奉贈韋左丞丈二十二韻  杜甫 紀頌之の漢詩ブログ杜甫詩 特集 32
五言古詩 天宝6載 747年 36歳


747年 天宝6載  玄宗は天下にたいし、一芸に秀で通ずるものを長安に集めて試験した。しかし、李林甫、文学の士を嫌っており、全員を落第させた。杜甫の応援者(ブログ杜甫20、21)であった李邕が、正月、李林甫により殺される。10月、温泉宮(李白の詩では温泉宮となっている)を改めて華清宮となし、その規模を拡大する。李林甫、権威を嵩に獄死者多数。 杜甫は、長安にあり。天子の詔に応じて、試験を受けたが及第せず。尚書左丞葦済に贈った詩。作者は天宝六載、詔に応じて試みられ退けられたが、此の詩は七載長安での作かもしれない。詩によれば落第したので長安を去って東海に赴こうとする意志があることを示しているが実際にはいってはいない。


奉贈韋左丞丈二十二韻
紈褲不餓死,儒冠多誤身。
紈袴をはいている貴族の子弟は餓えて死することはないが、儒者の冠をつけたものは儒冠をつけしがために身のふりかたを誤ってしまうのである。 
丈人試靜聽,賤子請具陳。』
あなたは試みにその次第をしずかにおききください 私は以下委しくそれをのぺましょう。 
甫昔少年日,早充觀國賓。
私は昔少年であったとき  早くも都の受験生にあてられた。 
讀書破萬卷,下筆如有神。
書物は万巻を読破し 筆を下して詩文をつくるときは神の助けがあるかのようである。 
賦料揚雄敵,詩看子建親。
賦ならば揚雄に敵するに足るとおもい、詩ならば曹植に近いものだとかんがえた。
李邕求識面,王翰願蔔鄰。
現代では李邕も私のかおをしりたいと求め  王翰も私の隣に住みたいと願った。
自謂頗挺出,立登要路津。
それだから自分でおもうには、自分はよほど他の衆人よりも傑出している  すぐさま枢要な地位にのぼることができる。数千年の後我が致君堯舜上,再使風俗淳。』

唐に於て我が君を尭舜以上の地位に高め、再び天下の風俗を淳正にすることができるであろう。』
此意竟蕭條,行歌非隱淪。
このようなの考えも畢竟成し遂げられず寂しく終ることになり、隠遁者でもないのに歩きながら歌をうたっているありさまだ。 
騎驢三十載,旅食京華春。
驢馬に乗り始めて早や三十年ばかり、都の春に旅住いをしている 
朝扣富兒門,暮隨肥馬塵。
朝にはかねもちの門を叩いたり、暮には他の権貴がとばす肥馬の塵のあとからくっついてゆく。
殘杯與冷炙,到處潛悲辛。
彼等が与える飲み残しの酒杯、つめたくさめた焼き肉、そんなものをあてがわれて到るところ自分は内心に悲み辛さをいだいている。
主上頃見徵,欻然欲求伸。
近いころ我が君からおめしにあずかり試験をおゆるしになったので、今度こそはとにわかにいままでの思いのたけを伸べようとおもっていたのだった。 
青冥卻垂翅,蹭蹬無縱鱗。』

此の大鳥は青空に飛び立つのでなく、そこからつばさを垂れさせられてしまい、此の大魚は巨塁に自由に泳ぎまわるのではなく勢なく鱗を気ままに振うことができないようなことになった。』
甚愧丈人厚,甚知丈人真。
あなたのお手あついにはまことに愧じいります あなたの御真実なおこころは十分わかっています 
每於百僚上,猥誦佳句新。
あなたはいつも多くの役人たちの席で 私のつくった詩のめずらしいことを、やたらに口ずさんでおはめくださっています。 
竊效貢公喜,難甘原憲貧。
そのようなあなたが顕要な地位に居られるのは私はよろこばしくおもっており、貢南が王陽の位に在るのを喜ぶまねさえするのですが、私も原憲のような貧窮にいつまで甘んじていることはむつかしい。
焉能心怏怏、只是走逡逡。
心に不平ばかりもってすごしていることができましょう、そしてただいたずらに奔走しているようなありさまです。
今欲東入海,即將西去秦。
東の方仙人のいる海中に入りこもうとおもので、これから私はこの西の方、秦の地をはなれておきます。
尚憐終南山,回首清謂濱。
しかしさすがに見なれた終南山の山の色は愛すべくみえ、清き渭水のほとりでふりかえってそれをながめるのです。 
常擬報一飯,況懷辭大臣。
私は常日頃、一飯の恩に報いたいとまちかまえているのですが、ましてただならぬ大臣たるあなたに御暇乞いをして去らねばならぬことをおもうとくるしい思いをお察しください。 
白鷗沒浩蕩,萬裡誰能馴。』

