杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

2015年10月

766年-161杜甫 《1825陪柏中丞觀宴將士,二首之二》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-161 <1033> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6845

杜甫  陪柏中丞觀宴將士,二首之二

繡段裝檐額,金花帖鼓腰。一夫先舞劍,百戲後歌樵。

江樹城孤遠,雲臺使寂寥。漢朝頻選將,應拜霍嫖姚。
(柏中丞に陪席して中丞が将士に対し酒盛りをしたときの様子を見て、特に当時大流行していた「散楽」が演じられたのを詠んだもの)

刺繍の縫い取りの織物で軒先を飾り付け、太鼓の胴には金色の造花を張り付ける。夔州においても散楽が催されるのである。一人の男がまず剣舞をする、それから異民族の樵の歌があって、そのあとに様々な散楽の出し物「百戯」が演じられたのである。ここ長江三峡地区の岸辺に樹木の上に聳える夔州城は、都から離れ孤立していて雲台からの使者がめったに来ることもない。漢朝の流れをくむ唐の中央朝廷では、しきりに大将を選抜されている折であるから、きっと、漢の霍去病の再来といわれている、柏中丞はその選任にあたっておられることであろう。

766-161杜甫 1825陪柏中丞觀宴將士,二首之二》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-161 <1033 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6845

 

 
  2015年10月31日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-161杜甫 《1825陪柏中丞觀宴將士,二首之二》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-161 <1033> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6845  
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陪柏中丞觀宴將士,二首之一

(柏中丞に陪席して中丞が将士に対し酒盛りをしたときの様子を見て詠んだもの)

極樂三軍士,誰知百戰場。

夔州都督府三軍の全軍の士がこの酒宴に招かれてみな楽しさを極めている、彼らが百戦場を往来した豪のものだとは誰が知っていようか。

無私齊綺饌,久坐密金章。

主人は、公平無私で誰にでも一様にした立派なご馳走を供せられる、座席が久しくなると皆が金印を帯びた主人の所へ接近してくる。

酒客霑鸚鵡,佳人指鳳皇。

そこで酔った賓客は鸚鵡螺の酒杯を恵まれて潤い、接客の佳人たちは鳳凰の琴を弾いてくれる。

幾時來翠節,特地引紅妝。

一体いつになればここに翠節が来任されて、特にこのような若い美人に招き入れられるということがあるのだろうか。

(柏中丞に陪して將士を宴するを觀る,二首の一)

樂しみを極む 三軍の士,誰か知らん 百戰の場。

無私 綺饌齊しく,久坐 金章密なり。

酒客 鸚鵡に霑い,佳人 鳳皇を指す。

幾時か 翠節來りて,特地 紅妝を引かんや。

 

 

杜甫詩1500-1033-1531/2500

年:766年大暦元年55-161

卷別:    卷二三一              文體:    五言律詩

詩題:    陪柏中丞觀宴將士,二首之二

作地點:              目前尚無資料

及地點:             

交遊人物/地點:柏茂林      當地交遊(山南東道 夔州 夔州)

 

 

陪柏中丞觀宴將士,二首之二

(柏中丞に陪席して中丞が将士に対し酒盛りをしたときの様子を見て、特に当時大流行していた「散楽」が演じられたのを詠んだもの)

繡段裝檐額,金花帖鼓腰。

刺繍の縫い取りの織物で軒先を飾り付け、太鼓の胴には金色の造花を張り付ける。夔州においても散楽が催されるのである。

一夫先舞劍,百戲後歌樵。

一人の男がまず剣舞をする、それから異民族の樵の歌があって、そのあとに様々な散楽の出し物「百戯」が演じられたのである。

江樹城孤遠,雲臺使寂寥。

ここ長江三峡地区の岸辺に樹木の上に聳える夔州城は、都から離れ孤立していて雲台からの使者がめったに来ることもない。

漢朝頻選將,應拜霍嫖姚。

漢朝の流れをくむ唐の中央朝廷では、しきりに大将を選抜されている折であるから、きっと、漢の霍去病の再来といわれている、柏中丞はその選任にあたっておられることであろう。

(柏中丞に陪して將士を宴するを觀る,二首の二)

繡段 檐額を裝い,金花 鼓腰に帖す。

一夫 先ず 劍を舞,百戲 歌樵に後る。

江樹 城孤遠なり,雲臺使 寂寥なり。

漢朝 頻り將を選ぶ,應に拜するなるべし 霍嫖姚。

 

『陪柏中丞觀宴將士,二首之二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

陪柏中丞觀宴將士,二首之二

繡段裝檐額,金花帖鼓腰。

一夫先舞劍,百戲後歌樵。

江樹城孤遠,雲臺使寂寥。

漢朝頻選將,應拜霍嫖姚。
詩文(含異文)     繡段裝檐額,金花帖鼓腰。一夫先舞劍,百戲後歌樵【百戲後歌鐎】【案:刁斗也。】。江樹城孤遠,雲臺使寂寥。漢朝頻選將,應拜霍嫖姚。


(下し文)
(柏中丞に陪して將士を宴するを觀る,二首の二)

繡段 檐額を裝い,金花 鼓腰に帖す。

一夫 先ず 劍を舞,百戲 歌樵に後る。

江樹 城孤遠なり,雲臺使 寂寥なり。

漢朝 頻り將を選ぶ,應に拜するなるべし 霍嫖姚。

(現代語訳)
(柏中丞に陪席して中丞が将士に対し酒盛りをしたときの様子を見て、特に当時大流行していた「散楽」が演じられたのを詠んだもの)

刺繍の縫い取りの織物で軒先を飾り付け、太鼓の胴には金色の造花を張り付ける。夔州においても散楽が催されるのである。

一人の男がまず剣舞をする、それから異民族の樵の歌があって、そのあとに様々な散楽の出し物「百戯」が演じられたのである。

ここ長江三峡地区の岸辺に樹木の上に聳える夔州城は、都から離れ孤立していて雲台からの使者がめったに来ることもない。

漢朝の流れをくむ唐の中央朝廷では、しきりに大将を選抜されている折であるから、きっと、漢の霍去病の再来といわれている、柏中丞はその選任にあたっておられることであろう。


(訳注)

陪柏中丞觀宴將士,二首之二

(柏中丞に陪席して中丞が将士に対し酒盛りをしたときの様子を見て、特に当時大流行していた「散楽」が演じられたのを詠んだもの)

柏中丞 御史中丞柏茂林、即ち、夔州都督であったということ。中丞都督の命は、大暦元年八月にあり、その任に就いたのは冬であった。杜甫は、柏都督のために、謝上表を代作した。

此処では柏中丞に陪席して、その酒宴で、当時もっとも流行し、大喝采を受けていた散楽の様子を述べている。

舞踊は宮廷や貴族の酒宴ばかりでなく、民間の酒場や行事でも頻繁に行われた。外国から様々な舞踊が伝えられ、その種類も大きく増加した。様々な階層のものが舞踊を好み、楊貴妃や安禄山は胡旋舞の名手であったと伝えられる。

舞踊は、ゆったりした動きの踊りを「軟舞」、テンポが速い激しい踊りを「健舞」と分けられた。「胡旋舞」や「胡騰舞」は健舞に含まれた。伝統舞踊に外国からの舞踏が加わっていき発展していった。

 

繡段裝檐額,金花帖鼓腰。

刺繍の縫い取りの織物で軒先を飾り付け、太鼓の胴には金色の造花を張り付ける。夔州においても散楽が催されるのである。

繡段 刺繍の縫い取りの織物。タペストリーのようなもの緞通のように敷くものではないが重厚さがあるもの。

裝檐額 軒先を飾り付け。

金花 金色の造花。

帖鼓腰 太鼓の胴まわりに張り付ける。

 

一夫先舞劍,百戲後歌樵。

一人の男がまず剣舞をする、それから異民族の樵の歌があって、そのあとに様々な散楽の出し物「百戯」が演じられたのである。

一夫先舞劍 一人の武太夫が剣舞を舞う。

百戲 様々な散楽の出し物。

歌樵 夔州にいる異民族の歌う樵歌。「夷歌幾處起漁樵」ということと同じ。散楽では、めったにない異民族のものほど喜ばれた。唐では、西域のものが最も喜ばれたという。

◎ここまでの四句は、六朝から唐時代に最も盛んになった散楽を示している。散楽は、「百戯」とも呼ばれる民間で行われる様々な娯楽のための技芸の総称である。次第に西域の技芸が取り入れられるようになり、盛唐では、宮廷でも左右教坊によって管轄された。散楽は、民間の音楽や角觝など武術、芝居も含まれるが、主流は曲芸や幻術(手品)、であった。内容は、竿木、縄伎(戯縄ともいう)、舞馬(象で行うこともある)、跳丸、弄剣、筋斗(とんぼ)、球伎、馬伎、呑刀、吐火、舞剣、植瓜、種棗、盤舞、杯盤舞などがあった。

散楽は、宮廷だけではなく、皇族や貴族の邸宅で行われた。また、長安には、大慈恩寺、青竜寺、大薦福寺、永寿寺などの寺の境内や門前に「戯場」が置かれ、散楽が演じられた。

安史の乱以後は、散楽も、各地の節度使のもとや地方の州で行われるようになった。

 

江樹城孤遠,雲臺使寂寥。

ここ長江三峡地区の岸辺に樹木の上に聳える夔州城は、都から離れ孤立していて雲台からの使者がめったに来ることもない。

江樹 三峡地区の岸辺に樹木。

城孤 都から離れ孤立している城。夔州城は白帝城とともに、三峡地区の重瑤池点であった。人口も数万人が棲んでいた。

雲臺 秦の咸陽城、漢の長安城は水上輸送を基本に置いた渭水に近く低地にあったが、長安城ない、皇城、大明宮は高台に作られたことを言う。

使 朝廷からの使者。夔州は駅伝制の陸路駅と水上交通の水路駅の両方があったので、使者は必ず立ち寄るところである。

寂寥 それでもめったにこないこと。

 

漢朝頻選將,應拜霍嫖姚。

漢朝の流れをくむ唐の中央朝廷では、しきりに大将を選抜されている折であるから、きっと、漢の霍去病の再来といわれている、柏中丞はその選任にあたっておられることであろう。

漢朝 下句に漢の大将軍、霍嫖姚を引き合いに出しているので、唐朝のことを言う。

頻選將 しきりに大将を選抜する。

應拜 拜は任命すること、しきりに大将を選抜、任命していたことをいう。

霍嫖姚 霍去病称ここでは、柏中丞に比している。霍 去病(かく きょへい、紀元前140 - 紀元前117年、Huò Qù-bìng)は、前漢の武帝時代の武将である。父は、霍仲孺。異母弟は、大司馬大将軍になり、武帝後の政治を取り仕切った霍光。霍去病と衛青は同時代に活躍し、血縁でもある事からよく比較される。衛青は少年時代に奴隷であった経験から人にへりくだり、常に下級兵士の事を考えていたと言われる。その一方で、霍去病は物心付いた時には既に一族は外戚であり、叔父が匈奴討伐に大功を上げていた。その事から叔父とは対照的に傲慢であり、兵士が飢えている時に自分たちは豪華な幕舎の下で宴会を開くような事をしていた。

しかし宮廷でも兵士の間でも、霍去病のほうが人気は上であった。衛青はへりくだりが度を過ぎて媚を売るような所があったとされ、また、霍去病の傲慢も頼もしい勇壮と見られていた模様だった。武帝も自身の性格から、積極果敢な霍去病をより好んでいた。

 

李白《巻02-28 胡無人》「嚴風吹霜海草凋。 筋干精堅胡馬驕。 漢家戰士三十萬。 將軍兼領霍嫖姚。」

李白《巻四10塞下曲六首 其三》 「駿馬似風() ( 似一作如 ) 鳴鞭出渭橋。 彎弓辭漢月。 插羽破天驕。 陣解星芒盡。 營空海霧消。 功成畫麟閣。 獨有霍嫖姚。」

 

 

<同時期の“柏茂林”中丞につての作品>

(1)      1822  覽柏中丞(一作允)兼子姪數人除官制詞因述父子兄弟四美載歌絲綸(卷一八(四)一五七一)    紛然喪亂際,見此忠孝門。蜀中寇亦甚,柏氏功彌存。深誠補王室,戮力自元昆。三止錦江沸,獨清玉壘昏。高名入竹帛,新渥照乾坤。子弟先卒伍,芝蘭疊(一作壘)璵璠。同心注師律,灑血在戎軒。絲綸實具載,紱冕已殊恩。奉公舉骨肉,誅叛經寒溫(一作暄)。金甲雪猶凍,朱旗塵不翻。每聞戰場,欻激懦氣奔。聖主國多盜,賢臣官則尊。方當節鉞用,必祲沴根。吾病日迴首,雲臺誰再論。作歌挹盛事,推轂期孤(一作騫,非)。54杜甫 1822覽柏中允兼子姪數人除官制詞,因述父子兄弟四美,載歌絲綸》【4分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-54 <919 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6135

 

(2) 1823  覽鏡呈柏中丞(卷一八(四)一五七五)    渭水流關,終南在日邊。膽銷豺虎窟,淚入犬羊天。起晚堪從事,行遲更學(    一作覺)仙。鏡中衰顏色,萬一故人憐。

(3) 1824  陪柏中丞觀宴將士二首(卷一八(四)一五七六)    其一(頁一五七六)    極樂三軍士,誰知百戰場。無私齊綺饌,久坐密金章。醉客沾鸚鵡,佳人指鳳凰    。幾時來翠節,特地引紅妝。

(4) 1825  陪柏中丞觀宴將士二首(卷一八(四)一五七六)    其二(頁一五七七)    繡段裝簷額,金花帖鼓腰。一夫先舞劍,百戲後歌樵(一作鐎)。江樹城孤遠,    雲臺使寂寥。漢朝頻選將,應拜霍嫖姚。

(5) 1826  奉送蜀州柏二別駕將中丞命赴江陵起居衛尚書太夫人因示從弟行軍司馬位(卷一八 (四)一五七八)    中丞問俗畫熊頻,愛弟傳書綵(益鳥)新。遷轉五州防禦使,起居八座太夫人。    楚宮臘送荊門水,白帝雲碧海春。與報(一作報與)惠連詩(一作書),不惜    ,知吾斑鬢總如銀。

(6) 2108 送田四弟將軍將夔州柏中丞命起居江陵節度使(一無使字)陽城郡王衛公幕(一云    〈夔府送田將軍赴江陵)(卷二一(四)一八三五)    離筵罷多酒,起舵(從《杜臆》,舊作地)發寒塘。回首中丞座,馳箋異姓王。    燕辭楓林日,雁度麥城霜。定(一作空)醉山翁酒,遙憐似葛疆。

 

<巻18-23

年:766年大暦元年55-158

卷別:    卷二三一              文體:    五言律詩

詩題:    覽鏡呈柏中丞

作地點:              目前尚無資料

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

交遊人物/地點:柏茂林      書信往來(山南東道 夔州 夔州)

 

 

覽鏡呈柏中丞

(身に着けている鏡を見て自分の衰えたことを嘆息して、柏中丞にこの詩を呈した)

渭水流關終南在日邊。

関中には、渭水が本流にして流れている。終南山は日輪の南辺のように長安にある。

膽銷豺虎窟,淚入犬羊天。

その地方は豺虎のような盗賊の巣窟となり、犬羊のような臭い異民族の吐蕃などの場所になっているので自分の膽もこれがために消えようとして、自分の涙はそちらに向かって注がれる。

起晚堪從事,行遲更學仙。

自分は、朝、遅く起きだすものであるから、とても、仕事に堪えられないし、また歩くのが遅いから、いまさら仙人から学ぶこともはばかられる。

鏡中衰謝色,萬一故人憐。

おまけに、鏡を見ると老衰してきた色が照いるのが分かるし、これでも万が一にもあなたが気の毒に思ってくださるなら、それだけを頼りにいていこうと思うのである。

 

(鏡を覽て柏中丞に呈す)

渭水 關,終南 日邊に在り。

膽は銷す 豺虎の窟,淚は入る 犬羊の天。

起きること 晚し 事に從うに堪んや,行くこと 遲し 更に仙を學ばんや。

鏡中 衰謝の色,萬一 故人憐まん。

 

766年-160杜甫 《1824陪柏中丞觀宴將士,二首之一》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-160 <1032> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6840

杜甫  陪柏中丞觀宴將士,二首之一   

極樂三軍士,誰知百戰場。無私齊綺饌,久坐密金章。

酒客霑鸚鵡,佳人指鳳皇。幾時來翠節,特地引紅妝。

(柏中丞に陪席して中丞が将士に対し酒盛りをしたときの様子を見て詠んだもの)

夔州都督府三軍の全軍の士がこの酒宴に招かれてみな楽しさを極めている、彼らが百戦場を往来した豪のものだとは誰が知っていようか。主人は、公平無私で誰にでも一様にした立派なご馳走を供せられる、座席が久しくなると皆が金印を帯びた主人の所へ接近してくる。そこで酔った賓客は鸚鵡螺の酒杯を恵まれて潤い、接客の佳人たちは鳳凰の琴を弾いてくれる。一体いつになればここに翠節が来任されて、特にこのような若い美人に招き入れられるということがあるのだろうか。

766-160杜甫 1824陪柏中丞觀宴將士,二首之一》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-160 <1032 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6840 


 
  2015年10月30日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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李白335 巻三01-《關山月》(明月出天山,) 335Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(16) <李白335> Ⅰ李白詩1648 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6788  
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同時期の“柏茂林”中丞につての作品

(1)      1822  覽柏中丞(一作允)兼子姪數人除官制詞因述父子兄弟四美載歌絲綸(卷一八(四)一五七一)    紛然喪亂際,見此忠孝門。蜀中寇亦甚,柏氏功彌存。深誠補王室,戮力自元昆。三止錦江沸,獨清玉壘昏。高名入竹帛,新渥照乾坤。子弟先卒伍,芝蘭疊(一作壘)璵璠。同心注師律,灑血在戎軒。絲綸實具載,紱冕已殊恩。奉公舉骨肉,誅叛經寒溫(一作暄)。金甲雪猶凍,朱旗塵不翻。每聞戰場,欻激懦氣奔。聖主國多盜,賢臣官則尊。方當節鉞用,必祲沴根。吾病日迴首,雲臺誰再論。作歌挹盛事,推轂期孤(一作騫,非)。54杜甫 1822覽柏中允兼子姪數人除官制詞,因述父子兄弟四美,載歌絲綸》【4分割】 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-54 <919 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6135

 

(2) 1823  覽鏡呈柏中丞(卷一八(四)一五七五)    渭水流關,終南在日邊。膽銷豺虎窟,淚入犬羊天。起晚堪從事,行遲更學(    一作覺)仙。鏡中衰顏色,萬一故人憐。

(3) 1824  陪柏中丞觀宴將士二首(卷一八(四)一五七六)    其一(頁一五七六)    極樂三軍士,誰知百戰場。無私齊綺饌,久坐密金章。醉客沾鸚鵡,佳人指鳳凰    。幾時來翠節,特地引紅妝。

(4) 1825  陪柏中丞觀宴將士二首(卷一八(四)一五七六)    其二(頁一五七七)    繡段裝簷額,金花帖鼓腰。一夫先舞劍,百戲後歌樵(一作鐎)。江樹城孤遠,    雲臺使寂寥。漢朝頻選將,應拜霍嫖姚。

(5) 1826  奉送蜀州柏二別駕將中丞命赴江陵起居衛尚書太夫人因示從弟行軍司馬位(卷一八 (四)一五七八)    中丞問俗畫熊頻,愛弟傳書綵(益鳥)新。遷轉五州防禦使,起居八座太夫人。    楚宮臘送荊門水,白帝雲碧海春。與報(一作報與)惠連詩(一作書),不惜    ,知吾斑鬢總如銀。

(6) 2108 送田四弟將軍將夔州柏中丞命起居江陵節度使(一無使字)陽城郡王衛公幕(一云    〈夔府送田將軍赴江陵)(卷二一(四)一八三五)    離筵罷多酒,起舵(從《杜臆》,舊作地)發寒塘。回首中丞座,馳箋異姓王。    燕辭楓林日,雁度麥城霜。定(一作空)醉山翁酒,遙憐似葛疆。
 

1823杜甫詩1500-1032-1530/2500

年:766年大暦元年55-158

卷別:    卷二三一              文體:    五言律詩

詩題:    覽鏡呈柏中丞

作地點:              目前尚無資料

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

交遊人物/地點:柏茂林      書信往來(山南東道 夔州 夔州)

 

 

覽鏡呈柏中丞

(身に着けている鏡を見て自分の衰えたことを嘆息して、柏中丞にこの詩を呈した)

渭水流關終南在日邊。

関中には、渭水が本流にして流れている。終南山は日輪の南辺のように長安にある。

膽銷豺虎窟,淚入犬羊天。

その地方は豺虎のような盗賊の巣窟となり、犬羊のような臭い異民族の吐蕃などの場所になっているので自分の膽もこれがために消えようとして、自分の涙はそちらに向かって注がれる。

起晚堪從事,行遲更學仙。

自分は、朝、遅く起きだすものであるから、とても、仕事に堪えられないし、また歩くのが遅いから、いまさら仙人から学ぶこともはばかられる。

鏡中衰謝色,萬一故人憐。

おまけに、鏡を見ると老衰してきた色が照いるのが分かるし、これでも万が一にもあなたが気の毒に思ってくださるなら、それだけを頼りにいていこうと思うのである。

 

(鏡を覽て柏中丞に呈す)

渭水 關,終南 日邊に在り。

膽は銷す 豺虎の窟,淚は入る 犬羊の天。

起きること 晚し 事に從うに堪んや,行くこと 遲し 更に仙を學ばんや。

鏡中 衰謝の色,萬一 故人憐まん。

 

1824

年:766年大暦元年55-160

卷別:    卷二三一              文體:    五言律詩

詩題:    陪柏中丞觀宴將士,二首之一

作地點:              目前尚無資料

交遊人物/地點:柏茂林      當地交遊(山南東道 夔州 夔州)

 

 

陪柏中丞觀宴將士,二首之一

(柏中丞に陪席して中丞が将士に対し酒盛りをしたときの様子を見て詠んだもの)

極樂三軍士,誰知百戰場。

夔州都督府三軍の全軍の士がこの酒宴に招かれてみな楽しさを極めている、彼らが百戦場を往来した豪のものだとは誰が知っていようか。

無私齊綺饌,久坐密金章。

主人は、公平無私で誰にでも一様にした立派なご馳走を供せられる、座席が久しくなると皆が金印を帯びた主人の所へ接近してくる。

酒客霑鸚鵡,佳人指鳳皇。

そこで酔った賓客は鸚鵡螺の酒杯を恵まれて潤い、接客の佳人たちは鳳凰の琴を弾いてくれる。

幾時來翠節,特地引紅妝。

一体いつになればここに翠節が来任されて、特にこのような若い美人に招き入れられるということがあるのだろうか。

(柏中丞に陪して將士を宴するを觀る,二首の一)

樂しみを極む 三軍の士,誰か知らん 百戰の場。

無私 綺饌齊しく,久坐 金章密なり。

酒客 鸚鵡に霑い,佳人 鳳皇を指す。

幾時か 翠節來りて,特地 紅妝を引かんや。

夔州東川卜居図詳細 002 

『陪柏中丞觀宴將士,二首之一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

陪柏中丞觀宴將士,二首之一

極樂三軍士,誰知百戰場。

無私齊綺饌,久坐密金章。

酒客霑鸚鵡,佳人指鳳皇。

幾時來翠節,特地引紅妝。

(下し文)
(柏中丞に陪して將士を宴するを觀る,二首の一)

樂しみを極む 三軍の士,誰か知らん 百戰の場。

無私 綺饌齊しく,久坐 金章密なり。

酒客 鸚鵡に霑い,佳人 鳳皇を指す。

幾時か 翠節來りて,特地 紅妝を引かんや。

(現代語訳)
陪柏中丞觀宴將士,二首之一(柏中丞に陪席して中丞が将士に対し酒盛りをしたときの様子を見て詠んだもの)

夔州都督府三軍の全軍の士がこの酒宴に招かれてみな楽しさを極めている、彼らが百戦場を往来した豪のものだとは誰が知っていようか。

主人は、公平無私で誰にでも一様にした立派なご馳走を供せられる、座席が久しくなると皆が金印を帯びた主人の所へ接近してくる。

そこで酔った賓客は鸚鵡螺の酒杯を恵まれて潤い、接客の佳人たちは鳳凰の琴を弾いてくれる。

一体いつになればここに翠節が来任されて、特にこのような若い美人に招き入れられるということがあるのだろうか。


(訳注)

陪柏中丞觀宴將士,二首之一

(柏中丞に陪席して中丞が将士に対し酒盛りをしたときの様子を見て詠んだもの)

柏中丞 御史中丞柏茂林、即ち、夔州都督であったということ。中丞都督の命は、大暦元年八月にあり、その任に就いたのは冬であった。杜甫は、柏都督のために、謝上表を代作した。

瞿塘峡・白帝城・魚復 

極樂三軍士,誰知百戰場。

夔州都督府三軍の全軍の士がこの酒宴に招かれてみな楽しさを極めている、彼らが百戦場を往来した豪のものだとは誰が知っていようか。

三軍 夔州都督府三軍(上中下の三軍)。

百戰場 百戦錬磨を経験しているものというほどの意。百戦錬磨の手練れ。

 

無私齊綺饌,久坐密金章。

主人は、公平無私で誰にでも一様にした立派なご馳走を供せられる、座席が久しくなると皆が金印を帯びた主人の所へ接近してくる。

無私 公平無私。柏中丞が誰に対しても公平に扱ってくれること。

齊綺饌 ご馳走を等しく提供してくれること。

久坐 宴席が長時間にわたり、長く席に座ること。

密金章 柏中丞の金印に密着するほどに接近すること。懇親して親近感がわくことをいみする。

 

酒客霑鸚鵡,佳人指鳳皇。

そこで酔った賓客は鸚鵡螺の酒杯を恵まれて潤い、接客の佳人たちは鳳凰の琴を弾いてくれる。

鸚鵡 鸚鵡螺の酒杯を恵まれること。大酒杯樽。

佳人 夔州、都督などに付属した官妓。

指鳳皇 腹に鳳凰の画がある琴を弾くこと。

 

幾時來翠節,特地引紅妝。

一体いつになればここに翠節が来任されて、特にこのような若い美人に招き入れられるということがあるのだろうか。

翠節 翡翠の羽のついた節旄をつけた柏中丞のこと。

特地 特別なこの地において、再びというほどの意。

引紅妝 紅を引き、お化粧をした美人に袖を引き、招き入れられること。

766年-159杜甫 《1520寄韋有夏郎中》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-159 <1031> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6835 

杜甫  寄韋有夏郎中   

省郎憂病士,書信有柴胡。飲子頻通汗,懷君想報珠。

親知天畔少,藥味峽中無。歸楫生衣臥,春鷗洗翅呼。

猶聞上急水,早作取平途。萬里皇華使,為僚記腐儒。
(夔州三峡、山水をみて北歸の情を動かされたと述べる。)

顔真卿の幕府、東方朔碑陰に朝城手簿韋有夏とあるが、同一人物かどうか疑問もある。韋尚書省郎中は、私のことを心配してくれて、書簡に加えて柴胡という薬草を送ってくれた。この煎じ薬は、すごく発汗作用がよく効きよいものであるから、お返しに真珠でも差し上げようかと考えている。夔州という天の果てでは知人も少なく、薬品や滋養のものも、山峽中にはないものである。春のカモメが翔を洗いながら呼び合い叫んでいるが、自分は帰り舟をつないだままで、郎官という生衣を着たまま療養の床に臥している。あなたは長江下流域からなお急流をさかのぼって行かれるとのことだが、早くここの平地に来るようにされたら良いとは思うが、どうだろうか。あなたは、万里の遠くへ使者として来られるというのではあるが、よくも同僚としてこの腐儒のいることを記憶してくださっていたものである、まことにありがたく思っているところである。

766-159杜甫 《1520寄韋有夏郎中》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-159 <1031> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6835 


 
  2015年10月29日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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李白334-#2 巻二28-《胡無人》 334-#2Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(19) <李白334-#2> Ⅰ李白詩1657 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6833  
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  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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韓愈96《 巻三12東方半明【東方未明】》 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1570> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6834  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
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  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
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夔州にいて故郷に帰りたいという内容の同時期の作品 

1521覽物【峽中覽物】

1522憶鄭南玭【案:玭,蒲眠切,珠也。宋弘曰:「淮水出玭珠。」若本注:「玭疑作玼,音玼,玉色鮮潔也。」師民瞻及草堂本,俱無玭字。詩中但憶伏毒寺舊遊,鄭南乃鄭縣之南也。】

1822覽鏡呈柏中丞

1520寄韋有夏郎中【案:顏真卿〈東方朔碑陰〉,有朝城主簿韋有夏,疑即此。】

 

 杜甫詩1500-1031-1529/2500

年:766年大暦元年55-159 

卷別:    卷二三一              文體:    五言古詩

詩題:    寄韋有夏郎中

【自註:顏真卿〈東方朔碑陰〉,有朝城主簿韋有夏,疑即此。】

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

交遊人物/地點:韋有夏      書信往來

 

寄韋有夏郎中

(夔州三峡、山水をみて北歸の情を動かされたと述べる。)

自註:顏真卿〈東方朔碑陰〉,有朝城主簿韋有夏,疑即此。

顔真卿の幕府、東方朔碑陰に朝城手簿韋有夏とあるが、同一人物かどうか疑問もある。

省郎憂病士,書信有柴胡。

韋尚書省郎中は、私のことを心配してくれて、書簡に加えて柴胡という薬草を送ってくれた。

飲子頻通汗,懷君想報珠。

この煎じ薬は、すごく発汗作用がよく効きよいものであるから、お返しに真珠でも差し上げようかと考えている。

親知天畔少,藥味峽中無。

夔州という天の果てでは知人も少なく、薬品や滋養のものも、山峽中にはないものである

歸楫生衣臥,春鷗洗翅呼。

春のカモメが翔を洗いながら呼び合い叫んでいるが、自分は帰り舟をつないだままで、郎官という生衣を着たまま療養の床に臥している。

猶聞上急水,早作取平途。

あなたは長江下流域からなお急流をさかのぼって行かれるとのことだが、早くここの平地に来るようにされたら良いとは思うが、どうだろうか。

萬里皇華使,為僚記腐儒。

あなたは、万里の遠くへ使者として来られるというのではあるが、よくも同僚としてこの腐儒のいることを記憶してくださっていたものである、まことにありがたく思っているところである。

 

(韋有夏郎中に寄る)

省郎 病士を憂う,書信 柴胡有り。

飲子 頻りに汗を通ず,懷君 珠を報ぜんことを想う。

親知 天畔に少し,藥味 峽中に無し。

歸楫 生衣に臥し,春鷗 洗翅し呼ぶ。

猶お聞く 急水を上ると,早く平途を取るを作せ。

萬里 皇華の使,僚と為して 腐儒を記す。

瞿塘峡・白帝城・魚復

『寄韋有夏郎中』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

寄韋有夏郎中

自註:顏真卿〈東方朔碑陰〉,有朝城主簿韋有夏,疑即此。

省郎憂病士,書信有柴胡。

飲子頻通汗,懷君想報珠。

親知天畔少,藥味峽中無。

歸楫生衣臥,春鷗洗翅呼。

猶聞上急水,早作取平途。

萬里皇華使,為僚記腐儒。

(下し文)
(韋有夏郎中に寄る)

省郎 病士を憂う,書信 柴胡有り。

飲子 頻りに汗を通ず,懷君 珠を報ぜんことを想う。

親知 天畔に少し,藥味 峽中に無し。

歸楫 生衣に臥し,春鷗 洗翅し呼ぶ。

猶お聞く 急水を上ると,早く平途を取るを作せ。

萬里 皇華の使,僚と為して 腐儒を記す。

(現代語訳)
(夔州三峡、山水をみて北歸の情を動かされたと述べる。)

顔真卿の幕府、東方朔碑陰に朝城手簿韋有夏とあるが、同一人物かどうか疑問もある。

韋尚書省郎中は、私のことを心配してくれて、書簡に加えて柴胡という薬草を送ってくれた。

この煎じ薬は、すごく発汗作用がよく効きよいものであるから、お返しに真珠でも差し上げようかと考えている。

夔州という天の果てでは知人も少なく、薬品や滋養のものも、山峽中にはないものである

春のカモメが翔を洗いながら呼び合い叫んでいるが、自分は帰り舟をつないだままで、郎官という生衣を着たまま療養の床に臥している。

あなたは長江下流域からなお急流をさかのぼって行かれるとのことだが、早くここの平地に来るようにされたら良いとは思うが、どうだろうか。

あなたは、万里の遠くへ使者として来られるというのではあるが、よくも同僚としてこの腐儒のいることを記憶してくださっていたものである、まことにありがたく思っているところである。


(訳注)

寄韋有夏郎中

(夔州三峡、山水をみて北歸の情を動かされたと述べる。)

韋郎中 郎中職の韋有夏という人物。

 

