兵車行  杜甫 紀頌之の漢詩ブログ杜甫詩 特集 37

天宝九載(750) 39歳 杜甫は長安に在す。初めて鮮度に遇う。この年、長子宗文生まれ、家族4人。
749哥舒翰、吐蕃を破る。・府兵制の崩壊、折衝府軍の形骸化。

 西方では吐蕃(チベット)が勢力を増し、唐西域の交易路を侵すようになる。玄宗は外征に力を入れ、安西副都護の高仙芝は遠く西方(現在のウイグル自治区の西側)に兵をすすめ、董延光将軍は吐蕃の石堡城(青海省湟源県付近)を攻めている。董延光の軍は吐蕃に敗れて敗走するが、河西節度使の哥舒翰が六万三千の大軍を率いて再度石堡城を攻め、多数の犠牲者を出してやっと攻め落とす。


 杜甫は、長安の状態は一時不安な状態で、一旦洛陽に帰っていたが、哥舒翰勝利で。再度長安に出る。 長安に着くと、西征の兵馬の列が連日のように都門を出て西に向かっている。杜甫はこれを「兵車行」に詠う。この「兵車行」は杜甫のリアリズム詩の最初の名作。府兵制、募兵制に対する批判の意を込めた詩であり、外国人を安直に節度使においていく政策にも批判を持っている。この後、朝廷の政策批判、リアリズムに徹した数々の詩作を作る。

吐蕃だけでなくペルシャなど西方の緊張が増しており、局地戦は常時あったので、兵員は増強され、長安の街から西方に行く隊列は数日続いた。兵車の声をきいて感じて作ったうた。
 
七言歌行  兵車行


兵車行
車轔轔,馬蕭蕭,行人弓箭各在腰。
車はガラガラ。馬はヒヒーン。出征兵士は、弓矢を各々腰に着けている。
耶孃妻子走相送,塵埃不見咸陽橋。
父と母、妻と子は、走って見送ってくる。砂煙で、咸陽橋が見えなくなる。
牽衣頓足闌道哭,哭聲直上干雲霄。
 (1)』
上着を引っ張ったり、地団駄を踏んだり、足にしがみついたり、道をさえぎって、声をあげて泣いている、啼き声は、真っ直ぐにたち上って、雲のある大空にまでとどいている。
道旁過者問行人,行人但云點行頻。
道端の通りすがりの者(である作者)が問い尋ねる。出征兵士がただということには、徴兵が頻(しき)りであり。
或從十五北防河,便至四十西營田。
或る者は十五歳から、北の方の黄河(上流)の防衛戦の守備に就き、そのままで、四十歳になって、西の方の屯田兵を命ぜられた。
去時里正與裹頭,歸來頭白還戍邊。
 (2)』
出征する時、村長は(わたしの)ために出征の装束の頭巾をかぶせてくれた。帰ってくたら、(もう)頭髪が白くなっているのに、なおまた辺疆を防備する(ことを命ぜられた)。
邊庭流血成海水,武皇開邊意未已。
国境附近の戦闘による流血は、海のようになった。漢の武帝のように辺疆を開こうという意図は、まだ終わらない。
君不聞漢家山東二百州,千邨萬落生荊杞。
あなたは、聞いたことがあるでしょう、我が国家の山東の二百州のことを。あらゆる村々ではいばらや枸杞(くこ)の雑木が生い茂って荒れ果てたことを。
縱有健婦把鋤犁,禾生隴畝無東西。
喩え健気な妻が、鋤(すき)などの農機具を手に執り持ったとしても、稲や穀類が田圃に生え、荒れて茫茫に生えた中に畝も隠れ、西も東もなくなった無秩序な状態になっている。
況復秦兵耐苦戰,被驅不異犬與鷄。
 (3)』
まして、秦の兵士は、いくら苦戦に耐えていく力があるとはいっても、追い立てられて使役されるのは、犬やニワトリといった小動物や家畜と異ならない。
長者雖有問,役夫敢申恨。
あなたさまがそのようにお訊ねになりますが、積極的にうらみごとを申しあげるわけにはいきません。
且如今年冬,未休關西卒。
今年の冬のごときは、関西、陝西への出兵が、終わることがない。
縣官急索租,租税從何出。
県の徴税吏は、租税を急にもとめていました。租税の穀物なんて、一体どこから出てきましょうか。
信知生男惡,反是生女好。
男の子を産むことは好くないことだと本当に分かった。これと反対に、女の子を産むことは好いことだ。
生女猶得嫁比鄰,生男埋沒隨百草。
 (4)』
女の子を産んだら、まだ近所へお嫁に行かせることができるが、男を生めば、兵卒となって屍を雑草の中に埋もれ伏してゆくことになる。
君不見青海頭,古來白骨無人收。
あなたは、見たことがないだろう、青海湖の畔では、昔から今まで白骨を誰も収めていない。
新鬼煩冤舊鬼哭,天陰雨濕聲啾啾。 
(5)』
新たな戦役で亡くなった霊は、わずらいもだえており、昔の戦役で亡くなった霊は、声をあげて啼いており、空が曇り、雨で湿る折には、死者の魂が悲しげに啾々と泣いている声が聞こえてくる。