白鷗は去って海上に至り、浩蕩たる煙波の間に出没するならば。  万里の遠き先の地で、だれにも馴らされず自由の天地を楽しむことができる。』


紈袴をはいている貴族の子弟は餓えて死することはないが、な儒者の冠をつけたものは儒冠をつけしがために身のふりかたを誤ってしまうのである。 
あなたは試みにその次第をしずかにおききください 私は以下委しくそれをのぺましょう。 
私は昔少年であったとき  早くも都の受験生にあてられた。 
書物は万巻を読破し 筆を下して詩文をつくるときは神の助けがあるかのようである。 
賦ならば揚雄に敵するに足るとおもい、詩ならば曹植に近いものだとかんがえた。
現代では李邕も私のかおをしりたいと求め  王翰も私の隣に住みたいと願った。
それだから自分でおもうには、自分はよほど他の衆人よりも傑出している  すぐさま枢要な地位にのぼることができる。数千年の後我が唐に於て我が君を尭舜以上の地位に高め、再び天下の風俗を淳正にすることができるであろう。』

このようなの考えも畢竟成し遂げられず寂しく終ることになり、隠遁者でもないのに歩きながら歌をうたっているありさまだ。 
驢馬に乗り始めて早や三十年ばかり、都の春に旅住いをしている 
朝にはかねもちの門を叩いたり、暮には他の権貴がとばす肥馬の塵のあとからくっついてゆく。
彼等が与える飲み残しの酒杯、つめたくさめた焼き肉、そんなものをあてがわれて到るところ自分は内心に悲み辛さをいだいている。
近いころ我が君からおめしにあずかり試験をおゆるしになったので、今度こそはとにわかにいままでの思いのたけを伸べようとおもっていたのだった。 
此の大鳥は青空に飛び立つのでなく、そこからつばさを垂れさせられてしまい、此の大魚は巨塁に自由に泳ぎまわるのではなく勢なく鱗を気ままに振うことができないようなことになった。』

あなたのお手あついにはまことに愧じいります あなたの御真実なおこころは十分わかっています 
あなたはいつも多くの役人たちの席で 私のつくった詩のめずらしいことを、やたらに口ずさんでおはめくださっています。 
そのようなあなたが顕要な地位に居られるのは私はよろこばしくおもっており、貢南が王陽の位に在るのを喜ぶまねさえするのですが、私も原憲のような貧窮にいつまで甘んじていることはむつかしい。
心に不平ばかりもってすごしていることができましょう、そしてただいたずらに奔走しているようなありさまです。
東の方仙人のいる海中に入りこもうとおもので、これから私はこの西の方、秦の地をはなれておきます。
しかしさすがに見なれた終南山の山の色は愛すべくみえ、清き渭水のほとりでふりかえってそれをながめるのです。 
私は常日頃、一飯の恩に報いたいとまちかまえているのですが、ましてただならぬ大臣たるあなたに御暇乞いをして去らねばならぬことをおもうとくるしい思いをお察しください。 
白鷗は去って海上に至り、浩蕩たる煙波の間に出没するならば。  万里の遠き先の地で、だれにも馴らされず自由の天地を楽しむことができる。』


下し文)
紈褲餓死せず 儒冠多く身を誤る
丈入試に静に聴け 賤子請う具さに陳ぜん』

甫昔少年の日 早く観国の賓に充てらる
読書万巻を破る 筆を下せば神あるが如し
賦は料る揚雄の敵なりと 詩は看る子建が親なるを
李邕面を識らんことを求め 王翰隣を卜せんと願う
自ら謂えらく頗る挺出す 立ろに要路の津に登り
君を堯舜の上に致し 再び風俗をして淳ならしめんと』


此の意竟に粛条たり 行歌す隠輪に非ず
驢に騎る三十載 旅食す京華の春
朝に富児の門を如き 暮に肥馬の塵に随う
残杯と冷泉と 致る処潜に悲辛
主上に頃ろ徴さる 欻然伸を求めんと欲す
青冥卻って翅を垂る 蹭蹬として鱗を縦にする無し』


