753年-杜少陵集 《巻二41麗人行》 杜甫詩index-2-天寶十二年42 <32>kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ305 杜甫特集 65

 

 

麗人行の世界

歴史絵巻は私たちに唐代の女性の生き生きとした姿を示してくれる。

彼女たちはいつも外出して活動し、人前に顔をさらしたまま郊外、市街、娯楽場に遊びに行き、芝居やポロを見物した。毎年春には、男たちと一緒に風光明媚な景勝地に遊びに行き、思うぞんぶん楽しむことさえできた。

·施肩吾少婦游春詞

簇錦攢花勝遊,萬人行處最風流。無端自向春園裏,笑摘青梅阿侯。

(錦を集め、花を潜めて 勝游を闘わせ、万人行く処 最も風流。端無くも自ら向う春園の裏,笑うて摘む青梅阿侯。)(七言句押尤韻)

「三月三日 天気新なり、長安の水辺 麗人多し」(杜甫「麗人行」)などの詩句は、みな上流階級の男女が春に遊ぶさまを詠んだものである。

杜甫《卷二41 麗人行》

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

三月三日 天氣新たに,長安の水邊 麗人多し。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

態は濃く 意は遠くして淑且かつ真に,肌理きりは 細膩さい ぢ にして  骨肉は勻ひとし。

繡羅衣裳照暮春,蹙金孔雀銀麒麟。

繍羅しう ら の衣裳は 莫春に 照はゆる,蹙金しゅくきんの孔雀 く じゃく  銀の麒麟 き りん。

頭上何所有,翠微盍葉垂鬢脣。

頭上何の有る所ぞ, 翠を盎葉おうようと爲して鬢びん脣しんに 垂たる。

背後何所見,珠壓腰衱穩稱身。

背後何の見る所ぞ,珠は腰衱えうけふを壓して穩やかに身に稱かなふ。』

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

就中なかんづく 雲幕の椒房せうばうの親しん,名を賜ふ 大國  虢くゎくと秦しんと。

紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

紫駝しだの峰を翠釜すゐ ふ より 出いだし,水精の盤に  素鱗 行くばる。

犀箸厭飫久未下,鑾刀縷切空紛綸。

犀箸さいちょ 厭飫えんよして久しく未だ下さず,鸞刀らんたう 縷切る せつして  空しく紛綸たり。

黃門飛鞚不動塵,御廚絡繹送八珍。

黄門 鞚くつわを飛ばして塵を動かさず,御廚ぎょちゅう 絡繹らくえきとして 八珍を送る。

簫鼓哀吟感鬼神,賓從雜遝實要津。

簫管 哀吟して 鬼神をも感ぜしめ,賓從ひんじゅう 雜遝ざったふして  要津えうしんに實みつ。』

後來鞍馬何逡巡,當軒下馬入錦茵。

後れ來たる鞍馬は何ぞ 逡巡んする,軒に當たりて 馬より下りて  錦茵きんいんに入る。

楊花雪落覆白蘋,青鳥飛去銜紅巾。

楊花やうくゎ 雪のごとく落ちて  白蘋はくひんを覆ひ,靑鳥 飛び去りて  紅巾こうきんを銜ふくむ。

炙手可熱勢倫,慎莫近前丞相嗔。

手を炙あぶらば 熱す可べし  勢は絶倫なり,慎みて 近前する莫れ  丞相じょうしゃう 嗔いからん。』

麗人行  杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 65

彼女たちは公然とあるいは単独で男たちと知り合い交際し、甚だしくは同席して談笑したり、一緒に酒を飲んだり、あるいは手紙のやりとりや詩詞の贈答をしたりして、貞節を疑われることも意に介さなかった。白居易の「琵琶行」という詩に出てくる、夫の帰りを待つ商人の妻は夜半に見知らぬ男たちと同船し、話をしたり琵琶を演奏しあったりしている。それで、宋代の文人洪遇は、慨嘆して「瓜田李下の疑い、唐人は譏らず」(『容斎三筆』巻六)といった。

「瓜田李下之疑, 唐人不譏也。」(瓜田李下の疑い、唐人は譏らず。)

「瓜田に履を入れず、李下(すももの木の下)に冠を正さず」 の格言に基づく、疑われやすい状況のたとえ。

宋の洪邁《容齋三筆‧白公夜聞歌者》「然鄂州所見, 亦一女子獨處, 夫不在焉。 瓜田李下之疑, 唐人不譏也。」

 

