故武衛将軍挽詞 三首 其三 杜甫 紀頌之の漢詩ブログ杜甫詩 特集 31

〔三〕
哀挽青門去、新阡絳水逢。
将軍の枢はかなしくひかれて青門からでて逝く、。それははるかかなたの故郷の絳水のながれる地方の新しい墓道に向うのである。
路人紛雨泣、天意颯風飆。
送っている道端の人たちも紛々として雨のように涙をおとして泣き、天の思いも悲しいとわかっていて、時折吹く突風がヒューッと音をたてている。
部曲精仍鋭、匈奴氣不騎。
小分隊の部曲の兵隊は、精鋭ぞろいであり、之あるがために匈奴の騎馬隊も威張ることができないのである。
無由覩雄略、大樹日蕭蕭。

遺憾ながら将軍は死んでしまわれたからその勇壮な戦略をみるすべがもうない、ただ将軍を表象する墓辺の大樹が日に日にさびしく立つばかりである。


将軍の枢はかなしくひかれて青門からでて逝く、。それははるかかなたの故郷の絳水のながれる地方の新しい墓道に向うのである。
送っている道端の人たちも紛々として雨のように涙をおとして泣き、天の思いも悲しいとわかっていて、時折吹く突風がヒューッと音をたてている。
小分隊の部曲の兵隊は、精鋭ぞろいであり、之あるがために匈奴の騎馬隊も威張ることができないのである。
遺憾ながら将軍は死んでしまわれたからその勇壮な戦略をみるすべがもうない、ただ将軍を表象する墓辺の大樹が日に日にさびしく立つばかりである。



故武衛将軍挽詞 三首 其三
哀挽 青門より去る  新肝絳水絳水逢かなり
路人 粉として雨泣す 天意 風 飆颯たり
部曲 精にして仍って鋭に 匈奴気驕らず
雄略を覩るに由なし  大樹日に蕭蕭たり


哀挽青門去、新阡絳水逢。
将軍の枢はかなしくひかれて青門からでて逝く、。それははるかかなたの故郷の絳水のながれる地方の新しい墓道に向うのである。
哀挽 かなしく枢をひく。○青門 長安の東面最南、薪城門の別名。其の門の青いのによって青門という。
新阡 阡は墓道、将軍の故郷のそれをいう。○絳水  山西省絳州絳県の西南より流れ出す川、これによれば
将軍は絳州の人であろう。

路人紛雨泣、天意颯風飆。
送っている道端の人たちも紛々として雨のように涙をおとして泣き、天の思いも悲しいとわかっていて、時折吹く突風がヒューッと音をたてている。
 みだれるさま。○雨泣 雨のふる如くに涙をおとしてなく。○天 天のこころ、想像していう。○ 風のおと。○風飆 飆は下より吹きあげるかぜ。つむじかぜ。


部曲精仍鋭、匈奴氣不騎。
小分隊の部曲の兵隊は、精鋭ぞろいであり、之あるがために匈奴の騎馬隊も威張ることができないのである。
部曲 曲とは部に属する小分隊の名。○ えりぬき。○ やっぱり。○ 鉾先するどし。○匈奴 北の異民族。騎馬民族で生活様式が全く異なっていたので、嫌がる総称として使われる。
 
無由覩雄略、大樹日蕭蕭。
遺憾ながら将軍は死んでしまわれたからその勇壮な戦略をみるすべがもうない、ただ将軍を表象する墓辺の大樹が日に日にさびしく立つばかりである。
雄略 いさましい戦略。勇壮な戦略。○大樹 鴻異の故事、すでに前に見える。墓辺の樹をいうのであろう。○蕭蕭 ひっそりとさびしいさま。



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