自註:顏真卿〈東方朔碑陰〉,有朝城主簿韋有夏,疑即此。

顔真卿の幕府、東方朔碑陰に朝城手簿韋有夏とあるが、同一人物かどうか疑問もある。

この時韋有夏は長江下流域から夔州に上ってきたものである。

 

省郎憂病士,書信有柴胡。

韋尚書省郎中は、私のことを心配してくれて、書簡に加えて柴胡という薬草を送ってくれた。

省郎 尚書省の郎官で、韋有夏をいう。

病士 病気療養中の杜甫自身も郎官ではある。

柴胡 薬草の名、発汗剤である。

 

飲子頻通汗,懷君想報珠。

この煎じ薬は、すごく発汗作用がよく効きよいものであるから、お返しに真珠でも差し上げようかと考えている。

飲子 煎じてのむ薬。

頻通汗 すごく発汗作用がよく効く。

懷君 韋のことをおもう。

想報珠 お返しのお礼には真珠という故事。張衡《四愁詩》「美人贈我貂襜褕,何以報之明月珠。」(美人我に貂襜の褕を贈らる,何を以て之に報いん明月の珠。)とあり、大変ありがたく思っているということで、実際に真珠を送るわけではない

 

親知天畔少,藥味峽中無。

夔州という天の果てでは知人も少なく、薬品や滋養のものも、山峽中にはないものである

親知 親戚知己。

 

歸楫生衣臥,春鷗洗翅呼。

春のカモメが翔を洗いながら呼び合い叫んでいるが、自分は帰り舟をつないだままで、郎官という生衣を着たまま療養の床に臥している。

歸楫 帰り舟の楫。

生衣臥 郎官という生衣を着たまま療養の床に臥している

洗翅呼 翔を洗いながら呼び合い叫んでいる。

 

猶聞上急水,早作取平途。

あなたは長江下流域からなお急流をさかのぼって行かれるとのことだが、早くここの平地に来るようにされたら良いとは思うが、どうだろうか。

上急水 三峡の急流を上ってくる。

取平途 三峡中に旅の途中で休みのとれる平坦なところが少ないから、杜甫のいる奉節の平坦なところで休息をとれというほどの意。

 

萬里皇華使,為僚記腐儒。

あなたは、万里の遠くへ使者として来られるというのではあるが、よくも同僚としてこの腐儒のいることを記憶してくださっていたものである、まことにありがたく思っているところである。

皇華使 天使の使者としての韋有夏のこと。

為僚 よくも同僚としてくれた。

 記憶のなかにおいてくれた。

腐儒 夔州という点が後で病気療養している腐った儒者、杜甫のことを言う。
長安城図 作図00 

766年-158杜甫 《1822覽鏡呈柏中丞》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-158 <1030> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6830

杜甫  覽鏡呈柏中丞

渭水流關終南在日邊。膽銷豺虎窟,淚入犬羊天。

起晚堪從事,行遲更學仙。鏡中衰謝色,萬一故人憐。

(身に着けている鏡を見て自分の衰えたことを嘆息して、柏中丞にこの詩を呈した)

関中には、渭水が本流にして流れている。終南山は日輪の南辺のように長安にある。

その地方は豺虎のような盗賊の巣窟となり、犬羊のような臭い異民族の吐蕃などの場所になっているので自分の膽もこれがために消えようとして、自分の涙はそちらに向かって注がれる。

自分は、朝、遅く起きだすものであるから、とても、仕事に堪えられないし、また歩くのが遅いから、いまさら仙人から学ぶこともはばかられる。

おまけに、鏡を見ると老衰してきた色が照いるのが分かるし、これでも万が一にもあなたが気の毒に思ってくださるなら、それだけを頼りにいていこうと思うのである。

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 杜甫詩1500-1030-1528/2500

年:766年大暦元年55-158

卷別:    卷二三一              文體:    五言律詩

詩題:    覽鏡呈柏中丞

作地點:              目前尚無資料

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

交遊人物/地點:柏茂林      書信往來(山南東道 夔州 夔州)

 

 

覽鏡呈柏中丞

(身に着けている鏡を見て自分の衰えたことを嘆息して、柏中丞にこの詩を呈した)

渭水流關終南在日邊。

関中には、渭水が本流にして流れている。終南山は日輪の南辺のように長安にある。

膽銷豺虎窟,淚入犬羊天。

その地方は豺虎のような盗賊の巣窟となり、犬羊のような臭い異民族の吐蕃などの場所になっているので自分の膽もこれがために消えようとして、自分の涙はそちらに向かって注がれる。

起晚堪從事,行遲更學仙。

自分は、朝、遅く起きだすものであるから、とても、仕事に堪えられないし、また歩くのが遅いから、いまさら仙人から学ぶこともはばかられる。

鏡中衰謝色,萬一故人憐。

おまけに、鏡を見ると老衰してきた色が照いるのが分かるし、これでも万が一にもあなたが気の毒に思ってくださるなら、それだけを頼りにいていこうと思うのである。

 

(鏡を覽て柏中丞に呈す)

渭水 關,終南 日邊に在り。

膽は銷す 豺虎の窟,淚は入る 犬羊の天。

起きること 晚し 事に從うに堪んや,行くこと 遲し 更に仙を學ばんや。

鏡中 衰謝の色,萬一 故人憐まん。

 

『覽鏡呈柏中丞』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

覽鏡呈柏中丞

渭水流關,終南在日邊。

膽銷豺虎窟,淚入犬羊天。

起晚堪從事,行遲更學仙。

鏡中衰謝色,萬一故人憐。
詩文(含異文)     渭水流關,終南在日邊。膽銷豺虎窟,淚入犬羊天。起晚堪從事,行遲更學仙【行遲更覺仙】。鏡中衰謝色,萬一故人憐。


(下し文)

(鏡を覽て柏中丞に呈す)

渭水 關,終南 日邊に在り。

膽は銷す 豺虎の窟,淚は入る 犬羊の天。

起きること 晚し 事に從うに堪んや,行くこと 遲し 更に仙を學ばんや。

鏡中 衰謝の色,萬一 故人憐まん。

(現代語訳)
(身に着けている鏡を見て自分の衰えたことを嘆息して、柏中丞にこの詩を呈した)

関中には、渭水が本流にして流れている。終南山は日輪の南辺のように長安にある。

その地方は豺虎のような盗賊の巣窟となり、犬羊のような臭い異民族の吐蕃などの場所になっているので自分の膽もこれがために消えようとして、自分の涙はそちらに向かって注がれる。

自分は、朝、遅く起きだすものであるから、とても、仕事に堪えられないし、また歩くのが遅いから、いまさら仙人から学ぶこともはばかられる。

おまけに、鏡を見ると老衰してきた色が照いるのが分かるし、これでも万が一にもあなたが気の毒に思ってくださるなら、それだけを頼りにいていこうと思うのである。


(訳注)

覽鏡呈柏中丞

(身に着けている鏡を見て自分の衰えたことを嘆息して、柏中丞にこの詩を呈した)

中丞  中国の官名。漢代には宮中の文書をつかさどり刺史を監督する官を,明・清代には巡撫(じゆんぶ)をいう。 中弁(ちゆうべん)の唐名。律令制で,太政官(だいじようかん)に属する弁官の一。大弁の次に位し,少弁の上位にあるもの。左右弁官局に各一名ずつ属す。

函谷関長安地図座標001 

渭水流關終南在日邊。

関中には、渭水が本流にして流れている。終南山は日輪の南辺のように長安にある。

渭水 渭水は甘粛省渭源県の西にある烏鼠同穴山を源流とする。陝西省咸陽市の南、西安市の北を流れて黄河中流の潼関で合流。全長818km 流域の盆地は渭河平原(関中)と呼ばれる。

 関中とは、中華人民共和国の地域である。函谷関の西側の地域を指す。現在の中国陝西省渭水盆地(同・渭河平原)の西安を中心とした一帯である。春秋戦国時代の秦の領地であり、その後の前漢や唐もこの地に首都を置いた。

終南 陝西省の西安の南東にある山。古来、詩によく詠まれた。南山。又称中南山、南山、太乙山,一般指秦嶺山脈中段西境内,西は武功縣より起り,東は藍田縣に至る部分を言う。

日邊 晉の明帝が幼少の折、日と長安とどちらが近いかという問いに、太陽が遠(邊)いと答えた故事を言う。

 

膽銷豺虎窟,淚入犬羊天。

その地方は豺虎のような盗賊の巣窟となり、犬羊のような臭い異民族の吐蕃などの場所になっているので自分の膽もこれがために消えようとして、自分の涙はそちらに向かって注がれる。

豺虎窟 中原にいる盗賊ども、ことごとく山中に身を隠し出没している。

犬羊天 吐蕃をさす。豺虎・犬羊、竝に長安方面に就くことを言う。7659月、回紇ウイグル、吐蕃チベット連合軍が入寇している。

 

起晚堪從事,行遲更學仙。

自分は、朝、遅く起きだすものであるから、とても、仕事に堪えられないし、また歩くのが遅いから、いまさら仙人から学ぶこともはばかられる。

起晚 起きだして動き始めるのが遅い時間になることを言う。

堪從事 官職に従事することができかねる。

行遲 仙人は空を飛び、地上を歩くのも走り飛ぶけれども、杜甫初枝がいるほどであり、歩くのが遅い。

學仙 仙学を学ぶことも詮無きゆえにしないということ。

 

鏡中衰謝色,萬一故人憐。

おまけに、鏡を見ると老衰してきた色が照いるのが分かるし、これでも万が一にもあなたが気の毒に思ってくださるなら、それだけを頼りにいていこうと思うのである。

衰謝 衰えて、やつれること。

故人 旧知の人、この場合、柏中丞をさす。

長安付近図00 

 

 

<日邊>晉の明帝が幼少の折、日と長安とどちらが近いかという問いに、太陽が遠(邊)いと答えた故事について。

明皇帝諱紹,字道畿,元皇帝長子也,幼而聰哲,爲元帝所寵異。年數歳,嘗坐置膝前,屬長安使來,因問帝曰:「汝謂日與長安孰遠?」對曰:「長安近。不聞人從日邊來,居然可知也。」元帝異之。明日,宴群僚,又問之。對曰:「日近。」元帝失色,曰:「何乃異間者之言乎?」對曰:「舉目則見日,不見長安。」由是益奇之。

 明皇帝の諱は紹、字は道畿であり、元皇帝の長子である。幼いころから聡明で、元帝から特別に寵愛されていた。〔僅か〕数歳の頃、元帝と膝をつき合わせて坐っていた時、ちょうど長安からの使者がやって来たので、〔元帝は〕明帝に尋ねて言った。「お前は太陽と長安とどちらが遠いと思うか?」〔明帝が〕答えて言う。「長安が近いです。太陽の辺りからやって来たと言う人を聞いたことがありませんから、〔わざわざ行って見るまでもなく、ここで〕そのままにしていても分かります。」元帝は、これは優れた答えだと思った。翌日、官僚たちと宴会を開いて、また、このことを尋ねてみた。〔明帝が〕答えて言う。「太陽が近いです。」元帝は顔色を変えて言った。「どうしてこの前の答えと違うのか?」〔明帝が〕答えて言った。「目を挙げれば太陽は見えますが、長安は見えませんから。」こうして、ますます〔元帝は〕彼を優れていると思うようになった。

766年-157杜甫 《1522憶鄭南玭〔憶鄭南〕》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-157 <1029> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6825

杜甫  憶鄭南玭

鄭南伏毒寺,  瀟灑到江心。  石影銜珠閣,  泉聲帶玉琴。 

風杉曾曙倚,  雲嶠憶春臨。  萬里滄浪外,  龍蛇只自深。 

(北の方、故郷のことを思い、華州の鄭縣の寺ことを思い出して述べる)

華州鄭縣の南に伏毒寺という寺があって、風景気象がさらっとした河江の中心部が見えるところに行ってみた。すると石の影は美しい珠閣をふくみ、泉の声は玉のかざりの琴を鳴らすような音を帯びている。曾て夜明け前、曙ごろに、風が通り抜ける杉の木に寄りかかって、雲がかかった山に春のおりに、登ったことがあったのを覚えている。ところがあのころ、万里離れて滄浪の外にあると思っていた此の山峡が、今、龍だが長江の淵に唯深く潜んでいるように見えるだけである。

766-157杜甫 《1522憶鄭南玭〔憶鄭南〕 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-157 <1029> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6825

 

 

 
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杜甫詩1500-1029-1527/2500

年:766年大暦元年55-157 

卷別: 卷二三一  文體: 五言律詩 

詩題:憶鄭南玭〔憶鄭南〕

【自註:玭,蒲眠切,珠也。宋弘曰:「淮水出玭珠。」若本注:「玭疑作玼,音玼,玉色鮮潔也。」師民瞻及草堂本,俱無玭字。詩中但憶伏毒寺舊遊,鄭南乃鄭縣之南也。】 

及地點:鄭縣 (京畿道 華州 鄭縣別名:鄭南     

伏毒寺 (京畿道 華州 鄭縣)      

 

 

憶鄭南玭

(北の方、故郷のことを思い、華州の鄭縣の寺ことを思い出して述べる)

鄭南伏毒寺,  瀟灑到江心。 

華州鄭縣の南に伏毒寺という寺があって、風景気象がさらっとした河江の中心部が見えるところに行ってみた。

石影銜珠閣,  泉聲帶玉琴。 

すると石の影は美しい珠閣をふくみ、泉の声は玉のかざりの琴を鳴らすような音を帯びている。

風杉曾曙倚,  雲嶠憶春臨。 

曾て夜明け前、曙ごろに、風が通り抜ける杉の木に寄りかかって、雲がかかった山に春のおりに、登ったことがあったのを覚えている。

萬里滄浪外,  龍蛇只自深。 

ところがあのころ、万里離れて滄浪の外にあると思っていた此の山峡が、今、龍だが長江の淵に唯深く潜んでいるように見えるだけである。

 

(鄭の南の玭を憶う)

鄭の南 伏毒寺,  瀟灑 江心に到る。 

石影 珠閣を銜み,  泉の聲 玉琴を帶ぶ。 

風杉 曾て曙に倚り,  雲嶠 春臨を憶う。 

萬里 滄浪に外にあり,  龍蛇 只だ 自ら深くす。 

 

 

【関連した詩】

杜甫詩1500-1028-1526/2500

年:766年大暦元年55-156

卷別:    卷二三一              文體:    七言律詩

詩題:    覽物【峽中覽物】

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:              潼關 (京畿道 華州 潼關)    

華山 (京畿道 華州 華山) 別名:華、太華、華岳、西岳           

 

 

覽物【峽中覽物】

曾為掾吏趨三輔,憶在潼關詩興多。

巫峽忽如瞻華岳,蜀江猶似見黃河。

舟中得病移衾枕,洞口經春長薜蘿。

形勝有餘風土惡,幾時回首一高歌。

(夔州三峡の山水景色を見て、帰郷の情を動かしたことを述べる。)

かつて朝廷の左拾遺から都の三輔の扶風行政区にある華州司功参軍の掾吏に左遷されたことがあったが、そこで思い出すのは、潼関あたりでは、詩興を掻き立てるものが多かったことである。

ではここ巫峽を見るとどうであろうか、たちまち、五岳の華嶽を見るようであり、蜀から流れてくるこの長江の流れは、黄河に匹敵するものとみるのである。

ただ、自分は、船中で病気がひどくなったために、養生して回復するには陸に上がって衾枕を移したのである、そうすれば、洞庭湖の入り口で春を迎えられ、少しすれば、薜蘿が長くなるのを見届けることになるであろう。

今いる夔州は景勝は素晴らしいのであるが、何せ、瘴癘の風土が良くない、いつになったら故郷の方に首を回らして帰り、華岳、終南山、黄河、に望んでひとたび高らかに詩吟することができるだろうか。

 

覽物【峽中 物を覽る】

曾て掾吏と為って三輔に趨く,憶う 潼關に在りて詩興多かりしことを。

巫峽は忽ち 華岳を瞻るが如く,蜀江は猶お黃河を見るに似たり。

舟中 病を得て衾枕を移し,洞口 春を經て薜蘿長ず。

形勝 餘り有り 風土惡しし,幾時か 首を回して一たび高歌せん。

 

洛陽 函谷関002 

『憶鄭南』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

憶鄭南玭

鄭南伏毒寺,  瀟灑到江心。 

石影銜珠閣,  泉聲帶玉琴。 

風杉曾曙倚,  雲嶠憶春臨。 

萬里滄浪外,  龍蛇只自深。 

詩文(含異文) 鄭南伏毒寺【註:一作鄭南伏毒守,與上下義多不合,當非。】,瀟灑到江心。石影銜珠閣,泉聲帶玉琴。風杉曾曙倚,雲嶠憶春臨。萬里滄浪外【萬里蒼茫外】,龍蛇只自深。 


(下し文)

(鄭の南の玭を憶う)

鄭の南 伏毒寺,  瀟灑 江心に到る。 

石影 珠閣を銜み,  泉の聲 玉琴を帶ぶ。 

風杉 曾て曙に倚り,  雲嶠 春臨を憶う。 

萬里 滄浪に外にあり,  龍蛇 只だ 自ら深くす。 


(現代語訳)
(北の方、故郷のことを思い、華州の鄭縣の寺ことを思い出して述べる)

華州鄭縣の南に伏毒寺という寺があって、風景気象がさらっとした河江の中心部が見えるところに行ってみた。

すると石の影は美しい珠閣をふくみ、泉の声は玉のかざりの琴を鳴らすような音を帯びている。

ところがあのころ、万里離れて滄浪の外にあると思っていた此の山峡が、今、龍だが長江の淵に唯深く潜んでいるように見えるだけである。

Ta唐 長安近郊圖  新02
(訳注)

憶鄭南玭〔憶鄭南〕

(北の方、故郷のことを思い、華州の鄭縣の寺ことを思い出して述べる)

鄭南 京畿道華州鄭縣の南ということ。玭:あざやか。りっぱではっきりしていること。

・自註:【玭,蒲眠切,珠也。宋弘曰:「淮水出玭珠。」

玭は蒲眠切でいうのであって、珠のこと。宋弘は「淮水から出たりっぱな珠のことをいう。」と曰う。

若本注:【「玭疑作玼,音玼,玉色鮮潔也。」師民瞻及草堂本,俱無玭字。詩中但憶伏毒寺舊遊,鄭南乃鄭縣之南也。】

玭は何の義ともわからず、音のためにあり、意味としては、りっぱではっきりしていることをいう。師は民瞻本および、草堂本では,俱に玭の字を削られている。詩中にいう伏毒寺は舊し遊んだところをおもいだしたもので,鄭南はすなわち、鄭縣の南にあるというものである。

 

鄭南伏毒寺,  瀟灑到江心。  【註:一作鄭南伏毒守,與上下義多不合,當非。】

華州鄭縣の南に伏毒寺という寺があって、風景気象がさらっとした河江の中心部が見えるところに行ってみた。

伏毒寺 華州鄭縣にあった寺。

瀟灑 風景気象がさらっとした貌。

江心 寺の位置が河江の真ん中に見える地点。

 

石影銜珠閣,  泉聲帶玉琴。 

すると石の影は美しい珠閣をふくみ、泉の声は玉のかざりの琴を鳴らすような音を帯びている。

石影 江中の石の影。

銜珠閣 寺の建物で、珠を飾った高閣。

泉聲帶玉琴 玉を飾った琴の音が連続して鳴らしているのを泉の湧きたてる音にたとえている。

 

風杉曾曙倚,  雲嶠憶春臨。 

曾て夜明け前、曙ごろに、風が通り抜ける杉の木に寄りかかって、雲がかかった山に春のおりに、登ったことがあったのを覚えている。

 

萬里滄浪外,  龍蛇只自深。 

ところがあのころ、万里離れて滄浪の外にあると思っていた此の山峡が、今、龍だが長江の淵に唯深く潜んでいるように見えるだけである。

萬里滄浪外 伏毒寺から見て菱州、三峡は、万里先の場所であり、滄浪のさらに外にあるものと思っていたということ。

龍蛇只自深 河川の急流は龍であり、渓流から本河川に灑ぎこむ水が蛇にたとえていて、いつも暴れて居なくて、淵の底に潜んでいるだけであるという意。

 

766年-156杜甫 《1521覽物【峽中覽物】》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-156 <1028> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6820

杜甫  覽物【峽中覽物】

曾為掾吏趨三輔,憶在潼關詩興多。巫峽忽如瞻華岳,蜀江猶似見黃河。

舟中得病移衾枕,洞口經春長薜蘿。形勝有餘風土惡,幾時回首一高歌。

(夔州三峡の山水景色を見て、帰郷の情を動かしたことを述べる。)

かつて朝廷の左拾遺から都の三輔の扶風行政区にある華州司功参軍の掾吏に左遷されたことがあったが、そこで思い出すのは、潼関あたりでは、詩興を掻き立てるものが多かったことである。

ではここ巫峽を見るとどうであろうか、たちまち、五岳の華嶽を見るようであり、蜀から流れてくるこの長江の流れは、黄河に匹敵するものとみるのである。

ただ、自分は、船中で病気がひどくなったために、養生して回復するには陸に上がって衾枕を移したのである、そうすれば、洞庭湖の入り口で春を迎えられ、少しすれば、薜蘿が長くなるのを見届けることになるであろう。

今いる夔州は景勝は素晴らしいのであるが、何せ、瘴癘の風土が良くない、いつになったら故郷の方に首を回らして帰り、華岳、終南山、黄河、に望んでひとたび高らかに詩吟することができるだろうか。

 

766-156杜甫 1521覽物【峽中覽物】》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-156 <1028 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6820

 

 
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杜甫詩1500-1028-1526/2500

年:766年大暦元年55-156

卷別:    卷二三一              文體:    七言律詩

詩題:    覽物【峽中覽物】

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:              潼關 (京畿道 華州 潼關)    

華山 (京畿道 華州 華山) 別名:華、太華、華岳、西岳            

 

 

覽物【峽中覽物】

(夔州三峡の山水景色を見て、帰郷の情を動かしたことを述べる。)

曾為掾吏趨三輔,憶在潼關詩興多。

かつて朝廷の左拾遺から都の三輔の扶風行政区にある華州司功参軍の掾吏に左遷されたことがあったが、そこで思い出すのは、潼関あたりでは、詩興を掻き立てるものが多かったことである。

巫峽忽如瞻華岳,蜀江猶似見黃河。

ではここ巫峽を見るとどうであろうか、たちまち、五岳の華嶽を見るようであり、蜀から流れてくるこの長江の流れは、黄河に匹敵するものとみるのである。

舟中得病移衾枕,洞口經春長薜蘿。

ただ、自分は、船中で病気がひどくなったために、養生して回復するには陸に上がって衾枕を移したのである、そうすれば、洞庭湖の入り口で春を迎えられ、少しすれば、薜蘿が長くなるのを見届けることになるであろう。

形勝有餘風土惡,幾時回首一高歌。

今いる夔州は景勝は素晴らしいのであるが、何せ、瘴癘の風土が良くない、いつになったら故郷の方に首を回らして帰り、華岳、終南山、黄河、に望んでひとたび高らかに詩吟することができるだろうか。

 

覽物【峽中 物を覽る】

曾て掾吏と為って三輔に趨く,憶う 潼關に在りて詩興多かりしことを。

巫峽は忽ち 華岳を瞻るが如く,蜀江は猶お黃河を見るに似たり。

舟中 病を得て衾枕を移し,洞口 春を經て薜蘿長ず。

形勝 餘り有り 風土惡しし,幾時か 首を回して一たび高歌せん。

安史の乱当時の勢力図 

 

『覽物』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

覽物【峽中覽物】

曾為掾吏趨三輔,憶在潼關詩興多。

巫峽忽如瞻華岳,蜀江猶似見黃河。

舟中得病移衾枕,洞口經春長薜蘿。

形勝有餘風土惡,幾時回首一高歌。

(下し文)
覽物【峽中 物を覽る】

曾て掾吏と為って三輔に趨く,憶う 潼關に在りて詩興多かりしことを。

巫峽は忽ち 華岳を瞻るが如く,蜀江は猶お黃河を見るに似たり。

舟中 病を得て衾枕を移し,洞口 春を經て薜蘿長ず。

形勝 餘り有り 風土惡しし,幾時か 首を回して一たび高歌せん。

(現代語訳)
(夔州三峡の山水景色を見て、帰郷の情を動かしたことを述べる。)

かつて朝廷の左拾遺から都の三輔の扶風行政区にある華州司功参軍の掾吏に左遷されたことがあったが、そこで思い出すのは、潼関あたりでは、詩興を掻き立てるものが多かったことである。

ではここ巫峽を見るとどうであろうか、たちまち、五岳の華嶽を見るようであり、蜀から流れてくるこの長江の流れは、黄河に匹敵するものとみるのである。

ただ、自分は、船中で病気がひどくなったために、養生して回復するには陸に上がって衾枕を移したのである、そうすれば、洞庭湖の入り口で春を迎えられ、少しすれば、薜蘿が長くなるのを見届けることになるであろう。

今いる夔州は景勝は素晴らしいのであるが、何せ、瘴癘の風土が良くない、いつになったら故郷の方に首を回らして帰り、華岳、終南山、黄河、に望んでひとたび高らかに詩吟することができるだろうか。

京兆地域図002
(訳注)

覽物【峽中覽物】

(夔州三峡の山水景色を見て、帰郷の情を動かしたことを述べる。)

峽中覽物 夔州急峻な三峡の山水、長江に注ぎ込む支流の山水、長江本流の流れの風景を味わってみることを言う。

 

曾為掾吏趨三輔,憶在潼關詩興多。

かつて朝廷の左拾遺から都の三輔の扶風行政区にある華州司功参軍の掾吏に左遷されたことがあったが、そこで思い出すのは、潼関あたりでは、詩興を掻き立てるものが多かったことである。

掾吏 758年左拾遺から華州司功参軍に出されたことを言う。この時、政権批判の内容で科挙試験問題を作っている。

757年至徳二載 《乾元元年華州試進士策問五首 (23) 全体》 杜甫<1509-T 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4340 杜甫詩1500/2500

三輔 都の付属の行政区画で、京兆・扶風・馮翊を三輔といい、華州は扶風に属す。

○潼關 潼関は関中平原の東部、秦嶺山脈の北、渭河、洛河の南、華山の東に位置し、山西、陝西、河南の3省を結ぶ交通の要衝であり、古来より軍事家による争奪の地となった。

詩興多 古戦場、名所旧跡が多く、五岳、交通の要衝、・・・。

 

巫峽忽如瞻華岳,蜀江猶似見黃河。

ではここ巫峽を見るとどうであろうか、たちまち、五岳の華嶽を見るようであり、蜀から流れてくるこの長江の流れは、黄河に匹敵するものとみるのである。

巫峽 長江三峡の二番目の峡谷。重慶市巫山県の大寧河の河口から湖北省巴東県官渡口まで全長45km 上流側の巫山県は四川盆地東端にあり、巫山山脈をはじめ東西方向に伸びる細長い褶曲山脈多数が並行して走っている。巫山県城付近は長江沿いの丘陵地帯で大寧河の河口付近にある。

華岳 中国陝西省華陰市にある険しい山。道教の修道院があり、中国五名山の一つで、西岳と称されている。

蜀江 蜀の成都付近を流れる川。長江上流の一部。「蜀江の錦(にしき)」の略。

黃河 中国の北部を流れ、渤海へと注ぐ川。全長約5,464kmで、中国では長江に次いで2番目に長く、アジアでは長江とエニセイ川に次いで3位、世界では6番目の長さである。なお、河という漢字は本来固有名詞であり、中国で「河」と書いたときは黄河を指す。これに対し、「江」と書いたときは長江を指す。

 

舟中得病移衾枕,洞口經春長薜蘿。

ただ、自分は、船中で病気がひどくなったために、養生して回復するには陸に上がって衾枕を移したのである、そうすれば、洞庭湖の入り口で春を迎えられ、少しすれば、薜蘿が長くなるのを見届けることになるであろう。

移衾枕 杜甫は、喘息の持病があり、762~764年蜀中輾転している間に杖が必要となった。それでも故郷に帰る一段階として船でゆっくりと荊州、湖南に向かおうとして蜀を出発、忠州、渝州、雲安、夔州奉節と進んだが、喘息の症状が悪化し、陸に上がり奉節の牛居に移って、かなり真剣に農業に従事している。

洞口 荊州を経て、ひとまずの目標、洞庭湖付近に向かいたいと思っていること。

○薜蘿 姫カズラ、初夏には藤棚を見るということ。この表現で、春から初夏くらいまで洞庭湖で過ごして洛陽長安に向かおうと思っていたのであろう。このころ一番世情が安定していたのが洞庭湖付近であった。

 

形勝有餘風土惡,幾時回首一高歌。

今いる夔州は景勝は素晴らしいのであるが、何せ、瘴癘の風土が良くない、いつになったら故郷の方に首を回らして帰り、華岳、終南山、黄河、に望んでひとたび高らかに詩吟することができるだろうか。

形勝 1 風景がすぐれていること。また、その土地。景勝。「形勝の地」2 敵を防ぐのに都合のよい地勢・地形。要害。

風土惡 異民族の風俗が入り混じっており、炎熱の地であり、雨の多い地の雨期乾期があり、瘴癘の気が多い、特に水が良くないということ。(夔州での作品の半分近くはこの風土につて触れた詩を書いている。)

幾時 いつの時か、来年(767)の春には動けると思っている。

回首 故郷の方に首を回らして帰り、華岳、終南山、黄河、に望むこと。

一高歌 首聯下句「詩興多」を受けて、詩を高らかに吟じようということ。

唐時代 地図山南 東・西道50 

766年-155杜甫 《1725九日諸人集於林》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-155 <1027> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6815

杜甫  九日諸人集於林   

九日明朝是,相要舊俗非。老翁難早出,賢客幸知歸。

舊采黃花賸,新梳白髮微。漫看年少樂,忍淚已霑衣。

(重陽の日に夔州の人々が林冲に集まるということで、招待を受けたが前日にこれを辞退したということを述べたもの)明朝は九月九日重陽節の日である。これに招待を受けているが、この重陽節の風習が私やってきた風俗が異なるようである。この日が敬老というのを前提としておられ、帰嚮のお気持ちは十分認識し受け止めた、確かに、自分も老翁であるからありがたく思ってはいるが、持病があって朝早くから出かけるのは難しく、他の賓客の方々に往き帰りが難儀な自分がいたのではめいわくをかける。菊の花を前もって採取してそれが余ったからと言って頭に茱萸の身と一笑にさして邪気をとるといっても、白髪頭の髪の毛が梳き取ろうとしてもあまりに少ない。参加して同席したとしても、お若い方々のことをただ漫然として見ているばかりだろうし、それでも、故郷を離れて長いもので、こらえていた涙があふれ出てこらえきれず着物までずぶぬれになるほどと思われるので、どうぞよろしくお取りはかり願いたい。

 

766-155杜甫 1725九日諸人集於林》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-155 <1027 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6815

 

 

 

 
  2015年10月25日 の紀頌之5つのBlog  
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杜甫詩1500-1027-1525/2500

年:766年大暦元年55-155

卷別:    卷二三一              文體:    五言律詩

詩題:    九日諸人集於林【日高諸人集於林】【登高諸人集於林】

 

 

九日諸人集於林

(重陽の日に夔州の人々が林冲に集まるということで、招待を受けたが前日にこれを辞退したということを述べたもの)

九日明朝是,相要舊俗非。

明朝は九月九日重陽節の日である。これに招待を受けているが、この重陽節の風習が私やってきた風俗が異なるようである。

老翁難早出,賢客幸知歸。

この日が敬老というのを前提としておられ、帰嚮のお気持ちは十分認識し受け止めた、確かに、自分も老翁であるからありがたく思ってはいるが、持病があって朝早くから出かけるのは難しく、他の賓客の方々に往き帰りが難儀な自分がいたのではめいわくをかける。

舊采黃花賸,新梳白髮微。

菊の花を前もって採取してそれが余ったからと言って頭に茱萸の身と一笑にさして邪気をとるといっても、白髪頭の髪の毛が梳き取ろうとしてもあまりに少ない。

漫看年少樂,忍淚已霑衣。

参加して同席したとしても、お若い方々のことをただ漫然として見ているばかりだろうし、それでも、故郷を離れて長いもので、こらえていた涙があふれ出てこらえきれず着物までずぶぬれになるほどと思われるので、どうぞよろしくお取りはかり願いたい。

(九日諸人 林に集まる

九日 明朝 是なり,相い要うるも舊俗非なり。

老翁 早く出で難し,賢客 幸に歸することを知る。

舊采 黃花 賸【あま】るも,新梳 白髮微なり。

漫に看る 年少の樂むを,淚を忍ぶも 已に衣を霑す。

 

『九日諸人集於林』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

九日諸人集於林

九日明朝是,相要舊俗非。

老翁難早出,賢客幸知歸。

舊采黃花賸,新梳白髮微。

漫看年少樂,忍淚已霑衣。
九日諸人集於林【日高諸人集於林】【登高諸人集於林】      

九日明朝是,相要舊俗非。老翁難早出,賢客幸知歸。

舊采黃花賸,新梳白髮微。漫看年少樂,忍淚已霑衣。


(下し文)
(九日諸人 林に集まる

九日 明朝 是なり,相い要うるも舊俗非なり。

老翁 早く出で難し,賢客 幸に歸することを知る。

舊采 黃花 賸【あま】るも,新梳 白髮微なり。

漫に看る 年少の樂むを,淚を忍ぶも 已に衣を霑す。

(現代語訳)
(重陽の日に夔州の人々が林冲に集まるということで、招待を受けたが前日にこれを辞退したということを述べたもの)