彼女たちは「胡服騎射」を好む気風があり、胡服戎装(北方民族の軍装)をしたり、男装したりすることを楽しみ、雄々しく馬を走らせ鞭を振い、「撃を露わにして〔馬を〕馳験せた」(『新唐書』車服志)。

またポロや狩猟などの活動に加わることもできた。

杜甫の《卷四32哀江頭》詩に「輦前才人帶弓箭,白馬嚼齧黄金勒。翻身向天仰射雲,一笑正墜雙飛翼。」(輦前の才人 弓箭【きゅうせん】を 帶び,白馬 嚼噛【しゃくげつ】す 黄金の勒【くつわ】。身を翻して天に向ひ 仰ぎて雲を射れば,一笑 正に堕つ 雙飛翼。天子の乗り物の前に才人などの騎兵隊の女官たちが、弓矢を腰に携えていたのだ。先導する白馬は、黄金製のくつわを噛んで堂々としたものだった。体の向きを変えるように、恩ある天子に向かって仰向(あおむ)いて、雲に反旗の矢を射掛ける。楊貴妃の微笑による王朝の頽廃は、梧桐のつがいになって翼を並べて飛んでいた鳥が、ちょうど墜されたのだ。卷四32哀江頭》と描写されている。馬上で矢を射る女たちの何と雄々しき姿であることか。彼女たちは勇敢かつ大胆で、よく愛し、よく恨み、また、よく怒りよく罵り、古来女性に押しつけられてきた柔順、謙恭、忍耐などの「美徳」とはほとんど無縁のようだった。誰にも馴れない荒馬を前にして、武則天は公衆に言った。「私はこの馬を制することができる。それには三つの物が必要だ。一つめは鉄鞭、二つめは鉄樋(鉄杖、武器の一種)、三つめは短剣である。鉄鞭で撃っても服さなければ馬首を鉄樋でたたき、それでもなお服さなければ剣でその喉を断つ」(『資治通鑑』巻二〇六、則天后久視元年)と。この話は唐代の女性たちに特有の勇敢で、剛毅な性格をじつに生々と表わしている。

彼女たちは積極的に恋愛をし、貞節の観念は稀薄であった。未婚の娘が秘かに男と情を通じ、また既婚の婦人が別に愛人をつくることも少なくなかった。女帝(武則天)が一群の男寵(男妾)をもっていたのみならず、公主(皇女)、貴婦人から、はては皇后、妃嬢にさえよく愛人がいた。離婚、再婚もきわめて普通であり、唐朝公主の再婚や三度目の結婚もあたりまえで珍しいことではなかった。こうした風習に、後世の道学先生たちはしきりに首をふり嫌悪の情を示した。『西廟記』『人面桃花』『侍女離魂』『蘭橋遇仙』『柳毅伝書』等の、儒教道徳に反した恋愛物語が、どれも唐朝に誕生したことは、この常よい証拠である。

 

彼女たちの家庭における地位は比較的高く、「婦は強く夫は弱く、内(女)は齢く外(男)は柔かい」(張鷲『朝野愈載』巻四)といった現象はどこにでも見られた。唐朝の前期には上は天子から下は公卿・士大夫に至るまで、「恐妻」がなんと時代風潮にさえなったのである。ある道化の楽人は唐の中宗の面前で、「かかあ天下も大いに結構」(孟築『本事詩』嘲戯)と歌ったことで、韋皇后から褒美をもらったという。御史大夫の襲談は恐妻家としてたいへん有名であったばかりか、妻は恐るべしという理論までもっていた。妻たちが家で勝手気ままに振舞っているのを見聞したある人は、大いに慨嘆して次のようにいった。「家をもてば妻がこれをほしいままにし、国をもてば妻がそれを占拠し、天下をもてば妻がそれを指図する」(干義方『異心符』)と。