(1)
車はガラガラ。馬はヒヒーン。出征兵士は、弓矢を各々腰に着けている。
父と母、妻と子は、走って見送ってくる。砂煙で、咸陽橋が見えなくなる。
上着を引っ張ったり、地団駄を踏んだり、足にしがみついたり、道をさえぎって、声をあげて泣いている、啼き声は、真っ直ぐにたち上って、雲のある大空にまでとどいている。
(2)
道端の通りすがりの者(である作者)が問い尋ねる。出征兵士がただということには、徴兵が頻(しき)りであり。
或る者は十五歳から、北の方の黄河(上流)の防衛戦の守備に就き、そのままで、四十歳になって、西の方の屯田兵を命ぜられた。
出征する時、村長は(わたしの)ために出征の装束の頭巾をかぶせてくれた。帰ってくたら、(もう)頭髪が白くなっているのに、なおまた辺疆を防備する(ことを命ぜられた)。

(3)
国境附近の戦闘による流血は、海のようになった。漢の武帝のように辺疆を開こうという意図は、まだ終わらない。
あなたは、聞いたことがあるでしょう、我が国家の山東の二百州のことを。あらゆる村々ではいばらや枸杞(くこ)の雑木が生い茂って荒れ果てたことを。
喩え健気な妻が、鋤(すき)などの農機具を手に執り持ったとしても、稲や穀類が田圃に生え、荒れて茫茫に生えた中に畝も隠れ、西も東もなくなった無秩序な状態になっている。
まして、秦の兵士は、いくら苦戦に耐えていく力があるとはいっても、追い立てられて使役されるのは、犬やニワトリといった小動物や家畜と異ならない。

(4)
あなたさまがそのようにお訊ねになりますが、積極的にうらみごとを申しあげるわけにはいきません。
今年の冬のごときは、関西、陝西への出兵が、終わることがない。
県の徴税吏は、租税を急にもとめていました。租税の穀物なんて、一体どこから出てきましょうか。
男の子を産むことは好くないことだと本当に分かった。
これと反対に、女の子を産むことは好いことだ。
女の子を産んだら、まだ近所へお嫁に行かせることができるが、男を生めば、兵卒となって屍を雑草の中に埋もれ伏してゆくことになる。

(5)
あなたは、見たことがないだろう、青海湖の畔では、昔から今まで白骨を誰も収めていない。
新たな戦役で亡くなった霊は、わずらいもだえており、昔の戦役で亡くなった霊は、声をあげて啼いており、空が曇り、雨で湿る折には、死者の魂が悲しげに啾々と泣いている声が聞こえてくる。