明朝は九月九日重陽節の日である。これに招待を受けているが、この重陽節の風習が私やってきた風俗が異なるようである。

この日が敬老というのを前提としておられ、帰嚮のお気持ちは十分認識し受け止めた、確かに、自分も老翁であるからありがたく思ってはいるが、持病があって朝早くから出かけるのは難しく、他の賓客の方々に往き帰りが難儀な自分がいたのではめいわくをかける。

菊の花を前もって採取してそれが余ったからと言って頭に茱萸の身と一笑にさして邪気をとるといっても、白髪頭の髪の毛が梳き取ろうとしてもあまりに少ない。

参加して同席したとしても、お若い方々のことをただ漫然として見ているばかりだろうし、それでも、故郷を離れて長いもので、こらえていた涙があふれ出てこらえきれず着物までずぶぬれになるほどと思われるので、どうぞよろしくお取りはかり願いたい。


(訳注)

九日諸人集於林

(重陽の日に夔州の人々が林冲に集まるということで、招待を受けたが前日にこれを辞退したということを述べたもの)

九日 重陽の節句の日

杜甫<九日の詩>

  九日曲江(卷二48

・ 九日寄岑參(卷三25

   九日楊奉先會白水崔明府(卷四05

  九日藍田崔氏莊(卷六36

  九日登梓州城(卷一一43

  九日奉寄嚴大夫(卷一一44

  九日(卷一二58

  雲安九日鄭十八攜酒陪諸公宴(卷一四62

  九日(一作登高)諸人集於林(卷一七25

  復愁十二首(卷二○其十一23)每恨陶彭澤,無錢對菊花。如今九日至,自覺酒須

  又上後園山(卷一九18

  九日五首其四(卷二○49

  登高(卷二○(四)一七六六)

諸人 夔州奉節の関係者の人々。

集於林 山頂の林のあるところ。

 

九日明朝是,相要舊俗非。

明朝は九月九日重陽節の日である。これに招待を受けているが、この重陽節の風習が私やってきた風俗が異なるようである。

九日明朝是 「九日是明朝」韻の構成上。是は九月九日の招待を言う。

相要 要は邀、迎えること。出向くこと。

舊俗非 「非舊俗」韻の構成上。舊俗とは、洛陽長安でのこれまで重陽の日にやっていた習わしのこと

 

老翁難早出,賢客幸知歸。

この日が敬老というのを前提としておられ、帰嚮のお気持ちは十分認識し受け止めた、確かに、自分も老翁であるからありがたく思ってはいるが、持病があって朝早くから出かけるのは難しく、他の賓客の方々に往き帰りが難儀な自分がいたのではめいわくをかける。

幸知歸 「幸いに歸することを知る。」歸は帰嚮で、心をよせること。親しみを抱くこと。ここでは敬老精神で招待してくれたこと、思いやりについて十分に認知したということ。自分の健康状態では、往復のこと、など、幸いにも自覚している。自分の体調をわきまえているから、断ることの前提としている。

 

舊采黃花賸,新梳白髮微。

菊の花を前もって採取してそれが余ったからと言って頭に茱萸の身と一笑にさして邪気をとるといっても、白髪頭の髪の毛が梳き取ろうとしてもあまりに少ない。

舊采黃花賸 山の上には菊の花がないので、前もって準備すること、その菊の花が酒に浮べてもさらに余って頭の飾りにしようとすること、元来、茱萸の実と一緒に頭にさす。

野山でとれる茱萸は、その香りが虫除けになるだけでなく、湿気を除き、風邪を防ぎ、発熱を抑えて、内臓にもよいという。そのため民間においては、重陽節に茱萸を挿して難を逃れる。それは「避邪翁」と呼ばれている。中庭の井戸のそばに茱萸を植え、葉が井戸に落ちると、井戸水の毒を消すことができるという人もいる。福建省の客家人は、重陽節には玄関に茱萸を挿して、邪気を払う。

菊の花は漢方薬の一種であり、熱を下げて毒を消し、視力をよくし、「風」(古代、漢方医学で病因と考えられていた六淫の一つ)の病を取り除き、肝臓や肺にもよく、腎臓を強めるなどの効能があるとされている。

 

漫看年少樂,忍淚已霑衣。

参加して同席したとしても、お若い方々のことをただ漫然として見ているばかりだろうし、それでも、故郷を離れて長いもので、こらえていた涙があふれ出てこらえきれず着物までずぶぬれになるほどと思われるので、どうぞよろしくお取りはかり願いたい。

漫看 出席して丘の上で菊酒を酌み交わすことができず、ただ漫然として見ているだけだというほどの意。

766年-154杜甫 《卷一四82雨 (冥冥甲子雨,)》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-154 <1026> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6810

杜甫  雨   

冥冥甲子雨,已度立春時。  輕箑煩相向,纖絺恐自疑。 

煙添纔有色,風引更如絲。  直覺巫山暮,兼催宋玉悲。 

(雨が降るのを見て、宋玉の《高唐賦》「朝雲暮雨」、《九辯》「悲愁」を思う)

空は、暗くしてしとしとと秋雨が降っている、今年は、立春のころから気候がおかしかった。それに、いまだにむしあつくて軽く団扇が必要なときもあって煩わしいし、まだ、細い葛で作った衣を着ていて、これでよいのかと自分ながら疑っているところである。この雨は細雨で煙が付け加わったことでやっと色が見えるというもので、雨脚は風に引っ張られてさらに糸のように長くなっている。この光景は、実際に、「朝雲暮雨」の巫山の夕暮れのように楚王のように覚え、同時に、創業句が初めて表現した、「悲愁」という旅心の寂しさを感じるのである。

766-154杜甫 《卷一四82雨 (冥冥甲子雨,) 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-154 <1026 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6810

 

 

 
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  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
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韓愈94-#8《 巻二15岳陽樓別竇司直》 #8 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1565> Ⅱ#8 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6809  
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  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-154杜甫 《卷一四82雨 (冥冥甲子雨,)》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-154 <1026> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6810  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
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  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 11顧夐 (改)《巻七06浣溪沙八首其六》『花間集』308全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6812  
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杜甫詩1500-1026-1524/2500

年:766年大暦元年55-154

卷別: 卷二三○  杜少陵集卷一四82 文體: 五言律詩 

詩題:  

作地點: 目前尚無資料 

及地點: 巫山 (山南東道 夔州 巫山)      

 

 

(雨が降るのを見て、宋玉の《高唐賦》「朝雲暮雨」、《九辯》「悲愁」を思う)

冥冥甲子雨,已度立春時。 

空は、暗くしてしとしとと秋雨が降っている、今年は、立春のころから気候がおかしかった。

輕箑煩相向,纖絺恐自疑。 

それに、いまだにむしあつくて軽く団扇が必要なときもあって煩わしいし、まだ、細い葛で作った衣を着ていて、これでよいのかと自分ながら疑っているところである。

煙添纔有色,風引更如絲。 

この雨は細雨で煙が付け加わったことでやっと色が見えるというもので、雨脚は風に引っ張られてさらに糸のように長くなっている。

直覺巫山暮,兼催宋玉悲。 

この光景は、実際に、「朝雲暮雨」の巫山の夕暮れのように楚王のように覚え、同時に、創業句が初めて表現した、「悲愁」という旅心の寂しさを感じるのである。

 

(雨)

冥冥 甲子の雨,已に度る 立春の時。 

輕箑 相い向うを煩し,纖絺 自ら疑うを恐れん。 

煙添いて 纔に色有り,風引きて 更に絲の如し。 

直ちに覺ゆ 巫山暮なんとするを,兼ねて催す宋玉が悲しみ。 
夔州東川卜居図詳細 002

 

『雨』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

冥冥甲子雨,已度立春時。 

輕箑煩相向,纖絺恐自疑。 

煙添纔有色,風引更如絲。 

直覺巫山暮,兼催宋玉悲。 

(下し文)
(雨)

冥冥 甲子の雨,已に度る 立春の時。 

輕箑 相い向うを煩し,纖絺 自ら疑うを恐れん。 

煙添いて 纔に色有り,風引きて 更に絲の如し。 

直ちに覺ゆ 巫山暮なんとするを,兼ねて催す宋玉が悲しみ。 

(現代語訳)
(雨が降るのを見て、宋玉の《高唐賦》「朝雲暮雨」、《九辯》「悲愁」を思う)

空は、暗くしてしとしとと秋雨が降っている、今年は、立春のころから気候がおかしかった。

それに、いまだにむしあつくて軽く団扇が必要なときもあって煩わしいし、まだ、細い葛で作った衣を着ていて、これでよいのかと自分ながら疑っているところである。

この雨は細雨で煙が付け加わったことでやっと色が見えるというもので、雨脚は風に引っ張られてさらに糸のように長くなっている。

この光景は、実際に、「朝雲暮雨」の巫山の夕暮れのように楚王のように覚え、同時に、創業句が初めて表現した、「悲愁」という旅心の寂しさを感じるのである。


(訳注)

(雨が降るのを見て、宋玉の《高唐賦》「朝雲暮雨」、《九辯》「悲愁」を思う)

766年大暦元年55-154首目。詩の内容から7669月1日と考えるのが妥当であろう。

 

冥冥甲子雨,已度立春時。 

空は、暗くしてしとしとと秋雨が降っている、今年は、立春のころから気候がおかしかった。

甲子雨 八月か九月の最初の日の雨。

已度立春時 今年は、立春のころから気候がおかしかった。

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767年大曆二年56-36-奉節-27 《巻15-60 雨》 杜甫index-15 杜甫<900 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5530

766年-70杜甫 《1553雨不》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-70 <933 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6300

766年-71杜甫 《1711宿江邊閣【案:即後西閣。】》七言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-71 <934 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6305

766年-72杜甫 《1811夜宿西閣曉呈元二十一曹長》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-72 <935 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6310

766年-73杜甫 《1812西閣口號【案:呈元二十一。】》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-73 <936 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6315

766年-74杜甫 《1713西閣雨望》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-74 <937 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6320 杜甫詩1500-937-1435/2500

766年-148杜甫 《1554晚晴》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-148 <1020 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6780

1552雨晴》

雨時山不改,晴罷峽如新。天路看殊俗,秋江思殺人。

有猿揮淚盡,無犬附書頻。故國愁眉外,長歌欲損神。
この年、「雨」の作品が上記以外数首ある。また、夏は日照りが続いている。

 

輕箑煩相向,纖絺恐自疑。 

それに、いまだにむしあつくて軽く団扇が必要なときもあって煩わしいし、まだ、細い葛で作った衣を着ていて、これでよいのかと自分ながら疑っているところである。

輕箑 軽く団扇をつかうこと。

煩相向 (団扇が)必要なときもあって煩わしい。

纖絺 細い葛で作った衣。

恐自疑 秋だというのに、団扇や夏の着物を着て居なければいけないほど温暖であることを言う。

 

煙添纔有色,風引更如絲。 

この雨は細雨で煙が付け加わったことでやっと色が見えるというもので、雨脚は風に引っ張られてさらに糸のように長くなっている。

 

直覺巫山暮,兼催宋玉悲。 

この光景は、実際に、「朝雲暮雨」の巫山の夕暮れのように楚王のように覚え、同時に、創業句が初めて表現した、「悲愁」という旅心の寂しさを感じるのである。

巫山暮 宋玉《高唐賦》《楚 () の懐王が夢の中で契りを交わした神女が、朝には雲に、夕暮れには雨になると言ったという、宋玉「高唐賦」などにみえる故事から》男女の堅い契り。

宋玉悲 宋玉が。初めて、秋について「悲愁」という表現を使い、以後の詩に、秋は、悲愁とされた。それが 宋玉《九辯》である。

悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,

憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,

泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,

悽增欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,

坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。

惆悵兮而私自憐。

悲しいかな、秋の氣たるや。蕭瑟【しょうしつ】たり、草木搖落して變衰【へんすい】す。

憭慄【れきりつ】たり、遠行に在りて、山に登り水に臨み、將に歸らんとするを送るが若し。

泬寥【けつりょう】たり、天高くして気清し。

寂寥【せきりょう】たり、潦を収めて水清し。

悽【さんせい】として增ます欷【すすりな】き、薄寒之れ人に中【あた】る。

愴怳【そうこう】懭悢【こうろう】として故を去りて新に就く。

坎廩【かんらん】たり、貧士職を失ひて志 平かならず、廓落【かくらく】たり、羇旅【きりょ】にして友生無し。

惆悵たり、而して私かに自ら憐む。

宋玉《九辯》全35回で全文訳注して掲載している。

九辯 宋玉 <00-#1>もっとも影響を与えた詩文 630 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2134

九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304

766年-153杜甫 《1552雨晴》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-153 <1025> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6805

杜甫  雨晴

雨時山不改,晴罷峽如新。天路看殊俗,秋江思殺人。

有猿揮淚盡,無犬附書頻。故國愁眉外,長歌欲損神。

(雨が上がり空が晴れ渡ったときの感を詠う。)

雨が降っているときは山の色が変わりはしないが、晴れ渡ってくると三峡は全く新しい景色に変わったようだ。

秋の長江は人をして、もの思いに悩まさせるほど明るく考えられないほどになり、その中に自分は、この天蓋の地で違った異民族の風俗を見ているからなおさらである。

ここには猿が多く、その悲愴感を持った鳴き声のために涙をすっかり振るいつくしたが、故郷を知った犬がいないので、手紙を持たせてやることもできないからただ頻りに付け加えて書くだけである。

故郷の国許はこうして眺め遣る愁眉の外に存在して、故郷の景色が思い浮かばなくなる、その上、悲愁で歌う歌は長歌になって、悲愁と長歌が相乗するから精神病になってしまいそうである。

766-153杜甫 《1552雨晴》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-153 <1025> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6805

 

 
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杜甫詩1500-1025-1523/2500

年:766年大暦元年55-153 

卷別:    卷二三○              文體:    五言律詩

詩題:    雨晴

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

 

 

雨晴

(雨が上がり空が晴れ渡ったときの感を詠う。)

雨時山不改,晴罷峽如新。

雨が降っているときは山の色が変わりはしないが、晴れ渡ってくると三峡は全く新しい景色に変わったようだ。

天路看殊俗,秋江思殺人。

秋の長江は人をして、もの思いに悩まさせるほど明るく考えられないほどになり、その中に自分は、この天蓋の地で違った異民族の風俗を見ているからなおさらである。

有猿揮淚盡,無犬附書頻。

ここには猿が多く、その悲愴感を持った鳴き声のために涙をすっかり振るいつくしたが、故郷を知った犬がいないので、手紙を持たせてやることもできないからただ頻りに付け加えて書くだけである。

故國愁眉外,長歌欲損神。

故郷の国許はこうして眺め遣る愁眉の外に存在して、故郷の景色が思い浮かばなくなる、その上、悲愁で歌う歌は長歌になって、悲愁と長歌が相乗するから精神病になってしまいそうである。

 

夔州東川卜居図詳細 002 

『雨晴』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

雨晴

雨時山不改,晴罷峽如新。

天路看殊俗,秋江思殺人。

有猿揮淚盡,無犬附書頻。

故國愁眉外,長歌欲損神。
詩文(含異文)     雨時山不改【雨晴山不改】,晴罷峽如新。天路看殊俗,秋江思殺人。有猿揮淚盡,無犬附書頻【無犬送書頻】。故國愁眉外,長歌欲損神。


(下し文)
(雨晴)

雨時 山 改らず,晴罷く峽 新なるが如し。

天路 殊俗を看,秋江 人を思殺す。

猿有れば 淚を揮い盡し,犬無ければ 附書を頻りにす。

故國 愁眉の外,長歌 神を損せんと欲す。

(現代語訳)
(雨が上がり空が晴れ渡ったときの感を詠う。)

雨が降っているときは山の色が変わりはしないが、晴れ渡ってくると三峡は全く新しい景色に変わったようだ。

秋の長江は人をして、もの思いに悩まさせるほど明るく考えられないほどになり、その中に自分は、この天蓋の地で違った異民族の風俗を見ているからなおさらである。

ここには猿が多く、その悲愴感を持った鳴き声のために涙をすっかり振るいつくしたが、故郷を知った犬がいないので、手紙を持たせてやることもできないからただ頻りに付け加えて書くだけである。

故郷の国許はこうして眺め遣る愁眉の外に存在して、故郷の景色が思い浮かばなくなる、その上、悲愁で歌う歌は長歌になって、悲愁と長歌が相乗するから精神病になってしまいそうである。

瞿塘峡・白帝城・魚復
(訳注)

雨晴

(雨が上がり空が晴れ渡ったときの感を詠う。)

杜甫の「雨」という詩は、766-767年頃、二十数首作っている。喘息で床に横になっていて雨を見つめていたのであろう。

 

雨時山不改,晴罷峽如新。

雨が降っているときは山の色が変わりはしないが、晴れ渡ってくると三峡は全く新しい景色に変わったようだ。

 

天路看殊俗,秋江思殺人。

秋の長江は人をして、もの思いに悩まさせるほど明るく考えられないほどになり、その中に自分は、この天蓋の地で違った異民族の風俗を見ているからなおさらである。

天路 天辺、天涯。

 

有猿揮淚盡,無犬附書頻。

ここには猿が多く、その悲愴感を持った鳴き声のために涙をすっかり振るいつくしたが、故郷を知った犬がいないので、手紙を持たせてやることもできないからただ頻りに付け加えて書くだけである。

有猿 ここらあたりのテナガザルは、人が哭する声に似た鳴き方をする。しばしば、三峡の猿は詩に出てくる。

無犬 犬は飼い主のこと、長年住んだところは覚えているので、書簡を持たせることができる。ここでは故郷までの道を知っている犬がいないことを言う。単なる犬ではない。

 

故國愁眉外,長歌欲損神。

故郷の国許はこうして眺め遣る愁眉の外に存在して、故郷の景色が思い浮かばなくなる、その上、悲愁で歌う歌は長歌になって、悲愁と長歌が相乗するから精神病になってしまいそうである。

愁眉外 愁をもってこの景色を見て、その眼の外の景色を言う。故郷の景色が思い浮かばなくなることをいう。

長歌 長く発音する語で、長く引っ張る節の歌を歌うこと。

損神 精神病になる。

766年-152杜甫 《1530熱,三首之三》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-152 <1024> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6800

杜甫  熱,三首之三

朱李沈不冷,彫胡炊屢新。將衰骨盡痛,被褐味空頻。

欻翕炎蒸景,飄颻征戍人。十年可解甲,為爾一霑巾。
(南方の灼熱の日に、熱気の中に国境を守る征戍の人のこと思って過すを詠う)

こんな暑さで、赤い李を水に沈めても、一向に冷たくはならない。ご飯は腐りやすいので一回ごとに新たにご飯を炊く。自分はまさに衰えかかって、骨の髄まで痛みが走るし、暑気あたりで何を食べても味気がなくむなしく食べないのである。あかあかと照り蒸し暑い上に熱風が吹き付けるが、この酷暑の中で、征戍に出ている人たちはさまよってるのである。もはや兵乱の世も十年を過ぎようとしているのだから、もう甲冑を解き捨ててもよかりそうなものであるが、今の私は、その爾らのためにしてやれることは、一枚の手拭をシドシドに霑すことだけである。
766-152杜甫 1530熱,三首之三》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-152 <1024 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6800

 


 
  2015年10月22日 の紀頌之5つのBlog  
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李白333-#2 《巻二25-上雲樂》 333-#2Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(14) <李白333-#2> Ⅰ李白詩1650 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6798  
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  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
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韓愈94-#6《 巻二15岳陽樓別竇司直》 #6 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1563> Ⅱ#6 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6799  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-152杜甫 《1530熱,三首之三》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-152 <1024> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6800  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
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  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
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杜甫詩

1500-1024-1522/2500

 

年:766年大暦元年55-152 

卷別:    卷二三○              文體:    五言律詩

詩題:    熱,三首之三

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

 

 

熱,三首之三

(南方の灼熱の日に、熱気の中に国境を守る征戍の人のこと思って過すを詠う)

朱李沈不冷,彫胡炊屢新。

こんな暑さで、赤い李を水に沈めても、一向に冷たくはならない。ご飯は腐りやすいので一回ごとに新たにご飯を炊く。

將衰骨盡痛,被褐味空頻。

自分はまさに衰えかかって、骨の髄まで痛みが走るし、暑気あたりで何を食べても味気がなくむなしく食べないのである。

欻翕炎蒸景,飄颻征戍人。

あかあかと照り蒸し暑い上に熱風が吹き付けるが、この酷暑の中で、征戍に出ている人たちはさまよってるのである。

十年可解甲,為爾一霑巾。

もはや兵乱の世も十年を過ぎようとしているのだから、もう甲冑を解き捨ててもよかりそうなものであるが、今の私は、その爾らのためにしてやれることは、一枚の手拭をシドシドに霑すことだけである。

(熱,三首の三)

朱李 沈めども冷かならず,彫胡 炊ぐ屢しば 新なり。

將に衰えんとして 骨 盡く痛む,褐を被りて 味 空しく頻なり。

翁たり 炎蒸の景,飄颻たり 征戍の人。

十年 甲を解く可し,爾が為に 一に巾を霑す。
瞿塘峡・白帝城・魚復

年:766年大暦元年55-150

卷別:    卷二三○              文體:    五言律詩

詩題:    熱,三首之一

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

熱,三首之一

(南方の灼熱の日に思うことを詠う)

雷霆空霹靂,雲雨竟虛無。

その日、雷と稲妻がある、突然、電工が走りすさまじい音が鳴る、それなのに、結局、雲と雨は出てこない。

炎赫衣流汗,低垂氣不蘇。

炎熱で、日は赤々と灼熱に照るから衣服には汗が流れる、頭をぐったりと垂れて呼吸する元気もなくなるほどである。

乞為寒水玉,願作冷秋菰。

どうかこの身は冷たい水晶にしてほしい、それか、願わくば、冷ややかな秋のマコモなりたいものである。

何似兒童風涼出舞雩。

それは子供であったとき、涼風を追って、高台の雨乞いの舞のところに出かけて行った時涼風が吹いてきたことをおもいだして、このようなことに似たようなことがどうにかしてならないものだろうか。

(熱,三首の一)

雷霆は空しく霹靂なり,雲雨は竟に虛無なり。

炎赫 衣 汗を流し,低垂 氣 蘇せず。

乞う 寒水の玉と為らんことを,願わくば 冷秋の菰と作らん。

何ぞ似ん 兒童の,風涼 舞雩に出でしに

杜甫詩1500-1023-1521/2500

年:766年大暦元年55-151

卷別:    卷二三○              文體:    五言律詩

詩題:    熱,三首之二

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

熱,三首之二

(南方の灼熱の日に、涼しいこと思って過すを詠う)

瘴雲終不滅,瀘水復西來。

熱射と毒気の運気はこの地でなくなることはないし、長江上流の雲南の熱い濾水まで西側から長江に合流して流れて来る。

人高臥,歸林鳥卻迴。

人というもの、自家の門を閉じることで、高枕をして眠ることができる、鳥は、一旦は林に帰ってまた後戻りしてゆく。

峽中都似火,江上只空雷。

この三峡の中は、全てが火だるまのようだ、此処を流れる長江の上には、雨の降らない空の雷がただ鳴っているばかりである。

想見陰宮雪,風門颯踏開。

この時、長安の方向の北の雪山のあたりでは、さぞ冷たい風をバサバサと吹き入らせる風門が開かれているものと想像してみる。(それを想像するだけでもいささかでも涼しくなった気がする。)

(熱,三首之二)

瘴雲 終に 滅せず,瀘水 復た西來す。

閉して 人 高臥す,林に歸りて 鳥 卻迴す。

峽の中 都べて似火,江の上 只だ空雷。

想い見る 陰宮の雪,風門 颯踏して開く。

 

 

『熱,三首之三』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

熱,三首之三

朱李沈不冷,彫胡炊屢新。

將衰骨盡痛,被褐味空頻。

欻翕炎蒸景,飄颻征戍人。

十年可解甲,為爾一霑巾。
詩文(含異文)     朱李沈不冷,彫胡炊屢新【彫菰炊屢新】。將衰骨盡痛,被褐味空頻【被暍味空頻】。欻翕炎蒸景【欻吸炎蒸景、欻翁炎蒸景】,飄颻征戍人。十年可解甲,為爾一霑巾。


(下し文)
(熱,三首の三)

朱李 沈めども冷かならず,彫胡 炊ぐ屢しば 新なり。

將に衰えんとして 骨 盡く痛む,褐を被りて 味 空しく頻なり。

翁たり 炎蒸の景,飄颻たり 征戍の人。

十年 甲を解く可し,爾が為に 一に巾を霑す。

(現代語訳)
(南方の灼熱の日に、熱気の中に国境を守る征戍の人のこと思って過すを詠う)

こんな暑さで、赤い李を水に沈めても、一向に冷たくはならない。ご飯は腐りやすいので一回ごとに新たにご飯を炊く。

自分はまさに衰えかかって、骨の髄まで痛みが走るし、暑気あたりで何を食べても味気がなくむなしく食べないのである。

あかあかと照り蒸し暑い上に熱風が吹き付けるが、この酷暑の中で、征戍に出ている人たちはさまよってるのである。

もはや兵乱の世も十年を過ぎようとしているのだから、もう甲冑を解き捨ててもよかりそうなものであるが、今の私は、その爾らのためにしてやれることは、一枚の手拭をシドシドに霑すことだけである。

安史の乱当時の勢力図
(訳注)

熱,三首之三

熱,三首之二

(南方の灼熱の日に、熱気の中に国境を守る征戍の人のこと思って過すを詠う)766年大暦元年55-152首目

 

朱李沈不冷,彫胡炊屢新。

こんな暑さで、赤い李を水に沈めても、一向に冷たくはならない。ご飯は腐りやすいので一回ごとに新たにご飯を炊く。

朱李 赤い李。魏・文帝《與呉質書》「浮甘瓜於清泉、沈朱李於寒水。」曹丕《與朝歌令質書》:馳騁北場,旅食南館,浮甘瓜於清泉,沉朱李於寒水。

彫胡 マコモに実るコメ。

炊屢新 一回ごとに新たにご飯を炊く。

 

將衰骨盡痛,被褐味空頻。

自分はまさに衰えかかって、骨の髄まで痛みが走るし、暑気あたりで何を食べても味気がなくむなしく食べないのである。

 ものを味わってたべること。

 

欻翕炎蒸景,飄颻征戍人。

あかあかと照り蒸し暑い上に熱風が吹き付けるが、この酷暑の中で、征戍に出ている人たちはさまよってるのである。

欻翕  ・欻翕/欻吸:熱風が吹き付けることをいう。 ・欻翁 暑さでガタガタになった爺。

飄颻 かぜにひるがえるさま。文選·曹植·雜詩六首之二:「轉蓬離本根,飄颻隨長風。」(轉蓬 本根を離れ,飄颻として長風に隨う。)

 

十年可解甲,為爾一霑巾。

もはや兵乱の世も十年を過ぎようとしているのだから、もう甲冑を解き捨ててもよかりそうなものであるが、今の私は、その爾らのためにしてやれることは、一枚の手拭をシドシドに霑すことだけである。

十年 755年天宝十四載、杜甫44歳、この年11月、安禄山、范陽で謀叛蜂起、12月洛陽を陥落させてから足掛け十二年になる。

解甲 甲冑を解き捨てること。

爾 征戍の任につく人々をいう。他の職業は、木陰に入ることもできるが、この人たちは、それができないからここでいうのである。

766年-151杜甫 《1529熱,三首之二》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-151 <1023> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6795

杜甫  熱,三首之二  

瘴雲終不滅,瀘水復西來。閉人高臥,歸林鳥卻迴。

峽中都似火,江上只空雷。想見陰宮雪,風門颯踏開。

(南方の灼熱の日に、涼しいこと思って過すを詠う)

熱射と毒気の運気はこの地でなくなることはないし、長江上流の雲南の熱い濾水まで西側から長江に合流して流れて来る。人というもの、自家の門を閉じることで、高枕をして眠ることができる、鳥は、一旦は林に帰ってまた後戻りしてゆく。この三峡の中は、全てが火だるまのようだ、此処を流れる長江の上には、雨の降らない空の雷がただ鳴っているばかりである。この時、長安の方向の北の雪山のあたりでは、さぞ冷たい風をバサバサと吹き入らせる風門が開かれているものと想像してみる。(それを想像するだけでもいささかでも涼しくなった気がする。)

766-151杜甫 1529熱,三首之二》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-151 <1023 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6795

 

 
  2015年10月21日 の紀頌之5つのBlog  
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年:766年大暦元年55-150

卷別:    卷二三○              文體:    五言律詩

詩題:    熱,三首之一

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

 

熱,三首之一

(南方の灼熱の日に思うことを詠う)

雷霆空霹靂,雲雨竟虛無。

その日、雷と稲妻がある、突然、電工が走りすさまじい音が鳴る、それなのに、結局、雲と雨は出てこない。

炎赫衣流汗,低垂氣不蘇。

炎熱で、日は赤々と灼熱に照るから衣服には汗が流れる、頭をぐったりと垂れて呼吸する元気もなくなるほどである。

乞為寒水玉,願作冷秋菰。

どうかこの身は冷たい水晶にしてほしい、それか、願わくば、冷ややかな秋のマコモなりたいものである。

何似兒童風涼出舞雩。

それは子供であったとき、涼風を追って、高台の雨乞いの舞のところに出かけて行った時涼風が吹いてきたことをおもいだして、このようなことに似たようなことがどうにかしてならないものだろうか。

(熱,三首の一)

雷霆は空しく霹靂なり,雲雨は竟に虛無なり。

炎赫 衣 汗を流し,低垂 氣 蘇せず。

乞う 寒水の玉と為らんことを,願わくば 冷秋の菰と作らん。

何ぞ似ん 兒童の,風涼 舞雩に出でしに

 

杜甫詩1500-1023-1521/2500

年:766年大暦元年55-151

卷別:    卷二三○              文體:    五言律詩

詩題:    熱,三首之二

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

 

安史の乱当時の勢力図 

熱,三首之二

(南方の灼熱の日に、涼しいこと思って過すを詠う)

瘴雲終不滅,瀘水復西來。

熱射と毒気の運気はこの地でなくなることはないし、長江上流の雲南の熱い濾水まで西側から長江に合流して流れて来る。

人高臥,歸林鳥卻迴。

人というもの、自家の門を閉じることで、高枕をして眠ることができる、鳥は、一旦は林に帰ってまた後戻りしてゆく。

峽中都似火,江上只空雷。

この三峡の中は、全てが火だるまのようだ、此処を流れる長江の上には、雨の降らない空の雷がただ鳴っているばかりである。

想見陰宮雪,風門颯踏開。

この時、長安の方向の北の雪山のあたりでは、さぞ冷たい風をバサバサと吹き入らせる風門が開かれているものと想像してみる。(それを想像するだけでもいささかでも涼しくなった気がする。)

(熱,三首之二)

瘴雲 終に 滅せず,瀘水 復た西來す。

閉して 人 高臥す,林に歸りて 鳥 卻迴す。

峽の中 都べて似火,江の上 只だ空雷。

想い見る 陰宮の雪,風門 颯踏して開く。

 

『熱,三首之二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

熱,三首之二

瘴雲終不滅,瀘水復西來。

人高臥,歸林鳥卻迴。

峽中都似火,江上只空雷。

想見陰宮雪,風門颯踏開。
熱,三首之二(含異文)     瘴雲終不滅,瀘水復西來。閉人高臥,歸林鳥卻迴。峽中都似火,江上只空雷【江上只聞雷】。想見陰宮雪,風門颯踏開【風門颯沓開】。


(下し文)
(熱,三首之二)

瘴雲 終に 滅せず,瀘水 復た西來す。

閉して 人 高臥す,林に歸りて 鳥 卻迴す。

峽の中 都べて似火,江の上 只だ空雷。

想い見る 陰宮の雪,風門 颯踏して開く。

(現代語訳)
熱,三首之二(南方の灼熱の日に、涼しいこと思って過すを詠う)

熱射と毒気の運気はこの地でなくなることはないし、長江上流の雲南の熱い濾水まで西側から長江に合流して流れて来る。

人というもの、自家の門を閉じることで、高枕をして眠ることができる、鳥は、一旦は林に帰ってまた後戻りしてゆく。

この三峡の中は、全てが火だるまのようだ、此処を流れる長江の上には、雨の降らない空の雷がただ鳴っているばかりである。

この時、長安の方向の北の雪山のあたりでは、さぞ冷たい風をバサバサと吹き入らせる風門が開かれているものと想像してみる。(それを想像するだけでもいささかでも涼しくなった気がする。)

蜀中転々圖
(訳注)

熱,三首之二

(南方の灼熱の日に、涼しいこと思って過すを詠う)766年大暦元年55-151首目

 

