杜甫 鄭典設自施州歸 #1
吾憐滎陽秀,冒暑初有適。名賢慎所出,不肯妄行役。
旅茲殊俗遠,竟以屢空迫。
(典設郎の鄭某が施州から歸ったおりの感じをのべた詩。)
自分は気の毒におもっていたのだが、それは滎陽鄭氏の優秀な人物たる君が暑さを冒して初め他方へでかけていったことについてである。名のある賢人は出処進退をつつしみ、みだりに旅に出ることはしないものである、それに南の風俗のちがった遠方へ旅に出たのは.「屡ば空し」つまり貧窮に迫られての事であったというのだ。
767年-5-#1 杜甫 《20-98 鄭典設自施州歸》 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-5-#1 <1063> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6995
杜甫詩1500-1063-1551-#1/2500
年:767年大暦2年56歲-5-#1
卷別: 卷二二一 文體: 五言古詩
詩題: 鄭典設自施州歸
作地點: 目前尚無資料
及地點: 施州 (黔中道 施州 施州)
滎陽 (都畿道 鄭州 滎陽)
交遊人物/地點:鄭典設 書信往來
裴冕 詩文提及(黔中道 施州 施州)
鄭典設自施州歸 #1
(典設郎の鄭某が施州から歸ったおりの感じをのべた詩。)
吾憐滎陽秀,冒暑初有適。
自分は気の毒におもっていたのだが、それは滎陽鄭氏の優秀な人物たる君が暑さを冒して初め他方へでかけていったことについてである。
名賢慎所出,不肯妄行役。
名のある賢人は出処進退をつつしみ、みだりに旅に出ることはしないものである、
旅茲殊俗遠,竟以屢空迫。
それに南の風俗のちがった遠方へ旅に出たのは.「屡ば空し」つまり貧窮に迫られての事であったというのだ。
#2
南謁裴施州,氣合無險僻。
攀援懸根木,登頓入天石。
青山自一川,城郭洗憂慼。
聽子話此邦,令我心悅懌。
#3
其俗則純樸,不知有主客。
溫溫諸侯門,禮亦如古昔。
敕廚倍常羞,杯盤頗狼藉。
時雖屬喪亂,事貴賞匹敵。
#4
中宵愜良會,裴鄭非遠戚。
群書一萬卷,博涉供務隙。
他日辱銀鉤,森疏見矛戟。
倒屣喜旋歸,畫地求所歷。
#5
乃聞風土質,又重田疇闢。
刺史似寇恂,列郡宜競惜。
北風吹瘴癘,羸老思散策。
渚拂蒹葭塞,嶠穿蘿蔦冪。
此身仗兒僕,高興潛有激。
#6
孟冬方首路,強飯取崖壁。
歎爾疲駑駘,汗溝血不赤。
終然備外飾,駕馭何所益。
我有平肩輿,前途猶准的。
翩翩入鳥道,庶脫蹉跌厄。
『鄭典設自施州歸』 現代語訳と訳註解説
(本文)
鄭典設自施州歸 #1
吾憐滎陽秀,冒暑初有適。
名賢慎所出,不肯妄行役。
旅茲殊俗遠,竟以屢空迫。
(含異文):#1
吾憐滎陽秀,冒暑初有適。名賢慎所出【名賢慎出處】,不肯妄行役。
旅茲殊俗遠【旅茲殊俗還】,竟以屢空迫。
(下し文)
鄭典設 施州より歸る #1
吾は憐れむ滎陽の秀,暑を冒して初め適く有り。
名賢は出る所を慎む,肯て妄りに行役せず。
茲の殊俗の遠きに旅するは,竟に屢空に迫らるるを以てなり。
(現代語訳)
鄭典設自施州歸 #1(典設郎の鄭某が施州から歸ったおりの感じをのべた詩。)
自分は気の毒におもっていたのだが、それは滎陽鄭氏の優秀な人物たる君が暑さを冒して初め他方へでかけていったとについてである。
名のある賢人は出処進退をつつしみ、みだりに旅に出ることはしないものである、
それに南の風俗のちがった遠方へ旅に出たのは.「屡ば空し」つまり貧窮に迫られての事であったというのだ。
鄭典設自施州歸 #1
(典設郎の鄭某が施州から歸ったおりの感じをのべた詩。)大暦二年十月の作。
【1】
鄭典設 典設郎は東宮に属する官名であり、東宮に典設局があり、郎四人をおく。湯沐浴、灑掃、舗陣のことを擧る。杜甫同時期の作、七言律詩《巻十八63 江雨有懷鄭典設》「春雨闇闇塞峽中,早晚來自楚王宮。」がある。
【2】
施州歸 黔中道施州刺史の裴冕のところに面会に行って帰ってきた。杜甫 《20-97 寄裴施州》「」767年-4杜甫 《20-97 寄裴施州》 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-4 <1061> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6985
吾憐滎陽秀,冒暑初有適。
自分は気の毒におもっていたのだが、それは滎陽鄭氏の優秀な人物たる君が暑さを冒して初め他方へでかけていったとについてである。
【3】
滎陽秀 典設郎の鄭某は滎陽の地方の名族なり。滎陽は河南にある戦国時代に秦により滎陽県が設置された、古くからの縣名である。楚漢戦争で、滎陽の戦いがあったところ。
【4】
適 他の土地に行くこと。
名賢慎所出,不肯妄行役。
名のある賢人は出処進退をつつしみ、みだりに旅に出ることはしないものである、
旅茲殊俗遠,竟以屢空迫。
それに南の風俗のちがった遠方へ旅に出たのは.「屡ば空し」つまり貧窮に迫られての事であったというのだ。
【5】
旅茲 これによって旅に出る。
【6】
殊俗遠 風俗のちがった遠方。
【7】
屢空迫 米櫃にコメがないほどにの貧窮を言う。論語 「子曰、囘也其庶乎、屡空、賜不受命而貨殖焉、億則屡中。」子曰わく、回や其れ庶【ちか】きか、屡々【しばしば】空し。賜は命を受けずして貨殖す。億れば則ち屡々中【あた】る。
【字解】
(1) 鄭典設 典設郎は東宮に属する官名であり、東宮に典設局があり、郎四人をおく。湯沐浴、灑掃、舗陣のことを擧る。杜甫同時期の作、七言律詩《巻十八63 江雨有懷鄭典設》「春雨闇闇塞峽中,早晚來自楚王宮。」がある。
(2) 施州歸 黔中道施州刺史の裴冕のところに面会に行って帰ってきた。杜甫
《20-97 寄裴施州》767年-4杜甫 《20-97 寄裴施州》 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-4 <1061> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6985
楚漢戦争で、滎陽の戦いがあったところ。
(3) 滎陽秀 典設郎の鄭某は滎陽の地方の名族なり。滎陽は河南にある戦国時代に秦により滎陽県が設置された、古くからの縣名である。
(4) 適 他の土地に行くこと。
(5) 旅茲 これによって旅に出る
(6) 殊俗遠 風俗のちがった遠方。
(7) 屢空迫 米櫃にコメがないほどにの貧窮を言う。論語 「子曰、囘也其庶乎、屡空、賜不受命而貨殖焉、億則屡中。」子曰わく、回や其れ庶【ちか】きか、屡々【しばしば】空し。賜は命を受けずして貨殖す。億れば則ち屡々中【あた】る。