兵車行
(1)       
車 轔轔(りんりん),馬 蕭蕭(しょうしょう),行人の 弓箭(きゅうせん)各ゝ(おのおの)腰に在り。
耶孃(やぢゃう) 妻子  走りて 相(あ)ひ送り,
塵埃(じんあい)に 見えず  咸陽橋(かんようきょう)。
衣を牽(ひ)き足を頓し 道を闌(さえぎ)りて 哭し,
哭聲 直に上りて  雲霄(うんしょう)を干(おか)す。
道旁の 過ぐる者  行人に 問へば,
行人 但(た)だ云(い)ふ 點行頻(しき)りなりと。
(2)
或は 十五 從(よ)り  北のかた 河に防ぎ,
便(すなは)ち 四十に至るも  西のかた 田を營む。
去る時 里正  與(ため)に 頭を裹(つつ)み,
歸り來(きた)れば 頭 白くして  還(ま)た 邊を戍(まも)る。
(3)
邊庭の流血  海水を 成せど,
武皇 邊を開く  意は 未だ已(や)まず。
君 聞かずや  漢家 山東の二百州,
千村 萬落  荊杞(けいき)を 生ずるを。
縱(たと)い健婦の鋤犁(じょり)を把(と)る有りとも,
禾(いね)は 隴畝(ろうほ)に生じて東西(とうざい)無し。
況(いわ)んや復(ま)た  秦兵は 苦戰に耐ふとて,
驅らるること   犬と鷄とに 異らず。
(4)
長者  問ふ有りと雖(いへど)も,
役夫(えきふ)  敢(あえ)て恨みを申べんや。
且つ  今年の冬の 如きは,
未だ  關西(かんせい)の卒を 休(や)めざるに。
縣官  急に租を索(もと)め,
租税  何(いづ)くより 出(い)ださん。
信(まこと)に 知る  男を生むは惡(あ)しく,
反って是れ  女を生むは好(よ)きを。
女を生まば猶(な)お 比鄰(ひりん)に嫁するを得るも,
男を生まば 埋沒して  百草に隨(したが)う。
(5)
君 見ずや  青海の頭(ほとり),
古來 白骨  人の收むる 無く。
新鬼 煩冤(はんえん)し  舊鬼 哭し,
天陰(くも)り雨濕(しめ)るとき聲啾啾(しゅうしゅう)たるを


兵車行:戦いに使う車の歌。「行」は楽府の「詩・歌」の意。『代朗月行』『前有樽酒行』『蒿里行』など。
府兵制、募兵制に対する批判の意を込めた詩であり、リアリズムに徹した詩作に没入していく.


 
兵車行
兵車 いくさぐるま。此の詩は兵車の動く声をきいて感じて作る、故に兵車行と題する。


車轔轔,馬蕭蕭,行人弓箭各在腰。
車はガラガラ。馬はヒヒーン。出征兵士は、弓矢を各々腰に着けている。
轔轔 車のがらがらなるおと。○粛粛 しめやかにしずかなさま。○行人 兵役に赴くひと。○在腰 こしにつけている。


耶孃妻子走相送,塵埃不見咸陽橋。
父と母、妻と子は、走って見送ってくる。砂煙で、咸陽橋が見えなくなる。
○耶 爺と同じ、ちち。○嬢 はは。○咸陽橋 咸陽は県の名、渭水をへだてて長安より北の岸にある。橋は成陽へわたるためのはしで、或は西渭橋のことといい、或は中渭橋のことというが、はっきりしない。
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牽衣頓足闌道哭,哭聲直上干雲霄。 (1)』
上着を引っ張ったり、地団駄を踏んだり、足にしがみついたり、道をさえぎって、声をあげて泣いている、啼き声は、真っ直ぐにたち上って、雲のある大空にまでとどいている。
牽衣 ゆく人をやるまいとしてとりすがる。○頓足 足にてとんとんと地をふむ、じだんだふむ、慟哭のときにするさま。○闌道 道路をさえぎる、ゆくてのじゃまになること。牽、頓、欄、実などはみな耶嬢妻子らの為す所である。○ あおぞら。