瘴雲終不滅,瀘水復西來。

熱射と毒気の運気はこの地でなくなることはないし、長江上流の雲南の熱い濾水まで西側から長江に合流して流れて来る。

瘴雲 水蒸気と熱射による毒気をいう。実際にはマラリヤである。瘴癘の地の雲。《巻15-24 雷》「南方瘴癘地,罹此農事苦。」(南方 瘴癘の地,此れを農事の苦しみと罹る。)

766年大暦元年55-16-1奉節-8 《巻15-24 雷 -1 杜甫index-15 杜甫<879-1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5265瀘水 

瀘水復西來 長江上流の雲南の熱い濾水まで西側から長江に合流して流れて来る

 

人高臥,歸林鳥卻迴。

人というもの、自家の門を閉じることで、高枕をして眠ることができる、鳥は、一旦は林に帰ってまた後戻りしてゆく。

卻迴 巣に帰ったのちに、熱さのために休めないから飛び回るという意。

 

峽中都似火,江上只空雷。

この三峡の中は、全てが火だるまのようだ、此処を流れる長江の上には、雨の降らない空の雷がただ鳴っているばかりである。

 

想見陰宮雪,風門颯踏開。

この時、長安の方向の北の雪山のあたりでは、さぞ冷たい風をバサバサと吹き入らせる風門が開かれているものと想像してみる。(それを想像するだけでもいささかでも涼しくなった気がする。)

陰宮雪 宮殿の北面をいう、宮殿には、暑夏、保存していた雪を北側に積んで涼しさをとる。

風門 雪の涼風を受けるための門、それを開けて涼風にあたる。

颯踏開 さぞ冷たい風をバサバサと吹き入らせる
四川省西部地区略図

766年-150杜甫 《1528熱,三首之一》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-150 <1022> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6790 

杜甫  熱,三首之一   

雷霆空霹靂,雲雨竟虛無。炎赫衣流汗,低垂氣不蘇。

乞為寒水玉,願作冷秋菰。何似兒童風涼出舞雩。

(南方の灼熱の日に思うことを詠う)

その日、雷と稲妻がある、突然、電工が走りすさまじい音が鳴る、それなのに、結局、雲と雨は出てこない。炎熱で、日は赤々と灼熱に照るから衣服には汗が流れる、頭をぐったりと垂れて呼吸する元気もなくなるほどである。どうかこの身は冷たい水晶にしてほしい、それか、願わくば、冷ややかな秋のマコモなりたいものである。それは子供であったとき、涼風を追って、高台の雨乞いの舞のところに出かけて行った時涼風が吹いてきたことをおもいだして、このようなことに似たようなことがどうにかしてならないものだろうか。

766-150杜甫 1528熱,三首之一》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-150 <1022 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6790

 

 
  2015年10月20日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
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李白332 巻二21-《夜坐吟》(冬夜夜寒覺夜長,) 332Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(13) <李白332> Ⅰ李白詩1645 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6773  
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  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
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韓愈94-#4《 巻二15岳陽樓別竇司直》 #4 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1561> Ⅱ#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6789  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
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  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-150杜甫 《1528熱,三首之一》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-150 <1022> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6790   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
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夔州抒情詩シリーズ(1

(卷一七11 宿江邊閣

    暝色延山徑,高齋次水門。薄雲巖際宿,孤月浪中翻。鸛鶴追飛靜(一作盡),豺狼得食喧。不眠憂戰伐,無力正乾坤。

1835-1覆舟,二首之一

巫峽盤渦曉,黔陽貢物秋。丹砂同隕石,翠羽共沉舟。羈使空斜影,龍宮閟積流。篙工幸不溺,俄頃逐輕鷗。

1835-覆舟,二首之二

竹宮時望拜,桂館或求仙。(女宅)女凌波日,神光照夜年。徒聞斬蛟劍,無復爨犀船。使者隨秋色,迢迢獨上天。

1703垂白【白首】

垂白(一云白首)馮唐老,清秋宋玉悲。江喧長少睡,樓迥獨移時。多難身何補 ,無家病不辭。甘從千日醉,未許〈七哀〉詩。

1710草閣

    草閣臨無(王作蕪,非)地,柴扉永不關。魚龍迴夜水,星月動秋山。久(一作夕)露晴(一作清)初濕,高雲薄未還。泛舟慚小婦,飄泊損紅顏。

1707江月

江育光於(一作如)水,高樓思殺人。天邊長作客,老去一霑巾。玉露清影,銀河沒半輪。誰家挑錦字?燭滅(一作滅燭)翠眉顰(一作嚬)。

1551江上

江上日多雨(一作病),蕭蕭荊楚秋。高風下木葉,永夜攬(一作絜)貂裘。勳業頻看鏡,行藏讀倚樓。時危思報主,衰謝不能休。

1702中夜

中夜江山靜,危樓望北辰。長為萬里客,有愧百年身。故國風雲氣,高堂戰伐塵 。胡雛負恩澤,嗟爾太平人。

1705不寐

瞿唐夜水黑,城改更籌。翳翳月沉霧,輝輝星近樓。氣衰甘少寐,心弱恨容愁。多壘滿山谷,桃源何處求。

1708月圓

孤月當樓滿,寒江動夜扉。委波金不定,照席綺逾依。未缺空山靜,高懸列宿稀。故園松桂(一作菊)發,萬里共清輝。

1704中宵

西閣百尋餘,中霄步綺疏。飛星過水白,落月動沙(一作簷)虛。擇木知幽鳥,潛波想巨魚。親朋滿天地,兵甲少來書。

卷九35遣愁

養拙蓬為,茫茫何所開?江通神女館,地隔望相臺。漸惜容顏老,無由弟妹來。兵戈與人事,回首一悲哀。

1809南極

南極青山眾(一作外,非),西江白谷分。古城疏落木,荒戍密寒雲。月蛇常見,風飆虎忽(一作或)聞。近身皆鳥道,殊俗自人群。睥睨登哀(木斥),蝥 (舊作矛,趙作蝥)胡弧照夕曛。亂離多醉尉,愁殺李將軍。

1944搖落

搖落巫山暮,寒江東北流。煙塵多戰鼓,風浪少行舟。鵝費羲之墨,貂餘季子裘。長懷報明主,臥病復高秋。

卷二二69遠遊

江闊浮高棟(晉作凍),雲長出斷山。塵沙連越,風雨暗荊蠻。雁矯銜蘆,猿啼失木間。敝裘蘇季子,歷國未知還。

1709夜【秋夜客舍】

露下天高秋水清,空山獨夜旅魂驚。疏燈自照孤帆宿,新月猶懸雙杵鳴。南菊再逢人臥病,北書不至雁無情。步簷 倚仗看牛斗,銀漢遙應接鳳城。

1554晚晴

返照斜初徹,浮雲薄未歸。江虹明遠飲,峽雨落餘飛。鳧雁終高去,熊羆覺自肥。秋分客尚在,竹露夕微微。

1557返照

楚王宮北正黃昏,白帝城西過雨痕。返照入江翻石壁,歸雲擁樹失山村。衰年肺病唯高枕,塞愁時早閉門。不可久留豺虎亂,南方實有未招魂。

1528熱,三首之一

熱,三首之一  雷霆空霹靂,雲雨竟虛無。炎赫衣流汗,低垂氣不蘇。乞為寒水玉,願作冷秋菰。何似兒童,風涼出舞雩。

1529熱,三首之二

熱,三首之二  瘴雲終不滅,瀘水復西來。閉人高臥,歸林鳥卻迴。峽中都似火,江上只空雷。想見陰宮雪,風門颯踏開。

1530熱,三首之三

熱,三首之三  朱李沈不冷,彫胡炊屢新。將衰骨盡痛,被褐味空頻。欻翁炎蒸景,飄颻征戍人。十年可解甲,為爾一霑巾。

1552雨晴

雨時(一作晴)山不改,晴罷峽如新。天路看殊俗,秋江思殺人。有猿揮淚盡,無犬附(一作送)書頻。故國愁眉外,長歌欲損神。

1548

萬木雲深隱,連山雨未開。風扉掩不定,水鳥過仍迴。鮫館如鳴杼,樵舟豈伐枚?清涼破炎毒,衰意欲登臺。

1725九日諸人集於林

九日明朝是,相要舊俗非。老翁難早出,賢客幸知歸。舊采黃花賸,新梳白髮微。漫看年少樂,忍淚已霑衣。

1521覽物【峽中覽物】

曾為掾吏趨三輔,憶在潼關詩興多。巫峽忽如瞻華岳,蜀江猶似見黃河。舟中得病移衾枕,洞口經春長薜蘿。形勝有餘風土惡,幾時回首一高歌。

(卷一五53  雨不

鳴雨既過漸細微,映空搖颺如絲飛。階前短草泥不亂,院裏長條風乍稀。舞石旋應將乳子,行雲莫自濕仙衣。眼邊江舸何匆促(一作遽)?未待(晉作得)安流逆浪歸。

 

杜甫詩1500-1022-1520/2500

年:766年大暦元年55-150

卷別:    卷二三○              文體:    五言律詩

詩題:    熱,三首之一

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

 

 

熱,三首之一

(南方の灼熱の日に思うことを詠う)

雷霆空霹靂,雲雨竟虛無。

その日、雷と稲妻がある、突然、電工が走りすさまじい音が鳴る、それなのに、結局、雲と雨は出てこない。

炎赫衣流汗,低垂氣不蘇。

炎熱で、日は赤々と灼熱に照るから衣服には汗が流れる、頭をぐったりと垂れて呼吸する元気もなくなるほどである。

乞為寒水玉,願作冷秋菰。

どうかこの身は冷たい水晶にしてほしい、それか、願わくば、冷ややかな秋のマコモなりたいものである。

何似兒童風涼出舞雩。

それは子供であったとき、涼風を追って、高台の雨乞いの舞のところに出かけて行った時涼風が吹いてきたことをおもいだして、このようなことに似たようなことがどうにかしてならないものだろうか。

(熱,三首の一)

雷霆は空しく霹靂なり,雲雨は竟に虛無なり。

炎赫 衣 汗を流し,低垂 氣 蘇せず。

乞う 寒水の玉と為らんことを,願わくば 冷秋の菰と作らん。

何ぞ似ん 兒童の,風涼 舞雩に出でしに

 

『熱,三首之一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

熱,三首之一

雷霆空霹靂,雲雨竟虛無。

炎赫衣流汗,低垂氣不蘇。

乞為寒水玉,願作冷秋菰。

何似兒童,風涼出舞雩
熱,三首之一(含異文)     雷霆空霹靂,雲雨竟虛無。炎赫衣流汗,低垂氣不蘇。乞為寒水玉,願作冷秋菰。何似兒童【那似兒童】,風涼出舞雩。


(下し文)
(熱,三首の一)

雷霆は空しく霹靂なり,雲雨は竟に虛無なり。

炎赫 衣 汗を流し,低垂 氣 蘇せず。

乞う 寒水の玉と為らんことを,願わくば 冷秋の菰と作らん。

何ぞ似ん 兒童の,風涼 舞雩に出でしに

(現代語訳)
(南方の灼熱の日に思うことを詠う)

その日、雷と稲妻がある、突然、電工が走りすさまじい音が鳴る、それなのに、結局、雲と雨は出てこない。

炎熱で、日は赤々と灼熱に照るから衣服には汗が流れる、頭をぐったりと垂れて呼吸する元気もなくなるほどである。

どうかこの身は冷たい水晶にしてほしい、それか、願わくば、冷ややかな秋のマコモなりたいものである。

それは子供であったとき、涼風を追って、高台の雨乞いの舞のところに出かけて行った時涼風が吹いてきたことをおもいだして、このようなことに似たようなことがどうにかしてならないものだろうか。


(訳注)

熱,三首之一

(南方の灼熱の日に思うことを詠う)766年大暦元年55-150首目

 

雷霆空霹靂,雲雨竟虛無。

その日、雷と稲妻がある、突然、電工が走りすさまじい音が鳴る、それなのに、結局、雲と雨は出てこない。

雷霆 《「霆」は激しい雷の意》かみなり。いかずち。

霹靂 1 かみなり。いかずち。雷鳴。「青天の―」2 雷が激しく鳴ること。落雷すること。また、大きな音が響き渡ること。「霹靂」は突然雷が鳴ること。 青天の霹靂の由来は、中国南宋の詩人「陸游(りくゆう)」が「九月四日鶏未鳴起作」の中で、「青天、霹靂を飛ばす」と表現したことによる。 「青天、霹靂を飛ばす」は、病床に伏していた陸游が突然起き上がり、筆を走らせた勢いを雷に喩えたもので、本来は筆の勢い衷した言葉であった。

 

炎赫衣流汗,低垂氣不蘇。

炎熱で、日は赤々と灼熱に照るから衣服には汗が流れる、頭をぐったりと垂れて呼吸する元気もなくなるほどである。

炎赫 炎熱で、日は赤々と灼熱に照ること。

低垂 頭をぐったりと垂れ

氣不蘇 喘息であるから元気よく呼吸ができないことを言う。・気は呼吸、・蘇はよみがえる。

 

乞為寒水玉,願作冷秋菰。

どうかこの身は冷たい水晶にしてほしい、それか、願わくば、冷ややかな秋のマコモなりたいものである。

寒水玉 冷たい水晶の玉。

冷秋菰 冷ややかな秋のマコモ。

 

何似兒童風涼出舞雩。

それは子供であったとき、涼風を追って、高台の雨乞いの舞のところに出かけて行った時涼風が吹いてきたことをおもいだして、このようなことに似たようなことがどうにかしてならないものだろうか。

何似兒童 それは子供であったとき怒ったようなことに似たようなことが何とか起きないだろうか、という意。

風涼出舞雩 高台の雨乞いの舞のところに出かけて行った時、涼風が吹いてきたことがあった。はその場所に行く。

766年-149杜甫 《1557返照》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-149 <1021> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6785

杜甫  返照   

楚王宮北正黃昏,白帝城西過雨痕。返照入江翻石壁,歸雲擁樹失山村。

衰年肺病唯高枕,塞愁時早閉門。不可久留豺虎亂,南方實有未招魂。

(夕方に陽の日差しがどこまで射すように照らす、その照り返しを詠う。)

楚王の宮北が黄昏になり、白帝城の西に通り雨の後が残っている。その夕陽の照り返しは長江の水面に入込んでいるため、岸辺の石璧の影が煽り立てられる、岩場の洞穴に帰ろうとする山にかかる雲は、木樹をつつんでしまったために山辺の村が見えなくなった。自分は澇水の年になって持病の喘息がひどく、枕を高くして横になっていてどうしようもないし、ここら辺境僻地の塞は世情不安、危険を除去できないでただ早く門を閉めてしまう。この南の地にいていまだに都京師に召喚されぬ自分の魂が残されたままであって、このような豺虎、盗賊、謀叛、異民族らの乱がいつ再発するようなところにとどまっておくわけにはいかないのだ。

766-149杜甫 1557返照》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-149 <1021 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6785

 
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晚晴

(ずっと降っていた日の天が晴れた夕方に陽の日差しがどこまで射すように照らすのを詠う。)

返照斜初徹,浮雲薄未歸。

夕日の照り返しがななめにどこまでも射すように照らす、雲は薄く浮かんでほぼ同じとこおに浮いていて帰らない。

江虹明遠飲,峽雨落餘飛。

三峡の大江にかかった虹は、はっきりとして遠く水を飲もうとしているようだ、峡谷に降る雨パラパラ落ちたり固まって飛ばされたりしている。

鳧雁終高去,熊羆覺自肥。

晴れ間になると鳬や雁は喜んで高く飛び去ってゆく、クマとヒグマは、ひとりでに肥えてしまった感がある。

秋分客尚在,竹露夕微微。
秋分の季節になった自分はまだここにいて床に伏している、夕日に光る竹の葉に露がポタンピタンとしたたる。

(晚晴)

返照 斜にして初めて徹し,浮雲 薄くして未だ歸らず。

江虹 明らかに遠く飲む,峽雨 落餘に飛ぶ。

鳧雁 終に高く去る,熊羆 自ら肥ゆるを覺ゆ。

秋分 客 尚お在り,竹露 夕に微微たり。

 

 

 

杜甫詩1500-1021-1519/2500

年:766年大暦元年55-149

卷別:    卷二三○              文體:    七言律詩

詩題:    返照

作地點:              奉節(山南東道 / 夔州 / 奉節)

及地點:              楚王宮 (山南東道 夔州 巫山)           

白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城    

 

 

返照

楚王宮北正黃昏,白帝城西過雨痕。

返照入江翻石壁,歸雲擁樹失山村。

衰年肺病唯高枕,塞愁時早閉門。

不可久留豺虎亂,南方實有未招魂。

(夕方に陽の日差しがどこまで射すように照らす、その照り返しを詠う。)

楚王の宮北が黄昏になり、白帝城の西に通り雨の後が残っている。

その夕陽の照り返しは長江の水面に入込んでいるため、岸辺の石璧の影が煽り立てられる、岩場の洞穴に帰ろうとする山にかかる雲は、木樹をつつんでしまったために山辺の村が見えなくなった。

自分は澇水の年になって持病の喘息がひどく、枕を高くして横になっていてどうしようもないし、ここら辺境僻地の塞は世情不安、危険を除去できないでただ早く門を閉めてしまう。

この南の地にいていまだに都京師に召喚されぬ自分の魂が残されたままであって、このような豺虎、盗賊、謀叛、異民族らの乱がいつ再発するようなところにとどまっておくわけにはいかないのだ。

 

(返照)

楚王の宮北 正に黃昏なり,白帝城 西過 雨の痕あり。

返照 江に入りて石壁を翻えし,歸雲 樹を擁して山村を失す。

衰年の肺病 唯だ 高枕し,塞 時を愁えて早く門を閉ず。

久しく豺虎の亂を留どまる可からず,南方 實に未招の魂有り。

 

『返照』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

返照

楚王宮北正黃昏,白帝城西過雨痕。

返照入江翻石壁,歸雲擁樹失山村。

衰年肺病唯高枕,塞愁時早閉門。

不可久留豺虎亂,南方實有未招魂。

(下し文)
(返照)

楚王の宮北 正に黃昏なり,白帝城 西過 雨の痕あり。

返照 江に入りて石壁を翻えし,歸雲 樹を擁して山村を失す。

衰年の肺病 唯だ 高枕し,塞 時を愁えて早く門を閉ず。

久しく豺虎の亂を留どまる可からず,南方 實に未招の魂有り。

(現代語訳)
(夕方に陽の日差しがどこまで射すように照らす、その照り返しを詠う。)

楚王の宮北が黄昏になり、白帝城の西に通り雨の後が残っている。

その夕陽の照り返しは長江の水面に入込んでいるため、岸辺の石璧の影が煽り立てられる、岩場の洞穴に帰ろうとする山にかかる雲は、木樹をつつんでしまったために山辺の村が見えなくなった。

自分は澇水の年になって持病の喘息がひどく、枕を高くして横になっていてどうしようもないし、ここら辺境僻地の塞は世情不安、危険を除去できないでただ早く門を閉めてしまう。

この南の地にいていまだに都京師に召喚されぬ自分の魂が残されたままであって、このような豺虎、盗賊、謀叛、異民族らの乱がいつ再発するようなところにとどまっておくわけにはいかないのだ。


(訳注)

返照

(夕方に陽の日差しがどこまで射すように照らす、その照り返しを詠う。)年:766年大暦元年55-149首目、夔州、奉節の作。

【解説】客堂から見える雨後の日暮れの景が雄大かつ繊細に詠われている。「楚王宮」は巫山の麓に戦国楚の離宮があったという伝言に基づいており、その北側のあたりは黄昏の色に染まる。高台にある白帝城の西の斜面は客堂から見える、「過雨」に濡れる。それらを彩る「返照」と「帰雲」、雲は当時、山の岩穴から生まれ出、またそこに歸えると信じられていた。そこで、岩穴に帰るために樹にからみついているという表現が生まれる。「病肺」は喘息のことで、杜甫の持病である。この段階ではただ寝ているだけと自嘲するしかなく、自分を蘇秦、王羲之であり、屈原になぞらえて、憂国の心は休むときがないとこの時期に一気に多くの詩を残している。

杜甫 767  大曆二年  56 奉節での作。2010返照

返照開巫峽,寒空半有無。已低魚複暗,不盡白鹽孤。

荻岸如秋水,松門似畫圖。牛羊識僮僕,既夕應傳呼。

 

楚王宮北正黃昏,白帝城西過雨痕。

楚王の宮北が黄昏になり、白帝城の西に通り雨の後が残っている。

○楚王宮 すなわち楚王の宮、巫山県東北一里にあるという。巫山の麓に戦国楚の離宮があったという伝言に基づいており、その北側のあたりは黄昏の色に染まる。雲雨荒台は楚の懐王が夢に神女に会ったという陽台をいう、宋玉の 「高唐賦」にいう、「昔者先王嘗遊高唐,怠而晝寢,夢見一婦人曰:‘妾,巫山之女也。爲高唐之客。聞君遊高唐,願薦枕席。’王因幸之。去而辭曰:‘妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨。朝朝暮暮,陽臺之下。」(昔先王(懐王をいう)嘗て高庸に遊ぶ、夢に一婦人を見て曰く「妾,巫山の女なり。高唐の客と爲す。君高唐に遊ぶを聞き,願わくば枕席を薦めんと。」、王因って之を幸す、去らんとして辞して曰く、妾は巫山の陽、高丘の岨に在り、旦には行雲と為り、暮には行雨と為る、朝朝暮暮、陽台の下にす)と。荒台というのは現にあれておる台であることをいう。「清一統志」にいう、陽台山は巫山県城内北隅にあり、高さ百丈、上に陽雲台の遺址あり、と。豈夢息とは反語にみる。宋玉の賦した所は必ずしも夢幻虚構の想像ではない、其の事実があったという。

白帝城 白帝城は中国重慶市奉節県の長江三峡に位置する地名。かつて新末後漢初の群雄公孫述がこの地に築いた城が白帝城と呼ばれたことが由来。永安宮ともいう。 三国時代、蜀の建国者劉備が夷陵の戦いで呉に敗れ、逃れたのが白帝城。劉備は後事を諸葛亮に託し、この城で没した。

 

返照入江翻石壁,歸雲擁樹失山村。

その夕陽の照り返しは長江の水面に入込んでいるため、岸辺の石璧の影が煽り立てられる、岩場の洞穴に帰ろうとする山にかかる雲は、木樹をつつんでしまったために山辺の村が見えなくなった。

翻石壁 石壁に寄すか影が照り返しの部分が飛び出してくるように見える、それが際立っていること

歸雲擁樹失山村 雲は当時、山の岩穴から生まれ出、またそこに歸えると信じられていた。そこで、岩穴に帰るために樹にからみついているために山村が雲に覆われてるのでこいう表現が生まれる。

 

衰年肺病唯高枕,塞愁時早閉門。

自分は澇水の年になって持病の喘息がひどく、枕を高くして横になっていてどうしようもないし、ここら辺境僻地の塞は世情不安、危険を除去できないでただ早く門を閉めてしまう。

早閉門 盗賊が侵入するか、近くで謀叛が起こるか、異民族の侵入があるかとおびえて塞を守っているので、暗くなる前に門を閉める。

 

不可久留豺虎亂,南方實有未招魂。

この南の地にいていまだに都京師に召喚されぬ自分の魂が残されたままであって、このような豺虎、盗賊、謀叛、異民族らの乱がいつ再発するようなところにとどまっておくわけにはいかないのだ。

久留 久しくこの地に滞留する。

豺虎亂 動物の豺や虎、山賊、海賊など盗賊、謀叛、異民族らの乱入や入寇がいつ再発するようなところ

南方 夔州は国境、南の雲南は異民族支配であった。杜甫《1809南極》「南極青山眾,西江白穀分。古城疏落木,荒戍密寒雲。月蛇常見,風飆虎或聞。(南極 青山眾し,西江 白穀分かる。古城 落木疏に,荒戍 寒雲密なり。月 蛇 常に見え,風飆 虎 或いは聞ゆ。

未招魂 京師に召喚されぬ自分の魂が残されたまま、都に帰りたい思いが、朝廷に届かないでいることを言う。

766年-148杜甫 《1554晚晴》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-148 <1020> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6780

杜甫  晚晴

返照斜初徹,浮雲薄未歸。江虹明遠飲,峽雨落餘飛。

鳧雁終高去,熊羆覺自肥。秋分客尚在,竹露夕微微。
(ずっと降っていた日の天が晴れた夕方に陽の日差しがどこまで射すように照らすのを詠う。)

夕日の照り返しがななめにどこまでも射すように照らす、雲は薄く浮かんでほぼ同じとこおに浮いていて帰らない。三峡の大江にかかった虹は、はっきりとして遠く水を飲もうとしているようだ、峡谷に降る雨パラパラ落ちたり固まって飛ばされたりしている。晴れ間になると鳬や雁は喜んで高く飛び去ってゆく、クマとヒグマは、ひとりでに肥えてしまった感がある。秋分の季節になった自分はまだここにいて床に伏している、夕日に光る竹の葉に露がポタンピタンとしたたる。

766-148杜甫 1554晚晴》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-148 <1020 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6780

 

 
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杜甫詩1500-1020-1518/2500

年:766年大暦元年55-148

卷別:    卷二三○              文體:    五言律詩

詩題:    晚晴

 

 

晚晴

(ずっと降っていた日の天が晴れた夕方に陽の日差しがどこまで射すように照らすのを詠う。)

返照斜初徹,浮雲薄未歸。

夕日の照り返しがななめにどこまでも射すように照らす、雲は薄く浮かんでほぼ同じとこおに浮いていて帰らない。

江虹明遠飲,峽雨落餘飛。

三峡の大江にかかった虹は、はっきりとして遠く水を飲もうとしているようだ、峡谷に降る雨パラパラ落ちたり固まって飛ばされたりしている。

鳧雁終高去,熊羆覺自肥。

晴れ間になると鳬や雁は喜んで高く飛び去ってゆく、クマとヒグマは、ひとりでに肥えてしまった感がある。

秋分客尚在,竹露夕微微。
秋分の季節になった自分はまだここにいて床に伏している、夕日に光る竹の葉に露がポタンピタンとしたたる。

 

(晚晴)

返照 斜にして初めて徹し,浮雲 薄くして未だ歸らず。

江虹 明らかに遠く飲む,峽雨 落餘に飛ぶ。

鳧雁 終に高く去る,熊羆 自ら肥ゆるを覺ゆ。

秋分 客 尚お在り,竹露 夕に微微たり。

 

『晚晴』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

晚晴

返照斜初徹,浮雲薄未歸。

江虹明遠飲,峽雨落餘飛。

鳧雁終高去,熊羆覺自肥。

秋分客尚在,竹露夕微微。
晚晴(含異文)

返照斜初徹【返照斜初散】【晚照斜初徹】【晚照斜初散】,浮雲薄未歸。

江虹明遠飲【江虹明近飲】,峽雨落餘飛。

鳧雁終高去【鳧鶴終高去】,熊羆覺自肥。

秋分客尚在,竹露夕微微【竹露久微微】。


(下し文)
(晚晴)

返照 斜にして初めて徹し,浮雲 薄くして未だ歸らず。

江虹 明らかに遠く飲む,峽雨 落餘に飛ぶ。

鳧雁 終に高く去る,熊羆 自ら肥ゆるを覺ゆ。

秋分 客 尚お在り,竹露 夕に微微たり。

(現代語訳)
(ずっと降っていた日の天が晴れた夕方に陽の日差しがどこまで射すように照らすのを詠う。)

夕日の照り返しがななめにどこまでも射すように照らす、雲は薄く浮かんでほぼ同じとこおに浮いていて帰らない。

三峡の大江にかかった虹は、はっきりとして遠く水を飲もうとしているようだ、峡谷に降る雨パラパラ落ちたり固まって飛ばされたりしている。

晴れ間になると鳬や雁は喜んで高く飛び去ってゆく、クマとヒグマは、ひとりでに肥えてしまった感がある。

秋分の季節になった自分はまだここにいて床に伏している、夕日に光る竹の葉に露がポタンピタンとしたたる。


(訳注)

晚晴

(ずっと降っていた日の天が晴れた夕方に陽の日差しがどこまで射すように照らすのを詠う。)

766年大暦元年55の時の作品、この年-148首目。

 

返照斜初徹,浮雲薄未歸。

夕日の照り返しがななめにどこまでも射すように照らす、雲は薄く浮かんでほぼ同じとこおに浮いていて帰らない。

返照 夕日の照り返し。

斜初徹 夕陽の日差しがどこまで射すように照らすこと。

浮雲 ぽっかり浮かんだ雲、浮浪雲、漂泊の自分と重なる雲。

薄未歸 帰るところが分からない雲、ほぼ同じとこおに浮いていて帰らない雲。

 

江虹明遠飲,峽雨落餘飛。

三峡の大江にかかった虹は、はっきりとして遠く水を飲もうとしているようだ、峡谷に降る雨パラパラ落ちたり固まって飛ばされたりしている。

明遠飲 西からのひゅうひに照らされ、長江を飲み込むようににじがかかっていることをいう。はっきりとして遠く水を飲もうとしているようだ。

峽雨 風の通り道同士で、ぶっつかりあう峡谷の雨。

落餘飛 風によって塊になったり、散らばったり、ぶつかったり、吹き上げられて飛ぶ。

 

鳧雁終高去,熊羆覺自肥。

晴れ間になると鳬や雁は喜んで高く飛び去ってゆく、クマとヒグマは、ひとりでに肥えてしまった感がある。

高去 晴れ間になると喜んで高く飛び去ってゆくこと。

熊羆 冬眠の準備をしたクマとヒグマ。

覺自肥 冬眠のためにこの時期のクマやヒグマは最大に肥える。

 

秋分客尚在,竹露夕微微。

秋分の季節になった自分はまだここにいて床に伏している、夕日に光る竹の葉に露がポタンピタンとしたたる。

秋分 二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。

客尚在 杜甫自身旅客者として、なお、療養滞在していること。

766年-147杜甫 《1709夜【秋夜客舍】》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-147 <1019> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6775

杜甫  夜【秋夜客舍】

露下天高秋水清,空山獨夜旅魂驚。

疏燈自照孤帆宿,新月猶懸雙杵鳴。

南菊再逢人臥病,北書不至雁無情。

步蟾倚杖看牛斗,銀漢遙應接鳳城。

(夜寝付けないために遊歩して、秋夜の景色を見て、その感を詠ったもの)

天高く清清しく、水清き秋。夜露は下る、この時、寂しい山で、ただ一人いると旅の心に驚かせられる。長江には一つの帆かけ船が宿泊していて、燈火が水面にそれ自体のまばらな光を照らす、空には、まだ新月がかかっており、井戸端には二人並んで衣の砧の音を鳴らしている。自分は持病が悪化したので、二度もこの南の地で咲く菊の花に出逢うことになったのであり、その間には北方の故郷からの手紙も全くこちらに届かないのは雁には心がないからだ。歩廊のあたりで、杖に寄りかかって牽牛星と南斗の星を見ると、銀河が北の長安の方に流れていて、それはまさしく丹鳳城に向かって続いてつながっているのだろう。

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  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
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杜甫詩1500-1019-1517/2500

年:766年大暦元年55-147

卷別:    卷二三○              文體:    七言律詩

詩題:    夜【秋夜客舍】

作地點:              奉節(山南東道 / 夔州 / 奉節)

及地點:              長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都      

 

 

夜【秋夜客舍】

露下天高秋水清,空山獨夜旅魂驚。

疏燈自照孤帆宿,新月猶懸雙杵鳴。

南菊再逢人臥病,北書不至雁無情。

步蟾倚杖看牛斗,銀漢遙應接鳳城。

(夜寝付けないために遊歩して、秋夜の景色を見て、その感を詠ったもの)

天高く清清しく、水清き秋。夜露は下る、この時、寂しい山で、ただ一人いると旅の心に驚かせられる。

長江には一つの帆かけ船が宿泊していて、燈火が水面にそれ自体のまばらな光を照らす、空には、まだ新月がかかっており、井戸端には二人並んで衣の砧の音を鳴らしている。

自分は持病が悪化したので、二度もこの南の地で咲く菊の花に出逢うことになったのであり、その間には北方の故郷からの手紙も全くこちらに届かないのは雁には心がないからだ。

歩廊のあたりで、杖に寄りかかって牽牛星と南斗の星を見ると、銀河が北の長安の方に流れていて、それはまさしく丹鳳城に向かって続いてつながっているのだろう。

 

夜【秋夜客舍】

露下り 天高くして 秋水清し,空山 獨夜 旅魂驚く。

疏燈 自ら照して 孤帆宿す,新月 猶お懸りて雙杵鳴る。

南菊 再び逢い 人 病いに臥し,北書 至らず 雁 無情。

步蟾 杖に倚り牛斗を看る,銀漢 遙に應に鳳城に接すなる。

 

『夜』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

夜【秋夜客舍】

露下天高秋水清,空山獨夜旅魂驚。

疏燈自照孤帆宿,新月猶懸雙杵鳴。

南菊再逢人臥病,北書不至雁無情。

步蟾倚杖看牛斗,銀漢遙應接鳳城。
夜【秋夜客舍】(含異文) 露下天高秋水清【露下天高秋氣清】【露下空山秋水清】【露下空山秋氣清】,空山獨夜旅魂驚。疏燈自照孤帆宿,新月猶懸雙杵鳴。南菊再逢人臥病【南國再逢人臥病】,北書不至雁無情【北書不到雁無情】。步蟾倚杖看牛斗【步簷倚杖看牛斗】,銀漢遙應接鳳城。
(下し文)
夜【秋夜客舍】

