人 素書無しと。

顔色に逢わんことを願えども 関塞 遠し、豈に意わんや 出守 江城に居らんとは。

外江 三峡 且つ 相い接す、斗酒 新詩 終に自ずから疎なり。

謝跳 毎篇 諷諭するに堪えたり、馮唐 己に老ゆ 吹嘘するに聴す。

船を泊して 秋夜より春草を経、枕に伏して 青楓 玉除を限る。

眼前 寄する所 何物をか 選ぶ、子に贈る 雲安の双鯉魚。

蜀中転々圖 

 

『寄岑嘉州』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

寄岑嘉州【自注:州據蜀江外。】

不見故人十年餘,不道故人無素書。

願逢顏色關塞遠,豈意出守江城居。

外江三峽且相接,斗酒新詩終日疏。

謝朓每篇堪諷誦,馮唐已老聽吹噓。

泊船秋夜經春草,伏枕青楓限玉除。

眼前所寄選何物,贈子雲安雙鯉魚。
(含異文)

不見故人十年餘,不道故人無素書。願逢顏色關塞遠,豈意出守江城居。

外江三峽且相接,斗酒新詩終日疏【斗酒新詩終自疏】。謝朓每篇堪諷誦,馮唐已老聽吹噓。

泊船秋夜經春草,伏枕青楓限玉除。眼前所寄選何物,贈子雲安雙鯉魚。


(下し文)
(岑嘉州に寄す)

【自注:州は蜀江の外に據る。】

故人を見ざること十年余、道わず 故人 素書無しと。

顔色に逢わんことを願えども 関塞 遠し、豈に意わんや 出守 江城に居らんとは。

外江 三峡 且つ 相い接す、斗酒 新詩 終に自ずから疎なり。

謝跳 毎篇 諷諭するに堪えたり、馮唐 己に老ゆ 吹嘘するに聴す。

船を泊して 秋夜より春草を経、枕に伏して 青楓 玉除を限る。

眼前 寄する所 何物をか 選ぶ、子に贈る 雲安の双鯉魚。


(現代語訳)
(嘉州の刺史であり親友である岑參に寄せた詩。)【長江は成都の西南より眉州の中央を直南下して嘉州に至る、因って嘉州を江の外という。】

親友のあなたから手紙が無いとは言いたくはないが、したしいあなたには御面会をせぬことがかれこれ十年あまり(実質九年)になる。

お目にかかりたくはおもうが東西の関塞遠く隔たっておったので、しかたがないとおもっていたのに、意外にもこのたび嘉地方へ太守としてでられ江ぞいの城に居られるとのことである。

あなたのいる外江と自分のちかくの三峡とは長江で、まあ、続いているのであるが、おのずと酒をくみ詩を示しあうことが間遠になっておるのである。

六朝、謝桃に比すべきあなたの詩は毎篇、諷詞のねうちがある。鳩唐のごとく老いてしまった自分はもし推薦してくださるならおこころにまかすのみのことである。

自分はこの地に船を泊めて去年の秋の夜からことしの春の草の生ずるのをみるまでになった。病の枕に伏しながら青楓のためにみやこの宮殿の玉除のところから遮断されておるところだ。

てぢかにあるものでどんな物をえらんであなたに寄せ贈ろうか、それは雲安でとれた一対の鯉である七言古詩を贈るのである。


(訳注)

寄岑嘉州【自注:州據蜀江外。】

(嘉州の刺史であり親友である岑參に寄せた詩。)【長江は成都の西南より眉州の中央を直南下して嘉州に至る、因って嘉州を江の外という。

大暦元年春、雲安にあっての作。

* 〔原注〕 州拠蜀江外(州は蜀江の外に拠る)

〇岑嘉州 嘉州刺史岑參のこと、参庫部郎より出されて嘉州刺史となった、杜鴻漸は表して職方郎中兼侍御史となして幕府に列せしめた。刺史となったのは今年のことであろうか。嘉州は資州眉州をへだてて成都府の南方に位する。今の四川省嘉定府楽山県治。

758   乾元元年

奉和中書賈至舍人早朝大明宮 岑參 杜甫の「奉和賈至舍人早朝大明宮」に関連した詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 235

岑参から杜甫に『寄左省杜拾遺』 249

奉答岑參補闕見贈 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 250

759   乾元二年

寄彭州高三十五使君適、虢州二十七長史參三十韻 杜甫 <316-#1> 漢文委員会紀頌之の漢詩ブログ1430 杜甫詩 700- 441

763  廣德元年  52  

677 《泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明》 蜀中転々 杜甫 <583  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3225 杜甫詩1000-583-839/1500

○蜀江外 蜀の江外であろう、長江は成都の西南より眉州の中央を直南下して嘉州に至る、因って嘉州を江の外という。

 

不見故人十年餘,不道故人無素書。

親友のあなたから手紙が無いとは言いたくはないが、したしいあなたには御面会をせぬことがかれこれ十年あまり(実質九年)になる。

○故人 岑參をさす、参は作者の親友であり、彼に関する作はすでにしばしば見える。

〇十年余 乾元元年、作者には「奉答岑參補闕見贈」詩がある。同二年に「寄彭州高三十五使君適、虢州岑二十七長史參三十韻」詩がある。元年よりこの詩の年大暦元年までは九年である、十年余というのは作者の詩表現である。

○素書 素はしろ地のきぬ、素書は尺素書のことで一尺の絹地にかいたてがみをいう。

 

願逢顏色關塞遠,豈意出守江城居。』

お目にかかりたくはおもうが東西の関塞遠く隔たっておったので、しかたがないとおもっていたのに、意外にもこのたび嘉地方へ太守としてでられ江ぞいの城に居られるとのことである。

○關塞遠 軍事要衝地点に配置されたことをいう。

○出守 中央より出て太守となる。

○江城 岷江(長江)に沿うた城、嘉州の城をいう。

 

外江三峽且相接,鬥酒新詩終日疏。

あなたのいる外江と自分のちかくの三峡とは長江で、まあ、続いているのであるが、おのずと酒をくみ詩を示しあうことが間遠になっておるのである。

○外江 前の江外の意、嘉州の長江をさして外江といった、これは岑參の居処の水をあげる。

〇三峡 これは杜甫の居処に近い三峡のこと。

○斗酒新詩 詩酒は両人の用いるものであるが、主として酒は自己に、詩は参についていうのであろう。

 

篇堪諷誦,馮唐已老聽吹。』

六朝、謝桃に比すべきあなたの詩は毎篇、諷詞のねうちがある。鳩唐のごとく老いてしまった自分はもし推薦してくださるならおこころにまかすのみのことである。

○謝眺 六朝斉の文学者、詩句の清農を以て有名である、以て参に此する。謝朓は、中国南北朝時代、南斉の詩人。字は玄暉。陳郡陽夏の人。同族の謝霊運・謝恵連とともに、六朝時代の山水詩人として名高く、あわせて「三謝」と称される。また謝霊運と併称して「二謝」と呼ぶこともあり、その場合は、謝霊運を「大謝」と呼ぶのに対し、謝朓を「小謝」と呼ぶ。

○馮唐 馮唐白首。漢の文帝の時、唐は白首にしてなお郎となった。以て自ずから此する。馮唐(ふう とう、生没年不詳)は、前漢の人。祖父の代は趙の人だったが、父の時に代に移住して代の相(宰相)となり、漢の時代になり安陵に移った。

馮唐は孝行で知られ、文帝の時に郎中署長となった。あるとき文帝は彼に「貴方はどうして郎となったのか?家はどこにある?」と尋ねたので、馮唐はありのまま答えた。文帝は「私は鉅鹿で戦った趙将李斉の賢明さを聞いて以来、鉅鹿のことを思わない日は無い。貴方は彼を知っているか?」と聞いた。馮唐は「李斉は廉頗、李牧には敵いません」と言った。文帝は「廉頗や李牧を将にできれば匈奴を怖れることもないのだが」と嘆息したが、馮唐は「陛下が廉頗や李牧を得たとしても用いることはできないでしょう」と言ったため、文帝は怒って禁中に入っていった。しばらくして文帝は馮唐を召し出し、「どうして公衆の面前で私を辱めず、人のいないところで言わないのだ?」と叱責した。馮唐は「私は田舎者で隠すことを知らなかったのです」と答えた。

○吹嘘 世話して推薦すること。以下の詩に詳しく述べている。

杜甫《巻三22贈獻納使起居田舍人澄》

獻納司存雨露邊,地分清切任才賢。舍人退食收封事,宮女開函近禦筵。

曉漏追趨青瑣闥,晴窗檢點白雲篇。揚雄更有河東賦,唯待吹噓送上天。

(献納使・起居田舎人澄に贈る)

献納司は存す雨露の辺、地清切を分ちて才賢に任す。舎人過食封事を収め、官女函を開きて御蓮に捧ぐ。

暁漏 迫趨す 青瑣の闥。晴窓点検す白雲の篇。揚雄更に河東の賦有り、唯だ待つ吹嘘送りて天に上すを。

贈獻納使起居田舍人澄 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集

 

泊船秋夜經春草,伏枕青楓限玉除。

自分はこの地に船を泊めて去年の秋の夜からことしの春の草の生ずるのをみるまでになった。病の枕に伏しながら青楓のためにみやこの宮殿の玉除のところから遮断されておるところだ。

○秋夜経春草 去年の秋、この雲安の地にやって来て、今年の春、草の生ずるにいたることをいう。

○伏枕 病のまくらにふす。

○青楓限玉除 青楓は峡中にあるそれをいう。玉除はうつくしい土縁のこと、都の宮殿の玉除をいい、還京することができないことをいう。上句の吹嘘をうける。限とはかぎりさえぎられることをいう。

 

眼前所寄選何物,贈子雲安雙鯉魚。』

てぢかにあるものでどんな物をえらんであなたに寄せ贈ろうか、それは雲安でとれた一対の鯉である七言古詩を贈るのである

○双鯉魚一対のこい、こいは手紙のしるしである。魚中書、対句の七言古詩をいう。

夔州東川卜居図詳細 001 

(岑嘉州に寄す)

【自注:州は蜀江の外に據る。】

故人を見ざること十年余、道わず 故人 素書無しと。

顔色に逢わんことを願えども 関塞 遠し、豈に意わんや 出守 江城に居らんとは。

外江 三峡 且つ 相い接す、斗酒 新詩 終に自ずから疎なり。

謝跳 毎篇 諷諭するに堪えたり、馮唐 己に老ゆ 吹嘘するに聴す。

船を泊して 秋夜より春草を経、枕に伏して 青楓 玉除を限る。

眼前 寄する所 何物をか 選ぶ、子に贈る 雲安の双鯉魚。

766年-66杜甫 《1491寄常徵君》七言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-66 <930> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6280

杜甫  寄常徵君  

白水青山空復春,徵君晚節傍風塵。楚妃堂上色殊,海鶴階前鳴向人。

萬事糾紛猶粒,一官羇絆實藏身。開州入夏知涼冷,不似雲安毒熱新。
(去年の秋に常徴君が訪ねてきてくれ、別れに詩を贈ったが、今、開州に入ることが分かったので、この詩を寄せたのである。)自分の知る所では夏にはいったら開州の方はすずしく冷ややかで、ここの雲安に猛烈な暑熱が新に生ずるのとは似ても似つかぬことで、そちらがうらやましいとおもう。

