玄都壇歌寄元逸人 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 51
玄都壇のさまを述べて元逸人に寄せた詩。752天宝十一載の作。この詩は、李白の「西岳云台歌送丹邱子」と雰囲気を同じくしている。
元都壇歌寄元逸人 杜甫 51
この年の出来事。
752天宝 11載・11月宰相李林甫(65歳位)が病死、楊国忠、右相となる。18年間の圧制も今度は楊貴妃一族に取って代わる。
杜甫:・752 41歳 長安にあり。召されて文章を試み、有司に送り隷して選序に参列することができた。暮春、しばらく洛陽に帰る。冬、長安にて岑参、高適、儲光羲と交わる。就職活動をやみくもに進める。 「 同諸公登慈恩寺塔」 「麗人行」
王維:・752 王維54歳 文部郎中(従五品上)に任ぜられる 王維 「送秘書晁監還日本国」
岑参:38歳 長安に帰る。秋、杜甫高適と慈恩寺塔に登る。
玄都壇歌寄元逸人
故人昔隱東蒙峰,已佩含景蒼精龍。
我が旧友たる君は昔東蒙峰にかくれていた頃から己に姿隠しの御守り札などを佩びた人のようであった。
故人今居子午穀,獨在陰崖結茅屋。』
君は、今、子牛谷に住んでいて、ただひとり北向きの崖に茅屋の庵を結んでいる。』
屋前太古元都壇,青石漠漠常風寒。
その茅屋の前には太古からあるらしい玄都壇があって、青色の石が平べったく横わり、吹きくる風はいつもつめたい。
子規夜啼山竹裂,王母晝下雲旗翻。』
夜にはほととぎすが啼いて山の竹が裂ける様な声をだし、昼は西王母の道士、仙人が雲旗をひるがえして天から下ってくる。』
知君此計誠長往,芝草瑯玕日應長。
君は世間に認知された、かかる山中の修行を計っては永久に自然界と一体化されているのである。そこでは気を吸い、霞をたべ、芝草や瑯玕の仙草が日々生長していることであろう。
鐵鎖高垂不可攀,致身福地何蕭爽。』
そこへ行くには懸崖絶壁で鉄のくさりが高く垂れていてよじのぼることもできない。さような道教の福地というべきところに身を置くというはなんと「蕭爽な気」を身に吸い込んで一体化していくのであろう。』
我が旧友たる君は昔東蒙峰にかくれていた頃から己に姿隠しの御守り札などを佩びた人のようであった。
君は、今、子牛谷に住んでいて、ただひとり北向きの崖に茅屋の庵を結んでいる。』
その茅屋の前には太古からあるらしい玄都壇があって、青色の石が平べったく横わり、吹きくる風はいつもつめたい。
夜にはほととぎすが啼いて山の竹が裂ける様な声をだし、昼は西王母の道士、仙人が雲旗をひるがえして天から下ってくる。』
君は世間に認知された、かかる山中の修行を計っては永久に自然界と一体化されているのである。そこでは気を吸い、霞をたべ、芝草や瑯玕の仙草が日々生長していることであろう。
そこへ行くには懸崖絶壁で鉄のくさりが高く垂れていてよじのぼることもできない。さような道教の福地というべきところに身を置くというはなんと「蕭爽な気」を身に吸い込んで一体化していくのであろう。』
玄都壇の歌元逸人に寄す
故人昔隠る東蒙峰、己に佩ぶ含景の蒼精竜。
故人今居る子牛谷、独り陰崖に在って茅屋を結ぶ。』
屋前太古の玄都壇、青石漠漠として常に風寒し。
子規夜啼いて山竹裂け、王母昼下りて雲旗翻る。』
知る君が此の計長往を成すを、芝草瑯玕日に応に長ずるなるべし。
鐵鎖高く垂れて攣す可からず、身を福地に致す何ぞ粛爽なる。』
玄都壇歌寄元逸人
○玄都壇 玄都とは道家のかんがえた一つの仙郷。「十洲記」に「玄洲ハ北海二在り、岸ヲ去ルコト三十六万里、上二大玄都有り、仙伯真公ノ治ムル所ナリ」とある。玄都壇は漢の武帝の築く所で長安の南山の子牛谷の中に在る。元逸人はここに隠れていたのである。