露下り 天高くして 秋水清し,空山 獨夜 旅魂驚く。

疏燈 自ら照して 孤帆宿す,新月 猶お懸りて雙杵鳴る。

南菊 再び逢い 人 病いに臥し,北書 至らず 雁 無情。

步蟾 杖に倚り牛斗を看る,銀漢 遙に應に鳳城に接すなる。


(現代語訳)
(夜寝付けないために遊歩して、秋夜の景色を見て、その感を詠ったもの)

天高く清清しく、水清き秋。夜露は下る、この時、寂しい山で、ただ一人いると旅の心に驚かせられる。

長江には一つの帆かけ船が宿泊していて、燈火が水面にそれ自体のまばらな光を照らす、空には、まだ新月がかかっており、井戸端には二人並んで衣の砧の音を鳴らしている。

自分は持病が悪化したので、二度もこの南の地で咲く菊の花に出逢うことになったのであり、その間には北方の故郷からの手紙も全くこちらに届かないのは雁には心がないからだ。

歩廊のあたりで、杖に寄りかかって牽牛星と南斗の星を見ると、銀河が北の長安の方に流れていて、それはまさしく丹鳳城に向かって続いてつながっているのだろう。


(訳注)

【秋夜客舍】

杜甫はこのころ生活習慣病であろう、(夜寝付けないために遊歩して、秋夜の景色を見て、その感を詠ったもの)

766年大暦元年55-147首目の作品。

 

露下天高秋水清,空山獨夜旅魂驚。

天高く清清しく、水清き秋。夜露は下る、この時、寂しい山で、ただ一人いると旅の心に驚かせられる。

 

疏燈自照孤帆宿,新月猶懸雙杵鳴。

長江には一つの帆かけ船が宿泊していて、燈火が水面にそれ自体のまばらな光を照らす、空には、まだ新月がかかっており、井戸端には二人並んで衣の砧の音を鳴らしている。

疏燈 長江に浮かぶ停泊中の船の明かりが瞬くこと。

自照 水面に浮かぶ明かりではなく、船自身が照らしている明かり。

孤帆宿 孤舟でありそれが帆船であること。

新月 新月 には美しい浄化のエネルギーに満ちあふれており、何かを始めるのには最適な時刻だと感じて作った作である。初月(はつづき、しょげつ). 三日月。陰暦3日(ごろ)の、月で最初に見え始める月。特に、陰暦8月の初月。唐朝の中興も未だ力微に、群盗の勢いなお盛んなることを暗示する。この詩の「新月」はこの夜、昇った月ではない。秦州における杜甫の五言律詩『初』「光細弦欲上,影斜輪未安。微升古塞外,已隱暮雲端。河漢不改色,關山空自寒。庭前有白露,暗滿菊花團。」秦州抒情詩(8)  初月 杜甫 <293に“「八月三日の月」初月、三日月は、その光が細くこの日その弦形の尖端をうわむきにしている、しかしその影の部分は半円形の底辺のあたりはおちつかぬさまだ。三日月の影の部分が広がって満月になるエネルギー、そのことは自分の夢、希望を満たすことであり、それが自分とその家族の安寧、安定、おちつきにつながる輪、満月の満足までにはなっていない。”この『初月』に基づいている。

猶懸 朔部分だけに月が夜空にある。三日月になるまでの数日のことをいう。

雙杵鳴 

  《卷七70 擣衣》「亦知戍不返,秋至拭清砧。已近苦寒月,況經長別心。寧辭擣衣倦,一寄塞垣深。用盡閨中力,君聽空外音。」

搗衣(擣衣) 杜甫 <295> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1352 杜甫詩 700- 415

 

南菊再逢人臥病,北書不至雁無情。

自分は持病が悪化したので、二度もこの南の地で咲く菊の花に出逢うことになったのであり、その間には北方の故郷からの手紙も全くこちらに届かないのは雁には心がないからだ。

南菊再逢 この南の地で咲く菊の花に二度目の出逢があったということ。

《卷一一44  九日奉寄嚴大夫》764

九日應愁思,經時冒險艱。不眠持漢歸,何路出巴山。

小驛香醪嫩,重巖細菊斑。遙知簇鞍馬,回首白雲間。

嚴武〈巴嶺答杜二見憶〉

臥向巴山落月時,兩千里夢相思。可但步兵偏愛酒,也知光祿最能詩。

江頭赤葉楓愁客,籬外黃花菊對誰?跋馬望君非一度,冷猿秋雁不勝悲。

《卷一四62 雲安九日鄭十八攜酒陪諸公宴》765

寒花開已盡,菊蕊獨盈枝。舊摘人頻異,輕香酒暫隨。

地偏初衣裌,山擁更登危。萬國皆戎馬,酣歌淚欲垂。

765年永泰元年54-51 《雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴》 杜甫index-15 杜甫<851 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4990

人臥病 自分は持病が悪化したので旅を続けるのは無理で、養生すること。

北書不至 その間には北方の故郷からの手紙も全くこちらに届かないことを言う。

雁無情 雁書は心込めて贈るということではなく、受け取る側から雁に心を伝えようまないこと。雁書が届かない状況が、無常であるということ。手紙、書簡のこと。 その言われは前漢昭帝の時代、匈奴にとらわれのみとなった蘇武に関する故事による。

 

步蟾倚杖看牛斗,銀漢遙應接鳳城。

歩廊のあたりで、杖に寄りかかって牽牛星と南斗の星を見ると、銀河が北の長安の方に流れていて、それはまさしく丹鳳城に向かって続いてつながっているのだろう。

步蟾 カササギはアマの川を渡る橋となるが、天の川のほとりに、蟾蜍の歩廊があるとされる。

牛斗 牽牛星と南斗星、銀河はこの時期、真南の南斗星から真北に向かって流れている。

銀漢 あまのがわ。銀河・経河・河漢・銀漢・雲漢・星漢・天津・漢津等はみなその異名である。《季 秋》

詩経の大雅•棫樸、「倬彼雲漢、爲章于天。」小雅大東などに雲漢,銀河,天河がみえる。古詩十九首之十「迢迢牽牛星、皎皎河漢女。」、謝霊運(康楽) 『燕歌行』「誰知河漢淺且清,展轉思服悲明星。」、李商隠『燕臺詩四首 其二』 「直教銀漢堕懐中、未遣星妃鎭來去。」七夕伝説では、織女星と牽牛星を隔てて会えなくしている川が天の川である。二人は互いに恋しあっていたが、天帝に見咎められ、年に一度、七月七日の日のみ、天の川を渡って会うことになった。秦州抒情詩(7)  天河 杜甫 <292> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1343 杜甫詩 700- 412

鳳城 丹鳳城、長安城の皇城、大明宮をいう。皇城の丹庭、丹階、鳳凰が棲むとされたことでいう。長安城は、星座による儀礼の確立、方位、宇宙観によって築かれたものであるから、この詩の表現となる。

766年-146杜甫 《卷二二69遠遊》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-146 <1018> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6770

杜甫  遠遊

江闊浮高棟,雲長出斷山。塵沙連越風雨暗荊蠻。

雁矯銜蘆猿啼失木間。弊裘蘇季子,歷國未知還。

(遠くに遊ぶ、その感を詠う)

雲が長く連なって、それを断ち切るかのように切り立つ山が顕われ出ているが、その雲と山は、長江の流れを広くするなかに、高い棟木の影が水面に浮いている。

塵砂は越の地方まで連なるというし、風雨は荊蛮までは暗くなっている。

この時、雁は蘆を銜えながら用心して上に上がり、猿は啼くべきところの木から離れていて、まるで南の極地に離れている自分のようである。

疲弊した裘を着た、蘇秦ともいうべき自分は、今だに諸国をめぐり経て、故郷へ帰ることもできないでいる。

766-146杜甫 《卷二二69遠遊》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-146 <1018 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6770 

 

 
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杜甫詩1500-1018-1516/2500

年:766年大暦元年55-146 

卷別:    卷二三○              文體:    五言律詩

詩題:    遠遊

作地點:潭州(江南西道 / 潭州 / 潭州)

及地點:嶲州 (劍南道南部 嶲州 嶲州) 別名:越      

 

遠遊

(遠くに遊ぶ、その感を詠う)

江闊浮高棟,雲長出斷山。

雲が長く連なって、それを断ち切るかのように切り立つ山が顕われ出ているが、その雲と山は、長江の流れを広くするなかに、高い棟木の影が水面に浮いている。

塵沙連越風雨暗荊蠻。

塵砂は越の地方まで連なるというし、風雨は荊蛮までは暗くなっている。

雁矯銜蘆猿啼失木間。

この時、雁は蘆を銜えながら用心して上に上がり、猿は啼くべきところの木から離れていて、まるで南の極地に離れている自分のようである。

弊裘蘇季子,歷國未知還。

疲弊した裘を着た、蘇秦ともいうべき自分は、今だに諸国をめぐり経て、故郷へ帰ることもできないでいる。

 

(遠遊)

江 闊くして 高棟浮ぶ,雲 長くして 斷山出づ。

塵沙 越,風雨 荊蠻に暗し。

雁は矯る 銜蘆の,猿は啼く 失木の間。

弊裘 蘇季子,歷國 未だ還るを知らず。

 

『遠遊』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

遠遊

江闊浮高棟,雲長出斷山。

塵沙連越,風雨暗荊蠻。

雁矯銜蘆,猿啼失木間。

弊裘蘇季子,歷國未知還。
遠遊(含異文)

江闊浮高棟【江闊浮高凍】,雲長出斷山。塵沙連越,風雨暗荊蠻。雁矯銜蘆,猿啼失木間。弊裘蘇季子,歷國未知還。


(下し文)
(遠遊)

江 闊くして 高棟浮ぶ,雲 長くして 斷山出づ。

塵沙 越,風雨 荊蠻に暗し。

雁は矯る 銜蘆の,猿は啼く 失木の間。

弊裘 蘇季子,歷國 未だ還るを知らず。

(現代語訳)
(遠くに遊ぶ、その感を詠う)

雲が長く連なって、それを断ち切るかのように切り立つ山が顕われ出ているが、その雲と山は、長江の流れを広くするなかに、高い棟木の影が水面に浮いている。

塵砂は越の地方まで連なるというし、風雨は荊蛮までは暗くなっている。

この時、雁は蘆を銜えながら用心して上に上がり、猿は啼くべきところの木から離れていて、まるで南の極地に離れている自分のようである。

疲弊した裘を着た、蘇秦ともいうべき自分は、今だに諸国をめぐり経て、故郷へ帰ることもできないでいる。


(訳注)

遠遊

(遠くに遊ぶ、その感を詠う。)

766年大暦元年55-146 

 

江闊浮高棟,雲長出斷山。

雲が長く連なって、それを断ち切るかのように切り立つ山が顕われ出ているが、その雲と山は、長江の流れを広くするなかに、高い棟木の影が水面に浮いている。

江闊浮高棟 長江の川幅広い流れに、下句の「雲長出斷山」を寫しているのが高い棟木の影が水面に浮いているように見えるという意。この棟木を黄鶴楼としている説もあるがまちがいであろう。

雲長出斷山 高い棟木ような雲が、柱のような山でたちきられている

 

塵沙連越風雨暗荊蠻。

塵砂は越の地方まで連なるというし、風雨は荊蛮までは暗くなっている。

塵沙連越 成都の世情不安に嫌気して長江を下っても、世情不安で荊州を過ぎ、湖南まで行く楚安定しているということ意味する。・:越郡のことで、中國古郡名,漢武帝元鼎六年(公元前111年)邛都國を開いて置く。郡として治められ、邛都縣(今四川西昌市東南)とある。西漢後期に益州刺史部に隸屬した。

荊蠻 杜甫のいる夔州からして荊州は南の方向で、南蛮である。

 

雁矯銜蘆猿啼失木間。

この時、雁は蘆を銜えながら用心して上に上がり、猿は啼くべきところの木から離れていて、まるで南の極地に離れている自分のようである。

雁矯 雁は用心して上に上がっていくこと。

銜蘆 蘆を口に銜える。危険に備えつつする動作を言う。

失木間 猿が泣くべきところの木から離れることを言う。《淮南子》「猿狖失木,擒於狐狸,非其所也。」とある。杜甫自身、この場所が自分のいるべきところでないということをいう。

 

弊裘蘇季子,歷國未知還。

疲弊した裘を着た、蘇秦ともいうべき自分は、今だに諸国をめぐり経て、故郷へ帰ることもできないでいる。

弊裘蘇季子 諸子百家の一つ縦横家の一人である蘇秦が貂の裘を年がら年中着て疲弊していて、勉強したことと同じように机にむかっている。

1944搖落》

(搖落)

搖落巫山暮,寒江東北流。

搖落 巫山暮る,寒江 東北に流る。

煙塵多戰鼓,風浪少行舟。

煙塵 戰鼓多く,風浪 行舟少し。

鵝費羲之墨,貂餘季子裘。

鵝は費す 羲之の墨を,貂は餘す 季子の裘を。

長懷報明主,臥病復高秋。

長懷して 明主に報いん,臥病して 復た高秋なり。

 

766年-145杜甫 《1944搖落》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-145 <1017> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6765

杜甫  搖落   

搖落巫山暮,寒江東北流。煙塵多戰鼓,風浪少行舟。

鵝費羲之墨,貂餘季子裘。長懷報明主,臥病復高秋。
(木の葉が揺れ散り落ちる頃の感を詠う)

木の葉が揺れ散り落ちる頃に巫山の山々も暮れかかる、夕方の寒気は長江を蔽い、東北方向に流れてゆく。戦の煙塵がやまず世情は落ち着かず、戦鼓の音が多くしている、長江は風浪が起こって行く船は少ない。自分はというと王羲之が「鵞鳥欲しさに張りきって道徳経一巻を書きあげ」たというと同じように筆をとって詩を作り、諸子百家の一つ縦横家の一人である蘇秦が貂の裘を年がら年中着て勉強したことと同じように机にむかっている。そうした中で常日ごろから長期間にわたって思っているのは、明天子の御恩に報いることであるが、病で床に伏してしまって、また、天高い秋になってしまった。

 

766-145杜甫 1944搖落》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-145 <1017 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6765

 

 
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杜甫詩1500-1017-1515/2500

年:766年大暦元年55-145

卷別:    卷二三○              文體:    五言律詩

詩題:    搖落

作地點:              目前尚無資料

及地點:              巫山 (山南東道 夔州 巫山)              

 

 

搖落

(木の葉が揺れ散り落ちる頃の感を詠う)

搖落巫山暮,寒江東北流。

木の葉が揺れ散り落ちる頃に巫山の山々も暮れかかる、夕方の寒気は長江を蔽い、東北方向に流れてゆく。

煙塵多戰鼓,風浪少行舟。

戦の煙塵がやまず世情は落ち着かず、戦鼓の音が多くしている、長江は風浪が起こって行く船は少ない。

鵝費羲之墨,貂餘季子裘。

自分はというと王羲之が「鵞鳥欲しさに張りきって道徳経一巻を書きあげ」たというと同じように筆をとって詩を作り、諸子百家の一つ縦横家の一人である蘇秦が貂の裘を年がら年中着て勉強したことと同じように机にむかっている。

長懷報明主,臥病復高秋。

そうした中で常日ごろから長期間にわたって思っているのは、明天子の御恩に報いることであるが、病で床に伏してしまって、また、天高い秋になってしまった。

(搖落)

搖落 巫山暮る,寒江 東北に流る。

煙塵 戰鼓多く,風浪 行舟少し。

鵝は費す 羲之の墨を,貂は餘す 季子の裘を。

長懷して 明主に報いん,臥病して 復た高秋なり。
夔州東川卜居図詳細 002

 

『搖落』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

搖落

搖落巫山暮,寒江東北流。

煙塵多戰鼓,風浪少行舟。

鵝費羲之墨,貂餘季子裘。

長懷報明主,臥病復高秋。

(下し文)
(搖落)

搖落 巫山暮る,寒江 東北に流る。

煙塵 戰鼓多く,風浪 行舟少し。

鵝は費す 羲之の墨を,貂は餘す 季子の裘を。

長懷して 明主に報いん,臥病して 復た高秋なり。

(現代語訳)
(木の葉が揺れ散り落ちる頃の感を詠う)

木の葉が揺れ散り落ちる頃に巫山の山々も暮れかかる、夕方の寒気は長江を蔽い、東北方向に流れてゆく。

戦の煙塵がやまず世情は落ち着かず、戦鼓の音が多くしている、長江は風浪が起こって行く船は少ない。

自分はというと王羲之が「鵞鳥欲しさに張りきって道徳経一巻を書きあげ」たというと同じように筆をとって詩を作り、諸子百家の一つ縦横家の一人である蘇秦が貂の裘を年がら年中着て勉強したことと同じように机にむかっている。

そうした中で常日ごろから長期間にわたって思っているのは、明天子の御恩に報いることであるが、病で床に伏してしまって、また、天高い秋になってしまった。


(訳注)

搖落

(木の葉が揺れ散り落ちる頃の感を詠う)

766年大暦元年55の作-この年の145首目。

 

搖落巫山暮,寒江東北流。

木の葉が揺れ散り落ちる頃に巫山の山々も暮れかかる、夕方の寒気は長江を蔽い、東北方向に流れてゆく。

搖落 木の葉が揺れ散り落ちる頃をいう。

巫山 夔州から西日に照らされた巫山を見る。夔州からのぞむもっともたかいやまである。

 

煙塵多戰鼓,風浪少行舟。

戦の煙塵がやまず世情は落ち着かず、戦鼓の音が多くしている、長江は風浪が起こって行く船は少ない。

煙塵多戰鼓 765年永泰元年9月ウイグル、吐蕃が入寇し、その混乱に乗じ、同年10月崔旰、蜀全土を混乱させる反乱を起こす。

 

鵝費羲之墨,貂餘季子裘。

自分はというと王羲之が「鵞鳥欲しさに張りきって道徳経一巻を書きあげ」たというと同じように筆をとって詩を作り、諸子百家の一つ縦横家の一人である蘇秦が貂の裘を年がら年中着て勉強したことと同じように机にむかっている。

鵝費羲之墨 王羲之は鵞鳥を多く飼っている山の道観に案内され、道士に「一羽でもいいから譲って欲しい」と頼んだところ、道士はこの人が王羲之と知って、「老子の道徳経を書いて下さるなら、これらの鵞鳥を何羽でもあなたに差し上げます」と申した。彼は鵞鳥欲しさに張りきって道徳経一巻を書きあげ、それを持参して行って鵞鳥を貰い、ずっと可愛がったという。杜甫も筆を執って多くの詞を作って売文していた。

貂餘季子裘 蘇秦、諸子百家の一つ縦横家の一人。蘇秦が有名になるまで、貂の裘を着続けたことをいう。秦と対抗するために六国の合従策を主張し、六国の宰相を兼ねた。戦国策:蘇秦の名声は各国に及び、天下には対抗できるものもないほどになった。あるとき楚王に遊説しようと、故郷を通ることになった。それを知った父母は部屋をかたづけ、道を清め、楽隊を並べ、飲食の支度をして郊外三十里まで蘇秦を出迎えた。妻は目を伏せて蘇秦を見ることができず、兄嫁ははいつくばってにじり寄り、平謝りに昔のことを謝った。「姉上、昔は威張っていたのに、今はどうしたのですか」と問うと、兄嫁は「末っ子のあなたが今はお金持ちになったらですわ」と答えた。それを聞いた蘇秦は、「ああ、貧乏だと両親でさえ相手にしてくれない。金持ちになれば親戚まで恐れいる。この世に生まれたからには、地位や金銭はおそろかにできないものだ」と述べた。このことから「貧窮なれば、父母も子とせず」という言葉が生まれた。

 

長懷報明主,臥病復高秋。

そうした中で常日ごろから長期間にわたって思っているのは、明天子の御恩に報いることであるが、病で床に伏してしまって、また、天高い秋になってしまった。

長懷 常日ごろから長期間にわたって思いやる。

報明主 明天子の御恩に報いること。
瞿塘峡・白帝城・魚復

766年-144杜甫 《1809南極》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-144 <1016> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6760 

南極

南極青山,西江白穀分。古城疏落木,荒戍密寒雲。

月蛇常見,風飆虎或聞。近身皆鳥道,殊俗自人群。

睥睨登哀柝,矛弧照夕曛。亂離多醉尉,愁殺李將軍。
(南の端、夔州の風土の悪いことをのべている。)

極南のこの地方では青山がおびただしくある。長江の西辺では自谷の支流が分かれてそそいでいる。古っぽい白帝城のあたりでは葉が落ちて木立の影がまばらになり、荒れた軍の屯所には冬空の雲が濃く群がっている。ここは年がら年じゅう蛇が出ているし、風飆の音につれて虎の声も時には聞こえてくる。見え掛かりの身に近いところはみな烏の通う崖路であり、異様な風俗をみてはこれでも人間の群かと怪しまれるのである。女牆には哀れな拍子木をうつ者どもがのぼり、夕日のくらがりには旗が照らされつつある。乱世にあたっては酔いどれの尉官などが多くいて、これには漢のあの李将軍というべき軍の長官さえもなやまされるのである。

766-144杜甫 《1809南極》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-144 <1016> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6760 

 

 
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杜甫詩1500-1016-1514/2500

766年大暦元年55-144

卷別:    卷二三○              文體:    五言古詩

詩題:    南極

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:              白谷 (山南東道 夔州 巫山)              

 

南極

(南の端、夔州の風土の悪いことをのべている。)

南極青山,西江白穀分。

極南のこの地方では青山がおびただしくある。長江の西辺では白谷の支流が分かれてそそいでいる。

古城疏落木,荒戍密寒雲。

古っぽい白帝城のあたりでは葉が落ちて木立の影がまばらになり、荒れた軍の屯所には冬空の雲が濃く群がっている。

月蛇常見,風飆虎或聞。

ここは年がら年じゅう蛇が出ているし、風飆の音につれて虎の声も時には聞こえてくる。

近身皆鳥道,殊俗自人群。

見え掛かりの身に近いところはみな烏の通う崖路であり、異様な風俗をみてはこれでも人間の群かと怪しまれるのである。

睥睨登哀柝,矛弧照夕曛。

女牆には哀れな拍子木をうつ者どもがのぼり、夕日のくらがりには旗が照らされつつある。

亂離多醉尉,愁殺李將軍。
乱世にあたっては酔いどれの尉官などが多くいて、これには漢のあの李将軍というべき軍の長官さえもなやまされるのである。

 

南極

南極 青山眾し,西江 白穀分かる。

古城 落木疏に,荒戍 寒雲密なり。

月 蛇 常に見え,風飆 虎 或いは聞ゆ。

近身 皆 鳥道,殊俗 自ら人群。

睥睨に哀柝登る,矛弧 夕曛ぬ照らさるる。

亂離に醉尉多し,愁殺す 李將軍。

夔州東川卜居図詳細 002

 

『南極』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

南極

南極青山,西江白穀分。

古城疏落木,荒戍密寒雲。

月蛇常見,風飆虎或聞。

近身皆鳥道,殊俗自人群。

睥睨登哀柝,矛弧照夕曛。

亂離多醉尉,愁殺李將軍。

(下し文)
南極

南極 青山眾し,西江 白穀分かる。

古城 落木疏に,荒戍 寒雲密なり。

月 蛇 常に見え,風飆 虎 或いは聞ゆ。

近身 皆 鳥道,殊俗 自ら人群。

睥睨に哀柝登る,矛弧 夕曛ぬ照らさるる。

亂離に醉尉多し,愁殺す 李將軍。

(現代語訳)
(南の端、夔州の風土の悪いことをのべている。)

極南のこの地方では青山がおびただしくある。長江の西辺では自谷の支流が分かれてそそいでいる。

古っぽい白帝城のあたりでは葉が落ちて木立の影がまばらになり、荒れた軍の屯所には冬空の雲が濃く群がっている。

ここは年がら年じゅう蛇が出ているし、風飆の音につれて虎の声も時には聞こえてくる。

見え掛かりの身に近いところはみな烏の通う崖路であり、異様な風俗をみてはこれでも人間の群かと怪しまれるのである。

女牆には哀れな拍子木をうつ者どもがのぼり、夕日のくらがりには旗が照らされつつある。

乱世にあたっては酔いどれの尉官などが多くいて、これには漢のあの李将軍というべき軍の長官さえもなやまされるのである。


(訳注)

南極

(南の端、夔州の風土の悪いことをのべている。)

詩の起首の二字を切りとって題とする。

大暦元年        766   55歳 冬 夔州にあっての作。

 

南極青山,西江白穀分。

極南のこの地方では青山がおびただしくある。長江の西辺では白谷の支流が分かれてそそいでいる。

南極 南方のはてをいう、夔州は都よりみて極めて南の地なのでかくいった。

西江白谷分 西江は長江のこと、西とは作者の居処よりして西であることをいうのであろう。白谷は白帝城の谷、分とは江と分かれていることをいう、支流である白谷がそこで江に入るのである。杜臆にこの句を解して、「西江白谷二至リテ分力ル」といっているのは恐らくはあたらぬ、「白谷西江二重リテ分力ル」と解すべきである。

 

古城疏落木,荒戍密寒雲。

古っぽい白帝城のあたりでは葉が落ちて木立の影がまばらになり、荒れた軍の屯所には冬空の雲が濃く群がっている。

古城 白帝城をいうが、夔州城に対して言うのであろう。

落木 落葉する樹木。

 

月蛇常見,風飆虎或聞。

ここは年がら年じゅう蛇が出ているし、風飆の音につれて虎の声も時には聞こえてくる。

歳月 一歳一月、四時をとわぬことをいう。

 

近身皆鳥道,殊俗自人群。

見え掛かりの身に近いところはみな烏の通う崖路であり、異様な風俗をみてはこれでも人間の群かと怪しまれるのである。

鳥道 鳥の通うみち、険崖の傍にあることをいう。

殊俗 異なっている土俗。

人群 禽獣でないことをいう。

 

睥睨登哀柝,矛弧照夕曛。

女牆には哀れな拍子木をうつ者どもがのぼり、夕日のくらがりには旗が照らされつつある。

睥睨 城の女借をいう。

登哀柝 哀柝、拍子木を鳴らす者がのぼる。

矛弧 蝥弧は旗のこと、語は「左伝」(隠公十一年)「瑕叔盈又以蝥弧登,周麾而呼曰:「君登矣!」“瑕叔盈は蝥弧(軍旗)を持って城壁を登り「わが君は登られたぞ」と叫んだ。”に本づく。哀柝、蝥弧は城の戒厳のさまをいう。

 

亂離多醉尉,愁殺李將軍。
乱世にあたっては酔いどれの尉官などが多くいて、これには漢のあの李将軍というべき軍の長官さえもなやまされるのである。

酔尉 「史記」李広伝にいう、漢の将軍李広、屏きて藍田の南山の中に居り射猟す、嘗て夜出でて人に従いて飲み灞陵亭に還る、灞陵の尉酔いて広を呵し止む。広が従騎日く、故の李将軍なりと、尉日く、今の将軍だもなお夜行するを得ず、何ぞ乃ち「故」ならんと、広を止どめて亭下に宿せしむ、と。

李将軍 李広をいう。事は上にみえる。末二句は乱世にして騎更が将軍をも畏れぬことをいう。

 

 

南極

南極 青山眾し,西江 白穀分かる。

古城 落木疏に,荒戍 寒雲密なり。

月 蛇 常に見え,風飆 虎 或いは聞ゆ。

近身 皆 鳥道,殊俗 自ら人群。

睥睨に哀柝登る,矛弧 夕曛ぬ照らさるる。

亂離に醉尉多し,愁殺す 李將軍。

766年-143杜甫 《卷九35遣愁》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-143 <1015> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6755

杜甫  遣愁   

養拙蓬為,茫茫何所開。江通神女館,地隔望臺。

漸惜容顏老,無由弟妹來。兵戈與人事,回首一悲哀。
(夔州の客寓にいて、寂しさの中で、成都でつくった詩を改める。)

自分は持ち前の拙劣なところを養うために心の蓬の草を扉にしている、その戸を開けたらその前にどこかの茫々たる景色がひろがってみえてくる。最近では、長江の水の神女の館に通過し、その地は、いつも成都の望郷臺より眺めていた、遥かに隔てたところにある。(今ここにいるのは仮のもので、直にその地に行く。)自分の顔つきは年老いてきていて,まだ動けないから養生している自分がこの地にとどまっていることを惜しいこととおもっており、だからと言って弟や妹がこの地に来てくれること手立てはないのである。安史軍が殲滅されたこの段階においても、兵戎、戦は治まらず、朝廷内の宦官と合理主義者主導の結託したひどい人事、どっちに頭を回らしてみても、唯々、悲愁、悲哀を覚えるのみである。

766-143杜甫 《卷九35遣愁》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-143 <1015 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6755

 

 
  2015年10月13日 の紀頌之5つのBlog  
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李白328 巻二05-《烏夜啼》(黃雲城邊烏欲棲,) 328Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(9) <李白328> Ⅰ李白詩1641 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6753  
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 杜甫詩1500-1015-1513/2500

年:766年大暦元年55-143

卷別:    卷二三○               (卷九35(二)七五一)文體:  五言律詩

詩題:    遣愁

作地點:              成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

 

 

遣愁

(夔州の客寓にいて、寂しさの中で、成都でつくった詩を改める。)

養拙蓬為茫茫何所開。

自分は持ち前の拙劣なところを養うために心の蓬の草を扉にしている、その戸を開けたらその前にどこかの茫々たる景色がひろがってみえてくる。

江通神女館,地隔望臺。

最近では、長江の水の神女の館に通過し、その地は、いつも成都の望郷臺より眺めていた、遥かに隔てたところにある。(今ここにいるのは仮のもので、直にその地に行く。)

漸惜容顏老,無由弟妹來。

自分の顔つきは年老いてきていて,まだ動けないから養生している自分がこの地にとどまっていることを惜しいこととおもっており、だからと言って弟や妹がこの地に来てくれること手立てはないのである。

兵戈與人事,回首一悲哀。

安史軍が殲滅されたこの段階においても、兵戎、戦は治まらず、朝廷内の宦官と合理主義者主導の結託したひどい人事、どっちに頭を回らしてみても、唯々、悲愁、悲哀を覚えるのみである。

 

(愁を遣る)

拙を養いて 蓬を,茫茫たり 何の所にか開かん?

江は通ず 神女の館,地は隔つ 望臺。

漸く惜む 容顏の老ゆるを,弟妹の來たるに 由 無し

兵戈と人事とは,首を回らせども 一に悲哀なり。

 

安史の乱当時の勢力図 

『遣愁』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

遣愁

養拙蓬為,茫茫何所開。

江通神女館,地隔望臺。

漸惜容顏老,無由弟妹來。

兵戈與人事,回首一悲哀。

(下し文)
(愁を遣る)

拙を養いて 蓬をと為し,茫茫たり 何の所にか開かん?