766-66杜甫 1491寄常徵君》七言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-66 <930 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6280

 
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杜甫詩1500-930-1427/2500

年:766年大暦元年55

卷別:卷二二九             文體:七言律詩

詩題:寄常徵君

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

及地點:              開州 (山南西道 開州 開州)              

雲安 (山南東道 夔州 雲安) 別名:南楚        

交遊人物:常少仙              書信往來(山南西道 開州 開州)

 

 

寄常

(去年の秋に常徴君が訪ねてきてくれ、別れに詩を贈ったが、今、開州に入ることが分かったので、この詩を寄せたのである。)

白水青山空復春,節傍風塵。

さて水は白く山は青くまた春になった。このとき吾が徴君はその晩年世間のほこりに近づいておられる。

楚妃堂上色殊海鶴階前鳴向人。

あなたはなみなみならぬ美しい顔色をもった堂上の楚妃の様な人なのだが、いまは階の前で人に向って悲鳴している海上の鶴の様なものになっている。

萬事糾紛猶粒,一官羇絆實藏身。

いろいろの事務がたくさんあって、せわしく働きながら食糧も無いほど貧乏であるが、一方から見れば、いなかの小役人に身をつながれているのは、実はそこに身をかくしているわけなのである。

開州入夏知涼冷,不似雲安毒熱新。

自分の知る所では夏にはいったら開州の方はすずしく冷ややかで、ここの雲安に猛烈な暑熱が新に生ずるのとは似ても似つかぬことで、そちらがうらやましいとおもう。

 

(君に寄す)

白水 青山 空しく復た春なり,君の節 風塵に傍う。

楚妃 堂上 色 に殊な,海鶴 階前で 人に向うて鳴く。

萬事 糾紛 猶お粒をつ,一官 羇絆 實に身を藏す。

開州 夏に入りて知る涼冷なるを,似ず 雲安 毒熱の新なるに。

 

夔州東川卜居図詳細 001 

『寄常徵君』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

寄常徵君

白水青山空復春,徵君晚節傍風塵。

楚妃堂上色殊,海鶴階前鳴向人。

萬事糾紛猶粒,一官羇絆實藏身。

開州入夏知涼冷,不似雲安毒熱新。

(下し文)
(
常徵君に寄す)

白水 青山 空しく復た春なり,徵君の晚節 風塵に傍う。

楚妃 堂上 色 に殊なり,海鶴 階前で 人に向うて鳴く。

萬事 糾紛 猶お粒をつ,一官 羇絆 實に身を藏す。

開州 夏に入りて知る涼冷なるを,似ず 雲安 毒熱の新なるに。

(現代語訳)
(去年の秋に常徴君が訪ねてきてくれ、別れに詩を贈ったが、今、開州に入ることが分かったので、この詩を寄せたのである。)

さて水は白く山は青くまた春になった。このとき吾が徴君はその晩年世間のほこりに近づいておられる。

あなたはなみなみならぬ美しい顔色をもった堂上の楚妃の様な人なのだが、いまは階の前で人に向って悲鳴している海上の鶴の様なものになっている。

いろいろの事務がたくさんあって、せわしく働きながら食糧も無いほど貧乏であるが、一方から見れば、いなかの小役人に身をつながれているのは、実はそこに身をかくしているわけなのである。

自分の知る所では夏にはいったら開州の方はすずしく冷ややかで、ここの雲安に猛烈な暑熱が新に生ずるのとは似ても似つかぬことで、そちらがうらやましいとおもう。

唐時代 地図山南 東・西道50
(訳注)

寄常徵君

(去年の秋に常徴君が訪ねてきてくれ、別れに詩を贈ったが、今、開州に入ることが分かったので、この詩を寄せたのである。)

開州の小役人をしている徴君常某に寄せた詩。766年大暦元年春、雲安にて55の作。また、765年永泰元年54の時、雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安) 常少仙二《1464別常徵君》

唐詩選卷二二九、 五言律詩を作っている。

別常

兒扶猶杖策,臥病一秋強。白髮少新洗,寒衣寬總長。

故人憂見及,此別相忘。各逐萍流轉,來書細作行。

 (常徵君に別る)

兒に扶けられて 猶お策を杖く,病に臥して 一きわ 秋強し。

白髮 少なるも新たに洗う,寒衣 寬にして總て長し。

故人 憂い及ばる,此の別淚 相い忘れん。

各の萍を逐いて流轉し,來書 細やかに行を作さん。

(徵士である常少仙君とまた、たがいに流転し別れることを詠う。)

自分はこの秋の一時期病気で寝たので、子供に助けられ、その上、杖をついて歩くことが出来た。

白髪頭の毛量も少なくなったが新たに洗う、寒さに向けて着る着物は、余って丈が長くなってしまった。

古いなじみの人はこちらの病気のことを心配してくれるのはありがたいと思う、今度の別れには、涙ながらにながめるばかりで自分が流していることを忘れるほどであるばかりである。

おたがいが、それぞれ浮草のように移り歩いている身の上であるが、これから後に送ってくださる手紙には、細々したことまで幾行も書いて送ってくださるようにお願いしたい。

765年永泰元年54-39 《別常徵君》 杜甫index-15 杜甫<839 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4930 杜甫詩1500-839-1157/2500

 

白水青山空復春,徵君晚節傍風塵。

さて水は白く山は青くまた春になった。このとき吾が徴君はその晩年世間のほこりに近づいておられる。

晚節 晩年における節操。

傍風塵 世間の風に当たり、ほこりとなっている役人をしていることをいう。

 

楚妃堂上色殊眾,海鶴階前鳴向人。

あなたはなみなみならぬ美しい顔色をもった堂上の楚妃の様な人なのだが、いまは階の前で人に向って悲鳴している海上の鶴の様なものになっている。

楚妃 燕姫趙女の類、楚の美人の意、徴君の才徳をいう。

色殊衆 衆女とちがった美しい顔色を有す。

海鶴 海上に棲む鶴、鶴は自由なる生活を為すもの、徴君の本来の性をたとえる。

鳴向人 人に向うとは人にむかって憐みを求めるさまなり。

 

萬事糾紛猶粒,一官羇絆實藏身。

いろいろの事務がたくさんあって、せわしく働きながら食糧も無いほど貧乏であるが、一方から見れば、いなかの小役人に身をつながれているのは、実はそこに身をかくしているわけなのである。

糾紛 糾紛はもつれること、縣の事務多端にしてごたごたすることをいう。

絶粒 貧にして食糧がないことをいう、粒は米のつぶ。

羇絆 きづなに身をつながれる。

蔵身 微官に身をかくしおくことをいう。

 

開州入夏知涼冷,不似雲安毒熱新。

自分の知る所では夏にはいったら開州の方はすずしく冷ややかで、ここの雲安に猛烈な暑熱が新に生ずるのとは似ても似つかぬことで、そちらがうらやましいとおもう。

開州 夔州府開縣。

毒熱 猛烈なる暑熱。
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杜甫  南楚  

南楚青春異,暄寒早早分。無名江上草,隨意嶺頭雲。

正月蜂相見,非時鳥共聞。杖藜妨躍馬,不是故離群。
(南楚すなわち雲安の春の景情をのべた詩。)楚の南方は春の様子が他のところとちがい、あつささむさが早くはっきりわかれる。正月だけに、いま、はや名も知らぬ江上の草が萌えだし、雪嶺山嶺のうえの雲はおもいおもいにただよっている。正月だけに、いま、蜂にもおめにかかるし、時候はずれの鳥のなきごえもだれもがともにきく。このとき自分は藜の杖をつくような老人が、馬を躍らしてとびまわる少年のじゃまにだけはなってはならぬとおもってひっこんでいるのである。だからといって、ことさら人の群から離れているというのではないのである。
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 杜甫詩1500-929-1426/2500

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    南楚

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

及地點:              雲安 (山南東道 夔州 雲安) 別名:南楚         

 

 

南楚

(南楚すなわち雲安の春の景情をのべた詩。)

南楚青春異,暄寒早早分。

楚の南方は春の様子が他のところとちがい、あつささむさが早くはっきりわかれる。

無名江上草,隨意嶺頭雲。

正月だけに、いま、はや名も知らぬ江上の草が萌えだし、雪嶺山嶺のうえの雲はおもいおもいにただよっている。

正月蜂相見,非時鳥共聞。

正月だけに、いま、蜂にもおめにかかるし、時候はずれの鳥のなきごえもだれもがともにきく。

杖藜妨躍馬,不是故離群。

このとき自分は藜の杖をつくような老人が、馬を躍らしてとびまわる少年のじゃまにだけはなってはならぬとおもってひっこんでいるのである。だからといって、ことさら人の群から離れているというのではないのである。

 

(南楚)

南楚 青春 異なり、喧寒 早早に分かる。

無名 江上の草,隨意なり 嶺頭の雲。

正月 蜂 相い見る,非時 鳥 共に聞く。

杖藜【じょうれい】 躍馬を妨げん,是れ故【ことさら】に群を離るるならず。

 

 

『南楚』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

南楚

南楚青春異,暄寒早早分。

無名江上草,隨意嶺頭雲。

正月蜂相見,非時鳥共聞。

杖藜妨躍馬,不是故離群。

(下し文)
(
南楚)

南楚 青春 異なり、喧寒 早早に分かる。

無名 江上の草,隨意なり 嶺頭の雲。

正月 蜂 相い見る,非時 鳥 共に聞く。

杖藜【じょうれい】 躍馬を妨げん,是れ故【ことさら】に群を離るるならず。

(現代語訳)
(南楚すなわち雲安の春の景情をのべた詩。)

楚の南方は春の様子が他のところとちがい、あつささむさが早くはっきりわかれる。

正月だけに、いま、はや名も知らぬ江上の草が萌えだし、雪嶺山嶺のうえの雲はおもいおもいにただよっている。

正月だけに、いま、蜂にもおめにかかるし、時候はずれの鳥のなきごえもだれもがともにきく。

このとき自分は藜の杖をつくような老人が、馬を躍らしてとびまわる少年のじゃまにだけはなってはならぬとおもってひっこんでいるのである。だからといって、ことさら人の群から離れているというのではないのである。


(訳注)

南楚

(南楚すなわち雲安の春の景情をのべた詩。)

尾二句によれば他より出遊のさそいをうけたときよんだものであろう。大暦元年正月雲安にあっての作。

 

南楚青春異,暄寒早早分。

楚の南方は春の様子が他のところとちがい、あつささむさが早くはっきりわかれる。

○南楚 雲安は古の楚の西南にある、故に南楚という。 

○異 他地とことなる。

○喧寒 あたたかさ、さむさ。

 

無名江上草,隨意嶺頭雲。

正月だけに、いま、はや名も知らぬ江上の草が萌えだし、雪嶺山嶺のうえの雲はおもいおもいにただよっている。

○嶺頭雲 雪嶺山脈の上にかかる雲。 

 

正月蜂相見,非時鳥共聞。

正月だけに、いま、蜂にもおめにかかるし、時候はずれの鳥のなきごえもだれもがともにきく。

○蜂相見 相見はこちらが蜂と相い見ることをいう。

○非時 時候はずれ。○鳥共聞 共閲は衆人と共にきく意であろう。

 