この時代には、まだ「女子は才無きが輒ち是れ徳なり」(清の石成金の『家訓抄』が引く明の陳眉公の語)という観念は形成されていなかった。宮廷の妃嫁、貴婦人、令嬢から貧しい家の娘、尼僧や女道士、娼妓や女俳優、はては婦女にいたるまで文字を識る者がきわめで多く、女性たちが書を読み文を作り、詩を吟じ賊を作る風潮がたいへん盛んであった。これによって唐代には数多くの才能ある女性詩人が生れたのである。女道士の魚玄機はかつて嘆息して、「自ら恨む 羅衣の 詩句を掩うを、頭を挙げて空しく羨む 模中の名(女に生れて詩文の才を発揮できないのが恨めしい。むなしく科挙合格者の名簿を眺める)」(「崇真観の南楼に遊び、新及第の題名の処を括る」)と詠んだ。この詩句は、女性が才能の点で男性に譲らぬ自信をもってはいるが、男とともに金棒(科挙合格者発表の掲示板)に名を載せ、才能を発揮できない無念さをよく表している。

 

 

年:753年天寶十二年42

卷別:    卷二一六              文體:    樂府

詩題:    麗人行

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都      

交遊人物/地點:  

 

 

 

麗人行(麗人の体貌服飾の美を詠う。)

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

三月三日に大空が晴れあがって気持ちも新たになる、長安の曲江池の水辺には麗しい美人が多くあそんでいる。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

態度が美しく、品位気高くしとやかで人柄がよくて、真実の意識がある、肌のきめこまかになめらかに、骨と肉がつりあい体型、背たけも良い。

繡羅衣裳照莫春,蹙金孔雀銀麒麟。

刺繍をした薄い絹の上衣、その下の衣裳は暮春のそらをてりかがやかし、金のより糸で孔雀、銀のより糸で麒麟を縫い取りされている。

頭上何所有、翠微盎葉垂鬢唇。

頭上の飾りものは何かといえば翡翠の羽で造花の葉にした飾が鬢に垂れている。

背衱何所見、珠壓腰衱穩稱身。』

背のあたりはどんなものが何かといえば腰帯のあたりにたくさんの真珠が重くなるほどついて体に似合っている。』

#2

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

それらの美人たちのうちでも幕を雲のように張りつらねた皇后様の御身内、それは我国、秦国という大国の国号を賜わっている貴夫人方である

紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

紫色の駱駝の峰肉が翠色の釜からやき肉に調理して出され、水桶の大皿には銀鱗の魚のなますが盛られてもちだされる。

犀筋厭飫久未下,鸞刀縷切空紛綸。

犀の角で作った箸をなかなかつけようとしない、そこで料理人が腕のさえを見せようと鳳凰の彫刻の料理刀で細作りに肉を切るには切るがその肉片はいたずらにみだれているばかりだ。

黃門飛鞚不動塵,禦廚絡繹送八珍。

後宮の宦官が塵もたたせず馬の口手綱をとばして来て大膳職からひっきりなしに八珍の御料理を送りこされる。

簫管哀吟感鬼神,賓從雜還實要津。』

簫や笛が奏でられる哀調をおびて鬼神をも感動させるほどあわれに妙であり、賓客と僕従とが要処要処にいっぱいに集結している。』

#3

後來鞍馬何逡巡!當軒下馬入錦茵。

最後にやってくる鞍馬はどうしてあんなにゆっくりとくるのか。やがて幔幕の舎の軒のところへくると馬からおりて錦のしとねの方へはいりこんだ。

楊花雪落覆白蘋,青鳥飛去銜紅巾。

楊柳の花が雪のように舞落ちて水面の白蘋におおいかぶさっている。また仙女の使いの青鳥が飛び去って美人たちの紅巾をくわえたりするように姫妃にざれている。

炙手可熱勢倫,慎莫近前丞相嗔。』

この貴妃の権勢は絶大なもので、もし手をあぶればやけどをする、進みちかづけはしない、ちかづけば丞相殿にお怒りを頂戴することになる。』

 

長安城図 作図00 

 

 

 

『麗人行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

麗人行

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

繡羅衣裳照暮春,蹙金孔雀銀麒麟。

頭上何所有,翠微盍葉垂鬢脣。

背後何所見,珠壓腰衱穩稱身。

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

犀箸厭飫久未下,鑾刀縷切空紛綸。

黃門飛鞚不動塵,御廚絡繹送八珍。

簫鼓哀吟感鬼神,賓從雜遝實要津。

後來鞍馬何逡巡,當軒下馬入錦茵。

楊花雪落覆白蘋,青鳥飛去銜紅巾。

炙手可熱勢倫,慎莫近前丞相嗔。

 

詩文(含異文)    

