杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
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2016年11月

767年-29 喜觀即到復題短篇二首其二 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一八)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7735

喜觀即到復題短篇二首其二

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161130

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-015-#1卷165_34-#1 少年行(卷六(一)四五八)(李白全集校注彙釋集評(二)九四八)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7739

 

 

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孟浩然

李白詩

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司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-28巻一16-#6 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7740

 

 

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806年-31 巻二 16-#9送文暢師北遊  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7758

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-29 喜觀即到復題短篇二首其二 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一八)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7735

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻一23 (30)回目温庭筠 《酒泉子四首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7742 (11/30)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-010-#2 古樂府詩六首其一 -#2〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7743

 

 

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●薛濤の全詩

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●魚玄機全詩

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757-29 喜觀即到復題短篇二首其二 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一八)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7735

喜觀即到復題短篇二首其二(弟の杜觀すぐにも到着するというので、その喜びを短い詩にかきつけた。)その二

烏鵲を見ると親兄弟に合えるというが、君の顔をまだ見てもいないし、なんだか腹立たしくなってくる、だから、君からの書簡を烏鵲に向けて投げつけてやろうと思ったのだ。なぜなら、待っているというのに、嬉しそうな顔をして、枝だから去らないので、自分は待ちあぐねて烏鵲に対して怒りを表してしまうのである、それは、かつて詩経にいう「原上で、急難であった折に、兄弟は(烏鵲)は助け合う」と、伝えてくれるというのに、少しも君からの便りを知らせてくれなかったので、助け合うことができなかったのである。長江のほとりの西閣の高楼にの持って眺めたとして、柳の枝が茂ってその遠望を遮っている。風に帆を張って駅亭に進む船を数え待っているのである。君と最後に合ってもうかれこれ10年になるから、その間の事項を語り合おうとおもっているし、それをして初めて、心配の極限のこの心もちを晴れ晴れとすることができるというものである

 

767-028

喜觀即到復題短篇二首其一

杜詩詳注巻18-67

全唐詩巻二三一 24-1

767年大暦256  (28)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ7729

 

 

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767年-027 喜觀即到復題短篇二首其一 杜詩詳注卷一八(四)頁一六一七 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7657

喜觀即到復題短篇二首其一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-014-#3卷161_5-#3【字解集】 古風五十九首之五(卷二(一)一○二) 「太白何蒼蒼」詩 紀頌之7733

 

 

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Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-27巻一16-#5 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7734

 

 

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806年-31 巻二 16-#9送文暢師北遊  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7758

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

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index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-027 喜觀即到復題短篇二首其一 杜詩詳注卷一八(四)頁一六一七 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7657

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

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花間集 訳注解説 巻一22 (29)回目温庭筠 《歸國遙二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7736 (11/29)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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.唐五代詞詩・女性

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玉-010-#1 古樂府詩六首其一 -#1日出二東南隅行〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7737

 

 

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767-027 喜觀即到復題短篇二首其一 杜詩詳注卷一八(四)頁一六一七       漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7657

(弟の杜觀すぐにも到着するというので、その喜びを短い詩にかきつけた。)その一

巫峽には巫峽十二峰をはじめ多くの山々がそそり立ち峡谷は空が小さく暗い、あの終南山は万里の遠きにありもう春になっているだろう。

持病に困っているというのにわが弟を見ることができるのはうれしくて仕方がない、一時は死んでしまったかと思っていたが、手紙が届いてみると人間でいてくれたことは、なによりである。

子供らがお前の事を尋ねるのでそれにこたえて聞かせた。ここに来るまでには、永井戦火の中にいたし、つい最近でも、郭子儀が周智光を討伐し、命大将渾臧・李懐光に命じて渭水のほとりに軍事配備をした中を、無事に生きてここに来るのだと。

弟杜觀が船を夔州奉節の港に停泊したら、これまでの悲喜こもごもの話を終え、そうしたら今度は、長安に換えることの話をじっくりしようと思っている。

 

767-028

喜觀即到復題短篇二首其一

杜詩詳注巻18-67

全唐詩巻二三一 24-1

767年大暦256  (28)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ7729

 

 

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【字解集】寄從孫崇簡・江雨有懷鄭典設・熟食日示宗文宗武・又示兩兒・情見乎詞

同時期の詩

【字解集】寄從孫崇簡・江雨有懷鄭典設・熟食日示宗文宗武・又示兩兒・情見乎詞

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20161128

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-014-#2卷161_5-#2 「太白何蒼蒼」詩(古風五十九首之五)(卷二(一)一○二)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7727

 

 

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Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-26 巻一16-#4 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7728

 

 

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806年-31 巻二 16-#9送文暢師北遊  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7758

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

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index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

【字解集】寄從孫崇簡・江雨有懷鄭典設・熟食日示宗文宗武・又示兩兒・情見乎詞

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻一21 (28)回目温庭筠 《歸國遙二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7730 (11/28)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

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寄從孫崇簡

(姪の子である杜崇簡にこの詩を寄せる)

1.【題義】 姪の子で倉曹の官を務めている杜崇簡というものに寄せた詩。詩云林居未相失葢與瀼西相去不當是大暦二年作。

2. 從孫 姪の子。《唐書世系表》、崇簡出襄陽房益州司馬叅軍

3. 崇簡 杜甫の同宗である者の名前。以下の詩にも登場している。

230_31 《吾宗(衛倉曹崇簡)》

吾宗老孫子,質樸古人風。

耕鑿安時論,衣冠與世同。

在家常早起,憂國願年豐。

語及君臣際,經書滿腹中。

4. 東西 白帝城を真中にして、東西に分かれて住んでいることを言う。

5. 龍湫 龍の住む深淵。

6. 虎溪 虎の住む渓谷。

7. 騎曹不騎馬 晋の王獻之(字を王子猷という)の故事。不世説にいう、王子猷が桓冲の騎曹叅軍となる。桓、問いて曰く、卿は何の曹に署せられたるや、王子猷曰く、何の曹なるやを知らず、時に馬を牽きて來るものあるを見れば、是れ馬曹なるに似たりと。

又問う 所管するは幾馬ぞ。王子猷曰く、知らず。馬、何に由りて數を知らんと。崇簡は倉曹を衛するものであることから、王子猷の騎曹の故事を借りてその人物を比したのである。

8. 業學尸  祝雞翁の業を学ぶことを言う。○尸郷 尸郷は地名、河南侶師県の西二十里にある。○土室 穴居の場所。○誰話 他に話するものなく韋のみ話することをいう。○祝雞翁 洛陽の人で尸郷の北山の下に居り、百年あまり鶏千頭をかい、みな名前をつけ、呼べば名ざされたものは種別でやって来たという。一種の仙人であり、祝とは鶏をよぶ声である。邦、朱、祝、みなチュッチュッという音字である。祝雞翁は自己をたとえていう。

  卷224_15 《奉寄河南韋尹丈人》杜甫

  有客傳河尹,逢人問孔融。青囊仍隱逸,章甫尚西東。

  鼎食分門,詞場繼國風。尊榮瞻地,疏放憶途窮。

  濁酒尋陶令,丹砂訪葛洪。江湖漂短褐,霜雪滿飛蓬。

  牢落乾坤大,周流道術空。謬慚知薊子,真怯笑揚雄。

  盤錯神明懼,謳歌德義豐。屍餘土室,難祝雞翁。

奉寄河南韋尹丈人 杜甫

9. 龐公 龐徳公。東漢の末年、襄陽の名士である龐徳公は薬草を求めて妻を連れて山に入ってからもどらなかった。劉表からの士官への誘い、諸葛孔明からも誘われた、それを嫌って、奥地に隠遁したということと解釈している。隠遁を目指すものの憧れをいう。孟浩然《卷159_35 登鹿門山懐古孟浩然》「昔聞龐德公,采藥遂不返。」(昔聞く 龐徳公、藥を採りて遂に返らずと。)

孟浩然 登鹿門山懐古 #1 李白「峴山懐古」関連 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 

李白《寄弄月溪山人》「嘗聞龐德公,家住洞湖水。」(嘗て聞く 龐德公,家は住す 洞湖の水。)

李白 《寄弄月溪山人》Index-7 Ⅱ―2 727年開元十五年27 6首 安陸を中心に35歳まで約十年遊ぶ。kanbuniinkai紀頌之の漢詩

10. 盡室去 一家こぞっての意、妻子を含めた全員一緒になって去ったしまったことを言う。

11. 武陵春樹他人迷 桃源郷の故事、春樹は、桃花樹、他人とは、杜甫のもとに来る来訪者を言う。武陵の桃源郷:世俗を離れた仙郷、別天地。理想郷、ユートピアと同意で、武陵桃源ともいう。中国、東晋(とうしん)の太元年中(376396)武陵の漁師が舟で川をさかのぼってモモの花が咲きにおう林に迷い込み、林の尽きる水源の奥の洞窟(どうくつ)を抜け出ると、そこには秦(しん)の戦乱を避けてこの地に隠れ住んだ人々が、漢・魏()・晋(しん)と数百年にわたって世の中の推移も知らず、平和な別天地での生活を営んでいた、と記す陶淵明(えんめい)の『桃花源記』による。

12. 與汝林居 姪の子、杜崇簡とともに、夔州の山林の中で、隠棲して住むこと。

13. 相失 互いに離れて、見失うこと。

14. 近身藥裹酒長攜 杜甫自身、持病が多く薬と離れられない生活をしている、それを心配して、薬になる程度の酒を携えてたづねてきてくれる。

15. 牧豎 牛や羊を飼ってくれている下僕。

16. 樵童 薪取り、芝刈をしてくれるこどもら、下僕までにならない年若きもの。

17. 無賴 頼りにならない、あてにできない。

18. 斬斷青雲梯 杜甫《石龕》「伐竹者誰子?悲歌上雲梯。」(竹を伐る者は誰が子ぞ、悲歌【ひか】して雲梯【うんてい】に上る。)杜崇簡や下男のものが行き来するのに必要な、「雲梯」を来ることに面倒だと強制的に斬らせるようなことをしてはならんぞ、というユーモアな表現をしている。

“同谷紀行(9)” 石龕 杜甫1000328#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩

雲梯とは、昔、中国で城を攻める際に用いた長いはしごのことであった。 兵器としてのうんていは、台車に折りたたみ式のはしごが搭載されたもので、そのはしごを伸ばし、城壁に掛けて攻め込んでいた。



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767年-026 情見乎詞(得舍弟觀書自中都已達江陵) 杜詩詳注 卷一八(四)一六一六 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7652

得舍弟觀書自中都已逹江陵・・・・・情見乎詞。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161127

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-014-#1卷161_5-#1 「太白何蒼蒼」詩(古風五十九首之五)(卷二(一)一○二)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7721

 

 

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孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-25巻一16-#3 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7722

 

 

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806年-31 巻二 16-#9送文暢師北遊  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7758

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-026 情見乎詞(得舍弟觀書自中都已達江陵) 杜詩詳注 卷一八(四)一六一六 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7652

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-022 古詩八首其八 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7725

 

 

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玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

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●魚玄機全詩

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757-026 情見乎詞(得舍弟觀書自中都已達江陵) 杜詩詳注 卷一八(四)一六一六 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7652

 

得舍弟觀書自中都已逹江陵・・・・・情見乎詞。(弟の杜観からの手紙が届いてみると、河南道 兗州 中都縣を出発し早、江陵に到着しているという、今年の三月には、夔州に行き着けるはずであるという事なので、うれしさと悲しさとが一つになり、惑いが待たれるところであり、それでこの気持ちを詩に書きつけたのである。この詩には、自分の心情を十分に表しているものである。)

君はすでに江陵府を過ぎたという事だが、いつごろ峡州につくのだろうか。これまで兵乱が続いて、お互い生きながら別れという状態に置かれていたのであるが、それが一緒に集まれるという事になるのであれば、私の持病も治ってしまうことになるであろう。東風が吹けば、たとえ颯々と風が吹いていようが、啼きながら自分の目をいっぱいにひらいて迎えよう、そして毎朝、水辺の楼閣に上って、いつ君が来るのか見届けようと思うのである。もうこの身は老体でいずれにしても誰かに預けねばならない、君が来てくれれば、もう白骨になろうとも何の憂いもなくなるというものだ。

 

767-027

  情見乎詞(得舍弟觀書自中都已達江陵,今茲暮春月末行李合到夔州,悲喜相兼,團圓可待詩卽時、情見乎詞)

杜詩詳注巻18-66

全唐詩巻二三一 23

767年大暦256  (27)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ7723

 

 

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767年-025 又示兩兒 杜詩詳注 卷一八(四)一六一五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7647

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Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-013-#6卷162_11 天馬歌 【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7715

 

 

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Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-24巻一16-#2 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7716

 

 

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 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 7693

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

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index-5 806年39歳(2)25

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index-7[810年~811年 44歳] 34

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韓愈 哲学・儒学「五原」

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

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757年-025 又示兩兒 杜詩詳注 卷一八(四)一六一五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7647

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻一20 (26)回目温庭筠 《更漏子六首其六》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7718 (11/26)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

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玉-021 古詩八首其七 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7719

 

 

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玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1

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757-025 又示兩兒 杜詩詳注 卷一八(四)一六一五       漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ              7647

(墓参りや家族で会うなどの寒食節にあたって、それができないので再び二人の息子にしめした詩)

三令節を旅重ねてきたので私はずいぶん年を取って老人になってきた、この老人の心がどんなものか、これから君たちも年を取るにつれ、君らがあの時言っていたのはこういう事だったのかとわかる日があるであろう。夢のように短くはかない人生には、さまざまな事物の変化を見るだろうし、恨みを抱くことが、我慢をするたび、歳を重ねるたびに深くなってくる。齊州の長葛にいる弟からの書簡はほしくても得られるのが難しいし、妹がいる江州のことを思いやると涙がこぼれるのを止めることができない。どうにかして一家が打ち揃って団居たいとおもっているし、そうした思いを白頭の老人が詩にして吟じているのである。

757-025

  又示兩兒

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7647

杜詩詳注卷一八(四)一六一五

767年大暦256

 

 

 夔州に来た最初の春から、杜甫は病気を癒すためにニワトリを飼い始めたようで、夏には親鳥や雛鳥やら合わせて五十羽にもなろうとしていた。それらが家屋の中にまで入り込んで、あまりにも狼藉を働くので杜甫は柵を作って制止したり、ニワトリ籠を作ったりしなければならなかった。

 まず青竹を火で焼いて殺青して強くした。その竹でニワトリが入ってくる小道をふさぎ、垣根の東の空き地には高い柵を作った。また竹かごを編んでその中にニワトリをひとまとめごとに入れ、飛び出していかないようにした。一方、柵や竹かごの目が荒いと、すり抜けて来るものがいるから、このことにも注意しなければならなかった。杜甫はこうしたこまごまとした仕事を、長男の宗文にあてがった。そのことを詠じた詩が五言古詩の1530_宗文を催して鶏の柵を樹てしむ》である。これも長いので関係する部分だけを引用する。

 1530_催宗文樹鶏柵》

自春生成者、隨母向百翮。

 

驅趁制不禁、喧呼山腰宅。

 

踏藉盤案翻、終日憎赤幘。

 

課奴殺青竹、塞蹊使之隔。

 

牆東有隙地、可以樹高柵。

 

織籠曹其内、令入不得擲。

 

稀間苦突過、觜距還汚席。

春自り生成する者は、母に随いて 百の翮(つばさ)に向(なんな)んとす

()り趁()うも われは制し禁()えずして、ニワトリは山腰の宅に 喧呼(ケンコ)す。

踏み藉()みて盤や案をば翻(ひるがえ)せば、終日われは 赤き幘(かんむり)のニワトリを憎む

(やっこ)に課して 青き竹を殺せしめ、蹊(みち)を塞(ふさ)ぎて 之をして隔たしめんとす

(かき)の東に隙地有り、以て高き柵を樹()つべし

また籠(かご)を織りて 其の内に曹(むらが)らしめ、なかに入れて擲(とびあが)るを得ざらしむ

(まばら)なる間なれば 苦(しきり)に突きて過(とびだ)さん、觜(くちばし)と距(つめ)は 還()た席を汚さん

      

 宗文が杜甫から柵作りの仕事をまかせられたと言っても、もちろん宗文一人でやるわけではない。それは「奴に課して青竹を殺せしめる」と言っていることからも明らかである。この「奴」というのは、いままで出てきた杜甫の使用人の阿段、信行、伯夷、辛秀らであろう。だから宗文が実際に柵作りや竹籠作りの仕事をしたかどうかを疑う人もいる。浦起竜は「宗文を催すとは、必ず宗文自ら之を為すに非ざるなり。但だ奴に課して其の事を領するなり」(巻一之四)と言い、楊倫は「柵を樹て籠を織るは、本は奴僕の事なり。而して課して之を督()る者は、則ち宗文なり」(巻十三)と言う。たしかに宗文がどこまでその仕事に加わり、或いは加わらなかったかを見極めるのはむずかしい。

 杜甫は、しばらく熱さを避けていた所から帰ってくると、子供たちにどのように仕事をしたかを尋ね、上の引用部分に続けて次のように詠じている。

1530_催宗文樹雞柵》

避熱時來歸、問兒所為跡。 

 

我寬螻蟻遭、彼免狐貉厄。

 

應宜各長幼、自此均勍敵。

 

籠柵念有修、近身見損益。  

 

明明領處分、一一當剖析。

われは熱を避けしところより 時に来たり帰り、児に為せる所の跡を問う。

我は螻蟻(ロウギ)がニワトリに遭(であ)うを寛(ゆる)くし、彼(ニワトリ)は狐や貉(むじな)の厄(わざわい)を免れん。

ニワトリは応(まさ)に宜(よろ)しく 各(おのおの)長また幼たらしめ、此れ自()りのちは 勍(つよ)き敵を均(ひと)しくすべし。

籠と柵は修むること有るを念(おも)い、身に近づけてその損と益とを見よ

明明におのが処分すべきを領(すべおさ)め、一一に当(まさ)に剖析(ボウセキ)すべし

  

こうした言い方の行間から、宗文が使用人たちと一緒になって、あれこれ注文や教訓話の多い父親の下で、柵作りや籠作りに苦労している様子が容易に想像できるのではないか。

 さらに2002_秋野、五首》其五には、「児童は蛮語を解するも、必ずしも参軍と作らず」という句があるが、こうした使用人たちとの密着した生活の中で、子供らが、おそらくは阿段などの獠族の言葉などまで理解するようになったと述べている。