江は通ず 神女の館,地は隔つ 望臺。

漸く惜む 容顏の老ゆるを,弟妹の來たるに 由 無し。

兵戈と人事とは,首を回らせども 一に悲哀なり。

(現代語訳)
(夔州の客寓にいて、寂しさの中で、成都でつくった詩を改める。)

自分は持ち前の拙劣なところを養うために心の蓬の草を扉にしている、その戸を開けたらその前にどこかの茫々たる景色がひろがってみえてくる。

最近では、長江の水の神女の館に通過し、その地は、いつも成都の望郷臺より眺めていた、遥かに隔てたところにある。(今ここにいるのは仮のもので、直にその地に行く。)

自分の顔つきは年老いてきていて,まだ動けないから養生している自分がこの地にとどまっていることを惜しいこととおもっており、だからと言って弟や妹がこの地に来てくれること手立てはないのである。

安史軍が殲滅されたこの段階においても、兵戎、戦は治まらず、朝廷内の宦官と合理主義者主導の結託したひどい人事、どっちに頭を回らしてみても、唯々、悲愁、悲哀を覚えるのみである。

瞿塘峡・白帝城・魚復
(訳注)

遣愁

(夔州の客寓にいて、寂しさの中で、成都でつくった詩を改める。)

 

養拙蓬為茫茫何所開。

自分は持ち前の拙劣なところを養うために心の蓬の草を扉にしている、その戸を開けたらその前にどこかの茫々たる景色がひろがってみえてくる。

養拙 自分は持ち前の拙劣なところを養うことをいう。

蓬為 蓬は粗末なもの、蓬は轉蓬する杜甫自身であり、蓬の扉は、隠遁した自身の心の扉である。

茫茫 広々としてはっきりしないもの。

何所開 その戸を開けたらその前にどこかの茫々たる景色がひろがってみえてくる、というほどの意。

 

江通神女館,地隔望臺。

最近では、長江の水の神女の館に通過し、その地は、いつも成都の望郷臺より眺めていた、遥かに隔てたところにある。(今ここにいるのは仮のもので、直にその地に行く。)

江通 長江を通過してゆくこと。

神女館 巫山の神女の廟をいう。廟は夔州府巫山縣西北二百五十歩にあったとされる。

地隔 成都望郷臺から離れたところにあるが、当然、夔州の地からも離れたところにある。

臺 夔州からは遠望することができないので、成都の高台、望郷臺から見たことを言う。

 

漸惜容顏老,無由弟妹來。

自分の顔つきは年老いてきていて,まだ動けないから養生している自分がこの地にとどまっていることを惜しいこととおもっており、だからと言って弟や妹がこの地に来てくれること手立てはないのである。

 

兵戈與人事,回首一悲哀。

安史軍が殲滅されたこの段階においても、兵戎、戦は治まらず、朝廷内の宦官と合理主義者主導の結託したひどい人事、どっちに頭を回らしてみても、唯々、悲愁、悲哀を覚えるのみである。

○兵戈與人事 杜甫が華州で官を辞した時点と何ら好転していないこと。朝廷内の施政、人事について、儒者を徹底的に排除し、道教と宦官の結託、経済合理主義の場当たり的な、賀蘭進明・第五琦グループと宦官らとの癒着、のために、正しい方向になかった。杜甫らは、「徳」による施政、質素倹約による経済の立て直し、住民施政を改革して生産性の向上など長期的に唐朝再建を訴えていた儒者グループはほとんど圧迫されていたことを言う。

●杜甫と房琯関連、参照。

757年至徳二載 《乾元元年華州試進士策問五首 (23) 全体》 杜甫<1509-T 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4340 杜甫詩1500/2500

756年至徳元から二載 《杜甫と房琯房琯関連 1-(1) 杜甫index-5 756年房琯関連 1-(1) 杜甫<1601-1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4345 杜甫詩1500-1601-1-1040/2500

757年至徳二載 《杜甫と房琯 房琯関連 1-(2) 杜甫index-5 756年 房琯関連 1-(2) 杜甫<1601-2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4350 杜甫詩1500-1601-2-1041/2500

757年至徳二載 《杜甫と房琯房琯関連 1-(3) 杜甫index-14 764年房琯関連 1-(3) 杜甫<1601-3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4355 杜甫詩1500-1601-3-1042/2500

廣徳元年763 《祭故相國清河房公文-(13) 杜甫index-13 763年 杜甫<1501-13 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4215 杜甫詩1500-1501-13-1014/2500

758年至徳二載 《奉謝口敕放三司推問狀 房琯関連 1-(9) 杜甫index-14 764 房琯関連 1-(9) 杜甫<1502-9 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4385 杜甫詩1500-1502-9-1048/2500

 

 

●元結の《舂陵行》《賊退示官吏》と比興手法

元結 《舂陵行(并序)-#7》【7分割】 <杜甫詩1939同元使君舂陵行>関連 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6075

元結 《賊退示官吏(并序)》【4分割】 <杜甫詩1939同元使君舂陵行>関連 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6095

杜甫 《1939同元使君舂陵行》 杜甫詩index-15- <916-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6045

夔州東川卜居図詳細 002

766年-142杜甫 《1704中宵》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-142 <1014> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6750

杜甫  中宵   

西閣百尋餘,中宵步綺疏。飛星過水白,落月動沙虛。

擇木知幽鳥,潛波想巨魚。親朋滿天地,兵甲少來書。

(その夜、眠れず夜半に西閣を歩いて感をのべた詩。)

西閣は百尋あまりの高さの処にある、眠れないから、夜半に高閣のすかし彫りにした窓のあたりをぶらついてみる。

空を見上げると流星が落ちて過ぎると水面に白く見え、落ちかかる月の光が、空虚にみえる沙原にさしている

月明りは木深く棲む鳥がどの樹にとまろうかとまごついているのもわかるし、巨大な魚もはやこっそり波間に影をひそめたことと想像される。

こうした折、自分の親戚朋友は天地に満ちるほどいるけれど、長い間の兵乱があるためにどこからも来る手紙はほんとに少ない。

 

766-142杜甫 1704中宵》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-142 <1014 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6750

 

 
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杜甫詩1500-1014-1512/2500

年:766年大暦元年55-142

卷別:    卷二三○              文體:    五言律詩

詩題:    中宵

作地點:              奉節(山南東道 / 夔州 / 奉節)

及地點:              西閣 (山南東道 夔州 奉節)         

中宵

(その夜、眠れず夜半に西閣を歩いて感をのべた詩。)

西閣百尋餘,中宵步綺疏。

西閣は百尋あまりの高さの処にある、眠れないから、夜半に高閣のすかし彫りにした窓のあたりをぶらついてみる。

飛星過水白,落月動沙虛。

空を見上げると流星が落ちて過ぎると水面に白く見え、落ちかかる月の光が、空虚にみえる沙原にさしている.

擇木知幽鳥,潛波想巨魚。

月明りは木深く棲む鳥がどの樹にとまろうかとまごついているのもわかるし、巨大な魚もはやこっそり波間に影をひそめたことと想像される。

親朋滿天地,兵甲少來書。

こうした折、自分の親戚朋友は天地に満ちるほどいるけれど、長い間の兵乱があるためにどこからも来る手紙はほんとに少ない。

 

(中 宵)

西閣は百尋に余る、中宵 綺疏に歩す。

飛星 過ぎて水白く、落月 動きて沙 虚し。

擇木 幽鳥を知る、潜波 巨魚を想う。

親朋は 天地に滿つ,兵甲に 來書少し。

 

瞿塘峡・白帝城・魚復 

『中宵』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

中宵

西閣百尋餘,中宵步綺疏。

飛星過水白,落月動沙虛。

擇木知幽鳥,潛波想巨魚。

親朋滿天地,兵甲少來書。

(下し文)
(中 宵)

西閣は百尋に余る、中宵 綺疏に歩す。

飛星 過ぎて水白く、落月 動きて沙 虚し。

擇木 幽鳥を知る、潜波 巨魚を想う。

親朋は 天地に滿つ,兵甲に 來書少し。


(現代語訳)
(その夜、眠れず夜半に西閣を歩いて感をのべた詩。)

西閣は百尋あまりの高さの処にある、眠れないから、夜半に高閣のすかし彫りにした窓のあたりをぶらついてみる。

空を見上げると流星が落ちて過ぎると水面に白く見え、落ちかかる月の光が、空虚にみえる沙原にさしている

月明りは木深く棲む鳥がどの樹にとまろうかとまごついているのもわかるし、巨大な魚もはやこっそり波間に影をひそめたことと想像される。

こうした折、自分の親戚朋友は天地に満ちるほどいるけれど、長い間の兵乱があるためにどこからも来る手紙はほんとに少ない。


(訳注)

中宵

(その夜、眠れず夜半に西閣を歩いて感をのべた詩。)766年大暦元年55夔州にあって-142首目の作。

○中宵 よなか。夜半。中夜。黄昏以後をいう。

 

西閣百尋餘,中宵步綺疏。

西閣は百尋あまりの高さの処にある、眠れないから、夜半に高閣のすかし彫りにした窓のあたりをぶらついてみる。

○西閣 夔州寓居の西閣。

〇百尋 尋は八尺。180

○椅疏 あやぎぬの如くすかし彫りにした格子窓。

 

飛星過水白,落月動沙虛。

空を見上げると流星が落ちて過ぎると水面に白く見え、落ちかかる月の光が、空虚にみえる沙原にさしている

飛星過水白,落月動沙虛 上三字下二字の句としてみるのがよい、飛星過とは流星が水面におちてすぎることをいう。

落月動 落ちかかる月の光が照り沿うことをいう。

沙虚 虚とは誰も見えない沙面の広く横たわるさまをいう。

 

擇木知幽鳥,潛波想巨魚。

月明りは木深く棲む鳥がどの樹にとまろうかとまごついているのもわかるし、巨大な魚もはやこっそり波間に影をひそめたことと想像される。

擇木知幽鳥,潛波想巨魚 暗に自己をたとえる。

 

親朋滿天地,兵甲少來書。

こうした折、自分の親戚朋友は天地に満ちるほどいるけれど、長い間の兵乱があるためにどこからも来る手紙はほんとに少ない。

滿天地 多くあることをいう。

兵甲 乱をいう。

来書 こちらへくるてがみ。

 

(中 宵)

西閣は百尋に余る、中宵 綺疏に歩す。

飛星 過ぎて水白く、落月 動きて沙 虚し。

擇木 幽鳥を知る、潜波 巨魚を想う。

親朋は 天地に滿つ,兵甲に 來書少し。
安史の乱当時の勢力図

766年-141杜甫 《1708月圓》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-141 <1013> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6745

杜甫  月圓   

孤月當樓滿,寒江動夜扉。委波金不定,照席綺逾依。

未缺空山靜,高懸列宿稀。故園松桂發,萬里共清輝。

(西閣にいて満月の圓きを見て詠んだもの

西閣の高殿の真上にあたって、ただ一つの月が円満に出ており、秋の夜の寒気の中の長江に映し、水面に映る月の光がうごき、それが夜には締める扉に映って動いている。月の光が波のまにまに任せて揺れ、金の波がゆらゆら揺れるが、金波は水上に安定しない、同じ月光が席を照らし、宴席に綾衣がかけられていて、そこに同じ月光に照らされ、それらが合わさっていよいよ満月の夜の興を深める。今宵の月は一分も欠けることなく、寂しい山は静まり返っている、空高くかかって星宿が並んでいるのも月が明るくて稀に見える。今頃、故郷長安では、桂の花が開いている頃であるが、万里を隔てても、この満月の清らかな輝きを浴びていることだろう。

766-141杜甫 1708月圓》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-141 <1013 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6745

 

 
  2015年10月11日 の紀頌之5つのBlog  
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  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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韓愈93-#1《 巻二14陪杜侍御遊湘西兩寺,獨宿有題一首,因獻楊常侍》 #1 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1552> Ⅱ#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6744  
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杜甫詩1500-1013-1511/2500

月圓

(西閣にいて満月の圓きを見て詠んだもの

孤月當樓滿,寒江動夜扉。

西閣の高殿の真上にあたって、ただ一つの月が円満に出ており、秋の夜の寒気の中の長江に映し、水面に映る月の光がうごき、それが夜には締める扉に映って動いている。

委波金不定,照席綺逾依。

月の光が波のまにまに任せて揺れ、金の波がゆらゆら揺れるが、金波は水上に安定しない、同じ月光が席を照らし、宴席に綾衣がかけられていて、そこに同じ月光に照らされ、それらが合わさっていよいよ満月の夜の興を深める。

未缺空山靜,高懸列宿稀。

今宵の月は一分も欠けることなく、寂しい山は静まり返っている、空高くかかって星宿が並んでいるのも月が明るくて稀に見える。

故園松桂發,萬里共清輝。

今頃、故郷長安では、桂の花が開いている頃であるが、万里を隔てても、この満月の清らかな輝きを浴びていることだろう。

(月圓)

孤月 樓に當って滿ち,寒江 夜扉に動く。

波に委して 金 定らず,席を照らして 綺 逾々よ依る。

未だ缺けず 空山 靜かに,高く懸りて 列宿 稀なり。

故園 松桂 發かん,萬里 共に清輝。

 

『月圓』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

月圓

孤月當樓滿,寒江動夜扉。

委波金不定,照席綺逾依。

未缺空山靜,高懸列宿稀。

故園松桂發,萬里共清輝。


月圓(卷一七(四)一四六六)

孤月當樓滿,寒江動夜扉。

委波金不定,照席綺逾依。

未缺空山靜,高懸列宿稀。

故園松桂(一作菊)發,萬里共清輝。


(下し文)
(月圓)

孤月 樓に當って滿ち,寒江 夜扉に動く。

波に委して 金 定らず,席を照らして 綺 逾々よ依る。

未だ缺けず 空山 靜かに,高く懸りて 列宿 稀なり。

故園 松桂 發かん,萬里 共に清輝。

(現代語訳)
(西閣にいて満月の圓きを見て詠んだもの

西閣の高殿の真上にあたって、ただ一つの月が円満に出ており、秋の夜の寒気の中の長江に映し、水面に映る月の光がうごき、それが夜には締める扉に映って動いている。

月の光が波のまにまに任せて揺れ、金の波がゆらゆら揺れるが、金波は水上に安定しない、同じ月光が席を照らし、宴席に綾衣がかけられていて、そこに同じ月光に照らされ、それらが合わさっていよいよ満月の夜の興を深める。

今宵の月は一分も欠けることなく、寂しい山は静まり返っている、空高くかかって星宿が並んでいるのも月が明るくて稀に見える。

今頃、故郷長安では、桂の花が開いている頃であるが、万里を隔てても、この満月の清らかな輝きを浴びていることだろう。


(訳注)

月圓

(西閣にいて満月の圓きを見て詠んだもの

西閣所作。謝靈運《登歸瀨三瀑布望兩溪》「 我行乘日垂,放舟候月圓。」

 

孤月當樓滿,寒江動夜扉。

西閣の高殿の真上にあたって、ただ一つの月が円満に出ており、秋の夜の寒気の中の長江に映し、水面に映る月の光がうごき、それが夜には締める扉に映って動いている。

當樓滿 滿は月光の円満なるを言う。西閣の高楼にかかっている満月。

寒江 秋の夜の寒気の中の長江。

動夜扉 動くのは水面に映る月の光であり、それが夜には締める扉に映って動いている。

 

委波金不定,照席綺逾依。

月の光が波のまにまに任せて揺れ、金の波がゆらゆら揺れるが、金波は水上に安定しない、同じ月光が席を照らし、宴席に綾衣がかけられていて、そこに同じ月光に照らされ、それらが合わさっていよいよ満月の夜の興を深める。

委波 月の光が波のまにまに任せて揺れている。

金不定 金の波がゆらゆら揺れて、金波が水上に安定しない様子を言う。

照席 同じ月光が席を照らす。

綺逾依 宴席に綾衣がかけられていて、そこに同じ月光に照らされ、それらが合わさっていよいよ満月の夜の興を深める。

 

未缺空山靜,高懸列宿稀。

今宵の月は一分も欠けることなく、寂しい山は静まり返っている、空高くかかって星宿が並んでいるのも月が明るくて稀に見える。

 

故園松桂發,萬里共清輝。

今頃、故郷長安では、桂の花が開いている頃であるが、万里を隔てても、この満月の清らかな輝きを浴びていることだろう。

故園 故郷長安をいう。

松桂 桂の花。

 花が開いている頃。

萬里 夔州と長安をへだつ距離を言う。

共清輝 長江に、宴席に、空山を照らす清らかな月光が、長安の大明宮の桂の花にもてらしている。

766年-140杜甫 《1705不寐》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-140 <1012> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6740

杜甫  不寐   

瞿唐夜水黑,城改更籌。翳翳月沉霧,輝輝星近樓。

氣衰甘少寐,心弱恨容愁。多壘滿山谷,桃源何處求。

(眠りにつけないときに思うことを述べたもの)瞿唐峽のあたりは夜の水の色は濃く、城内では漏刻の告げる声が幾度か変わった。暗く陰っている月は、霧の中へ沈んでいったし、頭上の星たちは、キラキラと光り、高殿の近くに輝いている。気力が衰えてくると、眠れなくなるのも平気なものであるが、愁いというものを容認してやり過ごす自分の心の弱さについては、恨めしく思われる。このあたりの山には、異民族との国境近くということもあって塞・防塁がいっぱいに設置されている、本来は、隠遁に適したところであるはずなのに、どこに行ったら桃源郷がもとめられるのであろうか。

766-140杜甫 1705不寐》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-140 <1012 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6740

 

 
  2015年10月10日 の紀頌之5つのBlog  
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  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
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杜甫詩1500-1012-1510/2500

年:766年大暦元年55-140

卷別: 卷二三○ (卷一七(5)一四六三) 文體: 五言律詩 

詩題:不寐

作地點:夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州) 

及地點:草閣(山南東道 夔州 夔州) 別名:江邊閣

巫州 (黔中道 巫州 巫州)  別名:黔陽  

 

 

不寐

(眠りにつけないときに思うことを述べたもの)

瞿唐夜水黑,城改更籌。

瞿唐峽のあたりは夜の水の色は濃く、城内では漏刻の告げる声が幾度か変わった。

翳翳月沉霧,輝輝星近樓。

暗く陰っている月は、霧の中へ沈んでいったし、頭上の星たちは、キラキラと光り、高殿の近くに輝いている。

氣衰甘少寐,心弱恨容愁。

気力が衰えてくると、眠れなくなるのも平気なものであるが、愁いというものを容認してやり過ごす自分の心の弱さについては、恨めしく思われる。

多壘滿山谷,桃源何處求。

このあたりの山には、異民族との国境近くということもあって塞・防塁がいっぱいに設置されている、本来は、隠遁に適したところであるはずなのに、どこに行ったら桃源郷がもとめられるのであろうか。

(不寐)

瞿唐 夜水黑く,城 更籌改まる。

翳翳として 月 霧に沉み,輝輝として 星 樓に近し。

氣 衰えて寐ぬること少きに甘んず,心 弱くして愁を容るるを恨む

多壘 山谷に滿つ,桃源 何の處にか求めん。

 

 

『不寐』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

不寐

瞿唐夜水黑,城改更籌。

翳翳月沉霧,輝輝星近樓。

氣衰甘少寐,心弱恨容愁。

多壘滿山谷,桃源何處求。
不寐

瞿唐夜水黑,城改更籌。

翳翳月沉霧,輝輝星近樓。

氣衰甘少寐,心弱恨容(黃氏作容,作和,一作知)愁。

多壘(陳作壘恨)滿山谷,桃源何(一作無)處求。


(下し文)
(不寐)

瞿唐 夜水黑く,城 更籌改まる。

翳翳として 月 霧に沉み,輝輝として 星 樓に近し。

氣 衰えて寐ぬること少きに甘んず,心 弱くして愁を容るるを恨む

多壘 山谷に滿つ,桃源 何の處にか求めん。


(現代語訳)
(眠りにつけないときに思うことを述べたもの)

瞿唐峽のあたりは夜の水の色は濃く、城内では漏刻の告げる声が幾度か変わった。

暗く陰っている月は、霧の中へ沈んでいったし、頭上の星たちは、キラキラと光り、高殿の近くに輝いている。

気力が衰えてくると、眠れなくなるのも平気なものであるが、愁いというものを容認してやり過ごす自分の心の弱さについては、恨めしく思われる。

このあたりの山には、異民族との国境近くということもあって塞・防塁がいっぱいに設置されている、本来は、隠遁に適したところであるはずなのに、どこに行ったら桃源郷がもとめられるのであろうか。


(訳注)

不寐

(眠りにつけないときに思うことを述べたもの)

 

瞿唐夜水黑,城改更籌。

瞿唐峽のあたりは夜の水の色は濃く、城内では漏刻の告げる声が幾度か変わった。

○瞿唐 中国の重慶市と湖北省の境界をなす巫山を長江(揚子江)が浸食して形成した大峡谷。重慶市奉節県の白帝城から湖北省宜昌市の南津関までで全長196km。その間が瞿唐(くとう)峡,巫(ぶ)峡,西陵峡の三つの峡谷に大別されることから,三峡と呼ばれる。山地の上昇運動に先行して下方浸食が営まれたことにより形成された。その中心部は花崗岩であるが,長江の流れが石灰岩層を貫くところでは両岸が迫り,川幅が100mに満たない地点もあり,断崖絶壁をなして水面から崖の上まで500mをこえる。

○城 夔州城郭内。

改更籌 漏刻のフロートによる時間のすすめが分かること。通常漏刻で時間を見て鹿野をついて時を知らせる。籌: 数をかぞえるのに用いた木の串(くし)。かずさし。かずとり。ここでは、杜甫は眠れないために、土岐の知らせをいちいち聞いていることを言い、夜長の時間経過を表現している。

 

翳翳月沉霧,輝輝星近樓。

暗く陰っている月は、霧の中へ沈んでいったし、頭上の星たちは、キラキラと光り、高殿の近くに輝いている。

翳翳 隠遁するにふさわしいような静けさのある暗く陰っているようす. 1.晦暗不明貌。 2.草木茂密成貌。隱約不明的樣子。文選·陶淵明·歸去來辭:「景翳翳以將入,撫孤松而盤桓。(景は翳翳として以て將に入らんとし、孤松を撫でて盤桓【ばんかん】す)

 

氣衰甘少寐,心弱恨容愁。

気力が衰えてくると、眠れなくなるのも平気なものであるが、愁いというものを容認してやり過ごす自分の心の弱さについては、恨めしく思われる。

容愁 気力が衰えてきて、自分の心が弱くなってしまい、愁いを受け容れてしまうこと。

 

多壘滿山谷,桃源何處求。

このあたりの山には、異民族との国境近くということもあって塞・防塁がいっぱいに設置されている、本来は、隠遁に適したところであるはずなのに、どこに行ったら桃源郷がもとめられるのであろうか。

多壘滿山谷 夔州城の守りのために、山の中に、防塁を築いていること。この地は温暖であるため本来なら、隠遁者が多くいるところであるはずが、そうした山中に防塁、戦のための要塞が築かれていて、隠遁者がいない。

桃源 武陵の桃源郷:世俗を離れた仙郷、別天地。理想郷、ユートピアと同意で、武陵桃源ともいう。中国、東晋(とうしん)の太元年中(376396)武陵の漁師が舟で川をさかのぼってモモの花が咲きにおう林に迷い込み、林の尽きる水源の奥の洞窟(どうくつ)を抜け出ると、そこには秦(しん)の戦乱を避けてこの地に隠れ住んだ人々が、漢・魏()・晋(しん)と数百年にわたって世の中の推移も知らず、平和な別天地での生活を営んでいた、と記す陶淵明(えんめい)の『桃花源記』による。

瞿塘峡・白帝城・魚復 

 

766年大暦元年55夔州、同時期の詩

 

1            卷一八 覆舟二首其一(頁一五九二)    巫峽盤渦曉,黔陽貢物秋。丹砂同隕石,翠羽共沉舟。羈使空斜影(一作景),    龍宮(一作居)閟積流。篙工幸不溺,俄頃逐輕鷗。

766年-133杜甫 《1835-1覆舟,二首之一》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-133 <1005 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6705

 

2            卷一八   覆舟二首 其二(頁一五九三)    竹宮時望拜,桂館或求仙。(女宅)女凌波日,神光照夜年。徒聞斬蛟劍,無復    爨犀船。使者隨秋色,迢迢獨上天。

766年-134杜甫 《1835-覆舟,二首之二》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-134 <1006 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6710

 

3            卷一七  垂白((四)一四六二)    垂白(一云白首)馮唐老,清秋宋玉悲。江喧長少睡,樓迥獨移時。多難身何補    ,無家病不辭。甘從千日醉,未許〈七哀〉詩。中宵(卷一七(四)一四六二)

766年-135杜甫 《1703垂白【白首】》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-135 <1007 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6715

 

4              草閣(卷一七(四)一四六八)    草閣臨無(王作蕪,非)地,柴扉永不關。魚龍迴夜水,星月動秋山。久(一作    夕)露晴(一作清)初濕,高雲薄未還。泛舟慚小婦,飄泊損紅顏。  宿江邊閣(卷一七(四)一四六九)

766年-136杜甫 《1710草閣》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-136 <1008 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6720

 

5             江月(卷一七(四)一四六五)    江育光於(一作如)水,高樓思殺人。天邊長作客,老去一霑巾。玉露清影,    銀河沒半輪。誰家挑錦字?燭滅(一作滅燭)翠眉顰(一作嚬)。月圓(卷一七(四)一四六六)

6              江上(卷一五(三)一三二八)    江上日多雨(一作病),蕭蕭荊楚秋。高風下木葉,永夜攬(一作絜)貂裘。勳    業頻看鏡,行藏讀倚樓。時危思報主,衰謝不能休。~t48fkx2l20;  雨晴(卷一五(三)一三三○)

7              中夜(卷一七(四)一四六○)    中夜江山靜,危樓望北辰。長為萬里客,有愧百年身。故國風雲氣,高堂戰伐塵    。胡雛負恩澤,嗟爾太平人。  垂白(卷一七(四)一四六二)

8            不寐(卷一七(四)一四六三)    瞿唐夜水黑,城改更籌。翳翳月沉霧,輝輝星近樓。氣衰甘少寐,心弱恨容(    黃氏作容,作和,一作知)愁。多壘(陳作壘恨)滿山谷,桃源何(一作無)    處求。

9            月圓(卷一七(四)一四六六)孤月當樓滿,寒江動夜扉。委波金不定,照席綺逾依。未缺空山靜,高懸列宿稀。故園松桂(一作菊)發,萬里共清輝。

10          中宵(卷一七(四)一四六二)西閣百尋餘,中霄步綺疏。飛星過水白,落月動沙(一作簷)虛。擇木知幽鳥,潛波想巨魚。親朋滿天地,兵甲少來書。

11          遣愁(卷九35(二)七五一)養拙蓬為,茫茫何所開?江通神女館,地隔望相臺。漸惜容顏老,無由弟妹來。兵戈與人事,回首一悲哀。

12          南極(卷一八(四)一五五六)南極青山眾(一作外,非),西江白谷分。古城疏落木,荒戍密寒雲。月蛇常見,風飆虎忽(一作或)聞。近身皆鳥道,殊俗自人群。睥睨登哀(木斥),蝥 (舊作矛,趙作蝥)胡弧照夕曛。亂離多醉尉,愁殺李將軍。

13          搖落(卷一九(四)一七二六)搖落巫山暮,寒江東北流。煙塵多戰鼓,風浪少行舟。鵝費羲之墨,貂餘季子裘。長懷報明主,臥病復高秋。

14          遠遊(卷二二69(五)一九九八)江闊浮高棟(晉作凍),雲長出斷山。塵沙連越,風雨暗荊蠻。雁矯銜蘆,猿啼失木間。敝裘蘇季子,歷國未知還。

15            夜(卷一七(四)一四六七)    露下天高秋水(一作氣)清,空山獨夜旅魂驚。疏燈自照孤帆宿,新月猶懸雙杵    鳴。南菊(一作國)再逢人臥病,北書不至(一作到)雁無情。步簷(一作蟾)    倚仗看牛斗,銀漢遙應接鳳城。

16            晚晴(卷一五(三)一三三二)    返(一作晚)照斜初徹(一作散),浮雲薄未歸。江虹明遠(一作近)飲,峽雨    落餘飛。鳧雁(一作鶴)終高去,熊羆覺自肥。秋分客尚在,竹露夕(一作久)    微微。~t48fkx2l20;

17            返照(卷一五(三)一三三六)    楚王宮北正黃昏,白帝城西過雨痕。返照入江翻石壁,歸雲擁樹失山村。衰年病    肺惟高枕,塞愁時早閉門。不可久留豺虎亂,南方實有未招魂。~t48fkx2l20;

18          (卷一五  熱三首  其一 (頁一三○○)雷霆空霹靂,雲雨竟虛無。炎赫衣流汗,低垂氣不蘇。乞為寒水玉,願作冷秋菰。何似兒童,風涼出舞雩。

19          (卷一五  熱三首其二(頁一三○○)瘴雲終不滅,瀘水復西來。閉人高臥,歸林鳥卻回。峽中都是火,江上只空(一作聞)雷。想見陰宮雪,風門颯沓(一作踏)開。

20          (卷一五  熱三首其三(頁一三○一)朱李沉不冷,凋胡(一作菰)炊履新。將衰骨盡病,被暍(一作褐,非)味空頻。欻翕炎蒸景,飄颻征戍(一作伐)人。十年可解甲,為爾一霑巾。

21            雨晴(卷一五(三)一三三○)    雨時(一作晴)山不改,晴罷峽如新。天路看殊俗,秋江思殺人。有猿揮淚盡,    無犬附(一作送)書頻。故國愁眉外,長歌欲損神。~t48fkx2l20;  雨不(卷一五(三)一三三○)

22            雨(卷一五(三)一三二三)    峽雲行清曉,煙霧相徘徊。風吹蒼江樹(朱子改作去,董作澍),雨灑石壁來。    淒涼生餘寒,殷殷兼出雷。白谷變氣候,朱炎安在哉?高鳥濕不下,居人門未開    。楚宮久已滅,幽珮為誰哀?侍臣書王夢,賦有冠古才。冥冥翠龍駕,多自巫山    臺。

766年-139杜甫 《1702中夜》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-139 <1011> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6735

杜甫  中夜   中夜江山靜,危樓望北辰。長為萬里客,有愧百年身。故國風雲氣,高堂戰伐塵。胡雛負恩澤,嗟爾太平人。

(夜中の感懐をのべた詩。)夜中に江も山も静まりかえっている、このとき自分は高い楼で北辰星のある方をながめる。自分はずいぶん長期にわたって、万里の客となっているし、どんなに長くても人生百年の寿命ではないか、それしかもたぬ身においてはずかしくおもう。世が乱れているため故国には風雲の気がみなぎり、富貴の華堂の家も戦伐の塵にまみれている。その「負の運気」の源をたずねるとあの混血の胡雛めが恩をわすれて叛乱をしたために、それが天下に蔓延したにほかならぬ、ああ、かつて「開元の治」という太平の世を知っている者にとってこの「負の運気」はまことに憐れむべきことである。
766-139杜甫 1702中夜》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-139 <1011 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6735

 

 
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雲安から夔州へ

 

 雲安を出立できたのは、ようやく永泰二(七六六)年の晩春であった。(この年の十一月に改元して大暦元年となった。よってここでは夔州期全体を便宜的に大暦の年号で通すことにする。)雲安を去る日の朝、ちょっとしたハプニングがあった。昨晩まで月夜だったのに、夜中から突然風混じりの激しい雨になったのだ。杜甫は春の嵐のような雨音を聞きながら、いよいよ旅立ちかと思うと、船上で一晩中眠れなかった。翌朝、雨は上がったものの、辺りはまだもやったままで、どこもかしこもしっとりと湿っている。王氏への挨拶もできないまま、船は一路夔州へ向けて漕ぎ出した(《1502船下夔州郭宿,雨不得上岸,別王十二判官》)。766年-69杜甫 《1502船下夔州郭宿,雨不得上岸,別王十二判官》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-69 <932 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6295

 

 雲安から夔州までは水路でほぼ百六十里なので''、杜甫の一家を乗せた船は、一両日のうちに到着したであろう。杜甫が到着した夔州は、新旧唐書の地理志によれば、山南道に属し、奉節県、雲安県、巫山県、大昌県の四県を領していた。さらに一時期は都督府(下)が置かれていたこともあり、三峡の小さな町に、夔州都督府、夔州、奉節県の三つの役所があったことになる''。政治的軍事的には一地方の重鎮であり、唐代にはそれ相応の人口もあり繁華でもあった。

 まず確認しておかなければならないのは、それらの役所の場所である。従来多く考えられてきたように、それは梅渓河(西瀼水)の西岸ではなかった。あとでも触れるが、いずれも今の子陽山(後掲の簡錦松氏によれば唐代の赤甲山)から白帝山方面にあった''。夔州に上陸した杜甫は、梅渓河西岸ではなく、赤甲山、白帝山方面にある役所で夔州入りの手続きを済ませた違いない。ここからいよいよ杜甫の夔州時代が始まる。

 ほとんどの編年系のテキストで夔州詩の最初に置かれているのは、《1501_移居夔州作》の詩である。766年-68杜甫 《1501移居夔州郭》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-68 <931-#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6290

夔州詩は、仇注本では巻十五から、巻二十一の真ん中まで、六巻半の分量である。夔州には七六六(大暦元)年の晩春から、七六八(大暦三)年正月の中頃まで滞在した。夔州に到着したのを仮に晩春の三月の真ん中だとして数えると、二十二ヶ月である。数えで杜甫の五十五歳から五十七歳までにあたる。

 足かけ三年、実質一年十ヶ月の夔州滞在ではあるが、この間に何度か居所を変えた。その詳細についてはあまり分かっていない。いろいろな意見が出されており、多いものでは、客堂→草閣(江辺閣)→西閣→赤甲→瀼西→東屯の六カ所を想定している人もいる''。そういう中で、一年目の客堂、草閣、赤甲への移居説はひとまず置くとしても、二年目晩春の瀼西と秋の東屯への移居はおおかたの一致するところである。

 杜甫が(西閣または赤甲から)瀼西へ引っ越したことは、いろいろな詩から総合的に判断できることであるが、より直接的には以下の詩からわかる。それは《1813_瀼西寒望》の詩に、瀼西への引っ越し計画を、

  「瞿唐春欲至、定卜瀼西居。」 

瞿唐には春に至らんと欲し、定(かなら)ず瀼西の居を卜さん。

766年-82杜甫 《1814瀼西寒望》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-82 <945 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6360

と述べており、そして実際に《18571861_暮春題瀼西新賃草屋,五首》の五首連作の詩を作っているからである。瀼西の住まいはこの段階ではまだ賃借りの状態であるが、その後間もなく杜甫によって買い上げられ、その住宅には果園も付属していたと考えられる。その証拠となる詩は、次の四首である。大暦二年の秋、その住宅を杜甫の娘婿の呉郎に、貸し与えることを述べた《2022_簡呉郎司法》の詩に、