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東海 祖州・・・方円五百里にして中國東方七万里という。不死の草あり。死者の上にその草を置くだけでよみがえるのである。
②東方大海中 瀛州・・・方円四千里。揚子江口から七十万里という。神芝仙草というのが生えている。また、玉石ありて高さ一千丈という。酒の味がする玉醴泉がある。これを飲むと長生するといい、神仙の家が多い。
③北海 玄州・・・中國の北西の間の方向に、三十六万里離れて在り。方円七千二百里。崑崙山のかなたにある。山々にかこまれ太玄都がある。神仙である真君が支配しているという。しかし、その太玄都近くに風山がある。この山には大いなる風が吹き止むことなく、また雷電の音と光が絶えるときがない。この山の上に天地の西北の門があるの。その門から、時に多数の大きな仙人たちの住居が見える。
④南海 炎州・・・中國から南へ九万里、方円二千里。この世界には不思議なドウブツがいるので名高い。
⑤南海 長州・・・中國の南東二十万里、方円五千里。山川が多く、森に覆われている。森には巨木多く、二千人で抱えてようやく一回りできるような大きなものもある。森が多いことから「青丘」とも言われる。仙草、霊薬、甘液、玉英を産する。
この大陸にも風山があり、その山はつねに震動し、轟々とうなっている。
⑥北海 元州・・・中國の北方十万里、方円三千里。この大陸には五芝玄澗と名づけられる谷があって、そこの水は蜜のように甘く、長生の効能がある。またこの谷に生えている五芝の方にも長生の効能があるのである。
⑦西海 流州・・・中國の西方十九万里、方円三千里。多くの山と川があるのであるが、特に大きな石の嶺があり「崑吾」と名づけられている。この露頭から掘削される鉄鉱を用いて製せられた剣は光かがやいてしかも透き通りまるで水晶のごとしという。この剣を以って玉を斬ればまるで泥を斬るようだとのこと。
⑧東海 生州・・・中國の東北方二十三万里、方円二千五百里。(蓬莱を離れること七十万里、ともいうのですが、蓬莱とチュウゴクと、この生洲との位置関係がよくわからない。)数万の神仙が住むといい、天気は常に晴朗で温暖、寒暑なく、万物がいつも生長しやすい環境にある。もちろん長生に資する霊芝や仙草もどんどこ成長する。飲み水もとても甘いという。
⑨西海 鳳鱗州・・・方円一千五百里。四方を波風の無い海の囲まれているゆえ人間には渡ることができないらしい。ここには鳳凰・麒麟が何万と住んでいる。もちろん神仙も多く住んでおられるのだ。鳳凰のくちばしと麒麟の角を煮て作ったにかわがあり、切断した弓の弦や刀をつなぎあわせることができるという。
⑩西海 集窟州・・・中國の西南、崑崙を離れること南に二十六万里、中國を離れること西に二十四万里という。神仙が多く住んで数え尽くせない。この大陸には獅子、避邪、サク歯、天鹿、長牙、銅頭、鉄額といった動物、人間の頭を持つ鳥がいる。この鳥の住む山を人鳥山というが、人鳥山には楓に似た樹木あり、還魂樹とよばれ、この木は香りがよい。
○元逸人 李太白の集に元丹邸という人がみえるが元丹邱については12首ある。逸人と同一人であろう。
李白は、元丹邱との関係が深い。その関係を表す詩だけでも、以下の12首もある。
1.西岳云台歌送丹邱子
2.元丹邱歌
3.潁陽元丹邱別准陽之
4.詩以代書答元丹邱
5.酬岑勛見尋就元丹邱對酒相待以詩見招
6.尋高鳳石門山中元丹邱
7.觀元丹邱坐巫山屏風
8.題元丹邱山居
9.題元丹邱潁陽山居 并序
10.題嵩山逸人元丹邱山居 并序