 この他、1919_豎子を駆りて蒼耳を摘ましむ》2003_小豎に課して舎北の果林の枝蔓を鋤斫(ジョシャク)せしめ、荒穢(コウアイ)は浄め訖(おわ)りて牀を移す、三首》などの詩は、個人名は無いものの使用人のことを題中にあげ、彼らに何の仕事をさせたかをわざわざ書き込んでいる。これらもやはり、夔州における杜甫の生活が使用人たちに支えられ、彼らと密接な関係にあったことを示している。

 


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767年-25 熟食日示宗文宗武 杜詩詳注(卷一八(四)一六一五)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7711

熟食日示宗文宗武 杜詩詳注(卷一八(四)一六一五)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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杜甫詩(1)736~751年  53

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杜甫詩(7)759年秦州詩 66

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漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻一19 (25)回目温庭筠 《更漏子六首其五》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7712 (11/25)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-020-#2 古詩八首其六 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7713

 

 

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玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

花間集(4

●花間集(5

 

 

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

 

 

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757
-25   熟食日示宗文宗武 杜詩詳注(卷一八(四)一六一五)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7711

(熟食日すなわち寒食節にあたって宗文・宗武の二子にかきつけてみせた詩。)

自分は消渇の病を持病としていだいて蜀地、江漢の地にあそび、たびずまいをしているがまだ兵乱がつづいて、故郷に帰るのも怖い思いをしている。官を辞し、故郷を後にし、幾年も熟食日に出会ったことか、またこの万里の遠地にさまようて、また清明の節になろうとしている。故郷では邙山の路に松柏がしげっていることであろうが、ここの白帝城では春も盛りを過ぎ、落花が風にひるがえされている。汝らをそだててかく年年、寒食を迎えてゆくまに自然と自分は老いてゆくのであり、それで故郷の方をふりむくと、年々やたらに涙がながれでるのが増えてゆくのである。

 

767-025

熟食日【案:秦人呼寒食為熟食。】示宗文、宗武

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ7711

杜詩詳注巻18-64

全唐詩巻二三一 3

767年大暦256  (25)

 


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767年-24 江雨有懷鄭典設 杜詩詳注(卷一八(四)一六一四)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7705

杜甫  江雨有懷鄭典設

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161124

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744-013-#4162_11-#4 天馬歌(卷三(一)二三四)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7697

 

 

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744年-013-#6卷162_11 天馬歌 【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7715

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806-22 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7693

 

 

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 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 7693

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757-24 江雨有懷鄭典設 杜詩詳注(卷一八(四)一六一四)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7705

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

 花間集 訳注解説 巻一18 (24)回目温庭筠 《更漏子六首其四》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7706 (11/24)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

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-020-#1 古詩八首其六 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7707

 

 

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玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

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●花間集(5

 

 

●魚玄機全詩

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 757
-24   江雨有懷鄭典設 杜詩詳注(卷一八(四)一六一四)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7705

 (大江、長江のほとりに雨が降り続く、東屯にいる、鄭某典設郎を思ってこの詩を作る)

春の雨が降り辺りはくらく峡中にどんよりとふさがっている、その雨と雲はいつのまにか楚王宮の方からやってきたのである。大江に乱れ立つ波がばたばたと岸を打つし、弱弱しい雲も乱暴にみだれ飛んで、この風に立ち向かって耐えることもできない。この雨は蕙葉に対しては特別のひいきをして多くの発色を光栄を与えてくれるし、また桃の花の上にぼちぼちと降り挿しては、微かな紅色を螢揮させている。長安南の谷狗の地に耕し、巌石の下に耕したと賢の鄭子真ともいうべき鄭君よ、自分は生丁度、君のことをおもっているのだが、岸は高く瀼水は水かさが増えて渡れない(ひろくて)、おたがいを西と東とにくぎりつけられているのでいたしかたがない。

767-024

  江雨有懷鄭典設

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ7705

杜詩詳注巻18-63

全唐詩巻二三一 28

767年大暦256  (24)

 

 

 杜甫詩1500-1189-1639/2500

767- 30 杜少陵集-18-63 江雨有懷鄭典設

作時年:

767

大暦2

56

全唐詩 卷別:

卷二三一 28

文體:

七言律詩

杜少陵集 

18-63

 

 

詩題:

江雨有懷鄭典設

大厯二年瀼西作  唐書東官有典設郎四人

作地點:

奉節(山南東道 / 夔州 / 奉節)

及地點:

瀼西 (山南東道 夔州 奉節)            

 

楚王宮 (山南東道 夔州 巫山)

交遊人物:

鄭典設    書信往來

交遊人物:

 

 

 

 

 

 

 

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767年-23 寄從孫崇簡 杜詩詳注(卷一八(四)一六一三)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7699

寄從孫崇簡 杜詩詳注(卷一八(四)一六一三)

 

 

 

20161123

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

Ⅰ李白詩(李白詩校注)

744年-013-#3卷162_11-#3 天馬歌(卷三(一)二三四)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7691

 

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744年-013-#6卷162_11 天馬歌 【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7715

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-22 巻一 15-#5 醉贈張祕書Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7692

 

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 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 7693

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

Ⅲ 杜詩詳注

757年-23 寄從孫崇簡 杜詩詳注(卷一八(四)一六一三)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7699

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

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花間集 訳注解説 巻一17 (23)回目温庭筠 《更漏子六首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7700 (11/23)

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

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玉-019 古詩八首其五 (古詩十九首之第十八首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7701

 

●薛濤の全詩

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●魚玄機全詩

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757-23   寄從孫崇簡 杜詩詳注(卷一八(四)一六一三)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7699

《寄從孫崇簡》(姪の子である杜崇簡にこの詩を寄せる)

高くそびえた白帝城を中にして東に草堂に居している私と西に居しているけれど、城の南には、龍の住む、深淵があり、北には虎の住む渓谷がある。わが姪の子よ、君は、騎曹叅軍の王子猷が馬の数を覚えていなかった故事にいう人物であるが、尸の祝雞翁の業を学んで多くの鶏を飼養している。それに、昔龐徳公は鹿門山に隠れるとき、一家全員こぞって去ってしまったというが、私自身もその通りにしていて、他人が私を訪ねてこようとしても、武陵の桃源郷に漁父が路を迷ったように、誰もが待っ寄ってしまうのである。このようなことであるから自分は、君と山林での住まいを相離れずにおるのであり、また自分は、薬袋に親しんでいるからと心配をして、酒を携えてたづねてきてくれる。そこで、下僕だの、牧豎だの、樵童だのというものはあてにならない者たちであるから、彼らに君のところを往来するに必要な雲の架け橋を断ち切らせてはならないのである。

 

 

757-022

  寄從孫崇簡

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7699

杜詩詳注卷一八(四)一六一三

767年大暦256

 

 

 

作時年:

767

大暦2

56

卷別: 全唐詩

卷二二二 40

文體:

七言古詩

詩題

  寄從孫崇簡

卷一八(四)一六一三

詩序

 

 

 

作地點

目前尚無資料

 

及地點

白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城

(都畿道 河南府 偃師) 別名:西亳 、新蔡鎮

0

 

 

交遊人物

崇簡

0

フォームの終わり

交遊地點

書信往來(劍南道北部 益州 益州)

 

 

 


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まとめ22 暮春題瀼溪新賃草屋五首と住まいと夔州での農業 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7693

まとめ22 暮春題瀼溪新賃草屋五首と住まいと夔州での農業 

 

 

 

20161122

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

Ⅰ李白詩(李白詩校注)

744年-013-#2卷162_11-#2 天馬歌(卷三(一)二三四)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7685

 

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744年-013-#6卷162_11 天馬歌 【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7715

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

曹植詩65

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-21 巻一 15-#4 醉贈張祕書Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7686

 

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 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 7693

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

index-5 806年39歳(2)25

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index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

Ⅲ 杜詩詳注

まとめ22 暮春題瀼溪新賃草屋五首と住まいと夔州での農業 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7693

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog

花間集 訳注解説 巻一16 (22)回目温庭筠 《更漏子六首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7694 (11/22)

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

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玉-018-#2 古詩八首其四 (古詩十九首之第十七首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7695

 

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

 

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

 

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まとめ22 暮春題瀼溪新賃草屋五首と住まいと夔州での農業 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7693

 

暮春題瀼西新賃草屋五首【字解集】

 

1 瀼西の草堂 足かけ三年、実質一年十ヶ月の夔州滞在ではあるが、この間に何度か居所を変えた。その詳細についてはあまり分かっていない。いろいろな意見が出されており、多いものでは、客堂→草閣(江辺閣)→西閣→赤甲→瀼西→東屯の六カ所を想定している人もいる。そういう中で、一年目の客堂、草閣、赤甲への移居説はひとまず置くとしても、二年目晩春の瀼西と秋の東屯への移居はおおかたの一致するところである。そして、すぐに杜甫は赤甲から瀼西へ引っ越した。瀼西の住まいはこの段階ではまだ賃借りの状態であるが、その後間もなく杜甫によって買い上げられ、その住宅には果園も付属していた。

2 新賃 新たに借りいれる。

3 草屋 かやぶきの家。

4 三峽 三峡(長江三峡)は中国の長江本流にある三つの峡谷の総称。重慶市奉節県の白帝城から湖北省宜昌市の南津関までの193kmの間に、上流から瞿塘峡(くとうきょう、8km)、巫峡(ふきょう、45km)、西陵峡(せいりょうきょう、66km)が連続する景勝地である。三峡地域には瞿塘峡・巫峡・西陵峡のような険しく幅の狭い峡谷の部分と、広くなだらかな寛谷の部分があるが、これは地質の違いによる。三峡独特の景観である峡谷部分は石灰岩が多く、風化には極めて強いが水には溶食されやすく、水の流れる部分だけが深く削られてゆく。また石灰岩には垂直の亀裂ができやすく、水が亀裂の中に入り、その底部を侵食してゆく。谷が深くなると両岸の岩が平衡を失い、垂直に発達した亀裂に沿って谷に落ちるため、両岸が切り立った崖になってゆく。砂岩や頁岩の多い地域は浸食がより進むため、うってかわって広い谷が形成されている。

5 百舌 「モズ」の鳥。

6 日華  1.太陽的光華。 南朝・齊、謝朓《和徐都曹》「日華川上動, 風光草際浮。」

《謝朓全集和徐都曹出新亭渚詩》

宛洛佳遨游。春色滿皇州。

結軫青郊路。回瞰蒼江流。

日華川上動。風光草際浮。

桃李成蹊徑。桑蔭道周。

東都已俶載。言歸望綠疇。

宛・洛は 遨游するに佳く、春色は 皇州に満つ。

珍を青郊の路に結らし、囘かに蒼江の流れを瞰る。

日華は 川上に動き、風光は 草際に浮かぶ。

桃李 蹊徑を成し、桑檎 道周を蔭ふ。

東都 己に載を俶む、言に帰りて 緑の疇を望まん。

「日華」は日の輝き。光風とは、雨己み日掛でて風ふき、草木に光色有るを謂ふなり」すなわち、雨に濡れた草木の葉が日光に輝きながら風に翻っているさまという。五臣(李周翰)注には「風には、もともと光は無い。草上に光色があるというのは、風が草を吹き動かして光らせ、あたかも風に光が有るかのようであるためだ」という。要するに此の語は、『楚辞』を踏まえながらの造語で、風になびく草が日光に輝いているさまを言うのであろう。「草際浮」とは、その輝きが岸辺の草の上のあたりに浮かんでいるように見えるのを言う。

7 哀傷不在茲 茲とは春の過ぎゆくさま、即ち「百舌」以下の四句の事をさす。仇氏は「茲」な戦伐をさすとし、不在茲を豈不在茲乎の義とせり。今従はず。

 杜甫詳注(仇兆鰲) 

  暮春題瀼西新賃草屋五首

年譜大厯二年自赤甲将遷居瀼西而作

久嗟三峽客、再與暮春期。百舌欲無語、繁花能幾時。

谷虚雲氣薄、波亂日華遲。戰伐何由定、哀傷不在

首章題 瀼西暮春 杜中四冩季春時景末二傷心世亂為後 兩章伏脉 臆久客而再逢暮春 見非初意百舌二句見

物候易遷谷虚二句見瀼土堪適豈谷内雲升春晴故曰薄波中日漾春長故遲不在言 不在此戰伐 趙

反舌無聲在芒種後十日今欲無語則暮春時矣。  謝朓詩日華川上動

 


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767年-21 暮春題瀼溪新賃草屋五首其五 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一二)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7687

暮春題瀼溪新賃草屋五首其五

 


 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

Ⅰ李白詩(李白詩校注)

744年-013卷162_11 天馬歌(卷三(一)二三四)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7625

 

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744年-013-#6卷162_11 天馬歌 【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7715

 

孟浩然

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揚雄 《甘泉賦》

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楚辞・九歌》東君

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Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-20 巻一 15-#3 醉贈張祕書Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7680

 

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 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 7693

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

Ⅲ 杜詩詳注

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

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花間集 訳注解説 巻一15 (21)回目温庭筠 《更漏子六首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7688 (11/21)

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

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玉-018-#1 古詩八首其四 (古詩十九首之第十七首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7689

 

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757-21 暮春題瀼溪新賃草屋五首其五 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一二)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7687

(夔州に来て二度目の三月に賃貸で瀼西の家宅、草堂に赤甲から引っ越しして題したものでこの詩は、尚書工部員外郎であっても、夔州にいたのでは何の力にもなりえない悔しさを述べる。)その5  自分は世をすくう策を天子の御前で陳べたくおもうところであるが、もはやこの尚書の郎官たる自分は老いてしまった。それに、いまだに施政が落ち着かず、犲狼どものたたかいがやむことはなく、文官の列、鴛鷺の行列にある自分も、愧じいるばかりである。時世は安らかならず人民の生計は急をつげて、窮迫している。自分には風にさかさまに吹きつけられて肝心な羽や毛はそこなわれているのである。それでまた今日も、夕日の落ちるころとなると、江漢の地で悲しい思いをましてきて、夜中になったころには涙が寝牀にいっぱいにあふれる。

杜少陵集 卷一八61

暮春題西新賃草屋,五首之五

 

杜甫詩index-15 767年大暦256 (29)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7587

 

 

 

夔州の地を杜甫は楚と呼ぶことがあるから、「楚童」は柴刈りを生業とする当地の少年たちを意味していることになる。当然ながら少年たちも、農事はもちろんそれ以外でもこうした生業に従事していた。唐詩には、樵童のほか、漁童、漁児、牧童、牧豎などの言葉が見え、労働する様々な少年が点描されている。

 柴刈り、薪拾いは、自家消費のためだけではなく、それを売って現金収入を得るためでもあった。そしてそれを賦税にも充てるのである。もちろんその生業は少年だけが受け持ったわけではない。夔州では、男が戦争に駆り出されるため盛りを過ぎても嫁に行けない女性が多く、さらに当地の(恐らくは少数民族の)特異な風俗として、男が家にいて女が外で柴刈りの力仕事をしたり、塩井の危険な労働に従事しなければならなかった。杜甫はそんな夔州の婦人に同情を禁じ得ない。そのことを

1517_薪を負うの行(うた)で、

夔州處女髮半華、四十五十無夫家。

 

更遭喪亂嫁不售、一生抱恨長咨嗟。

 

土風坐男使女立、男當門戸女出入。 

 

十有八九負薪歸、賣薪得錢應供給。

   ……

筋力登危集市門、死生射利兼鹽井。  

夔州の処女 髪は半ば華(しろ)く、四十五十にして 夫家無し。


更に喪乱に遭いて嫁には售れず、一生恨みを抱きて長く咨嗟く。


ここの土風は男を坐せしめて女を立たしめ、男は門戸に当たり女は出入す。


おんなの十のうち八九は 薪を負いて帰る有り、薪を売り銭を得て 供給に応ず。


おんなは筋力もて危きに登り 市門に集まり、死生のうちに利を射て 塩井を兼ぬ。

 

のように詠じている。単なる薪拾いなら女児にもできるが、柴刈りとなると、斧を打ち下ろして枝を断ち切る必要もあり、女なら成人でないと無理であろう。「筋力もて危きに登り」とあるように、夔州のような山あいの地では、あるときには急な斜面に登り、枝を引き寄せながら斧を使わなければならなかった。ただし次の1411_遣悶奉呈嚴公二十韻》の詩は成都時代のもので、やくざな樵の少年が斧で切っているのは杜甫の草堂の大事な生け垣である。

藩籬生野徑、斤斧任樵童。

藩籬には 野径の生じ、斤斧は 樵童に任せん

 また「市門に集まり」というように薪は町の市場まで担いで行って売り、町の住民が買う。荊州に下ってゆく知人を見送った杜甫の1833_王十六判官を送る》の詩では「(きみは)薪を買うに猶お白帝」などとある。このように当時夔州の地で、杜甫の身辺に柴刈りの仕事が有り、薪を売るものがおり、そして薪を買うものがいたことを、杜甫の詩はよく伝えている'⑶'

 杜甫が瀼西に住んでいたとき、杜甫の家まで薪を担いで売りにくる樵童がいたであろう。杜甫が彼らから薪を買っていたことは十分に考えられる。「生を全うし楚童に狎()る」というのは、生活を全うしていくにはこうした樵童らと近づかなければならないことを言っている。しかも彼らのなかには「牧豎と樵童は亦た無賴」《1851_従孫の崇簡に寄せる》というように、信用のおけないやくざな連中もいた。もともと「楚童に狎る」の対になる句が「巴虎を防ぐ」で、虎と対置されているような存在ではあった。この地でなんとか生活していくためには、やくざな彼らと近づきなれ合うことも必要だと、杜甫は考えているのである。

 杜甫がこの地で「狎れ」なければならなかったのは樵童だけではない。漁樵や樵牧の言葉が熟するように(杜甫はいずれも使う)、樵のほか漁や牧を生業とする下層社会の人々とも身近に接して生きなければならなかった。もちろん彼らは士人階層ではないし、律令制下で良民に分類される均田農民でもない。農民は土地に縛り付けられているが、彼らにはその土地さえない。士人階層からすると、土地に縛られない自由さを持っているように見えるが、彼らにも税の負担はのしかかっていた。もちろん農民が樵や漁や牧を副業とすることはあったろうが、ここで問題にしているのはあくまでそれらと区別して考えた場合である。

 


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767年-20 暮春題瀼溪新賃草屋五首其四 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一二)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7681

暮春題瀼西新賃草屋五首其四

 

 

 

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Ⅰ李白詩(李白詩校注)

李白《月下獨酌四首》【字解集】

 

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・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

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杜甫詩(1)736~751年  53

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杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

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杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

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757-20 暮春題瀼溪新賃草屋五首其四 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一二)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7681