杖藜妨躍馬,不是故離群。

このとき自分は藜の杖をつくような老人が、馬を躍らしてとびまわる少年のじゃまにだけはなってはならぬとおもってひっこんでいるのである。だからといって、ことさら人の群から離れているというのではないのである。

〇枚 あかぎのつえをつく、自己をいう。

○躍馬 少年で馬をおどらして遊ぶものをいう。

○離群 衆人のむれからはなれて孤独でおること。

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杜甫  漫成一  

江月去人只數尺,風燈照夜欲三更。

沙頭宿鷺聯拳靜,船尾跳魚撥刺鳴。

(雲安より夔州に向って長江を下る際にどこかで舟を停泊した際に詠んだ詩。)長江に臨んだ月が舟の人々からわずか数尺程度、離れたぐらいに見え、風にあおられてゆれる燈火は夜の暗がりを照らしてもう夜中の三更を過ぎようとしている。砂浜の川べりに鷺が宿していて、その姿は、静かにこぶしを並べているかのようだ、船尾の方向に魚が飛び跳ね、ぴちゃっという音が鳴った。

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杜甫詩1500-928-1425/2500

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    七言

詩題:    漫成一【漫成】

 

 

 

漫成一

(雲安より夔州に向って長江を下る際にどこかで舟を停泊した際に詠んだ詩。)

江月去人只數尺,風燈照夜欲三更。

長江に臨んだ月が舟の人々からわずか数尺程度、離れたぐらいに見え、風にあおられてゆれる燈火は夜の暗がりを照らしてもう夜中の三更を過ぎようとしている。

沙頭宿鷺聯拳靜,船尾跳魚撥刺鳴。

砂浜の川べりに鷺が宿していて、その姿は、静かにこぶしを並べているかのようだ、船尾の方向に魚が飛び跳ね、ぴちゃっという音が鳴った。

 

(漫成一)

江月 人を去ること 只 數尺,風燈 夜を照らして三更ならんと欲す。

沙頭の宿鷺は 聯拳 靜に,船尾の跳魚は 撥刺として鳴る。

 

 

『漫成一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

漫成一

江月去人只數尺,風燈照夜欲三更。

沙頭宿鷺聯拳靜,船尾跳魚撥刺鳴。


江月去人只數尺,風燈照夜欲三更。

沙頭宿鷺聯拳靜【沙頭宿鷺聯拳起】,船尾跳魚撥刺鳴【船尾跳魚跋鳴刺】【船尾跳魚潑鳴刺】。


(下し文)
(
漫成一)

江月 人を去ること 只 數尺,風燈 夜を照らして三更ならんと欲す。

沙頭の宿鷺は 聯拳 靜に,船尾の跳魚は 撥刺として鳴る。

(現代語訳)
(雲安より夔州に向って長江を下る際にどこかで舟を停泊した際に詠んだ詩。)

長江に臨んだ月が舟の人々からわずか数尺程度、離れたぐらいに見え、風にあおられてゆれる燈火は夜の暗がりを照らしてもう夜中の三更を過ぎようとしている。

砂浜の川べりに鷺が宿していて、その姿は、静かにこぶしを並べているかのようだ、船尾の方向に魚が飛び跳ね、ぴちゃっという音が鳴った。


(訳注)

漫成一

(雲安より夔州に向って長江を下る際にどこかで舟を停泊した際に詠んだ詩。)

○漫成 自分の近況を何気ない生活を誰かに知らせるために作る。

上元二年春成都浣花渓の草堂に居ったときのそぞろにふとできあがった詩である。作。
漫成二首其一

野日荒荒白,春流泯泯清。渚蒲隨地有,村徑逐門成。

只作披衣慣,常從漉酒生。眼邊無俗物。多病也身輕。

漫成二首其二 
江皋已仲春,花下複清晨。仰面貪看鳥,回頭錯應人。
讀書難字過,對酒滿壺頻。近識峨眉老,知予懶是真。

漫成二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 6)  杜甫 <411 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2000 杜甫詩1000-411-594/1500

漫成二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 7)  杜甫 <412 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2005 杜甫詩1000-412-595/1500

 

江月去人只數尺,風燈照夜欲三更。

長江に臨んだ月が舟の人々からわずか数尺程度、離れたぐらいに見え、風にあおられてゆれる燈火は夜の暗がりを照らしてもう夜中の三更を過ぎようとしている。

○江月 長江下流側から上がって來る月。水面から上がって、対象物がなく遠近感がわからず近くに見える。

○去人 成都を去り、また雲安を後にしているのでこういう。

○三更 夜を五等分いていうので、三更は真夜中。

 

沙頭宿鷺聯拳靜,船尾跳魚撥刺鳴。

砂浜の川べりに鷺が宿していて、その姿は、静かにこぶしを並べているかのようだ、船尾の方向に魚が飛び跳ね、ぴちゃっという音が鳴った。

○聯拳靜 鷺が砂浜で寝ている姿をいう。こぶしを並べたようだというのである。

○撥刺鳴 魚が飛び跳ね、ぴちゃっという音が鳴る。

766年-63杜甫 《1486子規》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-63 <932> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6235

杜甫  子規  

峽裡雲安縣,江樓翼瓦齊。兩邊山木合,終日子規啼。

眇眇春風見,蕭蕭夜色淒。客愁那聽此,故作傍人低。

(雲安の城郭高閣で子規をきいてよんだ詩。)山あいの雲安県ここは江楼の軒端の瓦が鳥の翼のようにみえつつ、きれいにそろってならんでいる。その城郭、楼閣の両側には山木が茂って閉ざしていて、終日、子規が啼きさけぶ。その啼く姿は春風にたいして遠く小さく見え、その啼き声は木立の中に、しずかに夜の景色のようにおぼえて、つめたく感ずる。旅の愁いをもつ自分には、どうして子規のこの声を聴くにたえられようか。しかるにこの鳥は恋しくて啼くのであるから、わざと人に付き添って低く飛んで移動して泣く。

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杜甫詩1500-932-1418/2500

年:766年大暦元年55-63

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    子規

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

及地點:雲安 (山南東道 夔州 雲安) 別名:南楚         

 

 

子規

(雲安の城郭高閣で子規をきいてよんだ詩。)

峽裡雲安縣,江樓翼瓦齊。

山あいの雲安県ここは江楼の軒端の瓦が鳥の翼のようにみえつつ、きれいにそろってならんでいる。

兩邊山木合,終日子規啼。

その城郭、楼閣の両側には山木が茂って閉ざしていて、終日、子規が啼きさけぶ。

眇眇春風見,蕭蕭夜色淒。

その啼く姿は春風にたいして遠く小さく見え、その啼き声は木立の中に、しずかに夜の景色のようにおぼえて、つめたく感ずる。

客愁那聽此,故作傍人低。

旅の愁いをもつ自分には、どうして子規のこの声を聴くにたえられようか。しかるにこの鳥は恋しくて啼くのであるから、わざと人に付き添って低く飛んで移動して泣く。

 

(子 規)

峡裡の雲安縣、江楼 巽瓦 斉し。

両辺 山木合し、終日 子規啼く。

眇眇として春風に見え、蕭蕭として夜色淒たり。

客愁 那【いか】でか此を聴かん、故に人に傍いて低るるを作す。

唐時代 地図山南 東・西道50 

 

『子規』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

子規

峽裡雲安縣,江樓翼瓦齊。

兩邊山木合,終日子規啼。

眇眇春風見,蕭蕭夜色淒。

客愁那聽此,故作傍人低。


(下し文)
(子 規)

峡裡の雲安縣、江楼 巽瓦 斉し。

両辺 山木合し、終日 子規啼く。

眇眇として春風に見え、蕭蕭として夜色淒たり。

客愁 那【いか】でか此を聴かん、故に人に傍いて低るるを作す。


(現代語訳)
(雲安の城郭高閣で子規をきいてよんだ詩。)

山あいの雲安県ここは江楼の軒端の瓦が鳥の翼のようにみえつつ、きれいにそろってならんでいる。

その城郭、楼閣の両側には山木が茂って閉ざしていて、終日、子規が啼きさけぶ。

その啼く姿は春風にたいして遠く小さく見え、その啼き声は木立の中に、しずかに夜の景色のようにおぼえて、つめたく感ずる。

旅の愁いをもつ自分には、どうして子規のこの声を聴くにたえられようか。しかるにこの鳥は恋しくて啼くのであるから、わざと人に付き添って低く飛んで移動して泣く。

夔州東川卜居図詳細 001

(訳注)

子規

(雲安の城郭高閣で子規をきいてよんだ詩。)大暦元年春、雲安にあっての作。

○子規 ほととぎす。子規と杜鵜とは別種との説があるが恐らくは同じものであろう。ほととぎす。蜀の望帝の春を思う心は、血を吐いて悲しげになく杜鵑(ホトトギス)に魂を托(たく)した。(そのように、血を吐きながらなく思いである)。
不如帰、杜宇、杜鵑、蜀魂、蜀鳥、杜魄、蜀魄、子規、躑躅。李白【宣城見杜鵑花】蜀國曾聞子規鳥,宣城還見杜鵑
成都に着いた翌年夏に『杜鵑行』を作っている。

杜鵑行 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(2 -16-1)  <379> 1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1831 杜甫詩1000-379-557/1500

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峽裏雲安縣,江樓翼瓦齊。

山あいの雲安県ここは江楼の軒端の瓦が鳥の翼のようにみえつつ、きれいにそろってならんでいる。

○雲安 雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安

○江楼 この楼は江辺の棲をいう。

○翼瓦斉 翼瓦は屋簷の瓦が鳥の翼のごとくはねあがっていることをいう、斉とは列をなす多くの瓦がそろってみえることをいう。

 

兩邊山木合,終日子規啼。

その城郭、楼閣の両側には山木が茂って閉ざしていて、終日、子規が啼きさけぶ。

○両辺 城郭の両辺の人家の側。

○合 しげっでとざす。

 

眇眇春風見,蕭蕭夜色淒。

その啼く姿は春風にたいして遠く小さく見え、その啼き声は木立の中に、しずかに夜の景色のようにおぼえて、つめたく感ずる。

○眇眇 小さくみえるさま。

○見 子規がみえる。

○粛粛しずかなさま。

○夜色淒 昼もくらくて夜の色がつめたいかのごとくにおもわれる。

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杜甫 1523贈崔十三評事公輔#5

會看之子貴,歎及老夫衰。豈但江曾決,還思霧一披。

暗塵生古鏡,拂匣照西施。舅氏多人物,無慚困翮垂。
自分はおまえが必ず貴い身分になることとおもっている、之に反して自分侍臣の老衰を漢がえると歎かぬわけにゆかないのである。そうはいっても、一旦論じれば、江河が決壊するように雄弁であるということについてはきいて知っているが、今後また都であうなら、おまえは、雲霧を披いて青天をみる様であろうとおもうのだ。

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杜甫詩1500-926-#5-1423/2500

紀年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言古詩

詩題:    贈崔十三評事公輔

交遊人物:崔公輔               書信往來

 

 

贈崔十三評事公輔  #1

(母方の従弟の崔公輔が都へ任官するのを送り、別れに臨んで、この詩を贈った)