11.聞丹邱子于城北營石門幽居中有高鳳遺跡、
12.與元丹邱方城寺談玄作、
故人昔隱東蒙峰,已佩含景蒼精龍。
我が旧友たる君は昔東蒙峰にかくれていた頃から己に姿隠しの御守り札などを佩びた人のようであった。
○故人 旧知の人、元逸人をさす。作者と逸人とは山東時代(開元二十三四年頃)よりの知己であり、
與李十二白同尋范十隱居 杜甫
李侯有佳句,往往似陰鏗。
余亦東蒙客,憐君如弟兄。』
醉眠秋共被,攜手日同行。
更想幽期處,還尋北郭生。』
入門高興發,侍立小童清。
落景聞寒杵,屯雲對古城。』
向來吟橘頌,誰欲討蓴羹。
不願論簪笏,悠悠滄海情。』
「同二太白一訪二苑隠居こ詩の「余モ亦東蒙ノ客、君ヲ憐ムコト弟兄ノ如シ」、東蒙時代に関する句である。○東蒙峰 蒙山をいう。蒙山は山東省折州府蒙陰県の西南にあり、魯(究州曲阜県)よりすれば東にあたるので東蒙という。
○含景蒼精竜 景は影と同じ、隴山には、蒼精竜が棲むとされた、杜甫「前出塞九首」李商隠「桂林」
城窄山將壓、江寛地共浮。
東南通絶域、西北有高樓。
紳護青楓岸、龍移白石湫。
殊郷竟何禱、簫鼓不曾体。
姿を隠すための蒼精竜の御札を示す。
故人今居子午穀,獨在陰崖結茅屋。』
君は、今、子牛谷に住んでいて、ただひとり北向きの崖に茅屋の庵を結んでいる。』
○今 作詩の時。○子牛谷 長安県南の山中にあり、長さ六百六十里、北の口を子という、西安府の南百里にあり、南の口を午という、漢中府洋県の東百六十里にある。終南山に元丹邱の庵があった。○陰崖 北むきのがけ。長安側。
屋前太古元都壇,青石漠漠常風寒。
その茅屋の前には太古からあるらしい玄都壇があって、青色の石が平べったく横わり、吹きくる風はいつもつめたい。
○漠漠 広く平かなさま。○常 いつも、或は常を松に作る。
子規夜啼山竹裂,王母晝下雲旗翻。』
夜にはほととぎすが啼いて山の竹が裂ける様な声をだし、昼は西王母の道士、仙人が雲旗をひるがえして天から下ってくる。』
○子規 ほととぎす。○山竹裂 裂帛、裂竹はみな声の形容。○王母 西王母をいい、ここでは、道を開いた女道士を指す。ものとおもう。○雲旗 くものはた、道士、元丹邱など仙人の行列をいう。
知君此計誠長往,芝草瑯玕日應長。
君は世間に認知された、かかる山中の修行を計っては永久に自然界と一体化されているのである。そこでは気を吸い、霞をたべ、芝草や瑯玕の仙草が日々生長していることであろう。
○此計 此の山中生活のはかりごと。○誠長往 長往とは自然界と一体化のことをいう。○芝草瑯玕 芝草、瑯玕共に仙薬。○長 不老になる。
鐵鎖高垂不可攀,致身福地何蕭爽。』
そこへ行くには懸崖絶壁で鉄のくさりが高く垂れていてよじのぼることもできない。さような道教の福地というべきところに身を置くというはなんと「蕭爽な気」を身に吸い込んで一体化していくのであろう。
○鐵鎖 鎖に同じ、くさり。岩場に上から鉄の鎖が設置されている。○高垂 高い処からたれる、これは壇の所在の地の高いことをいうが、高いところに登るため、鐵鎖を伝って攀じ登るのである。道教の修行場は、ほとんど同様なものであった。その麓に道観(寺院のこと、道教の場合寺を観という)がある。○致身 道教は万物の一体化が基本である、身をそこに置くことを重視する。○福地 壇の在る所は道教でいう福地であるとの意。洞天福地説があり、「神山訣録」に「天仙・地仙・三十六洞天・八十一福地有り、地仙由り功行ヲ積累シ、遂二天仙二超昇ス」という。○粛爽 しずかにさわやか。
道教--この詩のための要旨--
仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。