(夔州に来て二度目の三月に賃貸で瀼西の家宅、草堂に赤甲から引っ越しして題したものでこの詩は、安史の乱が終わっても、天下が治まっていないことを述べる。)その4

自分は壮年の時に書や剣を學んだが、後日になるとそれは役に立たず、わが身は世に用いられることはなく、泥沙にすてられるだけであった。嘗て天子にお事えをして、俸禄を頂戴したことが無いわけではないが、人の生活には際限があっていつのまにか老衰になった。それで高斎(瀼西の草堂)で薬餌にたよっているたまに、この絶域で春景色が二度も改まることになった。喪乱のために自分の赤い忠誠心は破壊されてしまった。王臣どもが臣節を尽くさず、兵を弄して天下がまだ一家の様に秩序されないからである。

767-020

暮春題瀼溪新賃草屋五首其四

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杜詩詳注巻18-60

全唐詩巻二二九 46-4

767年大暦256  (20)

 


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767年-19 暮春題瀼溪新賃草屋五首其三 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一一)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7675

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161119

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Ⅰ李白詩(李白詩校注)

744年-012-#2卷172_6-#2 夕霽杜陵登樓寄韋繇(卷十三(一)八三一)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7673

 

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司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

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曹植詩65

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楚辞・九歌》東君

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

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・李商隠詩 (1) 136首の75

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

757年-19 暮春題瀼溪新賃草屋五首其三 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一一)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7675

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

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花間集 訳注解説 巻一14 (19)回目温庭筠 《菩薩蠻十四首 其十四》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7676 (11/19)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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玉臺新詠序の字解集

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-19 暮春題瀼溪新賃草屋五首其三 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一一)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7675

(夔州に来て二度目の三月に賃貸で瀼西の家宅、草堂に赤甲から引っ越しして題したものでこの詩は、植えた蜜柑の樹が育ってきていることを述べる。)その3  五色の雲が浮いていたが、くもりになってまた白くなってきたようだ。白雲は、彩雲の色にうつろうて、錦のように見えていた蜜柑樹の葉も暁からかけて、日々に青色も濃くなってゆく。自分はこの世、この地に於て、隠棲し、今はただ左右のもつれた鬢の毛をあますばかりであり、天地のあいだにただ一つのこの草堂、草亭があるばかりだ。ひとりで哀れな歌をうたって世間に名声を売ろうというわけではないが、我自らのことを愛惜し、だれのためとて醒めてくらす必要もないから酔うて舞をもうたりする。小雨がふってきたので耕すのに鋤を荷うて外に立つと、翠の屏風の様な山壁で江の猿がなきさけんでいる。

杜少陵集 卷一八59

暮春題西新賃草屋,五首之三

 

全唐詩:卷二二九 46 -2

 

index-15 767年大暦256 (27)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7572

 

 

 

 大暦二(七六七)年の三月、五十六歳の杜甫は、白帝城を離れ今の草堂河西岸の瀼西に移り住んだ。それ以後瀼西ではしばしば隠遁的雰囲気の濃厚な詩を作っている。1942_秋峽》の詩ではその前半で次のように言う。(ここでは仇注が鶴注によって東屯での作とするのには従わない。)

江濤萬古峽、肺氣久衰翁。 

不寐防巴虎、全生狎楚童。

江濤の万古にわたるこの峡、肺気の久しく衰えしこの翁

()ねずして巴の虎を防ぎ、生を全うして楚の童に狎()

 

杜甫は四十代から肺を病んでおり、「高秋に肺気蘇(よみがえ)る」1941_秋清》とあるように、瀼西宅でも一進一退を繰り返していた。また三峡地帯は虎が多く「虎穴は里閭に連り、隄防するは旧より風俗なり」《1907_課伐木》というように、虎が人間に身近にいて、実際に村里に頻繁に出没していたので、虎を防ぐことがこの地での重要事となっていた。虎は杜甫の夔州詩にしばしば出現する。

 詩の後半では、瀼西宅の門前には紅葉が落ちている。それが掃かれていないのは人が訪れていない証拠で、隠遁的住まいであることをほのめかしている。

衣裳垂素髮、門巷落丹楓。

常怪商山老、兼存翊贊功。

衣裳には素(しろ)き髪の垂れ、門巷には丹(あか)き楓の落つ常に怪しむ 商山の老の、兼ねて翊賛(ヨクサン)の功を存するを

 

 

とあり、最後は、八十余歳の商山の隠士たちが山から出てきて、漢の高祖の太子を翼賛した四皓(シコウ)の故事を引き、自分にはそんな気力も体力もないほど弱っていると述べている。このようにこの詩は、瀼西宅で隠者のようなわび住まいをしつつ、病の身を養いながらなんとか日々の生活と格闘して生きているのだと述べている。

 しかしわたしが注目したいのは前半の「全生狎楚童」の句である。「狎楚童」はあとで検討するように、柴刈りやたきぎ拾いをする現地の童児たちと近づき接するの意である。「全生」はこの句のほかにももう一箇所、また似たような「全身」「全命」などの表現も用いている。以下、それらを関連させながら、その背景にある老荘の生活哲学と当時の杜甫の生活実態の二つの面から、この句の意味を考えてみたい。

 まず「全生」について。それは自分の天性を保全するという意味であるが、杜甫の場合にはさらに生計を立て生活または生命を全うするという、より実際的な意味合いも含んでいると思う。この「全生」は、少しあとの《2003_小豎(ショウジュ)に課して舎北の果林を鋤斫(ジョシャク)せしめ、枝蔓の荒穢(コウアイ)は浄(きよ)め訖(おわ)りて床を移す、三首》其二の詩で、

  薄俗防人面、 薄き俗には 人面を防ぎ

  全身學馬蹄。 身を全うするには 馬蹄(バテイ)を学ぶ

という「全身」と同じ意味であろう。杜甫が学ぼうとしている「馬蹄」とは『荘子』の馬蹄篇を指す。馬蹄篇の主旨は、人為を加えることが万物の生命をちぢめる原因だから、人為を廃し無為自然に生きてこそ生命を全うすることができるということである。だから杜甫はこの二句で、情の薄い当地の風俗にあっては、人面獣心のごとき人々から身を守り(清の黄生の注解)、生命を全うするために人為を廃して自然体で生きて行かなくてはならないと述べているのである。

 このように瀼西の地で生きていくには、思想的には老荘の無為自然の哲学をよりどころにせねばという思いが杜甫にはあるのだが、杜甫が学ぼうとする、或いは学(まね)ようとする『荘子』の馬蹄篇には次のようにある。

  故に至徳の世は、…是の時に当たるや、…万物は群生し、其の郷に連属す。禽獣は群を成し、草木は遂げ長ず。

    故至德之世、…當是時也、…萬物羣生、連屬其郷。禽獸成羣、草木遂長。

  夫れ至徳の世は、同じく禽獣と居り、族(あつ)まりて万物と並(とも)にす。悪くんぞ君子と小人をしらんや。

    夫至德之世、同與禽獸居、族與萬物並、惡乎知君子小人哉。

無為自然が実現された理想の世では、万物は差別が無くなって禽獣も一緒に住みあい、人も君子や小人の区別がなくなる状態が現出するのである。同じような考え方は盗跖(トウセキ)篇にも、

  神農の世は、臥すれば則ち居居として、起くれば則ち于于たり。民はその母を知りて、その父を知らず。

  麋鹿と共に処()り、耕して食らい、織りて衣し、相い害するの心有る無し。此れ至徳の隆なり。

    神農之世、臥則居居、起則于于。民知其母、不知其父。

    與麋鹿共處、耕而食、織而衣、無有相害之心。此至德之隆也。

のように見える。神農の世の「至徳」の時代には、民は無欲で、己の衣食は己でまかない、互いに害しあうことなく、麋鹿などの動物と差別なく一緒に住んでいたというのである。

 このほか「全生」は、この年の春に

1850_暮春に瀼西の新賃の草堂に題す、五首》其二の詩でも、

養拙干戈際、 全生麋鹿羣。

干戈(いくさ)の際に 拙を養い、麋鹿(びろく)の群に 生を全うす

  

のように用いていた。麋鹿と一緒に群れを成すという言い方は、その年の晩秋に作った2013_暁に望む》の詩でも繰り返し、

荊扉對麋鹿、應共爾為羣。

わがやの荊の扉は 麋鹿に対し応(まさ)に爾らと共に 群を為すべし

   

と詠じている。もちろん麋鹿と群を同じくするという言い方は、唐詩などでは隠遁や無位無官の状態の代名詞のように用いられもする。しかしそれはさておいて、ここで「全生麋鹿羣」つまり麋鹿のような禽獣と群居し生命を全うしながら生きているというのは、先の馬蹄篇、盗跖篇の思想に学んだものであろう。これはまた瀼西で、鶏と一緒に住んでいると詠じた《2005_向夕》の詩の、

  鶴下雲汀近、 鶴は雲汀に下りて わがすまいに近く

  雞棲草屋同。 鶏は草屋に棲みて わがすまいと同じ

も同じように、禽獣と群居する一つの形だと見なせる。ただ鶏とともに住むというのは珍しい表現で、自分を戯画化したおかしみをどことなく漂わせている。

 またこの「全生」「全身」は、「全命」という言い方とも同じであろう。2065_懐いを写す、二首》其一の詩に、

全命甘留滯、忘情任榮辱。 

命を全うして 留まり滞ることに甘んじ、情を忘れて 栄と辱とに任せん

   

と詠じている。この時期杜甫は、故郷へ帰る願いもかなわず、都で官に就く希望もついえ、こんな僻遠の地に病んで零落していると、絶望感と焦燥感にさいなまれてもいた。我が子の誕生日に「『文選』の理に熟精せよ」《1718_宗武生日》と戒めたことのある杜甫である。「栄辱に任せん」と詠じたとき、杜甫はその『文選』にも載せる、

  われは又、荘・老を読み、重ねて其の放(きまま)さを増せり。

  故に栄進せんとする心を日びに頽(くず)れしめ、

  実に任せんとする情を転(うた)た篤(あつ)くならしむ。

    又讀莊老、重增其放。故使榮進之心日頽、任實之情轉篤。   『文選』巻四三「與山巨源絶交書」

という嵆康の一文を意識していたのではないかと思う。老荘の無為自然の境地にあって、自分の今ある現実を運命としてあるがままに甘んじて受け入れれば、個人的な好悪や喜怒哀楽の情は忘却され、栄と辱の差別もなくなる。杜甫はこの詩でそうあろうとしている。

 

 


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(夔州に来て二度目の三月に賃貸で瀼西の家宅、草堂に赤甲から引っ越しして題したものでこの詩は、ミカンの木を植えたいと思っていることを述べる。)その2

この土地で千本のみかんの木を植えると、「皆與千戸侯等」とされ、その地の君王か、縣令にくらべてもおかしくないということで、自分もたくさん植えたけれど、とても金持ちの資格はないかもしれない。ただ兵乱の際にもちまえの世渡り下手なところを養い、麋鹿のむれにまじって生命を全うするだけのことである。人をはばかつては江北の草によりそい旅の飯を食べながら瀼西の雲を伴としているが、隠者の住まいの白雲とは異なるものである。萬里のかたいなかの巴渝の歌も三年聞いてしまったので、実に聞き飽きたのである。

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-17 暮春題瀼溪新賃草屋五首其一 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一○)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7663

暮春題瀼西新賃草屋五首其一(夔州に来て二度目の三月に賃貸で瀼西の家宅、草堂に赤甲から引っ越しして題したもの)

三峡の客である自分はいつものことながらまたなげく、ここ夔州へ来てから二度春の暮れにであうことになった。百舌鳥も鳴かなくなろうとしでいるし、繁く咲いていた花も、あとどれだけの時間、持続していられるものか。谷はがらんどうで雲気薄くたちのぼり、波がみだれて水上の日のかがやきがいつまでもつづく。どうしたら戦伐が平定せられることであろうか、これこそ自分の哀傷のやどるところであって、自分の哀傷はただ春が暮れゆくなんぞの点に在るのではない。

 

杜少陵集 卷一八56

暮春題西新賃草屋,五首之一

index-15767年大暦256 (17)

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夔州は、山南道に属し、奉節県、雲安県、巫山県、大昌県の四県を領していた。さらに一時期は夔州都督府が置かれていたこともあり、三峡の小さな町に、夔州都督府、夔州、奉節県の三つの役所があったことになり、唐代の赤甲山から白帝山方面にあった。

 

夔州に上陸した杜甫は、梅渓河西岸ではなく、赤甲山、白帝山方面にある役所で夔州入りの手続きを済ませた違いない。ここからいよいよ杜甫の夔州時代が始まったのである

夔州は、新旧唐書の地理志によれば、山南道に属し、奉節県、雲安県、巫山県、大昌県の四県を領していた。さらに一時期は都督府(下)が置かれていたこともあり、三峡の小さな町に、夔州都督府、夔州、奉節県の三つの役所があったことになる。政治的軍事的には一地方の重鎮であり、唐代にはそれ相応の人口もあり繁華でもあった。

 まず確認しておかなければならないのは、それらの役所の場所である。従来多く考えられてきたように、それは梅渓河(西瀼水)の西岸ではなかった。あとでも触れるが、いずれも今の子陽山(後掲の簡錦松氏によれば唐代の赤甲山)から白帝山方面にあった。夔州に上陸した杜甫は、梅渓河西岸ではなく、赤甲山、白帝山方面にある役所で夔州入りの手続きを済ませた違いない。ここからいよいよ杜甫の夔州時代が始まる。

 ほとんどの編年系のテキストで夔州詩の最初に置かれているのは、《1501_移居夔州作》の詩である。

移居夔州郭

(居を夔州に移さん)

伏枕雲安縣,遷居白帝城。

枕に伏す 雲安縣,居を遷す 白帝城。

春知催柳別,江與放船清

春は知る柳を催して別れしむるを、,江は放船を與【ため】にして清し。

農事聞人,山光見鳥情。

農事 人のくを聞く,山光 鳥情を見る。

禹功饒斷石,且就土微平。

禹功 斷石饒し,且く就かん 土の微平なるに。

 

夔州での詩は、巻十五から、巻二十一の真ん中まで、六巻半の分量である。夔州には766(大暦元)年の晩春から、768(大暦三)年正月の中頃まで滞在した。夔州に到着したのを仮に晩春の三月の真ん中だとして数えると、二十二ヶ月である。杜甫の五十五歳から五十七歳までにあたる。

 

 足かけ三年、実質一年十ヶ月の夔州滞在ではあるが、この間に何度か居所を変えた。その詳細についてはあまり分かっていない。いろいろな意見が出されており、多いものでは、客堂→草閣(江辺閣)→西閣→赤甲→瀼西→東屯の六カ所を想定している人もいる。そういう中で、一年目の客堂、草閣、赤甲への移居説はひとまず置くとしても、二年目晩春の瀼西と秋の東屯への移居はおおかたの一致するところである。

 

 杜甫が(西閣または赤甲から)瀼西へ引っ越したことは、いろいろな詩から総合的に判断できることであるが、より直接的には以下の詩からわかる。

それは1813_瀼西寒望》の詩に、瀼西への引っ越し計画を、

瀼西寒望

(瀼西の寒望)

【夔人以澗水通江者為瀼,大昌縣西有千頃池,水分三道,其一南流奉節縣,為西瀼水。】

【夔人 以て澗水江に通ずる者は瀼と為し,大昌縣 西に千頃の池有り,水 三道に分れ,其の一 南に奉節縣に流る,西瀼水と為す。】

水色含群動,朝光切太虛。

水色 群動を含む、朝光 太虚に切なり。

年侵頻悵望,興遠一蕭疏。

年侵して 頻りに帳望す、興遠くして一に蕭疏たり。

猿挂時相學,鷗行炯自如。

猿挂かりて時に相学ぶ、鴎行く 炯として自如たり。

瞿唐春欲至,定卜瀼西居。

瞿唐 春 至らんと欲す、定めて卜せん瀼西の居。

と述べており、そして実際に1850_暮春に、瀼西の新たに賃せし草屋に題す》の五首連作の詩を作っているからである。

暮春題瀼西新賃草屋,五首之一                          久嗟三峽客,

暮春題瀼西新賃草屋,五首之二                          此邦千樹橘,

暮春題瀼西新賃草屋,五首之三                          綵雲陰復白,

暮春題瀼西新賃草屋,五首之四                          壯年學書劍,

暮春題瀼西新賃草屋,五首之五                          欲陳濟世策,

瀼西の住まいはこの段階ではまだ賃借りの状態であるが、その後間もなく杜甫によって買い上げられ、その住宅には果園も付属していたと考えられる。その証拠となる詩は、次の四首である。大暦二年の秋、その住宅を杜甫の娘婿の呉郎に、貸し与えることを述べた2043_呉郎司法に簡す》の詩に、

簡呉郎司法

郎司法

 

有客乘舸自忠州,遣騎安置瀼西頭。

 

古堂本買藉疏豁,借汝遷居停宴遊。

古堂 本と買いしは 疏豁に藉る、汝に借して居を遷さしめ 宴遊を停めしめん

雲石熒熒高葉曙,風江颯颯亂帆秋。

 

卻為姻婭過逢地,許坐曾軒數散愁。

 

と述べ、その年の晩秋の767年 《巻20-65小園》の詩には、

小園

 

由來巫峽水,本自楚人家。

 

客病留因藥,春深買為花。

(たび)に病んで 留まるは薬に因る,春深くして 買うは花の為なり。

秋庭風落果,瀼岸雨沙。

 

問俗營寒事,將詩待物華。

 

とあって、詩題にいう小園を晩春に買ったと述べているからである。この小園については浦起竜も「瀼西の果園なり」「買うとは園を買うにして、花を買うには非ざるなり」(巻三之六)というように、瀼西の四十畝のそれであったろう。そしてその果園が瀼西宅に附属していたものであることは、《20-66寒雨朝行視園樹寒雨に朝行きて園の樹を視る)の詩に「わが柴門は樹を擁して千株に向(なんな)んとす」とあることからわかる。千株は「千橘」の典故を意識した千本にも近い蜜柑の木を意味する。

寒雨朝行視園樹

柴門雜樹向千株,丹橘黃甘此地無。

江上今朝寒雨歇,籬中秀色畫屏紆。

桃蹊李徑年雖故,梔子紅椒豔復殊。

鎖石藤稍元自落,倚天松骨見來枯。

林香出實垂將盡,葉蒂辭枝不重蘇。

愛日恩光蒙借貸,清霜殺氣得憂虞。

衰顏更覓藜床坐,緩步仍須竹杖扶。

散騎未知雲閣處,啼猿僻在楚山隅。

 