飄飄西極馬,來自渥池。

ここに飄颻とただようている西域のはての天馬がをる、これは渥洼の池から來た駿足である。

定山桂,低徊風雨枝。

また寒山をしのいで立つ桂の樹が大風に吹かれている。その雨風をうけた枝はカなく吹きのめされている。それは、君が此の馬や桂の様なものだ。

我聞龍正直,道屈爾何為。

自分は聞くに龍(人君)は正直なものであるというのに、おまえは道を伸ばすことができないというはどういうのであるか、そんな筈は互いのである。

且有元戎命,悲歌識者誰。

そのうえこんどは、元戎からの命が有った、おまえはこれまでは逆境に悲歌していたが識者はちゃんとおまえが如何なる人物であるかは知っているのである。  

#2

官聯辭冗長,行路洗危。

劍主人贈,去帆春色隨。

いままでの幕主からは佩剣を脱してみやげものとして贈られ、ゆく船の帆に風流にも、春景色をしたがへながらでかける。

陰沈鐵鳳闕,教練羽林兒。

おもくるしい鉄の鳳凰がのっている都の宮門につけば、そこでは禁中の軍隊を教練することになるのだ。

天子朝侵早,雲臺仗數移。

おもくるしい鉄の鳳凰がのっている都の宮門につけば、そこでは禁中の軍隊を教練することになるのだ。

#3

分軍應供給,百姓日支離。

禁軍は隊を分けられて、それに、兵站で一々衣食を供給しなければいけない、人民は日日 身の立つ瀬がなくなっている。

黠吏因封己,公才或守雌。

そのどさくさまぎれにつけこんで、ずるい役人どもは自分のふところばかりふくらますし、要路の顕官は言うべきことがあっても、だまっていて消極的な態度を見せる。

燕王買駿骨,渭老得熊羆。

この時にあたって元戎が、おまえを得たのは、たとえばむかし燕王が駿馬を買ったという故事に倣ったようなものであり、また昭王が、渭水の濱で、狩をして熊を獲物をえるように老人太公望をえた様なものだ。

活國名公在,拜壇群寇疑。

いま、国家を活かすに元戒の様な名公がおられ、その人が将壇に拜命されているので、多くの盗賊どもが疑い懼れているというのだ。

#4

冰壺動瑤碧,野水失蛟

そこで、おまえが用いられるのはたとえば玉壷のなかにいれた清氷が、瑤碧の光をたたえている様であり、いよいよ蚊蠣のように偉い者が野中の池から離れて天上の風雨を巻き起そうとするということだ。

入幕諸集,賢高選宜。

元戒の幕中にはもろもろのすぐれた人が集っているが、元戎は賢人を渇望しており、おまえを求められたのであるから、もつと高い地位に選ばれるにふさわしいというものだ。

騫騰坐可致,九萬起於斯。

これからは邈内にいながら、高く飛びあがり、九万里の上の峯にのぼるのもこれからはじまるのである。

復進出矛戟,昭然開鼎彝。

そして、こんどさらに地位が進むならば、門前に矛戟をいだす様な節度使にもなるであろう、そうして、あきらかに鼎に銘せられる様な大勲功を開きおこすであろう。

#5

會看之子貴,歎及老夫衰。

自分はおまえが必ず貴い身分になることとおもっている、之に反して自分侍臣の老衰を漢がえると歎かぬわけにゆかないのである。

豈但江曾決,還思霧一披。

そうはいっても、一旦論じれば、江河が決壊するように雄弁であるということについてはきいて知っているが、今後また都であうなら、おまえは、雲霧を披いて青天をみる様であろうとおもうのだ。

暗塵生古鏡,拂匣照西施。

古鏡には塵がくらくたまっていて、その匣の塵をうち払えば美人西施(杜甫、公輔など)の姿を鏡に照らしてみたくなるものだ。

舅氏多人物,無慚困垂。

叔父さんはよい子をもたれた、よい人物がたくさんいる。だからわしの様に不遇でつかれたつばさを垂れている様な者がいでもそれを愧ることにはあたらないということだ

(崔十三評事公輔に贈る)

瓢諷たり西極の馬、渥の池より來る。

たり寒山の桂、低徊す 風雨の枝。

我聞く 龍は正直なりと、道屈する爾 何すれぞ。

且つ元戎の命有り、悲歌 識者知る。』

#2

官聯 冗長なるを辞し、行路 なるに洗る。

剣を脱して主人贈る、去帆春色随ふ。

陰沈たら鉄鳳の闕、教練す羽林の兒。

天子 朝早を侵す、雲臺 仗数ば移る。

#3

軍を分ちて供給に應ず,百姓 日びに支離す。

黠吏因って己を封す,公才 或は雌を守る。

燕王 駿骨を買う,渭老 熊羆を得。

活國 名公 在り,拜壇 群寇 疑う。

#4

冰壺に 瑤碧動く,野水 蛟螭を

入幕 諸集り,賢 高選宜し。

騫騰 坐ながら致す可し,九萬 於斯れより起る。

復た進みて矛戟を出し,昭然 鼎彝を開かん。

#5

會ず看ん 之の子の貴きを,歎じて及ぶ老夫の衰。

豈に但だ 江 曾て決しのみならんや,還た思う 霧 一たび披かんことを。

暗塵 古鏡に生じ,匣を拂うて西施を照さん。

舅氏 人物多し,慚ずる無れ 困翮の垂るることを

長安城図 作図00 

 

『贈崔十三評事公輔』 現代語訳と訳註解説
(
本文) 
#5

會看之子貴,歎及老夫衰。

豈但江曾決,還思霧一披。

暗塵生古鏡,拂匣照西施。

舅氏多人物,無慚困翮垂。

(下し文) #5

會ず看ん 之の子の貴きを,歎じて及ぶ老夫の衰。

豈に但だ 江 曾て決しのみならんや,還た思う 霧 一たび披かんことを。

暗塵 古鏡に生じ,匣を拂うて西施を照さん。

舅氏 人物多し,慚ずる無れ 困翮の垂るることを。

(現代語訳) #5

自分はおまえが必ず貴い身分になることとおもっている、之に反して自分侍臣の老衰を漢がえると歎かぬわけにゆかないのである。

そうはいっても、一旦論じれば、江河が決壊するように雄弁であるということについてはきいて知っているが、今後また都であうなら、おまえは、雲霧を披いて青天をみる様であろうとおもうのだ。

古鏡には塵がくらくたまっていて、その匣の塵をうち払えば美人西施(杜甫、公輔など)の姿を鏡に照らしてみたくなるものだ。

叔父さんはよい子をもたれた、よい人物がたくさんいる。だからわしの様に不遇でつかれたつばさを垂れている様な者がいでもそれを愧ることにはあたらないということだ

(訳注) 1523贈崔十三評事公輔 -#5》【5分割】

贈崔十三評事公輔

(母方の従弟の崔公輔が都へ任官するのを送り、別れに臨んで、この詩を贈った)766年大暦元年55のさく。

〇贈崔十三評事公輔 評事は官名、大理寺に属す、出使して推案することを掌るものにして出張裁判官の類いである。崔公輔は姓名、詩中に羽林・入幕の語あるので、公輔はじめに評事となり次に幕僚となり、次に元戎の命をうけて、羽林の職についた。崔公輔はははがたの従弟。

 

會看之子貴,歎及老夫衰。

自分はおまえが必ず貴い身分になることとおもっている、之に反して自分侍臣の老衰を漢がえると歎かぬわけにゆかないのである。

○會看 かならず~をみる。

○之子貴 この子が尊き身分のものになること。

○老夫衰 杜甫のことで年老いたことをいう。

 

豈但江曾決,還思霧一披。

そうはいっても、一旦論じれば、江河が決壊するように雄弁であるということについてはきいて知っているが、今後また都であうなら、おまえは、雲霧を披いて青天をみる様であろうとおもうのだ。

○江曾決 一旦論じれば、江河が決壊するように雄弁であるということ。

○霧一披 雲霧の被いを払って晴天を見るということ。

 

暗塵生古鏡,拂匣照西施。

古鏡には塵がくらくたまっていて、その匣の塵をうち払えば美人西施(杜甫、公輔など)の姿を鏡に照らしてみたくなるものだ。

○暗塵生古鏡,拂匣照西施 箱の中に入れてある古い鏡に暗くかかっている塵を奇麗に取り除いてしまえば、あの西施を写したいと思う。

 

舅氏多人物,無慚困翮垂。

叔父さんはよい子をもたれた、よい人物がたくさんいる。だからわしの様に不遇でつかれたつばさを垂れている様な者がいでもそれを愧ることにはあたらないということだ。

○舅氏 母方の叔父。

○無慚 恥入る事は無い。

○困翮垂 羽を垂れ、翮羽によって飛びあがることが困難であること言う。不遇であったことをいう。
夔州東川卜居図詳細 001 

766年-62杜甫 《1523贈崔十三評事公輔 -#4》【5分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-62 <926-#4> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6255

杜甫 《1523贈崔十三評事公輔 -#4

冰壺動瑤碧,野水失蛟螭。入幕諸集,渴賢高選宜。

騫騰坐可致,九萬起於斯。復進出矛戟,昭然開鼎彝。
そこで、おまえが用いられるのはたとえば玉壷のなかにいれた清氷が、瑤碧の光をたたえている様であり、いよいよ蚊蠣のように偉い者が野中の池から離れて天上の風雨を巻き起そうとするということだ。元戒の幕中にはもろもろのすぐれた人が集っているが、元戎は賢人を渇望しており、おまえを求められたのであるから、もつと高い地位に選ばれるにふさわしいというものだ。これからは邈内にいながら、高く飛びあがり、九万里の上の峯にのぼるのもこれからはじまるのである。そして、こんどさらに地位が進むならば、門前に矛戟をいだす様な節度使にもなるであろう、そうして、あきらかに鼎に銘せられる様な大勲功を開きおこすであろう。

766-62杜甫 1523贈崔十三評事公輔 -#4》【5分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-62 <926-#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6255


 

杜甫詩1500-926-#4-1422/2500

紀年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言古詩

詩題:    贈崔十三評事公輔

交遊人物:崔公輔               書信往來

 

 

贈崔十三評事公輔  #1

(母方の従弟の崔公輔が都へ任官するのを送り、別れに臨んで、この詩を贈った)

飄飄西極馬,來自渥池。

ここに飄颻とただようている西域のはての天馬がをる、これは渥洼の池から來た駿足である。

定山桂,低徊風雨枝。

また寒山をしのいで立つ桂の樹が大風に吹かれている。その雨風をうけた枝はカなく吹きのめされている。それは、君が此の馬や桂の様なものだ。

我聞龍正直,道屈爾何為。

自分は聞くに龍(人君)は正直なものであるというのに、おまえは道を伸ばすことができないというはどういうのであるか、そんな筈は互いのである。

且有元戎命,悲歌識者誰。

そのうえこんどは、元戎からの命が有った、おまえはこれまでは逆境に悲歌していたが識者はちゃんとおまえが如何なる人物であるかは知っているのである。  

#2

官聯辭冗長,行路洗危。

劍主人贈,去帆春色隨。

いままでの幕主からは佩剣を脱してみやげものとして贈られ、ゆく船の帆に風流にも、春景色をしたがへながらでかける。

陰沈鐵鳳闕,教練羽林兒。

おもくるしい鉄の鳳凰がのっている都の宮門につけば、そこでは禁中の軍隊を教練することになるのだ。

天子朝侵早,雲臺仗數移。

おもくるしい鉄の鳳凰がのっている都の宮門につけば、そこでは禁中の軍隊を教練することになるのだ。

#3

分軍應供給,百姓日支離。

禁軍は隊を分けられて、それに、兵站で一々衣食を供給しなければいけない、人民は日日 身の立つ瀬がなくなっている。

黠吏因封己,公才或守雌。

そのどさくさまぎれにつけこんで、ずるい役人どもは自分のふところばかりふくらますし、要路の顕官は言うべきことがあっても、だまっていて消極的な態度を見せる。

燕王買駿骨,渭老得熊羆。

この時にあたって元戎が、おまえを得たのは、たとえばむかし燕王が駿馬を買ったという故事に倣ったようなものであり、また昭王が、渭水の濱で、狩をして熊を獲物をえるように老人太公望をえた様なものだ。