  「古堂本買藉疏豁、借汝遷居停宴遊。」 

古堂 本(もと)買いしは 疏豁(からりとひろき)に藉()る、汝に借して居を遷さしめ 宴遊を停()めしめん。

と述べ、その年の晩秋の《2037_小園》の詩には、

  「客病留因藥、春深買為花。」 

(たび)に病んで 留(とど)まるは薬に因()る、春深くして 買うは花の為なり。

とあって、詩題にいう小園を晩春に買ったと述べているからである。この小園については浦起竜も「瀼西の果園なり」「買うとは園を買うにして、花を買うには非ざるなり」(巻三之六)というように、瀼西の四十畝のそれであったろう。そしてその果園が瀼西宅に附属していたものであることは、《2038_寒雨に朝行きて園の樹を視る》の詩に「わが柴門は樹を擁して千株に向(なんな)んとす」とあることからわかる。千株は「千橘」の典故を意識した千本にも近い蜜柑の木を意味する。さらに翌年正月、夔州を去るに当たって、その家屋と果園の不動産を南卿兄という人物に贈ることを詩題にした《2127_将に巫峡に別れんとして南卿兄に瀼西の果園四十畝を贈る》の詩が作られている。果園が何ヶ所でどこにあったかなどについては異説があるが、全体としてこの通説は正しいであろう。「瀼西宅」(《1916_阻雨不得歸瀼西甘林》による)に住んだのは、東屯に一時移り住み呉郎に貸し与えた時期を考慮外とし、多く見積もったとしても大暦二年の暮春三月から翌年正月まで十ヶ月足らずである。

 大暦二(七六七)年、五十六歳の杜甫が、野菜作りや稲田・蜜柑園の管理経営に力を入れるのが、この瀼西(東屯)に住んでいた一時期である。杜甫と農業の関わりを明らかにする上での基本作業として、その舞台となる瀼西の住まいがどこにあったのかをはっきりさせたい。そして杜甫はそれをどのように詩に詠じているのか。そうしたことを明らかにするのが小論の目的である。

 

瀼西の地理的位置

 瀼西宅の場所については、南宋以来、近年の厳耕望氏や多くの杜甫伝までもふくめて、ほとんどが梅渓河(西瀼水)西岸にあったと考えている。草草堂河は白帝山の東北方面から流れてきて、瞿塘峡口と白帝山南端部で長江に流入する川である。これによって瀼西宅が白帝山の西側にあるのか、東側にあるのか、大きく異なることになった。

 草堂河は白帝山の南端で長江に合流するが、そこから遡るかたちで杜甫の瀼西宅を説明してみよう。草堂河は、白帝山の東側を半周するとほぼ真っ直ぐな水路となり、左手に子陽山(唐代の赤甲山)、右手に今の赤甲山(唐代の白塩山)に挟まれた一段が続く。この部分の左岸が瀼西区で右岸が瀼東区である。その一段を過ぎると草堂河は【>】の字型に流れを転じて上流へ向かうが、そのカーブする箇所の左岸下部に杜甫の瀼西宅はあったとされる。そこは赤甲山の東側の山裾でもあり、その南面である。従って瀼西宅を陸路で出発し、その赤甲山の東麓を真北に越えて行けば、方向を転じてきた草堂河に再び出会うことになる。ちょうどそのあたりで、草堂河は石馬河と合流する。その合流地点はあたかもYの字型で、その合流点の北岸に杜甫の東屯の住まいがあった。東屯は瀼西宅からすると、北の方角にある。

 ここに作成した夔州杜甫住居周辺の概略図は、現在の奉節一帯の衛星写真(Google Maps )から地形の輪郭を取り(草堂河に水が入っている通常期であろう)、杜甫氏の雰囲気、現地を歩いてみて、予測して地名を書き込んだのである。なお唐代の役所の所在地については厳耕望氏『唐代交通図考』を参考にした。

瞿塘峡・白帝城・魚復

杜甫詩1500-1011-1509/2500

年:766年大暦元年55-139

卷別: 卷二三○  文體: 五言律詩 

詩題:中夜

作地點:夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州) 

及地點:草閣(山南東道 夔州 夔州) 別名:江邊閣

巫州 (黔中道 巫州 巫州)  別名:黔陽  

862  

 

中夜

(夜中の感懐をのべた詩。)

中夜江山靜,危樓望北辰。

夜中に江も山も静まりかえっている、このとき自分は高い楼で北辰星のある方をながめる。

長為萬里客,有愧百年身。

自分はずいぶん長期にわたって、万里の客となっているし、どんなに長くても人生百年の寿命ではないか、それしかもたぬ身においてはずかしくおもう。

故國風雲氣,高堂戰伐塵。

世が乱れているため故国には風雲の気がみなぎり、富貴の華堂の家も戦伐の塵にまみれている。

胡雛負恩澤,嗟爾太平人。

その「負の運気」の源をたずねるとあの混血の胡雛めが恩をわすれて叛乱をしたために、それが天下に蔓延したにほかならぬ、ああ、かつて「開元の治」という太平の世を知っている者にとってこの「負の運気」はまことに憐れむべきことである。(中夜)

中夜 江山静かなり、危楼 北辰を望む。

長く万里の客と為るも、愧ずる有り百年の身。

故国 風雲の気、高堂 戦伐の塵

胡雛 恩沢に負く、嗟 爾 太平の人。

 

夔州東川卜居図詳細 002 

『中夜』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

中夜

中夜江山靜,危樓望北辰。

長為萬里客,有愧百年身。

故國風雲氣,高堂戰伐塵。

胡雛負恩澤,嗟爾太平人。

(下し文)
(中夜)

中夜 江山静かなり、危楼 北辰を望む。

長く万里の客と為るも、愧ずる有り百年の身。

故国 風雲の気、高堂 戦伐の塵

胡雛 恩沢に負く、嗟 爾 太平の人。

(現代語訳)
(夜中の感懐をのべた詩。)

夜中に江も山も静まりかえっている、このとき自分は高い楼で北辰星のある方をながめる。自分はずいぶん長期にわたって、万里の客となっているし、どんなに長くても人生百年の寿命ではないか、それしかもたぬ身においてはずかしくおもう。

世が乱れているため故国には風雲の気がみなぎり、富貴の華堂の家も戦伐の塵にまみれている。

その「負の運気」の源をたずねるとあの混血の胡雛めが恩をわすれて叛乱をしたために、それが天下に蔓延したにほかならぬ、ああ、かつて「開元の治」という太平の世を知っている者にとってこの「負の運気」はまことに憐れむべきことである。


(訳注)

中夜

(夜中の感懐をのべた詩。)

大暦元年夔州にあっての作。766年大暦元年55の作で、この年-139首目である。

 

中夜江山靜,危樓望北辰。

夜中に江も山も静まりかえっている、このとき自分は高い楼で北辰星のある方をながめる。○危楼 夔州寓居の西閣をいう。

○北辰 北極星、真北にある長安の方位をいう。

 

長為萬里客,有愧百年身。

自分はずいぶん長期にわたって、万里の客となっているし、どんなに長くても人生百年の寿命ではないか、それしかもたぬ身においてはずかしくおもう。

 

故國風雲氣,高堂戰伐塵。

世が乱れているため故国には風雲の気がみなぎり、富貴の華堂の家も戦伐の塵にまみれている。

○故国 ここでは長安をいうが、杜甫の生まれ故郷は洛陽近郊の偃師である

○高堂 富貴の家の華堂をいう。

 

胡雛負恩澤,嗟爾太平人。

その「負の運気」の源をたずねるとあの混血の胡雛めが恩をわすれて叛乱をしたために、それが天下に蔓延したにほかならぬ、ああ、かつて「開元の治」という太平の世を知っている者にとってこの「負の運気」はまことに憐れむべきことである。

○胡雛 張九齢は安禄山を見て幽州を乱す者はこの胡雛であろうといった、胡雛は禄山をさす。中華思想は異民族との混血児でもって同化政策を行い、「漢化」していく。ただ、西域の騎馬民族の戦の戦略、獰猛さは農耕民族の支配=「漢化」の融和できない問題点であった。現代における、ウイグル問題もこの問題と同じなのである。

○負恩沢 唐の天子の恩沢にそむく。

○太平人 太平の世に逢っている人民。
李白の足跡0000

766年-138杜甫 《1551江上》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-138 <1010> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6730

杜甫  江上  

江上日多雨,蕭蕭荊楚秋。高風下木葉,永夜攬貂裘。

勳業頻看鏡,行藏獨倚樓。時危思報主,衰謝不能休。

(江のほとりの宅にあっての感をのべる)

江上には毎日雨ばかりで、楚地の秋は蕭々として、宋玉の「悲愁」を連想してさびしい。風は、谷合に高く吹いて木の葉は散りおちる、だから、秋の夜ながにあたっては、貂裘をひっぱりだして着ることになる。勲業のことが気になるからたびたび鏡で容顔を照らしてみるし、 行くべきか蔵【かくれ】るべきかと迷うて、ただひとり閣楼によりかかって考える。時、国家危急、世が安泰でないからどうにかして君の御恩にむくいたいとおもうて、老衰の身ながら、その思いをやめることができないほど真剣である。

766-138杜甫 《1551江上》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-138 <1010> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6730

 

 
  2015年10月8日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-138杜甫 《1551江上》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-138 <1010> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6730  
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  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
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  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
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 杜甫詩1500-1010-1508/2500

卷別: 卷二三○  文體: 五言律詩 

詩題: 江上 

作地點: 夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州) 

 

江上

(江のほとりの宅にあっての感をのべる)

江上日多雨,蕭蕭荊楚秋。

江上には毎日雨ばかりで、楚地の秋は蕭々として、宋玉の「悲愁」を連想してさびしい。

高風下木葉,永夜攬貂裘。

風は、谷合に高く吹いて木の葉は散りおちる、だから、秋の夜ながにあたっては、貂裘をひっぱりだして着ることになる。

勳業頻看鏡,行藏獨倚樓。

勲業のことが気になるからたびたび鏡で容顔を照らしてみるし、 行くべきか蔵【かくれ】るべきかと迷うて、ただひとり閣楼によりかかって考える。

時危思報主,衰謝不能休。

時、国家危急、世が安泰でないからどうにかして君の御恩にむくいたいとおもうて、老衰の身ながら、その思いをやめることができないほど真剣である。

(江 上)

江上 日々に雨多し、蕭蕭たり荊楚の秋。

高風 木葉 下り、永夜 貂裘を攬る。

勲業 頻りに鏡を看て、行蔵 独り楼に倚る。

時危くして 報主を思い、衰謝にも休する能わず。

 

 

『江上』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

江上

江上日多雨,蕭蕭荊楚秋。

高風下木葉,永夜攬貂裘。

勳業頻看鏡,行藏獨倚樓。

時危思報主,衰謝不能休。

(下し文)
(江 上)

江上 日々に雨多し、蕭蕭たり荊楚の秋。

高風 木葉 下り、永夜 貂裘を攬る。

勲業 頻りに鏡を看て、行蔵 独り楼に倚る。

時危くして 報主を思い、衰謝にも休する能わず。


(現代語訳)
(江のほとりの宅にあっての感をのべる)

江上には毎日雨ばかりで、楚地の秋は蕭々として、宋玉の「悲愁」を連想してさびしい。

風は、谷合に高く吹いて木の葉は散りおちる、だから、秋の夜ながにあたっては、貂裘をひっぱりだして着ることになる。

勲業のことが気になるからたびたび鏡で容顔を照らしてみるし、 行くべきか蔵【かくれ】るべきかと迷うて、ただひとり閣楼によりかかって考える。

時、国家危急、世が安泰でないからどうにかして君の御恩にむくいたいとおもうて、老衰の身ながら、その思いをやめることができないほど真剣である。


(訳注)

江上

(江のほとりの宅にあっての感をのべる)

江上は起句の二字を切りとって用いたもの。大暦元年夔州にあっての作。

 

江上日多雨,蕭蕭荊楚秋。

江上には毎日雨ばかりで、楚地の秋は蕭々として、宋玉の「悲愁」を連想してさびしい。

○日多雨 蜀巴楚は雨が多い。

《卷一○48 重簡王明府》

甲子西南異,冬來只薄寒。江雲何夜盡?蜀雨幾時乾?

行李須相問,窮愁豈有寬。君聽鴻雁響,恐致稻粱難。

重簡王明府 五言律詩 成都5-(19) 杜甫 <468  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2305 杜甫詩1000-468-655/1500

《卷一四07 到村》

碧澗雖多雨,秋沙先少泥。蛟龍引子過,荷芰逐花低。

老去參戎幕,歸來散馬蹄。稻粱須就列,榛草即相迷。

蓄積思江漢,疏頑惑町畦。暫酬知己分,還入故林棲。

《到村》 杜甫index-14 764年 杜甫<781 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4570 杜甫詩1500-781-1085/2500

○荊楚 荊楚は一木にして二名、故に国号となすにもまた二名がある、「春秋」においては魯の荘公の世までは皆「荊」と書いてあるが、公元年に至って「楚人伐鄭」と書いてある、此の頃から楚と改めたのである。ここの荊楚は夔州地方をさしていう。楚の秋、宋玉の悲愁を連想して言う。宋玉《九辯》 「悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰」

九辯 宋玉 <00-#1>もっとも影響を与えた詩文 630 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2134

高風下木葉,永夜攬貂裘。

風は、谷合に高く吹いて木の葉は散りおちる、だから、秋の夜ながにあたっては、貂裘をひっぱりだして着ることになる。

○貂裘 貂裘は、てんの皮ごろも。裘をとるのは寒さを防ぐためである。同時期の作にも「貂裘」について詠っている。《卷一七18 月》「四更山吐月,殘夜水明樓。塵匣元開鏡,風簾自上鉤。兔應疑鶴髮,蟾亦戀貂裘。斟酌姮娥寡,天寒奈九秋。」

 

勳業頻看鏡,行藏獨倚樓。

勲業のことが気になるからたびたび鏡で容顔を照らしてみるし、 行くべきか蔵【かくれ】るべきかと迷うて、ただひとり閣楼によりかかって考える。

○勲業 老いているけれど、恩に報いるため勲業を立てることができるか否かが心配であることをいう。

○看鏡 老顔をてらしてみること。

○行蔵 行くべきか蔵【かくれ】るべきかについてかんがえること。

 

時危思報主,衰謝不能休。
時、国家危急、世が安泰でないからどうにかして君の御恩にむくいたいとおもうて、老衰の身ながら、その思いをやめることができないほど真剣である。

○報主 天子の恩にむくいる。

○衰謝 気力の衰え減じていること。

〇休 思いをやめることをいう。

 

江上日多雨,蕭蕭荊楚秋。 

高風下木葉,永夜攬貂裘。 

勳業頻看鏡,行藏獨倚樓。 

時危思報主,衰謝不能休。 

766年-137杜甫 《1707江月》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-137 <1009> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6725

杜甫  江月  

江月光於水,高樓思殺人。天邊長作客,老去一沾巾。

玉露團清影,銀河沒半輪。誰傢挑錦字,滅燭翠眉顰。

(夔州で長江の上の月を見て感慨を述べたもの)江上の月が水の上でより強く光っている、これを江辺の高楼で眺めると非常に強くもの思いにふけさせるのである。自分はもうずっと長く天の果てのようなとことの旅人なっている、歳を取ってきたせいか涙がよくこぼれて手拭巾が濡れてしまう。清し丸満の月影の前に玉の露はまんまるにたたえ、銀河の中に半輪の姿が没してしまった。今頃は、誰かの留守居の婦人の家具にむかって回文錦字の刺繍にいどんでいるが、燈火の消えたところで眉根に皺を寄せていることであろうか。

 

766-137杜甫 1707江月》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-137 <1009 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6725


 
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李白322 《巻一39-《古風,五十九首之三十九 (登高望四海)》》322Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(3) <李白322> Ⅰ李白詩1635 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6723  
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  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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韓愈92-#3《 巻二13合江亭【題合江亭寄刺史鄒君】》 #3 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1548> Ⅱ#3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6724  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-137杜甫 《1707江月》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-137 <1009> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6725  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
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  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
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  杜甫詩1500-1009-1507/2500

年:766年大暦元年55-133

卷別: 卷二三○  文體: 五言律詩 

詩題:草閣 

作地點:夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州) 

 

 

江月

(夔州で長江の上の月を見て感慨を述べたもの)

江月光於水,高樓思殺人。

江上の月が水の上でより強く光っている、これを江辺の高楼で眺めると非常に強くもの思いにふけさせるのである。

天邊長作客,老去一沾巾。

自分はもうずっと長く天の果てのようなとことの旅人なっている、歳を取ってきたせいか涙がよくこぼれて手拭巾が濡れてしまう。

玉露團清影,銀河沒半輪。

清し丸満の月影の前に玉の露はまんまるにたたえ、銀河の中に半輪の姿が没してしまった。

誰傢挑錦字,滅燭翠眉顰。

今頃は、誰かの留守居の婦人の家具にむかって回文錦字の刺繍にいどんでいるが、燈火の消えたところで眉根に皺を寄せていることであろうか。

 

(江月)

江月 水においてより光る,高樓 人を思殺す。

天邊 長く客と作る,老い去って 一に巾を沾す。

玉露 清影に團たり,銀河に 半輪沒す。

誰が傢か 錦字を挑して,燭 滅して翠眉顰【ひそ】むや

 

『江月』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

江月

江月光於水,高樓思殺人。

天邊長作客,老去一沾巾。

玉露團清影,銀河沒半輪。

挑錦字,滅燭翠眉顰

(下し文)
(江月)

江月 水においてより光る,高樓 人を思殺す。

天邊 長く客と作る,老い去って 一に巾を沾す。

玉露 清影に團たり,銀河に 半輪沒す。

誰が傢か 錦字を挑して,燭 滅して翠眉顰【ひそ】むや

(現代語訳)
(夔州で長江の上の月を見て感慨を述べたもの)

江上の月が水の上でより強く光っている、これを江辺の高楼で眺めると非常に強くもの思いにふけさせるのである。

自分はもうずっと長く天の果てのようなとことの旅人なっている、歳を取ってきたせいか涙がよくこぼれて手拭巾が濡れてしまう。

清し丸満の月影の前に玉の露はまんまるにたたえ、銀河の中に半輪の姿が没してしまった。

今頃は、誰かの留守居の婦人の家具にむかって回文錦字の刺繍にいどんでいるが、燈火の消えたところで眉根に皺を寄せていることであろうか。


(訳注)

江月

(夔州で長江の上の月を見て感慨を述べたもの)

 

江月光於水,高樓思殺人。

江上の月が水の上でより強く光っている、これを江辺の高楼で眺めると非常に強くもの思いにふけさせるのである。

江月 長江を照らすつき。

光於水 水に照る月の方がより光るが、月はさらにそれより白い。

思殺人 人は杜甫をさし、思殺は非常に甚だしくもの思いに深けさせることを言う。

 

天邊長作客,老去一沾巾。

自分はもうずっと長く天の果てのようなとことの旅人なっている、歳を取ってきたせいか涙がよくこぼれて手拭巾が濡れてしまう。

 

玉露團清影,銀河沒半輪。

清し丸満の月影の前に玉の露はまんまるにたたえ、銀河の中に半輪の姿が没してしまった。

玉露團清影 露が葉上などで丸く固まっているさまをいい、そのむこうにつきがまるくきよくかがやくことをいう。

銀河 あまのがわ。

沒半輪 月が西の山の端に沈んでいくことをいう。

 

誰傢挑錦字,滅燭翠眉顰。

今頃は、誰かの留守居の婦人の家具にむかって回文錦字の刺繍にいどんでいるが、燈火の消えたところで眉根に皺を寄せていることであろうか。

 家具、日用家具。楽器。

挑錦字 長年帰って来ない夫。故郷に残る妻は、その夫に対する情を一章の詩に作り、手ずから錦にその字句を織り込んで、一本を夫のもとに送り、一本を役人に献上した。この話は時の帝の耳に入り、夫は無事帰されたという。帝を感激させたこの故事は、織錦回文詩や回文錦字詩などと呼ばれて、後世の詩人たちにも詠まれるということをいう。

滅燭 夜なべをしているからいつかは燈火の火は消える。

翠眉顰 徴兵により出兵した夫の心配をしていること、愁いを言う。

766年-136杜甫 《1710草閣》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-136 <1008> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6720

杜甫 草閣  

草閣臨無地,柴扉永不關。魚龍回夜水,星月動秋山。

久露清初濕,高雲薄未還。泛舟慚小婦,飄泊損紅顏。

(水門のそばに設けた草閣においでの感をのべた詩。)この草閣はすこしも土地のない水ばかりのところに臨むようにさしかかっており、柴の扉はいつも開け放たれて。閉ざしたことがない。いま、ここでながめると、魚や龍は夜の水にめぐって水底の穴へもぐりこみ、星や月の光は秋の山に照らし時間経過とともにその影を動かす。天が晴れているので、おく露も長い時間たって初めて湿めり濡れだす、高く浮かぶ薄い雲は、去ってゆくと帰ってくることはない。飄泊のために紅顔を損じている小婦が舟を泛べておるが、このような人民に安穏とした生活をさせやれないこの国の施政を「郎官」の一人として慚るところである。

766-136杜甫 《1710草閣》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-136 <1008> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6720

 

 
  2015年10月6日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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李白321 《巻一21-《古風,五十九首之二十一 (郢客吟白雪)》》321Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(2) <李白321> Ⅰ李白詩1634 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6718  
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 杜甫詩1500-1008-1506/2500

年:766年大暦元年55-133

卷別: 卷二三○  文體: 五言律詩 

詩題:草閣 

作地點:夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州) 

及地點:草閣(山南東道 夔州 夔州) 別名:江邊閣

巫州 (黔中道 巫州 巫州)  別名:黔陽  

 

 

草閣

(水門のそばに設けた草閣においでの感をのべた詩。)

草閣臨無地,柴扉永不關。

この草閣はすこしも土地のない水ばかりのところに臨むようにさしかかっており、柴の扉はいつも開け放たれて。閉ざしたことがない。

魚龍回夜水,星月動秋山。

いま、ここでながめると、魚や龍は夜の水にめぐって水底の穴へもぐりこみ、星や月の光は秋の山に照らし時間経過とともにその影を動かす。

久露清初濕,高雲薄未還。

天が晴れているので、おく露も長い時間たって初めて湿めり濡れだす、高く浮かぶ薄い雲は、去ってゆくと帰ってくることはない。

泛舟慚小婦,飄泊損紅顏。

飄泊のために紅顔を損じている小婦が舟を泛べておるが、このような人民に安穏とした生活をさせやれないこの国の施政を「郎官」の一人として慚るところである。

 

(草 閣)

草閣 無地に臨み,柴扉 永く關せず。

魚龍 夜水に回り,星月 秋山に動く。

久露 清れて初めて濕い,高雲 薄くして未だ還らず。

泛舟 慚づ 小婦に,飄泊して 紅顏を損ずるに。

 

『草閣』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

草閣

草閣臨無地,柴扉永不關。

魚龍回夜水,星月動秋山。

久露清初濕,高雲薄未還。

泛舟慚小婦,飄泊損紅顏。


(下し文)
(草 閣)

草閣 無地に臨み,柴扉 永く關せず。

魚龍 夜水に回り,星月 秋山に動く。

久露 清れて初めて濕い,高雲 薄くして未だ還らず。

泛舟 慚づ 小婦に,飄泊して 紅顏を損ずるに。

(現代語訳)
(水門のそばに設けた草閣においでの感をのべた詩。)

この草閣はすこしも土地のない水ばかりのところに臨むようにさしかかっており、柴の扉はいつも開け放たれて。閉ざしたことがない。

いま、ここでながめると、魚や龍は夜の水にめぐって水底の穴へもぐりこみ、星や月の光は秋の山に照らし時間経過とともにその影を動かす。

天が晴れているので、おく露も長い時間たって初めて湿めり濡れだす、高く浮かぶ薄い雲は、去ってゆくと帰ってくることはない。

飄泊のために紅顔を損じている小婦が舟を泛べておるが、このような人民に安穏とした生活をさせやれないこの国の施政を「郎官」の一人として慚るところである。


(訳注)

草閣

(水門のそばに設けた草閣においでの感をのべた詩。)

大暦元年夔州にあっての作で、西闇とは異なる。

草閣 茅ぶきの閣、下のの宿江邊閣と同じく、西閣とは異なるものである。茅葺の閣で水門の側に在る江邊閣。

杜甫 《1711宿江邊閣【案:即後西閣。】》 

暝色延山徑,高齋次水門。薄雲巖際宿,孤月浪中翻。

鸛鶴追飛靜,豺狼得食喧。不眠憂戰伐,無力正乾坤。

(三峡に向かう長江のほとりにある草閣に泊まった時のことを詠う)山の小道まで暗がりの色が広がり伸びてくると、自分は高い位置にある書斎にいるその水門の側に泊まる事にした。その時、巌の端に薄い雲がおなじように泊まっていて、一つの月影が波のまにまに翻る。自分は夜が更けても寝つけず、というのも世間に戦伐が絶えないことが心配され、気になって寝れないからだ、遺憾ながら、天地のまがったのを正すだけの力を持っていないからどうしようもない。

(江邊の閣に宿す【即後に西閣とす。】)

暝色 山徑に延び,高齋 水門に次る。薄雲 巖際に宿す,孤月 浪中に翻る。

鸛鶴 追飛 靜かに,豺狼 得食 喧し。眠らず 戰伐を憂うに,無力 乾坤を正すに。

766-71杜甫 1711宿江邊閣【案:即後西閣。】》七言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-71 <934 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6305

 

草閣臨無地,柴扉永不關。

この草閣はすこしも土地のない水ばかりのところに臨むようにさしかかっており、柴の扉はいつも開け放たれて。閉ざしたことがない。

臨無地 無地とは地のないところ、水面をいう、次第に見えるごとくにこの闇は水門のほとりに設けられているものである、故に無地に臨むという。

柴扉 柴であんだとびら。

 

魚龍回夜水,星月動秋山。

いま、ここでながめると、魚や龍は夜の水にめぐって水底の穴へもぐりこみ、星や月の光は秋の山に照らし時間経過とともにその影を動かす。

廻夜水 廻とは魚竜が回伏して蟄することである。杜甫の「静態」に対する他のもの(魚竜・水)の「回」ということ。

動秋山 動とは時間経過で星月の光が照らしかけることをいう。杜甫の「静態」に対する他のものの「動」ということ。

 

久露清初濕,高雲薄未還。

天が晴れているので、おく露も長い時間たって初めて湿めり濡れだす、高く浮かぶ薄い雲は、去ってゆくと帰ってくることはない。

久露 露も長い時間経過してすっかり濡れてしまうこと。「わが衣では露に濡れつつ」。○晴初湿 天の晴れているときは放射冷却であり、夜の最初は露の降りるのが遅いことを言う。冷却が進みと、一気に濡れた状態になり、さらに凍ることをいう。

薄未還 未還とは中途で消えうせることをいう。

 

泛舟慚小婦,飄泊損紅顏。

飄泊のために紅顔を損じている小婦が舟を泛べておるが、このような人民に安穏とした生活をさせやれないこの国の施政を「郎官」の一人として慚るところである。

泛舟慚小婦 小婦が泛舟するを慚づ、・泛舟;この船は、男性が戦に徴兵されいないため、働き者のこの地方の女性が船を操っている。・慚小婦 慚は作者がはじるのである、1711宿江邊閣【案:即後西閣。】》の【尾聯】の下句に「無力正乾坤」とあるように、朝廷の施政が人民を安穏にしてやることができないことを慚、杜甫は、杜工部外郎であることからこういう表現をした。慚の字は下句までにかかる。小婦は泛舟の小婦で女性の船人をいう。

飄泊損紅顏 小婦が、日に焼けて船を操る様子を言う。使用人か、寡婦・未亡人か、遠目に小柄な女性ということはわかったのであろう。

 

 

杜甫の使用人を詠う一連の詩群を、杜甫の万物博愛の精神の表れだと考えることができるであろう。ここでいう博愛精神とは、曖昧さを承知で言えば、仏教的慈愛''や儒教的な愛民、民本の思想や東洋的生命観などをひろく含んだ、いのちあるものを差別無く愛おしむ心の持ちよう、とでもいうものである。もっと平たく言えば杜甫を読めば誰しもが、その人なりに感じる杜甫の万物への慈愛の眼差し、ということで差し支えないと思う。

 一例を挙げれば、家で飼っていた鶏についての詩《1818_鶏縛行》で、

1818_鶏縛行

1816_鶏を縛るの行(うた)

家中厭雞食蟲蟻、不知雞賣還遭烹。 

家中は鶏が虫や蟻を食するを厭(いと)うも、 鶏の売らるれば還()た烹()らるるに遭()うを知らず

蟲雞於人何厚薄、吾叱奴人解其縛。  

虫と鶏は人に於()けるや何(いず)れか厚くいずれか薄き、吾は奴人を叱って其の縛れるを解かしむ

のように詠じて、鶏に食われる虫と、売られて人に食われる鶏に同情を寄せていること。また米作りの詩《1916_秋行官張望督促東渚耗稲向畢》では、水田の雑草にたいしても、

1916_秋行官張望督促東渚耗稲向畢

1916_秋に行官の張望、東渚の耗稲を督促し、畢るに向(なんなん)とす。

 

清晨に女奴の阿稽と豎子の阿段を遣わして往きて問わしむ

上天無偏頗、蒲稗各自長。 

上天は偏頗(かたよ)ること無ければ、蒲(がま)と稗(ひえ)は各(おのおの)自ら長ず

のように、お天道様は米だけに依怙贔屓することなく、雑草にも育つ力を与えていると歌っていること。またその米作りが収穫に及んだときには、ロールをかけて脱穀場を作れば、蟻の巣がつぶされると心配し、

 《2031_暫往白帝復還東屯》

 

築場憐穴蟻、拾穗許村童 

(脱穀の)場を築きては穴の蟻を憐み、穂を拾うことは村の童(わらべ)に許さん

さらに落ち穂は、村の貧家の子供に拾わせようと詠じていること。そして瀼西の草堂に住んでいたとき、その隣家の寄る辺ない貧しい未亡人が、杜甫の家の棗を盗むのを、

 《2023_又呈呉郎》

 

堂前撲棗任西鄰、 無食無兒一婦人。

堂前に棗(なつめ)を撲()つは西隣に任(まか)す、食も無く児も無き一婦人

のように、見て見ぬふりをしていることなどである。このように杜甫は、それぞれ小動物、雑草から弱者にいたるまで分け隔てなく、その存在を愛おしむまなざしを向けている。こうした慈愛の目が使用人に対しても注がれた、と考えることができるのではないか。杜甫のこの慈愛の目は夔州時代では、さらに芸人や船頭や農村婦人や園人などの下層の人々に対しても向けられている。夔州では、男が戦争に駆り出されるため盛りを過ぎても嫁に行けない女性が多く、さらに当地の(恐らくは少数民族の)特異な風俗として、男が家にいて女が外で柴刈りの力仕事をしたり、塩井の危険な労働に従事しなければならなかった。杜甫はそんな夔州の婦人に同情を禁じ得ない。そのことを

1518 負薪行

1518_薪を負うの行(うた)

夔州處女髮半華,四十五十無夫家。

更遭喪亂嫁不售,一生抱恨堪咨嗟。

夔州の處女は髮半ば華とし,四十 五十 夫家無し。

更らに喪亂遭うて 嫁 售【う】れず,一生 恨みを抱きて堪えて咨嗟【しさ】す。

土風坐男使女立,應當門女出入。

十猶八九負薪歸,賣薪得錢應供給。

土風 男は坐し女は立た使め,應に門に當り女は出入す。

十 猶お八九あるは 薪を負いて歸る,薪を賣り錢を得て供給に應ず。

至老雙鬟只垂頸,野花山葉銀釵並。

筋力登危集市門,死生射利兼鹽井。

老 雙鬟に至るも 只だ頸に垂る,野花も山葉も銀釵に並ぶ。

筋力 危きに登りて市門に集り,死生 利を射て鹽井【えんせい】を兼ぬ。

面妝首飾雜啼痕,地褊衣寒困石根。

若道巫山女粗醜,何得此有昭君村。

面妝と首飾は啼痕を雜いて,地褊 衣 寒くして石根に困す。

若し巫山の女 粗醜【そしゅう】なりと道うなれば,何ぞ 此に昭君の村に有ることを得ん。

(夔州の女は、ほとんどの女は嫁に行けず、夜も昼も休みなく働き、その上薪拾いをして、それを売って生活に当てていることを詠う。)

夔州には生娘のまま髪が半ば白いのが目立つ女がいる、四十、五十になるのに夫がいないのである。

まして世が乱れたために嫁入りの口はなく、生涯嫁ぎ先がなく、恨みを抱きつつ嘆き暮らす。

土地のならわしとして、男は家にいて、座ったままで働かないで、留守番をしていて、内の死後とも、外の仕事も女に立ち働かせる。

女は十人のうち八、九人まで薪を背負って帰り、それを売って銭をかせぎ家計にあてている。

年老いても振り分け髪は童女の髪型であり、編込んだ髪先が頸筋にだらりと垂らし、髪飾りに野の花と山の葉が、銀の簪と並べて挿してある。

筋力を使って薪を拾い集めるために急峻で危険を伴う山を駆け上り、薪を市場に売りに女たちが集まってくる。命がけで金を稼ぐことはこのほかに、塩井の仕事もするのである。

ここの女たちの顔に施した化粧、その首飾りにも、汗と涙の痕が混じっており、それは、狭生まれた狭い地域から、出たことが無く、付き合う範囲がせまいことや、誰もが身に着る物が寒そうなかっこうのままであるからそれが寒くて当たり前になっているし、農業生産物が、石地であるために限られたものしかできず、生活に苦しむのも当たり前となっているのである。

