重題鄭氏東亭  杜甫 紀頌之の漢詩ブログ杜甫詩 特集  18
新安に在る鄭氏の東の亭に、再び訪れかきつけた詩。
744年天宝3載33歳、杜甫が洛陽にあったころの作。原注に、「新安の界に在り」とある。
天宝3載 744年 33歳 五言律詩


重題鄭氏東亭
華亭入翠微、秋日亂清暉。
うつくしい山亭が山の中半腹に建っていて、秋の陽はきよらかな光を目映く輝かせていた。
崩石欹山樹、清漣曳水衣。
山亭のそばの崩れかかった岩石は山の樹を傾けさせていて、すんだ水の池のさざなみは水面に浮かんだ水苔を揺らせていた。
紫鱗衝岸躍、蒼隼護巣歸。
その水に泳いでいる紫色のウロコの魚は岸に突き当たるかのようにはね飛び躍って、樹上に棲む隼は巣籠に帰っていった。
向晩尋征路、残雲傍馬飛。

わたしは夕方になったのでここを去ろうとして帰り道にはゆきはじめた、夕方の雲がわたしの乗る馬に付き添うように流れている。


うつくしい山亭が山の中半腹に建っていて、秋の陽はきよらかな光を目映く輝かせていた。
山亭のそばの崩れかかった岩石は山の樹を傾けさせていて、すんだ水の池のさざなみは水面に浮かんだ水苔を揺らせていた。
その水に泳いでいる紫色のウロコの魚は岸に突き当たるかのようにはね飛び躍って、樹上に棲む隼は巣籠に帰っていった。
わたしは夕方になったのでここを去ろうとして帰り道にはゆきはじめた、夕方の雲がわたしの乗る馬に付き添うように流れている。


(下し文)重ねて鄭氏が東亨に題す
華亭 翠微に入り、 秋日 清暉乱る。
崩石 山樹欹き、  清漣 水衣を曳く。
紫鱗 岸を衝いて躍り、 蒼隼 巣を護せんとして帰る。
晩に向って征路を尋ぬれば、 残雲 馬に傍いて飛ぶ。

重題鄭氏東亭

鄭氏 鮒馬鄭潜曜との説があるが、確かでない。○東亭 其の家の東にあるものであろう。○新安 河南府新安県。

華亭入翠微、秋日亂清暉。
うつくしい山亭が山の中半腹に建っていて、秋の陽はきよらかな光を目映く輝かせていた。
華亭 うつくしいちん、休憩するために作ったあずまや。東亭をほめていう。○翠微 山の半腹、そのあたりには翠色がかすかによこたわっているのでかくいう。○秋日 日は太陽をさす。○清暉 すんだひかり。日光。

崩石欹山樹、清漣曳水衣。
山亭のそばの崩れかかった岩石は山の樹を傾けさせていて、すんだ水の池のさざなみは水面に浮かんだ水苔を揺らせていた。
崩石 くずれかかった石。○ かたむく、横になる。○ さざなみ。○水衣 みずごけ。

紫鱗衝岸躍、蒼隼護巣歸。
その水に泳いでいる紫色のウロコの魚は岸に突き当たるかのようにはね飛び躍って、樹上に棲む隼は巣籠に帰っていった。
紫鱗 紫色のさかな。夕日に紫色に輝いたのだろう。○蒼隼 ごましおの羽色のはやぶさ。○護巣 巣の番をする。


向晩尋征路、残雲傍馬飛。
わたしは夕方になったのでここを去ろうとして帰り道にはゆきはじめた、夕方の雲がわたしの乗る馬に付き添うように流れている。
征路 たびじ。我がかえり路。○残雲 ゆうべの雲。


杜甫の家系は名門なので高官や貴族などからの招待はあったようだ。結婚もして、家も構えていたので、文才を生かして士官につながる伝手を求めて訪問していた。李白と出会って、杜甫は叔母の法事などの関係で暫く洛陽に残っていた。数か月して李白を追うのであるが、その間のできごとである。「重ねて題す」とあるので、二度目なのであろうが、詩としては、見当たらない。

「うつくしい亭が山の半腹にたっていて、秋の太陽のすんだひかりがちらちらしている。」大豪邸の感じはしない。
尾聯での景色が一般的で馬に乗っている杜甫に夕焼雲がついてくるということでは、ほとんど印象的な場所ではなかったのだろう。鄭氏も未詳であるのでなおさらだ。