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

繡羅衣裳照暮春【畫羅衣裳照暮春】,蹙金孔雀銀麒麟。

頭上何所有,翠微盍【案:烏合反。】葉垂鬢脣【翠微匌盍垂鬢脣】【翠為盍葉垂鬢脣】【翠為匌盍垂鬢脣】。

背後何所見【身後何所見】,珠壓腰衱穩稱身【珠壓腰襻穩稱身】【珠壓腰肢穩稱身】。

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

紫駝之峰出翠釜【紫駝之珍出翠釜】,水精之盤行素鱗。

犀箸厭飫久未下,鑾刀縷切空紛綸【鑾刀縷切坐紛綸】。

黃門飛鞚不動塵,御廚絡繹送八珍【御廚絲絡送八珍】。

簫鼓哀吟感鬼神【簫管哀吟感鬼神】,賓從雜遝實要津【賓從合遝實要津】。

後來鞍馬何逡巡,當軒下馬入錦茵【當道下馬入錦茵】。

楊花雪落覆【案:音副。】白蘋,青鳥飛去銜紅巾。

炙手可熱勢倫【炙手可熱世倫】,慎莫近前丞相嗔【慎莫向前丞相嗔】。


(下し文)
(麗人行)

三月三日 天氣新たに,長安の水邊 麗人多し。

態は濃く 意は遠くして淑且つ真に,肌理は 細膩さい ぢ にして 骨肉は勻ひとし。

繍羅の衣裳は 莫春に 照はゆる,蹙金しゅくきんの孔雀 銀の麒麟 。

頭上何の有る所ぞ, 翠を盎葉と爲して鬢びん脣に 垂る。

背後何の見る所ぞ,珠は腰を壓して穩やかに身に稱ふ。』

就中く 雲幕の椒房の親,名を賜ふ 大國 虢と秦と。

紫駝の峰を翠釜 より 出いだし,水精の盤に  素鱗 行くばる。

犀箸 厭飫して久しく未だ下さず,鸞刀 縷切して  空しく紛綸たり。

黄門 鞚を飛ばして塵を動かさず,御廚絡繹として 八珍を送る。

簫管 哀吟して 鬼神をも感ぜしめ,賓從 雜遝して  要津に實つ。』

後れ來たる鞍馬は何ぞ 逡巡する,軒に當たりて 馬より下りて  錦茵に入る。

楊花 雪のごとく落ちて 白蘋を覆ひ,靑鳥 飛び去りて 紅巾を銜む。

手を炙らば熱す可べし 勢は絶倫なり,慎みて近前する莫れ 丞相 嗔らん。』


(現代語訳)
(麗人の体貌服飾の美を詠う。)

三月三日に大空が晴れあがって気持ちも新たになる、長安の曲江池の水辺には麗しい美人が多くあそんでいる。

態度が美しく、品位気高くしとやかで人柄がよくて、真実の意識がある、肌のきめこまかになめらかに、骨と肉がつりあい体型、背たけも良い。

刺繍をした薄い絹の上衣、その下の衣裳は暮春のそらをてりかがやかし、金のより糸で孔雀、銀のより糸で麒麟を縫い取りされている。

頭上の飾りものは何かといえば翡翠の羽で造花の葉にした飾が鬢に垂れている。

背のあたりはどんなものが何かといえば腰帯のあたりにたくさんの真珠が重くなるほどついて体に似合っている。』

それらの美人たちのうちでも幕を雲のように張りつらねた皇后様の御身内、それは我国、秦国という大国の国号を賜わっている貴夫人方である

紫色の駱駝の峰肉が翠色の釜からやき肉に調理して出され、水桶の大皿には銀鱗の魚のなますが盛られてもちだされる。
犀の角で作った箸をなかなかつけようとしない、そこで料理人が腕のさえを見せようと鳳凰の彫刻の料理刀で細作りに肉を切るには切るがその肉片はいたずらにみだれているばかりだ。

後宮の宦官が塵もたたせず馬の口手綱をとばして来て大膳職からひっきりなしに八珍の御料理を送りこされる。

簫や笛が奏でられる哀調をおびて鬼神をも感動させるほどあわれに妙であり、賓客と僕従とが要処要処にいっぱいに集結している。』

最後にやってくる鞍馬はどうしてあんなにゆっくりとくるのか。やがて幔幕の舎の軒のところへくると馬からおりて錦のしとねの方へはいりこんだ。

楊柳の花が雪のように舞落ちて水面の白蘋におおいかぶさっている。また仙女の使いの青鳥が飛び去って美人たちの紅巾をくわえたりするように姫妃にざれている。

この貴妃の権勢は絶大なもので、もし手をあぶればやけどをする、進みちかづけはしない、ちかづけば丞相殿にお怒りを頂戴することになる。』

(訳注)

