「與任城許主簿游南池」杜甫 紀頌之の漢詩ブログ杜甫詩 特集  4 
737年 26歳 開元二十五年頃の作。
山東省任城県の主簿許氏とともに県城の南にある池に遊んだことを詠う。五言律詩。

與任城許主簿遊南池
秋水通溝洫,城隅進小船。
秋の水が田んぼ間の掘り割りに縦横に通じている、それでその水路を利用して県城の隅から小さな船を進めて南池の方へでかけた。
晚涼看洗馬,森木亂鳴蟬。
途中では涼しくなった夕がた、人が馬を洗ってやっていた。しげり立った木にはうるさく蝉が鳴いていた。
菱熟經時雨,蒲荒八月天。
菱はこのごろ長くつづいた雨のために成熟している。八月の秋空に蒲などは枯れかかりつつある。
晨朝降白露,遙憶舊青氈。

明け方白露おりていた、考えてみると二十四節気の白露である。 遥かにおもいだす故郷の書斎にのこしてあるあの青毛氈のことである。


秋の水が田んぼ間の掘り割りに縦横に通じている、それでその水路を利用して県城の隅から小さな船を進めて南池の方へでかけた。
途中では涼しくなった夕がた、人が馬を洗ってやっていた。しげり立った木にはうるさく蝉が鳴いていた。
菱はこのごろ長くつづいた雨のために成熟している。八月の秋空に蒲などは枯れかかりつつある。
明け方白露おりていた、考えてみると二十四節気の白露である。 遥かにおもいだす故郷の書斎にのこしてあるあの青毛氈のことである。


任城の許主簿と南池に遊ぶ
秋水溝洫に通ず 城隅より小船を進む
晩涼に洗馬を看る 森木に鳴蝉乱る
菱は熟す時を経たるの雨 蒲は荒る八月の天
晨朝白露降らん 遙に憶う舊青氈


與任城許主簿遊南池
任城の許主簿と南池に遊ぶ
任城:じんじょう県の名、唐時代、兗州に属した、今の山東省済寧州治。 ・許主簿:許は姓、主簿は記録を掌る官。・南池:済寧城の東南隅にもとあったもの。


秋水通溝洫、城隅進小船。

秋の水が田んぼ間の掘り割りに縦横に通じている、それでその水路を利用して県城の隅から小さな船を進めて南池の方へでかけた。   
秋水: 収穫搬送のため溝池にたたえている水をいう。 ・溝洫:田問の掘り割りの水、広さ深さが四尺あるものを溝といい、広さ深さが八尺あるものを池という。・:進行させること。


晚涼看洗馬、森木亂鳴蟬。
途中では涼しくなった夕がた、人が馬を洗ってやっていた。しげり立った木にはうるさく蝉が鳴いていた。   
洗馬:馬に行水をさすこと。 ・森木:森はしげり立ったさま。


菱熟經時雨、蒲荒八月天。
菱はこのごろ長くつづいた雨のために成熟している。八月の秋空に蒲などは枯れかかりつつある。   
:池や沼に自生する水草。角のある突起の堅果を結ぶ。・経時:久しきにわたること。 ・:湿地に自生する多年草で、高さ2mになる。・荒:枯れたり折れたりする状態のこと。


晨朝降白露、遙憶舊青氈。

明け方白露おりていた、考えてみると二十四節気の白露である。 遥かにおもいだす故郷の書斎にのこしてあるあの青毛氈のことである。 
晨朝:あさのこと、ここは明けがたの意。・降白露:白露がおりるというのは、白露の節となることをいう。 ・舊青覿:きゅうあおもうせん 晋の王献之の故事、ある夜、泥棒が献之の書斎に入った。皆持っていこうとしたところへ、献之は、育毛氈だけは我が家のゆかりのものであるから置いてゆけと言ったという。ここは作者が自己の故郷にのこしてきた氈をいい、それに懐郷のイメージを出すために故事を借りたものである。


杜甫の父杜閑が兗州都督府の司馬(次官のひとり)の任にあった。杜甫は父の紹介で許主簿を訪ねたのだろう。遠路の客をもてなしてくれたのである。
ここに言う兗州市は山東省西南部の魯西南平原に位置する。東には曲阜の孔子ゆかりの「三孔」を仰ぎ,西には梁山県の水滸伝ゆかりの沼沢地(梁山泊)があり、北には泰山がそびえ、南には微山湖を望むため、「東文、西武、北岱、南湖」と呼ばれる名勝の地で、杜甫はそれぞれ詩を残している。