與李十二白同尋范十隱居  杜甫 紀頌之の漢詩ブログ杜甫詩 特集  22李白を詠う(5) (李白と旅する)


746年天宝5載35

その年の夏、李邕が済州(済南)にやって来たので、杜甫は李邕に従い、済州の駅事にある歴下事や、済州城の北方にある鵲山亭での宴遊に加わって、当代の文壇のあれこれについて談じた。話は祖父審言にも及び、李邕は審言の詩の美しきを賛えた。杜甫は祖父の存在を、どんなに誇りに思ったことであろう。

 秋になって、杜甫は兗州に李白を訪ねた。李白は兗州に程近い任城(済寧)に家を構えており、二人の子供をそこに置いていた。杜甫は、すでに高天師のところから帰っていた李白と、東方にある蒙山に登って、董錬師、元逸人という道士を訪ねたり、城北に范十隠居を訪問したりしている。


與李十二白同尋范十隱居
李侯有佳句,往往似陰鏗。
李白どのは佳い句を作られる、ときどき、華麗な抒情詩を書く陰鏗の作に似ている。
余亦東蒙客,憐君如弟兄。』
このたび私は、あなたとともに東のかた蒙山の地に遊び、あなたを親しく思うこと兄弟のようである。
醉眠秋共被,攜手日同行。
秋の夜、酒に酔っては一枚の夜着を共にして眠り、毎日、手を取り合って歩いた。
更想幽期處,還尋北郭生。』
そうして、幽静の心ある人に会いたくなって、今日はまた、北郭の范どのを訪ねてきた。
入門高興發,侍立小童清。
門を入ると、世俗を離れた気配が漂っており、そばに侍っている童子までも清らか。
落景聞寒杵,屯雲對古城。』
日の落ちるころになると、寒空に杵の音が聞こえ、古城には雲が低く垂れこめる。
向來吟橘頌,誰欲討蓴羹。
これまで私は屈原の「橘頌」を吟じつづけてきたが、さて、だれとともに蓴菜のスープを求めて故郷に帰ろうか。
不願論簪笏,悠悠滄海情。』

役人になることを論じようとは思わない。槍海に隠遁したい思いが、いつまでも続いている。

李白どのは佳い句を作られる、ときどき、華麗な抒情詩を書く陰鏗の作に似ている。
このたび私は、あなたとともに東のかた蒙山の地に遊び、あなたを親しく思うこと兄弟のようである。
秋の夜、酒に酔っては一枚の夜着を共にして眠り、毎日、手を取り合って歩いた。
そうして、幽静の心ある人に会いたくなって、今日はまた、北郭の范どのを訪ねてきた。
門を入ると、世俗を離れた気配が漂っており、そばに侍っている童子までも清らか。
日の落ちるころになると、寒空に杵の音が聞こえ、古城には雲が低く垂れこめる。
これまで私は屈原の「橘頌」を吟じつづけてきたが、さて、だれとともに蓴菜のスープを求めて故郷に帰ろうか。
役人になることを論じようとは思わない。槍海に隠遁したい思いが、いつまでも続いている。



(下し文)李十二白と同(とも)に范十隱居を尋ぬ
李侯に佳句有り,往往 陰鏗(いんこう)に似たり。
余も亦 東蒙の客,君に憐しむこと弟兄の如し。』
醉いて眠りては秋に被を共にし,手を攜えて日と同に行く。
更に想う幽期の處,還尋ね 北郭の生(ひと)。』
門に入れば高興は發し,侍立せる小童も清し。
落景に寒杵(かんしょ)を聞き,屯雲(ちゅううん)に古城に對し。』
向來 橘頌(きっしょう)を吟ずるも,誰と蓴羹(じゅんこう)を討たんと欲す。
簪笏(しんこつ)を論ずるを願わず,悠悠たり、滄海の情。』