活國名公在,拜壇群寇疑。

いま、国家を活かすに元戒の様な名公がおられ、その人が将壇に拜命されているので、多くの盗賊どもが疑い懼れているというのだ。

#4

冰壺動瑤碧,野水失蛟

そこで、おまえが用いられるのはたとえば玉壷のなかにいれた清氷が、瑤碧の光をたたえている様であり、いよいよ蚊蠣のように偉い者が野中の池から離れて天上の風雨を巻き起そうとするということだ。

入幕諸集,賢高選宜。

元戒の幕中にはもろもろのすぐれた人が集っているが、元戎は賢人を渇望しており、おまえを求められたのであるから、もつと高い地位に選ばれるにふさわしいというものだ。

騫騰坐可致,九萬起於斯。

これからは邈内にいながら、高く飛びあがり、九万里の上の峯にのぼるのもこれからはじまるのである。

復進出矛戟,昭然開鼎彝。

そして、こんどさらに地位が進むならば、門前に矛戟をいだす様な節度使にもなるであろう、そうして、あきらかに鼎に銘せられる様な大勲功を開きおこすであろう。

#5

會看之子貴,歎及老夫衰。

豈但江曾決,還思霧一披。

暗塵生古鏡,拂匣照西施。

舅氏多人物,無慚困翮垂。

 

(崔十三評事公輔に贈る)

瓢諷たり西極の馬、渥の池より來る。

たり寒山の桂、低徊す 風雨の枝。

我聞く 龍は正直なりと、道屈する爾 何すれぞ。

且つ元戎の命有り、悲歌 識者知る。』

#2

官聯 冗長なるを辞し、行路 なるに洗る。

剣を脱して主人贈る、去帆春色随ふ。

陰沈たら鉄鳳の闕、教練す羽林の兒。

天子 朝早を侵す、雲臺 仗数ば移る。

#3

軍を分ちて供給に應ず,百姓 日びに支離す。

黠吏因って己を封す,公才 或は雌を守る。

燕王 駿骨を買う,渭老 熊羆を得。

活國 名公 在り,拜壇 群寇 疑う。

#4

冰壺に 瑤碧動く,野水 蛟螭を

入幕 諸集り,賢 高選宜し。

騫騰 坐ながら致す可し,九萬 於斯れより起る。

復た進みて矛戟を出し,昭然 鼎彝を開かん。

#5

會ず看ん 之の子の貴きを,歎じて及ぶ老夫の衰。

豈に但だ 江 曾て決しのみならんや,還た思う 霧 一たび披かんことを。

暗塵 古鏡に生じ,匣を拂うて西施を照さん。

舅氏 人物多し,慚ずる無れ 困翮の垂るることを

 

夔州東川卜居図詳細 001 

『贈崔十三評事公輔』 現代語訳と訳註解説
(
本文) 
#4

冰壺動瑤碧,野水失蛟螭。

入幕諸集,渴賢高選宜。

騫騰坐可致,九萬起於斯。

復進出矛戟,昭然開鼎彝。

(下し文) #4

冰壺に 瑤碧動く,野水 蛟螭を失す。

入幕 諸集り,渴賢 高選宜し。

騫騰 坐ながら致す可し,九萬 於斯れより起る。

復た進みて矛戟を出し,昭然 鼎彝を開かん。

(現代語訳)
そこで、おまえが用いられるのはたとえば玉壷のなかにいれた清氷が、瑤碧の光をたたえている様であり、いよいよ蚊蠣のように偉い者が野中の池から離れて天上の風雨を巻き起そうとするということだ。

元戒の幕中にはもろもろのすぐれた人が集っているが、元戎は賢人を渇望しており、おまえを求められたのであるから、もつと高い地位に選ばれるにふさわしいというものだ。

これからは邈内にいながら、高く飛びあがれり、九万里の上の峯にのぼるのもこれからはじまるのである。

そして、こんどさらに地位が進むならば、門前に矛戟をいだす様な節度使にもなるであろう、そうして、あきらかに鼎に銘せられる様な大勲功を開きおこすであろう。


(訳注)  1523贈崔十三評事公輔 -#4》【5分割】

贈崔十三評事公輔

(母方の従弟の崔公輔が都へ任官するのを送り、別れに臨んで、この詩を贈った)766年大暦元年55のさく。

〇贈崔十三評事公輔 評事は官名、大理寺に属す、出使して推案することを掌るものにして出張裁判官の類いである。崔公輔は姓名、詩中に羽林・入幕の語あるので、公輔はじめに評事となり次に幕僚となり、次に元戎の命をうけて、羽林の職についた。崔公輔はははがたの従弟。

 

冰壺動瑤碧,野水失蛟螭。

そこで、おまえが用いられるのはたとえば玉壷のなかにいれた清氷が、瑤碧の光をたたえている様であり、いよいよ蚊蠣のように偉い者が野中の池から離れて天上の風雨を巻き起さうとするということだ。

〇冰壺動瑤碧 壺中の氷の潔癖な色を喩えて云う。崔の心中の高潔であり、他の清涼剤となることをいう。瑤:瑤は玉に次ぐ美石。碧:碧は碧玉。南朝宋鮑照《代白頭吟》「直如朱絲繩, 清如玉壺冰。」

〇野水失蛟螭 三国呉の周瑜、劉備などを評して、蛟螭と云い、ここでは、崔を比喩し、それが、野水を離れて、働き場を得るということをいう。

 

入幕諸集,渴賢高選宜。

元戒の幕中にはもろもろのすぐれた人が集っているが、元戎は賢人を渇望しており、おまえを求められたのであるから、もつと高い地位に選ばれるにふさわしいというものだ。

〇入幕 元戎軍の幕府に入ること。

〇諸 幕中にはもろもろのすぐれた人が集まることをいう。は優れた人。

〇渴賢 元戎が賢者を得たいとしていること、渇望していることをいう

〇高選宜 崔が高い地位に選ばれ上ること

 

騫騰坐可致,九萬起於斯。

これからは邈内にいながら、高く飛びあがり、九万里の上の峯にのぼるのもこれからはじまるのである。

〇騫騰 とび馬が跳ね上がるように崔が立身出世をする。

〇坐可致 座っていて諸軍をうごかしたりすることができる。

〇九萬起 《荘子 逍遥游》「鵬之徙於南冥也, 水擊三千里, 摶扶搖而上者九萬里。」(鵬の南冥に徙【うつ】るや、水に擊【う】つこと三千里、扶搖【フヨウ・つむじかぜ】に摶【うち】て上【のぼ】ること九万里、去るに六月の息【かぜ】を以てする者なり)に基づく。

 

復進出矛戟,昭然開鼎彝。

そして、こんどさらに地位が進むならば、門前に矛戟をいだす様な節度使にもなるであろう、そうして、あきらかに鼎に銘せられる様な大勲功を開きおこすであろう。

〇復進 再び進む。地位が進むこと。

〇出矛戟 矛や戟を立てる身分になること、即ち、節度使になることをいう。

〇昭然 誰にでもわかるはっきりとしたことをいう。

〇開鼎彝 鼎も彝も「かなえ」、古代より勲功をあげると銘文にして「かなえ」にきざむことをいう。
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-62杜甫 《1523贈崔十三評事公輔 -#4》【5分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-62 <926-#4> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6255 
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766年-62杜甫 《1523贈崔十三評事公輔 -#3》【5分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-62 <926-#3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6250 

杜甫  贈崔十三評事公輔#3

分軍應供給,百姓日支離。黠吏因封己,公才或守雌。

燕王買駿骨,渭老得熊羆。活國名公在,拜壇群寇疑。
禁軍は隊を分けられて、それに、兵站で一々衣食を供給しなければいけない、人民は日日 身の立つ瀬がなくなっている。そのどさくさまぎれにつけこんで、ずるい役人どもは自分のふところばかりふくらますし、要路の顕官は言うべきことがあっても、だまっていて消極的な態度を見せる。この時にあたって元戎が、おまえを得たのは、たとえばむかし燕王が駿馬を買ったという故事に倣ったようなものであり、また昭王が、渭水の濱で、狩をして熊を獲物をえるように老人太公望をえた様なものだ。いま、国家を活かすに元戒の様な名公がおられ、その人が将壇に拜命されているので、多くの盗賊どもが疑い懼れているというのだ。

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 2015年7月4日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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杜甫詩1500-926-#3-1421/2500

紀年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言古詩

詩題:    贈崔十三評事公輔

交遊人物:崔公輔               書信往來

 

 

贈崔十三評事公輔  #1

(母方の従弟の崔公輔が都へ任官するのを送り、別れに臨んで、この詩を贈った)

飄飄西極馬,來自渥池。

ここに飄颻とただようている西域のはての天馬がをる、これは渥洼の池から來た駿足である。

定山桂,低徊風雨枝。

また寒山をしのいで立つ桂の樹が大風に吹かれている。その雨風をうけた枝はカなく吹きのめされている。それは、君が此の馬や桂の様なものだ。

我聞龍正直,道屈爾何為。

自分は聞くに龍(人君)は正直なものであるというのに、おまえは道を伸ばすことができないというはどういうのであるか、そんな筈は互いのである。

且有元戎命,悲歌識者誰。

そのうえこんどは、元戎からの命が有った、おまえはこれまでは逆境に悲歌していたが識者はちゃんとおまえが如何なる人物であるかは知っているのである。  

#2

官聯辭冗長,行路洗危。

劍主人贈,去帆春色隨。

いままでの幕主からは佩剣を脱してみやげものとして贈られ、ゆく船の帆に風流にも、春景色をしたがへながらでかける。

陰沈鐵鳳闕,教練羽林兒。

おもくるしい鉄の鳳凰がのっている都の宮門につけば、そこでは禁中の軍隊を教練することになるのだ。

天子朝侵早,雲臺仗數移。

おもくるしい鉄の鳳凰がのっている都の宮門につけば、そこでは禁中の軍隊を教練することになるのだ。

#3

分軍應供給,百姓日支離。

禁軍は隊を分けられて、それに、兵站で一々衣食を供給しなければいけない、人民は日日 身の立つ瀬がなくなっている。

黠吏因封己,公才或守雌。

そのどさくさまぎれにつけこんで、ずるい役人どもは自分のふところばかりふくらますし、要路の顕官は言うべきことがあっても、だまっていて消極的な態度を見せる。

燕王買駿骨,渭老得熊羆。

この時にあたって元戎が、おまえを得たのは、たとえばむかし燕王が駿馬を買ったという故事に倣ったようなものであり、また昭王が、渭水の濱で、狩をして熊を獲物をえるように老人太公望をえた様なものだ。