道旁過者問行人,行人但云點行頻。
道端の通りすがりの者(である作者)が問い尋ねる。出征兵士がただということには、徴兵が頻(しき)りであり。
道勇 退者 みちをとおりすぎるもの、第三者をいう。○点行 点とは人名の頭に筆を以て点をつける、すなわち点つけをしてしらべること、行とは兵行。兵役に赴かしめることについて点検すること。此の「点行頻」より最後の「声秋秋」までは行人の答辞である。



或從十五北防河,便至四十西營田。
或る者は十五歳から、北の方の黄河(上流)の防衛戦の守備に就き、そのままで、四十歳になって、西の方の屯田兵を命ぜられた。
十五、四十 開元十五年に十五歳のものであるならば天宝九載に至っては三十八歳である、四十というのは成数を挙げたもの。○防河 河は黄河、河を防ぐとは夷狄の侵入を黄河の辺に至ってふせぐことをいう。開元十五年秋、吐蕃が害をなしたので関中の兵万人を徴して臨桃に集め、これを防がせたことがある。○営田 耕田のしごとをする、これは屯田することをいう、屯田しながら吐巷の防備をすること。



去時里正與裹頭,歸來頭白還戍邊。 (2)』
出征する時、村長は(わたしの)ために出征の装束の頭巾をかぶせてくれた。帰ってくたら、(もう)頭髪が白くなっているのに、なおまた辺疆を防備する(ことを命ぜられた)。
去時 防河に赴いたときをいう。○里正 村長。○与 我がために、の意。○裏頭 鉢巻き、鳥雄三尺を以て頭をつつむ。成人になれば裏頭にするという、出陣のすがたである。○帰来  北からもどる。○頭白 年よることをいう。○ また、俗語である。○成辺 辺は辺境、国境、吐蕃の地方をいう、これは長安より西方にあたる。営田と戍辺とは同一事である。「去時」の句は「十五」の句を承け、「帰来」の句は「四十」の句を承ける組み立てになって居る。



邊庭流血成海水,武皇開邊意未已。
国境附近の戦闘による流血は、海のようになった。漢の武帝のように辺疆を開こうという意図は、まだ終わらない。(唐・玄宗を暗示)
辺庭 国境にちかい戦場。○成海 水多くあふれる。○武皇 漢の武帝をいう。武帝は西域地方まで侵略して辺境を開拓した人で、唐の玄宗をたとえていう。○開辺 辺地をひろげて我が方へとりいれるという意、開辺のこころ。



君不聞漢家山東二百州,千邨萬落生荊杞。
あなたは、聞いたことがあるでしょう、我が国家の山東の二百州のことを。あらゆる村々ではいばらや枸杞(くこ)の雑木が生い茂って荒れ果てたことを。
漢家 漢の国家、ここでは唐の国家をいう。○山東 華山より東。〇二百州 唐では函谷関より東に七道、二百十七州があった。二百とはおおよそをいう。〇万落 落は散在している民居をいう、むらのこと。○刑 いばら。○杷 くこ。



縱有健婦把鋤犁,禾生隴畝無東西。
喩え健気な妻が、鋤(すき)などの農機具を手に執り持ったとしても、稲や穀類が田圃に生え、荒れて茫茫に生えた中に畝も隠れ、西も東もなくなった無秩序な状態になっている。
健婦 強健なおんな、夫の留守をするもの。○ 手にとる。○鋤撃 鋤も撃もすき。○ すべて穂をだす植物をいう、むぎ、きびの類。○陳畝おか、うね。○無東 西西も東もないとは行列が正しくなくて乱雄であることをいう。



況復秦兵耐苦戰,被驅不異犬與鷄。 (3)』
まして、秦の兵士は、いくら苦戦に耐えていく力があるとはいっても、追い立てられて使役されるのは、犬やニワトリといった小動物や家畜と異ならない。
秦兵 秦とは地理上よりいう、長安の地方、即ちこの行進の人の出生地、ここの兵は昔より強いといわれる。○耐苦戦 難儀な戦いにたえることができる。○ あとからおいたてる。