甚だ愧ず丈人の厚きに 甚だ知る丈人の真なるを
毎に百寮の上に於て 猥りに佳句の新なるを誦す
竊に貢公が書に効う 原憲が貧に甘んじ難し
焉んぞ能く心快快として 祇是れ走って踆踆たらん
今東海に入らんと欲す 即ち将に西秦を去らんとす
尚お憐む終南の山 首を回らす清渭の浜
常に一飯にも報いんと擬す 況んや大臣を辞するを懐うをや
白鴎浩湯に没す 万里誰か能く馴さん』




奉贈韋左丞丈韋左丞 前詩の左丞韋活をいう。○ 文人の略。


紈褲不餓死,儒冠多誤身。
紈袴をはいている貴族の子弟は餓えて死することはないが、な儒者の冠をつけたものは儒冠をつけしがために身のふりかたを誤ってしまうのである。  
紈袴 紈は素いきぬ、袴ははかま、貴族の子弟のきもの。○儒冠 儒者のつける冠。○誤身 一身の処世の方法を誤る。泥にまみえず我慢して餓死した。


丈人試靜聽,賤子請具陳。』

あなたは試みにその次第をしずかにおききください 私は以下委しくそれをのぺましょう。 
丈人 すでに前にみえる、韋済をさす。○賤子 いやしいもの。自己の謙称。○具陳 つぶさにのべる。


甫昔少年日,早充觀國賓。
私は昔少年であったとき  早くも都の受験生にあてられた。 
少年日 開元二十三年。作者二十四歳。十代後半から二十代のこと。今の少年(子供)のことは、童。  ○観国賓 「易」観卦に「国の光を観る。用って王に賓たるに利し」とある。観国賓とは観に国光乏賓である。これは作者が京兆(長安)にでて、吏部の考功郎の下で試験をうけたことをさす。都にでることは国光を観ることであり、受験者は王者の賓である。 


讀書破萬卷,下筆如有神。
書物は万巻を読破し 筆を下して詩文をつくるときは神の助けがあるかのようである。  
 識破の義、しりぬくこと。○如有神 神助あるがごとし。 


賦料揚雄敵,詩看子建親。
賦ならば揚雄に敵するに足るとおもい、詩ならば曹植に近いものだとかんがえた。
 おしはかる。○揚雄 前漢末の蝋の作家で、司馬相如と並称される。○ 匹敵。
子建 魂の曹植、字は子建、五言詩の作家。○ 近親。


李邕求識面、王翰願蔔鄰。
現代では李邕も私のかおをしりたいと求め  王翰も私の隣に住みたいと願った。
李邕 李北海 邕は広陵の人。汲郡・北海の太守。747年天宝六年正月、李林甫に殺さる
紀 頌之漢詩ブログ 杜甫が2年前に李邕の亭を訪れている。

同李太守登歷下古城員外新亭 杜甫 21
杜甫 20 陪李北海宴歴下亭
 ○王翰 唐の晋陽の人、字は子羽、詩を以て有名。○蔔鄰 (卜隣)吉か凶かのうらないをしてと生活を整える。


自謂頗挺出,立登要路津。
それだから自分でおもうには、自分はよほど他の衆人よりも傑出している  すぐさま枢要な地位にのぼることができる。 
挺出 ぬけでる。 ○ たちどころに、すぐに。○要路津 津と要路とは同物。津とはわたり場で、衆路のあつまるところ、故にまた要路である。


致君堯舜上,再使風俗淳。』
数千年の後我が唐に於て我が君を尭舜以上の地位に高め、再び天下の風俗を淳正にすることができるであろう 
 置くというがごとし。○尭舜 昔の理想国の聖王の堯と舜。○上 それ以上。○ 唐に於てまた。○ まじりけなく正し。


此意竟蕭條,行歌非隱淪。
このような考えも畢竟成し遂げられず寂しく終ることになり、隠遁者でもないのに歩きながら歌をうたっているありさまだ。 
此意 前段の「自謂」以下四句の意。○粛条 さびしいさま、志を行わぬゆえにさびしという。 ○行歌 あるきつつうたう、多く隠者などの為すことである。○隠倫 倫はしずむ、隠輪は隠遁して世間からうずもれているものをいう。


騎驢三十載,旅食京華春。
驢馬に乗り始めて早や三十年ばかり、都の春に旅住いをしている   
 ろば。〇三十載 六歳から乗り始めたということ。○京華 都会文明の地、長安をさす。