もし巫山地方の地場の女はすべて労働ばかりしているから、真っ黒で、荒々しくて醜いというのなら、ここから、北東の方に、なぜ王昭君の生まれた村があるのか。女たちは、素材が醜いのではなく、環境がそうさせたのだ。

766年大暦元年55-13-1奉節-5《負薪行 -#1》 杜甫index-15 杜甫<882 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5220

766年大暦元年55-13-2奉節-5 《負薪行 -#2》 杜甫index-15 杜甫<876-2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5225

のように詠じている。単なる薪拾いなら女児にもできるが、柴刈りとなると、斧を打ち下ろして枝を断ち切る必要もあり、女なら成人でないと無理であろう。「筋力もて危きに登り」とあるように、夔州のような山あいの地では、あるときには急な斜面に登り、枝を引き寄せながら斧を使わなければならなかった。

766年-135杜甫 《1703垂白【白首】》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-135 <1007> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6715

杜甫  垂白【白首】  

垂白馮唐老,清秋宋玉悲。江喧長少睡,樓迥獨移時。

多難身何補,無家病不辭。甘從千日醉,未許七哀詩。
(白髪頭に感じたことを述べる)

白髪を垂れて漢の馮唐とも思われる自分も老いてしまった。時あたかも、清秋となり、宋玉の言う「悲愁」の気もいっぱいになってきた。しかし、長江のほとりに入れば、江水の流れはやかましいほどしているし、一人時間をやり過しているには江辺の楼閣の遥かなところを眺めるのである。しかし、天下多難の時に、この身は何ら世のためにはなっていないばかりか、家もなくし、持病がひどくても、「郎官」を辞すこともできない。だから、自分は好き好んで「玄石飲酒,一醉千日」と言われるように過ごしていこうと思うし、まだまだ、死ぬわけにはいかないし、ましてや「魏の七哀詩」のように悲しんだ哀傷賦などに詠われるわけにはいかないのである。

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  2015年10月5日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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李白320 巻一12-《古風,五十九首之十二 (松柏本孤直)》 320Index-23Ⅲ― 2-743年天寶二年43歳 94首-(1) <李白320> Ⅰ李白詩1633 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6713  
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杜甫詩1500-1007-1505/2500

年:766年大暦元年55-135

卷別: 卷二三○  文體: 五言律詩 

詩題:垂白【白首】

作地點: 夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州) 

及地點:巫州 (黔中道 巫州 巫州)  別名:黔陽     

 

 

垂白【白首】

垂白馮唐老,清秋宋玉悲。

江喧長少睡,樓迥獨移時。

多難身何補,無家病不辭。

甘從千日醉,未許七哀詩。

(白髪頭に感じたことを述べる)

白髪を垂れて漢の馮唐とも思われる自分も老いてしまった。時あたかも、清秋となり、宋玉の言う「悲愁」の気もいっぱいになってきた。

しかし、長江のほとりに入れば、江水の流れはやかましいほどしているし、一人時間をやり過しているには江辺の楼閣の遥かなところを眺めるのである。

しかし、天下多難の時に、この身は何ら世のためにはなっていないばかりか、家もなくし、持病がひどくても、「郎官」を辞すこともできない。

だから、自分は好き好んで「玄石飲酒,一醉千日」と言われるように過ごしていこうと思うし、まだまだ、死ぬわけにはいかないし、ましてや「魏の七哀詩」のように悲しんだ哀傷賦などに詠われるわけにはいかないのである。

 

(垂白【白首】)

垂白 馮唐の老い,清秋 宋玉の悲。

江 喧しくして長く睡も少く,樓 迥かにして獨り時を移す。

多難 身 何をか補わん,無家 病むも辭せず。

甘んじて從う 千日の醉,未だ許さず 七哀の詩。

 

『垂白【白首】』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

垂白【白首】

垂白馮唐老,清秋宋玉悲。

江喧長少睡,樓迥獨移時。

多難身何補,無家病不辭。

甘從千日醉,未許七哀詩。

(下し文)
(垂白【白首】)

垂白 馮唐の老い,清秋 宋玉の悲。

江 喧しくして長く睡も少く,樓 迥かにして獨り時を移す。

多難 身 何をか補わん,無家 病むも辭せず。

甘んじて從う 千日の醉,未だ許さず 七哀の詩。

(現代語訳)
(白髪頭に感じたことを述べる)

白髪を垂れて漢の馮唐とも思われる自分も老いてしまった。時あたかも、清秋となり、宋玉の言う「悲愁」の気もいっぱいになってきた。

しかし、長江のほとりに入れば、江水の流れはやかましいほどしているし、一人時間をやり過しているには江辺の楼閣の遥かなところを眺めるのである。

しかし、天下多難の時に、この身は何ら世のためにはなっていないばかりか、家もなくし、持病がひどくても、「郎官」を辞すこともできない。

だから、自分は好き好んで「玄石飲酒,一醉千日」と言われるように過ごしていこうと思うし、まだまだ、死ぬわけにはいかないし、ましてや「魏の七哀詩」のように悲しんだ哀傷賦などに詠われるわけにはいかないのである。


(訳注)

垂白【白首】

(白髪頭に感じたことを述べる)

初句の起二字をもって題とす。

 

垂白馮唐老,清秋宋玉悲。

白髪を垂れて漢の馮唐とも思われる自分も老いてしまった。時あたかも、清秋となり、宋玉の言う「悲愁」の気もいっぱいになってきた。

馮唐老 漢の馮唐、白髪にして、郎官であった。杜甫も老いて、郎官になったので比したもの。馮唐は孝行で知られ、文帝の時に郎中署長となった。あるとき文帝は彼に「貴方はどうして郎となったのか?家はどこにある?」と尋ねたので、馮唐はありのまま答えた。文帝は「私は鉅鹿で戦った趙将李斉の賢明さを聞いて以来、鉅鹿のことを思わない日は無い。貴方は彼を知っているか?」と聞いた。馮唐は「李斉は廉頗、李牧には敵いません」と言った。文帝は「廉頗や李牧を将にできれば匈奴を怖れることもないのだが」と嘆息したが、馮唐は「陛下が廉頗や李牧を得たとしても用いることはできないでしょう」と言ったため、文帝は怒って禁中に入っていった。しばらくして文帝は馮唐を召し出し、「どうして公衆の面前で私を辱めず、人のいないところで言わないのだ?」と叱責した。馮唐は「私は田舎者で隠すことを知らなかったのです」と答えた。

清秋宋玉悲 《楚辭》卷八《九辯》「悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,……皇天平分四時兮,竊獨悲此廩秋。……靚杪秋之遙夜兮,心繚悷而有哀。」

九辯 第一~ニ段(とおし) 宋玉  <00-#19>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 648 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2224

 

江喧長少睡,樓迥獨移時。

しかし、長江のほとりに入れば、江水の流れはやかましいほどしているし、一人時間をやり過しているには江辺の楼閣の遥かなところを眺めるのである。

樓迥 江辺の楼閣の遥かなところを眺めること。

 

多難身何補,無家病不辭。

しかし、天下多難の時に、この身は何ら世のためにはなっていないばかりか、家もなくし、持病がひどくても、「郎官」を辞すこともできない。

無家 故郷に帰ることができなく一族で集まる家がないということ。通常は妻がいないことを言う、妻の家に行くこと、妻の閨に行くことができないことを言う。

病不辭 持病がひどくても、「郎官」を辞すこともできない。この地の刺史の援助がかなうのも、「郎官」であるがためである。

 

甘從千日醉,未許七哀詩。

だから、自分は好き好んで「玄石飲酒,一醉千日」と言われるように過ごしていこうと思うし、まだまだ、死ぬわけにはいかないし、ましてや「魏の七哀詩」のように悲しんだ哀傷賦などに詠われるわけにはいかないのである。

千日醉 《太平御覽》卷八百四十五〈飲食部三·酒下〉“晉·張華《博物志》:「劉玄石曾於中山酒家沽酒,酒家與千日酒飲之。至家大醉,其家不知,以為死,葬之。後酒家計向千日,往視之,云巳葬。於是開棺,醉始醒。俗云:『玄石飲酒,一醉千日』。」”

七哀詩 魏の曹植、王粲、張載らが同題で歌っている。七哀とは “①痛み、②義にして、③感じて、④怨みて、⑤耳目見聞して、⑥口歎じ手て、⑦鼻酸して” の七つの哀しみを賦する。

曹植《七哀詩》 

明月照高樓,流光正徘徊。上有愁思婦,悲歎有餘哀。

借問歎者誰?言是宕子妻。君行踰十年,孤妾常獨棲。

君若清路塵,妾若濁水泥;浮沈各異勢,會合何時諧?

願為西南風,長逝入君懷。君懷良不開,賤妾當何依!

明月 高楼を照らし、流光 正に徘徊す。上に愁思の婦あり、悲歎して余哀あり。

借問す 歎ずる者は誰ぞと、謂うう是れ 客子の妻なりと。君行きて十年を踰え、孤妾 常に独り棲む。

君は清路の塵の若く、妾は濁水の泥の若し。浮沈 各の勢を異にし、会合 何れの時にか諧わん。

願わくは 西南の風となり、長逝して 君が懐に人らんことを。君が懷 良に開かずんば、賤妾 当に何れにか依るべき。

七哀詩 魏詩<33-2>文選 哀傷 667 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1885

 

 

 

 

《昭明文·卷二十三》

東漢、王粲、《七哀詩三首》

西京亂無象,豺虎方遘患。復棄中國去,遠身適荊蠻。

親戚對我悲,朋友相追攀。出門無所見,白骨蔽平原。

路有飢婦人,抱子棄草間。顧聞號泣聲,揮涕獨不還。

未知身死處,何能兩相完?驅馬棄之去,不忍聽此言。

南登霸陵岸,迴首望長安。悟彼下泉人,喟然傷心肝。

荊蠻非我,何為久滯淫?方舟溯大江,日暮愁我心。

山崗有餘暎,巖阿增重陰。狐狸馳赴穴,飛鳥翔故林。

流波激清響,猴猿臨岸吟。迅風拂裳袂,白露霑衣衿。

獨夜不能寐,攝衣起撫琴。絲桐感人情,為我發悲音。

羈旅無終極,憂思壯難任。

邊城使心悲,昔吾親更之。冰雪截肌膚,風飄無止期。

百里不見人,草木誰當遲?登城望亭隧,翩翩飛戍旗。

行者不顧返,出門與家辭。子弟多俘虜,哭泣無已時。

天下盡樂土,何為久留茲?蓼蟲不知辛,去來勿與諮。

 

張載 七哀詩二首

【其一】

北芒何壘壘,高陵有四五。

借問誰家墳,皆雲漢世主。

恭文遙相望,原陵郁膴膴。

季世喪亂起,賊盜如豺虎。

毀壤過一抔,便房

珠柙離玉體,珍寶見剽虜。

園寢化為墟,周墉無遺堵。

蒙蘢荊棘生,蹊徑登童豎。

狐兔窟其中,蕪穢不復掃。

隴並墾發,萌隸營農圃。

昔為萬乘君,今為丘中土。

感彼雍門言,凄愴哀今古。

【其二】

秋風吐商氣,蕭瑟掃前林。

陽鳥收和響,寒蟬無餘音。

白露中夜結,木落柯條森。

朱光馳北陸,浮景忽西沉。

顧望無所見,唯睹松柏陰。

肅肅高桐枝,翩翩棲孤禽。

仰聽離鴻鳴,俯聞蜻蛚吟。

哀人易感傷,觸物增悲心。

丘隴日已遠,纏綿彌思深。

憂來令發白,誰雲愁可任。

徘徊向長風,淚下沾衣襟。

 

766年-134杜甫 《1835-覆舟,二首之二》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-134 <1006> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6710

杜甫  覆舟,二首之二  

竹宮時望拜,桂館或求仙。奼女臨波日,神光照夜年。

徒聞斬蛟劍,無復爨犀船。使者隨秋色,迢迢獨上天。

(天子が仙にあこがれ、求めることをそしるもの)

今、天子は漢の武帝のように、竹宮において時として神を望み拝せられたし、また、桂館において或いは仙を求められるのである。それは、あちらで、神光が照らす年の間中であり、即ち、こちらで、奼女の水銀の波を臨んだ日であるように年中一日のごとく求められているのである。もっぱら聞くことは、剣で蛟を切ったという昔話ばかりであり、そうかと思うと、さいの角を燃やして水怪を照らした船も今はないというのに不老長寿を求めているのである。

だからせっかく不老薬、貢物を宰領する使者も秋景色とともに、ただ一人、遥かなる天へのぼりゆきてしまった

766-134杜甫 1835-覆舟,二首之二》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-134 <1006 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6710

 

 
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  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
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  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
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覆舟,二首之一

覆舟,二首の一(巫峽を下る船が転覆した時の様子を詠う。)

巫峽盤渦曉,黔陽貢物秋。 

ここ巫峽を下る水は、急流で渦を巻いている、ある暁のことである。それは、黔陽から都の方へ貢物を持ってゆく秋のことであった。

丹砂同隕石,翠羽共沈舟。 

その船が転覆したのだ、船に載せていた、丹砂は隕石が地上に落ちて浮くように、水底に落ちていったし、翡翠の羽は、沈没船とともに沈んでいった。

羈使空斜影,龍居閟積流。 

旅の道程の中途にある鉱物宰領の役人はその影が斜めになったと思ったら消えてしまった、だから、龍宮は積流の奥に閉じ込められてしまったのである。

篙工幸不溺,俄頃逐輕鷗。 

竿を使っていた船頭は、幸いにもおぼれずに済んだ、彼は水に落ちてもにわかに水上に浮いてカモメを追い立てて泳ぎだしたのである。覆っても、水は民衆であり、扇動を助けたのである。

(覆舟,二首の一)

巫峽 盤渦の曉,黔陽 貢物の秋。 

丹砂 隕石に同じ,翠羽 沈舟と共にす。 

羈使 斜影空しく,龍居 積流に閟ず。 

篙工 幸に溺れず,俄頃 輕鷗を逐う。 

 杜甫詩1500-1006-1504/2500

年:766年大暦元年55-134

卷別:    卷二三○              文體:    五言律詩

詩題:    覆舟,二首之二

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:              桂館 (京畿道 京兆府 長安)              

 

 

覆舟,二首之二

(天子が仙にあこがれ、求めることをそしるもの)

竹宮時望拜,桂館或求仙。

今、天子は漢の武帝のように、竹宮において時として神を望み拝せられたし、また、桂館において或いは仙を求められるのである。

奼女臨波日,神光照夜年。

それは、あちらで、神光が照らす年の間中であり、即ち、こちらで、奼女の水銀の波を臨んだ日であるように年中一日のごとく求められているのである。

徒聞斬蛟劍,無復爨犀船。

もっぱら聞くことは、剣で蛟を切ったという昔話ばかりであり、そうかと思うと、さいの角を燃やして水怪を照らした船も今はないというのに不老長寿を求めているのである。

使者隨秋色,迢迢獨上天。

だからせっかく不老薬、貢物を宰領する使者も秋景色とともに、ただ一人、遥かなる天へのぼりゆきてしまった

(覆舟,二首の二)

竹宮 時に望拜し,桂館 或は仙を求む。

奼女 臨波の日,神光 照夜の年。

徒らに聞く 斬蛟の劍,復た 爨犀の船無し。

使者 秋色に隨い,迢迢 獨り天に上る。

 

『覆舟,二首之二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

覆舟,二首之二

竹宮時望拜,桂館或求仙。

奼女臨波日,神光照夜年。

徒聞斬蛟劍,無復爨犀船。

使者隨秋色,迢迢獨上天。

(下し文)
(覆舟,二首の二)

竹宮 時に望拜し,桂館 或は仙を求む。

奼女 臨波の日,神光 照夜の年。

徒らに聞く 斬蛟の劍,復た 爨犀の船無し。

使者 秋色に隨い,迢迢 獨り天に上る。

(現代語訳)
(天子が仙にあこがれ、求めることをそしるもの)

今、天子は漢の武帝のように、竹宮において時として神を望み拝せられたし、また、桂館において或いは仙を求められるのである。

それは、あちらで、神光が照らす年の間中であり、即ち、こちらで、奼女の水銀の波を臨んだ日であるように年中一日のごとく求められているのである。

もっぱら聞くことは、剣で蛟を切ったという昔話ばかりであり、そうかと思うと、さいの角を燃やして水怪を照らした船も今はないというのに不老長寿を求めているのである。

だからせっかく不老薬、貢物を宰領する使者も秋景色とともに、ただ一人、遥かなる天へのぼりゆきてしまった


(訳注)

覆舟,二首之二

(天子が仙にあこがれ、求めることをそしるもの)

 

竹宮時望拜,桂館或求仙。

今、天子は漢の武帝のように、竹宮において時として神を望み拝せられたし、また、桂館において或いは仙を求められるのである。

竹宮 竹林のある宮殿で、漢武帝が神光を望拜した宮であって、祠壇より三里離れたところにあったという。

望拜 離れたところから拝礼すること。

桂館 桂樹を植えてある館をいう。漢武帝が神仙を待つために植えたもの。

求仙 仙境にて暮らし、仙術をあやつり、不老不死を得た人を指すのが道教のおける仙人であるが、天子は宮殿にいて仙術をあやつり、不老不死を得たいのである。

 

奼女臨波日,神光夜照夜年。

それは、あちらで、神光が照らす年の間中であり、即ち、こちらで、奼女の水銀の波を臨んだ日であるように年中一日のごとく求められているのである。

奼女 丹砂の中にある汞(水銀)のことをいう。

臨波日 波を望んでいることで、波の間に沈んでゆくことを言う。ここの日と下句の年とで、年がら年中という意。

神光夜照夜年 《漢書·禮樂志》「夜常有神光如流星止集於祠壇,天子自竹宮而望拜,百官侍祠者數百人皆肅然動心焉。」

 

徒聞斬蛟劍,無復爨犀船。

もっぱら聞くことは、剣で蛟を切ったという昔話ばかりであり、そうかと思うと、さいの角を燃やして水怪を照らした船も今はないというのに不老長寿を求めているのである。

斬蛟劍 荊人佽飛、宝剣を得た。江を渡るとき中流にして兩蛟が船の周りを廻って邪魔をして船が沈もうとした。そのとき、佽飛、宝剣を抜き、蛟を斬った。それで渡ることができた。《呂氏春秋覽部》卷二十〈恃君覽知分〉, 荊有次非者,得寶劍于干遂,還反涉江,至於中流,有兩蛟夾繞其船。次非謂舟人曰:『子嘗見兩蛟繞船能兩活者乎?』船人曰:『未之見也。』次非攘臂袪衣拔寶劍曰:「此江中之腐肉朽骨也,棄劍以全己,余奚愛焉!」於是赴江刺蛟,殺之而復上船。

爨犀船 劉敬叔の《異苑》「晋温嶠至牛渚磯、聞水底有音楽之声。水深不可測。伝言下多怪物。乃燃屑角而照之、須臾見水族覆水奇形異状。」(晋の温嶠、牛渚磯に至り、水底に音楽の声有るを聞く。 水深、測るべからず。伝に言ふ、下に怪物多しと。乃ち屑角を燃やして之を照らすに、須臾にして水族の水に覆ふ奇形異状なりを見る。)に基づくもの。

 

使者隨秋色,迢迢獨上天。

だからせっかく不老薬、貢物を宰領する使者も秋景色とともに、ただ一人、遥かなる天へのぼりゆきてしまった

使者 《覆舟,二首之一》「巫峽盤渦曉,黔陽貢物秋。丹砂同隕石,翠羽共沈舟。」の詩を受けたもの。

 

覆舟,二首之一

巫峽盤渦曉,黔陽貢物秋。 

丹砂同隕石,翠羽共沈舟。 

羈使空斜影,龍居閟積流。 

篙工幸不溺,俄頃逐輕鷗。 
(覆舟,二首の一)

巫峽 盤渦の曉,黔陽 貢物の秋。 

丹砂 隕石に同じ,翠羽 沈舟と共にす。 

羈使 斜影空しく,龍居 積流に閟ず。 

篙工 幸に溺れず,俄頃 輕鷗を逐う。

 

覆舟,二首之二

竹宮時望拜,桂館或求仙。

奼女臨波日,神光照夜年。

徒聞斬蛟劍,無復爨犀船。

使者隨秋色,迢迢獨上天。

(覆舟,二首の二)

竹宮 時に望拜し,桂館 或は仙を求む。

奼女 臨波の日,神光 照夜の年。

徒らに聞く 斬蛟の劍,復た 爨犀の船無し。

使者 秋色に隨い,迢迢 獨り天に上る。

 

劉敬叔 《異苑》

晋温嶠至牛渚磯、聞水底有音楽之声。水深不可測。伝言下多怪物。乃燃屑角而照之、須臾見水族覆水奇形異状。或乗馬車著赤衣・幘。其夜夢人謂曰、「与君幽明道隔、何意相照耶。」嶠甚悪之、未幾卒。

晋の温嶠、牛渚磯に至り、水底に音楽の声有るを聞く。 水深、測るべからず。伝に言ふ、下に怪物多しと。乃ち屑角を燃やして之を照らすに、須臾にして水族の水に覆ふ奇形異状なりを見る。或いは馬車に乘り、赤い衣樓を著る。

其の夜、夢に人謂ひて曰く「君と幽明の道を隔つ。何の意ありて相ひ照らすや?」嶠、甚しく之を悪み、未だ幾ばくならずして卒す。

晋の温嶠が牛渚磯(地名)に来たとき、水の底から音楽の声が聞こえてきた。水の深さは測ることができない(ほど深い)。世の人は、この磯の下に、多くの怪物がいると言い伝えていた。そこで、屑牛の角を燃やして、水面を照らしたところ、すぐに水の中の生き物が、水中に差し込んだ光のなかに、動くのが照らし出された。その形は奇妙、異常であって、或る者は馬車に乗り、赤い衣と頭巾を着けていた。

その夜、夢の中に人が出てきて、こう言った「私と君とは、幽界と明界と道を隔てて存在しているのだ。どんな意図があって、照らすのか?(どういうつもりで、幽界を照らして覗こうとするのか?)」温嶠は、甚だしく、この幽鬼を悪み、さほど時がたたない内に亡くなってしまった。

766年-133杜甫 《1835-1覆舟,二首之一》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-133 <1005> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6705

覆舟,二首之一

巫峽盤渦曉,黔陽貢物秋。  丹砂同隕石,翠羽共沈舟。 

羈使空斜影,龍居閟積流。  篙工幸不溺,俄頃逐輕鷗。 
覆舟,二首の一(巫峽を下る船が転覆した時の様子を詠う。)

ここ巫峽を下る水は、急流で渦を巻いている、ある暁のことである。それは、黔陽から都の方へ貢物を持ってゆく秋のことであった。その船が転覆したのだ、船に載せていた、丹砂は隕石が地上に落ちて浮くように、水底に落ちていったし、翡翠の羽は、沈没船とともに沈んでいった。旅の道程の中途にある鉱物宰領の役人はその影が斜めになったと思ったら消えてしまった、だから、龍宮は積流の奥に閉じ込められてしまったのである。竿を使っていた船頭は、幸いにもおぼれずに済んだ、彼は水に落ちてもにわかに水上に浮いてカモメを追い立てて泳ぎだしたのである。覆っても、水は民衆であり、扇動を助けたのである。

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 杜甫詩1500-1005-1503/2500

年:766年大暦元年55-133

卷別: 卷二三○  文體: 五言律詩 

詩題: 覆舟,二首之一 

作地點: 夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州) 

及地點:巫州 (黔中道 巫州 巫州)  別名:黔陽     

 

 

覆舟,二首之一

覆舟,二首の一(巫峽を下る船が転覆した時の様子を詠う。)

巫峽盤渦曉,黔陽貢物秋。 

ここ巫峽を下る水は、急流で渦を巻いている、ある暁のことである。それは、黔陽から都の方へ貢物を持ってゆく秋のことであった。

丹砂同隕石,翠羽共沈舟。 

その船が転覆したのだ、船に載せていた、丹砂は隕石が地上に落ちて浮くように、水底に落ちていったし、翡翠の羽は、沈没船とともに沈んでいった。

羈使空斜影,龍居閟積流。 

旅の道程の中途にある鉱物宰領の役人はその影が斜めになったと思ったら消えてしまった、だから、龍宮は積流の奥に閉じ込められてしまったのである。

篙工幸不溺,俄頃逐輕鷗。 

竿を使っていた船頭は、幸いにもおぼれずに済んだ、彼は水に落ちてもにわかに水上に浮いてカモメを追い立てて泳ぎだしたのである。覆っても、水は民衆であり、扇動を助けたのである。

(覆舟,二首の一)

巫峽 盤渦の曉,黔陽 貢物の秋。 

丹砂 隕石に同じ,翠羽 沈舟と共にす。 

羈使 斜影空しく,龍居 積流に閟ず。 

篙工 幸に溺れず,俄頃 輕鷗を逐う。 
 

唐時代 地図山南 東・西道50

山南東道北部唐州随州01覆舟,二首之一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

覆舟,二首之一

巫峽盤渦曉,黔陽貢物秋。 

丹砂同隕石,翠羽共沈舟。 

羈使空斜影,龍居閟積流。 

篙工幸不溺,俄頃逐輕鷗。 
詩文(含異文) 巫峽盤渦曉,黔陽貢物秋。丹砂同隕石,翠羽共沈舟【案:〈張儀傳〉:「積羽沈舟。」】。羈使空斜影,龍居閟積流【龍宮閟積流】。篙工幸不溺,俄頃逐輕鷗。 


(下し文)
(覆舟,二首の一)

巫峽 盤渦の曉,黔陽 貢物の秋。 

丹砂 隕石に同じ,翠羽 沈舟と共にす。 

羈使 斜影空しく,龍居 積流に閟ず。  

篙工 幸に溺れず,俄頃 輕鷗を逐う。 

(現代語訳)
覆舟,二首の一(巫峽を下る船が転覆した時の様子を詠う。)

ここ巫峽を下る水は、急流で渦を巻いている、ある暁のことである。それは、黔陽から都の方へ貢物を持ってゆく秋のことであった。

その船が転覆したのだ、船に載せていた、丹砂は隕石が地上に落ちて浮くように、水底に落ちていったし、翡翠の羽は、沈没船とともに沈んでいった。

旅の道程の中途にある鉱物宰領の役人はその影が斜めになったと思ったら消えてしまった、だから、龍宮は積流の奥に閉じ込められてしまったのである。

竿を使っていた船頭は、幸いにもおぼれずに済んだ、彼は水に落ちてもにわかに水上に浮いてカモメを追い立てて泳ぎだしたのである。覆っても、水は民衆であり、扇動を助けたのである。


(訳注)

覆舟,二首之一

覆舟,二首の一(巫峽を下る船が転覆した時の様子を詠う。)

覆舟 載舟覆舟のこと。水は舟を浮かべるものであるが、同時に舟を転覆させもする意。君主を舟、民衆を水にたとえたもの。「舟ふねを載のせ舟ふねを覆くつがえす」と訓読する。▽.君主は人民によって支えられ、また、人民によって滅ぼされること。君主は人民を愛し、政治に安んじさせることが必要であるということをいう。また、人は味方して盛り立ててくれることもあれば、敵となってつぶしにかかることもあるということ。《荀子·王制》「傳曰:'君者舟也,庶人者水也,水則載舟,水則覆舟。'此之謂也。」

 

巫峽盤渦曉,黔陽貢物秋。 

ここ巫峽を下る水は、急流で渦を巻いている、ある暁のことである。それは、黔陽から都の方へ貢物を持ってゆく秋のことであった。

巫峽 巫峡は中国・長江三峡の二番目の峡谷。重慶市巫山県の大寧河の河口から湖北省巴東県官渡口まで全長45km 上流側の巫山県は四川盆地東端にあり、巫山山脈をはじめ東西方向に伸びる細長い褶曲山脈多数が並行して走っている。巫山県城付近は長江沿いの丘陵地帯で大寧河の河口付近にある。

盤渦 急流、早瀬の渦巻くこと。

黔陽 重慶府彭水縣。黔中道 巫州、別名:黔陽。沅江(げんこう/ユワンチヤン)上流部に沿う。漢代に鐔成(たんせい)県が置かれ、南北朝の梁(りょう)代には竜(りゅうひょう)県、唐代には竜標県、宋(そう)以後黔陽県とよばれるに至った。米、柑橘(かんきつ)類、桐油(とうゆ)、椿油(つばきあぶら)、ワタ、松脂(まつやに)、用材などの農林産物がある。

貢物 朝廷に対してのみつぎもの。丹砂,翠羽などをいう。

 

丹砂同隕石,翠羽共沈舟。 

その船が転覆したのだ、船に載せていた、丹砂は隕石が地上に落ちて浮くように、水底に落ちていったし、翡翠の羽は、沈没船とともに沈んでいった。

丹砂 鉱物の名。硫化水銀(II)HgS)からなる鉱物である。別名に賢者の石、赤色硫化水銀、丹砂、朱砂などがある。

隕石 惑星間空間に存在する固体物質が地球などの惑星の表面に落下してきたもののこと。

翠羽 翡翠、翠鷸などの鳥の羽。

 

羈使空斜影,龍居閟積流。 

旅の道程の中途にある鉱物宰領の役人はその影が斜めになったと思ったら消えてしまった、だから、龍宮は積流の奥に閉じ込められてしまったのである。

羈使 旅の道程の中途にある鉱物宰領の役人。

斜影 船が転覆するときの使者の役人がななめになった時の姿を言う。

龍居 龍は深い淵の水底に住んでいる、すなわち、龍宮で、そこに閉じ込められたということ。

閟積流 幾重にも積もったような流れが龍宮の上に重なっていて、その流れがふたをするように閉じ込めたという意。

 

篙工幸不溺,俄頃逐輕鷗。 

竿を使っていた船頭は、幸いにもおぼれずに済んだ、彼は水に落ちてもにわかに水上に浮いてカモメを追い立てて泳ぎだしたのである。覆っても、水は民衆であり、扇動を助けたのである。

篙工 竿をたくみに使っていた船頭。

俄頃 すぐに、にわかに水上に浮いてきたこと。

766年-141#10杜甫 《1614夔府書懷四十韻》#10 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-141 <1004> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6700

杜甫  夔府書懷四十韻 #10

賞月延秋桂,傾陽逐露葵。大庭終反樸,京觀且僵尸。

高枕虛眠晝,哀歌欲和誰。南宮載勳業,凡百慎交綏。

そして、今は秋の桂花の咲くところに月を迎へて賞したり、露を帯びたヒマワリのあとを追ってじぶんの心も、太陽に向かって傾けるという生活を送っているのである。(忠君の心は忘れたことはない。)今は、各地で謀叛あり、異民族の侵略ありで、戦はたえず死んだ遺骸に土を盛りあげて記念塚など建てて嬉しがっているのかとおもえるようであるが、結局は「大庭氏の治世」のごとく質樸な施政にもどってもらいたいとおもっているのだ。だから、自分は高枕をしていつもむなしく昼寝をしていて、それでこのような哀歌を歌っているが、こんな自分を誰が和してくれるのだろうか。百官在位の諸君、勲業を建てることである、そうすれば、諸君の像は前漢明帝の「南宮雲台の図画に載せられた二十八将」のようにされるのである。だから、百官在位の諸君、「慎みて交綏爲す勿れ」であり、国害を除くためさらに進んで戦ってもらわなければならないのである。

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杜甫  夔府書懷四十韻 9  

釣瀨疏墳籍,耕巖進弈棋。地蒸餘破扇,冬煖更纖絺。

豺遘哀登楚,麟傷泣象尼。衣冠迷適越,藻繪憶遊睢。

自分は隠遁しているものの、川瀬に釣を垂れて書物を読むことにはうとくなってきたが、巌のもとに耕して時としては碁盤をもちだしてたのしむ。

土地がむしあつくてまだ破れ団扇がころがっており、冬も暖いのでさらにかたびらを着るありさまだ。

身は王粲のごとく豺虎に遭遇して、楚の道に登るほどの哀れさであり、吾が道、窮して孔子が麒麟を見て心を傷ましめたようなありさまである。

衣冠を着けてはどうして野蛮国に適けるものかと迷い、そこへゆけば藻繢錦綺を織るがよくできるといわれている睢水に遊んだ昔のことをおもいだす。

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李白317-#2 《巻十九11遊泰山,六首之五【案:天寶元年四月,從故御道上泰山。】》317-#2Index-22 Ⅲ―1 742年天寶元年42歳 18首 <李白317-#2> Ⅰ李白詩1629 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6693  
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韓愈91-#7《 巻二12 縣齋有懷》 #7 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1542> Ⅱ#7 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6694  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 766年-140#9杜甫 《1614夔府書懷四十韻》#9 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-140 <1003> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6695  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
  Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog  
               
  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 11顧夐 (改)《巻六34虞美人六首其一》『花間集』285全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6697  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
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