活國名公在,拜壇群寇疑。

いま、国家を活かすに元戒の様な名公がおられ、その人が将壇に拜命されているので、多くの盗賊どもが疑い懼れているというのだ。

#4

冰壺動瑤碧,野水失蛟螭。

入幕諸集,渴賢高選宜。

騫騰坐可致,九萬起於斯。

復進出矛戟,昭然開鼎彝。

#5

會看之子貴,歎及老夫衰。

豈但江曾決,還思霧一披。

暗塵生古鏡,拂匣照西施。

舅氏多人物,無慚困翮垂。

 

(崔十三評事公輔に贈る)

瓢諷たり西極の馬、渥の池より來る。

たり寒山の桂、低徊す 風雨の枝。

我聞く 龍は正直なりと、道屈する爾 何すれぞ。

且つ元戎の命有り、悲歌 識者知る。』

#2

官聯 冗長なるを辞し、行路 なるに洗る。

剣を脱して主人贈る、去帆春色随ふ。

陰沈たら鉄鳳の闕、教練す羽林の兒。

天子 朝早を侵す、雲臺 仗数ば移る。

#3

軍を分ちて供給に應ず,百姓 日びに支離す。

黠吏因って己を封す,公才 或は雌を守る。

燕王 駿骨を買う,渭老 熊羆を得。

活國 名公 在り,拜壇 群寇 疑う。

#4

冰壺に 瑤碧動く,野水 蛟螭を

入幕 諸集り,賢 高選宜し。

騫騰 坐ながら致す可し,九萬 於斯れより起る。

復た進みて矛戟を出し,昭然 鼎彝を開かん。

#5

會ず看ん 之の子の貴きを,歎じて及ぶ老夫の衰。

豈に但だ 江 曾て決しのみならんや,還た思う 霧 一たび披かんことを。

暗塵 古鏡に生じ,匣を拂うて西施を照さん。

舅氏 人物多し,慚ずる無れ 困翮の垂るることを

 

 

『贈崔十三評事公輔』 現代語訳と訳註解説
(
本文) 
#3

分軍應供給,百姓日支離。

黠吏因封己,公才或守雌。

燕王買駿骨,渭老得熊羆。

活國名公在,拜壇群寇疑。

(下し文) #3

軍を分ちて供給に應ず,百姓 日びに支離す。

黠吏因って己を封す,公才 或は雌を守る。

燕王 駿骨を買う,渭老 熊羆を得。

活國 名公 在り,拜壇 群寇 疑う。

(現代語訳)
禁軍は隊を分けられて、それに、兵站で一々衣食を供給しなければいけない、人民は日日 身の立つ瀬がなくなっている。

そのどさくさまぎれにつけこんで、ずるい役人どもは自分のふところばかりふくらますし、要路の顕官は言うべきことがあっても、だまっていて消極的な態度を見せる。

この時にあたって元戎が、おまえを得たのは、たとえばむかし燕王が駿馬を買ったという故事に倣ったようなものであり、また昭王が、渭水の濱で、狩をして熊を獲物をえるように老人太公望をえた様なものだ。

いま、国家を活かすに元戒の様な名公がおられ、その人が将壇に拜命されているので、多くの盗賊どもが疑い懼れているというのだ。



(訳注) #3

分軍應供給,百姓日支離。

禁軍は隊を分けられて、それに、兵站で一々衣食を供給しなければいけない、人民は日日 身の立つ瀬がなくなっている。

分軍 禁軍の軍隊の組織を分けること。

供給 兵站のこと。戦闘部隊の後方にあって、人員・兵器・食糧などの前送・補給にあたり、また、後方連絡線の確保にあたる活動機能。

支離 手足がバラバラで、体が満足に立ち行かないこと。

黠吏 悪賢い小役人。

 

黠吏因封己,公才或守雌。

そのどさくさまぎれにつけこんで、ずるい役人どもは自分のふところばかりふくらますし、要路の顕官は言うべきことがあっても、だまっていて消極的な態度を見せる。

 そのことにつけて、どさくさまぎれに。

封己 自分の方に収入を厚く多くするようにすること。

公才 三公たるべき才能。

或守雌 消極的な態度を見せること。老子「知其雄、守其雌」にもとづく。

 

燕王買駿骨,渭老得熊羆。

この時にあたって元戎が、おまえを得たのは、たとえばむかし燕王が駿馬を買ったという故事に倣ったようなものであり、また昭王が、渭水の濱で、狩をして熊を獲物をえるように老人太公望をえた様なものだ。

燕王買駿骨 『戦国策』燕策、『十八史略』春秋戦国・燕「隗曰、古之君、有以千金使涓人求千里馬者。買死馬骨五百金而返。君怒。涓人曰、死馬且買之。況生者乎。馬今至矣。不期年、千里馬至者三。」(隗曰く、古の君、千金を以て涓人をして千里の馬を求し者有り。死馬の骨を五百金に買て返る。君怒る。涓人曰く、死馬すら且つ之れを買う。況んや生る者をや。馬、今に至らん、と。期年ならずして、千里の馬至る者三あり。今、王必ず士を致さんと欲せば、先ず隗より始めよ。況んや隗より賢なる者、豈に千里を遠しとせんや、と。是に於て昭王、隗の為に改ためて宮を築き、之れに師事す。是に於て士争いて燕に趨むく。)千里の駿馬を崔に比して表現したもの。

渭老得熊羆 渭水の濱に釣していた老人の太公望をいうことと、周の文王が渭水の濱で猟して、獲物は熊ではなくて太公望であったという。

 

活國名公在,拜壇群寇疑。

いま、国家を活かすに元戒の様な名公がおられ、その人が将壇に拜命されているので、多くの盗賊どもが疑い懼れているというのだ。

活國 國を活かす。

名公在 名高き高位の人、元戎をさす。

拜壇 漢の高組、韓信を大将に任ぜしとき壇を築きて之を任命する、以て元戎の顕遇をうけるに比す。

群寇疑 名名将權を委ねられる故盗賊ども不安の念をいだきおそれる。

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杜甫 《1523贈崔十三評事公輔#2

官聯辭冗長,行路洗攲危。劍主人贈,去帆春色隨。

陰沈鐵鳳闕,教練羽林兒。天子朝侵早,雲臺仗數移。

おまえはいよいよ冗長な官の幕職を離して、山路の傾きのあやういところを移りゆくのである。いままでの幕主からは佩剣を脱してみやげものとして贈られ、ゆく船の帆に風流にも、春景色をしたがへながらでかける。おもくるしい鉄の鳳凰がのっている都の宮門につけば、そこでは禁中の軍隊を教練することになるのだ。いま天子は朝未だ来、くらいうちに早すぎる出御され、朝廷へおなりになり、お忙しく、禁中のうてなからたびたび他へ儀仗をおうつしになる。

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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
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76-#1 《八讀巻六11 祭十二郎文》-1 韓愈(韓退之) 803年貞元19年 38歳<1452> Ⅱ【18分割】 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6244 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-62杜甫 《1523贈崔十三評事公輔 -#2》【5分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-62 <926-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6245 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
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杜甫詩1500-926-#2-1420/2500

紀年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言古詩

詩題:    贈崔十三評事公輔

交遊人物:崔公輔               書信往來

 

 

贈崔十三評事公輔  #1

(母方の従弟の崔公輔が都へ任官するのを送り、別れに臨んで、この詩を贈った)

飄飄西極馬,來自渥池。

ここに飄颻とただようている西域のはての天馬がをる、これは渥洼の池から來た駿足である。

定山桂,低徊風雨枝。

また寒山をしのいで立つ桂の樹が大風に吹かれている。その雨風をうけた枝はカなく吹きのめされている。それは、君が此の馬や桂の様なものだ。

我聞龍正直,道屈爾何為。

自分は聞くに龍(人君)は正直なものであるというのに、おまえは道を伸ばすことができないというはどういうのであるか、そんな筈は互いのである。

且有元戎命,悲歌識者誰。

そのうえこんどは、元戎からの命が有った、おまえはこれまでは逆境に悲歌していたが識者はちゃんとおまえが如何なる人物であるかは知っているのである。  

#2

官聯辭冗長,行路洗危。

劍主人贈,去帆春色隨。

いままでの幕主からは佩剣を脱してみやげものとして贈られ、ゆく船の帆に風流にも、春景色をしたがへながらでかける。

陰沈鐵鳳闕,教練羽林兒。

おもくるしい鉄の鳳凰がのっている都の宮門につけば、そこでは禁中の軍隊を教練することになるのだ。

天子朝侵早,雲臺仗數移。

おもくるしい鉄の鳳凰がのっている都の宮門につけば、そこでは禁中の軍隊を教練することになるのだ。

#3

分軍應供給,百姓日支離。

黠吏因封己,公才或守雌。

燕王買駿骨,渭老得熊羆。

活國名公在,拜壇群寇疑。

#4

冰壺動瑤碧,野水失蛟螭。

入幕諸集,渴賢高選宜。

騫騰坐可致,九萬起於斯。

復進出矛戟,昭然開鼎彝。

#5

會看之子貴,歎及老夫衰。

豈但江曾決,還思霧一披。

暗塵生古鏡,拂匣照西施。

舅氏多人物,無慚困翮垂。

 

(崔十三評事公輔に贈る)

瓢諷たり西極の馬、渥の池より來る。

たり寒山の桂、低徊す 風雨の枝。

我聞く 龍は正直なりと、道屈する爾 何すれぞ。

且つ元戎の命有り、悲歌 識者知る。』

#2

官聯 冗長なるを辞し、行路 なるに洗る。

剣を脱して主人贈る、去帆春色随ふ。

陰沈たら鉄鳳の闕、教練す羽林の兒。

天子 朝早を侵す、雲臺 仗数ば移る。

#3

軍を分ちて供給に應ず,百姓 日びに支離す。

黠吏因って己を封す,公才 或は雌を守る。

燕王 駿骨を買う,渭老 熊羆を得。

活國 名公 在り,拜壇 群寇 疑う。

#4

冰壺動瑤碧,野水失蛟

入幕諸集,賢高選宜。

騫騰坐可致,九萬起於斯。

復進出矛戟,昭然開鼎彝。

#5

會看之子貴,歎及老夫衰。

豈但江曾決,還思霧一披。

暗塵生古鏡,拂匣照西施。

舅氏多人物,無慚困

 