長者雖有問,役夫敢申恨。
あなたさまがそのようにお訊ねになりますが、積極的にうらみごとを申しあげるわけにはいきません。
長者 年うえのおかた、質問をした人をさす敬称。○役夫 兵役に従うもの、行進の人、自分を謙遜していうことば。○伸恨 うらみの心を十分に晴らすようにする。



且如今年冬,未休關西卒。
今年の冬のごときは、関西、陝西への出兵が、終わることがない。
今年 天宝九載、王難得が吐蕃を撃ったときをさす。○ 休息、帰休。○関西卒 関中に対して関西は陝西省の西のこと。関西卒とは陳西・吐蕃ではたらく兵。



縣官急索租,租税從何出。
県の徴税吏は、租税を急にもとめていました。租税の穀物なんて、一体どこから出てきましょうか。
県官は国家の代表のこと。○索 はたる。○ 唐の税制は租・調・庸の三つより成り、租は穀を出し、調は兵を出し、庸は絹を出す。○従何 何処から。



信知生男惡,反是生女好。
男の子を産むことは好くないことだと本当に分かった。これと反対に、女の子を産むことは好いことだ。
この句とおなじような意味の詩、三国時代の
陳琳「飲馬長城窟行」 (1)
車はガラガラ。馬はヒヒーン。
出征兵士は、弓矢を各々腰に着けている。
父と母、妻と子は、走って見送ってくる。
砂煙で、咸陽橋が見えなくなる。
上着を引っ張ったり、地団駄を踏んだり、足にしがみついたり、道をさえぎって、声をあげて泣いている、啼き声は、真っ直ぐにたち上って、雲のある大空にまでとどいている。
(2)
道端の通りすがりの者(である作者)が問い尋ねる(と)。
出征兵士がただということには、徴兵が頻(しき)りであり。
或る者は十五歳から、北の方の黄河(上流)の防衛戦の守備に就き、そのままで、四十歳になって、西の方の屯田兵を命ぜられた。
出征する時、村長は(わたしの)ために出征の装束の頭巾をかぶせてくれた。帰ってくたら、(もう)頭髪が白くなっているのに、なおまた辺疆を防備する(ことを命ぜられた)。

(3)
国境附近の戦闘による流血は、海のようになった。漢の武帝のように辺疆を開こうという意図は、まだ終わらない。
あなたは、聞いたことがあるでしょう、我が国家の山東の二百州のことを。あらゆる村々ではいばらや枸杞(くこ)の雑木が生い茂って荒れ果てたことを。
喩え健気な妻が、鋤(すき)などの農機具を手に執り持ったとしても、稲や穀類が田圃に生え、荒れて茫茫に生えた中に畝も隠れ、西も東もなくなった無秩序な状態になっている。
まして、秦の兵士は、いくら苦戦に耐えていく力があるとはいっても、追い立てられて使役されるのは、犬やニワトリといった小動物や家畜と異ならない。

(4)
あなたさまがそのようにお訊ねになりますが、積極的にうらみごとを申しあげるわけにはいきません。
今年の冬のごときは、関西、陝西への出兵が、終わることがない。
県の徴税吏は、租税を急にもとめていました。租税の穀物なんて、一体どこから出てきましょうか。
男の子を産むことは好くないことだと本当に分かった。
これと反対に、女の子を産むことは好いことだ。
女の子を産んだら、まだ近所へお嫁に行かせることができるが、男を生めば、兵卒となって屍を雑草の中に埋もれ伏してゆくことになる。