さらに翌年正月、夔州を去るに当たって、その家屋と果園の不動産を南卿兄という人物に贈ることを詩題にした2138_将に巫峡に別れんとして南卿兄に瀼西の果園四十畝を贈る》の詩が作られている。果園が何ヶ所でどこにあったかなどについては異説があるが、全体としてこの通説は正しいであろう。「瀼西宅」(《1917_阻雨不得歸瀼西甘林》による)に住んだのは、東屯に一時移り住み呉郎に貸し与えた時期を考慮外とし、多く見積もったとしても大暦二年の暮春三月から翌年正月まで十ヶ月足らずである。

 大暦二(七六七)年、五十六歳の杜甫が、野菜作りや稲田・蜜柑園の管理経営に力を入れるのが、この瀼西(東屯)に住んでいた一時期である。

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767年-16 卜居 杜詩詳注(卷一八(四)一六○九)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7657

757-16   卜居 杜詩詳注(卷一八(四)一六○九)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7657

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年11月16日

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩(李白詩校注)

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韓愈  秋懐詩十一首 【字解集】

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

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韓愈 哲学・儒学「五原」

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

757年-16 卜居 杜詩詳注(卷一八(四)一六○九)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7657

 

 

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杜甫  卜居 (赤甲山より更に瀼西に住居を卜せんとして作れる詩。) 

むかし、霊虚山で仙道を学んで、丁令威が鶴に化して遼東へ帰ったというが、自分も鶴にでもなって故郷の隠棲地に還ればよいとそれを鶴を羨む。越の莊舄が楚の宰相である執珪の位にまでなっても故郷を忘れかね、病中に越歌を吟じたというが、病気である自分も今はそんな状況である。かねがね遊びたいとおもっている碧海にはまだ遊ぶことはできず、かえって到るところに山居をもとめているありさまである。こんど住もうとしているところは、この地方では長江の北で、雲のうかぶ峻山もいくらかゆとりがあって平であるから、春の耕作でもはじめて瀼水の西で地面に鋤鍬でもいれようとおもうところである。桃の花が真っ赤に吹くころに、お客でもたずねてきたなら、定めし昔の武陵の漁父が桃源で路をふみ迷う様なめにあうだろう。

 

767-016

  卜居

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ7657

杜詩詳注巻18-56

全唐詩巻二二九 45

767年大暦256  (16)

 

 

杜甫詩1500-1183-1633/2500

【大歷二年春,甫自西閣遷赤甲、此是大厯二年自赤甲将遷居瀼西而作。】

入宅,三首之一

229 43-1 /18-52 

奔峭背赤甲,斷崖當白鹽。客居愧遷次,春酒漸多添。 

花亞欲移竹,鳥窺新捲簾。衰年不敢恨,勝概欲相兼。 

三首之二

229 43-2 /18-53 

亂後居難定,春歸客未還。水生魚複浦,雲暖麝香山。 

半頂梳頭白,過眉拄杖斑。相看多使者,一一問函關。 

三首之三

229 43-3 /18-54 

宋玉歸州宅,雲通白帝城。吾人淹老病,旅食豈才名。 

峽口風常急,江流氣不平。只應與兒子,飄轉任浮生。 

赤甲

229 44 /18-55 

卜居赤甲遷居新,兩見巫山楚水春。炙背可以獻天子,美芹由來知野人。

荊州鄭薛寄書近,蜀客郗岑非我鄰。笑接郎中評事飲,病從深酌道吾真。

卜居

229 45 /18-56 

歸羨遼東鶴,吟同楚執珪。未成游碧海,著處覓丹梯。 

雲障寬江左,春耕破瀼西。桃紅客若至,定似昔人迷。 

暮春題瀼西新賃草屋,五首之一卷229_46-1 / 巻18-57 

久嗟三峽客,再與暮春期。百舌欲無語,繁花能幾時。

谷虛雲氣薄,波亂日華遲。戰伐何由定,哀傷不在茲。

五首之二

229_46-2 / 巻18-58

此邦千樹橘,不見比封君。養拙干戈際,全生麋鹿群。

畏人江北草,旅食瀼西雲。萬里巴渝曲,三年實飽聞。

五首之三

229_46-3 / 巻18-59 

彩雲陰複白,錦樹曉來青。身世雙蓬鬢,乾坤一草亭。

哀歌時自短,醉舞為誰醒。細雨荷鋤立,江猿吟翠屏。

五首之四

229_46-4 / 巻18-60 

壯年學書劍,他日委泥沙。事主非無祿,浮生即有涯。

高齋依藥餌,域改春華。喪亂丹心破,王臣未一家。

五首之五

229_46-5 / 巻18-61 

欲陳濟世策,已老尚書郎。未息豺虎鬥,空慚鴛鷺行。

時危人事急,風逆羽毛傷。落日悲江漢,中宵淚滿床。

江雨有懷鄭典設

231_28 / 巻18-63

春雨暗暗塞峽中,早晚來自楚王宮。亂波分披已打岸,弱雲狼藉不禁風。

寵光蕙葉與多碧,點注桃花舒小紅。穀口子真正憶汝,岸高瀼滑限西東。

 

 

18-55     24          赤甲

作時年:

767

大暦2

56

全唐詩 卷別:

卷二二九 44

文體:

七言律詩

杜少陵集 

18-56

 

 

杜詩詳注

18-56

 

 

詩題:

卜居

大歷二年春,甫自西閣遷赤甲。 

作地點:

夔州(山南東道 / 夔州 / 奉節、瀼西、赤甲)

及地點:

山南西道 奉節の東40里、麝香山。

交遊人物:

 

 

 

 

 

229_45 《卜居》杜甫 

卜居

(赤甲山より更に瀼西に住居を卜せんとして作れる詩。) 

歸羨遼東鶴,吟同楚執珪。

むかし、霊虚山で仙道を学んで、丁令威が鶴に化して遼東へ帰ったというが、自分も鶴にでもなって故郷の隠棲地に還ればよいとそれを鶴を羨む。越の莊舄が楚の宰相である執珪の位にまでなっても故郷を忘れかね、病中に越歌を吟じたというが、病気である自分も今はそんな状況である。

未成游碧海,著處覓丹梯。 

かねがね遊びたいとおもっている碧海にはまだ遊ぶことはできず、かえって到るところに山居をもとめているありさまである。

雲障寬江左,春耕破瀼西。

こんど住もうとしているところは、この地方では長江の北で、雲のうかぶ峻山もいくらかゆとりがあって平であるから、春の耕作でもはじめて瀼水の西で地面に鋤鍬でもいれようとおもうところである。

桃紅客若至,定似昔人迷。 

桃の花が真っ赤に吹くころに、お客でもたずねてきたなら、定めし昔の武陵の漁父が桃源で路をふみ迷う様なめにあうだろう。

(卜居)

歸は羨む 遼東の鶴、吟は同じ楚の執珪。

未だ碧海に遊ぶことを成さず、薯虞に丹梯を覚む。

雲嘩江北に寛打でり、春耕演西を彼らむ。

桃紅なるとき客若し亨らば、定めて似む昔人の迷ひしに。

 

夔州東川卜居図詳細 002 











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767年-15 赤甲 杜詩詳注(卷一八(四)一六○八)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7651

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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-15   赤甲 杜詩詳注(卷一八(四)一六○八)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7651赤甲》(赤甲山のそばに卜居したことにつけて天子を思い、諸友の鄭・薛、郄・岑、昻・崔を懐うことをのべたもの。)  赤甲山のそばへ住居を卜して引越したばかりだ。これで自分は巫山楚水の春に二度目をむかえる。日なたの背中あぶりの快さは天子にたてまつってもよいほどであり、芹のうまさはもとより野人たる自分がよく知っている。荊州にいる鄭審や薛據は近いので詩をよこしてくれるが、蜀地の客である郗昂・岑參は隣りあいではなくかけはなれている。だがにこにこと郎中・評事などの諸君′席をちかづけて酒を飲み、病気ながらつい過ごすところから自分の本心を吐きだすのである。

 

 

 

 

杜少陵集 卷一八55

赤  甲

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杜甫詩index-15

767年大暦256 (23)

11821632

 

 

 

18-55     23          赤甲

作時年:

767

大暦2

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文體:

七言律詩

杜少陵集 

18-55

 

 

詩題:

赤甲

大歷二年春,甫自西閣遷赤甲。 

作地點:

夔州(山南東道 / 夔州 / 奉節、瀼西、赤甲)

及地點:

山南西道 奉節の東40里、麝香山。

 

 

 

 

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229_44 《赤甲》杜甫 

赤甲

(赤甲山のそばに卜居したことにつけて天子を思い、諸友の鄭・薛、郄・岑、昻・崔を懐うことをのべたもの。)

卜居赤甲遷居新,兩見巫山楚水春。

赤甲山のそばへ住居を卜して引越したばかりだ。これで自分は巫山楚水の春に二度目をむかえる。

炙背可以獻天子,美芹由來知野人。

日なたの背中あぶりの快さは天子にたてまつってもよいほどであり、芹のうまさはもとより野人たる自分がよく知っている。

荊州鄭薛寄書近,蜀客郗岑非我鄰。 

荊州にいる鄭審や薛據は近いので詩をよこしてくれるが、蜀地の客である郗昂・岑參は隣りあいではなくかけはなれている。

笑接郎中評事飲,病從深酌道吾真。 

だがにこにこと郎中・評事などの諸君′席をちかづけて酒を飲み、病気ながらつい過ごすところから自分の本心を吐きだすのである。

(赤甲)

居を赤甲に卜して還居 新なり、両たび見る巫山楚水の春。

炙背以て天子に獻す可し、美芹由來野人知る。

荊州の鄭薛詩を寄する近く、蜀客 郗岑我が鄰に非す。

笑ひて郎中評事に接して飲み、病みで深酌より吾が眞を道ふ。

瞿塘峡・白帝城・魚復 

 


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杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

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757
-14 入宅三首其三 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六○八)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7645

入宅,三首之三  (西閣の住所から赤甲山のそばへ居を移してそこの宅に入ったことをのべた詩この第三首は古えに宋玉がこの地を離れることができなかったように自分もこの地にとどまったままである心境をのべる。)

ここの白帝城と歸州の宋玉が宅とは雲気が相通じておる。我が輩はここに老病い身をとどめること久しいが、こんな旅くらしのままでいて、どうして宋玉の様な才名を残すことができるであろうか。問題は峡口にはいつも風が急に吹いているし、長江の流にも、不平の気があるかの様にみえることである。ただ、自分はこんなことでもってこの先、とても子供等といっしょに、浮草の生涯に身をゆだねて、転々してゆくことであらう。

 

767-014

入宅三首其三

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ7645

杜詩詳注巻1852

全唐詩巻二二九 43-3

767年大暦256  (14)

 

 

 

 

18-54     22   入宅,三首之三【案:大歷二年春,甫自西閣遷赤甲。】

作時年:

767

大暦2

56

全唐詩 卷別:

卷二二九 43-3

文體:

五言律詩

杜少陵集 

18-54

 

 

詩題:

入宅,三首之二

序文

大歷二年春,甫自西閣遷赤甲。 

作地點:

夔州(山南東道 / 夔州 / 奉節、瀼西、赤甲)

及地點:

山南西道 奉節の東40里、麝香山。

 

魚復

 

潼關・函谷關

交遊人物:

 

 

 

 

 

229_43 《入宅三首(大曆二年春,甫自西閣遷赤甲)》杜甫 

入宅,三首之一

(西閣の住所から赤甲山のそばへ居を移してそこの宅に入ったことをのべた詩この第一首は新居の大要を叙し満足の意をもらしている。)

奔峭背赤甲,斷崖當白鹽。

こんどの宅は背には赤甲山という土石の崩落する唆山(或は「奔騰するような形勢の峻山」)があり、前は自塩山の断崖に直面している。

客居愧遷次,春酒漸多添。 

客寓のやどりを遷すことははずかしくおもうが、春げしきはだんだん加わってくる。

花亞欲移竹,鳥窺新捲簾。

花の枝がのびて竹においつきそうになったから竹を移してしまおうかとおもう、鳥がそとからのぞきこむので、あらたに簾をまきあげて勝手に内部をのぞかせてやる。

衰年不敢恨,勝概欲相兼。 

こんな始末だから自分は老衰の年にはなったがそれをしいて恨みはせぬ、せいぜい慾ぼってよい景色でも取り込もうとおもうのである。

(入宅,三首の一)

奔峭 赤甲を背にし、断崖 白塩に当たる。

客居 遷次を愧ず、春色 漸く多く添う。

花亜ぎて 竹を移さんと欲す、烏窺うにより 新たに簾を捲く。

衰年 敢て恨まず、勝概 相い兼ねんと欲す。

 

入宅,三首之二

(西閣の住所から赤甲山のそばへ居を移してそこの宅に入ったことをのべた詩この第二首は故郷の居を懐憶したことをのべる。)

亂後居難定,春歸客未還。

安史の乱以後、それに続く兵乱がおこって、自分の居処を定住のところと決めて過ごすことがむつかしい、春には帰ろうということと決めていたが、そのゆくべき所へ帰ってゆく旅客たる自分は還らずにいる。

水生魚複浦,雲暖麝香山。 

夔州魚復浦に、出港可能な春水の嵩がふえてきた。行く先方向にある爵香山には雲が暖かそうにうかんでいる。

半頂梳頭白,過眉拄杖斑。

かかるおりてっぺんに半分ばかりになった白髪あたまをくしけずり、眉のあたりから上へつきでる斑竹の杖にささえられて東を望んでいる。

相看多使者,一一問函關。 

この地にいるとずいぶんと往来する朝廷の使者にであうが、自分はその人ごとにいちいち函谷関のあたりの様子はどうだときいてみる。

(入宅,三首の二)

乱後 居定まり難し、春帰れども 客未だ還らず。

水は生ず魚復浦、雲は暖かなり麝香山。

半頂頭の白きを梳り、過眉 杖の斑なるに拄えらる。

相看る使者多し、一いち 函関を問う。

 

入宅,三首之三

宋玉歸州宅,雲通白帝城。

吾人淹老病,旅食豈才名。 

峽口風常急,江流氣不平。

只應與兒子,飄轉任浮生。 

(西閣の住所から赤甲山のそばへ居を移してそこの宅に入ったことをのべた詩この第三首は古えに宋玉がこの地を離れることができなかったように自分もこの地にとどまったままである心境をのべる。)

ここの白帝城と歸州の宋玉が宅とは雲気が相通じておる。

我が輩はここに老病い身をとどめること久しいが、こんな旅くらしのままでいて、どうして宋玉の様な才名を残すことができるであろうか。

問題は峡口にはいつも風が急に吹いているし、長江の流にも、不平の気があるかの様にみえることである。

ただ、自分はこんなことでもってこの先、とても子供等といっしょに、浮草の生涯に身をゆだねて、転々してゆくことであらう。

(入宅,三首の三)

宋玉が 歸州の宅,雲は通ず 白帝の城。

吾人 老病に淹し,旅食 豈に才名あらんや。

峽口 風 常に急なり,江流 氣 平かならず。

只だ 應に 兒子に與,飄轉 浮生に任すなるべし。


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767年-13 入宅三首其二 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六○七)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7639

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161113

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韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

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杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

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杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

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-13 入宅三首其二 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六○七)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7639 

入宅,三首之二  (西閣の住所から赤甲山のそばへ居を移してそこの宅に入ったことをのべた詩この第二首は故郷の居を懐憶したことをのべる。) 

 安史の乱以後、それに続く兵乱がおこって、自分の居処を定住のところと決めて過ごすことがむつかしい、春には帰ろうということと決めていたが、そのゆくべき所へ帰ってゆく旅客たる自分は還らずにいる。夔州魚復浦に、出港可能な春水の嵩がふえてきた。行く先方向にある爵香山には雲が暖かそうにうかんでいる。かかるおりてっぺんに半分ばかりになった白髪あたまをくしけずり、眉のあたりから上へつきでる斑竹の杖にささえられて東を望んでいる。この地にいるとずいぶんと往来する朝廷の使者にであうが、自分はその人ごとにいちいち函谷関のあたりの様子はどうだときいてみる。

杜少陵集 卷一八53

入宅,三首之一

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7527 

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767年大暦256 (20)

1176 <1626

 

 

 

 

 

18-53     21          入宅,三首之二【案:大歷二年春,甫自西閣遷赤甲。】

作時年:

767

大暦2

56

全唐詩 卷別:

卷二二九 43-2

文體:

五言律詩

杜少陵集 

18-52

 

 

詩題:

入宅,三首之二

序文

大歷二年春,甫自西閣遷赤甲。 

作地點:

夔州(山南東道 / 夔州 / 奉節、瀼西、赤甲)

及地點:

山南西道 奉節の東40里、麝香山。

 

魚復

 

潼關・函谷關

交遊人物:

 

 

 

 

 

229_43 《入宅三首(大曆二年春,甫自西閣遷赤甲)》杜甫 

入宅,三首之一

(西閣の住所から赤甲山のそばへ居を移してそこの宅に入ったことをのべた詩この第一首は新居の大要を叙し満足の意をもらしている。)

奔峭背赤甲,斷崖當白鹽。

こんどの宅は背には赤甲山という土石の崩落する唆山(或は「奔騰するような形勢の峻山」)があり、前は自塩山の断崖に直面している。

客居愧遷次,春酒漸多添。 

客寓のやどりを遷すことははずかしくおもうが、春げしきはだんだん加わってくる。

花亞欲移竹,鳥窺新捲簾。

花の枝がのびて竹においつきそうになったから竹を移してしまおうかとおもう、鳥がそとからのぞきこむので、あらたに簾をまきあげて勝手に内部をのぞかせてやる。

衰年不敢恨,勝概欲相兼。 

こんな始末だから自分は老衰の年にはなったがそれをしいて恨みはせぬ、せいぜい慾ぼってよい景色でも取り込もうとおもうのである。

(入宅,三首の一)

奔峭 赤甲を背にし、断崖 白塩に当たる。

客居 遷次を愧ず、春色 漸く多く添う。

花亜ぎて 竹を移さんと欲す、烏窺うにより 新たに簾を捲く。

衰年 敢て恨まず、勝概 相い兼ねんと欲す。

 

入宅,三首之二

(西閣の住所から赤甲山のそばへ居を移してそこの宅に入ったことをのべた詩この第二首は故郷の居を懐憶したことをのべる。)

亂後居難定,春歸客未還。

安史の乱以後、それに続く兵乱がおこって、自分の居処を定住のところと決めて過ごすことがむつかしい、春には帰ろうということと決めていたが、そのゆくべき所へ帰ってゆく旅客たる自分は還らずにいる。