夔州東川卜居図詳細 001 

『贈崔十三評事公輔』 現代語訳と訳註解説
(
本文) 
#2

官聯辭冗長,行路洗攲危。

劍主人贈,去帆春色隨。

陰沈鐵鳳闕,教練羽林兒。

天子朝侵早,雲臺仗數移。

(下し文)
官聯 冗長なるを辞し、行路 攲危なるに洗る。

剣を脱して主人贈る、去帆春色随ふ。

陰沈たら鉄鳳の闕、教練す羽林の兒。

天子 朝早を侵す、雲臺 仗数ば移る。

(現代語訳) #2

おまえはいよいよ冗長な官の幕職を離して、山路の傾きのあやういところを移りゆくのである。

いままでの幕主からは佩剣を脱してみやげものとして贈られ、ゆく船の帆に風流にも、春景色をしたがへながらでかける。

おもくるしい鉄の鳳凰がのっている都の宮門につけば、そこでは禁中の軍隊を教練することになるのだ。

いま天子は朝未だ来、くらいうちに早すぎる出御され、朝廷へおなりになり、お忙しく、禁中のうてなからたびたび他へ儀仗をおうつしになる。

皇城005
(訳注)  1523贈崔十三評事公輔 -#2》【5分割】

贈崔十三評事公輔

(母方の従弟の崔公輔が都へ任官するのを送り、別れに臨んで、この詩を贈った)766年大暦元年55のさく。

〇贈崔十三評事公輔 評事は官名、大理寺に属す、出使して推案することを掌るものにして出張裁判官の類いである。崔公輔は姓名、詩中に羽林・入幕の語あるので、公輔はじめに評事となり次に幕僚となり、次に元戎の命をうけて、羽林の職についた。崔公輔はははがたの従弟。

 

官聯辭冗長,行路洗攲危。

おまえはいよいよ冗長な官の幕職を離して、山路の傾きのあやういところを移りゆくのである。

○官聯 聯は聯事とて官職に在れば他の諸官と聯合して仕事をすることがあるのをいう。

○冗長 むだにのびること。聯事の冗長なるをいう。評事の官は冗官に非ざるも幕僚の職が冗なるなり。

○洗 うつろ、蒋ず。

○攲危 路のかたむきのあやういこと。

 

劍主人贈,去帆春色隨。

いままでの幕主からは佩剣を脱してみやげものとして贈られ、ゆく船の帆に風流にも、春景色をしたがへながらでかける。

○主人 即ち外州の武官にして公輔の現幕主をさす。

○去帆 崔は舶にて江を下るゆえにかくいう。

 

陰沈鐵鳳闕,教練羽林兒。

おもくるしい鉄の鳳凰がのっている都の宮門につけば、そこでは禁中の軍隊を教練することになるのだ。

○陰沈 おもくるしきさま。

○鐵鳳闕 都の宮門をいふ、閑は中央をはさむ左右の小門lこしてその門頂に銀製の鳳凰を置く、鳳の番勢は両翼を張り頭を挙げ尾を敷く。

○教練 教練なしへれる。

○羽林兒 禁軍をいふ。漠の宣帝の時、微軍して事に死ぜし者の子ね取り羽林に養ひ、官、之に五兵(芋受・戟・酋矛・夷矛)のあつかひかたを敦へたり、之を羽林孤鬼と躾ず。羽林といふけ天の羽林星より取る、羽圧猛鳥の羽翼を以て驚撃する意味をとり、林は林木の盛なるごとく多き意に取り、之ね武人の稀とすといヘリ。以上雀が禁軍の教官となりて朝廷へかへるわいふ。

 

天子朝侵早,雲臺仗數移。

いま天子は朝未だ来、くらいうちに早すぎる出御され、朝廷へおなりになり、お忙しく、禁中のうてなからたびたび他へ儀仗をおうつしになる。

○朝侵早 非常に早くから朝廷へ出御になる、政務に勉められることをいう。夜明け前のまだ暗いうちから参朝すること。

○雲台 宮中の高台。

○仗數移 仗は儀倣。数移とはたびたび諸所へ移動する。これは騒乱のため、事多くて一所におちついていることが無く、暇がないことをいう。

 

#2

官聯 冗長なるを辞し、行路 なるに洗る。

剣を脱して主人贈る、去帆春色随ふ。

陰沈たら鉄鳳の闕、教練す羽林の兒。

天子 朝早を侵す、雲臺 仗数ば移る。
 唐 長安城 作図 01j

766年-62杜甫 《1523贈崔十三評事公輔》【5分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-62 <931> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6230

杜甫  贈崔十三評事公輔 #1  

飄飄西極馬,來自渥洼池。颯定山桂,低徊風雨枝。

我聞龍正直,道屈爾何為。且有元戎命,悲歌識者誰。

(母方の従弟の崔公輔が都へ任官するのを送り、別れに臨んで、この詩を贈った)ここに飄颻とただようている西域のはての天馬がをる、これは渥洼の池から來た駿足である。また寒山をしのいで立つ桂の樹が大風に吹かれている。その雨風をうけた枝はカなく吹きのめされている。それは、君が此の馬や桂の様なものだ。自分は聞くに龍(人君)は正直なものであるというのに、おまえは道を伸ばすことができないというはどういうのであるか、そんな筈は互いのである。

766-62杜甫 《1523贈崔十三評事公輔》【5分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-62 <931> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6230 

 

 
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杜甫詩1500-931-1417/2500

紀年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言古詩

詩題:    贈崔十三評事公輔

交遊人物:崔公輔               書信往來

 

 

贈崔十三評事公輔  #1

(母方の従弟の崔公輔が都へ任官するのを送り、別れに臨んで、この詩を贈った)

飄飄西極馬,來自渥池。

ここに飄颻とただようている西域のはての天馬がをる、これは渥洼の池から來た駿足である。

定山桂,低徊風雨枝。

また寒山をしのいで立つ桂の樹が大風に吹かれている。その雨風をうけた枝はカなく吹きのめされている。それは、君が此の馬や桂の様なものだ。

我聞龍正直,道屈爾何為。

自分は聞くに龍(人君)は正直なものであるというのに、おまえは道を伸ばすことができないというはどういうのであるか、そんな筈は互いのである。

且有元戎命,悲歌識者誰。

そのうえこんどは、元戎からの命が有った、おまえはこれまでは逆境に悲歌していたが識者はちゃんとおまえが如何なる人物であるかは知っているのである。  

#2

官聯辭冗長,行路洗攲危。

劍主人贈,去帆春色隨。

陰沈鐵鳳闕,教練羽林兒。

天子朝侵早,雲臺仗數移。

#3

分軍應供給,百姓日支離。

黠吏因封己,公才或守雌。

燕王買駿骨,渭老得熊羆。

活國名公在,拜壇群寇疑。

#4

冰壺動瑤碧,野水失蛟螭。

入幕諸集,渴賢高選宜。

騫騰坐可致,九萬起於斯。

復進出矛戟,昭然開鼎彝。

#5

會看之子貴,歎及老夫衰。

豈但江曾決,還思霧一披。

暗塵生古鏡,拂匣照西施。

舅氏多人物,無慚困翮垂。

 

(崔十三評事公輔に贈る)

瓢諷たり西極の馬、渥の池より來る。

たり寒山の桂、低徊す 風雨の枝。

我聞く 龍は正直なりと、道屈する爾 何すれぞ。

且つ元戎の命有り、悲歌 識者知る。』

#2

官聯 冗長なるを辞し、行路 なるに洗る。

剣を脱して主人贈る、去帆春色随ふ。

陰沈たら鉄鳳の闕、教練す羽林の兒。

天子 朝早を侵す、雲臺 仗数ば移る。

#3

軍を分ちて供給に應ず,百姓 日びに支離す。

黠吏因って己を封す,公才 或は雌を守る。

燕王 駿骨を買う,渭老 熊羆を得。

活國 名公 在り,拜壇 群寇 疑う。

山南西道 涪州 黃草峽00

 

『贈崔十三評事公輔』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

贈崔十三評事公輔

飄飄西極馬,來自渥洼池。

定山桂,低徊風雨枝。

我聞龍正直,道屈爾何為。

且有元戎命,悲歌識者誰。

(下し文)
(崔十三評事公輔に贈る)

瓢諷たり西極の馬、渥洼の池より來る。

たり寒山の桂、低徊す 風雨の枝。

我聞く 龍は正直なりと、道屈する爾 何すれぞ。

且つ元戎の命有り、悲歌 識者知る。

(現代語訳)
(母方の従弟の崔公輔が都へ任官するのを送り、別れに臨んで、この詩を贈った)
ここに飄颻とただようている西域のはての天馬がをる、これは渥洼の池から來た駿足である。

また寒山をしのいで立つ桂の樹が大風に吹かれている。その雨風をうけた枝はカなく吹きのめされている。それは、君が此の馬や桂の様なものだ。

自分は聞くに龍(人君)は正直なものであるというのに、おまえは道を伸ばすことができないというはどういうのであるか、そんな筈は互いのである。

そのうえこんどは、元戎からの命が有った、おまえはこれまでは逆境に悲歌していたが識者はちゃんとおまえが如何なる人物であるかは知っているのである。  

夔州東川卜居図詳細 001
(訳注)

贈崔十三評事公輔

(母方の従弟の崔公輔が都へ任官するのを送り、別れに臨んで、この詩を贈った)766年大暦元年55のさく。

〇贈崔十三評事公輔 評事は官名、大理寺に属す、出使して推案することを掌るものにして出張裁判官の類いである。崔公輔は姓名、詩中に羽林・入幕の語あるので、公輔はじめに評事となり次に幕僚となり、次に元戎の命をうけて、羽林の職についた。崔公輔はははがたの従弟。

 

飄飄西極馬,來自渥洼池。

ここに飄颻とただようている西域のはての天馬がをる、これは渥洼の池から來た駿足である。

西極馬 西域の天馬をいう。

〇渥洼池 「漢書」武帝紀によれば、武帝の元鼎四年(礼楽志には元狩三年)に馬が渥洼水中に生じたので天馬の歌を作った。又太初四年にも作る。渥洼は川の名、沙州(今の敦煌)の境にあり、竜媒は天馬をいう。「天馬歌」に「天馬徠タル、竜ノ媒」とみえる・昔 漢の元狩・元鼎の時代をさす。杜甫《巻三34沙苑行》「龍媒昔是渥洼生,汗血今稱獻於此。」(竜媒【りょうばい】昔是れ渥洼【あくあ】より生ず、汗血今称す此より献ぜらると。)昔、漢の世に竜媒と称せられた天馬が渥洼の川から生じたといわれているが、唐の今の世では汗血の名馬がこの沙苑の牧場から献上されているといわれている。

・汗血 汗血の馬をいう。「漢書」西域伝に大宛国に善馬多くその馬は血を汗にするという。ここは大宛の天馬の如き名馬をさす。・献於此 此とはこの沙苑の牧場をさす。

 

定山桂,低徊風雨枝。

また寒山をしのいで立つ桂の樹が大風に吹かれている。その雨風をうけた枝はカなく吹きのめされている。それは、君が此の馬や桂の様なものだ。

 大風のふくさま。

寒山桂 冬の山のかつら。謝靈運《入華子崗是麻源第三穀五言》「南州實炎德,桂樹淩寒山。」(南州は実に炎徳【えんとく】あり、桂樹【けいじゅ】は寒山を凌ぐ。南方の地は暖かで山の桂の木は冬の寒さにもしぼむことなく青さを残している。

入華子岡是麻源第三谷 謝霊運 詩<66-#1 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1278

とあり。馬は公輔の才俊なるに比し、桂はその困厄にあるに比す。

風雨枝 一つの幕僚に居るに比す。

 

我聞龍正直,道屈爾何為。

自分は聞くに龍(人君)は正直なものであるというのに、おまえは道を伸ばすことができないというはどういうのであるか、そんな筈は互いのである。

龍 龍は天子をさす、「易経」に謂わゆる龍徳あって正中なる者なりと。

道屈 行わんとする道の屈して伸びざるをいふ、地位卑くしては道も行へぬなり。

爾 公輔在さす。

何為どういうわけぞ。

 

