奉寄河南韋尹丈人 杜甫 紀頌之の漢詩ブログ杜甫詩 特集 33
天宝7載 748年 37歳

河南の尹である韋済どのに寄せ奉った詩。天宝七載長安に在っての作。


奉寄河南葦草丈人
〔原注〕甫故盧在偃師。承韋公頻有訪問。故有下

有客傳河尹,逢人問孔融。
或る人があって河南尹李膺ともいうべきあなたが人にあうごとに孔融ともいうべき私のことをお尋ねになると伝えてくれた。
青囊仍隱逸,章甫尚西東。
私の近況を申せば青嚢の書を探ってやっぱり隠逸のすがたでおり、世にはやらない章甫の冠をつけていまだに西東とさまよっております。
鼎食分門戶,詞場繼國風。
あなたは鼎を列ねて食うという富貴の家で一族の数多く幾多の門戸にわかれておられるし、あなたは詩文社会でその製作は国風の詩をうけ継ぐであろうという。
尊榮瞻地絕,疏放憶途窮。』
はあなたの尊き繁栄を仰いであなたの居られる地位がよほど高くかけはなれているのをみるのである、しかしてあなたはよくも此の私が疎放にしてゆく途の窮まれる事を御思いくだされる。』
濁酒尋陶令,丹砂訪葛洪。
私は賢者の酒濁酒を愛する陶淵明を尋ねたり、丹砂を錬る葛浜を訪うたりして隠退を学んだ。
江湖漂短褐,霜雪滿飛蓬。
江湖の地に粗末な短褐で身をつつんでさまよっている、霜雪が己に頭の乱れた髪にいっぱいになってきた。
牢落乾坤大,周流道術空。
この大なる天地の間におちぶれつつ、あちらこちらうつりゆくが身には何等の道術もそなわっていない。
謬慚知薊子,真怯笑揚雄。』
あなたが薊子訓に比すべきこの私をお知りくださるのはおはずかしいことで、私は世人が揚雄を笑ったような私であることをほんとうに恐れている。』
盤錯神明懼,謳歌德義豐。
あなたは難関を解決するという盤根錯節を断つための利器で、その政治の能力が神がかりで卓越している、あなたの徳義はゆたかであって人々は之を謳歌する。
尸鄉餘土室,誰話祝雞翁。』

私は昔の祝難翁のように尸郷に土室をのこしておりますが、あなたをおいてほかにだれが祝難翁と思っている私のことを話してくれるでしょう。



或る人があって河南尹李膺ともいうべきあなたが人にあうごとに孔融ともいうべき私のことをお尋ねになると伝えてくれた。
私の近況を申せば青嚢の書を探ってやっぱり隠逸のすがたでおり、世にはやらない章甫の冠をつけていまだに西東とさまよっております。
あなたは鼎を列ねて食うという富貴の家で一族の数多く幾多の門戸にわかれておられるし、あなたは詩文社会でその製作は国風の詩をうけ継ぐであろうという。
はあなたの尊き繁栄を仰いであなたの居られる地位がよほど高くかけはなれているのをみるのである、しかしてあなたはよくも此の私が疎放にしてゆく途の窮まれる事を御思いくだされる。』
私は賢者の酒濁酒を愛する陶淵明を尋ねたり、丹砂を錬る葛浜を訪うたりして隠退を学んだ。
江湖の地に粗末な短褐で身をつつんでさまよっている、霜雪が己に頭の乱れた髪にいっぱいになってきた。
この大なる天地の間におちぶれつつ、あちらこちらうつりゆくが身には何等の道術もそなわっていない。
あなたが薊子訓に比すべきこの私をお知りくださるのはおはずかしいことで、私は世人が揚雄を笑ったような私であることをほんとうに恐れている。』
あなたは難関を解決するという盤根錯節を断つための利器で、その政治の能力が神がかりで卓越している、あなたの徳義はゆたかであって人々は之を謳歌する。
私は昔の祝難翁のように尸郷に土室をのこしておりますが、あなたをおいてほかにだれが祝難翁と思っている私のことを話してくれるでしょう。


(河南の葦戸文人に寄せ奉る)
客有り河声、人に逢えば孔融を問うと伝う。
青嚢仍(な)お隠逸、章甫尚お西東。
鼎食門戸を分ち 詞場国風を継ぐ
尊栄地の絶たるるを瞻る、疎放途の窮せるを憶う。』
濁酒陶令を尋ね、丹砂葛浜を訪う。
江湖短褐を漂わす、霜雪飛蓬に満つ。
牢落乾坤大なり、周流道術空し。
謬って慚ず薊子を知るに、真に怯る揚雄を笑わんことを。
盤錯神明懼る、謳歌徳義豊なり。
尸郷土室を余す、誰か祝鶏翁を話せん。



奉寄河南韋尹丈人
〔原注〕甫故盧在偃師。承韋公頻有訪問。故有下
河南韋尹丈人に寄せたてまつった詩。杜甫は偃師にある草庵にしばしば訪問してゆえに下った。
奉寄 寄といえば地が隔り、遠方より寄せること。 ○河南韋尹 河南韋章済、尹は河南府の長官で従三晶。○丈人 「蓋し席間函丈」より出たものであろう。その人と対坐する際に中間に席一丈を隔てる人。長者を尊敬していう称。又「易」師の卦の王粥の注には文人は「厳荘の称」とする。韋済は天宝七載(749)に河南尹となり、また尚書左丞に遷った。