朝扣富兒門,暮隨肥馬塵。
朝にはかねもちの門を叩いたり、暮には他の権貴がとばす肥馬の塵のあとからくっついてゆく。
 叩と同じ。○富児 かねもち。○肥馬 富貴の人ののる馬。


殘杯與冷炙,到處潛悲辛。
彼等が与える飲み残しの酒杯、つめたくさめた焼き肉、そんなものをあてがわれて到るところ自分は内心に悲み辛さをいだいている。
冷炙 冷えた炙り肉。


主上頃見徵,欻然欲求伸。
近いころ我が君からおめしにあずかり試験をおゆるしになったので、今度こそはとにわかにいままでの思いのたけを伸べようとおもっていたのだった。 
主上 天子、おかみ、玄宗をさす。○見徴 めされる。天宝六載天下に詔して一芸あるものは都にいたって試験をうけさせたが、李林甫は尚書省に命じて皆これを落第させた。杜甫・元結らは落第者である。
欻然 たちまち。○求伸 「易」 の繋辞下に「尺蟻ノ屈スルハ、以テ伸ビンコトヲ求ムルナリ」とみえる。これまで身をかがめていたのをのばそうとする。


青冥卻垂翅,蹭蹬無縱鱗。』
此の大鳥は青空に飛び立つのでなく、そこからつばさを垂れさせられてしまい、此の大魚は巨塁に自由に泳ぎまわるのではなく勢なく鱗を気ままに振うことができないようなことになった。』
青冥 あおぞら。○垂翅 つばさをたれるとは勢いを失ったさまで、鳥にたとえたもの。これは落第した事をいう。 ○躇鐙 勢いを失ったさま。○縦鱗 うろこをほしいままにして泳ぐ、これは魚にたとえる。


甚愧丈人厚,甚知丈人真。
あなたのお手あついにはまことに愧じいります あなたの御真実なおこころは十分わかっています 
 自己を待遇する意の厚いこと。○ 心の真実にして虚偽のないこと。


每於百僚上,猥誦佳句新。
あなたはいつも多くの役人たちの席で 私のつくった詩のめずらしいことを、やたらに口ずさんでおはめくださっています。  
百僚 多くの同僚。○ みだりに、謙遜していう。○佳句 杜甫のつくった詩のよい句。


竊效貢公喜,難甘原憲貧。
そのようなあなたが顕要な地位に居られるのは私はよろこばしくおもっており、貢南が王陽の位に在るのを喜ぶまねさえするのですが、私も原憲のような貧窮にいつまで甘んじていることはむつかしい。
 ひそかに、謙辞。○貢公喜 漠の王吉、字は子陽は、貢南と親友であったが、「王陽位二在レバ、貢公冠ヲ弾ズ」といわれたほどの知己であった。弾冠とは冠の塵をはらって将に出で仕えんとする意。又、劉孝標の広絶交論に「王陽萱レバ則チ貢公害ブ」とみえる。頁南は王吉が位に在ることを喜んだのである。ここは葦済を王吉に、自己を貢南に此する。○原憲貧 原憲は孔子の門人、貧を以て有名、自己をたとえる。


焉能心怏怏、只是走逡逡。
心に不平ばかりもってすごしていることができましょう、そしてただいたずらに奔走しているようなありさまです。
快快 不平のさま。○逡逡 走るさま。


今欲東入海,即將西去秦。
東の方仙人のいる海中に入りこもうとおもので、これから私はこの西の方、秦の地をはなれておきます。
 東海をいう。通常仙人の住むところ。李白が道教の道士であったから、少しは考えたのか。実際には杜甫は道教には関心はないので、試験のショックでこういったのだろう。○去秦 秦は長安をさす。


尚憐終南山,回首清渭濱。
しかしさすがに見なれた終南山の山の色は愛すべくみえ、清き渭水のほとりでふりかえってそれをながめるのです。 
終南山 長安の南五十里にある。道教の寺観があった。○清渭水 渭水は長安の北をながれる清流で黄河の支流。


常擬報一飯,況懷辭大臣。
私は常日頃、一飯の恩に報いたいとまちかまえているのですが、ましてただならぬ大臣たるあなたに御暇乞いをして去らねばならぬことをおもうとくるしい思いをお察しください。 
○擬 まちかまえる。○報一飯 「史記」苑唯伝に「一飯ノ恩モ必ズ償り」とみえる。又、准陰侯韓信が漂母の飯を与えた恩に報じたということなどがある。○大臣 韋済をさす。