水生魚複浦,雲暖麝香山。 

夔州魚復浦に、出港可能な春水の嵩がふえてきた。行く先方向にある爵香山には雲が暖かそうにうかんでいる。

半頂梳頭白,過眉拄杖斑。

かかるおりてっぺんに半分ばかりになった白髪あたまをくしけずり、眉のあたりから上へつきでる斑竹の杖にささえられて東を望んでいる。

相看多使者,一一問函關。 

この地にいるとずいぶんと往来する朝廷の使者にであうが、自分はその人ごとにいちいち函谷関のあたりの様子はどうだときいてみる。

(入宅,三首の二)

乱後 居定まり難し、春帰れども 客未だ還らず。

水は生ず魚復浦、雲は暖かなり麝香山。

半頂頭の白きを梳り、過眉 杖の斑なるに拄えらる。

相看る使者多し、一いち 函関を問う。

入宅,三首之三

宋玉歸州宅,雲通白帝城。吾人淹老病,旅食豈才名。 

峽口風常急,江流氣不平。只應與兒子,飄轉任浮生。 扁舟 00

夔州東川卜居図詳細 002 

 

『入宅,三首之』現代語訳と訳註解説
(
本文)

入宅,三首之二

亂後居難定,春歸客未還。水生魚複浦,雲暖麝香山。

半頂梳頭白,過眉拄杖斑。相看多使者,一一問函關。

(下し文)
(入宅,三首の二)

乱後 居定まり難し、春帰れども 客未だ還らず。

水は生ず魚復浦、雲は暖かなり麝香山。

半頂頭の白きを梳り、過眉 杖の斑なるに拄えらる。

相看る使者多し、一いち 函関を問う。

(現代語訳)
入宅,三首之二(西閣の住所から赤甲山のそばへ居を移してそこの宅に入ったことをのべた詩この第二首は故郷の居を懐憶したことをのべる。)

安史の乱以後、それに続く兵乱がおこって、自分の居処を定住のところと決めて過ごすことがむつかしい、春には帰ろうということと決めていたが、そのゆくべき所へ帰ってゆく旅客たる自分は還らずにいる。

夔州魚復浦に、出港可能な春水の嵩がふえてきた。行く先方向にある爵香山には雲が暖かそうにうかんでいる。

かかるおりてっぺんに半分ばかりになった白髪あたまをくしけずり、眉のあたりから上へつきでる斑竹の杖にささえられて東を望んでいる。

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767年-12 入宅三首其一 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六○六)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7633

        
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 Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注806年-12 巻一 14-8-#2 秋懷詩,十一首之八Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7632 
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首index-2[800年~804年]27首index-3 805年陽山から江陵36首index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首 
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 杜甫詩(1)736~751年  53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首 
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-12 入宅三首其一 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六○六)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7633

入宅,三首之一(西閣の住所から赤甲山のそばへ居を移してそこの宅に入ったことをのべた詩この第一首は新居の大要を叙し満足の意をもらしている。)
こんどの宅は背には赤甲山という土石の崩落する唆山(或は「奔騰するような形勢の峻山」)があり、前は自塩山の断崖に直面している。客寓のやどりを遷すことははずかしくおもうが、春げしきはだんだん加わってくる。花の枝がのびて竹においつきそうになったから竹を移してしまおうかとおもう、鳥がそとからのぞきこむので、あらたに簾をまきあげて勝手に内部をのぞかせてやる。こんな始末だから自分は老衰の年にはなったがそれをしいて恨みはせぬ、せいぜい慾ぼってよい景色でも取り込もうとおもうのである。

杜少陵集 卷一八52

入宅,三首之一

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杜甫詩index-15

767年大暦256 (20)

1176 <1626

 

 


18-52    20          入宅,三首之一【案:大歷二年春,甫自西閣遷赤甲。】

作時年:

767

大暦2

56

全唐詩 卷別:

卷二二九 43-1

文體:

五言律詩

杜少陵集 

18-52

 

 

詩題:

入宅,三首之一

序文

 

作地點:

夔州(山南東道 / 夔州 / 奉節、瀼西、赤甲)

及地點:

山南西道 奉節の東40里、麝香山。

交遊人物:

 

 

 

 

 

229_43 《入宅三首(大曆二年春,甫自西閣遷赤甲)》杜甫 

入宅,三首之一

(西閣の住所から赤甲山のそばへ居を移してそこの宅に入ったことをのべた詩この第一首は新居の大要を叙し満足の意をもらしている。)

奔峭背赤甲,斷崖當白鹽。

こんどの宅は背には赤甲山という土石の崩落する唆山(或は「奔騰するような形勢の峻山」)があり、前は自塩山の断崖に直面している。

客居愧遷次,春酒漸多添。 

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花亞欲移竹,鳥窺新捲簾。

花の枝がのびて竹においつきそうになったから竹を移してしまおうかとおもう、鳥がそとからのぞきこむので、あらたに簾をまきあげて勝手に内部をのぞかせてやる。

衰年不敢恨,勝概欲相兼。 

こんな始末だから自分は老衰の年にはなったがそれをしいて恨みはせぬ、せいぜい慾ぼってよい景色でも取り込もうとおもうのである。

(入宅,三首之一)

奔峭 赤甲を背にし、断崖 白塩に当たる。

客居 遷次を愧ず、春色 漸く多く添う。

花亜ぎて 竹を移さんと欲す、烏窺うにより 新たに簾を捲く。

衰年 敢て恨まず、勝概 相い兼ねんと欲す。

入宅,三首之二

亂後居難定,春歸客未還。水生魚複浦,雲暖麝香山。 

半頂梳頭白,過眉拄杖斑。相看多使者,一一問函關。 

入宅,三首之三

宋玉歸州宅,雲通白帝城。吾人淹老病,旅食豈才名。 

峽口風常急,江流氣不平。只應與兒子,飄轉任浮生。 

 

 

 

 

 

 

  入宅三首

  朱注年譜大厯二年春自西閣遷居赤甲 鶴注赤甲瀼西皆在奉節縣北三十里

奔峭背/赤甲、斷崖當白鹽。客居愧遷次、春色一作/酒非漸多添。

花亞欲移竹、鳥窺新捲簾。衰年不敢恨、勝概欲相兼。

首章誌赤甲之勝内 此詩八句整對而實相間首/聨宅外景三聨 宅景春色起花鳥勝總六句

顧注 背赤甲之奔峭當白鹽之斷崖以二山形勢明宅/之向背 花厭竹枝愛花 故須移竹鳥常入室巻簾 

故復來窺藉此之故不恨屢遷 又 謝靈運詩「徒旅苦奔峭 」邵注「山峯高峻如奔湧然」 云赤甲城是魚復縣舊基故云水生魚復浦談白鹽 注見十五巻 果洙曰次/舍也。遷次移居也。

二編、杜審言枝亞 新肥孟東野南浦紅花亞水紅包佶多年亞石松方干應候先開亞木枝亞義如壓言低披也。

黄注亞乃相依之意王嗣奭曰避亂奔走無日不思故造次移居必擇/勝地且加修葺綴如此襟懐自不可及郭林宗逆

 旅經過必灑掃王子猷/借居必種竹意正相同

亂後居難定春歸客未還水生魚復/浦雲暖麝香山

樊作/

此遷宅而想故居也/下四叙情應客未還 三四冩景承上春歸/顧注陽和復至故曰

春歸關半頂見髮之少是老狀過眉見杖之長是病狀/問函 者望亂定而還 王胄詩柳黄知節變草

緑識春歸名地志夔治魚復灔澦風濤震射巨魚却歩/不得上故 魚復浦 鶴注寰宇記麝香山在秭歸縣

東南一百十里其山多麝武徳二年前秭歸屬夔州斑/魏武陌上桑拄杖挂枝佩秋蘭梁到有贈任新安

竹杖詩文彩既斑斕姿性甚綢直桃王應麟曰潼關至/函谷關歴峽華二州之地俱謂之 林塞時周智光據

華州/

宋玉歸州宅雲通白帝城吾人淹老病旅食豈才名峽

口風常急江流氣不平只應/與兒子飄轉任浮生/

未歸而嘆旅居也淹杜臆公欲北還必過歸州雲通/白帝見相去不 老病久留白帝豈才名不如宋玉二句分承風急江翻歸州且不易到何况故亦惟/隨地漂轉而已

杜臆三詩各一意而展轉相因顧注公居赤甲本非得已故後復有瀼西之遷刻陸游入/蜀記宋王宅在秭歸縣東今為酒家舊有石

宋玉宅三字唐書歸州屬山南東道武徳二年析夔州之秭歸/巴東置 湖廣通志宋玉宅有兩處一在歸州一在州與杜/詩相合 

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767年-011 懷灞上遊 杜詩詳注(卷一八(四)一六○六)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7627

757-011   懷灞上遊 杜詩詳注(卷一八(四)一六○六)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7627


        
 2016年11月11日の紀頌之5つの校注Blog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注 
 Ⅰ李白詩(李白詩校注)744年-007-#1 卷182_22.2 月下獨酌四首 其二-#1卷二三(二)頁一三三二)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7625 
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 孟浩然李白詩謝霊運司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》揚雄 《甘泉賦》 諸葛亮 出師表 
 曹植詩65首兩都賦序・西都賦・東都賦李白全詩漁父辞(屈原楚辞・九歌》東君《楚辞九辯》 
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 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注806年-11 巻一 14-8 秋懷詩,十一首之八Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7626 
  LiveDoorBlog韓愈  秋懐詩十一首 【字解集】 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首index-2[800年~804年]27首index-3 805年陽山から江陵36首index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首 
 index-5 806年39歳(2)25首index-6 807~809年 20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳57首index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首 
 index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 國子祭酒18首index-13 821年~822年 22首index-14 57歳・病気のため退職。没す14首韓愈 哲学・儒学「五原」孟郊 
        
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ 杜詩詳注   LiveDoorBlog757年-011 懷灞上遊 杜詩詳注(卷一八(四)一六○六)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7627 
 杜甫詩(1)736~751年  53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首 
 杜甫詩(7)759年秦州詩 66首杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首杜甫詩(11)762年蜀中転々43首杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首 
        
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。 
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杜甫  懷灞上游(かつて、長安にいるとき、東行の知人友人を灞上に遊んだことを思い出し、その感慨を述べたものである。)

長安東陵の道を恨めしく眺めたものだ。そうした送別の折には、平生のこととして、灞水橋、灞上に遊んだのである。それは春色細やかなるころに、其処に野遊びの騎馬をつなぎとどめ、夜があきらかになるとき雲の漂う楼閣に宿しておこなったのである。あの頃、あそこで別れた人たち、そのうちで何人が存在しているのだろうか、今の自分は年をとったので再びそこを経過することは休止してしまうことになってしまった。江漢の地方へ向かい、故郷に帰る唯一の舟を具えてはいるものの、故郷へ帰れぬ自分としては、眼前の今古にわったての感慨の意を起こさざるを得ないのである。

767-011

  懷灞上遊

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7627

杜詩詳注卷一八(四)一六○六

全唐詩巻二三一 15

767年大暦256  (11)

杜少陵集巻18-51

 

767年大暦256-(11)

作時年:

767

大暦2

56

全唐詩 卷別:

231_15

杜詩詳注

卷一八(四)一六○六

杜少陵集 

18-51

 

 

詩題:

懷灞上遊

序文

 

文體:     

五言律詩

作地點:

夔州(山南東道 / 夔州 / 奉節、瀼西)

及地點:

洞庭湖 (江南西道 岳州 岳州) 別名:洞庭

交遊人物:

 

 

 

  

杜詩詳註--仇兆鰲

  懐灞上遊

  黄鶴編在大厯二年以詩有江漢歸舟/句也  楚漢春秋漢高帝西入武關居灞/

悵望東陵道、平生灞上遊。春濃停野騎、/夜敞宿舊作/宿敞雲樓。

人誰在、經過/老自休。眼前今古意、江漢一歸舟。

上四、憶舊遊景事下、則念同遊而動歸思也。  

有晝停騎夜宿樓極盡、一時遊興、唯聚散無常、故古今之慨、即夜宿對春濃不工當云夜敞宿雲棲 

杜顧注 東陵道 長安城東門、乃秦東陵侯種𤓰處。 臆唐都關中、即、今西安城東三十里有灞水、又、東乃文帝霸陵、出長安東門、為東陵道、得名以此灞水橋、曰、灞橋、乃長安餞之所、灞上當、即在其處詳詩意、則行樂之地/也。

楊炯少室山廟碑璇夜敞銀牓朝開 隋辛徳源詩戲笑上雲樓

 

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767年-10 即事 杜詩詳注(卷一八(四)一六○五)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7621

757-10   即事 杜詩詳注(卷一八(四)一六○五)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7621

 

杜甫  即事(三峽中の夔州、西閣にあって、春景色の中、折に触れて心に感じること、峡谷の地を去ってゆきたいという思いを詠う。)

春のくれの三月に巫峡が長く横たわっている。そこへきらきらと行く雲が日光を浮べてとおりすぎる。急に雷が鳴り出して千峰の雨が送りこされる、花の気はまるで百和の香かなどの様である。黄鶯は、雨の池の水上をとおりかけて、また、もどって行くし、燕子は泥をくわえて潤わせてもさしつかえなしという風である。自分は飛閣で図画の様な美しい景色のなかで簾を巻きあげてながめているが、このとき残念におもはいるのはこの虚無標緲たるなかに瀟湘の景色にうちむかうことをかいているということである。

767-010

  即事

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ7621

杜詩詳注巻18-50

全唐詩巻二三一 19

767年大暦256  (10)

 

 

        
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杜甫詩1500-1166-1616/2500  767年大暦256-(10)  18-50    即事

詩友の柏茂琳の配慮によって、少し安定した気持ちで大暦二年(767)の新年を迎えた。中国では陰暦正月、立春の日に生の野菜を細かく刻んで食べる習慣がある。その「春盤」(立春の祝いの大皿)をみて、杜甫は「両京」、つまり長安と洛陽の梅の開花を思い出したものである。

1

18-41

立春

2

18-42

江梅

3

18-43

庭草

4

18-45

王十五前閣會

5

15-16

老病

6

18-46

崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡

7

18-44

8

18-48

晝夢

9

18-47

遣悶戲呈路十九曹長

10

18-50

即事

11

18-49

暮春

12

19-23

雨  (山雨不作埿,)

13

15-58

卷一五58  晴二首其一

14

15-59

卷一五59  晴二首其二

15

18-51

懷灞上遊

16

18-84

月,三首之一

17

18-85

月,三首之二

18

18-86

月,三首之三

 

 

杜甫詩1500-1166-1616/2500         

767年大暦256-(10)18-50     即事

作時年:

767

大暦2

56

卷別:

全唐詩 卷231_19

文體:

七言律詩

 

杜少陵集 巻18-50

 

 

詩題:

即事

序文・原註

 

作地點:

瀼西(山南東道 / 夔州 / 瀼西)

 

 

及地點:

西閣 

 

 

交遊人物:

 

 

 

 

 

231_19 《即事》杜甫 

杜少陵集巻18-50 即事

(三峽中の夔州、西閣にあって、春景色の中、折に触れて心に感じること、峡谷の地を去ってゆきたいという思いを詠う。)

暮春三月巫峽長,皛皛行雲浮日光。

春のくれの三月に巫峡が長く横たわっている。そこへきらきらと行く雲が日光を浮べてとおりすぎる。

雷聲忽送千峰雨,花氣渾如百和香。

急に雷が鳴り出して千峰の雨が送りこされる、花の気はまるで百和の香かなどの様である。

黃鶯過水翻回去,燕子銜泥濕不妨。 

黄鶯は、雨の池の水上をとおりかけて、また、もどって行くし、燕子は泥をくわえて潤わせてもさしつかえなしという風である。

飛閣捲簾圖畫裏,虛無只少對瀟湘。 

自分は飛閣で図画の様な美しい景色のなかで簾を巻きあげてながめているが、このとき残念におもはいるのはこの虚無標緲たるなかに瀟湘の景色にうちむかうことをかいているということである。

(即事)

暮春三月巫峽長し,皛皛たる行雲 日光を浮ぶ。

雷聲 忽ち送る 千峰の雨,花氣 渾て百和の香の如し。

黃鶯 水を過ぎて翻りて回り去る,燕子 泥を銜みて濕うも妨げず。

飛閣 簾を捲く 圖畫の裏,虛無 只だ少く 瀟湘に對するを。

杜甫像0012 

『即事』現代語訳と訳註解説
(
本文)

即事

暮春三月巫峽長,皛皛行雲浮日光。

雷聲忽送千峰雨,花氣渾如百和香。

黃鶯過水翻回去,燕子銜泥濕不妨。

飛閣捲簾圖畫裏,虛無只少對瀟湘。

(下し文)
(即事)

暮春三月巫峽長し,皛皛たる行雲 日光を浮ぶ。

雷聲 忽ち送る 千峰の雨,花氣 渾て百和の香の如し。

黃鶯 水を過ぎて翻りて回り去る,燕子 泥を銜みて濕うも妨げず。

飛閣 簾を捲く 圖畫の裏,虛無 只だ少く 瀟湘に對するを。

(現代語訳)
即事(三峽中の夔州、西閣にあって、春景色の中、折に触れて心に感じること、峡谷の地を去ってゆきたいという思いを詠う。)

春のくれの三月に巫峡が長く横たわっている。そこへきらきらと行く雲が日光を浮べてとおりすぎる。

急に雷が鳴り出して千峰の雨が送りこされる、花の気はまるで百和の香かなどの様である。

黄鶯は、雨の池の水上をとおりかけて、また、もどって行くし、燕子は泥をくわえて潤わせてもさしつかえなしという風である。

自分は飛閣で図画の様な美しい景色のなかで簾を巻きあげてながめているが、このとき残念におもはいるのはこの虚無標緲たるなかに瀟湘の景色にうちむかうことをかいているということである。


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767年-009 暮  春 杜詩詳注 卷一八(四)一六○五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7567

757-009 暮  春 杜詩詳注 卷一八(四)一六○五       漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7567

 

杜甫  暮春   (意は是久しく峽中に卧していて、少々嫌気をもよおしてきて、春の碁について詠める詩。)

自分は病に臥して三峡の峡谷の中に擁塞せられて峡中にとどまっているので、瀟湘や洞庭はむなしく空に映じて臨みみるだけである。ここの楚地の天では四季の雨が断えたことはなく、巫峡ではいつも萬里の遠くからの強い風が吹いている。(出港の機会が少ない)このごろは沙上のほとり、草閣にも柳が新たに鬱蒼として暗く茂りかけているし、温暖地方の城邊の野池では蓮が紅に咲こうとしている。春のくれにあたって鴛鴦や白鷺が洲や渚に立っているが、それがまた子をひきつれてひとつの叢へとひるがへり飛ぶのが見える。

767-009

  暮春

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ7615

杜詩詳注巻18-49

全唐詩巻二三〇 47

767年大暦256  (9)