麗人行

長安城東南の曲江池の辺に春遊をたのしむ貴妃、宮女をうたっている。楊国忠らの豪薯を写しだしたもの。753年天宝12載春42歳の作。前年の十一月に李林甫が病死変わって、国忠は右丞相となったので、詩中に「丞相」と詠っている。

大明宮 作図011


三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

三月三日に大空が晴れあがって気持ちも新たになる、長安の曲江池の水辺には麗しい美人が多くあそんでいる。

三月三日 陰暦の桃の節句で、唐時には宮女、士女の遊覧の盛んなときであった。○天気新 天色の新たに晴れわたることをいう。○水辺 曲江池の水のほとりをいう。○麗人 うつくしい婦女。

 

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

態度が美しく、品位気高くしとやかで人柄がよくて、真実の意識がある、肌のきめこまかになめらかに、骨と肉がつりあい体型、背たけも良い。

態濃 態度がすべてそなえてうつくしい。○意遠 品位に奥ゆきがあって、気高い。○淑且真 人柄がよくて、真実の意識がある。○肌理 はだがこまやか。○細威 こまかにすべすべ、なめらか。○骨肉勻 勻は勻称のことで、つりあいのとれてあることをいう。即ち骨と肉と平均していてこえすぎず、やせすぎぬことをいう。

 
 

繡羅衣裳照莫春,蹙金孔雀銀麒麟。

刺繍をした薄い絹の上衣、その下の衣裳は暮春のそらをてりかがやかし、金のより糸で孔雀、銀のより糸で麒麟を縫い取りされている。

繍羅 刺繍をした薄い絹の上衣。○照暮春 莫は暮と同じ。三月は春の暮れである。照とはあたりもまばゆげにかがやくことをいう。○蹙金 撚金、即ち黄金をうちのばしてまたちぢませたもの。金細工の糸で綿糸として用いるものであろう。○孔雀、麒麟 竝に衣上のぬいとりの模様。



頭上何所有、翠微盎葉垂鬢唇。

頭上の飾りものは何かといえば翡翠の羽で造花の葉にした飾が鬢に垂れている。

何所有 有るものは何か。○翠微盎葉 翠は翡翠の羽、盎は盎綵(女の髻にかざる造り花)のことという。盎葉はその造り花の葉をいう。○鬢脣 鬢のほとりをいう。○珠 真珠。○ 多くぶらさげでいることをいう。

 

 

背衱何所見、珠壓腰衱穩稱身。』

背のあたりはどんなものが何かといえば腰帯のあたりにたくさんの真珠が重くなるほどついて体に似合っている。』

腰衱 衱とは上衣の後裾(うしろの下端)をいう、襟帯(はかまのおび)のところにあたる。○穏称身 わざとらしくなく、ほどよく身体につりあう。



(楊一族の有様を詠う。)

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

それらの美人たちのうちでも幕を雲のように張りつらねた皇后様の御身内、それは我国、秦国という大国の国号を賜わっている貴夫人方である。

就中 それらの多くの遊覧美人のなかにおいて。○雲幕 雲霧の如く多く設けた幕。○椒房親 椒房とは椒(山椒の粉)を泥にまぜて壁に塗った部屋のこと、后妃の室はかくする故に后妃のことを椒房という。椒房の親とは皇后方の親戚のこと、即ち楊貴妃の身内、親戚の人々をさす。○賜名 名とは国号をいう。○大国 即ち下の我国・秦国をさす。○虢與秦 楊貴妃の大姉は韓国夫人に封ぜられ、三姨は我国夫人に、八姨は秦国夫人に封ぜられた。三姨とは三番目の姉妹、八姨とは八番目の姉妹。



紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

紫色の駱駝の峰肉が翠色の釜からやき肉に調理して出され、水桶の大皿には銀鱗の魚のなますが盛られてもちだされる。

紫駝之峰 紫色の駱駝の峰肉(駱駝の背、隆起している肉)のこと。それをあぶり肉としてたべる。○出翠釜  出とはあぶられ調理されてそこからだされること。翠は釜の色のことであろう、釜はかま。○水精 ガラスのこと。○ ひらたい大皿。○ 客のまえへもちだすこと。○素鱗 銀白色のうろこをした魚、これはその内をいきづくりなどにしたもの。