白鷗沒浩蕩,萬里誰能馴。』
白鷗は去って海上に至り、浩蕩たる煙波の間に出没するならば。  万里の遠き先の地で、だれにも馴らされず自由の天地を楽しむことができる。
 かもめ。○浩蕩 煙波のひろくうごくさま。○ 動物をならしてなずけること、鴎を以て自己に此する。




奉贈韋左丞丈二十二韻
紈袴不餓死、儒冠多誤身。
丈人試静聴、賎子請具陳。』

紈袴(がんこ)は餓死(がし)せず
儒冠(じゅかん)は多く身を誤(あやま)る
丈人(じょうじん)  試(こころ)みに静かに聴け
賎子(せんし) 請(こ)う 具(つぶ)さに陳(の)べん』



甫昔少年日、早充観国賓。
読書破万巻、下筆如有神。
賦料揚雄敵、詩看子建親。
李邕求識面、王翰願卜隣。
自謂頗挺出、立登要路津。
致君堯舜上、再使風俗淳。』
此意竟蕭条、行歌非隠淪。


甫(ほ)は昔  少年の日
早くも観国(かんこく)の賓(ひん)に充(あ)てらる
書を読みて万巻(ばんがん)を破り
筆を下(おろ)せば神(しん)有るが如し
賦(ふ)は料(はか)る  揚雄(ようゆう)の敵なりと
詩は看(み)る  子建(しけん)の親(しん)なりと
李邕(りよう)は面(おもて)を識(し)らんことを求め
王翰(おうかん)は隣(となり)を卜(ぼく)せんと願う
自ら謂(おも)えらく  頗(すこぶ)る挺出すれば
立ちどころに要路の津(しん)に登り
君(きみ)を堯舜(ぎょうしゅん)の上に致(いた)し
再び風俗をして淳(じゅん)ならしめんと
此の意(い)  竟(つい)に蕭条(しょうじょう)たり
行歌(こうか)  隠淪(いんりん)に非(あら)ず



騎驢三十載、旅食京華春。
朝扣富児門、暮随肥馬塵。
残杯与冷炙、到処潜悲辛。
主上頃見徴、歘然欲求伸。
青冥却垂翅、蹭蹬無縦鱗。』


驢(ろ)に騎(の)ること三十載(さい)
旅食(りょしょく)す  京華(けいか)の春
朝(あした)に富児(ふじ)の門を扣(たた)き
暮(くれ)に肥馬(ひば)の塵(ちり)に随う
残杯(ざんぱい)と冷炙(れいしゃ)と
到る処  潜(ひそ)かに悲辛(ひしん)す
主上(しゅじょう)に頃(このご)ろ徴(め)され
歘然(くつぜん)として伸びんことを求めんと欲す
青冥(せいめい)  却って翅(つばさ)を垂(た)れ
蹭蹬(そうとう)として鱗を縦(ほしい)ままにする無し』


甚愧丈人厚、甚知丈人真。
毎於百寮上、猥誦佳句新。
窃効貢公喜、難甘原憲貧。
焉能心怏怏、祗是走踆踆。
今欲東入海、即将西去秦。
尚憐終南山、回首清渭濱。
常擬報一飯、況懐辞大臣。
白鷗没浩蕩、万里誰能馴。』

甚だ愧(は)ず  丈人(じょうじん)の厚きに
甚だ知る  丈人の真(しん)なるを
毎(つね)に百寮(ひゃくりょう)の上に於いて
猥(みだ)りに佳句(かく)の新たなるを誦(しょう)す
窃(ひそ)かに貢公(こうこう)の喜びに効(なら)うも
原憲(げんけん)の貧に甘んじ難(がた)し
焉(いずく)んぞ能(よ)く心怏怏(おうおう)として
祗(た)だ是れ走りて踆踆(しゅんしゅん)たらん
今  東のかた海に入(い)らんと欲し
即ち将(まさ)に西のかた秦(しん)を去らんとす
尚(な)お憐(あわ)れむ  終南(しゅうなん)の山
首を回(めぐ)らす 清渭(せいい)の濱(ひん)
常に一飯(いっぱん)にも報(むく)いんと擬(ぎ)す
況(いわ)んや大臣に辞するを懐(おも)うをや
白鷗(はくおう)  浩蕩(こうとう)に没(ぼつ)せば
万里  誰(たれ)か能(よ)く馴(な)らさん』