 

 


        
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 杜甫詩(1)736~751年  53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首 
 杜甫詩(7)759年秦州詩 66首杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首杜甫詩(11)762年蜀中転々43首杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首 
        
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767年大暦256-(11)       18-49     暮春

詩友の柏茂琳の配慮によって、少し安定した気持ちで大暦二年(767)の新年を迎えた。中国では陰暦正月、立春の日に生の野菜を細かく刻んで食べる習慣がある。その「春盤」(立春の祝いの大皿)をみて、杜甫は「両京」、つまり長安と洛陽の梅の開花を思い出したものである。

1

18-41

立春

2

18-42

江梅

3

18-43

庭草

4

18-45

王十五前閣會

5

15-16

老病

6

18-46

崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡

7

18-44

8

18-48

晝夢

9

18-47

遣悶戲呈路十九曹長

10

18-50

即事

11

18-49

暮春

12

19-23

雨  (山雨不作埿,)

13

15-58

卷一五58  晴二首其一

14

15-59

卷一五59  晴二首其二

15

18-51

懷灞上遊

16

18-84

月,三首之一

17

18-85

月,三首之二

18

18-86

月,三首之三

 

  

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767年-008 晝  夢 杜詩詳注 卷一八(四)一六○三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7562

757-008 晝  夢 杜詩詳注 卷一八(四)一六○三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7562

 

晝夢(二月、春の日の陽だまりにうとうとして、昼寝する。その時感じたことを述べたもの。)

月になると、眠くなることが多くて、ただ、うとうと として暮らしている、夜が短くなっていくばかりで、真昼でさえも眠ることになるのである。

そこに、桃の花が咲いて、大気は温暖になってくるので、ひとりでに目が酔うようになり、春江のなぎさに日が落ちかかるまで夢がうかび、その夢は生まれ故郷にひっぱられてゆく。

そして、その夢はどこに遊ぶか、故郷の門巷はというと、安史の乱で荒廃し、荊棘の底にうずめられた状況であり、中原地方の君臣は、豺虎のようなものがいるあたりなのである。

どうにかして、農業を務めさせて、戦争、戦いをやめさせてしまい、そして、天下中の役人が無理矢理に人民から銭を取り立てることのないようにしたいものである。


        
 2016年11月8日の紀頌之5つの校注Blog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注 
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 孟浩然李白詩謝霊運司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》揚雄 《甘泉賦》 諸葛亮 出師表 
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 index-5 806年39歳(2)25首index-6 807~809年 20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳57首index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首 
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 Ⅲ 杜詩詳注   LiveDoorBlog757年-008 晝  夢 杜詩詳注 卷一八(四)一六○三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7562 
 杜甫詩(1)736~751年  53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首 
 杜甫詩(7)759年秦州詩 66首杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首杜甫詩(11)762年蜀中転々43首杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首 
        
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767-008

  晝夢

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ7609

杜詩詳注巻18-48

全唐詩巻二三一 17

767年大暦256  (8)

 卷231_17 《晝夢》

 

 

作時年/年齢

767

大暦2

56

全唐詩

巻二三一 17

 

杜詩詳注

18-48

卷一八(四)一六○三

文體:

七言律詩

 

詩題:

  晝夢

序文

  

作地點:

瀼西(山南東道 / 夔州 / 奉節)

及地點:

/州西閣 

 

 

 

 

 

 

 

 

交遊人物:

崔評事弟

 

 

 

 

1

  立春(卷一八(四)一五九七)

2

  江梅(卷一八(四)一五九八)

3

  庭草(卷一八(四)一五九八)

4

  愁(卷一八(四)一五九九)

5

  王十五前閣會(卷一八(四)一六○○)

6

  崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡(卷一八(四)一六○

7

  遣悶戲呈路十九曹長(卷一八(四)一六○二)

8

  晝夢(卷一八(四)一六○三)

9

  暮春(卷一八(四)一六○五)

10

  即事(卷一八(四)一六○五)

11

  懷灞上遊(卷一八(四)一六○六)

12

入宅三首其一(卷一八(四)頁一六○六)

13

入宅三首其二(卷一八(四)頁一六○七)

14

入宅三首其三(卷一八(四)頁一六○八)

 

晝夢

(二月、春の日の陽だまりにうとうとして、昼寝する。その時感じたことを述べたもの。)

二月饒睡昏昏然,不獨夜短晝分眠。

二月になると、眠くなることが多くて、ただ、うとうと として暮らしている、夜が短くなっていくばかりで、真昼でさえも眠ることになるのである。

桃花氣暖眼自醉,春渚日落夢相牽。

そこに、桃の花が咲いて、大気は温暖になってくるので、ひとりでに目が酔うようになり、春江のなぎさに日が落ちかかるまで夢がうかび、その夢は生まれ故郷にひっぱられてゆく。

門巷荊棘底,中原君臣豺虎邊。

そして、その夢はどこに遊ぶか、故郷の門巷はというと、安史の乱で荒廃し、荊棘の底にうずめられた状況であり、中原地方の君臣は、豺虎のようなものがいるあたりなのである。

安得務農息戰鬥,普天無吏橫索錢。

どうにかして、農業を務めさせて、戦争、戦いをやめさせてしまい、そして、天下中の役人が無理矢理に人民から銭を取り立てることのないようにしたいものである。

 

《晝夢【ちゅうむ】》

  二月 睡り饒く 昏昏然たり,獨り夜の短きにのみならず、晝分にも眠る。

桃花 氣 暖かにして 眼 自ら醉う,春の渚 日落ちて 夢 相い牽く。

門巷 荊棘の底,中原の君臣 豺虎の邊。

  安んぞ得ん 農を務めして 戰鬥を息め,普天 吏の橫しまに 錢を索る無きを。

 

 

杜甫詳注(仇兆鰲)

  晝夢

  顧注大厯元年暮春公至夔州此詩作於次/年二月 呉越春秋呉王過姑胥之臺忽然/

二月饒睡昏昏然、不獨夜短晝分眠。

桃花氣暖眼自醉、春渚日落夢相牽。

門巷棘底、中原君臣豺虎邊。

安得務農息戰鬭、普天無吏横/色責/錢。上四致夢/之由五六

夢中之景末則夢醒而慨世也倦呉論二月昏昏多睡/不獨夜短而且晝眠止因暖氣 神故日落而夢猶未

醒耳務故郷中原積想成夢故遂現出棘豺虎矣張/綖注 農息兵吏無積斂則中原清而故

饒睡多睡也山邵注二月晝夜平分之時不謝靈運詩/春渚税鑾登 椒張組朓 朱瀚曰武臣 弄兵則豺

虎自弭文臣不横斂則棘可披機農務始於二月傅/𤣥疏務農若此何有不贍乎 登臺賦委普天之

光宅質率/土之黎

夔州東川卜居図詳細 002 

《晝夢》現代語訳と訳註解説
(
本文)

《晝夢》

  二月饒睡昏昏然,不獨夜短晝分眠。

桃花氣暖眼自醉,春渚日落夢相牽。

門巷荊棘底,中原君臣豺虎邊。

  安得務農息戰鬥,普天無吏橫索錢。



(下し文)
《晝夢【ちゅうむ】》

  二月 睡り饒く 昏昏然たり,獨り夜の短きにのみならず、晝分にも眠る。

桃花 氣 暖かにして 眼 自ら醉う,春の渚 日落ちて 夢 相い牽く。

門巷 荊棘の底,中原の君臣 豺虎の邊。

  安んぞ得ん 農を務めして 戰鬥を息め,普天 吏の橫しまに 錢を索る無きを。



(現代語訳)
(二月、春の日の陽だまりにうとうとして、昼寝する。その時感じたことを述べたもの。)

月になると、眠くなることが多くて、ただ、うとうと として暮らしている、夜が短くなっていくばかりで、真昼でさえも眠ることになるのである。

そこに、桃の花が咲いて、大気は温暖になってくるので、ひとりでに目が酔うようになり、春江のなぎさに日が落ちかかるまで夢がうかび、その夢は生まれ故郷にひっぱられてゆく。

そして、その夢はどこに遊ぶか、故郷の門巷はというと、安史の乱で荒廃し、荊棘の底にうずめられた状況であり、中原地方の君臣は、豺虎のようなものがいるあたりなのである。

どうにかして、農業を務めさせて、戦争、戦いをやめさせてしまい、そして、天下中の役人が無理矢理に人民から銭を取り立てることのないようにしたいものである。

 

 

 

 

 

 

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767年-007 遣悶戲呈路十九曹長 杜詩詳注(卷一八(四)一六○二)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7603

757-007   遣悶戲呈路十九曹長杜詩詳注(卷一八(四)一六○二)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7603

 

 

杜甫  遣悶戲呈路十九曹長

江浦雷聲喧昨夜,春城雨色動微寒。黃鸝並坐交愁濕, 白鷺群飛大劇幹。

晚節漸於詩律細,誰家數去酒杯寬。惟吾最愛清狂客,百遍相看意未闌。 

(雨に降られて行動がとれなかった、その悶を遣るために作った詩。戯れに路曹長にたてまつった。)  昨夜は江浦でなる雷の聾がやかましかった。そうして今日は春の城の雨の様子が薄寒をもよおしている。樹の上では高麗鶯がならんで坐ってこもごも雨で湿ったこの頃のことを心配している様だし、水際では白鷺がむらがり飛んで濡れた羽を干すにいそがしそうである。自分は晩年になってしだいに詩の規則に精細になって、高次元のものになってきた、だから、だれの家にかたびたびでかけて大きな酒盃を振舞はれようか。君だけは自分如き清狂の客を最も愛しでくれられる、だからこの地に来て作った百篇の詩を順次見ていただいても、まだおもしろみが尽きたとはおもはれないし、作詩の意気は尽きることないのである。

 

767-007

遣悶戲呈路十九曹長

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ7603

杜詩詳注巻18-47

全唐詩巻二三四 31

767年大暦256  (7)

 

               
  2016年11月7日 の紀頌之5つの校注Blog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白詩(李白詩校注) 744年-005-#1卷179_5 秋獵孟諸夜歸置酒單父東樓觀妓(卷二十(二)一一五三)(從郁賢皓《謫仙詩豪李白》說)ⅠⅠ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7601  
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  index-5 806年39歳(2)25首 index-6 807~809年 20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳57首 index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首  
  index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 國子祭酒18首 index-13 821年~822年 22首 index-14 57歳・病気のため退職。没す14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 孟郊  
               
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ 杜詩詳注   LiveDoorBlog 757年-007 遣悶戲呈路十九曹長 杜詩詳注(卷一八(四)一六○二)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7603  
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  杜甫詩(7)759年秦州詩 66首 杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首 杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首 杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首 杜甫詩(11)762年蜀中転々43首 杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首  
               
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杜甫詩1500-1163-1613/2500   767年大暦256-(7)

詩友の柏茂琳の配慮によって、少し安定した気持ちで大暦二年(767)の新年を迎えた。中国では陰暦正月、立春の日に生の野菜を細かく刻んで食べる習慣がある。その「春盤」(立春の祝いの大皿)をみて、杜甫は「両京」、つまり長安と洛陽の梅の開花を思い出したものである。

 

1

  立春(卷一八(四)一五九七)

2

  江梅(卷一八(四)一五九八)

3

  庭草(卷一八(四)一五九八)

4

  愁(卷一八(四)一五九九)

5

  王十五前閣會(卷一八(四)一六○○)

6

  崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡(卷一八(四)一六○

7

  遣悶戲呈路十九曹長(卷一八(四)一六○二)

8

  晝夢(卷一八(四)一六○三)

9

  暮春(卷一八(四)一六○五)

10

  即事(卷一八(四)一六○五)

11

  懷灞上遊(卷一八(四)一六○六)

12

入宅三首其一(卷一八(四)頁一六○六)

13

入宅三首其二(卷一八(四)頁一六○七)

14

入宅三首其三(卷一八(四)頁一六○八)

 

 

杜甫詩1500-1165-1615/2500

767年大暦256-(9)

作時年/年齢

767

大暦2

56

全唐詩

巻二三四 31

 

杜詩詳注

18-47

卷一八(四)一六○二

文體:

七言律詩

 

詩題:

  遣悶戲呈路十九曹長

序文

 

作地點:

瀼西(山南東道 / 夔州 / 奉節)

及地點:

 

 

 

交遊人物:

 

 

 

 

遣悶戲呈路十九曹長

(雨に降られて行動がとれなかった、その悶を遣るために作った詩。戯れに路曹長にたてまつった。)

江浦雷聲喧昨夜,春城雨色動微寒。

昨夜は江浦でなる雷の聾がやかましかった。そうして今日は春の城の雨の様子が薄寒をもよおしている。

黃鸝並坐交愁濕,白鷺群飛大劇幹。

樹の上では高麗鶯がならんで坐ってこもごも雨で湿ったこの頃のことを心配している様だし、水際では白鷺がむらがり飛んで濡れた羽を干すにいそがしそうである。

晚節漸於詩律細,誰家數去酒杯寬。

自分は晩年になってしだいに詩の規則に精細になって、高次元のものになってきた、だから、だれの家にかたびたびでかけて大きな酒盃を振舞はれようか。

惟吾最愛清狂客,百遍相看意未闌。 

君だけは自分如き清狂の客を最も愛しでくれられる、だからこの地に来て作った百篇の詩を順次見ていただいても、まだおもしろみが尽きたとはおもはれないし、作詩の意気は尽きることないのである。

 

(悶を遣る、戲れに路十九曹長に呈す。)

江浦の雷聲 昨夜に喧し,春城の雨色 微寒を動かす。

黃鸝 並び坐して交ごも 濕うことを愁い,白鷺 群飛して大いに幹すに劇【あわただ】し。

晚節 漸く詩律に於て細なり,誰が家にか 數しば去って 酒杯寬ならん。

惟だ吾 最も愛す 清狂の客,百遍相い看る 意 未だ闌ならず。

夔州三峡 

 

『遣悶戲呈路十九曹長』現代語訳と訳註解説
(
本文)

遣悶戲呈路十九曹長

江浦雷聲喧昨夜,春城雨色動微寒。

黃鸝並坐交愁濕,白鷺群飛大劇幹。

晚節漸於詩律細,誰家數去酒杯寬。

惟吾最愛清狂客,百遍相看意未闌。

(下し文)
(悶を遣る、戲れに路十九曹長に呈す。)

江浦の雷聲 昨夜に喧し,春城の雨色 微寒を動かす。

黃鸝 並び坐して交ごも 濕うことを愁い,白鷺 群飛して大いに幹すに劇【あわただ】し。

晚節 漸く詩律に於て細なり,誰が家にか 數しば去って 酒杯寬ならん。

惟だ吾 最も愛す 清狂の客,百遍相い看る 意 未だ闌ならず。

(現代語訳)
遣悶戲呈路十九曹長(雨に降られて行動がとれなかった、その悶を遣るために作った詩。戯れに路曹長にたてまつった。)

昨夜は江浦でなる雷の聾がやかましかった。そうして今日は春の城の雨の様子が薄寒をもよおしている。

樹の上では高麗鶯がならんで坐ってこもごも雨で湿ったこの頃のことを心配している様だし、水際では白鷺がむらがり飛んで濡れた羽を干すにいそがしそうである。

自分は晩年になってしだいに詩の規則に精細になって、高次元のものになってきた、だから、だれの家にかたびたびでかけて大きな酒盃を振舞はれようか。

君だけは自分如き清狂の客を最も愛しでくれられる、だからこの地に来て作った百篇の詩を順次見ていただいても、まだおもしろみが尽きたとはおもはれな長江三峡いし、作詩の意気は尽きることないのである。


(訳注) 

遣悶戲呈路十九曹長

(雨に降られて行動がとれなかった、その悶を遣るために作った詩。戯れに路曹長にたてまつった。)

1 路十九曹長 路は拾遺と為る。院、西省(中書省)に在り、故に曺長と曰う。

2 この詩 大暦二年春の作。杜甫は、兩切州に公し、大厯元年の春に於て夔州に至り、夔州の中では数件の家を持ち、順次移居した、そして、夔州において、百遍の詩を作ったので、この詩を作った。夔州に来て一年目、大暦二年の春に作ったものである。

 

江浦雷聲喧昨夜,春城雨色動微寒。

昨夜は江浦でなる雷の聾がやかましかった。そうして今日は春の城の雨の様子が薄寒をもよおしている。

 

黃鸝並坐交愁濕,白鷺群飛大劇幹。

樹の上では高麗鶯がならんで坐ってこもごも雨で湿ったこの頃のことを心配している様だし、水際では白鷺がむらがり飛んで濡れた羽を干すにいそがしそうである。

3 黃鸝 高麗鶯をいい、動物界脊索動物門鳥綱スズメ目コウライウグイス科に分類される鳥。

4 大劇幹 幹は干。濡れた羽を干すにいそがしそうである。

 

晚節漸於詩律細,誰家數去酒杯寬。

自分は晩年になってしだいに詩の規則に精細になって、高次元のものになってきた、だから、だれの家にかたびたびでかけて大きな酒盃を振舞はれようか。

5 詩律細 詩の規則に精細になっていくことをいう。

6 酒杯寬 酒を飲むのに杯を酌み交わすことに寛容である。寬は酒の量が多大であることを言う。詩人の詩をその家の壁に題したり、したためてもらうことが自慢なことであったから、酒やご馳走をふるまったことをしめす。

 

惟吾最愛清狂客,百遍相看意未闌。

君だけは自分如き清狂の客を最も愛しでくれられる、だからこの地に来て作った百篇の詩を順次見ていただいても、まだおもしろみが尽きたとはおもはれないし、作詩の意気は尽きることないのである。

7 客 清廉で詩づくりに専ら専心している飄蓬の旅人。

8 相看 この地に来て作った百篇の詩を順次見る。

9 闌 まだまだ作詩の意気は尽きることないどない。

767年-006崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡  杜詩詳注 卷一八(四)一六○一 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 7552

757-006  崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡  杜詩詳注 卷一八(四)一六○一       漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 7552

 

杜甫  崔評事弟許相迎、不到應慮老夫見泥雨怯出、必愆佳期走筆戲簡  (母方の従弟の崔評事が自分のため乗馬を迎へによこしてくれると許諾しておいたのにその馬がこなかった。それはこの老翁は泥や雨をみては出かけることを臆劫にしてきつと約束の期限をかえてほしいとかんがえたのであらう。それで等を考えあわせてこの詩をかきつけて戯れに手紙がわりに遣った。)  わたしのいるところへ江閣から賓客としてお迎えのために、馬で迎へてくれるというので承諾していたが、それで夜明けから起きたり坐ったりして正午ごろになってしまった。いくら雲が浮びでたところで自分は春げしきに負くものではないし、細かい雨がふっでも自分はどうして白帝城にそむくことができるものかとおもっている。花の木のあいだを通ってゆくのだから身がぬれるのはかえっていいし、酔い機嫌になれば馬上で往来することも身軽でよろしいのではないか。君はこの白髪の老人が泥をついて出かけるのをおそれているのだなどと、事実でもないことを疑っているかもしらないが、そんなことはないのである。まことに険路に沿うて行くのに銀鞍の馬がないからゆかれぬのに外ならないのである。