有客傳河尹,逢人問孔融。
或る人があって河南尹李膺ともいうべきあなたが人にあうごとに孔融ともいうべき私のことをお尋ねになると伝えてくれた。
有客 客とは或る人をさす。○河戸 後漠の李贋をさす。以て韋済に此する。李贋が河南の声となったとき、妄りに士に接しなかったが、孔融は年十歳にして、門にいたって共に交った。○孔融 上にみえる、融を以て自ずからに此する。


青囊仍隱逸,章甫尚西東。
私の近況を申せば青嚢の書を探ってやっぱり隠逸のすがたでおり、世にはやらない章甫の冠をつけていまだに西東とさまよっております。
青囊 曹の郭瑛は業を鄭公に受け、青嚢中書九巻を得て、遂に五行思想に通じた。五行思想(ごぎょうしそう)または五行説(ごぎょうせつ)とは、古代中国に端を発する自然哲学の思想で、万物は木・火・土・金・水の5種類の元素からなるという説である。○ なお、よって、これまでどおり。○隠逸 世からかくれのがれる。○章甫 殷代の冠の名、「荘子」に末の人が章甫を冠って越に行ったところが、越の人は髪を断ち、いれずみをしているため、その冠は無用となったという話がある。


鼎石分門戶,詞場繼國風。
あなたは鼎を列ねて食うという富貴の家で一族の数多く幾多の門戸にわかれておられるし、あなたは詩文社会でその製作は国風の詩をうけ継ぐであろうという。
鼎食 鼎を列ねて食すること。鼎は物を煮るもの、之を列ねるとは美食を多く作ること、韋済の門地をいう。〇分門戸 一族が大きくて幾派にもわかれていること。○詞場 文学の社会。○国風 「詩経」の国風の詩をいう。
 
尊榮瞻地絕,疏放憶途窮。』
私はあなたの尊き繁栄を仰いであなたの居られる地位がよほど高くかけはなれているのをみるのである、しかしてあなたはよくも此の私が疎放にしてゆく途の窮まれる事を御思いくだされる。』
尊栄 韋済の尊き繁栄のこと。〇 杜甫がみること。○地絶 韋の居る地が高くしてかけはなれていること。○疎放 杜甫の心のしまりのないことをいう。〇 韋済がおもう。○途窮 魏の阮籍の故事、籍はふと車にのってでかけ途の窮まった所に至ると慟哭してかえったという。上旬の尊栄は地絶へかかり、此の句の疎放は途窮へかかる。


濁酒尋陶令,丹砂訪葛洪。
私は賢者の酒濁酒を愛する陶淵明を尋ねたり、丹砂を錬る葛浜を訪うたりして隠遁を学んだ。
濁酒 賢者。清酒は聖者。 ○陶令 彰沢県令陶淵明。陶淵明は隠遁者でにごり酒を飲んだ。○丹砂 道教の仙薬の練金丹。  ○葛洪 晋の葛洪、字は稚川。


江湖漂短褐,霜雪滿飛蓬。
江湖の地に粗末な短褐で身をつつんでさまよっている、霜雪が己に頭の乱れた髪にいっぱいになってきた。
 さまようこと。○短褐 すそのみじかい粗末な毛織物、自己の衣をいう。○飛蓬  秋風にとぶよもぎ、髪の乱れたさまをたとえていう。「詩経」伯今の詩に「伯の東せるより、首は飛蓬の如し」とあるのに本づく。


牢落乾坤大,周流道術空。
この大なる天地の間におちぶれつつ、あちらこちらうつりゆくが身には何等の道術もそなわっていない。
牢落 零落のさま。○周流 あちこちとうつりあるく、孔子に比す。○道術 道教の道を行うすべ。○謬怒 韋に対する謙辞。
 
謬慚知薊子,真怯笑揚雄。
あなたが薊子訓に比すべきこの私をお知りくださるのはおはずかしいことで、私は世人が揚雄を笑ったような私であることをほんとうに恐れている。』
 韋が知る。○薊子 後漠の薊子訓をいう、彼は神異の道を知り京師に到るや公卿以下数百人の訪問をうけた。これを自分に此する。○ 他人が笑う。○揚雄 漢末に揚雄が太玄経を草したとき、人は玄の黒さが足らずまだ白いと笑った。その場雄を以て自己にあてはめる。


盤錯神明懼,謳歌德義豐。
あなたは難関を解決するという盤根錯節を断つための利器で、その政治の能力が神がかりで卓越している、あなたの徳義はゆたかであって人々は之を謳歌する。
盤錯 盤根錯節の略、後漢の虞詔が朝歌(地名)の長となったとき「盤根錯節に遇わざれば、何を以てか利器を別たん」といった。その器がきれるかきれないかを区別するには樹木のわだかまった根や、いりまじった節にであわなければわからぬ、人も難事にであわなければその才能があらわれぬ、盤錯二字で韋が盤根錯節を断つ利器であることをいう。○神明懼 鬼神も茂るというのに同じ。韋の政治の能力が神がかりで卓越していることをいう。○謳歌 人々が韋の徳をうたう。○徳義 韋の徳義。


尸鄉餘土室,誰話祝雞翁。
私は昔の祝難翁のように尸郷に土室をのこしておりますが、あなたをおいてほかにだれが祝難翁と思っている私のことを話してくれるでしょう。
尸郷 尸郷は地名、河南侶師県の西二十里にある。○土室 穴居の場所。○誰話 他に話するものなく韋のみ話することをいう。○祝雞翁 洛陽の人で尸郷の北山の下に居り、百年あまり鶏千頭をかい、みな名前をつけ、呼べば名ざされたものは種別でやって来たという。一種の仙人であり、祝とは鶏をよぶ声である。邦、朱、祝、みなチュッチュッという音字である。祝雞翁は自己をたとえていう。


○韻  融、東、風、窮/洪、蓬、空、雄/豊、翁