且有元戎命,悲歌識者誰。

そのうえこんどは、元戎からの命が有った、おまえはこれまでは逆境に悲歌していたが識者はちゃんとおまえが如何なる人物であるかは知っているのである。  

元戎 羽林軍の主師にしてこのたび公輔を薦めてくれた人っである、其の人隣については不明。

悲歌 公輔が逆境に居て悲歌せしこと。

識者 識見すぐれし人、即ちここにいう元戎のごとき人をいう。以上崔公輔の人物境遇より説き起す。
杜甫55歳756年作品 

766年-61杜甫 《1556奉漢中王手札 -#3》【3分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-61 <932> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6235 

杜甫  奉漢中王手札 -#3

悲秋宋玉宅,失路武陵源。淹薄俱崖口,東西異石根。

夷音迷咫尺,鬼物傍黃昏。犬馬誠為戀,狐狸不足論。

從容草奏罷,宿昔奉清罇。
私はあなた様にたいしては犬馬が主人を請うるような慕わしさを持っております。あなた様を昔迫害した狐狸の輩は、もうあれこれ論ずるに足りません。この度、御帰朝なされて天子への上奏の文をゆっくり、しっかりと作られたとしますと、その昔私と酒樽のお相手を致し奉った時のことなど思い出していただきますようお願いする所です。

 

766-61杜甫 1556奉漢中王手札 -#3》【3分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-61 <932 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6235 

 
 2015年7月1日の紀頌之5つのBlog 
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杜甫詩1500-932-1418/2500

卷別:    卷二二九              文體:    五言古詩

詩題:    奉漢中王手札

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:荊門山 (山南東道 峽州 宜都)           

交遊人物:李瑀    書信往來

 

 

奉漢中王手札

(歸州滞在中の漢仲王がお手紙を寄せてくれたことでこの詩を奉る。)

國有乾坤大,王今叔父尊。

唐王朝の天下は乾坤の大きさの領土を持ち続けているが、璃漢中王はその大唐の天子の叔父にあたる尊位に居られるお方である。

剖符來蜀道,歸蓋取荊門。

璃王は蓬州の刺史として、蜀道に来られ、京師へお帰りの道は荊門の道筋を取られたのである。

峽險通舟過,水長注海奔。

この三峡は嶮しくて船の通行でこの地を過ぎようとされているが、長江は長くはしって大海に灌いでいる。

主人留上客,避暑得名園。

途中で、其の地の主人役である歸州の刺史が、この上である賓客をおひきとめられ、この地の名園にて避暑とされることがよろしいと考える。

 

前後緘書報,分明饌玉恩。

こうした前後の様子はお手紙でお知らせくだされたし、同時に美味なる食料をぞうよくだされたことは、まことにありがたいことである。

天雲浮壁,風竹在華軒。

漢王のいる東の空を眺め遣ると絶壁に天雲が浮かんでいる、定めし華麗なる軒端にそよぐ風が竹林を渉って吹き抜けてくる。

已覺良宵永,何看駭浪翻。

すでに、夜もしだいに長くなる季節になって来たし、三峡を下るのにこわい南風もなく船旅もご安全となりましょう。

入期朱邸雪,朝傍紫微垣。

京師のお屋敷の朱門へのお入りにの際はもう冬の雪のころとなっておるでしょうし、紫微殿の牆に傍の道に沿って参朝されることでしょう。

枚乘文章老,河間禮樂存。

河間王に比すべきあなた様のところには、禮楽刑政が、なお存在しておりますが、この枚乘は文章の才まで老衰致しました。

 

悲秋宋玉宅,失路武陵源。

漢王は歸州の巫山の宋玉の宅であきをかなしくすごされているでしょうが、枚乘である私は武陵の仙郷に往く路を失っているところなのです。

淹薄崖口,東西異石根。

お互いに崖碧の口元で逗留して淹薄されていることでしょうし、東西石根を異にしているのであります。

夷音迷咫尺,鬼物傍昏。

一歩踏み出せば東夷南蛮の言語で何が何やらわからず、朝となく夕暮れとなくより添うているというのは、ただ、鬼物である。

犬馬誠為戀,狐狸不足論。

私はあなた様にたいしては犬馬が主人を請うるような慕わしさを持っております。あなた様を昔迫害した狐狸の輩は、もうあれこれ論ずるに足りません。

從容草奏罷,宿昔奉清罇。

 

(漢中王の手札を奉じる)

國 乾坤の大なる有り,王は 今 叔父の尊なり。

剖符 蜀道に來り,歸蓋 荊門に取る。

峽險にして舟を通じ過ぐ,水 長くして 海に注ぎて奔る。

主人 上客を留む,避暑 名園を得たり。

 

前後 緘書報ず,分明なり 饌玉の恩。

天雲 壁に浮ぶ風竹 華軒に在り。

已に覺ゆ 良宵の永きを,何ぞ看む 駭浪の翻えるを。

入は期す 朱邸の雪,朝は傍わしむ 紫微の垣。

枚乘 文章 老ゆ,河間 禮樂 存す。

 

悲秋 宋玉の宅,失路 武陵の源。

淹薄 に崖口,東西 石根を異にす。

夷音 咫尺迷う,鬼物 昏傍る。

犬馬 誠に戀を為す,狐狸 論ずるに足らず。

從容 奏を草し罷まば,宿昔 清罇を奉ぜしと思え。

山南西道 涪州 黃草峽00 

 

『奉漢中王手札』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

悲秋宋玉宅,失路武陵源。

淹薄俱崖口,東西異石根。

夷音迷咫尺,鬼物傍黃昏。

犬馬誠為戀,狐狸不足論。

從容草奏罷,宿昔奉清罇。

(下し文)
悲秋 宋玉の宅,失路 武陵の源。

淹薄 俱に崖口,東西 石根を異にす。

夷音 咫尺迷う,鬼物 黃昏傍る。

犬馬 誠に戀を為す,狐狸 論ずるに足らず。

從容 奏を草し罷まば,宿昔 清罇を奉ぜしと思え。

(現代語訳)
漢王は歸州の巫山の宋玉の宅であきをかなしくすごされているでしょうが、枚乘である私は武陵の仙郷に往く路を失っているところなのです。

お互いに崖碧の口元で逗留して淹薄されていることでしょうし、東西石根を異にしているのであります。

一歩踏み出せば東夷南蛮の言語で何が何やらわからず、朝となく夕暮れとなくより添うているというのは、ただ、鬼物である。

私はあなた様にたいしては犬馬が主人を請うるような慕わしさを持っております。あなた様を昔迫害した狐狸の輩は、もうあれこれ論ずるに足りません。

この度、御帰朝なされて天子への上奏の文をゆっくり、しっかりと作られたとしますと、その昔私と酒樽のお相手を致し奉った時のことなど思い出していただきますようお願いする所です。


(訳注)

奉漢中王手札

(歸州滞在中の漢仲王がお手紙を寄せてくれたことでこの詩を奉る。)

○漢中王 名を璃といい譲皇帝(寧王)の第六子で汝陽王璡の弟である。玄宗が蜀に幸したときに従って漢中に至り、漢中王に封ぜられ銀青光禄大夫・漢中郡太守を加えられた。のち粛宗を諌めて帝の怒りにふれ蓬州の刺史に貶せられた。ここには漢中王と称しているが蓬州の刺史として何かの事によって梓州に来たのにより作者が彼とあったものとおもわれる。そして今、三峡を出て、京師に帰ろうとして歸州にあり、そこから杜甫に手紙を届けたのだろう。

(漢中王に関する杜甫の詩)

639五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之一》 蜀中転々 杜甫 <544  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2945 杜甫詩1000-544-783/1500

640 五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之二》 蜀中転々 杜甫 <545  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2950 杜甫詩1000-545-784/1500

641五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之三》 蜀中転々 杜甫 <546  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2955 杜甫詩1000-546-785/1500

 

643 《玩月呈漢中王》 蜀中転々 杜甫 <548  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2965 杜甫詩1000-548-787/1500

701 《章梓州水亭〔自注:時漢中王兼道士席謙在會,同用荷字韻。〕》蜀中転々 杜甫<608 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3350 杜甫詩1000-608-864/1500

 

702 《戲作寄上漢中王,二首之一〔自注:王新誕明珠。〕 蜀中転々 杜甫 <609  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3355 杜甫詩1000-609-865/1500

703 《戲作寄上漢中王,二首之二〔自注:王新誕明珠。〕 蜀中転々 杜甫 <610  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3360 杜甫詩1000-610-866/1500

 

悲秋宋玉宅,失路武陵源。

漢王は歸州の巫山の宋玉の宅であきをかなしくすごされているでしょうが、枚乘である私は武陵の仙郷に往く路を失っているところなのです。

悲秋宋玉 宋玉宅は歸州にあり、屈原生家も近所である。悲愁は宋玉『九辨』、からその表現が始まっている。

悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,

憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,

泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,

悽增欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,

坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。

惆悵兮而私自憐。

燕翩翩其辭歸兮,蟬寂漠而無聲。

鴈廱廱而南遊兮,鶤雞啁哳而悲鳴。

獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征。

時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。

「秋を悲しむ」とよんでもよい。『九辯』については全文訳注を掲載していいる。

九辯 第二段-#1 宋玉  <00-#3>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 632 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2144

642 《悲秋》 蜀中転々 杜甫 <547  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2960 杜甫詩1000-547-786/1500

武陵源 武陵の桃源郷。地殻変動により隆起した珪砂岩群が作り出す奇峰と渓谷が織りなす幽玄かつ壮大な風景は「世界奇観」と讃えられてるほどである。陶淵明をはじめ多くの隠遁者がいる。

 

淹薄俱崖口,東西異石根。

お互いに崖碧の口元で逗留して淹薄されていることでしょうし、東西石根を異にしているのであります。

淹薄 (学問・知識・見聞などが)広い.淹博精核(えんばくせいかく)」. 意味は、 「淹博」は広まること。 広範囲かつ、詳細で確かであること。

口 三峡の出口と入口。

異石根 三峡の絶壁の根元。

 

夷音迷咫尺,鬼物傍黃昏。

一歩踏み出せば東夷南蛮の言語で何が何やらわからず、朝となく夕暮れとなくより添うているというのは、ただ、鬼物である。

夷音 東夷南蛮の言語。

迷咫尺 一歩踏み出しただけで・・・・・・で何が何やらわからない。

鬼物 魑魅魍魎の類い。

傍黃昏 朝となく夕暮れとなくより添うているということ。

 

犬馬誠為戀,狐狸不足論。

私はあなた様にたいしては犬馬が主人を請うるような慕わしさを持っております。あなた様を昔迫害した狐狸の輩は、もうあれこれ論ずるに足りません。

犬馬 杜甫自らを比す。

 漢王を恋い慕う。

狐狸 嘗て漢王を讒言し、迫害した者たちのこと。

 

從容草奏罷,宿昔奉清罇。

この度、御帰朝なされて天子への上奏の文をゆっくり、しっかりと作られたとしますと、その昔私と酒樽のお相手を致し奉った時のことなど思い出していただきますようお願いする所です。

草奏罷 御帰朝なされて天子への上奏の文をゆっくり、しっかりと作られる奏文。
夔州東川卜居図詳細 001 杜甫55歳756年作品

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