767-06

崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ7592

杜詩詳注巻18-46

全唐詩巻二二九 32

767年大暦256  (6)


 

               
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杜甫詩1500-1160-1610/2500   767年大暦256-(6)

詩友の柏茂琳の配慮によって、少し安定した気持ちで大暦二年(767)の新年を迎えた。中国では陰暦正月、立春の日に生の野菜を細かく刻んで食べる習慣がある。その「春盤」(立春の祝いの大皿)をみて、杜甫は「両京」、つまり長安と洛陽の梅の開花を思い出したものである。

1

  立春(卷一八(四)一五九七)

2

  江梅(卷一八(四)一五九八)

3

  庭草(卷一八(四)一五九八)

4

  愁(卷一八(四)一五九九)

5

  王十五前閣會(卷一八(四)一六○○)

6

  崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡(卷一八(四)一六○

7

  遣悶戲呈路十九曹長(卷一八(四)一六○二)

8

  晝夢(卷一八(四)一六○三)

9

  暮春(卷一八(四)一六○五)

10

  即事(卷一八(四)一六○五)

11

  懷灞上遊(卷一八(四)一六○六)

12

入宅三首其一(卷一八(四)頁一六○六)

13

入宅三首其二(卷一八(四)頁一六○七)

14

入宅三首其三(卷一八(四)頁一六○八)

 

 767年大暦256-(6)   18-46 

作時年:

767

大暦2

56

全唐詩

巻二二九 32

文體:

七言律詩

杜詩詳注

18-46

卷一八(四)一六○

詩題:

崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡

序文

0

作地點:

瀼西(山南東道 / 夔州 / 奉節)

 

及地點:

白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城

 

 

 

交遊人物:

崔評事 書信往來

 

交遊人物:

 

 

 

 

229_32 《崔評事弟許相迎、不到應慮老夫見泥雨怯出、必愆佳期走筆戲簡》 

崔評事弟許相迎、不到應慮老夫見泥雨怯出、必愆佳期走筆戲簡

(母方の従弟の崔評事が自分のため乗馬を迎へによこしてくれると許諾しておいたのにその馬がこなかった。それはこの老翁は泥や雨をみては出かけることを臆劫にしてきつと約束の期限をかえてほしいとかんがえたのであらう。それで等を考えあわせてこの詩をかきつけて戯れに手紙がわりに遣った。)

江閣要賓許馬迎,午時起坐自天明。

わたしのいるところへ江閣から賓客としてお迎えのために、馬で迎へてくれるというので承諾していたが、それで夜明けから起きたり坐ったりして正午ごろになってしまった。

浮雲不負青春色, 細雨何孤白帝城。

いくら雲が浮びでたところで自分は春げしきに負くものではないし、細かい雨がふっでも自分はどうして白帝城にそむくことができるものかとおもっている。

身過花間沾濕好,醉於馬上往來輕。 

花の木のあいだを通ってゆくのだから身がぬれるのはかえっていいし、酔い機嫌になれば馬上で往来することも身軽でよろしいのではないか。

虛疑皓首沖泥怯,實少銀鞍傍險行。 

君はこの白髪の老人が泥をついて出かけるのをおそれているのだなどと、事実でもないことを疑っているかもしらないが、そんなことはないのである。まことに険路に沿うて行くのに銀鞍の馬がないからゆかれぬのに外ならないのである。

 

(崔評事弟 相い迎うるを許す、到らず、應に老夫泥雨を見て出ずるを怯れ、必ず佳期を愆るを慮るなるべし。筆を走らせて戲れに簡す)

江閣 賓を要するに馬迎を許し,午時 起坐す 天明よりす。

浮雲にも負かず青春の色,細雨にも 何ぞ孤【そむ】かん 白帝城に。

身 花間を過ぐ 沾濕するも好し,醉 馬上に於て 往來するも輕し。

虛しく疑う 皓首 沖泥 怯るるかと,實に少く 銀鞍 險に傍いて行く。

瞿塘峡・白帝城・魚復 

杜甫詳注(仇兆鰲)

  崔評事弟許相迎不到 /慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡

  顧注當時大厯二年春在夔/州西閣作 邵注崔評事公

  之表/

江閣邀賓許馬迎、午時起坐自天明。浮雲不負青春色

細雨何孤白帝城身過花間霑濕好醉於馬上往來輕

虛疑皓首衝泥怯實少銀鞍傍/險行起結二聨賓主/中間四

述坐時望迎之意倒本是邀賓江閣許馬迎天明起坐/至午時兩句皆用 裝法 卲注江閣公所寓白帝城

崔所居通首逐句順下俱帯戲詞車顧注剡溪漫筆云/王右軍在郡迎王敬仁敬仁每用 常惡其遲後以馬

迎敬仁雖復風雨亦不以車也杜詩江閣邀賓許馬迎/用此事於泥雨甚切 秦嘉詩起坐為不寧

馬銀/

 朱瀚曰為一酒食侵曉而待亦太無聊雲不負春色/語尚可通雨不孤白帝便無意義霑濕有何好處醉

 則龍鍾何得體輕虛疑衝泥聲韻頽唐馬行/何必銀鞍且馬又何必傍險赴燕豈逃難耶

 

 

現代語訳と訳註解説
(
本文)
〔崔評事弟許相迎、不到應慮老夫見泥雨怯出、必愆佳期走筆戲簡〕

江閣要賓許馬迎,午時起坐自天明。

浮雲不負青春色, 細雨何孤白帝城。

身過花間沾濕好,醉於馬上往來輕。

虛疑皓首沖泥怯,實少銀鞍傍險行。

(
下し文)
(崔評事弟 相い迎うるを許す、到らず、應に老夫泥雨を見て出ずるを怯れ、必ず佳期を愆るを慮るなるべし。筆を走らせて戲れに簡す)

江閣 賓を要するに馬迎を許し,午時 起坐す 天明よりす。

浮雲にも負かず青春の色,細雨にも 何ぞ孤【そむ】かん 白帝城に。

身 花間を過ぐ 沾濕するも好し,醉 馬上に於て 往來するも輕し。

虛しく疑う 皓首 沖泥 怯るるかと,實に少く 銀鞍 險に傍いて行く。

(
現代語訳)
崔評事弟許相迎、不到應慮老夫見泥雨怯出、必愆佳期走筆戲簡 (母方の従弟の崔評事が自分のため乗馬を迎へによこしてくれると許諾しておいたのにその馬がこなかった。それはこの老翁は泥や雨をみては出かけることを臆劫にしてきつと約束の期限をかえてほしいとかんがえたのであらう。それで等を考えあわせてこの詩をかきつけて戯れに手紙がわりに遣った。)

わたしのいるところへ江閣から賓客としてお迎えのために、馬で迎へてくれるというので承諾していたが、それで夜明けから起きたり坐ったりして正午ごろになってしまった。

いくら雲が浮びでたところで自分は春げしきに負くものではないし、細かい雨がふっでも自分はどうして白帝城にそむくことができるものかとおもっている。

花の木のあいだを通ってゆくのだから身がぬれるのはかえっていいし、酔い機嫌になれば馬上で往来することも身軽でよろしいのではないか。

君はこの白髪の老人が泥をついて出かけるのをおそれているのだなどと、事実でもないことを疑っているかもしらないが、そんなことはないのである。まことに険路に沿うて行くのに銀鞍の馬がないからゆかれぬのに外ならないのであ夔州東川卜居図詳細 002る。

 

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767年-005 王十五前閣會 杜詩詳注(卷一八(四)一六○○)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7591

757-005   王十五前閣會 杜詩詳注(卷一八(四)一六○○ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7591

 

 

王十五前閣會王某が西閣の南面したところで宴会に会ったことを詠む。

楚地の江岸でりょう雨もあがり、春の高台にそよそよと風が吹いてくる。仲のいい人人は石の多いところへ集ってくる、新鮮な膾は江のなかから出される。おとなりの王十五の家から手紙でわざわざお招きいただき、駕寵でこの老人のわたしを、ご厚意で無理に引っ張り出してだしてくださった。しかし、病める身とてせっかくのよい味の御馳走をすべてたべられない余った食べものを、それにおみやげにして家の子供らまで飽きるほどたくさんくださるとはなんという幸いなことだろうか、まことにかたじけなくおもうのである。

767-05

王十五前閣會

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ7587

杜詩詳注巻18-45

全唐詩巻二三一 29

767年大暦256  (5)

 

 

               
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杜甫詩1500-1160-1610/2500   767年大暦256  (5)

詩友の柏茂琳の配慮によって、少し安定した気持ちで大暦二年(767)の新年を迎えた。中国では陰暦正月、立春の日に生の野菜を細かく刻んで食べる習慣がある。その「春盤」(立春の祝いの大皿)をみて、杜甫は「両京」、つまり長安と洛陽の梅の開花を思い出したものである。

1

  立春(卷一八(四)一五九七)

2

  江梅(卷一八(四)一五九八)

3

  庭草(卷一八(四)一五九八)

4

  愁(卷一八(四)一五九九)

5

  王十五前閣會(卷一八(四)一六○○)

6

  崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡(卷一八(四)一六○

7

  遣悶戲呈路十九曹長(卷一八(四)一六○二)

8

  晝夢(卷一八(四)一六○三)

9

  暮春(卷一八(四)一六○五)

10

  即事(卷一八(四)一六○五)

11

  懷灞上遊(卷一八(四)一六○六)

12

入宅三首其一(卷一八(四)頁一六○六)

13

入宅三首其二(卷一八(四)頁一六○七)

14

入宅三首其三(卷一八(四)頁一六○八)

 

767年大暦256  (5) 

作時年:

767

大暦2

56

卷別:全唐詩

卷二百三十一 

文體:

五言律詩

杜詩詳注・杜少陵集 

18-45

 

 

詩題:

王十五前閣會

序文

 

作地點:

奉節(山南東道 / 夔州 / 奉節) 

 

及地點:

故園 

巫山 

 

交遊人物:

 

 

 

 

王十五前閣會

王某が西閣の南面したところで宴会に会ったことを詠む。

楚岸收新雨,春台引細風。

楚地の江岸でりょう雨もあがり、春の高台にそよそよと風が吹いてくる。

情人來石上,鮮膾出江中。

仲のいい人人は石の多いところへ集ってくる、新鮮な膾は江のなかから出される。

鄰舍煩書劄,肩輿強老翁。

おとなりの王十五の家から手紙でわざわざお招きいただき、駕寵でこの老人のわたしを、ご厚意で無理に引っ張り出してだしてくださった。

病身虛俊味,何幸飫兒童。

しかし、病める身とてせっかくのよい味の御馳走をすべてたべられない余った食べものを、それにおみやげにして家の子供らまで飽きるほどたくさんくださるとはなんという幸いなことだろうか、まことにかたじけなくおもうのである。

(王十五が前閣の會)

楚岸 新雨收り,春台 細風を引く。

情人 石上に來る,鮮膾 江中より出づ。

鄰舍 書劄を煩わし,肩輿 老翁を強う。

病身 俊味を虛しゅうし,何の幸 兒童を飫かしむ。

 

杜甫詳注(仇兆鰲) 

  王十五前閣

  黄鶴編在大厯二年春以詩有楚岸春臺句也。 前有送王十五扶侍詩卷227_63 《送王十五判官扶侍還黔中(得開字)》

楚岸收新雨、春臺引細風。情人來石上、鮮鱠出江中。

鄰舍煩書札、肩輿丘兩/老翁。病身虚俊味、何幸飫兒童。

上二前閣春景三四、王君宴下序始終欵曲之情見杜臆以隣舍、而致札迎輿見其殷勤又且飫及兒童

札中、并招其子詩邵注 州古楚地、故云楚岸、詩此指閣下石臺。 陸雲 遣情春臺託蔭寒水

鮑照 留酌待情人疆七發鮮鯉之鱠。 安世説王 獻之乗平肩輿徑入顧辟 陸雲答車

茂書東海之俊味餚膳之至妙。

 

 

 

『王十五前閣會』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

王十五前閣會

楚岸收新雨,春台引細風。

情人來石上,鮮膾出江中。

鄰舍煩書劄,肩輿強老翁。

病身虛俊味,何幸飫兒童。


(下し文)
(王十五が前閣の會)

楚岸 新雨收り,春台 細風を引く。

情人 石上に來る,鮮膾 江中より出づ。

鄰舍 書劄を煩わし,肩輿 老翁を強う。

病身 俊味を虛しゅうし,何の幸 兒童を飫かしむ。

 

(現代語訳)
王十五前閣會

(王某が西閣の南面したところで宴会に会ったことを詠む。)

楚地の江岸でりょう雨もあがり、春の高台にそよそよと風が吹いてくる。

仲のいい人人は石の多いところへ集ってくる、新鮮な膾は江のなかから出される。

おとなりの王十五の家から手紙でわざわざお招きいただき、駕寵でこの老人のわたしを、ご厚意で無理に引っ張り出してだしてくださった。

しかし、病める身とてせっかくのよい味の御馳走をすべてたべられない余った食べものを、それにおみやげにして家の子供らまで飽きるほどたくさんくださるとはなんという幸いなことだろうか、まことにかたじけなくおもうのである。


(訳注)

前閣前閣會

王某が西閣の南面したところで宴会に会ったことを詠む。大暦二年春の作。

47   王十五 其の人、いまだ詳ならず。766年の詩に以下のようにある。

送王十五判官扶侍還黔中(得開字)

王十五判官扶侍を送り黔中に還る〔「開」字を得る。〕

大家東征逐子回,風生洲渚錦帆開。

大家 東に征く子に逐いて迴る,風生え洲渚【しゅうちょ】錦帆開く。

青青竹筍迎船出,日日江魚入饌來。

青青として竹筍に 迎え船出づ,日日に江魚 入りて饌【たべどき】に來る。

離別不堪無限意,艱危深仗濟時才。

離別 無限の意に堪ず,艱危 仗深く濟時の才あり。

黔陽信使應稀少,莫怪頻頻勸酒杯。

黔陽【こんよう】の信使 應に稀少なり,怪しむ莫れ頻頻【ひんびん】酒杯を勸めんことを。

 


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767年-004   愁  杜詩詳注 卷一八(四)一五九九 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 7542

767-004   愁  杜詩詳注 卷一八(四)一五九九         漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 7542

 

愁 (戦火が十年続いたこと、朝廷の経済政策の失敗、故郷に帰ることができないことなど、心の愁いを詠む。)(戯れに、無理矢理に呉の詩のスタイルにしてみる)  江上の草は一日一日と生えてきて、伸びるしたがい、我が愁をよびおこす。巫峡の水は泠泠と鳴っているがすこしも自分を慰めてくれようとはせず不人情の様におもわれる。江の渦で白鷺が気樂そうに水を浴びているがいったいどんなつもりなのか一本木に高くはっきりと花が吹いているが自分とは無関心のさまだ。安史の乱と派生的に起こった戦乱が凡そ十年ばかり兵馬の塵が全土各地に暗くおおいつづけた、そして、異境の賓客たる自分はこんなさびしい城で老いつつある。渭水だの秦山だの、故郷長安の山水も果して二度と見られるかどうか、これまで、人民は疲弊しきつたうえに、猛虎の様な賀蘭進明に加え、第五琦という暴吏がはびこっているのである。

767-04

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ7582

杜詩詳注巻18-44

全唐詩巻二三一 16

767年大暦256  (4)

 

               
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杜甫詩1500-1163-1613/2500   767年大暦256-(7)

詩友の柏茂琳の配慮によって、少し安定した気持ちで大暦二年(767)の新年を迎えた。中国では陰暦正月、立春の日に生の野菜を細かく刻んで食べる習慣がある。その「春盤」(立春の祝いの大皿)をみて、杜甫は「両京」、つまり長安と洛陽の梅の開花を思い出したものである。

1

  立春(卷一八(四)一五九七)

2

  江梅(卷一八(四)一五九八)

3

  庭草(卷一八(四)一五九八)

4

  愁(卷一八(四)一五九九)

5

  王十五前閣會(卷一八(四)一六○○)

6

  崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡(卷一八(四)一六○

7

  遣悶戲呈路十九曹長(卷一八(四)一六○二)

8

  晝夢(卷一八(四)一六○三)

9

  暮春(卷一八(四)一六○五)

10

  即事(卷一八(四)一六○五)

11

  懷灞上遊(卷一八(四)一六○六)

12

入宅三首其一(卷一八(四)頁一六○六)

13

入宅三首其二(卷一八(四)頁一六○七)

14

入宅三首其三(卷一八(四)頁一六○八)

 

 

杜甫詩1500-1163-1613/2500   767年大暦256  (4)

作時年:

767

大暦2

56

全唐詩

巻二三一 16

文體:

七言律詩

杜詩詳注

18-44

卷一八(四)一五九九

詩題:

 

序文

 強戲為

作地點:

瀼西(山南東道 / 夔州 / 瀼西)

 

及地點:

 

 

 

 

交遊人物:

 

 

 

 

 

231_16 《愁(強戲為體)》杜甫 

(戦火が十年続いたこと、朝廷の経済政策の失敗、故郷に帰ることができないことなど、心の愁いを詠む。)

【原註】強戲為

(戯れに、無理矢理に呉の詩のスタイルにしてみる)

江草日日喚愁生,巫峽泠泠非世情。

江上の草は一日一日と生えてきて、伸びるしたがい、我が愁をよびおこす。巫峡の水は泠泠と鳴っているがすこしも自分を慰めてくれようとはせず不人情の様におもわれる。

盤渦鷺浴底心性,獨樹花發自分明。

江の渦で白鷺が気樂そうに水を浴びているがいったいどんなつもりなのか一本木に高くはっきりと花が吹いているが自分とは無関心のさまだ。

十年戎馬暗萬國,異域賓客老孤城。

安史の乱と派生的に起こった戦乱が凡そ十年ばかり兵馬の塵が全土各地に暗くおおいつづけた、そして、異境の賓客たる自分はこんなさびしい城で老いつつある。

渭水秦山得見否,人經罷病虎縱橫。

渭水だの秦山だの、故郷長安の山水も果して二度と見られるかどうか、これまで、人民は疲弊しきつたうえに、猛虎の様な賀蘭進明に加え、第五琦という暴吏がはびこっているのである。