犀筋厭飫久未下,鸞刀縷切空紛綸。

犀の角で作った箸をなかなかつけようとしない、そこで料理人が腕のさえを見せようと鳳凰の彫刻の料理刀で細作りに肉を切るには切るがその肉片はいたずらにみだれているばかりだ。

犀筋 犀のつので作った箸、筋は箸に同じ。○厭飫 たべものにあく。○下 箸を下すことをいう、はしをつけること。○鸞刀 刀の柄に鳳凰の彫刻のある刀。○縷切 いとすじのように細く肉をきる。○空紛綸 紛綸は肉片のみだれるさま。空しくとは徒らにと同じ、切ってお客から食われるならば切ったかいがあるけれども、食わなければ骨折りはむだごとである。

 

 

黃門飛鞚不動塵,禦廚絡繹送八珍。

後宮の宦官が塵もたたせず馬の口手綱をとばして来て大膳職からひっきりなしに八珍の御料理を送りこされる。

○黄門 大奥につかえる宦官をいう、宮中より使いにくるのである。○飛鞚 鞚は馬の口ばみにあたるつなをいうのであろう。○不動塵 ちりを立てぬ、馬のあしをうまくはこぼせること。○禦廚 おだいどころ、大膳職。○絡繹  陸続、たえまなく、ひきつづいて。○ こちらへおくりこす。〇八珍 八種の珍味、



簫管哀吟感鬼神,賓從雜還實要津。』

簫や笛が奏でられる哀調をおびて鬼神をも感動させるほどあわれに妙であり、賓客と僕従とが要処要処にいっぱいに集結している。』

簫管 簫や笛、管楽器。○哀吟 かなしくあわれな音をだす。○感鬼 神神をさえ感動させる。○賓従 お客たちや、お伴のもの。○雜還 こみあうこと。○ いっぱいになる。○要津 かなめなわたしばのところ。要処という意。



(楊国忠や荒淫のことを詠う。)

後來鞍馬何逡巡!當軒下馬入錦茵。

最後にやってくる鞍馬はどうしてあんなにゆっくりとくるのか。やがて幔幕の舎の軒のところへくると馬からおりて錦のしとねの方へはいりこんだ。

後来 あとから来る。○鞍馬 くらを置いたうま、楊国忠の馬。○逡巡 ためらうさま、これは速くゆかずゆっくりやってくるさまをいぅ。○当軒 この軒は軒墀(のきち)のことという。蓋し幔幕をひきめぐらして内部に簡単なとばり類があるものと思われるが、その舎の軒端、土階にあたるあたりを軒といったもの。○錦茵 敷筵にしいてある錦のしとね。



楊花雪落覆白蘋,青鳥飛去銜紅巾。

楊柳の花が雪のように舞落ちて水面の白蘋におおいかぶさっている。また仙女の使いの青鳥が飛び去って美人たちの紅巾をくわえたりするように姫妃にざれている。

楊花 楊柳の花。柳絮をいう。○雪落 雪のように落ちちる。○ かぶさる。○白蘋 蘋はあさざの類、白い花のさく水草。○青鳥 仙女西王母の使いという。この宮女たちを仙女の使者の青鳥の故事を借りている。○銜紅巾 銜は口でくわえること。紅巾は婦人の用いる衿のかざりのきれ。青鳥も馴れ親しむことをいう。



炙手可熱勢倫,慎莫近前丞相瞋。』

この貴妃の権勢は絶大なもので、もし手をあぶればやけどをする、進みちかづけはしない、ちかづけば丞相殿にお怒りを頂戴することになる。

灸手可熟 手をあぶればやけどしそうだという意味。○勢絶倫 権勢の強盛なことたぐいなし。○近前 前の字は動詞として用い、前へすすみでること。近前は近づき進みでること。○丞相 右丞相楊国忠をいう。○ この字は或は境に作る、嗔は気を盛んにする。瞋は目をみはって怒る。楊国忠は我国夫人とは従兄妹の仲で私通したものである、青鳥云々というのはそれれとなく不義、荒淫の行いがあるのをうたっている。
長安付近図00