故武衛将軍挽詞三首 杜甫 紀頌之の漢詩ブログ杜甫詩 特集  29

(746) 正月に長安に出る。
当時の就職活動は、都の知人、縁者を頼って、詩を贈寄奉献し、推薦依頼を期待することであった。後にこの就職活動をまとめるが、李林甫の存在を杜甫は知らなかったのか、結果的にあまり役立っていない。
新婚生活の方は、奉天県の県令であった父親の援助に頼りきったのであろう。


この詩は死んだ武衛将軍のためにつくった喪の歌辞。
天宝6載 747年 36歳

故武衛将軍挽詞三首
故武衛将軍挽詞:○故 死んだ人であることをいう。○武衛将軍 官名、其の人は未詳。唐には左・右武衛大将軍各一員、将軍各一員があり、宮禁警衛の法を統領することを掌る。○挽詞 枢車をひきながら歌ううたことば、死者を送る歌。

故武衛将軍挽詞
其一
厳警官寒夜、前軍落大星。
寒い夜にあたって将軍はいつものように宮禁の警衛をしていたところが前軍に大きな星が落ちて将軍はこの不吉の前兆とともに歿してしまった。
杜夫思敢決、哀詔惜精霊。
それまで部下であった若者たちは将軍の在りし日の勇敢果決であったことを深く思い、かなしげな詔を天子は発せられて将軍の霊魂の返らざるをお惜みになった。
王者今無戦、書生己勤銘。
王者は今日しっかりしていて、戦などいうものはない、班固のような書生が山上の石に戦功をしるして銘をほりつけた時代とおなじだ。
封侯意疎潤、編簡烏誰青。

戦がないから将軍も功をたてて侯に封ぜられたい意がうすかった。だから簡を記載し編纂すべき事が無い、簡が青いのはだれのためにしようとて青い色をしているのか。



寒い夜にあたって将軍はいつものように宮禁の警衛をしていたところが前軍に大きな星が落ちて将軍はこの不吉の前兆とともに歿してしまった。
それまで部下であった若者たちは将軍の在りし日の勇敢果決であったことを深く思い、かなしげな詔を天子は発せられて将軍の霊魂の返らざるをお惜みになった。
王者は今日しっかりしていて、戦などいうものはない、班固のような書生が山上の石に戦功をしるして銘をほりつけた時代とおなじだ。
戦がないから将軍も功をたてて侯に封ぜられたい意がうすかった。だから簡を記載し編纂すべき事が無い、簡が青いのはだれのためにしようとて青い色をしているのか。


(故武衝将軍の挽詞 三首)其の一

厳響寒夜に当る  前軍大星落つ
壮夫敢決を思い  哀詔精霊を惜む
王者今戦無し   書生己に銘を勤す
封侯意疎潤なり  編簡誰が為めにか青き



厳警官寒夜、前軍落大星。
寒い夜にあたって将軍はいつものように宮禁の警衛をしていたところが前軍に大きな星が落ちて将軍はこの不吉の前兆とともに歿してしまった。
○厳警 宮禁を厳かに警衛する。○前軍落大星 諸葛売(孔明)の死んだときの故事を用いる。孔明が晩年、魏と戦ったときその前軍は五丈原にあったが、その死なんとしたとき赤色にしてだ角のある星が、東北より西南に飛んで孔明の陣営に投じたという。今、武衛将軍の死するや之と似ているというのである。
 
壮夫思敢決、哀詔惜精霊。
それまで部下であった若者たちは将軍の在りし日の勇敢果決であったことを深く思い、かなしげな詔を天子は発せられて将軍の霊魂の返らざるをお惜みになった。
壮夫 部下の兵卒をいう。○敢決 将軍の勇敢、果決であったこと。○哀詔 天子が将軍をお悼みになる詔。○精霊 将軍のたましい。


王者今無戦、書生己勤銘。
王者は今日しっかりしていて、戦などいうものはない、班固のような書生が山上の石に戦功をしるして銘をほりつけた時代とおなじだ。
王者 王たるもの。○無戦 准帝王の書に「王者の師、征すること有りて戦うこと無し」という。戦とは対等の語、征とは天子が有罪をただすために討つこと。○書生己勤銘 後漢の賓憲が匈奴を征伐したとき、班固が燕然山の銘を作ってこれを石にはりつけてその功をしるした。此の句は上旬のつづきで一事をのべる。


封侯意疎闊、編簡爲誰青。
戦がないから将軍も功をたてて侯に封ぜられたい意がうすかった。だから簡を記載し編纂すべき事が無い、簡が青いのはだれのためにしようとて青い色をしているのか。
封侯 戦功により侯に封ぜられる。封は領土を与えられること。○ 将軍の意。○疎闊 まばらではなれている。○編簡 簡は竹で作ったふだ。古人は青竹をわってそれを編み、表面に漆を以て字を書いた。○為誰青 青とは筒の青いことをいう。為誰青とは書くべき事功がないのは何人のために青いのか、徒らに青い色をして手もちぶさたではないかという意。
 立派な将軍に対して報いてあげられていないのだ。


 玄宗皇帝の時代で、開元の治といわれる時代であった。
745年天宝 4載・8月、楊大兵を楊貴妃となし、その三姉、第宅を賜わる。この年、李白、山東に在ったが、冬、江東に去る。    安禄山、契丹を破る。
746年天宝 5載 ・李林甫、敵対派、皇帝側近を貶謫,投獄す。李林甫の圧政が顕著化していく。