前出塞九首 其九 杜甫 紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 48
天宝10載751年 40歳


前出塞九首 其九
從軍十年餘,能無分寸功?
自分は十年あまりもいくさに従っている、なんで、すこしの功でも無いということがあるのか。
眾人貴苟得,欲語羞雷同。
多くの人々はだれでも自分の得になりさえすればよいと功を争うことを貴(たっと)しとしている、自分の功を口に出そうかとはおもうが、尻馬に乗るようだからそれを恥じてなんにもいわずにいる。
中原有鬥爭,況在狄與戎?
文明と呼ばれる本国の地でさえ闘いのあるものを、まして西方や北方の異民族に於いてはなおさらのことではないか。
丈夫四方誌,安可辭固窮?

丈夫たるものは四方に対して勇敢果決さを示し服従させる志のあるものである。どうして困窮なことがあろうともそれを辞することができようか、甘んじて意気を示すべきである。



自分は十年あまりもいくさに従っている、なんで、すこしの功でも無いということがあるのか。
多くの人々はだれでも自分の得になりさえすればよいと功を争うことを貴(たっと)しとしている、自分の功を口に出そうかとはおもうが、尻馬に乗るようだからそれを恥じてなんにもいわずにいる。
文明と呼ばれる本国の地でさえ闘いのあるものを、まして西方や北方の異民族に於いてはなおさらのことではないか。
丈夫たるものは四方に対して勇敢果決さを示し服従させる志のあるものである。どうして困窮なことがあろうともそれを辞することができようか、甘んじて意気を示すべきである。


軍に従うこと十年余  能く分寸の功無からんや
衆人苟(いやしく)も得るを貴ぶ  語らんと欲して雷同を羞ず
中原にすら闘争有り  況んや秋と戎とに在るをや
丈夫 四方の志    安(いずく)んぞ固窮を辞す可けん



從軍十年餘,能無分寸功?
自分は十年あまりもいくさに従っている、なんで、すこしの功でも無いということがあるのか。
能無 能は豈に似て、反語によむ。〇分寸 すこし。
 

眾人貴苟得,欲語羞雷同。
多くの人々はだれでも自分の得になりさえすればよいと功を争うことを貴(たっと)しとしている、自分の功を口に出そうかとはおもうが、尻馬に乗るようだからそれを恥じてなんにもいわずにいる。
○筍得 かりにも利得にさえなればよいとする。 ○雷同 雷音の発生するとき、諸物は同時にこれに応じて起こる。故に他人にあいづちをうつことを雷同という。尻馬に乗る。



中原有鬥爭,況在狄與戎?
文明と呼ばれる本国の地でさえ闘いのあるものを、まして西方や北方の異民族に於いてはなおさらのことではないか。
中原 黄河流域。文明の開かれている中国の中央。○ 於いてというのに同じ。○狄、戎 西方や北方の異民族。



丈夫四方誌,安可辭固窮?
丈夫たるものは四方に対して勇敢果決さを示し服従させる志のあるものである。どうして困窮なことがあろうともそれを辞することができようか、甘んじて意気を示すべきである。
〇四方 杜甫「北征」四方服勇決。(四方 勇決に服す。-四方の国々は勇敢果決さに服従している。)回紇、吐蕃などに対して勇敢果決さを志すことを示す。○固窮 「論語」衛霊2公に「君子固ヨリ窮ス」とあり、もとより困窮すること。
 

出塞のものがたり 9
其一で初めて出征するものの心細さを詠ったのであるが、其八、其九では少しの手柄を立てるのは当たり前で、異民族に対し、勇敢果決を志すことが大切なことだといっている。士官のための即興の詩を披露したのであろう。しかし、宮廷には、表側では、李林甫が、その裏では、宦官の高力氏が牛耳っていたので、難しかったのだ。