(愁)

【原註】強いて戲れに 體を為す。

江草 日日に愁を喚びて生じ,巫峽 泠泠に世情に非ず。

盤渦 鷺 浴す 底【なん】の心性ぞ,獨樹 花 發く 自ら分明なり。

十年 戎馬 萬國に暗し,異域の賓客 孤城に老ゆ。

渭水 秦山 見るを得んや否や,人は經【いまま】で罷病【ひへい】し 虎は縱橫たり。

 

『愁』現代語訳と訳註解説
(
本文)

【原註】強戲為

江草日日喚愁生,巫峽泠泠非世情。

盤渦鷺浴底心性,獨樹花發自分明。

十年戎馬暗萬國,異域賓客老孤城。

渭水秦山得見否,人經罷病虎縱橫。

(下し文)
(愁)

【原註】強いて戲れに 體を為す。

江草 日日に愁を喚びて生じ,巫峽 泠泠に世情に非ず。

盤渦 鷺 浴す 底【なん】の心性ぞ,獨樹 花 發く 自ら分明なり。

十年 戎馬 萬國に暗し,異域の賓客 孤城に老ゆ。

渭水 秦山 見るを得んや否や,人は經【いまま】で罷病【ひへい】し 虎は縱橫たり。

(現代語訳)
(戦火が十年続いたこと、朝廷の経済政策の失敗、故郷に帰ることができないことなど、心の愁いを詠む。)

【原註】強戲為(戯れに、無理矢理に呉の詩のスタイルにしてみる)

江上の草は一日一日と生えてきて、伸びるしたがい、我が愁をよびおこす。巫峡の水は泠泠と鳴っているがすこしも自分を慰めてくれようとはせず不人情の様におもわれる。

江の渦で白鷺が気樂そうに水を浴びているがいったいどんなつもりなのか一本木に高くはっきりと花が吹いているが自分とは無関心のさまだ。

安史の乱と派生的に起こった戦乱が凡そ十年ばかり兵馬の塵が全土各地に暗くおおいつづけた、そして、異境の賓客たる自分はこんなさびしい城で老いつつある。

渭水だの秦山だの、故郷長安の山水も果して二度と見られるかどうか、これまで、人民は疲弊しきつたうえに、猛虎の様な賀蘭進明に加え、第五琦という暴吏がはびこっているのである。


(訳注) 

(戦火が十年続いたこと、朝廷の経済政策の失敗、故郷に帰ることができないことなど、心の愁いを詠む。)大厯二年の春夔州で作る

【原註】強戲為

(戯れに、無理矢理に呉の詩のスタイルにしてみる)

36  吴体とは詩體の一種である。語言は通俗であり,淺い俚俗なたとえ話を作るものであり,江南の民歌の風味を有す,故に稱す。仇兆鰲は黃生を注引して曰く「皮陸集中 亦體詩有り,乃ち當時の俚俗は此の體を為すのみ。 詩流は之を效うを屑ぜず。 杜公篇の什は既に眾す, 時に變調を出づ;凡そ集中の拗律は,皆 此體に屬す。」

  

原注 戲為呉體。: 為黄生 注皮陸集中亦有呉/體詩乃當時俚俗 此體耳詩流不屑效之杜公篇什既衆時出變調凡集中拗律皆屬此體偶/發例於此曰戲者明其非正律也杜臆胸有抑鬱不平之氣而以拗體發之公之拗體詩大都如是 翫詩意當是大厯二年春夔州作。

黄生が注を為す皮陸集中、亦、呉體詩有り、乃ち當時俚俗なり、此の體のみの詩流は效之杜公篇の什は屑ぜず。既に衆時出變調、凡そ集中の拗律は皆此體に屬す。偶たま例を發す、此に於て、戲れにと曰う者は其の正律にるを明かにするなち。杜臆胸は抑鬱に有り の氣を平にせざるして、以て拗體は之を發し之を公す。拗體詩は大都是れ翫詩の意の如し。

 

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767年-003  庭草  杜詩詳注 卷一八(四)一五九八 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7537

767-003  庭草  杜詩詳注 卷一八(四)一五九八       漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7537

 

 

杜甫  庭草 (瀼水のほとり、草堂付近の若草の春景色に臨んで詠ったもの) 南国の楚の國の草木は冬の寒の時期を経ても緑であり、庭前の春景色が細やかに目に映る。これまで垂れ下がっていた葉も収縮しながら上に直立して挙がっている、巻いた芽が幾重にも重なって生えてきて、内部のものは、外部のものに覆われるようになっている。この草の上を履で歩む時には気をつけて軽やかに通るのが良い、そうすれば、酒宴の筵を開くときも美しい若草を客人に提供できることになる。それから客人は花を見るがその花も、季節の順序にひとりでに花をつけてくれ、決して私が無理に立派に見られようなどとかたちづくることはしなくてもよいのである。

767-03

  庭草

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ7577

杜詩詳注巻1843

全唐詩卷二三二 9

767年大暦256  (3)

 

               
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  index-5 806年39歳(2)25首 index-6 807~809年 20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳57首 index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首  
  index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 國子祭酒18首 index-13 821年~822年 22首 index-14 57歳・病気のため退職。没す14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 孟郊  
               
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ 杜詩詳注   LiveDoorBlog 757年-003  庭草  杜詩詳注 卷一八(四)一五九八 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7537  
  杜甫詩(1)736~751年  53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首 杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首 杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首  
  杜甫詩(7)759年秦州詩 66首 杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首 杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首 杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首 杜甫詩(11)762年蜀中転々43首 杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首  
               
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杜甫詩1500-1159-1609/2500

詩友の柏茂琳の配慮によって、少し安定した気持ちで大暦二年(767)の新年を迎えた。中国では陰暦正月、立春の日に生の野菜を細かく刻んで食べる習慣がある。その「春盤」(立春の祝いの大皿)をみて、杜甫は「両京」、つまり長安と洛陽の梅の開花を思い出したものである。

1

  立春(卷一八(四)一五九七)

2

  江梅(卷一八(四)一五九八)

3

  庭草(卷一八(四)一五九八)

4

  愁(卷一八(四)一五九九)

5

  王十五前閣會(卷一八(四)一六○○)

6

  崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡(卷一八(四)一六○

7

  遣悶戲呈路十九曹長(卷一八(四)一六○二)

8

  晝夢(卷一八(四)一六○三)

9

  暮春(卷一八(四)一六○五)

10

  即事(卷一八(四)一六○五)

11

  懷灞上遊(卷一八(四)一六○六)

12

入宅三首其一(卷一八(四)頁一六○六)

13

入宅三首其二(卷一八(四)頁一六○七)

14

入宅三首其三(卷一八(四)頁一六○八)

 

767年大暦256-(3)  18-43     庭草

作時年:

767

大暦2

56

全唐詩

卷二三二 9

文體:

七言律詩

杜詩詳注

18-43

卷一八(四)一五九八

詩題:

  庭草

序文

 

作地點:

奉節(山南東道 / 夔州 / 奉節)

 

及地點:

故園 

巫山 

 

 

 

 

 

交遊人物:

 

 

 

 

 

庭草

(瀼水のほとり、草堂付近の若草の春景色に臨んで詠ったもの)

楚草經寒碧、庭春入眼濃。

南国の楚の國の草木は冬の寒の時期を経ても緑であり、庭前の春景色が細やかに目に映る。

舊低收葉舉、新掩巻牙重。

これまで垂れ下がっていた葉も収縮しながら上に直立して挙がっている、巻いた芽が幾重にも重なって生えてきて、内部のものは、外部のものに覆われるようになっている。

歩履宜輕過、開筵得屢供。

この草の上を履で歩む時には気をつけて軽やかに通るのが良い、そうすれば、酒宴の筵を開くときも美しい若草を客人に提供できることになる。

看花隨節序、不敢為容。

それから客人は花を見るがその花も、季節の順序にひとりでに花をつけてくれ、決して私が無理に立派に見られようなどとかたちづくることはしなくてもよいのである。

(庭草)

楚の草 寒を經て碧なり、庭の春 眼に入りて濃かなり。

舊低 收葉 舉り、新掩 巻牙 重なる。

歩履 宜しく輕く過ぐべし、開筵 屢しば供するを得。

看花 節序に隨う、敢えていて容づくることを為さず。

 瞿塘峡・白帝城・魚復

 

『庭草』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

庭草

楚草經寒碧、庭春入眼濃。

舊低收葉舉、新掩巻牙重。

歩履宜輕過、開筵得屢供。

看花隨節序、不敢為容。

(下し文)
(庭草)

楚の草 寒を經て碧なり、庭の春 眼に入りて濃かなり。

舊低 收葉 舉り、新掩 巻牙 重なる。

歩履 宜しく輕く過ぐべし、開筵 屢しば供するを得。

看花 節序に隨う、敢えていて容づくることを為さず。

(現代語訳)
庭草(瀼水のほとり、草堂付近の若草の春景色に臨んで詠ったもの)

南国の楚の國の草木は冬の寒の時期を経ても緑であり、庭前の春景色が細やかに目に映る。

これまで垂れ下がっていた葉も収縮しながら上に直立して挙がっている、巻いた芽が幾重にも重なって生えてきて、内部のものは、外部のものに覆われるようになっている。

この草の上を履で歩む時には気をつけて軽やかに通るのが良い、そうすれば、酒宴の筵を開くときも美しい若草を客人に提供できることになる。

それから客人は花を見るがその花も、季節の順序にひとりでに花をつけてくれ、決して私が無理に立派に見られようなどとかたちづくることはしなくてもよいのである。

00大豆畑
(訳注)

庭草

(瀼水のほとり、草堂付近の若草の春景色に臨んで詠ったもの)

22. 解説 年を越してきて一本立ちの杜に葉が青々と茂っているが、士卒が故郷のことを思って心を傷めるという、詩經.小雅.杕杜:「卉木萋芷,女心悲止。」(卉木 芷を萋たり,女心悲しむ。)にならい、文選.張景陽.雜詩十首之一:「房櫳無行跡,庭草萋以綠。」(房櫳には行跡無く、庭草は萋として以て緑なり。)の詩に倣ってこれを詠う。

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767年-002  江梅  杜詩詳注 卷一八(四)一五九八 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7532

757-002   江梅  杜詩詳注 卷一八(四)一五九八   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7532

 

杜甫  江梅(瀼水のほとりに咲く梅の花を見て詠んだ詩)

梅の開花が年の暮れにほころびたのであるが、全体的には、新年になってぱあっと咲いてきた樹木がずっと多い。春が持つ好意は誰もがよく知っているけれど、旅客のみであるからどうしても憂いが募ってくるのはどうしようもない。梅の花の咲いたのを見ると、雪が降って樹木に乗ったときのように真っ白で、それが落花すると川風に連れて大江の水面に波の泡のようになっている。こんな時に故郷のことは見ようとしてはいけないのであるし、梅の花の向こうに巫山の姿だけがこんもりと高く聳えている。

757-002

江  梅

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7432 

杜詩詳注18-42

767年大暦256  (2)

 

 

  

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 杜甫詩
1500-1158-1608/2500

詩友の柏茂琳の配慮によって、少し安定した気持ちで大暦二年(767)の新年を迎えた。中国では陰暦正月、立春の日に生の野菜を細かく刻んで食べる習慣がある。その「春盤」(立春の祝いの大皿)をみて、杜甫は「両京」、つまり長安と洛陽の梅の開花を思い出したものである。

1

18-41

立春

2

18-42

江梅

3

18-43

庭草

4

18-45

王十五前閣會

5

15-16

老病

6

18-46

崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡

7

18-44

8

18-48

晝夢

9

18-47

遣悶戲呈路十九曹長

10

18-50

即事

11

18-49

暮春

12

19-23

雨  (山雨不作埿,)

13

15-58

卷一五58  晴二首其一

14

15-59

卷一五59  晴二首其二

15

18-51

懷灞上遊

16

18-84

月,三首之一

17

18-85

月,三首之二

18

18-86

月,三首之三

 

 作時年:

767

大暦2

56

卷別:全唐詩

卷二三二_ 8

文體:

五言律詩

 :杜詩詳注

18-42

 

 

詩題:

江梅

序文

 

作地點:

奉節(山南東道 / 夔州 / 奉節)

 

 

及地點:

故園 

巫山 

 

交遊人物:

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桃園001
江梅

(瀼水のほとりに咲く梅の花を見て詠んだ詩)
梅蘂臘前破、梅花年後多。

梅の開花が年の暮れにほころびたのであるが、全体的には、新年になってぱあっと咲いてきた樹木がずっと多い。

絶知春意好、最奈客愁何。

春が持つ好意は誰もがよく知っているけれど、旅客のみであるからどうしても憂いが募ってくるのはどうしようもない。

雪樹元同色、江風亦自波。

梅の花の咲いたのを見ると、雪が降って樹木に乗ったときのように真っ白で、それが落花すると川風に連れて大江の水面に波の泡のようになっている。

故園不可見、巫岫鬱嵯峨。

こんな時に故郷のことは見ようとしてはいけないのであるし、梅の花の向こうに巫山の姿だけがこんもりと高く聳えている。

(江梅)

梅蘂 臘前に破る、梅花 年後に多し。

絶【はなは】だ知る 春意の好きことを、最も 客愁を奈何【いかに】せん。

雪樹 元の色を同じゅうす、江風 亦た自ら波だつ。

故園 見る可からず、巫岫 鬱として嵯峨たり。

 

 

『江梅』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

江梅

梅蘂臘前破、梅花年後多。

絶知春意好、最奈客愁何。

雪樹元同色、江風亦自波。

故園不可見、巫岫鬱嵯峨。

(含異文)江梅

梅蘂臘前破、梅花年後多。

絶知春意好【一作/早】、最奈客愁何。

雪樹元【一作/能】同色、江風亦自波。

故園不可見、巫岫鬱嵯峨。



(下し文)
(江梅)

梅蘂 臘前に破る、梅花 年後に多し。

絶【はなは】だ知る 春意の好きことを、最も 客愁を奈何【いかに】せん。

雪樹 元の色を同じゅうす、江風 亦た自ら波だつ。

故園 見る可からず、巫岫 鬱として嵯峨たり。

(現代語訳)
江梅(瀼水のほとりに咲く梅の花を見て詠んだ詩)

梅の開花が年の暮れにほころびたのであるが、全体的には、新年になってぱあっと咲いてきた樹木がずっと多い。

春が持つ好意は誰もがよく知っているけれど、旅客のみであるからどうしても憂いが募ってくるのはどうしようもない。

梅の花の咲いたのを見ると、雪が降って樹木に乗ったときのように真っ白で、それが落花すると川風に連れて大江の水面に波の泡のようになっている。

こんな時に故郷のことは見ようとしてはいけないのであるし、梅の花の向こうに巫山の姿だけがこんもりと高く聳えている。


瞿塘峡・白帝城・魚復(訳注)

江梅

(瀼水のほとりに咲く梅の花を見て詠んだ詩)大暦二年の春の作。

 

梅蘂臘前破、梅花年後多。

梅の開花が年の暮れにほころびたのであるが、全体的には、新年になってぱあっと咲いてきた樹木がずっと多い。

13. 梅蘂 梅の花のつぼみ。蘂:① 花の生殖器官。ずい。 「雄-」 「雌-」 ひもの先端と総(ふさ)との間につける飾り。

14. 臘前破 梅の開花が臘は年末のことで、臘節であったことをいう。

14. 年後 新年。

 

絶知春意好、最奈客愁何。

春が持つ好意は誰もがよく知っているけれど、旅客のみであるからどうしても憂いが募ってくるのはどうしようもない。

15. 春意好 春が素敵なこと、好意を持つことを言う。

16. 奈客愁何 韻のために「客愁奈何」とする。 

 

雪樹元同色、江風亦自波。

梅の花の咲いたのを見ると、雪が降って樹木に乗ったときのように真っ白で、それが落花すると川風に連れて大江の水面に波の泡のようになっている。

17. 江風 川風。

18. 亦自波 川のほとりの梅花であるから、風に飛ぶ花弁が、波に乗って流れ、波しぶき化、波の泡のように見えることを言う。

 

故園不可見、巫岫鬱嵯峨。

こんな時に故郷のことは見ようとしてはいけないのであるし、梅の花の向こうに巫山の姿だけがこんもりと高く聳えている。

19. 故園 前の詩《18-41立春》では、両京、杜陵と表現した故郷のこと。

20. 巫岫 巫山。

21. 鬱嵯峨 こんもりと高く聳えていること。・鬱 さかんなさま。・嵯峨 たかいさま。唐誡は試験を受けるためにゆくので、試験の難関が高く妨げることだろうことをいう。陸機詩「長風萬里舉。慶雲鬱嵯峨。」

1424別唐十五誡因寄禮部賈侍郎》「子負經濟才,天門鬱嵯峨。」( 子経済の才を負い、天門鬱として嵯峨【さが】たり。)

廣徳2764-9-3 《別唐十五誡因寄禮部賈侍郎》 蜀中転々 杜甫 <659-3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3695 杜甫詩1000-659-3-933/1500753-3

 


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767年-001 立春 杜詩詳注卷一八(四)一五九七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7567

757-001 立春 杜詩詳注卷一八(四)一五九七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7567

 杜甫  立 春(立春の日に菜盤をみて感ずる所をのべる。)

立春の日、春盤にこまかくきざんだ韮菜が盛られてある。これを見るとにわかに両京の全盛であったときのことがおもいだされる。あの頃は富貴の家の門からこの菜を盛った白玉の盤がもちだされて諸方にはこぼれ、美人の絨手をわたって青糸のような細い菜が転送せられる。ところが今この巫暁の寒江ではどうしてこの菜盤をまともにながめられよう、杜陵の旅客たる自分は悲しくてたまらぬ。この身は故郷のきまった場所へかえられるのかどうかわからない。それで子供を呼んで紙を求め、感じを述べてこの詩をかきつけるのである。 

767-001

立 春

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7567

杜詩詳注巻18-41

全唐詩卷二二九  23

767年大暦256 (1)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016111

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杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43

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杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44

 

 

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杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36

杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45

杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82

杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43

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杜甫詩     767年大暦256-(1)

詩友の柏茂琳の配慮によって、少し安定した気持ちで大暦二年(767)の新年を迎えた。中国では陰暦正月、立春の日に生の野菜を細かく刻んで食べる習慣がある。その「春盤」(立春の祝いの大皿)をみて、杜甫は「両京」、つまり長安と洛陽の梅の開花を思い出したものである。 

1

18-41

立春

2

18-42

江梅

3

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4

18-45

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5

15-16

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6

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18-44

8

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11

18-49

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12

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15

18-51

懷灞上遊

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