李侯有佳句,往往似陰鏗。
李白どのは佳い句を作られる、ときどき、華麗な抒情詩を書く陰鏗の作に似ている。
往々 いつも。ときどき。 ○陰鏗(いんこう) (生没年不詳)  字は子堅。武威郡姑臧の人、はじめ梁の湘東王の法曹参軍となった。陳の天嘉年間に、始興王の中録事参軍となり、のちに晋陵太守・員外散騎常侍に上った。詩人として何遜と並び称された。『陰常侍詩集』。
(添付)「五州夜発」陰鏗
夜江霧裏闊、新月迥中明。
溜船惟識火、驚鳧但聴聲。
勞者時歌榜、愁人數問更。

余亦東蒙客,憐君如弟兄。』
このたび私は、あなたとともに東のかた蒙山の地に遊び、あなたを親しく思うこと兄弟のようである。
東蒙 兗州府東にある蒙山のこと。

醉眠秋共被,攜手日同行。
秋の夜、酒に酔っては一枚の夜着を共にして眠り、毎日、手を取り合って歩いた。
 かけ布団。かぶる。

更想幽期處,還尋北郭生。』
そうして、幽静の心ある人に会いたくなって、今日はまた、北郭の范どのを訪ねてきた。
幽期 隠居している ○北郭の范 城北の范十隱居


入門高興發,侍立小童清。
門を入ると、世俗を離れた気配が漂っており、そばに侍っている童子までも清らか。


落景聞寒杵,屯雲對古城。』
日の落ちるころになると、寒空に杵の音が聞こえ、古城には雲が低く垂れこめる。
寒杵 寒空に杵の音。○古城 兗州の東南数十キロにある嘩山をいう。・秦碑 紀元前三世紀のころ、秦の始皇帝が巡幸の記念として建てた石碑。・荒城 兗州のすぐ東にある曲阜をさす。・霊光殿:魯殿 紀元前二世紀、漢の景帝の息子、魯の共王が建てた
(資料)兗州は、「東文、西武、北岱、南湖」と呼ばれ、(東に孔子ゆかりの「三孔」を仰ぎ,西に水滸伝ゆかりの「梁山泊」があり、北には「泰山」がそびえ、南には「微山湖」を望むため)また、「杜甫」ゆかりの地である少陵台もある。

向來吟橘頌,誰欲討蓴羹。
これまで私は屈原の「橘頌」を吟じつづけてきたが、さて、だれとともに蓴菜のスープを求めて故郷に帰ろうか。
橘頌 屈原の若き修学時代に理想の人間像を楚の国の特産である一本の若木に寓して詠じたもの  ○蓴羹  じゅんこう 蓴菜じゅんさい スイレン科の多年生水草。
(添付)橘頌  屈原
後皇嘉樹,橘徠服兮。
受命不遷,生南國兮。
深固難徙,更壹志兮。
綠葉素榮,紛其可喜兮。
曾枝剡棘,圓果摶兮。
青黃雜糅,文章爛兮。
精色內白,類任道兮。
紛緼宜修,姱而不醜兮。』
嗟爾幼志,有以異兮。
獨立不遷,豈不可喜兮?
深固難徙,廓其無求兮。
蘇世獨立,橫而不流兮。
閉心自慎,終不失過兮。
秉德無私,參天地兮。
願歲並謝,與長友兮。
淑離不淫,梗其有理兮。
年歲雖少,可師長兮。
行比伯夷,置以為像兮。』
*』前半 樹の性状、美しさ。後半 理想の人間像を重ね、その美を詠う。
  

不願論簪笏,悠悠滄海情。』
役人になることを論じようとは思わない。槍海に隠遁したい思いが、いつまでも続いている。
簪笏 しんこつ 礼服をつけた役人。簪は冠を髪に止める飾り。笏は手に持つしゃく。 ○滄海 東海に浮かぶ仙人の棲む三山を示す。 三山は蓬莱、方丈、瀛州の各山。道教でいう。


○韻 鏗,兄,行,生/清,城,羹,情