(5)
あなたは、見たことがないだろう、青海湖の畔では、昔から今まで白骨を誰も収めていない。
新たな戦役で亡くなった霊は、わずらいもだえており、昔の戦役で亡くなった霊は、声をあげて啼いており、空が曇り、雨で湿る折には、死者の魂が悲しげに啾々と泣いている声が聞こえてくる。
(1)
車はガラガラ。馬はヒヒーン。
出征兵士は、弓矢を各々腰に着けている。
父と母、妻と子は、走って見送ってくる。
砂煙で、咸陽橋が見えなくなる。
上着を引っ張ったり、地団駄を踏んだり、足にしがみついたり、道をさえぎって、声をあげて泣いている、啼き声は、真っ直ぐにたち上って、雲のある大空にまでとどいている。
(2)
道端の通りすがりの者(である作者)が問い尋ねる(と)。
出征兵士がただということには、徴兵が頻(しき)りであり。
或る者は十五歳から、北の方の黄河(上流)の防衛戦の守備に就き、そのままで、四十歳になって、西の方の屯田兵を命ぜられた。
出征する時、村長は(わたしの)ために出征の装束の頭巾をかぶせてくれた。帰ってくたら、(もう)頭髪が白くなっているのに、なおまた辺疆を防備する(ことを命ぜられた)。

(3)
国境附近の戦闘による流血は、海のようになった。漢の武帝のように辺疆を開こうという意図は、まだ終わらない。
あなたは、聞いたことがあるでしょう、我が国家の山東の二百州のことを。あらゆる村々ではいばらや枸杞(くこ)の雑木が生い茂って荒れ果てたことを。
喩え健気な妻が、鋤(すき)などの農機具を手に執り持ったとしても、稲や穀類が田圃に生え、荒れて茫茫に生えた中に畝も隠れ、西も東もなくなった無秩序な状態になっている。
まして、秦の兵士は、いくら苦戦に耐えていく力があるとはいっても、追い立てられて使役されるのは、犬やニワトリといった小動物や家畜と異ならない。

(4)
あなたさまがそのようにお訊ねになりますが、積極的にうらみごとを申しあげるわけにはいきません。
今年の冬のごときは、関西、陝西への出兵が、終わることがない。
県の徴税吏は、租税を急にもとめていました。租税の穀物なんて、一体どこから出てきましょうか。
男の子を産むことは好くないことだと本当に分かった。
これと反対に、女の子を産むことは好いことだ。
女の子を産んだら、まだ近所へお嫁に行かせることができるが、男を生めば、兵卒となって屍を雑草の中に埋もれ伏してゆくことになる。

(5)
あなたは、見たことがないだろう、青海湖の畔では、昔から今まで白骨を誰も収めていない。
新たな戦役で亡くなった霊は、わずらいもだえており、昔の戦役で亡くなった霊は、声をあげて啼いており、空が曇り、雨で湿る折には、死者の魂が悲しげに啾々と泣いている声が聞こえてくる。
陳琳と汪遵 邊塞詩
飲馬長城窟、水寒傷馬骨。
往謂長城吏、慎莫稽留太原卒。
官作自有程、挙築諧汝声。
男児寧当格闘死、何能怫鬱築長城。



生女猶得嫁比鄰,生男埋沒隨百草。 (4)』
女の子を産んだら、まだ近所へお嫁に行かせることができるが、男を生めば、兵卒となって屍を雑草の中に埋もれ伏してゆくことになる。
 よめにゆく。○此鄰 比も鄰も五家、近所をいう。○埋没 死んで土中にうずめられる。○ まにまに。○百草 種々の雑草。



君不見青海頭,古來白骨無人收。
あなたは、見たことがないだろう、青海湖の畔では、昔から今まで白骨を誰も収めていない。
青海 今の甘粛省と西蔵との中間に横たわる地、その地に湖があって青海という。唐の時の吐谷津の地で、吐春の居る処。○白骨 戦死者のさらされたはね。○ とりかたづける。



新鬼煩冤舊鬼哭,天陰雨濕聲啾啾。 (5)』
新たな戦役で亡くなった霊は、わずらいもだえており、昔の戦役で亡くなった霊は、声をあげて啼いており、空が曇り、雨で湿る折には、死者の魂が悲しげに啾々と泣いている声が聞こえてくる。
新鬼、旧鬼 鬼とは人の死者をいう。○煩冤 心もだえて不平なさま。○啾啾 しゅうしゅうとなく。